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[844] 屍山血河 【Fate/sn再構成】【微クロス】
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2015/01/03 05:23
【注意事項など】

(本作について)
 本作は本編再構成SSです。
 Type-moon他作品とのクロス成分もあります。ご注意ください。
 一部のキャラはその影響でFate本編から大きく変化しています。
 またオリジナル宝具的な武器や、独自解釈的な部分も登場します。
 なにより! 基本的に主人公最強物です!
 ご注意ください。

(作者より)
 当初の投稿から、非常に、ひっじょーに間が空いてしまいましたが、データをHDDの奥底からサルベージしたので再開することにしました。
 以前に読んでくださっていた方がおられましたら、まこと中断してしまい申し訳ありませんでした、とこの場を借りてお詫びを。(2013/4/27)

(本作について・蛇足)
 本作は、あるFateSSから大きな影響を受けています。
 ある個人サイトで掲載されていたもので、のべ10話程度で中断されてしまいその後、作者様の行方も存じません。
 その手の掲示板などでも話題にはならなかったので、おそらくご存知の方は少ないと思います。
 しかし、およそ原作破壊と評されてもおかしくない展開を、
 オリキャラほぼなしで組み上げ、細かい部分は多少推測設定も交えつつ、
 全体としてはTM作品の枠内からはみ出ないかたちで、破天荒かつ魅力的なストーリーを組み上げた点は類を見ず、
 そして何よりまことに深い原作愛を感じる傑作であったと思います。

 なんにしろ、本作はリスペクトの産物です。






























(登場人物・設定など)
第3話終了後、登場人物・設定などをUPする予定の場所。
ネタバレを含みます。



[844] 屍山血河
Name: 東雲
Date: 2005/07/22 22:25

 昔話をしよう。
 ある二人の少年が旅に出た。
 一人はお人よしで正直者、しかし致命的なまでに運が悪かった。
 一人は口は悪いが人が良い、しかし決定的なまでに縁が無かった。

 何が悪かったというのか。否、悪いものなど何もない。
 何故ならば。
 こんな二人が災厄に巻き込まれるのは、物語の必然というものだからである。

 空には孔が開いていて、黒い物が流れ落ちてくる。
 旅先で立ち寄っただけの街は炎に包まれていた。
 阿鼻叫喚の焦熱地獄が広がっている。
 その中で、生きて動いていたのは彼らだけだった。

 一人は自分の身体が焼けることも厭わずに、生き残りを探して火の中に飛び込んでいった。
 その身はとうに死んでいる。自分を殺しても、他の誰かを救いたいと思っただけだった。
 それはそうだ。彼は運が悪いのだから。
 自分と他人、その両方を救うことなど出来はしない。

 もう一人の少年は、その光景を、ただじっと見つめていた。
 彼は何もしない。何も出来ない。
 それはそうだ。彼には縁が無いのだから。
 自分を救うことも、他人を救うことも、出来るはずがない。
 その眼差しは、羨望でもなく呆然でもなく。
 絶望のそれであった。

 かくして、幕は上がった。
 一人は今も演者として踊り続け、
 一人は今も観客として舞台を眺め続ける。

 これは、それだけの話である。



[844] 1/或る前夜(1)
Name: 東雲
Date: 2005/09/10 02:59

 朝の冷気が頬を刺す。
 扉を叩く音で、士郎は目を醒ました。

「先輩、朝ですよ」

 後輩のやわらかな声は、重い扉に遮られてくぐもった響きだった。
 土蔵の扉には鍵をかけてある。合鍵は彼女――桜にも渡していないのだから、中に入っては来られない彼女が、外から呼びかけるのは当然だった。
 半分寝惚けたままで、返答する。

「わかった、起きてるよ。すぐに行くから台所で待っててくれ」
「はい、それではお待ちしてます」

 桜の去っていく気配、わずかに足音も聞こえる。
 彼女が遠くに離れてから、外に出るために身を起こした。
 薄暗い土蔵の中。
 転がっているガラクタ。壊れかけたストーブ。何を入れたのか覚えていない木の箱。低い音を立てる冷蔵庫。秒針が音を立てて回る壁掛け時計。
 時刻を見れば六時少し前、何事もない、いつもの朝だった。
 上半身から毛布が滑り落ちる。
 昨晩は鍛錬をしながら意識を失ったのだろう。それでも無意識に毛布に潜り込むとは我ながら寝相が良いのか悪いのか。

 ――口の中に鉄錆の味。
 それで、意識は完全に醒めてくれた。

 土蔵の中はむせかえるほど血の匂いで満ちている。
 着ている服は作業用のツナギだったが、その胸元は血で赤く染まっていた。
 士郎は理解する。

 なるほど、要するにこれは。
 ただ眠ってしまったのではなくて。
 血をぶちまけて、意識がトんだということらしい――

「……いかんな、また失敗したのか俺」

 ――魔術。
 それを扱う衛宮士郎の鍛錬は自己の制御である。
 故に誤れば、リバウンドが自分の肉体にやってくるのも必然だった。
 最近は失敗などせいぜい二日に一度というところだったのだが、どうやら昨日がそのタイミングだったらしい。
 脳裏に記憶が蘇ってくる。
 魔術を行使しようとして、回路の形成を失敗し。背中を内側から炎で焼かれるというイメージに犯されて、血を吐いたのだ。

「なるほど、道理で身体が軋むと思った」

 そういえば、起き上がるのにも随分苦労した気がする。
 てっきり地べたに直に横たわっていたせいだと思っていたのだが。
 単に中身を抉られていたからだとは気付かなかった。

 ――いつものことなので、気付かなかった。

 毛布を畳んで立ち上がる。
 扉を開錠して、軋む蝶番に顔を顰めながら外に出た。
 眩しい。
 朝の光に意識が焼かれるような錯覚を覚えて、途端に眩暈がした。血が足りないのかもしれない。
 もっとも、それもいつものこと。

「まずは着替えだな、それからうがいもしなきゃ」

 血の付いた作業着。血の匂いのする息。
 桜に知られたら、なんと心配されるか判らない。彼女に余計な苦労はかけたくないし、何よりこれは――こちら側の話なのだ。
 普通人が踏み込んではならない領域。友人の妹に、そんなものを見せるわけにはいかない。
 そのために土蔵への出入りも禁じている。
 三年前から、二夜と間をおかず血を撒き続けた土蔵には、最早拭えないほど鉄の匂いが染みついていた。
 その異常に接すれば、心優しい彼女はきっと黙ってはいないから。

 血に塗れるのは自分だけで良いのだと。
 土蔵の扉を強く閉めた。



[844] 1/或る前夜(2)
Name: 東雲
Date: 2005/09/10 03:00

 間桐慎二は走っていた。

 夜の闇が深い。
 暗い校舎内では、非常灯の明かりだけが足元の頼りだった。その中を脇目も振らず走り続ける。

 足を止めてしまえば追いつかれる。 
 追いつかれれば死ぬ。
 死ぬのは嫌だ。
 だから走った。
 必死で走った。
 何も判らないくらいに走った。

 逃げるためではない。
 そもそも奴から逃げることなどできない。人間は怪物に追いかけられれば逃げ切れない。そして奴は紛れもなく怪物の部類に入る。
 だから走る理由は別にあった。

 息が上がる。
 限界が来る。
 足が、止まる。

「よう、追いかけっこは終わりか?」

 眼前に現れたのは青い槍兵。
 朱い槍を掲げて、無情なる死を宣告する。
 息の切れた慎二には、これ以上何をすることもできない。

「悪いな坊主。運のなかった己を恨め」

 左胸。
 慎二の心臓を狙って、ランサーの槍が穂先を向ける。
 蛇の鎌首のようだ、と慎二は思った。ならば自分はさしずめ、蛇に睨まれた蛙というところか。

 ……怖い。
 この死地に踏み込んだのは自らの判断故。学校のグラウンドで閃光を散らして打ち合っていた青と赤の騎士を見た。音を立てて逃げ出した。
 そのときから、この結果は予測していた。
 だとしても、怖いものは怖い。
 現実に迫る死の感触は、想像よりもはるかにおぞましい。
 何度味わっても慣れるはずがない。

 それでも、これは予測の範囲内。
 間桐慎二が、脳内で何百度となく繰り返した想像と寸分違わない。
 ならば。
 この状況はすでに、この僕の支配下だ――

「それは僕の台詞だ、ランサー」
「貴様、マスターか……!」

 たった一言を口の端に乗せる。それだけが慎二のできることであり、すべきことだった。
 わずかな動揺が走る。
 できた隙は一瞬にも満たない、しかし決して皆無ではない。
 そこをついて慎二は跳ねる。心臓を穿つべく突き出された槍を、身体を投げ出して避けた。
 ランサーが槍を翻す。床に転がった慎二には、次の槍から逃れられない。
 朱い槍が、再び胸を狙う。
 槍兵が踏み出して、一息に心臓を突こうとした刹那。

「投影開始(トレースオン)」

 何処かで、声が聞こえた。
 瞬間に奔る魔力の流れ。ランサーはそれが如何なるものかを理解するより早く、ただ直感に従って槍を振るった。

 ――戦士としての直感。
 幾多の戦場を駆け抜けてきた英雄であったからこそ、その危険に反応できた。
 ランサーの右方、教室のドアを破ってソレらは飛び出してくる。
 無数の剣。知る者が見れば、それが黒鍵と呼ばれるものであることが判っただろう。そもそも霊体を打撃するための礼装である黒鍵は、まともに受ければサーヴァントとて無傷では済まない。
 その黒鍵の数、実に二十七本。
 回避にも迎撃にも数が多すぎる。加えてまったくの視界外からの不意討ちである。
 しかしランサーは卓越した戦士だった。致命傷になりかねないものは避け、そうでないものは可能な限り弾き、その殆どを凌ぎきった。
 だが、それでも限界があった。
 左腕と左足に一本ずつ。
 突き刺さった黒鍵は、霧のように消えていった。

「ふん、悪運が強いことだな。だけどここまでだランサー。こっちにもサーヴァントがいる。それに遠坂もやってくれば、負傷を抱えた身でニ対一。そうなれば如何にアイルランドの大英雄も無事では済むまいよ」
「貴様――」

 すでに立ち上がっていた慎二。腕を組んで傲然と、ランサーを見下すように言ってのける。
 睨みつけるランサー。その人を殺さんばかりの視線を、真正面から慎二は浴びる。一歩も退くことなく、受け止めてみせた。
 ……弓兵の鷹の目なら、彼の膝が震えていたことに気がついたかもしれないが。
 それを隠すように、さらに慎二は声を上げた。

「どうした? 逃げるなら早くしろ。
 なに、今ならこっちも追いはしないさ。あいにく僕は世を忍ぶ立場でね。できることなら表立ってはやりあいたくない。ここでおまえと戦っても、その次はあいつらだからな」
「……チ、その口を利けなくしてやりたいところだが、たしかに分は良くねえな。それにマスターも帰還しろと喚いてやがる。
 小僧、この借りは返す。忘れるんじゃねえぞ」
「ああ。その言葉、僕の五つ目の小部屋にしまっておこう」

 ランサーは離脱する。廊下の窓に向かって跳ぶと、同時に霊体化してガラスを通り抜ける。
 その刹那、姿を消してから声だけを投げてきた。

「ああ、それから小僧。ひとつ最後に言っておこう」
「なんだよ、用があるなら早く言え」
「次に会うときは、声が震えないように気をつけな」

 見抜かれていたというのか。
 しかしランサーは足を止めない。そのまま窓の向こうに消えていく。
 姿は見えない。魔術師でない慎二には、霊体となったサーヴァントを感じることはできない。それでも鬼気が薄れていくのが判る。
 見逃されたのか、それともどうでもいいことだと見過ごしたのか。
 真相など判らない。
 ただ結果だけがある。

 即ち、間桐慎二は生き残った。

 膝が折れそうになる。
 緊張はとうに限界など超えていたらしい。
 今、腰を下ろしてしまったらもう立ち上がれないだろう。
 それを自覚して、耐えるために、隠れている戦友に声を掛けた。

「……もういいよ、衛宮、出てきてくれ」

 アイツが出てくればもう、無様にへたり込むわけには行かない。
 さあ、気合を入れろ間桐慎二――

 瓦礫に成り下がったドア。廊下に散らばっている欠片を蹴って、教室の中から衛宮士郎が姿を現す。
 間桐慎二がおびき寄せ、時間を稼ぎ、隙を作り、
 衛宮士郎が一手を以って制する。
 骨子としては明確にして単純、それが慎二の組んだ策だった。しかし。

「信じられない、あのタイミングで不意討ちしてなお凌ぐのかよ……!」

 慎二は歯噛みする。
 サーヴァントを甘く見ていたつもりはなかった。だが、ここまで人外なのでは生半可な策は通じまい。
 最初からこれでは先が思いやられるというものだ。

「慎二、取り込み中に悪いんだが」
「なんだよ、いま僕は忙しい。見れば判るだろ!」
「ああ、だから手短に説明してくれ。
 何なんだ、アレ」

 ……士郎の疑問はもっともだろう。
 そもそも彼は突然、慎二に夜の学校に呼び出された。そして問答無用で教室の隅のロッカーに押し込まれた。『僕が合図したら廊下に向かって一斉射撃。失敗するなよ。僕の部下に無能は認めない』と言われ、何がなんなのかそもそも誰が部下なのか、などと問い詰める間もなく鍵をかけられた。
 そのまま待つこと一時間。ようやく出番が来たかと思えば、敵は視界外から飛んできた剣をあっさり捌く規格外である。
 いや本当に、ワケがワカラナイというものだ。

「判った、手短に説明してやるから一回で理解しろよ衛宮。
 ――これは戦争だ」
「戦争……だって?」
「そうだ戦争さ。魔術師と使い魔の入り乱れて競い合う戦争だ。どれくらい戦争なのかというと人がばったばったと死ぬ。それくらいに戦争だ。街では行方不明者、猟奇殺人、それに原因不明の昏睡事件なんてのも起きてる。それだってこの戦争の巻き添えさ」
「な――」

 絶句する。
 慎二の説明は端的ではあったが的を射ていた。それは間違いなく士郎が最も知りたいことであったから。
 死ぬ、そんなことを見過ごせるはずがない。

「慎二、俺は」
「判ってる。言うまでもないって顔だな。この戦争を許せないと、そう言うんだろ?」

 士郎は頷く。
 彼がそう答えることは判っていた。慎二には、予測するまでもなく判っていたのだ。
 もう付き合いは五年にもなるか。そのうち三年は、ただ走り続ける日々だった。慎二が士郎を戦友と呼ぶのは言葉のあやでも何でもない。共に戦い、共に生き延びてきた。友情などという生温い感情ではない。背中を任せるには友情などでは足りるまい。
 そのような相手である。何を考えているかなどお見通しというものだろう――お互いに。

「そうだ。俺は、人が死ぬのを見過ごしておけない」
「だろうな。おまえはそういうやつだよ。だからこそ僕は衛宮を信頼してるんだからね。ああ、衛宮はいつだって僕の期待を裏切らない。
 ……たとえそれが、自分の命を賭けるものだとしても」
「慎二……?」

 その友の、瞳の光が異質であったことに、士郎は気付かなかった。
 或いは、彼はそもそも最初から異常だったのだ。普通に生まれ、普通に生きている、それだけでどこかがおかしいはず。
 あの地獄を通った人間が、普通になど、生きていけるはずがないというのに――

 思考が中断する。
 背中から軽い衝撃。
 見れば、胸から鉄の釘が生えていた。

 ――息ができない。
 何で胸から鉄なんか生えるのか。そんなのは簡単だ。背中から刺されてそのまま貫通した。
 釘が抜かれて血が零れる。
 心臓が壊れている。
 心臓が動かなくては■■とて生きてはいられない。
 頭に血が回らないよくモノが考えられない何も見えない何も聞こえない――

 意識が遠のく。身体が前のめりになって倒れる。最後の一瞬に、慎二を見た。
 視界はもう曇り始めていて、その表情は判らない。
 笑っているのか泣いているのか。
 それだけが、最期に見えたものだった。

--------------------------------------------------

 地に臥した士郎を見下ろして、闇が具現化する。
 形のない暗黒を、ヒトガタに固めればこのようになるのだろうと思わせる黒い女。ライダーのサーヴァントが姿を現した。
 彼女は慎二の使い魔であり、そしてたった今、衛宮士郎を刺殺した張本人である。
 しかし殺したのは彼女の意志ではない。彼女はサーヴァント、即ち生きた兵器である。
 ならば人を殺すのは兵器ではなく、その使い手たる人間の意志だろう。故に士郎を刺殺したのは慎二の意志に他ならない。
 もっとも、殺したというのは誤謬があるのかもしれない。
 何故なら、地面に横たわる士郎の身体は、微かにではあるが、いまだ生きているのだから。
 ライダーは、釘めいた短剣を振って血を払った。飛沫が血溜まりに落ちて湿った音を立てる。

「シンジ、まもなくアーチャーがここを探し当てるでしょう。その前に立ち去るのではないのですか」

 言外に、戦うのなら望むところだ、という意思を示したつもりだったが。
 主はそんなものに気付きはしない。いや、気付いたとて無視するだけなのだろうが。

「そうだな、彼女も僕がいては治療もできまい。行くぞライダー」

 慎二は無表情に、従者の進言を容れた。
 つい先ほどにランサーがすり抜けていった窓を開ける。
 校舎の三階は高いが、どのみち慎二を運ぶのはライダーの役割だ。そして彼女は英霊、この程度は問題にもなるまい。
 窓枠に足をかけて、一息に飛び出そうとする。
 その前に。
 身じろぎ一つしない友の身体に目を向ける。誰にも聞こえない声で「死ぬなよ」と呟いて、夜へと飛び込んだ。



[844] 1/或る前夜(3)
Name: 東雲◆aee59cba
Date: 2013/04/27 21:21

 その夜が始まるよりも少し前。
 針と突き刺さる早朝の冷気の中。
 間桐慎二は、独り新都の公園に佇んでいた。

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 かつて抱いた誓いがあった。
 衰えた魔術師の命脈。間桐という家。
 その後継者として生まれた自分。後継者にはなれなかった自分。

 肉体には魔術回路が存在しない。
 故にこの身は魔術師ではない。
 魔術は使えない。

 ならば誇りを持とう。
 魔術師とは真理に到達しうる存在。選ばれた者である。
 最早、最果てには辿りつけぬとしても。
 自分たちは確かにそこに挑んだのだと。
 その末裔として。

 それが、あの日まで抱いていた誓いだった――

「――、四番停止」

 夢を見ている。
 眠ってなどいない。しかし夢を見る。
 三年前からずっとだ。

 目を瞑れば、目蓋の裏側をスクリーンに、あの悪夢が映る。
 恐ろしかった。
 今でこそ慣れたものの、最初は怖くて、眠るために目を閉じることすらできなかったものだ。

 闇という舞台を得て、惨劇が幕を開ける。
 注がれる泥。
 燃え上がるは黒い炎。
 逃げ回る人々。
 街が焼け爛れていく。
 狂騒の中で、叶わぬ救いを求めた一夜。
 覚えている。
 忘れることなどできない。できるはずもない。

 これが■■■■■■の原風景だと知って、絶望したあの日のことを――

 誇りは失われ、絶望が身を包む。
 それが三年前のことだった。
 何もかも失って、初めて知ったのだ。
 今までの自分は幸せだった。
 これからの自分は茨の道を歩む。
 誇りは地に落ち、縋る物は何一つない。

 否、唯一つだけ残っている。
 僕は間桐慎二だ、と。

 最後に残ったちっぽけな自分が叫んでいた――

「――、三番停止」

----------------------------------------------------------------------

 ――それは、正義の味方を目指す《ハリネズミ》の話です。

 彼がどんな子供だったかはわかりません。
 彼はその短い生涯の中で二度の死を体験しました。
 その一度目で彼は記憶と家族を失ってしまったからです。

 見知らぬ小父さんに救われた彼は、その幸せを分けてあげたいと思いました。
 正義の味方になろうとしたのです。
 問題は、彼には誰かを助ける力がなかったことです。
 ですがそれも、彼が二度目の死を迎えるまでのことでした。

 地獄の釜の底で、希望を失くし、大切な人を亡くし、
 しかし彼自身はまたしても偶然に救われました。
 いえ、救われたなどと軽々しく言っていいものか。
 ……今度は、呪われた怪物と出会ったのです。

 怪物の名を■■■と言います。

 ――おそらくはその在り方。
 その怪物と、彼は似ていたからなのでしょう。
 怪物は戯れのように、彼を■■して――

 そして、此度の彼が得たものは、
 救いではなく、むしろ呪いでした。
 彼は人間として生きる権利を失い、かわりにとても大きな力を得たのです。
 万能というには程遠く、さらには人々から忌み嫌われる力でした。

 もともと彼は起源に基づいた魔術を使う異能者でしたが、
 そんな風になってしまってからはハリネズミになりました。
 ハリネズミというのは夜行性なのです。

 もちろんハリネズミですから棘が生えます。
 背中から棘が生えるのは皮が裂けて痛いのです。
 ですが傷はすぐに治ってしまいます。
 治ってもすぐに次の棘に裂かれるという苦痛の連鎖。

 いえ、むしろ彼は自分から苦痛を求めていったのです。
 夜な夜な繰り返される、鍛錬の名を借りた自傷行為。
 彼にとって生とは苦痛に満ちたものになりました。

 それでも彼は満足です。
 痛みを感じるたびに、人間の部分は少しずつ減ってゆき、
 その分だけ正義の味方に近づいてゆくから。
 ――正義の味方になれば、ヒトを救うことができるから。

 そして今日も、ハリネズミは正義の味方を目指します。
 三度目の生は儚く、吹けば飛ぶような軽さですが。
 彼は必死で人類愛という重しをかき抱いて、吹き荒れる嵐に耐えるでしょう。

 いつか、■■■■というちっぽけな存在が掻き消えてしまうか、
 この世界が平和になるその日まで――

----------------------------------------------------------------------

「――、二番停止」

 邪魔だ。邪魔な思考は遮断する。
 それらは必要な命題ではあるが、時と場合によるというものだ。

 分割思考と呼ばれる技法。
 思考する部屋を複数に分割、それぞれの思考が一つの命題に向かい相乗することで、莫大な演算能力を発揮する。
 脳髄の小部屋は五つ、そのうち働いているのは四つ。
 その二番から四番までをカットした。
 今、考えを馳せるべきはこの戦争のことであるし、何より答えはすでに出ているのだから。

 ――聖杯戦争。

 それは、七人の魔術師と七騎の使い魔が聖杯を巡り争うものだ。
 魔術師はマスターとなり、サーヴァントとして召喚した英霊と共に敵を打ち倒す。
 そうして最後に残った者が聖杯を得る。

 ――随分と血塗れの聖杯だな、と慎二は笑った。
 そもそも聖杯とは聖者の血を受けたものではあるが。
 それを奪い合うために血を流すとは冗談じみているというものだ。

 さて。
 ここで訂正しなくてはならない。
 少なくとも此度の戦争において、魔術師は六人にしかなるまい。
 間桐慎二はマスターであるが魔術師ではない。

 従えるサーヴァントはライダー。騎兵の従者である。
 そのサーヴァントもこの場にはいない。
 彼女には命令を与えてある。

 したがって今の慎二は独り。
 沈思黙考に浸るには実に都合が良い。

 実のところ。
 まだ己の従者にすら告げていないが、既に慎二は戦争の行末を予測しているのだ。

 一万通りを超える暗中模索の果て。導き出された結論は無数。
 そのいずれもが全く異なった終局で。
 条件が揃っていない現段階では、予測の過程にすら挙げられていない展開もありうるだろう。

 しかし、一つだけ。
 これだけは間違いない、と断言できる共通点があった。

 ――すなわち。
 間桐慎二はこの戦争に生き残れない――

----------------------------------------------------------------------

 ベンチから立ち上がって腰を伸ばす。
 もう一時間も座り続けたせいで身体が痛い。伸びをして辺りを見回した。
 ここには何もない。ただ、殺風景な焼け野原だけが広がっていた。
 十年前、先の聖杯戦争が終結した場所。
 迷える者の怨念が吹き溜まり、真っ当な人間にすらも寒気を与えかねない。
 真昼ならとにかく、夜明けと夕暮れには猫の子一匹寄りつきはしない。

「シンジ」

 呼びかけられて振り向いた。
 声の主は姿を見せない。
 もっとも、それは魔力を節約するために霊体化しているからである。

「なんだライダー、用なら念話を使えばいいだろ。僕もこれから学校に行くんだ。わざわざ戻ってくるのは無駄じゃないか」

 ベンチの上に投げ出した鞄を指差した。中には一冊の本が入っている。
 偽臣の書と呼ばれるそれは、仮初の令呪として機能する。
 仮のものであるからラインを繋ぐことはできないが、意識の疎通、念話を通すことくらいはできる。

「私の足ならばここまで五分とかかりません。それに、目を閉じているときは話しかけないよう言いつけられました」
「ふん、そんなのは臨機応変だ。僕の使い魔ならそれくらい察しろよ。
 まあいいさ。それでライダー、首尾はどうだ」
「はい。もとよりその報告です、シンジ。指示されたとおり、貴方の学校に結界を設置しました。
 完全に機能させるためには数日かけて魔力を蓄えなくてはなりませんが、起動するだけならすぐにでも可能です」
「他の連中には見つかってないだろうな」
「少なくとも遭遇はしませんでした。完全に隠匿できたという保証はありませんが」
「そうか。そのあたりは問題ないとしよう」

 キャスターのクラスでもあれば、遠見の魔術によって気配を感じさせることなく監視しうるかもしれない。
 あるいは偶然に通りすがりのマスターにでも見られたかもしれない。
 それらはすべて可能性としてはありうる。
 故に考慮の必要はあるだろうが、問題の優先度としては低い。
 ライダーが無事に一仕事やりおおせた現時点では、さして大きな問題ではない。よってカット。

 さて、とライダーに向き直る。とはいえ霊体である彼女を視認などできない。
 声のする方向に意識を向けるだけである。

「それじゃライダー、早速だけど次の命令だ。
 せっかく張ってもらった結界だけど、何があっても起動するな」
「……それはどういうことですか、シンジ。鮮血結界(ブラッドフォート)の維持には並ならぬ魔力を使います。消費した分は回収しなければ損というものでしょう」

 声は淡々としたまま。であるのに食らいつかんばかりの勢いという器用な真似で、明確な理由の説明を求めます、と問い詰めるライダー。
 霊体になっているので表情は見えないが、おそらくはっきりと不満を滲ませている。
 それを慎二は片手で制した。
 静まれ、という手振りである。それに従ってライダーは口を閉ざした。

 この少年を仮初の主として、いまだ数日しか経っていないが、彼女は彼を理解している。
 反論などしても無意味であるし、くどくなれば令呪を以って無理矢理黙らせるだけの話である。
 もっとも、だからと言って素直に引き下がるのは柄ではない。
 ライダーは一応の反撃を試みた。

「しかし状況というものもある。場合によっては結界の起動も止むをえないかもしれません」
「却下だ。何があってもと言っただろ」
「貴方の使い魔たる者、臨機応変に行動できなくてはならないと思いますが」
「……それよりも優先だ。
 いいかライダー。アレを使用すれば、たしかに一時はおまえの魔力も増大するだろう。だがその後に最悪がやってくる。無差別に人間を食らえば、タチの悪いのが敵に回る。そんなことになれば、不確定の海を渡りきるなんてのは夢のまた夢さ。
 故に、あの結界は小道具として使うしかない」

 ライダーが沈黙したのを見て、慎二はベンチに腰を下ろした。
 立ち話で済ませるには長すぎる話をしなければならない。

「それに、掛け捨てた魔力にも、別の形で十分に払い戻しはある計算だよ。あの結界を他のマスターは放置できない。五百人程も人間を取り込めば相当の足しになるものだからね。すぐにでも妨害にやってくるさ」

 おそらくは今晩にでも、と付け足した。

 慎二の狙いは単純なものではある。
 サーヴァント同士が出会えば戦いあるのみ。ならば、複数のサーヴァントが現れたならそれらを食い合わせて戦力を削ぐ。
 もしも一体しか現れなかったとしても、それならそれでライダーをぶつけるという手もある。
 なにせ結界といえど、まがりなりにもライダーの宝具だ。
 他の魔術師はもちろんのこと、サーヴァントですらもこれを解呪しうる可能性は低い。
 たとえ傍観に回ったとしても、慎二とライダーの主従にとって損はない。
 つまり――

「これは巨大な撒き餌だよ。餌に群がる魚が水面を波打たせるように、状況を混沌に持っていく」
「その混沌、私たちに利するとは限らないのではないですか?」
「無論、混乱に飲み込まれては意味がない。だけどねライダー、おまえは僕を誰だと思っている。ここにいるのは、乱数と確率を制御し、脳髄を以って状況を支配する者だ。魔術回路こそないけれど、こと演算に関して言えば本職(巨人ども)にも劣らないと断言しよう。
 そう、条件さえ揃うなら――この戦争の結末だって、予測してみせる」

 その言葉には偽りはない。
 分割された思考の数は実に五つ、天才と呼ばれる類に入るだろう。
 もっとも動かしているのはそのうち四つ。
 全部を使っては、もしも負けたときにプライドに障るのだから仕方ない。
 それに四つあれば十分ということもある。
 だが、その思考を以ってしても予測できない存在がある。それこそ――

「だからこそ奴を敵に回すのは避ける、つまり結界は使えない。簡単な結論だぜライダー」
「……わかりました。ですが一つ質問があります。
 奴とは誰のことですか、シンジ?」

 ライダーが訊ねる。
 仮初とは言え主。その彼の表情がわずかに歪んだのを従者は見逃さなかった。
 それは泣いているようにも、笑っているようにも見えたのだ。

「決まってる。無辜の民衆に危害を加えるのは悪党のすることでね、
 ――ならば、敵は正義の味方だろう」

 それ以上の言葉など必要なく。慎二は思考へと埋没する。
 最初の勝負は今夜。
 彼を敵にはせず、最上のやりかたでこの戦に巻き込む。
 状況は、すでに回り始めていた。



[844] 1/或る前夜(4)
Name: 東雲◆aee59cba
Date: 2013/05/05 04:47

「……何よこれ」
「見ての通り血痕のようだな。いや、血溜まりというのが正しいか、これは」

 遠坂凛とアーチャーの主従がその場を訪れたとき、校舎の三階、長い廊下の中ほどは控えめに言って惨状の様相を示していた。
 教室のドアが一箇所、粉砕されて瓦礫と化している。
 さらに天井や壁にはいくつもの傷が残っている。
 それらの傷口は細長く小さいものであるにもかかわらず、傷自体は深い。
 つまりこれは何か尖ったものが刺さった痕跡なのだろう。たとえば剣のような。

 しかし極めつけは、床に撒かれた生臭い赤い液体、つまり血液である。新しいものなのだろう。血は固まっていない、どころか生暖かい。
 溢れるほど廊下の床を満たした血溜まりに踏み込むと、粘りつく湿った音がした。
 血液は一箇所へ大量に溜まっていて、そこから点々と少量が零れている。
 廊下の向こうへと赤い雫が短い間隔で滴っている様は、小動物の足跡に見えないこともない。

 そして問題はこの先なのだが。
 血痕の主はおそらく、先程アーチャーとランサーの仕合を見て逃げ出した、不幸な一般生徒なのだろう。
 しかし奇妙なのは、その姿がどこにもないということだった。

「これって、ここで誰かが襲われたのよね」
「そうだろうな。そして襲った方は立ち去り、襲われた側は止めを刺されぬままここを離れたか。ならば半死半生というところだな」
「なんで半死半生ってわかるのよ」
「それだけの血を溢れさせる傷だ。加えて、見たところ動脈からの出血だな。そのうえ手当てをした痕跡もなく、さらに出血は続いている。この場に死体が転がっていてもおかしくないが、そうでないのなら半死半生がいいところだろう」

 アーチャーの言い分はもっともである。凛は反論しなかった。
 する必要もない。
 どのみちサーヴァントに追われて助かる人間がいるはずもない。
 わかりきった質問をしたのは、最後のあがきのようなものなのだろう。
 つまりは自分の不注意で、無関係な人間を死なせたかもしれない、ということに対する。

 後悔するつもりなどない。
 改められない過去を悔やめるほど遠坂凛は聖人君子ではない。
 それでも身近で人が死ぬのを眉一つ動かさず看過できるような冷血でもない。
 冷血であることができるのならそれに越したことはないのだろうが。迷わずに済むのだから。
 だが事実として、おそらくは大して離れていない場所で、その彼は死んでいる。
 ならばせめて見届けなくてはならない。
 それはわかっている。
 だというのに、人の死を認めたくはなかった。
 凛はそこまで簡単に諦められるほど、死に接して生きては来なかった。
 だから、口をついて出たのは違う言葉だった。

「……負傷の程度によっては治療できるかもしれない。血痕を辿るわ。アーチャー、あなたはランサーを追いなさい」
「いや、私も凛についていこう」

 主の言葉が本意でないのなら、従者の返答が予想外なのもおかしなことではないのかもしれない。
 何にしても、アーチャーは渋面で答えてきた。

「アーチャー、ランサーを何の手がかりも無しに帰すつもり?」
「奴の方が速度では上だ。今から追いつくのは難しいだろう。それに私が君から離れたところを他のサーヴァントに襲われても困る」

 アーチャーが反論する。彼の言い分はもっともな内容ではある。

 凛は先刻見た戦いを思い出す。
 アーチャーとランサーとの剣戟は、命のやり取りでありながら見惚れるほどの美しさだった。
 サーヴァントの戦いは人間とは桁が違う。
 たった一度とはいえ、実物を知る凛はそれを理解している。

「それに」

 とアーチャーは、取って付けたように加えた。

「君は繊細だからな。人死にで動揺されても困る。私がいれば君も取り乱すわけにはいくまい?」
「褒められてるのか貶されてるのか今ひとつわからないわね、それ」

 凛は指摘してみせたが、案外それはアーチャーの本心なのかもしれなかった。
 この男は捻くれ者でありながら時折度を過ぎて率直な物言いをする。
 要するに彼なりの思いやりということなのだろう。

「そうね、命令は訂正するわ。アーチャーはわたしの護衛をしてもらう」
「了解した」

 アーチャーが霊体になって姿を消す。彼を背後に従えて、凛は血の跡を追い、長い廊下を歩き出した。

----------------------------------------------------------------------

 予想に反して、血痕は廊下を抜け、階段を降り、校舎を出てもなお続いていた。
 校門をくぐって学校の外に出る。
 時折雲の切れ目から顔を出す月以外は、明かりといえば所々に立つ街灯のみだった。魔力を通して強化した視力は、夜道に相変わらず点々と続く血を捉えた。

 それをさらに追っていく。
 ひとけのない夜の街である。そもそも通行人とすれ違うこともまれだが、今夜は特に人影を見ることもなかった。

 幸運といえば幸運だろう。
 十代の少女が独り、点々とつたう血痕を追いかけているなどという光景は決して常識的なものではない。
 もっとも非常識すぎて、彼女が何をしているかを一目で看破できる一般人などいるはずもないのだが。

 などと無為な思考を重ねていくうちに、交差点へとたどり着いていた。
 遠坂凛の通学路のさなか、住宅地の和洋を分ける境界となる交差点。足を止めて地面を見下ろす。
 そこで、唐突に血痕は途切れていた。

 血で濡れた足跡であるとか、傷口を押さえたハンカチであるとか、そういったものが残っていないか確認したが、何もない。
 今さら傷を塞ぐことを思い出したのなら、何故それまでにしておかなかったのか謎ではある。

 ともあれ、凛は周囲を見回した。
 アーチャーに指示して彼の鷹の目で闇夜を見通させる。
 相変わらず、人影というものは一つたりとない、冷たい夜だった。

「ちょっと、これ流石におかしいわ」
「ああ。いつ死体が転がっているかと思いながらここまで来てしまったが、ここに来て痕跡が消えている。さりとて屍になったわけでもないようだ」
「そもそもこんな怪我してる相手に、わたしたちが追いつけないのも変よ」

 考えてみれば、最初から奇妙な状況ではあった。
 普通人ならサーヴァントに襲われた時点で即死だろう。
 そうでなかったという点、これだけでも奇跡に近いというのに、あまつさえこの相手はまだ生きている。
 それどころか傷を押して脱出を果たした。

 これを不自然と言わずしてどうするのか。ならば、考えておくべき可能性は――

「……まさか、罠?」

 呟く凛。
 何せ学校に皆殺しの結界を張るような外道がいるのだから、どのような状況が待ち受けていても驚きはしない。
 しかし。

「いや、それにしては不自然だ。罠であるのなら、すでに次の手が打たれているべきだろう。この事態は最初の段階で異常だった。ならば我々がそれに気付く暇を与えては片手落ちだ。だが目下、そのような様子は見られない」
「それじゃアーチャー、なんだって言うのよこれ」
「凛。人の身でありながら奇跡を体現する者を、君はよく知っているだろう」
「……魔術師。まさか、そんな」
「聖杯を求めてやってきたマスター志望なのか、それとも本当に通りすがりの間抜けなのかは知らないが。血の跡を辿られるような手落ちをしているのなら、少なくともサーヴァントを連れてはいないだろう」
「それなら、こっちに来たのは正解だったわね」
「ふむ、それはどういう意味だ、凛」

 これも話しかけたつもりはない、ただの呟きだったが。やはりアーチャーは問い返してきた。

「貴方についてきてもらって正解だったってこと。ランサーはわたしたちと戦うことよりも目撃者を消しに行ったんだから、仕留め損なったとわかれば追ってくるでしょう。そうしたら鉢合わせするかもしれないじゃない」
「なるほど、それは確かに正しいな。私のお節介もあながち無駄ではないということだ」
「そうね」

 軽口には応じない。短く答えて凛は足元に意識を戻した。
 いくら目を凝らしても最早血痕はない。それは手がかりを失ったということだが。
 凛は歩みを再開した。足を向けた先は和風の住宅街である。

「凛、何か気付いたのか」
「あいにくだけど何もないわ。だけど、ここで立ってるだけじゃ始まらないでしょう」
「ふむ、しかし何か当てがあるのかね」
「……勘よ」
「……そうか」

 納得したのかそれとも呆れでもしたのか。アーチャーはそれきり口を閉じた。
 沈黙が支配する。
 これといった理由があるのでもなく、何とはなしに気まずくなった空気が重い。
 無闇に会話を再開することもできず、口をつぐんだまま凛は記憶を頼りに進んでいった。
 向かう先はある知人の家である。
 もっとも凛自身は数度言葉を交わした程度の仲でしかない。

 どうして彼の家へと向かったのか。
 その理由は本当に勘だったが。
 足を運んだ先で何の進展もなければ、少なくとも自分の身の回りの人間がわずかとはいえ安全になるだろう。
 その程度の打算すらなかったわけではない。

 無言の歩みはひどく長いように感じたが、実際長い距離を歩いてはいたのだろう。
 街の外れに位置する広い日本家屋。
 長く続く、白い土塀。
 もともとは武家屋敷だという彼の家に差し掛かったとき。

「え――?」

 凛は、思わず間の抜けた声を上げていた。
 屋敷の中から白い光が奔る。
 何かが変わり何も変わらない。
 一瞬はそれだけで過ぎ去っていく。
 あとには静寂と、決して看過することのできない存在感だけが残っていた。

「七人目か」

 アーチャーは抑揚のない声で呟いた。
 その声は凛の耳にも届いたが、動揺している彼女は動かない。
 動くことができない。

----------------------------------------------------------------------

 その後の出来事は語るまでもあるまい。
 遠坂凛は一個の宝石と二つ目の令呪を失い、
 彼女の従者は深手を負うことになる。
 ――そしてついに戦争は幕を開けるのだ。


1/或る前夜――了



[844] 2/水月(1)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2013/04/27 21:43


 喜べ少年、君の願いはようやく叶う、と神父は言った。

 叶えるべき願いなんて、俺にはないよ、と少年は言った。

 ――正義の味方は、願いなどという《個》の意思を持ってはいけない。
 もっと自分を殺して、
 どこまでも希薄に、
 水面に浮かぶ満月のごとく、触れることもできぬほどに。
 自動的な機構(システム)。
 そういうものに、俺はなりたい――

 そうして、礼拝堂の扉は重く閉じられる。
 その扉を、
 その先にいる、或る少年の姿を、
 黒衣の神父は、ひどくつまらなさそうに見送った。

----------------------------------------------------------------------

 彼女の主は、この戦争を終わらせよう、と言った。
 それは紛れもない参戦表明。
 もとよりそれが望みであったセイバーは、内心で心うち震えるものがある。
 しかし少しだけ気にかかるのは彼女の主、
 偶然にマスターとなったという少年、衛宮士郎である。

 半人前の魔術師で、日々の鍛錬に臨んだ時、たまたまセイバーを呼び出してしまったという少年。
 彼の、その姓をセイバーは知っている。
 十年前、前回の聖杯戦争におけるマスター。
 この少年は、彼の人の養子だという。
 かつての主、たしかに剣を捧げたがそれを受け入れたことは一度もないあの人物と、この士郎は似ても似つかない。
 それは彼女にしてみれば、率直に言えば嬉しい驚きであった。
 まだほとんど言葉も交わしていない、どころか、不完全な召喚のツケか、魔力供給のパスも繋がっていない。
 戦力的にははなはだ不安だが、戦術と戦略で不足を補うこともできるだろう。
 だが、マスターとサーヴァントの信頼関係は、他のものでは決して補えない。
 ……信ずるに足る人格、それだけが必要だ。
 その意味では、彼女の主に不満はない。

 彼女とて王として人物を率いた身。
 人の風采程度は見分けられる。
 彼は清廉な若者だ。
 おそらく性根はやさしいが、戦うと決めたならば最後まで、その決意を貫くだろう。

 セイバーが気にかけるのはそこではない。
 この衛宮士郎という少年を戦争に巻き込んだことに、多少の罪悪感はある。
 しかし彼には戦いから降りる権利も与えられていた。
 選択をしたのは彼自身だ、とセイバーは納得している。

 だが、その選択に至るまでの間。
 思えば衛宮士郎はあまりにも平静ではなかったか。

 混乱こそあれど、彼は決して嘆きも怖れもしなかった。
 ただ現実を受け入れ、そして結論を下したのだ。
 いかに魔術師であろうとも、まだ二十にもならぬ若者の態度ではない、とセイバーは思う。
 それは彼女にとってはむしろ都合がよい。
 主たる少年には、それだけの胆力が備わっている、とも言えるのだから。

 しかしセイバーは思うのだ。
 どこかに彼は、ヒトらしい心を置いてきたようにも見える。
 それは彼女自身の経験にも通じている。
 かつて、人でなく王として。
 人間らしさを殺して振る舞い続けたセイバーには、その理由がよくわかる。

 ――彼は大望を抱いている。
 それもおそらくは、ヒトでは成し得ぬほどの――

 だから、セイバーは心配なのだ。
 どうかこのマスターに、自分と同じ苦しみのなきように――。

----------------------------------------------------------------------

 凛は別れを告げた。
 今日この場の別れではなく。
 おそらくは戦争に臨む前、敵としての訣別になるであろう別れを。

 わずかに数時間の道連れ。
 明日からは敵同士になるという宣告。
 そのような言葉を述べるのは、凛の義務感ゆえだった。
 衛宮士郎が何も知らぬまま、戦争に巻き込まれるのはフェアではあるまいという、
 衛宮士郎が戦争を決意したならば、いつまでも馴れ合うわけにはいかないという。
 ……その少女らしい潔白さが快い、と誰もが思うだろう。

 遠坂凛にとって、己の人生に失敗は数多くあれど、決して後悔はない。
 それは彼女が、自分の信じるところを歩いてきたから。
 そしてこれからも歩いていく。
 今日という日は、その中の一日、一歩に過ぎない。
 たとえこの聖杯戦争が自分の命を奪ったとしても。
 自分の人生まで、戦争には、奪えない。

 だからそれに応えるのも当然のことだと、士郎も思ったのだ。
 聖杯戦争に臨む者として当たり前のその言葉を、彼は受け入れ――

 ――受け入れようとした瞬間だった。
 坂の上に、灰色の巨人と、白い少女が姿を現したのは。

「こんばんは、リン、それからお兄ちゃん。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。うん、長々しいアイサツはいらないよね」

 小鳥が歌うように少女は告げる。
 己の従者、灰色の巨人、桁違いの悪夢、サーヴァント、バーサーカーへと向かって!

「それじゃ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー!」

 バーサーカーが跳ぶ。
 一撃の下に魔術師どもを轢殺せんばかりの強襲。
 それに応じ、セイバーは決然と鎧を翻し、飛び出した。

 ――それを、士郎が止めなかったのは。
 彼女の剣に舞う姿が、いまだ脳裡に焼き付いていたからだろう。
 本来の士郎ならば、らしくない。過ちだと言ってもいい。
 それでも、これがおそらくは分水嶺だったのだと。
 後に、士郎は思い出すことになる――

----------------------------------------------------------------------

 死闘が始まった。
 バーサーカーは巨大な岩塊にしか見えない斧剣を振るい、セイバーはそれを不可視の剣でいなし続ける。
 絶望的な暴力と、圧倒的な技の戦い。
 剛と柔。
 彼らの戦いはまさにそういうものだった。
 だが、不完全な召喚の代償として、セイバーにはマスターとの間に魔力を供給するパスが通っていない。
 ……彼女の宝具は用いればおよそ一撃必殺、あらゆる敵を打倒できると確信するものであるが、同時に魔力の消耗も莫大である。
 使えて一度、それを用いるなら確実な好機でなければならない。
 もっとも、この嵐のような剣戟の合間に、宝具を開放する余裕は与えられまい。
 必然、宝具抜きで戦わざるを得ないのだが。

 幾合、或いは幾十合かの剣戟の果て。
 孤を描いて斧剣が落ちる。
 真円の致死曲線、その軌道の内側に一歩肉薄してセイバーは避ける。
 それは隙、だった。

 バーサーカーの剣は、言うなれば暴風に近い。
 無秩序に剣を振るうという戦い方は、しかしその絶対的な威力によって許される。
 細かな技術というより、攻撃密度と破壊力で敵を圧倒する。
 狂戦士の一撃にはわずかな隙こそあるものの、それに踏み込めば反撃の一手と引き換えに首を飛ばされる。

 故に挑むならば一度、嵐に耐え続けながら、最も大きな隙を見極め、躊躇もなく踏み込み、反撃を許さず一太刀で、
 バーサーカーの命を落とす。
 並の剣士であれば、暴風の前に膝を折るばかりだろう。
 しかし、ここにいるのはセイバー、随一の剣技を持つ最優のサーヴァントである。
 彼女はたった一度の好機に、迷うことなく飛び込んでいった。

 バーサーカーの間合いは広い、故にその内側は応じ難い死角でもある。
 ごく僅かな、とはいえ今までで最大の隙を見切ったセイバーは、必殺の覚悟で踏み入った。 身を投げ出し、次の一撃も回避も考えぬ突入である。

 不可視の剣は、狂戦士の厚い胸板に吸い込まれる。
 殺った――、とそれを見た誰もが思っただろう。事実、セイバーとてそう思ったのだ。

 ――硬い感触は、悪夢のそれだった。
 セイバーは、否、その場にいた全員は己が目を疑った。
 つまり。
 剣を突き入れたはずの、バーサーカーの胸には、傷一つ付いていない。

 あるいは、無理な体勢であったからか。
 これが万全の踏み込みと斬撃であれば、また違う結果であったろう。

 なんにしろ――目の前にある現実は単純だ。
 つまり、バーサーカーの装甲はいまだ健在であり、

「■■■■■■■■■■■■■――――!」

 狂戦士の咆哮は、死の宣告だった。
 斧剣が動く。
 最至近距離、かわしようもない位置から放たれた反撃を、セイバーは何とか受けようとして――

 ――そして、敗れた。

 薙ぎ払われる斧剣。
 本来首を落とすはずのそれをセイバーは受ける。
 だが、それは受けただけだ。直ちに訪れる死を、僅かに先送りしたに過ぎない。
 鎧を着込んだ彼女の身体が、軽々と跳ね飛ばされていく。

「嘘、なんて出鱈目……」

 凛が絶句する。それはそうだろう、士郎とて同意見だった。
 セイバーの剣技、身体能力、魔力量、そのいずれをとっても圧倒的、たしかに最優の名に相応しい。
 ただ、あのバーサーカーはそれ以上の悪夢だった。

 セイバーが卓越した戦士であるのなら、
 バーサーカーは絶対的な死の具現である。
 それが、この結果の理由だった。

 セイバーが地に落ちる。その身体は、右腹部が砕けていた。
 斬られたとか刺された、というレベルではなく、身体そのものを損なうほどの損傷。
 この傷では、立ち上がることなど出来はしない。
 そもそも生きていることすら奇跡のように見える。

 だというのに。

 セイバーは不可視の剣を杖がわりに、その身を起こしていた。最早、戦うことなどかなわない負傷。
 それでも彼女は立ち上がっている。
 それは簡単な理由だ。何せ朴念仁と自覚する士郎にすら判るのだから簡単だ。

 つまり、彼女はマスターを守る。
 マスターを守るためには立って、戦わないといけない。

 それを見て、衛宮士郎の心は揺らぐ。
 既にセイバーは死に体、次の一撃を受ければ粉微塵になり、そのまま消え去ることは明らかだった。
 彼女を見下ろすように、バーサーカーは足を止めている。
 その物言わぬ巨人へと命令が下された。

「バーサーカー、そいつは貴方にあげる。首を刎ねて犯しなさい」

 バーサーカーのマスターが命令する。
 それで、頭にきた。
 何が頭にきたのかなど、士郎自身にすらわからない。

 ……いや、本当はわかっている。
 彼女は英霊、人間ではない。
 いくらヒトそっくりに見えたとしても、その本質は規格外の存在だ。
 衛宮士郎の存在意義は正義の味方、それは人類を救うべき存在。
 相手が人間であったのなら。衛宮士郎はいかなる代償を支払ってでもそれを救うべきだ。
 しかし彼女はその範疇には含まれていない。
 だから彼女の命は、自分と対等に扱うべきだ、と。

 わかってはいる。わかってはいるのだが。

 ――結局のところ、士郎には我慢ならない。
 出会ってわずか数刻、さらには英霊などという人外であろうとも。
 共に戦うことを誓った、その彼女が、あまつさえ自分を守って死ぬなどと、そんなことを。
 この衛宮士郎の目の前で、
 そんなことは許せない――




[844] 2/水月(2)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2013/04/27 21:48


「ちょっ……衛宮くん! 待ちなさい!」

 背後で上がる凛の声を無視して、セイバーの元へ駆ける。
 バーサーカーが斧剣を振るう、その瞬間。
 もはや躊躇など一片もなく。狂戦士の剣と、セイバーの間に割り込んだ。

「投影開始(トレースオン)」

 無論、剣を受ければ衛宮士郎の肉体とて粉々になり、さらに後ろに庇ったセイバーもそのまま両断される。
 ならば受け止めるのみ。
 
 七の撃鉄を一斉に落とし、
 七の黒鍵を投影する。

 ――投影と共に霧のような血が噴き上がり、迫る剣圧によって吹き散らされる。
 それは、剣を創り出したことではなく、取り出したことの副作用だが。
 痛みも恐れももはやなく、衛宮士郎は両手に剣を握る。

 それを、バーサーカーの巨大な岩塊へと相殺するべく叩きつけて――

 ――負けた。それはもう、完膚なく。

 左に四本、右に三本、両手に握った合計七本の黒鍵は、バーサーカーの斧剣に触れた瞬間に粉々になった。
 とっさに次の七本を斧剣に向けて展開し。

 次の瞬間、その七本も容赦なく破壊され、
 そのまま後ろのセイバーも巻き込んで弾き飛ばされた。

 ごろんごろん、とアスファルトの地面を転がる。
 セイバーごと壁にぶち当たってようやく止まった。
 
 追加分の黒鍵は盾になってくれた。それがなければ即死していただろう。
 いや今でもあまり変わらないか。
 身体はばらばらにならなかったのが奇跡だ。
 巨大な岩塊を叩きつけられた衝撃と地を転げ回った振動で中身がぐちゃぐちゃになっていそうな錯覚を覚える。
 実際なっているのではないか。
 えずきながら立ち上がる。

「この、ばかものー!」

 止めを刺すべく突進してくるバーサーカーに、横合いから凛が宝石を叩きつけた。
 ついでに上げた罵声は士郎を咎めているのか宝石を惜しんでいるのか。

 石は魔力の嵐となって狂戦士を襲う。
 セイバーに使ったものには落ちるが、対魔力を持たないバーサーカーには有効なはずだ。
 しかし。

「嘘……弾かれた!?」

 凛の悲鳴じみた驚嘆を、士郎は聞いた。
 バーサーカーの足は止まらない。

 ――耐えたのではなく弾いた。
 対魔力のように無効化したのではない。
 単に、分厚い装甲で、完全に防御したということ。

 ――それで理解できた。
 このバーサーカー、英霊などという連中の内でも群を抜いた規格外だ!

 バーサーカーが剣を振りかぶる。
 背には負傷した己の従者が在る。
 腹をくくった衛宮士郎。
 息を吸い、その瞬間に臨もうとして、

 唐突に。
 バーサーカーは、其処で動きを止めた。

 彼奴の後ろを見れば、全身に令呪を光らせた少女の姿。
 咄嗟にバーサーカーを束縛するとは、なんと破格の魔力なのか。

「急に飛び出してくるなんて驚いたわ、お兄ちゃん。あやうく殺しちゃうかと思ったところよ」

 その魔力に満ちた姿がすべてを物語っている。
 あれは幼い少女の姿をしているが恐るべき魔術師。
 そして、衛宮士郎にとっては――

「それでも魔術は使えるんだね。魔力をぜんぜん感じないから心配しちゃった。――ふふ、バーサーカーの一撃を凌ぐなんて」

 何が楽しいのか、歌うように声を紡ぐ少女。
 それを視界に収めながら、しかし意識は後方へ。
 士郎は静かに左手を掲げた。

 背後には苦痛に耐えながら、立ち上がろうともがくセイバー。
 いまだパスも通らぬ身ながら、自分はこの少女の主である。
 その証拠に、左手には令呪が鈍く輝き、
 振り下ろされる拳のごとく、命令を下す時を待っている。

「セイバー、『起ち上がれ』!」

 囁きは意思と共に。
 令呪の一角がほどけて魔力へと変換され、サーヴァントの身に注ぎ込まれる。
 速やかに傷が修復されると同時、セイバーは跳ね起きた。
 負傷の治癒だけでなく、気力体力まで充実している。
 その彼女が口を開くよりも先に、士郎は告げる。

「退くぞ、セイバー」
「……ですが、シロウ」

 言葉を濁すセイバー。
 それに答えたのは彼女ではない少女、バーサーカーのマスターである。

「撤退なんて出来ると思ってるの? お兄ちゃん、このバーサーカーはね、ヘラクレスっていう魔物なのよ」
「な、ヘラクレスって――そんな大英雄をバーサーカーにするなんて酷いデタラメだわ。何考えてるのよアインツベルンは……!」

 ほとんどうめき声に近い凛の声、セイバーとてそれは同感だった。

 衛宮士郎の眼前、こちらを見下すようにそびえ立つ巨体。
 それを目の当たりにして後退など許されようはずもない。
 背を向けて逃げ出せば最後、七面鳥撃ちよりも容易く皆殺しにされるだけだろう。
 ならば、誰かが残って戦い、その隙に残りの者が退却するしかない、というのは自明の理ではある。

「傷は癒えました。私がバーサーカーを抑えます。マスターは撤退を」

 セイバーが不可視の剣を握る。
 彼女とてあの巨人と戦えば敗北しうる。
 それはすでに証明された一幕だ。
 だが、彼女は前に出ようとする。

 ――いまだ彼女は明らかにしていないが、その宝具を使用すればどうであろうか。
 本来セイバーは最優のサーヴァントであるが、そもそもこのバーサーカーは並外れている。
 さらにセイバーは主から魔力の供給を受けられないというハンディキャップを背負っている。
 己の宝具はいかなる敵にも後れを取るとは思わないが、実際のところ、この敵を殺しきれるという確証もない。
 最悪、ここで此度の戦を終える覚悟すらしなくてはならないだろう。

 それでも、マスターを守る。
 それが剣たる己の務めである。
 そのような決意を込めて、踏み出そうとした刹那。

「いや、おまえは遠坂を守れ。しんがりは俺が引き受ける」

 士郎はセイバーを押しとどめた。
 その声はあまりにも淡々としていて、セイバーは向かい合う敵を一瞬忘れたほどだった。

「衛宮くん!? 何考えてるのよ貴方!」
「な……何を言っているのですかシロウ! そんなこと、貴方がどれほど優れた魔術師であっても不可能です!」

 凛とセイバーが同時に驚きの声を上げた。
 それを士郎は背中で受け止めて。

「そうだな、たしかにセイバーでも勝てない化物、俺が勝てるはずもない」
「ならば!」
「だけどなセイバー、覚えとけ。男には退けないときというモノがあるんだ」

 告げて、左手を掲げてみせる。手の甲には赤い刻印。
 大人しく従わなければ令呪をもって無理矢理言うことを聞かせるまで、という通告だった。
 セイバーは歯噛みする。
 納得は出来ない。
 納得は出来ないが。

 やり場のない怒りを抑えて、彼女はきびすを返した。

「わかりましたっ! ですが覚えておいてください、後ほどマスターには存分に戦術というものを教授して差し上げます!」
「ちょっとセイバー!? あなたも何を訳わかんないことを言い出すのよ……って、離しなさいー!」

 背を向けるやいなや、傍観していたアーチャーのマスターの元に走り込む!
 そのまま彼女を抱えて駆け出した。

 セイバーとて、マスターの言い分が無謀極まりないのは承知の上である。
 それでも、一歩前に出た男の背中を見て、止められないということも悟ってしまった。
 彼女とて騎士、ならば退けぬ戦いというのも理解はしている。

 走り去る彼女の背中に、マスターの声。

「ああ。遠坂を家まで送り届けたら、俺を助けに来てくれよ」
「言うまでもありません。御武運を!」

 振り返る必要はない。振り返るべきでもない。
 今はただ課された役割を果たすのみである。
 余計な感傷を噛み潰して、セイバーは戦場を離脱した。




[844] 2/水月(3)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2013/05/01 04:45


 己のサーヴァントを見送って、衛宮士郎は狂戦士と対峙する。
 嵐の前の静けさの中、口を開いたのはバーサーカーのマスターだった。

「……呆れた。本当にセイバーを下がらせるなんて。そういえばお爺様が言ってたわ、ニホンジンは身を護るよりも敵を殺そうとする野蛮人だって。そういうのカミカゼって言うんでしょう?」
「それは違うぞ、えーと、いりやすふぃ――?」
「イリヤでいいよ、お兄ちゃん」
「そうか、ならイリヤ。遠坂は人間だし、セイバーは英霊だけど女の子だ。だからあの二人を逃がすのは当然だろ。だったら俺が戦うのは当然だ。それに――」

 無手であった衛宮士郎の両手に剣が現れる。
 左手に一本を握り締め、右手に四本を指の間に挟んで装填した。剣の名は黒鍵という。
 神秘としてはあの鉄色の巨人に遥かに劣る代物だが、それでも今の彼に最も馴染んだ武装である。
 柄の感触を確かめながら、士郎は言葉をついだ。

「――俺は正義の味方だ。だから戦う」
「そう。もういいわ、あの二人が逃げるまで待ってあげたんだから十分でしょう。やりなさい、バーサーカー」

 イリヤが冷たい声で告げる。
 主の命に従い、バーサーカーが振りかざした斧剣を落下させる。
 風を切る音だけで轟音、まるで隕石めいた一手である。
 それを士郎は迎え撃った。

 最初の一撃、たった一撃を受け止めるのではなく、逸らす。
 それだけで、黒鍵はことごとくが砕け散った。
 どころか、突き抜ける衝撃だけで体まで砕けかねないと理解する。

 ――まともに斬り合うのは不可能。
 士郎は速やかに結論を下した。

「投影、開始(トレースオン)」

 直ちに次の黒鍵を握る。
 同時にバーサーカーが返す刀で振るった次撃を、今度も受けるのではなく逸らした。

 やはり黒鍵は根こそぎ粉砕される。
 しかし構わない、剣などいくらでも取り出せるのだ。
 斧剣が空を切る。
 その風圧だけで士郎の体を吹き飛ばさんという威力。

 とはいえ体にかかる負荷は、単に真正面から受け止めるのとは段違いに軽い。
 それでも肩が外れそうな重さなのは、反則というものだったが。
 狂戦士が振るう斧剣は、巨大な岩塊としか言いようのない代物である。
 その剣を暴風のように振り回す、それがバーサーカーの戦闘法だった。

 凌ぐ。
 どのみち勝てる戦ではない。ならばせいぜい足掻くのみだ。
 決死、この一念で剣戟を開始した。

----------------------------------------------------------------------

 一方、戦場を離脱した二人である。
 セイバーは遠坂凛を肩に抱え上げて、走る。
 走る、走る、走る。

「ちょっとセイバー、どういうことよこれ!」
「私が聞きたいです凛! マスターの命令ですから仕方ない!」
「ああもう、衛宮くんあとで覚えてなさいっ」

 道理で言えば、士郎は凛を助けるために尽力しているのであるから感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなどないはずなのだが。
 その程度のことは口に出すまでもない。
 要するに彼女は、この状況に自分の手が届かないことが歯痒いのだ。

 ――凛の憤りもそれなりにわかるというものだ。
 かつては騎士として戦場に立ってきた身。
 戦争とは理不尽の塊であった。
 不条理さへの怒りは、形こそ違えどセイバーも感じたことがある。
 だが、事ここに及んでは不満よりも疑問、怒りよりも疑いの方が強い。

 彼女が退いたのは勿論、主の意志を汲んでのことだ。
 しかし衛宮士郎はただ死ぬつもりは無いようでもあった。
 それは直感でしかないのだが、セイバーの直感たるや未来予知めいた鋭さである。

 もっとも、同時に彼女の直感はこのようにも告げていた。
 曰く、彼がどのような隠し玉を持っていたとしても、バーサーカーに勝つことはない。
 アレは規格外にも程がある怪物だ、一対一では何人も抑えきれぬ。
 ならば今自分がするべきことは一つしかない。

 戦場から遠坂邸までは数分とかかるまい。
 それでも早く戻れば戻るほど、マスターの生き残る確率は高くなるはずである。
 そう信じ、鎧すら解いて、その分の魔力を加速に注ぎ込む。

「ちょ、揺れる、揺れて舌噛みそう!」
「なら喋らないでください!」
「そんなこと言われても無びっ!」

 無理、と言いかけて舌を噛んだのだろう。凛はそれきり沈黙する。
 静かになるのは有難いことだった。
 ついでに身体から力を抜いてくれれば運びやすい。
 がくがくと不自然に首が揺れているのは謎だったが、そのような些事を気にする余裕もない。
 セイバーは凛の無言の協力に感謝して、さらに道を急ぐ。

 間もなく到着したのは坂の上にある洋館、遠坂邸。
 魔術師の工房である。巷の一般人からすればお化け屋敷と言った方がしっくり来るのだろうが。
 何にしてもセイバーには関係ない。ここは折り返し地点に過ぎない。

「着きました、凛」
「……きゅう」

 だというのに彼女は目を回している。
 たかだか百キロメートル毎時で運ばれた程度で人事不省とはなんたる軟弱! などと嘆きつつ、セイバーは正門の前で制動を掛け、急停止する。
 地面を削る音が耳についたが無視して、屋敷へと向かい合った。

 凛のサーヴァントは目下、邸内で休息していると聞いた。
 それでも多少なりとも外へ意識を向けているだろう。

「アーチャー! 貴方の主をここに置いて行きます。速やかに保護なさい!」

 大声で呼ばわって、セイバーは依然目を回す凛を門前に横たえた。
 彼女の髪や服が汚れてしまうのが気になったが、それどころではない。
 ――遠く、轟音がした気がした。
 とうに戦いは始まっている。

 逆に言えば、それが続く限り、彼女のマスターは生きているのだろう。
 そして、一秒先も続いている保証はどこにもない。
 セイバーはきびすを返し、戦場へと駆け戻っていった。

----------------------------------------------------------------------

 弾く。
 逸らす。
 受け流す。

 バーサーカーの嵐のごとき猛攻を、あらゆる手段を駆使して士郎はしのぐ。

 衛宮士郎は剣士ではない。
 黒鍵の扱いも、ほとんど見よう見まねの我流に過ぎない。
 そもそも使い手を見たことは数度しかない。
 それでも戦える理由、
 半分は実践で鍛えた手管だが、あとの半分は単純だ。
 つまり、あの狂戦士、おそらくはまだ全力をさっぱり出していない――!

「驚いたわ、お兄ちゃん。ただの死にたがりかと思ったけど、バーサーカーと渡り合うなんてすごいんだね。タツジン! ……って言うんでしょう、そういうの」

 巨人の背後からイリヤの声。
 士郎は剣を受ける度に、数歩後退していく。
 その後をとことこと追いかけながら、イリヤは無邪気に言葉を続ける。

「そうだ、いいことを教えてあげる。わたしね、本当はリンもセイバーもどうでもいいの。勿論いずれ殺す相手だけど、今のわたしはお兄ちゃんに用事があったんだ」

 剣戟の音が煩かったのだろう。
 イリヤは「ちょっと待ってねバーサーカー」などと言いながら、気軽に巨人をとどめた。
 思わず距離を取る士郎。
 三歩後退で五メートル近くを飛びすさって息をついた。
 全身は悲鳴を上げている。
 今は休息が何よりも欲しい。
 欲しいのだが。

 イリヤの言葉が耳に残っている。
 遠坂でも、セイバーでもなく、自分自身に用があるとはどういうことか。
 士郎にはまったくと言っていいほども身に覚えがない。

「本当はキリツグに遊んでもらうつもりだったんだけど。でもキリツグはもういないんでしょう? それなら、お兄ちゃんにキリツグの代わりになってもらうしかないよね」

 そして、少女の口から紡がれたのは、あろうことか養父の名前である。
 十年前に彼を救い、五年前にこの世を去り、そして衛宮士郎に永遠の理想を与えていった一人の男。
 予想がまったく出来なかった、というわけではない。
 思えば養父の出自を自分は知らぬ。
 ただ時折、外国へと足を運んでいた。
 それが眼前の少女に関係していたのだろうかと、おぼろげに思ったに過ぎない。

 そんなことより問題は、
 無邪気な口調の、その言の葉の裏側に潜む、
 たしかな憎悪に他ならない。

 訊くべきではないと、士郎は思う。
 しかし訊かなくてはならない。
 知ってしまったからには、訊かなくてはならない。

「それは……復讐なのか」

 亡き養父と異国の少女、その二人の間に何があったのかはわからない。
 それでも、言葉の端々からいくらでも想像出来た。
 士郎の言葉に、イリヤは少しだけ戸惑ったあと、

「うん、復讐だよ。お兄ちゃん」

 天使の笑顔で、そう答えた。

「は――」

 声が出ない。息が出来ない。言葉にならない。
 それでも何か言おうとして。

「は、はは」

 士郎の口から出てきたのは、かすれた笑い声だけだった。
 こんなのは悪夢だ。それも度を過ぎた。
 だったら、もう笑うしかない。

「ははははははははははは!」

 笑いながら涙が零れた。
 こんな子供が、笑いながら復讐を口にして、何の躊躇も無く人を殺すと口にする。
 その対象になっているのは己の養父。
 正義の味方になりたかったと囁き、自分に生きる目的をくれたあの人だ。

 狂っている。こんなのは狂っている。
 何もかもがおかしい。

 おかしいのに本当のこと。この世界は現実だ、こんな世界が現実だ。
 許せない。何もかもが許せない。
 だから涙が出る。

「お兄ちゃん壊れちゃったの? つまんないな。
 バーサーカー、頭だけ残して邪魔なものはもぎ取りなさい」

 巨人が迫る。
 士郎は動かない。
 気が付いてしまったのだ。

 ――いや、最初から知っていた。
 今まで自分が護ってきたつもりだった、日常。
 そんなものはまやかしに過ぎないのだと。
 聖杯戦争という非常識の中で、衛宮士郎のココロは揺らぐ。

 ――涙をぬぐう。
 この世界と戦おう。
 そのための力を自分は身につけてきた。

 ――ただ、それが思いきれなかっただけ。
 慕ってくれる後輩がいて、
 つまらないことを言い合える友人がいて、
 背中を預けるに足りる仲間がいたから。

 ――思えば、身の丈に合わないユメを抱いたのだ。
 この身はとうに■■で、そして■■■■■■に向かう存在。
 だというのに。
 こんな日々を続けていたいと、つい思ってしまったのだ。
 それは麗しくも手の届かない、水面に浮かぶ月のようだと、知っていたのに。

 ――そうして衛宮士郎は決意した。
 今一度決意をしたのだ、たしかに。
 逡巡はそれこそ一秒もなく――




[844] 2/水月(4)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2013/04/29 21:28


「アーチャー! 貴方の主をここに置いて行きます。速やかに保護なさい!」

 一声かけるや否や、セイバーは踵を返して駆けだした。
 場所は遠坂邸。
 時刻は深夜。

 セイバーがそうする理由は明らかだ。
 即ち、彼女の主君の命が危ないのだ。
 主たる少年は、いまや単騎で狂戦士と相対している。

 契約を交わしてまだ一晩も経たない間柄であるが、
 主の少年が清流のごとき人物であることは通じていたし、彼女もまた騎士として務めを果たす所存であった。
 意識を失った魔術師の少女を、彼女の邸宅へと送り届けたことは、主命であるが不満でもあった。

 つまるところ、セイバーは慌てていたのだ。

 いや、サーヴァントに対する備えは十分にしていた。
 しかしそもそも剣士たるセイバーにさほどの索敵能力は存在しない。

 ……ついぞ彼女は気がつかなかった。
 セイバーが現れ、そして駆け戻る一部始終。
 それらを一人の男が、じっと観察していたことに。

 彼の名を、間桐慎二という。

----------------------------------------------------------------------

 その、少し前。

「寒い」

 かじかむ手に息を吹きかけて、肌を刺す冷気を誤魔化した。
 もっともその程度では震え始めた指先は治まらず、さりとて他に手立ても無くては、同じことを繰り返さざるをえない。
 この冬木という街は、冬でもそれほど寒くないことが地名の由来だが、それでも冬の最も寒い時期である。
 どこかにしまい込んだ手袋を探して来るべきだったかと、慎二は嘆息した。

 腕時計を月明かりにかざして時刻を確認する。
 逆算すると、夜の校舎から脱出して直ちに現在の場所へ足を運び、遠坂邸への張り込みを始めて既に三時間。
 魔術師の屋敷とは工房であり、つまり城である。
 うかつに接近しただけで異変を気取られかねない、と警戒して、門を離れて路傍から眺める程度に留めている。

「つまらん」
「張り込みとは地道なものです、シンジ。捜査の基本は足だと聞きました」
「……どうでもいいけどライダー、その知識はどこから得たんだ」
「無論召喚に際し聖杯から与えられた一般知識ですが」
「微妙な一般知識だな……。ちなみに他にはどんな知識があるんだ」
「欺瞞を贖う至高の代償行為は鼻腔より麺類を食して見せることだと聞き及んでいます」
「すごい! 聖杯すごいぞ!」
「もちろん嘘です」
「嘘かよ!」

 ちなみに本当は慎二の部屋で物色した書物から得た知識である。青だぬきロボットが活躍する戯画だ。
 どうでもいいことではあるが。

 彼らは偽神の書を通じた念話を行っている。
 遠坂邸の門前……と表現するにはいささか控えめ、百メートル単位で距離をおいた位置で見張る慎二。
 手にはがっつり双眼鏡である。

 一方、ライダーは街中を移動しながら、怪しい気配の類を探している。
 何かがあればすぐにでも動くつもりである。しかしその何かが起こらない。

「くそう暇だ。ライダー、何か面白い話をしろ」
「話ですか。そう言われたところで、どのような話がシンジにとって愉快なのか私には想像もつきませんが」
「何かこう壮大かつスマートで華やかな一大叙事詩みたいな。そうだな。おまえ、まがりなりにもギリシャの女神なんだし、神の華やかな生活ぶりとか語ってくれ」
「……残念ですが私の中に残っているのは、女怪として岩礁めいた島で過ごした日々だけですね。それでも良ければお話しましょうか」
「……すまん僕が悪かった」

 慎二はあっさりと引き下がった。
 平坦なライダーの声に鬼気迫るものを感じたのである。

「しかし暇だ」
「そうですね」

 ライダーの返答はおざなりだった。
 風を切ってビルディングの屋上から屋上を跳ねるライダーを想像する。
 それは暇どころか爽快だろう、と慎二には思った。
 なるほど。要するに、暇なのは僕だけなのか。

「せっかくだし、暇潰しに話をしてやろう。ライダー」
「なんですか突然。……何の話ですか」
「つまらない話さ。くだらない話でもいい。ただし文句は原作者に言うように」
「原作付きなのですか」
「原作ありで待望の映像化さ。つまらなくてくだらない要素ありありだろう?」
「確かに。……それは私が聖杯から与えられた一般知識にも該当します」
「ほんとにその知識あるんだろうな……」

 呆れて慎二は笑った。
 つられてライダーも苦笑する。

----------------------------------------------------------------------

 ――それは、正義の味方を目指すハリネズミの話です。

 彼がどんな子供だったかはわかりません。
 彼はその短い生涯の中で二度の死を体験しました。
 その一度目で彼は記憶と家族を失ってしまったからです。

 見知らぬ小父さんに救われた彼は、その幸せを分けてあげたいと思いました。
 正義の味方になろうとしたのです。
 問題は、彼には誰かを助ける力がなかったことです。
 ですがそれも、彼が二度目の死を迎えるまでのことでした。

 地獄の釜の底で、希望を失くし、大切な人を亡くし、
 しかし彼自身はまたしても偶然に救われました。
 いえ、救われたなどと軽々しく言っていいものか。
 ……今度は、呪われた怪物と出会ったのです。

 怪物の名を『タタリ』と言います。
 世界の救済に挑み、そして敗れ果てた死徒の成れの果てでした。

 ――おそらくはその在り方。
 その怪物と、彼は似ていたからなのでしょう。
 怪物は戯れのように、彼の血を吸い――

 そして、此度の彼が得たものは、
 救いではなく、むしろ呪いでした。
 彼は人間として生きる権利を失い、かわりにとても大きな力を得たのです。
 万能というには程遠く、さらには人々から忌み嫌われる力でした。
 ――血を飲むことで、人でなしの力を振るえるという。

 お日様の下を歩けば肌がかぶれ、日焼け止めが肌身離せなくなりました。
 ドクターAの日焼け止めはよく効くと評判です。
 それでも、昼を謳歌できるのはあと数年の話です。
 完全に成ってしまえば夜にしか出歩けなくなるでしょう。
 もともと彼は起源に基づいた魔術を使う異能者でしたが、
 そんな風になってしまってからはハリネズミになりました。
 ハリネズミというのは夜行性なのです。

 もちろんハリネズミですから棘が生えます。
 背中から棘が生えるのは皮が裂けて痛いのです。
 ですが傷はすぐに治ってしまいます。
 治ってもすぐに次の棘に裂かれるという苦痛の連鎖。

 いえ、むしろ彼は自分から苦痛を求めていったのです。
 夜な夜な繰り返される、鍛錬の名を借りた自傷行為。
 彼にとって生とは苦痛に満ちたものになりました。

 それでも彼は満足です。
 痛みを感じるたびに、人間の部分は少しずつ減ってゆき、
 その分だけ正義の味方に近づいてゆくから。
 ――正義の味方になれば、ヒトを救うことができるから。

 そして今日も、ハリネズミは正義の味方を目指します。
 三度目の生は儚く、吹けば飛ぶような軽さですが。
 彼は必死で人類愛という重しをかき抱いて、吹き荒れる嵐に耐えるでしょう。

 いつか、衛宮士郎というちっぽけな存在が掻き消えてしまうか、
 この世界が平和になるその日まで――

----------------------------------------------------------------------

「こうしてハリネズミは今日も世界の平和のために戦うのでした。めでたくもありめでたくもなし」
「……いちおう聞いておきたいのですが、なんでハリネズミなんですか」
「ああ、そのうちわかるんじゃないか。うん」
「…………」

 しばし無言。
 あんまりにも適当すぎたかと少し後悔している慎二である。
『二番』に喋らせたのが失敗だった。

「ところでシンジ」
「なんだ」
「先程の話ですが」
「どの先程だ」
「聖杯から与えられた一般知識の話です」
「そこまで戻るのか……それでライダー、どうした」
「ええ。実はシンジが喜びそうな事項を思い出しました」
「ほう、言ってみろ」
「たとえば演劇や叙事詩において、悪の親玉とでもいうべき登場人物がいますね」
「いるな」

 慎二は何とはなしに想像する。
 それが具体的に誰だとかそういうことは考えつかなかったが。
 決して目前の洋館に拠る女魔術師などは想像しなかった。
 精神衛生上そのほうが良い。絶対良い。

「そのような巨悪は最後には合体変形しなくてはならないと聞いています。もちろん反英雄たる私もその程度の能力は持ち合わせていますが」
「……いちおう聞いておくけどそれは本当か?」
「はい。今度は本当です」
「すごい! 聖杯すごいよ!」
「まあ嘘なのですが」
「またかよ!」

 ちなみに後半だけ本当である。
 ライダーの宝具はある意味合体変形と呼べないこともない。
 もっとも彼女のソレをそう称するには、いささか独創的な視点が必要になろう。
 やはりどうでもいいことではある。

 何はともあれ、そのようにライダーが健全な青少年の夢を弄んで愉しんでいたときの出来事である。

「アーチャー! 貴方の主をここに置いて行きます。速やかに保護なさい!」

 ――駆け込むなり、セイバーがそんな叫び声を上げたのは。

----------------------------------------------------------------------

「セイバーに担がれて遠坂が帰って来た」

 現状を言うとそういうことであった。
 慎二は思考する……までもなかった。
 三日は張り込むつもりだったが思ったより早かった。
 意外といえばそれだけで、想定された展開ではあったのだ。

 ――そもそもあいつが、あの正義の味方が、
 女を最前線に立たせるはずがない――

 想像を裏付けるように、頭蓋に刃を差し込むがごとき疼痛が走り、一瞬だけ脳裡に映像が浮かぶ。

 闇夜。
 街角。
 灰色。
 巨人。
 白い。
 少女。
 知っている、その男。
 少年。
 両手に剣を――

 それで終わり。映像は消えて頭痛は消えない。
 偽臣の書を経由した疑似的な視覚共有だが無理が多い。
 一度使うと脳髄が悲鳴を上げるのだ。

 ほぼ同時に、ライダーから報告が入る。

「マスター、遠目にではありますが『視た』通りバーサーカーが交戦を開始しています。
……近づきますか」
「いい。気付かれたら終わりだ。迂回して戻れ。
セイバーがそっちに戻ってるから鉢合わせないように気をつけろよ」
「わかりました」

 さすがにもはや無駄口はなく指示を出す。
 待つこと時間にして一分、恐ろしく長い一分が過ぎたころ、ライダーが帰還する。
 霊体化した状態でだが、自分の横に従者が立ったことを確認して、慎二が告げた。
 あくまでも念話である。

「早速だがライダー、宝具を使ってもらうことになる」
「それは構いませんが……」

 歯切れの悪い返答。
 理由を説明していなければ、ライダーが躊躇するのは当然だとも言えた。

 偽りの令呪により間桐慎二に支配される彼女は、本来の主から最低限の魔力しか供給を受けられない身である。
 そして宝具の使用には多大な魔力を消費する。
 何の補給も無ければ使って二回。
 それが慎二とライダーに許された武器の弾数だった。

 このことを理解しているからこそライダーは口をつぐみ、そして慎二は彼女に趣旨を伝えるべく言葉を続けた。

「今のアーチャーは戦えない」

 それは結論であり、理屈でもあった。

「サーヴァントはマスターの守護を最優先するべきだ。だが、アーチャーはそれをしないで家に引き篭もっている。
なら結論は一つだ。アーチャーはマスターの傍にいても、その役割を果たせない。
聞いた話では遠坂の家は霊脈の上にあるとか。なら、アーチャーは怪我をして回復の真っ最中とか、おそらくはそんなところだろ」
「その推論は理に適っているように聞こえますが……
たとえばマスターの守護を放棄してでも行わなくてはならないような重大な問題があった、
あるいは罠だという可能性があるのではないですか?」
「あのバーサーカーに襲われるよりも大きな危機というのを、僕はそうそう思いつかないな」
 ライダーは反論しない。
 珍しいことだが、慎二の言い分は正しいように思う。……珍しいことだが!
 気付かれることを恐れて一瞬だけ、遠目に確認したという程度のものだったが、バーサーカーを見たライダーには彼の言いたいことがよくわかる。

「それに罠だとしても、リスクが大きすぎる。
現れるかもしれないというだけの敵を釣るために、目前に迫っている最悪を放置するというのは非効率すぎる。
少なくとも聖杯戦争前夜、まだ前哨戦の段階でやることじゃない」
「その通りとするなら――つまり、これは」
「いきなりやってきたチャンス、ということだ」

 声をひそめて、慎二。

「今、あの家の中には、何らかの理由で身動きの取れないアーチャーと、気を失った遠坂凛しかいないというわけだ。
そして厄介者連中は遠くでくんずほぐれつだ。
……つまり今の遠坂は無防備なんだよ」

 ライダーは頷いた。
 ここまで来れば彼女にも明らかだ。
 早速、頭の中で出した結論を、慎二に伝える。

「つまり反撃がないのを良いことに、かねて抱いていた劣情を晴らすわけですね」
「そんなことするか!」
「む、シンジともあろう者が奇妙なことを言いますね。このような場合、貴方ならばその豊かな精神性をいかんなく発揮し、掌の上の獲物をいたぶるに違いないと思っていたのですが」
「おまえが僕をどう認識しているのかという疑問はあとで追及するぞ? とりあえず、それだけなら宝具を使う必要がないだろ」

 アーチャーが引き篭もっている理由が負傷、損耗の類であると仮定すれば、現状のライダーでも十分に制しうる。
 そもそも彼女の宝具は対軍宝具、本来は個人に対して使うものではない。
 それではオーバーキルにも程がある。

「ふむ、確かにそうですね。それでは何が目的なのですか?」

 ライダーの疑問はもっともなものだ。
 慎二は渋面で、ただし皺の寄った額とは裏腹に内心では嬉しくて仕方がないのは従者に伝わらないように気をつけて、答えた。

「遠坂邸を破壊する。それも完膚なくだ」




[844] 2/水月(5)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2013/05/03 03:51


 迫りくる狂戦士を前にして、
 衛宮士郎は決意した。

 ――出し惜しみは無しだ。
 すべてを以って、この狂戦士と渡り合おう。

 士郎の心象の変化と共に、その体表に黒々とした、幾何学的文様が浮かび上がる。
 それは一種の魔術刻印、最小・最低限の、外界からの干渉を遮断する防護術である。
 常に保っている自制を手放すと、この文様が浮かび上がってしまうのだ。
 おかげでここ三年は人前で居眠りしたこともない。
 ――つまり、それだけ今の衛宮士郎は渾身である。

 先刻までの黒鍵投影も決して手を抜いていたわけではないが、ことごとく競り負けた理由は単純だ。
 今までの自分の力――つまり過去の詰み重ねでは、足りない。

 ならば、自分の現在も未来も全て台無しにして、ヤツと戦える力をこの手に――!

 顔を上げて踏み出す。
 向かってくるバーサーカー。
 激突までは三秒もない。
 刹那、速やかに一本の魔術回路を形成する。
 その一本は、最初の一本でもあり、最後の一本でもある魔力の通り路だ。
 例えるなら銃の火縄といったところか。

 ずぶずぶと、背中に焼けた鉄の感触。
 衛宮士郎の魔術の本質はこれだ。
 全身の神経と一体になった魔術回路、数えて二十六本を開眼させていながら、夜な夜な半死になって二十七本目の回路形成を繰り返す理由でもある。

 背筋を貫く苦痛。
 痛みに耐える己自身。
 死と隣り合わせの生。
 その境界を越えた先に、望む自分の姿があるという信仰。
 即ち、苦行である。

「trace on――」

 理念も骨子も材質も技術も経験も年月も工程も関係なく、衛宮士郎に許された唯一の魔術を以って、剣を作り上げる。
 血しぶく左手の中に、くろがねの剣が生まれる。
 刀身は短く五〇センチもない。
 その飾りけのない刃に、北斗七星の装飾だけが刻まれている。

「――Septentriones」

 剣の名を『七星剣』。
 衛宮士郎に訪れた天啓、彼が一から作り上げた最初で最後の奇跡、
 共に戦場を駆ける魔術武器である。

 刀身に刻まれた七つ星、光持たぬはずのそれらが赤く瞬いた。
 形状は古代中国にて用いられた儀礼剣そのままだが、コピーなのは外見だけ、中身は完全にオリジナルである。
 その構造は単純明快、柄から刀身まで、魔術刻印を模した魔力の通り道があり、
 しかし奇跡を起こす魔術式は内包しないその矛盾。

 否、この剣は奇跡そのものだ。

 本体を構成する粒子のことごとくが、たった一つの方向性を持っている。
 釈尊からヒトラーまで、善悪ないまぜに、願いを持ったあらゆる者たちに宿った方向性。
 すなわち「祈る」という起源である。
 そんな粒子を集めつくして組み上げた一振りの剣。
 あるいは、起源刀とでも呼ぶべきか。

 衛宮士郎にゆとりはあんまりない。
 なけなしの魔力、そのことごとくを吸い上げながら、七星剣はその機能を発揮する。

 その機能は極めてシンプルだ。
 剣を構成する粒子の一つ一つが、誰かの祈りを覚えている。過去から現在に至るまで、およそすべてのヒトの「祈り」。
 士郎がアクセスできるのは剣だけだが、それで十分だ。

 衛宮士郎の魔術回路を通り路にして、体内に渦巻く煉鉄の固有結界を稼働させ、誰かが祈った、見たこともない「答え」を組み上げる。
 ――その代償に衛宮士郎は少しずつ、己にあらざる起源に汚染され変質していくが、それは今、思い巡らすべきことではない。

「投影――Durandal」

 時間にして一秒にも満たないわずかな瞬間。
 再び翻る血の中に、金銀細工を施した豪奢な剣。

 ――右手に握る剣の名はデュランダル。
 天使より授かったとされる聖剣である。
 伝説に曰く、刃を折らんと叩きつけた岩が断割されたという名剣だとも。
 これならばバーサーカーの斧剣とも打ち合えるだろう。

「いくぞ、バーサーカーァァァァアアア!」
「■■■■■■■■■■■■■――――!」

 煩悶を振り払うがごとき衛宮士郎の雄叫びと、
 狂戦士の咆哮と共に、
 伝説の宝剣と、巨岩の斧剣とが激突した。

----------------------------------------------------------------------

 そうして、剣戟は再開される。

 暴風めいたバーサーカーの一撃が叩きつけられる。
 それを真っ向から受け止め、弾き返すのは、衛宮士郎が握るデュランダルだ。
 左手には七星剣を携え、さながら武芸者の二刀流がごとき様相である。

 だが、剣は頑丈でも肉体はそうはいかない。
 一度打ち込まれるごとに、肘の関節は歪み、靭帯がぶちぶちと切れ、上腕の筋肉は破裂しかけて血を噴き出す。
 腕だけでなく、肩も、脚も、内臓も同じようなものだ。

 衝撃で傷だらけの内側から、喉元に血塊がせり上がってくる。
 口の中に漏れた鉄の味を呑み込みながら、士郎は剣を振るう。

 ――傷は治る、治るのだ。
 復元呪詛と呼ばれる回復機構があり、加えて今夜は妙に修復の速度が速い。
 戦闘には問題ない。
 しかし、傷は治るが痛みは消せない。
 いくら苦痛に慣れているとは言ってもだ。

 士郎の全身はまだ治っていない傷と、治ったものの残る傷痕で覆われていく。
 服はぼろぼろ、血は全身を染め上げて真赤という有様だ。
 しかし、それでも手は止めない。

「■■■■■■■■■■■■■――!」

 咆哮が上がる。
 それはバーサーカーのものなのか、
 それとも自分のものなのか、わからない。
 ただワケのワカラナイ憤激に突き動かされて、剣を振るっているだけ。

 そうだ、憤りだ、激情だ。
 能面のように振舞っていた士郎の相貌に、明らかに浮かぶ感情があった。

 先刻あの少女はなんと言ったか。
 あの白い少女は、しかし全身に濃密な魔力を纏って、なんと言ったか。

 ――『うん、復讐だよ、お兄ちゃん』

 その言葉に至るまで、どのような苦悶があったのか。
 このように幼い娘が、酷薄な憎悪を口にするまで、養父とどのような経緯があったのか。
 それを士郎は知らない。
 知らなかったことすら許せない。
 だが、それよりもさらに許せないのは、その憎しみが今や自分に向けられていることだ。

 ――何たる不出来!
 正義の味方を目指し、自認しようとする己が、しかし憎しみの種となっているとは!

 可能ならば速やかに自身の腹かっさばいて謝ってやりたい。
 しかし、それはできない相談なのだ。
 正義の味方を目指したその時から、衛宮士郎の肉も命も、すべての誰かのためにある。
 たった一人の個人のために使うことはできない。

 それもまた腹立たしい。
 だから士郎は怒りに狂うのだ。

----------------------------------------------------------------------

 金属と岩石がぶつかりあう音だけが響く。
 これほどまで騒々しくとも、誰一人姿を見せぬ奇妙さ。
 おそらく、バーサーカーのマスターは、人よけの結界をいつのまにか巡らせているのだろう。
 その中でかすかに生まれた声があった。

「…………だ」

 はじめは、虫でも鳴いているかのような小さな声。
 かすれたそれは、だんだんと強くなっていく。

「何が……だ」

 それは、衛宮士郎の声だった。
 剣を合わせるその合間、必死の呼吸の中で、しかし。
 それでも絞り出された言葉。

「何が正義の味方だ!」

 ついに声は明らかな怒声となる。
 戦にはまったくの無駄でしかないそれは、しかし。

「何が正義の味方だ! こんな子供一人救えもしないでふざけてやがるのか! 俺!」

 それは自分自身を罵る声だった。
 もとより、これは呼びかけでも何でもない。
 それはつまり、ただの独言で。

「おまえもそうだバーサーカー!
ヘラクレスの十二の試練がどうしたってんだ! そんなモノを越えたからって! 子供一人救えない木偶が! 
 俺の前に立ち塞がるんじゃねぇ――――!」

 ついでに狂戦士にも飛び火した。
 無論バーサーカーは理性を奪われた存在、そんな罵声は意に介さないが。
 しかしいささか斧剣のキレが激しくなったようにも思うのは、もしや。
 存外に腹立っているのか。

 ともあれ衛宮士郎、もはや完全な八つ当たりであった。




[844] 2/水月(6)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2013/05/04 03:09


 何十合か続いた剣戟が、終わりを迎える。

 士郎の右手には聖剣デュランダル、左手には七星剣、その二刀流だったが、実際のところ七星剣は戦闘向きではない。
 所詮は儀礼剣であり、多少剣筋を逸らすくらいはできるが、基本打ち合いはデュランダル一本である。
 畢竟、片手に負担が偏る一方だ。
 ――七星剣を捨てればいいのではないか、と思えるが、そこはそれ、何事もうまい話はない。
 七星剣によって作られた武具には「七星剣が場を離れたとき、この武装は消滅する」という条件文が付く。

 何度か左右持ち替えながらだましだましやってきたが、それも限界。
 ついに衛宮士郎の右腕が悲鳴を上げた。

 バーサーカーの剣と衝突、直後にかきーんと音を立ててすっ飛んで行くデュランダル。
 士郎は半ば呆然と、凄まじくしびれが残り、空となった右手を見る。
 むろん、バーサーカーに待ったはない。
 振り下ろされる斧剣は、もはや何の手立てもない士郎に叩き込まれる!

 だが、この衛宮士郎、これでも正義の味方である。
 左手にて煌めく七星。
 同時に、自己埋没の呪文を唱える。

「I am the bone of my sword――」

 瞬間、轟音と共に、彼の姿はかき消えていた。
 バーサーカーの斧剣は誰もいなくなった虚空を走り、地面に叩き込まれ、アスファルトを粉砕して小クレーターを作る。
 衛宮士郎はどこに行ったか。
 狂戦士の視力はその先を捉えていた。

 空だ!

「――CaladbolgⅢ(偽・螺旋剣)」

 衛宮士郎は右足から、ジェット噴流のごとき火花と炎を噴き出しながら、反動で宙を飛んでいた。
 よく見れば足首から無くなった士郎の右足断面に、銀色のねじれた剣が見えただろう。
 足の中に宝具を生やして起爆しただけ、タネを明かせば非常に簡単だ。

 断続的に爆発炎を吹かし、鉄腕ア●ムのごとき様相で空をジグザグに往く士郎。
 十メートルも上昇、器用にバランスを取り、右足から火花散らしながら、バーサーカーと正対した。
 左手の七星剣を口にくわえる。そのまま器用に口中で、再び自己埋没の呪文を唱えた。
 
「I am the bone of my sword――」

 七星剣の北斗が瞬き、背中を突き破って肋骨の隙間から剣が生えてくる!
 それも八本、そのすべてがデュランダルである。
 背後に翼のごとく血が噴出し、口の中にはさかのぼってきた血の味。
 ごふ、と咳き込みそうになる、それを必死で飲み下した。

「イイイィヤアアアアアア!」

 猿叫じみた気迫が響く。
 指と指の間で剣の柄を挟み、八本を一気に引き抜くと、黒鍵で鍛えたひねりを加えて、投擲。
 八条の魔弾が狂戦士へと奔る。

 名だたる宝剣の投擲、一本でも本来即死の威力である。
 まともに食らえばバーサーカーでもひとたまりもあるまい。
 しかし、そのことごとくを、

「■■■■■■■■■■■■■――――!」

 斧剣を振るって叩き落とす狂戦士。
 薙ぎ払われたデュランダル複数本が、風に舞う木の葉のごとく宙を散る、というのは幻想的なのか冒涜的なのか。

 その暴風の中、衛宮士郎は突撃する。
 右足から噴き出すねじれた宝具のジェットを後押しに、頭からの直滑降で、空中をバーサーカーに迫る。
 迎え撃たんと斧剣を掲げる狂戦士。

 しかし、遅い。
 直前に空中で身体を半回転、左足からバーサーカーへと突っ込んだ。
 それは言うなれば、正義の味方キックである。
 
 斧剣による迎撃をかいくぐり、
 士郎の左足の先端がバーサーカーの胸元に触れる、
 その瞬間。

 炎と爆風が、士郎の足ごと吹き飛ばし、バーサーカーの胸元から、指向性を持って膨れ上がる。
 左足の中に生み出した螺旋状の魔剣が、幻想を瓦解させながら莫大なエネルギーを放出する!

 まばゆい光と熱と轟音が、夜の闇を塗りつぶした。

----------------------------------------------------------------------
 
 セイバーが戦場へ戻ってきたのは、その直後。
 大爆発の粉塵おさまらぬ、まさに只中である。
 人よけの結界がなければ、深夜の住宅街、あたり一面は蜂の巣をつついたような騒ぎだっただろう。
 あちらこちらにクレーターじみた破壊痕、それらはおそらくバーサーカーの大立ち回りでできたのだろう、と見当をつける。
 もうもうと立ちこめる煤煙と土煙の中、人影を見つけた。
 ずたぼろになった衣服に裸足、見えている肌には奇怪な文様が浮かんでいる。
 要は、半裸の衛宮士郎である。

 何があったのか、一部始終を知らぬセイバーには想像できるはずもない。
 ……ただ、その男の姿とこの有様、どれほどの激戦が繰り広げられたかは明らかだ。
 そして見事に生き残った彼女の主、それがどれほどの手練れなのかも。

「――シロウ」
「セイバーか。遠坂は無事か」
「はい、彼女の屋敷へと送り届けてきました。貴方こそ無事ですか」
「ああ、問題なしだ」


 命を懸けた死闘を終えてなお、平然と答える士郎の姿を見て、セイバーも少し安堵する。
 ――その瞳の中には、爛々と燃える激情があったから。
 しかしそれは、紛れもない油断であった。

「シロウ――!」

 セイバーの警告は直感ゆえのそれか。
 視界を覆う土煙を引き裂いて、回転しながら飛来した巨大な斧剣。
 とっさに構えた七星剣は、しかし所詮は儀礼武器にすぎない。何の抵抗にもならず粉々になり。

 その勢いのまま、衛宮士郎は腰斬された。

 悲鳴を上げることもできず、腹部の肉という肉が吹き飛ぶ。
 かろうじて背骨だけが残ったのか、上半身と下半身は別れることなく、斧剣の巨大質量に引っ張られて、衛宮士郎の肉体が後方へと吹き飛んで行く。
 誰かの家のブロック塀に激突。
 冗談じみた人型の痕を残して、斧剣ごとめり込んだ。

「■■■■■■■■■■■■■――――!」
「バーサーカー! いや、シロウ……!」

 土煙の中から姿を現す狂戦士。
 あちこちが焦げ、欠け、健在には遠いが、いまだ己の両足で屹立している。
 バーサーカーに斬り込むか、己のマスターの元に駆け寄るか。
 セイバーの一瞬の逡巡は、しかし。

「オアアアアアアアァー!」

 獣の叫び声か、裂帛の気合か。
 声と共に壁の中から斧剣が飛び出した。
 それを食らって内臓ぶちまけたはずの衛宮士郎が、己の身長ほどもある斧剣を投げ返したのである。

 しかしさすがに威力が弱い。
 黒鍵のようにはいかず錐もみしながら飛んでくるそれを、器用にバーサーカーが掴み取る。
 意思なき巨漢が、じろりと壁の人型を睨みつけた。

 遅れて壁の中から這い出す士郎。
 その姿を見て、今度はセイバーが息をのんだ。
 内臓どころか腹周りに肉がない。なんとも痛ましいことに、かろうじて残っているのは背骨か、
 いや血にまみれてなお銀色の何かが光っているし、何より妙にまっすぐだ。
 たとえばそう、金属めいた光沢をたたえる、剣のような――

 何にしろ、動くはずがない。
 まともな人間ならば即死、でなくとももはや機能するはずのない傷を負いながら。
 ギチギチと背骨っぽい何かを軋ませて、衛宮士郎が立ち上がった。
 彼の表情は相変わらず動じず、顔だけ見れば苦痛も感じさせないが。
 その瞳から戦意は消えていない。
 どころか、ますます燃え盛っているのだ。

「セイバー、奴を倒すぞ」

 腹がスカスカでうまく声が出ないのか、か細い、だがしっかりとした声で士郎が言った。
 己のマスターの声に、セイバーは武装を構える。
 普通人ならば戦うことなど不可能な傷だが、この男は魔術師である。おそらくは戦闘続行も可能であろう。
 というか、現に復元が始まっている。

「……是非もありません、この失態は、戦場での働きで」

 無論、失態とは、らしからず奇襲を許し、主に傷を負わせたことである。
 当の主は何のことだかとんとわからぬ、というより気にもしていないようだったが。

 その時である。
 今度こそ、セイバーの直感はそれを捉えた。

「いけない! シロウ――!」
「伏せろセイバー!」

 彼もまったく同じだったのか。
 お互いにかばい合おうとし、ほぼ同時に相手の方へと身を投げ出す。
 わずかにセイバーの方が早かったのは、さすがと言うべきだろう。
 バーサーカーもまた、己の主を庇って後ろへ退いた。

 迫る。
 盛大な風切り音、そして白光、熱。
 それは紛れもない、サーヴァントの宝具でなければ起こし得ない奇跡である。
 魔力の奔流と、熱と閃光。
 彗星めいた大質量が、彼らの戦場へと突っ込んでくる――!




[844] 2/水月(7)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2013/05/05 04:47


 ――まったく今日は爆発の多い日だ。

 土埃にまかれて、そんな間抜けた感想と共に、士郎は顔を上げた。
 セイバーとほとんど抱き合った状態で転がって、結局、彼が上になったのだった。
 光と音はずいぶん長く続いたようにも思えたが、その実は一瞬で過ぎ去っていた。
 アスファルトで舗装された道路に、巨大なクレーターが広がっている。
 その縁には、肉体の六割ほども失いながらなお仁王立ちするバーサーカーの死体があった。
 鉄色の巨人はマスターを守り、その身を以って彗星を受け止めたのである。
 どころか、突進してきた熱の塊を撃ち落しさえしたのだろう。
 それが地面を穿った穴の正体だった。

「まったく……度の過ぎた化物ですね、ヘラクレス」

 女の声。クレーターの中から闇色の女性が姿を現す。
 片腕、片足を引き摺り、さらに衣装はあちこちがほつれているが目隠しは付けたまま。
 サーヴァント・ライダー。この大惨事を引き起こした張本人である。

 立ち往生したバーサーカーの脇をすり抜け、士郎の前へとやってきた。
 敵意はないようだが、さりとて味方とも思えない。
 セイバーを組み伏せたまま身構える士郎。

「いつまで女性の上に覆いかぶさっているのですか、起きなさいセイバーのマスター」
「貴様、主を愚弄するか……!」

 士郎の下から気勢を上げるセイバー、立ち上がってライダーと相対しようとする彼女を制して、士郎は身を起こした。

「ライダーのサーヴァントと見た。戦うつもりか?」
「あいにくと、私のマスターはそのような命令を下していませんので。
一仕事片づけたついでに、あわよくばバーサーカーも片づけられるかと思ったのですが」

 ちらり、と最早物言わぬ巨人に流し目を送る。

「どうやら、未だ存命なようですね。流石はヘラクレスというところでしょうか」
「ええ。バーサーカーの宝具は《十二の試練(ゴッドハンド)》、彼は十二回殺されなければ、死ぬことがないわ」

 マスターの声に応じて、バーサーカーの眼に光が宿る。
 煙を上げて修復が始まった。
 イリヤがバーサーカーの足元からひょっこり出てきた。
 服も髪も埃まみれ、手で払おうとするが汚れは落ちてくれない。

「それでも一度バーサーカーを殺すなんて驚きだわ、ライダー」
「おやおや、アインツベルンを驚かせられるとは重畳です。宝具まで使った甲斐がありましたね」
「ああ、服が汚れてしまったわ。バーサーカー、帰りましょう」

 少女は自身の従者を見上げる。その巨体が消え、イリヤは、くるりと優雅にきびすを返した。
 誰も引き止めない。
 ふと、イリヤは振り向いた。

「お兄ちゃん、次に会うまで死なないでね」

 その笑顔、それだけは子供らしい純真さであった。

----------------------------------------------------------------------

「……えっと、それでだ」

 何も言えず、イリヤを見送った後。
 荒れ果てた街角に残された衛宮士郎、セイバー、ライダーという三人。
 血まみれ半裸刺青入りにプレートメイル、露出度極大と、誰をとっても通報ものの面子である。

「ライダーのサーヴァント、でいいんだったな。……戦うつもりはないのか本当に」
「ええ、私のマスターは臆病者でなければチキンもしくはふやけたワカメとでも言うか、
そのうちのどれかに当たるような人物なので交戦許可を出してくれないのです」
「ああ、それ全部同じだよな」

 何でもないような口調だが、どこか苦悩の響きが混じっているライダー。
 もしや意外と苦労人なのかこの英霊。

「じゃあ悪いけど、用がないなら帰ってくれないか。俺も今日は『色々と』あったんで帰って寝たい」
「そうですね、私も今日は『色々と』活動したので休息を取りたい」

 ははは、ふふふ、とお互い笑い合う。
 ……その姿を直視したわけではないが、間違いなくこの女、今宵、自分の胸を刺し貫いたサーヴァントである、と士郎は思った。

「ですがセイバーのマスター、一つだけ私のマスターからの伝言を聞いていただきたい」
「なんだ、何でも言ってくれ。手短に」
「ええ、本当はやたら長く回りくどい言づてを承っているのですが、面倒なので端的に言いますと」
「いま面倒って言ったなアンタ」
「バーサーカーを追い払ってやったんだから恩に着ろ、だそうです」
「よしわかった。機会があれば死ぬ前に俳句を詠む権利をやろう、と伝えてくれ」
「了解しました」

 お互い大変だなー、などとアイコンタクトしつつやりとりする士郎とライダー。
 その様子に何かを察したのか、セイバーは目を丸くしている。
 本来なら、敵と馴れ合うがごときやりとり、彼女にしてみれば噴飯ものなのだが、
いまいち敵意が感じられないので怒りかねている、といった状態だ。

「はあ、シロウはもしやライダーのマスターを知っているのですか?」
「いや全然さっぱり知らない。……マジで」
「おそらく全然ご存じないはずですが。……マジです」

 本当なのか、何かごまかしていませんか、と怪しむセイバー。
 士郎にしてみれば、向こうが告げないのだから自分から明かすわけにはいかぬ、ということだが。
 会話の端々に混ざる毒は本音でもあり意趣返しでもある。しかし心臓刺されて厭味くらいで済ませてくれる聖人君子が他にどこにいるのか。

「では。セイバーのマスター、次に会った時は心臓をいただきます……と、うちのマスターが」
「ああ、次は素っ首叩き落としてやるから楽しみにしてろよ……と、うちのセイバーが」
「私が言ったのですか!?」
「では、良い夜を」
「ああ、良い夜を」

----------------------------------------------------------------------

 闇に消えるライダー。
 その気配が完全に去って、士郎とセイバーは顔を見合わせる。
 どちらからともなく、溜息をついた。

「……何か色々納得がいきませんが、まあ、とにかく」
「ああ、セイバー、無事でよかった」
「ええ、貴方も御見事です」
「……それじゃあ帰ろう。街の人たちが起きだしてきたら面倒だ」
「そうですね、手早く帰還しましょう。貴方にも休息が必要だ」

 残されたのは血まみれ半裸にプレートメイル、相変わらず通報確定の面々であった。
 早く帰りたい、と士郎は思う。

 そういえばセイバーはまだ我が家の地理を把握してはいないのではないか。
 それとも地理把握は騎士の必須スキルなのかやっぱり、などと。
 思いながら、先導しようと彼女の前に出た。
 一歩一歩踏みしめて、家路に向かう。

 セイバーは後からついてくる。
 ……彼女の前を歩くから、彼女の顔は見えない。
 セイバーも、自分の顔を見ることは、ないだろう。

----------------------------------------------------------------------

 ――まだ夜は深い。
 夜が明けるのはまだ先だろう。
 忌まわしくも希望の朝がやってくるのは。

 結局、衛宮士郎は勝てなかった。
 たまたま敵が退いてくれた。それだけ。
 独りで自分勝手に怒りを振るい、それでいまだ誰も救えない、ただの半人前なのか、俺は。

 それでは駄目だ。
 もっと自分を殺して、誰かのために剣を執って、そして人間ではなく自動的に。

 ちらりとセイバーを振り返る。
 彼女は美しい、純粋な剣だ。
 自分のような者を、命を懸けて守ろうとする。
 その在り方が眩しく、羨ましい。
 ……眩しすぎて、直視できないほどに。

 月は未だ空に在る。
 手を伸ばしても届きはしない。



2/水月――了




[844] interrudeⅠ/Fate
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2014/12/29 03:55


「――ごちそうさまでした」

 その日の夕食も、いつもと変わらず黙々と終わった。

 桜と二人きりの食卓。
 毎日朝と夕に迎える食事だが、その様相はどこか儀式めいている。

 ――衛宮士郎には料理の味がわからない。
 作ることはレシピ通りにやればいいのだから、できる。
 ただ味わう機能だけが欠落している。

 それを桜は知っている。
 知ってはいるが、しかしこうして毎日、食事を作りに衛宮邸にやってくる。

 ……はじめて桜がやってきた頃、
 おむすびも満足に作れなかった彼女が、今では一人前以上に和食を作りこなすのだ。
 それほどまでに習熟しても、味についての感想は士郎から一言も与えられない。
 それでも良いのだ。
 桜が求めているものは、すべてここにあるのだから。

 桜は他に思いつかなかったのだ、料理を作ること以外には。
 ……衛宮の家を訪ねるための理由を。

 彼女は人のぬくもりを求めている。
 そんなことは士郎にだってわかっていた。
 最初のうちは気の利いた言葉の一つも掛けようとした。
 そうして試行錯誤のやりとりを繰り返しているうちに、結局、そんなものは必要ないのだとわかってしまった。
 人並みの感想が欲しいのなら、兄にでも振舞っていればいい。

 結局味もわからぬ己が、しかし食卓に欠かさず就くこの矛盾。
 士郎自身は否定するだろうが、
 それは彼女への想いのかたちにほかならない。

「ごちそうさまでした――桜、今日もありがとう」

 だからせめて、士郎は感謝の言葉を告げる。
 ――どんなに偽善的だったとしても、
 これだけが、桜に報いるたった一つの方法だから。

----------------------------------------------------------------------

 ――そして。
 衛宮士郎は土蔵で目を覚ました。

 さっきまで夕食をとっていたような気がして、士郎は頭を振った。
 夕餉から今までの記憶が飛んでいるのか、
 それとも単に夢でも見ていたのか。
 定かではないが、その理由は明らかだった。

 土間の上に、うつぶせに倒れ伏す自分自身。
 その身体は、手ひどく血にまみれていた。
 いつもの鍛錬の失敗図、などは比較にもならない。

 胸元に触れる。
 傷はもうすっかり塞がっていた。
 何の傷だったのか。

 思い出した。
 たしか、自分は慎二に呼び出されて夜の学校に向かい、そこでワケのわからない命令を聞かされて。

 そしてどうなったのだったか。
 慎二の隣に、黒い長身の影を見たようにも思う。
 ……心臓への鋭い感触を、覚えている。

「そうだ――戦争と言っていたな」

 戦争。
 魔術師と使い魔の入り乱れて競い合う戦争だと慎二は言っていた。
 ……長らく戦場を共にした相棒の言葉だ。
 それはきっと本質的で、的を射た真実なのだろう。
 だからおそらくは、本当に人が死ぬ。
 それは。
 衛宮士郎にとってそれは。

「しかしいきなり心臓はないだろ。死んだらどうする……」

 ぼやきながら士郎は身体を起こそうとして、力が抜けてまた突っ伏した。
 血が足りない。
 比喩ではなく血が足りない。

 学校からここまで戻ってきた記憶がない。
 それは単に意識がなかっただけ。
 渡り鳥の帰巣本能のごとく。
 自分の『ねぐら』であるこの土蔵へ、無意識のままに徘徊して戻ってきたのだろう。

 慎二のことだ。
 きっと俺を殺すことで、誰かに何かを示そうとしたのだろう、
 しかし残念、衛宮士郎の生き汚さを読み違えたな――

 ――士郎はあずかり知らぬことであるが。
 ある女魔術師と、その従僕を悩ませた原因はこれだ。
 意識なく、しかし傷が『復元』されるまで、
 血液をこぼしながら、士郎は家路に就いていたのだった――

 士郎はずるずると這いずって冷蔵庫を開ける。
 中にはパック詰めされた――赤い、トマトジュースめいた液体。
 藤村の爺さんに頼み込み、或いは交換条件に裏の仕事を請け負い、ようやく手に入れている輸血用血液のパックである。
 最近は成分献血だかが主流になって、全血ものはレアものなのだそうだ。

 そのパックに、士郎は犬歯を突き立てた。
 ……傷を癒すのにエネルギーを使いすぎた。
 栄養を補給しなければその『戦争』とやらを止められない。
 まずは飯、それから武器の調達だ。
 口の中に広がっていく鉄の味。
 しかし自分のものでないそれは、まこと芳醇な果汁にも似る。

 誰かの血を啜るこの瞬間。
 およそ正義の味方に似つかわしくない光景だが、これもまた己の真実だ。
 笑わば笑え。
 正義の味方を目指す男、衛宮士郎。
 その本性は、死徒と呼ばれる穢れた吸血鬼である――

----------------------------------------------------------------------

 三年も前の話である。
 衛宮士郎はあの街で、
 大切な人を失い、
 自身は死の淵を彷徨い、
 そしてソレと出会って、こうなった。

 ……思えば慎二とは、あの頃からの付き合いだ。
 友人だったのは以前からだが、こうなって以降も、罵声を上げながらも共にいてくれるのは、慎二の良いところだ。
 彼に言わせれば腐れ縁なのだろうけれど。

 寿命の半分と貯金全部を差し出して、悪態つきながらも錬金術師に師事をした。
 その慎二の行動に、嘘はなかった。
 あくまでも行動原理は彼自身の都合とわかっていても、士郎は彼に感謝している。

 彼が、何のために戦うのかはわからないが。
 慎二が自分を、戦争に引き込もうとするのなら、
 それは正義の味方を必要としている、ということ。
 ならばせいぜい、自分のすべきことを果たすまでだ――

----------------------------------------------------------------------

 ややあって燃料を補給した衛宮士郎は、土蔵の地べたへ腰を下ろした。

 ふと、手近なところをまさぐって、泥だらけの手鏡を取り上げる。
 鏡に映る自分の顔は、ひどくやつれ、目の下にくまも浮いているが、
 それより何より、顔中どころか全身に浮き上がっている、有機的な刺青めいた、黒々とする刻印がある。

 ――それは、衛宮士郎と間桐慎二、最初で最後の共同制作。
 間桐に伝わる拘束の術式を応用した、一種の結界。
 外部から内部を覗き込ませない、絶縁体めいた刻印だ、
 ……元々は、士郎が代行者に目をつけられぬよう、施した術式であるのだが。
 何せ実際に作成したのは士郎自身であるから、乱暴すぎる施術となった。

 おかげで、衛宮士郎の身体の中身がすっかり入れ替わってしまったと、知られることこそないのだが。
 その代わり、外側の物に対して干渉する魔術も使えなくなってしまった。
 かつて多少は使えた『強化』とは何だったのか。
 いまや衛宮士郎は、単一の機能しか持たぬ魔術機構に過ぎない――

 士郎は鏡をそのへんに放り出した。
 意識して刻印を皮膚の下に沈めるイメージ。
 ……気絶したり気を抜くと、この刺青文様が浮かび上がってくる。
 おちおち学校で居眠りもできやしない。おかげで成績は上がったが。

 刻印を鎮めてから、まずは武器を投影しようと思った。
 いつもの魔術の鍛錬と同じ、魔術回路形成を開始する。
 ――回路はすでに二十六を設けている。
 最後の一本だけは、このために取ってあるのだ。
 
 背筋に鋼鉄が通り、
 撃鉄が落ちるその瞬間、

「え――?」

 唐突に、士郎の腰を下ろす地面に光が走る。
 それは魔術陣を形成し、
 輪郭となっている光は膨れ上がり、
 風舞うはずなき室内に暴風が巡り、
 光の塊は人の姿ほど盛り上がり、

 目も開けられぬ嵐の中、
 それは姿を現した。

 思わず腰からへたりこむ士郎。
 その彼の目の前に、
 彼女は凛々しきかんばせに、湖のごとく深き瞳をたたえ、

「問おう、貴方が私のマスターか」

 玲瓏なる声で、始まりの言葉を告げるのだ。



[844] 3/Insomniacs(1)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2014/12/29 06:02

 衛宮士郎は、土蔵に一人坐っている。

 今日の一日、すでに日をまたいでいるから二日だが、あまりにも多くのことがありすぎた。
 何せまず学校で死に掛けるわ、
 家で鍛錬をしていて死に掛けるわ、
 聖杯戦争などという恐るべき戦いに巻き込まれまたも死に掛けるわ……。
 おかしい、何故こうも死に掛けてばかりなのか。
 疑問に思わないでもないが、仕方ない。
 それもこれも死と隣り合わせの生活がゆえ。
 あの日に決めたのだ、正義の味方見習い、衛宮士郎。決して安穏とした生を送るまいと。

 ――忘れていた。
 いつから人並みに豊かな暮らしを満喫していたのか――

 セイバーはすでに寝付いている。
 自宅に引き揚げてまず、自分の寝室からふすまを隔てて向こう、すぐ隣りに寝床を用意した。
 同室を要望する彼女をなんとか説き伏せて寝かしつけたのだ。
 それから士郎は寝床をひっそり抜け出して、今に至る。

 ――目眩がした。
 肉体的には吐き気も痛みも、傷もない。
 それでも精神に残っている、あの感触。
 ……今でも残っている、死の感触。
 思い出してしまった。今夜、衛宮士郎はあの巨人、バーサーカーと戦い――

「……勝てなかった」

 幸いにも、セイバーが戻ってきた。
 予想外の乱入者もあり、結果、あの場は敵が退いてくれた。それで事なきを得た。
 結果的には誰も死ななかった。
 だが少しでも状況が違ったなら、誰が死んでいたか判らない。

 それに、立ち去っていくバーサーカーのマスター、少女の小さな後姿を覚えている。
 あのような幼い少女すら、この殺し合いに身を投じるというのか。

 許せない。
 この戦争が許せない。
 だが何よりも――それを止められない自分が赦せない。

 力無き自分を呪う。
 そんな苦悶など何度も吐いてきた。
 此度に限ったことではなく、衛宮士郎の人生は憤怒と後悔の積み重ねに他ならない。
 その度に前に進んできた。
 昨日出来なかったことを今日果たし、今日及ばぬことは明日成し遂げようと。その代償に無数の罪を背負い、贖う業も持っていない。

 それでも人を救いたい。
 自分は何度も命を救われた、生きていられることが嬉しかった。
 だから、この喜びを、見知らぬ誰かにも渡したいと。
 そう思ったのだ。

 衛宮士郎は満身創痍、これ以上傷つけない程に傷ついている。
 否、自分が傷つくのは良い。ただ他の人が誰も傷つかないようにしたい。
 だというのにこの有様。嗚呼、自分はまだまだ遠く及ばない。
 それが、どうしようもなく辛かった。

 士郎は泣いた。男泣きに泣いたのである。
 明日からはこの涙すらも、人を守るための剣に変えよう。
 だけど、せめて今だけは、
 誰も邪魔せず、独り泣かせてほしい。

----------------------------------------------------------------------

 士郎がひとしきり泣き喚き、涙も尽き果てた頃。
 タイミングを見計らっていたかのごとく、土蔵の外に人の気配が現れた。
 いや、実際見計らっていたのだろう。
 少なくとも予測は果たしていたに違いない。
 あの男、何せそういうことには目先が利く。
 酷薄なように見せて意外と人情の機微にはさといのだ。そうでなければ顔だけ良くても女にはもてない。
 ……問題は、せっかくの察しをあえて踏みつけにする性質の悪さだが。

 ――鍵の開く音で、士郎は涙をぬぐった。
 土蔵の中はヒトに見せられるような有様ではない。だからいつも施錠している。
 留守のときは勿論、修練のため籠もるときもだ。
 その鍵は桜にすら渡していない。
 存在する鍵は二つ。一つは士郎が持っている。それは今もポケットの中に入っていた。
 故に、土蔵の扉を開錠できるのは、もう一つの鍵を持つ者だけである。

 土蔵の扉が、軋む音を立てて開いた。
 隙間から差し込む月明かり。それを遮って人影が地面に落ちる。

「まったく、酷いにおいだな。血をぶちまけたら掃除しろと言ったじゃないか。こんなのじゃ臭くて話もできやしない」

 やってきたのは間桐慎二だった。
 土蔵に足を踏み入れるなり、文句を言い募る。

「悪かったな。だけど入ってきたのはそっちだろう。それに、ここじゃないとできない話があるんだろ」
「その通りだよ。だからこんなところに我慢して来てやったんだ」

 そう言う慎二は、妙に覇気がなかった。少なくともそのように士郎には見える。
 はて、と首を傾げた。
 慎二がここにやってきた理由。それはおそらくこの聖杯戦争に関することだと思っていたのだが。
 それだけでは彼の、この様子が謎のままである。

「それで、どうしたんだ?」
「……一応、謝っておく」
「何をだ、慎二」
「決まってるじゃないか! そんなことも言わないと判らないのかこの愚鈍!」

 逆切れだった。
 もっともしおらしい慎二などというのは気持ちが悪い、怒鳴りつけてくる方が自然だと思っていたところなので、これはこれで問題ないが。

「すまん、よく判らん。そもそも慎二に何かされたか俺。
 いや、なんか色々されてる気はするけど、そんなのはいつもの事だから別に謝らなくてもいいぞ」
「……なんだか覚悟を決めてきた自分が、すごく間抜けだった気がするよ」

 慎二は溜息をついた。
 ……そんなのは最初から判っていたことだ。
 衛宮士郎には絶対の自分というものがなく。
 だから彼へ向けた意志は、そのまま自分に帰ってくるだけ。
 ここに来るまで、負い目を感じていた。
 それは単なる一人相撲でしかないというのに――

「謝らないといけないことなんて一つしかない。
 間桐慎二が、衛宮士郎を殺したことだ」

 正確には死んではいない。
 だが、それは結果論だ。
 死ぬ可能性は常にあった。だから、それは罪なのだ。
 
 罪を犯したと思うのなら謝らなくてはならない。相手のことなど関係ない。
 これはただ、自分の誇り故である。
 だというのに。

「ああ、そんなことなら気にするな、慎二。
 そもそも、俺の命に価値などない」

 この男は、どうしてそんなに無感動に、自分を無価値だと言えるのか。
 歯軋りする。たしかに彼をこの状況に巻き込んだのは間桐慎二自身だ。
 そのときから、こうなることは判っていた。
 ただ、それを納得できるかどうかはまた別問題だった。
 もしも、慎二に誇りというものが無かったのなら、彼はきっと己の選択を後悔しただろう。
 だが、彼には決して譲れぬ矜持があり、
 その理不尽な怒りは必然、士郎に向かう。

 しかし、慎二には彼を非難する資格が無い。
 ――あの地獄の中、唯二人生き延びたそのときから、間桐慎二は衛宮士郎を咎める資格を失っている。

 だから、間桐慎二は皮肉しか、その口に上らせることができない。

「『正義の味方は誰かを憎んではいけない』――か。おまえが言った言葉だよ衛宮。
 御立派なことだね。僕みたいな出来損ないには理解できない聖人君子ってワケだ、衛宮は!」
「慎二、おまえが何を考えているかなんて俺には判らない。
 俺はこうすることしかできない莫迦で、おまえはもっと違う生き方もできる良い奴だ。
 だから、おまえが俺を殺したと言うのなら、それは仕方ないことだったんだろう」

 士郎の言葉は、本心だった。
 ……本心であることがよくわかる。
 この正義の味方・見習いと伊達に長く付き合っているわけでない。
 だから、慎二にはもう何も言えない。
 唇を噛んで、皮肉の矛すら収めるしかない。
 
「ああ、おまえのサーヴァント、ライダーだったか。あの人は苦労しているみたいだな。もう少し気遣ってやれ」
「……正気かよ衛宮。自分のことより他人のサーヴァントの心配?」
「正気も正気。さっき彼女と少し話したけどな、相当に意思疎通ができたと思う」
「いったい何を話したんだよオマエタチは……!」

 思わず地団太を踏む間桐慎二。
 己の従者と眼前の友人、自分についてどういった話題を交わしたのか。
 考えるまでもない、人情の機微にはさといのだ。
 当然、踏みつけにしてきた女のことも、よくわかっている。

「ああもう! 苛つくからもういい! これで今日のことは貸し借りなしだぞ!」
「え、今のでもう返されたのか俺」
「当たり前だ。この僕を話の種にする、これはもう万死だね。一死と比べるとむしろ貸しだから恩に着ること」
「しかも借金まで……」

 あとでライダーは鼻から麺類だ、と内心で陰鬱にほくそ笑む慎二。
 陰口のいくらかで帳消しにされる俺の命とはいったい、と悩む士郎。
 実は案外に同レベルである。

 先ほどまでの深刻な雰囲気もどこかに行ってしまった。
 シリアスはそれでいいのか。良いのだろう。
 この二人、思いつめた顔で死地に臨んで、苦笑いしながら生還する、そんなやり取りを何度もしてきた仲だ。
 だから今回もそうなるのだろう。

 そんなことを、二人とも、どこかで思っていた。

----------------------------------------------------------------------

 それから、一通りのことを話し合った。
 聖杯戦争のことから、昨日何食ったなどという他愛のない話まで。
 生と死が隣り合わせの彼ららしい、節操のないやりとりではあった。
 
 深夜も折り返しを過ぎた頃、慎二は家路に着く。
 さすがに眠いし疲れた。明日は自主休校だ、などと思いつつ別れようとしたその時である。
 土蔵を出ようとした、その背中に飛んでくる、士郎の声――

「なあ慎二、最後に聞きたいんだけどさ――サーヴァントって字は読めるか。この国の文字」
「はあ、それはまた唐突な質問だね衛宮。サーヴァントに手紙でも書くのかよ」
「おかしいか」

 振り返ると真顔の衛宮士郎。
 いや、この男はいつだって大真面目だ。

「おかしいかおかしくないかで言えば、おかしいね」
「そうか」
「ああ。でも、衛宮ならおかしくないかもな」
「む――」
 
 本来サーヴァントとマスターの間にはパスというものがつながっており、そのラインを通じて念話も可能なはずだ。
 しかしこの衛宮士郎とセイバーの場合、状況が異質である。
 そもそも正規の手順を踏まない召喚であったし、それに士郎には外界遮断の刻印がある。
 まっとうな念話などはできずともおかしくない。

 それ以前の話をするなら、衛宮士郎、決して口上手でない。
 なにか伝えるなら、たしかに手紙でもしたためたほうがそれらしい――

「聖杯で基礎的な知識は与えられているみたいだ。言葉が話せるのと同じさ。
 本でも読ませて知識をつけさせれば多少は利になる。
 ……うちのライダーときたらろくでもないものばっかり読んでやがるけど!」

 いや、思い出したら腹が立つ、やはり鼻から麺類、などとふつふつと怒りを再燃させる慎二である。
 
「そうか、ありがとう、慎二」
「また貸しが増えたぞ衛宮」

 じゃあ、とひらひらと手を振って土蔵を後にする間桐慎二。
 その姿を、しっかりと士郎は見送って、そして目に焼き付ける。

 友人の後ろ姿。
 何度も見てきた戦友の背中だ。

 扉が閉まる。
 今しがた記憶に留めた、友の姿に深く、御辞儀をする。
 ……それは今までの礼。
 長らく、影ながら、あるいは無意識に自分を支えてくれた友への礼だ。
 しかし裏を返せば、つまるところ、それは。

 決別の誓い。
 正義の味方であるために、衛宮士郎は今、友にさえ未練を持つまいと、そう思ったのだ。
 ……借りっぱなしになってしまうが仕方ない。
 どのみち返せるものは何もないのだから。

 衛宮士郎は顔を上げる。
 闇の中、両の眼が燃えるように赤く輝いていた。




[844] 3/Insomniacs(2)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2014/12/30 01:39

 狂奔の一夜を越えて。
 慎二が家に帰りついた時には、夜明けも近かった。
 この時刻では妹も寝ているに違いなく、あの妖怪爺と蜂合わせする可能性もある。
 具合が悪いということもないが不快、できることならば避けたいところだが。
 間桐邸は古い洋館である。玄関の扉は少しだけ軋んだが、何事もなく慎二を招き入れた。

 気配までは消せないが、慎二が騒ぎ立てでもしない限りは、祖父もまた彼に用などありはすまい。
 慎二は静かに浴室に向かう。
 夜の校舎では随分と冷や汗をかかされた。
 その上こんな時刻まで街中を徘徊していたのだから疲労が溜まっている。
 まず一風呂浴びよう、と長い廊下を忍び歩きで進んでいく。

 夜の帳を歩いてきて眼は慣れているとはいえ、明かりのついていない暗がりでは足元も危うい。
 窓から差し込む月明かりだけが僅かに道標となる。
 と、廊下には人影があった。

「おかえりなさい、兄さん」
「……桜か。もう遅いぞ、早く寝ろよ」
「待ってください。兄さん」

 脇を通り抜けようとした慎二を、桜は呼び止めた。
 慎二がゆっくりと振り向く。動作は緩慢だったが、その面からはすでに表情を消していた。

「なんだよ、今疲れてるんだ。つまらない用で僕の風呂を邪魔するな」
「……兄さん、先輩を巻き込むのはやめてください」
「言っている意味が判らないな、桜? 僕が衛宮を巻き込むだって?」
「――はい、お爺さまから聞きました。兄さんは、先輩がマスターになるかもしれないから、監視しているんだって」
「そうだよ。それでどうして僕が、衛宮を巻き込むなんて話になるんだ」
「兄さんがただ監視するなんて、そんなはずがありません……! きっと先輩を利用して、自分の都合の良いように使うんです!」
「へえ、桜はずいぶんと僕のことを知ったような口を利くんだな」

 慎二は桜の顔に手を伸ばした。
 身を引いた桜を意に介さず、蛇が舌を這わせるイメージで頬をなぞる。
 冷え切った彼女の肌は微かに震えていた。
 それで、慎二は桜が怯えていることを悟った。

 馬鹿げたことである。
 もしもその気になれば魔術師である彼女は、苦もなく自分の首を捻ることもできるというのに。
 その彼女がただの人間でしかない兄を怖れ、恐々と声を上げている。

 それが慎二には可笑しかった。思わず口の端が歪む。
 もっとも妹は彼の笑みを見て、ますます体を縮こまらせたようだったが。

「安心しろよ桜、それは頭の悪いおまえの考えすぎだ」

 だってあいつは自分から、その地獄に足を踏み入れるのだから。
 慎二の笑いはなかば自嘲だったが、妹にはそれはわかるまい。

「兄さんこそ、どうして……どうしてそんな風に、判ったようなことを言うんですか!
先輩は争いを好む人じゃない。先輩がおかしくなったのは、兄さんと一緒にいるようになってからじゃないですか!」

 今度こそ、頭に血が昇る。
 沸きあがった激情に任せて自己の手綱を放し、慎二は桜の胸元を掴んで壁に押し付けた。

「は、ははは、ははははははははは! 悪い冗談だな桜! 僕があいつをどうにかできるわけがないじゃないか。
いいか桜、おまえがどう思ってるのか知らないけど、判ってないみたいだから教えてやるよ。
衛宮士郎はとっくにぶっ壊れてる。あいつは自分から進んでそうなった。
そこに僕の意思なんて関係ないし、どうにもできなかったんだよ桜!」
「でも……兄さんは、先輩を」
「ああ、たしかに僕は衛宮を利用する。だけど勘違いするな、僕が何をしなくたってあいつは早晩この戦争に参加した。
僕がしたことと言えば、せいぜい自己保身だけだ。
断言してもいいよ桜。僕があいつを巻き込んだことは事実だ。
でもそうしなければ、僕は他のマスターどもと一緒くたに食い殺されかねない」
「先輩が、兄さんを殺すなんて、そんなことありえません」
「ふん、たしかに衛宮は僕を殺したりなんかしないだろう。だけどね桜、あいつが求めているものは何か知ってるか。
知らないのなら教えてやるよ。あいつは正義の味方、それも人類をあまねく救おうとしてる大馬鹿者だ」
「正義の……味方……」

 その言葉に、どのような魔力があったのか。
 桜はうつむいて黙り込んでしまった。
 慎二もそれ以上追及しない。これ以上騒がれても不愉快だ、などと思っている。

 ――今の慎二に知る由はないが。
 それは彼が無意識に踏んだ中でも、最大級の地雷であった。

 だが、この場はそれきりで終わる。
 もう一つ、それなりに中規模の地雷を慎二が踏んだからだ。

「そうだ。桜、おまえしばらく衛宮の家には行くな」
「え――?」
「当然だろう、他のマスターのところにのこのこ行くなんてどこの間抜けだ」
「兄さんは、先輩がわたしに危害を加えると思ってるんですか」
「いや、衛宮はたしかに人畜無害だろうね。だけど遠坂は衛宮とは違う」
「え、なんでそこで遠坂先輩が……」
「遠坂もマスターとして参加しているし、今日なんか敵同士だってのに、衛宮を助けたみたいだぜ?
あいつはあれで情の深い奴だからな。まだまだ他の敵も多いから、きっと衛宮と組むだろう」
「……先輩が、遠坂先輩と」
「そういうことだ、桜。
鈍い衛宮と違って遠坂は厄介だ。僕に手間をかけさせないようにしてくれよ」

 じゃあよろしくな、などとぽんぽん気安く妹の肩を叩いて、慎二は風呂に向かった。
 脳内はすでに分割思考の一番から四番まで、今日の入浴剤のことでいっぱいだ。
 切り替えが早い、というか早すぎるのは、主にこの少年の短所であろう。

 独り残された桜は思う。
 きっと、これが自分の運命なのだと。
 その口元に、暗い笑みが浮かんでいた。

----------------------------------------------------------------------

 ――慎二は知らぬ、その数時間前。

 薄暗い地下室には少女と虫しかいなかった。
 おぞましい虫どもは、女の裸体に貪りついている。
 だが、彼女は一言も発しようとはしない。
 言葉どころか、表情すらも浮かべないのだから当然だ。

 人間ならこの有様、地獄のようだと思うだろう。
 しかしここにいるのが人形ならば、恐れることはない。
 なら自分は人形になろう、そう言い聞かせて手足の力を抜いた。
 ――だが、人形とて壊れるのだ。

「知っているか桜よ、衛宮の小倅はセイバーのマスターとなったそうじゃ」

 一際大きい虫が囁いた。
 その名は間桐臓硯、虫で肉体を構築する不死者、魔術の名門・間桐の祖にして後見人である。
 彼の伝える情報は最新のもの、まさに今夜起こった出来事だ。
 知っているかも何もない、桜はまさに彼がそうなったとき、この蟲倉にいたのだから。

「慎二めも色々と策を弄しておるようだが、何ぶん非才の孫よ。魔術師と渡り合うには分が悪かろう」

 呵々、と臓硯は笑う。

「いずれ我らの前に立つやもしれぬ、そうなれば可愛い孫の想い人とて、虫の餌にせざるを得んというもの」

 桜の体に、僅かな震えが走った。
 臓硯は見ない振りをする。少女が分不相応な望みを抱いているということは知っていた。
 だから――

「だが、どうじゃ桜。お主が望むというのであれば、あの男、任せてみてもよい」

 悪魔の誘いを、口にした。

「もちろん、儂の邪魔をしてもらっては困るでな、必然、お主が奴を躾けることになる。
だが、死ぬよりは女子の手の内で飼われる方が、いくらかましというものではあるまいか。
のう桜よ、これは奴のためでもある。残された猶予は少ない、よくよく考えてみるがよい――」

 老魔術師が告げる、言葉の意味。
 彼は、少女に、その想い人を籠絡せよ、と言っているのだ。
 その髪で、唇で、乳房で、股ぐらで、尻の穴で!

「あ――」

 桜は声を上げる。
 ……魔術鍛錬の名を冠する責め苦に堪えるため、心はカラを偽っていた。
 その殻に亀裂が入る。
 空のはずの中身が漏れてくる。

「ク――カカカカカカカカ!」

 老魔術師が嗤う。
 その声が地下室に、酷く耳触りに反響していた。

----------------------------------------------------------------------

 間桐慎二も、間桐臓硯も知らぬ。
 ――兄は妹の狂気を知らなかった。
 ――祖父は孫の狂喜を知らなかった。
 つまるところそれがすべて。
 破滅の種は蒔かれた。
 彼らがそれに気づくのは、まだ、先のことである。



[844] 3/Insomniacs(3)
Name: 東雲◆aee59cba ID:e6e34811
Date: 2015/01/03 05:07

 風が吹いている。閉じたまぶたの上をそっと撫でていく。
 熱くなった肌が醒める感触が心地良い。
 身体に残っている浮遊感は、肉体が風船になって浮いているかのような錯覚を伝えてきた。

 つまるところいまだ身体の芯は熱を持っている。
 それもいつまで続くかはわからない。
 一瞬先に終わってしまうのか、それとも一日中続くのか、あるいは永遠という可能性もないわけではない。
 霞がかった意識が覚醒すればはっきりと予想もできるだろうが、
 あいにくと彼女はまどろみの中に浸っていた。

 それでもかろうじて、重い眼を開いた。
 雲が吹き散らされた空には円い月が昇っていたはずだったが、見えない。
 また隠れてしまったのか、それとも月が沈む時が近づいているのか。
 寝返りを打った。
 頬を撫ぜる風、
 けだるい心身、

 ベッドの感触はいつになくごつごつとしていて岩山のようだった。

「……って、なんでよ」

 寝ぼけた頭で受け止めていた光景を、冷静に駄目出しして遠坂凛は起き上がった。

 急速に醒めていく頭と冷めていく身体。
 妙に首や関節が痛いがそれはどうでも良い。
 ついでにくしゃみをしてしまいそうになるが我慢する。
 最後に残るおぼろげな記憶では、それどころではないはずだった。
 目を手で擦って意識を鮮明にしようとして、その手が埃にまみれていることに気がついた。
 嫌な予感に、凛は身を震わせた。

 こういうのはだいたいよく当たる。

「起きたかね、凛」

 どこからか従者の弓兵の声が聞こえてくる。
 それはすぐ背後にいるのかもしれないし遥か彼方にいるのかもしれなかったが、どうでもいいことではある。
 とりあえず凛は口を開いた。

「こ――」
「こ? 何かね凛」

 ああ、声にならなかったのか。仕方ないなあ。と凛は大きく息を吸った。
 舌を噛まないように言うべき言葉を吟味したが、どのみちそのような行為は無駄なのかもしれない。
 舌を噛むくらい些事である。こんなときばかり律儀に聞き返す従者が恨めしい。

「これはどういうことよー!」

 誰にともなく。聞いているのは弓兵しかいないのだろうが、つまりは彼に向けてというわけではなく。
 渾身の力で怒鳴りつけた。

 ――周りには瓦礫の山がうず高い。
 それは紛れもなく、かつて在った遠坂の屋敷の残骸である――

----------------------------------------------------------------------

「何これ誰がバルス唱えたのっ!」
「落ちつけ凛、叫んでも屋敷は帰ってこない」

 冷静になだめるアーチャー。
 嗚呼しかし、いったい誰が冷静でいられると言うのかこの状況。

「状・況・説・明! 早くなさい、アーチャー!」
「そうは言われても、語るべきことなどさしてないのだが」
「ないわけないでしょうっ」

 怒鳴りつけながら見回す凛。
 従者は霊体化したままのようだ。おそらくは、昨夜の傷も癒えてはいまい。
 だが、それとこれとは別の話である。

「凛、昨夜の記憶はどこまである」
「えーと、バーサーカーとアインツベルンがやってきて、セイバーに連れられて撤退したところかな。
 そういえばなんだか首とか肩とか腰とか、あと舌とか痛いんだけどこれって何かしら」
「――まあ、それは兎に角だ。君が帰って来たあと、サーヴァントによる襲撃を受けた」
「それってバーサーカー?」
「いや、バーサーカーではない。ライダーかキャスターか、そのあたりだろうな」

 アレはなにかとてつもないものだった、と赤い弓兵は述懐する。
 何せ天空より莫大な熱量と衝撃波を伴っての逆落とし。彗星の落下にも似た一撃である。
 さすがのアーチャーもいささか肝を冷やしたものだ。

「へえー、それでわたしのアーチャー様はいったい何をしてたのかしら?」
「うむ。私もいざとなれば君を連れて逃げるつもりだったのだが、敵は屋敷を破壊するだけしてさっさと立ち去ってしまったのだ」
「戦いなさいよっ」
「無茶を言うな、凛。セイバーに受けた傷は深い。それでも戦闘に臨んだのなら私は消え去り、君を最低限守ることすらできないだろう」
「ぐう、正論……!」

 思わず従者に理不尽な罵声を浴びせてしまった凛、無論、それを自省する理性を持ち合わせてはいる。
 いるのだが、何せ事態が事態である。
 いささか自己制御も手放し気味に、ばんばんと地面を殴りつける。
 それをどう慰めたものか、頭を抱える従者の英霊。――もっとも霊体化しているから姿は見えないが。
 ややあって。
 ぴたりと遠坂凛は動きを止めた。うつむいて表情は見えない。
 見えないがわかる。これは何かよくない前触れだ。
 まだ呼び出されてからは数日の付き合いだが、とりあえず彼女の勘気に幾度か触れた従者にはわかる。

「……あ」
「あ? 何かね凛」
 
 それでも律儀に聞き直した己が恨めしい。
 ――いまだ戻らぬ記憶であるが、そういえば生前も、要らぬ虎の尾を踏むヘマは何度もやらかした気がする。 

「あったまきたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 そして遠坂凛、まさかの大爆発であった。
 とりあえず怒涛の勢いで手近にいる従者に憤りをぶつけてみる。

「だいたいなんだってのよ! 十年間この日のために備えてきた聖杯戦争よ、聖杯戦争!
 だってのに衛宮くんは魔術師だしバーサーカーは化物だしわたしのサーヴァントは捻くれ者だしもう令呪は二回も使っちゃったし!
 なんでこのうえ家まで無くなったりするわけ! するわけ!? 答えてみなさいアーチャー!」
「いや聞かれても困るが」
「ああもう! だいたい昨日衛宮くんの家に行ってから流れが変なのよ! このままだといろいろ大切なものが減るに違いないわ。預金残高とかっ」
「家を建て直せば減るだろうな、それは」
「黙りなさいアーチャー!」

 もう黙っていようと誓うアーチャー。ついつい口を開くと皮肉を交えてしまうのは己の生前ゆえか。
 実際のところ、その人格形成の半分は眼前の彼女が原因なのだが、それはいまだ記憶に靄がかるアーチャーの知るところではない。

「……決めたわ」
「あまり聞きたくないが――何をかね、凛」
「今後の方針よ。我が家は魔術師の工房であり要塞であり本拠地。
 それが失われたというのはあまりにも危険だわ。
 となれば最優先課題は――ひとまず、仮の拠点を作ること」
「それは妥当だと思うが、具体的にどうする」
「他人をアテにするなんて、あんまりやりたくないんだけどね。
 ――衛宮くんを頼るわ」

 嫌で仕方ない、不承不承といった口調と、地獄の淵でも覗き込んだような様相で告げる、遠坂凛。

「一応今夜の一件で貸しは作ってあるはずだし。――本当は、返してもらうつもりなんてなかったんだけど。
 それに、衛宮くんはセイバーに、わたしを助けろと命じた。その場の勢いであったとしてもね、
 ……これ、手を貸してくれる可能性が高いでしょう」

 もっとも衛宮士郎という男、そもそも助けを求めてきた者を突き放すことなどない。
 それほど接点の深くない凛であったが、彼のそういった点はよく理解している。
 何せ、妹が懇意にしている人物なのだ。それくらいはチェック済みである。

 ……だから本当は、彼を頼りたくなどなかったのだ。
 少なくとも、このような打算めいた提案に、名を挙げるべき人ではない。
 それは、衛宮士郎という善性への冒涜にも似ているから。

 だが、現状は遠坂凛に予断を許さない。
 まさか元・自邸の庭でテント張ってキャンプするわけにも行かぬ。

 遠坂凛、苦渋の選択であった。

----------------------------------------------------------------------

「それで衛宮くんちに行くわけだけど――アーチャー、あなたの負傷、どれくらいで治るの」

 霊体化した従者に、ほぼ全壊した自邸を探らせた結果、どうやら地下室部分は半ば押し潰されているものの、魔法陣は健在であった。
 その際に衣服、現金、身の回りの品、宝石といったものを救出させてみたが、どうにも首尾が良くない。
 幸い本当に大切なものは身につけていたが――やむをえない、最悪の場合はあの面倒な後見人を頼らなくてはなるまい。
 それはさておき、地下室。
 アーチャーも召喚場所で休息すれば、いささか治りも早かろう。

「そうだな。おそらくはあと丸一日で、一応の活動が可能というところまで復帰しよう。
 さらに、もう一日あれば完治は間違いない」
「……よーするにあと二日は使い物にならないってことよね、それ」

 己の従者の婉曲な表現の真意を理解し、うめく凛。

「仕方ないわね。あなたはここで休息してなさい」

 衛宮士郎は信用、いや信頼の置ける人物だ。その従者、セイバーも同じくであるが。
 しかし、ことは戦時。
 出会うなり切り捨てられないとは限らないが。
 そうなればどのみち満足に戦えない従者を連れて行ったところで、結果は変わるまい。
 五秒で死ぬか三十秒で死ぬかの違いでしかない。

「そもそもだ、凛。セイバーのマスターは無事なのか」
「そこなのよね問題は……」
「普通に考えれば」
「考えれば?」
「まあこの世にいないな」
「いないわよねえ」

 遠坂凛は額を押さえる。
 バーサーカーを相手に時間稼ぎを申し出たのは衛宮士郎自身である。
 その判断に不服こそあれ、遠坂凛に何の責任もない。
 たとえ、彼があっさり八つ裂きにされていたとしても倫理的には問題ない。
 ないのだが。

「しんがりは俺が引き受けた! とかかっこいいこと言っといて、
 あっさりバーサーカーにやられてたら笑うじゃ済まさないわよ衛宮くん……!」

 遠坂凛としては不満でいっぱいだ。
 自分の手が届くところで、自分の目に映った者に死なれるなどと、寝覚めが悪いことこの上ない。
 魔術師としての在り方とは別に、納得のいかないことを許してなど置けない。
 それは遠坂凛が遠坂凛であるために必要なことなのだ。
 本質的には、士郎のため、ではないところが彼女らしさである。

「それに、もし衛宮くんがあっさりやられてたとして、わたしが無事なのもおかしいと思うのよ」
「ああ、なるほど」
「普通、追撃するでしょ」
「追撃を思い留まる程度にダメージを与えて相打ち、というのがありそうな線ではないか」
「相打ちしてくれてるならまだいいんだけどね……」

 語尾は言葉にはならない。
 それは己の従者に向けた言葉というより、自分自身へ言い聞かせたものだったが。
 アーチャーは何か勘違いしたのか、それとも慰めのつもりなのか、

「まあ、それならそれでセイバーのマスターの住居を乗っ取ればよい話だ。隣人は適当に暗示でもかけて誤魔化せばいい」
「……あんた言いにくいことをさらっと言うわね」
「凛。何であろうと必要ならば使えるものは使うべきだ。モノに罪も穢れもない。――親を殺した武器で仇を討つこともある」
「……英霊が言うと重みが違うわね」

 本当にこいつはどんな人生を送ってきた英霊なのか。

----------------------------------------------------------------------

「まあ、たぶん大丈夫じゃない。なんとなくだけどわかるのよ」
「そう思う根拠は何なのだ、凛」
「……女の勘ってヤツ?」
「またそれか。だいたい君は女を語る歳か」
「あら、少女だろうと老婆だろうと、女はいくつでも女なのよ」
「いや、まあいくつだろうと女性には勝てないな、たしかに」

 呆れた声色の己の従者。
 それに、遠坂凛は実のところ思う。
 いまいち腹立たしいので言葉にはしたくないが、どうも昨日から、誰かの意思を感じるのだ。
 屋敷だけ破壊して自分に手を出さない? 奇妙すぎる。まるで誰かが何かを仕向けたかのよう。
 そうしてみれば、衛宮士郎に頼ると言うのも自然な流れだ。
 ……自然な流れすぎて、違和感がある。
 
 すべて想像の域を出ないが。
 その通りだとしたら。
 ――この遠坂凛を手繰ろうなどと考えた愚か者、
 そのツケは万倍にして払わせてやる――

 ほのかに東の空が白みつつある。
 遠坂凛にとっての新しい朝、聖杯戦争の本当の一日が、始まろうとしていた。


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