夜の闇が支配する草原で、対峙する二つの影があった。
一人は黒の忍装束を身に纏う老人。
もう一人はクナイを逆手に持ち、身体のいたるところから血を流す4、5歳程の少年。
老人は瞳から零れる涙を拭うこともせず、まっすぐ少年を見据えている。
「ナルト・・・・・・」
苦渋に満ちた表情と声で老人は少年の名を紡ぐ。
「・・・・・・すまぬ。 ナルト・・・すまぬ」
「・・・・・・」
老人の謝罪の言葉など、すでに少年の耳には入っていなかった。
過去、笑顔で近づき毒入り饅頭を渡してきた者がいた。
笑顔で近づいてきて、突然クナイで襲い掛かってきた者もいた。
老人がそのうちの一人になっただけ。
少年にとって重要なのは、これまでで最も強いこの暗殺者から如何にして逃げ切るかであった。
このような状況でも不思議と『憎しみ』は沸いてこなかった。
否、『憎しみ』は自分にとっての何か――人、物、幸せ――を奪われて沸き起こる感情だ。
だが、自分は生まれてこのかた、他者から負の感情以外をよせられたことはない。
目の前の老人とて、憎まれることはなかったが、常にその眼に哀れみと悔恨が映っていた。
他者に疎まれ、常に命を狙われる。
何故と問う暇もない。
これが自分にとっての『あたりまえ』であった。
彼らの負の感情を知ってはいるが、理解はできなかった。
だから、自分は『憎しみ』を理解できない。その感情は欠落していた。
むしろ己の腹に存在するものを考えればこれまで生きていたことのほうが不思議なのだ。
老人の判断は里の長として間違ってはいない。
そうとすら考えていた。
だからといって自分は死ぬべきだという思いなど起きるはずはない。
自分には自分の――自分だけだが――立場がある。
老人にも里長として、火影としての立場がある。
ただそれだけのこと。互いが互いの立場の為に戦う。それだけのことだった。
少なくとも自分はそう割り切っていた。
二人の間を冷たい風が吹き抜ける。
涙に濡れる老人の目が大きく見開かれ、手は高速で印を結んでいく。
『火遁 火竜炎弾』
老人の口から圧倒的な熱量をもった炎が吐き出され、それらが竜を模して少年に襲い掛かった。
大口を開けて向かって来る火竜が少年にはゆっくりに見える。
多量の出血で動かぬ身体に、それでも少年は死にたくないと強く思っていた。
その時、少年は自分の中で何かが大きく蠢くのを感じた。
「おおぉぉぉぉ!」
自分の全身から溢れ出ようとする強大な力を無我夢中で、縋る思いで解き放った。
その瞬間、少年の全身から朱いチャクラがあふれ出し、火竜とぶつかり大爆発をおこす
突然の事に老人も爆発の余波に巻き込まれた。
爆発から数分後、焼け野原となった草原の地面から老人が出てくる。
咄嗟に土中に逃れ、身を守っていた。
肩で息をしながら、先程のことを考えていた。
少年から溢れ出したチャクラは四年前、彼が生まれた日に起きた悲劇の元凶のチャクラ。
老人は注意深く辺りの気配を探った。
だが、少年の気配も先ほどのチャクラも一切感じられない。
熱を持った身体に冷たい夜風が吹き付けるだけだった。
先ほどの戦闘など最初から無かったかのような静けさだった。
ゆっくりと身を起こし、老人はその場から離れる。
「・・・・・・ナルト・・・四代目よ・・・すまぬ・・・・・・」
老人の慟哭は草原を吹き抜ける風に消えた。