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[7934] 喜劇のバラッド  (H×H 転生) 16話まで改稿終了
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2015/02/10 05:48
この作品はHUNTER×HUNTERの二次創作です。

作品の要素として
・転生
・勘違い
・女主人公
・微テンプレ
・少しだけ他作品とクロス(恐らく設定のみ)
・オリキャラ多数
などを予定しています。


できるだけわかりやすい文章にしたいのですが、作者の力量不足の為、支離滅裂なところが多いと思います。

この作品が処女作なので、遠慮なくわかりにくい点を指摘してください。

それでは宜しくお願いします。


2014/11/13

生存報告。

どうも、お久しぶりです。何年も音信不通ですいませんでした。
ぶちゃけここ数年はなろうに浮気してました。

しかし、残念ながら今回は更新再開の連絡ではないのです……。

最近久しぶりに読み返したのですが、ここ数年の間に冨樫せんせーも休載を挟みつつ連載を続けているため、現状の設定的におかしな部分が多々見受けられました。

そこで本題なのですが、修正版(仮)って需要ありますか?
今現在、十三話まで書き直し(と言ってもいいのだろうか……)をしてあります。

ですが、十四話前半まである程度書き直したところで、気力が尽きました。時間があるときにその後の話の修正を加えていこうとは思うのですが、とりあえずはその後の更新は未定です。

それでもいい、という方が多かった場合には修正版に差し替えをしていこうと思います。


2015/2/10

今までの掲載分に加筆修正を加えたものをUPしました。新しい話じゃなくてごめんね。でも番外編は半分は新しいやつです。
続きを書きたいと思う気持ちはありますが、ちょっと余裕ができるまでは無理そうです。



[7934] 一話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/17 23:56
 ――まだ暑さが残る九月の終わり。


 私、岸谷 伊織(きしたに いおり)はその強大な暴力に成す術もなく死亡した。――享年19歳、早過ぎる死だった。

 大学からの帰り道で、凶悪なまでの質量を持った物体に跳ね飛ばされたのだ。

 俗にいう、10tトラックの事である。

 昔から運がない方だと思っていたけどこんな最後を迎えるとは予想出来なかった。本当に。
 トラックに撥ねられるとか漫画以外で許されちゃ駄目だろ普通。あの運転手の野郎顔を覚えてたら、末代まで祟ってやったのに。


 無論、こちらに向かってきたトラックを見て暫し呆然としてしまったが、すぐに我に返りトラックを避けようとした。でも避けようとした先にも人がいて、避けるに避けられずそのままグシャリ。とてもじゃないが子供には見せられない状況になりましたとさ。

 多分その人も事故に巻き込まれたんだろうなぁ。私が言えた義理じゃないが運の無い人だ。



 でも即死だったからよかったものの、下手に生き残って全身不随とかになっていたら、それこそ死ぬより辛い筈だ。
 思うように身動きできないというのはそれだけで苦痛らしいし。以前手首を骨折したことがあったがそれだけでも十分にストレスを味わった。……うん、怖いから深く考えない事にしよう。

 どうでもいい話だが、人は死ぬ前に走馬灯を見るっていうけどそんなの全然見なかったなぁ。走馬灯を見るほど、価値がある人生を送ってきたつもりは無いが、すこし寂しいものがある。何となくだけれど。


 ……いや、でも今思い起こすと碌な人生じゃなかったなぁ。正直悲しいくらいに友達少なかったし。

 片手で足りる人数って悲しすぎやしないか? しかもその大半が性格が悪いときたものだ……。唯一の癒しは一つ上の先輩くらいだった。まぁあの人もかなりの際物だったけど。

 まぁ人付き合いが下手なのは自分の性格の所為だし、改善できなかった私が全部悪い。でも、分かってはいるけどやりきれない。

 ――人を前にすると過剰に緊張してしまう。上手く話せなくなり、表情すら乏しくなる。……そう、立派なコミュ障だ。

 それに数少ない友人でさえ『閣下』とか『歌姫』とか絶対後ろに(笑)が付いてる中二病全開なあだ名で私の事呼ぶし、これなんてイジメ? って感じの扱いをしてくるような奴らだったしなぁ……。私別に弄られキャラじゃないはずなのに。対人関係に至るまでハードモードとか本当にシャレにならないんだけど。


 まぁ別に性格だけが問題というわけでも無い。 

 別に容姿が心底酷いと言うわけでも無く、性格が死ぬほど悪いというわけでも無い。ただ何というか、その、私の『目』はどうやら人に威圧感を与えてしまうそうだ。

 ……昔からずっと不思議に思っていた。初めて人と会う時に、目線を合わせて挨拶をしようとすると、誰しもが不自然に硬直し挙動不審になるのだ。解せぬ。

 自分で鏡を見る分には、別に目力が凄いってわけでもないんだけど、何故か他人からだとそうは見えないらしい。何故だ。

 みんな碌に視線をあわせてくれないし、あっても直ぐに逸らされるし、親にすら死んだ魚みたいな眼だとか殺し屋の眼だとかボロクソに言われてたしね!

 ……我が親とはいえ一切の容赦がないな。しかも悪気がなく本気で言っているから余計に性質が悪い。

 正直これじゃ、私がコミュ障になるのは必然だったのかもしれない。
 だって目があった瞬間、「あ、やべっ」って感じに顔を背かれるのは結構辛いものがある。心が折れて引きこもりにならなかっただけマシかもしれない。

 まぁ家族仲が悪いってわけじゃないんだけどね。あれがあの人たちなりのコミュニケーションの取り方なんだと思う。そう思いたい。
 でもよくあんな親から私の様な品行方正な子供が生まれたものだ。グレなかったのが奇跡だな。


 そういえば高校の時に廊下で不良。そう、地元で名を馳せていた、不良の中の不良と言っても過言ではないような人がいたのだ。
 その人と学校の廊下で目があったときも、何故だか不良の方が、頭を下げて無言で道を譲ってきた。……意味が分からない。初対面だったのに。

 そのとき周りにいた生徒たちも何故か「ああやっぱり」とでも言いたげにこちらを見てきたのを今でもよく覚えている。ひどい誤解だ。


 ……それからだ、私が影の番長だなんて噂が学校中に広まったのは。
 影ってなんだよ影って。私は影も表もなく何時だって清廉潔白だよ! ゴキブリだって殺せないくらいに真っ白だよ!

 全く、私はどこからどう見ても非力な少女じゃないか、心外だ。

 因みにこの事を友人に話したら思いっきり鼻で笑われた。……私だったら何をしてもいいってわけじゃないんだぞ? 普通に傷つくわ。


 名誉の為に言っておくけど私は別にあの不良さんに何もしていない。チキンな私が不良をどうこうする度胸なんてあるわけないし、関わる理由もない。


 それなのに学校の廊下や街で別の不良達と遭遇すると、怯えた様に逃げられるようになった。私は猛獣か何かなのか?

 ……ていうかガセねただよ? ただの噂だよ? なんで君等そんな簡単に信じちゃうの? 君たちの頭の中に詰まってんのはプリンか何かなの? ―――という言葉が喉元まで出かかったけど、言う前にみんな目の前から消えてしまうので口に出す機会が無かった。

 そんなに私の何が怖いのだろうか。体型は普通の女の子で非力そうだし、彼らが恐れる要素無い気がする。そんなに私の目がヤバいのだろうか。自分じゃ分からないから何とも言えない。

 それに、まだ目だけならば欠点の一つくらい誰にでもあると納得できていたのかもしれない。


 だが神様という奴は私が考えているよりも存外おちゃめな性格をしているらしく、ダメ押しに厄介な性質を私に押し付けていった。





 私は、――――歌が下手なのだ。


 それも下手と言うレベルではない。むしろあれは公害と言っても過言ではない。

 なので私は周りの人々から『歌唱』という行為を全面的に禁止されている。学校行事の合唱すら先生公認で免除されている。これは酷い。


 ――そう、受難の始まりは幼稚園の合唱の練習の時だった。



 練習の最中、大勢の前で歌うのが恥ずかしくて声が出せなかった私に、痺れをきらした若い先生が、みんなの前で一人で歌うように言ったのだ。ある意味イジメである。

 私はもちろん精一杯拒否したけど先生は聞き入れてくれなかった。

 練習を中断させられ、苛立ち始めたみんなからの《さっさと歌え》という無言の重圧に耐えられず、私は震える唇を開いた。




 ――――そこからの先は、断片的にしか思い出せない。



 上がる悲鳴、クラスメイトの泣き叫ぶ声、ひたすら私に謝り続ける先生。




 ……地獄絵図ってああいう事を指すのかもなぁ。



 友人曰く、「上手いとか下手とかそんなんじゃなくて、なんか吐き気がする」らしい。
 その時の友人の顔はいまだかつてないくらいに真顔だった。普通に凹む。

 ……自分では結構うまく音程をとれてると思うんだけどなぁ。声自体がいけないのかもしれない。それともビブラートか何か? 解明したらさぞ協力な音響兵器になるかもしれない。……あ、自分で言っててへこむな、これ。







 ……ゴホン、話が逸れた。

 思い出せるのが黒歴史しかないってどういう事なの。むなしすぎる。





 つまり何が言いたいかっていうと、私はちょっと特殊だったかもしれないけど、平凡な一般人な訳です。
 ええ、平凡な。ここ重要。テストには出ないけど。


 ――それなのに何故、私はこうして自我を保っているのだろうか?


 普通に考えれば、死んで幽霊になったとか実は生きていたというオチなんだと思う。





 だが、何故か感覚のある自分の手を目の前にかざしてみると、白くて小さな子供特有のぷにぷにした手が目に入った。


 その事実が嫌でも現実を私につきつける。

 ……これは明らかに実体だ。

 ちゃんと動くのかどうか一人ジャンケンをしてみたが、問題なく私の意思で動く。

 という事はつまり、この小さな手は私のものというわけで……。




 えー、気を取り直して現状再確認、いきます。



 私、岸谷伊織(故)はどうやら幼女に転生をした模様です。




 ……。



 ………………。



 ………………………。



 ……え、夢落ちじゃないの?










[7934] 二話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 00:09
ある時は影の番長。
またある時は狂気を誘うサウンドテロリスト。
またまたある時は無口なロリっ子。
しかしてその実体は! 異世界転生者、岸谷伊織だったのだ!!!!




 ……あ、駄目だこれ。恥ずかしいとかそんなんじゃなくて、なんかもう死にたくなるくらいに恥ずかしい。痛すぎる。

 こんな風にふざけるのは、何ていうか私のキャラじゃないっていうか……。どちらかと言えば先輩の役回りだと思う。

 ……でも、少しくらいふざけなきゃやってられない、主に私の精神が。



 白いベッドに横たわりながら、つらつらと下らない事を考える。

 清廉さが漂う白い部屋と微かに漂う消毒液の香りが、ここが病院だと否応なく思い知らせる。



 ――事の始まりは一週間前、私が目覚めた次の日まで遡る。


 あの時は気疲れ故か知らない間に爆睡していたのだが、ふと横話し声を感じて意識が浮上した。

 自分の置かれている現状がいまいちよく分からないので、とりあえず寝たふりをすることにする。

 眠りすぎた後の様な軽い頭痛を感じながら、ベッド脇にいる大人たちの会話に聞き耳を立てた。


 聞こえてきたのはまだ若い男女の声。だがその声色は両方とも険しく、お世辞にも機嫌がいいとは言えないものだった。


「両親が死んだっていうのに顔色一つ変えなかったわ、この子。まだ死ぬって事がよく分かってないのかしら?」

「……事故のショックで感情を上手く出せないのだろう、と医者が言っていた。親が目の前で死んだんだ、仕方ないだろう」

「まぁ、それもそうかもね。――それで、この子の処遇はどうするつもり? 言っておくけど家には子供が二人もいるから、はっきり言ってこの子の事まで手が回らないわよ」

「俺にだって仕事がある。家に帰る事の方が少ないくらいだ。子供なんて引き取れるはずがないだろうが」

「じゃあどうするっていうの? 全く、兄さんも死ぬなら死ぬで面倒な問題を残していかないでよね、いい迷惑だわ」

「でも―――、―――訳にも―――子供が―――」

「―――だから、―――世間体が―――、―――でしょう?」

「――なら、―――の孤児院に―――」






 彼らの話から推測するとどうやらこの幼女、事故で両親を亡くしたらしい。その後医者からもそれとなく情報収集を行った結果、何となくこの子の置かれている状況を理解した。

 乗っていた車がマフィアの抗争に巻き込まれたらしく、外傷が一切ないのは奇跡に近いそうだ。
 しかもその事故で両親まで亡くしていて、親族らしい彼らが幼女(私)の処遇を押し付けあっている始末。

 しかもその内容がまさに昼ドラに出てきそうなくらいテンプレな嫌な内容だった。ここまで来るといっそ潔いかもしれない。分かりやすいくらいに悪役一直線ですね、お疲れ様です。

 ……てうか当事者の前で引き取り先の話なんてしないでほしい。いくら寝た振りをしてるとはいえ子供の前で話す内容じゃないだろそれ。





 それはそうと、まずこの幼女と私の関係について話をしようと思う。


 実はこの幼女、正式名『エリス=バラッド』は、私の来世の姿だったのだ。



 ちょっと上手く説明できないのだが、どうやら事故と両親の死という強いショックで『エリス』の人格が消え去り、脳がどうにかして体を生かそうとした結果、魂のブラックボックスに残っていた私の人格を無理やり引き出したらしい。

 こんな風に一人の子供の人生を乗っ取ってしまった事には多少罪悪感があるけど、今更返品なんてできない。やり方も解らないし。

 もう既に『エリス=バラッド』の人格は消え去り、『岸谷伊織』という存在に塗り潰されてしまったのだから。



 エリスが経験してきた事や、記憶したものなども私の記憶の中にあるため、これからの日常生活に困る事はないと思う。あくまで、現状ではだけれども。

 そもそもエリスの記憶が鮮度が高いせいか、余りにも鮮明なため、『岸谷伊織』が『エリス=バラッド』に取り込まれたかのような、もやもやした感覚がある。

 顔だって幼い頃の『岸谷伊織』にそっくりだし、何とも言えない感覚に陥る。特に目とかがそっくりだった。神よ爆発しろ。


 まぁ、何にせよ《私》が『岸谷伊織』寄りの人格なのは変わらない。


 ……いくら考えたところで何も変わらないし、別に私が悪いわけじゃない。……はず。
そう無理やり自分を納得させて、深く考えるのはやめる事にした。ポジティブに行こうポジティブに。






「エリスちゃん、ちょっといい?」




 思考をトリップさせていると叔母が話しかけてきた。今日は大事な用事があるらしい。何となく検討は付いているけど。


 私は叔母に返事をしようとしたが、事故にあって以来会話という会話をしてこなかったので、うまく声が出なかった。なので、返事のかわりに頷く事にする。

 多分あれだ、連休中に部屋に引きこもって誰とも話さないでいると休み明けに声が出せなくなるという現象だ。

 あの時のやるせなさは、言葉で言い表せないくらいに大きい。最寄りのコンビニにすら行きたくなくなるくらいの衝撃だ。まぁ今は別にどうでもいいけど。




「そ、そう。 あのね、エリスちゃん。叔母さんたちは色々な事情があって貴女と一緒に暮らす事が出来ないの、ごめんなさいね? 恨まないでね?
――でも大丈夫、ちゃんとした施設を見つけてあげるから安心していいわ。私達と居るよりも大勢の人に囲まれた方がきっと楽しいと思うの。どうエリスちゃん? それでいいかしら?」




 叔母は息つく暇もなく、畳み掛けるように言った。

 幼い私が何も意見を言えないと思って、高を括っているのだろう。だが、何故かその声に焦りを感じる。彼女の方が余裕があるはずなのに。

 それにしても内容が白々しい。大人は子供に笑いながら嘘を吐く生き物だけどここまで顕著なのは初めてみた。

 本音と建前は円滑な人間関係においてかなり重要だけど、本音が透けてみえるのはどうかと思う。




「よかった、エリスちゃんも納得してくれるのね。ありがとう」




 無言でいる私をみて、何故かそれを肯定だと受けとった叔母は勝手に話を進めようとする。

 別にそれは一向に構わない。私だって嫌われている人と一緒に住みたくはない。気苦労が多そうだし、彼女とやっていける気がしないから。

 その施設とやらがどんな所かは知らないけど、まぁ大丈夫だろう。見た目は子供だけど中身は大学生なんだし、何とかなるはず。


 無表情で話を聞く私を不気味に思ったのか、彼女は一向に私に視線を合わせない。


「病院の検査が終わったら直ぐに入れるように手配しておくわ。それじゃあ元気でね、エリスちゃん」




 一方的に別れの言葉を口にすると、叔母は私から逃げるかのように足早に部屋から去って行った。


 漠然と、きっともう会う事も無いんだろうなぁと思いながら、軽くため息を吐いた。



 正直、彼女の事は身勝手で冷たい人だと思う。

 あの行動はどう考えても両親を亡くした姪にとる行動ではない。まぁ中の人は別人なんだけど。

 でも、彼らと同じ選択を迫れたら私だって同じ行動をとるかもしれない。他人に自分の生活を壊されるなんてゴメンだし。あの人は私の家族じゃないんだ。だから、これはもうどうしようもない。


 それに可愛らしくて明るい子ならともかく、私の様な愛想のない目つきの悪いガキなんて誰だって嫌に決まってる。

 話から推測するに『エリス=バラッド』もそんな感じの子供だったらしい。さすが私の来世、性格まで似ているとは恐ろしい。さぞかし生きにくかった事だろう。同情する。





 それにしても、施設か。さっきはああ言ったけど私は団体行動というものが基本的に苦手だ。コミュ障だし。

 人の第一印象なんて殆ど外見で決まるのに、私はそこからアウトだからなぁ。愛想笑いすらまともにできないし。

 エリスの記憶の中に目が合っただけで保育所の子供が大泣きしたというものがあった。因みに私にも同じ思い出があったりする。何だか恐ろしいものの片鱗をみた気分だ。


 会話さえまともに出来れば悪印象の撤回が出来るんだけど、私は思っている事を上手く言葉に出来ない。そもそも会話まで展開を持って行くまでの方が難易度高いかもしれない。マジ無理ゲー。

 小学校の頃までは改善しようと努力してたんだけど、中学に入ってからは開き直って必要最低限のことしか話さなくなった。うわ、私の挫折早すぎ……?

 今思えばあれが私の中二病の症状だったのかもしれない。片言少女……、僕っ子より痛々しいかもな……。




 それにしたってエリスが今3歳だから少なくとも後10年は施設暮らしが確定している。それなのに大勢の中のコミュニティに馴染めないというのは正直致命的だ。

 
 ど、どうしよう。これ以上黒歴史が増えるのは嫌なんだけど、いやマジで。

 落ち着け………… 心を平静にして考えるんだ…こんな時どうするか……。
2… 3 5… 7… 落ち着くんだ…『素数』を数えて落ち着くんだ…。
『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……。
私に勇気を与えてくれる…。


 ………。


 ……………。



 ……と思ったが別にそんな事もなかった。

 いや、なんでこれで落ち着くとおもったのか。頭おかしいんじゃねーの?

 そもそも、私は数学は嫌いだったからなぁ。いっそのことじゅげむでも唱えた方がよかったかもしれない。前半しか言えないけど。





 ……いやいやいや、また思考がトリップしていた。

 そうじゃなくて何とか対策を練らなくては。
 取りあえず3つ程案を考えたから検討してみよう、うん。



【1】両親を亡くして親戚に見捨てられた悲劇のヒロインぶってみる
【2】無口無表情だけど本当は他人に優しい良い子なんだと地味にアピール
【3】諦めて孤独で暮らす



【1】はキャラじゃないので却下。ていうか私が一番嫌いなタイプだ。ていうか私に演技なんて出来るとでも思っているのか? ――それは思い上がりだ。そもそもそんな事が出来るのなら私はこんなに悩んでない。

 そもそも【3】なんて対策案ですらないよ? 先生が時折下す死刑宣告、「はーい、仲のいい人と二人組を作ってー」の破壊力を忘れたのか? あれは、辛い。思わず窓から飛び降りたくなるくらいには。

 ……じゃあやっぱり【2】しかないよなぁ。
きっと私に害意がない事が分かればイジメられたりはしないだろう、多分。




 そこまで考えて、私は思考を逃避させた。辛いことを見つめ続けているといつか潰れてしまう、こういうのは適度なガス抜きが必要なのだ。あくまで自論だが。


 ぼぅっと視界を泳がせた時、ベッドの脇に新聞が置いてあることに気が付いた。

 私の為に用意されていたなんてことはありえないので、きっと叔父か叔母の忘れ物だろう。

 いい歳して自分の荷物の管理すら出来ないのかとすこし呆れたが、暇が潰せるのでありがたく貰っておくことにする。





 私はペラペラと新聞を捲りながら書かれている事柄に目を通す。

 ……見た事ない字なのにすらすら読める。不思議な気分だ。

 この字って50音と対応してるんだな。やっぱり此処はパラレルワールドか何かなんだろうか。

 ――でもエリスの記憶を無視したとしても、この文字の事をどこかで見た事あるような気がするのだ。はて、どこだったやら。




 それはともかくとして、肝心の内容は……




 1985年6月16日 ヴィオラート新聞社

 6月8日に起きた大規模な抗争は、市民に多くの深い傷跡を残した。死傷者は当局の情報によると1000人を越え、今までにない数の被害が出たことになる。

 今までマフィアに対し、消極的な姿勢をとっていた警察もこの件を重く見て、大掛かりな粛清活動をすると宣言した。

 これはまだ未確認の情報だが、ハンター協会に協力を要請しているらしい。

 この情報が確かならば、我々市民が銃弾の恐怖に怯えて震える日がなくなるのかもしれない。しかしながら―――




 あぁ、これがエリスの巻き込まれた事故か。

 無傷で生き残れただけでも運がよかったのだろうな、きっと。


 それにしてもハンター協会って何のことだろう? 猟師?

 警察が猟師に頼るのはおかしいだろうし、変なの。






 それにしても、何かが頭の奥で引っ掛かってる気がしてならない。

 キリキリと頭が痛む。思い出さなくてはいけない事がある気がするのだが、なかなか出てこない。



 ―――見覚えのある文字、
 ―――エリスの記憶の中の世界地図、
 ―――ハンター協会、
 ………?




 ハンター協会?




 え、うそ、ハンター協会ってまさか主人公が父親を探すためにハンターになるっていう、某有名少年漫画の中の組織の事? あの休載が多い?


 ……そういえばこの文字漫画で見た事あるかも。どうりで変な感じがするわけだ。

 つーか、HUNTER×HUNTERって言えばモブキャラの死亡率が半端ない世界じゃないか。空気にプロテインが入ってるって評判の。

 キメラアント編を本誌で読んだときは、流石冨樫先生やる事が違う!! って先輩が笑ってた。そのジャンプは私が買ったはずなのに、何故かいつも先輩が先に読むのは何故だろうか。毎回ネタバレされるし。いやいや、それは今はどうでもいいか。


 ――つまり私はあの人外魔境な世界にいるわけ?


 ……む、無理。死ぬ。マジで死んでしまう。

 主人公の周辺人物はおろか、普通のモブですら死亡フラグが乱立する世界とか、嫌すぎる。

 どう好意的にとらえても、私みたいな平凡な子供が原作軸に関わろうとしたら直ぐにバッドエンドになるに決まってる。

 は、早めに気付けてよかった、もしかしたら知らないうちに巻き込まれてたら死ぬところだった。

 そう思うとなんだか頭痛が増してきた。自分で思っているよりもこの衝撃が強かったのかもしれない。



 ……いや、でもどうせめったな事で原作キャラと関わることなんて無いんだろうけど。ご都合主義な小説じゃあるまいし。自分から関わらなければ問題ない、はず。




 あぁそれにしても頭が痛い。

 多分、エリスの脳が伊織の記憶のせいでオーバーヒートしかけてるんだと思う。いくら子供の脳が柔軟とはいえ十何年の記憶は無理がある。


 そこまで考えると、突如視界が暗転した。なんか、すごく、ねむい―――





◇ ◇ ◇










 とある病室から小走りで出て来た妙齢の女性は、その病室から遠く離れたロビーにあるベンチに、ふらふらとした足取りで腰掛けた。



 青い顔をして座りこむその姿はさながら幽鬼の様で、生来の容姿の美しさは陰りを帯びていた。

 彼女はどこか怯えた様に自分の背後をみて、そこに誰もいない事を確認するとやっとほっとしたかのように息をついた。

 逃げるように病室から飛び出してきた彼女は、体の震えを抑えることが出来なかった。

 ガタガタと震えながら、キュッと体を抱きしめる。

 姪のあの目を思い出すと、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。


 ――ああ、何てこと。

 女はふらふらと近くにあったベンチに座り込み、両手で顔を覆った。


 でも大人である自分が、たかが子供一人の眼力で逃げ出すなんて情けないにも程がある。




 ―――あんなモノは子供なんかじゃない、鬼か魍魎の類だ。




 そんな考えが浮かんでくるが、必死で頭から追い出す。

 私はあの子が生まれた頃から知っているし、血だって兄夫婦と繋がっていることをちゃんと知っている。

 でも、前々から無愛想な子だとは思っていたけど、あれ程までとは思いもしなかった。

 ――はっきり言って、正直気味が悪かった。

 一番上の兄は親を目の前で亡くしショックを受けているだけだと言ってたけれど、そんな厄介な子供は引き取りたくなかったし、何より面倒だ。

 兄だって色々奇麗事をいって誤魔化そうとしていたけれど、エリスを引き取る気が無いのは明らかだった。

 結局どちらも折れなくて、エリスは施設に連れて行くという結論に達した。無理もないだろう。

 施設だって多少お金を積めば快く引き受けてくれるはずだ。
世間体の問題もあったけれど、あの子を引き取るくらいならずっとましだと思える。

 薄気味悪いとはいえ相手は3歳の子供、簡単に言いくるめられると私は考えた。

 そう思ってあの子に声をかけた時、初めてまともにあの子の目を覗き込んだ。




 ―――おぞましい。




 ただ純粋にそう思った。

 なぜ3歳の子供にあんな目ができる?

 まるでこの世の罪という罪を詰め込んだような淀んだ眼。そして何より私に対する視線、――まるで屠殺場の家畜を見るかの様な目だった。


 私はただただエリスが怖くて、言いたい事だけを伝えて病室から逃げだしてしまった。

 その時の私は情けない事に、3歳の子供に対して逃げ出した事への屈辱よりも、無事にあの子から離れる事が出来たという安堵感の方が勝っていたのだ。

 情けないと思うが、心の奥から湧き上がる本能的な恐怖には勝てなかった。

 あの子が人であろうと化物であろうと関係ない、私は『エリス=バラット』という存在が恐ろしくてたまらないのだ。




 ――もう二度と会うことの無いように、できるだけ遠くの施設を探そう。



 私はそう決意し、すぐに国境間際の孤児院を探し出し、その日のうちに入院の手配を終わらせ、孤児院の送迎や荷物の準備は兄に丸投げした。

 電話で一方的にその旨を伝えたため、ひどく憤慨されたが、あの子に会うことに比べたらずっとましだった。



 ―――あと1週間もすればエリスと縁が切れる。



 そう考えると、やっと心が落ち着いた気がした。







 そんな臆病な女性の選択が、物語を大きく揺るがす最初の一石となるとは、まだ誰も知らない。






[7934] 三話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 00:15

 目が覚めてから、2週間が経過した。

 毎日やる事もなく暇すぎて、いい加減背中が痛くなってくる。




 事故後の身体検査もつつがなく終わって、今日で晴れて退院となった。病院の医師や看護士は私の退院を自分の事のように喜んでくれたが、明らかに演技である。彼らの笑顔の奥に怯えや嫌悪が透けて見えた。

 ……別に変な行動なんてしてないのになぁ、大人しくしてるのに嫌われるってどういうことなの。

 まぁ慣れているから別にかまわないけれども。別に、悲しくなんかないし。本当に。ほんとだよ?



 死んだ目を隠そうともせず、病院の廊下を歩く。皆が怯えた様に道を開けてくれて、複雑な気分になる。


 因みにいまの服装は叔父が用意してくれたワンピースだ。味気ない入院服ではない。

 黒のフリルのワンピースに赤いリボン、どうやら新品らしく袋に包んであった。似合っているかどうかは別として、多少大きめなのはご愛嬌といったところだろう。

 ……まさか叔父さんが買ったのだろうか。そこは触れてはいけない事なのかもしれない。



 そんなとりとめの無い事を考えていると、いつの間にか目的地の玄関前に着いていた。


 叔父さんが、私の姿を見やる。

 彼はイライラした様子で吸っている煙草の火を踏み消し、こちらへ向かってきた。


 ……隣に灰皿がおいてあるんだからそっちを使えばいいのに。せめて病院の前くらいはマナーを守るべきだと思う。




「遅い、さっさと車に乗れ」



 叔父は高圧的な口調でそんなことを言い放った。

 いや、まだ約束の時間まであと10分もあるんですけど……。

 ちょっとだけイラっときたので嫌味の一つでも返してやろうかと思ったが、ここは私が大人になってあげることにした。
 というよりも嫌味を言う三歳児って怖すぎやしないか? 少なくとも私は怖い。


 だが態々助手席に座りたいとは思わなかったので、真っ直ぐ後部座席に移動した。むこうとしても無愛想な子供が隣にいてほしくは無いだろう。


 座った椅子からは、微かに上質な革の匂いがした。でもちょっと車酔いをしそうで、私は好きじゃない。

 私が車に乗り込み、座り込んだのを確認すると叔父は車を発進させた。

 車には詳しくないが、あまり揺れを感じさせず、モーター音が小さいこの車はそれなりに良い物なんだと思う。男の人って何故か車には拘るんだよなぁ。私にはよく分からないけど。





「これから直ぐに孤児院に向かう。荷物はもう既にあちらに送っておいたから何も心配は要らない。なに、半日もあれば着く。それまで寝ていろ」




「……分かりました」





 ……あれ、もしかしたらなんだかいい人なのかもしれない。

 見た目は何処のマフィアですかって感じの黒スーツとグラサンなのに、案外まともな人なんだろうか?

 いやいや騙されるな、こいつは弟夫婦の忘れ形見を孤児院送りにするような奴だ。一般的に考えていい人のわけがない。




 ……でも、もしかしたらこの世界の孤児院はもの凄く待遇がいいのかもしれない。そうならこの人たちの行動にも納得できるんだけどなぁ。








 
 ふと、窓の向こうの景色が気になった。

 少し前に抗争なんてものがあったにしては人通りが多い。

 非日常も長く続くと日常になってしまうのだろうか? 人の適応力はやっぱり凄いな。



 そういうところは、私が伊織だった頃の世界と変わらない。

 事件なんて過ぎ去ってしまえば、所詮は他人事だ。たとえそこで何人もの犠牲が出ていたとしても。

 いくらH×Hの世界とはいえ、ここは紛れも無く現実だ。

 ――私はそれが、どうしようもなく恐ろしい。








 少しだけ陰鬱な気分になりながら、私は目を閉じた。


 ―――眠ろう。


 私は緩やかな睡魔に身を任せ、夢の世界に逃げ出した。
















◇ ◇ ◇



 病院の玄関付近で、この場所にいるにはあまり似つかわしくない雰囲気を持った男性が、苛立たしげに煙草の煙を吐き出していた。地面には何本か吸殻が転がっている。
 
 男は病院の奥を見やると、大きく舌打ちをした。


 ――男は内心イライラしていた。

 何故かというと妹が姪の処遇を勝手に決めてしまい、しかも孤児院まで予約しやがったからだ。


 いや、それだけならまだ許せる。自分だってアイツを引き取るつもりなんざ、さらさらなかったし、餓鬼なんかに関わりたくもないからだ。

 だが入る予定の孤児院がここから半日は掛かる場所にあるっていうのは一体どういうことだ?

 タクシーにでも乗せて終わらせられたら良かったものを、最後の手続きは身元引受人が現地でやらなくてはならないらしい。面倒にも程がある。

 仕事が忙しいとあれほど言っているのに妹は断固として姪と関わるのを嫌がった。これだからヒステリー持ちの女は嫌なんだ。虫唾が走る。

 あれ以上金切り声を聞くのはうんざりだと思いながら、しぶしぶではあったが送迎を承諾した。

 荷物は適当に弟の家から見繕って孤児院に送り、姪の服は会社の同僚に頼んで買ってきてもらった。






 病院の玄関に姪の姿を見つけ、今まで吸っていたタバコを踏み潰した。

 姪を急かすように車に乗せ、さっさと病院の前を後にする。




 ―――それにしても、愛想の悪い餓鬼だな





 自分も人の事は言えた義理じゃねえが、こいつは輪にかけて酷い。

 医者の話によると事故のせいでショックを受けているだけらしいが、よくよく思い出してみると事故の前からコイツはこんな感じだった。

 弟からも娘の感情の起伏が少ないとよく相談をされていたしな。どうでもよかったから聞き流していたが。


 さっきだって気まぐれで優しい言葉をかけてやったのに、ニコリともしない。……胸糞悪い。




 気分を害した俺は、苛立ちに任せて思いきりアクセルを踏み込んだ。嫌なものは無視するに限る。



 後ろですうすう眠っている子供の存在が、酷く疎ましかった。








 途中休憩も含めつつ、半日かけて目的地に到着した。




 ……こいつ、人の苦労も知らないでのん気に眠りやがって




 自分で眠れと言っておいてなんなのだが、流石にこちらが眠気を堪えながら運転している時に遠慮なく眠られると殺意が沸いてくる。


 しかし眠っているエリスには、普段の薄気味悪さがなく、歳相応の子供に見えた。

 やはりあの目がいけない。あの瞳を見つめると苛立ちや嫌悪感が湧き上がってくる。上手くは言えないが。


 そんな姿に毒気を抜かれた俺はため息を吐きつつも、エリスを起こして孤児院と呼ぶにはすこし小さい建物の中に入っていった。








◆ ◆ ◆




 ふわふわとした微睡の中、いきなりお前が勇者だとか言われ王さまにひのきの棒と100ゴールドを渡され、酒場で仲間を集め城下の外に出た途端スライムに瞬殺されたというところで、叔父に叩き起こされた。まさにカオス。



 それなんてドラクエ? と思うのと同時に、夢の中くらい私ってば最強!! な状況になってもいいんじゃないかと、不満に思う。

 スライムに瞬殺って、おま、村人Aより弱いんじゃないの?
 夢の中ですら不遇な扱いを受けるのか私は。泣きたい。




 精神的にグロッキーな状態になりつつも、必死に寝ぼけた頭を叩き起こす。

 こちらを振り返ろうともせず、おそらく孤児院であろう建物に進んでいく叔父を小走りで追いかける。少しはコンパスの差を考えてほしいものだ。



 あぁ、現実とは無情である。










[7934] 四話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 00:21
 衝撃の目覚めから、早6年。私は思ったより元気にやっています。


 私が今お世話になっている場所は、《グリモワール》という人里からかなり離れた個人経営の孤児院で、70歳くらいのお婆さんが一人で切り盛りしている。

 御婆さんの名前はマリア=サタナエルといって、若い頃は懸賞金ハンターとして活躍していたそうだ。

 見た目は良い所の出の淑女風なのに、意外な経歴である。



 なので、もしや念習得フラグ? かと思いきや、6年経った今でもそんな素振りを見せない。
 なんだか肩透かしをくらった気分だ。私のドキドキをかえせ。


 因みにお婆さんと呼ぶと怒るので、マリア先生、もしくは先生、と私は呼んでいる。

 もうそんな事を気にする年齢じゃないだろうに……。女心は難しい。



 しかもここは人里から離れているので、もちろん学校になんて通えない。勉強は通信スクールと先生の特別授業だけで済ませている。

 だが、先生が教える内容がなんだか一般とは少しずれていると思うのは私の気のせいだろうか……。正しい法律の抜け道の使い方って、いや、なんでもないです。はい。



 あと、この孤児院はさっきも言ったように、大人はマリア先生しか居ないので、住んでいる子供の数も少ない。


 でもいくら少ないとはいえ、私を含めて3人しか居ないというのは孤児院としてどうなんだろうか。




 しかもその二人が、かなりの曲者なのである。








 まず一人目のアリアのことについて触れよう。

 彼女はここの近くの森の中で衰弱していたところをマリア先生に拾われたらしい。

 彼女は私の2つ上なのだが、私が来る1年前まで、もののけ姫よろしく猛獣達と暮らしていたため、あまり会話が成り立たない。


 なんだか経歴が某生まれた意味を知るRPGの敵キャラの少女に似ている。

 髪はピンク。目もピンクだ。それが似合っているのだから美少女というのは本当に罪深い。

 名前にいたってはマリア先生が名づけたらしい。微妙に違うけど、明らかにそっちを参考にしてるよね。

 先生曰く、「ぴったりでしょう?」とのこと。

 ……先生、実は転生者なんじゃないか?




 そもそも、それだけならば何の問題もなかった。

 問題なのは彼女を心配した獣が度々孤児院まできて、私が彼女達の《遊び》に付き合わされることだ。

 彼等にとってアリアが大切な事は分かっている、だから狼そっくりの魔獣が此処に来ること自体は別に構わない。あくまで私を襲わない限りではあるが。




 だからアリア、《遊び》と称して狼(仮)達を私にけしかけるのはどうか止めてください。
割と本気で。


 鬼ごっことかそんな可愛らしい顔で言わないで。これ鬼ごっこじゃないから。下手したら死んじゃうから。

 だってあいつ等の目が「オレサマ オマエ マルカジリ」っていってるんだ……。


 だがしかし、現実とはさらに非情である。たとえ先生に助けを求めたとしても「あらあら、仲がいいのね」で済まされるからだ。先生ェ……。




 そして命懸けの鬼ごっこが始まるわけだが、今の私は幼女、――つまり基礎体力すら危うい。足だってそんなに速くない。

 到底野生の獣から逃げられる筈も無い。もともとチートでもないのだから尚更だ。


 だが奴等は遊びという物を心得ているらしく、私が出せる限界の速度ギリギリで追いかけて来る。

 もしかしたらアリアがそう指示しているのかもしてないが、奴等が私をいいように弄んでいる事には変わりない。



 いつか下克上してやる! と決意したはいいが、全くもって勝てる気がしない。


 ああでも、アリアってすっごく可愛いから復讐だなんて、私には無理かもしれない。

 あんな可愛い子に手なんて上げられるわけないじゃないか。


 散々遊んだあとの上目使いの「ごめん、ね?」の破壊力はもう言葉じゃ語れない。

 こ、これがもしかして恋っ!? とか思ったり思わなかったり。……私ってもしかしてちょろいのかもしれない。

『可愛いは正義』、そんな言葉の奥深さを知った気がした。







 そしてもう一人の問題児、名をシンクと言う。因みに私の一つ上だ。

 でもどうやら本名じゃないらしく、シンクという呼び名はマリア先生がつけたそうだ。

 こっちに至ってはまんまだし……。

 先生やっぱり貴方は転s(ry




 元は上流階級の出で、シンクは双子の兄として生まれてきたのだが、双子は不吉だという今では廃れた下らない理由で、物心ついた頃にスラムに捨てられたらしい。

 スリや窃盗でなんとか生き延びているところを、ある日ターゲットにした先生に拉致されたと語っていた。

 なんか年齢の割には行動力あるよな、あの人。あ、これはオフレコで。



 それとなんで私が彼の過去を知っているかというと、5年程かけて友情フラグを立てて聞き出したからだ。私すごく頑張ったと思う。



 もともとシンクはその辛い過去故か、他人というものを嫌悪していた。
俗にいう人間不信である。私のコミュ障とは比べ物にならないくらい深刻なものだった。

 まぁマリア先生に対してはそこまで酷くなかった。それなりに先生の事は信頼はしているらしい。



 当初、アリアや私に対しての無視は当たり前、珍しく口を開いても出てくる言葉は辛辣なものばかり。

 いい加減にしてほしい、と何度も思ったが、別にそれだけなら害もないので特に突っかかったりはしなかった。あくまで対等に、何時ものペースで接した。


 偏見かもしれないが、孤児院に居る子供なんて大抵不幸な過去をもっている。

 たいした不自由もなく暮らしてきた私が言えた義理ではないが、シンクだけが不幸というなわけではない。いちいち同情なんてしてられない。

 それに同情されるのってちょっとキツイし。それならばまだ笑い飛ばしてくれたほうが楽になれる時もある。

 というよりもぶっちゃけ割と自分の事でいっぱいいっぱいだったので、そういうのをあまり気にせず接していったのが大きな勝因かも知れない。


 そんな私の態度のせいか、こちらに悪意が無い事はわかってもらえたらしい。


 それなりに話す様な仲になった後、お前なんかに何が分かる! とか悲劇の主人公ぶった台詞を生で聞く日がくるとは思ってもみなかったけど……。


 最初はこっちも冷静に言い返したりしてたんだけど、最後には何故か殴りあいの喧嘩にまで発展した。あ、なんか思い返すと青春っぽいかも。



 もちろん勝ったよ、――――――シンクが。


 いやだってさ、あいつ仮にも女の私に対して手加減というものを一切しなかったんだよ。
喧嘩なれしていない私が負けるのは自然の摂理じゃないだろうか。

 い、言い訳じゃないよ? 私はあくまでも常識にのっとって話しているだけで、別にボロ負けして悔しいなんて思ってないよ? ホントだよ?



 そんなわけで無事? に友情イベントを乗り越えた彼は、もともとの捻くれた性格は変わらなかったけれど、立派なツンデレへと成長した。

 ツンの比率が半端ないけどね。9:1くらい。しかもデレが出るよりも先に何故か手が出る。もしかしてそってれツンデレじゃなくてツンギレかもしれない。

 そんな彼を見て先生が計画通り、と悪い笑顔でほくそ笑んでいたのは記憶に新しい。


 先生はやっぱり(ry









 まぁそんな感じで私は毎日楽しく?過ごしている。


 此処に連れられてきた6年前、当初不安だった人間関係もとても些細な事に感じる。

 誰も私を変な目で見ないし、会話が苦手な私の言葉すら彼等はちゃんと聞いてくれる。それは本当にありがたいことで、何だか昔の友人を思い出して少し切なくなった。

 時折友人や先輩の顔が脳裏に浮かぶけど、そんな時はいつも彼らが側に居てくれた。


 ―――私、今幸せかもしれない。



 何となく二人にそんな事を呟いてみたら、アリアには抱きつかれ、シンクには殴られた。グーは痛いです、せめてパーにしてください。それと顔は止めてください。割と本気で。


 流石に文句を言おうと思ったが、シンクがギリギリ聞こえる程度の小声で――僕もだよ、と言っていたからで怒るタイミングを逃してしまった。

 なんだかなぁ、本当に私達って家族みたいだ。温かくて、居心地がいい。





 こんな光景を見て、先生はいつもの通り微笑んでいる。









 この次の日から悪夢が待ち受けていようとは、今の私には知る術もなかった。







後書き

少しだけTOAをクロスさせてみた。というかただのそっくりさん。
別にTOAを知らなくても大丈夫。ほとんどネタレベルだから。


というよりも先生ェ……。



[7934] 五話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 00:32

「貴方達は今日から特殊な修行をしてもらうわ」



 とある日の朝の事。皆で朝食を食べている時に、昼食のメニューを決めるかのような気軽さで先生はそんな事をいいだした。

 その唐突な一言に、皆の食べる手が止まる。嫌な沈黙が食卓を包む。先生は相変わらずの笑顔だった。

 ……えっと、何の前ふりもなく修行とか言われても対応に困るんですが。つか、特殊って何。説明をお願いいたします、切実に。

 そんな想いを伝えようとアイコンタクトを試みたが、先生は私の眼をしっかり見て何故か笑って頷いた。

 ――あ、これ絶対伝わらなかったな、と瞬間的に思ったが、特はもうすでに遅かった。



「まぁ……!! エリスが乗り気みたいで嬉しいわ。だって貴方が一番反対しそうだったから」


 うきうきした様子で先生は言った。乗り気ってなんだ、乗り気って。修行とか私のキャラにあってないのですが。

 でも今更違うなんて言い出し難い。昔からなんだか先生に対しては強く出れないんだよなぁ、恩もあるし……。それにシンクが反抗してボコボコにされるのを昔から見てきたせいかもしれない。

 だが今までの経験から推測すると、今言っておかないと後悔する気がする。



「修行って、一体何を考えているんですか?」




「まずは精神統一から始めてもらうわ。同時進行で格闘術を教えるから覚悟しておきなさいね」



 いやいやいやいや、修行の内容じゃなくて修行の意図を知りたいんですけど。

 私の聞き方が悪かったのは認めるけど、そのとらえ方だと本当に私がやる気みたいに聞こえるじゃないか!!


「ちょっと待ってよ。修行とかいきなり言われてもよく分かんないんだけど。ちゃんと一から説明してくれない?」


 シンクの言葉に、アリアも困惑気に頷いた。


「アリアも、説明して欲しい、です」


 どうやら皆考える事は同じらしい。二人が私の言いたかった事を言ってくれて助かった。

 あれ、でもそう考えるとやっぱり私一人空気が読めてない発言をしたように取られたんじゃないか? ……だったらやだなぁ。



 それにしても私の伝達力の低さは、もう致命的なレベルだと思う。

 何というか、いつも細かいニュアンスに誤りがある気がする。ここに居ると皆がだいたいは読み取ってくれるけど、外に出たらそうもいかないだろう。お外怖い。




 私の内心の葛藤はともかくとして、先生は彼らの言葉に少し考え込む様なそぶりを見せた後、心底理解できなといった表情をして言った。



「だって貴方達、強くなりたいでしょう?」


 先生のその言葉は、私にとって衝撃だった。

 確かに護身出来るくらいには強さは必要だと思うけど、特にそんな切羽詰ったものを私は感じていない。良くも悪くも私は平穏を愛しているのだ。


 そう思い、他の二人の様子を伺うとどちらも思い詰めた様に押し黙っている。
 
 シンクはともかくアリアはそこまで強さに固執するタイプじゃないと思ってたのに。一体二人にどんな心境の変化があったのだろうか。私には見当もつかない。


 そんな私たちの様子を見て、先生は全部分かっているわとでも言いたげに頷いて見せた。


「そう、じゃあ食器を洗い終わったら中庭に来る事。もちろん動きやすい服装で来るのよ? 破けるかもしれないしね」



 一方的に告げると、先生は自分の部屋に戻っていった。異を唱えたかったが完全に機
会を逃してしまった……。絶対特質系だよあの人。

 普段は優しい人なのだが、いきなり突拍子もない事をしだすことがある。今回がいい例だ。


 夜中に叩き起こされて雪山に日の出を見に行くといきなり言われた時はついにボケが始まったのではないかと邪推してしまった。いや、確かに朝日は綺麗だったけど。



「エリスは……、」

「ん?」


 シンクが何かを口ごもる様に言った。

 聞き取れなかったので聞き返したが、シンクはきゅっと口を結んだまま開くそぶりを見せない。何だろうか……。

 そんな事を思っていると、アリアに袖口を引っ張られた。


 なに? と声をかけるとアリアは微笑みながら言った。



「アリア、頑張るから」


 エリスも一緒だもん、と言う彼女に正直私は辛い修行とかしたくない、と思ってるとは言えなかった。

 内心どうやって逃げようか考えていたけど、やっぱりアリアとシンクが一緒なら頑張ってみてもいいかな、とその時は思ってしまった。






◆ ◆ ◆






 原作主人公達も簡単に念をマスターしてたし、修行なんて楽勝だぜ!!


 ……そんな風に思っていた時期が、私にもありました。



 まず、精神統一(恐らく精孔をあける為)だが、これが曲者だった。

 午前中に基礎トレーニングや格闘技の訓練をした後に行うので、その後に瞑想なんかするものだから、眠くてしょうがない。意識が落ちたら落ちたで先生に傘で張り倒される。

 それではいけないと先生も考えたのか、一週間を過ぎる頃には瞑想ではなく、蝋燭の火を見続けるというものに変わった。


 ……いや、瞑想をトレーニングの前にやれば全て解決したんじゃないのか?

 そんなツッコミが喉から出かかったが、ノリノリな先生に意見なんて出来なかった。


 一応私は教えを乞う身なので、大きなことなんて言えるわけもない。決して先生の傘の打撃が怖いわけじゃありませんとも。ええ、そうですとも。









 それから3週間もしない内に、アリアの精孔が開いた。

 たしか原作で才能があると言われたズシが3ヶ月かかっていたから、これは驚異的な速さかもしれない。

 何万人に一人の才能を軽く凌駕する美少女か……、さすがアリア。
滅多な事では表情が変わらない先生も今回の事は珍しく驚いていた。


 そして、シンクに云ったっては6週間で練までマスターした。
 ……彼らのポテンシャルが高すぎてついていけない。どうしよう。



 だって凡人なら訓練しても何年も掛かるんじゃないかな。

 中には一生念にたどり着けない人だっているだろうし、半年たって私の精孔が開く気配が見えないのはかえって正常なんじゃないかな?

 焦ってないと言われたら嘘になるけどまだ最終手段をとるような段階では……。え、先生。何だか嫌な気配がするんですけど。
 傘を振りかぶるのは止めてくださいそれは本来そんな使い方をする道具じゃなくぁwせdrftgyふじこlp






 ……まぁ結論から言えば、私は纏を習得した。

 その後一週間寝込んだけどね。体中が筋肉痛で痛いです。

 高熱が出るは吐き気が止まらないし、今回は本当に死ぬかと思ったよ。


 でも、二人に慰められた事が一番辛かったかもしれない。

 才能の差は分り切っていた。でも、同情されるのだけは耐えきれない。

 その日からだろうか、二人に置いていかれたくないと強く思ったのは。

 私に才能が乏しいのは初めから分かっていた。でも、此処にいる以上は私は二人と対等でありたい。――なら、努力するしかないじゃないか。

 上達が遅いのならば、寝る時間を削って訓練に励もう。イメージが上手くできないないのならば、何度だってできるまで同じことを繰り返そう。

 ――一人に戻るのだけは、もう嫌だった。




◇ ◇ ◇




 そんな感じで、纏の習得にはばらつきが出たけど他の四大行の習得は順調に進んだ。

 中でも絶だけならプロハンター顔負けだと先生のお墨付きをもらえた。適材適所という奴かもしれない。



 そして応用技も含め(ビスケが行っていたもの全て)、一通りの修行が完了した時にはすでに4年の年月が経過していた。

 遅いと言う事なかれ、この世界の常識に当てはめて考えるとこれでも十分に早い習得速度だ。ただ周りの人たちがチート過ぎて私の存在が霞んで見えるだけ……なはず。


 そう言えば主人公組みは一年未満で習得してたよね……。主人公補正って信じらんないよ……。

 でもその代りに彼らは波乱万丈な人生を送ることを義務づけられているのだろう。そう考えると才能があるのも考え物なのかな。











◇ ◇ ◇



 閑話休題








 山奥にある孤児院の一室で、遠くから聞こえてくる子供達の声を聞きながら、老婆は紅茶を飲みながら今までの月日を回想していた。


 若いころから続けてきたハンター稼業を引退してから暫く一人で暮らしてきたけれど、5年もしたら流石に人恋しくなった。『魔女』とよばれ恐れられた私にもヤキがまわったという事だろう。

 手始めに動物でも飼ってみようか、猫なんか可愛いかもしれないわ。

 でも『猫』は私のコードだし、少々狙いすぎかもしれない。他の連中にからかわれるのも癪だし、どうしたものか。

 そんな事を考え始めた頃に、――森の中で一人の少女を拾ったのだ。



 彼女は見つけた時、痛々しいほどの傷を負い、大量の獣の死体に囲まれながら倒れていた。

 状況から見て狩猟を生業とするハンターに襲われたのだろう。恐らく、周りの獣は彼女を守るために戦ったのだろう。

 ……しかも、その場に流れる大量の血液はここに倒れ伏す獣達だけでは到底足りない。そのナニカがハンターたちの狙いだったという事か。

 それはともかくとして、私の庭で悪さをするなんて命知らずもいい所だろう。必ず見つけ出して粛清しなくては。



 彼女に治療を施し、獣の様な唸り声で威嚇されつつも、私は彼女と意思疎通する事を諦めなかった。

 なんとか聞き出した結果、どうやら彼女は赤子の頃からこの森に棲む魔獣達に育てられたらしく、この森の主を自分の親だと思っているらしい。

 だがその森の主は彼女を襲ったハンターに殺されてしまったようだ。


 魔獣の女王、ライガクイーン。


 なるほど、それほどの大物ならば――たとえ毛皮になっても、高く売れるだろう。

 愚かなハンター達の行為に気分が悪くなったが、彼女の心の傷の方が深刻だった。

 人に怯え、威嚇し、獣にか懐かない。大抵夜はうなされているし、目を離すといつも母を想って泣いている。そのすぐ側に狼たちが寄り添うが、彼女の涙は止まらない。


 その後、外傷が癒えた彼女を家で引き取ることにしたのだが、問題が発生した。


 彼女には戸籍が無かったのだ。登録前に森に捨てられたらしい。

 無論新しく申請する事は可能なのだが、そもそも彼女には名前というものが存在していなかった。

 なので、境遇や容姿が、私が『前』に好きだったゲームのキャラクターに似ているので、その名をもじり、『アリア』と名づけた。

 今はもう懐かしくて内容さえ忘れかけてるけど、そんな事だけはまだ覚えている。業が深いのも困りものかもしれない。

 だが、本人がとても嬉しそうに名前を呟いていたので、気にしない事にした。







 アリアとの手探りの様な共同生活が半年も過ぎた頃、街で幼い少年を拾った。


 普段の私はストリートチルドレンに同情するような善良な人間ではないのだが、この時ばかりは彼を家まで連れて帰った。

 この私がたとえ買い物中とはいえ、簡単に背後をとられるなんて本当に久しぶりだったからだ。どうせ部屋はまだ空いているんだし、才能がある子を育ててみるのも悪くはないかもしれない。

 その時はそんな安易な事を考えていた。


 ん? もちろん本人の同意は取らなかったけど? 問題あるの?


 その後、様々な話し合いを経て、彼がこの家に住むことが決定した。

 彼がスラムに居た理由が理由な上、本名は名乗りたくないようだったため、偽名として『シンク』と名乗ってもらう事にした。

 理由はここでは割愛しおく。衣食住を保証するのだから、お婆さんの感傷に付き合ってもらうくらいは許されるはず。


 彼は当然の様に他者を拒絶していたが、私に対して迷惑の掛かる事をしないならば問題ない。アリアとも、まぁその内仲良くなれるだろう。
 何だかんだで手を上げる事は無いし、あの子もきっと本当は優しい子だと思うから。



 そんな事情で山奥の家に二人も子供が増えたため、街の人達に不審がられるようになった。

 それはそうだろう。この歳になって少しは落ち着いたとはいえ、私の悪名はそれはもう名高いものだったからだ。

 子供をさらって若返りの薬でも作ろうとしているんじゃないか、くらいに思われても仕方がない。腹だたしい事この上ない。


 このまま悪質な噂話を放置しても良かったのだが、仕方がないので建前上この家を国に孤児院として登録する事にした。こういう時にハンターライセンスは融通がきいて便利だと思う。色々な無茶が通るし。


 ただ孤児院として登録してしまった故に、国の斡旋で後一人子供を引き取らなくてはならなくなった。突っぱねてしまっても別に良かったのだが、流石の私も国家機関まで敵に回すつもりは無い。そこまでもう若くは無いのだ。

 正直な所面倒だったが、審議の結果、最近親を事故で亡くした3歳くらいの子供を預かる事になった。




 引き取ることになった子供の名は『エリス=バラッド』――良い名前だと思う。

 不和の女神の名前に、物語の唄という意味。聞いた話しによるとマフィアに両親を殺されたらしい、不謹慎だが悲劇のヒロインにはうってつけの名前だ。




 そしてエリスは叔父に連れられて家にやってきた。私はその時の事を今でもよく覚えている。

 両親を亡くしてすぐと聞いていたし、さぞや憔悴している事だろう。そう思っていた。


 だが彼女は私の心配とはうって変わってとても落ち着いていた。

 嘆き、恨み、不安、そんな色は彼女の何処にも見られない。両親を亡くした子供がだ。信じられない。

 ただ彼女はこちらを見定めるかのように、じっとその黒い目を向けてくる。

 そして、目があった瞬間、私は戦慄した。


 ――彼女は、違う。他の有象無象とは、決定的な何かが。

 立ち振る舞いは、普通。言動も淡々としており、口数は少ないが一般の域を出ない。身体能力だって年相応だ。――それでも彼女は異端だった。

 上手くは言えないけれど、常人とは違う『何か』を感じる。

 人生長い事生きてきたが、こんなにも『読めない』人間は見たことが無い。


 人を恐れる少女。

 全てを憎む少年。

 そして、異端の気配を纏う少女。

 ――『役者』が揃った。そんな気がした。


 彼らがもう少し大きくなったら修行をつけてあげよう。きっと面白い事になる。
 そう考えると年甲斐も無くワクワクした。

 ――あぁ、私が考えていたよりもずっと楽しい老後が過せそうだ。




◇ ◇ ◇




 それから暫く、平和な時間が流れていった。

 最低限の体が出来上がるまでは過酷な鍛錬は毒にしか過ぎない。そのせいで才能をつぶしていった子たちを私は沢山知っている。


 そして、ふと思う。


 ―――彼女が来てからシンクとアリアは変わった。

 彼らが年相応にじゃれ合っているのを見ると、自然と頬が緩む。

 いい傾向だが、それでも人間嫌いの彼らが心を開いたのは本当に意外だった。彼等は『人』というものを憎んでいる、それも強烈に。

 過去が過去だから仕方が無いと言ってしまうとそれまでなのだが、いくら平穏を享受していたとしても憎悪という物は忘れる事が出来ないのだろう。私も同じ境遇になったら同じ想いを抱く。それほど酷いものだったから。


 そんな難易度の高い事を、あのエリスがやってのけたというのだから、驚かない筈が無い。

 彼女はあれから特に変わった行動も見せず、平穏に日々を過ごしている。

 唯一大きな感情の揺らぎがあったのは、たしかシンクと殴り合いの喧嘩をした時だったろうか。彼女の大声を聞いたのはそれが最初で最後だ。


 まぁそれはともかくとして、彼らを引き取ってからはや6年。もう十分に体づくりは出来ていると思ったので、これから念の修行を開始しようと思う。アリアのお友達には本当にお世話になった。



 いきなり修行をすると言ったら彼らはどんな顔をしてくれるだろうか。


 怒る? 嫌がる? それとも喜ぶ?


 でも、どんなに平穏の中で生きようと、彼らの中にほの暗い闇が揺らめいているのを私は知っている。


 ――断る理由は、きっとないだろう。


















後書き

一年で念を習得だなんてどう考えてもチート、在りえないくらいにチート。
この主人公は一応凡人設定(勘違い系だが)なので、仕方ない。
でも正直4年でも早いと思う、でも都合上仕方が無いと言い切る。

でもマリア先生はどう考えても転生者。




[7934] 番外1と2
Name: 樹◆990b7aca ID:e2c396d1
Date: 2014/11/18 00:44


 --これは、獣に育てられた一人の少女のおはなし。



 アリアの最初の記憶は、銀色の艶やかな毛並みから始まる。


 アリアは自分の生みの親の顔を知らない。

 己が本当に人という種族なのか、成人した今になっても疑っている。幼い頃は自身が人という生き物である事を知らなくて、何故母や兄たちの様に毛が生えてないのだろうと不思議に思ってたくらいだ。
 アリアにとって自分の親は育ててくれた銀色の狼だけだったし、それ以外の親なんていらないとすら思っている。

 母が何故人の子である自分を養っていたのかはわからない。普通であればその場で餌にされていてもおかしくはなかったはずだ。
 ――だけど、私は母に拾われて良かったと思っている。それだけは何があってもかわらない。


 母はアリアに生きるための術を教えてくれたし、森の仲間たちだって人である自分に優しくしてくれた。幸せ、だった。
 幼い頃の記憶にある母の姿は何時だって荘厳だったし、森の獣たちが母にひれ伏す姿は胸が震えた。

 母は彼女にさまざまな知識を叩きこんだ。獲物の取り方、他の獣との接し方、森の主の娘としての振る舞い方、天気の読み方やら何まで全部。

 アリアは幸せだった。母に『我が娘』と呼ばれ慈しまれるあの日々は、まぎれもなく尊いものだったから。

 ――それなのに、それなのに人間たちがそれを台無しにした。


 その悪夢の瞬間をアリアは今でも夢に見る。



『人』と呼ばれ獣たちから忌み嫌われた動物が、森を襲撃したあの日。

 母はよく分からない嫌な力を使われ、腹を切り裂かれた。幼い私は母の亡骸に縋り付き、そんな私を邪魔だと思ったのか、『人』達は強かに私の事を蹴り飛ばした。


 私はそいつらのことが憎くて憎くてたまらなくて何度も襲い掛かったけど、奴らは笑いながら私を簡単にあしらった。

 そうしているうちに彼らは母の亡骸を大きな動く四つ足の物体に詰め込み、ボロボロの私を置き去りにして森の外へ消えて行った。

 だんだんと体が冷たくなっていき、母の所へ向かうのだと思っていたまさにその瞬間。――私は『先生』と出逢った。




 それから私は『アリア』となり、先生は先生の使っている言語や『常識』という物を教えてもらった。

 そしてその教育の過程で、私は憎い『人』と同じ種族である事に気づいてしまった。


 その時の絶望は、言葉に表すことが出来ない。

 母を殺した『人』と一緒。優しくしてくれる先生も『人』。私も、『人』?

 ……『人』って、何?

 どうして『人』はママを殺したの。先生は『人』なのになんで私を助けるの。

 違う違う私は『人』なんかじゃない、私は誇り高き森の主の娘なんだ。あんな非道な『人』と同じわけなんかが無い!!


 暴れて、暴れて、暴れて。疲れ果てた時に先生が言った言葉は、今でも覚えている。


「残念だけど、貴方も私もそしてあなたの母を殺した奴らも同じ『人間』よ。貴女が人を憎むのは仕方ない事だけど、事実だけは変えられない。
 でもね、アリア。人にもいろんな人間が居るの。いい人もいれば悪い人もいるわ。全ての人を憎むのではなく、信じられると思った人間だけは信じてあげて。――アリア、私の事も嫌いかしら?」


「――せんせい、きらい、ない。せんせい、やさしい」


「……そう、ありがとう。じゃあ、私の言葉は信じてくれるわね?」


「――ん、」


「この家の中に居る『人間』は少なくとも貴女の味方よ。だからこれから先、人が増えたとしても決して拒絶はしないであげて。――きっと仲良くなれると思うから」



 その約束があったから、私はシンクやエリスが来た時にパニックにならなかった。先生は、嘘なんて言わないから。



 ああでも、――ごめんなさい、ママ。

 わたしママが居ないのに、幸せなんです。ごめんなさい。シンクもエリスも先生も『人』だけど、とても憎むことが出来そうにありません。
 ごめんなさい。みんな大好きなんです。ごめんなさい、ママ。

 ママが好き。先生が好き。シンクが好き。エリスが好き。

 ――でも、私は『人』を好きになってもいいのだろうか?それはママに対する裏切りではないのか?

 それは時折酷いジレンマになって私を苦しめた。皆の事が好きなのに、それが辛い。




 そんなある夜、夢を見た。

 幼い頃より大きくなった私は、記憶の中にある母の背に乗って森を駆けている。

 暖かくてふわふわした気持ちになりながら、ギュッとその背にしがみつく。振り落とされないように、――もう決して離れないようにと。


『我が娘よ、辛くはないか』


 突然母が私に問いかける。

 ……辛くはない。あの家は私にとって、優しすぎるくらいに優しい。


「ごめんなさい、ママ」


 ごめんなさい。貴女を殺した『人』と一緒に居て、私は幸せなのです。……ごめんなさい。


『何を謝る事がある』


「わたし、『人』と一緒に居て、幸せ。ごめんなさい、ママ。わたし、みんなの事、大好きなの。ごめんなさい、ごめんなさい、――憎めなくて、ごめんなさい」


『我が娘。お前は一つ勘違いをしている。――いつ私が『人』を憎めと言った?』


「でも、だって、――ママは『人』に殺された!!」


『それはお前と共にある『人』と同じ者ではないだろう? もういいんだ、我が娘よ。無理に『人』を憎まずともいいんだ。今のままでは、人の世は生きにくいだろう? ――なぁ我が娘、『人』が憎いか?』


「……にくい、ママを殺した『人』が憎い。お友達を狩る『人』が憎い。大嫌い。
 ――――でも、シンクとエリスと先生は憎くないの。ずっと一緒に居たい。…………嫌だよぅ。わたし、ママの事わすれたくないのに、みんなの事、大好きなの」


『『人』を愛したとしても、それは私への裏切りにはならない。娘の幸せを願わぬ親がどこに居るというのだ』


「ママ、いいの? わたし、みんなの事、大好きなままでいい?」


『お前がそれを望むならば、私は構わない。――アリア、か。良い名を貰ったな』


 そう言って、母は微笑んだ。その顔には憎しみなど何もなく、ただ私に対する情愛だけが見て取れた。
 思わず、しがみついて嗚咽を上げる。どうしようもなく、胸がいっぱいになって、上手く言葉が出ない。


「――っ!! ママ、ごめんね。ごめんね、――――――ありがとう」

 
 ごめんなさい、ママ。――ゆるしてくれてありがとう。




 ◆ ◆ ◆




「一週間で精孔が開くなんて……。凄いわ、アリア」


「……先生。アリア、強くなれる?」


「ええ、きっと。これからの特訓しだいだけど貴方には才能があるわ」


 シンクもエリスも優しい。でも私の方がおねえちゃんなんだから、二人を守れるくらい強くならなくちゃ。

 ――――もう二度と、奪われないように。


 がんばる。がんばるよ。だから、ありがとう、ママ。












 番外2 誰かの日記





 200×年10月×日


 今日は高校時代からの後輩の葬式だった。

 居眠り運転のトラックに突っ込まれるとか笑える。マジあいつ幸運Eだよな(笑)

 それにしても結構人数多かったなぁ、人付き合いなんてほとんどない癖に何故か他人を引き付けるんだよな、アイツ。嫌われ者の僕とは大違いだ。

 アイツの友人連中は何時もの余裕面を崩しててかなり笑えた。エリートざまぁ。精々泣きわめいて顔面崩壊してろッつーの。ばぁか。

 そう思って気分よく参列していると、その友人連中の一人に胸倉をつかまれ大声で喚かれた。たっく、やめてくれよ。服が皺になるだろ?

「涙の一つくらいみせたらどうだ」「少しくらい悲しんだ様子をみせろ」「なんでお前なんかが、アイツと親しいんだ」

 要約するとそんな事を言っていたような気がする。嫉妬乙。

 やだなぁ、僕がお前らよりもアイツと親しくしてたからって、嫉妬は見苦しいぜ? そう言ったら殴られた。解せぬ。

 あー、でもまぁアイツがいないって事は、僕これから大学でボッチってことじゃん。それはちょっとキツイなぁ。ノートとか貸してくれる奴もいないし。

 高校の部活でほぼ幽霊部員をしてた僕に話しかけるのはアイツくらいだったし、大学浪人した後も一緒に勉強したり、まともに付き合いがあったのはアイツだけだ。

 クリスマスも、お正月も、誕生日も、急な呼び出しでさえも、僕が強請ればアイツは何時も側に居てくれた。アイツの友人たちは、イベント事には無関心だったというのもあるだろうけど。

 ――でも本当に、お人よしな奴だったな。


 一緒の大学に受かって、同じ学部に通って、同じサークルに入って、夏休みも一緒に遊んだりして、――これからもずっとそんな風に過ごす予定だったから、ほんと、勝手に死ぬとか超迷惑。


 あーあ、アイツが居ないってことはこれから講座で居眠りも出来ないってことじゃん。ノートとってくれるやつがいない。

 あの綺麗でも汚くもない字ももう見れないし、僕が机に突っ伏している時に見せる仕方ないなぁって感じの笑顔も、授業後に控えめに僕を起こす声も、これから、もう、二度と、


 ……嫌だなぁ。

 なんで僕がこんな気持ちにならなきゃいけないんだろう。

 辛いのも苦しいのも大嫌いだ。へらへら笑って怠惰に無様に人生を消費したいっていうのに。

 そう思って生きてきたのに、なのに何で、――――こんなにも胸が痛いのだろうか。


 わかってる。わかってる。原因は全部わかってる。でも、それを認めたら僕は僕でいられない。

 さっきから彼女の顔が脳裏から消えやしない。くそ、鬱陶しいにも程がある。


 あいつは本当に勝手だよなぁ。なんで今さらになって僕を置いて行くんだろうか。本当に酷い、酷過ぎるよ。なんで一緒に連れて行ってくれなかったんだ。

 昔、一人は辛い、とあいつは言っていた。僕はそれを聞いてただ笑うだけだったけど、今はその気持ちがよく分かるよ。


 あの頃、同じように部内で浮いていた僕ら。寂しがり屋の君が、僕に話しかけるまでそう時間はかからなかった。

 あいつが他人に誤解を受けやすいのは、見ていて分かった。一歩退いて世界を見ていた僕だから、君の本質を理解できた。だからこそ、僕があいつの一番近くに居られた。
 
 少しばかり特殊な目を持っただけの、寂しがり屋で引っ込み思案な、――優しい女の子。僕みたいな人間失格と一緒にいてくれる、お人よし。

 僕が漫画の主人公だったら、死神に魂を売り渡してでもあいつを甦らせるのに。っていうのは少し気障かな?

 少年ジャンプじゃないんだからそんなご都合主義が起こる訳もないか。世知辛いねぇ。


 ――なら、僕が取るべき手段はたった一つだ。


 ――×××××を、×××××××××××××××しなくちゃ。



 じゃ、伊織ちゃん。


 また明日、ね。









 ――このページの後には、何の文章も書かれていない。






[7934] 六話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 01:00

 4年間の修行の中で最も苦労したのはやはり『発』の開発だ。



 一通りの基礎をクリアした頃には自分に才能は無いと理解していたため、それを補う為にも強力な能力が必要だと思った。

 無論、生き残る為にだ。


 念能力者に目をつけられる事なんてめったに無いだろうが、如何せん私は多少誤解を受けやすい容姿をしている自覚がある。

 喧嘩を売られたことは別にないんだけれど、保険をかけておくに越したことはないだろう。









◇ ◇ ◇









 私は念の事を、〈身体能力〉+〈才能〉+〈努力〉+〈覚悟〉=《念の威力》であると勝手に認識している。
 中でも心の強さ的なものが大きく影響しているのではないかと考えているのだ。ほら、心の力で技を出すガッシュみたいな感じ。……なんか違う?


 ――それならば、自分の弱点を、強さに変える事は出来ないだろうか?


『コンプレックスや弱点を乗り越えて創造した』という事実があれば、きっと創りだした念に影響がでてくる。思い入れが強いほど強力な能力になると聞くし。

 私の弱みなんて、探せば探した分だけ出てくると思うけど、そこまですると流石に悲しくなるので止めておく。


 それはともかく、戦闘とは全然関係ないが、私は『歌』だけは何よりも自信がない。


 昔からボロクソに言われてきたし、私にとって最も根深いトラウマの原点でもある。

 あの精神汚染レベルの歌声を念で強化したら人なんか余裕で気絶させられるかもね。てへぺろ。



 ………………。

 ………………………………………。


 ……アリじゃないか?

 なんという発想の転換、マイナスにマイナスを掛けるとプラスになる理論が当てはまるかもしれない。


 私の考えにしては珍しく冴えている……、のか?




 いやいやいやいや、よく考えてみてほしい。
 あんな人様に聞かせられないような恥ずかしい代物を歌うの?私が?本気で?

 想像してみた。大声で人前で歌う私。阿鼻叫喚の人々。死屍累々。

 ――――アウト。

 正直、羞恥で死ねる気がする。

 これ以上自分のトラウマを抉ってどうするつもりだ。黒歴史の重ね塗りみたいなものだぞ、それ。

 いやいや、でも、威力だけは期待できそうだし、やっぱり……、……。






 それから暫くの間、他の能力を考えてみたが、どうもしっくり来るものが思い浮かばなかった。

 ……やっぱり自分の直感に従った方が良いのだろうか。何となくだけど『これじゃないと駄目』って気がするし。
 でも正直、かなりの抵抗感があるのですが。いや、その抵抗感こそが能力の要になる予定なんだけれども。


 悩みに悩みぬいた結果、苦肉の策として一つの方法を考えた。





 そう、コインである。

 二択の問題を解決する最も優れた手段だ。某A級賞金首のメンバーも愛用している。



 前に蔵の中で拾ったアンティーク物のコインを眺めてみると、表に鷹の模様があり裏には狼の模様が描いてある。

 聞くところによると、先生が現役時代に報酬として貰ったらしい。

 先生もすっかりコインの存在を忘れていたらしく、好きにしていいと言われたのでありがたく頂戴した。
 先生は一度手に入れた物に関してあまり執着しない性質で、そんな代物が蔵の中にはいっぱい眠っている。

 もしかしたら普通のジェニー硬貨よりはこちらの方が縁起がいいかもしれない。

 そう思って、コインを握りしめた。






 表なら却下、裏なら採用。

 トスは一度きり。

 一生を左右する大勝負だ。






 目を瞑り、コインを弾き上げる―――

 パシン、と手の甲の発する音がとても大きく聞こえた。

 心臓が早鐘のように鳴っているのが分かる、……本当に私は感情を制御するのが下手だ。

 目を開き、恐る恐る手を退けた。



 結果は―――、










◇ ◇ ◇











 狼の模様、要するに裏である。


 ――――この能力が、後に『不視可の災害』とまで呼ばれるとは夢にも思っていなかった。








◇ ◇ ◇








 私の自身の思い入れが強いため……、悪い意味でだけど……、『歌声』を媒介とする事自体は簡単に出来た。
 問題はどんな効果を付加させるかだ。

 もともと歌声自体に問題があるため、癒しや治療等といった白魔法属性の効果は期待できない。悪化させかねないからだ。



 ならば付加させるのは黒属性、たとえば『負の感情』などが一番いい筈だ。

 だがしかし、私は今までそれなりに幸せに暮らしてきた為、『負の感情』と言うものに疎い。
 理解しているといっても、精々ちっぽけな劣等感ぐらいが関の山だ。



 流石にこれは自分ひとりでは解決できない、誰かに協力を頼めないだろうか?


 暫く考えた後、こういったものは年長者の方が詳しいと思い付いたので早速先生に相談してみる事にした。









◇ ◇ ◇









「つまり、貴方は『この世全ての闇』を識りたいと言うのね」


 この世すべての闇……?随分と回りくどい言い方をするなぁ、そういう言い回しは先生らしいといえばらしいけど。あえて中二っぽいとは言わないでおく。


 ―――まぁ、簡単に言えばそんな感じです。


 そんな事を言うと、先生は呆れたようにため息を吐き出した。

 ……そんなに変な事を言ってしまったのだろうか?そうでもないと思うのだけれど。





「後悔はないのね?」


 珍しく真面目な表情で先生は言った。

 私から聞いているのだし、何を後悔するというのだろうか?

 少しばかり嫌な予感がしたのだが、自分から話を振った手前、深く突っ込むのはためらいがある。

 なので私は意味もよく分からないままに、先生の問いに頷いた。





「……いいわ。何処でそんな情報を仕入れて来たのかは分からないけど、その気概だけは買いましょう。……十中八九いい様にはならないだろうけど、私を恨まないでちょうだいね。

―――さぁ、魅せてあげる。真の絶望を」



 言い切ると同時に先生の『念』が発動した。

 淀み無い一連の動作に、私は瞬き一つする事が出来なかった。
 それだけの実力差が彼女と私の間には存在したのだ。


 そんな事を考えた一瞬の内に、――――――私は先生が具現した『箱』に呑み込まれた。











◇ ◇ ◇








 赤黒い闇が広がり続ける空間。


 其処はまるで、地獄のような―――いや、地獄そのものだった。






 痛い、

 痛い、痛い、痛い、苦しい、何で私が、死にたい、痛い、痛い、悲しい、痛い、辛い、嫌だ、痛い、どうして、痛い、痛い、憎い、痛い、苦しい、殺せ、痛い、痛い、ごめんなさい、痛い、哀しい、痛い、嫌だ、何かしたなら謝るから、痛い、苦しい、ごめんなさい、痛い、助けて、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――


 絶え間なく頭の中に鳴り響く誰かの声。それがまぎれもない自分の声だと気づくまで、そう時間はかからなかった。

 そう思う間にも、絶え間なくあらゆる暴虐の記録が私の中を通り抜ける。

 ――裏切り、忘却、詐欺、殺人、人食、虐待、拷問、圧死、縊死、煙死、横死、怪死、餓死、塊死、窮死、狂死、苦死、刑死、経死、獄死、惨死、慙死、愁死、殉死、焼死、震死、水死、衰死、戦死、窒死、忠死、墜死、溺死、凍死、毒死、徒死、頓死、敗死、爆死、刎死、憤死、斃死、変死、悶死、扼死、轢死、浪死、この世全ての闇の体現。




 それはまさに、『この世全ての闇』だった。

 ありとあらゆる不幸の具現化。

 私が知ろうとしていなかった、世界の裏側。

 ――――その情報を全て脳に直接叩き込まれる。



 私って、何だっけ?


 そんな些細な疑問すらかき消す程の、圧倒的な嫌悪と虚無感。


 此処には何もなく、此処には全てがあった。


 苦しくて、悲しくて、痛くて、辛い。




 底の視えない常闇が私の事を呼んでいる、―――堕ちてしまえば楽になれると。

 それは、悪魔のように甘い誘惑だった。


 あぁ、この暗くて深い闇に呑まれてしまいたい。

 そうすれば、きっと楽になれる。





 ―――この地獄から解放される。



 それなのに、とっくに諦めてもいいはずなのに、そう思うと胸が疼くのは何故だろう。


 不意に、見知らぬ少女の笑い声が聞こえてきた。ああ、うるさい。何なんだ一体。



 ―――本当に諦めていいの?

 幼い少女の声が私のすぐそばで囁く。


 こんなに苦しいんだ。諦めたとしても誰も責めたりなんかしない。



 ―――逃げるの?


 逃げられるなら、逃げたい。辛いのはもう嫌なんだ。





 ―――意気地無し。

 ずっと昔からそうやって色んな事を諦めてきたんだ。今更性格なんて変わらない。
……変えられない。





 ―――そんな変われない《自分》が大嫌いな癖に。

 
 ……そうだよ、私は私が大嫌いだ。生まれ変わっても何も変わりやしない、ダメな奴。これじゃあいつまで経っても臆病者のままじゃないか。

 少しぐらい強くなった気でいたって、中身が成長しなきゃなんの意味もないんだよ。わかってる、わかってる、わかってるんだよそんな当たり前の事はっ!!





 ―――それなら足掻いてみなよ、このまま終わるなんて面白くないでしょう?


 ……格好悪いよなぁ、私って。
 何時だって苦しい事を避けて、逃げる事だけを考えて、自分自身を無理矢理納得させて……、本当に逃げてばかりだ。

 あーあ、この期に及んで自分を嫌いになるなんて本当に笑えない。

 そりゃあ私は天才なんかじゃないし、最強にもなれない。

 それでも、――私にだって捨てられないプライドくらいあるんだよ!!

 妬ましくて悔しくて泣きたいくらいに苦しいけど、私だって一度くらいは胸をはって自分を誇りたい。これでいいのだと、笑ってみたい。



 自分が嫌いで他人が嫌いで、人の目が怖くて仕方がなかった。

 いつも自分を哀れんでばかりで、他人の事なんか省みようとすらしなかった。
自分の事だけで手一杯なのだと、そんな言い訳をして免罪符を得たような気になって……。

 それでも誰かに自分を認めてほしくて、愛してほしくて……、――なんて傲慢だったのだろうか。
 誰よりも自分が自分を認めやらなきゃいけなかったのに、それすらしようとしなかった。


 いつだって目を背けるだけで、私は何一つ『弱さ』と向き合おうとなんてしなかった。


 何が『自分の弱さを認めよう』だ。なんて馬鹿な事を言っていたのだろうか、とんだお笑い種だ。……つくづく愚かしい。

 どんなに辛い時も、友人たちはこんなめんどくさい私の側に居てくれた。先輩はいつも、わかりづらかったけど、私を気遣ってくれた。私の言いたいことを正しく理解してくれた。

 私は、一人なんかじゃなかった。

 そして、今の私にはちゃんと帰る場所がある。大好きな『家族』。誰よりも、何よりも優先すべき私の愛する人達。
 
 ――――だから。

 たとえいくら苦しくても、いくら怖くても、逃げたくって堪らなくても、『帰る場所』があるならば、


 ――私は『闇』になんか堕ちない。



 私には大切な人達がいる、曲げたくない想いがある。あと一歩踏み出すのに必要なのはほんの一握りの勇気だ。





 そんな事を考えながら、小さく苦笑する。

 ……なんだ、まだ笑う余裕が私にはあるじゃないか。



 ―――それならここは、まだまだ地獄と言うには生温いな。







 それに、今日の夕飯はシンクが作るシチューなんだ。
朝から密かに楽しみにしていたんだから、こんな闇なんかに呑まれて食べ損なうなんて絶対に嫌だ。


 いつものテーブルにアリアがいてシンクがいて先生がいて―――私がいる。
そんなささやかで、何よりも幸せな日常を失いたくなんかない。


 こんな『絶望』なんて、私が愛する『希望』に比べたら大したことなんて無い。



 ―――早く、ここから出なきゃ。


 此処から出るためにどんな苦悩が待ち構えていようとも、もう絶対に逃げたりなんてしない。

 必要だと言うのならば、カミサマとだって戦ってやる。

 誰であろうと、何であろうと、誠心誠意真っ向から叩き潰してやる。



 ああ、もう何にも怖くなんかない。





 ――――それが君の答え?



 ああそうだ。

 ――――私は『家』に帰るんだ。





 そう思った瞬間、景色が変わった。
 




「そう、それでいいのよ。――私の『アリス』」



 最後に、そう誰かが言った気がした。










[7934] 七話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 00:59


 白い光に包まれたと思った瞬間、私は先生の目の前に立っていた。


目 に映る光景はまぎれもなく先生の部屋で、あの赤黒い世界の面影もなかった。



 ……あれ? さっきまで私は地獄のような場所に、……あれ?







「まさか戻って来るとは思わなかったわ……。信じられない……」



 顔面を蒼白にさせて、有り得ないモノでも視たように先生は言った。


 その先生の珍しい様子に、私は逆に少し冷静な気分にさせられた。


 ……あぁ、そういえば先生に何らかの『念』を使われたんだ。

 今までの事全てが念による攻撃ならば、信じられないくらい凶悪な念だ。一つ選択を

 間違えたら精神崩壊していたとしてもおかしくなかったろう。

 私が一度『死』を経験していたおかげというのもあるかもしれないけど、普通の人間にあれはきっと耐えられないと思う。

 ……ていうか、先生私の事殺す気だったんですか?
 私が劣等生とはいえ、いくらなんでもそれはちょっと酷すぎるのでは……。




「……参考までに聞かせてくれないかしら。何で、戻って来られたの?」



 あの闇から出られた理由? なんだかよく分からないうちに出られたから上手く説明出来ない。正直あの少女の声が無かったら普通に墜ちていたと思うし。

 考え付く事としては、弱者なりのプライドとか意地とか、なんか妙にハイな気分だったとか理由っぽい事は色々ある。

 けど、一番は―――、




「……秘密です」


 皆とまた一緒に居たかったから、だなんて恥ずかしくて言えない。

 でも、幸せというモノが案外身近にある事に気付くことができた。それだけで私はきっと何よりも幸せ者なのだろう。
『光』が『闇』を打ち消した、簡単に言ってしまえばそんな感じなのではないだろうか。よく分からないけど。

 使い古された言葉だけど、『愛が世界を救う』っていうのは強ち間違ってないかもしれない。



 押し黙っていた先生は少し考え込むような素振りをみせ、私を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。





「………そう。エリス、貴方は『答え』を見つけられたのね。誇りなさい、貴方はかつて『深淵の魔女』と呼ばれた私の念に打ち勝ったのよ。―――貴方は、私の自慢の弟子だわ」



 先生は、今までに見た事の無いような清々しい笑顔でそう言った。



 その言葉の意味を私が理解した時、先生が勝手に念で攻撃したとか、殺す気だったのかとか、そういった不満が全て吹き飛んだ。












 ――私は他の二人に比べて才能が無かった。

 だから正直弱肉強食を地でいく先生は、こんな私に愛想を尽かしているんじゃないかと不安だった。……とても、怖かった。





 ―――でも、認めてもらえた。

 そう思うと、嬉しい。ただ、どうしようもなく嬉しかった。






「先生、ありがとうございます」



 私はそう言って深く頭を下げ、部屋を後にした。

 あれ以上部屋にいたら私は泣いてしまう、きっと臆面も無く。

 それは流石に恥ずかしかったりする。



 頬を緩ませながら、自分の部屋に戻った。


 念の相談の事なんて、その時はもうすっかり頭に残っていなかった。
















◇ ◇ ◇




 扉の奥に消えていくエリスを見ながらマリアはそっとため息をついた。

 今までの人生の中で彼女は色々な事を経験してきたが、まさかこんなにも年老いた後で素晴らしい事に出会えるとは思っていなかったからだ。


 ――悟ったような振りをして今まで生きてきたけど、私もまだまだだったってことね。

 彼女は少しだけ自嘲したように笑い、過去に思いをはせた。





 私が子供たちに『念』を教えるようになって3年という月日が流れていた。


 彼等に修行をつけ始めてから分かった事があるシンクとアリアには天性の念使いとしての素質があるという事だ。
 特に四大行の習得のスピードが凄まじい、なんて末恐ろしい子供達だ。




 しかし、悪い意味で予想外だったのはエリスの事だ。
 
 格闘訓練については割と優秀な方で、ナイフの技術についてはシンクよりも優秀だった。
 だが、纏の習得は半年以上かかり、四大行を含む応用技に云ったっては3年程の年月を要した。

 全く才能が無いわけではない。だが他の二人と比べるとやはり見劣りしてしまう。

 直接本人に対して口にだして言う事は無いが、期待が大きかった分、私は彼女に対しどうしても落胆をしてしまっていた。








 それから暫くしてエリスに自身の《発》を開発させる段階に至った時、彼女自身から相談を受けた。





「この世の『闇』を教えて下さい」



 その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。
 何故、エリスが私の念の事を知っている?



 私の念は、『この世全ての闇』という概念を再現した空間を作り出す事のできる『箱』を、具現化するという能力だ。

 ある一定条件を満たしたうえで対象者を強制的に魔の世界へ引きずり込むある意味『最悪』と言っていい能力だ。

 箱の中からは私が許可した場合と、対象者が条件を満たせば出ることはできるが、未だかつて自力で出てこられた者はいない。私が気まぐれで外に出した人間も、例外なく発狂してしまっていた。

 だから、誰一人として私の念の存在を知る者なんていない筈なのだ!!


「つまり、貴方は『この世全ての闇』を識りたいと言うのね」



 その時の私の声は、もしかしたら震えていたかもしれない。



 ――だが、教えるとはどう言う事だろうか?

 彼女が私の念を知っているという事は、誰一人として生存者がいない事だって分かっている筈だ。



 ―――まさか私にエリスを殺せなどということではあるまい。


 そう思った末の問いだったのに、彼女はこともあろうにそれを肯定した。

 その目には、強い意志が見て取れた。


「後悔はないのね?」




 これが最終確認だ。この中に入ってしまえば最後、彼女の精神は破壊しつくされる。

 拒否してほしかった。修行についてこれないとはいえ、エリスは私にとっても家族同然の存在だ、好きで壊したりなんてしたくない。




 しかしエリスはいつもの感情の感じられない表情の中に、確かな決意をこめて頷いた。



「……いいわ。何処でそんな情報を仕入れて来たのかは分からないけど、その気概だけは買いましょう。……十中八九いい様にはならないだろうけど、私を恨まないでちょうだいね。

―――さぁ、魅せてあげる。真の絶望を」




 箱が彼女を飲み込む瞬間を、私は見ていられなかった。
















◇ ◇ ◇














 10分。それがタイムリミットだ。

 時間以内に箱が要求する『答え』にたどり着かなければ、中の人間は大抵自殺する。



 エリスに死んでほしいわけではない。――でもそれ以上に自分の能力の凶悪さを理解していた。

 どう考えても出てこられるわけがない。これがエリスではなくシンクやアリアだとしてもこの箱を打ち破る事は不可能だろう。


 だが、私はあの子をそれなりに評価している。

 誰も知りえない情報をもち、死が確定する念に戸惑いもなく挑む。……かつての私には到底ありえない勇気の持ち主だ。



 ―――彼女なら、出来るかもしれない。


 こんな考えは逃げなんだと分かっている。彼女の念のセンスはとても天才とは言えない。

 でも彼女ならばやり遂げられるのではないかと思うのは、私が昔彼女に感じた《何か》を今でも信じているからだろう。



 そう思い、祈るように目を閉じようとした瞬間、――私は《奇跡》を目撃した。















◇ ◇ ◇

















「まさか、戻って来るとは思わなかったわ……。信じられない……」




 何事もなかったかのように、エリスが私の目の前に立っていた。


 見たところ精神を病んだ様子もなく、いたって平常通りだ。



 ―――私は夢でも見ているのだろうか?



 そう思いエリスの事を凝で見てみるが、いつもの彼女と変わりはない。
 強いて言うならば、オーラが研ぎ澄まされている感じがした。




「……参考までに聞かせてくれないかしら。何で、戻って来られたの?」



 彼女を殺さないですんだ事に安堵して、思ってもいなかった事を口にしてしまった。
 普通彼女の安否を気遣う言葉をかけるべきだろうに、私はつくづく嫌な人間だ。




「秘密です」




 エリスは、蕩けるような笑顔でそんな事を言った。年相応の優しげな笑顔。それを間近でみて、少し硬直する。――この子はこんな顔もできたのか。

 その言葉に、はぐらかすつもりかとも思ったがそれ以上に驚愕した。
昔から今までの10年の間見てきた彼女の表情なんて、顔の筋肉が少し動いた程度のものだ。

 それなのに今はどうだろうか?

 もしやこの表情の理由こそが、彼女のたどり着いた『答え』なのかもしれない。



 ―――それは、なんて幸せな事なのだろうか。




 確かにエリスは天才ではないのかもしれない。

 ―――でも、彼女の心は強い。

 今まで無駄に長く生きてきた私なんかよりも、もっと、ずっと、尊いモノを知っている。
 単純な力などでは表すこともできないほどに、素晴しい《力》がある。


 あぁ、大声で言ってやりたい。―――彼女は私の自慢の弟子なのだと!






「………そう。エリス、貴方は『答え』を見つけられたのね。誇りなさい、貴方はかつて『深淵の魔女』と呼ばれた私の念に打ち勝ったのよ。――貴方は、私の自慢の弟子だわ」







 ただ、彼女の存在が誇らしかった。

 自分の念が破られた事なんて、それに比べれば本当に些細な事だ。








 その後、エリスが照れたように御礼を言って部屋から出て行った。




 ――この世界は弱肉強食。強い者しか生き残れない難易度S級の人生ゲーム。そんな中でなに不自由なく要領よく生きてきた私には、この世界はとても退屈に見えた。

 大した努力もなく、信念もなく怠惰に獲物を狩る日々。手に入れた平穏さえ暇つぶしの一種にすぎなかった。……すぎなかったはずなのに、ね。


 何故だろうか、――こんなにも満たされたような気分になるのは。

 敗北とはとても苦いものの筈なのに、彼女が私を超えたことが嬉しくて仕方がない。

 ――きっと私は誰かに負けたかったのだ。

 ……この年になっていまさら気づくなんて、笑えない。

 何時だって心の隅には罪悪感があった。才能でしか生きてこなかった私は、挫折なんてものをしらなかったから。
 だから、誰でもいいから私の事を打ち倒してほしかった。

 ――あぁ、やっと肩の荷がおりた。

 もう孤高である必要はない。ただ、私らしくあればいい。それでいいんだ。


 ―――――やっと、『マリア』として生きていける気がする。
















[7934] 八話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 01:07




 あの私が殺されかけた惨劇から一月。取り敢えずとしか言えないが、発が完成した。


 先生に体験されられた念を、現実にフィードバックさせるだけだというのに、なかなか手間が掛かった。

 私はあれ以上の『悪意』は知らないし、出来る事なら知りたくもない。折角命がけで体験してきたのだ、利用しない手はないだろう。

 手抜きということなかれ、使い勝手の良さと凡庸性だけならば恐らく此方の方が上だ。






 能力名は【狂乱せし亡者の愚歌(ナイトメア・バラッド)】

 おいそこ、厨二っぽいとか言うな。

 効果としては歌を媒介にして他者の精神に干渉し、ありとあらゆる「悪夢」を体感させる事ができる。

 まぁ、要するに幻覚を伴う不快な歌というわけだ。

 元から備わっていた脳を揺さぶる歌唱技術と組み合わせたら、いい感じにエグイ能力が完成してしまった。

 戦闘時にこの能力を相手に使った場合、相手は精神を酷く揺さぶられ普段の実力の1/3も出すことができない。
 だがこれはシンクとアリアに協力してもらって出た結果であり、実際の戦闘ではどれくらいの効果になるのかはまだ不明だ。

 能力の構造自体がわりとチープなため、あまり危険な誓約や発動条件などをつけないで済んだ。
 身を守るために作り出した能力なのに、発動にリスクをつけたら本末転倒だ。


 元々これは逃亡用に作った能力なので、次辺りは攻撃用の念を考えてもいいかもしれない。



 だがしかし私は放出よりの操作系のため、強化系とは相性が悪い。

 私が強化よりの能力を造ったとしても、相手にパワーゲームに持ち込まれたらどう考えても勝てるわけがない。筋力もそんなに無いし。誇れるのは敏捷くらいだ。まあその為に『歌』があるんだけど。

 そもそも私は機動性は高いけど純粋なスペック自体はそんなに高くないからなぁ。戦い自体が向いていないのかもしれない。







 ……あー、まだ考えなくてもいいか。

 でも、いざと云う時の為に色々と候補を考えておいた方が良さそうだ。ゆっくりいこう。




 そもそも新しい能力といっても、『歌』はあまり容量を使っていないはずなのにすでにメモリが一杯になりかけている。


 ……やっぱり才能が無いってことなのかなぁ。凹む。

 いや、それでも私の念だって極めれば某軍隊蟻だって下せる程の力があるはずだ。理論上は。

 要は使い方次第、パワーゲームと長期戦にさえ持ち込まれなければ私にだって勝機はある。

 泣き言ばかり言うのはもう止めにしよう。現実は容赦などしないのだから。




 兎に角、毎日の自主トレはサボりません。

 ……あれ、作文?

























◇ ◇ ◇



 時の流れを感じさせない不思議な空間。その夜の闇よりも深い漆黒の中に、人影があった。

 自分の体の輪郭すら見えないくらいに暗い場所で、幼い少女がケラケラと哂う。

 その声はあまりにも楽しげで、――それでいて空虚だった。



 子供がピタリと笑うのをやめ、突然語りかけるように話し出す。――まるでそこに誰かが居るとでも言うように。







 ――オカシイとは思わないかな?

 いくら彼女に才能が無いとはいえ、たいした容量も消費していないのに他の能力が作れないなんて、そんな事普通は有り得ない。

 別に彼女自身が言うほど才能が無いってわけじゃないしね。普通の念能力者よりはずっと優秀さ。



 4年、彼女が修行してきた期間だ。



 年中無休で大の大人も投げ出す程の訓練を続けてきた彼女が、それほどまでに脆弱なわけがない。
 あっていいわけないだろう? 努力は須らく報われるべきだ。まぁそれが結果に繋がるとは限らないけど。


 そう考えると、とある仮定が浮かんでくる。






《彼女は他に何らかの能力を有している》、とかはどうだい?





 そう、メモリの大半を埋めてしまう程の能力を、彼女は無自覚のうちに宿している、とか。

 これ程までに愉快で可笑しい事はないよねぇ。

 まぁそれが事実と言うんだからやっぱり彼女は面白い。




 ……ん? 彼女の能力が気になるのかな?

 そりゃそうだろうね、なんたって我らが『アリス』なんだから。





 特別に、彼女の能力の説明をしてあげようか。本当に特別だよ?


 え?何でそんな事を話してくれるのかって?

 秘密だよ、ひ・み・つ。

 聞きたくなければ聞かなければいい、それだけの事だろう?





 彼女のもう一つの能力は、――いや、彼女が生まれる前から持ち合わせていた念能力【深淵の魔眼(イビル・アイ)】は精神操作の能力だ。

 いくつかある特性の一つとして、目を合わせた者に対して強制的に念が掛けられる事が挙げられる。

 しかも、対象者は念を掛けられた事すら認識することができない。正確には認識『できない』のではなく『しない』んだ。
 念が掛かった瞬間に、対象者が念に掛かったことを『意識』しようとしなくなくなる効果が発動するからね。

 全ての行程は全てオートで行われており、光情報を媒介として発動するためタイムラグが殆どない。違和感など感じる暇もないんだよ。


 
 つまり、君達は知らず知らずの間に彼女に操られているわけだ。怖いねぇ。

 だけど安心していいよ。

 隠密と強制力の為にだいぶメモリを消費しているから、能力自体は大したものではないさ。

 効果は対象者に己を《自らの理解の範疇に居ないモノ》と認識させ、その際に感じた印象を加速させる。それだけ。

 怯えは恐怖に、嫌悪は忌避に、怒りは憎悪に、好意は愛情に、敬意は崇拝に変わる。一応個人差はあるけどね。

 別にそれで特に害があるというわけでもないし、たいした事はないだろう?

 君に関しては効きが悪かったみたいだしね。



 だが、痛烈な《不安定さ》を感じる事により、人は彼女に対し畏怖、もしくは焦燥感等といった忌避的な想いを抱くことになる。


 うーん、わかりやすく言えば「何をしでかすかわからない人間」が側にいたら誰だって怖いだろう? つまりはそういう事さ。


 まぁ信頼関係を築くまでに至れば融通はきいてくるみたいだけどね。




 誰よりも平穏に暮らしたいと願ってる彼女がこんな能力を持っているだなんて、なんとも皮肉な話だね。

 ―――いや、でもこれは必然と言うべきなのかもしれない。《得るべくして得た能力》と言い換えてもいいだろう。


 この《魔眼》と先程の《愚歌》は相互関係にあると言ってもいい。


 一つの力が強まれば自然ともう一つの効果が高まる。


 彼女が人柄からは考えられない程の誤解を受ける理由の大半は、きっとこの能力のせいなのだろうね。


 彼女がこの能力を無意識の内に厭う事によって、能力は強化されていく。
 どうしようもない程に完璧な循環、救えない程の悪循環だ。



 能力の発露が何時だったかまでは分からないけど、何の変哲もない少女が《念》というスキルを知らないうちに習得していたなんてぞっとするね。

 役に立つ能力ならまだしも自身に害しかもたらさない災厄の芽なんて、呪いと言い換えてもいい。だからこそ、『魔眼』なんだ。

 なので、彼女にとっても利があるように、わたしが少しだけ目を弄らせてもらった。

 彼女に対し一定以上の『負』の感情を抱いた者に限定し、彼らの『脆い』部分。いわば弱点を何となくだが分かるようにしてあげた。優しいだろう? やはりリスクにはリターンが無いとね。フェアじゃない。

 まぁそれは置いておくとして、最後に敢えて言わせてもらおうと思う。

 これから彼女と似たような境遇の人たちが彼女と接する機会があるかもしれないけど、彼女の《真実》に辿り着けない者は決して彼女に勝つことは出来ない。

 彼女は弱いけれど、とても強いから。

 わたしより、ずっとずっと強い人だから。







 え? わたしは誰かって?




 わたしはいわば《時計ウサギ》

 表の世界に干渉できない、時折浮かび上がる泡の様な不確かなモノ。

 精神世界にのみにおいて存在できるイレギュラーとでも思ってくれればいいよ。

 今は、ね。

 そうそう、近々『ハンプティ・ダンプティ』が『アリス』に接触しそうな気配があるんだ。
 彼が彼女と親しくなったからって、会っても苛めないであげてね。あの子は『アリス』と違って巻き込まれただけだから。ふふふ、とってもかわいそうな子なんだよ。




 ああ、そろそろ時間だね。久し振りに君と話ができて愉しかったよ。

 それと、決して制約を忘れてはいけないよ。――破れば君達の首は地に落ちてしまうのだから。

 ばいばい、『チェシャ猫』。またね。


















 ばっ、と少年はベッドから身を起こした。ぜぇ、はぁ、と吐く息が荒い。

 ――おかしな夢を見た。でも、どこか懐かしい。そんな夢。

「アリス……、」

 そう呟いてみる。時計ウサギと名乗った幼子が語った、とある少女の話。

 それはあまりにも『彼女』に酷似していた。


 ――迎えに行くには、まだ時期尚早か。

 少年はそう思い、唇を噛みしめる。

 焦って事を仕損じては、何のために『悪魔』と取引したのか分からない。

 少年はジッと自身の両の掌を見つめた。そう、彼女に会う。ただそれだけの為に、――この手は幾千の『 』を奪ってきたのだから。


 少年は、チェシャ猫の様に口角を吊り上げ、いつもの様にへらへらと笑った。















エリスの能力詳細。



『深淵の魔眼(イビル・アイ)』

1・対象者に己を《自らの理解の範疇に居ないモノ》だという認識を強制的に抱かせ、そのとき生まれた感情を増幅させる。
対象者は自身が念に掛けられたと認識できない(意識操作により認識しようとしなくなる)
能力の発動自体はオートで行われる(絶などの例外以外は解除不可)

2・ある一定以上の『負』に属する感情をエリスに対して持った場合、その対象者の脆い部分が何となく分かるようになる。視認できる場所に限定する。


制約と誓約
・目を合わせる事。(眼鏡程度の透過率ならば問題はない。反射もアリ)
・効果はだんだん薄れていくが眼を合わせる度に念は掛け直される。
・能力者自身が劣等感や、能力発動後の対象の行動に不満があると効果が上昇する。
・本人はこの念能力の存在を知らない(オールオート)

能力名が中二病っぽい程、効果が上がるような気がした。
そもそもの勘違いの原因は、この念能力の所為。前世から引き継いだ呪いと言ってもいい。




『狂乱せし亡者の愚歌(ナイトメア・バラッド)』

脳に直接歌による振動を通じて機動力の低下を促せる。個人差がある。
自分の歌声が届いた範囲の全ての人間に歌を媒介にして精神に干渉し、ありとあらゆる「悪夢」を体感させる事ができる。(人によっては思い出したくないトラウマを思い出すことなどがある)
場合によっては精神崩壊を起こす可能性がある。
耳を塞いだとしても、脳が振動を感じとってしまえばアウト。
もともとの歌唱力がテロリストレベルの破壊力があるので、念で効果を増幅させれば少ないメモリで能力が使える。

豆知識
歌う、という元々の語源は「うった(訴)ふ」である。「うた」の語源として、言霊によって相手の魂に対し激しく強い揺さぶりを与えるという意味の「打つ」からきたものとする見解もある。


制約と誓約
・自分の肉声のみ適応される。電動メガホンはNG
・対象者がエリスに抱いている感情が、(エリス自身にとって)悪ければ悪いほど効果が上がる。
・自分の歌に関して、コンプレックスが強いほど効果が上がる。
・必ずきりの良い所までは歌う事、途中で途切れた場合その後五分間は声が出せなくなる。


使用用途はもっぱら逃亡用。
使う度に自らの心の傷を抉る虚しい能力。



























[7934] 九話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 01:11


「客、ですか?」


「ええ、古い知人が仕事でこの近くに来るらしくて。折角だから夕飯に招待したのよ。ああそうだわ、他の二人にこの事を伝えておいてね。私は街まで二人を迎えに行かなきゃいけないの。夕飯には間に合うと思うから二人分多く作っておいてもらえる?」




 とある日の昼下がり、先生がいきなり《客が来る》と言い出した。

 先生の奇行にはもう慣れたが、この家にお客さんが来るなんて始めての事かもしれない。

 そもそも先生の知人という事はそれなりにクレバーな経歴を持っているに違いない。

 先生は基本的に平凡な人間に興味を持たないからだ。流石先生、格が違う。
 ……お客さんとやらが常識人である事を願うばかりだ。




 とにかく二人にこの事を伝えなくてはいけない。この時間ならばアリアとシンクは裏の森に居るだろう。

 ある程度の夕飯の仕込みを終わらせた私は、少しの不安を抱えつつ森に足を運んだ。














◇ ◇ ◇













 組み手をしている二人を呼び止め、事情を話す。


 お客が来るという事を伝えると、二人はもの凄く嫌そうな顔をした。



「客? 何それ、全然聞いてないんだけど」



 ……私もさっき言われたばっかりなんだけどなぁ。そんなに不機嫌な声をだされてもこっちが困る。

 先生の行動が急なのは今に始まった事じゃないし、仕方ないだろう。

 先生は今そのお客さんを迎えに行ってるから、もう既に来る事は確実みたいだし。

 別に皆で和やかに談笑するってわけじゃないし、そこまで気にする必要もないと思うけど……。あくまで先生のお客なんだから。




「……でも、知らない人と会うの、嫌です」


 アリアが泣きそうな表情をしながら言った。


 ……アリアは人見知りが激しいからなぁ。
 でも大丈夫だよ、一応先生の知人なんだからそれなりの礼儀くらいは弁えていると思う。
 それでも不安なら私かシンクに頼ればいいし。

 どうしても会いたくないなら部屋から出ないでもいいと思う、先生もそれ位はきっと考慮してくれるはず。


 やはり面倒なことになったと軽くため息を吐くと、その事を見咎めたシンクが責める様な目で私を見てきた。



「エリスはどうするつもり?」


 納得いかないといった風にシンクが聞いてくる。


 どうするって……、先生に言われたらお茶くらい用意するかもしれないけど、積極的に何かをしようとは考えてない。別にお客には興味無いしね。

 そんな意味合いの事を言うと、またシンクに溜息を吐かれた。

 ……何か変な事を言ってしまったのだろうか?



「僕も一緒にいるよ、何かあったら面倒だし」


「アリアも、います」



 呆れた顔をしたシンクと、不満げな様子のアリアがそう言った。


 ――もしかして心配してくれているのだろうか? この面子で一応私は最年少なわけだし。


「ありがとう」


 これからは気を付けるようにするね、といった意味合いでお礼を言った。


 先生の客ってだけで際物確定だからね。確かに普通だったら警戒して当然なのかもしれない。私の危機管理能力が鈍っていたのだろう。気を付けなくちゃ。


























◇ ◇ ◇








 家の中に戻っていったエリスを見て、シンクは大きなため息を吐いた。

 その大半はこれから来るという《客》に対するモノだったが、残りはエリスに対してだ。


 ―――あの、お人よし。



 見た目からの印象と異なり、彼女は存外まともな人間だ。10年以上一緒にいた僕だからこそ、その事が理解できる。

 初めて会った時の印象はそれはもう最悪だった。


 ―――今までに見たこともないような《オカシイ》奴。

 こちらを視ているくせに何も映していないかのような瞳、人形の様に変わらない表情、恐ろしく冷たく響く声色、……それら全てが僕にとっては忌避の対象だった。

 それなのにアリアが直ぐにエリスに懐いたのは、やはり僕よりも先に彼女の優しさを見抜いていたからなのかもしれない。人としてよりも獣に近い彼女だからこそ、それが解ったのだろう。



 エリスはとても不思議な奴で、僕がどれだけ拒絶の態度をとっても嫌な顔一つしないで僕に話しかけてきた。大抵はいつもの無表情だったけれど。

 ……まぁそれから色々あって今みたいな関係になった。この関係にあえて名前を付けるとするならば、『家族』というが相応しいのかもしれない。

 昔の僕が今の姿を見たら『家族ごっこだなんて馬鹿らしい』と嘲笑するだろう。というよりも、今でさえ自分はかなり滑稽な事をしていると思っている。

 でも僕はそれなりにこの生温い関係を気に入ってたりもする。
 変わっていくのも悪くはない。――そう思えるようになってきたから。

 ま、元からの性格だけは変わらなかったけど。



 それに前々から思ってはいたけど、エリスは厄介事に巻き込まれやすい。
 本人は気が付いていないかもしれないが。
 
 先生が連れてくる客がまともな人間の筈が無いじゃないか。少しは学習すればいいのに。
 自分から厄介事に首を突っ込むだなんて本当に何を考えてるんだか。


 ……考えた上での対応の場合もあり得る。

 その上で大丈夫だと判断したのなら僕からいう事はなにもない。後で骨は拾ってあげよう。


 最低でも食事を終えるくらいまでは付き合ってもいいけれど、それ以上の時間を縛られるのはゴメンだ。

 どうせその後のアリアに対するフォローは僕がしなくちゃいけないんだろうし。


 ……アリアが長時間よく知りもしない他人と一緒に居られるわけがない。
 今までの経験上はっきりと断言できる。




 前に皆で街に行った時は大変だった。――人ごみで彼女が恐慌状態になって暴れ出したのだ。
 もちろんその時の外出はそれでお開きになった。



 ―――昔から彼等はアリアに対して甘い。


 その理由は分かっている。
 先生は薄々気づいてるかもしれないが、エリスはおそらく気づいていないだろう。
 もちろん本人であるアリアも。




 ―――アリアには強力な念が掛けられている。

 その事実がはっきりと分かったのは、僕が発を完成させた時だった。僕の能力に関して詳しく話すつもりは無いが、探査目的の念だと言っておく。


 彼女に掛けられた念の効果は、《アリアに対して、庇護欲や親愛などといった感情を強制的に抱かせる》といった物だ。目に見えないフェロモンを常に放っている、と言った方が解りやすいかもしれない。
 個人差があるのか僕にはあまり効かなかったみたいだけど。


 今となっては念の影響ではなく、彼らは自らの意思で彼女を大切に思っているのかもしれないが、最初に抱いた感情は少なからず念によって引き起こされたものだ。

 誰がどんな目的で彼女にこんな念を掛けたのかは分からないが、おそらく彼女を想っての事だろう。



 ―――そんな風に誰かに想われているアリアが羨ましい。



 ほんの少しだけ、そう思ってしまった。……くだらない感傷だ。


 そんな能力があるから、多分これから来る《客》にアリアがどうにかされる事はないと思う。あくまでも推測なので断言はできないけど。






「シンク、どうしたの?」


 自分の思考に没頭していた僕を変に思ったのか、アリアが話しかけてきた。

 普段は鈍いくせにこういう時にかぎって鋭い勘をしている、これが野生のなせる技なのかもしれない。


「……おまえさ、ホントに会うつもり? 大丈夫なわけ?」



 正直心配と言うよりも問題を起こされたりすると皺寄せが僕に来るので、それだけは避けたいという思いの方が強い。



「だって、エリスが…」
 

「アイツだって引き際が分からないほど馬鹿じゃないし、放っておいても平気だと思うけど」



 確かにエリスも心配だが、彼女はそれなりに処世術を知っているので大した問題はないと思っている。あくまでもそれなりのレベルだが。

 まぁ時々僕らにも想像がつかない事をしでかすけれど、……今回は平気だろう。




「だってアリア、エリスのお姉ちゃんだもん」


 だから心配だ、と言う彼女に対して僕は本日3回目になる溜息を吐いた。




「見た目だけで判断するなら、アリアの方が妹みたいだけどね」


「……シンクのいじわる」


 口を尖らせて、拗ねたようにアリアが言った。

 全く、これで僕より年上というのだから笑えない。――本当に、頼りない姉である。




「はぁ、分かったよ。好きにしたらいいさ。でも何かあったら僕に言う事、いいね?」

「うん、わかった」


 嬉しそうに答える彼女を見て、少しだけ癒された気分になってしまった。


 ―――僕も相当毒されてるなぁ。そう考えて一人苦笑する。




 その後、食事の席から逃げ出したアリアを追いかけて、本日4度目になる溜息を吐く事になるのはご愛嬌というものだろう。
























 アリアに掛けられている念詳細


『天使への祝福(スイート・パヒューム)』

 アリアに対して、庇護欲や親愛などといったプラス感情を強制的に抱かせる能力。
 アリアの養い親(大きな獅子にちかい獣)がハンターに殺される直前に彼女に掛けた念。
 死者の念なので効果が倍増している。
 生物全てに対し発動する。

 制約と誓約
・対象によって効果にバラつきがある。
・対象を選ぶ事は出来ない。
・除念はほぼ不可能






























後書き


アリアは究極の愛され異質。寧ろ彼女の方がスペック的に主人公に相応し(ry





[7934] 十話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 01:26

『有り得ないなんて事は有り得ない』



 昔、何処かでそんな言葉を見た気がする。

 世界は私なんかが考えているより、もっとずっと大きくて広い、…少なくとも私はそう思っていた。


 だから私は原作のキャラクターと関わる事になる日が来るなんて、考えてもいなかった。





◇ ◇ ◇




 先生が連れてきた二人の《客》――白髪の老人と私と同年代の少年――、少年の方はともかく老人はどこかで会った事のあるような印象を受ける。

 私がその感覚に答えを出せないまま彼らを見ていると、先生が話し出した。


「紹介するわね。こちらがゼノさんで隣の子は孫のミルキくんよ。
ゾルディックって知ってる? かなりの有名所なんだけど。仲良くしてあげてね?」



 先生の無邪気な声が私の焦燥感を煽った。


 ……有名所っていうか、悪名ですよね、ソレ。



「……御主相変わらずじゃのうお主は。まぁ一晩世話になるが、あまり気を使わんでくれ。ほれ、お前も挨拶せんか」


「え、あ、よろしくお願いします」


 ミルキと呼ばれた少年はゼノの言葉で慌てたように言った。なぜか太ってはいない。

 おかしい、確かミルキは子供のころから肥満という設定だった筈。


 ……えっと、自意識過剰かもしれないがなんだかさっきからずっと彼に視られてる気がする。

 べ、別におかしな格好なんかしてないよね? 何処にでもあるパーカーとジーンズだし。

 都会っ子の様なオシャレを私に期待しないでほしい。ああいうのはなんというか柄じゃない。なにより似合わないし。


「ほら、貴方達も挨拶なさい」


 そう先生が私の隣にいるシンクとアリアに話しかける。

 先生、二人の様子も気にしないでそんな事を言ってのける貴方の精神の太さが羨ましいです。
 明らかに警戒しきってるじゃないですか。

 ――普通、真新しい血の匂いをさせてる人達とは関わりたくないだろうしなぁ。気持ちはよく分かる。

 勿論、今って仕事帰りですか?なんて聞けなかった。私だって空気くらい読む。



「……初めまして、私はエリスと言います。そっちのがシンクとアリアです」


 このままでは埒があかないと思ったので、私が二人の事を紹介した。名前だけだけど。

 人間不信のシンクと、対人恐怖症のアリアに社交性を期待してもらっては困る。まぁ逆に私に求められたとしても困るけど。



 シンク、その嫌そうな顔を何とかしろ。
 アリア、頼むから泣かないでくれ。
 先生、実は楽しんでるだろう。
 ゼノさん、興味津々な眼で見ないでください。
 ミルキ(仮)さん、なんでこっちをガン見なんでしょうか。



 言いたいことは山ほどあったが、この場でそれを言えるほどの度胸は私にはなかった。小心者なんです。














◇ ◇ ◇












 その後一緒に食事という事になったが、楽しそうに談笑しているのは年配の二人だけで私達少年組は始終居心地の悪さを味わった。

 もともと私達はあまり食事中に会話をする方ではなかったし、先生達も一向にこちらに話を振ってくる事もなかったので、話すきっかけすら掴めない。

 いや、別に話したかったとかそんなんじゃないけれど。知らない人と意思疎通抜きで同じ空間に居るのはそれなりに辛いものがある。私、コミュ障だし。



 食事が終わるとアリアは逃げ出すようにしてリビングを後にした。
 そんな彼女を見てシンクは溜息を吐きながら彼女を追いかけていった。彼も中々面倒見がいい奴である。

 まぁアリアの方が年上なんだけどね。


 シンクが追っていったので、アリアの事は心配いらないだろう。シンクの愚痴もあとで聞いておこう。


 でも食事が終わるまで他の人と一緒に居ることが出来たなんて、アリアしては我慢した方だと思う。後でケーキを持って行ってあげよう。




 本当は私だって部屋に戻りたかったが、今日の食事当番は私なので片付けを終えるまでここに残らなくてはいけない。

 居間で楽しそうに話している先生達に聞こえないように、小さく溜め息を吐いた。











◇ ◇ ◇













 食器を洗い終わって部屋に戻ろうとしたら、ほろ酔い加減の先生に呼び止められた。



「あら、エリス。戻るなら空き部屋に彼を案内してあげて」



 先生の言葉に目を向けると、そこには何となく疲れた様子のミルキがいた。

 まぁ彼にとっても話し相手が居ないこの空間は苦痛だったろう。気持ちはよくわかる。

 私は肯定の意で頷いて、彼に目配せした。
 



 ……えっと確か奥の二部屋が空いていたはず。



 私と彼は始終無言のまま、薄暗がりの廊下を歩いていった。

 さっきからこちらをチラチラ伺ってくるのが気になって仕方がない、何なんだ一体。


 いくら相手が『ミルキ』であろうと、彼は腐ってもゾルディックの一員だ。友達が欲しいってわけでもないだろう。
 でも、なんだか原作とは様子が違うようだし、警戒するに越したことはない。はず。


 真横を歩いている彼を警戒しつつ、目的の部屋の前まで歩いていった。
 確か前回掃除したのが三日前だったから埃などはまだ平気だろう。





「ここの部屋、好きに使っていいから。ゆっくりして」


「あ、うん」



 彼は何だか私に言いたい事が有りそうな顔をしていたが、私は言いたいことだけ言うと部屋の前を後にしようとした。

 シンク達にも釘を刺されたばかりだし、わざわざ聞いてあげるほど私は優しい人間ではない。




「――《伊織》さん」


 だが、背を向けた私に投げ掛けられた言葉は、足を止めるのには充分な威力があった。


 頭が真っ白になる。思考が上手く働かない。

 何故、

 ――――何故彼が『伊織』を知っている?


 咄嗟に振り向いてしまった私は、きっと驚愕の表情をしていただろう。


「何?」


 声が震えなかったのは奇跡だと思う。それほどまでに今起こった事が理解できずにいた。

 彼の目的が分からないかぎり、滅多な事は口に出来ない。
 

 だから《今何か言った?》《伊織である事の肯定》という両方の意味にとれる返答をした。それが今の私に唯一出来た善後策だ。


 些か緊張した面持ちでこちらを見ていた彼は、安心したように微笑んだ。




「やっぱり、伊織さんなんだ」


 ……きっと私はその時、《そんな奴は知らない》と言い張るべきだったのだと思う。

 これから先も『エリス』として生きていくとあの日病院で決意したのだから。

 だけど彼の心底嬉しそうな声を聞いてしまい、なんだか否定してはいけないような気分になった。


「あっ、そうだよな。伊織さんは俺が何言ってんのか分かんないよね。ごめん、つい嬉しくて」


 はにかんだように笑いながら彼は言った、……少なくとも彼の表情には敵意は見られない。



 意味が分からない、何考えている?

 確かにエリスの容姿は比較的伊織に似ている。だが同一人物と断定するには程遠いはずだ。


 そもそも彼は本当にミルキなのか?

 ―――まさか私と同じ? それ以外に伊織(私)の事を知っている事に説明がつかない。



「……君は、――――誰?」


 素直に答えるとは思っていないが、一応聞いておく事が得策だろう。

 こちらの警戒心バリバリの様子すら気にしてない風に、彼は口を開いた。



「俺は、水守上総(みなもり かずさ)。……貴方はたぶん覚えてないだろうけどね。一応伊織さんとは知り合いだったよ」


 水守上総? …私の記憶が正しければ、確か高校3年生の時のクラスメイトだ。

 友人というほどでもなかったが、時折話すくらいの関係だったと思う。共通点といえば、お互いにクラスで少し浮いていた事くらいだ。

 それよりも、彼の話が事実だとするならば、彼は私と同じ転生者なのだろうか。

 ――では、何故私が『伊織』だと解ったんだ?



「覚えてるよ。高校のクラスメイトでしょう?」


「……そっか、覚えててくれたんだ」


 そう言って俯いてしまった彼の表情は伺えないが、やはり敵意は感じられない。


「なんで私が伊織だと思ったの?」


「見れば分かるよ。昔と全然変わってないし、顔の造作程度の差異なんか問題にならないよ」


「…そういうもの?」


「うん。ひと目で分かったよ。――少なくとも俺には」



 ……そんなに分かり易いのかなぁ、私って。

 昔と全然変わらないくらいに目つきが悪いって事なの?ねぇそうなの?

 ……精神は肉体に引きずられるって言うけれどその逆もあるのかもしれない。今の私がいい例なんだろうなぁ。

 彼の言葉に若干へこみつつも、質問を続けた。



「水守はなんでこの世界に『いる』のかわかる?」


「……分からない。僕自身の自我が現れたのは『ミルキ』が5歳の時に、キキョウさんが訓練の手加減を間違えた事が原因だ。その時に入れ替わった事しか分からない」


 概ね私の時のパターンと一緒か。だけど水守の方が大変な目に遭っているみたいだが、そこは触れないようにしよう。きっとそれは地雷だ。

 どうにかして暗い方向から話を逸らそうとして考えた結果、強制的に他の話題を話す事に決めた。別に他の話題を考えつかなかったわけじゃない。本当です。



「そう。……じゃあ水守の事はなんて呼べばいい?」


 いつまでもお前とか代名詞で呼ぶわけにはいかない、それに彼は『どっち』として生きているつもりなのだろうか?

 その答え次第で、彼の呼び名が決まる。



「……今の俺は、『ミルキ』だから。できたらそう呼んでほしいな」


「わかった。私の事も『伊織』じゃなく『エリス』と呼んでほしい。それが、ここでの名前だから」


 ちょっとカッコつけていってみたが、正直伊織と呼ばれて気恥ずかしいというのが主な理由だった。

 昔の友人達にも滅多に下の名前でなんて呼ばれなかったし。名前で呼ぶのなんて、それこそ先輩くらいだった。

 あだ名? 何のことかな?




「わかった。その、――エリス」


 どことなく赤い顔をしながら、彼が言った。

 うーん、この様子を見ていると原作の『ブタくん』が嘘みたいだ。

 彼もあんなのが将来の姿だなんて嫌だったのだろうな……。是非今のままの痩せ型体系をキープしてほしいところだ。



「あの、ハンターハンターって漫画知ってる?」


 水守、いや、ミルキが唐突にそう切り出した。


「……知ってるよ。それがこの世界の事だってことも」


 嫌というほど知っている。
 念まで覚えさせられたんだ、今更ハンターワールドじゃ無いなんて思えるわけもない。



「それなら話が早いな。えっと、俺の家の事とか色々知ってるだろ? それでなんだけど……」


「…………………」


 え、これってまさかの死亡フラグ……!?

《内情を知っている奴は口封じ》とかそんな感じ?

 内心焦りつつも、彼の言葉が終わるのを待つ私は、大概お人好しだと思う。

 ――自分と同じ境遇の人に会えるなんて思っていなかった。しかもそれが前世の知り合いと来てる。ただの感傷かもしれないけど、それでも無条件に信頼してみたっていいじゃないか。
 まぁ、勿論もしもの時は脱兎で逃げるけど。

 じりっ、と逃走の準備をしながらも、彼の言葉に耳をかたむける。


 だが私の予想に反してミルキの口から出たのは意外すぎる内容だった。



「――俺と、友達になってください」





 ……………………………………………え?

 えっと、言いたかった事ってそんな事なの?
 なんだ、これじゃあ私がバカみたいじゃないか。殺されるだなんて深読みしすぎだ。

 なんだか肩透かしを食らった私は、「此方こそ宜しく」と快く返事を返した。

 もともと『友人未満』のような関係だった訳だし、同じ体験をしている彼は私にとっても心強い存在だ。
 時折あの過去の記憶は、幼い自分の作り出した妄想なんじゃないかと思う時があった。でも、そうじゃなかった。
 ちゃんと伊織は存在したし、記憶だって間違っていなかった。それを肯定できただけで、彼との出会いは私にとっても重要なものとなった。



 私の返答に安心したのかミルキが安堵の溜め息を吐いた。



「良かった……、断られるかと思った。……俺の家、特殊だし」


「……私は、君と友達になれてうれしいよ?」




 確かに私は『人殺し』は好きではない。

 だがこの世界は以前の平和ボケした世界ではなく、何時だって死が隣り合わせの危険な世界だ。
 たとえ私が望まなくとも、いつか誰かを殺さなくてはならない様な場面に遭遇するだろう。
 殺す事が最善の選択だというのならば、私はきっと人としての禁忌を簡単に踏み越えられる。

 ――私は理由があれば人を殺せる人間だ。

 そんな私が彼の事を責めたり嫌悪したりするだなんてあるはずがない。

 奇麗事だけで人は生きてはいけないのだから。

 ゾルディックという家に生まれてしまった彼ならばなおの事だろう。





「――うん。ありがとう」




 ニッコリと擬音が付きそうなほどの笑顔で礼を言われたが、何となくばつの悪い気分になった。

 私はお礼を言われるほどいい言葉を言った訳ではない、寧ろ自己弁護に近かったと思う。
 それなのにこうも純粋に喜ばれると心が痛む、私の心が汚れているだけなのかもしれない。





 その後もチクチクと胸を苛む良心と折り合いをつけながら、昔話に花を咲かせた。
私は基本的に聞き役だったけれど。















◇ ◇ ◇













 ゾルディック家の二人は、朝早くに家を後にした。

 折角だから朝ごはんくらい食べていけば良かったのにと思ったが、今朝の朝食当番はシンクだったので、たぶん彼らの分は作らないだろうと思い直した。

 
 帰り際にゼノさんに意味深な目線を向けられたが気が付かないふりをした。

 なんだか嫌な予感がしたからだ。こういう嫌な勘はよく当たるから嫌なんだ……。今回ばかりは外れてほしいな。

 ていうか超怖いよあの爺さん。きっと私程度の能力者なんか片手で一捻りだよ。絶対関わりたくない。


 因みにその後ミルキとはホームコードとメルアドを交換した。
こういうのって友達っぽくていいよね。何ていうかこういうやり取りはかなり懐かしい感じがする。




 正直、この時の私は《この世界》での初めての友達に浮かれていたんだと思う。

 彼は転生者とはいえ原作のキャラクターだ、その彼と関わりがあるという事はいくら否定しようとも《流れ》に引き込まれる事になる。

 そんな可能性に私は気づけないでいた。――気づかないふりをした。




















◇ ◇ ◇














『水守上総』が『ミルキ=ゾルディック』になったのは『ミルキ』が五歳の時だった。

 ――文字通り身を引き裂く程の激痛の中、上総は目覚めた。

 その後言葉を発する暇など与えられず、ただひたすら《訓練》という名の拷問を受け続けた。状況が理解できないままに与えられた苦痛は筆舌に尽くしがたい。今でもその時の痛みと恐怖が忘れられないでいる。

 俺が自分の立場と、今いる世界の事を理解した頃にはすっかり体が動かなくなっていた。
 そんな俺を見てのんきに「あら、どうしましょう」で済ませる母親を俺は心底気持ち悪く思った。

 でもそんなのはまだまだ軽い方で、ゾルディックという家の中で『水守上総』の持っていた常識なんて紙くずのようなものだった。人殺しが仕事なんてまったくもって理解に苦しむ。

 それでも今まで精神を病まずに生きてこられたのは、本当に奇跡なんじゃないかと思う。



 ―――転生。

 そんな事が現実にあるなんて思ってもいなかった。

『上総』が死んだあの日、俺は大学から帰る途中で懐かしい人を見かけた。

 ―――岸谷伊織。高校の時の同級生だ。


 高校3年生の夏という中途半端な時期に転校してきて、中々クラスに馴染めないでいた俺に話しかけてくれたのが彼女だった。

 あの学校での彼女の存在は、とても特殊なものだった。政府のエージェントやら裏社会の権力者だとか色々な憶測が飛び交い、生徒達にとっては畏怖と興味の的だった。
そんな事あるわけがないと思っていたが、彼女を間近で見た途端その噂が本当じゃないかとも思ってしまった。

 途方も無い噂を信じさせるだけの《存在感》というものが彼女にはあったのだ。


 だから転校したての俺にとってですら、雲の上の存在だった彼女が、俺なんかに話しかけてくるなんて思ってもみなかった。

 教室で話し相手も無く一人寂しく本を読んでいた俺に、何を思ったのか彼女は話しかけてくれたんだ。


 特に友人と胸を張って言えるほどは親しくなかったし、時折教室で話すくらいの関係だった。


 ―――俺のような何の取り得も無い一般人で、彼女と関わりがあるのはきっと俺だけだ。


 そう思うと何だか嬉しかった。





 彼女と時折話すようになってから、クラスメイト達からも話しかけられるようになった。

 大抵は彼女に関しての質問や会話の内容などだったけれど、そんな事を繰り返しているうちにだんだんと俺はクラスに馴染んでいった。


 彼女にはいくら感謝してもしたりない。彼女の些細な行動に俺は救われたのだから。

 ―――俺が彼女に恋心を抱いたのは、もはや当然の結果だと思う。

 でも俺は今のささやかな関係を壊すのが怖くて、自分の気持ちを言い出せずにいた。
 彼女からの拒絶は俺にとって最も恐ろしいものだったから。

 そもそも彼女の周りには、個性豊かな才能あふれる人たちがいつも側にいたし、そうじゃない時も近づいて話しかけるなんて勇気は俺には無かった。

 結局、半年という短い期間はあっという間にすぎ、行動一つ起こせないまま俺たちの進路は別れた。……気軽に学校で会える関係ではなくなってしまったのだ。




 だから大学の帰り道で彼女を見つけた時、俺は思わず走り出してしまった。

 何を話すかなんて考えていなかった、ただ彼女と些細な事でいいから話がしたかった。

 そんな俺の思いを裏切るかのように俺と彼女の横からトラックが突っ込んできたのだから、まさに不運としか言いようがない。


 ―――でもトラックがぶつかる瞬間、彼女の澄んだ黒の瞳と視線が交わった気がした。

 それが、上総としての最後の記憶だ。


 ……でも、不思議と耳に残っている声がある。

 あれは幼い女の子の声だった。死にかけの意識の狭間で、はっきりと聞こえた。

 一言一句覚えている。今となっては死に際の幻聴だろうと思うが、それでもこの状況との関連性は捨てきれない。


『あーあ、可哀想。巻き込まれちゃったんだ。――可哀想だから、役柄をあげる。精々塀から落ちないようにね?』


 その声はそう言っていた。――あれはいったいなんだったんだろう?






 日々の拷問や殺しの訓練に耐えながら、俺はずっと彼女の事を考えていた。

 ―――俺がこの世界にいるんだから同じ事故にあった彼女がこの世界にいてもいいのではないか? むしろそうであってほしい。そうでなきゃ嫌だ。

 そうでも思わなければ、精神が壊れてしまいそうだった。



 それから時が流れて、俺は人を殺す事になんの感慨も抱けなくなっていた。

 ……昔は罪悪感に潰れて夜も眠れなかったというのに、人の順応性には驚くべきものがある。

 慣れてしまったのか、どうでもよくなってしまったのかはわからない。でも、昔の俺ではなくなってしまった事だけは分かった。

 そんな風に考えて俺は自嘲した。――それはあまりにも乾いた笑いだった。









◇ ◇ ◇








 俺がミルキとして過して10年が過ぎた頃、祖父から外出の誘いがあった。

 もちろん仕事も含まれていたが、主の目的は知人の家を訪ねる事だそうだ。


 どうやらその知人の家には俺と同年代の子供がいるらしく、あの兄貴よりも社交性が乏しい俺を心配した祖父の企みらしい。



 ―――余計なお世話だ。


 
 俺をこんな風に教育したのはゾルディックの家なんだし、今更フォローなんかされても迷惑なだけだ。

 そう思ったが、別に祖父の事が嫌いという訳ではないので良い孫らしく笑顔で頷いておいた。

『嘘』の表情を作る事なんて、いつもの事だったから。


 そんな俺の演技なんてとうにわかっている筈なのに、何も言ってこない祖父に苛々した。

 結局この人も仕事の為に俺の人格をさらに矯正したいだけで、俺の心配をしている訳じゃないんだ。アルカへの対応を考えたらそんな事すぐにわかるだろ。

 何を期待してたんだ俺は。……『家族』に愛されているだなんて、馬鹿みたいだ。



 あーあ。――伊織さんに会いたいなぁ。

 たとえ無理だと分っていても、そう考えてしまう。そんな自分に俺は苦笑した。



◇ ◇ ◇










 祖父の知人の家で『彼女』を見たとき、初めて神という存在に感謝した。


 ―――俺が求めてやまなかった存在、『岸谷伊織』がそこに居たのだ。


 姿形は変わっていたが、俺が彼女の事を間違えるだなんてある訳がない。





 その後の食事の味なんて全然わからなかった。ただ彼女の事しか頭に入って来なかった。
 そして時間はあっという間に過ぎ、俺は寝室に案内されることになった。

 気まずい雰囲気の食事会の後、俺は彼女に案内されて今日泊まる部屋の前へ歩いて行った。



 ―――何を、話せばいいのだろう?



 言いたい事は山ほどあるのに、口から言葉が出てこない。

 あっという間に奥にあった部屋の前について、彼女は俺の事なんか眼をくれず元の道に引き返そうとした。

 嫌だ。
 ――このまま終わってしまうなんて、絶対に嫌だ。


「―――《伊織》さん」


 気が付いたらそう声に出していた。

 俺の言葉に彼女は観察をするかのような目で、何?と聞いてきた。
 


「やっぱり、伊織さんなんだ」


 嬉しくて泣いてしまいそうだった。

 感情が表に出さないように訓練されていたというのに、なんて無様。だけどこんなにも心が震えたのはいつ以来だろう。もうそれすら思い出せないというのに。

 ……またこんな風に感情が揺さぶられるときが来るなんて思っても居なかった。


 ああ、そうだ。今彼女にとって『伊織』の事を知っている俺は、きっと不審人物に映っているんだと思う。早く誤解を解かなくては。





「俺は、水守上総。……貴方はたぶん覚えてないだろうけどね。一応伊織さんとは知り合いだったよ」



 自分で言って少し悲しくなったが、俺の事なんて伊織さんにとっては大した存在じゃなかったろう。 

 それに10年以上経っているのに、端役にすぎなかった俺の事を覚えていてほしいだなんて、傲慢にも程がある。




「覚えてるよ。高校のクラスメイトでしょう?」


 だからそう彼女が言ってくれた時、もう何も言葉に出来なかった。

 情けない顔を見せたくなくて俯いてしまったけれど、彼女が不審に思わなければいいと思う。



 今の彼女も、昔の彼女も、肝心な所は何一つ変わっていなかった。

 そこに佇んでいるだけで感じ取れる確かなまでの強力な《存在感》、俺が見間違う筈が無い。

 ずっと、貴方に会いたかった。会いたいと願っていた。

 ――いつかきっと会う事が出来ると信じていたかった。そうでもしなければ、俺は生きてこれなかったから。

 だからこそ俺が貴方の事を見誤るなんて、ある訳ないのに。


 伊織さんが俺に転生の理由を知らないかと聞いたけれど、俺にもさっぱり分からなかった。
 気が付いたら拷問中だったし、事故後の記憶も曖昧だ。





「そうか。……じゃあ水守の事はなんて呼べばいい?」



 言外に「いつまでも前世の呼び名を使うわけにはいかない」という彼女の意思を感じ取り、俺は『ミルキ』と呼んでほしいと答えた。

 それが今の俺の名前だから。




「わかった。私の事も『伊織』じゃなく『エリス』と呼んでほしい。それが、ここでの名前だから」


 彼女――エリス――の凛とした言葉に俺は頷いた。

 俺にとって彼女の言葉は絶対だ。


 俺は、彼女に会えたら言おうと思っていた事がある。
 告白だなんてそんな大それたものではない、ただ俺は彼女の近くに居たいだけだ。

 彼女は『ハンターハンター』の存在を知っている。ゾルディックが何をしているのかも分かっているはずだ。それでも彼女の瞳からは嫌悪も焦燥も浮かんでいない。

 なら、俺だって彼女と友人になることくらい許されてもいいんじゃないか?

 暗殺者に友達は必要ないと兄さんは言うけど、それでも俺は一人は寂しいと思う。もしも、……隣にいてくれるのが彼女なら、それより嬉しい事なんてきっと他にはない。


「――俺と、友達になってください」


 心臓の音が聞こえそうな程の静寂の後、エリスは綺麗な笑顔で「此方こそ宜しく」と言ってくれた。


「私は、君と友達になれてうれしいよ」


 ――それは俺の方だ。

 ――――俺の方がずっと君に救われている。



「……うん。ありがとう」


 ――俺と出会ってくれて、ありがとう。









 その後、色んな事をエリスと話した。

 ―――これがもしも夢だと言うのならば永遠に覚めなければいい。
 そんな事を思ってしまうくらいに、幸せなひと時だった。



 窓から差し込む朝日がこれが現実だと表していて、俺はこれがようやく自分の妄想じゃないと納得する事が出来た。

 ……神様。こんなにも途方もない奇跡が俺なんかに起こってもいいのだろうか。後で罰が当たったりするんじゃないかな。

 ああでも、罰が当たってもいいと思えるくらいには幸せだなぁ。



 別れる前にホームーコードとアドレスを交換して、とても名残惜しかったけど俺と祖父は家に帰る事になった。


 ――今ならあまり好きではなかったゾルディック家の事を愛せる気がする。そんな事を思った。
































後書き

ずっとミルキ(偽)のターン!!

ミルキ(水守)くんは転生者で主人公の知り合いです。ある意味常識人枠。

メタ視点での通称は『ハンプティ・ダンプティ』巻き込まれちゃった子です。




[7934] 番外4と5
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 01:42



 ミルキとの邂逅からはや3年、色々な事があった。

 その中でも特筆すべきものをいくつか紹介しようと思う。









 番外4 アリアに求愛者現る!





 この家は基本的に先生の意見を中心にして動いている。基本皆家から出ようとしないしね。

 なので、事の発端はやはり先生の一声だった。


「――アリア。貴女も、もう18歳になるんだから。色々一人でこなせるようにならなきゃ駄目よ? だからちょっと今からハンター試験を受けてきなさい。届けは出しておいたから」


 午後のまったりしたお茶会の時にそんな事を言うものだから、その場は言うまでもなく騒然となった。

 今までハンター試験なんて興味ありませんって感じの振る舞いだったのに、なんの前触れも無くそんな話をしだすのは正に先生らしいとしか言いようがない。


 勿論アリアはそんな人が多く集まる催しを嫌がったし、私だって反対した。

 いくら彼女が念能力者だからって、むさ苦しいハンター予備軍の男どもが大勢いるような場所に放り出すなんてなんだか心が痛む。兎を狼の群れへ放り出す様なものだ。

 その点についてはシンクも同意してくれた。


 ――私達は、そう、頑張ったのだ。

 私は今だかつてない位に饒舌に話したし、シンクも珍しく先生に向かって説得を試みてくれた。

 だが先生の「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと支度しろ」という一喝により無残にも敗北した。


 ……ドスのきいた声でそんな事言われちゃ、ねぇ?

 私は泣く泣くアリアを送り出した訳だが、心配の甲斐もなく彼女はあっさりとハンター試験に合格してしまった。

 ここまではまだいい。問題はその後だ。



 その時私は街に買出しに出かけていたから詳しい事は判らないのだが、シンクと先生から聞いた事をここで話そうと思う。


 アリアがもうすぐ帰宅するという連絡があって、シンクが玄関で彼女を出迎えた訳なのだがそこで予想外の出来事が起こったのだ。


 シンクが扉を開けると、彼女の隣に知らない男が立っていたのだ。


「アリア。おかえ、…………そいつ何?」


「……おともだち?」


 何故か疑問符が付いていたかは置いといて、彼女が言うには、彼は試験で仲良くなった友達で、家に遊びに来たいと言われたので連れてきたらしい。


 
 金髪碧眼の優しげな好青年。それが先生の第一印象だったそうだ。

 因みにシンクは胡散臭そうな優男と言っていた。まぁ爽やかなイケメンと思っていれば間違いはないらしい。


 アリアの交遊範囲が広がるのは私にとっても喜ばしい事だし、素直に祝福できる。

 あの対人恐怖症のアリアが友人を連れてくるなんて成長したんだなぁとその時は思ったのだが、その思いも彼の言った言葉を聞いた時に吹き飛んだ。



「初めまして、俺はシャルナークっていいます。アリィとはとても仲良くさせてもらってて、将来的には深い仲になる予定なので。これからよろしくお願いしますね、義兄さん!!」


「……――帰れっ!!」


 先生いわく、シンクが間髪いれずに言いはなったらしい。……気持ちはわかるよ。

 しかもアリィってなんだよアリィって。知り合ってまだ一月も経ってないくせに馴れ馴れしい。私の大事なアリアをどうするつもりだ、あの男は。


 そしてシャルナークといえば幻影旅団の一員で、関わるだけで死亡フラグが立つような危険な集団の内の一人だ。

 後日、本人に会ったが紙面の中の彼よりほんの少し若い容姿をしていた。まぁ原作の2年前だったのでそれも当然の事である。

 ていうか絶対本物だよアイツ。持ってる携帯とか言動とかシャルナークそのものだし。……アリアに関する事柄以外だけど。

 でも流石A級首なだけあって、私よりもかなり強い。旅団員の中でも彼は戦闘員ではない筈なのに、普通の肉弾戦では到底勝てる気がしなかった。

 あ、いや別に私が戦ったわけじゃないんだ。彼とシンクの小競り合いをみてそう判断しただけだし。




 一発触発の空気の中、先生はとりあえず三人をテーブルにつかせてシンクにシャルナークの意図を探るようにこっそり指示をだした。


「アリア、僕はちょっと彼と話したい事があるんだ。少し借りていってもいいかな?」


 シンクがそんな感じの事を言うと、アリアは快く頷いてくれたそうだ。

 本当に危なっかしいくらいに良い娘だなぁ、アリアは。
 何時か誰かに騙されるんじゃないかと思うと不安でならない。










「いきなりどういうつもり?」


「そっちこそ、一体何が目的だ」


 いくら警戒心が湧かない外見をしていようと相手は幻影旅団、一瞬の油断が命取りになる。

 シンクが他人を警戒するのは今に始まった事ではないので、その点は心配なかっただろうと思うが。


「うーん、さっきから言ってるつもりなんだけどなぁ。俺はアリアが好きなんだよ。柄にもなくかなり本気で。彼女が望むからあんた達とも友好的な関係になりたいわけ、分かる?」


「……その言葉を信じられる理由がない。しかもあんな子供みたいな奴に何を考えて――」


「―――あんた、馬鹿?」


 シンクが言うには、「少なくとも奴の目は本気だった」らしい。




「アリアの事馬鹿にするなら、いくら義兄だって許さないよ。――彼女は、天使なんだよ。俺は一目彼女を見たときに確信したね、彼女こそが俺の女神だって。今まで正直な話一目惚れなんて信じてなかったけど、本当に実在するんだって俺は思い知ったよ。恋なんてしたことないからどうすればいいかなんてわからないけど、少なくとも彼女の嫌がるようなことはしないよ。約束していい。そもそもアリアの可愛さと美しさは既に人智を越えた域にあって―――」



 ……あ、僕にこいつの対応は無理だ。

 シンクはその時切実に思ったらしい。
 でもその後ちょくちょく衝突しているのはやっぱりアリアの事が心配だからなんだと思う。まったく、素直じゃないんだから。



 この話を聞いたとき正直かなり引いた。でもよくよく考えてみると何となく彼の気持ちが分かる気がする、確かにアリアは可愛い。

 私は彼女が喜ぶならば大抵のことはこなせる気がする。……まぁ多分気のせいだと思うけど。



 しかし、泣く子も黙る幻影旅団のメンバーの一人をこんなにも無自覚の内に骨抜きにしてしまうなんて彼女の将来が不安でならない。修羅場なんて私は見たくないぞ……。







 今はまだアリアが彼の事を友人だとしか思っていないからいいが、今後彼女の気持ちが変わった時、もしくは流された時は、なし崩し的に結婚だなんて事が起こりかねない。


 ……私は彼を義兄さんだなんて呼びたくない。マフィアに追われるような身内は願い下げだ。
 
 それにまだまだアリアを嫁にやる気はさらさら無い。――だってそんなの寂しいじゃないか。娘を嫁に出す父親のような気分だ。


 そんな私の思いも虚しく、一月に一度くらいのペースでシャルナークが家に遊びに来る様になった。外堀から埋めるつもりか貴様。

 その度にシンクと彼が冷戦状態になり、いつも私が仲裁役をする事になるのが悩みの種である。


 先生はそんな彼らを見て「婿養子vs小舅ね」と微笑んでいた。

 ……ちょ、シンクが聞いたらブチ切れますよ。あ、ほらこっち睨んでるし……。






 ――余談だが私とシャルナークの仲はそれなりに良好だ。

 彼がアリアに敵意が無い事を知っているし、彼女の《家族》である私達に手を出してこない事は今までの経験から分かっていたからだ。

 それに彼も最初は私を警戒していたようだが、今は気さくに話しかけてくるようになった。
 まぁもちろん会話内容は殆どアリア関連だけど。



 旅団を辞めれば認めてやらなくもないのになぁと思いつつ、私は今日も苛々したシンクを宥めた。
























 番外5 シンク、子供を拾う。



 事の始まりはアリアの事件から一年後。シンクのハンター試験後の事だった。

 アリアの時と同じく、シンクに試験を受けるように先生が言ったのだ。

 この調子でいくと原作時に試験を受けなくてはならなくなると直感した私は、それとなく先生に自分も試験を受けに行きたいと伝えたのだが、「貴女は来年よ」とあっさりと断られた。解せぬ。


 まぁそんなやり取りがあった訳だが、それ以外は何の問題もなくシンクは試験を受けに行った。


 大体彼が出かけてから二週間後くらいに「試験に受かったから、今から帰る」という電話があったのだが、どうも様子がおかしかった。
 何というか疲れているというか、憔悴しているというか、いつもの彼らしくないのだ。

 そりゃあ流石にハンター試験の後だから少しくらい対応が変でも仕方が無いと思うけど、相手はあのシンクだ。人に弱みなんて見せるはずがない。……やっぱり変だなぁ。


 ――私はその違和感の正体を、彼の帰宅の時に知る事になる。





 ハンター試験後の恒例行事、玄関での出迎え。私とアリアはシンクが帰って来る時間を見計らい入り口付近で待っていたのだが……。


「シンク、おかえ………り?」
 

 シンクの両脇には10歳前後の少年と少女が立っていた。容姿から予測するにどうやら双子らしい。銀髪の可愛らしい子供たちだ。

 シンクは苦々しげな顔をして何も話そうとしないし、双子に至っては無表情でこちらを見つめてくるだけだ。なまじ容姿が整っている分、人形のように見える。

 うわー随分とゴシック調の服装が似合う子達だな、目の保養になるなぁ。

 ……じゃなくて、この子達どうしたんだ一体?


「シンク。この子達は……」


「あー、えっと、こいつ等はその、試験で……」



 そこまで言うとシンクは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いてしまった。

 え、ちょ、そこまで言っておいて途中でやめないでよ。説明プリーズ。

 私が訝しげに彼を見ていると、双子の女の子の方が口を開いた。


「お兄さんが『行く所が無いなら家に来い』って言ったのよ。そうでしょう兄様?」


「そうだよ姉様、僕らはお兄さんの言葉に従っただけさ」


 シンクを間に挟む形で会話をしながら、双子はそんな事を言う。

 ……シンクがそんな事を? あのシンクが? 小さい子供を見て「ああいう何にも考えてなさそうな餓鬼って虫唾がはしる」と平然にいいはなつあのシンクが!?


「……何。なんか文句でもあるの」

「いや、別にそういうわけじゃないけど。でも、説明くらいしてよ」


 取りあえず状況が理解できないので、シンクに説明を促す。別にいまさらここの住人が増えたくらいでとやかく言うつもりは無いけど、理由くらい知っておかなきゃフォローも出来ない。

 シンクはばつが悪そうに顔を逸らすと、心底うんざりした口調で話し始めた。


「こいつ等は僕を殺しに来た暗殺者だ。……どうやって僕の生存を知ったのか解らないけど、僕の生家の奴らが子飼いにしていたみたいで試験に乗じて襲ってきたんだ。勿論、こんな子供に僕がやられるわけなんだけど……」


「けど?」


「こいつ等が、『使えない道具は壊される』なんて言うからつい……」


 つい連れて来ちゃったわけだね、よく分かりました。

 まぁシンクにしてみれば憎い実家の連中にいい様に使われている彼等に、同情やら仲間意識を抱いてしまったわけなんだろうけど、それは私が語るべき事ではないだろう。


「取りあえず、先生の所に連れて行った方がいいよね」



 まずは先生の説得が先だろう。

 だが先生はこういう面白おかしい状況が大好きなので、簡単に彼らの定住を許してしまうのだろうけど。私も別に反対はしないけれどね。かわいい子は好きだし。

 それに、私から目を逸らさない子ってかなり貴重だからなぁ。できれば仲良くしたい。


 シンクと双子が先生の部屋に行くのを見届けた後、私はとりあえず昼食を二人分追加で作り始めた。










◇ ◇ ◇ 








 そんなこんなで双子は大した衝突もなくこの家に馴染んでいった。

 驚くべきことに彼らは名前が無かったそうなので、先生が便宜上、男の方をヘンゼル、女の方をグレーテルと名乗るように言った。やはり何処かで聞いた気がする。


 よくよく彼らの様子を見ていると、互いの事はそれぞれ「兄様」「姉様」と呼び、互いの服装を交換することで人格をも入れ替える事ができるようだ。

 男女の双子なので一卵性ではないはずなのに見分けがつかないほどにそっくりなので、基本的に服装で彼らの事を区別している。二次性徴が起こるまではその判別方法でいいと思う。まさか脱がせるわけにはいかないし。

 本人達もそれに納得しているようだったのでよしとしよう。


 彼らは不穏な言動を除けば基本的に素直ないい子達なのだ。家事とかも進んで手伝ってくれるし。彼らの人懐っこさは、過去の薄暗さを感じさせない。

 もしかしたらそういう環境への順応性や他人の好感を得やすい無自覚の行動は、彼らにとって生きるための術なのかもしれない。そう考えると心が痛む。

 ……ただ幾つか問題があるとするならば、それは彼らの性癖に他ならない。




 シンクがハンター試験から帰ってきた後、時折彼を狙った殺し屋が家まで来る様になった。


 そんな殺し屋達をいち早く撃退するのは、大抵アリアのお友達か双子達だ。

 え、なんでそんな危険な事を双子に任せるのかって? ……いや、止める間もなく嬉々として飛び出していくからやめろとは言いづらくて……。本人たちも楽しんでるみたいだし。

 ただ、その後の対応がいただけない。

 アリアのお友達が敵を捕らえた時には、食物連鎖よろしく森の奥で美味しく頂かれているようなので片付けの心配は無いが、双子が捕らえた際にはその場で見るに堪えない拷問を始めたり、解体作業をしたりなど、奇行が多い。

 ……ていうか誰か始まる前に止めろよ。


 殺し屋連中を退治してくれるのはありがたいと思っている。だがその死体を片付ける私達の身にもなってほしい。
 いくら飛び散った部品は獣達が食べてくれるとはいえ、その場に残った大量の血は地面に染み込んで処理するのは容易ではない。

 そのまま放置してもいいんだけど、先生は庭の景観にはうるさいのだ。なんとかしなくてはならない。


 そして彼らの所為とは言わないが、惨殺死体に慣れてしまった自分に、なんだか溜息を吐きたい気分になった。人の価値観ってここまで変わるものなんだなぁ。

 かつての私は人を殺す事なんて考えたこともないピュアな人間だったけど、今は正当防衛ならばいくらでも殺していいし、罪悪感なんて抱く必要が無いとすら思っている。

 ――今の私は、人を殺せるのだ。


 もしかしたら以前先生の念でありとあらゆる死の概念を視たため、耐性が付いていたのかもしれない、……うわぁ全然嬉しくないや。




 ―――だが彼らが拷問を喜んで行うのは、幼い頃から殺しを強制させられて歪んでしまった精神を、これ以上崩壊させないために行っている事だとなんとなく理解しているので、あまり強く注意できないでいた。

 仕方が無いという一言で済ますのは、きっと彼等にとっては失礼な事なのだろうけど。


 それに優先順位の問題もある。

 私は侵入者の人としての尊厳よりも、双子の精神衛生の方がずっと大事だ。
 流石にずっと今のままではまずいと考えてはいるので、少しずつでいいから改善していきたいと思う。

な ので手始めに皆に迷惑を掛けない程度の殺戮に留めておくようには言い聞かせた。素人さんには手を出しちゃいけませんよ、とか。



 ……本当に、あれさえなければ天使みたいな子達なのになぁ。









 因みにそんな内容をミルキに話した所、


「なんだかブラクラの双子にそっくりだな」


 という返事が返ってきた。


 Black Lagoon 通称ブラクラ。
 かつての世界に存在した漫画で、バイオレンスな内容と苛烈なキャラクターが人気だったアクション漫画だ。私も先輩に進められて読んだクチだ。面白かった。

 なるほど。それがあの時感じた既視感の原因か。納得した。

 ……っていうか先生はもしかして私と同じ事を考えていたのか? そうでなければ『ヘンゼルとグレーテル』だなんて名前を付けないだろうし……。本当に謎な人だ。


 まぁ確かに似てはいるが、転生者でもない限り『あの双子』と同一人物という事は無いだろう。きっと、似ているだけだ。

 でも、似ているだけと言い切るには共通点が多すぎる。
 
 私の心に一抹の不安がよぎる。

 ――もしも。もしも私とミルキの様な転生者が、意図的に彼らの性格を作り上げていたとしたら、どうなるんだろう。

 初めからそういう風に『作れば』どれだけ似ていても、何もおかしくはない。

 ……いや、それは流石に考えすぎか。


 だが例えそうであろうと無かろうと、この家に来たからには彼らに人並みの幸せを手にしてもらいたい。まぁ出来る限りの話だが。

 あの本では『誰かがほんの少しだけ優しければ、あの子達は幸せに暮らせた』、そう誰かが言っていた。



 今ならば、まだ間に合うのかもしれない。

 今の彼等はまだ10歳くらいだ、少しずつ、ほんの少しずつでいいから彼らが変わっていけるのならばいいと思う。

 幸いな事にこの世界は普通よりも《殺人者》に対して寛容だ。流石は冨樫ワールドを基準とした世界であると言える。




「………よし、」


 私はこの家が好きだ。この家に住む人たちが大好きだ。――双子だって例外じゃない。
 ならその大好きな人の為に頑張るのは、当然のことだ。

 さぁて、まずは手始めに彼らの胃袋から掌握する事にしよう。

 お茶会の為のお菓子はもう既に用意してある。


 ―――幸せというものは案外単純だという事に、彼らが気づけますように。






























[7934] キャラクター詳細 十話の時点まで
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/18 01:30

エリス=バラッド (岸谷伊織)

【性別】女性
【外見】黒髪黒眼。容姿は標準(不穏過ぎる目つきを除けば)
【性格】臆病。卑屈ぎみ 
【ステータス】筋力E 耐久F 敏捷B 幸運A 念A++
【身体能力】それなりに機動性があり、逃げ足が速い。相手の急所をつくのが上手い。体力はそんなにない。
【その他】歌が神レベルで下手(音程とかではなく、ビブラートやリズムの取り方、声の出し方が問題だと思われる)、脳に直接不快感を与える。
【念能力】 放出よりの操作系


『深淵の魔眼(イビル・アイ)』

1・対象者に己を《自らの理解の範疇に居ないモノ》だという認識を強制的に抱かせ、そのとき生まれた感情を増幅させる。
対象者は自身が念に掛けられたと認識できない(意識操作により認識しようとしなくなる)
能力の発動自体はオートで行われる(絶などの例外以外は解除不可)

2・ある一定以上の『負』に属する感情をエリスに対して持った場合、その対象者の脆い部分が何となく分かるようになる。視認できる場所に限定する。


制約と誓約
・眼を合わせる事。(眼鏡程度の透過率ならば問題はない。反射もアリ)
・効果はだんだん薄れていくが眼を合わせる度に念は掛け直される。
・能力者自身が劣等感や、能力発動後の対象の行動に不満があると効果が上昇する。
・本人はこの念能力の存在を知らない(オールオート)。

能力名が中二病っぽい程、効果が上がるような気がした。
そもそもの勘違いの原因は、この念能力の所為。前世から引き継いだ呪いと言ってもいい。




『狂乱せし亡者の愚歌(ナイトメア・バラッド)』

脳に直接歌による振動を通じて機動力の低下を促せる。個人差がある。
自分の歌声が届いた範囲の全ての人間に歌を媒介にして精神に干渉し、ありとあらゆる「悪夢」を体感させる事ができる。(人によっては思い出したくないトラウマを思い出すことなどがある)
場合によっては精神崩壊を起こす可能性がある。
耳を塞いだとしても、脳が振動を感じとってしまえばアウト。
もともとの歌唱力がテロリストレベルの破壊力があるので、念で効果を増幅させれば少ないメモリで能力が使える。


豆知識
歌う、という元々の語源は「うった(訴)ふ」である。「うた」の語源として、言霊によって相手の魂に対し激しく強い揺さぶりを与えるという意味の「打つ」からきたものとする見解もある。


制約と誓約
・自分の肉声のみ適応される。電動メガホンはNG
・対象者がエリスに抱いている感情が、(エリス自身にとって)悪ければ悪いほど効果が上がる。
・自分の歌に関して、コンプレックスが強いほど効果が上がる。
・必ずきりの良い所までは歌う事、途中で途切れた場合その後五分間は声が出せなくなる。


使用用途はもっぱら逃亡用。
使う度に自らの心の傷を抉る虚しい能力。


◇ ◇ ◇



マリア=サタナエル

【性別】女性
【外見】白髪碧眼。英国淑女風のお婆さん。
【性格】普段は温厚。時々フリーダム。多分重度のオタク。
【ステータス】筋力? 耐久? 敏捷? 幸運B 念A
【身体能力】詳細は不明。だが一通りの格闘技は出来るらしい。
【その他】恐らく現実からの転生者。詳細不明。
【念能力】具現化よりの特質系

『希望≒絶望(パンドラ)』
詳細不明。
相手に『この世全ての闇』を体感させる。
脱出方法は秘密。


◇ ◇ ◇


アリア

【性別】女性
【外見】桃髪桃眼。とても可愛らしい。少し発育不良ぎみ。
【性格】内気で引っ込み思案。家族思い(獣達も含む)
【ステータス】筋力C 耐久E 敏捷A 幸運A 念B
【身体能力】俊敏性が高く、獣並みの五感を持つ。腕力はあまりない。
【その他】動物との意思疎通が可能。幼少期に人と触れ合わなかった為、話し方がちょっと幼い。
【念能力】具現化系

『私の大事なお友達(ディアフレンド)』
念獣の大きなライオンみたいな魔獣を具現化する。
〔ごはん〕を食べさせる度に強化されていく。
(ごはんの詳細は不明)

『天使への祝福(スイート・パヒューム)』
アリアに対して、庇護欲や親愛などといった感情を強制的に抱かせる能力。
アリアの養い親(大きな狼)がハンターに殺される直前に彼女に掛けた念。
生物全てに対して発動する。

制約と誓約
・対象によって効果にバラつきがある。
・対象を選ぶ事は出来ない。
・除念が不可能(アリアに対して)


◇ ◇ ◇


シンク

【性別】男性
【外見】緑髪碧眼。美少年。
【性格】皮肉屋で虚無的。……に見えるが本当はお人よし。
【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷A 幸運A∔ 念C
【身体能力】かなり高い。多彩な体術を使える。
【その他】自分を捨てた両親と、家に残った弟を憎んでいる。ていうか人は基本的に嫌い。
【念能力】変化系

探査系能力。詳細不明。


◇ ◇ ◇


ミルキ=ゾルディック (水守上総)

【性別】男性
【外見】黒髪黒眼。容姿は幽白の刃霧要にそっくり。
【性格】温厚かつ冷酷。エリスの事が大好き。
【ステータス】筋力B 耐久A 敏捷A 幸運E 念A
【身体能力】旅団と同等のレベル。
【その他】転生者。原作と同じく一通りの情報収集技術はある模様。
【念能力】特質よりの操作系。


『狙撃手(スナイパー)』
対象に狙撃用の的をつけ、操作した物を確実に対象に当てる能力。

制約と誓約
・半径200メートルまでしか操作できない
・対象に的をつける際、的にしたい部分に何らかの念を込めた物体で接触する。
例:自分で直接触って的をつけることも可能、普通の戦闘中に相手につけた傷なども有効。



『因果率の支配者(デウスエクスマキナ)』
因果律を捻じ曲げて自分の都合がいい様に動かす能力。一回の発動に付き一度だけ使える。
ようは幸運値を神レベルまで引き上げる事が出来る能力。
例:回避不能の攻撃を避ける、巧妙に隠された物が直ぐに見つかる、くじ等で望んだ番号が引ける、など。
条件を満たすと他者にその権利を渡すことも可能。
制約と誓約
・一月のうち一回しか能力を使えない。制限を無視すると一月念能力が使えなくなる。
・能力の発動対象者が成功をイメージできない事に関しては発動しない。
・人智を超えた事は実現できない。


◇ ◇ ◇


ヘンゼルとグレーテル

【性別】男女の双子
【外見】銀髪銀眼
【性格】普段は素直な子供だが、時に歪んだ快楽殺人者としての面が現れる。
【ステータス】筋力C 耐久B 敏捷B 幸運D 念C
【身体能力】かなり高い。少なくともエリスには勝てる。
【その他】互いの事はそれぞれ「兄様」「姉様」と呼び、互いの服装を交換することで人格をも入れ替える事ができる。
【念能力】変化系と放出系(ある意味特質系)

ヘンゼルの時(変化系)
『断頭台』
愛用の斧にオーラを纏わせ、重さを変化させる。
・1gから2tまでの変化が可能。
・一日10時間は斧を所持する事。破ると細かい制御が効かなくなる。
・『ヘンゼル(兄様)』の時にしか使えない。


グレーテルの時(放出系)
通常は、マスケット銃から念弾を撃ちだす。普通の念弾。
『魔弾』
・装弾数が一日に付き一発。
・一週間という括りの中で七発中六発は狙撃手の望んだ場所に当たる。残りの一発は撃ち出した方向に関わらず自分に当たる。二日連続で能力を使用しないと残弾はリセットされる。
・相手の念の特性は全て無視され着弾する。




一応、キャラクター設定です。
変更の可能性あり。





[7934] 番外6
Name: 樹◆990b7aca ID:e2c396d1
Date: 2014/11/18 01:48


 番外6 エリスの仕事



 アリアとシンクは先生を通して、野生動物の保護や賞金首を捕らえたりなどと、広い範囲でハンターとして活動している。

 ときどき私も一緒に着いて行くのだが、私の念は戦闘用ではないしかなり使い勝手が悪いのであまり役に立っていない。だからこそ、たまにしか着いて行かないのだけれど。


 それに実際先生が依頼をとってくるというよりは、依頼主が手におえない事態をどうにかしたくて相談をもちかけ、それを引き受けるといった感じの体制をとっている。

 昔取った杵柄とでも言うべきか、現役を引退した今でも先生には仕事の依頼が絶えない。
 今までは全て断っていたようだが、アリアがライセンスを取ったのを機に仕事の請負いを再開させたそうだ。



 主だった仕事は先程話した通り野生動物の保護だが、これはある意味アリアが居なくては成り立たない仕事である。

 彼女はその生い立ちからか、ありとあらゆる動物とコミュニケーションをとる事が出来る。他者には無い特技だ。

 そんな彼女の評判を聞きつけて先生に依頼をもってくる人も少なくない。

 アリアのその技術はそれほどのレアスキルなのだ。


 彼女もそれなりにこの仕事を気に入っているらしく、これといって大きな問題を起こした事はない。
まぁお目付け役兼護衛としてシンクがついていってる訳だからそれも当然といえる。

 だが人間嫌いが悪化した様に見えるのはもしかしたら気のせいではないのかもしれない。……密猟とか多いからなぁ。





 えー、つまり何が言いたいのかというと、アリアは業界では結構有名なのだ。

 だから時折、招かれざる『お客さん』がこの家を訪ねてくる事がある。








◇ ◇ ◇







「おい。この場でサンドバックみてぇになりたくないなら『妖獣のアリア』を今すぐ此処に連れてこい」


「……アリアは不在です。どうかお引取りを」



 10人程の柄が悪い武装した連中―――恐らくマフィアかどこぞの変態に依頼を受けたチンピラだろう―――が事もあろうに正面玄関からそう言って啖呵をきってきた。

 因みにこれは扉を挿んでのやり取りである。私が普通に面と向かって対応すると宅配便の人ですら引き返す事があるのでそれだけは徹底している。

 だが今回のケースでは真正面から向かっていった方が良かったかもしれない。手間的に。


 以前の私ならばこういった手合いの奴らに平然と言葉を返す度胸は無かったのだが、先生に殺されかけて以来この程度の事では驚かなくなった。……慣れってすごいんだなぁ。



 それにこいつ等は凝で確認したところ、どうやら念能力者の様だが全然オーラが洗練されていない。

 念使いとして二流の私が言うのも何なのだが、こいつ等は大した使い手ではないだろう。

 この程度ならば私一人でも何とかなるはずだ。ていうかこの程度で負けたら先生に追い出される。


 ……まぁできる事ならば早急に諦めて帰ってほしいんだけどね。





「あぁ?不在じゃすまねーんだよ、引きずってでも連れてこ「帰れ、と言っているのが聞こえなかったんですか?」…ひぃっ!」


 ガチャリと扉を開け放ち、彼らの目の前に姿を現す。

 オーラを練に近い状態にし、相手の目を見つめ言いたい事だけを告げ、その後は無言で威嚇をする。

 俗に言う『有無を言わせない』や『いかにも私は強者です』といった雰囲気を意図的に作り出したのだ。

 いやぁ、目つきの悪さがこんなところで役に立つなんて思って無かったよ。ははっ、全然嬉しくないけど。




 大抵の連中はこのハッタリに引っ掛かって帰ってくれるのだが、中には逆上して襲い掛かってくる奴らもいる。――こいつらみたいに。



「う、うるせぇ! おい、お前らやっちまえ!!」


「……はぁ」




 ――でも、相手にするならこういった最低の連中がいい。


 人を傷つけるのはあんまり好きじゃないから。











◇ ◇ ◇












 私の念能力は無差別かつあまり加減が効かない。だから念を使用する対象者の状態によっては精神崩壊を起こす可能性がある。

 それはちゃんと理解していた。……いや、理解していたつもりになっていただけなのかもしれない。




 この能力を作った当初は、そこまで危険ではないと思っていたのだが、以前仕事についていったときに密猟者達と鉢合わせになった際、――私はこの能力の落とし穴に気が付いた。




 事の始まりは約2年前、とある国の特別自然保護区に密猟者が出るようになったらしく、巡回の警備員だけでは捕まえることが出来ないという事で、私達に捕獲の任務が任された際の出来事だった。

 それぞれ別々の場所を捜索していたのが仇になったのか、運悪く私は一人の時に密猟者と相対してしまった。



 密猟者の数は三人。全員が念能力者だった。

 彼等はそれなりに訓練を重ねた能力者らしく、私一人では到底勝ち目が無いと思われた。

 だから、今まで実戦で使用していなかった『ナイトメア・バラッド』を使用したのは当然の結果とも言える。






 ―――だが、あんな結果になるとは予測していなかった。




 能力を発動させて直ぐに三人が苦しみだし、動きが鈍り始めた。そう、そこまでは私が想像していた通りの展開だったのだ。

 その間に彼らを行動不能にさせればよかったのに、能力の効果が綺麗に嵌ったことに少しばかり調子に乗った私は、彼らを適度にあしらいながら『歌』を歌い続けた。


 生かさず殺さず、じわじわと追い詰める。逃げようとするならば先回りし、足止めする。

 彼らの様子が激変したのは、念を使用し始めてから10分ほどの時間が経過した時だった。

 三人の中の一人が急に奇声をあげると、持っていたナイフで自身の喉をかき切ったのだ。

 その男に続くかのように二人目が銃で頭を打ち抜き、三人目は意識を失ってその場に倒れた。




 何が起こったのか、解らなかった。



 私の念は、対象者に酷い不快感をあたえ動きを鈍らせる。――その程度の効果の筈ではなかったのか?

 目の前に広がる真新しい血だまりを呆然と見つめながら、混乱した頭でそんな事を考えていた。倒れた男に近寄る事もせず、悲鳴一つ上げず、ただ、立ち尽くしていた。



 ―――その後の出来事は記憶が曖昧でよく覚えてはいない。






 後で聞いた話だが、シンク達が駆けつけたとき、私はただ無表情で転がる密猟者達を見つめていたそうだ。


 ……冷静に考えるとずいぶんと恐ろしい絵面だな。







 この事件の後、私は反省の意も込めて自分の念についてもう一度よく考察してみる事にした。


 まず初めに、この念能力を習得する際に私は無意識ながら命を懸けている。

 今まで生存率0%だった先生の念を退けたのだ。この行為が誓約で『覚悟』だと捉えられているならば、それだけで念の効果は跳ね上がるだろう。あくまでも仮定の話だけど。


 そして私が何となしに付けた制約の内の一つ。よくよく考えてみればこれが一番の原因なのかもしれない。

『対象者が私に抱いている感情が、私の主観で悪ければ悪いほど効果が上がる』

 これは相手の悪感情が高まるほど、念の効果が強まるといった仕組みだ。

 つまり、能力発動→相手が苦しむ→私への悪意が高まる→念の効果UP→エンドレスループ、となってしまう訳か?
 予期せずにマッチポンプのような仕組みを作ってしまっているとは……。


 そして後二つ、『なげやりに歌わない事』これは要するに手を抜けない、――いや『手加減が出来ない』ともとる事ができる。


 最後に、『効果範囲に居る者全てが対象者である』こと。

 つまりは無差別攻撃であり、時には仲間すら危険にさらす使い勝手が悪い条件だ。

 考えた際には特に気にしてなかったが、制約として考えると案外重いのかもしれない。




 ……恐らく、この能力は私が思っていたよりもずっと残虐で猟奇的なのだろう。

 念によって恐怖などといった感情が増幅され、制約により時間が経つに連れて効果が増してくる、対象者はその時どれほどの苦痛を味わった事だろう?

 きっと《死んだ方が楽》だと思ってしまう位には辛かったに違いない。

 いくら先生の念を参考にしたとはいえ、そんなところまで忠実に再現するつもりはなかったんだけどなぁ……。





 そう結論付けた日以来、私は極力この念を使わなくなった。


 敵味方の区別無く傷つける事しか出来ない諸刃の剣のような能力なんて、使いどころが酷く限定されるし、大した理由もなく誰かを傷つけるのは私も本意ではない。



 まぁ今回の『お客さん』の様な礼儀知らずに対しては例外だけど。

 こういった輩には一度たりとも舐められてはいけない。常に自分が優位であると見せなければすぐにつけあがる。だからこそ徹底的に叩き潰すしかないのだ。






◇ ◇ ◇







「―――はい、おそらく強盗の類でしょう。拘束してありますので、できれば早急に引き取りに来て下さい。えぇ、それでは宜しくお願いします」



 いつものように麓の警察に電話を掛け、玄関先に転がっている連中を引き取ってもらうように連絡をした。

 彼等に既に意識はなく、神字が刻んであるロープで逃げられないように縛ってある。


 どいつもこいつも悪夢を見ているかのような表情をしているが、今のところは誰一人死んではいない。



「永遠に眠っていてもらえばいいのに」


「そうよ、後で報復に来たら面倒じゃないかしら?」





 避難していた――強盗達ではなく私の念からだ――双子達が縛られている彼等を見て、若干不満そうにそう零した。



 ……別に今更人殺しをしたくないだなんて言うつもりはない、だって私は既にこの手を汚してしまっているのだから。

 ついでに言ってしまえば私は善人という訳ではないが、まだ少し人を傷つける事には抵抗がある。
でも、これは正当防衛だ。

 どこかのシスコンが言っていたように『撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ』であり、彼らだってこの家を襲撃するのならばそれくらいの覚悟は持ってしかるべきだと思う。



 しかし今回に関しては特に殺す必要もないと思う、何故ならば―――、


「報復なんて、出来るわけないよ」



 一度体に染み付いてしまった『恐怖』は中々克服できない。時により、それは安易な『死』よりも遥かに恐ろしいものと成り果てる。

 以前に生き残った密猟者の最後の一人は、一年以上経過した今でも重度のPTSD患者として精神病院に入院しているそうだ。未だに回復の目処はついていないらしい。


 今回の連中はそこまで追い詰めたりはしなかったけれど、少なくとももう一度此処に来たいとは思いたくなくなる位には痛めつけたつもりだ。



 それに、彼らのように『生きた証人』を故意に作る事によって、この家が如何に危険かを襲撃者達に思い知らす事が出来る。所謂抑止力ってやつだ。



 自分でも相当外道な行いをしていると思うのだが、シンク達ならいざ知らず私の実力は基本的に高くない。私自身、それを自覚している。


 もしも幻影旅団のような武等派の連中なんかと戦う事になってしまった場合、私はきっと逃げるか負けるかのどちらかしか出来ないと思う。

 純粋な攻防戦だなんて私には向いていないし、もしそんな事になったら直ぐに息があがってしまって念すら満足に使えなくなってしまう。

 この世には努力だけではどうにもならないものが沢山ある。

 まぁ、場を整えて罠をはればワンチャンあるかもだけど。

 
 だからこれくらいの保険をかけるくらいは許してほしい、まぁ許すも何もこの件について誰も言ってこないからみんな特に気にしていないんだと思うけど。

 ……それはそれで、なんだか虚しいけどね。





 まぁそんな感じで私ができる事といったら、こういった連中の撃退と家事手伝いくらいである。


 ……いや、ニートじゃないよ? 確かに自宅警備員みたいだけど断じてニートじゃないからね?



 とにかく、これが私達の仕事です、まる



















[7934] 十一話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/19 02:21



 まぁそんな感じで色々有ったのだが、遂に原作のハンター試験の季節になった。


 たどり着けないで帰ってくるとか駄目かなぁ。嫌なものは嫌だし。
 ……あ、そうですよね。駄目ですよね。


 そんな諦めの悪いことを考えていると、ポケットに入れておいた携帯電話が震えた。
 私にメールなんて珍しいと思い見てみると、送り主の名が《義兄様☆》となっていた。


 ……こんなふざけた名前登録した覚えがないんだけど。

 いや、こんな事するのは一人しかいないんだけど、何時の間に私の携帯を弄ったんだ? 一応個人情報の塊なんだけどコレ。

 無言で登録名をシャルナークに直した後、届いたメールを開いてみるとそこには以下のような文章が書いてあった。




 Date 12/28 10:13
 From シャルナーク
 Sub 義妹へ

 やぁエリス、どうやら今期のハンター試験を受けるみたいだね。アリィから聞いたよ。
 どうせ君は何も準備なんかしてないだろうから、優しい優しい義兄様が君にナビゲーターの情報を教えてあげるよ。
 あ、報酬はアリィの寝顔の写真でいいからさ!

 ナビの方には俺から連絡しておくから目印に黒い服を着ていってよ。いつもの服じゃなくてコートとかがいいかも。
 それでナビゲーターの場所は―――、





 ……何というか、そこはかとなくウザイなぁ。

 原作知識のおかげで試験会場と合言葉は分かっているから、別にナビゲーターはいらないんだけど。まぁ場所が変更されてたら試験すら受けられないかもしれないけどさぁ。
 でも、こんなメールが来たからには彼の紹介したナビゲーターの所に行かなくてはならない。

 ナビを通さないで会場まで行ったなんてバレたら、きっとアイツ拗ねるぞ。そういう所は何だか子供っぽいんだよな。



「あー、……荷造りでもするか」


 取りあえずは長旅の仕度をしなくてはならない。おそらく一次試験でマラソンがあるから出来るだけ軽めにしなくてはいけないのが難点だ。

 ちょっとだけ鬱な気分になりながら荷物を選んでいると、部屋にノックの音が響きその直後部屋のドアが開かれた。

 因みに入室の許可を出した記憶はない。

 ……え、ノックの意味なくない? せめて返事くらい待とうよ。



「エル姉様、いる?」


「良かった、まだ出かけてないみたいね兄様」


 双子がそんな事を言いながら部屋に入ってきた。

 この二人が私の部屋にいきなり来るのは毎度の事だが、何だかいつもよりウキウキしている様に見える。

 ……嫌な予感がするなぁ。こういう時の勘は、残念な事によく当たるんだ。


「あのね、エル姉様。さっきマリアさんから言われたのだけれど、聞いてくれる?」


「僕らも今回の試験に参加する事になったんだ、エル姉様と一緒に」



 ………はい?

 え、ちょ、本当に?
 という事は彼らと一緒に試験を受けるという事ですか?

 先生、私は引率の保護者役はやりたくないんですが。だって明らかに面倒な事になるっ……。

 確かにこの子達はいい子だよ? ちょっと特殊なだけで。
 でも一月近く彼らの自由行動を監視しなきゃいけなのはちょっとキツイものがあるっていうか……。正直嫌です。

 そんな私の思いも虚しく、楽しげに笑う双子を見ているとそんな弱音も言えなくなってしまった。
 楽しそうだもんなぁ。久しぶりの遠出だし。――仕方ないか。


 やれやれと肩をすくめて苦笑する。私もなんだかんだ言ってこの子達には甘い。

 自分より下の兄弟がいたらこんな感じだったのかもな……。だが、私が姉を名乗るというならば、この子達にとって良き見本にならないといけない。責任重大だ。

 ……胃薬も持っていこう。






◇ ◇ ◇






 双子には戸籍が無い――流星街の出身らしい――ので出来るだけ早く戸籍に代わる物、そう例えばハンターライセンスのような絶対的な存在が必要だ。

 だから今回の先生の決断は間違っていない。……と思う。



「つまらないわ、エル姉さま。少しくらい遊んだっていいじゃない」


「そうだよエル姉さま。こんなに沢山人が溢れてるんだから一人くらい減ったっていいと思うんだ」


「……面倒なことになるからやめなさい」
 

「私達隠すのは上手よ? ねー、兄様」


「ねー」


 ……そういう問題じゃないんだけどな。やっぱり表に出すのはまだ早かったかもしれない。

 
 試験会場に着く前からこれか……。先が思いやられる。



◇ ◇ ◇




 シャルナークのメールで案内された場所に行くと、黒い髪にターバンを巻き、何処か民族的な旅衣装の様な服を纏った男性がそこに立っていた。


 ……私の記憶が正しければ、もしかするとこの人は、例のあの人かもしれない。どういう事なの。


 私たちが近づいてきていることに気が付いたのか、男性は人好きのしそうな笑顔を浮かべこちらに手を振ってくれた。

 ……やっぱり彼がナビゲーターか。人違いだったらよかったのに。


「おー!! あんた等がシャルの言ってた妹か? いやぁ随分と似てないな」


「…………はぁ」


 いや、どう見てもジンさんです本当にありがとうございました。

 ちょ、シャルナークさん。なんでこんな大物と知り合いなんですか?

 ……そもそもアンタと私はまだ兄妹じゃないだろう。外堀を埋めようとするな。


 ていうか物語の最終局面にしかでて来なさそうなキャラクターが序盤のナビゲーターなんて仕事をやるなよ! イメージが崩れるだろ。常識的にかんがえて。

 ……いや、よく考えてみたら元からこんな感じだったかもしれない。



「俺の名前は……、まぁナビゲーターだから『ナビさん』とでも呼んでくれ」


「ナビさん、ですか」


 捻りがない。20点。座布団没収だ。

 まぁそんな事はどうでもいいんだけど、やっぱり本名は教えてくれないか。俗にいう『好感度が足りない』ってやつかもしれない。いや、教えて貰っても対応に困るけど。


「おじさんがナビゲーター? 僕らと遊んでくれるの?」


 そういって獲物を取り出そうとする双子を即座に押しとどめる。本当に油断も隙もない。

 双子はえー? という顔をしながら私に抗議してきた。えー、じゃない。


「敵は全て薙ぎ倒しなさいって、先生が言ってたもの」


「……それは先生の何時もの冗談だ。この人は協力者だから変な事をするのは止めなさい。――すいません、ご迷惑をおかけします」


 溜息を吐きながら、深々と頭を下げた。こんなことで怒ったりするような器が小さい人間じゃないと思うが、明らかに格上の人間に喧嘩を売るなんて心臓に悪い。



「いーや別に気にしちゃいないさ。子供の言う事だしな」


 カラカラと笑いながらジンさ、いやナビさんはそんな事を言った。


 双子は不満そうにぶーぶー言っていたが、駄々をこねても無駄と悟ったのか次第に大人しくなった。








 道中、マリア先生の話が出たのだが、どうも彼と先生は知り合いらしく先生の話が出ると顔を青ざめさせて「お前ら、あの魔女の弟子か……」などと呟かれた。

 先生、あなた天下のジン=フリークスに一体何をしでかしたんですか……、女は秘密を着かさねて美しくなるってよく言うけど、先生の場合謎しか残らないですよ。


 まぁ途中そんな感じでちょっと空気が重くなったが、その後はたいした問題もなくザバン市の試験会場の前まで着いた。




「ここが試験会場の入り口だ。定食屋の中に入って『ステーキ定食、弱火でじっくり』って言えば会場の中に入れるからよ、ここからはお前達だけで行ってくれ。……わりぃな、俺にも色々事情があるんだ。まぁお前達なら問題なく合格すると思うけど応援してるぜ」


 少し困ったように頭をかきながら、彼はそんな事を言った。


「いえ、そこまで教えて頂ければ結構です。ありがとうございました。……ほら、お前達もお礼を言いなさい」


「「ありがとーございます」」


 二人揃って頭を下げる仕草は流石に双子なだけあって息がぴったりだった。
 ……ホント、こうやっていつも素直でいてくれたらいいのに。


「ははっ、子供はこれくらい元気な方がいいんだよ。じゃ、試験頑張れよ!」


 彼はそう言うと、片手を後ろでにヒラヒラ振りながら去っていった。うーん、嵐みたいな人だったなぁ。





「ジン=フリークス、か」


 皆が言うほど偉大な人物には見えなかったな。何というか陽気なおっさんという形容詞が似合う人物だった。
 私が修行不足で人を見る目がないだけかもしれないけど。


 ま、取りあえず何時までも路上に立ってる訳にはいかない。
 そう思って二人の手を引き、『めしどころゴハン』に入っていった。




 あ、すいません。ステーキ定食を弱火でじっくりでよろしく。








◇ ◇ ◇



 とある商店街の一角に一人の男が立っていた。男の名前はジン=フリークス。電脳ネットでも情報が探れないという、知る人ぞ知るマルチなハンターだ。

 その彼が何故こんな商店街に立っている理由、それは――ハンター試験のナビゲーターをするためだった。


 ジンは手持無沙汰に煙草を弄りながら、何故関わる気もなかったのに今回ナビゲーターとして試験に参加してしまったのかを思い起こしていた。


 思えば二年ほど前に気まぐれで試験のナビゲーターをした事がそもそもの原因だ。一週間ほど前にその時案内した受験生からいきなり「自分の妹達を案内してほしい」と連絡が来たのだ。

 あの時以外にナビゲーターをした事は無かったので一時は断ろうかと思ったのだが、会長のジーサンから「今年はお前の息子が試験を受けるぞ」なんていう事をリークされたので、何となく引き受けてしまった。

 会うつもりはさらさらないが、遠くから姿を見るくらいは許されてもいいんじゃないだろうか。







 既定の刻限に近づいたころ、シャルから連絡があった容姿の人物が道の向こうから歩いてきた。

 ゴスロリの双子に黒いコートの女、うん間違いないな。

 ゴスロリも黒いコートの女も探せば他にも居るが、あんなに悪目立ちしている集団は他にはいない。ていうかあれで無関係とか言うなよな。


 ……あいつからは兄妹だって聞いていたんだが、全然似てねぇな。

 その事を黒髪の女の方(エリスって言ったか?)に言ったら、「彼は兄なんかじゃありません」と無表情で言い切った。思春期には色々あるって言うし、兄に反抗したい年頃なんだろう。俺も昔はそうだったしなぁ。




 そんな事を思っていると、殺気交じりに双子が俺に話しかけてきた。

 が、速攻でエリスに咎められて不貞腐れていた。よくも悪くも正直な子供なんだなこいつらは。餓鬼の頃はいくらヤンチャしてもいいと俺は思うんだが、……俺の基準で測ったら駄目か。カイトにもそれでよくキレられたし。

 こいつ等みたいな危うい均衡を保ってる奴らには理性的な大人ってのを付けておいた方がいい。

 その点でいうとエリスが双子と一緒に居るのは理に適っている。……筈なんだが、なんだこの違和感は。
 見方によってはストッパーというよりも導火線に見える気がする。エリスは何もおかしな行動をとっていないはずなのに、何故だ。


 自分の思考に首をひねりつつも、順調にザバン市に向かった訳なんだがその際の会話の中でこいつ等があの魔女の弟子だという事が判明した。

 ――通称『深淵の魔女』。

 見た目は人当たりのいい婆さんにしか見えないのに、獲物に対しては残虐卑劣、ダブルブッキングしたハンターに対しては容赦なく罠に嵌めるなど、実力は折り紙つきだがそれと同じくらい悪名が轟いている懸賞首ハンターだ。

 一度俺も痛い目にあった。それに全然活動はしないが、ハンター教会の門外顧問、通称『猫』の役割を持っている。
 俺ら十二支んと対等の発言権を持つ存在だ。

 あのパリストンも唯一あのババァだけには強く出れないみたいだしな。……どうりでこの弟子も得体の知れない雰囲気を放っている訳だ。
 あの性格が捻じ曲がったババアと10年以上一緒にいたら、こんな風になってもおかしくはない。


 それにしても、いくら見てもエリスの事が全然掴めない。これでも観察眼は長けている方なんだがなぁ……。

 何ていうか、こう、上手く言えないんだが、……やっぱりよく判らん。

 あーもーなんだよ、こういうの解決しないとホントにもやっとするっていうのに意味が解らない。

 温和な雰囲気を出したかと思えば、次の瞬間には抜き身の刀身みてぇな気配を出しやがる。

 そのくせ口調は丁寧なんだが、表情は一向に《無》から変化しない。
 ……読めねぇにも程があるだろう。


 結局見極めきれないまま試験会場の前に着いたが、万が一ゴンに見つかるといけないので、俺は合言葉だけ伝えてさっさと退散する事にした。

 挨拶もそこそこにその場を去ろうとしたんだが、帰り際に聞き逃せない呟きを俺は聞いてしまった。



「ジン=フリークス、か」



 ――!?

 俺は名前を名乗ってなんかいない、それは確かだ。

 だが奴は確かに『ジン=フリークス』、そう言った。

 ―――――――――どういう事だ?

 道中何らかの念による攻撃を受けた気配は無い。考えられるのは情報屋という線だが、俺がナビゲーターをする事を決めたのはつい数日前だ。

 紹介相手のシャルナークにすら俺の名前は教えていないし、恐らく知らない筈だ。


 ……侮れねぇな。

 俺は自分の口角が上がっていくのが分かった。こんな面白い人材と関わらずにいるのはいささか惜しい。

 思い立ったが吉日とばかりに絶対に連絡しないと心に誓っていた『魔女』の家に電話を掛けた。










◇ ◇ ◇





「よう婆さん、まだ生きてんのか?」


「珍しく連絡してきたと思ったら、のっけから失礼な子ねぇ。好き勝手やりすぎて子供にも会えなくなったお馬鹿さんが、何か私に用でもあるの?」


「……あんたさぁ、もう少しでいいから人を労わる気持ちを持つべきだと俺は思うぜ?」


 俺的には軽いジャブを放ったら、いきなりラリアットを喰らった気分だ。ていうかなんで俺が親権失ったの知ってるんだよ。そこまで有名な情報じゃないぞ。


「ジン、貴方は老人に対する発言を改めるべきよ。次にあんな事を言ったら地の果てまで追いかけて、――潰すわ」


「……あーはいはい」


 ……これだから特質系は冗談が通じないから苦手なんだよ。プライドが高すぎて地雷が多いにも程がある。

 とりあえずこのままでは不毛な会話しか続かないと考えた俺は、さっそく本題に入ることにした。



「あーそれでなんだけど、今日あんたの弟子と会ったぜ。随分と毛色の変わった奴だな」


「エリスの事かしら? ……素敵でしょ、あの子。自慢の弟子なのよ」


「『魔女』のお墨付きとは穏やかじゃねぇ。確かに一筋縄じゃいかなそうだったけどな。……所で本題なんだが、アイツの連絡先を教えて欲しい。いやぁ、俺としたことがうっかり聞き忘れちまってさ」


「ふぅん。別にいいけれど、何故?」


「あんな面白そうな奴、放っておけないだろ?」


 俺は自分が楽しめればそれでいい。それが俺の性ってやつなんだから仕方ないだろ?
――――それに俺はアンタも俺と同類だと思ってるんだがな、婆さん。

「ふふっ。いいわ、連絡先は後でメールしといてあげる。―――貸し、一つよ」


「一体何を要求するつもりなんだかな」


 どんな無理難題を言われるか分かったもんじゃない。この婆さんの傍若無人ぶりは付き合いの短い俺でもよく知っている。


「とにかく、エリスはいずれ私の後継者として『魔女』の名を継いでもらう大事な子なんだから変な事に巻き込まないで頂戴ね。……ま、貴方にそんな事を言っても無駄でしょうけど」


「……変な事なんてしねーよ。そうだな、取りあえず俺が作ったゲームでもプレイしてもらうとするか。あれまだクリアした奴がいねーんだよ。すっげえ最高のエンターテイメントだっていうのに。アイツが婆さんの後を継ぐっていうんなら腕試しにもってこいの場所だぜ?」


「あの子が承諾するのなら、どうぞ好きになさいな」


「そりゃどうも。……じゃ、長生きしろよ婆さん」


「言われるまでもないわ。ジン、貴方もお元気で」



 電話を切った後、一時間経過した頃に婆さんからメールが届いた。微妙な時間差を使ってくるところが実に性格の悪い事だ。
 そのアドレスを確認しつつ、俺はザバン市を後にした。


 ……あー、グリード・アイランドの在庫って一つくらい余ってたよな?










◇ ◇ ◇










 おまけ



 そう、あれはとある日の夜の事だった。


「エル姉様、私達なんだか眠れないの」


「だからとっても暇なんだ。……ねぇ、一緒に遊んで?」


 いつもの如く、返事の確認もなしに双子が部屋の中に入ってきた。


「いや、もう遅いし……」


「えー、つまんないー」


「じゃあそれなら私達も一緒にここで寝てもいい?」


「……その後ろ手に隠してるヤツを、自分の部屋に置いてくるならいいよ」



 こう言えば素直に自分の部屋に帰ると思ったのだが、予想に反して彼等は自分の枕を持って私の部屋に戻ってきた。

 ……可愛い所があるじゃないか。





 まぁ一人用のベットに多少窮屈な思いをしながらも、そのまま川の字になってベッドの中に入ったのだが……。

「ねぇ、エル姉様。僕たち子守唄を聞いてみたいな」


「前にシンク兄様に頼んだのだけれど、無視されたの」


「アリィ姉様に頼もうかと思ったんだけど、今日はもう寝ちゃってるみたい」


「エル姉様、ね、お願い。いいでしょ?」


「えっと……」


 ……どうしよう、歌う事は別に構わないけれど、私の子守唄はきっとこの子達が求めている物じゃないぞ。絶対。



 でも両サイドからキラキラと期待した眼で見られては断るに断れない。




「すごく下手だけど、それでもいい?」


「「うんっ!!」」


 そ、そこまで言うなら仕方ないなぁ、それでは早速、




「♪~~~~、♪~~」







 ―――一曲終わった時には、二人の意識は有りませんでした。


 なんか、うなされてるけど私の所為じゃない、……よね?

 ……あ、すいません私の壊滅的音痴の所為です。責任逃れしようとして本当にごめんなさい。

 ちくしょう、どうせ私は音痴ですよ………。不協和音製造機ですよ……。






 そして朝、目覚めた彼等に「子守唄はもういい」と青い顔で言われた。


 ――――泣きそう。




























後書き

まさかのジンさん登場。
マリアさんは作中最凶なのでは…、と時々思います。





[7934] 十二話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/19 02:28



 エレベーターに乗りながら思う。

 ――ああ、私は本当にハンターハンターの原作軸にいるのだな。


 私は、これからハンター試験の本試験を受ける。


 その事に少しだけドキドキしてしまうのは、ただの緊張の為だろうか?

 それともこの世界の主人公達と出会う事への期待の為であろうか。楽しみって程ではないけどやっぱり昔から好きだった漫画に関わるっていうのはなんだか不思議な気分だ。

 まぁそれ以上に死亡フラグを立てないように気を付けなきゃいけない事が、何よりも気が重いんだけどさ……。気にし過ぎなのかな。


 ミルキの例もあるし、恐らくではあるが私以外の転生者がもしかしたら、今期のハンター試験に参加しているかもしれない。

 その人達とはできれば話をしてみたいけど、私から話しかけるのは何ていうか勇気がいる。私は基本的に受身な人間なのだ。


 それに私は比較的幸せにこの世界で生きてきたけど、彼らはそうじゃないかもしれない。前にも言った通り、私なんかより、もっと辛くて苦しい過去を経験してきているのかもしれないのだ。

 そんな人たちに「私も転生者なんだ! 仲良くしてね!」と言ったところで「ふざけんな馬鹿」と返されるのが関の山だろう。


 ……ていうかこの微妙な浮遊感気持ち悪い。焼肉の匂いがもの凄く胃にくるんですけど。
 双子が私の分のステーキを切り分けてくれたが、とてもじゃないが食べる気になれない。

 ……双子はすっごく楽しそうだな。ピクニックじゃないっつーのに。

いいよなぁ、私もできる事ならそんな風に楽しみたいよ。胃の心配なんてしたくない。


 ちょっとだけグロッキーな気分になりながらエレベーターが最下層に着くのを待つ。








 ……あ、着いたみたい。

 エレベーターの表示にB-100と表示され、電子音と同時に扉が開く。それと同時に、すでに会場に着いていたであろう受験生の何百もの視線が私達に集まる。

 品定めのような視線に少しひるんだが、私も負けじと辺りを見返した。




 彼らと私の視線が交わったかのように思った刹那、―――バッと一瞬の内に目をそらされる。

 よく分からない微妙な空気がその場に流れた。辺りを見渡すも一向に彼の視線が私と交わる事は無い。

 ……まるで打ち合わせをしていたかのように、息の合った行動だ。なにこれ。事前に私に対するネガキャンでもしてたの?


「……何なのさ」


「ふふっ、エル姉さま可哀そう」


「駄目よ、兄様。本当の事言っちゃ」


 双子から何のフォローもされず、止めをさされた。

 さらにクスクス笑われてHPが限りなくゼロに近づいたが、特技のポーカーフェイスで何とか乗り切った。


 いや、別に見ず知らずの人に嫌われるのは慣れてるけどさ……。毎度のことながら意味が分からないよ。本格的にお祓いをしてもらうべきかもしれない。





 陰鬱な気分になりながらも、マメみたいな人からナンバープレートを貰うと(私[220]、ヘンゼル[221]、グレーテル[222])双子を連れて壁際まで歩き、私は鬱モード全開で壁に寄りかかった。


「エル姉様、遊んできてもいい?」


「駄目」


 だってお前たちの遊びって、どう考えてもR-18Gでしょ? 流石に試験冒頭からそんな事付き合ってられない。
 普段なら宥めつつも辺りをまわるくらいは付き合っても良かったけど、今はちょっと面倒だ。


 不満そうな顔をする双子の文句を受け流しつつ、目を閉じる。

 ……あーあ、なんか疲れた。







◇ ◇ ◇










 双子の声をBGMにしながらこれからの事を考える。

 まぁ私もハンター試験を甘くみていた。この際だから、あわよくば友達の一人くらい出来ないかなと思っていたことも認めよう。

 でもこれじゃあ無理だな。女の子の友達とか切実に欲しかったのに。転生者っぽい人物は一人もいないし。期待外れだ。

 そんな事を考えていると、突然声を掛けられた。


「エリス、久しぶり」


目 の前には、人好きのする笑みを浮かべた青年――ミルキが立っていた。何故か服装はスーツ。いや、別にスーツが悪いと言うわけではなく、ただ単に動き難そうだなぁと思った。


「久しぶり。ミルキも試験を受けに?」


 正直言って今回の試験に彼が来ると思っていなかった。彼も私と同じで波乱を好まない性格だと思っていたんだけど、どうしたのだろうか?

 そういった内容の事を彼に聞くと、こんな答えが返ってきた。


「うん。本当は関わらないようにしようかと思ったんだけど、エリスが今年試験を受けるって聞いたからさ。なんか心配で」


 そう言って照れくさそうに笑うと、私の隣に座り込んだ。

 ……今までやさぐれていた分、こういったちょっとした優しさがすごく心に響く。


「……ありがと」


 うん、そうだよね。わざわざ友達作りなんてしなくても、ミルキが居るならそれでいいや。友達万歳。
 そう思うと、憂鬱だった気持ちが少しだけ楽になった気がした。


「青春ね、兄様」


「甘々だね、姉様」


 双子がなんか意味深に笑っていたけど、邪推は止めてほしい。私はともかくミルキが迷惑だろうが。


「そんなんじゃないよ」


 二人をたしなめるように言う。

 だが、何もかもをそういった色恋事に結び付けないでほしい。

 全く勘違いしないでほしい、私と彼は普通に純粋な友人同士なのだ。そりゃ、将来的には親友と呼べるようになれたらいいなとは思ってるけど、それを口に出して言えるほど私の心は強くない。

『そこまではちょっと……』とか言われたら多分私は泣く。

 そもそも自慢じゃないが私は生まれてこのかた(前世も含む)恋人なんか居た事がない。そしてこれからも私を好きになるような、そんな奇特な人物は現れないんだろうな、となんとなく思う。


 あえて言うならば、先輩とはそんな関係に近かったろうが、相手はあの先輩だ。良くて兄妹が関の山だろう。いや、むしろ私の方が世話してたんだけどさ。



 あ、因みにミルキの番号は[302]だった。……えーと、という事はつまりお兄さんと来たんだね?

 どうもさっきから奇妙な視線を感じると思った。……い、いきなり攻撃されたりしないよね? 大丈夫だよね?


 内心冷や汗を流しながら、視線の先にいる針男の事はなかった事にした。リアルで見るとあのビジュアルは怖すぎる。マジで痛そう。






「あ、もう400人を越えたみたい。それにしてもやる事がないと暇だね」



 ミルキはエレベーターがある方に視線を向けながらそう言った。


 確かにただ試験官を待っているだけのこの状況は退屈だ。双子はもう既にやる気なさげに周りを見ている。……仕方ないなぁ。



「……そうだね。――ねぇ、ヘンゼル、グレーテル。試験が始まるまでその辺を見てきてもいいよ。ただし、問題行動は起こさない事。何かあったら、ね? 分かってるよね?」


 私の言葉を素直に聞いてくれるか判らないが、少しくらいの妥協は仕方ないだろう。彼らにだって息抜きは必要だ。まぁ息抜きと言うよりはガス抜きだけど。

 その言葉を聞いた双子は、最後の台詞に少しだけ肩を震わせたが、その様子もすぐに変わり目を輝かせて人ごみの中に手を繋いで駆けて行った。……あ、どうしよう。もう既に不安になってきた。


「大丈夫なの?」


「……いや、どうだろう。面倒な事にならなきゃいいけど」


 二人のポテンシャルは私を遥かに凌ぐ。それに加えて戦闘狂の節があるから、ヒソカみたいなのと関わられると私の手には負えない。そんなのいくら命があっても足りないし。できる事ならそれは遠慮したい所だ。


「いや、そうじゃなくて。……まぁいいか」


 彼はそのあと何かを小さく呟いて、双子が去った方向を優しげに見つめていた。どうしたんだ。




 ―――あ、すっかり忘れてたけど、私の所にはトンパは来なかったな。ここでもハブられるとは……。解せぬ。




◇ ◇ ◇




 ――うーん、エリスと一緒なのは嬉しいけどヒソカと兄さんの殺気鬱陶しいなぁ。

 ミルキはそんな事をぼんやり考えながら、隣にいるエリスを盗み見た。気だるげな様子が可愛らしかった。


 ミルキがあまり乗り気ではなかったハンター試験に参加する事を決めたのは、エリスが今回の試験に出ると聞いたからだ。

まぁ必然的に兄と一緒になることになるが、それくらいは我慢しよう。あ、そういえばキルアも一緒か。別行動だけど。




 今期の試験に彼女は参加する事になっていて、一年ほど前から彼女の家に住み着いた双子の子供も一緒に試験を受ける事になっているそうだ。エリスとずっと一緒とか、マジで羨ましい。

 エリスだけならばなんの問題もないだろうが、一緒に受けるのがあの双子だということに不安がある。




 ―――彼等は俺たちの業界では割と有名な方で、通称はそのままの『双子(ツインズ)』
それなりに優秀な殺し屋だったと思う。まぁゾルディックとは比べちゃいけないだろうけど。



 ただ彼等は『暗殺者』と言うよりは『見せしめ専門の殺し屋』といった方が正しいのかもしれない。

 彼らの手口は実にシンプルで解りやすい。



 ―――正面から乗り込んでいって護衛、対象者、関係の無い一般人、それらを全て虐殺する。誰が誰だか分からない程にグチャグチャに内臓をぶちまけ、満足したら帰って行く。被害者とっては、まるで災害の様な奴だろう。

 隠ぺい工作? なにそれおいしいの? と言った感じだ。

 まさに過剰殺戮(オーバーキル)としか言いようがない。


 しかもそれを楽しんでいるのだから本当に救えない。
 なまじ実力があるから今まで死なずに生きてこられたのだろうけど、殺人中毒者なんて厄介な人種はこの業界では到底長生きできないというのに。

 ――いずれ雇い主からも疎まれて始末される。それがこの世界のルールだ。



 一年前に失踪したと聞いていたんだけど、彼女にあいつ等の事を聞かされた時は流石に肝が冷えた。



 その点から考えると、彼女達に拾われたというのは、双子にとって実に幸運だったのだろう。

 ――――あの場所は良くも悪くも『優しさ』に溢れている。



 あの家の連中は、揃いも揃って警戒心が強いくせにお人よしだ。エリスもその例に漏れない。
 特に彼女は自分が懐に入れた者に対して、疑うという行為をしなくなる。

 これは何年も友人として付き合ってきた俺が言うのだから確かだ。……友人として、ね。

『信じる信じないは、結局最後は自分で決めるしか無いんだよ。それで信じて裏切られたって、そんなの相手を信じてしまった自分の咎でしょう? 私は、責任逃れはしたくない』

 前にそう言っていた事がある。高潔と言ってしまえばそれまでだが、その考えは危うい。



 正直な話、この一年いつ彼女が彼等に寝首をかかれるかと心配だったのだが、彼女と二人のやり取りを見る分には問題ないといってもいいだろう。

 ……油断は禁物だけどね。










 今回の試験は別にナビゲーターなしでも試験会場に来る事が出来たのだが、兄がいる手前そんな方法はとれなかった
 今思えば、事前に調べたとでも言っておけば誤魔化せたかもしれない。


 でも本当は兄が俺に『針』を刺して顔を変える予定だったからスーツなんて普段は着ない服装をしてきたんだけど、最後の最後で拒否した。

 いや、俺が顔を変える方法なんて、他にはメイクとサングラスくらいしかないんだけど。それか覆面。針は無理。

 だって地味に痛そうだし、そんな顔でエリスに会いたくない。

 貸し一つで、このままの顔で試験を受けさせてもらえたけど、後でどんな請求をされるのだろうか……。今から不安だ。








 試験会場に着いてから、彼女はすぐに見つかった。


 エリスは受験生がたくさんいる地下道の中でも簡単に見つける事が出来た。何よりも彼女達の周りに人がいなかった事が大きい。

 そういったところは高校時代と変わらない。彼女は何時だって孤高の存在だったから。




 俺はそれがとても羨ましく、眩しい。 ―――弱い俺には到底出来ないことだったから。





 彼女は声をかけてきた俺を見て少し驚いたようだった。こういった表情は珍しいので心のメモリーに刻んでおく。できれば写真とりたかったなぁ。









◇ ◇ ◇










 試験開始の時間までまだまだ時間がある。

 俺はそうでもないけど、もしかしたらエリスは暇なのかもしれない。俺より先に此処に着いていたわけだし。


 双子なんかはもう《暇です》っていうオーラを隠そうともしていない。そういうところは本当に普通の子供にしか見えない。悪名高い殺し屋だったという事実が嘘のようだ。
 ま、俺の言うべき台詞じゃないけど。




 ……それにしてもさっきからずっと、兄さんとヒソカの視線が鬱陶しい。

 エリスはともかく、双子なんかはその視線に影響されて居心地が悪そうだ。まぁ仕方ないと思う。自分が捕食する側だと認識している人間は、いざ捕獲される側に回ると酷く狼狽えるものだから。




 エリスはそんな彼らの様子を見かねたのか、条件付きで行動を許可した。

 やれやれと言った風にため息を吐きつつも、彼女は絶対にヒソカの方に視線を向けない。どうやら相手にするつもりは一切ないらしい。



「大丈夫なの?」


 ヒソカの粘着質な視線は俺でも気分が良くない。恐らくではあるが彼女はここに来てからずっとこの視線にさらされていたのかと思うと、かえって感心する。


「……いや、どうだろう。面倒な事にならなきゃいいけど」


 ……俺が言いたかったのは双子の事じゃなかったんだけどなぁ。

 彼女の視線は相変わらず双子が去って行った方向を向いている。……きっと口ではそう言っているが、やはり心配なのだろう。

 彼女が優しい事はよく知っている。双子の事を大切に思っている事だってちゃんと判っている。

 ――けどもう少し自分の事を大切にしてもいいのではないだろうか? だってヒソカだよ? ハンター界TOP3には入る変態だよ? 気にした方がいいんじゃないかなぁ?



「いや、そうじゃなくて。……まぁいいか」



 敵わないなぁ、と小さく呟くと俺は双子が去っていった方向を見つめた。

 いいなぁ彼らはエリスに心配して貰えて。いいなぁ。羨ましいなぁ。
 



 ―――でも、エリスが双子の事を守るというのならば、せめて彼女の事は俺が守ろう。

 だってそうじゃなきゃ、彼女は何処か遠くへ行ってしまうような気がする。――それだけは絶対に嫌だ。



 ――強くなりたい。せめて胸をはって彼女の隣にいる事が出来るくらいに。









[7934] 十三話A(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/19 02:42

 ――ふと横を見ると、兎が座っていた。

 いきなり何を言っているのか分からないかもしれないが、私にもさっぱり意味が分からない。

 ショッキングピンクの体躯に、バランスの悪い大きな被り物の頭。だが、それは大型遊園地に居る様な可愛らしいものではなく、場末のデパートの屋上に居そうなチープな着ぐるみだった。
 なんというかア○ゾンで売ってそうな、パジャマみたいな着ぐるみなのだ。頭ばかりが大きくてとてもバランスが悪い。
 手には幾つものカラフルな水風船くらいの大きさの風船を持っている。なんでそんな小さいんだろう……。

 ……しかもそいつは何故だかわからないが、ずっと私を見つめている。というよりも何時から此処にいたのだろうか? 全然気が付かなかった。怖っ。
 
 それにこんな奇怪な格好をした人物が居るのに、誰もこちらを気にしている様子が無い。ミルキも同様だ。

 ――まるで、この空間だけが現実から切り離されてしまったかのように。


「……あの、」


 何か用? と、私がそう言いかけた瞬間、兎はスッと手に持っていた風船を私に差し出した。

 赤い色をした、何の変哲もないただの小さな風船だ。凝で見てみたが、特に変わった様子は見受けられない。

 私は訝しげな眼で、風船と兎を交互に見る。……一体どうしろと言うのか。


「受け取ればいいの?」


 私の言葉に兎は大きなその頭をコクリと下げた。その際に、服と首の間から肌色の地肌が見えた。あ、一応中身は人なんだ。

 ……でもどうしようかなぁ。別に受け取っても構わないけど、兎の意図が分からない。

 そもそも普通に考えてこの空間は異常だ。何にせよ早く状況を打破しなくてはならない事だけは確かだ。

 兎はじぃっと私を見る。……よく見ると顔のデザインもなんか可愛くないなぁ。適度に崩れてて怖い。

 それから暫し膠着状態が続いたが、兎も手を前に突き出したまま一向に引き下がらない。

 ――しょうがないか。

 かなり躊躇ったが恐る恐る風船に手を伸ばす。

 その鮮やかな赤色をした風船は、思いのほか私の手によく馴染んだ。――まるで、此処が定位置とでも言いたげに。

 私が風船を受け取ったのを確認すると、兎はこちらに手を伸ばし、その風船の紐を私の手首に巻きつけた。

 兎は一度満足そうに頷いたかと思うと、興味を失ったかのようにゆったりとしたスピードで立ち上がり、私に背を向けて歩き出した。そして兎は人ごみに紛れ、消えるように去って行ってしまった。


「……なんだ、あれ」








「え?どうかしたの?――――あれ、エリス。その風船どうしたの。さっきは持ってなかったよね?」


「いや、兎が」


「兎? ――――そんなの何処にもいないじゃないか」


 私の上でふわふわ浮いている風船を不思議そうに見つめながらミルキはそう言った。

 やっぱり念だったのかな。こうして手元に風船がある以上白昼夢なんてオチは無いだろうし。

 先程の兎とのやり取りをミルキに話すと、少し険しい顔をして風船を睨んだ。


「それ、捨てたら? 危ないよ」


「いや、――――大丈夫だと思う」


 自分でも危機感が足りないとは思うが、何となくこれは問題ないと直感が告げている。少なくとも悪意は感じないし、何より――何故か懐かしい気持ちにさせられる。

 遠い日の憧憬の様な、耐えようのない郷愁の様な、なんとも言えない感覚。手離しがたい魅力がこれにはあった。


「――きっと、大丈夫」


 そう言い聞かせるように、呟く。

 ミルキはいまいち納得していない様だったが、そこはまぁ素直に謝っておく。全部私の我儘なわけだし。
 心配してもらえるというのは、とてもありがたい事なのだ。感謝しなくちゃいけない。

 それからミルキと雑談しつつ過ごしていたのだが、不意に劈くような男の悲鳴が聞こえた。嫌な予感しかしない。

 予想はしたくないけど多分双子が原因だと思う。……此処に来るまでにかなり鬱憤が溜まってたみたいだからなぁ。堪え性がないあの子達には酷だったのかもしれない。


 仕方のない事なのかもしれないけど、いずれはそれも改善していかなきゃいけない。そもそも拾ってきたのはシンクなのに実際は一番私が世話係になってないか?

 家に帰ったら一度本格的に話し合いをした方がいいかもしれない。主に私の精神衛生のために。


 右手で胃の辺りを抑えていると、人ごみの中から満面の笑みを浮かべた双子が私に向かって走ってきた。



 彼らはスピードを落とさず、そのまま私の胴に抱き着いてきる。――仄かに鉄の匂いがした。

 念のため受身の体勢はとったが、お腹にきた強い衝撃で一瞬息が詰まる。しかも的確に体の中心を狙って肘や頭を当ててくるのは恐らく、いや確実にわざとだろう。


「あー! 風船いいなー。私も欲しい」


「エリス姉さまだけずるいー」


 ………………こいつらは、本当にもう、仕方がない奴らだ。

 私は無言で手前に居たグレーテルの頬を片手で引っ張った。
 あうあうと何か言っているようだが私には生憎聞こえない。あはは、子供のほっぺはよく伸びるなー。

 そんな状態を三分ほど無表情で続けてみたのだが、ヘンゼルの方が半泣きで止めてきたので、渋々であるが手を放してやった。
 ……別に怒っている訳ではない。ただのスキンシップだ。


「……楽しかった?」


 何をしてきたのかは、あえて問わない。そんなのわかりきっている事だから。



「んー、つまんなかった。声も良くないし、脂が多かったから斬りにくかったし」


「別に他の人でも良かったのだけれど、皆誰も彼も筋肉質で似たようなものだったわ。それにあのおじ様、エル姉様の事嫌な目で見ていたから」

 ねー、と二人で顔を合わせて言う。仕草がいちいちあざとい。

 ……でもこれは怒るに怒りづらい。


 それにしても、『ツマラナイ』か。いい傾向なのか、悪い傾向なのか。少なくともその『おじ様』にはご愁傷様としか言えない。

 本当に、馬鹿な子達だ。

 この世界には狂気なんかより、もっとたくさん綺麗で美しくて優しいもので溢れてる。
 今はまだ無理だろうけど、いつか気が付いてくれるといい。それまでは根気よく付き合うさ。――だって、家族だからね。

 両の手で双子の頭を撫でてみる。見た目通りさらさらして気持ちがいい。


「つまらないなら、他の事をしてみたら? ――楽しい事って、他にもたくさんあると思うけど」


 私のその言葉に、双子は少しキョトンといった顔をして、首をかしげた。


「たとえば?」


 ……それは考えて無かったなぁ。よくよく考えてみると私って基本無趣味だし、ヒッキーだし、コミュ障だし三重苦だ。どう考えてもリア充には程遠い。


「……読書、とか?」


 私が何とかしてひねり出した答えは双子にはお気に召さなかったらしい。そりゃそうだ。

 その後、「エル姉様はもう少し外に出た方がいいわよね」「僕もそう思う」とこそこそ聞こえるように内緒話をしていた二人に微かに殺意が芽生えた。放っておいてよ、もう。

 それにしても楽しい事ねぇ、ああ言った手前何か無い物かと思考を巡らせる。

 そして、ふと手の中の風船を見て閃いた。


「遊園地、」


「え?」


 そうだ、遊園地に行こう。正直私も今まで前世も含めて一回しか行ったことが無いけど、それなりに楽しかったような記憶がある。

 あの時一緒に行った先輩は元気にやっているだろうか。あの人も例にもれず特殊な性格をしていたからなぁ。

 部活で同じように部員から遠巻きにされてたから、必然的にいつも一緒にいたんだよね。大学も一緒の所だったし。先輩、受験失敗してたから、大学は同学年だったし。

 捻くれ者で、嘘つきで、変態という所を除けば後輩想いでいい先輩だったんだけれど。
 因みに友人たちはこのことを話すと、お前頭大丈夫? とでも言いたげな視線をよこしてきた。

 いや、確かに先輩はどうしようもない人だけど、いい所もたくさんあるんだよ。それを言葉にしろって言われると上手くは言えないけどさ。だからストックホルム症候群とか言うな。私は別に何もされてない。はず。


 少し飛んでいた思考を現実に戻す。


「試験が終わったら、少し遠出して遊園地にでも行こう。きっと、楽しいと思う」


 私の言葉に、双子がきゃいきゃいとはしゃぎ出す。


「遊園地って、あの高いところから落下する乗り物があるところかしら?」


「ちがうよ姉様。着ぐるみを追いかけて鬼ごっこをするところだよ」


「へ、ヘンゼルちょっと待て! それはちょっと違う!」


 双子の物騒な言葉に今まで傍観していたミルキが思わずといった風に口を出す。……うん、ミルキが居るとやっぱり楽だなぁ。ツッコミの手間が省ける。





 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ―――――




 ミルキが双子に遊園地とは何かを力説している最中、それを遮るかのように大きなベルの音が鳴り響いた。



 ――どうやら最初の関門の始まりらしい。










◇ ◇ ◇















「―――承知しました。第一次試験、408名全員参加ですね」




 因みに一次試験の試験官はサトツ、くるりとした髭がキュートなおじ様だ。私のストライクゾーンには入っていないけど。

 サトツさんは頭上からぐるりと受験生を見渡すと、さっと踵を返して通路の方に歩き始めた。

 これから地獄の長距離マラソンが始まるかと思うと気が滅入る。

 走るのは、あまり好きではない。逃げるのはもっと嫌いだけど。

 ……黙々と走っていると嫌でも思い出すんだよなぁ。アリアのお友達との鬼ごっこ。


「エリス? 顔色悪いよ?」


 ミルキが心配そうな表情で私の顔を覗き込む。


「ん、平気」


 さぁ、頑張ろうか。






 試験が始まって三時間もすると、殆どフルマラソンと同じくらいの速度で走る事になっていた。いや、フルマラソン自体はしたことはないのだけれど。あくまでも比喩だ。



 でも幼い頃から不本意ながらも、デッドorアライブの追いかけっこを繰り返してきたんだ。脚力だけならここにいる受験生にだって負けるつもりはない。――例外は除くけど。

 だがしかし、隣りで平然とした顔をして走っている双子とミルキを見ると何だか少し虚しくなる。
 ……いや、そりゃ元の体のつくりからして違うだろうけど、やっぱり格差は感じてしまう。

 ――追いつきたい、というのは少し違うのかもしれない。

 人には適性があるし、出来ない事があったって何もおかしくは無い。
 
 ただ、――ただ私は見捨てられるのが嫌なだけだ。私が無能な事を理由に見限られるのは絶対に嫌だ。
 だからこそ日々の修行だって真面目に頑張っている。置いていかれないように。

……別に卑屈だと笑ってくれて構わない。私は、今の居場所を失いたくないのだ。ただ、それだけなんだ。








◇ ◇ ◇












 それなりの余裕を持って地下道の出口に到達した私達であったが、湿原前のニセ試験官イベントで定例の問題が起こった。





「―――そいつはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にする気だぞ!!」





 ふぇ、くしゅっ。 ……砂埃が鼻に入った。まだムズムズする。

 失礼ながらもサトツさんって本当にあのサルと似てるなぁと、まじまじ彼の事を見ていたのだが、急にくしゃみが出て前かがみの様な姿勢になってしまった。

 一応シリアスっぽいシーンでくしゃみをするのはちょっと恥ずかしい。自意識過剰かもしれないが皆に見られているような気がする。顔を上げたくない。




 体勢を直すとドシャリという音が斜め後ろからし、振り向いてみると喉と顔にトランプが刺さった男の人が倒れていた。


 ……え、何なの一体。



 普通に考えればトランプ=ヒソカ、だよね。

 斜め後ろの男の人はヒソカの琴線に触るような事をしてしまったのだろうか、とにかくご愁傷様である。





 どうやら私が後ろの男に気を取られている内に、ニセ試験官騒動は終わってしまったようだ。

 ……別にいいんだけどね。
 なんかサトツさんがこっち見てるような気がするけど、多分自意識過剰なだけだ。気のせい気のせい。









◇ ◇ ◇




 何故か双子にキラキラした目で見られつつ、《詐欺師の塒》でのマラソンが始まった。


 流石は湿原。ぬかるみに足が取られて走りにくい。……この靴、わりと気に入っていたのに泥だらけだ。先生が誕生日に買ってくれたんだけどなぁ……、ちゃんと落ちるといいけど。




 陰鬱な気分になりつつも、何とか先頭集団について走っていく。

 うっかり後ろにでもいってみろ、即座にヒソカの試験官ごっこに巻き込まれるに決まっている。それだけはゴメンだ。



 そんな事を考えている時、恐らくゴン達であろう人達の緊張感の無い声が湿原に響いた。
 ――前に行った方がいいってさぁ、私も同感だよ。




「ねえ、後ろに遊びにいっちゃダメ? すっごく楽しい事が起こりそうな気がするんだ。 ね、姉様?」


「そうね、兄様。殺戮と流血の気配だわ。――あぁなんて素敵なのかしら」


「……喧嘩を売る相手は考えろといつも言ってるはずだけど? 何度言ったら解かるの、お前達は」




 絶対ヒソカが暴れる事を分かって言ってるよね、こいつ等。

 ヒソカと遊ぶつもりなのか受験生で遊ぶつもりなのかは解からないが、どちらにせよ今回は遠慮してもらいたい。

 悲しい事に私じゃ最悪の事態に対処しきれる自信が無い。私の初見殺しの能力を持ってしても、よっぽど好条件が続かなきゃ勝てないってあんなチートキャラ。


「エリスもそう言ってるんだから今回は諦めたら? 心配しなくても明日には思いっきり遊べると思うしね」




 そんな私を見かねたのか、ミルキが加勢をしてくれた。


 明日……、明日ってタワー攻略だよなぁ……。双子の手綱を握っておきたいのは山々だが、一緒に行動というのは厳しいものがある。
 一緒の場所に落ちるのは難しいだろうし。あそこって多分その特性上、円(エン)は使えないとおもうから。


「とにかく今はやめときなって。 ……ちょ、そんなに不満そうな顔しないでよ」


「ミルキのくせに生意気ぃー」


「生意気だー。謝れー」


「なんでお前ら俺に対してそんな辛辣なの? 俺何かした?」


 ――絶対納得してないな、あの様子だと。


 そんな風にミルキと双子が戯れている様子を横から見ていると、不意にミルキがこちらを向いた。


「そう言えばさぁ、その風船何時まで持ってるの? 特に念はかかってなさそうだけど、いい加減邪魔じゃない?」


 手首に結ばれた紐に繋がる風船を怪訝そうに見つめながら、ミルキが問いかける。

 そう、兎から貰った風船はまだ私の手の中にあった。……何というか手放すタイミングを見失ってしまった。珍しく双子もあれ以上強請ってこなかったし、わざわざ割ってしまうのもなんだか忍びない。



「……やっぱり邪魔かな」


「エリスが構わないならいいんだけどさ。 ――一応気を付けておいてよ」


「うん。……なんか、心配かけてごめん」


「いいよ。 大丈夫ならそれでいいんだ」



 そういうと、ミルキは微笑んだ。

 優しい、笑みだった。



 ――何故かチクリと胸が痛んだ気がした。



◇ ◇ ◇











 という訳で二次試験会場、奇怪な音を奏でるプレハブっぽい建物の前に到着した。



 何だかもの凄く疲れた。

いや、肉体的にではなく主に精神の方がダメージが大きい。今からこんな事ではこの先の試験を乗り切れないかもしれない……。いや、流石にそれは言い過ぎだけど。





 無言で俯いていると、そんな私の顔を覗き込んでと大丈夫かとミルキが聞いてきた。



 もう何て言うかミルキはホントいい人だ。私みたいのと友達でいてくれるし、色々気遣ってくれる。


 ――時々それがどうしようもなく、怖くなる。

 私は本当に彼の事を『友達』と呼んでもいいのだろうか? 前世の記憶という些細な繋がりだけで一緒に居てくれるだけなのではないのか? 同情されているだけなんじゃないか?




 そんな私の葛藤を打ち消すかの様にプレハブの扉が開いた。どうやらもう正午になったらしい。















 中には細身の女性と巨漢の男が居た。まぁ概ね原作通りと言っておけば問題ないと思う。


 それにしても生で見るとメンチさんってかなりいいプロポーションしてるよなぁ、特に胸。

 思わず自分の胸を見てしまう。うん。平らとまでは言わないけど、とってもささやかだ。

 ……悲しいけどこれが現実なんだよね。

 何を食べたらあんなに大きくなるのだろうか。もしかして美食ハンターになれば巨乳も夢じゃないかもしれない。選択肢の一つに入れておこうか。いや、嘘だけど。

 試験管の事をじろじろ見つつも、二次試験前半の課題が発表されるのを待った。

 なんだか試験管が居心地が悪そうにしていたが、別に私の所為ではないと思うので特に気にしないことにする。
 ハンターなんていう職業をしているのだから人に見られる事もなれている筈だ。

 それに私みたいな三流に見られたところで、シングルハンターの彼女は歯牙にもかけるはずがないだろう。きっとヒソカが原因だな。











◇ ◇ ◇








「豚の丸焼き、か」




 調味料なんか全然使ってないけど、それでもいいのだろうか?

 それともグレイトスタンプという豚は、そういった味付け抜きでも食せるくらいに美味なのかもしれない。全然食べる気はしないけど。






 下らない事を考えつつも双子が仕留めてきた豚を焼く。一応中まで火が通っていた方がいいだろうけど、確認めんどくさいなぁ。



 因みにミルキとは別行動中だ。

 曰く、「ちょっと弟の所へ行ってくる」らしい。やっぱり兄弟だから心配なんだろうね、きっと。








 特に問題もなく豚が焼きあがり、双子と供に出来上がったそれを試験官の下へ持っていった。どうでもいいが、ゴスロリに豚はミスマッチ過ぎると思う。油臭い匂いがつかないといいけど。










「―――豚の丸焼き料理審査、76名が通過!!」







 メンチが銅鑼をならし、試験前半の終了を宣言した。



 ……積まれた骨の方が、食べた人の体積より大きい。

 話には聞いていたが実際に見てみると薄気味悪い。腹の中にブラックホールでも作る念でも持っているのかな?




「んー、思っていたよりも残ったわね。――二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!」





 大量の合格者が出た事が不満なのか、どこかイライラしつつも試験後半の課題を宣言した。

 人を評価する側の人間が私情で動いてはいけないと思う。試験管たる者、自分が与える影響という物を考えなくてはいけない。

 でもこれハンター試験だからなぁ……、際物の人間しか試験管になれないのかもしれない。







 それにしても、スシ。……寿司かぁ。


 先生がジャポン料理を結構好きだからよく作るんだけど、流石にそういった職人技が必要な料理は基本的に作らない。やはりそういう物は専門家に作ってもらった方がいいに決まっている。

 ……誰も受からなければどうせ追試験になるだろうし、適当にスシっぽい物でも作るとするか。





「取りあえず、川に行って来よう」



 でも川魚って生で食べると危険なんだよなぁ、病原菌とかいっぱい持ってるし。寄生虫とか見ちゃうと食欲失せるよね。

 ……まぁ、私が食べるわけじゃないし別にいいか。




「川? 水遊びでもするの?」



「エル姉様、僕らも一緒に行っていい?」



 元からそのつもりだったし、むしろ放って行く方が不安である。




「俺も行っていいかな?」


 背後からいきなり声を掛けられて、少しビクつく。け、気配を消して近づくのは止めようよ。心臓に悪い。

 私は特にミルキが一緒に居ることに異論はない。双子に対するストッパーが増えるのはいい事だし。








 そんな感じで、私達は他の受験生で混み合う前に魚を取ることに成功した。

 いや、本当は受験生が来る前に戻ることも出来たんだけれどちょっと水遊びをしていた所為で時間をくってしまった。でも双子が楽しそうだったからよしとするか。

 水場に行くついでに泥だらけの靴を洗ってみたが少しだけシミが残ってしまった。……へこむ。






 コートの不快感な重さに少し辟易しながら試験会場に戻ると、試験官以外居ないと思っていた会場に一人の少女が居た。


 その女の子はスシを作ろうとしている様子もなく、恐らく自身で作ったであろうおにぎりを、黙々と食べている。



 ……なんというチャレンジャー。試験官が睨んでいるのも全然気にしていないみたいだ。




 外見は外ハネの肩くらいまでの黒髪と黒ぶち眼鏡、おまけに逆十字のペンダント。

 ……あれ? 何だか見覚えがあるような気がしなくもない。



 うーん。と私が考え込んでいるとミルキが、あ、と声をあげた。
 



「言い忘れてたけど、あれって多分シズクだよね。さっきキルアの所に行った時に見つけたんだけど、すっかり忘れてた」



 ごめん、と彼はすまなそうに言った。



 え、ちょ、そんな重大な事を忘れないでよ! 心の準備期間が欲しかったよ!

 ていうかなんで幻影旅団がハンター試験受けてんの? 必要なの?





 驚きつつもシズクの事を凝視していると彼女が振り返り、私と目が合った。


 数秒間の間何ともいえない沈黙がその場を支配したが、彼女の方から会釈された。

 ……あ、どうも。





 私もつられて頭を下げると、シズクは元の位置に向き直って食事を再開しはじめた。

 ……うーん、不思議な娘だ。

 ミルキとシャルナークを見たときに思ったけど、紙面上と実際に三次元になった彼らは印象がかなり違う。今まで気づかなかったのも無理もない、と思う。

 そもそも此処が私がリアルタイムで見ていたH×Hと同一の世界とは限らない。似ているだけのパラレルワールドという可能性だって捨てきれないのだ。ミルキや私の存在がいい例だろう。


 だから原作でハンター試験を受けていない人物が試験を受けていてもおかしくはない、筈。でも、



 ――嫌な予感がするなぁ。








◇ ◇ ◇











 うん。結果から言えば二次試験には受かった。

 いや、スシの方ではなく崖のダイブの方だけれど。


 ゆで卵はかなり美味しかったです。半分双子に取られたけど。




 一応スシの審査は食べてもらえる所までいった。がしかし、


「ネタが不味い、やり直し!」


 …だってさ。
 味見もしなかったし、当然かもしれない。





 双子とかミルキも一応は持っていったみたいだけど、にぎりが硬いとかネタが生ぬるいとかでダメでした。まぁ残念だけど仕方ないよね。





 その後ネテロ会長が来て試験のやり直しが行われたけど特に特筆する事は起きなかった。しいて何か言うとすれば時折シズクと目が合うこと位だ。


 やめて、ほんとに。フラグの匂いがするから。全然旅団との関わりなんて望んでないからほんとに。





◇ ◇ ◇










 三次試験会場に向かう為の飛行船に乗り込み、軽い食事を取ってからミルキと別れた。

 よく考えてみると飛行船に乗るのは初めての事かもしれない。いや、だからどうって訳でもないけれど。別に高いところがちょっと怖いとか思ってない。思ってないよ?




「エル姉様、少しこの中を探検してきてもいいかしら?」



「ねえ、駄目かな?」



 正直ダメだと言いたかったが、何だかもう疲れて眠かったので許可してしまった。
付いて行こうかとは思ったが、もう一緒に船の中を周る気力すら無い。ぶちゃけ怠い。

 流石に試験失格になるような事はしないと思うし、あとは私の良心の問題だろう。被害者(仮)さんごめんね。安らかに眠れ。

 そう自分を納得させ、双子を見送った私は女性用として用意された別室に向かった。



 男性陣のタコ部屋とでは対応に大きな差があるので、ちょっとミルキに悪い気がする。因みに双子は特例として私と同じ部屋で過す事を許可してもらっている。

 こんなところでも先生の名前が使えるとは思ってなかった。先生やっぱ凄い。持つべきものは権力のある師匠だな。



 私が今向かっている部屋は4人部屋で、あと一人同室になるそうだ。


 内心どんな人が同室になるかヒヤヒヤしていたが、部屋について中に居る同室者を確認した瞬間、私はここから逃げ出したい衝動に駆られた。





 ――――よりにもよってシズクさん(仮)と同室ですか。





 そんな事を考えていると、座って本を読んでいた彼女が入り口に立ち尽くしていた私を視界に捉えた。


 どうも、という彼女に私は引きつった笑みで宜しくと返した。





 別にシズクの事が嫌いだとかそんな事ではない。むしろ可愛い女の子は大好きだ。

 ただ彼女が念能力者で幻影旅団のメンバーであるという事が問題なのだ。
 残念なイケメンと化しているシャルナークは例外として、幻影旅団は私には危険すぎる。

 こうやって原作軸の試験に参加する事すら本当は不本意なのに、これ以上命の危機になりそうな行動は起こしたくない。私は、強くなんかないのだ。






「――――貴女が、シャルの言ってた『エリス』?」





「……………………」



 ……おっと、思考が少しフリーズしてしまったようだ。



 唐突に切り出された言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要してしまった。



 ていうか事の元凶はやっぱり奴か、奴なのか!?

 そもそもアイツ彼女に何を言ったんだよ。また義妹だとか阿呆な事じゃあるまいな。





「シャルナークの知り合いですか?」




 あくまでも『私は貴女の事を知りませんよ』というスタンスをとる。彼女の真意が判らない以上下手な事は言えない。


 発言から察するに敵意といったものは無さそうだから命の心配はしなくてもよさそうだけど、これからの言動しだいで死亡フラグが立ちかねない。幻影旅団マジで怖い。




「うん。やっぱり貴女がエリスだったんだ、話に聞いてた通りだね」


「話って、一体何の――、」


 そう言ってシズクは納得したように頷くと、おもむろに携帯電話を取り出して電話を掛け始めた。

 あ、無視ですか。そうですか。


「あ、シャル?―――うん、見つけた。そうだね、私も賛成かな。面白そうだし。―――え、分かった、今代わるね」




 はい、とシズクに携帯を押し付けられて私は嫌々ながらも電話に出た。正直嫌な予感しかしない。




『もしもし、エリス? 試験は順調なみたいだね、安心したよ』



「それはどうも。……で、どういうつもりですか」



 携帯から聞こえてきた事の元凶の声に、若干苛立ちを表しながら返答を返した。

 寧ろコイツに対して敬語の類は不必要かとも思ったが、一応は年上なのでそこの所は節度をもって接している。



『どういうつもりも何も無いよ。ただ仕事の関係であと一人くらいライセンス保持者が必要になってさ、シズクに受けに行ってもらってるだけだし。今の面子だと他に適任者がいないしね。……あれ、シズクから聞かされてないの?』



「何も。……それに私が聞きたいのはそういう事ではなく、何故彼女が私の事を知っているかについてです。――返答によっては出入り禁止にしますよ」



 私が目立つのを嫌っている事を知っている癖に、人の事を言いふらすとは何事だ。しまいには温厚な私だって怒るぞ。



『えー、それは困るなぁ。シズクが試験を受ける事になったから、ついでに教えておいただけだよ。下手に戦闘になったら困るでしょ? でも気に触ったなら謝るよ、ゴメン。

 あ、それとシズクの事なんだけど何かあったら宜しく頼むよ。ほら、彼女って天然だからうっかり試験に落ちないか心配なんだよねー』



「嫌です。だって彼女の方が私よりも強いじゃないですか、本末転倒ですよ」



 それに只でさえ双子という不穏因子の面倒をみなければいけないのに、これ以上の厄介事はゴメンだ。


『あはは、よく言うね。謙遜もほどほどにしておかないと嫌味に聞こえるよ?』



「何の事だか理解しかねます」



 謙遜ってなんだ謙遜って、私は事実しか言ってないぞ。



『ま、別にいいけどね。俺これからアリィといちゃいちゃするのに忙しいからもう切るよ。じゃ、試験がんばってね』



「は、ちょっと、待っ――――」


 話の途中で電話を切られた、ていうかアリアといちゃいちゃするってどういう事だ? もしかして今家に居るのか、アイツは。


 試験が終わったら絶対殴る、と心に誓いつつも携帯をシズクに返した。



 彼女は携帯を受け取ると、何故か自分の右手を私の前に差し出してくる。ん? 通話料でも払えばいいのかな? ……いや、そんなわけないか。

 常識的に考えれば、これは握手の要求である。


「これから、よろしくね」



「あ、はい。……こちらこそ」



 此処でよろしくなんてしたくないです、と言えたならばどんなに良かった事だろうか。

 だがしかし、悲しい事に私にそんな台詞を吐ける勇気はどこを探しても見つからなかった。




 ……これも全部シャルナークの所為だ。










 その後簡単な自己紹介や携帯のアドレスの交換などをして過した。

 ……どうやら彼女は不思議系ではあるが、私が思っていたよりもずっと常識人だったようだ。少なくともヒソカとは比べ物にならないだろう。




 暫くして双子が飛行船の散策から帰ってきて、その場はお開きになった。


 振り分けられた寝室に向かうシズクを見て、何事も無く済んで本当に良かったと思う。


 何か嫌なフラグが立ったような気がするが気のせいだろう。……気のせいだと思いたい。






 その後、一緒に寝ると言い出した双子を有無を言わせず別の部屋に入れて自分の部屋に向かった。

 私だって偶には一人で眠りたい。それに彼らと一緒に寝るとなんというか、その、うん……。ノーコメントで。




 部屋の中に入ってコートを脱いで楽な格好になると、少し肩の力が抜けるような気がした。


 ……最後の最後でこんなドッキリイベントがあるとは思っていなかったなぁ、と思いつつふかふかのベッドに身を投げた。






 ―――どうか明日は平穏に過せますように。






 どうせ叶わない願いだと思ったが、願う事だけは自由だと思う。



 そんな事を思いながら、私は迫り来る睡魔に身を任せた。




















 おまけ 

 ~飛行船での試験官達の会話~




「今年は中々のツブぞろいだと思うのよねー、結構いいオーラだしてた奴もいたし。
サトツさんはどう思う?」


「ふむ、そうですね…。新人がいいですね、今年は」


「あ、やっぱり?私は294番がいいと思うのよね、ハゲだけど。あとムカつくけど406番なんかもいいわね、既に念を覚えてるみたいだったし」


「(あの子、スシを作らないでずっとおにぎり食べてたしね)」


「私は断然99番ですな、彼はいい。ブハラさんはどう思われますか?」


「うーん、新人じゃないけどやっぱり44番かな。
メンチも気づいてたと思うけど、一度全員落とした時に一番殺気を放ってたのってあの44番なんだよね」


「勿論知ってたわよ。でもあいつ最初からそうだったわよ、あたし等が姿見せた時からずっと」


「ホントに?」


「私にもそうでしたよ。彼は要注意人物です。
たまに現れるんですよねぇ、ああいう異端児が。我々がブレーキをかけるところで躊躇いもなくアクセルを踏み込めるような…。
そういった意味では221番と222番の双子も同じように言えるでしょうね」


「あぁ、あのそっくりな双子ね。顔だけ見てれば天使みたいなのに、なんであんな風になっちゃったんだろうねぇ」


「知らないわよそんなの。ただ、間違いなく裏の住人でしょうね」


「……今まで誰も触れませんでしたが220番の事はどう思います? 私は正直なところ、ヒソカとは違った狂気を彼女から感じるような気がしてならないのです」


「……あぁ220番ね、よく覚えてるわ。彼女、私達が姿を現した時にずっとこっちを観察してたの。今思い出してもぞっとする、その時のアイツの目、人に対してする目じゃなかったわ。ちっ、胸糞悪い」


「試験官っていう立場じゃなきゃ絶対に関わりたくないよね。ヒソカみたいなタイプは居ない事も無いけど、220番は何ていうか『見ちゃいけないモノ』を見ている気分になるんだよね……」


「幽霊、みたいな?」


「うーん。あえて言うなら、邪神?」


「……もうやめましょう、これ以上はゴハンが不味くなるわ」


「……そうですね」








































[7934] 十三話B(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e2c396d1
Date: 2014/11/19 02:47


 俺の名前はトンパ、ハンター受験歴35回の大ベテランだ。

 合格できる機会なんてはっきりいって何回もあったが、俺はハンターライセンスよりも自分の生きがいを優先させた。まぁ、趣味に生きる人生ってやつだな。



 地位や名誉を切り捨ててまで優先させた俺の生きがい。――その名も《新人つぶし》。


 ハンター試験の本試験出場という狭き門をくぐり抜け、夢と希望に溢れた新人達が己の無力さに絶望し、崩れ去っていく様は最高だ。

 性格が悪い? ははっ、褒め言葉だよ。

 奴らのような才能ある新人達が、俺みたいなオッサンにいいように嵌められる様を想像すると笑いが込み上げてくる。






 ―――今年の新人達にも精々楽しませてもらうとするか。




 だがここの所、妙な新人が多い気がする。

 前々回は桃色の髪をしたゴスロリの女、コイツは俺が話しかけた途端に隣にいた狼を俺にけしかけやがった。

 その時に負った怪我の所為で、あの時の試験は二次までしか進めなかった。しかも報復しようにも、そいつはその試験の時にライセンスを取得してしまったので、俺にはもう手も足も出せない。復讐も出来ず、泣き寝入りするしかなかった。




 前回はその時に溜まったフラストレーションを解消しようかと思ったんだが、去年の新人も癖のあるヤツが多かった。

 中でも見るからにヤバかったのはヒソカだ。試験官を半殺しにするなんて狂ってるとしか言いようがない。それに上手く言えないがアイツはそれを除いても、近づきたくないナニカがあった。

 しかもうすうす予想していた通り、コイツは今回も試験に参加している。

 ……そりゃそうだよな。普通落ちたら次の試験にも参加するよなぁ。……極力関わらねぇようにするか。


 そう言えば去年はもう一人変な奴が居たな、確か名前はシンクとかいったか?
ヒソカの奴に相当絡まれてたみたいだが、それで五体満足でいたんだから相当な実力者だと言える。

 俺も話しかけてはみたんだが、全て無視された。ちっ、最近の若い奴は礼儀ってものがなってねぇよな。


 とある伝手から聞いた話しによると、最終試験で部外者に妨害されてたみたいだが、なんの問題もなく合格したらしい。……けっ、つまらねぇな。






 まぁそんなこんなで今年こそはと、はりきって下剤入りジュースを用意したわけなんだが未だに一人しか引っ掛からない、99番のみだ。

 その99番ですら平気な顔をしていやがる。――くくっ、どうせやせ我慢だろ。すぐにトイレに駆け込むに決まっているさ。












 受験生が200人を超えた頃、またエレベーターが地下に降りてきた。



 ―――騙されやすい新人がいるといいんだがな。




 そう思い他の受験生と同様にエレベーターの扉を見ていたんだが…、俺は直ぐにその事を後悔した。






 開いた扉の先に居たのは喪服みたいな服を着たそっくりな男女の双子と、黒いコートの女。


 その異様な出で立ちから、ひと目で新人だとわかり声を掛ける算段を考えたが、黒コートの女がぐるりと辺りを見渡したとき――奴と目が合った。








 ―――まるで出会いがしらに、こめかみにショットガンを突き付けられたような気分になった。





 俺は反射的に目を逸らしたが、暫くの間寒気が止まらなかった。

 周りの連中の様子をそれとなく伺うと、どいつもこいつも青い顔をしていやがった。きっと俺も似たような顔をしている事だろう。





 ―――新人つぶしは俺の生きがいだ。だが関わってはいけない連中も確かに存在する。




 俺は長年の勘からそういった危険人物を見分ける事が出来る。ヒソカがいい例だ。

 だがあの女とヒソカでは、種別が全然違う。ヒソカはまだわかりやすく狂人の枠に入れられるが、あの女はそうじゃない。

 まるで這いよる混沌の様な、薄暗い存在。あんな人間がこの世に居ていいのかと俺は心底恐ろしくなった。


 そんな得体のしれない女とのんきに手を繋いでいる双子のガキにだって関わりたくない。あんな女と一緒に居るくらいだ、そうとう頭の螺子が抜けているに違いない。







 勿論、下剤ジュースは渡しに行かなかった。自分の命より大切なものはねぇからな。




 暫くして落ち着いた俺は気を取り直して次の新人が降りてくるのを待つが、なかなかいい獲物が見つからない。




 301番の男なんかは見るからに危ない。顔中針だらけにするなんてどういう神経をしてるんだ?


 そいつと一緒に降りてきた302番は、スーツを着た優男風の男だったが下に着くなりさっきの220番の女の方に向かって歩き出した。
 
 殺されるんじゃないかと思い見ていたのだが、女の反応から見るにどうやら知り合いらしい。……今回の試験もどうやら荒れそうだな。




 地下道に居る受験者の数が400人を超えた頃、新たに4人の新人が降りてきた。






 ―――まずはこいつ等を嵌めてやるか。

 
 俺はそんな事を考えながら、新たにエレベーターから降りてきた4人の受験生――見覚えが無いので恐らく新人だろう――に近づいた。

 思えばこの時の俺は事が思うように進まない事にあせっていたのかもしれない、その4人の新人に話しけているときに迫った危機に気づく事が出来なかったのだから―――。



 12歳くらいの少年と20代程の男、そして10代後半の女顔の男?と同じくらいの歳の眼鏡を掛けた女だ。



 どうやら女は彼等と知り合いというわけでは無いらしく、エレベーターが着いた途端他のところへ行ってしまった。


 どちらに声を掛けるべきか少し迷ったが、この3人組みの方が騙されやすそうに見えたので、俺は彼等に近づいた。

 今にして思えば、それが俺にとっての最後の分岐点だったのかもしれない。





◇ ◇ ◇







 俺はそれとなく親切なベテランを装い、彼等に話し掛けた。

 掴みは良好、相手は俺の話を聞く体勢に入っている。後は話の持って行き方次第で下剤入りジュースを飲ませるのも夢じゃないだろう。

 そう心の中でほくそえみながら、話を続ける。


「―――あぁ、44番ヒソカはヤバイ。
あいつは去年試験官のほかに20以上の受験生を再起不能にしている、……極力近寄らねぇほうがいいぜ。

 ……それと、ヒソカよりも要注意なのは220番の女だ。そう、あの黒いコートの女だ。
アイツは完全に裏社会の人間だな、下手に関わると殺されるぞ。命が惜しければ近づかない方がいい。あれならまだ野生の獣の方がずっと可愛いもんさ。

それとあの女のそばに居る双子のガキにも注意した方がいい。今は居ないみたいだがゴスロリの目立つ奴らだから直ぐに分かる。
あんな危ない奴と一緒にいるくらいだ、一筋縄ではいかないだろうな。念のため気をつけたほうがいいぜ。

―――おっと、そうだ。
お近づきの印に飲み物なんてどうだ?
お互いの健闘を祈ってカンパイだ」


 その後、ガキが口にジュースを運んだ所まではよかったのだが、「古くなっている」と異物が入っている事を見破られてしまった。

 ……あの下剤は無味無臭の筈なのにな。どんな舌をもっているんだか。




 上っ面だけの謝罪もそこそこに俺はその場を去った、疑われているのに此処に長居する理由は無い。



 ……何で今期の新人は異常な奴らばかりなんだ? もっと蹴落としがいのある奴はいねぇのかよ。

 例年ならばこの時点で一人か二人は俺の友好的な態度に騙され、試験前からリタイアする様を嘲笑っている頃だと言うのに、いまだ収穫ゼロとはなんたる様だ。


 ――――どうやら今年の新人は侮れねえ奴ばかりだな。


 やれやれと溜息を吐きながら、残る新人、406番の女を探す事にした俺は辺りを見渡した。

 その時、





「兄様、あのおじ様なんてどうかしら?」



「ああいいね、姉様。――斬りがいがありそうで、さ」




 背後から聞き覚えのない子供のような声が聞こえてきた。俺が聞いた事の無い声、つまりは新人の筈だ。

 だが今回の試験の新人に子供はさっきのガキと99番と例の双子くらいしか居ない、つまり俺の後ろにいる奴らは……。



「ねぇねぇおじ様。今お暇かしら?」



「そうだよおじさん、一緒にお話ししよう?」


 歌うように軽やかに、俺の背後に幼い声が響く。その声色は穏やかであったが、――薄ら寒い物しか感じない。

 ……違う。俺じゃない。俺に話しかけているだなんてそんな事あるわけがないっ!!
ガタガタと体が震えだす。220番を見た時とは違う、これは――死への恐怖だ。

 そんな俺の焦燥を無視するかのように、奴らはじわじわと距離を詰めてくる。


「聞こえてるんでしょう? 無視はいけないと思うわぁ」


 クスクスという笑い声を背に俺は走り出した。



 ――――なんだ、何なんだあいつらは!?


「あれ?鬼ごっこでもするつもりなのかな、どう思う?」


「そうね。―――少し遊んでもらいましょうか」


「わぁ、それは素晴しいね、姉様。僕らが鬼みたいだから、捕まえたらどうしようか?」


 少年は少女を下から覗きこむかのように問いかける。その後ろ手に握られている凶器に、周りの受験生は傍観を決め込んだ。

 それもそうだろう。トンパを命がけで助けようなんて人間は、ここにはいない。


「でも、あまり血の匂いをさせて帰るとエル姉様が怒るから、程ほどにしなきゃいけないわね」


 少女がにこやかに死の宣告を告げる。







 ――――他の受験生を押しのけて走り続ける。 だが、背後の気配は何時までたっても消える気がしない。



 何故だろうか、俺はいつだって自分の安全を第一に考えて行動してきた筈だ。

 こんな予想外の命の危機に陥るなんて考えても見なかった。ただそこに居たからとでも言うような下らない理由で何故俺が殺されなければならないのか。


 だが、いくら走っても背後の笑い声が消える事は無い。



 焦りが俺を支配する。


 極度の緊張でもつれた足につまずき、俺は無様にもその場に転がった。



 クスクスと俺を追いかけていた時と変わらぬ笑みを浮かべながら、双子が凶器を持って俺に近づいてくる。






「あ、あぁ、止め、ゆ、許してくれ!!」





 襲い掛かる恐怖につぶされた俺は立ち上がり逃げる事ができず、後ろに這いずることくらいしかできない。


 だが、それすらもたかが数歩の距離で直ぐに縮められてしまう。







「お や す み な さ い」






 そう言って振り下ろされたのは、鈍色にきらめく小振りの斧だった。





 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ痛い痛い痛い死にたくない痛い嫌だ嫌だ嫌だどうして嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ怖い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌恐ろしいだ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だなんで俺がこんな目に嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない嫌だ嫌だ嫌だどうして嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い怖いどうして嫌だ嫌だ嫌だ痛い痛い痛い体から大量の血が、嫌だ嫌だ嫌だ痛い痛い痛い怖いだんだん寒くなって恐ろしい嫌だ嫌だ嫌だ痛い痛い痛いああああぁあぁぁぁぁっぁああぁぁあぁぁぁあぁ    あ ぁ






 壮絶な痛みとともに、俺の意識は遠のいていった。



 薄れゆく意識の中で、もう二度と目覚める事は無いな、と何となく思った。











 動かなくなったナニカを背に、少年と少女は仲良く歩き出した。

 クスクスと笑いながら歩く彼等はさながら天使のようであり、先ほどの惨劇を目撃していなければ、きっと微笑ましいものに見えたことだろう。


 だが彼らは天使の皮を被った悪魔なのだ。


 ――さわらぬ神に祟りなし。


 多くの受験生はそう心に刻み込んだ。









[7934] 十三話C(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/19 03:06



 ――――あぁぁ……、


 辺りをぼんやり見ていたミルキの耳に、遠く離れた人ごみから耳慣れた音が聞こえてきた。

 あー、悲鳴ですね。わかります。


「派手にやってるなぁ」


 双子は今日も相変わらず悪い方向に絶好調らしい。エリスの気苦労が思い知れる。……出来る限りフォローはしておこう。好感度アップの為にも。

 でもあれいいのかなぁ。いまさら意味がないだろうけど、これ以上悪目立ちするのはよろしくないんじゃないだろうか。


「…………。」





 そう思った俺はエリスの様子をそれとなく伺ったが、特に気にした様子もなさそうだったので、さっきの悲鳴は聞かなかった事にした。





 その後双子が戻ってきた時、微かな血の匂いをさせていたので俺の予想通り彼らが犯人だろう。

 ていうかエリスに抱きつくなんて羨ましすぎる。俺なんか手を握った事くらいしかないのにっ!


 その後、遊園地に対して間違った知識しか持っていない双子達に、正しい遊園地の楽しみ方を力説していると、劈く様なベルの音が聞こえてきた。……まだ説明したりないんだけど。










 少しして一時試験が始まり、サトツ試験官によるマラソンが幕を開けた。

 湿原に着くまでは特筆すべき事は何も無かったので省略させてもらう。








 ―――湿原でのイベントと言えば、あのニセ試験官の登場だろうな。

 階段を上りきり試験官に湿原の説明を受けていた俺はそんな事を考えていた。



 ヒソカの視線の矛先がいまだにエリスに向かっている事が気に掛かったが、これだけあからさまな殺気を向けられているんだ、エリスだってきっと気づいているだろう。






 その後、俺の予想通りニセ試験官が登場し、大きな声でデタラメを叫び始めた。



「―――そいつはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にする気だぞ!!」



 ニセ試験管のその言葉が終わった瞬間、ヒソカが動いた。



 流れる様な動作でトランプが投擲される。

 サトツに4枚、ニセ者に3枚、―――そしてエリスに向かって2枚の凶刃が迫った。






 ただ、エリスに向かって投擲されたカードは試験官達に向けられたものとは違い、どう見ても念で強化された、陰で気配を解かり難くした物だった。


 その時エリスはヒソカの方を向いておらず、試験官の方を見ていた。

 俺の位置からはそうでもないが、彼女のあの体勢だとヒソカからの攻撃はどうしても死角になってしまう。


 でも俺は動かない。そんな必要はないとすら思っている。

 ―――あんな小手調べ程度の悪意で、エリスが傷を負う訳がないだろ。


 それは確信にも似た、信頼だ。

 確かにエリスは身体能力で言えば俺にも劣るかもしれない。でも、エリスには他の追随を許さない何かがある。上手くは言えないけど。

 トランプが頭に突き刺さろうとする、その刹那。

 彼女はあまりにも自然な動作で頭を下げ、最小限の動きで攻撃を回避した。




 確かに彼女はヒソカの事を警戒していただろうが、円を使っている様子もなかったのに流石である。






 彼女は運悪くヒソカの凶弾の餌食になった背後の男を、どうでもよさそうな表情で見つめると、再度試験官に向き直った。

 その間一度もヒソカに対して視線を向けていない、まるで『お前如きを相手にするつもりは無い』といった感じの堂々とした態度だった。



 その一部始終を見ていた連中は、彼女の事を畏怖が混じった目で見つめている。



 そりゃあのヒソカに対して此処まで無関心を貫ける人物なんて他には居ないだろうね。

 俺だってあんな事されたら何らかのアクションを取るだろうし。多分、兄貴も文句の一つくらいは言う事だろう






 ―――うん、やっぱりエリスは凄いなぁ。












 そして、騒ぎが終わった後、マラソンの第2ラウンドに突入した。



 その際に、双子が後ろの集団に混じって遊びたいと彼女にごねていたが、どうせ明日の試験でたくさん遊べるからと説得した。

 地味に脛を蹴ってくるのはやめて欲しい。お前ら無駄に力強いんだからさぁ……。


 今の殺気だったヒソカと相対するのは彼等にとって危険だろう。ただでさえさっきのエリスの態度の所為で邪悪さが増しているのに。

 まぁまだ若いから殺されるような事はないと思うんだけどね、一応念の為だ。









◇ ◇ ◇











 二次試験会場のプレハブに着いて暫くすると、レオリオらしき男を抱えたヒソカが広場に現れた。


 どうやらある程度のフラストレーションは治まったらしく、割と穏やかな表情をしている。
 ……いや、気色悪い雰囲気は変わらないんだけどね。近づきたくない。マジで。




 ヒソカは相変わらずエリスのじろじろと舐めるように見てくるし、さっきから兄貴も俺達の事を観察している。

 俺達の周りにいる連中なんかは不穏な気配を察してどこか別の場所に移ってるし、若干エリスの方も居心地が悪そうな表情をしている。




 取りあえず気休めではあるが、彼女に「大丈夫だよ」と言っておいた。


 何が、と返されるかなとも思ったが、予想に反してエリスは静かに俺に微笑んで見せた。

 心配は要らないよとでも言いたげに。

 が、その代わりに俺の心臓は軽くノックアウト寸前であったのは言わなくてもいいだろう。エリスの笑顔マジプライスレス。






 そうこうしている間に、二次試験後半の課題が始まった。

 彼等ならばこの課題は問題ないと思い、俺は弟の所へ行くと言い残し彼等の元を後にした。





 だが俺が向かったのはキルアがいる場所とは全く別の方向。そう、イルミが居る場所だった。






◇ ◇ ◇








「あれ、ミルキ。何かあった?」



「うん。ちょっと兄貴に話があってさ」




 此処に来る途中で獲った豚を火の側に置き、兄の隣りに腰掛けた。


 ただ顔中針だらけで目が死んでいる今の彼を兄と呼ぶのには、なんだか少し抵抗があった。だって気持ち悪いし。




「それで、何の用があったの?」


「……単刀直入に言うけどさぁ、あんまり彼女に殺気向けるの止めて欲しいんだ。彼女も迷惑してるし」


「暗殺者に友達は必要ないよ、ミルキ」


「兄貴だってヒソカがいるだろ? それなのに俺に友人を作るなって言うのは矛盾してる。それに一応じいちゃんからの許可は貰ってるよ」


 まぁ、ヒソカのような友人ならば死んでもお断りだけどね、俺は。


 ただエリスと離れるような事になるのならば、俺は迷いなく家を出る。

 これは俺の中では既に決定事項となっている、愛の力とはすべからく偉大なのだ。




「なんでよりによってあんなのを選ぶの? もっと別の奴なら俺だって妥協したのに」


「……その言葉そっくりそのまま兄貴に返すよ。とにかく、エリスに手出ししないでよね、俺の友達なんだから」


「気が向いたらね」


 ……快く承諾するつもりは無いって事か。よく分かったよ馬鹿兄貴。





 その後、兄貴と別れて、焼けた豚を持って試験管の元へ向かった。





 何人かはもう既に課題を提出しており、その中にキルアも居た。主人公組みも一緒だ。

 ……あれ、あの奥にいる眼鏡の女の子って、もしかしてシズクじゃないか? うーん、そっくりさんかなぁ?



 何となく気には掛かったが、取りあえずはキルアに接触する事にした。


 つつがなく豚の丸焼きを提出して試験前半の合格をもらい、俺は談笑している彼等に声を掛けた。







「やぁ、キル。元気そうだね」



 そう言いながらキルアの肩に手を置くと、すぐさま手を振り解かれて警戒心むき出しの顔で見られた。

 え、ちょっと酷いんじゃないかな、その態度は。

 キルアは俺の姿を認識すると、安堵の溜息を漏らしてその場に座り込んだ。




「なんだミルキの方かよ……。兄貴かと思ってすっげえ焦ったじゃん」



 そんな事を言って恨みがましそうに俺の事を見てきたが、俺には何一つ非はない。
八つ当たりもいい所だ。

 てういか俺も兄貴なんだけど。なんで俺は呼び捨てなんだろうか。


「でも俺が試験に来てるの知ってただろう? そんなに驚くことないと思うけどな。ちょくちょくこっちを見てたんだから、話しかけてくれればよかったのに」


「ふざけんなよ、あんなヤバ気な連中と一緒に居るような奴に気安く話しかけられるかっつーの。冗談はそのスーツだけにしよろな」



 じと目でそんな事を言われた。スーツは関係ないだろ。スーツは。確かに場の空気にあってないけども。


 確かにエリス達は特殊な雰囲気はあるが、そこまで言われる程ではないと思う。

 ていうか一応俺たちだって暗殺者だぞ?十分ヤバイ連中に分類されるんじゃないか?




「キルア、その人ってキルアのお兄さんなの?」



 さっきまでキルアと話していたつんつん頭の少年が会話に入ってきた。
恐らく彼がゴン、この世界の主人公だろう。



「あぁ、うん。俺の二番目の兄貴のミルキ。コイツにあんまり話しかけない方がいいぜ、機械オタクが移るから」



「え、そうなの?」



 キルアは驚かされた復讐のつもりなのか、ニヤニヤした顔をしてそんな嘘をついた。

 どうせスルーされるだけだろうと高をくくっていたのだが、何故かゴン(仮)に不思議なものを見る目で見られた。


 いや、移らねぇよ。そもそも俺は機械オタクと呼ばれる程機械が好きなわけじゃない。ちょっと人より電子機器の扱いが得意なだけだ。



「ゴン、嘘に決まっているだろう。人の趣味や嗜好は感染したりはしない」


「いや、お前の回答も少しずれてると思うぞ」


 クラピカとレオリオらしき人物も会話に入ってきた。レオリオ、その通りだ。もっと言ってやれ。


 ていうか俺が機械オタクという事は彼等の中で決定事項なのか?
 あれ、これなんてイジメ?


「俺は別に機械オタクじゃない。……おい、なんでキルアはそんな『冗談だろ?』って顔で俺を見るんだ。そんな嘘をつく筈ないだろ。お前じゃあるまいし」


 ほんとコイツ俺のことを馬鹿にしてるよな、原作の豚君扱いよりは全然マシなんだろうけど。


 そんなやり取りをしていると、他の3人に笑われた。……何故だ。


「いや、すまない。随分と中が良い兄弟だと思ってな。気を悪くしたなら謝ろう」

 
 くすくすと笑いながらもクラピカに謝罪をされた。


 いや、いいんだけどね、別に。

 どーせ俺の家族内の立場はいじられ役なんだ……、いつか下克上してやる。


 ちょっといじけていると、そんな俺を見かねたのかゴン君が俺に話しかけてくれた。



「えーと、お兄さんはミルキさんだったよね。俺はキルアの友達のゴンって言います! よろしく!」


 ゴンはキルアと違って素直でいいなぁ、家の弟達は彼の事を見習うべきだと思う。
 

「うん、ゴン君だね。コイツ俺のいう事全然聞かない捻くれた奴だけど、根は悪い奴じゃないんだ。弟の事よろしく頼むよ」


「ちょ、いい加減な事言ってんじゃねーよ馬鹿兄貴! てめえの方が嘘吐きじゃねーか!」


 少し顔を赤くしたキルアが文句を言ってきたが俺は笑って誤魔化した。

 ふふん、さっきの仕返しだ、精々恥ずかしい思いをすればいいのさ!



「で、そっちの二人はなんて言うのかな。一応聞いてもいい?」


 とうの昔に彼等の名前なんて知っているが、礼儀として聞いておく。

 これから『弟』が深く関わる事になる人物達だ、親しくなっておいて損はないだろう。



「私はクラピカだ。それで隣りの年齢詐称の男はレオリオという」


「おい、誰が年齢詐称だ誰が」


「お前以外の誰がいるというんだ?」


「ちょっとやめなよ二人とも。ミルキさん困ってるよ」


「あ、うん、大丈夫。クラピカさんとレオリオだね、俺は知ってると思うけどミルキです、宜しく」


 この学生っぽいノリは嫌いじゃないな、昔を思い出すしね。


 とにかく悪い奴らじゃなさそうで本当に良かったよ、『兄』としても安心した。











 そろそろ戻ろうかと思いその旨をキルアに伝えると、何とも言えないような微妙な表情をされ、溜息を吐かれた。



「それにしてもさぁ、ミルキも付き合う人間は選んだ方がいいと思うぜ? ひょっとしたらヒソカよりも危険なんじゃないの?」


「……人の友人を悪く言うのは止めてほしいな。それに彼女は危険なんかじゃないっつーの」


 優しくて格好よくて強くてまるで最高の人間じゃないか。ヤバそうだなんて酷い言い草だ、失礼にも程がある。



「あっそ、兄貴に何を言われても知らねーからな」


「じいちゃん公認だから平気だよ」


「え、マジ? 信じらんねぇ」


 軽口を叩きながらの会話は、俺の静かな怒りを和らげてくれた。

 彼女の事を知らないくせに悪く言うだなんて許せない。できれば冗談でもやめてもらいたいものだ。



「あ、もう直ぐ後半の試験が始まるみたいだから俺もう行くよ。じゃ、試験がんばれよ」


「言われなくてもそうするっつーの。……そっちこそ落ちるなよ」



 キルアの憎まれ口を背に俺はエリスの元へ向かった、何と言われようとも俺は彼女の側に居たいのだ。











◇ ◇ ◇








 黒髪の少女――シズクは静かに回想する。



 少女がハンター試験に参加した理由は、次の仕事の為だ。

 ライセンス保持者が後一人ほど必要らしく、シャルに試験を受けるように頼まれた。


 話を聞くとヒソカも試験を受けるみたいだったんだけど、ヒソカでは試験を放棄する可能性があるし、次の仕事に真面目に参加する事すら危うい。

 ちょっと面倒だから嫌だったんだけど、旅団の活動の為なら少しくらいは我慢できる。



 そういえば今回の試験にシャルの知り合いも参加するそうだ、確か名前は……エリス? だっけ? そんな名だったような気がしなくもない。
 


 彼が言うには、

「俺はさ、もしこれから先旅団に欠員が出たら彼女を団員に推薦しようと思ってるんだ。本人は全然乗り気じゃないみたいだけどね。
でもアイツって案外旅団向けの性格してると思うよ。割とドライな方だし。団長なんかは絶対気に入ると思うよ。もちろん、シズクもね」


 その後に「やっぱり今の職業を認めてもらう為には、外堀から埋めていった方がいいと思うんだよねー」と言っていたような言わなかったような……、どうだったっけ?



 うん、まぁとにかくそんな会話があった。








 そのエリスを試験で見つけたのは二次試験の後半の時だった。

『スシ』なんて料理が全然解からなかった私は、早々にこの試験を放棄した。
 旅団の皆には悪いと思ったけど無理なものは仕方ないだろう。


 何となく小腹が空いたなぁと思った私は、用意されていたご飯を使っておにぎりを作って食べた。お米を丸めた物は、おにぎりというらしい。名称はノブナガが教えてくれた。前におにぎりに砂糖をかけていたら、なぜか怒られたけど。


 試験官の目線が何となく不快だったが別に気にする程でもないだろう、どうせ今回限りの付き合いだろうし。









 黙々とおにぎりを口に運んでいると、プレハブの入り口から変な気配を感じて振り返った。




 ……あ、もしかしてこの人かな?



 振り返った先にはシャルに聞いていた通りの人物がそこに立っていた。


 黒髪黒眼に黒いコート、そして銀髪の双子と一緒に居る私と同じくらいの女の子、多分間違いないだろう。





 彼女の事をじっと見ていたら、目が合った。






 ―――まるで海の底のように静かな瞳だなぁ。




 以前私が入団する前に獲った《緋の眼》も相当美しいものだと聞いたが、彼女の黒い瞳も決して負けてはいないだろう。


 暫く無言で見つめあっていたのだが、流石にいつまでも観察しているわけにはいかないと思い、軽く会釈をして机に向き直った。

 ちゃんとお辞儀を返してくれるあたり、案外真面目な人なのかもしれない。






 ―――彼女の入団なら私は歓迎するんだけどな。



 どうせならヒソカが居なくなればいいのに、と思いながら私は食事を再開させた。
 にぎり加減を間違えたのかあんまり美味しくない、ちょっと残念だ。






 その後なんだかイザコザがあったみたいだけど、結局は試験のやり直しという事で決着がついた。

 でもクモワシの卵を獲るのは比較的簡単で助かったなぁ、追試験にも落ちたなんて言ったらちょっと怒られてしまう。





 あ、この卵おいしい。後でまた獲りに来ようかな。





◇ ◇ ◇









 次の試験会場に向かう為の飛行船の女性用に振り分けられた部屋で本を読んでいると、控えめなノックの音が静かな部屋に響いた。

 開かれた扉の前に居たのは、偶然にもエリスだった。




 ―――わぁ、ビックリした。



 そのままどうも、と私が頭を下げると彼女はほんの少し顔に笑みを浮かべ宜しく、と返してくれた。もしかしてシャルから何か聞いているのだろうか?





「―――貴女が、シャルの言ってた『エリス』?」




 取りあえず、一応確認のために聞いてみることにした、まぁもしこれで別人だったとしても別に私は困らないけど。



「シャルナークの、知り合いですか?」



 そう言って彼女は真っ直ぐに私を見つめる。

 うん、シャルの事を知っているという事は彼女がエリスで間違いないだろう。



「うん。やっぱり貴女がエリスだったんだ、話に聞いてた通りだね」



 
 そう確認するように口に出して、私は携帯電話を取り出した。

 勿論シャルに連絡を入れる為だ、エリスと接触したら電話をかけるように言われてたし、別に今でもいいか。



 あまり埋まっていないアドレスの中から目的の人物を探して呼び出し音をならす。


 多分この時間帯ならば普通に電話に出てくれると思う、そう考えていると3回程のコールでシャルが電話に出た。



「あ、シャル?」



『シズク?もしかしてエリスの事見つけたのかな』



「うん、見つけた」



『どうだった、アイツ。もしも気に入ったならシズクも推薦してくれないかな?』



「そうだね、私も賛成かな。面白そうだし」



『うん、ありがとう。……あ、もしかしてそこに彼女居たりするかな?よかったら代わってくれない?』



「え、分かった、今代わるね」







 その後シャルと一悶着あったみたいだったけど、大した事ではないだろう。
そこまで不機嫌そうじゃないし。





 それから適当に会話をして、私は自分に振り分けられた部屋に向かった。


 久しぶりに有意義な時間を過せたと思う、こんな風に思うのは旅団の仕事のとき以外では始めてかもしれない。もしかしたら私が忘れているだけかもしれないけど。






 ―――試験、受けて良かったかも。



 寝る前に、何となくそう思った。






[7934] 番外7
Name: 樹◆990b7aca ID:e2c396d1
Date: 2014/11/19 03:12

 番外7 電話後のシャルナーク



 エリスとの通話を強制終了させ、リビングに居るアリアの所へ向かう。


 シンクは今日出かけていて居ないそうなので、この家に居るのはアリアと俺とマリアさんだけだ。

 ……別にアリアの事をどうこうしようとかは思っていないぞ、ただのモチベーションの問題だ。




 リビングではアリアとマリアさんが、俺がお土産として買ってきたケーキを食べながら談笑していた。


「電話、終わったですか?」


 戻ってきた俺を見た彼女は椅子から降りて俺の方へ話しかけてきた、頬に付いたクリームが可愛らしい。

 付いてるよ、とクリームを手で拭いながら彼女の隣りにさりげなく座る。


 普段はエリスとシンクが邪魔をしてくるからこんな些細なスキンシップすら出来やしない、そもそも過保護過ぎるんだよあいつ等は。



「あ、そういえばエリスの事だけど順調に試験を進めてるみたい。まぁ特に心配するような事はないと思うけどね」



「それはそうでしょう。彼女は私の自慢の弟子なんだから当然の事です。双子も、まぁ平気でしょう」



 優雅な仕草で紅茶を飲みながら、マリアさんが言った。


 彼女は齢80を越える老婆でありながら、彼女のオーラはまるで現役の如き厳かさを保っている。

 流石はハンターとしての現役時代に『深淵の魔女』という通り名で活躍していただけはあるな。






 その彼女が『自慢の弟子』と謳う『エリス=バラッド』、アリアとシンクと共にこの孤児院で育った少女。

 彼女との出会いは、2年前まで遡る事になる。



◇ ◇ ◇






 エリスと初めて会ったとき、俺は確かな恐れを感じた。


 俺は今まで色々な奴と仕事で敵対してきたけれど、彼女のような人間に出会ったことは一度も無かった。



 ―――あまりにも闇に沈んだ瞳をしていた。


 団長の目もそれに近いものがあるけど、彼のそれとは質が違う。

 そして彼女の表情からは警戒心も殺意も怒りも悲しみも喜びも、いや、ありとあらゆる『感情』を読み取ることが出来なかった。


 その瞳は確かに俺を映している筈なのに、俺の事なんか見ていやしなかった。

 見ていたとしてもアイツは俺の事など路傍の石程度の存在としか思っていなかったことだろう。



 ……その瞳が『俺』を映すようになったのは何時の事だったろうか、確か4度目の訪問の時だったと思う。









 アリアに会う為ならば多少の恐怖は妥協する。だって彼女は俺の天使だし。


 そんな想いから俺はあの日、手土産に買った色々な種類の花束を持ってアリアが住む家へと向かった。


 インターホンを鳴らし彼女が出てくるのを待っていたのだが、残念な事に扉を開けたのはシンクだった。



「げ、アンタまた来たの? いい加減にしてくれない?」



「別にお前に会いに来てるわけじゃないんだからいいだろ。……アリィいる?」


 毎回会うたびに嫌味を言われるのにはもう慣れた、コイツはアリアにもそんな感じだから特に気にしなくてもいいと思う。



「今はちょっと出かけてる。……後一時間くらいで帰ってくるから中で待ってれば?
―――勘違いするなよ、僕はお前がアリアに付きまとう事を許したわけじゃないんだからな」



「(ツンデレだ、紛う事なきツンデレだ)」



 なんだかんだいってシンクはお人好しである。

 やっぱり『アリアの友人』という立場が幸いしているのだろう、俺としても追い返されない事には感謝しなくもない。



 その言葉を聞いて、俺は間取りを覚えてしまったこの家のリビングに向ったのだが、背後の彼の不穏な言葉を漏らすのを聞いてしまった。







「そういえばエリスがリビングに居たけど……、まぁいいや」







◇ ◇ ◇







「……こんにちは」



「あ、あはは、お邪魔してます」



 エリスはそう一言俺に声をかけると、いつもの無表情で本に向き直った。

 ……ホント、不気味な奴。



 ソファーに花束を置いて彼女から離れた場所に腰掛ける、ていうか出来る限り近くに行きたくない。

 うっかりこの場で殺し合いなんかが始まってしまったら俺がアリアに嫌われてしまう、それだけは避けたいところだ。



 だが、もしもの時に備えて操作用の針は手元に隠し持つ事にしよう、油断は大敵だ。






「……それ、アリアに?」


 暫くの間本を捲る音だけが部屋に聞こえていたが、そういきなり彼女に話しかけられて、少なからず俺は驚いた。

 今までエリスから話を振られた事など一度も無かったからだ。




 俺が彼女の方を向くと、彼女はじっと花束の方を見ていた。



「あ、うん。アリアに似合うかなって思ってさ」



「……そうですか」



 そう言って彼女は微笑ましい物でも見たかのように微笑んだ。





 ―――こいつ、ちゃんと笑えるんだ。



 今まで感情の読み取れない人形みたいな表情をしていたのに、アリアの話題になっただけでここまで表情が変化するなんて思っても見なかった。





 驚きのあまり口を開けないでいると、彼女が不意に真剣な顔をして俺に質問をしてきた。



「貴方は、絶対に裏切らないと誓えますか?」



「……何をかな?」



「貴方の『天使』を、ですよ」



「何かと思えばそんな事? 俺がアリィを裏切るなんて世界が滅んだとしてもある訳が無いよ」



「本当に?」



 再度確認をしてくる彼女の視線はあまりにも真っ直ぐで、俺は軽口を叩く余裕すらなくなっていた。



「誓うよ、彼女だけは裏切らない」



「……それならいいんです。私、お茶を入れてきますね、もう直ぐアリアも帰ってくると思うので。……ああそれと、」



 椅子から立ち上がったエリスはそこで言葉を止め、俺の事を見据えた。









「ソレ、無駄ですから。次からは止めた方がいいですよ」





 針を隠し持っていた方の手を見ながら彼女はそう言った。


 ……ばれてたのか、まさか気づくとは思ってもみなかった。
 少し、彼女の事を甘く見すぎていたのかもしれない。




「……考えておくよ」


「そうした方が賢明ですね」



 そう言い残すとエリスは隣りの台所へ歩いていった。

 第一印象よりも少しは話やすい人物かと思ったのだが、それでもまだ侮れない。





 ―――だが俺がアリアを裏切らない限り、きっと彼女が敵になる事は無い。



 エリスという人間はひどくアリアに甘いのだ、言動や表情からもそれは読み取る事が出来る。


 ただ俺がアリアを傷つけたならば、彼女は容赦なく俺と敵対する事だろう。


 なんて恐ろしい義妹だろうか、煩い小舅もいることだし、この恋は障害物が多すぎる。




「ホント、前途多難だよなぁ」



 そう言って苦笑いしながら頭を抱える。




 ―――それでも、諦めるつもりは無いけどね。



 玄関からリビングに向ってくる小さな足音に、俺は笑顔を向けた。



◇ ◇ ◇


 裏側








 またシャルナークがアリアを訪ねてこの家にやってきたようだ。なんだか気が重くなる……。


 一応彼がリビングに来たときに挨拶はしたのだが、なぜか引きつった笑みで挨拶を返される。……何故だ。



 それからは会話などなく、本のページを捲る音だけが部屋に響いた。

 毎回会うたびに私との間で起こる微妙な沈黙を何とかしたいと思い、彼の持ってきた花束について質問する事にした。



「あ、うん。アリィに似合うかなって思ってさ」



「……そうですか」


 確かにアリアには綺麗な花が良く似合う、だがしかし彼女は香りがキツイ花は苦手なのだ。
 あははは、受け取り拒否されてしまうがいいさ!


 ニヤニヤするのを抑えきれずそのままの表情で花束を見つめる。不審に思われたとしても別に構わなかった。


 なんだか和やかな雰囲気がその場にながれたので、私はその場のノリで気になっていた事をシャルナークに聞くことにした。


 彼がこの家に来る目的がもしアリアでないとするならば、何なのだろうか?


 もしそうならば先生のコレクションなどが上げられるが、その所為でアリアが利用されるならば、チキンな私だって黙っていない。

《家族》を失うくらいなら死んだ方がましだ。



「貴方は、絶対に裏切らないと誓えますか?」



「……何をかな?」



「貴方の『天使』を、ですよ」




 彼が以前アリアの事を『天使』と言っていたとシンクに聞かされた。


 もしもこれが演技ならば、彼の態度に若干のブレが生じる事だろう。

 いくら好きとはいえ、相手を『天使』と公言するだなんて、普通の神経で出来る筈がないと思う。



「何かと思えばそんな事? 俺がアリィを裏切るなんて世界が滅んだとしてもある訳が無いよ」



 さも当然といった表情で彼はそんな事を言ってのける、見る限りでは嘘を吐いているようには見えない。


「本当に?」




 そう言って私は彼の瞳を見つめる、そんな私に対して彼も負けじと真剣な顔をして口を開いた。



「誓うよ、彼女だけは裏切らない」



 それは今まで彼と会ってきた中で、始めて信じるに値すると思える真摯な言葉だった。



 ―――友達からなら、認めてやらなくもないかな。



 何となく安心した私は、お茶でも持ってこようかと思い席から立った。




「……それならいいんです。私、お茶を入れてきますね、もう直ぐアリアも帰ってくると思うので。……ああそれと、」



 彼の隣りにある花束に向けてひと言、



「ソレ、無駄ですから。次からは止めた方がいいですよ」


 一応忠告だけはしておく。

 これが教訓になってくれるといいんだけどね、綺麗な花なんだから捨てる事になるのはもったいないし。


「……考えておくよ」


「そうした方が賢明ですね」



 そこまで言うと私は台所に向って歩き出した。





◇ ◇ ◇


 その後



「……アリア、香りがキツイ花は苦手です」



「え゛っ!」







◇ ◇ ◇













「シャル、どうしたですか?」



「ん?ああゴメン、ちょっとぼーっとしてた」



 昔の事を思い出していたら、うっかり思い出に浸ってしまった。
 アリアが隣りに居るっていうのにこんなことじゃあ駄目だな。



「みんな、強いから心配ないですよ?」



 俺は別に彼等の心配をしていたわけでは無かったのだが、そう言って微笑むアリアは本当に可愛らしかった。

 こうやって時折する『姉』の顔は、彼女らしいとはいえないが、悪くはないなぁと思う。



「それもそうだね。……そういえば彼女、賞金首のエド・ゲインを捕まえたんだって?
凄いじゃん、あの男って結構強いって有名だったのに」



 エリスが先月捕らえた猟奇殺人犯のエドガー・ゲインは念能力者だ、それも戦闘に特化しているタイプの。

 一度マチが奴と接触したと聞いていたが、彼女曰く「最低最悪の狂人」だそうだ。


 マチは奴に傷一つ付けることが出来なかったらしい。いくら彼女が戦闘要員ではないとはいえ決して弱くはない。その事実がエドの実力を物語っている。

 エリスが以前にも捕まえてきた犯罪者達はどいつも凶悪な念能力者だ、中には俺では勝てないであろう実力者もいた。




「エリス、強いから。そんな悪者には負けるわけないもん」



「うん、アリィが言うならそうなんだろうね」



 アリエッタが言う通りエリスは強いと思う、たまにアリアとの時間を邪魔されたときについ針を投げてしまうのだが(あくまでわざとではない)、いつも自然な仕草でかわされる。

 背中に眼でも付いてるのかもな、アイツは。



 ―――エリスの実力はどうも判りにくい。

 見えるオーラは洗練されていて立ち振る舞いも優雅だ、その事からそれなりの実力者であることが伺える。

 ただ、ふとした瞬間にオーラが揺らぐのだけは未だに謎ではあるが。




「言ったでしょう? あの子は自慢の弟子なのよ。そう、この『魔女』のね」



 そう言うとマリアさんは悪戯っ子のような表情でウィンクした、そんな子供っぽい仕草が様になっているのが彼女の魅力の一つなのかもしれない。




「……マリアさんには敵わないなぁ」




「あら、まだまだ若い子に負けるつもりは無いわよ?」



 ホント、この師にしてあの弟子有りだ。つくづくそう思った。


























[7934] 十四話A(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/19 03:31



 ――夕日が差し込む教室で、二人ぼっち。

 私は一番後ろの窓際の席に座り、先輩はその前の席を陣取り、椅子に反対に座り私の方を向いていた。

 放課後の見慣れた構図だ。


「伊織ちゃんはさぁ、ゴキブリのどの辺が気持ち悪いって思う?」


 先輩はふと思いついたかのように、そんな突拍子もない事を聞いてきた。

 急にどうしたのだろう、と思いつつも返答を考える。


「えっと、いきなり言われると難しいですね。……あえて言うなら、見かけですかね。あの造形はちょっと……」


 私はゴキブリの形をじっくりと思い出してしまい、苦々しい気持ちになった。


「そう、そこなんだよ」


 先輩は何時もの様にへらへらと笑いながら、機嫌よさそうに私を見つめてくる。どうやら私の答えがお気に召したらしい。


「ゴキブリは皆の嫌われ者だ。『気持ち悪い』から。――でも、その理由を誰もが即答できない。何故だか解るかい?」


「……いえ」


「本当は理由なんて無いからだよ。茶色くて素早くてカサカサ動いて空を飛べてしぶとくてベトベトしていそう――――、そんな物は全て後付けの理由にすぎない」


 先輩は舞台の上の役者の様に大仰に手を広げ、口を開いた。


「皆がゴキブリの事を気持ち悪いと思うのはさ、心が、いや、本能レベルでゴキブリの事を拒絶しているからなのさ。だから、きっとゴキブリが子猫の様に可愛らしい外見をしていたとしても、僕らは気持ち悪いと忌避する事だろうね」


 子猫の外見のゴキブリか……。でも実際に想像するとゾッとしなくもない。


「つまり、私達がゴキブリを気持ち悪いと思うのは、ただの本能ということですか?」


 確かに言われてみれば、どんなに姿や特性が改善されたとしても、ゴキブリの事は好きにはなれないと思う。
 一匹いれば五十匹いるとよく聞くけど、それは蟻や他の虫にも言える事だし、『ゴキブリ』だからこそ私達はこんなにも忌み嫌うのだと、先輩は言いたいわけだ。


「そういう事。理解が速くて助かるよ」


「それで、」


「ん?」


「つまり先輩は、何が言いたいんですか?」


 そう、別に先輩だって気まぐれでゴキブリの話をし出すほど暇なわけではないだろう。

 私の言葉に、先輩は両肘を机について顔の前で手を組むと、にやりと悪戯っ子の様に笑った。


「ん――、つまりさぁ。僕や伊織ちゃんが人から避けられるのは、外見とか中身の問題じゃなくて、人として終わってるって事。だから、もうどうしようもないよねー、って話」


 ……なるほど。今回はそう繋がってくるわけか。ていうか、


「……私たちはゴキブリと同列ですか」



 流石に滅多な事では怒らない私も、ゴキブリ呼ばわりはいただけない。しかも先ほど散々脳内で貶した事もあってかとても複雑な気分になる。とんだブーメランだ。

 私は不満げに先輩を見つめてみたが、当の本人は何処吹く風で気にした様子もない。

 それどころか、一本取った!とでも言いたげな笑みを浮かべている。


「おいおい、一緒にしちゃ失礼ってもんだぜ? 彼らの方が僕らよりもよっぽど逞しい。それに、――人みたいにゴチャゴチャ考える脳が無い分、僕らよりよっぽど幸せ者だ」


 先輩は事も無げにそう言って見せる。表情は変わらず何時もの笑顔のままだ。だが、その言葉に塗りこまれた自虐が嫌に目立った。

 ……あ、気づいてしまった。

 先輩がこうやって自虐トークをする時は大抵――、それに類する言葉を他人に言われた時だから。


「先輩、また何か言われたんですか?」


 私は遠巻きにされることはいつもの事だが、直接悪意をぶつけられることはあまりない。だが先輩は、違う。

 何というか、私が『目を逸らしたくなる』存在ならば、先輩は『目を背けたくなる』存在なのだ。

 恐怖と嫌悪では、周りの人々の対応も変わってくる。

 私は今まで共に過ごしてきた中で、先輩の怪我一つない状態というのを見たことが無い。酷い時には通院までしていた頃もある。これまで普通に生きてこれたのが不思議なレベルだ。

 そんな先輩と私が何故行動を共にしているのか。理由は簡単だった。


 ――お互い、色んな意味で精神が鈍かったのだ。


 先輩から見たら私はただの目が死んでいる後輩女子だし、私から見れば先輩はよく笑う変人の先輩くらいにしかならない。

 だからこそ私と先輩は、歪ながらもまともな『先輩と後輩』という関係を築くことが出来た。そう、少なくとも私は思っている。


「――別にそんなんじゃないよ」


「でも、」


「あ、そう言えばさ、橋の向こうに新しくクレープ屋さんが出来たんだってさ。折角だから行こうよ。暇だし」


 追及を続けようとする私の言葉を遮り、あからさまなやり方で先輩は話を逸らしてきた。……言いたくないなら、無理には聞かないけど。


 胸にドロドロとした思いが募る。――やっぱり信用されてないって事なのだろうか。

 たまには弱音くらい言ってほしい。そう思うけれど、それを直接本人に言ったところではぐらかされるのが落ちだろう。


「先輩の奢りならいいですよ」


「え、ごめん。僕財布に二十円しか入ってないや」


「ちょ、それでどうやってクレープを買うつもりだったんですか!?」


「嫌だなぁ、誰も買うなんて言ってないじゃないか。僕は『行こう』って言っただけだよ」


 そう先輩は悪びれもせず言ってくる。……このパターンは読めたぞ。いつもの如く私にたかるつもりだろう。仮にも先輩のくせに。


「だからと言って、行くだけって事にはならないでしょう。……半分しか分けてあげませんからね。前みたいに奪って逃走はしないでくださいね。次に同じことをしたら本当に怒りますよ」


「まぁ、考えとく」


「そこは素直にハイって言ってくださいよ……」


 項垂れる私に先輩は笑い、私は苦笑した。


 そんな、かつての日常。





 ゆらりと、陽炎が揺れる。景色が歪む。――先輩の顔が見えない。

 ――――これは、夢だ。

『私』が先輩に会えるわけがない。


 だって伊織はもう、――死んでいるのだから。










 ピピピピッと鳴り響く携帯のアラームで、私は目を覚ました。

 ぼんやりとした寝起きの視界が、見慣れない部屋を映す。――ベッド脇の赤い風船が嫌に目立った。



 ……それにしても懐かしい夢を見た。

 先輩は元気にしているだろうか。あの人の事だから、私が居なくなっても飄々と日々を過ごしてるような気がする。

 少し寂しいが、きっとそれが一番なのだろう。あの人の悲しげな顔なんて思い浮かばないし。



 そんな下らない事を考えつつも、冷水で顔を洗って寝起きの頭を叩き起こした。


 ……さて、双子を起こしに行かなくては。









◇ ◇ ◇


 地上、えっと何メートルあるだろうか、目測ではちょっと図りきれないのだが、それなりの高さのある筒状の建物の上に私たちは立っていた。



「此処は『トリックタワー』と呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点となります。


 さて、試験内容ですが、試験官からの伝言です。



 ―――『生きて下まで降りて来る事』、制限時間は72時間です」








 試験開始の宣言がされる。その後、案内人を乗せて飛行船がタワーから去って行った。


 うーん、これからどう行動するべきか。


 出来る限りは双子と一緒に居た方が良いのだろうが、そう簡単に人数分の扉が見つかる筈が無いだろう。

 主人公組が入る扉は大方の条件を満たしているのだが、その扉を使う事には少し抵抗がある。


 あと一人が誰になるか分からないしね。


 ……怪鳥を倒しながら降りていくっていうのも案外悪くないかもしれない。


 そんな事を考えていると、グレーテルが私に駆け寄ってきた。あれ、ヘンゼルは?




「エル姉様ぁ、兄様が床下に降りてしまったのだけれど、どうしたらいいかしら?」



 落ちた、じゃなくて降りた、なんだね。わざとか……。

 この先の作戦を練っていたところだったのに、何でお前達はいつも私の考えている斜め上の行動を取るのだろうか。


 私が魂を飛ばしかけていると、少し困った顔をしているグレーテルにミルキが話しかけた。


「ねぇグレーテル、ヘンゼルが何処の扉に落ちたのか案内してくれないかな?」



 そうだ、まずは現状の確認が必要だ。現実逃避をしている場合ではない。

 そう思い直した私は、グレーテルとミルキの後ろについてヘンゼルが落ちたらしい場所に向った。







◇ ◇ ◇









「兄様が降りたのはここよ」


 彼女に連れられてこの場に来たはいいが、これからどうしたらいいか全然思いつかない。


 ……あー、取り合えずこの辺りにある扉を探すとするか。もしかしたらヘンゼルと同じ道に繋がる扉があるかもしれないしね。







 ―――辺りの捜索の結果、7つの扉が見つかった。


 いや、いやいやいや多すぎだろう? どの扉を選べばいいのかさっぱりだ。

 円で下の様子を探れればいいのだが、このトリックタワーの表層部分には探査妨害の念が掛かっているらしく、全然分からない。

 ……ここの試験官は結構優秀だなぁ。その事が今は非常に腹立たしい。




「……とにかく、下に降りよう」



 うだうだ悩んでも仕方が無い。

 あの子が取り返しがつかない事をしでかす前に止めなくてはならない、その義務が私にはある。


 それに『ヘンゼル』は『グレーテル』よりも行動の幅が広く、突発的な行動が多い。

 万が一この扉が主人公組と同じ扉だったとき、正直彼らの命の保証は出来ない。それは流石にまずいだろう。



 ミルキとグレーテルが扉を選んで下に降りた後、私も残りの扉から一つを選び下に降りた。








◇ ◇ ◇










「それなのに何でこんな事になるかなぁ……」



 降りた先には誰も居なかった。……どうせ私はクジ運が無いですよ。

 連絡を取ろうにも当たり前だが圏外になっていて通じる気配がない。どうしろっていうんだ。



 うだうだ過去の選択を後悔しても仕方がないので、とりあえず辺りの様子を確認する事にする。

 ……無造作に床に落ちているチェーンが長い手錠らしきものは今は気にしない事にした。

 窓の無い部屋に、鉄製の扉が一つ。石の壁が圧迫感があって少し嫌な気分になる。地震とかがあったら死ぬかもしれない。

 右の壁を見てみると、扉の横に文字が書かれた紙が貼ってある。


 えーと、何々?



【協力の道】

 君たち二人は互いに助け合い、ゴールまでの道のりを乗り越えなくてはならない。
 扉は君たち二人が手錠で繋がれた時に開く事になっている。



 ……つまりこの道は二人で進む道という訳だ。あと一人がこの部屋に降りてくる事になるらしい。


 さっき見ないふりをした手錠も、試験に必要なもののようだ。……私は手錠に繋がれる趣味なんてないんだけどなぁ。
 まさかこんな所で手錠初体験をするとは思っても見なかった。


 やれやれと溜息を吐き、壁に背を向けて目を伏せる。

 どうせ後一人がここに降りて来ない限り何も出来ないのだ。それならば無駄な体力を使う事は得策ではない。休める時に休んでおこう。


 他の皆は多分心配は要らないだろう。なんだかんだ言って実力だけはあるんだし。試験管や協力者に喧嘩さえ売らなければ。

 ……喧嘩さえ売らなければ合格できるはずなんだけど。やっぱりちょっと不安かも。





 それから大体1時間が過ぎた頃であろうか、――上の壁が開く気配がした。


 ――やっと『相方』のご登場というわけですか。


 閉じていた目を開き、天井を見つめる。


 右奥の扉からガコン、と音をたてて人影が落ちてくる。


 落ちてきた人物も現状を理解するためか、辺りを見渡す。


 偶然にも私を背に向けて降りてきた彼―――金髪の民族衣装の様な服を着た少年―――は、後ろを振り向き、私を視界に入れるとまあ予想通りあのだが、すぐさま警戒しだした。


「っつ!!……お前っ!」



 ……どう見てもクラピカです本当にありがとうございまし(ry


 えー、私としても何故キミがここにいるのか疑問でならないのですが? ゴン達と一緒の道に進むはずでは?

 まぁヒソカやイルミが来るよりかは100倍はましなんだけども。むしろある意味では当たりと言っていいかもしれない。

 ていうか、そんなに警戒されても困るのだが。私が此処にいるのは、先に一人では進めなかったからだし、好きでいるわけじゃない。


 そう思い、私は扉の前に貼ってある紙を指差す。


 別に説明が面倒だった訳ではない。私が口で説明するよりも見た方が早いと思ったからだ。


 彼は警戒しながらも貼ってある文字を目で追うと、信じられないといった表情で私を見てきた。



「つまり、私と君が手錠に繋がって初めて先に進めるという訳か……」


 そういう事です。


 そのクラピカの問いに私は頷いて返すと、足元に落ちていた手錠をおもむろに右手に嵌めた。



 ……あ、間違えて利き手に嵌めてしまった。

 なんで私はいつもこんな些細なミスをしでかすのだろうか、一応A型なのに。




 そんな事を考えつつも反対側の手錠をクラピカに投げて渡し、とりあえず自己紹介をしておく。


 一応この試験で一緒に進まなくてはならないのだから、互いの名前くらい知っておいた方がいいだろう。

 私は知っているけど、その辺はフレーバーだ。まぁあっちは私の名前なんて興味ないだろうけど。



「―――私は、エリス。……君は?」


「……私の名はクラピカという。 その、――これからよろしく頼む」


「……こちらこそ」


 初対面の人物に警戒されるのはいつもの事だ。

 別に今更傷ついたりなんて、――しないと言えば嘘になるが――もう慣れてしまった。



 クラピカが多少躊躇いながらも左手に手錠を嵌める。何故かその際に此方を伺ってきたが、私が目を向けた瞬間、直ぐに目を逸らされた。


 ……これから最長で三日間一緒なのに、最初から詰んでる気がする。双子よりもまず自分の心配をするべきだったかもしれない。


 カチャリ、と静かな部屋に金属音が響く。どうやらクラピカが手錠をはめた事により、扉の鍵が開いたようだ。

 まぁ、とにかく扉が開いたわけだし前に進むとしますか。



 私とクラピカは、何を言うでもなく無言のまま三次試験をスタートさせた。前途多難である。







◇ ◇ ◇




 時を遡る事、5分前。

 ゴン、キルア、クラピカ、レオリオの四名は床下に続く扉の前にそれぞれ立っていた。



 その中の金髪の少年――クラピカはこれからの事に思いを馳せた。


 自分は今、下へと通じる扉の前に立っている。ゴン達が見つけてきた扉のうちの一つだ。

 何だかんだと彼らと行動を共にし、此処までの試験をクリアしてきたが、三次試験の結果次第ではここでお別れという可能性もなくは無いだろう。彼等ならば受かるだろうという漠然とした信頼はあるが、やはり、少し感慨深いものがある。


「此処でいったんお別れだ。……地上でまた会おうぜ!」


 しんみりとした空気を吹き飛ばすかのように、レオリオがそう宣言する。

 彼は気遣いと空気が読める男だ。その代り頭は少し残念だが。

 だが、御蔭で一歩踏み出す不安も消えた。

 出来る事ならば彼らと共に行動したいが、そんな奇跡は滅多に起こらないだろう。


 掛け声とともに扉をくぐる。眩暈にも似た浮遊感と、僅かな落下の衝撃。
 


 ――落ちた先は小さな部屋だった。


 辺りを確認しつつ、危険な物が無いかを調べよう。


 そう思い振り向いた瞬間、私はようやく後ろに人が居たという事実に気が付いた。



「っつ!!……お前っ!」


 私はそう言いながら武器を取り出して戦闘態勢をとる。

 ――こいつ、こんなにも近くにいたのに気配が感じられなかった。

 部屋の壁に寄りかかるようにして立っていたのは、黒髪に黒いコートの少女。ヒソカに次ぐ要注意人物、220番。

 ……よりによって、彼女と居合わせる事になろうとは。

 トンパやキルアが言う限り、この220番はヒソカと同等の実力者であり、――危険人物でもある。


 湿原に出た時に220番を正面から見たが、その時初めて『異端』である事を理解した。



 ―――彼女はあまりにも闇に染まりすぎている。



 暗く研ぎ澄まされた闇色の瞳、。そして死者に対する異常なまでに無関心な態度。……どれをもってしても彼女が全うな人間ではない事が伺える。


 ヒソカのように狂気が透けて見えるならば判りやすいのだが、この220番は違う。

 例えるならば、不安定なのだ。

 人は誰しも、行動を起こす際に『事前動作』がある。ヒソカが暴れる際にも、わかりやすく殺気が漏れていた。

 だか彼女はそれが何もないにかかわらず、――次の瞬間私の首を刎ねたとしてもおかしくない。そんな気持ちにさせられるからだ。

 これはもしかしたらただの被害妄想で、実際はそんな事は無いのかもしれない。だが、そんな不安を抱いてしまうほどに彼女の纏う空気は揺らいでいた。


 彼女は今までの試験の間、一度も無作為に暴れたりはしていないが、今後いつスイッチが入るかが判らない。私は、――それが酷く恐ろしい。



 だが220番は警戒態勢を解かない私に対し、特に攻撃を仕掛ける様子もなくぼんやりとその場に立っている。
 何も映していないかのような瞳が私を捉え、彼女は無表情で扉の前にある貼り紙を指差した。


 警戒状態は解かず、視線のみで貼り紙の文字を追う。



【協力の道】

 君たち二人は互いに助け合い、ゴールまでの道のりを乗り越えなくてはならない。
 扉は君たち二人が手錠で繋がれた時に開く事になっている。


 ……ちょっと待ってほしい。まさか私は地上に降りるまでの間、この220番とずっと鎖で繋がって過さなくてはならないのか?



「つまり、私と君が手錠に繋がって初めて先に進めるという訳か……」



 そう自分に言い聞かせるように呟き、眉を顰める。

 これからの事を不安に思っていると、カチャリ、という金属音が小さな部屋の中に響いた。


 何事かと思い音の発生源に顔を向けると、右手首に手錠を嵌めた220番が手錠の反対側を私に投げてよこした。



「私は、エリス。……君は?」



 ……少し、予想外だった。まさか彼女の方から私にコミュニケーションを取ってこようとは思いもしなかったからだ。

 いくら試験で共に進まなくては行かないとはいえ、他人に関心を抱くような人物だとは思っていなかったのに。


「……私の名はクラピカという。その、――これからよろしく頼む」


「こちらこそ」


 その瞳は先程と変わらず何の感情も移していなかったが、攻撃性は無い様に思える。

 220番、――いや、エリスは私が思っていたよりも危険では無いのかも知れない。


 少なくともこの三次試験の間は、私が彼女によって命の危機に追い込まれる事はないだろう。

 ……私が彼女の逆鱗に触れなければの話だがな。



 そう思い、手錠を嵌める段階になって初めて、彼女が右手に手錠を嵌めている事に気が付いた。


 彼女が右手ならば、必然的に私は左手に手錠を嵌める事になる。

 人の心理として、動きを制限されなくてはいけない方を選ぶ時、大抵の場合は利き手ではない方を選ぶはずだ。

 彼女が左利きでもない限り、右手を封じる理由は一つしかない。


 ―――私が右利きと知って配慮したのか?


 先程の構えを見れば、多少の武道を嗜む者は私が右利きであると気づくことができるだろう。

 利き手が自由になる事は喜ばしいのだが、はたして彼女はその事までを計算に入れていたのだろうか?



 そう思い彼女の方を伺ってみたのだが、目が合った瞬間、つい目を逸らしてしまった。何故私はこんなにも彼女に忌避感を抱いているのだろうか。……これが、実力の差というものなのか。


 少しだけ釈然としない思いを抱きつつも、私は左手に手錠を嵌めた。それと同時に閉ざされていた扉が開く。




 黙っている私を見て無言で目配せをすると、エリスは扉に向って歩き出した。

 私もその後に続く。




 ―――とんだ相手とパートナーとなってしまったな。




 戦闘関係の事に関しては心配いらないだろうが、どう転んでも前途多難の未来しか見えない。




 そういえば、ゴン達はどうなったのだろうか? 罠に引っ掛かってなければいいのだが。




 ……――――それにしても、

 最初の試験の時から思っていたが、あの風船は一体何なのだろうか。









◇ ◇ ◇



 そして場面は四人の落下時まで遡る。










 ――掛け声と共に扉から落ちる。

 少しの浮遊感の後、キルアは難なく着地し辺りを見渡そうと顔をあげた。薄暗い室内に目を細める。そこには―――、……ゴンがいた。


 互いに呆れながらも笑みを浮かべる。いやぁ、まさか同じ場所に繋がっているとは思わなかったな。


 そう思い部屋の中を確認したが、おっさんは居るけどクラピカの姿が見当たらない。


「……おい、クラピカがいねぇぞ」


「多分違う場所に落ちたんだろ。俺たち3人が同じ場所にいるってだけでもすごい事だと思うぜ?」


 不満そうに言うおっさんを宥める。

 ある意味クラピカはこのメンバー唯一のストッパーだったのになぁ。こいつ等が暴走したら止めるのってもしかして俺の仕事?え、マジで?


 やれやれと思っていると、いきなり背後から人の気配がした。



「やっと人が降りてきた。――待ちくたびれちゃったよ」


 俺もゴンもおっさんも、一斉に声のした方を見る。



 ―――どういう事だ? 俺たちが降りてきたとき人影は見えなかったし、その後に誰かが降りてきた筈もない。



 振り向いた先には俺と同い年くらいの少年が立っていた。

 受験番号221番。此奴と222番の少女は、ヒソカの奇行に紛れて目立っては無かったが、裏で受験生を嬲り殺していた筋金入りのキリングジャンキーだ。

 何より、染みついている血の匂いが半端ない。俺と同等か、もしくはそれ以上か……。何にせよ、ゴン達には荷が重いかもしれない。


 だが、警戒している俺達の様子なんて気にもせずに奴はニコニコと笑っている。

 ……なんか、ムカつく。


「お前、何処から出てきたんだ!」


 レオリオが221番を睨みながら言う。

 そりゃ、俺がコイツの存在を探知できなかったんだから、当然レオリオにも何故いきなり此処に現れたかなんてわかる訳ないだろう。



「僕はずっと此処にいたよ? ――気づかない君たちが鈍いだけじゃないかなぁ」


 馬鹿にしたかのように発せられた言葉に、ピキっと青筋が浮かぶ音を聞いた気がした。舐めやがってこの野郎。

 レオリオに至っては今すぐにでも殴りかかりそうだ。 
アンタはやめとけよ、絵図的にどう見ても加害者にしかみえないからさ……。

 すっかり頭に血が上ったレオリオをゴンが宥めるのを横目に、俺は221番を観察した。

 奴は憤慨する俺たちの様子を見てニヤニヤと笑っている。

 表情から察するに、俺たちを驚かす為だけにそんな行動を取ったのだろう。……ふん、餓鬼の思考だな。



 ―――ただ、俺がこいつの気配を察知できなかった事だけが腑に落ちない。

 それにあの違和感、……まるで兄貴から感じる『あの気配』に似ている気がする。


「さっきのどうやったわけ?気配が全然わかんなかったんだけど」


 素直に個体るわけがないだろうが、聞くに越した事はない。

 俺のその言葉に221番は顎に手をあて、少し考え込むと、小首を傾げた。


「えーっと、エル姉様が『誰にも言うな』って言ってたから教えられないんだ。ごめんね?」


 そう言って謝ったはいいが、やはり釈然としない。疑問は結局解決してないし。


「えー、俺も知りたかったのに」


 そう言ってゴンが残念そうな声を出す。

 ゴンは既に221番への警戒は解いているらしく、平時と変わらぬ態度を取っていた。いや、何でだよ。

 ……お前、危機感ってものが無いのか?




「バカかお前らは、もう少し警戒心を持てよ。どう考えても明らかに怪しいだろうが!!」


 レオリオが声を荒げて叫ぶように言う。そうだ、もっと言ってやれ。


 ……ん? お前ら? 俺も馬鹿の枠に含まれてんの?何で?

 ――それはともかくとして、まずは現状確認が先決だ。



「大丈夫だと思うんだけどなぁ。あ、そうだ、俺の名前はゴンって言うんだ。右がレオリオで、左がキルアだよ。君は?」



 ゴンが俺に初めて会ったときのようなノリで221番に話しかける。

 ……ていうか俺とおっさんの名前まで勝手に教えるなよ。



 何処かずれている奴だと思ってはいたが此処までとは思いもよらなかった。だが今ならはっきり分かる、真性のバカだコイツは。


「名前?『僕』はヘンゼル。姉様はグレーテルっていうんだよ」


「お前の姉さんの名前まで聞いてないっつーの。それと『姉様』っていうのは一緒じゃないわけ? ……それと、220番も」


 そもそもコイツが一人で居る事自体がおかしい。コイツを見るときはいつも片割れと一緒に居たというのに、今は一人きりだ。


「姉様達とははぐれちゃったみたいなんだ。まぁどうせ下で会えるだろうし、問題ないよ」


 その試験をなめているとしか思えない台詞にレ、オリオが憤慨した様子を見せたが、面倒だからスルーする事にする。

 確かにハンター試験は思っていたよりもちょろい。その気持ちは分からなくもないけど。



「そもそもなんでお前は此処にいるんだよ?さっさと先に進めばいーじゃん」



「うん、それなんだけどさ。――一人じゃ駄目みたいなんだ」


 そう言って奴はこの部屋に唯一ある扉を指差した。その扉には貼り紙のような物がはってある。

 そこに書いてある内容はこうだ。



【多数決の道】

 君たち5人はここからゴールまでの道のりを多数決で乗り越えなくてはならない。
 5人の人間が手にタイマーを着け次第、扉が開く事になっている。


「あ、ホントだ。タイマーも5つ用意してある」


「つまり、5人揃うまでここからは出られないってわけか……」


 ゴンとレオリオがタイマーを確認する。

 どうやら此処の道は他者との協調性が問われるらしい。


 しかもよりにもよって221番と一緒に行動しなくてはいけないというのが嫌だ。

 俺が言えた義理ではないが、コイツに協調性があるとはとても思えない。この手の人間は大抵自分本位の我儘だと相場が決まってる。第一印象も最悪だし。


「わかってくれたかな?」


 相変わらず奴は笑みを崩さない。

 何がそんなに楽しいんだか。いや、楽しいわけではないんだろうけど。

 笑顔がデフォルトの奴というのは実は結構多い。そして、その大半が後ろ暗いものを隠し持っている。だからこいつも見た目通りの馬鹿ってわけでもなさそうだ。


「うーん、じゃあ後一人降りてくるまで俺たちは此処から出られないの?」




《その通り》



 いきなり会話に試験官らしき声がスピーカーから聞こえてきた。……ていうか今までの会話全部聞いてたのかよ、趣味悪いな。



《このタワーには幾通りものルートが用意されており、それぞれクリア条件が異なるのだ。

 そこは多数決の道、たった一人のわがままは通らない!

 互いの協力が絶対条件となる難コースである。



 ―――それでは諸君らの健闘を祈る》



 一方的にそこまで言うと、放送が切れた。

 難コースねぇ、……試験とか楽勝って思ってたけど、今回はちょっとヤバいかもなぁ。

 ……つーか既に内部分裂的な感じなんだけど?収集つかねーよ。



「くそ、待つしかねーか」



 そしてレオリオ苛立たしそうに頭をかきながら、壁を背にして座り込んだ。

 この場で一番年上のくせに、頼りにならない。
 俺の方が強いのは当然だが、なんかこう、もう少し威厳というものがあってもいいんじゃないか。……まぁレオリオにそれを求めるのは無茶か。


 つくづくこの場にクラピカがいない事が惜しくてならない、アイツならレオリオが納得するような理性的な説得が出来るというのに。まぁ、基本アイツもレオリオに対しては煽り属性だけど。


 はぁ、と溜息を吐きながら俺もその場に座る。……なんかもう疲れた。







 それから30分。ラスト一人のメンバーとなる受験者が落ちてきた。

 落ちてきたのは406番、眼鏡を掛けた女だ。

 見た目はかなり弱そうだが、ここまで残っているのだから見た目通りの実力というわけじゃないだろう。


「おー! 貴女はシズクさんじゃありませんか! またこうやって一緒に行動する事になるとは思っていませんでした、これってもしかして運命!?」


 406番に嬉々とした様子でレオリオが駆け寄る。……知り合いなのか?

 ていうか気持ち悪い。キモいの方じゃなくてホントに気持ちが悪い。俺が女だったら迷わず殴り飛ばすレベルだ。

 若干女の方も引いてるように見える。さりげなく手を振り払ってたし。

 ゴンは苦笑いのような表情でレオリオの事を見ている。……気持ちはよく判るぞ。

 女はレオリオの事を見て、怪訝そうな表情で首を傾げた。


「えっと、どなたですか?」


「え、そんな、俺のこと忘れてしまったんですか!?」


 どうやら女の方は全然おっさんの事を覚えてないらしい。マジ笑える。

 冗談ですよね! と騒いでいるおっさんの事はさておき、ゴンはあの女の事を知っているのだろうか?



「なぁゴン、アイツ誰?」


「試験会場に降りるエレベーターで一緒だったんだ。名前はシズクさんだよ」


 ふぅん、偶然居合わせただけで、知人と呼べる間柄でも無いわけだ。じゃあ実力はわからないか。

 レオリオの事を気にもしていない様子で、女は辺りを見渡すと、――ヘンゼルが居る方で目を留めた。



「あ、君も居たんだ。確かエリスと一緒にいた子だよね」


 そう言ってシズクと呼ばれた女はヘンゼルの方に向って歩いていった。――おいおい、こいつ等もまさかの知り合い同士かよ。

 ていうかエリスってもしかしなくても220番の事だよな。ミルキの奴もそう呼んでたし。


「お姉さんも一緒なんだ。偶然だね」



「一緒? 何の事?」


 そういってヘンゼルは先程俺たちにした説明を繰り返す。まぁ説明って言っても貼り紙を読むように言っただけであるが。



 その後、自分を忘れられて凹んでいたレオリオが再度自己紹介をし、俺とゴンも一応名乗った。

 どうせこの試験だけの関係なんだからそこまで執着する必要ないと思うぞ。だからアンタはモテないんだよ。しかもあの220番の知り合いみたいだし。絶対碌な奴じゃないからやめておけって。


 それに見るからにおっさんの事眼中にないみたいだぞ、あのシズクって女。さっきからヘンゼルとばっかり話してるし。まぁ話の内容は220番の事みたいだけどな。








 色々あったが、やっと5人揃ったのでこの先に進む事が出来る。

 いやぁ、俺待つのって苦手なんだよね。



 腕輪を嵌めて、現れた扉を開ける選択肢を押して、新しく現れた道に足を踏みだす。


 ―――やっと試験開始だな。


 だけど、どうにも不安の残る出発であった。













◇ ◇ ◇


 薄暗い部屋の中に二人の人間がいた。


 一人は頭を抱えて座り込み、もう一人は悠然とした笑みを湛えて立っている。


 座り込んでいる青年、――ミルキは自分の運の無さに絶望していた。


「エリスと離れた……」


 もう駄目だ、鬱だ……。三日間ずっと一緒にいられるとばっかり思ってたのに。これからやっていける気がしない……。

 やっぱり念を使えばよかった。俺の能力なら一緒の扉を引き当てる事くらい容易だったろうに。出し惜しみするんじゃなかった。


「もう、メソメソしては駄目よ。お兄さん男の子でしょう?」



 膝を抱えて蹲る俺を、グレーテルが頭をなでて慰めてくれている。――どう贔屓目に見ても、俺って情けない。

 でも、分かってはいるけど気持ちが付いて行かないんだよ。
 てっきり此処が原作の多数決の道で一緒に進めると思っていたのに。こんなのってないよ……。


「どうせ下に行けば会えるのだから何の問題も無いじゃない。……私だって兄様とエル姉様と一緒なりたかったのに」



 ……グレーテルが珍しく正論を言っている。

 失礼な話だが、そう思うと一気に頭が冷静になった。
 あぁ、彼女がそこまでするほどに俺の状態がおかしかっただけか、…反省しよう。


「……うん、ゴメン。ちょっと取り乱した」



 あはは、と笑って誤魔化してみたが、グレーテルは少し呆れたような顔をすると仰々しく肩をすくめて溜息を吐いた。

 ……悪かったよ、ホントに。



「お兄さん、あれを見て」


 そう言って指差された先を見ると、一枚の貼り紙が貼ってあった。



【隷属の道】

 君たち二人は『主』と『奴隷』の役割を互いに課し、ゴールまでの道のりを乗り越えなくてはならない。
 そして、一人は首輪を、もう一人はその首輪が繋がった手錠を片手につけなくてはならない。なお、『主』から『奴隷』への命令は絶対である。



 …………。


 ……なんでこんな悪ふざけみたいな道に当たってしまったのだろうか?


 あぁぁぁ、やっぱり念を四次試験まで取っておこうなんて色気を出さなければよかった!!

 俺の念の内の一つ、『因果率の支配(デウスエクスマキナ)』は因果律を捻じ曲げて自分の都合がいい様に動かす能力だ。

 ようは幸運値を神レベルまで引き上げる事が出来る訳である。
ただ、一月に一回しか能力を使えないので、使いどころを考えなくてはならないのが難点だ。


 ……今更後悔しても仕方が無い、とにかく目の前の問題を解決しなくては。


「あら、首輪は久しぶりね。――お兄さんはどっちがいい? 私は別にどちらでもいいのだけれど」


 ……普通の神経を持った人間ならば迷わずに手錠の方を選択するだろう。

 それに幼女に首輪というのは多くの男達が夢見るシチュエーションなのだろうが、――相手はこのグレーテルである。

 万が一グレーテルに首輪を着けさせたなんて事がエリスに知られたら、俺は生きていけない。
 ていうか想像すると死にたい気分になる。

 ……まぁ俺が首輪をつけたとしても死にたい気分になるんだろうけど。


 ……………………、腹を括ろう。





「俺が、――首輪をつけるよ」









◇ ◇ ◇







「わぁ、お兄さんとっても似合ってるわ。あ、そんなに動くと写真がぶれてしまうわ、ジッとしていて」



「……あの、ホントマジで勘弁して下さい」


 携帯を構えながら、グレーテルが嬉々として言う。

 嬉しくない。首輪が似合うなんて言われても全然嬉しくないっ。

 あと写メは止めてください。そんな事されたら俺マジで泣くよ?


 はぁ、ていうか何なんだよこの試験内容は……。これじゃあ奴隷っていうか女王様と下僕みたいじゃん。
 ここの試験官って何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 ……誰か俺に試験官暗殺の依頼をしてくれなかなぁ、今なら90%オフで引き受けるよ。

 俺が俯きがちに試験官抹殺の内容を考えていると、痺れをきらしたグレーテルが話しかけてきた。


「扉も開いた事だし、先に進みましょうか。……お兄さん? 大丈夫?」



「……うん、平気だよ。……多分」



 ―――グレーテル・ミルキ組、ようやく試験開始。



















後書き

年長組が頼りないでござる。




[7934] 十四話B1(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/19 03:52



 薄暗い通路を歩き始めてから2時間。未だにまともな会話一つありません。

 ……気まずい、半端なく気まずい。

 普通さぁ、こういう時って「君は何故ハンター試験を受けたんだ?」とかそんな感じの世間話が展開されるんじゃないの? 
 そんなに私って話しかけにくいかな? ……あ、話しかけにくいんですね、わかります。


 私から話題を切り出すような雰囲気ではないし、どうしたものか……。


 それに暗くて足場が悪いせいで、よく躓きそうになる。そのせいで一回クラピカに思いっきり派手にぶつかったしなぁ……。どんだけ鈍くさいんだろうか。

 歩きながらもぐるぐる考えていると、ようやく扉のようなものが見つかった。


 だがしかし、そう簡単には先に進めないらしい。開こうにも扉には鍵が掛かっていた。




《見ての通り、その扉には鍵が掛かっている。キミ達はモニターに映し出される3つの問題に一つでも答える事が出来れば先に進むことができる。もし、一つも正解する事が出来なかった場合、キミ達は此処で試験失格となる。
 ただし! 答える事が出来るのはキミ達の片方だけだ。5分時間をやるので答える方を決めるといい》



 ……まさかのクイズ!? しかも全問不正解だと試験失格?

 私は特に頭が悪い方ではないと自分では考えているが、今まで山籠りに近い生活をしてきたため一般常識的な事には滅法弱い。あ、あと流行とかも全然わからない。

 ――ここはクラピカに任せた方がいいだろう、絶対に彼の方が博識な筈だ。



「―――頼んでもいいかな?」



 私じゃ無理です、という気持ちを言外に含ませて言ってみた。

 初っ端から自分の役に立たなさっぷりを見せるのは本意ではないが、失格になるよりはずっといいだろう。


「……君がそれで良いのならば。この件は私が責任をもって引き受けよう」



 クラピカはしっかりと私の目を見つめ返して、快い返事をしてくれた。
 おおっ、流石ですクラピカさん。感謝します。

 だがしかし、若干彼の顔色が悪い様な気がするが、たぶん気のせいだろう。

 ていうか気のせいだと信じたい……。いくら分かっていたとはいえ、そこまで私の眼力は凶悪なのか?そうなのか?



《どうやら決まったようだな。それではモニターを見るといい》



 スピーカーから聞こえてくる試験官の声に促されてモニターを見る。



『第一問:――――――』






◇ ◇ ◇





 一発合格とか、クラピカさんマジ優秀。一緒だったのがレオリオとかじゃなくてホント良かった。いや、話したこともないんだけどね。


『アイジエン大陸南部に住む少数民族、トテルカ族が信仰する主神の伝承の礎となった自然現象を答えよ』

 因みに答えは『日食』。うん、分かる訳ない。クラピカ凄いよ。

 私は素直に感心していたが、今思い起こせばクラピカは原作でも考古学系の知識に長けていた。
 そんな彼からしてみれば、今回の問題なんて簡単な部類に入るのだろう。


 第一問目から余裕で正解した彼を、驚愕の視線で見つめていると、彼は照れたかのように顔を逸らしてこう言った。


「たまたま知っていた事柄が問題に出ただけだ。大した事ではない」


 か、カッコいいな。優秀なのに驕らないっていうのはかなりポイントが高い。

 それはともかくとして、『コイツ、役に立たないな』とか思われてはいないだろうか。それだけが不安である。

 心に一抹の不安を抱きながらも、開いた扉の先に続いていた廊下を歩き続けた。

 廊下しか無いのならば扉をつける意味なんてなかったんじゃないかと思ったが、そんなツッコミが出来る空気ではなかったので自重した。流石にそこまでKYではない。



「また扉のようだな」



 ん? あ、ホントだ。

 どうやら自分の思考の中にトリップしていたらしい。クラピカに扉の存在を言われるまで全然気が付かなかった。

 扉の前にはまたしても貼り紙があり、そこにはこんな事が書いてあった。




【試練の間】




 ……何となくその名前で予想はついたけどね。


 原作でゴン達が此処の囚人達と戦ったように、この先の部屋でも同じような試験をおこなうのだろう。

 そう考えて、扉に手をかけた。





◇ ◇ ◇






「初めまして! 僕達は貴方達を試させていただく『試練官』という者です。どうぞよろしく」



「………」



 ゴツイおっさんが待っているかと思いきや、部屋の中に居たのは10代中頃の少年の二人組だった。

 一人は茶髪、もう一人は銀髪でチェックの柄をしたキャスケット帽を被っている。目深に被っているせいか、表情が窺えない。

 因みに冒頭の台詞は銀髪の少年のものだ。もう一人の少年はジッと床を見つめている。



「試練官? 試験官ではないのか?」



 クラピカが彼等に質問する。

 確かに試練官なんて聞いた事のない言葉だ。もしかして原作にはあったのかもしれないけど、そこまで精度のいい記憶は生憎持ち合わせていない。

「僕らはその試験官に雇われているんですよ。
えっと、さっそく試験内容に入るのですが、――貴方達は僕らと1対1で戦ってもらいます。一勝一敗の場合は、勝った方同士が戦うことになります。
判りやすく言うなら、最後まで立っていた方のペアが勝ちって事ですね!
あ、それと試合の際には手錠を外す事ができるので安心してください」



 よく喋る方の少年が試験内容を説明してくれた。

 もう一人の方の少年は依然として下を向いている。

 なんだか気になって観察を続けていると、少年が不意に顔を上げた。自然と目が合う。

 私は何時もの如く目を逸らされるのだろうと思っていたのだが、少年の目は私から離れない。それどころか、――殺意に満ちた目でこちらを見つめてくる。

 正直、驚いた。今まで生きてきた中でこんな反応をされたのは初めてだったからだ。

… …私、何かしたかなぁ? と、考えてはみるものの、この少年には全く見覚えが無い。




「それじゃあ、先鋒は僕が出ますね。ルーカス君もそれでいいよね?」



「……ああ」


 過去の記憶を掘り起こしている内に、相手の方はもう決まってしまったようだ。

 それと、私を睨んでいる少年の名前はルーカスと言うらしい。……やっぱり聞き覚えはないんだけどなぁ。


「私が先に出よう。どうやら、もう一人の青年は君と闘いたいようだからな」



 クラピカがルーカスと呼ばれた少年に目線を投げながら、そう言った。

 ……確かに、彼の事は非常に気になる。何にせよ、一度話をしてみたい。

 今回はクラピカの厚意に甘えるとしよう。


「あぁ、よろしく」







◇ ◇ ◇






 第一試合。

 クラピカ○ ― 試練官×

 上記のようにクラピカが勝利した。


 ……とは言ってもこの表記の仕方はあまり正しくないのかもしれない。

 何故ならば、試合開始から五分も経たないうちに試練官の方が『疲れたのでギブアップします』と言い出したからだ。

 実力で言うならば、拮抗していたように思える。だが、何か違和感があった。上手くは言えないけど。
 とりあえず言える事は、彼はここで手の内を見せるつもりは無かったという事だ。……もしかしたら彼はここの囚人ですらないかもしれないな。

 彼の言葉にクラピカは若干不満そうにしていたが、その場は大人しく退いてくれた。
もしもここに居たのがゴンだったならこうも簡単にいかなかった事だろう。つくづくクラピカがペアで良かったと思う。


 ――それよりも次は私の番である。

 その視線は未だ私を射殺すかのようにギラギラと輝いており、陰りを見せない。

 こう言ってしまうとアレだが、私は人に恨まれるようなことをした記憶が無い。何時だって相手にしてきたのは犯罪者しかいなかったし。

 ――だとしたら、彼は一体何なのだろうか?


 私は風船の紐をリングの端に結んでから、未だに私を睨み続ける少年が待つリングに上がった。流石にあれをつけたまま戦うつもりは無い。

 それと部屋に入った際に確認したのだが、彼は念能力者ではないようだ。現に今だって纏を行っている様子はない。

 だから普通に考えれば私が負ける事はないと思われる。……油断さえしなければだが。




「初めまして、だな。アンタの噂はよく聞いてるよ『エリス』さん?」


 ルーカスは私を見て、嘲るようにそう言った。

 やはり私の事を知っているらしい。自分が知らない人間に噂されているだなんてゾッとしなくもない。

 ……ていうか噂って? 私、そんなの一度も聞いたこと無いんだけど。



「それで? ――私に用でもあるのかな」


「……はっ、随分と余裕なんだな。その表情、今すぐ変えさせてやるよ!!」



 怒声と共に繰り出された蹴りを避ける。え、試合開始の宣言もなくいきなりですか?

 しかもよく見ると彼の靴には振り上げると刃が飛び出すように細工がしてあるようだ。だって銀色の物体がちらっと見えたし。

 ……しかも急所を狙う事を躊躇った様子もない。彼は確実に私を殺しに来ている。



「避けてんじゃねぇよ!!」



「………………」


 ……馬鹿か。避けるに決まってんじゃん。避けなかったら死ぬっつーの。

 それに私はまだ死ぬ予定は無い。最低でも前世の倍は生きるつもりだ。

 ――その後、防戦一方と言えば聞こえは悪いが、私は彼に手を出せずにいた。
 だってそうだろう? 流石の私だって、ここまで殺意をもたれている理由くらいは知りたい。



「くっ、いい気になりやがって。………何で、何でこんな奴に姉貴が殺されなきゃいけなかったんだ! くそっ!!」


 攻撃を避け続ける私に痺れを切らしたのか、彼が不満を叫ぶ。

 その言葉の中に、どうしても聞き逃せない内容があった。


「……姉貴?」



 ―――私が、彼の姉を殺した?


 確かに私は人を殺した事がある。だけど相手は全て犯罪者だ。恨まれる由縁はない。


「あぁそうさ、アンタが殺したんだ。忘れたとは言わせないっ!!――三か月前、

――俺の姉貴、ルイーズをな」



 三か月前。――ルイーズ。ああ、それならば覚えがある。


「君は『人喰いルイーズ』の弟か」


 ルイーズ・ジャクソン。――通称『人喰いルイーズ』。

 幼い少女ばかりを狙った凶悪な殺人鬼だ。

 発見された彼女たちの遺体の一部が噛みちぎられたかのように無くなっていたためこの名が付いた。
 犯人発覚後も街の警察が捕まえる事が出来なかったため、先生に白羽の矢が立ったのだ。だが先生はすでに引退した身だ。場所も家から5時間ほどでそう遠くなかったので、先生の代わりに私がルイーズの捕獲に行かされたのだ。


「その名前で姉貴を呼ぶんじゃねぇ!!」



 そんな憎しみの篭った声を聞いて、何故だか私の心は逆に冷静になっていった。


 ―――これはつまり、復讐というやつか。


 まさか自分が復讐の対象になるなんて今まで思ってもみなかった。いや、考えた事もなかった。

 ……ルーカス君の気持ちも解らなくはない。私だって家族は大事だから。

『人を殺せば怨まれる』


 ―――そんな事はとうの昔に分かっている。

 仕方なかったなんて言うつもりはないし、表面上の謝罪なんてかえって失礼だ。

 ルイーズ。確かに私が殺した。……ナイフを胸に突き刺して。

 彼女は狡猾であったが、非念能力者だった。捕まえる事だけならば、酷く簡単だった。

 いざという時は殺害も構わないと言われていたが、実際私に求められていたのは捕獲だけだった。

 でも、それでも私は――――。


「被害者の中に、」


「は?」


「被害者の中に、警察幹部の娘が居たんだ」


「……だったらなんだって言うんだよ。暗殺でも命令されたっていうのか?」


 ルーカスが攻撃の手を止める。いかにも苛立たしげな表情だ。

 違う。そんなんじゃない。――その方が、どんなにマシだったか。

 言うべきか、少しだけ迷った。

 彼の為を思うのならば、このまま私を恨んでいた方が幸せなのかもしれない。

 でも結局、――罪は罪でしかないのだから。



「――『達磨』って知ってる?」


「は?」


「アイジエン大陸の東の大陸の置物なんだけど、」


「いきなり何を言って――、」


「手足が無い人形みたいな物でね、」


「っ、いい加減にーー!!」


「上層部の連中は、ルイーズを捕まえたらソレと同じように加工してやると言っていた」


「……え?」


 惚けた様にルーカスが固まる。
 そんな彼を後目に、私は表情を変えずつづけた。


「手足を切り取って、傷口を塞いで、――寿命が尽きるまで永遠に見世物にして甚振ってやるって、そう言っていたんだ」


 ――誰だって、家族は大切だ。なら、その家族が無残にも殺されたらどうする。もし、それが大事な一人娘だったならば?

 ――常軌を逸した行動をとったとしても可笑しくはない。

 でも、それはやり過ぎだと思った。――あろうことか私は加害者に同情してしまったのだ。


「私はただ、選んでもらっただけ。――その場で私に殺されるか、生きて地獄を見るか。彼女は前者を選んだ。それだけの事だよ」


「な、何だよそれ。――そんな話信じられるわけ、」


 ルーカスは目に見えて狼狽している。頑なに否定しないところを見ると、どこかでそんな話があったと噂程度には聞いていたのかもしれない。


「なら、何で君は此処に居るんだ。此処に来るほどに重い罪でも犯したの? ……別に私への復讐の為だけじゃないんだろう? ――それとも、圧力でも掛けられたのかな。――君は、彼女の弟だからね」


 ルイーズが死んでしまったから、その代わりの見せしめ。つまり都合のいい羊だったわけだ。

 ――それに、きっと私へのあてつけでもあるのだろう。どこで試験の情報を掴んだのか知らないが、性格が悪い。

 ――彼女の弟を復讐者に仕立て上げ、私に殺させる。二重の意味で嫌な嫌がらせだ。


「ルイーズが君にとってどんなに良い姉だったかは知らないけど、君の姉は殺人鬼だ。――人を殺せば恨まれる。それは君だってよく分かっているだろう?」


「――っ、でも!!」


「まぁそれでも、君は私に復讐する権利がある。――だが、それを受け入れる義務は私にはないよ」



 彼の返事を待たずに、鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。……もちろん手加減はしている。
流石に念能力者ではない彼に対して強化された攻撃をするつもりは更々ない。


 その場に倒れた彼を一瞥してリングを降りる。その足取りは、酷く重いものだった。

 自分では割り切っているつもりでも、実際に殺した相手の遺族と対面すると、意外と堪えた。

 ―――そうか、こういうパターンもあるのか。

 自分では親切でした事だと思っても、そうは取らない人間もいる。事柄が事柄だし仕方ないのかもしれないけど。

 人を『殺す』。言葉にすると簡単なのに、その行為は柵が多すぎる。



 クラピカは何か言いたげに私の方を見ているが、それを聞いてあげられるほど私の精神状態はよろしくない。

 鬱々とそんな事を考えていると、帽子の少年が話し始めた。



「これで二勝なので貴方達の勝ちですね、おめでとうございます。もうすぐ左手にある扉が開きますので暫くお待ち下さい」



 彼は倒れているルーカスを気にする様子もなく、相変わらずマイペースに説明をしている。

 ふと、何故か彼に違和感を感じたので、すぐさま凝を開始する。

 ――、纏?

 此処は刑務所の筈だ。もしも彼が念能力者ならば脱獄なんて簡単に出来るだろう。

 ……いや、そもそもこの部屋に着いたときに彼らは手錠をしていなかった。普通だったら私達が着いたときに試験官が手錠を外すはずだ。しかもこの部屋のどこにも手錠らしきものは見当たらない。

 ――疑いだせばきりがない。



「説明をしてもらおうか。――君が、仕掛け人か?」


 少年に向かって一歩踏み出し、袖に隠してあったナイフを向けながら言う。

 どういうつもりか知らないけど、ルーカスを連れてきたのは十中八九コイツだろう。どの遺族に頼まれたかは知らないが、あまりにも性質が悪い。

 そんな私の言葉に目を丸くしたかと思うと、彼はお腹を抱えて笑い出した。



「あははっ、よく分かりましたね。――僕がこの話に噛んでるって」


 少年は悪びれもせずにそう言ってのけた。
 その姿はまるで無邪気な少年のようにしか見えない。だからこそ、彼の心理が全然わからない。


「――隠すつもりもなかった。そうだろう?」


 そもそも、隠し通すつもりならばもっと上手くやるはずだ。最後の最後に念能力者であるという事をばらしたりなんかしない。


「僕は仲介をしただけなんですけどね。まぁこの仕事を受けたのには他にも理由があるんですけど、まぁ、貴女の反応が見れただけで成果は十分と言ったところでしょう。『彼』もきっと喜びます」


「彼?」


「おっと、いけない。すいませんがこれ以上は禁則事項なので。扉ももう開いたようですし、僕はここで失礼しますね」


 そう言うと、彼は気絶しているルーカスを引きずるようにして右手にある扉から出ようとした。恐らくあの右の扉が試験官の所へ繋がっているのだと思う。


「ちょっと、まだ質問が――」


 私が彼を呼びとめようとしたその時、彼が振り返った。


「僕の名前はアキト。――神崎アキトです。近いうちにまた会いましょうね。ああそれと、――――その風船、くれぐれも割らないように。まだ、その時じゃないですから」



 そう言い残すと、彼はさっさと扉の先へと走っていってしまった。取りつくしまもない。


 ……神崎アキト。聞いたことの無い名前だが、何となく彼の正体の予測はついた。


 ―――私と同じ、転生者。

 やっぱりミルキ以外にも存在していたのか。……近いうちに、と言っていたし、今回の接触にもなんらかの意図があるんだろうけど、今の状況ではなんとも判断できない。


「知り合いなのか?」



 今まで蚊帳の外だったクラピカが、居心地悪そうにしながら質問してきた。

 ……ゴメン、すっかり忘れてた。

 知り合いか……。どうなんだろう、実際。私が忘れているだけでもしかしたら会ったことがあるのかもしれない。



「――いや、知らない人だよ」



 取りあえずはそう答えておく事にした。間違ってはいないし。







◇ ◇ ◇








「……エリス。君は、《復讐》をどう考えている?」



 試練の間から出て数分後。考え込むようにしていたクラピカが、そんな質問を投げかけてきた。


 ……復讐か。さっきまで《復讐》という名の行為で殺されそうになっていた私に対してそんな重い質問をしてくるなんて……。でも、中々へヴィな質問だな。



「それは、『する事』について? それとも『定義』について聞いてるの?」


「――いや、『される事』についてだ」


 ……うわ、その質問はえげつない。クラピカってもしかしなくても私の事が嫌いなんじゃないだろうか。別にいいんだけどさぁ。


「個人の自由じゃないかな。復讐されるって事は、それだけの事をしたって事なんだし。でも加害者側だってただではやられないだろうけど。――むしろ、やり返すつもりで相対するだろうね。誰だって、死にたくはないだろうから」


「被害者に、何の非が無かったとしてもか」


「それを問う事に意味はないよ。加害者が罪悪感を持っていない限りは、ね。――そもそも人間っていう生き物は、みんな自分が一番可愛いんだ。『殺してやる!』→『はい、わかりました』なんてなるわけがない」


 それにクラピカが何故そんな事を聞いてきたのかは解らないが、私は彼の考えている《復讐》に対する答えを持っていない。

 正直なところ、《復讐》なんてある程度の正当性があれば実行しても全然問題ないんじゃないかとさえ思ってる。あくまでも周りに迷惑を掛けなければの話だが。

 それで返り討ちにされるようならば、それまでだろう。ようは勝てばいいだけだ。勝てば官軍、負ければ賊軍。弱肉強食で分りやすいじゃないか。


 だがしかし、結局のところ私がクラピカに何を言ったとしても『何も知らないくせに偉そうな事を言っている』という状態になりかねない。

 だって私は今まで一度も、彼のように『身を焦がす程の憎悪』を抱いた事など無いのだから。

 きっとクラピカは一般論の回答なんて求めていないだろうし、私は当たり障りの無い答しか考える事が出来ない。

「復讐は誰も報われない」とか「正当性があるのならば、それは正しい」とか、上辺だけの返答ならばいくらでも考えつくが、そんなのはかえって失礼だ。

 クラピカはそんな私の理論に眉をしかめると、唐突に語り出した。


「私は、とある一族の生き残りだ。4年前に同胞を皆殺しにした盗賊グループ、『幻影旅団』を捕まえる為にハンターを志望した。
……それが間違っているとは思わない、絶対に!!」


 ……いや、だからそれを何故私に言うのだろうか。正直、困る。私別に間違ってるなんて言ってないし。

 さっきだって迷いに迷って答えたのに、さらに返答の難易度を上げないで欲しい。会話は苦手なんだ。

 緋色の瞳に見つめられながら、思考する。

 ――クラピカが言ってほしい事を言うのは簡単だ。


『君は間違っていない』『それは正しい行為だ』『同胞達もきっと報われる』、その類の言葉を言えばいい。でも、それじゃあ駄目だろう。何より私の上っ面の言葉が彼に響くとは思えない。


「私に何を問うたところで、君はもう自分の中で答えを出している筈だ。――今さら正しいか間違っているかなんて、本当はどうでもいいんだろう? ――やりたければやったらいいよ。結局は後で後悔するかしないかのどちらかなんだからさ」


 以前、先生にこれと似たような事を言われた。今でもその言葉は私の心に深く根付いている。

 要約すると、『私には関係ないから好きにしたら?』という感じになるが、細かい事は気にしてはいけない。

 まぁ要約はともかく、かなりカッコつけしいな台詞だな、これ。なんか恥ずかしい。

 内心ドキドキしながらクラピカの様子を伺うと、私の予想に反して彼はきょとんとした顔をしてこちらを見ていた。
 ……え、何で?別におかしい事は言ってないと思うけど。



「……何?」



「いや、そんな風に言われるとは思っていなかったからな。少し、驚いてしまって……」


 クラピカ、お前……。私の事をどんな風に思っていたんだ?



「私の師匠の受け売りだよ。―――『深淵の魔女』、名前くらいは知っているんじゃないか?」


 マリアさんは業界の中では有名人だと思う。クラピカならばもしかしたら知っているかも知れない。


「あの『ブラッディ・マリア』の弟子だと!?」



 ……おおっ、そっちの通り名を知っているとは思わなかった。

 ついでに言ってしまうと、『ブラッディ・マリア』とは先生の通り名の一つだ。
他にも色々あるが、此処では割愛しておく。

 あくまでも他称であるので、先生が重度の厨二病というわけではない。ここ重要。

 先生は中でも最初に言った『深淵の魔女』という表現を気に入っているらしく、よく「自分は魔女だ」と言っている。だがしかし、それに「ホントにその通りですね」と返すと怒られる、理不尽だ。



「あの魔女の弟子か……。なるほど、どうりで」



 ……何を納得したのかは知らないが、碌なもんじゃないと思う。

 その後、何かおかしな化学反応が起こったのか、ちょこちょこクラピカと普通の話が出来るようになった。
 さっきまでの声を出したら負けみたいな空気が嘘の様に和やか――あくまでも先程に比べたらだが――になった。


 それから道に仕掛けられた罠をかわしつつ、着実に下に降りていった。


 後は特筆すべき所が無かったので省略する。




 最後の扉を開け、大広間に出る。何人か先客がいたが、極力そっちの方向には視線を向けないようにした。ヒソカ怖い。



『―――220番エリス、404番クラピカ。三次試験通過、所要時間14時間38分』




 ―――三次試験通過、やっと折り返し地点ってとこか。


 まだミルキも双子も降りてきてないみたいだし、ゆっくりと待つ事にしますか。








◇ ◇ ◇




 クラピカは現状に早くも疲弊していた。

 最初の部屋から出て、未だに会話は皆無。途中に仕掛けられていた罠さえ、言葉で言えばいいのに軽く突き飛ばされて回避させられた。いや、感謝はしているのだが、何というか素直に喜べない。……そんなに私がパートナーなのが嫌なのだろうか。


 先程のクイズでは事なきを得たが、もしあの場で全問不正解などという事をしてしまっていたらと思うと、背筋が凍る。



「……また扉のようだな」



 長く続いた廊下の先にまた扉が見えた。正直な所、試験の一環だと分かってはいるのだが、無言で廊下を歩き続けるよりかはずっとマシである。

 扉には【試練の間】とプレートが掛かっている。どうやらこの先には廊下ではなく部屋になっているようだ、罠ではないといいのだが……。

 エリスは私の呟きに軽く頷くと、躊躇いもせずに扉に手をかけた。その行為に躊躇いは一切見受けられない。


……彼女にとっては罠なんて何の意味も成さないのかもしれないな。



◇ ◇ ◇



「疲れたのでギブアップしますね。ああ疲れた」


 私の対戦相手の試練官は、そんなふざけた事を言って試合を放棄した。

 相手は飄々としていて、とても全力を出しているとは思えなかった。

 馬鹿にされているのかと不満に思ったが、これは試験なのだと自分を納得させた。私の勝ちという事になるならば、文句を言う必要性はないだろう。


 そう思い直してリングの方を見れば、もうすでに次の試練官とエリスがリングに上がっていた。
 一先ずは彼女の健闘を祈る事にしよう、……心配は要らないと思うがな。



 どうやらあの茶髪の試練官は彼女に並々ならぬ敵意を持っているらしく、先程も開始の宣言もなくいきなりエリスに蹴りかかった。……しかも靴に暗器が仕込んであるようだ。

 一方エリスは、最低限の動きで攻撃を交わし相手を翻弄している。

 足取りの一つ一つに関しても計算し尽されていて、戦っている相手が当たると思っただろう攻撃もギリギリの所で避けている。


 ……あの相手のルーカスという少年も、あれでは報われないな。

 決して彼は弱いわけではない。――ただ、エリスとのレベルが違いすぎるだけだ。



「くっ、いい気になりやがって。………何で、何でこんな奴に姉貴が殺されなきゃいけなかったんだ! くそっ!!」


「……姉貴?」




 その時、初めてエリスの表情が変わった。

 いや、変わったというよりは寧ろ『眉を寄せた』程度の変化だったが、いつも無表情の彼女に比べたら大きな変化である。


「あぁそうさ、アンタが殺したんだ。忘れたとは言わせないっ!!――三か月前、

――俺の姉貴、ルイーズをな」



 その言葉に、エリスが納得したかのように頷く。



「君は『人喰いルイーズ』の弟か」


『人喰いルイーズ』

 聞いた事ある。

 とある街の郊外で一人の少女の死体が発見された。――その死体の一部が、噛み千切られたかのように無くなっていたという。

 その最初の殺人から同様の事件が今までに47件。最近は話を聞かなくなったと思っていたが、そうか、既に死んでいたのか。


 ……彼の心情的に考えれば身内を殺されたのだから、《復讐》を実行する気持ちは分からなくもない。だが、恐らくだが非は彼の姉にある。

 ……私は、彼の行為を否定する事は出来ない。そして、彼女を否定する事も出来ない。

 その時、攻撃を避けているだけだったエリスに変化があった。



『――『達磨』って知ってる?』



 それは、話を聞くだけでも、気分が悪くなりそうだった。

 負の連鎖は、終わらない。一体、悪かったのは誰だったのだろう。

 いや、一番悪いのはルイーズだ。そこから全てが始まった。エリスが彼女を殺したのは、あくまでも優しさなのだろう。だからと言って、その警官が悪かったわけでも無い。――ならば、ルーカスは?


「まぁそれでも、君は私に復讐する権利がある。――だが、それを受け入れる義務は私にはないよ」


 彼女は、まるで他人事とでも言いたげにそう言った。


『人を殺せば、恨まれる』それは、確かに真理である。

 私は蜘蛛を捕えたい。そのために相手の生死は問わないつもりだ。

 それを間違っているとは思っていない。奴らはそれだけの事をしてきたのだ。でも、――。




 ――彼女に話を聞いてみたい。そう思った。





◇ ◇ ◇




 もう一人の試練官は、何やら複雑な事情で此処にいるらしい。話が断片的過ぎてイマイチ理解が追いつかないが、要するに彼女の敵という事なおだろうか。




「知り合いなのか?」



「――いや、知らない人だよ」



 彼女はいつもと変わらぬ無表情で、そう言ってのけた。どうやら詳しく話すつもりはないらしい。どうせ問い詰めたところで返事は帰ってこないだろう。





◇ ◇ ◇






 手錠を付け直し、廊下を歩きつづける。

 ジャラジャラと金属が擦れあう音と、二人分の足音が、静かな道に響いている。
 ……こうまでも単調な景色が続くと、否応もなく先ほどの試験の事を考えてしまう。



『人を殺せば恨まれる』


 ……何故だろうか、どうしてもこの言葉が耳に焼き付いて離れない。

 もしも、旅団の連中にも大切な人達が居て、今度はその人たちが私を殺しに来るとするならば、――――私がしようとしている事は一体何だというのか。


 ……そんな事は断じて許す事が出来ない、認められない。


 ―――認めてしまえば、私は自分を保てる自信がない。



「……エリス。君は、《復讐》をどう考えている?」



 だからこそ彼女に確認したかった。
 間違えているのは私なのか、それとも彼女の考えなのかを。

 私の問いに、彼女は少しだけ考えるような素振りを見せ、口を開いた。


「それは、『する事』について?それとも『定義』について聞いてるの?」


「――いや、『される事』についてだ」


 そう言った瞬間、彼女は少し困ったかのように眉を下げた。……無理もない。先ほどまでの出来事を考えれば当然だ。普通の人間だったら怒りだしてもおかしくはない。

 だからこそ、今しか聞けないと思った。きっと、今この瞬間しか話す機会は訪れない。そう直感が告げている。

 エリスは視線だけを横に向け、少し考え込むような仕草を見せると、淡々と饒舌に話し始めた。


「個人の自由じゃないかな。復讐されるって事は、それだけの事をしたって事なんだし。でも加害者側だってただではやられないだろうけど。――むしろ、やり返すつもりで相対するだろうね。誰だって、死にたくはないだろうから」


 つまりは、『復讐にきても構わないが、返り討ちにする』という事だろうか。


「被害者に、何の非が無かったとしてもか」


「それを問う事に意味はないよ。加害者が罪悪感を持っていない限りは、ね。――そもそも人間っていう生き物は、みんな自分が一番可愛いんだ。『殺してやる!』→『はい、わかりました』なんてなるわけがない」


 そんな事、――そんな事は私にだって分かっている。あの悪逆非道の集団が、罪悪感なんて抱くわけがない。
 そんな奴らが復讐を甘んじて受け入れる事なんてないと分かっている。

 むしろ彼らにとっては、自身を害そうとする存在――つまり私の事だが――の方が『悪』なのだろう。


 分かっている。でも、言葉は止まらなかった。




 ――蜘蛛を捕まえる。もしくは殺す。そして、同胞の眼をこの手に取り戻す。それだけが生き残った私に出来る唯一の贖罪だから。

 私は間違ってなんかいない。あいつ等はまぎれもなく『悪』だ。たとえ私がやらなくても、いつかは今までのツケを払う時が来るのだろう。だが、奴らの存在に終止符を打つのは、出来る事なら私でありたい。

 ―――幻影旅団は必ず私の手で滅ぼしてみせる。その為ならば何を犠牲にしても構わない。

 たとえ誰になんと言われようともこの思いだけは曲げるつもりはない。
 だから、――どうかこれ以上私の信念を揺らがせないで欲しい。


 詰まる所、私はただ肯定してほしかっただけなのだと思う。『お前は正しい』と、そう言ってほしかった。彼女にも、きっとその浅はかな考えは読まれていたと思う。

 ――だが、彼女はそこまで優しい人間じゃない。いっその事バッサリと否定されてしまった方が気が楽になるのかもしれない。


「私に何を問うたところで、君はもう自分の中で答えを出している筈だ。――今さら正しいか間違っているかなんて、本当はどうでもいいんだろう?――やりたければやったらいいよ。結局は後で後悔するかしないかのどちらかなんだからさ」


 エリスが、淡々と語る。


 ――私の答え。

 ……なんだ、そうか。ああ、確かにその通りだ。結局は最後は私次第なのだろう。


 例えこの燻る思いの糧が憎しみであろうとも、私はもう止まるつもりは無い。

 後悔なんて、村に帰ったあの日に死ぬほどした。あれ以上の後悔なんて、これから先する事は無いだろう。

 あぁ、そうだ。私はそんな簡単な事も見失いかけていたのか。

 私はあの日の誓いを忘れない。なら、きっとそれでいいのだろう。たとえ他人に責められようがそんな事知った事ではない。


 ―――私が私を肯定する限り、心は曲げない。

 心の中の霧が晴れたかのような爽快感があった。
 それと同時に、少しの驚きが生まれる。――まさか、こんなにも真摯に話に付き合ってくれるとは思っていなかった。

 声音自体は淡々としていたが、決して投げやりではなく真剣に考えてくれていた。……最初にあんなにも失礼な質問をしたというのにだ。

 黙ったままだった私を不思議に思ったのか、エリスが訝しげに話しかけてきた。



「……何?」



「いや、そんな風に言われるとは思っていなかったからな。少し、驚いてしまって……」


 そう答えた後、小さくため息を吐いていたのが何故か印象的だった。




 それからの道のりではまだまだぎこちないながらも、彼女の師の話や次の試験の予想、世間話などをしながらのんびり進んだ。

 主に私が話し役で彼女が聞き役であった事は言うまでもないと思うが、よく喋るゴン達と行動していた私にとっては中々新鮮な感覚だった。

 そもそも彼女の師匠である『マリア』というハンターは、賞金首ハンターの第一人者で、引退した後も『最優』の代名詞として語られるほどの人物だ。

 だが、そんな彼女に欠点はある。仕事は恐ろしいほどに正確。物腰も丁寧。――なのに悪名だけが目立っているのだ。

 一緒に仕事をすると、全ての賞金を総取りされる。ターゲット以外の周辺人物も根こそぎ粛清される。等々。

 その噂の出所の多くは同業者のハンターかららしいので、半分は天才に対するやっかみなのだと思う。

 だが後の残り半分は、エリス曰く、――愉快犯な性格が起因しているそうだ。多くは語らなかったが、深くは聞かない方がいいだろう。お互いの為にも。


 話をしてみてようやく分かったのだが、彼女は別に会話を嫌っている訳でもないらしい。どんな話を振っても、言葉数は少ないが嫌がりもせずに返答してくれる。いや、変な話題を振っている訳ではないが。


 ――なんだか、思っていたよりもずっとまともな性格をしている。


 こう言っては何だか失礼なのだが、あまりにも第一印象が悪すぎた。

 未だに視線が合うと僅かな忌避感は感じるが、最初の比ではない。きっと安全だと分かっているからだろう。

 ここでこうして一緒の道を歩いていなければ、私はずっと彼女の事を誤解したままだったのだろう。そう思うとすこし申し訳ない気分になる。彼女だって何をしたわけでも無いのに忌避されるのは気分が悪いだろう。


「、エリス」


「何?」


「すまなかったな、色々」


「…………?」


 エリスは意味が解らないとでも言いたげに首を傾げる。表情はまったくと言っていいほど変わらないのに、その仕草は割と雄弁だ。

 その事に何だか可笑しくなってしまい、少し笑った。

 そんな私の様子を不思議そうに見つめつつも、彼女さらに首を傾げたのだった。










『―――220番エリス、404番クラピカ。三次試験通過、所要時間14時間38分』


 何はともあれ、私の三次試験は恙なく終了した。


――後はゴン達が降りてくるのを待つだけだ。





◇ ◇ ◇





 帽子を目深に被った少年が、右手に人を引きずりながらテクテクと廊下を歩いて行く。


 引きずられている方の少年は全身を石畳で擦られているのに、まったく起きる様子もない。よほど深く意識が沈んでしまっているのだろう。





 ――さぁて、どうしたものでしょうか。


 少年は試験官室に続く道にある個室に、ルーカスを引きずりながら入った。




 うーん、ここまで酷い扱いをしても起きないなんて、ホントに彼って図太い性格してるんですねぇ。

 そもそもエリスさんに物怖じせずに立ち向かえたってだけで、格闘技をかじっただけの一般人にしては上出来な部類に入るのだろう。

 単に実力差が理解できない馬鹿なだけかもしれないけど。


 彼が自然に起きるのを待っても良かったのだけれど、時間が勿体無いので強制的に覚醒してもらう事にした。

 古典的にバケツで水を掛けるなんていいかもしれない。



「えいっ」



 バシャリと並々と注がれた水をルーカス君に浴びせる。水が濁っているのはご愛嬌といったところだ。



「う、うわぁ、ぐっ、げほっ、げほ。……い、いきなり何するんだアンタは!!」


 ゲホゲホと水を吐き出しながら、ルーカスが僕の事を睨み付ける。

 思いっきり顔を狙ったので、気管に水が入ったようだ。むせている姿が少々憐れかもしれない。

 それにしても、思っていたよりも反応が薄くてつまらなかった。

 もっと、こう、キレのある突っ込みとかを期待していたんだけれど、どうやら見込み違いだったようだ。


「起きました? いやぁ、ルーカス君ってば一発で気絶しちゃってびっくりしちゃいましたよ。死んだのかと思って冷や冷やしました」


「気絶? ……そうか、俺は負けたのか」


「まぁ実力差が有り過ぎましたからね。どうしようもないでしょう」


 僕がそう言うとルーカス君は悔しそうに唇をかみ締めた。

果 たしてそれが復讐の失敗による悔恨なのか、自身が何も知らなかった事による後悔なのかは僕には分からない。


「……アンタは、」


「はい?」


「アンタは知ってたのか。――アイツが姉貴を殺した本当の理由を」


 神妙な顔をしてルーカスが問いかける。

 ふむふむなるほど。なんだ、――そんな事か。


「もちろん知っていましたよ? クライアントから事前にその件に関しては説明されていましたし」


「ならどうしてっ……!!」


「君に説明しなかったか、ですか? ――言う必要性が無かったからですよ」


 ルーカスの驚愕した表情を気にも留めず、にっこりと笑って告げる。

 そもそも君の役割は、無様にも彼女に挑んで殺される事だったというのに。

 エリスの温情――いや、甘さかな?――によって生き残ってしまった。困った、これではクライアントの意向に反する。


「ルーカス君。僕は基本的に仕事には忠実なんです」


 そう言って、一歩づつ彼に近づいて行く。

 そんな僕の様子を不気味に思ったのか、彼は地べたに座り込んだまま後ずさろうとするが、残念。後ろはもう壁しかない。


「な、何を、」


「これは仕事ですから。だから僕は悪くないんです。だって僕はクライアントの意向を忠実に再現しているだけなんですから。……まぁ今回はちょっと見誤りましたけど、概ねは成功ですよね。あとはやり残したことを実行するだけですし。何度も言いますけど、これは仕事なんです。僕だって好きでこんな事をするわけでないんです。仕事なんです。仕事なんですよ。ねぇ、聞いてます?」


 くるくると右手でナイフを弄びながら、すっかり怯えきったルーカスに顔を近づけて話続ける。

 そんな僕の様子に、耐えきれないと言った風にルーカスが口を開く。


「……く、」


「え、何ですか?聞こえませんよ?」


「……お、お前はっ、――く、狂ってる!!」



 ……あは。



「そりゃあそうでしょうとも。だって僕は――『気狂い帽子屋』なんですから」




◇ ◇ ◇



 心臓に突き刺したナイフを静かに抜き取る。ふう、仕事とはいえ人を殺すのは胸が痛むなぁ。あはは、嘘だけど。



「それにしても、エリスさんってば大分まともな人間でしたね。意外です」


 もし、エリスさんがあまりにも目に余るようだったら、あの人の意見なんか無視して再起不能にしてやろうかと思ってたけど、存外好感の持てる人間だった。

 冷めたような目をしてる癖に、人を見下す様な様子は一切ない。強いて言うなら興味が無いと言った方が正しいのかもしれないけど。

 そして、言う言葉は飾り気もなく、全て本心から来るものだった。犯罪者に情をかけるところも、甘いというより逆に人間らしくて好ましい。

 今までに会った事のないタイプの人間だった。


 僕が今まで接触してきた、所謂『転生者』と言われる人たちは誰も彼もみんな傲慢だった。
 原作知識やチートな念や、旅団のメンバー入りやら己が欲望のままに動く輩が多すぎる。

 口では『原作を変えてはいけない』とか言いながら、結局原作に干渉して自分のいい様に作り変えようとする輩もいた。ホントに矛盾している。


 ――大した努力もしていない癖に、思い上がらないでほしいものだ。


 そんな奴らに真っ向から勝負を挑んで、見事勝った時の彼らの呆然とした顔は胸を空くものがある。

 だから、変化を受け入れない邪魔な『転生者(キャスト)』には早々に退場してもらう事にしている。
 派手に活動している人間には恨みがつきものだ。だから、僕はその恨みを晴らすお手伝いを仕事にしている訳だ。

 誰だって生理的に受け付けない人間がいる。僕にとっては多くの転生者がそれに当てはまるというだけの事。
 こればかりは生まれ付いての考え方なので今更変える事は出来ない。

 まぁそれを利用して仕事を受けている訳だから、人生って分からない。

 もちろん自分の事を棚に上げてるのは承知の上だ。なので、僕はいつ何処で誰に殺されても文句は言えないと思っている。まぁ、そんなのは当然の事なんだろうけど。


 それにクライアントに頼まれた件以外にも、別件で依頼があったんだっけ。そもそも此処にすんなりと入り込めたのは『彼』の御蔭だし。やはり持つべきものは協会にコネがある知人だな。まぁ正直彼の事はあまり得意ではないのだけれど。


「―――エリスさんも可哀そうに。あんな男に執着されるなんて」


 何の因縁があるのかは知らないが、あの『風船』を渡したところを見ると相当入れ込んでいるらしい。

 正直な所、彼女の側には『ミルキ』も居るし、あの人には勝ち目なんて無いんじゃないの? とも思う。だが、彼女の事を語る彼がとても幸せそうで――まぁ見ていて気分が悪いが――放っておこうと思う。

 予定調和の物語なんてつまらない。

 どんでん返しがあるのならば、これからも観察を続けるのも悪くないだろう。

 僕はそんな事を思いながら、試験官のリッポーに連絡を取る為、専用のトランシーバーを取り出した。



「あ、リッポーさんですか? 僕の用事はもう終わったので帰りますね。ご協力ありがとうございました」


『そうか。…例の件はどうなっている?』


「あぁ、彼でしたら僕の独断で処分させてもらいました。別に構わなかったですよね?」


『構わない。……それと、この件は他の連中には内密に頼む』


「あはは、分かってますよ。いくら上から指示とはいえ、個人の復讐に手を貸しただなんて世間に知られたら貴方の評価が下がりますからね。じゃ、僕はこれで失礼します」


 リッポーが何か言っていた気がしたが、強制的にトランシーバーの電源をオフにした。正直これ以上話していても何の利益にもならないし。

 会長の権限が強いハンター試験への介入は流石に骨が折れたと、あの人は語っていた。
 実際は彼ではなく、彼の兄の方が大変だったんだろうけど。あの人の兄もハンター協会のお偉いさんの癖に結構えげつない所があるからなぁ。

 どんな酷い手段を使ったのか気になるところだ。まぁ僕には関係ないけど。



「――次は天空闘技場にでも行きましょうか」



 あそこは転生者達のメッカだし、それらしき人物も何人かいるみたい。そういう奴等は《見れば》分かる。


 ―――願わくば、彼らがまともな人間でありますように。


 僕だって好きで殺しをしている訳じゃない。あくまでも『仕事』の内なだけだ。たまに依頼以上の事もするけど。

 僕は『仕事』以外では人を殺さない。いや、殺せないと言った方が正しいかな。まぁそんな事今はどうでもいいわけだけど。

 クスクスと小さく笑いながら、僕は遠い天空闘技場に思いを馳せた。



































[7934] 十四話B2(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2014/11/19 04:02

 ジャラジャラと金属が擦れあう音が静かな道に響く。
 その音と同じリズムで刻まれる二人分の足音。

 薄暗闇を歩く二人の人物――黒髪の青年と銀髪の少女――は互いに固く口を閉ざし、どこへ続いているのかも判らない道を進んでいる。


「俺的にさ、どう考えてもこの装備は『奴隷』じゃないと思うんだ。百歩譲ったとしてもペットと飼い主だからね、コレ」


 ミルキが不満そうにそう呟き、首から連なっている鎖をつまむ。

 別に重たいわけでも、動く難いわけでも無い。ただ、良い所の御坊ちゃんとして育ってきた身としては何となく納得いかなかったのだ。


「そんなに気になるなら、私がそっちでも良かったのに」


「……そういう訳にもいかないだろ。お前は一応女の子なんだし」


 ミルキのその言葉に、グレーテルは少しキョトンとした顔になると、困ったように首を捻った。


「この程度の事で? ――別に冬の寒空の下全裸で放置されるわけでも無いし、大した事ないのだけれど……」


 ……おっふ。そう言えばこいつらの人生ハードモードだったの忘れてた。

 あー、そうだよなぁ。それを考えたら首輪くらいどうって事もないのか。

 この世界って人身売買、貧困の差、犯罪数、どれをとっても前世とは比べ物にならない。俺も他人事じゃないけど、比較的シアワセに生きてきたからなぁ。


「あー、悪かったよ。我儘はもうやめとく」


「あら、同情してくれるの? 優しいのね、お兄さん」


 グレーテルは、クスクスと口元を手で隠しながら可愛らしく笑って見せる。

 ――その姿が、天然なのかはたして擬態なのかは俺には判断が付かない。俺が知っている限り、彼等双子は何時だって楽しそうに笑ってみせる。辛い事なんてなにも知らないかのように。


「グレーテルってさ、――いや、お前らってさ――今、幸せ?」


 ただ、純粋な疑問だった。

 一年前までアンダーグラウンドの中でもさらに深い所に居た奴らが、急にあの暖かい家に連れてこられたんだ。きっと彼等にも思うところはあるのだろうけどさ。

 今まではただ、殺せばよかった。それだけで良かった。――それだけで、生きてこられた。だが、あの場所では培ってきた『常識』が、何一つ通用しない。

 あそこは少し特殊だが、『普通』の生活が出来る。皆優しいんだ、あの家は。

 殺さなくていい。媚を売らなくてもいい。体を差し出さなくてもいい。ただの『子供』として、過ごしていい。

 ――そんな存在意義がわからなくなるようなぬるま湯の中で、彼らは一体何を思っているのだろうか。

 俺の質問に、グレーテルが立ち止まる。

 少し俯くかのように下を向き、スッと顔を上げた。

 その表情に、少し驚く。いつもの笑顔はなりを潜め、真剣な目をしていたからだ。



「みんなね、優しいの」


「え?」


「いつもふかふかのベッドで眠って、残飯じゃない暖かい料理がでてきて、――餓えなくてよくなって。……私ね、いつもニンジンが食べられなくてお皿の端に避けるんだけど、それに気づいたシンク兄様が小言を言いながら『仕方ないなぁ』って食べてくれて、」


「…………」


「私と兄様がお手伝いすると、とってもアリィ姉様は喜んでくれるの。大した事は出来ないのに、『ありがとう』って。――先生もそう。何も言わずに私達の身元引受人になってくれた。私達、シンク兄様を殺そうとしていたのによ?」


「…………グレーテル、」


「エル姉様は、少し口煩い所があるけどいつも私たちの事を甘やかしてくれるわ。怒るときもね、優しいの。何か困ったことがあれば一緒に悩んでくれるし、無理強いをする事もない。みんな、みんな、本当に優しくて――――まるで悪い夢でも見ているかのようだわ」



 唇を噛みしめて、ライフルをぎゅっと抱きしめながら険しい顔をする彼女。


「嫌なわけじゃないのよ? でも、時々酷く――壊したくなるの」


「それは、何故?」


「みんなが優しくて、暖かくて、甘やかで。私たちが生きてきた墓所とは全然違う。その度に、思うの。――惨めだなぁ、って」


「…………」


「だって、――だってそれじゃあまるで、私達が可哀想みたいじゃない」


 悲鳴の様に、静かに呟く。


「何がいけないの? 生きるために殺して、何が悪いの? ――死にたくないって思っちゃ駄目なの? ――私だって今まで生きるためにやってきた事が一般的に悪い事だって、ちゃんと分かっているわ。……でもね、誰も私達を責めないの。今までの事を『間違ってるよ』とか『悪い事だよ』とか、言ったりしないの。ただ、次からはどうしたい? っていつも聞かれる。求められてる答えは分かってるけど、簡単に出来るほど大人にはなれないの。――私達が知っている世界はもっと残酷で、血生臭くて、裏切りが跋扈してて、――それなのになんで? どうして? ――――あんなに優しい世界があるなら、なんで私達はあんな目に合わなきゃいけなかったの? ――ねぇ、なんでもっと早くたすけてくれなかったの? あんなにくるしかったのに、……」


 泣いてはいない。ただ、声が震えていた。


「分かってるの、こんなの全部駄々だって。みんなが優しいから、ちょっと勘違いしちゃっただけ。……ごめんなさい。エル姉様達には秘密にしてね?」


 儚げに笑う。強がりなのは目に見えていた。


「別に言わないけどさぁ。――もっとそういうの言ったらいいのに。別にみんなただの同情でお前らと一緒に居るわけじゃないだろうしさ。仮にも『家族』なんだから。相談して貰えたら逆に喜ぶと思うけど。……ああ、ソレが嫌なのか」


「…………」


 俺は俯くグレーテルの頭をグシャグシャと撫でながら、口を開く。


「そういうのも含めてさ、ゆっくり考えていけばいいと思うよ。――ただ、裏切る様な真似だけはするなよ。その時は、俺がお前らを殺すから」


「……あは、それは怖いわ。気を付けなくちゃ。でもね、お兄さん」


「ん?」


「裏切るなんてありえないわ。だって私――みんなの事大好きなんだもの」


 はにかんだ様に笑う彼女は、年相応にみえて微笑ましかった。


「じゃあ早く下で合流しような。――さ、急ごう」


「うん!」




◇ ◇ ◇







『―――222番グレーテル、302番ミルキ。三次試験通過、所要時間30時間52分』




「―――は、………で―――じゃないか?」


「そうだな。―――の………は―――だろう」



 ―――そんなこんなで下に降りたら、クラピカとエリスがなんか仲良さげに話をしていました。


 ……なにこれ怖い。

 え、どんな化学反応が起こったらこんな事態が起こるの? 俺が居ない30時間の間に何があったし。


 咄嗟ににエリスに駆け寄ろうとしたが、俺は無様にもその場でこけた。



「ねぇお兄さん、まだ首輪がついてるんだから走ったりなんかしたら転ぶわよ」


 手首に巻きついた鎖を引きながら、呆れた様にグレーテルが笑う。


 ……うん、そうだね。でもちょっと言うのが遅かったかなぁ?

 そういえば出口に鍵が置いてあったな、なんで俺はその時に外さなかったのだろう……。俺って、実は馬鹿なのだろうか。



「―――あれ、ミルキ?」



 俺たちが降りてきた事に気づいたエリスがク、ラピカとの話を切り上げてこちらに駆け寄ってきた。

 いや、嬉しいけど!嬉しいんだけどさ!今はちょっとまずいよ!?


 俺が冷や汗を流しつつ焦っていると、エリスが俺たちを怪訝そうに見てきた。



「それ、どうしたの」



「え、いや、あの、これはその、えーと」


 俺が必死に言い訳を探していると、ぽんっと俺の肩にグレーテルが手を置いた。任せろ、とでも言いたげに俺に微笑む。


「エル姉様、あのね、――お兄さんは私のペットなの」



「………………………………………………………………………へぇ」



 救世主登場と思いきや、全然そんな事もなかった! 寧ろ追い詰められた!?

 うすうす思ってたけどお前は俺の事が嫌いなのか? そうなのか!?

 俺の非難がましい視線に気づいたのか、グレーテルはニヤニヤと笑いながら楽しそうに言う。


「きっとこれは、あれよね。好きな子を苛めたいって思う、ちっちゃな子供みたいな心境なんでしょうね」


「いや、弱い者を甚振りたいって思う、おっきな大人みたいな心境だと思うぞ……」


 どうしてこうなった。本音トークで結構仲良くなれたと思ったのに。


 そう思い、俯いていると頭上から控えめな笑い声が聞こえた。



「あはは、暫く会わないうちにそんなに仲良くなったんだ。安心したよ」


 ……うん、冗談を言い合えるほどにはね。

 地味に凹んでいる俺をスルーし、グレーテルがエリスの腰に抱きつく。そんなグレーテルの頭を撫でながら、エリスは俺達が出てきた扉の方を見つめた。


「……まだ兄様は降りてきてないのね」


「そうだね。――まぁヘンゼルなら心配は要らないだろうけど」



 二人が話している隙に首輪の鍵を外し、グレーテルに鍵を渡した。

 確かに実力でいえば全然心配ないのだろうけど、彼が去年のヒソカのように試験官に喧嘩を売らないかどうかだけが懸念事項である。ヘンゼルならやりかねないのが悲しい。



 はたして、ヘンゼルは今何をしているのだろうか?





◇ ◇ ◇










「ねぇおじさん。人を殺すのって楽しい?」


 少年は眼前の男の前にしゃがみ込み、目線を合わせる。それはそれは、楽しげに。


「僕はね、銃も嫌いじゃないんだけど、やっぱり刃物を使った時のあの飛び散る赤が一番好きなんだ。でもあんまり切り刻んじゃうとかえって面白くはないかな。原型が残ってるのが一番いいよね。その辺はおじさんとは意見が合わないなぁ。――ところでさ、おじさん。――――もう好きな事が出来ないって、どんな気持ち?」


 少年はそう言うとニヤリと笑って、――人の指を摘み上げた。

 人間の――第二関節より下が無い――指を男の目の前でぷらぷらと揺らす。男は呻くばかりでそれを意に介さない。

 少年はぷぅ、と不貞腐れたかのように頬を膨らませると手に持っている指を奈落の暗闇に放り投げた。


「姉様は最近色々考えてるみたいだけどさぁ、僕はもっと気楽にやった方がいいと思うんだよね。――おじさん聞いてる?」


 少年は男の手――握りこぶしの様なシルエットの、――いや、指が一つ残らず切り取られた手を靴のそこで踏みにじりながら問いかける。


「お、俺の指……。おれの指がっ……!!」


「たかだか指くらいでガタガタ煩いなぁ。ま、どっちにしろ一緒かな」


 少年は男と話すのが飽きたかのように踵を返し、その場で軽く伸びをした。


「おじさんさぁ、どっちかが死ぬまで続けるとか言ってたけどどうする? 僕なんかもう飽きちゃった。――死にたくないなら見逃してあげてもいいよ?」 


 くるっと回りながら、少年は笑顔で告げる。


「ほ、本当か?」


「うん。でもただ見逃すのはつまんないからなぁ。――僕の質問に一つ答えてくれる?それでどうするか決めようかな」


 少年のその言葉に、男が絶望した様に目を見開く。少年はなおも笑う。

 楽しくて愉しくて仕方がなく、堪えきれないといった風だった。


「簡単な質問だよ。ねぇ、――人殺しより楽しい事って、何?」


「――え?」


 少年は照れたかのように笑うと、再び男の前にひらりとしゃがみ込んだ。


「エル姉様がね、『もっと楽しい事はいっぱいある』って言うんだけど、僕はよく分からないんだよね。だからさ、自分で考えても駄目なら人に聞いてみようかと思って。――えへへ、頭いいでしょ?」


 男は――ジョネスは思考する。

 此処で答えをしくじれば、自分は確実に死ぬ。

 殺人鬼として己が欲望のままに生きてきた。そう、人を超えた獣としての本能が告げている。

 考えろ、考えろ考えろ考えろ。此奴が納得する『答え』とはなんだ。『人殺しよりも楽しい事』?

 この位の餓鬼だと何が楽しいものなんだ? ゲーム? 運動? それとも友人とのお喋り?


 ……くそっ。――そんな事、俺がわかる筈が無い。


 それが分からないから、――俺は殺人鬼とまで呼ばれるようになったんじゃないか。


 呻くように、歯を食いしばる。


「ねぇまだー? 僕もう飽きちゃったんだけど」


 目の前で悪魔が不貞腐れた様に頬を膨らます。その目を間近で見て、悪寒が走った。

 透き通った銀の瞳。だが、その輝きはどうしようもなく鈍いものだった。でもその中に見える微かな光。明らかな、加虐の色。そして何より、――その目に映りこんだ怯えきった自分の姿。

 あ、ああ。ああ、コレはまるで、――今まで俺が殺してきた人間と同じ表情だ。

 俺が、あの惨めな肉片達と同じ? それは何て冗談だ?


「は、ひははっ、はははははっ!!!!」


 ああ、おかしくないのに笑いが止まらない。これから死ぬかもしれないというのに。


「ん? 何? なんかおかしくなっちゃったかな? ――で、答えは?」
 

 悪魔が首を傾げる。答え?そんなの決まってる。


「人殺しより楽しい事? ――そんな事ある訳ないだろうが!!」


 子供の柔らかい肉を掴むのが好きだ。その時にあがる切羽詰った絶望の悲鳴も愛おしい。それが見るも無残な肉塊に変わっていくのは胸が躍った。これ以上楽しい事なんてある筈が無い。

 ――お前だって、同じ穴の貉だろう? なあ同胞。


「ひはっ、お前だって分かってんだろう? 変われねぇよお前は!! 変われるわけがないだろ!?」


 狂ったように笑う。ああ違う、俺は最初から狂っていた。まともな人間は人なんか殺さない。


「化け物が今さら人のふりをしようってか? その『姉様』っていうのがどんな奴かは知らないが、お前みたいのを更正させようとするなんてそいつも馬鹿だな。ギゼンシャって奴か? ――それともその可愛いらしい顔で誘って体でも提供、」


「あ、もういいや」


 その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。

 ただ、最後に見た悪魔の目が酷く冷たかったのが印象的だった。



◇ ◇ ◇



 キルアは冷静に今の試合、いや――一方的な虐殺を見学していた。


 ヘンゼルが絶命したジョネスを足蹴にする。ギリギリと頭を踏みにじるかのように。

 その表情は、――驚く程に冷たいものだった。

 笑っている顔がデフォルトの癖に。調子狂う。



「……なんだよ、あれ」


「さぁ。思春期って奴じゃねーの」


 レオリオが呆然としたように呟く。どうでもよさそうにそう適当に返すと、空気が読めない奴を見るような目で俺を睨み付けた。

 仕方ないだろ、俺だってよく分からないんだからさ。


 ――散々死体を蹴りつけ満足したのか、ヘンゼルは何時ものあの笑顔でこちらに向かって歩きだした。


「ごめんね? 待たせちゃったかな」


「かなりな。――胸糞悪いもの見せやがって、お前頭おかしいんじゃねぇか?」


「ちょ、止めなよレオリオ。……俺も確かにさっきのはやり過ぎだと思うけどさ、そんな言い方はないよ」


 吐き捨てるように言うレオリオをゴンが諌める。

 珍しいな、こんな風に突っかかってくるのは性格的にゴンの方だと思ったんだけどな。


「はいはい、この話はこれで終わりな。どうせとっくに3勝してんだからここに留まる必要はないだろ?もう行こうぜ」



 そう、実はヘンゼルがジョネスと戦う必要性はまったくなかったのだ。

 先ほどの戦いは『自分も戦いたかった』という両者の意見が一致したから行われたのであり、試験自体とは一切関係ない。



 実質的には、こうだ。

 俺 ○ ― ボウズ頭 ×
 ゴン ○ ― 痩せ型の男 ×
 シズク ○ ― 変顔 ×


 シズクにいたっては相手が「オレは旅団四天王のマジタ…」の部分で回し蹴りを叩き込み、容赦なく塔の下に向って突き落とした。

 せめて台詞くらいは最後まで聞いてやれ、ちょっと哀れだ。

 その時のシズクの台詞が「偽者は嫌いです」だったのだが、別に大した事じゃないと思うのでスルーする事にする。

 まさかシズクが幻影旅団のメンバーだなんて事はありえないしな。旅団ってもっとあれな感じだろ、悪人顔の筋肉軍団みたいなのとか。


 その後はちょっとばかし微妙な雰囲気が漂っていたが、そんなに気にするほどでもなかった。またの名を気づかないふりとも言う。



 まぁそんなこんなで『最後の分かれ道』にたどり着き、時間もだいぶ余っていたので『長く困難な道』を通ってゴールを目指した。

 俺としては『短く簡単な道』の方が良かったんだけど、別に仲間割れしてまで楽をしたいわけじゃないので、黙っていた。……このメンバーでわがままを言うのは自殺行為である。




『―――三次試験通過、所要時間71時間19分』



 あーあ、今までの試験の中で今回が一番疲れた……。


















[7934] 十五話A(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2015/02/10 04:16

 海岸線に一人佇み、ぼんやりと手の中にあるカードを眺めながら、私は大きなため息をついた。


 ……世界は理不尽と不公平でできている。

 そんな事は何処の世界だって同じだし、決して変わる事がない。

 私は神様じゃないから運命を操る事なんて出来ないし、決まってしまった運命を覆すような奇跡も起こせない。

 ここでの『奇跡』の定義は何かなどどいう不毛な会話は置いておくとして、多少の変化はあれど、大きな『流れ』には逆らえないというわけだ。

 だがしかし、この世界の神様はどうやら私を使って好き勝手遊ぶのが趣味らしい。

 そんな八つ当たりにも等しい想いを抱きながら、私は先程引いたばかりの受験番号が書かれたカードを見つめていた。


「今回は流石に死ぬかもしれない……」



 ――四次試験開始前の籤引きの時の話だ。トップバッターであるヒソカが箱から籤を引いたとき、そのカードを私に向かってかざした。

 220番。――私の番号だ。

 因みに私が引いた番号は384番。原作でヒソカが引いた番号だった。


 ああ嫌だ。本当にうんざりだ。もう棄権してしまいたい。

 でも、ここで棄権してしまったら私は先生に幻滅されてしまう。ここで強敵に尻尾を巻いて逃げ出す様な弟子を、先生はきっと許さない。

 ――それだけは、絶対に嫌だ。



「……詰んでるよ、この状況」



 でも、此処では退けない。退く事だけは出来ない。

 すでに運命はカードを混ぜた。先が見えない戦いなのに、『勝負(コール)』を叫ばなきゃいけないなんて、本当に神様は私の事が嫌いらしい。


 私にある手持ちの札は『ヒソカの原作情報』のみ。それでも私如きのスペックではとてもじゃないが彼には届かない。


 だが、届かないなりに抜け道はある。

 私の能力は、ある意味初見殺しに近い。それは不幸中の幸いとも言えるが、果たして上手くいくだろうか。


 ――否。絶対に生き残らなくてならない。たとえどんなに汚い手を使っても。
矜持なんて知るか。そんなもの生き死にの前にはただのゴミだ。

 だってしょうがないじゃないか。……私は、弱いんだから。







◆ ◆ ◆




「エリス」


「あ、お帰りミルキ」


 情報を集めてくる、と言って去ったミルキを待つこと数十分。彼は少しだけ苦い顔をしながら私の前にやってきた。


「ゴンのターゲットが分ったよ。――やっぱり44番、ヒソカのままだった」


「……そっか、ありがとう」


 こうなってくると答えは簡単だろう。原作の状況に私がスライドした。それだけの事だ。

 私のターゲットが384番だから、そいつのターゲットがゴンなのだろう。

 ぼんやりと空を見上げてみたが、中々考えがまとまらない。さぁ、どうしたものか。



「あのさ、エリス」


「何?」


 ミルキがどこか気遣わしげに、言い辛そうにしながら口を開いた。


「今回は棄権した方がいいんじゃない?」


「――――は?」


 自分でも思っていた以上に低い声が出た。

 今、何て言った?棄権?――誰が?

 そんな私の不機嫌さが目に見えて分かったのか、ミルキは少し焦ったように言葉を続けた。


「い、いや、別にエリスが負けるとか思ってる訳じゃなくてさ。シズクもこの試験に参加してるんだし、あんまりあいつ等に目を付けられるような真似をしてほしくないっていうか、その、試験は来年もあるんだしさ――」


「…………」


 ギリッ、と無意識のうちに奥歯をかみしめる。

 ――分かってる。落ち着け。別に私は貶されている訳じゃない。ミルキは純粋に私のことを心配して進言してくれているだけだ。


 私は弱いから、ヒソカになんて勝てるわけがない。きっとそう思っているのだろう。


 ――でも、それでも、

 ――――私は友達に『来年もある』だなんて言ってほしくなかった。
 
 一緒に頑張ろうと、そう言ってほしかった。


 ……意地を張るのは、私の悪い癖だ。でも、虚勢を張るのには慣れている。



「……棄権はしない。協力も要らない。――私一人で十分だよ。だから、」



 ――これから一週間、さよならだね。


 そう言って、私は背を向けた。

 私は知らない。

 私がそう告げた時、ミルキはひどく絶望した表情を浮かべていたことを――。







◆ ◆ ◆





 此処で唐突なのだが、我等が主人公エリス――ではなく、本来の主人公であるゴン=フリークスに焦点を当ててみようと思う。

 彼は本来の筋書きに則れば、この四次試験においてヒソカとの決定的な因縁を作る事になる訳だが、今回のケースは何の因果か知らないがエリスというイレギュラーが生じている。

 もちろん現時点ではそんな未来が在りえたことを彼は知らないし、これから先知る事も無いだろう。

 ――だからこそ、

 ――だからこそ、彼は知らない。

 ――大筋はどうあれ、間違いなく今夜、自分の『未来』が書き換わる事を。









 茂みに隠れ、息を殺し、気配を殺しながら、彼――ゴンはヒソカの尾行を続けていた。


 深夜の静寂を裂くかのように、彼のターゲット――ヒソカ―― は走り出した。


 その姿には先程の獲物を探すような様子はなく、何か確信をもって目的地に向かっているようだった。


 試験開始からすでに三日、昨日ヒソカを発見してからゴンはずっと機会をうかがっていた。

 ……森の中を走っているとは思えない程の速さだが、頑張ればついていけない事もない。


 ―――ヒソカが誰かを『狩る』瞬間にプレートを奪う。

 それがゴンの作戦だった。シンプルでいて、大胆。とても彼らしい作戦だろう。


 ――好血蝶を使ってヒソカを見つけ出したはいいんだけど、クラピカとレオリオが狙われそうになったときはヒヤヒヤしたなぁ。

 そんなことを考えながら、ゴンは小さく息を吐き出した。

 何とかやり過ごせたみたいで、二人に怪我が無くて本当に良かった。本当にそう思う。

 少し離れた場所にいる自分ですら、ヒソカの殺気は重苦しくて辛いのだ。正面切って体面をしてしまった二人の事を思うと、少しだけ心配になってくる。




 ―――走り出してから一分程して、ヒソカが立ち止まった。

 
 ゴンも続いて、見つからないギリギリの場所で足を止め、草陰に隠れる。

 その後すぐに、パンッ、という何かが弾ける音が聞こえたが、何の音かは分からない。
 少しだけ不思議に思ったが、特に何かが起こるわけでもなく、異臭もしないし毒という訳でもなさそうだった。


 そんな事よりも、今はヒソカの動向を窺う方が大切だった。

 きっと、ゴンがヒソカのプレートを取る機会なんて今回を逃したら次はないだろう。だからこそ、慎重に行かなくてはならない。

 そう思い、ゴンはヒソカの見ている方向を見つめた。

 ――ゾッとするくらいの殺気だ。

 思わず、冷や汗が流れる。


 凄まじい殺気を出しながら、ヒソカは前方の影を見ていた。それも酷く、楽しそうに笑いながら。


 月に掛かっていた雲が、ゆっくりと流れていく。それにつれて、ゴンの目にも影の姿がはっきりと見え始めた。

 月明かりに照らされた竹林の中心に、静かに佇む女性。



 ―――受験番号220番、『エリス=バラッド』。



 多くの受験生から警戒され、畏怖されている不可思議な人物。

 いつも着ていた黒いコートは、今は何処にも見当たらない。それでもなお『黒』という印象を受けるのは、その漆黒の髪と瞳のせいだろうか。

 レオリオやキルアからは絶対に近づくなと言われてたけど、クラピカの三次試験の話を聞く限りではそこまで危険な人ではないんじゃないかと思う。



「やあ、随分と探しちゃったよ◆こんな所に居たんだ◆」


「こんばんは。……随分と機嫌がいいみたいですね。ああ、不愉快です」


 刺すような殺気をその身に受けながら、彼女は表情一つ変えずに淡々と話し続ける。


 ……信じられない。なんであんなに平然としてられるのだろうか?

 離れた場所に居る自分でさえ、冷や汗が止まらないのに。


 人は理解できないものを恐れるというけれど、それはゴンとて例外ではない。

 エリス=バラッドは、ヒソカとはまた別の意味で、ゴンの『理解の範疇』にいない。そんな気さえした。



「つれないなぁ。そっちから呼んだくせに、それはないだろう?」


「楽しいお喋りがしたいならば、他の人の所へどうぞ。――生憎私は口下手なものですからね」


 クククッと笑うヒソカとは対照的に、エリスはずっと無表情のままだった。



「大丈夫◆これからお喋りよりも、もっと楽しい事をするんだからさ◆」



 ヒソカは邪悪な笑みを浮かべて、一歩、また一歩とエリスに近づいていく。

 そんなヒソカの行動を見て、エリスは右手で顔を覆うと先ほどの淡々とした様子から一転して、ケタケタと笑い始めた。


 そのいきなりの奇行に動揺を隠せない。――まるであれでは、ほんとうに人が変わった様に、ゴンにはみえたから。



「……何がおかしいのかな?」


 彼女の変わり様を怪訝に思ったのか、ヒソカが立ち止まってそんな事を聞いた。



「何もかもだよ、奇術師。――――『今宵開かレるは世にモ奇妙な仮面舞踏会!!! サァ 皆様ぺるソナの御用意ハ出来ましタか!!??』」


 彼女の狂ったような、それでいて、歌うような言葉が響いた瞬間、この場の雰囲気が大きく変わった。

 まるで異空間にでも紛れ込んでしまったかのような、不気味な気配が辺りを包み込む。


 エリスは後ろに飛んでヒソカと距離を取りながら、なおも言葉を続ける。


『クルリクルクル踊り続ケる聖者ノ娘 グラリグラグラ傾く儚キ天秤 尚モ踊るハ誰が為?』


 彼女の口から紡がれる言葉、―――それは、紛れもなく『歌』だった。

 ただ、それはゴンが今まで聞いてきた『音楽』とは全然違うものだと、漠然と思う。

 先ほどのヒソカの殺気を目の当たりにした時よりも、もっとずっと酷い『恐怖』を彼女の歌から感じ取っているのだから。


 彼女が言葉を紡ぐ度にゴンの体はだんだんと重くなっていく。これではいくら逃げ出したくとも逃げられない。


 ――おかしい。

 確かに歌によって感動や悲しみの感情を揺さぶられる事はある。でも、此処まで理屈じゃない、本能的な恐怖を感じるなんてありえない。

 理解できないからこそ、――余計に恐怖が肥大する。



「ははっ!!それがキミの――……なのかい?」



 よく聞き取れなかったが、ヒソカがエリスに何か言ったようだった。

 ヒソカはひと言、厄介だね。と呟くと、ヒソカは片手にトランプを構えて彼女に襲い掛かった。



『幼き少年ガ見ツメるハ一人の道化 今宵ハ誰と踊りまショうカ? 狙わレテるノも気ヅケなイ』



 防戦一方、と言ってしまうと聞こえは悪いのかもしれないが、彼女はヒソカの攻撃を受け止めたりなどはせず、紙一重で攻撃を避け続けていた。

 最小限の動きで相手の攻撃を見極める。ある種、戦いにおいて基本的な事だが、こうも簡単に実戦している人を見たのは初めてだった。

 だがしかし、どんなに彼女の動きが洗練されていようと、相手はあのヒソカだ。

 ヒソカは今までの攻撃は様子見だと言わんばかりの速さで首に切りかかり、グラリとトランプを避けて体制を崩した彼女に、容赦ない蹴りを叩き込んだ。

 エリスは咄嗟に腕でガードしたようだったが、あの様子では片腕は無事では済まないだろう。


 だが彼女は自身の怪我など、何でも無いとでも言いたげに歌い続ける。そんな彼女の貼り付けたような笑みが、ゴンには心の底から恐ろしかった。



「あははっ!!いいね◆やっぱりキミは思った通りだよ!!」



 ヒソカはそう言ってなおも攻撃を仕掛ける。だが、先ほどよりも攻撃のキレが悪い気がする。

 よくよく見て見れば、動きも鈍くなっている。何故だろうか?

 ヒソカが自身の腕を引く様な仕草を見せると、エリスは引っ張られるようにしてヒソカの方に引きずられた。

 それにエリスは一瞬だけ眉を顰めると、躊躇なく自身の服を右肩から破りさった。そのまま切った袖をヒソカに投げつけ、後ろに跳んで距離をとる。

 その後の彼女には、もう既に先ほどの不自然に引きずられる様子は見受けられなかった。


 ……何が起こったのだろうか?

 疑問に思ったのだが、ゴンは先ほどから悪化し続ける吐き気のせいで、あまり難しい事は考えられなくなっていた。



『巡り廻ルは輪廻ノ扉 帰れヌ過去に何ヲ思う? 答えハ何時モ箱の中』



 エリスの歌声がゴンの頭の奥に響きわたる。その瞬間、ゴンの中の恐怖という恐怖の感情が決壊したかのように溢れ出てきた。


 ――い、いやだ、もう此処には居たくない。いやだいやだ怖い。


 ただ彼女は歌っているだけなのに、ゴンは彼女への恐怖に押しつぶされそうな気になる。

 プレートを取る事なんて忘れて、ゴンは耳を塞いで蹲った。心臓がバクバクと異常なほど音を立てていて、今にもあの二人に聞こえてしまうんじゃないかと不安になる。


 ―――それでも、声は聞こえてくる。



『夢の終わリモ直ぐ其処ニ 最後ノ余興 最後ノ曲を紡ぎマシょウ』



 エリスはその言葉の後、初めて避ける以外の行動を取った。

 だがそれはヒソカに対する攻撃ではなく、何故かナイフを竹林に向って投げるといった不可解なものだった。

 だかしかし、ゴンとヒソカは僅か1秒後に彼女の行動の意味を知ることになる。


 ―――何本ものしなった竹がヒソカに向って来たのだ。


 だがしかし相手は只の竹なので、後ろに下がるだけで簡単に避ける事が出来る。心底油断している時でなければ大抵は避けられるだろう。


 エリスはヒソカが後ろに下がったと同時に、自身もヒソカから距離を取る。相変わらず、貼り付けたような笑みを浮かべている。



『踊ル娘 哂ウ道化 観客ノ少年 運命の歯車ハ既に欠ケ 歪ンだ事サエ判らナイ』



「へぇ◆時間稼ぎのつもりかい? ……いつもだったら鼻で笑うところだけど、今回は笑えないね◆」



 そう言ったヒソカはいつもの余裕のある顔ではなく、苦しそうに顔を歪めていた。
かく言うゴンも、正直意識を保っているのが限界だった。

 ギリギリと、頭をネジで締め付けるかのような不快感が常に襲ってくる。しっかりと気を保たないと意識を失いそうだった。きっと、ヒソカも同じような状況なのだろう。


 エリスがどんな力を使っているのかは解からないが、どうやら自分たちに対して悪影響を与える『何か』をしているのだろう。

 恐らくは先ほどから彼女の奏でている『歌』が原因だろうが、詳しい事は知りたくなんかない。だって、本当に怖くて仕方がないのだ。



『満月ノ夜の舞踏会 煌ク刃は娘ノ掌に 終りノ終リの終り 狂ッた道化ガ踊り出ス』



 エリスは無事な方の手にナイフを持ち、ヒソカに向って走り出した。

 ヒソカはその場から動かずに、トランプを構えて彼女を迎え撃つ。



『クルクルクルリと三回転 娘は言ッタ ――首ヲ刎ネろ!!』


 ヒソカとエリスが交わる刹那、その最後の言葉を聴いた俺は自分の首が切り落とされたかの様な錯覚をした。


「っつつ!!!?」


 反射的に自分の首を押さえる。勿論怪我など負っていなかったが、得体の知れない気分の悪さが消えなかった。


 ――でも、いま、確かに冷たい刃が首を滑る感触があった。

 あまりにも明確な『死』のイメージ。


 狼狽しながらヒソカ達の居る方向を見ると、其処には信じられない光景があった。



 血塗れでその場に立ち尽くすエリス、血だまりに倒れ伏すヒソカ。

 エリスが影になってよく見えないが、かなりの出血をしているようだ。その証拠におびただしい数の好血蝶がヒソカの周りに集まってきている。


 恐らく、ヒソカはもう………。




 その時、ドサリ、とゴンの後ろから何かが落ちるような音が聞こえた。


 一瞬何かと確認しようかと思ったのだが、それどころではない事が起こった。

 今の音に気づいたのか、エリスはゴンが隠れている茂みをジッと見つめてきたのだ。


 ゴンの居る場所は背の高い草に覆われていて、彼女の位置からではめったな事がないかぎり発見される事はないはずなのに、その視線は真っ直ぐにゴンの方を向いていた。



『終リノ鐘が鳴り響ク 聖者ノ娘 血塗レ道化 幼キ少年 皆目ヲ閉じル』



 血に染まっている脇腹と足を庇うようにして、エリスはゆっくりとゴンの方に近づいてきた。

 逃げたいけど、逃げられない。ゴンはもう一歩も動けない程に心が恐怖に囚われていたのだ。



『今宵ノ舞踏会は之ニテ閉幕 サぁ皆様ペルソなを外シマしョウ』




 その言葉を最後に、ゴンの意識は刈り取られるかのように消え去った。
















◇ ◇ ◇










 朝の日差しで目を覚ましたゴンは、昨日の事を思い出し、顔を青ざめさせながら飛び起きた。



「う、うーん。……エ、エリスは!!??」



「此処に居るけど」



「ええっ!!!??!?!?」



 まさか返答が返ってくるとは思って居なかったので、ゴンはその場から後ずさった。


 ――な、なんでここにいるの?



「体調は?」


「へ?」


「……だから、体の調子は? 頭が痛いとか、変なものが見えるとか、そんなのは無いの?」



 淡々とした様子で聞いてくる彼女の、夜に見た姿と変わらない様子が何故かとても――――――恐ろしかった。



「え……、あ、大丈夫、です」



「そう。ならいいんだ」



 そう言うと、彼女はゴンに背を向けて歩き出した。

 ……何だったのだろうか?

 エリスは地面に置いてある小さなカバンを手に取ると、中から小さな白い何かを取り出した。

 警戒はしつつ、ゴンはしっかりとエリスの動作を見つめた。


「あぁ、そうだ。―――これを、君に」


 エリスは振り返って、ゴンに向って何かを投げてきた。咄嗟の事にうろたえつつも、ソレを受けとる。


「………ヒソカの、プレート?」


 彼女が投げてきたのは44番、ヒソカのプレートだった。

 ――え、何で、彼女がコレを自分に?

 ゴンが驚いた表情で見上げると、彼女は一瞬怪訝そうな顔をすると、直ぐに納得したような表情になり、話し始めた。



「私にそのプレートは必要ない。……それが無くても、もう6点分は集まってるから」



 そこまで言うとエリスは、もう用は無いとでも言いたげに、ゴンの存在を忘れたかのように歩き始めた。

 ……ぜ、全然答えになっていない。

 だってゴンは彼女からプレートを無償で受け取れるほど親しくはないし、何よりゴンは自分自身の手でプレートを手に入れたかったのだ。こんな同情みたいなのは、死んでもごめんだった。


「俺も、いらない。……返す」


 プレートを前に出すようにして、エリスに突きつける。

 ゴンのその行動に彼女は面倒くさそうに溜息を吐くと、ゆっくりとゴンに近づいた。
手を伸ばせば届きそうな距離にまで近づくと、彼女はいつもの無表情でこう言った。



「――暫く、寝てろ」


 その直後に頭に強い衝撃を受け、ゴンの意識は無くなった。

















[7934] 十五話B(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e2c396d1
Date: 2015/02/10 04:57

 もしも、私が予備知識もなくヒソカと戦った場合、間違いなく私は死ぬ事だろう。

 少なくとも純粋な能力値だけで言えば私とヒソカでは大人と子供位の差がある。
念である程度は埋めることが出来るとはいえ、それでも圧倒的に彼に軍配が上がる。

 だがしかし、そんな彼のアドバンテージを覆す方法を私は知っている。


 一つはヒソカの念能力の詳細。

 本人は知られたとしても困らない念能力だと語っていたが、今まで接触がなかった人間が自分の能力を知っているとなれば話しは別だろう。

 彼の念能力を知っている事で、私はカストロのように掌の上で踊らされるような事体にはならないと思う。だが、油断は禁物だ。

 バンジーガムは凝で注意していれば防げるというわけではないが、それでも最低限の回避くらいは出来る。


 二つ目は、『自分が襲撃される』という事実を知っている事だ。

 突然の襲撃ならば防ぎようがないが、『来る』事が判っていればいくらでも対策を練れるし、時間があれば罠だって仕掛けられる。

 ついでに言うと心の準備をする事が出来るのが一番の利点なのかもしれない。念は良くも悪くも精神力に左右されるし、私の念は寧ろ心構えが命だと言ってもいい。

 ……対ヒソカに関しては、腕の一本や二本を失うくらいの覚悟は必要だろう。

 むしろ、死を覚悟した方が早いかもしれない。

 その時に歌を途切れさせたら絶体絶命の危機に陥る。だって強制的に声が出なくなっちゃうしね。

 ……痛みには耐性があるし大丈夫だろう、多分。



 そして最後にもう一つ、とっておきの切り札がある。

 はっきり言って、ヒソカの為だけに存在していると言ってもいいくらいの代物だ。


 私がヒソカと戦う時に歌うつもりの曲、『舞踏会の夜』―――、『女神の再来』と謳われた歌姫、ピエレット=アンジェの遺作とも言える作品だ。

 発表前に何者かによって盗まれ、今までその曲の題名しか世間に知られていなかったのだが、偶然にも倉庫にてその未発表のCDを見つけた。

 ……まさか、先生が犯人なのだろうか?いや、気にしたら負けだな…。


 とにかく、その中にある歌詞は今回の状況に深く類似している。これが何を意味しているか解かるだろうか?


 例えば音楽を聞いた時に、その歌詞の通りの風景やシチュエーションを《自分と重ねて》思い描いたりすることがあるはずだ。

 顕著な例を挙げるとするならば、歌の中で悲しい詞が出れば悲しくなり、転んだ描写が出ればなんだか自分も痛いような気がしてくる、そんなところだろう。

 そう、つまりは自身と状況が重なるという事により『錯覚』しやすくなるのだ。

 この現象を私の念と合わせれば、ほぼ強制的に相手に『錯覚』を起こさせる事が可能だと思う。


 この事は念の制約には入れてないのだが、充分に起こりうる事態だと考えている。

 念とは精神力に大きく左右される非常にデリケートな能力だ。私が赤だと思えば赤になり、青だと思えば青になる……とまではいかないが、私が『こうした方が効果が上がるのではないか?』と思った事は大抵念に反映される。

 ……これもある意味制約のようなものなんだろうな。


 上手く歌詞と戦闘の状況を合わせて揺さぶりをかければ、ヒソカに大きな隙を作り出す事ができる。

 ……むしろそれ位しか私がヒソカに勝つ方法なんて無いんだろうけど。






 ……さてと、細かい作戦を考えながら取りあえず罠でも作るとしますか。役に立つとは思ってないけど。








◇ ◇ ◇





 ヒソカの殺気を感じた瞬間、私は覚悟を決めてヒソカの方に気を飛ばした。

 恐らく、今のヒソカならきっと気が付いて誘いに乗ってくるだろう。ああ、いやだいやだ。


 小さく息を吐きながら、手の中の小さな風船をなでる。

 浮力はほとんど無くなっていて、今はもうただの空気が入ったゴムの塊の様だ。何だか前よりも重くなっている気がするけど、きっと気のせいだろう。


 あのウサギが何だったのかは分からない。正直、分からなくてもいい気がした。

 だって上手くは言えないけれど、――なんだか懐かしい気がしたのだ。たかだかそんな事で疑いたくないと思ってしまうのは、きっと私の甘さだろう。


 赤い色の風船。

 赤はヒーローの色だと、先輩はよく言っていた。自分には決して似合わない色だろうと、自嘲しながら。

 ……そんなの、私にだって似合わない。だからこそ、私服を無意識のうちに寒色で固めてしまうのだろう。

 謎の少年に、割るなと言われたけど、――割るとしたら『今しかない』と私の中の第六感が告げている気がする。

 むしろ今がその時なんだと、理由もないが強く思うのだ。


 こういう時の感は、自慢じゃないがよく当たる。

 どうせ今回の勝負も博打の様なものなんだ。――なら、とことん自分の信じる道に突き進むのも悪くないだろう。なんて、ね。

 自分の妙なテンションに苦笑しながら、私は右手に力を込めた。やるなら今しかない。


 ――さぁ、もうすぐヒソカが来る。気合を入れよう。


 パンッと小さな音を立てて、風船は割れる。まるで、それは試合開始のゴングのようにも聞こえた。

 風船の中から金色の粒子が溢れ、その一部がキラキラと私にまとわりつく。ラメ入りだったのか。随分と凝ってるんだな。

 まぁ、なんだ。


 ――無事に生き残ったら、あのウサギにお礼でも言いに行こうか。

 ふっ、と緩やかに口角を上げる。どうやら自分にはまだまだ余裕がありそうだ。


 しっかりと目線を外さないように、やってきた男――ヒソカを見やる。




「やあ、随分と探しちゃったよ◆こんな所に居たんだ◆」



「こんばんは。……随分と機嫌がいいみたいですね。ああ、不愉快です」」



 緊張を紛らわす為に軽口を叩いてみたが、やっぱりヒソカは怖い……。

 こいつホントに私と同じ人間ですか?威圧感が半端ないんですが。


 予想通り満月のこの夜に現れてくれたのは願ったり叶ったりなのだが、ヒソカが此処に来てからその美しい満月も淀んで見えるような気がする。



「酷いなぁ◆それは別にボクのせいじゃないだろう?」



「さぁ、どうでしょうね」



 ……こっち見んな。顔が逝っちゃてるんだよお前。

 うぅっ、戦うって決めたけどやっぱり怖い。



「大丈夫◆これから空を見るよりも、もっと楽しい事をするんだからさ◆」



 ヒソカはそう言うと、鬼も裸足で逃げ出したくなるような笑顔を浮かべて私の方に歩いてきた。
 ……あー、ですよねー、やっぱりそういう展開になるんですか。


 再度自分の置かれている危機的状況を認識して、私はどうしようもないほどに笑い出したくなった。


 ふっ、あはははっ、何で私はこんな命懸けの綱渡りみたいな事をしてるわけ? 冗談じゃねーよマジで。あ、涙が出てきそう…。


 自棄気味に笑いつつ、半泣きの表情を片手で隠して目の前のヒソカを見つめる。



「……何がおかしいのかな?」



 何がだって?そんなの今この状況の全てに決まってるじゃないか。

 どう足掻こうと既にプレートを引いた時から賽は投げられていたのだ、今更何を言っても変わらない。それならば、立ち向かうしかないだろう?



「何もかもだよ、奇術師。――――『今宵開かレるは世にモ奇妙な仮面舞踏会!!! サァ 皆様ぺるソナの御用意ハ出来ましタか!!??』」



 私は高らかに最初の詞を紡ぎだす。

 ヒソカと距離を取りながら私は歌い続ける。短期決戦で攻められると私としては分が悪いからだ。

 だがしかし、今までの傾向から見るとヒソカは相手を甚振ってから殺す傾向がある。つまり私がいきなり即死する可能性は極めて低いと言える。

 ……まぁ喉さえ死守すればなんとかなると思う。


 ―――集中しろ、もう既に舞台の幕は上がったのだ。この後の展開は私の働きにかかっている。


「ははっ!!それがキミの念なのかい?」



 御名答。まだ謳い始めて20秒も経ってないから効き目は弱いだろうけど、きっとヒソカは僅かな倦怠感と得体の知れない恐怖を自覚している筈だ。

 恐らく様子見であろうヒソカの攻撃を避けつつ時間を稼ぐ。

 反撃?馬鹿いうなよ、避けるだけでいっぱいいっぱいだっつーの!


 避けるだけの私に痺れを切らしたのか、ヒソカは私の喉笛に向ってトランプの先を走らせた。

 ちょ、速っ!!? あーもう、ずっと手加減してくれてればいいのに!!

 刃先を何とかギリギリのところで避けたのはいいのだが、その拍子に致命的にも体勢を崩してしまった。


 しまったと思うよりも早く、ヒソカの蹴りが私の胴体に向って飛んでくる。


 ―――避けるのは、無理。ならば、腕を犠牲にしてでもガードするしかない。



 バキリ、と何か硬いものが折れたかのような音がその場に響いた。

 ……い、痛い痛いいたたたっ、コレ絶対折れてるよね!?ううっ、いくら覚悟していたとはいえやっぱり痛いのは嫌いだ。

 それでも歌声を止めないのはプロ根性とでも言ったところか。いや別にプロじゃないんだけどね。


 ていうか今の蹴りの時に、その折れた腕にバンジーガムを付けられてしまったようだ。

 おのれヒソカめ、よりによって負傷している方の腕に付けなくてもいいじゃないか…、めっちゃ痛いのに……。

 私のそんな思いも虚しく、ヒソカは容赦なく私の事をバンジーガムで引きずってくる。


 でも、その念がついてるのは私の『服』だろう?

 ――だったら破ってしまえばいい。単純な事だ。

 勢いよく破り捨てた袖を投げつけ、不敵に笑う。――お前の攻撃なんて読めているのだと言いたげに。

 私の分かりやすい挑発に、ヒソカはひどく楽しそうに笑って見せたが、その動きは戦闘開始時と比べると、はるかに鈍い。


 歌い始めてから暫く経っているので、漸くヒソカにも念の効果が出てきたようだ。私から見ても、明らかに動きが鈍っている。

 これならば負傷した体でも、彼の攻撃を避け続ける事くらいは可能だろう。



 暫く避け続けていると、偶然にも罠を仕掛けた場所の地点に辿りつく事が出来た。

 その罠自体は子供でも設置できるようなたいした事のない物だが、上手く利用すれば弱ってきているヒソカには通用するかもしれない。


 そう思い、罠を作動する為にナイフを投げた。あくまでも本来の目的を気取らせない為に、ヒソカに向うようにして投げたのだが、予想通り避けられてしまった。

 元々避けられる事を前提としている訳だから全然構わないんだけどね。

 私のしょぼい反撃に、嘲るような表情をして見せたヒソカだったが、私達の間を裂くかのように死角から襲ってきた何本もの竹に、ヒソカは咄嗟に後ろに下がる事で対応した。


「へぇ◆時間稼ぎのつもりかい?…いつもだったら鼻で笑うところだけど、今回は笑えないね◆」


 そんな事を言いつつも、ヒソカの顔には余裕が無い。

 常人であれば立っていられないくらいの苦痛の筈だ。無理もないだろう。



 歌もそろそろクライマックス。……念の総量から考えると、全力で歌い続けるのもそろそろ限界かもしれない。


 でも、運が良い。予想していたよりもずっとマシな展開だった。


 想定の三割では、歌の半分も行かない内に私は殺さると考えていた。ヒソカの繰り出す攻撃も、半分くらい勘で避けてたけど、ほぼすべて避けられたし。今日の私は間違いなくついている!!


 ―――だが、仕留めるチャンスは一度だけ。これを逃せば私は力尽きて勝機は無くなる事だろう。


 歌詞に合わせ右手にナイフを持ち、ヒソカに向って走り出す。




『クルクルクルリと三回転 娘は言ッタ ――首ヲ刎ネろ!!』



 ヒソカの首にナイフを走らせる瞬間、私は歌詞の一文を歌いきった。

 その刹那、コンマ一秒といった僅かな時間だが、確かにヒソカは動きを止めた。

 普通の戦闘の最中であるならばその程度の隙は、普段のヒソカにとっては充分対応できる類のものだった事だろう。

 だがしかし、今この瞬間に動きを止めるという事は、只の自殺行為に過ぎない。それなのに何故ヒソカは動きを止めてしまったのだろうか?


 答えは簡単、―――《自分の首が飛ぶ様子》を『錯覚』してしまったからだ。


 いくらヒソカとはいえ、自身の脳の働きを制御することなど出来ない。


 もしもエリスがその瞬間にナイフでヒソカの首に向って攻撃していなければ、ヒソカはそんな錯覚を起こす事は恐らく無かった事だろう。


 だけれど、エリスは見事なまでに歌詞に忠実に行動を被せてきた。……最初からそれが狙いだったのだ。







 ―――っ痛、トランプが脇腹と足に刺さってる。


 ヒソカを何とか倒したのはいいが、やっぱりそうは上手くいかないようで、ところどころ負傷をしてしまった。

 あの交差する僅かな瞬間に二箇所も攻撃されて気づかないなんて、やっぱり私は二流だな、と思いつつ倒れふすヒソカの事を見やる。


 明らかに致命傷と言っていいほどの血液が首から流れ出しており、ピクリとも動かない事から恐らく死亡していると考えられる。

 だがしかし、私は慎重な女なので、念のために心臓に向ってナイフを振り下ろし、確実に息の根を止めておく事にした。


 原作キャラだとか人気キャラだとかそんなのはどうでもいい。私はコイツに命を狙われたんだ、それなら私に殺し返されたとしても文句は言えないでしょう?すべからく死ね。





 とりあえずキリのいい所まで歌いきり一息つこうとしたのだが、あたりの茂みから微かな落下音が聞こえてきた。


 ……も、もしかしてイルミさんとかだったりしませんよね?


 最悪の事態を想定して背中に冷や汗を流したが、恐る恐る円で確認してみると、どうやら念能力者ではない様なので安心した。

 だがしかし、予想に反して茂みにいるのは2人の人間だった。しかもオーラの流れから推測するに、奥にいる方は気絶しているようだ。

 恐らく一人はゴン君だとして、もう一人は一体誰なのだろうか?


 取りあえずゴン君ならばいきなり私に対して攻撃はしてこないだろうと、勝手な理論を脳内で展開し、ゴン君のいる場所まで歩いていったのだが、何故かたどり着いた時には彼までもが気絶していた。

 ……よく考えればこの場所は充分に私の念の効果範囲に入る。私が歌い終えた時点で彼の精神が限界であったとしてもおかしくはない。

 え、ちょ、ヤバいんじゃないか? もしも私の所為で彼が精神崩壊したなんて事になったらすごく居た堪れない。凝で確認してみたところ、幸いにも精孔は開いてないようなので、ギリギリセーフと言ったところだろうか。

 ……とにかく彼の事は後で考えるとして、今は奥にいる人物の事を確認しよう。



 そう思い、怪我をした足を引きずりながら落下音がした場所まで歩いていくと、そこには見覚えがある人物が倒れていた。



「……384番?」


 奇しくも、いや、きっと必然と言うべきなのだろう。私はただこの幸運に感謝するべきなのだ。

 そう考えた私は384番のプレートを探し出し、この試験中には行動できなくなるように、彼の吹き矢を彼自身に刺しておいた。勿論解毒剤を奪っておく事も忘れない。





 その後はヒソカのプレートを確保し、死体を申し訳程度に掘った穴に入れて土を被せた。

 ……呪われたりしそうで怖くて仕方ないんだけど。


 そんなこんなで一汗流した後で、気絶しているゴン君を背負ってこの場から離れた。

 血なまぐさい場所に居たくなかったというのが一番の理由で、別にここで夜を明かすのが怖かったからとかそんな事はないので勘違いしないで頂きたい。


 因みにゴン君を一緒に連れて行ったのは、起きた時に精神崩壊を起こされていると厄介なので、その事の確認の為である。特に深い意味はない。

 だって私、別にショタコンじゃないし。









◇ ◇ ◇









「ええっ!!!??!?!?」



 ゴン君は私の姿を確認すると、悲鳴に近い声を上げながら後ずさった。

 ひ、酷い。聞かれた事を返しただけなのに、そんな全力で後ずさらなくてもいいじゃないか。君はハンター世界の最後の良心だって信じてたのにっ!!

 まるで化け物を見たかのような反応に地味に傷つきながら、私は口を開いた。


「体調は?」


「へ?」


「だから、体の調子は? 頭が痛いとか、変なものが見えるとか、そんなのは無いの?」


 傷ついた心を悟らせないように得意のポーカーフェイスを保ちつつも、聞きたい事を聞く。

 これで彼がまともな受け答えが出来るようならば、トラウマはともかく精神崩壊の心配はなくなるだろう。



「え……、あ、大丈夫、です」


「そう。ならいいんだ」


 あー、本当によかった。大丈夫ならもう心配はいらないよね? さっさと此処から離れよう。他の受験生に狙われると厄介だし。

 そう思って踵を返して歩き出したのだが、重大な事を忘れていた事に気づき、バックからソレを取り出し、振り返った。



「あぁ、そうだ。―――これを、君に」



 そう言うと私はヒソカのプレートをゴン君に投げて渡した。



「………ヒソカの、プレート?」



 プレートを受け取ったゴン君は、不思議そうな目を私に向けてきた。……いったいどうしたのだろうか?

 そう思い、先ほどの私の行動をふりかえってみると、ゴン君にプレートを渡す理由を説明していない事に気が付いた。



「私にそのプレートは必要ない。……それが無くても、「もう6点分は集まってるから」



 これは格好悪いから言わないのだが、私がそのプレートを持っていると、ゴン君がプレート目的で私を攻撃してくる可能性があるのだ。

 そんな面倒くさい事はゴメンだし、それに偶然とはいえ彼に対して念で攻撃してしまった事は紛れもない事実だ。

 お詫びといってはなんだが、私の心の罪悪感を減らす為にも是非ともプレートを受け取って頂きたい。


「俺も、いらない。……返す」


 ゴン君はそう言うと、私の目の前に突き出すようなかたちでプレートを差し出してきた。


 ……これだから負けず嫌いのお子様は面倒なんだ。私だったら喜んで受け取るのに。


 半ば予想していたとはいえ、私としてもこのプレートを受け取ってもらわないと困る。


 本来ならば話し合って解決するという選択肢もあったのだが、その時の私は徹夜をしていてヒソカ戦のダメージを引きずって酷く疲れていたので、実力行使をとってしまった。



「暫く、寝てろ」


 片足を怪我していてひどく動きにくかったのだが、痛みを堪えてゴン君の前まで行き、手刀を叩き込んだ。

 私はあまりコレが得意ではないので、ツボを叩くというよりは力任せに気絶させているといった方が正しいかもしれない。正直ちょっと悪いと思ってる。




 ゴン君がばったりと倒れたのを確認すると、私はようやく歩き始めた。

 まずは危険の無い寝床を探す事が先決だろう。



 ――ああ、本当に生き残れてよかった。


























後書き

ヒソカは短期決戦というよりは、初めは様子見で後からじわじわと甚振るような戦い方をするのではないかと勝手に思っています。ゆえに、エリスの念とは相性が悪いと思います。念能力も直接的なものじゃなくてトリッキーな能力だし。
ゴン君がわりと無事だった理由に関しましては、事前にクラピカからエリスのフォローをされていたので、エリスへの感情がそんなに悪くなかった為です。
それでもほぼ底辺レベルの好感度なんですけどね!!




[7934] 十六話(改)
Name: 樹◆990b7aca ID:e33448f1
Date: 2015/02/10 05:40




「………………………………はぁ」


「ミルキさぁ、いい加減に溜息吐くのやめてくんない? イライラするんだけど」


「傷心中の兄に対してそれはないだろ? あーあ、俺はこんな生意気な弟よりもかわいくて素直な妹が欲しかった……」


「俺だってウザイ兄よりも、美人で優しい姉が欲しかったっつーの」


 今から1時間前、偶然遭遇したミルキとキルアであったが何故か一緒に行動している。

 ミルキとしてはこの後キルアを襲いにやってくる198番のプレート目当ての行動なのだが、いつものキルアだったら自分と一緒に行動するなんて有り得ないはずだ。

 ……もしかして、ゴン達と別行動をしているから寂しかったりするのだろうか?そうだとしたら中々可愛い所があるじゃないか。


「何ニヤニヤしてんだよ気色悪い……」


 まさにドン引き、とでも言いたげにキルアはミルキを見やる。やっぱりかわいくはなかった。

 一々キルアの毒舌を相手にするのは流石に面倒だったので、これからはキルアの行動を全てツンデレだと思う事にしようか……。発想の転換である。



 その後は原作通りと言ってしまうと手抜きなのだが、三兄弟のプレートを無事入手して一枚をキルアがどこかに投げた。

 ……別に自分で持っててもよかったんだけど、忍者に襲撃されるのは嫌だったのでその辺りは自重した。




 点数分のプレートが集まってしまったミルキたちは特にやる事もなかった為、その後の日数を適当に木の上で寝て過した。

 他の受験者から見れば、「ふざけんな死ね!!」と言われてもおかしくはないかもしれない。嫉妬乙である。


 原作でイルミが土の下に潜って冬眠っぽい事をしていたシーンを読んで「デタラメな奴だ」と思っていたのだが、自分もそんなに変わらないことに気が付いて、ミルキは地味にショックを受けた。どうやら自分も万国ビックリ人間の一人だったらしい。










◇ ◇ ◇











 アナウンスが聞こえてミルキが目を覚ますと、キルアはもうすでに横に居なかった。


 ……せめて起こしてくれてもいいんじゃないか?と不満に思いながらも、弟の性格を考えればこれがいつも通りの対応だろうと思い直した。本当に最悪な弟である。



 集合場所は現在位置からわりと近い位置にあったため、すぐにたどり着く事は出来たのだが、そこにエリスは居なかった。双子は居たけど。

 まぁ当然といえば当然だが、双子はちゃんと点数分のプレートを集めており、無事に最終試験に進む事となる。ここまできて落ちたなんて言われたらエリスの気苦労がすごい事になっていた事だろう。本当によかった。


 それから暫く、ミルキは双子と一緒にエリスの事を待っていたのだが、彼女は一向に集合場所に現れない。双子なんかはもう飽きて船を漕いでいる。

 ……まさかエリスに限って負けるなんて事はないだろうけど、いや、でも相手はヒソカだしなぁ。

 その相手のヒソカがこの場にいない事から見ると、エリスが殺されたという可能性は極めて低いと思うのだが、それでもやはり不安は消えない。


 仮に殺されていないとしても、相打ちになって身動きがとれないような怪我を負っているのかもしれない。


 ……もしもそうならば、合格なんてしなくてもいいからどうか生きていてほしい。出来る事なら今すぐ彼女を探しに行きたいけど、もうあまり時間がない。


 制限時間が終わって、それでも現れないようなら探しに行こう。合格なんてどうでもいい。ミルキにとってはライセンスなんかよりも、エリスの方がずっと大事なのだから。


 そんな不安に押し潰れそうな時を過ごし、残り時間3分というアナウンスが流れた時、目の前の茂みに人影が見えた。


 ――間違いなく、それはエリスの姿だった。


 その姿を見て、ミルキはほっと胸を撫で下ろした。多少血で汚れているが、命に別状はない。



「エリス!! よかった……無事だったんだ……」


 そう言って駆け寄ってきたミルキに対し、


「(いや、どう見ても怪我してて無事じゃないんだけど……。ゾルディックの基準怖い)」


 といった風に、エリスとの心の距離がちょっとだけ遠くなったのは知らない方がいいだろう。













◇ ◇ ◇



















 もしもタイムマシンが存在するとするならば、皆はどんな風に使うだろうか?

 私はついさっきまでだったら『未来にいってロト6の当選番号を見てくる』なんていう夢のない事を言っただろうが、今の私は違う。

 もしも本当にタイムマシンがあるとするならば、あぁどうか神様、4次試験の前まで時間を戻して下さいっ……!!



「……何、コレ」


 試験終了の数日前。ヒソカ戦の次の日の事だ。

 安息の地を求めて歩きまわった途中に見つけた泉で、傷口を綺麗に洗い流しているときの出来事である。

 足首と脇腹に存在するカードによる裂傷、もしかしたら痕が残るかもしれないがそんな事はどうでもいい。生きていられたらそれで十分だ。


 問題なのはその傷の周辺にある、よくわからない紋様をした痣だ。

 私はこんな変な刺青を彫った記憶なんて皆無だし、見に覚えもない。無いったら無いのだ。

 だがしかし、どんなに否定しても最後にはやはりヒソカの顔が頭をよぎった。


 ……やっぱり、これって、『死者の念』ってやつなのだろうか?

 確かに私はトリックタワーで『私に復讐する権利があるのは、私が殺した連中自身だけだ』とか無駄にカッコいい事言いましたよ!? でも実際にこんな事になるなんて普通は考えつかないよ、何なんだこの超展開は……。



 ここで冒頭のタイムマシンに繋がるわけである。何やってんだ過去の自分…。

 その後びくびくしながら3日ほど過ごしていたのだが、痣が浮き出ている以外は今のところ異常はないので、急いで処置しなければならないというわけではなさそうなので安心した。

 確かシンクが探査系の能力を作っていたと思うので、家に帰ったらキチンと調べてもらおう。

 なんだか私が意外と冷静に対処しているように見えるかもしれないが、それはただの勘違いである。
現実では、見つけた洞窟内で体育館座りで過ごすという、どうしようもない引きこもりっぷりを発揮していた。

 今思えば絶をしている筈なのに、私の心の暗黒面からはどす黒い負のオーラがただ漏れだったと思う。……ああ、鬱だ。







『―――受験生の皆さんは、一時間以内にスタート地点までお戻り下さい』





 そんなアナウンスが聞こえ、私は正直誰とも会いたくない気分だったのだが、せっかくの合格をふいにするのは憚られたので、ノロノロとスタート地点に向かって歩きだした。


「エリス!! よかった……無事だったんだ……」



 ギリギリの時間に広場にたどり着いた私を見て、ミルキは安堵の溜め息をもらした。……だいぶ心配をかけてしまったようだ、やはり早めに連絡でもするべきだったかもな。

 でもミルキ、私の吊られた腕とちょっと引きずってる感じの足を見て無事と称すとは、なかなかいい性格をしてるじゃないか。

 だがしかし、心配してくれていた事は確かなようなので深くは突っ込まない事にした。私だって空気くらいよめる。



「ごめん、心配をかけたね。双子は何処に……、って木陰で寝てるのか」



 遠目からだが、幸せそうに眠っている事がわかる。人が怪我を押して歩いてきたというのに、なんだろうこの差は。虚しすぎるよ……。


「あはは、最初は一緒に待ってたんだけど、途中で飽きて眠っちゃったんだ。ちゃんとプレートは取ってきたみたいだから許してあげようよ」


 ミルキが宥めるようにそう言ってきたのだが、別に私は怒ってなんかいない。ちょっと寂しかっただけだ。




 ――迎えの船が来るまでに集まってきた合格者は私を入れて11人。

 ゴン、クラピカ、レオリオ、キルア、ギタラクル(イルミ)、ハンゾー、そしてイレギュラーのシズク、ミルキ、ヘンゼル、グレーテル、私といった具合だ。


 ……おいおい、ヒソカは私が倒したから当たり前なんだけど、ポックルとボドロまでいないのか。私が知らない舞台裏で何が起こったのかはわからないが、これは予想外だったな。



 そしてヒソカがこの場にいない事への影響なのか、若干名からの視線がかなり痛い……。主に針の人。

 でもまぁこの試験さえ乗り切れば私は後の展開には無関係なんだし、全然問題はないよね。た、多分。


 起きてきた双子にじゃれつかれながらそんな事を考えていると、腰の辺りにしがみ付いていたヘンゼルが妙な事を言い出した。



「あれ?エル姉様、なんでポケットにトランプが入ってるの?しかも箱ごと」



 ……問題、……ない、……よね?


 予想だにしていなかったホラーチックな展開に、心の中で迫り来る恐怖に悲鳴を上げつつも、無事?に四次試験の幕は下ろされた。













◇ ◇ ◇











 ところ変わって、私は飛行船内の第一応接室の中に居た。



「まぁ座りなされ」


 そうネテロ会長に言われた私だったが、奇しくもここは和室。

 足を怪我して現在松葉杖を医務室から借りて使用している私にとっては、正直正座もあぐらも遠慮したいところだ。

 ……あれ、これってもしかして分かりづらいけどイジメ?イジメなのか?

 会長直々に新人いびりとか、ハンター教会の闇は深いな。



「……いえ、私は立ったままで結構です」


 この面談は試験結果とは無関係なので、失礼だとは思ったが会長の申し出は断らせていただく事にした。……和室なんて嫌いだ。


「そう警戒せんでもよかろうに。まぁいいわい、さっそく質問なんじゃが、お主がハンター試験を受けた理由はなんじゃ?」


 ……いや、別に警戒なんてしてないんですけど。

 それにしても試験を受けた理由か。ぶっちゃけ私は今期の試験は受けたくなかったし、特にハンターになりたいわけでもない。ハンター証はあれば便利だとは思うけどね。

 でも強いて言うならば、この試験を受けるのって、先生からの卒業試験みたいなものなんだろうな。だからこそ、私は今ここにいるのだろう。



「私にとってハンター試験は、通過地点です。それ以下でもそれ以上でもありません」


 ん?なんだか引っ掛かるな?何故だろうか?変な事を言ったつもりはないんだけど……。
 なんかこう、私が言いたいこととニュアンスが違うような……。



「ふむ、なるほど。では、今回の受験者の中でお主がもっとも注目しているのは誰じゃ?」


「……406番、ですかね」


 やはり、一番の不確定要素は彼女だと思う。なんて言うか性格が掴み難いというか、何をしでかすか分からない不安感がある。

 基本表情が変わらないから、何を考えてるのかも想像がつかないんだよな。私も人の事言えないけど。話したときは普通にいい子だったんだけどね……。
 でもやっぱり旅団は普通に怖い。



「では最後の質問じゃ。……10人の受験者の内、お主が一番戦いたくないのは誰じゃ?」


「99番です」


 ただし、本命はキルアではなくイルミの方だけど。

 只でさえミルキやヒソカの一件であの怖いお兄さんに目を付けられているかもしれないというのに、これ以上琴線に触れるような行為をしたくはない。

 ついでに言っちゃうとキルアって身体能力だけで言えば私と同じくらいなんじゃないかな……。年上の威厳って一体何なんだろうね……。



「うむ、ご苦労じゃったな。下がってよいぞ。―――あぁ、それと」


「何ですか?」


「お主の師匠に、たまには挨拶に来るように伝えておいてくれんかのう。あやつ、電話にも出んのじゃよ」


 
 マリアさん、貴女って人は……。電話くらい出てあげてくださいよ、一応相手はハンター協会の会長なんですから……。



「わかりました、必ず伝えます。――失礼しました」



 私はそのまま部屋を後にし、扉を閉めて廊下に出た。



「……あ」


 そうか、さっきの会話の違和感の正体が分かった。……うわぁ。



「通過地点じゃなくて通過儀礼だよ……」



 か、かっこ悪いっ!!ある意味決め台詞のつもりだったのに間違えてどうするんだよ!?

 なんかおかしいとは思ってたんだよなぁ、私の語彙力はいつになったら成長するのだろうか。会話の回数を増やさない限りは無理なのかもな。

 それにしても、最終試験は一体どうなるのだろうか。全くもって見当もつかない。



「……ボドロの立ち位置だけは嫌だな」



 その後組み合わせが発表されるまで、不安で一杯の2日間を過ごした私であった。
















◇ ◇ ◇










「ふむ、流石は魔女の弟子といったところじゃな」



 仮にもハンター協会の会長であるネテロに警戒を怠らないという奴も珍しい。


 ――わしに対して失礼な態度をとるところなんか、師弟そろってそっくりじゃな。

 そう思い、ネテロは懐かしそうな笑みを浮かべた。


 ここ何年か、あの魔女の弟子が試験を受けているが誰も彼もが一癖ある連中だった。中でも220番、エリス=バラッドはその中でも酷く特殊だ。


 四次試験に220番の担当をしていた試験官は、命の危機を感じて早々に逃げ出してしまったそうだ。

 ネテロも別に命懸けで査定をしろとは言ってなかったのだが、なんとも情けない事だ。


「それにしても、誉れあるハンター試験を《通過地点》とは、中々おもしろい事を言いおるわい。ほっほっほっ、長生きはするもんじゃな。若い者にはいつも驚かされる。それは今も昔も変わらんな」



 だからこそ現場は面白い。くっくっ、と笑いながらネテロはくるりをペンを回した。



「さぁて、最終試験の組み合わせを考えるとするか」













あとがき

とりあえず今までUPされていた分まで修正終了しました。
余裕が出来たら最終試験の執筆に取り掛かろうと思うのですが、冨樫先生の連載再開くらい不確かなものですので、あんまり期待しないでください(m´・ω・`)m ゴメン…


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