「は?父兄参観?」
夕食も済み、リビングでくつろいでいたゲルトが頭の上に疑問符を浮かべている。
彼の前にいるのは学校からの手紙を手にしたスバルだ。
そこにはでかでかと「父兄参観のお知らせ」とあった。
「うん。
だってお兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」
「まぁ、そうだけど。
というか、そんなイベントがあるのか」
「そうみたい。
うちにはないんだけど……ほら、スバルの所は普通の学校だから」
一応ゲルトは研究所時代に英才、と呼べるレベルの教育を受けているし、ゼスト隊所属時には一般常識、管理局法その他も教えられている。
その為日常生活や仕事に関して特に問題があった事はない。
とはいえ生まれてこの方学校と名のつく物には一度も通った事がないので、その行事などにはとんと疎かったのだ。
「あー……でもその日はちょっとなぁ……」
日程を見るにその日は非番ではないのだ。
大きな仕事も片付いたばかりで何か特定の任務がある訳ではないが……。
というかここ最近、連日のようにやたらと忙しかった。
しかし可愛い妹の頼みだし、言葉でしか知らない学校がどういう所か興味もある。
行きたいのは山々。
だが流石に放り出して行く訳にもいくまい。
「来れないの?」
「ぐ……」
とは思うのだが。
流石に厳しいかと言い淀むゲルトに、スバルは文字通り萎れてみせた。
まるで弱った花のようにしゅん、と力無く項垂れている。
ただし彼女の潤んだ瞳はどうしても無理なのか、と問い詰めるようにこちらを覗き込んでいた。
思わず天を仰ぐ。
反則、だろ……それは……。
ここで「悪いけど仕事があるから」などと言えば何か人として大事なものを失ってしまうような気がする。
それ以前に、自分はこの無垢な目を裏切れるのか?
とはいえ自分にはそう告げる以外の選択肢は最初からないのだ。
いや、待て。
早めに家を出て必要な分を片づけてから早退すれば、ひょっとするとギリギリで間に合うんじゃないか……?
はっと妙案が浮かんだように思う……が。
駄目だ。
時間は11時からとなっている。
往復の手間も考えるとまず不可能だろう。
必死で頭を捻ってみても良い答えなど全く浮かんではこない。
ギンガに救いを求めるように視線を送るが、彼女にもただ困ったような表情をされてしまった。
「無理、なの……?」
ま、まずい。
スバルの目にうるうると溜まっていた涙はいよいよ決壊寸前だ。
何とかなるならそうしたい、と勿論自分も考えている。
しかし。
しかしだ。
自分はこの今にも泣き出しそうなスバルに止めを刺さなくてはならないのだ。
「あの、な?スバル」
時間を先延ばすような呼びかけ。
スバルは神妙な表情でゲルトが続きを言い出すのを待っていた。
極度の緊張からか口の中がどうしようもなく乾く。
額にはたらりと脂汗が流れるのも感じた。
「その日は……」
と、遂にその言葉を言おうとした瞬間。
「ああ、ゲルト。
その日なら休みにしといたぞ」
首からタオルを巻いた風呂上りのゲンヤがひょい、と顔を出して場を砕いた。
「え……?」
今までの葛藤をこともなげに崩され、ゲルトが硬直する。
「ここ何日か忙しかったの、何の為だと思ってんだ」
「あ、あれこの為だったんですか!?」
ゲンヤの話を聞くに、彼は年間の行事予定でその日に父兄参観があると知っていたらしい。
それでその日に合わせて休みを取るために調整して仕事を回していたとの事。
「じゃあ!」
「ああ。
父兄参観、見に行けるみたい……だな」
緊張が解けたからか肩の力が一気に抜けた。
溜息も漏れようというものだ。
何だか無駄に疲れたような気もする。
「でも、あなたはちょ~っと意地が悪いわよ?」
そう言ってゲンヤの後ろから現れたクイントが小突いた。
彼女も食事の後片付けが済んでキッチンから出てきたようだ。
その歩みに多少おぼつかない所は見られるものの杖に頼っている様子はない。
つい先日、ようやく退院してきたクイントはもう日常生活を営む上で問題はない所まで回復を見せていた。
もう少し休んでいた方が、と言う皆の勧めも辞し、こうして料理も出来る程だ。
そんな彼女にゲルトは内心で全くだ、と同意する。
参観に行けるようになったのは嬉しいが、今のは出のタイミングを計っていたとしか思えない。
そんなに早くに分かっていたなら教えてくれてもよさそうなものだろうに、と。
そんな抗議の意味を込めて軽くゲンヤを睨んだのだが、彼は飄々とした様子。
むしろしてやったりという表情を浮かべていた。
反省もしていないその態度に少しばかりカチンと来たような気もするが、
「やったー!!」
隣ではしゃぐスバルを見れば、まぁ、いいかと思う。
さっきは泣き出す寸前のようだったというのに、その顔にはもう大輪の笑顔が咲いている。
つられてこちらまで笑みが引き出されるようだ。
皆の様子を窺えばギンガやゲンヤ、クイントも同じように頬を綻ばせている。
「絶対来てねお兄ちゃん、お父さん。
私、頑張るから!」
「ああ、もちろんだ」
「楽しみにしてるからな」
わしゃわしゃとスバルの頭を撫でながら、ゲルトははっきりと笑みを向けた。
**********
「それじゃあこの問題を……ヒース君」
「はい!
えっと、21です!」
「正解。よくできました」
縦に長い、広い部屋だ。
しかし折角の広さに反し、それを殺すように所狭しと机が並び、人がひしめいていた。
横に5列、縦に6列の計30席。
机の数と同じ30人の生徒と黒板の前に立つ1人の教師、それにその生徒達の父兄がそこにはいる。
管理局地上部隊の制服に身を通したゲルトも、今はその1人だ。
そんな彼の視線の先。
スバル……あれ大丈夫なのか?
そこには右から2列目、後ろから3列目の席に座ったスバルがいる。
彼女は教師の目が向く度に慌てて顔を背けていた。
家を出るまでは元気だったのだが、どうやら集まった人の数に気圧されたかして委縮しているのだろう。
まぁ、ゲルトは大人の中に混ざるなどもう慣れたのだが、気の弱いスバルなどは背後にずらっと揃った大人達に圧力も感じるか。
「それじゃあ、これをナカジマさん」
と、遂にスバルの番が来たのだが、
「えっ!?……は、はひ!」
噛んだ。
本当に、大丈夫か……?
周りの子供達も押さえるように笑っている。
当のスバルの顔はもう耳まで真っ赤だ。
「ナカジマさん、あまり気にしないで。
この問題を解いて下さい」
「はい……」
黒板にあるのは簡単な算数の問題だ。
頭の良いスバルなら難なく解けるはず。
「え、えっと……」
しかしスバルはどうにもまごついている。
おかしい。
あれくらいの問題に手こずる事は無いと思うのだが。
いや、あれは……
まずいな、パニックになってる。
そう、いきなり当てられた事でスバルの頭は動転してしまったのである。
そのせいでいつもなら苦もなく答えられるような計算もまともに出来ないでいたのだ。
ま、間違えたらどうしよう……。
黒板の方を向くスバルに、後ろに立つ大人達が見える訳が無い。
だが、今の彼女にはその目が刺さるように感じていた。
さっきの言い間違いにしても、火が出る程に恥ずかしかった。
周りの皆も笑ってる。
膝が震える。
帰りたい。
でも。
暖かい2組の目がある事も分かる。
それは自分に期待する父と、そして兄のものだ。
応えたい。
その思いに。
今だけでいいから……ほんの少しの、勇気が欲しい!
弱気を振り切る。
前を向いた。
ごくり、と唾を飲んで。
「じゅ、15……です」
しばしの沈黙。
鼓動が胸を打つのが分かる。
口を開く先生の動きがやけにゆっくりに見えた。
「はい、正解です。
よく出来ましたね」
やった!!
微笑を浮かべて言う先生の言葉に破顔したスバルが勢いよく後ろを振り返る。
そこには大勢の大人がいたが、彼女の瞳に映るのはたった2人だ。
片目を瞑り、突きだした右手の親指を立てる父。
言葉にはせずとも口の動きでよくやった、と言う兄。
どちらともが勇気を振り絞ったスバルを誉め称えている。
頑張って本当によかった……。
真にそう思う。
いつまでも後ろを向いている訳にもいかないのですぐに席に着いたが、心はえも言われぬ達成感に包まれていた。
挫けそうにはなったけれど、最後には勇気を出せた。
そして、
お父さんも、お兄ちゃんも誉めてくれた!
それが何より嬉しい。
優秀な姉は家の手伝いもよくしていて度々誉められているし、兄や母に教わってシューティングアーツも練習している。
反して自分が何かを為して誉められる、という事は少ないような気がする。
それが今日はどうだ。
父も兄も自分だけを見て、自分だけを誉めてくれた。
こんなに気分の良い事はない。
スバルはそれ以降の授業も上機嫌で受ける事ができた。
*********
正午過ぎのファミリーレストラン。
参観も終わってナカジマ家の3人はそのまま昼食を食べに来ていた。
今はデザート。
しかしスバルの前に置かれたそれは尋常ではない。
「スバル……本当に食べきれるのか、それ?」
「うん!
だっておいしいもん!」
スバルのデザートは様々なトッピングのされたアイスなのだが、問題はそのサイズだ。
カップどころではない。
丼もかくやという大きさの器に、スバルが軽く見上げる程まで積まれているのだ。
如何にスバルの背ではテーブルが少し高いとしても普通ありえないだろう。
しかしスバルは全く気にする事なく、むしろ目を輝かせて今日のご褒美を食していく。
一口を収める度に幸せの絶頂、という表情をするのは見ていて気持ちが良いが腹を壊さないか心配になる。
「おお、そういやゲルト。
お前これからどうするんだ?」
ゲンヤはもうそちらは気にしない事にしたのかゲルトに話題を振ってきた。
ゲルトが嘱託魔導師として管理局に勤めてもうすぐ3年半。
遂に言い渡された社会奉仕の義務期間の満了が近いのだ。
これを過ぎればゲルトは晴れて自由の身となる。
ではその後どうするのか、という事。
「3ヶ月の短期プログラムで陸士訓練校に行こうと思ってます」
「そんでその後は正式に入局か?」
「はい」
もう書類などは用意してある。
ゲンヤらにもそろそろ話すつもりだったから丁度いい。
この機に全て話しておこう。
「その事なんですが……そこで資格を取って、もう一度108に入りたいんです」
「はぁ?ウチに?」
何故だ、と問う。
ゲルトは保護責任の関係でこそ108にいたが、本来そんな所に収まる器ではない。
望めば空隊だろうが武装隊だろうが……首都防衛隊でも、入れる事だろう。
それが可能な力を持っているのだ、彼は。
だというのにそれを曲げてわざわざ陸士部隊への配属を望むのは何故か。
「まさか俺達に気を遣って、ってんじゃねぇだろうな」
「いえ、違います」
単なる情からきた話でもないと言う。
となればますます分からない。
一体どんな理由があるというのか。
「建て前は色々あるんですけどね。
……知りたいんですよ。“あの時”の真相を」
「あの時ってぇと……」
「ええ。
ゼスト隊が潰された、あの日、あの夜の事です」
あの時、既に敵は研究所の引き払いを始めていた。
ゼスト隊が予定通りに突入していれば、恐らく何の痕跡も掴めなかったろう。
それが偶然である訳がない。
間違いなく、内通者がいた筈だ。
流石にゼスト隊のメンバーではないだろう。
そんな事を疑いたくもない。
では誰なのか。
誰があの“ジェイル・スカリエッティ”と組んでいたのか。
内通者の正体とは別に、ゲルトはあの夜の機械群がスカリエッティの差し金であろうというのは確信していた。
証拠がある訳ではないが、最優先対象に指定されてもなお一度も確たる足跡を残さなかった男だ。
その可能性は十分にある。
「そういう事、か」
「はい。
だから迷惑をかける事になるかもしれません」
内通者がどの程度の権力を持っている人間なのか不明な以上、調べていれば何らかの妨害が入る事があるかもしれない。
考え過ぎかもしれないが、武装隊などでは適当な任務を回されて動けなくなるという事も予想される。
その点、部隊長がゲンヤの108にいれば簡単にはいかないだろう。
「分かってんのか?
首都防衛隊で掴めなかったもんをウチで探すとなりゃあ、どんだけ時間がかかるか分かったもんじゃねぇ」
「覚悟してます。
でも、そうせずにはいられないんです」
下手をすれば一生糸口を掴めないまま終わる事もありうる。
そんな事に関わらず、もっと上の部署に行った方が将来的にも良いには違いない。
だが。
だからと言ってあの日の事を忘れるなど……出来ない。
出来るものか!
「俺はね、覚えてるんですよ。
ゼスト隊の皆を。
あの日の……事も」
今でも鮮明に思い出せる。
ぼろぼろになって命からがら逃げ出したあの夜。
目の前でクイントに大怪我を負わされた事も。
メガーヌを見捨てて逃げなければならなかった事も。
看取る事すら出来ずに父を喪った事も。
全部だ。
「あれを清算するまでは……俺は……」
押し殺したような震える声が漏れる。
意図せず拳も固く握られていた。
そんなゲルトの頭に、ふいに何か軽い物が乗る感触が来た。
人の手、だろうか。
それは優しく往復するようにゲルトを撫でている。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ。
ごめん、心配かけたな」
横に座るスバルは不安気な瞳でゲルトを窺っている。
声をかけられて初めてスバルの存在を思い出したゲルトは大丈夫だと笑みを浮べた。
スバルにはアイスの続きを食べさせ、軽く呼吸を整えてゲンヤの方を向き直る。
「これが俺個人の感傷だっていうのは分かってます。
もちろん、仕事にも持ち込んだりはしません」
腕を組んで悩む仕草をとったゲンヤは一人、思案に没頭する。
あの件については自分も出来る所まで探るつもりでいたし、線引きも出来ているようだ。
下手を打てば人命にも関わる任務を疎かにするようなら叩き出す所だが、恐らくその心配はないだろう。
そうそう無茶をする程馬鹿では無いのは知っているし、108としても気心の知れた高ランク騎士が入隊するというメリットがある。
実質、部隊長としては断る理由などないのだ。
デメリットなど、せいぜい私人としての、父親としての自分の心労がかさむ程度か。
結局、これ以上反対する口実を見つけられず、渋々ながらOKを出す。
「本当に苦労を掛けさせてくれる息子だよ、お前は」
「面倒かけます、父さん」
だが顔の前で組んだ手の甲に額を付けたゲンヤは、はぁ、と溜息を吐き一言。
この位の愚痴は許されるだろう。
ゲルトも自覚があるだけに苦笑を浮かべてそう答えた。
結局の所、これで済んでしまう程には良い関係なのだ。
この親子は。
「ねぇ、おかわりしてもいい?」
「「ダメ」」
この後ゲルトは言葉の通り訓練校に入学し、3ヶ月の訓練を受講する事になる。
既に3年以上現場に出ているゲルトからすれば座学は知識の補完程度で済み、実技の方も難なくクリア。
捜査官資格を取得し、ランク試験にてAAAにも昇格。
成績も卒業には全く問題が無く、明らかな将来有望格である。
それゆえ各所から熱烈なオファーもあったのだが、彼はその全てを蹴って陸士108部隊に入隊。
今度は嘱託魔導師ではなく、正真正銘の管理局局員としてその戦列に加わる事になる。
ゲルト・G・ナカジマ一等陸士の戦いの始まりであった。
**********
1人の少女が立っている。
背は低く、腰ほどまである銀髪をした少女だ。
一見して将来は美人になるであろう器量である。
だが、一点。
右目を覆う黒の眼帯が彼女の容貌に異色を添えていた。
彼女が見つめる先にあるのは薄暗い通路に立ち並ぶ生体ポッド。
その中の一つで、長身の男が入った物である。
黒い髪に鍛えられた体……間違いない。
行方不明になっていたゼスト・グランガイツだ。
ガラスの向こうの彼は身動き一つ取らないが、決して眠っている訳ではない。
彼が自然に目を覚ます筈がないのだ。
なぜなら、
私が……殺したのだから。
今でも覚えている。
研究施設の移動の様子を見に行った日。
首都防衛隊による予想外の襲撃があった、あの夜。
当初は引き上げようとした自分達だったが、彼らを迎え撃てという指示が下ったのだ。
目の前に居るこの男と、もう一人の女性を確保する為に。
それは自分達の性能試験も兼ねていたのだろう。
そして2手に分かれていた首都防衛隊の中でも主力の方を自分達戦闘機人が。
もう一方、単独行動していたチームを新型のガジェット達が担当する事になった。
クアットロのIS“シルバーカーテン”を利用して闇に紛れ、気付かれる事無く接近。
自分のIS“ランブルデトネイター”での爆撃を皮切りにトーレが飛び込んで制圧する。
その予定だったのだが。
最も警戒が薄い局員に向けて放った専用のスローイングダガー“スティンガー”を、寸前で気付いたらしいこの男、騎士ゼストによって防がれたのだ。
ただ、防いだとは言っても自分のISは砲撃級の威力を備えている。
初陣ゆえ1人ずつ確実に仕留めようとやや過剰と言える量を投じた事もあり、相応の手傷を負わせる事ができたらしい。
その後は悲惨だった。
指揮官もおらず、闇の中でトーレの高速機動を捉えられない局員達に為す術などあろう筈がない。
混乱するばかりの彼らは次々と彼女のブレードの餌食となっていった。
一方の自分は響きわたる局員の断末魔や悲鳴には耳を塞いで取り逃がしたゼストを追いつめた。
既に彼を背負っていた局員は戦線に戻ってトーレに討たれており、一対一の状況。
大量の血を流し、立っているのもやっとという有様の彼に自分が負ける道理があろうか。
ドクターからは出来る限り生け捕るように、と言われていたので降伏勧告も行った。
しかし彼はあっさりとそれを拒絶。
それどころかデバイスを握り、徹底抗戦の構えを見せたのである。
ならばせめて、と苦しませないように殺そうとしたのだが、流石はストライカーゼストといった所だろう。
軽く眼帯に触れる。
紙一重の勝利と引き換えにこの右目を持っていかれてしまった。
あの勝利はもぎ取った、というより拾ったと言った方が正しい。
彼が出血で弱ってさえいなければ、間違いなく息の根を止められていたのは自分の方だったろう。
と、
「また見てるのぉ?
よく飽きないわねぇ、チンクちゃん」
「クアットロか」
過去の思索に耽る彼女の背後から、妙に間延びした声がかかる。
振り向いたチンクの目に入るのは白いケープを着込み、茶の髪を両側で縛った眼鏡の女性。
「どうせ生き返ったら何度も顔を合わせるのに、なぁんでそんなに気にかけるのかしらぁ?」
クアットロと呼ばれた女性は心底理解できないのか、やれやれとおどけた仕草でチンクに問う。
彼女にとって目の前のこの男などはレリックウエポンの実験台に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。
適合するレリックが見つかり次第移植作業に移るそうだが、今取り立てて用のある存在ではない。
「お前は、何も感じないのか?」
しかしチンクは逆に聞き返した。
この目の前の男に、自分達が殺めた人間に、何ら思う所は無いのか、と。
「なぁに?
もしかして罪悪感でも感じてるの?」
だが、それこそ愚問だ。
チンクを見下ろすクアットロは嘲笑を隠そうともしない。
「そぉんなの、感じるわけないでしょう。
私達が何の為に作られたのか、チンクちゃんは忘れちゃったのかしらぁ?」
「分かっている」
“戦闘機人”なのだから、人を傷つけるのは当たり前。
そんな事に一々心を痛めていてどうする。
今回最も多くの人間を殺したトーレもそういう態度だった。
目の前のクアットロなどはむしろ楽しんでいる様子すら窺える。
「まぁ、チンクちゃんが何を思おうと勝手だけど、任務だけはきっちりこなしてねぇん?」
「……ああ」
それだけを言い残すとクアットロは歩き去って行った。
どうやらドクターの所に用事があるらしい。
それを見送ったチンクは再びポッドのゼストに目を向ける。
私が、罪の意識を……?
実の所、何故自分がこうまでこの男を気にするのか、チンク自身にもよく分かっていなかった。
ただ何となく前を通る度、彼に目を向けてしまうのだ。
それは、クアットロの言葉を借りれば罪悪感に苛まれているから、らしい。
だとしたら右目はこのままでいい、などと思ったのは贖罪のつもりなのだろうか?
どうなのだろう?
分からない。
自分の行動が矛盾だらけだというのは分かっているが、それがどんな感情に因るものなのか。
ただ、もし彼が目を覚ましたとして。
その時自分は。
私は、どんな顔をして彼の前に立てばいいのだろうか……。
(あとがき)
前半と後半で空気が違い過ぎる……。
分かってる。分かってるんですよ?
ええ。
駆け足過ぎる、と。
でもある程度はペース上げていかないといつまで経ってもSTS入れないしなぁ。
これで今原作7年前位ですし、まだ当分到達できそうもないんですけど更新速度が徐々に落ちてきて作者にも危機感が……。
ちなみにタイトルの元ネタは「中に誰もいませんよ」のアレではなく”Hello, world.”のBGMです。
それでは、次はもう少しペースを上げたいな、と思いつつこの辺で。
Neonでした。
>黒服様
誤字報告ありがとうございます。
何度も見返したつもりでしたが、やはり1人でやってるとこういうのもチラホラ出てきますねぇ。