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[6858] 異世界に来たけど至って普通に喫茶店とかやってますが何か問題でも?
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/06 01:29



 ある日、僕は異世界へとやってきた。


 小説や映画なんかではそう珍しくもない光景だ。しかし、僕は物語の主人公になるほど特徴ある人間ではないし、ヒーローというには地味に過ぎた。平凡な毎日に飽き飽きしていて、でも、それを変えるような度胸も行動力もない、そんな人間だった。


 そんな人間に、まさかこんなことがあるとは思ってもみなかった。


 僕は平凡な毎日を送っていたし、このまま何事もない、普通という型にはまった人生を送るんだろうと思っていた。それは少しだけ精彩に欠けていたけれど、僕と言う人間には相応しい未来のように思えた。


 悪くない。


 ああ、悪くないさ。普通でいいよ。普通で上等。平凡、平穏、最高じゃないか。




 話は変わるのだけれど、僕の両親は喫茶店を経営している。寂れかけた町の隅っこにある、小さな店だ。隠れた名店といえば聞こえはいいが、単に繁盛していないだけとも言えた。だけど、やってくるお客さんは誰もが個性的で、賑やかな毎日だったように思う。

 じーちゃんが始めたというその店は、もちろん古い。壁には流れた時間の分だけ染みや汚れがあったし、カウンターやテーブルは僕よりも長生きで貫禄があった。


 カウンターの向こう側で、父さんが自慢のブレンドコーヒーを入れている。年齢と容貌が比例していない母さんが、無駄にフリフリのついた制服を着てコーヒーを運んでいる。店の奥のテーブル席で、じーちゃんが豆腐屋の玄さんとチェスをやっている。

 そんな、探せばどこにでもあるような、小さな喫茶店だ。


 僕はこの喫茶店が気に入っていた。そこに流れる、ゆったりとした時間が好きだった。僕を急かす時代の流れってやつも、この店の中にだけは入ってこれないようだった。


 だから、僕はもちろんこの店を継ぐつもりだった。料理の作り方や、コーヒーの淹れ方。仕入れのノウハウや、営業スマイルの作り方。女の子の口説き方や、カッコの付け方。多少おかしい部分もあったが、そんなことをじーちゃんや父さん、そしてやってくるいろんなお客さんから学んでいた。


 こんな風に生きていくんだろう。僕はそう思っていた。


 じーちゃんや父さんがそう生きてきたように、僕もこの店と一緒に歳を重ねていくんだろう。平凡な恋をして、平凡な家庭をもって、平凡な日々を過ごして。そして、じーちゃんや父さんのように、この喫茶店を引き継いでいく。


 そんなことを考えていた矢先だった。



 ある日の学校帰りだ。


 その日、悪友の悪戯に巻き込まれたせいで、帰りが遅くなっていた。空は真っ赤に染まっていて、空の端にはもう夜の闇が見えていた。不思議と人通りもなく、まるで世界が動きを止めたような空間だった。不意に、僕の足下から地面が消えた。マンホールに落ちるように、僕は黒い穴へと飲み込まれていった。




 僕がやってきたのは、異世界だ。


 ファンタジー小説をそのまま具現化させたような、そんな世界だ。


 魔法が存在するし、人間以外の種族だっている。魔物がうじゃうじゃといる<迷宮>とやらがあって、その迷宮を囲むように作られた都市に、僕は住んでいる。


 あれから2年が経った。15歳を迎えたばかりだった僕は、気づけばもう17歳。時の流れは実に早い。


 いきなり異世界に放り出されたわりに、よくあるご都合主義というのはなかった。なんかすごい力があったわけでもなく。選ばれた勇者でござるとか、そんな話も見つからず。お前を召喚したのはわしじゃ、とかいう人もいなかった。物語らしい物語が始まる予兆も全くない。

 至って普通の一般人である僕は、異世界でも至って普通の一般人だった。なんで異世界に来たのか、まったく意味が分からない。これが神さまの仕業なら、神さまは何をしたかったのだろうか。酔った勢いでとか、手違いでとか。たぶんそんな感じじゃないだろうか。


 ここ2年で調べた限りでは僕がもう帰れないことは明確らしいので、こっちで平凡に暮らすことに決めた。そうするしかなかった。


 この店から2区画先には<迷宮>へと続く門がある。そこから先は、きっと素晴らしいファンタジーなのだろう。目の前の通りを左に3区画いったあたりに、冒険者<ミスト>の登録や、クエストなんかを扱う<ギルド>という組織がある。ここもきっとファンタジーなのだろう。他にも例を挙げれば両手を折り返しても足りないくらいだが、まあ、僕には全く関係のないことであるからして。


 ここは異世界で、実にファンタジーに富んだ設定に溢れていた。冒険者になって一攫千金とか、命を懸けた<迷宮>探索の中で美少女と出会うとか。ゲーム的にいえばフラグがあちこちに存在するものの、特に興味がないのでどうでもいい。僕は平穏が好きなのである。人外の化物と殺し合いとか、正直、勘弁なのである。こちとらただの学生だったのだ。今さら化物退治とか無理です。


 そんなわけで、魔法とか魔物とか、そういうのとは一切の関わりを絶ち、せっかくの異世界だけど特に変わったことをするでもなく。


 僕は至って普通に、平穏に生きるために。


 喫茶店を、やっているわけでありまして。




 この話は、なんてことのない話だ。

 僕の喫茶店に来るちょっと変わったお客さんと、平穏大好きな僕の、平凡な毎日の話だ。断っておくが、魔物とか正直いらないし、迷宮とか行く気もないし、美少女とかもどうせイケメンと仲良くやるんだろう。そんな僕の毎日は、本当に普通なのである。不本意なことに、ときにはそうじゃなくなることもあるけれど。それでも、平穏を目指しているのである。


 それでも構わないという平穏好きな人は、暇潰しにでも僕の話に付き合って頂ければ幸いだ。コーヒーでも傍に置いて、いつも背中を押してくる時間の流れってやつを無視する心意気で、まったりぐだぐだしてほしい。


 さて、思いのほか前置きが長くなったけど、そろそろ開店の準備をしよう。


 平穏を愛し、平穏を望む喫茶店「ハルシオン」


 本日も開店である。









▽3月26日/チラシの裏よりやってきました。それに伴い全編誤字修正。
▽4月2日/削除した感想レスを再生。



[6858] ダメなお姉さんの話
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/03/26 12:48



「あーもう! この店は最高に癒されるぅ!」


 ある日の午後のことだった。


 僕はいつも通りに黒のエプロンをしてカウンターに立ち、コーヒーをぽこぽことサイフォンさせながらコップを拭いていた。

 渋くて味のある喫茶店に必要なのは、なによりも雰囲気である。カウンターに立つマスターが17歳の子供の時点であれだが、まあそれはさておき。


 いま、この空間は、なかなか良い雰囲気だった。

 コーヒーの濃厚な香り。奥の席に座るおじいさんが、静かに燻らす煙草の煙。コーヒーの一杯を共に、読書をするお姉さん。小さな声で会話をするカップル。

 店内に流れているのは、まるで世界から切り離されたような独自の時間だった。流れる時間はひとつの空間を生み、ここはさながら別世界。

 ゆえに、カウンター席で唐突に奇声を発した客がいたが、店内は至って平穏だった。


 普通大好きの僕の意向からすれば不本意だが、この店には変わり者の来店が多い。しかも、そんな輩に限って頼んでもないのに常連と化す。迷惑極まりないというのが本心だったが、客にはかわりないので仕方ない。


 そんな変わり者が蔓延るこの店では、奇声のひとつやふたつは日常のひとつだった。常連は眉ひとつ動かさない。大抵は、何も知らずにやってきた一見さんがびくりと肩を震わすのだが、店内にいるのは常連ばかりだった。


「……いきなりなんですか?」


 こういう人間の相手をするのは、店のマスターである僕の仕事だった。マスター。響きは格好良いが、最近はちょっと辞めたくなる時もある。


 店内の空気をかき乱さないように声を抑えた僕の問いかけに、奇声を発した客はカウンターに身を乗り出した。


「聞いてくれる? 聞いてくれるわよね。ユウちゃん良い子だもんね!」

「あー、はいはい」


 期待はしていなかったが、返ってきた声は店内に大きく響いた。

 カップルがこちらを見て、くすくすと笑う。ああ、またやってるよとでも思われているのかもしれない。


 ちなみに、ユウというのは僕のことだ。黒沢夕。こっち風に言えばユウ=クロサワ。この女性はリアさん。本名は知らない。金色の髪を長く伸ばした美人のお姉さんという感じなのだが、どこか子供っぽさのある人だ。

 というか、この人は基本的に人間としてアレなので、僕としてはダメな大人の典型だと思っている。こう、働きたくないでござる! みたいな。今日のリアさんはラフな恰好で、襟元が大きく開かれていた。膨らんだ胸元が危うい。こう、カウンターでむにゅっと潰れる感じが危うい。


「それで、なにがどうなって奇声を発したんですか?」


 コップを磨きながら、視線はさり気なく胸元へやりつつ、僕は訊いた。


「奇声っていうか、あれなの。魂の叫び。ほら、私って探求者<ヴェスティ>やってるじゃない?」


 オレンジジュースを飲みながら、リアさんが言う。が、そんな話は初耳だった。というか、働いてたのかこの人。絶対ニートだと思ってたのに。


「いえ、聞いてませんけど」

「あれっ? ユウちゃんに話してなかったっけ?」

「いっつもどうでもいい世間話して行くだけじゃないですか」

「えっと、えっと……ああ、うん。そうかも」


 眉間に指を当てて考えてから、リアさんはてへへと笑った。やる人間によってはイラっとさせられる動作だが、この人がやると全く違和感がない。子供っぽい動作が似合うのは、果たしてこの人が無垢だからなのか、それとも中身が子供っぽいだけだからなのか。判断は難しい。


「じゃあ、改めまして。職業は探求者<ヴェスティ>で、永遠の17歳の女の子ですっ☆ リアって呼んでね☆」


 ぱこんっ。


「いたっ! ちょ、ええっ!? なんで殴るの!?」

「すいません。無性にイラついたので」

「今の、可愛くなかった?」

「自分の歳、考えましょうよ」

「……あ、あははっ」


 乾いた笑い声をあげながら視線を反らしたリアさんは、こほんと無理やり区切りをつけて、話を続ける。


「で、まあ、私は探求者<ヴェスティ>をやってるわけね」


 探求者<ヴェスティ>とは、言ってしまえばトレジャーハンターみたいなものらしい。<迷宮>にある珍しいものや、価値のあるものを探すのが主な仕事らしいが、そこから先はいろいろとあるようだ。見つけたものを売るとか、加工するとか、研究するとか。一見してただの石ころが実はすごいアイテムで、一生遊んで暮らせるほどの金額で売れたなんて話も多いので、探求者<ヴェスティ>は夢に満ちた仕事のようだった。

 まあ、僕からすればこの人が冒険者<ミスト>だったということの方が驚きなんだけど。……大丈夫なのかなあ。


「それで、昨日は<迷宮>に行ってたの。ただでさえ行くだけでも疲れるのに、護衛に雇った討伐者<チェイサー>が感じ悪くてさあ。私の胸ばっかり見てくるし、脚も見てくるし。そりゃ私の体が魅力的なのは分かるけど、もううざくてうざくて」


 くねくねと気持ち悪い動きで、リアさんが自分の「魅力」をアピールする。僕としては目を反らす以外の対処にしようがなかった。目のやり場に困る。見るに耐えないという意味で。


 討伐者<チェイサー>は、基本的に戦うことを主とする人たちだ。迷宮にいる魔物<ガイツ>を倒したり、ギルドを通して依頼されるクエストをこなして生計を立てているとか。リアさんのように、戦えない人の護衛を頼まれたりもするようだ。

 余談だが、探求者<ヴェスティ>と討伐者<チェイサー>の二つをまとめて冒険者<ミスト>という。


 非常にロマンある仕事だが、僕には全く関係ない。関係ないったらないのだ。


 くねくねダンスに満足したらしいリアさんが、ふと冷静になる。周囲から集まる奇異の視線に気付き、こほんとわざとらしく取り繕って話を続ける。


「それだけならまだしも、そのパーティって女の子もいたのね。たぶん、好きな子でもいたんでしょうけど、私をすっごい睨んできてさ。もう、空気は重いわ魔物<ガイツ>はいるわで、すっごい疲れたのよぅ……」


 リアさんはぐてーっと突っ伏した。金色の糸のような髪が、さらりとカウンターに広がる。そしてそれっきりぴくりとも動かなくなってしまった。

 よく分からない世界のことではあるが、そこにいるのはやはり人間である。死と隣り合わせの空間であっても、そういう問題も起こったりするのかもしれない。


「それはお疲れさまでした」


 そういう類のギスギスした空気の重さは味わったことがないので分からないが、リアさんほどの能天気な人間が疲れたというのだから、そりゃすごい重さだったのだろう。

 後ろに備えた、氷石というファンタジーアイテム製の冷蔵庫からケーキを取り出し、切り分け、リアさんの前に置いた。


「どうぞ。試作品ですけど」


 うつ伏せたまま顔だけを上げ、リアさんが不思議そうな顔をする。


「なになに? この不気味な黒さを持ちながらそこはかとなく美味しそうな空気を放っている物体はなにかしら?」

「コーストを使ったケーキです。甘さと苦味を兼ね備えた大人の味ですよ」


 言うと、リアさんは途端に活力を取り戻し、目を輝かせながらフォークを握った。コーストというのはチョコレートみたいなやつのことだ。つまり、チョコレートケーキ~in 異世界~である。


「さっすがユウちゃん! お姉さんを励ますためにこんな秘策を用意しているなんて! 好き! 結婚して!」

「嫌です」

「すぱっと切り捨てるところも素敵! でもお姉さん落ち込んじゃいそう!」


 よくわからないテンションを維持したまま、リアさんはケーキの先端にフォークを入れる。それをもったいぶったようにゆっくりと口に運んで、ほわぁんとした顔になった。

 試作品を出すたびに思うのだけれど、この人は本当に美味しそうに食べる。作る方としては、こんなに幸せそうな顔になってくれるのであれば、作りがいもあるというものだ。そんなこともあって、試作品はまず、この人に毒見をさせるのが常だった。


「美味しい! 甘い! ちょっと苦い! 大人の味!」

「それはよかった」

「このケーキにはユウちゃんからの愛が詰まっているのね! だからきっとこんなに甘いのよ!」

「じゃ、350ハイルです」

「……お金、とるんだ」

「商売ですから」


 こんな毎日である。





[6858] もうダメだよこの幼女
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/03/26 12:31



「ユウちゃん! 男の人ってどうやったらヨクジョウするのっ!?」


 ある日の午後のことだった。


 僕はいつも通りに黒のエプロンをしてカウンターに立ち、コーヒーをぽこぽことサイフォンさせながらコップを拭いていた。

 渋くて味のある喫茶店に必要なのは、渋くて味のある客である。

 しかし、僕の目の前にいるのは幼女だった。


 薄桃色の髪を肩の上まで伸ばし、片側だけを深い藍色のリボンで結んでいる。くりくりとした大きな目は澄んだ光を宿していて、きっと世界を、好奇心という視点からきらきらと見つめているのだろう。

 僕にもこんな時代があったのかなあとか思いつつ、どこでおかしくなっちゃったのかなあと頭を抱えた。僕がではなく、この子がである。

 ヨクジョウ。浴場? いや、欲情なんだろう。確実に。


「……ハル。とりあえずそういうことを大声で叫ぶのはマズイ。なにがマズイって、僕の世間体がマズイ。この店の評判もマズイ。困るのはハルじゃなくて僕だから、とりあえずその口を閉じろ幼女」

「そんなことはどうでもいいの! いま重要なのは、おとーさんをヨクジョウさせることなのっ!」


 なんかもう、だめだよコイツ。

 犯罪の匂いしかしないよ。5歳を過ぎたばかりの子供が言う台詞じゃねえよ。誰か助けてくれよ。


 ハルの発言に、店内からひそひそと声が聞こえる。ああ、ちくしょう。こんな時だけ一見さんが多いんだもんなあ。やってらんねえ。


「もう、おとーさんったら、ハルがこんなにあぷろーちしてるのに、ぜんぜん相手にしてくれないんだよ? そりゃ、頭をなでてくれるのは嬉しいけど……嬉しい、けど……うれしい…………ほわぁ」


 ハルの瞳が虚空を捉え、とろーんとふやける。口元はだらしなくゆるみ、「えへ、えへへぇ」とかいう笑い声も漏れている。


 なんだよこれ。なにがあったんだよ。神様はこいつを作ったときだけ自暴自棄にでもなってたの? 嫌なことでもあったの? いじめとか受けてたの? 虚空を見ながらトリップって、これもう末期だよ。


 しかし、もう慣れたっちゃ慣れたので、僕は無視してコップを拭き続けた。こうやって拭くためだけに、無駄にコップを買った僕である。喫茶店のマスター=コップを拭いているという想像は、きっと僕だけではあるまい。


 しばらくすると、ハルが唐突に意識を取り戻した。息を荒げながら、「もうやだおとーさんったらぁ! だいたんなんだからぁ!」とか言ってるが、僕にはつっこめなかった。どちらかと言えばボケ派な僕には、あまりに高度な世界だった。


「そ、そうだった! 今日はこんなことするために来たんじゃなかった! もう、魅力的すぎるおとーさんがいけないのよ! でも好き!」


 知らねえよ。


「それで、男の人ってどうやったらヨクジョウするの?」

「……なんで僕に聞くよ?」


 とりあえず聞いてみる。


「だってユウちゃんって、キッサテンのマスターなんでしょ?」

「そうだけど、それと何の関係が?」

「キッサテンのマスターならなんでも知ってるってユイちゃんが言ってた!」


 てめえが元凶かなんちゃって幼女……っ!

 ユイとは、幼女ではない幼女、幼女に擬態した悪魔、魔性の幼女とか、そんな感じの奴である。だが、あいつのことを話すには紙面が足りないので、今は置いておく。


 上がった血圧を抑えるように深呼吸をして、僕は笑顔を作りつつ言った。


「残念だけど、僕にもわからないことがあるんだよ。とくに、成人男性が幼女に欲情する方法なんてのは特に分からない。その道の人だと呼吸をするよりも容易くそれを成し遂げるらしいけど、僕はほら、正常な人種だから」

「えー? でもユイちゃんは、『あの人は小さい女の子を見ると興奮する人間だから、きっと教えてくれるわ』って言ってたよ?」


 ―――ピシッ。


 思わずコップに罅をいれてしまったが、仕方のないことだろう。ふざけんなよ幼女。てめえ、子供だからってなんでもかんでも許されると思ってんじゃねェだろうな。女性だろうが子供だろうが、殴るときは殴るぞ、僕は。


 黒い笑いが漏れてしまいそうになるのを、必死に抑える。ほら、ハルもどことなく怯えてるし、堪えろ、僕。


 ふーっと息を吐きながら、使えなくなってしまったコップを置く。少し力が強すぎたのか、置くと同時にコップはガラスへと変化してしまった。掃除が大変だ。「ひっ」とハルが声を上げたが、なんでそんな声を出すのかはわからない。


「ハル」

「ひゃ、ひゃい!」

「ユイに言っといてくれ。『僕は女性らしい体型の方が好みであって、女かどうかも怪しいお前のようなつるぺったんには興味ない』って」

「え、その」

「復唱!」

「はいぃ! ユウちゃんは女性らしい体型の方が好みであって女かどうかも怪しいユイちゃんのようなつるぺったんには興味ないです!」

「ったく、あの幼女……いつかケリ付けてやらねェとな……」

「ひ、ひぅ……! いつものユウちゃんじゃなぁい……!」





 φ





 その後、ハルはなぜか、おとーさんが迎えにくるまで怯えた小動物のような目で僕を見ていた。

 やはり、「あの、えと……おとーさんをヨクジョウさせるにはどうしたら……」と再び言われたときに、

「いいから黙ってようね。このコップみたいになりたくないでしょ?」

 とか笑顔で言っちゃったのは不味かったかもしれない。

 子供には優しくがモットーだというのに、大人げなかった。


 でもまあ、これも日常である。






[6858] ゲームだって、人生だって、最後は体力勝負なのである
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/03/26 12:31



 ボクは今、喫茶店とかいう妙な店にいた。義父の話によれば、ここには愛想のないおじいさんがやっている古い酒場があるはずだった。けれど、いざ来てみれば、そこにあったのは「喫茶店」とかいう店だったのだ。


 喫茶店……というのは、よく分からない。「ハルシオン」という店名も聞き覚えのない言葉だけど、店そのものがよくわからない。

 分類するのであれば、休憩所……だろうか。広いとは言えないまでも、妙に落ち着く店内を見回しながら、そう思う。老若を問わず、男性よりも女性客が多いが、各々がケーキや飲み物を傍らにゆったりとした時間を過ごしていた。


 この店に来て、驚いたことがふたつある。


 ひとつ目は、店主がボクとそう変わらない歳だということ。

 カウンターに立ち、白い布でコップを磨いているのは、青年と少年の中間ぐらいの男の人だ。この街の男の人は大抵ががっしりした体型だったけれど、彼はまるで女の子のようにほっそりとしていた。顔もどちらかと言えば綺麗な方だ。悪く言ってしまうと、軟弱……なのかな。


 しかし、彼は店をひとりで切り盛りしているのだろうか?

 家族の姿は見えないし、店員のひとりさえいなかった。

 注文は運ばれてくるのではなく、呼ばれたときに自分で取りにいったくらいだ。今日だけそうしている、というよりも、そういう仕様らしい。観察する限り、常連のお客さんは注文したものができるまではカウンター席に座って、あの少年や他のお客さんと世間話を交わし、それから自分の好きな席へと移動しているようだった。


 二つ目……これは、ボクの目的に関わるものだった。

 というのも、ボクは義父の言う愛想のないおじいさんに会いに来たのだ。目的は、義父をもってして「最強」と言わしめたほどのチェスの強者に会いたかった。それだけだ。


 ボクはチェス棋士をやっている。といっても、大会などに参加するような正式なものではなくて、貴族同士が行う一種の賭けチェス。その代指しを行っているのだ。

 貴族が行うそれは、一歩路地裏に入ればどこでも見られるような賭けチェスとは違う。

 何が、といえば、賭けの規模だ。それは神々の遺産<ミスティア>であったり、女であったり、桁の違った金銭であったり、あるいは、その命であったり。貴族が行う賭けチェスは、知能の遊戯ではなく、命を賭けた勝負だった。故に、それは真剣<デュール>と呼ばれ、ボクのように貴族に雇われて代指しをする人間を真剣師<デューラー>と呼ぶ。

 勝つことだけが求められ、負けてしまえばそれまで。命を賭けているのは、貴族というよりはボクたち真剣師だろう。まあ、どのみち、ボクにはそれ以外に生きていく方法もない。せいぜいが娼館に身を売って、薄汚い男たちに体をまかせるくらいか。


 ―――もうすぐ、ボクは戦場に立つ。盤上で行われる、小さな戦争だ。なんの重みもないチェスではなく、貴族の荷物を背負い、自分の命を賭けてチェスをする。自分の実力に不安があるというわけではない。けれど、自分がどのレベルにいるのかは知っておきたかった。


 孤児を拾っては真剣師に育て上げるのが義父の仕事だった。ゆえに、彼もまたチェスは強い。けれど、それは底が見える強さだった。ボクはまだ勝てない。けれど、遠くない日に勝てるだろう。そんなレベルだ。


 ボクが望むのは、絶対の強者との戦いだった。

 どこまで追っても先が見えない。どんなに潜っても底がない。どうやっても勝てない。どうやっても負ける。そんな相手に、負けておきたかった。

 それは、一種の予防策だった。真剣師になっても、ボクはまだひよっ子だ。真剣<デュール>は、ただチェスが強ければいいというわけではない。崖を背にしたギリギリの淵に立ち、盤上で命をやりとりする。もちろん、いきなりそんな荷の重い仕事が任されるわけはない。けれど、いつかはそんな場所に立つことになるだろう。だからこそ、早いうちに味わっておきたかった。絶対の敗北の予感。勝てるわけがないと囁く自分の声。一度知っていれば、二度目は耐えられるかもしれない。三度目は打ち破れるかもしれない。そんなことを考えて。


 けれど、いざ来てみれば、あったのは喫茶店。いるのは男の子。

 早々に目論見が無駄になり、肩を落とした。せめて何か情報でも聞けないものかと思ったのだけれど……ひどく予想外のことが起こった。


 店にやってきた男性が、テーブルにチェス盤を置くと同時に叫んだ。


「おい、マスター! 今日も勝負だ!」


 あまりに唐突なことで呆然としていたボクだが、マスターと呼ばれた少年はなんでもないように口を開いた。


「じゃあ、初手はd4で」





 それから、時間はあまり経っていない。

 けれど、マスターと呼ばれた少年には充分な時間だったらしい。チェス盤の上の小さな戦争は、すでに勝敗が見えていた。


「ぐぐぅ……Bd7!」


 先が読めていないのか、認めたくないのか。髪を短く刈り上げた男性が、半ば叫ぶように駒を動かす。


「Re5」


 対して、少年はまるで紙に書かれたことを読み上げるようだった。今まで、少年は一度も長考していない。相手の手にタイムラグなしで次手を指している。

 そのことだけでも実力は伺えたが、それよりも重要なことがあった。彼は一度も盤面を見ていないのだ。一瞥すらなく、山のように積まれたコップを磨きながら、片手間にチェスを指している。

 もちろん、チェスに親しんだ者であれば不可能ではない。ある程度の実力者であれば誰でもできるだろう。だが、盤面も見ず、考える時間も置かずに、この腕前。ただの実力者というには、言葉が足りない。


 少年の手に、男性がいくらか逡巡してから駒を動かす。


「Qb4!」

「Bd3」


 白陣に剣を向けたクイーンによって、やがて少年のルークは落ちる。けれど、少年はやはり迷いなくルークを捨て、ビショップを下げた。クイーンがどう暴れたところで、それよりも早く、男性のキングは死ぬ。クイーンの突撃は、ただの悪あがきに過ぎない手だった。

 自暴自棄にも見える男性の手は相手にもされず、少年は正確に敵のキングを追い詰めていく。そして終局。


「……また、負けた」


 喉元に剣を突きつけられた自陣のキングを見つめながら、男性はばたりとテーブルに突っ伏した。それほど悔しかったのか、それともなにか重要なものでも賭けていたのだろうか。


 それはまあ、どうでもいい。


 むしろ、重要なのは少年の指した一連の手だった。

 というのも、チェスの序盤戦には定石というものがある。より効率的に、より自然に、できるだけ自分の有利になるように指してゆく、定まった流れだ。最初に動かすことのできる駒は多いが、勝つことを優先的に考えるのであれば動かす駒は決まってくるし、どう構えるかも形式的になる。


 けれど、少年の指した定石は本などでは見たことがないものだった。それが正式な定石なのかさえ分からない。

 序盤の構え方や駒の運びはもちろん、中盤戦における駒の動き。緩手のように見えて、後々に生きてくる配置取り。ためらいもなく駒を犠牲にしたかと思えば、次の瞬間にはそれ以上の優位を得ている。最初はまるで冷戦かと思うほどに静かで防御的な棋風だったが、相手がミスを犯したかと思えば一変、嵐のような激しさでそこを攻めたてる。


 本や、名の売れたチェス棋士の対局でも見たことがない……いや、ひとつひとつを持つ人はいる。激しい攻撃、穏やかな防御、優位を見切る目。

 けれど、そう、少年はそれら全てを持っているのだ。一流と呼ばれる人たちが何十年と掛けて身に付けたものを、その片鱗をあの歳で合わせ持っている。


 ―――面白い。すごく、面白い。


 予測できない。勝てるのか負けるのか。底があるのかないのか。わからない。指してみなければ、わからない。


 無駄足だったかとも思ったが、そうでもないようだ。こんなに面白い人がいるのだから。


 ボクは席を立った。

 なにやら他の客に慰められている男性のテーブルまで行き、盤外に並んだ駒を乗せてからチェス盤を持ち上げる。


「これ、ちょっと借ります」

「へ?」


 返事は聞かない。どちらでも良かった。この人の答えが「はい」だろうと「いいえ」だろうと、ボクは彼と戦う。そっちの方が重要だった。


 相変わらずカウンターでコップを磨いている彼の前に盤を置き、対面に座る。


 ボクの意図を伺うように首を傾げる彼に、ボクは笑みを浮かべ、気取って言った。


「マスター。ボクとも一局お願いできますか?」




 φ




「おいおいおい! マスター! あの美少女と知り合いか!?」


 ある日の午後。

 チェス盤を前にしていた僕に、キールが詰め寄りながら声をかけてきた。


 先ほど、銀色の髪を翻しながら女の子が出て行った扉を指差しながら、キールは口早に言葉を続ける。正直どうでもいいので聞き流しておこう。


 なぜか僕に異常な対抗心を持っているキールは、毎日のようにチェス盤を持って勝負を仕掛けてくる。ある日、ゴル爺さんとやっていたのを見られてしまったのが原因だとは思うものの、どうもそれ以外の理由もありそうだった。どうでもいいけど。

 当初は真面目にテーブルを挟んでやっていたのだけど、キールは本当に毎日やってきて、しかも頻繁に長考する。その間仕事をサボるわけにもいかず、たどり着いたのが目隠しチェスだった。

 というのも、うちのじーさんはチェスで日本チャンピオンになったことがあるらしいほどの腕前だったのだ。僕はかなりのおじいちゃん子だったので、物心付く前からじーさんとチェスをやっていたのである。

 祖父との触れ合いが将棋かチェスかの違いだが、思ったよりも僕にはチェスが合っていたらしい。「お前には才能があるぞ!」とか嬉々として叫ぶじーさんを前に、僕は打倒じーさんを目標にチェス三昧の幼少期だった。


 さらに、こっちのじーさん(この世界で僕を保護してくれたじーさん。この店の前店主)もチェスが好きだった。しかも、桁違いに強かった。じーさん(前)には負けないレベルにはなっていたので、それなりに自分の腕には満足していたというのに、じーさん(後)はさらに強かった。こっちは娯楽が少ないこともあって、結局じーさんが死ぬまでチェスをやってばかりだったわけで。

 そこらへんの若いもんには負けんよ、ほっほっほ。とか思っていたわけですが。


「うーん……」


 唐突に対局を迫ってきた美少女だが、これが強かった。今までに会ったことがないほどの攻撃的なチェスだ。危険を顧みずに駒を繰り出し、それを防げばさらに強力な攻撃を仕掛けてくる。攻撃こそ最大の防御とでも言いたげな棋風だった。


 ……いや、というよりも、勝つしかないという感じかな。あの戦い方だと、押し切って勝つか、凌がれて負けるかの二択だろう。大勝ちか、大負けか。そんな博打みたいな棋風だった。定石もギャンビットだったし。


 人形かと思うほど綺麗に整った顔であそこまで攻められるのは、さすがにすごい迫力だった。こう、一手ごとに首を掻き切ってやるみたいな。ビビった。正直ビビった。そこまで女性の敵になるようなことをしちゃっただろうかと、思わず胸に手を当てて考えるくらいにビビった。


「おい、あの将来がマジで楽しみな美少女は……いや、今は置いておこう。俺にはリアさんがいるからな。……で、勝負はどうなったんだよ?」


 リアさん? ……なるほど、こいつリアさんに惚れてるのか。

 思わぬところで僕に難癖を付けてくる理由が分かったものの、僕にはどうしようもないことだった。だから無視して、盤面に目をやる。


「どうなったもなにも、決着はついてないし」

「はあ?」


 盤面を見るキールだったが、すぐに顔を顰めた。そしてその顔を僕に向け、聞いてくる。


「……なあ。これ、どっちが優勢なんだ? お前、負けてるの?」


 初心者のような言葉だった。といってもまあ、キールはそこまでチェスに詳しいわけではない。

 最初、いきなり僕をチェスで倒すと豪語したくせに、ルールしか知らなかった人間だ。それにまあ、どちらが優勢かという見方をすれば、この局面だとわからないものかもしれない。


「いや、互角だよ。むしろここからが本番みたいな感じ」


 彼女との対局は、まだ均衡を保ったままだった。

 やや優勢でもなく、やや敗勢でもなく。ほぼ互角。ここからの試合運びによって、勝つも負けるも決まるという状態。


 大胆に攻める彼女に対し、僕は徹底的に防御に回った。狙いを読み、それを防ぎ、邪魔をし、駒を払う。相手の癖や棋風を見るために、初見の相手と指すときの僕の常道である。勝つことよりも、負けないことを目的とした指し方だ。攻撃に耐え、狙いをそらし、辛抱強く殻に篭る。そして、相手に隙が生まれれば、手を返してそこに切り込む。それが僕の戦い方だった。

 僕の常道に則って、猛攻によって生まれた彼女の隙を突く様に、ナイトを動かした。そこで、彼女は席を立ったのだった。


『この続きはまたの機会に』

 そう言ってから彼女は自分の名を名乗り、今度は僕の名を尋ねて、満足げに微笑んだ。

 それだけで店内の空気が明るくなったような錯覚に襲われていた僕に、彼女は白く細い手で握手を求め、それでやることは全部終わったとばかりにさっさと行ってしまったのだ。


 いったいなんだったのだろう。


「うーむ……謎だ」

「うーむ……あれは将来マジで美人になる……でも、俺にはリアさんという人が……ぐおおおお! どうしたらいいんだぁ!?」


 となりでアホがバカなことを叫んでいるが、どうでもよかった。


 頭の中で、彼女の声が響く。


 ボクの名前は――― 


「―――アイネ、ねえ。これだけチェスが強い上に、あんだけの美少女で、しかもボクっ娘……ゲームとかだったら絶対ヒロインだろうなあ」


 ……あれ? なんか僕の頭もキールと同レベルか? いやいや……まさか、そんな……。


 とある平凡な日の話である。





[6858] やさぐれっ娘登場回
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:04



「……みんな死ねば……平和になるのに…………」


 ある日の午前のことだった。


 毎日磨きすぎて、もう磨くコップがない。綺麗なものを拭いたって面白くないので、わざとべたべた触ってコップに指紋をつけていると、目の前に座っていた少女がぼそりと呟いた。


 まあ、確かに。

 みんないなくなれば、そりゃ確かに平和になるだろう。死後の世界とかがなければの話だけど。

 地上は平和になりましたが、あの世は騒がしくなりましたとか、本末転倒だ。いやまあ、そこらへんはどうでもいいけどさ。あの世があるとかないとか、死ねばわかるし。


 それよりも、「みんな死ねば平和になるのに」とか10歳の少女が言うのはいかがなものだろうか。いや、まあ、そういうキャラっちゃキャラなんだけどさ。せめてこう、もっと明るい感じで……「もうっ! みんな死んじゃえばいいのにぃ! それで平和になるのっ!」

 ……いや、ないな。これはない。

 最近、自分の頭が何かに毒されているような気がする。しっかりしろ、僕よ。


 脳みそに最適化をかけながら、ココアを両手で持って舐めるように飲んでいる少女を見る。まるで、そこだけに雨が降っているようなどんよりとした空気を纏った少女、名をノルトリという。名前を聞くだけに一週間。まともな会話をするのに2週間かかったのは良い思い出だ。


「それで、今日はどうしたの? 普通に学院、やってると思うけど」

「……めんどくさかった……」

「まあ、そんな日もあるよね」

「とても……ここに、来たくなった……」

「それは嬉しいね」

「……みんな、死なないかなあ……」

「さすがに無理じゃないかな。究極魔法でもあれば、ここら一帯は塵になると思うけど」


 いちいち普通の感性で対応していると、ノルトリとはやっていけない。こう、ちょっと人生に疲れちゃいましたみたいな感じでいることが重要だ。十歳の少女がそんな感性ってどうよ? とかは思っちゃいけない。


「……ほんとに…………めんどくさいなあ……」


 本当にめんどくさそうに、ノルトリは呟いた。あ、ちょ、やめて。なんか僕までめんどくさくなってくるからやめて。なにこの影響力。人生とかどうでもよくなってしまいそうで怖い。


 湧き上がる感情を堪えるようにコップを磨く僕の前で、ノルトリはひどくだるそうにカップを持ち上げた。かなりの猫舌らしいので、ココアは温くしている。それでもノルトリには熱いようで、ふーふーと息を吹きかけてから、ちょっとずつ飲んでいる。

 そんなノルトリの小さな頭の上で、ぴょこぴょこと動く2つの三角形があった。そう、猫耳である。……たぶん、猫耳である。少なくとも猫科の耳だと、僕は判断する。


 この世界には、ファンタジーなことが盛りだくさんだ。その最も足るもののひとつが、ノルトリのような獣人と呼ばれる人たちだった。一歩外に出れば街を歩いているし、獣耳とか尻尾とかにつっこみをいれる人はいない。それくらいには、この世界では当たり前の存在だった。初めて見たときにはすごいテンションが上がったものだけど。女の子に獣耳とか……なんかこう、心の奥底でなにか新しい感情が生まれた気がした。きゅんとくる感じというか、ときめきにも似た感じというか。まあ、どうでもいいや。


 ノルトリの服は学院の制服だった。この街の中心地にある、魔術学院。そう、魔術だ。ちょっとだけ興味があるが、なんか平穏とはかけ離れた世界に連れて行かれそうで怖いので、あまり近寄ってはいない。


 ノルトリは、青色というか、雨の色という表現がぴったり合う髪を適当に結んで流しているのだけど、その髪の色が真っ白な制服によく映えていた。

 もうちょっとやる気をだして生きた瞳をしていれば、将来がすごく楽しみな女の子だろう。


「それで、学院はどんな感じ?」


 聞くと、ノルトリの耳がぴくりと動いた。

 だるそうな瞳を僕に向け、にたりと笑う。無駄に迫力のある笑みだった。怖いぞ、ノルトリ。


「…………聞きたい?」

「……いや、やっぱいい」

「……そう」


 ウフフフフとノルトリが笑う。いや、あの、いきなりウフフフフとか笑うなよ。普通に怖いぞ。深夜にラジオから流れてきたら発狂するレベルだぞ。ほら、向こうのお客さんだって、びくぅ!ってしてたし。

 けれどまあ、これがノルトリっちゃノルトリなので、僕は特につっこみも入れなかった。この店のモットーはお客さんに平穏を味わってもらうことだ。お客さんがお客さんらしくあるのが、一番であるからして。


 ひとしきり笑うのに満足したらしいノルトリが、尻尾をゆらゆらとさせながら窓を見る。


 通りに面した窓からは、行き交う人たちの姿が見える。食材を抱えたおばさん、マントを翻して歩く騎士、大剣を背負った冒険者、子連れのお母さん。それぞれが自分の行く先に、歩いていくのだろう。


 この窓から外を歩く人たちを見るたびに、ここが異世界だということを実感する。自分が異端だとは思わない。そこまで、この世界は狭い場所ではない。けれど、不意に不安になることもある。この世界で、自分はどこに行けばいいのだろうか。自分は、この世界で死ぬべきなのだろうか。調べた限りでは、帰る方法はない。異世界という存在さえ、ただの御伽噺だと思われている。だから、たぶん僕はここで死ぬことになるだろう。こうやって喫茶店をやって、この窓から外を見ながら、そうやって死んでいくのだろう。

 平穏が好き、というよりも、僕はただ怖かったのかもしれない。魔術や迷宮に関わって、異世界に馴染んでしまうことが、怖かったのかもしれない。僕はまだ、自分の世界への未練があるのだと思う。理性でケリをつけたとは思っていても、心のどこかでは帰りたいと思っている。本能とでも呼ぶようなものが、自分が生まれ育った場所に帰りたいと言っている。そう考えると、人間もまた動物だということを理解する。理性ではどうしようもない望郷の念。それは、命あるものに刻まれた原初の感情なのだろう。


 ああ、物思いに耽る僕ってカッコイイ……と自惚れていると、ツンツンと袖が引かれた。

 顔を向けると、ノルトリがどこか不安げな顔で僕を見ていた。や、ちょ、中二病の思考に陥っていた僕をそんなに見ちゃらめえええ。

 みたいな感情はまったく顔に出さず、僕は首を傾げた。


「どうかした?」

「…………いや、べつに」


 なにかを言おうとして、ちょっと迷って、ノルトリは口を閉じた。


 それでも待っていると、ココアの水面をじーと見つめながら、ぽつりと言う。


「ユウは……どこかに、行くの?」


 どこか? ああ、世界の果てとかは行ってみたいなあとは思ってた。こう、カッコイイよね、響きが。どちらに行かれるんですか? なあに、ちょっと世界の果てまでですよ、とか言ってみたいね。行ってみたいし、言ってみたい。うまい! 僕うまい!

 いや、そうじゃなくてさ。

 ……あれだな。そろそろツッコミ役がいないと寂しいな。ひとりで、しかも脳内でボケツッコミとか、どんだけ寂しいヤツだよ。


 今のボケを口に出しても、きっとノルトリは「……ふうん」とか言って流すだけなので、僕は普通に答えることにした。


「特にそんな予定はないけど? せいぜいが市場に買い物に行くくらいかなあ。そろそろ材料を買わないといけないし」


 僕の言葉に、ノルトリはちらりと僕を見上げた。どこか不安げなのは、なにか理由でもあるのだろうか。


「……ほんとう?」

「うん」

「……ほんとうに、ほんと?」

「もちろん」

「嘘、ついてない……?」

「僕が今までに嘘ついたことがあった?」


 聞くと、ノルトリはしっかりと頷いた。珍しく自信に溢れた動きだった。

 いや、たしかに僕も自覚はあるけどさ……。


「今回は、ほんとうにほんとだよ。どっか行く予定はないし、どっか行くつもりもない。それにほら、この店には店員がいないからさ。すぐにどっか行こうとかはできないし。休もうにも、いきなり休むとうるさい人がいるんだよね」


 リアさんとかリアさんとかリアさんとか。

 あとキールとかキールとかキールとか。


 ため息まじりに言うと、ノルトリは満足げに頷いた。どうやら信じてくれたらしい。なぜかほっとしているように見えるのが謎だったものの、ノルトリの考えていることはいつも謎なので、放っておくことにした。


「……ユウは、勝手にどこか行っちゃ……ダメ、だからね……」

「……えっと、僕の行動の自由は?」

「ない」

「即答ですか、そうですか」


 あれ? なに? なんでそこだけやる気あるの? いつもはだるそうにしてるじゃん。人生どうでもいいよみたいな顔してるじゃん。本当、お兄さんはきみのことがよく分かりません。


 でもまあ、嬉しそうにココアを啜るノルトリの姿は貴重なので、悪い気はしなかった。




 φ




「……ここは、落ち着くね……」


 昼も過ぎた頃。


 昼食にサンドイッチを食べ終えたノルトリは、眠そうな声で言った。カウンターでにゃふうと溶けている姿は、日向で眠る猫のようにも見えて癒される。たぶん、この状態のノルトリはマイナスイオンとか出してると思う。

 たまにぴくぴくと動く猫耳を触りてーとか思いつつ、僕はコップを磨いていた。


「まあ、ゆったりしてるからね」


 僕もそうだし、お客さんもそうだ。店内には、外とは違う時間が流れている。ゆっくりと、ただ安らかに。


 外ではいろいろなことが起こっている。人にはそれぞれの人生があって、それぞれに悩みがあって、無慈悲なくらい簡単に過ぎ去ってしまう時間に急かされながら、必死に生きている。でも、せめてうちの店にいるときだけは、めんどくさいことは全部忘れて、ただゆっくりと休んで欲しい。この店は、忙しい世界に旅立っていくための止まり木になるのが調度良い。

 その言葉は祖父のものだった。なんでうちの店名は「止まり木」なの? と聞いたときに、そんな答えが返ってきた。照れくさそうに、でも、誇らしそうに。そんな顔だった。


 あの店ほどの安らぎは、この店にはまだない。

 僕はまだ若すぎるし、この店だって若すぎる。けれど、そこに流れる時間を少しでも感じてもらえたのなら、これ以上の喜びはなかった。


 にやにやとしつつ、僕は聞きなれた歌を口ずさんでいた。止まり木で、何度も流れていた音色。子供の頃から聞いていた歌声。いろんな音楽を聴いていたけれど、僕はこの歌が一番好きだった。じーさんも好きだったし、父さんもそうだったから、これは遺伝なのかもしれない。

 ああ、そうだ。この店にも音楽を流したらいい。きっとさらに安らぐはずだ。うん、そうだ、そうしよう。


 今後の店の方針を考えながら、口ずさむ。自分の声を聞きながら、窓から外を見る。


 平穏だった。本当に平穏だった。


 陽光を浴びながらむにゃむにゃと眠そうにするノルトリも、店内でくつろぐお客さんたちも。窓の向こうで慌てて逃げていく男も、それを追う人たちも。スリだ! おいそいつ捕まえろ! とかいう喧騒も、僕には聞こえない。本当に平穏だった。


 ―――そんなまったり平穏世界を最初に破ったのは、ドアに取り付けたベルの音だった。

 カランカランという音が鳴り終わる前に、来店客は声を上げた。


「あ! こんなところにいたな、ノル!」


 目を向けると、そこにいるのはノルトリと同じ年頃の少年だった。茶色の髪はツンツンとあちこちに広がっていて、ひどくやんちゃそうに見える。ノルトリと似たような制服を着ているから、学院のクラスメイトだろうか。


 少年はたたたっと店内を走ってノルトリに近寄り、無駄に元気一杯の声で話し出す。


「勝手にサボるなよノル! セルウェリア先生がまた心配してたぞ! それに言ったろ? サボるときはおれも誘えって!」


 少年の声に起こされたのか、ノルトリは不機嫌そうに目を開けた。そして、「こいつうぜぇ。マジでうぜぇ」とでも言いたげな瞳で少年を見る。……こらこら、女の子がそんな目をしない。

 ノルトリの視線には気づかず、少年は頬を赤く染めていた。あー、リアさんとかいたら喜びそう。あの人たぶんショタだし。


 猫耳をぺたんとしたまま、ノルトリは少年を見ていた。あの耳からすると、本当にやる気もないし興味もないらしい。


 思うにこの少年、ノルトリのことが好きなんだろう。しかしノルトリを初恋の人に選ぶとは、なんと勇気ある少年。がんばれ、僕は応援するぞ。


「ほ、ほら、行こうぜ! おれが一緒にサボってやるよ!」


 僕の応援に応えるように、少年はノルトリに手を差し出し、頼れる男の片鱗を見せ付けた。将来は良い男になりそうな気がする。イケメン的な意味で。

 しかしノルトリは、差し出された少年の手を見て言った。


「やだ」

「ええっ!?」


 すごい。すごいぞノルトリ。そこまでためらいなく言い放つとか、すごすぎるぞ。

 けれど、ノルトリは僕が思っていたよりもさらにすごい子だった。


「……子供に、興味ないし……」


 ちょっ。


「そ、そんな! え、えと、じゃあ、オレが大人になったら!」


 ダメージを負った少年が、それでもなんとかすがり付く。


 が、がんばれ少年! 恋は辛いものだ!


 しかし、僕はすぐに考えを改めることになった。恋は辛いものではない。恋は、非情なものなのだ。というか、


「……それは、それで……暑苦しそうだから、やだ……」

「ええええええっ!?」


 ……ノルトリが、非情な子だった。


 すっぱりと少年の言葉を切り捨てると、ノルトリはぴょんとイスから降りた。そのまま僕に向き直り、ぺこりと頭を下げる。


「ごちそうさまでした……」

「あ、うん。これからの予定は?」

「……暇だから……学院に、いく……セルウェリア先生の授業は……いかないと、めんどくさいし……」


 心底めんどくさそうに言って、ノルトリは去っていった。その背中には、底の知れない深さがありそうだった。……あそこまでズバズバと物を言うとは。ノルトリ……恐ろしい子っ!


 残されたのは、呆然と立ち尽くす茶髪の少年だけだった。


 ……この子、苦労しそうだなあ。



 そんな、ある日のことである。
















――――――
<作者の放課後>

 ロリロリうるさいから今回もロリっ子を出してやったロリ! これで満足ロリか!
 大きな誤解を招いているようですが、作者はロリコンではありません。子供が好きなだけです。
 いいか、ロリコンって言うなよ! 絶対言うなよ!


▽気まぐれレス返し

>つまり、羽つきとか耳つきとか尻尾つきとかの少女を出したいロリね?
 ……よく分かったロリね。さては貴様……見ているロリな!?
 今回見事に耳つきで尻尾つきのロリを出したロリ。ロリコンはせいぜい歓喜でもすればいいロリ! ノルトリに蔑んだ眼で見られるといいロリ!

>ついでにマスターのお勧めを一杯頂けるロリ?
 つ水銀

>名古屋のモーニングセットひとつ頼むロリ。
 名古屋に行けロリ。

>睡眠薬と同じ名前の喫茶店。危険な香りロリ。
 この小説の本当のタイトルは「ハルシオン・デイズ」なんですロリ。意味は「冬の穏やかな日々」とか「安息の日々」らしいロリ。
 だから、ハルシオンの意味は安らぎとか安息とか平穏とか、そんな感じロリ。

>店の外に出て、市場に食材を仕入れにいくような話も読んでみたいロリ。
 ネタをありがとうロリ。伏線張っといたからそのうち書かせてもらうロリ。

>客同士が魔法で痴話喧嘩して店吹っ飛びそうになるところで、マスターがお盆投げ付けて両者ノックダウンみたいのはないロリ?
 そのうちあるかもしれないロリ。

>私が思うにロリとは宇宙の真理、理のような気がするのだロリ。つまり炉の理、炉理。
>獣耳っ娘とロリは世界の真理なんだロリ。
 貴様らぁ……よくわかってるじゃねえかロリ。でも作者はロリコンじゃないからよく分からないロリ。

>コーヒーが苦手な私は何をたのもうか……ロリ。
 幼女頼むとかお前……。






[6858] 綺麗なお姉さんが大好きです。
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/12 22:14


「マスター、ブレンドコーヒーを」


 ある日の午後のことだった。


 ドアのベルを鳴らして入ると同時に、その女性は店内の男性客の視線をひとりじめにした。もちろん僕も視線を奪われていた。この人が来るたびに男性客はぽかんと口を開けて見惚れるし、見惚れたことが原因でカップルは喧嘩を始める。

 けれどまあ、それも仕方ないといえば仕方ないことだった。

 なにしろ、本当に美人なのだ。整った顔と、女性にしては高い身長も相まって、可愛いよりもかっこいいという印象を受ける。纏う空気はいつも凛としていて、彼女がそこにいるだけで店内の空気が明瞭になったような気さえした。


 店中から集まる視線を気にした風もなく、女性―――アルベルさんは、コツコツとモデルのようにカウンターまで歩き、白銀色の髪を揺らして座る。


 その一連の動きが、僕にはまるで映画のワンシーンのように見えた。アルベルさんは、ひとつひとつの所作が絵になる人なのだ。動きにキレがあるというか、ひとつの動きの中にも静と動が存在しているというか。それは、アルベルさんが<迷宮>で命を賭けた日常を送る討伐者<チェイサー>だからだろうか。一瞬の迷いが生死を分けてしまうが故に、普段の言動にも余計な迷いがなくなるのかもしれない。


 注文されたコーヒーを用意しながら、僕はそんなことを考えていた。


 カウンター席に座ったアルベルさんは、店内に流れるゆるやかな空気を感じるように、長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳を閉じていた。いつも以上に静かな店内に、コーヒーをぽこぽことサイフォンする音が染み込んでいく。外の喧噪も、今は遠く聞こえる。


 未だにアルベルさんに注がれている視線を感じながら、抽出し終えたコーヒーをカップに入れる。砂糖もミルクもなし。アルベルさんは、初めてここに来たときからコーヒーはずっとブラックだ。通な飲み方である。良い豆はブラックで飲むのが一番おいしい。


「どうぞ」


 湯気を立てるコーヒーを、アルベルさんの前に置く。それが合図だったように、アルベルさんは閉じていた目を開けた。カップを持ち上げ、まずは香りを楽しむ。それからひとくち。


 この世界では、コーヒーというのは薬みたいな扱いらしい。漢方みたいなものだろうか。少なくとも、味を楽しむとか、香りを楽しむとか、そういう味わい方をするものではなかった。

 前に一度、この世界のコーヒーを飲んだことがあるのだけど、これがひどい味だった。ただただ苦いだけで、深みもコクもありゃしない。あれじゃ泥水と変わらないだろう。だから当然、コーヒーは人気のない飲み物だった。


 そんなこともあったので、僕は意地でも本当のコーヒーというものを広めてやろうと思ったのだ。

 僕の努力のかいもあって、ようやくこの味の良さを分かる人が増えてきたものの、当初はまったく売れなかった。当たり前といえば当たり前だ。誰もが苦い薬は嫌いだし、ただ苦いだけと刷り込まれたものを好きこのんで飲む人もいない。もしいたとすれば、その人は変わり者だろう。


 そんな変わり者が、このアルベルさんだった。


 最初は眠気覚ましに、あの苦いだけでコーヒーと呼ぶことすらおこがましい液体を飲んでいたらしい。けれど、うちのコーヒーを飲んで以来、アルベルさんはこの店のリピーターになったのだった。

 頻繁に飲みに来てくれるのは嬉しいのだけど、カフェイン中毒になりはしないだろうかと、ときどき心配になる。


「うん、美味しい」


 こくりと一口飲んで、アルベルさんが言う。


「やっぱり、マスターのコーヒーが一番だね」

「それはどうも」


 にこりと微笑むアルベルさんに、僕も微笑み返す。アルベルさんは僕のコーヒーを飲むたびにそう言うし、僕も同じように返事をする。恒例の挨拶みたいなものだった。

 アルベルさんのような美人さんにそう言われるだけで、僕はもう男として幸せです。結婚してください。


 アルベルさんは味わうようにもう一口飲んでから、カップをソーサーに置いた。

 僕はアルベルさんとの結婚生活を妄想しながらコップを磨いていた。

 店内ではカップルの喧嘩が始まっていた。

 よくある光景だった。


「この店は穏やかでいいね」


 窓からの陽光に目を細めながら、アルベルさんが言う。


「まあ、平凡なところですから」


 僕の言葉に、アルベルさんがくすりと笑う。


「平凡、か。私は、その平凡というものをついつい忘れそうになるよ。とくに<迷宮>で何日も過ごしているとね」


 そりゃ忘れるでしょうねえ、とかは言わない。


 この街の奥にある<迷宮>は、まさに人外魔境だ。終わりがあるのかどうかすら分からないそこは、確認される限りでは地下36階まであるそうだった。今でも、冒険者の中でも一握りの上位者たちがさらに先へと進む道を探しているらしい。


 <迷宮>では、階層をいくつかに区切っている。レベル1と呼ばれる地下5階までなら、素人でもなんとかなる。魔物<ガイツ>も、変な犬とか変なうさぎとか、そんな感じだし。金属バットと度胸と理性があれば、たぶん死にはしないだろう。

 だが、5階より下は別格だった。一気にファンタジー色に染まるのだ。コボルトとかいう小さい鬼みたいなやつとか、二足歩行の犬とか、ゲームのモンスターをそのまま現実にしたかのような世界だ。

 アルベルさんはそんな奴らと戦っているのだから、そりゃ平凡とはかけ離れるだろう。


 僕が苦笑していると、アルベルさんが「はあ」とため息をついた。


「最近、ちょっと忙しくてね。学院の方から<迷宮>で実戦授業をしたいという話が出ているんだ」

「ああ、毎年恒例のアレですか」

「そう、アレだよ」


 顔を見合わせ、同時に苦笑する。


 この街の中心区に建つ学院では、ハイクラスになると迷宮での実戦授業というものがある。文字通り、比較的危険度の少ないレベル1で、魔物を相手にするのだ。学院のハイクラスにはいくつかの専攻があるが、この授業に参加するのは、主に<戦士>や<魔術士>といった戦技クラスの人間だった。

 将来は冒険者<ミスト>になりたいとか、魔術アカデミーに入りたいとか、そんな人間が多く所属するクラス。だから、ちょっとばかし自分に自信のある人間が多い。


「忙しいってことは、今年はもしかして」

「ああ。私のところのパーティが担当になったよ」

「それは、ご苦労様です」


 自分に自信のある未熟者ほど、世話のかかる人間はいない。自分の力量すら客観視できない人間が、何十人と迷宮に行く。レベル1とはいえ、安全が約束されているわけではないのに。

 聞く話では、学生たちを引率する学院の教師ですら、<迷宮>のレベル2にさえ行ったことのない人間が多いらしい。

 となると、本当の意味で<迷宮>の危険性を知っている人間がいないことになるわけで。


 ハイクラス一年生の実戦授業には、何度か<迷宮>を経験した上級生が参加する。だが、それでも不測の事態が起きた場合に対応できない可能性があるため、<迷宮>のスペシャリストである冒険者がサポートとして付くようになっていた。

 これは学院からの依頼でギルドがパーティを決める。冒険者たちからは「子供のお守り」と呼ばれる、非常にめんどくさい仕事らしかった。


「やっぱり大変なんですか?」

「それは、ね?」


 アルベルさんの目が、察してくれと言っていた。


「どれくらいです?」


 気になったので、訊いてみる。

 すると、アルベルさんは嘆息して、ふるふると首を振った。アルベルさんには珍しい、疲れた顔だった。


「私には、向いていないんだ。人にものを教えるというか、人の上に立つという仕事が。選べというなら、私はオーガと鉄剣一本でやり合うほうを選ぶ」

「……それはまた」


 オーガというのは、コボルトの上位種だ。大きさは人間大なものの、その筋力はとてつもない。そんな相手にひとりで、しかも鉄剣一本で挑む方がマシ……となると、その大変さは推して知るべしだろう。


「それに、机上でいくら言っても彼らは<迷宮>の危険性を理解しないんだ。本に書かれた情報を鵜呑みにして、それでもう分かった気になっている。勉強ができるのは分かるが、現実がいつも本の通りになるとは限らないということを分かっていない。特に<迷宮>ではね。当日に死人が出ないか心配だよ」


 そんなもんだろう。ハイクラスといえば、高校生ぐらいのはずだ。こっちの学生は向こうよりも精神年齢が高いとは言え、そこに大きな違いはない。物事を客観的に見ることや、自分の限界を知ること。それは僕たちの年齢の人間には難しいことだった。


「まあ、まだ若いですからねえ。僕たちの年頃だったらそんなもんでしょう」


 僕が言うと、アルベルさんは目を見開いてかすかに驚きを示した。


「なんですか、その目は」


 ジト目でいうと、アルベルさんはふふっと笑う。


「いや。君が自身を過小評価し過ぎているのが意外でね」

「過小評価って。僕はただの喫茶店のマスターですよ? ごくごく平凡な一般人です」

「まさか。少なくとも、私は君のことを買っているんだ。学院の子供と同類なわけがないだろう?」

「それこそまさかですよ。僕はへたれな人間ですし、知識もありません。それにほら、貧弱でしょう?」


 さあ僕の虚弱ぶりを見てくれとばかりに、両手を広げる。


 アルベルさんは顎に手を当て、ふむと僕を見つめる。あ、なんだろうこの感じ。綺麗なお姉さんに体を見つめられるなんて。心の奥からわきあがるこの感情は……まさか、これが恋?

 って、なにをアホなことを言ってるんだ僕は。


「まあ、確かに筋肉は足りてないな」

「そうでしょう?」

「剣を振るような手もしていない」

「ですよね」

「肌も綺麗だ」

「その着眼点はおかしいです」

「指も長いし、睫も長い」

「はあ。そうですか?」

「それに、顔も整っている」

「それは気のせいです」

「むむ……なんなんだ君は。本当に男か。軟弱というか、少女っぽいぞ。着飾ったら見分けがつかないかもしれない」

「いやいやいや。そういう話じゃないですって」


 むむむっとうなるアルベルさんだったが、僕の言葉で話を元に戻す。


「そうだった。まあ、冒険者になるには華奢すぎるが、君の武器はアレだろう?」


 言って、アルベルさんが僕の頭上を指さす。その細く白い指がなにを示しているのか、見るまでもなかった。そこに飾ったのは僕自身だったからだ。


「あれはじーさんのですよ」


 そこに飾ってあるのは、白銀の銃だ。流麗な彫刻が施された長方形の板に、回転弾倉とグリップをつけたようなゴツイ銃。ライフルよりも短く、拳銃よりは長い。狭い通路でも取り回しが出来て、なおかつ威力がある。そんな銃だ。じーさんが使っていた、じーさんの銃だ。


 この世界で右も左も分からない僕を助けてくれたのは、偏屈なじーさんだった。

 その時の僕は、いきなり<迷宮>のど真ん中に放り出され、変な魔物に襲われていた。いきなりの非現実に呆然としていた僕は逃げることもできなくて、あの時は本当に死ぬかと思った。そのとき、魔物の頭をあの銃で吹き飛ばしたのがじーさんだった。

 白い髪で、白い髭で。あの銃を握り、背中には長銃を背負った姿。それが、僕が初めて見た冒険者<ミスト>であり、僕の中で最高の討伐者<チェイサー>だった。


 そのじーさんも、もう半年も前に死んでしまった。だから、この店も、あの銃も、数少ないじーさんの形見だった。


「……そうか」


 詳しいことは語っていないけれど、アルベルさんは何かを読みとってくれたようで、それ以上の言葉はなかった。


「でも、君の実力が否定されたわけじゃないだろう?」


 少し言葉を探してから、アルベルさんが言う。


 実力ってなんです? コーヒーを美味しく淹れる実力ですか? そっちは嬉しいですけど。

 首を傾げる僕に、アルベルさんが口を開く。


「ほら、一年前の。ハイリザードを単独撃破した話のことだよ」

「ああ、あれですか」


 ふと記憶を飛ばして、僕は顔をしかめた。

 あれは事故だったのだ。なにがって、倒したこと自体が事故だった。いや、巻き込まれたのも事故だったし、<迷宮>に行く羽目になったのも事故だったし、あれは倒したんじゃなくて向こうが自滅しただけだし。


 背中にずきりとした幻痛を感じながら、僕は首を振った。


「もう何度も言ってるんですけど、あれはたまたまですって。事故です、事故」


 けれど、アルベルさんは「またまたあ」みたいな顔で首を振った。


「事故や幸運だけでR=6の魔物が倒せたら苦労しないよ。そこに何かしらの力が介入していなければね」


 Rというのは、魔物<ガイツ>の危険度をレベル分けしたものだ。R=1で素人の大人が剣を片手にひとりで倒せるレベル。R=10を越えたら、基本的に化け物。素人が何人いても倒せない存在。


 だからまあ、R=6というのはそこそこ強いくらいの存在だ。

 けれど、それは経験を積んだ冒険者<ミスト>から見ればという話であって、僕らのような素人からすれば普通に化け物である。


 普通に向かっても、勝てるわけがない存在。

 そんな存在に素人が勝つためには、事故や幸運に加えて、何かしらの力がいる。剣を扱えるとか、魔法を使えるとか。そんな力だ。


「……まあ、あるっちゃありますけど」


 本当にいらないんだけど。邪魔なんだけど。あっても仕方ないのだけど。何の不幸か、心当たりはなきにしもあらずだ。そもそも、普通にやったら死んでたし。あの時ばかりはちょっと感謝した。でもいらないけどさ。僕はほら、喫茶店で生きていくから。魔物とかと戦わないから。もうじーさんもいないし。


「私にそれを話す気は?」


 興味ありげな顔で、アルベルさんが僕に訊く。


「ありませんね」

「私が頼んでも?」


 懇願するような瞳が、僕のハートを打ち抜く。

 えっと、その胸で抱き締めてくれるのなら僕なんでも話しちゃいます。

 ……とかはもちろん言えるはずもなく。


 勝手に動きそうになる口を無理やり止める。


「アルベルさんにも言えませんね。というか、そんな大した話でもありませんし」


 すごい魔法を自在に使えるとか、重力を操れるとか、そんな夢に満ちた話だったらぺらぺらと自慢できるのだが、そんな力とかないし。僕、一般人だし。迷宮とか、行きたくないし。


 しばらく僕をじっと見つめていたアルベルさんだったが、諦めてくれたらしい。残念だな、と呟きながら、コーヒーを啜る。


 そこで会話は途切れて、また静かな空気が店内を漂う。

 うーん、やっぱり音楽は欲しい。こういうときこそ、穏やかに流れる旋律に耳を傾けるのが最高なのだ。

 なにか良いものないかなあと思いを巡らせていると、アルベルさんが思い出したように口を開いた。


「ああ、そうだ。もし、レベル1を中心に探索している冒険者の知り合いがいたら、注意するように言っておいてもらえるかな?」


 その瞳は真剣だった。

 なにかあったのだろうかと思い、訊き返す。


「なにか問題でも?」

「無視はできない、でも確かな情報じゃない。だからギルドもまだ動いていないんだが……ある冒険者が見たらしいんだ。レベル1で、ゴルボルドが歩いていたのを」

「ゴルボルドが?」


 アルベルさんがこくりと頷く。


 ゴルボルドといえば、たしかレベル2の中層辺りに出現する魔物<ガイツ>のはずだ。オーガをさらに巨大にし、頭を豚に変えたモンスターだったと思う。R=7か8くらいだったか。初心者がひとりで立ち向かうには、あまりに危険な存在。


「熟練した魔術士<メイジ>にとっては御しやすい相手だが、初級者には荷が重すぎる。いくつかのパーティが独自に調査をしているが、結果が分かるまでは近づかない方がいい」

「わかりました。伝えておきます」


 何人かの常連さんの顔を思い浮かべながら、そう答える。


「もちろん、君もね」

「なに言ってるんですか。もちろんですよ。なにがあっても行きたくありませんし、行くつもりもありません」


 心の底から力強く言うと、アルベルさんはくすりと笑った。大人の魅力がぽわんと振りまかれ、こう、頭をガツンと殴られる衝撃だ。くそ、なんでこの世界にはカメラがないんだ!


「そうは言ってるけど、君はなんだかんだで巻き込まれそうな気がしてね。嫌だ嫌だと言いつつ、気が付いたら騒動のど真ん中にいるようなタイプだと思うな」

「嫌なこと言わないでくださいよ。地味に不安になるじゃないですか」


 あながち間違ってもいない指摘に、僕は力一杯反論する。平和に生きたいのだ。僕は平穏がいいのだ。いや、ほんと、そういう予言みたいなのはいらないですから。フラグじゃないですかそれ。後々に僕が巻き込まれるフラグじゃないですか。嫌ですからね。絶対に避けますから。フラグとか叩き折りますから。


 けれど、アルベルさんはくすくすと笑うだけだった。


 くそっ、なんだこの余裕! 近所の小さい男の子を見守るような優しい目じゃないか! これか! これがお姉さんの余裕なのか!?

 僕は、アルベルさんを前に意味もなく敗北感を味わっていた。そう、これが僕にとって初めての敗北だったのだ……とかかっこつけてみたけど、あんまりつかなかった。

 基本的に、お姉さんには弱い僕である。




 φ




「そうだ、明日の朝、弁当をお願いできないかな?」


 ふたりで、ときおり他の常連さんも交えて世間話をした後のことだ。アルベルさんが帰り際に言う。


 訊いた所によると、明日は一日掛かりでレベル1の探索をするそうだ。例のゴルボルドの捜索らしい。


「あ、はい。いいですよ。松竹梅のどれにします?」


 もちろん、お弁当のグレードのことである。お値段のグレードのことでもある。


「松で頼む。お昼ぐらいは楽しみたいからね」

「了解です。全力を尽くしますので」


 ククク……と思わせぶりに笑いながら、力強く頷く。


「そ、そう。楽しみにしてるから」


 僕の意気込みに若干引きながら、アルベルさんは去っていった。明日の朝一で取りに来ると言っていたから、時間はある。ククク……せっかくだ。僕の実力を高く買っているというアルベルさんに、僕の全力を見せてやろうではないか。


 タコさんウインナー。卵焼きはハート型。リンゴはもちろんウサギさん。思いつく限りの「可愛らしい」お弁当を考えながら、僕はコップを磨いていた。




 後日、「パーティのメンバーに微笑ましい目で勘違いされたぞ!」と、アルベルさんが頬を赤くして乗り込んできたが、それはまた別の話である。















――――――
<作者の疲労>

 大概にして、小説を書くという行為は苦痛である。

 稀に書くことが楽しくて仕方がないという人間もいるが、そういった人間は小説の神々から寵愛を受けた貴重な人間であり、小説を書くために生まれてきたような人間だ。私のような「小説とか書くのマジでめんどくせえ」と心底思っている人間からすれば、それだけで才能だと言わざるを得ない。

 読者諸氏においては十分に理解されていることであろうが、小説というのは実に早く読み終わってしまう。作者が何時間と掛けて書いた文章は、ほんの十数分、あるいは数分で消化されてしまう。たったそれだけの時間のために、作者は頭を捻らせ、苦痛とともに文章を書き綴り、句読点ひとつの有無に頭を悩ませるのだ。

 ああ、なんと儚く苦しい存在だろう。我々は常に自分に問いかけているのだ。何のために書くのかと。何のために苦しむのかと。えーと、それで、あー……ダメだ。もうめんどくさい。作者のあとがきとかぶっちゃけいらないしさ。そろそろ喫茶店ネタも書くのが疲れてきたわぁ。あと2話で完結とかでいいかもしれない。物語はついにクライマックス! 次週を見逃すな!

 あ、基本的に作者は書くのが嫌いです。唐突に更新がなくなったら、「あ、コイツ自分に負けたんだな」と思ってやってください。


▽感想に対する感謝と共にレスを返したく思います。

>マスターがロリコンなのは分かるが、古代語の方の事も考えると間違いなく ネ コ ミ ミ ス キ ー だよね?
 違います。作者は 獣 耳 ス キ ー です。エルフとかも好き。でもロリコンじゃないよ!

>ところで作者さんは真性のロリコンなんですか?
 真面目に答えると、ただの可愛いもの好きです。ロリは二次元だけね。リアルだと綺麗なお姉さん好きです。

>ハルシオンの由来はHalcyon(ギリシャ神話において波風を静める伝説の鳥)だそうです。
 すごくカッコイイ。どことなく中二病の匂いもするところがたまらない。

>思いつく種族分の更新お願いします。
 エルフ、ハーフエルフ、ダークエルフ、ドワーフ、妖精、犬耳、狐耳、翼人、それにメイド……あとは何か良い種族ありましたっけ?
 一応、上記の種族は網羅する予定っちゃ予定なんですが。打ち切りにならなかったら。

>マスター、1つ頼まれてくれないかな? ほら、あの窓際の席によく座って読書をするエルフの女性にさ
>これを渡してほしいんだ
>中身?それは内緒さ(笑)
>直接はどうも照れくさくてね、頼んだよマスター。
 ノルトリ「やだ」

>( ゚∀゚)o彡゜ロリコン!ロリコン!
 ( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!

>ロリが好きなんじゃない。無表情クーデレが好きなんだ俺。
 お前は俺か。

>これを何かの賞に応募すれば受賞しそうな気がしますね(あくまで気がするだけです)
>このまったりした感じが良いよね。ラノベで出版しても売れそうな予感です
 そこまで人生簡単だったら、俺はたぶん大統領とかになれる気がする。そして国家総力を挙げて二次元に行く機械を開発するんだ……。

>マスターの嫁候補は出てこないのかな?
 そろそろ出てきます。そしてそのままレギュラー化しようかどうか迷ってるし、ツンデレかクーデレかでも迷ってます。

>なんかょぅじょが出没してますが、値段設定どうなってんの?
 ノルトリの場合は、お母さんが月末にまとめて払ってくれてます。というか、実はあの店にはそんなに幼女は多くないというね。

>あ、俺コーヒーとケーキ苦手なんで注文は獣人ロリで
 もしもし警察ですか? ここにロリコンの変態がいるのですぐに来てください。あ、いや、俺じゃなくて、向こうです向こう。え? お前も同類? そんな誤解ですって。


 多くのご感想をいただき、本当にありがとうございます。
 あんまり期待されると水準を保つのに書くのがめんどくさくなるので、暇潰し程度にお読みください。

 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。 





[6858] 真・ヒロイン登場回
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:04



「ほいっと。これでナイトはいただきかのう」


 ある日の午前のことだった。


 まだ営業時間には変わりないのだが、僕は全力でチェスに取り組んでいた。キールのときのように目隠しではなく、しっかりとチェス盤を前に腰を据えている。

 なにしろ相手はゴル爺さんだった。この喫茶店を始めてから僕にチェスを挑む人は多いのだが、その中でも別格の存在だ。なにしろ、じーさんと唯一互角の勝負が出来たというのだから、それだけでかなりの強者だ。

 現に、僕のゴル爺さんとの戦績は芳しくない。小手先の技術ではなく、もっと根本的なものから足りないんだろう。経験だとか、貫禄だとか、あるいは直感だとか。人はいろんな名前で区別したがるけれど。


 重要なのは、恐ろしくゴル爺さんが強いということだ。初めてですよ、チェスの棋風に「老獪」とかいう言葉を感じたの。現実でもこの人は老獪だけどさ。


 長く伸びた白い髭を撫でるゴル爺さんを前に、僕は盤上を見つめる。


 確かにゴル爺さんの言うとおり、僕のナイトはタダ取りされることになるだろう。目先の危険を逸らすためにナイトを逃がせば、巧妙にクイーンが取られることになる。どっちにしろ、ナイトかクイーンのどちらかを諦めなければならない。

 上級者同士の戦いであれば、ポーンひとつの優位で勝敗が決まることすらあるというのに、これは手痛いミスだ。ゴル爺さんの勝ちは決まっただろう―――そんな風に、ゴル爺さんが思ってくれたりはしないだろうか。しないだろうなあ。


 ここでのナイトの犠牲は、僕にとって予定調和のことだった。僕のナイトを捕獲するために、ゴル爺さんはルークを動かすしかない。見逃せば、ナイトはゴル爺さんの白陣に深く食い込む。つまり、ゴル爺さんがナイトを取るのは半ば強制手。ルークがいなくなれば、開いた道が僕の軍略路になる。今までは相手の手を伺う穏やかな序盤戦だったが、キングサイドで駒の交換になるだろう。予定通りにいけば、僕の優位で終わるはずだ。


 ―――けれど。


「ひょっひょっひょっ」


 食えないなあ。変な笑い声あげてるし。


 チェスとは、高度な心理戦でもある。相手の狙い、相手の理想、相手の苦しみ。それを読みとり、想像の世界で再現する。次にするのは、それを裏切ることだ。


 向こうの世界ではネットチェスが主だったものの、パソコンの画面でするチェスは無機質であまり好きじゃなかった。人と向かい合ってこそ、チェスの本当の面白さがわかるというものである。


 ゴル爺さんの顔を伺いながら、僕は計りかねていた。

 この爺さん、心理戦が本当にうまいのだ。表情からは考えなんて読めないし、読もうとすればするほど、出口のない迷路に迷い込んだ気持ちになる。


 本当は、迷うべきではない。


 局面分析はしたし、プランも立てた。そしてスタートも切った。やるべきなのは迷うことじゃなく、なにがなんでもプランを実行し、できるだけ最善に近づけることだ。理想通りにいくことは、チェスでは稀だ。可能な範囲で妥協する必要がある。早いうちに妥協して不完全なものにするか、欲張って駒を伸ばして自滅するか。そのギリギリのラインを見切ることも、チェスの難しさだった。


 なにより、ゴル爺さんを侮れない大きな理由がひとつあった。


 というのも、この爺さん。ときどきとてつもない手を指してくるのだ。僕の狙いを完全に見抜いたかのような、僕のプランを一気に潰すような最善手を、ここぞという場面で持ってくる。まるで未来でも見えてるのかと疑いたくなるほどだった。


 うんうん唸っていると、ゴル爺さんが楽しげな声で言う。


「よいよい。存分に悩むのじゃ若人よ。悩むことは人の心を育てるでな。ひぇっひぇっひぇっ」


 食えない。本当に食えないぞこの爺さん。


 言ってることはまともだが、その目と顔が僕を挑発していた。にやにや笑ってるぞ、このじじい……!

 いいよいいよ、わかったよ。ぶっちめてやっからなあ。絶対負かして、にやりと笑ってやる。


 踏ん切りをつけて、僕はビショップを動かした。ナイトを捨てて、攻める一手。うまくことが運べば、この一手が後々で大きくなるはずだ。


「ほう!」


 一見すれば、なんてことのない一手だ。けれど、ゴル爺さんはこの一手に託した狙いを見抜いたかのように、大げさな声を上げた。


 ああ、もう。それだけで嫌な予感がする。いや待て。もしかしたらこれも揺さぶりか? あーだめだ。考えるな。この人を相手に心理戦は無謀だ。表情を見せず、盤上だけで戦うべきだ。


「さすがさすが……これだからユウちゃんの相手はやめられんわい」


 立派な髭をさすりながら、ゴル爺さんが盤を見る。


「さてさてさて。どうしたものか……」


 その口調も顔も、ただの近所の爺さんだった。けれど、目だけは煌々と光を宿していた。己の経験と直感を頼りに、全てを見据える瞳であったし、輝くものを前にした子供のような瞳でもあった。

 少なくとも、ただの爺さんが持つ瞳じゃない。冒険者であったじーさんの瞳や、アルベルさんの瞳。一流と呼ばれる人間だけが持つ、力のある瞳だった。


 それに。


 僕は、ちらりと玄関を見た。

 外から扉を塞ぐように立つ、2人の黒服さん。間違いなく、護衛とかSPとか呼ばれる存在だと思う。


 ゴル爺さんが来るたび、あの人たちはあそこに立って変なオーラを放っている。しかも、ゴル爺さんが来るときは大抵の場合貸し切りなのだ、この店。どんだけ金持ちなのかと。どんだけ重要人物なのかと。抜け出してひとりでくることもあるから、結構自由な立場なのかもしれないけど。

 もしかして大物ですかと疑いつつ、でもまあいっかと開き直る。


 うちの店にいる限りは、身分とかはどうでもいいのだ。だから僕はお客さんに本名とかは訊かないし、詳しい職業のことも訊かない。せいぜいが世間話の種みたいなレベルだ。


 なにげに不安なのが、常連さんの中に、詳しく知っちゃうといろいろ怖い気がするなあ、という人が何人かいそうなことだった。平穏を愛する我が店だけど、もしかしたら危うい均衡を保っているのかもしれない。

 ……どうしよう。……諦めよう。もうダメだ。気にしたら負けだ。今がいいならそれでいいんだ。


 現実逃避気味に結論を出した僕は、とりあえずチェスの世界に没頭して全てを忘れることにした。人生、ままならないなあ。


「ほいっと」


 ゴル爺さんがルークを動かし、ナイトをとる。


 開いた道を確保するために、僕は当然ルークを動かす……前に、ポーンを上げる。

 この手が意外だったのか、ゴル爺さんはしばし熟考する姿勢を見せた。その間の僕の暇を無くすように、ゴル爺さんが世間話を持ちかけてきた。


「そういえば、新しく天恵<ユーリア>を持つ者が現れたという話は聞いたかのう?」

「天恵<ユーリア>ですか? ……ああ、そういえば。そんな話を聞いた気もします」


 天恵<ユーリア>

 基本的にあれだ。特殊能力とか、そんなのである。魔獣と言葉を交わせるとか、無詠唱でバカ威力の魔法が使えるとか、重力を操れるとか、実にファンタジーな力だ。それも、けた違いの。


「確か、冒険者でしたっけ。あんまり名前の知られていないパーティのひとりだとは聞きましたけど」

「うむ。そうらしいの。まあ、珍しいことじゃろう。天恵<ユーリア>を得た者が現れたのは2年ぶりだったかのう」


 天恵<ユーリア>は、文字通り天からの恵みのようなものだ。得るための条件は全く不明で、死に際に手に入れたという人もいれば、風呂の最中にという人もいる。与えられるのか、限られた人間の潜在的な力なのか、わからないことだらけだそうな。

 すごいね、ファンタジー。便利な言葉だ、ファンタジー。これだけで全てが解決するのだから。


「国もさっそく勧誘に出向いたそうじゃよ。<二つ名>も用意されるそうじゃしのう」

「はあ、そりゃ一気に出世ですね。<二つ名>があれば街で利権とか使い放題なんでしょう?」

「まあ、そうじゃのう。束縛はされるが、将来は安泰といったところか」


 なにしろ、国から与えられる名誉だしねえ。<二つ名>とかちょっと中二病の匂いがするけどさ。


 <二つ名>があるだけで、冒険者<ミスト>の中では偉い顔ができる。加えて、美味しい仕事も危険な仕事も優先的に選べるわけで。

 冒険者にとっては、憧れであり、目指すべきものだ。

 本来は、大きな功績を残したものや国に多大な貢献をした者にだけ与えられるらしいが、天恵<ユーリア>を得た者は自動的に<二つ名>もついてくる。


 なにしろ、天恵<ユーリア>持ちはR=15以上の半端ない化け物とひとりでやり合えるような存在だ。国としては野放しにできないし、できるならその力を保持したいのだろう。国は破格の好待遇で、宮廷魔術士や王国騎士団のポストを用意しているとか。まさに、一等の宝くじに当たるようなものかもしれない。

 こっちでは「宝くじでも当たらないかなあ」の代わりに、「天恵が目覚めないかなあ」とぼやく人が多い。条件が不明なせいで、今のところは誰にでも可能性があるのだ。夢を抱く青少年のなんと多いことか。

 こういうのは、周りにバレた瞬間から騒動のど真ん中に立ってしまう。めんどくさいだけだろうに。


 ゴル爺さんの手が伸びて、駒を掴む。クイーンが戦場にでてくる。それは予想通りの手だったが、予想通り過ぎた手だった。

 何度考えても、僕にはこの手に対する最善手が見えていた。マイナー・ピースが交換され、クイーン同士でも交換。結果的に単純化された局面は、僕に優位だ。


 それくらい、ゴル爺さんが読み切れないわけがない。

 つまり、この先でなにか用意されているんだろう。罠か、僕には見えない別の手が。


 おもしろくない。


 ゴル爺さんの待ちかまえる場所に行くのも、その場限りで最善とされる手を選ぶことも。そうやって、常に最善とされる手を選べば、そりゃ勝負には勝てるだろう。けれど、そうなれば人間はコンピューターとなんら変わりがなくなってしまう。


 目指すのは勝利だけであるべきじゃない。楽しく指すこと。相手と言葉を交わすこと。盤上に美しさを見いだすこと。チェスというのは、所詮遊技だ。楽しんでこそ、遊んでこそ、自由であってこそ。絶対に勝たなければならない理由でもない限り、最善手だけが全てじゃない。


 というわけで、僕は最善を無視した。動かす駒はナイトで、それは奔放な手だった。なんの確証もない、直感で動かした手だ。

 これで、今までの読みからは外れた。


「ほっほっほっ。いいのう。これはいい。これこそ若さの可能性よのう」

「なんでそんなに楽しそうなんです?」

「なあに。わしのような爺の予想が裏切られるのが、なによりも楽しいのじゃよ。くぇっくぇっくぇ」


 ただでさえ皺だらけな顔をさらに皺くちゃにして、ゴル爺は本当に楽しそうに笑っていた。

 年寄りの考えることはよくわからないものの、楽しいんならまあ、いいんじゃないかと思う。僕さえ巻き込まなかったら。


 時間をかけるかと思っていたのだけど、ゴル爺は気楽に駒を動かした。

 それに合わせるように、僕も時間を置かずに手を指す。


 思慮深く、互いの手を読み合う。そんな序盤とは打って変わって、僕たちは直感だけで駒を進めていた。ぽんぽんと駒が進んでいく光景は、なかなかの爽快感があった。


 互いに交わす言葉はない。

 ただチェスを楽しむようにふたりで駒を進め、やがて終局。

 今回の勝ちは、珍しく僕だった。


「うむうむ。負けてしまったのう……」


 どこか嬉しげに、ゴル爺さんが笑う。


「アランの奴が死んでしまったときはこれでチェスの相手がおらんこうなってしまったと落胆したものじゃが……ユウちゃんの今後を思うとまだまだ死ねんのう。チェスも含めて」

「なにを期待しているのかは知りませんが、平凡な今後だと思いますよ。チェスも含めて」


 きっぱり言うと、ゴル爺さんはぴょっぴょっぴょっと笑い出す。どうでもいいが、笑い声のバリエーションが大過ぎじゃないだろうか。


「お前さん、苦労するぞい」


 確信に満ちた顔で、そんなことを言う。ええい、アルベルさんといいゴル爺といい、なんでそんなに僕を波瀾万丈の人生にさせたいのか!


 深く嘆息する僕を尻目に、ゴル爺さんは「そうじゃのう。久しぶりに負けてしもうたしのう……」と悪巧みの顔で何かを考え出した。あ、ダメだ。この爺さんの顔からは嫌な予感しかしない。

 そんな僕の予感は、見事に的中してしまった。


 ぽんっと、わざとらしく両手を打ち鳴らすと、ゴル爺さんがにたりと笑う。


「うちの孫娘を許嫁にどうじゃ? これが可愛らしくていい子でな」

「ついにボケたか、このクソ爺が」


 ……っと、つい本音が。危ない危ない。


 ふーっと額の汗を拭う仕草をする。「ユウちゃんも案外黒いのう。にょっほっほっ」とかいう声が聞こえたが、気にしないことにする。


「だいたい、ゴル爺さんの孫娘って……確かまだ11歳でしょうが」


 しかしゴル爺さんは、なにをそんなこと、という顔で続ける。


「なあに、10年後には21じゃ。美人になるぞぉ?」

「そういう問題じゃないです。僕は自由恋愛を推奨します」

「心配するでない。ユウちゃんの魅力でめろめろにしてやれば自由恋愛じゃ。うむ」

「頭が腐ってるだろアンタ」

「カッカッカッ! よう言われるよ!」


 ああもう、ダメだ。この人ダメだ。性根からダメだ。

 思わず、へへっ……と遠い目になってしまうが、それも仕方ないだろう。誰か僕を助けて。


 ゴル爺の中で何かが勝手に決められたようだったが、もうどうでもよかった。いいよいいよ、アンタの相手はするだけ無駄ってよく分かったよ。


 がくりと肩を落として落ち込んでいると、ドアのベルが鳴った。

 目を向けると、黒色のパンツスーツをきちっと着こなした麗人が、分厚い手帳を片手に入ってきたところだった。

 肩の上で切りそろえたプラチナブロンドで、どこか冷たさを感じる整った顔には控えめに化粧がされている。耳には小さなピアス。

 僕のイメージそのままの、まさに働く綺麗なお姉さんだ。


「失礼します」


 律儀にも僕に一礼してから、きびきびとした動きでゴル爺さんのもとまで歩いてくる。なんとこの人、ゴル爺さんの秘書らしいのだ。きっと、借金の形に無理やりやらされているに違いない。このエロ爺のセクハラに、必死に耐えているのだ。っく、泣けてくる。


「もうすぐお時間です」


 ゴル爺の耳元で、秘書さんが囁く。

 う、うらやましくなんてないんだからね! 僕の耳元でも囁いてほしいとか思ってないんだから!


 …………すごく……うらやましいです……。


「ふむ、もうそんな時間か。やれやれ、いつになったら休めるのやら」


 ゴル爺さんが心底だるそうに言う。その顔は、後継者がいないことに頭を悩ませる大会社の社長のようにも見えた。

 が、それもすぐにだらけた爺さんの顔になる。


「あ、リリをユウちゃんの許嫁にしようかと思うんじゃが、どうじゃろう?」

「お嬢様をですか?」


 唐突なクソ爺の言葉に、秘書さんがぽかんとする。きっと痴呆が進んだ爺さんを哀れに思っているのだろう。


「それはお嬢様にお聞きした方がよろしいかと。勝手に決めてしまっては、嫌われますよ?」


 いいぞ秘書さん! 正論だ! もっと言ってやってくれ!


「むっ……なら、そうするかのう」


 僕の願いが通じたのか、ゴル爺さんも冷静になったようだ。孫娘の子も、まさか見ず知らずの人間と許嫁とかは嫌だろうから、これで間違いなくこの話は終わりだろう。


「んじゃ、今日も仕事をするかのう……またの、ユウちゃん。今度は何か手みやげでも持ってこよう」

「普通でいいですからね? 変なものはいりませんから」


 前例があるので、一応は念を押しておく。ちぇっと舌打ちをして、ゴル爺さんは席を立った。


「ああ……働きたくないのう働きたくないのう……」


 まるでニートのようなことを呟きながら、ゴル爺さんは去っていったのだった。


「ご迷惑をおかけしました」


 残された秘書さんが、ぺこりと頭を下げる。


「いえいえ、あれはあれで楽しいですし」


 まあ、たまに遭遇するくらいならね。

 苦笑と共に言うと、秘書さんも微笑を見せてくれる。それから、財布らしきものを取り出し、取り出しますは金色の硬貨。


「では、こちらが今日の代金です」

「……いつものごとく、多過ぎだと思うのですが」


 金貨ですよ金貨。これだけで一週間は好きなだけ遊んで暮らせるんですよ。節約すれば一ヶ月は持ちますよ。


「いつもご迷惑をおかけしていますから。それに、あの方からすればお小遣いみたいなものでしょう。じじいの道楽だから受け取ってくれと言っておりました」

「はあ……それなら」


 そんなこんなで、結局はいつも受け取ってしまう僕だった。このまま断っても、最後は「それでは私が叱られてしまいます」と言われて、僕は受け取るしかなくなるのだ。それに、まあ、下世話な話だけど、お金はあったほうが助かることは確かだった。

 僕が受け取ると、秘書さんはもう一度ぺこりと頭を下げた。


「では、これで失礼いたします」


 香水だろうか。花のような甘い匂いを残して、秘書さんは颯爽と去っていった。

 ……いいなあ、秘書さん。僕も雇いたいなあ。男のロマンだよなあ。

 夢が膨らんだある日のことだった。



 しかしあの爺さん、いったい何者だろう。考えると微妙に怖いんだけど。秘書さん、お嬢様とか言ってたし。やだなあ。めんどくさいことになったら嫌だなあ。


 不安も膨らんだある日のことだった。














――――――
<作者は折り込みチラシ>

 はい! みんなお待ちかねのメインヒロインが登場したよ! ゴル爺はツンデレ! ゴル爺はクーデレ!
 ゴル爺萌えるとかゴル爺がいれば他にはなにもいらないなんて声が聞こえてきそうですね。あれだよ。なんか作者に過剰な期待をしている人がいたから、思いっきり裏切ってみたかったんだよ。

 あ、あんまり期待されたらこんな話ばっかり書いてやるんだからね! 期待なんかしないでよね!


▽綺麗な顔してるだろ? ここからが本編なんだぜ……。

>そういえば、神父やシスターは出てくるのかい?
 あー、うーん……孤児院とかは出るかなあ。

>「小説とか書くのマジでめんどくせえ」と心底思っている人間
>そういう人は、発表するだけの量は書けない。書けたとしても長編の一話だけ書いてほったらかしにしている
 量が書けない人は、基本的にプロットが固まってないだけと思うにゃー。書けないじゃなくて、なにを書いたらいいのかが分からないわけで。
 俺のような人間は、プロットは考える、なにを書くかも分かる。でも、それを文字という形にすることが面倒くさいのですよ、にぱー。

>本編よりも感想のレスの方が面白いと感じるオレは異常なのだろうか。
 ノルトリ「うん」

>で、突然だが、メイドを要求する!(うぇ
 黒髪純情おっとりメイドと、犬耳気弱ロリ巨乳メイド……お前には2つの選択肢がある。好きな方を選びな。

>種族に竜人(角付き幼女)、吸血鬼(羽付き幼女)が出てません!
>……べ、別に幼女じゃなくてもいいんだからねっ! ロリコンじゃないからねっ!
 ロリコン乙。

>幼女とか獣耳とかも好きなんですがオッサン分がもっと増えても良いですよ?
 渋いおっさんって酒場にいそうじゃないですか。酒は置いてないんですよね、あの喫茶店。主人公は酔っ払いが嫌いだし。今回のおじいちゃん分で何とかしてください。

>嫁候補が未だ出ていないと言う事は
>今まで出てきた幼女やおねぃさん達は違うというのかぁぁぁぁぁ!!
 まあ……今後の展開次第というかなんというか。

>コーヒーが飲みたくなるSSですねぇ。
>でも夜に飲んだら眠れなくなる・・・。
>お子様と言わないで下さい。
 それはフリですね、わかります。
 お子様乙。

>R=30くらいの超ヤバイ化け物なのに、何故かマスターに従順(或いは頭が上がらない?)になって使い魔的(或いはペット?)な立場になるような感じのはありませんロリ?
 その発想はなかったロリ。

>作品を執筆する時。ケツから宇宙捻り出す様な苦しみを抱く気持ちは、分かる気がしなくもない気がします。
 そんな感じそんな感じ。小説を書いていると、ときどき無性に鈍器的なもので自分の側頭部を殴打したくなります。無理。小説とか正直無理。

>翼耳やヒレ耳や角の良さについてお話しせねばならんようだ。
 よかろう。ならば談合だ。

>ここは、相変わらず繁盛してるねw明るくてとてもいい
>ブルマンあるかな? 品切れなら、ブレンドで……うんブラックでいいから
>え、何リアさん、何か奢れ? 貴方の方がお金持ちでしょ、って、ハル勝手に俺名義で注文しない、ほらお父さん申し訳なさそうにしてるし、マスターも勝手におkしないで~
 この作品の雰囲気を的確に表している件について。

>待て、メイドは種族なのか?w
 種族に決まってるだろうがこのバカちんがヽ(`Д´)ノ!

>勇者よ負けてしまうとは情けない。マゾだ、マゾに目覚めるのだ!さすれば苦痛も快楽になるだろう。
 Sで綺麗なお姉さん相手だったら普段からドMですがなにか?


 そんなわけで、今日の更新はここまでです。お付き合いありがとうございました。
 不思議なほどに感想が多くなりつつありますが、本当にありがとうございます。携帯で小まめにチェックするのが最近の楽しみになりました。

 それではみなさんさようなら。作者はロリで綺麗なお姉さんという至高の存在を探す旅にでます。探さないでください。




[6858] 穏やかに進行する事態
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:04


 懐かしい夢を見ていた。といっても、それはほんの一年前のことだったけれど。


 座り込んだ私の前に立つ姿。大きくはないけれど、不思議と信頼できる背中。その背中には今、大きな傷があった。左上から右下に斜めに切り裂かれた傷から、止まることなく赤色の血が流れ出していて、黒い服をさらに黒く染めている。

 もう過ぎ去ったことでありながら、記憶には鮮やかな赤色が残っていた。私を安心させるために、無理をして笑みを浮かべたアイツの顔も。


 私のせいだった。

 アイツが怪我をしたのは、私のせいだ。


 なのに、アイツは一言も私を責めなかった。それどころか、背中から血をだくだくと流しながら、私に怪我はないかと聞いてきたのだ。


 まずは自分の怪我を心配しろと。私を気遣う前に、止血をしろと。笑ってないで、怒れと。私を責めろと。一発くらい、殴れと。

 言いたいことはいっぱいあった。絶対に言わなきゃいけないこともあった。


 でも、言えなかった。


 こんなときばかりは、自分の性格が嫌になる。言いたいことが言えないというより、素直な言葉にできないのだ。胸の奥にある言葉をまっすぐ出せばいいのに、言葉は私の喉を通ったところで曲がりくねってしまう。


 だいたい、アイツも悪い。


 怒鳴ってくれれば良かったのだ。お前のせいで怪我をしただろうがとか、なにやってるんだとか。私を一言でもいいから、責めてほしかった。そうすれば、私だって少しは開き直れたのに。女の子にも怒れないとは、アイツも情けない。


 ……いや。


 本当に情けないのは、私の方だった。私は、ただの臆病者なのだ。言いたいことも言えなくて、言おう言おうと思ううちにタイミングを逃して、結局言葉にできなくて。


 いつも、そうなのだ。

 思っていても、悩んでいても、言葉はなかなか出てきてはくれない。やがてそんな思いは時間に取り残されて、気づいたときには最初の輝きを失っている。

 本当に、情けない。


 ああ、もう。素直になりなさいよ、リナリア=リーフォント。いつまでそうやって生きていくつもりよ。一生顔を合わせないでいるの?

 何度も繰り返した問いかけは、いつも答えがでない。


 分かってはいるけどさ。分かってたって、簡単にできないことだってあるのだ。たとえば、素直になって言葉を交わすとか、いつもにこにこと笑顔でいるとか。当たり前のようにできる人には、そりゃ簡単なんだろうけど。できない人間には、本当に難しいのだ。


 ああもう、なんで夢の中なのに落ち込んでいるんだか、まったく。そもそも、全部全部ぜーんぶアイツが悪いのよ。アイツがびしっと私を叱っていれば、それで問題なかったのよ。アイツが無駄に優しいせいで、私がこんなにうじうじと悩むことになってるんだから。そうよ、アイツの方にも責任はある。


 結局まあ、いつも通りの結論になって、私の朝は始まるのだった。




 φ




 アーリアル魔術学院。


 この街の中心にある、通称「学院」と呼ばれる場所だ。そこでは多くの人間が、魔術や武器の扱いといった戦技から、地理学や建築学までを広く学んでいる。

 当初、学院は<迷宮>を攻略するために作られた施設だった。才を持つ人間に技術を与え、優秀な冒険者<ミスト>を数多く排出してきた。<迷宮>で名を馳せた人間のうち、少なくない人数がこの学院から旅立って行った人間だ。


 学院が創立されてから長い間、クラスは2つだけだった。しかし、時代が進むにつれ。街が大きくなり、人が賑わうようになってから、学院は形を変えた。

 <迷宮>を探索することよりも、優秀な人間を育むことに力を置き始めたのだ。実技主体であった教育方針は姿を潜め、机上での理論が増えた。幼等部も設立され、今では子供たちが一般的な基礎学力と教養を身に付ける場でもある。


 各学年の制服である色とりどりのマントを揺らしながら、多くの学生が歩いていく。学院の中心であるフルブアの泉では、いつも学生の姿を見ることができる。講義のためにそれぞれの教室へ向かうにも、大食堂に行くにも、ここを通るのが一番の近道なのだ。


 広場の隅に置かれたベンチに座っていたリナリアは、行き交う学生の流れから目を外し、背もたれに体を預けるようにして空を仰いだ。

 太陽は中天に差し掛かっており、空は青く澄んでいた。降り注ぐ陽光は優しく心地良いものだったが、あと3ヵ月もすれば殺人光線のような威力を発揮するだろう。


 学生たちの奏でる喧騒を遠く聞きながら、ゆったりと流れていく雲の塊をぼんやりと眺める。

 木陰の白いベンチに座り、空を見る。そんなリナリアの姿は、傍目から見れば一枚の絵のようでもあった。


 ハイクラスの一年生を表す、白のラインが一本入った赤色のマント。そのマントよりもさらに鮮やかな色で、陽光にきらきらと輝く紅の髪は長く伸び、黒いリボンによって後頭部で纏められている。黒を基調としたシックな制服に包まれた体は華奢で、スカートからすらりと伸びた白い足に目を奪われるのは男性だけではないだろう。

 青少年の思い描く美少女という幻想のひとつをそのまま再現したかのような容姿に加え、学年主席の頭脳。学院で知らぬ者はいないというほどではないが、無名というにはあまりに多くの人に彼女の容姿と名前は知られていた。


 そこかしこから注がれる視線を気にした風でもなく、リナリアはただ空を眺めていた。


 時刻はすでに正午を回っている。昼食休みのまっただ中だ。学生は仲の良い友人と連れ添って、食事をするか、談笑をするか。少なくとも、ひとりでいる学生はあまり多くない。


 そんな中、ひとりっきりでベンチに座るリナリアの姿は、本人が思うよりも随分と目立っていた。


 誰かと待ち合わせだろうか、恋人でも待っているのだろうか。昼食時の雑談として、遠巻きにリナリアを見ていた学生たちの間で、そんな会話がされる。

 けれど、リナリアは誰と約束の待ち合わせをしたわけでもなく、そんな相手もいない。基本的に、彼女の交友関係は恐ろしく狭い。というより、友人らしい友人はひとりとしていなかった。本人もそれで困ったということもないし、欲しいと思ったこともないため、結果的にひとりでいることが多かった。


 少なくない頻度で、男子生徒や下級生が食事などの同席の誘いをしてくるが、大抵は断っている。リナリアからすれば、他人といることは疲れるだけだった。


 そもそも、と思う。

 自分はどうやら人付き合いのうまい方ではないらしいと、リナリアは最近になって気付いた。

 どうにも本心でつき合えないというか、ついつい思ってもいないことを口にしてしまうというか。ありのままの自分を相手に見せられないというか。誰かといても、常に自分が一歩離れた位置に立っているようで、そういう付き合いに疲れてしまった。


 ある時、学院にいる変わり者と有名な男子生徒に、「り、リアルのツンデレだあ!」と指をさされたことがあったが、何となくイラッと来たので問答無用で吹っ飛ばしてしまった。もう少し詳しく聞いておけばよかったと、雲を見つめながら考える。


 と、不意に視界が暗くなる。どうやら、誰かの手で遮られたらしい。

 誰が、と思うよりさきに、犯人の声が聞こえてきた。


「なにを黄昏ているんですの、あなた。深窓の令嬢を気取ったところで似合いませんわよ?」


 ああ、そういえば。

 自分にもし友人という人間がいるのなら、たぶんコレだろうなと、視線を空から下ろしながらそう思う。


 そこに立っていたのは、はちみつ色の髪をクルクルと巻いた少女だった。マントはリナリアと同学年を示す赤色だ。腰に手を当てて平らな胸を張った姿は、彼女が己に持つ自信を表しているようだった。

 身長が低いせいで子供っぽく見えるが、これでもリナリアよりも2つ年上なのだ。昔は病弱でいつも寝ていたという話が、リナリアにはときどき信じられなくなる。


「……きーきーうるさいわよ、カティア」


 カティアと呼ばれた金髪クルクルの少女は、小さい体を精一杯大きくして、嫌みったらしく口を開いた。


「あら。どこかの誰かさんが似合わないことをしてらっしゃったから声をかけて差し上げたのに、そんなお返事? これだからお猿さんは」

「あらあら。お猿さんでごめんなさい。でも、そのお猿さんに実戦授業で遅れを取ったのはどこのリスさんだったかしら」

「……むかっ。誰がリスですって? だいたい、あなたは攻撃魔術特化で、わたしは補助魔術特化でしょう。差が出て当たり前ではなくて?」

「さすが、言い訳は得意なのね。角うさぎにびくびくしていたカティアさんのお言葉とは思えないわ」


 わざとらしくリナリアが驚いてみせると、カティアの額に青筋が浮かんだ。眉をゆがめて、頬をひくひくと動かしながら、カティアはリナリアを睨みつける。少し涙目になっていたので、迫力はまったくなかった。

 本人としてはそれでも必死に迫力をこめたつもりなのだろう。しかし、まるでアンティーク人形のような、美しいよりも愛らしいという表現がぴったりな容姿のせいで、怖さよりも可愛らしさを感じさせる。


 カティアの背後に、必死で主人にじゃれついてくる子犬の幻影を見ながら、リナリアは微笑した。

 ベンチの端に座りなおしてスペースを開け、隣をぽんぽんと叩く。


「ほら、座りなさいよ」

「だ、誰があなたの隣に座るものですか! あなたはわたしのライバル! 敵対関係というものですのよ!」

「それならまあ、それでいいけど。そこ、日差しがキツくない?」

「……うっ」


 カティアは肌が弱いのか、日差しにとても弱かった。真夏に数時間も外に出ていれば、それだけで肌が真っ赤になるほどだ。


 まあ、あれだけ真っ白じゃねえ。カティアの肌に目をやりながら、リナリアは心中でつぶやいた。

 着ているのが黒い制服ということもあって、カティアの肌の白さはより際立っていた。その白さは雪のようで、雪は太陽の下では簡単に溶けてしまう。そう考えると、カティアの肌もいつか溶け出すんじゃないかと、ちょっとだけ心配になる。


 リナリアの提案に、カティアはしばらく悩んでいたようだった。

 ベンチを見つめ、リナリアを睨み、自分の立つ場所を確認し、太陽を恨めしげに見つめて「うぅー……」と唸る。不本意そうな顔ではあったが、木陰のベンチの魅力には逆らえなかったらしい。


 カティアは野良猫のようにリナリアの様子をうかがいながら、できるだけ遠回りをしてベンチにたどり着き、おずおずと腰を下ろした。リナリアと二人並んで座ると、それはまるで姉妹のようだった。リナリアも背が高いとはいえないが、カティアはさらに低い。赤色のマントがなければ、ロークラスの生徒と間違われるに違いないだろう。


 カティアが居心地悪げに座っているのを横に感じて、リナリアは笑みをこぼす。なかなか懐いてくれない野良猫を餌付けしたような達成感があった。

 しばらく、ふたりは無言を間に置いてベンチに座っていた。先に口を開いたのは、居心地の悪さを限界に感じたカティアだった。


「あなた、変わってますわね」

「そう?」

「変わってますわ」


 不思議そうに聞き返したリナリアに、しっかりと頷いてみせる。


「わたしがフォアローゼスの者だと知っていて、そこまで不遜に対応するのはあなたくらいですもの」

「なら、敬った方がいいかしら?」


 ええ、是非そうしなさい。

 そんな答えが返ってくると思っていたリナリアの予想は外れた。


「いいえ。あなたはそれで構いませんわ。それでこそ、わたしのライバルと呼べますもの」


 ふるふると、ふたつのクルクルを左右に揺らしながらカティアが言う。


「学年主席の座、わたしが必ず頂きます。もう長くない主席のイスを、今のうちにせいぜい楽しんでおくのですわね」


 ほーっほっほっと大げさな笑い声。

 小さな少女がそんな笑い声をあげる姿は、とても微笑ましかった。


 駆け回る子犬を見守る目で、リナリアが口を開く。


「そっか。じゃあ、実戦考査もがんばらなきゃね」

「ひぐっ」


 胸を押さえ、カティアがびくりと肩をふるわせる。そしてなにを想像したのか、カタカタと震え出した。


 というのもこの少女、実戦授業が大の苦手なのだ。おまけに過度の上がり症だった。ペーパー試験であれば楽勝だ。幼い頃から病気のせいで部屋の外に出られなかったカティアは、部屋を埋め尽くすほどの本を読んできた。文学だろうと魔術概論だろうとサバイバル法だろうと、なんでもござれだ。しかし、人の前に出るとダメなのだ。期待されると実力が出せない。心臓がばくばくとうるさく高鳴り、頭の中にはひよこが踊り始めてしまう。


 1ヶ月後には実戦考査がある。学生同士でパーティを組んで、<迷宮>に挑むのだ。

 ただでさえ上がり症だというのに、苦手な実戦。しかも<迷宮>で。


 カティアには悪夢だった。


「も、もももももちろん楽勝ですわっ!」


 しかし、負けを認めることは流儀に反する。折れそうな心に添え木をして、カティアは声を張り上げた。


「本当に?」

「あ、当たり前ですわ! 楽勝すぎて腹痛がしてきますもの! 頭もちょっと痛いですし考えるだけで気分が落ち込みます!」


 それはダメだろう。

 思わずそんなことを口にしかけたが、リナリアはなんとか飲み込んだ。


「まあ、カティアは補佐専門だからね」

「そ、そうですわよ! わたしは補佐専門ですもの! 前になんか出ないんですから、角うさぎの尖った角でぶすってことには…………ひぃっ!」


 自分で想像して、自分でぞっとしたらしい。

 顔を蒼白にして、カティアはぶるぶると震えだす。


 そんなカティアをリナリアは優しい目で見守りながら、この子のパーティメンバーは苦労しそうだなあと思っていた。


「アルベルティーナさんがいてくれたらいいのにぃ……」


 絞り出すような声音で、カティアがつぶやく。


「そりゃ、アルベルティーナさんがいたらレベル1は楽勝でしょうけど」


 なにしろ、レベル8―――つまり<迷宮>の最前線で活躍するパーティの副団長だ。彼女ひとりでレベル1を制圧できるだろう。

 そんな最強の前衛がいれば、自分たち魔術士<メイジ>は心おきなく魔術に注力できる。


「でも、さすがに高望みし過ぎじゃない? この学院の生徒に、一流の討伐者<チェイサー>並みの実力を求めるっていうのは」

「うぅぅ……わかってますわよ、それくらい。最上級の願望を述べてみただけです。<始まりの鐘>の副団長が、実戦授業の監督官になっただけでも格別の幸運だったんですもの……」


 <始まりの鐘>は数少ない公式Aランクのパーティだ。そんな人間たちが、たかが学院の実戦授業のサポートに来るのは、幸運というよりも異常だった。


 ちらりと肩を落とすカティアを見る。


 リナリアが思うに、原因はカティアだ。

 フォアローゼスと言えば、この辺りでは名の売れた富豪だった。記憶が確かなら、カティアはひとりっ子だ。そして病弱だった。そんな娘が<迷宮>に入るというのなら、親は過保護になるものじゃないだろうか。フォアローゼスは、資金面でギルドに大きな貢献をしている。多少の無理くらいは―――それこそ、Aランクパーティを派遣するくらいは、なんとかなるのではないか。

 アルベルティーナさんは、なんだかカティアを気にしていたようだし。


 あながち間違っていないかもしれない推測に、リナリアは乾いた笑い声をあげた。

 もしこれが当たっていたら、カティアの家族はけた外れの過保護だろう。なにしろ、<始まりの鐘>を動かしたのだ。この娘のためだけに。


 <始まりの鐘>には、<二つ名>持ちがふたりいる。ひとりは、パーティの代表でもあり天恵<ユーリア>を持つ団長。もうひとりは副団長だ。実戦授業の日に幾人かのメンバーを連れてやってきたのは、副団長であるアルベルティーナだった。


 リナリアが聞く噂では、実戦授業の前日、レベル1に迷い込んでいたゴルボルドをハルバードで真っ二つにしたとか。

 上級の討伐者<チェイサー>全員がなにかしらの方法で身体強化をしているとは言え、R=8のゴルボルドを単騎で、しかも一太刀で切り伏せたというのだから、その強さは別格だろう。<雪鳴>の二つ名は伊達ではないようだ。


「……はあ。どうしようかしら……」


 カティアの声。

 リナリアに聞こえないように呟いたつもりかもしれないが、しっかりと聞こえていた。

 リナリアはなんだかんだで気楽に考えていたが、どうやらカティアは思ったよりも真剣に悩んでいるようだった。

 どうしたものかと思う。


 別段、自分が手助けする必要も義理もない。が、今のカティアはなんだか放っておけないオーラを出していた。それに彼女は、放っておくとひとりで無理をしそうな気がする。


 考えはあった。それに、ちょうど明日は祝日だ。学院の授業も休みだし、冒険者たちの多くも体を休めるだろう。


「特訓にでも行く? レベル1までなら、もう許可されているし」


 実戦授業を終えれば、ハイクラスの生徒には<迷宮>への出入りが許可される。もちろん、そこでの怪我や事故は全て自己責任となるが。


 リナリアの提案に、カティアは悩んでから首を振った。

 どうにかしたいとは思うものの、できるだけ<迷宮>には行きたくないようだ。

 しかし、リナリアはカティアをやる気にさせる方法を知っていた。単純な方法だ。ただ一言、魔法の呪文を唱えるだけでいい。


「なるほどね。怖いわけだ」

「だ、誰がっ!」

「でも、行きたくないんでしょ?」


 できるだけ馬鹿にした顔と声色でリナリアが言うと、カティアはかあっと顔を赤く染め、ほぼ勢いそのままに声を上げた。


「いいわ! 行きましょう!」





 φ





 暗がりから姿を現したのは巨体だった。大の男を縦に2人、横には3人。醜く脂肪に膨らんだ緑色の体に纏うのは、血と垢と体液で汚れきったボロ切れだけだった。手には刃の欠けた大きな石斧。頭は豚。石斧のひと振りで岩を砕く怪力を持ち、下級の魔物<ガイツ>を食料とする。


 ゴルボルド。

 冒険者たちには、そう呼ばれている。


 レベル1の狭い通路を歩くゴルボルドは今、耐え難いほど飢えていた。この階の獲物は動きが素早く、食えたとしても肉は少ない。


 つい最近、もう一匹いたゴルボルドが人間に殺された。その日は姿を隠していたが、もう空腹に我慢できない。


 耐え難い食欲に身を蝕まれながら、ゴルボルドは通路を歩く。


 腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った腹が減った―――


 不意に曲がり角から飛び出した獲物に、ゴルボルドは反射的に石斧を振り下ろす。外れた。だが、砕いた床の破片が散弾銃の如く飛び散り、角うさぎの小さな体を打ち叩いた。


 力なく横たわった小さな獲物を鷲掴みにし、そのままカジる。ぶちぶちと肉がちぎれる食感。口の中に満ちる血の味。ぐっちゃぐっちゃと咀嚼し、さらに残った肉を口の中へ。それだけで、角うさぎの体は無くなってしまう。足りない。肉が。血が。足りない。もっと。


 不満げに呻いて、ゴルボルドはまた歩きだした。


 そのとき、ゴルボルドの頭の中に沸き上がる感情があった。


 つい最近、ここにはたくさんの肉がやってきていた。アレは美味いのではないか。獲物は大きく、喰いがいもありそうだ。なにより、アノ肉は柔らかそうで、血も美味いに違いない。


 ゴルボルドはそんなことを考える。


 ああ、きっと



 人間の肉はウマいはずだと、そんなことを、考える。















――――――
<作者のひぎぃ>

 

 いや、まあ、冗談ですけどね。ぶっちゃけここで終わっても問題はないんだよね。なぜなら作者の頭の中ではすでに完結しているから。フヒヒ。
 俺だけ楽しめればそれでいいんだよぉぉぉぉヽ(`Д´)ノ


▽話数と感想の比率がおかしい件について

>マスター
>ホットミルクを、あちらの狼耳の幼女に。
 狼だけど猫舌だから、熱いのは飲めないそうです。

>マスター、そろそろメガネ(男でも可)を頼みたいんだが。
 とりあえず、作者にはメガネ萌えがわからないんです。そんな作者の心を動かすようなメガネの魅力を語ってください。5文字以内で。

>R=15、R=18・・・なんだか、卑猥な響きですなぁ。
 あなたの心が卑猥だと思います。

>Ω<ヒーロー(ロリっこ)がヒロイン(マスター)を落としていく物語だったんだ
 ΩΩΩΩ<な、なんだってー

>いや、真ヒロインは爺にとられたナイトとかそこら辺じゃね?
 とりあえず、ビショップの曲線のエロさは異常。異論は認める。

>ゴル爺の笑い声とか可愛杉
>あれだね、もうゴル爺以外いらない
>ゴル爺萌える!! ゴル爺がいれば他にはなにもいらない!!
>あとゴル爺萌えるわぁ。
 ノルトリ「頭、だいじょうぶ……?」

>>あー、うーん……孤児院とかは出るかなあ。
>タイトルから察するに孤児院の名前は
>「真・疲労院」ですか?(ゴル爺の慈善事業的な意味で)
 誰が上手いこと言えと。

>そしてきっと主人公がこの世界に来たのはゴルゴムの仕業だ!!
 シャドームーンのカッコ良さは異常。

>真・ヒロイン登場回 ← 前ふり
>「ほいっと。これでナイトはいただきかのう」← ヒロイン=おじいさん言葉の幼女
>結論 → おじいさん
>このひどい裏切りは何だ。
 それが人生です。

>相変わらずいい雰囲気ですねぇ。
>この空間を借りて一本書いてみたいと思うぐらいに(苦笑
 ぜひ書いてください。そうすれば俺はもう書かなくて済むんだ……。ただの男に、戻れるんだ……。

>マスターを付け狙うひげ面中年の甘党ニューハーフが欲しいです。
>……病んでますか?
 至って平常です。面白いから今度出しましょう。
 オカマは必要だろ常識的に考えて。

>ヒロインはユーリアに覚醒した人ってことですね。
 あながち間違いでもない。

>むしろダンディとロリをくっつけようとするマスターみたいな!
 犯罪幇助ですね、わかります。

>職人気質で何考えてるかわからんようなほとんど話をしないでゆっくりコーヒーを飲み続ける鍛冶師のドワーフの観察日記とかあったりしたりするとおっさんスキーが喜ぶんじゃないかな?
 面白そうだから誰か書いてくだしあ。

>そういえば、アイネ嬢っていくつだろ? 自分はロリコンじゃないけどちょっと発達する時期がいいよね。具体的には10歳から15歳。…………あれ?
 ロリコン乙。

>それと、嫁候補はアイネ嬢だったりしますか?アイネ嬢にチェスで勝ったらアイネ嬢が「賞品はボクだよ」みたいな感じで。
>あと、アイネ嬢は16歳位ですよね?話を見た限りでは。
 エロゲ脳乙。
 アイネ嬢はたぶん15、6歳。チェスばっかりやってたので、他のことには疎いです。ファッションとか恋愛とか。

>無表情な人形娘やゴーレム娘はいるはずっ!!
>人魚、鬼っ娘、ゴーレム娘、悪魔っ娘でどうでい!
>ファンタジーだからロボっ娘はないですか、そうですか…
>男の娘の出番はまだでつか>< あるいは未亡人とかでも!
>次はショタっこだよね
>巨人、鬼、巫女を忘れています。
>マスター、種族に天使っ娘と悪魔っ娘を忘れてますよっと。
 頼むからその熱意を地球のために使ってくれ。


 というわけで、ここまでお読みいただきありがとうございました。

 ちょっとばかし平穏からは外れる話が続きます。平日があるから休日は尊いわけなので、ここからは平日みたいな話です。
 ちくしょう月曜日のヤツがやって来やがった! みたいな感じ。

 ぐだぐだ進むので、適当に読み流してやってください。





[6858] 穏やかに進行する事態2
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:04



 翌日。<迷宮>へと続く大通りを、ふたりの少女が歩いていた。彼女達が身に付けている黒の制服と赤色のマントは、中心区にあるアーリアル魔術学院の学生であることを示している。


 燃え盛る炎にも似た紅色の髪をポニーテールにした、勝ち気そうな瞳をした少女。もう一人は、ふわふわと揺れるはちみつ色の髪をクルクルと巻いた、小さなアンティーク人形のような少女。リナリアとカティアだ。


 今日は聖エレミーヌの聖誕祭であり、国が祝日と定めた日だった。エレミーヌ教徒は敬虔な祈りを捧げ、そうでない人間は心身を休める。首都の方では祭りが催されるようだったが、ここ、アルベルタに住まう人々にとっては、ただの祝日と大きな変わりはなかった。


 多くの人で賑わう大通りを歩きながら、リナリアはちらりと隣を見る。

 気が進みませんという意志を体全体で表現しているカティアが、そこにいた。肩を落とし、視線は下を向き、カティアの身長よりも高い杖型の魔導器を引きずっている。心なし、平坦な胸の前で揺れているクルクルも元気がないようだった。


 やれやれ、そこまで嫌なのかしら。


 カティアと同じ杖型の――といっても、学院支給品はみんな杖型なのだが――魔導器を弄びながら、リナリアは嘆息した。


 前言撤回は負けと思っているカティアは、約束の時間にしっかりとやってきた。魔術行使のためには欠かせない魔導器も持ってきていたし、「物理防御力上昇」と「衝撃緩衝」のエンチャントが施された防具品もしっかりと身につけていた。さすが実家が大富豪。学院の一生徒が持つにしては不相応なレベルのものばかりだ。

 それだけでもう、レベル1に生息する魔物<ガイツ>の攻撃はほぼ無効化できるだろう。少なくとも、カティアの憂うように角うさぎの角でぶすっとはならないはずだ。

 だというのに、カティアの顔は晴れない。まるで嫌なことが起きて当たり前とでも言いたげな顔だった。


「ほら、そんな辛気くさい顔はしないの。私までじめじめしてくるでしょ」

「……いいですわね、リナリアさんは。いつも脳天気そうで。きっと頭の中はいつも雲一つない晴天なんですわ。わたしは雨の方が好きですけど」


 ああダメだ。発言に脈絡がない。だいぶ追いつめられているらしい。

 カティアの様子に、リナリアは頭を振った。


「あのね、なにも死ぬってわけじゃないんだから、もっと精気のある顔をしなさいよ」

「前衛もいないっていうのに、どうしてそこまで元気一杯の顔ができますか。あなた、事の重大性をわかってらっしゃるの? 魔術士<メイジ>が前衛もなしで戦うなんて、想像しただけで……ふぁあああああっ」


 カティアが、ため息なのか悲鳴なのか判別に困る嘆きの声をあげる。それはそうだけど、というリナリアの返事は、果たして聞こえていたかどうか。


 魔術士<メイジ>は、魔術と呼ばれる技を用いて現象を操る。魔力を媒介に、詠唱を引き金に、魔導器を発動体として。

 ひとつの火球を生み出すのにもその工程を無視することは出来ないため、魔術の発動には必ずタイムラグが生まれてしまう。行使する魔術が高度になるほど、詠唱に時間がかかる。その間、無防備となってしまう魔術士<メイジ>を守り、発動までの時間を稼ぐのが前衛の役目だ。

 それがいないとなると、苦戦は必至だろう。


「まあ、大丈夫でしょ。せいぜい1、2階を散策するくらいのものだし、これだってあるもの」


 リナリアがマントをめくって見せたのは、後ろ腰に装備していたショートソードだった。主武装とするには威力も強度も心もとないが、それでもレベル1の魔物を凌ぐ程度には十分だろう。

 リナリア自身、剣はいざというときの護身程度の心算だったのだが、前衛がいない以上、自分が兼任するつもりだった。カティアが戦闘補助魔術を使えるため、レベル1なら問題もないだろう。


 リナリアのような少女が使うには無骨なショートソードを見て、カティアは顔をしかめた。


「なんて無茶な……と言いたいところですけど、剣技の成績も優秀ですものね、あなた。魔術士<メイジ>が剣に頼るなんてと教官が嘆いてましたわよ」

「あら、使えて困るものでもないでしょう? 魔術士<メイジ>が剣を持っちゃいけないなんて規則もないし」

「それはまあ、そうですけど……というか、本職の前衛がいれば全部解決だったのではなくて?」

「仕方ないでしょ。どの男も鼻の下を伸ばしてるようなろくでなしなんだから。魔物よりも男を気にしなきゃいけないなんてごめんよ、私」

「わ、わたしだってごめんですっ!」


 もちろん、当初はふたりでいく予定はなかった。最低でもひとり、できれば2人の前衛がいれば完璧だ。未熟な学生といえど、レベル1なら怪我の心配もなくやっていけるだろう。


 が、ここで2人の交友関係の狭さが問題になった。

 普通であれば、友人の伝をたどって頼むのだろう。しかし、リナリアには友人らしい友人はいない。カティアもまた、友人は多いとはいえないし、そもそも男子が苦手だった。


 ギルドに依頼をすることも考えたが、時間もお金も足りなかったし、そこまで大げさな話というわけでもない。


 どこで盗み聞きしたのか、俺がついていってやると立候補してきた男子生徒も何人かいたが、全員が全員、目が獣だった。美少女と<迷宮>最高です! なんて声が聞こえてきそうな顔だった。無論、断った。幸いにして、いつ行くのかは知られていなかったようで、今はまだ誰とも会っていない。もし無理やり参加しようとするなら魔術行使も辞さないつもりでいるリナリアだ。


 結局、リナリアが前衛をしながら、ごく浅い階で特訓しようということで落ち着いたのだった。


「うー……仕方ないとはいえ、あなたの補佐をすることになるとは……屈辱だわ」

「アンタねえ。それは魔術士<メイジ>としてダメだと思うわよ」


 補助魔術士を選択しておいて、なにを言っているのだろうかこの子は。そんな目で見つめる。


「……まあ、せいぜい気をつけてくださいまし。女子が肌に傷を残したら大変ですからね」

「あら? 心配してくれるんだ?」


 リナリアがいたずらっぽく笑うと、カティアがかあっと頬を赤くして声を張り上げた。


「あ、あなたが倒れたら自動的にわたしも道連れなんですから! そういうことにならないようにと言っているだけです! くれぐれも勘違いなさらないようにっ!」

「はいはい。分かってるわよ」

「その顔は分かってらっしゃらないでしょうが! なんですかその目は!? まるで子犬を見守るような微笑ましい目をやめなさい!」


 きーきーと騒ぐカティアを気にした風もなく、リナリアは笑いながら足を進める。


 人通りは多く賑やかで、カティアの声もすぐに喧噪の中に消えていく。

 もうすぐ昼食時ということもあって、あちこちから肉の焼ける音が聞こえ、香辛料の香しい匂いがただよっていた。

 リナリアは出かける前に軽く食事をとっていたが、それでも食欲をそそられるほどだ。


 と、不意にきゃんきゃんと声を上げていたカティアの声が止まる。同時に、カティアのお腹から響いた可愛らしい音を、リナリアは耳にした。


「<迷宮>に行く前に、なにか食べる?」

「……うぅ、乙女の恥を聞かれてしまいましたわ……」


 問いに返ってきたのはカティアの泣き言だった。そこまで気にしなくてもいいのにと思いつつ、手ごろな店を探す。


「あ、できれば甘い物も食べられるところがいいですわ」


 きょろきょろと辺りを見回すリナリアに、カティアがちゃっかりと注文をつけた。この人混みの中では、カティアの身長では人しか見えないのだ。


「それは別にいいけど……この辺りでそんな店ってあったかしら?」


 この先にあるのは<迷宮>だけだ。行き交うのは必然的に冒険者<ミスト>になる。そんな通りにあるのは、大衆食堂に、酒場に、情報屋、武器屋に防具屋に鍛冶屋に……と、普通の女子供には親しみのない類の店ばかりだった。


 食事どころは多いが、果たして甘いものまで取り扱っている店となると―――


 視線を漂わせたリナリアの目が、ひとつの店にとまる。あそこなら、確かにそういう物も取り扱っているだろう。いや、でも、あそこは。


「あそこがいいですわね」


 すぐに候補から外そうとしたところで、カティアが声をあげた。指さすのは、今まさにリナリアが見ていた店だった。


 あ、ちょっ―――と声をかける前に、カティアはさっさと歩いて行ってしまう。その行動力で<迷宮>にも行ってくれないものかと頭の隅で思いながら、カティアの後を追う。


 目指す先の店には、大きな看板が掲げられていた。

 木の枝に止まった大きな鳥が翼を広げ、今まさに飛び立たんとするその一瞬が描かれている。タッチは荒々しいが、同時に繊細でもあった。いくつもの店が並ぶ中で、その看板が飛び抜けて目を引く。


 興味を引くものを見つけた子供のように駆けていくカティアの背を追いながら、リナリアは心臓が脈打つのを感じていた。


 あの店にはアイツが―――

 緊張なのか、それとも怖いのか。自分でもよくわからない。どくどくとうるさい心臓の音を聞きながら、リナリアは店の前に立っていた。


 看板に書かれた店名を見つめる。


 入るのは1年ぶりだった。アイツに会うのは何ヶ月ぶりだろう。

 足が竦んで動けなくなる前に、リナリアは扉に手をかけた。まるでよくわからない何かに背中を押されているようだった。


 ―――カランカラン


 ドアのベルが、鳴り響く。





 φ





 問題というものには、かならず原因が存在する。これは基本的にどんな類にも適用されることだ。原因がわかっているのなら、それを改善するだけで問題は解決するだろう。しかし、なにが原因なのかがわからないのであれば、まずやることは原因の究明だ。

 しかし、その機会さえ与えられない場合はどうしたら良かったのだろうか。やっぱり、無理やりにでも捕まえて話を聞くべきだったか。いやでもあの頃はじーさんが死んだり喫茶店の開店準備で忙しかったりでごたごたしてたし、開店したらしたで軌道に乗せるのに必死だったし―――


 頭の中でもやもやと悩みながら、僕はスパゲティを茹でるためにお湯を沸かす。ここは異世界なので、正しくは「スパゲティらしきもの」だが、スパゲティでいいだろう。めんどくさいし。


 うちの店はキッチンカウンターみたいな形になっている。お客さんの目の前で料理をするので、ラーメン屋さんと似た造りかもしれない。料理人を雇う予定も予算もなかったので、僕ひとりでどうにかできるようにと考慮した形だった。


 興味津々で僕の調理を見つめている金髪クルクルの少女にやりづらさを感じながら、僕は注文されたトマトスパゲティを作っていた。自分の動きを逐一、誰かに見られているのはちょっと居心地が悪い。

 けれど、僕よりも居心地悪げにしている人間が、そこにいた。


「ねえ、あなたは何も頼まないの?」

「……私はいいわよ」


 ぶっすーとした顔でそっぽを向いていたリナリアに、金髪クルクルが声をかける。


 赤い髪のポニーテール美少女という印象は、会ったときから変わっていなかった。こうしてまともに向き合うのは一年ぶりくらいだろうか。しばらく見ないうちに美人になったねえと、親戚のおばちゃんのような感想を抱いてしまう僕だった。


 リナリア=リーフォント。


 まだじーさんが生きていた頃。僕がこの世界に来てすぐの頃。僕はまだまだ子供で、いきなり異世界に放り出されたこともあって、じーさんの家にいじいじと引きこもっていた。そんな僕を無理やり家から引きずり出し、あっちへこっちへと引っ張り回してくれたのが、この女の子だった。一年前にちょっとした事件があって、それからなぜか疎遠になってしまったのだけど。


 お世話になった子と世間話もできないというのは、ちょっと寂しいことだった。それに、なによりもリナリアは美少女である。赤髪の美少女である。僕も男であるからして、可愛い女の子と仲良くなるというのは、すばらしい魅力を感じるわけで。


 だから僕としては、せめて友好的な関係を築きたいのだけど……まあ、ちょっと問題があるわけで。

 原因はたぶん一年前の事件だろう。けれど、何度その事件を思い出しても改善すべき点が見当たらないのだ。むしろ、よくよく考えると結構良い感じのフラグを立てた気がするのだけど。リナリアを守って大怪我とかまでしたんだから、これは普通「好き! 結婚して!」という流れになるものじゃないだろうか。常識的に考えて。

 いや待てよ。逆にあそこで怪我をしたのがマズかったのかもしれない。血をだらだら流しながら、カッコつける僕の姿は……あれ? 意外と情けないぞ。待て待て待て。まさか僕は自意識過剰だったのか? カッコいいと思っているのは自分だけで、周りの友達は「あれはない」とか思ってたみたいな状況? あ、やばい。無性に死にたくなってきた。

 そりゃ距離も置かれますよねー。


 調理の作業を平行しながら、僕の精神は多大なダメージを受けていた。ダメだ。もう忘れよう。これはなかったことにしよう。


 若き青春の苦い思い出を丁寧に消去した僕は、フライパンに注いだオリーブオイルに潰したニンニクを入れる。

 異世界といっても不思議なもので、名称と見た目は違っていても、味はそっくりという食材が山ほどある。コーヒー豆だとか、チョコレートだとか、にんにくだとか、トマトだとか。

 そういった食材は、ときどき食用に向かないと思われている。こうして僕が料理をしていると、「え、それを使うんですか?」なんて驚きの声がかけられることもあった。


 オイルが温まってきたところで、後ろの棚から適当に5、6個のスパイスを取る。カルダモンもどきに、ローズマリーもどき。バジルもどきに、オレガノもどき。クローブもどきはやめとこう。

 並べたスパイスをフライパンの中へ目分量で入れていく。向こうの世界で昔、読んだ本に書いてあった作り方だ。これが作るたびに微妙に違う味になっていて、しかも美味しいので、僕のお気に入り料理だった。


 5種類も入れたところで、いろいろな香りが混じった匂いがしてくる。金髪クルクル少女の「あ、いい匂い……」なんて呟きに気をよくしながら、沸騰したお湯にたっぷりの塩を放り込む。続けて、一人分のスパゲティを掴んだところで、少し考える。2人分に掴み直して、鍋の中へ。


「そういえばあなた、いつもお金を使いたがりませんわね。服も全然買っていないんでしょう? いつも制服ですし」


 盗み聞きをするつもりはなかったが、なにしろカウンター席である。勝手に会話は聞こえてくる。

 なぜか不機嫌そうな様子で、リナリアが答える。


「ちょっと欲しいものがあったから貯めてたのよ」

「欲しいもの? もうずいぶん前から控えてらっしゃったみたいだけど……そんなに高価なものなの?」

「まあね」


 クルクルの少女とは目も合わさず。僕の方には一切目を向けず。っく、そんなに痛い奴と思われてたのか僕は。あの時の僕よ、死ね。


 思春期だったのだから仕方ないと自分に言い聞かせながら、オイルとスパイスを馴染ませるようにヘラで混ぜる。

 頃合いを見て、冷蔵庫的なものからトマト的なものを取り出す。前日の仕込みでトマト的なものはすぐに放り込めるようにしているので、これをフライパンに流し込むだけだった。


「せっかく素がいいんですから、もっと着飾ればよろしいのに」

「いいわよ、そういうの。とくに興味ないし」

「乙女がいつも制服なんていうのはダメですわよ。乙女は常に美しくあれ。おばあさまのお教えですわ」

「乙女って柄じゃないから遠慮するわ」


 とろりと溶けたトマトがスパイスとオイルに混ざるのを見ながら、リナリアと金髪少女のやり取りを聞く。楽しそうだなあ。リナリアは不器用な子だったから、学院寮に入ると聞いたときはちょっと心配したのだけど、なんだかんだでうまくやっているらしい。


 お湯の中で踊るスパゲティの硬さを確かめてから、フライパンに移してソースと一緒に加熱する。味を調えて、出来上がりである。

 2人分の皿を取りだし、トマトスパゲティを分ける。フォークと一緒にそれをカウンターに乗せると、金髪少女が歓声を上げた。喜ぶ子供というのは実に和む。


 わき目も振らずフォークを取った金髪少女が一口。


「美味しい! 初めて食べる味ですわ!」


 そりゃまあ、異世界料理だしね。

 とか思いながら、子犬のように食べる姿を見ていると、おずおずとしながら不機嫌そうな声がかけられた。


「……ねえ、私は頼んでないんだけど」


 皿をこっちに押し返しながら、リナリアが言う。ツリ目気味の紅い瞳はそっぽを向いていた。


「まあ、久しぶりの再会記念ってことで。当店のサービスでございます、お客様」


 演技がかった声音で言うと、リナリアがぐっと言葉を詰まらせた。

 目の前にあるトマトスパゲティを見つめながら、いくらか逡巡し、振り切るようにそれをこっちに押し返す。


「……お腹、いっぱいだし」


 手がぷるぷると震えているのを見て、僕は思わず笑ってしまう。一年というのは短くない時間だけど、変わらないことも多いようだった。


「あれ? リナリアはこれ好きだったでしょ? 大皿で作っても、いつもぺろりと食べてたし」

「ちょ、ちょっと、いつの話をしてるのよ!? 2年近く前でしょそれ!」


 まるで借りてきた猫のように静かだったリナリアの、被っていた猫が剥げた。


「2年近く前だったとしても、事実は事実だよ。僕は、がつがつとスパゲティを食べていたリナリアの姿を忘れない」

「忘れなさい! というかがつがつなんて食べ方はしてないわよ! もっとお淑やかで上品に食べてたでしょうが!」

「……え?」

「なによその顔は」

「心の底からまさかと思っている顔ですけど何か?」

「……地味にむかつくわね」

「ねえ今どんな気分? ねえどんな気分?」

「だからむかつくって言ったでしょうが! たった今!」


 ああそうそう。こんな感じこんな感じ。


 なつかしいやり取りににやにやと笑っていると、リナリアはそんな僕の顔を見て、かあっと赤くなった。

 そしてうぐぐと僕を睨み、それからはあと深く嘆息した。「なんでアンタは、もう……」という意味深な発言をしてから、開き直ったようにフォークをとる。どことなく上品さを意識したような動きで口に運ぶと、リナリアは悔しそうな顔になった。


 けれど期待した言葉はなかったので、僕はにやにやといやらしく笑みを浮かべながら、リナリアに訊く。


「どうですか、お客さん。お味の方は」

「…………」

「あれ? 聞こえないんですけど」

「……しいわよ」

「え?」

「美味しいわよ! 美味しいです! 私の好きな味ですけどなにか!?」

「いえ、なんでもない、です」


 あまりの勢いと僕を睨む視線に、思わず怯んでしまう。

 そんな僕を尻目に、リナリアはぶつぶつと言いながらトマトスパゲティを勢いよく食べ出した。開き直ったのか、昔のように豪胆な食べ方だ。「まったくコイツは……」とか「成長してないんだから……」とかぶつぶつ言っているが、問題ないだろう。


 ぱくぱくと食べていくリナリアを見ていると、不意にこちらに突き刺さる視線を感じた。というか、隣にいるんだからそりゃ分かるだろう。


「あら、あらあらら? あなた方、もしかしてお知り合いですの?」


 金髪をクルクルにしたお嬢様ヘアーの子が、興味深げな視線で僕とリナリアを見る。


 その言葉にむぐっと喉を詰まらせたリナリアは、もぐもぐごっくんと飲み込んでから、金髪の少女に向き直る。


「いや、えっと、コレはね」


 コレとかいうなコレとか。


「そのう……」


 言い淀むリナリアの表情から何かを読み取ったのか、クルクル少女がにたりと笑う。それは、ゴル爺さんが他人をからかう時に浮かべる顔によく似ていた。


「もしかして、恋人関係なのかしら?」


 その言葉に、僕とリナリアは無言で顔を見合わせる。


 恋人なの?

 まさか。

 じゃあ友達?

 近いけど、なんか違う。

 なら悪友とか。

 それもなあ。

 知人でどう?

 もう少し柔らかい感じだと思う。

 知り合い。

 もうちょっと無難にいこう。


「というわけで」

「顔見知りになったわ」

「いえ、ちょっと待って。いろいろと言いたいことがあるの」


 金髪クルクルが頭を抱えていたが、どうしたのだろう。





 φ





 あの後、僕とリナリアの関係を根掘り葉堀り聞き出そうとしたカティアという少女だったが、予定があるということで嵐のように去っていった。リナリアに引きずられていたのだが、そんなに嫌なのだろうか。<迷宮>に行くとのことだったから、やっぱり嫌なんだろう。僕も嫌だし。


 しかし、結局最後までぶつぶつと何かを言っていたリナリアが謎だった。なんとなく会話はできたものの、やはりどこか壁のある感じだったし。距離を開けられているというか、遠慮されているというか。なんだかなあ。


 リナリアには、僕が落ち込んでいた頃にずいぶんとお世話になった。だから、できれば仲良くしたいのだけど。恋人的な意味じゃなく、友人的な意味で。


 喫茶店のマスターという職業は、多くのお客さんと知り合いになれる。でも、それはあくまで職業上の関係なわけで。それを抜きにすると、僕には友人らしい友人が少ないことに気づく。誤解しないで欲しいのだが、決して僕のコミュニケーションスキルが低いとか、僕と友人になってくれるような物好きがいないとか、僕が引きこもりだとかいう意味ではない。


 だからまあ、できればリナリアとは友達でいたいのだけど……。


「距離あるからなあ」


 うーむ、何が原因なのかさっぱりなせいで、どうしようもない。困った。リナリアって、今は学院の寮生活だから、家に突撃して「お話しよう!」とかも出来ないし。

 人生、ままならないものである。


 ひとりもお客さんがいなくなった店内を出て、空を見上げる。まるで僕の心のように、空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。うむ、黄昏る僕ってかっこいい。


 意味もなくにやりと笑ってから、僕は店内に戻ろうと踵を返す。


 ちょうどその時、時計塔の針が動き、時刻を知らせる鐘が鳴り響いた。鐘の音に揺さぶられたように、空からぽつぽつと雨が降り出す。湿った空気が、頬を撫でた。


「……なーんか、嫌な予感がするなあ」


 よし、今日はもう店仕舞いにしよう。久々にじーさんの銃の整備でもして、ゆっくり風呂に浸かってから寝よう! そうしよう!

 早々に決断して、扉に掛けていたプレートを「準備中」に変えてから、僕は店内に戻った。


 耳にする人間になにかを告げるように、時計塔の鐘が何度も鳴り響いていた。


 ある日の、午前のことだった。















――――――
<えるしってるか さくしゃはりんごしかたべない>

 分量が増えてくると、誤字脱字の確認と修正だけで時間が無くなっていく。ついでに作者の気力も無くなっていく。そろそろペースを落とそう。分量も減らそう。それで皆、幸せになれるはず。(注記:この頃は毎日更新してました)


▽感想がレスでレスが感想で。

>ところで危険度のRって何の略なんでしょうね。
 rating のRでござる。

>まさか<迷宮>の話の間は暫く主人公不在という事態にはなりませんよ・・・ね?
 主人公はいないとダメだろ、王道的に考えて……。

>ハーピーとか美人だったら食べたいです。
>カニバリズム的じゃない方の意味で。
 普通にこっちが食べられそうな気がする。カニバリズム的な方の意味で。

>迷宮で発見されて今は学院で働いてる自動人形とか、迷宮に住んでる上位悪魔が喫茶店で普通に珈琲を飲んでいるところにアルベルが遭遇して修羅場になる話とか、実はラスボスの幼女に会うとか、奥様ズ相手に日本料理教えるとか、エルフ耳とか……。
>自分の脳みそがやばいです
 さあ、早くその妄想を小説という形にするんだ。それだけで俺が幸せになれる。

>個人的には「り、リアルのツンデレだあ!」と叫んでいた男子生徒が気になります!
>マスターと同じく世界を渡ってきたのか、はたまた萌えの文化は異世界を越えて共通なのか…
 主人公以外の転生者とかがブームらしいから出してみただけです。特に意味はない。

>カティアさんってのは年上ロリなのかロリ?
 そうだロリ。夢の存在なんだロリ。

>あとゴル爺のかわいさとか
>凄く介護したい
 その着眼点はなかった。

>>注記:今話では、スーパーダッシュ文庫、淀金信治氏の「ブラックランド・ファンタジア」から設定を幾ばくか拝借しました。
>たぶんだけど誰もツッコんでないよね。定金伸治な。
 べ、別に本気で間違えてたわけじゃないんだからね! あんたが気付くかどうか試しただけなんだからっ!

>とりあえず、ファンタジーものの定番として、古代文明が生み出した兵器少女とかを出すべきだと思うんだ。
>本人は『兵器のしてのアイデンティティが~』とかいって無感情でいようとするけど、戦闘意外じゃ常に“はわわ”な役立たずのドジっ子といった感じで、無論外見はツルペタロリ。
>動力源はもちろん男の精え(ry
 ノルトリ「ちょっと、頭冷やそうか……」

>ガイノイドだすんならどりるはひつようだとおもう?
 身体パーツの着脱可能機構があればそれでいい。ロリ巨乳からスレンダーお姉さんまで網羅しています的な。

>真・ヒロインはゴルボルドに一票!
>このあと天恵幼女と融合して『二重人格半怪物天恵幼女(邪気眼)』に成るんですよね?
>人を食べようとするゴルたんの意志と、それを必死に抑える天恵たんの意志が迷宮でせめぎあっていたときにツンデレたんとロールたんがやってきて……!
 ノルトリ「まあ落ち着けよ」

>マスターの嫁争奪戦 じゃなかった婿争奪戦はユーリアに目覚めた方がユーリア
>有利だ。死にます。
 ( ゚д゚)

>そろそろ家出同然で飛び出してきて喫茶店の住み込みウェイトレスになっちゃう妹属性の美少女が出るころですよね?
 けっこうアリかもしれない。確かに妹属性はそろそろ必要な気がしなくもない。

>リナリア=リーフォント
>SS読んでるときはリナリアだと認識してるが
>あとで思い出すときはリナリナかリアリアと変換される。
>字的に似てるし仕方ないよね。
 あだ名は「リナリナ」だから、あながち間違ってもいない。
 リナリアは花の名前なんだけど、花言葉とかは検索しちゃダメよ。

>それと追加メニューですが妖精っ娘を忘れてますよ。
 妖精は30cmくらいまでがジャスティス。

>どう考えてもこの主人公戦いに巻き込まれるよね、ゼロ距離で銃をぶっぱしまくるんですよね。
>んでJackPotとか呟いてからため息吐(ry
 悪魔も泣き出すんですね、わかります。

>コーヒーのサイフォンの音がぽこぽこで和んでたぽこけど、途中でコポコポに直っちゃって残念ぽこ。
 基本的に気分で書いているので、その時々で変わるぽこ。
 今のテンションは低めなのでコポコポです。


 へへ……そろそろ毎日書くのが疲れて来たぜ……感想レスするところまでテンションが持たない。

 なんでか知らないけど、いつの間にか一話が20KBくらいになってるのよね。最初の辺りは一話が5,6KBなんだぜ……? 疲れるから5KBずつに分けて、4日間で更新みたいな形にしていい? ねえしていい? そしたらすぐに予備とか貯まるんだけどさ。今日更新するのを今日書くって、これ疲れるわあ。





[6858] 穏やかに進行する事態3
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:04



 カティアは歯噛みした。状況は悪い。自分にできる選択肢は多くない。けれど、それでもどうにかしなければならなかった。


 補助魔術で身体能力を上げているというのに、それでもこの体のなんと軟弱なことか。速く速く速く―――。行く場所さえ分からない。頼る人間すらいない。それでも、気だけが急いていた。


 <迷宮>から人の住まう世界への境界。<異界の扉>と呼ばれる巨大な門扉を潜り抜け、カティアは左右を見回した。

 門の左右には2人の衛士が立っている。簡素な鎧に貧弱な槍。形ばかりの門番だ。魔物<ガイツ>はこの門扉を通れないし、いざとなればこの扉が閉まって完全な封鎖結界が展開される。衛士の仕事は、せいぜいが子供が<迷宮>に迷い込まないように見張るだけだ。碌な訓練も受けていないただの人間。


 当然のように選択肢から除外して、カティアはすぐに駆け出した。


 今必要なのはなによりも迅速さだった。

 状況を説明する時間すらも惜しい。自分のような子供が<迷宮>に来てくれと言っても承諾してくれるほどのお人よしで尚且つ戦闘力のある―――せめて、逃げる時間をかせぐことのできる―――人間。


 それだけで、選択肢はぐっと狭まってしまう。辺りにいるのは精々が初級ミストだ。熟練者はもっと中心区に近い上等な宿を拠点としているし、<迷宮>内にいるとすればレベル2よりも下だろう。もしここに居たとしても、この人の群れの中から闇雲に当たっても確率も時間も不確定。リナリアの死の方が早い可能性の方が高い。


 自分たちを助けてくれる人間を見つけ出す。

 その難しさに、カティアはぐっと下唇を噛んだ。


 諦めるな、迎合するな、仮定に囚われるな。やるべきことは嘆き喚くことじゃない。リナリアを救える確率がもっとも高い選択肢を選ぶこと。泣き言は後でいくらでも言える。悔やむならベッドの中でシーツに包まってからにしろ―――!


 その場にしゃがみ込み、目を閉じる。耳を塞ぐ。全ての世界が邪魔だった。分担された思考を纏め上げ、今行える最善を探す。空白になった脳の中に情報が並べられ、求める物を探し出す。


 無数の本の知識、祖母からの教え、学院の授業。言葉と情報が激しい奔流となってカティアを襲う。ずきりとした脳の痛みを感じながら、それでもカティアは奔流の中に潜りこんだ。余計な物は捨て、簡潔で単純な情報だけを取り上げる。


 ゴルボルド―――近接では人間に分が悪い。魔術等の遠隔攻撃が有効―――


 リナリア―――位置の特定は自身の探査魔術で可能―――


 時間はない。余計な問答も躊躇もなしに自分に協力できる人間。最悪でもゴルボルドの意識を反らす程度に遠隔攻撃の手段を持っていれば最良。

 ――――――そんな都合のいい人間が





 いた。





 情報の展開を打ち切ると、カティアは立ち上がり駆け出す。道端で蹲っていたカティアを心配したのか、声を掛けようとしていた女性を突き飛ばしてしまうが、構ってはいられない。


 脳裏を過ぎったのは先ほどの店にいた少年。リナリアと顔見知りだという、喫茶店の店主。


 あの時、店の壁には白銀の銃が飾ってあった。分厚い埃は被っていなかった。つまり、頻繁に掃除か手入れがされているということ。少年が銃を扱えるとは限らない。だが、銃を扱える者があそこに住んでいる可能性はある。少なくとも、カティアの顔よりも大きな銃を振り回せるほどの、実力者が。


 あれがただの飾り―――そんな可能性もある。いや、その可能性の方が高い。けれど、カティアはその可能性を無視した。根拠のある理由は存在しない。ただ、リナリアがあの少年を少なからず信頼している―――心を、開いている。だったら、何かあるだろう。リナリアが信ずるに至る、何かが。それが少年の実力には直結しないだろうが、きっとリナリアを助ける何かにはなるはずだ。

 カティアはそう信じていた。信じるしかない状況だった。そして、リナリアが信じる人間を信じようと思った。

 






 φ








「―――よっ、と」


 真正面から飛び込んできた角うさぎを、リナリアは身軽に避ける。無防備に晒された胴体にショートソードを振り抜けば、大した抵抗も感じずに角うさぎは真っ二つになった。


「ひぃっ」


 リナリアの後方に控えていたカティアが、目の前で半分になった角うさぎを見て悲鳴を上げる。どちらかといえばこちらの反応が平常であって、リナリアの方が異常なのだ。


 学生であれ大人であれ、<迷宮>に入ってまず行うのは、生命を絶つという行為をためらうことだった。たとえそれが魔物<ガイツ>であろうと、自らがその命を奪うことを割り切るには時間がかかる。割り切れるか、割り切れないか。慣れるか、慣れないか。それが冒険者<ミスト>になれるかどうかの分かれ目でもあった。


 城壁に囲まれた迷宮都市「アルベルタ」に生まれ育った人間は、大陸に生息する魔物<ガイツ>との関わりが少ない。箱庭とも呼ばれる環境で育つが故に、命のやり取りとは親しみがないのだ。

 それはアーリアル魔術学院の生徒にも同じことで、ハイクラスで行われる実戦授業は、命の駆け引きを体験させる意味でもあった。この授業を機会に、学生はふるいにかけられる。冒険者<ミスト>としての適正があるかないか。まずその一点において。


 今までを箱入りのお嬢様として育てられたカティアが怯えるのは当たり前のことだった。母に連れられて大陸を旅していたリナリアの方が特別なのである。


 リナリアは辺りを見回してから、剣の血をはらって鞘に戻した。戦闘のために、マントは既に脱いでいた。

 ミスリルと呼ばれる貴金属を原材料にしたこのショートソードは、銀の輝きと鋼をしのぐ強さをもっている。一流のドワーフによって鍛えられたこの一品は、大抵の魔物であれば容易く両断できた。通常よりも幅が広く、そして薄い。非力と言わざるを得ないリナリアにも、自在に扱えるほどの軽さだ。


 地面と平行になるように後ろ腰に装備した剣の位置を調整しながら、リナリアがカティアを振り返る。


「どう? ちょっとは慣れた?」


 <迷宮>の雰囲気に。命のやり取りの世界に。死に逝く命に。含む意味はいろいろだったが、問いかけの言葉はひとつで十分だった。未だに顔を白くしていたカティアだったが、リナリアの顔を見てこくりと頷く。


「あ、当たり前ですわ。わたしを誰だと思ってますの」


 精一杯背伸びをした発言だった。けれど、それでいいのだろうとリナリアは思う。ずっと背伸びをしていれば、気付けばそれが当たり前になる。少し無理をするくらいが調度良い。


「それならもうちょっと先まで行きましょうか。そろそろヘルカンも出てくるだろうし」

「二足歩行のトカゲみたいな奴ですわね。全長が50シームくらいの」

「そうそう、それよ」


 カティアが知識を披露する。教科書からの受け売りなのだろう。

 カティアの身体能力は高いとは言えない。けれど、それを補って余りある頭脳があった。たとえば記憶力の良さであったり、回転の速さであったりと、挙げられる利点は多い。


 ヘルカンの情報を自慢げに語り出すカティアの声を聞きながら、リナリアは周囲を見回した。明確な形ではないものの、わずかな違和感があった。


(少なすぎる……)


 普通であれば、すでにヘルカンの一匹も見かけているはずだ。角うさぎだってもっと居ていい。だが、<迷宮>に入ってから見たのは、さきほどの角うさぎで3匹目だった。既に地下2階まで降りたというのに、いくらなんでも少なすぎる。


 そもそもの個体数が減少したのかとも思うが、<迷宮>ではいつの間にか魔物<ガイツ>が補充されているのが常だった。どういう原理なのかは不明らしいが、いくら魔物<ガイツ>を殲滅しても、次の日には何匹かが戻っている。その次の日には倍になり、そのまた次の日にはまた倍。と、一定数の魔物が常に存在するようになっているらしい。

 そのことから考えると、今の状況はレベル1の魔物<ガイツ>が一度狩り尽されたことになる。


 だが、それこそが謎だった。

 そんなことが出来るほどの実力者はレベル1に長居しないし、掃討なんていう面倒なことはしないはずだ。規定人数以上での探索はギルドで禁止されている。となると、これはいったいどういうわけだろうか。


 魔導器を弄びながら、そんなことを考える。


 この<迷宮>に入った回数は多くない。多くない、が……なにか、おかしいと感じる。空気というものが、乱れているように思う。それは魔術を介して精霊と呼ばれる存在と少なからず接している魔術師<メイジ>だからこそ、感じるものなのかもしれない。もうひとりの魔術師<メイジ>であるカティアには、そんな些細な変化を感じる余裕はなさそうだったが。


 相変わらずぺらぺらと話しているカティアを、歩きながら見る。

 なにがどうなってヘルカンから異種族との風習の違いに話が移ったのかは謎だが、今日は早いうちに引き上げた方が良さそうだと、リナリアは判断した。確固とした根拠があるわけではないが、嫌な予感があった。喜ばしいことではないが、リナリアのこの手の予感は外れたことがない。


 来たばかりで得たものは少ないが、迷いはなかった。


 立ち止まり、後ろを歩いていたカティアに振り返る。リナリアの動きに合わせて、カティアの講釈も止まる。不思議そうに首を傾げたカティアに向けて、リナリアが口を開こうとして―――悪寒。


 背筋を襲うものに突き動かされるように、リナリアはカティアを思いきり突き飛ばした。カティアの悲鳴を聞きながら、同時に自分も後ろへ飛ぶ。

 見計らったように、カティアとリナリアの中間で唐突に壁が吹き飛んだ。カティアを庇ったがために初動が遅れたリナリアに、瓦礫の破片が襲う。さらに一歩後ろに飛ぶが、破片のひとつが右腕を撃ち、魔導器の杖が吹き飛ばされた。


「―――っ、!」


 痛みに顔を顰めながら、リナリアは左手でショートソードを抜き放った。


 左側の壁一面が砕け散って瓦礫と化している。まるで壁の向こうから魔術をぶっ放したような衝撃だ。

 そう考えて、リナリアはすぐにそれを訂正することになった。


「……ちょっと、嘘でしょ…………」


 ソレが、壁に開けた大穴を窮屈そうにくぐって出てきたからだ。


 見上げる巨躯。放つ異臭。豚の頭。握られた石斧。凡そこんな浅層にいるはずのない、R=8に位置する魔物<ガイツ>


「なんでゴルボルドが―――っ」


 知らず一歩退きながら、リナリアは舌打ちした。想像にすらなかった出来事に対してと同時に、カティアと分断されたことにだった。カティア側は出口へと繋がっていることがせめてもの僥倖だろうか。


 ブゴブゴと鼻を鳴らしながら、ゴルボルドが辺りを伺った。


 砕かれた大小の瓦礫が積み重なった壁となり、おまけにゴルボルドがそこにいる。向こう側には行けそうもない。こちら側に自分とゴルボルド。瓦礫の向こうにカティア。そんな状況になっている。


 まずい。

 焦りがリナリアの脳を埋め尽くそうとするが、そうなれば間違いなく自分の命は終わりだ。焦りを飲み込み、混乱を押さえ込み、現状の事実だけを冷静に見る。


 目の前にはゴルボルド。魔導器は瓦礫の中で、回収する暇はない。カティアと合流するのも無理。あるのはミスリルのショートソード一本。


(……5階の転移装置まで逃げるのが最良かしら)


 答えは明快だった。というより、それしか選択肢がない。


 じりじりと転進の機会を伺っていたリナリアに、ゴルボルドの濁った目が向けられる。そして、その顔がにたりと歪んだ。


「……ああ、そう。美味しそうなご馳走を見つけたってわけね」


 吐き捨てて、リナリアは走り出した。


 冗談じゃないわよ。こんなところで死んでたまるもんですか―――っ!





 φ





 リナリアに押し飛ばされたカティアは、呆然としていた。尻餅をついた足のすぐ先に、自分の頭ほどの大きさの瓦礫が転がっている。

 リナリアの突然の蛮行に文句を言おうと口を開きかけたカティアだったが、次の瞬間に爆発した壁によって、その言葉を飲み込むしかなくなった。ぱちくりと目を瞬かせていたカティアだったが、瓦礫で塞がれた通路の向こうから響いた咆哮にびくりと肩を震わせる。ようやく脳みそが回転を始め、状況を理解し始める。


「り、リナリアさん!?」


 通路の天井と積み重なった瓦礫の隙間に向けて声を上げる。返事はない。ただ、大きな質量を持った存在が地面を歩く音だけが聞こえた。


「いったいどういうことですのっ!」


 状況が把握できない。レベル1にそこまで巨大な質量を持った魔物はいないはずだ。ましてや、深層と比べて薄いとは言え、石材の壁をここまで砕くなんてありえない。そしてなにより、リナリアの安否はどうなのか。


 少しでも情報を得ようと、カティアは床に転がっていた魔導器を手に取って探査魔術を詠唱する。わずか2小節の詠唱にもどかしさを感じながら魔力を魔導器に注ぐと、杖の先端に取り付けられた魔晶石がそれを現象と化した。


「……よかった。まだ生きてますわね」


 イメージというよりは、あやふやな感覚だった。それでも確かに、向こうへ走っていくリナリアの存在を感じる。そして、それを追うように歩く大きな存在があった。映像は見ることはできない。ただ、感覚でその存在の大きさはわかる。その動きもまた、大まかに。


 体長にすれば3mに近いだろう。リナリアを追う速度から考えれば2足歩行の魔物<ガイツ>。レベル1に侵入することが出来て、壁をここまで粉砕できるほどの力を持っているとすれば―――


「まさか……ゴルボルド……?」


 実戦演習の前日に、アルベルティーナが退治したのではなかったのか? いや、まさか―――2体いた?


 カティアの顔から血が引いていく。


 まさか、いや、でも……。


 否定はできない。むしろ、その可能性が高い。そうなれば、リナリアの身が危険だ。魔術を使えるなら多少は安心だが、リナリアは戦うそぶりもなく逃げている。何かしらの理由で、魔術は使えないと仮定するべきだ。相手はR=8。そんな相手に剣一本―――もしかすれば、その剣すらないかもしれない。


「ど、どうしたら……」


 辺りを見回しても助けはない。例え都合よく冒険者がいたとしても、この瓦礫をどうにかしないといけない。上れば天井との隙間から向こうに行けそうだが、自分が行ってどうにかなるだろうか。使えるのは補助魔術だけ。相手はR=8の化物。2人まとめて死ぬだけだ。


 そこで、ふと気付く。


(これは……階段に向かってる……?)


 リナリアは最短距離で、階下へと続く階段を目指しているようだった。下に行ってなにを―――転移装置か。


 カティアの頭の中から、本の知識が引きずり出される。5階ごとに設置された転移装置は、地上にある主点装置と行き来ができる。なるほど、下まで逃げて地上に戻ろうというわけか。

 さすが学年主席。即座にそれを思いつくなんて。<迷宮>に親しみのない自分のような人間では、その装置のことを思い出すだけでも時間が必要だったというのに。


 カティアは急いで立ち上がると、踵を返して走り出した。自分の技量では魔術の併用はできない。一度探査魔術を打ち切って、今度は身体能力上昇の魔術を唱える。急激に軽くなった体を感じながら、一気に走っていく。ここにいても自分にできることはなにもない。まずどうするにしても地上に戻る必要がある。


 逸る気持ちを抑えて、一気に通路を駆け抜ける。


 やがて階段を見つけ、ようやく地下1階。まだか―――悪態を付きながら、必死に走る。魔物がほとんどいないことが幸いだった。走って、走って、そしてようやく、地上に戻る。魔物が<迷宮>の外に出ることを封じるため、階段を塞ぐように大きな鉄扉が取り付けられている。鍵を開ける合言葉<キー>を唱え、体ごと飛び出すように鉄扉を開ける。


 主点装置の前まで移動して、カティアはそうやく体を休めた。強いとは言えない体が、無理をしたことで悲鳴を上げていた。その声を無視して、カティアはもう一度探査魔術を唱える。

 5階を目指して降下しているはずのリナリアは―――まだ、2階にいた。


「……え?」


 そんな、まさか。


 目を見張って確かめるが、やはりまだリナリアは2階にいる。先ほどよりも距離は開いているが、それでもゴルボルドに追われるように、逃げ回っていた。場所を見るに、一度は階段まで行ったはずだ。

 それなのになぜ―――違う、考えろ。

 階段の付近まで行って、階段を降りていない。だったら、リナリアは自分の意思で階段を降りなかった。あるいは、降りられない理由があった?


 どちらにしろ、カティアひとりではどうしようもない。今から自分が5階におりたとしても、2階にまでたどり着けるかどうかの方が問題だ。


 助けを呼ばなければ。


 助けを。


 カティアは再び走り出した。











 φ










 じーさんはよく言ったものだった。命を賭ける武器の手入れを怠るな。

 じーさんのことを思い出すと、大抵が銃を手にしている姿だ。続いて、チェスをやっている姿。白髪をオールバックのように上にあげ、髭が渋い良い男。まるでハリウッド映画にでも出てきそうな人だった。個人的に、じーさんを映画にするなら俳優はショーン・コネリーでお願いしたい。


 壁からおろした白銀の銃ことヴィヴァーチェを磨きながら、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。


 長方形の板みたいな銃身だ。ショットガンを短くして、リボルバーの回転式弾倉を取り付けたような銃である。懐に入れるなんてことはもちろんできないし、それなりに重い。銀色の銃身には精巧な彫刻がされていて、ひとつの芸術品のようにも思える。これが博物館とか美術館に飾ってあっても、違和感ないだろう。


 じーさんがそうしていたように、ヴィヴァーチェを光に当てる。磨かれた銃身が鏡面のようにきらりと光を反射する。銃は刀と同じくらいに男のロマンである。こうして持っているだけで、にやにやしてしまうのである。かっこいい。


 銃は撃ってこそ。道具は使ってこそ。様式美なめんな。そんな声が聞こえてきそうだけど、ことヴィヴァーチェに関しては飾っているだけで良かった。じーさんが僕にくれてやると言い残したことは確かだが、やはりこれはじーさんの銃のような気がした。それに、こんな物騒な銃をぶっ放す機会なんてありはしないのだ。たぶん、願わくば、今後一生。


 使われてこそ銃の本懐かもしれないが、そんな場面に出くわすことは遠慮したい。

 銃を撃つ事態ともなれば、平穏からは真反対だろう。僕の大好きな平穏からは程遠い。そんな状況、こっちから願い下げだ。


 だから僕はずっとこの銃を飾ったままにしておきたかったのだけど―――


「助けてください!」


 人生、そうはいかないようだった。

 扉を蹴破って入ってきた、金髪クルクル少女を見るに。















――――――
<作者の力量の限界>

 そろそろ作者の力量が追いつかなくなってきました。だから短編連作でごまかしてたのに!

 さらっと流して、平穏な毎日に帰りましょう。この小説はガンアクションではありません。迷宮探索系でもありません。ただ、喫茶店でぐだぐだする話です。
 でも、たまにはロマンスもないとね。ちょっと危ないぐらいの。塩で甘さを際立たせる感じ。


▽るーるるー

>更新は気の向くままがいいよ! 季節ごととか。
>毎日更新はやっぱキツイですよ。ぼちぼち書いて下さいな。
>その更新頻度で構わないかと。
>私としては、全速力で突っ走って燃え尽きる(毎日更新でネタ切れ、疲労、やる気減)で、この面白い作品が途絶えてしまうより、作者さんの負担にあまりならないジョギングのような更新に賛同します。
>歩くようなペースで更新していけばいいじゃない
>ご自身のペースで営業してください。
>更新ペースについてはご自分がやりやすいやり方でいいのではないかと思います。
 だ が 断 る

>よし、じゃあ店に飾ってある白銀の銃が付喪神化して、それが妹属性をもって実体化すれば完璧だッ!
 実体化するとしたら、ついつい主人公を甘やかしちゃうクールなお姉さんな件について。

>レス返しのノルトリに癒される。
 ノルトリ「……近寄らないで」

>ところでカティアってゴル爺の身内だったりする?
 普通に全然関係なかったりする。


 とりあえず、キリが良いところまでは毎日更新してしまうという。多分あと一話で終わりだけど。

 そしたらぼちぼちのまったり更新のまったり内容になります。週刊連載とか楽しそう。ジャンプ的な意味で。





[6858] 重なる背中
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:04

 最悪だ。本当に、最悪だ。


 少なくない期待があった。ここまでくれば、ひとまずは大丈夫だと。あとはなんとか地下5階まで行って、転移装置で上に戻れば九死に一生。そのうち笑い話にでもできただろう。けれど、悪いことというのは本当に重なるらしかった。階下へと続く階段は、その途中で天井が崩れて瓦礫に埋もれていた。


 まさかゴルボルドが?

 いや、そんな知能はないはずだ。獲物の退路を断つほどの悪知恵が働くのなら、もっと厄介な存在になる。なら人為的? 誰が―――ってそんなことを考えてる余裕はないってば!


 階段は諦めて踵を返す。退路はもうない。階段が塞がっていて、一階への階段に続く通路も塞がっている。


 どうしようか。どうしよう。

 どうしようどうしようと呟きながら、とりあえず走る。ゴルボルドの足が遅いのがせめてもの救いだが、その利も長くは持たないだろう。こっちが体力的に負けるか、袋小路に追い込まれるか。


 せめて魔導器があれば。魔術が使えれば、どうにかできたのに。


 ないものねだりと分かっていたが、それでもそう考えずにはいられない。武器はミスリルの剣が一本、それだけだ。魔術師<メイジ>である自分では、ゴルボルドと立ち向かうには非力すぎる。ただでさえ、瓦礫がぶつかった利き腕が鈍い痛みを訴えているというのに。


 地下2階のマップを頭に浮かべながら、できるだけ逃げ道の多い方へ走る。階段でのタイムロスのせいか、ゴルボルドとの距離は近づいていた。すでにカティアにかけてもらった魔術も効果を消してしまった。状況は悪くなるばかりだ。


 やばいなあ。

 諦めにも似た感情で、そう呟いてしまう。


 私だってもちろん死にたくない。死にたくないけど、死にそうな予感がする。少なくとも、このままだと死ぬだろう。ただの学生が剣一本で勝てるほど、甘い相手ではない。

 このまま逃げ回っていても、終わりはすぐにやってくる。なにか対策を。なにか選択を。


 最後の希望としては、カティアの存在だ。

 あの子が無事怪我もなく、地上に戻れていたら―――ああ、でもダメかもしれない。


 なにしろ、通路は瓦礫の山。5階から上がって来ても、今度は塞がった階段だ。カティアが誰か助けを連れて来たとしても、道がない。運よく魔術士<メイジ>がいればあるいは―――。


 ……よし、大丈夫。まだ希望はある。


 自分を奮い立たせるように、言い聞かせる。死にたくないから、カティアを信じることにしよう。運良く魔術士<メイジ>でも見つけて、ここまで連れてきて、通路の瓦礫を吹っ飛ばして、そしてゴルボルドを倒す。私が生きているうちに。


 かなり難しい気がするものの、そこは考えないことにした。


 カティアに頼るしか、生き残る道がなさそうなのは確かだ。それがどんなに低い可能性だったとしても、あの子を信じるしかない。でなければ、剣一本でゴルボルドとの殺し合いに興じることになってしまう。勝てる見込みのない戦いは遠慮したい。


 だから、本当に。


「頼むわよ、カティア―――っ!」


 後ろから、獲物を追う獣の足音が近づいている。










 φ










 ああもうなんでアイツはいちいち騒動に巻き込まれるかなあ! いや、いちいちってほど頻繁でもないんだろうけど、僕にとっては1年ぶりくらいの再会だったわけで、こういう風にアイツを助けに走るのは2回目で、それって頻繁―――ってほどでもないか。って別にそんなことはどうでもいいんだけどさ!


 カティアに身体能力上昇的な魔術をかけてもらった僕は、カティアと並ぶようにして<迷宮>に向かって走っていた。すごい勢いで街並みが流れていく。全速力で走る僕らに奇異の目が集まるが、いちいち気にしてはいられない。


「それで! リナは地下2階にいるんだよな!?」

「そうです! 理由は分かりませんが、まだ下にはおりていませんでした!」


 走りながら、半ば叫ぶようにカティアに聞く。


 リナ―――リナリアの愛称みたいなものだけど、呼ぶのは久しぶりだった。昔はリナリナと呼んでみたりしてからかったものだけど。懐かしい呼称が無意識に出るとは、存外僕も焦っているようだった。


 ここまで来る間に大まかな状況は聞いていた。ゴルボルド―――ゴルボルドだ。アルベルさんから、確かにいるという話は聞いていた。でも、それはもう終わった話ではなかったのか? 実戦授業の前日に<始まりの鐘>の副団長という人が倒したとかいう話をお客さんから聞いたのに。

 初めから2体いたってことか? レベル1のどこかに隠れていた? でも見逃すだろうか。いくつものパーティが、ランクAらしい<始まりの鐘>までもが、ゴルボルドのもう一匹を見つけられなかった? 偶然にしちゃ出来過ぎだろ。

 言いようのない不自然さを感じる。けれど、今はそんなことに構っている場合じゃない。


 手にしたヴィヴァーチェを握りしめる。


 小降りの雨が、街を濡らしていた。

 薄暗い空模様に、こっちまで暗い考えに囚われそうになる。

 頬を打つ水滴を煩わしく思いながら、走っていく。


 僕は足の速いほうじゃないだろうし、鍛えてもいない。それでも、この速度にもどかしさを感じていた。隣に目をやれば、息を荒くして必死に走るカティアの姿。金色の髪が雨に濡れ、額に張り付いている。頬は赤く、走り方もどこか危うい。


 基礎体力からして違うのだから、仕方ない。きっと僕のところまで必死に走って来たのだから、仕方ない。でも、仕方ないで片付けられる状況じゃない。


 カティアの探査魔法でリナリアの位置は分かるそうだ。つまり、カティアを置いて行くわけにはいかない。だからカティアの速さに合わせて走っていたけど……そろそろ、彼女も限界のようだった。目に見えて分かるほど、走る速度は落ちている。その息だって、かなり荒い。いつ倒れるか心配になるほどだ。


 嫌だなあ。筋肉痛とか、本当に嫌なのになあ。それでも、それを選ぶしかないんだもんなあ。


「ああ……もう」


 大きく嘆息してから、僕はカティアを左手で抱き上げた。150cmもない身長だ。体重だってもちろん軽い。魔術で筋力が強化されていた僕は、想像よりも楽にそれを成し遂げた。


「きゃっ!? あ、あなたはなにを!」

「いいから黙る。遅いから僕が担いで行く。魔術、僕に重ね掛けして」


 突然のことに暴れそうになったカティアを押さえながら、口早に告げる。


「う……わかりました。ですが重ね掛けは―――」

「いいから早く!」


 自分でも限界だと感じていたのか、僕が担いでいくことに対しては抵抗しなかった。

 重ね掛けに対しては、心配してくれているのだろうか。そりゃ僕だってやりたくないけどさ、やらなくて間に合わなかったら後悔してもし切れない。出来る事を「嫌だ」なんて理由でやらずに、もしリナリアが死にでもしたら、僕は自分を殺すしかなくなる。


 身体能力上昇―――つまり、筋力の強化の魔術は、体への負担が大きい。ある程度であれば何の後遺症も残らないが、二重に掛けるとなると、負担も二倍だ。一週間くらいは筋肉痛だろうか。けれど今は、どうでもいい。


 僕に引き下がる気がないことを見てとったのか。それとも、そうしなければ間に合わないことを悟ったのか。カティアは僕の耳元で言葉を紡いだ。終わると同時に、体に力が満ちる。地面を蹴れば驚くほどの速度が出た。車とだって競争できそうな速さだ。風の音がうるさいくらいだった。


「きゃっ」


 バランスを崩しそうになったカティアが、僕の首に細い腕を回してしがみ付く。多少の息苦しさを感じながら、僕は走っていく。もうすぐ<迷宮>が見える。あと少し。あと少しで助けに行くから、しぶとく生き残ってろよ、リナリア。勝手に死ぬなよ―――!










 φ










「もうダメ。死んだわ、私」


 向けた剣の先にいるゴルボルドを見上げて、私は思わず呟いた。

 左手で柄を握りしめながら、後ろに下がる。ずきりと走る右足の痛み。右腕の次は右足だ。今度ばかりは致命的だった。膝を擦り剥いたくらいのものだろうけど、全力で走ることは難しそうだった。


「……ったく、斧なんて投げるんじゃないわよ」


 通路が直線だったのが不味かった。距離を開けていたとはいえ、ゴルボルドの視界に入ってしまった。カティアの体ほどの石斧を、後ろから思いっきり投げ付けられたのだ。もちろん、直撃はしていない。けれど、真横に着弾した石斧は地面を大きく砕き、その破片に体ごと吹き飛ばされてしまった。目立った怪我が右足だけなのが幸いだ。まあ、見えないだけで、全身のあちこちが痛いんだけど。


 足を引きずりながら、目線はゴルボルドから離さずに後退する。どうしようか。どうしようもないかもしれない。

 腕は痛いし、足も痛いし、体中も痛い。体は砂埃で汚れていて不快だ。おまけに、目の前には豚頭。死ぬには最悪の状況だった。もし死ぬにしても、せめてもう少し綺麗に死にたい。


 もし死んだら、私の体はアイツに食べられるわけよね……?


 フゴフゴと鼻を引く付かせているゴルボルドを見る。口からは涎がぼたぼたと垂れていて、興奮したように鳴いている。あの口に、齧られるわけだ。丸ごと、がっつりいかれるわけだ。


「……冗談」


 こちとら花も恥らう乙女だっての。あんたなんかにはもったいないわよ。


 ああもう本当に。どうしようかな。絶対嫌。死ぬのも嫌だけど、アイツに食べられるのはもっと嫌。


 頭の中では必死に解決策を探している。生き残る術を求めている。けれど、答えは見つからない。どうしようもない。満足にすら動けない今の自分に、果たしてどんな選択肢があるのだろう。せいぜい、あいつに殺される前に自分で死ぬとか、そんなことしか思いつかない。


 助けは来ているのか。カティアは誰か連れてきてくれただろうか。


 一歩、また一歩。


 獲物を追い詰めるように近寄ってくるゴルボルド。

 足を引きずって逃げる私。


 残された時間は、あとどのくらいだろうか。


 もし死んだら、カティアは悲しんでくれるかしら。あんまり、気落ちしないで欲しいんだけど。自分のせいでなんて思ってほしくはないのだけど。でも、あの子は気にしちゃうだろうなあ。優しい子だもの。

 ああ、ダメだ。そう思うとますます死ねない。私が死んだせいでカティアが落ち込むとか、なんかやるせないわ。


 自分の命の危機が迫っているというのに、そんなことを考えている自分がいた。少しだけ笑う。なるほど、あの子は私の友達のようだ。認めよう。あの子は今日から私の友達。そうしよう。だったら、休日に買い物にでも行かなきゃね。買い食いとか、服とか買ったりするのもいいかもしれない。せっかくお金が貯まったんだから、もう節約もいいだろう。


 ―――そこまで考えて、私は不意に泣きたくなった。


 ……せっかく、お金、貯めたんだけどなあ。買うつもりだったんだけどなあ。アイツに、渡すつもりだったんだけどなあ。


 言いたいことだってあった。やりたいことだってあった。渡したいものだってあった。行きたいところだってあった。懐かしい場所で、懐かしいやつと、なんてことのない毎日を送りたかった。

 そのためだけに、ずっと貯金していたのだ。私自身の区切りをつけるために。私の中で、けじめをつけるために。


 だというのに。


 だというのに、本当―――。


「聖エレミーヌさまでしたっけ? ……恨むわよ。こんな時に私を死なせるなんて。本当、恨んでやるんだから」


 ああ、もう、やだなあ。やり残したこと、いっぱいあったのになあ。

 見上げる先で、ゴルボルドの顔がニヤリと嗤う。それは、弱者を狩る捕食者の笑みだった。


 せめてもの抵抗として、威嚇するように突き出していたショートソードが、ゴルボルドの手に弾き飛ばされた。いくら名剣だろうと、使い手が素人同然ならその価値に意味はない。私の手を離れた剣は、くるくると回りながら宙を飛んで、床に突き刺さる。


 最後の武器すら失った私は、また一歩後ろに下がる。トンと、背中に当たる冷たい感触。壁だった。


 逃げ道すらも、失った。

 もう、なにも無さそうだった。


 全身から力が抜けて、ずるずると座り込む。腕が痛くて、足も痛くて、全身だって痛くて。今は、心も痛かった。後悔だけがあった。ずっとずっと溜め込んでいた、言葉だけがあった。伝えたい相手にはもう会えない。たった一言の言葉さえ、もう届かない。心の器から溢れた言葉は形を変えて、私の目からこぼれて出た。滲む視界の中で、ゴルボルドが私に手を伸ばすのが見えた。


 ―――ああ、そういえば


 こんなことが、前にもあったな、と。走馬灯のように、思い出す。同じように座り込んだ私がいて、私に迫る魔物がいて、私を守った背中があって。


 ―――アイツの背中だと、そう思った










 天井が、砕け散る。










 φ










「カティア! リナの居場所は!?」


 衛士の呼び掛けを無視して巨大な門扉を通り、定まった階に行ける主点装置の前で足を止める。地下5階なのか、このまま地下一階なのか。リナリアの居場所によって向かう先を変える必要があった。

 カティアを降ろし、訊く。


 すでに探査魔術を唱えていたカティアが、不意にその顔を歪めた。まるで迷子になった子供のような、そんな顔だった。今にも泣き出しそうで、だけど、泣かないように必死に堪えた顔。


「―――……ぁ」

「おい! 黙ってないで答えろって!」


 小さな肩をゆすぶって、視線を合わせる。訊くことに嫌な予感があった。けれど、そんな予感に頼るつもりは毛頭なかった。アイツのしぶとさは、僕が一番知っている。その諦めの悪さだって、知っている。だったら、僕がするのはアイツを信じることだ。


「……まだ、2階にいますわ……」

「無事か!?」

「……わかり、ません……動きは、止まっています。でも……」


 でも―――でも、なんだ?


「すぐ傍に、ゴルボルドが……」


 聞いて、僕はカティアを抱き上げ、鉄扉を開けて<迷宮>の中へ入った。狭い通路。淀んだ空気。灰色の道。懐かしい光景でもあり、嫌いな世界でもある場所。躊躇いはなく、迷いもない。強化された体で走りながら、腕の中のカティアに訊く。


「リナの真上はどこ?」


 消沈したカティアの動きは鈍い。その金色の瞳さえ、輝きがない。諦めた人間の瞳だった。どうしようもない現状に打ちのめされて、自分の無力さを知って、全てを諦めて。

 その瞳は、昔の僕の瞳だった。


「そんなことを訊いて―――」

「いいから答えろ!」


 声を荒げる。

 こちとら諦めるつもりなんてさらさらないだよ。ひとりで勝手に諦めるな。自分の判断だけで何でも決めつけんな。勝手にリナリアが死んだなんて思うな。現実見る前に諦めんな。

 一喝に、カティアの体がびくりと震えた。おずおずと、カティアが唇を開く。


「次の角を右に曲がって、その突き当たりです……」


 そして、僕の首をぎゅっと抱き締める。不安なんだろう。僕だって不安だ。誰かを失うかもしれないということに、不安を感じない人間はいない。失う恐怖。自分ではなにもできないという現実への恐怖。並べ立てればいくらでもある。肩を震わす少女に、僕が掛ける言葉はなかった。安っぽい言葉でどうにかできるほど、ちっぽけな恐怖じゃなかった。カティアを左腕で抱き締め返して、僕は角を曲がる。


 何ができるのか。間に合うのか。意味があるのか。諦めるのか。


 言葉と思いはいくらでもあった。脳みその中で交錯して、嫌な未来が広がった。


 僕にできるのはそれを必死に否定することだけだった。全てを飲み込もうとする恐怖に対して、人間ができることはたったひとつ。足掻くことだけだ。ただ、自分の全力を以って。認めたくない未来を否定して、足掻くことだけだ。


 ようやく突き当たりにたどり着く。そこは袋小路の行き止まり。リナリアもいけなければ、恐怖も転がっていない。床と壁があるだけだった。

 放り出すようにカティアを降ろす。


「……なにを、するつもりですの?」


 その場にぺたりと座り込みながら、カティアが訊く。その目には大粒の涙が浮かんでいた。

 カティアを巻き込まないように、離れる。リナリアがどこにいるのかをカティアに確認する。―――壁際か、調度良い。


「助けるんだよ。リナリアを」


 ヴィヴァーチェを構える。


「助けるって……ここから、どうやって……?」


 撃鉄を起こす。白銀の弾倉がかちりと回る。


「道がないなら作ればいい。簡単だろ?」


 銃口が向かう先は、僕が立つ床だ。

 僕の意図を悟って、カティアが声を荒げた。


「そんな―――そんな馬鹿なことが、できるはずありません……!」


 銃で床をぶち抜こうというんだ。普通に考えれば馬鹿なことだろう。


 ああそうさ。


 無茶だ無謀だ無策だ無駄だ―――普通に、考えればね。


 今、この場で。


 僕は少しだけ普通でなかったことに、感謝した。



「――――≪吹き飛べ≫」



 引鉄を引く。










 φ











 天井の瓦礫と一緒に、黒い何かが落ちてきた。「いてっ」とか「うわっ」とか、情けない声を上げて。瓦礫がゴルボルドを押し潰して、その黒い物体がごろごろと転がって、そして、立ち上がる。


 それはちょうど、ゴルボルドと私の中間点だった。まるで私を守るように、そいつは立っていた。黒いエプロン。白くて大きな銃。小さくて、でも頼もしい。そんな背中が―――幻想と、重なる。


 唖然とした。息を呑んだ。まさかと思った。夢でも信じた。


 でも、やっぱりそいつはそこにいて……私を、守ってくれた。


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、涙がこぼれた。ああ、こいつは。私を守ってくれるこいつは。柄にもなく、思ってしまう。恋する乙女みたいなのは性じゃないけど、それでもこいつは―――ちょっとだけ、カッコイイじゃないか。そんなことを、思ってしまう。


 座り込んだ私の先で、ソイツはゆっくりと私に振り返った。


 その顔は、あの時と同じように自慢げで。にやりと笑った顔に、目を奪われる。


 そしてそいつは、私を見て、口を開く。




















「あ、パンツ見えてる」




















 ……。


 …………。


 ………………。


 …………………………一瞬でも。たった一瞬でも、格好良いとか思ってしまった自分を、殴りたい。


 ええそうよね。

 こいつってばこんな人間よね。ここぞと決めるべきときに、思い切り外すような人間よね。

 アンタ、惜しかったわね。今の一言、外す方が難しかったのよ? 「大丈夫か」でも「助けに来たぞ」でも、本当、はずれを探す方が難しかったのよ? どんな一言だったとしても、女の子ならアンタに惚れてたのよ? この状況、分かる? 命の危機に、ちょっと気になってた男の子が、来るなんて思ってなかった男の子が、助けに来てくれたのよ? 普通なら惚れてたわね。私も、その、ちょっとくらいは、惚れてたわね。でも、全部台無しだわ。アンタへの好感度、今ので一気に0になったわ。


 とりあえず足を閉じてから、私は深く深く嘆息した。


 生きてる。そのことを実感した喜びよりも、なにか、こう……大きく間違っている人間に対しての落胆の方が大きかった。なんだかなあ。本当に、なんだかなあ。こいつ、こんな人間なんだもんなあ。

 そんなことは気にした風もなく、黒のエプロン姿のユウが歩み寄ってくる。そして私の肩に手を置き、諭すように声をかける。


「リナ……黒は、まだ早いと思うんだ」

「黙りなさいっ!」


 とりあえず無事な左手で、思いっきり殴っておこう。下着を見られた上にときめきをぶち壊されたのだ。これくらいは、許されるはずだ。










 φ









 さすがにちょっと理不尽じゃないだろうか。いや、そりゃね。パンツとか見ちゃった僕も悪いけどさ。思わず本音を漏らした僕も悪かったけどさ。でも、せっかく天井に大穴を開けて助けに来たのにだよ? 身体強化の魔術がかかっていたとはいえ、落ちるのも結構痛かったんだよ? それだけ体張ったのに、お礼が鉄拳っていうのは……ねえ?


「あー、はいはい。悪かったわよ。でも空気読めないアンタも悪い」


 ぐちぐち言っていると、背中から投げやりな声が返ってくる。


「仕方ないだろ。パンツ見えてたんだから」

「それを口に出すのが空気読めてないって言ってんの!」


 ぽかりと、後ろ頭を叩かれる。


 足を怪我していて歩けないリナリアを、僕はおんぶしていた。幸い、未だにカティアがかけてくれた魔術は効果を発揮してくれているので、リナリアがずいぶんと軽い。さすがに、リナリアをおぶって天井までジャンプとかはできないので、カティアは外に助けを呼びに行っている。じきに人数が集まって、通路の瓦礫をどけてくれるだろう。それを見越して、僕たちは埋まってしまったという通路に向けて歩いていた。


「まったく……そんなのだから彼女のひとりもできないんでしょ」

「む。それは独り身のリナリアには言われたくないね」

「アンタは、で、き、な、い。私は、つ、く、ら、な、い。違いがお分かり?」

「見栄っ張りかどうかかな」

「魅力の違いに決まってるでしょ」


 そんな、取り止めもない会話をする。それだけのことが、今はとても貴重なものに思えた。


 ぽんぽんと言葉を交わしていくが、やがてリナリアが疲れらしい。はあっと大きく息を吐くと、ぽすりと僕の背中に体重を預けた。リナリアの細い腕が僕の首に回される。背中に当たる、柔らかな感触があった。


「当たってる」

「……なにが」

「胸」

「―――っ! あ、アンタって人間は本当に……! 仕方ないでしょ、大きいんだから!」


 耳元でリナリアが叫んだ。僕は言葉を返す。


「……ほう。そんなに自信がお有りですか」

「うっ」

「自分の胸に、そんなに自信が有ると仰いますか」

「……その、平均以上は……いや、平均……くらい……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ごめんなさい。嘘つきました」

「よろしい」


 嘘は良くないよね。嘘は。背伸びってのも大事だけど、現実は見ないとね。それに、胸は大きさじゃないのだ。形だ、艶だ、張りだ。ただの巨乳よりは美乳を推奨したい。……なに言ってるんだ、僕。


 しばらく、沈黙が僕とリナリアを包んだ。


 何故か、もぞもぞと居心地悪げにしていたリナリアが、ぽつりと呟くように訊いてくる。


「……重くない?」

「重い」

「むかっ。アンタねえ、こういう時は嘘でも重くないって答えるものでしょうが」

「そういう遠慮、いらないだろ?」


 この体勢だと、お互いの顔は見えない。だから、ちょっとだけ素直に、僕は言葉を紡ぐことができた。


「僕は、リナリアに言いたいことは言うよ。まあ、本気で怒らせない範囲でだけどさ。言いたいこと言って、相談したいことは相談して、話したいこと話して。そういう気の置けない関係がさ、僕たちには調度いいよ、多分ね」


 リナリアからの返事はない。あ、やべっと思わなくもなかったけれど、どうせなので最後まで言っておくことにした。


「だから、リナリアも遠慮しないでくれると、僕としては楽で嬉しい。言いたいことは言って欲しいし、たまには話くらいしたいし。まあ、嫌ならいいですよ? もちろん。振られたと思って諦めます。で、どうよ?」


 沈黙。


 あー、ダメか? なにかミスった? フラグ立てられてなかった? さすがにパンツ見えてるとかは不味かったか?

 嫌な汗を流しながら待っていると、リナリアがぽつりと呟く。


「じゃあ、私も言いたいこと、言うから」

「う、うむ」


 なんだろうか、この妙な緊張感。なに? 死ねばいいのにとか言われないよね?


 けれどそんな心配は杞憂で、リナリアの声はしおらしげだった。


「ごめんなさい」

「……はい?」


 全く予想していなかった言葉だったので、思わず聞き返してしまう。


「一年前の。私のせいで怪我、したでしょ?」

「ああ、まあ、軽いやつをね」


 言葉に思い当たって、僕はへらへらとふざけた調子で答えた。けれど、リナリアの声は真剣だった。


「嘘。下手したら死んでたって聞いたわよ。それに、背中に大きい傷跡が残ったって」

「聞いたって、誰に?」

「レムレース先生」


 あの医者……誰にも話すなって言っておいただろうが……。

 回想の中ですら高笑いしている白衣の男に悪態をつく。どうも誤魔化しはできないようなので、僕は正直になることにした。 


「まあ、ね。といっても背中だし、そんなに大したものじゃないよ。それに僕、これでも男だし。傷も勲章だね」


 すると、背中でくすりと笑う声。


「そうよね。アンタも、男の子だもんね」

「……なんか含みのある台詞だな、それ」

「べっつにー」


 くすくすと、リナリアが笑う。なんだよ、もう。

 ぶつぶつと言いながら、歩く。背中にはリナリアの重みがあって、命の温もりがあった。それが、ちょっとだけ心地いい。守ることができた。それが、嬉しかった。


 やがてリナリアの笑い声も収まる。


「あのね」

「うん」

「薬、買うから」

「薬?」


 なんだろう。アレか。馬鹿なアンタはこれでも付けてなさいとかいう感じなのだろうか。いや、馬鹿につける薬はないというのは古今東西どこも一緒のはずだ。


「怪我を傷跡ごと治しちゃう、すごいやつ」

「へえ。そりゃすごい―――けど、高いんじゃないの?」


 聞くと、リナリアが僕の首に回した腕で、ぎゅっと首を絞めてくる。


「もちろん高いわよ。この1年、どれだけ私がひもじい思いをしたか……」

「わかった。わかったから首を絞めるな」


 ぎりぎりと圧迫されていた腕から力が抜ける。今度はそっと。抱き締めるようにされて、耳元からリナリアの声。


「その薬を持って、アンタの店に行くからさ」

「うん」

「いろいろと、話したりしてもいい?」


 好かれてはいないものだと思っていた。だけど、それは僕の勘違いだったようだ。距離があると感じていたのは、リナリアが自分に負い目を感じていたからだった。そっか。僕に怪我をさせたことを、気にしてたのか。

 そんなことで―――なんて、言うことはできない。


 それに、ちょっとだけ僕は嬉しかった。僕の怪我を気にしていてくれたことも、薬を買うためにお金を貯めていたっていうことも、その気持ちが、嬉しかった。まあ、1年も僕をほったらかしなのはどうよ? とは、思わないでもなかったけどさ。

 でも、これで元通りだろう。いつものように、また話せるだろう。そこにじーさんはいないけれど、昔あったものが、返ってくるのだ。


「美味しいコーヒーを用意して、待ってるよ」


 リナリアが、僕の肩の上でこくんと頷いた。それから、ちょっとだけ迷って、ぶっきらぼうに言う。


「ありがとう」


 いろんな意味のこもった、暖かいありがとうだった。昔も、今も、僕とリナリアの全部をつなげる、ありがとうだ。ようやく、元の形に戻れた気がした。距離も壁もない、遠慮のない関係だ。


「めでたしめでたし、かな」

「なに?」


 僕の呟きに、リナリアが聞き返す。


「いいや、なんでもないよ」

「……まあ、いいけど」


 そんな言葉のひとつひとつが、僕には輝いて見えた。背中の重みが、なんだか嬉しかった。本当に、なんでもないことだったけど。そんな、ちっぽけなひとつひとつの積み重ねを、きっと幸せとでも呼ぶんだろう。クサい台詞だが、たまにはこんなのもいい。


 そんなある日の、午後の話である。


















――――――
<作者の呟き>

 終わった! リナリア編が終わった!

 結局4話構成で、起承転結みたいな形になりました。主人公とゴルボルドで戦わせようかと思ったけど、面倒だったのでただのノックアウトに。後々で起き上がってきたらガンアクションに移行ですが、まあ放っておきましょう。埋まってるし。

 とりあえず今後のシリアス系話の伏線を張っときましたが、回収する予定はないという。

 次話からは、またまったり話が続きます。たぶん10話くらい。ぼちぼち続きます。

 やっぱあれですね、小説って難しい。プロットの重要性がよく分かったリナリア編でした。おしまい。


▽ノルトリ「感想、レス……」

>週間じゃなくて月間とかで焦らされたりしてもいいぜ
 むしろその周期で投稿する方が面倒な件について。

>ヴィヴァーチェは擬人化できるインテリジェントデバイスですね?わかります。
 そして魔砲少女がやってくるんですね、わかります。

>そういや、マスターアルベルさんからレベル1を中心に探索している冒険者の知り合いがいたら、注意するようにって言われてなかったっけ、忘れてたのか?
 もう死んだと思ってました。

>腹巻きに仕込んだジャンプを見せるフラグ
 ろくでなしBLUESしか思い浮かばない。

>本当に一まとめついたらキノの旅みたいに短編連作として応募してみたらどうでしょうか?
 応募するほど面白い作品だとは思っていないという。
 お母さんの料理は美味しいけど、お金を払えって言われたら微妙でしょう? そんな感じ。

>>「助けなさい!」
>命令形!?助けてとか助けて下さいじゃねえの!!?
 本人がいっぱいいっぱいな感じで、あと「(リナリアを)助けなさい」だから、まあいいかなあと思ったんですが、気になる方もいらっしゃるようで。訂正しときますね。

>ソフトハウスキャラでキリ番を踏んだのは、あなたでしょうか?
 まったく心当たりがないんですが。
 はっ!? まさかドッペルゲ(ry

>そうか、これは主人公がゴルボルドを餌付けして店で働かせるためのフラグだったんだ!!
 な、なんだ(ry

>爺さんの配役ショーン・コネリーでアラン・クォーターメイン(映画リーグ・オブ・レジェンドの)の姿が脳裏に浮かんだwww
 まさにその通り。作者の頭の中ではまんまです。じーさんの名前もアランだしね!


 ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。暇つぶしにでもなったのであれば幸いです。




[6858] わんこの宅急便
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/30 22:38


「自由に動けるって素晴らしい……」


 今日のお品書きを書いた黒板を店先に展開しながら、僕はそんな当たり前のことを深く実感していた。なにしろこの一週間、あまりの筋肉痛にほとんど動けなかったのだ。寝返りをするにもいちいち痛みと戦わなければならないあの辛さは、筆舌に尽くしがたい。

 それでも、ただの筋肉痛ならまだ良かった。本当に恐ろしいのは治りかけだ。魔術疲労による、あの如何ともし難い鈍い痛みと痺れである。正座をして痺れた足を動かすような、言葉にできない「うあ゛ぁァぁ」感は、もう拷問に等しかった。


 今までの鬱憤を晴らすように、高く広がる空へ向けて大きく腕を伸ばす。空はようやく白から青に色を変えつつあった。清々しい朝の始まりといったところだろうか。


 痛みはまだ残っているものの、気にしなければどうということはないレベルだ。


 早朝の澄んだ空気を吸い込みながら、軽く屈伸。ほぼ寝たきりだったので、体中がなまっている。ぱきぽきと関節の鳴る音を聞きながら、僕は大きく息を吐いた。ため息というか、安堵の息である。


「よかった……本当によかった。これで、僕は自由だ……」


 ほろりと涙がこぼれそうだった。


 年中無休に等しい我が喫茶店がいきなり一週間も休んだせいか、何かあったと思ったらしい常連客の方々が、心配して見舞いに来てくれた。これだけなら良い話なのだが、忘れちゃならないのは人間性。客の4割はベッドから動けない僕を見物しに来た野次馬根性過多な人間だし、3割は僕をからかいに来た性根捻じ曲がったダメな大人だし、2割は寝込みを襲いに来た阿呆どもだ。やってらんない。本当に心配してくれた人が1割って、これどうよ。ユイなんて、筋肉痛なの分かってて僕の上に座るわ、痛がる僕を見てにやにや笑うわ、「女かどうかも怪しいほどのつるぺったんで悪かったわね」とか、根に持ってやがるわ。思わず普段の自分の言動を反省しそうになったぞ。


 やれやれと肩を回していると、男女の4人組が通り過ぎていった。男2人、女2人。学院の黒い制服だから、ハイクラスだ。各々が剣とか杖とか持っているから、<迷宮>にでも行くのだろう。早朝からご苦労なことである。あれがダブルデートとかだったら呪うことにするけど。

 4人とすれ違うように、大きな籠をもったおばさんが歩いていく。同じように、市場に買出しに行く人や、酒場から宿に戻る人などが、ひとりまたひとりと姿を見せ始めた。


 この街の朝は早い。というより、この街の人の朝が早い。空が白み始めた頃には市場がもう開かれているし、ああして<迷宮>に行く人もいるし、学院に向かう人もいる。

 あっちの世界とこっちの世界の違いはなんだと聞かれれば、僕は「活気」と答えるだろう。もちろん、目に見えるほどの明確な違いはない。ただ、根底からして何かが違うのは分かる。例えば、生命力とかやる気とかハングリー精神とか。現代人にはちょっと足りない成分が、この世界の人たちには満ち満ちているように思えた。


 この通りでも、すでにいくつもの店から白い湯気が上がっているのが見える。食堂に宿屋に出店に。夜通し光を灯していた酒場は、ようやく店仕舞いをする頃だろうか。


 その場にしゃがんで、ぼーっと景色を眺める。


 見慣れてしまった世界。見慣れてしまった光景。それでも、こうして改めて見つめなおすと、何気ない違和感が首をもたげる。


 見慣れない世界。見慣れない光景。ここは違う世界で、ここにいる僕こそが違和感なような気もする。なんでここにいるんだろうと、そんなことを考える。答えはどこにもないのだろうし、誰も教えてはくれない。だからこそ大きな意味を持つようにも思えるし、何の意味もないようにも思える。結局、適当なところで割り切るしかない問題なんだろう。


 エンジンが温まるように、だんだんと街に活気が満ちていくのを感じる。

 僕はなにをするでもなく、その場にしゃがんで通りを眺める。行く場所、戻る場所。通り過ぎる人にだって、それくらいはあるだろう。こうして留まっているのは僕くらいだろうか。


 なんだかなあ。

 ホームシックっていうやつなのかなあ。

 家とか家族とか、欲しいのかなあ。


 もやもやとしたものが心の中にあって、その中にはたぶん、僕の欲しい答えもあるはずだった。だけど、あると分かっていたとしても、それを見つけることは難しい。自分で自分が分からない。ああ青春の若き日よ、なんてね。


「若人よ悩め、か。ゴル爺さんも面倒なことを言うよなあ」


 悩むというのは、存外に疲れるわけで。異世界だとか、家族だとか、望郷だとか。本当、悩むと疲れることばっかりである。人生にも疲れてきそうだ。


 意味もなく憂鬱に浸っていると、中心区に繋がる方からすごい勢いで走ってくる人影を見つけて、僕は立ち上がった。


 意味もなく憂鬱にはなったけれど、意味もなく店の前にいたわけではない。


 店の食材が切れたので、補充しなければならない。それが届くのを待っていたのだ。普段はその都度、足りない物を買ってくるのだけど、一週間も経つとさすがに量が量だった。とてもじゃないがひとりでは持ちきれない。というわけで、この世界の宅急便こと「お届け屋さん」にお願いしていたのだ。時間通りである。


 砂煙でも巻き上げそうな速度で走っていた人影はみるみるうちに大きくなり、姿が判別できるようになったかと思えば、すぐに目の前に到着。恐ろしい足の速さだった。


「おっはようございますっ!」


 ざざざーっと足でブレーキをかけながら、眩い笑顔と晴れた空みたいな声が通り過ぎていった。ちょっとばかし速すぎたようで、予定地には止まれなかったらしい。


「わっ、たっ、とっ!」


 たたらを踏んで、てへへと頭を掻きながら戻ってくる。


 男子高校生の平均身長よりも小柄な僕の、肩ほどの背。半そでのぶかぶかなシャツに、大きな茶色のハーフパンツと頑丈そうなブーツ。肩の上であっちこっちに跳ねる橙色の髪。頭には大きな犬耳。そして後ろで揺れる尻尾。肩に提げているのは大きなバッグだ。「最速のお届け屋さん」の異名を持つ元気っ子である。


「ちょっと通り過ぎちゃいました。あらためて、おはようございます!」

「おはようシルル。いつも通り晴れてるなあ」

「あ、はい。今日も良い天気ですねっ!」


 いや、天気じゃなくて君がね。こう、晴れ娘みたいな感じ。いや、わざわざ口には出さないけど。時々、僕には君が眩しく見えるよ。純粋すぎて眩しい。思わず溶けそうになる。僕も汚れちゃったなあ。


 遠く空を見つめる僕の前で、シルルが大きなバッグをどさりと地面に置く。


「ちゃんとお届けに来ましたよーっ! コウベンさんとルルさんと、ガランさんにシャーネさん。それとフロー……フロー……フロークバルさん?」

「フロースガルさんね」

「あ、そうでした。フロースバルさんでしたっ!」


 ……2度目の訂正はしない。もう、あれだ。覚えられない人には覚えられないらしいのだ。この人の名前。本人も諦め気味らしいし。「もういいんだ。もういいんだよ」と言って、へへっと笑ったフロースガルさんの背中は、どこか寂しげだった。切なすぎる。


「えっと、どこに出しましょうか?」

「あ、店の中にお願い。僕ひとりじゃ運べないし」

「わかりましたー」


 シルルを連れて店の中に入り、カウンターの奥まで進んでいく。8畳くらいの部屋は、まるまる倉庫みたいなものだ。棚には予備の食器や保存食なんかが仕舞われ、部屋の隅には大型の冷蔵庫なんかもある。場所の開けた中央辺りで立ち止まる。


「んじゃ、ここらへんで。順番とか置く場所は適当でいいから」

「はい!」


 新入生の見本にしたくなるくらいに元気の良い返事だった。若いっていいなあとしんみりする僕はさておき、床に置いたバッグに、シルルが両手を入れる。


「んしょっ」


 という可愛らしい掛け声でバッグから出てきたのは、一抱えもある箱だった。もちろん、バッグに入るはずがないし、出せるはずがない大きさである。


「これはコウベンさんからでー」


 どしん、と重たげな音を立てて、箱が置かれる。


 シルルはまたバッグの中に手を突っ込み、今度は細長い包みを出していく。あ、こういうのテレビのマジックで見たことある~という反応は、ずいぶん前に僕がやった。


「こっちはルルさんでー」


 尻尾をふりふりと揺らしながら、シルルは次々とバッグから荷物を取り出していった。青だぬきロボットの四次元ポケットを彷彿とさせるバッグである。というのか、あのバッグは本当に中の空間が歪んでいるらしく、バッグの中は小部屋ほどの容量をもっているらしいのだ。すごい便利なので僕も是非欲しいのだが、これがべらぼうに高い。このバッグで、たぶん新車が2台買える。ベンツとかも買えるかもしれない。……いや、このバッグを向こうの世界に持っていったら、それこそジェット機とか買えるかもしれないけどさ。魔術とかいう不可思議パワーで作られてるし。あれひとつあれば棚とか全部いらないんだけどなあ。


 夢は広がるが、ひとつ持つのにもいろいろと制約と検査とお金と手間と。面倒なことは多いので、たぶん一生縁のないアイテムだろう。


 ちなみに、シルルは「お届け屋さん」の3代目で、おじいさんの代からずっとあのバッグが引き継がれているそうだ。シルルのおじいさんことバシルさん曰く、あのバッグはシルルの嫁入り道具になるそうな。


 ぽんぽんとバッグから荷物を出していたシルルが、上半身をまるごとバッグの中につっこむ。「ふにゅー!」と気の抜ける掛け声で取り出したのは、一抱えもある茶色の袋だ。中身がずっしりと詰まったそれの中身は米である。

 これは店に出すためではなく、僕個人で食べるためのものだ。やはり僕も生粋の日本人。どうしても米が食べたくなる。贅沢を言えば味噌とか醤油も欲しいところだけど、残念ながら未だ見つけていない。死ぬまでにせめてもう一度、とは思っているのだけど。


 ずしっと袋を下ろしたシルルは、犬耳をぴくぴくと動かして、自慢げに笑みを浮かべる。


「これはフロンガルさんからです!」


 フロースガルね。しかし声には出さず、僕はにこにこと笑みを浮かべた。


「ご苦労様。ありがとね」


 小さな頭をぐしぐしと撫でてやると、シルルは目を細めてふにゃんとなる。後ろでは尻尾がぶんぶんと勢いよく振られていて、まさに犬っ子。シルルは撫でられるのが気持ちいいらしいが、撫でる方も気持ちいいのが素晴らしい。犬耳のこりこり感なんかは、ほんともう、至福。一日中ぐりぐりしたくなるくらいである。


「ふにぅー……」

「はふぅー……」


 ふたりしてぽやーんとしていたが、はっと冷静になる。危ない危ない。思わず意識を飛ばしかけてた。

 中毒性があるので、これはほどほどにしておかねばならない行為なのである。でなければ、獣耳を見るとついつい撫でたくなってしまう症候群が発症してしまう。これは非常に恐ろしい病なのだ。主に僕の世間体的な意味で。


 名残惜しさを感じながらも、シルルの頭から手を離す。


 続きを催促するように、シルルの耳がぴくぴくと動く。あ、触りたい。すげえ癒されそう。しかし、触ってはだめなのだ。思わず動きそうになる右手を左手で制す。


 シルルも目を開けて、ねだるように僕を見上げるが、この視線にも負けてはいけない。動きそうになる右手に左手で爪を立てる。っく……静まれ右手よ。これじゃただの邪気眼症候群じゃないか。

 必死に右手を抑えているとやがてシルルも諦めたようで、犬耳のぴくぴくも右手の疼きも止まる。これでとりあえずはひと安心だ。シルルの物欲しげな瞳はそのままだが、僕も辛いんだ。わかってくれ。


 両者の意見は合致。だけど、それを行うことはできない。悲しいけどこれ、中毒性があるのよね。四六時中頭撫でてるわけにもいかないし。

 互いの思いを確かめ合った僕たちは、静かに頷きあう。また今度。また今度である。


 ふたりで倉庫から出たところで、シルルがなにかを思い出したように手を打ち鳴らした。


「ユウさんユウさん、聞きましたよ。ゴルボルドを生き埋めにしたんですよね? あと、女の子をふたり助けて、おかげでふたりともユウさんにベタ惚れになって、ユウさんは計画通り……! って高笑いしたとか」

「ちょっと待って。いろいろ待って」


 おかしいぞ。後半おかしいぞ。情報操作の跡が垣間見れるぞ。


 あれれー? と目頭を摘みながら、僕は搾り出すようにシルルに訊く。


「その情報源……まさかというか多分というか絶対そうだろうけど―――シェーナ?」

「はい!」


 ああ、元気のいい返事がちょっとだけ憎い。またかあのクソ情報屋。僕のことに関してだけあることないこと混ぜやがって。嫌がらせか。悪意しかないのか。お前は現代の腐ったマスコミか。

 シェーナについてはまあ、後々語ろう。そのうちに報復の機会がくるだろうし。基本、やられたことは3倍返しが僕の信条であるからして、そろそろあいつにも分別という言葉を分からせてやらねばなるまい。


 思わず腹の底から笑いがもれる。


 隣でシルルの耳と尻尾がびくぅっと緊張したみたいだが、なにか心配事でもあるのだろうか。なんかこう、飼い主に従順な小型犬の姿がシルルと被る気もするのだが、たぶん気のせいだろう。


 ああ、そうだ。まずはシルルの誤解を解いておかないと。


 ごくごく普通の声で、シルルに話しかける。


「シルル」

「は、はひぃ!」


 ? なんでそこまで緊張しているんだろう。いや、まあいいか。


「それ、誤解なんだ。事故だよ事故。床がたまたま脆くなっててさ。魔術式付与<エンチャント>された対魔物用の銃弾のおかげでたまたま、たまたま床が抜けただけなんだ。銃のお陰なんだ。むしろこう、事故なんだ。不慮の事故なんだ。あと、2人の将来有望な女の子の未来は僕には重過ぎるから。もっと良い男でも捕まえるだろうから。全部、誤解だから」


 わかった? と顔を向ければ、シルルの「またまたあ」みたいな顔。

 思わず、「あはは」と笑ってしまう。右手が勝手に動き、シルルの小さな頭を掴み、みしっと。


「きゃんっ!? いた、いたたたた!? ユウさんそれちょっと本気過ぎです! みしみしって悲鳴あげてます! くぅん!?」

「僕、物分かりのいい子の方が、好きなんだよね」

「はい! シルルはたった今からすごく物分かりのいい子になりました! ユウさんの言葉は絶対ですっ! わんっ!」


 最後のひと鳴きはなんなのだろう。了承の証?

 とりあえずは洗脳できたようなので、右手から力を抜く。格好と雰囲気だけだったのでそこまで痛くはなかっただろうけど、気遣う感じで頭を撫で撫で。耳をこりこり。


「にゅふん……」


 途端、シルルの目がとろんと蕩ける。これで完璧だ。自称・情報屋(笑)のシェーナではなく、僕の言葉を信じるはずである。


 くくく……計画通りっ! ―――おっと、つい本音が。まずいまずい。




 そうして、僕は冷静にシルルを洗脳して説得して、次のお届け先へと走っていくシルルを見送った。


 ユイといいシェーナといい、本当に僕の周りには変な人間が集まってしまう。本当、なんでだろうか。僕のようなストレスに弱いか細い神経では、正直そんな連中とは付き合いきれない。困ったものである。そんな中、シルルのような純真な子は素晴らしい清涼剤だった。いつまでもあの心を持っていて欲しいものだ。うん。


「さて、と。材料も揃ったし、そろそろ仕事でもするかなあ」


 シェーナの情報を、誇張ありと知っていながら持ちかける性根捻じ曲がった常連客の顔を浮かべると、ちょっとばかし嫌になるけどさ。


 それでもまあ、喫茶ハルシオン。

 今日も開店でございます。















――――――
<作者の終わりのクロニクル>

 日常パートは10KB前後でお送りしていきませう。

 セブンスドラゴンに時間を割いていたので、更新はお久しぶりですね。あ、髪切った? うん、似合ってるよ。前のも良かったけど。

 そんな社交辞令はさておき。これからまた頻繁に更新すんの? という問いには、いいえと答えざるを得ない作者です。なぜなら終わりのクロニクルを全巻買いました。今から読みます。各巻の厚さが異常。最終巻の厚さはもう意味不明。皆さんも、書店に赴いた折には探してみてください。たぶん笑います。笑うしかない。

 そんなわけで、気が向いた時にでもまったり更新するまったり喫茶店話です。まったり行きましょう。まったり生きましょう。まったりまったり。

 そろそろおっさんでも出すか。


▽ノルトリ「まったりと……お返事、こーなぁー……」

>週間じゃなくて月間とかで焦らされたりしてもいいぜ
 焦らしてあげたけど今どんな気分? ねえどんな気分?

>ヴィヴァーチェは擬人化できるインテリジェントデバイスですね?わかります。
 最近見なくなった中二病展開ですね、わかります。でもこれって男のロマンだと思うんだ。

>ヒロインは無表情クーデレだと信じてたのに・・・!!!
 昨今のライトノベル系の小説ってさ、複数ヒロインが常識らしいね。いや、よく知らないけど。

>作者はノルトリを一番気に入っていると思う。
 あながち間違いでもない。

>・・・・・・・・・・・あ、そういやあ、次回は勿論ロリ担当の回ですよね?
 言われたから書いた。反省はしている。

>マスター、とりあえずオムライスとスパゲッティとクーデレエルフとカレーとチャーハンとドリアとハンバーグとヨウジョとシチューとオニギリとマンガニクとラーメンとゴモクソバとオビエタネコミミムスメとフルーツポンチとステーキとカスズケとマグロとアンコウナベとロリロリキカイムスメとトリノカラアゲとターメリックライスとヤキニクとキムチとインランメイドとカマボコとタマゴサンドとツナサンドとポテトチップスとホウレンソウノソテーとツンデレドラゴンムスメとグラタンとパスタとパニーニとフランスパンとメロンパンとアンパンとトンカツとコウウンナドジムスメとクサヤとサータアンダーギーと、あとは……ユウチャンをそれぞれ一つずつ。
 さり気ない芸の細かさに座布団一枚。

>おっとり系お姉さんがいないっっっ!
 リアさんが……いやなんでもない。

>この「実は強い」とか「能力が」的な展開に小説家になろう臭がするよ……
>正直戦闘能力なんていらないと思った。
 作者が楽しめればそれでいい件。別にあれだよ、お金とか貰ってない以上、小説とか自己満足だしね。

>処で素朴な疑問を三つ、打ち抜いた床の素材は土?石?深度は?魔方陣は存在するの?
 床の素材は? →異世界の石。ほんのり甘い。
 深度は? →あなたの心の中に。
 魔法陣は? →あるに決まってるよ! ロマンだもん!

>ここまでの流れに危惧を抱いていましたが、最新話を読んでがっかりしました。
>特殊能力持ちのオリ主には食傷気味でして……。
 だからなんぞーと言わざるを得ない。
 いっそのこと自分で書くと幸せになれると思うよ! 2年で素人からプロになっちゃうような人もいるし。自分で自分好みの小説を書いてみようよ!

>そう言えば、結局真ヒロインはゴルじいさんなんですか?今回を見る限りリナリアに見えるんですが?
 趣味趣向は人それぞれと祖母が申しておりました。

>マスターは絶対に筋肉痛に後悔しそうな気がするww
 その副産物に後悔しました。主に常連客的なあれで。

>一つ気付いたのですが主人公がこの世界に来たのが二年前で、ゴル爺曰わく前に天恵が出たのも二年前なんですよね?
 おお! 不思議な類似! 作者も気付かなかった!
 というわけで、別段関係はない出来事です、それ。

>ファンタジーと言えばビキニアーマーでしょv(◎∠◎)/
 あれはもはや防具の意味がないという。ロマンだけど。

>所でマスター?
>あちらにいる少女の写真を撮ってもいいかな?
>大丈夫、変な事は考えてないよ。
>                  ハァハァ…
 ノルトリ「……死ねばいいのに」

>ゴルボルドの素晴らしいヤムチャっぷりが輝いてました
 後々は主人公が素晴らしいヤムチャに……いや、やめておこう。

>カティアになんて説明するのかとかぜひ何らかのからみをお願いします。
 なあなあで誤魔化したまんまなので、そのうち出てくるかもしれないけど出てこないかもしれない。
 基本的にこの小説、キャラは一度っきりなのよね。



 ご感想共々、ここまでお読みいただきありがとうございました。

 作者の趣味で書きつつも、読者の方が少しでも楽しんで頂けたのなら一石二鳥。こりゃダメだと思った方々は、今回はご縁がなかったということで。まったりお疲れ様でした。


 最後に。

 まロいことは良いことだ。





[6858] 常識的に考えて非常識
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:03



「ぼくは……そろそろ、限界かもしれません」


 久しぶりに開いた店内に、久しぶりのお客さんたちの顔がある。といっても、お客さんもこの店もマイペースなものだから、いつもより来店客が多いというわけでもない。


 来たいときに来る。

 過ごしたいように過ごす

 それがこの店での常識である。

 ごく一部の人間は世間からだいぶズレた常識を持っているので油断はならないけれど、基本的にまったりとした平和な毎日が過ぎている場所なのだ。


 久しぶりにコップを磨いていた僕は、ずっと前に聞いたことがあるのと同じような呟きを耳にした。目を向ければ、人生に疲れ果てたという顔までそっくりである。


「そんな、会社の歯車になるのが嫌だと脱サラしてラーメン屋を立ち上げたものの見事に失敗して、ついに奥さんに逃げられたあげく保証人になっていた親友が行方をくらませて借金抱えちゃった人みたいな顔してどうしたの?」

「……相変わらず、あなたはよく意味の分からない言葉と言い回しをしますね」


 僕の的確な表現に、ウェットは苦笑する。


 深緑色の髪に、長く伸びた耳。横長の銀縁眼鏡。イケメン。アーリアル学院の生徒会副会長。主な特徴はこんなところだろうか。彼はそう、ファンタジーといえば、という連想で間違いなく出てくるほどに有名な存在、エルフなのである。


 エルフといえば金髪巨乳! これは譲れまい!

 高校に入学して知り合った友人が、そんなことを熱く語っていた。彼はオタクと呼ばれる種族に分類される人間だったのだけど、オタク族ではそんな言い伝えでもあるのだろうか。僕としては金髪巨乳じゃなくて、金髪巨乳美(少)女だろうがと意見を呈したいのだけど。

 ほんとはなあ。そんな人と出会いたかったんだけどなあ。

 ちょっとだけ残念な気がする。男として。

 イケメンよりは美少女だよなあ。


「ぼくの顔になにか付いていますか?」


 思わずじっと見つめてしまっていた。首を傾げる動作に髪がさらりと流れ、店の隅からきゃあきゃあと控えめな黄色い声があがる。美形エルフ(男)は同性からすれば残念なのだけど、女性からすればまた違う感想になるわけで。ウェットには密かなファンが存在するのである。以前、あまりにきゃあきゃあうるさかったので思わず叩き出してしまったのだけど……まあ、まだ許容範囲か。


 ちらりと声の発生源に一瞥をくれてから、ウェットとの会話に戻る。


 確かに「過ごしたいように過ごす」がこの店の常識ではあるが、「他者に迷惑をかけない」という人間的常識かつ規律が前提にあるのだ。それを破るというのであれば、これ即ち非常識。速やかにお引取り願う次第だ。


「ああ、うん。顔のせいで変なのはくっついてるかな」


 ぴーひゃらぴーひゃらうるさいのがね。僕の視線にべーっと舌を出す、あそこの女子生徒3人組とか。

 ふむと悩んでいたウェットだったが、諦めたように首を振る。


「やはり、あなたの言い回しは難しい」

「まあ、ね。遠回し控えめ、比喩表現大好きな国で育ったからさ」

「そういえばあなたの生まれは聞いたことがありませんでしたね。どちらなんですか? 黒髪黒瞳は、極西のジクという国に多い特徴と聞いた覚えがありますが」


 興味深げに聞いてくる。

 僕はあまり個人情報は話さないので、ウェットにしてみれば興味あることらしかった。正直に「いやあ、僕って異世界から来たんですよー。すごいっしょ?」と話してみてもいいのだけど、信じさせるのが面倒だし、話したところで世間話以上の意味はないだろう。可哀想な人と思われてもあれだし。


「あー、うん。たしか曾じーさんがそっちの出だったかな」


 適当に話すと、ウェットがふむふむと頷く。


「なるほど。やはりですか。確かジクは神世の遺跡が多く見つかった場所だと聞きます。きっとその名残の文化なのでしょうね」

「きっとそうなんだよ」


 神世という言葉の意味もわからないし、どんな文化の名残なのかも分からないが、とりあえず頷いておく。ああ、そうか、これがNOと言えない日本人の悪いところなのか。いやしかし、これは処世術というものさ。


 互いにうんうんと頷くこの光景。果たしていかがなものかとは思いつつ、他人と意見がかみ合うというのは素晴らしい。

 一通り満足して、僕はウェットに聞いた。


「それで? なにがどうなってもう限界かも、になったの?」

「ああ、それは思わず口から出てしまったというか……」


 眼鏡をくいっとあげながら、ウェットは苦笑する。なんだかなあ。苦笑まで様になるんだもんなあ。

 ああ、イケメンが憎い。

 しかしそんな感情は露とも見せず、僕はとても気の良い優しい喫茶店のマスターの皮を被っておく。これこそ処世術。本音を漏らさないのが日本人の素晴らしいところさ。


「前にも聞いた、生徒会の人たちの話?」


 ちくしょうイケメン。羨ましいなあっ。

 隠された本心には気付いた様子もなく、ウェットが首の後ろに手を当てる。


「……ええ、実は」

「確か、幼なじみに引っ張られて入っちゃったんだよね?」

「そうです。半ば無理やり……というか、選択肢さえありませんでしたから、あれはもう強制としか言えない気も……」

「でも、あれだよね。幼なじみって、かわいいんだよね?」

「え? ええっと。どちらかと言えば―――」

「かわいいんだよね?」

「……はい」


 おっと。思わず身を乗り出して問いただしてしまった。いやでもあれだよ。明らかにかわいい女の子に対して「どちらかといえば」とか、もうふざけてるのかと。あれか、エルフには美形ばっかりなせいか。かわいいの標準レベルがふざけた高度にあるのか。ちょっとエルフの女の子紹介してください。

 そもそも、幼なじみの子って人間だけどさ、すごいかわいい子だったじゃないか。こう……思いっきり他人を振り回す感じだったけど。僕としては、できれば距離を置いて付き合いたい人種の子だったけど。


 言いたいことは多々あれど、口にしないが花ってやつである。僕はしっかりと飲み込む。


「それで、その生徒会がどうしたわけ?」


 僕の問いかけに、ウェットが考え込んだ。話して良いかというより、どう話すべきかを悩んでいるようだった。


「あー……あなたのように婉曲的な表現を用いれば、とても壊れやすい蝶番のような状態なんです。今のぼく」


 さて困った。意味がわからない。が、推測はできるのでやってみよう。


 ふむと僕は顎に手をあて、傍目から見ても考えてますよーという姿勢を見せる。

 生徒会関係の話で、ウェットが限界という。もともとウェットは入りたくて入ったわけではない。幼なじみは台風みたいな子。そして壊れやすい蝶番。

 ……ああ、うん。ニュアンスは分かる気がする。


「要するに、扱き使われ過ぎてもう疲れたよパトラッシュ……なわけか」

「パトラッシュがどなたなのかは知りませんが、まあそんな感じですかね」


 ウェットが苦笑する。


「まあ、彼女が生徒会長という時点で大方の予想はついていたんですけどね。昔から、そんな役回りでしたし」

「あ、やっぱり昔からあんなのなんだ」

「あんなのなんです」


 それは苦労してるなあ。


「彼女ひとりならまだなんとかなったんですが、今年の生徒会には一癖も二癖もある人たちがいまして……これが本当に」

「たとえば?」


 ウェットがそこまで言うほどだから、実際には五癖も六癖もあるような人たちなんだろう、ウェットは表現まで控えめな人間だし。そんな彼にここまで言わしめる生徒会メンバーに興味を惹かれる。


 訊いた僕に「……は、はは」とちょっと危うげな笑いを見せて、ウェットが自分の手を見つめるように右手を開く。そして、まず親指を折った。


「まずは、ぼくの幼なじみこと生徒会長。これはまあ言うまでもありません。快楽主義者。楽しければそれでいい。楽しくなければ生きている意味がない。やるだけやったら満足。後片付けはよろしく。主観ではなく、客観的な表現でもこんな人です。もちろん、書類仕事も含めて業務には無関心です。認証印をもらうだけでも困難を極めます。面白くないという理由で」


 ……一応、トップだよね? 生徒会という自治組織の、最高権力者だよね? それ、人選間違えてないかなあ。

 苦笑する僕の前でウェットが、今度は人差し指を折る。


「書記。一役ですが、役者はふたりです」

「……どういう意味?」

「双子なんです、彼女たち」

「ああ、なるほど」


 それはまた、特徴のある。


「彼女たちはまあ、仕事はしてくれるのでいいのですが……空気が重くなるんです」


 空気が重くなる?


「仲でも悪いの?」


 いやでも双子だしなあ。まさかそんなねえ。そう思いつつ訊くと、ウェットは真剣な顔で頷いた。


「非常に悪いです。水と油、ロスルとジキル、コニャットとベルーパの如く。ぼくにもなぜ彼女達があそこまで反発するのかわからないんですが、本当に仲が悪い。顔を合わせるたびに言い争い、嫌味を言い合い、なじり合うんです。最終的には身体的特徴まで」

「それは……」


 僕の言いたいことを察したのか、ウェットが頷いて言葉を続ける。


「傍目から見れば、究極の自虐にしか見えません。鏡に向かって自分の悪口を言っているような、そんな感じです。他の4名は気にした風もないんですが……ぼくはつい止めに入ってしまって」

「巻き込まれるわけだ」

「……はい」


 お人よしだもんなあ、この人。ついでに真面目だし。その性格で貧乏くじを引くタイプだろう。悲しいことに。

 まるで僕のようなので、気持ちはよーく分かった。非常識人の中にいる常識人は、とても苦労するのだ。うんうん。


「そして会計」


 折るのは中指。


「会計というか、情報係というか、油というか、燃料というか。彼は学院内の情報を統括している存在なんです。学院内に張り巡らした独自の情報網から情報を集めて、それを元手にいろいろと騒ぎを起こしていたので、会長が面白そうの一言で引き入れたんですが……」

「それ、相乗するよね?」


 もう分かりきったことだった。

 燃料。なるほど確かに燃料だ。


 会長が立案し、会計が裏準備兼情報集め。あるいは会計がネタ提供、会長が即行動。

 ……これ、最悪の組み合わせじゃないだろうか。下手に権力持っているだけに厄介だし。


 ウェットは、ちょっと涙ぐんでいた。


「もう……片方だけでも厄介なのに、ふたつ混ぜたら本気でダメですよ。収拾がつきません」


 苦労……してるんだなあ。

 なんかもう、本当にウェットが哀れだった。


 そして、ウェットが震える薬指を折る。

 僕の感想はただひとつ。―――まだいるの?


「執行、と呼ばれる役職です」

「執行?」


 聞き慣れない言葉だ。生徒会に執行。なにをやるんだろう。

 首を傾げてみせれば、ウェットはふふ……と肩を落とした。


「学院では、度々『決闘』というものが起こります。生徒同士の喧嘩ですね。剣であれ魔術であれ学力であれ。何かしらの内容で、正式な手続きのもとに行われるものなんです。ですが、少々血の気の多い方々が手続きもなしに行ったり、危険な『決闘』を行ったりすることがありまして。そういった非正式な争いを物理的に制止する役です」


 それはまた、派手だなあ。

 風紀委員みたいな感じなんだろうか。漫画とかアニメだとそんなのありそうだけど。


「で、その人はどんな癖があるの?」


 直接的に「問題」とは言わない。たとえ分かりきったことであっても、控えめな表現にするのが日本人の美徳である。ここ異世界だけど。


「……戦うの大好き<バトルジャンキー>なんです」


 ……わあ。


「やり過ぎを止めるはずの人間がやり過ぎるんです」


 ……うっわあ。


「それを止めにきた教師さえ、ブッ飛ばすんです」


 ……もう、ダメかもしれないね。

 しばらく、ふたりで沈黙だった。


 すごいなあ。生徒会すごいなあ。この喫茶店もそうだけど、そういう人たちって一箇所に集まりたがる習性でもあるのかなあ。

 もうカウンターに崩れかけているウェットが、最後の気力を振り絞るように小指を折った。

 まだいるのか。


「最後は、交渉です」

「それは……どんな?」


 ごくりと、思わず僕も緊張感を纏いながら訊く。


「各サークル、教師、地域などと、催し物の際などに生じる交渉を一手に引き受けてくれています。場合によっては金銭も絡んでくるので、相手も真剣なんですが……彼は、交渉という言葉を広義に捉えて、あらゆる条件をクリアーしてくれます。これは非常に在り難いことです。在り難いことですが……ぼくはときどき、自分の良心の呵責に耐え切れそうになかったりします」


 忠実に問題を解決してくれるだけに、直接的な文句も言えないわけか。それはそれで厄介というか……。


「交渉を広義で捉えるって、どんな感じで?」

「相手によっては、情報を掌握している会計から弱みなりなんなりを仕入れて脅すとか、武力も言葉だといって執行を連れて行って肉体言語で会話をするとか……もう開き直って普通に騙すとか、そんな感じで」


 ……それは、本当に手段を選んでないな。


「彼は学院でこう呼ばれてもいます。言葉の魔術士、言い訳の天才、詐欺師、言葉の暴力……他多数。使える者はなんでも使って目的を達成するので、ある意味で、いちばん厄介な人間かもしれません」


 そこまで言って、ウェットは頭を抱えた。


 そこにウェットを入れて、7人。たった7人で、1000人近い学生が所属するアーリアル学院を率いているわけだ。あの学院のイベントが多く、しかも無駄に派手なのは彼らの力あってこそだったらしい。すごい。すごいけどなんかいろいろとツッコミたい。


「……苦労、してるんだね」


 労わるようにウェットの肩をぽんっと叩くと、ウェットはそのまま崩れ落ちた。うつ伏せたまま、カウンターに向かって叫ぶ。


「ぼくはっ、ぼくは普通の神経を持った一般人なんだあっ!」


 その叫びが、ちょっとだけ切なかった。いつの時代も、真面目な人は苦労してしまうのだ。僕のように。

 そんな人たちに住み良い世界になるといいね。


 うんうんと頷く僕である。






 φ





 愚痴を聞いていただいてありがとうございました。これでまたしばらくはがんばれそうです。


 あれから小一時間ほど話してから、ウェットは健気なセリフを残して去っていった。エルフ耳をぴしっと伸ばし、銀縁眼鏡をきらりと光らせて。戦場に旅立つ友を見送るように、僕はウェットの背中を見つめていた。

 そんな彼の背中を追うように、女子生徒三人が出て行く。結局あいつら、水しか飲んでない。ちっ。


 と、ウェットたちと入れ違いに、長い赤髪をなびかせながら、黒い制服を着た女生徒が入店する。リナリアだ。


「や、いらっしゃい」

「来てやったわよ。盛大にもてなしなさい」


 手を上げて言うと、リナリアが素敵な笑顔で返してくる。確かに遠慮するなとは言ったが、そこまでいくとただの我侭とか要求じゃないだろうか。

 しかし、相手の期待には応えたくなるのが僕という人間だ。方向性はどうあれ。


 カウンターに座るリナリアに、冷蔵庫から取り出したジュースを出す。向こうが透けて見える薄緑色。香りはふるーてぃーである。


「あら、美味しそう」


 特に返答もなくにこにこと笑っている僕を前に、リナリアがジュースに口を付ける。一口。


「……にがぁっ!?」

「うはは。野菜ジュースだ馬鹿め。とりあえず飲めないくらい苦くなるように作ったけど、健康にいいぞ。美容にもいいぞ」

「誰が飲むのよこんなの! もはや毒のレベルでしょうが!?」


 取り出したハンカチで口を覆いながら、リナリアが恨めしそうに睨む。


 口直しの水を出してやりながら、僕は答えた。


「主にウェット。というか、基本的にウェットしか飲まないし、ウェットしか飲めない」

「……味覚、大丈夫なの?」

「いや、あの人ってエルフだろ? 新鮮な野菜の味がたまらないらしいよ」

「……そういうもの?」

「たぶん」


 ごめん、断言はできない。

 前にエルフのリュシー婆さんに出したら、ちょっと昇天しかかってたし。いやあ、あの時は焦った。


 疑わしそうに僕を見るリナリアの視線を受け流しつつ、僕はリナリアに訊いてみることにした。リナリアとの話題にはちょうど良いし。


「そういえば、学院の生徒会ってすごいんだって?」

「生徒会? まあ、うん。あれはすごいわね。私にはすごいとしか言えないわ。できればお近づきになりたくないという意味で」

「話を聞く限りでは、僕も同意見」


 言うと、リナリアが首を傾げる。長い髪がさらりと流れて、柑橘系の香りがふわりと広がった。


「聞いたって、誰に? そんな知り合いでもいるの?」

「さっき店から出てったの見なかった? ウェットだよ。生徒会副会長。生徒会唯一の良心。生徒会一の苦労人」


 僕が言うと、リナリアがぽかんと僕を見つめた。

 あまりに真正面から見つめられたので、思わず口を開いてしまう。なんかこう、じっと見られると気恥ずかしい。


「僕があまりに良い男だからってそんなに見つめるなよ」

「とりあえず鏡見てからモノ言いなさい。それはともかく、なにアンタ、副会長とそんなに親しいの? というか、生徒会唯一の良心?」

「前半は聞き流すとして……その副会長とはそこそこ親しいけど、なにか? その様子だと、僕とリナリアの間で見解の相違があるみたいだけど」


 訊くと、リナリアは呆れた表情で、僕に言った。


「実質、あの人が生徒会を仕切ってるのよ? 学院内でも随一の特徴ある生徒―――言い切っちゃえば問題児を集めた、『魔窟』とか呼ばれてる生徒会を、支配しているわけ。ついでに言っておくと、副会長についても逸話は数多く。良い人だから逆に始末に終えないというのが、一般生徒の共通認識。というか、非常識人と仲良く溶け込んでる人を常識人と呼べると思う?」


 ……。


「ウェット……残念だけど、君もまた非常識な人だったみたいだ。非常識な、苦労人だ」


 僕は大きく嘆息した。

 やれやれ、せっかく苦労する常識人の仲間を見つけたと思ったのに。


 首を振って、僕は言う。


「結局、常識人は僕だけみたいだな」

「いや、アンタも非常識な方だから。自覚しなさい。お願いだから」


 非常識との戦いで過ぎてゆく。そんな僕の毎日である。















――――――
<さくしゃの>

 終わりのクロニクル。読んでも読んでも終わりません。
 そして佐山のキャラが素晴らしい。あそこまでぶっ飛んだらもう尊敬しかできないよ!

 そろそろおじさんと言いつつ、予定変更でエルフの眼鏡っ子が登場でした。期待を裏切るこの流れ。

 今度は真・主人公が登場かなあ。


▽MGはまロいグレードの略だそうです。

>わんとかにゃーってもっといってほしい。
 あんまりやると多分あざとくなると思うにゃん。

>犬耳中毒~バッグの中に人間は入れるんかな?
 基本的にできないように作られています。が、遺体とかは入れられる。普通は重罪ですけど。そういうのを感知する術式も組み込まれているので、遺体消失トリックとかには使えないはず。

>終わクロは全部読むのに時間がかかりますねぇ
 まだ3巻の中ですねぇ。

>私は2年でプロになっちゃった人が大好きです。
>でもなっちゃったが故に……指摘っ!
 ねがぁ。
 個人的にはヴィスコさんがすごく好きだったのだけど。というか、あの人の書く世界観が好きだったわん。

>マスターが料理とかに使うものって市場に普通に出回ってるんでしょうか
 出回ってないものを仕入れてくれる人がいたりいなかったり。そのうち出てくるやもしれません。

>PS:欝姫にノルトリって名付けたのは俺だけでは無いはず
 イメージはそのままなのよね。作者はもちろんノルトリと名付けましたが何か?

>シルルの犬種が気になるところですなぁ。
 子犬です。子犬という犬種なんです。どんな犬だろうと、子犬の愛らしさは共通のはず。


 今回は縦書きソフトを使って書いてみました。横にしてスペースとって投稿してみると、若干の違和感。難しい。

 改めて読み直すと、誤字とか文章力とか会話とか、拙いところが多すぎてダメですね。勉強勉強。練習練習。必要なことが一杯です。
 リナリア編でカティアとカティナが混同していて思わず笑った。思いつきで書いていることがバレバレやがな!

 閑話休題。

 では、今日はここまでということで。
 お読みいただきありがとうございました。ご感想もありがとうございます。いつも励みになっております。次はオリジナル板にはお会い致しましょう。ばいばい。





[6858] 未知との遭遇
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:03



 迷宮都市と呼ばれるここアルベルタは、アーリアル魔術学院を中心として円形になっている。取り囲むのは高く厚い石の城壁だ。この街に城なんて大層なものはないのだけれど、外から見れば城塞さながらだろう。学院が城みたいなものだし。

 といっても、あの壁は外からの攻撃に備えてではなく、内側から何も逃がさないようにという目的で作られている。


 もし<迷宮>から魔物があふれ出した場合、外に通じる門扉を閉ざし、ここは完全に封鎖された牢屋となるのだ。

 初めてこの話を聞いたときは不安になったものだけれど、世界中に点在する、ここと同じような迷宮都市でそんな事態に陥ったことは一度もないらしい。だから、いつ閉じるとも分からない牢屋の扉を前にしても、誰も不安にはならない。それが決して閉じることはないと分かっているからだ。


 路肩でやりとりされる売り買いの声を聞きながら、僕は商業区の通りを歩いていた。相変わらず人が多い。

 <迷宮>にだけ生息する魔物の部位や特定の階層に群生する薬草など、貴重なものを求めて多くの商人がこの街にやってきているのだ。


 アルベルタを5つに区切った内のひとつ。商業区と呼ばれるここでは、欲しい物を探せば大抵は見つかる。本当にいろいろとあるのだ。あっちこっちを旅してきた商人なんかが物珍しいものを売っていたりもするし、そこら辺にある小路からちょっと裏路地に入れば、非合法なものも売っているらしい。非常に怖いので近寄らないようにしているけど。


 人の流れに混じって歩きながら、僕は辺りを見回す。

 探しているのは人だった。自称「旅するお店屋さん」で、普通のお店では売っていないようなものをいろいろと扱っている。僕が使う調味料の一部は、その人から買っているものだった。そろそろ補充しておきたいのでこうして店を休んで買いに来たのだけれど。


「……今度はどこにいるかな」


 問題なのは、日によって店を開く場所が全く違うことだった。

 本当に気分でお店をやっているようで、昨日はあっちで今日はこっち明日はお休みなんてことがざらにある。買いに来たけど見つかりませんでした、なんてことが今までに何度もあったし。


 今日もそのパターンかな。困ったねどうもと頭をかいていると、視界の中に興味深いものを発見した。遠く見える灰色の石壁と、数え切れない人の群れ。その中に、鮮やかに輝く金色の髪があった。太陽の光を飲み込んだような色だ。けれど、僕がその子を目に留めた理由は、それだけではなかった。


「だからお金だよ、お金!」

「お前さんが差し出したから貰ったのじゃ! わしはお金が必要だなんて聞いておらんぞ!」


 言い争っているのだ。めちゃくちゃ年寄り口調で。もちろんお婆さんがあんな口調で話していたのなら、僕は気にも留めなかっただろう。けれど、屋台で肉まんみたいなやつを売っているおばさんと論戦していたのは、10歳くらいの女の子だった。……特徴的すぎる。


 好奇心に負けて、思わず足を止めてしまう。


 金色のツインテールに赤いリボン。肩口の大きく開いた白いワンピースに、黒のタイツ。横顔はまだまだいとけなく、口の端に見える八重歯が幼さと小生意気さを感じさせた。


「あのね、そういうのは常識だろう?」

「お前さんの常識がわしの常識と同じだと思ってもらっては困るのう。世界は広いのじゃ」


 かじりかけの肉まんを持ったままの手を腰にあて、女の子が言う。

 あれ? その口の悪さと独自理論の展開は……どこかで見たような。嫌な既知感に襲われてしまうが、これはきっと気のせいだろう。


「と、ともかくねえ。あんたがもう口をつけちゃったんだから、払ってもらわないと困るんだよ。近くにいないのかい? 親とか兄弟とか」


 僕が奇怪な笑い声と共に脳内に出現した狸じじいを追っ払っていると、金髪ツインテールの女の子と不意に目が合う。なにしろ突然なことだったので、僕はそのまま見つめ返してしまう。思えば、このときすぐに目を逸らしておけばよかったのだけど。

 女の子は僕の顔を思案するように眺めてから、八重歯を見せてにこりと笑った。僕を指差し、おばさんに向かって言い放つ。


「あやつがおにいちゃんじゃ!」

「え?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなくて呆然としてしまう。

 気付いたときにはおばさんの顔が目の前にあって、僕の腕は力強い手で捕まえられていた。


 はい?





 φ





「すまぬのう。助かったぞ、おにいちゃん」


 笑顔で言って、女の子が小さな口で肉まんにかじりつく。実においしそうに食べる姿を見れば、僕も悪い気はしない……が、ちょっとした不満くらいは持っておこう。


 あの後、結局はなし崩し的に代金を払ってしまった僕だった。あのおばさんの迫力には逆らえなかったのだ。

 財布を懐に戻しながら、僕はため息をついた。


「……人生っていろいろあるもんだなあ」


 まさか見ず知らずの女の子におごることになるとは。


「それが人生の楽しいところじゃろう。予測の出来る人生ほど退屈なものはないぞ」


 隣で、肉まんを両手で持ったまま僕を見上げる女の子。なかなか深いことを言うなあと見つめ返して、はてと思い直す。


「なんでついて来てるの?」


 あまりに自然だったので、反応がちょっと遅れた。


「うむ。借りたものは返す。これが人としての常識とじいに教わったのじゃ。守らねばなるまい」


 うむうむと頷く女の子。動きに合わせて、ふたつに結ばれた髪が揺れる。


「今は手持ちがないゆえどうしようもないが、帰ればちゃんとあるでな。代金は返すから、ちぃとばかし待ってくれぬか」

「いいよ、それくらい。安いものだし」


 律儀な子だなあと苦笑しながら言った僕に、女の子はふるふると首を振った。自分の言動に自信を持った、迷いのない動きだった。


「高かろうが安かろうが、借りは借りじゃ。やられたことは6倍にしてやり返せと教えを受けておる」


 それは多分いろいろと意味が違う。


「こちらの都合に巻き込んでしまったのじゃ。代金まで貰ってしまったとなれば、じいに怒られてしまう」


 最近の若い者にしては珍しく、女の子はとても律儀だった。本当に子供なのか、思わず隣を確かめてしまう。けれどやっぱりそこにいるのは金髪の女の子で、背は僕の肩よりも低い。言葉遣いとは裏腹に肉まんをかじる顔は無邪気で、精神年齢が高いのだろうと判断する僕である。

 年齢に不相応な精神は、どうにか実年齢と折り合いをつけようと歪んでしまうものだけれど、女の子の中では仲良く同居しているようだった。


 ふたりで並んで歩きながら、多くの人とすれ違う。満員電車ほどではないけれど、相手とぶつからないように配慮して歩かなければならないくらいには混雑している。女の子の前に出ながら、僕はふと疑問に思った。


「ところで、僕らはどこに向かっているのだろう?」


 女の子が確信を持った足取りだったので聞いてみると、目をぱちくりとさせて僕を見上げる。


「わしはお前さんに付いて行っとるだけじゃぞ? それはお前さんが知っておるのじゃろう?」


 ええ? いや、だって。


「君が今、帰ればお金はあるって言っただろ。だからてっきり君の家にでも向かってるのかと思ったんだけど」

「残念じゃが、わしの家はレオンカヴァロじゃ。歩いていくにはちと遠かろう」


 レオンカヴァロって、この国の首都かよ。ここから歩いて行ったら一週間はかかるって。

 しかしそうなると、この子は親と一緒に来たのだろうか。この街にあるものといえば、迷宮に学院に時計塔に……他になにかあったっけ。少なくとも、家族揃って観光に来るにはつまらないところじゃないだろうか。


「なに、心配するでない。この街にはじいが住んでおるでの。わしはじいの家に遊びに来たのじゃ。なにしろじいはわしらに甘いから、会えばお小遣いをくれるじゃろう。ときどき、いやかなり頻繁にひどくくだらぬものをくれることもあるが、きっと……たぶん、お小遣いをくれる……はずじゃ」

「どことなく不安だなあ」


 どんどん確信が薄れていって、最後には希望的観測になったのだけど、本当に大丈夫なんだろうか。というか、そのじいってどんな人なんだ。


「とりあえず、そのおじいさんの家に行こうか。どこらへん?」


 僕にとっては回り道になってしまうかもしれないけれど、どのみち探し人がどこにいるのかさえ分からないのだから、考えるだけ無駄かもしれない。


「特区の端っこのほうじゃ」と女の子。

「特区って……高級住宅街だけど」


 確かめるように訊いてみるが、女の子は「それがどうした」とでも言いたげな顔で僕を見る。


 学院の北西側。最も治安の良いとされるその区域は、まさにお金持ちの集う場所だ。財を成した冒険者や大商人、あるいは貴族というやつとか。身分に関係なくお金さえ持っていれば誰でも住めるのだけど、値段がべらぼうに高い。バカでかい屋敷に使用人付きが当たり前なのだ。庶民の僕には一生縁のない世界だろう。まあ、今の喫茶店がそれなりに気に入っているので、手を出そうとも思わないんだけど。


 しかし、もしそれが本当だとすると。


 せっかく僕が前に出て人避けをやっていたというのに、わざわざ早足になってまで僕の隣に並んだこのツインテール少女は。あれか。お金持ちのお嬢様か。のわりに、ひとりで出歩いてるけど。


 アルベルタの治安が良いといっても、もちろん日本ほどじゃない。貧民街だってあるし、裏路地には非合法な人間もいる。誘拐とか殺人とか、そういう話も無きにしも非ず。昼間の商業区と言えど、名の知れたお金持ちの子供がひとりで出歩くというのは、普通はありえない。

 それに特区の端っこの方って言ってたよね?

 基本的に中心地の方がお高くなっているはずだから、べらぼうなお金持ちってわけでもないのだろう。となると、この子はちょっとお金持ちな家のお子様だろうか。きっとそうだ。そうに違いない。


 自分の推測にうんうんと頷いていると、女の子が僕の袖をくいくいと引っ張った。


「なんだね、ちょっとお金持ちな家のお子様よ」

「……唐突じゃのう。唐突すぎてちょっと言葉を失ったぞ」


 呆れた表情で僕を見た女の子は、ひとつの屋台を指差した。


「あれはなんじゃ? やきとりとあるが」


 白い指の先に目をやれば、あるのは確かに焼き鳥の文字。ひとつは僕が書いてあげた日本語で。もうひとつはこの世界の文字だ。言葉は不思議とこの世界に来たときから分かるのだが、文字はからっきしだった。ミミズがのたくった跡に釘をばらまいたような不可思議文字は、未だにほとんど読めない。まあ、勉強してないんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

 読み書きできるのは普通は商人とか学識者で、この世界での識字率はあまり高くないようだ。売り買いのときも基本は現物を前に会話で交渉だし、紙は貴重品なので、本なんかも一般家庭にはもちろんない。

 一応、うちもメニューを置いていたりするのだけど、あれは代筆してもらったし。「今日のお品書き」も、基本は一度書いてもらった文字を写しているだけである。この街には学院があるので、人々の識字率は例外的に高い。そのためにメニューとか置いてみた次第である。が、僕が読み書きできないんじゃなあ……という気もしなくもないので、そのうち勉強でもしてみようかねえ。


「鳥の肉を串にさして、香辛料をぶっかけて焼くんだよ」


 説明すると、女の子は大きな目を輝かせた。


「ほう。前に来たときには見たこともなかった。美味しそうじゃのう」


 僕の袖を握り、ねだるような顔で見上げてくる。


「……美味しそうじゃのう」


 ぽつりと呟く。言いたいことは分かる。分かるけど……ねえ。


「まだそれが残ってるだろ」

「むっ」


 少女が持っている肉まん指差して言うと、女の子はすっかり忘れていたようだった。そして半分ほど残っているそれをじっと見つめて、大口でがぶり。もぐもぐとリスのように頬を膨らませながら咀嚼し、飲み込む。またがぶり。もふもふもふ。

 それを何度か繰り返して実に豪快に食べ切ると、女の子はけぷっと可愛らしいげっぷをしてから、再び僕の袖を握って見上げてくる。


「……美味しそうじゃのう」

「……はいはい。分かったよ、買ってやろうじゃないか」


 なんかもう頑張ってたから、買ってあげるよ。なんだかなあ、僕って子供に甘いのかなあ。


「すまぬのう」


 八重歯の光る笑顔。とても満足げである。


 どこか釈然としないものはあるが、別段言葉にするほどの不満もない。女の子を連れたって屋台に近づいていくと、汗を浮かべながら焼き鳥を焼いていた男の人が僕に気付き、「おう、マスターじゃねえか!」と声をかけてくる。「や、リュンさん。久しぶり」と僕も手をあげて応える。

 リュンさんは猫科の耳を生やした獣人さんだ。戦闘民族として名高いラーオン族の末裔らしいのだが、リュンさんはとても平和主義な人である。 


「商売はうまくいってる?」

「おうよ! いやあ、マスターの言う通り、これはボロい商売だなあ。儲かって儲かって。ぐふふふふ」

「そりゃ良かったけど、その笑い声はどうかなあ」 


 実は、商売に悩んでいたリュンさんに「焼き鳥屋はどう?」と提案したのは僕だったりする。実は単に僕が「焼き鳥が食べたいなあ」とその時に思っていただけの発言だったのだけど、詳しい話を聞いたリュンさんが「そりゃおもしれえ!」と採用してしまったのだ。


「いやあ、でもマジでマスターのおかげだぜ。鳥肉なんざいくらでも手に入るし、獣人族のやつなんかつまみ代わりに束で買っていくからなあ」

「いやいや、僕は発想しただけだし。後は全部リュンさんがやったんだから、リュンさんの力だって」

「そうか? いやそうかもしれねえな! ってそんなに褒めるなよなあ!」


 リュンさんがぶわっはっはと笑う。愉快な人である。

 日本人であれば、僕の発言にも「いえいえ、マスターのおかげですよ」とか、謙遜した発言があっただろう。けれど、ここの人たちは褒められたら純粋に喜ぶし、まどろっこしい譲り合いはしない。異文化というか、日本人が控えめすぎるだけだろうか。


 とりあえず僕もあっはっはと意味もなく笑っておく。


 ふたりして声をあげて笑っていると、また袖を引かれる。

 笑いを止めて視線をさげると、女の子の興味深げな顔。


「なぜマスターと呼ばれておるのじゃ? 別に奴隷の主ではないのじゃろう?」


 小さな女の子から奴隷という単語が出てくることにカルチャーショックを受けるが、この世界ではそれくらいに当たり前なことでもあるのだ。異世界だからというよりも、時代の違いというものだろう。


 しかし、そうか。そういう受け取り方もされるのか。

 マスターというのは奴隷が主人を呼ぶ際に使われる言葉でもあるので、ちょっとそこらへんを見直す必要があるかもしれない。存外、僕がお客さんにマスターと呼ばれることは多いのである。まあ、そんな誤解なんて滅多にされないだろうけどさ。


「僕は喫茶店をやっているんだけど、喫茶店の主人のことをマスターって呼ぶんだよ」

「ほう、その年齢で一国の主なのか。大したものじゃのう」

「いや、一国ってほどでもないんだけど……」


 子供特有のきらきらと澄んだ目で見上げられ、ちょっと戸惑ってしまう。

 だってあの店、じーさんから建物をそのまま譲り受けただけだもんなあ。改装費もじーさんのお金だし。僕はそれを維持してるだけだし。

 そこらへんを説明して誤解を解こうかと思ったけれど、面倒なのでやめておいた。


 苦笑する僕と、きらきら見上げる女の子と。

 屋台から身を乗り出すように、リュンさんが声をかける。


「そうさ、マスターは大した奴なんだぜお嬢ちゃん。なにしろ俺たちが悩んでることを誰も思いつかねえような方法で解決しちまったりするからなあ! まるで学者みたいなことを知ってたりもするしよ!」

「ほう! そうなのか!」


 女の子の反応に気をよくしたようで、リュンさんがさらに続ける。

 リュンさんの話は非常に誇大される上に、本当に一部のことなのにさもそれが日常のように話されるので止めたかったのだが、リュンさんの口を塞ぐには何か詰めるしかないというのが経験則だった。手頃に詰められそうなものは、ない。


「どれくらい前だったかな、絵描きになりたいっつう若者が来てたんだわ。田舎を飛び出して来たはいいものの、当然仕事なんかありゃしねえわな。そいつがマスターの店で飲んだくれてたんだよ。つっても絵を描くにも金がかかるだろ? だから飲み食いする金もねえってんで飲んでたのは水なんだけどな、ぶわっはっはっ! でよう、金もない仕事もないってんでそいつがもう田舎に帰るしかねえって泣き出したんだわ。そこでこのマスターの出番よ! マスターはそいつが持ってた絵を見るなりこう言ったんだ。『あなたには才能がある。必ず名が売れる』ってよ! しかもそれだけじゃねえ。マスターは絵描きに仕事をやった! この喫茶店の看板を描いてくれってな! 絵描きは呆然としてたな。でもすぐに嬉しそうに笑ってよ、今すぐ取り掛かります! なんて言ってなあ!」

「おお!」


 女の子はもう、英雄の冒険譚を聞く少年のようである。僕としては、明らかに脚色した話に「おいおい」と思わずにはいられないのだけど。というかリュンさん、焼き鳥が焦げてるって。

 しかしそんなことは気にも留めず。焦げ臭い煙を浴びながらリュンさんはさらに続ける。


「だけど話はここじゃ終わらねえ! 看板を完成させた5日後だ。長い髭のじーさんが喫茶店を訪ねてきた。そいつは言った。『おい、この店の看板を描いたのは誰だ?』マスターは答えた。『不世出の才能を持った、若き青年だ』。するとじーさんは自分の名を名乗った。それがなんと聞いて驚け! イーリアス王家に関わる絵を一手に引き受けるガブリウスだったんだよ! おまけにそいつはこう言った! 『荒削りだが良い絵を描く。是非弟子にしたい』とな! もちろん俺たちは驚いたさ! 絵心なんか耳クソほどもねえ俺だって知ってるくらい有名なじーさんだ! いやあ、あのじーさんの描いたアルリエット王妃のなんと美しいことか! 俺もいつかあんな美人をとまでは贅沢言わねえが、あの器量の半分、いや3分の1もある女と結婚できたら言うこたねえ! っと話が逸れちまったが、誰よりも驚いたのはあのひよっ子絵描きよ! そりゃ当然だわな! なにしろ王国一と名高い画家が弟子にしたいって言ってきたんだからよ! 俺だってもしかしたら耄碌じーさんの嘘話に騙されてるのかと思ったんだがところがどっこい! 後日本当に迎えが来ちまった! 行ってらっしゃい王宮へ! おかえりなさいどうだった!? 聞いてみりゃこれが本当の話らしい! 俺はぶったまげた! 似顔絵のひとつでも描いてもらっとけば後々で高く売れたかもしれねえのにああもったいねえ! それはさておきそいつは喜んだ! これで田舎の親父にも顔向けできる! いつかは胸を張って故郷に帰られるってな! そして泣きながらマスターの手を握って言ったんだよ、『これも全部あなたのおかげです。本当に、本当にありがとう!』そしたらマスターはなんて言ったと思う!?」

「な、なんと言ったのじゃ?」

「これがまたすげえ!『僕はなにもしていない。君の描いた絵が、君の絵の価値を知る人に認められただけじゃないか。胸を張っていればいいんだ』ってなんでえこいつ泣かせやがる! いいこと言うねえ! それでもそいつは言うんだ『でもあなたが看板を描かせてくれたおかげで』マスターは首を振ってそいつの言葉を止める。そして笑って言った! 『未来の大画家に描いてもらえたんだ。良い記念になったよ』ってな! すげえだろ? 泣けるだろ? 感動だろ? 俺は涙が止まらねえ!」

「なんと! もしや青年の名はパリッシュというのではないか!?」

「な、なんで知ってるんでえ!?」

「レオンカヴァロでその名を知らぬ者は今やおらぬ! その繊細な筆運び、緻密な表現、今にも動き出さんばかりの表現力! 素晴らしい才能を持った絵描きと呼ばれておる!」

「なんでえなんでえ! うまくやってんじゃねえかあのひよっ子! いやあ良かった! すげえな! なあマスター! あんたもそう思うだろ!?」

「え?」


 もったいないので焼きあがった焼き鳥を勝手に食べていた僕は、突然話をふられて首を傾げる。えっと、話は終わったの?


「って俺の話聞いてなかったのかよ!?」


 だって長いんだもん。





 φ





「マスターはすごいんじゃのう」

「買い被りだと思うけどなあ。あれこそ偶然の話だし」


 エメラルド色の瞳をきらきらと光らせて僕を見上げながら、女の子は焼き鳥を食べている。話すの大好きリュンさんに影響されてか、女の子は僕に対して間違った認識を持ってしまったらしい。やはり止めておけば良かったかもしれない。

 リュンさんの焼き鳥屋から離れて、僕たちはふたりで歩いていた。向かう先は高級住宅街。女の子のおじいさんの家である。


 しかしそっか、上手くやってるのか、あの絵描きさん。


 僕も焼き鳥をかじりながら、そう思う。


 中学生の頃に美術館で見た絵とそっくりの画風だったので、思わず才能あるとか言ってしまったのだが、本当にあったらしい。僕が驚きだ。

 彼に描いてもらった看板は大事にとっておこう。数十年後には非常に価値のあるものになっているかもしれない。ぐふふ。

 思わず笑みをこぼしてしまうが、だって人間だもの。


「そういえば、マスターの名前はなんというのじゃ?」


 思い出したように女の子が僕に訊いてくる。今さらながら、互いに名前も知らなかったことに気付いた。


「ユウだよ。ユウ=クロサワ。君は?」

「リリエッタじゃ。親しいものはリエッタと呼ぶでな、そう呼んでくれて構わぬぞ、ユウ」


 いきなり呼び捨てにされたわりに、不快感も違和感も全くなかった。思わずそれが当然と思えてしまう何かが女の子にはあった。なんだろうこれ、格の違い?


「しかし、喫茶店のマスターというのはすごいのじゃのう。よもや、画家の才能を見抜くだけでなく、名を知らしめるきっかけまで生み出すとは」

「いや、それはちょっと誤解かなあ」


 僕は苦笑した。少なくとも、普通の喫茶店ではそう起こらないことだろう。


「じいの言っていた通りじゃ。喫茶店という所は実に面白そうじゃのう」

「じいの言っていた通り?」

「うむ。じいは最近、喫茶店というところがお気に入りらしい。といっても、もう1年も前かの、それくらいから通っておるそうじゃが。そこの店主がまた興味深いと笑っておったのじゃ。じいが言うほどだから、そこはさぞかし楽しいのじゃろう。そういえば、ユウも喫茶店をやっておるのじゃったな。なにか心当たりはないか? 楽しい喫茶店について」


 ……あれ? 何か、ちょっとだけ掠った気がするぞ。いや、でもまさか。偶然だなきっと。例えこの街に喫茶店と呼ばれる店がひとつしかなかったとしても、これは何かの誤解だろう。ゴル爺が孫娘のことを「リリ」と呼んでいて、この女の子の名前は「リリエッタ」だけれど、これも全くの偶然だろう。


 いつものごとく僕の直感が警鐘を鳴らしているが、僕はそれを無視した。きっと、これは何かの間違いのはずだ。そうあってほしいという願いもこめて、聞いてみる。


「あのさ、リエッタ」


 ちょっとだけ畏まった声になってしまう。


「なんじゃ」


 不思議そうにリエッタが僕を見る。


「つかぬことをお聞きするけど、リエッタに婚約の話とかある? 許婚がどうとか、そういうの」


 すると、リエッタの顔がぽかんとなった。


 あ、やっぱりね。そうだよなあ、まさかそんなわけないよなあ。こんな小さいのに、普通はそんな話ないよね! 僕の勘違い―――


「よく知っておるのう。最近はそんな話も来ておるぞ。わしはあまり気乗りせんのじゃが」


 ―――じゃなかったかー……。そっかあ……やっぱりあのクソ爺、諦めてなかったのかあ。今度来たら三途の川のほとりをお散歩させてあげようっと。

 固い決心はありながら、それでも僕は一縷の望みを託して、確認してみる。


「あの、さ。人をおちょくるのが大好きで他人をからかっては奇怪な笑い声をあげる性根から捻り曲がった耄碌爺さんに心当たりってある?」


 ないよね?


「なんと! じいのことを知っておるのか!」


 あるのかよ。

 なんてこったい。


 頭を抱える僕の横で、リエッタは慄いていた。


「喫茶店のマスターはそんなことまで分かってしまうのか……なんと、なんと恐ろしい!」


 いやいや、違うから。君の中で喫茶店のマスターはどんなキャラなんだ。間違いなく誤解してるって。

 けれどそんなつっこみをいれる元気はなく、僕はため息を漏らすばかりだった。


 ということはあれですか。この女の子の許婚に、僕の名前が挙がっているわけですか。少なくとも、ゴル爺の中では。ていうかゴル爺、やっぱり金持ちだったのか。頻繁にうちを貸し切ってたりするんだから予想はついてたけどさ。


 ずきずきと痛んできたこめかみを押さえながら、リエッタを見る。


 確かにかわいい。肌は日焼けなんて言葉を知らないみたいに白いし、ツリ気味の碧眼は大きくて愛らしい。ツインテールに赤いリボンも似合ってる。将来は美人になるだろう。


 ……できれば10年後くらいにそんなお話を頂きたかったなあ。


 本音はこれである。いやでも待て。例え10年後でも、そうなるとあのゴル爺と家族になってしまうのか。それは……嫌だな。あの人はしぶとく長生きしそうだし。

 姑の嫁いびりならぬ、じじいの僕いびり。想像するだけで疲れる。


 やっぱりダメだ。ゴル爺が旅立ってくれた後であれば最高だけど、今の年齢でそういう話はありえないだろう、常識的に考えて。いや、こっちは結婚適齢期が低いからそれほどおかしい話ってわけでもないんだけど。日本という国で育った僕の倫理観的にはおかしいという判断をせざるを得ないわけで。やっぱりゴル爺とはちょっと「お話」をしなければならないだろう。


 よし、と決断した僕の横で、不意にリエッタが声をあげた。


「し、しまった……」

「え? な」


 ―――にがと訊く前に、僕はその理由を見つけた。


 前方。その迫力に自然と割れた人の海のど真ん中を、青く長い髪をなびかせて歩いてくる人がいる。

 純白の騎士服を纏った女性だ。腰には一振りの長剣。目は弓なりになって見惚れるほどの笑顔を浮かべているが、纏う空気はとても黒い。


 経験則から、僕はひとつの結論に至る。


 ―――あの人には逆らわないようにしよう。


「っく、こうなれば逃げるしか!」


 僕の手を握って踵を返そうとしたリエッタだが、つんのめるようにして止まる。僕が一歩も動かなかったからだ。


「ど、どうしたのじゃユウ!」


 言葉は返さず、僕はリエッタの小さな手を引き寄せる。


「わぷっ」


 お腹の辺りにリエッタの顔が埋まる。僕は小さな頭を押さえ、逃走できないように捕獲した。金色の髪のなんと手触りの良い事か。


「な、なぜじゃユウ! わしを裏切るのか!」


 僕の腕の中で、リエッタが言う。見上げられた碧眼の瞳にあるのは怯えだろうか。事情はよくわからないが、たぶん大丈夫な類のことだろう。この目は、悪戯をした子供が親に叱られるときに見せるあれだ。


「ごめんね。僕は常に強い者の味方なんだ」

「素敵な笑顔で最低なことを言っておるぞ!」

「ふはは。なんとでも言うといい。長いものには巻かれろ。良い言葉だね」

「ええい! よもやお主がそこまで腑抜けであったとは! わしは見損なったぞ! それでも男か! 女に怯えて恥ずかしくないのか! 確かにあやつは悪魔のような人間じゃが、そこで負けては男が廃ると言うではないか! ちゃんとついとるのか貴様!」


 こらこら。ついとるのかとか言わないの。

 ていうかさ。


「その悪魔のような人が、すぐそこにいるけど」

「すみませんね、悪魔のような人間で。私もできれば天使のようにありたいとは思うのですけれど、これが中々うまくいかないんですよね。主にあなたのせいで」

「ひっ」


 青髪の女性は、僕の腕の中でびくりと身を震わせたリエッタのこめかみに握りこぶしを当て、かなりの力でぐりぐりと動かした。


「うにょぎゅにゃ~っ!」


 まったく意味の分からない悲鳴が、リエッタの口からひねり出される。

 しかし、意味がわからないのは僕だけだったらしい。


「え? もっとしてほしい? 私はあまり気が進まないのですが、そこまで言われるのでしたら仕方ありません。不肖クライエッタ、誠心誠意を以って続けさせていただきます」

「そんなことは言ってにゃぁぁぁあああ!」

「そうですか、そこまで喜んでいただけたのなら幸いです」

「ふにぃぃぅぅぅぅううううううあああ!」

「反省しましたか?」

「しにゃぁぁにょあああぃぃぃぃいいい!」

「え? 申し訳ありません。私には聞こえません」

「いにゅるぅぴゃああぁぁぁぁぁ…………」

「あら? まあ。疲れて眠ってしまったんですか。まったくもう、仕方ないんだから」


 腕の中でかくんと力なく首をたらしたリエッタを抱えて、僕はがくぶるだった。……やばいよ、この人は絶対やばい。


「?」


 僕の視線ににこりと笑みを返す女性を見て、僕は確信した。


 この人は、絶対ドSだ。


 僕の腕の中で、リエッタがびくんと震えた。





 φ





「大変ご迷惑お掛けしました。この子の確保にまでご協力いただいて、感謝しています」

「あ、いえ全然です」


 口から白い何かをふわふわと浮かせたリエッタを背負った青髪の女性が、綺麗な動きで僕に一礼。思わず、顔の前で手を振ってしまう。いえほんと、お金も返してもらいましたし。


「後日、改めて謝礼のほどを送らせて頂きますので、お名前とご住所をお聞かせ願いますか」

「いえいえ、本当にそこまでしていただかなくても大丈夫ですから。特に迷惑らしい迷惑を受けた覚えもありませんし、謝礼をもらうほどのことをしたわけでもないですし」


 初遭遇の時に感じた印象とは裏腹に、女性はとても礼儀正しかった。背は高くないのだけど、決して折れない芯鉄が中心に入っているようで、なんだか言葉にできない迫力がある。思わず僕も背を正してしまうくらいだ。


「そうですか……それでは、せめてお名前だけでも」


 綺麗なお姉さんに名前を聞かれた。これは答えなければなるまい。

 僕は脊椎反射で名乗っていた。


「ユウです。ユウ=クロサワ」

「ユウ様ですね。私はクライエッタと申します。お気軽にお呼び下さい」


 にこりと、クライエッタさん。あまりに凛々しすぎてお気軽に呼ぶとか恐れ多いです。なんかもう、こうして向かい合っていてごめんなさい。


 と。恐れ多いのはいいのだけど、一応聞いておかないと。


「あの、失礼ですけど、リエッタとはどういうご関係なんですか?」

「それを聞いてどうなさるおつもりで?」


 質問を質問で返すなよ。とは思いつつ、少しだけ怜悧な光を宿したクライエッタさんの瞳に、ちょっとたじろぐ。うわ……この人絶対強い。戦闘力的な意味で強い。強くてドSだ。


「好奇心です。それにまあ、もしその子に害を成すような人だったりしたら、夢見が悪いですから」


 笑って言うと、クライエッタさんの瞳が僕を捕らえる。口元に微笑はあるけれど、その瞳は至極真面目だ。僕を量る視線。人の真意を見抜こうとする瞳。ここで目を逸らしてはいけない。だから僕はちょっとだけやせ我慢をして、クライエッタさんの瞳を真っ向から見返した。ずしりと肩に重みを感じる。すげえ、この人すげえ。目だけで人とか殺せるかもしれない。

 ちょっと、いやかなりビビりながらも必死に笑っていると、クライエッタさんの目が弓なりになる。綺麗な笑顔だ。


「見所がありますね。うちの新入りとは大違いです」


 そう小さく呟いて。


「ご安心ください。私はこの方を守ることに誓いを立てておりますゆえ。詳しい関係というのは口にできませんが、ご信用ください」


 真っ直ぐな言葉だった。そこに嘘はなさそうだったし、そう勘ぐることさえ不敬に思えるほどだった。やましい思いやあやふやな気持ちを抱いた人が、こんなに力強い言葉を口に出来るはずがない。


「そうですか。なら安心ですね」


 まあ、もともとそこまで疑っていたわけでもないのだけどさ。

 けれど僕の言葉が意外だったのか、クライエッタさんはちょっとだけ不思議そうな顔をした。


「自分で言っておきながらですが、そんなに簡単に信じてもよろしいのですか? 私が虚偽の発言をしているかもしれませんが」


 僕は笑い返す。


「人を見る目はある方なんです、職業柄ね。クライエッタさんは実直そうな人みたいですし、信用しますよ」


 クライエッタさんは眉尻を下げ、どうとも言いがたい顔をする。ああ、もうひとつ。あなたは感情が顔に出やすいから、嘘をつくのは難しいんじゃないでしょうか。


「……会って間もない方にそう言われたのは初めてです。確かに、お前は分かりやすいと周りにはよく言われますけれど」


 クライエッタさんはこくりと首を傾げた。


「私、そんなにわかりやすい人間でしょうか」





 φ





 リエッタをおぶって歩いていくクライエッタさんは、まるでわんぱくな妹をもった姉のようだった。

 人ごみの中に後姿が消えていくのを眺めながら、僕は大きく息を吐く。


「……人生っていろいろあるもんだなあ」

「含蓄のあるお言葉ですね」

「うわっ!?」


 背後からの思わぬ返事に、びくりと肩を震わしてしまう。


 な、なにやつっ!?


 振り向けば、そこに立っているのはプラチナブロンドの麗人。今日は深い青色のパンツスーツに身を包み、三日月の小さなイヤリング。いつものように気配を感じさせぬ佇まいで、いつものように麗しい。ゴル爺の秘書さんだった。


「いつもお世話になっております」


 ぺこりと頭を下げられる。


「あ、いつもお世話してます」


 思わず僕も頭を下げ返す。ゴル爺をという意味で、つい反射的にそんなことを言ってしまい、僕は慌てて口を押さえた。

 けれど秘書さんは気にした風もなく、くすくすと笑った。近所のお姉さんに微笑ましい目で見られたようでちょっとだけ恥ずかしかったので、話題を逸らすために話を振る。


「ど、どうしてここに?」

「今日はお客様がいらっしゃいますので、お出しする茶菓子を調達しに参りました」


 はあ。なるほど。まあ、ここらへんはいろんなものが売ってますしね。


「ユウさまはどういったご理由で、とお尋ねしてもよろしいでしょうか」


 もっと気軽でいいのになあと思いつつ、それがこの人らしさなのかもしれないと思う。いつも礼儀正しいのだ、秘書さんは。


 と、これはとても都合が良いことに気がついた。秘書さんを通して詳しい話を客観的事実で聞いておこう。無くなったはずの許婚話が未だに残っている理由如何によっては、ゴル爺に断固抗議の必要が出てくるし。



「あのですね、秘書さん。実はお聞きしたいことがあるのですが」

「はい。なんでしょう」

「実は先ほど、ゴル爺の孫娘さんらしき子に出会ったんですけど―――」


 続けようとして、秘書さんの顔が訝しげになったことに気付く。


「失礼ですが、人違いではないでしょうか。お嬢様でしたら、先ほどわたくしがお屋敷までお送りして参りました」

「うえ?」


 え? あれ?


「マジですか」

「マジと思われます」


 じゃあ、あの子は誰? 幽霊? ドッペルゲンガー?


「あの、その方のお名前は?」と秘書さん。

「リエッタです。正しくはリリエッタ」


 僕の言葉に、秘書さんの顔が驚きに変わる。


 その顔から、僕はふと悟ってしまう。


 も、もしかして、何年も前に死んだはずの子だとか!?


 …………。


 いや、それはないか。





 φ





 背中でもぞもぞと目を覚ました様子に、クライエッタは少しだけ安堵した。ちょっとだけやりすぎたかもと思っていたのだが、大丈夫だったようだ。


「……むう? この後ろ頭はクライエッタか」

「人を後頭部で判別しないでください」


 すでに特区に足を踏み入れていたため、商業区ほどの人通りはない。静かなものだ。それでも辺りの警戒は怠らずに、クライエッタは背中に向けて声をかけた。


「もうすぐアドラステア卿のお屋敷に着きますゆえ」

「なんと、いつの間にじいの家に来ていたのじゃ? なぜか少しばかり記憶が飛んでおるのじゃが」


 どうやら記憶が混乱しているらしい。これは好都合だと頷いたクライエッタが、自分にはまったく否がないという口調で説教を始める。


「リエッタ様。いくらアルスヴィズがいるとはいえ、おひとりでの行動はお止めください。ジャックが私に泣きついて来たのですよ」

「う、む。それはすまなんだ。しかしのう、ついつい血が騒いでしもうてのう。じいの血が色濃いのやもしれぬ」

「アドラステア卿とは血縁関係にありませぬゆえ、ご安心ください。……影響は多大に受けてしまわれたようですけれど」


 主にその口調だとか、奇想ぶりだとか、周りを引っ掻き回す所だとか。

 しかし口には出さないクライエッタである。


 無駄に煌びやかな装飾のされた一軒屋を過ぎれば、遠目に屋敷が見える。ここからでさえその大きさは容易に見取れ、立ち入る者を選別する白亜の門があった。ゴルパトリック・フェルディナント・ヴァロ・アドラステア公爵の屋敷だ。リエッタが幼い頃から幾度となく訪れたこの屋敷は、彼女にとっては第二の我が家と言ってよいほどに馴染み深い。


「うむ……お主らには申し訳なかったが、わしは楽しかったぞ。喫茶店のマスターに出会ったのじゃ。ユウというのじゃが、これが実にすごい人間でのう。ほれ、弟子はとらんとあれだけ言っておったガブリウスが、ひとり弟子をとったろう?」

「確かパリッシュという名前でしたね。稀有な才能を持っているとか」

「うむ! あのパリッシュの才能を初めに見抜いたのがユウなのじゃぞ!」


 まるでわが事のように自慢げに話す少女に、クライエッタは笑みをこぼした。


 育った環境が環境だけに、リエッタの人を見る目は敏い。自分への悪意を少しでも持つ人間には心を許さず、しかし甘えられる人間には甘える。そんなリエッタが懐いているのだから、さぞかし人の良い少年だったのだろう。

 こちらの視線を真っ向から受け止めた瞳を思い返す。


「今度はわしも喫茶店とやらに行ってみたいのう! ユウの店がよい!」


 背中ではしゃぐ声に笑みを深めて、クライエッタが言う。


「でしたら、今度はふたりで参りましょう。私も付いていきますゆえ」

「うむ。それがよいのう。楽しみじゃ」

「ですがリエッタ様、勝手な行動はもう少しお慎みください。自覚が足りていらっしゃらないようですけど、この国の第三王女なんですからね、あなた」















――――――
<作者は試行錯誤中>

 前回の後書きでそろそろ真・主人公が登場とか言いつつ全く出ていない昨今、いかがお過ごしでしょうか。前言を容易に翻す作者です。

 今回からのオリジナル版移行に伴い、ちょっとだけ進化しました。それはさながら、ゼニガメがカメールに、フシギダネがフシギソウに、ヒトカゲがリザードになるようなものです。といっても何かが大きく変わるわけでもなく、単に一話の量が増えるだけなんですが。この話が30KBくらいです。チラシの裏での日常パートと比べて、ざっと3倍になりました。体を赤く塗ってみようかと思います。

 さて、今回の話の内容ですが、こういうのは結構王道ですよね。あれが実は王女だったんだーっていうの。しかし、またロリ要員が増えてしまったことを書き終わってから気付きました。ゴル爺の孫娘もいるし。こうなったら光源氏計画を発動させるしかない。


△様<感想レス

>いっそ世界の概念突き破って佐山を出せばいいよ。
>新城君≪ストッパー≫なしで。
 この世界が実は新しいGだったんだよ!という所から二次創作に移行するわけですね。わかります。

>そして、今回の金髪巨乳美少女発言で、作者様のロリコン疑惑が不動のものになったロリ?
 そして、今回もロリが出てきた件。でもロリコンじゃないよ! ぼくはわるいロリコンじゃないよ!

>ユウちゃんが会計、交渉、執行のチェックに入ってそうな気がひしひしと・・・。
 ばっちりです。

>新キャラの美少(幼)女が出なかったことを深くお恨み致します
 恨まれるのが怖かったのでロリを出しました。これで安心して眠れます。

>時に作者さん………ダルデレは何時出るでありんすか?
 気が乗ったときでありんす。

>とりあえず、マスターは自分の周りの美少女率を考えるべきだと思うんだ。
 美少女との触れ合いだけを抜粋していると考えるべきだと思うんだ。異世界=美少女多いよひゃっほう! でもいいかもしれない。

>ただ気になることは本当のモンスター娘が
>   な ん で
>居ないんだ!居ないんだ!ふぅ、暴走しましたがオリジナル版移動楽しみにしています。
 出します? 出しましょうか。でもそのためには話が長くなるというね。魔物は普通、迷宮から出られないですし。ぶっちゃけプロット考えるのがだる(ry

>とりあえず、3の中ということは、これからメイドが・・・でもやっぱりどんな喫茶店にもょぅじょ係は絶対必須だとおもうんですが、そのへんどうですかよ?
 自動人形メイドは必要だと思うんだ。そして喫茶店に住み着く幼女はしっかり考えなければならない。住み着くのはキャラはレギュラーだ。


 お読み頂き感謝です。ご感想にも感謝です。では、今日はここまで。



[6858] 違う世界に生きる君へ
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/02 00:03



 小学生最後の夏休みだった。首筋を太陽の光に焼かれながら、僕は両親と祖父がいるであろう喫茶店のドアを開けた。形式だけにこだわった中身のない終業式も午前中で終わって、自宅にランドセルを置いた僕は、昼食にありつくために地獄の道のりをやってきたのだった。

 冷房で冷やされた空気の満ちる店内は、まさに天国だった。もし人生が真夏のアスファルトの上を歩くことなのだとしたら、死後の世界もこのぐらいには快適であってほしいものだ。体の中に抑圧されていたものが解放されていく心地良さを感じながら、僕は店内を見回した。


 いつも通りお客さんはほとんどいない。こんな真夏日に進んで外に出ようとする人はいないだろうし、仕方なく外に出た人だって、なにも好んで街外れの寂れた喫茶店になんか来ないだろう。


「よう、夕ちゃん。お帰り」


 奥のテーブル席でパイプを燻らせていた白髪の老人が、僕に手を上げて見せた。豆腐屋の玄さんだ。朗らかな糸目の顔に僕も手を上げて挨拶を返す。玄さんの前にはうちのじーさんの背中があった。けれど、じーさんは僕が来たことには全く気付いていないようだった。

 二人はチェス仲間というやつで、若い頃にはチェスの日本一を争った仲だとかそうじゃないとか。僕の周りにいる老人の話というのは、大概にして誇張や嘘八百が混じっているとしか思えないほどにぶっとんでいるのが多いので、それが本当なのかどうかは分からなかった。

 チェスに集中したじーさんが僕に気付かないのはいつものことなので、僕はそのままカウンターに向かう。


 紺色にひよこ柄のエプロンをつけた父さんが、カウンターの向こうでノートパソコンを叩いていた。


「なに、また締め切り?」


 木製のカウンターチェアに飛び乗りながら訊くと、父さんはキーを叩く手を止めずに答える。


「そうなんだよ。うちの担当ちゃんが締め切り勘違いしててなあ。今回はおれなんにも悪くないんだぜ? 真面目にプロットも練って、夏休みの計画表まで作ってたのに。それが全部無駄になっちゃってもう、おれ挫けちゃいそう」

「いつもは一方的にこっちが迷惑かけてるくせに、何を今さら」

「それはそれ、これはこれな」


 父さんは喫茶店のマスターをやりながら、兼業で小説家という肩書きを持っていた。小説家という響きだけを聞くと格好はつくが、うちの父親を見る限りではあまり夢に溢れた仕事でもないらしい。


「あー、書くのだるいなあ。お前、代わりに書いてくんない?」

「小学生にそんなことやらせるなよ」

「だって書くのってだるいんだもん。頭の中にあることを延々と文字にするだけなんだぜ? おまけに書いた後は推敲してリライトしてまた推敲して……あ、だめだ。全部やめたくなってきた。原稿とか放り出して旅に出たい。よかった、専業にならなくて。おれ作家一筋じゃやっていけねえわ」


 物語を書くということの大変さは分からないけれど、日ごろの父さんを見るにそう楽しいものでもないらしい。働くのって疲れるんだね、という妙な実感を覚えながら、僕はキーを叩く父さんの指を眺めた。叩かれるキーの音と、店内に流れるBGMとの奇妙な競演に耳を傾けていると、カウンターの奥から母さんが出てきた。


「あ、夕くんおかえりっ」

「ただいま」


 母さんはとてもちっこい。クラスの男子の中で最小の部類に入る僕の体格は、間違いなく母さん譲りだろう。まだ一縷の望みを捨ててはいないけれど、母さんを見るに、あまり高望みはできない気がした。


 身長が150cmもない母さんは、制服を着せて放り込めば高校にだって中学にだって馴染めそうだった。若いというより幼いのである。僕と並んで歩いていても、普通に姉弟に間違えられるし。粟色でふわふわの髪は長く伸びていて、肌は真っ白だ。顔はいつものほほんと緩んでいて、思い返してみても、母さんに怒鳴られた覚えなんか一度もなかった。ゆるいというか、柔らかいというか、抜けているというか。息子から見ても不思議な人なのだった。


「外、暑かったでしょ?」


 氷をたっぷりと入れたオレンジジュースを僕に出してくれる。口をつける僕の前、もはやメイド服という呼称しか当てはまらない服装で、母さんは次いでコーヒーを淹れていた。

 母さんの衣装はコスプレというものではないのかと思うのだけど、恐ろしいほどに似合っているせいで、僕はもう何も言えない。本人も気に入ってるみたいだし。


 コーヒーを受け取った父さんが母さんといちゃいちゃバカップルをやりだしたのを視界の端にやりながら、僕は氷をひとつ口に含んだ。


 本当に暑くて、それでも例年通りで、これといった珍しいことがあるわけでもなく、小学生最後のというわりには、代わり映えのしない夏休みの始まりだった。





 φ





「あ、そうだ夕くん。夏夜ちゃんにお昼ご飯、届けてくれないかな?」


 昼食に母さんの作ったオムライスを平らげた僕は、ぼんやりと本を読んでいた。母さんの声に、文字を追っていた目を上げる。


「えー」


 別に嫌というわけでもなかったけれど、とりあえず不満げに言っておく。


「お願い。夏夜ちゃんも夕くんのこと気に入ってるみたいだし、ね?」


 本当にそうなのか、僕には確信がない。けれど母さんに言わせれば、やっぱり夏夜は僕のことを気に入っているらしい。


 夏の夜と書いて、かや。僕の5つか6つ年上のいとこだ。なんでか知らないけど、去年からこの店の近くにあるマンションにひとりで住んでいる。

 放っておくと飲まず食わずだったり、インスタントや菓子で食事を済ませてしまうような人間なので、心配した母さんがこうして定期的に食事の面倒を見ていた。もしかして、夏休みの間は僕がその役目を引き継ぐのだろうか。


 僕の返事も聞かずに、母さんはにこにこと岡持ちを取り出し、大量のクラブハウスサンドを乗せた大皿を入れる。ラップが山のように盛り上がっているのを見て、僕は思わず訊ねる。


「それ、多すぎない? 夏夜ってかなり小食だったはずだけど」

「そうかな? 夏夜ちゃんのお昼ご飯に、夕くんと夏夜ちゃんの晩ご飯でしょ。ちょっと余るだろうから、それは朝ごはんの分。これぐらいじゃないかな」

「僕の晩ご飯?」

「そうだよ。食べてくるんでしょ?」


 なにを当たり前のことを、とでも言いたげな母さんの顔。あまりに無邪気な笑みだったので流されそうになるけど、僕はなんとか踏みとどまる。


「なんで?」

「食べてこないの?」


 なんで食べてくることが前提なの?


「だって夏夜ちゃん、夕くんのこと離してくれないと思うよ? 楽しみにしてたみたいだから、夕くんが夏休みに入るの」

「だからって」

「夕くん、嫌なの?」


 首を傾げる母さんに、僕はぐっと詰まった。

 嫌なわけじゃない。というか、確かにそうだ。別にこだわるほどの理由があるわけでもない。


 それでもちょっとだけ言葉にできないもやもやを抱えた僕は、差し出された岡持ちをちょっただけ乱暴に取る。すると、岡持ちを差し出したままの姿勢で笑顔だった母さんの目じりに、じわあと涙が浮かんだ。


「ふぇ……夕くん、反抗期なの……?」


 え、これでっ?


「てめえ! ゆりを泣かせやがったな、表出ろこらあ! 教育的指導だ! おれはお前をそんな息子に育てた覚えはありませんよ!」


 エプロンに描かれた憎たらしい顔のひよこを風に躍らせながら、父さんが片手でカウンターを飛び越える。が、着地でバランスを崩して、テーブル席に頭から突っ込んだ。


「いたい! すごくいたい! なによりも息子の視線がいたい!」


 知らねえよ。


 イメージとは裏腹に、父さんは凄まじいまでに運動能力が低いのである。運動神経が悪いとかじゃなくて、もはや存在しないのだろうと思う。何もないところで普通にこけるし、態とだとしか思えないような状況で周りを巻き込むし。

 それと対照的に、母さんの運動神経は抜群である。おっとりのほほんのイメージを軽くぶっちぎって、町内の草野球ではエースピッチャーで4番を張っているほどだ。この辺りの才能は良い感じに折半されたのか、僕の運動神経はまずまずといったところだった。


 椅子に埋もれた父さんに慌てて母さんが駆け寄るのを尻目に、僕はさっさと外に出ることにした。外はもちろん暑いだろうけど、この空間はこれからがとてもめんどくさいと思う。そろそろ常連さんとかもやってきそうだし。


「あ、夕くん! 今日はお母さん、一緒にお風呂に入るからねっ。ちゃんとお話しようねっ。話せば分かり合えると思うの!」


 扉が閉まる前に母さんのそんな声が聞こえて、僕は頭を抱えた。今日は夏夜のところに泊まらせてもらおうかな。





 夏夜の住むマンションは、うちの喫茶店から歩いて10分とかからない場所にある。すぐ目の前には中学校があって、マンションの高層階からは校庭で部活動に励む中学生の姿が見えた。

 マンションは去年できたばかりだけあって、通路もエレベーターも綺麗なものだった。小学校にも中学校にも近くて、全国的にちょっとだけ有名な美氷学園も遠くない。子供を育てるには良い環境の物件だとか、そんな話を担任から聞いた覚えがあった。そのわりに、このマンションの住人はあまり多くない。


 13階建ての13階、つまり最上階でエレベーターを降りた僕は、夏の日差しが降り注ぐひっそりと静かな通路を歩いていた。並ぶ扉の半分以上には、表札に名前が書かれていない。住人がいないのか、防犯という理由だからなのか、僕にはよくわからなかった。隣に誰が住んでいようが、まるで興味がないという顔をした扉を何枚も通り過ぎて、僕はようやく一番奥までたどり着く。1313。不吉なのかどうか分からないけれど、覚えやすくていいと思う。ここの表札も真っ白だったけれど、それは家主が単にめんどくさがっただけだろうという予想はできた。


 岡持ちを左手に持ち替えて、僕はインターフォンを押した。少し待っていると、インターフォンから『入って』と一言。こちらを伺う小さなカメラを、便利だなあと一瞥してから、僕は扉を開けた。喫茶店よりもさらにキツく冷房がかけられていて、僕はまた夢見心地。けれど、温度差が激しすぎてちょっと辛いかもしれない。


 白いサンダルだけがぽつんと居座る横に靴を脱ぐ。

 廊下の左右に部屋があって、奥のリビングにつながる扉の前を左に曲がった先に、もうひとつ。こういう造りを3LDKというのだと夏夜に教わったけれど、なにがLでどれがDなのかはよく分からなかった。ただ、ひとりで住むにはちょっと広すぎると思う。


 開け放たれた左の部屋は、本棚と本で埋め尽くされている。本が多いという意味では父さんの部屋と同じだけれど、夏夜の本棚は父さんのほど漫画は多くない。代わりに、父さんの本棚よりも、難しいタイトルだったり分厚い辞典が並んでいたりする。まあ、「カラマーゾフの兄弟」と「西洋音楽史」の間に「Hな心理テクニック」とかいう意味のわからないやつが混ざっていたりもするのだけど。本当、本棚を見ればその人がよく分かると思う。

 右の扉は夏夜の寝室だ。僕は開かずの扉と呼んでいる。夏夜曰く、物が溢れているから迂闊には開けられないのだとかなんとか。それじゃ寝室の意味がないと思うのだけど。


 廊下に積まれたダンボールと本の山を避けて、リビングに続く扉を開ける。廊下よりもさらに冷えた空気が押し寄せてきて、僕はぶるりと身震いした。次いで、リビングの中心に目をやって唖然とした。


「なにやってんの?」

「人殺しテスト」


 夏夜が平然と答える。


 ボーダー柄のタンクトップに、滅多に外に出ないせいで真っ白な肌。後ろで纏めた黒い長髪。吊り気味の瞳までそっくりそのまま、そこにいるのは確かに夏夜だった。けれど、旅行鞄から上半身だけを出したその姿は、夏夜らしくないほどに間抜けだった。


 思わず嘆息した僕を気にした風もなく、夏夜は鞄から下半身を引き抜いた。とてつもなく短くカットされたジーンズから、心配になるほど細くて白い素足が伸びていて、思わず視線をそらす。


「やっぱりだめか。時間内でここに隠れるのは無理ね」


 鞄をソファの向こうに放り投げて、夏夜がため息と共に呟いた。


「またミステリー?」

「うん、またミステリー」


 というのも、夏夜もまた小説家なのだった。

 夏夜くらいの年齢でそんな肩書きを持つのがどれくらいすごいことなのか、僕には分からない。うちの父親がなれるくらいなのだから大したことのないようにも思えたし、僕には全く想像の付かない厳しい世界のような気もする。結局、僕はそのことについての判断はつけられなくて、とりあえず夏夜はがんばっているらしいという結論に行き着くのだった。


 がんばっている夏夜は、ときどき変なことをする。今みたいに鞄の中に入ったりとか、僕をねじ伏せてみたりとか。ある時は、本を詰め込んだスーツケースを階段から落としたり、僕を縛ったり、いろんな紙を一日中水に漬けていたり。なぜか僕にも被害が来ているのだけど、夏夜に言わせればそれは、リアリティを求めるために必要なことらしい。ミステリーを書くたびにそんなことをやりだすので、夏夜は全部ひっくるめて「人殺しテスト」なんて呼んでいる。


「これ、母さんから。どうせろくなもの食べてないんでしょ?」


 岡持ちを掲げながら言うと、夏夜は複雑な顔をした。同時に右と左に行こうとして、結局こけてしまったような顔。


「うー。ありがたいけど、ほんとうにありがたいんだけど」

「なるほど。夏夜はありがた迷惑だって言ってたって、母さんに伝えとく」

「そこまで言ってないわよ。食物の需要と供給が噛み合ってないから無駄になるかもってことを、これから控えめな表現で表そうとしてたの」

「否定はしないわけだ」

「ねえ、夕。ひとつ教えといてあげる。たとえ悟っても口に出さないのが大人の対処法よ」


 やっぱり否定はしないんだね。言われた通り、今度は口に出さないでおいた。


 岡持ちをテーブルの上に置き、中からクラブハウスサンドが乗った皿を取り出す。向かいの椅子に腰掛けた夏夜は、山盛りの皿を見て顔を引きつらせた。


「まさか、これ全部、私に食べろって言うんじゃないわよね?」

「もちろん」


 僕が言い切ると、夏夜の顔に絶望が浮かんだ。母さんはとても心配性なので、ご飯を残すと間違いなく押し掛けてくる。それを経験として知っている夏夜は、もうどうしたもんかという顔だった。

 夏夜の表情の変化をひとしきり楽しんだ僕は、正直に言う。


「僕の夕食の分もある」

「……それはよかった」


 ちょっと僕を睨んで、それでもほっと肩を撫で下ろす。夏夜は本当に食が細いので、中々食べきれないのだ。それでも食べなければ、目の前にある食料は永遠に消費されない。ラップを開けて、夏夜がおずおずとひとつ手に取る。僕の一口の、半分の半分くらい、先っぽをかじる。

 そんな食べ方だから細いんだろうなあ。鎖骨の浮かんだ夏夜の首元を眺めながら、僕はそんなことを考えていた。


 クラブハウスサンドを半分も食べないうちに、夏夜が懇願するように僕を見上げる。視線に首をすくめて応えてから、僕はキッチンに向かった。冷蔵庫から取り出したペットボトルのミネラルウォーターをコップに注ぎ、夏夜の所に持っていく。


「ありがと」


 唇を濡らすように水を飲んで、夏夜は再びクラブハウスサンドとの格闘に戻った。夏夜にとっては、食事も戦いと同じみたいだった。

 ようやくひとつを食べ終えたところで、夏夜はもう限界とでも言いたげに皿を僕のほうに押しやる。小食だ小食だとは思っていたけれど、夏夜の胃袋はどれほど虚弱なのだろう。


「もっと食べたら?」


 どうせ返ってくる答えはわかっていたけれど、なんとなく言ってみる。


「お腹いっぱいなの。私が動かすのはほら、脳みそだから。チョコレートで十分なの」


 そう言って、夏夜がテーブルの端っこに置いてあった黒い容器の中に手を伸ばす。細い指がそこから摘み上げたのは、銀色の包み紙につつまれた小さなチョコレートだ。


「太るよ」

「大丈夫。全部使うから」


 チョコレートを口に放り込んだ夏夜に言うけれど、全く気にしていないようだった。


「偏食」

「別に偏食だって困らないもんね」

「貧乳」

「脂肪のかたまりなんてあっても無駄なだけよ。男にはなんでそれが分からないかな」

「だったらなんで僕の頬をつまんでるの?」

「女の子を身体的特徴で侮辱するのはお姉さんいけないと思うの」


 僕の頬へ伸びた夏夜の腕がぷるぷると震えていた。きっとこれでも必死に力を込めているのだろうけど、驚くほど痛くなかった。


「いい歳のくせに、大人気ないと思う」

「私が今叱ってやらないで、他の誰が叱ってやるのよ」

「なるほど」


 ぺこりと頭を下げると、夏夜はえらそうに「うむ。よろしい」なんて言って、僕の頬から手を離した。


「でも貧乳もステータスっていうから、あんまり気にしない方がいいと思うよ」

「やっぱりよろしくないわ。もう一回ほっぺた出しなさい」


 伸びてきた夏夜の両手を避けながら、僕は笑みをこぼした。

 夏夜は僕を気に入っているのだろうか。そのことに確信はないけれど、僕は結構、夏夜という人間を気に入っていた。





 φ





 夏夜は高校に入学して、1年ほどそこで過ごしてから辞めたそうだ。いじめられたとか、どうしても追いたい夢があったとか、そんな明確な理由はなくて、もちろん夏夜の両親は反対したらしい。


「なんだかね、バカらしくなったの」


 そういって話してくれたのは、いつのことだったろう。


「みんなで仲良くお勉強して、友達っていう群れを作って、所有欲と性欲なんかを混ぜ合わせたものを愛だとか恋だとか呼んで、良い大学に入るためだけに教科書に書かれたことを暗記して。そんなことを毎日繰り返して、それでどうするんだろうってね、思っちゃったわけですよ」

「思っちゃったわけですか」


 夏夜の書いた原稿に目を通していた僕は、とりあえず返事だけはしておいた。人と話すときは目を見なさいと母さんは言っていたけれど、目を合わせていたら話せないことだってあると思う。だから、僕は夏夜の声だけを聞いていた。


「そもそも、私って学校嫌いだったのよね、小学生のころから。本に書いてあることや、調べればすぐに分かることを頭に入れてどうするんだろうって。ほら、シャーロック・ホームズだって言ってたでしょ? 人間の頭脳というものはもともと小さな屋根裏部屋のようなものだから、使いそうなものだけをしまっておけばそれでもうたくさん。後は物置にでも放り込んでおけばいいってさ」


 僕が原稿をめくる音が、夏夜への返事になった。


「自分でなにが大切か、つまり何を使いそうなのかって判断することも許されずに、これは大事だから、あれも大事だからって、無理やり詰め込まれるのが嫌だったのかな。それくらい自分で選ぶわよってさ」

「その気持ちは分かるよ。僕もそろそろ自分の服は自分で選びたい。母さん、未だにヒーロー物のパンツを買ってくるんだよね」


 夏夜の笑い声が聞こえた。


「ね、自分で選びたいでしょ? 自分で身に付けるものなんだから自分で選びたいし、自分の人生なんだから自分で決めたい。そう考え出すとね、学校ってけっこう息苦しいのよ」

「僕は結構楽しいけど」


 言うと、夏夜は僕の頭をぐりぐりと撫でた。


「あんたは、どんな環境でもなんだかんだで楽しめちゃうやつよ。楽しくなかったら楽しいことを探すし、探して無いなら自分で創る。それでもだめなら、まあ明日は楽しくなるだろうって信じて、寝れちゃう。あんたは、そういう人間」


 よく分からなくて、僕は頬をかいた。褒められているのだろうけど、反応に困る。

 そんな僕を見て、くすくすと夏夜が笑う。


「私はね、根性なかったの。学校っていう世界で、どうせならここでも楽しんでやろうって思えなかった。でも、我慢もできなかった。だから逃げちゃった」


 原稿をもう一枚めくる。そこでふと気になって、僕は訊いてみる。


「それと引きこもりの関係は?」

「あ、それは無関係。単に私が出不精なだけ。個人的に嫌いなの、日の光って」

「なるほど」


 頷いてから、また原稿に戻る。


「まあ、人生なんて所詮は道楽よ。楽しんだ者勝ちだし、遊びつくした者勝ち。他人にどう言われようと、楽しけりゃそれでいいの」


 それはどこか、自分に言い聞かせているようでもあった。夏夜がいつもよりちょっとだけ饒舌で、少しだけ無理をしているように見えるのは、たぶん勘違いじゃないのだろう。そして、さっき掛かってきた電話がその原因の一端だろうという僕の予想も、勘違いというわけじゃないのだろう。


 それから少しだけ、言葉のない時間が続いた。紙の擦れる音と、壁掛け時計の秒針の声が、どこか遠慮したように響いていた。


「ねえ、そっちの世界は住みやすい?」


 ぽつりと呟くように、夏夜が訊ねた。

 その言葉の真意は、僕にはやっぱり難しくて、どんな答えを返せばいいのかも分からなかった。だから、僕は顔を上げずに、素直に答えた。


「それなりにかな。楽しいことは楽しいけど、楽しくないことだってあるだろうし。でもまあ、なんとかなるもんだよ、生きていれば」


 夏夜の返事はなくて、またちょっとだけ沈黙が落ちてきた。やがて夏夜が僕の頭に手を伸ばして、髪を梳くように撫でてくれる。


「あんたみたいなやつがひとりでもいてくれたら、私も学校を楽しめたかもね」


 優しい手の動きと、ちょっとだけ寂しそうな声。夏夜にあるのは悲哀だろうか。それとも、羨望なのだろうか。僕が立っている場所は、夏夜がうらやむ程に暖かい場所なのだろうか。夏夜が立っている場所は、日の当たらない寒いところなのだろうか。

 よくわからなかった。経験も知識も足りなくて、自分自身のことだって分からないのだから、夏夜のことまで分かるわけもなかった。だから、僕はいつも思ったことを口にするしかなかった。それが少しでも、夏夜に届けばいいと思って。


「でも、後悔はしてないんでしょ?」


 僕が言うと、夏夜はちょっとだけ驚いてから、にこりと笑った。


「まあね。少なくとも、私は自分の頭で物を考えてる」


 でも。そう置いて、夏夜は僕の頬を指でつんと突っついた。


「あんたみたいなやつと学校生活を送れるんだったら、面白かったろうなって思っただけ」


 どんな言葉を返せば良いのか困ったので、僕は原稿に目を落とした。照れ隠しとでも思われたのか、夏夜がくすりと笑う。「うりうり、夕はかわいいなあ」と頬をしつこく突っつかれたので、とりあえず腕で振り払っておいた。


 やがて原稿を全部読み終えると、夏夜が身を乗り出して僕に感想を訊いてくる。黒い髪がテーブルの上にさらりと流れて、なんだか甘い匂いがした。


「それで、どうだった?」

「難しくてよく分からなかった」


 夏夜がまた笑った。





 φ





 体を揺らされて、僕は瞼を開けた。

 目の前に誰かいる。その顔が夢の中の彼女と重なって、僕は寝ぼけたまま呼びかけた。


「……夏夜?」

「誰よカヤって。私の顔、見忘れたとでも言うつもり?」


 勝気な声が脳みそに届いて、ようやく僕の頭は回転し始めた。体を起こすと、そこは見慣れない店の中で、僕はテーブルに突っ伏して眠っていたらしい。……見慣れない?


 改めて店内を見回す。


 壁に掛けられた白銀の銃。カウンターの向こうの棚に並べられたスパイスの瓶や食器。通りに面した大きな窓。並んだテーブルと椅子。全部、見覚えのあるものだ。

 抜けていた魂が体に戻ってくるように、じわじわと意識と記憶がはっきりしてくる。そうだ。ここはあの店じゃないし、僕は小学生なわけでもない。ここはあっちとは違う世界で、迷宮都市と呼ばれるアルベルタで、僕の店だ。


「大丈夫?」


 赤い髪の女の子が僕の顔を覗き込む。紅い瞳を真っ向から見つめ返す。


「……ああ、リナリアか」


 確かめるように名前を呼ぶと、ようやく自分の中で何かが落ち着いたようだった。ほう、と息を吐く。夢のような、現実のような。あれは今の僕が見た夢なのか、それとも、今の僕が夢の中の存在なのか。なるほど、これが胡蝶の夢ってやつか。


「体調悪いの? 風邪?」


 だいぶぼんやりしてしまったせいか、リナリアが珍しく心配そうにしていた。手を伸ばされて、ひんやりとした手のひらが額に当てられる。


「熱はないみたいね」

「だ、大丈夫だって」


 なんだか気恥ずかしかった。まだ夢の中の、小さかった頃の自分が残っているみたいだ。思わず、リナリアの手から逃げてしまう。


「なによ、子供じゃあるまいし」


 リナリアがくすくすと笑う。言い返すこともできなくて、僕はそっぽを向いた。だめだ、なんだか調子が狂ってる。懐かしい夢を見たせいかな。


 外はもう薄暗くて、すでに街灯がいくつかともりだしていた。魔力に反応して光を放つ石を埋め込んだ街灯に、魔術士が光を宿していくのが窓の外に見える。


「あ、だいぶ寝ちゃったのかな」


 記憶をさかのぼってみても、鮮明には思い出せない。昼を過ぎたころにアルベルさんを見送った覚えはあるのだけど。


「昼過ぎからずっと寝てたわよ」

「見てたの?」


 リナリアの声があまりに確信に満ちていたので、思わず訊き返す。すると、リナリアから呆れた表情が返ってきた。


「見てたの、って。昼からずっといたでしょうが。この席でアンタと話してたら、『眠いから寝る。あと店番よろしく』とか言って、アンタが勝手に寝たの」

「異議あり! 僕がそんなに無責任なわけがない!」

「異議を却下します」


 ……たしかに、言われてみればそんな気もする。けれどやっぱり思い出せなかったので、とりあえずそれは置いておくことにした。


「今まで起こされなかったってことは、お客さんこなかったの?」

「ん」


 指差された方を見る。そこには、無残にも散らかった食器類に食材類。カウンターの上には小さなお金の山。 


「疲れてるんだろうから寝かしとけって言ってね、みんな勝手に作って飲んで払って、帰っていったわ」


 その優しさに、僕はちょっとだけ感動した。感動したんだけど、どうせなら後片付けまでしっかりしておいて欲しかったかな。

 思わず苦笑が漏れる。

 それから、リナリアを見上げて言っておく。話すときは相手の目を見なさいという母さんの教えに従い、紅色の瞳に視線を合わせて。


「ありがとう」


 すると、リナリアの肩がびくりと震えて、頬が赤くなった。


「な、なんで私に言うのよ! お客さんに言いなさいよね!」

「帰らずに最後まで残ってくれてたんだろ? だから、お気遣いありがとう」


 何かを言い返そうとするリナリアだったけれど、結局何も言わなかった。もにゅもにゅと唇を動かしてから、顔を赤くしたまま僕の肩をひっぱたく。


「アンタはそのまま寝てなさいっ。お皿洗いくらいは、その、やっといてあげるから」

「え、いや」

「いいから寝てなさいってば」


 赤いポニーテールを揺らしながら、リナリアがカウンターの向こうに歩いていく。僕の黒いエプロンをして、制服の腕をまくる。


 どうしようか迷ったけれど、リナリアの好意に甘えることにした。

 組んだ腕の上に顔を乗せて、おずおずと不器用に皿を洗いだしたリナリアを眺める。


 懐かしい夢だった。今はもう記憶の中にしかない世界に、記憶の中でしか会えない人たちがいた。その笑顔が懐かしくて、日常が輝いていて、交わした言葉がちょっとだけ寂しかった。きっともう、ああして話すことは出来ないのだろうということが、理解できていたから。


 会えなくなって初めて、僕は家族の暖かさを知った。帰れなくなって初めて、僕は家の安らぎを知った。失って初めて、僕は人の存在感を知った。住む場所が変わっただけ。取り巻く環境が変わっただけ。もう二度と帰れない場所に、やってきただけ。たったそれだけだというのに、こんなにも心は色あせてしまう。自分の帰るべき場所は、在るべき場所は、もう、どこにもない。


 それが少しだけ、ほんの少しだけ、寂しかった。あの頃、僕の周りにいてくれた人たちは、もう、どこにもいない。


 けれど。

 新しく出会えた人たちが、そこにいる。


 僕の視線をちらちらと気にしながら、やり難そうにお皿を洗うリナリアを見つめて、僕は笑みをこぼした。



 ねえ、夏夜。そっちの世界は住みやすい? 父さんは元気かな。母さんも相変わらず? じーさんはどう? 玄さんといつもみたいにやってる?

 僕はまあ、なんだかんだあったけど、楽しくやってるよ。


 異世界と呼ばれる、そんな場所でさ。
  














――――――
<作者の4月馬鹿>

 というわけで、「異世界に来たけど(ry」にここまでお付き合い頂きありがとうございました。

 作者のちっぽけな思いつきと妄想がここまで続いてこられたのも、ご感想を下さった皆様、お読み下さった皆様のおかげです。

 できればこのまま、まったりと続けていきたいとは思っていましたが、そろそろ作者が限界を感じました。プロットも作らず、世界観も話を書く度に都合の良いように付け加えていった結果、そろそろ書くのが面倒になり、しんどくもなり、作者は疲れたのです。

 そろそろ美少女エルフでも出すかなーとか、主人公を殺しに来るモンスター娘でも出すかなーとか、異能バトルものにでも転向しようかなーとか、思うところは多々あり、出していないキャラも多々あり、思いついたは良いけど、話の中では一切描写していない設定もありますが、これは全てなかったことにしましょう。それでみんなが幸せになれるのです。

 最初は、エイプリルフールだからなんか面白い短編でも書いてやるぜ! と思ってこの話を書き出したのですが、夏夜のセリフを書いていて、忘れていたことを気付かされました。


「人生は道楽。楽しんだ者勝ち」


 この思いから書き出した、この小説でした。楽しく書きたいから、プロットも作らず。楽しく書きたいから、思いついたキャラを思いついたときに出す。それが楽しかったのです。

 ですが、正式板に移行した今日。考えるべきことが増えてしまいました。プロットを作って、設定の矛盾がないか気にして、文章量も増やして。「やりたい」が、いつの間にか「やらなければ」に変わっていたのです。

 これ以上続けても、作者は楽しんで小説を書くことはできません。

 今までご愛読頂き、本当にありがとうございました。いつかまた続きを書くやもしれませんが、ひとまず、この物語はこれでおしまいです。また、どこかでお会いしましょう。


 本当にありがとうございました。
















































 やあ (´・ω・`)

 ようこそ、喫茶「ハルシオン」へ。

 このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。未成年はこっちのオレンジジュースだ。


 うん、「また」なんだ。済まない。

 仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

 どこもかしこもエイプリルフールネタが転がっているから、もう見飽きたって人もいるかもしれない。


 でも、このあとがきを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「せつなさ」みたいなものを感じてくれたと思う。

 殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

 そう思って、このあとがきを作ったんだ。


 じゃあ、注文を聞こうか。





 最初から小説書くのなんて苦痛なんだから、今さら文章量が2倍3倍になったところで痛くもかゆくもないよ! プロットなんて飾りです! もう最終話のラストを考えてるのに、こんな中途半端な状態で終われるかよ!

 というわけで、このお話はまだまだ続くよ!


 ゆっくりしていってね!!!



▽ノルトリ「以下、感想レスで……ござる」

>多分ミスだと思うけど、『クライエット』が途中から『クライエッタ』になってますぜ?
>どっちが正しいのかわからないけど。
 ごめんなさい。本気で見落としてました。瞬時に修正しておきました。クライエッタが正しいです。嘘です。

>また幼女が増えたww。
>やはり作者はロリコンなのでは?
>ちなみにカミングアウトすれば脳内俺の4割はロリコンだ。
>つまり脳内野党最大勢力だ。
>そしてヒロイン『候補』フラグ増加が止まらない件。
>最終的にヒロインは今流行の転生系でゴル爺→昇天→転生→TS。と予想してみる。
 つっこみ所が多すぎて思わず全文持って来てしてしまった。
 とりあえずあれだよ、脳内野党最大勢力って語感が気に入りました。嘘です。

>ふと思ったのですが、RPGお馴染みの和風なヒロインは無いんですか?
>東から流れてきた女剣士とか、異国の令嬢とか。
 もちろん出ます。嘘です。

>ここ数話でまた世界観が広がっていっていますね。宅配便わんこに生徒会に王女ですか。先がとても楽しみですね。でも収拾つくのん?w
 最初から収拾つける気なんてさらさらねえべさ! 嘘です。

>それはそうと、感想レスが消去されてる・・・
>そんなノルトリの貴重な出番があ
 本編読むのに邪魔だろうから、逐次削除することにしました。
 ノルトリの出番は、あれです、これからはパンダマンのごとく。嘘です。

>もうアニメ化してください。
 京アニでお願いします。嘘です。

>それでゴル爺の回で天恵のことを本で読んだ、と説明してるんですが
>今回字が読めないって言ってますけど
>そこのところどうなんでしょう?
 あちゃー。普通に見落としてましたね。皆さんいいですか、世界観を最初に練っておかないと、往々にしてこういうミスをおかすわけです。だから世界観とか設定はしっかり作っておけと言われるわけですね。勉強になったね。嘘です。
 指摘に感謝。

>この際ファンタジー的な種族を全部ロリで出してはどうでしょう?
 吝かではないですけど、ラブコメとかにはなりませんよ?
 かわいい妹とかわいいお兄ちゃんのじゃれ合いの風景みたいになる気がします。嘘です。

>そして貴方は良いロリコンなのですね、ワカリマス。
>そして、マスターもロリコンなのですね、ワカリマス。
 作者はロリコンですか?
 いいえ、彼はロリコンではありません。嘘デス。

>絵描きの話で少し泣きそうになったのは俺だけじゃないはず。
 感受性豊かな人は芸術家に向いていると思います。嘘です。

>こ・・・このマスターは・・・バーボンハウス?
 やあ (´・ω・`)
 ようこそ、バーボンハウスへ。嘘です。

>ときに、少し気になったのですが。
>人物の名前にラ行文字の使用率がかなり高いですね。
>含むのが……リア、ハル、キール、ノルトリ、アルベル、ゴル、リナリア、シルル、リュン、ガブリウス、アルリエット、パリッシュ、リリエッタ、クライエッタ
>含まないのが……ユイ、アイネ、カティア、ウェット
>特に女性陣が4文字呼称の事が多いので、響きが似通って間違いやすくなっているような気がします。
>一度しか登場しない人が多いとの事ですので命名ネタが大変かとは思いますが、ご考慮いただければと。
 すごい。これは全く意識していなかった。
 ラ行の響きが好きなんでしょうね、深層意識の中で。語感で名前を考えるとこんな状態になるようです。
 有意義な情報、ありがとうございました。次はマ行でいってみようと思います。嘘です。

>作者さんは間違いなくロリ。
 だからロリコンじゃないって……あれ、作者がロリ? 作者=ロリ?
 …………。
 そうです、実は私、ロリなんです。嘘です。

>ノルトリの勇気が世界を救うと信じて・・・!!
 ノルトリ「別に滅ぶなら、それはそれで……」

>それで、電撃(もしくは角川)から発売されるのはいつですか?
 来年の秋ごろの予定かもしれませんがそうじゃないかもしれません。果ては芥川賞を超え、ピューリッツァー賞を狙っています。嘘です。

>猫科獣人男性キター!!
 そこに食いついてくれたのはあなただけでした。世界は平和なようです。嘘です。

>リアさん真ヒロインフラグに未来はにぃのですか;;
 人生何が起こるかわからないものですから、希望は捨てずに生きていきましょう。嘘です。

>先生先生!! 和風ロリとか如何ですか?
>『兄さま』と書いて「にいさま」や「あにさま」と呼ばせたり。
 個人的には「にいや」を推したい。そして妹キャラを出したい。そしていつかは学園ラブコメ物に……嘘です。

>キャラ紹介とか書いてもらえるともっと面白いかも
>人物設定的なものを上げてくれると嬉しいです。
 これって必要です? 需要あるなら書きますが。嘘です。

 風見鶏:♂
 キーワード:【作者】【全ての元凶】【話を聞き逃したらとりあえず頷いておくタイプ】【比較的温厚】【めんどくさがり】【この世界の神】【だるい】【書くほど人物設定とか作っていないのは秘密】【銀髪好き】【ロリ】【コン】

 ……あ、人数分書くのだるいや。


 というわけで、こんな文章をここまでお読み頂きありがとうございました。至って普通に今後も続きます。首を洗って待っていてください。本当です。




▽後日記【4月2日】
 エイプリルフールじゃなくなっちゃったので、誤解を招きそうな表題なんかを変えときました。祭日も毎日続けば退屈になるといいますし、皆様にひとときのサプライズをお贈りしたかっただけなのです。笑って許して。

 お詫びついでに、消しちゃった感想レスを復活させときました。感想レス無しばーじょんはブログの方に置いてありますので、感想レスが邪魔だって方はそちらをご覧頂ければと思います。

 では、また次のお話でお会いしましょう。





[6858] 我輩は猫かもしれない
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/12 22:14



 我輩は誇り高きラーオン族の純血種である。名前は猫である、らしい。

 どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。といっても、単に忘れただけなのだが。自分の生まれた場所など、いちいち覚えてはおれぬのだ。


 我輩の身には、誇り高きラーオンの純血が流れている。獣人というのは血に混ざり物のある劣等種であるから、今となっては我輩の存在は真に稀有であろう。あっちもこっちも人の形をしたものばかりで、誇り高きラーオン族もまた同様である。我輩は悲しい。


 純血である我輩であるから、当然見目麗しい。人間の両の手の平の上にすっぽりと納まる大きさであり、毛はまるで闇を纏ったかのような色つやである。毎日の手入れは欠かさぬので、手触りはふわふわだ。といっても、これは世を忍ぶ仮の姿なのだが。

 本来の姿に戻っても何ら構わぬのだが、そうなると様々な不都合が起こってしまう。女子に「かわいい!」なんて抱き上げられもしなくなるだろうし、大きいおっぱいにも小さいおっぱいにも顔をうずめる事ができなくなってしまう。そして撫で撫でもされなくなってしまうであろう。

 もちろん、我輩には何の問題もない。だが、この毛を撫でられぬことで涙を流す人間はあまりに多いはずだ。誇り高きラーオン族の純血種である我輩は、実に情け深いのである。


 そんな我輩であるが、最近になって名をもらうことになってしまった。


 親を知らぬ我輩はもともと、名を持たぬ存在であった。この身に流れる血の誇りだけを知り、その尊さを頼りに生きてきたがゆえ、名などという矮小なものは必要なかったのである。


 ある日のことだ。

 我輩はあまりの空腹のせいで道端に倒れ伏していた。雨の月と呼ばれるだけあって、半月近くの間ずっと雨が降り続いていた。

 ふわふわ感が自慢であった我輩の毛も泥に汚れ、体力は奪われてしまった。道行く人間は少なく、我輩に食事を献上する者たちもまた、この雨のせいで我輩を見つけられないようだった。

 そんなこともあって、我輩は情けなくも力尽きてしまったのだ。どこを歩いたのか、どこで足を止めたのかはとんと分からぬ。冷たい雨が体を打ち、身を包む虚無感にも似た寒さを記憶に残している。ふいに我輩を抱き上げた、暖かな手の感触もまた、同様に。


「猫?」


 声からして、どうやら若き少年らしい。男には決して触らせぬと決意していたので、我輩はなんとかその手から逃れようとした。例え命に危機が迫っていようとも、我輩に流れる血の誇りがそれを許しはしないのである。

 しかし、弱りきった我輩の体はぴくりとも動かぬ。それどころか、体を包む暖かさを心地よいなどと感じてしまったのだ。我輩は情けなかった。よもや、乙女の胸以外の場所でそんな思いを抱くことになるとは。


 体は動かず。瞼も重くなる。せめて我輩を抱き上げてくれやがった不埒者の顔を一目と思ったが、それすらも叶わぬことであった。我輩は落ちるように意識を失った。もう目覚めることがないとすれば、我輩の死に場所は男の手の上。悔やんでも悔やみ切れぬ。


 ゆえに、我輩は地獄より舞い戻ってきた。死んだわりには黄泉の国というものも見ず、体を離れた実感もなかったが、おそらく死んだはずである。そして我輩の強き意志と強靭な魂によって、奇跡の復活を果たしたのである。さすが我輩、惚れ惚れする。


 ところで、ここはどこであろうか。


 雨によって灰色に染められた世界は、本来の色鮮やかさを取り戻していた。凍えるような寒さは、心蕩けるような暖かさに移り変わっている。

 よくよく見れば、我輩は真白い布で包まれていた。柔らかな布が敷き詰められた籠の中に身を横たえ、その上にも布が掛けられている。部屋の隅では、暖炉の中で火石が煌々と熱を放っていた。


 少年の手に抱き上げられたことは覚えていたが、こんな部屋はとんと見覚えがなかった。暖炉の前にはチェス盤の置かれた小机があり、それを挟むように揺り椅子が2つ並んでいる。目立つものはそれくらいで、あとは寝具と大きな収納棚、我輩が乗っている机くらいしかない。窓はあるが、透明度などないに等しいので、外ではまだ大雨らしいということしか分からぬ。


 どうやらこれ以上考えても、新しい発見はなさそうであった。


 諦めの良さもまた我輩の美点である。それに、この暖かさは中々に心地良くて離れがたい。

 布に顔を埋め、尻尾をゆらゆらとさせてくつろぐ。見知らぬ場所でここまで心安らかに寛げるのは我輩くらいなものだろう。


 しばらく夢見心地に寝ていると、扉が開いた。

 そこから入ってきたのは若い女子であった。いや、これは男だろうか。なんと、この我輩が判断に迷うような容姿であった。


 髪は長くもなく、短くもなく。我輩ほどではないが、美しい黒色をしている。瞳は大きく、その色は月夜の闇を湛えたようだ。体は小さく、盆を持つ手指は細い。やはり女子だろうか。しかしあの、あまりに平坦な胸は……いや、我輩は胸に貴賎があるとは思わぬ。たわわであれば良いというものではないのだ。

 判断に困って首を傾げたままの我輩に気付いたらしく、少女か少年は声を漏らした。


「よかった。起きたか」


 この声は、あの時に我輩を抱き上げた者ではないか。むう、少年であったか。


 我輩が落胆していると、男らしからぬ容姿をした少年が我輩のもとへとやってくる。その手にある盆の上には、湯気を立てる皿があった。ほのかなミルクの香りが、空っぽの胃袋を刺激する。


「とりあえずミルク粥を作ってみたけど……食べるかなあ。ジジは食べてたんだけど」


 ジジが何者かは知らぬが、心配せずともよいぞ少年。我輩、好き嫌いがないのが自慢である。味が良いならなんでも食べるぞ。


 落ち着いた動作で、少年は我輩の籠の前に皿を置いた。真白いミルクの中には、粒々とした穀物がある。この地方では珍しい物ではあったが、我輩はそれの名を知っていた。コメと呼ばれるものだ。もっとも、コメをミルクで煮るという料理があることは知らなんだが。


 味について多少の不安はあれど、空腹には耐えがたい。体を起こし、籠から机の上に足を降ろす。体の芯に寒さが残っていたが、暖められた室内のおかげで辛くはない。それよりも食事である。


「お、元気だなあ」


 机と揃いの椅子に腰掛け、少年が笑みを見せる。浮かべた笑みを見るに、悪しき人間ではないようだった。

 我輩の体ほどの大きさがある皿に近づき、湯気の中に顔をつっこむ。濃厚なミルクの香りが鼻孔を膨らませ、我輩の食欲は留まることを知らぬ。我輩は貪るように舌を伸ばした!


「ふにゃぁ!?」


 熱っ! ちょ、めっちゃ熱っ!

 食欲に背中を押されるままに行動してしまったが、我輩、熱いものは食べられないことを忘れていた。なんたる失態。ええい少年よ、愉快そうに笑うでない。我輩は楽しくも何ともないぞ。


 できれば冷めるまで置いておきたいところであったが、それは我輩の矜持が許さぬ。ちょっとばかし熱いだけのミルク粥に、灼熱の情熱を身に秘めた我輩が劣ることなどあってはならぬのである。お腹も空いているのである。


 舌の火傷を瞬時に癒した我輩は、慎重に皿に近づく。我輩は同じ過ちを侵すことのない存在である。そのような愚かさは持ち合わせておらぬのだ。ふうふうと息を吹きかけて熱を飛ばし、ミルクを舐める。

 舌の上に広がるのは焼けるような熱さ。しかし、それよりも強く我輩を支配するものがあった。コメは舌の上で噛むまでもなくとろけだし、ミルクの芳香と混ざり合う。口の中を満たすあまりに凝縮された味のかたまりは、しかしすぐさま消え去ってしまう。後に残るのはミルクの爽やかな香りだけであった。


 ―――うまい。


 くどさを感じさせるぎりぎりの濃厚さでありながら、ふと気付けばもうどこにもいない。あれほどの存在が、かすかな残り香だけになっている。いくら探せど、もうどこにも見つけることはできない。そのもどかしさと言えば、うまいというよりも、もはや快感である。


 我輩は熱さも忘れ、粥を貪った。舌が焼ける度に治癒し、突き抜ける熱さとミルクの香ばしさに身を浸した。食べるごとに体の奥底がゆっくりと温まり出し、活力がみなぎって来るようだった。ああ、こんなにうまいものが存在していたとは。


 瞬く間に我輩は皿を空にした。腹は温もりで満たされ、緩やかな眠気が体を包んでいた。寒さの中で襲われた冷たい眠りではなく、安らかな春の日差しの下で身を横たえるような、暖かい眠りであった。


 満腹になった我輩は少年に頭を下げることで礼を見せ、それからまた、籠の中へと戻った。布の中に潜り込むと、すぐに意識は沈んでいった。眠りに落ちる寸前、少年の手に撫でられた気がする。まあ、よかろう。美味なる食事の対価だ。我輩の毛並みの良さに惚れ惚れするがよい。
 



 それからしばらく、我輩はこの少年と住居をともにすることにした。

 相変わらず雨が続いていたという理由もあったが、少年の料理があまりに美味だったもので、我輩はちょっとばかし少年から離れられなくなっていた。恐ろしい中毒性だ。


 少年は、喫茶店というものをやっているらしいことが分かった。もとは酒場と宿屋を合わせたようなものだったらしいが、今は宿屋はやっていないようだ。2階に存在するいくつもの空室が、静かな暗闇を湛えている。


 ひとりの人間にここまで密接して生活を覗く機会も珍しいので、我輩はこの少年を観察してみることにした。純血である我輩にとってみれば、種を異とする人間の生態は実に興味深い。


 喫茶店とやらの片隅に寝転んで、客と少年のやり取りを聞くうちに、いくつかの情報を得ることができた。


 まず、少年の名はユウというらしい。古きラーオン族の言葉で「凶悪なうさぎ」という意味であったはずだが、人間の言葉ではどういう意味なのであろうか。まあ、響きは悪くなかろう。


 ユウという少年は、ひとりで暮らしているようであった。人間では15、ラーオン族では13で成人と認められるゆえ、不可解というわけではない。我輩から見ても、少年は中々に優れた人間であるように思えた。日々の炊事と掃除、店の経営、接客。ひとりでするには大変であろうそれらを、少年はよくやっている。客のくだらぬ話にも耳を傾け、老人の生産性のない昔話にも笑顔で対応し、幼子らの相手も嫌な顔ひとつせず務めている。しかし我輩がなにより驚かされたのは、その少年の高潔さであった。


 ある時、質の良い服を着た裕福そうな商人が銀時計を忘れて行った。精巧な細工の施されたそれは、さぞ高く売れることだろう。時計というのはそれだけでも高価なもので、銀製ともなれば値段の桁が変わる。


 我輩はなんとはなしに少年がその時計を手に取るところを見ていた。なんら疑問に思うこともない。少年はそれを自分のものとし、売り払うなりなんなりとするのだろう。忘れていく人間が悪いのだから。少なくとも、我輩が今まで見てきた人間は、そのようにしてきた。

 けれど少年は、それをカウンターの後ろにある棚の目立つ場所へと置いた。なにをしたいのか我輩には分からなかった。少年の真意を知ったのは、その翌日のことだ。あのときの商人が再びこの店にやってきた。少年に時計を忘れていないかと訊ねるその顔は、諦観に満ちていた。


 当然だろう。無くした金目の物が戻ってくるなど、首都であってもほとんどあり得ぬことだ。商人もそれはよく知っているはずだった。それでも諦め切れぬほどに、あの時計は大事なものらしい。


 ゆえに、少年が銀時計を差し出したときの商人の喜びようはなかった。髭面を喜色に染め、飛び上がらんばかりに興奮し、少年の手を握りしめて礼を言う。果ては礼金を払うとまで言い出した。


 少年は首を振った。

 当たり前のことをしただけだから、お金はいらない。そう言った。


 尚も商人は金を払うと言いすがったが、少年は頑として首を振らなかった。商人というのは他人に借りを作りたがらない人種だ。それが後々にどんな損害を生むかを知っているからである。金はいらぬと言う少年に、商人も困っているようであった。


 そんな商人に向けて、事態を見ていた客のひとりが言った。


 マスターはそういう人間だから、何を言っても無駄だよ。


 店内のそこかしこで、老若男女の客が同意するように笑った。馬鹿にしてからかう笑いではなく、少年の人柄を快いものと認めた笑いであった。

 商人もついには諦めたようで、取り出していた財布を懐に収めた。代わりに、こんなことを言い出した。


 なにか必要なものはないか。私は商人だ。なんだって手に入れてみせる。


 少年は悩んでいたようだが、断っては商人も納まりがつかないことを見て取ったのだろう。それならと了承した。そのままいくつかの商談が交わされたが、商人が提示した金額は、いずれも通常より安価であった。

 そのことを少年が指摘したが、商人は笑って言った。良心ある人間とは良心ある取引を、これが持論なのだと。


 見事な細工のされた銀時計を持つ人間だ。優れた商人なのだろう。そういった者と取引ができることは、少年の考える以上に価値のあることだった。

 他人のものに手をつけず、それを当たり前と言った少年の良心に、商人も応えてみせたのだ。


 少年は簡単にやってのけたことだが、それができる人間は多くはいない。我輩にとっては金銭など無意味であるが、人間はそれを非常に価値あるものとしているからだ。金さえあれば人生が豊かになり、最上の幸せを味わえると信じているらしい。ゆえに、ひとたび金が絡めば、人間は知識ある動物へと成り下がるものだと思っていた。


 その日を境に、我輩はユウという人間を別個の存在として見るようになった。

 人間を創るのは環境だ。このような動物らしからぬ存在を、金が絡んだとしても知識ある人間であり続けた存在を創った環境に、興味を抱いたのだ。


 知れば知るほど、我輩は少年の異様さを知った。


 優しさと繊細さ、他人に対する好意や思いやり。人が人を心から信じることが稀少であるこの世界で、少年はまるで汚れを知らぬ純白の布のような存在であった。この世に純粋なる悪など存在しないと、信じているようなお人よしであった。まるで信じられぬ人間だ。争いなど起こらぬ平和ボケした世界で生まれ育ったのではないかとさえ思える。


 しかし、その真白さに魅せられた人間が、確かにいた。

 馬鹿と付けても過言ではないそのお人よしに、心を許す人間。裏切られることがない、傷つけられることがない。その穏やかさに、人は心地よさを感じていたようだった。誰もがここでは気を抜き、安らかな笑みを浮かべている。近すぎず、遠すぎず、そんな絶妙な心の距離が、人には時に暖かな安らぎとなるらしい。


 多いとは言えないが、さまざまな人間が毎日のようにこの店に訪れた。我輩が名を知る者もまた、幾人かいた。我輩ですら知っているのだから、人間はより詳しく知っているだろう。しかし、誰も騒ぎ立てはしなかった。この店の中では、誰もが他人に不用意な干渉をしようとはしない。互いが互いを尊重し、なごやかな空気が流れていた。


 そんなある日、真黒のドレスに身を包んだひとりの少女がやってきた。月のない夜の、深く深く光を飲み込んだ色の長髪を持った、年端のいかぬ少女だった。いとけない顔であり、体も華奢であった。しかし我輩は、その存在に血を滾らせた。


 我輩の身に流れる古き血が、ラーオンの声が、この者の本質を叫んでいた。

 出入り口にもっとも近いテーブルの上で横になっていた我輩は、少女が店内に入った瞬間にすぐさま立ち上がった。


 構える我輩を一瞥することもなく、少女は毅然とした歩みでカウンターへと向かった。優雅な動作で椅子に腰掛け、少年に言う。


「お兄ちゃんって、わたしみたいなちっちゃい女の子に欲情しちゃうの?」


 ……なに?

 我輩が言葉の意味を理解する前に、少年が口を開いた。黒の少女に臆することもなく、向かい合い、笑顔で。


「帰れ。その髪で首絞めるぞ」

「……やだもう。冗談なのに」

「お前の冗談は笑えない」

「お兄ちゃんのいけずぅ。ベッドの上ではあんなに愛してくれたのに……」

「よし分かった。いますぐその首絞めてやるから待ってろ」


 言うやいなや、少年はカウンターから身を乗りだし、少女の長い黒髪を握った。それを鮮やかな手並みで少女の細首に巻きつける。


「え、あ、ちょっ!? ダメダメダメ! 本気で私の首を絞めようとしないで! マズイから! 私の命もマズイし貴方の世間体もマズイから!」


 首に巻きついた自らの髪に危機感を覚えたのか、少女は少年の手を止めようとする。

 そのまましばらくの間、少年は本気で少女の首を絞めようとしていたようだったが、少女が巧みに防いでいた。やがて、少年が諦めて手を離した。


「……ちっ」


 非常に惜しそうな舌打ち。我輩は少年のことを穏やかな人間だと思っていたが、裏面が存在したらしい。とんだうさぎである。


 首元でくしゃくしゃになった髪を手で梳いて整えながら、少女は感心したように呟いた。


「貴方って、ときどき本気で遠慮なくやろうとするから侮れないわ。久々に命の危機を感じたもの」


 身に付けたエプロンの乱れを直しながら、少年が胸を張った。


「やるときはやる男だから、僕」

「こんなことで胸を張られても……」


 我輩は脱力した。身構えていた自分のなんと滑稽なことか。

 その場に再び身を横たえる。


 少年に出されたカップを啜る少女の姿は、何の変哲もない純真な存在に見える。幼さゆえに感じさせる未熟な美しさがさぞ人の目を惹くことだろう。

 しかし、やはり我輩の血は警鐘を鳴らしている。あの少女が身に宿す、穢れを訴えている。

 少女の本質を判断しかねていた我輩の耳に、ふたりの会話が聞こえてくる。


「それでどう? 考えてくれた?」

「考えるもなにも、嫌だってば」

「あら、悪い話じゃないのに。わたしみたいにかわいくて魅力的な女の子が頼んであげているのだから、男ならふたつ返事で頷くものでしょう?」

「かわいくて魅力的な女の子? え、どこに?」


 少年が左右を探す素振り。少女の顔にぴくりと青筋が浮かぶ。


「良い度胸ね、ユウ。現実から逸らされた目を戻してあげるために、今日の夜にでも貴方の部屋にお邪魔してよろしいかしら? 鍵は閉めてくれていて構わないわ。障害があるほど燃えるの、わたし」


 少女の目は本気だった。思わず我輩もびくりと背筋を震わせてしまったほどだ。


 美しい女子と床を共にするのは男の本懐とも呼べるものだが、それよりも先に命の危機を感じさせる。あの少女に囚われてしまえば最後、死ぬまで自由にはなれないだろう。

 少年もまた、男としての本能が危険を感じとったらしい。


「あっ、こ、こんなところにとてもかわいくて魅力的な女の子が! って、誰かと思えばユイじゃないか! あまりに魅力的で気付かなかったなあ!」

「……わざとらしい」

「いや、ほんとだって。僕は嘘のつけない体質なんだ。ユイはかわいいよ。性格がちょっとアレだけどかわいいよ。中身さえ普通だったら目を奪われるくらいにはかわいい。ユイは本当にかわいくて、思わず近寄りがたいっていうか、お近づきになりたくないほどだよ」

「あ、あら、そう? そこまで言うなら信じてあげようかしら」


 少女が頬に紅葉を散らし、自らの黒髪を右手でかき上げる。どうやらオツムはあまりよろしくないらしい。


 顔を背けて笑いを堪えている少年には気付かず、少女は満足げに優雅な動きでカップを口に運んでいた。


「とにかく、もう少し真面目に考えなさいな。わたしは本気だから」


 少女の視線が向けられると同時に、少年は笑みを消して至極まともな顔になった。その変わり様は、一種の特殊技能ではないかと思わせるほどだ。


「だからさ、ユイが本気でも困るって。むしろユイが本気だから困るんだって」


 少年に向けて、少女が艶やかな笑みを見せる。子供が浮かべるにはあまりに不相応であったが、少女にはぞっとするほど似合っていた。


「貴方を愛しているの、狂おしいくらい」


 話の筋はよくわからないのだが、言葉だけを聞けば愛の告白だろうか。


 少女は細指を伸ばし、少年の頬を愛おしそうに撫でた。少年の瞳を絡めとり、妖艶な表情で言葉を紡ぐ。


「だから、わたしのものになりなさい」


 我輩は言葉を失った。いや、すごいものだな。中身に宿すものはどうあれ、あの年頃の少女がこうまで言い放つとは。最近の子供はとても進んでいるようだった。少年にちょっとだけ羨ましいものを感じてしまう。できれば、もう少し成熟した乙女であれば文句はないのだが。


 あそこまで熱い愛の告白に少年はどう答えるのか。

 ちょっとしたわくわくを感じながら待っていると、少年が頬に当てられた少女の手を握った。


「あっ……」


 思わず声を漏らす少女に、少年は顔を近づける。頬を鮮やかな色に染めた少女に、真剣な瞳を絡め合わせる。


「ユイ……まさか、君がそこまで僕のことを思ってくれていたなんて。もう我慢できないんだ……目を、閉じてくれるかな」

「……はい」


 熱っぽい瞳で、少女は目を閉じた。期待でかすかに息が上がっているようだった。

 真昼の純愛劇にわくわくの我輩である。


 未熟な美しさを持った少女の唇に、少年が接吻を―――


「いたっ!?」


 するわけもなく。

 少女の額を、右手の中指で弾いたのだった。込められた力を知らしめるように指がぎりぎりと震えていたから、かなり本気の一撃であったようだ。

 鈍い音を放った額を両手で押さえ、少女は痛みにもがいていた。


 やがて、頬ではなく額を赤く染めた少女が、目じりに涙を浮かばせて少年をきっ、と睨む。


「な、なにをするのよ貴方は! これが純情清らかな乙女にすることなの!?」

「アホか。純情清らかな乙女が『わたしのものになりなさい』とか言うわけないだろうが! 寝言は寝て言いなさい」

「わたしは本気よ! 本気と書いてマジよ! 貴方はわたしのものになるのっ。わたしに仕えて、美味しい料理を毎日作るのよ!」

「完全にメシ目当てじゃねえかっ!」

「いたいっ」


 少年が少女の頭をひっぱたいた。

 叩かれた頭をさすりつつ、少女が少年を見上げる。


「なによもう。ちょっとした冗談じゃない」

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」


 少年が嘆息。うむ、我輩もあれは本気だったと思うぞ。


「あ、でも、貴方のつっこみもちょっと気持ちいいかも……」


 うっとりとした表情で、少女がぽそりと言った。

 少年のなんとも言えぬ苦い顔が印象的であった。




 終始、ふたりが交わすのはそんな会話だった。少年はひどく疲れた様子であったが、少女は楽しげであった。なんだかんだで、勝者は少女のようだ。


「それじゃあ、また来るわね」

「頼むからもう来んな」

「もう、照れやさんなんだから」


 頬を染めて言う少女に、少年はもう何も言い返さなかった。どんな言葉も無駄だと悟ったらしい。


 少年の反応にくすくすと笑って、少女はこちらへ歩いてきた。扉に手をかける前に、我輩の頭に手を伸ばす。それを避けようとしたが、しかし我輩の体は動かなかった。まるで何かに縛り付けられたように、ぎしりとした感触。驚きと共に我が身に目をやる。そして我輩は、そこに鎖を見た。気付かぬうちに幾重にも巻きつけられ、我が身の自由を奪う闇の鎖。我輩ですら、強く意識しなければ目にすることすら難しい。


 少女の手が我輩の頭を優しく撫でる。その優しさが、理解し得ぬ恐怖を感じさせる。

 腰を折って我輩の顔に口を近づけ、浮かべる笑みとは対照的な温度のない声音で少女が囁いた。


「あら、純血種<ブリミナル>なんて珍しい。……でも、もしユウになにかしようものなら―――その小さな体を粉々に引きちぎって肉片ひとつ残さずに消し飛ばしてあげるから、注意なさい」

 光の消えた瞳でそう言い捨てて、黒服の少女は去っていった。

 薄ら寒いものを感じながら、我輩は小さな背中を見送った。我輩を縛り付けていた鎖は、いつの間にか消えていた。




 それからしばらくして、雨の月も終わりを告げた。高く澄んだ青空が広がり、雲が穏やかに流れてゆく。

 久方ぶりに喫茶店の外に出た我輩は、半月にも満たぬ時を過ごした場所を振り返った。そこには興味深いひとりの少年が住んでいた。うまい食事があった。暖かな寝床があった。


 もうしばらく、あるいは永き時をここで過ごすのも、悪くない。


 しかし、我輩は気高きラーオン族の純血である。誰かに与えられるだけの安寧に甘えることは、我輩の誇りが許さぬのだ。許せ少年よ。我輩は今、広き世界へと再び旅立つのだ。大地を寝床に、空を天井として生きて行く。もう会うこともないだろうが、泣くでないぞ。別れこそが人生なのだ。健やかにあれ。


 世界に光が溢れ、新たな一日が始まる。

 我輩は、この世に刻む確かな一歩を踏み出した。





 φ





「ねこー、ねこー?」


 ある日の昼下がり。客足が途絶えたのを見計らって、僕は皿を手にして店の裏に立っていた。皿にあるのは秋刀魚に似た魚である。


 この世界は不思議なもので、犬とか猫と言った動物がとんといなかった。猫に似た生物(どちらかと言うとタヌキっぽいの)はいるのだけれど、僕の世界にいたような猫は全くいない。猫系の獣人はいるのになあと残念に思っていたところ、ちょっとばかし前に見つけたのだ。正真正銘の猫を。


 これがまたかわいいのだ。子猫なのか、体はとても小さくて、黒色の毛はふわっふわである。もふもふするとすごい癒される。


 雨の日に拾ったその猫は、2週間くらいそのままうちに住んでいた。

 人の目を気にせずに猫耳を好きなだけ撫で撫で出来る機会はそうそうないので、思う存分撫でてしまったのだけれど、思えばそれがいけなかったのかもしれない。ある日、猫はいなくなってしまった。


 ちょっとだけショックだった。あのふわふわな毛並みの手触りがちょっとした中毒になっていた僕は、涙をこぼしたものだった。


 しかし一週間後、黒猫は何事もなかったようにひょっこりと僕の前に現れた。それ以来、定期的に食事を求めてこの店にやって来るようになっていた。これはあれか、餌付けに成功したのだろうか。


 せっかくだから名前でも付けようかと思ったのだけれど、とくに良いのも思いつかなかった。タマとかじゃ面白くないし。結局、僕はいまだに猫と呼んでいる。この世界には猫という存在がいないので、猫だって名前みたいなものだろう。


「ねーこー? にゃー? にゃにゃーん?」


 この時の僕の姿は、決して人には見せられない。もし見られようものなら、相手によっては刺し違えようかと思う。


 しばらく呼び続けていると、裏路地の方からとことこと小さな黒猫が駆け寄ってきた。どことなく気品のある動きであるが、かわいらしさの方が強い。

 しゃがんで、僕の足下までやってきた黒猫に皿を出してやる。猫は僕にお礼を言うように一声鳴いてから、魚をはぐはぐと食べ出した。長い尻尾がゆらゆらとご機嫌に揺れていた。


 僕は猫の頭を撫でる。ああ、すごい癒される。

 喉をくしくしと撫でると、猫が目を細めた。


「かわいいなあ」


 僕に応えるように、猫がにゃーんと鳴いた。




















――――――
<棚から作者>

 夏目漱石氏の作品で一番好きなのは、夢十夜の第一夜です。あれはすごい。

 さておき。

 今回は伏線話みたいなあれです。ここに置いておくと、後々で書ける話が広がるのです。ですので、今回の話はまさに必要不可欠であって、全てを計算した上で書いたのです。決して「あー猫の話書きてえ。でもノルトリ出すとまたロリコンとか言われるしなあ。あ、夏目漱石のアイデアをぱくれば拝借すればよくね?」とかいう思考があったりはしません。

 だったはずなのにまたロリだよ……ちらっと登場またロリだよ……どうなってるんだよこの小説……作者の頭大丈夫なのかよ……ロリ帝国でも作るのかよ……自分で自分が分からないよ……。

 思いついたときに思いついたことを書くからこうなるんですね、わかります。まあ、さすがにロリはもうネタ切れです。しばらくは年齢層が上がるはずです。きっとそうだと、信じています。


▽返信わふー

>だ、騙されてなんかないんだからねっ!
 ツンデレかわいいよツンデレ。

>乙!面白かったよ!次回も頑張ってね!
 ありがとうごじゃります。

>次回も楽しみにしてるんだからね!!!!
 ツンデレかわいいよツンデレ。

>びっくりしたなーもー!
 かわいいなーもー。このセリフだけで新しいキャラのイメージが湧いてきたよ!

>べっべべ別に終わったななななんて、お、思わなかったんだからね!!!
 ツンデレかわいいよツンデレ。

>いやまて、実は至って普通に続きを書くって方がウソで…(アレ?
 普通に続きを書いちゃってごめんねっ。

>ロリが出ないのでエイプリルフールだと認識した。
 その発想はなかった。

>作者はツンデレ、これ宇宙の真理ね。
 そんなバカな。クーデレだと信じていたのに。

>とりあえず、電撃文庫かどこかの出版社に投稿してこい。
 じゃあさっそく投稿してきますね!

_____
|←電撃 |
|  文庫 |
. ̄.|| ̄ ̄       ┗(^o^ )┓         三
  ||           ┏┗ □←投稿作  三
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
_____
|←電撃 |
|  文庫 |                一次落ちだってさ
. ̄.|| ̄ ̄    三      ┏( ^o^)┛
  ||        三       ┛┓
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ダメでした……。

>なんていうか……夏夜を思ってちょっとしんみりしました。彼女はいまどう生きているのか。出会った人も確かにいるけど、望まず別たれた人もいる。
 ぽつん、です。主人公よりも夏夜の方が落ち込んでいたり。

>あとがきまで読んでこれで終わりか、しんみりしていたおれの気持ちを返せぇぇぇ!!
 つ「あとがきまで読んでこれで終わりかとしんみりしていた気持ち」
 ノルトリ「これで満足……? ウフフフフ」

>いい話だったなとほろっとした気持ちを返してくれ!!
 つ「いい話だったなとほろっとした気持ち」
 ノルトリ「これで―――……二度ネタは、だるいなあ……」

>俺の、俺のしんみりを返せぇえええ!!
 つ「しんみり」
 ノルトリ「……作者、三度ネタとか…………」

>ものの見事にだまされました、私の感じた寂しさを返せ。
 つ「寂しさ」
 ノルトリ「…………」

>俺の涙を返せ。
 つ「涙」
 ノルトリ「……元気だせ」

>ネタばらしを見た時に、少しも怒りが湧かずにただ安心してしまった自分が憎い!
 そんな貴方は心優しい人。

>いとこ召喚とかいいと思います。
 作者の技量的に無理。やった瞬間に「あちゃー……」な作品になりそうです。

>ところで作者さんはロリなん? マスターはロリ作者さんにとっての理想のお兄ちゃんなん?
 かざみロリ「ご、ご想像におまかせしますっ」
 ……文字って便利だなあ。

>小説は妄想してる時が一番楽しいと思います。
 アイデアを思いついたときは有頂天ですよ。美少女にニコポナデポ余裕です! って気分になります。が、形にしようとすれば現実が牙を向きます。
 幸せなのはアレですよ。布団の中で妄想している間だけですよ、きっと。あとは初稿を読むとき。

>楽しそうなのはマスターの人柄なんでしょうね
>うらやましいな~、絶対人生楽しめるんでしょうね。
 うらやましいよね~、絶対人生楽しめるよあいつ。作者はどちらかと言えば夏夜さんよりなのです。

>あと、知り合いが異世界に来る展開望んでる人いるみたいですが、個人的にはやめてほしいなと。
>作者さんのプロットがあるならそっちを優先してくれたほうがいいんですが。
 は、はははっ。あるに決まってるじゃないですか嫌だなあ! は、はは……その、夏休みの宿題は学校始まってからやっていました、とだけ。

>私は、もう4月1日に更新されたSSは信じないことにします・・・
>なんだなんだ!どこもかしこも「この話はココまでです」と言いながら終わらないじゃないか!!
>しかも、更新が途絶えたら「あの日で終わったんだよ・・・俺の中ではな!」とか作者が自己完結するに決まってる;;
 実は、あの日で終わったんだよ……俺の中ではな!
 いえ、あながち冗談というわけでもないんですけどね。書いている方は別にどこで区切ろうと構わないのですよ。続きは適当に想像できるし、場合によっては完結しているし。書くことでお金がもらえるのならまだしも、ネット小説なんぞ素人の趣味ですから。唐突に始まって唐突に終わるもんです。ただまあ、感想がもらえる事が嬉しかったので、もうちょっと続きます。皆さんいつもありがとう。
 ……これってクーデレっぽくない? ねえ、クーデレっぽくない?
 やっぱり作者はクーデレだったんだ。クーデレロリだったんだ!

>同じようなものに、ロボットの名前(搭乗型巨大ロボ系)はほぼ間違いなく濁音が入る、というのがあります。
 そんな馬鹿な。
 えーと、ガオガイガー……
 はっ!?←いまここ

>これからもこのSSを読める事に感謝の念を。そして作者殿にはどSの認定証を贈呈しますw
>つ『DOS』
 D=妥協なき
 O=思いと誓いを胸に抱き
 S=食パンうめえ
 ……うん、だいたいあってる。

>ようじょにかこまれろ!
 →ようじょはにげだした!
 →作者はまわりこんだ!
 ……いやいやいや。

>わんこ撫でがツボにw ちょ、わん娘の居る世界の入り口おしえて下さいマスター!
 最近はトラックに轢かれると逝けるみたいですよ。別の世界かもしれませんが。人によっては天使とかに会えるかも。

>エイプリルフールばんにゃーい\(^O^)/
 ノルトリ「ばんにゃーい……」

>これは、風見鶏さんが深層意識でラ行……つまり「ロリ」を意識してい(ry
 なにを言っているのですかあなたは。もっと崇高な意識に決まっているじゃないですか。
 ラ=ラスプーチン、リ=リフォーム、ル=ルックルックこんにちは、レ=レーベンス、ロ=ロマンティックが止まらない。
 直感的に思いついたものを書いてみました。だめだこりゃ。

>そろそろ、ロリ図k・・・・・・・・登場人物表が欲しいな。
 というわけで、ロリ図k……登場人物表を作ってみました。


 ご感想、いつもありがとうございます。ここまでお読みいただいてありがとうございます。
 作者の悪ふざけにもお付き合い頂き、ありが十匹。いつ終わるのかは分からないし、いつ終わるかもしれない作品ですが、少しでもお楽しみ頂けたのなら幸いです。ばいばい。






[6858] その日、日常、喫茶店にて
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/04/12 22:32




 平日の夕方。そろそろ日も暮れようかというところだった。

 夕食時が近いということもあって、店内にお客さんの姿は少ない。テーブル席に2人。カウンター席にはノルトリひとりだけだ。


 カウンター席の窓際から2つ目。そこがノルトリの指定席だった。学院帰りのようで、ノルトリは白い制服を着ている。雨色の長い髪は首元で適当にふたつに結ばれていて、頭の上には髪と同色の猫科の耳があった。ノルトリの猫耳はいつも気だるげにふにゃんとしているのだけれど、今日は少し様子が違った。ぴくぴくと忙しなく動いている。


「なにかあった?」


 コップを磨きながらノルトリに聞くと、耳がぴくりと起き上がる。目からビームでも出して焦げ目をつけようとしているのかと思うほど熱心にテーブルを見つめていたノルトリが、慌てたように僕を見る。


「なんで……わかった……?」


 獣人さんって耳とか尻尾に感情が表れすぎだと思う。だけど案外、本人はそのことには気付かないものらしい。

 しかし、それを言ってしまってはおもしろくないので、僕はちょっとふざけることにした。


「ノルトリのことならなんでもお見通しさ」


 キリっ。

 つっこみは期待できないだろう。しかしノルトリのことだ。きっと鼻で笑ってくれるに違いない。と思っていたのだけれど。


「……そっか」


 頷いて、視線を落としてしまう。え? あれ? ちょっとちょっとノルトリさん。なんでそこはかとなく嬉しそうなのでしょうか。なにこれ。放置プレイ? そんな反応されたら僕がすごい気障な男みたいじゃないですか。

 なんでもお見通しさってなんだよ。くっさ。

 仕方ないので自分でつっこみをいれておいた。なんて寂しい。


「あの、ね……」


 言葉を迷うように何度かココアで唇を濡らしてから、おずおずとノルトリが言った。

 僕は首を傾げることで続きをうながす。


「えっと…………うぅ……」


 ノルトリはもにょもにょと言葉を濁らせた。それだけでは間が持たなくて、テーブルの上に置かれたココアのカップを回したり、傾けたりしていた。傾いたカップがカタンという音を立てて元に戻って、その音がノルトリを決心させたらしい。


 猫耳をぴんと立たせて、ノルトリが僕を見上げる。


 小さな口がついに開かれようとしたまさにその瞬間、扉が開いた。カランカランというドアベルがお客さんの入店を知らせて、そのついでとばかりにノルトリの言葉を飲み込んだ。

 ノルトリの「呪い殺すぞてめえ」という鋭い視線をたどるようにして、僕も視線を移す。入ってきたのは、メイドさんだった。


「こんにちは」


 僕の視線を待って、ニーナはぺこりと頭を下げた。肩の下まで真っ直ぐ伸びた黒髪が重力に引かれて流れ落ちる。白いフリフリが付いたカチューシャみたいなやつに、紺色のメイド服。むかしテレビで見たメイド喫茶というところのメイドさんよりも、随分と控えめなデザインだった。といっても、向こうは所詮コスプレで、ニーナは本物のメイドさんだ。こっちが正統派である。


「いらっしゃい。いつものでいいんだよね?」


 ニーナの来店の目的は分かっていたことなので、僕はノルトリに「ちょっとごめんね」と声をかけてから、カウンターの奥へと向かう。そこは倉庫みたいになっていて、買い置きの食材や使わない食器類、大型冷蔵庫なんかもある。


 目的のブツは、入ってすぐの所に置いてあった。雨が降り出す5分前の空みたいな色をした、壷型の大きな容器。密閉されたその中に入っているのは、僕特製のマスターブレンド豆である。


 それを白い布袋に詰めると、一抱えもある大きさになった。見た目はスーパーに売っている米袋そっくりだ。

 ずっしりと重たい袋を抱えながら表に戻って、僕は目を丸めることになった。


「フーッ!」

「ぴぃっ!」

「……なにやってんの?」


 ニーナの前。ノルトリがニーナを睨み上げて唸っていた。というより、威嚇?


「ゆ、ユウさん! 助けてくださいぃ!」


 両手をわたわたさせてニーナが僕に言う。目じりにはちょっと涙が浮かんでいた。えっと、君ってたしか僕と同じくらいの年齢だったよね? 10歳の女の子に威嚇されて半泣きって、これ如何に。


「フーッ!」

「ひぅっ! 理由はわからないけどごめんなさいぃぃ!」


 とりあえずため息ひとつこぼして、僕はカウンターに袋を置いた。それから、壁に追い詰められてついには頭を抱えてしゃがみこんでしまったニーナと、何故かやる気満々で威嚇しているノルトリの所に行く。


「こらこら。威嚇しないの」


 ふーふー唸っていたノルトリの頭に手をやると、猫耳が僕の手を挟み込むように動いた。なだめる様に頭や耳をなでてやると、やがてノルトリの声が収まり、ごろごろと喉を鳴らしだす。ちょっとだけ、このままずっとなで続けたい衝動にかられてしまう。


「なんでこんなことしたの?」


 しゃがんで、ノルトリに視線を合わせて訊く。

 ノルトリは気まずそうに僕から視線をそらして、ぽつりと言葉を投げた。


「……邪魔、した」

「邪魔?」


 何かを言おうとして、けれどノルトリの口からは何も出てこなかった。それでもじっと見つめて待っていると、ノルトリの視線があっちこっちに忙しなく動きだす。どことなく顔まで赤くなってきたようだ。「ぁ、ぅ」と言葉を探して、けれど結局、そっけなく一言。


「……べつに」


 僕が何か言うよりも早く、ノルトリはおずおずとこちらをうかがっていたニーナをひと睨み。鋭い視線に、ニーナは再び「ひぅっ」と怯えて頭を抱えてしまう。

 そのままノルトリはカウンターに戻って、指定席に座ってしまった。


 どうしたのだろうか。ノルトリにしてはとてつもなく珍しい行動だった。というか、まったく状況が分からないのだけれど。


 なにがどうなって、何が「邪魔」なのか。もうひとりの当事者であるニーナに聞けば分かるかもしれない。そう思って、隅っこでぷるぷると震えていたニーナに近寄り、肩を叩く。


「えっと、ニーナ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!」


 めちゃくちゃ怯えていた。

 さすがにちょっと心配になって、ニーナの肩をゆさぶる。


「おーい、僕だってば。人畜無害のユウくんですよー?」


 ぴたりとニーナの震えが止まり、おずおずと僕を見る。


「……ユウ、さん?」

「うん」


 なぜか、しばらく見つめ合う僕ら。なにやってんだろ。


 ニーナって睫毛長いなあとか、顔ちっさいなあとぼんやり考えていると、ニーナの体がカタカタと震えだし、瞳がじわあっと潤む。ええ? なんで?


 刹那。


 僕の視界から、ニーナが消える。


 ―――なっ!?

 この距離で姿が消えるわけがない。僕の頭の中で冷静な自分がそう言った。けれど僕は確かにニーナの姿を見失っていた。この距離でありながら、ニーナは僕の視界の闇に潜り込んだのだ!


「怖かったですーっ!」

「げふぉっ」


 ニーナの頭が僕の腹部にめり込んだ。抱きつくというか、これはもはやタックルである。いや、かわいいメイドさんに抱きつかれるのはね、そりゃ嬉しいですけど。なんでこの子、タックルする時に一瞬消えるんだろう。わざと? 僕の不意を突くためにやってるの? 見えないからさ、気付いたらお腹にめり込んでるんだよね。


 僕はその場に膝から崩れ落ちた。 





「本当にごめんなさいっ!」


 地面に頭を叩き込む勢いでニーナが頭を下げた。動きに合わせて黒髪が宙を舞い、僕の顔をぺしりと叩く。


「ああっ、ご、ごめんなさいぃ!」


 それに気付いたニーナが目に涙を浮かべ、首元で髪を押さえて再び頭を下げた。


「……まあ、気にしない方向でいこう」


 カウンター席の窓際から三番目。ノルトリの隣に腰を下ろした僕は、鈍い痛みが残るお腹をさすった。気にしないというには少しきつい。けれど、僕が一言でも責めようものなら、ニーナは死んでお詫びしますとか言い出しかねないのである。


「で、でもっ」

「大丈夫だよ。つっこみには慣れてるし」


 それにだ。

 大きな瞳いっぱいに涙を浮かべて謝る美少女メイドさんを前にして、「いたたたた。これは骨が折れとるわあ。姉ちゃん、どないしてくれんの?」とか言えるだろうか、いや言えない。かわいいは正義である。


「ユウ……」


 隣から、ノルトリが自分のココアを差し出してくれる。お腹の奥からこみ上げてくるものがあったので、僕はそれをありがたく受け取ることにした。


「ちょっとだけもらうね」


 一口。甘いココアを飲み込むと、お腹も少し落ち着いた気がした。


「ありがと」


 ノルトリの手にココアを返す。


 ノルトリは僕から受け取ったカップを両手で包むようにして持ち、興味深げにそれを見つめた。じーっと観察している。なにかあるのだろうか。もしかしてちょっと飲みすぎちゃったかな。ごめん。


「なるほど……ユウは、意外とこういうことには無神経……」


 えっと、なにが?

 思わず訊ねてしまう。


 ノルトリから返ってきたのは「べつに……」の一言だけで、そのまま何事もなかったようにココアに口をつけてしまう。なんだったのだろうか、いったい。


「あ、あの、ユウさん。お代金を」


 僕とノルトリのやり取りを、隣の席で居心地悪げに見ていたニーナがおずおず切り出した。そういえばふたりは面識なかったんだっけ。

 蚊帳の外に置いてしまっていたことを謝ってから、コーヒー豆の今週の値段を告げる。


「あ、やっぱりお安いですね」


 ちょっとだけ驚いた顔でニーナが言う。やっぱりって、君は毎週買いに来てるでしょ。


「先週、お休みなされていたでしょう? だから他のお店で買ったのですけど、ここの倍くらいのお値段でした。それに、その……お味のほうも、ちょっと……」


 へえ。やっぱり他はそんなに高いのか。


 僕の店が他よりもお安く売れるのは、ひとえにカントさんのお陰だった。カントさんは海運貿易なんかをやっている商人さんで、いろいろなものを安く売ってくれるのだ。以前、うちに時計を忘れていったことがあって、それが縁で知り合ったのだけれど、その時から良くしてもらっている。

 仕入れた豆の中から僕に好きなやつを選ばせてくれたり、お値段がすごく良心的だったりで、うちの店は彼のおかげで持っていると言っても過言じゃなかった。

 この世界で、コーヒー豆は総じて高い。本当に高い。ぶっ飛ぶほど高い。味の良し悪しに関係なく、質の良し悪しも考慮せず、平均的に高い。というのも、コーヒー豆は海の向こうの大陸でしか採れないとかで、主に輸送費に金が掛かっているらしいのだ。しょっぱい話である。


 だから、良い豆を他よりも安い値段で提供することのできる当店は、コーヒー好きの人にはたまらないらしい。でも、ひとつ疑問。


「もっと良い豆とか買わないの? ニーナの雇い主さん、お金持ちなんでしょ?」


 わざわざこんなちっさい店から買わなくても、商人から一級品を直接買い付ければいいのに。

 僕がそう言うと、ニーナは笑ってみせた。


「旦那さまが仰っていましたよ。やっぱりこの店のコーヒーが一番うまいって」

「それはまあ、嬉しいけど」

「あと、週ごとに微妙に味が違うのも良いって」

「いろいろ試してるからねえ」

「お屋敷でも人気なんですよ、ユウさんのコーヒー。なんたってあのメイド長が楽しみにしてるんですから!」

「ごめん。あのメイド長、って言われてもよくわかんない」


 苦笑して言うと、ニーナがちょっとだけ頬を赤くしてまた謝ってくる。いやいや、謝るほどのことでもないってば。気にしすぎです。

 僕が笑うと、ニーナはまた顔を赤くして、今度はわたわたと手を振り回す。何度も言葉を詰まらせてから、ようやくこんなせりふをしぼり出した。


「えっと、だから、その、私が言いたいのは、ユウさんが大好きなんですっ!」


 わあ……。

 人生で初めて女の子から大好きなんて言われてしまった。おまけに、相手は黒髪の清楚系メイドさん。もちろんテンションは有頂天……というわけでもない。まあ、あれだ。いつものことなのだ、この子の暴走。誤解するだけ疲れる。どうせあれでしょ? ユウさん(のコーヒー)が(みんな)大好きなんです、とかでしょ。分かってるって。


 そんな感じの生暖かい微笑みで待っていると、ニーナの動きがぴたりと止まる。自分の発言を理解したらしい。固まった顔の首元から、じわじわと真っ赤に染まっていく。


「―――ぴ」

「ぴ?」

「ぴええええええええええええええ!?」

「こっちがぴええだよ」


 ニーナの口からふっ飛んできた鳴き声に、思わず冷静につっこみをいれてしまう。


 僕の目の前で、顔をゆでだこにしたニーナが涙目で両手を振り回し始めた。


「ちがっ、ちがうのですユウさん! 大好きって、大好きじゃないです! あ、いえ! 個人的には好意にも似た感情はなきにしもあらずというわけでもなかったりするのかしないのかよくわからないんですけどちがうのですうううっ!」

「とりあえず落ち着こう」


 どうどう。

 この子、清楚だし素直ないい子なのだけれど、ときどき暴走するのである。あと、微妙に天然だと思う。


 ぴえぴえと鳴くニーナを落ち着けさせていると、僕の背後からゆらりと進み出る小さな影。

 耳がぴんと起き上がり、尻尾の先までオーラが纏っているような気さえする。その目は、ヤル気の目だった。捕食する獣の目だった。えっと、あの、ノルトリさん?


「フシャ―――ッ!」

「ぴええ―――っ!?」


 なんかもう、僕には収拾がつけられそうになかった。ノルトリ参戦の意味がまるでわからない。原因が不明なのだから、僕にできることはふたつだけだ。原因の究明か、もう諦めて放棄するか。


 僕は後者を選ぶことにした。





 φ





 結果はまあ、予想通りだった。


「ふーっ、ふーっ……」


 素晴らしく体力のないノルトリなので、猫とひよこの戦いはすぐに終わりを迎えた。ニーナはというと、笑顔でコーヒー豆の袋を重そうに抱えて帰っていった。復活が早いのが彼女の良いところである。もしかしたら単にとり頭なだけなのかもしれないけれど、それはたぶん、気にしちゃいけないことだと思う。


 一戦を終えて椅子の上に戻ったノルトリは、肩で息をしていた。

 この子、猫科のわりにか弱いのだ。運動嫌いなせいかもしれない。


 コップに冷たい水をいれて出してやる。ノルトリはしばらくその水をじっと観察してから、コップを両手にとってこくこくと飲み干した。

 落ち着いたようで、息も穏やかになる。頭の上にある猫耳もいつも通り、気だるげにふにゃんとしていた。うむうむ、まさにノルトリ。


「疲れた……」


 磨き終わったコップを棚に戻していると、後ろからそんな呟きが聞こえてくる。

 そりゃ、あれだけはしゃげば疲れもするだろう。思わず苦笑が漏れた。


 指紋一つなくなった最後のコップを棚に収めると、途端にすることがなくなってしまう。この時間帯はまったりしているので、頻繁に注文が入るということもない。こんなとき、どうしてもその物足りなさが顔を出してしまう。


 なにかを食べたいわけでもなく、誰かと談笑したいわけでもない。けれど、ただ座っているだけではつまらない。


 そんなときは、店内に流れる音色に耳を傾けるのだ。傍らにコーヒーの一杯でもあれば言うことはない。そうしていると、なんだか贅沢な時間を味わっているような気分になる。普段の自分が随分と急いでいることに気付いて、穏やかな時間はゆっくりと流れていることを知る。

 やっぱり音楽は必要かもしれない。誰にではなく、僕自身に。なにしろ一日中ここにいるのだ。暇になる瞬間というのは必ずある。


 やることがなくなって手持ち無沙汰になった僕は、ノルトリと話すことにした。耳を傾ける音楽がない以上、楽しみは誰かと話すくらいしかないのだ。


「ノルトリ、暇だ、話そう」


 丸椅子を引っ張って行って、ノルトリと向かい合うようにして座る。カウンターにぐでんと突っ伏していたノルトリの耳が僕に向けられる。


「もう少し休む?」


 ぴくぴく。

 なるほど。まだ充電中か。本当に疲れたらしい。


 ノルトリが相手をしてくれないので、僕はついにすることがなくなってしまった。お客さんの追加注文はなさそうだし、僕の方でやることもない。汚してまでコップを磨く気分でもないし、コーヒーのブレンドを研究するのもだるい。なにをしようか。


 丸椅子の上でぼんやりと天井を見上げた。そこには光石の入ったカンテラがいくつもぶら下がっていた。ああ、そういえばそろそろ魔力切れが近いかもしれない。補給をお願いしないと。


 黄色がかった魔力光をしばらく見つめていると、ぼそりと名前を呼ばれた。


「充電完了?」


 天井から顔を戻して訊いてみると、ノルトリは体を起こしてこくんと頷く。小さい体はエネルギー消費が激しいものの、回復するのも早いようだった。


「……あのね」


 ノルトリがもそもそと迷ってから言う。

 そういえば、ニーナが来る前になにかを言おうとしていた。あの続きだろうか。


 なかなか出てこないノルトリの言葉をじっと待つ。窓の外の喧騒が聞こえてくる。

 やはり言いだしにくいことなのか、ノルトリはしばらくもにょもにょと言葉をいじくっていた。それでも待っていると、ノルトリは僕をちらりと見てからようやく口を開く。


 しかし、ノルトリの声は再び飲み込まれることになった。突然の来店客によって。


「ユウちゃん! 水をくれぃ!」


 扉を跳ね飛ばすようにして入ってきたゴル爺が、息も絶え絶えに叫んだ。


 皺だらけの顔には大粒の汗がいくつも流れていて、つるつるの頭に浮かんだ水滴が光を反射させてぺかぺかと光っていた。「骨董屋に鑑定させるぞくそじじいが」とでも言いたげなノルトリの視線を気にしながら、僕はお冷を用意した。


「かあっ! うまい!」


 カウンターで水を受け取ったゴル爺はそれを一気に飲み干し、コップをだんっとカウンターに叩きつけた。割れるからやめてください。


「いやあ、助かったぞい。冷えた水だけ飲ませてくれるところなんぞ他に心当たりがなくてのう。おまけにユウちゃんの顔も見れて言うことなしじゃ! けっぇっぇっ!」

「……帰れじじい」

「ひょっ!?」


 奇怪な笑い声をあげたゴル爺に、ノルトリが零度の視線で言い放った。

 この子、本当に物怖じしないなあ。遠慮もしないなあ。


 唐突に自分のことをじじい呼ばわりしたノルトリを見て、ゴル爺はちょっと驚いたようだった。けれどその瞳はすぐに好奇の色に染まる。


「おお、愛い子じゃのう。ユウちゃんの妹分かの?」

「……今のところは」

「ほっほっ、なるほどなるほど。今のところは、か」


 ノルトリの返事に目を細めながら、ゴル爺は軽い足取りでノルトリのところまで歩いていった。隣の椅子に腰掛けて、ノルトリと向き合う。


「わしはゴル爺と呼ばれておる」


 そう言って手を差し出す。

 ノルトリは戸惑った様子でその手を見て、それからゴル爺の顔を見て、最後に僕を見た。


 まあ、うん。おもしろい人ではあるからいいんじゃないかな。


 僕が笑って頷くと、ノルトリはおずおずとゴル爺の手を握った。


「……ノルトリ」

「うむ。よろしくのう」


 ゴル爺は握った手をぶんぶんと振って、顔をしわくちゃにして笑った。ノルトリはちょっと居心地が悪そうだった。


 人というのは、どうにも他人との間に一定の距離を保ちたがるように思う。初対面の人間であればなおさらだ。その人にどこまで近づくべきか、あるいは近寄らせるべきか。そういうことを考える。

 ゴル爺は、そういったことをまったく無視する人だった。いきなり近寄ってきて、がっしりと握手をしてしまう。順々に距離を縮めて、ちょっとずつ仲良くなるという面倒な手間を省いてしまう。

 他者との距離を気にするノルトリからすれば、ちょっとやり辛い相手かもしれなかった。


 にこにこ笑うゴル爺と、仏頂面のノルトリ。そんなふたりが握手をしている光景は、どこか微笑ましい。


 けれど、さっきからノルトリがちらちらと僕に助けを求めているので、そろそろ話を進めることにした。


「で、今日はどうしたんですか?」

「うむ。ちょいとな、追われておるのじゃ」


 ノルトリから手を放して、事も無げにゴル爺が言った。


「追われてるって、また逃げたんですか。秘書さんに迷惑かけるの、いい加減やめたらどうです?」

「いやじゃ! わしは自由を愛する赤風琴鳥なんじゃ! 遊びたくなったら遊ぶのじゃ!」


 んな子供みたいなこというなよ。あんた今いくつですか。

 しかしそんなつっこみは確実に無駄なので、僕はもうため息だけで済ませることにした。


 普段は秘書さんや黒服の人たちが護衛についているのだけれど、たまにこうして脱走してくるのだ、このじーさん。もちろん、秘書さんもそうさせないように対策はしているらしいのだが、毎回それを潜り抜けているとか。僕としてはそのやる気を他に向けろと言いたいのだけれど、これも言うだけ無駄だろう。


「……ダメ人間?」


 ノルトリから的確な指摘が入る。


「違うぞノルちゃん! わしは自由を愛する赤風琴鳥じゃ! そう! わしは青く広い空を自由に飛び回る謳い鳥っ!」


 ゴル爺さんが両手を広げて上下させる。一応、あれで翼のつもりらしい。


「……はっ」

「鼻で笑われた!? わし鼻で笑われてしもうたぞユウちゃん!」

「知りませんよ」

「かあっ! たまらん! ここまですっぱり切り捨てられたのはユウちゃん以来じゃ! こりゃあ将来有望じゃのう! どうじゃノルちゃん、ユウちゃんはいらんか?」


 待て待て。なんで僕が進呈されるんだよ。

 呆れて言葉を失っている僕の前、ノルトリが顎に手を当て、ふむと悩みこむ。


「……できれば、実力で……」

「うむ、そうか。そうじゃのう。やはり自由恋愛が一番じゃしのう。強制はいかんな。強制は」

「あんた前にうちの孫娘はいらんかとか言ってたでしょうが」


 思わずつっこんでしまうが、ゴル爺は柳に風。「ひょ? そんなこと言っておったかのう? 記憶にないのう」とか言ってやがる。くっ、調子の良いときだけボケ老人気取りやがって。


 どうしてくれようかこのじじいと拳を握りしめていると、不意にゴル爺が席から立ち上がった。


「ちぃっ! もう嗅ぎつけおったか!」


 ぽかんと見つめる僕とノルトリを放って、ゴル爺は熱く語り出す。


「ユウちゃん、頼みがある。もうすぐここにわしを追って来る者がおるじゃろう。そやつはわしを見なかったかと聞くはずじゃ。そうしたら、わしは中心区の方へ行ったと言ってくれぬか。わしは商業区の方へ行く」

「はあ。わかりました。任せてください」


 よく分からないけれど、とりあえず頷いておく。


「恩に着るぞい! じゃあの、ノルちゃん! また来世で!」


 この人が言うとあんまり笑えない捨てぜりふを残して、ゴル爺は来たときと同じように走り去っていった。ゴル爺を送り出したドアベルの音色が店内に響く。


 あの人、なにしに来たんだ?


「……変な人だね」

「まあ、見たままかな」


 結局、水飲んでノルトリと握手して帰っただけだし。意味がわからない。


 それからすぐのことだった。


 ゴル爺が残して行った余韻が消える前に、ドアが穏やかに開けられた。ドアベルの音に目を向ければ、そこに立っていたのはプラチナブロンドの女性。青色のパンツスーツ姿で、白い頬には赤みが差していた。呼吸は整っているけれど、きっとゴル爺を探して走り回っていたのだろう。


 わざわざぺこりと僕に頭を下げてから、秘書さんがこちらに歩き寄る。


「お邪魔いたします、ユウさま。ひとつお訊ねしたいのですが、旦那さまをお見かけしませんでしたか」

「中心区にいると思いますよ、たぶん」

「感謝いたします」


 綺麗に一礼。風を切るように方向転換した秘書さんは、流れるような動きで外に出て行った。ゴル爺とは大違いである。育ちの違いが分かるなあ。


 秘書さんの背中を見送ったまま頷いていると、つんつんと袖を引かれる。


「なんだねノルトリくん」

「……そのまま言うとは、思わなかった……」


 その感想は実に分かる。

 ゴル爺の人柄を考えれば、わざわざ自分の行く先を正直に言うわけがない。だから裏を掻いてこう言うべきだろう、「ゴル爺は商業区へ行った」と。しかし、ゴル爺はゴル爺であって、普通のちょっと嘘つきなじーさんではないのだ。商業区へ行くと見せかけて実は中心区に―――と思わせつつ商業区に行っていたりするのがゴル爺である。中心区なのか、それともほんとうに商業区なのか、あるいはまったく別のところか。そこらへんは考え出すときりがない。


 けれど、今回ばかりは確信があった。


 外はもう夕方。日の入りが早い季節なので空は暗くなりつつあるものの、そろそろ学院のハイクラスの下校時間だ。学院の女子制服はスカートで、ゴル爺はエロ爺でもある。そして学院があるのは中心区。


 そこらへんのことを懇切丁寧に説明すると、ノルトリは「あのじじいはもうダメだ」とでも言いたげな顔になった。


 ノルトリの中で、ゴル爺への距離が決まった瞬間だった。





 φ 





「……あの、ね」


 自分の本題が未だに語れていないことに気付いたノルトリが、ようやく口を開いた。外はもう暗くなっている。ゴル爺のせいで店内の空気がちょっと変わってしまったので、思い出すのに時間がかかったようだった。


「うん、どうした?」


 視線を下げたノルトリは、やっぱり言い出しにくそうに言葉を迷っていた。尻尾をゆらゆらと落ち着きなく揺らしながら、懸命に踏ん切りをつけようとしている。


 こっちがあまり待ち構えるとやり辛いだろうから、できるだけ気楽に待つ。


 口を開いて、閉じて。そんな風に何度か繰り返して、ノルトリは喉の奥から押し出すように言葉を漏らした。


「お……」

「お?」

「おべん、と……作って……ほしい」


 おべんと。お弁当?


「お弁当がほしいの?」


 訊くと、こくんと頷く。


「えっと、それはノルトリが食べるやつ?」


 再びこくん。


「一人前?」


 ふるふる。


「二人前?」


 ふるふる。


「じゃあ三人前?」


 こくん。


 なるほど。三人前のお弁当が欲しかったと。話はとても単純なことだった。

 でも、なんでそんなに言い辛そうにしてたの?


「……あ、ぅ……そ、の……」


 ただでさえ小さい体をさらに小さくして、ノルトリはじーとテーブルを睨んでしまう。どうやら、本題はここからのようだった。


「……ジクの、料理……」

「ジクの料理?」


 えっと、ジクってあれだよね。極西にある小さな島国で、金の国って呼ばれてるとこ。確か黒髪黒瞳が特徴だっけ。


「そ、そのっ……ユウは、ジクの料理……できる……?」


 ジクの料理かあ。どうなんだろう。訊いた限りだと日本っぽいんだけど。和食でいいのかな。


「前に作ってあげたおにぎりとか卵焼きとか、ああいうのでいいのかな?」


 ノルトリがぶんぶんと頷いた。


「なら大丈夫。できるよ」


 そう言うと、ノルトリがほっとしたような顔になる。緊張して起き上がっていた耳もふにゃんと脱力した。


「ところで、なんでジクの料理?」

「……べつ、に」


 今度はふるふると首を振った。どうやら、ここらへんは話す気はないらしい。むむ……ちょっと理由が気になるけど、まあいいか。


「明日でいいんだよね? 作っとくから、朝にでも取りに来てくれるかな」


 ノルトリが大きく頷いた。

 その顔は、なぜか嬉しそうだった。


 本当に謎である。





 φ





「はあ? 食堂の料理長が寝込んだ?」


 空はもう真っ暗で、すでに大半の酒場が光を灯していた。ノルトリも家に帰ってしまって、店内には客もいない。いや、ひとりいた。リナリアである。学院の黒い制服のまま、カウンターに座っている。

 そういやこいつ、たしか寮生活だったよな。門限とかはいいのだろうか。まだ8時くらいとはいえ、外出は禁止されてそうなもんだけど。


「うちの食堂はほとんど料理長ひとりで仕切ってるようなものだから、料理長がいないと使えなくなるのよ。頼みの副料理長は首都に行ってるし。だから、明日はお弁当を持参しなさいってわけ。売店はすごい混むだろうから、幼等部なんかは皆お弁当でしょうね」


 なるほど、そういう理由だったわけか。でもどうしてジク料理なんだろう。それに3人前だし。


 リナリアに訊いてみると、にやにやと笑いながら僕を見る。


「自慢でもしたかったんじゃないの?」

「ああ、ジク料理ってこっちじゃ珍しいもんなあ」


 うむと頷いて言うと、リナリアが呆れた表情になった。

 なに、その目。なにか文句でもあるのかな。


「……にぶいわね、アンタ」

「不本意ながら、ときどき言われる。で、なにがにぶいの?」

「わからないなら気付かないでいいわ。私が推測で言っても仕方ないし」


 ちぇっ。


 薄めのコーヒーに砂糖とミルクをいれて、リナリアに出してやる。

 最近はもっぱら、コーヒーの苦味が無理というリナリアにコーヒーの良さを分からせることに注力していた。リナリアは最近よく来るので、こいつがコーヒーを飲めるようになればマスターブレンドの毒見役がひとり―――もとい、コーヒーを愛し親しむ同好者ができるのである。


「……飲まなきゃだめなの?」


 湯気を立てるカップを見つめ、リナリアが僕に訊いてくる。その声は露骨に飲みたくありませんと言っているようだった。


「まあ、ものは試しということで」


 手でうながす。


 しばらく僕に目で訴えかけていたけれど、リナリアは諦めたようにカップに手を伸ばした。

 不味ければ飲まなくて良いと言っているので、一口我慢すればそれで済むと思っているのだろう。くそう、絶対うまいって言わせてやるからな。


 僕がじっと見つめる先で、リナリアの唇がカップの縁に当てられ、カップがゆっくりと傾けられる。


「……にがい」


 ちょっとだけ泣きそうな声。

 眉のひそめられ具合から読み取るに、苦味レベルは4ってところだった。むむ、まだ苦いとな。砂糖にミルクまでぶっこんだのになあ。これはやはり豆から変える必要があるか。これ以上砂糖やらミルクなんかいれると、コーヒーではなくカフェ・オレになってしまう。


「やっぱりだめ。私は飲めない」


 ずずず、とカップを突っ返してくる。好き嫌いの少ないリナリアだけれど、どうしてもコーヒーは苦手なようだった。おっかしいなあ。ここまで甘くしてるのになあ。


 突っ返されたカップを持ち上げ、一口飲む。うあ、甘っ。


「なあ―――っ!」


 甘さに顔をしかめると、リナリアがいきなり叫んだ。なに? そんなに変な顔だった?


 ぽかんと見返すと、リナリアが「なななな!」と僕の口元を指差し、わなわなと口を震わせる。真っ赤な髪に負けないくらいに顔が赤くなっていた。


「あ、あああああんたはっ! なんでそういう無神経なこここことをっ」

「えっと、なにが?」

「なにがって!」


 こちらに噛み付いてきそうなほどの勢いでリナリアが僕をにらむ。こっちとしてはまったく心当たりがないので、無神経と言われたってどうしようもない。

 ばんばんと平手でカウンターを叩いて何か言おうとしていたようだったけれど、リナリアの口から言葉らしい言葉は出てこなかった。


 腹の底からこみ上げてきたものを飲み込むようにして、今度はそれを丸ごと吐き出すような大きな嘆息。


「……もう、いいわ。アンタって、そういう人間だものね。諦める。私だけが気にしてるってバカみたいだし」


 という感じで、結局はリナリアが勝手に自己完結してしまったのだった。

 なんだよもう。

 よくわからん奴である。





「そういえば、リナリアはお弁当はいいの?」


 カップを片付けながら、ふと思いついたので訊いてみる。

 食堂が使えないのならリナリアもお弁当が必要なんじゃないのかな。


「私はいいわよ、適当に買うから。なんなら食べなくてもいいし」


 心底どうでもよさそうだった。リナリアは、こういうことには大して拘らない性格なのだ。ダイエットとかじゃなくて、めんどくさいから食べないという選択をするタイプ。そういうところは夏夜と似ているかもしれない。

 ちょっと考えてから、僕は口を開いた。


「リナリアの分も作ろうか、お弁当」


 どうせノルトリのお弁当を作るわけだし。


「い、いいわよ、私は」

「なにを照れているのかね、リナリアくん」

「照れてないわよ。ちっとも照れてない」

「ならいいじゃないか。作ってあげるよ、愛夫弁当を。手作りのお弁当、学校生活、お昼休み。うん、甘じょっぱいな」

「甘酸っぱいでしょ」


 そんな細かいところ気にするなよ。


 なんだかんだと言って、リナリアは遠慮し続けていた。きっと僕が下らないことをやらかすとでも思ったのだろう。ひどい誤解である。


 まあ、結局は僕が押し切ってお弁当を作ってあげることになったのだけれど。


 期待されると応えられずにはいられない僕であるから、もちろん全力を尽くした。


 ノルトリには和食の重箱弁当。

 そしてリナリアには、お子様ランチである。もちろん旗もつけた。完璧だ。


 後日、「カティアにきらきらした目で羨ましがられたわよ!」と乗り込んできた紅髪ポニーテールがいたことをここに書いておく。


 僕がお弁当を作ると、なぜか乗り込んでくる人が多い気がする。僕にはまったく理由がわからなかった。不思議だなあ。クックック……おっと、つい本性が。


 平和な毎日である。
 



















――――――
<作者は今どこでなにをしていますか>

 ノルトリと三人前のお弁当の謎とは? 次回、その答えに全俺が震撼する!

 異世界喫茶スピンオフ作品、「学院戦記ノルトリ」、ついに開幕! しません!


 前回のあらすじ→「しばらくは年齢層が上がるはずです。きっとそうだと、信じています」

▽今回の登場人物。
 ノルトリ(10)
 ニーナ(16)
 ゴルちゃん(77)
 ……よし、年齢層上がってる。何ら問題はないはずだ。

 誰にも……かざみろりなんて……言わせない!(マーティ・マクフライ風味


▽かざみろり「感想れすっ」

>異世界で日本語がなんかすごい古代語だった場合と世界観同じですか?
 基本的には同じだと思います、たぶん。

>みんながロリロリ言うから登場人物の8割はロリだとなんか思い込んでた。思ったより少なかったね。
 ですよねー。やっぱりあれですよ、読者さん方がロリに過剰反応してるだけなんだ。読者にロリコンが多いんだ。え? 作者? ろ、ロリコンちゃうわ!

>ときに作者さん。ロリっ娘をボクに下さい!
 とりあえず君の年収を聞こうか。話はそれからだ。

>ロリはネタ切れといいつつ次回もロリが出てくるんですね?わかります。
 なにこの予知。私、そんなにわかりやすい人間でしょうか。

>そろそろタイトルを「異世界に来たけど至って普通にロリを手なずけてますが何か問題でも?」にするべきですね
>数年後の最終話のタイトルは「異世界に来たけど至って普通にロリ喫茶やってますけど何か問題でも?~店員はみんな嫁~」ですよね?
>数年後になるであろう最終話のタイトルは「異世界に来ましたが至って普通にロリっ子と結婚しましたが何か問題でも?」になると信じています。
 もうだめだこいつら……はやくなんとかしないと……。

>やっぱり作者はロリコンなのでは?
>もういいじゃないですかロリコンで。
>たとえ親類一同から白い目で見られ、社会から犯罪者予備軍扱いされようともこれだけは言える。
>脳内の変態領域は人間に必要な物なんだッ!!
>無ければ明日を生きられない…。
 ……世の中にはいろんな人がいるんだなあ。

>そんな作者さんにぜひ訳してほしい英文があります。
>つI am RORIKON.
>さあ、言ってみてください!
 つ「……月が、綺麗ですね」

>ロリっ娘を引き寄せ愛でるマスター、ロリマスターがいる所はここでいいのかな?
 いえ、斜向かいのお店です。

 Q.
>ロリコンかどうかテストしてみるよ。
>翼を持つ種族を想像してみて(鳥や竜の亜人とか、天使とか悪魔)
 さーみんなでやってみよう!

 A.
>もし、これらの想像に幼女がいたら真性のロリコンだよ。
 果たして読者にどれだけのロリコンがいるのか、私は心配でなりません。なにより自分自身が心配でなりません。

>あの~、ところでリュンさんは?
 なあ、夜の空を見上げてみろよ。いろんな星があるだろ? 眩く輝いているやつも、小さくてか弱いやつも。でもな、光が小さいからって、その星も小さいってわけじゃないんだ。地球から遠ければ遠いほど、どんなにでかい星だって光は弱く見えちまう。そんな奴が、世の中にはいくらでもいるんだ……。

>登場している女性キャラを『ロリ』『同年代』『お姉さん』の三種類に分けてみると、意外にもほぼ均等の数が出てるのに気付いてびっくり。もっとロリ比率が高いと思ってましたw
 だからロリコンじゃないって言ってるのに! お姉さんが好きなんだって言ってるのに!
 絶望した! ロリコンのレッテルを貼られる世の中に絶望した!

>誤用?と思われる箇所を一つ見つけたので、ご報告。
>「少年の高貴さ」
>「高貴さ」は身分を表す言葉だったかと思います。心の在りようを表すなら、「高潔さ」or「気高さ」の方がしっくり来るんじゃないかなと。
 たしかにその方がしっくり来ますね。ご指摘頂き感謝です。修正しときますー。

>皆ちょっと待つんだ。いくら作者とマスターがロリコンだからといって声高にロリコンだロリコンだと感想欄に書くのは良くない。
>例えば……そうだな、ハゲにハゲって言うのは可哀想だろう。それと同じことだ。
>そう思いますよね風見ロリさん? ……あれ?
 どうして人は分かり合えないのだろう。どうして人は争うのだろう。そう考えて、僕はちょっとだけ悲しくなりました。

>まあ、作者さんのロリコンはガチでしょうがw
 ちょwwwその冗談マジでうけるんスけどwwwぱねぇwwマジぱねぇwwwありえねぇwww

>こんな素晴らしい作品に出会えたのは初めてです。
>のどかな雰囲気の中に気品さえ感じます。
>ロマンチシズムと緻密さ。
>リズムある文体。
>コンポーズが絶妙だと思います。エイプリルフールで心配した
>んですが、続いてくれて何よりです。
>めぐり合えたことをうれしく思います。続きを期待しています
>!
>!
 お世辞とは分かりつつも、大変嬉しい言葉に喜びが溢れてしまいます。
 前の作品はすぐに打ち切りになってしまいましたが、今回の作品が続け
 られているのは、ひとえに皆様のおかげだという感謝の念が絶えません。です
 が、ロリコンという言葉攻めに、僕はもう耐えられそうにありません。みん
 なの言葉が、世界の偏見を生んでいるのです。作者はロリコンじゃありません
 !エクスクラメーションマーク!
 !エクスクラメーションマーク!

>他の多数ヒロインの鉢合わせ話をぜひ……!
 今回のお話=ノルトリ+ゴル爺。
 依頼は完遂した。報酬はスイス銀行へ。
 
>かざみろりさん がんばってください
 はーい、がんばっちゃいますよー。でもねー、ちょっと名前が違うんじゃないかなー? かなー?

>さて、此度のぬこ……オスなのかメスなのかが問題だ。
>性別をあえて書かなかった事により発表されるまではオスでもありメスでもある――!
>そうか、風見炉利さんは猫とシュレーディンガーの猫を掛けた言葉遊びをしたと言う事ですね?(ォ
 シュレディンの猫とか頭良さそうな表現使いやがって……でも言ってること↓の奴らと対して違わねーかんな!

>おっぱい好きで雄っぽい猫が実は雌で、ネコミミ幼女に姿を変えられるわけですね、分かります。
>ぬこまでロリとは・・・この作者あなどれねぇ(;^O^)
>ふと思ったのですが猫がオスだとどこにも書いてないのでメスという可能性はありませんか?
>ぬこが小さいことからもロリロリ帝国は一歩前進ですね


 \(^o^)/



 ……月が、明るいなあ。




[6858] 喫茶店の夜
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:6efbed88
Date: 2009/04/30 22:53

 うちの喫茶店は夜遅くまでやっている。

 この世界の人たちの暮らしはまさに早寝早起きなので、9時を過ぎれば酒場以外に明かりを灯す店は少ない。遊楽街に行けば煌々と妖しげな光を宿す店々と、えっちな格好の獣人のお姉さんなんかを見られるけれど、踏み込むには度胸のいる領域な気がしてならないので、あまり近寄ったことはなかった。


 街の大半が闇に覆われ、人々が眠りにつくような時間にも営業している「酒場以外のなにか」という部類になる我が店には、興味本位で訪れる人も多い。酔っ払いとか、<迷宮>帰りの冒険者とか、いろいろだ。


 その中でも特に変わった部類になるファンタジーの住人さんが、今日はそこに座っていた。


「良い香りだ」


 カップからのぼる湯気を豪快に吸い込んでファルーバさんが言った。

 僕が両手で持つようなマグカップも、ファルーバさんが持つと普通のコーヒーカップみたいだった。ファルーバさんの口はコップ状の容器からものを飲むには適していないから初めは心配していたのだけれど、それは杞憂だった。なんとまあ、熱いコーヒーを一口で流し込んでしまうのだ。


 喉元を過ぎるコーヒーを味わっているのだろう。ファルーバさんは天井に顔を向けたまま、いつも動きを止める。椅子に座っていてさえ僕より大きな体がどすんとそこにあるのは、中々に圧巻されるものがあった。人間とは違う、言葉にできない種族の壁を感じてしまうからかもしれない。纏う空気からして違うのだ。なにしろこの人、竜族だし。顔とか、竜そのものだし。背中に、でかい翼とかあるし。


 コーヒーのおかわりを用意しながら、僕は首を捻った。よくよく考えると、この状況はちょっとおかしいのではないだろうか。


 だって竜族ってあれだよね。四帝とか呼ばれる、幾多の種族の中でも格段に優れた種のひとつなんだよね。ウェットがいつか話してくれた話によると。すごい強いけど数が圧倒的に少ないんだよね。話によると。火山の高地とか、秘境の最奥とか、人が見つけられないようなすごいところに住んでるんだよね。話によると。御伽噺とかで、勇者は竜族を捜し求めて大冒険して、伝説の武器とかもらうんだよね。話によると。つまり、すっごいレアな種族なんだよね。話をまとめると。


 カウンターの向こう。大きな影を落とす漆黒の巨体を見る。


 顔を戻したファルーバさんは知性に満ちた穏やかな瞳で、僕にマグカップを差し出した。


「ユウよ、おかわりをくれ。今度は濃く頼む。苦味を味わいたい」


 普通に目の前でコーヒー飲んでるんですけど。しかも常連みたいになってるんですけど。


 物語の勇者が必死に探す相手が、普通に街の喫茶店でコーヒーを飲んでいる。勇者からすれば手間が省けていいのだろうけど、物語としてはどうなんだろう。


 勇者は喫茶店でくつろいでいた竜族を見つけ、伝説のアイテムをもらいました。

 夢もへったくれもないけど、現実ってそんなものかもしれない。またひとつさびしい現実を知ってしまった僕だった。


 きっと人はこうして大人になるのだろう。進化だとか退化だとか言うには小さすぎる変化かもしれない。けれど確かに、僕らはもう子供の頃に描いていた世界には戻れない。成長という言葉を得た代わりに、僕らはなにを失ってしまったのだろう。


 ぽとりぽとりと抽出されるコーヒーを眺めながら、僕はそんなことを考えた。思春期って意味もなくこんなことを考えるよね。人生の在り方とか、この世の無常とか。誰もが一度は通る道に違いない。人生はフレンチローストコーヒーのようなものである。特に意味はないけど。


「最近、調子はどうだ?」

「ぼちぼちですね」


 おかわりを注ぎながら僕は答えた。ファルーバさんの咽喉の辺りで、雷が唸るような音が聞こえた。大きく裂けた口が歪み、僕の腕なんか軽く噛み千切られそうなほど鋭い牙が見えた。別に威嚇しているわけではなくて、これでも笑っているのだった。


「そうか、ぼちぼちか。それはいい」


 鉄板みたいな鈍い光沢をもった腕が動いて、尖った爪が繊細な動きでカップを持ち上げる。ファルーバさんはやっぱり一口で飲み干してしまった。

 僕はさらにもう一杯、おかわりを注いだ。


 ファルーバさんはまたすぐにカップを持ち上げ、今度は顔を近づけて香りを楽しんでいた。格好良い大人が得てして持っている余裕がそこにはあった。時間に背を向けるわけでもなく、急かされることもない。この人の周りの時間は、きっとゆるやかに流れているのだろう。ファルーバさんがいることで、この店に流れる時間さえどこか穏やかになった気がした。


「我は昼に来ることは出来ぬゆえよく分からぬが、この店は繁盛しているのか?」


 ふと店内を見回して、ファルーバさんが言った。


「それもぼちぼち、ですね」

「なるほど、ぼちぼちか。この味と香りを知らぬ者がまだいるとは、不幸なことだ」


 長い顔と首を振る。ファルーバさんは超のつくコーヒー好きだった。大好物というものが誰にでもひとつやふたつはあるものだけれど、ファルーバさんはそれがコーヒーだったらしい。ある日やってきてコーヒーを飲んだ瞬間、カウンターにこぶし大の原石を出して「製法と材料を売ってくれ」とか言い出したくらいである。あの時は人間の姿だったなあ、そういえば。初対面のときと、実は私は竜族だったのだとか言い出して正体が判明したときと。サプライズには事欠かない人だった。


「ああ……うまい。最近はこれを飲まなければ体調が悪いくらいでな」


 湯気を立てるコーヒーを水のように流し込んで、ファルーバさんは恍惚として声を漏らした。背中の黒い羽がぶるりと震える。ちょっとこの人、中毒気味かもしれない。やばいなあ。禁断症状とか出始めたらどうしよう。禁酒法ならぬ禁コーヒー法とか出来るかもしれない。そうなったら地下に潜ってコーヒーを売ろう。


「おっと、忘れていた。今日は支払いに来たのだったな」


 僕がちょっとだけわくわくしていると、ファルーバさんが虚空に指を伸ばし、ぐるりと円を描きながら言った。ファルーバさんの指が始点に戻って円が完成すると、次の瞬間、そこには黒い穴がぽっかりと浮かんでいた。

 ファルーバさんはためらいなくそこに腕をつっこんでごそごそと探っている。すでに何度も見たことのある光景だったけれど、僕は未だに慣れない。だってこれ、魔法なんだもの。科学一筋の世界で生きていた僕からすれば、「わあ」という感じだった。


 ファルーバさんの腕が空間の穴から出てきたとき、その手には大きな灰色の布袋が掴まれていた。買い物帰りの主婦みたいに、中身が分かるほどぱんぱんに膨れている。


「昨日ゴスファングの肉が入ってな。ちょうどいいから持って来た。こちらの方では珍しいものだろう?」

「珍しいというか、見たことも聞いたこともないんですけど」

「それが珍しいということだよ、少年」


 どさりと布袋をカウンターに置きながらファルーバさんが言う。

 ごもっとも、と僕は頷いた。


 袋を開くと、本当に買い物帰りなんじゃないかと思うほどいろいろなものが入っていた。

 たぶんこれがゴスファングの肉なんだろう、牛肉を青く染めたような、不思議な色合いの肉塊が目に付いた。四角形のクッキーのような木の実に、真っ赤な薬草。こっちでは中々手に入らない香辛料類。他にもいろいろと入っている。


「いつもすいません。貴重なものなのに」


 そのどれもがこの街でさえ簡単には手に入らない。値段に換算すれば銀貨単位で売り買いされるような物だ。


「なに、我らにしてみれば何ら貴重ということはない。里の周りを探せばいくらでも見つかるからな。このコーヒーの方が余程貴重で素晴らしい」


 一滴ずつ抽出されているコーヒーをうずうずと見つめながらファルーバさんが言う。ファルーバさんは一瞬で大量に飲んでしまうので、おかわりを作るのに時間がかかるのだ。

 今か今かと待っている姿は、どこか子供っぽさを感じさせる。僕はちょっとだけ笑ってしまう。


 今のうちに肉なんかを冷蔵庫にしまっておこうと思って、僕は袋を持ち上げようと視線を下げた。


 ――ん? なにか光った?


 袋の中できらりと光が反射して、僕は首を傾げた。袋の中に手をつっこんで、竹の葉みたいなものに包まれた青い肉をどかす。光を反射したのは、大きな原石だった。握りこぶしよりも一回り大きい。セメントのような土の塊の隙間に、燃え盛る太陽のような紅色の澄んだ輝きがあった。それを拾い上げて、僕は唖然とした。


「……あの、ファルーバさん? これ、紅色石ですよね?」


 思わず訊いてしまう。


「む? ああ、それか。以前見つけてな。我らは闇色の者ゆえ、紅色石はただの石ころと変わらぬのだ。しかし人族にとっては違うのだろう? よく分からぬが、フィーヌが持って行けと言ってな。好きに使うと良い。ところでユウよ、そろそろいいのではないか。もう十分コーヒーは溜まっているだろう。早くおかわりをくれ」


 あまりに平然と言われてしまったので、僕もちょっとだけそんな気になってしまう。そっか、じゃあもらっちゃおうかなあ……ってそんな簡単な話じゃないですって。

 僕はファルーバさんの視界をさえぎるように石を置いて見せた。


「あのですねファルーバさん。これ、すごい価値があるものなんですよ。もうね、すごいんです。とにかくすごいんです」

「さっきからすごいとしか言っておらぬぞ、ユウよ」


 ちょっと焦ってた。よし、落ち着こう。


 この世界には「色」と「石」というものがある。ゲーム的に考えれば分かりやすいだろうか。属性とか、そういうのだ。見た目に大きな差異はないけれど、人や獣人を問わずに誰もが「色」を持っている。

 たとえば、目の前にいるファルーバさんはさっき言っていたように闇色。闇夜には力が増すし、闇の加護を得ているらしい。竜族といえばファンタジーでは最強種だったりするから、さらにすごいかもしれない。体中真っ黒だし。


 その人の「色」は大抵は髪や瞳の色で見分けられる。リナリアは紅髪紅瞳だから「紅色」だし、ユイは「闇色」だろう。髪や瞳が同色なら、持っている色はひとつ。けれど、髪と瞳の色が違う人だってもちろんいる。そういう人は2色持っているそうだ。色の存在は、加護される精霊の種類や、魔術とか魔法の相性、ついでに適応できる環境なんかに影響を与えるそうだ。

 昔、こっちに来たばっかりの頃。リナリアが仏頂面でしてくれた説明を思い出す。

 この世界には色を宿した石があって、人はそれを加工することで発展してきた。光石に刻印をして魔力を注げばそれは電灯になるし、火石はガスコンロやストーブ、暖炉の役割を果たす。だから石は生活必需品で、純度の高いものは高額で取引されていた。魔術の運用や研究には欠かせないものだから、良い物は魔術アカデミーが買い取ってくれるし。


 改めてこの石を見てみよう。


 僕のこぶしよりも大きなこの石。透き通るような紅色は、まさに紅色石の証。中に目に見えるような不純物はなく、純度は高い。たぶん、2等級の「紅涙」と呼ばれるものと思われます。紅涙は紅色魔術士が好んで使う石なので、それなりに高額でやりとりされているわけです。リナリアに聞いたところによると、金貨30枚は下らないとか。えっと、日本円にしたら300万円くらい? 学生に買えるわけがないと愚痴っていたリナリアの気持ちも分かるよ、うん。


 そこらへんのことを懇切丁寧に説明して、石商に売りに行きなさいと僕は言う。

 するとファルーバさんは僕を見下ろし、首を傾げた。


「お前には価値のないものだったか?」

「いやいやいや! 違うから! 論点が違いますから!」

「む。ならば一体、なにが問題なのだ」

「ですから、普通に売れば金貨30枚にはなるものなんですってば! こんなちっぽけな喫茶店でコーヒーの代わりとするには高価すぎるんですって!」

「お前にとって価値がないということか?」

「だから違いますよ! もっと有効活用しようってことですよ!」

「む。なにが問題なのだ」

「あーだめだこの人! 話が通じない!」


 カウンターに両手をついてうな垂れる僕。ちくしょう、価値観の相違がここまで面倒だったなんて。


 どうやって説得したものかなあと頭を捻らせていると、僕と同じように頭を捻っていたファルーバさんが口を開いた。


「よく分からぬが、我が扱いたいのは金銭の問題ではない。コーヒーは素晴らしいのだ。我の生きがいと言っても良い。この一杯があるから、妻に顎で使われようと雑用を押し付けられようと、我は毎日をがんばっていられるのだ。価値あるものには価値あるもので報いるべきだろう? その石は、我らにとって何の価値もないものだ。しかし、人族はそれを価値あるものとしていると聞いた。ゆえに持ってきた。だがお前は受け取ろうとしない。それは価値のないものだったのか?」


 竜族って女性が強いのかな……ってそうじゃなくて。


「えーっとですね、いや、価値があるんです。むしろ価値がありすぎるんですよ。価値あるものには価値あるもので報いるべきとファルーバさんが言った通り、僕はその石の価値に報いる方法がないんです。そちらの方が、すごく価値がある。だから、受け取れないというか恐れ多いと言うか」

「ふむ、なるほど」


 頷いたファルーバさんは、少しの間黙り込んでしまう。

 カウンターの上にある原石を見て、僕はちょっともったいないかなと思う。いやでも、こういうものをほいほいと受け取ってしまうと後々でやっかいなことになるというのが持論だった。身に余るものはろくなものを呼ばない。お金や肩書きや立場なんて、余計なものはない方が気楽でいいのだ。


「ならばそうだな、未来への投資ということにしないか」

「未来への投資?」


 ファルーバさんの言葉に、思わず訊き返してしまう。

 僕の顔にうむと頷いて、ファルーバさんが言う。


「我は未来への投資という言葉を信用している。それは我の父が用いた言葉だからだ。かの昔、我が幼子であった頃のこと。里に5人の来訪者があった。その頃、言葉は神によって分かたれ、種族は互いに争っていた。その者たちは争いを止めるために旅をしていると言った。そのために、我らが里に伝わる神器を借りたいと。里の長であった父は一度は断ったが、ひとりの人間が長と話し出した。我には理解出来ぬ言葉だった。父が言うには、それは神が奪った真なる言葉『神言語』で、それをあの年齢で理解できる者は神の遣いに違いないそうなのだが、まあそれは置いておこう。話し合いの結果、父はあの者たちに可能性を見たといい、我らにとって非常に価値のあるものだった神器を与えた。そのとき、父は言ったのだ。これは未来への投資だと。そして今、言葉はまたひとつとなり、種族が大きく争うこともない。未来への投資は正しかったということだ」

「はあ」


 いきなりの昔話に、僕はちょっと戸惑い気味。


「つまり、今後に期待しているということだ。さらにうまいコーヒーの可能性のためならば、我は未来への投資を躊躇わぬ。ゆえに、お前もまた遠慮せずに受け取るがいい」


 あー、うー。いや、でもですね。

 口を開こうとした僕は、ファルーバさんの目を見て反論を諦めた。僕がなにを言おうと無駄な瞳だった。竜族というのは非常に誇り高い種族らしいから、一度出した物を懐に戻すことはできないのかもしれない。江戸っ子なのだろうか。

 嘆息ひとつ。僕は受け取ることした。まあ、いいか。そのうちリナリアにでもあげることにしよう。でも300万円相当の宝石か。受け取ってくれるかな。でも他に使い道もないし。ああ、もう、やっぱり僕の手には余る代物じゃないか。


「うむ」


 頭を抱えて悩む僕を見て、ファルーバさんが満足げに頷く。


「ところでユウよ、早くおかわりをくれぬか。我はもう堪えきれそうにないぞ」


 翼をわっさわっさと羽ばたかせて、ファルーバさんが僕を見つめて言った。





 Φ





 ファルーバさんは昼のうちに挽いておいた分を見事に全部飲みきってしまった。さらにおみやげとして豆まで持っていくというので、うちのコーヒーは品切れになった。明日にでも買いに行かなきゃいけない。


「すまぬな、さんどうぃっちとやらまでもらって」

「いえ、代わりのものをいっぱい頂きましたから。これくらいならいつでも言ってください」


 僕が作った山のようなサンドウィッチを詰めた灰色の布袋を黒い穴にしまいながら、ファルーバさんが言った。僕は笑顔で首を振る。

 なんでも、前回おみやげにと持って帰った僕のサンドウィッチを大層お気に召した人がいるらしい。自分の作った料理が食べたいと言われるのは嬉しいことだった。


 黒い穴を閉じて、ファルーバさんが立ち上がる。なにしろ大きい人なので、僕は首をそらして見上げないといけない。天井には角が届きそうだった。


「我はそろそろ行こう。コーヒーを堪能し、さんどうぃっちとやらも得た。あまり人里には滞在出来ぬゆえ、やることやったら早く帰れと言われておる」

「言われてるって、誰にです?」

「うむ、我の妻だ。美しく聡いが、怒らせると非常に怖い。我は帰らねばならぬ」


 ちょっと焦っている様子。もしかして長居しすぎたのだろうか。門限でもあるのかもしれない。

 やっぱり竜族は女性優位なのかなとぼけーと考えていると、ファルーバさんが急にドアの方を見やる。僕がその視線につられるよりも早く、ファルーバさんの体を黒い闇が覆った。


 ドアベルが響いた。来店客のようだ。


「まだやってるかな?」


 白銀の髪を揺らしながら入ってきたのはアルベルさんだった。寒色系で統一された服装はラフなもので、いつもの冒険者スタイルよりも柔らかな雰囲気を感じさせた。


「あ、はい。大丈夫ですよ」


 僕が頷くと、ほっとした表情でアルベルさんが入ってくる。私服だけれど、腰にはしっかりと剣があった。やっぱり冒険者は手放せないものなのだろうか。


「では、我はそろそろ失礼しよう。また会おう、ユウよ」

「はい、また」


 僕の正面、黒いジャケットに黒の革ズボン姿の長身の男性が言う。かなり大柄だけれど、そこにいるのは確かに人間だった。ファルーバさんの人間モードである。竜というのも便利なもので、竜石というものがあれば人間の姿にもなれるそうだった。

 アルベルさんの横を通り過ぎて、ファルーバさんは外の闇に溶けて行った。


「彼は何者だい?」


 その背中を見送ったアルベルさんが、カウンター席に座るやいなや僕に訊いた。その目はどこか剣呑な光を宿していて、真っ向から見つめてしまった僕は首筋がぴりぴりした。


「ファルーバさんです。アルベルさんと同じく、コーヒー大好きな人ですよ。それ以外は、ちょっと」


 いくら綺麗なお姉さんであるアルベルさんが相手だとしても、お客さんの情報をぺらぺらと喋るわけにはいかない。

 その辺りを察してくれたようで、アルベルさんは眉尻を下げて苦笑した。少しだけ張り詰めていた空気が緩んで、僕は息を吐く。


「そうだった、すまない。どうにも職業柄のせいか気になるものでね」

「いえいえ」

「さて、とりあえずコーヒーをくれるかな。濃い目でお願いするよ」


 その言葉に、僕は頬を掻いた。

 あー、その、すいません。


「コーヒー、たった今、品切れになりました」


 僕の言葉に、アルベルさんの顔がぽかんと動きを止める。どこか少女らしい表情に、僕はちょっと胸キュンだった。カメラないかな、カメラ。

 呆然としていたアルベルさんの顔が、やがて絶望に染まる。眉をゆがめて泣きそうになって、ふらりと崩れるようにカウンターに突っ伏した。


「そん、な……これを楽しみにっ、今日も、がんばったのに……がんばったの、に…………」


 震える声音でそう呟いたっきり、アルベルさんは動かなくなってしまった。いくらなんでも大げさじゃないだろうか。コーヒーでここまで感情豊かになれるのもすごい。

 その姿に僕は苦笑してしまう。


 うーん、ここまでうちのコーヒーを愛してくれているわけだし、常連さんだし、それに綺麗なお姉さんだし。


「仕方ないか」


 僕の声に、アルベルさんがぴくりと起き上がる。


 期待の視線を背中に感じながら、棚に並んだスパイス用の瓶の後ろに隠していた小さな容器を取り出す。入っているのは少量のコーヒー豆だ。ただでさえ高いコーヒー豆の、なんと一級品である。売り物とするには高すぎるし、中々手には入らない。だから本当は、個人的に楽しもうと思っていたんだけど。


「特別ですよ?」


 まるで子供のようにきらきらとした瞳で僕を見つめるアルベルさんに、悪戯っぽく笑ってみせた。まあ、秘蔵酒ならぬ秘蔵コーヒーを綺麗なお姉さんと楽しむというのも粋じゃないだろうか。たまにはね。


 喫茶店の夜は穏やかに過ぎていく。















――――――
<さくしゃ!>

 豚インフルエンザのパンデミックがあまりに心配だったもので、ここ最近は夜も寝られず昼寝しかできませんでした。夜に睡眠がとれないせいで、結果的に頭の回転はひどく鈍くなってしまい、アイデアもでませんでした。やる気もでませんでした。よくよく思い返せば小説を書き始めた頃からこんな状態だったので、きっとその頃から豚インフルエンザのパンデミックを心配していたに違いありません。

 前回の更新から時間が空いてしまいましたが、つまりこういう事情があったのです。しかしどうか、病原菌をそんなに責めないでやってください。私にも責任の一端はあるのです。

 たとえば、文章がうまく書けない、会話が中々出てこない、2秒に一回はトイレに行きたくなる、パソコンを前にすると猛烈な眠気に襲われる、急に机の整理をしたくなる、本棚を整理しようとして本を取り出したところで諦めるなど、枚挙に暇が無いほどです。

 ところで、お客様の中に文筆業の方はいらっしゃいませんか。作者に文章の書き方を教えてください。あと魅力的な会話の書き方とプロットの組み立て方にストーリーの創作法、洗練された文章の生み出し方とキャラクターを活き活きとさせる方法とえーとえーと。まあいいや、おばば、ラケットの握り方から教えてくれろ(ピンポン的な意味で

 更新遅れてごめんねっ!



▽>ワ<

>ロリロリロリネコロリロリロリミミロリロリロリロリ……ヤバイ、俺はもう、ダメかもしれない…。という訳で、誰か一人嫁にください。
 つゴルちゃん

>次回はノルトリのお弁当の謎なんですね
>幼等部のお話なんですね
>またロリが出てくるんですね
>さすがかざみろりさん!
 ノルトリ戦記は番外編でお送り致します。いつになるのかは知らないのですけれど。誰か教えて。

>ロリハーレムは譲っても!脇役には譲っちゃなんねぇもんがある!!
>だから作者さん!姉御系キャラをボクにください!!
 よろしい。ならば戦争だ。

>てか何話か前からロリが皆勤賞な気がするなぁ、気のせいか
 気のせいさ。

>「肩に乗る鳥が→肩にノルトリが」
>この変換、どうしてくれる。
>不覚にも想像してしまったじゃないか。
 まあ可愛らしい(´-`)

>ノルトリが朝一にお弁当を受け取りに行くシーンが無い事に泣いた!
>お弁当の為に午前の授業を真面目に受けてるノルトリのシーンを想像して萌えた!
>お昼休みに耳をピョコピョコさせながら箸を進めるノルトリにああんもう!ああんもう!
 秀逸。ああんもうでコーヒー吹いた。

>>ロリコンかどうかテストしてみるよ。
>>翼を持つ種族を想像してみて(鳥や竜の亜人とか、天使とか悪魔)
>マンティコアを思い出した私は勝ち組w
>そして、瞬時にそのマンティコアを脳内で幼女に変換しようとする私は……orz
 まあ元気出せよ、な?

>>甘じょっぱいな
>火の玉ネタですかw 第二期とDVD販売をずっと待つほどの神作品ですね。
 ゲデヒトニスかわいいよゲデヒトニス。

>ロリコン:ロリータ・コンプレックス。12~15歳程度の少女に対する愛着
>アリコン:アリス・コンプレックス。7~12歳程度の少女に対する愛着
>ハイコン:ハイジ・コンプレックス。3~7歳程度の少女に対する愛着
>べビコン:ベビー・コンプレックス。0~3歳程度の少女に対する愛着
>……ふぅ。とりあえず俺はロリコンではないようだぜ?
 オーケー、まずは携帯を開こう。そして3つの番号をプッシュだ。1、1、0。いいかい? 掛け間違えには気をつけるんだ。そしたら発信ボタンを押そう。あとは、言わなくても分かるね?

>「誰にも……かざみろりなんて……言わせない!(マーティ・マクフライ風味」
>古すぎるだろっ!
>ゴル爺とドクが重なっちゃうだろ!
>ちょっとレンタルビデオ屋に行ってくる!
 名作じゃないか! 古くても名作じゃないか! おれもちょっとレンタルビデオ屋に行ってくる!

>ハッ!まさかっ! デ”ろり”アンでロリ繋がりかっ!
 その発想はなかった。

>もしもネタがキレたら、パジャマパーティーや芋煮会をすればいいと思われ。
リナリア「パジャマパーティーでもやったら?」
ユウ「パジャマパーティー!」
リナリア「あるいは芋煮会」
ユウ「芋煮会!」

 分かる人にだけ分かるネタでごめんねっ。詳しくは「ファイアーボール」で検索してみよう。

>実はゴル爺は吸血鬼で何千年も生きているが、周りに怪しまれないように声や容姿を変えているんだ。今の姿は仮の姿ってわけ。本当は金髪貧乳幼女なんだ。
>そんなゴル爺エンドがあってもいいよね?
 あるあr…………あるのか?

>なぁマスター、俺は感想で「かざみろり」を使用した時点で既に勝敗は決していたと思うんだがどうだろう?
「1クールのレギュラーよりも、1回の伝説」
 その言葉がおれを掴んで放さないのさ……。

>頭の悪い人たちに、君達は頭がいい、君達は頭がいい、君達は頭がいい、君達は(ry
>と、繰り返して1ヶ月たったら、成績がかなり上がっていたそうです。
>作者はロリ。作者はロリ。作者はロリ。作者はロリ。作者はロリ。作者はロリ。作者はロリ。作者はロリ。
 あれ……おかしいな……もしかしておれ……r( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい!

>ロリの割合は普通かもしれませんが、貧乳の割合は多い気がします。メインヒロイン的に。
 こっちは控えめな方が多いのです。異世界で日本語の方は自己主張の激しい方が多いのです。うむ、見事な分担。

>私の中では猫が単独首位。秘書さんとクライエッタがニ位争い中。すこし離されてリア。
>ここの感想パワーバランスを見ていると、どうも世界の風は幼女に向けて吹いているようなので、肩身の狭い思いをしている今日この頃です。
 それが個性ってものさ。さあ、胸を張って生きて行こうぜ。みんな違って、みんな良いんだ。

>ところで、ノルトリって逆から読むと・・・
>マスターはやっぱり小さいのが好きなんですね!!
 ノルトリ→リトルノ
( ゚д゚)


(゚д゚)


>これはつまりロリコン+加齢臭萌え+メイド服フェチ=かざみろりでFA?
 いや、ここは安全にオーディエンスで。

>おかしいぞ。後半おかしいぞ。情報操作の後が垣間見れるぞ。
>→情報操作の跡
 ご指摘に感謝です。修正しておきました。

>>「充電完了?」
>> 天井から顔を戻して訊いてみると、ノルトリは体を起こしてこくんと頷く。
>おおっ? ユウが『充電』と言っているのは、どういう意味なのか、ノルトリは知っているようですね。
>きっと、ユウがうっかり(?)『充電』という言葉をノルトリの前で使ってしまい、ノルトリがその意味を尋ねる、という場面があったに違いない。
>おそらく説明は、光石のカンテラの魔力切れ云々に譬えて……みたいなところでしょうか?
>そしてノルトリのことだから、『ユウ語録』なるものを作って影でにこにこしているのかも……
 ノルトリ手製のユウ語録。それは面白そう。
 言語的な問題はあれです、精霊さんが自動翻訳してくれているのです。詳しく書くと設定うぜえになるので、ここでは書きませんけど。ええ、書かないだけであって、決して考えていないなどということはないのですよ? ほ、本当なんだからねっ!

>天国に涙はいらない的に考えるとキリスト教の神様は全ての属性を持っているので神様は美幼女だと思えば美幼女と言う事になります。
>あとはわかりますよね?
>ロリコン疑惑を掛けられたら、ロリコンじゃありません!キリスト教に改宗したんです!と言い張れば世間体も安心です。
 なるほど!

>本編からも後書きからも作者様の情熱が伝わってきます。主にロリに対する情熱が。
>風見ロリさん、必死に取り繕っても俺には分かる。さあ閉じた心の扉を開いて、ロリロリ帝国へ歩もう!
>見ロリさん、あなたは神聖のロリコンです。この調子で頑張って
>自分の性癖を否定するかざろり氏はきっとツンロリ。本当はロリだけど皆の前だとロリを否定するの、みたいな派生種。
>これからもロリコン一直線で頑張ってください。
>え、作者のストライクゾーンがそのくらいとか8割……いや、9割……ぶっちゃけ10割くらいしか思ってないよ、俺。
>いいじゃないか。ロリコンで。
>ふむふむ…今日も作者はちゃんとロリコンをしていたな、とりあえず一安心だ。
>作者はロリ。作者はロリ。違うと言うあなたはツンデレ乙。むしろ、ロリロリ?
>これでロリコンじゃなかったらどんなにいいか。
>年齢層ってゴル爺で上げてるだけじゃねーか。このロリコンめ!
 ロリコンじゃありません! キリスト教に改宗したんです!

 よかった、これで安心……ってあるぇー(・3・)? 

>作者をロリとか言ってる人は考えたことないかな?
>もし、作者さんが嫌がってたらどうするのでしょうか?
>ノリでも言って良いことと悪いことが有るんじゃないでしょうか?
>何気ない一言で人は傷つきませんかね?
 たしかにこういう視点は非常に大事ですね。嫌がる人もいるでしょうし、言われて嫌なことは誰にでもありますし。
 でもまあ、ここは作者自身がそういう雰囲気を出していますからね。あ、ロリコンな雰囲気って意味じゃなくて、笑って遊んでる雰囲気です。
 もちろん読者の方も冗談だとわかって書かれているでしょうから、まだ大丈夫ですよー。……皆さん、冗談で書いてるよね? ねっ? まさか本気だったりしたら、今後一切ロリキャラは出さなくなっちゃうぞ☆
 お気遣い頂きありがとうございました。




 さて、今回はここまでとなります。

 次回からは第二部―――「共に逝こう、星の果てまで」編が開始しますが、どうか変わらぬご声援を頂ければと思います。

 ここまでお読み頂きありがとうございました。また来年お会いしましょう。ばいばい。






[6858] けんかするほど
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:db27207d
Date: 2009/06/14 19:33



「へえ、キミがユウね。なるほどなるほど」


 ふらりと店内に入ってきた女性は、カウンター席に座るなり僕の顔をまじまじと観察して言った。

 綺麗な人だった。波打った藍色の髪が肩の上にふわりと広がっている。厚めの唇には鮮やかな紅がさされていて、その唇に視線が吸い寄せられた。おまけに胸元の大きく開いた服を着ているものだから、首筋から鎖骨のかなり下までが惜しげもなく露出していた。


「えっと、どちらさまで?」


 女性の胸元から顔に視線を上げて、僕は尋ねた。見覚えのない女の人が、なぜ僕の名前を知っているのか。そしてなにが「なるほど」なのか。思うところそこそこに。


 ところで僕の視線はしっかりと気づかれていたらしい。女性はつり上がり気味の瞳を悪戯っぽく輝かせて「むふふ」と微笑み、「やっぱり男の子だものねえ」と頷いた。それで大体は悟ってしまう。この人、たぶん僕の苦手なタイプだ。なんかこう、チェシャ猫っぽい。


「興味があったからね。観察しに来たの」

「観察、ですか」

「そ。私ね、かわいい男の子に目がないの」


 色っぽい流し目を送られて、僕は思わずたじろいでしまう。なんだろうこの「大人の女」オーラ。今までに会ったことのないタイプだ。


 距離を測りかねている僕を尻目に、女性は自然な動きで体を乗り出した。ただでさえ危うい胸元が、角度的にさらに危険になる。完全に僕の視線を意識した行動だった。男の視線を操ることに慣れているのだろう、その動きは計算されたように正確だ。女性の瞳は至極冷静で、うっすらと浮かべた笑みの奥にはこちらを観察する醒めた顔が隠れていた。


 艶やかな女性の胸元は耐え難い魅力である。綺麗なお姉さんはもちろん大好きです。チラリズムを嫌いな男はいません。

 しかし、こういうものは覗き見るという行為そのものに喜びがあるのであって、見せつけられても嬉しくもなんともない。相手が冷静にこちらを伺っているともなればなおさらだった。


 なんか厄介そうな人だなあ。

 思わず嘆息して、僕は磨いていたコップを置いた。コトンと硬質な音が響く。手にある布を四つ折に畳んで、それをコップの上に被せた。


「ご注文は?」


 今度は胸元を一瞥もしなかったことが意外だったらしい。女性はにっと唇をつり上げた。頬に笑窪が浮かんで、雰囲気が少しだけ柔らかくなる。女性は右腕で頬杖をついて僕を見上げた。瞳は澄み切っていた。さっきまであった不必要なまでの妖艶さが、あるいは媚びにも似たものがなくなっていた。


「じゃあコーヒーっていうのをもらえるかしら。一度、飲んでみたかったのよね」


 僕は頷いてコーヒーを用意する。その間、女性は一度も口を開かなかった。興味深げに店内を見回している。何度か視線を感じたけれど、特になにも言ってこないので僕も沈黙を保った。


 コーヒーはすぐに出来た。彼女の前に、湯気を立てるカップと、砂糖とミルクの小瓶を置く。苦味は控えめに淹れたけれど、それでも初めての人はブラックでは飲めないだろう。大抵の人は砂糖かミルクで甘くして飲んでいる。ブラックで飲むのは常連さんの一握りだけだった。

 女性はカップを持ち上げ、匂いを確かめるように鼻を寄せた。「あら、良い香り」と小さく呟いて、一口。苦いなりまずいなりの感想を期待していたのだけれど。


「あっつぅ!?」


 びくんと細い肩と髪を跳ね上げて、女性は甲高い悲鳴を上げた。慌ててカップを置き、両手を口の前でわたわたとさせて悶えている。


 少しばかり呆然としていた僕は我に帰り、お冷を注いで女性に差し出した。

 紅茶は沸騰したお湯をそのまま使うくらいで調度良いが、コーヒーの場合は沸騰してから一呼吸置いたくらいが適温だ。あんまり高温だと苦味が強くなるし。だから悲鳴を上げるほど熱いわけでもないのだけれど。このお姉さん、どれくらい猫舌なのだろう。


 ひったくる様にして受け取った水を必死に飲む、胸元の大きく開いた服を着た女性。僕が彼女の外見に次いで書き込んだ情報は、チェシャ猫っぽい、厄介そう、色っぽい。そしてかなりの猫舌。


 とりあえずアイスコーヒーにした方がいいかな。女性の胸元をこっそりと覗き見ながら、僕はそんなことを考えたのだった。チラリズムチラリズム。むふふ……おっと、鼻の下が。





 Φ





「頭は悪くないようね。その歳にしては珍しいくらいに冷静で、相手をよく見てる。コーヒーの温度に気がきかないのは減点だけど、これはまあいいわ。冷たくしてくれたしね」


 氷の浮かんだアイスコーヒーをブラックで飲みながら、セリィと名乗った女性は知的な雰囲気で僕のことを寸評した。まるで何事もなかったように繕って、少年をからかう大人の女性を気取っている。

 僕は顔を背けて、ぽそっと呟いた。


「あっつぅ」

「……こほん。私には何のことか分からないけど、そういう意地の悪いことはやめておきなさい。お姉さんは素直な良い子が好きよ」

「あっつぅ」

「……キミ、意外とイイ性格してるわね」

「いえいえ、それほどでも」


 にっこりと笑ってみせると、セリィさんはとてもやり辛そうな顔をした。リンゴかと思ってかじったらトマトだった時にこんな顔になるかもしれない。からかうネタをひとつ手に入れたので、ちょっとだけ苦手意識が薄れた。


 セリィさんは小さくため息をついてからアイスコーヒーを飲んだ。それだけの動作だというのに、妙に色っぽい。露出の多い衣装だからというだけではないだろう。纏う雰囲気からしてどこか人目を惹く魅力があった。特に男の。店内の隅にいたキールが、間抜け面でまじまじとこちらを見ている。リアさん一筋じゃなかったのかあいつは。


「それで、僕の名前は誰に聞いたんです?」


 磨き終わったコップを棚に戻しながら、背中越しに訊いた。


「意外と有名よ、あなたの名前」


 氷がグラスにぶつかる涼しげな音が聞こえた。グラスを持ち上げて回しているのだろう。


「というより、このお店が、かしら。苦いだけの泥水を出すお店なんて言われてたわね」


 くすくすと笑う声。

 泥水。泥水かあ……。未だにコーヒーの魅力が分かる人は多くないらしい。たしかに、学生なんかはまったくコーヒーを飲めないのだ、リナリア然り。苦味が強すぎるらしく、彼らにとってはコーヒーと泥水に大きな違いはないようだった。悲しいことである。


「なんともまあ、不名誉な話ですね」

「たしかに好き嫌いが明確に分かれそうな味だもの、これ。私は好きだけどね。とことん苦いだけっていうのが逆に清々しくていいわ」


 それはそれで如何なものだろうかとも思ったけれど、物事の捉え方は人それぞれであるからして。本人が気に入ってくれたのであればそれでいいかと思い直した。


「お客さん、少ないのね。いつもこんな感じなの?」


 店内を目で示して、セリィさんが言った。忌憚のない言葉に僕は思わず苦笑してしまう。

 店内には4人のお客さんがいた。4人しかいない、ともとれるだろう。広いと言えるほどの店ではないけれど、それでも空席の方が目立つ。


「まあ、あまり多くても手が回りませんから」

「いつもひとりでやってるの? 誰も雇わずに?」

「いつもひとりでやってます。誰も雇わずに」


 来店客はそこまで多くないからひとりで事足りるし、そもそも雇うほどの余裕はあまりなかった。なにしろ、コーヒーに香辛料に調味料だけでもかなりのお金がかかるのである。コーヒーに至っては売っても利益なんてないようなものだし。飲食店経営って難しい。


「儲かってるの?」

「ぼちぼちですね」

「あ、ごまかした」


 からかうように見上げられた視線に気づかないふりをして、僕はコップを磨く作業に戻った。セリィさんは唇を湿らせるようにアイスコーヒーを飲んだ。グラスに浮かんだ水滴が、ぽとりとカウンターにすべり落ちた。


 それからしばらく、会話は途切れた。街の喧騒が遠く聞こえた。


「ねえ」


 閑話休題とでも言いたげな切り出し方だった。視線を向けると、ひどく透明な瞳が僕を見つめていた。


「年上の女ってどう思う?」

「……はい?」

「だから、年上の女」


 話題があまりに唐突だったもので、ぽかんと見つめ返してしまう。けれどセリィさんは至極まじめのようだった。少し考えてみたけれど、彼女の質問の意図はわからなかった。なので正直に答える。


「これといって何も、ですけど」

「好き?」

「まあ、どちらかと言えば」


 うんうん、とセリィさんが頷く。えっと、これはいったいなんなのだろう。


「愛されたい? 愛したい?」

「あの、それがなにか……」

「愛されたい? 愛したい?」


 どうやら答えなければ先に進まないようだった。ゲームに出てくる村人を彷彿とさせる。ああ、ループって怖い。


「愛されたい、ですかね」


 答えると、セリィさんはまた頷いた。

 それからぴっと人差し指を立てて、僕を見上げた。


「それじゃあこれが最後の質問よ。いちばん重要なことだから、真剣に答えて」

「はあ」


 もったいぶるように間を空けて、セリィさんが口を開く。


「大きい胸と小さいむ――」


 その言葉は途中でかき消された。

 ベルをかき鳴らして来店したからだ。


「やっほぅ、ユウちゃん元気ー?」


 リアさんが。そして彼女は、


「――って、うぇ!? な、ななんでセリィがここに!?」

「あら、奇遇ねリア。相変わらず能天気そうで安心したわ」


 セリィさんと知り合いのようだった。なんか、うん。とりあえず賑やかにはなりそうだ。……もとい、騒がしくと言い直しておこう。





 Φ





 ふたりはどうやら旧友らしかった。リアさんが迅速に踵を返して店を出ようとしたところを、セリィさんは獲物を狩る素早い動きで確保した。そしてリアさんを引きずるようにして無理やり隣に座らせた。

 リアさんは落ち着かない様子でブロンドの髪をいじり、セリィさんはにこにこと悪巧みが透けて見える笑顔を浮かべている。


「えっと、なにか飲みます?」


 しばらく様子を伺っていても一向に会話が始まらないので、僕が先陣を切ることにした。


「……じゃあ、コーヒー」

「あら珍しい。リアって苦いの嫌いだったじゃない」


 セリィさんがにやにや笑いでリアさんの肩をつっついた。言葉通り、リアさんがコーヒーを頼むはこれで2回目だ。しかも最初に飲んだときはあまりの苦さに吐き出していた。


「む、昔の話でしょ! 私だってね、もう大人なんだから」

「まあ、確かに胸はずいぶんと成長したわね。むかしはもうちょっとお手ごろだったのに。ああ忌々しい」


 今度はリアさんの胸をつんつんとセリィさん。リアさんがその手を振り払おうとするが、うまい具合に避けながら、セリィさんは何度もつんつんしていた。リアさんは嫌がっているように見えたけれど、案外そうでもないみたいだった。ちょっと笑っている。きっと気心触れた関係なのだろう。こういうやりとりも二人の友情の証とかなのかもしれない。


 だんだん速度が上がっていくつんつんの攻防を見ながら、僕は果実ジュースを取り出した。それをグラスに注いでリアさんの前に置くころには、二人の小さな戦いも終わっていた。リアさんだけが肩を上下させている。


「ありがと、ユウちゃん」


 ほわんと気の抜けた顔でお礼を言われた。ちょっとだけ幼さを残した笑顔が魅力的です。


「へえ。あのリアがねえ」


 頬杖をついたセリィさんが、それを見てにたぁと笑う。こっちはこっちで魅力的だったけれど、できれば向けて欲しくない類の笑みだった。チェシャ猫のような笑みはろくなことになりそうもない予感しか感じられない。


 幸いにして標的はリアさんのようだったので、僕はすかさずその場から離れて洗い物にとりかかった。普段は店を閉めてからやるようにしているのだけれど、今回は仕方ないだろう。リアさんがすがるような目で僕を見ていたが、もちろん気づかないふりをした。


「……うぅ、ユウちゃんの薄情者ぉ」

「ほら、こっち向きなさいよリア。詳しくお話を聞きたいわね」

「あ、やっ、髪は引っ張らないで!」

「相変わらず良い手触りしちゃってもう。そうだ、あんた知ってた? ほら、レントリックっていたでしょ? あんたにちょっかいかけてたヤツ。あいつはあんたの髪に惚れたらしいわよ」

「し、知らないわよ。そんな人のことは忘れました」

「ふーん。さすがリアさまね。声をかけてきた有象無象の男どものことはいちいち覚えてないとおっしゃる。きゃ、そこに痺れる憧れるぅ」

「むぅっ、それはセリィでしょ。男の子から何回も相談されたのよ? セリィと仲良くなりたいって」

「ばかね。あんたと話すための口実に決まってるでしょ。気づいてなかったの?」

「え、ええ!?」

「そのぽえぽえの頭をどうにかしなさいな。そんなのだから無自覚に男をたぶらかすんでしょ? この胸で。この胸で!」

「二回も言わなくていいし触ろうとしないでよ!」

「いった! ちょ、あんた本気で叩いたでしょ!?」

「セリィが触ろうとするからでしょ! 結構痛いんだからね!」

「いいじゃない無駄に膨らんでるんだから触ったって!」

「あ、嫉妬? 自分の胸が小さいからってそんなに苛立たないでよね」

「あらあらあら! それを言っちゃおしまいでしょ! そんな邪魔なものこっちから願い下げね!」

「へえー」

「……その顔むっかつくわねえ。私を怒らせていいのかしらリアさん?」

「ふーんだ。べつにいいもんねー」


 …………わお。

 女が三人寄れば姦しいとはよく言うけれど、実際はふたりでも十分らしかった。
 

 というか、リアさんもセリィさんも、僕が抱いていた印象とは違った感じだった。なんだろう、より自然と言うか、無理がないように見える。なにかを気にして取り繕うことをしない、建前も本音もない会話。ああいうのを親友とでも呼ぶのかもしれない。

 皿を洗いながら、僕はそんなことを考えた。あとキール、隅っこで興奮して聞き耳を立てるな。


「聞いたわよリア。ここ、よく通ってるんだって?」


 さらりとジョーカーを繰り出すような調子でセリィさんが言う。どうやらそれは、リアさんにとって本当にジョーカーだったらしい。びくっと肩を震わせて、ぎりぎりと錆付いた動きでセリィさんを見る。なぜそれを、という顔だった。


「いろいろ耳に入ってるわよ? 店主とよく話してるとか、好き!結婚して!と叫んだとか、くねくね踊ってたとか。極めつけは永遠の17歳の女の子です☆だっけ? ぷっ」

「い、いやあああああ!」

「永遠の17歳の女の子です☆ リアって呼んでね☆ ――ぷぷっ」

「やめてえええええええ!」

「永遠の――」

「にゃああ――」

「永遠の――」

「うわああ――」


 なにこの中学生の時の黒歴史を同窓会で暴露されたみたいなやりとり。頭を抱えてカウンターに突っ伏してしまったリアさんの耳元で、セリィさんが嫌がらせのようにぼそぼそと呟いている。傍目から見るとなんかもうひどい光景だった。


 テーブル席でぼんやりと窓の外を眺めていたエルフのお姉さんがこちらをちらりと見た。無感情な瞳に、少しだけ煩わしそうな色が伺えた。苦笑して会釈をすると、エルフのお姉さんはほんの少しだけ笑みを浮かべて、また窓の外に目をやる。


 リアさんの悲鳴は止まらないし、セリィさんもまだ止めないようだったので、どうやら僕が止めるしかないようだった。嘆息して、濡れた手を拭く。これも喫茶店のマスターの仕事なのだろうか。なのだろうなあ。できれば女性の会話に首を突っ込みたくはないのだけれど。


「すいません、そこらへんでやめて頂けませんか、あら良い香りねあっつぅ!?さん」

「……あっつぅさん? それ、もしかして私の名前?」

「そうに決まってるじゃないですかあっつぅ!?さん。あれ? そんなにやり辛そうな顔をしてどうかしたんですか、あら良い香りねあっつぅ!?さん。あなたには笑顔が似合いますよ、あら良い香りねあっつぅ!?さん」


 聖書よりはハンムラビ法典を推奨している僕である。つまり、目には目を歯には歯を。

 にこにこ笑顔の僕に、セリィさんは「うふふふふふ」と井戸の底から響くような笑い声をあげた。その迫力に思わず一歩下がる。


「――へえ、私に挑戦しようというわけね。男を千切っては投げ千切っては投げ、ついには難攻不落だとか同性愛者だとか言われちゃって結局ろくな男を見つけられなかった私に挑戦しようっていうわけね」

「え、いやあの」


 話の脈絡がおかしいのでは……


「いいでしょう。逃げも隠れもしないわ。さあ真っ向から掛かってきなさい」


 背後にドーンと効果音が見えた。何か決定的におかしいのだけれど、それすらも飲み込んでしまう勢いがあった。

 ええと、僕はどうすれば?


 リアさんいじりが止まった時点で僕はもう満足だし、喫茶店のマスターとしてするべきことも終えたと思うのだけれど。しまった。そういえばどうやって収拾をつけるかまでは考えてなかった。

 じーっと見つめられて、僕はたじたじだった。ちょっとキツめの美人のお姉さんに見つめられ、夢見心地――じゃない、戸惑い気味。


 くっ、いっそのこと口説くか……?

 とまで思い始めたとき、横でぐったりとしていたリアさんが勢いよく起き上がった。髪が舞い上がり、豊満な胸がゆさっと……失敬。そして僕とセリィさんを見て、ぱあっと笑みを浮かべる。


「ユウちゃん、私を助けてくれたのね! ありがとう!」

「あ、立ち直ったんですか永遠の17歳の女の子です☆ リアって呼んでね☆さん」

「――う、うぅっ……ユウちゃんまでいじめるぅぅぅっ! もう家にかえるぅぅぅ!」


 ああしまった、つい言ってしまった。

 やべっと思ったときにはもう遅く、リアさんは滂沱の涙を流しながらセリィさんの肩を平手で殴り始めた。


「いた、ちょ、痛い、痛いってばこら!」

「もういい! もういいもん! いじわるなセリィもユウちゃんもきらい!」

「なんで子供みたいになってるのよあんたは! いたいいたいいたい!」


 セリィさんの髪を引っ張り出したリアさんを見て、僕は頷いた。

 よし、ほとぼりが冷めるまで放っておこう。


「あ、ちょ、こら逃げるな!」

「いえ人違いです」


 背中を向けて、僕は洗い物に戻ることにした。


 しまった。逆に事態を悪化させたかもしれない。リアさんの泣き声にこちらを見やったエルフのお姉さんに両手を合わせて謝ると、深いため息を返された僕だった。

 人生ってままならないね。





 Φ





 結局、我が喫茶店を賑やかした二人のお姉さんは、仲良く連れたって帰っていった。セリィさんの斜め後ろに添うようにしていたから、きっとそれがリアさんの自然な位置なんだろう。やっぱり仲良しの二人組みだった。


 帰り際、二人からジトーっと見つめられてしまったのだけれど、僕はどうしたらいいのだろう。女性相手に逃げるのはまずかったかな。いやでも、どうしようもないし。ああもう、女性の心は本当によく分からない。


 静かになった店内。キールが「おいこら俺のリアさんをなに泣かしてんだよ」といった感じの目でこちらを見ているが、僕は全く気づかないふりをした。


 二人が出て行ってすぐ。

 ドアベルが鳴り、小さな人影が夕日を連れて店内に入ってきた。

 耳をぺたんとさせ、尻尾もふにゃんと揺れている。瞳はいつも通りに気だるげだった。


「や、いらっしゃいノルトリ」

「……うん」


 ノルトリはいつもどおりの場所、窓際から2つめのカウンター席に座る。ココアを用意するためにカップを取り出したところで、珍しくノルトリが自分から話題を出した。


「今、先生を見かけた……」

「先生?」


 こくんと頷くノルトリ。


「……セルウェリア先生。たぶん、このお店に来てたと、思う……」


 セルウェリア先生……セルウェリア……セルウェリア?


「藍色の髪で、猫っぽくて、にたぁって笑う、何か企んでそうな色っぽい人?」


 こくんと再び。


 え、ええええええ?

 セリィさんだよね。その特徴はセリィさんしかないよね。あの人、教師だったの?


 …………わお。





 Φ





 帰り道。


「あーもう驚いたなあ。セリィ、あなた学院は?」

「今日はお休み。教師だってたまには息抜きしなきゃね」

「だからってなんであのお店にいるのよ。せっかくあそこでは可愛らしいお姉さんでがんばろうと思ってたのに……うぅ」

「可愛らしいお姉さんでがんばってどうするのよ?」

「えっと、特にはないけど……」

「相変わらずの頭してるわねえ」

「セリィだって相変わらずでしょ」

「まあそうだけどさ。それにしても驚いたわよ? あれほど男嫌いだったあんたが、男と和気藹々と会話してるなんて聞いたときには。なに? 男の子なら大丈夫なの? 年下趣味? 絶縁とかしないから言ってごらんなさい」

「違うわよ! それに男嫌いじゃなくて、ちょっと苦手なだけ」

「ならなんであの子は大丈夫なわけ? まあ、たしかに面白い子ではあったけど。珍しいというか、なんか育ちからして違う感じよね」

「ああ、わかるわかる。ユウちゃんはね、ちょっと変わってる。邪気も少ないし」

「邪気?」

「こう、えげつない性欲みたいなの?」

「なるほどね。リアが気に入るっていうからどんなやつかと思って見に来てみれば、なんだかなあ。そんなに色っぽい話でもなかったし」

「そんな理由で来てたの!?」

「だって気になるじゃない。変な男に引っ掛けられてたら困るし」

「……世話焼きめ」

「まあそう照れるなってば、永遠の17歳のリアちゃん」

「それはもういいの!」

「いたいいたいいたい! 何回も髪を引っ張るなんてどういう了見してるのよあんた! 女の命よ!?」

「セリィだってさっき引っ張ったじゃない!」

「なによ! だいたいリアはいつもね――――」

「セリィだって――――」


 茜色に染まる空の下、ふたつの影が仲良く伸びていましたとさ。



















――――――
<作者は? ねえ作者は?>


 我々「お姉さん推奨委員会」はここに宣言する。ロリコンの巣窟であるArcadiaに於いて、「お姉さんの魅力をみんなに分からせ隊」を結成することを!

 あっちを見てもこっちを見てもロリロリロリ……お前ら現実を見ろよ! なにがお前たちをそんな風にさせちまったんだ! あの頃はあんなに輝いた眼をしてたじゃねえかよ……。

 どうでもいい話はさておき、更新が遅れてごめんなさい。

 

▽ぺタジーニ

>来年と言わずに、来週ぐらいには更新されてるんですね。わかります^w^
 来週といわず来月の更新でしたね、わかります。

者氏もロリといわれて思うところがないということは無いだろうね。
>何に対しても事実だとしてもそういう発言は褒められたことじゃない。
>これ難しい問題かもしれんがね。自重は大切だろう。
>本当はリという言葉を意図して皆に使わせたいだけかもしれないし。
>尤ノルトのかわいさはロリといわれても仕方が無いレベル。。
>言葉に注意とだけ言っておくよw
 ( ´・ω・)y─┛(・ω・`)

>ずれたorz
 プニュ( ´・ω・)y─┛)Д`)

>とりあえず言っておかなければと思った。翼わっさわっさなファルーバさん萌え。
 萌えの多様化も著しい現代社会。

>>竜というのも便利なもので、竜石というものがあれば人間の姿にもなれるそうだった。
>えーと…… マムクートですか?
 封印の剣が一番好きです。でもフロリーナかわいいよフロリーナ。

>紅色石ってルビー?
 ルビーでいいんじゃないでしょうか。

>しかし今回は何故ロリが出ない…ノルトリ、答えてくれ。後何回orzすればロリが出る。かざみろりさんは俺になにも教えてくれない…!!……もしかしてアレか? 皆してロリロリ言ってたからなのか? 待ってくれ、あれはそんなつもりで言ったんじゃない、ロリこそが世界の至宝であることを理解してほしいがための言葉だったんだ。だから頼む、どうかロリを―――!!
 え? ごめん、聞いてなかった。

>黒竜良い!駄菓子菓子もといだが然し、酒飲んで帰る昭和の親父さんかよ!!
 あ、そんな感じです。昔懐かしの親父みたいなの。

>ところで、獣耳が好きなら「うたわれるもの」はプレイした事ありますよね? あれはいいものですよ。
(獣耳は好きだけどプレイしたことがないなんて言えない……!)
 ええもちろんやりました! 20回ぐらいはやったかな。ラストでヒロインが歌手になる夢を叶えてついにレコーディング、そこでプロデューサーが言った「ちょっと歌割れてるよ!」の名言は何度聞いても涙腺が緩んでしまいますね。

>過去に竜と話したのってチラ裏の彼でしょうか?
 んー、んー。

>>まさか本気だったりしたら、今後一切ロリキャラは出さなくなっちゃうぞ☆
>つまり大人のお姉さんによるエロチックな物語が始まるわけか。・・・・・かざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろり、ハァ、かざみしんごかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりかざみろりか。
 分かったから! もう分かったから! 

>ロリが絡まない作者さんなんて風見ロリでは無い。
 そもそも私はロリではない。にわとりだ。風見鶏だ。私は常に強い者の味方だ。

>しかしアレですね。風見●リさんはアレなんじゃなくて、…ストライクゾーンが以上に広いだけじゃないんでしょうか?
 オールラウンダーと呼んでください。
 ……いやまて、これは逆に悪化してるか……?

>感想は時々ですけどいつも楽しみにしています。
 ありがとうございます。ロリが絡まない感想が何故か稀少になりつつあるので、そのままのあなたでいてください。

>アルベルさん萌えな俺はここでは異端ですか、そうですか(´・ω・)
 (・ω・`)おれなんてロリコンって言われるんだぜ? お姉さん好きなのに。

>作者はロリコンじゃないと思うんじゃ。本気でロリコンなら…こんなにロリは出さないと思うのじゃが。脳内で考える理想的なロリを一人出してあとは普通ってのが真正のロリコンなんじゃ。
 むしろじいちゃん口調が気になる近頃のわたし。

>ところで気になったんですけどこの喫茶店のコーヒーの入れ方ってなんですかね? 焙煎とかは自分でしてるのかな? アルベルさん並のコーヒー中毒者としては非常に気になるところです。
 わかりました。そんな貴方のために分かりやすく説明しますと、ガッとなってぎゅわあああになってぽちょんときて練れば練るほど色が変わって……うまい! テーテッテレー! です。

>女性陣がツボを押さえていて素晴らしいと思います。気に入ったキャラの話は何度も読み返してしまいます。リアさんだけはスルーしてしまいますが。
 リアさんマジ可哀想。誰だよこんな扱いにしたやつは!

>ノルトリの頭を腹に抱えてわしゃわしゃしたい。
 おれもわしゃわしゃしたい……ロリコンじゃないけど。

>言語が再統一されたから日本語が標準装備みたいな?
 これすごい。この一言で全て解決しましたありがとう。というわけで、異世界で日本語の方では言語統一の為にがんばるという路線に決まりました。

>そんな・・・バカなっ。ロリが、居ない・・・だと? イカン、疲れてるみたいだもう一度読み直そう!! きっとどこかにロリがいるはずだ!!!
 まずは自分の人生を見つめ直そうか。

>いつどこで「竜族に性別なんて関係無いけど紆余曲折あって今は幼女なんだからね!」なんて言われるか心配でした。べ、べつに幼女期待してたわけじゃ
 紆余曲折あって今は幼女。爆笑してしまった。

>読み返してみたら主人公、「未知との遭遇」で焼き鳥って日本語で書いたってありましたけど、これって神言語じゃないんですか? このときちょっとした一悶着とかなかったんでしょうか?
 この時代にはほぼ消滅していますから、神言語の区別がつくのは王族の変わり者とか長生き種族とか宗教家とか一握りの方たちだけです。つまり何が言いたいのかわかりますね?

>次回からは第二部―――「共に逝こう、星の果てまで」編が始まるらしいですがそんなタイトルとは関係ない話になるような気がする。真ヒロインが出るとか言ってゴル爺を出すような作者なので油断できません。
 誰も実行するとは言っていないし予告編が真実とも限らないのですよ。うはは。

>ロリ主流でありながら大人派をも満足させてくれるかざみどりさんは素晴らしい。
 かざみどり……ひらがな? なんだろう、この折衷しましたみたいな感じ。

>そういえば蜘蛛はコーヒーで酔うらしいですが、異種族にコーヒーが何かあったら面白いなとか思ったりとかなんとか。
 たしかに面白そう。犬にたまねぎみたいになりそうで怖いけれど。

>ぼくはたしかにロリコンですが、筋肉質な男も好きですよ。竜はムキムキですか?
 いやまあムキムキですけど……今さらっと変な告白が……気のせいかな。

>108◆7e087307
>なぜだ……なぜみんなロリロリ言って…………なぜみんなきれーなおねーさんの魅力に気付かない?!
 そうだそうだ! なんでみんな気付かないんだ!
 ところであなたの名前は108! 煩悩の数じゃないか! 別にそれが言いたかっただけ! ごめん!

>竜族成人男性キターーー!! ロリロリ言われてるけど風見鶏さんの人外成人男性も素敵です! うずうずとコーヒーを待つファルーバさんに乾杯w
 ( ´・ω・)y─┛「乾杯」

>みんな青いな…ロリが出ていないといい騒ぎ立てる。だがしかしよく読んでみると作者が語るロリの真理がここにあることに気付くだろう。それはロリっ娘が登場する以上に感動を与えてくれるものだ。作中にはこうある。
>「成長という言葉を得た代わりに、僕らはなにを失ってしまったのだろう」
>これには愛でるべき幼女が大きくなったことへの戸惑いや葛藤が表れている。
>「お金や肩書きや立場なんて、余計なものはない方が気楽でいいのだ」
>これは人のロリコンへの解放を説くもの、いやこれこそロリコンの真理とも言うべきものではないだろうか! 作中に作者の哲学を挿入することで読者にロリコンへの幻想、憧憬の念を抱かせる実にすばらしい回であったと私は思うロリ。
>んんっ、結論としては作者はすごいロリコンだということだ。
 ところで冷やし中華ってもう始まった?

>毎度楽しく本編読ませて頂いておりました。しかし最近、あとがきを楽しく読むために本編を読んでいる気がする……アレ?
 むしろここが本編に違いない。

>初めて感想を書かせていただきます、とても面白い小説で楽しませてもらいました。続きも楽しみにしております。
 ありがとうございます。ああ、普通の感想っていいなあ(ほろり)

>苦み迸る、香ばしい大人の一時、それをわかるのは相応の大人のみ。そして一部の大人のみに嗜好される特称な趣味、それがロリコン。要は、年をとった後にしか僅かなまま滝に等しい幼少期の魅力に気がつけないと言うことで間違いないでしょうか? 風見鶏さん、いやこの際、ロリさんで
 ( ´・ω・)y─┛「部分点だな」

>何処の感想見ても風見ロリさんって言われてて可哀想です  グヘヘ
 シャーデンフロイデですねわかります。

>「僕が頷くと、ほっとした表情でアルベルさんが入ってくる。私服だけれど、腰にはしっかりと剣があった。やっぱり冒険者は手放せないものなのだろうか。」のところ、確かアルベルさんはハルバード使いでは?
 ハルバード持って喫茶店に行くのはさすがに不味い。入り口でガッってなります。

>風見鶏◆cf775fa6
>作者はもっと気合いれて更新するべきではないだろうか!
 お前そんなことしてないで続き書けよばか!

>なんていうか文章、文体?が独特ですね。余り見かけないというか、なんというか(いい表現が浮かばない
 そうでしょうか。自分じゃよく分からないのですけれど。読みにくかったりします?

>風見鶏さんはロリコンではないのは確かかと思います。アルベルさんの可愛さは異常だから。綺麗で凛としたお姉さんがへたれてるのってかわいいですよねー。
>ロリコン=美幼女、美少女以外は守備範囲外
>つまり風見鶏さんはかわいければオールおkなだけなんですよね!(え
 否定はしない!

>はじめまして。ここにロリ至上主義の人が大勢いると聞いたので飛んできました!!
 はーい、お帰りはあちらです。





―――ここから先、魔境のため一般人の立ち入りを禁ず。


>ところで、作者はロリコンなんですか?
>今回はロリ分が足りませんでした。次回のロリ分に期待してます。
>ロリっ娘もダイスキだぁぁぁぁぁ(ry!!!!!!!!
>あれ、そういえば、ロリがいない・・・ですか?
>あれですね。闇竜の奥さんは人型時は幼女なんですね。人妻人外ロリババァなんですね。俺の脳味噌が爆発してまうわ!!
>竜族の幼女人間バージョンもあるんですよね? 出てくるんですよね? 期待して待ってます。待ってます。
>今回読んでて何か違和感が・・・そうか、ロリが出てないんだ。
>後今回ロリが居ないとか言う話でしたが実は話の中で出てきた奥さんがロリっ子。そうに違いない!
>ところでロリっていいですよねぇ…          ロリ
>闇龍の嫁さんは金髪ロリババァに違いない! って書こうとしたらすでに書かれててゴル爺吹いた笑
>なんということだ・・・ロリが、出てこないだなんて・・・・・べ、べつにロリを期待してるわけじゃないんだから
>みんなロリがいないとか言ってるけどまだまだだなあwあれでしょ? つまりファルーバさんの奥さんがロリってことでしょ? 悠久の時を生きる誇り高きドラゴンを尻に敷くロリーな幼な妻。まったく風見ロリさんはいつもいいツボを突いてきますな!
>ロリ路線的に紅色石がロリ妖精になるんですよね。
>もっと自分の欲望を開放するべきです。かざみろりさん。ロリコンのロリコンによるロリコンのための小説が、この世に1つ位あってもいいと思いますよ?
>もはや風見ロリだろうと風ぺドりだろうとロリぺドりだろうと言われることにも慣れてしまいましたか? そんな作者に一言、言いたいロリとは幼女や女の子を見て愛でて愛するものだ。

 煮沸消毒って有効なのかしら。







[6858] 彼の日記
Name: かざみろり◆cf775fa6 ID:db27207d
Date: 2009/08/20 13:55


<一日目>


 今日から日記をつけることにした。平和な喫茶店での毎日のことくらいしか書くことはないけれど、それもまあいいだろうと思う。日常なんてどこでだってそんなものなのだから、日記が平凡なのは当たり前である。

 まずは今日あったことを書こう。

 ……これといって書くようなこともなかった気がする。しまった。いつものことだからあまりよく覚えていない。

 明日からはもう少し注意して観察しておこうと思う。



<二日目>


 今日は大丈夫だ。日記に書くことを意識して一日を送った。これでちゃんとした日記が書ける。

 えーと、そうだ。今日は朝からゴル爺が倒れていた。開店準備を終えて外に出ると、店の目の前にうつ伏せになっていたのだ。いつも唐突で意味がわからない人である。近づいて足で小突いてみたけれど、反応はない。

 僕はゴル爺の傍らに立ち、ふむと悩んだ。


「どうしよう。見なかったことにしよう」


 僕が店内に戻ろうとすると、いきなりがしりと足を掴まれ、動けなくなる。


「……ユウちゃん、倒れている人間にその対応はちと薄情じゃないかのう」


 放してもらえませんか。これから開店準備で忙しいんです。


「いたいけな老人が行き倒れておるんじゃぞ? か弱くて愛らしくて見ているだけで笑顔になってしまうようなわしが、倒れておるんじゃぞ? もちっと相応しい対応があるじゃろ?」


 あの、ほんと迷惑なんで。これからすごい忙しいんで。


「かーっ! これじゃから最近の若いもんは! 老人を敬うっちゅーことを知らんのか!」


 ゴル爺が両手でばんばんと石畳を叩いた。あんたは子供ですか。

 掴まれていた足が自由になったのでその隙に逃げようとしたけれど、ゴル爺は僕の動きを予測したかのような手際の良さで再び足を掴んでくる。

 ちっ。


「今、舌打ちしたじゃろ?」


 ちっ。


「わざわざ聞こえるようにやり直さんでいいわい!」


 朝っぱらから文句の多い人である。ゴル爺は両手で僕の足を掴んで、死んでも離さないという顔で見上げてくる。仕方ないのでしゃがんで話を聞くことにした。朝っぱらから何のようですか。


「いやあ、急にユウちゃんの顔がみたくなってのう」


 僕、忙しいんですけど。


「ほれ、わしって老い先短い老人じゃろ? ユウちゃんの顔が見れんだけで寂しくて仕方なくてのう」


 これから、開店なんですけど。


「ユウちゃん、わざわざ会いに来たこの愛らしくて健気で心優しいわしに言うことがあるじゃろう?」


 話を聞いてください。

 それからすぐに秘書さんがやってきて、ゴル爺を引きずって帰っていった。やっぱり仕事を抜け出してきたらしい。あの人はなにがしたかったのだろう。



<三日目>


「お前はそれでも男かよ! もっと熱くなれよ!」


 キールがとても暑苦しい。無駄に筋肉のある体系なのでますます暑苦しい。

 僕はコップを磨きながら、だって店番あるし、と言う。


「お前は女の子よりも店番の方が大事だって言うのか! せっかくアーリアル学院の女生徒たちときゃっきゃうふふのカルパをやろうっていうのに、お前は心躍らないのかよ!」


 そもそもカルパってなに? と聞くと、意外と普通に説明してくれた。どうやらコンパみたいなものらしい。キール、リアさん一筋じゃなかったのか。

 しかしアーリアル学院か。あそこは容姿端麗かつ頭脳明晰な女の子が多いらしいので、ちょっと興味はあった。興味はあったけれど、僕が行っても話が合わないだろう。何を話せばいいのかも分からないし。あとお客さんとかまだいるし。

 だから僕は遠慮しとく、と答える。

 キールが熱く何かを語りだそうとするのを遮るようにドアベルが鳴って、アーリアル学院の黒い制服を着た女の子がふたり入ってくる。


「ユウちゃんおーっす、今日はあっついねー。いつものちょーだい」

「私はとりあえず冷たい水。水だけでいいから」


 はいはいと僕は注文されたものを用意する。その間に二人といくらか世間話をしてからキールに振り返ると、キールは「ちくしょう、ちくしょう」と呟きながら壁に頭をこすりつけている。意味がわからない。


「そうかよ、『カルパなんかしなくたって僕は女の子といくらでも話し放題だから遠慮しとくよふふん』ってことかよ! いいよいいよ! お前を誘ったおれが馬鹿だった! もう二度と誘ってやんねーからな! ばーかばーか!」


 そんな捨て台詞を残して、キールは外に飛び出して行った。暑苦しいやつだ。


「なになに? ユウちゃん、今の暑苦しそうなやつと友達なん?」

「いえ、今日初めて会ったんですけど。なんだったんでしょうね」


 とりあえず他人のふりでもしておこう。



<四日目>


 カウンターでリナリアが頭を抱えていた。眉間に皺まで寄せて、一枚の紙をじっと見つめている。あまりに熱心なので興味を引かれ、カウンターの向こうに回ってリナリアの後ろから覗き込む。


「古代神言語なんて分かるわけないでしょ、常識的に考えて……」


 ぶつぶつと呟いている。

 僕は紙に書かれた文字を見て、かなり驚く。日本語である。小学生が書いたように崩れてはいたけれど、確かに日本語だ。もしかしてこの世界には日本語が別の言語として存在するのだろうか。あるいは、過去に僕と同じように日本人がやってきているのかもしれない。

 ねえ、これってどこの言葉? とポニーテールを引っ張って声をかける。


「きゃっ!?」


 きゃっとは可愛らしい。さすが美少女。悲鳴まで美少女ですか。徹底していますね。

 振り向いたリナリアが、僕を見て文句を言う。


「アンタねえ。いきなり髪を引っ張らないでよね、びっくりするでしょ。あといつの間にか背後に立たないで」


 善処しよう、実行するかは分からないけど。そう答えると、リナリアはじとーと僕を睨んだ。美人が無表情になるとそれだけで迫力があった。沈黙に負けたので、とりあえず謝っておくことにした。まことに遺憾です。


「なにそれ?」


 謝罪の常套句。


「ほんとに謝ってるの?」


 本人としては謝っているつもりなのかもしれない。


「つまり?」


 受け取る方はそうとは思えない常套句です。


「……ふーん」


 頬をつねられた。痛い痛い。

 今度は素直に謝ると、リナリアは許してくれた。謝るときは単純な言葉で十分らしい。そこに誠意と心が篭っていれば。

 リナリアが持っていた紙について聞いてみると、どうやらその文字は古代神言語と呼ばれるものらしい。それがなぜ日本語なのだろう。よく分からない話だ。いつか詳しい人にでも聞いてみようと思う。

 ちなみに、そこに書かれた言葉を訳すのが宿題なんだとか。がんばれリナリア。たぶん、無理だと思うけど。

 紙に書かれた言葉を改めて見る。


『大根おろし』


 誰が書いたんだろう、大根おろし。こっちの言葉に訳せるのだろうか、大根おろし。

 謎は深まるばかりだ。



<五日目>


 空が明るくなり始めるころ。僕は外に立ってシルルを待っていた。今日はシルルが様々な食材を届けてくれる日だ。

 しばらくぼんやりしていると、向こうから走ってくる小さな人影。


「おはようございますユウはぶ!」


 アイハブ。ってそんなことより、シルルが派手にこけた。かなりの速度で走っていたので、こけたときの勢いもすごい。思わず目を丸くする。

 慌てて駆けよると、シルルが赤くなった鼻を押さえて座り込んでいる。ちょっと泣きそう。


「あうう、痛いですっ」


 大丈夫? と声をかける。シルルが涙目で僕を見上げて言う。


「こけちゃいました……」


 見りゃわかるよと苦笑しながら、シルルを助け起こす。驚くほど軽かった。

 シルルの服についた汚れをはたきながら見ると、右足の膝が擦り剥けて血が滲んでいる。かなり痛そうだ。けれどシルルは平然と尻尾をぱたぱたさせているので、不思議に思って訊いてみる。

 僕の言葉に、シルルが自分の膝を見下ろした。そして沈黙。やがてぷるぷると震えながら僕を見る。


「見たら痛くなってきました……」


 ああ、気づいてなかったんだ。

 シルルは一歩動くだけでも辛そうな顔をするので、おんぶして店の中に入った。シルルを椅子に座らせてから、濡れタオルと消毒液を用意する。あと清浄液も。清浄液というのは、なんでも汚れだけを取り除く魔法生成の液体だとか。

 それらを手にシルルのところに行く。シルルは耳をぺたんと伏せ、尻尾まで元気がない。眉を下げて不安げな瞳で僕を見上げる。


「それ、使うんですか?」


 一応、手当てはしておかないとね。


「うぅ……」


 どうかした? と声をかける。


「……しみるの、いやです」


 ああ、なるほど。たしかに、怪我よりも消毒されるときの方が痛かったりする。

 それでも汚れたままだとよろしくないので、僕はシルルの前にしゃがんだ。えっと、まずは清浄液で汚れを取り除くはず。

 きゅーんと子犬のような声でシルルが鳴くが、流されてはいけない。やることはやらないと。

 擦過傷に清浄液をかけることにする。小瓶から出てきた澄んだ青色の液体はどろりとしていて、まるでスライムみたいだった。実はこれを使うのは初めてだ。

 シルルの膝にぺたりと張り付いた液体が、うにょんと動く。

 ええっ。

 僕が目を丸くしている間にも、それはうにょんうにょんと動き、傷口全体を覆うまでに広がった。そこでうみょうみょと微動を続ける。


「あうあうあう」


 どうやらこれがしみるらしく、シルルは足を小刻みに揺らして、痛みをなんとか逃がそうとしている。謎の生命体スライムを観察しながらも、とりあえずシルルの足を押さえておいた。

 やがてスライムは動きを止め、ぽとっと剥がれ落ちた。ピンポン玉のように丸くなっている。それを小瓶の中に戻して、シルルの傷口を見る。砂汚れなんかが綺麗になくなっていた。医療用スライムみたいなものだろうか。

 とりあえず次は消毒しないと。消毒液入りの小瓶を取り上げると、シルルが僕の腕を掴む。

 この手はなに? と笑顔で言う。


「そ、それだけはっ」


 それだけはなに? と笑顔で言う。


「それはすごく、すごくしみるんです!」


 だから? と笑顔で言う。


「だ、だから!? ええっと、だから、その、ご遠慮していただけるとうれしいかなって」


 僕がご遠慮、すると思う? と笑顔で言う。


「……その笑顔は、しないと、おもいます」


 よくできました。

 というわけでさっさと消毒した。「きゃいん!」とか「くぅーん!」とかシルルが悲鳴をあげて悶えていた。誰もが通る道である。

 今日もいいことをしたなあ。



<六日目>


 けっ、これだからイケメンは。やってらんねえ。

 おっと、思わず荒んだ物言いになってしまった。気をつけよう。

 今日はウェットが女の子を連れてやってきた。鮮やかな金髪が眩しい活発そうな美少女。ウェットの幼馴染だ。

 カウンターに座るや、ウェットから紹介される。ユナという名前だそうだ。店内をきょろきょろと見回している姿は、ウェットの話に聞いていたよりもずっとおしとやかに見える。

 ウェットの話通りの子ならきっと面白いことになるだろうと思って、そのまま言ってみた。

 ユナさんはにこりと笑う。


「猫被ってますから」


 自分で言っちゃったよこの子。

 ユナさんは笑顔のままウェットに顔を向ける。


「どんなことを話してたのか、あとでゆっくり聞かせてね?」


 ウェットが何度も頷いた。明白な力関係だった。


「聞いてはいたけど、良い雰囲気のお店ですね」


 ユナさんが言った。

 聞いてはいたって、ウェットから? そう訊ねると、ユナさんはじろりとウェットを睨んだ。


「いえ、こいつはここに通ってることを黙ってました。昨日問い詰めたら、ようやく白状しやがりまして」

「は、はは……」


 問い詰められたのか。ウェットの空笑いがその厳しさを物語っているようだった。

 ユナさんはウェットを睨んだまま、ウェットの頬に指を突き刺した。ぐりぐりと捻りまで入れている。


「まさかこんなところでリャナンと会ってるなんてね」

「いや、だからそれは誤解ですって」

「へえ。誤解ですか。誤解ねえ」

「……含みのある言い方ですね」

「含ませてるもの」

「……そうですか」

「リャナンが自慢げに『私ね、最近はウェットさんと仲良くさせていただいてますの。静かな雰囲気の良いお店で、ふたりでお喋りをしたりしてね』とか言い出したときには、どうしてくれようかと思ったわよ。あんたを」

「ぼくですか」

「さすがに女の子を殴るわけにもいかないでしょう」

「ぼくは殴られるんですか」

「場合によってはね」


 なにこの痴話喧嘩。僕、叫んでいいかな。目の前でいちゃつくんじゃねえって叫んでいいかな。

 そんな会話がしばらく続いたあとに、薄紫色の髪をした女の子が来店した。身長が高く、長い髪が背中で波打っている。以前に何度か、ウェットの隣に座っているのを見た覚えがあった。どうやら彼女がリャナンさんらしい。

 リャナンさんが無理やりウェットたちと合流して、ユナさんが不機嫌になって、ウェットを挟んで口喧嘩を始めて、ウェットが胃を押さえて。なんというか、イケメンちくしょう。

 ウェットがしきりに何かを求めるような瞳でこちらを見てきたので、僕はにこりと笑っておいた。



<七日目>


「ふーん。あんたがねえ」


 見知らぬ少女に声をかけられた。色素の薄い金髪を右耳のあたりで縛っている。サイドポニーとでもいうのだろうか。特徴的な髪型だった。思わずひっぱりたくなる。

 10歳くらいのその子は腕組みをして、積み上げた木箱の上に立っていた。

 それ、うちのだよね? と声をかける。


「そんなことはどうでもいいの! ちゃんと返事してよね!」


 そう言われても。

 落ちたら危ないよ? と言ってみる。


「ふふん、誰が落ちるって? もしかしてそれはあたしのこと? このあたしのこと?」


 胸に手を当てて、ふんぞりかえる女の子。

 僕はちょっとだけ考えてしまう。この子、めんどくさそうだな。もう店の中に戻っちゃおうかな。

 と、急に女の子が乗っていた木箱がガタガタと揺れだした。


「えっ、わっ、わあ!?」


 べたーん。

 急いで飛び降りた女の子だったけれど、着地でバランスを崩して顔面から倒れこんだ。言うわりに運動神経はよろしくないらしい。


「シュイ、ださい」


 揺れが収まった木箱のうしろから声。目をむけると、銀髪の女の子が出てきた。どうやら木箱を揺らしていたのはこの子らしい。

 その子が倒れたままの金髪の子に近寄り、すぐ横にしゃがみこんだ。つんつんと人差し指でつつく。


「だからやめたほうがいいって言ったのに。落ちるから」

「あんたが落としたんでしょうが! あたしは落ちたんじゃなくて落とされたの! あんたにね!」

「えっ」

「その不思議そうな顔はなに!? やってないとでも言うか!?」

「わたしじゃ、ないのに」

「嘘つくなっ!」

「本当は……」


 と、銀髪の女の子が不意に僕を見た。その視線をたどり、金髪の子まで僕を見る。首を傾げていたけれど、はっとした表情。そして「まさか」と呟く。

 金髪が立ち上がり、僕を睨んだ。


「あんたがやったのね!」

「ごめん、つい出来心で」


 なんとなく謝ってみた。


「あんたにできるわけないでしょうが! なに嘘ついてんのよばか! 最低ねっ!」

「さいてーね」


 ええっ。


「ったく、ニニもいきなり揺らさないでよね。落ちそうになったじゃない」


 え? 落ちてたよね? びたーんて落ちてたよね? なかったことにするつもりだろうか。


「ごめん、つい出来心で」


 ああっ、僕の台詞がパクられた。

 ふたりは積み上げた木箱を崩し、元あった場所に直した。あ、そこは律儀なんだ。

 片付け終わって、改めて向かい合う。金髪の子が腰に手を当て、僕を指差した。


「改めて! あなたがジクの料理を作ったという痛い痛い! 指が曲がっちゃいけないほうに曲がる!」

「人を指差しちゃだめ」

「わ、わかった! わかったから離して!」

「ん」


 金髪の人差し指を握って、上にぐいっとやっていた銀髪の子が手を離した。痛みに手をさすっている金髪を尻目に、こちらにすたすたと近寄ってくる。眠たげな瞳で僕を見上げる。


「あなたがジクの料理を作った人?」


 ジクの料理?

 そこで思い出す。そういえば、ノルトリにジクの料理を作ってくれと頼まれたことがあった。たしかお弁当で3人前。もしかして、この子たちの分だったのかな。

 僕が頷くと、女の子はぺこっと頭を下げた。


「ごちそうさまでした」


 は、はあ。お粗末さまでした。

 女の子はそれだけ言って、金髪の子のところまで戻っていく。マイペースな子だな、と思う。

 再び金髪の子が僕に向かって啖呵をきりだしたので、僕はめんどくさくなって言った。

 とりあえず、中に入ったら?



 金髪の子がなにかを言いたそうにしていたので、餌付けでごまかすことにした。お子様ランチを作る。旗さえあれば全ての問題は解決するはずだ。


「美味しい……」

「うん、美味かな」

「ほう、こりゃうまいのう」


 待てじじい、なぜそこに座っている。


「ひょ? 最初からいたぞい?」


 ゴル爺がお子様ランチをぱくぱくと食べている。あれ、おかしいな。いつの間にゴル爺の分まで作ったのだろう。

 首を傾げる。記憶にないのだけど、まあいいか。

 子供ふたりがお子様ランチを食べている。じいさんひとりもお子様ランチを食べている。僕は全てを許容することにした。


「わっ、この旗かわいい! ……って待てえ! 危なかった! すごく危なかったわ! いつの間にか誤魔化されるところだった!」


 ちっ、気づいたか。


「これは餌付け」


 ちっ、そっちにも気づかれたか。


「ユウちゃん、ご飯はまだかのう?」


 おじいちゃん、今食べたばかりでしょ。


「油断も隙もないやつね! あたしはね、あんたに言いたいことがあるの!」

「ご飯、美味しかった」

「そう! ご飯美味しかったわ! 甘い卵焼きなんて初めてだったけどこれが中々――って違う!」

「ユウちゃん、甘いお菓子はないのかのう?」

「そうよ! お菓子はないの!? お菓子も美味しいって聞いたんだけど――じゃない!」

「彼女はいないけど」

「あ、そうなんだ。でもそのうち良い人ができるでしょ、ってそんなこと聞いてないわよっ!」


 ばんばんと平手でテーブルを叩く。ノリの良い子である。

 銀髪の子が楽しげにこちらを静観している。ゴル爺は秘書さんに引きずられて行く。


「だからあたしは!」

「あなたのことが?」

「す、好き……とでも言うと思ったか!」

「と思わせて?」

「やっぱり、好き……じゃないわよ!」

「べ、べつにあんたのことなんか」

「好きじゃないんだからねっ!」


 僕はぐっと親指を立てた。

 銀髪の子がぱちぱちと拍手をしてくれる。


「あー! 調子狂うぅ! あんたね! 人の話はまじめに聞けって先生に言われたでしょ!?」

「人を指差しちゃだめって先生に言われたでしょ」

「痛い痛いごめんなさい!」


 金髪が僕を指差し、その指を銀髪が捻った。なんという素早さ。

 ずいぶんと騒がしくなった店内に来店客。ぎゃあぎゃあとやっているふたりを無視して目を向けると、入ってきたのはノルトリだった。

 いらっしゃい、と僕が言う。


「あ、ノル! あんたからもこいつに何か言ってやって! あたしの話をまじめに聞かないのよ!」


 と金髪。


「やほ」


 と銀髪。

 そのふたりに煩わしそうな目を向けてから、ノルトリはカウンター席の窓際から二番目に座る。僕が出したジュースを一口啜って、ぴたりと動きを止めた。

 ギギギと錆付いた動きで隣を見る。いるのは金髪と銀髪。三人の視線が絡んで、少しの沈黙。

 尻尾をピンと張り、耳を立て、跳ねるようにノルトリが立ち上がった。ふたりを指差し、ノルトリが珍しく叫ぶ。


「な、なんでいるっ」

「人を指差しちゃだめだってば」

「……いたい」


 賑やかだなあ。



<八日目>


「がはは、こんな嬢ちゃんが俺に勝てるってか」


 昼下がり。豪快な声が店内に響く。

 入り口に髭面の大男。手には酒瓶。酔っ払いだろうか。

 めんどくさそうだなと思いながら、僕は磨いていたコップを置いた。

 どしどしと歩いてきたその男が、カウンターの椅子を引っ張り出してどすりと座る。


「さあて、やろうじゃねえか」


 えっと、なにをでしょうか。


「あん? チェスに決まってんだろ。殴りあったって勝負は見えてらあ」


 男は答えて、懐から折りたたみ式のチェス盤を取り出した。ポケットからは汚れた袋。中に入っているのは古びた駒だった。

 手際よく駒を盤上に並べていく男を前に、僕はまだ状況を理解できていない。


「それで、嬢ちゃんはなにを賭けるよ?」


 か、賭ける?


「当たりめえだろ。遊びでチェスやってどうすんだよ」


 平然と言われる。

 たしかに、この世界で賭けチェスは当然のように行われているらしい。チェスは時として賭博のひとつとして数えられる。けれど、だからってなぜ僕がそれをしなければならないのだろう。


「あー、あれだ。昨日の昼にな、金髪のガキを捻ってやったんだがな。そいつが言うわけだよ。確かにアンタは強いが、この店の店主よりは弱いってな。そう言われちまったら引けねえだろ? この店見つけるのに時間掛かって昨日は野宿しちまったけどなあ。がはは!」


 とりあえず、声がでかい。あと金髪のガキってキールか。キールなのか。

 弱いのになんで賭けチェスなんかやるのだろう。まったく。


「それで、何を賭けるんだ? 金か、石か?」


 鋭い瞳でこちら見る男に、僕は首を振る。

 賭けチェスはしないと答える。


「ああん? しないだあ? なにを腑抜けたことを言ってやがる。こちとらわざわざ嬢ちゃんに会いにきたんだぜ? 相手すんのが礼儀ってもんだろ? ああ、それともお前はあれか。怖くて勝負ができねえのか。とんだ腰抜けだな」


 くつくつと男が笑う。馬鹿にした笑い。こちらを挑発するための笑い。

 仕方なく、僕はポケットから銀貨を一枚取り出した。


「……おいおい、それはねえだろ。面白くねえ。ああ、ひとつも面白くねえな」


 じゃあ諦めてくれません? と訊いてみる。


「やるまでここに居座るが、それでもいいか?」


 と答えられた。

 安い賭け金じゃやらない。つまらなくてもやらない。そしてやるまで帰らない。めんどくさいなあもう。
 
 はあと息を吐いて、僕はカウンターの奥からひとつの石を取り出した。ファルーバさんから貰った、紅涙と呼ばれる原石だ。それを男の眼前に置く。

 男は石をひと目。口角を髭ごと吊り上げた。


「いいねえ。心躍るほど高額の賭けだ。人生はこうでなくちゃなあ」


 男は懐を漁り、手に何かを掴んで取り出した。それを、僕が差し出した石の隣に並べる。

 真っ黒な石だ。黒の絵の具を溶かしたように単色でありながら、透き通る輝きを宿した不思議な色合い。


「星影っつう石だ。ちょいと小せえが、希少価値はこっちのが高え。どっこいどっこいだろうよ」


 男は酒瓶を煽り、ぐいと腕で口を拭う。


「さあて、やろうじゃねえか坊主。人生楽しまねえとなあ!」


 僕は無言で椅子を持ってきて、男の正面に座る。

 この人、僕が男と分かっていながら、今まで「嬢ちゃん嬢ちゃん」と呼んでやがった。ちょっとかちんときた。

 ぜってえ負けねえからな。



「がははは!」と笑いながら、男は帰っていった。

 僕は椅子に座ったまま、カウンターに肘を付いて頭を抱えた。

 しまった。手に余る石が二つに増えてしまった。どうしよう、これ。



<九日目>


 美味しそうな料理が並んでいる。原材料はよく分からないけれど、匂いだけで食欲がそそられた。


「相変わらず体が細いねえあんたは。もっとしっかり食いな!」


 恰幅の良いおばちゃんが、僕の前にどんと皿を置いた。手羽先のようなものが山と積まれている。

 こんなに食べられませんよ、と苦笑する。


「残したらぶん殴るからね」


 僕の背中を叩きながら笑って、おばちゃんは他のお客さんのもとへ行った。

 おばちゃんの切り盛りする小さな食堂は、僕の店のほど近くにあった。美味しいし安いし、なによりおばちゃんの雰囲気が良いので、僕は気に入っている。

 喫茶店を開くときに相談したところ、おばちゃんは食材の仕入れ先を紹介してくれた。この世界の基本的な料理や、調味料、魚のさばき方などを教えてくれた。他にもいろいろなことで本当にお世話になった。だからおばちゃんには頭が上がらない。

 とりあえず肉の山を胃袋に移していると、おばちゃんが前の椅子に座る。

 あれ、お客さんは? と店内を見回すと、他には誰もいない。


「もう昼時も過ぎたからねえ。静かなもんさ」


 なるほど。頷いて、今度は魚料理に移る。全体的に黒い。焦げているのではなく、黒身魚である。見た目はきついけど、身は舌の上で溶けるように柔らかく、鼻に抜ける独特の後味が癖になる。


「そういや、まだひとりでやってるのかい?」


 おばちゃんがにこにこと笑いながら僕を見る。

 子供の相手をする親戚のおばちゃんという感じ。その瞳にちょっと戸惑いを覚えつつ、僕は頷いた。


「そろそろお客さんも増えてきたんだろ? ひとりで大丈夫かい?」


 最近、口コミでうちの店が知られているらしい。確かにお客さんは増えつつあった。今はまだ大丈夫だけれど、やがては従業員のひとりでも雇わないと、少しキツイかもしれない。


「人手がいるときは呼びなよ? 料理ならいくらでも作ってやるからね!」


 僕は笑顔で頷いた。

 おばちゃんはとても頼もしい。そして、懐かしいほどに暖かい。その人柄が、心地よかった。

 ああ、そうか。

 ふと僕は納得した。

 おばちゃんの料理は、おふくろの味なのだ。味付けとか、素材とか、そういうことを越えて。懐かしくて、優しい味。誰かと食卓を囲んで笑いあって食べる。そんな暖かい料理。

 少し熱くなった目頭をこすって、僕はスープを啜った。



<最終日>


 日記を書くのも飽きたので、今日でやめようと思う。

 長続きしないのも日記の醍醐味だから、まあいいんじゃないだろうか。

 今日はこれでおしまい。明日のために早く寝よう。


 明日も良い日になりますように。





















――――――
<その時、作者が動いた>

 おひさしーぶーりーねー あなたにあうなんてー。

 忘れ去られた頃にこっそりと更新しておきます。

 前回更新は2ヶ月も前のことです。随分とサボってしまいました。しかし、私にも事情はあったのです。PCの調子が悪く、不意にフリーズするようになり、今日はデバイスの誤認識という事態のためにBIOSを初期化することになってしまいました。これらはここ一週間で起こったことなので、更新できなかったことには大して関係ありません。本当の事情は正直に話すと怒られそうなので、秘密にしておきます。ご了承ください。


▽ぼすぽになーにえ

>久々すぎてゴル爺以外どんなキャラだったか覚えてない・・・・・・orz
 あってよかった登場人物メモ。一番活用しているのは私です。

>遅かったじゃないか・・・・・・・・(挨拶
>長く待っていた甲斐があった・・・・・・・次回も期待させて頂きますw
 今回も遅くなって申し訳ねえです。

>ここほど感想がカオスなss他に無い
 またまたご冗談を。

>かざみろりさんは一話でもロリ分を出さないと禁断症状になるとうかがったのですが本当ですか?
 いいえ、彼は違います。
 
>続きを楽しみにしていますので、お体に気をつけてがんばってくださいロリ。
 ああ、汚染されている。

>一気に読ませていただきました。独特な雰囲気がとてもいい感じですね。次の話も楽しみにしていますロリ。
 この人も汚染されている……。

>最後の最後でロリキャラを出すとは…本性が出たなw
 ククク……バレちゃしょうがねえ。お前にはここで死んでもらおうか!
 なんて言うとでも思ったか!

>>にわとりだ。風見鶏だ。
>ひょっとして「かざみどり」さんじゃなくて「かざみにわとり」さんだったのか……?
>そうすると、ローマ字になおしてKAZAMINIWATORI、苗字のKAZAMIの後にスペースを入れてKAZAMI NIWATORI
>これをググルと、一番上に「YouTube - Little Women Anime [愛の若草物語]」が出る
>この動画内で風見鶏というテロップが出る場面は、幼女の尻をおっさんが叩いてる場面(中略)
>つまり風見鶏さんは幼女の尻を叩いているおっさんだったんだよ!(AA略
 だからその労力を有効活用しろとあれほど……。

>ところで全話合わせて何回ロリって言葉が使われてるんですか?
>もうタイトル変えたほうがいいと思いますよ。
>「異世界に来たけど至って普通にロリだけやってますが何か問題でも?」
>うん。だいたい合ってる。
 けっこう間違ってる。

>いつか俺はロリに見えるショタを書いてくれる事を信じてる。なんかみんなロリがペドがとか言ってるので持ち上げておいて突き落とすみたいな事をしても良いと思う。決して俺がMってわけじゃないよ。俺はどMだよ。あと、主人公がお姉さんに虐められる話があってもいいと思う。決して俺はMってわけじゃ(ry
 ドM乙。

>たぶん風見鶏さんの作品は多くのロリコンを生み出していると思う
 責任を取って諸共海の藻屑にした方が世のためになるでしょうか。

>・・・ところでクライエッタさんマダー(´・ω・`)
 そ、そのうちっ。

>ところでゴル爺マダー?
 ゴル爺はいつだってそこにいるのさ。

>この世界に神聖魔法(いわゆる神の奇跡ってヤツです)に該当する系譜の魔法は存在するんでしょうか?
 回答が遅くなって申し訳ないです。
 その辺りの設定はまだ詳しく考えていないので、適当にお考え頂ければと。

>できればアルベルさんの出番をもう少し増やして頂きたいところですが、風見鶏さんは風見鶏さんのペースで執筆していってください。
 あ、はい。ありがとうございます。私のペースというと2ヶ月に一度ですが、それでもよろしければ是非。

>最近はネタばかり書き込んでいたので、真面目に…誤字報告を。「ほとぼり」が「ほとぶり」に、「息抜き」が「生き抜き」になっていましたよ。
 修正しておきました。ご指摘に感謝。

>風見鶏の意味に「大勢の動向にすぐ順応する人」みたいなのがあるっぽいですね。ってことは、風見鶏さんはもう・・・
 社会的な動向を考えれば、私はもう……。

>え~っと何だ・・・。今まで感想欄みてなかったんだけど、ここってロリの聖地なんですか?
>うん、まぁ確かに作者様から迸る「ロリ」への情熱を感じなくもないけどw
 ああ、ロリの聖地さんなら先日引っ越されましたよ。

>この空いた更新期間が作者はロリコンだと語っているロリ
>お姉さんを書くのにきっと苦労したんだロリ
 お姉さんだろうがロリだろうが、文章を書くのにいつも苦労してるロリ。

>せっかくお姉さん尽くしできたのに最後にノルトリ出したのは突っ込みを誘ってるのかそうなのかどうなんだ?
 不可抗力ロリ! ……もとい。不可抗力です!

>男の娘はまだでしょうか?生足ショタっこ……ハァハァ
 世界はなんて広いのだろう。

>どこぞの幼女が出てくる作品の感想にいた「かざみろり」さんについてなにか心当たりはありませんか?
 生き別れの兄だと思います。

>主人公の服が気になる今日この頃。仕事着も普段着も「まんま喫茶店のマスター」でOKでしょうか?
 基本は白シャツに黒エプロンじゃないかと思います。

>そうか、リアさんはお姉さんの皮を被った精神ロリだったのか・・・。
>それともエルフのお姉さんは実年齢換算でいえばご高齢、つまり作者はロリを装った熟女スキーなのか。
>何言ってるのか分からないかもしれないが自分でもさっぱり分からない困った。
 とりあえず冷静に話し合おう。

>この喫茶店でロリコンになったんだ。どうしよう風見ロリさん
 人のせいにするのはよくないと思います!

>誰が一番ハルシオンに(客として)来ているのかが(平均:一週間で何回)気になります!! ノルトリといい最近来るようになったリナリアといい、お前らどれだけ入り浸っているんだよ!!
 キールは毎日来てるんだぜ。

>>―――ここから先、魔境のため一般人の立ち入りを禁ず。
>まさかこう来るとは思わなかった。隔離って人権侵害なんだよ?知ってた?
 ロリコンには人権ってないんだよ? 知ってた?

>そういえば風見鶏さんのPNは「おいしいコーヒーのいれ方」からでしょうか?いや、少し気になっただけですけれども。
 いえ、適当に付けただけでごわすよ。

>心の底からロリである我が友人に対して一言下さい。
 星に手は届かないことを忘れないようにね!

>ころでロリ、年上、ロリ、年上という順番に出てきてない?
 多少の意識はしていたり、いなかったり、らじばんだり。

>質問なんですが、店で食事を出すということは生態系は似通っているところもあるんですか? 例えば、野菜や、牛、豚、鶏といった動植物なんかかですが。
 まあ似たようなもんでしょう。たぶん。

>かざみどりさんこんばんわ
>ざっと読み返して
>みたのですが
>ロリ分が多いように見えて結構他属性のキャラも多いですよね-。だから風見ロ
>リじゃないと自分は思いますよ。けど
>のるとり達は可愛いので
>変に目立っちゃっているのと
>態とロリロリいってキャラ付けをしようとしている人がいるからだと思いました。
>さくひんをみんなゆっくり待ってると思うので都合のいいときにが
>んばってください
 お世辞とは分かりつつも、大変嬉しい言葉に喜びが溢れてしまいます。
 前の作品はすぐに打ち切りになってしまいましたが、今回の作品が続け
 られているのは、ひとえに皆様のおかげだという感謝の念が絶えません。です
 が、ロリコンという言葉攻めに、僕はもう耐えられそうにありません。みん
 なの言葉が、世界の偏見を生んでいるのです。作者はロリコンではありません
 !エクスクラメーションマーク!
 !めんどくさいからコピペで許して!

>風見さん、あなたのおかげで、ストライクゾーンが広がりました。
>世の中、女性だけじゃないですよね。
 そうですよ! 世の中女性だけじゃありません! ……えっ。

>日常を描く物語はストーリーの流れがない分、長く続けられないと思います。なのでいつぱったり終わってしまうかが不安。でもその行き当たりばったりさがまたイイ!
 打ち切り間近! 乞うご期待!

>風見鶏さんずっと風見ロリさんと言う名前だと本気で思ってました、ごめんなさい?
>小説だけ読むので名前まで見てませんでした・・・
 ちょっと布団の中で泣いてきます。

>>猫に似た生物(どちらかと言うとタヌキっぽいの)はいるのだけれど
>・・・・・・・ドラ〇もんですか?
 ミニド○です。

>>「お姉さんの魅力をみんなに分からせ隊」を結成することを!
>↑はつまり『ロリも大好きだ!ってゆーか愛してる!!しかし、おねぇさんも蝶大好きなんだ!!文句あっか!?』という意味でしょうか?
>だとしたら自分の欲望に忠実でとても素敵だと思いますヽ( ´¬`)ノ
 いえ、『とりあえずこういうのに入っておけばロリコンっていう人も少なくなるかな』という意味です。

>せんせー、僕「お姉さんの魅力をみんなに分からせ隊」にはいりたいでーす。入隊許可証くださーい。
 だが断る。

>ここの感想はいつ見てもカオス
>いい意味で
 そろそろロリという単語のない感想を探すほうが難しくなってきたような……気のせいか。

>セルウェリアって、ノルトリが初登場したときに既に名前だけは出ていたことにようやく気づいた
 こっそりね。

>面白かったなぁ…と余韻を楽しみつつ、作品の感想を書こうと思って感想欄見てたら…あまりにあまりな内容を見て、何を書くか忘れてしまいました。
>えっと…頑張ってください。
 がんばる!

>一話一話の更新の長さが異常wwww
>ここまで期待させて・・・・みんなのロリゾーンを突いてくるんですよね?
>新ロリの作成中ですかわかります
 事実、新ロリが出てきてしまっているわけですが。

>終わりロリなら全てロリ
 ロリを出すべきか、出さないべきか。それが問題だ。

>風見鶏◆cf775fa6
>最近の作者って更新サボりすぎだよな。やる気あんのかな。
 お前だよお前。しっかりしてくれよ。

>ところで、ロリとかお姉さんとかの感想は必須ですか?
 どんな感想でもとても嬉しいです。

 ロリコメントは見なかったことにするけどね!





 次回更新はいつになるかな(´ω`*)



[6858] 小話集
Name: かざみろり◆cf775fa6 ID:12d4b733
Date: 2010/04/13 21:57



/物語をひとつ


「今日はどんなお話を聞かせてくれるのかしら」

 上品に微笑む老婆を前にして、僕は磨き終えたコップを置いた。在りし日の美しさを残した顔立ちや、時の流れを宿した白髪、そして落ち着いていながらもセンスのある服装。その全てが彼女の生き方を現しているようだった。賢くなる前に、歳をとってしまってはいけない――道化の言葉を正しく理解した人生だったに違いない。

 思わず自然とレディファーストを心がけてしまいそうなほど気品ある女性なのだけれど、彼女の瞳はまるで少女のようなあどけない光をもって僕を見上げていた。あるいは、冒険を前にした少年のような、だろうか。

「エレノアさん」

「なあに?」

「僕は喫茶店のマスターで、ここは喫茶店なわけですが」

「それがどうかしたのかしら」

「喫茶店に来て注文もしないで話を聞かせろとは、これ何かおかしくありませんか」

 僕としては至極あたりまえのことを言ったつもりなのだが、エレノアさんはにこにこと笑って言う。

「あら。じゃあ、あなたのお話を注文するわ。それならいいでしょう」

「あー、それは」

「素敵なお話をひとつお願い、マスターさん」

 僕は苦笑して、期待に答えられそうな物語を探すために記憶の本を開いた。残念なことに、僕に物語を綴る才能はない。自分で名言を吐く以外の最善の方法がそうであるように、自分で物語を生み出す以外の最善の方法もまた、引用することである。

 といっても、如何に名作と言えども、さすがに一から十までは覚えていないし、長々と話すのも難しい。せいぜい、いくつかの短編と、童話で精一杯である。

「それじゃあ、今日は『灰かぶり姫』という話を」

「年甲斐もなくわくわくするわね。どんなお話かしら」

 うずうずとこちらを見つめるエレノアさんに苦笑して、さあ話し始めようというときだった。

「ユウちゃん! ああユウちゃんユウちゃん! 助けてくれんか! 仕事がわしをいじめるんじゃ!」

 扉を跳ね飛ばすようにしてゴル爺がやってきた。あまりの勢いに、ドアに掛けていたベルが吹っ飛んで、狙いすましたかのようにエレノアさんの頭に当たった。

 しかしゴル爺は気にもかけず、カウンターに縋り付いておいおいとわざとらしく泣き出した。

「みんながわしをいじめるんじゃよユウちゃん! およよよっ、そろそろわしだって隠居したいのに、無理やり働かせるんじゃ! ひよよよよっ」

「あの、エレノアさん。大丈夫ですか」

「おお! ついにユウちゃんまでわしを無視するのかえ! この世は優しくないのう! 冷たいのう!」

 うるさいなこのじいさん。早く秘書さん、来てくれないかな。

 ゴル爺の声を意図的に無視していると、まるで地の底から氷河期を呼び寄せたような声音が耳朶に触れた。

「あなたは昔から、本当に私の邪魔ばかりしてくれるわね、ゴルパトリック。やはりあの時、一思いに冥土に送ってあげたほうがよかったみたいだわ」

 誰の声なのか、僕は理解できなかった。脳が理解することを拒否していたと言ってもいい。動きの止まったゴル爺の背後に、顔に髪で影を落とし、幽鬼のようにふらりと立つエレノアさんを見てようやく、僕は現実を確かめた。

「こ、この骨の髄まで凍るような声は……まさか、エレノアか! そんな馬鹿な! あいつは10年前に死んだはずじゃ!」

「くだらない嘘ついてるんじゃないわよゴルパトリック。ただのボケ老人に見えるわ。いえ、本当にボケたのかしらね。いい歳だもの」

「それはお互いさま――って待つんじゃエレノア、洒落になっとらんぞ!」

 刹那、ゴル爺は消えていた。比喩表現ではなく、文字通り、消えていた。なにこれ、どういうことなの。

 エレノアさんは平然と髪を整え、ふんっと鼻で笑った。印象が違いすぎて、僕はもうついていけそうになかった。

 呆然とする僕を前に、エレノアさんは椅子に腰を降ろし、何事もなかったように微笑んだ。

「さ、邪魔も消えたことだし、お話をお願い、マスターさん」




/男の季節


「平和だねえ」

「平和ですねえ」

 サキトさんがしみじみと呟いた。見た目は金髪ロン毛のチャラいお兄さん風なのだが、カウンターでコップを傾ける姿はとても様になっていた。コップの中身がココアでなければもっと良いのだが、苦いものは一切だめというのだから仕方ない。

「平和、だよねえ」

「平和、ですねえ」

 サキトさんがしみじみと呟いた。頭の上には小さな角がふたつある。種族名は知らないのだけれど、サキトさんは獣人だった。髪の間からちょこんと出ているそれは、むしろ可愛らしい。

「平和、なんだよねえ」

「早く帰った方が、いいんじゃないんですか」

 溜まりかねて、とうとう言ってしまう。

 サキトさんはがくーんと肩を落とした。

「帰りたく、ないんだよねえ」

「結婚したんでしょう? オレがあいつを幸せにしてやるんだぜって笑ってたじゃないですか」

「たしかにそう言ったけどさあ。言ったんだけど、さあ」

「うまくいってないんですか」

「うまくいってないというかなんというか」

 もごもごと口ごもってしまった。結婚してみるとやはり、いろいろなことが見えてくるのだろうか。結婚までのバラ色の日々が、一転して人生の墓場になってしまったりするのだろうか。

「求婚するとき男は4月、結婚すれば12月」

「え?」

「いえ、なんでもありません。それよりも」

 僕は首を振った。それから、扉を指差して言った。

「来たみたいですよ、お迎え」





/風邪にはご用心


「くしゅっ」

 店内にかわいらしいくしゃみが響いた。

「風邪?」

「ん……平気」

 と言うが、ノルトリの頭はふらふらと重たげに揺れているし、瞳はぼーっとしている。顔も赤い。どう見ても風邪だった。

「ほら、ちょっと額だして」

「む……」

「なんで避けるかな」

「乙女の意地として、必要かな……と」

「そういうのはもう少し大きくなってからね」

「だいじょぶ……へいきくしゅっ」

「はいはい」

 ノルトリの前髪を上げて、額に手を当てる。少し熱いような、けっこう熱いような。そういえば獣人の体温って人間を基準にしていいのだろうか。むむ、っと悩んでしまう。猫耳がぴくりと動き、ノルトリが鼻をすする。たぶん、風邪だとは思うのだけれど。

 あやふやに判断しつつ額から手をはなした。

「よし、風邪ってことにしよう」

「ユウに決められても……」

「ごもっともな意見だけれど、却下。風邪は引き始めが肝心だからね。栄養のあるものを食べて、暖かくして寝るべし」

 ノルトリはかすかに首を振る。

「……食欲、ない」

「ちょっとは食べないとだめ。おかゆは味気ないから、卵雑炊にしようかな。すぐ作るから待ってて」

「……ん」

 こくりと頷くが、とてもふらふらしている。椅子に座ったままはキツイのではないだろうか。

「今日もお母さん、遅いの?」

「……ん」

「そっか」

 ノルトリのお母さんは遅くまで働いているので、ノルトリはたいていここにいて、お母さんが迎えに来るのを待っているのだった。

「横になる?」

「……んー、ん」

 どっちだ。

 面倒になったので、問答無用で引っ張っていくことにした。ふらふらと危ういながらも、歩けるだけの元気はまだあるようだ。そのまま、二階に続く階段横の小さな部屋まで引っ張っていく。酒場時代の名残で、元々は酔いつぶれた客を放り込んでおく部屋だったものだ。家具はベッドとテーブルくらいしかない。

 ベッド前まで連れて行くと、ノルトリは自動で靴を脱ぎ、ベッドの中にもぞもぞと潜り込んで丸くなった。

 卵雑炊を作って持ってくる。丸い山をつっつくと、ノルトリが顔だけ出してこちらを向いた。

「ご飯だよ」

「……いらない」

「食べたほうがいいよ」

「……いらない」

「おいしいよ」

「……いらない」

「そっか。僕の作ったものなんていらないよね、ごめん」

「……いる」

「はい、あーん」

 スプーンで差し出すと、じっと眺め、やがてぱくりと食べる。それを何度も繰り返しつつ、妹がいたらこんな感じだったのかな、と、そんなことを考えた。

 全部食べ終えると満足したらしく、ノルトリは再び布団に潜り込んだ。

「……ねる」

「おやすみ」

 それからしばらくして、ノルトリのお母さんがやってきた。事情を話して部屋に案内する。お母さんの姿を見たノルトリの表情がぱっと変わって、やっぱりお母さんが一番なんだよなあと頷いた僕である。




/汝の名の意味は


 喫茶店の日常というのは、とても平和なものである。なにしろ喫茶店だ。来るのは人で、いや獣人も来るけど、飲んだり食べたりするのが目的で、いやそれ以外のことをする人もいるけど、とにかく喫茶店とは騒ぐためにある場所ではなく、穏やかにのほほんと過ごすために存在するのである。

「だからそろそろ、その口を閉じてくれませんか」

「君は時々、驚くほど辛辣だな」

 アルベルさんに賞賛されつつ、僕はコップを磨いていた布巾を投げつける。顔面で受け止めておきながらまったく気にした様子もない騒音のもとは、大げさな身振りでカウンターを叩いた。

「なにを悠長なことを言っているんだい! これは、大変に重要な問題だよ! なぜ静かに悩むことができようか! ああ! ああ!」

「ほんとにうっさいんで。苦笑じゃなくて真顔で言っちゃうくらいうっさいんで静かにお願いできますか、ロミオさん」

「その名でぼくを呼ぶなあああああ!」

 ロミオさんは頭を抱えて悶えた。ぼさぼさの金髪を掻き毟りながら壁を必死に叩いている。どうやらこの世界でロミオという名前は些か奇異のようで、本人はとてもそれを気にしていた。

「彼はいつもこの調子なのかい?」

 呆れながら訊ねたアルベルさんに答える。

「まあ、大体あんな感じですね」

 ついに服を脱ぎだしたところで我に返ったらしく、ロミオさんはいそいそと身なりを整えた。

「失敬。つい感情的になってしまった。ぼくの悪い癖だ。とにかく、なにか良い案はないかな、マスター。君は異国の出身らしいじゃないか。是非、ぼくに相応しい筆名を考えてくれたまえ」

「筆名と言われても……」

 ロミオさんはこの度、劇作家になるという。その筆名を考えて欲しいと言われたのであった。

「なにかないのかね? このぼくが名乗るに足る名は」

 ロミオさん……ロミオ……ジュリエット? 劇作家だし、いっか。

「シェイクスピア、とか」

「ほう」

 ロミオさんは音を確かめるように何度か呟き、満足げに頷いた。

「良い響きだ! 名作を書けそうな名前じゃないか。このぼくにぴったりだな。感謝するよマスター。さっそくこの名を使うことにしよう。それでは」

 来たときと同じくらい慌しく、ロミオさんは去っていった。

 ようやく静かになった店内。

 嘆息しつつ、アルベルさんと向かい合って、僕は首をかしげた。

「どうかしましたか?」

「ああ、いや……」

 なぜか顔が赤い。

「シェイクスピアは、まずいんじゃないかな」

「どうしてです?」

「あー、その……私の口からはいえない」




/テレンス青年の恋


 この世界で喫茶店を開いて2年も過ぎると、最初は物珍しさだけに惹かれてやってきたお客さんの中にも、ありがたいことに常連さんができる。ぽつりぽつりと世間話をする人もいれば、沈黙を美徳を心得た人がゆっくりとコーヒーを啜っていたりもする。何かを待っているのか、あるいはその何かを探しているのか、窓際のテーブル席に座って日がな一日、通りを歩きゆく人の流れを見つめる老人もいる。

 ある日のこと、絶え間ない人の波の中から抜け出したひとりの青年が店のドアを開いた。青年は店の雰囲気に滑り込むように馴染んで、細波ひとつ立てることもなかった。

 テレンスと名乗った青年は、頻繁にこの店にやってきた。汚れひとつない真っ白なシャツを着こなし、笑顔を絶やさず、礼儀正しく、気の利いた会話のできる彼は、あっという間に店の常連たちと顔見知りになった。その好青年の人好きのすることと言えば、気難しさにかけては並ぶものがないと密かに思っていた、ドワーフのロングルウッド爺さんがコーヒーを奢ったほどである。

 テレンス青年はぶらりとやって来ては、よく街の話をしてくれた。世間話のなかで僕がふと、あまり喫茶店から出ることがないと言ったのを気にかけてくれたらしい。どこそこで新しい食堂が出来て、そこの肉料理は良い味であるとか、大通りで果物を積んだ馬車が横転してすごい騒ぎになったとか、そういう話を臨場感たっぷりに教えてくれるのだった。

 時間を掛けて付き合えば付き合うほど、これは気にくわないという部分のひとつくらい出てくるのが普通だろうに、テレンス青年は貴重な例外だった。

 彼と会話をした人間はみな誰しもが満足げに笑い、親しみを込めてテレンス青年の背中を叩き、店をでる頃にはすっかり昔なじみのようになっているのだった。ここまで好青年という言葉の似合う人に、僕ははじめて出会った。なので、こころの中でひっそりテレンス青年と呼んでいるのである。

 こんなにいい奴は他にいない、どうかお幸せに! と、思わず言ってしまいたくなるほど非の打ち所の無いテレンス青年だけれど、そんな彼にも大きな弱点があった。

 女性が苦手なのだ。

 相手が女性的であればあるほど、テレンス青年は言葉をしどろもどろにして、口からまともな言葉を出すことすら出来ず、相手の目を見つめることも出来ず、ついには耳まで赤くしてうつむき、黙りこくってしまうのだった。

 しかしそれがまた女性の心をくすぐるらしく、テレンス青年は頻繁に女性に話しかけられていた。そのたびに、カウンター席で小さくなってしまうテレンス青年を助けるのが僕の役目だった。

 テレンス青年の弱点を知った常連客たちは大いに笑い、大いにからかったが、次第に真剣に悩むようになった。

 多くの人にとって、テレンス青年は自分の孫のような息子のような弟のような、そんな存在だった。気立てよく、誰にでも優しく、働き者で、責任感もある。こんなに良い子が、器量よしのひとりも捕まえられないなんてと、嘆いてしまうのも仕方ないことだった。

 うちの娘を、いや孫娘を、ここは私が、いやいやうちの母ちゃんと。

 縁談話が競うようにテレンス青年のもとに持ち込まれたが、どれもお付き合いに発展することはなかった。

「だめなんです。実は幼い頃に、姉やその友人に散々からかわれて……恥ずかしさやら情けなさに言葉が出て来なくなるんです」

 テレンス青年は諦めたように苦笑した。彼も自分の弱点を気にしているようだったが、それを乗り越えるのは難しそうだった。

「テレンスくんも可愛いとこあるわねえ。女の子なんてがばっと押し倒しちゃいなさいよ」

 セリィさんがチェシャ猫のように笑って言った。教師とは思えない過激な発言のせいか、それともセリィさんの大人の色香漂う流し目を送られたせいか、テレンス青年は「ええ」だか「いえ」だか「その」だか、あるいはその全てを混ぜあわせたようなことをもごもごと呟き、困ったように僕を見るのだった。

「はいはい、からかうのはほどほどにしてくださいね。あら良い香りねあっつぅさん」

「……引っ張るわね」


 我らがテレンス青年の異常にいち早く気づいたのは、なんだかんだで彼を気にかけていたロングルウッド爺さんだった。いつもより足早に店を出て行ったテレンス青年の背中を見つめて、コーヒーを飲み干し、もじゃもじゃの髭を撫でつけてぼそりと呟く。

「ありゃ、惚れたな」

「惚れたって、誰にです?」

 しかし寡黙なロングルウッド爺さんは、僕の質問には答えず、無言でおかわりを要求した。 一週間も経つと、誰もがテレンス青年にようやくの春がやってきたことを知った。座っていても落ち着かない様子で、ふと思い出したようにため息をつき、ぼんやりとどこかを見ている。恐ろしいほどに典型的な恋の病の症状だった。

 誰が訊ねても、テレンス青年は青白い頬を染め、照れたよう笑うだけだった。

 あの心優しき好青年の恋した相手は誰だろうかと密かに沸き立っていた常連客の中から、ついに有力な情報が出てきた。ある時、カウンターに座っていた女性を、テレンス青年が恋に染められた瞳で見つめていたと言うのだった。発言者がゴル爺ということに大変な不安を覚えた僕であったが、それでも常連客は納得したらしく、恐ろしい行動力をもって女性の情報を集めた。

 彼女はケリーといった。夏空のような澄んだ色の髪がよく似合い、誰もが振り返るとまではいかないが、優しさとぬくもりを感じさせる可愛らしい女性だった。

 テレンス青年の居ない時を狙って、常連客の一人が彼女に声をかけた。いくつかのことを質問し、それをこっそりと聞いていた他の客たちは、彼女の人柄に大変満足したようだった。テレンス青年のことを訊ねられると、ケリーさんは頬を上気に染め、うつむき、何も言えないようだった。そんなケリーさんを極上の獲物と判断したセリィさんが片隅に引っ張り込み、根掘り葉掘りを聞き出した。

「あれはもう、ベタベタに惚れてるわね。砂糖吐きそうだわ」

 つまり両思いであることがめでたくも発覚し、あとはテレンス青年をどうけしかけるか、という問題だけが残った。

「とりあえず、告白しちゃいなよ」

 唐突に切り出してみると、テレンス青年は大いに慌てた。

「な、なななにゃにを言うんですかユウさん!」

「好きなんでしょ?」

「ち、違いますよ。いやだな、そんなわけないじゃないですか。ところで今日はひと雨きそうですね」

 顔を赤くして、テレンス青年はわざとらしく窓から空を見上げた。雲ひとつないからっと晴れた空が広がっている。

「好きなら好きって言わないと。言葉にしなくても伝わるなんて幻想は抱いちゃだめだから」

「す、好きじゃありませんってば。ただ、その、これほど気軽に話せる相手は初めてだってだけですし、ぼくの話をにこにこして聞いていてくれる顔を見ると心が安らぐというか、なんというか……」

 もにょもにょと言葉が小さくなっていき、ついにテレンス青年は黙り込んでしまった。

 僕はあまりに不器用な青年に苦笑して、昔に読んだ小説から引用した。

「女性の心を開くには、思いがけないときに、思いがけない贈り物をすること」

「贈り物、ですか」

「花でも贈ってみたらどう?」

 テレンス青年は思い悩むように腕を組み、それから意を決した様子で僕を見た。

「花を贈られると、嬉しいものでしょうか。ユウさんもですか?」

 男の僕を比較対象にするのはどうだろうかと思ったけれど、とりあえず頷いた。

「嬉しいよ。誰かから贈ってもらえるのならね」

「そうですか。花、ですか」

 何度か確かめるようにテレンス青年は呟いてから、すくっと立ち上がった。

「ありがとうございましたユウさん。覚悟ができました」

 頬は赤く、しかしその目には覚悟のようなものが見えた。

「うん、がんばってね」

 その翌日。ちょうどケリーさんがやって来てすぐに、テレンス青年が現れた。腕いっぱいの大きな花束を抱え、髪もしっかりと整えられていた。

 店に入ってきたテレンス青年の姿を見て悟ったのか、ケリーさんは頬を染めながら立ち上がり、うっとりとテレンス青年を見つめた。誰かがケリーさんの背中を押した。テレンス青年の真正面に、ケリーさんが立った。

 店内にいた誰もが、固唾を飲んだ。愛を伝え、愛を受け取り、その瞬間に盛大におめでとうを言うために、足に力を込めて立ち上がる準備をしただろう。

 テレンス青年は一歩を踏み出した。一歩。そしてまた一歩。

 ついにケリーさんの前にたどり着いたところで、テレンス青年は奇妙な行動を取った。

 期待に震えるケリーさんの脇を通り過ぎ、かつかつと確かな足取りでこちらまで歩いてきたのだ。僕の前に立ち、テレンス青年は花束を差し出した。

「ユウさん、どうかぼくとお付き合いしていただけませんか」

 






――――――
<Arcadiaか……何もかもみな懐かしい……>


壁|・ω・) 
 
壁|・ω・)ノシ 
 
壁|ミ 


▽お待たせしました

>あれ?俺のアルベルさんは?
 ちょっと屋上に行きましょうか。

>作者、名前、なまえー!!?
 え? 何のことですか?

>ロリが・・・幼女が増えてる・・・・!!
>躊躇無く、自分(の性癖)を曝け出せる人は素敵だと思います。
 え? 何のことですか?

>風見鶏さんは元気にしていますかね? 生き別れの兄と言われているかざみろりさん、その辺どうですか?
 ケンタッキーに就職したそうなのですが、それから連絡がありません。

>それで式場はどこですか? ……え? 幼女と結婚するから更新出来なかったんでしょ?
 HAHAHA。

>最近オリジナルのファンタジーもの書き始めたんですが文章書くのって大変ですねえ……。
 私の更新間隔がそれを証明しています。

>次回更新も気長に待ってます
 お待たせしました。

>更新はゆっくりでいいんで続けてほしいです。ロリの星として。
 県庁の星のように言われましても。

>お願いですから、自重とか休憩とかしないで下さいロリ。
 長い休憩をしてしまいましたロリ。

>2ヶ月に1回の更新でも全然構わないのでこれからも続けて頑張ってください。
 8ヶ月に1回の更新でもよろしかったでしょうか嘘ですごめんなさい。

>今回の日別行数カウント結果が以下でございます。
一日目:  7行
二日目: 65行 (爺)
三日目: 40行 (村人)
四日目: 65行 (正ヒロイン?)
五日目:107行 (けもロリ)
六日目: 75行 (イケメン周辺)
七日目:252行 (ロリ)
八日目:112行 (おっさん)
九日目: 59行 (おばちゃん)
最終日:  8行
>特に語るべきことはないですね。はい。
 これはっ……孔明の罠……っ!

>「お。面白そうなSSだな」
>「ばはは、おもしれぇ~。感想で風見ロリ言われとる。」
>「・・・ロリロリ言われすぎて投稿名とうとうロリになっとるやんけ。」←今ここ
 困っちゃうよね。

>長続きするのが連載小説の醍醐味なので、打ち切りとか止めてくださいね?
 首の皮一枚でなんとか。

>犬耳でぇぇ!すりむいたァァァ!
>スライムがぁぁぁ!幼女膝ァァァ!!
>かざみろり決メタァァァァァァ!!
 秀逸。

>これからも頑張ってください、かざみろりさん。失礼、噛みました
 噛んじゃったなら仕方ないね。

>時期的にそろそろ更新ですよね! 更新すると言ってくれ! 更新しますよね・・・・・・?
 皆が忘れ去った頃を見計らって更新しております。

>ロリさんや、そろそろ続きが読みたいのう。
 もうおじいちゃん、8ヶ月前に読んだばかりでしょ。

>さて少し話が変わるのですが、私はこう思うのですよ、人々との出会いは先手必勝であると。どんな魅力的な女性でも、出会いが遅ければほかの男と仲良くなっている可能性もある。なら出会った瞬間に自分が相手に興味があることを即座に伝えたほうがいい、速さは力です。興味をもった女性には近付く、好きな女性には好きと言う。相手に自分を知ってもらうことから人間関係は成立するのですから。時にそれが寂しい結果を招くこともあるでしょう、しかし次の出会いがいつまた来るかもしれません! つまり何が言いたいのかというと、ノルトリ!君が十年経っても君のままでいたなら結婚を前提に付き合って下さイ!!友達なら構わないってんなら今からでもウェルカムだヨ!!自分は決してロリではないが友人関係に年齢という枠を作るような器量の小さい男でもない。いや、むしろ友人関係から始まる恋というのもまたセンチメンタリズムな運命を感じることができて自分としてはむしろそっちの方が萌えるかな~?とか思っちゃたりするわけで、ついでに友人期間に相手の好みとか知ることが出来たりいやむしろ自分の好みに少しずつ染めていって成熟した頃に美味しくいただくのもまたアリだな~とか思ったりして・・・とりあえずそんな自分ですがどうでしょう?
 二文字でお願いします。

>かざみろり◆cf775fa6 ID: db27207d 2009/Oct/08(Thu) 09:32 pm
>そろそろ更新しないとまずいんじゃないの?
 とか言っておきながらお前結局それから何にも書いてなかったろうが!

>あの・・・・・この店、紅茶はないの?
 紅茶……? それはまさか、古代ローマ時代に血帝が不死を求めるためにあらゆる動物の血液をお茶に注ぎ込んで飲んだとされる、あの紅茶ですか? なんて恐ろしい……。

>まだかなー。ロリコンがふえますよハヤクシナイト・・
 なにそれこわい。

>認めましょう僕はロリコン野郎です!
 その潔さは認めましょう。


>多分、この感想板を通報したら捕まる人がでそうな気がする。いえ、私はロリではございません。決して。欲しがりません、育つまでは。
>ろりのパンチらシーンの描写をもっと詳しくお願いします
>そんな貴方には『神聖ロリ王国のかざみロリ将軍』の二つ名を進呈しよう。
>二つ名じゃないって?ふっ、そんな事ロリ王には関係ないロリ(´・ω・)
>あぁ、いや私はロリじゃないよ? 黒ニーソ装備の少女のふくらはぎを愛でる、ただの紳士さ。黒ストッキングでも可
>ロリにかける執念が半端ないぜ…流石かざみろりさん
>でないとおれのロリ禁断症状がーーーー
>ところで、ファルーバさんのタグに【親馬鹿】とあるのは、娘のロリ竜が出てくる複線ですね? 竜族→長生き→成長が遅い→永遠のロリ(人の寿命から見れば) という事ですね。
>ロリコンはロリに手を出しちゃいけないんだぜ? 眺めたり弄ったりして癒されなきゃ。
>まさか、これほどとはな。見くびっていたよ、ここのロリコン率の高さを………! 自分? 当然ロリコンですがなにか?
>作者様のことをみなさんはロリとか言ってますが、私はそう思いません。真のヒロインの座はむしロリナリアのものですよね? いくらシルルが元気娘ロリでも、ノルトリがダルデレロリでも、ハルがパパ大好きなロリでも、アイネがボクっ娘ロリでも、リリエッタが王女ロリでも、ユウが妖艶ロリでも…………ゴクッ……
>とりあえずロリって書いとけばいいですよね?
 などと犯人は供述しており、




 長い散歩でした。



[6858] 変わらない日常の朝
Name: 風見鶏◆bad242d2 ID:3766aea5
Date: 2013/03/24 07:53


 喫茶店には喫茶店の良さというものがあって、それはいつまでも変わらないことだと僕は思う。

 久しぶりに故郷に帰ってきて、ふと思い出して行ってみたら、その喫茶店はまだ街角にぽつんとある。中ではあの頃に比べてちょっと老けたマスターがいて、つんと澄ました顔でコーヒーを入れている。喫茶店の中では時間が止まっているようで、穏やかな、なんとも言えない気持ちになって息を吐く。椅子に座って、珈琲を一杯。ほら、それだけでいつも通りだ。

 煩わしいことはすべて忘れて、あの頃の自分に戻ることができる。

 いつの間にか駆け足になっていたことに気づいて、背中を押す理由もない不安感や、何かに取り残されるような焦燥感から解き放たれて、のびのびとくつろげる。

 そんな不思議な場所が、喫茶店なのである。

 たとえそれが、異世界にあったとしても、ね。


 Φ


 ざっと3年くらいコップを磨き続けていた気がしたけれど、たぶんこれは気のせいだろう。喫茶店の時間は止まっているものなので、時間の概念というのがないのだ。

 店内はしんと静まっている。窓の外ではようやく陽が腰を上げ、ゆっくりと夜が明けていく。

 すでに街の人々は動き出していて、それぞれの開店準備をする人や、屋台を設営する人、仕入れの交渉の声なんかが遠くに聞こえる。窓の外では、革鎧に矢筒を抱えたエルフの青年と、白いローブの獣人の女性が迷宮に向かって歩いて行く。すれ違いに、3人ほどの髭面のおじさんが、汚れた鎧や顔で、けれど笑い合いながら街に戻っていく。

 朝早いと行っても、迷宮に行く人やそこから帰る人にとってはあまり関係ないようで、この店の窓からはそういう人たちの姿がいつも見えるのだった。

 この街の日常風景を見ながら、僕は椅子に座ってコップを磨いていた。ある程度の朝の仕込みはもう終わっていて、あとは開店時間を待つばかりといったところだ。

 磨き終えたコップを丁寧に食器棚に飾っていると、カランカラン――と、ドアベルが来客を知らせた。

 まだ夜が明けたばかりで、こんな時間に来るのは一人だけだった。来店客は、海に沈む夕陽のような紅い髪のポニーテールを揺らしながら、ゆったりとこちらに歩いてくる。すらりとした体を学院の制服に包んでいて、胸の膨らみは慎ましい。切れ長の瞳はまだいくらか柔らかさをもっていて、寝起きなのがわかった。それでも勝気な雰囲気は伝わってくるし、整った顔立ちはいっそ拝みたくなるくらいである。今日も溌剌とした美少女っぷりだった。

「おはよ。いつもの事だけど朝早いわね、あんたも」

 ほにゃっとした顔でリナリアがカウンター席に座った。お湯を沸かしながら、僕もおはようと挨拶を返す。

「寝るのが早いからね。自然と朝に起きるんだよ。料理の仕込みもあるし」
「料理の仕込み?」

 ふぁっと小さくあくびをしながら、リナリアが言った。手で隠してはいるが、普段では絶対に見ることのできないだらしない姿だ。朝のこの時間にだけ見られる、リナリアの貴重な姿だった。

「いろいろあるんだよ。注文が入ってからいちいち材料の皮むきをやるのも大変だし、加工しないと食べられないものもあるし」
「そうなの?」
「そうなんだよ」

 なんて会話をしながら、僕は丸パンをスライスしている。やや厚めに切ったそれに、異世界ヤギのバターを塗り、レタスときゅうりを合成したような野菜と、スライスしたチーズを挟む。ピリッと香辛料の聞いたソースを塗りつけて、メインは厚切りのハム。

 このハムがまたいいのだ。ベーコンのような旨味がぎっしりと詰まっているのに、後味はさらっとしている。噛んだ瞬間にじゅわりと肉汁が溢れだし、口の中いっぱいに濃厚な肉の旨味が広がる。これだけだと少しこってりなのだが、クセがなく甘みの強いチーズが肉汁に溶けて、まろやかな味わいに変わるのだ。そこに野菜のシャキシャキとした食感に、わずかな苦味。その全てをソースがまとめ上げ、食べ終わった瞬間には、すぐに次の一口を頬張りたくなる。

 このサンドウィッチなら、朝からだろうといくつでも食べられる自信がある、僕のお気に入りだった。

 具材を全て挟み込んで、出来上がったサンドウィッチを半分に切る。食べやすくなったそれをお皿に盛りつけ、梨に似た果物を添えてリナリアの前に置いた。

「はい、いつものスペシャルサンド」
「……ん」

 うつらうつらとしながら、リナリアはサンドウィッチを手に取り、ぱくりと食いついた。眠そうな顔で、もぐもぐしながら、すぐにまた一口、さらに一口と、サンドウィッチを頬張っていく。

 見た目はいかにも小食ですと言わんばかりなのだが、リナリアはよく食べる子なのだ。

 良い食べっぷりに思わず笑みなんか浮かべつつ、湧いたお湯でコーヒーを入れる。砂糖と温めた牛乳も入れて、カフェオレと言ったところだろうか。リナリアにも是非、朝のコーヒーという至福の時間を味わってもらいたいのだけれど、彼女は特にコーヒーが苦手なのだ。だから、朝はいつもこのカフェオレだった。

 ちょうど半分ほどを食べ終えたリナリアが、僕の差し出したカフェオレに手を伸ばし、そのまま口に運ぶ。

「ん、おいし」
「それは良かった」

 ぼんやりとした眠気を抱えたまま食事を楽しむリナリアを見ながら、僕は残った仕込みの続きに取り掛かった。

 最近になって、朝からこの喫茶店に来る人が増えてきた。それは例えば、夜勤を終えたギルド職員や施療院の人とか、単に仕事が休みの人とかなのだが、そういう人たちの朝食にこのサンドウィッチを出してみたところ、これがなかなか評判になった。

 パンに具材を挟んで食べるというサンドウィッチの概念はあったらしいのだが、それは僕の世界のものよりもずっと大雑把なもので、仕事が忙しい時にさっと腹を満たせるものに過ぎなかった。味は二の次の食べ物だったのだ。それをこうしてひと手間ふた手間かけて作ったものは、意外性もあるし、食べやすいし、なんかお洒落だし、という感じで、女性客によく頼まれるようになったのである。

 そして僕はついに今日、正式なメニューとして始めることにしたのだ。

「そう、これがモーニングセットさ……ふふふ」
「なに笑ってんの? こわいんだけど」

 食べ終えてカフェオレを味わっていたリナリアに、じと目で見られるがそんなことは気にしない。

 忘れてはいけないのだが、僕の目下の目標は、コーヒーの魅力をこの世界で広めることなのだ。正しいコーヒーの知識と、味を知らないがためだけに、この世界でのコーヒーは「健康に良いらしい泥水」扱いなのだった。

 以前から、モーニングセットで朝からコーヒー戦略は考えていた。けれど、ただでさえこの世界で馴染みのないコーヒーを売る喫茶店という変な店ポジションにいたため、そもそも朝からお客なんて来なかったのだ。

 しかし、僕の地道な活動により、朝からこの店に来てくれる人も、ぽつぽつとだが増えていた。

 たとえそれがサンドウィッチやパスタやケーキと言った、この世界では物珍しい食事目当てだとしても、である。あとは勝手にセットにしてコーヒーを飲ませればいいだけさ。何の問題もない。セット最高だ。くれぐれも押し売りとか、抱き合わせ商法ではない。モーニングセットなのだ。僕のサービスである。

「完璧な作戦すぎて自分が怖いな……ふふふ」
「大丈夫? 睡眠が足りてないんじゃないの? 店番、代わりましょうか?」

 そんな、平日の早朝のことである。いつも通りの朝の光景だった。


 Φ


「さ、どうぞ、モーニングセットです」
「あの、えと、すいません、この黒い液体はいったい……」
「コーヒーです」
「え?」
「コーヒーです」
「は、はぁ……?」

 僕が力強く頷くと、女性はきょとんとコーヒーを見つめた。

 じーっと観察してから、ゆっくりと顔を上げ、僕を見る。

「この黒い液体は……」
「コーヒーです」
「はぁ……コーヒーというのですか」

 そしてまた、女性はコーヒーの水面を見つめている。

 朝日もずいぶんと顔を出し、時間としては9時を過ぎた頃だろうか。リナリアもとっくの昔に学院に行き、店内には常連さんの姿がちらほらとあった。

 窓際では、エルフの女性が片手に本を読みながら、思い出したようにコーヒーを飲んで顔をしかめている。

 奥の席では、ドワーフのおっさんがルーペで小さな岩石を鑑定している。

 テーブル席には、大人の色気あふれる獣人さんと、遊び人風なイケメンが座っていて、時折くすくすと笑い声が聞こえる。

 平日の午前の店内では、いつもよりも穏やかな時間が流れていた。

 そしてカウンター席に座って、コーヒーを見つめている女性。彼女は、どうやらコーヒーを初めて知ったらしく、興味深そうにコーヒーを見つめていた。

「これは、飲めるのでしょうか……?」

 きょとんとした顔で聞かれて、僕は思わず苦笑した。

「もちろん、飲めますよ。少し苦いかもしれませんから、その時は砂糖とミルクを混ぜてください」
「なるほど」

 こくこくと頷いた女性は、両手でおずおずとカップを持ち上げると、口に運んだ。伏せられた長い睫毛が震え、そして、こくりと白い喉が動く。

 そのまま、数秒。そっとカップを下ろしてから、女性が目をあけて僕を見た。

 大きな瞳だった。

 夏の太陽を照り返す青い海のような澄んだ色の瞳を濡らしながら、彼女は僕の目をじっと見つめる。

「これは……」

 少しの、沈黙。

「飲み物では、ないと思います」

 泣きそうな顔で言われて、僕は肩を落とした。

 コーヒーの魅力は、中々に伝わらないらしい。

 僕が肩を落としたのを気にかけてくれたようで、女性は慌てたようにぱたぱたと手を動かした。

「いえ、あの、でも、えっと、すごくっ、特徴的な味で、その、好きな人にはたまらないと思いますっ」
「そっか、好きじゃない人にはたまったもんじゃないんだね……」
「うっ、それは……否定できません……!」

 正直な返答に、僕は思わず吹き出してしまった。

 女性がすごく申し訳なさそうに眉をさげながら言うものだから、余計にだ。すごく真っ直ぐな人のようだった。

「な、なぜ笑うのです……うー」
「いえ、すいません。自分に正直な人だなっと思って」

 笑いを噛み殺しながら言うと、女性は頬を染めて顔を下げた。

「ご、ごめんなさい。昔からこうなんです。思ったことがつい口から出ちゃって……」
「いえいえ、問題ないですよ。ちょっと失礼しますね」

 女性のコーヒーカップを取り、中身を半分ほど別のカップに移す。そこに牛乳と砂糖、それから秘密の粉を混ぜあわせてカフェオレにして、再び女性の前においた。

 僕の動きを興味深そうに眺めていた彼女は、自分の前に置かれたそれをじっと見つめて、こう言った。

「これは、飲めるのでしょうか……?」

 もうあの苦さはいやだと、へにゃりと下がった眉が物語っていた。

「飲んでみてください。今度は、美味しいとおもいますよ」
「……では」

 先ほどと同じように、両手でカップを持って一口。

 どうですか? とは聞く必要がなかった。女性は目を開き、それから眉を上げ、にこっと幸せそうな笑みを浮かべた。

「こっちはおいしいです!」
「それは良かった」
「はい! すごくおいしいですねこれ!」

 こくこくと美味しそうに飲む女性を見て、僕も笑顔になる。自分の作ったもので喜んでもらえるというのは、とても幸せなことだった。それがたとえ一杯のコーヒーであっても、だ。彼女が笑顔になっているこの時間は、間違いなくこの店が提供したものだった。いつでも、誰にでも、そういう時間を提供することこそ、喫茶店の役割なのだ。

 ただ、やはりコーヒーは人気がないようだった。結局これ、カフェオレだもの。最初からカフェオレを出した方が、手間がなくていいのだろうけど……。

 美味しそうにカフェオレを飲む女性から目をそらし、外の通りに面した大きな窓に目をやる。

 種族に、年齢、性別も様々な人々が、賑やかに歩き、すれ違っていく。その一人ひとりを眺めながら、僕はぼそりとつぶやいた。

「コーヒーで世界征服の夢は、遠いな……」

 窓際の席で本を読んでいたエルフの女性が、ため息をついた。









――――――
<あの人は今>
 以前にも言った気がしますが、忘れられたころにそっと戻ってきました。

▽懐かしき

>感想を書こうと思ったら「ロリ」の嵐に驚いてます。風見鶏さんはロリータコンプレックスなんですか? 感想を忘れてしまいました。すみません。
 違います。誤解です。正常な人です。

>一通り読んだが、ここまで感想板がカオスな作品は見たことがないww
 皆、本当はいい子なんです。

>警察に作者の捜索願いの用紙を提出しました。
 最近よくパトカーに追いかけられるのですが、まさか……。

>かざみろりさーん、再び俺たちにロリを指し示してくれー
>そろそろ更新しないとロリが成長しちゃう……それはそれで
>また読み直しちまったぜ。さすがロリコンと言えばあのお方だと言われているだけはある。続き待っているよ風見ロリ伯爵っ!
>待っているロリ、いつまでも。
>ロリコンな俺は待たざるを得ない
>ロリ…うま…
>ところで主人公がロリキャラになるのは何時ですか?
 彼らはきっと「最新話だからこれ見よがしにロリが出るだろう」と思ったことでしょう。



 長い間お待ち下さったみなさん、本当にありがとうございます。
 俺たちの戦いはこれからだ――!




[6858] 登場人物メモ
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5f8a2c72
Date: 2009/06/14 17:35
 最新話まで読んでいない場合、ちょっとだけネタバレしている可能性がある気もしますがしていない気もします。ご自分の目でお確かめください。


 君はこの人物表を読んでもいいし読まなくてもいい。

 しかし気をつけたまえ! 真実が書いてあるとは限らない!




サンプル

▽【名前】:【本名】:【性別】
 タグ:【キーワード】【ときどき募集中】
 備考:【どうでもいい情報】
 Memo:【主人公から一言】



――――――




▽ユウ:=黒沢夕:♂
 タグ:【主人公】【僕っ子】【女顔】【喫茶店】【マスター】【17歳】【黒髪】【黒瞳】【一家にひとり】【チェス】【自称常識人】【波乱の渦中】【台風の目】【時々飲み込まれる】【凶悪なうさぎ】
 備考:切れると怖い。不平不満は飲み込む。沈黙を美徳と心得る。油断させておいて後ろからサクっといくタイプ。
 Memo:え、なにこれ。個人情報保護法とかどうなったの? というかサクってなんだよ、サクって。

▽リア:♀
 タグ:【探求者】【豊乳】【金髪】【働きたくないでござる】【美人ではある】【お姉さん】【そろそろお肌が気になるお年頃】【苦いの飲めない食べられない】【自称17歳】【本当は24歳】
 備考:特にない。
 Memo:特にない。

▽ハル:♀
 タグ:【幼女】【5歳にして一線を越える】【おとーさんらぶー】【薄桃色の髪】【おとーさんからもらった藍色リボンを常備】【時々ヘブン状態】【夢の中ではおとーさんと熱い夜】【将来はすごい美人になる】【と自分では思っている】【愛人になら】【してあげるー】
 備考:幸いなことに、おとーさんは平常な人。娘の将来を心配している。
 Memo:僕も君の将来が心配です。

▽アイネ:♀
 タグ:【15歳前後】【チェス】【銀髪】【背の中ほどまでの長さ】【冴える頭脳】【ボクっ娘】【興味のないものについてはどうでもいい】【食事の味は気にしない】【時々眼鏡っ娘】【彫刻が趣味】
 備考:ギャンビット使い。ユウとの再戦を楽しみにしている。
 Memo:えっと、またのご来店をお待ちしてますね。

▽キール:♂
 タグ:【弱い】【キャラも】【チェスも】【リアさんらぶー】【肉体派】【村人B】
 備考:あれ? お前呼んだっけ? と、友達に言われてしまうタイプ。
 Memo:あれ? お前呼んだっけ?

▽ノルトリ:♀
 タグ:【10歳前後】【マスコット】【やさぐれっ娘】【ダルデレ】【ココアがお気に入り】【雨の日は体調が良い】【獣人】【猫耳】【猫尻尾】【猫舌】【雨色の長髪】【適当におさげにしている】【青瞳】【母子家庭】【寒がり】【寂しがり】【低体温】【感想レスに出没】
 備考:会うたびにリアが頭を撫でようとするが、決して触らせない。「ユウ以外触らないで……」の一言はあまりに有名。
 Memo:気配もなく背後に立つのはいい加減やめてね。

▽少年:♂
 タグ:【ノルトリらぶー】【ショタ】【半パン】【絆創膏】【へへっ】【茶髪】【おれっ子】【将来のイケメン】【ノルトリとクラスメート】【恋多きお年頃】【どうすれば大人になれるのか】
 備考:ノルトリは少年にツン。果たしてデレが来るのかどうか。それはノルトリのみが知る。がんばれ少年。
 Memo:がんばれ。ちょっとだけ応援してるぞ。

▽アルベル:=アルベルティーナ:♀
 タグ:【綺麗なお姉さん】【スレンダー】【かっこいい】【凛】【討伐者】【雪鳴】【切れ長の瞳】【コーヒー中毒】【その自覚はない】【ハルバード使い】【始まりの鐘】【副団長】【ユウに目をつけている】【色々な意味で】【女性から人気】【男性からも人気】【無自覚に色っぽいときもある】【雨の日が苦手】
 備考:苦労人。かわいいものが好き。だけど秘密。香り風呂が好き。だけど秘密。美味しいものが好き。ユウには気付かれた。
 Memo:もうちょっとコーヒーは控えた方が……。

▽ゴル爺:=ゴルパトリック:♂
 タグ:【真の】【ヒロイン】【チェス】【狸じじい】【にょっほっほ】【くぇっけっけ】【長い白髭】【和服】【未来視】【働きたくないのう】【わしっ子】【頭はピカピカ】【つるんつるん】【しわしわ】【有言実行】
 備考:しぶとく長生きするタイプ。どんな状況であろうと笑って打破する。裏の裏の裏の裏で表だったかのう、裏だったかのう?
 Memo:知りませんよ。

▽秘書さん:♀
 タグ:【有能】【冷静】【お姉さん】【プラチナブロンド】【敵に回すと恐ろしい】【静かに怒る】【パンツスーツ】【敬語】【わたくしっ娘】【スケジュール管理でしたらお任せください】【仕事の傍らに】【恐ろしい逸材】【万難を排す】【忠義】
 備考:まず外堀を埋めて補給線を絶ち、じわじわと抜かりなく追い詰めるタイプ。
 Memo:秘書さん、うちで働きません? そうですか、だめですか。

▽リナリア:♀
 タグ:【紅髪】【紅瞳】【ポニーテール】【見習い魔術士】【攻撃特化】【学年主席】【ショートソード】【黒いリボンは大切なもの】【細い】【白い】【柔い】【ひとりが気楽】【と、友達がいないわけじゃないんだからねっ】【ねっ】【引く手数多】【17歳】【世話焼き】【胸なんて】【大きければいいって】【ものでもないでしょ?】
 備考:自分の発言をあとで悔やむタイプ。ツンデレなのかどうなのか。
 Memo:リナってツンデレなの? いたっ! ちょ、殴るなって! 

▽カティア:♀
 キーワード:【はちみつ色の髪】【くるくる】【ちっこい】【19歳】【見習い魔術士】【補助特化】【あがり症】【プレッシャーに弱い】【緊張すると発熱】【読書家】【雑学知識多し】【自信家】【と見せかけて実はそうでもない】【心配性】【男は苦手】【人見知り】【小動物】【日差しに弱い】【逆玉の輿】
 備考:富豪フォアローゼス家のひとり娘。書いた手紙は何度も読み返して確認するタイプ。
 Memo:くるくるって年上だったのか。

▽シルル:♀
 タグ:【元気っ娘】【獣人】【犬耳】【犬尻尾】【わふー】【最速のお届け屋さん】【橙色の髪】【とても力持ち】【撫でられると弱い】【強い人には従順】【忠犬】【13歳くらい】【尻尾の動きでだいたい分かる】【わんっ】
 備考:信頼する人に待てと言われたのなら雨が降ろうと雪が降ろうと待っている。こっちが大遅刻しようとも明るい笑顔で迎えてくれる。「なにかあったのかと思って心配しましたっ!」の一言付き。
 Memo:その笑顔が僕には眩しいよ……。

▽ウェット:♂
 タグ:【苦労人】【ハーフエルフ】【長耳】【イケメン】【眼鏡】【苦労人】【生徒会副会長】【深緑色の髪】【ファンクラブ】【味覚障害の疑いあり】【菜食主義】【学院では有名】【魔窟の主】
 備考:イケメンであり、幼なじみは美少女。妬ましい、
 Memo:ああ妬ましい。

▽リエッタ:♀
 タグ:【金髪ツインテール】【八重歯】【わしっ娘】【9歳くらい】【楽しいことには目がない】【礼節は重んじる】【イーリアス王国第3王女】【アルベルタにはよく遊びに来る】【わんぱく】【城を抜け出すことに】【全力で取り組む】【聡明】
 備考:最近は喫茶店が気になるご様子。
 Memo:僕は自分の今後が気になります。

▽クライエッタ:♀
 タグ:【近衛騎士】【青髪】【純白の騎士服】【リエッタが生まれたときから傍にいる】【隠れドS】【顔に出やすい】【姉属性】【鈍感】【若干天然】【黒いオーラ】【長剣】
 備考:料理は苦手。手芸も苦手。剣は得意。
 Memo:あ、先日はどうも。

▽父:♂
 タグ:【おれっ子】【兼業小説家】【喫茶「止まり木」の現マスター】【運動能力皆無】【ひよこ柄エプロン】【へたれ】【様々な業界に知り合いがいる】【優柔不断】【顔は良い】
 備考:非常に諦めが悪い。いろいろと障害もあったが、執念と愛と勇気で結婚した。
 Memo:昔話は聞き飽きたよもう……最後は母さんの魅力を語り出すし、いちゃいちゃしだすし……。

▽母:♀
 タグ:【のほほん】【おっとり】【ぽわーん】【ふわふわ】【わたがし】【粟色の髪】【メイド服】【運動の申し子】【10年前と変わらない】【顔も】【中身も】【絵本作家】【ほんわかした童話製造人】【武芸百般に通ずる】【なぜなら実家は武家だから】【和食が得意】【甘く見ると】【恐ろしい】
 備考:よく一緒にお風呂に入りたがる。頭を洗ってあげると喜ぶ。遊園地に行くと子供よりもはしゃぐタイプ。
 Memo:いい加減ひとりで入るって……ああもう、それくらいで泣くなよ母さん。

▽夏夜:♀
 タグ:【黒髪】【色白】【小説家】【小食】【出不精】【外では無口無表情】【ぺったん】【乱読主義】【ぶっ飛んだ本が好き】【暑がり】【本に埋もれたい】【人間嫌い】【頭は良いが】【勉強するのは嫌い】
 備考:テレビ見るより本を読む。本屋に行くと棚単位で買う。将来は小さな古本屋を開く予定。夕を店員にする予定もある。周りからは冷たく大人びた女の子と思われている。夕にだけ対応が違う。
 Memo:なに? 僕にだけ遠慮がないってこと?

▽猫:ねこ
 タグ:【黒猫】【ふわっふわやぞ】【小さい】【長い尻尾】【我輩っこ】【古きラーオン族】【純血種】【にゃーん】【美味しいものが好き】【かわいい女の子はもっと好き】【胸に貴賎なし】【おっぱい!おっぱい!】
 備考:猫である。
 Memo:ふわふわな子猫である。

▽ユイ:♀
 タグ:【黒髪】【闇色の瞳】【黒ドレス】【黒ガーター】【黒靴】【黒尽くし】【11歳ぐらい】【オツムはちょっと……】【愛されるより愛したい】【狂おしいぐらいに】【相手によってSにもMにも】【以下unknown】
 備考:謎多き少女。あまりに謎が多いので、ここに書ける情報は少ない。決して、作者がまだ考えていないなどということはない。
 Memo:頼むからもう来んな。

▽ニーナ:♀
 タグ:【メイド】【黒髪】【16歳ぐらい】【ひよこ】【暴走特急】【ぴよぴよ】【ぴええ】【清純】【清楚】【草食系】【将来の夢は】【お嫁さん】【気弱】【控えめ】【消える】【タックル】【誰も彼女を】【捉えられない】【涙目】
 備考:ひよこメイド。
 Memo:ナイスタックル。

▽ファルーバ:♂
 タグ:【竜族】【でかい】【角】【我っ子】【恐妻家】【コーヒー中毒】【長生き】【親馬鹿】【とても強い】【闇竜】【江戸っ子】
 備考:竜のおじさま。空を飛ぶことも湖の水を飲み干すこともできる、かもしれない。
 Memo:いつもお世話になってます。

▽セリィ:セルウェリア:♀
 タグ:【藍色髪】【チェシャ猫っぽい】【露出多めの服】【控えめな胸】【堅牢】【リアのお友達】【むしろ親友】【苦いの平気】【教師】【ノルトリが苦手としている人物】【さらっと切り札を出すタイプ】【24歳独身】【勝気】【キツめの美人】
 備考:喧嘩が強くて負けず嫌いで努力型の人。とりあえずはひとりで何でもやろうとする。
 Memo:あの、できれば今後は来店を控えて……くれませんよねー。



 増殖中...





[6858] Season2 煮込みハンバーグ
Name: 風見鶏◆bad242d2 ID:4dc1cff0
Date: 2016/02/24 05:56

 僕には、いつも不思議に思うことがある。それは素朴な疑問で、改めて誰かに訊ねたりすることもない。布団の中で目をつぶって、眠りに落ちるのを待つまでの時間や、お風呂で湯につかってぼんやりと天井を眺めているとき、僕はふとそのことについて考える。

 時間というのは、どうしていつの間にか過ぎ去っているのだろう。

 僕が子供のころ、一日は長くて厚くて、時計の針はゆっくりと回っていた。それがいつしか、時計の針は早回りになりだすし、一日はあっという間に終わっているし、気付けば1月も下旬に差し掛かっていたりする。
 インターネットに投稿されている小説を見れば、前回の更新は3年近く前だったり、友人に最後にあってから5年が過ぎていたりもする。

 とかく、時間というのはいつの間にか駆け足になっていて、僕たちをあっという間に置き去りにしてしまうものだ。必死についていくことに精一杯になって、僕たちはいろんなものを見落としていく。大事なものに気付くのは、いつだって通り過ぎてからだ。

 今さら時間を遅くすることが難しいとしても、足を止めて自分にとって大事なものを見つめなおす時間があってもいいんじゃないだろうか。
 腰を下ろして、荷物を置き、肩の力を抜いて、ほっと息をつく。濃いめのコーヒーを一杯頼んで、世界から切り離されたような店の中で、自分だけの時間を過ごす。それが喫茶店だ。

 そんな店のマスターに、私はなりたい。
 グラスを磨きながら、僕はたまにそんなことを考えるのだ。

「ようマスター、いつものやつをくれ。あ、コーヒーはいらねえ」
「はいはい、ローさん、モーニングセットですね。あと当店はコーヒーもおすすめですよ」

 開店早々にやってきたお客さんの注文に、僕は苦笑しつつも準備を始める。ローさんは2m近い長身で、灰色のぼさぼさ髪からは鋭い三角耳が飛び出している。右目には派手な刀傷があって、非常に強面な狼族の獣人だ。コーヒーはとても苦手だと言う。

 僕が異世界で売り出したモーニングセットは、特製のサンドウィッチに、朝市で仕入れた新鮮な果物、それとゆで卵のシンプルなものだ。本当はそこにコーヒーが付くのだが、この世界ではコーヒーは「健康に良いらしいが不味い泥水」というくらいの認識だったりする。

「ユウくーん、おはよ! モーニングセットくれる? 迷宮に行く前に腹ごしらえしなきゃ。あ、コーヒーはいらないからね」
「シャーナさん、おはようございます。今日も迷宮ですか、気を付けてくださいね。それに当店はコーヒーもおすすめですよ」

 朝陽を吸い込んだような金髪をなびかせながら、エルフ耳のお姉さんことシャーナさんが入店した。革製の真っ赤な軽鎧に、短弓と矢筒を背負っている。そういった冒険者の姿は、この街では見慣れたものだった。なにしろ、ここは迷宮を中心として形成された迷宮都市だ。冒険者や商人に溢れ、迷宮探索のための学校があり、いつだって賑やかな街である。

 2年前、僕は何の前振れもなくこの世界にやってきてしまった。
 誰かに召喚されたとか、トラックに轢かれたとか、そんなこともなく。精々がマンホールに落ちた、くらいの経験の果てに、気付けばこの世界にいたのだ。

 幸いにも保護してくれたじーさんのおかげで、僕は今もこうして生きている。実家が喫茶店を営んでいたこともあって、僕は異世界で生きていくために、こうして喫茶店を開業したのだった。真の目的はコーヒーの素晴らしさを世に広めることなのだが、そっちの方はあまりうまくいっていない。
 
 朝のモーニングセット狙いのお客さんがひと段落して、店内が落ち着きを取り戻したころ、カランカランとドアベルが鳴り、ぬたりと入ってくる小さな影。
 ノルトリだ。

 外は眩しいほどに快晴だというのに、ノルトリの周りだけが少しよどんで見える。雨を凝縮したような水色の長髪はおさげに結ばれていて、アーリアル学院初等科の真っ白な制服に髪色がよく映えていた。髪からぴょこんと出た猫耳は、気だるそうに伏せられている。目はぼんやりと眠たげであったし、猫背でゆったりと歩くその姿は、生きることに疲れた老人のような風格すらあった。
 ノルトリは窓際の奥から二番目――いつもの席に腰を下ろし、カウンターにぺたりと頬をつけた。

「ユウ……いつもの……」
「おはようノルトリ。今日もだるそうだね」

 思わず笑みが浮かぶ。ノルトリはこの店の小さな常連さんだ。10歳にしてその無気力さはどうなのだろうと心配にはなるのだけれど、何だかんだで生命力のある逞しい子なのだ。

 ノルトリお気に入りのココアを激ぬるで出すと、ノルトリはじーっとカップを見つめ、首だけを上げてふーふーと息をかけて冷ました。そして飲むのかと思いきや、またぺたりと脱力するのだった。
 彼女はひどくマイペースなのだ。

 肌の色は雪のように白く、顔は小ぶりだ。瞳に活き活きとした光が灯れば、誰もが放っておかないほどの魅力があるのだけれど、ノルトリはあらゆることにやる気がないので、そんな姿を見ることは早々にないだろうなと思う。けれど、そんな所がノルトリらしくもあり、彼女の魅力でもあるのだった。

「ノルトリ、学院はどうしたの。もう授業が始まる時間だと思うけど」

 僕が言うと、ノルトリは顔を上げた。

「学……院……?」
「初めて聞きましたそんな言葉みたいな顔をするんじゃありません」
「授業……は……ない」
「ないわけないでしょ。制服着た子たちが店の前を走っていくのを見たよ、僕は」
「別の、学院の……生徒……」
「この街に学院はひとつしかなかったと思うけど?」

 ノルトリは額に汗を浮かべ、きゅっと唇を噛んだ。僕の隙のない追及に、誤魔化すほどの余裕がなくなっていた。僕はコーヒーの入ったカップを持ち上げ、手のひらをうちわのように仰いで湯気を送る。ノルトリは「ふぬぅ……」と苦しみだし、そしてついに陥落した。

「サボった……」
「うむ、よろしい。さ、朝ごはんでも食べる?」
「って良いんかーい!」

 横手からつっこまれた声に顔を向けると、そこには体格の良い青年が立っていた。短髪だ。へたれな顔をしている。他には特徴もなかった。

「えーと、いらっしゃいませ。何にしますか?」
「あ、あれ? 何でそんな他人行儀なんだよ」
「……? どこかでお会いしたことが……?」
「あるよ! 何回も来てるし話してるよ!」

 僕は改めて青年の顔を見るが、思い出せそうで思い出せなかった。
 助けを求めてノルトリの方を見るが、ノルトリは興味すら持っていなかった。

「すいません、記憶になくて……」

 とりあえず謝ってみる。

「記憶にないわけないだろ、おれは昨日も来たぞ!? 明日は朝からチェスでもしようぜって約束しただろ!?」
「すいません、この小説、前回の更新が2013年なもので……」
「おいそのマジな話はやめろ」
「まあそんな話はともかく、おはようキール」
「ちゃんと覚えてんじゃねえか! なんだよ今までの会話!」
「茶番」
「……っ! ……っ!!」

 キールはカウンターに拳をぶつけているが、そんな姿もいつものことだった。

「キールは改めて解説しなきゃいけない設定もないから楽でいいよね」
「悲しくなるからやめてくんない……?」

 キールのせいで店内は騒がしくなるが、他にお客さんはノルトリしかいないので、あまり気にすることもない。
 最近はこの店にもいろんなお客さんが来てくれるようになったけれど、客が途絶えることがないとはいかない。むしろまだまだ暇な時間が多かった。

 キールとチェスを指しながら、僕は皿を洗ったりコップを磨いたり、ノルトリで遊んだり、いつもの常連さんを迎えたりしていると、時間は昼に差し掛かる。

 店内には4人ほどのお客さんがいた。
 チェス盤を前に頭を抱えているキールと、僕が遊んだ結果、寝ている間に編み込みだらけの髪型になっているノルトリ。窓際の席で分厚い本を読んでいるエルフの女性と、小さな宝石の山をルーペで熱心に見ているドワーフのおじさん。

 わりといつもの光景だった。だからいつも通り、僕はぼちぼち昼食の準備を始める。
 エルフのお姉さんは、特製サラダに肉抜きのサンドウィッチと果物。
 ドワーフのおじさんは、しっかり焼いた肉料理。それと辛口の香辛料をたっぷり。
 ノルトリはしばらく起きないからまだ大丈夫だ。キールは何でも食べるのでどうでもいい。

 とりあえず肉料理の下準備をしようかと腕をまくると、ドアベルが軽快な音色で来客を知らせた。
 白銀色の長髪を揺らして、長身の女性が入ってくる。宙に浮いているのではないかと疑うくらい足音がなく、歩くという動作だけで目が惹きつけられる。切れ長の瞳は凛々しいが、顔に浮かぶ表情は柔らかい。

「やあ、こんにちはマスター」
「アルベルさん。お昼に来られるのは珍しいですね」
「ああ、昨夜、迷宮から帰ったばかりでね。今日は休養日なんだ」
「だからいつもより可愛い服装なんですね」
「か、かわいい?」

 いつもはピシッとした寒色の騎士服に軽鎧だったりするのだが、今日のアルベルさんは少し違っていた。
 白のタートルネックに、ベージュとネイビーの2色でデザインされたコート。脚のラインがよく分かるズボンに、ショートブーツ。コートには雪の花が刺繍されている。海外のファッションモデルが雑誌から飛び出てきたと表現できればまだいいのだが、着こなしているアルベルさん自身の現実離れした美貌もあって、もはや意味が分からない。とりあえず写真に撮って大判ポスターにして部屋に飾りたい。
 じっと見つめていると、アルベルさんは落ち着かなそうにそわそわと動き、コートの襟を直したり、裾を握ったりしている。

「やはり、変かな? 自分でも柄ではないと分かってはいるんだけど、ね」
「いえ部屋に飾りたいです」
「え?」
「間違えました。とてもよく似合ってますよ。どこも変じゃありません」

 思わず違う方の本音を伝えてしまったので、すぐに訂正した。事実、アルベルさんのあまりのモデルっぷりに、キールは口を開けたまま動きを止めていた。
 アルベルさんはほっと息を吐き、笑みを浮かべた。

「マスターにそう言ってもらえたなら安心だ。君は嘘をつけない人だから」
「つく必要がないだけですよ。次の機会までにはもっと良い褒め言葉を探しておきます。たくさん」
「それは楽しみだね。ブレンドコーヒーをもらえるかな。それと、何か食事を」

 アルベルさんがカウンターに腰を下ろす。僕は同時にコーヒーの準備を始める。

「何か食べたいもの、あります?」
「新鮮な食材が食べられるなら、なんでも。昨日まで味気ない携帯食と保存食ばかりだったから」

 アルベルさんは微笑を浮かべながら小首を傾げて、僕を試すように言った。瞳には悪戯っ子のような光があった。
 美人のお姉さんにそんな表情で見られた日には、僕は逆立ちしてタップダンスを踊りたくなるね。

 ぽこぽことサイフォンで生み出されていくコーヒーを見ながら、僕はレシピを考えた。
 新鮮な食材だからサラダを、というのは安直だ。

 携帯食、保存食ばかりだったということから考えて、手の込んだ食事は食べられなかったということだろう。迷宮内では栄養補給を第一とするから、とにかく味付けの濃いものが多かったはず。そして保存性を高めるために、携帯食というのは固いものが一般的だ。ビスケットとか、干し肉とか。
 もろもろを考えた結果、僕はアルベルさんに挑むように笑いかけた。

「とっておきを食べさせてあげましょう」
「とっておき……?」

 僕は冷蔵庫の中に保存していた、とっておきを取り出す。トレーの中に2つだけの、本当にとっておきだ。
 カウンター越しにそれを見るアルベルさんは首を傾げた。

 僕は何も言わず、フライパンを火にかけ、棚や冷蔵庫、保管庫から材料を取り出して並べていく。
 コーヒーの抽出が終わったので、カップに注いだそれをアルベルさんへ。ゆっくり味わって待ってるが良いですよ。

 この世界にはトマト缶なんてものがないので、トマトの下準備からやらなければならない。
 迷宮から香辛料や食材が産出されるおかげで、この街の食生活の水準は驚くほど高い。現代っ子の僕が不満を抱かないほどだ。けれど、だからこそだろうか、料理という技術はあまり発展していない。

 元の食材が良いものだから、創意工夫してなんとか美味しく食べるとか、組み合わせて食べ方を変えるとか、そういう発想がないのだ。
 肉は豪快に調味料をかけて食べる。煮込む。飽きたら別の調味料を。そんなもんだ。特に冒険者が多い街だから、料理屋で出されるのは豪快で、味が強く酒に合い、大量に安くというものが多い。手間暇かけて作っても、それを望む人が少ないのだ。

 とっておきをフライパンに入れ、下処理をして潰したトマトを入れる。それから旨みが染み出す出汁キノコを数種類。小瓶からビー玉ほどの木の実を4個ほど取り出す。これをナイフで割ると、中からとろりとした真っ赤な果肉がこぼれる。煮込むと形はなくなってしまうけれど、味はまさしくケチャップなのだ。赤ワインを入れて、あとは蓋をして煮込む。

「驚いた。そんなに手間をかけるんだね」

 アルベルさんが目を丸くしていた。

「この店は、もしかして高級料理も扱っているのかな?」

 真顔でそんなことを言われるものだから、僕は思わず笑ってしまった。

「そんなまさか。僕の趣味みたいなものですよ」

 このとっておきも、本当は夕飯にでもしようかと思っていたのだから。完全に自分用の料理だ。
 時々、とっておきをひっくり返しながら、煮詰まってきたソースの味見をする。うん、いい感じ。

 仕上げに、薄くスライスしたチーズを乗せて、蓋をしてしばらく。
 コーヒーを飲み干してうずうずと待っているアルベルさんが微笑ましくて仕方ない。
 バゲットをスライスしたものと、簡単なサラダを先に並べるが、アルベルは見向きもせずにフライパンを見ていた。

 僕はマジックを披露する手品師の気分で蓋を持ち、ゆっくりと開いた。フライパンの中で閉じ込められていた湯気と香りが小さな爆発を起こしたように立ち上り、トマトの甘酸っぱい香りと、ふっくらと煮込まれた肉の旨みが詰まった匂いが店中に広がる。

 エルフのお姉さんがちらりとこちら見る。ドワーフのおじさんがルーペで宝石を見ながら、鼻を動かしている。キールは涎を垂らし、ノルトリは寝ている。
 僕はとろけたチーズの黄色が鮮やかなそれを皿に盛る。旨みが凝縮されたソースもたっぷりと。

「はい、どうぞ。トマトとキノコの煮込みハンバーグです。格別な美味しさ、ですよ?」

 アルベルさんは何も言わず、目の前の煮込みハンバーグを見ていた。
 それからナイフとフォークを持ち上げ、覚悟を決めるようにハンバーグを切り分けた。そしてハンバーグのふっくらとした触感と、ナイフを押し返す弾力に驚いたようだ。一瞬手を止めてから、一口大のそれをフォークで口に運び……。

「……ああ、うまい」

 ぽつりとそれだけを呟いた。
 それきり言葉はなくなって、アルベルさんは煮込みハンバーグだけを食べ続けた。一口ですら惜しむように、小さく切り分けて、噛むたびに目をつぶって味わっている。

 その姿を見ただけで、僕はとても満足だった。
 誰かのために料理を作って、それを美味しく食べてもらえる喜びは言葉にしがたいほどだ。

 その間にエルフのお姉さんとドワーフのおじさんの、いつもの昼食を準備する。

 エルフのお姉さんに特製サンドウィッチセットを持っていくと、視線だけであの料理はないのかと訴えられた。「あれ、お肉ですよ」と言うと、肩を落としてしょんぼりしていた。彼女はお肉が食べられないのだった。

 ドワーフのおじさんにしっかり焼いた辛口お肉料理を持っていくと、鼻の動きであの料理はないのかと訴えられた。「あれ、かなり柔らかいですよ」と言うと、悩ましそうに唸っていた。彼は歯ごたえのある肉じゃないと食った気にならないのだった。

 キールに適当なものを持っていくと、「あの麗しの女性と同じものを」とドヤ顔で言われたので、ないと言っておいた。

「こんなに、柔らかくて、旨い肉は、初めてだ」

 ハンバーグを食べ終えて、アルベルさんはしみじみと言った。

「それは良かった」

 アルベルさんの前にあるお皿を回収すると、「あっ……」と切なげな声が聞こえる。
 もちろん捨てるわけではなくて、もう一工夫があるのだ。

 お皿に残ったソースをフライパンに戻し、熱を入れる。煮立った所に入れるのは、バターだ。このバターはかなり濃厚なので、ハンバーグにかけると味の邪魔をしてしまう。けれど、残ったソースを主役にするにはぴったりなのだ。岩塩で味を調えて、お皿に戻して、アルベルさんの前に置く。

「パンにつけてどうぞ。これもおすすめですよ」
「……!」

 少女のような笑みだった。僕は惚れた。
 結婚指輪を用意していない自分の段取りの悪さを後悔した。
 にこにこと食事をする幸せそうなアルベルさんを見られただけで、僕の夕食がなくなったことすら何の問題にも感じられなかった。


 φ


 夜もすっかりふけると、うちの店は暇になる。夜は街中で酒場が開き、冒険者や仕事終わりの人たちでどんちゃん騒ぎが始まるからだ。

 すっかりお客さんのいなくなった店で、僕は後片付けをしていた。
 最後の洗い物を終える頃になると、時間はちょうど良い。

 僕は冷蔵庫に残していた最後のハンバーグを取り出して、特製煮込みハンバーグの準備を始める。食べる人のことを考えてこっちは大きめに作ってあった。

 店の外に遠く聞こえる喧噪をBGMに、僕は手早く料理を進める。
 蓋をして煮込んでいると、ドアベルの音。
 顔を向けると、予想通りの来客だった。

「や、リナリア、おかえり」
「ただいま。ごめん、ちょっと遅くなったわ」

 真っ赤な髪をポニーテールにして、学院の制服を着た少女。僕がこの世界に来たころ、よく面倒を見てくれた女の子だ。
 リナリアは椅子に座って深く息をついた。勝気な目は少し眠たげで、お疲れのようだった。

「疲れてるみたいだね」
「ん。試験が近いからね。ご飯食べたら図書館でもうちょっと勉強しなきゃ」
「……真面目だ」
「そうよ。真面目なの。悪い?」

 にこりと微笑まれたものだから、僕は首を振った。迫力があった。試験で神経がピリピリしているに違いない。
 ことことと煮込まれる音を聞きながら、甘めのカフェオレを用意する。
 
「はい、お疲れさま。温かいから、落ち着くよ」
「ありがと」

 リナリアがカフェオレに息を吹きかける音、ハンバーグが煮込まれる音、遠くの街の喧噪。
 じっと耳をすませると、不思議と笑みがこぼれる。

「どうしたのよ、いきなり笑って」

 リナリアが訝しげに言った。

「なんだか懐かしいなと思って」
「懐かしい? 何が?」
「いや、何でもないよ」

 眉を顰めるリナリアに笑い返して、僕は煮込みハンバーグを皿に盛る。

 リナリアの前に置けば、彼女は笑みを浮かべる。いつだって美味しいものは人の心を安らかにするし、笑顔にする。人は食べたもので出来ているのだ。だから、食生活が偏れば体は不調になるし、不味いものを食べていれば心が貧しくなってしまう。

 来た時とは打って変わって、リナリアが機嫌よさそうに食事をするのを見ながら、僕はサンドウィッチを作る。
 本当はおにぎりと行きたいところなのだが、この世界での米は中々に希少品で高いのだ。

 作り終えたサンドウィッチを弁当箱に詰め終える頃には、リナリアも食事を終えていた。

「ごちそうさま、美味しかったわ」
「あ、リナリア、これ」

 弁当箱を布袋に入れて差し出す。

「夜食にでもどうぞ」
「……あんた、どこの主婦なの?」
「お母さんと呼んでもいいんだよ?」
「絶対にいや」

 じとっとした目で僕を見るリナリア。たぶん女としてのプライドがとでも思っているのだろう。

「それじゃ、行ってくるわ」
「うん。頑張って」

 ポニーテールを揺らしながら、リナリアは店を出ていった。
 いつの間に食べたのか、サラダもパンもなく、皿のソースまで綺麗に食べられていた。とても気分がいい。僕はお皿を取り、手早く洗っていく。リナリアの後ろ姿が、ふと思い出された。

 お客さんがやってくるとき、僕らは顔を合わせる。けれど、お客さんが帰るとき、僕が見るのはその背中だ。去っていく背中を、どこかに向かう背中を、僕は見送る。

 僕は自分からどこかに行くということはない。

 学院に通うこともないし、大冒険をすることもない。
 この店が僕の居場所で、そして誰かが来ることを待つことしかできない。

 だからこそ、やってきてくれたお客さんにとって素晴らしい時間を提供したいと思っている。この店が、その人にとって安らげる場所になれたら、悲しみや辛さを和らげることができたら、また旅立つための手助けができたら、これほど嬉しいことはないだろう。
 そして一杯のコーヒーと、居心地の良い空間が、いつでもここにあることを知ってほしい。

 僕はどこかに行くことはしない。この店は、誰かの帰りを待つ場所なのである。

 ドアベルが鳴り、お客さんの来店を告げる。
 皿を拭いていた手を止めて、僕はその人を迎える。

「いらっしゃいませ、喫茶ハルシオンへ。ご注文はお決まりですか?」










――――――
<時は過ぎ去り>

 まさか更新されるとは思ってもいなかったでしょう。あけましておめでとうございます。あれから3年が過ぎました……。
 感想を書き込んでくださったみなさま、ありがとうございます。まだ覚えていてくださる方がいることに、ただただ言葉もありません。
 皆さんのおかげで、またこうしてお話を書くことができました。


▽さあお久しぶりの

>待てない奴は、ただの読者だ。
>待てる奴は、訓練された読者だ。
 そして誰もが良い読者だ!

>ロリ見ロリさんの帰還をッ!
>そして新しいロリの境地を魅せてくれると信じているッ!
 ただいまです。お待たせしました。

>風見鶏さん、幼女愛ですぎて捕まってしまったんでしょうか。
>早く出所されることを望みます。
 シャバの空気はうまいぜ!

>捜索掲示板は行方不明になった作者を捜索してもらうための掲示板ではないようです...
>可愛いようじょが出てくる小説は頼まなくてもまとめてくれるくせにあいつらったらひどいんだ!
 最優秀コメントです!

>もう3年ですか~御懐かしゅうございま…ロリ分が無い!!
>さては風見鶏さんの偽者!?
 3年も経てば別人みたいなもんですよ!

>お待ちしておりました。
>素直に嬉しいです。
 ありがとうございます。さらにまたお待たせしました。

>おお、生きてた。
>じゃあまた三年後?
 その通り……!

>これはエターナル作者さんにありがちの、1話だけ更新して力尽きたように再び音沙汰無くなるパターンに酷似…
 よく分かってらっしゃる。

>因みに僕は普段はクールビューティーで時折少女っぽくなる長髪お姉さんが(以下長文のため自粛
>つまりは僕にアルベルさんをください!!
 お断りします!

>はじめまして、一気読みしました。
>お久しぶりの更新のようですが、次回作も早く上がってくれると、それはとっても嬉しいなって。
 3年で許してくれたらとっても嬉しいなって。

>次の更新も気長に待ってます。
>…そうか、もう三年もたつのか。
 そう、さらに3年も経ったのです……。

>甘いですぞ。活字という媒体である以上「女の子がコーヒーでうえってなる」という事象だけあれば十分。
>オケラだってミミズだってアメンボだって目を瞑れば闇・・・もといロリ
>・・・目を瞑ればロリ・・・ロリの中にバイバイ・・・
 これは闇が深い……。

>モーニングセットにはゆで卵が付いてなければいけません。
>いえ、ゆで卵でなくとも目玉焼き等の卵を使った一品を付けなければなりません。
>これはとても大切で大事なことで、喫茶店激戦区名古屋に存在しないのだとしてもモーニングセットを名乗る以>上ゆで卵は必須と言えます。(実際に岐阜にある喫茶店でもモーニングセットを行う店ではゆで卵を付けています)
>これなくして何がモーニングでしょうか、小倉トーストが無いのはともかくゆで卵が無くしてモーニングを名乗るのは許し難い蛮行でありそもそも・・・・・・あ、更新お疲れ様です。
 今回の参考にさせて頂きました。

>更新待ってる間に成人しちゃったじゃんよ…
 まじかよおめでとう。

>更新待ってるあいだに社会人になっちまったよ。
 まじかよおめでとう。

>そろそろ寝るので次話が来たら起こしてください
 さあ起きる時間ですよ!


 あれから3年が経ちました。みなさん、お変わりありませんか。
 どんな大人になられたのでしょう。



[6858] まだ夢の途中
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:5c22cf98
Date: 2016/02/24 21:38
 朝から雨の降る一日だった。街の人々は外出を控え、僕の店はいつもより閑散としていた。

 僕は特にすることもなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 この街はよく雨が降る。こんな日は熱めのコーヒーを飲みながら、クッキーでもそばに置いてゆっくりと本を読んだりするのが良い。
 誰もいない店内は驚くほど静かで、雨が屋根や石畳で弾ける音が遠く聞こえた。

 音楽でも流したいな、と考え、僕は昔のことをふと思い出す。

 この店を開いたばかりの頃は、お客さんがひとりも来ない日が多かった。店内はいつも静かで、僕はこうしてぼうっと座っていた。

 あの日もたしか、雨だったっけ――


 φ


 あまりに雨の勢いが強いものだから、僕は店の外に出た。土砂降りの雨は視界を奪うほどで、通りの向こうの店が見えなかった。

 そんな日に外を好んで出歩く人はもちろんいなくて、だから僕の店にお客さんがくるなんてことがあるわけもなかった。店を開いて3か月。経営は順調とは言えない。溜息も重くなりもする。

「くしゅん」

 店の横手の方から可愛らしいくしゃみが聞こえたものだから、僕は驚いた。こんな日に出歩く人がいたなんて。

 傘を持ち出して様子を見に行く。その子は、店の横手に積まれた荷物の隙間に座り込んで、雨宿りをしていた。首筋あたりまでの青い髪も装飾の洒落た白いワンピースも雨に濡れ、両手で体を抱きしめるようにして、じっと地面を見つめていた。

 僕は声をかけるかためらった。その子が、あまりに思いつめた顔だったからだ。なにかひとつ衝撃を与えるだけで、全てが崩れてしまいそうな雰囲気だった。

 口の中でもごもごと言葉を探し、彼女が寒さによって微かに震えているのを見て、僕は自分を罵った。こういう時はいつだって、考えるよりもまず行動するべきなのだ。

「やあ、こんにちは」

 気の利いた言葉はなにも出てこなかった。
 少女はびくりと体を跳ね上げ、僕を見上げた。

「……なんですか」

 警戒した声。けれどその声は震えていたし、弱々しくもあった。

「実はこの店、僕の店なんだ」
「……ここ、お店だったんですね」
「そう、誰も知らない隠れた名店なんだ」
「誰も知らないのに名店なんですか」
「これからそうなる予定なんだ」

 力強く言うと、少女は眉をひそめた。困った顔だった。

「邪魔だったなら、すいません。すぐ、どきます」

 そう言って立ち上がろうとするものだから、僕は少し慌てた。こんな雨の日に、事情のありそうな女の子を、放っておけるか?

「どうせなら店の中に入らない? 熱いコーヒーとクッキーでも」
「コーヒー……?」少女はさらに眉をひそめた。「ごめんなさい。私、お金持ってないから」

 立ち上がった少女に、僕は自分の安っぽいナンパっぷりに苛立っていた。もっとうまく言えたら、どんなに良かっただろう。少なくとも、こんなに冷えた目で見られることもなかっただろう。

 少女は荷物を手に取っていた。自分と壁で挟むようにして、雨からかばっていたらしい。それがあまりに見覚えのある形をしていたものだから、僕は思わず声に出していた。

「ヴァイオリンケース?」

 少女は目を丸くして僕を見た。

「ヴァイオリンを知ってるの?」
「ああ、まあ、うん」
「まだ8挺しかないのに、どうして……」

 どうしてと言われても、むしろこの世界にヴァイオリンがあることの方が驚きだった。

 少女は問いただすように僕を見ているし、まさか異世界から来たんですとは言えないし、僕は面倒になって、店を指さした。

「とりあえず入らない? 濡らしたらまずいでしょ、ヴァイオリン」

 少女はかなり迷っていたが、ようやくうなずいた。

「変なことしたら、怒るから」

 しねえよ。


 φ


 タオルを渡したところでどうにもならない濡れ具合だったものだから、僕は彼女を浴室へ案内した。この喫茶店はもともと、酒場と宿屋を兼ねた建物だった。だから一般家庭よりも設備が整っていて、気軽に熱いシャワーを浴びるという選択肢を採れる。

 浴室を見た彼女が「狭い……」とつぶやいたところを見る限り、どこぞのお嬢様に違いなかった。

 水石による洗濯機に、温石を利用した乾燥機もあるから、服もすぐに乾くだろう。
 彼女が帰ってくるまでに、僕は体の暖まるポトフを煮込んでいた。僕の昨日の夕飯の残りなのだが、煮込み料理は時間を経るごとに美味しくなるのだ。

「あの……」

 浴室へ続く通路の角から、声を掛けられる。振り向くと、少女が顔だけをこちらに出している。

「どうしたの?」
「服……」
「服?」
「使い方が、わからなくて」
「……ああ」

 洗濯機と乾燥機の使い方だろう。簡単なものなのだが、触れたことがなければ分からないのも当然だ。そして、そうなると、つまり。

「えっと、そっちに行っても大丈夫かな?」

 少女はこくりとうなづいて、浴室の方へ戻っていった。僕はゆっくり10数えてから、後を追った。少女は浴室の中に引っ込んでいるようで、僕は一安心。洗濯機の蓋は閉じられているので、服を入れてはいるようだった。

 僕はちょちょいっと操作するだけのお仕事。3分もすれば綺麗になった服が出来上がりだ。

「あの、ごめんなさい」

 後ろから声が聞こえるが、僕は振り向かなかった。なんかほら、気まずいよね。

「大丈夫、分からないものは仕方ないし」
「ありがとう」

 少しの間。

「私、ティセ。あなたは?」
「僕はユウ。よろしく」
「ユウ……不思議な名前ね。どうしてヴァイオリンを知ってるの?」

 僕は言葉に詰まる。どう説明したものか。そして、なぜ服を着ていない女の子と、背中越しに会話をしているのか。頭が痛くなってきた。

「えーっと、前に、一度聞いたことがあるんだ」
「どこで?」
「ちょっと思い出せない、かな。小さいころのことだから」
「ふぅん……?」

 まったく納得していないようだった。かと言って僕にはどうしようもないので、誤魔化すしかなかった。
 
「これ、洗い終わったら乾燥機の中にいれて、この石を押し込んだら動くから」
「わかった。ありがとう」

 教えるだけ教えて、僕はささっと浴室を出た。あー、緊張した。


 φ


 ティセはお腹がすいていたらしく、ポトフを軽々と平らげた。食後にコーヒーとクッキーを出したが、ティセは平然とした顔でコーヒーを飲んでいて、僕は驚いた。

「苦くない?」
「苦い」
「美味しい?」
「美味しくはない……」

 あ、やっぱり美味しくないんだ。

 その反応に安心してしまう僕がいた。この世界でのコーヒーの人気のなさはひどいもので、誰もが好んで飲むものではない。苦味への慣れがないのだろう。苦味の中にあるコクや旨みには、なかなか気づいてもらえない。

「あの」

 ティセが店内を見回して、おずおずと言った。

「ここは、何のお店? 酒場、ではないみたいだけど」
「喫茶店なんだ」
「喫茶店?」
「コーヒーを飲みながら、ゆったりと時間を過ごす場所、かな。簡単な食事や、お菓子なんかもある」

 少し胸を張って言うと、ティセはふぅんと頷いた。

「サロンみたいなものかな」

 ティセが言った。

「サロン?」
「色んな人を呼んで、お茶やお菓子を振る舞いながら会話を楽しむの。お父さんがよくやってる」

 それ、貴族とかがやるやつじゃないですか?
 映画で観たことあるぞ。

「でも」ティセが言う。
「でも?」僕が訊く。
「誰も、いないみたいだけど……?」

 僕はコーヒーを飲み、窓の外を見た。

「隠れた名店なんだ」

 ほんとほんと。まだ誰も知らないだけだって。

「お父さんのサロンだと、いつも音楽が流れてる」
「音楽?」
「ピアノとか、フルートとか。演奏家を呼んだり、楽団員を連れてきたりして」
「それはすごいね」

 かなり規模の大きい話ではあるが、どうやらBGMの役割らしい。CDのひとつもないこの世界、音楽を流すというのはかなり大変だろう。

「このお店にも、必要じゃない?」

 コーヒーの水面を見つめながら、ティセがおずおずと言った。

「あるにこしたことはないけど……演奏家を呼ぶっていうのは、敷居が高いなあ」

 ジュークボックスじゃあるまいし、気軽にワンコインでとはいかないだろう。

「私」

 ティセが僕を見つめている。

「演奏、できる」
「それは、えーっと」

 どういう展開だ?

「ここで、演奏する。お金はいらない。代わりに、ここに居させてほしい」
「住み込みで働きたいってこと、かな?」

 ティセはこくりと頷いた。
 彼女は恐らく、どこかしらのお嬢様だろう。そして家出してきたのだろうと思う。鞄のひとつも持たずに、まさか旅行とは言わないはずだ。

 この土砂降りの雨の中、帰れと言えるわけもなく。家出した少女に説教できるほど偉いわけもなく。どこぞのお嬢様なら、すぐにでも家の方々が探しに来ることは疑うべくもない。

 だから僕は、たいして悩みもせずに頷いていた。
 理由は並べていたけれど、実は単純に寂しかっただけだ。話し相手もなく、一日中ひとりというのは、気が滅入るんだ。

 それにかわいい女の子と同居なんて、断る理由を探す方が難しいだろう?
「よかった」と笑みを浮かべるティセを見て、僕は深くうなずいていた。


 φ


 さて、僕は演奏家としてティセを雇ったわけなのだが、もちろん期待はしていなかった。ヴァイオリンはかなり難しい楽器だと聞いたことがあったし、僕と同年代の女の子が見事な演奏をするとは思っていなかった。精々、練習曲のひとつやふたつ、程度と思っていた。

 ティセの演奏を聴いて、僕はぶったまげた。

 音楽の良し悪しを判断するほど肥えた耳はないけれど、その演奏がすごいかどうかくらいは分かる。彼女の演奏は、間違いなくすごかった。一曲が終わってからしばらく、僕は口を開けて拍手をするだけだった。気安い褒め言葉すら失礼に思えて、すごいとしか言えなかったくらいだ。

 彼女はそれこそ一日中、演奏をしていた。食事と睡眠時間と、あとは演奏と言っても過言ではないくらいだ。よく昼寝はしているけれど。

 朝起きて僕が仕込みと朝食の準備をしていると、寝ぼけ眼のティセが部屋から降りてくる。その手にはもちろんヴァイオリンケースがある。うつらうつらとしながら椅子に座り、よどみのない手つきでヴァイオリンを調整し、演奏を始める。

 顔は寝ているのだが、手の動きはとても滑らかで、体の方は機械式なんじゃないかと疑いたくなるほどだ。

 寝起きの穏やかな演奏に耳を澄ましながら、僕はティセの寝癖を直してやり、一曲を終えると朝食になる。

 食事を終えると、目が覚めたティセの演奏会が始まる。激しい曲、楽しい曲、悲しい曲、演目はその時の気分次第のようだが、どの曲も素晴らしいとしか言えなかった。音楽の素養があればもっと言い様があるのだろうけれど、僕にはそれが精いっぱい。

 ティセがこの店に来てから2日目。彼女の演奏は、思わぬ効果をもたらした。

 彼女の演奏の最中、ドアベルが鳴ったのだ。

 落ち着いた装いの老婦人が店を覗いている。僕は手で入店を促して、カウンターを勧めた。老婦人は少女のような笑みを浮かべてカウンターに座った。ティセは気づきもせず、演奏を続けている。

 老婦人はティセを穏やかな瞳で見つめ、音楽に合わせて体をかすかに揺らしていた。
 少し時間を置いて、僕は訊ねる。

「何か飲まれますか?」
「そうね、この香りはコーヒー、よね? 一杯いただけるかしら」

 初めてコーヒーを頼まれた! 勧めていないのにコーヒーを!
 僕は歓喜しながら、いつもよりもさらに丁寧にコーヒーを淹れた。

 老婦人はコーヒーを片手に、ティセの演奏を楽しんでいる。

 すると、またドアベルが鳴り、新しい来客を告げた。皺一つない礼服を着こなした初老の男性だ。半身だけを店内に入れ、様子を窺うようにしている。僕は男性に笑いかけ、入店を促した。
 男性は老婦人からひとつ離れた席に腰を下ろした。

「ここは、何の店なのかな? 酒場、とは違うようだが」
「喫茶店です。軽食や、酒以外の飲み物を提供しています」

 男性は何度かまばたきをして、それから深くうなずいた。

「なるほど。では、何かお勧めを」

 そう言って、演奏を続けるティセに目を向けた。

「通りを歩いていると、珍しい音色が聞こえてね。まさか、こんな街中でヴァイオリンの音色に出会うとは思わなかった」

 つぶやくような言葉だった。

 ティセのおかげで、なんとこのお店にはお客さんがやってくるようになったのだ。
 それからも、ティセの演奏に引き寄せられるお客さんは増えていった。

 次第に、ティセの演奏を聴くためにこの店にやってくる人が常連となり、コーヒーに顔をしかめ、それでも店は少しずつ繁盛していった。


 φ


「ヴァイオリンの演奏家になることが、私の夢なの」

 ある日のことだ。夕食を食べながらティセが言った。視線は下を向いたままで、どこか恥じらっているようだった。

「おかしいでしょう? 女なのに、演奏家だなんて」
「おかしくないよ。ティセならなれると思う」

 お世辞ではなく、僕は本当にそう思っていた。いまや、うちにくるお客さんの多くが、ティセの演奏を楽しみにしているのだ。
 自分でも驚くほど、力強い言葉が出た。

「ありがとう。そういってくれる人がいて、嬉しい」

 ティセは目を弓のようにして笑みを浮かべた。

「でもね、お父さんは大反対。家庭を築け、ヴァイオリンは趣味でいいだろうって言うの。婚約者までね、見つけちゃって。結婚させられそうになったから、逃げてきちゃった」
「それはまた……」

 それがこの世界の常識なのかもしれなかったし、反対する親御さんの気持ちもわかった。けれど、ティセのことを思うと、胸が痛んだ。
 自分で家を出る。
 その選択肢を選ぶほど、彼女は追い詰められたのだ。

「どうして、ヴァイオリンの演奏者を?」
「お母さんがね、私が小さいころ、よく演奏してくれたの。その演奏を聴いてたら、悲しい時もつらい時も、なんだか元気になれた。お母さんは体が弱かったから、あんまり一緒にはいられなかったけど……ヴァイオリンの弾き方を教えてくれたの」

 彼女は懐かしむような笑みを浮かべた。

「お母さんとの、大事な思い出。私は、お母さんが大好きだったヴァイオリンを、もっと多くの人に知ってもらいたい。お母さんみたいに、ヴァイオリンで、悲しい思いをしてる人を元気にしてあげたい」
「そっか……良い夢だね」
「なんて、ね? 本当は、私にはそれしかできないから。私ね、不器用なの。人付き合いも苦手だし、料理も掃除もできないし……でもヴァイオリンを弾いているときは、その時だけは、なんだか生きるのって楽しいな、って思えるの」

 ティセはスープを飲み、目を細めた。

「私の演奏で、もし誰かを笑顔にしたり、悲しみを癒すことができたら……私が生きている意味も、あるんじゃないかって思えるから」

 彼女は照れたように咳払いをした。

「ユウには、ある? 夢とか、目標とか」
「そうだな、改めて聞かれると難しいけど」

 ううむ。ティセの後で語るには、僕の夢はあまりに平凡だった。

「うちの店に色んな人が来てほしいかな。それで、くつろいで、また頑張るための安らぎの場所にしたい。その中で僕もお客さんも笑いあえていたら、いいなと思うんだ」

 この世界でなにをしたらいいのか、自分になにができるのか、僕にはまったく分からなかった。ただ、実家の喫茶店のように、誰もが笑顔で、心安らげる場所を作りたいと思ったのだ。

「すごく、良いと思う。私も手伝う」
「ヴァイオリンの演奏家になるんじゃなかったっけ?」
「うん、だから、引退した後にまた来る」

 ティセがあまりに真剣に言うものだから、僕は思わず笑ってしまった。

「じゃあ、店内の音楽は任せるよ。楽しみにしてる」
「うん、約束よ」

 久しぶりに、僕は家の中に人がいる生活を送っていた。
 誰かと一緒に会話をしながら食事をする。そのぬくもりは、何よりも僕を温めてくれていた。何よりも怖く、人を不幸せにするのは、孤独なのだ。
 ひとりぼっちの生活は、とても寂しい。

 この生活がずっと続けばいいのに。

 僕はそんなことを考えていた。
 けれど、そう遠くないうちに終わる予感があった。

 ティセには夢がある。それも、大きくて、きらきらして、彼女にしかできない夢だ。今はこの小さな喫茶店で羽を休めているけれど、きっと、彼女は飛び立っていくだろう。

 そんな人が、時々いる。

 自分にはない力を持っていて、自分には行けない場所に、行ってしまう。僕もそうなりたいと願うけれど、叶うことはない。
 なぜ自分はそうなれないのだろう。どうして、同じようになれないのだろう。
 
 僕にできるのは、そんな彼女が羽ばたき、高く昇っていく姿を見上げるだけだ。

 僕は僕だ。自分のリズムで生きれば良い。そんなことはもちろん分かっているけれど……僕にも、行けるだろうか。生きることができるだろうか。胸を張って、彼女のように。

 ティセの姿が、僕にはあまりにまぶしかった。


 φ


 別れの予感が現実になるのは、思っていたよりもずっとすぐだった。
 2日後の夕方のことだ。ティセは日課の昼寝で部屋に上がっていて、店内にはお客さんの姿はなかった。

 ぼんやりと座っていた僕は、ドアベルを鳴らして入って来た男性に目を向けた。
 くすんだ金髪を撫で上げ、口周りのひげが丁寧に整えられている。目つきは鋭く、まるでライオンのような風格があった。

 僕がいらっしゃいませと言うよりも早く、男性は言った。

「娘が、世話になったようだね」
「……はい?」

 睨み付けるような目つきだった。

「私は、ティセの父親だ」

 突然の暴露に、僕の頭は思考停止。

「初めまして、お父さん……」

 なんだこの修羅場。やばくない? この人、怖くない? 僕、殺されない?
 脳みその中でその三つがぐるぐると回転していた。
 そんな僕をしり目に、男性はカウンターに腰を下ろし、顔の前で手を組んだ。

「ずいぶんと、娘が世話になった。礼を言う」
「ああ、いえ……」
「ところで、娘に手は出してないだろうね」

 マジで殺すぞという視線でにらまれて、僕は必死にうなずいた。

「そうか……信じるとしよう」

 男性は目をつむり、深く息を吐いた。

「すぐにでも、連れ戻そうと思った。だが、ティセがあまりに楽しそうな顔をしているのでな……あんな笑顔は、久しく、見ていなかった。あいつに、よく似ている」
「あんな笑顔……?」

 まるで自分で見たかのような物言いに、僕はおずおずと問い返した。

「家を出た娘の居場所を気にかけない親などいないだろう? ティセの周りには護衛がついていたし、私も何度かこの店に来ているんだ。もちろん、変装してね」

 マジかよ……気づかなかったよ。
 けれど、言われてみれば確かにその通りだ。娘をずっとほったらかしにする方がおかしい。
 してやったりと笑う男性の笑顔は、腰が引けるほどの迫力があった。

「だが、そろそろティセも満足しただろう。これは謝礼だ」

 男性が懐から取り出した小袋が机の上に置かれ、じゃらりと音を鳴らした。
 僕はそれをじっと見つめた。

「連れ帰りに、来たというわけですね」
「ああ。ティセの生きる世界はここではない。君も分かるだろう?」

 僕は息を吸った。
 なぜだろう。なぜ、僕はこんなことをするんだ?
 けれど、言葉は自然と出ていた。

「分かりませんね。生きる世界は、自分で決めるものだと思います」

 僕は小袋を取り上げ、男性の前に置きなおした。

「謝礼は結構です」

 男性は肩眉を上げ、僕を見上げている。

「確かに、生きる世界は自分で決めるものだ。だが、若さはその決断を容易く誤らせてしまう。ティセも、君も、あまりに若い」
「ティセは、お母さんみたいに、自分の演奏で誰かを元気にしたいんだって、そう言っていました」

 男性の頬がかすかに動いた。

「確かにあなたから見れば若いかもしれません。けれど、彼女のその思いは、誰にも否定できないんじゃありませんか?」
「……この世界は、うまくいかないことばかりだ。特に、己の技術だけを頼りに生きていく世界では、成功することの方が難しい。努力すれば必ず報われるというわけでもない。幸せになれない可能性が高い世界に、喜んで送り出す親がいると思うかね」
「そう、ですね。たしかに、その通りです。でも、彼女はそれでも、その世界に踏み出したいと考えているんです」

 男性は目をつぶり、息を吐きだす。

「だめだ。私は、あの子を幸せにすると決めている。あいつと約束したのだ、ティセを守ると。立派に育て上げると」

 反射的に言葉があふれそうになった。
 幸せってなんだ、それはあなたが決めることなのか、屋敷の中に居れば幸せなのか、守られることが幸せなのか。

 けれど、全ての言葉を飲み込んだ。何の根拠も、実感も、責任もない、子供の戯言でしかないことを、僕自身が分かっていた。

 息を吸った。深く。どうしてここまで、僕が必死になっているのか、自分でも分からなかった。けれど、どうしても胸からあふれるものを、僕は抑えることができなかった。

「羽根が生えそろったのであれば、親鳥のもとから巣立つのが自然というものではありませんか?」

 男性が、目を開く。

「彼女は、巣立とうとしてるんです。自分の羽を生やして、行くべき先を見据えて。飛び立とうとしている鳥を籠に押し込めて守ったとしても、それはきっと、あなたが満足するだけです」

 男性も何も言わなかった。
 じっと黙り込み、なんども手を握りなおしていた。
 何分、沈黙が続いただろうか。

「どうして、君がそこまで必死に? 娘と会って、一週間程度だろう?」

 男性が静かな声で訊ねた。
 それは、僕が知りたいほどだった。なんと答えるべきか、頭の中はからっぽで、僕は返答に詰まった。

 けれど、口を開くと、言葉は自然と流れ出た。

「彼女はチケットを持っているんです。誰もが欲しがるけれど、手に入れることのできないチケットを」
「チケット……?」
「彼女がそのチケットを無駄にしてしまうことが、僕には我慢できません。お父さん、あなたですらいけない場所に、彼女は行くことができるんです。他の誰もが行けない場所にすら、行くことができるかもしれません。彼女の可能性を潰す権利は、誰にもないんだ。お父さん、どうか見守ってくれませんか」

 全てを言い切って、僕は深く息をついた。
 手足から血の気が引いて、震えるほど冷えていた。けれど、頬と、心臓が、燃えるように熱を持っていた。言うべきことを言えた。

 男性はじっと僕を見ていた。
 長い、長い時間だった。

「やれやれ」

 男性の苦笑。

「君のような若人から世の摂理を説かれてしまうとは。私も引退が近いかな……」

 男性は男性は胸元から小さなロケットペンダントを取り出した。小さく、美しい装飾の施されたそれは、女性向けの物に思えた。それを慈しむように、見つめる男性の横顔は、ひどく寂しげだった。

「私は、あの子の悲しむ姿を見たくない。幸せになってほしい。だから、だろうな。自分の手が届く場所に、いつ何があったとしても、私が助けてやれる場所に居てほしかった。私は、あの子が何よりも大切なんだ。私のすべてをかけて、あの子を守ってやりたいと、そう思っている」

 男性の思いに、僕は何も言えなかった。言うべき権利を、なにも持っていない。
 男性はぎゅっとペンダントを握りしめ、ふっと笑みを浮かべた。

「ティセは……いつの間にか、翼を持とうとしていたのだな。私が子離れしなければならないようだ」

 机の上にある小袋を、男性は手で押しやった。  

「君が受け取らないのであれば、これはあいつに渡してやってくれないか。君からだと言って。それから、もうすぐ、王都でコールリッジ楽団の新規入団者試験があると、教えてやってくれ」

 僕は少し戸惑った。

「ご自分で渡されては?」
「私は娘には甘くてね。今、娘に会ってしまうと、自分の決心を簡単に翻してしまうだろう。この手で抱きしめ、そのまま連れ帰りたくなってしまう。君も親になればわかるだろうが……親の中では、子はいつまでたっても幼いころのままなんだ。自分が守ってやらなければと、そう決心したあの頃のね」

 僕は頷き、その小袋を受け取った。男性の思いが込められたように、ずしりと重い。

「あの子はきっと、夢をかなえるだろう。会うのはそれからでも遅くない。立派になった娘に、それ見たことかと言われるのも、悪くないさ」
「反対していたわりに、ずいぶん自信があるんですね」
「私は親ばかでね」

 男性は、不器用なウインクをしてみせた。僕も笑みを返した。
 男性が立ち上がる。

「さて、娘に見つかる前に退散するとしよう。顔を見ると、名残惜しくなってしまうからな。最後に、名前を訊いても?」
「ユウです。ユウ=クロサワ」
「私はハワードだ。君には大切なことを教えてもらったよ。ありがとう。また来るよ、今度はひとりのお客として」
「お待ちしています。とびきりのコーヒーを用意して」

 僕が言うと、ハワードさんは顔をしかめた。

「いや……私は昔からあれが苦手でね。ココアを貰えると嬉しい。砂糖を2杯入れて」
「承りました」

 僕もハワードさんも、顔を合わせて笑みを浮かべた。
 それから、彼が踵を返し、ドアへ向かって歩みだしたその時に。

 店の奥から、ヴァイオリンの音色が響いた。手が震えているのだろうか、途切れ途切れの、歪な音色だった。
 ハワードさんは足を止め、誰も何も言わず、ヴァイオリンの音色だけが、響いている。

 ハワードさんは振り返らずに少し大きな声で言う。

「あの子に伝えてくれるか。もし辛くなったら……本当に、もうだめだと思ったら、いつでも家に帰って来いと、私は、お前の父親なのだからと」

 その声が微かに震えていることに、僕は気づかないことにした。

「はい。必ず」
「ありがとう」

 そしてハワードさんは一度も振り返らず、胸を張って、店を出ていった。
 ヴァイオリンが鳴りやみ、店内はしんと静まった。

 通路の奥へ向かうと、ヴァイオリンを手に座り込んで泣きじゃくるティセがいた。幼子のように肩を震わせ、手のひらを目に押し付け、押し殺すように泣いている。いつから居たのだろう。どこから聞いていたのだろう。そして今、何を思っているのだろう。

 僕は何も言わず、ティセの頭をそっと抱き寄せた。

「私、がんばる。ぜったいに、夢をかなえて、お父さんに会いに戻る。それ見たことかって、そう言う……!」

 吐き出すような、彼女の言葉。その夢が叶えばいいと、心の底から願った。


 φ


「のう、ユウよ! 王都で新たなソリストが誕生したのを訊いておるか」
「ソリスト?」

 朝から降り続いた雨はとっくに上がって、それに合わせて色んなお客さんが店に訪れた。閑散としていた頃が懐かしく思えるほどに、最近の我が店は賑やかだ。
 首都から遊びに来ていたリエッタの声に、僕は首をかしげる。

「演奏の山場でひとりで奏で上げる、楽団の中で最も名誉ある役割じゃ。通常、ソリストは男がやるものじゃが、なんと、初の女性ソリストが生まれたことで、王都は大賑わいなのじゃ」
「へえ! それはすごいね」
「うむ、それになコールリッジ楽団と言えば、王都で1,2を争う名楽団。さらに数少ないヴァイオリンの奏者ということもあってな。今や劇場は連日大満員の大評判。そこらの貴族ですらチケットを手に入れるのは難しいほどじゃよ。ええと、確か名前は……」

 注文の入ったココアを淹れながら、僕は笑った。

「ティセ」
「そうそう、ティセといったのう! ……ん? なぜ名前を知っておるのじゃ?」
「ちょっとね」

 カップに移したココアに、砂糖は二杯。
 カウンターの隅に座る男性に、僕はココアを出した。ちらりと目があって、不器用なウインクをされる。もちろん、僕も笑みを返す。

「いつものことながら、マスターは不思議じゃのう……。ともかく、そのティセの演奏たるや、あんなに心が震える音色を訊いたのは初めてじゃ。知らずと笑顔になってしまう」

 熱く語るリエッタの言葉に耳を傾けながら、他のお客さんの注文をさばきながら、新しい来店客にも対応する。
 ティセはうまくやったのだ。そして僕の店も、あの頃より繁盛している。

 リエッタには内緒だが、自室の机の上には、チケットが置いてある。ティセから送られてきたものだ。そして、ハワードさんにも。

 久しぶりに、彼女に会いに行こうと思っている。そして彼女が、自慢げにお父さんに、それ見たことかと笑いかける姿を、見たいと思う。きっと、素晴らしい光景だろう。

 だから、あともう少しだけ、僕らは夢の途中だ。











――――――
<気づけばひとつき>
 お久しぶりです。なんだかんだでひと月ですが、更新しました。驚きの速さ!(当社比

 2月末にカクヨムがオープンするということで、ちょびっと手を加えた拙作を投稿しようかと考えています。というか、すでに添削して投稿しているので、自動で公開されます。
 見かけられた時にはよろしくお願いしますね!

 余談ですが、Twitter再開しました。
 @einsame


▽お腹がすきました

>そういえば最終話までプロットが出来てたんですよね?
 もう……忘れちゃった……。

>待ってる間に階級が三つも上がったよ
>これもロリを愛する心があるからか
 ロリ界隈の人が権力を握っている……。

>当時学生だった私も、今じゃ1児の子持ち。
>まさにロリっ子に悪戦苦闘の毎日です(涙
 マジかよ……時間の流れすごい……ロリっ子によろしくお伝えください。

>お酒と風見ロリさんの小説。なんか久々に幸せ
 そういう風に楽しんでもらえると私もハッピー!

>更新待ってる間に結婚して子供できちゃったじゃんよ…
 マジかよなんでみんな結婚してるの……おめでとう!

>知ってるかい……そろそろ……7周年なんだぜ……
 まさか……そんなばなな……

>生きとったんか!! ワレェっっ!!
>生きとったんかワレェ!
 ひぇぇっ、お許しを……っ! 二人とも仲いいですね!

>3年周期ですからオリンピックやワールドカップよりは優秀ですね
>よく頑張ったで賞を進呈します
 ありがたき幸せ!

>あ、ロリコンだ。
 あ、ロリコンでしたらあっちの方へ走っていきましたよ。

 待っていてくださったみなさん、本当にありがとうございます。はっぴー!




[6858] 彼の野望:クエスト編
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:7852530c
Date: 2016/03/19 23:29

 慣れというのは不思議なもので、初めて取り組んだ時には大変であったものを、いつの間にかなんてことのない日常のひとつにしてしまう。何もかもが分からない新鮮な気持ちだったのに、慣れてしまえば他と変わりのないものに思えてしまう。

 人間というのは慣れてしまう生き物で、それが良い方向にも、悪い方向にも影響を与えている。
 悪い影響として代表的なものに、日々のマンネリ化というやつがある。

 慣れた生活は、体力的にも精神的にも負担が少ない。最適化されていると言ってもいい。苦労が少ないから、その生活を続けてしまう。すると、苦労を乗り越えるための努力や、失敗による経験なんてものが得られなくなる。日々は安定するかもしれないけれど、新しい世界へ踏み出すこともできなくなるのだ。

 だからこそ、たまには新しいことへ挑戦するべきではないだろうか。
 経験したことのないものを経験し、見たことのないものを見る。その刺激が人生を豊かなものにしてくれるはずだ。

 最近の僕はずっと店にこもりきりで、やって来てくれるようになったお客さんたちをもてなす日々だった。非常にありがたい日常だ。けれど、そこで満足してしまっては、僕も、僕の店の成長も止まってしまうことになる。僕は常に新しいステージへ進んでいく男でいたいのである。

 だから、ある日の夜、僕はずっと前から考えていたことを実行に移すことを決意した。

 そうだ、ギルドへ行こう。


 φ


 僕の住む城塞都市アルベルタは、巨大な地下迷宮を囲むようにして作られている。多くの冒険者が迷宮へ挑み、貴重な魔物の素材や、迷宮内にだけ存在する植物やら香辛料なんかを持ち帰って生活の糧としている。
 そんな冒険者たちをまとめる存在が、ゲームや漫画でお馴染みのギルドという組織だ。

 実は今まで、僕はギルドに足を踏み入れたことがない。単純に用がなかったということもあるし、実は怖かったのだ。冒険者といえば、巨体に厳めしいおじさんのイメージだ。酒を飲み飯を食らい、争いと血に飢えながら日々を過ごす。そんな人たちが集まるギルドとは、危険地帯のど真ん中みたいなものに違いないと思っていた。

 朝になって、ギルドの前にやって来た僕は、深く息を吐く。
 4階建てほどの高さはあるだろう。かなり大きいし、人の出入りも激しい。しかし、思っていたよりも明るい雰囲気だ。子連れのおばちゃんや制服姿のカップル、小人族の一団などもいて、どうやら僕のイメージは偏りすぎていたらしい。安心。

 軽くなった足取りで、僕はギルドの中へ足を踏み入れた。
 途端、肌で感じられるほど賑やかな声の奔流に、僕はそこで呆然と立ち尽くした。
 信じられない光景だった。

 吹き抜けのショッピングモール、というのが第一印象だ。
 入ってすぐに円形のホールがあり、そこを中心として左右対称形となっている。ホールも、二階も三階も、見渡せる限りに何百人とも言える人たちが行き交っていながら、息苦しさも狭苦しさも感じさせないほど広い。

 鎧をまとったドワーフや、オークのような巨体の剣士、弓を抱えたエルフ、虎そのままの顔をした偉丈夫。あちこちのファンタジー世界の住人を引っ張ってきたかのような光景。一度にここまで揃っていると、壮観としか言えない。

 僕はぽかんと口をあけたまま、しばらく見入っていた。

 おかしいな。想像していたのと違う。荒くれ者たちで殺伐としたギルドはどこへ行ったのだろう。入った途端にガンをつけられて、難癖をつけられたりする場所だと思っていたんだけど。

 気を取り直して、ホールの中央に進む。

 ギルド内は白を基調とした内装だし、天窓から採り入れられた陽光で心が和むほど明るい雰囲気だ。壁際には観葉植物が並び、どこもかしこも汚れなく清潔だった。

 円形のカウンターがあり、10人近い受付の人たちが訪問客の対応をしている。総合案内所のような役割らしい。

「すいません」
「はい、どうなされました?」

 銀髪の青年に声をかける。

「クエストの依頼をしたいんですけど」


 φ


 ファンタジーと言えばギルド。ギルドと言えば冒険者。冒険者と言えば、そう、クエストだ。
 町の人々から集まった依頼を達成し、お金やアイテムを手に入れるこのシステム。

 僕も一度は利用してみたいと思っていたのだ。
 もちろん、冒険者としてではなく、クエストを依頼する側として、である。

 初めてギルドに赴き、クエストを依頼するという大仕事を果たした僕は、店に帰ってきてゆっくりしている。大きな達成感が身を浸していて、とてもいい気分だった。

 ちょうど店にやってきたリナリアに自慢気に話してみると、「今時、ギルドなんて10歳児でも利用してるわよ」なんて苦笑された。しかし、僕の気分は全く変わらなかった。僕にとって、ギルドでクエストを依頼するという行為がいかに夢に溢れているか、この世界の住人には誰もわからないに違いないのだ。

「で、何を依頼してきたのよ」

 リナリアがにやにやして僕に言う。

「コーヒーの試飲さ」
「試飲?」

 首を傾げるリナリア。肩からさらりと流れ落ちる紅髪に、僕は思わずため息をつく。くっ、この美少女が! 美少女というだけでどんな行動も絵になるのだからすごいもんである。

 抽出の終わったコーヒーをカップに移して、僕はまず香りを確かめた。

「なんでこの世界ではこんなにコーヒーが嫌われているのか。それを確かめる必要があると思うんだ」
「この世界?」
「言い間違えた。そこは聞き流して。えーと、そう。僕としてはコーヒーの魅力をもっと多くの人に知ってほしいのだけど、とにかくコーヒーは嫌われている。それはなぜか!」
「不味いからでしょ」

 一言で言い切られてしまった。
 もちろん僕は無視をする。

「最近になってようやく、コーヒーを好んでくれる人も増えてきたけれど、その数はまだまだ少ない。もっと多くの人にコーヒーを美味しく飲んでもらうために、まずはどんなコーヒーが好まれるかを調べてみようと思ったんだ」
「どんなコーヒーでも一緒だと思うけど」
「ああ?」
「ごめんなさい何でもないです」

 美少女でも許されないものはあるのだ。
 僕は何も聞かなかったことにして、用意したカップに注いだコーヒーを一口飲む。ううむ、苦味は薄く、酸味が強い。浅煎りのお手本のような味わいだ。

 この日のために、僕は何種類かのコーヒーを用意していた。それぞれを飲み比べてもらい、どれが美味しいか、あるいは美味しくないか、その意見をもらおうと思っていたのだ。

「わざわざクエストで頼むほどなの……?」

 飽きれた視線を感じるが、僕はちっとも気にしない。
 しいて言うなら、本当に誰か来てくれるかが不安だった。お手軽なアルバイトみたいなものだし、受付の人もすぐに見つかるでしょうとは言ってくれてたんだけど。

 それから30分もした頃、ついに最初の一人がやってきた。

「すいませんにゃ、クエストの依頼で来たにゃ」

 黄色い猫耳が特徴的なお姉さんだ。ロングスカートと、鮮やかに染色されたポンチョ。冒険者ではなく、普通の街の住人のようだった。

 それでも僕にとって初のクエストということもあって、喜び勇んで席に案内した。

「初めまして、よく来てくれました。僕はユウといいます、よろしくお願いしますね!」
「に、にゃ? 初めましてにゃ。うちはココットというにゃ。コーヒーの試飲と聞いたにゃ」

 やや戸惑った様子のココットさんにかまわず、僕は5種類ほどのコーヒーをすぐさま準備する。

「これを飲んで、ひとつずつ味の意見を聞かせて欲しいんです」
「うちは味覚が鋭いというわけでもにゃいんだけど、大丈夫かにゃ……?」
「問題ありません、思った通りの意見を聞かせてください」

 わくわくしながら促す。ココットさんはまず、一番右のカップに手を伸ばした。

 そ、それはザッカ村から取り寄せてもらった豆をベースに、リンド地方産のやや苦味の強い豆をブレンドしたもの……口に含んだ瞬間は苦味が強いけれど、喉を通ると同時に鼻に抜ける風味の強さが特徴的な僕の自信作……!

「苦いにゃ」

 一言!?

 それから水を一口。
 そしてその隣のカップへ手を伸ばす。

 そ、それはランバール商会から仕入れたばかりの深入り豆をベースに、サンバラギア村でごく少量しか生産されていない酸味の強い豆をブレンドし、リンド地方産の豆を浅煎りにして少量だけ混ぜることで、すっきりとした飲み心地ながらコクの旨みが舌に残る僕の自信作……!

 ココットさんは一口飲むと同時に顔をしかめ、しばらく考えていた。

「苦いにゃ」

 一言!?

 それから水を一口。 
 そしてその隣のカップへ手を伸ばす。

 そ、それは一年中を雪に覆われた山でわずかな集落を築いているチャンフォルティウム族が先祖代々の秘薬として栽培している幻の豆をベースに、一年中太陽の光が絶えることのない光の村ゼルゼウストで栽培され、常にぬくもりを放つという性質を持ったもはや豆というか不可思議アイテムをブレンドし、さらに収穫してから66日間を魔力泉の中に沈めることで豆に潜む悪しき魔力と苦味を抜き出したことで純粋な風味と甘味だけを残したとされるフォルフォディア豆を加えることで口の中で限りなく広がる風味を生み出した僕の自信作……!

 ココットさんは一口飲むと同時に顔をしかめ、しばらく考えていた。

「苦いにゃ」

 一言!?

 それから水を一口。
 そしてその隣のカップへ手を伸ばす。

 そ、それは特に何も考えずに普段通りに淹れたいつもの豆のいつものコーヒーでコクも酸味も平均的な僕の自信作!

 ココットさんは一口飲むと同時に顔をしかめ、しばらく考えていた。

「苦いにゃ」

 一言!?

 それから水を一口。 
 そしてその隣のカップへ手を伸ばす。

 そ、それはコーヒーに見せかけて実はただの僕の自信作のココア!

「!」

 そこで初めて。ココットさんは驚きの顔をした。

「甘くておいしいにゃ!」

 ……。

「ユウ? もしもーし。おーい」

 リナリアの声が、遠く聞こえた。


 φ


「苦いです」
「苦いぜこれ」
「苦いわ」
「うーん、苦いな」
「これは苦すぎますわ」
「ぽぽぽぽ、ぽぽ」
「人の飲み物じゃないよ」
「う、吐き気が……」
「エレガントで香り良し、後味が清々しくフルーティーな味わいね」
「うーん、匂いだけなら」
「めっちゃうまいよ! え? コーヒーじゃない? これはココア?」

 それから、やってきた人々の意見をまとめた僕は、椅子に座り込んで、天井を眺めていた。

 どうやら、この世界にとってのコーヒーの存在を、甘く見ていたらしい。ミルクや砂糖を入れた状態ならまだしも、ブラックのコーヒーから旨みを感じられる人は、限りなく少ないようだった。

 そうか、通りでコーヒーの売り上げがひどいわけだよ。よくよく考えたら、コーヒーの売り上げはアルベルさんとファルーバさんで大半を占めてたよ……。

 おいリナリアやめろ、そんな慈悲深い顔で僕の背中をぽんぽんするな。

 ちょっと泣けてきそうだけれど、僕の戦いはこれからだ。
 現実を知れて良かったと思おう。
 この喫茶店にくるお客さんに慣れてしまっていたんだ。新しい挑戦をして、新しい世界を知ることができた。僕は成長するチャンスをもらえたんだ。

 ギルドでクエスト依頼……まさか、こんなに奥深いものだとは思わなかった。

 また挑もうと思う。今度は、もっと良いコーヒーを用意して。

 僕の戦いはこれからだ――!









――――――――
<メルストのガチャは闇>
 まさかひと月ペースで更新が続くとは思ってもいなかったでしょう。

 宣伝ですが、最近オープンしたカクヨムの方にも登録しております。
 ちょっと添削したり順序を並べ替えたりしてます。スマホでも読みやすくなっていますので、通勤通学、夜寝る前のお供にいかがですか!


▽いつも感想ありがとうございますん

>ロリさん、ロリさんじゃないか!
>今回は一月で釈放されたのか!
 ええ……保釈金を払ってくださる支援者の方々が多くて助かりましたロリ。

>ロリコンだからいい文章が書けるのかそれともいい文章が書けるからロリコンなのか…?どっちですか?
 良い文章を書けないロリコンはただのロリコンだ。

>独奏するのはソリストが一般的じゃないかな・・・とおもったけど、
>ソロリスト・・・ソ「ロリ」スト・・・。流石ですね!
 なんのことかさっぱりわかりません。

>あ、しれっとソロリストがソリストに修正してる・・・。
>いや、わざわざそこを修正して隠そうとしなくても大丈夫だから。みんな分かってるから・・・
 しーっ!

>読み始めは中学生だったのに、今や立派な浪人生…
 がんばって! 応援してる!

>しかし何かが足りない気がする。
>ああ、ゴル爺がでていない。
>次回に期待しています。
>ロリ!
 その定番の挨拶みたいなロリは一体……。

>なんか変だと思ったらノルトリちゃんだったロリ……このざまじゃロリコン名乗れないロリ……
>あれ?俺ロリコンだっけ?
 囲め囲めー!

>次の話来るまでに子供2人目作っとく!!
 2人目できました!?







[6858] 番外編 「エイプリルフール」
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:7852530c
Date: 2016/04/02 03:18


 屍鬼は霧と共にやってくる。

 じーさんはよくそう言っていた。街の中にかかる白い靄に紛れて、屍鬼は人をさらい、喰らう。だから霧の濃い夜に外を出歩いてはいけない。灯りを絶やしてはいけない。施錠を忘れてはいけない。命が惜しいのであれば――。

 その日は長く雨が降り続いていた。街の中には霧が立ち込めていた。ここ1週間、毎晩がそうだった。じめじめとした空気は肌に纏わりつくように重く、街中がじとりとした嫌な気配に満ちていた。

 客のいない店の中で、僕はひとりカウンターに座っていた。気分転換にでも飲もうとコーヒーを淹れていたが、まだ一口も飲んでいなかった。

 外では夜闇の中で、小雨がしとしとと降り続いている。こんな日に客が来るはずもない。早々に店じまいをして寝てしまおうと立ち上がると、ドアベルの鳴る音が響いた。

「良い夜ですね」

 小柄な体を真っ白な外套で包んだ姿。背中には長い包みを背負い、手には古びた旅行用の大型鞄を持っている。その出で立ちと、少し芝居がかったしゃべり方には覚えがあった。

「僕はあまり好きじゃないね、なにしろほら、お客さんがこないんだ」

 肩をすくめて見せると、彼女はかすかに笑ったようだった。

「それはそうでしょう。屍鬼の出る夜に出歩くような馬鹿は中々いません」
「つまり、あー、自分のことを貶す趣味が?」

 訊き返すと、彼女は上品な動作で旅行鞄を置き、両手でフードを下ろした。ひとつに結んで右肩の前に垂らした銀糸のような髪、氷青色の瞳、小ぶりな鼻と、白い肌の中でより鮮やかな色を持つ唇。記憶の中にいた彼女の姿が、より鮮明となった。

「貴方に会うためならば、喜んで馬鹿にもなりましょう。お久しぶりですね、ユウ」
「会えて嬉しいよ、シスター・クラレンス。花束でも用意しておけばよかった」
「お気持ちだけで十分です。またこうしてお会いできたことに感謝を」

 シスター・クラレンスは両手で聖印を切った。

 その姿は絵姿にして教会の壁に飾りたいほど美しかったが、僕としては会えた喜びよりも、もっと苦いものを胸に感じていた。

「それで、今日は晩餐のお誘いかな? それなら正装に着替えたいんだけど」
「とても素敵ですけれど、それはまたの機会にいたしましょう。今宵は……お分かりでしょう?」
「分かっていても認めたくないこともあるんだ、お嬢さん」

 僕は肩をすくめて、彼女に椅子を勧めた。
 それからドアの外に出て、店を閉める。
 長い夜になりそうだった。


 φ


「ご存知のことでしょうけれど、すでに被害者は3名となりました。いずれも幼い少女で、霧の出た夜の間のことです」
「ああ、それなら知ってる。悪い魔法使いにさらわれたんだってね」

 シスター・クラレンスはじとりとした目で僕を見つめた。

「ごめん。軽い冗談だよ、続けて」
「銀十字教団は調査員を派遣。一昨日、屍鬼の発生を確認し、正式に討伐命令を下しました」
「そりゃ安心だ。これでも僕も夜歩きができるよ」
「お勧めしません。昨日、第三位階の奏者が討伐に向かいましたが、結果は失敗。屍鬼は人狼型です」

 僕は眉を顰めた。

「第三位階の奏者が? 銀十字教団の中でも、屍鬼を狩ることだけに特化した奏者と呼ばれる戦闘員の中でも、上から三番目に位置する結構強いランクの人がやられたっていうのか!」
「え、ええ、そうです」
「それに人狼型だって!? 屍鬼は通常、人型や純粋な動物型が多いっていうのに、人の知恵と動物の肉体能力を持つ人狼となるとかなり厄介ということか……」
「その通りですけれど、なぜそこまで丁寧に……?」
「いや、後々に出てこない設定は今のうちに説明しておこうと思って」

 シスター・クラレンスは首を傾げたが、僕が話を促す。

「さらに、その人狼には私たちの『銀弾』の効果がありませんでした」

 僕は思わず立ち上がった。倒れた椅子が僕の動揺を代弁したかのような音を立てた。

「まさか、銀十字教団が聖なる祈りで祝福した、対屍鬼専用の唯一にして最大の武器である『銀弾』が!?」
「え、ええ、そうです、その『銀弾』です」
「そうか、まさかそんな手ごわい相手がいるとは。まったく、勘弁してほしいな」

 僕は倒れた椅子を立て、座りなおした。

「君が久しぶりにこの店にきた理由がわかったよ」

 僕が言うと、彼女はうなずいて見せた。真剣な瞳だった。

「そうです。最初の少女が連れ去られて一週間が経とうとしています。早急に救出しなければ、命の保証がありません。今ならまだ、間に合います」

 一呼吸の間。

「銀弾が通じない以上、私たちはそれ以外の手段で人狼型の屍鬼を討伐する必要があります。それも、可及的速やかに。ユウ・クロサワ――貴方の力が必要なのです。〝悪夢の残響<エコー・オブ・ナイトメア>″と呼ばれた、貴方の力が」

 ――そう、今まで内緒にしていたが、かつて僕は夜な夜な屍鬼を狩る、凄腕の屍鬼ハンターだったのだ。これも内緒にしていたが、実は僕は屍鬼と人間のハーフで、人間の姿でありながら屍鬼の力を併せ持つスーパーヒューマンなのだ。

 1年前に起きたある悲しい事件によって銃を置き、隠居しながら喫茶店を経営していたが、僕の力が必要とされるような強敵が現れてしまったらしい……。

 もちろん僕は断るつもりだった。

 詳細は省くが1年前の事件は僕の心に深い傷を残しており、再び銃を手にするには戸惑いがある。あと2、3回は彼女の要請を断り、それからついに彼女のピンチに駆けつけるという熱い展開が望ましいのだが、そうすると長くなるので今は止めておこう。

「いいとも」

 僕は快諾した。

「もちろんあなたの過去を思うと強制は……って、良いのですか?」
「ああ。早く行こう。弾倉一回転分の銃弾でケリが付く予定だから」
「いえ、まだ屍鬼の居場所も分かっていないのですが」
「大丈夫。今から行けば人気のない場所で鉢合わせるから」
「何ですかその自信は……」

 飽きれた声を背にして、僕は店の裏手にある倉庫に向かう。

 香辛料や備蓄食材の置かれた棚の、上から四段目の端に置かれた陶器の瓶を右に3回、左に4回ほど回転させる。すると、棚が横にずれ、隠されていた扉が現れる。

 扉を開くと、自動で灯りが中を照らす。
 そこには、もう使うことはないと思っていた僕の現役時代の装備があった。

 防弾・防刃の施された白いシャツに黒のベスト、銃弾の詰め込まれたガンベルトを巻き、その上からあらゆる汚れを跳ね除ける撥水加工済みのエプロン。完璧だ。

 店に戻った僕は、カウンター内の壁に掛けられていた白銀の銃――ヴィヴァーチェを手に取った。まるでこの時を待っていたかのように、美麗な装飾を施された銃身がきらりと光りを反射する。

「そうだな――お前はただの店の飾りじゃない、分かってるよ相棒」

 懐かしい重みを腰のホルスターに収め、シスター・クラレンスへ向き直る。

「さあ、行こうか。化け物退治には良い夜だ」
「ええ……お帰りなさい――〝悪夢の残響<エコー・オブ・ナイトメア>″」


 φ


 色々あったが僕たちはいま街外れの廃工場へとやってきていた。いい感じに人狼が目の前にいて、まさに一触即発の状態だ。

「ちっ、またてめえらか、クソ教団が」

 見た目はただの冴えない中年だった。しかし目は落ちくぼみ、生気というものが感じられない。

「屍鬼よ、少女たちを解放しなさい。今ならまだ貴方の魂は救済されます」

 シスター・クラレンスは毅然として言った。男は工場中に響くような大声で笑った。

「おせえよ……救済なんざ望んでねえ……俺は、今、十分に、救われてる――っ!」
「ならば屍鬼よ、その業を持って神の下へ逝きなさい!」

 シスター・クラレンスは背中に背負った長包みを解放する――漆黒の長銃だ。彼女は自らの身長ほどもあるそれを両手で軽やかに構えた。

「お前は俺の好みじゃねえからよ……殺してやるよババァ!」
「ば、ババア!? 私は17です!」
「十分ババアだろうが――ぐるぁぁぁぁぁぁああああああああああ」
「くっ、気をつけてユウ! 変身です!」

 男が身を丸めたかと思うと、纏っていた襤褸切れがはじけ飛び、背中が膨張する。男は人狼へと変身しているのだ。

 僕は撃った。

「はがぁ!?」

 男はのけ反る。
 両手でヴィヴァーチェを構え、反動によって逸れる照準を瞬時に直し、弾倉一回転分、撃った。

 6発分の銃弾は男を盛大に吹き飛ばす。男は背後の粗大ごみの山に突っ込んだまま身動きもしない。

「ユウ……あの……」
「なんだいシスター・クラレンス」
「彼、変身中でしたけれども」
「ああ、だから撃った。まさか、お約束だから待つべきとか言わないよね?」
「いえ、教団的には、一応、人間と屍鬼は別物としておりまして、屍鬼に変身しきるまでは人としての救いの道をですね、その……」

 言葉の途中で、僕は彼女を突き飛ばした。
 突風。
 突き飛ばした僕の左腕から鮮血が舞う。

「らぁぁぁぁあああああ! 小賢しいんだよゴミがぁぁぁぁ!」

 粗大ごみから飛び出してきた人狼がそこにいた。恐ろしいほどの瞬発力。

 思わず舌打ちをした。銃は撃ちきったままだった。気を抜いて装弾を怠り、おまけに世間話をする始末。ブランクにしても最低だ。

 着地した姿勢を変え、人狼がすぐさまこちらに顔を向ける。
 開かれた咢、並ぶ牙、糸を引く涎、真っ赤な口内。僕に飛びかからんとしたその時、人狼の顔が横に跳ね飛ぶ。

「装填を!」

 シスター・クラレンスの援護射撃に目で感謝を伝え、すぐさまヴィヴァーチェの銃身を折って排莢する。ガンベルトから銃弾を抜き取り、弾倉に込める――何千回とこなした動作は体に染みつき、ほんの数秒でそれを終える。

 中折れしていた銃身を跳ね上げるように戻せば、機構がガチリと噛みあう心地よい反動。息を吹き返したヴィヴァーチェをすぐさまに構え、シスター・クラレンスへ狙いをつける人狼の右足を撃ち抜く。

 膝をついた人狼が僕をにらみつける。その顔を、今度はシスター・クラレンスの長銃が撃ち抜く。

 そして今度は僕が人狼の腕を、彼女が足を――終わらない銃撃、楽譜の上に銃痕が刻まれ、硝煙と銃声の旋律が刻まれる。

 人狼が無理やり跳躍――その速さに、僕たちの目が置いて行かれる。
 あちこちで物が跳ね飛ばされる。天上、壁、床。その身体能力のままに、人狼は縦横無尽に駆け巡る。

 シスター・クラレンスが長銃を構えたまま視線を巡らせる。
 僕は空薬莢を捨て、銃弾を込めながら前へと歩み出る。

「ユウ――?」

 彼女の呼びかけに片手を上げて答え、僕は立ち止った。
 ヴィヴァーチェで肩を叩く。二度、三度。

「怖くて庭駆け回るのは良いんだけど、早くしてくれるかな犬っころ。僕はそろそろ寝る時間なんだ」
「貧弱な劣等種族がぁぁぁぁぁぁっ!」

 怒声――僕は反射的に銃を向け、引き金を絞る。

「ご丁寧に自己紹介をどうも」

 直撃。

 空中で勢いを殺された人狼はその場に落ちる。しかしさすがの身体能力――落ちながらにして、すでに体勢は立て直されている。
 僕は銃を左の壁に向けて一発、天井へ一発、そして人狼へ向けて一発撃ち放った。

 人狼が着地――低く四つ足となり、強靭な後ろ足の筋肉が力を解放しようとしたその瞬間、左の壁から反射した銃弾がその足を撃ち抜く。

 ――力の空振り、膝がつく。体勢を保つために重心が前足へ――天井からの銃弾が、その足を貫通する――上半身が地面に崩れ落ちる。驚愕の瞳でこちらを見る人狼の瞳――その額に、銃弾が撃ち込まれた。

 静寂。銃声の残響が、溶けるようになくなった。

「死角なしの跳弾……まさに悪夢ですね」

 隣にやってきたシスター・クラレンスの声に、僕は笑って見せた。

「こんなことにしか使い道のない能力さ」
「ですが、その力で救われる人々がいるのです――私のように」

 真っすぐにこちらを見上げる視線に、僕は息を飲んだ。

「ユウ――いえ、マイマスター。どうかもう一度、戻ってきて頂けませんか」
「マイマスターってのは辞めてくれないかな、シスター・クラレンス。君が僕の従者だったのは昔の話だし、立派な正シスターになったんだろう?」
「それでも、です。私は、貴方の隣に立っていたいのです」

 一歩、距離を縮められる。
 彼女は懐から取り出したものを僕に差し出した。銀鎖の先に、一枚のコイン。銀十字教団の奏者である証となるものだった。

「これを。貴方が一年前に返却したものです。登録は抹消されていません。大司教も、いつでも戻ってこいと」

 僕はしばらくコインを見つめていた。彼女はじっと僕を見つめていた。
 苦笑を一つ。僕がコインを受け取ると、彼女は童女のような笑みを浮かべた。

「またよろしくお願いします、マイマスター」
「その呼び方はやめてくれるかな。今度は相棒だ」
「――はい。では、私のことも、アイリスと」
「ああ、よろしく、アイリス」

 それから僕たちは、改まった関係に気恥ずかしく思いながらも握手を交わした。

「それじゃ」
「そうですね」
「相棒となっての初仕事だ」

 同時。僕とアイリスは、白銀のヴィヴァ―チェと漆黒の長銃を人狼に構える。人狼は黒い靄に飲み込まれつつあり、そこに人の意識は残っていなかった。

「調査部に言っといてくれ。狂化種だってこともしっかり調べとけってね。普通の奏者じゃ何人死ぬことか」
「でも私たちなら?」

 悪戯っ子のような笑みでアイリスが僕に言う。男として泣き言なんて言えるはずもなかった。

「負ける気はしないね」


 φ


「そうして、2人は凶悪な屍鬼を倒し、さらわれた少女たちを無事に助け出したのでした。めでたしめでたし」

 僕が話し終えると、黙って聞き入っていたノルトリたちがぱちぱちと拍手と歓声を上げた。

「ふ、ふんっ、なかなか楽しめたわね! 人狼なんてこわくないけどね!」

 金髪をサイドポニーで結んだ10歳くらいの少女はシュイ。ちょっとぷるぷるしながらも胸を張っている。

「わたしも銃をうちたい。楽しそう」

 銀髪ショートカットのニニは、あまり変わらない表情ながら両手で拳をつくり、何やら意気込んでいる。彼女たちはノルトリの学友なのだった。
 そしてノルトリはいつも通りのふにゃんとした雰囲気ながら、僕を尊敬の瞳で見上げている。

「ユウ……すごい……かっこいい」

 僕は腰に手を当ててふんぞり返り、渾身のドヤ顔を見せた。
 そんな僕を、いつの間にか来店して、少し離れた席に座っていたリナリアが苦笑しながら見ている。

 ノルトリたちが人狼と奏者について夢中で話している隙に、リナリアの下へ向かう。

「やあ、いらっしゃい。何か飲む?」
「うん、適当にお願い。それにしてもよくあんな話を思いつくわね」

 カフェオレを用意しながら、僕は肩をすくめた。

「夢のある物語に溢れた場所で生きてきたからね。うら若きお嬢さま方から、暇つぶしに何か面白いお話をしてなんて言われても、まあ軽いもんだよ」
「そういうとこは素直に尊敬するわ」

 腰に手を当てて渾身のドヤ顔をする。と、テーブル席のエルフのお姉さんに呼ばれ、僕はカウンターから出た。
 背後でリナリアの呟きが聞こえてくる。

「まったく、屍鬼だ人狼だ教団だなんて、よくそんなに思いつくわね……ん……? 銃の横にあんなメダルなんて飾ってあったかしら……んんん? ちょっとユウ! 今さっきの話もっとしっかり聞かせなさい!?」






 おわり



―――――――――
<忘れられていたエイプリルフール>
 すっかり忘れていたので、ネタらしいネタを用意できませんでした。


▽屍鬼とはそう、ロリコンの業界用語。

>この世界にコピ・ルアクがあるとどうなるかとか妄想中。
 あの恐ろしいコーヒーですね……?

>にしてもここ数年で私はロリ好きからロリも好きに変化しました
>ストライクゾーンが広いと世の中楽しいですよ(笑顔)
 お、おう……せやな……?

>更新はやスギィ!!!
>早すぎて2人目できてませーん!!
>カクヨムでも見てるよ!
 ありがとうございまーす!
 そろそろ3人目もできましたか!?

>お久しぶりですロリさん!
 お久しぶりです! かざみはつけて!

>ロリさん今回は釈放早かったですね!
>司法にもロリ仲間が居たから釈放が早かったのかな(笑)
 何だか悪の組織みたいですね!

>なんだかんだで3月でついに三十路(独身)…時がたつのは早いロリ…
>この小説で興味を持って約5年かけてコーヒーが飲める体質にしんかしましたろり。慣れるまでが大変でしたろり。
 これが訓練された読者です。三十路おめでとう!

>ろく年以上連載が続いて随分と時間の移ろリを覚えますが相変わらずおもしろリです。
>理想郷の賑わいを余所にろリゃくされて寂しいですが…更新されて嬉しいですね。
>ロリヤリティ-ある少女の登場話は特に僕の中では面白かったと記憶しています。
>リエッタでしたっけ、たしか。しろリ服の似合うお嬢さんの。
>炉端焼きの雰囲気ある店に足を向けたくなるマスターの調理の手際良さ。
>裏では何か凄い力を持っていそうな過去の出来事。
>露呈すること明確でなく、未だ尚この作品に魅了されて仕方ありません。
>リアさんは駄目なお姉さんじゃないと信じています!
 その熱意を世界平和のために使おう。

>時の止まったような喫茶店はきっと名店
>時の止まったような小説家はきっとロリ
 なにその素敵なキャッチコピーみたいな雰囲気。

>なるほど、クエストを受けた中の幾人かがロリであり、それを見極めてこそ真なるロリコンを名乗れるということですね、これはロリコンに与えられた試練なのですね。
>クエストに参加していた人に何人ロリが混じっていたんでしょうか?
 正確にはひとりのロリです。つまりひろりです。


 はっぴーエイプリルフール!



[6858] ココア色の逃げ場所
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:7852530c
Date: 2016/08/23 21:57
 人を外見で判断するな、とはよく言うが、果たして外見とはなんだろう。
 目鼻顔立ちというのであれば、それはバランスの問題に過ぎない。美醜の価値観は時代によって違うし、人それぞれ好みというものがある。そして美しい人が必ず清い心を持っているというわけではないし、醜い人が常に悪い人なわけもない。

 しかし、僕たちは得てしてそう考えがちだ。
 美人は正しく、強面は悪人で、いじわるそうな顔をしている人には近づかない。外見は中身の一番外側のことを言う、なんて言葉があるくらいだ。他人を判断するための材料として、外見は大きな比重を占めている。

 話は変わるが、ここアルベルタは冒険者の街であり、冒険者の多くは独り身である。彼らは自炊ではなく、外食を主としている。うちのように迷宮からほど近い場所にあると、毎日の食事選びに疲れた冒険者がふらっと立ち寄ることも多い。それに、アーリアル学院に通う生徒が、気晴らしにやって来ることもある。うちは喫茶店だけれど、大きなくくりで言えば飲食店だ。つまり、食事も用意している。

 そういったお客さんによって生み出された忙しない時間を終えた店内は、ずいぶんと落ち着いていた。
 近所の奥様が3人ほどでテーブルを囲んでいるのと、いつものエルフのお姉さんが、分厚い本を読んでいるくらいだ。

 僕が積み重なった食器と調理器具とを洗い終え、ほっと一息ついたときだ。乱暴な音を鳴らしてドアが開かれた。

 そこにいたのは黒い壁だ。いや、壁に見えるほどの巨躯だった。
 窮屈そうに体を傾けて、彼は店内へ入ってきた。

 黒い体毛はつやつやと光を反射している。顔は、そう、例えるなら豹だろう。まさに獣人というべき、威風堂々とした外見だった。腕まくりをしてラフに着こなした白衣が、よく映えていた。
 彼は入り口に立ち、じろりと店内を見渡す。

 奥様方の姦しい声はぴたりと止まり、エルフのお姉さんがぺらりと本をめくる音が、やけに響いて聞こえた。
 黒豹の彼は、ゆっくりとカウンターに向かってくる。僕は彼に向き合った。

「ドゥカさん、いらっしゃいませ」
「……ああ」

 ドゥカさんは鼻のあたりに皺を寄せた。奥様方の方から小さく悲鳴があがった。2mを越える体躯に、肉食獣そのままの外見なものだから、威嚇されているようにしか見えないだろう。

 しかし、ドゥカさんとしては別に威嚇しているわけではなくて、彼なりに挨拶をしてくれただけなのだった。むしろ、愛想笑みくらいのはずだ。
 僕が席を勧めると、彼は窮屈そうにゆっくりと腰を下ろした。
 彼ほどの体重を支えるには、僕の店の椅子では不安が残るのだろう。僕も不安だ。

「今日は何にしますか?」

 僕が尋ねると、彼はさっと店内に目をやった。こちらを窺いながらひそひそと話していた奥様方が、さっと口をつぐんだ。エルフのお姉さんはこちらを気にしてもいなかった。
 ドゥカさんは奥様方とエルフのお姉さんを見て、少し不満げに鼻のあたりに皺を寄せる。

「……アレを頼む」
「良いんですか?」
「ああ、アレだ」

 彼はそう言って腕を組んだ。黄金色の瞳が僕を射抜き、牙が覗いて見えた。奥様方の席から悲鳴があがった。
 僕はそっとため息をついて、棚から挽いたばかりのコーヒーの粉を出し、サイフォンの準備をする。


 コーヒーカップを用意しながら、僕はドゥカさんに声をかける。

「お仕事はどうですか?」
「忙しい。昨日は4人ほどヤったよ」

 奥様方の席からガシャンと何かが倒れる音が響いたが、僕は目を向けないようにつとめた。

「それは大変でしたね」
「命知らずの馬鹿が多くてな。一人は腕を落とすしかなかったが、命が残っただけでも運が良かった」

 奥様方の席でパリンと何かが割れる音がしたが、僕は何も聞こえないフリをしておいた。
 常に保温状態にしているポットから、フラスコにお湯を入れる。ランプに火をつけて、フラスコを温める。僕の動きを、ドゥカさんは真剣な目で見つめている。

「前から気になっていたのだが」
「どうしました?」
「コーヒーを淹れているその器具は……医薬品や魔法薬をつくるためのものだろう?」

 そこに気づくとはさすが。

「ついに知られてしまいましたか」
「う、うん?」
「知られてしまったからには、生きて返すわけにはいきませんね」
「うん!?」
「冗談です」

 お湯が沸騰したフラスコにロートを差し込んで、下のランプを消す。
 そう、この世界ではコーヒーの淹れ方にこだわる人なんて存在しない。コーヒーはまだ、嗜好品という立場を確立していないのだ。

 粉末状にしたコーヒーに直接お湯をそそいで、濾して飲むというのが主流だ。布を利用したドリップ式ですらない。ひどいときは濾さずに飲む。眠気覚ましの効能だけを求める冒険者に至っては、実をそのままかじる。

 冒険者がそうしてコーヒーを利用するのはまだ理解できる。迷宮内でいちいちサイフォンやドリップの手間なんてかけられないだろうし、コーヒーの香りや味を楽しんでいられる状況でもないだろう。
 しかし、至って普通の人々ですら、コーヒーをおいしく飲むということに無関心なのはどういうことだろうか。

 僕はこの街を探し回り、薬品調合の機材として存在していたこの器具を見つけた。回復薬とか、実験薬とか作るためのものだ。それを改造してもらって、コーヒーサイフォンとして利用しているのである。

 そういったことを滔々と話すと、ドゥカさんはすごくあきれた目で僕を見ながら、うんうんと頷いてくれた。

「その熱意がどこからきているのか、不思議だ」
「熱意はどこからかくるものじゃないんですよ。身のうちから燃え上がるものです」

 温めておいたカップにコーヒーを注いで差し出すと、ドゥカさんの眉間にかなりの皺が寄った。

「はい、どうぞ」
「ああ……」

 奥の席から、こちらをちらちらと窺う奥様方の視線を感じる。エルフのお姉さんは物憂げに窓の外を眺めている。
 ドゥカさんはぐっと歯をかみしめ、コーヒーを口に運んだ。

「ふぐっ」
「ふぐっ?」
「ああ、いや……やはり、いつものコーヒーは美味いな。いつも飲んでいるこのコーヒーがないと一日が始まらないんだ。やはりいつも飲んでいるからな」
「もう昼下がりですけど」
「ああ、美味すぎて頭痛がしてきたな。心拍数も少しあがったみたいだ」
「それ大丈夫ですか」
「大丈夫に決まっているだろう。私は医者だ。自分の体のことなど手を取るようにわかるよ」

 にやりと笑うドゥカさんは、「獲物をいたぶり殺すことがこれ以上なく楽しい」とでも言いそうな凄みのある顔だった。コーヒーの苦みでしかめ面になっているのを、無理に笑顔にしているせいに違いなかった。
 あまりの迫力に奥の席で奥様がひとり、ふらりと机に倒れ伏したのが見えたが、僕は何も見なかったことにした。

「あの、無理はしない方がいいんじゃありませんか」

 僕は声量を落としてドゥカさんに話しかける。

「無理などしていないさ。ああ、まったく無理ではない。コーヒーなどちょろいものさ」
「ドゥカさん、苦いものだめじゃないですか」
「おいおい、私のような男が、苦いものがだめなわけないだろう?」

 たしかに、ドゥカさんの見た目はとても渋い。大きな体躯は盛り上がるほどの筋肉に覆われているし、胸元の開いた茶色のシャツに白衣が似合っている。黒豹の顔はきりりと凛々しく、実に男らしい渋さを身にまとっているのだった。煙草やコーヒー、ウィスキーが似合うに違いないと思わせる姿だ。そしてドゥカさんはその全てが苦手だった。

「そんなに周りの目を気にしなくてもいいと思いますけど」

 ドゥカさんはうむりと頷きながら、大きな手で顎を撫でた。

「こんな容姿でもな、冒険者を相手にするときは役に立つんだ」

 と、ドゥカさんは切り出した。

「冒険者にはならず者も多い。施療院にはそういうならず者が毎日やってくるわけだ。腕っ節に自信があり、自分の威を振りまき、舐められたら負けだとでもいうようにな」
「ええ、何となくわかります」
「そう言う人間が手負いになって施療院にやってくると、なかなかに手を焼く。特に、手や足を切り落とさねばならないときや、あるいはすでに手遅れだったとき、命を助けられなかったとき」

 想像してみようとしたが、できなかった。僕にはあまりに接点のない世界だ。

「そういうときに、冷静でいられる人間というのは、いない。本人だけでなく、仲間もだ。我を失い、暴力に訴えかける人間というのもいる。そういう時には、私たち医療従事者も命が危うい」

 なんて命がけの職場なのだろう。冒険者だけでなく、それを治療する方も命がけだったとは。

「そういう時に、自分や周りを守れたらと思って、私も体を鍛えた。荒くれ者に医療内容を説明するとき、脅しや威圧に負けないように、私もそれを身につけようとした。結果、冒険者におびえることはなくなったし、周りを守ることにもつながっていると思う」
「苦労されたんですね」
「ああ、苦労した。私生活の行動一つでも、いまだに意識している。だからこうして、他人の目がある時はコーヒーを飲むし、酒場では強い酒を頼む。食事はもちろん肉料理だ」

 そこにコーヒーは必要あるだろうかと思ったけれど、初対面の頃に、僕が「渋い男はコーヒーを飲むものですよ。ええ、常識です」と洗脳――違う、熱く語ったせいかもしれない。

「だが、最近、困ったことがある」

 ぎろりと僕を睨みあげるようにして、ドゥカさんは言った。黄金色の瞳は、獲物を狙う光を宿していた。どう見ても、堅気の人の目ではなかった。

「シマを荒らされてるんですか」
「ああ、最近の若い奴らは筋ってモンを理解してなくてな……って何を言わせるんだ君は」

 奥様方の悲鳴が聞こえる。

「……私は堅気の人間だ」
「足を洗ったんですね」
「生まれてからずっと、品行方正だ」

 どう見ても品行方正な目つきではなかったが、僕は頷いて見せた。

「それで、何に困っているんです」
「ああ、そうだった。実はずっと悩んでいるのだが」

 ドゥカさんは物憂げに視線を落とした。何かあったのだろうか。
 ドゥカさんがそのもふもふした口を開こうとした時、来店客を知らせるドアベルが鳴った。視線を向けると、小さく、気だるげな立ち姿があった。青空と雨雲を混ぜ合わせたようなどんよりとした髪色のおさげに、学院の白い制服。我が店の小さな常連、ノルトリである。

「やあ、いらっしゃい」

 でろでろと気だるげにカウンターにやってきたノルトリに声をかける。まるで徹夜三日目みたいな貫禄だったが、彼女はこれが平常なのだった。

 ノルトリは顔を上げ、僕を見て頷き、椅子に座るドゥカさんを見上げた。
 ドゥカさんは興味深そうにノルトリを見ていた。
 ふたりは見つめ合った。
 じっ、っと。

 ノルトリは何も言わずドゥカさんの横を通り過ぎ、いつものカウンター席へ向かう。

「いつものでいい?」
「……うん……」
「クッキーあるけど食べる?」
「……ううん……」
「果物あるけど食べる?」
「……ううん……うん……」
「今日、学院じゃないの?」
「休み」

 そこだけ明瞭に返答しないでほしい。
 僕はつい笑ってしまいながら、ココアの用意をする。ノルトリはとても面倒くさがりで、とてもやる気がない。だからよく学院をサボっている。そしてこの店のカウンターでぐったりとしているのだ。
 棚からカップを取りだそうとしたときだ。ドゥカさんに小声で話しかけられた。

「マスター、あの子は学院の」
「ええ、生徒ですよ」
「だが学院は」
「今日も通常営業のはずですね」
「つまり」
「その通りです」

 答えると、ドゥカさんは腕を組んだ。口をむごむごと動かして、言葉をかみ砕いているみたいだった。

「あの年頃からサボり癖というのは、あまりよくないと思うのだが」

 確かにそうですね、と答えるしかないだろう。
 しかし、ドゥカさんの言葉には、僕をいましめる響きがあった。

「なぜ彼女のサボりを黙認してるのか、ということですよね?」
「……ああ。大人の立場の人間が、教え導くということも必要ではないだろうか。その、事情があるというのなら別だが」

 ドゥカさんの目は真剣だった。
 それが一般的な常識だからとか、自分の考えが正しいと信じているからとか、そういう目ではないように思えた。彼の言葉には、ノルトリへの思いやりがこめられていた。
 僕は思わず笑みをこぼしてしまう。

「そうですね、それは必要なことだと思います」
「では、なぜ」
「僕の担当ではないからです」
「担当?」

 ちらりとノルトリを見る。
 彼女はカウンターに突っ伏していた。ぴくりとも動かない。

「教え導く、いましめる、叱る、どれも大切なことに違いありません。でも、あの子に対して、僕はどれもやりたくないかな、と」

 ドゥカさんは眉をひそめた。

「それは年長者としての責任を放棄していることではないだろうか。私たちは己の経験による見識によって、後進の成長を手助けすることができるだろう」
「ええ、それはその通りだと思います」

 僕はカップをおいて、果物を取りだした。先にこっちの用意を済ませよう。

「でも、そういうことは彼女の親だとか、それこそ学院の教師だとかに任せようかな、と。他人を教え導くというのは柄じゃありませんし、そこまで立派な人間でもないので」
「ふむ」

 納得していない顔だ。

「どんな場所でも、そこに居心地の悪さを感じる人はいると思うんです」
「それはそうだな」
「自分を変えることでそこに適応できる人もいますけど、それがどうしてもできない人もいる。それは確かに、教え導いて諭す必要があると言われても仕方ないと思います。なぜお前はそうできないんだ、周りの人たちはできているのに。頑張りが足りない、とかね」

 僕はリンゴのような丸っこい果物の皮をむく。

「もちろん、それで改善する人もいる。でも、どうしても改善できない人もいる。なぜなら、そういう風にできていないからです」
「できていない……?」
「鳥に水の中を泳げとか、魚に陸を走れとか、そういうものです。何をいくら言っても無駄でしょう? そもそも体がそうなっていないんですから」
「それはわかるが、サボりとは違うだろう」
「同じですよ」

 僕は、元の世界で親しかった、年上の従姉妹のことを思い出していた。彼女もまた、適応できない自分のことを悩んでいた。周りと合わせられず、そうできない自分が出来損ないのように感じ、そして学校を辞めていた。

「そうできないで一番困っているのは、実は本人なんですよ。自分が周りの環境に合っていないことは、本人が一番よくわかっているんです。なぜ自分はそうできないんだろう、なぜだめなんだろう、どうすればいいんだろう……体の合わない環境に、無理にでも適応しようとするのは、つらいことです。それを誰にも理解されないことは、もっとつらい」
「……うむ」

 ドゥカさんは顎に手を当てた。何か、思い出しているようだった

「そうやって無理をしている人も、叱られて気落ちしている人も、なにか悩んでいる人も。必要なのは休む場所じゃありませんか?」
「休む場所、か」
「それを逃げていると言う人もいるかもしれません。上等ですよ。逃げることは恥かもしれませんけど、とても役に立ちます」

 僕がドヤ顔でいうと、ドゥカさんは口角をあげて笑ってくれた。威嚇しているようにしか見えなかったけれども。

「逃げる時間は人それぞれ。長い人もいるし、短い人もいる。でも、共通することがひとつだけ。逃げている人は、いつかは戦わなきゃいけないことを知っているってことです」

 僕はうさぎさんの形にカットしたリンゴ――実の色まで真っ赤――を皿に盛りつける。

「だから、僕の担当は逃げ場所なんです。ここには戦いはありませんし、時間制限もありません。いくらでも休んで良いし、時間の使い方は自由です。ここで羽を休めて、力を溜めて、その時が来たら旅立っていく。そういう場所がどこかにあっても、良いと思いませんか。まあ、営業時間はありますけどね」

 にこりと笑って、僕はノルトリに果物を持って行く。

「ほら、ノルトリ、餌だよ」

 ノルトリはぬたりと顔を起こした。

「……食べさせて……」

 冗談だったけど、餌扱いでいいのか君は。
 仕方なくフォークにリンゴもどきを突き刺して、口元に運ぶ。ノルトリはその先っぽをかじり、3回咀嚼して一息いれ、さらに3回咀嚼して大きく息を吐いていた。食べ方まで気だるげなのである。

「君、ノルトリ、といったか」

 ドゥカさんがこちらに顔を向け、そう言った。

「……?」

 ノルトリがカウンターに顎をつけたまま、めんどくさそうに顔を向ける。

「ひとつ、訊いてもいいだろうか」
「……なに……」
「私のことが怖くないか」

 ドゥカさんがじっとノルトリを見る。黒豹の顔、体格は小さな山のようで、肉食獣の風格。
 ノルトリは彼の姿をじっと観察し、こう言った。

「でかい」

 ドゥカさんは、ぽかんと口を開けた。
 それから、目を細め、やがて店中に響くほどの声で笑い出した。
 ノルトリは眉をひそめ、なんだこいつ気持ち悪いな……という気持ちを豊かに表現した。

「確かに、君の将来は有望そうだ。マスター、君の言いたいことが少し理解できた気がするよ」

 くっくっと肩をふるわせながら、ドゥカさんが頭をかいた。
 ドゥカさんが落ち着くのを待ってから、僕はこう訊ねた。

「ところで、ドゥカさんの悩みはなんだったんです?」

 ドゥカさんは首を振った。

「いや、いいんだ。もう解決した」
「はあ、それならいいんですけど」

 首を傾げる。

「ユウ……ココア……まだ……?」
「ごめん、すぐに用意するよ」

 ノルトリに催促され、僕はココアの準備に取りかかった。

「マスター」
「はい?」

 どこか吹っ切れたようなドゥカさんの表情。

「私にいつものやつをくれるか。ああ、ココアだ。砂糖をたっぷりといれてな」







――――――――
<ちょっと長いご報告>
 あれ、おかしいな……前回更新から何か月が経っているのだろう……。
 まさか時間の流れが……?
 うっ、トサカが痛い……!

 冗談はさておき、大変お待たせいたしました。
 更新期間が数年空いたり、数ヵ月空いたり、不定期更新という言葉を一身に背負っているような拙作です。
 ここまでユウたちの世界が繋がってこれたのは、今まで読んで下さり、そして見捨てずに応援して下さったみなさんのおかげです。本当に。
 Arcadiaは我が故郷。

 さて、耳の良い方か、web小説界隈に詳しい方か、私のストーカーの方々はすでにご存じでしょうが、改めてご報告を。
 第1回カクヨムWeb小説コンテストにて、拙作が特別賞を頂きました。
 つまりどういうことかというと、ファンタジア文庫さまより拙作が出版されるということです。どんどんぱふぱふ!
 まさかこんな展開になるとは、ろりろり言ってた頃からは想像もしませんでした。皆さんも想像していなかったことでしょう。
 この場所がなければあり得なかったことです。更新が途絶え、それでも応援して下さったあなたがいなければ、この作品はエターナルなフォースでブリザードしたままでした。
 ご報告と共に、改めてお礼申し上げます。ありがとうございます!

 書籍化に伴って、内容はいくらか変更されると思います。そうです、大人の事情です。私なりに全力を尽くしますので、書籍の方も応援してくださるとハッピーです。


▽おてがみへんしん

>えーと、今度から風見屍鬼と呼べばよろしいので?
>語呂が悪いな……
 なにか誤解があるようだな……。

>しってる、相棒もしっかり小柄って言われてるしロリなんだよね。シスター系相棒ロリとか流石風見鶏さん。
 ろりはともかくシスター系相棒は最高さ。

>更新してたんですね
>嬉しすぎて胸が苦しい
 大丈夫? AED使う?

>2人目が生まれるまで連続更新待ってまっせ!
 そろそろ生まれましたか!

>書籍化→コミカライズ→アニメ化ですね!?
 そのゴールデンルートはさすがに厳しいよドラえもん!

>別サイトでのマルチ投稿らしきものを発見したけど、舞さんの Arcadiaの投稿について を守っている形跡は見つけられず・・
 カクヨムの作品説明欄に明記しました。ご指摘ありがとうございます!

>つまりこれは風見鶏さんのロリコンっぷりがもっと世間に広く知れ渡るということですね!!
 書籍化に伴って、内容はいくらか変更されると思います。そうです、大人の事情です。
 にこっ。


 それでは、また次回の更新で。


 私をストーカーしたい方はこちらからどうぞ!
 @einsame





[6858] きみのなは
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:cefc19d4
Date: 2017/04/01 20:35


 随分と久しぶりにこの店を開いている気もしたが、もちろん気のせいだった。定期的にこんなことを繰り返しているせいで、言い訳にも慣れてきたように思う。

 今日は日曜日みたいなもので、多くの人たちが休日を楽しんでいる。
 しかしもちろん僕のように飲食店をやっていたりすると、みんなと同じように休むというわけにはいかない。みんなが休むときこそ、かき入れ時というものだ。

 といってもうちの店は「隠れた名店」……は言い過ぎとしても、「知っている人は知っている」お店なものだから、大繁盛なんてことにはもちろんならない。

 普段はやってこない常連さんが「久しぶり」なんて言いながらやって来てくれたり、デートの中での刺激を求めたカップルが、物は試しという雰囲気で初入店してくれるといった感じだった。

 だから今日も今日とてお店は穏やかで、平日よりは席が埋まっているくらいのものだった。ランチ時はもう少し忙しい思いをしたものの、今はもうおやつ時が近い。店内の空気はまったりと流れていた。

 ただ、まったりというには少しどんよりとした空気もあった。カウンターの一番奥の席だ。くるくるとパーマのかかった金髪で、体の線のほそい男性が座っている。彼は頬杖をついてぽけーっと口を半開きにして、どこか遠くを見つめていた。少なくとも意味のあるものを見ているわけではないことは確かだった。

 溜まっていた食器を洗い終えた僕は、そっと彼のところまで歩いて行った。

「さっきからずっとそうしていますけど、どうしたんですか、ロミオさん」
「ん、ああ、いや」

 ロミオさんはぼんやりと僕を見た。

「大したことではないんだが、ああいや、ぼくにとっては間違いなく重要であるし大したことなんだが、君にとっては関わりのないことでもあるし、それゆえに大したことではないと表現したんだが――」
「持って回りますね」

 ロミオさんは劇作家としてデビューすることになっていた。劇作家だからなのか、もともとそういう性格なのかは分からないが、こうしてずいぶんと回りくどい物言いをすることがあった。

「おっと、すまない。ついいつもの癖で。まあ、要点をまとめるとだな……いや、ぼくの悩みの要点を搔い摘むなんて品のないことは本当はしたくないのだが」
「要点をまとめると?」
「原稿が進まない」

 とても簡潔だった。

「原稿というと、デビュー作のことですか」
「ああ、それのことだ。ぼくの記念すべき一作目だ」
「でもデビューが決まったのはずいぶんと前のことじゃありませんでしたっけ?」

 頭をひねって思い出してみたが、すでに半年くらいは過ぎている気がした。
 ロミオさんは腕をくんで黙り込んだ。眉間に皺を寄せたまま、目を固く閉じている。やがて、ぼそぼそと話し出す。

「編集者から手直しが入ってね。作品をよりよくするために、書き直しているんだ」
「はあ、書き直しですか」
「もともとが散文を書き散らしていたようなものだからね。ひとつの作品としてまとめるために、試行錯誤の日々なんだ」
「試行錯誤の日々」
「ああ、毎日ね」

 ここ数日、ロミオさんは毎日この店にやってきていたが、彼が原稿をやっているところを見たことはなかった。いつも頬杖をついて、ほけーっと天井を見ているだけだった。

「君はどうやら、ぼくが毎日ぼんやりとしていただけだと思っているようだ」

 ロミオさんが言った。片目だけを開いて、僕をじっと見ていた。察しがいいのは彼の洞察力が優れているのか、僕が顔に出してしまっていたのか、どっちだろうか。

「違うんですか」

 尋ねてみると、ロミオさんは深々と頷いた。

「違うとも」

 それから両手をカウンターに置き、前のめりになって語りだす。

「良いかい、書くという行為は創造的なものだ。それが物語ともなれば、想像的でもある。つまり、ぼくの仕事は手を動かすことと、頭の中で物語を生み出すことの二つに分けられる」
「はあ」
「君からすればぼーっとしているだけのようにも見えるだろうが、ぼくの頭の中では目まぐるしく物語が脈動を」
「してるんですか?」

 素直に訊いてみると、彼はぴたりと口を閉ざした。
 それからすーっと窓の外へ視線を向けた。

「今日は良い天気だな」

 露骨に話題をそらしたな、この人。
 じとっと見つめる。ロミオさんは「ああ、いや」と首を振った。

「今のは訂正しよう。ぼくとしたことが、実に品のない発言だった」
「そうですか? 何か問題があったようには思いませんけど」
「いや、いや。表現者としては情けない限りだ。ぼくはこう言うべきだった。『雲ひとつない青い空は、見上げる彼の心の陰鬱を気にも留めていない。その尊大と呼ぶべき無関心に、彼は清々しさすら覚えた。自分の抱える問題など気に掛けるほどの価値もないと言われているようで、空を見上げるだけで心は軽くなった』といったところか」
「ええと、どういうことでしょう」

 詩的な表現で詳しく情景を描写されたことはわかったが、ロミオさんが何を言いたかったのかは分からなかった。

「つまり『良い天気』などというものは存在しないんだ。あるひとつの天気がある。それを見た者がどう感じたかが重要だ。晴れているから良い天気だと言うのでは、あまりに下らない。どんな天気を見て、なぜ『良い』と感じたのかを読者に理解してもらわねばならない。良い天気といっただけでは、晴れか雨かも分からないだろう?」
「なるほど、確かに」

 ロミオさんの言葉ですとんと納得できた。
 良い天気だという表現に、僕はまったくおかしさを感じていなかった。晴れているから良い天気だと思っていた。

 けれど、例えばノルトリがここにいたとして、その表現に同意しただろうか。彼女は晴れ渡った空をみて清々しいとは感じないはずだ。降り注ぐ太陽の光に対して鬱陶しいと思うだろう。

 だから、あなたはどう感じるかは分かりませんが、彼はこんな天気に対してこう思ったんですよという説明が大事なのかもしれない。

 ただのダメな人かと思っていたのだけれど、ロミオさんの作家らしいこだわりに僕は深く感心した。

「それで、仕事はしてるんですか?」
「…………」

 感心したのはさておき、改めて訊ねると、ロミオさんはそっと視線を外した。

「……うまく、誤魔化せたと思ったのだけどね」
「それは残念でしたね」

 ロミオさんは額に手を当てて、大きく息を吐いた。

「正直に言おう」
「はい」

 彼は僕と視線を合わせ、きりりとした顔をしてみせた。

「まったく、進んで、いない」
「そんなに堂々と言われると困るんですけど、大丈夫なんですか」
「大丈夫ではないと思うが、やる気がでないんだ仕方ない」

 やれやれと首を振るロミオさんの姿は、安定のダメな人だった。

「原稿を見返すのが怖くてね」
「怖い?」
「自分の不完全さをまざまざと見せつけられているような気分になる。そして、原稿と向き合ってしまえばどうなると思う? 苦しみの始まりだよ。終わるのか、自分にできるのか、良いものを生み出せるのか、自分に問いかけ続けなければいけない日々だ。とても怖い」

 ロミオさんはガタガタと震えながら両手で頭を抱えた。もうだめなんじゃないだろうか、この人。本当に怖そうだった。

「それで毎日、ぼーっとしてたんですか」
「明日からやろう、明日こそは取り掛かろう、だから今日は最後の休息だと言い聞かせていたんだ。そしたらいつの間にか半年近く経っていた」
「それはやばいですね」
「やばいと思うか」
「やばいです」

 そうだよな、やばいよなと、ロミオさんは何度も頷いていた。本当にやばいと思っているのだろうか。

 彼はそのままカウンターにぐったりと倒れ伏した。
 まさに書けない作家という姿そのままだった。

「スランプっていうやつですかね」

 思い当たる言葉で表現してみたのだが、ロミオさんはうーうーと唸った。

「それはもっと熟達した人間に使う表現だ。ぼくの場合はひとことに尽きる。練習不足。実力がついていないだけだよ」
「はあ。書くということにも練習がいるんですか」
「もちろんだとも。作品を書き上げた経験。展開上の難題を考えに考え抜いて解決した経験。どんなに苦しくても書くことに取り組んだ経験。そういうものがないと、作家はひどく簡単に迷子になる。そして場末の酒場で酒浸りになるのさ。ぼくの場合は喫茶店だけど」

 大変そうだった。僕には縁遠い世界の話だが、毎日お気楽で自由気ままな生活とはいかないらしい。

 ロミオさんはカウンターに突っ伏したまま、微動だにしなくなってしまった。
 僕は洗い終わった食器を拭くことにした。

 食器を半分ほど拭き終えた頃になって、ドアベルが鳴った。

 顔を向けると、20代も半ばを過ぎた頃の女性が入ってきた。鋭い目つきだった。銀色のひっつめ頭で、雰囲気はとげとげしい。
 彼女は店内をちらりと見回してから、カウンターに座るロミオさんに目を付けた。そして他には目もくれずにまっすぐ歩いていく。

「あの、いらっしゃい、ませ」
「すぐ出ますので結構です」

 おずおずと言ってみたが、一瞥もされずにそう言われた。氷柱のように固く尖った声だった。
 彼女はロミオさんの横で立ち止まった。

「どこへ行っているのかと思えば、こんなところにいたのですか」
「ひっ!」

 ロミオさんが跳ね起き、女性を見て顔を引きつらせた。

「〆切も近いというのになにをしているんですか。進んだんですか、原稿は」

 瞬きすらなく射貫く視線に、ロミオさんはぷるぷると首を振った。猫に狙われたネズミのようだった。

「あなたは、本当に……」

 女性は首を振った。

「今まで担当した中でも、あなたほど筆の遅い方は初めてです。あなたのペースを知るためにしばらく好きにさせていましたが、もう分かりました」

 ずいっとロミオさんに顔を寄せ、その襟首を掴んだ。

「あなたは放っておいて書ける人ではないようです。さあ、帰りますよ。付きっきりでお尻を叩かせていただきます」
「ちょ、あの、や、やめ」

 立ち上がった女性に引きずられるように、ロミオさんも立ち上がった。
 僕はぽかんと見ているしかなかった。発言からするに、編集さんかなにかだろうか。少なくとも、ロミオさんの原稿を催促するために来たのは間違いないようだった。

「では、お騒がせ致しました。支払いはこれで足りますか」

 女性は銀貨をカウンターに置いた。ロミオさんの飲食代を払って余りある額だ。
 僕はこくこくと頷いた。

「お釣りはお納めください。では、失礼します。行きますよロミオ」

 彼女はそのままカツカツと出口に向かって歩いていく。
 ロミオさんは襟首を捕まれたまま、ふらふらと引っ張られていく。

「は、はなしてくれ! 歩ける! 逃げない! 聞こえてないのかジュリエット!」

 そして二人は店から出ていった。
 店内には静けさが戻ってきた。

 ロミオとジュリエットか。そうか……。
 二人が歩いていく姿が、通りに面した窓から見えた。こうしてみれば、なんだかお似合いの二人にも見えた。

 建物の隙間から、先ほどよりも色味が深い青空が見えた。どこからか流れてきた雲がぽつりと浮かんでいる。もうすぐ夕方が近い。空の下がぼんやりと赤みを帯びている。何かうまく表現したかったのだけれど、しばらく頭をひねってから、僕は諦めることにした。
 今日も、良い天気なのは確かだ。





―――――――――
<いつものことですが>
半年くらい間があいてしまいました。
ですが訓練された皆様ならばこう思ってくださるでしょう。「今さらどうした」と!
だめですかすいませんごめんなさい。お話も短くてごめんなさい。一部ノンフィクションです。

次のページにお知らせを載せています。
私事ですが、もしよろしければそちらもご確認いただけると幸いです。


>ロ籍化ロリ!?
>ロリンタジア文庫はロリコンの巣窟ロリ!?
 こらっ! しーっ!

>HAPPY UnBIRTHDAY! の方も更新しましょうや…
 ログインのパスワードが分からなくてな……。

>初めてこの作品に出会って、感想掲示板での異様なロリ推しに戦慄したのもかなり昔のことのような気がします。
 いつからこんなことになってしまったのかは分かりませんが、私も感慨深いものがあります。

>しかし、作品取り下げとかはないですよね…?
 その件は大丈夫です!
 むしろもっと更新してくださいと言われる始末ですがんばります。

>買わなくちゃ(使命感)
 ありがたい使命感や……!

>あと何冊くらい買えば作者のモチベーションがあがって次の刊が発売されるか教えてください
 大人の事情で爆死しなければきっと……!

>ついに書籍化ですか・・・・・・待たせやがってこの野郎! 買うぞこの野郎!
 お待たせしたぜこの野郎! ありがとうだこのやろう!

>書籍化ということはついにあんなヒロインこんなヒロインに挿絵が着くって事ロリね! いやぁ楽しみだなぁ! ゴル爺の挿絵!
 ゴル爺は……つくのかな……。

>ところで最新話にリナリアが見当たらないのですが、これはスマホのバグでしょうか?
 お問い合わせありがとうございます。
「リナリア」は書籍版限定ヒロインとなっておりますので、ぜひ書籍版をご購入ください。ろり。

>書籍化に伴って変更があるって事はとうとう正式に本名の風見ロリに改名するのですねw
 さすがにその勇気はなかった……!

>5/20発売おめでとうございます!
買いますね 風見ロリさんのロリがどんだけロリロリしいか楽しみだなぁ
 良いお耳をお持ちのようで……!
 ありがとうございます!

 皆さま、お祝いのお言葉、ありがとうございます。
 次のページで発売日などのおしらせを纏めさせていただいておりますので、良ければごらんくださいませ。






[6858] ※発売延期のお知らせ
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:cefc19d4
Date: 2017/04/28 13:47

※延期のお知らせ


 皆様、お世話になっております。かざみろ……風見鶏です。

 すでにお気づきの方もいらっしゃると思うのですが、ここで正式にお知らせさせて頂きます。
 富士見ファンタジア文庫より5月20日に発売が予定されていた「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを」【著:風見鶏/絵:u介】ですが、発売が1か月ほど延期となっております。
 
 制作上の都合により、という言葉にすべてを集約させていただいています。分かりやすく言うと、本のクオリティを上げるためにもうちょっと時間欲しいわ! という感じです。

 発売決定の告知をしたのがエイプリルフールでしたので、「こいつ嘘ついてるんじゃねえだろうな」と疑った方々、そうです、発売日が嘘でした!(冗談です)

 半端な形で出すよりは、皆様に頭を下げて1か月お時間を頂き、しっかりとしたものを作った方が良いという判断の結果です。
 期待して待っていてくれた方、Amazonなどで予約して頂いた方、本を買うために貯金を始めて頂いた方(648円(税込))には申し訳なく思います。

 間違いなく5月20日発売よりも6月20日発売の方が良いものになっていますので、ご容赦ください。
 一冊の本という形にするために構成を変え、半分以上を書き下ろし、リナリアがヒロインとなっています。(ノルトリとファルーバさんも出てるよ)

 改めて、「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを」6月20日発売です。よろしくお願いいたします!

 風見鶏



 改めてのご報告となりますが、昨年に執り行われました第1回カクヨムWeb小説コンテストにて、拙作が特別賞の一角を頂きました。
 これによってこの作品は本という形で出版されることになります。
 長いタイトル付ければ目立つでしょ! という発想でつけられた拙作タイトルがあまりに長いので、刊行に合わせてタイトルが変更になりました。


「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを」【著:風見鶏/絵:u介】


 という感じで、ファンタジア文庫より5月20日に書店に並びます。
 ちゃんと脱稿しましたので、もう大丈夫です。お待たせしました。

 ここだけの話なのでぶっちゃけますが、私がもっと原稿をちゃんとやれば、もっと早くに刊行できました。
 それがこんなに遅れてしまって本当にすまないと思っている。てへへ……。

 ですが、その分だけ完成度は上がっていると思います。
 一冊の本という形に合わせて、物語の筋を変更し、リナリアを正ヒロインとして描いています。ゴル爺派の皆様には大変に申し訳ないことをしました。許せ。

 また、半分くらい書き下ろしです。書籍版限定キャラも何人か出ています。
 けっこう、あの、がんばったので、はい、ぜひよろしくお願いします!


 初めてここに投稿した日から、もう八年が経とうとしています。
 いろんなことがありましたね。皆さんにも、私にも。
 まさかこんなご報告ができる日がくるとは思ってもみませんでした。

 完璧にエタっていた三年間も、感想を書いて待っていてくださった方々、本当にありがとうございました。
 皆さんのおかげです。応援して下さったおかげで、ここまでやってこれました。
 もし余裕がございましたら、書店で見かけた時にでも手を取ってくださると嬉しいです。
 理想郷への想いを込めつつ、あとがきまで書き上げましたので。
 理想郷の皆さんへ捧げる一冊です。ほんとに。

 皆様、ここまで見守ってくださって、本当に、本当にありがとうございました。
 これからも変わらぬ応援と、ロリを、よろしくお願いいたします!

 うまくいけば二巻も書けるので、本当に頼むな!
 二巻はたぶん全編書き下ろしになりそうだけど、頼むな!
 これからも、頼むな! よろしく!

 本当にありがとう。


 風見鶏


追伸
 web版のダイジェスト化とかはないです。更新も続けていくよ!よ!




[6858] 第一巻発売記念 WEB版限定特典 真ヒロイン編
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:4edb68e7
Date: 2017/06/21 00:43
「のうユウちゃんや」

 ゴル爺の呼びかけに、僕はチェスの盤面から顔をあげた。ゴル爺は頬杖をついて、窓の外を眺めている。
 つられるようにそちらを見ると、街には日暮れが近づいていた。太陽はほとんど姿を隠していて、波のように打ち寄せる赤い光が人通りを染めていた。

「思うんじゃが、最近、わしの影、薄くない?」
「いきなりどうしたんですか」
「いや、だってのう、昔はもっとほら、重要な役回りだったじゃろ? 実は秘めた力を持つ権力者みたいな風格あったじゃろ?」

 言われて、僕はぼんやりと思い出してみた。

「いや、そうでもなかったですよ」
「わしの扱いもひどくなってないかの」
「そんなまさか」

 あっはっは、なんて笑いながら、僕はルークを敵陣に食い込ませた。
 ふと考えてみると、こうしてゴル爺とチェスを打つのも、ずいぶんと久しぶりなように思えた。
 昔はそれこそ毎日のように、こうしていた。
 開店したばかりの喫茶店には、めったにお客さんなんて来なかった。
 朝から晩までゴル爺しかいない日もあったくらいだ。だから一日中ゴル爺とチェスをしたり、女とは……なんて、ゴル爺の講義に耳を傾けていた。
 そんな日は決まって、ゴル爺が帰る頃になって、「今日はわしの貸し切りじゃ」なんて言って金貨を置いて行くのだった。

「こうして毎日のようにチェスをしていた日が、ほんの少し前のように思えるのになあ。いろいろなことが変わったの」
「そうですねえ」

 ゴル爺が顎から伸びる髭を撫でている。

「この店にもちゃんと客が来るようになった。こうして貸し切りにできるのも、いつまでやら」
「言ってくれれば、いつでもしますよ」

 今さらお礼を言うのは気恥ずかしかった。けれど、ゴル爺は間違いなく、特別なお客さんなのだ。
 ゴル爺はひょっひょっと、いつものように奇怪な笑い声をあげた。

「言うてくれるの」

 ゴル爺は顔をくしゃくしゃにして、目を線のように細めて盤面を見ている。
 それから手を伸ばしてビショップを下げた。その手は予想していたので、僕はすぐさまナイトを進めた。

「ひょ……」

 とゴル爺は頭に手を当てた。

「ううむ。ユウちゃんのチェスの腕も上達しておるわい」
「そうでしょうそうでしょう」

 僕はドヤ顔を見せつけた。

「じゃがまだまだ若いのう」

 にやりと笑ったゴル爺は、僕の攻めをさておいて駒を進める。おや、と思ってよく見てみれば、僕の計画が崩れそうな不安を感じた。しばらく考え込んでみると、僕がゴル爺を詰ませるよりも先に、僕のキングが追い詰められることになりそうだった。一手だ。一手足りない。

「にゅっふっふ。これぞ年の功よ」
「むぐぐ」

 いらつくほどのにんまり顔で、ゴル爺が両手をひらひらさせてタコ踊りをしている。張り倒したい。
 ドアベルが鳴る。学院の授業が終わったのだろう。制服を着た女の子たちの集団が、店内をうかがうようにして顔をのぞかせていた。

「あ、すいません。今日は貸し切り――」
「やや! 可愛らしいお客さんたちじゃのう! さささ、汚いところじゃがまあ入りなさい。今日は良いゲラウルスの肉が入っておるぞ」

 なんで今日のうちの仕入れを知ってるんだよ。
 僕がジト目で見ていると、ゴル爺はぱちりとウインクをして見せた。

「この店はみんなで楽しむ方が良い。ひとり占めはできんわい」

 ……若い子と話したいだけじゃないのか?
 それでもついつい、笑ってしまう。この人は、ずっと変わらないのである。これまでも、それからきっと、これからも。


 おわり






――――――――
 店舗特典が田舎民(私のことです)には厳しいので、特別WEB版特典として、真ヒロインのお話を置いておきますね!
 第一巻が、本日、無事に発売いたしました。
 我が故郷であるこの場で、ずっと応援して頂いた皆様のおかげです。
 本当にありがとうございます!
 今後もマイペースに更新は続けていくつもりですので、どうぞよろしく……ろり。


>ゴル爺がヒロインではないということはリナリアがゴル爺になるということですね!(錯乱)
 ちょっと何言ってるかわからないですけど、幸せならオッケーです!

>2巻確定の購入ノルマは何冊でしょうか?
 どうなんですかね……一万冊くらいかな……。

>しかし今回のはなし、体験談なのでは……
 そこに気付くとはさすが……。

>ロリリンロリリリロリロリ!
>ロリリリーリロロロリ。書籍化ロリリリリーリリロリリ!
 この十字架を喰らえ!! t

>世に風見ロリのあらんことを・・・・・・
>ついに書籍化ですか・・・・・・待たせやがってこの野郎! 買うぞこの野郎!
 ありがロリィ……

>あと何冊くらい買えば作者のモチベーションがあがって次の刊が発売されるか教えてください
 一万冊くらいかなあ……。

>初めてこの作品に出会って、感想掲示板での異様なロリ推しに戦慄したのもかなり昔のことのような気がします。
>今回も素敵なお話をありがとうございました。書籍化、本当におめでとうございます。
 なかなかにカオスな時代でしたね。ロリコン紳士共ももうおっさんになったことでしょう……。

>ところでマスター。ロリを1人頼めます?
 おまわりさーーーーん!!!!

>風見ロリいいいいいいいいいいいいいいい!
>本買ったぞ!読んだぞ!よかったぞ!ロリ少なくなってんじゃねぇか!
>さては偽者だな!?ロリだ、ロリを出せ!
 おまわりさーーーーん!!!!!!!!!

 今までもこれからもずっとありがとう。
 書籍版のあとがきは皆に向けて書いたので、よかったら読んでみてね。
 今度ともよろしくお願いいたします。


 風見鶏







[6858] ノルトリを追え!
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:a38f00ae
Date: 2017/12/17 22:40


 なんだか久しぶりの気もするが、きっと気のせいだろう。いつの日か忘れたけれど、三年くらいコップを磨いていたこともあったし、誤差の範囲だ。

 さて、最近の僕はよく市場に行く。と言っても、うちの店は基本的に朝から夜までやっているので、それほど入り浸っているというわけではない。

 朝起きてから開店するまでのちょっとした時間に、近くの露店を見るとか。休日に散歩がてら回るとか、それくらいのものだ。
 いつもは店の大掃除や材料の整理や手配、新メニューの考案に忙しいのだが、今日はそんな気分でもない。ぶらっと街を歩きたくなった。

 異世界というだけあって、市場に並ぶものはどれも物珍しい。ここでの生活に慣れたとは言っても、知らない物の方が圧倒的に多いのだ。
 よくわからない形の果物や野菜はいくらでもあるし、怪しげな格好をしたおじさんが売る怪しげな雰囲気の道具には好奇心が唆られる。

 立ち並ぶ屋台で、サイコロ状に切った芋を揚げたものに、果物のジャムを掛けたものを買った。

 ポテトにジャム? 合うのか……?
 という、敗北を覚悟しての衝動的購入だったけれど、これが驚いた。
 紫芋のような色合いのそれは、食べてみるとシャリシャリとした楽しい触感で、爽やかな甘味がある。
 それに、飲み込んだ後には口にスーッとしたメンソールのような爽快感が残るのだ。そのまま食べても良し、濃厚なジャムをつけても良し。

 これは……うちの店でも出したいな……。
 この芋、どこで買えるんだろう。なんて芋なんだ?

 くそう、知識がなさ過ぎてこういう時に不便だ。誰かに訊くべきだろうか。
 謎の芋スイーツを屋台で販売していた熊の人にどう訊くかを悩んでいると、遠目に見慣れた顔があった。

 おや、と思って目をこらすが、それはやはりノルトリだった。

 お下げにした雨色の髪を揺らし、猫背のまま、足をちょっと引きずるように気だるげに歩いている。
 人込みの中でふらふらと歩くその姿に、僕はわずかばかりの感動を覚えた。

「ノルトリ……外に出るんだ……」

 いや、うちの店に来たり、学院に通ったりしているのだから、当然のことだ。しかし、いつもカウンターでぐったりと突っ伏し、二度と立ち上がりたくはないという表情を見せるノルトリである。
 その彼女が、こうして街の営みの中に混じって道を歩いている姿は、不思議と感慨深い。

 人込みの中でノルトリの姿は見えたり隠れたりを繰り返している。
 僕は少し迷って、それからノルトリの跡を追った。

 どこかのタイミングで話しかけて、驚かせよう。ふふふ。
 しかし想定外だったのは、行き交う人たちの密度だった。

 成人男性よりは小柄な僕といえど、なかなか思うように前には進めないのだ。
 比べてノルトリは小柄で、いかにやる気がないと言えども猫の血を引く獣人である。のったりゆったりしながらもその動きは的確で、まさに人の波を縫うようにして歩いていくのだ。

 小さな体は、だんだんと遠くなっていく。もうだめか、というところで、ノルトリが立ち止っているのが見えた。

 どうやら道端の露店のひとつに興味を持ったらしい。
 じっと睨むような顔に、僕は思わず道沿いに身を寄せて、遠目に観察。

 何を見ているのだろう。あんな真剣に。

 さすがに露店に並べられたものまでは見ることができない。
 ノルトリはしばらくそこで立ち止まっていたが、なにを買うわけでもなく、また歩き始めた。

 僕は再びノルトリの跡を追う。

 なにか探しているのだろうか。ノルトリがあんなに真剣に悩むとは、一体なんだろう。それが気になってしまうと、もう止まらない。

 ノルトリは謎の多い子なのである。
 気になる。

 ……いや、しかし。
 10歳の女の子を尾行する男って、これ犯罪だよな?
 と、冷静に考える僕がいる。知り合いとはいえ、これはまずい。通報されたらどうしよう。

 歩きながらも悩んでいると、ふと視界の端に金色と銀色が見えた。

 ノルトリと僕の中間くらい。こそこそと建物の陰に隠れながら歩く二人組。
 僕は人込みをかき分けるようにして近づき、声をかけた。

「君たち、なにしてるの?」
「ひゃあ!?」
「――っ!」

 薄い金髪を右耳のあたりで結んだ女の子と、銀髪をお下げの三つ編みにしている女の子。
 以前、ノルトリにお弁当を作ってあげた時に出会った二人だ。

「ノルトリの友だちだよね?」

 二人は振り返って僕の顔を見上げた。銀髪の子は眠たげな目で、金髪の子は少し眉をひそめてから「ああっ」と声をあげた。

「あんたは! あの変な店の変な男!」
「シュイ、変な人に変な人って言っちゃだめだよ」
「いや、君も言ってるけどね」

 銀髪の子はきょとんと首を傾げた。

「あなた……だれ?」
「そこから!?」

 え、覚えてない?
 けっこう印象的な出来事だった気がするんですけど。

「ニニ、ほら、あれよ。ノルがジクのお弁当作ってきたことがあったでしょ?」
「……?」
「覚えてないの!? 美味しいって食べてたでしょ!?」
「あなた……だれ?」
「あたしも!? えっ、あ、あたしも!?」

 シュイと呼ばれた子がばたばたと慌てている。
 頭を抱えだしたシュイを傍目に、ニニは僕へと向き直り、ぺこりと頭を下げた。

「ユウちゃん、こんにちは」
「あれ、僕の名前知ってるの?」
「変なつるつる頭のおじいさんが呼んでた」

 ゴル爺か。

「それで、なにしてるの?」
「ノルちゃんをびこうしてる。珍しくお買い物するみたいだから」
「なんで尾行……? 一緒に行かないの?」
「断られた。だから気になって」

 なるほど。
 やはり友達からしても、ノルトリの今日の行動は珍しいらしい。

「だから、こうして立ち話なんてしてたら見失う。いこ?」
「え、あ、うん」

 ニニと呼ばれた子に手を引っ張られて歩き出す。
 なぜか流れで僕も行動を共にすることになってしまった。

「ええい、わかったわ! あたしのことを忘れたってかまわない! もう一度、友達になりましょ、ニニ! ……って、ちょっとどこ行くの!? 置いてかないでよ!?」

 シュイが駆け寄ってくる。僕の手を引くニニが、小さく笑った。


 /


 三人でノルトリを追う僕らの道は険しいものとなった。

「ノル、なにさがしてるのかしら。さっきから立ち止まってばっかり。お腹空いたわね」
「でもすごく真剣に探してるみたい。お腹空いた」
「ノルトリがこんなに出歩く姿を見れてちょっと感動してる。わかったよ、どれが食べたいんだ」

 手近な露店で食べ物やデザートを買わされる僕である。
 この街はいつでも祭りみたいに露店が出ているのだ。子どもからすれば楽園だろう。価格もお手頃だし、笑顔でお礼を言われるのは悪い気分ではない。

 ノルトリは歩き、足を止め、じっと商品を睨む。
 僕たちは歩き、足を止め、ノルトリを見つつ露店で買い食いをする。

「ねえ、あたし、飽きてきた。ノルに直接聞きましょうよ」
「だめ。飽きたなら帰るべき」
「ニニ、あたしに厳しくない!?」
「この任務に弱者は不要」
「うう……分かったわよ……」

 明白な力関係の分かる会話だった。
 二人ともが食べかけのクレープを持っているので、非常に和む光景だ。

 しかしシュイの言うこともよくわかる。ノルトリを見つけた時は朝と呼べる時間だったけれど、太陽はもう真上に昇っている。

 こんなにも長くノルトリは何を探しているのだろう。

 ますます興味が湧いてはくるのだが、さすがに疲れもたまってくる。人を尾行するというのがこんなにも大変なことだとは思わなかった。

 最初のうちはこそこそと隠れていたものの、今ではすっかり緊張感もなくなっている。
 シュイとニニは堂々と声を上げて会話しているし、僕も姿を隠すということもなくなっている。バレたらバレたでもういいかなという気持ちだ。

「あ」

 と、ニニが声をあげた。
 視線の先を見やると、ノルトリが露店で何かを購入したらしかった。
 ちょっと目を離した隙に……!

「あーっ! しまった! あたしを油断させたのね……っ!」
「そうだね、よしよし」

 ニニが表情を変えずにシュイの頭を撫でている。

「ちょ、ちょっと撫でないでよね! あたしの方がニニよりお姉さんなんだから!」
「うんうん、そうだね」
「もう! それより、いきましょ! なにを買ったのかノルに訊かなきゃ!」
「あ、ちょっと」

 僕が呼びかけた時には、二人は連れ立って走り出していた。
 せっかくここまで尾行してきたのに……とは思うが、そんな理屈は通じないのが子どもの良いところだろうか。

 いきなり現れた二人に驚き、なんやかんやと言い合う声がこっちにまで聞こえてくる。
 街を歩く人たちが「おや」と注目して、仲良しの三人組の姿に朗らかな笑みを浮かべて通り過ぎていく。

 シュイが僕に向かって、飛び跳ねながら両手をぶんぶんと振り回している。
 ノルトリは僕を見て、なぜか逃げ出そうとした。ニニがノルトリに抱き着くようにして引き留めている。

 なんとまあ、賑やかな休日になりそうだなと、僕も小走りで向かった。

 それから結局、僕たちは仲良く並んで歩きながら、露店でいろんなものを買い漁ったのだった。


 /


 次の日の夕方、ノルトリがのそのそとやってきた。
 そして僕の顔を見ないようにそっぽを向いて、「んっ」と拳を突き出してくる。

「ええと、くれるの?」
「……ん」

 僕の差し出した掌に、ノルトリが何かを押し付けるように渡してくれる。
 それは木彫りの、小さなマネークリップのような形をしている。
 どことなくやる気のない、だらりとくつろぐ猫のような生き物が丁寧に彫られて、色付けまでされている。

「これ、なんとなくノルトリに似てるよね?」
「……似てない……気のせい……」
「ありがとう、嬉しいよ」
「……ん」

 しゃがんで視線を合わせようとするが、ノルトリは唇を尖らせ、決して僕の方を見ようとはしない。
 けれど、その頬がうっすらと赤くなっているのが分かった。

「でも、どうして僕に?」

 誕生日でもないんだけどなあ。
 と、カウンターで頬杖をついてニヤニヤしていたゴル爺が、奇怪な笑い声をあげた。

「やれやれ、ユウちゃんは慣習に本当に無頓着じゃのう。今日は奉謝の日じゃぞ」
「なんですかそれ」
「つまりじゃな、日ごろから世話になっとる人に、小さな贈り物と一緒にありがとうやごめんなさいを伝える日じゃよ。ちなみに、ノルちゃんがくれたそれは、外套や服裾なんぞに付ける魔除けのお守りじゃ」

 ゴル爺の豆知識に、ほほう、と僕は頷いた。

 ノルトリは余計なことを教えやがってクソじじめという顔で睨んでいるが、やはり耳まで赤くなっているので、その迫力はほとんどない。ゴル爺がますますニヤニヤしただけだった。

 僕は立ち上がり、ノルトリからもらった魔除けのお守りを、腰に巻いたエプロンに差し込んだ。腰元で、どこかノルトリに似た猫のお守りがくつろいで見える。

「どう? 似合うかな?」
「……ん。似合う」

 僕の腰につけたお守りを確認して、ノルトリがこくりと頷いた。

「ありがとう。大事にするよ」

 笑顔で伝えると、ノルトリは耳と尻尾をびびびっと震わせ、それから僕のお腹をばすばすと殴った。

「はっはっは、効かないなあ」
「うーっ……!」

 ばすばすばすばすばす!

「はっはっは、けっこう痛いぞー?」
「ユウちゃん、ほれ、わしへの贈り物はないんかの? 結構、お世話しとるじゃろ?」
「聞こえませんね」

 ばすばすばすばすばすばすばすばす!

 照れ隠しの攻撃を受け止めるのも、立派な喫茶店のマスターの仕事である。
 いてててて。





―――――――――――――――――――
 ごめんごめーん、待ったあ?
 いまきたとこー!
 というわけで、お待たせしました。久しぶりのweb版更新です。
 第二巻が発売するので、その宣伝も兼ねて……うへへ。

 ほとんど書下ろしの「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを2」が、
 12月20日に発売なんだ……良かったら読んでみて欲しい。
 ここだけの話、シルルが出るよ!

 アニメイトととらのあなで特典リーフレットが付きます!
 どっちかがリナリアと料理する話で、どっちかが転んだシルルを治療するやつの加筆修正版です。
 よかったら探してみてほしい。


>2巻発売おめでとうございます。
>かざみろりでここへ飛んでこれるのはさすがロリの巣窟
 家族や親戚がTwitterやらをチェックすることがあるから、
 うかつなことはできないんだ。これが、大人になるってことですよ……。

>あの純情だった中学生の僕をロリ毒に染めたロリコンマスターが書籍化デビューしたと聞いて一言
>ロリコンは正義だ、同志よ
 フォースを信じるのじゃ……。

>作者名『風見ロリ』で探したけど店舗に無いのです。
 それは裏世界でのみ通じるコードネームだ馬鹿め!

>Web版とはちょっと違うけど書籍版も大好きです。2巻も楽しみに待ってます。
 本当にありがとう!

>最後にノルトリの「もうっ! みんな死んじゃえばいいのにぃ! それで平和になるのっ!」
>……いや、ないな。これはない。
>のシーンがなくなってましたが、何かまずかったので? 
>今でも覚えてるお気に入りのシーンでした。
 それは申し訳ない……!
 ページを削る必要があって、なくなく割愛致しました……!

>さすがに商業誌の方のあとがきではロリロリ言えないんですね。
 デビュー作でそれを成し遂げる権力は僕にはなかったよ……。あとほら、親戚も読むからさ……社会のしがらみだよこれは……。

>――――ところで正直な本の感想ノルトリの絵がちょい大人すぎね?って思う。ロリはロリなんだけどなんていうかちょっと俺的ストライクゾーンのやや外側っていうかもうすこし幼くてもいいかなあって思ったり。あ、俺ロリコンじゃないよ?リナリアは完璧でしたけどノルトリはもう少し手足は細く短く肉付き悪くロリさ際立つ小動物的にしてもらわんとロリキャラとしてバランスが悪いじゃないか個人てk……いや世間一般常識的な範囲の話で。ノルトリの絵のフトモモとかありゃローティーンじゃなくハイティーンだねロリとは言えん!まあノルトリのうつ伏せ絵という素敵ショットは標準罵詈雑言のarcadiaファンの厳しい目からみて最高っしたからいいかな。あ、それと俺ロリコンじゃない…ちょ、お巡りさん別にあやしくないd
 この人すごく良い感想書いてくれてて思わず私もほろりとしたんですけど、こうしてちゃんと落としてくるあたりさすが訓練された読者だなって思いました。

>ストーリーの方もさることながら、感想とそれに対するかざみさんのコメントも面白く、なんか邪魔しちゃいかんなとひっそり楽しんでました。
しかし書籍版のあとがきを読んでつい熱くなり、筆を執りました。
 ありがとうございます!
 ここはカオスの闇鍋だから、好きな時に出たり入ったりしていいんやで!

>ヒロイン勢よりウサギのほうが愛くるしいというこの事実をどうにかしろ
>ロリ枠はウサギを超えるようにしてくれよ
 あれは我ながらいい仕事したと思う。二巻でも愛くるしく活躍しますよ。

>あの頃ロリは中学生まで行けましたが、流石に時の流れは厳しいです。
>高校でもちょっと若すぎるという感覚になりましたね。
>今彼女らに向けるこの思いは父性です。
>わんぱくでもいい、健やかに育ってくれ
 わかる…………。

>ここの読者は8年経ってもかわりませんね(笑)
 わかる…………。

 書籍版がどこまで行くかは分からないけれども、web版は続けていきたい気持ち。
 これからも付き合ってくださいね。




[6858] 第二巻発売記念 WEB版限定特典「私の出番はいつなの」編
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:a38f00ae
Date: 2017/12/20 00:01

「もうやだああー!」

 平穏違いない店内のカウンター席で、悲鳴にも似た叫びが上がった。
 喫茶店のマスターとしては、どうしたんですか? と声でもかけるべきだろう。しかしそれは相手がまともなお客さんだった時の話である。

「もうやだやだやだあああー!」
「……」
「もう、もう、やだっ!」

 彼女はじたばたと両手を振り回したかと思うと、急にパタンと力尽きて顔を伏してしまう。そして。

 ちらっ。

 と目だけで僕に何かを訴えてくるのだ。
 まるで捨てられた子犬のような、という表現がしっくりくるほどに哀れな目線だ。だが僕は取り合わず、洗ったばかりの皿の水滴を拭っている。

「ねえ、ユウちゃん」
「……」
「ねえねえ。ユウちゃんってば」
「……」
「どうしたのって聞いてよおおおおお!」

 じたばたじたばたじたばた。
 髪を振り乱して駄々をこねるその姿は、あまりに見てられなかった。

「……どうしたんですか、リアさん」
「そう、私はリアちゃんだよ!」
「知ってますけど」
「私ね、ユウちゃんに言いたいことがあるの」
「はあ、なんですか」

 リアさんは金色の髪をかき上げ、じとっと僕をにらんだ。
 こうして見つめ合うと、リアさんがちゃんと大人の女性で、しかも街ですれ違えば目で追ってしまうような美人であることがわかる。
 だが、明らかに「私、拗ねてます!」という顔は、子どもっぽい幼さを感じさせる。

「ユウちゃん、あのね」
「はい」
「なんで私、出てないの?」
「何にですか?」
「決まってるでしょ! 一巻と二巻に!」
「話がややこしくなるんでその話題やめません?」
「おかしいでしょ!? 私、初めてのお客さんみたいな立場だよね! 第二話に登場してるんだよ!? 初登場でインパクトばっちりだったでしょ!?」

 リアさんがカウンターをばちんばちんと叩きまくる。

「変なうさぎとか変なおじさんの話ばっかりしてないで、私のことも紹介しろー! 挿絵つけろー!」
「めんどくさいなこの人……」
「めんどくさくてもいいもーん! 本に出たい出たいいいい!」
「だいたいですね」

 僕は拭いていた皿を置いた。

「さも平然とこうして登場してますけど、リアさんのこと、みんなもう忘れてますよ」
「えっ」

 リアさんの動きがピタリと止まった。
 つつーっと、汗が頰を流れた。

「う、うそ……こんなに可愛いお姉さんのこと、みんなが忘れるわけ――」
「アンケート」
「!?」
「一巻発売後に、ファンタジア文庫でアンケートがあったんです。チェス少女アイナや、のじゃロリ王女リエッタの登場を要望する声はありました。でも、リアさん……あなたを呼ぶ声はひとつもなかった……!」

 リアさんが思わずという様子で後ずさった。がたんと椅子が倒れる。

「そんな……まさかそんな……嘘、嘘よ……たまに登場してたのに……!」
「なにしろ初登場から八年のブランクがありますからね……八年前はまだ目をつぶれていた、あなたのそのキャラは」
「なに! なんなの!?」

 僕はそっと目を伏せた。

「もう、古いんです」
「……っ!?」

 リアさんは目を見開き、その場に立ち尽くした。
 全身をぷるぷると小刻みに震わせ、やがて目尻に大きな涙を湛えた。

「く、ぅ……誰が年増よばっきゃろー! みんなそんなにロリが好きなのかああああ!」

 うえええんと叫びながら、リアさんは扉を開けて走り去った。
 僕はその背中を見送ることしかできない。
 リアさん……。

「お会計、ツケにしておきますね」

 彼女に挿絵が付く日が来るのかどうかは、誰にもわからない。
 けれど、いつかそんな日が来ればいいなと、僕はそう思うのだ。
 窓の外にはすっきりと晴れ渡った空がどこまでも広がっていた。

「なんとなく……良い話風にまとめようとしても……だめ……」

 窓際で日向ぼっこに専念していたノルトリが、ぼそっとつぶやいた。そのくつろぎ方には、いっそ貫禄すら感じられた。

「……わたしは……表紙にも、出てるから……」

 ふふふふ……と、井戸の底から響くような笑い声が、今日も響いている。


 おわり



 というわけで、本日「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを2」が発売となります。
 皆様、書店でお見かけの際にはぜひお手に取ってみてね!
 リアさんは出てきません……。





[6858] 第3巻発売記念 WEB版限定特典「私の出番はいつなの2」編
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:a38f00ae
Date: 2018/05/28 12:46

「やったああああ!」

 平穏違いない店内のカウンター席で、悲鳴にも似た叫びが上がった。

 喫茶店のマスターとしては、どうしたんですか? と声でもかけるべきだろう。しかしそれは相手がまともなお客さんだった時の話である。

「ねえユウちゃん見た!? 読んだ!?」
「がつがつきますね、リアさん」
「だって落ち着いてられないもん! 私! 3巻に出てるのよ!」

 リアさんはカウンターをばしばしと叩きながら、少女のように満面の笑みを浮かべている。むっふー! と鼻息まで荒い。

「それは、まあ、よかったですね」
「うん!」
「それで、何ページくらい出たんですか?」

 訊くと、リアさんはぴたりと動きを止め、そっと顔を逸らした。ヘタクソな口笛なんて吹きながら、誤魔化すように髪をかき上げた。

「……いい? ユウちゃん。出たことが大事なの。何ページとか、何行とか、そういう細かいところにこだわっちゃだめなの」
「それで、何行出たんですか?」
「…………にぎょう」

 ……。
 僕はそっとグラスを棚に戻す作業に取り掛かり、聞かなかったことにした。

「でもでもでも! セリフだよ! セリフあったんだよ! すごいでしょ!?」
「それはすごいですね」
「しかも最後の方の一番大事なとこで!」
「やっぱり重要ですからね」
「それはもう美人で優しくて可愛いお姉さんって感じの描写が!」
「あったんですか?」
「……なかったけども」

 ないのかよ。

「でも登場しただけでもすごいよ!? これを足掛かりにして、次は短編まるまるひとつを……」
 リアさんは体を乗り出し、きらきらした瞳で僕を見ている。

 リアさんが短編になるのかどうかは分からないが、希望を抱くことは大事だろう。僕もそれを否定することはしない。
 と、ドアベルが鳴る。胸元を開き、体のスタイルがよく分かるシックなワンピースを着た女性が入ってくる。

「セリィさん、お久しぶりですね」
「……そうね。なんだか数年ぶりにあった気分だわ」

 眉を歪める彼女は学園の教師で、リアさんの親友でもある。
 リアさんは口に指をあてて、にんまりとした目でセリィさんを見た。

「あっ、未だ未登場のセリィじゃない。急に出てきて大丈夫? みんなもう忘れてるんじゃない? 自己紹介する?」
「……っ」

 ギリィ、と、セリィさんが歯を噛みしめる音が聞こえた。

「……いいえ、大丈夫よ。リアより人気、あるから」
「それは聞き捨てならないんですけどー! どこ調べ!? アンケートでもとったの!?」
「聞かなくても分かるわよ。女としての魅力の問題だから」

 と、セリィさんはちらりと僕に流し目を送った。なにをどうすれば出来るのか分からないが、その目にはぞくっとするほどの色気があって、僕は目を逸らした。

「あっ、ちょっと! そういうの禁止だからね! うちのユウちゃんにそういう有害な目を向けないでくれる!?」
「あら。色気のない女は嫉妬するしかないから大変ね」
「はあ!? それくらい!? 私にもできますしぃ!?」

 と立ち上がり、リアさんは真っすぐに僕を見つめた。

「……ど、どう?」
「……どうと言われても」

 ただのリアさんである。少し幼げな顔が可愛らしい。
 横ではセリィさんがお腹を抱えて笑っている。

「ほんと飽きない子なんだから……って違うわよ、こんなコメディをやりに来たんじゃないの」

 セリィさんが咳払いをして空気を正し、腕を組んで僕を睨んだ。

「私の出番はいつなの?」
「……出たいんですか?」
「当たり前でしょ。欲しいわよ、挿絵。私の魅力を世間に知らしめるのにちょうどいいわ」
「あ、私も挿絵欲しい! もっとセリフも欲しい!」
「あんたはもう充分でしょ。2行でいいじゃない。ぷっ」
「なに笑ってるの!? 1文字も出てない人に笑われたくないんですけどー!?」
「私はこれから出るのよ。今まで温存されてたってわけ」
「へーんだっ! 負け惜しみにしか聞こえませんー」
「……言うようになったじゃない。どっちがより魅力的か分からせてあげるわ」

 二人はいつものように言い合いを始めて、僕は完全に蚊帳の外だ。喧嘩するほど仲が良いってやつなのだろうが、できれば店の外でやってほしい。
 僕は気にしないようにしてグラスを片づけていく。

「ねえユウちゃんはどっちが出た方が良いと思う!?」
「正直に言って良いのよ。リアなんかに遠慮しないで」
「どのみち僕は出ずっぱりなんで、どっちでも……あ」

 思わず言ってしまった。そっと振り返ると、二人の美女が笑顔で僕を見つめている。なのになぜだろう。寒気が止まらない。

「ユウちゃん、ちょっとお姉さんたちとお話しよっか?」



 おわり





―――――――――――――――――――
 そんなこんなで5月19日に第3巻が発売となりました。
 もっと早く更新すべきだったがすまない……サボっていた……。
 メイド服が目印のイセコー3巻、みなさん是非買ってくれよな!
 たぶんそろそろ打ち切りライン見えてきたって感じです(マジトーン)
 マニアック路線だから致し方なしか……っ! それでも俺は、書き続ける……っ!



>書店の新刊コーナーで3巻に気付きました
>ロリ先生が告知という名の小話回を出さないのは忙しいのかな?
 まあ……あの………やろうとは思っていたんですが……ついうっかりサボって……へへへ。

>三巻はすごく重要な話になりましたね。
>ちょっとまだうまく言葉がまとまってくれませんが、とても面白かったです。四巻も楽しみに待ってます。全裸で。
 ありがとうございます! 楽しんでいただけてなによりです。お巡りさん呼んでおきますね!

>真ヒロインであるゴル爺の出番が少ないのですが。あとロリっ子がいなかったので本当に風見鶏さんの作品が不安になりました。
 今まで内緒にしていたが、風見鶏さんはあと二回変身を残している……この意味がわかるな……?
 長文感想もありがとうございました!嬉しみ。

>リアさん良かったね、出番あったよ! セリフ1個で名前も出ないけどね!
 気付いてくれる人がいてよかったねリアさん!

>10年くらい前に読んだのに今でもたまに読み返してるロリ
 めっちゃ嬉しいことロリ。ありがロリ。

> ……題名見た時よりも、作者様のお名前で即座に思い出せる小説っていうのもなかなか存在しないように思います。ええ、平積みの二巻を見つけて、作者名でスマホを検索しました。
>……よーし次は目指せアニメ化ッスね! ゆるい世界観でまったり生活とかそこそこ需要もありそうだしイケルイケル!
 読者様方の愛を感じますわ!!!
 アニメ化……コミカライズ……うっ、頭が……。

>そして開店してから2年たってるという情報が出てたから3巻出るならティセの出番期待してもいいんですかね?
 ここだけの話だが、もし4巻が出るなら……いやこれ以上はやめておこう。

>つまりユイの登場を楽しみにしています。
 ここだけの話だが、もし4巻が出るなら……いやこれ以上はやめておこう。

>カクヨムで更新されたのを知っても読むのは理想郷で。感想返しまでが本文だもんな!
 いつものスタイル。つまりここが実家ですよ。


 いつも感想ありがとうございます! ちゃんと全部読んでますよ! 理想郷民に買い支えられてる感半端ないぜ!
 今後ともぜひよろしくお願いしますね……!
 まずは目指せ4巻……出ると良いな……。




[6858] 第6巻発売&書籍版完結記念短編まとめ
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:906b829c
Date: 2019/07/20 00:20
「ノルトリ、大地に立つ」

 喫茶店の良いところは、来ると誰かがそこにいることだったりもする。
 人というのは難儀なもので、人の中にいると人が煩わしくなるし、かといってひとりでいると寂しいものだ。馴染みの友人たちと騒ぐのも楽しいけれど、ひとりが恋しい時もある。慣れ親しんだ環境の中で、ある日ふと、自分がいつの間にか「自分」を演じていることに気づくことがある。頼られる自分、賑やかな自分、責任感のある自分。
 そうなるともう、出来上がった自分からはみ出す行動はできないものだ。
 コップに水滴を垂らしているように、溢れ出すときがくる。自分を演じることにも疲れて、自分をリセットしたくなったりして。
 そんな時にこそ必要なのが、喫茶店である。まあ、カフェでも居酒屋でも良いのだけれど、やっぱりイチ押しは喫茶店だ。
 そこには自分を知らない人がいて、ほどほどの無関心がちょうど良い。自分を演じる必要もなく、自分らしく過ごせる時間と美味しいコーヒーがある。ずっと無言で過ごすもよし、気まぐれにマスターに話しかけるのも良し。
 つまりそれは第三の場所なのだ。
 家族に向ける自分でもなく、仕事や学校での自分でもなく、ただひとりの人間としての自分でいられる場所。
 そういう場所をもっていることが、自分の気持ちを助けてくれることがある。
「だからノルトリ、無理をしなくて良いんだ。君は君らしく、自由でいてくれ」
 ノルトリは「あぁん? うるせぇなぁ」という、実にやさぐれた目で僕を睨めあげた。それからまた、手に持った分厚い本に顔を隠した。そこには「魔術の基礎から発展まで」と書いてある。たぶん学院の教科書なのだと思う。ノルトリは、それを枕にしているのでも、早弁のための衝立にしているのでもなく、読んでいるのだった。
 ノルトリと出会って何年が過ぎたろう。
 あの頃から、ノルトリはずいぶん成長している。背が伸びたし、背が伸びたし、ええと……背が、伸びた。
 なにしろ喫茶店で見るノルトリは、大半が机に突っ伏して寝ているか、暖炉の前のクッションで寝ているか、カフェ・オ・レかココアに息を吹きかけているかだった。
 勉強をしている姿なんて、一度として見たことはない。
 つまりこれは異常事態なのだ。
 あのノルトリが! 教科書を読んでいるなんて!
「さては、偽物か……?」
 顎に手を当ててぼそりと言う。
「あなたも大概、失礼ですわね。素晴らしいことでしょう」
 ノルトリの横に座っていたアイナが、じとりと呆れた瞳で言った。
「アイナはノルトリを知らないからそんなことが言えるんだよ。ノルトリは怠惰と無気力の化身、清々しいほどの生き様だったんだ」
「どういう評価ですかそれは」
「僕は心の中で師匠と呼んでいたんだけどな……」
 走行中の自転車につま先をつっこんでコケた人を見るような目を僕に向けて、アイナはため息をついた。
 その腕をノルトリが突ついて、教科書のページを指差した。
「はいはい、どこかしら。ああ、魔力抽出後の体内での変換効率についてですね。これこそが魔術師の腕の良し悪しを決める重要な技術です。期末考査には必ずといって出題されますわ」
 そしてすらすらと教科書に補足を入れ、解説している。ノルトリの様子を見て理解度を推し量りながら、ときに表現を変えたり、前のページに戻ったりしている。まったく手慣れた様子だった。
「すごいな」
「家庭教師は何人も付けられましたからね。教え方も見よう見まねですわ」
 と謙遜しているが、魔術についてまったく知識のない僕にだって、内容が理解できるほど明快な説明だった。
 ノルトリは再び、教科書に顔を埋めるようにしている。その集中力は驚くほどで、もう一時間も休みなくそうしているのだ。
「急にどうしたんだろう」
 ふざけてはいたものの、実は本当に困惑しているところもあった。ノルトリは学院をよくサボっていたし、勉強に興味がある様子もなかった。そんな子が急に教科書にかじりついているのだ。
 ましてや、大して会話もしていなかったアイナに、こうして個人教授をお願いしているのだから。よほどのことがあったに違いない。
「進路選択の時期だからでしょう」
「進路選択?」
「幼等部は全科目共通ですが、中等部からは大まかに専攻が分かれるのです。貴族の大半は魔術学科にそのまま上がりますが、貴族以外がそれを専攻するには、資格試験があるのです」
 はあ、なるほど。入学試験みたいなものなのか。
「あれ? ノルトリ、魔術学科に行きたいの?」
 ノルトリは本の陰から僕を見上げて、こくりと頷いた。そしてまた目を落とす。
「そっか、ノルトリももうそんな歳なのか……大きくなったなあ」
「どこの親戚のおじさんですかあなたは」
「ノルトリの成長を見守ってきたからね。胸がいっぱいだ」
 あのぐーたらだったノルトリが受験勉強をするだなんて! きみはやればできる子だと思っていたよ。
「……でも大丈夫? 授業とか、真面目に出てなかったでしょ?」
 あれだけサボっていたのだ。おそらくエリートらしい魔術学科に行くというのは、大変なんじゃないだろうか。
 心配だから訊いてみたのだが、アイナは呆れを隠さない顔で僕を見た。鳥について「大丈夫? 飛べるかな」と心配している人を見つけたみたいな顔だった。
「この子、ユウさんより優秀ですよ? この教科書、高等部の規定図書なんですから」
「……うん?」
 ノルトリを見る。ページをめくっている。一時間前からずっと読んでいるし、アイナに質問までしていたし、普通に理解できているように思える。
「マジで?」
 アイナはゆっくりと頷いた。
「学院は古来から成果主義なんです」
「成果主義?」
「たとえば、学院にはミュラー教授という人がいます。好き勝手な実験で校舎を破壊したり、講義をすっぽかしたりします。それでも彼が許されるのは、それだけの成果をあげているからです」
「はあ」
「リナリアさんもそうです。貴族至上主義が根強い魔術学科で、平民であるリナリアさんが在籍できるのも、首席になれたのも、それだけの成果、つまり成績を示しているからなんですよ。つまり」
「つまり?」
「やることさえやれば、自由が与えられるのです」
 アイナの例え話を訊いて、僕はふむと考えた。それは、なるほど。
「成績が良かったら、学院をサボっても良いってこと?」
 アイナはまた頷いた。
「学院の課す課題や考査を文句なくこなせるなら、あとは個人の時間というわけです。普通は、まあ、教授の評価や周りを慮ってやりませんけど」
 と、アイナは横目でノルトリを見た。そして「ふふふ」と笑ってみせる。
「ずいぶんと将来有望な子がいたものですわ」
 マジか……学院って、そんなルールだったのか……たしかに、ノルトリの授業とか出席日数は心配だったけども……。
「あの、ノルトリ、さん」
 お勉強中のところ、申し訳ないんですけれども、と声をかける。
「…………?」
「学院の課題とか、勉強とか、ちゃんとやってたんだね?」
 確認の意味も含めて訊ねると、ノルトリは眉間に皺を寄せて言う。
「……その方が、めんどくさく、ない……先生も、うるさくない、し……」
「あっ、はい」
 この子、あれだ。有能な怠惰のタイプだった。夏休みの宿題を短期間集中で終わらせて、あとはひたすらだらだらするやつ。テストも合格点ぴったりの勉強だけして、無駄なことはしないやつ。やることはやってるから、周りも強く言えないやつ。
「周りからはやればもっとできるんだからって期待されるけど、絶対やらないやつだ……」
「そういう子がやる気を見せると、恐ろしいですわよ。能力の使い方をわかってますからね」
 ごもっとも。
 いや、やればできる子、将来は大物とは僕も常々思っていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
「でも、なんで急にやる気をだしたの?」
「…………」
 ノルトリは僕をじーっと睨みつけた。その視線の強さに、思わず身を引いてしまう。
「な、なんでしょう……?」
「……べつに」と、また本に視線を落とした。「…………負けない」という呟きが聞こえたけれど、ノルトリはいったい何と戦っているのだろう?
 アイナに目線を向けると、肩をすくめて返事とされた。あの顔は何か勘付いていると思うのだけれど、僕に教える気はないらしい。
 ぱたん、と本が閉じられた。見やると、その本を枕にして、ノルトリが突っ伏している。
「…………ねる」
 そしてすぐに寝息が聞こえ始めた。
「あっ、いつものノルトリだ。良かった」
「なんですか、良かったって」
「いきなり真面目になったみたいでさ、こう、戸惑ってたんだ」
「どこの親ですかあなたは」
 言われて気づく。そうか、これが子どもの成長を見守る親の気分なのか……。たしかに、いつまでも小さいと思っていたのに、いつの間にか立派になっていたことに気づいて、ちょっと動揺しちゃう感じに似ている……。
「ノルトリ……ちょっと見ない間に、成長したんだね……」
 目尻なんて拭ってみたりして。
 アイナのため息が聞こえたけれど、僕は気にしない。
 聞き慣れたノルトリの寝息と、あどけない寝顔がある。けれどその枕は見慣れない魔術の教科書で、それはもしかしたらノルトリの未来につながるものかもしれない。
 ああ、時間は流れているんだなあと、当たり前のことを実感したりして。
 ノルトリの未来が良いものになりますようにと、その寝顔に祈っておいた。
 


 了
 





「だれかの夢の叶う場所」


 昼食が載ったプレートをテーブルに置きながら言ったメディに、わたしは聞き飽きたという表情を隠せなかった。
「またその話?」
「だって気になるじゃない。もし本当にそんなお店があるなら、あたし、行きたいもの。フィーだってそう思わない?」
「そりゃ、まあ」
「ほら!」
「本当にあるならね、そんなお店が」
 メディは眉を寄せて上げ、口を開けて見せた。わたしがやれば間抜けそのものだろうけれど、彼女がやるとそんな表情まで魅力的に見えるのだから不思議なものだ。
「フィーったら、ほんとに夢がないんだから」
「おあいにくさま。夢を見るより日々の授業の方がわたしには大事なのです」
「だからって、そんなに急いで食べなくても良いでしょう? ちゃんと味わってる? すっごく美味しいのよ、この学院のご飯」
 赤いソースの絡んだ魚の切り身をフォークに刺して、口に運ぶ。メディの所作は優雅で、やっぱり彼女は貴族なんだなと思わされる。
「んー、おいし! このフールフレードなんて絶品!」
「フールフレードってなに?」
 空になった自分の皿を見下ろしてふと考える。どうやらあの甘酸っぱいタレは、フールフレードという名前があったらしい。しかしフールフレードが何なのかがわからない。
 隣のテーブルで笑い声が聞こえた。堪えるふりだけはしているものの、明らかにこちらに聞こえるように笑っている。慣れたもので、わたしはもう視線を向けることもしない。 
 しがない平民のわたしは、貴族の常識を知らない。だから恥をかくことも、バカにされることだって多い。けれど、それは入学前から分かりきっていたことだった。アーリアル魔術学院は、特にその魔術学科は、貴族御用達の名門なのだ。平民であるわたしへの嫌がらせなんて日常のことだった。それに。
「その調子、その調子。ちなみにフールフレードは果物を混ぜて作ったソースのこと」
 こうして隔てなく付き合ってくれる友人ができたのだから、わたしは幸運だ。
「それでね、さっきの話なんだけど」
「続くの? それ」
「この話がしたくてうずうずしてたんだもの。だって素敵でしょ、行くと夢が叶うお店なんて」
「うさんくさいだけだってば。誰も行ったことないんでしょ?」
「それがね、とある筋から新しい話を仕入れたわけですよ」
 メディはフォークとナイフを置き、わざとらしく周囲を見回した。それから身を乗り出し、手を口元に寄せる。いかにも内緒話という態度に、わたしもついつい顔を寄せてしまう。
「そのお店はね、迷宮通りの近くにあるんですって」小声でメディが言う。「普段はね、ただのお店と見分けがつかないの。でも夜が近づいて、あたりが暗くなり始めて、夕日が街を斜めに照らすころに、通りのベンチに座るの。そして時計塔が六つの鐘を鳴らすと……」
「鳴らすと……?」
 くそう、メディは話が上手なのだ。つい聴き入ってしまう。
「夕日の輝きの中で、一羽の鳥が導いてくれるんですって、そのお店に」
「謎めいてるなあ」
「それが良いんじゃない。ね、今日の放課後、一緒に行ってみない?」
 メディは大きな瞳をどこかいたずらっぽく輝かせている。けれどわたしはあまり乗り気になれない。ただの噂に過ぎないし、手がかりも曖昧すぎるのだ。どうせ何も見つからずに帰ることになるのはわかっている。それなら勉強時間にあてたい。
「そんな表情しないの。もうひとつ良いことを教えてあげるから」
「よっぽどの良いことじゃないと、わたしの気持ちは動かないから」
 メディはふふんと笑って、
「そのお店はね、あのリナリア先輩も通ってたんだって」
「ほんと? え、どこからの情報?」
「予想以上に食いつくわね……いや、わかってはいたけど」
 リナリア先輩はわたしの目標であり憧れだった。平民でありながら魔術学科で学年主席を務めて、アーリアル学院在学中に超難関である治療魔術師の専門学院にも合格したという伝説の人なのだ。
 そんな人が通っていたというのなら、ぜひともあやかりたい。
「……放課後、探しにいこう」
「ときどき、あなたの判断基準が心配になるわ、あたし。リナリア先輩が倒立を日課にしてたって言ってもやりそうだもの」
「日課にしてたの?」
「真顔で訊くのやめて。怖いから。嘘だからやるんじゃないわよ」
 なんだ嘘か……。
 予鈴の鐘が鳴り響いた。昼食休憩も終わりだ。食堂が途端に騒がしくなった。わたしとメディもプレートを持って立ち上がる。
「それじゃ、放課後に行きましょ」
「絶対に見つけてみせる」
「なんであたし以上にやる気だしてるかなこの子は……ああ、そうだ、そのお店ね」
 とメディは思い出したように言う。
「喫茶店っていうらしいわよ」

 /

「ごめん、ミュラーさまのお手伝いに誘われたから行けない!」
 と頬を上気させながらメディに言われては、怒る気にもなれない。
 ミュラーさまというのは学院一の変人かつ天才と名高い教授だ。実験中に学院の校舎を半壊させたこともあるらしい。メディはそのミュラー教授に夢中なのだ。何が彼女を焚きつけているのかはわからないけれど、メディも変わり者だから、何か通じるものがあるのかもしれなかった。
 予定が崩れたのだから、わたしも図書館に行って自習をしようかと思った。けれど、今、わたしは迷宮通りのベンチに座っている。
 なぜ来たのかといえば……なぜだろう。
 そりゃ、リナリア先輩が本当に通っていたお店があるなら、ぜひとも行きたい。でも、噂話にすぎないそれを心底から信じているわけでは、もちろんない。出所が不明な話を信用するには、わたしは純情を捨て過ぎてしまった。夢物語に憧れるよりも、期末考査で好成績を残して特待生としての資格を更新することの方が重要なのだ。勉強はいくらでもしなければならないし、時間を無駄にすることは避けたい。
 けれど、わたしは今、ベンチに座ってぼけっとしている。ああ、そろそろ夕暮れだなあ。
 この街に来てから、めったに学院を出たことはなかった。迷宮通りに来たのも初めてだ。ここに座っていると、迷宮と街とを行き来する冒険者たちの姿がたくさん見ることができる。
 辺りには酒場から響く笑い声に、通りに並ぶ屋台や露天商の客引きの声。それは人々の営みで、粗野で、底抜けに明るい。お上品な学院での生活より、わたしには馴染み深いものだった。なにしろわたし、辺鄙な村の雑貨屋の娘なもので。
 喫茶店というお店を探しに来たはずなのだけれど、なんだかこの空気が心地よくて、ベンチに座ったまま時間が過ぎていく。
「お姉さん、お花はいかがですか?」
 不意にかけられた声に顔を向けると、女の子がわたしに花を差しだしていた。
「綺麗な花だね」
「迷宮のお花なんですよ」
「どうりで。見たことがないと思った」
 花弁は青空のように澄んだ色をしていた。ふと、花をじっくりと見るのが久しぶりな気がした。昔は花や草に囲まれた生活だった。けれどこの街に来てからは、花よりも貴族を見ることの方が多い生活だ。
「ひとつもらえるかな?」
「はい! どうぞ」
「ちょっと待ってね」
 制服のポケットから財布を取り出して、硬貨を払う。代わりに花をもらう。それと、ささやかな癒しも。良いお金の使い方ができた気がした。
 と。時計塔の鐘が響いた。
 一回、二回……。
 そこでふと、メディから聞いた話を思い出した。あたりを探すが、導いてくれそうな鳥の姿はもちろんない。
 三回、四回……。
「なにかお探しですか?」
 女の子が言う。わたしは苦笑して、
「うん、喫茶店っていうお店をね、探してるの」
 五回、六回……。
「喫茶店ならあっちの通りですよ?」
 少女が平然と指をさすものだから、ついぽかんとしてしまう。
「知ってるの?」
「はい! お兄さんとも知り合いです! ご飯もとっても美味しいんですよ!」
 どうやら喫茶店というところにはお兄さんがいて、ご飯も美味しいらしい。
「良ければ案内しましょうか?」
 女の子が笑顔で言う。ふと、胸元を飾るブローチに目が留まった。それは鳥の意匠をしている。
「……お願い、できるかな」
 不覚にも胸が高鳴る自分がいたことは否めなかった。

 /

 その店の扉を前に、わたしは立っていた。
 なぜなら、そこまで案内してくれた女の子は「もう夕飯の時間なので」と笑顔で帰ってしまったからだ。「お兄さんによろしく」と言われたけれど、それならせめてそのお兄さんに紹介するところまでお願いしたかったなと思う。
 店構えは古びた酒場のようだった。入り口の上に掲げられ看板だけが美しく立派で、店の名前が書かれているけれど、それは「喫茶店」ではなかった。喫茶店とは店の名前ではなくて、何か別のものを示すらしい。
 窓越しに、中に幾人かのお客さんが座っているのが見えた。誰もが大人で、わたしのような学生はひとりもいなかった。
 もしかして「喫茶店」とは、高級料理店なのかもしれないし、会員制の秘密倶楽部なのかもしれないし、お子さまは入店禁止なのかもしれない。そしてわたしの財布には、貴族のお子さまのお小遣いより乏しいお金しか入っていない。あと、花を握りしめています。
 あまりに未知なことが多過ぎて、扉を開ける勇気がでないでいた。高鳴っていた心臓は緊張のために鼓動をはやめているし、手に汗もかいている。わたしは小心者なのだ。
 そこでふと気づいた。
 場所はわかったのだ。なにもひとりで入る必要はないんじゃないだろうか?
 明日、メディを連れてまた来れば良いんだ。
 わたし、天才か。
 よし今日はこれくらいで許してあげようと思う。さ、帰ろう。
「入らないのかね」
「ひゃっ」
 背後からどえらい渋い声が響いて、思わず飛び上がった。慌てて振り返ると、誰もいない。え、こわい。
「下だよ、お嬢さん」
 とっさに見やると、そこにラビ族の人がいることに気づいた。黒い礼服をきっちりと来こなして、頭にはハットまで乗せている。ラビ族は年齢がわかりづらいのだけれど、明らかにわたしよりも歳上で、なおかつ貴族みたいな風格が感じられた。
「この店に用があるのではないのかね」
「え、あ、そう、ですけど」
「ならば入ると良い。良い店だ」
「はあ」
 本当にこの小さな身体から出ているのだろうか。ついそんなことが気になってしまう。聞いているだけで安心してしまうような声に背を押されるように、わたしはドアに手をかけた。ドアは思っていたよりも軽く開いてしまって、からんからん、と甲高い音色が響いた。
 ふっ、と、空気が変わった気がした。
 店内は穏やかな灯りが満ちていた。床も壁もしっとりと磨かれた木材でできていて、天井には梁が通っている。ランプの揺らめきに合わせて、天井に影がちらちらと顔を見せている。
「いらっしゃいませ」
 と、カウンター席の向こうに立つ男の子が言った。珍しい黒髪に目を奪われていると、その男の子は「おや」と眉をあげた。
「コルレオーネさんのお友だちですか?」
「いや、店の前で立ちすくんでいたのでな。声をかけただけだ」
 わたしを追い越してラビ族の男性がカウンター席に向かった。どうやらコルレオーネという名前らしい。どこかで聞いたような気がする。
 立ち止まったコルレオーネさんがわたしに振り返った。
「ほら、こちらに来なさい」
「は、はい」
 コルレオーネさんに促されるようにして、わたしはカウンター席のひとつに腰をおろした。とっさに身体が動いていた。なんだろうこの人、学院の教授より堂々としているんだけど。
 男の子がカウンターから出てくる。その手には、赤い革張りの、小さくて立派な椅子を持っていた。それをカウンター席の椅子の上に置くと、コルレオーネさんがぴょんと飛び乗った。
「しかしずいぶんと暖かくなりましたね」
「ああ、もう冬も過ぎたな」
「いやいやいやいやいや」
 あまりに平然と会話をする二人に、つい口を挟んでしまった。
「どうしました?」
 男の子がわたしに言う。
 なんですかその立派なのに小さい椅子。というかどこから出したんですか。ここには標準装備なんですか。手馴れ過ぎてませんか。
 言いたいことはいっぱいあったのだけれど、わたしはぐっとそれをこらえて、愛想笑いを浮かべた。学院という貴族社会で学んだことは、余計なことは言わない、である。
「な、なんでもない、です」
 男の子は首をかしげつつもカウンターの中に入る。
「うちは初めてですよね?」
「えっと、はい。案内してもらって」
「案内?」
「花売りの女の子に」
 手に持ったままの花を見せると、男の子は笑みを浮かべた。
「なるほど。あとでお礼を言わないと。では、改めてようこそ喫茶店へ。ご注文はどうしましょうか」
 慌てて店内を見回すと、男の子の後ろに掛けられた黒板にメニューが書かれているのに気づいた。見上げるようにしてざっと目を通すと、軽食からデザートまで揃っているらしい。その中で気になるメニューがあった。
「あの、コーヒーってなんですか? 聞いたことがなくて」
 その時、男の子の目が光った気がした。きらんって。いや、ほんとに。
「コーヒーを知らない? それはいけませんね。いま、大流行中の飲み物ですから、ぜひ飲んでみてください。好きな人は大好きな、それはもう癖になって抜け出せなくなるような素晴らしい飲み物なんです」
「そ、そうなんですか」
 なんだこの人、急に早口になった……もしかして危ない飲み物なんじゃないだろうか。
「ユウ、お嬢さんが戸惑っているぞ」
 コルレオーネさんが呆れた声で言った。この男の子はユウというらしい。名前にしては珍しい響きだった。
「……おっと、失礼しました。僕としたことが、ついうっかり」
「そのうっかりを毎日繰り返していないか?」
「ははは、そんなまさか」
 やけに朗らかに笑う。なんだか変な人だった。
 そこまでおすすめされると、ちょっと気になるけれど。コーヒーの値段をたしかめて、わたしは「ひゃー」と内心で悲鳴をあげた。「ひゃー」な値段だった。貴族の学生ならともなく、苦学生のわたしにはとても手が届かない。
「あの、わたし、手持ちが少ないので……」
 おすすめしてもらって申し訳ないとは思うのだけれど。
 すると男の子は少し悩んで、
「実はいま、一杯目のコーヒーは無料期間中なんです」
 なんですって!?
 無料……それはわたしが世界で三番目に好きな言葉……!
 つい身を乗り出してしまう。
「そ、それなら、お願い、しちゃおうかな」
「はい、すぐに用意しますね」
 コルレオーネさんがくくく、と楽しそうに笑った。
「あの、どうかしました……?」
 わたしが何かおかしいことをしてしまったのかと思ったけれど、コルレオーネさんは「いや」と首を振った。
「ではユウよ、私もコーヒーをもらおうか。一杯目は無料なんだろう?」
「あ、これ、学生が対象なので。コルレオーネさんはだめです」
 今度こそコルレオーネさんは大笑いした。
「機転が利くな。そうか、学生が対象か。それなら仕方ないな」
「えっと、すみません」
 わたしだけ特別扱いされたことが申し訳なく思えて、つい謝ってしまう。
「良いんだよ、お嬢さん。これもユウなりの戦略だ」
「戦略……?」
「中身のわからないものに金を払う人間はそういない。しかし一度その中身を知り、気に入れば、次からは喜んで金を払うだろう。だから無料でも良いからまずは試してもらうのだよ。商人の常套手段だ」
「な、なるほど……」
 そんな方法があるとは、都会は恐ろしいところです……。
「こらこら、人聞きの悪いことを言わないでください。善意ですよ、善意」
「ほう。では少しもそんなことは考えなかったと?」
「さ、美味しいコーヒーをすぐ用意しますね」
 その切り替えの早さにわたしまで笑ってしまった。
 男の子は、棚から小さな白い壺を取り出すと、入っていた黒い豆を小さな筒に移した。筒には取っ手がついていて、それをぐるぐると回す。すると豆が砕かれる音がする。
「それ、砕実器具、ですよね?」
 薬学の実験で使ったことがある。実を砕いて粉にするために用いられるものだ。
「いえ、これはコーヒーミルです」
「ミル……? 砕実器具ですよね?」
「コーヒーミルです」
 あまりに自慢げに言われたので、わたしはそっと黙った。
 それから男の子は傍らにあった器具を取った。まさかとは思っていたのだけれど、それを使うらしい。
「あの、それ、抽出器具、ですよね? 薬品用の」
「いえ、これはサイフォンです」
「サイフォン……? 抽出器具ですよね?」
「サイフォンです」
 これ以外の名前は存在しないという風に言われたので、わたしはそっと黙った。
 一般的なものではないけれど、薬学を知る人間なら馴染みのあるものだ。何を隠そう、わたしは薬学者志望なのだ。薬品を調合するための器具を使って、この人は何を作るつもりなんだろう……どうしよう、帰りたくなってきた。
 しかしこの状況でやっぱり帰りますと言える度胸があれば、わたしは学院でもっと上手くやっていけている。かすかな緊張を握りしめながら、じっと男の子の動きを見つめる。
 そうだ、わたしは薬学者志望だ。そして特待生だ。もし怪しい薬品を調合しているなら、それを見抜けば良い。
 ランプで熱されたフラスコの中で、お湯が沸いている。少年は上部のロートに黒い豆を挽いたものを入れてからフラスコに差し込んだ。やがてお湯はロートから伸びた筒を上がっていく。こうして薬効のある成分を抽出するのだ。わたしもやったことがある。
 男の子は木べらを取り、手馴れた動きでロートの中を撹拌した。それは洗練された動きで、まるで食事をするときのメディの手つきみたいだった。何度も何度も、数え切れないほど繰り返したことで、無駄がそぎ落とされた動きだ。
 ロートの中では、成分が層になって分かれている。たぶん、抽出成功のはずだ。
 ふっ、と。不思議な香りがした。
 かすかに焦げくさい、けれど不快ではない香り。どんな薬品や香草とも違う。
 男の子は火を止めると、もう一度、鮮やかに撹拌した。抽出が終わった液体はゆるやかにフラスコに下がっていく。砕いた豆の粉や、重なった泡、細かなゴミがロートに残る。抽出された液体は、透き通ったガラスの中で黒糖の蜜のような色合いをしていた。
 用意された二つのカップに液体を注いで、男の子はわたしたちの前に置いた。
「どうぞ、コーヒーです。お好みで砂糖を入れて下さいね。もし苦すぎたらホットミルクも加えますから」
「はあ……」
 目の前の抽出物をじっと見つめる。
 手順に怪しいところはなかった。一種類の素材から抽出液を用意するだけだ。薬学的にもシンプルで、わたしたちみたいな新入生が、初めての実験で行うような内容。
 ちらと男の子を見上げると、にこりと邪気のない笑みを返された。
 横を見ると、コルレオーネさんはカップを両手で持って啜っている。かわいい。
 この状況で飲みませんとは、言えなかった。気の弱い自分が恨めしい。
 カップを取り上げ、湯気を吹き冷まし、そっと、おずおずと、ひとくち。
「ーー!」
 口の中に広がる味に、わたしは叫んだ。
「盛りましたね!?」
「なにを!?」
「この苦味、明らかに毒物です!」
「そこまで!?」
「苦味はつまり人体が有害だと教えてくれているんです!」
 はっはっは、と、コルレオーネさんがお腹を抱えて笑った。そこまで豪快に笑われると、調子が崩れてしまう。
「あの、真剣なんですが……」
 コルレオーネさんはようやく笑いをこらえて、
「すまない、毒物とは予想外でな。大丈夫だよ、お嬢さん。これは毒ではない」
「……本当ですか?」
 もちろん、と男の子が力強く頷いた。
 もう一度カップに口をつけて、唇を濡らす程度に口に含む。舌がぴりっとするような苦味、酸味、焦げたような香り。いくつもの複雑な味わいが同時に打ち寄せてくる。
 毒物にありがちな刺激臭や、刺すような舌の痛みはない。嘔吐反射もないし、即効性の有害性はないように思う。
「依存性とか、ありませんか」
 訊くと、男の子はそっと目をそらした。
「あるんですね!? 常習性の毒物じゃないですか!」
「いや、大丈夫……ちょっとだけだから。たまに飲まずにはいられなくなるだけだから」
「ぜんぜん大丈夫じゃないですよ!?」
 カップを見つめる。初めて見たけれど、もしかしたらわたしが知らないだけで、有名な薬物なのかもしれない。
「……どうしたの、カップを両手で持って立ち上がって」 
「これを持ち帰って成分調査するんです。教授なら分かるかも」
「やめてもらって良いですか?」
 男の子が泣きそうな声で言った。
 さすがに反応が過剰すぎたかもしれない。心を落ち着けて椅子に座りなおす。
「……本当に、毒じゃないんですよね?」
 男の子やコルレオーネさんの言葉を受けて、一応は納得したのだけれど、見る限りはやっぱり有害な液体に思えた。なにしろ色が暗すぎる。
「本当に大丈夫。むしろその味わいが癖になるんです」
「薬物を常習する人はみんなそう言うんですが……」
「コーヒーは安全だから!」
 たしかに、コルレオーネさんは平然と飲んでいるし、他のお客さんも気にした様子はない。違法薬物を摂取した際に見られる、異常な興奮や幻視、せん妄といった症状もないようだから、もし毒性があったとしても、弱いのかも。
「行くと夢が叶うって、このコーヒーの毒で幻覚を見たとかじゃないよね……?」
「行くと夢が叶う?」
 わたしはとっさに口を押さえた。独り言は悪い癖だった。
 男の子は興味深げにわたしを見ていた。
「あの、噂で。喫茶店という店に行けば、夢が叶うって」
「そんな噂があるんです? どこで?」
「学院で」
 男の子は口をぽかんと開けた。
「なんでそんなことになってるんだろう」
「いえ、わたしも知りたいです」
 二人して見つめ合うけれど、どっちも事情を知らないのだから、まったく無意味な時間だった。
「夢、叶います?」
 ぽつっと訊いてみる。
 男の子はきょとんとしていたけれど、ふと優しい笑みを浮かべた。
「もちろん叶いますよ。叶える気があるなら」
 それはとても当たり前の言葉で、けれどそんな当たり前のことを、どうしてか信じられずにいた自分に気づいた。
「そう、ですよね」
「ええ」
 毒だなんだと騒いでいた自分がふとばからしく思えて、わたしはコーヒーを啜った。苦いし酸味があるし色も変だし、薬品器具で抽出された液体だけれど、その味は首の裏側にじぃんと沁みて、そこに凝り固まっていた緊張や重みをほぐしてくれたみたいだった。
「……慣れると、悪くないですね」
 そうでしょう、と男の子は自慢げに笑った。

 /

 ミュラー教授と喫茶店、あたしは教授を選ぶ。
 と宣言して、メディは今日も今日とてミュラー教授の研究室に向かった。なんでも助手になるために猛烈にアピールしているらしかった。
 昨日、わたしが喫茶店を見つけたことを話すと、メディはとても満足そうに笑った。いいなあ、あたしも行きたいなあと言うので、もちろん誘ったのだけれど、今はミュラー教授の方が重要らしい。
 代わりに、お金を渡されて、おつかいを頼まれた。なにか喫茶店の名物を買ってきてほしい、と言われたのである。
 今日こそは図書館で勉強をするつもりだったのだけれど、メディが言うには、喫茶店は自習をしても良いところらしい。飲食店ではそういう、食事以外の目的で居座ることは歓迎されていないので、本当だろうかと疑わしい気持ちなのだけれど、鞄に勉強道具を詰めて、わたしはまた喫茶店の前にやってきていた。メディにはいつもお世話になっているので、彼女のお願いとあれば期待に応えたい気持ちもあった。
 昨日と同じ、鐘が六つ鳴るころ、ランタンの掲げられたドアを開いた。からんからん、とドアベルが響いた。
 空気の変わるような瞬間。まるで別の世界に入るみたいに、不思議な感覚があった。これは何でだろう?
 ユウさんはカウンターに座っていたお爺さんと話していたようだけれど、ついとこちらに顔を向けて、笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませーーあ、昨日ぶりですね」
 わたしより二つほど歳上だと分かったのだけれど、異国風の顔立ちは幼く見えて、どうにもお兄さんという感じはしない。
 こんばんは、と挨拶をしながら、昨日と同じカウンターの椅子に座った。
「やっぱり、そうなんですね?」
「はい?」
 わかりますよ、と頷いているユウさんだけれど、わたしはさっぱり意味がわからない。
「コーヒーの魅力にはまったんでしょう?」
「いえ、違いますけど」
 素直に答えると、ユウさんはがくりと肩を落とした。大げさな身振りをする人だなあと、わたしはそれを興味深く観察する。
「ここって、自習をしても良いんですか?」
 ユウさんは「おや」と眉をあげて、懐かしいものを見るような、優しい表情を浮かべた。
「もちろん、大歓迎ですよ」
「飲食店、ですよね。大丈夫なんですか?」
「それが喫茶店なので。ここにいる時間は好きに過ごしてください」
「はあ」
 何とも不思議なお店だなあ。
 でも、図書館や自室以外で勉強ができるというのはありがたい話だった。自室だとどうしても気が抜けてしまうし、図書館では貴族の視線やたまにされる嫌がらせが面倒なのである。しかし、ここならそんな心配はいらないのだ。
「……なかなか、魅力的に思えてきました」
「そうでしょう。喫茶店ですから」
「良いですね、喫茶店」
 ところで喫茶店って何なのか、わたしはいまだによくわからない。わかるのは、なかなかに居心地の良さそうな場所ということだけだ。けれど、大きな問題は相変わらず立ちはだかっている。
 わたしはメニューを見上げて、深くため息をついた。
「……どうかしました?」
「……いえ」
 飲食店で、タダで椅子に座っているわけにもいかない。何かを注文するのは当然のことだ。値段の高いコーヒーは論外として、果実のジュースとか、一般的なお値段のものはもちろんある。けれど、わたしは奨学金頼りの苦学生だ。ジュースの一杯だって、気軽に頼むのにはためらってしまう。
 ユウさんはぽんっと手を打ち鳴らした。
「そうだった、コルレオーネさんを覚えています? 昨日、隣に座っていた」
「それはもちろん、覚えていますけど」
 あんなに印象的な人を忘れろという方が無理な話だ。
「実は昨日、コルレオーネさんからお金を預かったんです。もし君がまた来たら、ご馳走してあげてくれって」
「え、そんな!」
 ご馳走……それはわたしが世界で五番目に好きな言葉……!
 けれど、昨日あったばかりの人に甘えるわけにはいかない。
「良いです、遠慮します。申し訳ないです」
「いえ、それが……」
 ユウさんはひどく深刻な顔をした。
「これが、コルレオーネさんの趣味なんです」
「しゅ、趣味……?」
「ええ。あの人は期待できそうな学生を見つけると、ご馳走せずにはいられないんです。それがもう、生きがいらしくて。もし断られたと知ったら、コルレオーネさんはすごく落ち込んでしまうかもしれません」
「そんなに!?」
 あ、あんなに渋い人が落ち込むなんて信じられない。
「どうかコルレオーネさんのために、ここは受け取ってもらえませんか。あの人の生きがいを奪わないであげてください」
 そこまで言われると、なんだか断る方が悪いことをしている気分になってきた。いや、でも……ううん。
「あ、ちなみに、コルレオーネさんはとても恥ずかしがり屋なので、直接お礼は言わないようにしてくださいね。もし見かけたらそっと微笑んで、ちょっと会釈をして欲しいそうです」
「なんだかすごく変わった趣味ですね、あの人……」
 わたしの思ったよりもずっと変人なのかもしれない。
「コーヒーでいいですか?」
「え、あれっ」
 いつの間にかご馳走になる方向で話が決まってしまっていた。
 そこまで言われると、お言葉に甘えようかなと心が傾いてしまった。次お会いしたら、ちゃんとお礼を言おう。あ、直接言ったらだめなんだっけ。難しいなあ、もう。
「……じゃあ、コーヒーで。甘くしてください」
「はい、すぐ用意しますね」
 なんだかユウさんにうまく言いくるめられた気もする……。
 昨日と同じように薬品器具で抽出の準備を始めたユウさんを前に、わたしはきょろきょろと店内を見る。奥の壁には一面の棚があって、たくさんの食器やグラス、瓶がならんでいて、香草やキノコが吊るされている。グラスは透明度の高いガラス製ばかりで、内心で「ひゃー」と感嘆した。透明度が高くて薄いほどガラスは高価になるのだ。このお店、もしかしてすごく儲かってるのかも。
 フラスコの中でお湯が沸く、こぽこぽとした音が耳に心地良い。実験中に何度も聞いたことはあるのに、それとはまるで違って聞こえる。
 ちらりと他のお客さんの様子をうかがうと、誰もが気ままに過ごして見えた。
 テーブル席ではエルフのお姉さんが座っていて、分厚い本を読んでいた。なんだか優しい表情をしているから、楽しい物語の本なのかもしれない。
 その横の席では、白銀の髪のお姉さんが、短剣の刃を指で弾くようにして何やら確かめていた。傍らには長剣が立てかけられている。冒険者の人だろうか。というか二人ともめちゃくちゃ美人なんですが。大人のお姉さますぎて直視できない。
 ふと話し声が聞こえて目を向けると、カウンターでユウさんとお爺さんがなにやら話していた。お爺さんがすごく厳しい顔をしているのが見える。怒られてるのかな……?
「ユウちゃんや、話は終わっとらんぞ。正直に言ってみい。どうやってその招待状を手に入れたんじゃ!」
「だから、ティセからもらったんですってば」
「じゃあどうしてわしの分はないんじゃ!?」
「だから、ゴル爺の分もありますってば。ろくでなし同盟の皆さんへ、って、団体席の招待状ですし」
「ユウちゃんだけ竜角席の招待状じゃろう! そこ、親族席じゃよ!? 貴賓席より希少なんじゃよ!? わしもそこが良いんじゃー!」
「まあ、諦めてくださいよ。ははっ」
「かーっ! 勝ち誇った顔が腹立たしいっ!」
 叫んで、お爺さんはカウンターに突っ伏して「おおんおおん」と泣き出してしまった。けれどユウさんはまったく気にした様子もなく、コーヒーの抽出に取り掛かっている。
 ……ティセって誰だろ。まさかあの歌姫さんじゃないだろうし。
 あまり見ているのも不躾だしと視線を奥の席に向けると、ドワーフのおじさんが座っているのが見えた。広げた布に鉱石を置いて、じっくりと鑑定しているらしい。原石の等級を調べているのだと思う。ドワーフは決して仕事の手を抜かない種族で、おまけに気難しくて、仕事場には絶対に他人を入れないと聞いたことがあった。そんな人がここで仕事をするなんて、このお店のことをどれほど信頼しているのだろう。ドワーフから信頼されるなんて、「ひゃー」である。
 わたしだって警戒心の強い方だとは思うけれど、さすがにドワーフほどではない。あのおじさんが堂々としているのに、わたしだけが緊張しているのもおかしく思えた。肩にぎゅっと力をいれた。それから、ふっと肩を落とす。脱力。そのまま、背もたれに体重を預けた。ふかっと、柔らかい感触に、思わず笑ってしまう。
「なにか良いことでもありました?」
 ユウさんが湯気の立つカップをカウンターに置いてくれた。
「学院だと、背もたれを使っちゃいけないっていう規則があるんです。貴族の子女たるもの、常に優雅たれって」
「それは恐ろしい規則ですね……」
「もしこんな風にもたれてるのを見られたらお説教です。でもここは学院ではないので、わたしは存分にもたれようと思います」
 背もたれに脱力しながら宣言すると、ユウさんは愉快そうに目を細めた。
「カフェ・オ・レを飲みながら、うちの背もたれを可愛がってやってくださいね」
「かふぇおれ……?」
 なんとも不思議な響きだった。
「コーヒーとホットミルクを混ぜて、砂糖を入れたんです。きっと美味しいですよ」
「本当ですかぁ?」
「そんなに人を疑う目で見られたのは久しぶりですね」
 なにしろ昨日はひどい目にあったのである。疑いは晴れないまま、カップを取る。昨日とはまるで違う色をしていた
「ユウさん……そんなにわたしのことを恨んでいたんですか……そりゃ、毒だなんて騒いで申し訳なかったですけど……」
「ちょっと何を言ってるかわからないんですけど」
「だってこれ、泥水じゃないですか! 雨上がりのあぜ道に溜まってるやつ!」
「違うよ! カフェ・オ・レだって言ってるだろ!」
「冗談です」
 がくーっとユウさんが大げさに肩を落とした。面白い人だなあ。
「きみ、良い性格してるって言われない……?」
「学院では猫をかぶっているので大丈夫です」
「胸を張って言うことかなあ」
 わたしはカップを取って、見た目は雨上がりの泥水であるそれを啜った。
 ん!?
「あまほろにがあまい……」
「複雑だね」
「これは……美味しいです」
「そんな愕然とした表情で言われたのも久しぶりだよ」
 てっきりまた毒のように苦酸っぱいかと思ったのだけれど、どっこい、泥水は美味しかった。ミルクが苦味を抑えていて、でもたしかにそこにあって、それが砂糖の甘さをほどよく際立たせてくれている。果実ジュースはごくごくと飲み干したいものだけれど、このかふぇおれはずっとちびちびと飲み続けたくなるような味わいだった。
「はっ」
「どうしました?」
「これが……依存性……?」
「だから違いますってば」
 ユウさんは言った。呆れたように笑っていて、その他愛もない会話が、なんだかとても楽しかった。

 /

「あ」
 ふと思い出して、わたしはペンを止めた。すっかり自習に夢中になっていた。
 思ったよりも声が大きかったようで、自分に向けられるいくつもの視線を感じた。学院に入ってから、そういうものには敏感になっている。とっさに口を押さえた。
 おそるおそる店内を見渡した。綺麗なお姉さんも、白髭のお爺さんも、ドワーフのおじさんもいなくて、座っているお客さんはみんな初めて見る顔だった。
 目線だけでこちらの様子をうかがうユウさんに、わたしは小声で話しかける。
「あの、持ち帰りできるものってありますか。喫茶店の名物が良いんですけど」
「持ち帰り? あるけど、名物かどうかはわからないなあ」
「このカフェ・オ・レとか、持ち帰れません?」
 言うと、ユウさんは目を丸くして、それから眉間にしわを寄せた。
「コーヒーのテイクアウト……っ! 僕はこんな簡単なことにどうして気づかなかったんだろう! アルベルさんに何度も頼まれていたのに……! そうだ、それを正式に開始すればあるいは……っ!」
「あの、世紀の大発見をしたみたいな顔をしているところ、申し訳ないんですけど。持ち帰れます?」
 ひとしきりぶつぶつ言ったあとで、ユウさんは棚から小さな水筒を探し出した。
「たぶん大丈夫ですけど、早めに飲んでくださいね」
「よかった」
「学院に戻って飲みたいくらい気に入ってくれました?」
 にまぁとユウさんが口元に笑みを浮かべている。ちょっと気持ちわるい。
「いえ、友人に頼まれたんです。その子が喫茶店の噂も教えてくれたんですけど」
 ユウさんはなるほど、と頷くと、カフェ・オ・レの準備に取り掛かった。
 と、わたしはとても大事なことを訊いていなかったのを思い出した。そもそも、わたしはそれを知りたくて喫茶店を探していたのである。
「あの」
「うん?」
「ここ、リナリア先輩が通っていたって本当ですか?」
 あ、リナリア先輩っていうのは、学院の生徒で、わたしの先輩で、いえ、面識はないんですけど……続ける言葉を口の中で転がしていたのだけれど、すべては無駄になった。なぜならユウさんが顔を明るくして、
「あれ、リナリアのことを知ってるの?」
 と言ったからである。
 呼び捨て? リナリア先輩を呼び捨て!?
「お、お知り合いですか!?」
 カウンターに身を乗り出して訊く。ユウさんは「おおっ?」と身を引きながら、
「まあ、お知り合いというか、なんというか」
「え、ほ、本当にここに通ってらっしゃったんですか!」
「まあ、そうだね。というか、現在進行形かな」
「ひゃー!」
「ひゃー?」
 まさか、メディの言っていたことが本当だったとは!
 わたしは店内を見渡し、カウンター席を見下ろし、ユウさんに顔を向けた。
「あの、あの、リナリア先輩はいつもどの席に……!」
「どの席っていうか、そこだけど」
 ユウさんはわたしを指差した。わたしの、座っていた場所を。
「ひゃー!?」
「ひゃー?」
 わたしはすぐさま飛び退いた。
「な、なんて畏れ多いことを……」
「同じ席に座りたいとかじゃないんだ?」
「そんな失礼なこと、できません。お隣が良いんです」
「前にも同じような台詞を聞いた気がするな……」
 わたしは改めて隣の椅子に腰をおろして、じっくりとリナリア先輩が座っていたという椅子を眺めた。ここでリナリア先輩が勉強をしていたのか……。
「そんなにしみじみと見るものかなあ」
「尊敬しているので」
「尊敬?」
「はい。リナリア先輩は、平民ながらに学院で首席になって、ついにフォルトゥナに留学まですることになっているんです。同じ平民として、勝手に尊敬しているんです。学院が嫌になることは山のように、いえ山脈のようにありますけど、リナリア先輩のおかげで、わたしも頑張ろうって思えるんです」
 貴族の子女が通う学院の魔術学科に、平民が入学したのはリナリア先輩が初めてだった。アーリアル魔術学院は冒険者の育成も兼ねていて、平民が入学するのは冒険者学科が当然だった。魔術学科は貴族の城だ。権威と血筋が物を言うのだ。リナリア先輩という前例があったからこそ、わたしの苦労はこの程度で済んでいるとも言えた。
「わたし、いつかリナリア先輩にお会いして、お礼を言うことが夢なんです。あなたのおかげで、わたしは何とか踏ん張っています、って」
 そっか、とユウさんが言った。
「その夢、叶える気はある?」
 穏やかな表情に、わたしは首をかしげた。
 叶える気はあるか。わたしはもちろん頷いた。
 ユウさんは満足げに笑うと「ちょっと失礼」と言って、店の奥へ続く通路に入っていった。それから、誰かを呼ぶような声。
 わたしがぽけっと待っていると、やがてユウさんが戻ってきた。それから、その後ろに、え、いや……はい?
 愕然とするわたしに、ユウさんがにやにやしながら、
「紹介するね、これ、リナリア先輩」
 と言った。
「これとは何よ、これとは」
 と、リナリア先輩らしき人が言った。一度だけ、学院で、遠目に見たことのある姿とそっくりだった。すらりとして、顔はすごく整っていて、肌が白くて、夕日みたいに綺麗な長髪で。
「は、あの、え、り、リナリア先輩ですか。本物ですか?」
 あわわと戸惑うわたしに、リナリア先輩は優しく笑いかけてくれた。
「本物よ。まあ、落ち着いて。そんなにすごい人間じゃないんだから」
 え、優しい……こんな、平々凡々の村娘1に暖かい言葉をかけてくださるなんて……ううっ、尊い……うっうっ。
「……なんで、泣きながら私を拝んでるわけ?」
「尊敬してるんでしょ」
「尊敬って、こういうものだっけ?」
「ほら、表現の仕方は人それぞれだから」
 わたしが言葉を失ってただ感謝を伝える祈りを捧げている間に、ユウさんとリナリア先輩は小気味よく会話をしていた。あのリナリア先輩とこんなに気安く会話ができるなんて……!
「わたし、ユウさんを見くびっていました……ただの変な人じゃなかったんですね……」
「きみ、大丈夫だよ。それだけ言えるなら貴族なんて目じゃないって。図太い神経してるもん」
 ユウさんがジト目で言う横で、リナリア先輩が口元を隠しながら笑っていた。
「リナリアも笑いすぎでしょ」
「良かったじゃない、見直してもらえて」
「誰かさんのおかげですねえ」
「あ、あの! リナリア先輩!」
 とわたしは言った。声が裏返った。
「なに?」
 きょとんと、リナリア先輩がわたしを見る。
「あの、ありがとうございます! リナリア先輩のおかげで、わたし、頑張れてます。学院は大変ですけど、でも、何とか生きていけてます!」
 リナリア先輩は腰に手を当てて、小首をかしげた。
「よくわからないけど、どういたしまして。でもね、頑張ってるのはあなたでしょ。自分のことも褒めてあげて」
「こんな小市民にありがとうございますぅ……」
「……この子、変わってるわね」
「僕もそう思う」
 なんと言われようと構わない。わたしは満足である。ああ、リナリア先輩にお会いしてお礼を言える日が来るとは思わなかった。おまけに、こうして会話までできるなんて。
「噂は本当だった……」
「噂?」とリナリア先輩が言う。
「なんかね、うちに来ると夢が叶うって噂があるらしいよ」
「あら、間違ってないんじゃない?」
 リナリア先輩がユウさんに笑いかけた。それは、わたしが見惚れるくらい、とっても素敵な笑顔だった。
「あんまり期待されると困るんだけどなあ」
 ユウさんは苦笑しながら、水筒をわたしに差し出した。
「はい、お土産のカフェ・オ・レ」
「あ、どうも」
「かふぇおれが好きなの? 私もね、お気に入りなの」
「ありがとうございますっ! 大好きなんですっ!」
「きみさ、僕とリナリアで露骨に態度を変えてない?」
「気のせいです」
 おかしいな……とぼやくユウさんの背中を、リナリア先輩がぽんぽんと叩いた。
「まあまあ、元気をだしなさい」
「その勝ち誇った顔をやめてもらえますかねえ」
「これは生まれつきよ」
「勝ち誇った顔をしてる赤ん坊なんていてたまるか」
 二人の間には、なんだか、お互いに遠慮のない親密な空気があった。
「あの、ところで、どうしてリナリア先輩はこちらに……? 留学されているのでは……」
 訊くと、リナリア先輩は照れたように頰を掻いた。
「長期休暇を利用して帰って来てるのよ。もう学院の寮を使うわけにもいかないから、ここで寝泊まりしてるの。たまにお店も手伝ったりね」
「あっ、そうなんですね、なるほど、はい」
「その、ニチャァってした笑顔はなにかしら」
「いえ、いえ。大丈夫です。わたし、空気を読むのも、空気になるのも得意なので。はい」
 なるほど、そういうことなんですね。わかります。わかりますとも。
 わたしはユウさんにお会計をお願いして、そっと扉に向かった。空気のように退出するのも得意なので。
 けれどちょっと思い直して、わたしは振り返る。
 ユウさんとリナリア先輩が並んで立っている。その光景は、なんだかとってもしっくり来た。リナリア先輩が小首をかしげた。
 昔、学院でリナリア先輩を見たとき、表情は凛と引き締まっていた。まるで雪原に一輪で咲いて、雨にも雪にも風にも負けない花のような強い人だと思った。けれど、それは気を張っていたからなんだと、いま気づいた。周りに負けないように、弱さを見せないように、強さをまとっていたんだ。
 あの頃のリナリア先輩は、いまはもういない。代わりに、ユウさんの横でとっても暖かい表情を浮かべている。
「また、来ても良いですか?」
 訊くと、ふたりはきょとんとしてから、そっくりな笑みを浮かべた。リナリアさんが肘でユウさんを小突いた。
「もちろん、いつでもお待ちしています。なにしろここは、世界にひとつだけの喫茶店だからね」


 了





ーーーーーーーーーーーーーーーーー
▽あとがき
 書籍版のあとがきでは真面目にやってるから、ここのあとがきの開放感がたまらない。
 在りし日には「あとがき」が本編と言われたこともありましたね。
 あとがき邪魔ですという意見もあって無くしたら、あとがきがないと寂しいという意見もあって
復活させたりね。懐かしいですね。
 そんなこんなで、カクヨムの設立に合わせて思いつきで投稿してみたら本当に本になってしまった、
書籍版の異世界喫茶も、ついに完結しました!
 ここまでこれたのは本当に理想郷のみんなが応援してくれたからですよありがとう。
 初めて本が書店にならんだとき、「一巻の勢いがすごい。この作品は読者に愛されてますね」
と担当さんに言われて涙が出たよ。
 あのころみんなと騒いでいた放課後の校庭みたいな遊び場から、本屋の棚に飛び出して、
重版もして、コミカライズもして、6巻まで続いて。いやはや、あのころの夢の続きをやってた
気分です。楽しかったなあ。
 まあ、書籍版は終わるんだけど、ウェブ版は別次元だから!
 こっちはサザエさん時空だから。本当に何も起きないやつです。
 ただまあ、生活費を稼ぐために本を出さねばならない生き物になってしまったから、
更新はのんびり構えてくれると嬉しい……とりあえず次回作なんとかするから……。
 最初から最後まで理想郷のみんなに向けて書いた6冊でした。よかったら最後まで見てくれると
嬉しいです。
 気づいたらみんなもおれも歳とっちゃいましたねえ。
 大人になりましたか。夢、叶いましたか。笑ってますか。小説、読んでますか。楽しくやってますか。
 おれはもう少し放課後の校庭で遊んでおくよ。あのころと変わらず、小説を書いていくから、
みんなもそれぞれに大事なものでがんばっていこうな。
 しんどくなったらまた集まって、騒ぎましょ。
 僕らはもう少しだけ、夢の途中です。
 これからもよろしくね!

 風見鶏

▽レス返信忘れてたわ
>新刊情報キターーーーーーーーと思ったら最終巻って!!!!!
 THE!大人の事情!!

>コミカライズ!
>やたっ!!
>……と思ったら、短期集中で全4回だった悲しみ。
 気持ちは同じ!でも書き下ろしが加えられて秋にコミックス出るからね!

>おお…… 5巻が出てる。これで新しい職場でも社畜として戦えます。
 きみはまだ戦っているのだろうか……。

>カクヨムは感想書き散らせないから勿体ないよね。
 いや本当にそこですよね。壁がね、厚いよね。

>ところでロリ成分がもっとほしいのですがどこで注文すればいいロリ?
 書籍じゃ無理だ……親戚一同に知られているんだ…すまねえな…





[6858] コミックス発売記念SS 「遠き山に日は登って」
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:906b829c
Date: 2019/10/24 19:08


 苦手ではないけれど、好きではないものがある。
 ピーマン、微糖のコーヒ一、0.3mmのシャーペン。そして運動だ。

 とくに長距離走は最もたるものだろう。いざ走るとなれば人並みにはできるけれど、決して好きではないし、得意でもない。体育の授業でなければやることはない。

 この世界に来てからしばらく、ほとんど引きこもって生活をしていたことがある。
 それで苦痛を感じるということもなかった。僕は性根がインドアの人間なのだ。

 大人になって運動をしなくなる人も多い。そりゃ健康に気をつかって毎朝ランニングをする人もいるし、老後に水泳をやる人もいる。うちのじーちゃんはチェスだけでなくゴルフも好きだった。

 それでも、山は登っていなかった。

 ああ、そうだとも。走って泳いで球を打つ人は見かけても、登る人は少ない。なぜなら……。

「死ぬ。吐きそう。ギブ」
「うんうん、大変ね。はいがんばれー」

 膝に手をついて息を荒げる僕の頭上に、まったく心のこもっていない声援が降ってくる。
 いつもなら軽く言い負かせるのだけれど、今は破裂しそうな心臓をなだめることで手いっぱいだ。……いや、本当に。すぐに言い返せるんだってば。ほんとほんと。

 大口をあけて顔をしかめ、呼吸に必死になって落ち着くのを待っていたけれど、人生の最高値を更新している拍動はちっとも下に降りてこない。

 吹き出した汗が鼻筋をつたって地面に落ちるのをじっと見つめた。

 ひとつ、ふたつ、みっつ……酸素が足りないのか疲労のせいか頭の動きが鈍い。

「しょうがないわね。ちょっと休憩にしましょ」
「よし、その言葉を待ってた」

 僕は背負っていたリュックをおろした。身体が浮くほどの解放感だ。
 ちょうど腰掛けるのに良さげな岩があったので、くずおれるように尻を落ち着けた。

「少しは反省した?」

 先行していた道を戻ってくるなり、リナリアが言った。

「もちろん。もう明日からは反抗しない。言われたことは常に実行するし、返事は『はい』だけだ。リナリアさまって呼ぶ」
「良い心がけね。じゃあ明日からはちゃんと運動しなさい」
「それは無理だ」
「5秒で自分の発言をなかったことにするんじゃないわよ」
「あれは心意気だから。現実はいつもうまくいかないものさ」
「今日は口よりも足を動かしてくれない?」

 僕は両手を挙げて降参した。それについては反論できない。

 リナリアが水筒を僕にさしだした。
 ありがたく受けとってひと口飲んだ。冷えた水分が喉を通る快感はたまらなかった。ごくりごくりと自分でも驚くほどを一気に流しこんだ。ようやくひと息つけた気がした。

「生き返るって言葉を使う日があるとは思わなかった。これなに?」
「果実水に塩と砂糖を混ぜてるの。冒険者の御用達」

 この世界で言うところのスポーツドリンクってわけか。
 リナリアは僕から水筒を取り、ひと口、ふた口と飲んだ。顔には汗も浮かんでいない。

「この世界の人たちは体力がおかしいんだ」
「アンタがひ弱なだけでしょ」

 いやそんなはずはない! と断言できないのが辛いところである。運動不足なのは痛感している。

「……それにしたって、山登りがこんなに大変だとは思わなかった」

 リナリアに誘われたときにはまったく軽く考えていた。ピクニックとかハイキングとか、そういうヘルシーなイメージだった。まったく甘かった。

「山登りってほどでもないわよ。みんなよく行くって聞いたもの」
「みんなって?」
「カップルとか夫婦とかそういうーーやっぱ今のなし」

 と、リナリアは頰をかいてそっぽを向いた。

 なるほど、ここはデートスポットらしい。そういう場所に誘ってくれたことが嬉しい気持ちは大きい。娯楽の少ない世界だとデートの内容もこう変わるのかと納得した。感覚的には遊園地に遠出するようなものだろうか。

 となれば、こうして悲鳴をあげて情けないところばかりを見せているわけにもいかない。
 ああ、そうだとも。山くらい登ってやろうじゃないか。
 立ち上がってリュックを背負い直す。

「なにぐずぐずしてるんだ。早く行くぞ」
「急に張り切ってなに?」
「男らしさを出してみた。かっこ良い?」
「似合ってないからやめて。気持ち悪い」
「心が折れたからもう下山するよ。山頂は任せた」
「そんなに下山したいならその斜面に立って? 背中を押してあげる」
「ジャンルがサスペンスになるからやめとく。いやあ、楽しいなあ登山!」

 と、口は元気なものの、やっぱりすぐにバテてしまって、ちょっとした岩場に苦戦する。その度にリナリアが僕に手を差し向けた。細手を握るとひょいと引っ張ってくれる。

 先を歩くリナリアの背中が頼もしく、助けてもらってばかりの自分がちょっと恥ずかしく。けれどリナリアの髪を結ぶ白いリボンの揺れるさまを見ると、まあこういう関係もありかなと、にやける口元をこらえたりする。

 デートスポットというだけあってか、山道といえども、ずっと坂というわけでもなかった。

 合間には平坦な気持ちの良いハイキングコースもあれば、時々は下ったりもする。
 そういうところでは僕も気を抜いて、あたりの木々や空を眺めたり、 森の腐養土も混じるいくらか湿った香りを楽しんだ。

 早朝に乗り合い馬車で街を出てから、ようやく山頂に着いたのは昼も過ぎたころだった。

 眼下に 広がる雄大な自然!
 遠くに僕らの街!
 ああなんて美しい景色!

 と感動するより、ようやく休めるという本能の方が強くて、僕は岩肌のざらりとした感触を背中で味わっている。両手足を投げ出して倒れ伏しているとも言う。

 空は青く、雲は白い。それで充分である。
 風は火照った身体に心地良い。
 やりきった、という達成感があった。それは不思議な気分だ。

 真上からリナリアの顔がのぞいた。流れ落ちる髪が鼻をくすぐる。

「山登りも悪くないでしょ?」
「……そうだね。何だかあっという間にここまで来た気分だ。あんなに大変だったのにな」
「それを乗り越えた人だけがここに来てそう言えるのよ」
「なるほど、僕らは選ばれし勇者なわけだ。良い気持ちだよ」

 リナリアは笑って僕のおでこを指で弾いた。

「さ、ご飯にしましょ」

 重たい身体を起こすと、リナリアはリュックから弁当箱をとり出した。
 僕の隣に座って、その間に置く。手をかけたまま開けない。

「どうかした?」
「……べつに」

 となぜか頰を赤らめながら蓋をあけた。

「おお……!」

 サンドウィッチの断面がこちらに顔を見せていた。たっぷりのタマゴ、野菜と分厚いハム、魚のオイル漬け。色鮮やかさが目にも楽しい。

「すごいね。リナリアが作ってくれたの?」

 唇をとがらせてリナリアがうなずいた。

「で、でも、あんまり作ったことないから、おいしくないかもーーって、勝手に食べるんじゃない!」
「ん、おいひい。良い味らよ」

 お世辞でもなく、本当においしかった。魚のオイル漬けのサンドウィッチは初めて食べたけれど、ぴりっとした辛さとクリームチーズがパンによく合う。

 疲れた身体はよほどエネルギーを求めていたらしく、空腹に気がつくと食べる手が止まらなかった。
 あ、これもおいしい、こっちも良い、と両手に持って夢中で食べてしまった。

 ふと見ると、リナリアはちっとも食べずに僕のことを上目で見ている。

「僕ばっかり食べちゃってたね、ごめん」

 リナリアは首を振った。笑っていた。

「ううん、いいの。いっぱい食べて。ユウのために作ったから」
「……お、おう」

 不覚にも今日の心臓の最高値が更新された。

 急にどうしてか胸がいっぱいになって、サンドウィッチを飲みこむのに苦労したものの、僕は期待に応えるべくしっかり食べた。この味と思い出を忘れないようにしようと決心した。

 それから二人で並んで座って、山頂からの景色を眺めた。

 日差しはあたたかく、雲の歩みはゆるやかだ。喫茶店とはまた違う独特な時間の流れがあるみたいに落ち着ける。

「気持ちがいいね」

 としみじみ言うと、リナリアが小さく笑った。

「癖になりそう?」
「どうかな。途中が困難すぎるからなあ」
「慣れたら大丈夫よ」
「リナリアが一緒に来てくれるなら頑張るよ」

 こつん、とリナリアの肩が僕の肩にぶつかった。

「じゃあ、また来ましょ」
「……今度はへばらないようにしないとね」
「期待してる」とリナリアが立ち上がった。「まずは今から、山を降りないとね」
「楽しみすぎて吐きそうだ」

 登ったら、降りる。来たら、帰る。物事の道理というやつだろう。

 僕は思い腰をあげて、歩き出したリナリアのあとをついていく。彼女が振り返って、微笑んで、「はやく」と手招きした。

 道理は道理だけれど、それを守らなくても良いときもきっとある。帰らないで留まることを選んで、そうして見つける大事なものもあるはずだ。

 ただ、まあ、山の上からは帰らなきゃだめだろうなあ。

 僕はため息をこぼしつつ、リュックを背負い直した。
 

 了





ーーーーーーーーーーーーーー
<まだだ……まだ終わらんよ……>
 書籍版は無事完結しましたが、明日はコミックス版の発売日や!
 みんなよろしく買ったってや! これで人気大爆発したら7巻があるかもしれへんで!

 ということで、コミックスも可愛いからぜひ見てね。たまごかけご飯回もあるよ。なぜそれをチョイスした……?


▽レス返信もコミカライズしたいところ
>最近、近所に新しく喫茶店が出来たのを見かけ、コーヒーを飲みながら店の老夫婦とお喋りしていて。
>そういえば俺が喫茶店に行くようになったのはこの作品の影響だな。当時は学生だった。
>などと思っていたら。急にこの作品はもう完結してしまったんだな、となんだかさびしくなってしまいました。
 そんな素晴らしい時間を過ごすきっかけになれたなら、この作品が生まれた価値もあります。
 あなたの心にフォーエヴァー……。

>7巻からはノルトリの逆襲が始まりますね。
>えっ、6巻で終わりなの…
 ノルトリの逆襲は幻となったのだ…。

>たまにこっちに顔だしてロリが出て来る喫茶店の話を昔みたいにしましょう
 ここだけの話、次回作はヒロリン…おっとここまでだ。

>読み終わった後の表紙は完璧に事後になってて早くアフター出すんだよバンバンって感じに気持ちが高揚しますね。
 智代アフターしか思い浮かばなかった。ユウが記憶喪失になるパターンかな…。

>数年前にこの感想で言ってた漫画化→アニメ化の流れが来ているのかと
>嬉しさと同時に困惑している
 まさに預言者よ…アニメ化はさすがに遠いけれど、コミックスになっただけでも驚きのこと…!

>もちろん次の作品はもっと性癖ぶちまけた感じですよね? 期待してます!
 もちろんおじさんが出るよ!


 いつもながら感想、祝福、ありがとうございます。
 次回作はもう書きあがっているので、そのうちに情報出せると思いますが、これからもお付き合い頂けるとベリーハッピー!
 今後ともよろしくですよ!
 ウェブ版も更新していきたいところだけれど、風見鶏さんの筆の遅さはもうご理解しているでしょう…たまに覗いてみてね!!







[6858] season3が勝手に始まってるのがウェブの良いところ
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:906b829c
Date: 2020/02/18 19:25
異世界喫茶 シーズン3「エンディングの後でも人生は続いている」


 緩やかな時間というのは、誰にでも必要なものだ。聖人君主だって、極悪人だって、大金持ちだって、一文無しだって、穏やかな時間を手に入れる権利は平等だ。
 たとえば、ちょっと大通りから離れた喫茶店なんか、どうだろう?
 中に入ると、ぴしりと糊のきいた真っ白なシャツを着たマスターが−−この場合は僕のことだけれども−−グラスを磨いたり、コーヒーを淹れていたりする。
 座る席は自由だ。誰も案内をしないし、強制もしない。
 ちょっと世間話がしたかったり、人恋しい気分だったり、何気ない会話で気を紛らわせたいことがあるときはカウンターがおすすめだ。
 日頃は追い立てるような生活を送っていて、なんとか見つけ出した隙間に、自分の時間を楽しみたいのであれば窓際の席が良い。窓から通行人を眺めながらぼんやりと過ごす時間は、言葉では説明できないほどの心地よさを感じさせてくれるだろう。
 喫茶店の何が良いかというと、そりゃもちろん魅力はたくさんあるのだけれど、マスターの醸し出す距離感がなによりだ。
 他人行儀な親しみが大事なのだ。近すぎず、かといって遠すぎず。気軽に会話はできるけれど、気安く話しかけるわけではない。ひとりになりたいときはそれで良いし、ちょっと話したいときはいつでもそこにいる他人。
 そうした存在がいる小さな店内には、温かい無関心が満ちている。気を使わず、自分を取り戻すことができる。だから、喫茶店は良いのだ。
 ただ、カウンターで号泣されているとなると、話はまた別だ。僕もさすがに、無関心というわけにはいかない。
「……本を抱えて何で泣いてるかな君は」
「う、うぐ……ユウさんはこれを読んでいないからそんな冷血なことが言えるのですわ……」
 ずずっ、と鼻をすすって、アイナが僕を見上げた。目も鼻も真っ赤になっている。
「本でそんなに泣いた経験はないなあ」
「あなたは人の心がないんですの!?」
「よし、表に出ろ」
「この本はですね、作者が十年前に書いた小さなお話が始まりとなってですね」
「聞けよ」
 アイナは一度思い込んだら驚くほどにマイペースな一面を見せる。それはもう、僕のことなんか目にも入らない様子で一生懸命に本の解説をしている。
「つまりは良い話だったってことでしょ?」
「つまりはそういうことです。はあ……ついに完結してしまうとは。さびしいですわ」
「さびしい、ねえ」
 たしかに、漫画が完結してしまったときに、もう続きがないということに落胆した記憶はあった。けれど、それは寂しいという感情とはまた違ったものに思える。
「読書の良いところはですね」とアイナが人差し指を立てた。「存分にその世界に入り込めることですわ。劇やオペラは目の前で行われますから、わたしたちはそれを観ているのです。けれど小説に描かれた情景はまぶたの裏で描かれ、登場人物の声は心で聞き、その心情はまるで自分自身のことのように思えるのです」
「なるほど、さっぱり分からない」
「あなた本当にバカですわね」
 と、冷め切った目線で見られた。冗談だったのにな……。
「とにかく、良い小説とは物語と読者を同化させてしまうのです。大好きだった物語が終わるというのは、自分の一部が切り離されてしまうような辛さなのです」
 そうして、アイナはまた、うっうっ、と本を抱えて泣き始めた。
「でも良い結末で良かったですわ……あ、コーヒーのお代わりをくださいな」
「自分の一部が切り離されたわりには元気だね……」
「とんでもありません。わたしの心にはぽっかりと空虚な穴が空いていますわ。なのでもう一度、一巻から読み返そうと思って持ってきたんですの」
 言って、アイナは鞄から分厚い本を取り出し、一冊、二冊、三冊……と次々にカウンターに積み上げていく。
「……それ、今からここで読むの?」
「もちろんですとも。今日は学院もお休みですからね。最初からそのつもりでした。コーヒーとお菓子を傍らに、好きな物語を読み返す……ああ、なんて至福なんでしょう」
 うっとりと本の表紙を撫でる表情は少しばかり距離をおきたいけれども、それだけ本を、物語を愛しているのだろうという感情はよく分かった。
 僕は苦笑しつつも、コーヒーの準備に取り掛かる。あの本を一日中読むというなら、コーヒーもたっぷり必要になりそうだ。
 アイナはうきうきと本を開いている。口元にはかすかな微笑みがある。それはどこか懐かしそうで、少しだけ幼げだ。その本を初めて読んだ昔のころの気持ちに戻っているのかも知れない。
 そこまで楽しんで、大事に思ってくれる人がいて、作者もきっと嬉しいだろうなと思った。作者が物語を結んでも、読者はその世界を何度でも楽しめるし、物語の登場人物たちだって、読者の心のなかでひっそりと生き続けるのではないだろうか。アイナが言うように、物語と読者が同化してしまうのであれば。
 だからまあ、終わりといっても、そう寂しがる必要もないはずだ。ページの先がなくなっていたって、物語というものはずっと続いているものだし。
 僕はランプに火をつけ、サイフォンに熱をいれる。コーヒー豆を砕き、カップを準備する。今日もそうして、僕の日常は過ぎていくし、明日もきっとそうしているだろう。
 カランカラン、と弾むようにドアベルが鳴った。
「−−いらっしゃいませ。あっ、お久しぶりですね。どうぞ、お好きな席へ」






「ダブルダブルの友人」

 ある時、思い出の本と古い友人は同じ存在だ、と言う人に会った。
 僕が「その心は?」と訊くと、彼は「久しぶりに会うと懐かしい」と笑った。
 普通の答えですね、なんて軽口を返したら、彼は鼻の下を掻き、「そのうち分かるさ」と答えた。
 僕は異世界からやって来た人間だ。もちろん、嘘をついているわけでも、幻覚を見ているわけでもない。自分でも疑っていた時期もあったけれど、今ではすっかり受け入れている。
 この世界には魔術と呼ばれる、独特の文明が発達している。なにもないところで火を熾したり、祈るだけで人の怪我を治すことができる。迷宮と呼ばれる地下空間があって、そこでは僕が見たこともない凶暴な生き物がいる。
 僕の常識をぶち壊すような世界に放り出されるようにして生活を始めて、三年が過ぎた。もう三年、まだ三年。たった二文字の違いに過ぎなくても、そのなかに詰め込んだ感情は本を六冊使ったって書ききれない。
 けれどまあ、普通に考えれば、たった三年だろうか。この世界に住む人と肩を並べるなら、僕は三歳児ということになる。子供のころの友人もいないし、思い出の本だって本棚にはない。
 異世界に来て失ったものは多いけれど、そのひとつは間違いなく「懐かしい」という感情だ。まるで新品の家電に囲まれた新居に引っ越したようで、僕だけが古臭く浮ついているような気分なのだ。それもようやく、慣れてはきたけれど。
 日差しの眩しい午後のことだった。ふらっと、なんの前触れもなしにその人が扉を開けたとき、僕は始めてこの世界で「懐かしい」という感情を見つけることができた。
 目を丸くする僕に、片方の唇だけを上げるようにして笑って見せて、ベルゴリーさんは片手を挙げた。
「よう、男前になったじゃねえか」
「……思い出の本を見つけた気分です」
「俺の言ってた意味が分かったろう?」
 僕は息を吹き出すように笑って、ええ、はい、と頷いた。
「久しぶりに会うと懐かしい」
「その通り」
 ベルゴリーさんは人差し指を振りながら入って来た。そうして店内を見回しながら、ひゅうっと口笛を吹く。
「あの頃とは大違いだな。ちゃんとした店になってる。それに」と、ベルゴリーさんは、カウンターに座っていたアルベルさんにウインクをした。「美人な客もいる」
 アルベルさんは目つきを鋭くして睨み返し、その視線を僕に向けた。僕は苦笑しながら、首を振った。
「いつものですね?」
「ああ、いつものだ」
 ベルゴリーさんは椅子を引いて腰をおろすと、ゆっくりと息を吐いた。
「いや、本当に懐かしいな。お前がまだ店をやってるとは思わなかった」
「どういう意味ですか、それ」
「いつ行っても客は俺以外誰もいねえわ、あるのは苦い泥水だわ、店主は怯えた顔した子供だわ、早々に潰れちまうだろ、そんな店」
「……改めて言われると、ごもっともです。お恥ずかしい」
 ベルゴリーさんは、この店を始めたときのたったひとりのお客さんだった。本当に、一番始めの。それはゴル爺が来るよりも前のことだった。
 僕はわずかばかりの緊張を静かに吐き出して、コーヒー豆を挽いた。ふわりと香る焙煎された豆の匂いは、簡単に時間を遡る。今までろくに思い出したこともなかったのに、三年前の思い出があまりにも鮮やかに浮かんだ。
「あの頃はお世話になりました。勉強させてもらいました」
「口調まで大人になってやがる」
 ベルゴリーさんが肩を揺すって笑った。
 この世界で喫茶店を開店したはいいものの、この世界の根本的な常識もないし、お客さんはこないし、大変な時期だった。もともと、向こうの世界で実家が喫茶店だったからという理由で始めてはみたものの、商売のやり方という点では僕はまったくの素人だったのだ。接客のイロハや、料理の味、世間話の仕方まで、ベルゴリーさんから学んだことは多い。
 あのころはこうして、毎日、ベルゴリーさんにコーヒーを淹れていた。
 火を入れたサイフォンで、水がお湯へと変わっていく。こぽり、こぽりと、少しずつ泡が大きくなっていく。
「……まったく、急にいなくなったと思ったら、また急に来て。驚かされっぱなしですよ」
「わりぃわりぃ。色々あるもんでね、俺も。ほら、人気者だから。お姉さんの視線もつい独り占めしちまうしな」
 アルベルさんは肩をすくめ、カップを口元に運んだ。
 ベルゴリーさんのそういう、いつでも余裕を持って、いつでもどこか掴み所のない態度が、あまりにも懐かしくて、僕は不意に泣きそうになった。懐かしい、という感情はあまりにも大きな塊だった。胸を中から押し上げるようにして、外に溢れ出そうとするのだ。
 僕は歯を噛み、笑った。そうすることができるようになった。それが、三年という時間だった。
 コーヒーの粉を入れたロートを差し込むと、フラスコから押し上げられたお湯が上がってくる。僕は木べらを持ち、差し入れた。くるりと混ぜる。何度も何度も繰り返して来たことなのに、この瞬間のことを、僕はまた忘れないのだろうと思った。懐かしい本をしまうように、思い出の本棚にそっと立て掛けておくのだ。
「古い友人ってのはさ、いつの間にかいなくなっちまうもんだよなあ」
 ベルゴリーさんが言う。
「そういうものですか」
 僕は火を消し、抽出の終えたコーヒーをカップに注ぐ。
「ま、別にいいんだけどな。最後に挨拶くらいはしてってほしいもんだろ、やっぱり」
「それは、どうでしょうね。挨拶をしたくなかったのかもしれませんよ、お別れが言いたくなくて」
「だったら、そいつは不器用なやつなんだろうな」
 ティースプーンで砂糖を二杯。それからミルクを二杯。それが、ベルゴリーさんの「いつもの」だ。
「どうぞ、ダブルダブルです」
「実はな、俺は一言、お前にどうしても文句が言いたかったんだ」
 ベルゴリーさんはカップを受け取ると、すっと一口を啜った。ぐうっと顔に皺を寄せると、大きくため息をついた。
「こいつはマジで癖になる。どうしてくれるんだよ、え? また飲みたくなっちまうだろ」
「またうちに来てくださいってことですよ」
「そうだな、三年経っても潰れてなかったしな。また来るか」
 へっへっ、とベルゴリーさんは笑った。僕もへっへっ、と笑い返した。
 ドアが鈍い音でノックされた。ベルがこすれるように鳴った。
「……さあて、また出かけることにするか」
 ベルゴリーさんは、残ったダブルダブルをまた一口啜って、半分ほどに残ったそれを名残惜しげに見つめた。それからわざとらしくポケットを叩いて、おっと、と僕を見た。
「悪いな。久しぶりに来たのに財布を忘れちまった」
「ツケにしておきますよ。ただし、ちゃんと払いに来てくださいよ?」
「助かるね、さすが馴染みの店だ」
 ベルゴリーさんは立ち上がった。目の端でその動きを捉えていたアルベルさんにまたウインクをしてみせた。
「心配ないよお嬢さん。古いダチに挨拶に寄っただけさ」
 ベルゴリーさんは僕に「ごちそうさん」と軽い声をかけて、最後に見たときと代わりのない、なんでもない後ろ姿でドアに向かった。
「ベルゴリーさん」
 とぼくが呼び止めると、彼は振り返った。
「思い出の本と、古い友人は同じ存在だ」
 ベルゴリーさんはにやっと笑って「……その心は?」と言った。
「いつまで経っても、どんなに古びても、どんなに変わっても、大事なもの」
「いい答えじゃねえか」
 彼は鼻の下を掻き、片手を挙げて、僕に背を向けた。そしてもう振り返らなかった。
「次はいつ来れるか分からねえけどな。ま、潰れねえようにがんばってくれよ」
 軽い調子で言って、ベルゴリーさんは店を出て行った。それから少し経って、馬車が重々しく走り出す音が聞こえた。
「マスター、今のは」
 と、アルベルさんが静かな声で言った。
「ええ、そうらしいですね」
「……驚いたな。あの男があんなに穏やかな顔をするとは。とてもじゃないがーー」
「アルベルさん。失礼ですが、この店では関係がないことですよ」
「……そうだったな。すまない。失言だった」
 僕は首を振って、カウンターに残されたカップを眺めた。
 いつの日かまた、彼のためにコーヒーを淹れる日がやって来れば良いと思った。その時、僕はこの日のことを思い出すだろう。古びた思い出の本を開くように、この世界で初めての歳の離れた友人のことを。
 けれど今はまだ、中身を残したカップを片付けられないでいる。
 



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▽「放課後は、異世界喫茶でコーヒーを」は完結したと言ったな? あれは嘘だ

 お久しぶりでござるな。
 たまに思い出したように更新するのがこの小説の醍醐味よ。
 ちなみにファンタジア文庫から2/20に新作が発売されるから、よかったら買ってみてけろ。
 試し読みも掲載されてるよ!
「さよなら異世界、またきて明日」っていうんだ。滅びかけの異世界をハーフエルフの少女と
旅をするよ。よろしくな!


>でも、この小説が本当に終わってしまうのは少し寂しいですね。
 あなたの心の中で続くのさ…

>お妾さんと仲良くするのも大事ですが、新ヒロイン(ゴル爺)や妹(ノルトリ)も大事にしないといけませんよ。
 出版社都合で王道ルート。セーブデータをロードして他の√も遊んでね!!

>7巻からはノルトリの逆襲が始まりますね。えっ、6巻で終わりなの…
 売り上げの都合上……うん……

>最終的に何が言いたいかといえばWEB版の更新もお願いします。
>自由かもしれない、でもエタるのは悲しいです。
 エタる…何もかも懐かしい響きだ…

>やっぱりヒロインがロリじゃないから終わってしまったのでs
 もしかしてそうかなと思って新作はロリヒロインだよ。内緒だよ。

 相変わらずの温かいコメントありがとうございます。
 今後ともよろしく頼みますぞ!



[6858] たったひとつの美味しいカフェオレ
Name: 風見鶏◆cf775fa6 ID:906b829c
Date: 2022/03/17 18:34


 純粋なものは美しい。混じり気がなく、ただひとつのもので構成されていて、迷いがない色をしている。つまりブラックコーヒーのことだ。

 コーヒーの楽しみ方というのは、もちろん人それぞれである。誰にでも自分だけの好みがあり、それに合わせて味を変えることは自由である。コーヒーにミルクを入れようと、砂糖を入れようと、お酒を入れようと、ホイップクリームを入れようと、それを否定する理由はない。

 それでも僕の個人的な好みを言うなら、コーヒーはブラックが好きだ。
 純粋で、混じり気がなく、迷いがない色をしている。豆の種類、焙煎度、粉の荒さ、抽出……自分の淹れ方による味わいの変化が、真っ直ぐにでる。

 コーヒーは美しい。
 その色味は黒曜石を砕いたようであり、夜空を溶かしたようである。そこにミルクを混ぜると、やはりそれは美しい純粋さを損なうように思えてしまうのだ。

 そんなことをノルトリに話すと、小さなあくびを返された。今日も今日とて昼も過ぎた頃にやってきたノルトリである。もちろん学校はサボっている。

 窓からは、昼下がりの暖かい陽気がもったりと降り注いでいる。それはノルトリの肩に羽毛布団のようにのっている。ノルトリは瞼が落ちるのを懸命に堪えている。それは起きるために必死に抵抗しているのではない。眠りに落ちる一瞬の手前、そのいちばん心地が良いところにできるだけ長く居座ろうとする、彼女なりの戦いなのだ。

 こういうときのノルトリには、何を言っても通じない。どんな話も右から左へ受け流す。
 だから僕もまた、日ごろは誰かに話しもしない日々のちょっとした考えなんかを、こうして打ち明けることができるのだった。ノルトリができるだけ長く意識を保っていられるように協力しているつもりでもある。

 しかし今日は珍しく、ノルトリは話を理解していたらしい。腕枕にくてっと柔らかい頬をのせたまま、いつもよりもかなり細くなった瞳で僕を見た。

「……ユウは、カフェオレが嫌い……?」
「嫌いってことは、もちろんないよ。ただ好んで飲むってことがないくらいで」
「どうして……?」
「やっぱりブラックのコーヒーが好きだからかなあ」
「カフェオレのことは好き、じゃない……? ユウの作るカフェオレは……おいしいのに……わたしは……すき……」

 声はだんだんと尻すぼみになって、ついに聞き取れなくなってしまった。ノルトリは夢の草原に落ちていった。

 僕は手にグラスを持ったまま、衝撃に襲われていた。どうして今、この瞬間に、その衝撃があったのかはわからない。けれど昨日まではまったく思いもしなかったことに思い至る瞬間というのがある。それがいまであり、ノルトリの言葉によって引き起こされたのだ。

「僕は、カフェオレのことを好きじゃないのか」

 この世界では、コーヒーの人気がない。親しみもなく、苦い液体を飲んで楽しむ習慣がない。最近はようやく、コーヒーを楽しんでくれるお客さんも増えたが、カフェオレの方が人気があるのは間違いなかった。甘く、まろやかで、飲みやすいからだ。

 そのことにどこかで不満を感じていた自分に、気づいた。
 そうだ、僕はコーヒーが好きだ。けれどその魅力は伝わらず、カフェオレの方が美味しいと言われることが多い。

 好きじゃないものを作り、それが美味しいと言われることに、どこかで卑屈さを感じていなかっただろうか。なんだ、本当の魅力もわからない人たちだな、と壁を作ってはいなかっただろうか。

 お客さんは美味しいカフェオレを求めているというのに、僕はそれを提供することに手を抜いていなかったか?

 僕は喫茶店のマスターである。たしかにコーヒーが自慢だ。けれど、喫茶店の役目とは、ほっと息をつける時間と場所を提供すること……僕の自慢のコーヒーを押し付けて美味しいと言ってもらうことではないのだ。

「ああ、くそ、なんてことだ……!」

 僕はあまりの重大さに布巾を放り出して、グラスをそっと置いて、頭を抱えてしまう。

「僕はなんて未熟な存在だったんだ!」
「……マスター、急にどうしたのよ?」

 カウンター席に座っていた男性が、目を丸くしていた。

「すみません、つい取り乱してしまって……ガイックさん、そのカフェオレ、美味しいですか?」

 奇遇にも、ガイックさんに提供したのもカフェオレである。ノルトリとは配分や甘さが違うけれど。

「え、そりゃ美味いよ。真っ黒なコーヒーはちょっと飲みづらいけどさ、こうしてミルクと混ざるとさ、いいよな。柔らかくなる」
「柔らかい」

 繰り返した言葉の響きすら、新鮮なものに思える。
 僕はカフェオレのことを見ていなかった。作り方や配分、ミルクの選び方、鮮度……それらにちゃんと気を配っていただろうか?
 美味しいものを作ろうと、そういう意識でコーヒーとミルクを混ぜていただろうか?
 毎回の温度がブレていないか注意しただろうか?

 コーヒーに何かを混ぜることを、僕は良いものとは考えていなかった。
 コーヒーは純粋だからこそ美しい。ミルクを混ぜれば濁ってしまう。
 そう考えていた。そうこだわっていた。けれどそれは、独善ではなかっただろうか。こだわり、といえば聞こえはいいが、新しい可能性を切り捨てるだけの盲目ではなかっただろうか?

 僕は急いでコーヒーの準備をした。いつも作っているカフェオレを、改めて作った。ミルクを温め、コーヒーは濃い目に抽出し、混ぜ合わせる。そして飲む。

「……僕は愚かだった」

 優しさが溶けたような乳褐色の水面を見つめ、呟き、カップを置いた。
 ああ、カフェオレだ、と。それだけの感想でしかない。たしかに、美味しい。飲みやすい。柔らかである。けれどこれは、コーヒーにミルクを混ぜただけの飲み物だ。
 しかしそれはカフェオレの存在を否定するではない。僕がそう作ってしまっただけなのだ。

 そのままのコーヒーでは受け入れられないから、仕方なくミルクを混ぜて、誤魔化している……そんな意識だから、僕は自分で作っておきながら、自分のカフェオレを好きと言えない。すべての責任は僕の心にあったのだ。

「ガイックさん」
「お、おう?」
「失礼しました。また明日、来てください。本物のカフェオレをお出しします」
「いや、これでいいと思うんだけど……美味しいし」
「いえ」と僕は断言する。「これはカフェオレじゃないんです。コーヒーとミルクを混ぜたものなんです」
「……どう違うんだ?」
「混ぜただけのものは美しくありません。本当の意味でカフェオレになったとき、それはひとつの存在として純粋で、だから美しいはずなんです」
「……マスターはあれだね、哲学者みたいなことを言うんだね。よくわからないけど、楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます。本日のお代はけっこうですので」
「……哲学者じゃなくて、職人のほうだったね」

 と、ガイックさんは苦笑した。
 
   φ

 翌日の昼である。ノルトリは今日もまた、暖かな陽光のなかでうとうとと目を細めている。

「ガイックさん、お待たせしました」
「マスター、目の下のクマがすごいけど……」
「大丈夫です、ちょっと一睡もしなかっただけなので」
「徹夜でなにをしてたんだ?」
「もちろん、カフェオレの探求です」

 コーヒー豆の選定と、焙煎の度合い。深煎りと浅煎りによって、ミルクとの味わいがどう変わるか。そして抽出時間や、お湯の温度。ミルクとの配分……知るべきことは山のようにあり、寝ている時間がもったいなかった。

 まだまだ、深めるべき味がある。できるなら市場を回って最高のミルクも探したい。
 けれど、今日明日、慌てたところで、急に正解が見つかるものでもないことは分かっている。コーヒーとはそんなに浅い世界ではないのだ。

 徹夜で向き合ったのは、僕自身の意識の改革のためという点が大きい。
 本気でカフェオレと向き合い、その調和を求めるという意識。熱い鉄を叩けば形が変わるように、僕の中の意識が熱を持っている間に、認識を叩いて変える必要があったのだ。

 そうして淹れられたカフェオレは、昨日と同じであって、同じではない。名前は変わっていなくても、中身はすっかり変わっている。
 カップの中にあるのは、コーヒーとミルクが混ぜ合わされたものではない。ふたつの素材を溶かしこみ、新しいひとつの形へと昇華した、言わば僕の手による調合。人工の宝石。カフェオレという新たな純粋な頂の一つ……。

 黒でもなく、白でもない。柔らかな色味を、今の僕は美しいと断言できる。

「どうぞ、飲んでください。これが本物のカフェオレです」
「……そ、そうか」

 ガイックさんはどこか緊張した面持ちでカップを取り、口をつけた。
 そして「むっ」と声を漏らすと、厳かに頷いた。

「これは、確かに、昨日とは違うね」
「ええ、そうでしょう」
「まるで別物の味がする」
「ええ、そうでしょう」
「柔らかくて、濃くて、本物の味だ」
「ええ、そうでしょう」
「美味しいよ」

 僕は我が意を得たりとうなずいた。昨夜の探究は素晴らしい経験だった。真剣にコーヒーとミルクと向き合い、自分の心を叩き、新たな美しさを求めることは、僕自身を大きく成長させてくれたように思う。

 カフェオレ。実に悪くない飲み物だ。それは決してコーヒーの派生ではなく、カフェオレというひとつの奥深い世界なのだ。今後もたゆまず研鑽する必要があるだろう。

「ねえ、ノルトリ、今日のカフェオレはどう? 昨日と淹れ方を変えてみたんだ。美味しくなってないかな?」

 昨夜の努力の手応えと、徹夜による寝不足のテンションで、日ごろなら訊かないようなこともつい口走ってしまう。
 ノルトリは眠たげに細めた目を片方だけ開いて、僕に言う。

「…………わからない……」
「え」

 僕は愕然とした。あんなに全てを変えたのに……? 焙煎時間を5分も伸ばし、抽出するときのお湯の温度も6度も下げ、時間は15秒も伸ばしたのに……!?
 味に違いが出ていないはずがないのに!
 目を丸くする僕。しかしノルトリはいつもと変わらない眠たげな顔のまま、むにゃむにゃと言う。

「ユウのカフェオレは、いつも美味しい」

 僕は目を丸くしたまま、何も言えなかった。
 ガイックさんが「くっ」と、堪えたかと思うと、そのまま肩を震わせて笑いだした。

「そうだな、そこのお嬢ちゃんの言う通りだよ、マスター。このカフェオレはたしかに美味い。でも、昨日のカフェオレだって美味かった。それでいいじゃないか」
「……けっこう、がんばってみたんですけど」

 ガイックさんは笑いの余韻を残しながら、カフェオレを啜った。

「なに、このカフェオレの中に、マスターの頑張りも溶けてひとつになってるさ」




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▼おいおい、忘れてもらっちゃ困るな…
 風見鶏はエタらない。何度でも思い出したように蘇るさ…!







[6858] 「コルレオーネさん、曰く」
Name: 風見鶏ofほぼニート◆cf775fa6 ID:354a5b6a
Date: 2022/06/02 12:55

 自分のやりたいことと、できることは違う。それは意外と重要で、意外と気づかなくて、意外と受け入れるのが難しいことでもある。

 中学生のころ、同級生にディアスという友だちがいた。本名じゃない、あだ名だ。なんでそんなあだ名がついたのか、ほとんどの人は知らないまま、彼のことをディアスと呼んでいた。ちなみに本名は田中くんだ。

 ディアスは野球部に所属していて、甲子園に行きたいと公言していた。毎日、部活に励んでいたけれど、スタメンにはなれないでいた。

 ある日、体育の授業でサッカーをやった。ディアスは巧みな足技でハットトリックを決めた。ディアスはサッカーがめちゃめちゃ上手かった。

 サッカー部の顧問から熱心に勧誘をされても、ディアスはずっと野球部にいた。彼はサッカーが上手い。きっと才能があった。けれど、彼が好きなのは野球だった。

 本人の好きなことと、その向き不向きが合致することは、けっこう、難しいのかもしれない。

 自分が好きなことのために、人は努力をする。成長して、実力が身に付く。

 けれどその実力を、簡単に抜き去ってしまうような人が、たまにいる。そういう人に限って、別に興味はないけれどなんて冷めた顔でいる。

 好きだけれど、努力をしても実らないことと。
 すでに実ってはいるけれど、好きではないことと。

 どちらの立場でも、きっと複雑な心境になるだろうなと思う。
 お互いの素質や熱意を交換できれば、誰もが心も穏やかに笑顔でいられるだろうけれど、そうともいかないのが人生の難しいところで。

「マスター、あれ作ってよ、あれ、はんぎゃーご?」
「ハンバーグのことですか? すみません、下準備が必要なので、すぐにはできないんですよ」
「ねえねえ、マスター。あたしまたあれが食べたい、はんもかんつぁ」
「ハムカツのことですか? すみません、綺麗な油をたくさん用意しないといけないので、すぐにはできないんですよ」
「マスター、今日はあれあるかな? おんからっす」
「オムライスのことですか? すみません、もうご飯が完売で、今日は終わっちゃったんです」

 やってきた三人組のお客さんが、声を揃えて「ええー」と残念そうに言った。
 彼らは冒険者のパーティーである。

 我が喫茶店は、迷宮につながる通りの、さらにまた目立たない場所にある。迷宮に用があるのはやっぱり冒険者がほとんどだ。けれど、うちには冒険者の常連さんというのは、意外と少ない。

 冒険者というのは肉体労働だ。命を懸けて凶悪な魔物と戦う仕事だ。

 となれば、行く前にも帰ってきた後にも、美味くて味の濃い食事や酒を豪快に食らうというのが当然だった。

 いまだによく分からない黒い液体程度の認知しかないコーヒーや、うちで出すような軽食では、物足りないのだ。

 この世界でまったく普及していないコーヒー文化を広める役目を担っていると自負する僕としては、是非とも冒険者の方々にこそコーヒーを知ってほしかった。

 コーヒーには山ほどの効能がある。カフェインがあれば眠気もさっぱりするし、ずっと緊張を強いられる状況で、ほっとひと息をいれるのにも最適だ。コーヒーの香りでリラックスすれば、迷宮から帰ってきたその日も安眠できること間違いなし。

 それになにより、冒険者というのは怖いもの知らずな人が多い。
 一般の方に忌避されがちなコーヒーも、冒険者の皆さんなら意外と抵抗感なくグイッといってもらえるのではないか?

 そう考えた僕は「冒険者の方々いらっしゃい月間」をこっそりと開催したのである。
 といっても、大々的に告知をする方法もないし、そんな権力や資金もない。

 そこで考えたのが、僕の世界の美味しいご飯で引き寄せよう、という考えだった。

 冒険者は美味しいご飯が大好きだ。それは間違いがない。うちの店に来る冒険者さんたちは、みんな食事に目がなかった。

 そこで、そんな彼らが気に入るであろうメニューを用意して、こっそりと知り合いに宣伝してもらえるようにお願いしたのである。

 普段は用意しないようながっつりとしたメニューを、ランチ営業限定で用意した。それがハンバーグであり、ハムカツであり、オムライスだった。

 僕の調理技術と、あくまでもうちは喫茶店だぞというプライドと。そのすり合わせを行った結果のラインナップだが、これは僕の想像を越えて人気になってしまった。

「マスター、おれたち腹ペコなんだ。なにか作ってくれよう」

 筋骨隆々の体躯に、顔を覆う無精髭、つるりと剃られたスキンヘッドの男性が、背中を丸めてしょんぼりと言う。

「そうだそうだー! あたしも腹ペコだぞー!」

 ワニ革のような質感のジャケットを羽織った獣人の女性が合いの手を入れながら拳を振る。

「こいつらもこう言ってるしさ、なんとか頼むよマスター」

 と苦笑しながら、片眼鏡の青年が両手を合わせる。

 彼らを相手に、さすがに「うちは喫茶店なので、軽食しかないんですよ」とは言えない。そもそも冒険者の皆さんを呼ぼうと、がっつりと食べられるメニューを用意したのは僕なのだ。

 うちは食事メニューはありませんよ、なんて言えるほどの硬派な喫茶店にも憧れるけれど、今は求めてくれるお客さんがいることに感謝するべきだろう。

「わかりました、あり合わせの物になりますけど、それでもよければ」
「やりぃ!」

 と、獣人の女性が指を鳴らしてテーブル席に駆けていく。

 僕は冷房庫を開け、さてどうしようかと頭を悩ませる。

 僕の実家は喫茶店をやっていた。だからこうして、異世界に来た今でも喫茶店をやっているわけだけれど。料理屋ではなくて、喫茶店にしたのにはもうひとつ、料理の腕前に誇れるものがない、という理由もあった。

 僕の腕前というのは一般的なものだと思う。ちゃんとした料理屋で学んだわけでもないし、味付けも技術も家庭の範疇を超えない。

 それでもこの世界で僕の料理を美味しいと食べてくれる人がいるのは、やはり物珍しいからでもあるし、料理に手間をかけるという意識がまだまだ低いからだ。

 つまり、僕の料理が飛び抜けて素晴らしいから、ではない。正しい技術も、積み重ねた経験もない。そんな料理を提供することに、だんだんと罪悪感のようなものを感じてきてしまった。

 ううむ、と悩む。

 美味しい料理で冒険者の皆さんを呼び寄せ、コーヒーを広める。

 その戦略は間違っていなかった。常連さんの口コミのおかげで客足は増えている。コーヒーの普及はまだまだだが、楽しんでくれる人もいる。

 想定を超えていたのは、料理を頼んでくれる人が多いことで。

 コーヒーなら、僕は多少なりとも自信を持っている。
 実家では祖父にも父にも、コーヒーについての知識や、淹れ方の技術を教わっていた。毎日、自分なりに研究や工夫もしている。だから美味しいと言ってもらえると素直に嬉しいし、心地よくお金をもらえる。
 しかし、料理となると、どうも落ち着かない。

 僕は冷蔵庫の中にあった食材で、山のような鳥の照り焼きを作ってみた。今朝、お届け屋さんであるシルルが持ってきてくれた、巨大な脚の塊肉を豪快に切り分けたので、量も迫力もたっぷりである。

 それをテーブルに運べば、三人は歓声をあげてフォークを刺した。冒険者である彼らの食べっぷりも豪快である。

 僕はカウンターに戻り、彼らが食べている姿を遠目に見ながら、さっきまで考えていた悩みを、目の前の人に話してみた。

 椅子の上にさらに専用の小型椅子を置いて、コーヒーを啜りながら新聞を読んでいるのはコルレオーネさんである。見た目は小さくてもふもふで愛らしいウサギなのだが、裏社会の取り仕切り役を担うマフィアのボスである。僕はいまだにその現実をちゃんと把握できていないけれど。

 コルレオーネさんは人間用の大きな新聞を隅々まで眺めている。

 ふむ、と頷くと、とても目の前のウサギさんから聞こえるとは思えない重低音の声が響いた。

「君がどう思うかは、客にとっては関係がない」
「……おっしゃる通りで」
「客はきみに求めるものがあるから、この店に来ている。そして、きみはそれに応えられる力を持っている。そうではないかね?」
「そう、でしょうか」

 自信を持って頷くことはできない。

「……私が見るに」

 と、コルレオーネさんはテーブル席に視線を向けた。

「みな、笑顔でいるようだが?」

 僕もつられるように目を向ける。
 テーブル席では、三人がわいわいと騒ぎながら、僕の作った料理を奪い合うように食べてくれている。
 ふと目が合うと、彼らは僕に手をあげた。

「マスター! これうめえよ! テキィヤィだっけ? また作ってくれよ!」
「違うって、キーヤィキだってば」
「まあ名前はなんでもいいだろ、美味いんだから」

 料理名はまったく当たっていなかったけれど、たしかに三人は笑顔だった。

「……そう、ですね。喜んでくれているなら、それでいいのかもしれないですね」

 僕はコルレオーネさんに言った。肩の荷が、なんだか少し軽くなったような気がした。

「それが仕事というものだよ」

 コルレオーネさんは何でもないことのように言って、上半身を伸ばして新聞を綺麗に折り畳んだ。
 
 
 
 了


ーーーーーーーーーーーーーーー
ラノベ作家になるって行って旅立っていったあいつ、
さいきんどうしてんのかな。え?ニートになってる?世間は辛いねえ!ハハハ!
なんてことになりそうで怖い世の中、まだ生きています。でもぜんぜん本出せてねえなあ!
もっと頑張れよ風見鶏さん!!!
ということで思い出したように短い話を投げておきます。
みんなも元気でやってくれよな…さあがんばろうぜ…
お前の輝きはいつだっておれの宝物…




 



[6858] 暑い日はアイスコーヒーが一番やで熱中症気をつけて
Name: シン風見鶏はどう生きるか◆cf775fa6 ID:478500d5
Date: 2023/08/01 18:25
 夏が来ている。それも気合の入った夏だ。

 洗い立ての水滴の浮かぶグラスを、真っ白な布巾で磨いていく。

 これはコップが美しくなるだけでなく、心を落ち着ける作用もある。水滴を拭う作業に没頭することで、邪念を追い払い、頭の中はすっきりとする。

 日夜、煩雑な悩みに追い立てられている僕らの頭にはストレスが溜まっている。こうして無心状態になっている間に、脳はストレスを消化してくれているのだ。

 それだけじゃない。ほら、こうして無心になっていれば、心頭滅却火も涼し……。

「くそ暑い」

 だめだ、ついうっかり本音が漏れてしまった。

 僕は襟首まできっちり締めていたボタンをひとつ開けた。ぱたぱたと仰いで風を取り込む。

 さっき倉庫に荷物を運び込んだだけだというのに、身体に熱がこもっていた。

 店内では魔導石による冷房が室温を快適に保ってくれているが、倉庫はサウナ状態だったのだ。

 ふと見れば、カウンターにべったりと頬をつけて、ノルトリが溶けていた。磨き抜かれた木の質感は、ひんやりしている違いない。

 それでも涼は足りぬと見えて、ノルトリは眉間に皺を寄せたまま、「うぐぅ……」と苦しげな寝息を立てている。

 おっと、いけない。窓からの日差しがノルトリの背中に当たっていた。

 グラスを置き、カウンターを出て、窓のカーテン閉める。
 白地のカーテンは遮光性ではない。それでも布一枚が挟まるだけで、暑さはずいぶんと和らぐものだ。

 ノルトリの眉間が脱力したの確かめつつ、僕は店内のカーテンを閉めていく。

「なんで窓に布きれなんてつけてんのかと思ったけどよ、たしかにこりゃ必要だな」

 と、常連さんが笑う。

「そうでしょう。夏にそなえて取り付けてもらったんです。まさかこんなに暑くなるとは思いませんでしたけど」

 僕は苦笑しながら窓の外を見た。

 夏の心地よい日差し、というのは遠慮がすぎる。雲もない空は青一色。太陽に照らされた通りはうっすらと白んで見える。

 通りの建物の白壁などはもうただ眩しくて、僕は目を細めた。
 僕がこの異世界にやって来ていくらか時間も経ったけれど、こんなに暑い日はなかった。

 異世界で気候問題を気にするのもおかしく思えるが、理由を見つけたいのは人間の本能というもので、異常気象だか温暖化だかはどちらでもいいから、お前のせいで暑いんだなと文句でもつけないとやってられない。

「……冒険者の人は大変そうだなあ」

 見ていてこんなに暑いのだから、当人は僕の想像を絶して暑いに違いない。

 茹で上がるような通りに人通りはいつもより少なく、それでも仕事だから仕方なくと歩く人はいる。

 この通りの先には迷宮が続いている。迷宮に入れば外の天気など関わらないとしても、そこに辿り着くまでは避けられない道のりだ。

 命を守る武器防具を放り出すわけにもいかず、これから行く人もう帰る人それぞれが、項垂れたように疲れた顔で歩いている。

 特に獣人などは全身を毛で覆っているような人もいて、あれはたぶん夏毛だろうと思いながらも、今にも倒れそうでこっちが心配になった。

 と、その今にも倒れそうな獣人がふと顔を上げた。目が合う。
 ちらと視線をあげたのは、うちの看板をたしかめたようだ。

 足元もおぼつかぬ様子でふらふらと揺れながらこちらに向かってくる。

 おや、と僕は扉に向かった

 ––––カランカラン
 来店のベルが鳴る。

「うおっ、涼しい! 生き返る!」
「いらっしゃいませ」

 出迎えた僕を、獣人さんは見上げた。丸っこい大きな瞳に、こんがりと焼いた食パンのような毛色。目と鼻周りだけが白い。レッサーパンダ族かもしれない……と勝手に推測してみる。

 レッサーパンダさんはきょろきょろと店内を見渡した。

「ここ、店か? なに売ってんだ?」
「うちは喫茶店でして」
「キッサテン…?」
「軽い食事と飲み物を提供してます。どうですか、冷たいお飲み物でも」
「つ、冷たい飲み物か」

 ぺろ、と。レッサーパンダさんの口から赤い舌が出た。声はおじさんなのだが、見た目の可愛さはアイドル級である。

「た、高くないよな?」
「良心的な値段を心がけてますので」
「じゃ、じゃあ、もらおうかな」
「どうぞこちらへ」

 僕はレッサーパンダさんをカウンター席に案内した。

 この世界では食事と酒と宿は切り離せないものになっている。
 コーヒーを一杯とケーキをひとつ、あとはだらだらと座って過ごす。そんな店は他になく、僕が開業した喫茶店は変な店として見られていた。

 こうしてうっかり迷い込んできたお客さんは希少だ。なんとしてでも繋ぎとめて、ぜひともうちの常連になってもらわねばククク……。

「なんか寒気がする。やっぱ帰ろうかな……」
「いえいえせっかくですから涼んでいってください。なにをお飲みになりますか? おすすめはアイスコーヒーなんですけれど」
「こーひー? あの修道士やら学者が眠気覚ましに飲むってやつか?」

 あっさりと答えられて驚いてしまう。
 僕の世界であれほど普及していたコーヒーは、この世界ではめったに流通していない。

 夜中にも勉学に励まねばならない人が眠気覚ましに飲んだり、一部で薬として使われたりする程度なのだ。

「よくご存知ですね」
「うちの兄ちゃんが修道院で写本の仕事をしててよ。よく飲んでるって話だったよ。ただ、すげえ苦くてまずいって言ってたけど……」

 僕はずいとカウンターに身を乗り出した。

「それは誤解ですね。たしかに苦いものもありますが、それは豆の鮮度や種類、焙煎の仕方によって変わります。それに豆を挽いたときの粒度や抽出時の量、お湯の温度や抽出時間によって味はいくらでも変わるんです。お兄さんが飲んでいるコーヒーはたぶんそうした個々の要素が正しくなくて」
「わかった! よくわかった! 飲む! コーヒーをくれ!」
「ありがとうございます。少々お待ちください」

 僕はさっそくコーヒーを淹れる準備に取り掛かった。
 サイフォンをセットし、フラスコの中に水を注いでバーナーを着火する。

 まったく危ないところだった。コーヒーの誤解を訂正できる機会を得られたのは幸運だ。

 コーヒーの正しい知識が普及していないせいで、この世界の人たちはコーヒーを苦いやら酸っぱいやらエグいやらの泥水だと思いこんでしまうのだ。

「どこにでもこういう変わりもんっているんだな……兄ちゃんが教典について話すときとそっくりだぜ……」
「? なにかおっしゃいました?」
「いや! えーと、ちゃんと冷たいんだよな、そのコーヒーってのは」
「もちろんです。アイスコーヒーにします」
「でも、それ、お湯を沸かしてるよな?」

 レッサーパンダさんが丸っこい手で示したのは、バーナーが温めるフラスコの中だった。お湯がふつふつと沸き始めている。

「ええ、まずはお湯で抽出するんです。そのあとで氷で急冷するんですよ」
「ほえー、わざわざお湯にしてから冷やすのか。手間が掛かんだなあ」
「その手間が美味しさの秘訣なんですよ。水出しコーヒーもまた違う魅力があるんですけど」

 棚から取り出した豆をミルに移す。

 アイスコーヒーは氷で薄めることが前提だから、普通に飲むよりも濃く淹れる必要がある。多くの豆を使って美味しいところを凝縮させるという点では、エスプレッソコーヒーとも通じる贅沢なコーヒーなのだ。

 ミルのハンドルを回す。心地の良い手応えとともに、がりごりと豆の砕ける音が店内に響く。

 カーテンのおかげで日差しは柔らかい。魔石という異世界の魔法文明のおかげで、店内には冷たい空気が循環している。
 外は変わらず茹だるような盛夏でも、一歩ばかし喫茶店に入れば、青い影の中で涼やかな時間が満ちている。

 挽き終えた豆をロートに入れて、お湯が沸騰するまでの間に冷蔵庫から氷を取り出す。

 布に包まれたそれは、ハンドボールくらいはあって、まるで南極から切り出したような不思議な青をしている。

 右手にアイスピックを取り、皿の上でガツガツと氷を削る。

「へえ、良い氷だなあ」

 レッサーパンダさんの感心した声に、僕はちょっと得意げになってしまう。

「迷宮の氷室の氷だそうで。ギルドで売ってるんですよ」
「ああ、迷宮か。あそこは夏でも冬でもなんでもアリだからな。森まであるし」
「冒険者の方ですか?」
「んにゃ、冒険者を診てる」
「ああ、お医者さんですか」
「歯医者だけどな」
「え、冒険者専門の歯医者さんを?」
「ああいう仕事の奴らはほら、歯を食いしばるだろ? 割れるんだよ、奥歯が。そうなると力が入らない。それを治すんだ。それにあいつらは迷宮で歯を磨くほど勤勉じゃないくせに砂糖菓子が好きだからな、虫歯を悪化させる」

 筋骨逞しく荒くれの多い冒険者たちを、まるで駄々っ子のように言うのは小さなレッサーパンダさんだ。

 こういうところに、僕はいまだに異世界の愉快みを感じたりする。

 僕も歯医者で定期検診を受けたほうがいいかな、なんて思いながら、砕けた氷の大きなのを選んで、コーヒーサーバーとグラスに入れる。

 お湯はもうすっかり沸いていた。

 フラスコの口を塞ぐようにロートをきゅっと差し込むとすぐにお湯が上がる。

 コポコポと吸い上げられるお湯の声は、サイフォンコーヒー特有の心地よい音色だ。
 使いこんだ木ベラでさっとコーヒーの粉をお湯に混ぜ合わせる。

 木ベラを抜くと同時に、小さな砂時計をひっくり返した。これで抽出時間を計る。

「驚いた。それ、調剤器具だろ? 時間まで正確にしてんのか」

 そうか、お医者さんだから、このサイフォンが元々調剤器具だったことが分かるのか。

「コーヒーを淹れるのにちょうど良い器具だったもので、お願いしてちょっと改造してもらったんです。これを使うと味を一定にできるので。時間を計るのもそのためですね」

 ちなみにこの砂時計は45秒のものである。もちろん好みによって正解は変わるが、この豆をアイスコーヒーにするならベストな抽出時間は45秒なのである。

 砂が落ちると同時に木ベラで2回目の撹拌を行う。
 粉末のインスタントコーヒーをよく溶かすために混ぜるのも撹拌だけれど、サイフォンで同じ混ぜ方をしようものなら、その瞬間に取り返しがつかなくなる。

 サイフォンコーヒーはお湯の正確な温度管理がない代わりに、この撹拌の繊細さが重要なのだ。

 優しく、それでいて遠慮はなく、3回混ぜてから火を消す。

 コポコポと沸騰するお湯の音は消えて、フラスコの中で高まっていた圧力が抜ける。

 と、普段よりも日焼けしたように濃い色のコーヒーが管を通って、つるりとフラスコに戻ってくる。

 僕は氷の入ったコーヒーサーバーとグラスを取り、マドラーで氷をくるくると回して、どちらも全体を満遍なく冷やした。
 底に溜まったわずかな氷の汗を捨て、フラスコからゆっくりとサーバーにコーヒーを注いだ。

 僕は耳を澄ませた。
 ぱきぃ、と氷が鳴る。

「ああ、この音が僕を蘇らせる……」
「は?」

 直接グラスではなく、一度サーバーに移すのは、コーヒーを急冷しながら濃度を調整するためだ。

 急冷することでコーヒーの風味がぎゅっと閉じ込められる。けれどそのまま溶けかけた氷のままでは、すぐに薄まってしまって味わいがぼやける。

 サーバーでしっかりと冷やして、グラスの氷は冷たさを維持するために使う。

 これで夏に最高のアイスコーヒーが完成だ。
 グラスの中で氷の浮かぶコーヒーを、レッサーパンダさんに提供する。つぶらな瞳はそれをいろんな角度から眺めて、短い両手でグラスをぷにっと持ち上げた。

「……うめえ。なんだこれ。キンキンに冷えてて、水みたいにあっさり飲めるのに、香ばしい香りが鼻に抜けるじゃねえか……砂糖入ってないのに甘いし……」
「それが本物のアイスコーヒーです。どうですか、良くありませんか」

 僕が期待を込めて訊ねると、レッサーパンダさんは苦笑した。

「たしかにこいつは、兄ちゃんの言ってたコーヒーとは別もんだな。こんど、連れてくるからよ、本物のコーヒーを飲ませてやってくれ」

 僕は満面の笑みでしっかりと頷いた。
 夏。それはひたすらに熱く、外を歩くのも嫌になる季節だ。

 しかしこれほどアイスコーヒーを魅力的にするのも、夏の力だ。

 僕は考える。これはもしや、アイスコーヒーで異世界に革命を起こすチャンスではないだろうか!?

 落雷のような衝撃に居ても立ってもいられない。僕はカウンターを飛び出し、店の扉を開けた。

 通りゆく人に声をかけて招き入れ、僕のアイスコーヒーの魅力で夏を乗り切ってもら––––

「あっつ」

 途端に襲いかかってきた熱風に、僕はそっと扉を閉めた。

 ふう、と額の汗を拭き、僕は頷いた。

「あれだな、夏は無理しちゃだめだな。コーヒーの普及は秋からにしよう」

 涼しい店内でグラスでも磨こうかな。
 ぴっぴろぴーと、下手くそな口笛を吹いてみた。

「ユウ、うるさい……」と、ノルトリが寝息混じりに呟いて、両手で耳を塞いだ。





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▶︎作家生活?印税で不労所得でウハウハやん! と思っていた自分を殴ってもいい。
 みんな違ってみんな良い、自分なりの最高を見つけて行こう…夏にホットコーヒーを飲んだっていい…それが自由ってもんだろ…。
 ただし本を出す場合は、編集者がOKを出すか、WEBで人気を出すかの二択じゃわい…。
 みなさん今年も頑張っていきましょう。

>作品全部買ってます。続刊新作待ってるで
 ありがとうやで…迷走したり一時停止標識の前で座ったりしながら頑張っております。

>仕事してても人間関係で心を壊して貯金がなくなった人だっているんですよ!(診療内科への通院と半年の生活防衛費用で)
>お互い頑張りましょう!
 あなたは頑張りすぎたから休むフェーズがきてるのよ。ゆっくり休んで風見鶏さんの小説を読んでね。たぶんほら、癒される効力があると思うから…。

>ロリ見鶏先生がまさかたったの3か月で更新するなんて........夢?
 期待に応えたくて今度はちゃんと一年空けてあげたからね!

>風見鶏生きとったんかワレ
 失踪しそうで失踪しない。これが心をくすぐる鍵や!


では、また次の夏に……ミンミンミーン





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