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[8836] 【マブラヴ・ACFA・オリ主・ネタ】ちーとはじめました【チラ裏より移転】
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2016/12/24 22:35
ちーたーです。
皆様のご声援を頂き、このたびチラシの裏からMuv-Luv掲示板へ移転しました。
このお話は現実世界から召喚された主人公と彼に選ばれた戦士たちによる、
『ちーととぶつりょうのおとぎばなし』です。
更新速度が日に日に落ちていますが、完結まで書き上げようと思っておりますのでよろしくお付き合いをお願いします。


★★2010年11月5日00:19追記★★
感想掲示板に本作品の設定(チートシステム等)の使用依頼を頂いておりますが、自由にご利用下さい。
前書き、後書きなどに一言書いていただければトラブル回避になると思いますが、記載の有無は各作者様へお任せいたします。


以前は「ネタ」なのか「習作」なのかの記載を怠っていました。
ご指摘いただいたa-s◆602950d0様ありがとうございました。
以後、掲示板のルールを守るよう注意いたします。

過去に別の記事で投稿していたものはパスワードを紛失してしまい、更新できなくなってしまいました。
舞さまに二度とお手数をおかけしないよう再発防止対策をした上で再掲載します。


2009/05/17
・第一話~第四話まで掲載
・日付変更前に第五話を掲載
2009/05/23
・レイヴンをリンクスへ修正
・第一話~第五話の一部を修正
・第六話を掲載
2009/05/25
・第七話を掲載
・タイトルを修正
2009/06/15
・うっかりここを修正していなかった事に気づいて愕然
・第十話を掲載しました
2009/06/17
・第十一話を掲載しました
2009/07/07
・第十二話を掲載しました
2009/07/09
・第十三話を掲載しました
2009/07/12
・第十四話を掲載しました
2009/07/18
・第十五話を掲載しました
・第十三話第十四話の誤記を修正しました
2009/07/20
・第十六話を掲載しました
・第十四話・第十五話の誤記を訂正しました
訂正内容
一個自走砲連隊  288門 に訂正
一個戦術機甲連隊 クレート使用量1,944トン に訂正
こんなファジーな命令を的確に実行するAIが~ に訂正
2009/08/14
・第十七話を掲載しました
2009/08/21
・第十八話を掲載しました
2009/09/23
・第十九話を掲載しました
2009/11/19
・第二十話を掲載しました
・未修正の指摘を受けている箇所については、次回更新時に全て修正します
 ご指摘を頂いた皆様ありがとうございました

2010/01/01
・第二十一話を掲載しました
 第二十二話を掲載する際に全修正と、Muv-Luv掲示板への移動を実施します

2010/01/11
・第二十二話を掲載しました
・作者が把握できている範囲での間違いの修正を実施しました
 修正箇所はチラシの裏掲示板感想掲示板で指摘を受けていた第十話の一部表記です

2010/01/15
・第二十三話を掲載しました

2010/01/17
・外伝1を投稿しました

2010/02/15
・第二十四話を投稿しました

2010/03/21
・第二十五話を投稿しました

2010/04/06
・第二十六話を投稿しました

2010/05/17
・第二十七話を投稿しました

2010/05/24
・第二十八話を投稿しました

2011/01/04
・第三十三話を投稿しました

2011/01/14
・第三十四話を投稿しました

2011/02/21
・第三十五話を投稿しました

2011/04/04
・第三十六話を投稿しました

2011/04/26
・第三十七話を投稿しました

2012/01/04
・第三十八話を投稿しました

2012/02/05
・第三十九話を投稿しました

2012/02/46
・第四十話を投稿しました

2012/02/23
・第四十一話を投稿しました

2012/07/05
・第四十二話を投稿しました

2013/05/14
・第四十三話を投稿しました

2016/08/26
・ここまでの更新履歴を更新しました
・第四十四話を投稿しました

2016/12/24
・第四十五話を投稿しました




[8836] 第一話『白い部屋』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/05/23 21:10

「いわゆる人助けをしてほしい」

 巨大なモニターが一つあるだけの白い部屋で、その男は言った。
 年齢はおよそ30から40歳、しかしそれ以下、あるいはそれ以上の可能性もある。
 人種は恐らく白人、あるいは混血、もしくはそれ以外。
 目の前に存在しており、無表情でスーツを着ており、男性だという事はわかる。
 しかしそれ以上の情報がどうしても認識できない。

「人助け?俺が?」

 サラリーマンに尋ね返したのは、これまたどこにでもいそうな日本人男性。
 年齢は25歳、職業はセールスマン、趣味はネット小説家。
 もちろん、小説家と自称したところでその実力は趣味レベルである。

「そうだ、人助けだよ」

 俺の質問に、目の前の存在は抑揚のない声で繰り返した。
 人助けも何も、そもそも俺を助けてほしいのだが。
 心のそこから日本人男性はそう思った。
 彼はいつものように仕事から帰宅し、就寝前の一時間を使って趣味の創作活動にいそしんでいた。
 毎度の事ながら捗らず、イライラしつつパソコンの電源を落としたのが午前二時。
 寝付けなく、目を開いたのが午前二時半。
 勝手に点灯しているモニターに不信感を持ち、接近したところ突然吸い込まれた。

「とある次元の地球が大変な危機に晒されている。
 君は良く知っていると思うが、BETA、つまり人類に敵対的な地球外起源種による襲撃を受けているのだ」
 
 耳を疑う。
 マヴラヴオルタネィティブ。
 彼の良く知っている、登場人物に女性を多く含んだ仮想戦記である。
 BETAという単語は、その作品に登場する敵の総称だ。

「そこに行って、白銀の代わりに人類を勝利に導いてこいと?」

 同種の題材を扱ったファンフィクションを数多く読んできた彼は、素早く事情を理解した。
 このわけの分からない空間に呼び出されてから十時間余り、彼は思う存分錯乱していた。
 喚き、叫び、暴れた。
 そして悟ったのだ。
 モニターの中、動画や小説、あるいは漫画やゲームでしか起こりえないであろう事態が、自身に降りかかったと。
 ある意味で、オタクである事が彼の精神を救っていた。
 人間は、自分の持っている知識を元に現実を認識し、受け取る。
 彼の脳の中には、現実には起こりえない、逆に言えば創作だからこそ何でもありな世界の知識が詰まっている。
 事情の説明は無しで異世界に放り込まれる、神様に送り込まれる、あるいは呼び寄せられる。
 超能力者が、巨大な爆発のエネルギーが、人々の思いが、仮想の世界ならば何でも起こす事を知っていた。
 マヴラヴという作品では、白銀武という主人公が、元の世界から召喚され、その世界の人類を助けるために戦っていた。
 一度は失敗したが、文字通りの意味で人生の二回戦に挑み、そして多くの犠牲を払って最終的に勝利を掴み取る。

「理解が早い人間は好きだよ」

 目の前の存在は抑揚のない声でそう言った。
 
「君には一万ポイントをあげよう」

「それはどうも」

 抑揚のない声で、無表情で、そのような台詞を吐く目の前の存在に恐怖を覚えつつ、それでも彼は答えた。
 一万ポイント。
 ただのほめ言葉としては前後の経緯から出てくるはずのない表現である。
 何か絶対に意味のある言葉だ。
 そう思いつつ、一言も聞き逃さないように相手を見る。

「その態度は非常によろしい、もう一万ポイントだ」

 また一万ポイント。
 持ち点がないとすれば二万ポイント。
 目の前の良く分からない存在がよほどその言葉を気に入っているのでなければ、確実に意味のある言葉だ。

「君の前任者たちは大変に無能でね。
 誰もが持ち点だけで送り出され、死んでしまった。
 ここまでの経緯を踏まえて、君には期待するよ」

「同じ事をした人たちが何人かいたという事でしょうか?」

 口調を今更ながら敬語に改める。
 目の前の目の前の存在は、確実に何か特別な存在である。
 偉そうな態度も、恐らく無意味にではなく意味がある。
 他者(この場合は俺)に対して圧倒的に優位を持っている、あるいは存在自体が高位である。
 そのどちらかだ。

「・・・よろしい。
 君の態度は実によろしい。
 もう一万ポイントをあげたところで、説明を始めよう」

 目の前の存在は無表情で褒め、そしていつの間にか出現した椅子に腰掛けて画面を見た。
 ようやく、真っ黒だったモニターが点灯し、世界地図が映し出される。
 日本列島の大半と南北アメリカ大陸、その他世界各地の数箇所が青く光っている。
 別な表現をすると、地球上のほぼ全ての地域が真っ赤に光っている。
 赤はBETAの支配地域、所々にある数字付きの印はハイブと呼ばれる彼らの拠点だろう。
 僅かな青は人類領域。
 決死の防衛戦闘や地形的要因によって辛うじて生き残っている人間たちの生存圏だ。

「この世界は大変な危機に晒されている。
 詳しい事情の説明は君には必要ないだろうね?」

「原作のスタート時点の状況と考えてよろしいのでしょうか?」
 
「それに近いと考えてくれて構わんよ。
 ああ、もう少しばかり人類の領土は少ないがね」

「であれば説明は不要です。
 いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」

 俺の質問に、目の前の存在は頷いた。
 もう一万ポイント、と小さく呟いている。

「質問は三つです。
 一つ目、私は一人で現地に行くのでしょうか?
 それとも、先ほどから頂いているポイントを使って仲間などを連れて行けるのでしょうか?
 二つ目、作中の人物の役割を代わりを勤めるのでしょうか?
 あるいは、何らかのアシストを受けて作中の世界に存在していた人物として参加するのでしょうか?
 それとも、世界に存在していなかった人物として出現するのでしょうか?
 最後の三つ目ですが、元の世界に戻る事は出来るのでしょうか?」

 一度に尋ねてしまう。
 冷静な思考を保てるように極力勤めてはいるが、どうしても口を開くと言葉が止まらなくなってしまう。
 
「全ての質問について、君の選択次第であるという回答になるね」

 目の前の存在はそう答えた。
 一瞬意味がわからず頭の中が真っ白になるが、思考を手放さないように必死に意識をつなぎとめる。
 これまで理性的な対応をしてきた相手が意味もなく挑発してくるはずがない。
 つまり、この回答は言葉通りの意味を持っているはずだ。
 選択次第。
 つまり、さっきからもらっている合計で四万ポイントを使って、何かが出来るという事だ。
 某戦略級ガンダムシミュレーションゲームのオリジナルモードのように、好きな人物や装備を『購入』できるという事なのだろうか。

「君の考えている事でおおむね間違いはない。
 もちろん、ルールはあるがね」

 目の前の存在がそう言うと、モニターの表示が変わった。
 メニュー画面のようなものが現れる。
 人物、装備、施設、設定といった項目が並んでいる。
 というか、どうやら俺の考えている事はダイレクトに伝わっているようだ。

「これを使って、君の好きなように自分の立場をデザインするといい。
 不明な点は聞きたまえ」

「ありがとうございます」

 素直に感謝の言葉を述べ、いつの間にか目の前に出現していた机を見る。
 そこにはマウスとキーボードが置かれており、メモをしろということだろう、メモ帳とペンもある。



[8836] 第二話『出撃準備』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2011/04/04 01:50
「手順はあるのでしょうか?」

 ありがたくメモ帳を手に取りつつ俺は尋ねた。

「基本としてはまず、君の立場をどうするかを考えるべきだな。
 その身一つで登場することも可能だし、この世界に戸籍と履歴、立場を用意することも可能だ。
 さまざまな能力を持って登場する事もできるし、強力な友軍を率いて参戦も出来る。
 だが、ルールがある」

「どのようなルールでしょうか?」

 ある程度予測は付くが尋ねてみる。

「どちらも、ということは出来ない。
 君を強力にするのならば仲間は連れて行けないし、仮に特別な存在として出現するのであればこの世界に君はいなかった者としてしか無理だ。
 元々いた存在としてであれば、例えばこの世界の将軍家のような、絶大な権力を握る人物としては駄目だ」

 なかなかにルールは厳しいらしい。
 つまり、俺TUEEEEをするのであれば仲間を連れて行くことは禁止で、一人で行くにしても世界経済を闇から操る“機関”の最高司令長官みたいな設定も禁止なわけか。

「仲間を連れて行かない、という仮定の場合、つまり自分を強化する場合にもやはり制限が?」

「衛士としての基本的な能力、知識は自動的に付与される。
 これは君が生きていくために必要なものなのでサービスだ。それ以外については見てもらったほうが早いだろう」

 俺の質問に目の前の存在は画面を指差す。
 誰も操作していないにもかかわらず、メニュー画面が勝手に進んでいく。
 人物→自分→能力。
 と勝手にカーソルが進んでいく。
 容姿・身体能力・特殊能力・精神力・知識と項目が並んでいる。
 なかなかに手が込んでいるな。
 身体能力の項目にカーソルが合うと、プルダウンメニューが現れる。
 不老不死:全ポイント、人類もしくはBETAの攻撃のみ無効:全ポイント中半分、一度だけ復活:全ポイント中四分の一。
 その他にも色々とあるが、なかなかにポイント消費量が大きい。
 特に、全ポイントに対しての割合で求められるのが厳しい。

「様々なルールが存在している。
 適時質問したまえ」

 それだけ言うと、目の前の存在は沈黙した。
 とりあえずやってみるかとマウスを手に取る。
 画面右上の表示によると、俺の持ち点は十四万点。
 サービスで四万ポイント貰ったという事は、元々十万ポイント持っていたと考えるべきか。
 各項目を見て、自分が取りえる選択肢を確認する。

「なるほどねぇ」

 約二時間、たっぷりと吟味した俺は思わず声を漏らした。
 自分自身に関しての項目は、他者に対するそれよりも消費量が大きいことが判明した。
 また、友軍として連れて行ける仲間や兵器は、あくまでも自分自身の知っているものだけである事もわかった。
 この知っているという点が面白く、別に会社の同僚や友人のみ、という意味ではなく、知識として見聞きしただけのものも含まれる。
 つまり、ハンス=ウルリッヒ・ルーデルを筆頭に最強軍人軍団を作る事もできるし、アムロ・レイを隊長にロンドベル隊を呼び出す事も可能なのだ。
 兵器についても、Hi-νガンダム師団も作れるし、戦艦大和を旗艦とする聨合艦隊を思いつく限りの艦艇を加えて作り上げる事もできる。
 
「君のたどり着いた結論は間違っていないよ」

 念のため尋ねたところ、目の前の存在は俺の考えを肯定してくれた。
 おまけでさらに一万ポイントもくれた。
 どうやら理知的な言動をするとポイントをくれるらしい。
 俺の前任者たちは一体どれだけの醜態を晒していたのだろうか。
 とにかくこれで十五万ポイント。
 増える事は確かに嬉しいが、それで何でも好きな望みが叶うようになったわけではない。
 多数の選択肢の一つ、あ号標的、つまり敵の地球上における最高指揮官を倒した後に、元の世界へ帰還できる。
 これを選ぶと、全ポイントを消費してしまうのだ。
 選ばないのであれば、少なくともルール上では元の世界へ戻れない。
 だが、味方も戸籍もなしにあの世界に放り出されれば、最悪の場合誰に会うことも出来ずに焼死・窒息死・墜落死・圧迫死・かべのなかにいる・BETAに喰われるといったオープニングになってしまう。
 これだけいやらしいルールを作る存在だ。
 ランダムに出現場所を任せれば、きっとろくでもないことになる。
 ここまで言えばわかるように、自分の出現場所についてもランダム・もしくは任意で決めなければいけないのだ。
 BETA支配地域の場合は消費ポイントはゼロ、人類支配地域の場合では、安全度に応じてポイントが上がっていく。
 出現場所について消費される上限は一万ポイント。
 
「好きなだけ悩んでくれ。だが時間は有限だよ」

 画面右上、持ち点の下にはタイマーがある。
 残り時間は7時間52分31秒。
 止めるのならば一万ポイントが必要だ。

「まあ、仲間がいない事にはどうしようもないな」

 人物の項目から、仲間を連れて行くを選択する。
 メニュー上の、自分についての項目が消えてしまうが、悔いは無い。
 ちなみに、選択した結果として使用できなくなった選択肢は消滅する。
 ひとつ前の状態に戻すのにはやはり一万ポイント必要だが、どちらにせよ自身を不老不死にするという選択肢は選べない。
 不老不死と、最強の力(超能力なり非人間的な戦闘能力)は、どちらかしか選べないのだ。
 つまり、不老不死だがその他は普通の人間か、空前絶後の戦闘能力を持ってはいるが被弾すれば死ぬ英雄か、どちらかになる。
 だが、俺は一般的な日本人男性である。
 前線で戦い方を覚える前に死ぬ可能性が非常に高いし、不老不死、という表現にとても不吉な響きを覚える。
 不老不死と肉体的な意味での無敵は、果たしてイコールで結ばれているのだろうか?という事である。
 それならば、頼れる仲間たちを呼び出して、俺は原作知識を元に代表者を務めるのが良いだろうと考えたのだ。
 それ以前に、いかに有能であろうとも、一人で出来る事など短時間の局地戦闘が限界だ。
 例え戦術レベルであろうとも、地図上に記号として表示できる程度の戦力規模は必須だ。
 
「現実かアニメか、それが問題だな」

 これも選択なのだ。
 俺が知っている現実世界の軍人は、稀代の英雄か歴史に残る無能者だけである。
 まあ、これはその他大勢に分類される将校や下士官兵の名前を記憶するほど見聞きする機会に恵まれていないから仕方がない。
 例外もいるといえばいるが、それは第二次世界大戦と冷戦時代の一握りの存在に限られる。

「どちらにするべきなんだろうな」

 架空の存在については、もちろん大量に知っている。
 総司令官レベルから訓練兵まで、なんでもござれだ。

「無難にいくならばガンダムになるのかな」

 もちろん人型二足歩行兵器で集団戦を行う作品は無数にある。
 だが、自分が知る中で一番知っているのはガンダムになる。
 初代から最近までテレビでやっていたものまで、種類は豊富にある。
 しかし、問題点としてガンダムの登場人物、それも優秀な人物は信じられない程にポイント消費量が多い。
 例えば、初代からZZガンダムまで、主人公のみオールスターとすれば、なんとそれだけで十万ポイントを消費してしまう。
 対して現実に存在していた軍人たちは、伝説級の人物でも一人最高五千ポイント。

「まてまて、ひょいと与えて直ぐに使えるのか?」

 念のために質問してみると、答えはNOだった。
 一万ポイント使えば機種転換できるらしいが、ただでは出来ないらしい。
 それならば簡単だ。
 現実にしろアニメにしろ、自分に従ってもらうためには一人千ポイントが必要になる。
 ここは、架空の存在で固める事にしよう。
 架空の人物を使用する、をクリックすると、現実の人物の選択肢が消滅する。
 さようならハンス=ウルリッヒ・ルーデル大佐殿、貴方は偉大な人物でしたが、航空機が活躍できない世界がいけなかった。
 俺は架空の人物を選択してから、用いるべき兵器についての思考を始める。

「人型兵器といえば、エヴァにアーマードコア、ウァンツァーにヘビーメタル。
 量産が効くものは少ないな」

 その後も思いつく限り並べてみたが、ある程度の量産性を保ったこの世界に適正のある機体は少ない。
 ワンオフ機の類は除外すると、ガンダム、ヴァルキリー、レイバー、ボトムズ、ヴァンツァー、エルガイム、ドラグナー、アーマードコア。
 ざっと考えて俺が思い出せるのはこのあたりになる。
 ガンダムとヘビーメタル、ヴァルキリーとアーマードコアは技術レベルからいって製造ラインが高すぎるので却下。
 逆にレイバーやボトムズについては戦闘能力からいって死亡率が酷い事になりそうなのでこれまた却下。
 残るはヴァンツァーとドラグナーになるが、後者は空を飛べず、電子戦も意味がない戦場では厳しい。
 主人公機の量産型であるドラグーンは強いと聞いているが、あいにくと俺は見た事がない。
 丁寧に候補を消していき、そして最後に残ったのはヴァンツァーだった。
 しかし、これは三次元機動ができない。
 それでは最終決戦で役に立つことが出来ないし、普通の防衛戦でも地中からBETAが現れればなすすべがない。
 悩んで悩んで悩みぬいた挙句、俺はアーマードコア、通称ACを持ち込むことにした。
 製造ラインが死ぬほど高いが、持ち込む機数を減らす事で対抗しよう。

「さて、パイロットだ」

 これがまた問題だった。
 一言でいうならば高い。
 散々戦ったおかげで各リンクス達の名前は覚えているが、使える連中は軒並み高価だ。
 かといって、低レベルな連中を連れて行ったところで意味はない。
 中距離射撃主体のウィン・D・ファンションと癒し役のダン・モロ、火力重視の有澤隆文は個人的な趣味として外せないとして、誰を連れて行くべきか。
 既に用意されている結論として、俺は主人公たる白銀武と巨大機動兵器凄乃皇(スサノオ)弐型を護衛できる戦力が必要だ。
 敵要塞に突入する最終決戦に参加できないのであれば、軍団規模でも連れて行かない限りはストーリーの引き立て役にしかなれない。
 機動力を重視するか、火力を取るか。
 少しばかり悩み、俺は火力を選んだ。
 敵は呆れるほどの物量と、百発百中の対空レーザーを持つBETAだ。
 地上戦においては、少しばかり綺麗な軌道を描いて見せたところで、レーザーで焼かれておしまいだろう。
 戦車型のスティレットも連れて行くとして、ポイント的にこれが限界だな。
 残りは八万五千点。

「主人公たちを補佐できるメンバーを集めたというところだね。
 さて、兵器については注意点が一つだけある」

 俺が兵器の項目を選択したところで、目の前の存在は突然口を開いた。
 無言で先を促すと、彼は説明を始めた。

「君はアーマード・コアを選択した。
 このタイプは、本体であるコア部分を含めてパーツ換装が出来る事が特長だ。
 しかし、君が行く世界ではショップは無い。
 もちろん整備保守は持ち込むプラントで生成可能だが、自由度は失われる」

 ここまで選択したところでそのような事は覚悟済みだ。
 それに、パイロットには彼らが扱う機体も付属している。
 戦闘中に撃墜されて失われない限りは大丈夫だろう。

「ちなみに、ラインはポイント消費で持ち込めるようですが、それを動かす人員はどうなるのでしょうか?」
「保守部材と人員については必要ない。
 無人で製造から保守までこなす無敵プラントを用意しよう。
 だが、君はそれらを維持運営できる資源を何とかして入手しなければならない」

 嫌らしいルールだ。
 何が何でも現地の人間たちと交渉を行わないといけないようになっているらしい。
 ああ、俺用の機体も用意しないと駄目か。

「サービスで私は戦術機を操れるという事ですが、これは機体を選ぶのでしょうか?」
「いや、君が選択した搭乗機に最適化される。
 好きな機体を選ぶといい」

 ありがたいお言葉だ。
 メニューを選ぶと、差分も含めた様々な機体が表示される。
 まあここは、後々の事を考えて撃震ブロック215だろう。
 これは旧式の77式戦術歩行戦闘機撃震を近代化改修し、そこへXM3という高性能OSを搭載した新鋭機だ。
 機体性能自体は後の新機種たちに劣るが、この機体のOSが持つ優位性はそれを用意に覆す。
 俺の搭乗機自体を交渉材料の一つとできるだろう。

「俺の予備機とACのためのプラント、あとは拠点についてか」

 拠点、それは出現場所を含めて多くのポイントを必要としている。
 現在の持ち点は、俺の予備機とAC用の整備プラントを購入したために残り三万七千ポイント。
 出現場所を選択するために一万ポイントを予め差し引いておき、事実上二万七千ポイントだ。
 強化コンクリートによる整地と格納庫、管制室、滑走路、福利厚生施設、宿舎。
 これらは信じられない程に安い。
 現状に倍する戦力を収容できるようにしたにも関わらず、七千ポイントしか消費しない。
 残りは二万ポイント。

「ここでポイントを余らせたのは君が初めてだよ」

 目の前の存在は、やはり抑揚の無い声で驚いたかのような言葉を発する。
 実際には驚いているのかもしれない。

「残り二万ポイント、誰か手ごろな英雄を選ぶか」

 カーソルを移動させようとして、小さなボタンを発見する。
 何か別の項目があるようだ。
 現れた文字を朗読する。

「技術開発、だとぅ?」

 プルダウンメニューには様々な文字が記載されている。
 新型合金開発、エンジンの効率化、火砲の強化、無人防衛システム開発、強化型歩兵装備開発。
 魅惑的な言葉が並べられている。

「そこを見つけたのは二人目だよ」

 目の前の存在はどうでも良い情報を伝えてくる。
 俺は、目の前に並べられた文字に心を奪われ、満足な回答が出来ない。
 XM3と同じく、これらの技術情報は人類全体の生存確率を向上させる役に立つ。
 もちろん、現地勢力との交渉のカードにもなるが。

「千ポイント!全部千ポイントだ!」

 思わず歓声を発してしまったとしてもバチは当たらないだろう。
 ずらずらと並ぶ新技術開発に必要なポイントは、全て千ポイント。
 数は全部で20個。
 狙ったかのような数量である。
 迷うことなく全項目を選択し、そして終了をクリックする。
 
「準備は終わったようだね」

 目の前の存在は確認するように言った。
 全てのポイントを使いきり、俺はある種の達成感に近いものを覚えていた。
 仮に俺がいなくとも、これだけのメンバーと装備、それに技術情報を持っていけば、人類の勝利は確実だろう。
 それも、原作のように主人公を取り巻くヒロイン全てが死ぬような悲惨なものではなく、よりよい形で。

「準備はいいね?もっとも、ここでこれ以上何かできる事はないはずだが」

 この世界では圧倒的戦力を誇る部隊を用意した。
 最強に近いOSを搭載した戦術機も準備完了だ。
 多くの技術情報を引っさげ、世界の命運を握る基地の隣に拠点を構える。
 しかし、目の前の存在が言うとおり、これは準備段階に過ぎない。
 俺は、これらを率いてマヴラブオルタネイティブの世界に登場しなければならないのだ。
 自分の命を賭け、人類のより良い勝利に貢献しなければならない。

「それでは、私の世界をよろしく頼みます」

 目の前の存在は最後の最後で正体を明かし、そして俺の視界は白い光に包まれた。
 行く先はわかっている。
 平行世界の2001年10月22日月曜日。
 国連軍横浜基地、そこへ繋がる桜並木の先。
 日本国神奈川県横浜市柊町跡地である。



第18次BETA殲滅作戦開始
現在所持ポイント:0

保有技術:
01:XM3開発データ
02:新型合金開発
03:エンジンの効率化
04:戦術機携行火器の強化
05:スラスターの改良
06:ブースターの改良
07:発展型不知火
08:第四世代戦術機基礎理論
09:戦車級用近距離防護火器開発
10:発展型不知火改良型
11:生産の効率化技術
12:AL(アンチ・レーザー)弾頭の改良
13:発展型AL弾頭
14:長距離火砲の改良
15:無人防衛システム開発
16:発展型無人防衛システム
17:地中振動監視技術の改良
18:発展型地中振動監視技術
19:G弾(BETA固有の元素使用の大量破壊兵器)の改良
20:発展型G弾技術




[8836] 第三話『初陣』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/05/23 21:10

2001年10月22日月曜日 AM10:00 国連軍横浜基地の隣 自軍基地

「総員戦闘モード起動、敵襲に備えろ」

 意識がしっかりした時、俺は愛機のコクピット内で命令を発していた。
 衛士としての基礎的な能力とやらがどこまでを定義しているのかは不明だが、少なくとも戦闘機動くらいは取れるだろう。
 素早く各部のチェックを行う。
 モニターから得られる情報を理解できる事を確認する。
 機体の状態はオールグリーン、全兵装満タン、よろしい。

「各機へ通達、直ぐに隣の基地より非友好的部隊がやってくると思われる。
 発砲は俺が許可を出すか撃墜されてから。復唱せよ」

 言い方こそ違うが、同じ意味の復唱が返される。
 リンクスは、驚くほどに型にはまらない連中だ。
 だからこそ個人の戦闘スキルに期待できるというメリットはあるけれども。
 俺が現状に満足している間にも、目の前の国連軍機地では警報が鳴り響いている。
 格納庫から飛び出してきたのは、恐らく即応状態にでも置かれていたであろう戦術機小隊だ。
 一動作ごとに無駄な間を置きつつこちらへとやってくる。

「何者だ!そこで止まれ!」

 こちらは既に戦闘状態を整えているにもかかわらず、悠長に呼びかけを行ってくる国連軍。
 恐らく、手前でやたらと電波を発しているのが隊長機なのだろう。

<<各機戦闘用意、安全装置はかけたままにしろ。
 俺がまず交渉してみる>>
<<しかし小隊長、あいつらが敵だったらどうするんですか?>>
<<それを調べるためにも、まずは交渉だ。
 蜂の巣にしてから帝国軍だとわかったら、えらい事になるぞ>>

 どうでもいいのだが、通常通信で会議をするのはやめてもらいたい。
 思わず失笑してしまいそうになるし、こんな連中が友軍になるのは遠慮したいところだからな。

「我々は第四計画に参加すべくここへやってきた。
 香月副司令にお目通り願いたい」

 通常通信で会話しているのをいい事に、所属を明かさずに一方的に述べる。
 まあ、明かすべき所属など元よりないのだが。

<<お前たちの確認が先だ。
 ただちに武装解除し、機体を降りろ。おかしなまねをすれば撃つ>>

 ごもっともな意見だが、牢屋から始まるストーリーというのは好みではない。
 第一、そんな始まり方をしたら、せっかく新兵器や技術情報を持ってやってきた意味がない。

「申し訳ないが、戦闘体制を解除するのはやぶさかではないが、香月副司令に通信を繋いでもらいたい。
 繰り返すが、我々は第四計画に参加すべくやってきた。頼むからつないでくれ」
<<全機発砲しろ!>>

 通常回線から国連軍衛士の命令が聞こえる。
 可哀想に、指示は秘匿回線で下すべきだという基本原則すらまともに覚えていないらしい。
 原作の中で、国連軍横浜基地の連中はぶったるんでいるという描写があったが、どうやらその通りのようだ。

「聞く耳持たずか。無理もない」

 素早く機体に回避軌道を取らせる。
 ありがたいことに、彼らの射撃の腕はあまりうまくはないらしい。

「国連軍機は手早く済ませろ、死人は出すな。
 直ぐに本命が出てくるぞ」

<<有澤重工、雷電だ。
 各機聞いたな、急いで丁寧に済ませるのだ>>

 有澤隆文社長は、俺の副官役を務めてくれるらしい。
 緩やかに散開しつつあった各機は、命令を聞いて一気に突撃を開始する。。
 国連軍にとって、これは悪夢だった。
 突然現れた謎の部隊。
 一機は撃震に見えるが、それ以外は見たことも無い機体たちだ。
 それらを操っている衛士たちは恐ろしく優秀である。
 緊急回避を行っても命中させてくる狙撃手、距離を詰めようにも、中距離に入る間もなくそれ以外の機体によって撃破されてしまう。
 運の良い数機が接近できるが、直後に動きのいい撃震によってメインカメラを機体頭部ごと跳ね飛ばされてしまう。

<<動きの良い新型が多数、基地内部より接近中>>

 歩兵部隊を施設へ入れないために牽制攻撃を行っていたダンから通信が入る。
 カメラを望遠に切り替えると、横浜基地からまとまった数の戦術機部隊が接近してくるのが目に入る。
 数が中途半端で、明らかに統制が取れていないのが普通の部隊、その隣の集団がイスミヴァルキリーズだろう。
 女性だけで構成されているとはいえ、数々の実戦経験と厳しい訓練を耐え抜いた精鋭部隊だ。 
 厄介な事この上ない。
 我々の部隊が、ただの部隊であれば。


「少佐」
<<まさかとは思うが、私のことか?>>

 ウィン・D・ファンションが尋ねてくる。
 特定の固有名詞を出していないのに返事をしてくるあたり、わかっていらっしゃる。

「僚機を頼む。それ以外は動きの悪い方を破壊してくれ」
<<心得た>>

 有澤の返答を聞きつつ、俺は機体を突撃させた。
 まずは手前の一機目。
 突っ込んでくる俺に、手に持った突撃砲を向けてくる。
 
「ひとぉーつ人の世の生き血を啜り」

 突き出されたそれを片手で押し上げ、反対に持つ長刀で頭部を切断する。
 暗号回線に切り替えているらしく、目の前の機体に乗っているのが誰かは分からない。

<<動きが鈍いな>>

 仲間を一撃で破壊したこちらに砲を向けた一機を、少佐が一撃で行動不能に追いやっている。
 至近距離から放たれたレーザーは、敵機の両腕ごと87式支援突撃砲を吹き飛ばしたようだ。

「ナイスアシスト!」

 感謝の言葉を叫びつつ、俺は倒れようとしている最初に破壊した敵機を盾に敵部隊へと突入する。
 ブーストを全開にして加速。
 着地した際の機体の衝撃吸収動作を利用して次の敵機へ飛び込む。
 捨て身に見えて全ての射線をかわす俺の動作に驚いたのか、目の前の敵機は何も動作をしない。

「ふたぁーつ不埒な悪行三昧」

 左腕に突撃砲を食らわせ、右腕を長刀で切り飛ばす。
 必然的に左半身が前に出た状態になるが、そのままバックブーストで後ろへと飛び去る。
 残る敵機たちが俺へと武器を向けるが、少佐の支援射撃がそれらを破壊していく。
 本来であれば少佐にすべてを任し、俺はどこかで様子を見ているだけでも十分である。

「みっつ醜い浮世の鬼を、退治てくれよ桃た」

 別に俺の名前は桃太郎ではないが、巨大な戦術機で刀を振り回すという行動に興奮してしまったようだ。
 だが、戦闘中にふざけるのはやはりよくない。
 舌を噛みそうになるし、若干ながらも注意力が散漫になる。
 もう少しで、飛来した砲弾を喰らうところだった。

「なんのこれしき!」

 未だにバックブースト中ではあるが、推力を最大まで引き出しつつスラスターの力を借りて上空へと進行方向を変える。
 眼下を見ると、こちらを見上げて何故か動作が硬直している戦術機たちが見えた。
 そういえば、一時的な跳躍ではなく、文字通り空を飛ぶという動作はこの世界の戦場ではありえない事だったな。
 唖然としてしまうのも仕方がなかろう。

<<助けはいるか?>>

 有澤のありがたい質問が飛び込んでくる。
 選択した機体に最適化されているという表現は過言ではなく、俺の操る撃震は、まるで自分の手足のように自在に動作している。
 だが、数に勝る敵とあえて戦う趣味は俺にはない。
 この撃震がいかに異常な性能を持っているかは十分に理解してもらえただろう。

「無力化にとどめてくれ」

 その言葉に回答はなく、代わりに無数の榴弾が飛び込んできた。
 伊隅戦乙女隊全10機、全ての破壊を確認。
 もちろん国連軍も全滅している。

「敵戦力の全滅を確認。戦闘モードのまま待機」

 極めて事務的な口調で命じつつ、俺はこの先をどうしようかと悩んでいた。
 こんな事ならば、もっと前線に出現してBETAと遊んでいたほうがよほど楽な展開だった。



[8836] 第四話『交渉』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/05/23 21:11

2001年10月22日月曜日 AM10:24 国連軍横浜基地の隣 自軍基地

 大量生産した残骸の前で、俺は途方に暮れていた。
 記憶が確かならば、我々は救援部隊としてこの世界にやってきたはずだ。
 それが、気が付けば横浜基地の機動戦力を殲滅している。
 これは後々の展開に影響を与えるだろう。
 せめて、最悪の中の最善に繋がるようにしなくてはならない。

「あーあー、テステス、本日は晴天なり。
 香月夕呼副司令殿、聞こえておりますでしょうか?」

 先ほど傍受していた周波数で呼びかけてみる。
 まあ、恐らくはどのような周波数で呼びかけたとしてもモニターしているだろう。

<<聞こえているわ。お名前を教えてもらえるのかしら?>>

「自己紹介をしましょう」

 俺は通信機に向かってそう語りかけた。
 出来る限り丁寧かつ友好的に聞こえる声音でそれを行う。

<<どんなステキな組織名が飛び出してくるか、それを考えただけでもワクワクするわ>>

 通信の相手は香月夕呼。
 横浜基地副指令を勤め、オルタネイティブ4という人類の生存を賭けた計画の責任者を務めている。
 見た目は理知的で巨乳で気が強そうな日本人女性だが、その頭の中には人類最高の頭脳が詰まっている。
 専攻は忘れたが博士号を持っていたはずだ。

「端的に述べますと、我々は救援部隊です。
 とある場所から、皆さんを救うためにやってきました」

 俺の言葉に相手は沈黙する。
 まあ、我ながら白々しい台詞だとは思っている。
 現在俺たちの周囲には、戦闘不能な状態に破壊された国連軍機が散らばっている。
 片腕を骨折した不運な衛士一名以外は重傷者すらいないが、22機もの戦術機を叩き壊しておいて救援部隊と言っても信じてもらえないだろう。

<<私の知らないうちに救援の定義が変わったようね。参考までに、どんな組織の人間か教えてもらえるかしら?>>

「ですから救援部隊です。指揮官は私、所属は足元の基地、組織名は、そうだな、8492戦闘団とでもとしておきましょうか」

 自分の事ながらネーミングセンスの欠如に失望する。
 とはいえ、α任務部隊だの快速反応部隊だのと格好を付けたところで名前自体には意味はない。
 だとすれば、何か特別な意味があるようにも見え、実際には何も意味がないこの名前をつけておこう。
 それにしても、自分で言っておいてなんだがふざけた物言いをしている。
 自らの所属を、とでもしておきましょうか、ときたものだ。

<<それで?何をどう助けてくれるのかしら?
 ああ、もしかしてこの地獄のような世界から永遠に開放してくれるとか?>>

 ああ、怒っているんだろうな。
 相手の回答を聞きつつ内心で困り果てる。
 全てを話し合いで解決できればいいのだが、と考えていたのだが、異星人相手とはいえ戦時下の世界を甘く見ていた。
 ドンパチするならするで技術情報を分かりやすく開示するために戦闘を行ったわけだが、それはそれでやりすぎたか。

「ある意味でその回答はイエスですね。
 我々は、BETAを地球から駆逐するためにやってきたのですから」

 余りにも傲慢な言い方をしたせいか、相手は沈黙する。

<<そういう事であれば全ては水に流して話をする必要がありますね。
 こちらの基地に来て頂けるの?>>

 一瞬の間の後に返ってきた回答は、想定されていた中でも随分と良い分類にはいるものだ。
 何らかの策を考えている事は間違いないが、少なくとも理性的に接しようとはしてくれるらしい。

「そうですね、突然押しかけておいて、さらにこちらへお呼びしたのでは失礼です。
 直接お伺いさせて頂きますよ」
<<後ろのステキな戦術機さんたちも一緒に?>>

 きちんと興味は引けているようだ。
 まあそうだろう、平行世界についてを研究している女性の前に、突然沸いて出た謎の基地と部隊。
 そこの指揮官らしい人物が、お見せしたいものがあると言っている。
 これで興味を引けなければお手上げだ。
 
「美しい女性へのご挨拶に、無骨な甲冑を纏っていったら失礼に当たります。
 私のみ、生身でお伺いさせて頂きますよ」
「あら、そう。じゃあ待っているわ。できるだけ早くきてちょうだい」

 会うための交渉は予想以上にスムーズに進み、俺は単身で横浜基地へと訪れた。
 敵意むき出しの正門警備に笑顔で挨拶し、そのまま基地施設へと案内される。
 そこから先の展開は、予想通りと言うべきか想定外と言うべきか悩む。
 とにかく、横浜基地を訪れた俺は、建物の中に入るなり守備隊の手によって拘束されていた。
 
「私の荷物も運んでもらえたようですね?」

 鞄に書類とノートパソコンを入れ、えっちらおっちら歩いて十五分。
 腰に下げた拳銃を取り上げられ、当然ながら鞄も没収される。
 挙句の果てには行儀良く両手を挙げていたにもかかわらず、手錠まではめられてしまった。

「ちょっと黙ってて」

 俺の目の前で書類に見入っている香月副司令は、俺の持ち物であるはずの書類に見入っている。
 その姿は控えめに言って美しい。
 漫画のように椅子に縛り付けられていなければ飛び掛っているところなのだが。
 まさか、そこまで考えて!?
 なんと恐ろしい女性だ。
 だがしかし、愛とは障害があればあるほど燃え上がるというものだ。
 立場を超え、所属を超え、このロープという物理的な障害すらも乗り越えて、二人は結ばれる。
 なんと美しい姿だろう。

「あんた、何か下らない事を考えていないかしら?
 先に言っておくけど、あんたの考えるような事なんて全てお見通しだと言うことを忘れないでおいて」

 なーんちゃって。
 文字通りの意味で、俺の思考はリーディングされているんだから、もちろんお見通しのはずだ。
 そうだろう?ソ連科学アカデミーで生み出された、オルタネイティブ第3計画の生き残り、杜霞、またの名を、トリースタ・シェスチナ君。

「アンタ!?」

 そこまで脳内で言い放ったところで、取り乱した様子の香月が拳銃を向けてくる。
 おっかないじゃないか。
 銃を持つ手は小刻みに震え、目は殺意を込めてこちらを見ている。

「三時間以内に私が戻らないと、基地の連中が総攻撃を仕掛ける事になっています。
 帝国軍の増援があろうとなかろうと、ここは消滅するでしょうね」

 脅しをかけてみるが、俺を向いた銃口は震えつつも他を向いたりはしない。

「そうなれば第四計画は強制終了。
 お空の上で逃げる算段をしている連中は大いに喜ぶ事でしょう」

 縛られて拳銃を向けられるというのは正直勘弁してもらいたい。
 おまけに、目の前の女性は俺がどういう情報を持っているのかを知らない。
 拳銃を道具として交渉することにも慣れていないようだ。

「貴方が先ほどまで見ていた書類。
 そこに書かれている内容の続きが気になりませんか?」

 刺激を避け、出来るだけ友好的に語り掛けなくてはならない。
 何が何でも、こちらの持つ情報をせめて伝えるだけでもしなくては。

「その銃口をどけてさえくれれば、無抵抗の男を撃ち殺すより愉快な話をしますよ」
 私は第4計画を大いに進展させられる情報と、貴方のお役に立てる技術情報を持っています」

 銃口はまだこちらを向いている。
 
「もっと具体的にですね?
 つまり、第4計画を完了に導くための情報と、その完成度をより高める役に立つ技術に関しての情報を私は持っています」

 銃口は動かない。
 
「00ユニット起動後に必ず発生する致命的な問題を解決する方法。
 既存の戦術機を大幅にアップグレードする方法や、新世代の戦術機の基礎理論、BETAについての情報。
 もちろんそれ以外にも多数の有益な情報があります。
 必要ではありませんか?参考までに聞いてみるつもりはありませんか?
 その上で私が必要ないのであれば、我々は独自の方法で人類の生存率向上のための行動を取ります。
 決して貴方の計画の邪魔はしませんから、どうぞこの基地から叩き出して下さい」

 俺を睨む銃口は、全く動こうとしない。
 畜生、こっちは怖くてそろそろ失禁しそうなんだ。
 表情も無残な事になりそうだし、手や足の震えを意志の力で押しとどめるのも限界だ。
 勘弁してくれよ。

「わかったわ」

 心の中で泣き言を叫んだところで、ようやく銃は下げられた。

「思考を読まれている状態で泣き言を叫ぶっていうのもなかなか度胸が必要だったんじゃないかしら?」

 ニヤリとしつつこちらを見てくる。
 あーそうだよ、怖かったよ。
 文字通りの意味で死にそうだったんだから当然だろう。

「大変な恐怖を感じていた事は否定できませんよ。
 貴方だって身動きが取れない状況で、何を考えているのかわからない相手に銃を向けられれば同じ感情を持つはずです」

 出来る限り丁寧な口調で遺憾の意を伝える。
 営業マンをやってかれこれ三年。
 関係が浅い相手に対して自らの感情を素直に発露しても、それで好意を抱いてもらう事は難しい事は学んでいる。

「営業マン?確か貴方は例の武装組織の指揮官だったと思ったんだけど、何か勘違いでもあったのかしら?」

「お願いですから、口を開いて会話しませんか?
 私の思考を読み続けるのも結構ですが、会話がしづらくて仕方ないんですが」

 俺の提案は幸運にも認められ、以後の会話については、思考は読み続けるが口に出した事についてのみ語り合う事になった。
 相手の思考を読めるということは大変に便利なようだが、読まれる側からすれば面倒でしかない。
 ああ、もちろん君個人に対して含むところがあるわけではないよ杜さん。
 
「それで、たくさん私に教えてくれることがあるようね」

「ええ、もちろん全てを無償で、とはいきませんが」

 ようやくの事で交渉を再開できた俺は、笑みらしいものを何とか口の端に浮かべることが出来た。

「あら、貴方はそれらの技術や情報を知っているわけではないの?」

 と香月博士。
 不思議そうな表情を浮かべている。

「もちろん知っていますよ。今からここで読み上げる事も可能です」

 可能なんですよ。
 俺が知っている情報や技術は、書類に収めて金庫に保管されているのではなく、細部まで脳内に書き込まれているのだ。

「じゃあ、私が拷問や洗脳の専門家を集めれば、直ぐにわかるって事なんじゃないかしら?」

 悪魔のような笑みを浮かべて恐ろしい事を言われてしまう。
 人類の危機という国家的どころか世界的非常事態、必要ならば、なんでもできるだろう。
 一人の国籍不明の人間をどうこうするぐらい、わけもないはずだ。

「それは限定的な効果しかありませんよ」

 またもや不思議そうな表情を浮かべられる。
 意味がない、ではなくて限定的な効果と俺は言った。
 先ほど銃を向けていた相手に言う言葉としては不適切だ。
 思考が読まれているとはいえ、ここは嘘でも意味がないと言わなければならない。

「限定的、と言うことは多少の効果はあるみたいね?」

「ええ、普通の人間ではなく貴方相手に言うわけですから、多少短くする事はできるでしょう。
 それでも新技術についてを話すわけですから、一番短いものでも二十分はかかります。
 さて、人材と拷問器具と薬物を揃えるのにどれくらいかかりますか?
 貴方は拷問の専門家には見えない。
 三時間、実際にはあと二時間三十分ほどの間に、どこまでできますかね?」

 三時間以内に帰らなかった場合、この基地を破壊する。
 それは嘘でも脅しでもない。
 本当に命じてきたことだ。
 絶対に罠だ。間違いなく酷い目に合う。
 異議を唱えるリンクスたちを納得させるために、それだけは約束してきたのだ。
 
「せっかくの新技術も、敵についての情報も、灰になっては意味がない。
 そして私は、貴方にとって価値のあるものを、人類にも貴方個人にとってもデメリットがない代償でご提供できます。
 できれば薬物と拷問器具ではなく、会話でそれを入手して頂けませんか?」

 何といわれてもいい。
 俺は苦痛やそれを理解できなくなるような状況は求めていないのだ。

「それで、貴方にキスでもしてお土産を持たせて基地に帰したとして、素直に私に情報を渡してくれるという保障は?
 まあ、本当に価値のある情報を持っているのかどうか、わからないけれども」

 仰るとおりだ。
 地球のBETAに対して効果的な打撃を与える方法。
 オルタネイティブ第4計画を成功させ、恐らくは最終的にBETAを地球からたたき出せる方法。
 それは、実績と経験、知識によって裏打ちされた形では提供できない。
 
「BETAについてはともかく、技術情報については今すぐ可能ですよ。
 そして、私は初めから最低一つはそれを提供するつもりできました。
 だからこその三時間なのですよ」

 この提案が呑まれなければ、そこまでだ。
 面倒だが、何らかの手段で日本帝国軍の然るべき部署に連絡を取らなければならない。
 俺の言葉を聴いた香月副司令は、しばらく黙り込むと口を開いた。

「とりあえず、話してちょうだい」

 それから一時間をかけて、俺は地中振動監視技術の改良についてを伝えた。
 技術情報だけあってその伝達にはかなりの時間が必要であり、また検証にも時間が必要だった。
 しかし、確認された瞬間はちょっとしたお祭りになった。
 突然地中から現れるBETAたち。
 それは前線で戦う人類にとって、大変恐るべき存在なのだ。
 俺の伝えた技術は、その恐ろしさを今までの三分の二程度にするだけの破壊力を持っている。
 これだけでもオルタネイティブ第4計画は価値があったと言われるだろう。
 今後も情報を提供する事を条件に俺は解放され、基地へと五体満足で戻ることが出来た。
 
「やっぱり拘束されたよ」

 俺の部屋、格好よく言うと司令官執務室に戻った俺は、リンクスたちに素直に報告した。
 だから言ったじゃないかの大合唱に包まれたが、両手で押しとどめるジェスチャーも使ってそれを抑える。

「もう二度と、一人でどこかの基地に行ったりはしないよ」

 心の底からの言葉でもあったし、彼らは俺の言葉を無条件で信用するように洗脳されている。
 今回の一件は、それでおしまいとなった。
 もちろんの事ながら、次の日からは多忙になる。
 俺たちは日本帝国でも国連でもなくて、香月副司令に情報や戦力を含む様々なサービスを提供する。
 その戦力は副司令が年間24ドルで基地ごと恒久的に借り受ける。
 金を受け取る必要はないのだが、まあこれは洒落のようなものだ。
 24ドルという価格に、アメリカ人たちはきっと苦笑してくれるだろう。
 ちなみに、所有者を便宜上日本政府のままにしていた俺たちの基地の足元は、光の速さで行われた香月副司令の国有地購入によって私有地になっている。
 帝国軍や国連、あるいは米国。
 その全てから問い合わせが行われ、傍受はしているが対外的には周波数を知らないことになっている俺たちは全てを無視した。
 香月副司令に俺が知っている情報を伝え、人類の生存率向上に繋がる形での協力を約束させられる。
 こちらからすれば願ってもないことだ。
 それから一週間後、俺たちは支援車両の一団を従えて新潟に向かっていた。



[8836] 第五話『食料調達』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/05/23 21:12

2001年10月29日月曜日 15:40 日本帝国軍新潟第十二監視基地付近

「しかし、嫌なものだな」

 新潟へ向かう国道上で、俺はトレーラーの窓から外を眺めつつ呟いた。
 そこから広がる景色は荒涼としているが、別にそれについての感想ではない。
 現在の俺たちは、新潟方面にてBETAと実際に交戦し、その生体サンプルと戦闘データを回収するという名目で行動している。
 どちらも嘘ではない。
 しかし、実際には食料の確保という重要な目的が隠されている。
 戦闘と食料の確保にどのような相関関係があるのか、それについては随分と長くなる。
 俺が運よく開放され、基地にたどり着けた直後の出来事だ。
 居並ぶリンクスたちにだから言ったじゃないかの大合唱で出迎えられ、それを押しとどめた後までさかのぼる。

「パーティーをやりましょう!」

 書類片手に俺の部屋へやってきたダン・モロは、人懐っこい笑みを浮かべてそう提案した。
 先ほど廊下から賑やかなやりとりが聞こえてきた後に彼が登場したということは、今後の庶務をやってくれるという事なのだろう。

「パーティー?」

 神様の嫌がらせによって脳内に納められた技術情報の書き取りを余儀なくされていた俺は、目の前の笑顔の男に不思議そうに尋ねた。
 随分と気前よく技術情報を入手できたと思ったら、その出力に問題があった。
 ペンを使って書くことは出来るのだが、キーボードを使って打ち込もうとすると、頭の中にあるはずの情報が出てこなくなるのだ。
 結果として、残る19の技術情報は手書きにて用意しなければならなくなった。
 これがやっていられない。
 注釈なども付け加えなければならないため、枚数が尋常ではないのだ。
 現在作成中の論文と仕様書を書き上げるまでに、あと八時間必要な計算になっている。
 再計算や添削が必要ない鮮明に記憶している技術を書き出すだけでだ。
 これは絶対に嫌がらせである。

「やろうパーティー。直ぐに倉庫へ行くぞ」

 驚くほどのモチベーション低下を感じた俺は、早速ダンと一緒に倉庫へと足を運んだ。
 食料品、医療品、その他生活雑貨、保守部材などは全てそこへ保管されている事になっている。
 衛生面からどうかと思われるのだが、化学物質や燃料、武器弾薬については別の場所にあるのだから大丈夫らしい。
 らしい、とはダンの言葉だが、先ほど庶務に就任したばかりの彼に何が分かるのかは不明だ。
 ひょっとして、俺が知らないだけで原作ではそういった仕事もしていたのかもしれない。

「自動扉を抜けると、そこは雪国だった」

 思わず呟いてしまったが、雪国の方がよほどましである。
 俺の目の前には広大な空間が広がっている。
 それは舗装され、周囲にはコンクリート製の壁があり、そして天井がある。
 天井にはレールが張り巡らされ、サービス品らしい作業用の車両や非武装のヴァンツァーが置かれている。
 部屋の端には怪しげな機械が置かれており、それは室外から入ってくるダクトのような通路のような機械の終点になっている。
 しかし、それしかない。

「お?ダンボールみっけ」

 硬直している俺の横をダンがすり抜け、倉庫の端に並んで置かれていたダンボールへと歩み寄る。
 そう、この巨大な倉庫には、何もないのだ。
 設備しかない。
 十個ばかりのダンボールしか物資が保管されていない。
 戦術機だけでも数十機から下手をすれば百機ほどが入りそうな施設であるにも関わらずだ。
 俺は無言で入り口の直ぐ隣にある管理室へと飛び込んだ。
 基地内の構造は全員の脳内に記録されている。
 もちろん、そこに置かれた設備や機器の操作方法もだ。

「も、目録は?目録はどこだ?」

 震える手を必死に制御しつつ端末を操作する。
 管理システムを呼び出し、基地内の物資の状況を確認する。
 緊張の余り流れ出した汗が目に入り、開けていられないほどの痛みを訴えてくる。
 それを無視して画面を睨みつける。
 やがて、ウィンドウの中に絶望的な情報が表示される。

*********************************************************************************
需品管理システムVer1.00 横浜総司令部 2001年10月22日月曜日 10:00時点データ 
                                       
 食料:野戦食2型(日本食)210個
 医療品:風邪薬1箱、頭痛薬1箱、胃薬10箱、整腸剤10箱、睡眠薬10箱、包帯1巻
 生活必需品:なし                              
 雑貨:ボールペン5本、A4コピー用紙1,000枚、三十センチ定規1本、トランプ1箱  
                                       
                                       
                                       
                                       
以上、次回更新は13:00時
*********************************************************************************

「うそ、だろう?」

 五人分の食事が二週間分。
 医薬品は何故か消化器系だけ充実しているが、それ以外は一般家庭以下。
 生活必需品は無し、雑貨は文房具と何故かトランプがあるだけ。
 そこらへんの一般的な日本家庭を持ってきても、これよりよほど充実している。

「食べ物はもう運んでもいいですか?」

 ディスプレイを除いて硬直している俺に、ダンは何でもないことのように尋ねた。

「許可します。ちょっと一人にしてください」

 暢気にパーティーが出来る気分ではなかった。
 一人になって一分間、俺は石のように重くなった胃を擦りつつ脳を回転させた。
 食料すら交渉材料にされかねない状況で、どのようにして自分たちの立場を守ればいいのか?
 この世界の覇王になるつもりなど全くないが、自主独立が物理的に不可能では、その発言になんら説得力がない。
 買い付けようにもこの世界の貨幣は持っていないし、第一そのような行動を誰にもわからないようにする事は不可能だ。
 
「いっそのこと、AC持ち出して畑泥棒でもするか」

 余りにも笑えない冗談を口にしつつ、管理システムにさらに尋ねる。

「武器弾薬は?予備部品や燃料はあるのか?」

 システムに尋ねると、すぐさま回答が帰ってくる。
 武器については歩兵用の銃火器しかないが、弾薬については全員が全弾を数十回撃ちつくしても余裕があるほどの在庫があるらしい。
 燃料も同様だ。
 予備部品については、五回フルメンテナンスが可能。

「他は?他には何があるんだ?」

 呟きつつ検索を続ける。
 施設の動力源は、おいおい、核融合発電だと。
 チート全開じゃないか。
 燃料はペレット一年分。
 なんじゃそりゃ?発電用燃料の事?
 細かい事は教えてくれないってことか。
 で、なんで10tトレーラーが二十台もあるんだ?
 無駄に人工知能搭載自律行動型で、防衛用35mm連装機関砲とか屋根に乗っけてるし。
 なんに使うんだこんなの?

「だめだ、絶望的だ」

 背もたれに全体重をかけて寄りかかる。
 このままでは、山のような武器弾薬に埋もれて全員餓死だ。
 だが、食料を分けてくれと隣家のドアを叩くわけにもいかない。
 毎日三食分だけ運ぶなどという簡単な方法で首輪をつけられたらこの世界に全く干渉できない。
 別に国連軍横浜基地、もっと言えば香月副司令の下に元々付くつもりなのだから、所属する事自体については問題ない。
 だが、不必要なまでにこちらの立場を低くする事はまずい。
 食料がないという事は、生殺与奪の権利を彼女に与えてしまう。
 それでは何か我々にとって不利益となりえる事態が発生した際に、選択肢が狭まってしまう。
 思わずこぼれそうになる涙を抑えようとして、不意に疑問点が沸いてきた。
 保守部材などは確か“生産”できるはずだ。
 そのプラントは他に何かできないのか?
 というわけで、早速端末を使ってプラントの管理システムを呼び出す。
 装備、弾薬、燃料、食料、淡水、その他。

「だよなぁ、食料が用意できないんじゃどうしようもない」

 安堵のため息を漏らしつつ、食料を生産する場合の材料について確認する。
 ふむふむ、とにかく1トンのBETAを用意すれば、同じトン数の食料が手に入るわけね。
 医薬品も生活雑貨も、その他武器弾薬装備に保守部材も、全てが同じルールのようだ。

「マジかよ」

 先ほどから独り言が多いが、それはそうだ。
 動作原理は不明だが、ノーメンテで無限稼動、材料を投入すれば直ぐに欲しい物を用意してくれる。
 その材料とはBETAであり、そして運ぶための車両もサービスで付いている。
 ここまでは問題ない。正しく夢のマシンだ。
 この世界では、BETAなぞ呆れるほど多量に存在している。
 だが、オプションとして存在するという事は健康面からは問題ないだろうが、BETAが元の食料を食べる事には抵抗がある。
 実物はまだ目にしていないが、あれらはイラストレベルでも十分にグロテスクな存在だ。
 食料についての膨大なメニューを見ていると、秋刀魚だの小麦粉だのと表示されているからBETAの丸焼き(闘士級)が出てくる事はないようだ。
 しかしだ、恐らくは味の面も本来の味が出るのだろうと予測されるが、それでもだ。
 俺は、元BETAの食料を受け付けることが出来るのか?
 悪夢のような現実を前に、しかし俺は膝を屈する覚悟が出来つつあった。




[8836] 第六話『対BETA戦闘(初陣)』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/05/23 21:14

2001年10月29日月曜日 15:40 日本帝国軍 新潟第十二監視基地

「こちらはグラーバク01、8492戦闘団各機は直ちに戦闘に加入しろ、友軍機の急な機動に注意」

 加速を始めた自機の中で、俺は簡潔な命令を下していた。
 リンクスは集団行動は取らない。
 一応8492戦闘団という部隊になっているが、その枠の中で彼らは好きに行動をしている。
 作戦目標は敵の殲滅。
 追加目標として一人でも多くの友軍を生還させ、一体のBETAもエリア外に突破させない。
 シンプルであり、普通の戦術機ならば困難な任務である。
 上記に加え、俺はリンクスたちといくつかの約束をしている。
 一つ、機体を捨ててでも必ず生還する事。
 二つ、困っている人がいたら助ける事。
 三つ、知らない人からの通信には答えないこと
 四つ、許可なく戦域を離脱しない事。ただし、非常時には許可する。
 五つ、コジマ粒子を必要以上に撒き散らさない事。
 六つ、誤射に気をつける事。
 以上が俺とリンクスたちとの約束事である。

<<貴様らは何者だ!?>>

 突然帝国軍指揮官から通信が入る。
 当然である。
 彼らは崩壊寸前ではあるが、一応統制を保って戦闘を行っている。
 そこへ圧倒的戦闘能力を持つとはいえ、別の指揮系統の友軍が合流すれば、彼らの今までの作戦行動が破綻してしまう。

「こちらは国連軍横浜基地所属8492戦闘団、指揮官のグラーバク01だ。帝国軍指揮官と話をしたい」
<<今忙しい、国連軍が何のようだ?>>

 呼べば直ぐに答えが返ってくる。
 指揮官先頭を実践しているのか、彼も交戦中のようだ。

「新兵器の試験中に戦闘に巻き込まれました。
 邪魔はしませんので、共同戦線を張らせていただけないでしょうか?」
<<わかった、一番西のエリアを頼む、いきなりでは共闘が難しいからな>>

 帝国軍と国連軍は不仲と聞いているが、最前線の指揮官たちは随分と現実的な思考をするようだ。
 それで助かっているわけだから異論はもちろん無い。
 一番西のエリアとは、あと一分以内に崩壊するであろう防衛戦力が壊滅状態の場所だ。
 我々はBETAとの戦いも帝国軍との共同作戦も初めてなのだから、まずは余計な配慮抜きでBETAと戦いたい。
 その贅沢な頼みを、彼は聞いてくれたわけだ。

「ご配慮に感謝します、全機聞いての通りだ。
 総員移動開始、前方にBETA部隊。
 8472戦闘団の諸君、速やかにエリアB12に集結し、敵を殲滅セシメヨ」

 俺の指示を彼らはきちんと聞いてくれる。
 あちこちの戦域で大暴れを始めていたリンクスたちは、通り道のBETAたちを速やかに射殺しながらB12へと移動してくる。
 レーダーマップ上の敵軍を示す赤い面が食い荒らされつつ、青い光点がこちらへ向かってくる。
 敵の数は膨大だ。
 ざっと見ただけでも連隊規模はいるだろう。
 BETA連隊が人類の歩兵連隊と同じ数で構成されていると仮定したならばの話だが。
 
「我々はここを任された。
 で、あるからには責務を全うするぞ」

 目の前に単騎で突破してきたらしい要塞級が現れる。
 そのまま進めば正面衝突コースだったが、素早く機体を左へと滑らせ、スラスターを使って右を向く。
 真横を通過した要塞級が繰り出した触角を回避しつつ、わき腹に一弾倉分の砲弾を叩き込んでリロードする。
 従来型のOSを搭載した戦術機では不可能な動作だが、XM3を搭載しその操縦に最適化、つまり熟練した衛士にはたやすい事だ。
 
<<こちらは雷電、背中は任せろ>>

 さすがは社長。
 飛び込んできた通信に思わず表情が緩む。
 
「俺は撃ち漏らしを潰す、全機好きに戦ってくれ」

 BETAはキモイね。
 機関砲を放ちつつ冷静に思う。
 現在のところ、リンクスたちの反則的な戦闘能力によって俺の仕事はない。
 彼らにはこの世界の常識を超越した機体性能と、異常な火力を誇る装備がある。
 そして、恐らく一番弱いであろうダン・モロでさえも、この世界から見れば伝説級のエースパイロット並みという戦闘能力を持っている。
 これで阻止戦闘が出来なければどうしようもない。

「当エリア担当の帝国軍へ通達します。
 我々が支えられるうちに後退し、補給を行ってください」
<<こちらドッグ11、アメリカの犬なんぞに助けられる必要はな>>

 唐突に通信が途切れる。
 レーダーマップを見ると、どうやら撃墜されたようだ。

<<こちらドッグ12、全機後退しろ、早くしないと全滅するぞ!>>

 指揮を引き継いだらしい機体から指示が行われ、定数36機から僅か9機に減少した戦術機大隊が後退を始める。
 可哀想な事に、彼らはそうなるまで後退すら許されなかったのだ。
 陸戦における全滅の定義は戦闘部隊の三割の喪失、壊滅の定義は五割の喪失と言われている。
 つまり、五割以上の損害を受けている彼らは、既に全滅どころか壊滅を通り越している。
 そのような敗残兵の集団が、逃げる事すら叶わず戦闘を続行していたのだ。
 これだけでも日本帝国軍の戦意の高さと、対BETA戦における人類の劣勢がわかる。

「要請を聞いていただきありがとうございます。
 各機一体も逃がすな、俺が苦労するからな」

 指示を下しつつも後退し、地中振動監視用のソナーを設置する。
 俺の周囲では、トレーラーに乗せてきた自律拠点防御装備の設置が進められている。
 無人の車両から自動制御のクレーンで下ろされ、プログラムによって予め定められた動作で攻撃準備を整える。
 並みの衛士が操る戦術機に対しては圧倒的に劣る戦闘能力しかないが、物量で突き進むだけのBETAに対してこれらの無人兵器たちは随分と役に立つ。
 高速機動戦闘を行うネクストを部下にしている俺が言うのも変な話だが、柔軟な作戦によって構築された強固な陣地は強力なはずだ。
 陣地の構築は無人兵器たちに任せ、戦闘に参加する。
 俺たちは地中から多少の奇襲を受けても何とかなるが、一定以上の突破を許せば後方の友軍が危ない。

「異常振動はなしか。
 まあ、歴史に名前が残らないような小競り合いで大規模浸透突破をされても困るがな」

 自分が知る限りでは、本日の日付での有名な出来事は何もない。
 であれば、神経質になる必要もない。

<<こちら雷電、担当エリアの敵勢力の殲滅を確認。
 しかし奴らは隣から流れ込んできているぞ>>

 報告に戦術モニターを見ると、帝国軍が担当しているエリアから多数のBETAが向かってきている。
 戦術機に比べれば、ネクストは非常に複雑なコンピュータの塊である。
 そして、BETAはより高性能なコンピュータを狙う習性がある。
 こちらへやってくるのは当然である。
 
「頑張ってくれ、それだけ友軍が生き残りやすくなる。
 すまないな」

 戦術モニターは恐ろしい現実を伝えてくる。
 先ほどまで友軍を突破しようとしていた赤い面が、全てこちらへと向かってくる。
 並の戦術機に比べれば随分と強いが、あくまでも単機に過ぎない俺としてはリンクスたちに頼るほかない。
 酷い話だよな。

<<わかって言っているのが酷いな>>

 少佐に冷たくされるのがたまらない。
 もっと痛みを!

<<何を言っている?>>

 不思議そうに尋ねられる。
 わかっている、こちとら正常な思考を保つことが困難な状況なんだ。

<<雷電より全機、隊長を援護しつつ全BETAを撃滅せよ。
 支援車両群は前進開始、隊長機周辺に展開しつつこれを援護>>

 指揮権を取り上げられてしまったようだ。
 だがそれがいい。
 冷静に会話する余裕すらない。
 BETAが近い、BETAが多い、BETAが多すぎるんだよ!

「こっちみんなぁぁぁ!!!」

 絶叫しつつ両手に持った機関砲を連射する。
 あれだけ撃ってもどうしていなくならない!
 なんでリンクスがこんなにいるのにいなくならない!
 
<<前!>>

 少佐から鋭い声で注意が飛んでくる。
 見れば、腕を振り上げた要撃級が迫る。
 随分と早い最終回だったな。
 人間の生存本能が生み出したスローでモノクロな世界の中で、俺は目を閉じた。
 そして、衝撃がやってきた。

<<輸送車両防衛システム正常動作中。
 接近中の敵性生命体に対して攻撃実行。排除完了>>

 無機質な声が報告してくる。
 目を開くと、35mm機関砲の集中砲火を受けたBETAたちが撃退されていくのが見える。
 先ほどの衝撃は、撃ち抜かれたBETAの残骸が機体にぶつかったものだったようだ。
 指揮権を剥奪されていて良かった。
 そうでなければ、今頃は機体の上半身ごと殴り飛ばされているところだった。

「感謝する、これよりグラーバク01は戦列に復帰。
 周辺戦区から流入しつつある敵勢力の殲滅を実施する。
 各員の奮闘を期待する」

 いかに熟練の衛士としての腕を持っていても、軍人としての心構えができていなければこんなものか。
 自身を冷めた目で見るというのも面白い。
 そんな事を思いつつ、俺はネクストたちと肩を並べて戦うべく前進を続けた。
 設計思想が違うとはいえ、技術レベルが違いすぎる我々は、周辺戦区から流入を続けるBETAたちを殲滅した。
 



[8836] 第七話『BETA=資源』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/05/25 21:21

2001年10月29日月曜日 21:51 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 倉庫搬入口

 新潟での大活躍の後、祝賀会へと誘ってきてくれた現地守備隊指揮官に詫びつつ我々はBETAを積み込んで横浜へと帰還した。
 頭を切り離したり胴体の大半を吹き飛ばされた死体ばかりだが、それでも道中は生きた心地がしなかった。

「一番トレーラーから搬入開始だ。小型種の出現に警戒せよ」

 油断して死ぬよりは警戒して疲労する方を選ぶ俺は、部下たちにもそれを強要しつつ搬入作業を眺めていた。
 トレーラーから切り離されたコンテナは、搬入口に接続されている。
 油圧式らしいアームが金属音をならせつつそれを一気に持ち上げていく。
 清掃車が清掃工場に廃棄物を捨てるのと同じ動きだ。
 重い音を立ててコンテナの中身が搬入口へと落ちていくのが聞こえる。

「第十八次生体スキャン完了。各トレーラー内部の熱源異常なし、動体反応なし、異常音源なし」

 搬入システムが報告する。
 ルーティンワークは機械に任せるのが一番である。
 機械は同じことの繰り返しを面倒だからと手を抜かないし、うっかりチェック項目を見落とす事もない。
 もちろんスペック以上の事は期待できないが、それは機能以上の事を求めようとする人間が悪いだけの話だ。

「一番トレーラー搬入完了。コンテナの洗浄に移ります」

 余計な事を考えているうちにも作業は順調に進捗している。
 取扱説明書によると、この資材搬入システムは全自動で搬入から次回出撃用の整備までをしてくれるらしい。
 まず、トレーラーが搬入口に接続し、アームによるコンテナの保持を待ってそれを切り離す。
 コンテナは巨大なアームによって50度という急角度に傾けられ、内部の資材を搬入口へと放り込む。
 資材たちは重力に引かれて落下した後、クレーンによってベルトコンベアに乗せられ、プラントへと流し込まれる。
 それが何なのかは知らないが、資材たちはプラントの中でクレートと呼ばれるインゴット状の固形物に変換され、生産注文を待つ。
 あとは基地の管理システムから欲しい物を注文すれば、メニューにある物ならば何でも出てくるわけだ。
 中身が空になったコンテナは、内部の破損チェックと薬液による洗浄が施され、再びアームでトレーラーに戻される。
 コンテナの接続が終わると、トレーラーは自動で格納庫へと戻り、車体全体の整備が行われて次回の出撃を待つ。
 以上の動作が、全て自動で行われるわけだ。
 チートここに極まれり、だな。

「三番トレーラー搬入完了。コンテナの洗浄に移ります」

 システムが報告する。
 今回の搬入分でこの近辺に多量の無人防衛設備を配備しておこう。
 そうすれば、以後は搬入作業に立ち会う必要がなくなる。
 思い立ったが吉日で、早速管理システムを呼び出す。
 施設の項目から防衛設備を選択する。
 ふむ、35mm連装機関砲ユニットは六トンか。
 こいつを四基設置するとして、設置場所はどう選ぶんだろうか。 

「四番トレーラー搬入作業に入ります」

 システムからの報告に一瞬だけ注意を向けると、三番トレーラーが退避し、搬入口に四番トレーラーが滑り込むところだった。
 これを全て自動でやってくれるというありがたみに感謝しつつ、設置作業に戻る。

「ふむ、わかりやすいな」

 RTSをやった事のある人間ならば馴染み深い、基地を斜め上から見たマップがモニターに現れる。
 砲塔については、360度の旋廻が出来る場所であればどこでも設置可能なようだ。
 搬入口を全周から攻撃できるようにして設置する。
 ほほう、給弾設備を含めて9時間でやってくれるのか。
 ありがたいことだ。
 管理システムから、建設のための工兵車両が不足していると報告がある。
 今後の事も考え、一通りの機種を用意する。
 ドーザに油圧ショベル、クレーンにモータグレーダ、ダンプとトラック、そしてロードローラーだ!
 あとはシステムが必要と言ってくる車両や装置を一通り用意する。

「六番トレーラー搬入作業に入ります」

 先ほどは思わず興奮してしまったが、無理もない。
 戦闘車両は確かに雄雄しく、美しく、魅力に溢れているが、建設機械についてもその魅力は同様である。
 想定された目標を確実に破壊するための機械が兵器である。
 それに対して、平面の設計図にかかれた物を現実の世界に構築するのが建設機械だ。
 二つは相反する目的を持つものであるが、いずれにも共通しているのが機能美に溢れているという事である。
 今回の異世界への召喚は色々と不本意なところがあるが、自分の好きな機械を持つ事ができるということは大変に嬉しい。
 例え貴重なクレートを多量に消費するとしても、男の子ならばここは歓喜し、興奮し、躊躇しないところである。

「七番トレーラー搬入完了、コンテナの洗浄に移ります」

 次に用意すべきなのは食料だ。
 使用する重量が少ない事から後回しにしていたが、そもそも、急な出撃を行ったのもこれが不足しているからである。
 項目が複雑になるので栄養のバランスが崩れないように適当に一トンほど発注する。
 内訳を見ると生鮮食品の類が少なめになっているが、これは鮮度維持のために少なくしているだけであり、不足したら随時発注としておこう。
 
「十番トレーラー搬入完了。コンテナの洗浄に移ります」

 報告に意識を向けると、いつの間にか搬入作業は最終段階に入っていた。
 今回の搬入量は合計100トン。
 そのうちの88トンが既に使用されており、残りは12トンになる予定だ。
 全てが順調に進んでいるな。

<<電子戦警報、電子戦警報、登録済み友軍周波数による広域レーダースキャンを確認。
 スポットジャミングの準備完了、指示をお願いします>>
「ジャミング発信待て。
 まずは横浜基地を呼び出してくれ」

 恐らく、こんな真夜中に全機出撃で警戒態勢を取っている我々に不信感を抱いたのだろう。
 確かに契約し、そして先ほども友軍として対BETA戦闘を行ってきたばかりだが、完全なる信用を得るにはまだ早い。

<<通信が繋がりました。
 香月副司令官殿です>>

 しかし、普通に会話をしているが、基地の管理システムは恐るべき能力を持っているな。
 人間と淀みなく会話が出来るAIというのは驚愕に値するもののはずだ。
 まあそれはいいとして、今は会話をするべき時だ。

「いつも大変お世話になっております。
 そちらの基地からレーダー照射を受けているようなのですが、何かご存知ですか?」

 出来る限り好意的な笑みを浮かべて尋ねる。
 発砲を受けたわけでもないのに額に青筋を立てて怒鳴りつけたのでは、自分に忍耐力がないと思われてしまう。
 まあ、広域スキャンとはいえレーダー照射をするということは戦闘行為に等しいのだが。

<<随分と早い反応ね。
 帰還するなり夜中に妙な事をしているから、不審に思った基地の連中がレーダーを使ったそうよ。
 それで、こんな時間に何をしているのかしら?>>

 全く持ってごもっともな理由だ。
 事前に当方の事情でBETAの死骸を回収するとは伝えてあった。
 全部死骸かと思ったら生きているのが混じっていて、それが脱走したとでも思われたのだろう。

「ご婦人の睡眠時間を減らしてしまい申し訳ありません。
 念には念を入れて、回収したBETAの搬入作業を監視しているだけです」

 ちらりとモニターを見る。
 十台のトレーラーたちは、その全てが格納庫へと戻ったようだ。

「それも全て終了し、我々はこれから機体をしまう所です。
 お騒がせしてしまい申し訳ありませんが、もうご安心ください」

 笑顔で通信を切ろうとするが、そうは問屋がおろさなかった。

<<100トンくらいかしらね?そんなにBETAの死骸を集めて何をするつもりなのかしら?
 奴らの研究データくらいならばいくらでも提供してあげるわよ>>

 研究が目的ならば飛び上がりたいほど嬉しい提案なのだが、現状では厄介なだけだな。
 プラントはとても仕事が速いらしいので、今頃BETAたちは物言わぬクレートになってしまっているはずだ。

「ご支援に感謝いたします」

 コクピットの中で丁寧に会釈する。
 本当は必要ないのだが、まあここで余計な疑惑をもたれても困る。

<<それはそうと任務ご苦労様。そちらの戦闘能力は確認したわ。
 少し込み入った話をしたいのだけれど、もう一度来てくれないかしら?>>

 通信技術がどんなに進歩しても、人間は直接相手の顔を見て最終決定をしたがるものである。
 本来であればここは馳せ参じるべきところだが、前回の例もある。

「正直を申しまして、戦闘のおかげでかなり消耗してしまいました。
 私ども内部での今後のプラン策定もありますので、辞退させていただけないでしょうか?」

 一言も嘘は言っていない。
 リンクスたちは知らないが、俺は疲労困憊の極みにいる。
 何しろ脳の重みを感じていると錯覚するくらいだからな。

<<あら、意外に軟弱なのね>>

 意外そうに言われるが、そもそも俺は一般サラリーマンだ。
 巨大人型二足歩行兵器を操縦して人類の敵と戦うなどという事は初体験だ。
 向こうからすれば歴戦の衛士にしか見えないから意外なのだろうが、こちらからすれば抱きしめて褒めてほしいくらいだ。

<<何か気に触ったかしら?>>

 通信機越しに叱られ、我に返ると、モニター越しにこちらを睨んでいる美女がいた。

「大変失礼いたしました。どうやら想像以上に披露していたようです<<ええっ!?旅団規模!?>>何か?」

 何やら素っ頓狂な声を上げているな。
 言葉の内容からして、一個戦術機甲大隊にも満たない我々が旅団規模のBETAを叩いた事を知ったのだろう。
 彼女ともあろうものが、小競り合いの部隊単位の結果を知るのにもここまで時間がかかるとはな。
 どうやら国連軍と帝国軍の反目はそこまで酷いもののようだ。

「明日にでもお越しください。
 一個師団でも二個軍団でも、お好きなだけの護衛を連れてきて頂いて構いませんよ。
 11時以降ならば喜んでお迎えいたします。では、失礼します」

 特に何もないようなので通信を切る。
 これ以上のストレスとは、遺憾ながら俺の脳が耐えられない。
 明日謝罪するにしても、今はこれが精一杯。

「スマンが俺は失神する、誰か助け出して寝かせてくれ」

 大変に情けないセリフを吐きつつ、俺は意識を手放した。
 後で聞いた話では、ハッチの開け方をシステムに教わるまで全員が右往左往していたそうだ。



[8836] 第八話『新仕様発覚』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/06/01 01:56



 あれから十年のときが流れた。
 幾度となく行われる佐渡島ハイヴの間引き作戦。
 そのすべてにおいて我々は重要な役割を果たした。
 無尽蔵に供給する武器弾薬。
 陣地構築に必要な機材と建材。
 人員不足を補うための無人兵器群。
 世界各国が終わりのない防衛戦闘で疲弊していく中、日本帝国だけが繁栄の道を歩んでいた。
 どこからともなく現れ、そして日々増え続ける軍需物資。
 人手不足を補う無人機たち。
 二重三重どころか五重六重に構築された自動防衛装置付き海岸陣地。
 日本人たちは、不運な奇襲を除いて人的損害が生じないという新しい戦争をしていた。
 
 そして今日、遂に日本帝国政府は佐渡島奪還作戦を開始する。
 参加艦艇197隻、投入する部隊数は十六個師団。
 その大半が無人機ではあるが、それでも大変な戦力である。
 
「作戦本部より全艦艇に通達。事前砲撃開始まであと二十分」

 本作戦の作戦指揮官から、待機中の全艦艇に通達が入る。
 今までの間引き作戦で回収された百二十万トンのBETAたち。
 事前砲撃とは、それら全てをもちいて用意された長距離ロケットを一時間に渡って撃ち込むという飽和攻撃だ。
 その後に生存が確認された集団へ艦砲射撃、無人機隊による海岸橋頭堡の確立、残る有人部隊の上陸となる。
 ハイヴの包囲完了後、六個無人戦術機甲連隊が突入し、状況に応じて最大で十個戦術機甲連隊までが後に続く。
 BETAの前に島がなくなってしまうと誰もが余裕の笑みを浮かべる手堅い作戦で、いかにBETAが強力だろうとも何とかなるだろう。
 本作戦に投入される戦力はアメリカ合衆国陸海軍が州兵を総動員しても真似が出来ない規模だ。
 小さなハイヴひとつを落とすのにこれだけ投入しても無理ならば、人類に明日は無い。

「軌道降下警報、軌道降下警報。
 現在佐渡島全域に囮部隊が降下中。BETAの出現するポイントを見逃すな」

 一体でも多くのBETAを地上に呼び出すため、廃棄予定の旧世代機を一個連隊軌道降下させている。
 降下中の再突入殻や降り立った無人機を迎撃するために出てきたBETAたちを、あとに続く砲撃で押しつぶすわけだ。
 リサイクルに回せば再び資源となる物を捨てるのだから、平時であればもったいないと非難される行為だ。
 しかし、今は戦時であり、今回は間引き作戦ではなくハイヴ攻略戦である。
 その作戦目標達成のためには無人の旧世代機一個連隊など惜しくない。
 人命が絡んでいないだけあり、軍上層部の誰もがそう公言してはばからなかった。

「軌道降下群第一陣を目視、レーザー照射を確認!」

 オペレーターが叫ぶ。
 高空から戦術機が降ってくるのだから迎撃は当然の事である。
 そして、今回の一個連隊を使った軌道降下作戦は、その光線級に迎撃のために地上へ出てきてもらう事が目的だ。
 凄まじい勢いで損害が発生しつつあるが、全ては計画通りに順調に進捗している。

「無人降下第一大隊全滅!第二大隊も損害が10%を超えました!」

 随分と叩かれたものだ。
 小競り合いでこれでは、今後軌道降下をする事はないだろうな。
 内心で呟いている間にも降下は続行されている。
 撃ち減らされた再突入殻が大地を砕き、そこに出来た臨時の塹壕へ戦術機たちが飛び込む。

「軍団規模のBETAを確認!光線級多数!重光線級も計測できないほど出現!?」

 疑問系で報告をするとは何事か。と呆れるが、気持ちは分かる。
 定期的に大規模な間引き作戦を実施していたというのに、この数は一体どうした事なのか。

「さらにBETAの増援出現中!第二と第三大隊が全滅しました!」

 これで残るは一個大隊。
 全てが有人機だったならば、今頃艦内はお通夜モードだったな。

「本土の指揮所より通達、事前砲撃開始、事前砲撃開始。
 展開中の各艦は流れ弾に注意せよ、以上です!」

 さあBETAたちよ、人類からのプレゼントだ。
 たっぷりと受け取ってくれよ。
 


2001年10月30日火曜日 11:34 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 執務室

「おはようございます。横浜基地の香月副司令がこられましたよ」

 目を開けるとそこにはダン・モロの顔があった。

「あと少しだったのに」

 思わず恨めしそうな声が出る。
 先ほどの夢は非常に甘美なものだった。
 そして、驚くべき事に今後の行動方針の一つの指標となりえる内容だったのだ。
 
「え?何かしていたんですか?自分はてっきり居眠りをしていたのかと思ったのですが」

 内容は有用なものだったが、傍目から見ればその通りなので何もいえない。
 第一、俺は夢の中で今後をシミュレートしていたのではなく、睡魔に負けたら偶然夢を見たに過ぎない。

「まあいいや、それで、香月さんはどちらに?」

 顔や髪に異常が無い事を確かめつつ立ち上がる。
 机に突っ伏して寝ていたが、涎や寝癖といった問題は発生していないようだ。

「応接室に通しました。
 護衛が歩兵一個小隊ほどいましたが、そっちは別室に通しています」

 二個軍団でもどうぞとは勿論冗談だが、歩兵一個小隊という中途半端な数が気になるな。

「外周警備を厳にしてくれ。ネクストは出さなくていい」

 ベテランたちの中では丁稚扱いだが、それでも目の前の男は通常兵器相手ならば無敵のリンクスである。
 獰猛な、というと過剰表現になるが、とにかく彼は不敵な笑みを浮かべて敬礼した。



2001年10月30日火曜日 11:36 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 執務室


「正直なところ、わずか一個小隊の護衛でいらっしゃるとは思いませんでしたよ」

 自分で入れた紅茶を出しつつ、内心を素直に告げる。

「あんな強力な機動兵器を保有しているアンタたちに、ちょっとばかり戦術機をつけて会いに行ってもしょうがないでしょう?
 それに、私嫌いなのよ」

 下着を見せつけようとでもいうのか、無防備に足を組んだ香月副司令は言葉を続ける。

「鉄砲とかむさ苦しい兵隊とか見せ付けて威圧するのって。
 私の脳みそが筋肉で出来ていると思われるなんてゾッとするわ」

 初対面の相手に拳銃を向けた人物が言う事ではないと思うが、本心なのだろう。
 前回のあれは、盛大に暴れすぎたこちらに非がある。
 大隊規模の戦術機を叩き潰しておいて、理知的、あるいは友好的な挨拶など望めるはずもない。
 むしろ威嚇でも一発も撃たず、一言でも怒号を浴びせられなかっただけ感謝しなくてはならない。
 ただでさえこちらは先ほど戦闘を行った相手の基地に護衛無しで訪問するという無配慮具合だったのだ。

「それで?わざわざ呼び出してなんなの?
 こう見えても忙しいんだけど」

 眉を寄せながら言われてしまう。
 なかなかに不機嫌なようだ。

「今後のところについて是非ご相談をさせていただきたく思いまして」

 そういいつつ持ち込んだスーツケースを机に置く。
 重金属が入っている事を示す重い音が室内に響き、傍らに控えていた女性下士官が微かに身じろぎをする。
 確か神宮寺まりもというキャラだったはずだ。
 外見は見麗しい妙齢の女性だが、軍隊で軍曹、それも教官を務めている人物だ。
 何かロクでもない事を考え付いたところで、俺なんてなすすべもなく制圧されるだろう。

「ご心配なく、中に銃火器の類は入っていませんよ。
 もちろん自分の基地で自爆テロをする趣味もありません」

 苦笑しつつケースを開ける。

「へーえ?」

 香月副司令が興味深げに呟き、微かではあるが神宮寺軍曹が息を呑む。
 ケースの中には無刻印の金塊が詰まっていたのだ。

「それで?これで何をしてほしいのかしら?
 言っておくけど、私はそんなに安い女じゃないわよ」

 全く興味がありません、という姿勢で尋ねられる。
 香月夕呼という捻くれた人物がこう言うという事は、内容次第では聞いてもらえるのだろう。
 もちろん、それは金塊というものが持つ個人的な意味での金銭的な価値ではないだろう。
 その金銭的価値を用いて得られる、他の人物に対しての効果に価値を見出したのだろうな。

「昨今の情勢を見るに、佐渡島対岸の本土に十分な防御体制を敷く事が、帝国軍の戦力温存に繋がると考えています」

 新潟の防衛戦に参加したばかりの俺が言う事だから、却下される事はあっても無視はされないだろう。
 そのような見積もりをしつつ言葉を続ける。

「佐渡島ハイヴにしろ、それ以外のものにしろ、攻略戦には訓練された軍人が必要です。
 我々は、第四計画に協力するという大目標の中で、帝国軍の戦力温存は必須項目であると考えています」

 詳細を話す前に、まず目的を告げておく。
 相手に自分のやりたい事を説明するための手段の一つである。
 もちろんの事ながら、相手にとってメリットになる事をする場合に限られる。

「それで?」

 プレゼンを始めた俺に対して、香月副司令はあくまでも冷たい態度で尋ねてくる。
 
「確かに技術的な意味では役に立つし、戦力も小規模ながら強力である事はわかっているわ。
 でもね、貴方は所詮小規模な軍事組織の指揮官に過ぎないわ。
 地球規模で行われている戦争に、違うわね、この極東戦線で、どれだけ役に立てるって言うのかしら?」

 ごもっともな意見である。
 ネクストは非常に強力な兵器であるし、俺が用意できる無人兵器たちも局地的には大変有効な戦力となりえる。
 しかし、そんなものは地球規模で行われる生存競争の、片隅に構築された極東戦線の、日本帝国担当地域の、その中でも一部でしか役に立たない。
 百個師団を率いるであるとか、大陸を消し飛ばす超兵器をもっているとか、そういった戦略的なものを持っていない俺には、歴史の一ページの片隅の数節しか出番がない。
 持ち込んださまざまな技術情報は必ず人類の生存確率向上に役立つが、それは別に俺が何かをしたわけではない。
 
「最低でも、新潟戦区における帝国軍の死傷者を減らせますよ。
 間接的には、それが他の戦区への援護射撃になるはずです。
 そして、日本帝国軍の損耗率低下は、第四計画遂行に当たって決してマイナスにはなりません」

 佐渡島ハイヴという邪魔な存在を消さない事には、日本帝国軍の全力の支援を得ることは出来ない。
 国連内部において第五計画を推し進めるアメリカ合衆国の影響力を消しきることが出来ない現状では、それは第四計画にとって実働兵力の不足という面でマイナスである。

「言いたい事はわかったわ。じゃあ、私はアンタに新潟を守ってこいと命令すればいいわけね」

 天才と話すと話が早いから助かる。

「ありがとうございます。私の持論の実証と、帝国軍への支援、貴方への協力。
 私が損得勘定もロクに出来ない馬鹿でないかぎり、全てが同時に実現できるご提案です。
 では、ご命令に従い、新潟の一部地域に部隊を派遣します。
 申請や細部につきましては、後ほど依頼書を提出いたします」

 立ち上がって敬礼しようとして押しとどめられ、その命令に安堵しつつ書き上げた仕様書を手渡す。

「本日の提出分です。お納めください」

 にこやかな笑みを浮かべて言い放った俺に対して、香月副司令は険しい表情を浮かべる。
 はて?何か気に触るようなことをしていただろうか?

「仕様書は貰っておくわ。
 それで、聞いておきたいことがあるんだけれど、いいかしら?」

 何故だろうか、妙に威圧感を感じる。
 それほどまでにマズイ何かをしてしまったのだろうか?

「さっき出されたコーヒー、香りもさることながら味がいいわ。
 どこで手に入れたの?私にも教えなさい!」

 先ほどまでの会話からの余りの豹変に驚愕するが、考えてみればこの世界では天然物の食料品は貴重品だった。
 主食の類ですらそうなのだから、嗜好品にいたっては想像しただけで悲しくなるような状況だろう。
 そんなところへ、合成食品とはいえ味や香り、見た目は変わらないものをだせば、このような結果は目に見えている。

「今お飲みの銘柄でよければ、明日にでも一袋届けさせますよ。
 ですから落ち着いてください!」

 つかみ掛かってくる香月副司令を力づくで引き剥がし、神宮寺軍曹の力を借りて何とか椅子に座らせる。
 やっと静かになったと安堵したところで、隔壁越しにですら聞こえる歓声が耳に入る。
 音源は、どうやら別室に待機している香月副司令の護衛部隊だろう。
 
「アンタ、まさか」

 チラリと時計を見た彼女が、驚きに顔をゆがめながら口を開く。
 現在時刻はいつの間にかお昼を回っている。
 そして、余りに待たせる時間が長ければ、昼食を出すように事前に命じてある。
 
「唐突ですけど、お昼を一緒にいかがです?」

 俺は諦めたように呟き、内線電話でダンを呼び出した。


2001年10月30日火曜日 22:11 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 自室

「俺は頑張った。良くやったよ」

 自分で自分を労いつつ、新たに書き上げた仕様書を鞄にしまいこむ。
 これで今後の対光線級戦術は大いに変わるだろう。
 満足感を覚えつつ、つけっぱなしにしておいたPCの電源を落とそうとする。

「ん?なんじゃいこりゃあ」

 画面の端で、メールらしいアイコンが点滅している。
 どうやら受信があったようだ。
 どうせメーラーソフトからの「ようこそ!」メッセージだろうと思いつつも確認する。

「ふんふん?戦術機(国連軍)撃墜ボーナス合計二万三千十六ポイントね?
 おお、戦術機(A-01不知火)の場合には一機あたり千ポイントなのか」

 無感動にメールの文面を読み上げ、俺は傍らのタバコに手を伸ばした。
 ライターを手に取り、火をつけようとする。

「あ、あれ?おかしいな?」

 手の震えが止まらない。
 俺はポイントを使い切ってこの世界に来たはずだ。
 あの管理画面でも、神様らしいあの男は確かに言った。
 この場ではもう出来る事はない。と。

「落ち着け、俺。
 落ち着けいや落ち着け俺落ち着け、こういう時は素数を数えるんだ」


 敵を倒すとポイントがもらえる?そんな内容は聞いていない。
 いや、正しくは聞きもしなかった。

「べ、BETAの搬入数100トン。あと900トンでプラントがアップグレード?
 なんだよ、どうなっちまうんだよ?」

 震えるマウスポインタを次へと書かれたボタンへと追いやる。
 力を込めて左クリック。
 画面には、かつて食い入るように見つめたあの画面が現れた。



[8836] 第九話『コマンダーレベル』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/06/08 03:00
2001年10月30日火曜日 22:12 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 自室

「こんなことがありえるのか」

 俺は自室の中で呟いた。
 視界の中には、かつてこの世界に訪れる前に見たメニュー画面がある。

「三万三千十六ポイント、フフフ、三万三千十六ポイント」

 画面を見つつ不気味に呟いてしまったとしても仕方がないだろう。
 このポイントで、俺は更なる戦力の増強が行える。
 増員か、設備の増設か。
 とりあえずメニュー画面を見る。
 俺の顔写真と名前の横に、コマンダーレベルと書かれている。
 現在のレベルは2になったばかりのようだ。
 なるほど、戦えば戦うほどレベルが上がっていくわけだ。
 まるでゲームだな。

「ほほう?」

 さてさて、メニュー画面に見慣れない文字がいくつか現れている。
 それらは同一の内容だ。
 ふざけたポップ体でNEW!!と書かれている。
 恐らくは何か追加されている事を教えてくれるのだろう。
 親切な事だ。
 レベルが1で始まったかどうかは確認していないが、恐らくスタート時はそうだろう。
 どうやらコマンダーレベルの上昇に応じて新技術や追加ユニットが使用できるようになるらしい。
 そんな衝撃の新事実はさておき、設備と書かれたボタンを押す。
 
「ほうほうほう」

 夜更けに一人で呟いている男。
 それはどう控えめに見ても怪しいものだったが、それはどうでもいい。
 遠隔地拠点防御セット・レベル1。
 それが何が出来るものなのかはなんとなくわかるのだが、具体的にどういう物なのかがわからない。

「旧OS搭載無人撃震一個大隊、MCV、第一支部専用クレート5千トン。おまけに一個機械戦闘工兵中隊、だとぅ?」

 MCVという単語はなんとなく聞いたことがある。
 確か、あれはアメリカ製のリアルタイムストラテジーゲームだったはずだ。
 俺の記憶に残されたイメージが正しければ、巨大で鈍足で非武装のトレーラーである。
 どうやら、現在画面に映し出されているそれであっているようだ。
 そして脳内の記憶と目の前の説明書きを見比べると、違いはないようだ。
 ある程度の広さがある場所に自走し、そして司令部を『展開』する事が出来る。
 トラックで機材を持ち込むのではない。
 車両自体が、司令部施設になるのだ。
 そこを基点に、発電設備や兵舎、車両基地などを設け、いつの間にか拠点が出来上がるわけだ。
 ゲームの中では当たり前の存在だったが、自分にとっての現実世界で与えられるとその便利さに感謝する。

「カ、カカカ、クカカカカカ」

 聞きなれない音だと思ったら、自分の喉が鳴らす笑い声だった。
 自分でも知らなかったが、俺はこんな奇妙な笑い声を出せるんだな。

「圧倒的ではないか、我が軍は」

 ついでに言うと、機械化戦闘工兵中隊とは本当に小型の人型ロボットで構成されたユニットらしい。
 Garden of Eden Servant Unit 略してG.E.S.Uと呼ぶらしい。
 発音としてはゲス、であっているはずだ。
 直訳すると、エデンの園の下僕とでもなるだろう。。
 説明によると、戦術機や設備のメンテナンス、そして陣地構築や基地施設の設営をしてくれるらしい。
 人的損害を気にする必要がない無人基地が、戦術機一個大隊と設営のための資材もあわせて三万ポイント。
 今ならばロボット戦闘工兵一個中隊もお付けいたします、か。
 なんともお得な話だ。

「買った!と言いたいが、出来る男は我慢も出来るものだ」

 声に出して自制しつつ、別の項目を見る。
 技術情報も更新されたようだ。
 追加の項目は全部で五つだ。
 
21 第四世代戦術機開発技術01:軽量高密度装甲
22 第四世代戦術機開発技術02:発展型FCS
23 第四世代戦術機開発技術03:XM3改初期型
24 第四世代戦術機開発技術04:高初速側面スラスター
25 第四世代戦術機開発技術05:戦術機用重火器
※開発技術01から05で新機種完成

 注釈までご丁寧についているが、要するに一万ポイントを使って必要技術を揃えれば、第四世代戦術機とやらが完成するらしい。
 これはこれで魅力的な選択肢だ。
 第四世代戦術機とやらがどれだけ強力なのかはわからないが、少なくとも撃震や不知火よりは強力だろう。
 使用される資材の量にもよるが、例えわずかばかりでも機体が強くなればそれは前線の兵士たちの生存確率向上になる。
 
「いいじゃないいいじゃない」

 咄嗟にクリックしそうになる指を押さえつつ、次の追加項目を見る。
 特科連隊を作れるそうだ。
 99式自走155mm榴弾砲が一個中隊24門。
 一個大隊が三個中隊編成であり、今回納入できる連隊は四個大隊編成なので、合計288門が手に入るわけだ。
 完全編成の一個特科連隊をプレゼント。
 元の世界の自衛官たちが聞いたら、涙を流して喜ぶだろう。
 まあ、直後に部隊を分割し、あちこちの師団に割り当ててしまうだろうが。
 
「いーじゃないーいーじゃないー」

 上機嫌な声が口から漏れてくる。
 これまた強力な戦力である。
 BETAたちを叩き潰す任務は確かに戦術機の仕事でもあるが、砲兵部隊の仕事でもある。
 前線からかなりの距離を持ち、そしてそれなりの護衛部隊も必要となる。
 使用される物資の量は膨大で、友軍を巻き込まぬためには高度な作戦指揮も必要だ。
 だが、発揮される火力は、それらを全て換算してもペイできる十分な破壊力を持っている。
 特に、高速機動で少数による浸透突破を図らないBETAに対しては、有効性をわざわざ主張する必要すらない。
 今ならばこれが二万ポイントで購入できるとのことだ。
 勝手にクリックしようとする指を全力で押しとどめる。
 これは罠だ。
 魅力的な選択肢を数多く提示し、俺が全項目を確認しないうちに選ばせてしまうのだろう。
 そうはいかない。

「ほーらみろ、俺の思った通りなんだよ」

 画面には、別の項目が映し出されている。
 XM3搭載不知火戦術機一個連隊、二万五千ポイント。
 強力な戦力である。
 今までの選択項目でもそうだが、よほど貧弱な人工知能でない限りこの先の日本史を変えられる戦力だ。
 それらいずれもが無人部隊であるという点は気にかかるが、大勢の人間を指揮したことがない俺にとっては逆に助かる。
 まあ、リンクスたちもそうだが、俺の部下たちはオプションで神様印の安心洗脳サービスを実施できる。
 リンクスたちもそうだが、それさえしてしまえば後は問題がない。
 とはいえ、そういった手間が必要ないロボットたちの方が遥かに安心できる。
 これはこれで魅力的な案だな。

「次で最後か」

 俺の独り言タイムも終わろうとしている。
 最後の一つは艦隊だそうだ。
 戦艦二隻、多連装ロケット搭載艦五隻、駆逐艦八隻からなる部隊だそうだ。
 これはこれで強力な日本史を変えることが出来る戦力である。
 だが、倒したBETAを回収しなくてはならない我々にとって、強力な海軍を入手するのはまだ早い。
 その強力な火力は後々では重要だが、今日の所はこれを選択する必要はないだろう。
 独り言と考察はここまでにして、そろそろ選択の時間だ。
 現在の我々の目標を再確認しよう。
 第一の目標は自給可能な体制の確立である。
 これが出来ない事にはこの先の行動全てが成り立たない。
 そして第二目標は、日本帝国軍の支援だ。
 これはこの先の歴史でオルタネイティブ第4計画を効率的に進めるための布石だ。
 
「まぁ、無人基地だよな」

 実際のところ、悩む必要がない。
 戦術機連隊も自走砲連隊も艦隊も、どれもが重要な戦力になりえるが、入手してもそれを維持できるだけの物資がない。
 不知火は未だ全面配備が終わっていない装備だし、それ以外の装備はこちら独自のものである。
 つまり、帝国軍から融通してもらうわけにもいかない。
 だとすれば、今後に備えるという意味でもそうだが答えは一つだ。

「君に決めた!」

 新潟への基地建設は、どちらにせよ実施する予定だった。
 そのために建設機械を用意していたのだし、リンクスたちから何人か派遣する予定だった。
 それをもっと早く、もっと大規模にできるようになっただけだ。
 ポイントがガンガン減っていくが、まぁどうでもいい。
 受話器を取り、短縮番号ボタンを押す。

「いつもお世話になっております。新潟に分遣隊を置きたいのですが、許可いただけますか?」

 受話器の向こうから女性の大声が聞こえてくる。
 どうやら、あまり機嫌がよろしくないときに話を持っていってしまったようだ。

「いえいえ、分遣隊はもちろん帝国軍に従いますよ。
 BETAの回収さえさせてもらえるなら、我々はそれでかまいません」

 またもや大声が聞こえる。
 
「ですから、理由は研究ですよ。
 そういうことにしておいてください。あなたの計画に協力こそしても妨害はしませんよ」

 あくまでも譲らないこちらの態度に、あいては諦めてくれたようだ。
 返ってくる返事はそれなりに声量を抑えてくれている。
 もちろん、諦めたように見えて実際にはこちらのやる事を監視しようとしているのだろう。

「機材の準備は出来ていますので、承認が降りたら教えてください。
 必要な面積その他は直ぐにメールします」

 戦車が走行可能な地形ならば進めるのがMCVの魅力だ。
 まあ、あまりに狭いとつっかえてしまうがな。
 なんにせよ、香月副司令が許可を得るために行動してくれるのであれば、それはもはや決定事項だ。
 今後は資源入手も随分と楽になるだろう。



[8836] 第十話『新潟戦線チートあり 前編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2010/01/11 01:46
2001年11月06日火曜日 09:03 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸より24km地点

 冷たい風が吹き荒れる中、巨大な車体を揺るがしてMCVが停車する。
 周囲にはどことなく冷たい雰囲気を漂わせた戦術機たちが警戒態勢を取っており、その数は一個大隊はあるように見える。
 MCVの各所からモーターの稼動音が鳴り響き、そして金属がこすれる音を撒き散らしつつ、それは建物へと姿を変えていく。
 車体だった部分が地面に広がり、中央に牽引車だった部分が乗り込む。
 何時の間に掘り進んでいたのか、牽引車はそのまま地下へと降りて行き、代わりに巨大なクレーンが上昇してくる。
 明らかに異常な光景なのだが、周囲を固める戦術機たちは何事もなかったかのように警戒を続行している。
 クレーンは特殊な機構によって敷地の端に移動し、一時的に空き地になった中央部分にカマボコ型の屋根を持つ倉庫が組み上げられる。
 建設作業はこれで終わったらしく、建物の後ろに二基ある送風機が稼動を始める。

「施設完成を確認した。しかし、実際にこの目で見ると異常だな」

 一糸乱れぬ動きで警戒活動を続行している撃震たちのなか、一機だけ勝手気ままに振舞う有人機の中で俺はそう呟いた。
 自分で言っておいてなんだが、異常な風景はこれからだ。

「発電所二基建設!連装7砲身30mm機関砲三十基建設!!車両基地二棟建設!!!地面を舗装し、そして止めにコンクリートウォールで囲う!」
 
 端末を操作しつつ叫び続ける。
 俺が叫ぶたびに地面が舗装されていき、発電所が出来上がり、連装機関砲塔が地面からせり出し、車両基地が生まれ、周囲を取り囲むように強化ベトンの壁が立っていく。
 ゲームの画面でならばもっと早く沸いてこいと思うところだが、モニター越しとはいえ現実に見ると悪寒を感じる。
 反則的な事だが、しかしこれはありがたい。
 新潟は近日中にもBETAの襲撃を受ける。
 その時、プラントも装備したこの基地は前線補給所として大活躍できるだろう。
 まあ、その前に有事の際だけでも我々を帝国軍の指揮系統に入れられるように調整が必要だが。
 のんびりとシムシティを楽しめたのはそこまでだった。
 視界を埋めるウィンドウの一つが赤く埋まり、警告メッセージが現れる。
 それが何事かを確認する前に、帝国軍の周波数にあわせている無線からメッセージが流れ出した。

<<戦域司令部より全部隊、戦域司令部より全部隊。佐渡島より師団規模のBETAが接近中。警戒中の第二艦隊が現在交戦中。
 当戦域の全部隊は直ちに出撃、海岸防衛ラインを死守せよ。周辺戦域へ増援申請中、到着予定時刻は未定>>
「8492戦闘団第二大隊は直ちに戦闘準備、基地を防衛せよ。
 第一大隊聞こえていたな?」

 間髪いれずに無人機たちに指示を下し、基地で待機しているリンクスたちに呼びかける。
 現在の我が軍は組織図を作って配布できるほどに出来上がっているわけではないが、一応一個大隊強の機数がある。
 そのため、俺やリンクスたちが乗り込む有人機を第一大隊、無人機を第二大隊としている。
 大隊と名乗っても有人機は両手に収まるほどの数しかないが、これは今後の増加を想定しての編成だ。

<<落ち着け、全機出撃準備中だ。
 到着まで五分、それまで任せるぞ>>

 少佐の声が俺を安心させる。
 敵は侵攻を始めたばかり、それも沖合いで艦隊と交戦中だ。
 五分もあれば勢ぞろいしたリンクスたちが俺を助けてくれるだろう。
 それまで、一個大隊の無人機たちとここで待っていればいい。
 安堵した俺を叱り付けるように、甲高い警報音が鳴り響く。
 警戒中の無人機たちが設置した地中聴音機が、余り嬉しくない音を探知したようだ。
 慌てて海岸へと進んでいく帝国軍と我々の間、その空白地帯で振動を感知したらしい。

「8492戦闘団より警戒中の各隊へ。
 BETAの地中侵攻を探知、出現まで二分、艦隊で全部止まっているわけじゃないみたいだ。座標を送る」

 信じる信じないは帝国軍の連中の自由だが、知ったことではない。
 伝えるだけ伝えて、あとはとにかく一人でも手伝ってくれる事を祈るだけだ。
 BETAが優先的に狙うのは、より高性能なコンピュータである。
 つまり、一個大隊の戦術機が固まっているこの基地の可能性が大きい。

「基地防御設備は発砲自由。無人機隊は至近距離のBETA排除を最優先せよ。
 第一大隊は現在位置を報告してくれ」

 速やかに防衛方針を伝える。
 無人機隊たちはよほど間違った命令でない限りは素直に従う。
 つまり、俺の命令は少なくとも現状において致命的には間違っていないという事だ。

<<こちら8492戦闘団第一大隊、現在現場へ急行中。
 到着予定時刻0907時、防衛体制のまま待機してください>>

 少佐から丁寧語で命令が伝えられる。
 言われるまでもなく、勝手に突撃するつもりはない。

「こちらは8492戦闘団、コールサイングラーバク01、展開中の帝国軍へ通達。
 当方で探知したBETA先鋒集団の出現まで一分、およそ大隊規模、出現予定位置はエリアW-4-01からW-4-02の間。
 余力があれば支援してください。我々は大半が無人機です。余裕がなければ見捨ててください」

 先ほどと同じく応答はない。
 先日共闘した部隊の隣ならばこんな苦労はなかったんだが。
 まぁなんでもいいさ、勝手にしてくれ。

<>

 システムがご丁寧に音声でカウントをしてくれる。
 基地の各砲台は既に出現予定エリアを向いて発砲準備に入っている。
 無人機隊も、中隊単位に分かれて基地の全周へ銃口を向けた。

「グラーバク01より第一大隊各機へ、敵の方が先に来てしまったようだ。
 これより交戦を開始する」

 急行中のリンクスたちへ伝えるのと同時にカウントがゼロになり、そして基地正面の地面が吹き上がった。

<<し、至急至急!戦域司令部より各隊!エリアW-4-1付近にBETA出現!数はおよそ大隊規模!>>

 慌てふためいた声で戦域司令部から通信が入る。
 確かにこちらの聴音機は既存のものとは比較にならない探知能力を持つ新型であり、そして帝国軍はその事を良く知らない。
 おまけに、米軍主体の国連軍と、日米安保条約の強制破棄によって一番苦しい時期に見捨てられた日本帝国軍の仲は良好ではない。
 全くもって納得のいく話だが、命を懸けた戦争の最中に好き嫌いで無視をされてはたまらないな。
 などと内心で呟いている間にも、BETAたちは地上へと続々と沸いて出る。
 光線級はいないようだ。

「撃ち方始め!」

 気合を入れて号令を下す。
 基地の防衛設備や無人機隊、G.E.S.Uたちはコンソールでも音声でも命令を受けてくれる。
 俺の号令に従い、BETAが出現したエリアを射界に収める十基合計二十門が口火を切った。
 その瞬間、こちらを認めて走り出したBETA集団が煙に包まれる。
 この基地の砲台に二つずつ設置されている機関砲は、元の世界のアメリカ軍でGAU-8という型番を与えられたガトリング砲だ。
 毎分3,900発という高い発射速度で30mm弾を敵に叩きつけることが出来る。
 元々は欧州になだれ込んでくる旧ソ連機甲部隊を叩く地上攻撃機に搭載されていたものだが、どういうわけか砲台の装備として搭載されている
 連続射撃を可能とする冷却システム、台座を保護するためのリコイルシステム、そして、G.E.S.Uたちによって支えられる給弾活動。
 たかが砲台につけるにしては必要以上にも見える装備だが、予算で動いていない特殊な軍隊である我々にとって強力なのはいいことだ。
 とにかく、その強力な機関砲の群れがBETAに対して防御射撃を開始したのである。
 発射速度が速すぎるため、バンバンバンでもなく、ドドドでもない、あえて言えばヴォォォという音になっている。
 そんな奇妙な発砲音の二十奏が奏でられ、その結果として土煙と血煙が上がったのだ。
 
「我が軍は圧倒的ではないか」

 満足げな呟きがもれる。
 いくら敵が大隊規模とはいえ、ここまで圧倒的に殲滅できるとは。
 こちらの戦術機部隊はいまだ一発も発砲せず、展開に使った分を除けば一グラムも推進剤を使用していない。
 うん、どう見てもチートです。本当に有り難うございました。

<<せ、戦域司令部より8492戦闘団、BETAの反応が消えたがこれは?>>

 満足げに唸る俺に、震える声で戦域司令部より通信が入る。
 現れたばかりのBETAが一瞬にして消えたのだから当然だろう。

「こちらは8492戦闘団、コールサインはグラーバク01。
 出現した大隊規模のBETAは当方の攻撃で壊滅、少しばかり撃ち漏らしがいるが、あとはこちらで処理します。
 急行中の部隊がいたら、他の戦線に回してください」

 俺は何もしていないが、戦果を誇らしげに伝える。
 そうしている間にも輸送車両やG.E.S.Uたちが砲台に取り付き、メンテナンスや弾倉の交換を開始する。
 基地の外れには到着した第一大隊の各機が戦闘態勢で周囲を警戒しており、そして第二大隊の無人機たちは生き残りのBETAへ砲弾を叩き込んでいる。
 気の早い事に、既にBETA回収車たちはエンジンをかけて出動準備を整えていた。

<<戦域司令部了解、グラーバク01以下8492戦闘団は周辺エリアの警戒を続行されたし。
 何かあればいつでも呼びかけてください。戦域司令部以じょ、警報!>>

 こちらの余裕の態度に感心した様子で会話を終了しようとしたオペレーターが悲鳴を上げる。
 何が起きたのかを尋ねる必要はなかった。
 帝国軍の回線からも、こちらのセンサー群からも詳細が伝えられてきたからである。
 外部から入ってくる全ての情報を受け取った後で、最後に恐慌状態の第12師団戦域司令部がまとめた情報を伝えてくる。

<<戦域司令部より全部隊、大隊規模のBETAが後方地帯に多数出現!
 周辺に展開中の支援部隊は直ちに退避してください、戦域司令部はこれより後方へ退避します!海岸の部隊も直ちに退避!
 以後の指揮は第14師団に委任します。以上!>>

 どうやら最初に防衛を担当していた第12師団は限界を感じたようである。
 指揮系統を急速展開中の第14師団に任せ、建て直しを図るつもりだ。
 だが、そんな損害が続出しそうな事になっては困る。
 元々の歴史では、確かBETAの本格的な新潟侵攻は本年11月11日だった。
 そのときに激突するのは現在司令部が撤退中の第12師団、先ほど指揮を渡された第14師団、そして沖合いで戦闘中のいくつかの艦隊だったはずだ。
 ここに先日殲滅したばかりのA01部隊がBETA捕獲任務で出張ってきていた記憶がある。
 あれ?そうなると、どっちにしろ歴史はもう激変しているのか。
 まあ、新潟戦線はとにかく損害を抑えられれば良い。
 歩兵一人でも、戦術機一機でも、史実よりも損害が小さければそれだけ今後の作戦展開が良くなる。
 とはいえ、あの時は旅団規模のBETAが三個艦隊とぶつかり合った後に警戒態勢の二個師団とぶつかったはずだ。
 それを思うと今の状況は限りなくまずい。
 慌てて飛び出した第12師団は壊走中。
 第14師団はまず内陸部への浸透を止めなくてはならず、当分はこちらへ増援を送れない。
 下手を打てば、各地で防戦中の部隊が各個撃破されかねない状況だ。
 基地ではなく、不知火一個連隊を選択しておくべきだったのだろうか。
 ここに戦術機甲連隊がいれば、例え今回限りの使い捨てになったとしても戦局に大きく貢献できていたはずだ。
 あるいは一個砲兵連隊の濃密な弾幕射撃で水際防御が出来たかもしれない。
 整備補修の話など、生き残ってから初めて考えればよい。
 いや、艦隊がいれば、それ以前にもっと上陸してくる数を減らせたに違いない。
 先日の自分の判断が悔やまれるが、もしかしたらの話はここまでだ。
 俺は手元の戦力で出来る限りの事をするしかない。

「第一大隊各機へ、二機ずつで転戦し、各部隊を援護する。
 第二大隊は残念ながらこの基地へ貼り付けだ。
 録音した放送で壊走中の部隊を呼び寄せるが、指揮系統が違うので戦力としては数えられないな」

 しかし、我々が何をどこまで出来るかが今後にかかっているな。
 リンクスたちの戦闘能力に期待するしかないが、彼らとて無敵の鬼神ではないし、分身の術を使って複数の戦場に存在することもできない。 
 支援体制を整えた第14師団がこの戦域へ突入してくるまで、戦域情報を信じるとおよそ2時間。
 内陸側の外周部隊は支援を受けられるだろうから大丈夫だが、問題なのは満足な援護を受けられない支援部隊と、陸海から挟撃を受けている海岸の防衛部隊だ。
 支援部隊の壊滅は、その後の急速な戦力消耗を引き起こす。
 別に戦術機に限った話ではないが、陸戦部隊とは砲兵の火力支援と、行き届いた整備補給がなされて初めて戦場で活躍できるからだ。
 だが、いくら支援体制を整えたところで、前線で戦う部隊がいなくなれば意味がない。
 この両立が難しい。
 ここは一つ、上級司令部にお伺いを立ててみよう。

「第14師団司令部へ、こちらは新潟戦区国連軍第8492戦闘団、指揮官のグラーバク01です。
 当方は新技術実験機五機を保有。戦域情報の提供を求めます。
 一個無人機大隊にて防衛している補給基地にて待機中。
 物資の提供や整備の準備があります。
 所属は違いますが、撤退中の部隊の避難先に使ってください」

 さて、こちらの申し出にどう乗ってきてくれるのだろうか。
 出来れば完全な無視や、露骨に敵対的な態度は控えてもらいたいものだ。

<<こちらは第14師団司令部です。所属を確認しました。
 国連軍のご協力に感謝します。と師団長が申しております>>

 想像していたよりは随分とマシな回答が返ってくる。

<<戦域情報は直ちに送信されます。
 付近を撤退中の二個戦術機中隊を向かわせます。
 どちらも弾薬の残りがわずかですので、補給とその間の護衛をお願いします>>
 
 直ぐに送られてきた情報が視界に現れる。
 第12師団の第195と第189戦術機中隊だ。
 なるほど、あと一度BETAとぶつかれば壊滅するな。

「了解いたしました。機数は少ないですが我々の実験機部隊も戦闘可能です。
 最寄の部隊を支援したいのですが、そちらの邪魔をするわけにもいきませんので指示をお願いします」

 指揮権を明け渡すという事は通常であればありえない事なのだが、状況が状況だ。
 もちろん並行して実施はしているが、在日国連軍司令部からの正式な共同作戦の許可を待つ時間はない。

<<そちらの指揮を執る許可は来ておりません>>

 案の定、官僚のような回答が返ってくる。
 大勢が生きるか死ぬかの現場で、何故そのような杓子定規な答えが返ってくるのか。
 規則の遵守が重要な事は理解できている。
 それはもちろん軍隊の、交戦中の最前線でも同様だ。
 人命がかかっている状況ではあるが、規則とはその人命を守るためにある。
 指揮権の乱れは前線の兵士たちを容易に孤立させるし、場合によってはこちらの兵力を好き勝手に消耗させられる可能性もある。
 そんな事はもちろん理解出来ているが、しかし納得が出来ない。
 瞬間的に沸騰しそうになるが、続く言葉が俺をなだめる。

<<そのため、これはあくまでも参考情報ですが、そちらから西へ6kmの地点で孤立した戦術機中隊がいます。
 これが助かると我々はとてもありがたいです。と師団長が独り言を呟いていました>>

 なるほど、第14師団の師団長閣下は話がわかる人物らしい。
 これは向こうに合わせた回答をしなければ失礼に当たるな。

「わかりました。指揮系統の違いは確かにありますからね。
 それでは我々は、事前に与えられた権限の中で戦闘活動を実施します」

 直ぐに戦域マップにマーキングが現れる。
 撤退中の第104中隊が、およそ中隊規模のBETAに追撃されている。
 損傷機が複数あり、そのために撤退の速度を上げられないようだ。

<<そちらの行動を制限する権限はありませんが、誤射が怖いので詳細なマップデータを送りました。
 今後も事故を避けるために情報が必要なときには呼び出してください。第14師団司令部、以上です。よろしくお願いします>>

 非常に好感の持てる声音で通信が切られ、長い会話のわりに時間が経過していない事に驚く。

「グラーバク01より第一大隊各機へ告げる、直ちに撤退中の友軍を援護する。
 速やかにBETAを殲滅し、他の部隊の援護へ回るぞ」
 
 跳躍の準備を整えつつ、俺はリンクスたちにそう告げた。
 まあ、彼らの方が先に戦場へ到着し、そして恐らくは俺が到着する前に戦闘は終了するのだろうが。



[8836] 第十一話『新潟戦線チートあり 後編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/06/17 02:43

2001年11月06日火曜日 10:29 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸防衛陣地

「こちらは国連軍第8492戦闘団、コールサイングラーバク01だ」

 縦横無尽に暴れまわるリンクスたちに遅れること三十秒。
 ようやく到着した俺は、今更感はあるが宣言した。

<<8492戦闘団?司令部が言っていた連中か、ありがたい>>

 片腕がない不知火から通信が送られてくる。
 コールサインを確認するとパドル01らしい。
 なるほど、我々が最後に救援に向かった部隊だというのに隊長機が生き残っているようだ。

<<中隊長殿、救援ですよね?助かるんですよね?>>

 よほど手ひどく叩かれたらしい撃震が会話に割り込んでくる。
 どうやら精神をやられているようだ。
 声に抑揚がない。
 出撃。帰還。補給。出撃。帰還。補給。そしてまた出撃。
 こちらこそ脳がどうにかなりそうな長い時間だった。
 目標をセンターに入れてスイッチ。目標がセンター付近でスイッチ。目標がセンターに入らなくてもスイッチ。
 もう僕は疲れたよ。
 ゴールしてもいいよね。
 だが、目の前の残骸に取り残された衛士はそれどころではない。

「そこの衛士、まだ油断するな。気を抜かずに救出を待て」

 こっちもゴールしたいが、大破した撃震の残骸から出られない衛士は精神科医がいない場所で安心させてはいけないだろう。
 ここに来るまでの間、不用意に安心させたせいで発狂したり息絶えた衛士を随分と見てきた。
 おかげでこちらは一端の部隊指揮官を演じる事が出来るようになってしまった。

<<り、了解。待機します>>

 予想以上に厳しい声が出ていたようだ。
 撃震のパイロットは慌てて答え、以後一言も発しようとしない。

<<手間をかけた>>

 秘匿回線で中隊長が呼びかけてくる。
 精神が限界を迎えようとしている部下に難儀していたのだろう。

<<14師団の司令部からの情報を信じると、ここの戦闘でおしまいなのか?>>

 中隊長からの問いには、疲れきった笑みで、だが自信を持って答えることが出来る。
 第14師団司令部はよほど有能な集団らしい。
 彼らは壊走する第12師団残存兵力と我々をうまく連携させ、反撃開始時間を大幅に繰り上げたのだ。
 損害を受けた六つの中隊を合流させて臨時編成の増強中隊を三つからなる戦術機甲大隊を作り、そこへ師団予備兵力の一個戦術機甲大隊を合流させたのだ。
 この二つの大隊は、我々が師団の要請に応じて引きずり回したBETAたちを効率的に狩っていき、安全なエリアを次々に確立した。
 作戦は我々のプラントとG.E.S.Uを最大限に活用する事によって無停止攻撃の連続となり、結果として敵中に取り残されたはずのこの中隊への支援が可能となった。
 
「ええ、これでおしまいですよ。既に内陸部では後始末が始まっています」

 別のモニターにはリンクスたちの激闘が映し出されている。
 押し寄せるBETA残存兵力に対し、有澤社長の弾幕射撃が襲い掛かる。
 弾幕といっても、無数に放たれる砲弾一つ一つが目標を狙って飛来している。
 リンクスたちにとって、大砲とは狙って放つべきものなのだ。
 闘士級が戦車級や突撃級と共に吹き飛ばされ、直撃を受けた要塞級が四散する。
 BETAたちは連射が出来ないという構造的問題の合間を縫って殺到しようとするが、素早く回り込んだスティレットがそれを許さない。
 進行方向に対して素早く的確に攻撃を繰り出し、EN防御など考えてあるはずもないBETAたちを蒸発させていく。
 高速で駆け抜けるリンクスたちですら厄介に思うこの二人は、あくまでも二次元での動きしかできないBETAたちから見れば死神である。

<<しかし、彼らは凄い。あなた方は国連の教導部隊か何かなんですか?>>

 尋ねる中隊長の言葉遣いが改まる。
 ネクストという非常識な装備を操る我々に、警戒心よりも畏怖の気持ちが優先されたようだ。

「先ほども言ったとおり、国連軍第8492戦闘団だ。すまないがそれ以上の事を口に出来ない」

 別にこれ以上口にすべき特別な何かはないのだが、あえて機密事項が存在するかのような言い回しをする。
 何もないと言われれば、そこには存在を隠すべき何らかの秘密があると考えてしまうのが人間だ。
 ところが、軍人相手に機密だというと、それ以上を(表立っては)聞こうとはしなくなる。
 その特殊な軍人の習性を利用したわけだ。

<<失礼しました。しかし、戦い方はしっかりと学ばせてもらいますよ>>

 中隊長がそう答えている間にも戦闘は継続されている。
 弾幕射撃を抜けてきたBETAたちに、この世界の間隔では長距離で迎撃が開始される。
 単体で弾幕をすり抜け、全力で走る突撃級の攻撃をクイックブーストで横に回避し、交差する瞬間に必殺のブレードを叩き込むウェン・D・ファンション。
 その動きには無駄がない。
 一体の突撃級をレーザーで射殺し、素早く移動、別の一体をレールガンで射殺、移動、次の一体をその手前にいた無数の戦車級ごとレーザーで射殺、移動、要塞級をレールガンの一撃で屠り、移動。
 彼女の動きには節目はあっても断面がない。
 流れるように全ての動作を連結させ、ひたすらに機械的に無停止で家畜を解体するように、人類の宿敵であるはずのBETAを殲滅していく。
 そして、それすらも突破してくる敵を、ダン・モロが頑張って射殺していく。
 彼らにとっては、疲労しきった後の緩慢な動作である。
 だが、敵地に取り残され、全滅を待つばかりだった中隊一同からは違って見える。
 使われている技術から、機体の性能から、武器の威力から、パイロットとして乗り込んでいるリンクスたちの基本スペックから、全てが違う。
 それは吟遊詩人から見れば語り継ぐべき伝説だった。
 ただの兵士であれば、自身の無力を嘆くべき、あるいは歓声をあげるべき他人事だった。
 政治家から見れば手に入れるべき対象であり、科学者から見れば調査すべきサンプルだった。
 しかし、敵地に取り残されても諦めずに戦い抜いてきた帝国軍衛士たちにとっては、それは学ぶべき教材だった。
 

<<こちらは第14師団司令部、最後のBETA集団の殲滅を確認しました>>

 最後のBETAが有澤社長の放ったグレネードによって吹き飛ばされてから五秒後、司令部からの通信が入った。

「こちらは国連軍第8492戦闘団、自衛戦闘を中止する。
 当方の行動は帝国軍の支援ではなく付近の国連軍基地防衛だけであるので、これにて帰還する」

 書類上はそうなっているため、そうであった事を再確認するための報告を送る。
 転戦を重ねる間に在日国連軍司令部からは戦闘へ加入する事を許可する旨が伝えられていたが、既に始まっていたためにそういう事で処理しなければならないのだ。
 軍人も書類で動く公務員であるという事実の再確認にはなったが、馬鹿馬鹿しさを感じる。

<<偶然とはいえ、貴官らの行動は帝国軍の速やかなる反撃と失地回復に多大なる貢献こそあったが、妨害と取れるようなものはなかった。
 その結果に感謝すると同時に、今後は円滑な意思疎通の上で共同作戦を実施できるような体制作りが重要であると認識している。
 貴官らの功罪は委細漏らさず在日国連軍司令部に報告するのでそのつもりで。
 他の組織へ通信である事から、言い回しが硬くなる事はご理解いただきたい。と師団長は申しております>>

 司令部からの言葉に思わず顔が緩む。
 規則の遵守と信賞必罰の厳守は軍隊の基本である。
 それらを踏まえた上で解釈すると、今の言葉は以下のようになる。

『とても助かった。この度の作戦成功は貴官らの助力あってのものだ。
 大変感謝している。是非、今後もよろしくお願いしたい。その時までに余計な手間がなくなるよう組織間の調整に尽力する。
 また、この度の戦闘での君たちの活躍に叙勲の申請を行うものである。
 本件を問題化させないためとはいえ、抽象的な言い方しかできず申し訳ない』

 柔軟で視野が広く、軍事組織や官僚機構に慣れ親しんでおり、そして人間的な魅力に富んでいるらしいこの師団長とは良い酒が飲めそうだ。
 今後もしばらくBETAの回収作業で新潟に居座る事になるのだから、それは実現可能な未来である。
 そして、この地を離れるまでの間は随分と居心地がいいものになりそうだ。

「お話の内容は正しく理解できたつもりです。
 そのような言葉をかけられる事は覚悟しておりました。
 戦闘の結果としてこちらの基地防衛にご協力いただくような形になっただけとはいえ、その結果に感謝しております。
 同じ人類が隣に並んでも協力はできないという現状は無駄が多いと小官は考えていますので、上層部に今後についてを相談してみます。
 それでは、8492戦闘団は基地に帰還します」

 敵の反応が完全に消失したことを確認し、勝手に帰還を始めたリンクスたちの後を追いつつ、俺は司令部へ慎重かつ丁寧に礼を述べた。
 師団長が尽力してくれたおかげか、今回の作戦について我々が何らかの処罰を受ける事はなかった。



2001年11月09日金曜日 12:00 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸より24km地点 国連軍新潟駐屯地

「ハハハこやつめ」

 新潟防衛戦が終結してから三日後。
 BETAを満載した車両が慌しく行きかう中、俺はプラントの管理用コンソールの前で愉快そうに笑っていた。
 今回の作戦で回収されたBETAは一千トンを軽く超え、その総計は今も増加の一途を辿っている。
 それは、プラントをアップグレードするのに十分すぎる重量だった。
 二回も三回もアップグレードしてもまだまだ余裕がある重量だった。
 おかげで、俺に与えられた選択肢は増える一方だった。

「フヒヒこやつめ」

 閃光を放ち、魔法か何かのように一瞬で外見を変えたプラントは、その能力も大きく変わっていた。
 ついでに言えば、アップグレードボーナスとやらで俺のコマンダーレベルが上がり、おまけにポイントも追加されていた。
 さて、これを使って何をどうしようか?



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第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年11月09日12:00:34

コマンダーレベル:2→3→4
NEW!新しい技術が選択可能になりました
NEW!新しい施設が選択可能になりました

プラント発展度 :1→2→3
NEW!兵器レベル2までの装備が製造可能になりました
NEW!兵器レベル3までの装備が製造可能になりました
NEW!製造に必要なクレート量が10%減りました
NEW!新たな戦力使用可能
NEW!増援部隊到着

現在所持ポイント:60,000

保有技術:
01:XM3開発データ
02:新型合金開発
03:エンジンの効率化
04:戦術機携行火器の強化
05:スラスターの改良
06:ブースターの改良
07:発展型不知火
08:第四世代戦術機基礎理論
09:戦車級用近距離防護火器開発
10:発展型不知火改良型
11:生産の効率化技術
12:AL(アンチ・レーザー)弾頭の改良
13:発展型AL弾頭
14:長距離火砲の改良
15:無人防衛システム開発
16:発展型無人防衛システム
17:地中振動監視技術の改良
18:発展型地中振動監視技術
19:G弾(BETA固有の元素使用の大量破壊兵器)の改良
20:発展型G弾技術

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[8836] 第十二話『鳴り止まない、電話』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/07/07 02:38

2001年11月09日金曜日 13:15 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸より24km地点 国連軍新潟駐屯地

<<何の用件か、わかっているでしょうね?>>

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、まるで地獄の底から響いてきているかと錯覚するような恨みの篭った声だった。

「ええ、わかっております」

 香月副司令が激怒しているのには理由がある。
 国連軍の名簿に名前がない第8492戦闘団という部隊。
 彼らは独断で大隊規模の戦力を帝国軍に提供し、豊富な物資を惜しげもなく配って回った。
 それだけではなく、無許可で横浜基地の隣および新潟に基地を設け、誰もその詳細を知らない怪しげな活動に従事している。
 何を誰が尋ねても、二言目には「詳細は横浜の香月副司令にどうぞ」と答えられるのだから、当然質問は上位者と思われる彼女に寄せられるわけだ。
 彼女はどちらかと言えば、と無理に分類せずとも有能な人間である。
 どうやったのかは知らないが、とにかく質問攻めを見事に裁ききり、時間制限付きながらフリーハンドを与えてくれた。
 つまり、その時間制限が来たわけだ。

<<今日中に報告書を出さないといけないんだから、早いところお願いね>>

 電話の向こうはあくまでもそっけない。
 こちらは誰もが納得するスーパー文章を考えなければいけないのだから、もっと協力してほしい。

「これから申し上げる事は、真実です。
 それを前提にしてひとまず最後まで聞いて頂きたいのですが、よろしいか?」

 口調を変えて質問する。

<<いいわよ、早く話しなさい>>

 こうも普通に返されてしまうと悲しいが、黙って先を続ける。

「この世界は滅ぼうとしている。
 減り続ける人的資源、失われる兵器、日々目減りする人類の領域。
 一見しただけではわからないが、日本帝国もその例外ではない」

<<耳が痛いけど、その通りよ。
 それで、それがアンタの正体と何か関係があるのかしら?>>

「最初に言ったとおり、我々は救援部隊だ。
 出来る限り好意的に構築されたルールに基づき、この世界の人類を救援するためのね。
 私はその指揮官であり、この基地の周りにいる部隊は増援だ。
 何しろBETAっていう連中は、いくら殺してもいなくならないからな。
 それだけこちらにも戦力が必要になる」

 嘘は余り言っていない。
 まあ、ルールについては欠片も好意的であるとは思えないがな。

<<この世界の、とさっき言ったわね?
 つまり、アンタは別の世界からやってきたっていうわけなのね?>>

「その通り。
 別の世界の存在については因果律量子論あたりで適当に解釈して頂きたいのだが、とにかく別の世界は存在している。
 私はこの世界ではない別の場所から、貴方の世界の管理者に依頼されて救援にやってきたというわけだ」

<<随分と壮大な話になってきたわね。
 それで、その神様の兵隊さんは私に何をしてくれるのかしら?>>

「オルタネイティブ第4計画遂行にあたっての全般的な支援。
 つまり、戦力の提供、情報の提供、物資の提供、技術的支援、その他要望への最大限の協力だ」

<<見返りは?>>

 当然の質問が返ってくる。
 はるばる異世界から、強力な兵器と優れた科学技術、この世界では大金を払っても物理的な要因から入手困難な兵站物資を提供しに来るのだ。
 それ相応の報酬を求めていると解釈されるに決まっている。
 マンハッタン島の購入金額と同じ24ドルの報酬などというものは、あくまでもアメリカ人に対するジョークでしかない。
 
「我々の目的は、地球上の全BETAの殲滅と、以後の大気圏突入の阻止だ。
 それを達成するための支援をもらえれば、それ以上は何もいらない。
 まあ、俸給を支給してくれるというのであれば、それをあえて断る理由もないがね」

 どうも偉そうな物言いには慣れない。
 今まで生きていた中でそのような立場になったことがないのだから当然だが。

<<なるほど、どうにも信じがたい言葉だけど、私の持つ常識以外で否定する根拠が見つからないわね。
 貴方の持つ誠意を期待して、契約書を取り交わす事はできるのかしら?>>

「それはとてもありがたい申し出だな。
 物資の融通に関する売買基本契約書と、雇用契約書の取り交わしがあるのであれば、私も部下たちに説明がしやすい」

 資本主義体制下での契約内容の一方的な破棄は、社会から排除されることを意味する。
 これは例外、それは特殊な事例、他の契約は絶対に遵守すると言ったところで例外はない。
 喜ぶべき申し出であると言えるだろう。
 
<<契約書は速やかに内容証明郵便で送付するわ。
 ああ、知っていると思うけど、そちらの住所は既に私の私有地という名目で登録されているわ>>

「それは良かった。非武装の行政代執行部隊と対峙したらどうしようかと内心気にしていた所だ。
 契約書の到着を待つとして、今後は雇用者と被雇用者という立場で接しさせていただきます」

 ああ落ち着く。
 小市民の俺に、ようやく落ち着けるときがきたようだ。

<<口調と態度は一定にしてちょうだい。
 アンタとどう接するべきかがわからなくなるから>>

 ごもっともな意見だ。
 今後はこれで統一していこう。

「雇用者に対する礼儀はわきまえていますよ。
 それで、一つばかり承認して頂きたい事があるのですが?」

<<何かしら?私はそんなに暇じゃないんだけど?>>

「私たちの行動の自由を確保してください。
 極めて残念な事に、アメリカ合衆国の私兵としての国連軍部隊ではオルタネイティブ4の遂行は困難です。
 とはいえ、将来的な意味での恒久策源地を建設する事には賛成です。
 そこいらを両立させるためのご支援をいただきたいのです」
 
 PCのディスプレイ上に表示されている情報を見る。
 超光速恒星系間移動技術、五万ポイント。
 
<<それはどういう意味なのかしら?
 まさか、常識を超えた加速が出来る宇宙船まで持っているとか?>>

「まだ、ですけどね。
 ああ、行動の自由というのはあくまでも平時であって、戦時には出来る限りの戦力をご提供しますよ」

<<物資も?>>

「もちろん物資もです。
 要請があれば国連軍でも帝国軍でも、その他の人類勢力でも構いませんよ。
 まぁ、輸送手段についてはお任せしますけどね」

 アップグレードされたプラントの能力は凄まじい。
 生産に必要とされるクレート量が10%減るという効果は、作れば作るほどにその価値を増す。
 1kgの製造では100gしか浮かないが、1,000トンの物資を製造すれば、100トンのクレートが浮く。
 今のところ造船は出来ないが、10万トン分の船舶を作れば、10,000トンが浮くわけだ。
 お得っていうレベルじゃねーぞ。
 今ならアメリカ級強襲揚陸艦にたっぷりの弾薬燃料をつけて、さらにもう一つ同じものを。
 さらに必要なクレートはサービスで、艦上および格納庫一杯に戦術機をお付けする事ができますときたもんだ。
 まあ、これだけチートな生産能力をもってしても、BETAと戦うに当たっては十分な安心材料にはならない。
 もっと戦力が必要だ。
 地球上全てのハイブとそこに住むBETAを抹殺し、月を奪還し、地球人類の安全を確保できるだけの戦力が必要だ。

<<どうやってそれだけの物資を溜め込めたのかが気になるけど、それは近いうちに聞かせてもらうからまあいいわ。
 それじゃあ悪いけど、忙しくなるから切るわよ>>
 
「ご助力に感謝いたします。それでは」

 受話器を戻し、ディスプレイを見る。
 超光速恒星系間移動技術は購入決定だな。
 猿の惑星ならぬG.E.S.Uの惑星を後方支援基地とする準備が必要だ。
 まずは宇宙船を建造するための資材の打ち上げ、それが完了した後には現地に必要最低限の生産設備を建設するための物資。
 それらが整った後に、現地を警護するための防衛部隊の建造。
 全てが全自動で行われるとしても、そこに至るまでの準備を俺はしなければならない。

「だが、その前にだ」

 残る一万ポイントの使い道を考えなければならない。
 これの使い道は決まっている。
 体験型教育プログラムと呼ばれる特殊なアプリケーションたちだ。
 これは、俺の右耳の下に隠されているUSB端子と携行できるサイズの妙な装置を接続して実行される。
 小さな村の村長から国家運営までを経験できる「シミュレートシティ」
 戦略から戦術レベルまでの軍事行動を経験できる「Grand strategy」
 個人タクシーから大陸間の兵站維持までが経験できる「α Train GO!」
 ナイフ一本の格闘からネクストでの高速機動戦闘までなんでも経験できる「武装戦闘核~解~」
 どこかで聞いたような名前だが、とにかくこれらのアプリケーションを使用することにより、俺は完璧超人になることが出来る。
 これらの欠点は、アプリケーションはリアルタイムで実行され、つまり一年間の作戦行動を取れば、現実の世界でも一年が経過してしまうという点にある。

「それでも購入」

 ボタンを押し、全てのアプリケーションを入手する。
 俺の机の上に、いつのまにか黒い箱が置かれている。
 躊躇なく購入したのには当然理由がある。
 便利な事に違いはなく、さらに上記の問題は容易に解決可能だからだ。
 それが、アップグレードされたプラントが建設できる新たな施設である。
 歪んだ空間を設置し、時間の流れがその内部と表では違うという反則的研修設備「高効率教育訓練センター」の建設だ。
 まあ、要するにこれは精神と時の部屋なわけだ。
 表の世界で10秒が経過している間、この内部では一日が経過している。
 表の世界で24時間が経過したとき、この内部では8,640日(約23年)という時が流れている。
 その間、俺はみっちりと訓練が詰めるわけだ。
 おまけに、部屋の内部での時間の経過は、俺の肉体に何の影響も及ぼさない。
 このチートとしか言いようがないアプリケーションと部屋の用意が、たった一万ポイントで出来てしまうわけだ。
 俺が一日ばかり引きこもったとしても、誰にも文句は言わせない。
 
「一日研修に出てきます。探さないで下さい。と」

 事情を知らないものが見たらあきれ返るような書き置きをして、俺は設置したばかりの部屋の中へと消えていった。



[8836] 第十三話『月月火水木金金』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/07/18 22:31
国連軍新潟駐屯地 高効率教育訓練センター 一日目

「私が訓練教官のハートマン先任軍曹である。
 話しかけられたとき以外は口を開くな。
 口でクソたれる前と後にSirと言え。
 分かったかウジ虫ども!!」

 厳つい顔の一等軍曹が声を張り上げて尋ねる。
 新兵としてここに立っている俺は、当然のように答えた。

「「「Sir,Yes,Sir!」」」

 喉が痛くなるほどの大声だったが、残念な事に一等軍曹殿は満足いただけなかったらしい。

「ふざけるな!大声出せ!タマ落としたか!」

「「「Sir,Yes,Sir!!!」」」

 力の限りの大声を出す。
 居並ぶ同僚たちも同じように絶叫している。

「貴様ら雌豚どもが俺の訓練に生き残れたら、各人が兵器となる。
 戦争に祈りを捧げる死の司祭だ。
 その日まではウジ虫だ!地球上で最下等の生命体だ」

 一等軍曹殿の演説は続く。
 衛士としてどこの部隊へ行こうとも恥をかかない様にしようと、俺は最初に「Grand strategy」を実行した。
 戦略から戦術レベルまでと幅の広い戦いを学べるこのプログラムは、どうやら新兵としての生活も体験させてくれるらしい。
 
「ふざけるな!大声出せ!」

「「「Sir,Yes,Sir!!!!」」」

 しかし、よりによってベトナム戦争をハートマン先任軍曹の指導を受けた後に経験するのか。
 これは悪夢だ。


国連軍新潟駐屯地 高効率教育訓練センター 三千六百五十日目
 
 俺の戦争は長く続いた。
 一兵卒として、下士官として、将校として、時には将軍として。
 塹壕を這い回り、砲煙弾雨の中で声を張り上げ、作戦司令室で部下たちに囲まれ、様々な戦場を体験させられた。
 訓練所で怒鳴られ、あるいは逆に怒鳴り、新品将校として指導を受け、あるいは指導を行った。
 将軍として華々しい凱旋の先頭に立つ事もあれば、敗軍の将として銃殺される事もあった。
 平和な時間が全く存在しない、息をつく暇もない戦争に次ぐ戦争の日々。
 二百三高地で日本帝国軍に最後まで抵抗し、サン・ミッシェルの戦いで連合軍に押しつぶされた。
 ポーランドではドイツ軍に押しつぶされ、ダンケルクでは友軍艦隊に取り残された。
 スターリングラード攻防戦ではなんと爆撃から包囲されての餓死まで全てを経験させてもらい、その後で終戦まで捕虜収容所体験コースを味わった。
 ノモンハンではソ連軍に叩き潰され、真珠湾では日本軍の猛攻撃に吹き飛ばされ、シンガポールでは「イエスかノーか」と迫られた。
 フィリピンでは「アイ・シャル・リターン」と言い残し、ミッドウェーでは友軍空母が叩き潰されていく様を見せ付けられる。
 インパール作戦で餓死し、ガダルカナル島でも餓死し、サイパン島で玉砕し、硫黄島でも玉砕し、沖縄でも玉砕した。
 ちなみに、その間に十回ほど特攻作戦に繰り出されている。
 ベトナムで狙撃したりされたり、待ち伏せしたりされたり、ブービートラップを仕掛けたり引っかかったりした事は特に記憶に残っている。
 その間に拷問される事三十回。
 核地雷を仕掛けに行く時は実に爽快な気分だった。
 まあ、作戦が中止になった瞬間は命令無視をしたくなったが。
 その後、イ・イ戦争で毒ガスを喰らったりスカッドを打ち込まれたり、民族浄化をしあったりと不毛な戦争を経験し、ペルシャ湾では掃海作業に従事した。
 ソマリアでは民兵に追い回されて散々な目に合い、最後は墜落したヘリにたった二人の増援部隊として降下した。
 湾岸戦争では米軍の最新兵器に叩き潰され、イラク戦争ではもう一度米軍の最新兵器に叩き潰された。
 それからの二年間は、ただひたすらにBETA相手の戦争を味わった。

「立派な履歴書になりましたね」

 泣きながら報告する俺に、少佐は優しい声音でそう答えた。

「さあ、次はこれですよ。もっと戦火を!」

 この世界のアドバイザーとして存在しているらしい小太りの彼は、狂気に彩られた笑顔でそう告げた。
 彼の持っているパッケージには「武装戦闘核~解~」と書かれていた。


国連軍新潟駐屯地 高効率教育訓練センター 五千四百七十五日目

「もっと弱ぇ奴と戦いてぇ」

 アプリケーションを実行し終えた俺は、男らしくなったと自分では思っている表情でそう呟いた。
 ただ戦闘だけに特化した経験は、実に有益だった。
 己の肉体のみでぶつかり合い、ナイフでの格闘を行い、小火器で様々な戦場を渡り歩いた。
 重火器で蹂躙したりされたりもあった。
 特殊部隊員として様々な戦場で多種多様な作戦に従事した。
 オメガやデルタ、シールズとしての戦闘経験は、人生経験も含めて多くを俺に教えてくれた。
 あるときはジープやバギーに乗り込んで様々な地形を走破し、装甲車両で追い回したり逃げ回ったりした。
 別のあるときは戦車に乗り込んで塹壕を蹂躙し、あるいはより高性能な敵戦車に一瞬で撃破された。
 自走高射機関砲でヘリを撃ち落し、攻撃機に乗り込んで地上部隊を撃破する事は快感である。
 まあ、戦闘機に追い回されて最後は燃料切れで墜落という締まらない最後となったのだが。
 エースコンバットの世界は痛快だった。
 理屈はわからないが数十発から百発近いミサイルをどこかに搭載し、大空を縦横無尽に駆け回る。
 トンネルをくぐり、挟まり、巨大レールガンを破壊し、トンネルをくぐり、レーザー砲を潰し、巨大爆撃機を破壊した後にトンネルをくぐる。
 その後も地上部隊や艦隊の直衛を勤め、巨大要塞を攻略し、トンネルをくぐり、落下する巨大な衛星を破壊する。
 ヴァンツァーでハフマン島を駆け抜け、ジムに乗り込んでソロモンを攻略し、レイバーでの格闘戦も体験した。
 それからはやはり、マブラヴの世界が待っている。
 光線級に撃墜され、要塞級に溶かされ、突撃級に串刺しにされ、要撃級に殴り飛ばされ、兵士級に食われ、闘士級に頭を引き抜かれた。
 殴り合いから核兵器の発射まで、一通りの戦い方は経験させてもらったと思う。

「戦いのやり方はもういいかな」

 別のアプリケーションを手に取る。

「まだまだ足りないが、しかし君にとって時間は有限だ。
 次に移るとしよう」

 少佐は愉快そうに笑いつつ、俺にそう告げた。
 全ての物事には十分ということはない。
 それは、今までの人生でもこの部屋での経験でも理解できている。
 俺はアプリケーションを実行させた。


国連軍新潟駐屯地 高効率教育訓練センター 八千六百四十目

「高速モードって凄い便利だな」

 十五個の破綻した市町村、二十個の破産した国家、三つの成長中の国家指導者である俺は、手に持った「シミュレートシティ」を見た。
 対人関係と政治的駆け引き、そして退屈な日々の中に潜む突発的な危機。
 ただ椅子に座って、戦争の推移を見守るという事の恐ろしさを思い知らされた。
 そのうちの五回は首相官邸に突入してきたBETAたちによって終わりを迎えるという最後であった。
 その前にやった「α Train GO!」もなかなか興味深い一品だったが、これには負ける。
 本来であれば膨大な時間を必要とするのだが、高速モードにより一日がこの部屋の中での数秒で経過する事で問題は解決された。
 良く分からなくなっているが、表の世界で24時間が経過した現在、俺は四十年近い時間を経験している。

「もう行くのかね?」

 少佐が尋ねてきた。
 答えは決まっている。

「もう行きますよ。表の世界で24時間、いつBETAが侵攻してきてもおかしくない世界としては、椅子を空けておくには長すぎる時間です。
 それに、正直なところ頑張りすぎました。
 これからは、ゆっくりとチート的な生活を楽しみますよ」

 にこやかにそう告げると、俺は表の世界へと通じる扉を開こうとする。

「まあ待ちたまえ、少年」

 少佐はそういうと、俺に何かを押し付けた。

「これは?」

 手渡されたそれを見る。
 ディスプレイとキーボードの付いた巨大な腕時計に見える。
 
「これはPip Boy3000という装置だ。
 大人になった証だよ」

 受け取って装着する。
 なるほど、原作と同じくいろいろと便利な機能が付いているようだ。
 それに、こいつからもチート的な機能を実行するためのあの画面にアクセスできるらしい。
 これは便利だな。

「ありがとう、SS大隊指揮官殿。
 貴方には本当にお世話になりました」

 ナチ式の敬礼で最後の別れをする。
 ドイツ第三帝国の軍人として様々な実戦を経験した俺にとって、この敬礼は慣れ親しんだものだ。
 そして、礼の言葉は本心からのものだ。
 精神が崩壊しそうになるたびに、泣き言を言いながら表の世界へ逃げ出そうとするたびに、彼は狂気で俺を鎮圧した。
 彼がいなければ、とうの昔にどうにかなっていただろう。

「ありがとう戦友。
 表の世界で私が必要になったら、いつでも呼び出してくれ。
 あの世界では戦争が尽きないようだからね」

 頼もしい言葉で彼は俺を送り出した。
 さて、それでは戦争の日々に戻ろう。
 ちなみに、表の世界で俺を待っていたのは、仮想現実の世界での戦果も、一回だけはポイントに加算されるという驚異的な事実だった。



2001年11月10日土曜日 14:00 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸より24km地点 国連軍新潟駐屯地

「大盤振る舞いじゃないか、ええ?」

 画面に向かって俺は嬉しそうに呟いた。
 十一万ポイント、そして大きく上がったコマンダーレベル。
 俺に与えられた自由度は、以前よりもさらに拡大されている。
 おまけに、高効率教育センターに引きこもっていた24時間の間に、BETAの回収作業は大きく進展していた。
 現在のクレート量は二十万八千トン。
 今すぐ宇宙船の建造を進めるべきだろう。
 幸いな事に、五万ポイントですぐさま降下部隊付きの恒星間往復船を建造できるそうだ。
 別の惑星に植民基地を設けるまでにそれなりの時間はかかるだろうが、少なくとも送り出すだけならば今すぐ出来る。
 悩む必要はない。

「宇宙戦艦ヤマトはすぐさま発進だな」

 そう呟き、実行を指示する。
 今頃は地球付近に突然現れた巨大な宇宙船が、その内部にG.E.S.Uを満載したまま目的地へ向けて発進したところだろう。
 一瞬だけ監視衛星に探知されたであろうそれを、果たして米軍はなんと思うだろうか。
 まあ、常識的に考えればエラーと判断するだろうな。
 文字通りの意味で光よりも早く移動する物体など、人類の常識の範囲内には存在しないのだから。

「そして、クレートが十分にある以上、技術の入手を優先だな」

 俺は発展度が3のプラントが生成できる全てを手に出来る。
 しかし、新兵器については、残念ながら関連技術の入手が必須だ。
 それならば、クレートを多く入手できている現在では、旧式になる兵器をポイントで購入するよりも技術の獲得を優先すべきである。
 第四世代戦術機開発技術の01から05を、合計で一万ポイントを使用して入手する。
 これは装甲強度、機動力、火力、全てが向上した次世代の戦術機である。
 BETA相手に強度を上げる意味は薄いのだが、対人戦闘を考えれば逆に必須項目だ。

「失礼します」

 ダン・モロが入室してくる。
 思えば、この基地には俺以外にも人間がいた。
 人数のわりに巨大すぎる敷地面積のおかげで、それぞれが出会う事は少なかったが。

「今から一時間前に、国連軍の香月副司令より、夕食を食べたいので当基地へ来てもいいかという問い合わせがありました。
 一個中隊の戦術機と、護衛の歩兵一人、そのほかに同行者二名を考えているそうですよ」

 護衛部隊はヴァルキリーズと呼ばれる第四計画直属部隊だろう。
 護衛の歩兵一名は、恐らく神宮寺軍曹だ。
 同行者二名のうち、一人は恐らく社霞だが、もう一人は誰だろうか。

「ああ、そういえば同行者はどちらも子供だが、できれば食事に同席させてやりたいとも言ってましたね。
 この世界の食事は酷いものだし、いいんじゃないですかね?」

 ああ、もう一人とは白銀 武か。
 そういえば、彼もこの世界へ召喚されているはずだったんだよな。
 今更登場と言うことではないだろうし、恐らく今まで存在を秘匿していたのだろう。
 三周目の彼ならば期待できるが、二周目の彼だった場合には困るな。
 まあ、いずれの場合にしてもエースパイロットとして活躍してもらおう。
 
「そうだな、こちらの作業も終わったし、今日はゆっくりと夕食を楽しむとしよう」

 残る五万ポイントの使い道は後で考えるとして、俺は夕食までの時間を仮眠にあてる事にした。


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第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年11月10日土曜日 14:00:12 

コマンダーレベル:4→5→6→7
NEW!新しい技術が選択可能になりました
NEW!新しい施設が選択可能になりました

プラント発展度 :3

現在所持ポイント:110,000

保有技術:
01:XM3開発データ
02:新型合金開発
03:エンジンの効率化
04:戦術機携行火器の強化
05:スラスターの改良
06:ブースターの改良
07:発展型不知火
08:第四世代戦術機基礎理論
09:戦車級用近距離防護火器開発
10:発展型不知火改良型
11:生産の効率化技術
12:AL(アンチ・レーザー)弾頭の改良
13:発展型AL弾頭
14:長距離火砲の改良
15:無人防衛システム開発
16:発展型無人防衛システム
17:地中振動監視技術の改良
18:発展型地中振動監視技術
19:G弾(BETA固有の元素使用の大量破壊兵器)の改良
20:発展型G弾技術
21:超光速恒星系間移動技術
22:第四世代戦術機開発技術01:軽量高密度装甲
23:第四世代戦術機開発技術02:発展型FCS
24:第四世代戦術機開発技術03:XM3改初期型
25:第四世代戦術機開発技術04:高初速側面スラスター
26:第四世代戦術機開発技術05:戦術機用重火器


※新兵器開発は関連技術01~05を取得で完了

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[8836] 第十四話『三周目白銀武颯爽登場!』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/07/20 03:17
2001年11月10日土曜日 19:36 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸より24km地点 国連軍新潟駐屯地

「まあ、ようするに、我々はBETAを地球からたたき出せれば何でもいいんですよ」

 ジャガイモや人参が形を失うほどに煮込まれたカレーを食べつつ、俺は言った。
 護衛部隊と共にこの基地へやってきた香月副司令は、二人の子供を左右に座らせつつ同じ料理を食べている。
 この世界の合成食品というものは本当に酷い味らしい。
 重要な会話をしているにもかかわらず、先ほどから料理に意識が向いていることが分かる。
 まあ、隙を見て何らかの言質を取ろうとしている訳ではないのだから、好きなだけ料理を味わってもらいたいところだ。

「それについてはもう聞いているわ。
 私が知りたいのは、アンタがどうやって第四計画を完遂する手伝いをしてくれるかよ」

 随分と直接的な物言いをしてくるものだ。
 その方がやりやすいのだし、ありがたいのだが。

「前にも言った記憶がありますが、全般的な支援ですよ。
 我々の持つ戦力の提供、技術の提供、物資の提供。
 あらゆる支援を惜しみません」

 大抵の人間ならば親しみを覚えるであろう笑みを浮かべる。
 政治家として長年過ごした経験から、顔面の筋肉を制御する事は容易い。
 チートさまさまだな。
 まあ、チートなのはあくまでも様々な機会を与えられるところまでで、それを切り抜けたのは俺の実力だが。

「技術と物資、それはわかるわ。
 アンタから貰った技術情報のおかげで、最近では随分と風当たりが弱くなったしね。
 新潟の一件もあるしね。
 あれのおかげで、帝国軍との関係改善が随分進んだと司令が喜んでいたわよ」

 不可能を可能に変える事が出来るのが科学技術の素晴らしいところである。
 しかし、完成に至るまでには長い道のりが必要であり、実は可能だとしても、そこへたどり着けなければ不可能なままだ。
 俺は、その完成形をいきなり持ち込んできたのだ。
 これでこちらに技術力がないのではと疑われたのではやっていられない。
 そして、劣勢におかれた帝国軍が出来るだけ兵力を消耗しないように行われた支援。
 感謝されないはずがない。
 もっとも、無言で整備活動を行うG.E.S.Uに帝国軍衛士たちは親しみを覚えづらかったようだが、

「よくわからないのが戦力についてよ。
 確かにアンタたちの第一大隊とかいう新型機の集団は強いわ。
 でも、量産できない兵器に意味はない。
 あれが一個連隊でも沸いてくるのならば別として、それはないんでしょ?」

 首を縦に振って肯定する。
 厳密に言えば、ネクストは量産できる。
 だが、リンクスを大量に呼び込むことが出来ないのだ。
 それはルールや何らかの制約が原因なのではなく、純粋にそれだけ多数のリンクスを俺が覚えていないからである。

「まぁあれは特別な機体ですからね。
 その代わりと言ってはなんですが、増強戦術機連隊を用意可能です。
 当面の新潟の防備は、これを当てる事により何とかなると思いますよ」

 夕食を楽しみつつ考えた残る五万ポイントの使い道を伝える。
 第四世代戦術機一個連隊(108機)三万ポイント。
 99式自走砲二型一個連隊(244門)二万ポイント。
 合計五万ポイントのお買い上げになるが、即応戦力の増強としてはこれでも足りない。
 出来る事ならば、もう二個連隊ほど戦術機を用意し、そこに大隊規模の戦車や歩兵をつけて一個師団が欲しいところだ。

「まあ、増強連隊なんていう中途半端な戦力を用意するという事は、それが今の限界って言う事なんでしょうね。
 とはいえ、完全編成の戦術機甲連隊が手に入るのであれば、帝国軍も今以上に友好的になるわね」

 中途半端な戦力、といいつつも、香月副司令の表情は明るい。
 先の戦闘でもそれなりの損害を負った日本帝国軍は、自分たちの損耗を回復する事すら困難なのだ。
 全ての部隊の充足率が満たされているというのは軍人の夢だが、戦時において前線部隊すら満たされていないというのは悪夢でしかない。
 もちろん、世界中の歴史書をかき集めたところで、そのような理想的状況の軍隊は数少ない。
 だが、BETAに対して敗戦を繰り返した歴史から何も変わっていないと言うことは、近い将来に日本帝国が消滅する事を意味している。
 そんな中、補充に必要な資源や施設無しで、文字通り湧き出してきたかのように完全編成の一個連隊が現れる。
 いかに帝国軍が国連軍を嫌っているとはいえ、表面的なところだけでもここは喜ぶところだろう。

「それで?今度は何が出てくるのかしら?
 また撃震?それとも不知火?まさかとは思うけど、ラファールやラプターだと困るわよ。
 これから話し合うつもりだけど、この間出撃していたアンタの一個大隊分だけでも保守部材の準備が厳しいんだから」

 彼女が伝えたい事はわかる。
 日本帝国には、既存の部隊の維持以上の事をする余裕はない。
 生産能力の関係から現有戦力の補充以上の事をできる余裕がないはずなのだ。
 当然ながら、第四計画は絶大な権力を有しており、既存の部隊向けの生産分を分捕る事はできるだろう。
 しかし、そんな事をすれば、我々が手に入れた分を補給される予定だった部隊に迷惑がかかる。
 それならば他国の兵器であれば良いのかといえば、もちろんそんな事もないだろう。
 予算で動いているオルタネイティブ第四計画にも、世界中から物資をかき集め続けるほどの余裕はないはずだ。
 あの巨大な横浜基地の運営費、香月副司令の裁量の範囲内で使われるA-01連隊や、その他の計画に関連する研究機材や試作品の部材。
 これらを今までどおり支払った上で、加えて我々の支援ができるとは思えない。
 
「一つ確認ですが、我々の第二大隊分の保守部材は発注前ですか?」

 色々と思うところはあるが、取り急ぎ目の前の問題を解決する必要がある。

「アンタの大隊の総数も分からないし、損耗率も分からないから発注前よ。
 この素敵な夕食を頂いた後にそのあたりの打ち合わせをするつもりだったんだけど、その聞き方だと何かあるみたいね」

 危ないところだった。
 基本的に8492戦闘団はBETAの回収さえ出来れば、完全に自立して行動が出来る。
 無人機が大半のために人員の補充は必要ないし、プラントさえ無事ならばなんでも用意できる。
 もちろん、戦術機本体も、その保守部材も、武器弾薬燃料もだ。

「アンタのために準備してきてあげたのに、ぜぇーんぶ無駄になっちゃったわけね」

 俺の説明を聞いた香月副司令は、愉快そうにそう答えた。
 何故完全に自立できるのかという根本的な問題は、あえてこの場では問わないらしい。
 ありがたいことだ。

「まぁ大体分かったわ。それで、もう一つの話題なんだけど、白銀?」

 我々の会話の間、一言も発さずにこちらを見ていた白銀が口を開く。

「貴方は、誰ですか?」

 挨拶も無しでいきなりストレートな質問である。
 彼が二周目なのか三周目なのかはわからないが、このような質問が出てくる以上、この世界に初めて来たわけではないようだ。
 初めてこの世界に来たばかりの彼ならば、一部の例外を除いて周囲は見知らぬ人間ばかりである。
 その場合、このような質問は出てこない。
 
「明日、新潟で何が起こるかを知っている人間ですよ。
 私の言っている意味はわかりますね?」

 俺の言葉に白銀は黙って頷く。
 やはり間違いないようだ。
 問題は、彼がこの世界で二周目なのか、三周目なのかだ。
 二周目ならば、今後の展開について精神面でのケアに注力するよう香月副司令に進言する必要がある。
 また、8492戦闘団という友軍に心を持っていかれ、彼の事を軽視しないようにこちらが注意する事も重要だ。
 だが、彼が三周目ならば話は変わる。
 厳密に言えば、一周目で第五計画への移行を経験し、そしてその間に原作での分岐の分だけ人生を経験し、第四計画を完了させた後の便宜上での呼称だが。
 細かい話はさておき、親しい人物を相次いで失い、戦略レベルでの圧倒的劣勢を味わった三周目の彼ならば、今回もきっとうまくやってくれる。

「あ号にまた勝てますか?」

 俺の質問に、白銀は表情を強張らせつつも頷く。
 桜花作戦も経験済みだな。
 まあ、今回はあそこに行ってもらう必要がないようにするつもりだが、何事にも保険は必要だ。
 
「それならば後は任せてください」

 話はこれでおしまいだ。
 簡潔すぎたが、取り交わされた情報量は十分なものだ。

「そんな二人だけでわかりあってもらっても困るんだけど?
 まあ、いいわ。
 白銀の話は終わったのね?それなら帰らしてもらうわよ」

 立ち上がった香月副司令に、左右の二人も続く。
 その後基地の入り口まで見送り、今日の会談はお開きとなった。

「あの連中、何を話し合いに来たんですかね?」

 いつの間にか後ろに来ていたダンが不思議そうに言う。

「あの三人が、というよりも、白銀武が私に確認したいことがあったのだろう。
 そして、満足のいく答えを貰い、帰ることにした。
 そういうわけだよ」

 営門を閉めるG.E.S.Uたちを眺めつつ、俺は今後の展開について思考をめぐらせた。
 戦闘があったばかりだが、一応正史では11月11日にBETAによる奇襲攻撃が発生している。
 我々が何か作用して早まったのか、それとも記載がなかっただけで実際には11日前にも襲撃があったのかはわからない。
 だが、BETAの行動原理が理解できない以上、備えなければならない。
 早速全員を集め、今後の方針を伝える。

「11月11日午前零時より翌12日までの期間、我々は即応体制にて待機する。
 絶対に何かが起こる、という保証はないが、BETAの奇襲がある可能性が高いらしい。
 周囲の帝国軍部隊も同様に、現在緊急展開訓練という名目で展開中だ。
 何かあった場合には、新設の第二連隊および我々が海岸へ速やかに急行し、現地の部隊と協同で水際防御に当たる。
 G.E.S.U機械化戦闘工兵第一大隊は我々に続行し、現地で全般支援。
 機械化戦闘工兵第二大隊は基地守備隊として、旧第一連隊第二戦術機甲大隊と共にここを守る。以上だ」

 思えば随分と大所帯になったものだ。
 機体へ向かって駆け出していくリンクスたちを見送りつつ、俺は感慨深げにそう思った。
 現在、国連軍横浜基地第8492戦闘団は、一個戦術機甲連隊を基幹とする増強連隊という戦力を保有している。
 増強連隊と一言で言ってしまうと分かりづらいが、これを詳細に表すと以下のようになる。

・改良型XM3搭載第四世代戦術機:108機
・旧OS搭載撃震:36機
・99式自走砲二型:288門
・機械化戦闘工兵(軽装G.E.S.U):280体
 
 どの最前線に持ち込んでも恥ずかしくない戦闘集団である。
 これに加えて基地固有の砲台や、星系外遠征中の恒星系間往復船まであるのだからたまらない。
 とはいえ、まず我々に必要なのは佐渡島から襲来するかもしれないBETAに備える事だ。
 約二十万トンのクレートを使って、出来る限りの事をしよう。

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第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年11月10日土曜日 19:49:56 

コマンダーレベル:7

プラント発展度 :3

現在所持ポイント:0

クレート数 :208,533t

保有技術:
01:XM3開発データ
02:新型合金開発
03:エンジンの効率化
04:戦術機携行火器の強化
05:スラスターの改良
06:ブースターの改良
07:発展型不知火
08:第四世代戦術機基礎理論
09:戦車級用近距離防護火器開発
10:発展型不知火改良型
11:生産の効率化技術
12:AL(アンチ・レーザー)弾頭の改良
13:発展型AL弾頭
14:長距離火砲の改良
15:無人防衛システム開発
16:発展型無人防衛システム
17:地中振動監視技術の改良
18:発展型地中振動監視技術
19:G弾(BETA固有の元素使用の大量破壊兵器)の改良
20:発展型G弾技術
21:超光速恒星系間移動技術
22:第四世代戦術機開発技術01:軽量高密度装甲
23:第四世代戦術機開発技術02:発展型FCS
24:第四世代戦術機開発技術03:XM3改初期型
25:第四世代戦術機開発技術04:高初速側面スラスター
26:第四世代戦術機開発技術05:戦術機用重火器

※新兵器開発は関連技術01~05を取得で完了

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[8836] 第十五話『2001年度第二次新潟防衛作戦(チートもあるよ!)前編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/07/20 03:18

2001年11月11日日曜日 06:20 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン

<<戦域司令部より警戒中の各隊へ通達。沖合いを警戒中の日本海艦隊より連絡、佐渡島ハイヴよりBETA集団の移動を確認。
 現在阻止攻撃を実施中。全ての部隊は直ちに出動、増援部隊申請中、到着予定時刻は未定。以上>>

「始まったぞ」

 既に出動中の機体の中で、俺は全員に戦闘開始を告げた。

<<有澤重工、雷電だ。
 第一特殊戦術機甲大隊、ええい、ネクストは全機突撃、海岸の帝国軍を確保する>>

 言い慣れない言葉に珍しく苛立った様子の社長が手短に指示をする。
 気持ちは分かるが、こちらは国連軍部隊として行動中なのだから、耐え忍んでほしいところだ。
 まあ、正しい言い回しをすれば目の前のBETAたちが消し飛ぶわけではないのだからどうでも良いといえばそうだが。

「こちらは8492戦闘団、指揮官のグラーバク01だ。
 戦域司令部に通達、当地の国連軍部隊は支援を開始する」

 帝国軍の周波数にあわせ、手短に用件を告げる。

<<こちらは戦域司令部。
 グラーバク01へ、そちらの戦力を報告せよ>>

「当方には定数を満たした三個大隊編成の一個戦術機甲連隊および一個砲兵連隊がある。
 108機の新型実験機と155mm自走砲が288門だ。
 これに加え、特殊実験機一個中隊相当が現在突撃中。
 最大で十二時間の戦闘活動が可能な見込み。
 なお、補給物資は当方の基地より自給可能だ」

 我ながら反則的な戦力である。
 半日かけて構築した組織図を使って現有戦力を説明すると、以下のようになる。

-------------------------------------------------------------------------------------------------
 国連軍第11軍極東方面軍第8492戦闘団(定数なし・方面軍直属)
 同第901司令部連隊(無人戦術機一個大隊・G.E.S.U一個大隊、無人兵器部隊)
 同第101戦術機甲連隊(三個大隊編成)
 同第301自走砲連隊(四個大隊編成)
 同第501特殊戦術機甲大隊(ネクスト部隊)
 同第1後方支援大隊(G.E.S.U部隊)
 同第1001戦略補給隊(恒星系外探査部隊・非公開)
-------------------------------------------------------------------------------------------------

 最後の一つは特殊な上に非公開だが、対外的に公表できる戦力だけでもかなりのものである。
 これだけの戦力を持ち込んで、史実と同等かそれ以上の損害を帝国軍に出させたら、白銀に合わせる顔がない。

<<了解、まずは移動中の支援部隊の展開を援護してもらいたい>>

 データリンク経由で支援部隊の位置が送られてくる。
 なるほど、熊野神社付近に砲兵部隊を集中させて阻止砲撃を加えるわけか。
 海軍からの情報では、BETAは佐渡島東岸の松ヶ崎付近から本土の角田浜へ向けて移動中との事なので、妥当な作戦といえる。

「了解、二個大隊を支援に向かわせる、全て無人機だが、音声で指示を受けるようになっているので使い潰してくれ。
 当方は一個大隊を率いて角田浜付近の友軍支援にあたる。
 なお、我々の自走砲連隊もそちらの隣に陣を張らせてもらうぞ」

 戦力の分散使用は賢い戦い方ではない。
 海岸全域を射程に収める場所に友軍が陣を張るのであれば、こちらもご一緒させてもらうのが一番だ。
 そうする事により、こちらの二個戦術機大隊だけではなく、友軍砲兵部隊を防衛する戦力も利用することが出来る。

<<了解。支援に感謝します。
 戦域司令部、以上>>

 さてさて、絶望的な防衛戦闘っていうやつを開始しますか。
 操縦桿を握りなおした俺は、網膜に投影された戦場を睨んだ。
 既に最前線へ突撃していったネクストたちは、レーダーマップ上の光点でしか確認できない。

「こちらは国連軍第8492戦闘団、角田浜付近の帝国軍部隊へ通告する。
 当方はこれより支援活動を開始する。支援が必要な場合にはいつでも声をかけてくれ」

 腕のPipBoyを擦る。
 俺が乗っているのはOSを入れ替えたXM3搭載型だ。
 だが、あくまでも撃震は撃震であり、機体のハード的な意味での戦闘能力はたかが知れている。
 そこでこいつの出番なわけだ。
 最大出力で跳躍噴射を実施し、最前線へ突入する。
 
「ええと、キーボードのVを押す、と」

 突然戦場に飛び込んできた俺を、無数のBETAたちが歓迎してくれる。
 腕を振り上げる要撃級、角をこちらに向ける突撃級、這い寄る戦車級たち。
 その全ての動きが、突然遅くなる。
 別に俺の脳が人生の最後を感知したわけではない。
 PipBoy3000に搭載されたV.A.T.Sが起動したのだ。
 このシステムは、人間の反応速度を極限まで高める事が出来る。
 それによって、武装の攻撃範囲全ての敵に極めて効率的な攻撃を仕掛けることが可能なのだ。

(武装選択、37mm機関砲、照準は前方の要撃級二体、狙いは頭部)

 声帯を機能させて声を出しているほど時間はゆっくりとは流れていない。
 一瞬だけ指の筋肉を動かし、発砲する。
 どう考えても目の前の要撃級は死ぬだろう。
 高速で機能している俺の脳は、近い将来に撃ち抜かれて絶命する要撃級の姿を思い描いている。
 V.A.T.Sを解除せず、続けて突撃級の左前足に五発撃ち込む。
 移動速度を考えても、奴は最低二発は命中して転倒するだろう。
 まだ俺のバトルフェイズは終了していないぜ。
 戦車級たちに向かって、一気に二十発の機関砲弾をプレゼントする。
 奴らの耐久力は戦術機の火力から考えれば無きに等しいので、問題はこれで解決する。
 敵に何もされずに留まっていられる時間に若干の余裕があるので、射程内の前方敵集団に時間の許す限り放てる全弾を撃ち込んでV.A.T.Sを終了しよう。

<<そこの撃震!なっえっ!?>>

 解除するなり無線が飛び込んでくる。
 BETAの群れに跳躍噴射で飛び込むという明らかな自殺行為を行った俺に対して、帝国軍衛士が警告を発しようとしてくれたのだろう。
 しかし、声から察するに女性らしい衛士が見たものは普通には理解できない現象だ。
 彼女が見たものを時系列的に並べると以下のようになる。
 突然国連軍カラーの撃震がBETA集団の目前に跳躍噴射で飛び込んでくる。
 撃震は一瞬だけ動きを止めたように見えるが、次の瞬間、機体強度の限界に挑戦するかのような速さで短い発砲を繰り返す。
 放たれた砲弾を追う間もなく、撃震は機体を横滑りさせる。
 直後、二体の要撃級が腕を振り上げた状態のまま撃ち抜かれて倒れ、続けて足を破壊された突撃級が地面へ向けて飛び込む。
 至近距離まで迫っていたはずの戦車級の群れは、いつの間にか大量のミンチに変わっていた。
 この間およそ五秒。
 慌てて下がるように声を出したとき、既に危機は去り、撃震も視界から消えている。

<<そんな、えっ?今のは?>>

 新兵なのだろうか。
 無線から流れる声はひたすらに混乱している。
 だが、何しろここは戦場であり、のんびりはできないのだ。
 そんな彼女の目前に、無数のBETAが迫る。
 要塞級十五体、要撃級三十体、突撃級二十八体、戦車級およそ二百体ほど。

<<だっ弾幕を!誰か助けて!!>>

 後方に向けて跳躍すればいいものを、彼女はシステムが冷静に告げた敵情報でパニックに陥ったらしい。
 ろくに照準もつけずに機関砲を乱射している。

「無人機隊は帝国軍を援護、孤立している機体を優先、武器使用自由」

 俺の指示に、先ほどまで最低限の自衛戦闘だけしていた無人機隊が行動を開始する。
 第四世代戦術機の特長は、従来型よりも重装備であり、それでいて高い機動性を持っている点にある。
 中隊単位で固まって行動を開始した彼らは、まず軽装な前衛型の突入から開始した。
 国連軍機である事を示すスカイブルーの機体が、高速でなだれ込んでいく。
 長刀で要撃級を切り裂き、機関砲で突撃級の足を撃ちぬく。
 XM3改初期型の能力は絶大で、彼らは一瞬も停止せずにそれらの作業を継続し続けた。
 BETAの前衛に穴が開いたところで、後続の重装備タイプが戦果を拡張する。
 二機に一門の割合で装備している30mm電磁速射砲がプラズマと同時に超音速に加速された砲弾を無数に吐き出す。
 頑丈なはずの突撃級の前面が叩き割られ、さらに胴体を貫通した砲弾によって後ろにいた別の突撃級も絶命する。
 一発の砲弾でこれなのだから、その超音速弾を毎分150発の勢いで、しかも数十機の戦術機がばら撒けばどうなるのかは明白だ。
 結果として、無人機隊の突入から一分もせずに友軍の撤退経路が確保される事となる。
 全体としてはそうなのだが、何時の世の中にも不運な人間というものは存在する。
 先ほど俺に声をかけてきた女性衛士もそうだ。

<<せっ戦車級が!誰か助けて!いやぁあああああああああああああああ!!!!!>>

 凄まじい絶叫が耳に飛び込んでくる。
 発信者を見ると、先ほどの女性衛士が乗った陽炎に五体の戦車級が取り付いている。
 パニックに陥った彼女は、機関砲を乱射しつつ周囲に助けを求めているようだ。
 だが、そんな危険な事では救助は出来ない。
 V.A.T.Sを起動し、機関砲と側面に取り付き射殺しても機体に影響がない一体へ攻撃する。
 解除した瞬間、友軍を危険に晒していた彼女は、少なくとも自分自身だけの犠牲しか発生させない存在になる。

「無人機はあの陽炎を援護、助けろ!」

 こんなファジーな命令を的確に実行できるAIがあるとすれば凄い。
 そして、俺はその凄いAIを保有していた。
 三体の戦術機が素早く陽炎へ駆け寄り、胸の辺りから何か黒いボールのようなものを射出する。
 それらは一秒ほど空中を移動した後に爆発、周囲に12.7mmホローポイント弾という恐ろしい存在を振り撒く。
 無人機たちは取りこぼしに備えてナイフを装備していたが、それを使う機会はなかった。
 近距離防御装備である空中散布式散弾発射機は、陽炎に取り付いた戦車級四体の全身に風穴を開けて救助を完了させていたからだ。

「こちらは国連軍第8492戦闘団だ。
 角田浜周辺の部隊は一時後退し、補給作業に入ってくれ」

 このあたりの中隊名には見覚えがある。
 確か、先日の戦闘で我々が救出した部隊だったはずだ。

<<我々は栄えある日本帝国陸軍第132戦術機甲中隊である。
 国連軍の指図は受けん。援護がしたければ勝手にしろ。どうせ途中で逃げ出すくせに>>

 なかなかに友好的な言葉を返される。
 確かこの中隊は初対面のはずだ。
 内容からして、日本本土にBETAが襲来した際に見捨てられた経験があるのだろう。
 とはいえ、それは俺の命令で実施された事でも、俺がその指揮を執った事でもない。
 全く面倒な話だ。

<<こちらは帝国陸軍第195中隊、聞き覚えのある声だな。
 了解した、我々はこれより後退を開始する>>

 どう説得するか悩んでいる間に、別の中隊から通信が入る。

<<189中隊も同様だ。また世話になる。
 石垣少佐、貴官の個人的な意見は結構だが、部下を巻き込むな>>

 こちらは第189戦術機中隊だ。
 おまけに、撤退のついでに話を聞かない中隊長を説得しようとすらしてくれる。
 ありがたいことだ。

<<戦域司令部より第15防衛ライン各隊へ通達。
 三十秒後に支援砲撃を実施する。直ちに後退、補給を実施せよ。
 当面は国連軍第8492戦闘団第一大隊が現地を防衛する。
 繰り返す、直ちに後退、補給を実施せよ>>

 空気を呼んだらしい戦域司令部からの通信が後押しをする。
 ありがたいことだ。

<<132中隊了解、そこの国連軍、今度は逃げるなよ>>

 未だに納得していない口調だが、自分たちが最前線で踏ん張ってはいけないと命令され、彼も後退に同意してくれたようだ。

「当然の事ですよ。私は国連軍ですが日本人です。
 これだけでは信用してもらうには不足かもしれませんが、とにかくご理解ください」

 どうせ無理だろうと内心で苦笑しつつも返答をする。
 何はともあれ、帝国軍各隊は後退していき、戦場には我々とBETAだけが残された。

「ネクスト各機は戦闘を続行、支援砲撃に注意。
 こちらの砲兵連隊も帝国軍の攻撃に合わせてここへ砲弾を撃ち込め。
 砲撃実施時間は二十分、委細は任せる。観測データ送信中」

 この短い通信で、角田浜周辺のBETAの運命は決した。


2001年11月11日日曜日 07:00 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン

<<戦域司令部より8492戦闘団へ通達。
 角田浜周辺のBETA殲滅を確認。増援の恐れなし。
 他方面の防衛に参加し、内陸部への侵攻を阻止せよ>>

 なんとも胸が奮い立つ通達だ。
 もう少し具体的に指示を出してほしいものなのだがな。

<<雷電よりグラーバク01、角田浜周辺の確保完了>>

 周辺の制圧は完了している。
 BETAの増援が沸いて出てこないという事は、ここは主要進撃路ではないのだろう。
 周囲では補給を終えた帝国軍部隊が、BETA回収作業に勤しむ回収車たちを不審そうに見守っている。

「グラーバク01より戦域司令部、次の指示をくれ」

 上級司令部を持たない俺たちは、作戦レベルで活躍するには帝国軍の指揮統制システムをそのまま利用させてもらうしかない。
 権限だのプライドだのといった言葉に興味を持たない俺としては、非常にやりやすくて助かるがな。

<<戦域司令部よりグラーバク01へ。
 国道402号線沿い、浦浜付近に多数のBETA上陸を確認、警戒中だった206、208および104中隊が後退中だ。
 直ちに急行されたし>>

 なるほど、広域マップによると、第34艦隊および第55艦隊が踏ん張っているようだ。
 そのおかげでBETAの進撃ルートが大きく狂い、わざわざ山がある地域に上陸してきている。
 奴らの進撃速度が落ちるのはありがたいが、一番南の戦線もカバーするとなると自走砲連隊の位置が悪いな。

「グラーバク01了解、敵の予測ルートがちょっと遠いな。我々の砲兵部隊を現在地から南東の66号線と218号線の接するあたりに移動させる。
 なお、我々はこれより移動を開始する、以上」

 通信を切り、リンクスたちへチャンネルを合わせる。

「聞いていたと思うが、敵の進撃ルートはもっと南だ。
 各自最大速度で基地へ帰還、補給の後に近いほうの集団から叩くぞ。
 俺は推進剤を補給しつつ先に向かう。またあとでな」

 機体コンディションは良好だ。
 弾薬もまだまだ余裕がある。
 高速で基地へと向かうリンクスたちの後を追うようにして、俺と無人機大隊も後退を開始した。
 現在のところ帝国軍も我々も、全滅した部隊はない。
 願わくば、今回も最低限の犠牲で終わらせたいものだ。

<<戦域司令部より各隊。
 BETA集団は残り二つ、いずれも旅団規模。
 新たな増援の反応なし。第14師団より二個戦術機甲大隊が南端の戦闘に参加。
 国連軍第8492戦闘団は、国道116号線と68号線合流路へ向かってください>>

 なるほど、燕市と三条市に防衛線を再構築し、北は第12師団の予備兵力と我々、南は第14師団の増援を投入して上下から狭めていくわけか。
 多宝山、弥彦山と雨乞山が天然の障害物として機能してくれているおかげでBETAの進撃は遅い。
 遅滞防御戦闘をうまいことやってやれば、再構築中の防衛線が完成するまでにはこちらの自走砲連隊が阻止砲撃を開始できるだろう。

「グラーバク01了解。指示されたポイントへ向かう」

 移動を続ける機内で、PipBoyを使ってチート行為を実施する。
 大量に保管されているクレートを使って、我が戦闘団の予備兵力を作り上げるのだ。
 とりあえず物資や車両込みでG.E.S.U機械化戦闘工兵大隊をあと二つ、これで一万八千トン。
 予備機や格納庫も含めてで第四世代戦術機甲連隊をもう一つ、これが千九百四十四トン。
 角田浜周辺から回収されたBETAによってクレートの保管量は増える一方だが、ひとまずここまでにしておこう。
 
「ん?」

 操作を終えると、PipBoyのモニターに何かが表示されている事に気づいた。
 なんだろう?

「なになに?Level UP、うん、レベルアップね。
 またコマンダーレベルがあがったのかな?」

 筐体についているキーボードを操作して詳細を呼び出す。

「パイロットレベル1から7まで一気にレベルアップしたわけか。
 ほうほう、なるほどねぇ」

 落ち着いて機体を自動移動に切り替える。
 無線を受信のみに切り替え、意識を落ち着かせる。
 操作していくと、パイロットレベルなるものが上昇したときに何ができるのかが表示された。
 

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第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年11月10日土曜日 19:49:56 

コマンダーレベル:7

パイロットレベル:7

プラント発展度 :3

現在所持ポイント:0

クレート数 :201,587t

保有技術:
01:XM3開発データ
02:新型合金開発
03:エンジンの効率化
04:戦術機携行火器の強化
05:スラスターの改良
06:ブースターの改良
07:発展型不知火
08:第四世代戦術機基礎理論
09:戦車級用近距離防護火器開発
10:発展型不知火改良型
11:生産の効率化技術
12:AL(アンチ・レーザー)弾頭の改良
13:発展型AL弾頭
14:長距離火砲の改良
15:無人防衛システム開発
16:発展型無人防衛システム
17:地中振動監視技術の改良
18:発展型地中振動監視技術
19:G弾(BETA固有の元素使用の大量破壊兵器)の改良
20:発展型G弾技術
21:超光速恒星系間移動技術
22:第四世代戦術機開発技術01:軽量高密度装甲
23:第四世代戦術機開発技術02:発展型FCS
24:第四世代戦術機開発技術03:XM3改初期型
25:第四世代戦術機開発技術04:高初速側面スラスター
26:第四世代戦術機開発技術05:戦術機用重火器

※新兵器開発は関連技術01~05を取得で完了

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[8836] 第十六話『2001年度第二次新潟防衛作戦(チートもあるよ!)中編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:170d1dc9
Date: 2009/07/20 03:15

2001年11月11日日曜日 09:20 日本帝国 新潟県新潟市秋葉区新郷屋 国連軍第8492戦闘団新潟基地 ブリーフィングルーム

「現状を説明する」

 自走砲連隊の砲撃音が聞こえる室内で、俺は疲労困憊の極みにあるリンクスたちに向かって口を開いた。

「本日0714時、0700時に角田浜で殲滅した第一旅団に加え、浦浜に上陸したBETA第二旅団も殲滅された。
 この時点での敵残存兵力は野積海水浴場跡地から上陸したBETA第三旅団のみとなっており、勝利は時間の問題と思われていた」

 スライドを切り替える。
 そこに映し出されているのは、余りにも絶望的な現実だった。

「本日0719時、三個師団規模のBETAの移動が確認された。
 どうやら、奴らにとって最初の侵攻は威力偵察のようなものだったようだな。
 日本海艦隊残存兵力の迎撃も空しく、現在浦浜海水浴場跡地に上陸中だ。
 これに対処するため、敵第一と第二旅団を殲滅し、移動中だった部隊が呼び戻され、第三次防衛ラインの構築が決定された。
 佐潟公園から国道46号から66号を経由して、中ノ口川に沿って南下し、289号線へと繋がる長大なものだ」

 スクリーン上の新潟県内地図に、BETAの上陸地点を囲う長い曲線が引かれていく。
 付近を移動中だった部隊や海岸防備に貼り付けられていた部隊を転用しているため、北部方面の防衛線構築は順調だ。
 また、壊滅状態のBETA第三旅団を掃討中の南部の部隊も一部部隊から転用が進んでいるために、こちらもそう長くはかからない。
 
「奴らの狙いがどこなのかはわからないが、現在のところはこの基地の方向へ向かってきているようだ。
 そのため、まずは我々が敵師団を正面から受け止めるというありがたい任務が下った。
 断って横浜へ逃げ出したいところであるが、残念な事にそうもいかない。
 この地域を抜けられると、あとに残るのは防衛が行いづらい山岳地帯だ。
 帝国本土防衛軍は総動員を発令し、現在周辺の全ての部隊から増援が向かってきているが、まとまった戦力が集まるまでにはかなりの時間が必要だ。
 つまり、誠に遺憾ながら我々は任された箇所を死守する」

 先ほどからひっきりなしに行われている砲撃は、今も止むことなく続いている。
 これだけの火力を投射し続けているのに、敵の進撃を若干鈍らせる事しか出来ないというのだから驚きだ。

「今までは無用な勘繰りをさけるため、露骨に巨大な戦力を生み出す事は控えていた。
 しかし、今回は日本帝国の存亡がかかっている。
 後の面倒はそのときに考えるとして、更なる戦力を生産する事にした」

 スライドが再度切り替わる。
 そこに表示されているのは、第8492戦闘団の編成表だ。

「現在、我々は二個戦術機甲連隊および一個自走砲連隊を保有し、それ以外にリンクス諸君とG.E.S.Uたちがある。
 だが、これだけでは到底今回の戦闘を生き残れない。
 そのため、追加で七個戦術機甲連隊と、二個自走砲連隊を生産する。
 これでこちらも三個師団、帝国軍を加えれば五個師団だ。
 おまけに三個連隊の自走砲もある。
 状況に応じてさらなる増援も検討するが、ひとまず防衛戦闘という任務は全うできるだろう」

 今回の作戦が終わった後には、国連軍上層部から査問会のお誘いが来る事は避けられないだろうな。
 作戦の主役となり、おまけに三個師団などという戦力を動員すれば、いくら香月副司令であってもごまかす事はできない。
 まあ、今まで監査が入らなかった事自体が奇跡なのだし、いつまでもごまかしきれる事でもないからな。

「とりあえず、リンクス諸君は高効率教育訓練センターで休息を取ってくれ。
 あの部屋の仕組みはわかっているな?全員一週間の休暇を命じる。
 中にはG.E.S.Uがいるから、ダンをあまり働かせないようにな」

 疲れきったリンクスたちは、俺の冗談に愛想程度の笑みも浮かべずに敬礼して立ち上がった。

「諸君らが休んでいる現実時間での70秒間は任せてくれ。
 一応その後の作戦案は室内に用意しておくから、暇になったら見てくれ。解散」

 精神と時の部屋とは反則的な存在だ。
 室外で70秒が経過する間に、そこにいる人間たちは一週間分の休養を取る事ができる。
 一週間という時間は長い。
 出てくるときには、彼らは十分回復しているだろう。
 俺がそんな事を考えている間にも、リンクスたちは無言で退出していく。
 戦闘開始から一時間以上、常に最前線でBETAを引きずり回していたのだ。
 よほど疲れていたのだろう。

「わかっとる、わかっとるよ」

 リンクスたちが退出していったドアから、何か言いたげなG.E.S.Uがこちらを見ている。
 彼らに発音機能がない事は不便に見えるが、なんとなく何を伝えたいのかはこちらで察することが出来る。
 せめてもの誠意としてつけられた護衛の中隊が、格納庫から無限に湧き出す我々の師団を見て物申したいのだろう。
 ポイントを使ったときのように空き地に突然出現したほうがもっと彼らを驚かせられただろうな。
 そんな下らない事を考えつつ、俺は作戦司令室へと足を進めた。
 師団規模の戦力を率いる現状において、もはや指揮官先頭でBETAと戯れる事はできない。
 せっかく上がったパイロットレベルだが、このままだと無駄になってしまうな。


2001年11月11日日曜日 09:24 日本帝国 新潟県新潟市秋葉区新郷屋 国連軍第8492戦闘団新潟基地 作戦司令室

<<どういうことですか、これは?>>

 モニターに映る帝国軍中隊指揮官の表情は硬い。
 膨大な援軍を前に、彼が何故そのような表情を浮かべているのか、その理由はよく理解できているつもりだ。

<<これだけの部隊がいるのであれば、何故最初から出さなかった!>>

 クレートから無人機を作り出すことが出来ると説明しても理解はできないだろう。
 佐渡島奪還作戦およびその後の横浜防衛戦や桜花作戦に備えてクレートを温存していたという理由も理解できないはずだ。
 いや、仮に理解できたとしても、彼は俺を許す事はできないだろうな。

<<今まで助けてもらった事には感謝している。
 この規模の増援があれば、今回の作戦もうまくいくだろう。
 だがな、今に至るまでに、どれだけ我々の衛士たちが死んでいったか、アンタわかってるのかよ!>>

 指摘されなくてもわかっている。
 出し惜しみ無しで最初から大量の戦力を投入しておけば、今頃我々は海岸に留まったまま余裕の防衛戦闘を継続できていただろう。
 三個師団規模の戦術機と一個師団規模の自走砲とはそれだけの戦力である。
 それがこの期に及ぶまで出てこなかったのだから、帝国軍衛士としては納得がいくわけが無い。

「仰るとおりです。
 全ての責は見極めを誤った私の失態です。
 言い訳をするつもりはありません」

 素直な気持ちである。
 既に起きた事に対して「たられば」は禁物だが、損害を被った側から見ればそんな事は関係ない。
 大局的見地から全ての物事を判断しなければならない政治家や将軍たちならば別の意見もあるだろうが、彼は戦術レベルでの指揮官だ。
 戦時において自分の部下たちが不当に危険に晒されたとなれば、その上のレベルのことなど関係ない。

<<隊長、落ち着いてください。これ以上は問題になります>>

 一方的に俺を責める会話に、部下らしい女性の声が割り込んでくる。

<<問題がなんだ!俺が不名誉除隊になったら死んだ連中が帰ってくるのかよ!>>

 どうしてここまで感情的な人間が我々の護衛に回されてきたのかは不明だが、少なくとも彼の心情は理解できる。
 この手の問題は、怒りや憎しみという強い感情に起因しているため理屈では解決できない。
 別にそれだけで済ませようというつもりはないが、とにかく相手が落ち着くまで頭を下げて話を聞くしかないのだ。

<<聞いてください隊長!
 極東の国連軍が本腰を入れたという情報はありません。
 それなのにこの基地からあれだけの戦力が出てくるという事は、別の理由があるからに違いないじゃないですか!>>

 全くの誤解だ。
 俺は義憤に駆られる勇敢な指揮官ではない。
 BETAの行動原則が不明だとはいえ、増援の可能性を見落とし、そして大局的見地とやらで戦力の出し惜しみをした愚か者だ。
 
「ご配慮に感謝します。
 本土防衛戦に引き続き二度の失態をしている以上、また信じてくださいとは言えませんね
 我々が三度目の過ちを繰り返さないよう、後ろから睨みつけていて下さい」
<<ネクスト全機出撃可能、隊長、いや、司令官、任務をもらおう>>

 帝国軍中隊指揮官との会話は思ったよりも長かったらしい、休息を終え、ネクストに乗り込んだ有澤社長から通信が入る。
 既に作戦案は渡してあるこの状況で会話に割り込んでくるという事は、つまり助けてくれたのだろう。

「8492戦闘団指揮官より第一特殊戦術機甲大隊へ命令、敵集団へ突入し、遅滞防御戦闘を実施せよ。
なお、二十分以内に支援砲撃は三個連隊規模になる、砲撃範囲に入らないように注意せよ。以上、全機出撃」
<<了解、これより突撃に移る>>

 基地の格納庫から飛び出したネクストたちが、次々とブースターに点火して飛び去っていく。
 最前線とこの基地の間には山があるため、それを飛び越さない範囲ならば低空飛行が出来るのだが、肝が冷える瞬間だ。
 いつまでもそれを見送っている暇はない。

「各戦術機甲連隊は所定の方針に基づき、防衛線の構築に移れ。
 機械化戦闘工兵大隊は仮設陣地の建築急げ、爆破パイプラインの敷設が最優先だ」

 俺の保有するAIは非常に高性能だ。
 ファジーな命令を現実と照らし合わせた上で最善に近い形で実行してくれる。
 今回の場合、ブリーフィングで使用したデータを渡すだけで、指示された地点へ急行、各々の任務を実施してくれる。
 不意の奇襲から軍団規模の殴り合いに発展した今回の作戦は、沸点に向けて突き進み始めた。


2001年11月11日日曜日 09:40 日本帝国 新潟県新潟市美幸町 国道403号線交差点付近 本土防衛軍第12師団砲撃陣地

「撃てぇ!」

 号令と共に155mm砲弾が発射され、それは遥か遠方のBETA集団に向かって飛び去っていく。
 早朝から続く激戦の影響は大きく、砲身命数はまだなのにもかかわらず、それ以外の部分にガタが来て修理中の砲が増えてきている。
 我が日本帝国の加工精度は、随分と落ちてしまったのだな。
 悲しい現実を目前にした砲兵大隊長は、現実から目を逸らすために隣の陣地を見た。
 そこには、一個連隊弱の戦力が集結した様を見て久々の大部隊だと形容する自分たちをあざ笑うかのような集団があった。
 国連軍8492戦闘団所属第301、第302、そして第303自走砲連隊。
 総数864門の完全自走化がされた部隊である。
 贅沢な事に、砲撃を中止することなく補給作業が出来る弾薬運搬車まで付いている。
 おまけに、絶えることの無い砲撃を実施し続けられる補給体制まで整っているようだ。
 その攻撃は火山の噴火にしか思えない。
 864門の155mm榴弾砲が統制された砲撃を繰り返している。
 それだけでも脅威だというのに、その砲撃速度は非常に高い。
 目視で適当に計算しているだけだが、およそ一分間に五発か六発は発射しているようだ。

「彼らは何者なんだ」

 不審そうに呟く彼の前を、整備機材を担いだロボットが駆け足で通過していった。
 眼前に展開する集団は、少なくとも数百名の人間が運営しなければならないはずだ。
 だが、指揮官らしい青年と通信で話して以来、人間を一度も見た記憶が無い。
 
「報告します!新たに三門が故障しました。
 復旧を急がせますが、当面我が中隊は戦闘不可能です!」

 またもや聞きたくない報告が舞い込んできたな。
 内心でぼやきつつ、大隊長は部下の伝えてきた現実に向き直った。
 彼にとって、隣の友軍はあまりにも現実から乖離した存在でありすぎた。

「復旧急げ、彼らから機材その他を貰ってこい。
 恥も外聞も関係無しだ、既におんぶにだっこなんだからな」

 国土の防衛を他国軍に任せる。
 近代国家としてこれほどまでに情けない事態は考えられない。
 だが、目の前には任せることが出来るだけの軍隊があり、そして自分たちには独力で行うためのそれがない。
 それに、日本帝国は既に過去の奪還作戦で他国軍の世話になっている。
 もはや意地もなにもない。

「気持ちは分かる。だが、使えるものは親でも使えと習っただろう?
 つべこべ言わずに目録を持って頭を下げに行ってこい」

 反抗的な目つきでこちらを見る中隊長を軽く叱責し、大隊長は戦術マップを見直した。
 絶望的に思われていた状況は、主に国連軍の支援によって覆ろうとしている。



[8836] 第十七話『2001年度第二次新潟防衛作戦(チートもあるよ!)後編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:5033df02
Date: 2009/08/14 00:56
2001年11月11日日曜日 11:47 日本帝国 新潟県

 作戦の主役を国連軍に移した第三次防衛ライン攻防戦は、四個連隊の砲兵による突撃破砕射撃から始まった。
 遂に平野部へと侵入したBETA三個師団に対して、合計1,000門を超える火砲が火を吹いたのだ。
 それはまさに黙示録的な、と形容すべき光景だった。
 砲撃開始から十数秒後、前進するBETA集団およびその周辺の地面が沸騰する湯の表面のように泡立つ。
 勿論それは泡などではなく、155mmもしくは120mmの砲弾が炸裂し、その危害半径内にいる全てのBETAに致命的な損傷を負わせている事を示している。
 相手が人類の軍隊であれば、例えそれが重装甲師団であっても容易に進撃を阻止できただろう。
 だが、相手は良くも悪くもBETAという生命体であり、それは人類の持ついかなる軍隊よりも精強だった。
 周囲の地形を変えるほどの激しい砲撃に怯みもせずにBETAたちは前進を継続する。

<<敵集団に対して極めて効果大。効力射を続行されたし、オクレ>>

 戦術機甲連隊に同行する前進観測班から報告が入る。
 目の前にいる十数体程度ではなく、双眼鏡の視界一杯に広がる敵集団に対しての効果を報告する彼らがそういうのであれば、本当に効果が出ているのだろう。
 最前線の観測班や戦術機から情報の提供を受けている砲撃は非常に効果的に実施されており、既に一個旅団が壊滅、さらにもう一つの旅団が無力化されようとしている。
 しかし、突き進むBETAたちは、それだけの打撃を受けたとしても未だに無傷の二個師団と一個旅団が残されている。
 対する日本帝国軍の防衛戦力は、攻撃正面以外に展開した二個師団しかない。
 本来であれば、ここで日本国の歴史に終わりを告げる、恐怖の首都圏侵攻が始まるところである。
 だが、かつてとは違い、今の日本帝国には物理的な意味での力強い味方がいた。
  
「第101から第103戦術機甲連隊は正面のBETAに対して阻止攻撃を開始、重火器で遠距離から叩け。
 両翼に展開する第104から第107連隊は鶴翼陣形を維持しつつ中央を援護」
  
 国連軍新潟基地の作戦司令室で、俺は全てをモニターで見ていた。
 損害を受けた二個師団強のBETAに対し、こちらは増援も可能な五個師団弱の戦力を持っている。
 そして、各個撃破も迂回突破も図らない敵に対して、鶴翼陣形は非常に効果的だった。
 前進してくる敵軍先頭に対し、こちらは常に最大火力を投射することが出来るからだ。
 現在の戦況を簡単に示すと以下である。

    西(海岸)
     
      ↓↓
 南 | ↓|北
    \ /
     Ⅴ
      
      
   ○○ ○○
    東(国連軍新潟基地)

 下向きの矢印三本がBETA集団であり、それを受け止めるように展開している縦線や斜線、V字が日本帝国・国連合同軍である。
 後方に位置する○は四個連隊規模の砲兵部隊だ。
 この布陣は、帝国軍には詳しく説明していないが、高度な電子機器を優先目標にするというBETAの習性を利用したものである。
 中央を担当する8492戦闘団各機はその大半が無人機となっており、おまけに数がまとまっている上に第四世代機ということで高性能だ。
 敵を誘引する餌として、そして最大の損害を受けるであろう盾として、これほど適した戦力はない。
 
 「砲撃を絶やすなよ。各連隊は陣形を維持したまま後退。敵の圧力をモロに受けるな」
   
 ひたすらに東進を続けるBETAに対し、それを受け止める国連軍は周囲の友軍が取り残されないようにしつつ後退を実施する。
 前線部隊の速やかな移動を支援すべく、砲兵は手持ちの弾薬全てを投げつけるための高い発射速度を維持しつづけた。
 滅茶苦茶な勢いで連射される155mm砲弾に叩かれ続け、BETA先鋒集団は大きな出血を強いられている。
 砲撃開始から十分後、その進撃速度は若干ながら低下を見せてきた。
 もちろんそれは戦意の低下や混乱などが原因ではなく、降り注ぐ砲弾により地形が変わり、さらに撃破されたBETAの死体があちこちに散乱している事が原因だ。

「これだけの砲撃を浴びてもまだ止まらないか。
 まったく、これだから異星人は困る」

 作戦司令室の中で、俺は忌々しげに呟いた。
 整備や補給作業のために砲撃を中止する部隊が出始めているが、それでも砲撃は続行されている。  
 BETAたちは前進を止めないが、彼らを止める手段は砲撃だけではない。
 砲煙弾雨と地雷原を乗り越えてきたBETAたちに待っているのは電磁投射砲と機関砲、そして戦車砲の一斉射撃だった。
 要塞級が、突撃級が、要撃級が、戦車級が、兵士級が、闘士級が、次々と砲弾に貫かれ、あるいは弾き飛ばされ、撃ち砕かれ、地面に倒れていく。
 大きな戦果だが、BETAの総数から見れば僅かな損害に過ぎない。
 しかし、攻撃を行った各隊はそれ以上の戦果を求めずに速やかに後退を開始する。
 不退転の覚悟で防戦すべき場所はここではないからだ。

<<こちらは帝国軍第14師団司令部、当戦域の人類諸君へ通達。
 我々は反撃時刻を繰り上げ、間もなく全軍が戦闘に突入する。よろしく支援されたし。以上>>

 戦域マップの下から、右から、無数の光点が前進を開始する。
 小さな光点の一つ一つには、数百人から数千人の帝国軍人がいる。
 包囲はどうしたのかとさらに広域のマップを見ると、どうやら各地から抽出された部隊が包囲網を完成させようとしているらしい。
 なるほど、帝国軍は気合を入れたわけだな。

「こちらは国連軍極東方面軍第8492戦闘団。
 日本帝国の誇る精鋭部隊との共闘を嬉しく思う。
 物資補給および砲撃支援は当方に任されたい。戦域チャンネルブラボー・ワン・ツーにて特殊戦術機甲大隊待機中。
 数は一個中隊と少ないが精鋭だ、危険な時には呼び出してくれ。以上>>
  
<<当地域を担当する第12師団戦域司令部より友軍各隊へ。
 BETAの残りはおよそ2個師団弱、阻止砲撃でかなりの数が削れている。
 どういうわけかわからんが、光線級がいない事が幸いした。
 異常地中振動なし、日本海艦隊からも増援の報告なし。
 もう少しだ。以上」
  
 増援が無いのはありがたい話だが、光線級がいないというのが気にかかる。
 妙に敵に打撃を与えられていると思ったら、答えはそれだったか。
  
<<第一次BETA上陸部隊は全滅。第14師団各隊は現在防衛ラインへ移動を開始>>
<<第12師団残存兵力、第三次防衛ライン南部へ撤退完了>>
<<北部防衛線担当8492戦闘団104連隊はBETAと接触、距離を保ちつつ防衛ラインへ誘導中>>

 入ってくる報告を聞く限りでは、作戦はおおむね順調に推移している。
 海岸に対して口を開けたアルファベットのUに近い陣形で展開する我々に対し、BETAたちは進撃方向を変えずに中心部へ飛び込んできている。
 
<<続いて8492戦闘団105連隊も敵と接触、北部防衛線は全域が戦闘状態に入りました>>

 現在の俺の手持ちの戦力は、戦術機甲連隊が101から107までの七つ、自走砲連隊が三つ、戦闘工兵が二個大隊、その他支援兵器が一個連隊である。
 そのうちの104と105連隊は北部の防衛線を担当しており、地図全体から見れば北部に展開している。
 翼端に位置する彼らが先に接敵するのは当然の事だ。

<<国連軍主力部隊がBETA先鋒集団と接敵、第三次防衛ラインは南部を除く全域が戦闘状態に入りました!>>

 若干高揚した雰囲気の戦域司令部オペレーターの声が聞こえる。
 それでは終わりの始まりといこうか。

「爆破パイプライン点火、敵の足並みを乱せ。リンクスたちは直ちに退避。補給と休養に入れ」

 俺の命令と同時に、戦域各所に機械化工兵が設置した爆破パイプラインが点火された。
 爆破パイプラインとは、地中に埋設され、点火すると深さ10mほどの対戦車壕を瞬間的に構築できる優れものだ。
 しかし、現実の世界では実戦配備には至らなかった。
 危険な爆発物の束を日常的に設置しておく事はできないし、そもそも迂回されれば無意味になる。
 それならば主要幹線道路に対戦車障害物を用意したり、進撃路の橋に爆破用の設備を設けておくほうがよほど意味がある。
 国境全域をカバーできるだけの数を設置すればまた話も変わってくるのだろうが、当時のNATOとワルシャワ条約機構軍の勢力図を見れば、その案に賛成できる財務担当者など存在しない。
 あれこれと問題がある装備ではあるが、この世界では使用に当たって問題はない。
 それを埋めに行くのはG.E.S.U達なので敷設場所の記録は完璧だし、新潟県西部は常に戦闘地域だ。
 おまけにBETAたちには戦闘工兵などという洒落た種族は無いので、彼らは突破するために少なからぬ同属を蹴落として前進しなければならない。
 対戦車壕突破に必要とされる十秒、あるいは五秒かもしれないが、とにかくこの装備によって稼がれる時間は貴重だ。
 津波のように押し寄せるBETAたちの足並みを僅かでも乱すことが出来るのであれば、それは大変に価値のある結果である。

「続けて支援兵器部隊は攻撃を開始、一発ブチかましてやれ」

 今回の作戦では、自走式GPS誘導自転式・ロケットアシスト推進10t爆弾や、自走式30mm機関砲を投入している。
 前者は自転する巨大な車輪の中心に10t爆弾を装備した突撃用無人兵器で、敵集団に突入して自爆する爆弾だ。
 横転を防ぐため、また進行方向を変えるために、側面に無数のスラスターがついている。
 コスト度外視の装備ではあるが、コストではなく重量で全てが判断される我が軍ならではの決戦兵器だ。
 後者は胴体の大半が弾倉になっている局地防御兵器で、早い話が基地の砲台に四本の足を生やした不恰好な戦闘車両である。
 不恰好ではあるが、あえてキャタピラではなく四脚にしただけの効果はあり、配置にかかる時間は非常に少ない。
 まあ、胴体に比べて随分と細い四本の足が忙しなく動く姿は非常に気持ちの悪いものではあるが。
 これらの装備品は防衛ラインの火力強化のために思いついたもので、咄嗟の思いつきとメニュー項目が結びついた創作兵器だ。
 アーマードコアやメタルマックス、鋼鉄の咆哮のファンである俺にとって自作兵器とはたまらない機能だったが、今は喜んでいる場合ではない。
 数秒で考え、あれば役に立つかもしれないと思った装備を作っただけである。
 このあたり、帝国軍の技術将校たちの意見を聞ければいいものが出来るかもしれないな。
 そんな他力本願な要望はさておき、支援兵器たちは攻撃を開始した。
 まず攻撃を始めたのは、一斉射撃を行っている戦術機や戦車と並んでその砲身をBETAに向けていた自走機関砲である。
 彼らは四本の足で地面をしっかりと踏みしめ、必殺の30mmタングステン弾を一斉発射した。
 携行できる事を前提に設計されている戦術機の機関砲とは違い、これらの支援兵器は搭載している兵器を運ぶために足が付いている。
 この違いは大きく、彼らが放つ砲弾は無数のBETAたちを一瞬で粉砕する。
 それを見て前線の衛士たちは歓声を上げるが、その様を無視するように第二陣が突撃を開始する。
 車輪が大地を踏みしめる音と推進を補助するロケットモーターの轟音を周囲に振りまく突撃爆弾である。
 戦術機が自決用に装備している大型爆弾をヒントに考えてみた装備だ。
 彼らは大まかな方向に向けて全力で突撃を開始し、その異常な速度によってあっと言う間にBETA集団へと激突した。
 その数120両、直後に連鎖的な爆発が発生し、BETAたちの姿が消える。
 決してオーバーな表現ではない。
 120個の10t爆弾が若干のタイムラグがあるにしろ爆発したのだ。
 再び歓声が挙がる。
 見るからに無人兵器な外見をしていたという事もあり、衛士たちは素直に喜んでいる。
 これはこれで使えるのかもしれないな。
 使いどころは正面からぶつかり合う決戦くらいしかないが。
 いや、佐渡島ハイブへの揚陸作戦でこれらを一斉に突撃させれば、あるいは。
 史実において異様な兵器を数多く考案した英国を笑えない俺の脳が囁くが、何はともあれ、今回の作戦は成功だ。
 既に南部も含めて全域で戦闘が行われているが、おおむねこちらの優位に進んでいる。
 この作戦はもらったな。
 ニヤリと笑った俺の顔は、その直後に引きつった。
  
「地中から増援だと!日本海艦隊は何をしていた!」

 ディスプレイに映し出された敵襲の文字。
  総数はおよそ一個連隊規模。
  出現予想場所は砲撃部隊と我が軍基地の間。
  なんて事だ。

「前線の部隊を、いや、防衛線が崩れる。ネクストたちは!?」

 戦闘中の部隊を照会する。
 戦術機甲連隊はいずれも交戦中。
 予備兵力も含めてこちらへ派遣する事はできない。
 リンクスたちは帰還中だが、ほぼ全ての武器弾薬を消耗している。
 帝国軍各部隊はいずれも決死の防衛戦闘中で、こちらへの支援など期待できない。
 手持ちの戦力は旧式の戦術機甲大隊および帝国軍の一個中隊と基地の防衛設備のみ。
 どうやら自力で何とかしないといけないようだ。

「一個連隊を追加、防衛施設増強、念のため俺も戦術機に乗っておくか」

 追加生産を命じ、格納庫へと向かう。
 道すがら、いつもの基地が大きく姿を変えようとしているところを随所で目にする。
 下ろされた隔壁。
 戦車級が侵入可能なサイズの通路に設置された機関砲。
 武装し、巡回するG.E.S.Uたち。
 気がつけば、俺は完全武装の彼らを従えて格納庫へ到着していた。

「こちらは8492戦闘団、グラーバク01だ。
 戦域司令部応答せよ」
  
 戦術機を操縦しつつ回線を開く。
 基地の端に、BETAの返り血を大量に浴びたネクストたちが到着してきた。
 整備車両が素早く駆け寄っていく。
  
<<こちら戦域司令部。そちらから通報を受けた地域へ部隊を派遣中。
 さらに敵の増援が?>>
  
 そんな言葉を返してしまう気持ちは良く分かる。
 先日から続く新潟防衛戦で、BETAたちは延べ四個師団近い戦力を投入してきている。
 そこへ頼んでもいないのに追加の一個連隊である。
 地中のBETAを探知する事に定評のある我々からの通信が入れば、当然そのような反応となる。
  
「帝国軍の部隊は砲兵の防衛にまわしてほしい。
 こちらは基地内で待機中だった予備の一個連隊で何とかする。
 それと、護衛の一個中隊を後方に下げてほしい。
 我々の防衛施設で誤射をしてしまったのでは申し訳が立たないからな」
  
 我ながら随分と偉そうな物言いだが、帝国軍を後ろに下げる事は重要である。
 彼らは俺の部下たちとは違い、使い捨て可能な無人機ではない。
 そして、砲台が次々と地面から沸いて出る光景を見られるわけにはいかないのだ。

<<了解、部隊を後ろに下げさせます。ご無事で>>

 幸いな事に戦域司令部は俺の要望を聞き入れてくれた。
 直ぐに命令が飛んだらしく、護衛部隊は跳躍噴射で素早く飛び去っていく。
  
「さてさて、それでは締めくくりといきますか」

 腕のPipBoy3000を操作し、必要な戦力を呼び出す。
 手始めに現れたのは50基の砲台だ。
 旋回の際にぶつからなければ良い、という短い間隔で次々と砲台が出現する。
  
「増援の戦術機甲連隊は直ちに出撃!有澤社長!」

 出現するなり発砲を開始した砲台たちを見つつネクストたちを呼び出す。
  
<<補給完了まであと三分。ダンが先に出ている>>

 カメラを向けると、続々と出撃する戦術機たちに混じり、ダンの愛機であるセレブリティ・アッシュが出撃している様が見える。
 元の世界では汎用人型決戦兵器であるネクストに乗りながら「通常兵器相手ならば役に立つ」と酷評された彼である。
 しかし、この世界では機体を一歩降りれば、取り囲む衛士たちから歓声が挙がる掛け値なしの英雄だ。
 必然的に、彼の士気は極めて高い。

<<こちら8492戦闘団、セレブリティ・アッシュ。助けに来たぜ!>>

 ありがたい事だ。
 レイヴンでもネクストでも、弾薬補給が中途半端な状態で出撃する事はまずありえない。
 未熟ゆえかもしれないが、彼はそのありえないことをしてくれた。
 通常のネクストが一騎当千ならば、彼は一騎当百かもしれない。
 しかし、基地と砲兵の間にBETAが出現した今は、猫の手でも借りたい状況だ。

「感謝する。直ぐにかき回してくれ」

 手短に感謝の意と命令を伝え、続けて迫り来るBETAたちを見る。

「さてさて、帝都防衛戦に比べれば随分と難易度の低いミッションだな。
 BETA諸君、チート連発を味わってくれたまえよ」
  
 上から目線で余裕を持って対処できているのには当然理由がある。
 精神と時の部屋で行われていた仮想現実世界の中で、対BETAの絶望的な戦闘は多々あった。
 最終的にはその大半を自分だけでも生き残ることが出来るようになった、それらに比べれば現状は随分と楽である。
 極端な話、こちらの基地と自走砲部隊ならば別に叩かれても取り返しが付く。
 帝国軍の損害は怖いが、彼らがよほど無能でない限りはそれほど大きな損害は考えられない。
 というわけで、俺の心は以前のように恐怖に押しつぶされる事はないのだ。
  
「俺のターン!砲台による先制攻撃!30mm機関砲100門の乱れ撃ち!」

 既に発砲は始まっているが、改めて命令を下す。
 基地へ向かっていたBETAたちは鉄の暴風に晒され、一瞬で前衛のほぼ大半が消滅する。
 特に速度の関係から最前列に出ていた突撃級や、それ以下サイズの脆弱なBETAたちが甚大な損害を受けているようだ。
 
「続けて増援の戦術機甲連隊先発の一個大隊による制圧射撃!出撃中の他の部隊にも攻撃指示!」

 我が軍は圧倒的ではないか。
 砲台による攻撃で少なからぬ損害を受けた所に戦術機甲大隊の放つ制圧射撃が降り注ぐ。
 だが、それだけの攻撃を受けてもなお、BETAたちの足は止まらない。
 大きく数を減らしてはいるが、それでも突撃級たちが基地の支配地域へと侵入を遂げた。

「プラントで爆破パイプラインを連続生産!突撃級たちの足元に出現させて爆破!」

 基地の支配地域内では、プラントが創造したものを即座に出現させることが出来る。
 もちろん巨大な建設物ともなればそれなりに時間が必要だが、建物に比べれば随分と小さい爆発物ならば瞬間的に出現する。
 結果として、チート極まりない情景が出現した。
 進撃を止めない突撃級たちの足元が突然広範囲に渡って爆発し、彼らは吹き飛ばされるか地中へと落ち込む。
 そこに後続していた様々なBETAたちが次々と落ち込み、足元にいた仲間たちを圧死させていった。
 戦術機甲連隊にネクストにプラントという魅力的な餌を目指す彼らは、そのような些細な問題は気にせず突撃を継続する。
 だが、狭い戦闘正面に非常識なまでの火力を集中させている我々が相手である以上、BETAたちの殲滅はそれから十五分ほどで達成された。

  
2001年11月12日月曜日 09:00 日本帝国 新潟県新潟市秋葉区新郷屋 国連軍第8492戦闘団新潟基地
  
「はあ、出頭命令ですか」

 BETAの死骸を満載した車両が行き交う基地の営門で、俺は完全武装の歩兵一個大隊および戦車二個中隊、戦術機甲一個大隊の訪問を受けていた。
 わざわざ横浜からこれだけの部隊を派遣してきた理由は明白である。
 横浜と新潟に勝手に基地を設け、どこから呼び出したか誰も知らない軍団規模の戦力を用いる『自称国連軍軍人』を捕まえにきたのだ。
 これだけ大暴れすれば当然の事である。
 事前に香月副司令から連絡を受けていた事もあり、すっとぼけた返事をしつつも俺は素直に横浜へと移送される事になった。
 そこでモニターごしに国連軍のお偉方一同から査問会的なものを受けるのだそうだ。
 身辺整理のためと称して五分間時間を貰い、リンクスたちへの待機命令とBETA回収作業の続行を命じる。
 幸いな事に、処分先に困っている帝国軍も回収に協力してくれるそうだ。
 どうなるかはわからないが、できれば拷問や問答無用の銃殺は勘弁してほしいところだ。
 見送りに来てくれた帝国軍上級将校たちの心配そうな表情に見送られつつ、俺は横浜への安全だが安心できない旅に出発した。



[8836] 第十八話『査問会』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2009/09/24 00:56
2001年11月12日月曜日 15:00 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 第四会議室

「まず、国連軍を騙ったことを謝罪させて頂きます」

 太平洋沿岸各地に設けられた国連軍基地がテレビ会議システムで結ばれた会議室の中心で、俺は謝罪から始めた。
 色々と事情があるにせよ、俺は所属を偽った。
 別に軍隊に限った話ではないが、所属や階級を偽る事は重罪である。
 特に、それが公的機関や信用を第一にする職業の場合は尚更だ。

「そこは素直に認めるのだな?まあ、我々としてはそのような事はどうでも良い。
 むしろ、結果として日本帝国の対国連感情を好転させてくれた事については感謝している」

 それはそうだろう。
 一個軍団規模のBETAが襲来するという国難において、国連軍の旗を掲げた一個軍団が支援をしてくれれば感謝をしない国家などありえない。
 さらに、日本帝国は俺がどのような人物かという情報は一切持っていないはずなので、素直に国連軍に対して感謝している事だろう。

「その事についてはそれでいい。
 我々が問題と考えているのは、君が持ち出した所属不明の部隊だ。
 一個軍団規模、それも見た事の無い兵器ばかり、これをどこから持ち出した?」

 当然の質問だ。
 所属どころか型式も不明な大量の兵器。
 おまけに、人間の兵士は数えるほどしかなく、その大半が無人機および自律行動型のロボット兵。
 そして全てが高性能とくれば、気にならないはずが無い。

「その事をお話しするには、まず私が何者かについてからご説明する必要があります」
「見たところ、人種的には日本人のようだな」

 仰る通りなんだが、話し初めから口を挟まないでもらいたいものだ。
 そこで憮然とした表情を浮かべるほど若くは無いが、誰もが同じ事を思ったらしい。
 今更ながら空気を読んだらしく、白人の将軍は咳払いをしつつ「続けたまえ」と呟く。

「ありがとうございます。
 将軍閣下が仰るとおり、私は国籍的には日本国民になります。
 ここで重要なのが、私は日本国国民であり、日本帝国臣民ではないという点にあります」

 重要だが伝えづらいポイントに気がつくかどうか心配だったが、それは杞憂だったらしい。
 そもそもが、複数の人種が入り乱れているこの査問会で、通訳抜きで日本語が通じている時点で気がつくべきだった。
 
「君が特殊な政治的思想を持っていないのであれば、そこを使い分ける事の意味はわかっているんだろうね?」

 待ち望んでいた指摘が来る。

「言い間違いでも、特殊な思想をもっているわけでもありません。
 私は西暦2010年の日本国、それも議会制民主主義国家のもの、から現状を打開するためにやってきました。
 ちょっとここで確認いただきたい事があります!」

 一斉に口を開こうとした将軍たちを、慌てて押しとどめる。
 国連軍の高官が集まる査問会で異世界の未来人ですと言い出したのだから、彼らが口を荒げようとするのも当然だ。
 だが、ここで申し開きの機会を与えられずに精神病院に放り込まれるのは困る。

「私は今までもこれからも、嘘偽りなくお話しするつもりです。
 当然ながら皆さんには信じがたい事、あるいは受け入れられない事もあるかと思います。
 ですが、とりあえず最後まで話させて下さい」

 出だしからこれではちょっと難しいかもしれないなと内心では苦笑している。
 まあ、未来、それも別の世界からやってきた一個軍団。
 素直に信じてくれるわけが無いのだが、ここは信じてもらわなければならない。

「まあ、最後まで聞くのも良いだろう。
 皆さんもそれでよろしいか?」

 この中で最上位らしいアメリカ人の将軍が一同に確認する。
 全員が渋々ながらも頷いていく。
 どうでもいいが、将軍だから偉いのは当然として、同じ国連軍の高官に対しても随分と偉そうだな。

「ありがとうございます。
 さて、私が異世界の未来人ではないという可能性を先に潰しておきたいと思います。
 つまり、日本帝国軍の秘匿部隊や、酔狂な金持ち、あるいは流浪の超天才科学者といった可能性です。
 他にも考えられますが、とにかくこの世界の人間で、そして何らかの組織から支援を受けているという場合ですね」

 馬鹿馬鹿しい話だが、まあ想定される可能性は全て潰した上で話をする必要がある。
 どう話したものかと彼らを見ると、モニター越しの彼らの手元に分厚い書類が置かれているのが見える。
 なるほど、新潟の激戦で多少の情報は入手しているようだな。

「先の戦闘で、私は最終的に八個戦術機甲連隊および三個自走砲連隊を率いていました。
 既に諜報活動等で情報は入手されていると思いますが、そのいずれもが日本帝国およびその他諸外国で使用されていない兵器です」

 ただでさえ怪しげな出自なのだから、説得には現実に存在し、彼らもそれを確認している物を用いるのが一番である。

「まず、これだけの物資をどの組織にも察知されずに日本帝国へ持ち込む事は事実上不可能だという事は皆様もお分かりだと思います。
 仮に日本帝国と何らかの密約を結び、彼らの全面協力を得ていたとしても難しいでしょう。
 搬入だけならばあるいは出来るかもしれませんが、これだけの戦力を作るとなれば、相当な量の物資が必要です。
 それだけの買い付けをすれば、世界経済への影響、あるいは国連軍を始め諸外国の軍備に影響が出ます。
 確かに現状で人類は資源不足だとは思いますが、それは別に昨日今日に始まった事ではないですよね」

 戦場に現実に存在し、盛大に弾薬を撃ちまくったという事実がそれを肯定してくれる。
 そう思えば、一気に大量の戦力を投入した事もあながち間違いではなかったかもしれないな。

「君が言わんとしている事は分かるよ。
 特別に日本を監視しているわけではないが、それでもアレだけの部隊を編成するのには多量の物資が必要だ。
 そして、異常が報告されるほど物資の輸送は確認されていない」

 アメリカ人は俺の発言を肯定しつつ先を促してくる。
 非常にありがたい話だが、何が目的なのだろうか。

「ありがとうございます。
 さて、そういった事情から私が日本国内外から資源を確保したという可能性が乏しい事はご理解いただけると思います。
 日本帝国軍には自分たちの損耗を完全に回復するだけの余裕もありませんから、当然日本帝国軍の特殊部隊だという可能性も排除できると思います。
 当然、アメリカ合衆国やその他大国から派遣された極秘派遣部隊という可能性も考えられません。
 極秘で国連軍を騙って増援をする事に意味がありませんし、そもそもこれだけの戦力を他国の防衛に派遣可能な余裕がある国家はないでしょう」

 ここで言葉を切り、モニター越しの一同を見る。
 少なくとも、俺が話した内容については誰もが同意してくれているようだ。

「私企業でも公的機関でもない。
 そして個人で用意することが出来る量でもない。
 となれば、私が皆さんを油断させるためにBETAから派遣された人間型工作員でも無い限り、先ほど申し上げたとおりの存在だとご理解いただけましたでしょうか?」

 室内は静まり返っている。
 さて、彼らはどのように判断するのだろうか。
 誰もがどうしたものかと考え込んでいるようだが、口を開こうとするものはいない。
 と、ここでアメリカ人が口を開いた。

「いっその事、君がBETAの工作員で、あの戦術機たちはBETAで、何らかの謀略を考えている方がまだ納得できる。
 別世界?そんなものの存在を信じることが出来るほど、我々は御伽噺を好んでいるわけではないからな。
 だが、君は違うのだろう?香月副司令」

 この部屋に入ってからおよそ二十分。
 その間一言も言葉を発しなかった香月副司令に遂に発言の機会がやってきた。

「はい、実際にやってきた事は想定外でしたが、彼のような存在は、私の提唱した因果律量子論で説明が可能です。
 そもそも、私の提唱していたこの理論は、並列的に存在している」
「ああ、ここは査問会なので、技術的な話は止めてもらおうか。
 我々は実際に戦う軍人なのであって、理屈を捏ね回すのが仕事の科学者ではないのだからね」

 ふむ、オルタネイティブ5を唱える米国の軍人だけあって、言葉に容赦が無いな。
 しかしこの査問会は完全に合衆国派だけで固めているわけではないだろうに、随分な言い方だ。

「ええ、確かに私は科学者ですが、それを最前線に送り出すようでは末期ですからね。
 もちろん、私は人類の生存確率向上に繋がるのであれば、最前線にも計器を抱えて飛び込むつもりですけど」

 さすがにここで感情的に言い返すほど子供ではないよな。
 この世界では元の世界とは比べ物にならないほど力を持つ国連の要職にいる人間だ。
 そうでなくては困る。

「それはさておき、具体的な話は抜きで申し上げますと、彼の存在は私の提唱する理論で説明可能です。
 つまり、私の理論は実際に証明されたわけです」

 誇らしげに香月は宣言する。
 既存の理屈を覆すような理論を提唱し、それが実証されたわけだから当然だ。

「なるほど!我が国連軍が博士に協力した事は無駄ではなかったようだな。
 他の研究開発部門にも是非とも見習ってもらいたいものだ!
まあそれはいいとして、君の8492戦闘団とやらは、あとどれくらいの戦力を持っているのだ?
あの高性能な戦術機や、優れた自走砲の設計図は当然持っているのだろうね?」

 そらきた。
 直接的過ぎる言い回しにも思えるが、それはこの査問会のメンバーが合衆国に逆らえない人間で構成されているということなのだろう。
 
「先ほど申し上げたとおり、八個戦術機甲大隊、三個自走砲大隊です。
 自分は軍人であり、科学者ではないため、設計や製造プラントについての図面は持ち合わせてはおりません。
 また、BETAによる逆侵攻を防ぐため、分かりやすく言えば本国にあたる世界との通信も不可能です」

 先ほどからずっとそうだが、俺は一言も嘘は言っていない。
 設計図は、持っていないのだ。
 原材料であるBETAさえ入手できればいくらでも製造可能だが。

「そうなると、君の部隊を下げた後の防衛が問題だが、そこは誇り高い帝国軍に頑張ってもらうしかないな。
 国連軍には防衛しなければならない地域が他にいくらでもある」

 会議室内が静まり返る。
 あまりにもあんまりな言葉だ。
 目の前のアメリカ人将軍は、日本帝国のことなど知ったことではないと露骨に宣言したのだ。
 それは、世界各地の安全を守るべき国連軍の上層部が発してよい言葉ではない。
 
「それについては自分は何かを言える立場にはありません。
 太平洋方面軍の中で決定してください。
ただし、我々はあくまでも一番最寄だった横浜基地に保護を求めただけです。
その点を、よくお考えいただければと幸いですね」

さて、打ち合わせる時間がなかったが、香月博士はこちらの考えにどう乗ってきてくるかな。

「それについては色々と調整が必要ですね。
 何しろ彼らは私の、ここで言う私とは香月夕呼個人を指していますが、に雇われた、いわゆる傭兵です。
任務の都合上で国連軍を名乗ってしまった事は問題ですが、彼らの働きからすればそんな事は些細な問題ですね」

その言葉に一同はざわめく。
まあそうだろうな、俺もざわめいている一人だ。

「いやいやいや、面白ね香月君」

 アメリカ人はオーバーリアクションで苦笑する。

「最近の科学者は美人なだけではなくてジョークのセンスも持っているようだ」
「いやですわ大将。確かに私は才色兼備を絵にかいたような人物ですけど、そんなに褒めて頂かなくても」

 嫌な笑みを浮かべた夕呼が答える。
 全くもって嫌な展開だ。

「しかし、一個軍団の傭兵か。
 是非とも我が国にも来てほしいところだな。
 どこに依頼すると来てくれるのか教えてほしいな」

 アメリカ人大将閣下の仰る内容は当然だ。
 これが優れた戦術機一機であればそのような言い訳にも話の持って行き方がある。
 だが、一個軍団では無理だ。
 つい先ほど、それを頑張って証明したばかりである。

「異世界からですよ閣下。
 つい先ほど、彼が教えてくれたではありませんか」

 そういう事か。
 物事を難しく考えすぎたんだな。
 普通には用意できるはずが無い戦力を持っているからには、普通ではありえない事情があるはずだ。
 例えば、異世界から救援部隊がやってくるとか。

「異世界か。それは遠すぎるな。
 君の世界にも合衆国はあるんだろうね?」

 個人が一個軍団を作ってやってこれるはずが無いのだから、合衆国の増援も来るかもしれないという想像は当然だな。
 その前に、彼の祖国がどうなっているかを知らせる必要があるな。

「もちろんありましたよ。
 世界の警察官として、世界中の紛争地域に海兵隊や空母機動部隊を派遣してます。
私の世界にBETAはいませんでしたから、もちろん人間相手にですけどね」

その言葉に室内は静まり返る。
 おっと、言い過ぎてしまったかな。

「ああ、別に貴国が世界を征服しようとしていたわけではありませんよ。
 自由と民主主義を世界に広めるべく、話しても通じないならず者国家相手に軍事力を行使しているだけですよ」

 おかしいな、どうしてこうなるんだ。
 俺はアメリカ合衆国の正義の行いを伝えているだけなのに。

「あーその、もしかして君も何かあったのかね?」

 気まずそうに質問される。
 なるほど、俺が正義の行いで何か損害を受けたと思われているのか。

「いえいえ、私は貴国の同盟国である日本国民として、それなりに安全な生活を甘受してましたよ」

 おかしいな、さらに室内が静かになったぞ。
 もはや空調機の音しかしないではないか。

「皆さん勘違いなさっているかもしれませんが、アメリカは同盟国を大事にしてくれていたんですよ。
 最新に近い兵器も売ってくれましたし、それなりに周辺諸国から守ってくれましたし」
「まあ、君の世界の話はそこまでにしておこうじゃないか。
 大切なのは今だ。是非国連軍に力を貸してもらいたいのだがね」

 不自然な笑みを浮かべたまま、彼は素早く言葉を重ねようとする。
 だが、重要なはずのこの会議に慌てた様子で闖入者が現れ、彼の努力を妨害した。

「し、失礼します!」

 それは随分と恐縮した様子の国連軍士官だった。
 大将を頂点に無数の将官が集まるこの会議を中断させるとは、随分と嫌な役回りだな。
 他人事のように大将のマイクへ報告する姿を眺めていると、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてこちらを向いた。
 なんだろうか、痺れを切らしたリンクスたちが攻め込んできたのかな。

「帝国軍の将官が五人、君のところに今すぐ会いたいと来ているそうだが、何か知っているかね?」

 そういう手を打つわけか。
 これで俺の身柄は国連軍から帝国軍に移るのかな。

「そうか、そうなるのか。
 まあ、それならば報告してやりたまえ」

 無言になっている俺を放置し、大将は傍らで直立不動の士官に命じる。
 恐縮しきった彼は、困惑しつつも室内の一同に報告した。
 
「報告します!
 日本帝国本土防衛軍第十二師団、第十四師団、帝都防衛師団の各師団長。
 および富士教導団団長、日本海艦隊参謀長がお越しです。
 新潟戦区防衛のお礼を、8492戦闘団指揮官に直接申し上げたいとの事であります」

 これだけの人間が一同に会する事は滅多にありえない。
 つまり、この査問会はなんとしても中断されなければならない。
 さすがは香月副司令。
 あの短時間でよくもこれだけの高官をかき集めてきたものだ。
 これはあくまでも時間稼ぎだろうな。
 俺を日本帝国へ縛り付けるために、必ず次の手を打っているはずだ。

「えーそれでは私は次にどこへ行けばいいのでしょうか?」

 とりあえずここは困惑したように質問しておくか。
 まあ、この次にどうなるか分からないから、実際に困惑しているわけなのだが。

「隣の会議室に集まっているそうだ。
 まあ、そういう次第なので、この査問会は一時中断としよう。
 再開の予定は調整のうえで追って連絡する。以上だ」

 大将の言葉で一同は並べられたモニターが次々と消灯していく。
 やれやれ、第一ラウンドは終了したようだな。




[8836] 第十九話『新潟地区防衛担当者』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/01/11 01:48
2001年11月12日月曜日 15:36 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 第三会議室

「ありのままに起こった事を言うぜ。
 俺は帝国軍の将軍たちに査問会から救い出されたと思ったら、帝国本土防衛軍少将の階級章を渡されていた。
 おまけにモニターの向こうには柔らかに微笑む政威大将軍殿下がいらっしゃる。
 斯衛軍大佐の階級も頂けるそうだ。
 おまけに技術研究本部名誉顧問だの帝都名誉市民と新潟名誉市民と勲二等も賜れるとの事。
 贈り物で心を繋ぎ止めるってレベルじゃねーぞ」

 別に勲章がほしくてこの世界にやってきたわけではないのだが、もらえる物は素直に貰っておく。
 日本帝国の中で好きにやるためには、それなりの地位と名誉がある事はプラスに働くからな。

「我が国からの贈り物は気に入って頂けましたか?」

 柔らかに微笑んでいるが、その目は少しも笑っていない。
 決して口には出さないが、本人としては不本意なのだろう。
 俺に対して様々なものを授与する事ではなく、それによって帝国に露骨に縛りつけようとする事がだ。

「謹んで拝命いたします。
 しかし、私には国連軍軍人としての立場もあるはずなのですが?」

 名誉階級ならばまだしも、正規の階級を二重に持つことが許されるとは到底思えない。

「国連軍からは、貴方を准将として迎えたいという要望が来ています。
 しかし、顔写真以外の人事情報はなく、まずは入隊の手続きが必要だとか。
 特例ではありますが、本土防衛軍では上官の許可が得られれば兼業が認められる事になりました。
 新潟地区防衛担当者としての責務を全うして頂ければ、それ以外の活動を妨げるつもりはありません」

 強引ではあるが、こちらとしては願ったり叶ったりだな。
 ん?防衛担当者?

「あのう、防衛担当者とは具体的には何をする職務なのでしょうか?」

 新潟の防衛担当者とは、職務名からして死亡フラグ満載だな。
 BETAの巣を眺めつつ、海岸線陣地で銃を担いで悠々自適なスローライフとは随分とバラ色の未来予想図だ。

「読んで字の通りです。
 貴方の持つその優れた軍事組織と科学技術、そして大量のBETAを前にして慎重かつ繊細な作戦行動を実施できる才能。
 今の日本には、全てが必要です。
 それらを、帝国のために貸しては下さいませんか?」

 非常にありがたい申し出だ。
 帝国だけを助けることが目的ではないが、大目標達成のためには、日本帝国の存続と発展は不可欠である。
 
「拝命いたします。
 必ずや、新潟地区の安定と、防衛を成し遂げましょう」

 別に傲慢な気持ちを持っているつもりはなかったのだが、後に聞いたところでは、その回答は不敬なほどに自信満々なものだったそうだ。
 その後は大変忙しかった。
 会議が終了するなり帝国軍の法務将校や技術士官や需品課の人間が押し寄せ、任官手続きや技術支援要請や制服の採寸が行われる。
 ようやく終わったと一息をつく間もなく、今度は一連の作戦で俺に感謝を述べたいという中隊規模の指揮官が押し寄せ、会議室を占拠したまま戦勝祝賀会が開始される。
 夜も更け、ようやくの事すべてから開放されたと思った矢先に、今度は秘蔵の品らしい日本酒を持った香月博士がやってきた。
 もうどうにでもなれと二次会が始まり、結局のところ自分の基地に戻る事が出来たのは翌日の昼ごろだった。



2001年11月24日月曜日 09:00 日本帝国 新潟県新潟市秋葉区新郷屋 日本帝国本土防衛軍第8492戦闘団新潟基地

「こちらは新潟基地、定時報告、異常なし」

 非常に手短な報告を送る。
 本日の新潟県新潟市の気温は10℃。
 風はなく、雲量はゼロ、大気は乾燥しており、絶好の砲撃日和だった。
 別に砲撃をする予定は無いのだがな。

「第三要塞建設開始、第一および第二要塞は全ての戦闘準備を完了しました。
 第二戦術機甲師団は第三師団と交代、定期メンテナンスに入ります」
「関越高速鉄道線の建設完了、現在工兵車両が最終点検を行っています」
「海岸地雷原の構築完了。以後、一時間おきに機雷と地雷の増設を実施します」
「第四戦術機甲師団の編成完了、次回のローテーションより作戦行動に参加します」
「第二十八難民キャンプの設営完了。新潟県への引渡しに入ります」
「市内各所のインフラ復旧率は現在61%になりました。
 現在のところ進捗に遅れは無し」

 赤い服を着た女性型アンドロイドたちが報告を続ける。
 部隊規模が大きくなりすぎた事もあり、指揮官先頭という特権を諦めざるを得なかった俺がクレートから作成した人々だ。
 彼女たちは増殖を続ける我が部隊が担当している地域の情報を管理し、定められた計画通りになる様に指示を出している。


「閣下、外線二番に新潟市長代行です。
 支援要請を行いたいとのことです」

 はて、新潟市民には十分な警護を提供していたはずだが、何か不足があったのだろうか。
 相手の本題が予想できないが、とにかく出てみる事にしよう。

「はい、こちらは8492戦闘団指揮官です」
「新潟市長代行です。いつもお世話になっております」

 鉄道を建設し、道路を引き、十分な警護を派遣する。
 軍隊として十分な事をしていたはずだ。
 インフラ整備をこちら持ちで実行しており、さらに目に見える位置に一個戦術機甲連隊および三個機械化戦闘工兵大隊が常に張り付いている。
 これで不安だといわれたのでは、無理なローテーションをあえて組んでいる意味が無い。

「何か、ご要望があるとか?」
「はい、現在の時点でも私たち新潟市民は他の帝国臣民ではありえないほどの厚遇を受けている事は十分に承知しております。
 これは戦闘団指揮官閣下のご好意に他ならず、私たち市役所職員一同は感謝の言葉をいくら申し上げても足りないほどです。
 しかしながら昨今の情勢を鑑みるに、日本帝国政府は、私たち最前線の民間人に十分な食料を供給し続ける事は容易であるとは言いがたい状況である事は否定できない事実です。
 現在の新潟市は十分な行政サービスを独力ですべての市民に提供する事は難しく、税収の不足からそれを金銭で解決する事も困難である事は否定できません」

 市長代行は、難しい表現で食料が足りない事をこちらに伝えてきた。
 このような言葉遊びに近い表現はやめてもらいたい。
 本題を簡潔に伝えてもらう事はできないのだろうか。
 あくまでも真面目な表情を浮かべつつ、俺は無言で先を促した。

「かような状況において、国土防衛のために日夜命を賭けておられる指揮官閣下にこんな事をお願いする事はとても失礼である事は重々承知しております。
 ですが、避難所にいる市民たちへ、生存に必要な栄養や医療を提供する事は日々困難さを増しております。
 世界中が厳しい状況である事はもちろん承知の上で、あえて我侭を申し上げさせて頂きます。
 どうか、可能な量だけで構いません。
 哀れな新潟市民たちのために、帝国軍の物資を少しでも分けていただくことは出来ませんでしょうか?」

 ようやくの事で本題が出てきた。
 市民に提供する物資が不足しているので、支援が必要だという事か。
 まったく考えが不足していた。
 インフラを整えればそれで他の者が解決してくれるだろうと考えてしまったとは。

「市長代行殿、貴方は市民を大切に思う心をお持ちのようだ。
 ご要望には全てお答えさせて頂きましょう。
 必要な事をリストにして、当司令部に送ってください。
 あとは、こちらで適切に処理します。
 他に何か必要なものはありますか?」

 公務員とはこうでなくてはいけない。
 しかし、困り果てて帝国軍に連絡を入れてくるほどに困窮していたとは知らなかった。
 この世界では何もかもが不足しているという認識が足りていなかったようだな。

「市民たちが生き残れ、そして自らの意思で立ち上がろうと判断できるだけの時間を与えて頂けるならば、他に何もいりません。
 リストは早急に用意させます。
 いえ、実際にはあるのですが、精査のうえで提出させて頂きます。
 戦闘団指揮官閣下。本日はお忙しい中お時間を割いていただきまことに有り難うございます」

 衣擦れの音が微かに聞こえる。
 どうやら、新潟市長代行殿は電話の向こうで頭を下げたようだ。

「今後はもっと砕けた表現の話し方でも一向に構いませんよ。
 自分は立場的には確かに貴方の上に置かれているかもしれませんが、年齢的には下です。
 そのような場合、もっと親しい話し方、直接的な表現をしていただくことが可能なはずだと自分は信じます。
 本日は貴重な意見を賜り誠に有り難うございました。
 失礼します」

 電話を切り、指揮所のモニターを見る。
 俺の脳内の変化を感知したシステムが、難民キャンプごとの食料割り当てや医薬品の保管状況を表示している。
 そこには、シミュレーターでいかに訓練をつもうとも、人間はその本来の能力以上の働きを直ぐにできるわけではないという結果が現れていた。
 つまり、思いつく範囲の全てを用意したにもかかわらず、実際には実際には全く不足しているという現実だ。


「プラント管理部隊に食料および医薬品の増産を指示。
 最低でも現在のキャンプが全て維持できる規模の物資を用意しろ。
 ああ、もちろん配給のための部隊もな」

 間違いは素直に認め、そして速やかに改善しなければならない。
 リストは当然ながら到着していないが、相当な量を用意させた。
 必要な分は当然ながら送らなければならないが、別にあまるほど送りつけても構わんだろう。
 他の部隊が聞いたら激怒しそうな事を内心で呟きつつ、俺は指揮を続けた。
 時間稼ぎのための第十要塞が完成し、既設の分も合わせて十六個師団体制が整うまでは、心を休める時間は無い。

「第二後方支援大隊完成、増産分の物資を直ちに配給します。
 以後の管制は指揮所第三分隊が担当、問題が発生次第報告します」

 チート万歳だ。
 俺には日本帝国臣民たちが必要とする物資および軍備をいくらでも供給できるだけの用意がある。
 先日押し寄せたBETAの軍団がそれを可能にしてくれた。
 おまけにコマンダーレベルは7から11に、パイロットレベルは7から9にあがった。
 未だに回収され続けるBETAたちの協力により、プラント発展レベルを3から5まで上昇している。
 レベルアップに伴うボーナスポイントはなんと15万ポイントにも達している。
 コマンダーレベルの上昇は使用可能な兵器の幅を大幅に増やし、パイロットレベルの上昇は俺の戦闘能力を増大させた。
 これにより俺は人間を止める事になった。
 皮膚は5.56mmライフル弾を受け止め、ニュータイプ並の未来予知・反射ができる。
 青酸カリを始めとする各種毒物についても耐性が付き、胃に入るだけの量を一気飲みしたとしても満腹感以外には何も無い。
 おまけに、最低でも四十時間の連続した戦闘行動が可能なだけのスタミナを身に付けている。
 この場合の戦闘行動とは、戦術機に乗って圧倒的多数のBETAたち相手に蹂躙戦を実施するというものだ。
 どれ一つとっても凄まじい事なのだが、残念なことに今後最前線に出る予定は無い俺にとっては不要なスキルである。
 それよりも嬉しいのは、プラント発展レベルの上昇によって可能になった要素である。
 
 ひとつは、コマンダーレベル上昇による制限解除で可能になった航空機・艦艇・宇宙機の製造である。
 今まではボーナスポイントでしか入手できなかったこれらの兵器が、今後はプラントで製造可能になる。
 前線での航空機の運用はどちらにせよ不可能だが、『やらない』と『できない』の間には越えることの出来ない壁がある。
 少なくとも現在確認されているルール上では元の世界に帰還することは不可能であり、それならば戦後を見据えておく事は重要だ。
 艦艇については、出番はいくらでもある。
 戦闘艦による攻撃、輸送艦艇による上陸支援・物資の輸送。
 宇宙機の製造に至っては、無限の可能性を秘めている。
 つまり、日本帝国は無料で好きなだけの軍事衛星やステーション、あるいは対地攻撃兵装を打ち上げることが出来るのだ。
 衛星軌道から降り注ぐ無数の質量兵器の雨。
 もし実際に目にすることが出来たとすれば、それはさぞかし美しい情景だろう。
 軌道降下兵団によるハイブへの突入は有効であることがこの世界では実証済みなのだから、その規模を果てしなく巨大化させればきっと大きな意味を持たせることができるに違いない。

 話がそれてしまったが、二つ目はプラント発展レベル上昇による生産に必要なクレート量の50%カットボーナスだ。
 読んで字の通りの効果だが、その重要度は字面から読み取る事のできない人間がいないほどに大変大きい。
 100万トンの弾薬を用意した場合、消費されるクレートは50万トン。
 1000万トンならば消費量は500万トンである。
 これだけの弾薬があれば、ハイブ相手に気が済むまで砲弾を叩き込むことが出来る。
別に弾薬ではなく、食料や医薬品、資源やその他物資などなんでもいい。
 戦術機やG.E.S.Uたちでもいい。
 物量とは、力である。
 いくら撃破されようとも無限に押し寄せる戦術機を用意できれば、こちらは必ず勝利できる。

「直ちに戦術機揚陸艦の増産に入れ、俺は今からデザインルームに入る。
 何かあったら直ぐに呼び出してくれ」

 オペレーターたちにそう告げると、俺は新設のデザインルームに向けて足を進めた。
 デザインルームとは、先の戦闘中に明らかになった兵器のカスタマイズ機能をより効率的に実施するための部屋だ。
 この部屋には高性能な演算室が併設されており、メモリ空間上に様々な演算結果を電子的に表現することが出来る。



2001年11月12日月曜日 23:50 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 デザインルーム

「やはりレールガンなのだろうか」

 その部屋の中心で、俺は一人苦笑しつつ演算結果を眺めていた。
 連発式レールガンというよりもレールマシンガンとでも呼ぶべきそれが、具体的に形に出来るレベルまで達しようとしているのだ。
 まったく、チートにも限度というものがある。
 このチート兵器の最大の特徴は、従来の兵装に比べて格段に強力でありながら、ドライバソフトのインストールにより、既存の戦術機でも運用可能になることだ。
 動力系統を独立させられたという事実がそれを実現している。
 保持の姿勢は機体によって異なるが、それくらいは大目に見てもらいたい。
 別ウィンドウに広げられている戦車や艦艇、無人兵器を横目で見つつ、次に何をデザインするかを考える。
 想定環境の優先順位からすれば、本土防衛、佐渡島への強襲上陸、桜花作戦への支援となる。
 本土防衛については第一段階を陣地、第二段階を要塞、第三段階を陸上機動部隊として考えており、その準備が進められている。
 先の戦闘により新潟県の防衛体制は我が部隊に完全に依存しきっているもののため、既に貼り付け部隊がいるほかの地方とは違い、好きなように物事を考えられる。
 そのおかげで、新潟西岸の防衛体制の構築は俺の思うがままだ。

「こんな時間まで良くやるわね」

 不意に声をかけられ、俺は素早く振り返った。
 このような口調で俺に話しかける女性は多くは無い。
 
「これはこれは香月博士。夜分遅くの訪問とは、何か不手際でもありましたでしょうか?」

 彼女はこの基地への進入に特別な許可が必要ない一人だ。
 しかし、こんな時間に訪問とは何かあったのだろうか。

「ちょっと煮詰まっているのよ。
 それで新潟の天才さんに相談してみようかなと思ったワケ。
 まぁ、気まぐれよ」

 気まぐれで護衛の中隊を引き連れてやってこないで欲しいものだが、彼女の立場からすれば仕方がない。
 煮詰まっているという事は、やはり00ユニット関連だろうか。
 どうでもいいのだが、俺は天才でもなんでもないただのチート野郎なんだがね。

「例えばさ、やってもやらなくても後悔しそうな時、アンタならどうする?
 それが取り返しのつかない事っていう前提でいいわよ」

 白銀に鑑の事を正直に話すということだろうか。
 それとも、彼女および彼女に同意する帝国上層部では俺を庇いきれなくなってきたのだろうか。

「ああ、アンタの事じゃないわよ。
 既に帝国は8492戦闘団を切り捨てるという選択肢は選べなくなっているわ。
 胸を張って、そして完璧に、期待にこたえなさい」

 内心の不安が顔に出ていたのだろうか、安心させるような優しい口調と表情でそう言われた。
 はて、彼女はこのような言葉を口にするキャラクターだったか?

「ありがとうございます。
 最初の質問についてですが、どうせならば前を向いて後悔したいですね。
 やるのではなかったという後悔は経験の蓄積も含む前向きな後悔ですが、やるべきだったと後悔する事には何も得られません」

 俺の言葉に、香月博士はしばらく考えるような表情を浮かべていた。
 よほど思いつめていたらしい。
 考えてみれば、気まぐれな人物だったとしても、深夜に護衛を引き連れて横浜から新潟まで来る事はそうそう出来る事ではない。

「やらずに後悔するよりもやって後悔する方がマシか。
 やっぱりそうなるわよね。
 それはそれとして、さっきアンタ独り言でレールガンがどうとか言っていたわよね。
 詳しく、聞かせてもらえるかしら」

 やれやれ、独り言とはいえ余計な事を言ってしまったかもしれないな。
 内心でぼやきつつ、俺は連射式レールガンについての解説を開始した。
 



第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年11月12日月曜日 23:51:10 

コマンダーレベル:7→11
NEW!新しい技術が選択可能になりました
NEW!新しい施設が選択可能になりました
NEW!航空機・艦艇・宇宙機の制限が解除されました

パイロットレベル:7→9
NEW!小火器までの攻撃に耐えられるようになりました
   あなたは5.56mm弾までの攻撃に対して無傷で耐える事ができます
銃の種類は問いません

NEW!化学物質に対する耐性がつきました
   物質の種類は問いません
    なお、生存のために医薬品は適応外となります

NEW!人間離れしたスタミナを手に入れました
   貴方は常人を遥かに超えた時間の戦闘が可能です

プラント発展度 :3→5
NEW!兵器レベル4までの装備が製造可能になりました
NEW!兵器レベル5までの装備が製造可能になりました
NEW!製造に必要なクレート量が50%に減りました
NEW!新たな戦力使用可能

現在所持ポイント:150,000

クレート数 :8,509,753t



[8836] 第二十話『佐渡島奪還準備』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2009/11/19 02:09

2001年11月20日月曜日 18:36 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 作戦司令室

 溜まりに溜まったポイントを盛大に消費し、俺は軍備の増強を決定した。
 現在の新潟地区は、建設中のものも含めて四つの要塞、十八の火力陣地、全海岸線を覆う地雷・機雷原によって防衛されている。
 これら固定の戦力に加え、四個戦術機甲師団、二個独立砲兵師団、一個機械化戦闘工兵師団が即応体制で警戒中だ。
 原作を見た限りでは佐渡島占領には不足する戦力だが、同じく原作から考えるに、新潟の防衛には十分すぎる戦力と言えるだろう。
 既に十分チート極まりない状況だが、俺の目標からすれば完全充足には程遠い。
 何しろ、最終的には十個の要塞からなる要塞地帯と、その隙間を埋める陣地、外周を守る地雷原を構築する事を第一目標としているのだから。
 もちろん、入れ物だけを作って満足するほど愚かではない。
 これら身動きの取れない戦力を機動防御すべく、十六個戦術機甲師団および八個独立砲兵師団、二個地上機動艦隊を添えて、俺の新潟防衛構想は初めて完成する。
 言い忘れていたが、要塞を除く戦力の半数はこの地域に貼り付けの防衛戦力として今後も活用していくつもりだ。
 危険な日本海沿岸を我々が担当する事により、その間の時間で日本帝国には戦力の回復と増強を行ってもらわなければならない。

「こんにちわSS大隊指揮官殿」

 俺はナチス式の敬礼をしつつ、笑顔で挨拶をする。
 作戦以上戦略未満を担当する立場になった以上、いつまでも前線指揮を楽しみ続けるわけにもいかない。

「こんにちわ国連軍戦闘団指揮官殿。いや、今の場合は日本帝国本土防衛軍少将閣下とお呼びするべきかな?」

 目の前にはあの懐かしきSS大隊指揮官が立っている。
 一騎当千の吸血鬼一個大隊はついていないが、まあそれはいい。
 こちらには文字通り一個軍団規模の戦術機甲部隊がいるからな。

「どちらでも構いませんよ」

 俺は苦笑しながら答えた。
 この世界での階級など、この世界の人間相手に使うとき以外は必要ない。

「一心不乱の大戦争ですよSS大隊指揮官殿。
 軍団を率いて軍団とぶつかり合い、憎むべき敵を打ち倒す、本当の戦争ですよ」

 俺の言葉に大隊指揮官が喉を鳴らして愉快そうに笑う。
 彼は間違えても人類の守り手ではないが、戦争をこよなく愛する人物である。
 一心不乱の大戦争ができると言われ、さらにBETA相手ならば何をしても良いと言われるのだ。
 彼にそれをあえて断る理由は無い。

「閣下のような方の下で戦争ができることは実に喜ばしい。
 何なりと、ご命令を」

 しかし、最初に思いついた指揮官が彼というのもなかなかだな。
 俺の脳はいい具合にだめになっているらしい。
 
「それで、私が指揮すべき部下たちはどこに?
 まさか無人兵器だけではないでしょう」

 ご明察である。
 今の部下たちはAIとしては大変に有能な存在だが、ありとあらゆる物語が示すように、無人機は有人機には勝てない。
 まあ、正しく表現するならば、高性能な無人機は、そのスペック以上に強力な相手には勝てない。
 現実ではどうだか分からないが、ここは物語の世界である。
 優秀な軍人たちを数多く抱えたとしても、問題は無かろう。

「ひとまず、貴方には六個大隊編成の増強師団を一つ預けます。
 各大隊長は別室で待機しています。
 ご安心ください、全員が有能で、そして大隊規模の戦力を率いた実績と、活躍した経歴を持っています。
 日独混合ですが、そのあたりはご容赦ください。
 詳細はこの資料に」

 ポイント制限的な意味で、中隊指揮官や小隊指揮官まで自由には出来ない。
 俺にはやるべき事、手に入れるべき物、作り上げるべき状況が数多く存在している。
 無人兵器で事足りている現状では、頼もしい仲間たちよりもそれらを優先しなければならないからだ。

「了解いたしました。それでは合流後に新潟に向かいます」

 SS大隊指揮官は敬礼すると、不気味な笑みを浮かべたまま退室していった。
 創作物に出てくる有能な指揮官たち、それらと肩を並べて戦うことができるというのは実に心強い。
 新潟地区の防衛および後の佐渡島への反抗作戦はこれで大丈夫だろう。


「報告します。本土防衛軍総司令部より命令書が来ました」

 退出を待っていたかのようなタイミングで一体のオペレーターが口を開く。

「メインモニターに出してくれ」

 俺の完全な趣味で用意させた無駄に凝った作りの巨大なディスプレイに、拡大されたA4の書類が表示される。
 いいじゃないか、男ならば一度は言ってみたいセリフの一つなんだ。
 そんな個人的な趣味はさておき、表示された書類にはこう書かれていた。


発:本土防衛軍総司令部
宛:新潟地区防衛担当者
本文:貴官担当地域の不法滞在難民および疎開対象地域住民に対し、速やかなる避難活動を実施せよ。
    委細についてはよろしく検討されたし。
    避難先および輸送ルートについては添付のデータを参照せよ。


 現在の新潟県には三種類の民間人がいる。
 ひとつは政府の避難命令を聞かずに不法滞在状態となっているもの。
 次に、先の新潟防衛作戦にて戦闘地域になることが確認されたエリアから疎開を命じられたもの。
 最後に、居住地域的に疎開対象とはならず、さらに軍に関係する職業についている居住許可者である。
 居住許可者については今後も身の安全を考えてやるだけでいいが、問題は不法滞在者と新規に疎開を命じられた人々である。

 その数五万人。
 数だけで言えば三個師団ほどであるが、この大半が老人や子供、兵役に適さない病人や負傷者である。
 単なる前線指揮官として意見をするのであれば、彼らは全く不要な存在である。
 しかし、新潟地区防衛担当者としては全く別の意見が出てくる。
 俺は、国土防衛という崇高な任務のほかに、被災地の復興、民間人の生活の保障までもが責務として与えられているのだ。
 どうやら進言を行った香月副司令は、俺がある程度以上に自由自在に使える物資を持っていると睨んでいるのだろう。
 そうでなければ、策源地を持たない地方勢力である俺に対してこのような命令が来るはずが無い。

「避難民たちが今回配給分の食事を食べ終わるまでにどれくらいかかる?
 余裕を持った時間で構わん」

 具体的に見えて、非常にあやふやな事をシステムに尋ねる。
 到着予定時刻ならば最後に出発した部隊に尋ねれば直ぐに答えが返ってくるが、何時食べ終わるのかなど知るはずも無い。

「最西端拠点の自警団のパトロールパターンからして、全員が食べ終わるのは恐らく1850時ごろと予測されます」

 さすがは神様印のスーパーシステムだ。
 あらゆるパラメーターを勝手に収集し、抽象的な質問にも答えられるようにしている。
これはこれでチートだよな。

「避難民には申し訳ないが、直ぐに済ませてしまおう。
 本日1900をもって避難警報を発令、事情は何も説明しなくていい。
 ああ、一応周辺部隊および本土防衛軍にだけは説明しておくように」

 避難を拒む民間人たちに銃口を向けて無理やり狩り立てるのは趣味ではない。
 ここはあくまでも自主的に避難してもらおう。
 避難警報は基本的にBETAの襲撃か大規模自然災害が発生した場合にのみ発令される。
 もちろん、その音色を脳裏に刻むため、避難訓練でも実際と同じサイレンが鳴らされるわけだ。
 ここは戦場で、そして人々は疲れきっている。
 突発的な避難訓練実施に当たり“うっかり”訓練放送であるアナウンスを忘れてしまっても仕方が無いだろう。
 まあ、こんな事をしてしまえば、避難民たちは二度と警報を素直には聞いてくれなくなる。
 しかし、彼らの疎開先である青森県太平洋沿岸部でこの警報が鳴り響いたときには、日本帝国は終焉を迎えようとしている。
 避難しようにも行き先が無いという状況だろう。


「佐渡島のBETAたちに反応は?」
「攻撃の兆候を示すデータはありません」

 哨戒部隊からの報告、衛星からの情報、聴音による観測結果、あらゆる角度からの情報を総合した回答が返ってくる。
 データに基づく作業をしている分には、コンピュータはとても信用できる。
 それらの情報から判断する場合に、初めて人間の出番が回ってくる。
 もちろん経験豊富な参謀団がいてくれればそれに越したことは無いが、我が軍にはそこまでの余裕はない。

「本当は無理に疎開させる必要も無いんだがな
 疎開先の情報は?」

 直ぐにモニターへ回答が表示される。
 災害援助用大型天幕二十、陸軍野営用テント三百人分、食料は未到着。
 四万人を避難させるに当たって現時点でこれというのは酷すぎるのではないか?

「全員分の仮設住宅ぐらいは用意しておいてやれ。
 ああ、それとインフラ系の整備も怠るな。
 嘘をついて追い出すんだ、それくらいしてやってもかまわんだろう」

 他の避難所がうるさいだろうが、そこまでは知らん。
 日本政府がやめてくれと言うまで、文句をつけてくる避難所にはあらゆるものを用意してやる。
 身分や立場を気にする必要がなくなったチーターを無礼るな。

「他の難民キャンプから苦情が入ったらそこにも送りつけてやれ。
 日本政府から苦情が入ったら俺に回せ。この件は以上だ」

 部下たちに命じ、佐渡島周辺の軍事地図を見る。
 現在の新潟県は海岸に間隔を開けた無人兵器による警戒陣地を構築し、その後ろに国連軍と撤収中の帝国軍が防衛線を引いている。
 民間人の撤収作戦の完了をもって、県東部の一部陣地以外から全ての人間がいなくなることになる。
 その分の戦力は後方へ下げられ、休養と補充の後に北海道戦線の増援部隊となるための転進が決定している。


「これで一息つけるだろう」

 別に俺だけの言葉ではなく、撤退中の新潟方面防衛戦力、日本海艦隊残存兵力、北海道方面の帝国軍将兵たち、国家を運営する政治家や官僚たち。
 全ての人々が俺と同じ趣旨の発言をしているはずだ。
 限界を超える一歩手前まで追い詰められていた日本帝国は、遂に反抗のための予備戦力に手を付けずに防衛線の再構築に着手できた。
 これは後の佐渡島攻略作戦および横浜基地防衛、桜花作戦に大きな影響を与えるだろう。
 横浜基地で大暴れをしてしまったときにはどうなる事かと思ったが、よかったよかった。

「司令、撤退中の帝国軍指揮官から通信が入っています」

 感慨深げに一人で頷いていると、オペレーターが話しかけてくる。

「用件を聞いてくれ」

 さて、何が起きたかな。
 こちらの警戒線を超えたBETAはいるはずが無いから、あるとすれば、アレを見つけたか。

「警戒活動中に所属不明のトレーラー五台を発見。内部には五十トンの精錬された純チタニウムインゴットが保管されており、心当たりはあるかとの問い合わせです」

 最初のお土産を見つけてくれたようだ。

「全く完全に知らない。新潟に拠点を持つ民間企業の物かもしれないので、こちらで照会する。
 それまでは申し訳ないが帝国軍で保管してくれと伝えろ」
「了解しました」

 視界の端で行われるやり取りを眺めつつ、俺は手元のディスプレイに映し出されたお土産作戦物資配置図を見る。
 お土産作戦とは、素直に国連軍の旗を掲げた輸送艦隊で物資を供給した場合、それをどこから持ってきたと言われてしまうために考えた、あまり冴えていないやり方だ。
 この世界の経済システムを破壊しない程度に日本帝国に肩入れをするための手段として実行している。

「司令、市街地を警戒中の新潟県警より、所属不明のタンクローリー複数を発見との報告が入りました」
「第十一難民キャンプ自治会より、持ち主の分からないトラックの一団があるとの通報があります」
「撤退準備中の帝国軍第十二師団司令部より、所属の分からない帝国軍輸送車両を多数発見との報告があります」
「第十四師団司令部より入電、師団長が愉快そうに笑っている。と伝えてほしいとの事です」

 全ては順調に進んでいるようだ。
 難民たちが好きなだけ物を詰め込んで移住できるように、撤退中の帝国軍が空薬莢一つ残さないように。
 そして、この度の防衛戦と再編成で消費される国力を僅かばかりでも補えるように、この作戦は完遂されなければならない。
幸いな事に、帝国軍の諸君および難民たちはただ単純に喜び困惑しているようだ。
 まあ、第十四師団の師団長閣下は何か感じるものがあったようだが。


「閣下、避難作戦の準備完了しました。
 いつでも始められます」

 近い席のオペレーターがこちらを振り向いて報告する。
 大変よろしい、これで安心して要塞建設を加速させることが出来る。

「避難訓練を開始する。付近の帝国軍に通報の後、全ての警報を鳴らせ」
「了解、通報完了後、警報を鳴らします」

 短い復唱の後に、全てのオペレーターたちが一斉に帝国軍への通報を開始した。
 避難民たちには申し訳ないが、敵の奇襲が考えられる地域に必要以上の民間人を置いておくわけにはいかない。
 佐渡島ハイブを落とすまでの短い期間、彼らには太平洋側での生活を耐え忍んでもらわなければな。

「通報終わりました。近隣の全部隊より復唱を確認しています。
 BETA襲来警報を鳴らします。なお、避難民たちにはうっかり訓練である事を告げ忘れました」

 あくまでも真面目な声で報告するオペレーターに苦笑しそうになる。
 住み慣れた故郷から追い出される人々には申し訳ないが、これは人命を守るための必要なうっかりだ。
正当な評価とやらは事情を知っている連中と後世の歴史家に任せるとして、ここは一つ、大嘘つきで無能な指揮官を演じよう。

「警報を鳴らします」

 最後の報告の後に、この基地はもちろんの事、新潟県内の全ての放送設備が生き残っている場所でBETA襲来警報が鳴り響いた。
 そこから先の事は詳しく記載する必要はないが、とにかくこの地域にいた全ての民間人たちは避難した。
 装甲列車と連結された客車、あるいは観光バス、路線バス、軍用輸送車両その他諸々に分乗して。
 当然の事ながら、彼らの周囲には無数の戦術機、戦闘車両、および完全武装のG.E.S.Uたちが付き添っている。
 全ての避難所に余るほどの輸送車両が送りつけられていたため、大きな混乱は無く、避難民たちは好きなだけの物資を持って旅立つことが出来たようだ。
 後の報告では、仮設住宅や取り外し不可能なインフラを除いてあらゆる物が運び出されたらしい。
 嘘と知りつつも顔面を恐怖に歪める演技をしつつ避難活動を指揮してくれた新潟県職員および市職員たちに敬礼だな。
 新潟地区防衛担当者名義で謝罪文でも出しておくとして、彼らが帰ってきたときのために復興作業もある程度はやっておこう。
 もう二度と、新潟の市街地が戦場になることは無いだろうからな。

「デザインルームに行ってくる。帝都から何か連絡が来たら内線に回してくれ」

 オペレーターに命じ、俺は部屋を後にした。
 宙対地兵器、陸海両用艦艇、より高性能な戦術機、戦車、強化装甲服、携行兵器などなど。
 最終決戦どころか目前に迫りつつある佐渡島侵攻作戦に向けて、用意しなければならない兵器はいくらでもある。




第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年11月20日火曜日 20:05:01

コマンダーレベル:11

パイロットレベル:9

プラント発展度 :5

現在所持ポイント:150,000 → 50,000
クレート数   :8,509,753t → 8,001,001t



[8836] 第二十一話『出師準備』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/01/01 02:20
2001年11月26日月曜日13:52 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 作戦司令室

「以上が佐渡島奪還作戦の概要です。
 細かい部分はお送りした資料をご覧下さい。何かご質問は?」

 自慢の巨大モニターに映し出された日本帝国本土防衛軍の一同を見つつ、俺は自信満々にそう尋ねた。
 今回の作戦のために、俺は不眠不休の努力で部隊を生産し続けていた。
 無数の師団、艦艇、巡航誘導弾、その他兵站物資。
 新潟県内から数多くの民間人を避難誘導し、さらに彼らに大量の物資を分け与え、インフラを提供し、その上でこれだ。
 全く、神様に感謝しないとな。

「質問ね、どこからすればいいのかな?」

 第十四師団師団長閣下が表情を目だけを笑わせつつ重苦しい声で尋ねてくる。
 初めて会うまでは老練な政治家をイメージしていたのだが、彼は俺のイメージを全力で肯定する外見をしている。
 今までの行動から考えるに、帝国の利益になる事をしている範囲では彼はとても頼りになるだろう。

「ご質問の意味がわかりかねますが、お送りした資料に記載の戦力の内容についてお尋ねでしょうか?」

 聞かれるであろう事は予め検討をつけてはいたが、一応確認を取る。

「わかっているのならば、もう少しばかり説明してくれんかね?
 君たちの持つ戦力を本来であれば疑えるはずも無いのだが、それにしてもこれはね」

 困ったお人だ。
 本人は全く疑っていないにもかかわらず、疑いを捨てきれない周囲のためにあえて質問をしてくれるとはな。

「全ては資料に記載されているままです。
 洋上艦隊は戦艦八隻、重巡洋艦十八隻、軽巡洋艦二十隻、および駆逐艦三十隻。
 これに上陸支援のための対地攻撃艦五十隻と九十隻の強襲揚陸艦、および八十隻の戦術機母艦が加わります」

 モニターの向こうからは溜息や苦笑が聞こえてくる。
 俺は彼らよりも更に巨大な戦力を持っていると伝えているのだ。
 信じられないのは無理も無いが、ここはなんとしても信じてもらわなければならない。
 何しろ、俺は本当にその戦力を持っているのだから。

「我が国には論より証拠という言葉がありましたね。
 証拠をお見せしましょう。というよりも、皆様のお手元に間もなく届くはずですよ」

 本土防衛軍がよほど腑抜けていない限り、俺の言葉は直ぐに現実になるはずだ。

「失礼します!」
「なんだね?今は会議中だぞ?」
「実は」

 モニターの向こうから突然入室してきたらしい伝令の言葉と、それを咎めようとして次第に小さくなっていく将軍たちの言葉が聞こえてくる。
 なるほど、本土防衛軍はやはり腑抜けていなかったらしい。
 実に喜ばしい事だ。

「今新潟へ攻め寄せている艦隊、あれは君の言っていたものだね?」

 にこやかな笑みを浮かべた第十四師団長が質問というよりは確認をする意味で尋ねてくる。
 そう、日本帝国本土防衛軍第8492戦闘団上陸支援船舶隊は、その総力を投入して着上陸演習を実施していたのだ。

「君があれだけの戦力をどこから持ってきたのか。それは残念な事に我々には知る権限が無い。
 しかし、その戦力を我々に貸してくれるという事は手元の書類から知ることができた」

 この作戦会議には彼よりも位の高い将官が参加しているのだが、どうやら話をまとめるのは彼の仕事のようだ。
 なかなかどうして、素晴らしい政治力を持っているようだな。

「当方の戦力は全てすり潰すつもりで投入して頂いて構いません。
 艦隊も、軍団も、もちろん保有する物資もです」

 一番損害の出る第一陣をこちらが勤めれば、日本人の損害は最低限に抑えることができる。
 これは彼らにとって百万の礼の言葉を並べ立てても感謝の意を伝えきれないほどの事だろう。
 まあ、彼らのプライドに対してはとても申し訳ないが。

「この長距離巡航誘導弾というのは何かね?」

 ようやく質問するつもりになったらしい。
 別の将軍が書類片手に尋ねてくる。

「新潟防備要塞から発射される対地誘導弾です。
 今回は必要ありませんが、目的地を設定すれば朝鮮ハイヴまで届く素敵な兵器ですよ」

 モニターの向こうからは再び失笑が聞こえてくる。
 そうだろうな。
 ただの長距離ミサイルが通用する相手ならば、人類はここまで苦労していない。

「炸薬量450kg、同時発射数100万発、そして高度100m以下をマッハ2.0で駆け抜ける。
 衛星からの誘導と、搭載された慣性誘導装置から得られたデータをマップと重ね合わせて自動で目的地へ飛び込んでいく。そんな兵器です」

 失笑が途絶える。
 俺の言っている誘導弾とは、飛行速度を向上させ、同時発射数を増大させる事によって確実に着弾するように設計された兵器だ。
 つまり、それは人類が再びBETAに対して空爆を行えるようになった事を意味する。

「そっそれはつまり!?」

 一人の佐官が絶叫しつつ勝手に起立した。
 視線を向けると彼の顔の下に所属と名前が現れる。
 平賀透、帝国技術廠の少佐相当官らしい。
 顔を突き合せない会議っていうのはどうにも好きになれないが、こういうところは便利でいいな。

「敵が百発百中の砲百門を持っているのならば、こちらは千百発を撃ち込んでやればいい。
 簡単な引き算の問題ですよ」

 複数のイージス艦を持つ合衆国を撃滅するためにソ連軍軍人たちが考え出した手段である。
 それに見合うだけの軍事組織を維持することは、技術的な面もあるが主に金銭的な意味で大変に難しい。
 結果として(決してそれだけが原因ではないが)ソ連は破産してしまった。
 しかし、俺は金銭が必要ない異常な組織を率いている。
 システムが必要とするだけの情報を与えられれば、そして必要な量のクレートが手に入れば、俺はなんだって手に入る。
 
「物量には物量を、できるかできないかはともかく、基本ではあるな」

 別の将軍が口を開く。
 物量に対抗できるものは、智謀でも友情でも勇気でも愛でも正義でもない。
 敵軍より勝る物量だけである。
 まあ、もちろん何事にも前提条件や例外は存在する。
 しかし、二人に一人で勝ち、三人の歩兵に一台の戦車で勝利できたからといって、百万の軍勢を一万の兵力で撃破できると思ってはいけない。
 
「五分前の報告では、既にランチャーは九万八千基の設置が完了しています。
 本日中には残る二千基の設置も終わりますので、明日にも作戦が開始できます」

 新潟要塞群は、十万基の十連装巡航誘導弾発射機と弾薬庫を最大の防衛目標としている。
 これは遠く中国沿岸部まで届く強力な矛であり、後に控える「ぼくのかんがえたおうかさくせん」をより成功しやすい状況へと導く武器の一つだ。
 もちろん本土防衛も重要な任務であるし、日本帝国の現状は寸土たりとも失うわけにはいかないのだから真面目に建設している。
 各要塞および火力陣地は相互に支援できる体制を整えているし、陸上戦艦から構成される陸上機動艦隊は、全ての要塞が陥落しても本土を守ることができる。
 だが、鉄壁の防衛線を敷くとして、反撃を可能にしてはいけないというわけではなかろう?

「帝国軍も動員できる形で何時開始できるかは未定ですが、時間は我々の味方です。
 時間が立てば経つほど、我々は有利な状況で作戦を開始できますよ」

 俺はカメラに向かって微笑んだ。
 控えめに言っても傲慢極まりない態度だったはずなのだが、何故かカメラの向こうの将軍たちは沈黙を続けていた。



2001年11月28日水曜日13:00 日本帝国 新潟県 新潟港

「ありのままに起こった事を言うぜ」

 エンジン音も高らかに、一両の戦車が俺の横を通過する。

「俺は本土防衛軍の将軍たちの名誉を守れる形で共同作戦を提案した」

 保有する部隊数の関係から恐ろしく長い名前となってしまった戦術機甲中隊が、必要な装備を手に駆け足で戦術機空母へと乗り込んでいく。

「と思ったら、独力での佐渡島奪還作戦をする事となった」

 補給コンテナを満載したトラックの縦隊が渋滞を起こしている。
 うん、面白くないね。

「保身とか捨て駒とか、そんなチャチなものじゃない。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ」

 新潟の防衛をおろそかにしない範囲であれば、何をやっても構わん。
 座長である本土防衛軍大将閣下は、俺の説明会が終わるとおもむろにそう告げた。
 日本帝国軍には、もはや佐渡島を攻める余力は残っていない。

「ということにしておくわけだな」

 多数の、いや、無数のパンジャンドラムたちが、次から次へと絶える事無くクレーンで揚陸艦へと運び込まれている。
 改めて説明する必要は無いかもしれないが、我々日本帝国本土防衛軍第8492戦闘団は、このたび独力での佐渡島奪還作戦を命じられた。
 天狗の鼻っ柱を折るついでに過剰すぎるこちらの戦力を削ろうというのか、それとも最後の最後で現れて、漁夫の利を得ようというのか。
 衛星からの監視情報を見たところではどうやら後者の様だが、後ろから撃つのだけは勘弁して欲しいな。
 何はともあれ、我々は行動を行う許可を得た。
 要塞地帯と四個師団、地上艦隊を新潟に残す事を条件としてだが。
 おまけに、何故か一個師団を北海道と九州へ貼り付ける事も求められた。
 今回の軍事行動で佐渡島のBETAたちが本土への移動を開始した場合の備えが欲しかったらしい。

「別に師団といわず一個軍単位でも構いませんよ」

 そのように告げた時の彼らの目は見事なまでに丸かった事を覚えている。

「第八戦術機甲師団進発準備完了。予定より十五分早く終わりました。
 第九および第十戦術機甲師団収容作業中ですが、予定スケジュールに遅れなし」

 傍らを歩くオペ子が抑揚の無い声で報告する。
 大抵の要員にはわざわざ名前をつけていないが、彼女は特別だ。
 何しろ、俺の直属の副官として必要があれば最前線へも同行してもらわなければならない。
 耐衝撃筐体の採用、多目的高速演算装置への換装、高出力アクチュエーターを搭載した上にFCSまで取り付けてある。
 まさに俺専用機だ。
 しかし、それで練りに練った名前がオペ子というのもどうかと思うがな。
 やはりカフェインの錠剤だけで意識を保ちながら物事を考えてはいけないということだな。

「次は第十師団を見に行くぞ。
 しかし、壮観だな」

 現在も収容作業が続けられている新潟港を見つつ、俺は思わず呟いた。
 今回の作戦に参加する十八個師団および艦艇296隻。
 既に積載を終えて海上で停泊中の部隊も多くいるが、とにかくとんでもない数だ。
 戦術機だけでも5832機。
 これに支援車両や艦艇、それらを支える物資。
 そんな非常識な大軍が、一部直接出現させたものもあるが積載作業を実施している。

「第十七師団生産完了。新潟港に向けて移動を開始」

 順調に進んでいるようだな。
 AIたちは基本的に有能で、物理的な問題以外は何とか自分たちで解決してくれる。
 しかし、俺が半径500m圏内にいると、不可能を可能に変えるレベルまで行動が最適化されるのだ。
 そういうわけで、俺は一番時間がかかる積載作業に立ち会っている。
 それはともかく、このような状況だと、俺はその作戦が重要であればあるほど、最前線に行く必要があるな。
 困った事だ。
 


2001年11月28日水曜日13:00 日本帝国 新潟県 某山中

「どうなってるんだ?」

 強行偵察を命じられたこの歩兵部隊の小隊長は、双眼鏡から見える光景が信じられなかった。
 細部までは見えないが、新潟港では明らかに巨大な戦力が出師準備を進めている。
 最低でも1000機以上の戦術機たちが、見た事も無い形の揚陸艦へと乗り込んでいく。
 沖合いには同じような揚陸艦が何隻も停泊しており、さらに艦型が不明の戦艦やその他艦艇が遊弋している。
 それだけでも十分すぎるほどに異常なのだが、それよりもおかしいものがある。

「小隊長、ありゃあいったい」

 歴戦の軍曹であるはずの部下が尋ねてくる。
 彼の視界の先にあるものは、なるほど、理解不能な物体である。
 一言で言うと、それは戦艦だった。
 巨大な三連砲塔、分厚い装甲。
 そこまではいい。
 しかし、それらを兼ね備えた構造物が、陸上を突き進んでいることは感心できない。
 おまけに一つではない。
 同じものが四隻も居る。
 それに、それらに囲まれているあれはなんだ?
 巨大な、あまりにも巨大すぎる三連砲塔。
 戦術機母艦のような甲板を複数持ち、下手な巡洋艦より巨大な足で大地を踏みしめている。

「小隊長、多分我々がここにいることはバレてますよ。
 撤退しましょう」

 不安そうな軍曹が進言する
 言われるまでもなく、小隊長は撤退するつもりだった。
 艦艇に積み込まれているあの戦力は、どう考えても揚陸作戦へと投入されるだろう。
 彼らが今から下船して本土内部へ向かおうとするとは思えない。
 あの理解不能な陸上艦隊たちも、まさか山地を抜けることができるとは思えない。
 8492部隊の監視役としての任務はこれで十分なはずだ。



[8836] 第二十二話『上陸』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/01/17 21:36
2001年12月8日土曜日04:57 日本海上 第8492戦闘団上陸支援船舶隊 旗艦 揚陸指揮艦『木曽』CIC

 揚陸指揮艦とは、元の世界の合衆国海軍第六および第七艦隊で旗艦として使われていた艦種である。
 空母にも似たその平らな甲板には、必要最低限の個艦防空火器以外にはアンテナ程度しか目立つものが無い。
 一見してもしなくとも無防備に近いこの種の艦艇は、大規模な戦闘集団を現場に近いところから統一して指揮するために設計されている。
 人類史上最大規模の戦力を持つ軍隊が作った、一国を滅ぼす事のできる戦闘集団を率いるためだけのフネ。
 これを真似しない理由は無い。
 それに、これがどれだけ役に立つものかは、シミュレーターの中でソコトラを攻める時に十分理解させてもらっている。

「全部隊作戦発動に問題なし」
「新潟防備要塞長距離ミサイル群発射最終チェック完了。問題なし」
「陸上戦艦部隊配置完了、支援砲撃問題なし」
「海兵隊全機異常なし」
「本土防衛軍は臨戦態勢へ移行を完了した模様」

 次々と報告が入ってくる。
 それらの内容は全て好調である事を示すものであり、憂慮すべき何かは一つも存在しない。
 
「本来であればここで一つ演説でもやるところなんだがな」

 薄暗い指揮所の中で、俺は呟いた。
 人間の軍隊を率いているのであれば、誰もが奮い立つような名演説を行うべきところである。
 だが、俺の率いる軍隊は、ごく僅かな例外を除いて全てがAIである。
 全く残念だ。

「閣下のお言葉を疑っていたわけではないのですが、本当に、人間は少ししかいないのですね」

 後ろから呆れたような口調で話しかけられる。
 国連軍から観戦武官として派遣された伊隅みちる大尉である。
 A-01部隊だけでこの艦に乗り込んでくるのだから、完全に観戦するためだけに派遣されたのだろう。
 それ以外のメンバーたちは、無言を保ったまま指揮所の中を不安げに見回している。
 ここにいるオペレーターや艦内の要員が全てアンドロイドであるという事実が未だに受け入れがたいのだろう。

「そうなんですよ。おかげで食料の心配は無いのですが、話し相手が少なくて困ります」

 人類史上最大規模の戦闘集団を率いつつ、俺は軽口を叩いた。
 既に作戦の準備は全て完了しており、何一つとして問題はない。
 どう間違えても負けようの無い戦力に、散る人命が恐らく皆無という予測。
 BETAの残骸から今以上の戦力が生産できるという事実。
 俺にとって、これは良くできた作戦級シミュレーションゲームと何も変わらない。
 もちろん、目の前の戦力を無駄遣いするわけにはいかないので真面目にやるが。

「私どもでよろしければ、是非気晴らしにお使いください」

 作戦参加艦艇全ての出港準備が完了した当日、彼女たちは香月副司令からの命令書を携えてこの艦隊へとやってきた。
 命令書には別に無理難題は載っておらず、ハイヴ攻略を経験させてやって欲しいとだけ書かれたそれは、命令と言うよりはお願いであった。
 女性のお願いは物理的に不可能で無い限り受け入れる主義である俺は、快く了承した。
 最初は随分と敵意丸出しかつ懐疑的な様子の彼女たちだったが、旗艦およびその直衛艦艇を直視し、沖合いの艦隊と合流した頃にはすっかりおとなしくなっていた。
 速瀬中尉あたりは始めは随分と絡んでくれたものだったのだが、今では初陣の模範的士官のように大人しく椅子に腰掛けている。


「閣下、間もなく作戦開始時刻です」

 オペ子の言葉にモニターを見ると、画面右上の時計が0459時30秒を指していた。
 
「それではA-01部隊の皆さん、少しばかり遠乗りにお付き合いください」

 0459時40秒。
 まあ、一言ぐらい言ってもいいだろう。
 俺はマイクを取り、全部隊に繋がっている事を確認して口を開いた。

「作戦司令部より全部隊へ。
 オリジナルハイヴ攻略のための最初の一手だ。心してかかれ」

 0459時55秒。

「ちょっと!アンタいきなり何言ってるの!」
「速瀬中尉!貴様その言葉遣いはなんだ!」
「みづき!ダメだよ~」

 0459時59秒。
 後ろがいきなり賑やかになる。
 ああ、この作戦が終わったら、思いつく限りの女性パイロットを呼び出してハーレムを作るのも悪くないな。
 うん、そうしよう。
 リアル“少佐”も見てみたいしな。
 時計の表示を見る。
 2001年12月08日0500時00秒。

「作戦開始、全誘導弾発射開始」

 後に人類史上最大のミステリーとして知られる日本帝国本土防衛軍佐渡島ハイヴ攻略作戦はこうして始まった。



2001年12月8日土曜日05:00 日本海上 第8492戦闘団上陸支援船舶隊 旗艦 揚陸指揮艦『木曽』CIC

「了解、作戦開始、全誘導弾発射」
「了解、全誘導弾発射」
「地上艦隊砲撃開始」
 
 人間が介在する指揮所でのみ行われる音声による復唱が行われ、俺の指揮下にある全戦力が攻撃を開始した。
 最初に火蓋を切ったのは、距離の関係から最初に発射を開始しなければならないマザーウィルである。
 彼女が搭載している常識外れに巨大な砲台は、冗談のようなサイズの砲弾を放つことができる。
 その初速はおよそマッハ1であるが、光速で飛来するレーザーを相手取るにはどうにも不利である。
 そこで、彼女のために俺は特別な砲弾を用意してあげた。
 なぜなら彼女もまた、特別な存在だからです。


 彼女はその巨大な主砲を旋回させる。
 砲撃開始のブザーを周囲に鳴り響かせ、護衛に当たっていた直衛部隊の退避を確認する。
 無人機である事からうっかりはないのだが、人間の部隊と共同作戦を行う可能性があるために定められている手順である。
 ブザーが鳴り止んだ次の瞬間、彼女に搭載された巨大な主砲が吼えた。
 直視している者が仮にいたとしたら、視力を一時的に失うほどの閃光、あるいは聴力を失うほどの轟音が発生する。
 余りにも巨大な、暴力。
 周囲に展開する大型艦が玩具に見える彼女の咆哮を合図に、陸上艦隊は全艦が砲撃戦を開始した。
 ランドクラブが、ビッグ・トレーが、ヘビィ・フォークが、搭載された主砲、誘導弾発射機から死と破壊を吐き出す。
 周囲は閃光に照らし出され続け、それは絶える事無く続行された。
 自軍の絶対の優位を確信できる光景。
 しかしながら、彼女達から吐き出される砲撃は、ほぼ全てが迎撃される予定である。
 だが、そんな事はもちろん想定済みであり、予定された現象なのだが。


「陸上艦隊初弾発射。弾着まで十五秒」

 号砲と呼ぶにはあまりに巨大なそれは、すぐさまレーダーに捕捉されてモニターに表示される。

「潜水偵察部隊より入電、本土直近の松ヶ崎周辺に多数の光線級を確認。迎撃体制を取りつつあり」

 敵も捕捉したのだろう、直ぐにBETAたちは迎撃体制を取り始めた。
 光線級ならば有効射程は30km程度のはず。
 頑張って撃ち落してくれたまえ。

「全艦対地砲撃開始」
「全誘導弾発射準備完了、秒読み開始」
「新潟防備要塞長距離ミサイル群発射準備完了。待機中」

 次に発射を開始したのは、分厚い装甲を持つ戦艦である。
 彼女たちはその長大な主砲を予め定められた戦区へと向け、無差別砲撃を開始した。
 狙いをつけた砲撃戦は、上陸第一波が海岸に取り付いてからになる。
 そして、予め予定されているために報告が無いが、四つの上陸海岸に向けて全ての部隊が最終的な移動を開始した。


 剣号作戦は、大きく分けると五つの段階に分けられている。

 第一段階、上陸地点への準備砲爆撃。
 第二段階、作戦符牒「い号」および「ろ号」海岸への、敵戦力誘引を目的とした時間差強襲上陸。
 第三段階、「は号」および「に号」海岸への、その他海岸への支援を目的とした強襲上陸。
 第四段階、上陸部隊による内陸部への戦果拡張および地上BETA集団の殲滅。
 第五段階、ハイヴ内への突入によるH21佐渡島ハイヴの機能停止

 以上の五つである。
 さらに細かく言えば、海岸堡の確保などそれぞれの段階での細かい段取りがあるが、概要はこれだ。
 一つの部隊あたりの戦闘正面を極限まで狭く設定し、非効率は覚悟の上でただひたすらに物量で押しつぶす。
 あまりお上品とはいえないかもしれないが、負けようが無い作戦だ。
 戦術機母艦さえ無事で、光線級排除による制空権確保ができれば、戦術機とは後送が非常に行いやすい兵器である。
 その利点を最大限に活用し、撃ち尽くしたら撤退し、直ぐに後続が突入するという航空機のような運用をさせてもらうわけだ。
 
 頭の中で作戦を思い出しつつ、俺は周囲から入る情報を聞き続けた。
 一度戦闘が始まれば、何か決断する必要が出るまでは、指揮官がやるべき事は状況を確認し続ける事だけである。
 もちろんそれは全くもって忙しい限りであるが、モニターを無言で眺め、報告に聞き入るという行為は暇そうに見えたらしい。

「あの、閣下」

 恐縮した様子で速瀬中尉が声をかけてくる。
 初対面の時には気さくな笑みを浮かべつつ無礼講でやってくれとは言ったが、作戦中に話しかけてくるとは思わなかったな。

「なんでしょうか?ああ、さっきの事なら気にしないで下さいね」

 小声で伊隅大尉が叱りつけているのが聞こえる。
 まあ、常識的な対応だな。
 上陸第一波を送り出す直前の作戦指揮官に話しかけるなど、艦外に叩き出されても文句は言えない。

「いえ、その、先ほどは失礼しました」

 微かに聞こえる伊隅大尉の叱責はまだ収まらない。
 思わず苦笑が漏れる。
 一瞬焦るが、振り向かずに会話しているのでバレないだろうと思い直す。

「お気になさらず。美女に話しかけられるのは、男の喜びですよ」

 自分に似合わないことは承知で、やや気障な台詞を吐く。
 話しかけてもらったおかげで少しはリラックスもできた。
 架空の世界の実体験(妙な表現だが正しくこれが正解だ)を通じて、強襲上陸作戦は何度も行っている。
 何も心配は無いと思っていたが、さすがに現実に体験することは、一味違うらしいな。

「全艦対地ミサイル発射」
「松ヶ崎周辺光線級迎撃開始を確認。第二次照射まで15、14、13」
「上陸第一波、い号海岸へ向けて移動を開始」
「新潟防備要塞ミサイル発射開始」


 まだ暗い新潟西部の大地。
 先の防衛作戦の傷跡すら今だ消えていないこの地には、無数の戦闘集団が駐屯している。
 今だ撤退の完了していない日本帝国本土防衛軍。
 ドックから出せないまま作戦発動を迎えた日本海艦隊。
 合衆国の強い要望で派遣された国連軍日本救援部隊先遣隊。
 そして、日本帝国本土防衛軍の旗を掲げた、二桁の人間が運営する、軍集団規模でありながら「戦闘団」を名乗る勢力。
 彼らには巨大な、動作原理すら明かされていない陸上艦隊が存在し、巨大すぎる要塞があり、この国の全兵力を超える戦術機がある。
 その陸上艦隊は、旗艦である「スピリット・オブ・マザーウィル」および4隻のランドクラブ級砲艦を主力としている。
 これにビックトレー級、ヘビィ・フォーク級と呼ばれる二種類の巨大なホバークラフト戦艦群が付き従い、更に全艦合わせて四個戦術機甲師団が収容されている。
 それだけの戦力を貼り付けの防衛部隊として運用する「戦闘団」のおかげで、この地に派遣されている軍人達の持つ常識が崩壊を迎えようとしていた。
 しかし、味方である以上、納得はいかなくとも頼もしくはある。
 彼らはそう受け止めつつ、この日も本土の防衛に当たっていた。

 そのアームズフォート部隊から放たれる砲撃が微かな明かりを灯すだけのその世界に、無数の閃光が発生した。
 新潟防備要塞群に設置された総数11万2894基の十連装長距離巡航誘導弾発射機。
 そこに収められた112万8940発の長距離地対地巡航誘導弾の一斉発射が始まったのである。
 要塞群に収められた巨大な箱型ランチャーが佐渡島方面を向き、発射体制に入る。
 要塞中に警報ブザーが鳴り響き、鳴り終わる。
 次の瞬間、誘導弾たちは大地を発射炎で照らし出しつつ敵軍めがけて旅立った。
 暗闇の中へ閃光を残しつつ、地上から大空へ向けて飛び立つ流星群。
 それはモニター越しに見てもなお神秘性を感じる、幻想的な光景だった。
 放たれた誘導弾たちは、事前に入力された情報に従い、直ちに高度を下げる。
 海面からの高度は50m、極めて低空である。
 一秒でもBETAたちからの迎撃を先延ばしにするための低空飛行だ。
 慣性誘導装置と艦隊からのデータリンク、更には衛星から寄せられる情報をマップと重ね合わせつつ、誘導弾たちは佐渡島めがけて前進を継続する。


「誘導弾発射完了。データリンク正常」
「再装填作業開始、現在異常なし」
「初弾が迎撃を受けています」

 レーザーが受信した情報が流れ込み、中央モニターの戦域地図に大量の光点が現れる。
 要塞から、地上艦隊から、水上艦艇から、続々と放たれ続ける誘導弾たちのおかげで、地図上は大変賑やかな事になっている。
 緑で表示されているのがこちらの発射した砲弾とミサイルのうち、順調に飛翔中のもの。
 黄色はレーザー照射を受けているもので、赤字に変わっているものは撃墜されたものだ。
 佐渡島に敵軍を示すシンボルで表示されているのは現在確認されている光線級たちだ。
 その数は刻々と増加しつつある。
 誠にありがたいことに、BETAたちは早くも総力戦を挑んでくれるらしい。
 そうでなくては困る。

 
 俺が満足感を覚えている間にも、BETAたちの迎撃行動は激化する。
 敵軍は続々と光線級・重光線級を佐渡島全域へ出現させ、砲弾や巡航誘導弾の迎撃を実施する。
 佐渡島へ対して飛来する砲弾や誘導弾の飛行経路上に次々と爆発が発生し、それらは広範囲に分散しつつもゆっくりとBETAたちへと迫っていく。
 人間の軍隊ならばここで恐怖感を覚えるのだろうが、BETAたちに恐怖という文字は無い。
 賞賛に値する不退転の迎撃行動を継続し続け、それは遂に命中を始めた砲撃によって光線級が破壊されるまで続けられた。
 その余波を受け、危険なまでに最前線で観測を実施していた潜水艦隊に損害が出始める。
 

「観測中の潜水艦十五号撃沈」
「潜水艦十六号攻撃を受けて戦闘不能」
「沈降中の潜水艦十九号の操舵不能」
「潜水艦二十九号通信途絶」

 戦闘態勢に入った事で、こちらの事を普段よりも細かく観測し始めたようだ。
 誘導弾の撃墜数も、既に三千発を超えた。
 だが、もう遅い。
 その程度の迎撃でどうこうできる攻撃など、するはずが無いではないか。

「迎撃を受けていたAF艦隊初弾消滅!」

 やっと壊すことができたようだな。
 今回放たれていたスピリット・オブ・マザーウィルの初弾は、ロケットアシスト機構をつけた巨大な鉄の塊である。
 信管も炸薬も無い、巨大な鋼鉄の塊。
 それは、レーザーでの迎撃に対して、大きさという利点を活かして強い耐性を持っている。
 まあ、耐性と言うか被弾しても直ぐには弾け飛ばないという程度ではあるが。
 とにかく、それにより一秒でも長く、一体でも多くの光線級をひきつけることができた。
 その間に放たれる無数の戦艦主砲、艦対地誘導弾。
 これらは全て、長距離巡航誘導弾への迎撃を一体でも減らし、光線級の位置を暴露させるためだけに行われている。
 飛翔速度マッハ2、つまり秒速約680mで突き進む彼らは、およそ69秒で本土から佐渡島上の任意の地点へと到達する。
 再発射に12秒もかかる光線級では、これら全てを着弾までに撃墜し終えることはできない。
 単純な試算だが、速度マッハ2で飛距離47000メートルを駆け抜ける彼らを全て撃墜するには、一万体の光線級が一体一殺で当たっても1355秒かかる。
 厳密に計算すれば更に多くの要素があるため実際には異なるが、1000発や1万発多く撃ち落されたとしても、この物量の前では誤差でしかない。
 
 
「衛星からのデータ受信中、誘導弾に対する目標振り分けを開始します」

 敵がわざわざ地上へ出てきてくれるのだ。
 それ相応のお返しをしなくては失礼に当たる。

「ミサイル第一波着弾まであと5秒、4秒、3秒、弾着、今」

 レーダー画面上では、マッハ2を感じさせる凄まじい速度で進んでいた光点たちが次々と佐渡島各所へと着弾していく様が見える。
 450kgの高性能炸薬を詰め込んだこの誘導弾たちは、敵の強固な対空防御を想定し、一発一発の破壊力を極限にまで高めている。
 そうでなければ数を叩き込んだとしても、敵の迎撃で効果が出ないだろうと考えたからである。
 しかし、優先的に光線級を叩いている事から、敵の防空能力は秒単位で減少し続けている。
 これではオーバーキルになるな。
 まあいい、この日この時のためにわざわざ用意した長距離巡航誘導弾および、光線級撃滅のための照準システム。
 さあBETA諸君、是非とも堪能してくれよ。
 
「松ヶ崎周辺光線級に着弾開始、迎撃効率低下中、攻撃の効果大!」
「マザーウィル第十五次砲撃終了」
「戦艦部隊砲撃継続中。損害無し」
「巡航誘導弾第五次砲撃開始」
「第一および第二突撃戦隊上陸を開始。全パンジャンドラムは正常動作中」

 記念すべき第一歩を記すべく、い号海岸めがけて第一陣の893機のパンジャンドラムたちが突撃を開始した。
 先の新潟防衛戦で使用されたものを更に改良し、短距離ながら洋上航行機能を付与された彼らには、波の荒い日本海を疾走するなどたやすい事である。
 自分達に向かってくるそれらがいかに危険なものであるか、BETAたちには良く分かったのだろう。
 海岸に達しない段階で迎撃が開始される。
 瞬きをする間もなく21機が破壊され、弾け飛びつつ日本海の奥底へと沈んでいく。
 だが、その程度は許容範囲内である。
 光線級たちが別のものへ照準を向け、充填し、発射していた時間は18秒。
 それほど長い時間があれば、既に飛行中だった巡航誘導弾たちは容易に目標地点へと着弾できる。
 閃光、爆煙。
 偵察衛星の観測結果が、また一群の対空脅威が消滅した事を知らせる。

「パンジャンドラム上陸、残存数811機。最終突撃開始」

 フロートを切り離し、全てのロケットモーターに点火したイギリス生まれの上陸専用決戦兵器が佐渡島の大地を踏みしめる。
 彼らはそのまま、地上レーダーに反応のあった全ての物へ向けて、互いに重複が無い事を確認しつつ最終突撃に入る。
 バラスト・スラスター、そして緊急旋回用ロケット推進機を用い、彼らは最適な位置へと突進する。
 ある機体は突撃級に激突した。
 別の機体は要塞級に串刺しにされた。
 とある機体は戦車級の群れに突っ込んだ。
 そして、世界が煌いた。

「爆発確認。第二派突入開始」
「第三派上陸成功」
「第四派間もなく上陸開始」
「第五派進撃中、迎撃なし」
「第六派離艦成功。損失無し」

 全ての報告は、作戦が順調に推移している事を示している。
 この海岸だけでも合計六派5368機のパンジャンドラムが強襲上陸を敢行する。
 その半分がやられたとしても2684機、つまり26840トンの高性能炸薬が周囲を吹き飛ばす。

「潜水海兵戦隊第一連隊は、い号海岸へ強襲上陸を開始」

 佐渡島全土に沸いて出た光線級たちは、今なお発射され続けている巡航誘導弾により壊滅状態に陥っている。
 海岸付近に展開しようとしていたBETAたちは、艦砲射撃やパンジャンドラムにより殲滅された。
 遂に戦術機による上陸が始まるわけだが、その内容は勇ましさからは程遠い、演習のようなものになりそうだ。
 こんな事ならば、全部隊を空母からの飛翔で揚陸させればよかったかもしれない。
 今更ながら後悔するが、もはや手遅れだ。
 現在の俺に出来る事は、作戦を破綻させない範囲で可及的速やかに陸上戦力を揚陸させる事だけである。



[8836] 第二十三話『横槍』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/01/15 23:24

2001年12月8日土曜日05:31 日本帝国 佐渡島真野湾沿岸部 作戦符牒「い号海岸」

 作戦開始から三十分が経過してもなお降り注ぎ続ける巡航誘導弾および砲弾により、い号海岸は月面よりもクレーターの多い場所となっていた。
 もちろん非常識な物量を誇るBETAたちはそれでも生存していたが、その数は最早小隊規模と言ったところである。
 BETAの残骸、パンジャンドラムの破片、巻き上げられた土砂。
 それらを破壊しようとする砲撃が、遂に停止した。
 弾切れではない。
 発射機や艦艇が破壊されたわけでもない。
 誤射を防ぐため、上陸第一波が海岸に接近すると同時に準備砲撃は一旦停止されるのだ。
 しかし、砲撃は止んでも上陸船艇の姿は見えない。
 ここで人間の軍隊であれば、この後に何が起こるかがわかっただろう。
 しかし、彼らはBETAだった。
 上陸作戦の基本など知るはずも無い。

 その答えは、海中からやってきた。
 海岸付近の海面が泡立ち、特徴的なシルエットが浮上する。
 水陸両用戦術機「海神」一個大隊。
 その先遣隊の一個戦術機甲中隊。
 同中隊の先陣を切る二個小隊が、分隊単位で固まりつつ上陸を開始したのだ。

 海神とは、上陸作戦において最初に海岸へ足を下ろすべく準備された、重武装の可潜型戦術機である。
 彼らの任務は、陸上戦力が上陸するための海岸堡の確保。
 後続の部隊が到着するまで海岸堡を確保しなければならないため、航続距離や機動性を犠牲にして武器弾薬を溜め込んでいる。
 抵抗が皆無に等しい上陸海岸で、海神たちは僅かに存在するBETAたちの反応を確認した。
 機関砲が、無反動砲が、誘導弾が、次々と放たれ、BETAの僅かな生き残り達を虐殺する。

 準備砲撃でその大半を吹き飛ばされたBETAたちに、それを推し留める事はできない。
 それを幸いと、上陸部隊は瞬くうちに大隊戦力の大半を上陸させ、更に後続を受け入れるために前進を開始した。
 この時点で、既にい号海岸での勝利は約束されたようなものだった。
 彼らは合計で四派四個大隊で構成されており、そのうちの三個大隊までは全滅する見積もりとなっている。
 それが既に一個大隊、それも損害なしで上陸に成功しているのだ。


「い号海岸へ第一大隊の上陸成功。損害なし。
 敵の抵抗は軽微のため、海岸周辺の確保へ移行」
「第二大隊は上陸を開始、現在のところ損害なし」

 うん、いいね。
 すごくいい。
 圧倒的ではないか、我が軍は。

「第二大隊よりの支援砲撃要請。座標データ受信中。第一戦艦戦隊は支援砲撃を開始」
「対地攻撃艦第一から第四戦隊は統制射撃を開始」
「真野湾北部および東部のBETA対空脅威消滅」
「マザーウィル第十九次砲撃終了。以後の砲撃は通常弾頭へ切り替え」
「巡航誘導弾第九次砲撃開始」

 現在のところ、作戦は順調に推移している。
 い号海岸こと真野湾沿岸部への海岸堡確保は時間の問題だろう。
 ここさえ確保できれば、極端な事を言えば残り全ての海岸に上陸を失敗したとしてもなんとでもなる。
 しかし、作戦を遂行するからには安全を確保した上でできるだけの戦果拡張をしたいものだ。

「第二大隊上陸完了、内陸部への戦果拡張を開始。
 第三大隊上陸中。損害なし」
「後続の上陸部隊は移動を開始。上陸準備」
「第一海兵師団は強襲上陸を開始。全LCAC移動開始」

 余りにも順調に事態が推移していく中、遂に内陸部への進撃を目的とした部隊が上陸を開始した。
 今回の作戦のために大量に用意させた強襲揚陸艦。
 その内部に納められた戦術機や戦車を載せたホバークラフト式揚陸艇が続々と発艦していく姿がモニターに映る。

「すごい」

 感情をどこかに置き忘れたかのような声音で、背後から声が聞こえる。
 振り返ると、沈黙しきっている部下達を放置し、伊隅大尉が呆けたような表情でモニターに見入っているのが見えた。

「帝国軍の底力、お気に召したようですね?」

 実際のところ、俺はただ与えられた能力を駆使して命じているだけだ。
 もちろんの事ながら、彼女達にはそんな事はわからないし、知ってもらっては困る。
 
「え、ええ、いえ、はい」

 素の回答を返し、慌てて「はい、いいえ」式に言い直してくる姿は大変に萌える。
 これはもう、重要無形文化財として保護しなければならないだろう。
 くだらない事を考えつつ、傍らに駆け寄ってきたオペ子に注意を向ける。

「緊急です」

 アンドロイドゆえに表情は変わらないが、錯覚だとしてもその言葉には若干の焦りを感じた。

「何だ?」
「日本帝国軍日本海艦隊の残存兵力が、徴用船舶と思われる貨客船を連れて本海域に接近しています。
 貨客船のコードは国連軍のものです」

 モニターを見ると、確かに艦隊が接近してきている。
 戦艦三隻、巡洋艦五隻、駆逐艦二隻と貨客船が二十五隻。
 コードを見ると、どうやら作戦開始前から監視をさせていた艦隊のようだ。

「想像以上に順調だったので手柄を分けて欲しくなったわけか」

 小声で呟き、自軍の状況を再確認する。
 揚陸艇第一波はい号海岸に取り付いたらしい。
 敵の抵抗は皆無。
 既に二個戦術機甲大隊と一個戦車大隊を揚陸したらしい。
 戦車は師団規模になるまでは海岸堡の防衛に当たるので、これは問題ない。
 ジオン軍のモビルスーツ「ザク」を相手に勝利できる61式戦車5型をベースにしたものなので、そう簡単にはやられないだろう。
 戦術機の方は一緒に持ち込んだ補給コンテナで何とかなるし、最悪の場合は飛んで空母まで戻せばいい。

「戦術機母艦前進を開始。陽動の誘導弾連続射撃開始」

 本来ならば陽動の誘導弾は全て破壊される事が想定されていたのだが、現状だと戦果拡張に繋がるだろう。
 何もかもが怖いほど順調に推移している。
 好事魔多しと言うし、ここは最大限の警戒をしておくべきだ。
 物量は確かに全てを叩き潰す絶対の力だが、敵も物量は得意技だからな。

「あの、閣下」

 恐縮しきった様子で伊隅大尉が声をかけてくる。
 用件は既に傍受し、解析済みのために理解しているが、礼儀として尋ねておこう。

「なんでしょうか?ああ、先ほどの言葉遣いでしたら、私は気にしませんよ」

 今後を考え、にこやかに答える。
 多少罪悪感を持って接してもらったほうが、いざという時にこちらの要望を聞いてもらいやすい。

「あの、実は、接近中の艦隊ですが、私どもの機体を運んでいまして」
「ふむふむ、帝国軍と国連軍の、人類の未来のための共同作戦と言うわけですな?」

 皆まで言わせず、俺は一人で早合点をして見せた。
 まあ、事情を知った上でだが。

「えっ?あの、はい、仰る通りであります」

 随分とキャラクターが違って見えるが、まあそれはいい。
 それよりも、彼女は本当に国連軍の暗部に関係する部署の人間なのだろうか?
 もう少し、なんというか図太く生きてほしいのだが。
 それはともかく、帝国軍艦隊はなおもこちらへ向けて接近しつつある。
 ここは礼儀として、誰何をしておくべきだろう。

「マイクをくれ、帝国軍および国連軍の有志諸君に挨拶がしたい」

 素早くオペ子がマイクを手渡してくる。
 当然のことながら、接近中の艦隊が使用している周波数の確認および司令部へ直接呼びかけるための準備は完了している。
 ネットワークに常時接続されている彼女達は、その程度の事など声に出さずとも実行できる。
 どうでもいいが、ネットワーク常時接続というと格好いいが、事実とはいえ、接続方式は無線LANというと途端に低スペックに感じてしまうな。

「当方は日本帝国軍第8492戦闘団上陸支援船舶隊である。
 接近中の艦隊へ、所属と目的を知らせよ。
 貴艦隊は、新潟防衛のために実施中の作戦海域に接近しつつある。
 危険を避けるため、可能であれば針路を変更されたし」

 さて、何といってくるかな。
 出来ればこちらが気持ちよく協力を受け入れられる表現をしてくれるとありがたい。

<<当方は日本帝国本土防衛軍、日本海艦隊である。
 現在防衛協定に基づき、国連第11軍佐渡島攻略部隊を護衛中である。
 国連軍は、い号海岸に上陸を希望しているとの事だ。
 なお、第十四師団長より伝言を言付かっている>>

 こちらの呼びかけを待っていたらしく、すぐさま回答が帰ってくる。
 なるほど、あの方も随分と苦労なされているらしいな。
 大方、血気盛んな帝国軍将校達と高圧的な国連軍将校達に囲まれて、断腸の思いで伝言を預けたのだろう。

<<すまない、頼む。以上だ。
 私には何の事だか良く分からないが、同感である。
 そちらの海岸堡確立を待って国連軍の揚陸を開始する。
 本艦隊は間もなく停止し、連絡を待つ。以上>>

 中間管理職の哀愁が漂う、しかし艦隊司令官に出来るであろう最大限の配慮を感じる通信だった。
 
「了解しました。現在い号海岸は上陸戦闘中のため、その場にて待機願います。
 進展があり次第後連絡します。以上」

 通信を終え、俺は主モニターを見た。
 相変わらず画面上は誘導弾の大群が放たれ続けている事を示す忙しない現実を映し出している。
 作戦開始からそれなりに時間が経過しているだけあり、徐々にこちらの損害が増加し始めている。
 とはいえ、本作戦においては参加艦艇全てと二個軍の全滅までが許容範囲に入る。
 しかし、現在のところ五隻の重巡洋艦、二十八隻の潜水艦、戦術機八機、9594発の巡航誘導弾および38119発の砲弾が破壊されたが、全ては想定以下の損害だ。
 俺が思っていたよりも、随分とBETAは脆弱だったらしい。
 何しろ、AL弾頭を一切使用せずにでこの程度の損害である。

「い号海岸への後続部隊揚陸開始、現在のところ問題なし」
「二個機械化戦闘工兵大隊揚陸成功。現在後続部隊の受け入れ準備中」

 続々と海岸へ到着するホバークラフトたちは、工作車両や武装した戦闘工兵たちを続々と吐き出しては沖合いの揚陸艦へと戻っていく。
 既に海岸堡周辺には一個連隊の戦術機および二個戦車大隊が展開している。
 これに続々と上陸しつつある増援部隊の戦力と沖合いの艦隊からの支援を考えれば、い号海岸の陥落は最早考えられない。

「い号海岸海岸堡確保率四十%。後続部隊の受け入れ準備完了」
「マザーウィル第二十六次砲撃終了」
「巡航誘導弾第十二次砲撃終了」

 作戦は気味が悪いほどに順調に推移している。
 このままいけば、い号海岸への揚陸は予定よりも早く終わるだろう。
 これから先、ろ号海岸への強襲上陸が成功すれば、作戦の成功は確実だな。



2001年12月8日土曜日05:59 日本帝国 佐渡島真野湾沿岸部 日本海艦隊

「上陸支援船舶隊より入電、い号海岸の受け入れ準備完了。以上です」
「上陸部隊が艦隊を離れていきます」

 陸兵だけの臨時編成船団など、所詮はこの程度か。
 護衛部隊に何も告げずに上陸船団が突出していくなど、通常では考えられる事ではない。
 日本海艦隊司令官は、刻々と離れていく国連軍を見送りつつ鼻を鳴らした。
 苦戦した場合に備えて待機はしていたが、まさか国連軍、いや、合衆国軍の水先案内人にされるとはな。

「閣下、上陸まで付き合わなくて本当によろしかったのですか?」

 艦長が尋ねてくる。
 真意を尋ねるような質問ではあるが、その声音に何かの意味は含まれていない。
 
「わかってて聞いているな?
 向こうが何も言わないで進んでいくんだから、いいじゃないか」

 突き放すように答え、そして更なる質問を防ぐために言葉を続ける。

「アメリカさんが何を考えているかは良く分かっているが、知ったことか。
 高度に政治的な判断の大好きな上の連中が何をしたいのかも知ったことか。
 まったく、貴重な燃料を消費して、残存艦艇全艦でお散歩とはな。
 帝国海軍は、俺の知らないうちに随分と金持ちになったようだ」

 日本帝国は産油国ではない。
 それは、船舶を動かすのに必要な燃料を全て外国から購入しなければならない事を意味する。
 人類史上初めての大戦争、終わりの見えない長期戦を実施している現状で、無駄は極力避けなければならない。
 例えば、戦闘を行う必要が無いのに艦隊全力で出撃するなど、常識的に考えて無駄でしかない。

「直ちに新潟港へ帰還する。
 全艦増速準備!」

 司令官の終わりの見えない愚痴が始まった事を察知した彼は、素早く部下達に指示を下しだした。
 彼らの上官は大変に軍事的才能に恵まれていたが、少しばかり上司としての資質に欠けるところがあった。
 
「緊急!師団規模のBETA多数出現!」

 それは、彼らが完全に油断しきった瞬間に入った凶報だった。

「待て!」
「回頭中止!最大戦速即時待機、戦闘準備!」

 それまで延々と愚痴を垂れ流していた司令官が声を張り上げる。

「舵戻します」
「最大戦速即時待機了解」
「戦闘準備!」

 報告が乱れ飛び、ブザーが鳴らされ、日本海艦隊は戦闘準備を次々に完成させていった。

「BETAの増援は?」

 8492戦闘団からのデータ提供を受けているため、彼らの手元には佐渡島全域の情報がある。
 主モニターに映し出されている状況は、なかなかに苦しいものだった。

「師団規模のBETAが少なくとも五個、他に連隊規模の増援も多数沸いているようです。
 光線級もかなりの数です」
「かなりではわからん」

 曖昧な報告をする参謀を叱りつける。
 もっとも、参謀も別に無能ゆえにそのような表現をしたわけではない。
 上陸支援を視野に入れた教育は受けているが、彼はあくまでも海軍の参謀である。
 佐渡島という沖縄本島の次に巨大な島での大規模戦闘を完全に把握するための教育は受けていない。
 
「最低でも五百体以上が確認されていますが、ああ、どうやら誘導弾の攻撃を受け壊滅したようです。
 他のBETA増援部隊も同様です。まったく、あの8492戦闘団という連中はどこか狂っているとしか思えません」

 本来であれば個人的な感情は必要ないのだが、それを咎める者はいない。
 現在展開されている激烈な戦闘は、人類の持つ常識を超えすぎている。
 こうして艦艇の中からデータとして情報を受け取っているうちはいいが、接近し、目視している合衆国軍の連中はどうだろうな。
 人の悪い笑みを浮かべつつ、司令官は刻々と変動する戦況を眺め続けた。
 あれだけの戦力を投入しているのだ。
 できれば、こちらの戦力が必要となる状況は避けたいものだが。
 彼の頭の中では、艦隊をいかに消耗させないで済むかの対策が練られ続けていた。
 8492戦闘団のこれだけの戦力、当然佐渡島より先を見据えての動員だろう。
 つまり、朝鮮半島、あるいは中国への強襲上陸と、それによる大陸への橋頭堡確保。
 絶対にそこまで考えているはずだ。
 この艦隊は、その時まで残しておかなければならない。

「ろ号海岸への強襲上陸始まりました!」

 このような状況下でありながら、第二次上陸作戦が始まった。
 中隊規模の戦術機部隊が続々と海岸へ取り付いていく様がモニターに表示される。
 
「どう考えるね?」

 先ほど叱責した参謀に尋ねる。
 せっかくの機会に勉強して欲しいだけであり、別に嫌っているわけではない。
 その証拠に、先ほどのやり取りは考査表には反映させないつもりである。

「準備砲撃の後に海神による強襲上陸という展開は、セオリー通りの展開です。
 敵も味方も規模が異常なために把握しづらいですが、現状を維持したまま上陸に成功すれば、こちらの勝利かと」

 BETAの抵抗はここでも皆無に近く、既に三個中隊が上陸に成功しつつある。
 飛び交う砲弾、吹き飛ぶ戦術機、損害を無視しつつ上陸支援に当たる戦艦群。
 誰もが興奮し、味方の勝利を願うような光景はそこには無い。
 確認された脅威に砲弾が降り注ぎ、整地された大地を戦術機が前進する。
 今までの人類が経験した事の無い戦闘が展開されている。
 
「現状を維持したまま、と言うことは、本土からの誘導弾が途絶えた時が危険だな」

 無限に降り注ぐ誘導弾の雨。
 ひょっとしたら、彼らの弾庫は本当に無限なのかもしれない。
 だが、弾庫は無限だとしても、発射機は無限には使用できない。
 例え連続射撃を想定して作ったとしても、人間が作るものに無限や絶対はありえない。
 
「誘導弾の砲撃がなくなったとして、一番弾幕が薄くなる場所はわかるか?」

 こうして来てしまった以上、観測だけで帰る訳にはいかないな。
 動き始めた艦隊司令部の中で、彼はそう呟いた。



2001年12月8日土曜日06:24 日本帝国 佐渡島真野湾沿岸部 作戦符牒『い号海岸』

「運搬ご苦労。
 さっそくだが直ぐに出撃したい。準備してくれ」

 揚陸艇からようやく全ての物資を下ろした整備班に対し、伊隅は冷酷に命令した。
 疲労困憊の極みにあるが、整備班も軍人である。
 生真面目に敬礼し、直ちに機体の展開に入る。
 もっとも、戦闘地域に持ち込むだけあり、既に基本的な整備作業は全て終了している。

「全機搭乗!チェックの後に出撃する!」

 声を掛け合いつつ、伊隅戦乙女中隊は戦闘準備に突入した。
 実戦を経験している軍隊は行動に無駄が無い。
 自己診断だけで出撃できる段階まで整備が済んでいた事もあり、彼女達は直ちに戦闘行動を開始した。

「我々の目的は、彼らから入手した技術情報で開発された新OSの検証である。
 各機、無理をするな。
 今回の我々は、死ぬ気で戦い、必ず生還する事が目的だ」

 傍受した通信からは、こちらが安堵できる内容が伝わってくる。
 どうやら、以前に傍受した内容と変わりはないようだ。
 安心して監視を続行させると、俺は通信用のコンソールに向き直った。

「それにしても、いきなりの乱入に肝を冷やしましたよ、香月副司令?」

 映し出された副司令に軽く嫌味を言ってしまう。
 今回は、それくらい許されるだろう。

「たかだか大隊レベルが乱入したぐらいで、アンタたちの作戦は狂わないと思ったんだけど?」

 この先のやり取りを予測した上で、そんな挑発するような事を言われても困るのだが。
 まあ、事情とやらを聞かせてもらおうか。

「仰るとおり、誤差の範囲ですがね。
 それで、どこの合衆国が横槍を入れてきたんですか?」

 思ったとおりだな。
 表情こそ平然としているが、何も発しない。
 まったく、ちょっかいを出したいのならばせめて軍規模の遠征軍ぐらい持ってきてほしいものだ。

「アンタたちの残骸やら何やらを回収したいらしい連中が、現地の国連軍に『支援活動』を命じたのよ。
 相当な圧力をかけたようで、止める間も無かったわ。
 それで、あるだけの部隊をかき集めて送り込んだワケ」

 なんともはや、無茶をしてくれる。
 軍団規模が殴りあう激戦地。
 それも敵地への強襲上陸が行われている場所へ、政治的な目的で事前準備も無しに部隊を送り込むのか。
 この世界はそれを可能とし、そして許容するというのか。

「それでお目付け役として日本海艦隊を引っ張り出したわけですか」

 先日の戦闘から立ち直っていないというのに、無理やり動員されるとは哀れな事だ。
 だが、現実は俺の想像以上に狂っていた。

「あれは違うわよ。
 日本の独自性が云々とか言う連中が、せめて護衛部隊だけでもつけるとか言い出したのよ。
 本土奪還作戦が、言い方は悪いけど余所者だけで行われる事に我慢がならなかったんでしょうね」

 だったら師団を連れて来い。
 そもそもが、一人でやってみろと言っておきながらそれはどうなんだ?
 余りにも非常識だと思うのだが。

「面白い国ですね、この国は」

 ここで喚き散らしても始まらない。
 それに、感謝されようが憎まれようが、俺の仕事はBETAの殲滅だ。
 それ以上でも以下でもない。

「それで、合衆国第一主義へのせめてもの嫌がらせとしてそちらの部隊を派遣してきたわけですね」

 別に謝罪の言葉が聞きたいわけではないため、先を促す。
 それに、モニターの向こうの彼女は、どちらかと言えば被害者的な立場だ。
 彼女に謝罪を求めるというのもおかしな話だからな。

「よく分かっているじゃない。
 それと、アンタから貰った技術情報、使わせてもらってるわよ」

 先ほど聞いたとおり、技術試験が目的か。
 あるいは傍受されている事を想定しつつの欺瞞情報かもしれないが、まあなんでもいい。
 作戦を失敗させる事か俺の暗殺でも企んでいない限りは何をしてくれても構わん。

「それとなく、支援しておきます。
 まずい時には機密保持より友軍との合流を命じていただけると幸いですね」

 支援は、戦術機と戦車の混成大隊でも当てておけばいいだろう。
 整備班の方は、まあ海岸堡にいる限りは放っておけば問題あるまい。
 海岸堡の整備班がやられるときは、この作戦が失敗で終わるときだ。

「それでは失礼しますよ」

 通信を切り、戦況を確認する。
 誘導弾は後二回斉射をしたら、一度整備のために攻撃を中止しなければならない。

「ろ号海岸への上陸は順調だな?」

 主モニターの表示を見る限りでは、特別な問題は何も生じていない。
 強いて言えば、BETAたちの抵抗が弱すぎ、輸送スケジュールに大幅な前倒しが必要になっている事ぐらいだろう。

「進捗率は現在32%です。
 間もなく海岸堡の防御は問題が無いレベルになります」

 非常識な戦力を整えたが、まさかここまでとはな。
 海神の大隊が気持ちが良いほどに戦果を拡張してくれている。
 おかげで後続の戦闘工兵たちが速やかな受け入れ準備を整えつつある。

「い号海岸集団内陸部への進撃を開始。
 大隊レベルのBETAと遭遇、戦闘中」

 手元の副モニターに現地からのライブ映像が届く。
 土煙を上げて味方に殺到しようとするBETA集団。
 観測機の手前に位置する戦術機部隊が、小隊単位に分散しつつ左右へと散っていく。
 それに吊られてBETAたちもバラバラに方向転換を始めた。
 愚かしい事に、彼らには戦術行動というものが全く無い。
 今の状況であれば、先頭集団はそのまま突進を続けつつ、後続を左右に振り分けるべきだ。
 そうでなければ、ほら、突進力を失った先頭集団が戦車に蹴散らされてしまったではないか。

 61式5型改の活躍は想像以上だった。
 飛び込んでくる突撃級を前に一歩も怯まず、必殺の155ミリ自動装填式連装砲を放つ。
 使用弾種はHEAT。
 冗談のようなサイズの戦車砲から放たれたそれは、命中と同時に一撃で突撃級を絶命させる。

 実用レベルの人型機動兵器を含む大規模軍事組織との戦闘を前提にした戦車。
 地球圏統一国家が国運をかけた総力戦の中で戦訓を取り入れ、最新技術を注ぎ込み、その上で改良に改良を重ねた、発展途上での最高がそこにある。
 戦術機に比べると使用されるクレート量が多いことが難点だが、別にいいじゃないか。
 戦車は男のロマンだし、軍事組織とはあらゆる要素を揃えて初めて完成品として機能できる。
 戦術機は確かに強力な陸戦兵器であり、戦車の仕事をさせることが出来る。
 だが、戦術機はどこまでいっても戦術機であり、戦車ではないのだ。
 それでは現在揚陸中の陸戦型強襲ガンタンク大隊はなんなのかとなるが、これは趣味だ。
 その証拠に、大隊規模で止めているだろう?

「緊急です」

 余裕の表情を浮かべていた俺を叱りつける様に、悪夢のような問題が報告された。
 朝鮮半島に存在する帝国呼称『甲20号目標』鉄原ハイヴより軍団規模のBETA集団の出撃を確認。
 佐渡島ハイヴの支援を目的とする可能性大。



[8836] 外伝1『とある合衆国軍将校の証言』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/01/17 21:36

 なんだアンタ?俺の話が聞きたいってか?
 物好きな奴もいたもんだ。
 まあいい。

 で、あのクソったれの8492の話だよな。
 俺が連中の偵察に行ったのは、日本のニイガタに作った前線基地を見てこいって命令を受けたからだ。
 人攫いはなし、殺しもなし。録画して、可能ならば破片を拾って来い。
 珍しい任務だと驚いたもんだ。
 ホプキンスの野郎なんか、ああ、ホプキンスってのは俺の分隊の曹長でな「今回は基地の教会で懺悔する必要はないですね」って、アイツは本当に良い奴だったんだよ。
 基地の事務のネーチャンを遂に確保してな「俺、この任務が終わったらプロポーズするんです」って、とにかく幸せそうだったよ。

 うん、それで、あの日も俺達はアンクルサムのためにちょっとばかり冒険をする必要があって、観光ビザで日本に入国したわけだよ。
 そんな顔をするなよ。非合法任務ってのはそういうもんだ。
 それに、日本側もそんな事はお見通しよ。
 奴らの言うコウアンチョウサチョー(NSAみたいなもんだ)に帝国軍の情報部、警察の対国外諜報班が税関に勢ぞろいだったのが笑えたな。
 連中、見える位置に立っていれば、こっちが勝手に自重すると思っていやがる。
 おめでたい連中だったよ。
 それで、とにかく当時の俺達は、笑顔なんて振りまきながら入国したわけだ。
 で、まあ、トミタのランドクルーザーをレンタルして、任務のついでのテイト観光と洒落こんだ訳よ。
 ジャップの女を抱いた事はあるか?ない?お前、それは人生の半分を損してるぞ。
 連中の女はとにかく、ああ、わかったよ、先が聞きたいんだな。

 とにかく初日をテイトで潰して、翌朝から俺達は任務に入ったわけだ。
 ハイウェイをカッ飛ばしてテイトから離れ、カンエツとかいうトンネルの手前で一般道に入り、適当なところで車を降りたわけだよ。
 理由?
 ニイガタは、民間人の立ち入りは禁止されているんだよ。
 怪しげな外国人なんて検問に近づくだけで装甲車が飛んでくる有様でな。
 昔に一度だけ別件で捕まった事があるが、連中の下っ端は可哀想だぜ。
 何を聞かされているのか知らないが、まるで俺が兵士級であるかのようにビクビク怯えながら銃を突きつけてきてな。
 噛み付きはしないからさっさと手錠をかけなって言ってやったら、手錠を取ろうと慌てて小銃を落としやがった
 元々東洋人ってのは俺達から見ると大人でもガキみたいなもんだが、あの時は思わず指導しちまったよ。
 もちろん口だけだぜ?手を出したら今頃俺はここにいないからな。

 任務の話だろ、わかってるよ。
 それで、適当なところに車を止めて山越えに入ったわけだ。
 不正規任務ばかりとはいえ、俺達は特殊部隊だ。数日もしないうちに山を越えたよ。
 で、俺達は久々にBETAの爪痕を拝見したわけだ。
 破壊されつくした市街地、所々に点在する兵器の残骸。
 任務の都合上あまり戦場に出ない俺達ですら見慣れたアレは、いくらジャップの街とはいっても好きにはなれんもんだ。
 とはいえ感傷に浸っていられるほど俺達に時間はないからな、上った時と同じように、手早く下山したわけだ。
 前フリが長くて悪かったな、ようやくアンタの聞きたい話だぜ。

 うん、それで遮蔽物に身を隠しながら進んで、あれは半日ぐらい経った時かな。
 先行偵察していたホプキンスの奴が最初に見つけたんだ。
 特殊部隊で曹長をやっているだけあって、アイツはとにかく勘が鋭いんだ。
 それで、アイツが言うわけだよ、見た事の無い戦術機がいるって。
 そりゃまあ、そんなのもいるだろうよ。
 どの国だって、対BETAの切り札である戦術機の開発には金をかけていたからな。
 で、俺達は早速撮影会を始めたわけだ。
 さっきも言ったとおり、あの時の俺たちの仕事は偵察だったからな。

 大したもんだったよ。
 俺は戦術機の適正が低いから本当の凄さは知らないが、連中は軍の広報ビデオより立派に戦術機を行進させていたよ。
 しかもアンタ、信じられるか?俺が見たのは大隊規模だったんだよ。
 つまり、試作機じゃなくて正式な新型機。
 それも、事前に言われていないって事は、少なくとも公式にはホワイトハウスに伝えられていないやつだ。
 久々の大手柄に震えたけどよ、そのうちにジョニーが変だって言い出したんだ。

 ああ、ジョニーってのは俺の分隊の一番下っ端の上等兵でな、まあ、とにかくさっきはあんな所に部隊はいなかったって言い張ったのさ。
 妙な話だろ?一機や二機ならまだしも、大隊規模の戦術機なんて、隠そうと思ってもそうそうできるもんじゃない。
 そこで俺はホプキンスの意見を聞こうと思ったわけだ。
 で、見ちまったんだよ。
 何をって?アイツの更に向こう、多分五キロぐらいのところにいつの間にかいた、よくわからねぇドデカイ何かだよ。
 BETAのクソどもを月の向こう側までブッ飛ばしちまうような主砲をつけた、戦艦みたいな奴だ。
 それが、ついさっきまでいなかったはずの場所に居やがる。

 そこから先は忘れられねぇ。
 ジョニーが、アンソニーが叫ぶんだ。こっちにもいます、向こうにもいますってな。
 向こうに戦術機が、見た事の無い戦車部隊が、トレーラーが、よくわからない兵器が、行進するロボット兵が、コンテナが。
 確かに見るといるんだよ!さっきまで何もいなかったはずなのに!何も無い荒地のど真ん中に立っていたはずなんだよ俺達は!!
 怖かっタよ。
 ソシタラ極め付けが、来たんだよあいつが化け物が。
 空ガ暗くなって、上をみタら、いタンだよいタんだアイツが化け物が、空に!空にイタンだよ!
 目の前にでっカイ壁がいつのまにかあそこにはジョニーが立っていたのに、あそこにはあいつがイタカラダメナンダヨでかい壁なんておいちゃ。
 足が出テルンだぜ!壁の中からジョニーの足が出てるんだよさっきまであそこにあいつがいたのにいたんだぜ壁なんて無かったんだ!!
 ズレて足が倒れてチョッとだけ血が出てジョニーの足が壁に!壁に!
 



 そこまで叫ぶと、拘束衣を着せられた男は意味不明な言葉を叫びつつ隔離室の壁に頭を打ちつけ始めた。
 もちろんだが、自殺を防ぐために隔離室の壁や床は全て柔らかいクッションが付けられており、その程度の事で自殺は出来ない。
 だが、俺は目の前の狂人―元合衆国特殊部隊分隊指揮官―の自殺を手伝いたかった。
 例えそれが主がお許しになられない事だとしても、目の前の男には必要であるように思えたからだ。

「いかがでしたかな?どうしても、と仰るので手配したわけですが」

 鹿内と名乗る公安調査庁の男が声をかけてくる。
 佐渡島ハイヴ攻略作戦の直前に音信を絶った工作部隊にようやく接触できたが、唯一所在が確認できている彼がこの有様では、残りも絶望的だろう。
 軍情報部が派遣していた監視部隊と合流できなかった時点で覚悟はしていたが。
 外圧に外圧を重ねてようやく接触できたが、これでは無理に帰国させる価値はないな。
 強化ガラスの向こうでは、室内に飛び込んできた看護師達が彼の腕に鎮静剤らしいものを注射している。

「彼は一体、何をみたんだ」

 思わず口に出してしまう。
 ガラスの向こうで錯乱している男は、オルタネイティブ第五計画派の中でも特に優秀な軍人だった。
 要人誘拐、暗殺、破壊工作、どのような任務でも安心して任せることが出来、そして成功させてきた男だった。
 ようやく落ち着いたらしいその姿に、過去の栄光の陰は見られない。
 整えられていない髪、伸び放題の髭、口元から垂れ流される涎。
 先ほど見た瞳には、理性の欠片も感じ取ることは出来なかった。

 私は慄然たる思いを抱きつつ、改めて目の前の男を観察した。
 恐らくは強力な鎮静剤を投与されたというのに、彼は未だに病的な声音で何事かを呟いている。
 この有様は、拷問や洗脳の成果ではない。
 訓練と経験を積んだ軍人の精神を破壊するに足る、名状し難い恐怖を味わったのだろう。
 だが、それは一体なんなのだ?
 状況からして、あの8492戦闘団なる軍事勢力の大型機動兵器に部下を踏み潰されたようだが、あれほど巨大な物体が、頭上に来るまで気づかない事などあるのだろうか?
 そして、敵味方どころか民間人やBETAの死体ですら見た事のある彼が、部下が一人死んだくらいでこうもなってしまうだろうか?
 ありえない。
 そんな事が起こるはずが無い。
 大体、あの巨大な機動兵器は、突然虚空から出現でもしない限り、一マイル先にいても接近してくるさまを確認できただろう。
 
「まぁ、話を聞いた限りでは、我が軍の新型機動兵器でしょうねえ」

 鹿内を名乗る男は、妙に癇に障る発音で答えた。

「それにしても、貴国は一体どうなっているのですか?」
 元軍人が元部下達を連れて、立ち入りを制限している場所へ突然の不法侵入。
 各種観測機器に衛星通信機まで持って、観光旅行と言い張るなんて聞いたことがありませんよ」

 それはそうだ。
 不正規の任務とはいえ内容が偵察なだけに、民生品ではあるものの、出来る限り高性能な機器を持たせていた。
 だが、それらについては事情を説明した上で、他言無用の上委細を問わずと合意している。
 もちろん、代償は高くついたが。
 
「彼は凝り性でね、それに電子機器が大好きだったんだよ。
 部下も全員ね。
 今回は、そういう話になっていると聞いていたが?」

 まあ、そもそもが、そうでもなければ彼らが管理する病院に入る事など出来ないわけだが。
 鹿内を名乗る男もそこは理解しているだろう。
 そうでなければ、ジョン・ドゥと名乗る合衆国大使館駐在武官である私の対応役を任されるはずが無い。

「あぁ、そういえばそうでしたね。
 それで、連れて帰っていただけるんですよね?あの観光客さんを」

 状況がこうなっていると分かっていたら、無理にでも国外搬送の準備を整える必要はなかったのだがな。
 しかし、こうなっては仕方が無い。
 彼は既に何の価値も無い男ではあるが、助ける事が可能なのに見捨てていたら、非合法活動部門の連中の機嫌を損ねてしまう。
 まったく、使い捨てられるのが嫌ならば、そんな部門に入らなければいいのだ。

「ええ、この度は我が国の人間がお手数をおかけして申し訳ない」

 いえいえ、とんでもございません。などと白々しいやり取りを交わすと、俺は大使館へ戻るために駐車場へと足を進めた。
 情報らしいものは何も得ることが出来なかった。
 本国に送還されたとしても、彼はもう役には立たないだろう。
 あそこまで錯乱してしまっては、回復を見込む要素を見出せない。

 それにしても、彼は一体何を見たのだ。



[8836] 第二十四話『決戦!佐渡島ハイヴ 前編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/02/15 01:51
2001年12月8日土曜日07:00 日本帝国 佐渡島真野湾沿岸部 富林山跡地

<<8492戦闘団『い号海岸集団』は、北上しつつ堂林山跡地周辺へ前進。敵の抵抗は軽微。上陸海岸へのプラント設置に成功>>
<<弾岬に上陸した『ろ号海岸集団』は、南下しつつ内陸部への戦果拡張を続行。立ガ平山までの進撃に成功>>
<<弁天岬に上陸した『は号海岸集団』は、西進しつつ前進を継続せり。敵軍脅威は僅か。現在長安寺跡地まで前進。プラント設置に成功>>
<<藻浦岬へ接近中の『に号海岸集団』は、進撃を継続しあり。強襲上陸にあたり、敵軍脅威は皆無>>
<<い号、ろ号およびは号海岸上陸支援船舶班は、大陸方面のBETA増援部隊阻止に投入。艦隊戦力の合流完了まであと一時間二十分>>

 たった五行だが、我が軍の圧倒的優位を示す報告に思わず口元が緩む。
 暴風雨のような砲爆撃に支援されつつ東西南北全ての海岸へ強襲上陸を決行する我が軍に対して、BETAたちはあまりにも兵力が少なすぎた。
 定期的に師団から連隊規模が出現するという現状から、彼らは総兵力に不足しているのではなく、判断を誤ったのだという事が容易に理解される。
 強大な戦力を誇る侵略軍に対して、兵力の逐次投入は余りにも無意味である。

「全プラントは直ちに戦術機の増産に入れ。
 中隊規模が組みあがり次第、各地の戦線に投入、前線を押し上げろ」

 勝った!佐渡島編、完!
 内心で絶叫しつつ、俺は出来る限り冷静に命令した。
 プラントの敵陣付近への設置完了は、事実上の勝利を意味している。
 銃剣から宇宙戦艦まで、何でも製造できるこの装置は、簡単に言えば五大湖工業地帯を圧縮して持ち運び可能にしているようなものである。
 全時空世界の兵站将校の夢の結晶を持ち、さらに製造に必要な原材料は敵が運んできてくれる。
 これだけのお膳立てをしてもらって、負けるはずが無い。

<<進めぇ!合衆国軍の力を見せ付けてやれ!>>

 国連軍塗装のF-15が突撃砲を放ちつつ前進する。
 今回の作戦に投入された国連軍の総数は、五個中隊編成の増強一個大隊である。
 砲兵は無し、随伴歩兵もなし、支援車両部隊も無し。
 純粋な戦術機甲大隊である。
 さすがに補給コンテナはある程度持ち込んでいるが、それ以外はこちらの全面的な支援を前提とした部隊編成だ。
 伊隅中隊はまあわかるが、それ以外も全て戦術機という脆い部隊を派遣して、連中は何がしたいんだ?
 ああ、一応怪しげな歩兵中隊が一つあるが、あれは情報収集のための諜報部隊のようだし、戦力としては一切カウントできない。
 既に勝手に出撃しているようだしな。

<<プリック2-4と2-8!そっちへ行ったぞ!>>

 先頭を進む小隊の左翼方向から四体の要撃級が接近する。
 人間の指揮する部隊が前進中という事で、彼ら周辺への砲撃は細心の注意を払った上で距離を開けて行われている。
 その代償がこれだ。
 人類史上最大規模の砲爆撃の支援を受けつつ、軍規模の戦力が前線を押し上げ続ける最中であっても、BETAの脅威は存在する。
 まあ、あくまでも存在であって健在ではないところがポイントではあるが。

<<了解!プリック2-4、FOX2!>><<プリック2-8もFOX2!!>>

 十分な距離を開け、二機のF-15が発砲。
 要撃級たちは方向転換の最中に直撃弾を喰らい、横転しつつ絶命する。

「うん、合衆国軍もなかなかやるではないか」

 派遣にいたる経緯は呆れてしまう様なものだったが、あれでなかなか真面目に仕事をしてくれるようだ。
 それはそうか、と思い直す。
 後方の会議室で陰謀をめぐらす上級将校たちにとっては、政治こそが自らの生命と未来を左右する問題である。
 しかし、その駒として前線で戦う下士官兵たちにとっては、目の前の敵を出来る限り効率的に殲滅することが最大の問題だ。
 経緯はどうあれ、戦場にやってきた以上、彼らは戦力の一つとしてカウントできるだけの価値がある。

<<帝国軍の支援をうまく使え!前方に要塞級八体!孤立しているぞ!>>
<<プリック2-5より帝国軍へ連絡!A16G27に孤立した要塞級八体、砲撃支援を要請する!座標データ送信中。迅速射撃で放り込んでくれ!>>

 忙しなく発砲を繰り返す米軍機から砲撃支援要請が寄せられる。
 もちろんの事ながら、友軍への支援を惜しむ理由は存在しない。

<<こちらは帝国軍8492戦闘団第七砲撃指揮所、コールサインはマイク・ワン・ファイヴ。砲撃支援を開始する。初弾は既に発射>>

 バックアップのために即応体制にある砲兵からすぐさま回答が入る。
 彼らは統合情報通報システムを通じてリアルタイムで状況を把握し続けており、座標が読み上げられた時点で初弾を発射したのだ。

<<本当かよ>>

 プリック2-5、またの名を合衆国第一海兵師団第三海兵連隊第二戦術機甲大隊第一中隊第二小隊所属エミリア・ヘルナンデス少尉は呟いた。
 砲撃支援要請をあげた途端に発射された初弾。
 マイク・ワン・ファイヴはよほど練度の良い部隊に違いない。

<<こちらはプリック2-2!隊長機被弾!衛士生存も戦闘不能!後退する!>>
<<バチあたりのBETAどもめ!俺達の女神に何てことしやがる!>>
<<プリック2-1より2-6!通信前にコールサインを忘れるなと何度言ったらわかるんだ!>>

 傍受している国連軍、いや合衆国軍は非常に賑やかだ。
 大半が無人機である我が軍と比べると、その活気に溢れたやりとりが羨ましい。
 まあ、その反面負けている時に気が滅入る悲鳴を聞かなくて良いという利点はあるのだけれども。

<<プリック2-5。弾着、今>>

 苦笑しつつ機体を移動させている間にも、着弾箇所を確認するための白燐弾が大地へと、いや、要塞級の背中に命中する。

<<最高だ!マイク・ワン・ファイヴ、初弾命中!効力射をやってくれ!>>

 通信機からは米軍衛士の歓声が聞こえてくる。
 それはそうだろう、何しろ肉眼では観測できない相手に対して初弾命中だ。

<<了解プリック2-5、これより効力射を開始する。発射した。弾着まであと10カウント>>

 それからの五分間、孤立した要塞級たちは正確無比な連隊規模の砲撃を浴び続けた。
 まだまだ砲弾の備蓄はあるのだが、その五分で砲撃は終了した。
 この世の全てを破壊するような砲撃を浴びて、全ての要塞級たちが内部の小型BETAごと殲滅されたからである。



2001年12月8日土曜日07:28 佐渡島ハイヴまで2km地点

<<誘導弾最終発射終了。全発射機は整備作業に入ります。
 次回発射は二時間後を予定。以後は交互射撃>>
<<第一戦隊は主砲弾を射耗。第三戦隊と交代後、補給作業に入ります>>

 圧倒的優位を作り出した誘導弾の発射が終了した。
 無数のBETA師団や大隊を叩き潰し続けた頼もしい艦砲射撃も途絶えた。
 後に残されたのは、揚陸を完了し前進を続ける陸上戦力のみである。
 
「敵残存兵力は総数でおよそ一個師団弱。実際には中隊規模が各地に点在するのみです。
 閣下、可能な限りの兵力を前進させますか?」

 後部座席から質問が投げかけられる。
 戦術機に乗ってハイヴの最深部まで共に突撃できるようにしておいて正解だった。
 やはり副官というものは必要だ。
 まあ、今の場合の彼女の職務は、どちらかというと参謀長という表現が正しいが。

「いや、海岸堡と前線の連絡線維持に戦力を割り振っておけ。
 それと、軍団規模のBETA増援に対しての逆襲部隊の組織も頼む」

 明らかにオーバーキルな準備だが、どうせ起こるである今後の展開を考えれば十分ではないかもしれない。
 何しろ、BETAという連中は、特に物量に関してはデタラメな勢力である。

「現在のところ増援は探知されておりませんが、よろしいのですね?」

 申し訳程度に確認される。
 これでいい。
 この手間に見える再度の確認が、俺の頭に冷える時間を与えてくれる。

「読者の勘ってやつだよ。直ぐに取り掛かれ」

 敵の増援がくれば良し。
 こなければ朝鮮半島からの敵増援の防衛に回せばいい。
 大切なのは、即座に前線へ投入可能な戦力の維持である。

「作戦全体に遅れはあるか?」

 戦闘機動を取りつつ尋ねる。
 モニターに映し出された25体の突撃級は、俺の護衛部隊の砲火を浴びつつも前進を継続する。
 一体が突撃砲の集中砲火を受け、別の三体が電磁投射砲の直撃を受けて蜂の巣にされる。
 至近距離からの成型炸薬弾頭誘導弾を浴びせられた十体が頭部を消滅させられ、再度実施された一斉射撃で残る全てが撃破される。
 我々はオリジナルハイブへ独力で突入する事を前提として作り上げられた軍隊だ。
 大隊単位で固まっている今、ただのハイヴ攻略戦、それも野戦などでやられる事などありえない。
 まあ、やりすぎはBETAたちの学習を促しかねないので自重しているが。

「ろ号海岸集団ハイヴ周辺へ到着、出現中のBETA一個大隊と戦闘開始」

 おやおや、どうやら既にハイヴの目の前まで到達していたらしい。
 付近を進撃中だった全部隊が報告を入れてくる。
 内容は全て同じ。
 敵軍ノ抵抗微弱、作戦遂行ニ支障無シ。
 佐渡島奪還作戦は、最終段階へと移行した。

「敵軍の抵抗は軽微。ハイヴ周辺の安全確保。
 現在強襲型ガンタンク大隊による周辺地域の掃討を実施中」

 ガンタンクはこういった平地での戦闘では大変役に立つ。
 平面ながらも機動戦闘が行える強襲型は特にである。
 地球連邦軍とジオン公国軍が激突するオデッサで、ザクやグフ、それにドムやダブデ相手に奮闘できただけはある。
 彼らは四本のキャタピラを用い、特殊機構を用いて姿勢を変えつつ駆け抜けた。
 ある時は肩に担いだ220mm砲で要塞級を射殺した。
 ある時は腕の連装機関砲で要撃級をなぎ払った。
 群がる戦車級は、機関砲の脇に取り付けた巨大な火炎放射器で焼き尽くした。
 離れた位置の敵集団へ、間接照準で腰のMLRSを叩き込み、またある時は直接照準にて多連装ロケットを用いて正面からなぎ払った。

「やるじゃないか、ガンターンク」

 嬉しそうに俺が呟いてしまったとして、それを咎める者はいないだろう。
 戦術機並みの多彩な装備、戦闘車両ならではの重装備。
 この機体は、その二つを兼ね備えている。
 恐らく帝国技術廠あたりは「中途半端な機体だ!」と顔を真っ赤にして貶してくるだろう。
 あるいは「ハイヴでの戦闘において三次元機動が取れない機体に意味は無い」と正論を言ってくるかもしれない。
 いいんだよ、趣味なんだから。
 そして、この趣味は現実に役に立っているのだから問題はない。
 見ていて下さい、アリーネ・ネイズン技術中尉殿。
 人類は、ガンタンクがあったから大陸で勝てたんだと、全世界の教本に書かせてやりますよ。

「大陸方面の増援と思われる師団規模のBETA複数出現予定。
 出現まで二分、全部隊警戒せよ。座標データ受信中」

 思考が脱線していた俺を叱るように報告が入る。
 戦術モニター上の複数個所に敵軍の出現予測地点が表示されるが、有人部隊および海岸堡付近はなし。
 ならば捨て置いてよかろう。

「確認が出来ていない先発隊がいたのか。
 プラントは更に増産を実施、備蓄は考えなくてよろしい。クレートがあるだけ増援を生産せよ」

 BETAと我々、どちらが先に息切れするかのチキンレースだ。
 長距離砲撃および艦砲射撃が途切れた今、人類が頼ることを許された手段は、8492戦闘団の無尽蔵に見える増援だけである。
 俺はこの島に押し寄せた人間の生命を護るため、出来る限りの事をしなければならない。

「堂林山跡地に二個師団規模のBETA増援を確認!」
「立ガ平山周辺に三個師団規模のBETA増援出現!なおも増加中!」
「長安寺跡地に一個師団規模のBETA出現!」
「に号海岸周辺に一個師団規模のBETA出現!増援流入は止まらず現在も増加中!!」

 やれやれ、人にどうこう言える立場ではないが、とにかくチートとしか言いようの無い増援部隊が現れ始めた。
 だが、軍規模の増援程度で諦める俺達じゃない。
 軍集団規模複数が現れない限りは無理を通す、俺達特攻野郎8492戦闘団である。
 親愛なる空軍指揮官ルーデル様の近接航空支援だけは勘弁な。
 ああ、そうか。
 彼を戦術機にも最適化された状態で召喚してしまえばいいのか。
 善は急げと昔の偉い人も言っていたし、知る限りのエースを呼び出してしまおう。
 今回は愚直なゴリ押しでなんとでもなるが、来週以降は機動戦闘を行わないとハイヴへ突入は出来なくなるだろうからな。

「8492戦闘団団長より作戦に参加する全部隊へ。
 ここが正念場である。
 人類は各員の奮闘に期待する。以上だ」

 作戦参加部隊数から見れば異常なほど少ない人間達に対して呼びかけを行う。
 我が軍からの情報提供を受けている以上、彼らもそれほど動揺はしていないだろう。 

「第二師団は全部隊が戦闘状態に突入、現在ハイヴ周辺地域の制圧を実施中」
「に号海岸の確保終了。現在地上部隊の支援を受けつつ上陸部隊が接岸中」
「ハイヴに突入した第一師団は既に一個大隊を喪失。
 師団独力による最深部突入には、あと四個連隊の増援が必要な模様」

 増援を送る事は吝かではないが、一個師団に対して四個連隊の増援とは、つまり合計二個師団の投入を意味しているのではないか?
 まあ、我が軍に関して言えば、損害はいくらでも出て良い。
 今回持ち込んだ全部隊が一兵も残さず全滅したとしても、倍以上の戦力を作り出せるだけのクレートが手に入る目算となっている。

「第二師団先発隊第701戦術機甲大隊は佐渡島ハイヴへ突入を開始。
 702から709大隊は順次後続」
「ハイヴ周辺にBETA一個師団規模の増援を確認。光線級五百体以上を確認」
「全プラント全力運転を開始、現在二個戦術機甲連隊を増産」
「強襲型ガンタンク大隊は師団規模へ増産。ハイヴ主縦口周辺の征圧戦闘へ投入」
「第十六戦術機甲師団は編成を完了。ハイヴ周辺の征圧を目的とした進撃中。
 目標地点到達まであと五分」
「新潟沿岸より第六師団離岸。ビッグトレー級を基幹とする水陸両用ホバー艦隊と共に移動中。
 到着予定時刻修正」

 作戦は順調に推移している。
 幸いな事に、BETAたちは一個軍団規模の増援しか現れていない。
 日本帝国軍および国連軍、合衆国軍は、足を若干引っ張るものの作戦遂行の邪魔にはなっていない。
 非常に好ましい状況であると言えよう。
 そんな思いを抱いた瞬間、俺の油断を責めるように嫌な報告が入る。

「警報、佐渡島全域にBETA増援出現。軍団規模。なおも増加中」

 手段は全く理解できないが、とにかくBETAたちは佐渡島全域に、呆れるような数の増援を出現させた。
 作戦図上の佐渡島が、次々と赤く染まっていく。
 推定二個軍団規模以上。
 どこに隠していたかはさておき、無理ゲーの世界である。
 こちらが常識の範囲内であったならば、であるが。

「まったく、このままじゃあ重みに耐えかねて佐渡島が沈んじまうぞ」

 呆れを隠し切れない声音でコンソールを操作する。
 まさか不足が生じるなどとは思ってもみなかったのだが、残念ながらこのままでは押し負けてしまう。
 五個戦術機甲師団、二個独立砲兵師団、三個戦艦戦隊。
 あとは海底を進む連中のためにもう少しばかり潜水艦隊を拡張しておこう。
 各上陸海岸を基点に、赤く染まった地域が青に染め直され始める。
 さあ、楽しい楽しい塗り絵ゲームのはじまりはじまり。

「押し負けるんじゃないぞ、既にハイヴに人間が突入しているんだからな」

 前人未到の地獄へ突入した衛士たちに対して、チートの限りを尽くす我々の支援に不足があってはならない。
 佐渡島ハイヴ入り口から突入部隊までの間は、更なる増援で満たされた。



2001年12月8日土曜日07:48 佐渡島ハイヴ西方15km地点

「見つけたぞ!あのでかい戦車だ!」

 本来であれば広大な大陸で使用するような大規模戦力がぶつかり合っている中、それとは全く関係の無い行動を取っている集団があった。
 国連軍として増援に訪れ、勝手気ままな戦術行動を取っていたとある歩兵中隊である。
 二機の戦術機、三両の装甲車と十五台の輸送車両に分乗した合衆国特殊部隊の一同は、各坐した強襲型ガンタンクの一両に接近しつつあった。
 彼らの任務は、謎の多い8492戦闘団の持つ兵器について、可能な限り実物のサンプルを収集する事である。

「周辺状況は?」

 この部隊を率いる少佐は、装甲車に偽装した通信指揮車の中で部下に尋ねた。
 8492戦闘団の内部で使用されている通信は結局傍受しても解読が出来なかった。
 だが、別に一般的な情報は問い合わせれば教えてもらえる。
 BETAの状況、ハイヴ突入部隊の安否、現在位置で支援を受けられる友軍部隊。
 入手可能な情報は異常だった。
 一般の帝国軍はどうだかわからないが、8492戦闘団とは一つのネットワークとして確立している。
 国連軍少佐というゲストIDを与えられたが、提供される情報は従来の軍隊では考えられない密度と使い勝手である。

「BETAの大規模な増援に対し、帝国軍はそれに匹敵する増援をどこかから出したようです。
 日本本土からも例のホバークラフトの化け物が一個師団を載せてこちらへ移動中。
 どうやら、あの陸の戦艦をこの島にも展開させるようです。
 ハイヴ突入部隊は既に二個大隊が全滅の模様。なお、我が軍の部隊は損害無し。
 この周辺は既に帝国軍の完全な支配下にあるようです」

 彼らは特に通信量が多い、つまり激戦地の付近を捜索していた。
 何かあればすぐさま増援が飛んでくるということは、つまり全域が監視されているという事である。
 その程度のことは彼らも十分承知していたが、変更が無い以上、与えられた任務を実行しなければならないのが宮仕えの悲しさである。
 特殊部隊としてそれなりの待遇を受けている以上、出来ないならば出来ないなりの状況下での最大限の戦果を求められてしまう。
 良くて拘束の上機材を没収して国外追放、悪くすれば事故に見せかけて皆殺し。
 もっと悪ければ、こんな中途半端な戦力でBETAと遭遇し、援護を受けられずに全滅だろう。
 この島全土を管理下におき、異常な数の部隊を自在に動かし、見たことも無い強力な新兵器を運用する8492戦闘団が相手である。
 彼らを出し抜き、損害を最低限に抑え、稼動状態の戦術機を確保、一週間後に来訪する友軍艦隊にそれを極秘裏に引渡し、本国へ帰還する。
 そんな夢物語が実現できるはずが無い。

「まったく、ペンタゴンの将軍達はまともな命令の出し方すら忘れてしまったらしいな」

 不可能な場合には機材を撤収し、撤退せよ。
 たったそれだけの一文が、命令書には記載されていなかったのだ。
 まあ、完璧な書式で書かれてはいるものの、一部手書きで修正が施された命令書が来た時点でこの作戦がいかに無茶苦茶であるかがわかる。
 人員と機材の確保を最優先するあまり、どこかでその点についてが抜け落ちてしまっているのだろう。
 少佐がボヤいている間にも、彼の率いる部隊は目標地点へと到達した。
 戦術機と装甲車が周辺を警戒し、輸送車両から降りた隊員たちが巨大戦車に取り付いていく。

「ハリボテ急げ!」

 光学的な手段での偵察を防ぐために、天幕や岩に似せた巨大なセットが組み立てられていく。
 解体作業が終わるまでの間、彼らはこの巨大戦車を隠しておかなければならない。
 既に監視されているのであれば無意味だが、その可能性をここで考えても他に取るべき道が無い。

「コクピットの装甲排除開始」

 溶接機を持った工兵たちが取り付き、巨大戦車の心臓部分を暴こうと作業を開始する。
 別の工兵たちはキャタピラ部分の記録と破壊を始める。
 自走機能が残っていた場合、極めて厄介な事になるからである。
 さらに別の工兵たちは、アンテナやそれらしき部分を破壊する。
 通信機能が残っていれば、これもまた厄介な事になる。

『未許可の解体作業を感知。僚機および本部への問い合わせ中』

 蹂躙が始まった瞬間から、巨大な戦車、つまり強襲型ガンタンク284号機のコクピットには警報が表示されていた。
 無人機ではあるが、人間が乗る可能性も考慮されているこの機体は、一応搭乗者に情報を提供する機能を有している。
 だが、乗員はおらず、搭載AIは拡声器で工作員相手に語りかける必要性など考えてもいなかった。

「えらく固いですな」

 とりあえずで小銃を持っている大尉が少佐に話しかける。
 兵士級や闘士級以外では強引な自決にしか使えないそれは、重火器を気軽に担げない装備の兵士達にとって気休め程度の意味しかない。

「そうだな。我が軍の主力戦車でも、もう少し簡単に切り裂けるはずだ」

 異常に時間がかかっている溶断作業を眺めていた少佐は、ここが戦場であるとは思えないほどに弛緩した声で答えた。
 帝国軍からの情報では、この近辺にBETAの存在は確認されていないらしい。
 おまけに、異常に精度の高い彼らの出現予測情報でもこのあたりは安全らしい。
 そうとなれば、この時間がかかりそうな作業の間ずっと気を張り詰めるわけにはいかない。
 目の前に突然BETAが出現しても対応できるだけの警戒心を維持したまま、彼は作業を眺め続けていた。

『重要:外部アンテナ物理破損。内部アンテナは通信妨害により使用不可。
 緊急:非友好的勢力による機体情報の奪取の可能性 大
 緊急:ESDS動作チェックの必要性 大
 緊急:情報保全処置の実行の必要性 大
 緊急:全周波数によるESDS作動直前情報の送信の必要性 大』

 少佐が部下と言葉を交わしている間にも、強襲型ガンタンクのコクピットに表示される情報は更新され続けている。
 そのどれもが見た者に不吉な予感を覚えさせる内容だ。

「戦車内部より未知の暗号形式による通信を感知。凄い出力です!」

 状況を監視させていた技師が叫ぶ。
 恐らく、機体に搭載されたコンピュータが現状を認識し、通報しようとしているのだろう。
 その程度の機密保持手段は、どこでもつけているはずだ。
 慌て始める技師たちを見つつ、少佐は内心で勝手に納得していた。

「危ない危ない。こんな事もあろうかと、電波遮断材を多重構造にしておいてよかったな」

 少佐と同じく落ち着いた様子だった工兵大尉が呟く。
 万が一パイロットが搭乗しており、救援を求めようとしてもそれを阻止するための手段を彼らは考えていた。
 このハリボテの中にいる限り、電波暗室の中にいるのと同じ状況になるのだ。
 その事をよく理解しており、有線で繋がれた外部からのモニター機器の計測情報を見た彼らは直ぐに統制を取り戻した。
 しかし、彼らは安堵などしてはいけなかったのだ。

『応答信号無し。敵性勢力による妨害工作の可能性大。情報保全措置開始』

 モニターにESDSという表示が灯る。
 Emergency Self-Destruction System、緊急自爆装置が作動したのである。

『警報:緊急自爆装置作動。本機は30秒後に機密保持処置を実行しました
 重要:エンジン出力最大 自動運転
 重要:全弾頭安全装置解除 再設定不可能
 重要:全記憶領域削除開始 停止不可能』

「おい!エンジンが動き出したぞ!残りの間接も全部潰せ!」

 無人機と聞いていたが、誰か乗っていたのだろうか?
 今更悪あがきを始めたところで手遅れなのだが、どうにも嫌な予感がする。
 少佐は部下達に作業を急ぐよう口を開こうとした。
 しかしながら、そこから先の展開は早すぎた。

「固定具が切れました!コクピット開きます!」
「構え!」
『削除完了。ESDS作動』

 その瞬間、全員の視界が白く染まり、続いて押し寄せた炎と爆風が全てを焼き尽くしつつ周囲へと広がっていく。
 遮蔽物に過ぎないハリボテは、まるで膨らましすぎた風船のように内部から破裂した。
 内部からは機材、人体、機体の残骸が超高温の炎と共に周囲へと広がる。
 周辺警戒に当たっていた歩兵達は一瞬で絶命し、次いで近くにいた輸送車両たちが誘爆しつつ吹き飛ばされる。
 やや距離を置いて周辺警戒に当たっていた装甲車たちは、後ろからの不意打ちに襲われた。
 ハッチを空けていた二両はそのまま車内を焼き尽くされ、搭載弾薬が誘爆したために砲塔が吹き飛んだ。
 残る一両は指揮車のためにハッチを開けておらず、無防備に焼かれることだけは無かった。
 だが、爆発と共に周囲に撒き散らされた火炎放射器の燃料が車体全面に付着してはどうしようもない。
 強襲型ガンタンクの持つ火炎放射器は、人間が一人で持つものとは違う。
 その破壊力は、ジオン公国軍の主力戦車マゼラアタックを、一秒程度の照射で破壊するほどの破壊力を持っている。
 この当時車内にいた六名の兵士達は、空気に触れただけで皮膚が火傷を起こすほど加熱された車内で、全員が酸欠を起こして死亡した。

「被弾しt!?」

 更に外側で警戒に当たっていた二機の戦術機は悲惨であった。
 突然の背後からの爆発。
 それは構造的に前後からの衝撃に弱い二足歩行型兵器の弱点を突いた。
 一機は、驚きの言葉を言い終えることすらできなかった。
 赤熱するほどに過熱され、さらに爆発の衝撃で音速近くまでに達していた重量500kgあまりの残骸は、徹甲弾と大差ない存在である。
 爆風に吹き飛ばされて飛来したそれは、哀れなF-15のコクピットブロックを背中から打ち抜き、そして機体は爆風で押されるがままに転倒した。

「クソ!緊急回避!誰か聞こえるか!?」

 もう一機は同僚に比べ、運と技量に恵まれていた。
 彼は爆発が発生した事を知覚し、回避行動を取る事ができたのだ。
 しかし、彼に何かが出来たのはそこまでだった。
 全身を揺さぶる衝撃、金属がこすれる音、衝撃、何かが砕ける音、衝撃。
 まるで彼を殺すとするかのように衝撃と不吉な音が連鎖する。

「何だ!?」

 驚愕しつつも彼は周辺の状況を確認しようとした。
 しかし、それは叶わない。
 緊急回避行動を取った彼の愛機は、機体側面に無数の金属片が命中し、今まさに全機能を停止したからである。
 
「畜生、なんだって言うんだよ」

 緊急脱出装置すら作動しない機体の中で、彼は悔しげに呟いた。
 そんな彼に対する答えは当然無く、だが、不気味に振動する地面が彼に人生最後のときが迫っている事を知らせようとしていた。



2001年12月8日土曜日08:02 佐渡島ハイヴ主縦口前 突入部隊指揮所

「全滅したか」

 突入前最後のメンテナンスを受けつつ、俺は先ほど全滅した合衆国部隊の最後を聞いていた。
 各坐した機体を鹵獲しようとし、自爆に巻き込まれたらしい。
 直後に周辺にBETAの小集団が出現し、無線に応答が無いことから全滅と判断され、二個大隊規模の砲撃に巻き込まれる。
 相手が人間である事から救援部隊は派遣されたが、生存者は一人も発見されなかったらしい。
 もっとも、事前に申告されていた人数が正確であるかが分からない事、救援部隊到着を素直に待っているはずが無い事から、本当に全滅したかは不明だが。

「まあそれはいいか。さすがに文句をつけてくるはずも無いだろうからな」

 ちょっとちょっと日本帝国軍さん。
 そっちが国土奪還のために激戦をしている戦場に勝手に送り込んで勝手に行動させてもらっていた合衆国諜報部隊が全滅したんだが、これは君達の謀略か何かじゃないのかね?
 断固抗議させてもらうし、謝罪と賠償か、それが無理なら埋め合わせに見合う極秘技術情報や戦略物資を要求する!

 こんな文句を付けてくる相手がいたとしたら、俺はそいつを高効率教育訓練センターに外の時間で言うところの一年間放り込んでみっちりと教育してやる。

「突入部隊、準備できました。先発の第一師団は残存兵力一個大隊。後続の第二師団も残り一個連隊を残すばかりです。
 現在当方の残存部隊および帝国軍一個大隊、国連軍一個小隊を護衛しつつ地下254mの広間にて交戦中。
 経路確保の第三および第十七師団はいずれも一個連隊を失うも、戦闘能力は維持しています」

 師団総員戦術機という狂った編成がこのときだけは役に立つ。
 戦車も自走砲も、ハイヴの中では活躍のさせようが無い。
 増援として三個戦術機甲師団、つまり十二個戦術機甲連隊(1,296機)の増援だ。
 それに加え、途中の広間に二個機械化戦闘工兵連隊と一個戦車大隊に二個自走高射機関砲大隊で防衛されたプラントを設置する。
 途中経路には合計で二個師団弱の戦術機が展開しており、地上にはそれ以上の部隊が連絡線確保のために蠢いている。
 いくらBETAが今回非常識な増援部隊を出してきているとはいえ、これだけあればさすがに落ちるだろう。
 しかし、必要とはいえ非効率的極まりない戦争だな。



[8836] 第二十五話『決戦!佐渡島ハイヴ 中編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/03/21 10:51
2001年12月8日土曜日08:38 佐渡島ハイヴ主縦口 地下387m地点 日本帝国軍第8492戦闘団

「前進!前進!」

 遂にハイヴ内に突入した我々は止まらなかった。
 次々と押し寄せるBETAたちに大量のお土産を投げつけつつ、立ち止まる事無く前進を継続する。
 既に地上から地下254mまでの区間は安全が確保されており、有線通信網の敷設や輸送用多脚車両が行き来を始めようとしていた。
 あとは山のような増援を受け取りつつ、歩みを止めずに進めばいいだけだ。

<<有澤重工、雷電、行くぞ>>

 すっかり調子を取り戻した社長が、自慢の大口径火器を発射する。
 閃光。
 火球としか言いようの無い物体が射出され、それは高速で敵集団へと突き刺さる。
 爆発。
 この世界の人類の常識を超えた速度と火力で行われるネクストの戦闘において、社長の火力は圧倒的だった。
 ハイヴにおいて、一番恐ろしいのは通路を埋めるようにして殺到するBETAたちである。
 瞬間的に押し寄せる数は100や200ではなく、1000や2000という単位に達している。
 多少の戦術機がいたところで、何かが出来るはずも無い。
 強力な自決兵器を用いて辛うじて時間稼ぎが出来る程度である。


 今まで、ハイヴへと突入した人類は、この数の暴力に対しての回答を持っていなかった。
 飲み込まれて全滅するか、全速力で後退するか。
 その場で全滅か後で全滅か。
 そんな後ろ向きの二者択一しか存在していなかった。
 この日、一つの新しい回答が生まれた。


<<なぎ払え!>>

 社長の喜色に溢れた号令が飛び込み、次々と放たれた砲弾たちが前方のBETA集団を吹き飛ばしていく。
 長距離を雷電、中距離をスティレットとガンタンクⅡ、近距離を強襲型ガンタンクと、大艦巨砲主義者が泣いて喜ぶ突撃砲兵部隊が前進する。
 左右を固める第四世代戦術機たちも十分強力な兵器のはずだが、猛烈な勢いで弾幕を展開する護衛対象と比べると、随分と大人しい印象を受けてしまう。
 
 異常な密度の火力が絶える事無く投射され、8492戦闘団は進撃を継続する。
 ハイヴ攻略の基本は、戦術機による高速機動での最深部到達である。
 しかし、それは突入部隊が最終的に全滅してでもハイヴの機能を止める事が目的の場合である。
 そこまで悲壮な覚悟を固めずとも作戦目標の達成が見込める俺は、もう少し余裕を持った手段を選ぶことができた。

<<地中観測班より報告、下層より更に大量のBETA出現、こちらへ向けて接近しつつあり。全部隊へ観測データ送信中>>

 複数個所で展開しているホバートラックから通信が入る。
 地上を歩くザクたちの足音から距離・方角・数を算出できる優れた地中集音機を装備しているだけある。
 ネクスト、戦術機、ガンタンク、輸送車両、BETAたち。
 それらが織り成す戦場音楽の中で、確実に敵の情報を探知できるのだから驚く事しかできない。
 
「全部隊に警報。ガンタンク大隊は前進を継続。
 後続の戦術機甲部隊はこれを援護」

 総勢二個連隊の大所帯である我々は、中隊単位で固まりつつ長蛇の列を作っていた。
 これは左右からの挟撃や、上下からの奇襲に対して極めて弱い陣形なのだが、ハイヴの地形がそれを強要する。
 実は終わらせようと思えば、一瞬で終わらせる方法がいくらでもあるのだが、それを今使うわけにもいかない。
 かくして8492戦闘団は、遥かな先輩であるヴォールグ連隊と規模は違えど隊列は同じようにハイヴ奥地へと侵入していく。


***8492戦闘団ハイヴ突入部隊陣形***

↑進行方向

    
○ △ □□□ △ ○
  △  H  △ 
  △ □□□ △  
  △  只  △
  △ □□□ △ 
  △ △
○ △ □□□ △ ○

只:雷電
H:スティレット
○:ホバートラック
△:戦術機
□:ガンタンク
※以下繰り返しだが、ネクストは先頭の部隊のみに配備


「警報。先行する第一大隊の前方500mにBETA集団多数を探知。
 前衛部隊弾幕を展開中」

 強襲型ガンタンクの火力は過剰の一言に尽きる。
 両腕に装備された重機関砲とでも呼ぶべきそれ、肩に取り付けられた巨大なキャノン砲。
 これが火を噴くだけでも十分な破壊力である。
 それに加え、各機に装備された多連装無誘導噴進弾や戦術機による支援攻撃が行われる。
 大隊規模であろうが連隊規模であろうが、狭い空間を固まって進むBETAたちに成すすべはなかった。
 撃ち砕かれ、叩き潰され、焼き尽くされる。
 補給も増援もたっぷりとあるこちらとしては、現状が目的地まで続いてくれても一向に構わない。

「閣下、救助した国連軍部隊から通信が入っています」

 二個師団しかつけなかったために途中で立ち往生していた部隊だ。
 幸いな事に犠牲者は出ていなかったが、随分と打ちのめされていた。
 まあ、人類史上最大規模の火力投射と支援部隊を持ってしても足踏みをせざるを得なかったのだから無理も無い。

「繋いでくれ」

 機体の操縦を副官に任せ、通信回線を開く。
 ついでに事務処理もしておこう。
 新潟戦区防衛担当者などという軍政官としての任務も与えられた以上、俺には決済せねばならない事がいくらでも存在する。
 例えば避難所へのトイレットペーパーの配給だ。
 ん?避難所への配給?
 おいおい、新潟を離れても、新潟から出た者へは責任を持たなきゃいけないのかよ。
 しかもこれ、間違いなくほかの地区の避難所の分も出させて、経費削減とこちらの能力の把握を目的としているだろう。
 そうじゃなければ280万ロールもの量がどうして必要となるんだよ。
 別に倍の量でも用意は出来るが、こっちの世界の軍需産業や工業を壊滅させるつもりは無いんだがな。
 無料で好きなだけ入手できる物資は、この世界の産業構造を壊滅させかねない。
 日本帝国の連中、そのあたりを分かっているのかね?


<<国連第十一軍臨編特務大隊のフォルクス・モルダウ大尉であります>>

 やや疲れた様子の実直そうな大尉がモニターに現れる。
 彼は哀れな臨時編成大隊の現場責任者をやらされている。
 普段は平和な横浜基地のモブキャラを主任務としているのに可哀想な事だ。
 まあ、ラダビノット司令に現場責任者を申し付けられるぐらいなのだから、少なくとも有能なのだろう。

「コールサイン・グラーバク1です。
 何か御用でしょうか?」

 さすがはぶったるんでいる横浜基地。
 まさか最前線でフルネームを言われるとは思わなかった。
 周りが気心知れた部下と無人機しかいないので油断しているのだろう。

<<え、ええ、失礼しました。
 補給と再編成が済んだので前進を再開したいと考えております。
 閣下の部隊の後衛を任せて頂けないでしょうか?>>

 先陣は我々がとか言い出さないだけマシなんだろうなきっと。
 現在地上から突入中のA-01中隊はそうはいかないんだろうが。

「よろしくお願いします。
 戦術機一個大隊を任せます。
 使い捨てで構わないので、自分の部下の生還を最優先するように。
 グラーバク1、以上」

 無人機はいくらでも交換できるが、訓練を積んだ衛士は有限であり、高価である。
 兵の命は出来る限り有効活用しなければならない。
 
<<了解いたしました。
 オメガ11、作戦行動に復帰します>>

 また凄いコールサインでやってきたものだ。
 ベイルアウトしてもハイヴの中では死を待つしかない。
 頑張ってくれとしかいいようがないな。

「至急、至急。
 師団規模のBETA集団が接近中。
 火力のみでの対処は困難と予測されます」

 突然の報告を聞き、戦術モニターへ視線を向ける。
 おお、画面が真っ赤だな。
 巨大な通路を埋め尽くすようにしてBETAたちが駆け上がってくる様が見える。
 だが、そんな事で諦めきれるほどこちらの兵力は少なくはない。

「強襲型ガンタンクは全機全弾をここで使い尽くせ。
 ネクスト全機前進、空中機動を許可するが、突破はするな。
 中間広間聞こえるか?」

 地下へ侵攻する途中で確保した広間へ通信を入れる。
 そこにはプラントとその守備隊が待機していた。

「あるだけの部隊を国連軍に同行させろ。
 視界から消え次第増産を開始。
 そこらへんのBETAを全て回収し、クレートを使って増援部隊と物資を作成しろ。
 小隊単位で完成次第こちらの増援として送り込め。以上」

 これで後ろのことを気にする必要は無い。
 地上部隊はSS大隊指揮官に代行として生産自由の権限を与えて任せているので、気に掛ける必要は無い。
 ハイヴ特有の通信妨害で連絡が付きにくくはなっているが、連絡線のパトロール部隊に通信をリレーさせているので、定期的にやり取りが出来ている。
 無人機隊のデータ共有サービスで随分と帯域を使っているが、戦域情報や現状の確認は圧縮データでやり取りしているため、問題にはならない。

「直衛部隊弾薬受領完了、再編成を終えました」

 準備が整ったようだな。
 それでは行こうか。

「後続と補給は手配した。
 グラーバク1よりネクスト全機へ。
 国連軍を護衛しつつ前進する。
 全兵器使用自由、戦闘機動自由」

 英語で言うところのオールウェポンズフリー、レッツダンスというわけだ。
 ネクストたちは、好き好んで魔改造旧式戦術機に乗り込んでいる俺よりもよほど強力である。
 各人が多対一の閉所戦闘に特化しており、乗り込んでいる機体はこの世界の誰よりも高性能。
 おまけに保有する装備は遠未来で最先端だったものであり、というかなんか説明している間に激戦が開始されたよ。


「有澤重工、雷電だ。行くぞ」

 先陣を切ったのは社長である。
 長距離砲を放ちつつ、ガンタンク部隊を引き連れて弾幕を展開する。
 高速機動を行うネクスト相手に火力戦を敢行する彼は、BETAに対しては死神である。
 無誘導のロケットも砲弾も、高性能なFCSと歴戦の勇士が操れば一撃必殺の精密誘導兵器となる。
 彼と大変に相性の合う無人機部隊は、持てる最大の火力を投射しつつ前線を支えている。

「警報、後方にBETA集団出現。
 通路を破って続々と流入中。移動中だった国連軍部隊と接触しています」

 こちらの増援部隊に影響されたのだろうか?
 無数のBETAたちが中間広間と我々の間に出現しつつある。
 通信リレーを兼ねたパトロールを置いていなければ、もっと発見が遅れていただろう。
 
「迎撃しろ!雷電以外の全ネクストは連絡線確保に回れ!
 接近中の国連軍に警報!A-01はハイヴに入ったのか!?」

 おかしい。
 既にこのレベルのハイヴにいるであろうBETAの総数は十分に超えている。
 原作でもここまでは出てきていない。
 下手をしたら、原作で直接的に登場した全BETAよりも多いかもしれない。

「A-01部隊は現在地上にて補給作業中。増援部隊と共に進入予定です」

 気が急いている時に冷静に返されると頭がよく冷える。
 それだけでも副官を支援AIにした事は正解だったな。
 
「ひとまず、状況が確認できるまでハイヴ内部での増援部隊の建設は中止。
 以後の増援は、い号海岸から送って寄越させろ」

 この時、俺は一つの仮説を持っていた。
 それは、BETAたちはこちらがチート的行為を行った場合、それに見合った増援を得ているのではないかというものだ。
 強襲上陸第一波は日本本土で用意した部隊と火砲によるものである。
 確かに対応して出現した数は多かったが、これは想定の範囲内の数量であり、火力で圧倒できている。
 しかし、上陸以後、具体的には海岸堡で増援部隊の生産を開始してからは違う。
 師団と言う言葉が小さく感じるほどの増援。
 叩いても叩いても現れ続ける後続。
 そして今、ハイヴの狭苦しい穴の中で出現を続ける増援集団。
 俺の仮説は、極めて遺憾な事に正解に近いと思われる。

<<こっこちらセレブリティアッシュ!多数のBETAを確認!
 地面が一分にBETAが九分!国連軍部隊と接近するも敵が多すぎる!>>

 ダンから悲鳴のような報告が入る。
 なるほど、ネクストの動員もダメか。
 しかし、これでは俺の持つメリットの大半が失われてしまうのだが。
 
「ネクスト各機は国連軍部隊を抜けて中間広間まで下がれ。
 敵の増援が押し寄せた場合には地上まで退避。
 増援がこなかった場合には補給の後に戻って来い。以上」

 イチかバチかだ。
 ネクスト各機および彼らに期待している国連軍将兵には申し訳ないが、一時的に戦域を離脱してもらおう。
 今後に比べれば随分と楽な今こそ、あれこれと試すべき時だ。

<<オメガ11到着、戦闘行動に参加します>>
「護衛の戦術機甲大隊も戦闘行動へ参加。
 後方からの流れ弾に注意」

 国連軍およびそれを護衛してきた増援部隊が戦闘を開始する。
 人間が多いと言う事もあり、通路は何時に無く賑やかな戦場へと変わった。



2001年12月8日土曜日08:59 佐渡島ハイヴ主縦口 地下450m地点 日本帝国軍第8492戦闘団

<<こちらオメガ14!要撃級三体に後ろを取られたっ!誰か援護してくれ!>>

 僚機から離れすぎた一体のF-15から悲鳴が発せられる。
 ハイヴ内部は自由な跳躍噴射が出来るほど広大ではないが、仲間とはぐれてしまう程度の広さは有している。
 彼と彼を支援すべき友軍機との間には、無数の要撃級および戦車級が溢れかえっており、何をどうしても支援のしようがない。
 いつもならば。

<<こっこちらオメガ13!畜生、誰かこっちの要塞級をなんとかしてくれ!>>

 別の有人機から悲鳴が上がる。
 見れば要塞級に不必要に接近しすぎ、群がる戦車級と振り回される触角から回避する事で手一杯になっていた。

「オメガ19と21は13を援護、要塞級の尻尾を潰せ。
 誰か14を援護できないのか!?」

 自身も忙しなく回避機動を取りつつ、モルダウ大尉は苛立たしげに怒鳴った。
 政治的中立とそれなりの戦闘能力、さらに実戦経験を持っている事からこのたびハイヴへ突撃する破目にあった彼は、実は有能だった。
 確かに若干腑抜けているところはある。
 しかしそれは軍組織の一員として見た場合の話であり、士官、衛士としての能力に不足は無い。
 
「クソッ!無人機部隊援護してくれ!」

 ここに来るまでに無人機というものがいかに役に立つかは体で理解している。
 彼らはこちらを遥かに上回る機体性能と火力を有しており、コクピットを開けて無人を確認したくなるほどに優れた戦闘技術を見せ付けてきた。
 おまけにこちらの護衛が命令らしく、突撃に付いてきてはくれるが、戦果拡張ではなく後方支援に徹している。
 そのおかげで、ハイヴ突入から現在まで損害ゼロという信じられない戦果をたたき出しているのだが、さすがの無人機たちもそろそろ限界らしい。

「おっと」

 至近距離で発生した爆発から距離を取る。
 いつの間にか直ぐ隣まで来ていた要撃級を、無人機が排除してくれたようだ。
 戦闘中にこれだけ別の事を考えるほど、我々は疲れきっている。
 そして、まさに今のように、無人機たちは動きが鈍りだした我々のお守りで手一杯になりつつある。

<<畜生!大尉殿!誰か!助けてくれ!>>

 オメガ14から再び悲鳴が発せられる。
 もはや手遅れだ。
 すぐさま支援できる位置に友軍機は無い。
 無人機隊は孤立している彼を助ける前に、それ以外の全員、つまり本隊を支援することで手一杯になっている。
 スマン。
 心の中でモルダウ大尉が短く詫びた直後、要撃級たちに無数の砲弾が突き刺さった。
 腕が飛び、頭らしい部位が弾け、足が砕け散る。
 なんだ?何があったんだ?
 

「こちらグラーバク1、オメガ14へ、指示した方位に退避しろ」

 魔改造撃震を操る俺にとって、支援要請聞いてから救出完了余裕でした。
 まあ、実際には後ろに付き従う無人第四世代戦術機一個小隊が主に仕事をしてくれたわけなのだが。
 それはともかくとして、通路内は乱戦の様相を呈してきた。

<<こちらオメガ18!戦車級が邪魔だ!足元に注意!>>

 僚機が危機を脱した事を確認し、国連軍衛士たちの士気があがる。
 ここは確かにハイヴかもしれないが、戦闘能力はこちらの方が上なんだ。
 強力な友軍が付いている今、恐れる事は何も無い。

<<オメガ18は後方へ退避しろ!19と21は私に続け!行くぞ!>>

 精神に余裕が戻った今、国連軍衛士たちはその名に恥じない働きを見せる。

<<<<うぉぉぉぉぉぉぉ!!>>>>

 這い寄る戦車級の群れに一機のF-15が包囲されそうになり、彼は直後に駆け寄った三機の仲間達によって救い出される。
 その過程で少なからぬ弾薬が消費されるが、訓練を積んだ衛士が一人戦死するよりはよほどお得だ。

「そこの三機!支援するから後ろに下がって補給しろ!
 第二小隊はこれを援護!」

 戦場に開きかけた穴を素早く塞ぐ。
 さすがに第四世代機だけあり、無人機部隊の戦闘能力はなかなかのものである。
 おまけに、内部に搭載された統合情報通報システムは、互いの戦闘経験を共有し、検索し、改善し、自分たちの戦闘能力を更なる段階へと押し上げていく。
 後で成長させた部隊と旧バージョンの部隊を並べてBETAの食いつき方を見ておかなければならないな。
 もしソフト面での差異に奴らが反応しないのであれば、これは大きな意味を持ってくれる。

「少佐、ネクストたちの調子はどうだ?」

 跳躍噴射で最寄の要塞級へ飛び掛りつつ退避したネクストたちへ語りかける。

<<現在位置は中間広間、敵の増援はなく、静かなものだ>>

 彼女の報告を否定するように、中間広間の防衛部隊から警報が入る。
 敵軍脅威接近中。数量は師団規模以上、総数不明。

<<簡単に終わらせるつもりは無いらしい。
 全機戦闘モード、連絡線の維持を最優先するぞ。以上>>

 やるつもりはなかったのだが、高速機動による一転突破が必要らしい。
 手持ちの駒は自分と雷電、無人機一個大隊。
 厳しくはあるが、俺の作戦に参加した友軍も戦っている。
 正直なところ死にたくないのだが、やって見せねばならない。

「8492戦闘団指揮官より戦闘団各機、義務を果たせ。
 これより当機は敵軍中枢へ突撃する。以上」

 俺は後方へ下がるようにと翻意を促す通信が入る前に機体を前進させる。
 歴戦のネクストである有澤社長操る雷電は、急な突撃を始めたにも関わらず、僅かな遅れも無く追随してくる。
 もちろん、俺の機体の制御電算機と連動している無人機部隊も同様だ。

「システムチェック、異常なし。推進剤残量、戦闘機動に支障なし。
 弾薬残量、最大で三十分の高速突破戦闘が可能」

 機体と電子的に接続されている俺の機動に狂いは無い。
 全てのパーツの状況を具体的に把握しつつ、文字通り人馬一体となり戦闘機動を続行し続ける。

<<なるほど、さすがは指揮官殿だ>>

 長刀で要塞級に切りつけ、要撃級を踏み越え、戦車級を飛び越えて前進する俺に社長が声をかけてくる。
 指揮官先頭を実施するつもりなど毛頭無かったのだが、仕方が無い。
 俺につき従う無人機部隊は、俺との物理的な距離に応じて行動能力が上がるという迷惑な仕様だ。
 作戦の成功確立を上げるためにはこれしかない。
 更に別の要塞級を足場としつつ、俺は前進を継続する。

<<脆いな>>

 俺が足場にした要塞級に社長の砲弾が突き刺さる。
 巨大な胴体に巨大な火球が飲み込まれ、一瞬の後に爆発する。
 その危害半径は大きく、足元に蠢いていた無数の戦車級たちも巻き込まれている。
 
<<8492戦闘団は前進を継続せよ!>>

 突破開始から一分も経たないうちに少佐が追いついてきた。
 中間広間からここまでの間のBETAたちを蹴散らしつつ突撃して来たらしい。

「広間はどうした?」

 当然の疑問だ。
 あそこには生産自由を命じたプラントと無数の護衛部隊を置いてはいたが、人間はそれほど多く配置していない。
 
<<ハンス=ウルリッヒ・ルーデル大佐に指揮権を譲りました。
 現在中間広間周辺の安全は確保されつつあります>>

 どうやら無意識に呼び出していたようだ。
 帰ってから呼び出すつもりだったのだが、まあいい。
 とにかく、この世に戦術機に乗った魔王が光臨してしまった。
 BETAたちには悪い事をしてしまったな。

「しかし、彼に防衛任務とはもったいない事をさせてしまったかもしれんな」

 また別の要塞級を足場にしつつ俺は答えた。
 
<<現在地上部隊から新城少佐と南郷少佐の部隊が急行中。
 ルーデル大佐は中間広間の防衛を引き継いだ後にこちらへ向かう予定です>>

 なるほど、俺が指揮どころではなくなったので、地上の包囲部隊を率いるSS大隊指揮官殿が独断で動いてくれたか。
 しかし、師団を率いる大隊指揮官というのも変な話だな。
 この作戦が終わったら、全員の階級をきちんと見直さなければならん。

「この作戦が終わったら全員昇進だ、誰も彼も少佐ではわけがわからん。
 嫌でも受けてもらうからな」

 視界の端からこちらに迫ってくる要塞級の触角を回避し、お返しに二発の120mm砲弾を撃ち込む。
 装甲の材質から用いられる技術まで、コスト度外視、チート無制限の魔改造撃震にとって、これは全く苦にならない戦闘機動である。
 
<<そもそも私は少佐ではないのだが>>

 ウィン・D・ファンションの呟きと共に強力なレーザーが飛来する。
 それはもちろん光線級の放った攻撃ではなく、彼女の持つ強力な武器から放たれた必殺の支援射撃だ。

「こっちの話だ、気にしないでくれ。
 オメガ11は生きているな?」

 苦笑しつつ国連軍機に呼びかける。
 戦術モニターを見ると、強力な護衛部隊のおかげで有人機に損害は出ていないようだ。
 その代償として、こちらの動きに全く追随できていないが、それはまあ仕方が無い。
 彼らには、ここ佐渡島ハイヴで実弾演習を行い、今後に活かしてもらおう。

<<こちらオメガ11です。申し訳ありません、全機健在ですが、突破がどうしても>>

 荒い息のモルダウ大尉から応答が入る。
 突破できるわけが無いのだから、そこは気にしないで貰いたい。
 彼らの直衛に当たっている部隊は、あくまでも有人機の生存を最優先に行動させている。
 その護衛対象の有人機部隊が攻め方を悩んでいるのであれば、当然全部隊がそこで足踏みすることになる。
 
「いや、そのまま連絡線の維持を続行してくれ。
 現在地上に増援部隊を要請している。既にこちらへ向かっているそうだ。
 我々は、ちょっと最深部まで行ってくる。グラーバク1、以上」

 我々もまだ行けますなどと駄々をこねられては困る。
 実態はどうあれ、日本帝国領内のハイヴは、書類上だけでも帝国軍の手で排除しなければならない。
 世界に対して発言力を持つには、その事実が必要なのだ。



[8836] 第二十六話『決戦!佐渡島ハイヴ 後編』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:4019fd70
Date: 2010/04/06 00:44
2001年12月8日土曜日09:35 佐渡島ハイヴ主縦口 反応炉まで200m地点

「直衛部隊五号機全弾射耗、自爆装置起動、突入しました」

 全てのBETAを飛び越えつつ前進を継続する我々だったが、さすがに限界が来ていた。
 たった今自爆装置を起動させた五号機の前に、既に三体の直衛機が特攻している。
 自己保存の本能を持たないAIたちは、常に最良の戦術的解決策を実行する。
 この場合のそれは、出来る限り深く敵陣へ飛び込み自爆する事だ。
 五号機は仲間達の列から離れ、ブースターを全力で噴射させつつBETA集団へと飛び込んでいく。
 
「道が開いた、足を止めるなよ」

 作戦は最終段階に入りつつある。
 魔改造撃震に最適化された俺とネクストの社長、第四世代戦術機を操る無人機部隊。
 これだけの戦力を用意しただけあり、突破は思いのほか順調に進んでいる。

「上方にBETA、数20、戦車級。目標4386と呼称」

 副官が報告する。
 これがハイヴの嫌なところだ。
 BETAたちは空を飛ばないが、まるでアリや蜘蛛のように天井や壁面から襲ってくる。
 水平方向に跳躍噴射をしつつ、機体の向きを天井へと変え、機関砲を一連射。
 普通の撃震には出来ない事だが、これはBKSS仕様撃震だ。
 加速を続けつつ、空中での姿勢制御をしつつ、狙撃をする事などお手の物である。
 ちなみに、BKSSとは【Bokuno Kangaeta Saikyouno Sennzyutuki】の頭文字である。
 いいだろ名前くらい。趣味なんだ。
 それに、最適化が最初に乗った戦術機に限って行われるなんて、事前に聞かされていなかったのだ。

「目標4386撃破。次、前方20m左壁面に戦車級8、目標4387と呼称。
 次、前方51m右壁面より出現中の要撃級3、目標4388と呼称。
 次、前方56m上方より出現中の戦車級16、目標4389と呼称。
 なおも増加中、以後は文字表示」

 目標数が増えてきたことにより、音声での報告が無くなる。
 今後、敵脅威情報は全て短い警告音とモニターへの表示だけに変わる。
 まったく、殺しても殺しても湧いてくるな。

<<さすがに弾薬の残量がまずいな>>

 社長とともに前線を支えていたスティレットから通信が入る。
 既に強襲型ガンタンク大隊はBETA集団へ一機残らず特攻しており、砲撃戦を行える機体は社長と彼女しか残されていない。
 いくらネクストを集中投入しているとはいえ、ちょっと荷が重いな。

<<もっ目標4388と89撃破っ!こいつらキリがない!>>

 ダンの上ずった声が聞こえる。
 無理もない。
 ネクストは確かに無数の敵軍を蹴散らす事のできる超兵器だが、無限に思える相手を想定はしていない。
 そのような戦いは、基本的に企業軍が複数のAFを持ち出して行うものとされている。
 
「とりあえずダンは落ち着け、無人機隊は援護してくれ」

 必要最小限の言葉を発し、機体を再び全速へと持っていく。
 俺が狙うことができるのは目標4390から4396までだ。
 舌を噛み切らないようにしっかりと奥歯を噛みしめ、機体を少しばかり左の壁へと向ける。
 短く射撃。
 放たれた37mm砲弾は正確に目標へと突き刺さり、複数の戦車級を粉砕した。
 続けて着地せずに地面を向き連射。
 飛び越えつつあった突撃級たちの背中に砲弾の雨を降らせて絶命させる。

「援護してくれ」

 今にも天井から飛びかかろうとしている戦車級たちの始末を任せ、今度は右の壁面を向く。
 肩に装備されたロケットランチャーを発射し、直後に射耗したランチャーを切り離す。
 放たれた無誘導弾は直進しつつ壁面から湧き出ようとしていた戦車級たちを消し飛ばす。
 そのままこちらへ駆けつける突撃級を土台に着地し、その背中と周囲にいた要撃級たちに遠慮なく砲弾と150mm手榴弾をプレゼントして跳躍噴射。
 文字にすると長いが、時間にして20秒ほどの戦闘機動により、俺は無数のBETAを撃破し、同時に戦闘可能時間を大いに減少させた。

<<4397撃破>>
<<4393撃破>>
<<4396撃破>>

 直衛機たちが短い報告を送ってくる。
 各種センサーの情報を元に、俺達は短い跳躍を繰り返しつつ攻撃を継続している。
 我々は一つのネットワークで結ばれた戦闘集団である。
 それぞれが各々の意図を把握し、最適な目標を無力化していく。
 俺の反則的な攻撃があり、無人機隊の的確な射撃があり、ネクストたちの異常な火力が投げつけられる。
 通路全周に死と破壊をばらまきつつ我々は進撃を継続する事ができる。
 これこそが、統合情報通報システムHALの魅力だ。

「回避っ!」

 暢気に解説をしていたおかげで、危うく飛んできた要撃級の腕に命中するところだった。
 社長の砲撃は強力である事が魅力だが、このような閉鎖環境ではその威力が時として凶器となる。
 たった今、30体ほどのBETAたちを消し飛ばした砲撃は、彼らの残骸を武器するほどの破壊力を持っていた。

「五号機自爆します」

 副官からの報告に視線を向けると、全速で敵軍へ突入した無人機が最後を迎えるところだった。
 最大出力での跳躍噴射を実施し、戦車級を飛び越え、要撃級の攻撃を腕一本の犠牲でしのぎ、突撃級を踏み台に更に前へと突き進む。
 その足に戦車級が喰らいつく。
 大きく重量バランスを崩した無人機は、一瞬ではあるが姿勢を大きく変える事となるが、脚部パーツを爆砕ボルトでパージ、最終突撃を敢行した。
 目標は、通路の終点からこちらへ入ろうとしてくる要塞級二体。

「自爆します」
「自爆するぞ!」

 副官の報告と俺の警告が同時になされ、8492戦闘団佐渡島ハイブ突入部隊司令部直衛部隊無人五号機は、内部に搭載されたS-11という高性能自爆装置を作動させた。
 閃光。
 超高温の火球が出現し、蒸発したBETAや通路、加熱膨張した空気が押し寄せる。
 十分に安全距離ではあるが、何度見ても緊張する一瞬である。

「目標4398から4467まで消滅、敵集団は戦闘能力を喪失と判断」

 今しがたの自爆によって遂に道が開いた。
 機関砲を放ちつつ、無人機部隊が反応炉のある広間へと飛び込んでいく。

「後続部隊へ通達、我反応炉ヘ到達セリ。以上だ」

 機体を進めつつ後続部隊へと連絡する。
 この報告に、事情を知らない友軍は大いに沸き立つだろう。
 だが、俺にとってはある意味ここからが本番である。

「プラントを運んできている部隊は到着したか?」

 後部座席の副官に尋ねる。
 攻殻機動隊のオペレーター娘を戦術機仕様にした副官を作っておいて正解だった。
 彼女は普通の人間ではありえない素早さと冷静さをもって補佐をしてくれる。

「既に視認距離まで到達、試験プログラムの実施準備に入りました。
 ルーデル大佐から通信が入っております」

 おかしいな。
 確か、先ほどの最後の戦場までにただ飛び越えただけの無傷に近いBETA三個連隊がいたはずなのだが。

<<すまない、遅くなった>>

 副座型の第四世代戦術機指揮官機を操りつつ、現代に蘇った魔王が通信を入れてくる。

「むしろ早すぎるくらいだ大佐。
 ちなみに、A-01とその他国連軍はどうした?」

 これからしようとしている事を彼らに見られるのは大変にまずい。
 まったく言い訳の仕様がない、純度百パーセントのチート行為だからな。

<<あとから追いかけてきた帝国軍部隊と共に補給と再編成を行わせている。
 時々湧いて出るBETAの残党相手に小競り合いをしているので、しばらくは時間が稼げるだろう>>

 さすがにハイヴだけはある。
 これだけ叩いてもまだ湧いて出てくる余裕があるか。
 まあ、いざとなれば階級を振りかざして止めておこう。

「直ぐにプラントの設置とBETAの回収を始めてくれ」

 ここまできて現実世界の人間は呼び出せないはずだと気が付いた方は鋭い。
 この世界に来るにあたり、俺は連れて行く仲間を『現実派』か『空想派』のどちらかしか選ぶことが出来なかった。
 そこで誰を呼ぶかについて考え抜いた挙句、機体に最適化させるためのポイントをケチって俺はリンクスたち、つまり空想世界の住人を選択した。
 彼らは大変に有能で、別にその選択自体にはなんら思うところは無い。

<<了解した。直ちに開始する>>
 
 さっそく設置作業を開始した部隊を眺めつつ、回想を続行する。
 自衛用火器を周囲に向けた輸送用多脚車両が広間に入ってくる。
 ハイヴ内での戦闘を優位に進めるためだけに開発した機体だ。
 頑丈な筐体に主力戦車を離陸させられるだけの出力を持った主機を搭載し、蹴りで要塞級を蹴散らせるような脚部を取り付けてある。
 今回は僅かな自衛火器とクレーンしか取り付けていないが、こいつにはこれから色々な事をさせてやろうと思っている。
 
 なんだったか、ああ、なぜルーデル様に光臨いただけたかだったか。
 簡単に言うと、クレートで生産ではなく、ポイントで購入したのだ。
 神様印のチートシステムで何かを手に入れる場合、二つの方法がある。
 一つは生産。
 BETAをプラントに放り込む事によって入手できるクレートを使い、それと同質量分の何かを生産することが出来る。
 まあ、プラント発展度5である現在では、必要な物資の半分、つまり50%の質量のクレートで生産が可能なのだが、とにかく生産である。

 もう一つは獲得。
 ポイントを使って何かを獲得する方法である。
 戦術機の撃破や作戦の達成、もらえる基準はよくわからないが、とにかくこれによって文字通り獲得するのだ。
 それは部隊であったり技術であったりするのだが、そんな項目の一つにルーデル様はいらっしゃったのだ。



2001年12月8日土曜日08:03 佐渡島ハイヴ主縦口前 突入部隊指揮所
 
「ええ、ええ、それでは戻った後にはそのように。
 彼らの驚く顔が目に浮かびますね。
 ご心配なく、ちゃんと生きて帰ってきますよ」 

 香月副司令からの通信を切ると、俺はチートシステムの画面へと目を落とした。
 現在、俺は50,000ポイントを所持している。
 この作戦が終わった後にはまたもらえるのだろうが、とりあえずはこれが俺の全財産だ。

「嫌だなーハイヴとか入りたくないなー
 N2爆雷の乱れ撃ちとかでハイヴごと消し飛ばして解決できないかなー」

 自分でも不自然に感じるほどの棒読み口調でぼやきつつ、新しい項目が追加されていないかを確認する。
 ちなみに大量破壊兵器で全てを消し飛ばすという方法は別に不可能ではない。
 あちらのハイヴへG弾を、こちらのハイヴにはN2爆雷を。
 せっかくなのでオリジナルハイヴにはコロニー落し。
 そんな非常識極まりない戦法を、俺はやろうと思えば直ぐに実行できる。
 別にMIDASでも反応弾(核兵器にあらず)でも構わんが、とにかく大規模な破壊が出来る兵器はいくらでもある。
 しかし、全てを破壊しつくす前にBETAが対応しないとも限らない。 
 もし対応手段を考え付いてしまったら、取り返しのつかないことになる。

「艦隊に師団に、おお、これは原作版のカプセル降下兵じゃないか。
 超至近距離で携行式核分裂弾頭を撃ちまくるってのは効果がありそうだな」

 時折伝わる整備活動の振動を味わいつつ、コクピット内部で物騒な独り言を続ける。
 オリジナルハイヴを落すためには、もう三つほどのハイヴを落しておく必要がある。
 こちらの戦略構想を国連軍上層部が受け入れてくれるかどうかはわからないが、とにかくこの作戦が終わったら会議の申請をしておかねば。

「地球連邦軍パイロット一個連隊セット(ガンダム1st最終話時点)か、セットで獲得すると洗脳と機種転換分のポイントはサービスとか、通販番組のノリだな。
 その下の国連軍衛士一個師団パック(桜花作戦参加部隊)はもっと魅力的ではあるが、どうしたものか」

 人類が優位に立つのだからいいことなのだが、しかしこのシステムは本当にチート極まりないな。
 まあ、これだけやっても楽勝で勝てるとは限らないあたり、BETAたちも随分にアレだが。
 なんにせよ、次から次へと出てくるものだ。
 まるでアンケート結果で登場人物や兵器が増えていく小説を読んでいるようだ。
 名無しの一般兵たちだけではない。
 船坂軍曹、ハルトマン、ヘイヘ、ヴィットマン、チャールズ・コマンドー・ケリーなどなど。
 名だたる戦場の英雄たち。
 前任者たちも当然思いついていたらしく、彼らは過去に呼び出された事があったようだ。
 呼び出された後、前任者たちの最後の瞬間までの経験や装備と共に購入することも出来るらしい。
 少ないもので数千、多いものでは数万。
 生涯通算撃破数を見る限り、誰も彼もが人外な戦いを見せたようだな。
 
「次で最後か。うん?」

 モニターに表示されたのは、何かのバグであった。
 ハンス=ウルリッヒ・ルーデル大佐(二周目)専用副座型第四世代戦術機バージョン。
 前任者が召喚した際には戦術機への特性付与を見落としており、初陣にて被撃墜七回。
 周辺の孤立した部隊を指揮しつつ毎回生還し、八回目の出撃で遂に戦術機の特性を自力で会得。
 通算撃破BETA数は81,564体(小型種除く)となっている。
 最後は前任者の機嫌を損ね、オリジナルハイヴ攻略作戦に単騎で陽動として出撃。
 81,564体目と相打ちになり戦死。
 気になるお値段だが、以下のようになっている。
 専用副座型第四世代戦術機+(ルーデル大佐+ガーデルマン)×81,564体のBETAを倒したという経験=50,000ポイント。
 たった五万ポイントとは、安いじゃないか。これは今すぐ買っておこう。



2001年12月8日土曜日09:37 佐渡島ハイヴ主縦口 反応炉前

「プラントの設置完了しました。いつでも始められます」

 副官の言葉に意識を戻す。
 なるほど、そういえばきちんとルーデル閣下を購入していたな。
 まるで鋭い読者の指摘に、次回の更新分を慌てて投下した作者のような表現だったが、まあいい。

「通信に問題は無いな?」

 これから始めようとする試験には、完全武装の部隊が必要だ。
 さらに、8492戦闘団の全ての部隊に事前通達をきちんと行う必要がある。

「有線回線の敷設完了。無線交信にも支障ありません」

 有能な部下達に囲まれると、楽が出来て良い。
 それはいいのだが、本当に全て蹴散らしてきたのだな。
 さすがはさすがは高名なるルーデル様だ。
 この作戦から帰還したら神社を建てておこう。

「それでは始めよう、最初は一個小隊だ」

 アホな事を考えつつ指示を出す。
 直ぐにプラントが稼動を開始し、目の前に第四世代戦術機一個小隊、反応炉の隣に少数のBETAが出現した。

「敵襲!突撃級6、戦車級20、目標4468と呼称、殲滅完了」

 すべては一瞬だった。
 あまりの事に俺が反応できていない間に、周囲の無人機隊が一斉射撃を実行。
 生まれたてホヤホヤのBETAたちは、瞬時にミンチとなった。

「周辺のBETA反応無し。異常ありません」

 副官の報告を聞きつつ、思考を巡らせる。
 こちらの増援部隊に対抗するかのように出現したBETA集団。
 俺の想定は本当にあっていたのか?

「次、中隊を出せ。全部隊警戒せよ」

 少し時間がかかったが、戦術機甲中隊が俺の眼前に出現する。
 最後の一機が登場すると同時に、反応炉の隣にBETAの集団が出現する。
 身構えていただけあり茫然自失する事は無かったが、それでもゼロコンマ以下の速さで反応した無人機隊によって俺が動く前に全てが打倒される。
 先ほどに比べて明らかに多い数量が出現していた。

「次、この空間を隔離できるだけの建設重機と資材」

 続々と物資が出現する。
 BETAの出現は無し。

「地上の部隊に通達、い号海岸に一個大隊を出現させろ」

 それに相当する量がここに出現したら厄介だが、まあ、何とかなるだろう。
 最大限の警戒態勢を整えつつ、建設重機たちが次々と地面に簡易舗装を施していく姿を眺めている。

「地上部隊より報告、い号海岸周辺に大隊規模のBETA集団出現を確認。
 すべてを殲滅完了との事です」

 これでほぼ間違いないな。
 BETAたちは、こちらが出現させた戦力に反応し、同等の戦力を出現させている。
 あのクソッタレの神様野郎は一言もいっていなかったが、この世界はそういう仕様なのだろう。
 どうりで前任者たちが最終的には負けていったはずだ。
 おそらく、このルールに気づかないまま、最終決戦までに物量で押し負けてしまったのだろう。
 あるいは師団規模をオリジナルハイヴ内に呼び出して押し潰されたかもしれない。
 敵がこちらの総数に呼応した数だけを出現させているとしても、限られた戦域に集中投入されれば局所的な劣勢は発生する。
 例えば、師団規模の長蛇の列に対し先頭へBETAの集団が際限なく押し寄せれば、そこは常に劣勢を強いられる。
 先頭が潰れればその後ろが、その後続が、さらに後続が、そこへ続く後続が、止めどなく押し寄せればいつかは負ける。
 無限の物量がなければ、弾幕とは無限に張り続けることはできないのだ。

「次、機関砲台を設置。5基ずつ、10分間隔、50基まで」

 やはり虚空から突然BETAたちが湧いてくるが、もはや意味はない。
 定期的に増加するこちらの戦力に、逐次投入されてくる彼らが勝てるはずもない。

<<これは、厄介な事になりそうだな>>

 BETAのミンチを回収する車両たちを護衛しつつ、ルーデルが声をかけてくる。
 全くもってその通りだ。
 戦力を増強すればするだけ、BETAたちは付近に同等程度の増援を得る。
 厄介どころの話ではない。
 これではせっかくのチートもプラントも、役に立たせることができない。
 だが、俺はここで一つ閃いた。

「鉄鉱石10t、鋼鉄10t、セメント10t、適当に生鮮食品10t、機関砲台1基を部品単位、戦術機も同様で10機。
 5分単位で製造しろ」

 資源、物資、建材、その他、そして建造物と兵器を部品単位。
 それぞれを作ったときの敵の挙動を目の前で確認できる貴重な機会だ。
 付き合わされる護衛部隊には申し訳ないが、お付き合いいただこう。



2001年12月8日土曜日10:15 佐渡島ハイヴ主縦口 日本帝国本土防衛軍 新潟管区方面隊佐渡島基地

「反応炉の破壊を確認、地上の部隊に連絡しろ」

 無数の砲弾を喰らって崩れ落ちる反応炉を背景に、俺は作戦完了を宣言した。
 緊張感という言葉からは程遠い試験の連続。
 負けようのない強力な友軍に囲まれてのそれは、俺に油断を抱かせるのに十分だった。

「この部屋の物理的な隔離作業は完了しました。
 以後、外部からの侵入に対しては観測が可能です」

 後部座席から副官の報告が聞こえる。
 ここはBETAたちの惑星資源採掘作戦前線基地の一つ、佐渡島ハイヴの反応炉室だったはずである。
 しかし、今は違う。
 天井から床まで、厚さ20mの強化コンクリートと装甲板で覆われた要塞である。
 別にこれでBETAたちの侵入を防げるとは思えないが、入ってこようとすれば、あるいは侵入していれば一目でわかる。
 反応炉が見た感じでは停止しているらしいこの部屋にBETAが訪れることはもうないだろうが、念には念を入れておかなければならない。
 
「とりあえず地上に戻るか、上の状況は?」

 既に撤収準備を始めた友軍機たちを見つつ副官に訪ねる。
 別に通信は途絶えていないのだから心配する必要はないのだが、何事も確認を取る事は大切だ。

「地上部隊より報告。BETA増援部隊は、に号海岸付近に上陸を継続中。
 現在三個師団にて防戦中。まもなく艦砲射撃が再開されます」

 まあ、地上はそれでいいだろう。
 これ以上増援を出すつもりはないし、つまりこの近辺に敵の増援がこれ以上来るとは考えづらい。
 既に佐渡島上には説明のしようがないほどの規模の無人機が蠢いているのだから、あとはこれをきちんと配分して戦線を構築するだけだ。
 反応炉が落ちた以上、BETAの増援も時期に途絶えるだろうし、作戦は事実上完了したな。
 貴重な実験データは手に入るし、ハイヴは落とせるし、戦力の増強はできるし、大量のクレートを入手できた。
 今後の政治的なトラブルには頭が痛いが、全体で見れば大変にお得な攻略作戦となったな。



[8836] 第二十七話『LevelUp』
Name: ちーたー◆df67df43 ID:7285a8d1
Date: 2010/05/17 01:40
2001年12月18日火曜日12:00 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地 

<<お昼のニュースです。青森県の帝国軍技術工廠第四工場の建設工事は順調に進んでいます。
 政府の発表によると、12月末の完成を目指しているということです。
 一刻も早い避難民の皆様の生活再建が望まれるところですね。
 本日はこの問題に詳しい元帝国本土防衛軍工兵大尉の鳥越さんにお話を伺います。鳥越さん・・・>>

 佐渡島奪還から10日。
 日本を取り巻く情勢は静かなものであった。
 佐渡島にもともと駐屯していたBETAは全滅、朝鮮半島より増援として派遣されたBETA集団についても先日殲滅が宣言されていた。
 そのような状況の中、ここ最近で最も活発な軍事行動が行われた佐渡島ハイヴ跡地では今日もBETAの回収活動が継続されていた。

「しかしまあ、これだけの資源をもらえてしまうと何か裏があるのではないかと疑ってしまうな」

 ハイヴ内部は現在の帝国軍の調査部隊が入って何かをしている。
 安全宣言から五分もしなうちに、俺の指揮下にある部隊はすべてがハイヴ外退去の命令を受けて退去させられていた。
 日本帝国軍の連中ときたら、よほど俺にG元素を渡したくないのだろう。
 気持ちはわからないでもない。
 BETA固有の技術で生み出されていると思われるG元素は、人類にとっては、いわばエレリウム-115のように貴重な物質だ。
 それはG弾の原料となり、電磁投射砲のコアユニットに使用できる。
 とりあえず序列に入っているというだけの俺には触って欲しくないものだろう。。
 そういった次第で、大変に礼を欠く形で俺はハイヴ跡地を追い出され、佐渡島を日本の領土として復興させる任務に当てられていた。
 どうでもいいが、G元素を必要ならばトン単位でいくらでも量産できると知ったら、俺を追い出した連中はどんな顔をするんだろうな。

「日本帝国軍はよほど我々が目障りだと見える。
 閣下、可及的速やかに軍の再編成を完了させ、別のハイヴへ突撃するというのはどうだろうか?」

 そんなルーデルの提案に、思わず頷きそうになる自分が怖い。
 開けた場所でやり合うのであれば、BETAに押し負けることはない。
 こちらには飛び道具があり、大量破壊兵器も多種多様なものを用意することが出来るからだ。
 それに、アームズフォートを旗艦とする陸上艦隊を揚陸させてしまえば、決まった場所に留まらずに作戦行動が可能になる。
 戦場が広大になればなるほど、我が軍は全力を発揮させることができる。
 そんなこちらの特殊な事情はさておき、日本帝国は一体俺たちをどうしたいのだろう。
 味方に引き入れたいのか、使い潰したいだけなのか。
 動きに一貫性が見えないところを見ると、帝国内部は随分とひどい有様になっているようだな。
 
「閣下?本土防衛軍第六十六師団長とやらが来ておりますが?」

 ここ最近、すっかり受付担当が板についてきたダンが声をかけてくる。
 
「だいろくじゅうろく師団?俺の知らない間に、日本帝国軍は随分と拡張されたようだな」

 嫌味混じりに棒読みで答える。
 別にダンが何かをやったわけではないことは理解しているが、どうにも気分が収まらない。
 今すぐ煌武院様を始め帝国の首脳全員で感謝の言葉を発しに駆け寄ってきて欲しいわけではないが、こちらをあまりに舐めきった態度をとられるのは不愉快だな。
 大体、第六十六師団など、名前からして予備役師団じゃないか。

「それで?その師団長閣下はどちらに?」

 不意に聞こえた足音に振り向くと、見るからに使えない様子の参謀団を連れた将官がこちらに向けて歩いてくる。
 階級章を見たところ、中将らしい。
 随分と若いな、年齢は三十代前半だろうか?
 どうやら片足が義足のようだ。

「君が、新潟戦区防衛担当者かな?」

 その人物は俺の前で立ち止まると訪ねてきた。
 見たところ、歴戦の勇士とまではいかないが実戦経験はそれなりに持っているようだ。

「はっ!失礼ながら第六十六師団長閣下でありましょうか?」

 張り切って訪ねる。
 どれだけ不愉快な人物かは知らないが、社会人として第一印象くらいは良いものにしておかなければならない。

「ああそうだ。君の尻を拭くのが仕事の、哀れな上司さ。
 さあ、本土防衛作戦も大陸反攻作戦もどうせ練り上げているんだろう?
 君の部隊の編成図を見つつ話しあおうじゃないか」

 ひねくれてはいるが、無能な人間ではないようだ。
 そのような上司を得た幸運に感謝しつつ、俺は司令室へ新たな上官を案内した。
 こういう人物を送ってよこすということは、少なくとも日本帝国本土防衛軍の主導権を握る立場の人々は俺を味方に引き入れたいらしいな。



2001年12月18日火曜日12:05 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地 作戦司令室

 その部屋は、俺が趣味の限りを尽くして建設した部屋だった。
 まるで映画館のような巨大な施設。
 簡略化された日本列島を映し出す巨大な主モニター。
 そこには、無数の戦区(プロヴィンス)で分割された日本列島および大陸沿岸部が映し出されている。
 日本海を警戒する艦隊。
 佐渡島全域をパトロールする地上部隊。
 表沙汰にできるレベルで状況を把握している帝国本土防衛軍各部隊。
 国土交通省に頭を下げて情報を提供してもらっている民間船舶たち。
 観客席に当たる部分には、無数のオペレーター席が設けられ、そして同じ顔をしたオペレーター達が次々と飛び込む情報を整理している。
 横浜にも新潟にも作って、佐渡島にもこのような部屋を作る意味は全く存在しない。
 いいだろ別に、こういうの俺の趣味なんだよ。

「なるほど、情報収集に不足はないようだな」

 内心で誰かに弁解している俺の隣で、満足げに中将閣下が仰る。
 同じ顔をしたオペレーターたちに不思議そうな視線を送り、副官一人しか従えていない戦闘団指揮官に目線を向けてくる。

「参謀がいない事は不可解だが、まあいい。
 それで、私が率いるべき戦力はどれくらいいるのかね?」

 当然という表情を浮かべて質問された。
 まあ、それはそうだろう。
 目の前の師団長閣下にとって、自分が率いるべき指揮下の戦力を、事実上の前任者である俺に確認することは当たり前の事だ。
 
「まずはじめに、妙な表現になることをお許しください」

 表に出ている戦力について隠し立てをするつもりがない俺は、早速説明を始めた。
 支援AIたちに命じ、主モニターに部隊編成図を出させる。

「現在我が師団は、戦術機甲師団を収容可能なアームズフォート、ああ、要するに陸上戦艦を基幹とした複数の軍団規模戦闘集団を保有しています。
 連隊以下の部隊については後ほど報告書をお出しさせていただきますが、現状でこの島および新潟地域には、二個陸上艦隊および一個洋上艦隊、二十個師団が警戒に当たっています」

 モニター上に各師団の現在位置が表示される。
 日本帝国の総力よりもよほど多い数の戦力がいるという事実に、師団長が率いる参謀たちが色めき立つ。
 ありえないだの素晴らしいこれで勝つるだの、好き勝手に口を開いている。

「まあ、編成表自体は後で読ませてもらうから大体で構わん。
 現在貴官に与えられた任務は新潟県の防衛で合っているな?」

 ああ、そういえば俺の任務はそういう内容だったな。
 確かに新潟県の防衛という任務を果たしている。
 最寄の敵軍拠点を攻め落とせば、確かに中長期的な意味で敵の攻撃を防ぐ事ができるからな。

「閣下の仰る通りであります。
 新潟県を守るという大目標を達成するにあたり、出来る限りの事を行っております。
 もちろん、畏れ多くも煌武院殿下より直々に賜った新潟県防衛担当者という職責の範囲内で、ですけれども」

 いまいち目の前の人物の目的が分からない。
 殿下には大変恐縮ながら、使わせてもらおう。

「防衛担当者だからといって、そこまで守りに入らなくてもよい」

 中将閣下は目端を愉快そうに歪めつつそのように仰った。
 少なくとも俺の部隊をうまいこと使って上に登っていこうというタイプではないようだな。
 あるいは、おはようからおやすみまで全てにケチを付けて貶めていこうというわけでもなさそうだ。
 
「とりあえず、本土防衛に三個師団を貰う。
 それとは別に、用途は秘密だが倍する戦力を維持できる物資を継続的に貰うよ」

 瞬間的に沸騰しなかったのは、高効率訓練センターでの長い人生経験のおかげである。
 人を試し、そして見るべき点がある人物を使っていく事のできる厄介な人種は、あえてこのような物言いをする事がある。
 どこかに優しくナデナデしつつ好きなだけ甘やかせてくれる上官殿はいないものか。
 
「その見返りはあるのでしょうか?」

 当然の質問である。
 日本帝国軍の編成表に載っている以上、それは日本帝国の資産である。
 だが、一方的な物言いで三個師団もの戦力とそれ以上の物資を引き抜く以上、それなりの見返りを貰わなければならない。
 別に個人的に金銭的なメリットが欲しいわけではない。
 今の段階で言いなりになっていると、今は少数、ゆくゆくはそれなりの人数になる人間の部下に迷惑がかかる。
 おまけに俺の部隊の発言力まで下がってしまう。
 欲しいならば一個軍団でも軍集団でも提供してみせるが、言われるがままというのはいけない。

「ごく普通の配置転換だよ君。
 何故か君が来る前にはこんな部隊はいなかったはずなんだが、まあ、最前線を任せた部隊にちょっかいを出すわけにはいかないからな」

 詳細な説明が嫌ならば部隊を派遣しろということか。
 逆に言うならば、所属不明の大部隊の件についてはこれで不問にしてやるというわけだ。
 ここはご好意に甘えておくべきだろう。

「直ちに派遣させます。
 場所は北海道と九州ですね?」

 言われるまでもなく、この日本でまとまった戦力が必要な前線などその二箇所しか無い。
 以前にも師団を派遣していたが、どうやら本土防衛軍上層部は前線部隊の総点検を目論んでいるようだ。
 新潟及び佐渡島の戦闘で能力を確認した俺の部隊を最前線に貼付け、その間に元々いた部隊を全部下げて補充するのだろう。
 まあ、こちらとしては困る事はないし、本土防衛軍将兵の生存確率向上につながるむしろありがたい話だ。
 喜んでお手伝いさせてもらおう。



 結果として、前線部隊の総入れ替えは想像以上の効果を発揮した。
 まず、果ての無い防衛戦闘で消耗していた人員機材の総点検が行えた。
 次に、消耗品の消費量が激減したことにより、戦費や国家備蓄にすこしばかりながら余裕が生まれた。
 そして、久々に招集が存在しない完全な休日を手に入れた将兵たちは、足早に全国の家族や恋人、友人たちの元へと帰ることができた。
 それは終りの無い戦時の中で一服の清涼剤として国民感情に良い影響を与える。
 のちに言われる「佐渡島ベビーブーム」である。
 また、この時期は日本帝国中で一般消費が大きく伸び、壊滅状態の一歩先にあった国内の民間人向け産業を大きく潤す結果にもなる。
 娯楽に飢え、使い道の無い給金を溜め込み、そして感情のタガが外れた軍人たちは大いに楽しみ、精神的な意味でも金銭的な意味でも国民たちに還元をしていた。
 帝都を含む全国の主要都市では毎日のようにお祭り騒ぎが行われ、それ以外の市町村でも凱旋式という名目の宴会が催された。
 その影では、大切な人を失った多くの人々による陰鬱な空気も存在している。
 しかし、それは戦時ゆえに何時の世にもあるものであり、日本帝国としては十分な保障と万全のケア体制を整えつつも祝賀ムードに水を差すようなマネはしなかった。
 


2001年12月23日日曜日12:00 日本帝国 神奈川県 日本帝国本土防衛軍第六十六師団第8492戦闘団横浜基地

「どうぞお座りください」

 日本中が連日のお祭り騒ぎに浮かれる中、やはり働き続けている人々がいる。
 それは当然のことだ。
 今日が休日ではない全ての公務員、労働者たちは、当然のことながら働き続けている。
 のだが、さすがに今日は違った。
 世間一般で言うところの日曜日。
 それも、北海道・九州の合計三個師団が長期休暇をもらった最初の日曜日である。
 定数的には二個師団ほどしかいないが、とにかくその破壊力は絶大であった。
 帝都の主要な会場は全て本土防衛軍に貸し切られ、軍務についているものは全員無料で好きなだけ飲み食いができるという催しが行われている。
 下は一兵卒から上は師団長まで、誰もが笑顔になり、家族や恋人とともに帝都観光を楽しんでいる。

「ありがとうございます。
 いやはやしかし、この度の貴官の働きは、財務省としても勲章をお渡ししなければならないほどですな」

 極めて遺憾なことに、俺もその働き続けている一人にカウントされている。
 久々に横浜に帰還したこの日、俺は日本帝国財務省の事務次官と楽しいお話をしなければならないと決定されていた。
 もちろん俺は休暇申請を出していたし、8492戦闘団は新たな上官殿が率いているはずだったし、どうせ実際は全て部下たちが実務を担当していた。
 しかし、その新たな上官殿はお家の事情(彼女は所謂お武家様の長女をしている)で休暇を取っていたし、それにより俺の休暇は自動的に却下されていたし、人間との折衝は俺の担当だった。

「コーヒーでよろしいでしょうか?
 それと、私の働きとは?帝国軍人として、国家のために戦うことは当然の事でございます」

 帝国軍からつけられた従兵に目線で命じ、コーヒーを入れさせる。
 彼は自然な動作で部屋の片隅に置かれたポットからコーヒーをカップへ注いでいく。
 天然物だけが出すことのできる芳醇な香りが心地よい。

「これは良い物のようですね。懐かしい香りだ」

 事務次官は香りを味わいつつ賞賛の言葉を漏らす。
 この世界において、天然物の嗜好品は極めて高級である。
 何しろ、日々の食料ですら合成されたものばかりなのだから当然だ。
 しばしお互いに無言になり、コーヒーの味と香りを楽しむ。

「お互い本音でいきましょう」

 カップを戻した事務次官は、俺の目を見て口を開いた。

「新潟から戻る部隊が持ってきた、謎の天然資源ですよ。
 あれらは明らかに異常な数で、そしてその所有者は怪しいところだらけ」

 8492戦闘団に後を任せ、元々駐屯していた帝国軍が新潟県から退去したのは随分と前になる。
 彼らは、避難民たちを連れて後退している最中、不思議な現象に見舞われていた。
 ガソリンを満載したタンクローリーの中隊。
 所属部隊が書かれていない輸送車両の大隊。
 様々な鉱物資源、天然資源を満載した連隊。
 調べると、その総数は下手な輸送船団並であった。
 金銭を支払ったとしても容易に入手することはできないこれらの物資は、8492戦闘団の調べによると、新潟県のとある有限会社のものだったらしい。
 登記されている情報によると、その有限会社は“日ノ本太郎”なる戸籍のない人物が社長を努めており、従業員数は一名。
 一度も法人税を払っておらず、これらの物資は法律上は国家が差し押さえなければならない事になっていた。
 奇妙なことに、国税局の記録では、書類上はともかくこれだけの物資を入手できる会社相手に一度も督促をした形跡がなかった。
 更に言えば、税関にはこれら大量の戦略物資を国内に入れた記録は残っていない。
 しつこく言えば、今回押収された車両は、ナンバープレートが付けられておらず、一度も車検を通しておらず、そもそも製造されたメーカーすら不明だった。
 そういった事情はさておき、官僚たちは大喜びでこれら物資を押収し、様々な用途に活用した。
 だが、そのあまりに異常な事態に、国家の上層部は密かに裏の事情を探りだそうとしていたのだ。


「経済産業省や国家戦略資源庁の連中は大喜びでしたが、私たちとしてはそれだけで済ませるわけにもいきません。
 電子情報の上にしか存在しない、関連情報が一切存在しない会社。
 どうやってそれを成したかは不問にしておきますが、あれは貴方の命令で作られたものですね?」

 見事にバレている。
 だが、俺の心に焦りはない。
 彼に同行している官僚が国税局の徴税官でない限りは、であるが。

「それは、何か物的証拠に基づいたお話なのでしょうか?」

 型通りの質問をしておく。
 今後の立場を考えると、訪ねられるのを待っていたと素直に言うわけにもいかないのだ。
 
「残念ながら、まるで初めから存在していなかったのように一切の物的証拠はありません。
 疎開先を当たりましたが目撃証言は無し。
 帝国軍の報告書にも、転進中に発見したとしか記載はない。
 会社の登記に関る経緯は不明ですし、日ノ本太郎なる人物は過去に存在していた痕跡すらありません」

 それはそうだ。
 物資や車両については、事前に周囲を索敵し、人の目の無いところに送り出している。
 会社の登記についてはこの世界の人々には想像もできない技術を用いているし、日ノ本太郎という明らかな偽名は書類欄を埋めるために二秒で考えた偽名だ。
 
「そうなりますと、どういった根拠をお持ちなのでしょうか?」

 別に今すぐ降参して話を進めてもいいのだが、思い至った理由に興味がある。
 何しろ、相手は事務次官級をいきなり出してきたのだ。
 通常、腹の探り合いは下っ端から始まる。
 徐々に情報の精度を高め、要望を見定め、双方の合意点を見つけ出し、そして上役を出して合意に至るのだ。
 ただでさえ気位の高い、それも財務省の、あろう事か事務次官がいきなりやって来ることなど通常ではありえない。
 おまけに、やってきて何を言い出すかと思えば名推理披露である。
 目の前の人物は、確かにそれをやりたいと思えば実現できるだけの権力を持っているが、それほど暇ではない。


「一連の不可解な現象の背後には、あるひとつの組織がいつもおりました。
 新潟県の防衛を引き継いだ8492戦闘団が現れる以前には、このような事は日本帝国の歴史上一回も起きていません」

 それはそうだ。
 どうやっているのかは知らないが、俺の前任者たちは全て並行世界のBETA大戦を戦っていたようだし、こんなチート野郎が何人もいてもらっては困る。

「急な撤退は本土防衛軍上層部から出てきた話のようですが、それを指揮するのは8492戦闘団です。
 そして、これは治安に関わるある官僚から聞いた話ですが、新潟県全域は、貴方がたの高度な監視体制の中に置かれているそうですね。
 合衆国特殊部隊全員の動静を報告書にまとめる事ができるぐらいに」

 官僚同士の横の繋がりというやつか。
 その事で騒ぎ立てるつもりが無い様子から見ると、少なくとも頭の固い主義者ではないようだ。

「その8492戦闘団は、この件についてとりあえずの報告書しか提出していない。
 そして、先程は物資が湧いて出る現象は歴史上一回も起きていませんと申しましたが、貴方がたが出現した後は毎日のように発生しています」

 国連軍以外で、できれば日本国内から、この相関関係をあえて突っ込んでくれる人物を待っていた。
 下手に煌武院殿下と接触をしてしまった関係から、俺を取り巻く政治的状況はかなり難しいものとなってしまっている。
 政治家、官僚、企業、その他政治思想や主義心情。
 様々な関係が絡み合い、誰もが手を出してはならないという不文律が生まれている。
 本当ならば、俺には思いつかないこの世界ならではの方法で、今後の世界情勢を予測しつつ日本帝国を支援したかったのに、それができない。
 上から命じるのではダメなのだ、あくまでも、政府内、できれば官僚から接触してもらわなくては、官僚たちの本気の支援を受けることができなくなってしまう。


「この横浜基地、新潟基地、関越高速鉄道線、疎開地に日々送られる物資、帝国軍を騒がす新技術の山、新潟防衛戦の奇跡、佐渡島奪還。
 いつの間にこれらの施設が建設されたのか?物資はどこからやってくるのか?技術は誰が考えついたのか?BETAを押し出した戦力はどこから?
 8492、8492、8492。
 ありえない事が起きた時、背後にはいつも同じ組織、正確には貴方がいます」

 まあ、あくまでも私の妄想に過ぎないといえば、そうなんですけどね。
 最後にそう呟くと、事務次官は苦笑しつつコーヒーを飲み干す。
 待機していた従兵がすかさずお代わりを注ぐ。
 彼は着任の翌日に高効率訓練センターに二日間ほど放り込み、完全にその背後関係および様々な状況を確認の上で同志になってもらっている。
 そうでなければ、洗脳もしていない生身の人間を俺のそばに置くわけにはいかない。

「ご賢察のとおりです。
 さて、私は何をすればよろしいのでしょうか?何でも、というわけには当然いきませんが」

 本題である。
 さすがに名推理を聞いて欲しかったわけではないだろう。

「平たく言えば、今後も支援を続けてください。
 特に、疎開地と青森の重工業地帯建設を、ですね」

 要するに、金なわけだ。
 日本帝国は世界中から支援を受けて対BETA戦を戦っている。
 しかし、友好価格であったとしても、大小の差はあっても資源の購入には金がかかる。
 あるいは、軍隊の動員にもやはり金が必要だ。
 全てをこちらに任せて軍を解体する事はありえないにしても、臨戦態勢と休暇配置では必要とされる金額に桁の違いがある。
 そして、戦争による大量消費に特化した経済は、それが勝ち目のある、終りがある程度予測できる戦争においてのみ利益を生み出す。
 終りの見えない絶滅戦争など、資金切れか資源切れを待つだけの消極的な自殺に過ぎない。
 そして避難民たち。
 非人道的と罵られてしまうかもしれないが、とにかく彼らは金がかかる。
 用地取得、インフラ整備、生活の保護、仕事の用意。
 国の命令で生活を奪われた彼らは、国の金で全てでは無いにしろいくらかを返さなくてはならない。
 日本帝国は、もうこれらを継続して実施する余裕はないのだ。

「本土防衛軍からも継続せよとの命令が出ています。
 そして、拡張する余裕はありますが、やめるつもりはありません。
 このような回答でご満足いただけますでしょうか?」

 俺の言葉に目の前の二人は目に見えて安堵の様子を見せる。
 
「物資を用意できる仕組みはよくわかりません。ご説明頂く必要もありません。
 ですが、未曾有の国難において、それでもなお国内外の情勢を視野に入れての貴官の行動は、大変にありがたいものです。
 今後も本土防衛軍上層部から物資の融通などの要望が入る事があるかもしれませんが、その際には宜しくお取り計らいをお願いします」

 なるほど。
 俺はようやくカラクリが見えた。
 何故、佐渡島奪還作戦のクソ忙しい戦闘の最中にトイレットペーパーの配給依頼が来たのか。
 どうして、本土防衛軍は俺に物資を寄越せと言ってきたのか。
 もっといえば、どうして増援と物資を提供する事が、余計な追求を黙らせる事につなげられたのか。
 バラバラに見ると意味の分からないこれらの事は、全部、目の前の事務次官殿につながっていたのだろう。
 こちらに余裕が無い時を見計らって最初の要望を出し、ズルズルとこちらの能力把握を続けていく。
 いやはや、俺もまだまだ青いな。


「ところで」

 納得が行って俺が思わず笑みを浮かべた所で、これまで沈黙していたもう一人の官僚が口を開いた。
 国家戦略資源庁の鈴木と申します。
 見たところ、名誉除隊でもしたのだろう、顔面に大きな傷を持ち、右手と左足が古いタイプの擬似生体らしい彼は、笑みらしいものを顔に浮かべて続けた。

「先に頂いた多数の戦略物資ですが、あれは適切な方法が見つけられればさらに入手可能と言うことなのでしょうか?
 それとも、さすがにあれで打ち止めなのですか?」

 なるほどなるほど、交渉事で無駄にしている時間はもう無いわけだな。
 単刀直入にもほどがあるが、いいだろう。

「そうですね、誰にも迷惑がかからないのであれば、こちらとしても気を使う必要がなくなりますから」

 この場での回答としてはこれで十分だろう。
 資源国が損害を被るような形を取ってはならない。
 それは、彼らからの憎悪を産み、際限のない妨害工作へと繋がる。

「わかりました。それでは各国に与える影響を加味した上で、何らかの方策をご提案させていただきます。
 その際には、何卒よろしくお願いいたします」

 着席したままではあるが、深々と頭を下げられる。

「帝国のため、人類のためです。
 ご提案をお待ち申し上げております」

 お互いに頭を下げ合うという何とも日本的な光景ではあったが、とにかくこれで話は先に進むことができる。
 俺の頭の中では、立場を捨ててここへ来てくれた事務次官への感謝で一杯だった。
 だが、ここで空気を壊してしまうのは大変に遺憾だが、もう一つだけ聞くべきことがあった。

「あの、事務次官殿」

 二杯目のコーヒーに口を付けていた彼は、こちらを不思議そうに見てきた。

「どうして、我が方の継続的な物資供給能力については訪ねられないのですか?」

 俺の質問に、彼は柔和な笑みを浮かべて答えてくれた。

「簡単なことです。貴方が今までに提供してくれたすべての物資と観測出来ているだけの部隊。
 これらは、貴方と国連軍が保有している土地全てに地下施設があったとしても、容積的に誰にも気づかれずに収めておく事は不可能であると判断しています。
 つまり、備蓄のみではないのならば、何らかの手段で生産していることになります。
 そして、少なくとも日本帝国が把握することができる範囲内では、貴方は何一つとして物品を購入したことはない。
 以上のことから、我々は安定供給には問題はないだろうと予測していました」

 まったく、官僚という生き物は凄い。
 ここへ来る前に、無駄な問答がなくてもいいように入念に下調べをしていたようだ。
 話が決まった後は早い。
 折角の休日に申し訳ありません。いえいえお気遣いなく。
 今度ゴルフでもいかがですか?国防産業協会の方々とも是非一度お会いいただきたいですし。
 それではゴルフ代はこちらがお出しさせていただきますよ。いやいや、元々私はタダでやらせてもらっておりますからお気遣いなく。
 なんともそれはうらやましい。
 などと大人の事情満載の会話をしつつ、事務次官と鈴木は帰っていった。



「さて、と」

 従兵も追い出し、俺は執務室の中でパソコンと向き合った。
 楽しみにしていたレベルアップタイムだ。
 前回はコマンダーレベルが11で、パイロットレベルは9、プラント発展度は5だったが、どうなってしまったのだろうか?

 早速俺のステータス画面を呼び出すと、想像以上の結果が待っていた。
 まず、コマンダーレベルは15になっていた。
 前回は新潟防衛で7から11に上がっていたので、苦労の割に上昇度は少ない。
 しかし、これはまあレベルが上がれば上がるほど経験値が必要になるということで納得がいく。
 例によってさらに多くの技術や施設が作れるようになったらしい。
 これは兵器のデザインをするにあたって、もっと強力な物を生み出せる事を意味している。
 BETAの進化を促さないためにも余りに現状から乖離した物は駄目だが、それでもありがたい。
 施設については、宙対地兵器であるイオンキャノンが使用可能になったようだ。
 衛星軌道から打ち出されるイオンらしいよく分からないレーザーのようなもの。
 それは、着弾と同時に周囲の全てを吹き飛ばし、焼き尽くす。
 地球環境に与える影響は怖いが、レーザー種による迎撃が一切不可能という事がありがたい。
 今回は宇宙祭りのようで、スペースコロニーや軌道ステーション、懐かしのAC3SLに出てきた対地攻撃衛星もある。
 さらにさらに、アルテミスの首飾りこと対宇宙軌道迎撃衛星も作れるようだ。
 これで地球内外に好き放題攻撃できるな。
 まあ、衛星軌道にBETAが反撃できるようになると人類終了のお知らせなので、対地の方は最終決戦まで自重しなければならないが。

「ありがたく受け取っておくとして、パイロットの方はどうかね?」

 独り言を呟きつつ、パイロットレベルを確認する。

「!?」

 声にならない悲鳴を上げてしまったが、無理もないだろう。
 9からいきなり21だぞ。
 確かに辛く長い戦闘だったが、まさかこれほどとは。
 
「オーケイ。落ち着け、落ち着いた」

 前回は人間を辞めているような結果となったが、今回も酷い事になるのだろう。
 アハハ、ほーら、12.7mm弾が効かないってさ。
 戦闘力5か、ゴミめってレベルじゃねーぞ。あれはショットガンだっけ?
 所持ポイントは50万?ああ、そりゃまあ、レベル一杯上がったもんね。
 それになぁにこれぇ?スキルレベルアップ?バカなの?死ねないの俺?

「オーケイ。落ち着けないな俺」

 取り乱してしまったが、とにかく俺はいくつものスキルを新規に習得し、さらに既存のスキルも上昇していた。
 しかしまあ、こんなことで驚いている暇はない。
 大量に回収され、今も回収され続けているBETAたちのおかげで、プラント発展度とクレートの備蓄が凄いことになっている。
 プラント発展度は5から11へ上昇し、おかげで生産に必要なクレート量は20%になっている。
 これはもう、なんと言ったら良いかわからないが、とにかく凄い。
 クレートの備蓄はまあ、あれだけのBETAを倒したのだから凄くはあるが不思議ではない。
 BETAもチートを使う事を考えると、今までのように何も考えずに使うわけにはいかないが、使い道を見つけてやれば大きな効果を産むだろう。
 そのあたりは、今日できた官僚たちとの繋がりをうまく利用していかなければならないな。




第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年12月23日日曜日 13:07:11

コマンダーレベル:11→15
NEW! 新しい技術が選択可能になりました
NEW! 新しい施設が選択可能になりました


パイロットレベル:9→21
NEW! にんげんせんしゃ Lv2→3
あなたは12.7mm弾までの攻撃に対して無傷で耐える事ができます。
発射距離、使用弾種、使用した銃の違いは関係ありません。

NEW! ニュータイプ Lv3→6
見えます。あなたには敵の動きが手に取るように見えます。
後頭部と頭上と足の裏にも目があるようなものです。
注:肉体の反応速度を上回る動作ができるわけではありません。脳波操縦デバイスの使用を推奨します。

NEW! ケミカルマスター Lv1→2
耐性が向上し、化学変化にも耐えることができます。
それでは恒星間移民船の動作中のエンジンノズルを見に行きましょう!生身で。
注:要塞級の溶解液には耐えられません。
注:無酸素には耐えられません。宇宙に出る際は宇宙服を着用ください。

NEW! 365日働けますか? Lv1→2
もう休む必要はありません。
さあ、終りの見えない戦いに向かいましょう!
注:あなたの精神には適応されません。気を強く持ってください。

NEW! 岩男 Lv1→2
物理的衝撃は貴方には無意味です。
ド○ゴンボールの世界をあなたに。
注:BETAの攻撃には耐えられません。
注:耐えるのはあなたの肉体だけです。所持品及び激突する対象には適応されません。

NEW! 突撃スナイパー Lv1
攻撃の種類に意味はありません。
あなたにとってはどれも同じだけこなす事ができます。
注:白兵戦闘には

NEW! Strong Back Lv1
さあ1tブロックを持ち上げては下ろす作業を始めましょう。
あなたは1tまでの物質を1kg程度の感覚で持ち運び可能です。
注:1,001kg以上の物へは適応されません。落下物を受け止める際にはご注意ください。

NEW! Mysterious Stranger Lv1
あなたは個人的な守護天使(各種特殊弾を装填したPfeifer Zeliskaを持っています)の加護を受けられます。
V.A.T.S.モードで時々現れて、援護射撃を行ってくれます。
注:あくまでも通常の小火器です。戦車級以上のBETAにはほぼ無効と思われます。

NEW! Action Boy Lv1→2
V.A.T.S使用時のアクションポイントが50追加されます。
気が済むまで俺Tueeeしてください。

NEW! Grim Reaper's Sprint Lv1
V.A.T.Sを使って何かを始末すれば、あなたのアクションポイントは最大まで回復します。
さあ戦場を駆け抜けましょう。あなたを止められる相手はもういません。



プラント発展度 :5→11
NEW! 兵器レベル11までの装備が製造可能になりました
NEW! 生産に必要なクレート量が20%に減りました


現在所持ポイント:0 → 500,000
クレート数   :8,001,001t → 101,009,981t



[8836] 第二十八話『遠足』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:7285a8d1
Date: 2010/05/24 01:48
2001年12月23日日曜日19:00 日本帝国 帝都某所

「それで、8492の現状は?」

 薄暗い部屋の中で、一層薄暗い席に腰掛けた男が訪ねる。
 ここは日本帝国の首都、その一角にある目立たない建物の、特筆すべき点が何もない一室である。
 
「今のところ、大人しくしてくれています。
 北海道及び九州各所に配備された部隊も同様です」

 大型のスクリーンに映し出された兵力配置図を見つつ、別の男が答える。

「財務省の事務次官が接触しているそうだが、目的は聞いているか?」

 上座に座る男が訪ねる。

「省内から入った情報では、現在行われている支援の継続と拡大を求めるようです。
 経済産業省の山田、ああ、大陸で名誉除隊になった彼です、その彼を引き連れているようで」

 部屋の端に佇む男が答える。

「そして、答えはわかっているが、それを武器に外務省が張り切るわけか」

 上座の男はため息混じりに呟く。

「そのようで。既にいくつかの作業グループが作られ、ソビエト、EU、統一中華戦線に売り込みを図るべく策動しているとか」

 一同から溜息が漏れる。
 先程からの話しの内容を聞いてもわかるように、彼らは政府の決して低くないレベルに位置する人々だった。
 彼らの議題は二つ。
 8492戦闘団なる謎の軍事組織を少しでも国益になる形で利用し、同時にいかなる怪しげな策動も見逃さないことである。

「まったく、誰も彼も奴らの放つ輝きに目を奪われているな」

 彼らの懸念は最もだった。
 何の前触れも無しに突然現れ、そして日々増殖を続ける8492戦闘団。
 それは確かに怪しさ満点であったが、強い輝きを持っている。
 無尽蔵に見える援軍、無尽蔵に見える物資、我らの無敵皇軍。
 だが、そんな頼もしい、全知全能の存在は、あくまでも他所からやってきた、正体不明の連中なのだ。
 誰もがどれだけ利益を出せるかだけを考えている。
 これから帰ってくるであろう事務次官殿にも是非聞いてみたい。
 どうしてこうも脳天気にお強請りができるのだ。
 帝国軍少将の階級、幾多の勲章。
 その気になれば数時間以内に日本帝国を滅ぼせるであろう相手に、どうしてそれだけで協力を要請できるのだ。

「何にせよ、警戒を怠るわけにはいかない。彼らが次に何をするのか、確実に把握し、そして監視し続けるぞ」

 官僚どもが調子に乗って彼らを激怒させないように、彼らが愛想を尽かして出ていかないように。
 そして、彼らが牙を剥こうとする前に、その兆候を確認できるように。

「それにしても」

 上座の男は呆れたような声音でスクリーンを見返した。

「役に立つことだけは確かというのは、とても厄介な事だな」

 日本海上の艦隊、北海道の、九州の、そして新潟の防衛部隊。
 それらは全て、8492戦闘団およびそこから抽出された部隊で固められている。
 本来であればそこにいるべき帝国軍部隊は軒並み後退し、再編成を実施している。
 その再編成を支えるのは、やはり8492戦闘団から提供される戦略物資たちだ。
 戦術機、車両、弾薬、その他補修部品などなど。
 本来であればあらゆる予算を削れるだけ削り、その上で他の師団への割り当てを減らした上でも必要数を確保できないはずのそれら。
 その全てを、彼らは国内中の軍需産業全てに今後については安心して欲しい旨を確約した上で用意してきた。
 再編成が終われば、帝国はあと5年は戦えるだろう。
 最寄のハイヴを排除してもらい、常時展開が必要な地域を全て引受けてもらい、再編成のための物資を全てタダで貰っているのだ。
 ここまでしてもらって立ち直ることのできない国家は存在しない。
 
「本当に、厄介ですね」

 上座の男に向かって、一人の青年将校が呟く。

「君は、沙霧大尉だったかね?確か、大陸派遣軍にいたと思ったが」

 沙霧 尚哉陸軍大尉は、散々な結果に終わった光州作戦において敗北前に負傷で内地送還となり、作戦失敗の咎を負わなかった幸運な将校の一人である。
 彼は、敬愛する上官である彩峰中将が国家から切り捨てられ、そして汚名を被ったまま死んでいった事に我慢がならなかった。
 どうして国家は、国家のため、民のために死力を尽くした彩峰中将を罰したのか。
 その理由が、光州作戦において大損害を受けた国連軍の強い意向による事は重々承知しているが、それでもどうして国が、国のために尽くした者へ報いろうとしないのか?
 国家の上層部に対して極めて強い怒りと不信を抱いた彼は、志を共にする同志たちと共に、決起を決意するまでに至っていた。
 そこに現れたのが、8492戦闘団である。
 彼らはどこからともなく現れ、異常な規模の部隊を保有している。
 自分たちが義挙を行ったとして、敵になるのか、味方になるのか、静観し続けるのか、それがわからない。
 味方になってくれれば義挙の成功は疑うまでもないが、万が一敵になり、さらに容赦なくこちらを排除にかかれば、帝都が灰になる。
 接触をするべきか否かを悩んでいるうちに、彼らは新潟を守りきり、佐渡島を落とし、国中に師団規模の増援部隊を配置してしまった。
 北海道及び新潟、九州の防衛が8492戦闘団に一任されると知ったとき、彼の心のなかにあった言葉は一つである。
 もはや、これまで。
 彼らは横浜に基地を有している。
 緒戦において馬鹿げたまでの大部隊を繰り出してきた彼らが、現政権に批判的であるはずが無い。
 そして、そんな彼らの司令部である横浜基地に、十分な戦力が置かれていないはずがない。
 沙霧大尉は祖国を愛していた。
 そんな彼に取って、恐らくは高い確率で失敗し、高い確率で帝都を灰にするような賭けはできなかった。

「8492戦闘団が何者か。何処から来て何を目的としているのか。
 それは我々が命をかけてでも解き明かさねばならない謎です。
 しかし、それらが明らかになる前に、この国は彼らに依存しようとしている。
 恐ろしいことに、軍人ではなく官僚たちが中心となって」

 沙霧大尉は決して狭量な人間ではなく、部署間闘争を望むような低俗な人間でも無い。
 彼の言う官僚たちとは、軍事的なパワーバランスを正しく理解せず、自分たちなりの尺度で誠意を尽くした交渉をしている者たちを指している。
 なるほど、事務次官を派遣とは、官僚たちからすれば最大限の配慮なのかもしれない。
 しかし、相手から見れば、圧倒的弱小戦力の一部門を収めている男が来ただけである。
 
「この国は、どうなっていくのだろうな」

 上座に座る男は、憂鬱な声音でつぶやいた。
 彼らの過剰なまでの警戒は、8492戦闘団出現以降の急速な動きが原因だった。
 一時的に国連軍となり、傭兵となり、日本から離れていかないために特例で少将を長とする正規軍部隊となった。
 その過程では、政威大将軍および彼女のごく近しい間柄の上層部では話が通っていたが、それ以下の層に対して十分な同意が取られていない。
 目下のところ急ピッチでそれは勧められているが、同意を伴なう手続きとは時間がかかるものだ。
 結果として、この部屋にいる人々がそれぞれ納得のできる結末を迎えるまでには、今しばらくの時間が必要となる。



2001年12月24日月曜日06:00 朝鮮半島 旧釜山港沖合50km海中

<<海中にBETA反応無し、衛星からの情報では、海岸付近にも異常は無いようです>>

 重金属に汚染された海中を、一隻の潜水艦が突き進む。
 彼女の名前はリムファクシⅢ。
 反応動力機関を持つ、電磁反発推進のチート兵器である。
 主な武装は謎の炸裂弾頭誘導弾と、搭載する戦術機だ。
 潜水艦は、深海を進むという任務を行うためにどうしても搭載スペースが限られてしまう。
 この超大型潜水艦は、その問題に対して大型化という形で回答を出した。。
 確かに巨体ゆえに対潜水艦戦をすれば不利になるかもしれないが、少なくともBETAを相手にしている限りは恐れる必要はない。
 それに、巨体ゆえにとはいっても、超電磁推進により水中速力60ノットで進み続けることができる。
 その静粛性はよく分からない技術により大変なものとなっており、通常のアメリカ製反応動力潜水艦と同等だ。
 もっとも、例え発見されたとしても一個艦隊相手に浮上決戦を決意できるだけの狂った装甲と武装があるためにそれほど気を配る必要はない。
 鋼鉄の咆哮とかホントだめだね。リアリティの欠片もない。

「よーし、切り離してくれ」

 そんな狂った妄想の産物に輸送されている俺は、現在、魔改造が過ぎる撃震だったものに搭乗している。
 別に国内に居づらくなって外国へ逃亡しているわけではない。
 名前だけ撃震と隊内では呼ばれている俺の機体は、この度目出度くVOB(ヴァンガード・オーバード・ブースト)に対応してしまった。
 使われている技術から機体の基本構造から構成部品から武装まで、あえて表記するならば撃震九八型となるこの機体は、一言でいうと強い。
 これでオリジナルハイヴへ突撃できればとても気持ちイイのだが、さすがにそれは最終話まではできない。
 人間のカテゴリから外れかけているとはいえ、俺は人間だ。たぶん。
 無数の光線級からの熱い視線を回避する事は“まだ”できない。
 そういうわけで、VOBの技術を応用し、中距離潜水ユニットを作ってみた。
 イメージ的には特殊部隊の使用する水中スクーターの親玉だ。
 今回の出撃は、最新鋭の技術を投入した兵器の性能評価試験を目的としている。
  
<<切り離しシークエンス開始、供給系停止、停止を確認>>

 母艦からの通信を聞きつつ、今回の作戦を脳内で確認する。
 本作戦の趣旨は三つ。
 まず一つ目は、BETAたちの進化の度合いを威力偵察によって確認すること。
 俺が引っ掻き回した事が、この世界にどのような影響を与えたかを身を持って確認する。

<<供給系切り離し、切り離し成功。中距離戦水ユニット動作チェック>>

 二つ目は、俺自身の戦闘能力の確認と、海神三二型の性能評価である。
 上陸作戦の要である海兵隊。
 その主力兵装がどこまでBETAたちに通用するかを調べるわけだ。
 出撃前に物欲しそうな顔でこちらを見ていたルーデル様に降臨頂くべきだったかもしれないが、あのお方にお出で頂くまでもない。
 というか、ハイヴ相手に一個小隊+1という絶望的すぎる状況での出撃なので、無人機隊の性能をフルに発揮させるために俺が出る必要があるのだ。
 あのクソ神様め、G.E.S.Uや無人機が性能をフルに発揮するためには近くに俺が必要などと余計な設定を作りやがって。
 おかげで安全な要塞の中から指示だけを飛ばすという司令官プレイがなかなかできない。
 
<<動作チェック異常無し。ユニット主機予備運転開始、出力正常>>

 三つ目は、衛星からの情報ではわからない上陸海岸の強行偵察だ。
 どんなに事前に準備を整えていたとしても、実戦では何が起こるか分からない。
 そこで、試験も兼ねて上陸海岸周辺を確認してみようというわけだ。
 
<<ユニット主機予備運転異常無し。船体分離>>

 軽い衝撃と共に、制御画面に母艦から切り離された旨が表示される。
 直ぐに主機が全力運転を開始し、鉄原ハイヴへの最短ルートを進み始める。
 さあて、楽しい楽しい威力偵察を始めようじゃないか。
 魔改造が過ぎるとはいえ、俺の機体はあくまでも戦術機。
 大暴れしたところで、BETAたちの進化をそこまで促しはしないだろう。



2001年12月24日月曜日06:27 朝鮮半島 旧釜山港

「暴れるだけで最後は撤退するし、遠足みたいなものだな」

 盛大に弾薬をばら撒きつつそんな事を呟いてみる。
 釜山港跡地は正しく戦場となっていた。
 次から次へと押し寄せるBETAたち、それをひたすらに射殺していく戦術機。
 こちらの数が少ないからか、BETAたちは対処可能なレベル、つまり大隊規模でしか出現してこない。

「グラーバク1より各機へ通達、V.A.T.Sを使用する。背後は任せた」

 今回のお題はV.A.T.Sの連続使用による機体への影響の調査。
 機体性能自体は十分に満足すべきレベルである事がよくわかったので、限界を調べてみるわけだ。
 敵地で限界まで調べるという事はかなり危険なのだが、この撃震九八型を軽く見てもらっては困る。
 ちゃーんと、強化外骨格の代わりにカプセル降下兵の装甲服をインナースーツとして使用している。
 イザという時には機体を放棄して海岸まで逃げ込んでやるさ。
 そんな楽観的思考を弄びつつ、V.A.T.Sを起動する。
 押し寄せるBETAの集団が極度のスローモーション映像へと切り替わり、何を使って何処を攻撃するかを選択できるようになる。
 しかし、高効率訓練センターもそうだが、主観時間と客観時間との差異が大きくなると、そのうち頭がどうにかなりそうだな。

「V.A.T.S起動、右腕部レールガン、目標124、突撃級の頭部。次、目標137、突撃級の頭部。次、目標182、突撃級の頭部」

 電磁投射砲は予想通りに強力な破壊力を持っているようだ。
 前方から接近しつつあった突撃級たちは、次々と頭蓋を叩き割られて地面へと転がる。
 今までであればここでしばらくアクションポイントを回復しなければならないが、俺はGrim Reaper's Sprintのスキルを持っている。
 これにより、V.A.T.Sで敵を倒すとアクションポイントが自動的に全快するようになる。
 あとは弾薬が尽きるか機体が動かなくなるまで戦い続けることができるわけだ。

「V.A.T.S起動、左腕部90mm砲、弾種は徹甲榴弾、目標261、要塞級の頭部。次、左肩部25mmチェーンガン、目標284。次、脚部12.7mm機銃ユニット、目標325」

 全身武器庫のような機体を作ってみたが、なかなかどうして強力じゃないか。
 要塞級から戦車級まで、一通り戦術機で対抗しなければならないBETAに有効打を与えることができる。
 徹甲榴弾をまともに喰らった要塞級の頭部に風穴が開き、直後に体内で榴弾部分が炸裂して止めを刺す。
 25mmチェーンガンで薙ぎ払われた要撃級の集団はそれぞれが思い思いのポーズを取った状態で蜂の巣となっており、足元まで接近していた戦車級たちはよく分からない肉の塊になっている。

「後退する、援護してくれ」

 危機感のかけらも感じられない余裕に溢れた戦闘であったが、さすがはBETA支配地域。
 たかだか三百体程度では焼け石に水にもならん。
 二回のV.A.T.S起動の間にもBETAたちは少しずつにじり寄ってきており、跳躍噴射で若干の後退を余儀なくされてしまった。
 普通の部隊ならば、ここで一気に距離を詰めてきたBETAたちによって全滅していたところである。
 だが、あいにくと我々はチートを扱う者、チーターである。
 36mm電磁速射砲を装備した海神三二型は、鬼神の如き活躍で上陸拠点を確保し続けていた。
 甲高い悲鳴のような音を立てて弾体が射出され続け、射線上に存在する全ての目標を粉砕していく。
 機関砲並の速度で次々と発砲が行われる度に、目標情報が更新され、数十の単位で目標番号が消えていく。
 もちろん、雲霞の如く押し寄せるBETAたちは、いくら射殺しようとも怯むことなく押し寄せ続けてくる。
 だが、そうであったとしても、たった一個小隊に過ぎない我々は、BETA支配地域の海岸において局地的膠着状態を作り出しているのだ。

「V.A.T.S起動、右肩部自律誘導弾、牽制射撃、扇状に全弾発射。発射機パージ。次、左肩部25mm、目標362。次、90mm、徹甲榴弾、目標399」

 右肩部に装着された八連装自律誘導弾が発射され、低高度を維持したまま手頃な要塞級や要撃級へ飛び込んでいく。
 空になった発射機はすぐに切り離され、続いて放たれた25mm砲弾が戦車級の集団を叩き潰す。
 誘導弾による爆発の合間をぬって突撃級が飛び込んでくるが、その決死の突撃を徹甲榴弾が阻止してしまう。
 どんどん命令を簡略化していくが、V.A.T.Sは俺の思考にどこまでも付いてきてくれるようだ。
 ここまで直感的に動作してくれるとなると、俺の精神的疲労はさらに抑えることが出来そうだな。
 いっその事、50mクラスの空中浮遊多連装砲台でも作ってみるかな。
 可動砲台で全周を覆えば、きっと今よりも無双することができるだろう。
 まあ、レーザー種を無効化する手段とセットで運用しなければならないので、やるとしたらオリジナルハイヴを落とした後になるが。
 そんな事を考えている間にも駆逐は進んでいく。
 圧倒的火力と圧倒的物量の戦いでは、さすがに火力側が不利になる。
 そこで折角の機会ということもあり、サイコフレームとマグネットコーディングの素晴らしさを見せてもらうことにしたわけだ。
 ネクストを参考にした機体各所のスラスターを吹かしつつ、機体を全速で左へと流していく。
 IFFで結ばれた無人機隊は、一瞬だけ射線を遮る俺を綺麗に避けて砲撃を継続している。
 瞬時の判断の速さはAI制御の利点だな。
 
「V.A.T.S起動、25mm、目標437。90mm、徹甲榴弾、目標463、485、502、再装填」

 これは便利だ。
 ここまで簡略化しても機体はきっちりと思い描いた機動と攻撃を行ってくれる。
 オリジナルハイヴに自分も同行しなければならないと気づいた時には随分と焦ったが、これならば何とかなるな。
 次々と要塞級が、要撃級が、戦車級が死骸へと代わり、その速度は一向に落ちようとしない。
 時折突撃級たちが弾幕をすり抜けて突っ込んでくるが、衛士を殺しかねない勢いで機体を吹き飛ばす大出力スラスターの前では無意味な行動だ。
 そろそろ、今までは自重していた余裕綽々のセリフを披露してもいい頃だな。
 初めは何がいいか「フ、遅すぎるな」これはいいな。
 いや、それであれば「遅いんだよぉぉBETA野郎がぁぁぁ!」も熱い感じで捨てがたい。

<<警告、左右腕部関節部分に異常発生。制御基板に異常発熱が認められます>>

 やれやれ、少し調子に乗るとこれだ。
 なるほど、V.A.T.Sは想定していたが、Grim Reaper's Sprintは想定していなかったわけだ。
 確かにこれは俺の落ち度だったな。
 次回までに修復しておくとしよう。

「上陸海岸周辺の地形図は収集できたな?」

 後部座席に質問する。
 そこでは機体制御から完全に切り離され、無数の探査機や観測ポッドを率いて地形情報の収集に当たっている俺の副官がいる。

「作戦目標は達成されました。
 BETA集団の行動には統計から逸脱する要素は皆無と判断されました。
 上陸海岸周辺の地形情報収集完了。なお、長距離ソナーによるとさらなるBETAの増援が見込まれます」

 よろしい。
 機体や俺の性能試験を実施でき、周辺の地形情報を入手し、BETAたちの進化具合も確認できた。
 ここまで日本帝国軍及び国連軍に見つからずに来れたことから、リムファクシの処女航海としても大成功だな。
 これだけ暴れることができれば十分だろう。
 
「全機反転、撤退するぞ」

 去り際は常に美しく。
 英国紳士は常に美しくなければならん。
 中距離潜水ユニットで曳航してきた足止め用の可潜型パンジャンドラムたちとすれ違いつつ、俺たちは速やかに撤退を完了した。


第18次BETA殲滅作戦途中経過
2001年12月24日月曜日 12:00:58

パイロットレベル:21→23
NEW! 突撃スナイパー Lv1→3
真のパイロットとは、攻撃の距離や手段を問いません。
あなたはどのような武器・戦法・交戦距離であっても、等しく死と破壊を振りまくことができます。
ようこそ“イレギュラー”あなたと世界、狂っているのはどちらなのでしょうか?
注:生身での白兵戦闘には適応されません

現在所持ポイント:500,000 → 600,000
クレート数   :101,009,981t → 100,870,000t



[8836] 第二十九話『敵襲』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:7285a8d1
Date: 2010/06/14 01:43
2001年12月24日月曜日日本標準時21:52 地球近海 日本帝国上空 日本帝国航空宇宙軍 軌道防空艦隊

 無限に広がる大宇宙。
 数万隻の大艦隊で銀河英雄的大戦争というのも興味深いところであるが、取り敢えず今の所は地球連邦軍で我慢をしている。
 男のロマンである宇宙戦艦。
 当艦隊は、旗艦アナンケⅡを含む三隻のマゼラン改級宇宙戦艦および、サラミス改級宇宙巡洋艦九隻で構成されている。
 これだけで全人類の宇宙戦力相手に損害ゼロで圧勝可能なのだが、そういうことは趣味ではない。
 この艦隊は、あくまでもBETAの着陸ユニットを確実に破壊することだけを目的としている。
 別に対地兵装を用いれば地球上の任意の場所を好きなだけ破壊できるのだが、それは最終決戦まではお預けである。
 BETAの急激な進化を促しかねない超兵器は、最終段階までは使用できない。

 名前も知らない前任者たちの中には、超兵器で好きなだけ無双をした連中が何人もいた。
 だが、そういった手合いは結局のところ、急速に進化を遂げたBETAたちによって逆襲されている。
 ハイヴを宇宙から攻撃する宇宙戦艦に対向するため、衛星軌道上まで届くレーザーを発振する超重光線級。
 高速で駆け巡る戦術機を補足し、破壊する対戦術機級。
 洋上艦隊を襲撃する水上級。
 それら全てが人類にとって致命的なダメージを与え、そして調子に乗っていた前任者たちを殺した。
 幸いなことにポイントでそれらの情報を入手できた、正確に言うと、それらの情報を入手できることに気づいた俺は、注意深く戦力の向上を行うことにしている。
 具体的には、これまでの概念を覆すような超兵器は出来る限り使用しない事にしたのである。
 アームズフォートや第四世代戦術機、

<<国連宇宙艦隊より通報、日本本土へ向けて移動中のBETA着陸ユニットを発見。
 方位、距離データ受信中。当艦隊の迎撃エリアです>>
<<各戦隊の展開完了。目標、BETA着陸ユニット。艦隊射程範囲まで20秒>>
<<マゼラン級改宇宙戦艦「アナンケⅡ」、目標を補足。精測データ各艦へ転送中>>

 宇宙空間の防衛は、地球上の人類領域のそれに比べ、強大な戦力を必要としていない。
 着陸ユニット迎撃用の核弾頭運用能力と、迎撃のための高軌道へ行って帰ってくる事ができるエンジンを持った航宙機があればそれでいい。
 まあ、それでいいと限定したところで、日本帝国にはそれを作る能力はない。
 もっと言えば、合衆国製の航宙機を言い値で買わされる以外の方法がない。
 宇宙ロケットとは逸品限りの工芸品のようなものであり、購入の意思を示したところで、一日二日で実機を手にいれることはできない。
 だが、8492戦闘団からの情報を日本帝国が吸出し、その後に全人類へ供給することを世界に認めてもらうためにはそれが絶対条件だった。
 便利な連中が欲しいと言うならば、その分こちらの負荷を受け持ってくれ。
 合衆国を中心とする国連上層部は、対価を支払えと言ってきたのだ。
 無理なら無理で構わないさ、出来ないことを求めはしないよ。
 ただ、それならば我侭は止めることだ。わかるね?

 最初期から継続的かつ非公式に行われた複数回の交渉で、極めて高圧的かつ丁寧に言われた内容はそれだった。
 顔を真っ赤にした外務省の担当者たちは、必要最低限の外交的儀礼を行いつつも、最大限国益を維持するための交渉を行い続けた。
 しかしながら、国連、というよりも合衆国は頑なだった。
 どう考えても実行不可能な宇宙艦隊創設による国際貢献か、8492戦闘団を帝国から切り離し国連による管理という名目で合衆国に渡すか。
 初めからできないだろうという前提で出されたその条件は、確かに不可能だった。
 日本帝国には様々な科学技術と優れた工業力があったが、対宇宙防衛を恒常的に実行できる艦隊を作るまでには至らない。
 普通ならば。

 まあそういう次第なので、困った外務省の官僚たちは、財務省および経済産業省、国土交通省へ相談を持ちかけた。
 関連する全部署が不可能であるという認識を共有したあとで、更にその上に相談を上げる必要があるのだ。
 しかし、そこで誰かが行った提案がこの先の展開を変えた。
 8492戦闘団の連中は何でも持っているようだが、宇宙船関連の何かを持っていないのか誰か確認したか?
 国家運営に直接関わる彼らが他所から来ている連中に頼むなど、待ったくもってお笑い話だ。
 しかし、相手は理屈は分からないが確かな成果を出し続ける謎の武装組織である。
 聞くだけは聞いてみる価値があった。
 そして、その選択は間違ってはいなかった。
 そういった次第なので、この宇宙艦隊は軌道上に展開していた。


<<目標、進路・速度に変化なし>>
<<全艦、惑星近傍空間(NPS)戦闘速度即時待機>>
<<全艦、NPS戦闘速度即時待機完了>>
<<全砲門開け、対進戦用意>>
<<全砲門開け、全艦対進戦用意>>
<<各マゼラン級宇宙戦艦、砲撃準備完了>>
<<各サラミス級宇宙巡洋艦、砲撃準備完了>>

 AIたちが高速で戦闘準備を完成させていく。
 彼らは純粋に俺に対するサービスで音声による応答を行ってくれる。
 艦隊を戦艦1、巡洋艦3からなる三つの戦隊に分け、こちらへ直進し続けるBETA着陸ユニットに道を譲るように、敵の進行方向を開け、上方および左右へ展開する。
 地球連邦軍艦艇は、基本的に前方へ最大の火力投射を行えるようにデザインされている。
 互いが互いを進行方向に捉えての対進戦は、彼女たちの最も好む行為であった。
 とはいえ、わざわざ破壊した敵のデブリに突っ込む必要はない。
 そのための布陣である。

<<全艦撃ち方始め>>
<<撃ち方始め>>

 その攻撃の様子は、まさに圧倒的の一言である。
 マゼランの連装主砲が、サラミスの速射砲が、次々と砲弾を放っていく。
 今後の面倒を避けるため、現時点では全艦があえて換装した実弾兵器を運用している。
 メガ粒子砲やレーザー機銃は、使用すると同時にそれを分けてくれと世界中から要求されるという面倒な問題を発生させる。
 そういった次第なので、実体弾兵器を搭載する代わりに、それを補えるだけの外見上は分からない超高性能な射撃統制システムを搭載させたわけなのだ。
 無重力空間用大型無反動艦砲、姿勢制御機構搭載型自律誘導砲弾、レーザー・レーダー併用型射撃統制装置、光回路式高速演算ユニットなどなど。
 はっきりいって、税金の無駄遣いだ。
 まあ、我が軍には予算という概念が存在していないので、そのような事を考える事は間違っているのだが。

<<目標に着弾まであと五秒、四、三、弾着、今>>
<<目標に命中を確認。観測中。目標の破壊を確認>>

 ジオン公国との全面戦争を経験し、さらにグリプス戦役、ニューディサイズの反乱を乗り越えた彼女たちは、控えめに言って強力だった。
 高速で殺到するミサイルやロケット、モビルスーツを撃退するため、長距離精密砲撃および近接防空能力は非常に高いレベルに達している。
 そこに更に改良が施されている今、反撃も回避もしない相手など、たった一斉射で十分だ。

<<デブリ破砕射撃開始。全艦近接防空システム起動>>
<<デブリ接近警報。近接防空射撃開始。回避運動自由>>

 あまりにも圧倒的な、一方的な攻撃であった。
 冗談のような相対速度で接近する着陸ユニットを一撃で破壊し、そのままデブリ破砕射撃を実施する。
 彼女たちは別にスペースデブリなど無視して戦闘能力を維持できるが、人類が用いる人工衛星や軌道艦隊は別である。
 迷惑を掛けるわけにもいかないため、取り敢えず危険度を下げるための射撃を実施する。
 戦力としてカウントされていない、デブリ破砕のためだけに用意された化学レーザー輸送艦が、積載した化学レーザーユニットによる防空射撃を始めた。
 これは、コストを度外視すれば直ぐに合衆国も用意できるものである。
 極めてコストパフォーマンスの悪いレーザーが放たれ、大きい破片から蒸発させていく。

<<デブリ破砕射撃完了。戦闘終了。警戒態勢解除。艦隊は周回軌道へ帰還します>>

 今日も地球は平和だった。
 地球上の全戦線で今日も小競り合いが続いているが、少なくとも大気圏外からの攻撃に対しては平和であると言えた。



2001年12月24日月曜日アメリカ東部時間08:30 北米大陸 アメリカ合衆国 ワシントンD・C ホワイトハウス

「なかなかやるようだな」

 報告書を受け取った大統領は、愉快そうにそう言った。
 今回の高軌道迎撃任務は、合衆国の持てる全ての対宇宙監視システムを用いて観測されていた。
 使用されている武器こそ非常識ながらも理解の範囲内だが、それを運用するプラットフォームおよびシステムは理解すら出来ないものだ。

「照準システム、あのような大量の物資を軌道に上げる手段、そもそもが搭載されている艦艇。
 全てが非常に興味深い、とてもとても興味深い」

 まさに感無量と言った様子で大統領は言葉を続ける。
 日本人たちは、あの艦隊を宇宙に浮かべることで全てを免れたと考えている。
 そんな事はないのだ。
 人類の将来に責任を持つ合衆国は、ああいった技術をたくさん持たねばならない。
 それが手に入る位置にある以上、遠慮は必要ない。
 全ては人類の未来のため。
 合衆国は、できるだけの事をしなければならないのだ。
 それが、人類の未来を切り開く責任と権利を持つ、アメリカ合衆国が成さねばならない事である。

「対日オプションの第二項を実施するべきかね?」

 ごく限られたメンバーだけが参加できるこの会議には、当然ながら合衆国の極めて上層部の人間たちが参加している。
 陸海空三軍の司令官、各情報部門の長、主に対外的な国家戦略に関わる人々だ。

「準備は出来ておりますが、もうひと押しが必要ですね」

 全世界の悪いことの原因と呼ばれるCIA長官は、いかにもアメリカ人らしいジェスチャーで肩をすくめつつ答える。
 さすがにBETA襲来とユーラシア大陸失陥とポストが赤いことの原因だけは公式に否定しているが、今も少なくない人々が彼を疑っている。
 ポストが赤いことは別にCIAの陰謀ではない。
 そう告げた時に居並ぶ記者たちが疑いの表情を浮かべていた事には怒りを覚えたな。
 彼はそんなどうでもいい事を思いつつ、言葉を続ける。

「対日オプション第二項であるレインボー第二号計画は、発動準備だけは完了しております。
 しかしながら、8492戦闘団の戦力が首都近郊にある限り、作戦発動はオススメできかねます」

 対日オプション、別名レインボー計画と呼ばれる対日傀儡化戦略は、幾度とない修正を繰り返して今日も準備され続けている。
 その第二号計画とは、合衆国が信頼を置くことのできる指導者に率いられた帝国軍による武力蜂起である。
 政府を物理的に破壊し、軍への信頼を失墜させ、合衆国がその後を受け持つ。
 そういった計画だった。
 森羅万象を司っているわけではないが、この件に関して言えば、確かにCIAは動いていた。

「あれはどうなんだ?パープル第六号だったかな?」

 オルタネイティブ第四計画を実行する横浜基地への妨害は、有形無形を問わず常に実行されている。
 地球脱出と全G弾の使用による地球上での時間稼ぎを行う第五計画の方が有効であると合衆国が判断している以上、第四計画は速やかに終了しなければならない。
 合衆国の判断は、人類の判断である。
 彼らは本気でそう考えていた。
 文字通りの意味で人類を支える合衆国上層部の人々は、そのような傲慢極まりない思考が許される。

「パープル第六号計画は、いつでも実施が可能です。
 工作員は制御プログラムの管理担当をしており、命令一つで直ぐに実験用捕獲BETAの開放が行えます」

 パープル第六号計画は、実験用に捕獲されたBETAを全て開放し、横浜基地の人員機材に致命的な損傷を与えることを目的としている。
 国連軍の一員として送り込んである現地工作員からは、基地守備隊の練度不足が繰り返し報告されており、一度実行となれば基地機能に致命的な打撃を与えられる可能性は大きい。
 この計画で発生した被害を武器に、国連として資産を危険に晒した事を糾弾し、帝国内部の同調者たちからは首都の目の前でBETAを暴れさせた事を叩かせる。
 これだけで十分な打撃を与えられるかといえば怪しいが、それでも火消しのためにしばらく香月夕呼の動きを封じることができる。
 工作作戦の費用と若干の特殊機材だけでそれを達成できるのであれば、随分と安い投資だ。
 
「連中の、なんと言ったか、ああ、アオモリだったかな。
 あそこへの破壊工作は進んでいるのか?」

 日本人が聞けば確実に激怒する事を言い放ちつつ、大統領は質問を続ける。

「十五人も送り込んだんだろう?
 流石に核爆発は無理だろうが、さぞかし愉快な事になっているんだろうな?」

 期待を込めて大統領は尋ねた。
 日本帝国は、自立などしてはいけないのだ。
 合衆国国民が幸せに暮らしていけるよう、何時までも便利な大陸の防波堤でいなければならないのだ。

「ええ、全員に行動命令を出しました。
 あと一時間以内に、複数の箇所で重大な事故が発生するはずです。
 これで彼らの工事完了は、最低でも二年以上は遅れる見込みとなっています」

 久々に実施される派手な陰謀に、CIA長官はいつになく燃えていた。
 熱意を持って職務に励むことは良いことである。




2001年12月24日月曜日22:45 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地

「お話はわかりました」

 文字通り朝から晩までの長きに渡る会議の最後を、俺はそう締めくくった。
 官僚たちとの楽しい会談を終わらせ、日付の変更とともに指揮権を交代し、惰眠を貪り始めたと思ったらこれである。
 俺の数少ない休日を破壊してくれた香月夕呼副司令閣下は、疲労の様子すら見せずに満足げにコーヒーを飲んでいる。

「それで、どうなのかしら?
 お話はわかりました、っていうことは、そのまま素直にイエスとは言ってくれないんでしょう?」

 たしかに長時間の会議ではあったが、たった一日の打ち合わせで合衆国の工作員を抹殺してくれないかと頼まれてもな。
 そもそも、こちらにはそのような優れた人物はいないのだ。

「そういったお話は、先程勝手に入室してきた鎧衣課長にお願いすればいいのではありませんか?
 貴方もそう思いますよね?」

 振り返らずに帝国情報省外務二課長であり凄腕の情報工作員でもある鎧衣氏に声を掛ける。
 大変申し訳ないが、敵意があろうとなかろうと、物理的に存在している以上、有象無象の区別なくPip Boy3000は見逃しはしない。

「おやおや、自己紹介の機会を奪われてしまうとは残念だ。
 ここは代わりに、オオグンタマの貴重な生態についてご説明する事でご満足いただきましょう」

 また凄い生き物がいる世界だな。
 この様子では、機会があればキョギフ大統領の貴重な産卵シーンも見ることができるのだろう。

「それは大変に興味深いお話ですね。
 ところで、せっかちな軍人らしい物言いで大変恐縮ですが、戦略研究会の皆様はいつ頃正義の戦いに立ち上がりそうでしょうか?
 対人間の諜報活動はとても苦手でして、背後で暗躍する某アメリカ合衆国中央情報局の、所属はわかりませんが渡辺田中さんと、斉藤鈴木さんの行動が怖いのです」

 二人のふざけた名前のCIA工作員の名前を口にした瞬間、鎧衣課長の雰囲気が一瞬だけ変わった。
 Pip Boy3000の表示が、一瞬だけ味方もしくは無関係を示す緑から、敵を示す赤に変わった後に緑へ戻る。
 このあからさますぎる偽名の二人はどうやら日系アメリカ人らしく、CIAの工作員として日本帝国内で怪しげな活動に従事している。
 それはさておき、殺気も何も感じさせずに警戒態勢に入るとは、さすがは高名な鎧衣課長だ。

「私も随分と歳を取ったようだ。
 最近の若者は、随分と成長しているらしい。
 どうかね?娘のような息子、いや、息子のような娘がいるのだが、君ならばきっとうまくやっていけると思う」

 思わず苦笑してしまう。
 どうかねと言われても、詳しく知っているが会ったことも無い女性を勧められても困る。
 それに、彼女は素晴らしき白銀ハーレムの一員だ。
 俺ごときが許可もなく手をだすわけにはいかない。

「お義父様のお許しがあるとなれば、私としても吝かではありませんな。
 それはさておき、15人も敵対工作員が消えたのです、そちらの行動も今後はより高いレベルを期待していいのですよね?」

 国内の重要拠点に破壊工作を仕掛けることのできる熟練工作員を15人。
 合衆国らしい大胆な大盤振る舞いに対し、こちらもそれなりの手段で反撃を行ったのだ。
 とはいえ、こちらには諜報部員は存在していない。
 そのかわりに、AIたちを用いて殲滅したのだ。
 五人が突然動き出した重機に踏み潰され、二人が計算し尽くされた軌道で落下した建材に押しつぶされた。
 一人は無警告で注水された貯水槽で水死し、四人が火災報知器の誤動作による二酸化炭素消火装置で窒息死。
 残る三人は暴走した火災防止システムによって隔壁で閉じ込められており、死亡を確認するまでそのままとなる。
 対外的に何かができる人材はいないが、こちらの管理下にある基地内においては全システムが強力な暗殺要員になる。

「いやはや、私などはあくまでもしがない管理職でして、優秀な部下たちの活躍にご期待下さい。
 それはそうと、かの国上層部は随分と貴方を警戒しているようですね」

 まあそれはそうだ。
 合衆国はこの世界の秩序を維持する、言い換えれば支配する事が目的になっている。
 彼らのコントロールから完全に離れた軍事組織など、許せるはずが無い。

「そうでしょうね。逆の立場であれば、私も同じ行動を取ると思いますよ。
 だからと言って、彼らの精神的な健康に配慮してBETAに敗北するつもりはありませんけれども」

 それにしても、基地周辺部だけとは言え、防諜を任されるというのはどうなのだろう。
 原作でも随分と合衆国にしてやられている感が否めなかったが、今回はそれ以上に状況が悪化しているのだろうか。
 何にせよ、Pip Boy3000経由で基地が知らせてくれた俺の危機を取り敢えず乗り切らねばならない。
 パープル第六号計画なる対日諜報計画を、生きて乗り切らねば。
 そう内心で決意を抱いたところで、基地中に警報が鳴り響いた。

<<緊急、緊急、コード911発令。全部隊は実弾を装備のうえ所定の配置につけ。これは訓練ではない。
 繰り返す。緊急、緊急、コード911発令。全部隊は実弾を装備のうえ所定の配置につけ。これは訓練ではない>>

 どうやら、今回は目の前の副司令官閣下の仕業ではないらしい。
 その証拠に、彼女は我々の事はそっちのけで電話機相手に怒鳴り、デスクに収められた拳銃を取り出し、ドアをロックした上でバリケードを構築しようとしている。

「敵の謀略、という事でよろしいですね?」

 腰に下げた拳銃を取り出しつつ尋ねる。
 対する彼女は、日頃の冷静さはどこかへ飛び去り、必死にソファーをドアの前へ置こうとしている。
 予想外だったのだろうが、ここまで取り乱すというのは解せない。
 彼女は、よほどどうしようも無い場合でも、必要最低限の冷静さは持っているような人物だったはずだ。

「鎧衣さん、射撃の腕は?真面目な回答でお願いします」

 仕方なく立ち上がりつつ尋ねる。
 香月夕呼が言葉を発する間を惜しんでバリケードを構築しようとしているのだ。
 つまり、状況は相当にまずい。

「拳銃ならば10m以内は何とかなる。
 だが、9mmではBETA相手には役に立ちそうも無いな」

 彼の口から真面目な口調が帰ってくるということは、相当にまずい状況のようだ。
 まだ死にたくはないし、こちらとしても全力を尽くして事に当たろう。



[8836] 第三十話『反撃』
Name: ちーたー◆df67df43 ID:7285a8d1
Date: 2010/07/18 06:35
2001年12月24日月曜日23:40 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地

「しかしですね、研究用に捕らえるにしても、限度というものがあるでしょう」

 戦闘が発生していることを示す微かな戦場音楽を聞きつつ、香月副司令に苦情を申し立てる。
 発生直後は直ぐに鎮圧されるであろうとのんびりしていたが、まさかこうも鎮圧に手間取るとはな。
 警報が鳴り響いてから既に一時間以上経過しているというのに、この部屋への増援すらやってこない。

「一つ提案をしてもよろしいでしょうか?」

 部屋の最奥で拳銃片手に端末を操作している副司令に尋ねる。
 事件発生直後は電話が通じていたのだが、現在のところ通常の内線と非常用の司令室との直通の両回線が不通になっている。
 通信が途絶しているにも関わらず誰も彼女のところに安否の確認に来ないところを見ると、これは明らかな妨害工作の結果だ。
 合衆国は自分たちのコントロールを受け付けない指導者を大変に嫌うが、国連の基地でここまでの大盤振る舞いをするとは思えない。
 おそらくここまでの規模の騒ぎになる事は予想外だったのだろう。

「何よ?どうせする事もないんだし、聞くだけは聞くわよ」

 おやおや、随分と冷静さを失ってしまっているようだな。

「結局のところ、外部との連絡は取れたのでしょうか?」

 受話器に手を伸ばさず、キーボードをひたすら叩いているところからすると、もしかしたらチャットかメールで会話をしているのかもしれない。
 そんな淡い期待を抱きつつ尋ねるが、回答を貰う前に彼女の表情からそうではない事が伝わってくる。

「せめて電子メールだけでも、そう思ったんだけどね。
 どうやらこのフロアの中継器から先がバッサリ切られているみたいね」

 なるほど、フロアごと遮断されているわけか。
 有線は中継器ごと遮断、中継器から先が切れているという事は、無線を使ったところで送信機だけの出力では地上に出る前に減衰して届かない。
 こんな時のための独立した直通回線もどこかで遮断されている。

「それでしたら、私の方で手配がかけられるのですが、もう救援部隊を呼んでもよろしいでしょうか?」

 俺の言葉に副司令と鎧衣課長がこちらに信じられないものを見たような目線を向けてくる。
 そんな目で俺を見ないでくれ、恥ずかしいじゃないか。

「アンタ、まさか今の今まで」
「いえいえ、もちろん忘れていたわけではありませんよ。
 それに通信機、というよりも、緊急用の信号送信機のようなものでして」

 失礼な話だ。
 人が救援要請を邪魔してはいけないと黙っていただけだというのにまったくもって失礼な話だ。
 Pip Boy3000はこの基地の中継器が落ちている以上使えないが、もう一つだけ手が残されている。

「国内にBETAが浸透した場合を想定した、小型種を相手にする機械化歩兵大隊が我々の横浜基地に即応待機をしています。
 友軍基地に向けて初出撃というのは残念ですが、救われるべき我々から見れば関係ありませんな」

 実写版地球連邦軍機動歩兵の大隊と、別の地球連邦宇宙軍巡洋艦サザランド陸戦隊。
 ここに日本帝国陸軍汎用人型決戦兵器『船坂軍曹』と、合衆国の産んだ殺人機械『チャールズ“コマンドー”ケリー』と、白い悪魔『シモ・ヘイヘ』が加わっている。
 なお、全員が北崎アームストロング製M89A5重機動装甲服を装備している。
 BETAたちが可哀想になってくるが、俺の身の安全のためだ、出し惜しみなしでやらせてもらおう。
 これ以上は望めないリアル系の精鋭が、こちらの時間で50分、高効率教育訓練センターの内部時間で300日という期間の訓練を積んでいる。
 贅沢を言えば10年分くらいの経験を積ませたかったが、仕方がない。

「そちらの面子を考えれば我々が介入することは好ましくないのですが、もうそういった事を気にしている段階は通り越しました。
 日本帝国政府と国連軍上層部の間で後処理をしてもらうとして、死にたくはないので、こちらで救出作戦をやらせてもらいますよ」

 そう言って見えるように携帯端末を取り出す。
 ポケットに入るような小箱に赤いボタンが一つだけ付けられている。
 非常用にと思って作ったのはいいが、役に立つのもいいが、無駄が過ぎるな。
 これに反省して次回は超空間通信機か重力波通信機か、それが無理ならタキオン通信機でも作っておこう。
 とりあえず、これは四次元を超越する未来道具ですら捻じ曲げる未来人の、そのさらに上を行く技術で作られた位置情報発信機だ。
 さすがに圏外という事はないだろう。

「まったく、そこまで気を使われると嫌味に聞こえてくるわね。
 こっちの部隊はいつまでもやってこないし、好きにやってちょうだい」

 駄目といわれたら途方にくれるところだった。
 内心で安堵しつつ、俺はボタンを押し込んだ。
 それにしてもこの発信機、ピッピうるさいぞ。



2001年12月24日月曜日23:45 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地正面ゲート

「おいおい」

 マブラヴ名物の正門警備の二人は、こんな非常時にも正門にいた。
 とはいえ、別に暇つぶしをしているわけでも逃げ出そうとしているわけでもない。
 彼らの持ち場はここであり、軍人である以上、必要がなくなるまでは割り当てられた部署を確保し続けなければならない。
 そういったわけで、彼らは最初の目撃者となった。

「なんだありゃあ?」

 最初に言葉を発したのは、黒人の兵士だった。
 せいぜいが分隊に一つだけ配備された重機関銃だけという軽装の彼らは、職業意識だけを武器に決死の防衛網を敷いている。
 歩兵分隊に過ぎない彼らは、闘士級が二体、油断すれば一体現れるだけで全滅できる。
 そのため、全周に出来る限りの注意を払い、何かあればすぐさま友軍を呼び出せるように警戒していたのだ。
 彼が目撃したものは、光っていた。
 すっかり見慣れたもうひとつの横浜基地。
 サーチライトが基地施設の周囲を照らし出し、無数の砲台がこちらを睨み、戦車隊や戦術機部隊、不気味なロボット兵士たちが展開している。
 そのゲートから、光るものが無数に向かってくる。

「あれは、装甲車と、後ろは全部トレーラーだな」

 周囲を警戒しつつ、白人の兵士が情報を補足する。
 角張った装甲車、そして大型で無数のトレーラー。
 この基地が戦闘中であることは伝えてあったはずだが、援護してくれるとは聞いていない。
 明らかに少ない正門の警備は彼らの支援を目当てにしてのものだろうが、それと車列縦隊をこちらに差し向けてくる事に関連性が感じられない。
 徐々に見え始めた輪郭から、それが相当に頑丈そうな車体であることはわかるのだが、だからなんだという話だ。

「おい!止まれ!そこで止まれ!」

 一撃で全滅しないように、二人単位で分散配備されていた別のチームが声をかける。
 彼らはこの非常時においても、とりあえず基地内の交通規定に従った行動を求めようとしていた。
 つまり、国連軍横浜基地正面ゲートの手前に引かれた停止線で停車を求めたのだ。

<<警戒しろ、援軍の予定は聞いていない。要請も出されていない>>

 緊張した様子の分隊長が隊内無線で警告を発する。
 せいぜいが重機関銃程度を据え付けた装甲車と、どこをどう見ても頑丈なだけの非武装のトレーラーだが、彼らはそれを止める手段を持っていない。

「止まれー!そこで停車しろ!」

 小銃を振り回しつつ兵士たちが停止を呼びかける。
 車列縦隊はその声を無視して一気に加速、などせずに、夜間にもかかわらず教習所の教本に載せたくなるほど見事な位置に停車した。
 後部ハッチが開かれたらしく、戦闘服を着込んだ男が装甲車の後ろから現れる。

「今は戦闘中だぞ!許可もなしにここで何をしている!」

 駆け寄った兵士は周囲を警戒しつつも目の前の男を怒鳴りつける。
 しかし、いくらか言葉をやり取りした直後に、彼は悲鳴を上げることとなった。

<<ぶ、分隊長殿ぉー!>> 

 その明らかに異常な様子に、分隊長はすぐさま陣地から飛び出した。
 彼女のそれなりにある従軍経験から、部下が上官をこのように呼びつける時は一つしかないと知っていたのだ。
 
「失礼します。自分は国連軍横浜基地の」
「挨拶はいい。8492戦闘団第171機動歩兵大隊のジョニー・リコ大佐だ。
 これは指揮車で、後ろには部下たちが乗っている」

 リコ大佐は傍らの装甲車を指し示し、次に後ろのトレーラーを指さした。

「我々の司令官がそちらの基地の地下に閉じ込められている。
 BETAに襲われている可能性が非常に高い。
 具体的な形での絶対の安全を保証するか、今すぐ救出してここへお連れするか、あるいは我々を通してもらいたい」

 突然出現した別組織の大佐に謎の車両部隊。
 背後の自軍基地ではどこから沸いてでたのかも不明なBETAが暴れている。
 あまりの異常自体に分隊長の脳は飽和状態となり、あぅ、だの、えぅ、だのとだらしのない言葉が漏れるばかり。
 速やかに基地司令部に連絡し、然るべき立場の将校に指示を求めるだけで良いというのに、それを思いつくことができない。

「降車!急げ急げ急げ!」

 彼女が茫然自失の状態に陥っている間にトレーラーの荷台が次々と開き、マウンテンゴリラにアフリカゾウの足を移植したような物体が次々と降車する。
 どうやら装甲服を着込んだ歩兵のようだが、彼女も、彼女の部下たちも、もっと言えば国連軍も帝国軍も、こっそり監視している合衆国軍も見たことのない装備だった。
 仮に未知の金属で出来ているとしても、数百kgはするであろう金属製のそれは、軽装の熟練兵でも不可能に思える素早さで車列の両脇に展開していく。

「返答は?」

 その不気味な背景を背負いつつ、リコ大佐は再び尋ねる。
 視線は彼女の左胸、そこに取り付けられた無線機へと向かっている。

「はい大佐殿、上官へお繋ぎいたしますのでしばらくお待ちください」

 結局のところ、若干のやりとりはあったものの増援は認められた。
 基地司令と一部の人間だけは知っていたのだが、出現中のBETAたちは明らかに当初捕らえていたよりも多くの数が出現しており、不可解な事に今も増加中だったのだ。
 そのため、横浜基地は保有する全ての兵力を出撃させているが、一部の施設を見捨てているにもかかわらず、歩兵兵力が完全に不足していたのだ。



「協力ありがとう曹長。突入開始」

 方針が定まった後の軍隊は早い。
 突入開始という短い一言で、大隊は突入を開始した。
 遮断バーが下ろされたままの車両ゲートをすり抜け、目標である本部施設へ向けて進撃を開始する。

<<ギャァァァァァ誰かぁ!!>>

 彼らが進撃を開始して四秒。
 具体的には先頭がゲートを抜けて二歩目を踏み出したところでそれは聞こえてきた。
 暗号化なし、複数の周波数を用いて行われるその放送は、この場にいた全員が受信していた。

「負傷兵か?」

 不審そうに呟いたリコ大佐に答えるように、前進中の部隊の右前方、カマボコ型の屋根が特徴的な格納庫から一機の戦術機が飛び出してきた。
 壁を突き破って出現したその機体には、赤くてそれなりに大きい何かが複数付着している。

「戦車級だ!支援してやれ!三時の方向に警戒!」

 戦車級に取り付かれた恐怖から、中に乗っている衛士の精神は限界を超えてしまったらしい。
 援護のための分隊が声をかける間も無く、その戦術機は跳躍ユニットを全力で噴射させた。
 そのまま手足をバタバタと振り回しつつ、出てきたばかりの格納庫へと再び飛び込む。
 閃光。轟音。爆風。
 内部の弾薬や燃料に誘爆したらしく、格納庫はその大半を吹き飛ばしてしまった。
 
「反応あり、数、100から200と推定。接近中。BETAです」

 格納庫に向かってスキャンを行っていた偵察兵が報告する。
 あれだけの大惨事で、100名を超える人間が生き残り、助けを求めるために歩くことなどできない。

「前列構え、周囲を警戒。射程に入ったら撃て」

 巨大な昆虫型エイリアンの大群との絶滅戦争を生き抜いた彼にとって、このような戦闘は演習に近いものだった。
 機動歩兵たちはすぐに小隊単位で陣形を作り、接近するBETAたちに銃口を向ける。
 敵の数は大したものだったが、地球連邦軍の精鋭たる機動歩兵たちから見れば、呆れるほどに数が少ない。
 彼らから見れば「たった百や二百程度」なのである。
 おまけに、手に持っているのは本体が大きいだけの小銃ではなく、強化装甲服に取り付けられた多銃身機関銃。
 手に負えなければ直ぐに機甲部隊が支援に駆けつけてもくれる。
 繰り返しになるが、彼らにとっては演習のようなものだった。

「撃て」

 短い号令と共に銃弾の嵐がBETAたちを襲った。
 射撃時間、実に二秒。
 その二秒の間に、一万発近い機関銃弾が発射され、そのうちの三千発が命中した。
 同規模のこの世界の歩兵であれば、未だに全員が恐怖感に包まれながら発砲し続けていただろう。
 そろそろ死傷者の心配をし始めるべき時間だ。
 
「移動熱源なし、安全確認」

 強力で、ハイテクで、スマートな彼らは、敵を一瞬で殲滅した。
 彼らが心配するべきなのは、突撃級や要撃級といった、戦車を持ち出さないと勝てない相手ぐらいである。



2001年12月25日火曜日00:25 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 香月夕呼の執務室

「もうちょいバリケードから下がってください。もう少し、そう、部屋の端に」

 轟音を立てて歪んでいく扉から離れるように呼びかける。
 この部屋の中にいるのは、俺と鎧衣課長、そして怯える香月副司令と社である。
 先程から熱烈なノックを行っているのはきっと救援部隊ではなく兵士級か闘士級だろう。

「まずは私が、鎧衣課長は御婦人方をお任せします」

 9mmがどれだけ役に立つかはわからないが、やるだけやろう。
 腰に下げた拳銃を抜き、おそらくはあと一撃で破れるであろうドアへと向ける。

「ふむ。若者の本気というものはいつ見ても気持ちがいいものだ。
 ところで、うっかり聞く事を失念していたが、実戦経験はあるんだろうね?」

 さすがは鎧衣課長だな。
 先程少し様子が変わったが、この期に及んで普段の口調を維持できるとは大した人だ。

「ご心配なく。対人も対BETAも、うんざりするほどやっていますよ」

 俺には現実としか認識できない仮想現実の世界で、だけれども。
 とにかく、楽しいおしゃべりはそこまでだった。
 今にも室内へ向けて倒れこみそうだったドアは、遂に最後の一撃を受けて室内へと飛び込んできた。
 金属の擦れる嫌な音。頑丈な合金製の板が床に激突する轟音。思わず漏れてしまった香月副司令と社の小さな悲鳴。
 今度からは、外出の時には最低でも一個分隊は必ず連れて歩くことにしよう。

「いらっしゃいませ」

 先程までドアのあった場所。
 その空間に立ちふさがるお客様を見て、俺は思わず言葉を発した。
 直後にV.A.T.Sを起動する。
 うーむ、いつ見ても不愉快な外見だな。
 失礼な事を思いつつ照準する。
 とりあえずその綺麗な鼻を吹き飛ばしてやる。
 9mm拳銃弾は、普通ならばBETA相手には気休め程度にしか役に立たないが、超加速された空間でしっかり狙って撃てば打撃は与えられる。
 それに俺が使っている弾薬は、銃自体もそうだがチートの限りを尽している。
 難しい話を抜きで言うと、この拳銃はタングステン弾頭の内部にBETAの体液に反応して爆発する炸薬を詰めた小型徹甲榴弾をマッハ3で撃ち出す能力がある。
 そして、それを連続して行っても全く劣化なく使用できる。
 チート極まりないのだが、まあ、気休めレベルのようなものだ。
 ほお、三発で死亡か。
 哀れな闘士級は、鼻どころか頭部を吹き飛ばされて絶命した。
 ちなみにこの間二秒。

「チョロイもんだぜ」

 ここでやったか?と疑問形を漏らすのは二流のやることである。
 ちなみに三流は銃のスペックを並べ立てている間に頭を持って行かれる。

「続いてその後ろ、その後ろの後ろ」

 小さく呟きつつ発砲を続ける。
 あまりにも強すぎる破壊力のおかげで、通常ならば歩兵分隊程度はいないと生き残れない相手に無双ができる。
 チートとは本当に便利なものだ。
 などと余裕の態度をしてしまったのがいけないのだろう。
 視界の片隅に、血煙の向こうから高速で接近する鼻が見える。

「あぶねぇ!」

 飛来した鼻を回避する。
 一歩間違えれば大変なことになっていたな。

「鎧衣課長、撃ってないですよね?マガジンは二つ?」

 物陰から銃だけを差し出し、ブラインドショットで弾倉の残りを全て叩き込みつつ呼びかける。
 地上から降りてくるのに後どれだけかかるかはわからないが、この部屋までBETAが押しかけてきた以上、今までのように大人しく待っているわけにはいかない。

「そうだが、それよりも君の銃はどうやら普通ではないようだね」

 そりゃあまあ、チート軍団を率いるチート野郎が普通の拳銃を持っていたら不自然というものだ。
 ましてや、拳銃は最後の武器。
 味方がおらず、戦術機や重火器がなく、自分自身の力で生き残らなければならない時に使うものなのだから、ここに労力を注がないわけにはいかない。

「ちょっと色々と」

 空になった弾倉を交換しつつ言葉を続ける。

「幸いなことに弾倉があと四つあります。
 しかし、こうなると分かっていたら自動小銃の一つでも担いでくればよかった」

 本当に失敗した。
 横浜基地は確かに友軍基地ではあるが、ここにはBETAがある程度保存されているということをすっかり失念していた。
 両脇両足に弾倉を貼りつけておいて成功だったが、怒涛の勢いで攻め寄せられたらどうしようもない。

「その拳銃で不足は感じられないのだがね。
 こう見えて、珍しいものには目がないのだ。
 よければ今度、私にも一つ用立ててくれないか?」

 別に構わないのだが、もう少し緊張感を持って欲しいものだ。
 最初の頃の真面目な口調はどこへ行ってしまったのやら。

「考えておきますよ、ドアから離れていて!」

 俺の目線の先、破壊されたドアの向こうに、BETAの増援が出現した。
 闘士級が六体。
 挨拶代わりに二発撃ちこみ、視界の端で戦果を確認しつつドアの横へ退避する。
 直後に飛来する鼻。
 思わず笑いそうになってしまうが、笑っている暇はない。
 残る五体のうち、一体でも室内に入れてしまえばおしまいだ。

「二人を任せますよ!」

 V.A.T.Sは確かに便利なのだが、こうも通路が狭いと先に倒したBETAの死骸が遮蔽物となってしまう。
 本当に嫌なのだが、前進しなければならんな。

「無理をするな!増援を待て!」

 鎧衣課長の自重を求める言葉を背中に受けつつ前進を始める。
 素早く開口部に身を晒しV.A.T.Sを起動する。
 手前に居た二体に狙いをつけ発砲。
 頭部に命中した弾丸は、その内部で炸裂。
 体組織を天井から床まで満遍なくぶちまけた。

「汚ねぇ花火だぜ」

 どこかで聞いたような台詞を吐きつつ、床へと伏せる。
 一秒前まで俺の頭があった空間を、BETAの攻撃がなぎ払う。
 そのまま銃を前に突き出して発砲。
 視界いっぱいに広がっているので狙いを付ける必要もない。
 二発が胴体に、一発が首の付け根に命中し、哀れな闘士級は胴体の前面が開花したような状態になって絶命する。
 残り三体。
 のんびりと地面に寝そべっている時間はない。
 すぐさま横に転がり、壁に手をつきつつ立ち上がる。
 頑丈な床を破壊する一撃が、先程まで俺の頭があった場所に突き刺さる。
 しかしこいつらは本当に頭が大好きだな。
 
「伏せてください!」

 もうすこしスーパーアクションが必要かと思ったが、俺の部下たちは有能だった。
 警告と共に通路を埋め尽くす5.56mm弾の集中豪雨が発生し、哀れなBETAたちは全滅した。
 頭から胴体からと最低でも20発は俺も喰らっているのだが、別にこの程度の弾丸で俺がどうこうなるはずもないので問題はない。
 目を凝らすと、BETAの血煙と硝煙の向こうに強化装甲服を着込んだ兵士たちが立っているのが見えた。

「閣下!ご無事ですか!?」

 装甲服の一つが言葉を発する。
 手放したはずなのに、意識はすぐに戻ってきた。
 まあ無理もない。
 俺はどう見ても人間だが、BETAの一撃ぐらい耐えることは可能だ。

「ご無事だよ。思ったより早かったな」

 強化装甲服のフェイスカバーが持ち上げられ、精悍な日本人男性の顔が現れる。

「船坂軍曹か。ご苦労だった」

 そうか、鬼に金棒ならぬ超戦士に強化装甲服か。
 俺は、取り返しの付かないことをしてしまったのだな。

「いえ、火器を持っていない連中だったので、思ったより楽でした。
 しかしながら遅くなってしまい申し訳御座いません。
 周辺の安全は確保しました」

 というか何分でここまで降りてきたんだよ。
 彼の背後を見ると、壁にできた巨大な横穴を警戒している兵士たちの姿が見える。
 エレベーターで降りてきたはずはないだろうが、BETAたちがどうやってこのフロアに来たのかと思えば壁をぶち抜いてきたのか。
 これだから宇宙人は嫌だ。

「ちょっと、アンタ、大丈夫なの?」

 香月の心配そうな声という珍しいものをかけられた。
 見えていなくともわかるほどの盛大な銃撃に巻き込まれたのだから当然だろう。

「ヘルメットがなければ危なかったですな。
 さあ、地上に戻りましょう」

 戦車級や突撃級が入ってこれないこのフロアの方が安全なような気もするが、できれば機甲部隊の近くにいたいものだ。

「エレベーターも復旧しました。
 後続の歩兵部隊が降りてきているので、彼らを連れて戻ってください」

 急増の部隊と考えていたが、実戦経験豊富な連中に最新鋭の装備を持たせて一年間の錬成をさせたのだから、ちっとも急増ではないのか。
 救難信号を出してから此処に来るまでの時間を考えると、彼らは非常によくやってくれたようだ。
 
「うむ、見事な手際だね。
 まるで前々から準備していたかと錯覚してしまう」

 またこの人はいらん事を言う。
 不快そうな船坂軍曹の視線の先、俺の背後には、完全にいつもの調子を取り戻した鎧衣課長が立っている。
 疑っているかのような言葉だが、言っている本人からしてそのような可能性は信じていないだろう。
 我々がそのような事をするメリットは何一つとして存在しないからだ。




2001年12月25日火曜日06:15 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 香月夕呼の執務室

「おいおい、話が違うじゃないか」

 ようやく救出された俺は、溜まりに溜まっていた報告の一つに思わず言葉を漏らしてしまった。
 合衆国の強い要請で用意された宇宙艦隊。
 しかしながら、実際には月軌道・L1・地球周回軌道に設置された様々な衛星によって、地球軌道の安全は確保済みだったというのだ。
 確かに衛星が様々な軌道に多数配置されている事は観測済みだったが、その内部まで事細かに確認していたわけではない。
 漫画やアニメのように、望遠映像を見て「この熱源は・・・まさか核兵器!?」というわけにはいかないのだ。
 おまけに、俺の持っている原作知識では、そこまでの情報は無かった。
 逆行やトリップをした主人公の最大の弱点である『知らなかった事実』がこんなところで出てくるとは予想外だった。
 こちらの艦艇を確認した合衆国は、具体的には言えないが重大な特許権侵害の可能性有りとして立入検査を求めてくるし、もう、今周は失敗だったのかもしれないな。
 世界中に出来る限りの事をした挙句、全人類から神様扱いを受けてあらゆる要求を突きつけられ、さらに恨みつらみまでぶつけられて絶望の果てに自殺した何代か前の前任者の気持ちもわかる。
 いっその事、脅迫替わりに全ての衛星を破壊し、大気圏外を牛耳ってやるという突拍子のない考えが浮かんだとしても、俺は悪くないはずだ。
 しかしながら、それではこの世界の人間たちを敵に回さないように態度に細心の注意を払ってきた意味がない。

「第二陣打上を急げ。それと、根拠地に使えそうな小惑星を探してくれ。
 数は一つでいい。0計画を始めるぞ」
 
 皆様に愛される帝国軍の一員として、宇宙の安全を一部にしろ任されたという事実を真摯に受け止め、出来る限りの宇宙戦力を整えようではないか。
 必要だから要求されたのであるし、きっと合衆国の人々も、これで頭上は安心だと喜んでくれるだろう。
 是非とも勲章の一つでも頂きたいな。


 それはさておき、0計画とは例によって創作物から発想を借りた計画である。
 本来の目的は壮大だ。
 日本国民の生存圏を大気圏外に確立し、例え地球上が全面核戦争で壊滅しようとも、日本人だけは生き残れるようにするという文字通りの地球脱出計画である。
 今回はそこまでには至ってはいないが、それでも大気圏外に安心して運用できる産業基盤と生活の拠点を構築する夢の大計画だ。
 合衆国のみなさまも大喜びで手伝ってくれることだろう。
 この大計画は、二つの段階で構成されている。

 第一段階、地球防衛艦隊の完成。
 地球防衛艦隊は、当然ながら軌道植民地の防衛と、敵性勢力の大気圏突入を阻止する事を目的として結成される。
 それを恒久的に達成するためには、二つのものが必要である。
 ひとつは、軌道植民地は別に、恒久的に根拠地とすることのできる宇宙空間上の拠点。
 敵を探知する度に艦艇を打ち上げていたのでは非効率極まりないし、かといってノーメンテで艦艇を漂わせるなど危険極まりない。
 そういうわけで、高軌道基地を最低二つ建設する。
 そこへ行くための技術はあるわけだから、あとは必要な機材を打ち上げるための基地が必要になる。
 重光線級の攻撃を受けない、できれば陸上ゆえの面倒もない場所。
 メガフロートに軍事拠点としての機能を持たせた人工島でいいだろう。
 これにマスドライバーを載せて日本帝国領海内に配置する。
 最低でも二つ、贅沢を言えば三つ、メガフロート基地を建設し、BETAたちが水上移動能力でも獲得しない限りは絶対の安全を確立させる。
 そこからプラントと工作艦を打ち上げ、早い段階で小惑星を一つ運んで拠点を建設する。
 あとはそこから資源を獲得したことにして艦艇や物資を運び出せばいいわけだ。
 
 もう一つは、日本帝国担当エリアおよび近隣の宙域に常駐させられるだけの艦艇の確保なのだが、これは簡単だ。
 当面は大気圏突破用ブースターを取り付けて打ち上げ続け、小惑星基地の実働と同時にプラントを設置し、あとは定期的にクレートを打ち上げてやれば良い。
 突然月軌道に謎の人工物体が出現し、そこから敵対的な探査艦隊が出現しても大丈夫なだけの数と増産体制を整えておけば大丈夫だろう。
 これだけのものを用意して、初めて第一段階は完了となる。

 第二段階は軌道植民地の建設だ。
 既設の宇宙防空網および新設の地球防衛艦隊で地球近傍空間の安全を確保し、その空間に軌道植民地を建設する。
 要するに、スペースコロニーを作るわけだ。
 地球人口に余裕があるわけでもないので、居住地および商業のランド1、農業のランド2と先端技術担当の宇宙基地で構成するだけで十分だろう。
 全体の総称はイシス星団とでも名付けよう。
 どこかで聞いたような名前と構成だが、気にしないでほしい。
 本当ならば全ての工業拠点を宇宙に建設し、BETAが何処に出現しようが安心して戦争を継続できる状態がベストだが、土地には限りがある。
 それに、地球の天然資源が必要な産業を宇宙に上げたところで、輸送コストで破滅するか、こちらのチートに完全依存する状況になるかの二択しかない。
 それよりは、非戦闘員の住宅地やクリーンな環境が必要となる農業、場所よりも十分な機材と腰をすえて研究に励める環境が必要な研究所系を誘致した方が良い。
 どれだけの人々が来てくれるかは未知数だが、超強力な宇宙艦隊が厳重に警護する、物理的にBETAが出現出来ない環境は、少しは魅力的に見えるだろう。
 誰も来なければこないで、G.E.S.Uたちに農業や工業をやらせて、成果物で商売でも始めればいい。
 小惑星基地とあわせて無農薬宇宙野菜だの宇宙採掘プラントだので地球へ資源供給をするまでの話である。

「見ていろよアメリカさんめ。
 俺は怒った。もう怒ったからな。
 宇宙だけじゃないぞ。諜報部門もチートを尽くしてやる」

 ようやく日が登り始めた時間だというのに、俺の仕事が終わる気配は皆無だった。 
 もはや今日はこのまま仕事を続行するしかない。
 だが、そのために諜報部門を作ってやろうじゃないか。
 なあに、ポイントは余っているんだ、せいぜい贅沢をさせてもらうよ。



[8836] 第三十一話『諜報担当者爆誕!』
Name: ちーたー◆59c994ee ID:7285a8d1
Date: 2010/09/03 01:01
2001年12月25日火曜日17:00 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地 第四格納庫電子部品整備室

 諜報活動という言葉がある。
 政治や治安、経済や軍事上の目的などのために、相手国や対象組織の情報を収集する活動だ。
 これを行うには、三つの必要なものがある。
 よく言われるヒト・モノ・カネだ。

 まずはヒト。
 組織とはある程度一般的な能力を持った人々が作り上げる集合体であるが、中核となる人物はやはり必要だ。
 特定個人の能力に依存しているようでは三流もいいところであるが、立ち上げ時期である今はそうせねばならない。

 モノとは、例えば電波を傍受する施設であり、入手した情報を処理するための装置だ。
 映画でしか見たことのないスパイ秘密道具や、特殊仕様の装備品もここに入る。
 プラントと無人兵器そしてG.E.S.Uたちのおかげで、これについては反応動力航空母艦だろうがなんだろうが、必要なだけ手配可能なため問題ない。
 
 そしてカネ。
 優れた機材、豊富な人材。
 それらが揃ったところで、全てを有機的に連携させ、最大限の効率で動かすための資金が必要だ。
 とはいえ、俺達にとって予算という概念は存在していない。
 絶対の忠誠を誓う洗脳済みの人材と、必要なものを必要なだけ出現させられるプラントがある。
 あとは工作資金であるが、通貨偽造などせずとも青森に建設している工業地帯が稼働を開始すればいくらでも準備できる。
 原価ゼロの工業製品など、チートにも限度がある。


「面倒ばかり増えるな」

 基地内に帝国軍の人間が増えてきたことから、執務室でチート的行動を取ることが難しくなってきた。
 いつ盗聴器や隠しカメラが仕掛けられるかわからない。
 そういった清掃を行える人材がいない以上、この部屋のように文字通り創り上げたクリーンな環境をその都度用意して作業を行うしかない。
 それにしても、自分の基地で周りに気を配りながら作業しなければならないとは、なんともおかしな話である。
 だが、合衆国が本気を出してきている以上、こちらとしてもそれなりの体制を作り上げるまでは油断するわけにはいかないのだ。

「さて、お仕事しますか」

 端末を起動し、ポイントで購入するべき項目へカーソルを合わせる。
 情報関連人材セット。
 気になるお値段は50,000ポイント。

「こんな所にいたのか」

 奇襲は突然だった。
 いや、もちろん奇襲とは相手にとっては唐突に始まらなければならないのだが。
 とにかく、我が親愛なる司令官閣下が、ノックもせずに入室してきた。
 防諜用に帝国から提供された人材は、本来の任務通り俺の動向の確認もきちんと行っているようだ。

「これは司令官殿、何か御用でしょうか?」

 まったく、ずっと帝都でお家騒動を楽しんでくれていればいいのに。
 内心で呟きつつも笑顔で尋ねる。

「参謀たちが君を探していたよ。
 そんな事よりも、私にも居場所を告げずにどこかへいってしまうというのは、随分と冷たいじゃないか?」

 にこやかにそんな事を言い放ってくれる。
 これがラブコメな世界であればこんなに嬉しいことはない。
 しかし、俺の内心を除いてシリアス全開で展開されているこの世界において、彼女の態度は欠片も嬉しさを感じさせない。
 
「ああ、それは申し訳ありません。
 どうしても一人で集中できる環境で研究を進めたかったものでして」

 会話を続けつつ画面を切り替える。
 今映しだされているのは、何の変哲もない大陸反攻作戦の個人的研究に過ぎない。
 洋上移動可能な陸上艦隊を、軌道降下部隊の支援に回すには何が一番効率的かを調べるためのものだ。
 もちろん、個人的研究とは言っても、この世界の全てのスーパーコンピュータを対象にしても勝負にならないほど高性能なこの基地のメインフレームを用いて行われる、図上演習そのものであったが。

「あら、上官たる私を放っておいて研究に勤しむなんて、勤勉ではあるものの、誉められたものではないわね?」

 妖艶な、という形容詞がふさわしい笑みを浮かべて司令官閣下は仰られる。
 帰郷してからどうにも様子がおかしいとは思っていたが、俺を篭絡する任務を与えられていたとはね。
 電子情報化された情報ならば何でも手に入る俺は、それが彼女に与えられた任務の一環で行っているに過ぎないと知っている。
 日本帝国に俺が無条件で従うべき理由など何一つとして存在せず、洋上の巨大浮体構造体群が順調に建設されようとしている今、国籍剥奪のうえ国外追放されたとしても俺は困らない。
 もっと言えば、合衆国あたりと話をつけ、無数の無人兵器軍団で日本本土を占領し、新たな国家元首として君臨することだって不可能ではない。
 金も地位も効果がなさそうとあれば、女、というか人間の情に期待するぐらいしかなかろう。
 俺を排除するという選択肢が選びたくても選べない日本帝国の情報関係者に同情しつつ会話を続行する。

「それも私の職務でして。
 日本帝国本土防衛軍少将でありながら国連軍准将を兼務しつつ新潟地区防衛担当者にして兵站の要職であり宇宙艦隊の司令官を努めつつ戦略拠点の建設責任者をやりつつ先端技術の主任技術者というのは、なかなかにして難しい立場ですね」

 文字で表記するとえらい事になっている俺の立場は、増えることはあっても減ることはない。
 例えば俺の上官たる目の前の彼女は、日本帝国本土防衛軍中将として第8492戦闘団の司令官となってはいるが、実際には俺に命令という名の要望を出す程度の権限しか無い。 
 帝国政府と軍上層部、それに国連安全保障理事会の間で非公式の了解が出ており、彼女は嫌でも君臨すれども統治せずを実行しなければならない。
 まあ、そう言ったところであくまでも軍籍簿上の君臨であり、文字通りの意味でのお神輿なのだが。

「そんなに嫌ならば全部を受け継いであげてもいいのよ?
 私はこんななりをしているけれども」
 彼女はそこで自分の足を指し示した。

「それなりには優秀なんですから」

 顔には自嘲的な表情が浮かんでいる。
 これが全て計算ずくの仕草であるのならば、彼女は相当に嫌な人間だ。
 そして、彼女は嫌な人間だった。


「失礼します」

 どう返そうかと悩んでいると、つい数時間前に作ったばかりのこの部屋に、新たなる入室者が現れた。
 やれやれ、この部屋はどれだけ多くの人間に監視されているんだ?
 そんな事を思いつつ、俺は入室者に視線を向け、凍りついた。

「第8492戦闘団副司令官閣下、着任の挨拶に参りました。
 後藤田正晴であります」

 そこに立っていたのは、とある世界で日本国公安調査情報庁長官を務めていた老人である。
 北日本と南日本にわかれた世界で、超大国に翻弄される二つの日本のうち片方を影から支えてきた男であり、モデルとなった史実の人物もかなりの功績を残している。
 
「鹿内君も来ているとは知りませんでしたが、まあよろしい。
 これからよろしくお願いします」

 そう言って敬礼する彼は、見るからに一筋縄ではいかない人物だ。
 後に続いて入室してきた人々も、顔は見たことがないが誰かは直ぐに認識出来る。
 
「矢上美智子陸将補であります。
 後ろの二人は浅岡二佐と広瀬一尉です」

 顔を見たこともなければ声も聞いたことも無いのに人物を把握できるというのは、俺がチートで呼び出した人々に共通していることである。
 どうやら、慌てて画面を変える際に、誤ってクリックして購入してしまったらしい。
 
「遅れました。自分は小林陸将補で、彼は佐藤三佐であります。後ろの」「遅いぞ!このボケっ!」

 賑やかに入ってきたのは頭部が禿げ上がった将官と太目の三等陸佐、そして彼に小突かれている三等陸曹だ。
 なるほど、今回のポイントで購入できたのは、日本人の諜報関係者たちらしい。
 “征途”の公安調査情報庁長官である後藤田正晴、“平壌クーデター作戦”の矢上美智子陸将補、浅岡二等陸佐、広瀬冴香一等陸尉。
 “OMEGAシリーズ”の小林陸将と佐藤大輔三等陸佐、中村正徳三等陸曹と、日系勢揃いだな。

「この格納庫の外には、オメガとSASの精鋭たちが整列しております。
 閣下、是非彼らにも一言」

 オメガとSASって、特殊作戦から非正規戦闘まで何でもござれの人材じゃないか。
 いったい何が始まるんです?
 この世界において彼らが必要なのかはわからないが、とりあえず破壊工作をしなければならない場合に備えておくとしよう。
 誤って購入してしまった情報機関セットに含まれていたということは、そのうち必要になるということだろう。
 それに、オメガと一緒に来るSASということは、人間砲台マクミランやモヒカン野郎ソープなど愉快な人材でいっぱいだろう。
 頼もしいことだ。

「アクション担当も来ていますよ」

 佐藤三佐がその顔面に刻まれた傷跡を歪めつつ笑う。
  
「アクション担当?ああ、なるほど」

 一瞬疑問符が付くが、手渡されたリストに記載されたメンバーを見て納得する。
 ジェームズ・ボンド、ソリッド・スネーク、ケイシー・ライバックか。
 それとチャック・ノリス。
 チャック・ノリス?
 いいぞいいぞ、俺はそういう無茶が大好きだ。
 米軍の秘密基地や偽装組織を吹き飛ばすことには大変興味があるが、人類の戦力を削るわけにはいかない。
 いかないのだが、そんな俺の考えに則さない存在である彼らがいるということは、つまりその種の工作が必要となる事態が起こるのだろう。
 そうなのであれば、彼らは非常に役に立つ。
 文字通りの意味での一騎当千に限りなく近い役割を果たしてくれる創作物の主人公たち。
 彼らには申し訳ないが、早速働いてもらうことになりそうだな。

「それと、情報本部には既に事務員一同がきております。
 彼らのための宿舎と福利厚生施設の建造は急務ですな」

 凄い要約の仕方だな。
 後藤田から手渡された分厚い書類を見ると、そこには“事務員”たちの名前と所属が書かれていた。
 その数は二千八百六十七人。
 名前については明らかに適当に決めたであろう文字が並んでいる。
 例を出してみよう。
 名前:太郎・S
 所属:施設清掃課防諜係対人処理担当
 すごいね太郎さん。
 平凡そうな名前からは想定できない危険な担当をされていらっしゃる。
 きっと不慣れな敵対工作員さんを優しく土の下にお連れするような仕事をしているのだろう。
 どうでもいいが、もう少し個性的な名前をつけてやってもいいだろうに。
 
「私は確か貴方の上司だったけれども、こんな人達を見たのは初めてね」

 いやいや、分かりますよ閣下。
 私だって生で見たのは今が初めてですから。
 ただ、私の上官としておられるのであれば、こういう状況には慣れていただかないと困りますな。

「申し訳ありません閣下。
 存在をお伝えすることをすっかり失念しておりました」

 全てはこの言葉で済ませる。
 日本帝国政府と俺との間での大人の約束だ。

「あら、それじゃあ今度から気をつけて欲しいわね」

 大人の約束は偉大だ。
 双方に利益が確約されている限り、それを下回る不利益は全て無視される。
 長期的な視野で見込める利益が多いならば、短期的にはどのような不利益も双方の努力で無かった事になる。
 実に便利だ。

「情報本部、ということは、これで夜中に基地に迷い込んでしまった外国人ご一行を外へお連れする事も減るのかしら?」

 司令官閣下の仰る通りである。
 真っ当な将官ならば、軍事情報の重要性を理解出来ないわけがない。
 何かと世界中から注目を浴びる第8492戦闘団には、この手の人材がいくらいても足りないという事はない。
 むしろ、今までその主の人々が全て外部委託という状況こそが異常だったのだ。

「そうであって欲しいと願っておりますよ。
 もちろん、彼らの能力に不安など覚えているはずもありませんが」

 こと日本国内においては史実でも空想の世界でも完璧の一歩手前を歩いていた人々だ。
 彼らの採用自体は事故だったが、事故でなくても採用を決断していた人々である以上、俺はもう少し眠れるようになるんだろうな。



2001年12月29日土曜日23:57 北米大陸 アメリカ合衆国 ワシントンD・C ホワイトハウス

 今日という日が終わろうとしている中、ホワイトハウスには合衆国の上層部の面々が揃っていた。
 誰もが深刻な表情を浮かべ、陰鬱な声音で報告を行っている。

「日本帝国に配置した全ての工作員および拠点と連絡が取れません」

 全てを素直に報告するCIA長官の声は今にも泣き出しそうな悲痛さに溢れていた。
 この時日本帝国に配置されていた工作員は、一線級の人材である。
 それを支えていた人々も、かけがえの無い有能なものを当てている。
 優れた科学技術と合衆国に及ばないにしてもそれなりの工業生産力。
 対BETAの太平洋の防壁。オルタネイティヴ第四計画の本拠地。
 合衆国のコントロールを受け付けない恐れのある政府。
 日本帝国は、彼らが望まなくとも合衆国の重点攻略対象だった。
 先の大規模破壊工作の失敗以来、攻略のために用意した全てが失われようとしている。
 
「大東亜日報社は謎のテロ組織の襲撃を受けて壊滅。
 人材も施設も全て失われました」

 それはマスコミの形を取った諜報組織である。
 合法的な情報収集や情報操作、世論誘導など、表の世界から工作員たちを支援するためのものである。
 これが破壊された。
 偶然生き残った記者(彼は表向きの仕事のために採用された普通の民間人である)は、警察の取調べにこう答えている。

「ポニーテールの男性が正面玄関から乗り込んできた。
 警備員が声をかけようとした途端、いきなりその腕をねじり上げた。
 発砲し、増援の首を捻り、格闘技らしいものを繰り出しつつ駆けつけた全員を殺害した。
 あれは人間じゃない。ニンゲンジャナイ」

 その人物はたまたま怪我をして動けなかった彼を施設の表玄関から外へ放り出し、施設自体は発破解体した。
 まるで魔法のように、大東亜日報社はその本社を綺麗に叩き潰され、主要な構成員全てを殺害されて機能停止となってしまった。

「グローバル・トランスポート社、つまり航空運送会社の形を取った物資供給ルートも潰されました。
 人相もつかめていない白人らしい男性によって空港ごと整備施設、航法支援施設、倉庫、車両、人材の大半が吹き飛ばされています。
 再建は不可能との分析部の見解です」

 誑し込んだ社長令嬢の手引きで施設に侵入したその男は、派手な銃撃戦や警備主任との殴り合いを繰り広げた挙句、いつの間にか仕掛けていた爆薬で全てを破壊してしまった。
 死者八百四十名。
 被害総額は算出したくもない数値が予測されている。
 
「奴らが何かをしたのは間違いのない事実です。
 単なるテロ組織がこうも完璧にこちらの戦力だけを破壊することなどできるわけがありません!」

 この会議に参加する事を許されている空軍の中将が怒鳴る。
 先の航空運送会社壊滅により、少なからぬ空軍の出向者が死傷しているのだから無理もない。
 養成に時間と費用がかかる上、BETAに制空権を握られている今、彼に損失を埋める手段は存在しない。
 そして、彼の怒りは全く正当なものであり、一インチも的を外れてはいない。
 手元の報告書がそれを証明していた。
 ポセイドン・トランスポート社。
 海上に浮かぶメガフロート海港に侵入した“誰か”によって、秘密兵器である二足歩行型核砲弾発射機を含む全装備・施設を破壊されて漂流中。
 オムニ・ヘヴィ・インダストリー社。
 奪取した無人兵器を研究していたこの会社は何者かにハッキングされ、製造中の無人兵器が暴走。
 東海岸全域に秘密裏に警戒警報が流れるほどの大騒ぎの後に、全兵器の相互破壊によって施設は全壊。
 全ての研究データおよび研究員も全滅。
 ご丁寧にも物理的に切り離して設置されている予備のサーバの内部も、前回のバックアップ時に仕込まれていたウイルスで全滅している。
 スカイネット・インタラクティブ社。
 謎のウイルスによる攻撃を受け、全データ消失。
 開発中だった戦域ネットワークの経路を伝って広まったウイルスにより、八つの空軍基地で防空システムが暴走。
 一連の騒ぎで分散疎開中だった研究員たちと貴重な資材を輸送機ごと全滅させてしまった。

「これはもう、明らかな破壊工作です。
 我々は速やかに反撃し、二度とこのような事が起こらないようにしなければなりません」

 ポセイドン・トランスポート社に偽装派遣していた、二個中隊および特殊兵器研究チームを全滅させられた陸軍中将が力強い口調で進言する。
 裏の仕事につかせていた有能で忠誠心の高い将兵を失った彼には、責任者として敵に代償を支払わせる義務があった。
 
「誰に?どうやって?」

 大統領の言葉は、彼を絶句させるのに十分な重みを持っている。
 どう考えても8492戦闘団に関わる何者かの仕業なのだが、証拠がない。
 ある程度以上の規模を持った集団の攻撃ならば、そのパターンや使用装備、侵入経路や目撃証言から絞り込みが行える。
 しかし、一連の事件は全て単独犯の犯行であり、使用された装備品も確認が取れている範囲では全て鹵獲品と思われる合衆国の装備だ。
 数少ない目撃証言はいずれも日本人ではない人種であり、特をするのは日本だけという限りなく黒い状況でありながら、決め手となる他の証拠が存在しない。
 つまりお手上げなのである。
 彼らは頭を抱え、陰鬱な会議を続行した。



2001年12月30日日曜日17:00 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地 第一会議室

 国内の大半の人々が休んでいる日曜日の夕刻。
 俺は例によって来客に拘束されていた。
 ホワイトボードの脇に立った参謀は尽きることのない要望を延々と述べ続けており、それはようやく最後の結びに入ろうとしていた。

「以上の通り、我々は時間を手に入れ、人的資源にある程度の余裕を持ち、軍の再建に着手することができました。
 しかしながら、再建するべき軍は大陸派遣の失敗から続く損耗により、今までと同じものを同じだけにはできません。
 編成や指揮系統などはもちろんのこと、抜本的な修正が必要です」

 最寄のハイヴを事実上8492戦闘団の戦力だけで攻め落とせただけあり、日本帝国には随分と余裕が出来ていた。
 しかし、それは今までに失ったものを全て取り返せるほどのものではないのだ。
 人類の一員としての国際貢献、荒廃した国土の復興、軍全体の再建、国民生活の再構築。
 ハイヴが近くにあることで先延ばしにされていたこれらの事項が、佐渡島ハイヴ殲滅を受けて駆け足で解決を求めて迫ってきているのだ。

「次の大規模戦闘は着上陸侵攻の水際阻止か、あるいは大陸での反攻作戦。
 いずれも今まで以上の火力を部隊に持たせる必要があるが、戦術機を根幹とした部隊数増加は衛士適性の問題から困難であり、違うやり方が必要である。
 なるほど、お話はよくわかりました」

 昼過ぎから五時間にわたって続けられた長い会議の果てで、俺はようやく相槌以外の言葉を発した。
 生存競争を繰り広げているだけあり、この世界の人々は非常に真面目だ。
 手伝う側としてはそれは大変に好ましいのだが、こちらの休みを無視して毎週押しかけられるのは流石に困る。

「我々の使用する兵器や技術の帝国への提供。
 了解いたしました。
 それらを運用するための教導部隊の育成。
 これも了解しました。
 教導部隊が完成するまでの期間、各師団から大隊規模の研修部隊の受け入れ。
 直ちに準備にかかります」

 要望を全面的に受け入れる旨を俺は伝えた。
 正直なところ、その申し出を待っていたのだ。
 単なる提供では、俺が全能の神様になるだけである。
 あくまでもこの世界の人々が俺を利用しようとし、頭を使い、依頼してきてこなければ困る。
 きっと彼らならば黙って見ていても何とかしてくれる。
 それがどのような結果を生むのかは、俺の前任者たちが身を持って事例を残してくれている。
 
「うん、なんだろうか?」

 第14師団の師団長閣下は不思議そうな顔でこちらを見てくる。
 先程まで師団側の要望を読み上げていた参謀は不安そうな顔をしている。

「ご要望自体は理解できたのですが、これは第14師団としてのご要望なのでしょうか?
 お受けしたとしても、上層部がそれを無条件で承認するとは思えないのですが」

 師団長直々の来訪で寄せられた要望は、とてもではないが師団単位でどうこうできるものではない。
 本土防衛軍全体の、いや、資源をどのように分配するべきかという国家戦略上の問題である。

「いやいや、心配には及ばないよ。
 了解をもらえ次第、全師団長の連名で嘆願書を出すことになっている。
 本土防衛軍司令官であっても断ることはできんよ」

 これだから政治力に長けた人は頼もしい。
 横浜基地の一件を調べ、こちらの保有兵器を日本軍全体に導入した場合を想定し、そして根回しを済ませて依頼に来たわけだ。
 もちろん、過去の経緯から俺が断る可能性は極めて低いと見積もった上でだ。
 この様子だと、承認経路についてはほとんど事前調整は済んでいると見るべきだろう。

「それを聞いて安心いたしました。
 陸上戦艦、半人型強襲車両、多砲門戦車、個人用装甲機動服などなど。
 艦艇は流石に現物のみですが、それ以外のものについては関連するテクノロジーもご提供できるでしょう」

 俺の言葉に参謀たちは笑みを浮かべる。
 遥かに進んだテクノロジーの完成形が、その成果とともに入手できるのだ。
 長期的な視点で見ればこれは技術的な自殺を意味しているのかもしれないが、彼らには知った事ではない。
 まずは目の前のBETA、次はその向こうのハイヴ、そしてその先にそびえ立つオリジナルハイヴ。
 近視眼的と罵られようが、彼らはまずそれだけを見なければならない。
 この日、日本帝国軍は、第8492戦闘団に運用されている一部の技術情報を購入することを発表した。



[8836] 第三十二話『状況開始』
Name: ちーたー◆df67df43 ID:84a555e7
Date: 2010/12/23 17:14
2002年1月1日火曜日10:00 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地

「やれやれ、今年が始まってから半日もたっていないというのに、また出撃か」

 続々と出航していく潜水母艦たちを見送りつつ、思わずぼやきが漏れる。
 今は有事であることは承知しており、日本の西方の防衛を担当する者としての責任も自覚している。
 なのだが、どうも納得がいかない。

「第七大隊搭載艦は移動を開始しました。
 本艦の離岸まであと30分の予定です」

 薄暗いCICの中で、俺はため息をついた。
 現在の我々は、本土防衛大綱に基づく部隊移動を行おうとしている。
 一体いつの間にそのような計画が立てられていたのかは知らないが、とにかくそういうことらしい。
 BETAから奪還したばかりの佐渡島は、100年前から人類の最重要拠点であったかのような巨大な軍事基地となっている。
 常設で一個軍団、三個艦隊、六つの陸軍基地と二つの海軍基地。
 そしてハイヴ跡地に建てられた調査基地。
 これらに、先の佐渡島奪還作戦で増産された二個軍団が行き場を無くして保管されている。
 保有する部隊の重量だけで地盤沈下が起こりそうな有様だ。
 まあいずれは大陸で消耗し尽くす予定の先遣隊なのだから、それ自体は別にどうでもいい。
 重要なのは、普通の人間であれば激怒を通り越して決起するような命令が届いた事である。

 

 発 :本土防衛軍司令部
 宛 :第8492戦闘団団長

 本文:第8492戦闘団は、2001年●月●日(日付の部分は消されていて読めない)承認の本土防衛大綱に基づき、以下のとおり作戦行動を実施せよ。

    第一項.第8492戦闘団は、保有する戦力のうち三個師団以上を新設の国連平和維持協力軍に供出せよ。
        なお、供出する戦力は最低でも六個戦術機甲連隊以上とする。
        委細は国連軍より出向の調整担当官と折衝を行われたし。

    第二項.第8492戦闘団は、第一項に記載の本土防衛大綱に基づき、保有する戦力の全国平均化への協力を実施せよ。
        技術工廠より出向予定の調整担当官と折衝を行われたし。

    第三項.佐渡島全域を第8492戦闘団管理区域に設定する。
        これに伴い、2月1日までに神奈川県全域の保有する戦力・施設・その他資材は全て撤収せよ。
        それ以降に同県内に残存する戦力・施設・その他資材は全て本土防衛軍が接収する。

    第四項.第一項に記載の本土防衛大綱に基づき、保有する戦力を用いて鉄源ハイヴに対する威力偵察を実施せよ。
        投入する規模は最低一個師団であり、上限は無いものとする。
        支援船舶等は自由に保有戦力を使用されたし。

 備考:第一項および第四項は、国連軍よりの強い要請に基づき実施される。
    なお、国連軍の 『 ご好意 』 により提供された上陸支援全般の通信統裁を行う艦艇の 『 支援 』 を受けよ。


 極度に緊張し、そして俺が怒りだしたらどうしようかと恐怖に震える帝国軍の連絡官から命令書を見せられたとき、思わず笑ってしまっても仕方が無いだろう。
 こんなふざけた内容の紙っペラ一枚で、他国の軍隊に通信の全てを任せなければならない作戦を実行せよ?
 俺は自他共に認める温厚な人間のつもりだが、いくらなんでもこれは酷い。
 だいたい、その第一項に記載の本土防衛大綱とやらはどこに書いてあるんだよ。
 だが、軍の正式な命令書にわざわざ半角スペースを入れて手書きで二重括弧まで入れてもらっては、苦笑しかできない。
 BETAが反応するギリギリまで接近して、連中が動き出した途端に一発も撃たずに逃げ帰ってやろうかな?などと思ったとしてもバチはあたるまい。
 国家間の主導権の奪い合いに価値があることに異論は無いが、振り回される側としてはたまったものではないな。

「ルーデルを呼んでくれ」
「準備は出来ております。閣下、ご命令を」

 内線で従兵に伝えたばかりだというのに、彼は隣室から現れた。
 おそらく、帝国軍の連絡官が来たことに何か感じるところがあったのだろう。

「鉄源ハイヴを落としたいのだが、戦力はどれくらい必要だ?」

 ハンス=ウルリッヒ・ルーデルは、努力の人である。
 そんな彼が、いつか必ず命じられるはずの鉄源ハイヴ攻略に備えていないわけが無い。
 
「強襲上陸に一個師団と二個艦隊、周辺防御に四個師団、突入に三個師団。
 あとは閣下の陣頭指揮と、私に出撃許可を与えていただければ十分です」

 答える姿には自信しか見られない。
 絶望が溢れている1944年から45年の東部戦線を生き抜き、この世界においてもオリジナルハイヴ攻略の陽動で単機特攻をしている。
 その彼が、ログを見る限りでは高効率訓練センターに表の時間で四日も入って各ハイヴの攻略演習を行っていた彼が、できるというのだ。
 疑う理由などどこにも存在しない。

「突入部隊は任せる。
 私は周辺の防御を固めよう」

 傍から聞いていれば酷く聞こえる話だが、目の前の黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章を受章したドイツ国防軍軍人は、満面の笑みを浮かべた。
 彼にとっては、戦況の優劣はさておき、必要な装備と戦力を必要なだけ与えられ、自分の腕を自由に行使できる状況というのが一番のプレゼントなのだろう。
 見ていろよ国連軍、いや、合衆国軍のお偉方の皆様。
 涙目にしてやる。


 
「第十二大隊搭載艦は移動を開始しました。
 本艦の離岸まであと5分の予定です」

 報告に意識を戻す。
 この作戦のために用意した新型艦であるリムファクシⅣ以下八個師団と二個艦隊で、命令どおり鉄源ハイヴに『威力偵察』を仕掛けてやる。
 偵察とはいえ、可能ならば落としてしまっても構わんのだろう?

「ところで、師団長閣下はまだ通信室から戻らないのか?」

 気を取り直して今のところ一番気になっていることを尋ねる。
 艦隊の出港準備が整ったあたりで彼女は本土からの緊急電で呼び出され、今に至るまで戻ってきていない。

「参謀長、このまま出航でもかまわないが、どうしますか?」
 
 参謀団エリアで困り果てている参謀長に声をかける。
 本艦は潜水艦でありながら指揮機能を有しており、一個軍程度であれば十分指揮可能な司令部設備を持っている。

「あー、いや、本土からの緊急電であるから、我々がそれを妨げるわけにはいかないだろう」

 実に使えない回答である。
 入室の許可を求めるなどして通信を妨害する方法などいくらでもあるだろうに。

「では、私の権限で作戦を遅延させるよう通達を出しますね」

 俺の言葉に一同は安堵した様子を見せる。
 8492戦闘団しか動いていないとはいえ、作戦決行に遅延が生じれば責任問題に発展しかねない。
 だが、彼らは責任など負いたくない。
 彼ら全員より価値があると見なされている司令官閣下に責任を押し付けることも出来ない。
 そんな中、親愛なる指導者である副司令官閣下が御自ら責任を取ってくれるというわけだ。
 彼らが喜ばないわけが無い。

「副司令より各員。あー、所定の作戦に基づき、行動を実施する。
 忙しいところ済まない、以上だ」

 名乗りを上げたところで司令官閣下が入室されたのだから仕方がないが、随分と意味のわからない放送となってしまった。
 それはさておきだ。

「何か本土で大問題が発生したようですね」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる師団長に尋ねる。
 何も返してこないところを見ると、よほど腹に据えかねる事を言われたようだな。

「本土防衛軍司令部からよ
 今の今になって司令部が艦隊と共に敵地へ赴くのはどうなんだと難癖をつけてきたわ」

 なるほどなるほど、お飾りではあるものの、逆に言えば飾るだけの価値がある人物が艦隊特攻とは好ましくないというわけだな。
 別に特攻をするつもりはないし、この艦は水中にいる限りは安全だ。
 なんなら作戦中は通信ブイだけ浮上させてずっと水中にいてもらっても構わないのだが、それでも心配な人間がいるのだろうな。
 まあ、こちらも嫌がらせで作戦発動二秒前に計画書を提出したので、作戦の概要を掴みきれていないのかもしれないが。

「それでは師団司令部は帝都に置いて、米軍の通信中継艦・本艦・佐渡島・新潟・師団本部と通信を中継させましょう。
 場所さえ貸してもらえれば、帝都城の玄関先に衛兵付きで天幕でも張って司令部を設営させますよ」

 あまりにもあまりな俺の言葉に、師団長閣下は表情を歪ませる。
 だが、それは怒りや侮蔑ではない。

「それは面白いわね。やりましょう」

 どうやら、師団長閣下は思っていたよりも愉快な思考をされているらしい。
 子どもじみた露骨な嫌がらせを実施することにより、公衆の面前で本土防衛軍の一部勢力に恥をかかせてやるつもりだ。
 そのためならば自分の評価などどうでも良いと開き直るあたり、彼女は自身の置かれた立場に諦観の念を抱いていることがよく分かる。
 さらに、不敬極まりない提案に対し笑顔で答えるあたり、精神の状態はあまり良好ではないようだ。
 だが、不敬罪に問われるおそれはない。
 その前に、状況は次の段階へ移行するからだ。

「参謀長!我々は直ぐに上陸する!
 一分で準備をなさい!」

 大声で参謀団を艦内から追いだそうとする彼女の背中を見つつ、俺は内心で呟いた。
 ご安心ください閣下。こちら側にいる限り、貴女にもいい目を見せて差し上げますよ。

「至急だ」

 慌ただしく荷物を纏めている参謀団を眺めつつ、傍らのオペ娘に話しかける。

「師団本部に一個歩兵中隊を追加。
 基本武装はカプセル降下兵。
 武装はカリフォニウム弾以外無制限、技術レベルは恒星系間戦争レベルまで」

 正しく大盤振る舞いである。
 近距離用核分裂弾以外無制限とは、要するにこの世界の一個師団が全力で攻めこんできても対処可能であることを意味する。
 使用する技術を恒星系間戦争レベルで持たせるということは、その師団が四個戦術機甲連隊編成であっても対処可能でもある。

「交戦規則はどの状態にいたしますか?」

 内蔵無線で指示を出しつつオペ娘は尋ねる。
 
「交戦規定は専守防衛、ただし武器使用自由だ」

 専守防衛で武器使用自由。
 つまり、最初の一発を受けるまでは抵抗せず、拳銃弾一発でも受ければ使用する全ての兵器を使用して速やかに全力で眼前の敵を殲滅する。
 帝都に派遣する護衛に出すべき命令ではない。

「よろしいのですか?」

 不意にかけられた声に視線を向けると、難しい表情を浮かべた鹿内が立っている。
 新潟から帝都までは高速鉄道が走っている。
 いつでも大陸へ侵攻できるように駐屯している歩兵中隊を司令部に随行させることは簡単だ。
 つまり、師団本部が帝都に到着したとき、駅では歩兵中隊が閲兵式の準備を整えていることを意味している。
 彼らが持っているのは、今からハイヴに殴り込みをかけるような兵装である。
 日本帝国側の反発は想像するまでもなくある。

「よろしい。君たちの『2001年12月度後半 帝国情勢の回顧と展望』は読ませてもらった。
 むしろ戦術機甲大隊を付けなかった私の自制心を褒めて欲しいくらいなのだが?」

 諜報機関は設立から時間が経てば経つほどその能力を増していく。
 マイナス面での要素もあるといえばあるが、時間経過に伴って上昇していく対外情報収集能力と分析力は、それを補って余りある。
 だが、後藤田長官率いる第66師団第8492戦闘団国際情勢検討委員会は、自分たちのできる中での最善を尽くしていた。
 
「それでしたら、帝都城に派遣される部隊はせいぜい一個歩兵大隊と二個戦術機甲中隊が限界であるとお分かりだということですね?」

 こちらの正気を疑う目をしているな。
 失礼極まりないが、無理もないな。



2002年1月1日火曜日10:38 日本帝国 帝都某所

「8492の連中は行動を開始した模様です。
 多数の艦艇を従えて朝鮮半島を目指して移動中、何故か師団本部は本土へ向けて移動中のようです」

 薄暗い室内で狭霧大尉は報告した。
 帝国政府から酷い裏切りを受けた彼らは、それでも黙って従っていた。
 まるでそれ以外にやるべき事を知らない奴隷のように。

「閣下。準備は整っております。
 CIAの傀儡となった愚か者たちも、少なくとも役割だけは完璧に果たしてくれるようです」

 別の大尉が報告する。
 現在の日本帝国には四つの勢力が存在している。

 一つ、帝国軍から与えられた任務だけを行う軍人。
 二つ、CIAを中心とする諸外国の意向に従って行動する売国奴。
 三つ、憂国の念を抱く烈士たち。
 四つ、強大な戦力を持ち、ただ日本帝国のために死地へ赴こうとする第8492戦闘団。

 最大戦力は言うまでもなく第四の8492戦闘団である。
 しかし、国際的な謀略に巻き込まれ、大陸反攻作戦を強要されている彼らは、帝国本土に限れば僅かな機動戦力しか持っていない。
 決起が起これば動きを止めるであろう通常の帝国軍も戦力としてはカウントしがたい。
 彼らはまず、事前に与えられている本土防衛という任務を行わなければならないからだ。
 そして、第二と第三の勢力である決起軍は、現時点においては帝国内で最大の戦力を持っている。
 
「動くのは、今しかありません。
 諸外国の目が外を向いている今、8492戦闘団の横槍を最小限に抑えられる今、放っておいても売国奴どもが行動を起こしてしまう今。
 今しかないのです。閣下、ご決断を」

 血気に逸る将校たちに詰め寄られた男は、苦渋に満ちた表情のまま口を開いた。

「このような事態は何としても避けたかった。
 だが、もはや言葉で物事を解決する時期は過ぎた。
 全ての同志に伝えろ。我々は、帝国を救うため、行動を開始する」

 新年早々、日本帝国を取り巻く状況は一気に動き出そうとしていた。
 行動を決意した決起軍。
 帝国内を暗躍する諜報機関。
 鉄源ハイヴへ進軍する8492戦闘団。
 複数の思惑が交錯する中、二つの戦いが始まろうとしていた。



[8836] 第三十三話『戦闘開始』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2011/01/04 22:25
2002年1月3日木曜日07:30 朝鮮半島沖合15km 作戦名『フェイズ・ワン』艦隊 旗艦リムファクシⅣ

「全部隊に次ぐ、こちらは第66師団現地指揮所。
 現時刻を持ってフェイズ・ワンを開始する。
 作戦参加各部隊は、所定の方針に基づき、適切なる行動を実施せよ」

 抑揚に欠ける俺の号令を持って、作戦は開始された。
 この作戦名についての説明はさておき、本作戦の目的は鉄源ハイヴの攻略および朝鮮半島の確保である。

「播磨以下第一戦隊は直ちに艦砲射撃に移ります。
 全艦対地攻撃体制へ移行。各艦より了解信号受信中」 

 俺の命令に従い、洋上艦隊の主力を構成する二個戦隊六隻の戦艦たちが増速を開始する。
 彼女たちは艦隊の大半を構成するジェレミー・ボーダ級アーセナルシップの支援を受けつつ海岸のBETAたちを叩くことを目的としている。
 上陸海岸の制圧、橋頭堡の確立、橋頭堡の安全確保、進撃路の確保、大陸方面の封鎖、ハイヴへの突入地点の確保、ハイヴ内部の進撃路確保、鉄源ハイヴ反応炉の破壊。
 大枠で分けてこれだけの段取りが必要な本作戦では、大陸方面への防衛線確立までが最重要課題である。
 そこまで出来れば、後は時間が解決してくれる。

「全パンジャンドラム離艦完了。海神部隊離艦を開始します」

 ここまで苦労して曳航してきたパンジャンドラム達が進撃を開始する。
 彼らは地上という光線級の脅威を受けづらい地域を突進する自律誘導弾だ。
 強襲上陸においては大変に価値のある働きをしてくれることだろう。

「全艦誘導弾発射筒展開、砲撃座標入力、洋上艦隊の攻撃完了に合わせ砲撃せよ」

 本作戦は極めて常識的な上陸作戦だ。
 近代化改装を受けた六隻の播磨級戦艦が55口径53cm三連装四基の主砲と片舷に八基ずつの127mm砲を出来る限りの速度で放ち続け、アーセナルシップが対地誘導弾を発射する。
 主力艦を取り囲む巡洋艦や駆逐艦隊も全ての備砲およびVLSを発射する。
 それに合わせ潜水艦隊から水中発射式対地誘導弾が放たれ、止めにパンジャンドラム達が突入し、海岸付近のすべての障害を吹き飛ばす。
 文字にすればたった三行。
 発射速度と同時発射数が異常なことを除けば、別に大したことではない。

「水上艦隊全艦発射準備完了。本艦を含む潜水艦隊も発射準備を完了しました」

 部下たちの報告に耳を傾けている間に準備は完了したらしい。
 さて、それでは強襲上陸を開始するとしよう。

「上陸はなんとかなるかね?」

 曖昧な問いをオペ娘にする。
 彼女は一人参謀団として成り立つだけの情報処理能力を持たせており、文字通りの参謀役として役に立つようになっている。
 
「はい閣下。ハイヴ突入までは全く問題ありません。
 問題があるとすれば、大陸方面への防衛線確立です。
 想定では現有兵力で対処可能ですが、二個軍団以上の増援が出現した場合、反応炉破壊後に撤退する必要があります」

 当然の回答が返ってくる。
 こちらにはルーデルがいるのだから、ハイヴに突入するまでは全く心配がない。
 だが、反応炉を破壊した後に、この地域を確保しておけるだけの戦力を維持できるかどうかが難しい。
 ここは端とはいえBETAたちの地球上における本国であるユーラシア大陸だ。
 どれだけ楽観的に考えても独力での対処が困難である大規模な増援がやって来ることだろう。
 
「まあ、そこを何とかするのが俺の仕事だな。
 本土はどうなっている?」

 主モニターの映像が切り替わり、帝都城周辺の戦域地図が表示される。
 帝都城正門前に設置された師団本部、そこに展開する一個歩兵中隊。
 彼らに接近するように、帝国軍のマーカーが迫る。

「帝都城に派遣した部隊が決起軍を至近距離で確認しました。
 戦闘開始は時間の問題です」

 行動開始は確認できていたが、本当に帝都城へ部隊を派遣すると驚きだ。
 残念だが、仕方あるまい。

「指揮下全部隊に通達、IFFコードを変更。
 確認されている全ての決起軍部隊を敵性に分類、事前の命令に変更はなし。
 攻撃を受けた場合には、全力で反撃せよ」

 逃げようにも逃げられずに参加しているものもいるだろう、これが最善か分からずに参加しているものもいるだろう。
 だが、その様な人々は残念ながら許容すべき損害として無視する。
 決起軍に参加してしまったという事実を持って、諦めてもらうしかない。

「帝都への増援部隊は如何いたしますか?」

 現在帝都入りしている部隊は、歩兵中隊と言う名前の軌道降下兵中隊だ。
 名前こそ強化装甲服だが、実際には小型戦術機のようなものであり増援は必要ない。

「現地の部隊で何とかなるだろう。
 だが、戦闘ヘリコプターと艦隊から戦術機は出してやれ。
 軌道降下の準備は大丈夫だな?」

 帝都城の防備という点ではそうなのだが、彼らは長距離を高速で移動する能力はない。
 そのあたりは、別の部隊で支援を行う必要がある。
 横浜基地で“集中整備中”だった戦闘ヘリコプター団と、千葉県沖を“慣熟訓練中”だった艦隊は、想定通り役に立つようだ。
 軌道降下といっても、再突入殻を本土に打ち込むわけではない。
 植民地海兵隊のドロップシップ十八隻と、地球連邦軍機動歩兵の降下艇二十隻のセットを塔ヶ崎離宮へ送り届ける事が目的だ。
 中に入っているのは帝国軍へ提供予定の廉価版強化装甲服の一団だが、着用者の皆様はどちらも喜んでくれた。
 小銃一つでエイリアンの大群に立ち向かってきた彼らならば当然の反応だが、本作戦の結果次第では、帝国軍の皆様も喜んでくれるだろう。




2002年1月3日木曜日19:30 日本帝国 帝都 帝都城正門前 第66師団師団本部

「接近中の部隊へ告ぐ。
 こちらは第66師団師団本部護衛中隊である。
 現在帝都近隣に出動要請は出されていない。所属、官姓名を名乗れ」

 宇宙服のような倍力装甲服を着込んだ大尉は、接近しつつある歩兵大隊に向けて問いかけた。
 礼儀として質問の形をとってはいるが、大尉は自分たちの眼前に迫る諸兵科混合大隊が反乱軍であることを知っている。
 既に倍力レベルは最高まで上げてあり、緊急用ロケットブースターや多銃身機関銃の安全装置を解除している。

「我々は憂国烈士団である!
 既に情報が入っているかと思うが、我々は帝国の現状を憂い、決起した!
 貴官らも帝国軍人なれば、我らの気持ちは分かるはずだ!
 速やかに道を譲り戦列に加わりたまえ。同意できないとしても武装を放棄せよ!」

 先頭を進む大隊長の言葉と共に、前列を進んでいた歩兵達が突撃銃を構える。
 その数は20人。
 大尉が着込んでいるものがただの見掛け倒しの装備であれば、外見上は耐えれたとしても背中に冷たいものが流れただろう。
 しかし、彼は8492戦闘団に所属する、この世界からしたら想像すらできない科学技術を元にした装備を施された実戦経験者だ。
 先頭の全員が彼に対して一斉射撃を行ったとしても、恐れるべき何も無い事を理解している。

「無礼者!貴官らは帝都城に向けて銃を向けていることが理解できないのか!
 反乱が発生したことは小官も聞いているが、反乱軍だとしてもやって良い事と悪い事の区別もつかんのか!」

 彼の一喝と共に、展開していた歩兵中隊は全員が戦闘態勢を整えた。
 多銃身機関銃を向け、ガンマ線レーザーポッドを構え、セントリーガンを展開し、重機関銃を旋回させ、無反動砲を肩に担ぐ。
 大隊長は困惑した。
 いくらなんでも余りに戦闘的に過ぎる。
 自分たちに与えられた任務は帝都城周辺の確保であり、膠着状態を作り出すことだ。
 しかし、このような余りにも政治的に問題な場所で、一触即発な状況を作り出すことは双方ともに非常に好ましくない。
 決起軍の攻撃は一発でも外れれば帝都城に飛び込むし、警備側は一発でも外せば背後の中央官庁群に飛び込んでしまう。
 大隊長の見る限り、少なくとも8492戦闘団側はその事を欠片も恐れていないように見える。
 いや、むしろここまで準備していたことを考えれば、戦闘状態を望んでいるようにすら見える。
 これは注意しなければならない。
 威圧に負けてこちらから一発でも発射してしまえば、彼らは必ず全力で反撃するだろう。
 装備がどれだけ優れているのかはよくわからないが、仮に彼らを倒したとしても、後ろに控える斯衛軍が襲いかかってくるはずだ。
 
「どうした!あくまでも銃を下げないつもりか!」

 大尉は強気な姿勢を崩さなかった。
 むしろ、挑発的とも言える態度を取っている。
 その様な状況の中、彼の部下たちは次々に戦闘準備を向上させつつある。
 師団本部の天幕の前に装甲トレーラーが滑りこみ、その荷台の上に四連装重機関銃がせり上がる。
 荷台に載せられたサーチライトが引っ張り出され、次々と点灯していく。
 装甲兵員輸送車が正門前に走っていき、正面装甲を決起軍に向けつつ機関砲を明らかな起動状態にする。

「反乱軍に告ぐ、こちらは第66師団師団長である。
 貴官らは帝国の法を犯し、帝都城に向けて銃を向けている。
 これは明らかな反乱であり、恐れ多くも」

 折角の師団長の演説であったが、彼女の演説は途中で遮られてしまった。
 サーチライトで照らし出され、さらに拡声器で増幅された大声量で“反乱軍”と決め付けられた事に激怒した一人の青年将校が発砲を行ったからだ。
 その瞬間を見た大隊長は驚愕した。
 自分の目の前に立っていた大尉。
 強化ガラスらしい顔面を覆う部分に命中した軍用突撃銃の銃弾は、簡単に弾き飛ばされてしまったのだ。

「報告!」

 銃撃を受けた大尉は、自身の拡声器にも接続されている状態で無線に向けて叫んだ。

「2002年1月3日1930時29秒、当方は反乱軍に攻撃を受けた!
 全部隊応戦せよ!直ちに応戦せよ!」

 大隊長は慌てて釈明しようとしたが、それは叶わなかった。
 青年将校の突然の発砲に唖然としていた彼の大隊に向け、撃たれた側の8492戦闘団は一斉射撃を開始したからだ。
 凶暴な多銃身機関銃が唸りをあげ、必殺のガンマ線レーザーが不可視の殺人光線を放ち、重機関銃が人体を粉砕し、無反動砲が数少ない装甲車両を吹き飛ばす。
 最前列の兵士たちは機関銃弾によって全身を引き裂かれる。
 その後列にいた兵士たちは、致死量のガンマ線を照射され、何が起きたかも理解する余裕もなく絶命していく。
 陣地やトレーラーに据え付けられた重機関銃たちは、12.7mm弾を遠慮無く兵士たちへ叩き込み、目を背けたくなるような惨殺死体を量産した。
 
 最初の斉射は不意打ちだったこともあり、決起軍側はいきなり97名もの死者を出した。
 直ちに反撃に移ろうとするものの、彼らの視界には帝都城がそびえ立っている。
 どうしても銃撃に踏み切ることができない。

「直ちに戦闘ヘリコプター団を呼び出せ!横浜基地および新潟基地に連絡!
 可及的速やかに戦術機甲連隊を帝都に入れろ!佐渡島基地へも増援要請!」

 ロケットブースターで急上昇しつつ反乱軍兵士たちを虐殺していた大尉の装甲服からは命令が垂れ流されている。
 彼は状況をどこまでも拡大するつもりのように命令を受けている。

<<攻撃をやめろ!只今の攻撃は我らの本意とする所ではない!
 直ちに撃つのを>>

 突然始まった戦闘を制止しようと、遅れてきた決起軍の戦術機から戦闘中止の呼びかけが成されるが、それを最後まで言い切る事は出来なかった。
 彼が連れてきた二人の衛士のうち、片方が正門を塞ぐ戦闘装甲車に向けて誘導弾を発射したからである。
 放たれた誘導弾はどう考えても必中するべき状況だったが、車両に搭載されていた散弾発射式対誘導弾システムによって直前で撃破されてしまう。
 いろいろな意味で硬直してしまうその展開を、8492戦闘団は見逃さなかった。
 
「全軍に警報!反乱軍は戦術機で帝都城の正門を突破しようとしている!
 繰り返す!反乱軍は戦術機を含む大隊規模以上の戦力で帝都城を襲撃中!
 戦術機による攻撃を受けている!このままでは支えきれない!直ちに増援を求む!」

 大尉の装甲服は拡声器で過剰反応そのものの危険な言葉を吐き出し続ける。
 一瞬言葉を失った衛士たちだが、彼らが我に返る時間はなかった。

<<飯田!貴様なぜ、回避しろ!!>>

 無線を聞いていただけではわからない言葉の後に、何が起こりつつあるのかが容易に分かる事態が発生した。
 接近中の戦術機を捕捉した戦闘装甲車から、合計四発の対戦術機誘導弾が発射されたのだ。
 高加速であり、極めて高い機動性と自己鍛造弾頭を持つその誘導弾は、近距離だったこともあって三機の戦術機たちを一瞬で破壊した。

「応戦せよ!応戦せよ!」

 拡声器からは相変わらず攻撃命令が発せられ続け、決起軍は貴重な歩兵戦力を減らし続けていた。
 遠慮無く重火器を使用する敵に対し、彼らが出来ることは無かった。
 繰り返すが、元々ここへ派遣されているのは膠着状況を作り出すための、戦闘ではなく威圧を目的とした部隊である。
 盛大に攻撃が行われている正門に呼応するように、帝都城の別の方角から曳光弾の煌きが空に向かって放たれる。
 銃声と砲声は帝都城の全周に広がっていき、それは日本帝国の中枢が戦闘状態に入ったことを全世界に宣言した。




2002年1月3日木曜日19:47 日本帝国 帝都 決起軍司令部

「帝都城に派遣した我が軍第一歩兵大隊は全滅しました。残存部隊は撤退中!」
「随伴する第七戦術機小隊全滅、生死不明!」
「第二支援車両小隊通信途絶!」
「待機中の第二歩兵大隊を投入しろ!戦術機も中隊規模で随伴させるんだ!」

 慌ただしく命令がやり取りされている決起軍司令部は、大混乱に陥っていた。
 当初より帝都城を防衛する斯衛軍との戦闘は想定されていたが、それはせいぜいが小競り合いレベルであり、大規模な市街地戦闘ではない。
 職務を遂行することは当然ではあるが、一国の首都で盛大に戦闘を起こすことは、非常事態下においても避けるべき事である。

「やはり、8492の連中は別の命令を事前に受けていたのでしょうか?」

 呆然としている狭霧大尉に、傍らに立っていた中尉が囁く。
 その言葉に彼は何とか意識を取り戻し、少尉の発言について考察を試みる。
 事前に何らかの命令を受けていたとしても、ここまで攻撃的なものであるはずがない。
 彼らがいる場所は帝都城の正門であり、戦闘が激化すれば意図せずとも城内に戦火が及ぶ事は容易に想像できる。
 決起後ならばまだしも、決起前にそれを許容するような命令が出されるはずがない。
 だが、そうなると彼らは何を目的としてこのような状況を作り出しているのだろうか?

「わからん、とにかく今は、帝都全域を完全に掌握するのみだ」

 狭霧は考察を中断させた。
 今は納得が行くまで思考を巡らすべき時ではない。
 彼は目を見開き、席を立つ。

「予備の戦術機甲中隊も出させろ!
 合衆国の空母艦隊の現在位置はどこだ?」

 政威大将軍殿下をお救いし、日本帝国をあるべき姿へと戻す。
 そのための帝都占領であり、そのための帝都城への派兵である。
 国連軍は、帝都での戦闘に遠慮はしないだろう。
 余計な横槍を入れられないためにも、彼らの動向は常に把握し続けておく必要がある。

「合衆国艦隊は房総半島沖を航行中。警戒態勢は取っているようですが、積極的な作戦行動は取っていない模様」

 モニター上の地図が拡大され、ほとんど動きのない艦隊の現在位置が映し出される。
 示威行為一歩手前の、今のところは我関せずという態度が見えてくるが、それだけのはずがない。
 何故ならば、この決起は合衆国の工作員たちの活発な行動をこれ以上留めておけないからこそ発生させたのだ。
 
「狭霧大尉殿、意見具申申し上げます」

 先ほど囁いてきた中尉が、何かを決断したような表情で語りかけてくる。
 彼らは同じ志を持った同志であり、そして狭霧の目の前の少尉は、武家の私生児ながら苦楽を共にしてきた古い仲間である。
 従って、政治的信頼性は極めて高い。

「発言を許可する。改まってなんだ?」

 狭霧は控えめにいっても固い人間だが、人間的に固いことと、柔軟性を持っていないことは必ずしもイコールで結ぶべき事ではない。

「大陸反攻までにかかる時間を考えれば、ここで合衆国軍の影響力を排除することは短慮ではないと自分は考えます。
 帝都城の制圧に時間がかかっている以上、彼らには退場してもらうことが最良かと愚考する次第であります」

 正しく短慮なのだが、彼らはそうと気付けないほど、知らぬうちに追い詰められつつあった。
 帝都城の制圧は出来ず、8492戦闘団の動向は不明で、これ見よがしの位置に米軍の空母機動部隊が来ている。
 増援は出しているが、あの非常識な“歩兵中隊”相手にそれだけで勝つことが出来るのかが判断できない。
 おまけに、全ての制圧作戦を同時並行で行わせていたため、テレビ局の占拠とそれに伴う声明文の発表がまだである。

「報告!空母艦隊が増速しました!搭載部隊を横浜基地と合流させるものと思われます!」
「緊急報告!帝国軍広域データリンクと我々の通信が切断されました!
 我々の指揮下全部隊も同様です!」

 オペレーターたちから悲鳴のような報告が入り、広域地図の上部に『リンク切断』と表示が灯る。
 反乱を起こしておいてなんだが、狭霧たちは日本帝国軍から一方的に切り離されてしまった。
 これでもう、決起に参加しない帝国軍部隊がどう動くかがわからなくなってしまった。

「大尉殿、概略位置が掴めている今しかありません。
 航空攻撃の許可を下さい!」

 中尉が詰め寄る。
 自分たちに賛同して決起してくれた百里および厚木空軍基地。
 そこに死蔵されている航空部隊を使用して、一時的にでも合衆国軍の影響力を排除する。
 彼らはそのような作戦を立てていた。
 もちろん、艦隊へ攻撃を行えば合衆国の激烈な反応を誘発させることは容易に想像できる。
 だが、彼らが艦隊を再編し、帝国近海へ派遣する前に事態を終わらせてしまえば、問題解決の場は外交に移る。
 




2002年1月3日木曜日東部時間05:47 アメリカ合衆国 バージニア州ラングレー 中央情報局 レインボー七号作戦室

「まずいことになりました」

 工作官が青い顔をして上司に報告する。
 彼女は日本帝国の上層部を抜本的に改革するための今回の政治工作で、現地と本土の中間に位置する立場を務めている。
 
「報告は具体的に頼むよ」

 対する上司は冷静なものである。
 太平洋地域全域を担当するだけの立場を持つ彼が、詳細も知らないトラブルの発生報告で表情を変えるはずもない。

「帝都で大規模な戦闘が発生しました。
 現在、帝都城周辺で大隊規模の戦力が接触を始めています」

 戦力の接触、ねえ。
 上司は表情を変えずに内心で溜息を漏らした。
 戦闘状態に入っていることは分かったが、予定が前倒しされたぐらいでそこまで狼狽えてもらっては困る。

「想定よりもかなり早かったが、戦闘が行われること自体は当初の予定通りのはずだが?」

 戦闘が行われること自体は予定の範囲内なのだ。
 そのために彼らは、本作戦にいくつものバックアッププランを立て、思いつく限りの冗長性を持たせていた。
 だが、いつの世も人間は想定外の行動を取るものである。

「いえ、それが、テレビ局の占拠や声明の発表が完了する前なのです。
 さらに、帝都城封鎖部隊が大規模な攻撃を受けたため、事前に潜入させた工作員からの連絡が取れなくなっています」

 その報告に上司は眉を寄せた。
 この程度の情報は、聞かれる前に報告してくれなくては困る。
 それに、帝都城封鎖部隊の工作員といえば、先制攻撃を仕掛けて戦闘状態に持ち込むことが任務のはず。
 想定外ではあるが、結果だけ見れば順調と言っていい。

「なるほど、それで、対策は?」

 予想外の展開だが、挽回はまだ可能だ。
 帝国軍は当然ながらデータリンクシステムを構築している。
 少なくとも軍内部については声明文を発表することが出来るはずだ。

「それが、帝国軍だけでも情報を流そうとしたのですが、クーデターに参加した部隊は全てリンクから切り離されています。
 そのため、不自然ではない形では情報を流すことが出来ません」

 困った話である。
 こうも先手を打たれているのでは、うかつな行動を取るわけにはいかない。

「それと、NSAからの偵察情報なのですが、クーデター軍の航空機部隊に動きがあるようです。
 アツギとヒャクリの両空軍基地で、出撃準備が整えられようとしています」

 航空機部隊という懐かしい言葉に、上司の思考は一瞬停止した。
 短気を起こして帝都城諸共空爆で吹き飛ばしてしまおうというわけではあるまい。
 そうなると、彼らが航空機で攻撃を行う必要がある価値のある目標とはなんなのだろうか。
 まさか、国連軍基地を叩いて外国からの武力介入を先延ばしにするつもりか?
 いや、そんな事をすれば新政権は間違いなく国連軍によって叩き潰されてしまう。
 では、近隣の帝国軍部隊を潰すことが狙いなのか?
 それもありえない。
 落とす必要のある拠点の守備隊以外に対してクーデター軍側から積極的な攻撃を仕掛ける必要はない。
 国軍がまるごと決起したならばまだしも、今回のクーデターはあくまでも一部部隊の暴走だ。
 
「あの、どうしたらよいでしょうか?」

 不安気に上司を見る彼女を見て、遂に彼は溜息を実際に吐き出した。
 どうやら、彼女に責任者を任せるのは早すぎたようだ。
 
「あっ、あの!こうなってはプランBへ以降ということで、沖合の艦隊を東京湾へ突入させてもよろしいでしょうか!?」

 指揮権を取り上げようとしたことを察知したのだろう。
 彼女は慌てて提案してきた。
 空母機動部隊をわざわざ身動きの取れない湾内に突入させてどうするというのだ。
 あきれ果てて口を開こうとした瞬間、上司は閃いた。

「艦隊の現在位置は関東近海だったな?」

 確認しつつ、頭の中で全てが繋がっていく。
 

「直ぐに艦隊に連絡しろ!
 クーデター軍の連中は我々の空母を狙っている!」

 作戦室内の全員が素早くそれぞれの行動を開始する。
 中央情報局で、対外工作に関わる人々なのだ。
 だが、賞賛に値する彼らの動きを見てもなお、上司はもっと早く動けと叫びたくなる思いを抱いていた。
 もし事態が最悪の方向へ動き続ければ、多くのアメリカの若者たちが死ぬことになる。




[8836] 第三十四話『防空戦闘開始』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2011/01/14 22:21
2002年1月3日木曜日20:10 朝鮮半島 半島防衛線 左翼第三エリア

 朝鮮半島を巡るBATAとの攻防戦は、一つの頂点を迎えようとしていた。
 半島を横断する防衛線を構築しようとする8492戦闘団。
 大陸方面から押し寄せた援軍で何とかそれを突破しようとするBETAたち。
 人類側は未だに一個師団が上陸中のため、三個師団対一個軍団規模のBETAという絶望的な防衛戦闘は、互いの損害を続出させつつも継続中だった。
 上陸中の一個師団をまるまる予備戦力として用いるため、8492戦闘団側は三個戦術機甲師団を使い潰す勢いで強引に戦線を構築し、一歩も引かない体制を作り上げている。
 人的損害を気にせず、むしろ戦闘経験を積んだ個体が増えれば増えるほどネットワークを介した情報のフィードバックにより全体の戦闘能力が向上する8492戦闘団らしいやり方である。

『戦線右翼が押されています。増援を投入しますか?』

 後部座席から尋ねられる。
 指揮官である以上それに即答したいのだが、目の前の要塞級がそれを許してくれない。

「V.A.T.S起動、120mm、目標11975、頭部、胴体、胴体。次、目標11983、頭部、胴体、リロード」 

 会話をする余裕が無い。
 V.A.T.Sで敵を射殺している限り俺は無敵に近い。
 だが、その間にも周囲の戦況は変動し続けており、さらに弾薬や推進剤には限りがある。
 一秒たりとも気が抜けない。
 しかも、万全を期すために有人機はネクストも含めて全てハイヴ制圧に投入しているため、周囲に無人機しかいない。

『本機残弾わずか。武装LCAC戦隊に支援要請中』

 視界に機体の残弾情報が表示される。
 120mm砲弾全弾射耗、36mm砲弾残り24発、長刀および短刀全損、予備無し。
 推進剤、残り5分の戦闘機動が可能。
 やり過ぎてしまったようだ。
 気がつけば直掩戦術機甲中隊も残すところ二機だけしか生存していない。
 やはり、性能差で物量に対抗するのには限度があるな。

「補給のために後退する、武装LCACまだか?」

 戦線中央から離れており、海岸線からも距離があるこの戦線左翼第三エリアは、有人機による支援を最も必要としていた。
 割り当てられた戦力は最も少ないが日本海上の艦隊から支援を受けられる戦線右翼と異なり、黄海に艦隊を送り込めない戦線左翼は上陸させた砲兵師団が行動を開始するまで支援らしい支援が存在しない。
 だからこそ中央集団に匹敵する戦力を割り当てているのだが、それだけでは無人機部隊には荷が重すぎた。
 というわけで俺が出張ってきた上にビックトレー級三隻、ヘヴィフォーク級二隻を持ってきたのだが、それでもなお敵軍の圧力は強い。

「近接砲撃支援要請も頼む。エリア3-8-4の要塞級集団からだ」

 接近してきた要撃級に最後の36mm砲弾を叩き込み、すぐ隣にいた戦車級の集団に空になった突撃砲を投げつける。
 八つ当たりに等しい攻撃だが、今は一体でも多くのBETAを潰しておくことが必要だ。
 それに、突撃砲の一ダースや二ダースなど、本稼働に程遠い青森工業地帯ですら一週間で用意できる。

『武装LCAC戦隊到着まであと二分。
 最大30分の遅滞防御戦闘が可能です』

 脳内に全体地図が表示される。
 なるほど、既に補給を済ませ、こちらへ急行中だったらしい。
 戦況を確認しつつ、後退して直掩戦術機の残骸から突撃砲を受け取る。
 糞、俺の穴を埋めようとした奴がまた喰われた。

「グラーバク中隊は後退する!接地ブーストで下がるから、今直ぐこの座標に砲撃を叩き込んでくれ!」

 友軍の戦線は1kmほど後ろであるから、誤射の危険性は少ない。
 ブースターと足裏のローラーダッシュ機構で下がっていけば、推進剤を無駄遣いせずに後退できるだろう。
 それにしても、最近の撃震は本当に便利になったな。
 名前を変えると最適化が失われるから変えられないのだが、今のこの機体であればどこまででも行けそうだ。

『砲撃支援要請が通りました。初弾は既に発車済み。
 三十秒後に初弾が到達予定。
 直掩戦術機甲中隊も後退開始します』

 中隊と言っても残り一機だがな。
 脳内の戦術地図に砲撃危険範囲が表示される。
 よしよし、今直ぐ俺の頭上に落とせ、を早急かつ素直に実行してくれる事はAIを使用している利点の一つだな。

「LCACはゴア少佐だな?聞いていたと思うが砲撃に注意するよう伝えてくれ」

 極めて高度な情報通信網が構築されている我が軍では、本来であればそのような事は必要がない。
 全てはHALと呼ばれる統合情報通報システムによって連結されている。
 本土の補給部隊も、渡洋中の増援部隊も、上陸中の予備兵力も、戦闘中の部隊も、最前線で撤退中の我々も。
 共通の価値観、共通の情報、共通の指揮官の下で動いている。
 全体が平均化され、全ての情報が共有化された軍隊。
 それは、古今東西の指導者の夢である。

『通報完了。武装LCAC戦隊は当方の後退を援護する形で展開中。
 支援砲撃初弾弾着まであと十五秒』

 弾着まで時間がないことから、戦術地図上の砲撃危険範囲がより狭まる。
 こちらの後退速度に問題はないが、障害が消えたBETAたちの進撃速度には問題があるな。
 このままでは、戦線左翼の再構築が終わる前に戦闘が再開してしまう。
 俺も無人機たちも疲れとは無縁だが、推進剤や弾薬には限りがある。
 無限の補給があったとしても、補給を受ける隙がない以上は有限なのだ。
 これならBETAの増援を覚悟してでも『無敵陸戦艇ビッグトレー~鋼鉄の咆哮バージョン~』を用意するべきだったか。
 本気で悔やんでいたところで、待ち望んだ援軍が到着した。

<<騎兵隊だぜ!>>

 ゴア少佐率いる武装ホバークラフト戦隊が斬り込んでいく。
 36mm単装機関砲二門、40mmグレネードランチャー二門、12.7mm近接防御火器四門、VLS二基の武装LCACを中心に、ファンファンたちが両翼を進んでいく。
 あくまでも戦闘車両である彼らは、BETA集団の外側を削り、誘引されるBETAたちを戦車部隊の眼前へ誘い込むための陽動部隊である。
 戦術機部隊と違い、平坦であれば陸海を問わずに機動力を発揮できる彼らは、BETA支配地域への強襲上陸に最適の装備を持っていた。

<<第二戦隊は左翼、第三戦隊は右翼から突入。
 ファンファン大隊は俺についてこい。ランス、今度は気絶するんじゃないぞ!>>

 さすがはユークトバニアの精鋭。
 砂漠でLCACを乗り回していただけあり、丹力は十分すぎるほどにあるようだ。
 文字通り滑るようにして挺を移動させ、後ろに続く地球連邦軍製ホバー戦闘挺たちの射線を開ける。
 BETA集団と正対している場合、水平方向に放たれる誘導弾は問題なく使用できる。
 光線級たちの習性を理解していれば当然なのだが、とにかくそのおかげで彼らは第一打をとても盛大に行うことができた。
 ファンファンには五連装誘導弾発射機が二基装備されており、瞬間的にかなりの制圧力を発揮することが出来る。
 また、分類上はホバークラフトになっているが、巨大なローターとジェットエンジンで低空を飛行するヘリコプターである本機は、射耗後に速やかな後退が可能だ。
 そのため、戦闘車両としては考えられないほどに補給や再配置が行い易いというメリットを持っている。
 装甲は紙もいいところだが、素早く位置を変えて誘導弾を叩き込むことが目的の機体である以上、それはどうでも良い。
 
<<第一分艦隊前へ!戦線再構築まで前線を支えるぞ!>>

 本作戦のために準備させ、購入後ずっと高効率教育訓練センターに放りこんであった旅団長であるグエン・バン・ヒュー大佐の絶叫が無線に乗る。
 分かりやすく言うなれば、彼は全スキルが99の状態にある。
 一時的にあるにしろ、分艦隊司令官として戦線を支えるには十分すぎるほどの能力がある。
 購入ポイントが無料というのは過小評価に過ぎるとは思うが、購入してから鍛えあげるのは無料というのを考えれば、こちらは得をさせてもらったわけだからむしろ有り難い。
 経験を積むだけ積んだ彼は、適切な戦場を与えられている範囲では無敵だった。

<<戦術機甲大隊前へ!戦車大隊はこれを援護!砲兵は展開を完了次第報告しろ。
 全艦左舷対地戦闘。BETAの地中侵攻に注意せよ>>

 ビッグトレー級陸戦艇『マウリア』に座乗した彼は、戦線を1mmたりとも下げさせないために前進を命じていた。
 作戦全体を見ている限りでは間違いが無いその判断は、全戦線が現在位置を維持できているという実績で彼の判断を肯定している。
 彼女を先頭に、同型艦アイアース、エピメテウス、ヘヴィフォーク級ペルガモン、シャムシュが一斉回頭し、BETA集団に片舷を晒しつつ進行方向を変える。
 刻々と現在位置を変えていく陸戦艇たちの後ろから、ギガベース級アームズフォートが横隊で迫る。
 巨大な主砲を旋回させ、無数の副砲があちこちを向き、誘導弾発射機が準備を整える。
 彼女たちの視界には、押し寄せるBETAの集団が広がっている。

「グエン大佐、済まないが後は任せる。
 こちらの再出撃は二十分後の予定。以上」

 しかし、分艦隊とはいえ陸上艦隊の司令官が大佐というのもおかしな話だ。
 俺が准将である以上それ以上の階級は渡せないのだが、勝手に上級大佐でも作ってやるかな。

<<閣下、ご安心ください。
 既に後方の戦車大隊も展開を完了し、砲兵も支援砲撃の準備を完了しつつあります。
 一時間でも二時間でも、支えますよ。以上>>

 有能なのはいい事なのだが、これはもうグエン・バン・ヒューじゃないだろう。
 ただの優秀で経験豊富で将官としてふさわしいだけの能力を持った軍人である。
 まあ、いい事なのだがな。

「後退するぞ、途中で武器を拾っておきたい。
 コンテナの位置を出してくれ」

 脳内の地図にコンテナの位置が表示される。
 なるほど、よほど変なルートを通らない限りは全ての武装を補給できそうだな。

『友軍部隊の支援が機能しています。
 直ちに後退するべきであると判断します』

 オペ娘の判断結果が伝えられる。
 本作戦における参謀長である彼女が言うからにはそうなのだろう。
 持てるときに持てるだけ武器を拾っておきたいところだが、きちんとした補給を受けられる以上、素直に一直線で帰還したほうが早く戦闘力を回復できる。

「グラーバク1は直ちに後退する。
 戦線左翼各部隊の奮闘に期待する」

 短く伝え、機体を後退させる。
 防衛線確立という作戦目標は達成されつつある。
 有人指揮官機であるグエン大佐のマエリアが出張ってきた以上、最も苦戦していた戦線左翼もこれで安心だろう。
 俺ほどではないが、有人機が指揮を取れば無人機たちはそれなりに能力が向上するらしい。
 
『緊急報告。戦線右翼に師団規模のBETA出現。
 光線級多数を確認、艦隊の支援が無効化されつつあります』

 全くBETAどもときたら、俺を一秒たりとも休ませるつもりはないらしい。
 地図を見れば、戦線右翼の後方に中隊規模以上の光線級が出現しているらしい。

「上等だ、せっかく電脳化し、チートの限りを尽くした体を持っているんだ。
 補給完了後ただちに戦線右翼の支援に向かう」

 全身義体化手術を受ける事は怖いといえば怖かったが、終わってしまえば只の思い出に過ぎない。
 おかげで電子情報でやり取りされる報告を瞬間的に理解できるし、機体制御も格段に楽になった。
 事実上人間を辞めてしまったことに何も感じないわけではないが、俺なんてどうせ神様の暇つぶしの駒に過ぎない。
 今後がどうなるかは知らないが、今できる最善を尽くすだけだ。
 それに、B型デバイスではなく電脳化だけで済んだことを感謝するべきだしな。





2002年1月3日木曜日20:14 日本近海 合衆国海軍第101任務部隊 

「全艦対空戦闘準備急げ!」

 艦艇中から慌ただしく移動する水兵たちの足音が聞こえる中、任務部隊司令部は控えめに言って大混乱に陥っていた。
 無理もない。
 沿岸部のBETAに対する人類最強の剣である合衆国軍空母任務部隊に対して、その人類が攻撃を仕掛けてくるなど想定外にも程がある。
 もちろん、トチ狂った反乱軍やテロリストが攻撃を仕掛けてくる可能性は考慮していたが、一国の空軍がその総力を上げて攻撃をしてくるなど考えてもいない。
 だが、その想定外の現実が迫ってきていた。

「そうだ!早く戦術機を全部上げろ!
 せめて陸地に送り届けるんだ!」
「繰り返す!整備班は直ちにバイタルパートへ退避せよ!時間がないぞ!」
「ダメコン準備急げ!絶対に被弾する!隔壁閉鎖が何故まだ終わらん!」
「本土からの返答はまだか!」

 繰り返しになるが、任務部隊司令部は大混乱に陥っていた。
 日本においてクーデターが発生する危険性は事前に伝えられていたが、その反乱軍がこちらに一斉攻撃をしてくる可能性は流石に見込まれていなかったのだ。
 これは別に現地のCIA要員が無能だったからではなく、運悪く空軍対艦攻撃機部隊の離反を報告しようとしていた要員が、運悪く“交通事故”で死亡していた事が理由である。
 そして、本土からの返答がすぐに来ない理由も、別に合衆国軍上層部が揃って「ありえない」を連呼していたからではない。
 一般的な常識に従えば、空母機動部隊に対する大規模攻撃とは核兵器による反撃が適切だ。
 だが、いくら反乱軍に攻撃されたとはいえ、核兵器による報復はやり過ぎだ。
 常識的に考えればそうなるのだが、ではこの世界では同じ重量の金塊よりも貴重といえる空母機動部隊およびそれを操る将兵を殺されていて、同程度の反撃もできないというのはどうなのか?
 それは合衆国というよりも、人類の一員として、看過するべきことなのか?
 二度とこのような事が起こらないように、徹底的な反撃で教訓を残すべきではないのか?いや、そうするべきであり、そうしなければならない。
 政治的な足の引っ張り合いも褒められたことではないが、直接的な攻撃に対しては、直接的な反撃のみが効果を発揮する。
 それに、帝国軍が全滅したとしても、日本帝国には8492戦闘団がいるじゃないか。
 そのように声高に主張する集団が、少なからぬ数で存在しており、統合参謀本部内をかき回していたのだ。

「日本反乱軍の航空機多数接近!あいつら、本当に戦争をする気だっ!」

 レーダー担当士官が絶叫する。
 日本帝国クーデター軍の放った空対艦誘導弾が探知される。
 彼が絶叫するのも無理はない。
 スクリーンを埋めるようにして大量の空中反応が現れているのだ。
 おまけに攻撃部隊に同行しているAWACSの電波妨害、攻撃機が放つチャフの反応が入り乱れ、事実上長距離探知は無効化されている。

「全艦対空戦闘開始!全艦対空戦闘開始!本艦隊は強力な電波妨害を受けつつあり!攻撃自由!」

 艦隊に対して大規模な航空攻撃をかけるというのは、要するに全面戦争の開始を宣言するに等しい。
 日本帝国の反乱軍は、どうやら後先を考えずに派手に暴れたいらしい。

「戦術機発艦準備中止!全艦対空戦闘用意!」

 対空戦闘の訓練も準備もない戦術機を出したところで役に立つとは思えないが、今は一発でも多くの砲弾を放ち、例え0.01%未満であっても迎撃率を上げるべき状況だ。

「護衛艦艇は直ちに前進!全艦対空戦闘始め!発砲自由!」

 艦隊防空を担う巡洋艦たちが、駆逐艦を率いて空母から離れていく。
 空母より前に出ることによって、彼女たちは誘導弾に捕捉される可能性が増えていく。
 だが、空母の護衛艦艇とはそれこそがまさに任務である。
 あらゆる技術、あらゆる装備、あらゆる犠牲を駆使し、空母を護る。
 彼女たちの存在意義は、その一点に集約されている。
  
「艦隊到達まで後三分!」

 既に艦隊司令部のやるべき仕事は無い。
 放たれたミサイルは全てイージスシステムが捕捉しており、指揮下の艦艇は空母を守るべく行動を開始している。
 問題は、どう考えても護衛艦艇たちの装備では攻撃を防ぎきれないという結果が出ていることだけだ。

「本土へ緊急連絡!核の使用許可を早くもらってくるんだ!艦隊が全滅してしまったら、合衆国はこの海域に対する発言力を失うぞ!」

 反乱軍の誰もが失念している事がある。
 いや、より正確には、この世界の軍人たち全てという表現でもいいだろう。
 空母任務群とは、戦略単位の存在である。
 それを殲滅しようとする行動には、当然ながら戦略的な意味での反撃が必要だ。
 これがBETA相手では話が別だが、人間相手ならば、戦略的な反撃とは当然ながら核攻撃を意味する。
 洋上艦隊が攻撃をうけているこの時、海中にいる原子力潜水艦たちは既に反撃の準備を進めつつあった。

「しかし艦長、どうして核攻撃を実施するのですか?」

 SLBMの射出準備が進められる艦内で、副長は不思議そうに艦長に尋ねた。
 彼は優秀な軍人だったが、政治家ではない。
 クーデター軍に攻撃を受けているとはいえ、友好国に核弾頭を撃ちこむ意味が理解出来ないのだ。
 
「ナンバーワン。分かって聞いていないか?
 テイトを蒸発させちまったら交渉のチャンネルがなくなってしまうじゃないか」

 艦長は副長の質問を誤解していた。
 彼は、何故数少ない人類領域に核弾頭を撃ちこむのかと尋ねたのだ。
 だが、艦長は何故日本帝国の首都である帝都ではなく、厚木空軍基地に撃ちこむのかを尋ねているのかと勘違いをしたのだ。
 当然のような表情で答える艦長に対し、副長は答えを聞いてなお理解できなかった。
 そもそもが質問に答えていないし、第一どうして人類に対して核弾頭を撃ち込まないといけないのだろうか?
 そんな事をしていられるほど、人類は暇ではなかったはずなのだが。





2002年1月3日木曜日20:15 日本近海 日本帝国軍8492戦闘団 新潟第二哨戒戦隊 旗艦イージスシステム搭載大型打撃護衛艦『やまと』CIC

「合衆国軍へ連絡、我、敵にあらず。敵対空脅威接近中、本艦隊は貴艦隊を援護する。
 連続発信させろ、反乱軍の航空部隊は?」

 薄暗い照明で照らし出されたCICの中で、戦隊司令官は尋ねた。
 彼の周囲ではオペレーターたちが無言で任務に励んでいる。

「本土の防空システムが捕らえています。
 千葉県上空にて空中集合を完了、長距離誘導弾を発射しつつこちらへ向けて進撃中。
 敵現在位置をモニターに出します」

 参謀として付けられたオペレーター上位機種が答え、巨大な主モニターに東京湾近辺の地図が映しだされる。
 港湾局から受け取った民間船舶の現在位置、千葉県の主要な都市の位置、本土防衛軍の友軍基地も合わせて映しだされる。
 
「何が決起軍だ。民間船舶や住宅密集地を盾に、迷惑を無視して低空飛行か。
 こんな事をする連中に大義とやらがあってたまるものか」

 戦隊司令官は吐き捨てるように言い放ち、部下たちを見る。
 事前にうけた説明によると、全員がロボットらしい。
 確かに全員が無表情かつ同じ顔で、一言も発さずに任務に励んでいる。
 彼女たちは基本的に無線で所属全艦艇、乗組員と情報連結されているらしい。
 だが、長距離での撃墜を防ぐために住宅密集地や民間船舶上空を進む“決起軍”に比べれば、彼女たちのほうがよほど人間的だ。

「中距離対空警戒域に侵入次第迎撃を開始する。
 全艦対空戦闘用意。警告は必要ない、出来る限り素早く済ませろ」

 監視役としてこの艦隊に赴任するなり司令官に任命されたのは予想外だったが、帝国の不名誉を自らの手で潰せるのは良かったな。
 そんな事を考えつつ、帝国海軍から監視役として8492戦闘団に配属されたこの大佐は、しっかり思想誘導されていることに気づかずにそう思った。
 そんな彼が見守る中、モニター上の空中目標が著しく増加する。
 つまり、反乱軍は空対艦誘導弾の一斉射撃を行ったわけだ。

「やってくれるじゃないか」

 薄暗い照明で照らされたCIC内部では、反乱軍が遂に火蓋を切って落とした様が把握されている。
 格納庫に死蔵されていた127機の攻撃機。
 その全てにこれまた死蔵されていた4発の空対艦誘導弾を搭載して一斉にぶつけてくる。
 こんな攻撃を受ければ、対人類の戦争など途絶えて久しい合衆国軍では対処できるはずもない。
 巡洋艦も駆逐艦も、そして戦術機母艦もその搭載機も、いつかは訪れる将来はさておき、現時点では準備が出来ていない。

「だからこそ、今、我々の出番なわけだな」

 艦隊司令官の率いる戦隊は、1隻の戦艦と4隻の巡洋艦、8隻の駆逐艦で構成されている。
 このうちの戦艦と巡洋艦にはイージスシステムが搭載され、8隻の駆逐艦は弾庫どころか船体各所が誘導弾で埋め尽くされた自走ランチャーだ。
 やまとに搭載された高速大型演算器を用いて戦隊全艦が情報連結され、迫る対空脅威を捕捉・殲滅する。
 冷戦全盛期の合衆国海軍も満足の高性能ぶりだ。
 この日この時この場所で活躍すべく用意された、まさに無駄の塊。
 それが、唯一与えられた活躍の場で、行動を開始した。

「防空参謀、全艦対空戦闘用意。指揮を任せる」

 薄暗い照明がともされたCICで、戦隊指令は防空参謀に指揮権を預けた。
 全般の指揮ではなく、限られた局面を切り抜けるためには、専門の教育を受けた人間が最適である。
 まともな艦隊司令部一式を“監視役”として依頼するとは気でも狂ったかと当時は思っていた。
 だが、今考えるに、8492戦闘団の連中は、この事態を事前に想定していたのだろう。
 だったら事前に防げと言いたいが、反乱を起こした組織の人間が、事実上外部の人間にそれを言ってはならない。

「防空参謀指揮を預かります。全艦対空戦闘用意、最大戦速即時待機」

 指揮権を預かった彼は、素早く指揮を下し始めた。
 亜音速で迫る航空機や誘導弾に対応するためには、1秒ですら長すぎる。

「全艦対空戦闘および最大戦速待機了解。
 旗艦より全艦、対空戦闘用意、最大戦速即時待機となせ」

 オペレーターたちが命令を復唱しつつ艦隊全体へ指示を行う。
 艦隊を構成する全艦が無線封鎖を解除し、レーダーを発信し始める。
 各艦の機関室では、最大戦速に備えて準備が進められていく。

「本艦対空戦闘準備、最大戦速即時待機。
 ダメージコントロール班即応待機」

 旗艦であっても例外ではない。
 艦長が命じ、副長以下が復唱しつつこの巨大な戦艦の全ての乗員に防空戦闘準備を伝えていく。

「合衆国軍の盾になる、全艦横腹を見せろ。
 全艦、進路090へ」

 レーダー誘導弾は、基本的に最も電波反射の大きい標的を狙う。
 それに対して最も反射が大きくなる横腹を晒すということは、合衆国海軍艦艇に変わってクーデター軍の攻撃を受け取ると宣言しているに等しい。

<<機関室、CIC、本艦最大戦速即時待機よろし>>

 機関室より最大戦速の準備が整ったことを知らせる報告が入る。
 ガスタービン機関を採用しているこの艦は、非常に優れた加速力を有している。

「防空参謀、よろしいか?」

 艦長が確認を行う。

「問題ありません。旗艦より全艦、最大戦速となせ」

 未だ合衆国軍艦艇の本土側に回りこめていない現在、この艦隊は全速を出す必要がある。
 防空参謀からすれば当然の行動だ。

「了解、本艦最大戦速となせ!」

 旗艦の防空システムが正常に動作していることをモニターで確認しつつ、艦長は危険極まりない命令を当然のように下した。
 一秒でも早く合衆国軍艦艇の前に回りこもうとするという事は、一発でも多くの誘導弾を時間に引き受けようとするということだ。
 だが、本作戦は全艦艇が撃沈されたとしても、合衆国軍艦艇の損害を最低限に抑えることが目的だ。
 
「最大せんそーく!」

 独特の抑揚をつけた復唱があり、艦の奥底に備え付けられたガスタービンエンジンが全力運転を始めたことを知らせる振動が伝わってくる。
 おそらく、上甲板に出れば耳を切り裂くような独特の金属音も聞こえているのだろう。

「敵軍は誘導弾を発射。敵誘導弾艦隊到達まであと二分」

 既にレーダーマップ上の敵誘導弾の現在位置は、中距離防空域を突破しようとしていた。
 民間人に対する被害を考えると中距離の迎撃も難しい以上、一撃全弾発射による近距離での迎撃でどこまで出来るかが試される。

「左舷副砲群射撃準備完了」
「左舷防空機関砲射撃準備完了」
「対空迎撃戦準備完了、全誘導弾発射準備完了」

 五月雨式に報告が入り、艦配置図上の備砲やランチャーが発射準備体制を整えたことが表示される。
 自慢の主砲は両角砲や誘導弾の発射を邪魔しないために使用できない。
 だが、イージスシステムを搭載し、一個護衛艦隊並の速射砲と誘導弾を単艦で同時発射できるこの戦艦は、防空力には些かの不安も感じさせない。
 彼女の指揮下にあるイージス艦やその他護衛艦艇が指示を受けて攻撃できる事を考えれば、不安を感じること自体が間違っているとも言える。
 
「手動では間に合わん、オートスペシャルでやらせろ」

 防空参謀の判断は早かった。
 呆れるほどに全ての情報を開示された彼は、自らが所属している艦隊の能力を全く疑っていなかった。

「全艦対空戦闘オートスペシャル」

 防空参謀が全てをイージスシステムに任せるオートスペシャルを宣言し、終わりが始まった。
 電波封鎖が解かれた現在、イージスシステムを搭載した各艦は戦隊全周へ向けてレーダー波を絶え間なく放射している。
 やまとに搭載された高速演算器は、得られた全ての情報を受け取り、自分が何をすべきかを確認し続けていた。
 そこに人間などという鈍足な生命体の手は介在されていない。
 各艦のレーダーから入る情報がダイレクトに流れこみ、予め入力されているデータに基づいて判断されていく。
 全てはゼロコンマの世界で高速に処理されている。
 真方位270、レーダー反応あり。
 数635、IFF反応は反乱軍、うち127は速度M1.1、航空機の可能性大。残る508は速力M2.1、空対艦誘導弾の可能性大。
 対空迎撃戦許可済み、モードはオートスペシャル、全艦オートスペシャル移行済み。
 同時発射弾数500発、次弾装填準備完了、各発射機へ目標分配完了、発射。



[8836] 第三十五話『戦場の情景 1』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2011/04/04 01:51
第三十五話 『戦場の情景 1』
2002年1月3日木曜日20:15 日本近海 日本帝国軍8492戦闘団 新潟第二哨戒戦隊 旗艦イージスシステム搭載大型打撃護衛艦『やまと』CIC

 全てを艦載のシステムに任せるオートスペシャルへ切り替えたことにより、艦隊は全自動で防空戦闘を開始した。
 急速に接近しつつある空対艦誘導弾が次々とグループ分けされ、個別にラベリングが行われ、飛行経路が算出され、迎撃すべき地点が計算されていく。
 既に中距離と区分すべきエリアは突破されつつあり、無傷での迎撃に使用できる時間は極めて少ない。
 旗艦の大型電算機の指示を受けた各艦の迎撃システムたちは、電波妨害装置を全力で稼働させ、艦対空誘導弾を連続発射する。

「電波妨害、出力最大」
「全艦誘導弾発射開始、目標アルファおよびブラボー群へ誘導中」
「副砲群砲撃準備完了、CIWS全基作動開始、異常なし」
「合衆国軍へ誘導データ送信中、応答信号来ました」

 闇夜の海面を照らし出すようにして無数の誘導弾が発射され続けている。
 複数のイージス艦で構成されたこの艦隊は、統一された指揮のもと、複数の目標群に同時対応することが出来た。
 同じデータリンクで結ばれた合衆国軍を指揮下に置いてもなお、その能力には余裕がある。
 彼らはありがたい事に共同してこの危機に対応してくれるようだ。

「誘導弾第一波発射完了、目標到達まであと一分。次弾装填中」

 一斉に発射された誘導弾たちの飛行経路がモニター上に表示される。
 反乱軍側にはAWACSや沿岸のレーダーサイトがついており、敵の電波妨害は極めて強力である。
 そのような中、この瞬間に備えて整備された防空艦隊たちは、与えられた任務を全うすべく行動を続けている。

「旗艦対地攻撃システム稼働中、目標は千葉県沿岸部のレーダーサイトの模様」

 旗艦に搭載されたシステムは、反乱軍のレーダーサイトを敵と認識したらしい。
 巡航誘導弾が弾庫から引き出され、止めるまもなく発射されていく。
 だが、その報告を聞いた艦隊司令は止めようとはしなかった。
 これだけの状況下に置いて、現在も電波妨害を行うということは、つまり敵ということだ。
 敵は殲滅しなければならない。

「続けて対レーダー誘導弾発射、AWACSを照準しています」

 これも止める必要のない報告だ。
 大量に発射され、さらに追加が発射準備中の誘導弾で対処は出来るだろうが、万全の対策を持ってAWACSを潰そうとする行動は理にかなっている。
 
「誘導弾第一波、目標アルファに到達、撃墜82、第二波発射準備完了、発射」

 ハイヴに対する面制圧にも匹敵する密度と量の迎撃は、それでも敵誘導弾の先鋒を全滅させることは出来なかった。
 8492戦闘団の使用している誘導弾は極めて高性能かつ高い品質を保っていたが、だからといって魔法のミサイルではない。
 しかも、現在は地上基地とAWACSからの強力な電波妨害もあり、撃墜数が50を割らなかった事を喜ぶべきだ。

「第二波発射中、次弾装填開始、敵誘導弾先鋒を探知、副砲有効射程に到達、副砲群砲撃開始」
「トラックナンバー2014から2058へ砲撃開始、迎撃中」

 CIC内部にも微かに伝わる振動で、各艦に装備された127mm砲が砲撃を行っていることがわかる。
 艦砲は誘導弾に比べると迎撃可能距離が短いが、その優れた砲撃精度と速射能力は信頼に価するものだ。
 やまとを始め各艦に装備されたOTOメララ127mm速射砲がそれぞれに与えられた目標を狙い、意外さを覚えるほどの連射速度で砲撃を開始した。
 少しでも敵誘導弾の狙いを逸らすべく、艦の側面に配備されているフレア発射機とチャフ散布機が次々と夜空に熱源と乱反射を撒き散らす。
 
「目標アルファおよびブラボー群を迎撃中、残数3、迎撃成功」

 短いが十分な情報量と満足すべき結果を伝える報告に、CIC内部の人間たちから安堵の声が聞こえる。
 しかし、迎撃戦闘は未だ完了していない。

「第二波、目標チャーリーおよびデルタに到達まであと30秒、次弾装填中」
「第三波攻撃開始、目標チャーリーおよびデルタに第二派命中、撃墜74、残数に第三波を割り当て中」
「副砲群目標捕捉、CIWS射撃準備中」
「第四波準備開始」

 音速で迫る誘導弾相手の戦いは、短いが非常に密度が濃いものだ。
 飽和攻撃を仕掛けられているとは思えないほどに静かな艦内で、艦隊司令はかつて読んだ教本を思い出していた。
 自分はBETAと戦うために海軍に入ったはずだと当時は憤慨したものだが、思えば若かった。
 それにしても、反乱軍とはいえ日本人相手に戦うハメになるとは思えなかったがな。

「第三波命中、目標チャーリーは全基撃墜、目標デルタは残数32」

 この艦隊は極めて優れた対空迎撃能力を持っていたが、追い込まれた状況があまりにも悪すぎた。
 至近距離と言ってもいい距離からの飽和攻撃、しかも民間人たちを盾に使われており、長距離での迎撃が出来ない。
 おまけに強力な電波妨害を受けており誘導に支障が出ている。
 それでもなお、これだけの戦果を上げたのだ。
 しかも、艦隊の位置関係からして合衆国軍への損害はおそらく出ないだろう。
 部下たちには申し訳ないが、任務は全うできそうだな。
 艦隊司令が内心で満足そうに頷いている間に、防空戦闘は最終段階へと移行した。

「敵誘導弾はさらに接近中。全CIWS射撃開始」
「敵レーダーサイトに誘導弾命中、電波妨害が弱まりました」

 巡航誘導弾がようやく仕事を終えたらしい。
 千葉県沿岸部から発せられていた強力な電波妨害が止まっている。
 その間にも艦隊は休むことなく第四波の誘導弾発射準備を整える。
 ランチャーを移動させることなく弾庫から直接装填できるVLSは、矢継ぎ早の迎撃任務には最適の装備だ。

「第四波開始、目標は敵航空機集団」

 既に誘導弾に対して誘導弾を使用することはない。
 とりあえず、今後の事を考えて敵航空機に打撃を与えるだけだ。
 後の仕事は、艦砲とCIWSに一任される。

「チャフ・フレア連続射出、敵誘導弾への迎撃続行中」
「敵AWACS撃墜を確認、敵電波妨害は消滅しました」

 対レーダーミサイルも仕事を終えたようだ。
 強力な妨害にさらされていたレーダースクリーンは完全にクリアになった。
 敵誘導弾の残存数は19基、チャフやフレアは思ったより効果を発揮しなかったようだ。

「敵誘導弾命中まで五秒」
「耐衝撃体制をとってください!」

 これまで無表情かつ抑揚のない声で報告を続けていたオペレーターが叫ぶ。
 その言葉に人間たちは慌てて手短な固定物に飛びついた。
 そして、衝撃がやってきた。


 最初に命中弾を受けたのは、艦隊の最も本土側を進んでいた『あきづき級三番艦』だった。
 ネーミングセンスの欠片もない名前の彼女は、第五次砲撃の準備中に左舷中央へ命中弾を受けた。
 搭載されていた大量の炸薬は彼女の船体中央を一撃で引き裂き、その付近にあったVLS内部の誘導弾を吹き飛ばした。
 人間では知覚できない短い一瞬で爆発は全艦に広がり、艦内にあった全ての爆発物が一斉に炸裂した。
 轟沈であった。
 次に命中弾を受けたのは、彼女の前方1kmを進んでいた『みょうこう級一番艦』である。
 駆逐艦に比べてやや大きな船体を持っていた彼女であったが、現代の艦艇にとって対艦誘導弾の直撃は致命傷にしかならない。
 全弾が一斉に誘爆するようなことはさすがになかったが、艦橋構造物を吹き飛ばされた彼女は、船体を大きく傾斜させつつ急速に沈没していく。
 人間が載っていないことから死傷者はゼロだが、損失は損失だ。
 
「あきづき級三番艦轟沈!」
「みょうこう級一番艦通信途絶!」
「敵弾なおも接近中!」

 損害は続いた。
 三番艦に続き、あきづき級二番艦も轟沈し、四番艦は艦尾への命中弾で機関停止。
 六番艦は艦橋構造物上部への命中弾で、機関は生きているが応答がない。

「あきづき級二番艦轟沈!」
「四番艦機関部全滅、漂流します」
「六番艦応答ありません、CICをやられた模様」

 猛烈な弾幕を展開する艦隊に向かって対艦誘導弾たちは進み続けている。
 周囲は立ち込める黒煙とばらまかれたチャフ、それを照らし出すフレアや損傷艦の火災、際限なく撒き散らされる曳光弾で大変に賑やかな事になっている。
 終末誘導に入った誘導弾たちは、強烈な電波妨害の中でも辛うじて認識出来るいくつかの目標へ突進した。
 そのいずれもが8492戦闘団所属艦艇であることは、合衆国軍の極東における影響力を排除するという作戦目標からすれば失敗もいいところなのだが、彼らにそこまで判断するだけの頭脳は搭載されていない。
 さらに二発が『みょうこう級四番艦』の艦首と艦尾に命中し、一発が極めて艦に近い位置で撃墜されて艦中央部の喫水線付近へ飛び込んだ。
 残念なことに、彼女も助かりそうにない。

「本艦に命中コースの誘導弾三発!迎撃間に合いません!」

 あくまでも人間をサポートするという任務を帯びているオペレーター達は、感情ではなく警告の意味で次々と叫んでいく。
 パニックを助長するつもりはないが、現状が極めて危機的状況であることを心理面から伝えるためである。
 副砲群が連続砲撃を続け、CIWSが弾幕をばらまく中、三発の誘導弾は極僅かな時間差をおいて艦の三箇所に命中した。
 最初の一発は主砲の第一砲塔に浅い角度で命中し、爆発エネルギーの大半を空中に撒き散らしつつそれを使用不可能にした。
 二発目は左舷第四副砲に命中し、最後の瞬間まで砲撃を放ち続けていた砲ごと爆発した。
 砲の下部にある弾庫は当然誘爆したが、揚弾機は既に閉鎖されており、さらに主弾薬庫は命中の直前から注水が開始されていたことから被害はそこまでだった。
 最後の一発は艦橋構造物に命中する直前、追尾を続けて真上を向こうとしていたCIWSによって撃墜され、超高温の放流となって航海艦橋へ飛び込んだ。
 当然ながら航海艦橋は使い物にならなくなったが、被害はそこまでだった。
 人間の乗員は全てCIC内部に退避していたことから人的被害は皆無であり、おまけに8492戦闘団所属艦艇はフネの形をした機械生命体のようなものなので、失われた施設の代替が艦内にある。
 レーダーマストが使用不可能になったことは痛いが、この戦艦の戦闘能力は限定的ながら今だ健在である。

「艦橋被弾、航海艦橋全滅!」
「SPY-1レーダー使用不能!」
「主レーダーマスト倒壊、通信を後部艦橋に切り替えます」
「主砲第一砲塔使用不能、誘爆の危険は無し」
「左舷第四副砲全壊、誘爆は止まりました」
「第十六通路、第八兵員室、第二十備品庫全壊。第六通路に火災発生中、第七通路との隔壁閉鎖不能。自動消火装置作動中」
「主弾薬庫注水継続中」

 大したものだ。
 いち早く立ち直った艦隊司令は、次々と入る被害報告を聞きつつ艦内配置図を見た。
 三発の対艦誘導弾を喰らっておきながら、この戦艦は未だに戦闘能力を維持している。
 攻撃を喰らった付近はさすがに真っ赤に染まっているが、このCICを含めて機関室や後部艦橋などの重要な施設は健在だ。

「みょうこう級三番艦沈みます!」

 想定していたよりは随分と小さい衝撃に人間たちが安堵していた頃、弾幕を突破した誘導弾たちの最後の仕上げが行われた。
 同一目標への命中や最終段階での撃墜を免れた四発が、最も合衆国軍に近い位置を航行していた『みょうこう級三番艦』に殺到したのだ。
 彼女は最後の瞬間まで電波反射が最大になるように横腹を晒しており、さらに射耗したCIWSの再装填まで行おうとしていたが、その勇敢な行動が仇となった。
 最初から最後までで2秒程度の誤差で続けて四発の誘導弾を受けた彼女は、合衆国海軍将兵たちの眼前で左舷全てを吹き飛ばされ、誘爆を繰り返しつつ横転沈没した。

「みょうこう級二番艦よりデータ受信、敵航空機集団114機を撃墜。
 誘導弾残存無し、電波妨害無し、残存敵機は急速に離脱しつつあります」

 残存艦艇からの索敵データが表示される。
 電波妨害がなくなり、本土防衛軍とのデータリンクが復活した現状では、全てがクリアに表示される。
 艦対空誘導弾の嵐を受けた敵航空機集団は、僅かな残存兵力を何とか基地へ返すべく、全力で退避行動に移っていた。
 
「やれやれ、何とかなったな」

 艦隊司令が安堵の様子を隠そうともせずに呟く中、艦隊は勝手に逆襲の準備を進めていた。
 そのため、彼が気がついた時には全てが手遅れになっていた。

「敵残存兵力を捕捉、誘導弾発射」
「百里、厚木両敵基地に向け巡航誘導弾発射準備完了、発射」
「近隣の友軍部隊へ通報。敵航空脅威は消滅、反撃せよ」
「横浜第一戦闘ヘリコプター中隊は帝都城周辺空域に侵入、敵軍と交戦中」
「第二および第三戦闘ヘリコプター中隊は全機離陸を完了、所定の作戦に従い移動中」
「新潟基地よりの増援部隊は帝都郊外に到着、敵軍検問を砲撃中。敵の反撃はありません」

 オペレーターたちの報告を聞いた彼は、8492戦闘団たちの徹底した反撃に顔色を変えた。
 反乱を起こした帝国軍部隊を敵軍と明確に識別し、軍事行動の鉄則である敵戦力の破壊を戸惑わずに行おうとしているのだ。

「待て!行動中の部隊はともかく、基地には無関係の人間もいるはずだ!
 空爆は必要ないだろう!直ぐに止めろ!!」

 空軍基地とは、広大な施設内に多くの人員がいる。
 いくらなんでも末端の軍属から司令官まで全員が決起に同意したとは考えにくい。
 この非常事態下に反対した人間たちが素直に自宅へ帰されているわけもなく、そうなれば基地内の何処かに拘禁されているに違いない。
 いくら反撃とはいえ、それらの人々を傷つければ、この事件終結後に8492戦闘団はあまり好意的とは言えない状況下に追い込まれてしまう。
 
「司令官、ご安心を。
 使用弾種はただの多弾頭誘導弾です。
 核弾頭やG弾頭は使用しておりません。
 また、目標は滑走路に限定していますので、滑走路上に捕虜を立たせてでもいない限り敵基地の航空機運用能力を奪うだけで済むはずです」

 空襲を受けたとはいえ、別に8492戦闘団に整備員や基地要員に報復したいという意思はない。
 あくまでもこの作戦が終了するまでの間、これ以上敵航空戦力の攻撃を受けないようにしたいだけなのだ。
 通常弾頭ならばいいという問題ではないのだが、既に誘導弾は放たれ、首都圏上空に侵入しつつある。
 この状況では自爆をさせても民間人に被害が及ぶ可能性が非常に高く、もはや広大な敷地を持つ空軍基地で受け取ってもらうほかない。

「自力航行不可能な艦艇はここで自沈処理を行います」
「人間の損害は0、溺者救助の必要なし。艦隊を再編成します」
「合衆国艦隊へ通報、危険を避けるため、直ちに太平洋方面へ退避せよ」

 唖然としている艦隊司令たちをそのままに、オペレーター達は戦後処理を始めていった。
 この海域において二度とあのような攻撃があるはずがないのだが、たった今眼前で展開された大規模な防空戦闘は、合衆国海軍の人々に大いなる不安を与えた。
 傷ついた目の前の艦隊では、同程度の攻撃は防げない。
 そして、政治的な配慮から出されている今回の出動命令に、今のような大規模な攻撃は入っていなかった。
 日本帝国軍の対艦攻撃機はこれで出尽くしたかもしれないが、まだ他の手が残っているかもしれない。
 艦隊全滅の危機を許容することは、命令には含まれていない。
 自分たちの代わりにこの損害を引き受けてくれた8492戦闘団に感謝しつつ、司令官は艦隊進路の変更を指示した。
 同時に、よくわからない権限に基づいて艦載ヘリを離艦させようとして拘束された中尉を尋問室に呼ぶよう命令する。
 きっと、先程の大規模な攻撃と自身の行動の相関関係について、興味深い話を聞かせてくれるだろう。



2002年1月3日木曜日20:34 日本本土 神奈川県箱根市上空 城ヶ崎離宮東方21km地点

 神奈川県上空を、総勢81機のヘリコプターが幅の広い編隊で飛行している。
 彼らは主に本土への敵襲撃と今回のクーデターを想定して作られた部隊であり、帝都の空中支援に向かわせた一個中隊を除く、三個戦闘ヘリコプター中隊および一個偵察ヘリコプター中隊で構成されていた。
 完全編成ではないとはいえ、その装備は強力である。
 この部隊は完全無人化したOH-1を索敵のために使用し、ジガバチ・アドヴァンスと呼ばれる無人機を使用している。
 無人なのは今日に始まった話ではないが、今回使用している攻撃ヘリについては始めから無人運用可能という珍しい機種だ。
 それがどのような結果を生むのかというと、地上部隊に対して絶望的な状況を生み出すのだ。


<<狭霧大尉、敵です。空対地レーダーと思われる電波を複数探知>>

 レーダーをパッシブモードでのみで動かしている斥候が報告する。
 それなりの規模で決起した狭霧大尉だったが、鎮圧側が無慈悲な鎮圧作戦を展開したことにより急速に全滅へと向かっていた。
 合衆国軍の艦隊を叩くための空軍部隊は迎撃により全滅し、続報によると基地も徹底的に叩かれてしまったらしい。
 おかげで空中輸送のために待機していた部隊がまるごと遊兵となっている。

「発見は時間の問題だな。もはやここまでだろう。
 かくなる上は全機にて城ヶ崎離宮に突入し、殿下が到着されている可能性に賭けるしかあるまい」

 決起した後で言うべき言葉ではないが、不敬にもほどがあるな。
 部下たちから次々と入る了解の言葉を聞きつつ、狭霧は苦笑した。
 
<<レーザー照射警報!我々は発見されています!>>

 一瞬の気の緩みは、絶望的なまでの反応の遅れとなって狭霧たちに襲いかかった。
 当然ながら、レーザー照射警報とは別に光線級の存在を意味しているわけではない。
 レーザー照準誘導弾の誘導用レーザーを探知したというわけだ。

「全機ただちに散開!城ヶ崎離宮へ突入する!」

 狭霧の判断は素早かった。
 すぐさま自身の機体を跳躍させると、部下たちの応答を待たずに反撃のための機動を取り始める。
 空中を自在に進む戦闘ヘリと、跳躍噴射できるとはいえ地上を進む戦術機ではその行動能力に大きな違いがある。
 彼は、敵を振り切って離宮へ突入できるとは考えていない。
 延々と追撃を受けつつ、恐らくはされているであろう通報に基づいて万全の体制を整えた護衛部隊との交戦になるだろう。

<<狭霧大尉!ここは我々が食い止めます!大尉は殿下の元へ急いでください!>>

 真っ先に探知されたであろう斥候が必死の声で呼びかける。
 だが、彼は他人を気にしている場合ではなかった。
 音速で迫る誘導弾は、一番手前に居た彼の乗機を補足し、教本に載せられるような見事なダイレクトヒットを行った。
 主力戦車ですら一撃で破壊できる誘導弾に対して、第三世代戦術機は余りにも脆すぎた。

「繰り返す!全機突入せよ!敵は容赦なく撃ってくるぞ!」

 戦術機には対空戦闘用のシステムなど搭載されていない。
 だが、ハイヴへの突入を前提とした設計のため、自分より上にいる敵を捕捉・攻撃するためのシステム程度は積んでいる。
 あとは全てを人間が補佐すれば、やってやれないことはない。

<<全機突入!何としても殿下の元へ!>>

 狭霧の指揮下にあった17機の戦術機たちは、一斉に跳躍噴射を実行した。
 まずは地面という危険な場所から離れることが先決であると判断したからだ。

<<さらに敵電波!畜生!あのヘリは対空戦闘も出来るぞ!>>

 部下からの警告に、狭霧は画面内の敵ヘリコプター部隊を睨みつけた。
 見たこともない形状の偵察ヘリと戦闘ヘリ。
 そのどちらもが誘導弾発射機らしいものを装備している。

「全機地上に降りろ!相手が戦闘ヘリでは空中は不利だ!」

 警告が遅すぎることは自覚しているが、一機でも助かるかもしれない可能性に賭けるしか無い。
 部下たちに呼びかけつつ、自機を敵に向かって進める。
 相対距離を縮めれば、撃ちたくても撃てなくなるはずだ。

<<警告!敵は誘導弾を発射!回避!回避!>>

 ヘリコプターたちは一斉に誘導弾の発射を開始した。
 既に鳴りっ放しのレーザー照射警報に加えてレーダー警報が鳴り始める。
 
「何とか懐に!」

 警報を無視し、部下たちの悲鳴を無視し、狭霧は機体を前へと進める。
 こちらを追尾していた関係から、既に敵偵察ヘリは頭上を通過している。
 もう少し、あと少しで敵の戦闘ヘリを捕捉できる。
 真下から撃てば、いくらなんでも対応できないはずだ。

<<なんてこった!9時方向に反応多数!3時方向からも来るぞ!>>
 
 何度目になるか分からない部下からの悲鳴。
 それを無視し、狭霧は敵機に狙いをつけようとした。
 そして、自分を向く銃口と視線があった。

 ジガバチは、攻殻機動隊において登場した自動爆撃ヘリである。
 無人であること、重武装であることなど特徴は多いが、最も特徴的なのはハチの尾部のように大きくせり出した大型機関砲だ。
 これは特徴的な外見からも予測できるように、前後左右どころか真下へも攻撃が可能な形状をしている。
 狭霧は、自身が知っている戦闘ヘリコプターの常識に沿って行動したが、今回においては完全にそれが裏目に出た。
 自らの危機を悟った彼が次の行動に移る前に、戦闘ヘリコプターたちは最寄りの目標、つまり狭霧に向かって一斉射撃を行った。
 放たれた大量の30mm機関砲弾は、多少の誤差は無視できるだけの物量で狭霧大尉を乗機ごと爆散させた。



[8836] 第三十六話『戦場の情景 2』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2011/04/04 00:29
2002年1月3日木曜日20:41 日本本土 神奈川県箱根市 城ヶ崎離宮 8492戦闘団軌道降下兵団現地指揮所

 また一機、再突入を完了したドロップシップが着陸態勢に入っていく。
 豊かな自然に囲まれた城ヶ崎離宮は、文字通り降って湧いた大量の軍人たちによって要塞へと姿を変えようとしていた。

「報告!第二小隊は陣地構築を完了しました!」

 また一つ、歩兵小隊が陣地の構築を終えたらしい。
 香月副司令の命令で出動していた白銀たちは、気がつけば唯一の警戒部隊から数ある戦力の一つへと立場を変えていた。
 続々と降り立つ軌道降下艇、吐き出される重火器と兵士たち。
 彼方からは明らかな戦場音楽も聞こえてくる。
 この地に派遣された白銀以外の人々は、自分たちがどうしてここにいるのかを知ることは出来なかったが、何かが起きていることだけは理解できていた。

「戦闘ヘリは派手にやっているようだな」

 遥か彼方から聞こえてくる爆発音の連鎖を気持よさそうな表情で受け止めつつ、この地を任されているダンブロジア大佐は呟いた。
 指揮所の中で、彼は自信に充ち溢れた様子を維持し続けていた。
 実際、その内心にも根拠のある自信が渦巻いている。
 とある世界で2億のゾンビ相手に全面戦争を行わなければならなかった彼にとって、万にも満たない敵戦力との戦いなど書類仕事のようなものだ。
 ゾンビと戦術機には随分と違いがあるが、面制圧が有効で、重火器による攻撃が極めて有効に作用する人間相手の任務はむしろ簡単である。
 大将として召喚されたにもかかわらず、編成上の事情から大佐の配置に付けられたことに思うところがないわけではないが、召喚された軍人たちはそのような些細なことは気にしない。

「すまないが、洗脳させてもらっているよ」

 申し訳なさそうにそう告げる司令官の表情を思い出し、彼は微かに笑みを浮かべた。
 余りにもふざけた話であるが、あの絶望の世界大戦が物語として別の世界に存在しており、そして自分たちは決して虚構の存在ではないという現実はもっとふざけた話だった。
 だが、それもどうでもいい。
 大切なのは、今自分に与えられた部下たちに、どうやって完璧な仕事をさせるかだ。
 
「こちらに向かいつつあった敵戦術機甲中隊は全滅の模様。
 当方の被害は皆無です」

 部下たちから入る報告は彼の安心を強めるものばかりだ。
 軌道上から大隊単位での再突入。
 現地に展開していた戦術機部隊を指揮下に加えつつ、この国の首都から脱出してくる重要人物を保護する。
 ありがたい事に敵は人類で、レーダーやその他探知機で簡単に居場所を掴むことが出来る。
 重火器は使用自由、航空支援あり、必要ならばミサイルによる艦艇からの援護もある。
 
「簡単すぎる任務だな」

 指揮所で再び満足そうに呟いた彼の脇で、ドロップシップが装甲車を切り離す。
 空中集合した降下艇たちは、上空で適度な間隔を保ちつつ哨戒飛行を続けている。
 間もなく敵を殲滅した戦闘ヘリコプターたちも合流するだろう。
 
「敵空軍は全滅、懸念されていた別働隊もほぼ全滅。
 訓練としては十分なものになりそうだな」

 大規模な内乱事件にも関わらず、彼と彼の所属する組織は状況を完全にコントロールし続けていた。
 移動経路を気にする必要がない軌道からの一斉降下。
 対軌道迎撃や航空機による妨害もなく、現地に降り立ってみれば敵兵は全く存在しない。
 むしろ訓練としては落第点なのかもしれない。

「空中哨戒第二班より入電、11時方向より歩兵部隊接近中。
 拡声器による呼びかけに応答なし、敵と思われます」

 戦術機がいるかも知れない場所に歩兵部隊を単独で送り込むとは、随分と酷い上官を持っているらしい。
 いや、やられるにしても武装解除される程度で済むだろうとこちらをナメているのかもしれないな。

「接触を続けさせろ。
 攻撃を受けた場合には森ごと焼き払っても構わん。
 敵襲に備えろ、怪しい者は撃ってよい」 

 大佐の命令はそれほど大きな声ではなかったが、周囲の参謀や部下たちは怒号を浴びせられたかのように素早く行動を開始した。
 照明弾が打ち上げられ、物資をより分けていた兵士たちまでもが武器を抱えて塹壕へと飛び込んでいく。
 駐機していた軌道降下艇が次々とエンジンを点火し、待機中だった自動砲台が待機状態から索敵モードへと切り替わる。
 
「殿下には離宮内部に退避して頂け。
 護衛を忘れるなよ。戦闘ヘリの一部を敵部隊の攻撃に向かわせろ。
 もう無いと思うが、敵戦術機の反応を見逃すな」

 輸送機に乗せて退避させるという考えはなかった。
 こちらに十分な戦力があり支援体制も整っている以上、全ての物事は日本国内で、書類上だけでも帝国軍になっている人々で終わらせなければならない。
 


2002年1月3日木曜日20:15 朝鮮半島 鉄源ハイヴ 主縦坑

「足を止めるな!」

 降下を続ける彼の機体に接近した戦車級を長刀で切り飛ばしつつルーデルは叫ぶ。
 ハイヴ撃破のために突入した彼の部隊は、既にその戦力の四分の一を喪失している。
 とはいえ、無人機であることから士気に問題はなく、物資は使い切れないほどに持ち込んでいる。
 武装輸送用多脚車両は非常に優れた発明品であった。
 予備の武器弾薬や推進剤のドロップタンクを持たせることで、ハイヴ内部の戦闘としては従来よりも格段に贅沢な行動を取ることができる。
 もちろん、多脚車両が撃墜されれば物資は失われるわけだが、BigDogの発展形を盛り込んだ六本の足と自衛用の火器を搭載しているこれは、簡単には落ちない。
 
<<こちら雷電、下層より大隊規模のBETA出現、これより制圧する>>

 戦術機たちを追い越してネクストたちが飛び出していく。
 彼らは全員がハイヴ攻略に投入されている。
 ある程度自由な行動が取れる地上とは異なり、ハイヴ内部ではその行動が極めて制限される。
 強力な火力を限定された空間で投射できるネクストは、このような環境でこそ真価を発揮させられるのだ。

「目標地点までどれくらいだ?」

 ルーデルの網膜に反応炉があると思われる地点が映しだされる。
 直線距離にして約2kmだが、曲がりくねった道と大量に押し寄せるBETAたちのおかげで、目標到達予想時刻は遥かな未来である。
 戦域情報が更新される。
 突撃したネクストたちの集中砲火を浴びて、前方の大隊規模のBETAが蒸発する。
 戦術機のそれとは次元が違う索敵装置によって更に大量のBETAが探知され、マップに反映される。

「全機!ここが正念場だぞ!」

 左から接近する要撃級を切り捨て、右上部から降下してきた戦車級を補助腕に持たせた突撃砲で消し飛ばしつつ彼は叫んだ。
 戦力を消耗したとはいえ、未だに戦闘能力を有している彼の部隊は前進を続けている。

「地上艦隊との通信ラインは健在。大佐、中継にもう一個小隊を残してもよろしいですか?」

 後部座席から落ち着いた様子でガーデルマンが声をかける。
 激しい戦闘機動を繰り返す機体内部で、彼は終始落ち着いた様子で周辺警戒と率いる部隊の管理を行っていた。

「任せる。しかしなんだなガーデルマン。
 東部戦線、オリジナルハイヴ、ここと地獄ばかり巡ってきた気がするが、今回の地獄は随分と温いじゃないか」

 上半身を捻って接近しつつあった要塞級の片足をに120mm徹甲榴弾で撃ちぬきつつ、ルーデルは砕けた様子で答える。
 声はリラックスしきっているが、その両眼は忙しなく敵を追い求めて動きつづけていた。
 ガーデルマンが画面上に表示させた接近警報に基づき、足元に這い寄りつつあった戦車級に36mm砲弾を叩き込む。
 機体を少しだけ後退させ、突出してきた要撃級を部下たちに葬らせる。
 素早く照準を合わせ、仲間の死体を乗り越えようとしていた別の要撃級を射殺する。

「シュトゥーカもいい機体でしたが、この機体はそれ以上です。
 これだけ便利な物を与えられて以前より苦戦したら、戦友たちに顔向けが出来ませんな」

 会話を続けつつも彼は状況把握を続け、目標情報を送信し続ける。
 左の壁を突き破って要塞級が出現し、天井から戦車級が多数降下中であることが確認され、ネクストのセンサーが通路の奥から突撃級の集団が迫ってきていることを探知する。

「全くだ。あの時に私の指揮下にこの部隊がいれば、イワンどもなど容易く叩き潰すことができただろうな!」

 天井から飛び掛ってきた戦車級は突撃砲で血煙になり、ようやく壁から抜け出れた要塞級は大佐が少し気合を入れた長刀の斬撃により触角とついでに二本足を切り飛ばされて無力化された。

<<こちら雷電、正面の敵集団を殲滅した。直ぐに道が埋まるぞ>>

 先行していた社長から報告が入る。
 戦術機でも相手ができるBETA相手にネクストの集中投入は明らかなオーバーキルだ。
 しかし、物量の差が火力の差を埋めてしまう。

「道が開いたな。
 ガーデルマン!全機突撃するぞ!」

 前部座席から聞こえてくる突撃命令に思わず苦笑する。
 まあ、想定よりもかなり損耗も少ないし、作戦は間違い無く成功するだろう。
 無人機たちに指示を出しつつ、ガーデルマンは全く疑いを持たずにそう思った。
 彼らの手持ちの戦力は残り二個師団。



2002年1月3日木曜日20:30 朝鮮半島 半島防衛線 第一陸上艦隊 第一分艦隊 旗艦『マウリア』

「第六十七次砲撃完了。各艦健在」
「本艦戦闘に問題なし」
「第615戦車大隊戦闘に加入。第614戦車大隊壊滅、残存2両」
「第508戦術機甲連隊全滅、残存無し。509戦術機甲連隊と交代」
「敵光線級は戦線左翼第八エリアに増加しつつあり、第六十八次砲撃より支援を開始」

 朝鮮半島を巡る戦闘は、未だ双方いずれにも天秤を偏らせることなく継続されていた。
 圧倒的な火力を発揮できる陸上艦隊を投入した8492戦闘団に対し、BETAたちは追加で軍団規模の集団を投入してきた。
 今のところは上陸に成功した砲兵連隊の火力が押しとどめているが、これ以上の増援がなければ全滅してしまう。
 日本本土からは数個師団の増援が渡洋中であるが、到着までには十二時間が必要だ。
 おまけに、上陸したからといってすぐに戦力化出来るわけではない。

「第507戦術機甲連隊は最後の突撃に入りました。残存数5機。全機自爆装置作動開始」
「第610戦車大隊全滅。611戦車大隊も同様です」
「陽動中の第70海兵戦術機甲連隊全滅。71および72連隊も損耗率25%を突破」

 分艦隊を率いるグエン大佐の元には耳を塞ぎたくなるような報告が立て続けに入ってくる。
 その気になれば自軍はいくらでも増援を呼び出せることは知っているが、ルーデルがハイヴ反応炉を落としていない以上、使えない手だ。

「閣下は健在か?」

 主モニターの片隅に、友軍の状況が映し出される。
 最初にこの地域を支えていた部隊は、グエンたちの献身によって後退に成功し、海岸堡付近の陣地で補給を受けているらしい。
 既に予備戦力から戦力を受け取って部隊の定数は満たされており、隊長機の整備が完了したら再出撃が可能らしい。
 少なくとも、俺は閣下の役には立てているようだな。
 グエンは嬉しくなった。
 これだけの絶望的な状況下でも生き残れる部隊を任せられ、そして全体の役に立つことができている。
 
「敵地中侵攻を探知、本艦右舷1kmの地点に連隊規模のBETA出現の兆候あり。出現予測時間算出中」
「本分艦隊後方に師団規模のBETA地中侵攻を確認。出現予測時間算出中。グエン大佐殿、このままでは囲まれます」

 彼が極めて小さな個人的満足感を感じた直後、それを叱るようにBETAたちの出現が探知された。
 8492戦闘団では極めて高性能な地中侵攻探知システムが採用されている。
 それだけに、残酷な現実は素早く、正確にわかってしまう。

「敵増援を叩きつつ戦線を後退させる。
 右舷副砲攻撃準備、敵を叩きつつ時計回りに後方の陣地へ退避せよ!
 近隣の友軍部隊へ通報、戦線を崩すな!」

 彼の決断は早かった。
 一対一の決闘から軍団規模が殴り合う国家の命運を決める一大決戦まで、戦いというものは待つ時間はあっても悩む時間はない。
 命令を受けた指揮下の陸上戦艦たちは、その主機を全力運転に切り替えて増速を開始する。
 この場で呑気に反転迎撃を行うだけの余裕はない。
 不利であろうとも、片舷だけでも迎撃を行いつつ戦線全体のバランスを保たなければならない。

「本艦隊後方に師団規模のBETA出現、我が方の増援部隊は間に合いません」
「艦隊進路左翼に連隊規模のBETA出現の兆候を確認。出現まで残り15分」
「戦線右翼に師団規模のBETA増援多数、重光線級を含む強力な対空脅威を確認。水上艦隊による面制圧が始まりました」

 ハイヴ攻略もまだだというのに、BETA名物の増援祭りが大陸方面で始まってしまったようだ。
 作戦図は押し寄せてきている敵集団と敵増援予測で埋め尽くされている。
 おまけに、水上艦隊の火力に頼っていた戦線右翼に多数の光線級が出現したようだ。
 これで砲兵の支援は大幅に減少することになる。

「こりゃあ、本土にさらなる増援要請が必要だな。
 グラーバク1と通信できるか?」

 尋ねると同時に通信が繋がれる。
 電脳化をした上に全身義体化までしている司令官閣下は、鈍重な人間が言葉を発している間に質疑応答とその後の行動までを完了させることが出来る。

<<状況は把握した。本土から三個師団を追加で呼び寄せている。
 後退しても構わないから、ハイヴ周辺と上陸海岸だけでも確保しろ。以上だ>>

 グエンの判断は承認された。
 現在の彼の仕事は、現状維持に固執することではなく、本作戦の目標を最低限の損害で達成することにある。
 
「予備戦力より一個戦術機甲連隊と二個戦車大隊が当戦域に投入されます。
 砲兵も一個連隊が当戦域に貼付けになる模様」

 予備戦力とは余程のことがない限り投入するべきではない後のない資産である。
 だが、逆に言えば、必要があるのならば積極的に使用するべきとも言える。
 現状は後者だった。

「もう5キロほど戦線を下げる。直ぐに始めろ!」

 グエンの決断は早かった。
 与えられた情報の中から敵味方の会敵予想時間を再計算し、もっとも戦線の再構築に有利で、そのなかでこちらの戦力が最大になる地点を導き出す。
 前世で宇宙艦隊指揮官を務めていた経験は無駄にはならない。

「全艦全速を発揮しつつあり、可能なかぎり砲撃を継続しつつ移動します。
 一個中隊を遅滞防御戦闘に投入、最大で一個大隊まで拡大します」

 機関部から伝わる振動が拡大する。
 陸上艦隊は、砲兵として、拠点として、生き残らなければならない。
 戦術機一個大隊の使い捨ては、必要最小限の犠牲として許容されるべき範囲内だ。

「直ぐに中隊じゃあ足りなくなる、最初から大隊を投入しておけ」

 戦力の損耗を気にしている段階ではない。
 艦隊を生きたまま友軍戦線に合流させ、その火力で全体を支えなければいけない。

「艦隊進路左にBETA多数出現中!」
「右からも来ます!」」

 状況は大変に絶望的なものとなりつつあった。
 友軍と合流するべく移動する艦隊の進路を遮るように、続々とBETAの増援が出現していく。
 しかし、そのような状況下であってもグエンの表情に焦りはなかった。
 彼は愉快そうに表情を緩め、口を開いた。

「こいつはいいぞ!撃てば当たる!!どっちを向いても敵ばかりだ!!!」

 CICの電子作戦盤には艦隊を囲むようにして次々と出現するBETAたちが表示されていく。
 友軍戦線との間に立ちふさがるようにして出現した師団規模、艦隊進路左から迫る別の師団規模、右から接近中の連隊規模のBETAたち。
 どれもが距離が空いていない限り危険な存在である。
 唯一の救いは光線級が少ないことだ。
 出現数量から考えれば対処可能な範囲に収まってくれているおかげで、艦隊は戦力を維持できている。

「主砲を除く全兵器使用自由。回避行動自由。司令部に戦線へ戻るための支援部隊を要請しろ」

 数に勝る敵軍に包囲されつつあるグエンは取り乱さずに命じた。
 諦めるのは死んでからでいい。

「敵を突破する。機動歩兵に近接防護を命令。
 戦術機大隊は艦隊の殿を守らせろ」

 艦内に警報が鳴らされ、待機していた機動歩兵達が装備に火を灯す。
 彼らには身軽な近接防御火器としての任務が与えられていた。
 重機関銃を持ち上げ、無反動砲をチェックし、大型自動ライフルの安全装置を確認する。
 
<<全機動歩兵は上甲板へ。繰り返す、全機動歩兵は上甲板>>

 実際に聞こえるはずがないが、機動歩兵達が通路を踏みしめる足音が聞こえてくるようだ。
 この艦隊に搭載されている機動歩兵は全部で一個大隊。
 当然ながら無傷で、士気も装備も良好である。 

「報告!本艦右舷に要塞級接近!CIWS再装填中!」

 右舷カメラの映像が主モニターに映しだされる。
 再装填を行っているG.E.S.Uたち、砲撃を繰り返している127mm砲、その直ぐ近くに要塞級の巨体がある。
 その数四体。
 すぐさま二体が127mm砲の攻撃により翻弄され、もう一体が別のCIWSの残弾全てを叩き込まれて胴体に大穴をあける。
 だが、最後の一体を倒すべき火力が無い。
 要塞級が触手を振り上げ、連続で着弾した誘導弾によってその触手を失う。
 上甲板に展開している歩兵部隊の攻撃である。
 彼らは一撃で大型種を破壊できる装備は持っていないが、携帯徹甲誘導弾や大型自動ライフルなど嫌がらせに使える重火器を持っている。
 
<<撃て撃て!狙えば当たるぞ!デカブツにたっぷりと喰わせてやれ!!>>

 甲板の歩兵部隊の通信を傍受する。
 備砲の砲撃に加えて彼らが撃ちまくっている重火器の騒音がCICに流れこむ。

<<左の奴はもういい!右の奴を仕留めろ!>>

 命令の結果が映像に映し出される。
 触手を吹き飛ばされた要塞級は溶解液を振りまきつつ姿勢を崩す。
 今度はその右にいた別の要塞級に弾着が集中し、大量に命中した誘導弾によって遂に片足が吹き飛ぶ。
 重火器を持った兵士たちを近接防御火器として乗せるというアイデアは、思っていたよりは悪いものではなかったらしい。



2002年1月3日木曜日20:45 朝鮮半島 半島防衛線左翼第七エリア

「いやあ、ごっつい眺めだな」

 輸送車両の一団を従えた俺は、突出してくる突撃級に120mmを撃ちこみつつ口を開いた。
 グエン大佐の陸上艦隊は、所属艦艇を無傷のまま友軍戦線へと逃げ帰らせることに成功できたのだが、迫るBETA集団はこの戦線左翼の一部だけでも師団規模となっている。
 叩いても叩いても増援が湧き出してくるため、どうしても敵の総戦力は増えてしまうのだ。
 もちろん、戦線の後ろには一匹たりとも突破を許してはいないが。

「繰り返しますが、生還確立が60%しかありません。
 この行動は推奨できません」

 オペ子が事務的な口調で翻意を促してくる。
 言われるまでもなく俺だってこんな危険なことはしたくないのだが、状況がそれを許してくれないのだ。
 陸上艦隊が補給を終え、戦線に戻ってくるまでの二時間。
 その時間を、限りある資源を用いて稼がなければならない。

「これ以上戦線を下げたとして、増援が到着するまで戦線を維持できる可能性は50%を超えるか?」

 準備運動のような散発的な攻撃を続けつつ尋ねる。
 BETA主力集団は二個師団が構える戦線右翼に誘引されつつある。
 本土から急行させた一個水上艦隊と砲兵、そして大量の戦車に支えられたあの地域を突破することは不可能だろう。
 しかし、このエリアに殺到している師団規模のBETAに突破を許せば戦線左翼は崩壊し、ハイヴ包囲部隊が背後から攻撃を受けてしまう。
 一度破れた戦線を再構築することは、戦力が限られる現状では不可能だ。
 最悪の場合に備えてG弾をダース単位で持ち込んではいるが、切り札は最終決戦まで取っておきたいところだし、怒り狂う香月副司令と通信をしたくない。

「この戦線を突破され、ハイヴ包囲部隊に敵増援が接触した場合、当初の作戦目標を達成できる確立は高くても40%です」

 当初の作戦目標。
 つまり鉄源ハイヴを破壊し、大陸への橋頭堡をこの半島に構築するという目標は、今後のために至上命題として掲げられている。
 もちろんG弾の集中砲火で地峡を作り上げ、そこに水上交通路を通す形でもいいのだが、何でもG弾で解決という悪しき前例を作るわけにもいかない。

「そういうわけだ。
 単騎駆けは男のロマンとも言うし、せいぜい活躍してみせるしかあるまい」

 機体の情報を呼び出す。
 改造に改造を重ねた撃震1009型は、機動力を不知火レベルまで落とす代わりに重武装を実現した機体である。
 今までは古風に漢数字を使っていたのだが、機体の改装が十の位になったため、見づらいのでアラビア数字に変更した。
 数字だけ見ると凄まじい事になっているように見えるが、実際には機体改装十回、主基改装九回に過ぎない事を強調しておきたい。
 さて、この機体の最大の特徴は、背中に生えた四本の補助腕である。
 機体を直接操作できるという俺の最大のメリットを活かし、両腕、両脚、双肩の武装に加えて四本の腕がそれぞれ装備した武器で攻撃を行える。
 今回は単騎駆けということもあり、両手に90mm狙撃砲を持ち、背中から生える四本の補助腕にはそれぞれ87式突撃砲を装備。
 双肩と両足には連装ロケットランチャーユニットを装備しており、V.A.T.Sと組み合わせる事により瞬間的な火力は凄まじい。
 
「増援の上陸まで何とか戦線を支えるしかないとはいえ、嫌な仕事だな。
 V.A.T.S作動、90mm単発、トラックナンバー6780から6810、前方突撃級前足、再装填」

 一秒が無限に引き伸ばされる。
 こちらに向けて迫る突撃級の足に次々と照準が合わせられ、単発での連続射撃が始まる。
 強固な外皮を持っている突撃級だが、前足の関節部に徹甲弾を喰らえばただでは済まない。
 90mm狙撃砲の装填数は15発、二門合わせて30発である。
 当然ながら、無力化数も30体である。
 名前のとおり突撃することによる体当たりが唯一の攻撃手段である突撃級は、これだけで脅威度が無力に近いほど下がる。

「次、補助腕87式、トラックナンバー6811から6898、120mmは突撃級の前足、36mmは要撃級」

 続いて背中から伸びる補助腕が持つ突撃砲の発砲が始まった。
 120mm滑腔砲がAPFSDS弾を放ち、続けて36mm砲弾がばらまかれる。
 突撃級の外皮に比べれば脆弱と称しても問題ない要撃級にとって、この攻撃は大変な脅威である。
 無力化数は両者を合わせて82体。
 若干の撃ち漏らしはあるが、単騎で一度にこれだけの戦果を上げれば勲章ものだろう。
 
「ロケットランチャー、正面集団に扇状発射、射耗後切り離し。
 次、36mm残弾を一斉射撃、左前方要撃級集団。射耗後再装填」

 たった一人で師団規模を受け止めるという苦行を自ら選んだ俺であるが、実はそれほど苦行でもない。
 事前に探知できても仕方が無いほど広範囲に大軍が湧いて出ればお終いだが、逆に言えばそうでもない限りは十分戦うことが出来るだけの能力を持っている。
 ハイヴ部隊を借りることが出来れば戦力にもう少し余裕が出るのだが、そもそも包囲部隊を援護するための半島横断防衛線なのだからそれはできない。
 ちなみに、最初の一発からここまでで4秒。
 通常の戦術機であれば、今頃は砲身の異常加熱か機体制御部分の発熱で戦闘停止を余儀なくされていただことだろう。
 以前の強行偵察の際の教訓を生かし、戦術機に改装を施したかいがあったというものだ。
 
「第一陣に同行していたA-01がこちらに向けて移動中です」

 第二撃を始めようとしたところで後部座席から報告が入る。
 やれやれ、単騎特攻に見える俺の援護に来てくれたのだろう。
 練度が高い中隊を投入するのならばもう少し不利な戦域に送り込んで欲しかったのだが、まあいい。

「到来を歓迎するとでも言っておけ。
 第二撃始めるぞ」

 戦力がないよりはあったほうがいい。
 ある程度の戦闘能力を見込めるA-01であれば尚更のことだ。

「了解しました。
 狙撃砲、87式、脚部ランチャー、いずれも装填完了。
 いつでも始められます」

 機体周囲に展開する輸送車両達が、クレーンやアームを使って次々と使用した弾薬や使い捨て発射機を補給してくれる。
 最寄りから叩いていったとして、あと十分はこの体制で戦えるな。
 そんな事を思いつつ、俺は次の目標への攻撃を再開した。
 観測用のUAVの情報を再確認し、この近辺に光線級がいない事を確認する。

「グラーバク01より接近中のA-01に告げる、当機はこれより敵部隊へ突入する。
 支援車両の護衛を頼む」

 応答を確認せずに機体を接地ブーストで加速させる。
 平地であればどのような地形でも加速できるヴァンツァーの不思議なローラーダッシュとブースターの力を借りて、待機から時速100kmまで一気に加速する。
 敵との距離が急速に詰まっていく。

「まずは一体目!」

 こちらに向けて腕を振り上げた要撃級に狙撃砲を向け、体の中心を狙って発砲。
 ブースターのノズルを偏向させ、さらにスラスターを噴射して機体を右に滑らせる。
 上半身を右に傾斜させてさらに機体を滑らせつつ、前方の視界一杯に広がる要撃級の群れに片端から36mmを叩き込んでいく。
 距離を詰めてきた突撃級が眼前に迫る。
 推力を上げ、大地を蹴って機体を上昇させ、飛び込んできた突撃級を踏み台にする。

「V.A.T.S起動、距離14000の要塞級二十体、全弾発射」

 離れたところにいる要塞級の集団に残る全ての90mm砲弾を叩き込む。
 よし、全部仕留められた。
 警告灯が灯る。
 無茶苦茶な連続射撃のおかげで狙撃砲の砲身命数が尽きたらしい。
 まあ、極めて短い時間であれだけ撃てばそうもなるだろう。

「狙撃砲にはな、こういう使い方もあるんだ!」

 前方に向けて跳躍した際の慣性を消さず、むしろ最後の瞬間にブースターを全力で噴射させて不運な要撃級に狙撃砲を突き刺す。
 パイルバンカーというには余りにも頼りないが、加速する数十トンの機体が頑丈な重火器を突き刺したのだからただで済むわけがない。

「足場になってくれてありがとよ」

 へし折れた狙撃砲を要撃級だった残骸にプレゼントし、脚部ランチャーの邪魔にならない様に平行に取り付けてある二本の長刀を装備する。
 ついでに補助椀の突撃砲で先ほど踏み台にした突撃級の背後に36mmを叩き込む。

「接近警報、要撃級42体、戦車級420体、残る要塞級もこちらに向けて進路を変更しつつあります。
 UAV健在、光線級はいないものと思われます」

 いい話を聞いた。
 せっかく味方のために単騎特攻を仕掛けているのだからこうでなければ意味が無い。

「全力で行かせてもらうぞ」

 再びブースターを全力で噴射させ、押し寄せるBETA集団の上空に躍り出る。
 スラスターを用いて機体正面を地面と平行に持っていく。
 
「させねぇよ!」

 要塞級の触角が素早くこちらを向くが、補助椀の突撃砲で迎撃する。
 
「V.A.T.S!ランチャー全弾発射後切り離し!」

 再び一秒が引き伸ばされ、ゆっくりと動く要撃級たちにロケット弾が次々と撃ち込まれていく。
 爆砕ボルトにより発射機が切り離される。
 機体のバランスをスラスターが素早く調整し、続いて補助腕の突撃砲が火を噴く。
 4、7、11、18体。
 うむ、満足とまではいかないが、不満にならない程度の敵を倒せたようだ。

「飛び込むぞ!」

 大量の推進剤を積込み、そして重量のある機体を蹴飛ばしたように動かすことの出来る推進機構が向きを変えながら突撃するという荒業を実現する。
 要塞級に飛び蹴りのような着地を行い、至近距離で突撃砲を叩き込みながら再度の跳躍を実施、別の要塞級に着地する。
 こちらを向いた触角に36mmを叩き込みつつ再び跳躍。
 BETA集団の直上に躍り出ると、V.A.T.Sで複数の目標に次々と照準を合わせ、実行を選択する。
 真下の突撃級の背中に数発を叩き込み、スラスターで向きを変えると次の突撃級の脇腹にも36mmを叩き込む。
 別の補助腕で三体の要撃級を葬りつつ、目の前にあった要塞級の足を長刀で斬りつけて切断する。
 支えを失って倒れつつある胴体を足場にしつつ地面に叩きつけ、運動エネルギーで機体を空中に持ち上げつつ背部のBETAたちに36mmをあるだけ撃ちこんでいく。
 戦果は11体。
 その数に不満を覚えつつもスラスターで180度旋回を行い、着地する時間を惜しんでブースターを最大出力で噴射させる。

「こちらグラーバク01だ。A-01聞こえるか?」

 レーダーの反応を見ると、こちらの最初の通信を律儀に守っているらしく補給車両の周辺に陣取っているようだ。
 幸いなことに全てのBETAが俺を狙っているおかげで彼女たちに被害はないようだが、どういうわけだか応答がない。

「こちらグラーバク01だ。全員で昼寝でもしているのか?」

 不思議に思いつつも移動と攻撃を続ける。
 直線で飛行しつつもバレルロールを行い、背中が地面に向いている間に再装填を終えた36mmを全弾撃ちこむ。
 もちろん120mmを要塞級に撃ちこんでいくことを忘れない。
 突撃砲ごと装備を交換する以上、壊れるまで使っておいたほうが効率が良いからだ。
 
<<凄い、あの撃震、飛びながら戦っている>>

 そんな返答が返ってくる。
 頭部パーツの外見だけ変えずにいたおかげで、何とか撃震と認識してもらえたらしい。
 それはさておき、こんな最前線で呆けていてもらっては困る。

「繰り返す、こちらはグラーバク01だ。伊隅大尉、前線で居眠りとはいいご身分だな」

 嫌味を満載した通信を送る。
 状況はこちらが不利になる形で刻々と進行しているのだ。
 いつまでも呆けていてもらっては困る。

<<失礼しました閣下。
 我々は最初の指示通り輸送部隊を護衛しております。
 あ、ああっ!しっ失礼しました!こ、こちらはヴァルキリー1でありますぅ!>>

 この大尉は俺を萌えさせてどうしたいのだ?
 冗談はさておき、俺の突撃でBETAたちは随分と混乱しているらしい。

「護衛ご苦労。
 推進剤その他もろもろ補給するのでその間の護衛を頼む」

 機体を友軍の間の飛び込ませつつ、自動操縦に全てを任せる。
 彼女たちのおかげで健在の輸送車両たちに全てを任せて、数分だが休息を取ることにしよう。



[8836] 第三十七話『戦場の情景 3』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2011/04/26 01:57
2002年1月3日木曜日23:38 朝鮮半島 半島防衛線左翼第七エリア野戦指揮所 野戦医療コンテナ

 朝鮮半島を横断する防衛線を巡る戦闘は激化の一途を辿りつつあった。
 だが、日本海から強襲上陸をかけた二個師団の戦闘加入により、戦線右翼の突破に成功。
 戦況は人類優位に一挙に傾く。
 日本海に面したこの地域を制圧されたBETAたちは、戦線の右側から順番に最前線の戦力比が逆転していき、連鎖的に戦力を失っていく。
 対する人類側は、最低限の戦術機を除いては戦車と面制圧による戦線維持を確立させていき、徐々に戦力交代の余裕すら手に入れ始めていた。
 初期に上陸した部隊は持てる全ての火力で海岸堡を支えることに成功したが、その犠牲として戦闘能力を喪失している。
 機体は損耗し、弾薬は射耗し、戦力単位として使用することは出来ない状態になった。
 だが、続々と上陸する増援部隊と補給により、無人機である彼らは比較的早期に戦線に復帰できる見込みだ。

「戦線右翼は完全に制圧、二個大隊までの砲兵を振り分けられます」

 遂に各種薬剤の投与量が限界を突破した俺は、人工透析を受けながら野戦指揮所の主となっていた。
 全身義体化しているのに許容量を越えるとかちょっと頑張りすぎだったな。
 クスリ漬けの脳味噌と聞けば卑猥な感じがするが、それが男だと聞くと途端に興味を失ってしまうな。
 この野戦指揮所は一個大隊の戦術機と無数の固定砲台、三個大隊の戦車によって防衛されている。
 戦力が非常にもったいないように見えるが、これらは全て予備戦力であり、いざという時には部隊を前に出して治療室を兼ねたコンテナは後方へ下がることになっている。

<<こちら第一地上艦隊のグエン大佐だ。
 閣下が下がっておられない。どういうわけだ!>>

 スマンな大佐。
 俺は陣頭指揮を取るという条件で機体を降りただけで未だに前線にいるんだ。
 予備戦力の集結地域で、いざという時には下がるという条件を飲まされたのには困ったがな。

「グエン大佐、いざという時には俺は後方へ連行されるから安心してくれ。
 今は義務を果たせ」

 彼を安心させるために通信を入れる。
 教育と洗脳の効果は絶大すぎるな。
 最前線で、接敵前のグエン・バン・ヒューに他人を思いやる余裕を与えることが出来るとは。

<<了解しました閣下。
 自分は義務を果たします>>

 義務を果たせ。
 まさに士官に対しては絶大な効果を発揮する言葉である。
 
「直掩戦術機は艦隊を援護しろ。
 戦車部隊は中距離支援。敵を倒すことよりも防衛線を維持することを最優先だ」

 全体の戦況はこちらの優位に傾きつつある。
 戦線左翼は現在位置を固守するだけで、作戦目標を達成することが出来るのだ。
 補給は日本海側からの長大な補給路を何とか維持しているが、既に戦線左翼では突撃砲の36mm弾以外は弾装にあるだけとなってしまった。
 200両の輸送車両を手配していたが、この程度では運ぶそばから射耗というひどい事になってしまう。
 
<<中隊規模以下は無視しろ、要塞級が固まっている地域に殴りこむぞ!>>

 グエン大佐の指示が聞こえる。
 彼も全体の状況がよく見えているようだ。
 今必要なのは大隊規模以上の集団を叩くこと。
 それ以下は戦術機の仕事である。

「閣下、艦隊が突入を開始します」

 報告に意識を戻すと、艦隊が片舷の砲を連続射撃しながら敵前線部隊へ斜めに滑りこんでいく姿が映っている。
 次から次へと曳光弾を発射し、発砲炎を放ち、識別灯を微かに灯しながら艦隊は進んでいく。
 その船体の各所から探照灯が照射されているのが分かる。
 発砲炎を気にする必要のない相手だけに、戦場はとても明るい。
 闇夜を切り裂く探照灯に照らし出されたBETAたちに砲弾が次々と叩き込まれる。
 陸上戦艦は圧倒的すぎる破壊力を持っている。
 
<<撃て撃て撃て撃て!前に撃てば取り敢えず当たるぞ!
 BETAどもを挽肉にしてやれ!>>

 滅茶苦茶な防御射撃を浴びせながら陸上戦艦達が進んでいく。
 その周囲を戦術機部隊が固め、砲撃を乗り越えた勇敢なるBETAたちを叩き潰していく。

「報告、第六エリアより連隊規模のBETAが流入中。
 本指揮所を目的としていると思われます」

 またひとつ、最前線に取り残された大隊が全滅したようだ。
 そのエリアにいたBETAたちが別のエリアへと流れこんでくる姿が表示された。
 BETAらしい素直な行動である。
 ある程度の戦力が固まっているこの地点を目指すことは、彼らの習性からすれば当然の行動だ。

「前線部隊だけでは厳しいだろう。
 予備の二個戦車大隊を投入しろ。速やかに敵戦力を殲滅しろ」

 戦線を粘り強く支えるのには戦車が最適だ。
 彼らは平面に限って言えば、戦術機に劣らない機動力を持っている。
 それでいて持っている火力は自動装填式連装155mm砲という強力なものだ。
 電波妨害もなく、衛星からの目標情報を受け取れる今、彼らは主力戦車の名に恥じない火力を持っている。

「第642および643戦車大隊は移動を開始。
 前線に合流します」
「報告!第十九師団は上陸を開始、上陸後は中隊単位で戦線左翼に合流します」
「戦線右翼の第十七および十八師団は西進を続行。
 敵の抵抗はあれどこれを粉砕」
「黄海に侵入した第二艦隊第一分艦隊は敵の抵抗を受けず!
 本体上陸は予定通り2340時の予定!」

 一時はどうなることかと思ったが、状況は完全にこちらに傾いたままだ。
 実は未だにBETAの増援は続いているが、S11弾頭バンカーバスターの乱れ撃ちにより地中侵攻は途絶えている。
 おかげで復興支援は大変なことになりそうだが、そんな未来の話は後で考えればよろしい。
 光線級を発見するなり他の戦線から引きぬいてでも猛烈な対砲兵射撃を叩き込み続けたかいがあったというものだ。
 物量が売りのBETAではあるが、物量が特長である以上、やはりそれ以上の物量には耐えられないようだな。

<<こちらクラウンビーチのベルツ中佐!
 要塞級多数を確認!話が違うぞ!>>

 病室のモニターが拡大される。
 黄海側にある戦線左翼第一エリア、その上陸堡である作戦呼称『クラウンビーチ』では、激烈な上陸戦闘が繰り広げられていた。
 BETAたちには砲撃支援も航空支援もないが、とにかく数だけは豊富にある。
 パンジャンドラムの一斉投入による海岸地帯の無力化に時間をおかず、後を追いかけさせた海神達が上陸。
 彼らがこじ開けた僅かな隙間に上陸第一波の混成部隊が滑りこみ、局所的優位をもぎ取った。
 本来であれば全て無人機で済ませたいところなのだが、残念なことに有人部隊がいる。
 これは、どういうわけだか指揮官に人間を配置することにより、無人機たちの能力がアップすることを理由としている。
 例えば、8492戦闘団の指揮官は俺だが、その下の連隊や大隊、中隊や場合によっては小隊の指揮官を人間が務めることで効果が加算されていく。

「こちら野戦指揮所。
 すまないが中佐、何とか支えてくれ。
 二個戦術機甲大隊まで予備戦力使用を許可する」

 ベルツ中佐は戦術機特性の問題を解決できず、パワードスーツ、この世界流に言う所の強化外骨格装備までしか持っていない。
 もちろん、彼の配下には一個戦車中隊および戦術機甲中隊がいるが、この戦況においてはささやかなものでしか無い。
 そのため、地上部分の戦線から予備戦力の投入を許可する。
 今後続々と上陸部隊が駆けつけることを考えれば、手持ちの予備戦力の投入は決して失策ではないと信じたい。

<<了解!上陸戦闘を続行します!>>

 戦線左翼では最も多い戦力を有している第一エリアは、増援を受け取りつつも劣勢に立たされている。
 当然といえばそうなのだが、戦線右翼後方に展開している砲兵からの支援を受けられない位置にいるからだ。

「水上艦隊の対地砲撃を繰り上げて開始。
 クラウンビーチへの支援を開始します」

 8492戦闘団は、その大半が無人機および無人指揮ユニットで構成されている。
 優れた人間の指揮官に比べれば随分と硬直した思考しかできないが、マニュアル通りに対応させるには随分と贅沢な能力を持たせている。

<<こちらベルツ中佐。海岸に迫りつつあった要塞級集団を撃破。
 艦隊の支援に感謝する>>

 弾薬庫の中身を一発残らず叩き込む許可を受けた水上艦艇たちは、持てる全ての火力をBETAに叩き込み続けている。
 砲数や口径からして彼女たちの戦闘力は一個師団に相当するものであり、光線級の脅威を潰しているこの戦場においては圧倒的だ。

「間もなく上陸海岸への支援砲撃ができなくなります。
 艦隊は照準を内陸部分へ移行」

 誤射を防ぐために海岸へと向けられていた支援砲撃が内陸部へと目標を変える。
 未だに海岸部分は安全ではないのだが、支援すべき人々を吹き飛ばすわけにもいかない。
 
「光線級の脅威は低いんだな?」

 レーダー上に湧き出るように光点が現れていく。
 光線級の反応を見るためのUAVが続々と海岸上空へと乗り込んでいく。
 一切の武装を付けていない、純粋に偵察だけを目的とした小型ヘリコプターである。
 武装を排除した代償として、高い機動力と偵察能力を持っている、8492戦闘団の無人兵器としては珍しくない単機能兵器だ。

「高度25m以下のUAVは全機無事です。
 どうやら光線級は砲弾の迎撃に全力を投入している模様」

 困った話である。
 電子機器を満載した高価な囮に反応せず、砲撃の威力を削ぐことに全力を注ぐ。
 つまり、BETAたちは少しながら学習しているということだ。

「少し早いが第二陣の戦術機を上陸させろ。
 奴らが砲撃を無力化しようというのならばそれを利用してやれ」

 厄介な行動ではあるが、こちらには限定的ながらも豊富な物量がある。
 BETAたちが砲撃を邪魔するのであれば、制圧射撃を続行できる間に部隊の上陸を前倒しさせるだけだ。
 

 結果として、上陸の前倒しは正解であった。
 決定から三十分で上陸に成功した戦術機はおよそ二個大隊。
 わずか三個中隊の犠牲で跳躍による強襲上陸は完了した。

「クラウンビーチ周辺の安全確保、上陸堡を確保しました」

 また作戦が一段階進んだ。
 海岸付近の安全確保を確認し、揚陸艦から次々とホバークラフトが発進する。
 自らが海岸に乗り上げるビーチングで部隊を送り込む戦車揚陸艦は、リスク分散の観点から採用されていない。
 おかげで強襲揚陸艦の隻数を大幅に増やさねばならなくなったが、結果としてこれは当初の目論見通り正解だった。
 光線級による迎撃は行われていないが、行われていた場合、戦車を含む重装備はその大半が海の底に沈む結果となっていたからだ。
 いくらBETAたちが融通の効かない存在だからといって、流石に多数の兵器を満載した艦船が海岸線に殺到すれば目標を変えるであろうことは容易に推測できる。

「戦車部隊の上陸成功、直ちに戦果拡張に投入します」

 レーダー画面上では、水上艦隊から無数の光点が離れていく。
 上陸堡の確保を受けて、戦術機母艦を離艦した戦術機部隊が跳躍で戦線へ飛び込みつつあるのだ。
 海神および重装備歩兵による海岸堡確保と、戦車部隊による戦果拡張、その後の戦術機による内陸侵攻。
 戦術機という選択肢が一つあるだけで、強襲上陸作戦は格段に難易度が低いものになっている。

「アームズフォートギガベース一個小隊が上陸に成功、ベルツ中佐の指揮下に入ります。
 続いて戦線後方にLCAC部隊上陸、物資の輸送任務につきます」

 これでようやく戦線左翼への補給ラインが確立できそうだ。
 当初の目論見を遥かに超える敵の増援に対し、ハイヴ包囲部隊から何とか捻出させた物資を当てることで辛うじて戦線を維持できていたが、限界は近かった。
 後先を考えずに砲弾を叩き込み続けているからこそこの戦線は維持できている。
 だが、逆に言えば、そのような消費を補給も無しに長く続けることは出来ない。
 現在物資の荷降ろし中である艦隊には、五隻の強襲揚陸艦が純粋に物資だけを積みこんで同行している。
 これで何とかなるだろう。

「報告!ハイヴ突入部隊は反応炉を破壊しました。
 プラント設置可能です」

 報告と同時にモニターにルーデルが映しだされる。

「閣下、報告いたします」

 その言葉に背筋を伸ばす。
 偉大なる破壊神からのお言葉だ。
 きちんとした態度で受け止めなければ不敬にあたるというものだ。

「鉄源ハイヴの反応炉破壊に成功しました。
 現在内部の掃討中ですが、もう無人機に任せておいても大丈夫でしょう。
 既にネクストたちは地上へ向けて移動中、私も機体の整備が完了次第向かいます」

 そこまで報告すると、彼はちらりと視線を別の方向へ向けた。
 恐らく、通信ウィンドウの他に戦域地図も出しているのだろう。

「地上の戦線はかなり難しい状態のようですね。
 閣下、プラントの設置を進言いたします」

 海上輸送路は確立したが、今、目の前に豊富な武器弾薬を呼び出せることには大変な価値がある。
 目の前のハイヴを制圧できた以上、自重する必要はない。
 
「直ぐに始めよう。
 組立ラインとパーツ生産で工廠を作らせろ。
 弾薬の方は作れるだけ作る。
 砲兵の火力がなくなったら戦線の維持ができない。急がせろ」

 陸上戦艦隊が切り開いた隙間に戦術機部隊が流れこみ、砲兵および戦車隊の支援射撃を借りて戦線を押し上げていく。
 頭数だけでは圧倒的に不利な我軍だが、BETAに火器がない以上、こちらの戦力は二倍にも三倍にも換算できる。
 さらに戦術機一機あたりの火力が大幅に向上している第四世代機は、さらに倍数を上げることが出来る。
 艦船の支援もあるし、残弾わずかとはいえ砲兵の支援も健在だ。
 最低でも軍団規模の上陸部隊がなければ強襲上陸は危険であるとか、艦隊はもっともっと必要だとか、色々と教訓を得ることの出来る作戦だったな。




2002年1月4日金曜日21:15 地球近傍空間 8492戦闘団宇宙警戒艦隊 宇宙巡洋艦『ノルマンディー2』

 ようやくの事で脳内の薬剤や化学物質が正常値に達したことを知らされた俺は、すぐさま宇宙へ上がっていた。
 強行偵察のはずがハイヴを落としてしまったことで全世界に衝撃が走っており、このまま地球上にいたのでは確実に軍団規模の面倒事が押し寄せてくるからだ。
 その判断に間違いはなく、地球に戻り次第の出頭命令が出ていた。
 無事に降り立てるならば帝都に直接来いと言われているあたり、待っているのは身柄拘束かもしれない。
 こんな事ならば横浜基地での拘束か査問会招致の時に全基地で抗議の籠城と部隊配置を行わせて恫喝しておけばよかったな。

「報告いたします。
 朝鮮半島全域の制圧を確認しました。
 また、佐渡島より追加の一個師団の増援が到着、既に師団戦力の半数が上陸を完了しております」

 ハイヴさえ落としてしまえば、あとの話は早い。
 最前線に組み立て工場を作るというRTSによくある正気を疑うような方式を取ることで、早急に増援部隊を送り込める我が軍に不利という言葉は存在しない。
 相変わらず中国方面は増援祭りであるが、そんなものは火力で粉砕すればいい。

<<旗艦より各艦、全兵器使用自由。全艦長距離打撃戦用意>>
<<オールウェポンズフリー。全艦長距離打撃戦用意。目標データ送信中>>

 補給を完了した陸上艦隊の放つ火力は圧倒的だった。
 水上艦艇のそれに全く見劣りしない主砲、無数の副砲、陸戦兵器として考えれば十分すぎる破壊力の機関砲。
 それらを残弾を気にせずに撃ち続けられるだけの搭載量と、任意の場所へ運ぶための強靭な船体。
 火力・防御力・機動力の全てを極めて高いレベルで兼ね備えているこの兵器は、まさにチートの一言に尽きる。

<<ヴィクトリー以下陸上戦艦は、突撃破砕砲撃の準備を完了>>
<<聴音部隊展開完了、艦隊全周にソナーバリアを展開しました>>
<<第六次長距離砲撃完了>>

 彼らの目的は、BETAたちを叩き潰しつつ引きつけることである。
 ビック・トレー級陸上戦艦八隻、ヘヴィ・フォーク級陸上戦艦三隻、ドレッド・ノート級水陸両用巡洋艦十二隻、ジェレミー・ボーダ級アーセナルシップ四隻。
 これらの持つ火力は三個師団に相当する。
 後先を考えない連続射撃は長期に渡る防衛作戦では禁忌とも言える行いだが、半島を守るために展開している八個師団が戦線をしっかりと支えている。
 
<>

 回頭点に到達したことを確認したダンブロジア大佐は、必要以上に大きな、そして自信に充ち溢れた態度で命令を下す。
 洋上艦艇と変わらぬスムーズさで艦隊は進路を変更し、自分たちへと突き進むBETA集団へ横腹を晒す。
 輸送機で朝鮮半島最南端へ降り立ち、建設が始まった高速貨物鉄道で可能なかぎり北上、その後輸送車両で最前線に到着した彼は、嬉々として指揮を行っていた。
 一応の名目は司令官代理。
 だが、日本本土からの干渉を受けず、黙認を得ている今、彼は事実上の指揮官であった。

<<回頭完了、BETA第一集団との距離は想定範囲内>>
<<艦隊周囲のBETA戦力は想定より少ない。現在戦術機部隊が防御戦闘中。
 艦隊の損害無し。重光線級は未だ有効射程外と思われます>>
<<地中聴音部隊より報告、艦隊へ向けて接近中の音源八つ。いずれも師団級と思われる>>
<<無人偵察機部隊なおも移動を継続しつつあり、砲撃観測準備完了>>

 入ってくる情報は全て想定の範囲を超えていない。 
 それにしても、タイムラグ0.1秒以下で地球上で作戦行動中の部隊を掌握できるのはありがたい。
 おかげで安心して部下たちに全てを丸投げすることが出来る。

<<主砲、左砲戦用意、全砲門およびVLS砲撃準備>>

 副砲や機関砲、周囲を跳躍噴射で続行する戦術機たちが防御戦闘を繰り広げる中、戦艦たちがBETA第一集団へ向けて主砲を向ける。
 VLSが装甲ハッチを開き、戦術機たちは徐々に距離を開けていく。
 
<<全艦左砲戦準備完了。本艦隊攻撃準備完了>>
<<撃ち方はじめ>>

 発砲。
 無数の主砲全てが一斉に死と破壊を放つ。
 さすがに軌道上からもその姿は見て取れた、とまではいかないが、彼女たちの破壊力は高効率教育訓練センターでのオデッサ作戦にてジオン軍歩兵として味わっている。
 閃光、轟音、噴煙。
 巨大な主砲が砲弾を吐き出し、続いてVLSから誘導弾が発射される。
 放物線を描いて飛んでいくそれらは、地平線のかなたから放たれたレーザーによってたちまち迎撃される。
 しかし、それは全て予定された現象だ。

<<重金属雲発生。BETAはAL弾を迎撃しています>>

 これで一つ心配が減った。
 AL弾を迎撃するということは、BETAたちはまだ十分に学習していない。
 少なくとも、現在押し寄せている目の前にいる集団は、だが。

<<アーセナルシップ砲撃を開始せよ。艦隊は砲撃を続行。重金属雲が必要な濃度に達するまで続けろ>>

 命令を受け、艦隊の傍らを進んでいたタンカーのようなアーセナルシップが無数の装甲ハッチを開く。
 電気信号により速やかに命令が伝えられ、一艦あたり500セルのVLS全てが攻撃を開始する。
 轟音と噴煙がその甲板から撒き散らされ、次々と誘導弾が発射されていく。
 まるで逆再生でゲリラ豪雨を見ているような錯覚を覚えるそれは、圧巻のただ一言である。
 2000発の誘導弾たちは、艦隊上空にいる頃から始まった光線級の迎撃によってその数を減じつつもBETA第一集団へ向けて突進する。
 その尽くが迎撃されるが、それも予定通りだ。
 というよりも、AL弾とは迎撃されて初めて役割を果たすことができる。

<<続けて第六十八戦車師団は全て展開。奴らの先頭は直ぐに来るぞ。
 第八十三戦術機甲師団も展開開始、戦車師団を援護しろ>>

 強襲揚陸艦たちが次々と停船し、甲板から戦術機を、下部スロープから次々と戦車を吐き出していく。
 彼らはまもなく現れるであろう突撃級の先鋒と、地中から出現するであろう増援部隊を叩くことが任務だ。

 あとはもう、艦隊が全滅するかBETAたちがいなくなるまで同じことを続ければ良い。


「報告いたします。
 火星方面より接近中の目標374および375への迎撃が間もなく着弾します。
 のこり7秒、5、4、3、弾着、今」

 多弾式核弾頭の放つ閃光が宇宙を照らし出す。
 地球近傍空間は、完全に人類が管理する地域になっていた。
 以前から展開している国連宇宙総軍の防宙兵器、8492戦闘団が展開した宇宙艦隊、スペースコロニーや小惑星基地が備える防御兵器。
 そういったものたちが織り成す死と破壊の連鎖は、従来とは比べものにならないほど容易にこれ以上の敵戦力を地球に送り込まないための状況を維持している。

<<本日も桜宙運をご利用いただき誠にありがとうございます。
 ご搭乗の皆様へお知らせいたします。
 当機はまもなく終点、サテライトベースに到着いたします。
 お忘れ物のございませんよう、お手周りの品を今一度ご確認ください。
 まもなく終点、サテライトベースに到着いたします>>

 本艦に付き従うようにして移動していた移民第一弾を載せたシャトルが宇宙ステーションへと接近していく。
 太平洋上の巨大メガフロートから打ち上げられた移民船は、ランド1やランド2へ移民希望者たちを送り込みつつ、科学者たちを最後の目的地へ送り届けようとしていた。
 
<<ご乗船の皆様へお伝えいたします。
 本艦隊天頂方向より迫りつつあるBETA着陸ユニットは、護衛艦隊により破壊されました。
 破片破砕射撃も無事完了し、本艦への損害は起こりえません。
 与圧隔壁を開放します。目的地到着まで、どうぞお寛ぎください>>

 客席を区切るように下ろされていた隔壁が開放され、天井付近を漂っていた特殊硬化ゲル剤が空調設備に吸収されていく。
 宇宙貨客船である以上、安全を第一に考えた設計が重要である。
 迎撃戦開始時には随分と緊張していた乗客たちが安堵の表情を浮べている様子がモニター越しにも見て取れる。
 
「移民の皆様は安心してくれているようですね」

 傍らに座る香月副司令に笑みを向ける。
 俺の星外逃亡を移動経路から割り出した彼女は、護衛を付けないという条件にすら従って同行していた。
 対外的には無重量空間での実験のため、実際には個人的好奇心か俺への嫌がらせからの同行であったが、既に一生分の驚異を味わったためかぐったりとしている。
 今にして思えば、メガフロートに普通に着陸した本艦を見た時が最大の驚きだったかもしれない。
 当たり前のように再突入を行って滑走路に垂直着陸を行った『宇宙船』があるのだ。
 おまけにそれは推進剤の補充が終わるなり垂直離陸を行い、外付けブースターなどを使わずに自力で重力圏脱出を行ったのだ。
 彼女としても、実際に搭乗していなければ実在を信じる事すら出来なかっただろう。
 気怠そうにリクライニングシートに体を預ける姿は非常に情欲を掻き立てられるが、ここは1G管理区域なので無重力での斬新なセクハラを行うわけにもいかない。
 
「なんでもいいわよもう。
 取り敢えず、ステーションに到着したら報告書の作成を手伝ってもらうわよ。
 まったく、なんでアンタの言い訳のために私の貴重な時間を使わないといけないのよ」

 勝手についてきて随分な言い草だが、お願いをしている側としては何かを言うわけにはいかない。 
 宇宙で自分がいなければ解決できない致命的な問題が発生した、という嘘くさい理由で俺は地球を逃げ出した。
 だが、当たり前の事だがそのために文書での説明を求められることになってしまった。
 まったく、これならばいつぞやの前任者のように「フン、この非常時にですら団結できない貴様らに語る口を持たん!」とか言って、勝手に一人BETA戦争をすればよかったのかもしれない。
 まあ、そんな事をすれば、オリジナルハイヴを落とそうと戦力を集めたあたりで恐慌状態に陥った全世界との戦争に突入することになるんだがな。
 最後はアメリカにG弾の雨を降らせていたが、彼女は全人類からの敵意という現実に最終的には狂っていたんだろうな。

「全くもって申し訳ありません。
 ですが、その分の埋め合わせは存分にさせていただきますからご容赦ください」

 可哀想な前任者に内心で哀悼の意を捧げつつ、俺はにこやかに謝罪した。
 それと同時に今後の戦略を再確認する。
 ユーラシア大陸への橋頭堡は確立できた。
 次は、欧州への支援だ。
 彼らが自力で何とかできる状況まで持っていければ、残すところはいよいよ最終決戦だけである。



[8836] 第三十八話『宇宙での密談』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/01/04 21:46
2002年1月6日日曜日10:00 静止衛星軌道 8492戦闘団航空宇宙打撃艦隊 宇宙巡洋艦『ノルマンディー2』

「最終軌道調整完了しました。
 設置まであと五分です」

 BETAによる迎撃を受けない宇宙には、実に様々なものを置いておくことが出来る。
 様々な作品から発想を頂いた対地攻撃衛星や、デブリ処理用の軌道掃海艇など、現在の人類では作ることの出来ないものもあるが、とにかくここに資源を投入する価値は計り知れない。
 そんな場所に、俺は更なる投資を行うためにきていた。
 FTLドライブを外し、地球近傍空間での運用を最優先にした改造を施したこの船は、事実上ノルマンディー3と呼んでも差し支えのないものになっている。
 更に増えたペイロード、大気圏突入機能の追加、大型貨物曳航用の支援設備、大気圏内戦闘用の追加武装。
 元の世界にこれを持ち帰れば、人類の技術を結集した最新鋭フリゲート艦を鈍足の武装輸送船に変えたと怒られるだろうが、今の世界ではこれが重要なのだ。
 高性能で、高速飛行が可能で、大気圏外への離脱もでき、ある程度の物資搭載能力を持つ。
 求められていた性能はそういうものだった。
 本音を言えばラーカイラム級が欲しかったのだが、ガンダム世界の戦艦やモビルスーツが空を飛ぶにはミノフスキー粒子が必要だ。
 無線通信やレーダーや長距離誘導兵器に悪影響が出れば自分たちの首を締めるだけなので、念には念を入れた選択である。
 多分世の中にはもっと優れた艦が存在するのだろうが、俺はこれ以上の船を見つけることが出来なかった。
 まあ、趣味だろといわれればそれは否定できないが。

「フィラデルフィア、切り離しまであと三分」

 今回設置するのは、管制用宇宙ステーション『フィラデルフィア』である。
 来るべき最終決戦に向けて軌道上の全てを統括するべく新規に建造されたこのステーションでは、8492戦闘団の宇宙戦力全てを指揮することが出来る。
 つまり、数千に達する対地攻撃衛星、数百の宇宙船、そこから発進する無数の軌道降下艇の全てをコントロールできるのだ。
 8492戦闘団の最終決戦に向けた地上攻撃プランは大きく分けると三つ。
 まず、イオンキャノンによる地上照射。
 これはレーザーのようなビームのような、とにかく光線を地表に叩き込む兵器で、地上戦力に対して局所的ながら甚大な被害をもたらすことができる。
 単体への破壊力は絶大だが、効果範囲は戦術どころか戦闘レベルというほどに狭い。
 そのため、範囲の狭さは数の多さでカバーする。
 次に使用されるのは宙対地攻撃衛星である。
 レールガンを打ち込むSOLGを始め、低軌道を廻る対地誘導弾、MURVを山ほど搭載した攻撃衛星など、多種多様なものを準備している。
 窓の外では試運転をしているイオンキャノンが流れていく。

「イオンキャノン、だったかしら?」

 窓の外を見る俺に声がかけられる。
 国連軍上層部に対する報告会に同席を要請した代償としてこの作業を見学している香月副司令だ。
 
「ええ、被害半径はともかく、威力だけは保証しますよ」

 BETAに対しては知らないが、あれは原作では異星人の最終決戦兵器にも一定の効果をもたらしていた。
 砲弾や誘導弾といった即物的な投射体には劣るが、それでも信頼すべき兵器だ。

「アンタがそう言うのであれば、そうなんでしょうね」

 ここでアンタの頭の中では、と繋がらないのは、信頼と実績の8492戦闘団ならではの流れなんだろうな。
 当初はやり過ぎだと反省していたが、威力偵察のついでに保有戦力のみでハイヴを落としたのは大きかったようだ。
 闘士級からハイヴまで、我々は常に敵対する存在を葬り続けている。
 我々がオリジナルハイヴを落とせると言えば、まあそうなのだろうと誰もが納得してくれるだけの信用は勝ち得ることができたということか。

「ええ、こいつらが実戦投入される時が楽しみですよ。
 それだけ、人類の損害が減りますからね」

 宙対地攻撃兵器は地球全域を射程に収められるように配備される。
 来るべき最終決戦では、全戦線に宇宙から膨大な量のエネルギーが注ぎ込まれるはずだ。
 もちろん、使う兵器はこれだけではない。
 高軌道対地攻撃飛行隊、強襲降下艦隊、再突入艇、HLV、ヘヴィリフター、再突入殻装備戦術機、カプセル降下兵。
 およそ俺の思いつく限り全ての装備を用意した。
 切り離し中のフィラデルフィアに配備される軌道降下司令部も立ち上げてあるし、ここにSLBMやICBM、艦対地・空中発射式巡航ミサイルや朝鮮半島派遣軍からの攻撃も加わる。
 作戦当日は、さぞかしにぎやかな事となるだろう。
 カシュガルへの強襲降下では、軌道降下中だけでも六個師団までの全滅を最低限の損害として作戦を立てている。
 当たり前であるが、作戦参加部隊はその損害を許容出来るものとした戦力をもたせた。
 万が一にも負ける恐れはない、と思う、個人的には。

「さっきから切り離し続けている宙対地ミサイルといい、そんなに対地攻撃兵器ばかり用意して効果は見込めるのかしら?」

 彼女の疑問はもっともである。
 BETAの恐ろしいところは、物量もあるが、二番目に高い順応性にある。
 調子にのって軌道上からバンバン撃ちまくっていれば、あっと言う間にBETAに制宙権を奪われてしまうだろう。

「そうさせないために、今まで設置すら行わなかったんですよ。
 ご心配なく、次の作戦が終われば、もうBETA相手に遠慮する必要はなくなりますよ」

 オリジナルハイヴさえ落としてしまえば、奴らはもう学習できなくなる。
 いや、待てよ、そのあたりを白銀は説明していたのかを確認していなかったな。

「ところで香月副司令、BETAたちの組織構造についてはご存知ですか?」

 もし白銀が知らせていなければ、まずはここから説明を始めなければならない。
 事態は既に最終局面に向けて動き始めており、情報の出し惜しみをしている段階ではないのだ。

「ああ、箒型組織がどうのこうのって話よね?
 それなら聞いているわよ。
 何でアンタたちも知っているのかは気になるけど、知っているからオリジナルハイヴ攻略にここまで力を入れているんでしょ?」

 良かった。
 三周目なだけあり、彼もしかるべき人物には出来る限りの情報を伝えておいたほうが良いことは理解していたようだ。
 しかし、待てよ、俺は何かを忘れていないか。
 何か大切な、物語の根幹に関わる、そう、どうして原作で決戦を急遽行わなければならなかったという原因。

「香月副司令、突然ですが確認したいことがあります」

 俺は表情を引き攣らせつつ尋ねた。
 大至急確認しなければならないことがある。

「先ほどの話は白銀さんからの情報提供だけですか?
 もっと具体的に言うと、つまり00ユニットはもう実働を開始しているのでしょうか?」

 何故気が付かなかった。
 どうしてもっと早くに話を持って行かなかった。
 初めて香月副司令にあったときにも自分で言ったじゃないか!
 00ユニットに使用されるODLという特殊な液体を横浜ハイヴから抽出していたら、浄化装置を経由してこちらの情報がだだ漏れになる。
 強引な最終決戦の原因となったそれを、俺は何とかできる技術も用意していたはずなのに。
 戦闘と政争に明け暮れ、その事を完全に忘れてしまっていた。

「ああ、情報流出のことを言いたいのね」

 狼狽の一歩手前に達している俺を見て、彼女は安心させるような笑みを浮かべた。
 まさか至近距離で彼女のこんな表情を見ることになるとは思わなかった。
 何とは言わないが、なかなかのものじゃないか。

「それなら白銀と鑑の双方から合意を貰って、奥の手で対応しているわよ」

 奥の手とは一体なんだろうか。
 確かある程度の浄化はできるものの、結論としてはハイヴに繋がったメンテナンス設備に繋げる必要があったはずだが。

「今の横浜ハイヴには、およそ30t前後のODLが残されているわ。
 浄化が必要になり次第、それをポンプで吸い上げてタンクに貯蔵。
 念には念を入れてタンクはパイプから物理的に切り離して、それでようやく鑑に注入しているわけ。
 古いものはどうしようもないから全て焼却処分だけれどね」

 軽い調子で告げられたその内容に、俺は絶句した。
 あまりに原始的ではあるが効果的なそのやり方も理由ではある。
 だが、それだけではない。
 
「それは、しかし」

 俺はあまりの衝撃に、明確な意味を持つ言葉を発することが出来なかった。
 どれほどの決意があれば、全人類のためとはいえ余命を決める事に同意できるのだろう。
 話しぶりからして調律は既に完了に近い所まで来ているはずであり、恐らく二人は結ばれていることだろう。
 確実に約束された死を受け入れる恋人たちというものがあっていいはずがない。

「本当は完全に浄化できる装置を開発してあげたいんだけど、たった一つの貴重なハイヴを解体して調査するわけにもいかないわ。
 佐渡島のはアンタたちが蜂の巣にしちゃったお陰で材質の調査しかできないレベルまで壊れちゃってたみたいだし。
 そういえば、朝鮮半島の奴はどうなのかしらね?まだ残敵掃討中なんでしょ?」

 どれほどの葛藤を、どれだけの苦悩を乗り越えて二人は納得したのだろうか。
 そして、俺はどんな顔をしてその件については解決できると言えばいいのだろうか。
 いや、解決できる以上は別にそこまで悩まなくてもいいのか。
 先に言ってくれレベルの苦情は来るだろうが、それくらいは甘受しなければならないだろうが。

「あと一週間もすれば安全宣言が出せますよ。
 今度は日本帝国軍が来るのか国連軍の調査団が来るのかは知りませんがね。
 それはそれとして」

 俺は言葉を切った。
 ああ、多分目の前のこの女性からも文句を言われるんだろうな。

「ODLの問題については、ハイヴを経由しなくとも何とかする方法があります。
 これも時間稼ぎにすぎないといえばそうですが、ご要望とあれば百年分ぐらいは直ぐにご用意しますよ」 

 ODL使い捨て作戦は俺も考えていた。
 もちろん数に限りがある以上、いつまでも続けることが出来るというわけではないが、プラントを動かせば百年とは言わず千年分だって直ぐに用意できる。
 ハイヴを経由する理由は、ハイヴにある浄化装置が必要だからだ。
 なぜ浄化装置が必要かといえば、ODLを新規に作り出すことができないからである。
 だったら、そこを解決してやればいい。

「ホント、アンタと話してると自分が馬鹿になった気がするわ。
 一応同等かどうかの検査はさせてもらうけど、まあ、問題ないんでしょうね」

 俺の話を聞いた彼女は、ウンザリしたような表情を浮かべてそうコメントするに留まってくれた。
 ありがたいことである。

「地球に戻り次第納品させてもらいますよ。
 話を戻しますが、オリジナルハイヴを落とす以上、宇宙からの攻撃を躊躇する必要はありません」

 一撃で敵司令部をたたき潰す。
 これを実現できれば、対BETA戦争は一挙に人類優勢へと傾けることが出来る。
 
「随分と大きく出たわね。
 最終決戦というわけかしら?」

 規模が大きすぎることから、俺の考えていたことはある程度は想定していたらしい。
 彼女の表情からは驚きは読み取れない。
 もしくは、ポーカーフェイスの範囲内で収まる程度の驚きだったのだろう。

「宇宙空間にすらこれだけの大兵力を展開しておいて、なにもしないわけがないでしょ。
 かといって、普通のハイヴ相手ならばアンタたちはこんなものを使わずとも何とかできるわけだし」

 ごもっともな意見である。
 まあ、俺はこういった兵器の山を並べて使いもしないで悦に浸る事の出来る変態でもあるが、人類の現状はそのような勿体無いことは許さないだろう。
 そして、さすがの俺もそこまで非生産的な事をするつもりはない。

「そりゃあもう、兵器というのは敵を攻撃するためのものです。
 最低でもオリジナルハイヴの破壊とユーラシア大陸東部の奪還。
 もし可能であれば欧州への橋頭堡確立、もう少しうまく進めば欧州奪還。
 目的とするのは、そんなところです」

 決して根拠のない妄想を語っているわけではない。
 数億回の図上演習を繰り返した結果を話している。

「根拠は、あるみたいね。
 そのあたりは後で具体的に聞かせてもらうとして、結局のところアンタたちの目的は何なのかしら?」

 ふむ、今まで基本的には受動的にしか行動して来なかった我々が、ここにきていきなり能動的な行動を取り始めたことを警戒しているのか。
 当然の懸念である。
 我々はその気になれば全人類を圧倒できる戦力を用意できる。。
 些細な事であったとしても、過剰反応されてしかるべき存在なのだ。

「目的は何かと問われれば、答えは決まっています。
 前にも言った気がしますが、地球上の全BETAの排除ですよ。
 我々は、そのためにここまで来たのですから」

 俺にそれ以上の答えはない。
 人類の支配権など頼まれても欲しくはないし、予想だがこの決戦が終われば、俺はお役御免となって消えるだろう。
 鑑に呼ばれ、本人も残留を希望する白銀とは違い、俺はいわば親会社の送り込んだ出向社員のような立場だ。
 与えられた課題を解決すれば、希望していても呼び戻されるだろう。
 散々やりたい放題をやっておいてなんだが、この世界のことはこの世界の人々が解決するべきだ。
 まあ、そこに白銀一人ぐらい加わる分には神様だってお目こぼしをしてくれるかもしれないが、俺のような完全なイレギュラーは駄目だろうな。
 俺の言葉に彼女はご立派なことね、と一言だけ答え、窓の外を眺める作業に戻った。

「一つだけお願いしたいことがあるのですが、ご協力頂けないでしょうか?」

 俺の言葉に彼女は視線をこちらに戻す。

「鑑さんを暫くの間我々にと同行させて頂けませんでしょうか?
 もちろん心配であればいくらでも護衛や監視役を付けて頂いても構いません」

 俺の言葉に一瞬考える目をし、直ぐに彼女は口を開いた。

「BETAの情報。それが欲しいわけね」

 余計な説明をする必要のない会話は素敵だ。
 つまり、俺の要望というのはオリジナルハイヴ攻略のための根拠となる情報を入手するための協力要請である。
 BETAたちの組織図、オリジナルハイヴの特異性、攻撃を急がなければならない理由。
 全ては、俺と白銀からの口頭の情報でしか存在しない。
 間違い無いと確信出来るだけの事前情報は確かにあるのだが、それで国連軍を納得させられるかというと弱い。
 香月副司令がどんなに援護をしてくれたとしても、日本帝国が動いてくれたとしても、それでも弱い。
 オルタネイティヴ第五計画を進めるアメリカ合衆国を納得させ、全人類の総力を結集させるに足る何かがなければ、最終決戦は行えないのだ。
 そこで鑑女史の出番である。
 00ユニットである彼女に最前線まで同行いただき、ハイヴのリーディングを行う。
 その結果をもってBETAの情報を入手したと宣言し、同時に速やかなる最終決戦の必要性を訴える。
 今はまだいいですが、もしBETAが戦術機に対する対処方法を編み出したら第五計画以前の問題になりますぞ。
 実は根拠はないのだが、そう囁くことによって全人類を恐慌状態に陥れることが出来るだろう。
 同時に囁くわけだ、学習しなくなったBETAが相手ならば、G弾は最強の最終的解決策として永遠の存在になりますよ。
 第四計画の成果を踏み台に、第五計画は予備計画から一気に次世代の世界戦略へと昇格できるかもしれませんよ。

「仰るとおりです。
 とはいえただの戦術機では不安でしょうから、そちらで開発中のXG-70bには我々も最大限の支援を行います。
 物資だろうが技術だろうが何でも要求して下さい」

 俺の言葉に、彼女は一瞬凍りついたように動きを止めた。
 00ユニットの完成とその調律の成功が知られている時点で覚悟しているものと思っていたが、気がついていないと思われていたのか。
 調律が始まった段階で横浜に搬入が開始された戦略航空機動要塞XG-70は、横浜基地の地下で改良が進められていた。
 原作において、XG-70bは佐渡ヶ島で自爆し、XG-70dはオリジナルハイヴ攻略の任を全うするという武勲を上げている。
 概要すら伝わらないように心がけている特殊兵器への開発支援の申し出に、さすがの彼女もさりげない反応というわけにはいかなかったようだ。

「アンタは仲間だと思っていたんだけど?
 なかなかどうして信用はしてもらえないみたいねえ」

 それは隠そうとした側の人間が言う言葉ではないと思うが、女性相手に細かいことを言っては嫌われてしまうだろう。

「まぁ、事ここに及んで出し惜しみをしても仕方がありませんからね。
 補基としての核融合炉、火器管制システム、戦闘支援AI、装甲材。
 現物を見ないとこれ以上は言えませんが、とにかくなんでも言って下さい」

 女性を乗せて戦場へ運ぶための兵器である。
 出し惜しみなどをしてしまっては失礼というものだ。

「まあ、いずれはやらなければならないことだし、アンタたちが支援してくれるなら逆に安心して送り出せるというものね。
 それで、攻撃目標はどこにするつもりなの?」

 目標の選択は重要である。
 この攻撃の後には決選が待っているというのもあり、いや、正確にはこれは決選の第二撃となるわけなのだが、とにかくただハイヴを落とせばいいというものではない。
 落とした後の戦力転用、予想されるBETAたちの反撃、残っている全人類の戦力分布、それら全てを要素に入れなければならなかった。
 当然ではあるが、ただ数人の会話で何となく決めるようなものではない。

「ああ、それはですね、H26と25を連続して落とします」

 H25ヴェルホヤンスクハイヴとH26エヴェンスクハイヴの連続攻略。
 確かにフェイズ2のハイヴ攻略は、8492戦闘団なしでも国連軍と日本帝国軍の共同作戦で成功したという前例があった。
 だが、それは他のハイヴからは直ぐには増援が来ない横浜での事であり、もっと言えばそれはG弾を用いて初めて成功したというものだ。
 戦闘が終わった時、勢いに乗って佐渡島ハイヴの奪還も奪還しよう等とは誰も言い出せるような状態ではなく、むしろ日本帝国は祖国防衛にすら苦労する有様となっていた。

「あのね、わかっていないかもしれないけれど、ハイヴの攻略というのはそんな簡単に出来ることじゃないのよ。
 そりゃあ、アンタたちなら簡単に落とせるのかもしれないけど、連続で二つのハイヴを落として、さらにその後三つ目にとりかかるなんていう余裕があるのかしら?」

 彼女が呆れた様子でそういうのも無理はない、と言いたいところなのだが、俺からすれば何故そのような反応をされるのかが分からない。

「しかしですね、現実に我々はフェイズ4に達しているH21佐渡島ハイヴを落とし、その翌月には同じくフェイズ4のH20鉄原ハイヴを落としました。
 その際にはいずれも途方も無い数のBETA増援を受けましたが、いずれも排除しています。
 今度の攻撃目標は確かフェイズ2、大幅に予測がずれていても4以上ということはないでしょう。
 あの時よりも多い戦力で、あの時よりも少ないであろうBETAを叩く。
 確かに内陸侵攻ということは洋上艦隊の支援は余り受けられませんが、こちらには陸上艦隊がある。
 成功しないほうがおかしいと思いませんか?」

 信頼と実績の8492戦闘団は、ハイヴ攻略にも定評があるのだ。
 おまけに、今回の行動は合衆国付近の脅威排除と、ソ連の国土奪還の礎ともなりうる。
 脅威がなくなることによりアラスカ付近の部隊が一部でも欧州方面に配備されれば、今度は欧州連合が戦略的に余裕を持つことが出来る。
 そうなれば間接的に他方面への波及効果もあるだろう。

「まあ、言われてみるとそうかもね。
 アンタたちの基準に合わせて物事を考えると疲れるわね」

 疲れたような笑みを零されてしまうが、まあそれもそうだ。
 この世界の常識から考えれば、さすがの8492戦闘団とはいえ、もうそろそろ息が切れてきてもおかしくはないと思う段階のはずだ。
 実際には、戦略級シミュレーションゲームの終盤でありがちな塗り絵タイムに入ろうとしているのだが。

「アンタたちだけでやるというのであれば、どちらにせよ国連がどうこうは言ってこないでしょ。
 向こうからすれば、タダでハイヴを破壊してくれれば万々歳、撤退になったとしても大規模間引き作戦として感謝感激。
 もし撤退が出来ずに共倒れになったとしても、アンタ達が来る前から考えれば大きな進展があったという状況に変わりはなし。
 G弾でも使うんでなければ反対は無いでしょうね」
 
 ただ盛大に戦争をするだけであれば、意外と面倒は少ないのだ。
 今まで非常識を押し通してきた8492戦闘団であれば全軍潰走とは考えにくいし、仮にそうなったとしても後詰の予備部隊は用意すると誰もが考えるだろう。
 実際の所負けるつもりは全くないが、次の作戦に参加する部隊は二つのハイヴを落とすまでは予備兵力として待機することになっているので、想定外に予想外が重なって潰走となっても何とかなる。
 
「逆襲を受けたとして、作戦参加部隊に加えて数十個師団に洋上艦隊と陸上艦隊と衛星兵器まで持ち出してそれでも防げなかったら、さすがのアメさんも許してくれますよね?」

 不安そうな笑みを浮かべて尋ねてみる。
 
「当たり前でしょ。
 そこまでやって駄目だったら私だって許すわ」

 香月副司令のお許しが出た。
 これで作戦発動をしても大丈夫だろう。
 それにしても、無理やりついてこられた時にはどうしようかと思ったが、結果としては話が早く進んでくれたな。



2002年1月9日水曜日13:00 日本国佐渡島 本土防衛軍第66師団本部 第二テレビ会議室

 地上に戻るにあたって緊急会議の開催要請をこちらから出した俺は、手ぐすねを引いて待っていた国連軍将官たちを可能な限り全員呼び出していた。
 主に物理的な要因からその大半はテレビ会議での参加であったが、まあそれはどうでもいい。
 国連軍司令部、国連軍各方面軍司令部、さらには主だった主要国の要職まで参加するこの会議は、当然ではあるが俺の言い訳メドレーだけが目的ではない。

「さて、以上のことから、今回のハイヴ攻略に関しては事故であったことがご理解頂けたことと思います」

 そのように締めくくった俺の言葉に対する反応は、大きく分けて二つだった。
 前者は好意的なもの。
 中にはモニター越しにも分かるほどに表情を愉快そうに歪めている。
 後者は苦々しいもの。
 人間というものは面白いもので、例え全体の損になる事であっても、自身や自国のメリットだけを追求する者がいるのだ。
 俺の軽挙妄動を咎めたいが、何故BETAを倒したなどという言葉を発してしまえば、返ってくるのは人類の裏切り者という言葉しかない。
 おまけに、今回の作戦では8492戦闘団だけを出すように強要した関係で、他国の部隊に損害が発生したという切り口も使えない。
 その我々に地域限定とは言えフリーハンドを与えてしまった以上、この場に居合わせた人々に何かをいう資格はない。
 身近すぎるせいか日本帝国の人々には理解してもらえないのだが、独立して戦力を維持どころか増強できる8492戦闘団という存在は異常なのだ。
 現状ですらどうかという有様ではあるが、これ以上無茶を言い続けて俺が人類を見捨てるようなことになれば、人類は前と同じ状況に後戻りすることになる。
 
「さて、先の作戦についてはここまでとさせていただきまして、引き続いては国連軍統合参謀本部より依頼されておりました全般情報の要約を報告致します。
 ああ、これはこの先にご説明しようと思っております作戦の説明につながるものですのでご了承ください」

 メインモニター上に地球全体を写した地図が現れる。
 この会議に参加している各自のモニターにも衛星回線経由で同じものが表示されているはずだ。
 何人かは驚いているようだが、統参本部との業務提携と呼ぶべき契約は、国連軍司令部より正式に承認を受けたものだ。
 明らかに異常な規模の軍隊を全くの無駄なしに運営し、そして成果を挙げる。
 地球規模の戦略的な活動を行う国連軍にとって、我が軍の情報処理能力は得難い貴重なものである。
 そういうわけで、上位組織としての権限をうまいこと使われ、8492戦闘団司令部ではいくつかの情報処理業務を請け負っている。
 その一つが、世界規模での全般状況の要約だ。
 正直な所それを外部委託するというのはどうかとも思うのだが、人類のリソースは限られており、我々の持つ能力はそれを補って余りあるものがある。
 小規模なものから大規模なものまで、百を超える試験のような発注を受けた後に、太鼓判を頂いたらしい8492戦闘団はその業務を継続して行なっていた。

「まずは朝鮮半島戦線です。
 二個軍団を展開する我が方に対し、敵は散発的に師団規模の突撃を繰り返すだけであり、戦域は安定していると言えます」

 現在も継続して続けられている防御戦闘の様子が表示される。
 次々と押し寄せるBETAたちの部隊を、こちらの防衛戦力が押し返す姿がモデル化された戦域地図の中で再生される。
 こちらは連隊単位で連携して敵の攻撃に対抗しているのに対し、BETAたちはいたずらに突撃を繰り返すだけだ。
 予備戦力も潤沢にある上、複数の陸上艦隊およびアームズフォートが配備されたこの戦線は鉄壁の防御を誇っている。
 万が一にも抜かれるおそれはないだろう。

「続いてアフリカ戦線ですが、ようやく実働を開始した増援の一個師団が効果を発揮し、敵の攻撃を何とか押しとどめています。
 現状はどちらかというと人類に優位な状況での防御戦闘といった状況です」

 欧州方面から押し寄せるBETAたちは、スエズ運河付近を完全に制圧したアフリカ連合軍の防衛線を突破することができていない。
 かつての北海道と同じく、既存の部隊は全て予備とされて戦力回復に務めていることから、長いスパンで見てもこの地域は何とかなるだろう。
 こちらから出した増援は名前こそ一個師団ではあるが、一個陸上艦隊及び二個アームズフォートを基幹とし、そこに一個師団の戦術機甲部隊と支援部隊、さらには一個連隊の砲兵が付いている。
 既存の部隊でも何とかやれていたところにこれだけの増援を受けて抑えきれなければ、それは最早こちらに落ち度があるとしか言いようがない。

「欧州戦線ですが、ドーバー海峡に突入した水上艦隊の支援を受けつつ、フランス西部への海岸堡の構築が進められています。
 追い落とされた海岸への上陸ということもあり、士気は旺盛。
 戦力にも今のところは不足はありません」

 播磨級戦艦十八隻を主軸とする欧州方面義勇艦隊は、圧倒的な火力を武器に陸上部隊を支援していた。
 その破壊力は余りにも強力すぎたらしく、おかげで欧州連合軍は予定を年単位で繰り上げて上陸作戦を敢行するに至っている。
 物資は欠乏という域を超えていたはずなのだが、こちらの輸送船団が効果的だったようだ。
 八十隻からなるその船団は、一個軍規模の陸上部隊を半年は動かせるだけの物資を搭載していた。
 何を考えたかいきなりそんなもので世界一周旅行を考えた俺は、うっかりミスによりイギリス沖で燃料不足による遭難事故を起こしてしまったのだ。
 このままではイギリスに寄港するしかありませんが、港湾使用料が払えないので物納させてください。
 こちらの計算によると、搭載物資全てで何とか足りるかどうかですが、いかがでしょう?
 ちなみに、物資は私が趣味で作った欧州規格の武器弾薬なのですがご勘弁ください。
 そう言った時の欧州方面軍司令官の表情は今思い出しても笑える。
 



[8836] 第三十九話『終わらない会議』※2/5 14:30一部修正
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/02/05 14:29

2002年1月9日水曜日16:02 日本帝国佐渡島 本土防衛軍第66師団本部 第二テレビ会議室

「えー、以上のとおり概略をお伝えいたしましたが、なにか質問はございますか?」

 三時間に渡る大量の報告を終えて、俺はご臨席の皆様に質問した。
 何も質問はない。
 それはそうだ、この先をやりやすくするために、幾度と無く練習を繰り返した上でこの会議に望んでいる。

「よく練習してきたようですね」

 笑顔でそう言ったのは、日本帝国本土防衛軍代表代理として参加してる第十四師団長だった。
 しかし恐ろしい政治力である。
 世界中の利害関係を調節する場に、たかだか師団長程度の立場で参加を許されるとは。
 ただ有能なだけでは到底不可能な仕事ぶりである。
 その立場を与えられるだけの何かがあるのだろう。

「人類の一員として言わせていただくと、ハイヴを落としてもらったことには何の異論もありません。
 そもそもが、こちらの要望で無理やり強行偵察をしてもらっている以上、結果がどうなったとしても我々に何かが言えるとは思えません」

 どうやら、彼は明らかにこちらを擁護する立場にたってくれているようだ。
 まあ、実際に8492戦闘団は人類に対して明らかに貢献している。
 世界各地の戦場に無償で増援と補給物資を提供し、ハイヴを落とし、大陸への橋頭堡を確立した。
 今までの人類の苦戦は何だったのかと問いたくなるような仕事ぶりだ。
 この貢献を無視されれば、こちらとしては実にやりがいがない。

「ありがとうございます。
 さて、あたり前のことですが、ハイヴを一つか二つばかり落として満足できるような状況に人類はおりません」

 俺の言葉に全員の視線がこちらを向いた。
 さあ、最終決戦をはじめよう。

「今回の作戦は、ある目標を達成するために行いました」

 あえて勿体ぶった表現をする。
 おお、アメリカ軍大将閣下が明らかにいらついた表情を浮かべているな。

「ほう、それでは何が君の目的なのか、聞かせてもらおうじゃないか」

 彼の質問は当然のものだ。
 そして、俺はこの言葉を引き出すためだけに不明瞭な表現をあえて行っていた。
 勝手にペラペラと喋り倒すのでは顰蹙しか買えないからな。

「ありがとうございます。それでは説明させていただきます」

 今回の説明用にわざわざ用意させた巨大なモニターを背景に、笑みを浮かべた俺は言葉を続けた。
 照明が消され、別の資料データが全員の手元に送信される。
 背後のモニターに特に意味はない。
 何度も繰り返しになるが、趣味なんだよ。

「ハイヴは残念なことに地球上に多数残されています。
 これを1つずつ潰していくというのも方法の一つではありますが、BETAたちの学習が予測されるという問題点があります。
 ああ、もちろん最終的には全て破壊しなければならないということは理解していますよ」

 本当であれば、このような会議はすっ飛ばして早々にオリジナルハイヴを破壊してしまいたいところだ。
 準備ができたら直ぐにオリジナルハイヴを落とす。
 いわゆる読者の視点としては当たり前すぎて説明が不要なレベルなのだが、この世界の人々にはその解に至る経緯がまだ明かされていない。
 確かに、これだけ人類を苦しめたBETAが地球上ではたった一つの司令部で動いており、それを破壊すればこれ以上の学習は防げるなどという事は予想の範囲外だろう。
 まあ、元の世界の創作物に馴染んだ日本人たちであれば「ああ、悪の組織って大体ボスを倒せば終わりだよね」と変に納得してくれるかもしれないが。

「それはもちろんそうだ。
 だからこそ、我々は間引き作戦一つに対しても十分な検討を重ねた上で作戦を実行していた。
 今回のようにいたずらにBETAへの攻撃を行う行為は、長期的には悪影響を及ぼす危険性が十分にあることを君は理解していなかったのかね」

 規模はさておき通常戦力だけでハイヴを落としたことがよほどお気に召さなかったらしい。
 いや、8492戦闘団だけでやってしまったことが気にくわないのか。
 合衆国軍大将閣下は俺の言葉尻を捕まえて攻撃を試みている。

「ですから、今回の作戦は通常戦力のみで実施したのです。
 そして、次もそうしようと考えておりますが、ああ、ソ連邦の代表者の方はいらっしゃいますか?」

 別に俺が会議の参加メンバーを把握していないのではない。
 国連軍参謀本部では重要度に応じて発言権がない傍聴が認められており、この会議はそうだっただけである。
 マイクのスイッチが入れられる独特の音が鳴り、誰かの咳払いが聞こえる。

「ソビエト連邦中央軍事会議のスタニスキー陸軍元帥だ。
 諸外国との共同作戦の調整を担当している」

 中央軍事会議のメンバーとはまた大物が出てきたな。
 俺の世界の知識で合っていれば、彼の役職は陸軍総司令官にして、有事の国家意思決定機関である中央軍事会議の参加メンバーという事になる。
 この世界のソ連は崩壊どころの騒ぎではない状態だから、国の規模からしてそんな彼でも傍聴しか許されないんだろう。

「はじめまして元帥閣下。
 早速ですが、H25とH26のハイヴは貴国領土内にあるわけですが、これを攻略する許可を頂けませんでしょうか?」

 俺の言葉に、元帥のマイクの向こうに広がるざわめきが入る。
 万が一の誤解も無いように補足を入れておこう。

「もちろん、他国に被害がでないように我々の戦力だけで行います。
 BETAの反撃に備え、十分な予備戦力をもたせ、さらに貴国と合衆国の許可があれば作戦終了までアラスカに軍団規模の防衛部隊を配備することも吝かではありません。
 それと、誤解なきように先に説明させて頂きますと、核兵器およびその他特殊兵器は一切使用しません」

 マイクの向こうのざわめきは更に大きくなる。
 ありえない、とか、いや彼らならば、など、意味の分かる言葉まで拾っている。
 まずいな、何か誤解されているぞ。

「ああ、誤解しないで下さい。
 占領して陣地を作るのではなく、この先に説明する作戦のために攻略する必要があるだけです。
 我々は攻略完了後は一ヶ月もしないで前進してその場を去りますよ。
 もちろん、それにあたって何か我々にご要望があれば、可能な限りは受け入れるつもりです」

 あまりにも周囲の雑音が大きくなりすぎたためだろう、元帥のマイクが切られる。
 恐らく回線の向こうでは、好き勝手に話す将軍たち相手に進行役の佐官が困り果てていることだろう。
 黙って見ていると、画面の中の元帥に秘書官らしき男が近寄り、メモらしきものを手渡している。
 なるほど、彼に命令を出すことの出来る立場の人間も回線の向こうにいたらしい。

「ああ、失礼した」

 何かが決まったらしく、メモを読み終えた彼は直ぐにマイクを戻した。

「条件がいくつかあるが、君たちの要望は叶えられるだろう」

 良かった。
 その言い方をするということは、受け入れるつもりがないか、あるいは無茶苦茶な要望はないということだろう。

「条件ですか、私どもで手配できることならばいいのですが、どのようなものでしょうか?」

 物資の提供や自国軍の同行といった範囲で済ませてくれるとありがたい。
 無茶な要望の筆頭として出てくるライセンスフリーの要望ということはないだろう。
 正義と隣人愛に目覚めた合衆国軍が総力を挙げて手伝ってくれても国土奪還は不可能だということぐらいは理解できているはず。
 俺はそれを無料で、しかも何故か条件付きでやってもいいと言っているのだ。
 ある程度のおねだりはしてみたくもなるだろうが、度を超えた我儘を喚き散らしたりはしないはずだ。

「手書きのメモしか無いので読み上げさせてもらうよ。
 一つ、カムチャッカ半島戦線およびサハリン戦線への支援。
 これは別にハイヴ攻略の前後どちらでも構わないそうだ」

 おお、逆にそれを我々にやらせてくれるのか。
 これらの地域は内陸侵攻にあたっての海上輸送路の維持を考えれば絶対に死守が必要だ。
 自分たちの手でしっかりとそれが行えるのであれば、こんなに嬉しいことはない。

「二つ、ハイヴ攻略にあたっては、我が国の精鋭部隊も同行させてもらいたい。
 国土奪還にあたって、助力を受けるとしても完全に人任せというのはさすがに心苦しい」

 まあ、そうだろうな。
 他所様の軍隊に全部を任せて本土を奪還しました。
 それはもう独立国ではない。
 まあ、今のソ連は国というよりは亡命政府みたいなものだが、実働可能な戦力がある以上、僅かであっても自国軍を出したいのだろう。

「三つ、そちらがどこまで攻めこむつもりかによるが、BETA支配地域との境界線への防衛部隊配備。
 これはまあ、国連軍本隊がどこまで戦力を抽出できるかにもよるがね」

 当然だろう。
 せっかく取り返したとしても、十分な防衛部隊がいなければ直ぐに東進したBETAたちによって再占領されることは目に見えている。
 それにしても、こちらからお願いしたいような話ばかりだ。
 カムチャッカ半島およびサハリン島は戦略的に考えれば絶対に確保しておきたいし、BETA支配地域との境界線防衛は我々じゃないと不可能だろう。
 ハイヴ攻略だって国土を土足で踏み荒らし云々と言われかねない行為だというのに、彼らはそれに以上の広大な地域に大兵力を展開してくれという。
 しかも、自分たちの顔を立てるためだろうが自国軍の同行まで申し出てくれた。
 おかげで要請による国土奪還という大義名分が成立する。

「四つ、我々でも使用可能な兵器と、それを動かすための物資の提供」

 それを読み上げると、元帥はメモから視線を上げてこちらを見た。
 表情が固い。
 それはそうだろう。
 一国の元帥が諸外国も見ている場で物資の融通をしているのだ。
 仕事とはいえ同情するな。

「他国の方々もいる前で全く恥ずかしい話だが、友人たる諸国の支援を受けてもなお、我が国ではあらゆるものが不足している。
 砲弾、ミサイル、兵器の補修部品、そもそもが兵器自体も、国際的な支援を受けてはいるが十分な数ではない。
 そちらの作戦を支援するという意味合いでも、何らかの援助を求めたい。
 要望は以上なのだが、何とかならないだろうか?」

 最後の要望である兵器の提供。
 弾薬のたぐいはいくらでも送りつけることが可能だが、彼らの装備や補修部品についてはライセンス国産の許可が必要だろう。
 まあ、それさえ貰えれば青森重工業地帯で製造する事が可能だ。
 あそこはプラントでの兵器製造の弊害を避けるために作ったわけだが、戦力については別の製造拠点が確立されているために一部の設備以外は遊んでしまっている。
 他のメーカーでは手が回らない範囲の製造委託という事業をさせてはいたが、仕事はあるものの購入する側の予算の問題で思ったよりも調達の依頼は少ない。
 これ以上待っても仕事の増加は望めないだろうから、自分の都合で使ってしまうか。
 幸いなことに治具その他必要な製造装置はプラントに発注すれば完成形で出てくるから、ライン転用は比較的短期間で完了できる。
 機材の調整や経験のある作業員の確保は問題だが、そこは何とか頼み込んで人員をレンタルすればいいだろう。
 Su-37M2とT-80辺りを師団規模で揃えたら絵になりそうだ。
 ああそうだ、折角だからロシア連邦軍の誇るBM-30とTOS-1、それに2S19M1も入れた砲兵師団も付けておこう。
 革命的火力戦を展開し、憎むべきBETAをセンメツする我が人民。
 ソビエトの人々もきっと喜んでくれることだろう。
 装備の提供はしてほしいけど生産技術は表に出せないと言うのであれば、それ以外の兵器を提供することになるが、その時はその時だ。
 第4世代機はさすがに出すわけにはいかないし、撃震を始めとする日本帝国系の戦術機も輸出許可は降りないだろう。
 戦車についてはありったけの技術を投入して幻のT-95モドキでも作ってやろう。
 戦術機の方は旧式のソ連機になるだろうが、そんな無駄をさせられるのは何とも嫌だな。
 どうせ物資も提供するのだし、その場合には第三世代機を名乗らないことが嫌味になる程度に改造しておけば活躍できるはずだ。 
 
「はい元帥閣下、解決をお約束できるでしょう。
 まず、カムチャッカ半島およびサハリン島への兵力展開は、ハイヴ戦の前になるでしょうね。
 完全に抑えておかないと、海上輸送路の安全が確保できません。
 確実な確保をお約束します」

 俺の言葉に元帥閣下は意外そうな表情を浮かべる。
 ハイヴ攻略という大作戦を実施するにあたって、戦力の分散につながる要望を受け入れたのだから当然だろう。

「境界線の防衛は、侵攻部隊をそのまま転用する形になりますのでお任せ下さい。
 兵器や物資の提供はもちろんさせていただきましょう。
 その詳細については、まあ、あとで個別に会議をさせて頂いた方がいいでしょうな」

 他のモニターを見れば、各国の参加者たちが慌ただしく連絡を取り合っている姿が映し出されている。
 結局、俺がやりたい事は半分も説明することが出来ず、この日の会議は一旦取りやめとなってしまった。
 拒否したならばまだしも、条件を全部飲んだというのにこれは酷いと腹を立てたが、香月副司令からは国家間の交渉で最初から全部飲むなんていうやり方があるわけないでしょうと叱られてしまった。
 まあ、それはそうなんだが、こちらの作戦内容と被っていたし、予備兵力にきちんとした装備がないのであれば提供するのが当然じゃないか。
 それに、交渉して手に入れるべき何かが俺にはない。
 行動の自由と邪魔をしないという確約が貰えれば、それ以上は必要ないのだ。
 何はともあれ、延期になった会議は各国首脳も合わせて改めて執り行われることとなり、その日程調整のためだけに一ヶ月という時間が浪費されることとなった。
 実に無駄なことこの上ないが、歴代の前任者たちはこういうところに我慢が出来ずに自滅している。
 地球上のいかなる勢力にも左右されすに独自の戦略規模の戦力を生産、維持できるというのは、人類から見ればBETAと変わりないのだ。
 別にこの世界の人間を侮辱するつもりはないが、そんな勢力がBETAを殲滅した後もおとなしく下部組織として黙っているとは通常考えられない。
 仮にこちらの言っていることは信じてもらえたとしても、国民たちが謎の勢力に感謝し、支持を叫べば、少なくとも民主主義国家であれば何らかの対策を打ってくる。
 この世界の人々をモブキャラではなく、人格や利害関係を持つ人間として考えれば考えるほど、我々のような根無し草は配慮を目に見える形で示す必要があるのだ。
 面倒な事この上ないが、楽しく戦争をするためには、手間を惜しんではならない。
 それに、合衆国一極の世界というのは余り望ましいものではない。
 日本帝国の人々には苦労をかけることとなるだろうが、ソビエトの復興は決してマイナスだけではないはずだ。


2002年2月1日金曜日 日本時間19:00 地球近傍空間 スペースコロニー『ランド2』 生命科学研究所モニタールーム

 ランド2は農業コロニーである。
 真空で遮断された生物科学研究所があり、より効率的な土壌を生み出すための化学プラントが大量にあるが、そうなのである。
 広大な面積を誇るシリンダー内の大半は試験場および農業工場で埋め尽くされ、一刻も早く地球全土に品種改良種を提供するための研究が行われていた。
 このコロニーだけでもかなりの食料供給能力を持っていたが、必要なのは俺が与えれば解決できるということではなく、この世界の人々が、俺の支援を余裕の笑みで拒否できるという未来だ。
 そのためには、今の地球環境が快適に思えるような前提条件で設計された植物を創りだす必要がある。

「んーそうか、それが一番効率いいのか」

 研究レポートを読み上げた俺は、憂鬱になった。
 繰り返しになるが、ランド2は農業コロニーである。
 だが、最先端の農業は生物科学および化学と密接な関係にある。
 そういうわけなので、俺のいるこの研究所では、対外的には全く公開していないがコスト度外視で大量の兵士を『生産』する方法を研究している。
 俺は、最近余りすぎて使い道が見つけられないポイントで、何かができないかと手当たり次第に複数の世界の技術を収集していた。
 その中には、様々な技術情報があったが、当然と言うか残念というべきか、兵士そのものを創りだす技術も多数あった。
 成体クローン技術、ナノマシン制御、人格転写による人間の電子化、電脳化、全身義体、洗脳、パペットソルジャー計画、メタルワーカープロジェクトなどなど。
 ちょっとばかり他所の世界の成果物を貰っただけで転用可能なものに限られるが、それでもなかなかの数だった。
 現在の8492戦闘団主力を務める第4世代戦術機は、ごく一部の例外を除いて無人機だ。
 これはこれでG.E.S.Uの技術を用い、さらに統合情報通報システム「HAL」を採用することで、全で個、個が全となる特殊なネットワークを構築したため、強力だ。
 しかし、文字通りの神の悪戯だと思うが、無人機が全力を出すには人間の指揮官との距離が問題になる。
 もはや仕方が無いことということで諦めているが、指揮官先頭で突入せざるを得ない。
 だが、最終決戦においては地球上の様々な地点で戦闘を繰り広げる必要がある。
 つまり、指揮官が大量に必要となるのだ。

「手間を惜しまず特注で創りだした主人公クラスの人造人間の人格をコピーした成体クローン兵を電脳化して全身義体にするわけか。
 やれやれ、俺は死んでも天国には行けそうもないな」

 いくつもの実験を繰り返した結果がこれだった。
 調整に調整を繰り返したデザインベイビー。
 遺伝子レベルで調整を施し、衛士として最適な肉体構造を作るための人間の元を造る。
 次に、成体クローン技術を用いて、造りだした遺伝子に基づき、成人の体を生産する。
 だが、そのままでは空っぽの肉の塊だ。
 そこで、かつてブラドと呼ばれた天才科学者が産み出した人格の転写技術を応用して意識を書きこむのだ。
 こうして製造された衛士たちは、超一流の能力を持つ下地を持っている。
 この状態で研究所に併設された高効率教育訓練センターに外の時間で三日間入ってもらい、人間としての仕上げを行う。
 だが、そこまでやったとしても人間であるが故の限界を超えることはできない。
 そこで最後の処理である電脳化と全身義体化手術を行う。
 これにより、即死しかねない戦闘機動を軽々と繰り返し、疲れ知らずの衛士を大量生産することが出来るようになるわけだ。
 当然ながら彼らは単なる兵士としてではなく、危険な最前線に無人機を率いて突入する前線指揮官を務める。
 全部無人機でやれれば苦労はなかったんだが、人類が勝つためにはこういう事も必要なのだろう。
 レポートから視線を上げると、無数に並べられた培養槽がモニターに映し出されているさまが嫌でも目に入る。
 この研究所兼プラントは、週に八百人の衛士を生産することが出来た。
 つまり、廃棄物ブロックには既に数千人分の人体の残骸が転がり、そして無数の脳髄が工場で加工されつつある。
 繰り返しになるが、俺は絶対にろくな死に方をしないな。

「閣下、そろそろ地球に戻る時間です」

 まだ残っていたことに驚く良心との戦いを楽しんでいると、オペ子が後ろから声をかけてくる。
 国連との会議にはまだ時間があるが、その前に済ませておかなければならないことは無数にある。

「重要度の高いものから報告してくれ」

 制帽を被りつつ廊下へと足を進める。
 緊急事態に備えて空調その他すべての設備が真空のブロックで隔離されている研究区画は、内部は機械任せで完全無人化されており、何かを搬入する時には使い捨ての宇宙機で専用ドックからアクセスすることになる。
 だが、俺がいるのはコロニー側にあるモニタールームであり、ここは警備が厳重なだけの普通の研究所だ。
 窓はないし通気口は人間が物理的に入らないサイズだし、入り口は正面玄関とその横に設けられた搬入路だけ。
 非常口一つないために正面突破以外では入る事は不可能な物件となっている。
 火事が怖いといえばそうだが、まあ、防火設備は十分すぎるほど用意してあるからな。

「はい、まず惑星番号AAAA00008492ですが、開拓は順調に進められております。
 降下部隊はここから提供される予定ですが、期日には大幅な余裕を持って全部隊を届けられる見込みになっています。
 なお、現在のところ星系内にBETAと思われる兆候は発見されておりません」

 うん、順調で何より。
 もう随分と前になるが、超光速宇宙船で送り出したG.E.S.Uたちは、一つの惑星を巨大な兵站設備に変化させていた。
 開拓は未だに始まったばかりというレベルだが、そうであっても複数の国家が全力で支援をしてくれる程度の効果は既に発揮できている。
 AAAA00008492という番号からも分かる通り、俺が開拓させているのは確認された生存可能な惑星の中でも相当に遠い。
 仮に銀河系を一つの街に例えると、オルタネイティブ第5計画で行く予定のバーナード星系など、隣の席に手を伸ばしただけのようなものだ。
 ちなみに、この例で行くと開拓中の惑星は隣の国に行ったようなものとなる。
 貴重な資源を使いやがってと文句を言われることはないだろう。

「順調なのはいい事だ。
 引き続き星系内の安全は確認させろ。
 それと、部隊の輸送に余裕があるなら先に物資を搬入させてくれ。
 今後の展開次第ではアラスカからの反攻作戦が前倒しされる可能性もあるからな」

 今は兵器しか求めないソ連邦の人たちも、ハイヴを潰せば今度は本土復興支援を求めてくるだろう。
 それに、全人類規模で軍が動けば、確実に世界中で餓死者が大量に出るはずだ。
 面倒な事この上ないが、そのあたりは提案者が責任をもって何とかしないとな。

「監視衛星からの情報によると、合衆国軍の戦略原潜が四隻、本土を離れつつあります。
 目的地は不明ですが、不定期の出港であることを考えるに、我々に対する最悪の場合のオプションとして使われる可能性があります」

 どこまでいっても我々は所詮はよそ者である。
 大量の戦力を戦闘可能状態で保有している以上、この手の対策は当然取られるだろう。
 まあ、恐怖にかられて先制攻撃してこないのであればそれでいい。

「情報部からの報告では、日本帝国内の不穏分子の一掃はほぼ完了した模様です。
 クーデターの反動もあり、国内は極めて安定に向かいつつあるようです」

 放っておいても激発するところをわざわざ煽って決起させ、鎮圧のためにオーバーキルを前提で盛大に部隊を動かしたかいがあったというものだ。
 別に帝国政府を我々のコントロール下に置いたわけではないが、後でいきなり暴発して襲いかかってくる可能性を落とせただけで十分だ。
 死にたくないという理由で主義主張を曲げることが出来る人々は、もう二度と暴力的な手段での政治的主張に参加しようとは思わないだろう。
 今後、無いとは思うが合衆国がもう一度内乱を起こそうとしても、前回と同じ規模のそれは絶対に起こすことはできない。
 そんな事を思いつつ、厳重に警備された正面玄関を通り過ぎ、研究所前で待機していた公用車に乗り込もうとする。

「戦術機と共に降下する軌道降下兵の装備が完成しました。
 一個連隊で降下できた場合、少なくとも戦術機甲大隊並の活躍が期待できます」

 限られた地域にできる限りの戦力を投下する以上、無駄はできない。
 できれば全て戦術機で固めたかったところなのだが、作戦エリアの広さからして、際限なく戦術機を送り込むことはできない。
 もちろんHLVを使って戦車隊も送り込むが、彼らが降下できるのはある程度の空挺補確保ができてからだ。
 戦術機ですら生き残ることが難しい場所に機動歩兵を送り込むというのは大量殺戮にも見えるが、実際は違う。
 彼らは倍力機構やアシストシステム、ロケットブースターにより人間とは全く異なる機動力を有している。
 そして、小型とはいえレールガンは要撃級程度は相手にできるし、被害半径37.5mを誇るジェノサイドガンは戦術機に負けない火力を発揮してくれることだろう。
 ゲームのように時間をかければ無限に撃てるという訳にはいかないが、何とか小型化が出来た補充用の機材も降下艇に乗せてやればそれでいい。
 撃ち落されれば盛大に吹き飛んでしまうが、どのみち降下中に撃墜されれば中の人間は助からない。
 機動歩兵たちには申し訳ないが、彼らもその程度は理解してくれるだろう。
 戦域手前に投下し、降下艇に載せた車両で機動歩兵を送り込むことが出来れば、少しは足しになるはずだ。
 数で対抗してくるBETAを相手に、最低限の火力をもたせた機動歩兵が火力で対抗する。
 毎分で測れないほど発射速度が低いことは残念だが、そこは歩兵らしく数でフォローすればいい。

「そういえばさあ」

 不意に口を開いた俺に、先ほどまで報告を行なっていたオペ娘は不思議そうな表情を浮かべる。
 大抵の場合、報告を受けている俺はおとなしく相手の話が終わるのを待っている。
 今のように唐突に口を開く事は少ないのだ。

「何でメガネをかけているんだ?」

 そう、今の彼女は、いつもの服装に加え、何故かメガネをかけていた。
 それも黒フレームの野暮ったいデザインのものだ。
 一言で言えば大変に良く似合っているのだが、俺はそんな事をするように命じた覚えはない。

「情報収集活動の一環で全世界の秘書官に対しての人物評価を行ったところ、男女を問わず71%がメガネもしくはコンタクトレンズの装着、あるいは視力回復手術を行った事が判明しました。
 閣下が他国の代表者もしくはそれに類する立場の方と交渉を行う際、違和感をより少なくできると判断し、装着しました」

 自律行動してくれるのはいいのだが、計算ずくとはいえそういう行動を取るというのは随分と面白いな。
 まあ、俺の害にならないのであればなんでもいいさ。
 それにしても、随分と無駄な方向に分析をしているな。

「よく似合っているよ。
 報告の続きは移動しながらにしようか」

 恐らくは何の役にも立たないとは思うが、何かを考え自律行動したという事実が重要だ。
 それに、陸上自衛軍のオペレーターみたいで素晴らしいじゃないか。

「次に軌道掃海ですが、順調です。
 大型のデブリは既に国連宇宙総軍によって排除されていたため、現在は念のために化学レーザー艦で小型のデブリを潰しています。
 現時点で作戦発動となっても降下部隊に影響が出る可能性は極小といえるため、軌道掃海は完了段階と評価できます」

 軌道爆撃や降下を戦術として採用しているだけあり、国連宇宙総軍は涙ぐましい努力を持って軌道の安全維持に務めていた。
 おかげさまで盛大に投入した化学レーザー式軌道掃海艇が無駄になったが、まあ、作戦発動に間に合わないよりはこちらのほうがマシだ。
 せっかく用意したのだし、ネジ一本、グリス一滴たりとも残さずに軌道を掃除しておこう。

「北海道に移動中だったサハリン支援部隊の進発準備が完了しました。
 まず先遣隊として一個旅団が直ぐに渡洋可能です」

 運転席との間に設けられたモニターに戦域地図が表示される。
 BETAによる迎撃を警戒して太平洋側に大きく迂回する形になるが、支援物資を満載した船団に囲まれるようにして一個旅団が移動可能になっていることがわかる。
 先遣隊の任務は、現在展開中のソビエト陸軍の一部と交代して戦線を支えることにある。
 これによって展開中の部隊の支援を行うと同時に、後続の一個師団の展開を助ける事が目的だ。
 
「カムチャッカ半島戦線への増援は現在も準備中です。
 来週月曜日には先遣隊として一個連隊を送り込めますが、それ以上の戦力を送り込むにはあと二週間は必要です」

 遠慮無くプラントを使用出来た頃が懐かしい。
 あの頃であれば、輸送用の船団も含めて一瞬で用意することが出来た。
 まあ、自分が呼び出したに等しいBETAの大軍に押しつぶされたくはないので仕方が無いのだが、それでも面白くはない。
 戦闘可能な師団を装備を問わず月単位で用意できるというのは十分に異常な事なのだが、もっと便利な方法を知っている身としてはそれですら不満に思える。

「一個師団程度を単体で放り出しても仕方が無いからな。
 しっかり準備を整えてやってくれ」

 この作戦の最大の問題点は、投入する戦力をどのように配分するかではない。
 作戦開始をずらせばいくらでも送り込むことが出来る。
 大切なのは、あちらもこちらも、全ての戦線において人類の優勢を勝ち取ることだ。

「はい、ご命令通り十五個師団を投入予定です。
 しかしながら、ハイヴ攻略後の戦域確保を行うことを考えますと、最低でもあと数個師団は必要と思われます」

 まったく、戦力がいくらあっても足りないな。
 まあ、地球規模での反攻作戦ともなれば仕方ないのかもしれないが。

「置き場所に困らなければ構わんだろう。
 港湾の拡張を行えることを計算に入れて、どれだけの戦力を送り込めるかを再度確認してくれ」
 
 順調に進めば更に西進する可能性がある部隊だ。
 前提条件を作り替えてでも増派が可能であればそうするべきだろう。
 



[8836] 第四十話『最後の会議』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/02/13 00:53
2002年2月11日月曜日10:00 日本帝国佐渡島 本土防衛軍第66師団本部 第二テレビ会議室

「本日はお忙しい中、各国代表の皆様および国連軍総司令部の皆様にご出席いただき誠にありがとうございます。
 詳細につきましては、今ほど各地の秘書官より資料をお配りさせていただいておりますのでそちらを御覧ください」

 俺の言葉に全員の視線がこちらを向いた。
 この長い会議は今回で終わらせたいところだ。

「前回は途中となってしまいましたが、我々の考えております最終決戦についてご説明させていただきます」

 アメリカ軍大将閣下が明らかにいらついた表情を浮かべているな。
 とりあえず、この人は表情の抑制についてもう少し訓練が必要だ。
 あるいは力強く全てを引っ張るマッチョマンを演じているのかもしれないが、この場でそれが良いと判断しているのであれば脳味噌の改造が必要だ。

「最終決戦ね、随分と心躍る言葉じゃないか。
 何をしようというのだね?」

 表情についてはともかく、彼の質問は当然のものだ。
 最終決戦とは、要するに『最後の』『決戦』である。

「それでは作戦を説明させていただきます」

 今回の説明用にわざわざ新調させた巨大なモニターを背景に、笑みを浮かべた俺は言葉を続けた。
 照明が消され、資料が全員の手元に配布される。
 実のところ、これはテレビ会議なのだから背後のモニターに特に意味はない。
 それにしても、俺は画面の向こうの参謀本部や会議場に行ったほうがいいんじゃないか?
 古い人間と言われればそうなのかもしれないが、3Dホログラム投影機を使おうが、VR式リアルタイム通信システムを使おうが、生身の人間が顔を向け合って話し合う程の効果は望めないと思うのだが。
 いやまあ、俺はどちらも使ったことはないがな。

「鉄原ハイヴ攻略は、我々が策定した作戦『桜花』のために決行しました。
 本作戦の目標はただ一つ」

 ここで俺は言葉を切り、カメラを、その先にいる人々の目を見た。
 カメラ越しにも視線が集中していることを感じる。
 最終決戦とまで言い放ち、俺はどんな作戦を言い出すのか。
 誰もが注目せざるを得ない。

「それは、人類がこの戦争の主導権を握るということです」

 野次も、質問も、うめき声すら聞こえない。
 今まであらゆる不可能を可能にしてきた、常識を超えた位置にいる俺の言葉に、居並ぶ将官たちは言葉を発する自由を持たない。

「我々8492戦闘団のすべての戦力を投入し、全面攻勢に出ます。
 防衛作戦ではない、間引き作戦でもない、敵の殲滅を目的とした、純粋な攻撃です」

 人類が主導権を握る。
 カシュガルでの敗北以来、常に受動的な立場に立たされ続けた人類には馴染みのない言葉だ。
 それだけに、居並ぶ首脳陣に与えた衝撃は大きかった。
 誇大妄想とも言える、冒険主義と糾弾されてもおかしくない言葉。
 それに対し明確な意味を持つ言葉が返ってこない事から、人々に与えた影響の大きさがわかる。 


「本作戦は五段階に分けられます」

 質問や異議が入らないことを良い事に、俺は説明を続ける。
 作戦室の主モニターに単純化された戦域が表示される。
 アラスカ、太平洋北海域、北海道、朝鮮半島から友軍の進撃を示す矢印が伸びていく。
 
「第一段階はH25とH26ハイヴを攻め落とすことです。
 作戦参加部隊はニ十一個師団、十二個陸上艦隊、そして三個水上艦隊を投入する予定ですが、万が一の逆侵攻に備え十個師団を予備兵力としてカムチャッカ半島に待機させるつもりです」

 いきなりの大作戦にモニターの向こうからはうめき声が漏れてくる。
 これだけの戦力を一度に叩きこむのは今の人類には不可能だ。
 確実に各地の戦線が崩壊するし、奇跡が起こってそうならなかったとしても、戦略予備を失って相当に苦しい思いをする事になるだろう。
 
「我々の試算では、これだけの戦力があれば二つのハイヴを落とすことは不可能ではないとなっています」

 特に反論は起こらない。
 まあ、空前の大軍団をもって二つのハイヴを連続して攻略するなどという狂った想定は、今の人類には考えるだけ無駄として想定すらされていないはずだ。
 とはいえ、これだけの戦力を用意できれば我々を除いた人類でもハイヴ攻略は用意だろう。

「ハイヴ攻略自体は、国連軍より頂戴した情報の他に、二度のハイヴ攻略の実績があります。
 以後の作戦に転用する前提とはいえ、かなりの予備戦力も用意しておりますので問題はないと考えております。
 さて、ハイヴ攻略後ですが、最低限の警戒部隊を残し、他の部隊は全力で陸上侵攻を継続します。
 どこまで進めるかはBETA次第ではありますが、最低でもH23オリョクミンスクハイヴおよびH24ハタンガハイヴおよび付近までは軍を進めます」

 戦域を表示していた地図が縮小され、ユーラシア大陸が映し出される。
 カムチャッカ戦線から伸びる青い進撃路は、H25、H26ハイヴを乗り越えて進軍し、進撃路上に存在するH23と北に位置するH24ハイヴへ向かっていく。

「合計四つのハイヴの攻略完了をもって作戦は第二段階へと移行します。
 第二段階、それはユーラシア大陸周辺の全ハイヴに対する一斉攻撃です。
 地上部隊、軌道降下をあわせて九十八個戦術機甲師団、作戦行動中のものも含め三十五個陸上艦隊、二十個洋上艦隊、それらに加えて8492戦闘団航空宇宙打撃艦隊による合同作戦です」

 大陸各所に配置されたハイヴに対し、人類を示す青の戦力記号が進軍しているさまが表示される。
 北海道およびサハリン島からH19ブラゴエスチェンスクハイヴへ、朝鮮半島からは二部隊に分かれ、H16重慶ハイヴおよびH18ウランバートルハイヴ。
 東南アジア方面からはH17マンダレーハイヴ、北欧方面からはH08ロヴァニエミハイヴ、そしてアフリカ方面ではH12リヨンハイヴおよびH09アンバールハイヴ。
 まさに全面攻勢であった。

「特殊兵器は使用しませんが、犠牲を問わず、とにかく力任せにハイヴを叩きます。
 欧州方面はこの時点では陽動としての意味合いが大きいですが、現在防戦中のものとは他に、もう一つ大陸への海岸堡の確立を行い、進軍を開始します。
 アジア方面のハイヴ攻略と欧州およびアフリカ方面での海岸堡の確保ができ次第、作戦は第三段階へと移行します」

 おびただしい数の敵増援を示す記号が各戦線へと向かっていく。
 一方で人類の攻勢を示す矢印も進んでいき、アジア方面のハイヴが次々と攻略を示すバツ印で潰されていく。


「第三段階は戦線を押し進めることに目的があります」

 モニターの表示が切り替えられる。
 各ハイヴの攻略戦単位で点在していた戦線が徐々に繋がり、西では欧州の外郭を覆うような曲線が、東では北極海からベンガル湾まで縦断するような曲線が描かれる。

「この時、恐らく最大の危険があると予測されます。
 皆様に改めてご説明するまでもない事ですが、欧州以外の全戦線で各個撃破の危険があり、最悪の場合では攻勢開始地点まで押し戻される可能性があるでしょう」

 どれだけの戦力を有しているか不明の相手に対し、衛星軌道からも容易に把握できるような長大な戦線を構える。
 8492戦闘団の非常識極まりない生産能力と技術力をもってしても、正気を疑いたくなるような作戦だ。
 だが、結局のところいつかはやらなければならないことである。

「しかしながら、これを乗り切れば、全ての戦線を連結させ、一気に残るハイヴ全てを包囲することが可能です。
 H16、H18、そしてH19ハイヴの制圧をもって軌道降下を実施、この時点で攻略中の全ハイヴを制圧。
 その後、地上部隊を進めて残るハイヴの攻略を開始します」

 極東方面の部隊は一つに統合されてH14敦煌ハイヴへ、H24ハイヴを落とした部隊はH10ノギンスクハイヴへ、H17ハイヴを落とした部隊はH13ボパールハイヴへと向かっていく。
 さらに、激戦を意味しているらしい遅い動きだった欧州及びアフリカ方面の部隊がH04ヴェリスクハイヴ、H05ミンスクハイヴ、そしてH11ブタペストハイヴへ進撃する。
 そこまで表示が進んだ時が、戦線が最も広がっている状態だった。
 もし一箇所でもハイヴ攻略に失敗すれば、東西どちらの戦線も作戦継続が困難になる。
 BETAの大群を前にして進退窮まればどうなるかは、この場にいる誰もが知っていた。

「さて、ここまで作戦が進むと、あとは戦線を縮小していくだけです。
 北方の部隊はH07スルグートハイヴおよびH15クラスノヤルスクハイヴへ、欧州方面はH03ウラリスクハイヴとH07への助攻、アフリカ方面はH02マシュハドハイヴへ攻撃を行います。
 アジア方面ではH15への助攻と、第四段階に備えてH01カシュガルハイヴの間引きを開始。
 この時点で、無傷で残るのはH06エキバストゥズハイヴだけになります」

 机上の空論と言ってしまえばそれまでであるが、この時全ての戦線は連結されており、BETAを完全包囲していた。
 H06ハイヴは無傷で残っているが、北方から攻め寄せる部隊が目前に迫っており、さらに戦線が狭まることから欧州方面の部隊も直ぐに攻撃に参加できるだろう。
 H13ハイヴ方面の戦力が少ないことは気になるが、別にBETAは海上輸送路は必要ないし、機械的に接近する部隊に迎撃を行うにとどまるはずだ。
 
「H06ハイヴへ北方および欧州方面の部隊が取り付いた時点で、作戦は第四段階です。
 第四段階はH06ハイヴの攻略と、縮小した戦線の確立となります。
 この段階で、攻撃部隊は攻勢限界に達します」

 陸上艦隊という非常識な存在で支援される8492戦闘団といえども、ここが限界となる。
 H01ハイヴ、つまりオリジナルハイヴを目前にした部隊はいずれも損耗し、防戦すらも危うい状況のはずだ。

「我々が戦線を縮小するということは、それだけ狭い地域に集まった大量のBETAを相手にするということになります。
 恐らく、測定不可能な規模の大軍団がここに撤退してきていることでしょう。
 そして、奴らは必ず周囲にハイヴを作り直すために反撃、という表現が正しいのか、とにかくそのような行動に出るはずです」

 次々と攻略されるハイヴから撤退するBETAたちは、比喩ではなく大地を埋め尽くす勢いでオリジナルハイヴ周辺に溢れかえっているだろう。
 もちろん軌道上から遠慮無く撃ちまくればかなりの戦果を望めるが、それで軌道に対する反撃を学習されては勝ち目が失せる。
 直接見に行けない場所を直接撮影できる偵察衛星は、それだけの価値があるのだ。
 通信衛星が破壊されれば全軍の連携は取れなくなるし、打ち上げすら妨害されるようになれば飛来するハイヴの破壊ができない。
 光学的な観測手段はもちろん存在しているが、大気圏内から行われるそれと、大気圏外で行われるそれの効率は全く異なる。

「H06ハイヴを落とし、周囲の部隊がある程度立ち直った段階で最終段階へと移行します。
 桜花作戦、最終段階。
 つまり、H01カシュガルハイヴおよび包囲した全BETAの殲滅です。
 残る全軍を投入し、どれだけの損害を出そうとも反応炉を破壊、制圧します。
 以上をもちまして、作戦の説明を終わります」

 回線の向こうは静かだった。
 人類が主導権を握るためという抽象的な目的の説明で始まった説明は、地球規模での全面攻勢を経て全ハイヴの攻略という形でようやく具体的に終わった。
 全ハイヴの攻略。
 BETAの殲滅。
 それは人類が長年に渡ってみてきた夢だ。
 実際にはハイヴ一つを落とすのにも人類の総力を結集した一大決戦が必要であり、あとは間引き作戦という防衛作戦しか取れない。
 資源は減り続け、環境は汚染され続け、終りが見えない。
 いずれ、ではなく、十年単位で予測できる範囲で、人類は滅亡する。
 いかなる新技術も、どのような画期的な作戦も、戦果を上げるではなく、損害を減らすという程度の役にしか立たない。
 その絶望しかない世界に現れた、この世界の常識を覆し続ける8492戦闘団が言うのだ。
 許可をくれれば世界を救ってみせると。
 国連総軍の指揮権をよこせではなく、自分たちの指揮権だけ確保させてくれればそれで良いというのだ。
 

「随分と壮大な作戦案だが、今の説明では全く何もかもが不足している。
 このままでは、我々は同意できない」

 沈黙を破ったのはソビエト連邦軍陸軍元帥であるスタニスキーだった。
 非常に不愉快そうな表情を浮べている。

「全く!抜けているにもほどがある。
 一体何を考えてこの作戦を立案されたのか理解に苦しみますな!」

 続いて発言したのは、欧州連合の将官だった。
 彼もまた、不愉快そうな表情を隠そうともしていなかった。

「ソビエトの方に便乗するわけではないが、我々も同じ意見だ」

 今度は東欧州社会主義同盟の将官である。
 
「我々は、この作戦案は受け入れられない。
 理由は恐らく、他国の人々と同じでしょうけどねえ」

 統一中華戦線の書記長は、目だけが笑っていない柔和な笑みを浮かべてそう述べた。

「先ほどの案には我々も同意できない。
 どうか再考をお願いしたい」

 大東亜連合の評議員が異議を唱える。

「申し訳ないが、我々も他国の人々と同意見だ」

 止めとばかりにアフリカ連合の将軍が首を横に振る。
 つまり、この作戦案には日本帝国と合衆国、そしてオーストラリアを除く全国家がNOを突きつけている。
 まあ、厳密に言えば彼らはまだ発言していないだけなのだが。
 
「さて、ここは民主的に行きたいと思うのだが」

 合衆国軍大将閣下は表情を引き締めてこちらに声をかけてきた。

「話の流れを見たところ、君の作戦案は議決を取るまでもなく認められない。
 さすがに見るべき点がない、とまでは言わないがね」

 どうみてもこちらに友好的ではない方向で動いている。
 ソ連と欧州とは事前に話をつけておいたじゃないか。
 やり方を任せてくれるのであれば大丈夫だというから信用したのだが。
 利害関係で結ばれているからといって、信用しすぎたのか。


「まあ待っていただきたい」

 突然口を開いたのは、またもやスタニスキー元帥だった。

「我々は作戦自体に無条件で反対しているわけではない」

 何もかもが不足しているとまで言い放っておきながら、何を言い出すのだ。
 彼に視線が集中する。
 こちらはカメラ越しだが、彼は参謀本部内で視線の集中砲火を受けているはずだ。
 だが、彼の口元には笑みすら浮かんでいる。
 将軍をやっている人間が、視線が集中した程度で狼狽えるわけがないので当然といえばそうだが、ここまでの流れをどうにか出来るのだろうか。

「これだけの作戦を、我がソビエト連邦軍抜きで考えているという点だけが賛成できない理由だ。
 母なる祖国をBETAどもから取り返すのであれば、私も含めて全将兵が喜んで最前線に身を投じるだろう」

 彼は手元の資料をこちらに向けた。

「見れば、北方を担当する部隊は担当する戦域に対してあまりにも予備戦力が脆弱だ。
 連邦軍は全盛期に比べれば随分と数が減っているが、それでも遠征に師団を送り出す程度の数はある」

 その言葉を、俺は唖然とした表情で受け止めた。
 海岸堡の防衛には確かに協力を求めるつもりだったが、そこまでしてもらうわけにはいかないぞ。
 いや、もちろん真っ当な軍人であれば祖国奪還に参加したいというのは当然の気持ちではあるが、防衛部隊をそのままに師団を遠征に出したら予備戦力が皆無じゃないか。

「いや全く、ソビエトの方とここまで同じ意見とは意外ですな!
 我々欧州連合軍は総力を投入して本作戦に参加を希望します。
 もちろんこれは、東欧州社会主義同盟の皆さんも同じ意見であると確信していますよ」

 欧州連合の将官はさらに大きな事を言い出した。
 残る領土の防衛もあるというのに、総力は誇張した表現だとしても、まとまった戦力を出してどうするというのだ。 

「確かに、我々も同じ意見だ。
 祖国奪還は我らが悲願。
 祖国に今も忠誠を誓う国民たちに、そして祖国のために散っていった同志たちのために、黙って見ていることはできない」

 いきなり話を振られた東欧州社会主義同盟の将官は、硬い表情と表現でありながら、大変に熱い思いを表明した。
 祖国奪還。
 それは艱難辛苦を乗り越えてでも掴みたい希望であるということは俺もわかる。
 だが、触れなくともいい危険に自ら身を投じてまでも関わりたいというのか。

「聞けば我々の祖国は激戦地ではありませんか。
 一兵でも多くあれば、それだけ戦争は楽になるはずでしょう。
 統一中華戦線は、来るなと言われても参加させてもらう」

 それはそうだ、確かに戦力は多ければ多いほどいい。
 特に我々のようにいくらでも補給物資を手配できる異常な組織であればなおさらだ。
 だが、この作戦は全部が激戦区であり、全てが決戦なのだ。
 どれだけの頭数があろうとも、全てを使い潰す覚悟が必要なのだ。
 そして、人類はこれ以上減ってはいけないんだ。
 どうしてこれがわからない。

「ボパールハイヴでは多くの友人達が私たちの帰りを待っていましてね。
 せっかく会いにいける機会なのですから、衛士の資格が失効する前に行かせてもらえませんか。
 ああもちろん、これは私個人の感傷ではなく、大東亜連合の総意と取っていただいて構いません」

 再考を求めてきた大東亜連合の評議員が静かな、しかし確かな決意を込めて告げる。
 気持ちはわかる。
 わかるのだが、H13ボパールハイヴといえば並み居る激戦区の中でも特筆すべき場所だ。
 オリジナルハイヴを望みつつ、中国方面から後退してくるBETAの脅威に晒され、さらにハイヴ自体もフェイズ5なんだぞ。

「ジハードが宣言されて久しいですが、聖戦は今もなお継続中。
 中東連合軍は既に存在しないに等しいですが、輸送車両を運転できるものもいれば銃を撃てるものもいます」

 そんな決意はやめてくれ。
 BETAを全滅させてから宗教的熱意を持って祖国を復興すればそれでいいじゃないか。
 こちらで全て何とか出来るんだ、どうして任せてくれないんだ。

「支援のお陰で、スエズ戦線は大変に安定している。
 我々アフリカ連合は欧州を始めとして世界から支援を受けてきた。
 今こそ、我々が返す番だ」

 何を言っているんだ。
 工業地域の受け入れ、天然資源の輸出、食料の生産。
 確かにそこから利益を得ているかもしれないが、アフリカは既に人類に貢献しているじゃないか。
 どうして自分から進んで血まで流さないといけないんだ。

「我々オーストラリアは戦術機甲師団の同行を条件に、この作戦案に同意します。
 これ以外の条件は認められません」

 今まで沈黙を保っていたオーストラリア大使が口を開く。
 ようやく発言したと思えばこれだ。
 こう言ってはなんだが、オーストラリアはこの作戦において何の関係もないはずだ。
 彼らの祖国は今も保たれており、オセアニア方面以外からのいかなる脅威も存在しない。
 むしろ、大東亜連合に戦力を使われてしまっては困るはずだ。
 それが、そこに加えて自国軍も投入するだと?
 何がどうなっているんだ。

「横浜、新潟、そして佐渡ヶ島。
 我が国の危機は常に他国の力を借りて乗り越えてきました。
 そこに不幸な出来事もあったことは確かではありますが、過去は過去。
 今こそ、我が国は他国の人々のため、立ち上がるべき時です。
 これは小職の個人的意見ではなく、煌武院悠陽殿下よりのお言葉と、日本帝国政府の公式見解であります」

 おいおい、確かに一番力を入れて協力した以上、日本帝国にある程度の余裕ができていることはわかっている。
 だが、だからといってそれを全部吐き出すような大作戦に参加してしまっていいわけがないじゃないか。
 作戦を実行に移すための政治的な工作は十分にしたつもりだが、なんだこの結果は。
 補給の手間がどうとか、指揮権がどうしたとか、そんな小さな話で腹を立てているのではない。
 指揮権はともかくとして、物資の補給は何の問題もないのだ。
 兵器の支援まで含まれると苦しいものがあるが、それだってなんとでも出来る。
 だが、人間は、人命だけは、補給も補充もできない。
 人間の形をした戦闘マシーンは文字通り量産できるが、夫の、妻の、息子の、娘の代替品は作れないんだ。
 ああ、こんな思いをするのであれば、もっとゲーム感覚でこの世界を受け入れておくべきだった。
 そうすれば、駒が増えることに純粋な喜びを感じるだけで済んだのに。

 俺がこの戦争に参加するにあたり、自己完結した組織で独立状態に近い形を創り上げたのは、別に趣味ではない。
 もちろん独自の兵器を持ち込む以上、生産や補給の関係から独立部隊である必要はあるのだが、それは主たる理由ではない。
 独立状態に近い最大の理由、それは気が遠くなるような時間の経験と訓練を積んだ所で、俺はどこまで行っても平成の日本人であることを辞められなかったという事にある。
 たしかにそのお陰で敵対者の排除には鈍感になれた。
 工作員の排除については何も感じなかったし、クーデター軍を殲滅した時もそれほど良心の呵責は感じなかった。
 人間を部品として扱う生産ラインを眺めていても、驚くほど衝撃は小さかったのだ。
 だが、これはいけない。
 もちろん、彼らは自国の利益を最優先にして考えているはずだ。
 BETA戦後も政権を守るため、国際的な影響力を維持するため、経済的な何か、あるいは現在の力関係を変えるため。
 そういったドロドロとした色々なものが蠢いているのは間違いない。
 だが、自分たちも部隊を出すと言ったその言葉が、まだ微かに残っていた何かに作用する。
 この人達と共に戦う一兵卒に至るまで、この狂った世界でせっかく今日まで生き延びてこれた全ての人々が、これ以上危険に晒されてはいけない。
 冗談じゃないぞ、俺はこれ以上のこの世界の血が流れないように8492戦闘団を作ったのに、これでは何の意味もないじゃないか。
 何のために積極的な接触を控え、どうして世界規模で自己完結した組織を作ったというんだ。
 こんな展開になってしまわないよう、利害関係と政治的な都合以外で関わらないようにしてきた結果が、これかよ。
 
救え、人類を。護れ、人々を。
            それこそが、それだけが自分の存在意義だ。
                               大のために小を捨てろ。
                人間らしい感情の全てを捨て去れ。
             全体の奉仕者となれ。
      戦え、闘え。
                         我は人類の醜の御楯。
                                         義務を果たせ、任務を遂げろ。
           それが我の唯一の存在価値。
                        戦え、最後まで。

「意見は、出尽くしたようだな」

 合衆国軍大将閣下は、議論の終了を告げる言葉を口にした。
 傍目から見れば、これは俺の優れた政治力とやらのお陰に見えることだろう。
 何しろ、作戦案は全人類による支援を受けるという形で修正されるのだ。
 それにしても妙に頭が重い。
 誰かと話していたような気がしないでもないが、しかし通信のログはないし、疲れているのだろうか?

「国連総軍、そして我が合衆国軍はもちろん、全人類の総力を挙げ、BETA殲滅作戦『桜花』を実施する。
 8492戦闘団は作戦内容を修正の上、改めて参謀本部に提出するように。
 他に異議がなければ会議を終えたいが、何かあるかね?」

 まったく、この世界は本当に『あいとゆうきのおとぎばなし』というわけだな。
 支援がありがたくないわけがない。
 まともな戦闘能力を持っている以上、どの部隊も十分活躍してくれるはずだ。
 別にハイヴ攻略が独力でできなければ必要ないというわけではない。
 周囲の警戒部隊でもいいし、輸送部隊の護衛でもいい。
 宿営地の歩哨ですら、いればいるほど助かる。
 輸送能力が異常なことになっている我が軍は、そういう贅沢な思考ができるのだ。

「はい閣下。いいえ、自分に異議はありません。
 直ちに作戦案の修正にかかります。
 諸外国の皆様に、心からの感謝を」

 ふと我に返ると、自分が恥ずかしい。
 今にして思うとどうして俺はもっと助力を受けようとしなかったのだろうか。
 考えてみれば、どの国にも歴史と事情があり、誰もが歩んできた人生がある。
 それをたった一人が配慮したつもりになって全部を任せろといった所で、どこかに穴があり、そして受け入れられなかったとしてもなんら不思議はない。
 大切なのはここからだ。
 事態が動き出した以上、俺は出来る事を出来るだけやらなければならない。



[8836] 第四十一話『反撃!』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/02/23 23:11

2002年2月13日水曜日10:00 日本国佐渡島 国連総軍第十一軍 第8492戦闘団司令部 中央指揮所

「報告します、国連総軍参謀本部との通信回線確立。
 本日1400時よりの補給計画の打ち合わせは予定通り開催予定」

 主モニターには地球規模で整えられていく戦争計画が具体的に映しだされている。

「合衆国軍は予定通り七個師団を遠征軍として派遣する模様。
 本土全域で戦力の移動が確認されています」

 事ここに及んで出し惜しみはなかった。
 流石はアメリカ合衆国だ。
 今まで手を抜いていたわけではないだろうが、それでも本気を出せば今までとの違いが明確にわかる。
 現在のこの国は、決められた作戦発動時刻という明確な期限に向けて国家総動員令を発令している。

「第1海兵師団が移動を開始しました。
 師団全力で日本本土へ向けて針路を取りつつあります」

 あのアメリカ合衆国が、総力を挙げて決戦の準備を始めていた。
 国内すべての工業地帯が全力稼働の準備に入り、予備役の総動員が発令されている。
 あらゆるメディアが全人類に対する献身の大切さを訴え、全都市で戦争支援のための募金活動が開始された。
 民需に向けられていた巨大な工業地帯から僻地の再生可能な廃工場に至るまで、ありとあらゆるすべてが投入されていた。
 全土の募兵事務所では兵役につくことが可能な全ての年齢の人々が列を成して自分の番を待っている。

<<親愛なる合衆国国民の皆様。
 私は今日、合衆国大統領としてではなく、人類の一員として皆様に語りかけております>>

 今でも大統領の演説を思い出す。
 それは衛星回線越しであっても想いの伝わる、実に見事なものだった。

<<私たちは、今日はじめて、BETAという邪悪な存在を打ち倒すことの出来る力を手に入れました。
 国民の皆様の苦難と哀しみの日々は、終わりを告げようとしています>>

 だから、最後の一押しのために力を貸してほしい。
 もっと、ではなく、もう少しだけ。
 大変に控えめな表現でそう告げた大統領閣下であったが、実際は違う。
 作戦が大失敗に終わったとしてもリカバリー可能な保険を残し、全力投入を行う。
 アメリカ合衆国が、陸海空に加え軌道降下兵団と海兵隊の全力を、南米諸国及びカナダも総動員した総力で投入する。
 その力はその他の人類の総力を軽く凌駕し、予備戦力としては十分すぎる品質を誇っている。
 海上輸送のために高速輸送船をダース単位で持って行かれてしまったが、些細な事だ。

「ヘヴィリフター37号機降下成功。
 英国本土のプラント資材は全て搬入を完了しました。
 以降はクレートの投下を行います」

 全ての物資を佐渡ヶ島から送り込む訳にはいかない。
 必要に応じて中間地点のデポに対して直接ヘヴィリフターやHLVを用いて投下を行うが、いくらなんでもそれだけで全てを賄うことはできない。
 人類の英知を結集した後方支援組織はもちろん用意するが、それでもまだ足りない。
 アームズフォートや陸上艦艇による非常識な輸送手段も用意したが、まだまだ不安が尽きない。
 非常時に備えてダンマリでN2弾頭やG弾頭、融合弾頭(核弾頭にあらず)の戦略原潜も用意しているが、不安は尽きない。

「ネクストを最初から全機投入したとしたら、何個師団欧州に送れる?」

 俺の言葉に、オペ子は驚いたような表情を浮かべた。
 感情豊かに育ってくれて何よりだが、彼女はその表情の裏側で、凄まじい勢いで演算を繰り返している。
 ネクストたちはハイヴ攻略にのみ投入する特殊部隊扱いをしているが、これを始めから遊撃隊として投入したらどうなるかを計算してもらうわけだ。
 まあ、どう考えても役に立つことは明白だが、それだけでは根拠に薄い。

「1067億回のシミュレートを行いましたが、一つの部隊にまとめて運用することが一番有効です。
 また、序列に組み込んで一部隊として運用するよりも、軍集団司令部直属の遊撃部隊としての運用が最も有効活用できるでしょう。
 投入は、長距離を移動する北方軍集団が最適です。
 その場合、七個師団までは欧州へ回すことができます。
 北方軍集団をフォーク大佐かパエッタ大佐に任せた場合、十個師団送り込むこともできます」

 二人共、元の世界では随分と悪評だったが、徹底的に、それこそ人生を何周もさせるほどの経験を積ませた後では、随分と役にたってくれる。
 特価指揮官セットとかいうふざけた物を買っておいてよかったな。
 だが、それでもワイアット中将とゴップ大将は未だに強化が終わらないというのが解せない。
 政治力という面では最初から極まっていたのだが、軍事、それも作戦級の能力が最低限以下というのはどういうことだ。
 それはまあ、前線で中隊や大隊を動かす指揮官と、後方から軍団を動かす将軍クラスに同じ分野の能力は求めないが、それにしてもあんまりだろう。
 まあ、紀元前から宇宙世紀までの大規模戦闘フルセットを繰り返してもらっているので、あと数日中には何とか仕上がるだろう。
 ひょっとしたら人並みレベルになるかもしれないが、その時はその時だ。

「しかしながら、国連総軍からの支援が五個師団を下回った場合、桜花作戦第四段階で戦力に不足が生じる可能性があります。
 十四個師団以上送り込んだ場合には、第三段階終了までに70%以上の確立で戦力が不足します。
 その場合、中国方面を担当する東方軍集団への支援が十分に行えません」

 それも困った話だ。
 これだけの規模の作戦になると、数個師団程度の転用であっても全体のバランスが大きく狂う危険性が高い。
 そして、少しでもバランスが崩れれば、世界規模で戦略が狂う。
 そうなればおしまいだ。

「東方軍集団の上陸地点を三つから四つに増やしたらどうだ?
 その場合、四個無人師団と日本本土防衛軍の一個師団を追加して構わない」

 無人機を有人機の盾に使うわけだ。
 もともと8492戦闘団の方針はそれを徹底しているが、上陸拠点を追加する場合にはそれをより露骨にする。

「データが不足していますが、指揮系統が別の場合には作戦規模での機動に不安が残ります。
 日本帝国軍に出向させるか、彼らに国連総軍の指揮下に入ってもらうか、いずれかが必要です」

 まったく、俺を戦場に引っ張り出すために人間の指揮官がいないと全力を出せないとかいう設定を考えたんだろうが、他の人に迷惑をかけるのは感心しないな。
 まあ、無人機だけで送り込んだとしても攻勢をこなせるだけの能力は発揮してくれるのだが、より多くの能力を発揮させる方法があるのであれば、それを選ばない手はない。
 それに指揮系統にこだわる趣味はないしな。

「新潟要塞と佐渡島防衛隊から戦力を抽出しろ。
 あそこの部隊は書類上は日本本土防衛軍のままのはずだ」

 大規模な戦力の抽出は本来であれば慎まなければならない。
 特に、BETAという非常識な連中の相手をする場合には、それはなおさらである。
 だが、出し惜しみをして兵力の逐次投入をする事に比べれば、あとあと戦力不足で苦しむ方がまだマシだ。

「その場合、最低でも一個陸上艦隊も引き抜く必要がありますが、よろしいのですか?」

 8492戦闘団の師団規模以上の部隊は、陸上艦隊による支援を前提として編成されていた。
 もちろん後方の拠点から激戦区の最前線へ希望された銘柄のタバコを届けられるだけの兵站組織は作り上げたが、その程度ではBETAが蠢く大陸に部隊を送り込むことはできない。
 激戦を繰り広げる師団規模の部隊に物資を届けるという事は大事業である。
 これが人類を相手にしているのであればきちんと戦線を構築し、それなりの規模の護衛を付けて輸送部隊とデポを用意すればいい。
 だが、BETAが相手となると、突然の地中移動による襲撃が懸念される。
 補給を万全に行うには、従来の補給の概念を超えた何かがなければならない。

「わかっている。
 逆襲があったとして、最悪の場合でも佐渡ヶ島に引きつけて玉砕させれば、新潟要塞で止められるだろう。
 試作の陸上タンカーも投入して、軍として行動できるように整えてやってくれ」

 陸上艦隊は、戦闘艦だけで構成されている。
 アームズフォート、ビックトレー級陸戦艇、ヘヴィ・フォーク級陸上戦艦、ドレッドノート級水陸両用巡洋艦、そしてジェレミー・ボーダ級アーセナルシップだ。
 無理やり詰め込めば補給部隊を丸ごと飲み込んだような輸送能力を持ってはいるが、戦闘艦は戦うための武器と装甲を持っている。
 輸送専門の船に比べれば、呆れるほどに余剰の物資搭載能力は少ない。
 だが、戦闘艦とはそういうものだ。
 大型戦艦と、大型タンカーを比べて、前者が後者よりも積載能力に優れているわけがない。
 搭載部隊以外にも物資を満遍なく提供するためには、どうあっても輸送専門の船が必要なのだ。
 一纏めにして持ち込むとなるとそれが撃破された場合には一気に状況が不利になるという危険性があるのだが、これ以上の解決策がない。
 
「わかりました。
 それでは師団長への連絡をお願いします」

 随分と影が薄くなってしまった我らが第66師団長殿であるが、彼女は日本帝国と我々の間を取り持つ調整官として現在も活躍されている。
 まあ、威力偵察を命じたのにハイヴへ強襲をかける我々のそばには置いておきたくないらしく、本土に置くように言われた師団本部でその任務を全うされているのだが。
 それにしても、我ながら訳のわからない立場についたものだ。
 所属不明部隊の隊長で、偽国連軍前線指揮官で、気がつけば国連と日本帝国両方の将官か。

「欧州派遣艦隊より報告。
 藤堂少将が着任されました」

 新しい艦隊指揮官殿は無事に到着したようだ。
 彼には播磨級戦艦十八隻からなる艦隊がある。
 きっと地上部隊を存分に支援してくれることだろう。

「南部軍集団より報告、スエズ絶対防衛線にてBETAによる襲撃を受けるもこれを撃退。
 現在戦果拡張中」

 何もかもがうまくいくわけもなく、アフリカ方面を担当する南部軍集団はBETAによる攻撃を受けていた。
 作戦参加戦力は、当然だが作戦発動までは投入する訳にはいかない。
 それは説明の必要のない当然のことである。
 だが、彼らが受けたのは軍団規模のBETAによる襲撃だった。
 原則は、想定を超える現実の前には容易く破られる。
 
「追加での戦力投入は必要か?」

 現地の部隊はよくやってくれている。
 だが、彼らがこのあとやらなければならないのは、一ヶ月単位での陽動と、複数のハイヴの攻略だ。
 当然ではあるが、いくら戦力があっても十分ということはない。

「必要です」

 中央指揮所のモニターに現在の状況が映し出される。
 押し寄せるBETAを難なく撃退した南部軍集団は、アームズフォートまで持ちだして盛大な逆襲を実施していた。
 何をどうやったのか地中海艦隊の支援まで取り付けつつ、防衛線開始位置を大きく越えて戦果拡張を実施している。
 ただ押し返すだけでは作戦発動時に十分な進撃速度を確保できないという判断なのだろうが、それは全くの正解だ。
 どれだけ増援を送り込むかにもよるが、彼らの行動のお陰でどれだけの増援を送り込もうとも、当初の想定よりも順調な旅が約束されるだろう。
 
「あそこの指揮官は、ああ、ワイルドボーン大佐か。
 育てれば誰でも信頼と実績の指揮官に育つっていうのはずるいよな」

 苦笑しつつそう言うが、常識的に考えれば成長しないほうがおかしい。
 どんな人間だって、数十年単位で陸海空宇宙で戦争をし続け、何度死んでも狂えずに繰り返し続ければ人並み以上の能力ぐらい身につく。

「はい、ですが使える駒が増えることは良い事です。
 しかしながら、戦力の不足を補えるレベルには至りません。
 如何なさいますか?」

 作戦指揮により既存の戦力を有効活用できたとしても、絶対数が不足していれば結局のところ押し負けてしまう。
 以前であれば溢れんばかりのクレートを使っていくらでも戦力を用意してやるのだが、それはもうできない。
 工場の増設はBETAの出現には繋がらないために可能だが、そこで働く熟練工の手配がつかない。
 それに、それだけの工場を作った所で、輸送に時間がかかってしまう。

「ん?ああ、そういうことか」

 その瞬間であった。
 俺は気がついてしまった。
 天啓と言ってもいいだろう、言い換えれば、自分の愚劣さに死を決意したくなる。
 なんにせよ、今まで被されていた防毒面を一気に剥ぎとったような気分だ。
 思考にかかっていた霧のような憂鬱な何かが消え去り、視界が一気に広がった様に錯覚を覚える。
 
「英国本土にもう一箇所と上陸海岸にも一箇所。
 アフリカはジブラルタル方面とサハラ、それとスエズに一箇所ずつ。
 朝鮮半島には三箇所、海辺に一箇所、カムチャッカに二箇所と前進に合わせて増設でどうか?」 

 ざっくり言っているだけなのに、メインモニター上の世界地図に光点が現れ、位置の微調整を繰り返している。
 それに合わせ、各地の部隊の予測情報が目まぐるしく変わっていく。
 さすがは神様印の超システムだ。
 地球規模の作戦で、キロメートル単位の誤差で工場を建設した場合の変化をシミュレートしているらしい。
 無駄ではない。
 この演算によるシステム全体への負荷は10%を超えるものではないし、変数が変われば再計算を行うのは当然のことだ。
 ましてやそれが、全人類の命を賭けた本番一本勝負ともなれば、ムダなどという言葉は絶対に出せない。

「それとだな、国連軍から一個師団だけ、歩兵でいいからもらえないか確認してくれ。
 何なら治療費こちら持ちでいいから戦傷者でも何でもいいぞ。
 ソ連と日本帝国にもだ。
 ああ、合衆国にももちろん声をかけてくれ。
 昨日志願したばかりの若者でも、復帰した予備役でも構わんとな」

 新潟港から船団が出港を始めたという連絡が入る。
 俺が何をやりたいのかを正しく理解してくれているようだ。
 出来のいい部下たちを持てて俺は幸せものだな。

「司令、失礼しました、団長殿。
 第66師団長閣下より通信が入っております」

 幸せを噛み締めていると、本土から通信が入った事を知らされる。
 恐らくは、急に出港を始めたあの船団について何かを聞きたいのだろう。
 いきなり上位組織からではなく、きちんと指揮系統を通じて連絡するということは、変なことは言われないだろうな。

「メインモニターに出せ!」

 時は来た。
 無駄に気合を入れつつ、姿勢を正して敬礼する。
 俺はこの一瞬を心待ちにしていた。
 
「映像、出ます!」

 部下たちも俺の求めているところを正しく理解してくれたようだ。
 うん、やはり大きなモニターがあるのだからこういうやり取りは大切だよな。

<<いきなり出港した船団について聞かせて、何をやっているのかしら?>>

 モニターに表示された師団長閣下は、何かを言いかけたが敬礼して微動だにしない俺に不信感を抱いたようだ。
 せっかく気持よく人が司令部ごっこをしていたのに、どうやらここまでのようだ。
 どうでもいいが、上官と映像付き回線で話すのならば敬礼はそこまでおかしな事ではないと思うのだがどうだろうか。

「失礼しました。
 船団の出港は新たな作戦案を採用したためです。
 今決断したばかりのため、ご報告が遅れてしまい大変失礼いたしました」

 形式上の謝罪はするが、それ以上は追求されない。
 未だに有効な、帝国軍と俺とのお約束だ。

「まあ、貴方の船を貴方がどう動かそうと私達には関係ないけれど。
 それで、今度はどんな作戦なのかしら?
 人づてに聞いた話では、随分と大作戦をするみたいだけれど、それはまだのはずよね?」

 8492が異常な組織であることは既に世界の常識になっている。
 ある程度は包み隠さずに話してしまってもいいだろう。

「展開から3日程度で全力稼働まで持ち込める半自動工場を全世界に提供します。
 費用も補給もこちら持ち。
 桜花作戦に限って言えば、無限に生産が可能な施設です。
 各軍集団にそれを最低二つ、出来れば三つ提供します」

 佐渡ヶ島以降たまり続けているクレートを使う訳だ。
 軍集団単位でCommand&ConquerのMCVを投入する。
 こいつを投入できれば、平地さえあればRTS気分で基地や施設をどんどん追加することが出来る。
 あのゲームでは全軍の資源を各工場が共有することになっていたため、今までの作戦で得ることの出来たクレートを地球規模で流用できる。
 これがシステム構築の上での見落としなのか、あるいはハンデなのかはわからない。
 だが、使えるのであれば使わない訳にはいかない。

<<ちょっと待って。
 それはつまり、兵站拠点を前線に持ち込むということなのかしら?>>

 何でどうやってではなく、ツッコミは設置場所についてだけか。
 彼女もいい感じにこちらに染まってきたようだな。

「持ち込むのではありません。
 増設です」

 おお、ようやく最適位置を割り出したようだな。
 しかし、欧州方面の上陸海岸に二箇所というのは本当に必要なのか?
 ああ、別に直ぐに作らなくとも、戦果拡張に入った時に増設させてやればいいか。

<<それで上陸海岸ともどもやられてしまったらどうするのかしら?>>

 彼女の指摘はごもっともなのだが、それ以前の話でもある。

「上陸海岸が陥落したら、遅かれ早かれは補給を絶たれて全滅です。
 そうなれば、工業地帯の一つや二つ、壊滅したとしても気にする必要はないはずですよ」

 そうなのだ。
 工場がやられるやられない以前に、海岸が落ちるということは補給路が絶たれることを意味する。
 持ち込んだ機材はもったいないことになるが、一個軍集団が全滅することを考えれば、その損失は誤差みたいなものだ。

<<たしかに、貴方の言うとおりね。
 それで、私は何をすればいいのかしら?>>

 話しの早い上官殿で助かる。
 それにしても、よくこの異常な会話に着いてきてくれるものだ。
 俺のような狂った奴の相手として選ばれただけあって、彼女の懐の広さは途方もないものだな。
 
「自分が師団長閣下に求めることは、兵たちと共に居ていただくことだけであります!」

 丁寧な言葉づかいと共に敬礼する。
 失礼なことに、彼女は俺の態度に失笑で答えた。

<<つまり、私もようやく最前線に出れるわけね。
 それで、どれだけ連れていけばいいのかしら?>>

 懐が広く、頭の回転もいい。
 どうして彼女のような素敵な女性が、今まで誰とも結婚せずにいなければならなかったのかが理解出来ない。
 これほどの人間的魅力の前では、片足が初期型の義体であることなどむしろご褒美みたいなものだろうに。

「一個師団をお願いします。
 歩兵で結構です、傷病兵でもこちらで治療します。
 そして、絶対に無駄死にだけはさせないことを誓います」

 当然のことだが、B型デバイスやエンジェルパックに加工するわけじゃないぞ。
 親御さんから預っている大切な兵士たちにそんな事が出来るものか。
 再生医療か義体技術を用いて五体満足に戻した上で、高効率教育訓練センターで経験を積ませて前線指揮官にするだけだ。
 戦術機が駄目でも陸戦強襲型ガンダンクに乗せる。
 それが無理でもヴァンツァーだ。
 それすら適正がなくとも戦車に乗せる。
 戦車も難しければ機動歩兵なわけだが、こちらの提供する装備は戦車級の集団を相手に一人で大立ち回りを演じられるものだ。
 先ほども宣言したとおり、絶対に無駄死にだけはさせない。
 まあ、代わりに重要な局面にも投入はしないが、そこは我慢してもらうしか無い。

<<何を始めるのか気になるところだけれど、まあ、いいでしょう。
 後で報告書を提出してちょうだい>>

 話のわかる上官殿を持てて俺は幸せものだ。

「報告!北方軍集団より緊急報!」

 表情を緩めたところで緊急の知らせが入る。
 会話を遮って入るほどのものなのだから、よほど良くない知らせだろう。

「失礼します閣下。
 読んでくれ、ああ、情報も来ているならサブモニターに出してくれ」

 北方軍集団はここの司令部で担当している。
 そこに協力するソ連軍は当然ながら国連総軍管轄なので別になるが、まあそういう役人的な話は今はいい。

「カムチャッカ戦線に多数のBETAが襲来、現在展開中の部隊で防戦中。
 数量は少なくとも一個軍単位、なおも増加中です」

 手元のモニターに状況が映し出される。
 防衛線の直ぐ近くに出現したBETAたちは、奇襲とはいえ直ぐに開始された突撃破砕射撃を物ともせずに押し寄せている。
 出現場所は一箇所。
 防衛線のど真ん中である。
 
「いかんな、防衛線が両断されてしまうじゃないか」

 思わず表情が苦々しいものになってしまう。
 戦力の交代は未だに完了していない。
 つまり、あそこにはソ連軍の部隊も少なからず残っている。

「続けて西方軍集団よりも緊急入電。
 上陸海岸に向けて多数のBETAが接近中。
 遣欧艦隊は全艦を持って防御戦闘の準備に入りました」

 それはまあ、俺にはBETAの考えていることなどわからん。
 だが、戦力を集中させていたのは確かだが、こいつは一体どういう事だ?
 まるでこちらの動きを察して奇襲攻撃を仕掛けてきたようなものじゃないか。



2002年2月13日水曜日19:57 朝鮮半島北部 国連信託統治地域 ビックトレー級陸戦艇『リョジュン』 桜花作戦東部軍集団司令部

 朝鮮半島の付け根に近いここには、東部軍集団の司令部が進出していた。
 最前線に司令部を置くことは自殺行為に等しいのだが、8492戦闘団がその常識を覆してしまった。
 司令部の周りには現在のところ数隻のビックトレーとアームズフォートが待機しているのだが、司令部自体もその一隻に座乗している。
 本来であれば指揮のために一隻を使用不能にしてしまうのは愚策なのだが、陸上においてはそうとも言えない。
 陸軍の司令部には何が必要か?
 それは無数の部署であり、強固な陣地であり、しっかりとした通信設備や後方支援設備である。
 確かにそういったものがなければ十分な指揮能力を確保できないのだが、BETA相手の戦争において、それらは非常時の足かせとなる。
 かと言って十分な設備が用意できなければ指揮能力を存分に発揮できず、戦争どころではなくなってしまう。
 この問題に対する答えを、8492戦闘団は極めて短絡的な方法で用意した。
 司令部機能を持つ陸上戦艦を準備し、そこに指揮系統の全てを押し込んでしまう。
 さらに長距離攻撃可能な艦艇で周囲を固め、前線よりやや後方で指揮と火力支援の両方を任せる。
 今のところ、その策は成功していると言えた。
 前線にいることだけではないが、指揮機能は遺憾なく発揮されており、反攻作戦に先立った進撃路の偵察が順調に行われている。
 
「なんてこった」

 その司令部は、まるで通夜のように暗い空気で覆われていた。

「5000以上、7000以上、どんどん増えていきます!」

 次々と連絡を絶つ戦場監視材から寄せられる情報は、絶望的な現実を正確に知らせていた。
 地球規模でのBETAの全面反攻。
 その情報に聞き入っている間に、気がつけばこの東部軍集団も敵の反撃に晒されようとしていた。
 既に最前線の警戒陣地は交戦状態に入っており、そこから寄せられる情報は、速やかなる全軍の投入を繰り返し求めていた。

「全部隊に警報!補給作業中止、可動機は全部出せ!」

 グエン・バン・ヒューは決して無能な指揮官ではない。
 それは元の世界でも一辺の真実であったし、この世界においてはむしろ彼よりも有能な指揮官を8492戦闘団以外で見つけることは難しかった。
 時間的余裕はまだあるものの、今は桜花作戦に向けて物資を溜め込んでおくべき時期だ。
 使い込んでしまえば、BETAの反撃を撃退できたとして、世界規模で反撃の狼煙が上がった時に、この時の判断のせいで足並みが揃わなくなる恐れがある。
 だが、彼は戸惑わなかった。

「佐渡ヶ島司令部に連絡。
 東部軍集団は敵軍の大規模な攻撃に晒されつつある。
 これより全力で反撃を開始する。以上だ」

 探知されたBETAたちがモニターに映し出される。
 その総数は現在もなお増加中だ。
 旧中国方面より押し寄せるそれは、敵軍を示す真っ赤な面となってこちらへ迫りつつある。

「衛星を回してもらえ。
 情報が足りんぞ。とにかく情報だ。
 準備の出来た部隊から反撃に投入!照明弾上げろ!」

 その命令と同時に、既に防御射撃を開始していた各地の部隊から一斉に照明弾が発射される。
 打ち上げ花火にも似た背筋の凍りつくような音が連鎖し、そして闇に埋め尽くされた戦場に無数の閃光が発生した。
 既に地上レーダーや地中聴音で探知はしていたが、照明弾に照らしだされた現実は、東部軍集団の将兵を打ちのめすのに十分な衝撃を持っていた。

「大群、じゃないか」 

 望遠映像であるにもかかわらず、司令部の中は静まり返る。
 敵の数は少なくとも数万。
 恐らくはもっといるだろう。
 突撃級が、要撃級が、要塞級が、大地を埋め尽くしながらこちらへ向けて迫り来る。
 まるで地平線がそのまま動き出したようだ。

「全艦、打撃戦用意。
 砲兵は準備ができ次第突撃破砕射撃を開始。
 戦車隊は大隊単位で行動させろ」

 モニターの中で無人の防衛設備がぽつぽつと反撃を始めたことを確認したグエン大佐は、部下たちに行動を命じた。
 もとより彼は、出し惜しみをするつもりはない。

「全艦打撃戦用意!」

 彼の命令にいち早く立ち直った参謀が声を張り上げる。
 それだけで十分だった。

「全戦術機部隊は直ちに迎撃戦用意」

 警戒配置のままだった部隊が動き出す。
 航空兵器に次ぐ素早い動きが戦術機の特長である。
 そんな彼らが、命令が出ると同時に動き出せないはずがない。

「各戦車大隊は所定の方針に基づき、大隊単位での防御射撃を実施せよ。
 強襲型ガンタンクは全機直ちに突撃、突撃級を叩け」

 命令が乱れ飛ぶ間にも、東部軍集団は反撃を進めていく。
 陸上艦隊のさらに後方に置かれた砲撃陣地から無数の砲弾と対地ロケットが飛び出し、夜空に軌跡を残しながら飛び去っていく。
 閃光。
 敵のさらに後方にいる光線級からの迎撃が行われ、多くの砲弾が任務を全うできずに花火となって散っていく。

「光線級確認、十八の集団に分かれています!
 探知完了、主砲一斉撃ち方、撃ぇ!」

 砲術参謀の決断は早い。
 敵が迎撃を行ったこの瞬間こそが艦隊の火力を発揮すべき時である。
 既に砲兵部隊も位置を探知して狙いをつけつつあるが、光線級相手の戦いは対砲迫射撃以上に時間の制約が厳しい。
 毎分数発の砲を用いて、一秒単位での素早さが求められるのだ。

「主砲斉発完了、弾着まであと10秒」

 巨大な陸戦艇を揺るがす一斉砲撃に欠片も動揺を感じさせず、砲術参謀は冷静に報告する。
 直ぐに砲兵による反撃も行われるだろう。
 遥か上空では別の任務に投じられていた偵察衛星が、防衛戦闘のために姿勢を変えつつある。
 直ぐに洋上の艦隊からも長距離支援が開始されるはずだ。
 8492戦闘団の戦略は、BETAが局地的にはともかく世界規模では全面攻勢には出てこないという前提に立っていた。
 それ自体は何ら不思議なものではない。
 だが、蓋を開けてみれば、人類は攻勢にも守勢にも備えが完了していない状態で反撃に晒されている。
 彼らの長い夜は始まったばかりであった。



[8836] 第四十二話『応戦』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2012/07/05 00:11
2002年2月14日木曜日06:31 朝鮮半島北方 国連信託統治地域 ビックトレー級陸戦艇『リョジュン』 桜花作戦東方軍集団司令部

「この辺りの安全は確保できそうだな」

 砲兵による強烈な砲撃が続くなか、グエン大佐は安堵の息を漏らした。
 そんな彼を肯定するようにリョジュン以下陸上戦艦たちが一斉砲撃を実施する。
 昨晩より続いている防衛戦闘は、人類の圧倒的優勢という形に進んでいた。
 
 朝鮮半島北方から大陸へと進入するための進撃路を確保した彼らは、押し寄せるBETAの集団相手に一歩も引かないどころか戦線を押し上げるという戦果を挙げていた。
 補給が行き届き、最新の兵器を揃え、全員が十分な訓練と実戦経験を積み、末端の分隊に至るまで完全充足状態の軍集団とは、それだけの戦闘能力がある。

「報告、前方敵集団の圧力は更に弱まる。
 掃討戦へ移行、第278戦車大隊が左舷を通過中。
 続けて279、241大隊も続行します」

 トランスポーターから解き放たれたばかりの戦車連隊が砂煙を巻きあげて艦隊から離れていく。
 掃討戦において、戦車は非常に強力な破壊力を発揮できる。
 もちろん、迎撃戦において強烈な第一撃を加える場合も同様だ。
 かつて陸戦の王者と呼ばれた戦車は、自動装填式155mm連装砲と衛星通信による広域データリンクという強力な武器を身に付け、今日も戦場に君臨していた。
 はっきり言えば、圧勝である。
 ここに至るまでに損害が皆無とはいかないが、たかだか連隊が三つほど潰れた程度でしかない。
 極めて残念な事に、地球規模で見た場合には局地的優位にしか過ぎなかったが。 

「北方軍集団管轄地域のBETAの増援はなおも増大中。
 総数五個軍団規模以上、さらに増大中。
 全軍に警報、さらに増大しつつある。
 東方軍集団管轄地域にも接近中、全部隊警戒せよ」

 モニターに映しだされた戦闘地域は酷いことになっている。
 戦線はしっかりと維持されており、予備兵力は未だに待機中。
 緊急展開部隊は集結を終え、行動を開始している。
 だが、それだけだ。
 各部隊の足は完全に止まっており、タイムスケジュールは順調に狂っている。
 状況は非常に宜しくない。

「できれば早い段階で支援を送り込みたい。
 光線級はどうか?」

 阻止砲撃が可能であれば、BETAの脅威というものは小さい。
 砲兵で叩き、戦術機でかき回し、戦車で潰す。
 軍隊というものは目的を達成できる能力を持つようにデザインされている。
 祖国防衛のため、民主主義の普及のため、資本主義の豚を叩きのめすため、人類に敵対的な地球外起源種を倒すため。
 目的は様々であるが、技術と予算と人員の都合がつくのであれば、必ず目的を達成できるようになっている。
 だから、グエンたちはこの戦場において人の心配をするだけの余裕を持っていた。

「光線級は現在のところ殲滅を確認。
 先ほど回収したSEAD部隊残存機は二機が修理可能、残りは全数廃棄になります」

 初めて聞かされた時はどうかと思ったが、SEAD専用機の投入は成功だったな。
 彼らのお陰で、長距離迎撃が容易になっている。
 格納庫で修理が行われている僅か二機の残存機に対して、彼は心の底から礼を言った。
 史実の合衆国軍に存在した、航空機を撃墜するための陣地を航空機によって破壊するための精鋭。
 物量と縦深のあるBETAの大軍団を相手にする場合、通常の戦術機では容易には光線級までたどり着くことはできない。
 そこで出番となるのがSuppression of Enemy Air Defence、日本語にするなれば敵防空網制圧を専門とする部隊だ。
 口で言うのは簡単だが、当然ながらそれは奇跡や幸運のバーゲンセールの果てに見える幻でしかない。
 だが、そこである狂った男は考えてしまった。
 光線級を殲滅する。
 ただそれだけを目的に、一つの兵器を作ったらどうだろうか。
 生還する必要はない。
 他のBETAを相手にする必要もない。
 さらに言えば、中に乗っている人間という脆弱な部品も気にしないとすれば、どうだろうか。
 8492の狂った科学技術と無人化の精神は、最低でも中隊規模以上の重武装特攻無人機による光線級の無力化という解を導き出した。
 人間が載ることを全く想定していない完全無人戦術機。
 最高速度M2.4で低空というよりもBETAのすぐ頭上を飛び越せ、超高速機動戦闘が可能な決戦兵器である。
 水平飛行のための翼、ジェットエンジン。
 緊急加速用のロケットブースター。
 生体が載っていないからこそ実現できたサイドブースター。
 全機が自爆用のS11を搭載し、射耗と同時に巨大な誘導弾と化す彼らは、与えられた任務を忠実に全うしていた。
 光線級撃滅というたった一つの目標に特化して設計されたそれは、早い話が手足の付いたミサイルである。
 さらにそこにはG.E.S.Uの技術を投入し、全機が常に全軍と連結された状態だ。
 システム稼働から現時点までの全軍の戦闘情報がデータとして取り込まれ、判断基準として採用され、行動決定の際の判断材料となる。
 彼らは機械ではあるが、限りなく自分で考えながら行動していた。
 後に敬意を持って『Wild Weasel』と呼ばれることになる彼らは、光線級の存在が確認されるなり行動を開始する。
 全機で一斉突撃を行い、敵陣めがけて浸透攻撃を実施する。
 突撃級を無視し、要撃級を飛び越え、要塞級の横をすり抜け、光線級の集団へ殺到していく。
 手持ちの弾薬を全て撃ちこみ、殲滅を確認するまで自爆を含めるあらゆる攻撃行動を実施する。
 そうして混乱したBETA集団に対しては、当然だが既存の面制圧も行われる。
 さすがにこれだけの手間を割けば、光線級を撃破できないわけがない。

「第44旅団が随分と進出しているな。
 42と58旅団も付けて境界線付近を押させろ。追加投入した第82師団の様子はどうか?」

 ハイヴ攻略という任務を専用の部隊に任せ、純粋に地上戦に特化した兵器で構成されている前線部隊は、十分な戦闘能力を維持し続けていた。
 もちろん損害は続出しているが、その程度は事前に想定された範囲を逸脱するものではない。
 表示された戦況は、それを明確な数字と進撃位置で証明していた。

「思ったよりも押せているじゃないか。
 こちらが優位なうちに砲兵は連隊単位で配置転換させ、それぞれ10km前進する。
 移動中の前線支援は洋上艦隊に依頼するから直ちに移動させろ。
 ああ、それと支援砲部隊も手持ちは全部出させてくれ」

 命令を受け取った支援砲中隊が発艦を開始していく。
 彼らは固定式の90mm電磁速射砲を一門だけ装備した実験機に近い機体だ。
 その他の装備は無く、短刀すらも持っていない。
 固定式の火砲一門と全備重量の三分の一を占める弾薬と冷却材という構成は、兵器として欠陥品という評価を与えられても文句が言えないレベルだ。
 だが、BETA相手に過剰とも言える突撃破砕射撃を行えるというのは、価値としては十分以上といっていいだろう。
 彼らは戦車と肩を並べて敵の第一撃を粉砕するという任務を与えられている。
 戦闘という意味では限りなく汎用性は低いが、戦術的には大きな価値があった。
 胴体から飛び出した巨大な電磁速射砲を迫るBETAに向けた支援砲中隊は、全員の発射準備が整うなり発砲を開始。
 光り輝くプラズマが撒き散らされ、音速を遥かに超える速度の砲弾が飛び出していく。
 
「やるじゃないか」

 ごく短い時間に成された戦果に、グエンは満足そうなコメントをした。
 およそ200体と思われる突撃級たちは、真正面から迎え撃った支援砲中隊の迎撃により全滅している。
 
「報告。
 北方軍集団より緊急連絡、ソ連軍担当地域に軍集団規模のBETAの兆候を確認。
 緊急展開部隊および東方軍集団への支援要請がきています」

 ちょっとうまくいったと思えばこれだ。
 彼は制帽を弄りながら内心で溜息を付いた。
 とにかくBETAたちはあまりにも異常な増援がありすぎる。
 各軍集団担当地域の境界線付近は、どちらも必要な戦力しか置いていない。
 合算すれば結構な数だが、それぞれは各自の軍集団の他の部隊と連携しなければならないため、片方が困っているからといって気軽に送り込めるわけではないのだ。

「全般状況を出してくれ」

 手元のモニターに東方軍集団を中心とした全般の戦況が映し出される。
 南部と西部軍集団の進撃は好調。
 双方の部隊は未だ接触するには至っていないが、最も近い地点では50km程度のところまで来ている。
 ハイヴ攻略にどれだけ時間がかかるかにもよるが、この調子ならばタイムスケジュールの前倒しすら考えられるな。

「それにひきかえ、全く困ったもんだ」

 いつの間にか置かれていたコーヒーを手に取る。
 北方軍集団は敵の猛反撃を受けて進撃速度が鈍り出している。
 予備戦力を投入すれば何とでもなる規模ではあるが、ハイヴに取り付く前に予備戦力を使っているようでは先が思いやられる。
 そして、我らが東方軍集団も人のことを責めている場合ではない。
 境界線付近が押されている以上、このまま手をこまねいていたのでは自分たちに面倒が降り掛かってくるのは時間の問題だ。

「ヘヴィフォーク級三隻が限界だ。
 緊急展開部隊に加えて適当な師団を付けて送り込んでやってくれ」

 彼の命令に従い、一部の部隊が増援として引抜かれていく。
 予備兵力を贅沢に持っている8492戦闘団だけあり、短期的にはその穴を埋めるのは容易なことだ。
 だが、現状は最終決戦どころか前哨戦だ。
 このような小競り合いで予備兵力に手を出す訳にはいかない。



2002年2月14日木曜日10:09 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 ソビエト連邦陸軍カムチャッカ防衛区第198狙撃連隊第一大隊第二中隊 警戒陣地

<<旅団本部より前線の各隊。
 砲撃警報、砲撃警報、これよりエリアB-12に対し三十五分の効力射を実施する>>

 三十五分の効力射!
 未だかつてこれほどに贅沢な支援が行われたことがあるだろうか?
 あの8492という連中は得体のしれないところが多いが、気前の良さだけは信頼に値するな。
 などと感心している間に、頭上を無数の砲弾が通過していくことを感じる。
 旅団砲兵の連中ときたら、ピカピカの自走砲を山ほど貰ったものだから、早速使ってみたかったのだろう。
 本来であれば、他国から譲渡された兵器を即座に利用できるわけがない。
 まず初めに採用の可否を決めるための評価試験を実施。
 最終的な採用可否が決まり、採用となれば我が国の教導隊が訓練を受け、訓練マニュアルを作成。
 同時並行で修理など運用に必要な全ての訓練を受け、これもマニュアルを作成。
 採用計画に従って各部隊が機種転換訓練を受け、ようやく実戦投入が可能になる。
 ところが、8492の連中はライセンス国産の許可と設計図を貰っただけで我がソビエト陸軍の正規品と同じ物を用意してきた。
 噂では、日本に派遣された技術者たちは、明らかに生産時期が合わない作業機械や試作機に囲まれて名状し難き恐怖を感じたという。
 お陰で現地での動作試験の後にすぐさま配備が決定し、全軍から元砲兵の奴は全員転属というか元の部隊に呼び戻されてしまった。
 ただでさえ不足している戦力を引抜かれることは勘弁してもらいたいが、まあ、不慣れな歩兵としてよりベテランの砲兵としての方が頼り甲斐もあるというものだ。

<<偵察中のクドリャフカ5より観測データ受信中。
 BETA接近中、最低でも五個師団規模以上、距離56000、増加中。
 本観測データを最後に偵察部隊は撤退します>>

 敵は地平線のすぐ向こうまで来ているらしい。
 音響センサーを装備したブラッドハウンドとかいう物々しい名前のトラックは本当に役に立つ。
 定置式のソナーは確かに便利ではあるのだが、妙な観測データを確認した場合には結局のところ人間が行って確認する必要がある。
 そのような場合には偵察部隊を送り込むわけだが、これが大変なのだ。
 ただ行って見てくるだけでは意味がないので、戦闘に直接は役立たない様々な機材を持っていく必要がある。
 当然それらを使いこなせるだけの訓練を受けた下士官が必要であり、彼らは入手した情報を正しく報告出来るだけの経験を積んでいなければならない。
 最低限の自衛戦闘が出来るだけの武装も必要で、贅沢を言えば護衛も付けたい。
 そうなると歩兵では駄目で、偵察車両でも足りない。
 つまり、戦術機と経験豊富な衛士が必要になる。
 あの奇妙なトラックに乗ったロボット娘たちがその代わりになるわけがないと鼻で笑っていたのだが、まったく、世の中には俺の知らないことがたくさんあったらしい。
 今では我が旅団の防衛エリアは彼女たちの献身によって維持されているといっても過言ではない。
 
<<旅団本部より各隊、光線級を確認。
 敵は我が旅団担当エリアへ引き続き接近中。師団砲兵の支援を申請中。
 北方軍集団緊急展開部隊が急行しつつある。
 到着予定時刻1015時。
 東方軍集団からも地上戦艦三隻および一個師団が機動防御のために急行している>>

 やれやれ、どうやらここが激戦区か。
 激戦区を担当するということは、全軍からの支援を受けられることを意味している。
 つまり、その場にいる俺達は、それだけの支援を受けなければならないほどの激しい攻撃に晒されるということでもある。

「よーし、お仕事の時間だぞ!」

 俺の号令で、寛いでいた兵士たちは一斉に持ち場へと走りだす。
 あるものは携帯徹甲誘導弾を担ぎ、別のものは連装重機関銃砲座に付く。
 もちろん我が隊の誇る105mm対BETA牽引砲も同様だ。
 ないよりはマシというレベルではあるが、こんなものでも我が中隊で最強の攻撃力を誇る兵器だ。
 何が最強だ、畜生め。
 戦術機や戦車が暖機運転を始め、そして彼らも動き出した。

「ゴドロフ軍曹、連中が動き出しましたがよろしいのですか?」

 伍長の言葉に陣地の端へ視線を向けると、そこでは並べられたコンテナが本性を明らかにしようとしていた。
 彼らは国連軍とソ連邦との協定に基づき、情報収集のために派遣された小隊だった。
 書類のミスとかでコンテナを山ほど持ち込んだ彼らは、一個戦術機甲小隊、二個機械化歩兵小隊で構成されたどう考えても中隊と呼ぶべき自称増強小隊である。
 どうして素直に中隊を名乗らないのかと思えば、どうやら協定に記載された連絡部隊の定義が小隊規模とされていたかららしい。
 別に多く部隊を送ってくれる分には一向にかまわないのだが、勲章と一緒に根拠のないプライドを沢山ぶら下げている将軍閣下諸君のお陰でそうもいかないのだそうだ。
 一介の下士官に過ぎない俺にはよくわからないのだが、雲の上の方々には色々と難しいことがあるのだろう。
 なんにせよ、味方が増えるというのはありがたいことだ。

「えっ?」

 だが、そのまま彼らを見ていた俺は、口から知らない間に間の抜けた声を出していた。
 そこにいたのは、中隊と名乗るべき増強小隊だけのはずだった。
 まあ、コンテナは不自然なほど積まれていたが、それは手違いとのことだからもう慣れた。

「ゴドロフ軍曹殿、いかがなさいましたか?」

 俺の言葉に伍長も異変に気がついたようだ。
 彼は恐らく、俺が向いている方向に視線を向けたのだろう。

「えっ?」

 だからこそ、彼も同じ言葉を発している。
 俺の知っているコンテナというのは物を運ぶためのものだ。
 幸いなことに、8492戦闘団の彼らも同じ認識は持っていたらしい。
 だが、コンテナというものは、天井が開いて重機関銃や迫撃砲や無反動砲らしい砲塔が生えてくるようなものじゃない。
 これはあくまでも仮説だが、上に砲台が出てくるということは、コンテナの中には使い切れないほどの弾薬が詰め込んであるっていうわけかい?
 それよりも、一番奥のはなんだ?
 側面が開いて中から完全に機械らしい歩兵がワラワラと出てきているじゃないか。
 定められた規模の部隊を送り込んできたんじゃないのか?
 いやまあ、戦力が増えることには何の問題もないのだが。

「戦闘準備。全兵装ユニット展張開始。
 師団本部と情報連結完了。
 敵部隊は制限規模を突破しなおも増大中。
 MCV展開許可、総力戦許可を受信。無制限モード起動」

 近くに立っていたロボット娘は誰かと交信しているらしく、独り言のように何かをつぶやき続けている。
 だが、そんな事はどうでもいい。
 あの妙に巨大なトレーラーは何なんだ?
 どうして建物のような形に変わろうとしているのだ?
 次々と湧き出てくる建設重機はどこから来たんだ?

「増援部隊のETA1015の予定、当部隊の呼称を第684支隊へ変更。
 最大27分で連隊規模戦闘が可能。
 増援部隊、到着」

 いつの間にか至近距離まで到達していた装軌式トランスポーターが停車していく。
 何割かは移動中に故障したらしく、自走してきた戦車もいるようだ。

「すげーな、IJAのタイプ61がこんなに来ているのか」

 後ろから部下たちのやり取りが聞こえてくる。
 これが噂のタイプ61か。
 俺の知っている戦車という兵器の概念を覆すような造りをしているな。
 確かに歩兵の対戦車誘導弾や敵戦車との戦闘を想定しない以上、砲を複数持つというのはありなのだろうが、そんな長らく使われていない技術を用いて使い物になるのだろうか。
 いや、仮にも主力戦車として採用している以上、使えないはずがない。
 それにしても、新兵器にしてはやけに細やかなところまで作りこまれているな。
 ヤポンスキーってのは戦車が得意な民族だったかな?

<<こちらは第11戦車連隊、連隊長の池田だ。
 緊急展開部隊の先遣を務めている>>

 思いがけない高官の出現に俺は緊張した。
 連隊長といえば、将官相当じゃないか。
 なんで先遣隊と一緒にこんな最前線までやってきやがったんだ?

<<楽にしてくれ。
 連絡が来ているものと思うが、当地域には我々も含めて一個師団と、陸上艦隊を分艦隊しか回すことができん。
 我々は機動防御の一環としてこれより突撃するので、現場責任者の貴官がここの指揮を執ってほしい。
 当方のコールサインはクォックス01だ、宜しく頼む>> 

 指揮官らしい者から通信が入る。 
 どの戦車も大げさなアンテナが付けられており、どれが指揮車なのかはわからないが、早くも戦車が連隊規模で増援に駆けつけてくれたらしい。
 実にありがたいことだ。

「救援に感謝します。
 こちらのコールサインはサバーカ02です。
 失礼ですが、中隊長殿とは既にお話になられていますか?」

 内心で侮蔑の笑みを浮かべながら尋ねる。
 侍の末裔たちに対してではない。
 我らが中隊長殿は、上層部だけで決まった最前線勤務に、心の限界に達してしまったらしく、驚くほど後方に陣取っている。
 戦車も戦術機も殆どを予備兵力として旅団本部付近にかき集めており、正直なところ、我々は全滅確実な立場に追いやられていた。

<<ああ、前線は君に任せているそうだな。
 我々は直ぐに戦闘にいくが、後続の歩兵連隊がもう少ししたら到着する予定だ。
 陸上艦隊も駆けつけるので、状況が本当にまずい時には後退して合流してくれ。以上>>

 それを合図に戦車大隊はエンジン音を鳴り響かせ、いくつかの集団に分かれつつ進撃していった。
 クォックス01の言葉通り、後続とやらは直ぐにやってきた。
 正直に言えば、増援は歩兵なのかと失望していた。
 だが、実際のところはどうだ?
 続々と到着するのは装甲兵員輸送車の大軍、要撃級を踏み潰しそうな巨大な輸送車両、そして大隊規模の戦車と戦術機だ。
 更に大きな輸送車両も多数来てるが、こちらからは呆れたことに新型らしい戦術機モドキが次々と降り立っていた。
 どうやら、彼らと人類では連隊という言葉の定義が異なるらしい。
 全く信じがたいことだが、装甲兵員輸送車から出てきた歩兵たちは、誰もが強化外骨格と言うよりは戦術機のようなフォルムの装備を身に着けている。

<<こちらは第1130機械化歩兵連隊です。
 緊急展開部隊として増援に来ました。
 ここは後方陣地という位置づけになりますので、必要なものを連絡部隊に要求して下さい>>

 拡声器から流れてきているらしいその言葉に視線を向けると、建物に変わろうとしていたトレーラーは、むしろ初めからそうであったかのように立派な建物へと変わっていた。
 どこから湧いてきたのかは分からないが、倉庫や防衛設備らしいものが次々と立てられていく。
 なんだかねむくなってきたな。
 なんにせよ、おれたちはたぶんだいじょうぶだ。
 なかまがたくさんいて、たいほうもてっぽうもたくさんある。
 きっとだいじょうぶだ。
 すこし、やすもう。



2002年2月14日木曜日10:11 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 国連軍緊急展開部隊

<<クォックス01より各車、展開しろ、発砲は指揮車を待て>>

 エンジン音を鳴り響かせつつ戦車隊が散開していく。
 あるものは全速で隆起を乗り越え、別のあるものはわずかな窪みに車体を沈めて停車する。
 無秩序に見えるが、彼らの行動は一貫して十分な射界を確保するという点で統一されていた。

<<第11戦車大隊配置についたぞ、随伴歩兵展開急げ!急げ!
 無反動砲前へ!機関砲座設置急げ、装甲車はこれを援護!>>

 巨大な無反動砲や様々な装備を担いだ兵士たちが隙間を埋めていく。
 彼らが持っているそれは、一対一ならばまだしも、BETAの大群を相手にするにはあまりにも心細い装備でしかない。
 しかし、戦車随伴歩兵とは、別に最前線へ単身で殴りこむ事は任務ではない。 
 砲撃をかいくぐり、弾幕を抜け、それでも戦車に接近してきた敵を、戦車の手を煩わせずに始末する。
 それこそが彼らの任務である。

<<1130歩連HQよりクォックス01、当部隊は第684支隊に更新された。
 緊急展開部隊の支援体制確立。
 戦力の増産を開始した。
 最大四十分で戦車大隊の増援が可能。当部隊の機甲戦力が必要な場合には申請されたし>>

 最前線において戦力の増産を開始とは随分と狂ったお話だが、残念なことに8492戦闘団では当たり前の会話だ。
 特に今回のような厄介な任務の場合には、それはむしろ着手が遅いとすら言える。

<<こちら支援陸上艦隊第一戦隊、これより支援砲撃を開始する。
 既に座標は衛星経由にて特定済み、座標の指定が必要ならばいつでも言ってくれ、初弾発射済、弾着まであと5秒>>

 頭上を巨大な何かが飛び越えていく。
 陸上艦隊による突撃破砕射撃の始まりだ。
 砲弾に混ざり、巡航誘導弾らしいものが高速で飛来する。
 大口径砲弾でも、巡航誘導弾でも、そして単なる自走砲の砲弾であっても、どれもが十分な破壊力を持っている。
 そして、これらが全部破壊されたとしても、次の、次の、次の次の次の、そのまた次のどれかがBETAに命中する。
 砲兵は戦場の女王と呼ばれているそうだが、まったく、大した女性である。
 その巨大な包容力の前に、前線の将兵たちはただ身を任せるしかない。

<<報告、第13戦車連隊がB-11に展開中、14戦連も同様にB-14に展開中。
 第411戦術機甲連隊戦闘に突入、続いて412戦機連も交戦を開始した。
 集成砲兵大隊展開完了、効力射を開始>>

 彼らの頭上を無数の砲弾が飛び越していく。
 既存のソ連軍砲兵に加え、三隻の陸上戦艦と長距離戦仕様ヴァンツァーの大隊、そして自走砲連隊から放たれた無数の砲弾は、確実なBETAの殺傷を保証している。
 敵先鋒の連隊に対して、師団相手でもお釣りが来るほどの阻止砲撃をしているのだ。
 効果がないはずがない。
 あくまでも延べではあるが、着弾前に迎撃された砲弾の数は7,463発にも上る。
 だが、その八倍ほどの数が迎撃を乗り越え、目標へと命中していた。

<<クドリャフカ05より前線の各隊へ、地中聴音に異常なし。
 引き続き観測を継続する>>

 随分と前に退避したはずの偵察部隊は新たなる指揮系統に組み込まれ、最前線に踏みとどまっていた。
 彼女たちは味方の砲弾が降り注ぐ中、必要最低限の安全距離を取り、これまた必要最低限の護衛に囲まれて観測を継続していた。

<<支援砲撃の効果は甚大。
 あと三十秒で砲撃終了、全車突撃用意。
 ヴァンツァー突撃準備、戦術機甲大隊はこれを援護。
 第11戦車大隊は戦果拡張を最優先、機械化歩兵は近接戦闘に備えよ。
 ソナー群正常に作動中、周辺に異常音響なし>>

 この地域の戦闘は、砲撃だけで防戦から掃討戦へと移ろうとしている。
 その場合の戦車の役割とは、当然ながら戦果拡張だ。

「クォックス01より全車へ、あと三十秒で砲撃終了、全車突撃用意。
 ヴァンツァーは戦車とともに前へ、戦術機甲大隊はこれを援護。
 第11戦車大隊は戦果拡張を最優先とする。機械化歩兵は近接戦闘に備えよ。
 ソナーバリアは作動中、周辺に異常音響なしだ。安心して叩け」

 輸送コストを度外視して用意された緊急展開部隊は、戦車の打撃力、戦術機の機動力、ヴァンツァーの汎用性を組み合わせて戦力を構築している。
 ヴァンツァーは飛んだり跳ねたりはできないが、戦術機以上に武装の自由が効く。
 この兵器は陸上戦艦という移動可能な拠点を得ることによって、原作に負けない汎用性を維持していた。
 これに加えて機動歩兵による歩戦協同を徹底し、陸上戦艦の火力が与えられる。
 遠距離から白兵戦までを完結して行えるだけあり、独立した部隊としては規模がおかしな事になっているが、その異常さがこの非常時では役に立つ。

「最終弾着!」

 足元から報告が上がってくる。
 全ては予定通りだ。
 池田は再び口元を緩めた。

「よし、行くぞ。
 戦車前へ!」

 足元から、無線機から次々と復唱が流れ、61式戦車5型のエンジンが唸りを上げる。
 彼の乗る指揮車は履帯の音を響かせつつ、増速を開始する。
 同時に砲塔が旋回する。
 前方には未だに砲撃による土煙が立ち込めているが、この戦車はペリスコープごしにしか情報を入手できないわけではないのだ。

「衛星データリンク正常に作動中。
 対地レーダーにより目標捕捉完了、誤差修正完了」

 各戦場ごとに用意された偵察衛星、各車に装備されている対地レーダーを始めとする複合式射撃統制装置。
 それらから収集された情報の処理を陸上戦艦に搭載されている大型電算機が代行し、目標情報として配信する。

「目標自由、各個に撃て!」

 大変に複雑なそれらが絡み合った結果がこれである。
 放たれたAPFSDS弾は未だに姿を目視できないBETAたちに向かって正確に突進し、必殺の一撃を喰らわせる。
 さすがに機関砲並みとまではいかないが、自動装填装置だけが出来る驚くべき早さで次弾が準備される。
 
「目標撃破!」

 直接は見えなくとも、彼らにはそれを知る手段が豊富にあった。

「照準、第二目標」

 砲塔が微かに動く。
 様々な情報を統合してモニター上に映し出された未来予測位置を正確に捕捉する。

「よしよし、そのままそのまま。撃つぞ!」

 池田は発射ボタンを押し込む。
 衝撃、轟音、排煙装置が煙を吸い込んでいく。
 砲弾はきちんと目標に命中している。
 嬉しいじゃないか。
 次の目標を探しつつも、心の中に満足感が生まれる。
 占守島で散ったはずの俺達が、人類を守るために人類の敵と戦う。
 こんなに嬉しいことはない。

「それに、今度は圧倒的な援軍付きだ。
 なんとソビエト軍まで友軍とは驚いた話だがな」

 思わず苦笑しつつ、次弾を発射する。
 史実における大日本帝国陸軍第91師団戦車第11連隊は、1945年8月下旬にソビエト軍との交戦の結果、武装解除している。

「あの可哀想なソ連歩兵に損害はないな?」

 BETAの進撃速度を考えれば死守を命じられたに等しいソビエト軍下士官の顔を思い出す。
 何時の世も、真面目な人間から使い捨てられる。
 
「無事なようです!前進してよろしいですね?」

 足元から報告と指示を求める声が上がってくる。
 
「よろしい、当初案のままでいけるな、大隊を割って敵を誘引する。
 機動歩兵はしっかりついてこい!」
 
 鋼鉄の騎兵たちは、エンジンを唸らせながら前進を開始した。

「クォックス01より全車、戦闘機動、発砲自由、目標は任意。
 車間距離に気をつけろよ!」

 一気に増速を始めた車内で池田は部下たちに命じた。
 61式5型は全く大した戦車である。
 力強いエンジン、強力な連装砲、優れたデータリンクシステム。
 戦車兵が欲しがる全てがここにある。
 まあ、装甲も実は大したものなのだが、BETA相手に装甲板の頑丈さというものはあまり求められないのが残念だが。



2002年2月14日木曜日11:30 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 ソビエト連邦陸軍カムチャッカ防衛区第198狙撃連隊第一大隊第二中隊 主力陣地

「おやおや、なかなかに楽しそうな光景ですね」

 国連軍から来たらしい太った白人将官は朗らかな笑みを浮かべていた。
 中隊長は指揮所入り口に立つ反抗的な軍曹に視線を向ける。
 どうして到着の報告とほぼ同時にこの指揮所に現れたのかがわからない。
 ろくな準備も出来ずに出迎えたのでは、こちらの能力を疑われてしまうではないか。
 だが、この安全な場所に指揮所を設けた頃から反抗的な態度を隠そうともしなくなった彼は、口の端に反抗的な笑みを浮かべることでそれに答えた。

「閣下、大変失礼いたしました。
 国連軍より戦域調整のためにご支援を頂けるとは聞いていたのですが、閣下のお力を貸して頂けるということなのでしょうか?」

 内心では面倒な事になったと溜息が漏れている。
 実際にBETAが押し寄せてきてしまっている以上、支援がもらえることはありがたい。
 だが、国連軍の自分よりも階級が上の人間が実際にここへ来てしまっているということは、間違いなく一介の佐官に過ぎない自分は最前線へ出される。
 上のほうで何を話し合ったのかは知らないが、カシュガル陥落まで続ける作戦などという狂った妄想に付き合ってなどいられるものか。
 そもそもが、どうしてこの将官らしい男は最前線の歩兵中隊の陣地なんかに来ているんだ?
 かなりの大部隊を率いてきているんだろうが、もっと後方の、安全な司令部にでも詰めていればいいじゃないか。

「一個師団と陸上戦艦三隻からなる分艦隊。
 これが私達が使える戦力です。
 最終的にはもう少しもらえる予定ですが、まあ、まずはいま何ができるかでしょうねえ」

 今までの常識で言えば呆れるような大兵力を連れてきた彼は、大したことではないかのようにそう告げた。
 一個師団に陸上戦艦三隻!
 それだけの戦力を増援として連れてこれるということは、つまり我々がここに来る必要など初めからなかったということだろう。
 中隊長としては実に腹立たしい限りだった。
 上のほうでどんな理想や妄想をぶちあげてくれても構わないが、それに前線の将兵を巻き込まないでいただきたい。

「報告!」

 非常識すぎる支援の申し出に指揮所内が静まり返ったところで、裏返りかけた声音の伝令が飛び込んでくる。

「そ、装甲車の集団が多数のトラックを連れて前線へ移動中!護衛も含め、かっ、かなりの数ですっ!」

 とてもではないが、正規の訓練を受け、実戦経験まである軍人がする物言いではない。
 そもそもだが、報告を求められたわけでもないのに勝手に話しているという事自体がおかしい。

「何だそれは、貴様、ふざけているのか?」

 他所の組織の将官の前ではあるが、中隊長は不快そうな様子を隠そうともせずに叱責した。
 伝令の物言いは、それほどまでに無礼かつ無様なものだったのだ。
 まず第一に、発言の許可を求めていない。
 そして、勝手に話し出した上に、内容が全く具体的ではなかった。
 一般的に、軍隊における報告とは5W1Hを超える内容が求められる。
 報告対象の規模、行動、位置、部隊、時間、装備である。
 哀れな伝令のために、彼の報告内容を具体化すると以下のようなものだ。

 国連軍の輸送車両が目測で最低100両以上、座標B7からB12に向けて縦列隊形にて移動中。
 部隊番号は観測できず。
 発見時刻は1131時、移動速度は約時速40km。
 護衛は戦術機や戦闘車両による50両以上。
 
 それをたった一行程度の内容に、しかも具体的ではない形でまとめてしまったのだから、残念ながら中隊長の叱責は正しい。
 逆に言えば有事の際にそんな報告をしてしまう程度にしか部下を教育できていないという批判にもつながるのだが。

「今は苛立っている場合ではないでしょう。
 こちらの情報提供が遅れていた事は謝罪しましょう。
 それよりも、行動です」

 国連軍将官は笑みを浮かべたまま話を続けた。
 行動と口にした瞬間、指揮所内の空気が変わる。
 好々爺といっても過言ではない風貌の、太った白人将官。
 だが、彼から発せられる空気は、明らかに最前線を知り尽くした最先任曹長に匹敵している。

「機械化歩兵の他、戦車、戦術機、ヴァンツァー、砲兵に補給物資。
 あらゆる装備を持ち込んでいます。
 うっかりしていて、ソビエトの皆様向けの装備も持ってきてしまったので、それはこちらでなかったコトにしてしまって下さい。
 使い道は任せますよ」

 恐ろしいことに、援軍に加えて手土産まであるらしい。
 それがどれだけ役に立つかは今のところは未知数だが、伝え聞く話を半分にしたとしても、第二中隊は幸せものになることは確実だった。
 中隊長は、久しく感じていなかった何かを感じていた。
 勇気、やる気、あるいは意欲。
 言い方は人によって様々であるが、とにかくそう言ったポジティブな何かだ。
 俺達は、ひょっとすると生き残った上に勝てるかもしれないぞ。

「ご支援に感謝いたします閣下。
 一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

 先ほどの説明の中に聞きなれない言葉があった。
 機械化歩兵、これは知っている。
 8492戦闘団のそれは本当に機械だったり、馬鹿げた性能を持つ強化外骨格であったりするが、ようするに重武装の歩兵だ。
 戦車、戦術機、砲兵。
 これも知っている。
 これが何かわからないような人間は、戦場にいてはいけない。
 だが、ヴァンツァーとやらは何なのだ?

「なんでしょう?
 答えられることならばなんでもどうぞ」

 国連軍将官は笑みを浮かべて先を促した。
 どうにも緊張感がない顔をしているが、そこから漂ってくるものは本物の軍人だけがもてる何かだ。
 この男を只の将軍閣下として見てはいけないな。
 いまさらながら中隊長は認識を改めつつ、口を開く。

「ヴァンツァーとは、どのような兵器でしょうか?
 自分たちにはその種の兵器は縁がないのです」

 質問をしている今も自問自答を試みているが、やはり聞き覚えがない。
 強いて言えば戦車の独逸語表現であるPanzerに似ているが、これも違う。
 戦場において、分からないことをそのままにするのは死を意味している。

「ああ、新型の大型強化外骨格のようなものです。
 戦車並みに強く、戦術機より安い。
 そんなふうに考えておいて下さい。使い所もそんなところです」
 
 安価な戦術機というわけか。
 中隊長の理解は真実に近かった。
 
 ヴァンツァーの実戦投入は、人的資源の有効活用と有り余る資源の使い道の一つとして決定された。
 クローンとはいえ人間の脳を使っている関係で、補正し尽くしても戦術機適正が一般兵レベル以上にならない個体というのは意外なほど存在する。
 とはいえ、製造にかかったコストを考えれば、それらを歩留まり品として切り捨てるのはあまりにももったいない。
 そういうわけで、超高価な歩兵や戦車兵としていたわけなのだが、救いの神は意外なところにあった。
 横浜基地から引き上げてきた備品の山。
 それらは当たり前ではあるが輸送車両その他を用いて新潟や佐渡ヶ島の倉庫に再配分する。
 その設置作業で大活躍してくれたのがヴァンツァーだ。
 完全非武装、FCSその他も一切を取り外しているそれは、大きなフォークリフトとして活躍していた。
 ある日、それに気がついた国連軍兵士たちは驚愕した。
 戦術機より使いやすく、戦車より小回りが効き、歩兵よりずっと強力なものがあるのに、どうして武装させないのか。
 調べてみると、ヴァンツァー自体も適正試験は原作同様に厳しいものとなっていた。
 だが、跳躍や飛行を行う戦術機に比べれば、随分とその操縦難易度は低かったのだ。
 そういうわけで、改造が施された。

 試作型歩兵用重外骨格。
 そう呼ばれるこの機体は、地上戦に限っての投入を目的にした、高価な戦車だ。
 だが、戦術機と同じく武装の自由が効くこと、小回りが効くこと、裏技を使えばプラントで直接生産が出来ることから、急遽歩兵連隊用に数を揃えられた。
 ちなみに、裏技というのは非常に単純なものだ。
 戦争にも使える強力な出力と装甲を持つ作業用ヴァンツァーを設計し、別口で補修部品として戦闘補助システムを一式を製造する。
 完成したら、ユニットごと戦闘用のものに載せ替え、最後に武器を持たせて完成というわけだ。
 原作の世界では作業用ヴァンツァーというカテゴリがあったからこそシステムが見落としてくれたのだろう。
 作業用戦術機や作業用陸上戦艦があればよかったんだが、無い物ねだりをしてもはじまらない。
 とにかく、手始めに緊急展開部隊だけでも全ての歩兵を機械化することに成功したお陰で、中隊長は随分と心強い援軍を得ることができたのだ。

「よろしいですかな?
 さあ、戦争を続けましょう。
 まだ第一幕すら終わっていないのです、手を休めている暇はありませんよ」

 ゴップという名のその国連軍准将は、柔和な笑みを浮かべたまま戦闘指揮を始めた。




[8836] 第四十三話『ユーラシア方面作戦』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2013/05/14 00:02

2002年2月14日木曜日13:14 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 ソビエト連邦陸軍カムチャッカ防衛区第198狙撃連隊第一大隊第二中隊 主力陣地

「いやあ、BETAには困ったものですなあ」

 余裕を感じさせるニヤニヤ笑いを隠そうともしないゴップ准将は、戦域モニターに映し出された戦場を眺めた。
 横一列になって攻め寄せるBETAに対し、この地を進む人類は同様に長い戦線を作って抵抗している。
 攻勢作戦において前進を止められたという意味では最悪の状況であるが、今のところ後退までは強いられていないため、挽回の余地はいくらでもある。

「ソビエト軍の砲兵部隊は弾薬不足により後退します」

 またひとつ、部隊が戦力を失った。
 後方に下がり、確かな整備と十分な補給、そして僅かながらの休息を取れば再戦力として使用できるが、今使えないという事実は変わらない。

「准将閣下、どうされますか?」

 この数時間ですっかりと8492戦闘団のやり方に馴染んでしまった中隊長は、当然のように指示を求めた。
 ゴップは押し寄せるBETAの大群に対し、的確な指揮で全てを跳ね除け続けていた。
 大隊が押されれば側面から中隊を突撃させ、中隊の衝撃力が失われれば大隊を前進させる。
 簡単に言えば押したり引いたりを繰り返しているわけだが、膨大な量の砲撃支援があるとはいえ、BETAの大群相手にそれを冷静に行える指揮官は少ない。

「クォックス01より緊急連絡、エリアB-12付近に要塞級157体が出現、小型種も多数。砲撃支援要請です」

 オペレーターが冷静な口調で報告する。
 要塞級の100体を越える集団。
 それは絶望的な破壊力を持っている。

「付近の前衛部隊は全て後退、他のエリアからもかき集めて突撃破砕射撃を実施。
 それと、司令部に対し予備兵力の投入を要請して下さい」

 中隊長を始め、指揮所内の誰もが息を呑む。
 刻々と変化する状況に対し、所定の方針に拘り続ける事は敗北を意味する。
 今回の作戦は地球規模であるため、一部の部隊だけであっても所定の方針を捨てることは許されないのだが、それでも何らかの手を打たなければならない瞬間はある。
 今がまさしくそうだった。
 ソビエト陸軍の担当地域を抜かれる事は、北方と東方の軍集団が分断される事を意味し、つまりは桜花作戦の破綻へと繋がる。
 とはいえ、予備の投入とは戦闘ではなく作戦の最終段階において検討すべき事項だ。
 既に師団予備兵力の全力投入が伝えられて久しいことからして、ゴップの求めている支援とは上級部隊、つまり軍司令部や軍集団司令部に対するそれを指している。
 
「8492戦闘団司令部より入電、日本本土より北方軍集団に対し追加支援が決定されました。
 六個戦術機甲師団、二個戦車師団、陸上艦二個戦隊です。
 追加支援相当の部隊が軍集団予備から当地域へ、先発して抽出されます」

 明るい知らせに指揮所内の空気は緩んだ。
 六個戦術機甲師団?二個戦車師団?陸上艦隊が二個戦隊?
 日本帝国が何をどうしてそんな戦力を本土から出す気になったのかはさておき、増援だ。
 やってくる連中が全員訓練未了の半人前であったとしても、ここまでの戦力となると数自体に価値が生まれる。


「反撃には十分ですね」

 ゴップは笑みを浮かべた。
 それはとてもとても、楽しそうな、嬉しそうな、笑みだった。
 
「全ての砲兵に命令。
 砲身が焼けるまで撃ち続けるように伝えなさい」

 彼は笑顔のまま命令を続ける。
 この時、既に攻撃中だった部隊も含め、砲兵戦力は18個大隊が三つの陣地に布陣して攻撃中であった。
 自走砲、牽引砲、自走ロケット砲、地対地誘導弾発射機。
 およそ思いつく限りの装備を詰め込んだ彼らは、整備中の友軍や、全弾射耗の上に疲労困憊で後退したソ連軍には構わず、前線への砲撃を継続し続けている。

「再編成の終わった戦術機部隊は?」

 モニター上に無数のアイコンが追記される。
 一つ一つは戦術機甲中隊を意味しており、恐るべきことに五個大隊が戦線復帰を待つ予備兵力として温存されていた。
 これらに加え、軍集団予備から抽出された大部隊が増援として合流する。
 この戦線への割当がごく僅かだったとしても、十分に戦い続けることができるはずだ。

「五個大隊、随分と減らされたものですねえ。
 まあいいでしょう、中隊単位で最前線と交代、戦車隊はこれを援護。
 ガンタンクはどうか?」

 近距離戦闘から長距離砲撃までを単独で行えるガンタンクは、その有用性ゆえに全部隊で渇望されていた。
 ゴップはその権限を存分に発揮し、あちこちの部隊からその兵器をかき集めさせていた。
 代償として戦車二個中隊と一個戦術機甲大隊を変わりに差し出す結果になっているが、彼の中ではこれでも差し引きでプラスだ。

「あと一個小隊の整備で戦闘準備が整います。
 整備完了している機体は今すぐ戦闘に投入できます」

 勇将の下に弱卒なし。
 名言とは、常に真実を言い表しているからこそ名言と呼ばれる。

「ありがとう、今出さねば意味がない。
 敵の圧力が強いところに全て叩き込みなさい」

 BETAの一番恐ろしいところは、圧倒的物量が高速で押し寄せてくる事による衝力だ。
 どんなに強固な陣地を築いても、高性能な兵器を揃えても、現在の人類ではこれに対処する事が出来ない。
 それは8492戦闘団においても同様であり、だからこそ物量を揃え、高性能な兵器を集め、それでも戦術が必要とされている。

「地雷の敷設はどうか?」

 戦術機が飛び回り、陸上戦艦が吼え、戦車が高速で走り回る戦場において、対BETA地雷の有用性は些かも減じるものではない。
 作戦初期のような速度戦においては使い所がなかったが、敵を迎え撃たねばならない今、地雷は前線部隊の頼れる友だ。

「既に目標の80%以上を敷設しました。
 現在は進撃路側面の防御割り当て分を設置中。
 設置済み個数と残数の誤差はありません」

 決算時の在庫確認も真っ青の精度で管理されている設置カウントは、誰もが満足できるだけの品質を維持している。
 1年後にここを突撃級の背に乗って走り回れと言われても、誰もが笑顔で了承できるほどだ。
 
「撤退中のクォックス01より緊急電。
 偵察部隊がBETAの地中侵攻を観測しました。
 54秒前までのデータを送信後、通信途絶。クォックス01に同行した偵察部隊は全滅した模様です」

 モニター上の周辺地図に出現予測地域が記される。
 生き残っている偵察部隊からの情報が統合され、想定される出現規模が算出された。

「予測される増援の規模は複数の軍団規模です」

 誇張なしに緊急事態であった。
 ただでさえ作戦の遅れが気になっているところに、戦力の不足と敵の大規模な増援のセットである。

「もうすぐモニュメントが見える距離だというのに」

 中隊長が思わず声を漏らしてしまうのにも無理はない。
 ハイヴを象徴する巨大構造物であるモニュメント。
 それを視認できる距離にまで到達するという事は、人類の今までの状況からすれば奇跡としか言いようがない。
 だが、見えたとしても、それだけでは何の意味もない。
 周辺を征圧し、内部へ突入し、反応炉を破壊し、そして残敵掃討を終えたところで初めて勝利なのだ。
 
「やれやれ、こんな序盤で降下が必要になるとは困りましたなあ」

 ゴップは笑みを崩さずに小さく呟いた。
 降下。
 その言葉の意味を中隊長が理解する前に、作戦は次の段階へと移行する。

「軍集団司令部より広域帯での至急電を受信。
 エリアA全域に対して軌道爆撃警報発令」

 ソ連軍オペレーターが通信内容を全員に伝える。
 それが終わるのと同時に、8492戦闘団のオペレーターが口を開く。

「艦隊より入電。
 軌道変更中、第一波攻撃開始位置まであと15分。
 当方の戦力は対地攻撃艦32隻が6セット、全機が88セルの多弾頭宙対地攻撃誘導弾を装備。
 攻撃方式は一撃全弾投下、最初の二波はAL弾を使用。
 第四波以降は攻撃開始一分前までに攻撃位置の指定が可能、座標は地上部隊のものを使用されたし。
 以上です、弾着予想範囲を表示します」

 BETA優勢を示す赤と人類の優勢を示す青で塗り分けられた周辺地図に、新たな危険地域が次々と追加される。
 エリアAとは、H26エヴェンスクハイヴ直近の地域を指している。
 合計で十二個戦隊が六波に分かれて一撃全弾投下。
 その後に損害に構わず四個戦術機甲師団が降下を実施し、ハイヴ周辺に空挺堡を確立する。
 既に隣接するエリアBまで攻め寄せている以上、そこに部隊を送り込むことに意味はあるだろう。
 だが、まず間違いなくそこに送り込まれた部隊は多大な損害を覚悟しなければならない。
 どう好意的に考えても、投入される四個師団の大半は失われると考えるべきだ。

「閣下、今の状況で軌道降下が行われるというのですか?」

 中隊長は尋ねずにはいられなかった。
 徹底した攻撃が行われることはありがたいが、今の状況で送り込まれる連中は、全体のための死を求められるということだ。
 ソビエト軍人としてはおかしい感情なのかもしれないが、一人の人間として、数万人の人間に必死の行動を取らせるということは余りにも非人道的に感じられたのだ。

「君の言いたいことはわかりますよ」

 ゴップは笑みを浮かべた表情のまま言葉を続ける。

「しかしね、将校というものは、必要な時に必要な犠牲を出させなければならないのですよ。
 中隊指揮官をやっているのであれば、それはわかることじゃないのかね?」

 中隊長は、数の大小という幼稚な根拠で言い争うつもりはもちろん無い。
 だが、それでも承服しがたい何かを隠しきる事はできなかった。

「ハイヴ一つを落とすこともできずに敗退することはできません。
 それに、降下する部隊の大半は無人機。
 貴方の人間性には敬意を表しますが、気に病んで頂く必要はありませんよ」

 ゴップは、階級が示している通り将軍だった。
 将官にとって、戦略的な意味のある結果とは、人命に勝る価値がある。



2002年2月14日木曜日14:37 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 ソビエト連邦陸軍カムチャッカ防衛区第198狙撃連隊第一大隊第二中隊 主力陣地

「第一波飛来まであと20秒、18、17」

 長距離までをカバーする戦域図には、多数の空中移動目標が表示されている。
 カウントダウンが続く中、主力陣地では慌ただしく移動の準備が進められていた。
 別に撤退をするわけではない。
 増援の陸上艦隊が接近してきたため、合流の準備をしていたのだった。

「飛来まであと10秒、BETAの迎撃行動開始を確認」

 カウントダウンが途中で遮られ、ハイヴの方向から大量の光線が飛び出す。
 光線たちは青空の彼方へと吸い込まれていき、そして、空が爆発した。

「誘導弾第一波94%が迎撃されました。
 BETA第二次照射の兆候を確認、照射、誘導弾第一波全弾迎撃されました。
 重金属雲発生中、長距離通信に障害が出ています。
 誘導弾第二波到達まであと50秒、49秒、48秒」

 航空戦力を事実上無力化させたBETAの対空迎撃能力は、健在であった。
 32隻の対地攻撃艦から放たれる1隻あたり88発の誘導弾。
 そして一発の誘導弾が分離して4発の弾頭を発射する。
 ようするに一波あたり11,264発の宙対地誘導弾を、BETAたちは一瞬と形容しても誇張ではない短時間で迎撃してしまった。
 当然であるが迎撃を予測していないわけがなく、全てはAL弾なのだが。

「潜水艦隊よりSLBMの発射開始、軌道爆撃第二波に遅れ5秒差で危険空域に到達予定。
 弾頭は全弾がMk.4改再突入体です」

 複数の目標を探知したことを示す短いブザーが鳴り、広域地図に移動目標が追加される。
 その数240発。
 一発ごとに数千本のタングステン製ロッドが収められ、それらは約280平方mに十分な『効果』を発揮させることができる事を考えれば、弾数に不足は感じられない。
 まあ、あくまでも遠方に照準を向けさせるための嫌がらせであり、全弾迎撃されたとしても予定通りレベルの話なのだが。

「軌道爆撃第二波飛来中、弾着まであと20秒。
 BETAの迎撃エリアに入ります」

 再突入ルートと弾着予定地域が表示される。
 BETAの迎撃が再開されているが、放たれたレーザーは全て重金属雲に吸い込まれていくばかりである。

「重金属雲の濃度十分、敵の迎撃を無効化しています。
 第一次迎撃ゾーン突破。
 弾頭が第二迎撃ゾーンに差し掛かります」

 遙か上空に飛行機雲らしきものが見える。
 その数は迎撃前の第一波と変わらず、11,264発だ。

「再照射始まります。
 落下破片に注意。迎撃来ます」

 光線級たちの再照射が始まる。
 爆発、爆発。
 遥々軌道上からの旅路を楽しんでいた宙対地誘導弾たちは、容赦のない光線に貫かれて次々と空中へと散っていく。
 こうして彼らは職務を全うした。

「重金属雲第二波発生。
 現在の天候状況では第四波までの安全が確保されました。
 第四波の半数が弾頭を通常へ交換作業中」

 作戦はスピーディーに、そして順調に推移していく。
 呆れるほどの物量と大規模な陽動でなんとかなると考えられていた当初よりは悪いが、最悪とまでは行かない。
 そのような、なんとも表現に困る状況であった。

「軌道爆撃第三波、爆撃航程に入る。
 降下部隊は軌道へ入りつつあり。
 作戦に変更なし」

 指揮所内は静かな興奮に包まれていた。
 先程までの劣勢はどこかへと消え去り、まるで新米将校を相手にした図上演習のような状況だけが眼前に広がっている。
 振動を感知したかと思えば戦車大隊の進撃。
 対地レーダーの反応に目を向ければ戦術機甲連隊。
 撤収の準備をすすめる本部小隊の動きにも心なしか活気を感じる。

「第三波発射。
 飛行順調、敵の迎撃は無効化されています」

 極限まで単純化された力押しの作戦と、それを実現出来るだけの物量。
 この2つが噛みあうと、恐るべき破壊力が生み出される。

「ふんふん、なるほどなるほど。
 それでは降下部隊を現地で出迎えてやりますか」

 ゴップの言葉に中隊長以下全員の表情が引き締まる。
 彼らは単なる歩兵中隊。
 200人程度が自動小銃と僅かな重火器を装備しているに過ぎない。
 しかし、人類の一員であり、軍人だ。
 つまりは同僚。
 所属する組織も階級も、生まれも異なるが、どこまで行ってもBETAと戦う同僚でしかないのだ。

「陸上艦隊と合流後、みなさんには補給を受けて頂きます。
 ああ、最初に言いましたが、間違えてソ連軍装備を運び込んでしまっているので、全部持って行ってください。
 ごまかし方は任せますよ」

 彼らには言ってはいないが、補給は今すぐ第3次世界大戦を始められるだけの量がある。
 戦車、装甲車、重迫撃砲、対BETA誘導弾、指揮車輌、強化外骨格、もちろんそれらを運用するための補修部品もてんこ盛りだ。
 これだけの装備をプレゼントしてあげれば、多少は戦えるだろう。

「あとは撤収するだけですし、こちらの指揮所要員も撤収作業を手伝うように」

 そう言い添えつつ、ゴップは副官が持ち寄った対戦車級自動ライフルを受け取る。
 戦車級を撃破出来ればそれでいいという男らしい設計のそれは、強化外骨格無しでは抱えることさえ困難なシロモノである。
 だが、十分な訓練を受け、最悪の場合は攻めこまれた指揮所から脱出できるようにと全身義体化手術を受けた彼には、ちょっと大きいライフルでしかない。

「まだ時間はあります、ここも引き払いましょう。
 私はちょっと、運動をしてきます」

 彼は太った外観をしているが、別に運動ができないわけではない。
 元々の世界とは異なり、デスクワーク一辺倒の単なる官僚というわけではないのだ。
 まあ、彼が最前線で銃を担いで戦う必要は。あるかないかで言えば皆無なのだが。



2002年2月14日木曜日14:58 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』

「データリンク完了、BETA集団、方位2-9-0より接近中」

 CICのモニターには、接近中のBETA集団が映しだされている。
 僚艦と共に戦域を進む彼女は、陸上兵器としては異常といえる火力を有していた。

「左砲撃戦用意、突撃破砕射撃、全砲門一斉撃ち方、第三射以降は副砲以下で対応せよ」

 艦内にブザーが鳴り響き、巨大な主砲塔が旋回を開始した。
 前線部隊の報告から軌道上の衛星から寄せられる観測データまで、あらゆる要素を計算した微調整が行われる。

「左砲撃戦用意、主砲全砲門一斉撃ち方」
「主砲全砲門開け、一斉撃ち方、装填急げ」
「砲撃準備完了」

 号令と報告が入り乱れ、準備が整ったことを示すランプが灯る。

「撃て」

 砲撃を告げるベル、閃光、衝撃、轟音。
 艦内という至近距離だけで許される独特の順番で、全ての砲が攻撃を行ったことを強制的に知らされる。
 
「砲兵陣地も攻撃開始。戦力は三個連隊、15分後にニ個連隊が参加します。
 射耗済み軌道攻撃艇はまもなくBETA迎撃ゾーンへ突入。
 軌道降下第一波の降下はスケジュール通り」

 CICの一角を占める巨大モニターに軌道降下の状況が表示される。
 先陣を切るのは、射耗により廃棄される宙対地攻撃艇たちだ。
 彼女たちは決められた時間に決められた場所に全力攻撃を行うという目的で設計されており、本体の使い回しは初めから想定されていない。
 したがって、攻撃の後には高価な囮としての役割しか持たされていない。
 本命は、その後に控える軌道降下兵団だ。

「全再突入艇はスケジュール通り移動中、まもなく第一波が再突入、カウントダウン開始」

 軌道降下艇の見事な舞踏は、概略だけが記された戦術地図上からでも容易に見て取れた。
 彼女たちは一分の狂いもなく見事な軌道を描き、再突入を継続している。

「警報、重光線級の増援を確認。
 総数2000以上、なおも増加中、囮弾一斉発射」

 毎度おなじみの唐突な敵増援が始まる。
 安全を確保していたはずの地域が次々と赤く染まっていき、様々な警報が鳴り響く。
 当然ながら、人類はそれを黙って見ているわけではない。
 BETA名物対抗塗り絵大会の始まりだ。
 対空脅威増大時に備えて温存されていた全ての誘導弾が火を噴く。
 大半は単なる対BETA赤外線画像誘導弾頭だが、一定の割合で含まれるロケット推進UAVが僅かな時間ながら敵情を把握する。

「照射来ます、迎撃率69%、UAV全滅、残弾はなおも飛行中。
 第二照射の兆候を探知、SEADニ個大隊が突入成功、BETAが混乱しています」

 わざわざ自分たちの位置をライトアップしてくれる親切な光線級に対し、返礼すべくSEAD任務部隊が四方から襲いかかる。
 その数ニ個大隊。
 使い捨てと考えればあまりにも多すぎるように感じるが、彼らのお陰で砲爆撃が行えると考えればむしろ効率的な投資と言える。
 
 全速で突進するSEAD専用機たちは、ただ一つの目標を達成すべく進撃を続ける。
 一撃で倒せる位置にいた突撃級を無視し、戦車級の群れを飛び越え、進路上でどうしても邪魔だった要撃級に射撃を実施。
 微かに開いた穴を強引な軌道修正で通りぬけ、分厚いBETA戦線を突破した。
 ニ個大隊72機の重武装戦術機がこの時間に上げた戦果は、要撃級が3体と流れ弾で薙ぎ払われた戦車級が少々。
 しかし、8492戦闘団が彼らに与えた任務からすれば、この結果は特段の問題はないと評価される。
 戦線を突破した各機は、照準に光線級や重光線級の集団が入ったことを確認した。
 無人戦術機にはG.E.S.Uの技術が応用されている。

 この場にいる彼らは僅かにニ個大隊。
 だが、彼らが『我々』と認識できる個体は、この惑星内だけでも100万を超える。
 狭い範囲で個体数が増えれば人類などの有機生命体に匹敵する知性を獲得するこのネットワークAIたちは、歴戦の衛士も舌を巻くほどの見事な戦闘を繰り広げた。
 光線級たちを射程に捉えてから1分。
 その僅かな時間で、彼らは必要十分な戦果を上げつつつ、それを拡張しつつある。

「第二照射を確認、迎撃率は21%、敵迎撃能力の大幅な減少を確認」

 その報告にCIC内部で微かな歓声が上がる。
 これだけの砲爆撃を行える戦力を持っている状態で、光線級の脅威を事実上排除できたのだ。
 喜ばないはずがない。

「SEAD部隊の損耗70%を突破するも自爆によりB-20からB-25にかけてのBETA戦線の一部が崩壊。
 第881および882、883ガンタンク大隊が戦果拡張のために突入しつつあります」

 遅れを見せていた進捗率が前進を見せる。
 戦車が、戦術機が、そして歩兵たちが、ありったけの弾薬をバラ撒きながら前進する姿は、味気ない戦術地図上から容易に幻視できた。

「再突入中の対地攻撃艇第一波は迎撃を受け全滅、続いて第二波再突入」

 未だに続く軌道爆撃。
 そして際限なく放たれる砲撃の合間を縫って、廃棄される対地攻撃艇たちが全速力で地表へ向けて突入していく。
 当然ながら、それ自身の破壊力もさることながら、曲がりなりにも宇宙機であることから単なる砲弾とは比べ物にならないほどの電子機器が詰め込まれている。
 光線級たちは対地攻撃艇を狙ってもいいし、狙わなくてもいい。
 どちらにせよ、待っているのは致命的な打撃である。

「軌道降下第一波は再突入を開始、敵増援に備えSEAD一個大隊が待機中」

 軌道から割り出された降下予定地点が表示される。
 光線級達の懐に飛び込んだSEAD部隊からの要請が入る。
 瞬発的な機動力と火力に重点をおいて設計されただけ有り、既に継戦能力を失いつつあるらしい。
 だが、その戦果は十分なものである。

「使い潰すなら今だ。
 全機突入させろ、パンジャンドラムはどうか?」

 指揮官の言葉に答えるようにモニター上に発進準備を整えるパンジャンドラムたちが映し出される。

「弐式パンジャンドラム・スーパー改後期型Bタイプ、全64機、発進準備完了。
 進路クリア、付近の全部隊に警告完了」

 燃料気化弾頭重迫撃砲四発、3,500kg爆弾一発。
 近接防御用35mm単装機関砲四門、重地雷十八発、対戦車級散弾発射機、
 5,800馬力ガスタービンエンジン一基、姿勢制御スラスター多数。
 これは、戦線を崩すために改良された決戦兵器である。

 パンジャンドラムは、地上という比較的安全な場所を進撃し、敵軍に強打を加える事を目的としている。
 軌道上からの支援砲撃が降り注ぐ中、前線の各隊は増援を受け取りつつ攻勢へと移りつつある。
 砲撃の後には軌道降下が待っている。
 これだけの準備が整えられる中での進撃。
 パンジャンドラムの、そして人類の勝利は動かしがたい。
 何がどうなっても、本作戦は成功するはずである。



[8836] 第四十四話『決戦兵器』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2016/08/26 00:35
2002年2月14日木曜日14:58 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』

 H26エヴェンスクハイヴをめぐる攻防戦は、8492戦闘団の優位に傾いていた。
 充足率100%の二個軍集団という戦力を武器に突き進む彼らに対し、BETAはいつもの様に膨大な量の援軍をどこからとも無く呼び出し対抗している。
 しかしながら飛び道具の有無は人類に対して大きく作用し、空前の規模の敵軍に対し、一歩も引かない防衛戦を実現できている。
 二つのハイヴを同時に攻撃するための戦線は強固に連結されており、BETAの攻撃に適切な対処をしつつ、随所で逆襲に成功しつつあった。
 BETAは確かに非常識な存在であったが、8492戦闘団は、それを上回る存在だったのだ。
 戦車を主力とする機甲部隊は、機動歩兵と連携を維持しつつ、空を覆い尽くす誘導弾や砲弾の支援を受け、戦線の要としての責務を継続した。
 陸上戦艦は同型艦と艦隊を組みつつ、あらゆる友軍の危機を守った。
 戦術機甲部隊は、それら全ての友軍と連携しつつ、突撃に機動防御にと縦横無尽の大活躍である。
 呆れたことに、海岸付近の一部地域では、低空飛行を行う戦闘ヘリコプター部隊の掃討戦すら開始されていた。
 十分な物量と確かな補給、そして積み重ね続けられた経験に支えられた軍隊は、BETAを圧倒しつつあるのだ。

 そして、この時、人類は戦術機と陸上戦艦に続く新たな『決戦兵器』を大規模投入する。
 それは巨大ではなかった。
 反重力エンジンや、対消滅爆弾といった未知の超兵器も採用されていない。
 超音速で飛ぶこともできないし、装甲も戦車で破壊可能なレベルにすぎない。
 だが、そこに搭載された複数のサーモバリック爆弾は、広範囲のBETAに対して壊滅的な打撃が期待されている。
 誤解されがちであるが、サーモバリック爆弾は、別に周囲の酸素を燃やして窒息を狙うという兵器ではない。
 この兵器は、瞬間的に発生する広範囲の高熱・高圧の爆風衝撃波によって、軽装甲車両や陣地、そして周囲の邪魔な人間を叩き潰すためのものだ。
 ハイヴに叩きこむのならばまだしも、これは要塞級や突撃級といった大型で頑丈なBETAには驚くほど効果が少ない。
 だが、要撃級以下の比較的露出面が柔らかいBETAに対しては、効果が期待できる。
 唯一の問題といえば、それを最前線まで運搬するための航空機が存在しないという事だ。
 8492戦闘団は、それに対して伝説のM-388『デイビー・クロケット』に学んだ近接攻撃用重迫撃砲を開発した。
 威力を最大限に重視し、射程を無視して設計されているため、当然ながら発射機周辺も被害半径に含まれる。
 それを兵士に運用させるのであればひどい話であるが、G.E.S.Uは撃破直前のデータが失われるだけであり、非常に人道的である。

 
「支援砲撃の効果に問題なし。目標地域敵軍の被害甚大。
 敵の迎撃はほぼ無力化」

 軌道降下第一波は再突入を既に開始している。
 第二波は既に最終降下航程に入っており、全力出撃を行っているSEAD二個大隊は間もなく敵陣に突入する。
 弾庫に砲弾はタップリと保管されており、陸上艦隊の戦闘能力は十分に維持できている。
 後続もあり、予備戦力もあり、必要ならば周辺の部隊から増援すら受けられる。
 念押しのための決戦兵器さえ投入されようとしている。
 それも、今回が初のお目見えではなく、既に幾度と無く試験運用が行われ、実戦証明がなされているそれだ。
 実に頼もしい限りである。

「P兵器の準備はどうか?」

 秘匿名称P兵器は、別に秘匿する必要はないのだが、この期に及んでも諜報活動が大好きな方々への嫌がらせのために秘匿名称を付けた秘密兵器である。
 これは強力な武装を持つ、野戦軍の守護神となるべく設計された兵器だ。
 贅沢なことに、サーモバリック弾頭重迫撃砲や自衛火器に加えて、崇高な自己犠牲精神を発露する判断力まで搭載している。

「P兵器の準備は順調。
 作戦開始に問題はありません」

 無人兵器と銘打っていても、G.E.S.Uは乗っている。
 これを”無人”兵器と表現していいのかについては8492戦闘団内部でも様々な意見があったが、当人たちが「我々は別に気にしない」と言ったため、話はそこで終わっていた。

「あと三斉射した後に突入させろ。
 全般状況はどうか?」

 念のための確認であったが、状況は安定している。
 北方および東方軍集団は、それぞれ四個師団の損害を払いつつも、戦線の維持に成功している。
 戦術機甲大隊の損害は時間を追うごとに拡大しているが、砲兵部隊までは危険が及んでいないため、防御射撃によって全ては許容範囲内に収められている。
 砲兵による防御効果というものは、それほどの威力がある。
 極端な話ではあるが、砲兵の戦闘能力を維持できていれば、戦線を支えることは不可能ではない。
 当然ながら、戦果拡張のためにはそれ以外の全兵科が必要であることは言うまでもないが。
 
「手順を再確認する。
 P兵器突入後、機甲部隊を前進、交戦開始と同時に戦術機甲部隊を突入させる。
 砲兵の配置転換は突入後に開始。
 ニュー・ジェネレーション部隊の投入も行う」

 指揮官の言葉に、オペレーターたちは冷静に命令を実行することで答えた。
 ニュー・ジェレネーション部隊という昭和を感じさせる響きの部隊は、遺伝子レベルで改造された超兵士によって構成された、士官以上が全て人間の部隊である。
 彼らは恒星系間戦争レベルの技術を惜しみなく投入して”製造”された肉体に”通常の人間だった頃”の人格を転写されている。
 構成している物質からして通常の人間とは異なるのだが、それに加え、従来の肉体には備わっていなかったいくつかの機械が追加されていた。

 まず、大きく改造された肉体と、血液の代わりを務めるナノマシンの集合体であるスマートブラッドは、軍用規格で定義づけられた強固さと、軍医が失職するレベルでの生命維持機能を保証していた。
 その肉体はまさしく超人と称されるだけの優れたスペックを誇り、戦術機の性能を最大限に復帰した戦闘を、無休で搭載燃料の限界まで続けること可能だ。
 さらに、頭部を除く人体の大半を損壊するような致命傷を負っても、適切な設備まで回収できれば予備の部材を用いて短時間で復帰もできる。
 そして、補助脳として搭載されているブレインパルは、一人の人間をG.E.S.Uと同じくネットワークに直接連結し、秘書官、参謀、相棒としてもう一つの人格で常に的確なサポートを提供する。

 これらによって、この部隊の衛士たちは、電子機器からの情報をタイムラグ無しで受け取り、高速電算機並の速度で事象を処理し、今までの軍歴に基づいてファジーな判断が行える。
 さらに、前線の衛士が最も恐れる情報の不足から開放され、速やかな命令伝達、判断の助けとなる情報の検索や分析を円滑に行えるようになる。
 実務面でのメリットは上に挙げたものであるが、最も大きな点として、生身の人体を改造しているわけではないため、再転写で通常の人類として復帰可能だという点も忘れてはならない。
 彼彼女らは戦場にいる以上は兵士であり駒であるが、戦後は、親や子に戻り、人類を復興させていかねばならないからだ。

「製造した人体に、転写した人格ねえ。
 どうも私は、こういうやり方は好きになれんな」

 指揮官級量産モデルA005976は、実に人間味あふれるコメントを残すと作戦へと向き直った。
 彼女はこの作戦のために動員されたビックトレー018号艦の管制ユニットであり、同時に、人間が前線指揮を取らねばならないという面倒なルールの犠牲者であった。
 花のゼロ歳児であるが、肉体は成人と同等のサイズに培養されたものであり、人格部分は高効率教育訓練センターで十分な経験を持たされている。
 彼女は他の量産モデルたちと同じく、通常の人類がこれ以上犠牲を払うべきではないという考えの持ち主であった。
 それは、自分たちは地球人類の代わりに血を流すために創りだされたという製造目的から、そして、そこから産まれた強い使命感から来るものだ。
 だが、国際会議で正式に決まった以上、従わなければならないというのも彼女たちの意識の根底にしっかりと明記されている大原則である。
 あとは、定められたルールの中で最善を尽くすことしかできない。
 

2002年2月14日木曜日15:00 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団 弐式パンジャンドラム・スーパー改後期型Bタイプ D805064号機

<<部隊指揮をD805064に委任。
 各機の自律制御発生を確認せよ>>

 地上艦艇級上位存在A005976より点呼の要請。
 識別番号D805064は全てのシステムに異常なし。
 部隊内各機にも異常なし。

<<全機外部チェック異常なし、出撃準備完了。
 全パンジャンドラムは戦闘モードを起動、機関を始動せよ>>

 地上艦艇級上位存在A005976より行動開始信号を確認。
 IFF作動。
 メインシステム、戦闘モードを起動。
 部隊内データリンク作動、部隊内全機異常なし。
 機関運転開始、バッテリーから主基への切り替え準備。
 主基へ切り替え、出力正常に上昇中、アンカー解除。

< 切り離し成功、副兵装安全装置を解除し、初弾装填を確認せよ>>

 副兵装安全装置を解除、初弾装填完了。
 全機異常なし、行動開始可能。

<<第9971パンジャンドラム大隊、全機発進せよ>>

 D805064より全機、発進する。
 増速を開始、所定の方針に基づき、目標エリアC-8へ移動する。
 全機、移動しつつ突撃体制へ移行せよ。


「9971大隊が出ます」

 指揮所の中では、戦線突破のための切り札が進撃する姿がモニター上に映しだされている。
 三機編成の小隊が三個で中隊に。
 その中隊が進行方向に向けて三個編成で三角形を構成して大隊に。
 周囲の部隊の支援を受けつつ、決して皆無ではない自衛火器で身を守りつつ、進んでいく。
 その先に待つのは人類の勝利への第一歩。
 そして、約束された死だ。

「戦隊長、バイタルに乱れがある」

 傍らに立つG.E.S.U上位機体に声をかけられる。
 その声音は無機質であるが、わざわざ音声で言ってくるところに人間味を感じてしまう。

「思うところがあってな。
 ところで、9971のバックアップはしっかりとれているんだな?」

 G.E.S.Uたちは機体が粉々に粉砕されたとしても、直前のバックアップデータを元に復元が行える。
 物理的な破壊は、死を意味していないのだ。
 だが、だからといって昨日まで同じ艦内でメンテナンスを受けていた“人々”の消滅を、何の衝撃もなく受け止めることはできない。
 
「通常の無線のほか、野戦用超短波通信データリンクシステムで繋がっている。
 97%の確立で、自爆の2秒前までのデータをバックアップできるものと推測される」

 ならいい、と言葉少なく答えつつ、指揮官級量産モデルA005976はG.E.S.Uたちが価値ある最後を迎えられるよう祈った。
 仮想世界での数十年に及ぶ戦争の中で、例え指揮官であろうとも、その程度のことは許されることを学習していたのだ。


<<第9971パンジャンドラム大隊、所定の方針通りに進撃を継続中>>

 速力035kmを突破、加速に問題なし。
 突撃用隊形に移行中、進路上の地形は観測通り、進撃に支障は見られない。
 増速用意、長距離地中聴音情報に異常なし、副兵装35mm単装機関砲試射、異常なし。
 中隊各機、速度65kmへ加速開始せよ。
 爆破予想範囲付近に友軍の戦車大隊三つを確認。
 情報、ソビエト陸軍本土遠征軍臨時編成第一戦車連隊、2015年式貸与装備仕様。
 随伴の戦術機甲大隊の後退開始を確認、司令部へ通報。

<<こちら戦域司令部、エリアC-8近郊のソビエト軍全部隊へ再度通達。
 当該地域はまもなく広域破壊兵器による面制圧が実施される。
 速やかに後退せよ、後退に必要な支援がある場合には要請せよ>>

 戦域司令部からの後退命令を受信。
 戦車部隊の後退開始を確認、進撃継続。

< 進路上に要撃級出現、大隊規模。
 近隣の戦車隊に排除を指示した、そのまま進撃を継続せよ>>

 艦隊より通報、進路上に要撃級の集団、大隊規模。
 支援攻撃警報、付近の部隊より当部隊の進路上に支援攻撃開始。
 125mm砲弾92発が飛来、進路上のBETA殲滅を確認。
 速力050kmへ上昇、敵残骸および弾着による地形への影響は少ない。

< 大隊規模の突撃級がルート上に入りつつある。
 会敵まであと5分、阻止攻撃を開始する。
 進路そのまま、増速せよ>>

 進路上に入りつつある大隊規模の突撃級を光学系で確認、艦隊より支援砲撃警報。
 砲兵より標定済みのため効力射開始の通達、弾着まであと10秒、艦隊も砲撃を開始。
 突撃級の集団を視認。
 効力射弾着、視認不可能、UAVからの映像へ切り替え。
 映像途絶、光線級の迎撃再開を確認、SEAD部隊突入中。
 衛星からの画像に切り替え。
 艦隊からの砲撃も弾着開始、突撃級の集団に十分な効果を確認。
 戦果判定は甚大、地形にも影響あり。
 編隊の進路を修正する必要あり、再計算。
 再計算終了、進路変更を開始、完了した。

< 進路上の脅威は全て排除された。
 引き続き支援を継続する。
 最終突撃を開始せよ、人類に栄光あれ>>

 速力075kmへ上昇、進路上に目標以外の敵は存在しない。
 突入用ロケットブースター、点火前最終確認、確認を完了した、点火。
 速力117kmへ上昇、増速中、サーモバリック弾頭重迫撃砲スタンバイ。
 

「戦術機甲中隊各機はパンジャンドラムの進路確保に注力せよ。
 ソビエト陸軍臨編第一戦車連隊は直ちに退避せよ、貴部隊への支援が行える部隊はまもなく転用される」

 モニター上では刻一刻と迫る破壊に向けて全軍が行動する姿が余すこと無く映しだされている。
 第9971自律突撃大隊は、一機の脱落もなく進撃を継続していた。
 彼らを1mでも敵陣の奥深くへ入れるために動員された支援部隊は健在。
 ソビエト陸軍の戦車は全力で退避を開始しており、時間制限付きで付けられた撤退支援の戦術機部隊はそれに追随している。
 進路上の障害が排除されたパンジャンドラムたちは全速力で突撃を続ける。
 割り込もうとする突撃級たちは砲撃支援により足を止められ、近場にいた要撃級たちは後退を続ける戦車大隊による弾幕射撃を受ける。
 軌道爆撃、砲撃、艦砲射撃。
 人類はありとあらゆる能力を最大限に投入し、この戦場に挑んでいる。

 地方軍の一部隊にすぎないこの地のBETAにとって、これは止められるものではない。
 支援を妨害しようとした光線級たちは、陸上艦隊による猛烈な制圧射撃によってその能力を発揮できなかった。
 遙か衛星軌道上から延々と降り注ぐAL弾、宙対地誘導弾、投棄された再突入艇、囮目的の探査プロープ、そして完全編成の軌道降下兵団。
 その全てが最大限の脅威度を持って自己の存在を声高に叫んでいる。
 お前らの相手はここだ、陸軍相手に遊んでいる暇はないぞと。

 こうして、パンジャンドラムたちは予め定められた地点へと到達した。
 周囲の状況は控えめに言って地獄であるが、自分たちの任務を遂行するには十分なだけの安全が確保されている。
 D805064は神という人間が信じる存在を認識することはできなかったが、創造主に対しての感謝の言葉は忘れなかった。

< 支援に感謝する、当部隊は損害なし。
 これより全弾を起爆する。
 支援に尽力した各隊に感謝する、人類に栄光あれ>>

 砲撃によって切り開かれた道を突き進み、兵士級を踏み潰し、戦車級に37mm砲弾を叩き込み、要撃級の腕を掻い潜り、突撃級の進路を避け、遂に彼らは到達した。
 陣形は若干崩れているものの、全機が健在。
 システムチェックに異常のあるものもいない。
 完璧な勝利である。
 自分たちのバックアップがしっかりと行われていることを確認しつつ、D805064は部下たちに三秒後の発射を命じた。
 同時に、自身の機体内部の全ての安全装置を解除する。
 重迫撃砲に込められた燃料気化弾頭が使用可能となり、全身に取り付けられた重地雷の起動準備が整えられる。
 自動装填装置が厳重に梱包された砲弾を取り出し、砲弾に装薬を接続する。
 計画通り、信管の調定を行い、発射体制を整える。
 命令から三秒経過、砲弾を筒内に放つ。
 放たれた砲弾たちは重力によって筒内を滑り落ち、底部に設けられた撃鉄に接触。
 装薬に設けられた信管が作動し、一斉に空中へ放たれた。

 同時に囮の垂直発射式UAVを一斉に放ち、弐式パンジャンドラムスーパー改後期型Bタイプたちは、自分たちが製造された意義を全うした。
 サーモバリック弾が発射され、そこに収められた信管によって一次爆薬が作動する。
 それは一瞬の間を待たずに液体燃料を加熱沸騰させる。
 規定の圧力に達して開かれた放出弁によって、危険なそれらの物質は雲のように撒き散らされて着火する。
 そして、火炎地獄が発生。
 12気圧、3,000度の超高温の火球が最前線を覆うようにして連続発生し、被害半径内の全てのBETAに対して等しく致命的なダメージを叩きつけた。
 発射された燃料気化弾頭重迫撃砲弾は27機かける4発で108発。
 被害半径が重なりあうようにして幅広く発射されたそれらは、BETAに対して甚大な損害を与えた。


2002年2月14日木曜日15:20 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』

「特別攻撃成功、敵戦線に大きな損害が見られます。
 後続の三個ガンタンク大隊が戦果拡張に努めますが、国連の戦術機甲大隊が合わせて急行中。
 ソ連戦車大隊も補給完了後には同地域まで前進します」

 パンジャンドラム大隊は極めて大きな戦果を挙げている。
 使いどころが難しい上、多用すればBETAの反応が怖いが、それでも多用したくなるだけの魅力がある兵器であった。

「緊急、光線級多数が出現、合計三箇所、総数は推定4000体と推測、照射来ます」

 作戦地図上に光線級の予想分布図が表示される。
 現在も照射が続けられていることから、予想の文字が外され、正確な現在位置へと変わる。

「位置の特定完了、対光線級砲撃開始」

 対砲迫射撃という言葉がある。
 読んで字の通り、敵の野砲や迫撃砲による攻撃を受けた際、発射位置を特定して砲兵による反撃を行うことだ。
 BETAにはいわゆる砲兵に相当する種類は存在しないが、光線級の迎撃行動は敵後方からの砲撃と同義といえる効力を持っている。
 で、あるならば、前進射撃や突撃破砕射撃を行なってもなお砲兵戦力に余裕が有るのであれば、対砲迫射撃を行わない理由はない。
 そういった次第で、この戦場に新たに接近しつつある八隻の陸上戦艦たちは、全てが対光線級射撃へと投入された。
 巨大な主砲が、近代化改装で設置されたVLSが、一斉に火を噴く。
 いかに光線級の迎撃能力が優れていようとも、投射量を増大させることにより対処は容易に行える。
 敵に一撃必殺の対空砲が百門あったとしても、こちらが一万発撃てばいくらかは命中するという8492理論だ。
 
「BETAという奴らは大したものだな。
 実にやりがいのある連中だ」

 ダンブロジア大佐はCICの作戦図を眺めながら満足そうに感想を漏らした。
 彼の指揮下にある三個師団、予備戦力のニ個旅団は全力投入されている。
 総予備まで投入した結果として辛うじて戦線を支えられているという現状は、彼の予想の範囲からすると最良に近い。
 何しろ、全員が死ぬ気で頑張ればなんとかなるという”程度”なのだ。
 
「前衛の損耗が大きく後退が必要です。
 既に四つの連隊が戦闘部隊の三割を喪失、半包囲のための後退は、これ以上はできなくなります」

 周辺部隊と連携を取り、一部の部隊を下げることで敵軍に意図的な突出部を作らせ、それを包囲する形になる周囲の全部隊で叩く。
 砲兵を保たないBETA相手に非常に有効なこの戦法は、確かな戦力を保っている友軍の存在が前程となっている。
 敵軍の衝力を打ち砕く砲兵、一時的に増した圧力を受け止める機甲部隊。
 機甲部隊の隙間を塞ぐ機械化歩兵。
 それらを統制する指揮所。
 何ひとつが欠けても、敵軍の戦線突破と無様な敗走戦に繋がってしまう。

「もう一削りが必要だな。艦隊を前進させろ。
 火力の不足は副砲で補う」

 ダンブロジアの決断は早い。
 彼が育ってきた環境は、今も昔もそうでなければ生き残れないからだ。
 ビックトレーは陸戦艇という控えめな名前を付けられているが、その実は陸上戦艦である。
 巨大な主砲だけではなく、十分な破壊力と連射速度を持った副砲、更には陸戦兵器としては十分な火力の機関砲も多数搭載している。
 彼の命令に従い、ビックトレー018号艦に付き従う同型艦たちが単従陣を維持しつつ進路を変えていく。

「左舷統制射撃、目標はビックトレー018のCICより各艦へ配分。
 全砲兵部隊は砲戦統制システムの指示に従え」

 戦闘配置を伝えるブザーが鳴り響き、待機中であった副砲群が安全装置を解除されていく。
 指揮下の艦艇及び、この地域に割当てられた全砲兵部隊から応答信号が入る。

「搭載機は全機発艦、艦隊防衛任務に入れ。 
 全機離艦後の甲板は封鎖。整備員は待機せよ」

 格納庫内の全弾薬が遠慮なく搭載機たちに搭載される。
 規定を超えても持つことのできない分については補給コンテナに詰め込まれ、爆雷投射機に似た発射装置へと送り込まれた。
 これらについては、戦闘の展開にあわせて必要な場所へと物理的に送り込まれる。

「発艦クルーより報告、搭載機離艦開始」

 ある機体はカタパルトで、別の機体は自力の跳躍で、他の機体は甲板横から飛び降りて。
 次々と戦術機が艦を離れていく。
 彼らはこの先、全滅するか、作戦が完了するまで艦隊防衛の任に当たることとなる。

「搭載機全機発艦完了。甲板昇降機閉鎖。
 全艦砲打撃戦準備。全艦砲打撃戦準備。左砲戦。
 副砲群、CIWS全基展開、機動歩兵は上甲板、繰り返す、機動歩兵は上甲板」

 舷側に設けられた装甲ハッチが次々と開かれ、そこに収められていた155mm速射砲や30mm近距離防衛用機関砲たちが姿を現す。
 さすがに18隻も作れば、戦訓も活かされ改良型が作られる。
 そして、ある意味で本当の近距離防衛用火器である機動歩兵たちが、重火器を手に甲板上に湧き出て行く。
 銃撃用台座、短距離跳躍機構、それでも届かなければせり出してぶら下がるためのクレーン。
 それらを駆使して、至近距離の敵に攻撃を行うための配置だ。
 単なる歩兵であれば気休めにもならないが、彼らは倍力装備を身につけ、それがなければ持ち上げることもできない重火器と、艦の指揮統制システムに結合されたFCSを持っている。

 すべての準備は整えられた。
 鋼鉄の陸上戦艦たちは戦闘準備を完成させ、機関出力を上昇させつつ突撃の時を今か今かと待ちわびている。
 前衛部隊は後退を開始し、それを支援すべく砲兵が猛烈な防御射撃を開始。
 そしてダンブロジアは笑い、全兵器使用自由を下命した。
 
「さて諸君、遠慮はいらん。
 盛大にやってやれ」

 戦域地図がアップデートされ、艦隊が向かうべき針路が表示される。
 轟音と振動、表示の変化から回頭が適切に行われていることがはっきりとわかる。

「針路固定、別命あるまで維持します。戦隊統制射撃、主砲一斉撃ち方、撃て」

 唐突にブザーが鳴り、報告の直後に主砲が発砲した。

「主砲、あと三斉射で終了。
 副砲以下、装填準備」

 暴発を防ぐため、副砲以下への装填は直前まで控えられている。
 だが、今回の状況は殴りこみだ。
 主砲による面制圧よりも、副砲以下の兵装による乱打戦が望まれる。
 そういうわけで、彼女たちは全艦喪失の危険性をあえて受け入れて、戦車や戦術機と同じ場所へと足を運んでいく。

 歩兵や戦車と同じ場所に陸上戦艦を持ち込むという8492戦闘団の作戦は、被害を無視して言えば十分な効果を発揮した。
 なんだかんだ言っても陸上”戦艦”なだけあり、彼女たちは陸戦兵器としてはありえないほどのタフさを持って戦線維持に貢献した。
 壊されたら再生産して終わりの戦車や戦術機と違うところはあるが、現地で修理すれば再度戦闘能力を発揮できる陸戦兵器というものはそれほどまでに恐ろしいのだ。



2002年2月14日木曜日15:30 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』左舷上甲板

<<主砲発射完了!主砲発射完了!>>

 通信と同時にハッチ横のランプが緑に変わり、機動歩兵たちは対物ライフルや無反動砲、弾薬箱などを持ち上げる。
 上甲板に出るためのこの格納庫には、完全武装の機械化歩兵大隊が待機していた。

「ハッチを開放する、訓練通りにやれ!」

 軍曹が声を張り上げ、直後に頑丈な装甲ハッチが重量を感じさせない軽快な動きで開いていく。
 しばらくぶりに見る地上の様子は、戦術情報モニタ越しには理解できない圧力を感じさせる。
 どこまでも続く荒野。
 そこに、しっかりとした陣形を保って前進を続ける僚艦たちの姿が見える。
 あちこちで土煙を上げるのは戦車か戦術機か。
 副砲群が挙げる咆吼が、遮蔽物の影であるこの場所からでもしっかりと聞こえてくる。

「スゲェな」

 先頭にいた兵士から、思わず漏れた感想の言葉が全てを表している。
 彼らに見えるのは、この地域で前進を続ける第一臨時編成陸上艦隊、その左半分だ。
 だが、それだけでも、この世の終わりを告げる軍勢に見える。

「展開しろ!総員、駆けあーし!」

 号令と同時に、機動歩兵たちは上甲板の定位置へと駆け出していく。
 この艦の個艦防御火器として戦術に組み込まれている彼らには、海軍士官並みの機敏さが求められる。

「直ぐに押し寄せてくるぞ!射程に入ったものから各個射撃!」

 舷側に設けられた手すりに飛びつき、あらゆる武装を地面に向ける。
 既に要撃級や突撃級が押し寄せてきているが、俯角をかけられるように設置された速射砲が今のところは何とか出来ていた。
 クレーンが稼働し、アームを伸ばしつつ舷側を越えていく。

「死ぬ時はスタンディングモードで、ってか。
 どうせなら伝説の天然ものウイスキーも飲ませてほしかったな」

 多数の同僚たちと同じく艦外へと飛び出しつつある彼は、笑みを浮かべながら船舷から空中へとせり出していく。
 自動制御のマニュピレーターが給弾機構や動力伝達装置と機関砲を接続していく。 
 視界の中の表示に動作OKの表示が灯り、両手で保持している機関砲から振動が伝わってくる。
 多銃身がモーターによって回転を始めたのだろう。

<<なんだ、キミもあの映画を見たのか>>

 不意に寄せられた通信に、自身の分隊内通信が動作中だった事を思い出す。
 相手は、顔面と下半身に強酸を浴び、そして8492戦闘団の再生医療によって全てが跡形なく完治した元衛士だったと気づく。
 何をどうやっても絶世の美女にしか見えないが、戦地の情報が入らないと三日で発狂するのに、コクピットに入るとこれまた発狂するという面倒な病気の持ち主らしい。

「あれは名作だったな。
 しっかり砲弾を補給してくれよ?」

 異世界から持ってきたらしい8492戦闘団の戦闘団内レクリエーションVODには、呆れるほど多数の映像作品が保存されていた。
 物によって程度の差はあるが、初めから『こういう世界です』と構築されたSF系作品は、そこまで異質ではないため下士官兵の間で人気だった。
 たいていの場合、人類が必ず勝利するというそのシナリオも人気の一つであろうが。

<<任せてくれよキミ。
 いざって時は命綱で引っ張りあげてやるから、私の分も頼むぞ>>

 頼もしい言葉と共にケーブルの取り出しが終わり、上甲板からやや降りたところで停止する。
 そういえば、訓練空間では飽きるほどやったが、俺にとって実戦は初めてだったな。
 いざその場に立ってみると、驚きが少ない。
 おお、いきなり土煙が上がったかと思えば、地中侵攻してきたBETAのおでましか。
 距離は、ぎりぎり射程範囲内といったところだな。

「ラフネックス031、目標捕捉、発砲を開始する」

 さあ、どこまでできるかやってみよう。
 FCSが正常に作動していることを確認しつつ、至近距離に迫りつつあるBETAたちに狙いをつける。
 確認できたのは闘士級、戦車級の混成で300体ほど。
 艦隊や同僚たちの戦力を考えれば、数十秒で始末できるはずだ。



[8836] 第四十五話『喪失』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2020/08/31 00:40
2002年2月14日木曜日17:11 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』CIC

 合計で108発の燃料気化爆弾を搭載した27機のパンジャンドラムによる突撃。
 続けて投入された陸上艦隊による乱打戦。
 それらによって稼がれた時間で回復した砲兵と、増援を受け取って再投入された戦術機甲師団。
 BETAがいかに物量に優れた存在であったとしても、ただの地表での殴り合いでここまでされては磨り潰されないわけがなかった。
 そもそもの話になるが、物量に限った話であっても、限定的ながら砲撃を行える人類は、局所的優位に立っていたからだ。

 北部戦線のH26エヴェンスクハイヴを巡る戦いは、ハイヴ周辺の制圧を目的として軌道降下した部隊と地上部隊が 合流を果たした事で、その目的の大半を達しつつある。
 もちろんBETAたちはいつものように増援を呼び寄せた。
 だが、際限のない増援合戦の果てに、BETAたちは遂に息切れを起こし、競り勝った人類によるハイヴへの突入を許してしまったのだ。

「突入中の第569戦術機構中隊全滅。692中隊も全滅です」
「722中隊目標地点に到達、中継ポイントF022の確保を開始」
「エリアA-05に異常振動検知、大隊規模のBETAと推定されます」
「本艦搭載の機動歩兵大隊、補給を完了、ただし戦闘中のため継続的な補給が必要」
「桜花作戦東方軍集団司令部より入電、北東戦線接続点の補強完了。逆襲部隊による戦果拡張を開始」

 作戦は順調に推移している。
 ハイヴ地上構造物周辺には突入待ちの部隊と支援部隊とが行列を作っており、BETAの死骸除去すら始められていた。
 油断を誘う罠となっているのではないかと誰もが恐れを持っている。
 だが、数えきれないほどの中隊が、多数の大隊が、複数の連隊が、つまりいくつかの師団が突入しているという結果に変わりはない。
 G弾や核弾頭で吹き飛ばすのでなければ、突入と反応炉破壊はやらなければならないことだからだ。

「突入部隊はハイヴ推定深度の75%を突破、現在のところ損害は想定範囲内」

 ハイヴの中では、陸上戦艦の破壊力も、砲兵の鉄量も、戦車隊や機動歩兵による支援も期待できない。
 当然ながら、ここに来るまでの経緯から考えれば、続出と形容すべき損害を許容しなければならなかった。
 まあ、それであっても従来の常識から考えるには少なすぎる犠牲ではあったが。

「輸送陸上艦隊は砲兵の収容を開始してください。
 ここまで取り付いてしまえば、進むにしろ踏みとどまるにしろ砲兵の出番はありませんからね」

 途中参加でありながら北部戦線の指揮権を掌握したゴップ准将は、柔和な笑みを浮かべたまま命じた。
 陸上艦隊がハイヴを目視できる距離まで接近し、数個師団がハイヴへと突入している現状では、砲兵は必要ない。
 そして、陸上輸送艦という狂った装備品は複数の連隊規模の砲兵に速やかな陣地転換の自由を許すことができる。
 突撃の援護のため、あるいは防戦の支援のために、砲兵の火力は必要不可欠であるので、8492戦闘団の人間にとってそれはなにも不思議ではない手当てだ。
 それ以外の人々にとってはそもそも陸上艦という存在自体が異常であるが、便利であり、実際に役に立っているという事実が、追求の手をはね除けていた。


 機動歩兵たちは大活躍を続けている。
 もともとこの艦隊は陸上兵器としては異常な密度の火砲を備えているが、BETAの物量と行動もまた、異常なものだ。
 明らかに陸上艦艇を最高位の脅威と認識し、形振り構わず潰しに来ている。
 戦車砲に相当する155mm速射砲と、戦術機から見れば主兵装と呼ぶべきCIWSを複数搭載した艦艇が複数いたとしても、特に戦車級の波を完全に押し留めることはできない。
 
「弾をくれ!早く!」

 舷側の全周に張り付いている機動歩兵たちからの支援要請は絶えない。
 彼らは近接防御兵器としての役割を期待されていた以上に果たしているが、BETAたちの物量は想定を遥かに超えていた。

<<補給が追い付かん!艦からも人手を出してくれ!>>

 このとき、ビックトレー018号艦の上甲板には一個大隊規模の機動歩兵が展開していた。
 全員が戦車級にも効果がある武装を装備し、艦自体からの支援を受けており、それでも人手不足となるほどの圧力がこの艦には寄せられていた。
 洋上の艦隊とは異なり、地上を進む陸上艦隊には至近距離という概念が存在する。
 レーダーピケット艦による外周防御という概念は、BETAの物量を相手にした陸上艦隊という特殊な立地の場合成り立たない。
 飽和攻撃にしても常識的な数量が予想される人類同士の戦争とは異なり、陸軍師団同士の殴り合いを超える物量を敵が持っているからだ。
 
「手榴弾投擲!機関銃座は援護しろ!」

 銃撃だけでは押し留められない距離と数が至近距離まで接近した事に気が付いた士官から、手榴弾の使用許可が出る。
 通常の歩兵用装備であればわざわざ命令する必要はないのだが、彼らは倍力機構を備えた装甲服を装備していた。
 つまり、使用する手榴弾は、文字通りの手持ち榴弾であり、キログラム単位での炸薬を備えた、金属で梱包された爆薬とでも呼ぶべき存在である。
 そのため、艦への影響を考えた運用が必要とされる。

「投擲!投擲!」

 重機関銃が、対物ライフルが、機関砲が、無反動砲が猛烈な勢いで放たれ続けられる中、号令に従って凶悪な外見の手榴弾が次々と投擲される。
 倍力機構とシステムのアシストを受けた半自動投擲動作により、手榴弾たちは人力だけでは到底不可能な飛距離を叩き出した。
 それらは押し寄せている戦車級の集団の中に放り込まれ、少なくない数が踏みつぶされて無効化されるが、それでも必要とされただけの数量は起爆に成功する。
 無視できない規模の爆発が連続して発生し、それを切り裂くようにして追加の銃弾が叩き込まれていった。
 この艦に置かれた一個大隊、つまり360人ほどの機動歩兵たちは、艦上であるために艦の揚弾機や無人補給車両の力を借りており、恐ろしいことに320人が銃を持って戦っている。
 そのため、文字通りの意味での絶え間のない弾幕を張っていた。

「破片に注意!攻撃を続けろ!」

 大隊長による指揮官先頭を実践していることもあり、安全な陸上戦艦の甲板上という事もあり、機動歩兵たちの士気は旺盛。
 損害は皆無であり、弾薬にはまだまだ余裕がある。
 だが、それでも物量というどうしようもない相手の前には、焼け石に水とは言えないが、不足があった。

<<大隊指揮所より各員、これより艦隊はプランBへ移行し、各艦の距離を200mへ狭める。各中隊長は火制区画の重複に留意されたし>>

 陣地では行えない贅沢な通達が入る。
 通常、歩兵による防御線は、変更を加える場合には最低でも日数単位での調整が必要だ。
 だが、立っている地面、正確には甲板ごと移動している陸上艦隊の場合、その調整は容易に行える。
 何しろ、腰を抜かしつつ目の前の敵相手に引き金を絞っているだけでも陣地転換が行われるのだ。

「ヤベェな」

 コールサイン:ラフネックス031こと新井宮軍曹は、クレーンに吊るされて舷側を超えた状態のまま呟いた。
 彼の視界いっぱいに広がるBETA戦車級の群れ。
 それは物量に蹂躙され続けてきたというこの世界の経緯がある中でも見たことのない規模のものだった。
 絶え間のない弾幕が敵を沈黙させ、砲弾が薙ぎ払い、起爆した手榴弾たちによって消し飛ばされ、それでも敵は次から次へと押し寄せている。

<<大隊本部より各員、戦術機甲大隊による支援を要請中。
引き続き奮闘に期待する>>

 全ての搭載火器を全力で使用し、機動歩兵までを全力投入している艦隊司令部にとって、各員の奮闘に期待する以上のことはできない。
 ハイヴに突入することが出来ない以上、陸上艦隊は突入部隊の盾となり続けなければならないからだ。

 
 この時期は地球各地で戦史に残る大規模な戦闘が同時多発的かつ継続的に発生していたが、カムチャッカの地において行われたそれも大規模なものだった。
 その地において最前線を任されたゴップは、与えられた戦力を用いて最大限の成果を上げ続けていた。

 同日17時24分、ハイヴ突入部隊より玉砕の報告。敵の総数不明。
 同日17時49分、消耗していた突入部隊の最後の中隊が撤退を完了し、再構築された後方陣地へと収容される。
 同日17時55分、戦線の一部に出来た突出部に存在したBETAを殲滅。
 同日18時41分、戦線の再構築に成功。砲兵の陣地転換完了。
 同日19時11分、H26エヴェンスクハイヴへの再侵攻を開始。
 同日21時30分、第一臨時編成陸上艦隊は全ての砲弾を基準以下になるまで撃ちまくり、後退を開始した。

「もっと砲弾を積めればよかったのですが」

 後退を開始した艦内で、彼は残念そうに呟いた。
 砲身命数にはまだ余裕がある。
 そして、味方にはまだまだ火力が必要だ。
 艦隊による支援が行われている間に補給作業を完了した砲兵は既に展開を終えている。
 だが、それでは任意の場所に砲戦力を展開できる艦隊の穴を埋めきることはできない。
 前進を再開した今、艦隊が支援できないのは余りにも惜しい。

「しかしながら、戦線の維持と前進の再開ができたことは大きな成果です。
 補給部隊と合流できれば、次の殴り込みでも活躍できると思われます」

 副官の意見は正しい。
 彼が先程漏らした感想は、全軍前進に移った今だからこその贅沢なものだ。
 数時間前の、敵の前進を阻めれば全艦喪失でも安いという状況からすれば、彼の決断は大きな成果を産んだと称すべきだろう。
 だからといって、土煙を上げて前進する戦車隊や、中隊単位で固まって進む戦術機、武装ホバークラフトたちとすれ違っていれば、物足りなさを感じるのも仕方がない。

「補給が終わったら直ぐに出ます。
 補給拠点との打ち合わせは任せましたよ」

 彼がそう命じ、椅子へと座り直した瞬間。

 2002年2月14日木曜日 21時30分51秒。

 喪失が始まった。



2002年2月14日木曜日21:30 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』

「緊急!エリアE-2にBETA多数出現。
 初期照射を確認、重光線級多数と思われる、照射来ます」

 それは余りにもいきなりであった。
 敵が確認されていないはずの、地中聴音でも異常がなかったはずの場所へ突如出現したBETAたちは、多数のレーザーをもって人類側への返答を開始した。

 止める間もない、一瞬の凶行だった。

 周囲にいたオペレーターたちがゴップを押し倒すと同時に、ビックトレー018号艦は被弾した。
 レーザーは複数の方向から、同時に彼女を陵辱した。
 特徴的な形状の艦橋にレーザーが殺到し、防爆ガラスを一瞬で溶解させる。
 頑丈な装甲板に致命的な損傷を与えられるそれらは、当然ながら十分なエネルギー量を保ったまま内部へと侵入し、全てを焼き払った。
 コンソールを蒸発させ、要員を殺傷し、構造物を切り裂く。
 巨大な主砲塔へもレーザーが命中。
 赤熱した砲が脱落し、砲塔側面に融解した金属が撒き散らされる。
 装甲などあるはずもない副砲群は蒸発し、いくつかの不運なCIWSは掠めたレーザーで熱せられた機関砲弾を暴発させながら倒壊する。
 もちろん、被害は外観だけではない。
 兵員室が中身ごと蒸発し、通路が文字通り輪切りにされ、戦闘や艦の維持に必要な機材が壊滅的な打撃を受ける。
 まさしく、致命傷であった。

「艦橋全滅!」
「艦上構造物からの応答途絶、メインマストは倒壊の模様!無線室の応答なし、通信不能!」
「レーダー停止、安全のため針路を一時固定します!」
「ダメージコントロール班出動中、左舷の電路遮断が多く自動消火装置作動不能。現在手動にて消火活動中も対応は困難!」
「電路遮断は上甲板を中心に広範囲。主砲および副砲作動不能、CIWSは後部第二と第四のみ作動中!」
「機関室より報告、衝撃により主機に異常発生、出力低下中!」

 非常灯が灯されたCIC内部では、被害状況の確認と報告が入り乱れている。
 重量のある金属が曲がり、崩壊し、散らばっていく轟音により、CIC内部ですら大声が必要となっている。

「本艦はもちませんね?」

 オペレーターたちに助け起こされた彼は、落ち着き払った様子でそう尋ねた。
 彼にとって、絶望的な状況は日常のようなものだ。
 この世界にきてから些か鈍っているところはあるが、だからといって忘れられるものではない。

「電路遮断が広範囲すぎるため、復旧は不可能です。
 弾庫誘爆は射耗していたために避けられましたが、機関も間もなく停止します」

 現在のこの船は、まだ止まっていないだけという最悪の状況である。
 突然出現したBETAが光線級だけのはずもなく、直に突撃級や要塞級、後続の要撃級や戦車級によって蹂躙されるだろう。

「総員退艦せよ。
 ビックトレー019号艦へ発光信号で伝達、ワレニカワリテシキヲトレ、以上だ」

 ゴップの決断は早かった。
 友軍が前進を再開している最中とはいえ、未だにここは敵地。
 戦闘能力を失った陸戦艇一隻を守るために、艦隊を失うことはできない。

「こちらCIC、総員退艦せよ!総員退艦せよ!」

 思わず腰が浮く恐ろしい音色の警報が鳴り響き、直ちに退艦可能な全員に行動するよう命じる。

「総員退艦を命じます。
 規定Z-13に従い、本艦内における准将閣下の指揮権を退艦完了まで一時剥奪します」

 人間の損耗を避けるために設けられた絶対のルールに従い、オペレーターたちは装具を整えつつ命じる。

「まったく、こんな見麗しい女性たちにここまで思われて、私は幸せものですね」

 彼も手早く装具を整えつつ、一切の異論なく退艦を開始した。
 のんびりしている暇はない。
 直ちに僚艦へと移乗し、艦隊の指揮を再度掌握しなければならない。
 状況をミリ秒単位の遅れで把握している上位司令部の指揮に不安はないが、前線にいて指揮を取れないというのはストレス過剰すぎる状況だ。
 彼の戦意は旺盛であり、それは全ての戦線の全ての将兵に些かも劣るものではない。
 旗艦喪失という状況において、それでもカムチャッカ戦線は前進を継続しようとしていた。

 ビックトレー018号艦の喪失は、戦域司令部にとって大きな衝撃を持って迎えられた。
 損失自体は大きな問題ではない。
 彼らにとって、製造に馬鹿げたコストの掛かる陸戦艇だが、そうであっても替えの効く兵器の一種類でしかない。
 そこに座乗していた貴重な指揮官の生命が無事とあれば、これはもう、単なる駒の損失のレベルまで程度が落ちる。
 最前線の兵士達からすれば当然別の意見があるが、とにかくその程度の重要度であり、そもそも戦闘艦艇の喪失とは常に想定されていなければならない事だ。
 そんなことよりも、彼らが受けた衝撃の発生源は、理由となったものだ。
 
 全くの前兆なしの増援?
 今までであればそういう事もあったたかもしれないが、現在の人類には8492戦闘団がついている。
 新たな工法を見つけたのか、あるいは短距離ワープでも発明したのか。
 理由は分からないが、ハイヴ付近だけと限定しても、重光線級の集団を前線に送り込めることは恐ろしい。
 陸上艦隊に限らず、通常の戦術機甲部隊であっても、位置関係を無視してのそれは戦術を根底から覆してしまう。
 後期のカシュガルハイヴ攻略戦のように、地上部隊は全滅を前提にひたすら撃ちまくるしか選択肢がなくなってしまうからだ。



2002年2月28日木曜日07:30 朝鮮半島北方 国連信託統治地域 ビックトレー級陸戦艇『リョジュン』 桜花作戦臨時司令部
「報告、第三次H26攻略部隊は全滅。
 第四次攻略部隊の編成は完了済みです」

 現在のこの地において、人類は8492戦闘団出現以来の初めての劣勢を経験していた。
 陸上艦艇64隻、軌道爆撃機128隻、戦術機25,651機、支援車両210,242両。
 冗談のような数量が、一ヶ月にも満たない期間で失われている。
 ここに加え、前衛を8492戦闘団が強引に受け持ったことからとはいえ、人員の損失が0という点も冗談のようである。
 
「重点攻略対象であるГ(ゲー)標的01、02ともに健在。」

 г標的と呼称される未確認種は、9つの照射膜を持ち、50以上の小型衝角触腕と、要塞級と同等の大型衝角触腕を一つ持つ化物である。
 全てを叩き落とすガトリング照射は制圧射撃を全弾迎撃し、全門を用いた極大照射は師団の半数を一撃で薙ぎ払った。
 ここに既存のBETAたちが同道する事で、人類は死に物狂いで奮闘し、後先を考えない増援投入を行って初めて後退を免れるという苦戦を強いられている。

「3度目の正直でも駄目か。とてもやりたくないが、プランBだな」

 この日、俺は8492戦闘団の司令部を朝鮮半島へ移し、作戦指揮を取ることとなった。
 全く呆れたことに、BETAたちは単体相手に戦略レベルの対応が必要な個体を、二つも投入してきたからだ。

「H08およびH12ハイヴ攻略完了を確認。
 H05、09、16、17、18、19ハイヴ攻略戦において、Г標的の存在は現在確認されておりません」

 BETAより多い戦術機を、BETAより多い砲弾を前線に展開し続ける。
 8492戦闘団の戦略は、物理的な意味で困難であるという点を除けば、非常にシンプルで有効なものだ。

 結果として、大苦戦を強いられているカムチャッカ戦線ではハイヴ攻略以前の状況でありながら、それ以外の全戦線での突破を実現している。
 予算的な何かがあるのか、ハイヴ間での政治的な強弱があるのかはわからないが、とにかく他のハイヴにはГ標的がいないからこその快挙だった。
 ヨーロッパ方面では既に『後方』という言葉が生まれ、拡張され続ける港湾に付随する工業地帯が稼働を始めていた。
 全く素晴らしいことに、アメリカ欧州軍に至ってはプレハブながら歓楽街の建設すら始めたらしい。
 人類が一度は追い落とされた欧州という場所。
 8492戦闘団の戦力が投入されているとは言え、人類は確かにそこへ戻ってきていた。
 
 アフリカ方面では、既にアフリカ大陸は完全に人類の勢力圏としての立場を確保している。
 彼らから見た前線とは、地中海によって分断はされているものの攻め進んでいく過程の地点であり、その線は東進を続けている。
 
 東南アジア戦線も同様だ。
 北上以外の言葉はなく、しかもそれは実際に進められている。

 極東戦線も西進を続けているが、これはカムチャッカ方面の遅延を受けて歪な戦線構成をしていた。
 北ほど進んでおらず、南ほど進んでいく。
 本来であれば瓦解してもおかしくない形となっているが、今のところは計画の遅れという一言で済まされる程度の誤差だ。

「カムチャッカ戦線からの部隊を主攻撃とし、それ以外の全戦線を助攻撃とした当初の作戦案は崩壊してしまった。
 だが、BETA達が生真面目にこちらを向いていてくれるおかげで、ヨーロッパおよび極東反攻は順調以上に進んでいる。
 人生万事塞翁が馬とは言ったものだな」
 
 続々と押し寄せるBETAの増援すら受け止めているカムチャッカは文字通りの地獄であるが、それ以外の地域の進捗を考えるに、人類は負けてはいない。
 逆に、押しているとすら言える。
 であるならば、思考の転換を行うべき状況と判断すべきである。
 敵戦線の突破という目標は残したままで、カムチャッカ戦線を囮とし、それ以外の戦線の突破のための材料と考える。
 何しろ敵が勝手に注目してくれているのだ。
 この状況を利用できないのであれば、指揮官としては無能以下の何かだ。

「8492戦闘団指揮官よりH26ハイヴ第四次攻略部隊へ攻撃開始命令。
 今度という今度こそ終わらせるぞ」

 増産に努めたMLRSと陸上アーセナルシップ、戦術機だけの戦術機甲師団、陸戦強襲型ガンタンクだけで構成された戦車師団、諸兵科連合を突き詰めた通常編成の師団。
 それら全てを、完全充足状態で用意した。
 これで駄目なら次は衛星軌道以上からの第二宇宙速度絨毯爆撃しかないと言うレベルの陣容を用意した。
 それでも障害を乗り越えることは困難かもしれないが、ここの突破に時間がかかった結果として、他の戦線の突破が進むのであれば、最終的な収支はプラスだ。
 人類がBETAに勝つという大目標の前に、取り返しがつくレベルの作戦変更は誤差といえる。

「作戦参加全部隊に通達、アイリーン、繰り返す、全部隊アイリーン」

 オペ娘から作戦開始の符牒が伝えられる。
 BETAは無線傍受の類は行っていないはずであるが、これは人類の軍隊としてのお約束のようなものである。
 その符丁に不吉なものがないとは言い切れないが、なあに、符丁は符丁、何であろうと勝てばいいのだ。



[8836] 第四十六話『物量』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:84a555e7
Date: 2017/09/05 02:19
2002年2月28日木曜日07:30 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団B戦線 ソビエト地上軍極東連邦管区軍統合砲撃任務部隊 指揮所

 ギジガは、エヴェンスクの東方に位置する小さな港街であった。
 あったと過去形で表記される理由は、当然といえばそうであるが、既にこの地がBETAによって蹂躙されて久しいからである。

 この場所は、街を作るには微妙な場所である。
 最寄りの大都市は大自然を通り抜けた先、60km向こうにあるエヴェンスク。
 北には何もなく、西も100km単位での移動が必要だ。
 南には海が広がっているが、そこは一年の大半が氷で閉ざされている。

 だがこの日、ここには多くの軍人たちがいた。
 陸上艦隊で乗り付け、必要な装備を展開し、作戦開始に備えている。
 この場所は人が住むには、あるいはそこへ行政サービスを提供するには難しい場所である。
 しかし、膠着状態の最前線の後方として砲兵を配置するには程よい場所であったのだ。
 特に、エヴェンスクにそびえ立つ忌々しいハイヴを破壊するための砲兵を配置する必要があり、それを可能とするあらゆる物資と装備が揃っている場合には。


「司令部より入電、作戦符丁アイリーンを確認。繰り返します、アイリーンを確認」

 作戦は予定通りで開始されるようだ。
 この地を任されているソビエト連邦地上軍を指揮するボルドゥイレフ上級大将は、正面に設けられたスクリーンを睨みつけつつ口を開いた。
 
「攻撃開始」

 栄えあるソビエト軍人として、他国の人々に何から何まで任せっぱなしという現状に思うところはある。
 だが、今の彼は戦後のパワーバランスを心配する政治家ではなく、敵と相対した軍人だ。
 それ故に、やるべき事は非常にシンプルである。

「指揮所より全部隊、攻撃開始、攻撃開始」

 オペレーターが命令を伝えるその先には、この地に展開した呆れるほど大量の砲兵部隊がいた。
 その数、ソビエト管轄のロケット砲だけで8,000門である。
 この数字は、史実におけるソビエト地上軍が1990年当時装備していた全て(つまり東独からオホーツク沿岸までの全て)と同数だ。
 自前だけでは兵員が足りず、周辺に展開する護衛と砲兵の過半数、支援部隊の大半と物資の全てを8492戦闘団から提供されているが、それでも彼らの呼称はソビエト地上軍だ。
 世界が認め、8492戦闘団が了承し、彼らがそう名乗っている。
 異常な数を極めて狭い地域に押し込めて実施されたその攻撃の光景は、キリスト教徒であれば黙示録の世界だと称するであろう凄まじさを誇っていた。
 一作戦の、それも一部の戦線で、たった一つの敵拠点を攻略するために、8492戦闘団はこれだけの戦力と、それを展開するための陣地構築を行っていた。
 砲兵の内訳は、呆れたことに100%が9P140で構成されている。

 つまり、ボルドゥイレフの簡潔な命令は、8,000門の16連装220mmロケット砲から、128,000発の対地ロケットを発射するためのものだった。
 十分な車両間隔を開け、陣地間の配置を工夫し、バックブラストが後方の車列にかからないように整備し、それでも莫大な面積を必要とした陣地から、凄まじい土煙が舞い上がる。
 土煙と発射煙、そして雪煙によって一瞬で周囲の視界は失われ、その中を噴射炎を輝かすロケット達が次々に飛び立っていった。
 ソビエト地上軍の基本は砲兵により敵を叩くことにあるが、これはやり過ぎだと言えるであろう。
 BETAが、それもよりにもよってГ標的二体が相手でなければだがの話だが。

「全弾の発射完了を確認」
「空母リガより入電、艦載機発艦作業は予定の90%の進捗」
「再装填作業開始、装填完了まで残り20分」
「敵照射来ます」
「全弾正常に飛行中、敵の迎撃が開始されました!」
「自走砲部隊、発射準備完了。いつでも撃てます」

 8492戦闘団から現地指揮所簡易キットとして提供された施設の中で報告が乱れ飛ぶ。
 壁面に掛けられた大型モニターに情報が表示され、ユニット化された個人用コンソールにはソビエト地上軍としての訓練しか受けていない人々がいる。
 だが、提供された機材は高性能かつ便利であることを除けば、完全にソビエト軍のフォーマットに合致した仕様でデザインされていた。

「攻撃を続けろ、再装填急げ。
 第二次攻撃は所定の方針通り2,000基ずつだ」

 オペレーターの悲鳴のような報告に、彼は冷静に、だが力のある言葉で返答した。
 この場所に人類が持ち込んでいるのは、ロケット砲だけではないのだ。



2002年2月28日木曜日07:32 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団B戦線 国連第11軍統合砲撃任務部隊 自走砲陣地

「指揮所より攻撃命令」

 ロケット砲の陣地より15kmほどハイヴ手前に設けられた砲兵陣地には、3,700両の99式自走榴弾砲が展開している。
 彼らの仕事は、20分かかる9P140の 再装填時間の間だけГ目標を忙しくさせることにある。
 もちろん、迎撃をすり抜ける余裕が生まれれば、突撃破砕射撃や準備砲撃としての役割も期待されている。
 
「射撃命令、全部隊、効力射、座標は変更なし」

 通信士が無線機に向かって効力射の命令を伝える。
 この地域での戦闘は前線の維持を目的として停止しておらず、効力射を行うための観測は済んでいるのだ。

「照射を確認、前線観測班からの報告ではロケットは全弾迎撃された模様」

 現在のГ標的は最前線の部隊が行う嫌がらせの砲撃を迎撃することに文字通り目を奪われているが、それでもこちらの砲撃に対する迎撃はしっかりとしている。
 普通の軍隊相手であればこれでケリが付くような史上空前規模の砲撃戦でありながら、BETAたちは健在だった。
 今のところは。
 この自走砲部隊は、一国の全装甲車両を結集したよりも多い台数を持ちながら、この瞬間まで修正射を行うに留めていたのだ。
 彼らの修正射とはそれだけでもBETAの圧力を一時的に減じさせるだけの破壊力だったが、それでも修正射とは試し撃ちに過ぎない。
 つまり、彼らが砲撃を開始するという事は、先の9P140一斉砲撃と同じく、状況を変える力となる。
 余談であるが、99式自走榴弾砲は毎分6発以上の砲撃能力を持っている。

「統制射撃開始まで五秒、四秒、三秒、発射、今」

 カウントダウンの終わりと同時に、この陣地の指揮所は強い衝撃に襲われた。
 キロメートル単位で離れた個所からでも聞こえる発射音が、目と鼻の先で一斉に鳴り響いたのだから当然である。
 当然であるが、効力射であることから、その衝撃は断続的なものである。

「効力射初弾に対する照射を確認、全弾には行われていない模様」

 その報告に指揮官は表情を綻ばせる。
 Г標的の能力と、それに守られた光線級たちの迎撃は恐ろしいものであった。
 だが、そんな彼らをしても、3,700発の砲弾全てを一度に迎撃することはできなくなりつつあるようだ。
 当然だが次の照射で潰されてしまうだろうが、その分だけ第二射の一部が接近できる。
 それも、その次の第三射も、第四射も、BETAに届くことなく迎撃されてしまうだろう。
 だが、その間に何もしないで空を見上げているほどこの戦場は暢気なものではない。

「支援艦隊より入電、艦載機第一波による長距離攻撃が開始されます」

 待ちに待った報告に、中央モニターに視線を戻す。
 広域を表示する部分に、海上より接近しつつある航空機部隊の部隊表示が複数あった。
 


2002年2月28日木曜日08:10 ソビエト連邦領海 桜花作戦北方軍支援艦隊 旗艦『空母リガ』

「陸は苦労しているようですな」

 発艦作業が続けられ騒がしい艦橋の中で、艦長は他人事のようにそう言った。
 整理整頓されているにも関わらず五月雨式に入ってくる報告を聞くに、人類史上空前規模の砲撃戦は、今のところその大半を迎撃されているらしい。

「だからこそ、私達がここに来た意味があるというものです」

 この艦隊を預かるウィラード合衆国海軍中将は静かに返した。
 艦隊指揮を任された彼は、合衆国海軍の航空母艦も展開している海域であるにも関わらず、この艦に座乗させられていた。
 理由は単純で、政治的配慮というやつだ。
 この作戦は、中将の祖国とソビエト政府、そして8492戦闘団の余計な配慮のお陰で、あくまでもソビエト連邦の要請に基づく多国間協力という体裁を取っている。
 主体はあくまでも、書類上だけでもソビエト連邦にあり、他国は要請に基づいて派遣されたという形を強制されているのだ。
 既に戦後は始まっているな。
 そんなことを一瞬思いつつ、中将は艦長との会話に意識を戻す。

「確かにそうですな、それにしても、やはり空母は航空機を発艦させないと!」

 ウィラードに対して艦長は笑顔で答えると、艦橋から見える甲板を眺めた。
 そこには、光線級出現以来途絶えて久しい光景が繰り広げられていた。
 格納庫から運び出され、エレベーターで甲板上に現れる航空機。
 甲板上で整備員による点検を受ける航空機。
 カタパルト横で発艦準備中の航空機。
 今まさに飛び立とうとする航空機。
 そこかしこに航空機がいた。

「全く同意ですよ、同志艦長殿」

 ウィラード中将は破顔すると、周囲に目をやった。
 実際には視界に入るような至近距離にいるわけがないが、それでも発艦を続ける僚艦が見えた気がした。
 現在のここには、世界の海軍力の大半が集結している。
 合衆国海軍だけでもミニッツ、ドワイト・D・アイゼンハワー、カール・ヴィンソン、セオドア・ルーズベルト、ロナルド・レーガン、ジョン・C・ステニスが展開している。
 言うまでもないがそれらの護衛を務める艦艇もだ。
 もっとも、彼女たちの仕事はトマホークや嫌がらせ目的のハープーン対地モードの斉射であるが。
 とにかく、それ以外の全ての航空母艦も欧州方面に動員されており、そちらも含めた全てが航空機による攻撃を行っていることを考えれば、彼が破顔する気持ちも理解できる。
 
 別に、人類は光線級をどうにかする方法を見つけることが出来たというわけではない。
 その迎撃を突破するための物量を手に入れることに成功しただけの話である。

「飽和攻撃による敵防空網突破。
 そのようなやり方があるのですな」

 艦長が改めて口に出したそれは、陸軍が総力を上げて実施している作戦の総評であるといえる。
 なるほど、たしかにBETAは恐るべき迎撃力を持っている。
 では、その限界を超えてやろう。もちろん、海空軍も参加して。
 そういうことだった。

「それにしても、無人戦闘機とはいえ、これだけの物量を使い捨て前提でとは、資本主義に対する考え方を改める必要があるようですな」

 あくまでも冗談の意味合いだけを持つ声音で艦長が続ける。
 桜花作戦に参加する全ての航空母艦は、8492戦闘団が提供する無人攻撃機X-47Bを使用している。
 試作機を示すXがついているのは、あくまでもこれは試験飛行という体裁を取っており、正式な合衆国海軍機としてはいないからだ。
 とはいえ、空を埋め尽くすほどの数量から撃ち出される、水平線を埋め尽くすほどの空対地ミサイル一斉発射は見ものであった。
 一機あたり二発の誘導弾、さらに発射完了と同時に散開する各機から射出される探査UAVたち。
 もちろん母機も誘導弾とは別の軌道でハイヴへ向けて全速前進である。
 史実で全盛期のソビエト空海軍総力と、合衆国空海軍総力が激突したとしても、ここまでの航空ショーは見られなかっただろう。

「8492の考えることは資本主義を信ずる我が国であっても理解できませんよ。
 格納庫を埋め尽くす無人機を、その装備から燃料から全て、必要な資機材含めて乗せられるだけ、ですからね。
 おまけに、彼らは空母を持っていないはずなのに、こちらのクルーに教育を施す余裕すらあった。
 全く理解できないことです」

 機密が漏れている。
 そのような生易しい話ではない。
 8492戦闘団から送られてきた支援要員や教官たちは、すべての船のすべての部署で、まるで生まれてから今までずっと空母勤務を続けていたかのように練達している。
 何をどうやったのかはわからないが、自分は軍人なので戦後をどうするという難しい話はわからないが、それでもこのままではマズイ。
 そう考えさせられる出来事が続いている。

「SLBM第一派の発射完了を確認しました」

 オペレーターから報告が入る。
 本来であればそれは世界の終焉を意味する人類最大の愚行となるが、この場においては単なる嫌がらせ攻撃の一つでしか無い。
 
「潜水艦発射型弾道弾にもこういう使い方があるんですな」

 艦長が呟く。
 それには彼も同意であった。
 通常弾頭のSLBM一斉射撃。
 一秒だけでも、あるいは一門だけでもГ標的や光線級の照射を逸したい。
 その思いから、国連軍はこの作戦にありったけのオハイオ級とタイフーン級をかき集めていた。
 その数、オハイオ級で19隻、タイフーン級6隻、つまり全てだ。
 少しでも多くのミサイルを叩き込むため、そのような措置が取られている。
 当たり前であるが核弾頭は外されており、通常弾頭に替えられているが、それでも命中した場合の破壊力は大したものである。
 実際には命中することはBETAの防空能力から考えてありえないが、1秒だけでも光線級たちの視線を独占し、Г標的の体を僅かにも陸上部隊から逸らせる事ができれば儲けものという判断だ。

「これに加えてそちらの空軍の、ええと、空中発射巡航誘導弾、略してALCMでしたかな?
 それも全力投入させるとは、確かに軍大学では選択と集中という言葉を習いましたが、たしかにあの言葉は真理でしたな」

 艦長の言葉を補強するように、レーダー探知の報告が入る。
 艦隊の防空域に進入したALCMの集団を探知したのだ。
 今のところは地球の形状の関係で迎撃されていないが、先程のSLBMも含めて、これらは間もなく全弾が迎撃されるだろう。
 超音速を出そうとも、文字通りの光の速さで殺到する光線級の迎撃に耐えられるはずがない。
 雲霞の如く殺到する無人攻撃機からの攻撃もそうだ。
 Г標的二体に支えられたBETAの大集団とは、それだけの迎撃能力を持っている。
 
「おお、これが一個師団を吹き飛ばすとかいうあれですね」

 水平線の彼方から上空の一部分を薙ぎ払う照射が目に入る。
 連鎖的に爆発しているのはALCMの一部なのだろう。
 撃て撃て、全部迎撃しろ。
 ウィラードは口元を歪めた。
 BETAどもから見ればいつもの人類の愚行に見えるだろう。
 それがいつもとは違うと彼らが理解できた時、全ては終わる。



2002年2月28日木曜日09:50 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団A戦線 国連第11軍8492戦闘団前線指揮所

「SLBMおよびALCMの全弾発射完了を確認、敵の迎撃は続いていますが、予定の97%まで迎撃位置は後退しています」

 作戦第二段階発動の条件が整ったことを示す報告が入る。
 そもそもの話として、砲爆撃に対するBETAの迎撃能力は極めて高い。
 航空機はもちろんのこと、長距離誘導弾、間接照準射撃、不用意に高度を上げた戦術機に至るまで、彼らはその全てを百発百中の精度で迎撃してしまう。
 だが、従来であればそれはあくまでも百発百中なだけであり、無限の火力を持っているわけではなかった。
 そのため、飽和攻撃を長時間継続することにより光線級の隙を作り、地上部隊が突撃をかけることで突破が出来ていた。
 それは間違いのない事実なのだが、一騎当千の言葉が相応しいГ目標の出現で、そのやり方ができなくなってしまっている。

「ALCM第三派全滅、第四派も照射を受けています」
「対地ロケットによる砲撃は今回も全弾迎撃されました」
「自走砲群攻撃を継続中」

 前線部隊のガンカメラからの映像だけでも、BETAたちの迎撃の凄まじさが容易に見て取れる。
 文字通りの勢いで絶えず光線が放たれ、空中で爆発が発生する。
 映像から見て地面と水平に放たれているものは、恐らく飛翔中ではなく地平線を超えた直後のものすら迎撃する余裕があるという事だろう。

「突撃開始」

 報告を受け取ったゴップ准将は、揮下の全部隊に対して簡潔極まりない命令を下した。
 別に彼が恐怖や絶望から発狂したわけではない。
 作戦要項に従い、条件を満たしたために予め定められた命令を発したに過ぎない。

「前線指揮所より各隊へ、突撃、突撃、突撃」

 同じく簡潔極まりない情報を各級指揮官に伝えるオペレーターから主モニターへ視線を移し、ゴップは思った。
 敵の迎撃は明らかに弾道弾に対する高い優先度を感じさせるものだ。
 Г標的の一体は明らかに弾道弾迎撃のために地上部隊から目を離している。
 もう一体の方は地上部隊に張り付いているが、そのせいで通常の光線級は全てが砲撃の対応に没頭されていた。
 そんな中で、切り札であるГ目標を二体使用しなければ止められない複数師団規模のバンザイアタック。
 先鋒は全て戦術機のみの構成とし、中衛は陸戦強襲型ガンタンクのみ、後衛は61式5型のみ。
 それらを補佐する目的で通常編成の師団も当然続く。
 その全てが定数を満たした完全編成であり、つまり補佐目的に用意された師団は、師団砲兵や各級部隊が持っているべき砲兵戦力を持っている。
 
「全部隊の移動開始を確認、地上艦隊による面制圧を開始します」

 報告が入るなり、頑丈に作られた半地下陣地の指揮所にも衝撃が加わる。
 すぐ近くに展開している陸上艦隊の艦砲射撃が開始されたのだ。
 その衝撃は、陸軍が運用する重砲とは次元が異なる。
 艦砲なのだ、当然である。
 
「さて、BETAさん達のお手並みを拝見といきましょう」

 ゴップは指揮官席に座ると、その顔に柔和な笑みを浮かべた。
 アーセナルシップを含む陸上艦隊の砲撃開始に伴い、砲撃の数量は飛躍的に増大する。
 艦砲もそうであるし、艦載機部隊による長距離攻撃も始まったからだ。
 砲爆撃の迎撃をこれ以上優先すれば地上部隊を止められない。
 散開しつつ殺到する地上部隊を吹き飛ばしていれば、今度は砲爆撃を止めきれない。
 そして、そのどちらもが、BETAたちを叩き潰すまで絶えず押し寄せる。
 いずれを優先するのも彼らの自由であるが、この戦場での勝利はこちらで確定させてもらう。



2002年2月28日木曜日11:11 ソビエト連邦領 桜花作戦北方軍集団A戦線 H26エヴェンスクハイヴ付近 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 第一陸戦隊第198特殊戦車大隊

「全部隊突入を継続せよ!突撃!突撃!」

 中隊単位で固まった戦術機やガンタンク、ヴァンツァー達が突撃を継続する。
 大隊規模以上で固まればГ標的の攻撃を受けて全滅してしまうため、この地に投入された部隊は個々の兵器の機動力に頼った突撃を余儀なくされていた。
 だが、ハイヴへの突入、それもГ目標二体が守るH26への突入路構築を想定して編成された彼らは、指揮系統やその他の戦力を全て別の師団に依存する師団単一機種編成をとっている。
 通常であれば、師団というものは完結して行動することが出来る、諸兵科連合の完成形の一つでなければならない。
 歩兵がいて、戦車がいて、砲兵はもちろんのこと、補給や整備、通信に警務とおよそ陸軍に必要とされるあらゆる兵科を加えて初めて師団と名乗れるはずなのだ。
 全て単一の機種というこの構成は、普通であれば師団と呼ぶことはできない。
 だが、現在のこの地では、軍団を大きな師団とみなし、連隊や大隊を小隊や分隊のように扱うことが求められていた。

「光学切れ!カメラが焼けるぞ!」

 極大照射による強烈な閃光が進路右側を走る。
 戦術ディスプレイが一瞬乱れるが、次の瞬間には正常に戻り、一個大隊が消滅したことがわかる。
 部隊を分散させて突撃している効果は出ているらしい。
 何しろ、Г標的の極大照射で、たったそれだけの損害しか出なかったのだから。

「進路そのまま!目についた敵を撃ち続けろ!」

 砲爆撃は途絶えることなく続いている。
 それらを一発残らず迎撃しつつ、BETAたちは地上部隊への迎撃を行ってくる。
 大変ご苦労な事であるが、今回の地上部隊はそのような片手間で相手ができる存在ではない。
 この部隊は陸戦隊という名前ではあるが、大隊全てが戦車で構成されている。
 そしてここはBETAの影響で起伏に乏しい荒野。
 戦車戦を展開するには、図上演習ですら想定されないほどにおあつらえ向きの最高の地形である。

<<198-280より198指揮へ、衛星からの誘導は正常に作動中、新たに687個の目標を設定しました>>
<<198指揮より各車、Г標的1号の攻撃により199大隊が消滅!作戦に変更なし!>>
<<臨編第一指揮所より198各車、Г標的2号は無人機空爆に誘引されつつあり>>

「241より242、243、244へ。飛来物に注意しつつ進路を維持、発砲は自由、送れ」

 第198特殊戦車大隊241号車のパイロットは、ディスプレイから周囲の情報を確認しつつ僚車に命令する。
 彼は陸戦強襲型ガンタンクのパイロットであり、四両で構成される戦車小隊の小隊長でもあった。

<<242了解>><243了解>><244了解>>

 部下たちの復唱に満足し、注意を前方に集中させる。
 この小隊は大隊の端を担当しており、Г標的が優れた速射能力を持っていたとしても、さすがに自分たちを破壊できる位置に撃ってくるとは考えにくい。
 そのため、進路の維持を優先させていた。

<<こちらHQ、揮下全部隊へ通達、この機を逃すな、パンジャンドラムを全機を投入する>>

 その通信内容に、第198特殊戦車大隊B中隊41号車パイロットは口元を愉快そうに歪める。
 パンジャンドラムは、昔はさておき、現代においては陸戦の華の一つに数えられる兵器である。
 自衛能力はそれほどでもないが、地上部隊の支援を受けて敵陣に突入できた場合の破壊力は、一発あたりで戦車中隊に匹敵する。
 何発揃えようとも戦線を形成する能力はないが、何発も突入させることで、戦線の維持を極めて容易にすることができるのだ。

<<241、機嫌が良さそうだな>>

 陸戦強襲型ガンタンクは、実は一人乗りである。
 だが、高度な指揮統制システムにより、左右を進む僚機、周囲の友軍機、後方の指揮所、必要であれば全軍との情報連結が行える。
 そのため、孤独感とは無縁の戦闘を楽しむことができるようになっている。
 例えば、今のように車両間通信で私的な会話を行っているように。

「243、確かお前も墨田川の花火大会には毎年顔を出していたんじゃなかったか?」

 この大隊に所属しているパイロットたちは、全員が日本帝国から派遣された元傷病兵だった。
 さすがにトラウマで前線に立てないものは採用されていないが、戦傷で手足が奪われていようと、目や耳が失われていようと、問答無用で採用されている。
 当然であるが、この世界に生きる人々をエンジェルパックやB型デバイスにするような非人道的行為は行われていない。
 彼らは全員が成体クローン技術や義体化技術を用いて健康であった頃と同等の肉体を取り戻しているのだ。

<<244より241、今年の夏は、戦車級18、はぐれですね撃ちます>>

 軽口の応酬のさなかで接近警報に気づいた44号車が発砲を宣言する。
 
<<244撃破は18体、残敵無し、今年の夏は小隊長殿の艶姿を見せていただけるわけですね>>

 44号車パイロットは弾んだ声でそう言う。
 ちなみに、彼女は女性であり、41号車パイロット、つまり小隊長も女性であるが、彼女たちはそういう関係だった。

「244、実は帰国したらすぐに新しい浴衣を頼む準備を整えてある。
 242と243に見せつけてやろう」

 今は2月であるが、彼女たちは最短でも6月までは帰国することはできないと伝えられていた。
 それを逆に夏の花火大会までには帰国しようとモチベーションに繋げるあたり、彼女たちは戦時下の女性であった。

<<242より243、昨夜の戦果の報告はまだか?全世界は知らんと欲す>>
<<243より242へ、財布の中身が消滅、状況に進展なし>>
<<242より243、貴官には失望した。突撃級2、これもはぐれか、撃ちます>>

 42号車と43号車のパイロットは士官学校の同期であり、同じ部隊に配属された同僚であり、死の8分を重傷で乗り切った傷病兵であり、ともに義体化手術を受けた患者であった。
 どちらかといえば二人とも二枚目であったが、女性に対する縁が不思議なほど無いという共通項を持っている。
 ちなみに、戦闘能力には全くの不足が無い。

「198-241、198指揮、パンジャンドラム投入路への支援攻撃の許可を求む」

 小隊長は突撃を開始した弐式パンジャンドラム・スーパー改後期型Bタイプたちのために進撃路を拓く許可を申請した。
 砲爆撃による面制圧が阻止されている今、戦線を突破してГ標的や光線級へ突入するためには彼らが必要であるからだ。
 そして、適切であるとしか称しようがないその申請は承認された。
 ここに至るまでの損害は三個師団と一個大隊。
 ハイヴに突入するための費用としては、十分に許容範囲と呼べるものだった。



2002年2月28日木曜日13:50 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団A戦線 国連第11軍8492戦闘団前線指揮所

「爆破実行を確認、観測機器調整中」

 大量に投入されたパンジャンドラムたちの一斉爆破により、一時的に前線観測が途絶える。
 機器が破壊されたわけではないが、投入された物量の関係で、破壊力で言えば原子爆弾以上の爆発が発生したためだ。
 一発の威力は大きな爆弾程度であるが、数が桁違いである。
 少しばかりの時間をかけて確認された成果は、大変なものであった。
 生意気にも迂回しつつあった突撃級、消滅。
 人類史上初めての数量をカウントしていた要撃級、全滅。
 文句の言いようがない大勝であった。

「敵残存戦力に対する掃討戦へ移行」
「地上部隊の損害が有意に低下、現在100mあたり戦術機30機まで減少しています」
「BETAの行動に混乱を確認、迎撃効率が異常に低下している模様」
「航空爆撃第21派に対する敵の迎撃を確認できず、全弾が飛行中」
「砲撃は全弾が目標付近に命中、次回砲撃以降より弾着位置を500m前進させます」
「ALCM順調に飛行中、敵の迎撃を確認できず」

 8492戦闘団がこの戦場に持ち込んだ戦力は、その他の全世界の戦線にも注力しているとは到底思えない規模であった。
 とはいえ、北方軍集団以外の全ての担当地域では勝利を重ねているため、決してここが手抜きをされているとは言えないが。

「ここで立て直されては困ります、特務の準備はどうか?」

 前半は穏やかに、後半は表情だけは穏やかにゴップが訪ねる。
 その部隊は、名前の通り特殊な任務のために用意されていた。

「特務第一陸上艦隊、主砲砲撃を継続中ですがいつでも突入できます。
 搭載部隊も砲撃を中止次第発艦準備に移れます」

 それは敵の攻撃を一身に受けるために用意された特別部隊である。
 主力は地球連邦地上軍で採用されていたヘヴィ・フォーク級陸上戦艦へ127mm速射砲とCIWSを複数搭載した四隻。
 彼女たちの内部にはそれぞれ大隊規模の戦術機が搭載され、これに武装ホバークラフト連隊が追従し、そこに搭載されたヴァンツァー連隊が近接防御兵器としての役割を担う。
 その目的は単純だ。
 Г標的の破壊、もしくは攻撃を一身に引き受けて他の地上部隊か対地誘導弾がГ標的を破壊することを支援する。
 つまり、実に高価で、破壊的な移動目標。
 たったそれだけを、目的としている。

「突撃を開始させてください」

 報告の内容に満足したゴップは、姿勢を少しだけ楽にした。
 やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが、無事に終わりそうだな。
 人類の総力戦を軍高官として乗り切り、この世界では歴戦の前線指揮官をうんざりするほど経験から出てきた彼の個人的感想は、それから19時間後に現実になった。


 2002年3月1日金曜日0850時、H26ハイヴは莫大な犠牲の果てに陥落した。
 Г標的2体は撃破され、反応炉も機能を停止したのだ。
 もちろん、計測不可能なレベルで蠢いていた各級BETAたちは攻撃圏外に撤退できたものを除いて全て撃破されている。

 
 アフリカの安全は確実なものとなった。
 欧州では西岸部の復興事業すら開始された。
 南北米大陸はいうまでもなく人類の領域である。
 オーストラリアにはそもそもBETAは存在していない。
 日本は、中国東部は、ソビエト極東は、人類にとって安全な領域となった。
 つまり、人類は遂にカシュガルを、H01ハイヴを射程に捕らえた。



[8836] 第四十七話『桜花作戦の現在』
Name: ちーたー◆7e5f3190 ID:afa16b85
Date: 2020/08/31 01:09
2002年3月13日水曜日 10:00 ソビエト連邦 極東連邦管区 祖国解放戦線司令部 旧称『H26 エヴェンスクハイヴ』

 祖国解放戦線とは、怪しげなテロ組織の名前などではなく、以前はカムチャッカ戦線と呼ばれていた地域を、ソビエト政府が改名したものである。
 国際協調の名のもとに国連加盟国がそれぞれの軍を置き、8492戦闘団の膨大な戦力が主戦力となっているが、それでもソビエト地上軍の管轄となっていた。
 司令部が置かれている場所は、かつてはH26エヴェンスクハイヴと呼ばれていた地だ。
 そこは世界中に点在する人類の絶望の象徴の一つであり、今作戦においては過去形ながら最大の激戦地でもあった。
 だが、3月13日現在、破壊されたモニュメントを切り出して作られた会議卓が見どころの、人類の軍事拠点に過ぎない。
 ちなみに、会議室が使用されていない時であれば1,200ルーブルを支払う事で見学をすることができるが、保安上の理由から、無許可での撮影は禁止となっている。


「最前線でも戦意高揚の余裕がある。感激です」

 撮影を終えた軍広報官が万感の思いを込めて言葉を発する。
 彼は、肩を組んで笑みを浮かべた佐官たちの記念撮影を終えたところであった。
 今までの職務は、出撃していない後方の部隊を対象とした“現地での取材”が主であった。
 だが、この日の彼の仕事は、無事を本国に伝えたい人々を撮影し、最低限の事実確認を受けただけで発信する事だ。
 それは、ソビエト地上軍が民主的な軍隊に生まれ変わったからではない。
 ただ単純に、隠すどころか大いに主張したいほどに人的損害が少なかったことが理由である。
 この戦線で発生した損害は、記載ミスか数え間違いにしか思えないほど膨大であったが、その大半が8492戦闘団のものであった。
 ソビエト地上軍の派遣戦力が極度に少なかったり、あるいは安全な後方で待機していたというわけではないのだが、それでも被害の大半は彼らのものではなかったのだ。

「派遣が決まった当初は死にたくないって毎晩泣いていた坊やが、随分と明るくなったものね」

 退出していく佐官たちに笑みを振りまいていた色気の強い女性士官が彼をからかう。
 
「よく言いますよ、一緒になってウォトカの空き瓶を毎晩作っていたのは誰でしたっけ?」

 からかわれてもなお、彼の笑みは消えない。
 彼女が言っている事は事実であったが、最前線に来て受けた衝撃は、それを笑い話にするだけの力があった。

 当然ながら、彼はこの部屋だけを切り取ってこのような会話をしているわけではない。
 100年前から発展を続ける軍港だと言われても信じそうな新ウラジオストク軍港からここまでに見た光景がその理由だ。

 入港する輸送船には物資や車両、戦術機が満載されており、撮影を許可された倉庫群は全てが満杯で、置ききれない物資が野積みまでされていた。
 整備された舗装道路。
 すれ違う輸送車両には、かなりの高速で走っていてもわかるぐらいに陽気な兵士たちしか乗っていなかった。
 途中で合流した護衛部隊。
 どうみても定数を満たしており、整備も行き届いていた。

 そしてやってきた祖国解放戦線司令部。

 会う者すべてが笑顔で、力強く、陽気だった。
 当然ながら戦死者や戦友を失い悲しむ生存者、あるいは痛々しい姿の負傷兵がいなかったわけではない。
 だが、史上空前規模の大攻勢の中で見れるものとしては、驚くほどにその数は少なかったのだ。
 このご時世に軍の報道官を務める彼にはわかる、本物の勝っている軍隊の姿だった。
 さすがに本当に戦闘中の現地へは案内されなかったが、それはむしろありがたいので何の問題もない。

「次を入れても宜しいでしょうか?」

 丁寧に訪ねてきた案内役のゴドロフという軍曹の声音も柔らかい。
 彼の立っている場所からは、次の撮影順番を待つ無数の将兵が見えていた。
 決死の戦いを日々続けてきた彼が今日ぐらいは気を抜こうと思ったとしても、それを咎める者はこの場にはいなかった。


 2月の大攻勢により欧州の大半、中国東部、東南アジアに位置する各ハイヴを落とし、同月末にはH26ハイヴを落とせたことによって、人類は司令部をユーラシア大陸に設置する余裕が生まれていた。
 欧州方面に続々と上陸を続ける米・欧州連合軍は、8492戦闘団遣欧部隊と共に東進を続け、その勢いは増すことはあっても衰えることはない。
 アフリカ方面に至っては、さすがに戦線の位置が進みすぎたために南欧戦線と名称を変えられており、主目的が防衛から攻勢へと切り替わって久しい。

 現在の状況を乱暴にまとめるのであれば、人類は全戦線において攻勢に出ていた。

 そして、H26を落とした8492戦闘団主力部隊は、数個師団におよぶ犠牲を出してなお、損耗は想定の範囲内だとしてH25ヴェルホヤンスクハイヴへの無停止攻撃を敢行していた。
 反応路破壊を受けて撤退するBETAたちを追撃し、さらに接近を感知してH25から寄ってきた迎撃部隊に突撃し、そのままハイヴ内への突入まで開始している。
 これは、Г標的と正面から撃ちあう事で発生する損害を避けるためには、通常のBETA達と敢えての接近戦を行いつつ突撃することで、相対的には損害を抑えることができるという嫌な計算がなされたからだ。
 もちろん、人命の損失が無い8492戦闘団ならではの考え方であり、彼らは通常の人類をそれにつき合わせるつもりは毛頭なかったが。



2002年3月21日木曜日 08:15 日本海上 桜花作戦北方軍支援艦隊 旗艦『空母リガ』
 
「報告!H25ヴェルホヤンスクハイヴの反応炉破壊を確認しましたっ!!」

 オペレーターの報告に司令部中から寄せられた歓声が応える。
 アイリーン作戦は、立案段階からH25への連戦を想定に入れてはいた。
 だが、普通に考えてハイヴ攻略の後に、そのまま次のハイヴへ突撃することなどできるはずもない。
 ところが、陸上艦隊を持つ8492戦闘団だけは、そのできるはずもない事が行えた。
 そのため、H26の反応炉破壊と地上部分の安全宣言を待って、彼らは国連軍などの友軍を置いて、全部隊喪失を覚悟しての無停止攻撃を敢行したのだ。
 普通に考えて自殺行為としか評せない試みは成功し、撤退するBETA達と混交しつつ突き進んだ先鋒は、そのまま迎撃部隊を押し返してH25への突入に成功。
 通常の国家であれば軍の消滅を意味するほどの損害を出しつつも、強引にこれを制圧した。

 結果として、制圧した事で最終的にГ標的がいないと判明したH25は、普通に攻めて、やっている事からすれば普通と称される範囲の損害で勝利することができた。
 呆れた事に、陸上艦隊は既に搭載兵力の収容を開始しているらしく、そのままH23オリョクミンスクハイヴへの攻勢を開始するつもりらしい。
 H24ハタンガハイヴへの戦線維持を目的とした守勢防御の留守部隊が残る事は決まっている、これは最低限の警戒部隊を除いては後からやってくる増援と、H18、H19ハイヴを陥落させた部隊との連携で補うとされていた。

 そう、北方戦線が凄惨な消耗戦に持ち込まれている間に、他の戦線では複数のハイヴの制圧に成功していたのだ。
 大幅な遅延が発生していた桜花作戦であるが、振り返ってみれば、欧州戦線、旧アフリカ戦線、日本海から始まった中国戦線の全てで大幅な進捗がある。
 これらの戦果によって、当初の予想とは異なる形であるものの、概ね満足できる進捗となっていた。

「桜花作戦司令部より入電、H13攻略戦は予定通り実施と決まりました。
 本艦隊も補給完了後、当初の作戦通りに行動せよとのことです」

 発進した無人機は全て撃墜される結果にはなっているが、無人機故に人的損失は皆無であるこの艦隊は、補給のために呉および舞鶴を目指している。
 艦隊を分けている理由は単純で、日本海上で複数の艦隊が合流し、そして一隻たりとも、一人たりとも失われていない彼女たちをまとめて受け入れることのできる軍港が存在しなかったのだ。
 とはいえ、あくまでも一時的な寄港であり、搭載機および対地誘導弾を補充し、補給完了後に与えられた三日間の休息の後にインド洋へと派遣されることとなっていた。
 回航にかかる時間は相当なものがあるが、H13ボパールハイヴは最低でもフェイズ5が想定されており、有効性が証明された海からの戦力投射は必須のものとみなされている。
 ついでに言えば、日本では無償供与される燃料ほかあらゆる物資が艦隊を待っており、寄港地を挙げたハイヴ攻略記念式典の開催予定まであるというという。
 世界中から集まった記者団による寄港のライブ中継もあると聞き、各艦のランドリーはフル回転をしているらしい。

「これで、極東方面はアジア太平洋地域と繋がったな」

 司令官の言葉に、指揮所内に笑みが広がる。
 桜花作戦は、人類にとって最後の希望であるとみなされていた。
 そこでの失敗や遅延は、希望の大きさに比例した絶望を生み出す。
 報道管制や軍事機密の壁によって一般への無制限の情報公開は行われていないが、逆に、最前線の司令部では全てが無条件に情報公開されていたのだ。
 つまり、最終的には全てうまくいっているという情報を、ここでは全員が共有しているのだ。
 
「司令、本日2000時からの式典は予定通り開催でよろしいでしょうか?」

 副官の表情も明るい。
 もちろん地上部隊に損害は出ているが、この艦隊に限って言えば、人的損害は皆無だ。
 失われたのは、8492戦闘団から供与された無人機と、それに付随する物資。
 あとは消耗品を予定通りに使ったぐらいのものだ。
 我の損害は皆無、作戦への貢献は大。
 軍人として、胸を張って凱旋できる。
 


2002年3月29日金曜日21:50 国連第11軍8492戦闘団 桜花作戦司令部 コードネーム“シャンツェ”

「地球軌道上の通信情報艦アンドロメダより入電、H23攻略戦の損害は想定の27%で推移中。
 現在までのところ、Г標的は確認できず。ケースホワイトの可能性大」

 ケースホワイトとは、各ハイヴ攻略戦において個別に設定されている想定状況の一つである。
 今の状況は、Г標的の不在を表している。
 配備が間に合わなかったのか、数に限りがありここにはいないだけなのか、希少資源などが不足してもう生産できないのか。
 どれかはわからないが、とにかくここにはいない、という事実だけを指している用語だ。

 モニター上の地球全域の表示は、どこもかしこも人類の優勢を伝えていた。
 桜花作戦は、その第二段階で大きく当初の予定を外れ、北方戦線を除くすべてが勝利を重ねていた。
 そして、周囲のハイヴから増援を受けたと思われる異常な量に加え、Г標的まで現れ、それでもようやく北方戦線での進撃も開始された。
 作戦開始以来、一進一退を繰り返した時期もあったが、この日までにH5、H8、H9、H11、H12、H16、H17、H18、H25、そしてH26と、十箇所のハイヴを落としている。
 桜花作戦前を入れれば、H22横浜ハイヴ、その次に落とされたH21佐渡島ハイヴ、H20鉄原ハイヴがここに加わり、なんと人類は十三箇所のハイヴを落としたのだ。
 これは、もはや地球上の半分以上のハイヴが落ちているという事を意味していた。
 ユーラシアの東西で、H2、H4、そしてH23の三箇所を攻撃中であることを勘定に入れれば、既に大勢は決したと言いたくなる。

「H23攻略部隊より入電、陸上戦艦主砲の砲身命数が間もなく終了とのこと。
 予定通り、攻略後に交換作業を行います」

 生み出すまでの経緯は異常であったが、一旦この世界に現れてしまえば、陸上艦艇たちも物理法則の制限を受ける。
 今までにも撃破されたり、故障する艦艇がいたために理解していたはずであったが、こうした本格的な整備の必要性があることに世界は衝撃を受けていた。
 彼女たちは、広大なユーラシア大陸での作戦行動に必須の存在とみなされており、アメリカではマザーシップ、日本ではオカンと呼ばれ、前線の兵士たちを火力と安心感で支えていたのだ。
 それに本格的な整備を行う計画を伝えた時、誰もが替わりの陸上戦艦がやってくるのだろうと考えていたが、いないと聞いて絶望することとなる。
 H26での大量消耗により、さすがに予備の艦艇が尽きてしまったからだ。
 だが、8492戦闘団は多連装ロケット砲システム搭載陸上艦や、陸上巡洋艦、陸上戦術機母艦に陸上輸送艦といった通常の艦艇をその分用意する約束した。
 さらに、この問題は国連安全保障理事会の緊急会合で議題として取り上げられ、結果として整備が終わるまでは三か所のハイヴ"しか"攻略しないという計画の再検討がなされた。
 おまけに、その一つは洋上艦隊からの攻撃圏内であり、ここには水上艦艇を増派するという補足説明もあり、ここに至って人類はようやく立ち直ることができた。

「XG-70bは、専属護衛部隊と共に引き続き待機を命じます」

 当初の想定では、これに乗り込んだ00ユニットをH26に突入させ、オルタネイティブ第四計画の成果としてオリジナルハイヴと『あ号標的』の情報を入手したことにする計画だった。
 しかしながら、余りにもBETAの抵抗が強く、とてもではないが貴重な彼女を投入できる状況ではなくなってしまったのだ。
 そうこうしているうちにH25の攻略が終わり、H23での戦闘も始まっている。
 今からでも間に合わなくはないだろうが、敵がГ標的を持ち出してくる危険性を考えると、前進させることに躊躇してしまう。
 ましてや、知りたい情報は既に把握済みであり、裏付けを取ることは重要ではあるが、別にそうでなくともオリジナルハイヴ攻略は専用に用意した軌道上からの集中砲火で対処する準備が整っている。
 これを一時的優勢で生まれた慢心とするか、はたまた、こちらからの情報流出を最低限に抑えるための措置と見るかは難しいが、とにかく今のところ、投入の予定は無かった。

「北方戦線へ合衆国派遣軍第三陣が移動を開始しました。
 観測結果では7個師団。合衆国政府からの通達と一致しています」

 本気を出した合衆国は、やはり異常だった。
 橋頭堡の確保から始めないとならなかった欧州戦線で、上陸した勢いのまま攻勢に入った第一陣。
 それを支えるどころか加速させた第二陣を出しておいて、今度はユーラシア東岸で、8492戦闘団によるH23攻略後に、H10およびH24に向かうための第三陣を予定通り出してきたのだ。
 この状況下で、既に第四陣が本国で編成を開始したというのだから恐れ入る。
 おまけに、さすがにタンカーや輸送船の融通以来はこちらにしてきているが、積載される物資や運航自体は自前でやれると言ってきた。

「合衆国資源戦略省より入電、資源定期便の増発要請です」

 とはいえ、さすがの合衆国も無から有は作り出せない。
 必要な資源の大半を自国内で用意できると言っても、掘り出した資源を製品に変えるまでの間には膨大な工程と、時間が必要だった。
 
「資源定期便、フィラデルフィア・エクスプレス173便、間もなくノーフォーク港に到着予定、続いて174および175便、サンフランシスコ港沖にて入港許可待機中」

 8492戦闘団と個別に話したいと要望されて秘密裏に設置したホットラインで加工済みの資源の提供を申し出た時、合衆国政府の反応は二つに割れた。
 賛成派は、貨物船ごとそこに満載された加工済み資源を貰えるのであれば、これを断る理由は無いと断言した。
 まして無料だぞ、と付け加えもした。
 反対派は、国内企業を守るため、そんな事はできないと叫んだ。
 日本帝国には無料より高価なものはないという格言もあるそうじゃないか、と付け加えた。
 だが、第二陣の準備が進んでいた当時、大統領命令によって受け入れが決定される事となる。

 理由は単純だった。
 当初の想定よりも驚くほど損害が少なく、さらに勝ち続けているために、凄まじい量の補給物資が必要となったからである。
 当然ながら、アメリカ軍は高度な教育を受けた将兵によって構成される軍隊であり、大陸派遣軍が大損害を受けて補給が不要になるなどといったふざけた想定はしていない。
 というよりも、そのような想定が出たのであれば、いかなる手段をもってしても軍の派遣を撤回している。
 損害はあるにしても勝って橋頭堡を確立できると考えていたし、戦線構築のためには膨大な物資が必要だという計算がされていた。
 桜花作戦とは全人類の力を結集し、勝つか滅ぶまで止められない大作戦であり、今後数年にわたって天文学的ともいえる量の資源が必要だという事も正しく認識されていた。
 それを供給するためには、無理に無理を重ね、国民すべての協力を受けて、さらに世界中で相互に支援しあう体制が必須であるという事もわかっていた。
 国連を通してそれは全ての国で共有された認識であり、8492戦闘団も全力での支援を表明していた。

 だが、それでもこのまま勝ち続けると不足すると判明したのだ。
 正確には、桜花作戦に必要な量を、必要な期間中に、必要な場所に届けるためには、という但し書きは付くあたり、さすがの合衆国ではあったが。

 それでも、いまだに得体のしれないところのある8492戦闘団からの無償提供を受け入れることは危険であるという反対派の意見は根強かった。
 とはいえ、反対派であっても合衆国の政治家や役人、もしくは軍人であり、決まった以上は従う事になる。
 そういうわけで、フィラデルフィア・エクスプレスと名付けられた秘密輸送船が、合衆国に無償供与されている。
 合衆国戦時量産貨物船標準型Aというどうしようもない艦種名が付けられた彼女たちは、ノーフォーク海軍工廠生まれとされ、今日も増え続けていた。
 余談であるが、8492戦闘団はネーミングセンスだけは持っていないという定評がある。


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