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[8075] 竜は働かない(現実→ファイアーエムブレム)オリ主 憑依 【完結っぽい】
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2010/01/10 20:52
 俺が、アカネイア大陸に来てから何年の時が過ぎただろう?
 この世界に来たのは暗黒竜と光の剣の物語の十年以上も前の話。
 本編の話が始まるまでの間、俺は必死に修行した。闘技場にも入り浸ってレベルを上げてお金を稼ぎ、いまでは大金持ちでLV20の勇者様だ。
 秘密の店で能力アップアイテムも買いまくって強化しまくったこのチート能力と、その後の展開を知ってるゲーマー知識をもってすれば、勝利は約束されたようなものだね☆

「レッドーっ! なにブツブツ独り言、言ってるのーっ」

 なんか呼ばれたみたいなので声の方を見たら、俺の尻尾に抱きついてる幼女がいました。
 ええ。俺には、尻尾があります。だって人間じゃないもの。竜だもの。
 さっきの説明は何かって? ただの妄想ですよ。悪い?


 俺が自分を竜だと自覚したのは……、何年前だっけ? ニートだから時間の感覚がありません。
 気が付いたら竜になってた俺は大層慌てましたよ。何故か密林にいたしね。
 それで、最初は人里を目指そうとしたんだけど、考えてみたらこんな怪獣が街に現れたら普通、人は話なんて聞いてくれないだろうと気づきました。
 だけど、密林で一人で暮らすってのもねえ。俺、インドア派のオタクだし、サバイバル技能なんてありませんよ。竜になってもサバイバル技能とか役に立つのか知らないけど。
 というか、食い物はどうするのよ? 生で丸かじり? そもそも狩猟なんてできませんよ。
 困った俺は、とりあえず密林を探索する事にしました。熊とか狼が出たらどうしようかとビビリながらです。笑うなよ。
 今思えば、ビビって逃げるのは向こうだろう、こっちは竜なんだから。って分かるけど、当時はマジで怖かったんだってばよ。
 何日か密林を迷った後、俺は自分とよく似た気配を感じました。気配ってなんぞ? と思わなくもないけど、なんかそんな感じの感覚が働いたんだよ。
 多分、竜が当たり前に持つ感覚なんじゃね?
 んで、少し考えた後、その気配の方に行く事にしました。ここに来て、人間はおろか獣にも一度も会ってないんで寂しくて死にそうだったんだもん。仕方ないよね。
 当然、何も喰ってないけど、腹は減ってません。爬虫類は、月に一度食事を取れば生きていけるって聞くし、そんなもんなんだろうと判断した俺です。
 行った先には、爺さんがいました。爺さんは俺を見て驚いてました。
 いや、森の傍を歩いてて、そこから竜が出てきたら普通、驚くか。
 人恋しくてここまで来たけど、爺さんに悲鳴とか上げられたら心が死んじゃいそうだわ。
 というわけで、そのまえに逃げようかと思ったら、爺さんは柔和な笑顔で、「ここは、お主のいるべきところではない。そなたの、いるべき所へ帰りなさい」とか言ってきました。

「帰るって、どこへ?」

 思わず、聞き返してしまった俺は悪くないよね?
 そしたら、爺さんは驚愕を顔に貼り付けた表情になりました。

「お前には理性が……、知性があるのか?」

 はい。ありますよ。というか、理性や知性のないオタクってどんなんよ? 今は、竜だけど。
 それ以前に、竜にそんな事を質問するとか、爺さんも相当アレな人だね。
 とりあえず、答えてあげたら、爺さんは難しい顔で考え込んだ後、色々と質問して来ました。別に隠すようなことじゃないし人恋しかった俺は全部話しましたよ。
 で、俺も爺さんに色々聞いてビックリ。なんと、ここは異世界で、何故か俺は異世界で竜に憑依してしまっていたのです。原因は今も分かりません。
 更に色々聞いて二度ビックリ。爺さんの名前はガトー。ここは、アカネイア大陸のマケドニアとドルーアの境で、俺は竜族のなかでも火竜という種類に憑依したそうなのです。
 ファイアーエムブレムですね。わかります。
 マジか! サジだ! バーツだ!
 言ってたら、ガトーの視線が可哀想な子を見る眼になりました。違うんだよ。確かに俺は可哀想な子だけど、頭が可哀想な子じゃないんだよ。

 しばらく話した後、ガトーにこれからどうするのかと聞かれたので、とりあえず人里に住みたいと言いました。
 だって、俺に野生動物の生活をしろとかマジありえない。動物園の見世物でもいいから人のいるところで住みたいわ。
 そしたら、ガトーは俺とマケドニアまで一緒に行ってくれました。この国なら、飛竜の飼育とかしてるし暴れなければ大丈夫だろうと言ってくれました。そこの住人にも紹介してくれました。普通、気性の大人しい飛竜でも中々人間には慣れないのに、火竜が大人しくしてるなんてと驚かれました。喋ったらもっと驚かれました。いいじゃん、マムクートだって喋るじゃん。
 後で分かったけど、その人はマケドニアの王様でした。そりゃあ、大賢者ガトーと直接面識があったり火竜が飼育できる環境を用意したり、王様以外じゃありえないよね。
 そうして、マケドニアにて王族のペットとして生きていく俺の新生活が始まったのでした。


  完


 いや、終わってないし。
 で、まあ、王様には三人の子供がいたわけなんだけど、それがミシェイルはまだ少年だわ、ミネルバは幼女だわ、マリアはまだ赤ちゃんだわで、暗黒戦争は、まだ始まってなかったという状況。いや、始まってもらっても困るんだが、英雄戦争後だったら安全だったのにね。俺の今後が。
 このままでは、ドルーア帝国が興ったり、暗黒戦争が始まったりで俺の人生が死亡フラグです。
 そこで俺は考えました。

 なるようになるだろ。ここがアカネイア大陸だからってゲームの通りになるとは限らん。そもそも、ここがゲームの世界だと決まったわけじゃないし。
 はい。問題を先送りにしましたよ。ヒキのオタに、何を期待してんのさ?
 そんでもって、王様のペットな俺はミシェイルやミネルバとすぐに仲良くなりました。いや、子供の順応力って凄いね。王様だって俺を前にすると及び腰なのに。
 城の人たちは、しばらく俺が人を襲うんじゃないかとビクビクしてましたが、しませんよ。人喰うとか。
 性的な意味では喰ってみたいけど、竜だしね。マムクートみたく人間になれればいいんだけど、無理っぽい。
 代わりに特典もあったけどね。
 この世界の竜族は、知性を失っていく病気だかなんだかで、人の姿であるマムクートになるか獣になるかの二択を選ばされてて、マムクートの変身した姿の竜も、野生の獣の竜も、本来の神の如く力を失っているそうな。
 だけど、どういうわけか竜の姿のままで理性を保っている俺は、本来の竜族の力が使えるらしい。一介の火竜のクセに神竜族のマムクートより強いらしいよ。密林で迷ってた時に腹が減らなかったのも、このおかげらしいね。真なる竜族は食事を必要としないんだとさ。
 なんというチート。だから、どうしたって感じなんだけどね。神の如く力を持ってても、中身がただのオタじゃ何ができるわけでもない。

 そんなこんなで、マケドニア王族と仲良く何年か暮らしてたんだけど、ミシェイルに段々と不穏な言動が目立ってきた。アカネイア聖王国討つべしとかなんとか。
 まずいよね。このままじゃ、ゲームの通りに、話が進んで俺はアリティアの王子に討伐されそうだわ。それ以前に、ミシェイルとミネルバが殺し合うことになるってのも長らく見守ってた立場としてはキツイわ。
 困った俺は、とりあえず、自分の知る物語という注釈をして、アカネイア大陸の歴史を知る限りゲームのEDまで説明してみました。
 ミシェイルが改心して、スターライト取りに行って死ぬ所もしっかりとね。
 全部話したら、竜族の預言と思い込んだらしいミシェイルは頭を抱え込んで悩みだしました。

「俺は……、どうすればいいんだ」

 知らんがな。神童だの天才だの言われてるミシェイルに分からんことが、俺に分かるわけないだろ。

 なんにしろ、ずっと頭の中を悩ませていたことを丸投げできた俺は心が軽くなって、今日も俺の尻尾を弄くってくるミネルバと遊ぶのでした。



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チートでニートなオリ主竜というのを思いついたので、思いつくままに書いた。後悔も反省もしていない。

続くかもしれないけど、続かないかもしれない。



[8075] Act.2
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/09/20 10:54
 季節は夏。

 ドラゴンの朝は早い。
 何故なら、屋外で放し飼いにされてて夜更かしもしないので、空が明るくなると勝手に目が覚めるから。
 そもそも、真なる竜族である俺には、睡眠自体が必要なかったりするんだけどね。
 とはいえ、人に飼育されてるニート竜の俺に早起きして、しなければならないことがあるでもなく、午前中は日陰を探して二度寝をしたりする。

 もっとも日が昇ると、この国の王女である幼女マリアも起きだしてきて、遊びに来るのでそんなに長くは眠れない。
 俺が飼われだした頃は赤ん坊だったのに、感慨深いね。
 ちなみに、最近のミネルバは王女としての勉強があるとのことで、午前中は遊びに来れない。
 本人は、その事を不満に思い「マリアだけずるい!」とか言っているようだが、今まではミシェイルが朝から勉強させられてたのを尻目に毎日遊んでいたミネルバが言っていいことじゃないと思う。

 ちなみに、まだ小さい王女を一人で、こんなデカブツと遊ばせるなんて、神が許したとしても王宮の人は許す気はないらしく、マリアと同じか少し年上くらいの幼女がついてきてる。
 貧乏くじを引かされた幼女の名前は、エスト。
 うん。トライアングルアタック姉妹の子だね。そういえば、ミネルバもパオラとカチュアを連れてきてたわ。気づくの、おせえよ俺。
 パオラとカチュアもそうだったけど、エストも王家の三兄妹と違って俺が怖いらしい。
 気持ちは分からんでもないが、いちいち幼女に涙目で見られるとか、地味に傷つくわ。

 マリアの、現在のお気に入りの遊びは登竜。
 俺の鱗に手をかけてヨジヨジと頭の上まで登ってきます。
 毎日やってることなのに、俺が怒り出さないかとエストが心配して見ています。どんだけ沸点低いと思われてるんだよ俺。
 ミネルバの頃の、パオラとカチュアもそうだったんだよね。そんで、ミシェイルに相談とかしたんだけど、リリカルな魔法少女がデビューした頃と同年代の子供に相談するとか、何考えてたんだろうね当時の俺。
 それで、パオラがペガサスに顔を舐められて笑ってたのを見かけたミシェイルに、あんなふうにすればいいんじゃない? って言われてさ。やったさ。やっちゃったぜ☆

 パオラを舐めてあげたら、即座に気絶しましたよ。

「おねえちゃんが、どらごんにたべられるーっ!!」

 とか、カチュアが悲鳴を上げるわ、それを聞いて城から衛兵が出てくるわで大騒ぎになったわ。
 いや、あの時俺は学んだね。ドラゴンが正座をできるってことを。
 ええ。あの日は、城をパニックに陥れた罰として正座で一日過ごしたわ。

 あの日から、パオラたちの俺を見る眼が、いっそう恐怖に満ちたものになったんだけど自業自得かい? なんだか釈然としないよ。
 懐かしいことを思い出してたら、マリアに呼ばれました。

「れっどー。うえー」

 はいはい、高い高いね。首を伸ばしてマリアの乗った頭を上に持っていきます。マリアは、これがいたくお気に入りです。
 落ちたら大人でも洒落にならない高さなので、エストが「あぶないですよ。姫さま」とか言いながら、顔を真っ青にして見ています。
 気持ちは分かるけどね。そんな間抜けな失敗……。


 一回しか、してないよ。

 いやいやいや、落としたのはミシェイルだからセーフだよね?
 しばらく、餌抜きにされて微妙に落ち込んだけどね。別に食べなくても死ぬわけじゃないんだけど、食事と睡眠は生き物の本能なわけで抜かれると厳しいのよ。

「れっどっ、はしれーっ」

 お姫さまが命令するので、よっこらしょと立ち上がり、ノシノシ歩いてみます。頭の上も結構揺れてますが、マリアは見事なバランス感覚で落ちる様子がありません。さすがは竜騎士の家系。竜に乗るのはお手の物だね。竜騎士が乗るのは火竜じゃなくて飛竜だけど。

 マリアを乗せて歩く俺と、心配そうに後を走って追いかけてくるエスト。
 もはや、この国では日常風景といっても過言ではない光景です。

 そんなことをやっていたら、お昼になったので昼食タイム。
 お昼を済ませて午後になると、マリアたちと一緒にミネルバたちもやってきます。ミネルバは、俺と遊ぶために午前中に集中して勉学に励んでいるので、午後はオフです。
 でも、ミシェイルはこの国を担う後継者なので、そんなことが許されなくて午後からも勉強漬けです。俺が丸投げした未来の問題の解決にも頭を悩ませないといけないし、大変だね。

 ミネルバが汗を流したいから泉に連れて行けと言ってきたので、前に山を散策してた時に見つけてから、よく行くようになった泉に連れて行くために幼女たちを背中に乗せます。
 ミネルバとマリアが楽しそうに、パオラ、カチュア、エストが、おっかなびっくり首や背中に乗ると、翼を広げて大空に飛び立ちます。
 飛べるのは、飛竜と神竜だけで火竜は飛べないと思ってたけど記憶違いだよね。実際に飛べてるし。
 三姉妹は、落ちないように、俺の背中にしっかり抱きついてきますが、幼女は凹凸がないから嬉しくないね。
 ミネルバとマリアは落ちるはずがないとでも思ってるのか、普通に座ってるだけです。実際、俺は真なる竜の能力である見えざる手で幼女たちを支えてるんで、落ちる心配はないんだけどね。
 ミシェイルのときはアレだ。慣れてなかったし、一緒に落ちそうになってたミネルバを拾うのに集中してたから、つい……。

 そんなこんなでたどり着いた泉で、幼女たちが豪快に服を脱いで水浴びを始めます。俺の目なんか全然気にしません。まあ、幼女だしね。俺は竜だし。
 今のこの娘たちは、ただの和み要員ですが、十年もすればボンッ、キュッ、ボンのナイスバディの美女軍団になってくれるはずです。いまから、その時が楽しみです。
 ちなみに、この泉には人を襲うような危険な動物は一切近づきません。魚も泳いでる綺麗な泉なのに、不思議です。
 そもそも、この山に生息するはずの熊や狼にも遭遇したことないんだけどね。俺は。
 どうでもいい事を考えながら、水浴びする幼女たちの未来の姿を妄想してたら、ミネルバに呼ばれました。
 なにさ?

「レッドも、水浴びしようよ」

 さて、用事を思い出した。
 立ち去ろうとしたら、尻尾の先をマリアが掴んでました。
 しまったぁぁぁぁぁっ。最初から、そのつもりだったのか幼女共!
 やめてよね。幼女が本気になったら、俺が逃げられるわけないでしょ。いや、マジで。
 竜の尻尾って伊達にあるんじゃないのよね。巨体のバランスを取るために右に左に振りながら歩くのよ。
 だから、マリアを尻尾にくっつけて逃げようととすると、壮絶なことになってしまう。
 それが分かっていて、マリアを利用するなんて、ミネルバ……、恐ろしい子。

「て言うかさ、俺は火竜なんだけど」

 だから、水は苦手なんだよね。

「うん。だから私たちが洗ってあげるね」

 そういう問題じゃないからね。
 そっちの趣味の人なら、一も二もなく頷いてしまうこと請け合いの良い笑顔だけど、俺にそっちの趣味はないからね。
 マジで水ダメなのよ俺。
 別に水でダメージを受けるってわけじゃないよ? 泳げないってわけでもね。なんていうか生理的にね。気持ち悪いのよ。

 だけどまあ、俺がこの幼女たちに逆らえた例もないわけで、バチャバチャ洗われてしまうのでした。


「はい。よくがまんしたね。ごほうびだよ」

 洗浄が終わった後で、そんなことを言ってマリアが生魚を口の前に持ってきます。彼女の中では、俺の好物ということになっているようです。別に嫌いじゃないけどね。
 最初に俺に生魚を食わせようとしたのはミネルバだったんだけど、当時は生きた魚を丸飲みとか、抵抗がありました。慣れたけどね。食べるの躊躇してたら幼女ミネルバが涙目になったし。
 だからって、好きでもないんだけどね。調味料なしの生魚丸飲みとか味がしねえ。誰か、俺に醤油とワサビをくれ。マヨネーズか塩でもいいから。
 でもね、「ありがとう美味しいよ」とかミネルバに御礼を言ったのが運のつき、俺の好物は生魚と皆に認識されました。
 俺と仲良くなりたい子供が、握り締めて持ってくる生暖かくなった生魚。俺の機嫌をとろうとする王宮の使用人が持ってくるバケツ一杯の生魚。どんなイジメだ。




 王宮に帰ってきたら、ミシェイルが、「ドルーアとは戦うべきなのか? ダメだ。そうなっても、アカネイアは援軍なんか出してくれない。マケドニア一国で立ち向かっても勝てるわけがない。クソッどうすればいいんだ」とかなんとか、悩んでました。
 子供なのに、そんなことを考えなくちゃならないなんて、王子様って大変だなぁ。


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歯医者に行って待合室でボーっとしてた時に思いついたことを書いてみた。



意味もなく主人公紹介

レッド
 ミネルバがつけた主人公の名前。
 メディウスに勝ちはしないが負けもしないチート竜だが、やる気なしのニートなので意味がない。



[8075] 感想をネタに書いてみた番外編
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/07/07 20:13
 周囲からの視点によるニート竜。


王様の場合


「ミネルバはどうした?」
「あの子なら、レッドの所に遊びに行ってますよ」

 むっ。ミシェイルの答えに、ワシは顔が険しくなるのを自覚する。
 そんなワシの感情に気づいたミシェイルが攻めるような表情をするが知ったことか!
 気に入らんのだ、あの火竜が。

 大賢者ガトーが連れてきおったために無碍にはできんが、ワシは本当はあんなバケモノを城になど住まわせたくないのだ。
 そもそも、マケドニアの成り立ちはマムクートや野生の竜共が人の国に侵入せぬように、見張りと牽制の意味をもってできたもの。言うなれば楔。
 その国に、竜を住まわせるなど本末転倒ではないか。しかも、知能のある竜だと? そんな危険なものに気を許すなどミシェイルは王子としての自覚があるのか?

「飛竜を飼育し、竜騎士団を編成している国の王が言うことですか?」

 うるさいわい。あれは家畜だからいいんじゃ。

「自分の竜を家族のように思っている騎士には聞かせられませんな」

 ええい、黙れと言っとる。
 まったく、この国の王の子であるミシェイルにミネルバやマリアまで懐柔しおって、何を企んでおるのやら。

「ミネルバたちと遊ぶことと、食っちゃ寝することしか考えてないように見えますが」

 だから、黙れと言っとる。

 かといって、迂闊に排除しようというわけにもいかん。
 あれが、大賢者によって連れてこられたということは、国内では有名な話になっておる。ヘタに手を出せば、ガトーを崇拝する国民が何をするか分からん。
 べっ、別に、ガトーが自分では勝てないとか言ってたからって、恐れをなしてるわけじゃないんだからね。

「どうして父上は、そこまでレッドを毛嫌いするんですか? 最初の頃はそうじゃなかったでしょう?」

 む、ミシェイルの奴め、ため息なんぞ吐きおって。そんなこと決まっているじゃろう。

 あの火竜のせいで、大好物の餅が食えなくなったからじゃああああぁぁぁぁ!!

 あやつめ、ミネルバとマリアに年寄りに餅を食べさせると喉を詰まらせて死ぬことがあるなどと吹き込みおって。
 娘たちに、「もう、おもちを食べないで」「お父さま、死んじゃやだ」なんて、涙目で言われたわい。
 おのれ、ワシから大好物を取り上げて何を企んでおる? あと、人を年寄り扱いするな!

 って、おーい、ミシェイルよ。どこに行くんじゃ?



ミシェイルの場合


 今日も、レッドは妹たちと遊んでやっている。
 そこに、他の企みなどない。あの竜は本心から妹たちの相手をしてやることを楽しんでいるのだ。ちょっと前まで、同じように遊んでもらっていた俺には、よく分かる。

 だが、俺だけは、それだけでないことを知っている。
 レッドは、この先この大陸に起こる激動の未来を知っている。そして、その行く末を俺に委ねたのだ。
 あいつの言うことを疑ったこともある。
 だから、俺はガトー様に会って確認した。未来に起こることではない。過去の歴史。アカネイア聖王国建国の裏の事情。そして、暗黒竜と呼ばれる人類の敵、メディウスが過去は人の味方であった事実を。
 その話をした時、ガトー様は驚き誰に聞いたのかと尋ねてきた。
 レッドに聞いたと言ったら。

「何っ!? 奴は、知らぬはず。もしや、異世界から来たというのは偽りだったのか? いや、待てよ。神竜王ナーガは世界から情報を引き出すことで過去と未来を見通しておった。奴め、真なる竜の力で、この大陸の過去を見通しおったのか」

 なにか、ぶつぶつ言いながら、考え事を始めたが、やはりレッドの言ったことは事実だったようだ。
 では、何故そんなことを俺に話したのかと考えて、俺は答えに至った。

 かつて、この世界は竜族のものであったのだという。しかし、今この大陸の覇権を握っているのは人間だ。
 レッドは、こう言いたいのだろう。

「人間が、この大地の支配者だというのなら、この運命を打ち破ってみろ。もはや過去の存在である竜の預言など覆してみろ」

 そう、これは俺に架せられた試練なのだ。そして、この試練を乗り越えることをレッドは望んでくれているはずだ。
 やってやるさ。
 俺は死なん。父上を殺しもせん。ドルーアに尻尾も振らずアカネイアの支配も跳ね除けて、正しいやり方で、この国を救ってみせる!



使用人たちの場合


「あの竜、気持ち悪いと思わない? 人の言葉を話したりして、王様やその子供たちに取り入ったりして、何を企んでるのかしら」
「そうかしら、礼儀正しいし、いい人(?)だと思うけど」
「なに言ってるのよ。あいつ姫さまを太らせて食べる気よ。絶対」
「それなら、そんな回りくどいことしないだろ。あいつはな、マムクート共のスパイだよ。決まってるだろ」
「でも、そんな下心があったら、子供の相手なんかやってられないんじゃないか?」
「馬鹿、そうやって油断させようとしてるんだよ」
「そうかぁ? 俺には、食っちゃ寝の合間に子供と遊んでる、ぐうたらにしか見えないぞ」
「「「「「「いや、それは無い!!」」」」」」






 未来の幼女でなくなった幼女軍団編


 最強オリ主である俺の活躍によって、大陸に平和が訪れた。
 長い戦いだった。本来スターライトでなければ倒せないガーネフを俺のチートパワーで倒し、ファルシオンを手に入れた俺は神剣の力で人間の姿になり、メディウスを封印。
 超絶美形最強オリ主となった俺は、仲間になった全ての女性の心を虜にし、アカネイア統一国家の皇帝となりハーレムを作るのだった。

「あの、レッド様は何をおっしゃってるんですか?」
「気にするな。いつもの病気だ」

 可憐な美少女、タリスのシーダの質問に、今ではどこに出しても恥ずかしくない美女に成長したミネルバが、俺の代わりにばっさりと答えてくれました。
 病気は、ないんじゃないかな? 最近冷たいよ幼女。水浴びについて行ったら怒るし。

「幼女って言うな! 私は、もうそんなことを言われるような歳じゃない! あと、水浴びを覗かれたら怒るのは当然だろう!」

 まあね。でも、幼女時代から見守っていた立場からすると、当時の感覚が抜け切らないのよ。
 大体、最近のミネルバは俺に厳しいよね。昔は、「おっきくなったら、レッドのお嫁さんになる!」って嬉しいことを言ってくれてたのに。

「うううっ! うるさい! うるさい! うるさい! いつまで私を子供扱いしているつもりだ! 私はもう、あの頃の子供じゃない!」

 そうだね。あの頃は、こんなに怒りっぽくなかったよ。

「というか、ミネルバ様が、こんなに取り乱したり感情的に怒るところは初めて見ました」
「そう? 姉さまは、レッドが絡むといつもこうよ。主に、レッドが他の女の子と話している時だけど」
「マリアっ!!」

 真っ赤になって、妹を叱責するミネルバ。
 なるほどツンデレか。

「ええい、黙れ! この馬鹿ーっ!!」

 あっ、逃げた。

「からかいすぎですよ」

 レナに叱られてしまった。
 うん。分かってはいるんだけどね。でも、俺は竜だしね。
 マケドニアが誇る姫将軍が竜とって、王様のミシェイルも困るんじゃね?

「何を今更。あなたも、今じゃマケドニアの守護神でしょう」

 うん。そういうことになってるね。特に何もしてないのに守護神とか竜神とかビックリだよ。
 あと、パオラ。話しかけてくるんなら、もうちょっと、近くに来てもいいんじゃない?

「アハハ。姉さま、レッド様が苦手だから」

 そうかい。ところで君も遠いよエスト。具体的に言うと20メートルくらい。

「アハハ……」

 いや、笑って誤魔化す所じゃないから。

 まあ、ミネルバほ放っとくわけにもいかないし、追いかけるかねえ。
 え? カチュアはどうしたって? どっかの天幕でミシェイルといちゃついてるんじゃね? 次期王妃だし。
 アカネイア大陸人類統一国家マケドニア皇帝ミシェイルの妻になるんだから皇妃なのかな?



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幼女分が足りないにもほどがある。

この物語は、思い付きのみでできています。
ニート竜とミネルバがくっつくとか、カチュアがミシェイルとくっつくなんて、この番外編を書くまで考えもしてませんでしたよ?

王様の名前が分からなくてどうなるかと思ったけど、まったく問題がなかった。



[8075] Act.3
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/04/20 16:18
 季節は秋


 王様が死んだ。
 記憶違いでなければ、ゲームではドルーア帝国が興った後に、ミシェイルと意見が別れ実の息子に殺されてしまった王様だが、この歴史ではそれより早くに命を落としてしまった。
 死因は事故死。モチを喉に詰まらせて死んだ。
 だから、モチは危ないと、ミネルバたちが、あれほど止めたのに……。
 第一発見者は俺。
 ミステリーなら、確実に俺が犯人です。どうも、ありがとうございました。

 いや、俺じゃないよ、マジで。
 なんていうか、深夜にね。厨房の窓から薄明かりが漏れてたんで、覗いてみたのよ。そしたら、苦しそうに喉を押さえてる王様がいたのよ。
 何やってんだ? って、しばらく見守ってたら、ぶっ倒れたんで慌てて人を呼びましたよ。それで、王宮の人が集まったんだけど、治療の甲斐なく王様は息を引き取りました。

 もしもモチを食べなければ、もしも食べたのが夜中でなければ、もしも一人になってこっそり食べていなければ、『もしも』のどれかが成立していれば王様は死ななかったのかもしれない。
 不幸な要員が多く重なって、王様は逝ってしまった。
 なんとなく、俺がもっと早く人を呼んでいれば王様は助かったような気がしましたが、考えないことにします。自分のせいで人一人の命が失われたとか、一介の日本人には重過ぎる十字架だわ。

 なんにしろ、これでマケドニアに少年王ミシェイルが爆誕してしまいました。いいのか?




 そんなわけで、俺たちは今、海まで釣りにきています。

「ちょっと待った! なんで、そうなる?」

 ミシェイルから文句が出ました。ノリが悪いなぁ。長い人生、その合間には息抜きが必要なんだよ。

「息抜きの合間に人生を送っているレッドに言われたくない!」

 むう、そうきたか。ところで、俺は竜だから竜生とかにならないのかな、なんだか五回攻撃ができそうだよ。

「知るか!」

 ごもっとも。
 ぶっちゃけミシェイルの気分転換のために連れ出したのよ。王の重責ってヤツでストレスがすごいことになっているみたいだからね。

「そんなことは!!」

 あるでしょ。マリアやミネルバが気づくくらいだから。二人とも、辛そうだって心配してたよ。

「レッドならともかく、あの二人に…………」

 ミシェイルは黙り込んでしまいました。うん。あの二人の観察力を侮りすぎだね。俺なんか全然気づいてなかったのに。
 当然、ミシェイルを連れ出して欲しいって言ってきたのも、あの二人だ。俺なら、大変だなぁの一言で済ませてたしね。

「だけど、俺が片付けないとならない政務が……」

 ないよ。何のために宰相やら大臣やらがいるのよ。
 ヘタに任せたら、ミシェイルの知らないとこで勝手なことをやらかすんじゃないかと思ったけど、頼んでみた時の印象としては、そんなことをできそうにはない小心そうな人たちでした。
 だって、俺と眼を合わせるのも嫌がるんだもん。礼儀としてはよくないことだけど、そんな小心者なら大丈夫だよね。
 ……うん。分かってるんだ。眼を合わせなかったのは、俺が怖かったからなんだよね。竜だもんね。
 でもね。何でも言うことを聞くから食べないでくださいってのは、さすがに失礼じゃないかと思うんだ。


 ミシェイルも納得してくれたところで、尻尾に括りつけた釣竿を海面上に持っていって釣り糸をたれます。
 最初は、口に、くわえればいいかと思ってたんですが、力を入れたわけでもないのに噛み砕いてしまいました。きっと不良品だったんだね。

「加減して、くわえないからだ。岩だって噛み砕くくせに」

 一々突っ込みが厳しいな。怒ってる?
 聞いてみたら、無言で顔を背けられました。大人気ないなぁ。子供だけど。


 どうでもいい話だけど、俺は釣りの経験がない。インドア派のヒキオタだもん当然だよね。
 では、釣りはつまらないのかというと、そうでもない。いや、面白くもないんだけどね。
 釣りは根気との勝負なんだそうだ。魚が釣れなくて退屈でも、短気を起こしたりしないことが秘訣なんだとか。
 で、俺は根気には自信がある。一日中、何もしないでの妄想はオタの必須技能です。
 だから、魚が全然ヒットしなくても気にしません。隣のミシェイルが、入れ食いで釣りまくってても羨ましくなんてありません。


 ただし、そうでない人間もいる。
 海には、ミシェイルとだけ来たわけじゃないんだよね。ミネルバとマリアと三姉妹。ようするに、いつもの幼女軍団もいます。
 元々、この幼女軍団がミシェイルを心配したのが、釣りに来る切欠なんだから当然なわけです。
 で……、

「れっどーっ、あそんでーっ」

 なんて言って、俺の体をよじ登り始める幼女がいます。まあ、このくらいの歳の子供には釣りなんて退屈だよね。そうでない子供もいるだろうけど。
 しかし、遊べと言われてもインドア派の俺が知ってる外でできる遊びなんて、あんまりありませんよ。

「うみーっ!」

 俺の頭の上に登ったマリアが、なんか海面を指さしてます。まさか、海遊びがしたいと? 俺に海を泳げと?

「うん!」

 ものごっつい笑顔で頷きましたよ、この幼女。俺が火竜だってこと忘れてますか? それとも、知った上で言ってますか? あと、海に入っていい季節はもう終わってますよ。

「火竜が海に入ったからって、別に死ぬわけじゃないし」

 うおっ! ミネルバまで。そんなに退屈なのか釣り。自分たちでやりたいって言ってきたくせに。

「だって、釣れないし」

 なんという現代っ子。日本の将来が心配です。

「にほんって、なに?」

 うん。わかんないよね。

「まあ、いいじゃないか。ミネルバたちはレッドと海遊びをしてきなさい」

 ミシェイルが、いい笑顔で俺を売りやがった。まだ根に持ってるのかよ。これはイジメだ。泣いてやる。ぐれてやる。夕日に向かって疾走してやる。
 というわけで、尻尾から手を離してくれませんか? 三姉妹のみなさん。
 というか、そんな罰ゲームでも受けてるみたいな心底嫌そうな顔で、尻尾に掴まらないでください。傷つくから。

「ダメ! 離したら逃げるじゃない。レッドには私たちを乗せて海に入ってもらうんだから」

 決定事項ですか。俺に拒否権はないのね。
 でも、幼女たちを乗せて海に入って、実は泳げませんでしたとかだったら拙いから、一度試させてね。

 まずは、海面に右前足を乗せます。そして、左前足。そのまま前進して、後ろ足も。
 うん。大丈夫だ。

「だめっ!!」

 なんか、ダメだしされましたよ?

「れっど、泳いでない!」

 うん。泳いでないね。立ってるね。水面に。忍者みたいでかっこよくないかい? 水蜘蛛の術みたいな。

「うーっ」

 ほっぺた膨らませたマリアが、涙目で睨んできます。
 はいはい。俺の負け。

 ちゃぷちゃぷ泳ぎましたよ。幼女たちを乗せてね。
 そしたら、水中からなんかが出てきました。何かと思ったら竜でした。ヒイッ! お助けっ!

「どうしたの?」

 マリアが、のんきなことを聞いてきました。竜の危険性を理解してないようです。俺のせいかい?
 ビビッた俺は、慌てて海面から飛び上がります。幼女たちを落とすような、うっかりはしでかしません。見えざる手のコントロールは完璧です。

 …………。

「レッド……」

 うん。ミネルバの言いたいことは分かるよ。この竜はなんだろうって質問だよね。どう見ても火竜じゃないし、魔竜とも違うっぽい。氷竜に似てるけど、こんなところに生息してるはずないしね。新種か? 水竜と名づけようか?

「違うでしょ!」

 そうね。あんまり慌ててたもんで、自分が飛び上がると同時に見えざる手で、水竜も一緒に持ち上げてしまったわ。
 宙吊りにされた竜が、哀れっぽい声で鳴くもんで、マリアの責めるような俺を見る眼が心に痛いわ。
 離してあげたら、懐いてきました。って言うか、圧倒的強者に対する無条件降伏っぽいです。これだから獣は……。


 海遊びも終わって、帰る段になって、マリアが水竜を連れて帰りたいと問題発言をしやがりました。気に入ったようです。ブルーなんて名前までつけちゃってます。
 つまり、俺に運べと? そりゃ可能だけど、王宮の人たちの俺を見る眼が、前より厳しいものになりそうなんですけど。

 王宮の人たちの俺を見る眼が、厳しいものになりました。





ある夜の出来事。

 たしか、モチはこの戸棚の中じゃったな。
 まったく、王たるワシが、なんでこんなこそ泥みたいなことをやらねばならんのだ。
 これというのも、あの火竜のせいじゃ。あやつが、娘たちに変なことを吹き込まねば、わざわざ隠れてツマミ食いなんぞしなくても良かったんじゃ。
 しかし、美味いのお。これのために生きていると言っても過言ではないわい。むう、しまった。酒をもって来るべきじゃった。明日は、忘れずに持ってこよう。
 ん? 窓の外に何かが……。
 ぬおっ!? あの竜がこっちを見とるっ。
 う゛っ、しまった。喉に……。おのれ、これが奴の狙いだったのか……。



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今回も歯医者で、考えたネタ。
明日も予約はいってるけど、何か思いつくかな?



[8075] Act.4
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/04/28 20:19
 季節は冬。


 マケドニアの王子ミシェイルには悩みがある。
 それは王宮に住みついた竜から伝えられた未来の歴史。
 その歴史では、百年前に倒されたはずの暗黒竜メディウスが復活し、それによって再興したドルーア帝国がアカネイア大陸の支配に乗り出し、マケドニアもそこに参加したというのである。
 その決定を下したのは、ミシェイル本人。反対する父王を自ら手にかけ、それを押し通したのだという。
 最初、未来の自分が何故そんな事をやったのか分からなかったミシェイルだったが、長じるにつれ、それが理解できるようになってくる。
 アカネイア聖王国は、マケドニアや他の国の民を蛮族と見下している。見下しているから、そこに住む民が死のうが生きようが無関心だし、そのくせ内政には干渉してくる。
 今のままでも、アカネイア聖王国に不満を持つ者はマケドニアには多いのだ。
 いざドルーア帝国が興ったなら自分たちに戦うように命令して、そのまま見捨てると分かっている宗主国のために戦い滅ぶくらいなら、滅ぼす側に立って国を救おうと考えるのは当然ではないか。
 とはいえ、その選択を取ることはできない。
 その選択は、間違いだと教えられたし、未来の青年に成長した自分ならともかく、まだ少年の身に過ぎない自分に父王の命を奪う覚悟などないのだから。

 では、どうすればいいのか?
 ここで、彼が考えたのは中立国の立場を取ることであった。実に子供らしい、思いつきである。

 大陸の支配権を賭けた大戦の最中に中立などと言って見逃されるはずがないではないか。そんな選択をしても、両方に睨まれ滅ぼされるだけである。
 だが、ミシェイルは少年の真っ直ぐさで、その方法を模索する。
 そうして考えたのが、国にマムクートを受け入れるという選択肢。
 ドルーア帝国は、元々人間たちによるマムクートの迫害が原因で興った国である。ならば、迫害されドルーア地方に追いやられたマムクートを、この国で受け入れ保護すれば、ドルーア帝国との間に中立関係を築くことができるのではないだろうか。
 もちろん、その選択はアカネイアの不興を買うだろうが、それでも両方を敵に回すよりはマシである。
 それに、いざドルーアが帝国が興ってしまえばアカネイアはマケドニアに構っている余裕はなくなる。ならば、それまで秘密にしておけばいいのだ。
 それは、いい考えに思えたが、一つ大きな問題があった。父王の存在である。
 聞かされた未来の歴史で、ドルーアにつく結論を出したミシェイルに反対したように、この歴史においては父王は中立という選択に異を唱えた。

 王には、この国は元々ドルーアのマムクート共を監視する目的を持って建国されたという意識が強い。なのに、その監視対象を受け入れるなど許容できるものではない。
 愚かしい。そうミシェイルは思う。だけど、だからといって排除するわけにはいかない。自分は、竜の語った未来とは違う選択をすると決めたのだから。
 父がいる限り、自分の考えを実行に移すことはできない。だけど、殺すわけにはいかない。そんな葛藤の中、父が死んだと言う知らせが入る。

 少年は、自己嫌悪に陥る。父王が事故死したことを幸運だったと感じたことを。そして誓う。必ずや、この国を救って見せよう。そして、レッドにハーレムを作ってやろう!


「独り言は終わったのか?」

 うん。

 ミシェイルに問われたので頷きます。

「そうか。ところで誰に説明してたんだ?」

 別に。
 竜になる前は、ラノベ作家になりたいと思ってたんで、小説風に思考するクセがついてるだけだよ。
 思ってただけで、目指してたってわけじゃないけどね。

 ところで、なんで俺は呼び出されたのかな?

「さっきレッドが言ってた通りだ」

 え? 俺のハーレムを作ってくれるのか?

「違う。その前のマムクートの受け入れの話だ」

 なんだ、そっちか。で、その話が俺に何の関係があるのさ?

「マムクートをマケドニアに受け入れるには、二つほどクリアしなければならない問題がある」

 と言うと?

 一つは、マムクートと、この国の民のお互いに対する悪感情。
 人間に迫害されてきたマムクートが簡単にこちらを信用するはずがなく、またこちらの国民の方も百年前の戦争が原因で、今もマムクートを嫌っている人間は少なくない。
 そして、もう一つは、マケドニアが移民を受け入れられるほど、豊かな国ではないということ。
 マケドニアは貧しい国だ。広い国土を持つが、人の住める土地は少ない。そんな国に、大量の移民を受け入れられる余裕があるわけがない。

 そんな説明をしてくるミシェイルに、俺は首を傾げる。それが、俺となんの関係がある?

「だけど、その問題を両方クリアする方法がある」

 そりゃ凄い。そこに気が付くとは……大した奴だ、やはり天才……!

「ただし、そのためにはレッドに働いてもらわなくてはならない」

 なんでさ?

「まず、マムクートの信頼を得る方法だが、レッドが一緒にいてくれるだけで話がスムーズに進む。なにしろ、今は生き残っていないはずの知性を残したドラゴンだ。マケドニア王家が、真なる竜族と共存しているとなれば、それだけでマムクートの心証が良くなる」

 そう、うまくいくかね?

「いかせるさ。そして、もう一つの問題だが……、ブルーはどうしてる?」

 さあ? マリアと遊んでるんじゃない?

 マケドニアの末姫は、秋に海で拾ってきた水竜に御執心です。俺は、ミネルバの竜だから、あっちは自分のものにするんだってさ。
 俺は、幼女の持ち物だったのか……。

「ブルーは、よくマリアに懐いているようだな」

 そうみたいだね。むしろ、海で拾った時にいた全員に服従しているみたいだけど。

「たが、本来それはありえないんだ」

 竜という生き物は、他の獣に比べると高い知能を持っているが、それでも知性と呼べるほどのものはない。
 飼いならされた飛竜ですら、よく躾けなければ人の言うことなど聞かない。なのに、野生の竜であったブルーは躾けも訓練もなく人に従っている。
 それは、ブルーが特別なのではなく、水竜を屈服させた俺が特別なのだというのがミシェイルの見解なんだそうな。
 つまり、真なる竜族の威容に触れて屈服し、その仲間であるらしい周囲の人間にも服従したのだとか。

 そこで話を戻して、移民の話。
 マケドニアに人が住める土地が少ないのは、各地に多く生息している飛竜のせいもあるらしい。
 この国では、それを飼いならして乗騎にする技術があるが、それでも野生の飛竜を捕らえたり退治したりが難しいことに違いはない。
 ただでさえ人間などより強いのに、数が多く生物なんだから減らしてもまた増える。
 だから、今までは飛竜の生息地の近くには人が住むことができなかったのだが、これからは違う。
 飛竜は、他の竜に比べて気性の大人しい種族だ。水竜を屈服させる真なる竜族の威容を持ってすれば、簡単に服従させられるだろう。それにより、この国は人の住める土地を増やし、ついでに野生の飛竜を手にいれることで軍備も増強できる。
 多くのマムクートと、野生の飛竜を乗騎とした竜騎士たち。これらを手に入れられれば、この国の防衛力は大きくなるのだ。
 一石二鳥とは、このことだ。

 そんな説明に俺は納得する。

 だが、断る!

「何故だ?」

 それは、俺がニートだからだ。。
 働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!

 本音を言うと、そんな責任の重そうな仕事やりたくないしね。

「働かざるもの、食うべからずって言葉を知っているか?」

 働くぐらいなら、食わぬ。

 食わなくても、平気だし。
 あっ、なんか睨まれてる。しかし俺はノーとしか言わない男。睨まれようが、なんと言われようが働く気はない。

「……そういえば、ブルーは泳ぎが得意らしいな」

 まあ、水竜だしね。
 というか、何その意地の悪そうな笑顔。

「ミネルバは、ああみえて負けず嫌いでね。俺が一言、『泳ぎが得意なんて、レッドより凄いんじゃないか』とでも言えば、競争させようとするだろうな」

 やーめーてー。ただでさえ水嫌いなのに。この季節に泳げとか死んじゃうよ。
 あ、なんか、すっごい笑顔だ。鬼の首をとったようなっていうのは、こういうときに使うのね。




 三日後。

「ぶるーっ、がんばれーっ!」
「レッドーっ、負けるなー!」

 何故か、俺は海に来ています。
 うん。読めてたよ、この展開。原因はマリア。あの幼女が、泳ぎのことでブルーの方が俺より優れているとか何とか言って、この競泳が実現したようです。

「俺、この勝負が終わったら働くんだ……」



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ネタを思いついたと思ったら幼女がほとんど出てこない話だった。



[8075] Act.5
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/05/05 19:20
 季節は春。


 マケドニア王国内、ドルーアに近い地域には新しくできた村がある。
 そこに住む村人たちの多くは、不可思議な身体的特徴を持っている。
 一対の翼だ。そう、彼らはマムクート。竜の姿に変ずる能力を持つ竜人の一族である。

 って、なんでだ? チェイニーとかガトーは翼なんか生えてなかったよね? 神竜族だからか? いや、チキにも生えてたよな?
 考え込んでたら取り囲まれてました。

「レッド様だーっ!」

 なんか嬉しそうな子供の声が、すぐそばから聞こえてきます。
 村の子供たちです。俺はどうやら、マムクートにとって生き神様みたいなもんらしく、尊敬と崇拝を集めてるっぽいです。
 やめてよね。プレッシャーで胃に穴があきそうだから。
 ちなみに大人たちは寄ってきません。畏れ多くてそばに寄れないそうです。でも、無視はできないらしくチラチラとこっちを見てます。
 なんで、俺がマムクートの村に来ているのかと言うと、王宮での所業に耐えかねた人々によって追放されたから。ではなくて、これが俺の仕事だからです。めんどくせえ。

 ミシェイルの計画により、マケドニア内に作られたマムクートの村だが、作ればそれで終わりというわけにもいかない。
 マムクートたちが、ちゃんと暮らせているのかの経過報告は必要だし、そこに住んでいた飛竜がいなくなったからといって、他の群れがやってこないとも限らない。ついでに言えば、人を襲う獣は飛竜だけしかいないわけでもない。
 マムクートには、竜石というアイテムを使って竜に変じ戦う力があるが、同じく竜族である飛竜を相手には圧倒的と呼ぶには足りないし、使用の回数にも制限がある。更に言えば、竜になれるからと体を鍛える習慣のないマムクートは、人の姿の時はかなり脆弱な身体能力しか持たない。
 マムクートがいかに脆弱な存在かというと、人間だった頃のニートでヒキオタの俺と同等と言えば想像しやすいだろう。
 そんなひ弱な生き物だから、変身の暇もなく襲われれば野良犬にだって簡単に殺されてしまう。
 ところが俺が巡回するだけで、その危険性は大幅に減る。
 飛竜は、出てきたら俺の見えざる手で捕まえてしまえば簡単に屈服するし、野の獣は俺が巡回する辺りには近づかない。
 例えば、俺がよく散策に行っていた山には、前は熊や狼が住んでいたらしいのだが、今はいなくなっている。

 最初、山近くの住人たちは、俺が山に行くようになってから段々と数を減らしていったので、、俺が熊や狼を退治していると思ったらしいが、それは誤解です。熊も狼も見たことありません。
 なんと、野生の本能で俺の存在を感知した肉食獣のみなさんは、山から早々に逃げ出していたのです。これは誇るべきところだろうか、泣くべきところだろうか?
 そんな事情をマムクート村の人たちは知っているので、俺は行くたびに歓迎されます。子供が、べたべたした手で触ってきて気持ち悪いですが、登っては来ないので我慢します。
 いや、最初は登ろうとした子供もいたんだけど、今も俺の背中に乗ってるミネルバが怒りました。理由は俺には分かりません。なんか、気安く俺に登ろうとするのがムカついたらしいけど、本人にも良く分かってないみたいです。
 どっちにしろ、畏れ多くも真なる竜族に登るなど大人たちが許さなくて、次に来たときには誰も登ろうとしなかったんだけどね。

 も一つ、いや、二つかな、巡回には理由がある。
 ミシェイルの提案を受け入れたとはいっても、彼らマムクートの人間に対するわだかまりが消えたわけではない。
 彼らが、マケドニアという国に対して何かを企む可能性はあるし、逆に元々の国民である人間が村に何かをしでかす可能性もある。
 だが、俺が行けばその可能性も減る。ミシェイルの命令で真なる竜族である俺が巡回してるとなれば、マムクートたちが何かを企むのにブレーキをかけられる。というか、その場合は俺を引き込もうとするだろうし、王家で飼われている竜が巡回している村にちょっかいを出そうという愚か者も普通はいない。
 そういう愚か者がいて、そいつらが俺とマムクートが共謀して何かを企んでいるって言ったらどうするんだと働きたくない俺が質問してみたら、ミネルバを連れて行けと言われてしまった。
 それなら心配ないね。俺が仕事をサボる心配も。

「そこまでして、俺を働かせたいか!!」
「そんなに、働きたくないのか!!」

 なんて怒鳴りあったのも、いい思い出です。

 懐かしく回想してたら、村長さんがやってきました。はげ頭の眩しい年寄りです。
 おや? 呼んだ覚えはないけど?

「よく来てくださいましたレッド様、ミネルバ様」

 なんだか、RPGで勇者か冒険者に仕事を持ってくる依頼人みたいな感じで、俺と、俺の背中に乗ってるミネルバに話しかけてきましたよ。
 用件は、最近村の近くに火竜が住み着いたので、なんとかしてもらえないかというお願いでした。本気でRPGかよ!

「RPGって?」

 むう。インベーダゲームすら知らん幼女にどう説明したものか。ここは、アレか? TRPGの歴史から語るべきか?

「あの……、話を逸らして聞かなかったことにしようとしてませんか?」

 ちいっ、鋭い突込みだぜ村長。それが生き神に対する態度か。

「それで、受けていただけないので?」
「受けるよ。レッド強いもん」

 幼女が安請け合いしてくれました。そりゃ、ブルーを捕まえた時の要領でやれば野生の火竜だって服従させられるだろうけどね。
 でも、火竜なんて怪獣だよ。飛竜とは大きさが全然違うよ。そんなのと戦うとか怖いよ。






 基本的に、マケドニアに火竜はいない。あとマムクートも。
 元々、マケドニアは竜をドルーアから出さない目的で建国された国なので、これは当然のこと。
 だけど、飛竜に限っては、マケドニアのいたるところに生息している。自由気ままに空を飛んで移動する生物の行動を抑制することは、さすがに不可能だったのだ。
 結果この国には、いたるところに人が住めない地域が生まれたのだが、これが必ずしも悪いことばかりではなかった。
 野生の竜は攻撃的であり、群が違えば同じ飛竜同士ですら合い争う。だから、ここのようにドルーアに近い土地に住み着いた飛竜は、火竜の進入を阻んでくれるのだ。
 だけど、もし飛竜がいなくなれば、火竜の進入を防ぐものはなくなる。
 つまりは、そういうこと。


 村長さんに言われた場所に来たら、火竜がいました。十匹くらい。
 あれ?
 そういや、一匹しかいないなんて村長さんは言わなかったね。って、ギャーッ! 襲ってきたー!

 とりあえず飛んでみた俺に、炎のブレスがいくつも撃ち込まれて来たので、ミネルバの周囲に見えざる手で壁を作っておきます。
 俺の防御? いりませんよ。火竜の俺に炎が効くはずないでしょ。
 炎を吐き続ける火竜たちは、何故か飛んで追いかけてきません。まるで飛べないみたいですよ。
 まあ、そっちのほうが都合がいいんですけどね。、肉弾戦とかになったら勝てないだろうし。
 どうしようかなと思ってたら、背中の幼女がなんか言ってきました。

「レッド。こっちも火!」

 炎のブレスを吐けって? 向こうも火竜だよ? 効くわけ……、

 キシャアアァァッ!

 あ、効いてる。なんでだ? そういえば、ゲームだと火竜には普通に炎の魔法とかも効いてたよね。なら、なんで俺には効かない?
 いや、楽でいいんだけどさ。
 無敵裏技をつかったSTGのごとく火竜の群を一方的に蹂躙してたら、もう一匹火竜が出てきました。
 デカッ! なにこれ、他の火竜の倍くらいの大きさがあるよ。しかも歴戦の戦士って感じで片目潰れてるし、残ってる方の目つき悪いし。
 おっ、他の火竜が大火竜の周りに集まった。どうやら、あいつが群のボスのようです。当たり前だけど。
 大火竜がこっち見た! 翼を広げた! 飛んだーっ!!
 って、あの巨体で飛ぶって反則だーっ!! ギャーッ! 肉弾戦になったら勝ち目ねえ!




 見えざる手で捕まえて屈服させたら、群ごと大人しくなりました。
 ミシェイルのお土産に連れて帰ろうと思います。返品は受け付けません。



[8075] Act.6
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/05/08 20:14
 また季節は夏。


 巨大な翼を羽ばたかせ空を舞う二体の竜。
 一方は、俺。マケドニア王家の守護神竜とも疫病神とも言われる真なる竜の能力を使う火竜。
 もう一方は、春にマムクートの村に行った時に捕獲してきた、今はカーマインと呼ばれる隻眼の巨竜。
 背に人を乗せた二体は宙で交錯し口から吐く炎を浴びせ合う。
 俺の吐く炎は炎弾となり敵を追尾し、硬い鱗に守られていない腹に直撃する。だけど、その巨体は何のダメージも受けていない様子で悠然と首をもたげ、こちらに紅蓮の炎を浴びせかけてくる。
 人どころか、竜ですら焼き尽くせそうな業火だが、俺には効果がない。

 さて、俺たちが何をやっているのかというと……。
 ……何やってんだろうね?


 全ては、やたらと好戦的なカーマインと、その主の好奇心から始まった。
 ちなみにカーマインの主の名はレナ。とある有力貴族の娘である。
 おっと、言いたいことはわかる。
 でも違う! そんな筈はない! シスターレナは、おしとやかで優しい淑女なんだいっ! こんなん違う!
 初対面で、いきなり俺の首に縄を引っ掛けて連れて帰ろうとするようなお転婆な幼女じゃないやいっ!

「レッドっ、避けて!」

 はいはい。
 ミネルバの命令に従って、カーマインが振ってくる当たれば骨が砕けそうな一撃を、慣性とか無視した動きで回避しますよ。
 俺の場合、真なる竜族の能力で飛んでるから、航空力学とか関係なく自由自在に飛べるのよね。てか、そうじゃなきゃ、この巨体の生物が空を飛ぶなんてありえないよね……。
 うん、ありえない。なのに、なんで真なる竜族でもないカーマインが普通に飛んでるんだよ!
 言っても、しょうがないんだけどね。現実は受け入れないと。

 で、何でこんな空中戦をやっているのかと言うと、レナの一言、「どう見ても、レッド様の方がカーマインより強いなんて信じられないんですけど」が原因である。
 まあね。カーマインの方が大きいし、いかにも強そうだもんね。
 ただし、これはミネルバには聞き逃せない言葉であった。何しろ、同じような一言を口にした妹に対して本気で怒って、俺に寒中水泳をさせた負けず嫌いの幼女である。ちなみに勝ちました。
 激しく怒り、言葉を取り消させようとしたミネルバだが、レナも負けてはいない。彼女は、カーマインが主に選んだ幼女である。その自分が退いてはいけないと妙な使命感を持っていた。
 元々、カーマインと、それに率いられていた火竜の群はミシェイルへのお土産に連れて帰ったもので、当然こいつにはミシェイルが乗ることになるものだと思っていたんだが、そうはいかなかった。
 第一に、最初カーマインは自分の背に人を乗せようとはしなかった。火竜は別に人を乗せなくても戦力にはなるが、戦争に使おうと思えば人が乗り命令する必要がある。いや、それはどうでもいいか。重要なのは、ミシェイルを乗せようとしなかったことだけである。
 第二に、カーマインは連れてきた他の火竜たちと違い、俺への服従心が低く人に対しても攻撃的である。今のミシェイルはこの国の王であるのだから、こんな危険な怪獣に乗せるわけには行かないというのも当然であろう。

 それで、どうしようかと思っていたときに現れたのがレナである。
 なんでか知らんが、長らくグルニアで暮らしていたらしいけど、最近マケドニアに帰って来て、ちょくちょく王宮に遊びに来るようになったんだが、まさかカーマインを気に入った挙句、その背中に登るとは思わなかったわ。
 もちろん、カーマインも最初から背中を許したわけではない。

 最近、他の人間が俺に乗るとミネルバが不機嫌になるんで、レナも乗せないようにしてたらロープとか持ってきて強引に登ろうとしてたんだよね。
 で、それを使ってカーマインに登ったわけだ。下手したら踏み潰されて死んでたのにチャレンジャーなお子様だわ。
 カーマインも、それに感心したらしく、レナだけは背中に乗ることを許しました。でも、許したのはレナだけで、その兄のマチスが乗ろうとすると蹴っ飛ばされるけどね。
 カーマインって名前をつけたのもレナです。

 まあ、そんなこんなでレナは火竜騎士という前代未聞の職業になる将来を約束されたのである。そういえば、ミネルバもか?
 マリアは水竜騎士か? シスター足りなくなるぞオイ。この世界に、きずぐ――僧侶リフは存在するんだろうか?

 
 ともあれ、そんな諸々の理由から俺とカーマインの決闘が実現したわけだが、何を思ったのかミネルバとレナも参加すると言い出した。無茶なことを言い出すもんだと思ったし王宮の人たちの反対もあったが、将来これで戦場に立つというのなら、この経験は無駄にはならないだろうというミシェイルの鶴の一声で、二人の望みは叶えられた。

 つっても言わせて貰えば、この決闘に訓練の意味はなかったりする。
 火竜は、戦闘において騎士の指示を必要としない。生まれ持った巨体をぶつけるだけで敵を倒せる生き物に、そんなものは必要ないのだ。
 いや、ま、戦術やら戦略やらのある戦争でなら騎士が必要になるけどね。
 もちろん、戦時に自分の騎竜から振り落とされたりしないように訓練は必要だろうが、どう考えても空中戦の訓練は必要ない。
 空を飛ぶような非常識な火竜は俺とカーマイン位のものだし、そもそも基本的に竜騎士はマケドニアにしかいない。
 天馬騎士が相手なら空中戦にもなるだろうが、天馬騎士は伝令や偵察を任務としているので、普通は竜騎士に正面からぶつかってきたりしないし、もちろん火竜に戦いを挑んだりはしない。
 ついでに言えば、俺とカーマインはお互いに火竜として規格外すぎる。
 俺に炎は効かないし、背中に乗せているミネルバは、見えざる手で守っているので、カーマインのブレスは効果がない。
 逆に、俺の炎弾だが、これはレナを巻き込まないように腹を狙い、威力も調整しているのだが、効いてないわけではないだろうに、やたらと頑丈なカーマインは意に介さず反撃してくる。
 こんな訓練が生かせる日が来るとは、俺には到底思えない。というか、そんな日が来たら迷わず逃げるね。俺は。
 つーか、面倒臭くなってきたな。

 もう終わりにしない?

 背中のミネルバに聞いてみたら、幼女も飽きてきてたらしく同意の答えが返ってきた。
 良かった良かった。というわけで、毎度おなじみ見えざる手。

「あーっ、ずるいっ!」

 レナが文句をつけてきましたが、聞こえません。
 そうなんだよね。いくらカーマインが規格外の火竜だって言っても、見えざる手で捕まえてしまえば、すぐに決着がつくんだよね。
 なんで今までやらなかったって? ミネルバに文句を言われるからだよ。どうも、見えざる手は凄さが伝わりにくいらしくて、不評なんだよね。
 でもまあ、ミネルバの同意が得られれば、レナの文句も丸投げできるし、問題なく使えるってわけだ。




 戦闘の後は水浴びです。幼女の一年の成長速度は侮れないね。心なしかミネルバの胸が去年より膨らんでる気がするわ。身内の欲目かもしれんが。
 ちなみに俺は、モップを持ったミネルバにガシガシ洗われています。カーマインは、レナが少し濡らした布切れで丁寧に拭いています。俺くらいの大きさでも大変なのに、あの巨体を、まあ頑張るもんだね。
 なんか、俺と扱いに違いがありすぎね?
 ちなみに、ここは去年も水浴びに言った泉ではなく城の中庭に作った池です。ブルーを飼うのに必要だからと突貫で作られたものです。ジェバンニが一晩でやってくれました。
 いや、俺が作ったんだけどね。俺が拾ってきたんだから、責任取れってさ。水質管理も俺の仕事ですよ? 泣いてもいいよね?
 まあ、そんな理由でこの池にはブルーが泳いでいたりします。当然マリアもいます。しかし、王女や貴族の令嬢が全裸になって城の中庭の池で泳いでいるとか、想像を絶する光景だね。

「誰のせいだと思っている?」

 おや? いたのかミシェイル。

「ここを、どこだと思っているんだ?」

 王城の中庭だね。そりゃ、国王がいてもおかしくない。
 けど、執務中じゃなかったっけ?

「城のすぐ上で、あんなに派手な空中戦をしておいて言うことか?」

 そうだね。どうでもいいけど、セリフに疑問符が多いね。

「知るか!」

 なんか、また機嫌が悪いね。何か嫌なことでもあった?

「ああ、あったとも。レッドのせいでな! 春に、お前が連れてきた火竜の飼育に幾らかかってると思ってる」

 えー!? おかげで軍備は増強できたし、居住できる土地と国民も増えてるんだから、国庫にも、そんなに負担はかかってないと思うけど。

「そんなわけがあるか! 土地の開拓には金がかかるんだ! これから出資した分を年単位で取り返す予定だったのに、あの火竜の群の飼育小屋や食費で国庫は空だ! マケドニアは暗黒戦争の前に経済破綻で滅ぶ一歩手前だ!」

 なんか、自棄になった笑い声を上げてきました。

 でもねぇ。そんなこと言われても困るというか、いっそ放し飼いにすれば? 俺みたいに。

「馬鹿なことを言うな! レッドの威光で従っているとはいえ、あれらは野生の竜なんだ。そんなのを野放しにできるか!」

 なら、俺にどうしろって言うのよ?

「どうもしなくていい。頼むから、これ以上面倒を持ってこないでくれ」

 むう。なんだか、疫病神みたいな言われようだ。しかし、あれだね。ミシェイルも大変みたいだし、前に山とか散策してた時に見つけた刀剣類を売っぱらって貰って、お小遣いを貰おう計画はまたの機会に頼んだ方がよさそうだね。

「拾った刀剣類だと?」

 うん。さすがに百年前にドルーア帝国と戦争があっただけあるね。銀の剣とか槍とか弓とか、他にもウォームの魔道書とかリブローの杖とか、ざかざか落ちてたよ。当時の持ち主と一緒にだけどね。

 まあ、錆びてたりして売れそうにないのがほとんどだったけど。

「それでっ! 使えそうなのは、どのくらいあった!?」

 んー? 百本くらいから、めんどくさくなって数えてないよ。

「それだ!! そいつを売って国庫の補填に当てるぞ!! 文句はないな!!」

 えー、俺のお小遣いはー?

「欲しいものがあったら買ってやる!」

 あらま。ミシェイルったら太っ腹。

「えー、レッドだけズルイ」

 モップの後、バケツに汲んだ水を俺にかけてたミネルバが口を出してきました。トイレ掃除みたいなやりかただよね。いや、もう慣れたけどさ。

「私も、買って欲しいーっ」

 何が欲しいのさ?

「お菓子が食べたい」

 そうね。俺も甘いものが食べたくなることがあるわ。今度、ミシェイルに買ってもらおう。

「分かったから、早くその刀剣類を持ってこい!」

 はいはい。

 適当に返事して拾いに行こうとする俺です。でも、すぐに呼び止められました。
 俺が出かけるなら自分もと、ミネルバが背中に張り付いたからです。全裸のままで。




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 唐突に主な、登場人物紹介

レッド
 主人公にして、この作品中最強のチート竜。『見えざる手』は強力すぎる。
 ファルシオンでも持ってこなければ倒せないが、持っていれば倒せるというわけではない。
 何故なら、そういう時は迷わず逃げるから。
 内面はヘタレなので、人の言うことには逆らわずに生きていく、ノーと言えない日本人。

ミネルバ
 レッドの飼い主にして将来、赤の竜騎士と呼ばれるのか疑問を感じざるを得ない幼女。基本我が侭を言うのはレッドにだけ。

マリア
 ミネルバの妹。
 竜という生き物に対する危険性をまったく理解していない無邪気な幼女。このまま育つと、野生の竜に平気で近づいて、そのまま食われそうで心配です。

ブルー
 マリアの飼い水竜。
 陸では火竜や飛竜に劣るが、水中戦なら両者には負けません。
 そもそも海戦とかないけど。
 外見は氷竜に似ているらしい。
 思いつきで出したので、口から吐くのが、炎のブレスなのか氷のブレスなのか水なのかも決まっていない。

ミシェイル
 ミネルバたちの兄にして、マケドニアの若き国王。
 この物語において、アカネイアの大地を救う使命を背負わされている不幸な少年。
 レッド? 奴はニートです。自分から手伝ってきたりしません。

カーマイン
 レッドが拾ってきた隻眼の巨竜。普通の火竜の倍以上の巨体を誇る色々と規格外な竜。春から夏にかけて、また成長したらしい。
 レッドが、ゲームシステム上ありえない現象を起こすチートなら、カーマインはありえないステータスを持ったチート。
 ゲーム的に言うと、ステータスオール40、HPは200というファルシオン持ってても勝てねえよ! な感じ。
 でも、メディウスや、マフーを持ったガーネフや、闇のオーブを持ったハーディンには勝てない。

レナ
 何故かカーマインの飼い主になった幼女。どうやら、かなりのお転婆らしい。
 Wikiで、幼少時グルニアに住んでたと書いてあるのを見て、そんな設定あったっけ!? と慌てました。



[8075] Act.7
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/05/12 18:58
 季節は秋。


 王様が死んで一年が経ちました。おかげで小中学生くらいの年齢で父親を亡くし、少年王になったミシェイルは大変な思いをしています。
 そういえば、親と言えば、ミシェイルたちの母親って、どうなってるんだ? 見たことないぞ。

 そんなことを好奇心のままに聞いてみる俺です。なんか、尻尾がムズムズするな?

「母上か……」

 歳不相応な、子供らしくない遠い眼をしたミシェイルは、ため息と共に、過去を語る。




 ミシェイルの母は、貴族ではない。山に住むある部族の出の女である。
 この国には飛竜を手なずけ飼育する術がある。だけど、それは簡単なことではなく、その術を持つ者は重用され王家に嫁入りすることもできた。
 だが、それゆえに飛竜の飼育を任される者には大きな責任が圧し掛かる。万が一にも飛竜を死なせようものなら、その責任は命を持って購わなければならないのだ。
 そして、彼女は飛竜を死なせてしまった。
 実際には、飛竜を死なせたのは彼女ではない。だが、彼女が管理責任者であったのだ。
 そうして、彼女は罪を償わされる。
 野生の飛竜の生息地に連れて行かれた彼女は、そこに放り出され生きたまま貪り食われることで罪を購わされたのだ。




 そうか……、そんな悲しい過去が……。
 って、まんま獣の奏者じゃねえか!

 ていっ、と尻尾を上下に振ると、その先に抱きついていた幼女がふわりと浮き上がる。

「ああ。昔、レッドに教わった話をリスペクトしてみた。本当は、体調を崩して療養に行ってるだけだ」

 いい性格になったなぁ。

「誰かさんの悪影響を受けて育ったんでな」

 むう。誰だ? マチスか?

「そんなはずがあるか!」

 そうだね。プロテインだね。でも、俺がここに住み着いてから結構経つけど、一度も帰ってきてないよね。そんなに具合悪いの?

「というか、レッドが住み着いたからだな。火竜が放し飼いになっている王宮になんか帰りたくないそうだ。こちらとしても、レッドを見て倒れられても困るので帰って来いとはいえん」

 ひどっ!

 いいけどね。べつに。ところで、なんで呼び出されたのかな?
 最近は、ブルーもカーマインもむやみやたらと暴れなくなって、呼び出し喰らう覚えがないんだけどね。俺の手柄じゃないけどね。ブルーはともかく、カーマインは俺に対しても反抗的だから。

 天高く飛ばされ、落ちてくる幼女を頭の上に受け止める。

「うむ。最近、拾ってくる剣や槍が滞ってるようだが、サボってないか?」

 サボるも何も、あれは趣味の範囲だし、無限に落ちてるわけでも、誰かが補充してくれてるわけでもないんだから、拾いつくしたら、それで終わりなのは当然じゃない?
 そもそも、今までに拾ってきた分だって何年もかけて拾い集めたものなわけだし。

「確かに、その通りではあるが……。探索の範囲を広げるわけにはいかないか? 具体的に言うと、ドルーア地方の内部まで」

 無茶言うな。ドルーアなんて野生の火竜やら魔竜やらが生息してる怪獣王国になんか行きたくないわ。小心者なめんな!

「威張って言うことか! あと、魔竜はマムクート以外確認されていない。しかし、困ったな。予定にない収入があったからと調子に乗って新しい村を増やしすぎて国庫に余裕がないんだが」

 切羽詰ってるわけ?

「今はそうでもない。冬から春にかけて作った村からの税も納めてもらったばかりだしな。だが、想定以上にマムクートの移民希望者が多くてな。このままでは、国庫がカラになる日も遠くない」

 ふーん。ドルーアって、そんなに住みにくいのかねぇ?

「レッドと同じ理由だろう。誰も、好き好んで怪獣王国に住みたくはないということだ。ああ、俺には、その気持ちが良く分かる」

 そう言って、ミシェイルが視線を向けた先には、池にうっかり近づいたカラスを一飲みにするブルーや、客の乗ってきた馬に喰らいついているカーマインの姿。
 うん。ゴメン。この王宮、確実に怪獣王国になりつつあるね。俺のせいで。
 けど、金に関してはどうにもならないよ。闘技場にでも行って稼いでくれば?

「一国の代表が、博打に手を出せるわけがないだろう」

 えー? マルス王子は出してたよ。盗賊王子とか不名誉な呼ばれ方する少年だけど。

「知らん!」

 むう。ならば、新しい産業に手を出すというのはどうだろうか?
 聞いた話では、伝説の竜殺しの神剣ファルシオンは、神竜王の角だか牙だかを組み込むことで完成した武器で、ドラゴンキラーはその劣化武器で、同じように竜の角なんかが使われているのだという。
 そして、この国には、現在多くの竜が飼われている。ということは、ドラゴンキラーを量産することが可能なのではないだろうか?

「無理だ」

 そう。無理だ。あれ?

「材料はあっても、作る技術がない。ついでに言えば、角だの牙だのを竜が簡単に取らせてくれると思うか? それともレッドが提供してくれるか?」

 やだよ。痛そうだし怖いよ。

 くいっと、顔を上に向けると頭の上の幼女が、ころんと転がり背中から尻尾にかけて滑り台のように降りていく。

「そういうことだ。特にカーマインに手を出せば食い殺される可能性が高い。レナも怒るだろうしな」

 レナか。そういえば、ミシェイルはレナに結婚を申し仕込んだりするのかね?

「しない。やったら、国を出て行ってしまうんだろう? カーマインを連れて出て行かれたあげく、敵対でもされれば酷いことになるからな」

 そうか。そうだね。でも、それだとジュリアンのフラグが立たなくなるね。哀れなり盗賊。
 いや、そもそもカーマインがいる時点で、レナがサムシアンに捕まるってことがありえないのか。俺がサムシアンでも、あんな怪獣つれた女の子に手を出そうとは思わないわ。

 まあいいや。用事はそれだけ?

「いや、もう一つある。新しく、マケドニアの保護を求めて来ているマムクートがいるんだが、レッドに任せたいんだ」

 俺に? なんでさ? つか、マムクートの村に住んでる人たちと同じでいいんじゃない? なんで、特別扱い? 金でも積まれた?

「違う。特殊な事情があるマムクートなんだ。バヌトゥ、チキという名前に聞き覚えがあるだろう?」

 ああ。アリティア軍のマムクートだね……。って、まさか!?

「ああ。前にレッドが話してくれた物語に出てきた二人と同じ名前だな。本当に、本人たちなのかは俺には判断できないが、もしもの事を考えると暴走したらメディウスを凌駕するとかガーネフに狙われてるとか、流石に俺の手に余る」

 俺の手にだって余りまくるわ! ガトーに頼め! ガトーに!

「できるか! ガトー様は、たまにしかマケドニアを訪れないし、いたらいたで暴走を恐れてあの娘を封印するんだろうが! そんな可愛そうなことを認められるか!」

 むう。青臭いことを。いや、ミシェイルは、まだそういうことを真顔で言える年齢なのか。
 クライマックス近くでは、「たった一人の少女も救えなくて、世界が救えるもんか!!」なんて主人公セリフを言ってもらいたいね。
 てか、その二人は今どうしてるわけ?

 また尻尾に掴まってきた幼女をポンッと飛ばして空中へ、そして落ちてきたところを、また尻尾で弾く。

「どうもこうも、今レッドが尻尾で遊んでやってるのが、そのチキというマムクートなんだが」

 へ? って、おおぅ!!
 尻尾を顔の前に持ってきたら、そこに緑の髪をポニーテイルにした幼女がいましたよ!?
 翼がありますよ。間違いなくマムクートプリンセスですよ。

「まさか気づいてなかったのか? しっかり遊んでやってたくせに」

 いや、あまりにも自然に尻尾に抱きついてきてたんで、いつも通りの対応を……。
 幼女と遊ぶのが日常とか、どんだけ駄目人間なんだろうね。竜だけど。
 しかし、こんな時期にチキと遭遇するとはね。

 イルカかオットセイがボールでやるように、尻尾でポンポン弾いてやると、幼女はキャッキャッと楽しそうに笑ってます。
 や、これ実際は尻尾でやってるんじゃないんだけどね。そう見せかけて、見えざる手を使っています。でないと、一歩間違えれば幼女の圧殺死体ができるからね。そんな恐ろしいことできません。
 でも、子供はちょっとくらい危険な方が喜ぶので、見えざる手のことは秘密です。おかげで子供には大好評、大人に大不評です。

 たしか、チキにはバヌトゥが氷竜神殿から連れ出してくれた後の10年の人生経験しかなくて、精神年齢もそのぐらいなんだっけ。
 でも、それは暗黒戦争が始まった頃の話だから、今の時点だと頭の中は赤ん坊レベルなのかな? 見た目の年齢はミネルバと大して変わらないんだけど。

 そういえば、なんでチキだけ? バヌトゥはどうしたんだ?

「城の一室をあてがって、休んでもらっている。ここに来るまで厳しい旅だったようだし、そんな危険なマムクートにあちこち歩き回られても困るので、二人とも外にでないようにと言い含めてあったんだが」

 一応、部屋の前には見張りも残したんだけど、どうやってかチキだけ抜け出してきたらしい。
 セキュリティ甘いよマケドニア王宮。

「で、この娘をガトーに引き渡すのか?」

 うっ。ミシェイルの冷たい眼が痛い。幼女の無邪気に見上げてくる視線が心に突き刺さる。

 くそ。面倒みりゃいいんだろ、コンチクショウ。





「……レッド」

 なにかな、ミネルバ?
 なんか、眼が怖いよ。

「その子だれ?」

 うん。俺の頭の上にいる幼女のことだね。この子はチキといってね。ミシェイルに言われて俺が面倒を見ることになった幼女だよ。だから苦情は、お兄さんに言おうね。

 って、なんか浮気の現場を押さえられて言い訳してる旦那みたいだね俺。
 あっ、なんかミネルバが頬っぺた膨らませて怒ってる。いつの間にか、拳大の石持ってる。振りかぶった。投げた。俺の顔にヒットした。

「レッドのバカー!!」

 走り去った。

 あれ? 俺が悪いの? 追いかけたほうがいいの? 謝ったほうがいいの?

 そんな俺を、頭の上のチキはニコニコ笑いながら見ています。



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正直なところ、チキのビジュアルはFC版の方が好きです。
幼女は、色気とかない方がいいと思うのです。



歯医者で保険の利く五千円くらいのから、利かない七万くらいかかるのの中から選ぶように言われた。
言われるまま七万の方と答えたが、五千円のにしときゃよかった。次行った時で変更可能だろうか?

なんにしろ歯に関することは、大変です。そりゃナーガもファルシオン一本しかつくらないわけだ。



[8075] Act.8
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/07/07 20:12
 季節は冬。


 今、俺の背中にはミネルバが、尻尾にはチキが乗っています。
 色々あったけど、二人の幼女は仲良くなりました。つか、元々ミネルバはお姉さん気質の子だからね。チキみたいな子に意地悪とかできないのよね。
 だけど、俺の頭や背中に載るのは禁止のようです。だから尻尾です。変な妥協だよね。

 そんな俺たちは、現在新しい村を建築予定地に座り込んで駄弁ってます。
 いや、本当は仕事で来たのよ。デッカイ岩を片付けたり邪魔な木を引っこ抜いたりね。
 けどねぇ、俺は引き受けた覚えがないんだよね。ほら、公共事業って、職に困った労働者に回してあげるべきでしょ? だから、断ったのよ。べっ、べつに働くのが嫌だったから断ってるんじゃないんだからね!
 なのに、なんでか来ることになったのよね。ミネルバが引き受けたもんだから。
 俺って、完全に幼女のオプションだね。
 まあ、ぶっちゃけ国庫の財政事情が厳しくなって俺に回ってきたんだけどね。
 そういうわけで、ミネルバの監視の下、働いてたわけですが、かなり地味な仕事なんだよね。普通なら、いい汗をかく肉体労働なんだけど、見えざる手を使える俺にとっては、ただの単純作業なんで、監視に来たミネルバもすっかり退屈してしまいました。まあ、子供だしね。

「だからって、飽きるのが早すぎると思います!」

 おや? パオラの声が聞こえてきますよ。空耳かな?

「空耳じゃありません! 聞こえなかったことにしないでください!」

 だってねえ。
 遠いよ君。
 視線を向けると、距離にして50メートルくらい離れたところにある、大人くらいの大きさの岩の陰に隠れて、寒さに震えている幼女がいます。
 こっちに来れば、俺が周囲の気温を調整してるから暖かいのに、そんなに俺が怖いのかねぇ……。
 ……うん。怖いよね。怪獣の一種だもんね。でも、ここに来る時は俺が運んで飛んできたのに、今更怖がらなくてもいいと思うんだ。というか、そろそろ慣れてくれてもいいよね?

 ちなみに、なんでパオラがいるのかというと、三姉妹が本格的に王家の兄妹のお付きになったからです。
 マケドニアの少年王。真なる竜族の能力を使いこなす火竜を従える第一王女。水竜というアカネイアの誰も見たことのなかった竜を連れた末姫。
 三者とも、欠かしてはならない、この国の最重要人物なわけで、本来護衛が必要な子供たちです。それを言ったらカーマインを手なずけたレナもだけど。
 とはいえ、護衛を置けない事情もあります。
 ミシェイルの場合は、城から出ることがほとんどないから護衛の必要性が薄いし、王宮には半ば放し飼いの竜が何頭かいるからね。カーマインはもちろん、他の火竜も見覚えのない人間は餌と見なすんで、不審者はもちろん護衛だって、前もって面通ししておかないと食われる可能性があります。
 ミネルバの場合は、俺がいるからね。空飛んで移動するから、行動範囲がやたらと広い上に、ミネルバが俺の背中に他の人間を乗せるのを嫌うようになったもんだから、護衛を連れて行こうと思ったら、見えざる手で運んでやらないといけないんだけど、前にそれやってたら護衛の人がノイローゼになりました。
 まあ、足場も何もなしで高所の空中を運ばれたら、普通の人なら精神を病むよね。マリアなんかは、物心つく前から慣れてるんで平気だけど。
 言っとくけど、だからってマリアを連れて移動する時に見えざる手で持ち上げて運ぶとかしないよ。お姉さん気質のミネルバは、マリアとか年下の女の子には甘いからね。さすがに空飛んで移動する時は背中に乗るのを許可するよ。マリアとチキと三姉妹限定だけど。レナはカーマインがいるから必要ありません。ミシェイルは、最近頑張って飛竜に乗れるようになりました。理由は、聞くな。
 んでまあ、俺がいるから護衛はいらないだろうという結論になりました。
 んで、マリアの場合だけど、あの幼女、基本いつもミシェイルかミネルバか俺かブルーと一緒にいるんだよね。ミシェイルは、いつも城にいる。ミネルバは城から出る時は、必ず俺と一緒。ブルーも、俺と一緒じゃなきゃ、城内の池から出てこない。そんなわけで、やっぱり護衛は必要ない。

 でも、だからといって、王族を一人にさせておくのもまずいということで、三姉妹がつけられた。
 ミネルバとマリアには、それぞれに歳の近いパオラとエストを、ミシェイルには残りもののカチュアという振り分けである。
 一見カチュアの扱いが悪く見えるが、俺たち怪獣を苦手に思ってる三姉妹の中では、一番恵まれた環境と言わざるを得ない。
 まあ、護衛としては役に立たないけど、王宮の竜たちに好意的に受け入れられてるってのが重要だからね。
 俺の影響だろうけど、王宮の飼育小屋含めた火竜たちの人間に対する好感度は、

 ミネルバ>マリア>チキ>三姉妹>ミシェイル>他(見覚えがある)>【越えられない壁】>他(見覚えがない)>レナ

 に、なってる。
 なんで、レナが一番下かって? 恐れられてるんだよ。カーマインの影響で。



「あの……、誰に説明しているんですか?」
「レッドのいつもの独り言だ」

 パオラの質問にミネルバが答えてくれます。
 いや、考えをまとめてたんだけどね。

「そんなことより、仕事してくださいよ~」

 なんか、パオラが涙目で言ってきてます。うん。ミシェイルは、ミネルバという監視がなければ俺が仕事をサボることも、そのミネルバがこういう地味な仕事だと、すぐに飽きることも予測してました。だから、パオラというお目付け役がついてきたわけです。
 パオラにとっちゃあ災難な話だけど。
 俺としても、幼女を涙目にするのは気が進まないが、それでも守りたいニート生活があるんだー!!
 というか、三姉妹が俺といる時に涙目にならなかったことってないし今更って感じてしまいます。
 ま、俺は平気でもミネルバはそうじゃないんだけどね。

「レッド。仕事して!」

 へいへい。しょうがないので仕事を再開する俺です。あくびをして俺の背中の上で寝転がるミネルバです。尻尾の上で立ち上がって先っぽの方に歩いてみたりするチキです。
 なんか一人だけ働くのって一種の精神的拷問だよね? 退屈な仕事だし。

 パオラーっ、なんか話そうよ。暇だから。

「仕事に集中してください!」

 真面目だねえ。だけど、よそ見して雑談しながらでもできる仕事なのよ。というか、そうじゃない仕事なら俺に回ってきませんよ。ミシェイルは俺がどれだけ働くのを嫌ってるかよく知ってるからね。いい加減なやっつけ仕事で済むようなのしか持って来ません。

 あっ!

「どうしたんですか?」

 急に声を上げた俺に、何があったのかとパオラが尋ねてきます。ミネルバは、オネムなので気づいていません。
 まあ、何があったってほどのことでもないんだけどね。
 ちょっと、冬眠中の蛇を見つけただけだよ。
 パオラに見えるように目の前に持っていったら、悲鳴を上げて逃げ出しました。
 なんで逃げるの? 王宮の怪獣に比べれば可愛いもんだろうに。冬眠してて動かないし。

「だからって、いきなり目の前に持ってこられたらビックリしますよ!!」

 そっかなぁ?
 試しに、立てた俺の尻尾の先で片足でバランスをとって立ってるチキの前に、持っていきます。

「なに?」

 不思議そうに目の前に浮いている蛇を見て、特に驚く様子もなく頭を掴むとブンブン振り回しはじめる。
 うん。子供ってこういうものだよね。台所の黒い悪魔に悲鳴を上げる気の弱い女の人だって、年齢一桁の子供の頃は、平気で手掴みにしてたはずさ。

 しかし、意識のない蛇って鞭みたいで面白いね。そうだ。チキにあのセリフを言ってもらおう。

「ん? べらのむちはいたいよ?」

 そうそう。そのセリフと同時に足元に鞭をビシッとね。

「あっ!」

 どうしたの?

「逃げた」

 言葉通り、にょろにょろチキから離れていく蛇がいます。
 あー、そりゃ振り回してたら目も覚めるか。俺の周囲は暖かいしね。そんで驚いて落としたら逃げたと。
 しょうがない、別のを探すかね。そんでもって、今度こそパオラに……、

「やりません!」

 えー? 将来は飛竜の鞭で華麗にクラスチェンジするくせに?

「すみません。レッド様が何を言ってるのか分からないんですが」

 むう。ひょっとして、ゲームと違って、クラスチェンジはないのかしら。
 まあ、ストーリー的には関わらない部分だしね。しかし、クラスチェンジアイテムがないと、マムクートの防御力90とかバグ技が使えないじゃないか。FC版のみだけど。

「だから、何を言っているのか分からないんですってば!」

 だろうね。まあ気にしない方向で。それはともかく、もう一匹、蛇みつけたんだけど使う?

「使いません!!」

 ワガママさんめ。しょうがない、きみには冬眠中のヒキガエルを進呈しよう。
 ぺにょんとパオラの頭の上に乗るヒキガエル。
 上がる悲鳴。慌てて頭に伸ばした両手で掴み取り、それを投げつける。そして、その先には俺の顔。ビタリと張り付くヒキガエル。

 アンギャーッ! 気持ちワリーッ!

「自分がやられて嫌なことを人にしないでくださいっ!」

 うう……。純真な男の子の可愛いイタズラじゃないか……。

「可愛くありません! 大体、男の子って歳じゃないでしょう!」

 むう。確かに、この身はドラゴンの成獣にして、中身は働かない息子に悩んだ母親が刃物を持ち出しかねない洒落にならない年齢。これで、ちいさな女の子にイタズラとか、普通に警察沙汰になるね。

「分かったら、変なこと考えてないで仕事に集中してください」

 しかたないなぁ、でも、後一回許して欲しいな。せっかく、昨日の内に仕込んだイタズラなんだし。

「まだ、何かあるんですか?」

 何か、半眼で睨んでくるパオラです。

 やだなぁ、可愛い顔が台無しだよそれ。

「どうでもいいです。それより、何をやったんですか?」

 何って言うか、君の隠れている岩だけどさ。

 前触れなく動き出す岩石と、ヒッ、と悲鳴を上げて、そこから離れるパオラ。

 実は、昨日はるばる他所の大陸まで行って、捕獲してきたモンスターです。

 いやーっ、とか言ってパオラがこっちに逃げ込んで来ました。
 うん。アカネイア大陸には、モンスターいないもんね。マムクートは亜人って分類だろうし。得体の知れないモンスターより、見知った怪獣の方がましだよね。お、ミネルバが眼を覚ました。チキも、なんか興味を持ったみたい。

「何あれ?」

 ミネルバが指差す先には、なんか昔話の悪魔みたいな姿をした岩石の体色をしたモンスターがいます。

 うん。あれはガーゴイルと言って、バレンシア大陸に生息するモンスターの一種です。ほんとは、ビグルを捕まえてこようと思ったんだけどね。あっちの方が増殖しまくって面白いから。でも、一晩で捜して捕まえてくるとなると、選んでる余裕がなくて、とりあえず一番に見つけた奴を捕まえてきたわけなのよ。

「ビグルって、どんなの?」

 空飛ぶ、でっかい目玉だね。時間を置くとどんどこ増殖する面白いモンスターだよ。増やしすぎると後始末が大変だけどね。モンスターだから、人襲うし。まあ、今度捕まえてくるから楽しみにしててよ。

「やめてください!! 捕まえてこないでください!!」

 ミネルバに教えてあげてたら、パオラに叱られました。そんな危険な怪物を持ち込んで、この国の人間が襲われたらどうするのかと怒られました。その発想はなかったわ。
 いや、ほら、ゲームプレイヤー視点じゃ、モンスターなんてただの経験値じゃん。関係ない人間が襲われるかもとか一々考えないよ。
 とか言ってる間に、ガーゴイルが、どこかに飛び立とうとしています。まあ、竜みたく俺に服従したりしないしね。

「呑気なこと言ってないで、なんとかしてください。あれが、人を襲ったらどうするんですか!?」

 んー。そうねー。処分しますか。

 見えざる手を伸ばして拘束、でもって、大きく開いた俺の口に運びます。
 ガリガリボリボリ、噛み砕いて飲み込む俺。砂を食ってるような味だわ。
 あ、なんかパオラが引いてる。自分で処分しろって言ったくせに。
 いいけどね。どうせ俺は嫌われ者さ。
 落ち込んでたら、話を理解できてないチキがよしよしと尻尾を撫でてくれます。ミネルバも対抗して首を撫でてくれます。

「えーと、とりあえず、これであの怪物に人が襲われる心配はないんですよね」

 誤魔化すように愛想笑いで尋ねてくるパオラに答えず俺は、空を見上げる。
 うん。いい天気だ。

「あのー、どうして目を逸らすんですか?」

 なんといいましょうか、実は俺がバレンシア大陸で見つけたガーゴイルは6匹いたのです。1匹には逃げられ、1匹は攻撃してきたので、ビビッて叩き潰してしまいましたが、残りの4匹は、きっちり捕獲しました。
 そして、今日ここにいたのは1匹。
 さて、残りの3匹は、どこにいるのでしょう?

「どこにいったんですか?」

 パオラが、半眼になって睨んできます。

 空を流れる雲にでも、聞いてください。





 数日後、アカネイア大陸のあちこちに、見たこともない怪物が現れて人を襲ったという情報がもたらされましたが、マケドニアには現れなかったという話なので一安心です。まあ、獣並みの知性があれば、竜の生息地から離れようとするよね。
 で、まあ、短絡的な人々は、ゴルゴムの仕業だとでも言うように、急にこんな怪物が現れるのはおかしい。マムクートの仕業なんじゃないかと言い始めたようで、マムクートに対する悪感情が膨れ上がっているようです。

 俺のせいかい?



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なんかオチが思いつかなかったので、放置してましたが、外伝にモンスターいたな。よし、オチに使おう。使った。
そんな感じ。
外伝のガーゴイルが動く石像設定のモンスターだったかは覚えてません。



[8075] Act.9
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/07/07 20:11
 季節は春。獣や人や竜やマムクートの活動が活発になる時期である。


 モーゼスは魔竜族のマムクートである。
 マムクートは総じて人間を憎んでいる。人間のマムクートに対する迫害の歴史を知っていれば、それも当然のこと。
 最近は、モンスターを解き放って人を襲わせたなどという言いがかりをつけてくる者もいるし。
 だが、怒りや憎しみは遠くの敵よりも、近くの仲間、すなわち同族に向けられやすいものである。

 モーゼスの心には裏切り者への深く激しい怒りがある。人間を憎む彼は、同族にもそれを求めた。
 だけど、ドルーアに住むマムクートの中から、人間と共に暮らすことを選ぶものが出始めた。彼にはそれが許せない。
 猛る彼は、全てを灰にしてやろうと考える。人間の下につくことを甘んじて受け入れた同族も、彼らマムクートを従属させようと考えた人間たちも。
 そんな彼に同調するものも少なくはない。そうして、彼らは計画を立てる。
 裏切り者を焼き滅ぼしてやろうと決めた彼ではあるが、それが簡単なことだなどは思っていない。
 相手は自分と同じく竜身を持つマムクートなのだ。まともにぶつかれば、自分たちの被害も莫迦にはならない。
 そこで、彼は野生の火竜の群を利用することを考えた。
 数の少ない群れを自分たちで追い立てて、裏切り者たちの村を襲わせる。少数の群でも女子供もいる村に対しては、それなりの被害が見込めるし、何度も繰り返してやれば、その被害は大きくなるだろう。そうして、疲弊したところで、自分たちが乗り込んで全てを灰に変えてやるのだ。
 それでも、こちらの被害が0になることはないだろう。多くの火竜も倒れるだろう。
 だが、それがなんだというのだ。自分たちに正義をなすための犠牲を恐れる心の弱さなどない。野生の獣に堕ちた竜が何頭死のうが、知ったことではない。



 そんな計画を立てた。テロリストの首謀者――モーゼスは、俺の足元で簀巻きになって転がってたりします。

「うおおぉぉーっ! 何故だーっ!」

 何故かと言うと、密告があったからです。こちらの動きを探りに潜入してたマムクートが寝返りました。
 そんなわけで、計画実行日には、火竜騎士団が待ち伏せしてました。さすがは竜騎士の国マケドニア。きっちり火竜を乗りこなしてますよ。つっても、大した働きはしてなかったりするんだけどね。追い立てられてやってきた火竜の群れは、先頭を走ってた奴が火竜騎士団というか騎士団の中にいるカーマインに踏み潰されるのを見て即転進、即逃走を始めました。
 まあね。あんな大怪獣を見たら誰だって逃げたくなるよね。
 そうして帰ってきた火竜の群れとぶつかって、混乱したところで、飛竜騎士団が突入。あっさりとお縄になりました。
 俺は何をしてたって? ちゃんと、見えざる手を使ってテロリストの捕獲を手伝ってましたよ。竜の手の届かない安全な空中からね。だって、怖いし。

 これらの計画を立てたのはミシェイルです。末恐ろしい少年だね。

「おのれショーゼン。卑怯な恥知らずめ」

 モーゼスは、足元で悪態を吐いています。ショーゼンは、こちらに寝返ったマムクート。俺の隣に立ってます。
 言いたいだけ言わせてやってもいいんだけど、まだ仕事が残ってるしね。こちらの用件も伝えておこう。

「あのさあ。マケドニアはドルーアと仲良くしたいと思っているんで、そういう反社会的活動は自重して欲しいんだけど」

 おや? ビックリしたような顔でコッチ見たぞ。

「お前が、あの噂の真なる竜族なのか?」

 うん。そうだね。そう呼ばれてるね。

「バカな本当にそんな存在が……。いや、それよりも何故、真なる竜族が人間などに従っている!?」

 ああ、なるほどね。この人も俺の実在を疑ってたのね。大方、マケドニアがマムクートを従えるためにいもしない偶像を作ったとでも思われてたんだろうね。
 しかし、実在を疑われるってネッシーみたいだね。ネッシーは本当に実在しなかったらしいけど。

 あと、なんで人間に従ってるのかと言われても、飼われてるからとしか言いようないよね。言ったら多分怒るから言わないけど。

「貴様も竜なら、メディウス様の意思に従い、人間を滅ぼすのに手を貸せ!」

 やだよ、そんなの。
 でも、せっかくメディウスの話題を出してくれたことだし、乗っかって話を続けよう。

「そのメディウスを復活させてあげるから、マケドニアとドルーアが不可侵条約を結ぶのに同意してくれないかな」
「メディウス様を復活……だと……。そんなことができるのか?」

 うん。できるよ。

 嘘だけど。
 メディウスは、放っといてもあと何年かしたら復活するからね。それを、俺が真なる竜族の力で復活させたんだって言い張って、マムクートの好感度を上げよう作戦です。詐欺だけどね。はっきり言って。

 マケドニアは、ミシェイルの発案によって、ドルーアのメディウスと不可侵条約を結ぶ方針です。そのためには、メディウスが復活するまでにドルーアのマムクートと友好的な関係を築く必要があるわけで、多くのマムクートを国で受け入れているわけですが、この機会にもう一歩進めてみることになりました。
 現在ドルーアは無政府状態にあるわけだけど、まとめる者がまったくいないというわけでもない。なにしろ、マムクートは人間の姿と心を手に入れた竜だからね。
 人間は集団を作らなければ生きていけない生物なんだから、いくつかの集落はできるし、それぞれを回ってまとめる働き者も出てくる。
 今回テロを起こそうとしたモーゼスも、そういうまとめ役の一人である。
 そこでミシェイルは、そんなまとめ役を務めるマムクートと友好的な関係を築くための交渉を進めることにしました。交渉役は俺。便利に使われてるなあ。

 そんな俺のホラに、モーゼスは深く考え込む。メディウスはマムクートたちにとって救世主といっても間違いのない存在である。それを復活させてくれるのなら一も二もなく頷きたいところだけど、俺を信用していいのかどうか悩んでいるらしい。
 そんなモーゼスにショーゼンが話しかける。

「何を悩む必要がある。レッド様がメディウス様を復活させてくださるというのだ。。断る理由などないはずだ」

 浅はかな人だね。助かるけど。
 モーゼスは、裏切り者が何を抜かすかと言いたそうな顔をしてるけど、反論の言葉が見つからないらしい。
 まあ、モーゼスが同意してくれたとしても、実際に同盟を組むかどうかは復活したメディウスの胸先三寸なんだし、冷静に考えればここで俺の申し出を断る理由はないんだよね。俺が嘘をついてなければだけど。

「まあ、簡単に答えが出せる話でもないだろうし、答えはじっくり考えてからでいいよ。答えを出すまでは解放できないけどね」

 あと、断った場合も解放できないんだけど、言わないでおきます。言うまでもなく分かってそうだけど。




 そうして三日後、俺はドルーアへと旅立とうとしています。
 メディウスの復活と引き換えに、ドルーアのマムクートたちとの不可侵条約がなったようです。
 もう俺の役目は終わったと思ってたら、メディウス復活のお芝居のために現地に行けとか言われました。めんどくせえ。

「しゅっぱーつ、しんこーっ!」
「しんこーっ!」

 背中の幼女二人、ミネルバとチキが、元気良く掛け声をかけてきます。一緒に行く気満々です。いいのか?

「かまわんよ。レッドはミネルバがいないとすぐサボるし、チキは神竜族の王女だ。しかもレッドの庇護下にあるとなれば、マムクートたちも危害を加えてきたりはしないだろう」

 そんなことを答えてくるミシェイルは、飛竜を用意している。この歳で飛竜を乗りこなすんだから大したもんだよね。
 こうして俺たちはドルーア城に向けて飛び立ったのだった。



 そして、到着した。
 行った先には、半ば土に埋まった恐竜みたいな巨大生物の屍。
 完膚なきまでに死んでるね、コレ。
 ここから蘇るっていうんだから、ビックリだわこれ。100年放置されてて腐乱してないってのも別の意味で凄いけど。

「では、レッド様復活の儀式を」

 はいはい。フリだけでいいんだから楽なもんだわ。やることもないし、とりあえず遺骸の状態を探って見ますかね。

 へえ~、面白いもんだね、これ。

「どうしたの?」

 興味津々といった感じで尋ねてきたのはミネルバです。
 チキは屍に釘付けだしミシェイルは空気を読んで何も言わないし、マムクートたちは儀式の邪魔にならないようにと口を開きません。

 この遺体。大地の気、エーギルって言うんだっけ? なんだっていいけど、それを吸収して復活を図ろうとしているみたいだよ。
 しかもこれ、本人だけの能力じゃないみたいだね。

「本人の能力ではないのなら、一体誰の?」

 これは、ミシェイルの質問。さすがに好奇心を抑えられないみたいだね。まあ、ほっといても復活するって感じの事を、俺が口を滑らしたのを誤魔化す意味もあるんだろうけど。

 う~ん。多分だけど神竜王ナーガの加護じゃないかな? なんかチキに似た気配だし、元々メディウスはナーガについて他の地竜と戦ったっていう話だから、神竜王の加護があってもおかしくないよね。しかも、この加護は本来、死からの復活じゃなくて何者にも殺されないように守るためのものらしいね。同じくナーガの加護のある物。例えば、ファルシオンなんかがないと倒せないって効果の。

「レッドの真なる竜族の能力でもか?」

 うん。俺の能力でもメディウスは倒せないね。逆に復活させるのは簡単だけど。

「そうなのか?」

 メディウスの遺骸は、土からしか復活のための生気を生成できないみたいだけど、俺は大地からも流れる風からも日の光からも闇からすら生気を生成できるからね。
 ホラこんな風に。

 試しに、そこらから生気を生み出し人の目にも視認できるように光らせてみる。
 すると、それらは光の玉になり、辺りを照らし、その後メディウスの遺骸に吸い込まれていく。

 あれ?

 光を吸収した遺骸は急速に傷を癒し、再生した四肢がその巨体を揺らす。
 大きく開いた口腔から響く咆哮は世界をすら震わせる。
 開いた瞳は、見る者の魂を恐怖で縛る魔獣の眼光。
 小山のような巨体は、まさに魔物の王の風格を見るものに与える。
 今ここに、かつて一つの大陸をただ一体で恐怖の底に沈めた怪物が復活した。

 あれ? ひょっとして俺、なんかまずいことやった?

 あ、ミシェイルが引きつった顔で、コッチ睨んでる。



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メディウスフライング復活。アカネイア大陸の明日はどっちだ。



[8075] Act.10
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/07/17 20:13
 季節は夏。頭の煮えやすい季節である。


 前回、不測の事態により予定より早く復活してしまった暗黒皇帝メディウス。
 しかし、間違った過程は間違った結果を導き出す。
 本来、老人としての人身を持つはずだったメディウスは、早すぎる復活と過剰なエーギル。そして、幼女と縁の深い俺の力を受けた影響で、幼女の人身を持つマムクートとして蘇ってしまったのだ。
 さらに、人の魂とは肉体に引きずられやすいもの。幼女の肉体を持ってしまったメディウスは、幼い精神でもって、生まれたての雛のような感じで自分を復活させた俺に懐いてきたのである。

 なんてことはなかった。



 見上げれば、そこには抜けるような青い空と白い雲。特に意味もなく思いついた妄想とは何の関係もなく、海に行きたいという幼女たちの願いに答えて、やってきた夏の海。
 ついでに、浜辺に打ち上げられた鯨のように、だらしなく寝そべった俺の頭の上には、青い髪をポニーテイルにした一人の幼女。
 ああ、日で焼けた砂が気持ちいい。

 メディウスは本当はどうしたって? 無事復活したよ。ちゃんと老人だったよ。
 でも、即帝国再興、即暗黒戦争とはいかなかったみたいだね。
 何しろ、ドルーアの主戦力であるマムクートが大量にマケドニアに流出してるからね。軍事力が圧倒的に不足しております。
 ぶっちゃけ、マケドニアだけで潰せる程度の軍事力とかしかないのよ。
 つっても、マケドニアとしては、ドルーアと戦争なんかしたら国民に迎えた多くのマムクートから反発が出るし、そもそもドルーアと戦争をしないためのマムクート受け入れ政策なんだから、やらないけどね。
 そんなわけで、メディウスは、帝国再興のために大忙しです。大忙しのはずなんだけどなあ……。

「どうしましたレッド殿? いい天気ですぞ」

 話しかけてきた声の主の方に顔を向けると、そこには海パン一枚の老人、メディウスが、やたら友好的なイイ笑顔をこちらに向けてきていた。
 いや、なんでファンタジーな世界に海パンがあるのかとか、老人のクセにビルドアップしたいい体してんじゃねえとか、ポージング決めんな筋肉ピクピク動かすなきめぇとか、突っ込みたいことは色々あるけど、なんで帝国復興に忙しいのに皇帝が海水浴に来てるんだよ爺さん。
 頭の上の幼女は、なんか嬉しそうに爺さんに手を振ってるけど

「ハッハッハッ、皇帝といえど人の子。たまには羽を伸ばしたくなることもあるのですよ」

 竜だアンタは。
 それと、不可侵条約結んでるからって、同盟国でもない他所の国の王族の慰安旅行についてくるってバカなの? 死ぬの?
 というか、このジジイ、こんな明るい性格だったか? 極端から極端に走る、融通の利かない根暗親父だと思ってたんだけど。

「うむ。ワシも人間など滅んでしまえと常々思っていたのですが、それは元々は人間を信じていたことの裏返し。信じていたからこそ裏切りが許せなかったというやつで、心の奥底には人を信じたいという熱い想いがあったのですよ」

 熱い主張はいいから顔近づけんな! 暑苦しい。

「そして、マムクートですらない真性の竜であるレッド殿とマケドニアの王族の間にある友好的な関係に、ワシは気づいたのです。これこそが、本当にワシが求めていたものだと」

 そりゃよかったな。なら、さっさと国に帰って人間との融和政策でも図ってればいいじゃん。

「そうしたいのは山々ですが、信用に値する人間が少ないという考えは変わりませんので。だから、まず信用に値する人間との親睦を深めようと考えてここについて来たわけです」

 そうかい。迷惑だから帰れ!

「はっはっはっ、ご冗談を。大体、ワシと親睦を深めることは、そちらにとっても損はないことですぞ。マムクートの移民を受け入れているマケドニアとしては」

 ニヤリと笑うメディウスの顔は、やはり皇帝を名乗るに相応しい政治家の顔で……。しかし、マケドニア王宮に住み着いているだけのニートの俺には意味がなかったりするのだ。
 さて、なんと言って追い返してやろうかと思っていると、なんかボールが転がってきました。
 布を丸めて縫いこんで作ったビーチボール代わりの球体です。

「れっどーっ、じーじっ、とってー!」

 呼びかけてきたのはチキです。出会いが敵対的じゃなかったからか、この幼女はメディウスにも普通に懐いています。一国の皇帝相手にジジイ呼ばわりとか大丈夫か? と思ったりしましたが、考えてみればチキは血筋的にはマムクートの王を名乗っても良い存在。対してメディウスは、かつて神竜王ナーガの下にいた者。特に問題はないようです。むしろ一介の飼い火竜の俺の方が問題があるかもね。

「よーし、ワシとハイドラも入れてくだされー!」

 俺の頭の上に乗ってた幼女を抱き上げると、ビーチバレーだかドッチボールだか分からないボール遊びをしている幼女たちの中に、ボールを持って走っていく自重しないジジイ、メディウス。
 なんか、幼女たちの中に自然に紛れて遊んでて、メディウスを見て嫌な顔をするもう一人の自重しないジジイ、バヌトゥがいたりするけど、見なかったことにしよう。

 ハイドラって誰だって?
 メディウスの娘さんらしいよ?
 なんでも、早くに亡くしてたんだけど、早すぎる幼子の死が悲しくて、屍を常に身近に置きたいってことで、メディウス本人の遺体のあった城の玉座の傍に安置してたんだと。
 それで、俺がメディウスを生き返らせるのに集めた生気が、そっちの屍にも流れ込んで、ついでに蘇ったんだとさ。
 メディウスが、やたらと友好的な理由の一つがこれだったりする。まあ、死んだ家族が生き返ったら嬉しいよね普通。
 ちなみに、蘇った時は地竜の姿だったよ。てか、マムクートになった地竜はメディウス一人きりだったからね。
 で、そのままだと知恵を失い獣のようになるところを、俺がハイドラから竜の力を抜いて竜石にしてマムクートにしてあげました。
 なんで、他人はマムクートにしてやれるのに、自分は竜のままなんだろうね? 俺。
 それに、自分に死者を蘇らせる力があろうとは思わなかった。真なる竜族はチートすぐる。
 つっても、竜限定っぽいんだけどね。試しに餅を喉に詰まらせて死んだ王様生き返らせようとしたら、ゾンビになったしね。
 いや、あの時はビビッた。つい即座に火葬してしまったよ。証拠隠滅とか言うな。

 ちなみに、球遊びをしているのは、ミネルバ、パオラ、レナ、チキ、バヌトゥの五人。
 さっきまで、ハイドラを頭に乗せてた俺にミネルバが不機嫌そうな目を向けてくるけど、すぐに目を逸らした。俺が謝り倒すまで無視を決め込むつもりのようですよ。
 文句なら、ハイドラに言って欲しいんだけどね。俺が仮眠を取ってたら知らない間に登ってたんだし。
 ミシェイルは、俺が寝る前は一緒に遊んでたけど、政務の疲れを取りに来て、疲れていては本末転倒だと言ってリタイアしたそうです。今は、木陰で休んでいて、カチュアがついてる。
 なんか幼馴染みフラグを感じるな。そういえば、俺にも昔は幼馴染みの女の子とかいたよなぁ。中学に入る頃には、汚物を見るような眼をされるようになって疎遠になったけど。

 マリアは、エストと一緒にブルーに乗って沖の方に行って帰ってきてない。
 なんか出港する時に、エストが助けを求めるような顔してたけど、俺にマリアは止められません。

 カーマインは、五人の傍で、でっかい魚を食ってる。
 うん。ホントでっかいよ。パンダみたいに白黒の模様のある魚だよ。なんか、哺乳類っぽいけど、気にしなーい。それ以前にどうやって捕まえてきたんだよ。火竜が、そんな水棲動物をとか考えたくないし。



 そんな事を考えてたら、マリアとエストを乗せて、沖に行っていたブルーが人を咥えて帰ってきました。気絶してます。海で拾ったそうです。海のどこで拾ったかは聞かないことにします。なんか、海に浮かぶ木で出来た箱に落ちてたのを拾ったとか言われたくないしね。マリアは、船とか見たことあっただろうか?
 とりあえず観察する俺です。よく日焼けしたマッチョメンです。斧とか持ったら似合いそうなおっさんです。
 お? 目を覚ました? コッチ見た。

「うおっ! なんだお前ら! 俺なんか食っても上手くないぞ!」

 急に失礼なことを言い出すおっさんだ。俺もブルーも人なんか喰いませんよ。カーマインは人喰うけど。

「いいから離せ!」

 俺に言われてもねー。
 ブルーに眼を向けてみたら、キューンとか鳴きながら上目遣いでこっちを見てきます。離したくないようです。てか、子犬とか小動物なら可愛いんだろうけど、こええよ怪獣にそんな仕草されても。
 なんて、思ったのは俺だけじゃないようで、エストとおっさんの顔が、ひきつってます。

「レッドっ! ブルーをイジメちゃだめでしょ!」

 マリアは、違う意見のようです。怒った顔でコッチ睨んでます。俺が悪いのか? あと被害者のおっさんにも、その優しさを分けてあげるべきだとお兄さんは思うぞ。

「お願いします。離してください。喰わないでください。改心します。もう足を洗いますから」

 おっさん涙目です。というか、足を洗うって何さ?
 尋ねてみたら、いったん口ごもったあと言いにくそうに自分は海賊だと白状しました。
 海賊といっても、別に海賊王を目指していたわけではないようです。獲物を探して、この辺りの海を巡回していたらブルーに遭遇して、そのまま連れ去られてきたらしいです。なんとなく名前を聞いてみたらダロスでした。ガルダの海賊です。
 なんで、こんなとこに出没してんだよ! あんたら、タリスとか、そっちの方を縄張りにしてる海賊だろうが!

「海賊も縄張り争いが厳しくてね……」

 なんか、遠い目をするおっさん。いや、海賊の事情なんてどうでもいいんだけどね。

「この辺りの海を縄張りにしている海賊はいないと聞いて、はるばるやってきたんですよ」

 ほほう。この近海には海賊がいないとな?

「へえ。なんでも、この辺りには海の魔物が住んでいて、近くを通った船は沈められるとか言われてまして。そんな話を信じていたわけでもないんですが、実際この辺りに来た船が帰ってこなかった例が幾つもあるってんで、海賊も近づかなかったんですが」

 ふんふん。

「二年ほど前から、その魔物が出なくなったらしくて、この辺りを通る船が増えだしてるんでさ。しかし、まさか海の魔物が本当にいて、しかも遭遇してしまうなんて……」

 嘆くように、コッチを見てくるおっさん。って、俺かよ!
 俺は、海になんか滅多に来ないし、船を襲ったことなんかないぞ。
 って、ん? なんか、急におっさんの青かった顔色が、土気色になってきたぞ?

「竜が喋った!?」

 今頃っ!?

「レッドは、真の竜族だから話せるんだよ」

 何故か、得意げに胸を張るマリア。ところで、それマケドニアやドルーアじゃ有名な話だけど、他所の国には秘密なんだけどね。アカネイア聖王国に知られたら変に因縁つけられそうだからって。

 そんなわけで、おっさんを生かして帰すわけにはいかなくなりました。

「なんでだ!?」

 運が悪かったんだね。まあ、通り魔にでも刺されたと思って諦めてください。

「無茶言うな!」

 むう。ワガママなおっさんめ。どうせダロスなんて、敵のターンに話しかけてきて味方のターンになる前に死んだり、海のどっかに置き忘れて敵の増援に倒されたり、デビルアクス装備してうっかり即死したりして、生存率の薄いユニットじゃんよー。
 てか、将来アリティア軍に入りそうなおっさんなんか生かしておこうなんて思わないよ俺。

「言ってる意味は分かりませんが、つまりレッド様が、この海賊を始末するんですか?」

 え? なんで?
 驚いて発言者を見たら、そこには人を殺すなんて無理そうなエストがコッチを見ていた。視線を転じると、やっぱり、なんの話しをしているのか分からないらしいマリア。更に視線を移すと、球遊びに夢中でコッチに気づかない七人と、寝入ったミシェイルに、その髪を撫でる歳不相応に包容力を感じさせる目をしたカチュア。

 はっ!! 俺か! 俺しか、いないのか!?
 俺に、人の命を奪う覚悟なんかありませんよ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって言うしね。一般的日本人には、殺したり殺されたりの覚悟なんて持ち合わせはありませんよ。
 ニートを一般的日本人とか言ったら、勤労精神に富んだ労働者の人に殴られそうだけどね。

 ということで、こうしよう。

「何が、というわけなんですか?」

 そこは、流せよエスト。
 俺は人殺しになりたくねえんだよ!
 人の死肉の味を覚えて竜の獣性が目覚めて、ウメーウメーとか言いながら蛍石を喰う邪気眼持ちになったら大変だろう!

 あっ、なんか可哀想な子を見る眼を向けながら、マリアに何か吹き込んでやがる。恐怖に満ちた眼で見られるのも嫌だけど、その次くらいに嫌だわその眼。
 もういいや。ダロスに考えてたことを言おう。単に、海賊やめてマリアに仕えろ。ってだけの話だけど。

「マリアって、この嬢ちゃんですかい? そういえば、アンタらは何者なんですか?」

 今更、そんなことを尋ねてくるダロス。そういえば、名乗ってなかったか。と思ったら、エストが説明役をかってでてくれた。でも、ブルーに咥えるのよ止めるようには言わないのね。

「わたしは、マケドニア王宮に仕える者でエスト。そしてマリア様は、マケドニアの第二王女様です」

 その言葉に、ビックリした様子で、ブルーの頭の上にいるマリアを見上げるダロス。まあ、いきなり王女とか普通驚くか。

「俺が王女様に仕えるんですかい? 俺は、一介の海賊ですよ?」

 鳩が豆鉄砲で撃たれたような顔になるダロス。うん、そりゃ驚く。
 でも、俺にも選択肢はなかったりするんだよね。人殺すのなんて俺には無理だし、かと言って逃がすわけにもいかない。ミシェイルやメディウスに、コイツ殺してくれって引き渡すのも人としてどうよ? って思うしね。人間辞めて何年も経ってるけど。
 信用に値するかって言えば、海賊、盗賊、女に説得されて裏切る用心棒、敵国の王女、マムクートの混合、アリティア軍に属して裏切らなかった人材だしね。単に、そういうシステムのないゲームだっただけという気もするけど。
 それに、マリアのお付きで元海賊って、結構拾い物だとも思うんだよね。水竜のブルーについていける兵士とかいないし。海賊は水の上を歩けるユニットだし。個人的に、死んでも惜しくないし。

「なんで目を逸らすんですかい?」

 気にすんな。
 あれ? そういえば、どうやって水の上を歩くんだろう? 忍者みたいに水蜘蛛を履くのか? ちょっと、聞いてみます。

「なんですか? 水蜘蛛って。水の上歩くとかできるわけないでしょう」

 えー? 俺にだって出来るのに?

「バ、竜と一緒にしないでくだせえ」

 今、バケモノって言おうとしたね。畜生、ちょっと自分が人間だと思ってバカにしやがって、きっと人間とマムクートはこうして反目していったんだな。

「間違ってはいないだろうが、レッドは大げさにすぎるんじゃないか?」

 うぬ? この声はミシェイル。寝てたんじゃないのか?

「人が寝てるそばで、大騒ぎしておいて、それを言うのか?」

 ちょっぴり不機嫌そうです。まあ、安眠妨害なんかされたら俺でも怒るけど。

 まあいいや。この頭悪そうな海賊マッチョメンをマリアのお付きにさせようと思うんだけど、どうかな?

「マリアは、どう思ってるんだ?」
「ん? いいよー」
「なら、構わん」

 おお、ハイスピード採用。俺が言うのもなんだが、警戒心なさ過ぎじゃないか?

「自分から売り込みに来たのなら、俺も警戒したさ。だけど、ブルーが拾って来たのなら何かの企みということはないだろう」

 アバウトなんじゃないかと思うのは俺だけかい?

「喋る真竜だの、新種の水竜だの、ありえない大きさの火竜だのを王宮に住まわせることに比べれば小さなことだ」

 まあ、そうかもだけどさぁ。相手は海賊だよ。犯罪者だよ。人間のクセに人間のルールを破ってる社会不適合者だよ。

「なんか酷い言われようなんですが」
「お二人の会話は、聞き流したほうが健康にいいですよ」

 む、エストがダロスに、歳に見合わない悟ったことを言ってる。

「というか、俺はお姫様に仕えることに同意した覚えがないんですが、その辺りは無視ですかい?」

 ごもっともだ。ところで、海賊って捕まったら普通どうなるんだっけ?

「大抵は縛り首だな。足を洗ったからと言って、これまでの罪状が消えるわけでもないしな」
「誠心誠意、お仕えさせていただきやす」

 騎士のような膝をつくポーズをとるダロス。変わり身はえーな。ブルーの口に咥えられたままなんでマヌケに見えるけど。

「んー? これで、このおじさんと遊んでいいの?」
「ああ。好きなだけ遊んでいいぞ」

 わーい、と歓声を上げたマリアに命じられて、また海に漕ぎ出すブルー。急加速で海に飛び込まれて悲鳴を上げるエスト。
 ブルーの口にぶら下げられたままのダロスは生還できるんだろうか?

「さあな。俺は、もう一眠りさせてもらう」

 言って、ゴロンと寝転ぶミシェイル。本人、自覚してるのか実に自然にカチュアの膝枕の上に頭を乗せやがった。
 うおっ、殴りてえ。
 とか思ってたら、ポコンと頭に何かがぶつかってきた。
 なんだ?

「レッド殿も参加しませんかーっ!」

 この暑苦しい声は、メディウスか。ということは、頭に当たったのはボールか。
 というか、竜の俺にどうやってビーチバレーをやれと? ミネルバの機嫌も直ってないみたいだし。



 やりました。なんかアシカかオットセイの気分が味わえた夏でした。



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読者の皆さんの予想の斜め上を行こうと思ってみました。
ちゃんとできてるかな?

ハイドラ
 メディウスの娘。当然地竜。
 チキが生まれるより前に死んでいたので、生年月日だけを見れば年上だが、死んでた期間を引くと年下になる。
 なんか、メディウスを幼女にしてほしいみたいな感想が多かったが、今更タイトルにTS表記するのもねえ。と思ったことから誕生したキャラ。



[8075] Act.11
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/09/20 10:54
 季節は秋。実りの季節である。



「くそっ、無事でいてくれよ!」

 苛立ちと共に、私は馬を走らせる。そうしなければならない理由がある。
 私には、守らねばならない子供が二人いる。
 血縁関係はない。ただ、守らねばならぬ使命を持つ対象。
 その二人が、森に向かったと聞いたのは、つい先ほど。
 馬鹿なことをと私は思う。
 このバレンシア大陸には、大陸の各所に人を襲う魔物が生息する。
 この近辺には、私に勝てるほど危険な魔物は存在していない。
 しかし、幼い子供たちにとっては、充分な脅威になる。あの子たちでは、ゾンビ程度のモンスターにでも、出会えば命がないだろう。
 だから駆ける。風のように疾風のように。
 だが、この時、私は焦りすぎていたのだろう。何故、二人が森に行ったのかを深く考えることを放棄していたのだから。
 そして、この短慮の報いを私はすぐに支払わされることになった。

 二人の子供たち、アルムとセリカが森に向かったのは、見たこともない大きな鳥を見たからだという。
 一時、村の上空を旋回した大きな鳥を、人々は村を襲いに来たモンスターではないかと恐れたが、その鳥はしばらくして近くの森へと飛び去った。
 それを見て、アルムたちが何を思ったのかは想像がつく。
 好奇心旺盛な年頃の二人だ。正体のつかめない巨鳥を見てその正体を確かめたいと考えるのは必然と言ってもいいし、もし村を襲おうとしている魔物だったらと考えてしまえば、正義感の強いアルムは何とか退治しなくてはと向こう見ずにも魔物を捜しに行ってしまうだろう。
 だが、それは間違った選択肢。
 魔物は、人を容易く害するからこそ、そう呼ばれるのだ。子供の手で退治できるほど簡単な相手ではない。

「私が行くまで無事でいてくれよ」

 祈る神などいないと知っていて、それでも祈ってしまうのだから、人とは業の深い生き物である。
 そうして、森に辿り着いた私は、それと遭遇する。
 巨大な体躯を誇る怪物。この大陸では、すでに死に絶えた旧き種族。神々とすら同格とされる最強の魔物であるドラゴンと。

 それが、人の身で打倒しうる存在なのかは私にはわからない。
 本来なら、そんなものと戦うような冒険は私には許されていない。
 だが、そこには、ドラゴンの傍には、あの子たちがいた。
 アルムとセリカ。私の命と引き換えにしてでも守らねばならぬ、重い宿命を背負った子供たち。
 強大な怪物を前に、恐怖で足でも竦んでいるのか、棒立ちになっている二人に、私は逃げるように叫び、ドラゴンに突撃する。
 この大陸には、ドラゴンゾンビというドラゴンの死骸から作り出された魔物が存在する。
 私も戦ったことのあるそれと、眼前のドラゴンが同じ戦い方をするものなのかどうか私は知らぬ。
 だから、私は最初の一撃に全てを賭ける。
 馬を加速させ、槍を構え、ドラゴンがこちらに攻撃の意志を持つ暇すら与えずに突撃する。
 その一撃で倒せると思うほど、私は楽観主義ではない。
 だれど、ある程度のダメージは与えられるだろうし、これで傷を与えることも出来ないようなら、そもそも勝ち目などない。ならば二人の逃げる時間を作れればこの命も無駄にはならない。



 これが、出会いがしらに槍持って俺に突撃してきたのを、気絶させて捕獲したオッサンの思考を読んだ結果である。
 人の心を読むとか、そんな能力いつ使えるようになったのかって?
 さあ? なんとなく出来そうな気がしたんで、実験してみたら出来ました。男は度胸! 何でも試してみるもんさ。
 つか、メディウスを復活させた時から、色々とできることが増えたんだけどね。

「じいちゃん、大丈夫かな」

 土の上に寝かされてるオッサンを覗き込みながら、男の子が言ってます。
 むう、この子が外伝の主人公のアルムだったとは驚きだな。同名の別人とかじゃないよね?
 ちなみに、なんで俺がバレンシア大陸にいるのかというと、そこには深くて広い理由があります。

 あれは、そう今日の早朝、日が昇ると共にチキが遊びに来た時の話である。





「暇だな」

 そう呟いてみる俺に、突っ込んでくれる者は誰もいない。何故って、俺以外にはチキしかいなくて、そのチキは俺の尻尾に微妙なバランスで立とうという不可解な遊びに夢中だから。
 秋といえば収穫の季節であり、国民の多くにとって、冬に備えなければならない忙しい時期なのだが、ニートである俺には関わりのない話である。
 ただし、困ることもある。みんな忙しくて俺に構ってくれないから暇なのだ。
 働くのは嫌だが、暇なのも困る。悩ましい問題だね。
 なんで、この世界にはネットがないんだろう。テレビゲームでもいいんだが。
 そうだな、今からゲームを開発するとして……。うん、無理。専門家じゃないんだから、現代日本の電気機器とか再現できねえ。
 チクショウ。なんで、この世界には適当に概要を言ったりサンプルみせるだけで農業だろうが工業だろうが再現してくれるチートな職人がいねえんだよ。
 サンプルないけど。

 むう、しかし暇すぎる。
 チキ以外の幼女たちも遊びに来れば、暇も潰せるというか、忙しいくらいになるんだけど、最近はあんまり来なくなっちゃってるんだよね。
 人は誰もが、いつまでも子供のままではいられない。
 いいかげん幼女と呼ぶには無理のある年齢のミネルバは、現状の王位継承権第一位の身分なわけで、ミシェイルの政務の手伝いをさせられています。
 今のところは、邪魔にしかならないみたいだけど、こういうのは経験が物を言うからね。先王が死んでいきなり、きちんと政務を取り仕切れたミシェイルが異常なだけなので、ミネルバには少しずつ仕事を覚えてもらっている状況らしい。
 そんなわけで、ミシェイルとミネルバは政務。パオラとカチュアは、そのお手伝い。
 そういえば、ずいぶん前からミシェイルの秘書みたいなことをやってたカチュアは、ミネルバよりも手馴れているらしく、「もう次の王様はカチュアでいいじゃない」なんてミネルバが愚痴ってたな。
 それはつまり、カチュアはミシェイルと結婚して王族になれってことだよな。フラグか! フラグなのか!
 と思ったのは、俺だけだった。
 色気のない少年少女たちめ。思春期になったら、過去の言動を恥じ入るがいいわ。

 それは置いといて、マリアも王位継承権第二位なので実務には携わらないまでも勉強中。ついでにエストもね。
 レナは、カーマインを連れて火竜騎士団で訓練中。将来は騎士団長を目指しております。いや、レナ本人は階級とかどうでもよさげなんだけど、カーマインが誰かの下につくのを嫌がってるんだよね。
 だもんで、指揮官訓練とかやってます。それでいいのか、いい歳した騎士団のオッサンたち。
 俺なら絶対に……。うん、カーマインが怖くて、逆らう気になんかならないわ。
 ついでに、バヌトゥもいない。あの爺さん、無駄に長生きしてて物知りだし、ガトーの下でチキの見張りとか任されるだけあって昔は、それなりに身分の高い竜だったらしい。今の時代のマムクートに関係があるのか疑問だったんだけど、この国に移住したマムクートのまとめ役として働いてもらってますよ。
 ハイドラはどうしたって? あの幼女、メディウスの娘だよ。他国の皇女とか、いつもいつも遊びに来るわけないじゃん。

 というわけで、ただでさえインドア派で屋外での暇の潰し方を知らない俺は、誰も遊びに来てくれない現状暇を持て余しています。
 チキは、いつの間にか尻尾で遊ぶの止めて、石とか枯れ木とかひっくり返して、ダンゴムシなんか捕まえて一人で遊んでるしね。
 石の裏に、びっしり張り付いた虫とか普通に気持ち悪いと思うんだけど、子供には楽しいらしいね。

 何はともあれ暇である。バレンシア大陸にでも、また悪戯の種でも捕まえに行こうかしら。

「ばれんしあ?」

 一心に虫を捕まえていたチキが顔を上げて尋ねてくる。
 まあ、子供には聞きなれないよね。というか、他所の大陸の名前なんて、子供じゃなくても普通は知らないか。この世界の文化水準的に考えて。

 バレンシア大陸というのは、ここアカネイア大陸には存在しないモンスターが何種類も存在するビックリ大陸で、神様までいるんだよ。

 説明してあげると、チキも興味津々な顔になる。
 そういえば、ミラとドーマって何者なんだろ?
 いや、神だってのは分かってるんだけど、そんなもん他の大陸にはいないよね?
 竜よりも高位存在って感じもしないし、本気で何者?
 ま、どうでもいいか。

「あそびにいくなら、はいどらとあそびたい」

 何を言いやがりますか、この幼女。
 ハイドラは他国の皇女だよ。勝手に連れ出したりしたら、国際問題だよ。
 なんて言っても通じないんだよね。これだから子供は……。
 まあ、神竜、地竜の違いはあっても、唯一の同族の子供なんだから一緒に遊びたいって気持ちも分からなくはないんだけどさ。
 ここは、そうだな。

「バレンシア大陸で、面白いものを拾ってハイドラにお土産を送ってあげないかい」
「おみやげ?」
「そう。よく俺とミネルバも、出かけた時はチキにお土産を持って帰ってるだろ」

 行った先の特産品の食べ物とか、海で拾った貝殻とか、この辺では見かけない動物とか。
 一人で遊びに出かけて、他所の大陸から野生の虎を拾って帰ったときは、ミシェイルに説教されたけどね。
 いや俺、怪獣だし虎くらい子猫みたいにしか感じなかったのよ。噛まれても引っかかれてもダメージが鱗を通らないしね。
 いいじゃんよー。この王宮怪獣ぱっかりで小動物が欲しかったんだよー。まあ、言い訳ですけどね。
 その虎はどうなったって? 察しろよ。この王宮にいる竜は、知ってる人は襲わないけど、家畜とかを平気で捕食するんだよ。弱肉強食、野生の掟は残酷です。

 少し考えたご様子のマムクートプリンセス。

「うん。そうするー」

 と、ご満悦。
 うん。子供は人の真似するの好きだからね。チキも、お土産を渡す側になりたかったんだろうね。

 かくして、我々は遠くバレンシア大陸まで遊びに出かけたのでした。




 バレンシア大陸の人々にとっては迷惑かもしれないけど、俺がこの大陸にくるのは初めてではない。
 引き篭もりのオタがどうして? と思われるかもしれないが、いくら俺でも何年もの間ネットも漫画もない世界で過ごしていれば、どこかに出かけようという出来心に惑わされることもある。
 とはいえ、土地勘もなければ知人もいない。遊びに行くあてもなく出かけて、周囲の人をパニックに陥れるのも本位ではない。そんなことして帰ってきたらミシェイルに説教されるし。
 そこで考えたのが、他の大陸に遊びに行くことである。
 遠いから、空を飛んでるだけでも時間を潰せるし、そこの住民をどれだけ脅かしたとしても、マケドニアには何の影響もないし。
 アカネイア大陸とバレンシア大陸の関係はまずくなるかもしれないけど知ったことじゃないというか、俺のせいだとばれなきゃいいのよ。
 竜なんていくらでもいる生き物なんだし。

 そんで、さすがに人里に下りる度胸のない俺は山に降りて、「違う大陸でも山の中は似たようなもんだなぁ」と感慨にふけっていたところで、二人の子供、アルムとセリカに出会ったわけなのです。



「鳥じゃない?」

 そんな呟きに目を向けてみると、そこには二人の少年少女。
 少年は、木の棒を剣のように構えこちらを見据え、少女はその後ろに隠れるように身をすくめている。

 ああ、知ってるぞこの状況。マケドニアでもたまにあったよ、悪い竜を退治しようとする勇気ある少年と、それを心配してついてくる少女の図。
 微笑ましいよね。
 なんて、思わねえよ! なんの疑問もなく人を悪の怪物に断定してんじゃねえよ! しかも女の子連れとか、見せ付けてんじゃねえよ! 嫌がらせか!
 とか言ってやりたいけど、言ったら殴りかかって来るんだよな。別に木の棒で殴られても痛くも痒くもないんだけど、問答無用で殴りかかられるってのも一般人としては、ちょっとした恐怖だからね。
 とか思ってたら、ほんとに棒を振りかぶって殴りかかってきやがった。
 あー、もうメンドクセエ。喰ってやろうかしら。
 冗談ですよ?
 カニバリズムに走れるような根性は俺にはありません。日本人は殺人や傷害を禁忌と感じるように教育された人種です。殺人上等の世界に飛ばされたからと言って、簡単にそっちに適応するようなのは、元々社会不適合者に違いないのだと俺は信じています。そう、俺が特別ヘタレなわけではないのです。

 ゆらりと棒を持ち上げる少年の姿は、なんというかさまになっていた。
 ……ような気がする。
 いや、俺、剣術とか知らないしね。このガキが、ちゃんと剣を習ってるのかどうかとか分かるはずもないのです。

「たあっー!!」

 掛け声を一つ上げ、剣を振りかぶり走ってくる少年。
 ここで、一発火を噴いて焼き殺したらヒンシュク買うだろうな。誰にとか聞かないように。
 そもそも、こんなことで人殺しの前科者にはなりたくない俺です。
 そんなことを考えてる間に、ポコンという音を上げて俺の前足に当たる棒。本当は頭を殴りたかったみたいだけど、届くわけもないのでした。
 なんか、ファンタシースターオンラインのドラゴン戦をエネミー視点でみてるような気分だわ。
 まあいいんだけど、無駄だと思って諦めてくれればいいのに、何でしつこく殴ってくるかな?

「逃げろー!」

 そんなことを叫んだくせに、ポコポコ殴りつけてくる少年の視線は、俺の首を微妙に逸れて、その後ろに向かっていた。
 なんぞ?
 少年と一緒に来た女の子は、こっちじゃないよなと振り向いてみたら、そこには元気に走り回る緑の髪の少女の姿が。
 なにかね? この少年は、チキを助けようと思って俺に殴りかかって来ていると?
 この少年はモテる。今はどうか知らないが、将来は確実にモテると見たね。よし殴ろう。
 と思ったら、呼びかけられたことに気づいたチキが、「なに?」と、こっちに走ってきた。
 少年が「バカ! こっちに来るな」とか言ってるけど、従うわけないよね。というか、チキには遊んでいるようにしか見えないだろうし。
 木の棒持った子供がいくら殴りつけてきても、竜相手に傷一つつけられるはずがないし、俺が子供に乱暴するはずがないってチキは知ってるしね。

 てってってーっ、と走るチキは、そのまま俺の尻尾に足を乗せ、ってオイ。
 尻尾の先から登っていき、背中を越え首を二本の足だけで駆け上がり、頭にまで到達する。

「なに?」

 怪獣の頭の上から、そんなことを言ってくる女の子を見たら、そりゃ驚くよな。少年は、ポカーンとした顔をしてるよ。
 ああ、でも俺も子供の頃はガメラの頭に乗ってみたいと思ってたな。ゴジラの方が好きなんだけど、人間を頭の上に乗せるような怪獣王は見たくないというか、そんな感じのこだわりがあるから。
 いや、どうでもいいか、そんなこと。

「危ないぞ! 早く降りるんだ!」

 チキを指差して叫ぶ少年。
 いかんなあ、人を指差しちゃあ。とはいえ、言ってることは正しいね。

「そうだぞ。そんな高いところに立ちるとか落ちたら危ないぞ」
「だいじょうぶーっ、おちそうになったら、れっどが、みえないてで、たすけてくれるからーっ」

 そりゃそうだけどさ。最初から人に助けてもらうことを考えて行動するとか、いかんだろ。

 言ってみたら、「なんでー?」などと首を傾げる幼女。
 可愛いなチクショー。
 いや、俺ロリコンじゃありませんよ? 小動物的な可愛さって奴ね。
 しかし、自分の頭の上が見えるとか、どんどん人間離れしていってるな俺。かなり、今更な感慨だけど。
 そんなことを考えてたら、少年が棒を振るのを止めて、ぼけっとした顔でこっちを見つめていた。なんぞ?

「お前、喋れるのか?」

 そりゃ、喋れますよ。一応、知恵持つ真なる竜族とか呼ばれている立場なわけだし。

「真なる竜族?」

 あー、竜は元々人よりも高い知能を持ってたけど、今では退化して竜人のマムクートになるか知恵のない獣になってる。
 って、この説明をするのも久しぶりだな。

「それで、知恵を持っているから真なる竜なんですか?」

 そうそう。って、いつの間にか少年の後ろの方の木の影に隠れてた女の子が、少年の隣に立ってますよ。
 時に女の子は、男の子よりも大胆です。

「そうだよー。れっどは、しんなる、りゅうなんだからーっ」

 胸を張って、自慢するように教えてあげるマムクートプリンセス。
 いや、ここは君が威張るところじゃないだろう。とか思ったけど言うのは大人気ないからやめておこう。

「えーと、つまりお前は人を襲ったりしないってことなのか?」

 まあね。でも、言葉が通じるから人を襲わないって認識もどうかとおもうけどね。山賊とか盗賊とか軍人とかは、言葉が通じる同じ人間なのに襲ってくるわけだし。


「二人とも逃げろ!」

 突然に、どこかから聞こえてくる誰かの叫び。
 今度は何よ?
 声の方を見たら、土煙を上げ走り来る馬に乗り槍を構えたオッサンが、ものすごい形相で俺を睨みつけていました。
 凄い勢いだね。このまま激突されたら竜だって、死ぬかもしれないんじゃない?
 って、まずいだろ。死にたくねええええええ。
 言ってる間に、オッサンが接近してきたので、とりあえずオッサンとの間に見えざる手の壁を作り突撃を阻止。
 オッサンが壁に激突して動きが止まった間にこの周辺、『場』を支配して風の流れを操り小さな竜巻を作り出しオッサンを囲む。
 竜巻は、その中心にいるオッサンの肉体に傷を負わせたりはしないが、自然ではなく俺が作り出した竜巻は空気の流れを停滞させ、中に閉じ込められた者を酸欠状態に落とし込む。
 そして、高速度で壁に激突し、意識が酩酊していたであろうオッサンは、それで意識を手放すこととなり倒れた。

「凄い……」

 俺を見て呟く女の子の言葉に、まったくだなと思う俺。
 前は、見えざる手とその応用の能力しか使えなかった俺だけど、メディウスを復活させた時に世界の理というか、そんな感じの何かを理解したっぽく新しい能力が使えるようになった。
 いや違うか。俺が知らなかっただけで、真なる竜には元々そういう能力があったんだろう。ただ単に、その事に後になって気づいたってだけで。
 どのみち、俺が怪獣だって事実は何も変わらないわけなんで、どうでもいい話なんだが。
 今更、新能力を披露してみても、ミネルバには「ふーん」の一言で流されたし。

 しかし、このオッサン何者?

「じいちゃん!」

 おや? 知ってるのか雷、少年?

「俺のじいちゃんだ!」

 ほほう。少年の爺さんとな?
 読めたぞ。森に出かけた孫のことが心配になって探しに来たら、大事な孫の傍に、でっかい怪獣がいたんでとりあえず攻撃してきたんだな。
 なんか、孫とおんなじような思考パターンだね。
 つっても、大人の思考が子供と完全に一致するってこともないだろうし、今度はオッサンを助けに村人の集団が突っ込んできたら嫌だから、ちょっと頭の中を覗かせて貰うことにする俺でした。






「はっ、私は今まで何を?」

 目を覚ますなり、叫ぶおっさん。
 ここはベタに「ここはどこ? 私は誰?」と言って欲しかったところなんだが。うん、どうでもいいね。
 というかこのオッサン、金鱗の竜王、じゃなくて近隣の村に住む騎士で、原作外伝にも出てきたマイセンだったのね。あのキャラ、もっと年寄りだと思ってたわ。

「レッド様に、かかっていって返り討ちにあったんですよ」

 女の子、セリカに言われて、「レッド様?」と疑問符と共に呟いたマイセンは、誰か自分の知らない人間がいるのかと周囲を見回そうとして……、俺と目が合った。

「ちぃーす」

 友好的に声をかけてみる俺。即座に、剣を抜こうとするマイセン。
 いや、読めてたよ。その展開。

「剣が……」

 腰に挿してあったはずの剣がないことに驚くマイセンに俺が目配せしてやると、警戒しながらも視線を転じ、そこに自分の剣で土をほじくって穴を掘っている幼女を発見する。

「あの娘は、いったい何を?」

 いや、俺に聞かれても困る。穴を掘ってるのは見れば分かることだけど、どういう意図があるのかなんて分かるはずもない。
 と、黙って見守っていると、ぽいっと剣を捨てるチキ。

「飽きた」

 そうかい。そりゃ良かった。でも、人の物を無断で借りた挙句、その辺にポイ捨てするのはどうかと思うぞ。
 思うだけで口には出さないでいたら、アルムとセリカがチキに説教を始めた。
 うん。よく出来た子供たちだ。

「それで、貴公は何者だ?」

 一瞬、呆けた顔になったマイセンだけど、すぐに真顔になって、そんなことを聞いてきた。
 うーん。「モンスターが喋っただと……?」って驚くと思ったんだけど、意外と冷静な人だ。
 でまあ、隠す必要もないんで、他所の大陸から遊びに来た竜だと正直に話したら、なんか怪しまれた。
 まあ、喋るモンスターが現れて、その目的が暇つぶしとか言われたら普通怪しむよね。

「では、貴公のいう遊びとは?」

 人間に危害を加えることを遊びというのなら容赦はしないと宣言してくるマイセンに、俺は大きく首を振る。
 子供の頃は、虫を捕まえて足を千切るような残酷な遊びをしていた事もあるが、幸い大きな動物にやりたくなる前に飽きた俺である。人間を傷つけようなどと欲求はこれっぽっちもない。
 とはいえ、まだこれといった目的を考えてませんとか言ったら、余計に警戒されそうだね。

「こっちの魔法を教えてもらえたら楽しいかなって、思ってね」

 思いつきで言った言葉に、マイセンはあっけに取られた顔をする。
 うん。この選択は正しかったようだね。

「魔法ですか?」

 うん、魔法。
 普通に考えれば、竜という最強の生物に人の使う魔法の技など必要ないと思うだろう。
 ましてや真なる竜の能力を使う俺には、なんの役にも立たないであろうことは考えるまでもない。
 だけど、一発芸には調度いいではないかと思う。
 アカネイア大陸の魔法は、魔道書や杖を持ち、その魔力を消費して使うものなので、そういう装備品を持てない俺には縁がなかったりするのだが、バレンシアの自分の体力を消耗して使う魔法なら、俺にだって使えるかもしれない。
 そうなったら、さぞかしマケドニア王宮のみんなは驚くだろうし、隠し芸にはぴったりである。

 そんなことを言ってみたら、マイセンは難しい顔になった。
 まあね。何を企んでようが、何も企んでなかろうが、魔法を教えるとなったら魔法を使える人のいる人里に俺を案内しなくちゃならなくなるし、だからといって俺を放置して勝手に人里に入られるのはもっとまずかろう。
 まあ、好きなだけ悩んでください。実際、暇が潰せれば魔法なんてどうでもいいんですが、そのことは言う気はありませんので。





 因果応報という言葉がある。
 自分が過去にやった悪行が、回りまわって不利益になって帰ってきてしまうというような意味だが、それを俺は今実感していた。
 もうね。マイセンが本当に魔法を使える人を連れてきてくれたんだけどね。その人たちが俺とチキのいるところにやってくるまでに数日かかったのよ。
 自分が言い出したことだから、日帰りしたいとか言い出しにくくって、数日間チキと一緒に無断外泊することになっちゃったのよ。
 魔法を覚えること自体は、そんなに時間がかからなかったんだけど、手遅れだよね。
 マケドニアに帰ってきたら、説教の嵐だったよ。ミシェイルとミネルバとバヌトゥがローテーション組んで絶え間なく叱ってくるのよ。その間、ずっと正座よ。
 泣いてもいいよね。



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レッドは、バレンシア大陸の魔法をいくつか覚えた。



[8075] 番外編2
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/09/22 20:12
 それは、一頭の竜に幼女と呼ばれていた娘が。二十歳になった頃の話。



「レッドには、叶えたい願いはあるか?」
「人間になりたい」

 気晴らしに出かけてきた草原に寝そべり、だらしなく伸ばした首の隣に立つ女性の問いに、マケドニアの守護竜レッドは間髪をいれずに即答する。
 正直、その答えを予想していなかったわけではないのだが、自分ではどうしようもない願いを言われたのでは困る。
 もっとも、それ以外の願いなら、レッドは大抵のことは自力で叶えてしまえるのだから、これは自分が悪いのだろうとミネルバは思う。
 そう、レッドに叶えられない願いは皆無に等しい。

 竜とは、世界の意志の一部なのだという。
 世界に同化し、そこから無限にも等しい力と知識を汲み出し奇蹟を起こす存在。カタチを持って実体化した精霊とも言える超越種。地水火風を司り、いくつかの条件を満たさなくてはならないとはいえ死者の蘇生すら可能とする究極の生物。
 そんな存在に、何かをしてあげたいと考えるほうが間違っているのかもしれない。
 だけど、彼女は知っているのだ。
 レッドという名を持つ竜の苦悩と絶望を。

 そもそも、それだけの力を持つ竜という生物が何故滅びることになったのかと言うと、そう世界が決定したからなのだという。
 世界は意志を持っている。
 ただ、それだけを聞かされても、大抵の人間には納得出来ない話ではあるが、竜や精霊のような意志持つ、世界の一部の存在を知る者には、さして不自然に感じない事柄であるし、真なる竜の力を使うレッドの傍にいて、本人から直接聞かされたミネルバには疑う余地がない。
 かつて、世界によって大地の管理者として生み出された竜は、その後に生まれた人間という種族が新たに地上の王として世界に選ばれた時に、もはや不要な種族とされ滅びが決定された。
 世界という巨大なシステムの末端である竜に、それに抗う力があるはずもなく、彼らは知恵なき獣か人間の亜種でしかないマムクートになるしかなかった。
 だけど、その呪いとも言えるそれに縛られない存在がいた。
 それが、レッドと呼ばれる火竜。

 自分は、元々は人間だった。気が付いたら、魂が竜の体に入っていた。

 それは、出会ったばかりの頃のレッドが口癖のように口にしていた言葉であり、誰一人として信じなかった戯言である。
 そう。戯言だ。
 竜人たるマムクートならともかく、元々人間であったものが竜になるなどということがありえるわけはないし、レッド本人の口にする人間の頃の話を聞いても、意味の分からない単語ばかりが出てくるのである。
 そんな馬鹿げた話を誰が信じるものか。
 だけど、ミネルバは信じた。
 もちろん、最初から信じたわけではない。だが、二十年の人生のほとんどの時間を共有した相手の言葉が嘘か真実かを理解出来ないほど、彼女は愚かではないのだ。

 世界は、竜の滅びを決定した。そして、人間を大地の支配者に選んだ。
 レッドは、竜である。しかし、その魂は紛れもなく人間のものであり、それゆえに世界が決定した滅びの呪いに囚われないのだ。
 だけど、それは別なる残酷な呪いをレッドに科す。
 レッドが世界の呪いに囚われないのは、彼の魂が正しく人間だと世界に認識されているからである。
 だからこそ、レッドはマムクートのように人の姿をとることが出来ない。世界から無限に近い力を引き出す万能の真なる竜といえど、人間を人間に変身させることは出来ないのだから。

「それで、人間になって何がしたいのだ?」
「美人の嫁さんとか欲しいなあ」

 冗談めかした答えに、「結局それか」と呆れた声を出しながらも、ミネルバは自分の心が沈んでいくのを自覚する。
 レッド本人が自覚しているかどうかは知らないが、実際のところ彼が欲しがっているのは自身の同類なのだろうとミネルバは理解しているから。

 竜は自分一人だけで生きていける生き物である。
 知恵があろうとなかろうと、その肉体の強靭さはありとあらゆる他種族のそれを凌駕し、世界と繋がっているがゆえに巨体に見合うだけの食事も必要としない生物であるし、その精神も人とは異なり他者の存在を必要としないようにできている。

 だけど、人は違う。レッドは違うのだ。
 人は一人では生きていけない生き物である。群れなくては生きていけない脆弱な生物であるし、支えあう誰かがいないと、その精神を健全に保てない心弱い存在なのだ。
 竜の肉体を手に入れ、真なる竜の万能の能力を手に入れ、生物として他者を必要としない完璧な存在となったレッドも、その内面はただの人間でしかない。
 自分の悩みを理解し、笑い合い共に歩いてくれる誰かが欲しいと考える弱い人間なのだ。
 しかし、彼の気の遠くなるような長い生を、共に歩いてくれる者などいない。

 大抵の人間は、彼の内心を理解しない。彼の持つ強大な力に憧れるから。
 マムクートは、彼を理解しない。人の姿を取れる者たちに、怪物の姿しか持てない者の心など分からない。
 知性を持たぬ、獣となった竜は彼に共感しない。最強の獣は他者など必要とはしない。
 かつて滅んだ知恵ある竜にも、彼の心は分からない。世界と繋がり、その一部であることを理解している者たちに孤独を感じる弱さなどないのだから。

 ミネルバは、そんな彼の心を理解している。彼女だけが、彼の孤独な魂に気づいている。
 そして、そのことにレッドもまた気づいていた。
 だけど、それを彼が心の慰めにすることはない。
 彼が望んでいるのは、自分と同じ立場の者であり、それ以外に孤独を埋める存在がありえるとは思っていない。
 彼女にその弧独が埋められたとしても、それは長くても百年足らずの期間でしかない。
 気の遠くなるような長い寿命を持つ竜からすれば、一瞬のきらめきでしかないだろうそれに縋れば、それを失ったときに自分は取り返しのつかない傷を心に負うだろうから。

 そして、その考えがミネルバの心を傷つけていることに、彼は気づかない。
 ミネルバは、レッドという竜の心を誰よりも理解している。
 レッドの孤独な魂を理解し、その心を慰めてあげたいと思っているのに、彼はけっしてミネルバに縋らない。
 いつかいなくなってしまうのなら、大切な人間などいらないと断じる彼の生き方は寂しすぎると理解はできても、ではどうすればいいのかという問いに答える言葉が見つからない。

 別れがあるなら出会いもある。大切な者との別れが避けられないなら、その大切な者のことをいつまでも覚えていればいい。大切なものは失っても、思い出があれば人は生きていけるはずだ。

 そうは思っても、それは残される者の寂しさを理解しない者の独善ではないのかとミネルバは思ってしまう。

 胸が痛い。
 そう思っていると、黙り込んだ彼女を訝しんだレッドが、どうしたのかと尋ねてきたので、なんでもないと返して、ミネルバは話を戻す。

「レッドは、よく嫁が欲しいと言っているが、どんなメ──女の子が好みなのだ?」

 その言葉に、考えるように頭を持ち上げて空を見上げた火竜は、しばらくして答えを口にする。

「そうだな。好みとしては美人、可愛い系じゃなくて、つり目がちのきつめの美人さんで、もちろんスタイルも良くて……。ああ、もちろん人間の女の人ね。それで、優しくて、でも俺は甘やかされるとダメになるタイプだから、表面上はきつい性格で……」

 と、何かを思いついたように、ミネルバを見る。

「なんだ?」
「いや、忘れてくれ。俺は何も言わなかった」

 それっきり沈黙したレッドに、? と疑問符を頭に浮かべる彼女は、自身の外見に対する自覚に乏しく、彼が何を思ったのかなど理解しない。
 このやり取りを見ている誰かがいたなら、レッドにもげろと思ったかもしれないが、そんな誰かはいない。
 ただ、ミネルバは思うのだ。
 自分はずっとレッドの傍にいてあげようと。彼の寂しさを少しでも癒してあげたいと願いながら。



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たまに、切ない系の話が書きたくなることがあります。
だから書いた。ちゃんと書けてるかどうかは別として。
需要? 知ったことか!!

次くらいに、その他板に移ろうかしら。
次があるかどうかは分からないけど。



[8075] Act.12
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/10/01 22:15
 季節は冬。春が誕生を意味する季節なら、死を意味する季節である。



 剣を構える二人の剣士。
 一方は俺。ついに人化の能力を得、しかし、そのままでも限定的にではあるが、真なる竜の能力を使いこなすマケドニア最強の剣士である。
 もう一方は、マルス王子。少年の身で幾多の戦場を駆け抜けた神剣の担い手である。

 結局のところ、ドルーアはアカネイアとの戦争を始めてしまい、マケドニアもそこに巻き込まれドルーア側について戦うことになってしまった。
 結果は、ドルーア側の圧勝。アカネイア聖王国は完全に滅んだ。
 しかし、アカネイアの下について戦ったアリティアを完全に滅ぼすことは出来なかった。
 国は滅んだ。国王も討ち取った。だけど、マルス王子とエリス王女。そして神剣ファルシオンはどこかに消えてしまった。
 多分、その時から俺は、この日を予感していたのだと思う。
 マケドニアとドルーアを結びつける真なる竜である俺と、メディウスを、そして俺すら倒しうる神剣の担い手が戦うことになるのは運命だったのだと言ってもいいだろう。
 神剣を前にすれば、真なる竜とて無敵ではいられまい。だから、俺は竜の姿を捨てた。
 人として、マルス王子に立ち向かうことを選んだ。
 振りぬかれる神剣を受けるのは、俺自身の牙を加工して作った剣。この剣だけが神剣に立ち向かえる。
 十合、二十合と打ち合うお互いの剣。
 だけど、終幕は訪れる。どちらが勝ってもおかしくない戦いは、俺の剣の刀身に皹が入ったことで決着を迎える。
 しょせん、俺の牙で作った剣など神竜王の剣には及ばなかったということだろう。だけど……。

「レッドーっ!」

 魂の底からの叫びが王子の剣を鈍らせる。
 駆け寄るミネルバの姿が、神剣を止める。
 マルス王子が、ミネルバにどういう感情を抱いているのか俺は知らない。だけど、その存在は少年の心に躊躇いを生み、俺の剣がマルス王子の胸を貫いた。
 ここで、全ての決着はついた。
 アカネイア大陸は、マムクートと、彼らとの共存を選んだ人間の住まう地になるのだ。



 そんな、夢を見た。
 泣きたくなった。夢の中なら、手軽に人間になれるのになぁ。コンチクショウめ。

「どうしたの?」

 訪ねてきたミネルバは、すぐにその事を後悔した様子で、顔を伏せる。

「そっか、そうだよね。レッドをマケドニアに連れてきたのはガトー様だもん。悲しくないはずないよね」

 なにやら勘違いした挙句、自己完結したようです。
 てか、幼女らしくない気配りだよね。
 いや、もうミネルバは幼女と呼べる年齢を通り過ぎてるんだから当然な気がするけど。いやはや、子供の成長は早い。

 それは置いといて、今は何をしているのかというと、お葬式です。
 なんと大賢者ガトーがお亡くなりになりました。
 それは、数日前のこと。メディウスが復活したことを知った大賢者は、慌ててその事を確認しようとマケドニアに来たのですが、そこでチキを発見してしまいました。
 いやもう怒るのなんの、長らくマケドニアに来なかったのも、氷竜神殿から姿を消したチキを捜していたからとかで、「お前たちは世界を滅ぼす気か!」とバヌトゥと二人して説教をくらいました。なんで、俺まで怒られるんだろうね。
 そこで、ガトーの怒りを解きほぐそうと、ミシェイルが王宮の使用人に最高級の持て成しをと命じたのが不幸の始まり。
 この国に置いての、最高級の持て成しとは、国王同然に扱うということ。しかし、老人に若者と同じ扱いをするのもなんだというので、先王と同じように扱い、食事も先王の大好物を用意してしまった。
 そう、大賢者ガトーもまた、餅を喉に詰まらせてしまったのである。
 だから、年寄りに餅は危険だとあれほど……。
 ともあれ、幸か不幸か、大賢者はどこの国にも仕えてなかったので、この不幸な事故でマケドニアがなんらかの責任を取らされる心配はなかったが、それでも名高い賢者を死に追いやってしまったマケドニアは王家総出で、お葬式をする事になったのである。
 といっても、死因の正確な部分は隠され、外部には漏らさないように工作済みだったりする。
 先王を死に追いやった食物を出して、大賢者を死に追いやったとか外聞悪すぎだからね。

 で、そのことを俺が気に病んでいると思い込んだらしいミネルバが気を使ってくれたんだけど、当然俺は、特にショックを受けていない。
 だって、マケドニアに連れてきてくれた恩人とはいえ、何年も前に一度会って話したことがあるだけの爺さんだよ?
 そんなのが、死んだからって特にねえ?
 身近で人が死ぬと大騒ぎするくせに、知らないところでの他人の生き死にに鈍感なことに定評のある日本人の俺です。
 この国の前の王様が死んだときに比べると、なんとも思わないよ。
 まあ、どうとも思っていないのは俺に限ったことではない。
 大賢者の名は、広く大陸中に知られているが、なにぶん伝説の向こう側にいる人物である。
 その死を知った者の中には、実在を疑っていたような者までいて、もったいないと考える者はいても、純粋に悲しみを感じた者など葬儀に参列した者の中の一握りでしかないだろう。
 そして、筆頭はあの人だろうなと視線を動かすと、顔を腫らし縛り上げられて転がった坊主頭の少年を踏みつけた老人がいる。

 老人のことは後で説明するとして、踏みつけられている禿は、レナの兄マチスであったりする。
 葬儀を取り仕切る僧侶の見習いの一人として現れたマチスは、「辛気臭い顔してないで、笑顔で見送ってやろうぜ」などと声を張り上げた後、「俺の歌を聞けーッ!」などと歌いだして老人と他の僧侶に捕まってボコにされた。アホである。
 何故、マチスが僧侶見習いになんかなっているのかと言うと、そこには狭くて浅い理由がある。
 はっきりいって、俺にはどうでもいい話なのだが、ある夜やってきて一方的にまくし立てて来たマチスの言によると、それは俺のせいであるらしい。




 ある日父親に呼び出されたマチスは、家督は妹のレナに譲ると告げられた。
 この通告は、マチスにとってショックであった。
 実は、彼の家は王家も無視出来ないほどの大貴族である。将来は家を継いだら、領地経営なんかは臣下に任せて遊んで暮らそうなどと考えていてもおかしくはないし、実際に考えてもいた。

「何故だ、父上っ!!」

 往生際悪く食い下がったマチスに、父は告げた。

「実は、前々からお前に家督を継がせることには不安を感じていたのだ」

 なにしろ、この息子。基本的に無気力無関心で、たまに稼動すれば王宮にいる調教前の竜に乗ろうとして怒らせて追い掛け回されるような馬鹿者である。その時に王宮に呼び出されたことで息子を恨んでいるわけではないが、こいつに家を継がせてもいいのだろうかと自問したからといって責められるいわれはあるまい。
 それでも、大人になればすこしはマシになるかもしれないだろうと自分に言い聞かせていたそんなある日、彼は娘のことで王宮に呼び出しを受けた。
 娘のレナは、バカ息子と違い思慮深く行動的。たまに行動的に過ぎることもあるが、それでもこの娘が男の子で先に生まれていたらなと思うくらいには良くできた子供である。
 そんなレナのことで呼び出されるとは何があったのかと考える彼に、少年王ミシェイルは信じがたいことを告げた。
 レナを新しく作った火竜騎士団の団長にするというのである。
 なんでまた? という問いに、カーマインという巨大火竜の事を告げられ、更には、これは決定事項であり、すでに変更は受け付けないとまで言われて彼は思う。
 考えてみれば、これはいい機会なのではなかろうか?
 このままでは、この家は次のマチスの代で潰れてしまってもおかしくない。ならば、家は娘に継がせるのもいいかもしれない。

 普通に考えて、長子である男子を差し置いて末子である女子に家を継がせるなど、とんでもない暴挙である。
 片や、どこに出しても恥ずかしいバカ息子。片や、どこに出しても恥ずかしくない美しくも賢い娘。
 二つを比べて、後者に家督を譲りたいと考えるのは当然の事であるが、それが許されるかは別の話。
 だが、無職で働く気もない兄と、すでに新設とはいえ騎士団団長という身分を手に入れた娘では、妹の方に家督を譲るのも許されてしかるべきであるのだと思えてくる。
 マチスも、まだ十代の少年であることを考慮すれば、無職なのもやむなしという気がするが、妹のレナにいたっては更に年少の十代になったばかりの年齢である。
 その歳で、騎士団団長になったなどと言う方が異常な話であるが、これはそれだけ優れた娘になら家督を譲っても問題はないのだと周囲の親類縁者に認識させるには充分な材料になる。
 だから、今すぐにと言うわけではないが、父はレナに家を継がせることにした。
 しかし、そうなるとマチスをそのままにしておくわけにはいかない。仮にも家の長子である。蔑ろにするわけにもいかないが、そのままでは後々問題が起こることが予想される。
 そこで、父は考えた。

「マチス。お前は、出家して僧侶になれ」

 ようは、この馬鹿息子を家から放り出してしまえばいいのである。とはいえ、問題は多くても、致命的な何かをしたわけでもない息子を勘当するわけにもいかなかった父は、息子を僧侶にすることで家から出すことにしたのだ。
 もちろん、それにマチスが納得するはずもなかった。

「ふざけんなクソ親父。人の人生設計を一方的にぶち壊してんじゃねえ!」
「お前の人生設計とは?」
「家を継いだら、領地の経営は人に任せて遊んで暮らす」

 戯けた計画を正直に話してしまう馬鹿さ加減がマチスの馬鹿息子たるゆえんであろうか。
 もちろん、この言葉は自分の首を絞める結果にしかならなかった。

 パチンッと父が指を鳴らすと、部屋に何人かの男たちが入ってくる。この家に仕える者たちである。

「連れて行け」

 その言葉と共に、マチスは両側から手を持ち上げられ連れて行かれる。

「離せーっ! ぶっとばすぞーっ!」

 叫んでみるが、それに従ってくれるものなどいなかったという。そしてマチスは、行った先の寺院で僧侶になるべく修行を受けさせられるのだ。



 馬鹿が俺の所に苦情を言いに来たのは、その一週間後のこと。
 本当なら、すぐに来たかったのだが監視が厳しくて抜け出してくるのに時間がかかったそうな。
 その時には、もう頭髪は剃り上げられ剥げ頭になっていた。

「お前がっ! お前のせいで俺はっ!」

 なんだっていうのよと思う俺にマチスは、俺がカーマインを初めとする火竜を捕獲してきたりしなければ、レナが騎士団団長になることも家を継ぐこともなかったのだと言う。
 まあ、そうかもしれないけど、知ったことかというのが俺の感想。
 そもそも、マチスが箱田真紀版コミックのような知将ならそんなことにならなくて済んだのである。多分。
 自分の怠惰を棚に上げて文句を言われても困ると言うもの。無理やり働かされることのあるニートは、働かなくても食っていける家に生まれたニートに厳しいのです。
 そんなわけで、文句を言うマチスを捕まえ寺院に護送した俺は、もう逃がさないようにと注意してきたのでした。




 しかしまあ、寺院で少しは性格が矯正されたかと思ったんだけど、そんなことはなかったね。
 アホなことをしたのも、自分を僧侶にしようとした父親へのあてつけであることは考えるまでもない。

 で、老人の方が誰かと言うと、なんと驚くなかれガーネフである。
 世界征服をたくらみ、暗黒司祭などと呼ばれるガーネフは、葬式にやってきてガトーの遺体を見てこう言った。

「ワシは、ガトーを憎んでいました。ワシを差し置いてミロアになどオーラの魔法を継がせたこの老いぼれの事を。
 ……なのに、なぜ涙が出るのでしょうな」

 それはきっと、好きの反対は嫌いじゃなくて無関心だからでしょう。
 などと俺は言わなかった。
 相手がゲームで悪役として出てきた人だとはいえ、年長者に対して賢しいことを言うほど俺は礼儀知らずではないのです。

 沈黙する俺に何を思ったのか、ガーネフは黙って黙祷を始める。
 結局の所、ガーネフは世界征服などどうでもよかったのだろう。ガトーに選ばれなかった自分の優秀さを見せ付けたくて、あてつけのように世界を征服してみせようと考えた。
 寂しくて悲しい妬心が闇の力で歪められた結果が、ゲームにも出てきた悪の中ボスという役割なのだ。
 そんな爺さんが、ガトーの葬式で騒ぎを起こしたマチスをボコにするのは当然の事であったろう。



 葬式が終わり、まだ歳若いミネルバも王族として忙しく走り回らなければならなくなって話し相手がいなくなった頃、ガーネフにこれからどうするのかと聞いてみた。
 正直、他人の人生になど興味はないのだが、ガーネフの場合はその行動はダイレクトにマケドニアの今後に関わってくることもありえるのだから。

 答えは、わからない。だった。

 ガーネフの目的は世界を征服することである。
 それの始まりの感情がガトーにあったとはいえ、ガトーが死んだからそれで終わりにしようとは考えることができないほどに、彼の心は歪んでいた。
 だけど、ガーネフといえど一人で世界を征服することは出来ない。
 本来であれば、メディウスの復活を待って、マムクートを戦力とする計画を立てていたガーネフであったが、それは一頭の竜の出現により崩れ去った。言うまでもなく俺のことだ。
 今後の方針はなく、しかしあきらめることも出来ない宙ぶらりんの状態。それが今のガーネフである。

 そんな思いを嘘偽りなく言ってくるガーネフは、そうとう混乱しているのだろう。
 嘘を吐いても、心を覗けば分かるんで意味はないが。
 しかしまあ、ふと思いついたことを言ってみる。

「じゃあ、マケドニアに仕えて世界征服を企んでみないかい?」

 何を言っているのか分からないという顔をするガーネフに、俺は説明する。

 困ったことに、現在この大陸はいつ戦争が起こってもおかしくない状況だったりする。
 メディウスの変心によりなくなるかと思われた暗黒戦争だったが、なにやらアカネイア聖王国の方から宣戦布告をしてきそうなのである。
 というのも、マケドニアでマムクート受け入れの政策を取っていることがついにバレてしまったのだ。
 これに、アカネイアは怒った。
 ドルーアに竜を閉じ込めておくのが役目のマケドニアが、マムクートを国民に受け入れ野生の火竜を飼育し軍に取り込んでいるのである。
 これは、けしからんと考えるし、大陸の宗主国であると自認するアカネイア貴族は、他国が国力や軍事力を高めることを好まない。
 そんなわけで、アカネイアから抗議というか命令というか、そんな感じの通告が来た。

 マケドニアは、早急にマムクートをドルーアに追放し、飼育している火竜も処分せよ。

 それが、どれだけ無茶な要請かアカネイアは理解しているのだろうか。
 マムクートを住まわせるために払った土地開拓のための資金は安いものではなかったのだ。それを元も取れないうちに捨てるなど国を経営する者としては許容できるものではないし、火竜たちも簡単に処分できるほど簡単な存在ではない。
 というか、アカネイアが処分しろと言って来た火竜には俺やカーマインも含まれているのだ。
 そうなったら俺は即逃げるが、残されたカーマイン率いる火竜たちが大人しく処分されてやるとはこれっぽっちも思わない。
 悪くすれば、その日の内にマケドニアは滅びかねないのだ。
 それに、今はまだバレていないとはいえ、メディウスの復活をいつまでも隠しておけるとは考えていない。
 そして、そのことがアカネイア聖王国の知るところとなれば、彼の国はマケドニアに討伐を命じてくるだろう。マムクートも火竜も抜けてガタガタになった後の、この国へ援護の軍すら送らずに。
 だから、マケドニアは戦わなくてはならない。ドルーアではなくアカネイア聖王国と。そして、それは大陸全土を巻き込む戦争になるだろう。
 大陸の宗主国と、大陸全ての人間に恐怖で持って語られる暗黒竜と通じた国が諍えば、その巻き添えにならずに済むものなど存在しえないのだから。

 ここまで、ミシェイルの受け売り。

 そんでまあ、マケドニアが勝てば、結果的に大陸の支配圏はこちらのものになる。つまり、世界征服が実現してしまうわけなのです。大陸一つで世界とか言ってしまえる辺り、なんだかなって気がするけど。
 だから、この国に仕えればガーネフは世界征服の夢を叶えられるかもしれない。こっちも、暗黒司祭が仲間になってくれれば心強いしね。と言ったら鼻で笑われたれた。

「ワシの目的は、世界をわが手にすることで、世界を支配した者の配下になることではない」

 そんなことを言う暗黒司祭は、そういえばゲームでも、自らが仕えたメディウスも利用していただけで、切り札になるファルシオンを隠匿していたりしていたなと俺は思い出す。
 だけど……。

「問題ないよ。ミシェイルはマケドニアの政務だけで手一杯だし、メディウスも人間を支配したいって欲望は薄いからね」

 だから、大陸を支配したらガーネフが全ての上に立てばいい。こっちは、不当な扱いさえされなきゃ文句はないよ。

 と言ったら、変な顔をされた。

「それでいいのか?」

 何がさ?
 はっきり言って、俺はガーネフが大陸の支配者になっても、たいした問題は起こらないだろうと思っている。
 なにしろ、この爺さんには世界を支配して何がしたいという欲求がない。
 普通に考えれば、世界を征服するなんてのは、手段であって目的ではない。
 贅沢がしたい。ハーレムを作りたい。大陸一迷惑な奴になりたい。
 そんな、自身の欲望を叶えるための手段として世界を支配したいと考えるのだ。
 だけど、ガーネフにはそれがない。そもそも、ガトーを見返したくて闇に堕ち大陸の支配を望んだ人物である。その後になにをやりたいという要求があるはずがないのだ。
 
 そんなことを言ってみたら、ガーネフは呆然とした顔になって沈黙した。多分、世界征服なんてものを目的にしていたから、その後に何をするかとか考えてもみなかったんだろうね。

「で、どうする?」

 問いかけてみたら、しばらく考えた後にガーネフは「それも、いいかもしれんな」と返してきた。

「だが、ワシのような男をマケドニア国王は受け入れるかな?」

 そんなことを言うガーネフに、俺は頷きで答える。
 現状、マケドニアは少しでも多くの戦力を欲している。悪名高い暗黒司祭であっても有能な人間を弾くような余裕はないのである。暗黒戦争前の現在は、ガーネフの悪名もたいしたことはないしね。

「ふむ。考えておこう」

 そう言ってガーネフは踵を返した。
 話は終わりってことらしい。
 俺の説得は、失敗に終わったのかな? いや、返答から考えて、説得フラグが立ったとも考えられるから完全な失敗とも言えないかもね。

 どっちにしても、闇に堕ちた人を、何もしないで帰す気もないので、こっそり見えざる手を伸ばしてみる俺です。

「ん? 何をした」

 不思議そうな顔をするガーネフに、俺は闇を抜いただけだと答える。
 闇のオーブから作り出したマフーの魔法は、ガーネフに無敵に近い力を与えたが、当然その心を蝕み、精神の負の部分を増大させている。
 いくら有能でも、そんな精神的に危うい人間をそのままにしておくことには問題がありすぎる。
 だから、その闇を抜かせてもらいました。その結果、マフーも使えなくなってるだろうけど、こっちが期待しているのは大賢者ガトーの弟子として持ち合わせているであろう知識でもって政務や軍略の方面で活躍してもらうことで、前線に出てもらうことではないのです。

「勝手なことをしてくれるものだな」

 ジロリと、眼光鋭く睨みつけてくるガーネフは凄い迫力です。俺が元の人間のままなら漏らしていたかもね。
 しかし、ここで怯んではいられません。

「味方になるなら、あんたには闇を捨ててもらわないといけないし、敵になるならマフーを封じておくにこしたことはないでしょう」
「ふん。ワシが、マフーを使いこなすために、また自ら闇に身を堕とすかもしれないとは考えないのか?」
「その時は、完全に敵になったと判断するだけだよ」

 メディウスですら、脅威を感じざるをえない闇魔法マフーといえど、俺には意味を成さない。メディウスやファルシオンのように、神竜王ナーガの加護を持つもの以外は真なる竜の敵足り得ないのだ。
 つっても、これはハッタリなわけですが。
 能力的にガーネフを瞬殺できるからといって、人を殺せる度胸があるわけでもない俺に、ガーネフを倒せとか無理な話なのです。

 はたして、俺の言葉にガーネフが何を思ったかは分からない。
 老人は、何も言わず俺から顔を背け歩み去っていきました。できることなら、敵に回らないで欲しいね。ガトーが死んだせいでスターライトが作れなくなった現状、俺にしか倒せない敵出現とか、勘弁してください。



「なに、おはなししてたの?」

 ガーネフがいなくなった後、急に聞こえてきた声に首をめぐらすと、なんか俺の羽根にぶら下がってる緑の髪の幼女。
 って何やってるのさチキ。

「れっどのあたまや、せなかにのると、みねるばおこるから」

 言いながら、可愛らしく首を傾げる幼女だけど、ここは危ないことをするなと怒るところだよね。てか、どうやって登った?

「んぅ? しっぽふんだら、しっぽがうごいてせなかに、のせてくれたよ」

 うん。理解した。無意識に俺が尻尾を動かして背中に乗せてしまった後、自力で羽根に移動したのね。子供は、危ないことを躊躇なくするよね。もし落ちてたらどうなってたことか。
 とりあえず、危ないしチキには移動するなり降りるなりしてもらおう……。

「やっ!!」

 首を振っていやいやをする幼女。
 嫌とか言われても困るんだけどね。そりゃ、見えざる手のフォローがあれば危なくもないけど、周りの人はそう見てくれないのよ。

「レッドーっ!」

 おや、この怒声はミネルバだな。なに怒ってるのさ?

「何を考えて、そんな危ない遊びをさせてるのよーっ!」

 あれ? チキのこれ、俺がやらせてると思ってる?
 違うよ。全然違うよ。と言いたいところだけど、他の人の白い目が冷たいわ。ここで、言い訳しても火に油っぽいね。
 てか、ちょっと前までは、自分も同じようなことを毎日やってたくせにね。これが、大人になるっていうことなのかしら。
 いいよもう。正座にも慣れたから。



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考えてみたら、主人公がマケドニアにいたら、ゲームとは敵味方が逆転するわけで。
しかし、主人公が、だらだらと過ごしつつ、幼女と仲良くする生活を描くことを目的としているという初期コンセプトがどっかに行ってしまった感があります。



[8075] Act.13
Name: 車道◆9aea2a08 ID:555837fb
Date: 2009/11/07 20:59
 また季節は春。始まりの季節である。



 鎧を身に纏った騎士たちの軍勢を、黒い竜の群れが蹂躙する。
 影の色をした火竜の爪が鎧を引き裂き、吐く炎が騎士たちの身を焼く。
 鉄よりも硬い竜の爪に金属鎧すら防具の役目を果たせず、その吐く炎は、自然のものでも魔法によるものでもないため、着込んだ鎧も鍛えられた騎士の耐魔の能力も意味を持たず、炎を浴びせられた兵士は焼け落ち倒れていく。
 無論、騎士たちも黙ってやられるままになっているわけではない。
 剣を抜き、その刃を竜に叩きつけ、騎馬を走らせ、その勢いのままに槍を突き立てる。
 だが、竜の強靭な肉体を傷つけるに至った攻撃は少なく、また傷ついてもまるで痛みを感じていないかのような竜たちの前に、その抵抗は儚く感じる。
 騎士たちも弱くはないのだろう。そうでなくて騎士を名乗れるものか。
 だけど、足りない。竜と正面から戦い勝つためには弱くないというだけの実力では、まだ不足。
 あるいは、その手にした武器がドラゴンキラーと呼ばれる竜殺しの剣であれば、もしくは火竜の弱点ともいえる氷結の魔法ブリザーを使う魔道士がいれば戦いになったのかもしれないが、その軍にはどちらもない。
 つまり、それは戦いなどではなく虐殺でしかなかった。

 はっきりいって、一般的日本人である俺には、刺激が強すぎて直視に耐えません。
 犯人はマケドニアが世界に誇る規格外の火竜です。




 戦争が始まった。

 理由は幾つもある。
 結局のところ、マムクートを追放せよというアカネイア聖王国の要求にマケドニアが応えなかったこと。
 メディウスの復活を知った聖王国が、このままでは大陸全体の危機に陥るからドルーアを成敗せよと命じてきておいて自軍は動かそうとしないことに、マケドニアの軍が怒りと不満を爆発させたこと。
 そして、もっとも重要な理由としてマケドニア王家とメディウスが友好的に付き合っていることが露見した。というか、ガーネフがその辺りの情報をアカネイア聖王国他多くの国に流したからである。
 さて、ガーネフが、そんなことをした理由がマケドニアの勝利のためだと言って信じる者が何人いるだろうか?
 だが、それが事実である。
 聖王国の要求は、マケドニアには受け入れることが不可能なものであり、また秘密というものが、どれだけ厳重に隠したところで必ず漏れてしまうものである以上、遅かれ早かれ戦争になること避けられないものだった。
 それならば、事態の重要性を理解しているか怪しい聖王国は別として、他の国が戦力を整える前に戦争を始めてしまうべきだというのがガーネフの考えであったのだ。
 幸か不幸か、マケドニアはいつ戦争になっても良いように準備は怠らなかったので。

 無論、人の心の隙をつく名人であるガーネフである。各国に、ただ情報を流したわけではない。
 アカネイアには、その戦力を過小なものだと思わせ油断を誘い、グルニアやグラなどの国には、過大なまでの脅威と思わせ、アカネイアではなくマケドニアにつく方が、後々国のためであると情報を流した。
 結果として、グルニアとグラの中にはアカネイアよりマケドニアにつくべきだと考える者が幾人も現れることになった。
 とはいえ、どちらも、すぐにはマケドニアと同盟を組もうとは考えなかった。
 例えば、ゲームであれば即座にマケドニアと共にドルーアに併合されたグルニアであるが、今回アカネイアと戦争になるのは暗黒竜メディウスの率いるドルーア帝国ではなく、十代半ばの少年王が率いるマケドニアである。
 軍備が増強されていようが、ドルーアと友好的な関係を持ち、国民にマムクートを迎えていようが同盟相手とするには不足していると言わざるを得ない。
 ドルーアとは友好的な関係であるとはいえ、軍事同盟を結んでいるわけでもないというのも、大きな理由である。
 だから、グルニアは試してみることにした。
 グルニアには、マケドニアを攻めるようにアカネイアから指示が出ている。
 だから、一戦交えマケドニアの戦力を確かめてから方針を定めることを決めた。
 そうして編成された対マケドニアの軍は、どちらかといえば反マケドニアの考えを持つ人間で固められた。
 これは、後に同盟を組むことになった場合のことを考えた編成であり、ゆえにマケドニア側としても遠慮なく叩き潰せる相手である。
 そして、この軍勢に対して送り込まれたのが、一人の幼女を背に乗せた、ただ一頭の火竜であろうとは、グルニア軍は考えもしなかったに違いない。




「マケドニアに進軍してくるグルニア軍を、一人で叩いてきてくれ」

 最初、その指示がミシェイルの口から出たときに俺が考えたのは、いかにして速やかに逃げ出すかであった。
 当然だろう。
 俺は、『敵は2億4千万、挑むは八匹の狼たち!!』のキャッチフレーズで謳われる八玉の勇者ではないのだ。単体で、一つの軍に立ち向かう気概があるはずもないのである。
 それ以前に、俺には、殺したり殺されたりの戦場に出て行く覚悟なんてものはないわけだが。
 真なる竜の力を使えば殺される心配はほとんどないとは言え、それでも怖いことに違いはない。
 そんな俺は、ミシェイルに直接戦う必要はないと言われ、どういうことかと考えてみた。そして、分からなかった。

 なら、俺にどうしろと?

 そう尋ねてみると、前にバレンシア大陸で覚えてきた、魔法を使うように言われた。


 俺が、はるばるバレンシア大陸まで行って覚えて来た魔法に、イリュージョンというものがある。
 それは、シャドーという影の兵士を召喚し戦わせる魔法で、術者によって出てくるユニットが違うのだが、俺の場合は大量の竜が出てきてしまった。
 俺がこの魔法を覚えたのは、影の兵士という労働力を手に入れ自分はニート生活を満喫するつもりだったので、労働力として不向きな竜が出てきたことに不本意だったのだが、まあ何かの役に立つかなと儚い希望に縋ってしまったのが大きな間違い間違いでした。
 シャドーは、戦うためにのみ生み出された使い捨ての兵士である。
 これに、細かい制御など意味を成さない。
 呼び出せば、自動的に敵を求めて驀進するこれらには、敵味方を判断する機能はあっても、術者の命令に従うような知性はない。
 つまり、試しに召喚した時、シャドーたちは敵を求め自立行動に走り、これらを味方だと認識しない王宮の竜たちと激しく殺し合い潰しあったのである。あっさり負けたけど。
 まあ、王宮の竜たちの中には、カーマインがいるからね。シャドーたちは速やかに全滅させられたよ。
 しかし、怪獣大決戦の舞台となった王宮は半壊したりなんかして、その原因である俺は説教の上、強制労働に従事させられたのもいい思い出……、なわけもなく、ちょっとしたトラウマです。

 閑話休題。

 やるべき仕事は、イリュージョンで召喚した影の竜たちに、グルニアの軍を襲わせることのみで、直接戦う必要はないというのが、ミシェイルの指示である。

 シャドーの最大の欠点は、手加減というものができないこと。
 つまり、自分が倒されるか敵を殺しつくすかのどちらかまで止まらないという、狂戦士にも似た戦うためだけに存在する自立兵器なのだ。
 そんなものは、軍の一部に組み込めない。戦争とは、敵を服従させるため行為なのだ。敵を殲滅しつくすためのものが入り込む余地などないのだから。
 だけど、長所もある。
 シャドーは、術者の魔力で編まれた偽りの生命である。死を恐れず、倒されてもいくらでも替えの効く消耗品。
 しかも、これを戦力とするのなら、術者だけを戦場に送れば済むので、糧食の心配も行軍にかかる時間も最小限で済む。
 まあ実際のところ、この魔法を使えるのは普通は戦闘力に劣るシスターだけなので、単独で行動させたりすれば野生の獣や盗賊の類に襲われてしまいそうなものなのだが、俺の場合はその心配はない。
 なにしろ、空を飛んで移動する怪獣である。
 そんなものに襲撃をしようと考える獣も賊もいない。
 術者が倒されれば消えてしまうという欠点もあるが、そもそも戦う気のない俺が倒されるということもありえない。
 イリュージョンの魔法でシャドーたちを召喚した後は、空中で待機。
 あとは、弓や魔法で攻撃されても大丈夫なように見えざる手で壁を作っておき、シャドーが減ったらまたイリュージョンの魔法を使う。
 それだけで、敵を殲滅できるのだから、これほど楽なことはない。
 敵が降伏しても止められないという欠点はどうにもならないが。

 そう、楽なのだ。
 楽なだけに、俺はそれを見続けなければいけない。
 自分の仕業で、人が死んでいく光景を見るというのは、想像以上のストレスを感じさせてくる。
 元々スプラッタは苦手だというのもあるが、戦争だからといって容赦なく人の命を奪う今の自分は、心まで怪物になったのではないかという気がして、内臓から広がる冷気が全身を冷たく侵していく。
 だけど、目を逸らすわけにはいかない。
 散発的に飛んでくる弓矢や魔法の攻撃を止める見えざる手の壁を張り続けなければいかないし、シャドーの数の確認も怠るわけにはいかない。
 それに、目を逸らしたところで、シャドーによって命を散らしている騎士たちを殺しているのが俺だという事実が変わるわけではないのだから。

「大丈夫?」

 尋ねてくる言葉はミネルバのもの。
 俺が戦場に出ることを忌避していることを、誰よりも理解しているミネルバには、この光景を作り出している俺のことが心配でならないのだろう。
 ミネルバが、そんなだから俺は逃げられない。
 どれだけ苦しくても、この優しい少女を見捨てられない俺は、この戦争に最後まで関わり続けなくてはならなくなるのだ。




 などというイベントは起こらなかった。

「また独り言か?」

 尋ねてくるミネルバに、「まあね」と答えて土を掘る。
 俺が何をしているのかというと、貯水池作りである。
 国民が増えて、開拓地も増えた現在のマケドニアに必要なのは、農耕のための必需品である水源の確保である。
 本当なら、国民総出で行われるはずのそれは、戦争のための勃発で屈強な若者が兵士として連れて行かれたために人手不足となり、結果、この国でもっとも暇な労働力である俺に回ってきたわけである。
 戦争には行かないのかって?
 もちろん行きませんよ。行けとか言われたら、即座にこの国から逃げ出す自信があるね。
 俺が逃げたら、竜が言う事を聞かなくなって、あっという間にマケドニアが滅亡することになりかねないとか、この戦争の始まる原因の一つが俺だとか知ったことじゃありません。
 徴兵制度のない日本の国民舐めんなって感じです。
 イリュージョンを使えば、自分は戦わなくてもいいなんて誤魔化しに騙されるほど、俺の想像力は貧困ではないのです。
 ミシェイルも、それを知ってるんで俺に戦えとか言わないしね。

 だけど、独り言の全てが俺の妄想ってわけではなかったりする。
 たとえば、マケドニアとグルニアが戦争状態になったのは事実だし、アカネイア寄りの騎士が遠征してきたのも、それを迎え撃ったのがたった一頭の火竜だというのも事実だ。なにせ、それが妄想のネタ元だしね。
 違うのは、グルニアの騎士を迎え撃ったのが、レナだけを背に乗せたカーマインだということだけである。
 そんで、それを遠く離れたマケドニア王宮で、視界を風に乗せて見ていた俺をミシェイルが「なんでもありだな、お前は」とか言ってたけど、どうでもいいよね。

 王宮を半壊させたイリュージョンの魔法に興味を持った人間は多かった。
 まあ細かい制御が利かないのは問題だが、たった一人の術者がいれば、使い捨てにしても心の痛まない一つの部隊が作れるのである。戦争に使うにしろなんにしろ覚えておいて無駄になる魔法ではあるまい。
 が、これが簡単に使える魔法ではなかった。
 まあ、本家バレンシア大陸でもシスターの専用魔法である。この大陸に置いて、大賢者ガトーに次ぐ魔道の使い手であるガーネフにすら、結局使えるようにはならなかったと言えば、その難しさが分かってもらえるだろうか。ゾンビやガーゴイルの、モンスター召喚魔法であるメサイアは使えるようになったが。
 そして、王宮の住人たちの中で、俺以外にこの魔法を使えるものが一人というか一対だけ誕生した。
 レナとカーマインである。
 特にシスターになる修行を積んでいないレナにも、獣程度の知能しかないカーマインにも、魔法は使えなかったのだが、何故かこの一対が協力した場合に限り、魔法が発動したのだ。
 どういう理屈でやっているのかとレナに尋ねてみたが、考えるのではなく感じるんだ的な説明をされてしまった。もちろん、理解はできなかった。
 この一心同体コンビには、レナに槍を持たせて二つで一体の妖怪と呼んでやろうと思ったが、なんとなく後が怖かったのでやめておいた。
 いや、カーマインは、ゴジラかお前は! ってくらいぐんぐん成長してて、そいつが更にイリュージョンの魔法で影の火竜の軍団を出せるようになったとか、恐ろしくて怒らせるようなことはできません。俺が召喚できるのは、竜は竜でも飛竜だから、シャドー同士で戦わせたら負けるしね。
 なんか最近、カーマインが本当に火竜なのか疑問を感じてきましたが、見えざる手でいっぱつ制圧できる俺が言っても説得力に欠けるらしく皆にはスルーされます。
 カーマインのシャドーは飛べないから逃げるのも簡単だしね。


 そんなこんなで、前線にでる機会もないので、前足を器用に動かしてモグラのように土を掘る俺。
 見えざる手は使わないのかって? 使ってたよ。でも、すぐに飽きたよ。
 見えざる手は便利だけど、黙って見てるだけなんで肉体的には楽だけど精神的に疲労するのよね。そもそも俺の肉体は、疲労知らずの火竜だしね。
 というわけで、肉体労働に勤しむ俺です。効率とか知ったことか。

「それはいいが、モグラの真似はやめろ。井戸を掘ってどうするつもりだ貴様」

 おや、ミネルバからクレームが入りましたよ?
 毎回同じ作業じゃ飽きるじゃないか、少しは遊ばせろよ幼女。

「幼女いうな! 大体、なぜ私まで、こんな地味な仕事に回されねばならんのだ」

 なによ。国民の皆さんのための大切な仕事じゃないか。こういう仕事こそ蔑ろにしちゃいけないんだぞ。

「その大事な仕事で遊んでいる奴が言うな!」

 むう、イライラしてるな。カルシウムが足りないんじゃないか? 小魚と牛乳、持ってこようか?

「いらん! 大体、私が言っているのは、何故、国の興亡を賭けた戦いの最中に王女である私が、こんなところにいなくてはならんのかということだ」

 何故って言われてもねえ。
 俺の飼い主だからとしか言いようがないよ。

 答えてあげたら、くそっ、と呟き苛立たしげに頭をかき始めた。
 対外的に、現在マケドニアはグルニアとの戦争状態に入っているんだけど俺は戦場に出て行くつもりはなく、その俺を乗騎にしたミネルバは他の竜に乗る気はないので必然的に戦争に参加できなかったりするのだ。
 国王である兄ミシェイルや、その側近のカチュアまで前線に立って軍を指揮している現在、それを本人は重大な裏切りのように感じているらしいが、客観的に見ると十代前半の年齢の少女であり現国王ミシェイルにもしものことがあった場合に次の王として立たなければならない王女が前線に出るなど、俺のことがなくても認められることではない。
 とはいえ、ミネルバに言わせれば、年齢に関しては自分より年少のカチュアやレナが、身分で言えば自分より重要な位置にいるミシェイルが戦場に出ることが許されて、自分はダメだということが納得できないでいるらしい。

 真面目な子は気苦労が多くて大変だよね。
 たんなる反抗期って気もするけど。思春期の子は難しいわ。

「分かっているんなら、少しはこちらの苦労も考えてくれませんか?」

 そんなことを言ってくるのは、最近ペガサスに乗る練習をしているパオラです。
 俺に乗せられるがというか触るのが嫌だからと頑張っているらしいが、その身についた竜の体臭のせいでペガサスに恐れられて難儀しているらしい。あきらめて竜騎士を目指せばいいのにね。

「ほっといてください。というか、レッド様の、そういう心無い言動のせいでわたしたちがどれだけ苦労をしているか自覚してますか?」

 おや、なんか説教が始まりそうですよ。
 さーて、仕事仕事。国民の皆さんのための大事な仕事は真面目にやらないとねー。
 と、ちょこちょこと石を運んでいるチキに頷きかけると、同じように「ねー」と頷き返してきた。
 和むなあ。
 チキが何をしているのかというと、本人は仕事の手伝いをしているつもりのようです。実際には、幼女の手でできる程度の作業量じゃ大して足しにもならないんだけど、俺の精神的疲労を和らげるという意味では役に立っている。パオラは、一向に俺に慣れないし、ミネルバはイライラしてるしね。
 ミネルバも、昔は今のチキみたいに素直だったのに、時の流れは残酷です。

 とりあえず、仕事を再開する俺の邪魔をしてまで説教をするわけにはいかないパオラは、それで口を噤む。
 うむ、計画通り。
 しかし、憤懣やるかたないミネルバはそれでは収まらず、剣の練習をするぞとパオラを連れて行ってしまった。
 仕事はいいのか? 俺がサボらないか監視する仕事は。

「今もサボってるようなものでしょう。本当なら、あっというまに終わらせることができる仕事を時間をかけてやってるわけですし」

 まあね。と、声の方に顔を向けると、そこにはハイキング用に作ったカーペットに横座りした紫色の長髪を背中に流した一人の少女。聞いて驚け、アリティアの王女エリスがいる。
 何故ここにエリスがいるのかといえば、そこには話せば長くもない事情がある。

 エリスをマケドニアに連れてきたのはガーネフ。
 大賢者の死後、ガーネフが最初に向かったのは自身の師匠ガトーの根城である。
 気の遠くなるような長い年月を生きてきたガトーが知る魔法は多く、彼は幾人もの弟子にそれぞれ別の魔法を伝えた。
 それは、一人の人間だけに継承させるには膨大に過ぎる量があったからであるが、自身の優秀さを信じるガーネフは自分ならばそれら全てを継承できると信じ手に入れようと考えた。そして、そこで出会ったのだ。ガトーの教えを受けシスターとしての修行をしていたアリティアの王女エリスと。
 エリスが、ガトーの元で修行し使えるようになるのは、死者の蘇生を可能にするオームの杖。
 本来であれば、ガーネフはこれを利用しようと考え、それが理由でエリスを拉致したのであろうが、この時の暗黒司祭は心中の闇を抜き取られ、綺麗なガーネフになっていた。
 その魔法で、ガトーを蘇らそうと思わなかったのかって?
 うん、それ無理。
 死者蘇生の魔法は、損壊の少ない遺体と儀式のための祭壇を必要とするんだけど、遺体は埋葬済みで掘り返したりしたらえげつない物が出てきそうだし、祭壇の用意もない。
 ついでに言うと、餅が喉に詰まったままなので、蘇生しても即窒息死する危険性もある。

 だから、エリスをどうこうしようという考えは持たなかったのだが、ならば放置しておけばいいのかというと、そういうわけにはいかなかった。
 なにせ、ガトーはもういないのだから、少女を一人で残しておくのには不安が残るし、そこがエリスの故郷から遠く離れた地であり、少女一人の足で帰すには治安の意味で無理がありすぎた。
 かといって、ガーネフがアリティアに送っていくわけにもいかない。
 知る人ぞ知る悪名の高い暗黒司祭が、王女を連れてアリティアの城に行くというわけにもいかないし、アリティアはいずれ起こる戦争においてアカネイアの側につくことが確実な国である。
 ここでアリティアの王女の身柄を押さえておくことは損にはならないし、それがなくても多くの竜を抱えたマケドニア側の負けはないとガーネフは判断している。
 ならば、落とされることが確実の城に送り、そのドサクサで命を落とすかもしれないような危険を冒させることが正しいとは思えなかったのだ。

 だからといって、少女を誘拐してくるのは如何なものかと思わなくはないが、そんな理由で連れてこられたエリスは俺に預けられた。
 理由は幾つもある。
 見えざる手を使う俺の手から逃げ出すのは不可能に近いということ。
 逆に、俺の傍にいれば、どんな危険も回避可能なこと。
 いざ戦争になってアリティアが敵対すれば、そこの王女であるエリスにも敵意と警戒の目が向くことになるだろうが、俺の傍にいればそれも和らぐだろうし、直接危害を加えようとする者も現れない、現れても取り押さえるのが容易なこと。
 そして、なによりも俺という竜を恐れないのが大きい。
 王宮に火竜が住み始め、それらに慣れ始めたマケドニアの国民たちの中にも俺という喋る竜はいまだに恐怖の対象であると考える者は多い。ミシェイルのマムクート受け入れ政策なんかも、俺に操られてのことだと考え苦々しい思いをしている者もいるくらいだ。
 警戒心の薄い子供にはそうでもないんだけど、分別のある大人には人気のない俺です。子供にだって、好かれるのと怖がられるのが半々くらいだけどね。
 それはさておき、俺を恐れないのであれば、預けておくことになんの問題もないということである。
 体よく子守を押し付けられただけの気もするけど。

 そんな大人の都合に、当のエリスが何を思っているのか俺には分からない。
 心を読めば済む話なんだけど、子供相手にやろうとは思えない。子供が何を企んだところで大した事はできないしね。

「どうしたんですか?」

 黙り込み考え事を始めた俺に、不思議そうな顔で問いかけてくるエリスに「なんでもない」とだけ答えて俺は穴を掘る。
 黙々と掘って掘って掘り進み、そしてジワリと土から染み出す水が爪を濡らすのを感じる。

 あれ? 地下水脈? 本気で井戸を掘り当てちゃったのか?
 考えてる間にも、こんこんと水が湧き出してきたので、とりあえずチキとエリスを見えざる手で持ち上げて離れてみます。
 カーマインみたいな大怪獣と比べると小さく見える俺も、人間から見れば普通にバカでっかい巨体の生物なので、移動したりすると遠くから丸分かりです。
 というわけで、気づいたミネルバとパオラが、どうしたのかと帰ってきたので教えてあげます。

「本当に、井戸を掘っちゃったんですか」

 呆れたよな声音で言ってくるパオラ。
 ごめんね。期待を裏切らなくて。

「でも……」

 どうしたのさパオラ?

「へんな、においするよー」
「そういえば……」
「これは、卵の腐った臭い?」

 チキ、エリス、ミネルバが、パオラに続く。
 むう、卵の腐ったような臭いというと硫黄か? つまり温泉か? 俺は温泉を掘り当ててしまったということか? そういえば、なんか温かいぞ。

「おんせん?」

 チキは知らないのかな。温泉というのは、火山帯に湧くお湯を使ったお風呂のことです。これに浸かると血行が良くなったりと体に良かったりします。
 飲料水や、農耕用の水源には向かないけどね。

「つまり?」

 うん。ここでの貯水池作りは失敗だね。でも、俺のせいじゃないのに冷たい目で見るのは止めてよ幼女。

「だから幼女と呼ぶな! レッド以外の誰のせいだというのだ。火山など、一つとしてないこのマケドニアで温泉を掘るなんて、お前が何か変なことをしなければありえないだろう」

 そうなんだよね。たしか氷竜神殿に行く途中には溶岩地帯があったような気がするけど、それ以外にはアカネイア大陸のどこを探しても火山とかそれに関するものは見当たらないんだよね。
 でも、俺が何をしたってわけでもないことで怒られるのは不本意ですよ。
 世の中には、火山帯じゃなくても湧く温泉だってあるさ。知らんけど。

 というか、ついでだから皆、温泉に入ったら? ミネルバはパオラと剣の修行とかしてて汗かいたわけだし。
 
 言ってみたら、悩みだした。
 温かくなってきたっていっても、春先は冷えるからね。汗をかいたままじゃ風邪を引きかねないしね。
 それ以前に、単純に汗で濡れた服が気持ち悪いんだろうけどね。
 とりあえず、ミネルバが考え込んでる間に、温泉作りに精を出してみよう。
 広さは、直径10メートルくらいがいいかな。
 火竜の俺にとってはぬるいくらいでも、人間には熱湯って温度だからね。適温に冷ますためには広く浅く掘るのがコツです。
 しかし、水温が低すぎると温泉の醍醐味がなくなるんだから困った話だ。
 どっちにしろ、俺にはぬるすぎて温泉の醍醐味なんか味わえないけどね。
 魔法や火竜の吐く炎が平気な俺が、温泉気分を味わえるお湯ってどんな高温なんだろう。
 どんだけ熱くても、お湯も水だからそれが理由で俺とは相性が悪いんだよね。いっそ、溶岩にでも浸かれば温泉気分が味わえるかもね。怖いからやらないけど。火山に落とされて、しばらくしたら出てくるとか、そんな怪獣王みたいなことはカーマインにやらせておけばいいと思うよ。

 考えながら作業を続けていたら、いつの間にか温泉が完成してチキが全裸になって湯に浸かっていた。
 はえーなオイ。物怖じしないっていうか、将来が心配なレベルの即断即行っぷりだわ。
 そして、そんなチキを困った顔で見てるミネルバたち年長の三人。

 で、きみたちは、どうするんだね?

 聞いてみたら、少し考えた後にエリスが服を脱ぎ始めた。入るのね。物怖じしない子だわ。
 残る二人はどうするのかと思ったら、なんかミネルバが怒り出した。なにゆえ?

「何をジロジロ見ている!」

 え? 何が?

「女の子の裸をジロジロ見るなと言っているんだ!」

 ああ、そういうこと。でも、今更だよね。エリスはともかく、幼女の裸なんてミネルバたちで見慣れて……。

 ゴスンッと頭に何かが当たった。
 ミネルバの投げた拳大の大きさの石だね。
 なにさ?
 視線を向けると、顔を真っ赤にしたミネルバがいますよ。どうしたんだろうね。

「うるさい! あっち行ってろ!」

 えー、俺にはエリスを監視するという仕事も。

「行けと言っている」

 据わった目で、すらりと剣を抜くミネルバ。
 怖っ、子供の剣じゃ傷ひとつつけられないと分かっていても怖っ。
 はいはい分かりましたよ。まったく思春期の女の子は難しいわ。

「いいから、さっさと行け!」

 へいへい。ついでに、城まで一ッ飛びしてタオルと着替えも持ってきてやるから、感謝するがいいわ。
 一応、護衛を置いて行こうかね。イリュージョンでシャドーの飛竜を作ってと、よし。




 マケドニア城に戻ったら、ミシェイルが帰って来てて金髪の少年と話してました。
 グルニアとの戦争はもういいのかと聞いたら、問題なく同盟関係になったとのこと。そりゃよかった。
 ま、実質的な戦争はカーマインの活躍で終わってたしね。ミシェイルのお仕事は外交方面です。俺も骨を折った甲斐があるってもんです。

「お前が何をした?」

 鋭いツッコミだよねミシェイル。
 カーマインがグルニア騎士団を蹂躙してる間、頭の上のレナに万が一のことがないかと見守ってたよ。
 いざという時は、見えざる手を使って守る心積もりだったさ。やったら、カーマインが不機嫌になるからギリギリまでやらないつもりだったけどね。

「そして、万が一のことが起こらなかったから黙って見てたと?」

 まーね。
 そんなことより、さっさとミネルバたちの所に戻らないとね。
 ミシェイルの友達らしき少年のことも気にならないでもないけど、あんまりミネルバたちをほっとくのも問題なので、温泉の事を話してタオルと着替えを用意してもらおう思ったらなぜかミシェイルと少年もついてくることになってしまった。王としての激務の疲れを温泉で癒すつもりなのかな。どうでもいいけど。
 しかし、その後温泉にて金髪の少年とエリスの間にフラグが立つことになろうなどとは、この時の俺は知る由もなかったのである。

 うん、知らないよ。
 俺が置いていったシャドーが、ミネルバたちやマケドニアの国民は味方に設定してたんだけど、ついてきた少年がグルニアの騎士だったりしたんで攻撃しかけたとか、正義感を見せたエリスが少年を庇おうとして、逆に守られて色々とか、予測できるわけないよね。


 もちろん、その後は説教大会でしたよ。他国の将来有望な少年騎士が命の危機に陥ったとか、普通に外交問題に発展しそうな事件だしね。



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マリクとニーナを涙目にするフラグが立ちました。



[8075] Act.14 最新話?
Name: 車道◆9aea2a08 ID:47d8557d
Date: 2011/07/26 20:07
季節は夏、冷房なしでは過ごしにくい季節である。



 白く柔らかな腹部に、赤く染まった凶器がめり込む。
 その凶器を持つ加害者の目には何の感情も浮かんではおらず、命の火の消えた被害者の目は死んだ魚の目。
 加害者の手の凶器が、がっちりと被害者の腹に食い込んでいることを確認した時、俺は動く。

 フィッシュ。

 俺の尻尾の先に結び付けられた糸が引っ張り上げられ、その反対側の端にくくりつけられた小魚を、その両腕のハサミで餌の小魚をはさんだ瞬間のザリガニを釣り上げる。


「よく、針もなしで釣れるものですね」
「すごい! すごーい!」

 感心する紫の髪の少女と嬉しそうに笑い声を上げる緑の髪の少女。
 言うまでもない気がするが、アリティアの王女エリスとマムクートプリンセスのチキである。
 で、俺の飼い主のミネルバはどうしているかというと、捨てる寸前の壊れかけた木桶に釣ったザリガニを入れている俺を少し離れた所で不機嫌そうに見ていたりする。
 ちなみに、いつもは一緒のパオラは夏風邪で寝込んでてお休みしてて、マリアとエストは看病すると言って城に残ってる。
 俺は行かないのかって?
 嫌がらせと思われるよ。パオラにもエストにも嫌われてるし。

「そんなことの何が面白いんだ」

 黙り込んでいたミネルバが口を開いたと思ったら罵声でした。
 何がと言われてもねえ。
 顔を見合わせる俺とエリスである。

「今日のミネルバ様は、いつもにも増して随分と不機嫌みたいですね」

 うん、実は先日ようやく女の子の日が来てね……。

「違う!!」

 言葉と同時に飛んで来る拳大の石が俺の頭にヒット。
 川原は小石が多いのに、わざわざ大きいのを探して投げてくるとか強肩な娘です。
 どっちにしろ砕けるのは石の方だけど、だからといって人に石を投げるのは感心しないね。

「人じゃないだろう。お前は」

 むう。事実とはいえ傷つくお言葉だ。嘘だけど。
 化物扱いされるのが日常茶飯事な俺に、その程度で傷つく繊細な心は残ってません。人間は良くも悪くも慣れる生き物だしね。
 それはともかく、最近のミネルバはこんな感じで不機嫌なことが多い。
 特に、ミシェイルが城にいないとすぐに怒る。
 戦場に出た兄への心配と、そこについていけない自分への苛立ちが マケドニアが他国と戦争をしている現状でザリガニ釣りなんかをして遊んでいる俺への怒りに繋がっていることは理解できるんだけどね。
 きっと、心の中ではコイツさえいなければ自分も戦争に参加できたのにとか思っているに違いありません。
 別に俺の飼い主でなくても、戦争に参加できないと思うんだけどね。年齢的に考えて。
 そういう正論を言って納得できない年齢の子は難しいわ。
 ミネルバとあまり歳も変わらないのに、最強の竜騎士として前線に立って戦ってるレナの存在がある限り、こっちの言い分にも説得力がないしね。

 実は、ミシェイルはレナが戦場に立つことも歓迎してなかったりするが、カーマインの存在なしにマケドニアがこの戦争に勝つのは難しい。
 強力な火竜騎士団があろうがマムクートのたちの部隊があろうが、それだけで勝てるほど戦争は甘くはないし、勝っても多くの犠牲者が生まれてしまう。
 アカネイアのような大国ならともかく、マケドニアのような貧しい国家で、それは滅亡への道程に他ならないわけで試合に勝って勝負に負けるという事態になりかねない。
 しかし、カーマインがいればそれを容易く覆せる。
 実は、万能に近い能力を持っている俺にも軍隊を相手取って戦うのは簡単なことではない。
 なにしろ、どんな能力を持っていてもこの身は一般的な火竜のものと変わらないのだ。
 それでも、人間や大抵のモンスターなんかに比べれば無駄に頑丈な肉体ではあるが、人の手では倒せぬ無敵の存在とは言えない。
 空を飛んでいれば安全地帯にいるようなものだと言っても、戦争をやっている間ずっと飛んでいるわけにはいかないし、地に降りているときに奇襲を受ければそれまでだしね。

 対してカーマインはと言えば、その巨体とその体重を支える筋肉の強靭さはまさに怪獣と呼ぶほかなく、ミサイルを持ち出しても倒せるのかどうか怪しい大怪獣を前にして剣と魔法の世界の住人など軍隊をもってしても脅威にはなりえない。
 そんな無敵の存在を外すわけにはいかず、当然カーマインに言う事を聞かせられる唯一の人間であるレナを外すわけにもいかないのであった。
 まあ、持ってる能力が逆でも俺が戦場に出ることはないんだけどね。
 怖いし面倒臭い。
 行かなきゃ国が滅ぶかもしれないとか知ったことじゃない。
 高貴なる者の義務だっけか、王族であるミネルバが当たり前の常識として持つそれは、一般的日本人である俺には縁がない代物だ。
 顔見知りの人間だけが無事なら他はどうでもいい、他人に無関心な現代人だからね。

 それはともかく。

「ミネルバだって、昔はよく一緒にやってたじゃないか。ザリガニ釣り」
「そんな性別の区別をする必要もなかった子供の頃の話をされても知るか!」

 今だって子供だろうにね。
 この世界では何歳くらいから成人扱いされるのか知らないけど。

「というか、そのエビはザリガニという名前なんですか?」

 エリスが物珍しそうな顔で訪ねてきた。
 そう、アメリカザリガニ。マッカチンとも言うらしいね。
 ところで、この世界にはアメリカが存在しないわけだが、アメリカザリガニという名称で本当にあってるんだろうか?
 違ってても、恥をかくのは間違って覚えたミネルバやエリスであって俺じゃないからどうでもいいんだけどね。
 その後で、嘘を教えたなと怒ったミネルバに仕返しをされるだろうけど。
 しかし、お姫様とかはザリガニを見たことないのかな。
 川遊びをしたり田んぼの脇のあぜ道を走り回ったりするお姫様とかも、あんまり想像できないけど。
 いや、ミネルバもマリアもお姫様だけど、よく庶民的な遊びをよくやってたか。

 「アメリカザリガニ……、ですか。随分と小さなエビですね」

 小さいエビとな? まさかエリスの言うエビとは伊勢海老かロブスターのことか!?
 俺なんか日本人だった頃にすら食ったことがない高級食材を食ったことがあるというのか!?
 伊勢って地名じゃないのか!?

 ……今更だな。
 それにエビと思わせておいても何の問題もない。

「それで、このザリガニ釣りには、どんな意味があるんですか?」

 どんなもなにも釣りってのはそれ自体が目的なんだよ。キャッチアンドリリース。

「逃がすんですか?」

 いんや食べる。

「…………」

 何故に距離をとる?

「だって、これを食べるとか言われると……」

 そう言って顔を向けた先には、金具が外れて今にも分解しそうな木桶いっぱいに入ったザリガニ。
 こう、木桶に隙間なく入ってるのがワシャワシャ動いてるのを見ると確かに、ちょっと気持ち悪いけどザリガニをエビと言った子供のセリフかね。

「でも、私が食べたことのあるエビは、ちゃんと調理されてましたし」

 なにかい。俺が生でザリガニを食べるとでも?

「違うんですか?」

 ああ、ちがうね。全っ然っ違うね! 何のために、王宮から出かけるときに壊れかけの木桶と使わなくなった鍋を借りてきたと思ってる?

「釣ったザリガニを入れるためでは?」

 それは、木桶だけで事足りる。俺が鍋を持ってきた理由はこうだ。

 見えざる手で集めたその辺の石で台座を作り、その上に水を張った鍋を乗せて、下に入れた枯れ木や枯れ葉に火をつける。
 水が沸騰したら、ザリガニを入れて茹で上がるまで待って食す。
 これが俺のおやつである。この世界に来てからの、ではなく人間だった頃の。
 と言っても、子供の頃の話だけどね。
 一日置いて泥を吐かせろ? 知るか!
 そんなわけで、鍋が煮えるまでにちょっと時間があるので、もうちょっと釣るために先っぽを死んだ小魚に結びつけた糸を川に沈める。
 竿? ザリガニ釣りには、いりませんよそんなもの。

「餌の小魚もボロボロになりましたね」

 さもありなん。
 ザリガニ釣りは、ザリガニのハサミが餌を挟んだところを狙って釣る遊戯なので、挟み方が弱いと釣れないし、強いとすぐに餌がボロボロになるのだ。
 しかし、改めて見るともう一度でもザリガニのハサミにかかればバラバラになりそうなくらいボロボロだな。餌を交換したほうがいいかもしれん。

「可哀想だからやめませんか? 鍋が煮えたら、もうザリガニ釣りは終わりなんでしょう」

 まあね。
 釣ったザリガニ全部を一度に鍋に入れるわけにもいかないし、入れて煮て食べて入れて煮て食べてを繰り返すためには釣りなんかやってる暇はない。
 だから、餌用の小魚を捕まえるのは見えざる手を使うから五秒もあれば充分だけど、ザリガニの方は一匹釣る間に鍋が煮えるだろうね。

「だったら、やめましょうよ。というか、その見えざる手はザリガニを捕まえるほうには使えないんですか」

 使えるけど、釣りには浪漫というものがですね。

「小魚を捕まえるほうには浪漫がないんですか」

 ないね。というわけで、適当に泳いでる小魚を……。

「や・め・ま・しょ・う・ね!」

 はい。
 何この娘、笑顔が怖い。

「そんなことを話してる間に鍋が沸騰してるぞ」

 おお、確かに。ありがとうミネルバ。
 お礼を言ったら、そっぽを向かれた。
 思春期の子供は本当に難しい。とりあえず、ザリガニを鍋に入れるか。

「そんな風に問題を先送りにしてるから、ますます関係修復が困難になっていくのでは?」

 アーアーキコエナーイ。

 時間が解決してくれるのを待とうよ。嫌なことや面倒なことからは、目を背けて生きるのがニートの習性です。

 さて……、
 って、チキさん。何をやっておられるので?

「え?」

 と顔だけ振り返ったチキは、しゃがみこみ両手に持った二匹のザリガニを接触させることで、お互いをハサミで攻撃させていた。
 食べ物で遊ぶのはやめなさい。いや俺も幼少時には、よくそういう遊びをやったけどね。主にカマキリで。
 ちなみにカマキリは背中に手が届くので、うっかり捕まえると指を鎌に引っ掛けられて痛い目を見たり、そこで捕まえる手を緩めても向こうは鎌を外さず挙句に指の肉を齧ってきて血を見ることになるのでチビッ子は気をつけろ。

「いいんじゃないですか。いっぱい釣ったんですから、二匹くらい」

 いや、お行儀の問題がですね。

「川で釣ったエビを、その場で鍋に入れて食べようという時点で、そういう問題ではないのでは?」

 まあね。
 しょうがないから、チキのことはほっといてザリガニを何匹か鍋に入れよう。
 生きたまま熱湯に入れるとか、考えようによっては残酷極まりないね。
 そして煮ること十数分。
 いい感じに茹で上がったザリガニを見えざる手で持ち上げて尻尾を引っこ抜く。
 そして、尻尾にくっついてきた内臓は捨てることにして殻を剥いて白い身を取り出す。

 はい。チキ、あーん。

「んぅ?」

 何のことかわかっていない様子だがチキは言われるままに口を開いたので、そこにホコホコの白い身を放り込む。
 で、お味は?

「おいしい」

 モグモグゴックンとザリガニの尻尾を飲み込んだチキは、顔をほころばせて答えてきた。
 そりゃあ、よかった。
 エリスも食べる?

「えっと、じゃあ一ついただきます」

 了解。
 見えざる手で茹で上がったザリガニを二匹持ち上げ、さっきと同じように引っこ抜いた尻尾の殻を剥いて、エリスと雛鳥のように口を開けて待っているチキの前に運ぶ。

「えっと……」

 食べないのかい? チキなんか、水族館のショーに出演しているイルカが水面から跳び出すような勢いでパクついたのに。

「いえ、何もない空中に浮いているのを、そのまま食べるというのはちょっと」

 確かに、糸でつってあるわけでもなく空中浮遊している物を食べるのは勇気がいるよね。
 だからと言って、手づかみで食べるのも抵抗があると。
 そういえば中世ヨーロッパでは食事は手づかみが普通だと聞いたことがあるけど、この世界では貴族はもちろん平民だってスプーンとフォークを使って食べてるんだよね。木製の。
 パンなんかを食べる時はさすがに手づかみだけど。
 まあ、そこは妥協して俺の見えざる手の世話になってもらおう。

「はい」

 首肯したエリスは口を開き、そこに見えざる手で持ち上げられた白い身を入れる。
 ベロンゴックン。
 などと、はしたない音を立てるはずもなく。
 咀嚼音など聞かせてなるものかと言わんばかりに静かに口を動かし、コクリと静かに嚥下した後に、「あら?」という顔をする。

「エビとは少し味が違うんですね」

 そうかい? 俺的にはエビと区別がつかない味なんだけどね。
 これは味付けをしてないから、味が薄いだろうし違ってて当然なのかもしれません。
 塩茹でにでもすればよかったのかもしれないけど、川で捕まえたザリガニをその場で食べるなんて理由で持たせてくれるほど塩は安価ではなかったりするのです。
 今度、海にでも行った時に海水から精製できるか試してみようかな。
 まあ、いいや。とりあえず、もっと食べるかい?

「食べるーっ」

 嬉しそうに答えてくるチキの返答を聞き、次のザリガニを持ち上げ殻を剥きながら鍋に追加のザリガニを入れる俺。

「私は、もう充分です」

 何? 自分は、いつでも本物のエビが食べられるから、こんな貧乏人のおやつは食べたくないって?

「言ってませんし、思ってもいません!」

 なんだ、つまらん。

「レッド様?」

 おおぅっ、笑顔が怖い。この娘ってガトーの所に修行になんか行かずに剣の修行でもしてれば、ファルシオンを装備して自分でメディウスくらい倒していたんじゃなかろうか。

「私のことより、レッド様は食べないんですか」

 食べるよ。ただ、俺の場合はサイズの都合上一匹ずつ食べても味わえないからね。皆が食べ終わったら残りを全部一口で食べるつもりなんだ。
 鍋いっぱいのザリガニでも、なんとか味がわかる程度の量でしかないんだけどね。
 あーあ、どこかに俺が食べるに丁度いい大きさのザリガニのいる巨大生物の島とかないかな。
 さすがに、南海の大決闘くらいに大きいエビが出てきたら俺の方が食われそうだけど。
 それはともかく。

 ミネルバもこっちに来て食べないかい?

「いらん!」

 しかし、後で食べたいとか言っても遅いよ。俺が全部、残さずに食べるから。

「言わん!」

 むう。意固地になってるな。

 冒頭の辺りの説明通りの理由で怒ってるのは理解できるんだけど、それはそれこれはこれとは思わないのかね。
 俺なんか、子供の頃に超合金ゴライオンを買ってくれって、親に駄々こねてハンガー・ストライキを起こしていた時だって、おやつは食べてたぞ。茹でたザリガニとか焼いたフナとか。ブラックバスは火が通らなくて食べられなかったけど。

「なんとなくオチが見えた気がしますが、それで買って貰えたんですか」

 いんや。外で色々と食べてるのを気づかれてたんで、意味がなかった。

「でしょうね」

 何故か納得顔になるエリス。
 なんだろう、エリスの俺を見る目が生暖かくなった気がする。
 やめてよね。日本なら義務教育が適用されそうな年齢の女の子にそんな目で見られるのに快感を覚える趣味は俺にはないぞ。

「それにしても、レッド様は時々意味のわからない言葉を口にしますよね」

 そうかな?

「そうですよ」
「いつものことだって、ミネルバやミシェイルがいってたよ」

 チキが口を挟んできたので、そっちを見ると次のザリガニをよこせと言わんばかりに口を開けて待っている幼女の姿があった。
 俺がエリスと話すばかりで次が来ないので、口を挟んできたというわけか。
 まあ、見えざる手の使える俺には手間でもないし、また鍋の中で煮えたザリガニを取り出し殻を剥いた尻尾を口に放り込むと、チキは嬉しそうに目を細める。
 なんか、動物を餌付けしてるみたいだな。まあ、チキ竜人族たるはマムクートなんだから似たようなものか。俺自身は火竜そのものだという事は棚に上げた話だが。
 とりあえず、煮えているのは殻を剥いておいて、鍋には次のザリガニを投入して行くことでチキがどんどん食べられるようにしておく。

「尻尾以外の部分は食べないんですか」

 泥を吐かせてないし臭いもあるから内臓は捨てるしかないんだよね。ハサミはカニに似た味がするから後で俺がまとめて食べるけど。

「なんだか、もったいないですね」

 きちんと調理したわけでもないし、仕方がない。
 でも考えてみれば、王宮に帰れば城の料理人が調理してくれるんだよな。
 しかし、今更ザリガニを城で調理してもらうのもなー。
 んん? そういえば、ちゃんと調理しないと食べられなくて捕まえずにいた生き物も川には生息しているんだよな。

 そうだ!

「何か、思いついたみたいですね」

 応ともさ。



「帰ってきたのか」

 帰ってきましたよ。
 てか、なんでミシェイルが城に? 戦争してるんじゃないの?

「王たる者が戦場にばかりいられるわけがないだろう。こっちには政務もある」

 ミネルバに任せれば?

「ある程度は任せているが、あの歳の子供に全部は任せられん」

 自分だって、十代の小僧のクセにね。
 あと、それならガーネフに任せるわけにはいかないのか。

「そっちには、俺がいない間の軍を任せてある」

 隙がないな。しかし、前線とこの城までは随分と距離があるのに、よく帰ってこれるもんだね。

「飛竜騎士のフットワークを舐めるなよ」

 ミシェイルの飛竜も大変だな。空を移動できるからって、気軽に移動できるような短い距離でもないだろうに。

「火竜のクセに、それ以上の距離を飛んで移動する奴に言われてもな」

 ごもっとも。

「で?」

 で?

「それは、なんだ」

 言いながら指差した方向には、空中にふよふよと浮かぶ自然石を削りだして作った小さなプールほどの大きさの巨大な水槽。俺が見えざる手で作りました。

「器用なものだな。今度、彫刻でも作ってみるか?」

 うん、それ無理。
 見えざる手を使えば、見本さえあればどんな彫刻の複製だって作れるけど、俺自身に芸術的センスがないからね。
 例えるなら人の手になる彫刻は絵画で、俺が見えざる手で作るのは写真のようなものだ。
 便利ではあるんだけど。

「それで、あの水槽には何が入っているんだ」

 そう訪ねてくるのは、石で出来ているのだからガラスのように中を見通せないためだろう。

「その通りだ。で、何が入っている」

 フナとかカエルとかタニシとか沢蟹とかカワエビとかドジョウとか手長エビとか、食用になる川の生き物を捕まえてきた。
 ああ、心配しなくても乱獲はしてないから。

「そんな心配はしてないが、そんなものを捕まえてきてどうしようと?」

 いや、だから調理してもらおうと。

「料理には仕込みというものが必要ということを知っているか? 煮たり焼いたりすればいいだけの食材ならともかく、そうでない食材をそんな大量にいきなり持ってこられても困るだけだろうが」

 むー。それならいっぺんに調理しなくても、少しずつ仕込みをして食べるのはどうかな」

「貴様という奴は……。前にナマズを大量に捕まえてきた時のことを忘れたのか?」

 あったね、そんなこと。童心に帰って大量に捕獲したっけ。
 それが、どうかしたかい?

「そのナマズに餌をやらずに放置して、共食いさせてただろうが」

 ああ、あれには驚いた。
 ナマズは肉食とは聞いてたけど、何の疑問もなく共食いを始める生き物とは思わなかったな。
 なんか、一日ごとに数が減ってるなとは思ったけど、気がついたら丸々と太ったのが一匹だけ残ってるときた。

「そして、最後に残ったナマズは餓死してたな」

 まあ、ナマズの餌なんて何を与えればいいか知らないしね。
 この世界には、ペットショップがあるわけでもないから魚の餌を買ってくるわけにもいかないし。

「その事を踏まえて聞こう。捕獲してきた川の生き物の餌は用意してあるのか?」

 ……捕まえてきた食材は新鮮なうちに調理してしまうべきだと思うんだ。

「自分でやるんならな。あと、あの水槽は城のどこに置くつもりなんだ。建物の中には入らないし、屋外に置いてあったら城内に放し飼いされている竜に食われるんじゃないか?」

 言われて見ると正論過ぎて答えが返せない……。

「わかったら、さっさと逃がしてこい」

 えー?
 俺が捕まえてきた食材で食卓を彩れば、ミネルバの機嫌も直るかもしれないのに。

「心配しなくても、そんなことでミネルバの機嫌はなおらん。むしろ、カエルは夜中に鳴いて安眠を妨害するから、置いとくとかえって機嫌が悪くなるぞ」

 そういえばそうだね。
 夏休みに親戚のお爺ちゃんの家にお泊りに来た都会っ子がカエルの鳴き声が気になって眠れないとかいう話も聞くし。
 ちなみに、田舎の島民なんかはカエルの声は気にならない代わりに、街に住んでる親戚の家にお泊りした時なんかに電車の音が気になって眠れなくなったりすることがあるらしい。
 どっちにしろ、ただでさえ寝苦しい夏の夜に安眠を妨害されて機嫌がよくなる理由はないし、逃がしてくるか。

「というか、レッドはカエルの鳴き声は平気なのか」

 田舎者ですから。
 夏の寝苦しさも熱さに強い火竜の体には無縁だしね。
 そうでなかったとしても、周囲の大気の温度や湿度を快適なものに変えることもできるナマモノな俺です。

「そんなことができるのか」

 できるよん。冬とかは、いつもやってたと思うけど。

「それもそうだな。だったら、城の周囲の温度を安眠できるような温度にしてやった方が、ミネルバの機嫌はとれるんじゃないか」

 えー? 俺にとっては、今が適温なんだけど。

「自分の周囲だけ外して、今の温度にしてればいいだろう」

 その発想はなかった。
 大した奴だ……まさかこれほどとは。やはり天才……。
 それじゃあ、まず捕まえてきたのを逃がして来ますかね。
 バサリと背中の翼を羽ばたかせ、見えざる手で持ち上げた水槽ごと高く飛び上がる。
 どうでもいいけど、火竜の翼ってもっと大きくないと自分の体を持ち上げて飛ぶのは無理なサイズだよね。
 実際に飛べてるんだから、考えるだけ無意味だけど。

 歩けばともかく、飛べばすぐに到着する川原に着陸して水槽をひっくり返しながらふと思う。
 そういえば、風邪を引いた病人は頭にカエルを乗せて冷やしてあげればいいと聞いたことがあるな。
 寝込んでいるパオラのために、全部は逃がさないでカエルを一匹残しておこう。
 どれがいいかな、っと。
 よし、大人の顔くらいの大きさのウシガエルが一匹いるな。



 その日、マケドニアの王宮内にて、絹を引き裂くような少女の悲鳴が響き渡ったという。
 はいはい、俺のせいですよ。



[8075] Act.18
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/01/10 19:58
 季節は夏、レジャーな季節である。



 肌を射す陽射しの下、海岸にだらしなく寝そべり、下あごを砂に埋めて眠っていた俺は、顔を叩くペチペチという音に頭を覚醒させる。
 そして、目を開けるなり「キャー!!」という楽しそうな悲鳴を上げて逃げていく金髪の幼女。

 なんだかねー。と、その幼女を視線だけで追うと、走っていく先にはよく似た顔つきの金髪の男の子がいて、木の影からオドオドとこちらを見ている。
 別の方向に視線を転じると、こちらが見ていることなど気にもならないという風に、ひざを抱えて海を見ながら黄昏ている少女たちがいたり、更に別のところでは泳ぐ水竜の背中に乗った幼女がいたり、それを追いかけて泳ぐ少女たちやおっさんがいたり、幼女や少女たちと鬼ごっこに興じる老人がいる。
 ついでに、シートの上に寝そべり目を閉じた少年やら、それを愛しそうな目でみる少女やら、周囲の者にどう見られようと知ったことかと言わんばかりに、肩を抱き合う少年少女がいたりするが、そちらからは目を逸らしておく俺です。
 もげればいいと思うよ。
 夏の海な浜辺にて全員が水着を着ている、この一行が何者たちなのかといえば、このアカネイア大陸にある国々の王族がほとんどだったりする。

 ◆

 アカネイア聖王国とマケドニアの間で始まった戦争は、春に始まり夏をまたいで秋にはマケドニア側の勝利で終息した。

 元々、平和ボケしたアカネイアとマムクートや野生の竜を軍に組み込んだマケドニアでは、軍事力に大きな開きがある。
 それでも、大陸の盟主国であるアカネイアには、他の多くの国に軍を要請する権限があり、アカネイアでなくてもマムクートや竜を忌避する者は多い。
 いかに強大な軍事力があったとて、大陸のほとんどの国を敵に回しては勝利するのは簡単ではないし、竜は強大だが市街戦への投入は制限されるという欠点がある。
 なにしろ、竜の巨体では建物を破壊せずに戦うというわけには行かないし、最大の武器である炎のブレスなんか使おうものなら、街は火の海になってしまう。
 竜による殲滅戦をしかけ、生き残ったものを恐怖を持ってして支配するというのならともかく、そうでない以上、無意味に軍人でもない者たちの被害を出すわけには行かないのである。
 戦争の序盤に、グルニアが同盟国になったが、それでも主力を欠いたマケドニアが勝利するのは難しかった。
 と言っても、負けはないのだが。
 マケドニア、グルニア同盟軍に対してに守衛ではなく攻勢に出ようというのなら、アカネイア連合軍は市街戦を捨てて、野外戦をいどみ勝利しなくてはならない。
 そうなれば、マケドニア側は多くの竜を組み込んだ軍を戦に使えるし、それを突破できるのは連合軍では神剣ファルシオンを所有するコーネリアス王のいるアリティア軍くらいのものであったろう。

 だけど、アリティア軍が攻勢に出てくることはなかった。
 当然だろう。
 連合軍にはアカネイアの貴族たちが率いる軍もあったのだ。
 竜に対して優位にある唯一の戦力を出撃させて、その間に自分たちの軍が竜に襲われてはたまらないというのが、アカネイア貴族たちの考えであったのだ。
 まあ、マケドニア側に、市街に陣取る連合軍相手に竜を投入する気はなかったのだが、マムクートなどという化け物と手を組む者たちに対する信用など、アカネイア貴族にはなかったということである。
 そうして、どちらが優勢とも言えない状況は、夏も終わろうという頃に変化する。
 自身の保身ばかりを考えるアカネイア貴族たちに対して、さっさと戦争を終わらせるように本国から指令が下ったのだ。
 現場を知らない本国の貴族たちにとって、いつまでも勝ちも負けもない膠着状態と言うのは、現地の軍人たちの怠慢ゆえのものであるとしか思えないし、それも間違いとは言い切れない辺り、救われない話である。
 そうして、連合軍が攻勢に出ることになった。
 竜が存分に暴れられる野外戦においてのアリティア軍の活躍は、予想以上のものであったという。
 なにしろ、アリティア王、コーネリアスの持った神剣ファルシオンがチートくさい。
 竜殺しの特性を持つその剣は、それだけではなく剣や槍で接近戦を仕掛けてくる者の動きを封じ一方的に攻撃ができるという、FC版にみられた劣化マフーな特殊能力を持っていたのである。
 まあ、魔法や弓矢による攻撃には無力だったりするが、両軍入り乱れての乱戦に、敵国の王をピンポイントで狙撃するなどということがいかに難しいことかは説明するまでもないだろう。
 ついでに言えば、アリティア軍はドラゴンキラーを大量に仕入れて武装すると言う正気とは思えないことをやっていた。
 竜以外には効果が薄い上に、非常識なまでに高額な武器を大量に仕入れるとか、正気の沙汰とは思えないが、今回に限ってはそれが効果的だったのだから戦争は分からないものである。
 唯一つの誤算がなければ、アリティア軍の奮闘によりマケドニアは敗北していたのかもしれない。
 だけど、現実は非常なもので、そのたった一つの計算違いから連合軍は瓦解することになった。
 その誤算とは、ぶっちゃけてしまうとマケドニアが世界に誇る大怪獣カーマインの存在である。
 同じく怪獣と言える俺や、他の火竜たちですら高く見上げなければならない巨体を誇る大怪獣を前にしては、ドラゴンキラーはもちろん神剣ファルシオンすら 一寸法師の持つ針の剣にも等しい。
 なにしろ、剣を根元まで突き刺しても、内臓に届かないどころか筋肉に届くかどうかという巨体である。
 そんな相手に、剣が何の役に立つというのだろう。
 結果、コーネリアスはカーマインに踏み潰され、アリティア軍は敗走。
 更に、ガーネフの仕込により、連合に勝ち目がないと思ったならマケドニアにつこうと考えていたグラ王国が裏切り、あっさりと連合軍は瓦解した。
 そうなると、後の事態は早い。
 アリティアは王を失い、主力となる騎士団は壊滅。グラは、マケドニア側についたしと、他にオルレアンなどが残っていたとはいえアカネイア聖王国の滅びは、決定的になったと言っていい。

 ことここに至って、アカネイア聖王国は、和平の使者を送ってきた。
 それは降服ではなく、マケドニアのマムクート受け入れを許可するから軍を引けという、あきれた要求であったが、条件つきでマケドニアはそれを受け入れた。
 これには、アカネイアを除く多くの国の首脳があきれたものだが、マケドニア側にも考えというか事情というものがある。
 そもそも、強大な軍事力とカーマインという大怪獣。それに、この俺レッドいう真なる竜なんかがいるとはいえ、元々がマケドニアは国力が低く政務を得意とした人材の少ない国家であり、王であるミシェイルにしても十代の半ばを過ぎたばかりの少年でしかない。
 この状況でアカネイア聖王国を滅ぼしても、各国を統治する能力がないのである。
 であれば、無理に占領をしようと考えるより、軍を退いて今は国力を高める努力をするべきだろうというのが少年王の考えであった。
 ここで軍を退いては、またアカネイア聖王国が調子に乗って攻めてくるのではないかと言う者もいたが、ミシェイルはそれを笑い飛ばした。
 この戦争で、各国はマケドニアの軍事力の強大さを思い知ったはずであり、ほとんどの国はもう二度とマケドニアを敵に回そうとは考えないだろうし、何も無条件で軍を退こうというわけではない。
 マケドニアが条件として要求したのは、この戦争に参加した各国の王族の子供たちを留学させることであった。
 それは、友好国として、マケドニアのことを知ってもらうためというのが名目であったが、それを額面通りに信じる者などいるはずがない。
 王族、それも王位継承権を持つものを差し出せなどといったのだから、それが人質を要求してのものであるのは明らかである。
 各国の首脳陣は、それに不満を持っただろうが、アカネイア聖王国ですら、それを突っぱねることはできなかった。
 そもそも、マケドニアの軍事力はもちろん、山のような巨体を持つ大怪獣を相手に勝ちを拾うことなど不可能であると悟らないほどの愚か者など存在しなかったのである。

 ◆

 そんなわけで、集められた各国の王族は何故か俺のところに預けられました。
 なんでさ?
 と聞いてみたら、「各国の王族ともなれば、監視と保護を欠かすわけには行かないが、閉じ込めておくのも可哀想だ。なら、どちらにも慣れてて屋外に連れ出すことも問題なく行えるレッドに預けるべきだろう」なんて言われましたよ。
 そりゃまあ、エリスやチキで慣れてるけどさあ。でも、いっぺんに人が増えすぎだと思うんだよね。

 グルニアから来たのは、現在、ふくらみがないせいでブラがずれそうな黄色いツーピースの水着を着たユミナと、ブーメランパンツのユベロ。二人の幼児は、木の陰に隠れて俺のことを珍獣か何かを見るような目で見ています。
 いいけどさぁ、どうせ獣だし。
 あと、二人の護衛としてグルニアの黒騎士、トランクス型のパンツのカミュ少年も来てますが、アリティアの王女といちゃついてますよ。もげろ。

 アカネイアから来たのは、ご存知ニーナ王女。
 まだまだ女性と呼ぶには不十分な幼さを残し、膨らみ始めた胸を包むは、白いブラのモノキニ。
 本人に責任はないとはいえ、去年の戦争やらなにやらの原因であるアカネイアの王族であるだけあって、王宮での風当たりも強く、まだ他の子供たちとも上手く馴染めていないらしく、一人でシートの上で体育座りしてます。
 なんとかしてあげたい気もするけど、一番警戒されてるのは俺だしね。
 それにメンドクサイし。
 あと、カミュとはフラグが立ってないようです。
 まあ、特に接点がないしね。

 グラからはピンクのベアトップのワンピースで、他の少女たちよりは大きめな胸を強調したシーマ王女。
 なんでも、マケドニアに人質として送るためだけに王位継承権を与えられた庶子だとかで、他の国は王位継承権上位の子供たちを送ってきているのにと、ニーナとは別の意味で王宮の風当たりが強かったりする。
 本人は、貴族の生活には慣れないとかで最初は他の子供たちと距離をとっていたけど、いまは元気なマケドニアっ子たちと仲良くなって、水竜を追いかけて泳いでたりします。
 マケドニアの子供たちは、貴族や王族だって元気に野山を走り回ってるしね。
 少なくとも俺の知る限りは。

 アリティアからは、ユベロと同じブーメランパンツなマルス王子。
 エリス王女も、こっちにいるしコーネリアス王も死んだしで国は大丈夫かと思わなくもないけど、王妃が生きてるからなんとかなっているらしい。
 本人がどう思っているのかというと、エリスがいるのならと納得してるっぽい。
 なんと、アリティアの盗賊王子はシスコンだったようです。
 しかし、本人は年下の女の子に懐かれやすい属性でも持っているのか、スカートのついた薄桃色のお揃いのワンピースを着たチキとハイドラに手を引っ張られて鬼ごっこの鬼から逃げています。
 そして、そんな三人を妬ましそうに睨みながら追いかける鬼役のビキニパンツの老人が二人。
 子供相手に嫉妬してんなよ。
 自重しないジジイ共だよ、メディウスとバヌトゥ。
 というか、ドルーアの皇帝が娘にせがまれたからなんて理由で、度々遊びに来てるんじゃねえ。

 でまあ、当然マケドニアの子供たちもいつも通りに来ていて、王女二人はおそろいの赤いタンキニを着て、ミネルバはスイカ割りをしてるわけでもないのに棒っきれを持って素振り──戦争に参加できなかったのをまだ気にしてるらしい──をしていて、マリアは海のその辺を泳ぐ水竜、ブルーの背中に乗って遊び、それを追ってダロスが泳いでいる。
 そして、いつものようにミネルバにはパオラ、マリアにはエストがつき合わされていて、 三姉妹は緑、青、オレンジの色だけが違うホルターネックのワンピースを着ていて、いつの間にかカチュアの膝枕で寝ているミシェイルはトランクスタイプの水着を着ている。

 ちなみに王宮では、ミシェイルの代わりにガーネフが政務を取り仕切ってくれている。
「もう、いっそ国を乗っ取ってくれてもいいぞ」
 とは、ミシェイルの弁。
 苦労してるからね。

 でもって、レナは泳ぐ気がないのが丸分かりのストラップレスの白いワンピースを着ていて、小山のような巨体を猫のように丸めて眠ってるカーマインの首に顔をうずめて目を閉じたりしています。
 てか、仲いいよね。カーマインなら、そのうち人間の姿を手に入れてレナと恋人同士になっても驚かない自信があるね。なんかもう、ホントに竜なのかも怪しい怪獣だし。

 ぼけっと子供たちを見てたら、また眠くなってきたので目蓋を下ろそうと半眼になったところで、またペチペチと顔を叩かれた。
 薄目を開けて見ると、戻ってきたユミナがユベロの手を引いてつれてきて二人でやっていた。いやもう、何がやりたいのよこの子。
 まあ、どうでもいいか。
 目を閉じて、もう一度眠ろうとしたら、今度はバシバシと叩かれた。
 って、ホントに何やってんだよ。俺じゃなきゃ怒った竜にかみ殺されても文句を言えないぞ!
 パチリと目を開けたら、そこには俺の鼻先を手に持った棒っきれで叩き続けるミネルバの姿が……。
 ってオイ。何やってるのさ。

 聞いてみたら、「起こそうと思って」などと、悪びれもなく答えてきた。

 何この子怖い。
 パオラなんかは、俺がぶちきれて暴れるんじゃないかと怖がって引いているのが印象的です。
 人──竜だけど──の顔を棒で殴って悪びれないミネルバと、長い付き合いなのに俺がこのくらいで怒るはずがないと理解していないパオラでは、どっちが正常なのかしら。

 考え込んでたら、また棒で叩かれました。何なのよ。

「遊びに来た先で、寝てないで私たちの相手もしろ」

 むう。ミシェイルだって寝ているのに、俺は叩き起こされるこの理不尽。

「兄上はいいんだ。政務で疲れているからな」

 まあ、その通りだけど俺だって日々働いているのよ。子守りの仕事を。

「なら、今も働いたらどうだ。居眠りなんかしてないで」

 ごもっとも。だけど、俺にも言い分があるんだよ。
 マケドニアの子供たちを含め、各国の王族の子供たちの監視と保護なんて、24時間休まずやってるんだから、たまには気を抜いてもいいじゃない。

「そのくらい、寝ながらでもできる癖に何を言っている」

 うっ、バレてる。
 その通り、最近分かったんだけど、俺には寝ながらでも意識を世界に溶かし夢を見るようにあらゆる場所を視て、そこに見えざる手を伸ばす能力があるのだ。
 その気になれば、アカネイア大陸の他の国でマケドニアに対して行われようとしている陰謀の全てをリアルタイムで知ることも、不埒な者にたちに見えざる手でお仕置きすることもできるわけで、それに比べれば王宮内にいる子供たちの監視なんて簡単だったりするのだ。

「それに、レッドは本当に寝ないで働いたりしても別に疲れたりしないだろう」

 むう。そこまで知られていたか。
 他の竜は知らないけど、俺──とカーマイン──には肉体的な疲労というものがない。
 だから、どれだけ体を動かそうが、休まなかろうが疲れて動けなくなるという事態がありえない。
 もっとも、精神的な疲労はあるんで休息や睡眠が不要というわけでもないのだが。

 しかし、なんでそこまでミネルバに知られてるのだろう。

「レナに聞いた。カーマインが教えてくれたと言ってたぞ」

 むう、恐るべしカーマイン。俺の能力を把握するとは並みの火竜にできる事ではないぞ。元々、並みの火竜じゃないだろうという話は置いといて。
 人語を解さないカーマインの言ってることが理解できるレナも大概だが。

 まあ、どうでもいいけどね。
 じゃあ、空中水泳をしたい子は集まれー!

 言ってみたら、何だろうと好奇心を持った子供たちが集まってきた。
 集まってこないのは、カーマインに付きっ切りのレナ以外では、寝てるミシェイルと、膝枕をしているカチュアと、二人の世界を作っているカミュとエリスだけです。チッ。

「舌打ちしてないで、どんな遊びなのか説明しろ」

 へいへい。つっても、そんな凄いことはやらないからね。メディウスとバヌトゥまで期待に満ちた目でコッチ見んな。プレッシャーきついから。

 まず、海水を持ち上げる。
 バケツ一杯とか、そんなしょぼい量ではなく、直径が数百メートルにも達する球体の海水が海の魚やブルーごと持ち上がり、光に照らされ宝石のように青くきらめく。
 うん。前に試しにやった時よりも大規模だけど、思いのほか上手くいったな。

「これは……、なんというか凄いですな」

 メディウスなんかは感心したように呟くが、子供たちの年少組なチキやハイドラは好奇心を刺激されたらしく、中空に浮かぶ海水に手を伸ばし沈み込ませ、ユベロの手を引いたユミナなんかも近づき球体内の魚を見て眼を輝かせている。

「これは一体?」

 空中プールとでも名づけよう。普通に泳げるよ。
 尋ねてくるミネルバに答えてあげてたら、チキとハイドラの二人が、地上50センチほどの高さに浮かぶ海水球に飛び込みました。
 物怖じしないマムクート幼女たちです。
 面白そうに海水球の中を泳ぐ二人は、しばらくして苦しそうにもがき始めました。
 そういえば、息継ぎのことを考えてなかったなー。とか考えてたら、力尽きて沈んだ二人が海水球からボトリと砂浜に落ちました。
 溺れても、こういう風に落ちてくるだけだから救助が簡単だとか考えてたんだけど、よくよく考えてみたら息継ぎなしで数百メートル泳いで上まで行かないと溺れるのが前提になってしまってたらしい。横から顔を出す手もあるけど、それだと勢いあまって海水球から飛び出してしまう恐れがあるしね。その場合は見えざる手で拾う用意があるけど教えてなかったしね。いや、失敗失敗。

「言いたいことは、それだけですかな」

 ん? と振り返ると、なぜか地竜と火竜に変身したメディウスとバヌトゥがいる。

 えーと? ひょっとして怒ってる?

 無言で噛み付いてきた。うん。ごめんなさい。

 ◇

 というわけで、空中プールバージョン2が用意できましたよ。

「何が違うんだ」

 即座に突っ込みを入れてくるミネルバの眼は冷たい。うん、自業自得だね。
 で、何が違うかと言うと、今度の海水球は飛び込むと顔の周りに気泡ができて息継ぎができるのです。気泡内の酸素を消費しきって窒息するなどということのないよう、海水中の酸素を集める機能付き。完璧だ。無駄に器用だぞ俺。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 疑わしそうに聞いてくるミネルバ。
 むー、そんなに俺が信用できないのか。傷つくぞ。

「人を溺れさせておいて悪びれもしないような奴のことが信じられると思うのか?」

 ポカリと手に持った棒っきれで殴りつけてくるミネルバ。
 歯形の上を殴るのは止めてよ。さすがに痛いから。

「歯形のない所なんてないだろう」

 うん、全身くまなく噛まれたからね。怒りすぎだろ大人気ないジジイ共め。
 ともかく、今度は大丈夫だから、安心して飛び込みなさいって。

 俺が言うと、わーいと飛び込もうとするチキとハイドラ。そして、慌てて二人を止めるバヌトゥとメディウス。
 あんまり過保護なのは子供に嫌われるよ。

「一度溺れてるんだから、当然だろう」

 絶望した! 一度の失敗で、信用されなくなる世間に絶望した!

「信用されたいのなら、レッド様が飛び込んで見本を見せればいいんじゃないですか」

 急に口出しして来て、余計なことを言ってくるアリティアの王子。
 そして、それはいい考えだなどと同意する皆さん。
 だが断る。溺れたら嫌じゃないか。

「へー?」

 ああ、みんなの視線が更に冷たく。
 いやいやいや、俺は火竜だから溺れるかもしれないってだけで、君たちは問題ないはずだよ。
 俺の言葉に、顔を見合わせる子供たち。そして、レナの手を引いてこっちにつれてくるマリア。なして?

「カーマイン!」

 騎乗を許した唯一の少女の言葉に答え、こちらに歩み寄る巨竜。
 うう。なんか、ものすごく悪い予感がするぞ。
 大型猫科が子供にそうするように、俺の首を咥え持ち上げるカーマイン。うん。なんかもう、オチが読めたよ。
 パシャーンッ、という音を上げて海水球に放り込まれた俺が無事なのを確認してから次々に水に飛び込む子供たち。
 扱い悪いよなぁ。
 海水が、噛み傷にしみるし。



 しかしまあ、退屈をしない、こんな毎日がいつまでも続くことを望んでいたんだなぁと思ったのは、かなり後になってのことであった。



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Q. なんで、Act.18なんですか? Act.14~17はどうしたんですか?
A. PCの修理→ハードディスク初期化で消えた書き溜めを、もう一度書き直す気力が湧かなかったからです。
Q. ということは、Act.17まで四話も書き溜めてあったんですね。
A. ……。
Q. なぜ、眼を逸らす?

いっぺん消えて、続きを書く気力も消えたので、終わりにします。

水着の説明は適当。



[8075] 始まりと終わり
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/01/10 20:32
 ソレは、世界を見守る者であった。
 それが、いつからなのか、なんのためなのか、そんなことをソレは知らない。
 世界を見守るためだけに存在したソレに思考や記憶は意味を成さず、ゆえに自身が何者なのかすら興味の対象外だったのだ。

 それが変わったのは、世界に人間という生き物が生まれてしばらくしてからのこと。
 人間は思考する生き物であり、それを見続けた結果、ソレは考えることを覚えたのだ。
 そうして思考することを覚えたソレは、ふと考えてしまう。
 人は必ず死ぬものであり、形あるものは、いずれ壊れる。
 世界すら例外ではないのだと、ソレは気付いてしまった。
 ソレは恐怖する。
 ソレの目的は、世界を見守ることだけなのだ。
 その世界が滅んでしまえば、自分には他に何もない。自身が世界よりも長く存在することになる保障などどこにもなかったが、そうなることを、ソレは激しく恐れた。
 だから、ソレは予備を創ることを考えた。
 新しく、もう一つの世界を創る。
 それは人には叶わぬ神の如く行為であるが、ソレにはそれが不可能ではなかったのだ。
 だが、それが簡単なことなのかといえば、そうではない。
 世界には、様々なものが含まれなくてはならない。
 大地が、空が、海が、木が、草が、獣が、人が。
 それらを創りだすこと自体は、ソレには簡単なことではあったが、それだけでは世界として完成しない。
 例えるなら、人間で言えば中身がないのだ。
 物理的な意味ではなく、ただ呼吸し生命があるというだけの人形しか出来上がらない。
 そんな空っぽの世界では、今ある世界より長く存在することは叶わない。
 それでは意味がない。
 そこで、ソレが考えのは人が生み出した物語をモデルに世界を創りだすことである。
 物語とは一つの世界であり、そこには人がいて過去があり未来があり歴史が存在する。
 それをそのままに写し取れば、簡単に中身のある世界が作り出せる。
 もっとも、そうやって創りだした世界とて、しょせんは人の考えた幻想を形にしたものにすぎない。
 滅ばず、今ある世界よりも長く存在できる可能性は低い。
 だから、ソレは可能性を高めるための二つの手段を取った。

 一つ目は、世界を複数創りだすことである。
 可能性は低くても、ゼロではないのだ。数が多ければ長きに渡って存続する確率も上がる。
 人は数多くの物語を生み出した。
 世界を創りだすモデルとなる物語は、いくらでもあったのだ。

 二つ目は、幻想でしかない世界に楔を打ち込むこと。
 ソレが創りだした世界が幻想でしかないのなら、そこに現実という楔を打ち込めばいい。
 それはつまり、いまある現実の世界に存在する人間を自身の創りだした世界に放り込むことであり、そこに放り込まれる人間の事情は一切考慮されない。
 そもそも、人類の発祥以前、あるいは世界の始まりの頃から存在していたかもしれないソレにとって、人間一人の事情など小さなものであったのだ。

 さて、ソレの創りだした世界の一つに、あるゲームをモデルにしたものがある。
 その世界にも、ある人間が放り込まれたのだが、まったくそのままに送り込まれたというわけではない。
 人の生み出した物語の多くは、人の命が軽いものが少なくない。
 その世界も同様で、戦う力のないものでは長く生存することは難しかったわけだが、世界を安定させるために打ち込んだ楔に簡単に死なれては意味がないではないか。
 だから、ソレはその人間の魂だけを抜き出し自身の創りだした世界に送り込み、その魂が宿るための強靭な生命力を持つ器も用意しておいた。
 だが、そこで一つ予定外の事態が起きる。
 ソレが創った世界は、その時点では安定しておらず、過去も未来も現在も混じり合った混沌とした世界である。
 世界を安定させるのが楔の役割ならば、それは当然のことではあるのだが、困ったことに楔は予定より過去に落ちてしまった。
 楔が落ちた過去に、ソレの用意した器はない。
 運が悪ければ、宿る肉体のない魂は、そのままに死を迎えたのかもしれないが、そこには器を造るにあたって見本にした火竜と呼ばれる生き物がいて、現実という世界から送り込まれた楔は、その世界の幻想から形を得ただけの者たちより存在として強く、だからその生き物の肉体に入り込み、それを乗っ取ることとなる。
 もしも、楔が肉体を乗っ取った火竜という生き物が脆弱な存在であったなら、ソレは何らかの修正を行ったのかもしれないが、幸いそうではなかったので、そのままにすることにした。
 楔の役目は、幻想でしかない世界が現実として固定するまでの間生き延びることであり、それさえ果たせるのなら肉体が用意した器であろうがなかろが、どちらでも構わないのである。
 そして、本来、楔の肉体となるはずだった器も魂を追い遅れて過去に移動し、その後、楔に肉体を乗っ取られ追い出された火竜の魂がそれに入り込む事態となったが、それもソレにとっては小さなことでしかなかったのである。

 余談だが、魂を抜かれたその人間の肉体は、後に変死体として発見されたのだが、それはどうでもいいだろう。

 ◆◇◆◇

 小さな庵のあるその地には、何百年も昔から一頭の巨大な火竜が生息していた。
 それは、積極的に人を襲うようなことはなかったが、自身や庵に危害を加えようとするものには容赦がなく、庵の近くにはいくつもの屍が転がる。
 その庵には、竜にとっての唯一の存在であった人間が眠っており、それの目的は庵を守ることだけであったのだけれど、人はその竜を恐れ放置できなかったのである。
 その巨竜の元に、蒼穹の彼方からやってきた光り輝く巨大な物体が舞い降りる。
 それは、地に降り立つと共に収縮し光を収め、光を消すと共に、一人の女性の姿を形作った。

「久しぶりですね」

 緑の髪を揺らす女性の言葉に、竜はゆっくりと首をもたげ、その眼に女性の姿を映す。

「そうなのか?」

 尋ねる言葉が竜の口から発せられたと知れば、現在この大陸に住む民の多くは驚愕しただろう。
 マムクートと呼ばれる竜人種といえど、人語を操るのは人の姿をとっている時に限られる。
 そのままに人の言葉を操る竜など、伝説に語られる存在だけである。
 もっとも、この竜は今では伝説として語られる千年近い昔にこの大陸に起こった二度の戦争で活躍し名を語られる存在であったりしたのだが。

「前に、私がここに訪れてから、五百年ほど経っていると思うのですが」

 苦笑と共に語られる女性の言葉に、しかし竜はなんの感慨も持たない。
 気の遠くなるほどの年月を生きることになるその竜に、五百年という時間はたいした意味を持たないし、竜にとって意味のある存在というのは少なく、千年もの過去からの知り合いである女性すら、竜にとっては敵ではないという程度の存在でしかない。

「それで、今日ここに来た目的は何だ?」

 ただ、旧い知り合いに会いに来たのだというわけではあるまいという断言に、女性は顔から笑みを消す。

「彼の居場所を知りませんか?」

 その彼というのが誰なのか、名を出すまでもなく竜には理解できる。
 そもそも、数百年もの時間を他者を拒絶して生きてきた竜と、女性の共通の知り合いというのも多くはないのだから。

「知っている。が、教える気はない」

 あっさりと告げられた言葉に、女性はハッと顔を上げて竜を見つめる。
 彼が姿を消してからの数百年、女性とその仲間たちは彼の存在を求め捜し続けていた。
 だけど、見つからなかった。
 もちろん、彼が本気で姿をくらませるつもりなら、自分たちがどれだけ捜そうと見つかるはずがないのだと理解はしていたのだけれど、彼が身を隠そうとする理由が思い当たらなくて、だから捜し続けていたのに、それを知っている者がこんな身近にいたことに女性はやりきれない思いを感じる。

「いつから知っていたのですか?」

 問いかけに、竜は最初からだと答える。

「我としては、あんな目立つ存在を見つけられないと言うほうが、驚きなのだがな」

 そんなことを言ってくる竜に女性は恨みがましい視線を向ける。
 自分たちが彼を捜していたことを知っていただろうに、彼の居場所を知っていて黙っていたという事実が愉快であろうはずもない。

「なぜ、彼のことを隠していたのですか?」

 睨みつけ言い放つが、竜は歯牙にもかけない。

「別に隠していたわけではない。当時の我は、人の言葉を解さなかったのだし、アレが奴のことを捜しそうとしていなかったのでな。アレが望んでいないことを、我がやらねばならぬ理由はあるまい?」

 なるほど、理解のできる話ではある。
 この竜は、唯一人の存在の言葉にしか従わない。
 かつては、力でねじ伏せ従わせたもう一人もいたが、その後に唯一人の存在に出会わなければ、竜は早々に反旗を翻していただろうから。

 だけど、理解ができたからと言って、納得ができるかどうかは別の話であろう。

「では、隠しているわけではないというのなら、なぜ教える気がないなどと言うのですか?」
「奴が、それを望んでいないからだ」
「え?」
「最初に奴が姿をくらました時は、何故そんなことをするのかと我も疑問に思ったものだがな。アレを亡くして、我には理由が分かった」
「その理由とは?」
「意味がないのだ。我にとり、アレ以外の存在には意味がない。奴もそうだったのだろう」

 それだけを言うと、話は終わりだと言うように、竜は体を丸めて目を閉じる。
 竜には、唯一人の存在以外は等しく価値のないものであった。
 何故そう思うようになったのかなど知らないし、考えてみようという気もない。
 それが大切だと言う結果以外に興味などない。
 だから、その存在が生を終えた時、竜は世界の全てから興味をなくした。
 そうして、竜は墓守となる。唯一人の人間の眠る場所を守るだけの存在に。

 女性が彼と呼び、竜が奴と呼ぶ存在もまた、同じなのだと竜は言う。
 その者にとって、女性もまた価値のない存在だと見なされているのだと切り捨てる。
 それは、女性に取り受け入れ難い話である。
 女性にとり、その者は大切な存在で、そう思っている相手に無価値だと思われているのだなどと言われて、簡単に受け入れられるはずもない。
 とはいえ、彼が自分たちに何も言わずに姿を消して、その後、二度と姿を現さなかったのも事実で、だから反論の言葉も浮かばない。

 もっとも、それを納得したからといって、彼のことをあきらめるわけにはいかない。
 いや、ここに来て竜の話を聞くまでは半ばあきらめていたのだが。
 女性はこの大陸に住まう竜と竜人種たるマムクートの頂点に立つ竜の女王である。
 千年ほど前から、共存の道を歩んだ大陸に住まう人と竜の関係は、ここに来て破綻しようとしていた。
 その理由は、特別なものではない。
 人の精神は、竜と言う強大に過ぎる存在を隣人として迎えられるほど強靭にはできていない。
 また、マムクートにも人と言う、自身たちに比べ脆弱な存在を見下してしまう者は少なくない。
 ようは、起こるべくして起こった不和であり、千年前にも同じ理由で二度の大戦が起こっていた。

 一度目は、マムクートの受け入れを行った国に、当時の盟主国が大陸の多くの国を率いて戦争をしかけ敗退し、その二年後には、今度は一度目の大戦に参加しなかった国をも含めた同盟軍を指揮した盟主国が奇襲をかけて、逆に滅ぼされている。
 結果として、マムクートを受け入れた国は、元々竜の国であった一つを除いた全ての国と戦争をしたことになる。
 そのことを考えれば、むしろ千年もよく持ったものだと感心するべきであろう。

 女性の望みは、その不和を解消することであったが、それが簡単なはずもない。
 不満は、人とマムクートの両者から出ているのだ。竜の頂点に立つ彼女と言えど、人の側に生まれた不満には対処のしようがないし、人間相手に下手にへりくだれば自身の配下であるマムクートにも侮られてしまう。
 それを何とかできる者がいるとすれば、一人しかいないと彼女は思う。
 かつて、人と竜の垣根を取り払い、暗黒竜と人に恐れられたメディウスとすら友になった彼。
 おそらくは、自分を含める大陸全ての竜を敵に回してもたやすく勝利できるであろう力を持ちながら、それに驕ることなく人と対等に対話ができる存在。
 だけど、彼は姿を消しており、つまるところ不和の種が芽を出してしまったのも、それが原因なのだろうと彼女は信じた。
 だから、次善の策として彼女は彼に次ぐ力を持つ、この巨竜の力を借りようと思いつきやってきたのであり、彼のことを尋ねたのは、ただの話題作りでしかなかったのだ。

 それゆえに、彼の居場所を知っているという言葉を、彼女は聞き逃せない。
 ことは、大陸全てを巻き込む大戦に発展しかねない事態なのだ。
 大切な存在を失ったからなどという感傷に付き合っていられる余裕などありはしない。
 そんな彼女に、眼を閉じたままの竜は言う。

「確かに奴が帰ってくれば、全てを解決させることも可能だろう。だが、それだけの話だ。お前たちは、奴を神と崇め、永遠に依存して生きていくつもりか?」

 その言葉は、チキという名を持つ神竜王の血を引く女性の心に突き刺さる。
 そして、彼女は自分が竜の女王と言う責任から逃げ出そうとしている事実に気づかされる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レッド

この作品の主人公。
この、ゲームを見本に創られた世界を固定化し安定させるための楔であり、憑依した竜の能力を十全に使いこなせるために、その気になれば世界を支配することも可能だが、決してその気にはならない火竜。
なぜならニートだから。

256勝0敗

生涯、ただ一人のパートナーであったミネルバがその命を終わらせると同時に、その屍を咥えいずこかに飛び去った。


ミネルバ
この作品のヒロイン的存在。
レッドに対する想いは、恋であるというより家族愛に近いものであり、保護者であると同時に被保護者である少女。

0勝0敗

いつの頃からか、自身の人生の全てをレッドのためだけに使うことを決意し、死のその時までレッドと共にあった。


ミシェイル

最強オリ主であるレッドがやるべき仕事をすべて丸投げされた不幸な少年王。

119勝0敗

大陸に起こった二度の大戦の後、アカネイア大陸人類統一国家となったマケドニア帝国の皇帝となった。


マリア

ミネルバの妹にして、姉の次に、レッドの近く(精神的な意味でも)にいる少女。

11勝0敗

15歳の時に、王宮のパーティで出会った青年と結ばれたとされるが、その青年の名は後世に伝わっていない。
後に、マケドニア帝国海軍の将軍となる。


ブルー

後の海軍将軍マリアの騎乗する竜。
アカネイア大陸の歴史において確認された、ただ一頭の水竜。

65勝0負

マリアの死後、歴史から姿を消す。


レナ

この作品ではシスターにならず、巨竜を操り二度の大戦で活躍することになる後の大将軍。
しかして、本人には自身の竜といつまでも共にありたいという想いしかなかった。

1198勝0負

後に伝わる彼女の姿は、巨竜を神とする巫女のようであったという。


カーマイン

ごく普通の火竜の魂が、世界を創った存在の用意した器に宿ったもの。
竜をモデルに作られた竜ではない存在であり、その身に眠る能力は真なる竜の能力を使いこなすレッドより上である。
もっとも、現状では、その能力を使いこなすための知性がなく、ゆえにレナに補ってもらわなければ人が習得できる魔法すら使えない。
厳密には竜ではないために知性を持つことも可能であるが、知性のない竜として生まれ育ったために、狼に育てられた人間の少女が人として生きられなかったように、人と同じ程度の知性を得るのには数百年を必要とする。
その特殊な生態から、後世の人間にはレッドと同一視される場合が多い。

1198勝0負

レナだけをただ一人のパートナーと決めており、彼女の死後はその遺骸を埋葬した庵を守り続ける。


パオラ

ミネルバ付きの騎士。
本人は、ペガサスナイトになることを希望してるが、主であるミネルバがレッドを自身の騎乗する竜と決めているために、その望みが叶う日は訪れない。

40勝0負

ミネルバの下で、飛竜騎士を指揮する騎士団長となる。


カチュア

ミシェイルの秘書として、政務を学び働く少女騎士。
誰よりも、ミシェイルの近くにあり彼を支えている。

2勝0負

後に幼馴染であるミシェイルに嫁ぎ、マケドニア帝国皇妃となる。


エスト

マリア付きの少女騎士。
マリアの年齢的に、騎士というより遊び相手としての側面のほうが大きく、二度の大戦にも参加することはない。

9勝0敗

海軍所属の騎士となるが、その役目は貿易船を海賊から護衛する目的のものであり、あまり華々しい活躍はないままに終わる。
仕事の都合上で出会った他国の騎士と結ばれる。


チキ

神竜王の血を引くマムクート。

0勝0負

大陸の統一後、一度目の大戦の後にマケドニアに集められていた子供たちが、各地方の領主になった頃にマムクートたちの女王となる。


メディウス

マケドニア帝国皇帝。

42勝2負

封印された地竜を救うことを願い、後に真なる竜レッドの力を借りて、彼らをマムクートに変えることで封印から解き放つ。
その数年後には、神竜王の血筋であるチキに皇帝の地位を譲り娘と共に隠居する。


ハイドラ

メディウスの娘。オリキャラ。

0勝0負

成人までの期間を父と過ごし、その後は竜の長であるチキの側近として仕える。


マルス

原作ゲームの主人公だが、この作品ではモブキャラ

0勝0負

後のマケドニア帝国アリティア領、領主。


エリス

マルスの姉にして、死者蘇生の杖オームの継承者。
しかし、オームの杖を使う機会は生涯訪れなかった。

0勝0負

後に、マケドニア帝国グルニア領の黒騎士団団長の元に嫁ぐ。


ニーナ

祖国アカネイアの貴族の思慮の足りない暴走に振り回される不幸な王女。
二度目の大戦の時には、マケドニアにいたため、肩身の狭い思いをすることになる。

0勝0負

二度目の大戦の後、アカネイアが完全に滅ばされたことや、残党の旗頭にされると困ると言う理由から、ミシェイルの第二妃となる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 人の寄り付かない洞穴、そこには材質の分からない透き通った結晶がある。
 水晶のようなそれには若い女性が眠り、それを見守る一体の竜がいた。

 彼、かつて自分は人間であったと自覚するその竜は、自問する。
 どうすればいいのかと。

 この洞穴に篭ってから、どれほどの時間が経ったのか彼は知らない。
 分かるのは、その時間のほとんどを悩むことに費やしているという事実のみであろう。

 結晶の中に眠るのは、彼にとって特別な存在であった人間である。
 彼女が、天寿を全うした後、彼は年老いた屍を咥えここに来た。
 ここに来た理由は、死者の蘇生に都合が良かったから。
 彼には、死者の蘇生を可能とする能力があったが、それには満たさなくてはならない幾つかの条件があり、この場所が最適だったのである。
 だから、ここに来た。ここに、屍を運んだ。
 年老いた肉体を若返らせ、いつでも蘇らせることができるようにもした。
 だけど、彼には彼女を蘇らせようという考えがあったわけではない。
 それらは、無意識の行動であったし、彼女が死後に蘇ることを望んでいたとも思えない。
 そもそも、彼女の望みは死を迎えるその時まで彼と共にあることで、死を免れたいなどとは思っていなかったのだから。
 つまりは、彼女を蘇らせたいというのは彼の我侭でしかなく、それに彼女が自分を置いて先に逝ってしまうことなど最初から理解していたはずなのに、いざその時が来ると自分を見失い蘇らそうとしているなど、笑い話にもならない。
 だから彼は悩み続けているのだ。

 そんなある日、洞穴に人が訪れる。
 またか。というのが、彼の感想。
 この洞穴には、たまに竜退治を目的とした侵入者がやってくる。
 別に、彼が何かをしたというわけではない。むしろ、何もしなかったからと言うべきだろう。
 彼は何もしなかった。
 近在の住人を助けたこともないので、人に受け入れられるはずもない。
 人を襲ったこともないので、ただ侮られた。
 そこが、竜の住まわない大陸だったのも悪かったのだろう。
 急に住み着いた、得体の知れない怪物を恐れない人間がいるはずもないのだ。

 もっとも、竜の生息する大陸であっても事態はそれほど変わらなかっただろう。
 元いた国において、この強大な力を持つ怠惰な怪物が人に受け入れられたのは、彼を怪物として扱わず引っ張りまわし人のために働かせた子供たちの存在があったからなのだから。
 とはいえ、彼を退治しようという者も、そう多いものではない。
 放って置けば洞穴に引きこもっているだけの、人の力の及ばぬ怪物を討伐しようなどと考える酔狂な人間はあまりいない。
 実際、今度の侵入者にしても半世紀ぶりであるのだが、自身が千年近くも引きこもっているという自覚のない彼は、時間感覚が狂いまくっており頻繁なのだと感じていた。

 さて、どうしたものかと侵入者を待ち受ける彼は、おかしなことに気づく。
 小さいのだ。その足音が。
 パタパタという軽い足音と、それに続く獣のものであるとわかるそれ。
 なんだろうと疑問を持って迎えた彼の前に現れたのは、小さな少女。
 そして、その少女の後を追ってくる狼の群。
 狼に追われた少女は、自分の向かう先にいる彼に気づかず、狼たちもまた興奮しているのだろう、普段なら決して足を踏み入れない洞窟に入り込んでくる。

「もう、しつこいな」

 呟きを漏らし、少女は洞穴の暗さから彼を岩か何かと勘違いしたか、その体に手をかけよじ登ろうとし、しかし足を滑らせて尻餅をついたところに襲い掛かろうとした狼は、そこで足を止める。
 ようやく気づいたのだ。
 ここが、怪物の巣であることに。
 彼が何の気なしに、顔を近づけるとそれだけで狼の群は悲鳴を上げて逃げ出した。

「あれ? なんで?」

 事態が分からず、キョロキョロと顔を動かした少女は、そこで頭上に金色の灯火を見つけてしまう。
 それが、彼──竜の瞳であると少女が気づく前に、彼は口を開く。

「ここは、俺の巣だからな。本当なら、獣が入ってくること自体ありえないんだ」
「へ? アンタ何?」
「竜だ」
「リュウ? あの、おとぎばなしの?」
「御伽噺?」
「うん。悪い子は、食べちゃうっていうあの」
「いや、人を食ったことはないぞ」
「そうなの?」
「ああ」

 話しながら、変な子供だなと彼は思う。
 人間を食べると教えられている竜に会って、脅えもせずに話ができる子供というのは珍しいのではないだろうか。
 そんなことを考え込む彼に構わず、少女は問いかける。

「それで、リュウは何でこんなところにいるの?」

 さて、どうしてだろうね。と、彼は空を見上げる。洞穴の天井が見えるだけだが。
 実際のところ、彼がここにいなければならない理由はない。
 結晶内に眠る者を蘇らせることを決めようと、あきらめようと、どちらにしろ選択をしてしまえばここに用はないのだ。
 つまりは、優柔不断ゆえにここにいるということ。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない」

 あと、ここにいることに理由もないと答えた彼に、少女は少し考えて、口を開く。

「わたしと一緒に来ない? リュウもこんなところに一人ぼっちじゃ寂しいでしょ」

 どこに? と思ったが、答える言葉は別のもの。

「言っとくが、竜ってのは名前じゃないぞ。人間」

 人間という呼び方に、少しムッとした顔になった少女は、自分の名を名乗った後に、彼の名を尋ねてくるが、そこではたと彼は気づく。
 名を尋ねられて、自分はなんと答えればいいのかと。
 別に名前がないわけではない。忘れてしまったわけでもない。
 彼には、人間だった頃に親につけられた名前と、竜になってから一人の少女につけられた名がある。
 だけど、人間だった頃の彼を知るものはこの世界にはおらず、竜になった後に名をつけてくれた少女は眠りについた。
 今の自分が、なんと名乗ればいいか判断の付かない彼は、「好きに呼べばいい」としか言えない。

 そして、少女は少し考えた後に言う。

「じゃあ、レッドって呼ぶね」

 その言葉に、呼吸が止まる。

 人生とは、自身を主人公とした物語なのだと言う。
 そして、彼の物語は、彼をレッドと呼ぶ少女と共にあることで紡がれるのだ。



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とりあえず完結。
気が向いたら、番外編を書く可能性が無きにしも非ず。


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