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[6296] クソゲーオンライン(銀英設定パロ)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:551b9470
Date: 2020/02/21 23:53
地球によく似た星の日本という名前の島国である画期的な装置が開発される

そう仮想現実空間で最高にリアルなゲームを楽しめるという
全ダメ人間が望んだ装置『リアルファイト』が開発されたのである


この『リアルファイト』を利用すればどんな碌でもない人間であっても
あっという間に夢の世界の『ツヨイボク』や『オレカッコイイ』になれるため
『リアルファイト』は定価398,000円と高額であったにも関わらず、
発売直後から爆発的に売れ、販売台数を順調に増やしていくことになる


同時にソフト開発各社もこの夢の装置に、
我先にと社運を掛けたゲームソフトを投入して行く
プレイヤーが一丸となって悪代官に挑む初のオンライン対応ソフト『Vリアル一揆』や
一瞬の判断ミスが死に直結する『Vリアルクライマー』など
黎明期において数多くの名作が生まれる事になる


だが、数多くの名作が生み出される一方
それに10倍するクソゲーが大量生産されていた。

照準が合うことの無い最恐のVGSTG『リアルデソクリムゾン』
仮想世界でも2Pコントローラーのマイクを使いカラオケで100点を出さないと
先に進むことのできない『リアルタカシの挑戦状』など
多くの負の遺産を生み出していた。


そんな黎明期を経て、市場が成熟しつつあるある日のこと
『リアルファイト』で最も有名になるゲームが発売される


そ の 名 は ・・・ レ ン ネ ン カ ン プ


発売元ソフト会社名かつその代表取締役でもある
人物の名を記したゲームはこれまで発売されてきた
ヴァーチャルゲームの常識を根底から覆す物として歴史に名を刻む
そう、いい意味でも悪い意味でも人々はこのゲームを忘れられなくなる



■レンネンカンプ■


後に吊りゲーとも称されることになるこのゲームは
発売前の評判一つとっても、それほど特筆するような部分は無いと思われていた

ゲーム情報誌『リア通』読者にしてみれば
よくあるクソゲーの情報が載っているなといった程度の認識しか持たれていなかった


ジャンルとしては多人数参加型RPGと戦略SLGを合体させた物で
『リアル立志伝V』の大ヒット以降にぽこぽこと発売されており
まったく珍しくなくパクリとまでは言わないが、
あからさまな二匹目の泥鰌狙いにしか見えず、
精々売れても1万本行くかどうかの地味ゲーあつかいであった


では、なぜ一見して地味なこのゲームは
ヴァーチャルゲーム史に残るタイトルになったのか?


その理由は一つ、そのソフトをプレイするために使う付属機器を
『リアルファイト』本体に接続することによって

脳内物質の分泌とかをレンネンさんマジパネェ状態にし
現実世界の1日を仮想世界での100日に変換することが出来たからである


そう、人類は『ヴァーチャルゲームは一日一時間』という問題を
このシステムによって解決したのである。


その情報が『リア通』に掲載されると予約が殺到し
ヤバオクでも購入権が定価の5倍以上で取引されるなど一気に社会問題化
マスコミは連日のようにこの正体不明のゲームについて報道を行い
『レンネンカンプ』は普段はゲームに関心を持たないような人にも認知されるようになる

このブームのように報道等が加熱する中
識者の一部が脳に与える影響は大丈夫なのか?という警鐘を鳴らしたが
大勢の前にむなしくかき消されてしまっていた。


また、この予想以上の反響に応えるため、
レンネンカンプ社は『レンネンカンプ』の大量追加生産を発表

ソフトや付属機器の製造を請負った企業は増産と短納期に応えるべく
派遣社員を数千人単位で増員し、三交代でラインを24時間体制で稼動させ
無理無理の生産体制で初期出荷分3000万本を完成させる。



売れるときに作って売る!!


この資本主義に忠実な販売戦略が、一体どのような結末を齎すかも知らず・・・



■夢の廃人プレイ■


『リアルファイト』はっきり言って高すぎだろ!!

いくら夢の商品だからってたかだかゲームに40万なんてありえんだろ


だが、この夢のゲーム『レンネンカンプ』がプレイできるなら
その出費も大して痛くは無いと思えるから不思議だ。
ほんと、大学の講義をサボりまくってでもアルバイトしといて良かった
ゲーム内に入って今から勉強すれば、明後日の後期試験も楽々乗り切れるぜ!

この使い方を発売前に最初に思いついた人間は神だな
単純な発想だが、まさにコロンブスの卵的な発想かつ
万人に有用な発想とくれば、もう頭を下げるしかない

なにせ、このゲームを買う人の30%以上が受験や資格を取るために
勉強する時間を確保する事を主目的としているらしいからな

まぁ、現実の2日で200日分の時間ができるらしいから
試験勉強は最後の10日位やって
それ以外の日は普通にゲームを愉しめばいいかな?


さて、そろそろ一斉サービス開始の時間だな
夢のゲーム『レンネンカンプ』の世界に旅立つとしましょう!!


■キャラメイクは程ほどに■


後に、世界で最も緩慢な死の恐怖を与えた事件と称される
『レンネンカンプ事件』に巻き込まれた人々は

ゲーム開始早々に深刻な問題にぶち当たる

一気に2000万人以上の人間がログインしたという物理的条件と


ちゃっちゃっと適当に決めれば問題はなかったのだが
プレイヤーの多くが、いかに自分を美形にするかと必死になって
自己投影全開のモデリングに時間を掛け捲ったという心理的条件が合さって

キャラメイキングの順番待ちというあほな現象が発生してしまったのだ

後の証言で分かったことだが、受付のNPCの前で3日(ゲーム内時間)
以上待ち続けた壕の者も居たらしい


そんなこんなで、必死になって厨臭い設定まで余す事無く盛り込んだ
キャラメイキングを多くの人がした訳だが、

精々10万本売れたらいいなというソフトの処理能力では
2000万人分のキャラデータを処理するなど無理な話だったのである


つまり、『始まりの扉』をでてビックリ!という訳である

そこには銀髪赤目の美少年や金髪ツインテールの猫目の美少女でもない
現実世界の冴えない自分の姿が、ご丁寧に目の前に突如出現した姿見に映されたのだ

そして『ピロリロリン♪』という時代を感じさせる効果音と共に
プレイヤーに贈られたウエルカムメールには


 『 た た か わ な き ゃ 現 実 と 』


三時間以上掛けた厨設定に対する無慈悲な宣告だけが書かれていた
ゲームばっかりやってないで現実もちゃんとみろという
ミスターレンネンからの熱いメッセージだった。


多くの人々はイラッとしていた・・・



■始まりの地で・・・■


キャラメイクが面倒だったから
名前以外変えなかった俺はある意味勝ち組のようだ


なんと、他の中二病全開の設定をしていた人達とは異なる
ウエルカムメールが送られてきたのだ!!



『 中ニ病じゃない人に特別なスキルや身分をランダムで
プレゼント!あなたに贈る 身分 は 伯爵 です  』



おぉお!!!いきなりレア身分をゲットか?
手についているメニュー端末でステータスを早速見ると


所属   帝国 
名前   ヘイン・フォン・ブジン伯 
レベル  1 
性格   小心
身分   伯爵 
階級   大将
スキル  なし
しゅぞく でんきポケモソ

いきなり家名持ちになってますよ!!
ちょっと性格とかに腹立つし、しゅぞくとか良くわからんけど
多分、これはめちゃくちゃいい特典なんだろう

落ち着け、落ち着け!!こんな良い特典を誰かに知られたら
たぶん、絡まれたりして碌なことがないはずだ。
うまく平静を装ってバレないようにメニューを閉じよう
そう、あくまでにナチュラルに


『ほぅ、伯爵の身分をゲットか、私はスキルの方だったが・・』


いきなりバレター!!!!






大きく分けて帝国・同盟・フェザーン(地球教)の三つの勢力に
分かれているゲーム世界において、ヘインが所属する勢力は帝国であった


ちなみに、このゲームにおける勢力は非常に大きな意味を持つ
どこかにいるかもしれない大魔王レンネンカンプを倒すことが
RPG要素の大きな目的としたら。

SLG要素における最大の目的が他勢力を打破し、
世界を征服することが大きな目的としてあった。


そんな世界観の中でヘインがゲーム開始早々にゲットした
伯爵という身分は非常に大きな価値を持つ物である。

帝国勢力においては皇帝を頂点として
貴族、騎士、平民という大まかに三つの身分に分かれており
よほど大きな功績を立てたりしない限り身分をあげることは出来ないのだ

まだ、身分高い者の特典として戦争パートで重要となる
初期階級が高かったり、その後の出世も早いなど良いこと尽くめである


当然、そんな美味しい特典を労せずして得たヘインに対する
周りの嫉み・嫉み・僻み・恨みがどれだけ大きくなるか予想もできないため

隠すにこしたことはなかったのだが・・・


■腐れ縁■


説明書でなれたら最高、殺してでもうばいたいって書かれている身分を
ラッキーにも労せずゲットできたっていうのに
いきなりバレるなんて最高に付いてないぞ


『いや、なんとも羨ましい限りだ。そんな貴重な身分に開始早々になるとは
 ついつい、羨ましさと驚きのあまり大きな声をあげてしまいそうに為るな』


くそこの性悪女が、面白そうにニヤニヤしやがって
自分が優位な立場にたったことが嬉しくてしょうがないみたいだ
かわいい顔してとんでもない玉だ。

だが、このヘイン様は仮想世界に来て少々気がおっきしている
年下に舐められているようじゃ、せっかく貰った伯爵の名が泣くぜ!


「貴様!にゃにが目的だ!」



やっべ噛んだ、いや、それ以前に『貴様』とか初対面の奴に呼びかけるなんて
どんな邪気眼発動だよ!超恥ずかしいです。


『目的と言われても困るな。まぁ、強いて言うなら好奇心か
 ゲーム開始早々に、メニューを見てそわそわしている卿を見て
 自分と同じように何かを受取ったのではと思って覗いた訳だ』


「って覗きは犯罪だろ!そうだマナー違反だぞ!!」 

『たしかに悪気は無かったのだが無粋な真似をした。お詫びと言ってはなんだが
 私のステータス画面を披露するので、一先ずその怒りを収めてはくれないか?』


代わりに見せるから許せだと、どんなお詫びだよそれ?
まぁ、みるんだけどね♪どれどれ・・・


所属  帝国 
名前  ファーベル・フォン・レンハイト
レベル 1 
性格  苛烈
身分  騎士 
階級  少将
スキル 食詰め
性別  女


スキルが食詰めって新手のギャグか?
正直、噴出しそうになったが、
とういか、なんで最後の項目が性別なんだよ!!!
もしかして、俺だけ種類なのか?そうなのか!?


『本名は灰戸レン。ここに来た目的は懸賞であたったこのゲームの
特性を生かして勉学に励み、奨学生としてタダで高校に通うことだ
実はネットゲームは初めてで正直勝手が分からない。もし良ければ
ネットゲーム上のマナーやルール等を私に教えてくれないだろうか?』


らめぇええ!!いきなりネットゲームで個人情報晒しちゃらめぇええ
ネットストーカとかに狙われちゃいますっぅうううぅ!!
苦学生だめぇええええ!!





いきなり盛大に個人情報晒しを始めた一少女ファーとヘインの腐れ縁は
ヘインが乏しい知識でファーにネットの危険性を教えこむところから始まる

ただ、ヘインもネットゲームを実際に行うのは
この『レンネンカンプ』が初めてであったため、
それほど詳しく教えることは出来なかった。


もっとも、この常識外れな仮想世界では既存のネトゲーの知識など
大して役に立たないことを知ることになるのだが・・・




   ・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル1・・・・・

             ~END~




[6296] クソゲーオンライン2
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:551b9470
Date: 2009/02/06 20:54

2586万7277人・・・これは『レンネンカンプ事件』と後に称される
史上最大のネットゲーム事件に巻き込まれた被害者の最終的な数である。

そして、この事件は一つのネット事件として
史上最大犠牲者を生み出したことでも知られている


■ポチっとな・・・■


『レンネンカンプ』による最初の犠牲者が生まれたのは
システムサービスの開始から1時間07分32秒を経過した後だった

被害者は栃馬県在住の渋沢卓也君(仮称8歳)
そう彼はゲームを終了する前に、人生を終了してしまったのだ。


■■


「タックン~♪ごはんよ~、早くおりてらっしゃい~」


被害者の母親、里美(仮称28歳)は夕食の準備が整ったので
食事が出来たことを2Fに居る息子に少し大きめな声で告げる

だが、いつものように返事はなかった
ゲームが大好きなタックンは家に帰ると直ぐに『リアルファイト』に興じて
仮想世界にトリップしているため、
夕食が出来た事を知らせる母親からの呼びかけに答えないことは日常茶飯事であった



「もうタックンたら、またゲームばっかりやってるのね
 勉強もしないで毎日ゲームかインターネットばっかり!」


何度呼んでも返事をしない息子に里美はぷんぷんしながら階段を登り、
タックンの部屋の前に立つとドアをノックもせずに開け放つ

そこには予想通りの光景が広がっていた
タックンは今日も『リアルファイト』に飽きもせず接続していた


「ほんと困った子なんだから、1時間以上遊んだらだめって何度も言ってるのに!」


それは何度も繰り返し行われたプロセス
呼びかけに応えない子供に、それを叱るため『リアルファイト』を切る母親
それはありふれた日常の一コマになるはずだった


「ポチっとな」


電プチに怒った息子が『ひどいや母さん!』と直ぐに飛び出してくるはずだった
そんなどうしようもなくかわいい息子の小さな額を
ちょっぴり強めに小突いて小言を言うだけで良かった。ただそれだけで・・・




■ゲームの終わり■


いつまでも出てこない息子に業を煮やした里美は『リアルファイト』の扉を開け、
ヘルメットのような物を被って横たわる自分の息子を揺さぶる。


なんどもなんどもなんどもなんどでも・・・


少しして帰宅した夫が2階の子供部屋に足を踏み入れるまで
泣きじゃくり半ば狂乱状態で動かなくなった息子を揺さぶり続けた・・





放心状態の妻から何とか事情を聞きだした夫の良行(仮称32歳)が
救急救命センターに連絡した時、彼の息子は既に息を引き取っていた。

この時点で、同様のケースが全国各地で起こっていた
被害者は全て『リアルファイト』で『レンネンカンプ』をプレイし
外部からの強制終了によって即死していた。


事態の深刻さに人々が気付き、メディアを通じて警鐘を鳴らすまでには
千人以上の生贄を要し、その多くは未成年者であった。


この未曾有の事件は話題のヴァーチャルゲームによる事件であったため
半ばパニックのような錯綜した報道が事件発覚後、数時間足らずで飛びかうことになる

当然、レンネンカンプ社の本社ビルにはマスコミや野次馬達が
事件の原因を知るため大挙して押しかけていた。


『レンネンカンプを利用者から多くの犠牲者が出ていますが
 これは付属機器の不具合が原因なのでしょうか?回答してください!』
『未だに一人もログアウトしていないという情報もありますが
 これは事実でしょうか?今後も犠牲者は出ると見てよいのですか?』
『レンネンカンプ出てて来い!オラー!!』『私の息子を返して!かえしてよっ!』


本社ビルは既に収拾がつかないほど混乱していた
怒りや悲しみ好奇といった様々な感情を持って答えを求める人たちは
一分一秒経つ毎にその数を膨らましていき、警察が出動する事態にまで発展してしまう






最大2500万の犠牲者・・・・


この途方もない事態に『リアルファイト』や『レンネンカンプ』を認可した管轄官庁
また、これらの商品群を日本の新たな産業として育成支援するため
『仮想世界関連製品並びに付属製品に対する助成支援に関する法律』を成立させた
与党に対して野党から激しい批難が寄せられる事になる。
『政府の規制緩和によって安全性が疎かされ、利益を追求主義に走った結果だ』と


この追求に対する政府及び与党代表としての国会答弁において首相は


『私は法案成立には反対だった濡れ衣を着せられても困る!
 二次元派だからと言って反対して騒ぎになったこともある』


と三次元に対して興味が無い事を唐突に宣言し、日本は終了しました。




一方、タイヤの分離自立走行が可能な高性能自動車以上の欠陥品を
製造販売したレンネンカンプ社及び製造下請会社の社員達は途方にくれていた

短納期と低コスト重視しすぎた付属機器の欠陥による電プチ時に
頭がフットーすることによって死亡する問題だけでなく

予想以上の利用者数の増加に対応するため
急遽増設したゲームシステムサ-バーのトラブルによって
仮想政界からのログアウトも不可能になっていた。

プレイヤー達は死ぬ以外に仮想世界から戻る術を失ったのだ



『現在、社内にて確認中です。確認取れ次第発表させていただきます』
「攻略方法についてはお答えできません!昨日から寝てないんですよ!!」


最悪の事態に、通り一遍等の言い訳を永延と続ける経営陣
この絶望的な状況の中レンネンカンプ社の代表取締役レンネンカンプはハジケた


マスコミに向けて昨今の仮想ゲーム業界に対する自説をぶちまける記者会見を開き
取材陣の前で好物の魚が詰まった弁当を平らげ、焼酎も注文して飲み干し
『別れの焼酎だな』と一言述べると本社ビルに戻る

本社ビルに戻ったレンネンカンプは自室に篭り
部屋に置かれた『リアルファイト』に自分の名を冠した『レンネンカンプ』を差込み
自らが生み出した出口のない仮想世界へと旅立った。


追い詰められた男の自殺と言ってよい逃避であった



■のらりくらり紀行■


外の世界と100倍以上の時間差がある『レンネンカンプ』の世界は
クソ過ぎるという点を除けば平穏そのものであった

そんな状況の中、ヘインと食詰めは一先ず帝国プレイヤーの始まりの街
帝都オーディンに向けてダラダラと歩きながら向かっていた

やはり長すぎる時間と言うのも厄介な物で
膨大な時間を利用して勉学や資格取得に励むぞと考えていた人たちも
少々だらけてしまい、ヘイン達と同じように思い思いの人々と
他愛のない世間話に熱中したりと、本来の目的を一旦置き去りにしていた

また、厨ニ設定を完膚なきまでに叩き潰された人々は
再起動するための時間がしばらく必要としており、なかなか動き出さなかった



■■

まったく、変な奴に目をつけられたもんだ
正直、これ以上関わった所で俺にメリットは・・多分ないかな?
適当なことを言って分かれるとしよう。


「もう俺が教えることもないし、後はもっと詳しい奴にでも聞いてくれ
 何だかんだで現実・仮想世界関わらず、かわいい女の子はチヤホヤされるから
 俺について来なくても大丈夫だ。さっき言った注意事項だけは守れよ
 じゃ、もうこの広い世界じゃ会うこともないかもしれんが、またな!」

『あぁ、色々と世話になった。少々寂しくなるが仕方ない
そうだなこれもなにかの縁、良かったら私とフレンド登録を・・』


「だから!女の子は軽々しくフレンド登録とかしたらだめだって!
 よく知らない男にそんな事して勘違いでもされたら面倒だろ?」


『そうか・・・』「そうなの!」



まぁ、ちょっとかわいそうな気もするがこれで良かったんだろう
どうせなら最初は気楽なソロプレイとやらを満喫しようと思ってたしな

とりあえずは、試験勉強はほっといて自由気ままに遊び呆け様
なにしろ時間だけはクソみたいにあるからな!





フレンド登録を断られ、ちょっとシュンとした感じのする
食詰めを余所に初のVネトゲでテンションがあがったヘインは

意気揚々と最初の街、帝都オーディン観光に興じる

なお、レンネンカンプではプレイヤー間の交流レベルとして
他人・友人・恋人・結婚の四段階が設定されている。

1つめの他人は
何も登録していない状況を表したもので、Mを付け足すと肉親になるが
この世界では付け足す機能は残念ながらついていない


2たつめの友人は
お互い合意の上で登録するもので、その手順は下の二つの関係も同様である
また、フレンド登録をする事によって友人になると
ゲーム場のどこにいるかが分かる、専用音声チャットでお喋りが出来たりするようになる

3つめの恋人登録をすると
ネット世界で恋人かよwという有難いメッセジーに加えて
友人関係には無いお互いのステータスが見ることができるようになる
両者が同意すればアイテムに限ってはすることが共有できるようになる


最後の結婚登録をすると
『何も言えねぇ』と諦められるだけでなく、運命共同体になり
アイテムやお金の共有に止まらず、他のプレイヤーとのチャットの盗み聞きも
特定の条件を満たせば可能になるなど、修羅場の発生率が高めに設定されている


この他にも様々な特典が隠されてたり、付与される予定ではあるが
現状で判明していることは上に書かれている
どこのVネトゲであるよう特典だけであった。
 


■■


『ここはオーディンの街です』


じゃ、とりあえず酒場か宿屋に行きたいんで場所を教えてください

『『ここはオーディンの街です』


いや、それはさっき聞いたんで、俺が聞きたいのは・・『ここはオーディンの街です』
うん、こういう無駄に腹が立つネタだけはしっかりやってるのがムカつくね

まぁ、かわいい顔したNPCだから許してあげよう
乳の一つや二つはモンデタヨ山形しちゃうけどね!

そ~れ、スイカップをぱふぱふしちゃうぞ~♪


『キタねぇー手で触ろうとするんじゃねぇ!!』


グゴアyァッ・・アベレシィ!!イタッイタイデスゥ~!!

ほんとすんませんすんませんでした!!


『はぁ?スマンで済んだら警察はいらんじゃろぉお!!
 誠意を見せて貰わないとなぁ・・分かりやすい誠意という物を』


いきなり200帝国マルク取られたとです。
まぁ、爵位特典か何かで残り7万5876帝国マルクもあるからいいけど

周りの奴等がニヤニヤ見られたのと
肩を叩かれて慰めらたのが少し辛い

てか!お前らも顔に痣作ってんだから同類じゃねぇか!





『レンネンカンプ』は一応全年齢向けに作られたソフトであったため
NPCに対するセクハラは厳しく制限されていた。

そういうことを要求する場合は、年齢認証が必要な大人の店で愉しむか
最低15万帝国マルク以上支払ってあるいみ治外法権の
Vハウスを購入して家で愉しむしか方法はなかった。

公の場で公序良俗に反する行いをすれば
ヘインのように厳しい制裁を受けるのがこの世界のルールであった


もっとも、親父であるレンネンカンプが開発情熱を注いだことも会って
そっち方面の親父臭いジャンルは無駄に充実していた

こういう点もあってか、死んでも構わないから『レンネンカンプ』の
世界にログインしたいと言う人が事件後も後を絶たないのかもしれない



■オカネガ無い■


『いらっしゃいませ!一泊お一人様450帝国マルクになります!』


元気のいい受付NPCの告げる値段は疲れきった旅人達の
疲労を更に増大させる物であった。

その値段はプレイヤー初期所持金が基本的に1000帝国マルクであることを
考えるとかなりの厳しい値段であった。

もっとも、爵位身分で初期所持金がべらぼうに多い上に
爵位持ちの裏スキル効果による自動領地収入によって
一日何もしなくても3000帝国マルクが加算される
ヘインにとってみればクソみたいな値段であったが


もっとも、ヘインのように金銭面で好条件の者がいれば
逆に同じ事をしても100分の1、1000分の1しか
収入が得られないような不幸スキル持ちや
奴隷・派遣・丁稚・練習生などの悲惨な身分の人たちもいたため

全体のバランスは何だかんだで取れていた。
また、才覚さえあればその状況からいくらでも抜け出せるチャンスはある

中でも後に頭角を現すフェザーン所属の2名の相場師は
レンネンカンプ世界で経済金融に関わる者で
知らない者がいないほどの勇名を馳せる

一人目は擬似的な三人思考で確実に勝てる銘柄を選ぶ
ミスターストロングバイ!ウォーレン・パペット!!

そしてもう一人はいたずらの天才とも呼ばれる
ミスター通過危機!ジョージ・ゾロリ!!


この二人に加えて
フェザーン自治領主として名を馳せる事になるアドリアン・ルビンスキーの
三人が『レンネンカンプ』世界の経済界に強い影響を与えていく事になるのだが

それはもうしばらく先のことであった・・・


■■


他人の振りをすることにしよう。
そう、彼女と俺は歩む道が違うのだ

彼女が宿屋の前で⑩⑤①の三つの帝国マルク硬貨を
哀愁を漂わせながら見つめていても俺には関係ない話だ

下手に同情して半端な施しなんかしてしまったら
彼女を『ネット乞食』や『クレクレちゃん』に
ジョブチェンジさせてしまうかもしれない


そう、買う気の無い捨て犬や猫に餌をやっちゃだめなんだ!


       ぐう~ きゅるるぅ~


あぁああああああ!!なんだよ!ほんといくつもある宿屋で偶然の再会って
このクソゲーはなんか三文芝居発生機能付きかなんかなのか!


「ファー、偶然会ったのも縁だから一緒に飯でも食うか?
 部屋もお前の分一泊分くらいなら取ってやってもいいぞ」


『あぁ卿か?どうやら気を使わせてしまったようで悪いな。
 私が最初に得たスキルはどうやら金と縁がなくなる効果らしく
 正直、困り果てていた所だった。有難く申出を受けさせて貰う』


まったく、なにが『あぁ、卿か?』だよ!!
めちゃくちゃ、かわいそうな子オーラ出しまくってアピッて
その上、飢餓状態の子供のような希望のない目でガン見してただろ!!
白々しいんだよ!!


『ヘイン!まずは食事にしよう。さっき良い店をつけたんだ
 一先ずはそこで私たちの今後について話す事にしようか?』
「食詰め!何かってにパーティ組んだみたいな会話してんだよ」


『なんだレンかファーと呼んではくれないのか?』
「だから本名は軽々しく出すなって何回言ったら分かるんだ!
それにニヤニヤ笑いながら言うな!そんな古典にも乗らん」

『すまん。この世界がリアル過ぎて現実との区別が中々付けられなくてな
 勝手なお願いだとは承知しているが、もう少しだけ構ってはくれないか?』


こいつ、ぶっきらぼうな口調だが出来る
さりげなく、しなだれかかりながら脇腹辺りの服を少し引っ張る
この高等テクニック!その上、古典的芸当ともいえる斜め45℃に
首を傾げながらの上目遣い!!!


クセー!!こいつは計算クセー!!ゲームのスキルだから食詰めだって?
違うね!!こいつは生まれながらの食詰めだ!!
飯や宿代がタカれると分かったら容赦なくタカる本物の食詰めだ!!


「ちょっと位の間だからな。直ぐに生活費稼げるようになるんだぞ
おれが飯やら宿代面倒見てやるのはそこまでだからな、わかったな」

『あぁ、それで構わない感謝する』





こうして始まった二人の冒険の一日目が終わる
まだ、ログアウトできない。突然動かなくなったプレイヤーと言った
恐ろしい事実が噂にもなっていない平穏な一日が終わった

現実世界では一時間も経っていない仮想世界の一日が


・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル1・・・・・

             ~END~





[6296] クソゲーオンライン3
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:551b9470
Date: 2009/02/15 16:18
『レンネンカンプ事件』が世間に与えたインパクトは
ビックバァーン!!!ってな位に大きいものだった


また、事件原因究明に政府主導の下、関係機関が調査した結果
特務機関ジオバンニによって一晩で解明された原因
付属機器の欠陥による死亡とゲームシステムサーバの脆弱さによる
ログアウトを不能にした二つの原因はすぐさま公表されることになったが


問題解決までに残された犠牲者達の命のタイムリミットについては
公表すれば深刻なパニックが起こると判断され、一般公開を控えることが
事件の翌日午前に開かれた閣議によって決定されることになるのだが・・・




■午前会議■


『能書きはもういい!それでいつまで持ちこたえることができるんだね?』


既に三本目の葉巻に火を点けた首相は苛立ちも隠さず
特務機関ジオバンニのシャフト局長に『レンネンカンプ事件』の
被害者に残されている期間を明確に答えるよう強く求める
大物ぶって余裕を見せるようなパフォーマンスを取ることも無く


一方、これに答える側のシャフトは事件の深刻さとは対照的に
得意げな表情で嬉々として説明を始める


「機関の手で『リアルファイト』の最長連続プレイ記録を調査した結果
最長記録は10年7ヶ月でありました。同装置の使用者は仮死状態に近い状態に
なることから、社会復帰を諦めれば更に長期間の連続プレイも可能と考えられます」


シャフト局長の説明に列席した閣僚陣はどよめき溜息を漏らした
ゲームをやると馬鹿になると親に言われて買って貰えず
ひたすら官僚や政治家になるため一直線に勉強に励んできた彼らにとって
電気代さえ払い続けることが出来れば寿命が尽きるまで
プレイできる廃人仕様は驚嘆に値する物であった。


『つまり、被害者に残された時間は彼等の寿命が尽きるまでという認識していいのかな?』


再起動を果たした閣僚がシャフトに明確な回答を求めて質すと
身の程も弁えず仰々しい態度で短い首を振り、芝居がかった口調で否定する
その態度にイラッとしている閣僚達の様子には全く気付かずに


「残念ながら、大臣が認識された猶予と実際の猶予では幾許かのズレが生じております
 半永久的な時間を与えるほどの安全性を持っているのは、我が機関が開発に力を注いだ
 『リアルファイト』の装置に限ってのことであります。この装置は外部からの強制切断
 災害などによる停電時においても予備電源を利用した安全なログアウトが可能では
ありますが、『レンネンカンプ』に付けられた付属機器にある大きな欠陥によって
誠に遺憾なことにその時間的猶予を大幅に少なく見積らざるを得ない状況にあります』


一息に舌を激しく動かし、自らが進めた国家プロジェクトによる
最大にして唯一の成功例である『リアルファイト』に全く比が無い事を
永延と説明するシャフトに業を煮やした首相は、叩きつけるように
5本目の葉巻を灰皿に押し付けて火を消し、最後の質問を行う。




          『このままいけば、彼らはいつ死ぬ?』







現実の世界と仮想世界における一日の差は大きく
現実では直ぐ大問題になったこのレンネンカンプ事件が
仮想世界の住人達が同じように深刻な問題と受け止めたのは

彼等の感覚から言えば結構な時間が経った後のことであった


『あれ?なんか全然ログアウトできないんすけど?』
「「キャラメイクと同じで時間待ちかよ?初期トラブル?」」
《外と時間差100倍だから対応が遅くなりそう。マジ勘弁》
「これがレンネンクオリティという奴ですね!」
【友達が急に動かなくなったんですけどw初期バグ?マジ笑えるwww】


後に解析されたフレンドチャット等の記録を見ると
上記のように何とも緊張感のないコメントが幾つか見受けられ
ログアウトを試みてエラーメッセを受取った人々やその話を聞いた他の人々や
電プチで頭がフットーして動かなくなったプレイヤーを見た人々やその噂を聞いた人々が

新作ソフト立ち上げ時にありがちな稼動3、4時間に集中する
ただの初期トラブルによるログアウトエラーや動作エラーと考え
それほど事態を深刻に受け止めて居なかったことが窺える。


だが、仮想世界から脱出できない、動かない木偶と化したプレイヤー達・・・
本来なら不平不満の爆発や不安と恐怖による騒乱が起きても不思議ではない
この二つの事態を見ても、ささいな初期不良程度としか考えなかった
大多数プレイヤーの危機感の薄さは特筆に価するものではないだろうか?


一日が百日・・・、仮想世界のゆっくりと流れる異常な時間が
危機感と言う本来人間が持つ大事な要素を減退させてしまったのだろうか?



■図書館へ行こう!■


宿屋でレンネンカンプでの最初の一夜を明かしたヘインと食詰めの二人は



          『昨晩はお楽しみでしたね』



宿屋の店主が発したお決まりの言葉で送り出される。
もっとも、二人は別々の部屋を取っていたことから
この台詞は男女二人組みの客が来た際に出される定型メッセのような物であろう。


NPC相手に朝の何ともアンニュイな遣り取りを終えた二人は
一つの目的として掲げる勉学に励む場所を確保するため
近場の帝立第4オーディン図書館に足を伸ばす。

勉強するなら図書館の自習室は外せない場所である


■■


しかし、いくらゲームの世界といっても
ここまで立派な図書館を見せられると感動するな
多くの先人達の知識が詰まった書物が何十万冊と置かれている

まさに圧巻ともいえる光景ではないだろうか?
そう、ただ見るだけでその知識に触れないのは無礼ではないだろうか?


「ヘイン、その意見には私も頷くところが多いが、お前が手に持っているのは漫画ばかり、余計なお世話かも知れないが、少しは活字文学に触れてみるのも良いと思うのだが?」


何を言っているんだ!漫画だって立派な文学だ
文字と絵どちらか一方だけじゃ表現できない物を
表現することを可能にした素晴らしい物なんだぞ

それにお前だって偉そうに活字だ文学だとか言ってるけど
手に持ってるのは『逆毛のアン』に『枯草物語』って
どこの夢見る少女だよって感じの児童文学じゃねーか


「そうか、では別の本を読む事にしよう。そうすれば卿は満足なのだろう?」


いや、そこまでしなくていいって!折角持ってきたのに戻すことは無いさ
それにその二冊は素晴らしい名作だよな!
うん、ここは文化人らしくお互いの趣向を尊重して共に文学の世界に浸ろう!





当初の目的を忘れ程度の低い文学論争を繰り広げたヘイン達であったが
一応は年長者であるヘインが折れたというか、
少し不機嫌になりかけた食詰めに白旗を揚げて降伏することによって収まる

だが、論争を繰り広げた場所が悪かった
ここは図書館、静寂が尊ばれる知識の館

喧騒の原因となるものは許されない。例え仮想世界であっても
それは変わらぬ原則であり、マナーを守れない者は弾き出される



           『お前ら表にでろ!』



■就職活動■


早々に図書館を追い出される事になった二人組みは
昼までに空いた時間を潰すために
帝国公共職業安定所、通称ハロワに行って職業登録をする事にした


そう『レンネンカンプ』の大きな特徴としてあげられるのが
求職活動しなければRPGパートではどのプレイヤーも
等しく無職であると言う点である

それは爵位持ちであろうと将官であろうと変わらない絶対のルールであり
『レンネンカンプ』をクソゲー足らしめる重要な要素であった


■■


       『番号札37番でお待ちのヘインさーん!』



ようやく順番がきたな。職を求めた人で長時間待ちって
リアリティありすぎて逆に醒めるぞ。ほんとにクソゲーだな


『ええと、ヘインさんは今大学に在学中と、そうなると学歴は高卒扱いになりますね』
「いや、VRPGに学歴とか関係ないだろ!そんなことより早く職業選択させろよ!」


『なに言ってるんですか?多くの職業では学歴が違えば待遇も違います
 基本給の元になる賃金テーブルも院卒・大卒・専門短大卒・高卒・事務職と
 事細かに分けられていたりするんです。その壁を越えるのも中々大変なんですよ』


とりあえず、この人が何を言っているのか分からなくなってきた
大丈夫だこれはただのゲームだ!適当にNPCの話を流して職業をささっと決めよう


『それじゃ、履歴書と職務経歴書を見せてください。あ、ヘインさんは学生ですから
 職務履歴書じゃなくてスキルシートになりますね。アルバイト経験はありますよね?』

「いや、持ってきて無いし、そもそもなんで履歴書とかがいるんだよ!ゲームだろ!!」


『はぁ・・・、いいですかヘインさん。常識で考えれば分かりますよね
 職に就こうとするなら履歴書を就職希望先に提出して面接を受ける
 これは当たり前のことなんです。こちらもヘインさんだけの相手を
 していればいい訳じゃないんです。次回はちゃんと用意してくださいね』




      これなんてゲーム!? はやく何とかしないと・・・



■■


まさか、ゲーム内で職業に就くのにハロワいって面接とか受けなきゃいけないって
このゲームの製作者は冗談抜きできがくるっとる

道理であんなに待ち時間が長い訳だ
『Vリアル就活』がFランクの反感を買ってほとんど売れなかった理由が良く分かったぜ

だけど魔法使いとかになろうとしたら帝国魔術局にいって
面接で真面目な顔して『特技はイオナ○ズンです』とか言わなきゃ行かんのか?
どんだけ羞恥プレイを要求する気だよこのクソゲー!!


『どうやら待たせてしまったようだな。まぁ、その様子を見ると卿も
 職には有り付けなかったようだな。二人仲良く無職と言う訳だな』

「うるせー無職言うな!!俺はまだ学生だから無職って言わないんだよ!」


『このゲームの世界では無職ではないか。まずは現実を受容れることが
 新しい職探しの第一歩だとマザーズ帝国ハロワの人も言っていたぞ』



くそニヤニヤしやがって!ささっとコイツを定職につければ
お別れして気ままな仮想セレブライフを送れると思ったのに


『さて、資産家のヘインさん。今日の昼食もご一緒して頂きたいのだが?』
「はいはい分かりました。喜んでご馳走させてもらいますよ」

『ふふ、すまん。お前には借りを作りっぱなしだな
 いつかちゃんと纏めて返す心算だから安心してくれ』


ほんとに返す気あるのか?この食詰めさんは
まったく、帰りに履歴書の用紙買って職安通いか・・・
ほんと、このゲーム作った奴、実はVゲームが大嫌いなんじゃないか?





帝国公共職業安定所で仮想現実の厳しさがよく分かったヘインは
もぐもぐとテーブル一杯に並べられた料理を頬張る食詰めを眺めながら


就活とかもその内しないといけないんだなぁ~と感傷に浸っていた




          戦 わ な き ゃ 現 実 と 




この仮想世界におけるメインテーマがある限り、
多くのプレイヤー達が望んだ『夢世界への逃避行』が実現することは無い

『最高にリアルなヴァーチャル』を目指した『レンネンカンプ』は
明らかにゲームの方向性を間違えていたのだ。


更に、この中途半端な『リアルさ』が現実に戻れないことを知った後も
多くの人々に現実世界のことを頻繁に思い出させた


この意図せざる残酷な仕打ちによって『レンネンカンプ』に捕らわれた人々が
心を狂わせる事になるのは、もう少し先のことであったが・・・



     ・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル1・・・・・

                ~END~



[6296] クソゲーオンライン4
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:687f0f9a
Date: 2009/02/24 21:54
『レンネンカンプ』の付属機器のバッテリーの寿命が来たら死ぬ
この事実が判明した後、最初に行われたのはバッテリー寿命の調査
その範囲は開発関係者に留まらず、生産に関わった偽装請負社員にまで及ぶが


『バッテリーの寿命?そんもん知るか!!俺はバッテリーじゃないんだ!』
「3年位は持つんじゃねーの?まぁ、携帯から外した中古使ってるのも
あるらしいから、一概には言えないと思うけどね。まぁ、関係ないし」


大した情報を得ることも出来ず、最悪の状況にあることが確認できただけであった

短納期を最優先したため付属機器に使われた小型バッテリーは
メーカ-も性能もバラバラで画一的な対応が難しいだけでなく、
携帯などに使われていた中古品も一部で流用されているため

いつ、だれが、どこで頭がフットーしてもおかしくない状況だった
この『レンネンルーレット』と称された笑えない状況を打破するため

稼動中の付属機器の小型バッテリーを交換する試みが
特務機関ジオバンニに所属する技術者達の手によって行われようとしたが

脳波をパネェ状態にする装置であり、バッテリー部分をいじることは
プレイヤー達の生命を危険に晒す事にも繋がる為
稼動状態の付属機器のバッテリーを交換するという延命案は断念される


道化の仮面を被った死神の鎌はプレイヤーの首に深く食い込んでいる・・・

 

■新米魔法剣士■


前日のダメージから復活したヘインは履歴書を片手に
再び食詰めと一緒にハロワを訪れる。

本当はもう二度と来る気はなかったのだが
食詰めにニヤニヤ顔で無職と言われてちょっとだけムキになって
VRPGの定番花形職業『魔法剣士』になって
食詰めの鼻を明かす気満々になったのだ


その結果、起こる悲劇に気付く事も無く


■■


『42番でお待ちのヘインさーん!』


チッ、また同じ娘かよ!別の担当の方が良かったのに
まぁ、いいや!今回は履歴書も用意したし、スキルシートもある
いつでも面接に行ける状態だ!問題ないぜ!!


『ヘインさん!ぶつぶつ言ってないで早く来てください!』
「はいはい、今行きますって!」


『ふむむぅ・・・・、なるほどなるほど、ぷっ、ぷぷぅ・・・』


おいおい、人の履歴書見て噴出すってどういう子だよ
失礼極まりないぞ!ちょっとガツンと言ってやらないといけないな


「人の履歴書がそんなに面白いのか?仕事探して必死になってるのが笑えるのか?」
『えっと、ゴメンナサイ。そんなつもりじゃないんですけど・・・ぷっぷぷぷ
 ダメッ!もう我慢できないあはァッアハハッハウフフ、職業希望が魔法剣士なんて
 大学生にもなってなりたいのが魔法剣士って!もうだめ♪お腹痛くて死んじゃいます』
 


なにこの羞恥プレイ?っていうか後ろで待ってる奴も笑い噛み殺してるんじぇねぇ!
もういっそのこと大笑いしてくれ!そっちのほうがマシだ

『あいつの夢は大きくなったら魔法剣士になることだってよ』って感じで大笑いしてくれ
畜生!なんだか本当に畜生!!俺なんかもう職業ミジンコか一生無職でいいよ


『ごめんなさい。えっとヘインさんはププッ・・、魔法剣士がご希望ですね
 一応、紹介状は発行しますから、これを持って帝国魔術師局にでも行けば
 多分、面接を受けられると思いますよ。なんか如何わしい団体らしいですけど
 頑張って魔法剣士になって下さいね♪じゃ、転職するときにまたど~ぞ~♪』



うるせー二度と来るかこんなところ
魔法剣士に永久就職してやる!絶対転職なんかしない
こんな羞恥プレイは二度と御免だからな!!





散々な扱いにさすがのヘインはプンスカしてハロワを後にし
さっさと帝国魔術師局で魔法剣士になって
溜りに溜った鬱憤を外のフィールドに棲むモンスター達に
ぶつけようと固く決意する。


一方、同じように履歴書を持って求職活動を行った食詰めも
ヘインと同じ魔法剣士を職業に選択し、彼の後ろに付いていく

飯の種を逃す気はさらさら無いという意思表示である
そう、世界で一番うまいのはただ飯なのだから


もっとも、それ以外にも付いていく理由が、このころから生まれ始めていたのだが
それに彼女が気が付くのはもう少しだけ先のことであった



■冒険の始まり■


帝都の中央官庁街の一角にある帝国魔術師局
ここは魔術師や魔道士、魔法剣士などの魔法関連職業に就く為に
必要な手続きが主として行われている。


ハロワで散々苦労した二人も紹介状を持って帝国魔術師局に訪れたのだが
予想した厳しい面接試験や実技試験といった物は一切なく、
登録用紙に必要事項を記入して8000帝国マルクもする
法外な値段の印紙を貼るだけで、あっさり魔法剣士になることが出来た

針の山で指一本で逆立ちを一日するような試験もなく
あっさりと他のVRPGで花形の魔法剣士に見事就職することになったのだ


地獄の沙汰も金次第と言うことであろう。


なお、なんらかの職業に一度就いてしまえば
辞表を出さない限り、基本的に職業は変わることは無く
レベルの上昇と同時にその職業に見合った能力及びスキルが向上していく

実にシンプルでありがちというか、手を抜いた感を否めないが
下手に凝り過ぎてクソになるよりは余程マシであるため
プレイヤーの多くがこのシステムに肯定的であった

■■


『ファイボン!ファイボン!!見ろよ食詰め!手から火の玉がボンってしてるぞ!』


まったく、小さな子供でもあるまいし、はしゃぎ過ぎだな
手から火の玉が出るなどといった非常識さは逆に
これは所詮、仮想世界であるが故に実現できたことだと気付かせ
プレイする人々を興醒めさせるのではないだろうか?


『なに言ってるんだ?既に魔力切れになってる奴が
 そんなこと言っても全然説得力が無いんだよ!』

「いや、私はVヴァーチャルゲームどころかゲーム自体を体験したのが
 今回が初めてだからな、勝手が分からずに、試し撃ちをし過ぎただけだ
 確かに、多少は魔法という物が使えることに興奮した事は否定しないが」


『なっ!やっぱ興奮したんだろ?隠すな隠すな俺もVゲーム初めてだから
 やっぱ興奮しちゃったんだよな~だって手から火の玉が飛び出るんだぞ』


まったく、人を茶化すか喜ぶのか、どちらか一方にすれば良いのに・・・、本当に忙しい男だ
だが、ここまで無邪気で楽しそうな笑顔を見せられると、
本来の目的を少しだけ後回しにして仮想世界で遊ぶのも
そう悪くはないと思えてくる


幸いな事に時間は無限とも思えるほどあるし、
仮想世界を少々愉しむ程度の猶予は十二分にあるはず
それに、この無邪気な笑顔のお人好しにもう少しだけ世話になるのも悪くない
退屈とは無縁でいられるだろうし、食詰める心配も無いからな


『どうかしたんか?急にニヤニヤしだして、なんか面白い物でも見つけたのか?』

「あぁ、実に興味深いモノが見つかったよ。私の目の前でね」



■■


目の前で?なんか俺の後ろにいるのか?ってモンスターが二匹も急接近!?
やばい、すでに俺も食詰めも魔力切れだ。魔法の力を失った魔法剣士・・・
クッソタレ!モンスターの野郎共はこの瞬間を狡猾に狙っていやがったのか
ファッキンモンスター!!オーイエーだぜ!!

『ヘイン、冗談を言っている場合じゃ無さそうだ。前の二匹は恐らく陽動
 左右後方からも二匹ずつ此方に接近している。このままだと包囲される』


ノリが悪いぞ!とりあえずこういう場合のRPGのセオリーは、
地道に倒せる敵から順番に倒すこと、無理せず逃げたほうが徳ってことだ
まずは前にいる角が生えた鶏みたいなモンスターをぶった切って
そのまま全力で逃げるぞ!このまま待って囲まれてタコ殴りにされるのは勘弁だろ?


『ほぅ、三方からの迫る敵の包囲が完成する前に各個撃破を図って離脱か
 なかなかどうして、卿も考えているではないか、それで行こう悪くない』



失礼な奴だな!いっとくが俺は考えなしの能天気馬鹿じゃないからな
だいたいホイホイとよく知らない俺に付いて来ちゃうお前のほうが・・・



    『すまんが話は後にしよう・・・、先に行くッ!!』



って、おい待てって!!いきなり勝手に突撃して置いてくな!
こちとらタダのグータラ大学生だってことを分かってんのか
現役のガキんちょと違って体力あり余ってねーんだよ!!



■■


うん、楽勝でしたね。やっぱ街の直ぐ近くにいるようなモンスターなんか
良く考えたら花形職業の魔法剣士でもある
ヘイン様ご一行の敵になる訳がなかったんだよね~♪
前の二匹どころか、追いかけてきた左右の四匹も楽々と狩っちゃいましたよ




         食 詰 め が 一 人 で




ほんと見ていただけであっという間に終わりました。
いや、正確にいうと途中で腰を抜かしてほとんど動けませんでした


だって、いくら仮想世界だからってリアル過ぎなんだよ!!!
最初に倒した一羽は食詰めが剣で喉を容赦なく掻切って血をドバーってさせるし

剣を振った隙を突いて襲い掛かってきたもう一羽が頭の角で突き刺そうと
食詰めに突っ込んできたけど、剣の柄から外した片手で角を掴んで地面に叩き落として
動きを一旦止めてから首を容赦なく足でグチャリと気道をぶっ潰して返り討ち・・・




後の四匹については思い出したくないというか
正直、見ていられませんでした。野鳥の会も真っ青な殺戮劇でした



■焼き鳥ふぁーちゃん■


『レンネンカンプ』の悪癖の一つとしてある中途半端なリアル思考のせいか
戦闘でのダメージ描写は全年齢対応Vゲームにも関わらず
現実とほぼ同じ描写であった。
そのため、戦闘後の光景はクビチョンパに脳汁が出た死体が転がっているなど
目を背けたくなるほどグロかった
生と死をリアルに表現したいというレンネンの強い想いが反映された結果であったが

かわいそうや気持ち悪いといった理由でモンスター狩りに行けない
行っても怖気づいて狩れないプレイヤーを続出させる。


ただ、『はじめ人間オフレッサー』やその仲間達などの、
一部の脳筋殺戮プレイヤー達はよりグロくエグイのを求めて
日夜殺戮虐殺行為に明け暮れていくようになる

また、食詰めのように殺生を行うだけでなく、
ちゃんと死体を捌いて食材として有効利用する人々も僅かながら居たが


当然、そんな者を求めていないプレイヤーの方が圧倒的に多く
この拘りの大自然の摂理を訴える表現方法は、
製作者の期待とは裏腹に大不評を得ることになる。



■■


血を抜いて、皮を剥いで内臓を取り除く
身を叩いて肉を柔らかくするとか


なんとなく聞いたことはあるけど
目の前でやられると結構ショッキングのモノです

それに『鶏だったものの肉』っていうアイテム名も
なんか生々しくていやだな。


まぁ、一番の問題は血塗れで黙々と作業を続ける
食詰めの姿がどん引きする位に怖いってことかな


『どうした、腹の虫が疼くのか?もう少しで捌き終わる
 後は火を起こして焼くだけでいい。一応、調味料もあるぞ』


「あぁ・・・、ほんとたのしみだなぁ~、あはは嬉しいなぁ~」



なんか別の意味で腹が疼くというか胸が疼いて
食欲が刺激される前に、吐き気に襲われとるとです


いや、生まれながらの食詰めだとは思ったけどコイツどんだけ野生児なんだ?
かわいい女の子は50センチ以上もある鶏を捌いたりしないだろ普通

近所の小学校の鶏や兎とかコイツ喰ってないだろうな?
ちょっと、お兄さん心配になってきましたよ。




『卿には一宿一飯以上の恩を受けているからな、多少は借りが返せそうだ』



うん、多分みんなが見惚れる位の笑顔なんだろうけど
返り血と血塗れの剣で肉片を切り分けている光景と合わせると
恐怖以外の感情が湧いてきません。



     さすがにお腹が空いても人間はバラバラにしないよな?






初めての戦闘をなんとか無難にこなした後
食詰めのワイルドクッキングにドン引きのヘインであったが

意外に焼いた鶏の肉が旨かったのか、もぐもぐと結構な量を食し
調理した者を満足させていた。

一生懸命調理した物が美味しそうに食べられるのが嬉しいのは
この世界でも変わらないようである


また、何だかんだで6体のモンスターを倒した二人は
レベルが一つ上がる程度の経験値と幾らかの帝国マルクを手に入れていた

ただヘインが手に入れた500帝国マルクに対して
食詰めが手にしたのはスキルの効果もあって5帝国マルク硬貨一枚だけであった
食詰めが自活できるようになるにはまだまだ時間がかかりそうである





ヘインと食詰めは帝都オーディンの宿屋を根城に
何日か街周辺のフィールドで狩に励んでレベル上げを行う

レベルがあがると共に使える魔法が増えることに
ヴァーチャルゲ-ム初心者のヘインが嵌ってしまったのだ

一方、食詰めの方は正直二日目ぐらいで飽き始めていたが
食料調達という実益と無邪気にはしゃぐヘインを揶揄するという
別の愉しみ方で『レンネンカンプ』をそれなりに満喫していた


もし、このまま二人が何も知ることが無ければ
このそれなりに幸せな仮想世界での生活は続いただろう



だが、この仮想現実世界によって生み出された事件は
悲惨な現実を二人だけでなく、全てのプレイヤーに突きつけようとしていた


『レンネンカンプ』の世界が生まれて4日が過ぎた頃
最初の犠牲者が自らを生みし者の手で冥府へと送られたのだ・・・

これは悲劇の序幕にすぎない、以後、同じような犠牲者は更に数を増し
ログアウト出来ない状況と合さって人々の不安を煽っていくことになるのだ



 平穏な日々は終わりを迎え、疾風怒涛の季節が到来しようとしていた



   ・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル4・・・・・

             ~END~




[6296] クソゲーオンライン5
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:551b9470
Date: 2009/03/01 15:46
ゲーム内での死に様々なペナルティが課されることは
多少はゲームを嗜んだことがある人間の間では常識である

良くある物としては、お金が半分になったりアイテムを失うなどである
当然、VRPG『レンネンカンプ』にもデスペナルティは存在する。

だが、その内容を語る前に『レンネンカンプ』における死の定義を説明しよう。



■レンネンカンプは二度死ぬ・・・■


『レンネンカンプ』の死は2つの種類が存在するのだ


一つ目はよくある生命活動の停止による死
簡単に言えばライフポイントが0になる事によって起こる死である

もう一つの死は何かというと、『レンネンカンプ』を象徴するかのような死である
それは手鏡を巧みに操るのが見つかったり、風呂場への偵察等が発覚した際に起きる


そう、『レンネンカンプ』では社会的な死が生物学的な死と等価に扱われているのだ


この死に関するクソみたいなルールは、
秩序を重んじる製作責任者の性格が色濃く反映された結果生まれた物である

もっとも仮想世界において社会的な死という概念を導入した本人が
『レンネンカンプ事件』という社会的な重大事件を起こし
仮想どころか、現実世界で社会的に死んでしまった現実を見せられると
運命の皮肉さを思わずにはいられない。



■デスペナルティは終わらない■


『レンネンカンプ』の世界におけるデスペナルティは
そのほかの奇抜というかクソなゲームシステムやルールと比べて
多少は厳しく感じるものの至極真っ当な物であった。


その内容は死亡したら即強制ログアウトさせられ
最後にログインした状態に全て戻るというペナルティに
そ所持金とアイテムが0になるという有難くないおまけ付くといった
単純でありがちなペナルティが課せられるだけ


この取説に書かれた基本的なルールが初期の電プチに匹敵する最も残酷な結果を
多くの人々に与えることになるのだが、それを予想できた人は残念な事に皆無であった・・・



■壊れた日常■


仮想世界での一ヶ月に過ぎないが、ここまで長期間ログアウトができない状況が続き
更に次々と動かなくなったプレイヤーも目撃されるとなれば

不安や恐怖によるパニックが多くのプレイヤー達の間で起こる

最初はOPイベントかなにかだと強がっていた人々も
『何かおかしいのではないか?』『説明責任が果たされていない』等々
不安を押し殺すことが難しくなりつつあった。


当然、ヘインと食詰めもこの喧騒に無縁ではいられず、
多くの人々と同じように大きな不安と恐怖に襲われる



■■


『困った事になったな。どうやら初期不良という現象ではなさそうだ』


なにこの子は真顔で怖い事を言ってるんですか
Vゲームの世界に閉じ込められるなんて、そんな使い古されたネタは
厨房時代の痛い妄想ネタ帳にでも書き綴ってるだけで良いんですよ


「まぁ、ちょっとサーバーの調子がおかしいだけだろ?直ぐに復旧メ-ルが
送られてくるから大丈夫だって、現実との時間差で遅れてるだけだと思うぜ」

『最初は私もそう考えていた。いや、そう信じていたかったの間違いだな
 復旧メール以前に、不具合報告のメ-ルが全く送られてこないというのは
 異常だとは思わないか?すでに現実でも7時間以上経っているというのに』


あぁ、今更いわれなくても分かってるよ!!

多分、ログアウト不能エラーの復旧目処がどうこうってレベルじゃ無い位に
ヤヴァイんだろ?混乱を最小限に抑えるために普通はあるはずの
運営側からのアナウンスも無く、全く音沙汰なしの現状
その上、サポートセンターに連絡しようとしても全く通じない


どうやら、みんなの言う通りで中と外のアクセスが完全に切れちゃったんだろう
ほんと勘弁してくれよ。初めてのヴァーチャルネトゲでこんな目に遭うし
柄にも無いことする破目になるわ、ほんとツイてないよなぁ・・・



「確かに今の状況は最悪に見えるし。そうじゃない可能性も十分ある
 だけど、どちらにしても俺らが何かを出来るわけじゃないだろ?
 せいぜいやれる事は適当にモンスター狩ったり、図書館で勉強して
 本来の目的を果たしながら待つこと位。まぁ、云々考えても仕方が無いし
昼飯でも食いに行きますかね?腹が減るのだけは現実と変わらないからな」


『卿の言が正しかろう。それと気遣いには感謝する
 少しだが気が楽になったよ。卿はやさしい男だな』





最悪の予想図を前に沈みかける中、ヘインはちょっと男の子しちゃって
食詰めを冗談めかした感じで昼食に誘い気を紛らわせようとするも
役者としては一歩食詰めには及ばず、

彼女の澄んだ笑顔と素直な感謝の言葉による返し技で
逆にしどろもどろにされ、いつもよりセレブなランチをご馳走する破目になる



仮想世界に閉じ込められて不安にならない者などほとんどいない
二人と同じように多くの人々も焦りや不安に色づけされた恐怖を感じていた


そして、その恐怖が誤解と楽観に彩られた大きな悲劇を生むことになる



■きっとログアウトもできるはず・・・■


何度繰り返しても実行されないログアウト
何度問い合わせをしても繋がらないサポートセンター

質問に質問で返すNPC、逆切れをするNPC・・・
一度も送られて来ない運営からの報告メール


やがて、多くのプレイヤー達は運営による事態の早急な解決は出来ないと諦め
様々なアプローチでログアウトを試みようとするようになる。


そんな機運が高まる中、プレイヤー同士の情報交換や相談から生まれたある方法が
ログアウトへの最短ルートだと信じられ、多くの者がそのルートを選択する

そして、その楽観と誤解によって作られた方法は彼等にこう呼ばれる




         デ ス ア ウ ト 




ただ、残念な事にこの言葉は直ぐに違った意味で使われるようになる
そう、本当のデスペナを象徴する残酷な言葉として・・・





「デスペナで強制ログアウトってことは自殺すればよくなくない?」
『その発想はなかったwおまえ天才だな!』
[では、さっそく私と空を飛びたい人は中央の塔へ]
『いいなそれ!大量ヒモなしバンジーってパネェっすね!』
{いや、普通にモンスターにヤラれたらいいんじゃ?}
〔お前の意見は詰まらん!またくもって詰まらん!弾けろよw〕


そう、レンネンカンプのデスペナにある強制ログアウトは
取説にしっかりと書かれおり、多くの人々が知る『仮想世界の常識』だった
そのため『デスペナ使えばログアウトできるんじゃね?』説は

碌な考証もなく安易に最良で最短の解決方法と目され
仮想世界という閉ざされた環境とシステムエラーの情報が
殆ど皆無という状況にも助けられながら多くの人々の支持を集め
短期間で数十万規模の自殺実行者達を生み出すことに成功する


その犠牲者の数は、事件発覚後にログインした『後発組』の人々から、
ログアウトできないエラーを誰一人越えられなかったという事実を知らされるまで
楽観と誤解に後押しされながら増え続けた



彼らは『取説』などという今や信頼性の全く無くなったものをアテにした結果
『レンネンカンプ』における真のデスペナに気付くことが出来なかった


この仮想世界で死者に与えられる本当のペナルティはシンプルだった
ただ、永遠に実行されない強制ログアウトを死ぬまで動かずに持ち続けるだけ
なにも難しいことなど無い。ただ静かに終わりを待ち続ければ良い



■後発組■


回収されなかった『レンネンカンプ』とその付属機器を用いて
事件発覚後も入場することだけ許された仮想世界に来訪する者達がいた



後  発  組 



何も知らずに仮想世界に捕らわれた先住者と比較され、彼らはその名で呼ばれる

彼等の多くは開発責任者と同じで現実逃避をしようとした人々だったが
それ以外の理由で『後発組』になる人々も僅かながら存在する

そして、彼らが死を覚悟して危険な仮想世界に足を踏み入れる理由は
その理由はジャーナリストとして真実を知りたい。
大切な人に再び会いたい、救いたいといった強い想いによってであった


煌く黄金のような金髪と燃え盛る真っ赤な炎のような赤毛を持つ二人の少年も
そんな強い想いを胸に閉ざされた世界に飛び込んだ『後発組』だった


彼等のような『後発組』も『レンネンカンプ事件』を語る上で
欠かせない要素となるのだが、それはもう少しだけ先の話になる



■最高に短い365日■


全く、街の彼方此方に倒れている人間が、頭がフットーした人間か
デスペナで永久に動けなくなった奴等だと思うと恐ろしくなる
俺自身もいつ同じ様になるか分からんし


・・・と、深刻になるはずだったんだけど
付属機器のバッテリーが三年位持ったら
頭がフットーするのが感覚的には300年後なんだよね

ちょっと、緊迫感に欠けちゃっても仕方ないよな
なんか、ログアウトできないって知ってから既に300日ぐらい経って
『後発組』からのどうしよもう無さそうな情報がポツポツ入ってくると
正直、なんとか帰還しようって気も無くなって来るんだよね


いや、馴れって怖いね~。いまじゃ殆どの人が『帰還』を諦めて
それなりに『レンネンカンプ』世界を愉しんでます。


俺もなんだかんだで食詰めと一緒に狩りに励んで
レベル上げしまくってるし、使える魔法もど~んと増えてちょっと楽しくなってるしな


まぁ、このまま平穏な日々が続くなら暫く帰れなくてもいいかな、なんてね







なわけねーっつううの!!!!おいおいミソがフットーするってどうよ!!
熱いの?痛いの?大丈夫なの!!!ふざけんじゃねーよ!!殺すぞ口髭!!

それにもう300日越えって何よ!!現実でも三日以上ぶっ続けゲームって
どんだけ廃人なんだよってレベルだぞ!

現実世界に二年後に帰還しましたが
ある意味人生は終了しましたって状況だったらシャレにならんぞ
食詰めなんか下手したら中卒の上に貧乏だぞ?ほんと終了じゃねーか!


そもそも大学の試験をなんとかするために来たのに
もう終わってるじゃねーか!!もしかしなくても留年確定か?俺終わったの???


『落ち着けヘイン。喚いてたところで状況は好転などしない
 それに外でも必死になって対策を練っているんだろう?
 時間も現実では数日経っただけ、まだ慌てる時間じゃない』


分かってるけど、偶には取り乱したくなるんだよ畜生・・
こんなに長い期間クソゲーをやるとは思ってなかったからな
焦って自殺して動けなくなるのよりはマシな状況だとは思うけど


『同感だな。動けない彼等の精神の均衡が、どれだけもつのかが心配だな』


怖いこと真顔で言うなよ・・・





仮想世界の時間は余りにも長すぎた
現実の時間の流れとの差は彼等の感覚を狂わせるだけでなく
精神の均衡もゆっくりと狂わせて行く

ましてや、目的も何も無いという手詰まり状態である
普通で有り続けることの方が難しいと言える

この状況がもう少しだけ続いたらヘインや食詰めを含めた
多くの人々は狂人になるか廃人になっていたかもしれない
事実、既に狂人になっている者も僅かながらいた


だが、そんな状況を一転させ、人々に生きる目的や希望を与える救世主が現われる

この狂った仮想世界でちょうど一年が経つ頃、
ウェルカムメ-ル以来の運営側からのメッセージが全てのプレイヤーに届いたのだ




『大魔王レンネンカンプ』の挑戦状が!!!




皮肉な事に彼等に生きる目標と希望を与えることになったのは
この事件を引き起こした開発責任者でもあり、
レンネンカンプ社代表取締役、いや『大魔王レンネンカンプ』その人であった



巨大な立体フォログラムに映しだされたメタボ体形の中年男性は
『大魔王レンネンカンプ』として、重々しく口を開き衝撃的な事実を告げる



『レンネンカンプ』の序章は終わりを迎え、いま本章が始まる・・・



・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル34・・・・・

               ~END~




[6296] クソゲーオンライン6
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:551b9470
Date: 2009/03/06 22:32

レンネンカンプ以外にも数万人単位の『後発組』が居たが
彼らは基本的に先住者達と同じリスクを負う必要があった

そうログアウト不能というエラーは彼らにも等しく降りかかってくるからだ
そして、正常なログアウト以外で頭をフットーさせない方法はないため

せいぜい彼等に出来る事は長持ちするバッテリーに交換して
バッテリー寿命による頭のフットーを遅らせることだけだった


一方通行の道だけが『レンネンカンプ』に通じている



■大魔王レンネンカンプ■


巨大なフォログラムに移された大魔王を称する中年の男は
少し弛んだ体形をしたどこにでもいるような、外見的特徴に欠ける人物だった
そんな彼にある個性を上げるとすれば、

入念に手入れがされた無駄に立派な口髭が唯一の個性だろう


もっとも、彼を語る上で最重要視されるのは無個性な外見などではなく
自らの名を冠された最凶のクソゲー『レンネンカンプ』を開発販売したことであろう

『レンネンカンプ』によって引き起こされた事件と
彼がその世界で行った一連の行為にこそ彼の本質を紐解く
重要な手掛かりがあるのではないだろうか?



すべてを失った男は何を想って、大魔王という名の道化を演じたのだろうか?


■■



『 ようこそレンネンカンプの世界へ、
  大魔王レンネンカンプとして全ての人々を歓迎しよう

  皆、存分にこの狂った世界を自由に愉しんでくれたまえ!!
  なにせ、君たちが死ぬまでにはタップリと時間があるのだから 』


巨大なフォログラムとして映し出されてレンネンの挑発的な発言に
多くのプレイヤー達は憤り罵声を激しく投げ掛ける
それは、仮想世界における一年で溜った鬱憤を一気に解放するかのような激しさだった


こうして、人々の不安や恐怖を怒りへと大きく変化させた男は
更に続けて紡いだ言葉によって、それを自分に対する殺意へと変貌させる


彼は全ての聴衆へ、堂々と挑戦状を叩き付けたのだ


『 この大魔王を前にして実に威勢が良いではないか、結構結構
  では、その勇気に私も敬意を表し、希望を少しばかり与えるとしよう
  
  私はログアウトする術を見つけた。もっとも私の人生が終わった今
  その方法を無償で与えるほど私は善人では無い。そう私は大魔王なのだから
  
  だが、もてる全ての力と智恵を用いて無謀にも私に挑み勝利を得ることが
  出来る者が居たのなら、全ての人々をこの世界から解放すると約束しよう  』



滅茶苦茶である。自分が生み出した欠陥品によって多数の人間を殺し
いまなおも多くの人々を不条理に狂った仮想世界に閉じ込めて置きながら


『自分の人生が終わったから出してやんねー!みんな不幸になれバーカ』と


子供の八つ当たりのような主張を堂々としてのけたのだ
その上、帰還方法は大魔王たる自分を倒してゲームをクリアしない限り
教えないと子供のワガママのような宣言までする始末、


『口髭ぶっ殺し!!』『いてもうたれや!!』『ボクゥ、アルバイトォオオッ!!』



多くのプレイヤー達は罵声を吐くと共に武器を強く握り締め
今にもレンネンカンプの居る場所を求め走り出そうとしたが
大魔王が最後に発した言葉によって、その動きを止められてしまう




   『 ちなみに私のレベルは530,000です 』




レンネン先生、あきらめたいです・・・



■求道者■


『レンネンカンプの挑戦』以後、仮想世界に捕らわれた人々のプレイスタイルは
徐々に定まっていき、大きく分けて三つのタイプに分類することが出来るようになる


その一つは、嫌々ながらもゲームクリアを目指すため
モンスター狩りやダンジョン攻略に励む人々である

このクソゲーを黙々とやり込む姿は、苦行に耐える修行僧のように見えたため
彼らは『求道者』と呼ばれるようになる。



■■


『後発組』としてレンネンカンプの世界に足を踏み入れた
ラインハルトとキルヒアイスの目的は誰よりも大切に想う
ラインハルトの姉をこの閉ざされた世界から救うことにあった

そのため、大魔王レンネンカンプを倒すため
長く辛い『求道者』の道を歩むこと選択するのだが


『キルヒアイス、武器は装備しないと意味が無いらしいぞ!』
「はい、ラインハルト様」



両者は等しくゲーム経験が皆無であったため
その道は長く困難な物になりそうであったが
彼ら二人は現実世界と同じように類稀なる才能を如何なく発揮する事によって

見る見るうちVゲーム、いや、『レンネンカンプ』に適応し
『後発組』というハンデをあっさりと跳ね返し、先住者たちを次々と追い越していく


現実で出来る奴は仮想世界でも、やはり出来る奴なのだった・・・


『キルヒアイス、俺にこのゲームがクリアできると思うか?』
「ラインハルト様以外の何者に、クリアができましょう」


二人の天才は、最悪のクソゲー『レンネンカンプ』に真正面から挑む!!


■支援者■


正攻法で真正面から挑む人々もいれば、別の方向から帰還を目指す人々も当然存在する

彼らは『支援者』と呼ばれレンネンカンプが見つけたという帰還方法を
自ら求めるのではなく、『求道者』達をサポートする様々な活動によって
ゲームクリアを早め、この狂った世界から帰還することを目指す


そんな彼等は正面からクリアを目指した結果、
デスペナを喰らって植物状態になるのを怖れたチキン集団と
侮蔑を受けることも間々あったのだが


ある者は『鍛冶屋』になって装備の面で『求道者』を支援し
別の者は図書館などで膨大なゲームに関する資料の調査を行い
冒険をする上で役立つ情報を提供する『情報屋』になるなど


『求道者』達と同様にクリアするために欠かせない存在であった


もちろん、それらは無償で提供されるわけでなく
それを得るためには相応の対価を必要とする
彼らも仮想世界で生活する糧を日々得ていかなければならないのだから


そして、無駄にリアルなこの仮想世界でその糧『事業所得』を得た彼らは
時期が来ると青色申告か白色申告と呼ばれる方法を選択し、
事業年度毎に申告を行って所得税を納める必要があり
このVRPGらしからぬ妙にリアルなシステムは多くのプレイヤーの頭を悩ませる


全ては記さないが、これと似た『支援者』を縛る様々なルールは他にもいくつかある
特定の資格を要件とするなどの開業制限や、許可制の事業などが良い例であろう

特に官公庁に対する入札に必要な許可申請や入札参加資格を得るための
申請手続きは現実世界と同様に手続きが面倒臭いことこの上なく

現実世界で似たような実務に携わっていたプレイヤーか、
入札関連申請の代行を業としていたプレイヤー以外はまず参入できない有様であった



また、合資・合名・合同・株式の名を冠する四種類の会社も
手続きさえ行えば現実と同じよう設立することが可能ではあったが、

仮想世界まで来て設立登記を行う等の新会社の立ち上げ業務や
雇用する従業員のため社会保険の適用開始手続きをしたいと思う
プレイヤーはやはり皆無で、帝国・同盟・フェザーンの三国において
新会社がプレイヤーの手によって生まれる事は残念ながら殆どなかった。



■絶対零度の才女■


もう何がしたいのか分からないこのリアルな制約に屈する事無く
最高の仕事をする起業及び申告代行コンサルタントが
帝都オーディンに彗星の如く現われる


その人物の名はパウラ・フォン・オーベルシュタイン
義眼を時折怪しく光らせ、透き通るような白い肌を持つ彼女は

『日帳簿記3級』というある意味最強の称号を巧みに利用しながら
誰でも出来るような開業届の作成や白色申告をサポートすることによって
多くのド低脳『支援者』から利益を得ていた。



そんな彼女とヘインが出会ったのは仮想世界で丁度一年が過ぎ
『レンネンカンプの挑戦』が行われて間もない頃

年間徴税収入が100万帝国マルクを越えるヘインが
その収入に対する申告を行うため帝国税務中央庁舎を訪れた時であった


■■


『なにか、お困りですか?よろしければご相談に乗りましょう』


最初に無愛想な声をかけたのは義眼少女の方であった
彼女は税務中央庁舎の窓口の前で携帯用の椅子と机を使って
即席の相談所を開いて日々迷える申告者達の道しるべとなりながら
その日の糧と義眼の調整費用を稼いでいるのだが

相談料金も一時間300帝国マルクとそれほど高くもなく
理論明晰で非常に分かり易い説明を行うことが出来たので
一日の客の入りとあがりはソコソコのものであった。


「そうだな、嬢ちゃんに助けて貰うとしますかね。ほら前金で300だ」

『結構、では収入の種類と金額、それに身分や階級も併せて教えて頂きましょう
 狩りで得た収入は源泉徴収済みなので、そちらは除外して頂く形でお願いします』



ヘインが彼女に持った第一印象は愛想のない奴というもので
多くの他者が彼女に持った印象と何ら変わらないものであった


彼女は相談の際、淡々と事実と方法を分かり易く機械的に告げることに終始し
接客スマイルや雑談を交えるといった愛想が徹底的に欠けていた

もしも、彼女が欠片でも愛想を接客の際に見せていれば
その手腕と容貌も相まって今とは比べ物にならない収益を上げることが出来たであろう



「なるほど、貴族の持つ徴税権で得た収入には非課税特権があるから
 別に申告とかしなくてもいいのか、さすが敏腕相談員だな勉強になったよ」

『いえ、閣下のような爵位を持ち、高い階級にある方の相談は
 私も初めてでしたので、此方も良い経験になりました。
 ・・・失礼、義眼の調子が悪い様で、驚かしてしまいましたね』


突如光を走らせた義眼にビビッたヘインであったが
その後、ビームが出ることも無かったので一安心する。

また、余った相談時間分の料金を返そうとする義眼に
『必要ない』と手を振って示しながら、残り時間を相談ではなく雑談に費やさせ
しっかりと、300帝国マルク分の仕事を彼女にさせる


この光景は非常に珍しい物で、近くに同じような店を構える同業者を驚かせた
なにせ、いつも事務的に説明を行うだけの義眼が、相談を終えた後も雑談しているのだから


愛想の無さで誤解を受けやすい義眼の面倒を常日頃それとなく見ている
同業者のフェルナーもその光景を見た驚きの余り、近くの同業者にうっかりと
『どうやら、お嬢にも春が来たようだ』と口を滑らせてしまい
後日、そのことを人づてに聞いた義眼から
絶対零度の視線を一日中浴びせ続けられることになってしまう


この彼の『らしくない』失態は高くついたものの
彼以外の同業者が彼女に対して持っていた
無機質で不気味な印象を少しばかり変化させる助けとなり

挨拶や他愛ない世間話を交わす程度の些細な物ではあったが
義眼の少女と同業者達の間に交流が持たれるようになる




      『私も随分とお喋りになった物だ・・・』




■堕落者■


『求道者』や『支援者』というどちらのタイプにも当てはまらない
人々も当然この仮想世界では存在し、彼等は『堕落者』と呼ばれる


彼らは外で対応する人が事件を解決するか、誰かがクリアするだろうと他力本願に考え
日雇いや派遣としてNPCの下で作業に励み、最低限の日々の糧を得ながら
毎日を目的も無くダラダラと過ごしていた。


ヘインも本来ならば裕福な『堕落者』として
最高にダメ人間な生活を満喫していただろう。


なにせ、何もしなくても3000帝国マルクが転がり込んでくるは
購入した30万帝国マルクの3階建ての家もあるわで
何不自由のない仮想生活ライフが約束されているのだから



     彼の誤算は食詰めの存在であった・・・



彼女はリアル食詰めでもあったため、一刻も早く現実世界に戻って
新聞配達などのお約束のバイトをこなさなければならない


そんな彼女のタイプが『求道者』となるのは必然であろう
そして、食詰めとなんだかんだで腐れ縁状態のヘインは


望みもしない厳しい『求道者』の道を歩かされていく事になる





人々の進む道も定まり、『レンネンカンプ』は本格的な稼動を始める
その結果、様々な出会いや別れが生まれ、喜劇と悲劇が交互に上演される

こうした中、仮想世界の人間模様は複雑化し、現実世界と大差ないモノとなり
多くのプレイヤーの仮想と現実の境をあやふやにしていく


そんな情勢の中、『レンネンカンプ』最大の悲劇と後に語られる
VSLGイベントの一つ『戦争イベント』が発生する


多くの英雄を生むと同時にそれを遥かに越える死者を生みだした



         アスターテの戦いがいま始まる



   ・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル48・・・・・

             ~END~



[6296] クソゲーオンライン7
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:551b9470
Date: 2009/03/08 20:06

『レンネンカンプ』における戦争イベントを起こすには

帝国では皇帝若しくは帝国宰相の役割を演じる者の『勅命』が
同盟では国家元首を筆頭とする国権の最高意思決定機関たる
最高評議会の『決議』を必要とする

また、その二つが選択された際に
国家パラメーターの『国力レベル』が一定以上あることも
『戦争イベント』の発生条件となっている


この『戦争イベント』によって世界を統一する戦いを行う事は
『レンネンカンプ』のSLGパートをクリアするために欠かせない要素ではあったが

RPGパートとSLGパートは完全に分かれているため
『大魔王レンネンカンプ』の打倒によるゲ-ム世界からの帰還を目指す場合
この戦争イベントは起こす必要が全く無い不要のイベントであった


だが、この仮想世界では必要なことだけが行われる訳ではない
現時世界と同じように無益なことが繰り返されることも当然ありうるのだ



■フリードリヒよんせちゃん■


『あの、戦争ボタンもしかして押しちゃった・・かな?』
「おした!がんがんおしたぞ!」


無邪気にとんでもないことをしでかしたと自白したのはフリードリヒ四世
銀河帝国を統べる神聖にして不可侵の皇帝の役割を与えられた者(5歳)
そして、悲惨な戦争イベントを発動させた無邪気な暴君である

この暴君によって暴挙が成された事をその小さな口から躊躇無く吐き出された
言葉で知らされた帝国宰相リヒテンラーデは頭痛が痛くなってしまう

『そっかー、よんせ押しちゃったのかー、ははは・・・』
「おー、よんせおした!びょ~んとおしたぞ」



実行犯のまったく悪びれる様子が無い愛らしい笑顔を見つめながら暫し逡巡した後
リヒテンラーデは観念し、同盟との開戦準備に取り掛かる
望むとも望まぬとも賽は投げられたのだ


彼には職責を全うするため、帝国を守るため最善を尽くす必要があった
例えこれが仮想世界の戦争であっても、そこから生じるリスクは
現実とそう変わらない大きさなのだ。その肩にかかる責任は大きく重い


戦死した者にもデスペナによる『永遠の沈黙』が等しく与えられるのだから


皇帝が紙飛行機を片手にお気に入りの寵姫アンネローゼの所へ
元気一杯に遊びに行く姿を見送った初老の宰相の背中は煤けていた



■最高評議会■


帝国によって戦争イベントが起こされた事を知った
同盟最高評議会に属し、政権を担う閣僚の多くは、そのあってはならない事実に驚き
しばらくの間、言葉を発することもできない有様であった

彼等は『後発組』の市民から得た情報でデスペナの恐ろしさを認識した後
全会一致で戦争イベントの無期限凍結を決議しており
帝国側上層部を担うプレイヤー達も同様の対応をするものと信じきっていた


ただ、そんな予想外の事態にもさほど動じることも無く
自らの地歩を固める好機に繋げようと図る怪物も存在する



     国防委員長ヨブ・トリューニヒト



彼は機能不全に陥った最高評議会を卓越した弁舌を持って再起動させ
会議を、同盟を動かす力を持つ者が誰かと言うことを
列席者に知らしめる事に成功する。


もっとも、このような非常事態にならなくとも、彼ならさほど時間を要せず
自己に相応しい立場と力を得ていたであろう。

幾らリアルの地位を考慮に入れたとはいえランダムで選ばれたエセ政治家如きが
現実世界においても総理局政務参事官という高級官僚の地位に就き
来年早々に行われるであろう選挙で当選確実な彼に敵うはずもないのだから



■アスターテの死闘■


アスターテの戦いに参加するプレイヤーは
帝国軍側が130万人、同盟軍側は270万人と
同盟側参加者数は帝国の二倍以上と圧倒的に同盟が有利であった


また『レンネンカンプ』における戦争のルールは簡単
相手をより効率的に多く殺した側が基本的に勝利者となる
現実の戦争と大差ない非情のルール・・・


■■


まったく、あの金髪の凄いのか、同盟の指揮官が無能なのか
まぁ、二倍の兵力で三方から包囲殲滅せんと襲い掛かってくる敵を
逆に各個撃破の好機にしちまうんだから、金髪は大した奴なんだろうな
そのうえ副官の赤髪と揃ってイケメンときちゃーお手上げだな


『なに、卿もそれほど悪い顔じゃない。まぁ、特に良い顔でも無いがな』


うるせーよ!!そんな事はお前に言われなくても分かってるんだよ

それより、もう手洗うのは止せ・・・、もう十分綺麗になってる
それに、そんなに強く擦ったら手の皮全部むけちまうぞ


『あぁ、分かってはいるんだ錯覚だと。でも、どうしても返り血の臭いが取れないんだ』



俺たちが『殺した』人たちが受けるデスペナのこと考えたら
気にするななんて言えないけど、お前のお陰で助かった味方も大勢いるんだ
それに、ささっとレンネンの野郎ボコってログアウトできるようにすれば
デスペナで動けなくなった人も助かるはずだろ?



        『卿は優しいだけじゃなく強いな』



お前と大差ないって、俺も散々さっきまで横で吐いてただろうが
強いなんて言われても嫌味にしか聞こえねーよ
ちょっとお前より立ち直りとか諦めが早かっただけだ


『そう自分を卑下する必要はないと思うが?少なくとも私は
卿が横で慰めてくれたお陰で大分気が楽になった。ありがとう』





謝辞と共に食詰めにぎゅっと抱き付かれたヘインはあたふたするだけで
完全に食詰めにペースを持っていかれる。


もっとも、第一戦目と二戦目もヘイン率いる軍団の副司令官として
最初ガクガクブルブルするだけだった軍団長のヘインを叱咤しながら戦線を維持し
総司令官の金髪の勝利を助けるなど大活躍をし続け
開戦以後ずっとヘインは食詰めのペースにあったが


また、初端からガンガンレベルを上げていた二人の魔法剣士は
指揮だけでなく前線でも大活躍であった。

敵陣を突破する際に乱戦になると食詰めは自慢の剣技で
ヘインも食詰ほどではないにしても怪物相手に鍛えた剣の腕で
同盟プレイヤーの返り血を浴びながら物言わぬ木偶に変えていく


二人とも余りにもリアルな戦場の空気に自らが持つ圧倒的な力
仲間を救うという自己陶酔、死ぬかもしれないという恐怖による過剰反応といった
様々な理由で一戦目、二戦目と自らの手が汚れていくのを省みることなく
狂熱的な戦勝の勢いのそのままに駆け抜けてしまう。


そして、その熱が冷めた後は多くの『生きのこった』人々と同じように
自らの犯した罪を嫌悪し、同じ罪を持つ者同士互いに
傷を舐めあい慰めあうという醜態を晒しながら、殺すことへの耐性を付けていく

馴れてしまったり、好んでするようにならない分だけマシなのかもしれない
だが、それも殺される側からしてみれば大差のない些細なことに過ぎない




■■


第一戦、第二戦とも帝国軍の圧倒的勝利だった
同盟軍側は敵に倍する戦力を有する事に慢心し
より派手な厨くさい勝利を求めてわざわざ兵力分散の愚を犯した結果
比較的単調な指示で済む機動戦を採った金髪によって各個撃破されてしまう


そもそも訓練もされていない軍で複数軍団に分かれての
包囲殲滅作戦を執ること事態が馬鹿げている

もっとも、本当に戦争での指揮経験がある者がいることは
普通はないので仕方がないことである


そう、歴史ネタやらミリタリネタの知識自慢をするような
半端な奴等の意見を下地にしたクソみたいな作戦で死ぬハメになった
同盟プレイヤーはただ運が少しばかり足りていなかったのだ


残る同盟の軍団は一つ、総兵力は帝国軍120万に対して同盟は100万
既に彼我の戦力差が逆転したことを味方の斥候プレイヤーから知らされた
同盟プレイヤーは顔面蒼白でヘインより酷いガクブル状態に陥る者もいたが
戦場から離脱する脱落者は一人もいなかった。


勿論、彼らが恐怖に打ち勝つことのできる黄金に輝く
強靭な精神を持っていた訳では当然無い。


『レンネンカンプ』の戦争イベントにおいて敵前逃亡などというコマンドはないのだ
一旦戦場に出たら指揮官プレイヤー指示が無い限り
部隊から離れて単独行動は取れない仕様である。
まぁ、これはどのVSLGでもあるような仕様で珍しい物ではない
素人に各々バラバラに動ける自由を与えたりしたら
大人数での作戦行動など上手くいく訳がないため、これは致し方ない処置である



■■


『ヘイン、ファーベル両名とも中々の活躍だったと聞いている。良くやった
 残る敵は一軍のみではあるが、慢心することなく最善を尽くしてもらいたい』


『御意、総司令官閣下のご期待に応えるべく、ブジン閣下と共に最善を尽くします』
「まぁ、死なない程度に頑張りますかね」


けっ、イケメンが偉そうに!イケメンは全員敵だ
どうせリアルでもイケメンな勝ち組なんだろ?

『後発組』ってのも気に食わないぜ
どうせ大切な人を守るためとか何とかいって
厨臭い理由で考えなしにログインしたんだろ
こういう頭はいいけど馬鹿ってタイプが一番面倒なんだよな


「って、イテテテ!折れる腕折れる!!!」

『これは、失礼しました。まさかブジン大将だったとはてっきり怪しい輩が
 ラインハルト様に害を為そうとしているのかと勘違いをしてしまいました』
「どんだけ!うっかりさんだよ!!勘違いで人の腕折ろうとすんなよ」


『もうヘインとキルヒアイスは仲が良くなったようだな』
『そのようですね。私も少々嫉妬してしまいそうになります』

この赤髪は金髪への悪意に対するレーダースキルでも持ってるんじゃないだろうな
それに金髪と食詰の野郎は意味不明な会話して笑ってるんじゃないよ

冗談抜きで赤髪は俺の腕折ろうとしてたぞ!リアルな痛覚があるって分かってるのに
もう二度とコイツ等の指揮下だけには入らないって決めた

いくら金髪が戦争の天才で楽に戦争イベントがこなせたとしても
横にいる赤髪に後ろから刺されて殺されたんじゃ意味無いからな
それにイケメンは全員敵だ


こんな事だったら最初の作戦会議で日和見なんかしてないで
シュターデンやフォーゲル達と一緒に抵抗勢力になって
理屈ラップでも一緒に歌ってりゃよかったYO!


『さて、休息はもう十分だろう。ヘイン、キルヒアイス!
 最後の敵を倒しに征こうか。より完璧な勝利を掴むため』
『はい、ラインハルト様!』
「へいへい、分かりました~」






イベント開始当初、圧倒的な戦力差を理由に
佐官以下の半数がデスペナを受ける代わりに戦争イベントを終了できる
撤退コマンドを選択するようにシュターデンを始めとする将官達に
迫られたラインハルトは『勝利を得る好機を前にして撤退する必要がどこにある』と
これを一笑に付して、その要求を跳ね除ける


その際、他の将官と一緒になって自分を批判しなかったヘインは
自分の機動戦による各個撃破作戦を理解して受容れたものと考え

彼に対する評価を凡庸そうなお人好しから
考えを読ませぬ切れ者へと評価を大幅に上方修正する

その後に続く戦闘においても、生に凄まじく執着するような必死な戦いぶりと
副将格の食詰を年少で女性だからと言って軽んじることなく
その才能を遺憾なく発揮させる度量の広さを見せたのも合わさって


自分の横に並び立つに相応しい力量を持った
キルヒアイスと同じ、友人として共に歩む人物という迷惑な評価を
本人が全く望んでいないことには気付かずに下していた


誤解によって始まった天才と凡人の関係がどのような帰結を辿ることになるのか
その答えを出すためにも彼等は勝利し、生きて戦争イベントを終わらせる必要がる





歴史オタの第四師団長パストーレとミリオタの第六師団長ムーアは既に冥府へと旅立った
残された第二師団長パエッタの指揮下にあった副参謀長ヤン・ウェンリーは
再三に渡って進言した『戦いは数だよ!』作戦が却下された事を無念に思いつつ

今後、間違いなく行われる帝国による攻勢にどう対処するべきか
優れた頭脳をフル回転させて、その対処法を組み立てていた

ただ、その出された答えが有効に使われるかどうかは
再三に渡って彼の進言を無視した指揮官次第である


ラインハルトとは別の陣営に現われたもう一人の天才は
その才能に重い枷が嵌められていたが、その牙の鋭さは本物である

果たして、その牙を向けられることなく
ヘインと帝国軍は無事勝利を掴み
生きてオーディンに帰還することができるのだろうか?



・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル63・・・・・

           ~END~



[6296] クソゲーオンライン8
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:30f3fa7f
Date: 2009/03/14 18:30
多くの人々は『レンネンカンプ』というVゲームを純粋に楽しむ
若しくは現実世界と違う膨大な時間を有意義に使おうと考えログインしていた


『レンネンカンプ』の世界で最も優れた『魔術師』と称された男も
好きな読書を思う存分楽しみ、ごろごろと昼寝をすることを目的としており
どちらかと言うとゲームより、『膨大な時間』に魅力を感じて
この狂った世界へログインすることを選択した口だった



■掛け違えた人生■


国防軍統合作戦本部第3戦略作戦室長、階級は若干28歳にして中佐
ヤン・ウェンリー准将のリアルでの肩書きはエリートと言って問題ないものであった
ただ、この人も羨む肩書きは望んで手にいれた物ではなく
30年弱の人生の中で起きた幾つかの躓きによって得た地位であったが・・・


最初の躓きは貿易商であった父親が急死したため
大学に通う学費のアテが失われたことであった

彼は当然その躓きから立ち直ろうとし、タダで志望する歴史学を学べる大学
日本共和国立国防大学戦史研究考察学科に入学する

入学後、最初の2年は順風満帆であった。好きな歴史がタダで学べ
実技は殆ど無く、学科の試験ばかりで卒業も楽々出来そうであった
しかし、3回生への進級を間近に控えた初春に突如所属学科の廃止が決定され
泣く泣く、国防大の花形学科の戦略作戦学科を余儀なくされる。


その後は、坂道の転げ落ちる球と同じような転落人生だった
もっとも、周囲の人間からは羨ましいほど栄達振りであったのだが
任官から間もなく起きたテラチト事変でロビエト連合国の海軍の一部強硬派が
小規模な艦隊を率いて南下した際、その地区の基地司令官の指揮下にあったヤンは
基地司令官以下、殆どの士官が逃走したあと
高速一漁離脱が可能な隣国から拿捕した漁船に民間人を乗せて脱出する


ヤン達の脱出行は大成功だった。基地から逃走した司令官たちが囮となって
ロビエト海軍強硬派の追撃を一身に受けてくれたお陰で
一人の犠牲者も無く、無事に安全圏へ退避することが出来た。


この成功と民間人を見捨てて逃亡した後ろ暗い事実を隠そうとする軍部の思惑によって
ヤンはテラチトの英雄として祭り上げられ、前例を無視した昇進街道を歩むこととなる


本当に欲しい物は中々手に入らない。人生とは中々にむずかしい物である・・・



■■


友軍の無残な敗北の報せが立て続けにもたらされる中

いったい、どこで人生のボタンを掛け違えたのか?
やむなく軍人になったときか、思わぬ武勲を立てることになったあの事件か?と
考え出したらきりのない不毛な思考の渦にヤンは呑みこまれていた


望みもしない軍人生活で盛大に溜ってしまった鬱憤を幾許か晴らすため
彼は仮想世界の悠久の時を利用して好きなだけ読書を愉しみ
ゆっくりと怠惰に過ごす予定だった


『先輩、思い悩んでいても仕方が無いですよ!どう足掻いても避けられない事態なら
より良い方向に好転させるため努力をしたほうが、よっぽど建設的だと思いませんか?』

「私はとんでもなく不幸だね。仮想世界に来てまで軍人なんかしなくちゃらないんだから」

後ろ向きな思考にどっぷりと漬かろうとしたヤンを無理やり引き上げたのは
現実世界で彼の後輩でもあり、国防軍に所属するアッテンボローであった

彼もヤンと同じように膨大な時間を利用として『共和国荒廃記』という
ご大層な題名の自著を執筆するためこの仮想世界に来ていたのだが

デスゲームが始まって以後、『あの髭面に一発ブチかましてやる』とばかりに
本来の目的そっちのけでゲームクリアを目指して一直線であった


『仕方がありませんよ。先輩が勤勉にでもならなきゃ何とかならないほど
 いまは最悪に近い状況なんですから、このまま手を拱いてパエッタ司令官殿に
お任せしていたら、先にやられた第4、第6と同じ轍を踏む事になりますからね』


どうやら、お祭り好きの後輩は怠惰な尊敬する先輩を怠けさせる気はさらさらなく
始まったばかりのこの狂った祭りに盛大に巻き込む心算のようであった


■■


まったく面白くない事ではあるが、アッテンボローの言ったことは正しい
薄っぺらな知識で作られた机上の空論で作られた三方位からの包囲殲滅作戦は
指揮する兵の錬度を全く考慮しなかったせいで見事にご破算
既に三方の内、ニ方を担う友軍は敵司令官の芸術的な采配で壊滅している


正直、『最悪に近い状況』から戦況を引っくり返すのは並大抵のことではない
だが、完全に不可能と言う訳ではないことも事実だ


それに、私が強制的に戦場へと突然ワープさせられたせいで
不安な顔をさせてしまった被保護者を安心させてやるためにも
どうにかして、その困難を克服して元の場所にも戻らないといけない


これは現実以上にやることが多いな、こんな筈ではなかったんだが・・・





現実での苦悩を仮想世界でも味わう『魔術師』は
最悪に近い状況を少しでも改善するため相手に憎まれる
『三度目の忠告』を行うのではなく、ある作戦を同盟軍共有フォルダに保存する
それは、戦力分散さえしなければ全く使う必要のない作戦であった


こうして、全ての手札は出揃いアスターテ最後の勝負が始まる



■戦いは終わりへ・・・■


遂に、ラインハルト率いる帝国軍とパエッタの率いる同盟軍が激突する


帝国軍は殆ど無傷の120万、一方の既に一軍を残すのみの同盟軍は90万
既に戦力比は開戦前と逆転し、士気の上でも帝国軍が圧倒的に有利

この状況で、同盟が有利に戦局を動かすなど到底無理な話であった
開戦間もない段階から帝国軍は押し捲りで、確実に同盟の戦力を削り取っていく


そんな攻勢の中、パエッタを含めた最高幹部の一部流れ矢で負傷したため
全軍の指揮権は負傷していない者の中で、最高位の副参謀長ヤンへと移譲される

指揮権を得たヤンが先ず行ったのは、敗北の回避を全軍に約して鼓舞し
開戦前に共有フォルダに保存した作戦を開くよう指示することだった


戦闘最終局面で魔術師は初めて魔法の杖を振る





『もう少し勝ちに行こうか、キルヒアイス!ヘインに連絡をしろ』
『はい、ラインハルト様。中央突破を為されるのですね』


自らの意図を正確に読み取った聡明な親友に満足気に頷くと
より完璧な勝利を求め、既に寡兵となりつつある同盟軍の中央突破を図る
その先陣を切らせるのはこの戦いで信頼にたる働きを見せたヘイン


■■


『ヘイン!総司令部からご指名だ。中央に兵を集めて一気に
敵陣の中央突破を図るらしい。私達に先陣を切れと言っている』
 

おいおい、先陣って簡単に言ってくれますけど一番危ない役回りだろ!
こっちはもう危ないのは勘弁なんだよ。せっかくこのままジワジワと押していけば
無難に勝てそうなのに、なにに挑戦しようとしてるんだよあの金髪は!!


「戦況甚だ優位に候、反包囲陣形を維持しつつ軽挙妄動を慎み敵に当たるべし
 こんな感じで金髪が好きそうな言葉を使って命令拒否る返信を送ってくれ!」


まったく、調子に乗って最前線で『我が最強の魔法剣をとくと味わがいい!』
なんてガキくさいことやれるのは、絶対安全なVゲームや妄想の世界だけだ


『総司令部からの返信だ。[命令に変更なし、ブジン大将の勇戦を望む]
随分と期待されているじゃないか。安心しろ横に私が付いていてやる』


やっぱり、あの金髪と赤髪コンビ、人の言うこと聞かなさそうだからなぁ
もうごちゃごちゃ考えても仕方ないか・・・、畜生!!ヤケクソでやってやる!!


「全軍突撃だ!敵の中央を突破する。一気に突き抜けるぞ!!!」






優勢を駆って中央突破を一気に図り勝負を決めに掛かった帝国軍は
先陣を切った食詰めの大活躍とヘインの少しの活躍もあって
同盟軍を中央から真二つに分断するのことに成功する


この瞬間、帝国軍は金髪を初めとする天才からヘインを含む凡人まで
自軍の勝利が決定的になったと認識を一つにする
だが、この認識は決して間違いではなかったが、正しくもなかった


この中央突破が、魔術師が仕掛けたトラップを発動させる最後の鍵だったのだから


■■



『勝ったな・・・、ヘイン達もよくやっているようだ』
『はい、ラインハルト様』

「なんとか上手くきそうだ・・・、アッテンボローも良くやっている」


両軍の指揮官が戦況を見つめながら呟いたのは、ほぼ同時刻
帝国の中央突破が完全に成功した瞬間だった
この瞬間から、帝国に傾きすぎた勝利の天秤が、少しだけ同盟へと戻る


「よし、このまま全軍左右に分かれたまま前進して敵軍の後背に回れ!」
 

ヤンの作戦の下、左右に分けられた同盟軍はそのまま直進したのち旋回し
中央を突破した帝国軍の後背に喰らい付いたのだ

戦略的に各個撃破した敵を、更に戦術的に二つに分断して各個撃破するという
芸術的とも言える戦法を採ったラインハルトであったが
その思惑は既に同盟の魔術師によって完璧に読まれ、それに対する手まで打たれていた

開戦からこれまで同盟軍の予想を常に上回り続けてきたラインハルトという構図が
ここに来て初めて崩れ、帝国軍全体に動揺が広がる・・・



『くそ!してやられた。ヘインはこの事を読んでいたというのか!!』
『ラインハルト様、今は前進するしかありません』

『その通りだ。このまま前進して我々も同盟の後背に喰らい付く!』


完璧と思われた作戦を敵将に読まれ強かに逆撃を受け
激昂しかけたラインハルトであったが、全てを読んでいたヘインに
これ以上醜態を晒して失望されたくないというプライドからか
直ぐに冷静さを取り戻し、最善手を迷うことなく打ち、軍の動揺を最小限に抑える



数時間後、帝国軍と同盟軍は奇妙な陣形を作って戦っていた
まるで、お互いがお互いを呑み込もうとする二匹の蛇が作る輪のような陣形で・・・



■無茶な戦争イベント■


ヤンの魔術によって戦線は完全に膠着し、消耗戦が始まっていた

そんなか、戦闘時間が規定時間を越えたのか、
両軍の武勲やら損害ポイントやらが規定数値に達したせいか
よく理由は分からないが、デスペナなしでの撤退が選択可能になったことが
メールで知らされ、それを受取ったラインハルトとヤンは迷わず撤退を選択する

彼等は無益な戦闘を好む殺戮快楽者ではないので
不毛な消耗戦を続ける気は無く、この選択は当然だった。


同盟軍170万、帝国軍30万・・・、両軍あわせて200万人のプレイヤーを
動かず物言わぬ木偶に変えて、アスターテの死闘はようやく終わりを迎える





多くの人々を無理やり巻き込んだアスターテの死闘は終わったが
残念な事に、この狂った戦争イベントはこれでお仕舞いにはならなかった
『レンネンカンプ』での戦争イベントは以後もルールの大半が不明なまま
何度か発生する事になり、多くの人々に恐怖を与え続ける


初めての戦争イベント『アスターテの死闘』で分かった事実もごく僅かで
イベント発生権限が特定のプレイヤーにしかない。
また、イベント参加者は基本的にランダムで選ばれ戦場に強制召喚され
その後、イベントが終わると参加する前にいた場所に戻される

また、戦闘開始前の初期段階でイベントを終わらせようとすると厳しいデスペナがあり
ある程度勝敗が決まるか、煮詰まってくるとデスペナなしで
両軍の指揮官の選択次第でイベントを終了できるようである


もっとも、多少のル-ルが分かったところでプレイヤーの大半は
ほとんど何の裁量権を待たずに一兵卒として強制的に参加させられるため
どうすることも出来ない。彼等に出来る事は死なずに戦争イベントを潜り抜けるか
大魔王レンネンカンプを一刻も早く倒してゲームをクリアして
戦争イベントの呪縛から逃れること位しか方法は無い


か弱き一プレイヤーに与えられる選択肢は現実と同じで多くないようである





仮想世界での非日常の戦争イベントは終わり、再び日常のRPGパートが始まる
運良くヘインと食詰めのコンビは仮想世界の日常に戻ることが出来たが

それが平穏な生活に直結するとは確約はされていない
仮想世界の日常にも現実と同じか、それ以上の危険が溢れているのだから




・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル88・・・・・

           ~END~




[6296] クソゲーオンライン9
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:16bc168c
Date: 2009/03/15 16:48
戦争は多くの英雄を生むと同時に
それとは比べものにならない大量の犠牲者と遺族を生む

それはレンネンカンプ世界の戦争でも変わらない



■論功行賞■

戦争イベントが終わると大半のプレイヤーはその行動に
応じた経験値や金を手に入れた状態で、強制召喚される前の場所に戻る事になる

ただ、爵位や階級の高い者、大きな武勲を挙げた者は少々扱いが異なり
帝国の場合だと新無憂宮の謁見の間で皇帝や宰相から
直接恩賞や昇進が告げられることになる

金髪と赤髪だけでなくヘインや食詰めも謁見の間で帝国宰相や皇帝から
お褒めの言葉と恩賞を賜る栄誉与えられていた


■■


『陛下、既に全ての者に今回の恩賞や昇進を告げ終えました。どうか奥の間に・・』
『おわったか?よんせなにもしてないぞ』


帝国宰相によって全ての恩賞の授与が終わったとき
病を理由にその場にいなかった皇帝がひょっこりと現われてしまう

無謀な戦争イベントを起こした張本人皇帝を見た瞬間
自分はプッツンするだろうと大半の列席者は考えていたが

目の前で天真爛漫な幼児皇帝とそれに対応する憔悴しきった老宰相の姿を見て
多くの者がやりきれない思いとともに振り上げかけた拳を下ろす

だが、その程度の事実で大切な者を『アスターテの死闘』で失った者は止まらなかった
数名が装備する武器を手に玉座に座る皇帝に襲いかかり、その武器を振り下ろしたが

突然現われたオレンジ色のフィールドによって、全ての攻撃は虚しく弾かれる
『レンネンカンプ』では街の中での攻撃は全て無効化される
そして、それが解除されるのは戦争イベントの戦場マップになった時だけなのだ


だが、それが分かっていても感情の爆発が鎮まるわけでもなく
復讐鬼と化した一部の列席者達は攻撃を行う手を止めなかった

謁見の間は怯えた子供の泣き声と怨嗟の篭った罵声
フィールドに弾かれる攻撃の音によって支配される
それはNPCの衛兵によって復讐鬼達が取り押さえられ、宮殿から叩き出されるまで続く


後味の悪い戦勝式典であった・・・




ちなみに今回の戦いでラインハルトは元帥、キルヒアイスは一気に少将へ昇進し
それに見合った経験値と多額の帝国マルクを手にし、
皇帝の寵姫として登録された姉アンネローゼと面会することが許される


ヘインは上級大将に昇進するだけでなく、伯爵から侯爵へと位階を進め
一日自動的に手に入る収入は5000帝国マルクに跳ね上がる
また、恩賞としても20万帝国マルクを経験値と共に手に入れる

食詰めも『鮮血の烈姫』という恥ずかしい二つ名を得るだけでなく
少将から中将へと昇進し、ヘインと同じく経験値と金を手に入れる
ただ、保有スキルの影響もあってか得た経験値はほぼヘインと同じであったが
手渡された恩賞は500帝国マルク紙幣一枚だけだった・・・



■アスターテ症候群■


2500万人を越える人々のうち戦争イベントに強制参加させられた者は400万人
そして、その戦いで二度動くことが出来なくなった者が200万人

それ以外にもダンジョンやフィールドで死んだ者や電プチで逝った者を併せると
既に300万人以上の『木偶人形』があちこちで転がっている

現実世界の僅か4日足らずでログインしている者の10%が動かなくなっていた


■■


『ユカ・・・、お前向日葵が大好きだったよな。この前、向日葵とよく似た花が咲いてる
公園を見つけたんだ。兄ちゃんが連れて行ってやる。だから・・・、起きてくれよ!!』

『なにやってるのよ!一緒に居たと思ったら急に消えちゃうし、戻ってきたらきたで
 わたしに連絡もしないでこんな所で気持ち良さそうに一人で寝てるなんてずるいよ!
 ぶっきらぼうに名前読んでよ!普段は地味な服着ろって自分勝手なこと言ってよ・・・』


動かなくなったプレイヤーの傍には多くの悲しみがあった
家族を失った者、恋人失った者・・・

戦争イベントのため目の前から突然消え、動かなくなって戻ってきた大切な人
この余りにも残酷な仕打ちに多くの人々は打ちのめされていた


また、リアルな戦争を経験して無事に帰ってきた人々も
見えないだけで多かれ少なかれ傷つき壊れていた

剣を振るった者は肉を切り、骨を絶つ感触を何度も思い出し
返り血の臭いがいつまでもその手に残る・・・

直接手を下さず魔法を使って人を焼殺した者は
呻きながらのた打ち回る光景が脳内の奥深くにしっかりと焼き付けられていた


そして、彼方此方で転がっているデスペナを受けた者達とそれに縋りつく人々の姿は
罪を犯した者達の心を執拗に抉り続けていた



■パウラの人生相談♪■


『それは止むを得ない選択でしょう。ですが、陳腐な自己陶酔に浸って
罪悪感を持ち続けるほうが楽なら、そのままでも構わないと思います』


おいおい、どんな人生相談してるんだよ
相談者が真っ白になってるじゃないか

もしかして周りで真っ白になっちまったぜ状態になってるの
みんな義眼と話した奴等じゃないだろうな



『ご想像の通りですよ。ブジン上級大将閣下』



フェルナーか、それにしてもちょっとあれは酷くないか?
もう少し労わりの言葉を掛けてやってもいいような気がするぞ


『いや、お嬢も最初からあそこまでキツイ言い方はしていた訳じゃないんですが
 ここ数日、申告手続き等の相談ではなくお悩み相談に来るお客さんばっかりでして』


なるほどね~、心の傷を誰かに舐めて貰うんだったら
むさ苦しいフェルナー達より、見目麗しい少女に舐めて貰いたいって感じで
申告とか相談する振りして大挙押しかけてきたと・・・義眼も大変だねぇ


『ご明察、もっとも最初の頃と比べれば大分減ってきてはいますけどね
 それで、閣下はどんなご用件で?こんな所までお悩み相談に来たという
訳ではないのでしょう。なんなら税理士資格を持つ私が相談に乗りますよ』


まぁ、そっち系の相談と言えばそうだけど・・、俺もあいつらと大差なくてね
准将に相談するより、多少ツンケンしてても女の子の方が良いってわけさ


『それは残念。では、またの機会という事にして置きます』



■■


はいはい!あんまり長い話しても無駄無駄!とっとと退いた退いた
後ろ詰まってるんだよ 『なにを勝手なボクは今真剣な話をしてるんだぞ!』

ハイハイ、女の子は男の自分語りなんか興味ないどころかウゼーって思うもんだから
逆効果にならない内に止めとけ止めとけ、上手く行くもん上手く行かなくなるぞ
モタモタしないでとっとと立って立って、男は去り際はきれいにしないと

フェルナー!!この人座布団ごと持っていって『ちょっ、ちょっと・・おまっ』




「どうやら、気を使わせてしまったようですね。助かりました」

別に良いって、礼を言うなら後でフェルナーにでも言ってくれ
お前のこと色々気に掛けて面倒見てくれてるんだろ?


「確かに閣下の仰る通りなのかもしれません。今度、何か礼をすることにします」

あぁ、そうしておけ。ちゃんと世話になった人には礼をしないとな
現実もVネットもちゃんとマナーを守らなきゃいけないってのは変わらないからな


■■


「閣下、今日の用件はなんでしょうか?ただ世間話をしにきた訳では無さそうですが」


ちょっと臨時収入があってね、一応、税務相談に来たわけだ
恩賞で大金貰ったんだけど、課税対象になるのかならんのか分かんないんだよ


「恩賞の課税についてですか、区分は一時所得扱いなので本来は申告が必要なのですが
 国が支給する恩賞の場合、税徴収済みの額が支給されるので申告の必要はありません』


なるほどねぇ、恩賞は源泉徴収済みってだけで非課税ではないんだな
命がけで得た恩賞からも税金が取られるなんてホント嫌な世界だ

まぁ、納得できない部分もあるけどよく分かったよ。ありがとな!



「いえ、私は自分の仕事をしただけです」



■狩りへの誘い■


ヘインは義眼の相変わらずの固さに苦笑いしつつ
もう一つの用件を告げる。それは近場のフィールドで行くという狩りへの誘い


『支援者』も仕事をこなせばその出来に応じて経験値が加算され
レベルはあがり、ステータスも上昇するのは他のプレイヤー達と変わらない

だが、日頃から狩りを行って生きている『求道者』達と比べると
実戦経験という点では大きな差が生まれてしまう


この差は、戦争イベントでは生死を大きく分ける要素だった
躊躇しつづける『支援者』の多くが、血の臭いや凄惨な戦場の光景に動揺している内に
戦場の狂気に順応し、ハンターと化した『求道者』に容易く狩られていったのだ


ヘインも食詰めと一緒に人型を含む様々なモンスターを屠っていなければ
戦場で剣を振るうことが出来ず、デスペナを喰らっていたかもしれない


この義眼への誘いはお節介で自己満足の為のモノだった
そして、ヘインもそれを分かったうえで提案していた


勿論、フェルナーに気に掛けてやってくれと頼まれていたことも影響していたが
もっとも大きな理由は、税務署の横で少し風変わりな知り合いの少女が
なにも言わずに横たわっている光景を見たくないという我侭

そして、もう一つ理由は・・・


■■


「閣下、それは戦場に行って実際に戦った者としての親切心による助言ですか?
それとも、自らの手で殺めた人に対する罪悪感を消すための代償行為ですか?」


相変わらず辛辣だなぁ。そこまで容赦なく核心を突かれると笑うしかないね
まぁ、両方だと思ってくれればいいよ
それに動機が不純な誘いに抵抗を感じるんだったら断って貰っても構わないぞ?


「正直な人だ・・・、その誘いお受けします。私にはメリットしかない提案ですから」


じゃ、決まりだなフェルナーも誘ってあるから
日時が決まったらあいつにメール送るんでよろしく!


「わかりました。当日はよろしくおねがいします」





■最高のディナー??■


ヘインが野暮用で出かけたため家で留守番する食詰めは暇を持て余していた
午前中はなんとか掃除や洗濯をして時間を潰したのだが
昼過ぎにはそれも全て終えてしまっていた


アスターテから戻って4日目、断末魔が鳴り響いた戦場と違い
その日は、陽射しのやわらかい静かな一日だった


■■


一人で居る時間がこうも長く感じられるとは不思議な物だ
横に居るのが当たり前になるほど、多くの時間を過ごしたという事か


最初は、笑えないスキルを何とかするために近づいただけだった
それがどうだ?今はあいつが傍にいないと退屈してしょうがない


失敗だったな・・・、『家でゆっくり休め』なんていう言葉など無視して
無理矢理にでもあいつに付いて行くべきだった。
そうすれば、こんな風に暇を持て余すことなどなかった筈


寄り道しないで早く帰って来いヘイン
私は退屈でいま死にそうなんだ






義眼と狩りの約束をした後、ヘインは適当に街をぶらつき
買い食いしたり、久々の気ままな一人を楽しむつもりだったのだが

仮想世界における擬似リアル特有の嘘臭さのせいか、なにか物足りない感じがして
思っていたより楽しむことが出来買ったため

食詰めに頼まれた調味料や換えの電球の購入を終えると
適当に買ったスイーツを片手に予定より早く帰路についた


■■

お~い!ヘインさまのお帰りだぞ~
うん、返事が無い。『ご主人様お帰りなさいませ』みたいなアホな返事は
食詰めには全く期待してなかったが、ちょっと無視はどうかと思うな


よし!ここはガツンとSEKKYOしてやろう
俺はここの家主さまでアイツは居候っていう立場の違いを教えてやろう


おい!家主さんのヘイン様のお帰りだぞ・・・、って寝てんのかよ
そっか、こいつもあんまり夜眠れてなかったみたいだからな
しかし、鼻ちょうちんしながら寝る奴ってホントにいるんだな


さて、久しぶりに学生料理名物ネコマンマでもつくりますか
生ハムとネギがあるから、それ刻んでご飯に乗せて醤油をかければ完成
ご飯さえ炊いてあれば10分以内に作れる超お手軽料理だ


■■


「なんだ、帰ってきていたのか。すまん、少し寝ていたようだ」


別に気にすんな。それにしても、飯の用意が出来た途端に起きるってのがお前らしいな
ちょっと待ってろ、お前の分も持ってきてやるよ!



「あぁ、頼む。もうペコペコだ」



はいはい、欠食児童にはしないから安心しろ
サラダと味噌汁もおかわりし放題の大サービスだ



■眠れぬ夜を・・・■


声を揃えた『いただきます♪』を終え、仲良く食事をとる二人

絶望的な状況にあるからこそ二人は食事中に行う団欒を大切にしていた
話す内容は、その日あったことや感じたことなど他愛無い会話が殆どであった

だが、彼等は知っていた・・・、その一見価値の無いよう会話が本当に大切な物ということを
狂った世界にいるからこそ、例え作られた平穏な日常でも必要だと


自分が、目の前にいる人がいつ動かなくなってもおかしくない
そんな恐怖の中で正常さを保つには、それ相応の努力を必要とする






「なぁ、夜あんまり寝れてないだろ?」



ヘインの唐突な呼びかけに一瞬目をぱちくりさせた食詰めだったが
いつものように人を食ったような笑みを浮かべながら冗談交じりに返答する


『なんだバレていたのか?分かっていたのなら早く言ってくれればいいものを
 ヘインも中々人が悪いな。私はいつも寝不足さ。なにせ部屋の鍵を掛けずに
 いつ来るかと待ち侘びているのに、誰かさんは一向に襲いに来ないからな』

「冗談で返せるなら大丈夫と思って良いんだな?俺はエスパーじゃないから
 お前が何も言わないと何も分からないからな、本当に大丈夫なんだな?』



戦場から戻って以後、表面上全く問題無い様に過ごして見せた食詰めだったが
一年以上一緒に過ごした『家族』の目から見れば問題だらけだった

ヘインの一歩踏み込んだ質問とらしくない真剣さに
食詰めは肩を竦めて降参の意を示し、らしくない弱みを見せる

『大丈夫ではないな。手を下した瞬間の感触や血の臭いを思い出し
 私を最後まで見つめる視線を夢にみては、毎夜飛び起きる有様だ
恥ずかしいお願いだが、眠るまでの間、傍にいてくれると助かる』


恥ずかしそうに俯きながらお願いする食詰めの姿は効果抜群だった
ヘインは警戒心の強い子犬を手懐けたような快感に浸りながら
食詰めの申出を快諾し、眠るまで手を握ってやるとか
ベタなオプションまでサービスすることを浮かれて約束する


も彼女を『生まれながらの食詰め』と評した本人が
迂闊にもその事実を忘れてしまったようだ
ヘインは確認するべきだった。俯いた少女の表情を・・・




■痛み分け■


まったく、ようやく術中に堕としたと思ったんだが、これは予想外だな
さすがの私も初日から自分より早く寝るとは思わなかった。さすがはヘインと言った所か

まぁ、まぬけな寝顔を見られるのは嬉しいが
寝相の悪さはなんとか直して貰わないと本当に寝不足になってしまう。

横の椅子に座っていたのにいつの間にか、私のベッドに転がり込んでくるなんて
一体どういう寝相をしてるんだ?
これから私はベッドから落とされるたび目を覚ますことになるのか?



『おふぁよう~、よくねれたかぁ~?』



あぁ、ヘイン・・・、お前のお陰で久々に快眠だったよ!!
感謝と慙愧の念で胸が一杯で腸が愉快に煮えくり返っている所だ


『んぁ?まぁ、寝れたならよかったなぁ~、わりぃもうちょいねるぅゎ~』






食詰めは二度寝に入ったヘインに静かな殺意を覚えつつも
このなんとも平和な日常によって、自分は癒されているに違いないと
少しだけ気を静めてヘインの寝顔を優しい表情で眺める


30分後、脇を抉るようなパンチでヘインを飛び起こさせられる
何度もベッドから蹴落とされ続けた食詰めの恨みは結構深いようである


理不尽な暴行と信じるヘインに、正統な報復と主張する食詰め
騒がしくも平和な日常が、いつものように繰り返されようとしていた・・・


 ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル132・・・・・

             ~END~



[6296] クソゲーオンライン10
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:a7f7a279
Date: 2009/03/29 16:34


RPGはレベル上げをしないとクリアできない。これは定説です
VRPGの『レンネンカンプ』も当然レベルを上げないとクリアできない

もちろん『レネンカンプ』の説明書にある注意書きには
仮想世界でレベルを上げても現実世界のレベルは上がりませんと
しっかりと明記されていたが




■多難な旅立ち■


帝都オーディン西門には狩りに向かう多くのプレイヤー達が
待ち合わせのために集まっていた
普通のVRPGであれば和気藹々とした雰囲気で皆雑談に華を咲かしていただろうが

ここから外に出れば、いつデスペナを受けてもおかしくない危険地帯が広がっている
この過酷な現実が彼らを自然と厳しい表情にさせ場を重い空気にしていた
この門を潜って二度戻ってこなかったプレイヤーが既に何人もいるのだ


勿論、何事にも例外はあるものでまるでピクニック気分のような
お気楽パーティーも数はそれほど多くないが存在している


ヘイン一行もそんな数少ないお気楽パーティーのひとつとして数えられていた
もっとも、妙な緊張感を持ったパーティーとしても見られていたが


■■


「それじゃ、みんな揃った事だし自己紹介を簡単にして貰おうかな・・・ははは・・
 うん、とりあえず初対面だし・・・、ギスギスしないで仲良くしようなっ!な!!」



ヘインの言葉を皮切りにフェルナー、食詰め、義眼は簡単な自己紹介を行う
ちなみにフェルナーと義眼は職安で冒険用の職業にちゃんと転職済みである

また、続けて二人は立体ステータス画面を表示し、ヘインと食詰めに見せたが
最初からガンガン税務相談や起業サポートをやっていた影響か
町を出ての狩り経験はゼロだったのだが、二人ともかなりの高レベルであったのだが


所属  帝国
名前  アントン・フェルナー
レベル 87
性格  傍観
身分  平民
階級  准将
スキル なし
職業  盗賊(コンサル)
性別  おとこ

名前  パウラ・フォン・オーベルシュタイン  
レベル 87
性格  合理的 ワンちゃん大好き☆
身分  騎士
階級  中将
スキル 義眼
職業  踊り子(コンサル)
性別  おんな


もっとも、この高レベル・高ステータスという事実を持ってしても
発足間もないパーティーの結束を高める助けとはなり得なかった・・


■■


『ふーん、実戦経験を積ませるためのレベル上げか、これだけ高レベルなら私達の
 助けなど必要ないんじゃないのか?帝都近辺のモンスターなら瞬殺だと思うが?』



最初に待ち合わせに来たフェルナーの登場までは比較的機嫌の良かった食詰めであったが
義眼が現われてから一気に不機嫌モード全開になっていた

ヘインを相手にしている時は人を喰ったような態度を常に崩さない彼女であったが
予想以上にハイレベルな容姿と自分よりちょっとだけスタイルの良い少女を前にして
見事に余裕を無くし、不覚にも彼女本来が持つ直情的な性格を曝け出していた



『今のレベルから見れば、帝都近辺のモンスターは雑魚ということですか
 どうやら、私達はレベル以上にそういった知識が不足しているようですね』

『お嬢の言う通りでね。俺たちはこの世界での戦いは全くの素人ってやつなんだよ
 その上、俺は臆病なだから経験者の助けでも無けりゃ怖くて街の外にも出られない』

「そうそう!義眼達はホント外の事は何にも知らないんだよ!それで経験豊富な
 俺たちが手助けした方がいいなって話になって、一緒に狩りに行こうって訳さ!』


ギスギスした食詰めに特に反応することもなく、得た情報を分析しながら淡々と返す義眼
それが余計に癪に障って頭をフットーさせそうになる食詰め
なんとか場の空気を和まそうと必死に理由を説明する無力な男が二人・・・


早くもパーティー崩壊の危機が訪れるなか
救世主ともいえる哀れな生贄ブラックゴブリンが姿を現す
虐殺ショーは雑魚怪物達の断末魔をBGMにしつつ始まる・・・



■止めは確実に■


『ゴァッ・シィ・・クヮァン!?』「この程度の雑魚では碌に経験値も金も溜らないな」


いつも以上に剣技の冴えを見せる食詰めの前に雑魚モンスター達は
次々とその仮初の命を刈り取られていく、完璧に八つ当たりである


そんな彼女の横で戦闘初心者組の二人に戦いの感覚を掴ませる為
ヘインは二人と連携しながら、一緒に雑魚モンスターを屠っていく


ヘインが唱えた初歩の攻撃呪文でダメージを与え、ブラックゴブリンの動きを鈍らせる
そこに盗賊の素早さを生かしたフェルナーが懐に入って止めを刺しにかかる

踊り子の義眼も様々な踊りや舞を駆使しながらヘイン達に
回復から攻撃力増強、素早さアップなどの補助効果を与え
より戦いを有利に運べるように的確に援護し、効率的に敵を倒せるよう手助けする


また、ヘインは魔法での遠距離攻撃を行うだけでなく
後方支援職の義眼に接近戦を挑んでくるモンスターを剣で払いのけ
彼女の護衛役もしっかりと果たしていた


初めてのパ-ティ戦で戦闘初心者が二人もいる状態であったが
たまたま相性が良かったのか三人の息はピッタリで
ヘインが詠唱する魔法を上級魔法に切り替えれば
帝都近辺の雑魚だけでなく、もっと遠くのフィールドやダンジョンの
高レベルモンスターを相手にしても十分渡り合えそうな戦いぶりであった




■■


近場にいるモンスターはだいたい狩り終わったみたいだな
しかし、相変わらず食詰めはパネェ戦い振りだけど、今日は一段とって感じだったな
やっぱ、良く相談せずにみんなで狩りに行く話を進めたのが拙かったのか?
何だかんだ言っても、あいつもちゃんとした女の子で年相応な反応するんだな



『どうやら、向こうも終わったようですね。彼女の言う通り
 左程強くない敵だったせいか、苦戦すること無く済みました』

「あぁ、お前の『武神の舞』とかの効果と範囲も大体分かったし、良かったな
 あと、余計かもしれんけど、無表情で淡々と踊るってのは何とかならんのか?」

『表情ですか、効果は問題なく発動していると思いますが?』


う~ん、そういう問題じゃないんだけどな。コイツに言っても無駄か
折角、露出の高い踊り子装備に腰フリフリと可愛らしく踊ってるのに

どの踊りや舞を実行しても終始無表情で続けるってのは
なんか非常に勿体無いというか残念だと思うんだけどねぇ

とは言っても、コイツが男に媚を売るような姿なんて想像もできないし
言った所でこいつの性格を考えると徒労に終わりそうだからなぁ・・・


いや、ほんと勿体無い





男性の代表として義眼の愛想の無さに溜息を吐きながら惜しむヘインは
端から見ると義眼にゾッコンの恋するボーイにも見えなくもなく

冷静さを失ってカリカリしているファーベル☆食詰乙☆レンハイトは
義眼を見ては溜息を吐くヘインにハイキックをいつ繰り出しても不思議ではない程の
苛烈なオーラを放ち、横に立つフェルナーの心胆を寒からしめることに成功していた



■家族の責任■


「閣下、もうそろそろフォローしとかないとまずいと思いますが
 御自分が彼女にどう思われているか位、理解されているのでしょう?」


一応分かってもいるし、ちゃんと断りの返事だってもうしてるさ
だいたい現実の接点無しでのネット恋愛なんて錯覚以外の何物でも無いだろ?
その上、今はいつ死ぬかもしれない恐怖の吊橋効果がMAXときてる
こんな状態でくっ付いたって、ロクな事にならないさ


・・・なにニヤニヤ見てんだよ?そんなにおかしい事言ってるか?


「いえ、全然。ただ、私が考えていた以上に閣下は理性的だと感心しただけです」


けっ、どうせ青臭い学生が背伸びしちゃってとか思ってんだろ
ホントこっちの世界来てから面倒事ばっかり降りかかってきやがる
出来もしないような、役割を必死で演じなきゃなんないし


「そんなに卑下しなくても、閣下は立派に保護者をされていますよ
 ちゃんと、相手の事を思って行動を自省しているだけで大した物です
 それと、ここからは私の勝手な解釈になりますが、彼女は現実世界の
 閣下と出会っても、多分変わらない好意を向けてくれると思いますがね」


さて、どうだろうね?こっちとリアルで見せる顔はきっと違うだろうし
無事に帰れて、もし偶然アイツと出会ったとしても
特に何も無く華麗にスルーされるかもしれないぜ


「これは、閣下も思ってもいない事を言うなんてお人が悪い
 貴方に会った人達が、貴方を無視できるとは到底思えません」


はいはい分かりましたよ!もう好きに言って下さい!!!





年齢だけでなく経験含めて、一枚も二枚も上手のフェルナーと弁を競う無駄を悟ったのか
これ以上、食詰めを放って置いて爆発されるのが拙いと思ったのか分からないが
ヘインはフェルナーとの会話を早々に切り上げ、ご機嫌斜めな食詰めを宥めるため逃げた


ご立腹の食詰めはというと、ヘインにフェルナーと義眼の三人が連携して
敵を次々と撃破するのを横目に一人黙々と敵を撃破し続け
ある意味いらない子の涙目状態にあった
勿論、こんな事態を招いたのはヘインの迂闊さが大きな原因である


だが、初めて経験すると言っても良いパーティー戦の醍醐味の一つである
仲間と連携して敵を撃破するという達成感にVネトゲ初心者の彼が
完全に嵌ってしまったのも無理からぬことではあったのだ

そもそも食詰めが単体での戦闘能力が高すぎたため、援護の必要が全く無く
協力して敵を倒すという経験が皆無だったのも原因の一つではあった

しかし、腫れ物状態の食詰めを完全に放りっぱにしてまった事実は消せない
保護者を気取ろうとするなら、この過酷な状況に無理やり閉じ込められた
多感な年齢にある少女をもっと気遣う必要があった


少しばかり・・・ではなく、かなり規格外に見える彼女も現実世界では
どこにでもいるような一般的な少女に一応?該当しているのだから



■■


『どうしたヘイン、何か用でもあるのか?』


うん、完全に怒ってますね。本当に申し訳ありませんでした
勝手に知らない奴と一緒に狩り行く約束して巻き込んで
その後、三人仲良く狩りやってるなか、こいつだけ黙々と『いらない子プレイ』

多分、おそらく俺が悪いです。ちょっと言い訳の言葉が見付かりません


「悪い。俺が自分勝手過ぎました。お前のこと考えなかったごめん」

『・・・・いい、私が勝手にカリカリしていただけだ。卿は何も悪くない
 逆に気を遣わせてしまったようで申し訳ないことをした。すまない』


やっ、やけにしおらしいな。これはちょっと予想外ですよ!
お詫びにとんでもない要求でもされるかと思ったのに
素直な態度がここで来るとは、やはりコイツは出来る!!

まるで、ようやく素直になった生徒を見た教師のような気分だ
きつそうだと思ってたけど、学校の先生とか目指すのもアリか?アリなのか?


『ヘイン、どうした?』


「おっ、おう悪い悪い!!それより、結構時間も経ったみたいだし
 街に戻ってみんなでどっかパァーっと飯でも食いに行こうぜ!!」

『あぁ、それは良い考えだな』





『閣下、残念ながら私たちは完全に蚊帳の外のようですね』
「他人が入れない領域に敢えて入る必要はないでしょう」


ヘインとファーのなんとも初々しい仲直りを二人は生暖かい視線で
それぞれ別々の想いを胸に見守っていた


フェルナーは、あわよくばヘインを義眼の相手に考えていたのだが
ちょっと無理かな~?などと無責任なことを考えていた

一方、義眼の方はファーに装備品として高値で売られている犬耳と尻尾を装備させれば
耳をシュンとしおれさせたり、尻尾フリフリしたりと言ったかわいい姿が見れるのではと
犬みたいにヘインに懐いている食詰めを、興味深げに見つめていた

『レンネンカンプ』ではペットシステムが残念な事に配備されておらず
愛犬家を含めたペット愛好家はなんというか、そう欲求不満状態にあったのだ





こうして、様々な紆余曲折を経て狩りを終えたお気楽四人組は街に戻ると
早速フレンドリー登録を行い。以後、狩りや食事など一緒に出掛けるようになる


最初は一方的にギスギスしていた食詰めも、
義眼が自分より年齢がいっこ上だけで年も近いこともあって

二行で自然と仲良くなるような超展開は繰り広げられ無かったが
敵対的中立関係を築くことには成功していた


『俺たちは最高の仲間だ!』などといった熱血ドラマみたいな関係は
一朝一夕では築けるものではなく、それ相応の時間と適切な行動を必要とする
彼ら四人が結束したパーティーになるのは、まだまだ先になりそうであった



■扇動者と黒狐■


多くの犠牲者を生み出した戦争イベントは悲しみだけでなく
それに倍する憎しみを生み出していた


特に同盟側プレイヤーの帝国側に対する憎しみは大きかった
必要の無い戦争イベントを帝国側が仕掛けてこなければ
ここまで多くのデスペナを受けた木偶が生産されることはなかったのだから


そして、その生み出された憎しみを利用する者の手によって
悲劇の連鎖はより大きく広がっていく事になる


■■


「ボルテック、対同盟軍事費向け借款を直ぐに増加させろ
 同盟には戦争イベントで適度に勝って貰わないと困るからな」


国家ステータスの一つ軍事力が著しく低下する事は
中立商業自治領フェザーンにとって余り宜しくない事態を招くため
自治領主であるルビンスキーは、補佐官に同盟への借款増加を命じる


『自治領主閣下の仰せの通りに致します。このまま勢力比率が帝国側に
 傾き過ぎれば、我がフェザーンの持つ中立効果は失われてしまい
 無謀な戦争イベントに巻き込まれてしまう可能性も出て参りますからな』


ルビンスキーは自分ほど優秀ではない補佐官の返答に短く頷き
必要な手筈を整えるための裁量権を与えると告げ自室から退出させる


中立商業自治領フェザーンのSLGパートでの勝利条件は少し特殊で
帝国と同盟両国家を対外に競わせ疲弊させ枯死させることであった


もっとも、その些事加減を誤りどちらかの勢力に天秤が傾きすぎると
フェザーンが持つ中立効果は失われ、『併呑イベント』が発生してしまい
戦争イベントにも巻き込まれることになってしまう


そう、このまま帝国が大勝状態で国力を成長させるのを黙って見過ごす事は
自治領主として国家の安定を維持していくためにもできない
帝国には戦争イベントで少し痛い目を見てもらう必要があった



「トリューニヒトに現実世界へ戻れる可能性が見付かったと伝えろ」



黒狐はドス黒い感情を表に出すことなく秘書官に指示をだした
同盟のキーマンに悪魔の言葉を囁くようにと





望みもしない戦争イベントで大きな傷を負った同盟プレイヤーに対して
明確な政治的メッセージを打ち出すことが出来た評議員はトリューニヒトだけだった


彼はいつ帝国から仕掛けられるか分からない『戦争イベント』に怯え続けながら
この絶望的なゲームのクリアを目指すことが正しい道なのか?
失われた人々に対する悲しみを乗越え、敢えて剣を持つ必要があるのではないか
と憎しみと悲しみに揺れ動く同盟市民の感情を言葉巧みに揺さぶった


この揺さぶりに最も力強く答えたのは、帝国への報復を声高に主張する
主戦派団体の『憂国騎士団』といった過激派であったが

そうでもない一般同盟市民プレイヤー達の多くも、繰り返し伝えられる
『やむなく、やられたのでやりかえす』という分かり易い主張に賛同していくことになる


勿論、トリューニヒトの弁だけでは『戦争イベント』の発生を
同盟プレイヤー自ら選ぶところまでは行かなかっただろう

同盟内に潜伏した『地球教』や誰かの手駒の『憂国騎士団』達がながした噂が
同盟プレイヤーの人々を主戦論へと傾ける手助けをしたことが大きな原動力となった



『デスペナを受けた人々が動かなくなれば、データ処理負荷が減り
 ゲームシステムサーバが安定してログアウトが出来るようになる』

『ログアウトが出来るようになればデスペナを受けた人々も現実世界に戻れる
それに、戦争イベントで効率よくレベルを上げていけばより早いクリアも可能』



後に『ルビンスキーの妄言』と呼ばれる根拠の無い噂は
やがて、同盟だけでなく帝国内にも広がって行き主戦論者を増やしていく

外界と隔てられ少ない情報しか得られない状況と
人々の不安感や恐怖心に自分だけでもとにかく無事に現実世界に帰りたいという利己心が
根拠のない噂を『唯一無二の希望』へと昇華していったのだろう


だが、全てが終わった後も未だに明らかになっていない事実がある
『ルビンスキーの妄言』をヨブ・トリューニヒトは本当に信じていたのか・・・?

この件について確かな事は公職にあり続けた彼がその特権によって
『一度』たりとも戦争イベントに参加したことがないという事実


残されたのは『扇動者』と『黒狐』の二人に踊らされた同盟プレイヤーが
帝国への攻勢を国論とし、最高評議会に『戦争イベント』を決議したという結果


後に、イゼルローン要塞攻略作戦と呼ばれる『戦争イベント』が発生する
多数の意志によって最悪の愚行が選択された瞬間だった


最悪のクソゲー『レンネンカンプ』は更に多くの木偶人形を求めているようである



■イゼルローン要塞攻略■


帝国と同盟の国境に位置するイゼルローン要塞は
『レンネンカンプ』世界では難攻不落の鉄壁の要塞と位置づけられていた
この要塞を陥落させる事は名将を持ってしても至難
守備兵の5倍の戦力を持っても不可能とも取説に明記されていた


そんな、最高難度のVSLGパートを攻略する総司令官に選ばれた
ヤン・ウェンリーに与えられた戦力は帝国側守備兵力の半数たったの50万人だけ

フェザーンが対同盟借款を大幅に増やした物の
そう簡単に国力ステ-タスが回復する訳も無く
戦争イベントに無差別に召喚される人員は帝国側より圧倒的に少なかった

これは、予想以上に同盟プレイヤーに対する煽動が上手く行き
『戦争イベント』発動が国力ステータスの回復しきらない内に起きてしまったためだ


トリューニヒトとルビンスキーも現実世界で同じ事をしていたら
このようなお粗末なミスを起こさなかっただろう

だが、ここは仮想世界『レンネンカンプ』の中なのだ
煽られたら直ぐ顔真っ赤になるVネット住人が犇いている世界・・・
祭りやイベントで基地外みたいに騒ぎまくる彼等は煽り耐性など持っていない


この煽り耐性ゼロの人々を含んだ素人を率いてヤン・ウェンリー少将は
総司令官としてイゼルローン要塞攻略に挑む

普段は豪胆を持ってなるアッテンボローやシェーンコップすらも
奇跡的な幸運にでも恵まれなければ攻略は不可能と半ば諦めかけていたが






           ヤ ン は 勝 っ た !!




   ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル189・・・・・

                ~END~



[6296] クソゲーオンライン11
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:a7f7a279
Date: 2009/04/13 21:12


          イ ゼ ル ロ ー ン 要 塞 陥 落 !!



この報せに『魔術師ヤン!』『ミラクルヤン!!』と同盟プレイヤーは歓喜の声をあげる
無謀な戦争イベントを起こし、多くの人々にデスペナを強いた悪の帝国に勝利し
『アスターテ』で喫した大敗北の雪辱を果たしたのだから


そして、この勝利に浮かれた同盟プレイヤー達は一度の勝利に満足することなく
利己心と復讐心を更に満たすため、新たな『戦争イベント』を求めるようになっていく

敗北した帝国軍プレイヤー達がかつての自分達と同じように
怒りと悲しみに満ちた復讐心に猛り狂っているなどとは露ほども思わずに



■帰るべき場所■



     『三人揃い踏みとは、皆さん存外暇人のようですね』



何時もの相談所から突然『召集』によって姿を消した少女の
帰還を出迎えたのは二人の男とそっぽを向いた少女の三人組みだった


『相変わらずのようで安心しましたよ。お嬢お帰りなさい』
「相変わらず無愛想と言うかなんとうか、まぁ、無事で良かったよ」
『別に暇だったから来た訳じゃない。一応、知り合いだから・・・』


各々からかけられた言葉から三人が自分の帰還を喜んでくれている事を感じ取った義眼は
一瞬だけ表情を綻ばせると言う普段の彼女らしくない失態を侵してしまうが
それを指摘するような無粋な人間は幸いにも誰一人居なかった





彼らと同じように仲間の無事を喜ぶ光景は
帝国と同盟を問わず彼方此方で見ることができた

急に居なくなった親しい人の無事を祈る想いは同じなのだ
そして、動かなくなった人を抱きしめる者の悲しみも変わらない

また、明日が来ないかもしれぬという恐怖と突然訪れるかもしれない別れの可能性は
プレイヤーの感情を大きく揺さぶり、人々により強い繋がりを求めさせるようになり
心の充足を得たいと渇望するプレイヤーを巷で溢れさせる



■買物へ行こう♪■



まぁ、今回は無事に義眼が帰ってこれてホントよかったわ
知り合いが何時もの場所で動かなくなってるなんて寝覚めが悪いしな


しかし、ちょっと安心し過ぎたせいか昨日は飲み過ぎだったな
ゲーム内でまさか二日酔いの苦しみを味わう事になるとはねぇ


『ヘイン、大丈夫か?水でも持って来きたほうが良いか』
「悪い頼む、ちょっと頭ガンガンして動く気起きないわ」



しかし、こんなダメな呑んだくれを甲斐甲斐しく介抱してくれるなんて・・・
ちょっとぶっ飛んでる所もあるけど、食詰めもいい子なんだなよな



『ほら、水分を取れば少しは楽になるだろ?塩も少しだけ入れておいた
お前が望むなら口移しで飲ましてやっても私は構わないが、どうする?』

「馬鹿なこといって年上をからかうな!!痛っ・・、普通にコップで飲むからくれ
 まぁ、水持ってきてくれたのはありがとな助かる。あと世話掛けさせて悪いな」

『気にしなくていい。好きでやっている事だから礼を言う必要もないさ』


気にするなって言われても、やっぱり親切にされたら御礼は言わないとな
実際、礼は良いとか言いながら、このお嬢さん滅茶苦茶嬉しそう顔してるし

やっぱ、他人同士が上手く付き合って行くには
ちゃんと伝えるべき事は伝えなくちゃいけないだよな


それに生活費は全部こっち持ちだけど
コイツには炊事に掃除、洗濯やら家事全般においてお世話になりっ放しだし
お礼を言うだけでなく、偶には形のあるお礼をするとしようかね


「食詰め、今日のお礼でおっちゃんが何でもこうたる、遠慮せんでいいぞ
 もちろん・・・、もうちょっと二日酔いの頭痛が治まってからだけどな・・・」






急に大声を出したヘインは直後に襲う頭痛で蹲ることになったが
続いて発したお礼と見返りを約束する言葉で
かわいいおんなの子の眼を輝かせることには成功する


もちろん、彼女が喜んだのはモノを買えることではなく
買物に付き合うヘインと一日を過ごせる事の方である


こうして、一気にテンションがあがってきた食詰めの行動は
神速を尊ぶ名将といって良い動きの速さであった

ヘインが二日酔いから醒めるまでの間に
髪を整え、少し気合の入った化粧をし終えるとお出かけ用の服に装備を変える


ちなみに、この『レンネンカンプ』の世界では装備品としての防具以外にも
高価であるという難点はあるものの外装を楽しむための衣装がたくさん用意されており
ヘインのように資金に余裕のあるプレイヤーは現実以上に
たくさんの衣服や装飾品を所持し、オサレを楽しむことが可能であった


『ヘイン、私も人の事を言えるようなセンスはしていないが
 もう少し、気合の入った格好をしてくれると嬉しいのだが?』

「へぇ?別に近所に買物に行くだけなのに張り切ってどうするんだ?」



もちろん、ヘインのように生きるか死ぬかの状況の中
オサレを楽しむ感性とは無縁の人たちも多かったので
普段から防具を装備しながら生活する場合も多々あったが

この場合のヘインは別の意味でなっていなかったので
少し、機嫌を悪くした食詰めに散々引っ張りまわされ
この日は永延と買物に付き合わされることになってしまうのだが


根性無しのヘインは情けない事に
食詰めの隙を突いて近くの公園に逃亡してしまう



■公園へ行こう!■


もう、家に帰りたいです・・・
足が棒のようになって動きません
何度も試着を繰り返してそのたびに違った感想を求められます
いちいち喰ったものが美味しいかどうか確認されます


疲れたので『疲れた』と正直に言ったりしたら
多分、恐ろしい事になるのが分かっているので何もいえませんでした



『う~ん、初デートの嬉しさで完全に舞い上がってますね
 良かったじゃないですか、ヘインさん愛されてますよ♪』

良かったじゃないですかじゃね~よ!!
こちとら朝一からいつにも増してぶっ飛んだ食詰めの相手してるんだぞ!!
ようやく隙見つけて逃げ出したけど、いつ見付かるか分からんし


『ちょっとダメじゃないですか!デート中に女の子置いて逃げちゃうなんて!!
 直ぐに戻って謝ってきてください。心細くなって泣いてるかも知れないですよ』


やっぱ、戻んなきゃダメか?『ダメです♪戻ってあげてください』
満面の笑顔で即答ですか・・・

それにしても、職安で仕事もしないでこんな所で油売ってていいのかよ?
はっきり言って顔も見たくないNPCランキング堂々の1位の
お前とは話もしたくなかったんだけど?


『話を逸らしつつキッツイこと言いますね!!私は特別なNPCだから
 神出鬼没なんです。別に就職ラッシュが一段落したから契約を切られて
 公園でブラブラしてる訳じゃないですからね!お腹だって減ってないです!』


うん、さっき食べようと思って買った鯛焼きを一個きみに進呈しよう


『いいんですか?』

いいから食え食え、子供が腹減らしてたらオヤツをやるのが大人って奴だろ?
それを遠慮しないのも子供の特権だから気にせず食べればいいよ


『ヘインさんって、馬鹿が付くほどのお人よしってやつですね♪』


馬鹿で悪かったね!!そんなこという子は鯛焼きもう一匹やらないぞ!
『あぁっーん!!冗談ですよ♪私はヘインさんのそういうところも良いな~なんてね!』


調子の良いこと言いやがって、これ袋ごと全部やるからささっと帰れ
これから俺はまた本当の地獄ってやつに付き合わされに
行かなきゃなんないんから忙しいんだよ?畜生、戻らなきゃダメなんだよなぁ・・・


『じゃ、今日はここでお別れですね。鯛焼きありがとうございます♪
 そうそう、御礼にこのペアペンダントをあげます。ファーさんに
 謝る時に一緒に渡してくださいね!きっと許してくれると思いますよ』


いいのか?悪いね助かるわ。膨れちゃったアイツの機嫌取るのも大変でね
まぁ、それが嫌なら逃げるなって話なんだろうけど
距離をあんまり近づけたくない事情ってのがあってね



『動かなくなった自分を見たことで悲しませたくないからですか?
 それただの自分勝手ですよ。全然、優しさなんかじゃありません』






ヘインは少女からの最後の糾弾に近い問い掛けに答えることなく
不安一杯の顔で自分のことを探し回る別の少女の元へと戻る


『急にいなくなるなんて酷いじゃないか!卿の事を私がどれだけ探したと・・・』


文句と共に抱きついてくる食詰めに弁明と共にお詫びの印を渡して
機嫌を必死にとらなければならなかった

どんな理由があっても、置き去りはいけないことなので
ヘインは徹底して平身低頭で謝罪を続けるのは当然であったが


『ふむ、これを私に渡すために外していたというなら仕方がないか
 一言声を掛けてくれなかったのは頂けないが、まぁ、良いだろう』


何だかんだで渡された物が恋人登録している者達でさえ恥かしがる
ペアアイテムだったので機嫌は上々のヘブンへブン状態に一瞬で到達する



ちなみに、ペアアイテムという物は二人で装備する事によって
通常の効果より高い能力補正がされたり、特殊な機能などが付いている場合もある

また、結構なレアアイテムで売れば非常に高価なものであるのだが
一方だけが勝手に売ったりして店に流れたものが、もう一方に見付かると
他人・フレンド・恋人・結婚といった登録関係に応じて修羅場イベントが発生し
最悪、二人で素敵な小船に乗って大海原に旅立つ強制イベントを起こす事になるため


非常に有用なモノが多かったのだが、装備頻度はそれほど高くはなかった
ただ、逆に考えると恥かしさやそのリスクを恐れないという
強い想いを相手に示す事でもあるため、想い人からそれを渡される事は
最高にハッピーなことで『レンネンカンプ』世界の夢見る乙女が望む
最高のドリームイベントの一つとして有名になっていた



食詰めはこの事を当然知っていたため最高にヘブンってやつ!!になり
一方、ヘインは男の子なのでナニソレ?クエンノ?状態で
二人はいつものように非常に高い温度差を生み出すことになる


なかなか噛み合わない二人の道はまだまだ長くなりそうであった



■冒険者ギルド■


イゼルローン攻略戦後、ヘインと食詰めがキャッキャウフフしている間に
どんどん『レンネンカンプ』攻略は進んでいた



その一つが、『ギルド』の巨大化であろう
『レンネンカンプ』世界における『ギルド』は他のVRPGと大差ないもので
ギルド専用の屯所や資金、道具箱等々の便利機能に
ギルド専用チャットや位置確認が可能になり、ダンジョン攻略等が一気に楽になる
もちろん共同で狩等も行うのでより安全にレベルを効率的に上げることが出来る

また、ギルドに所属する『支援者』に優先的に仕事や材料を回す事によって
より多くの資金や開発アイテムを手に入れるなど大きな成果を得る事になる


こうしたメリットの非常に大きい『ギルド』と呼ばれる組織は
当然、三国を問わず次々と設立されながら、統廃合を繰り返し
大手ギルドと呼ばれるものがいくつも生まれていくことになる



帝国の有名所では『槍使い』が中心となって出来た
ビッテンフェルト中将がギルマスを勤める『黒色槍騎兵』
このギルドは帝国最強の攻撃集団を謳って積極的にダンジョン攻略に挑んでいる

また、『鉄壁騎士団』はミュラー中将がギルマスを勤め
商人職の護衛や生産職の採取の補助や代行を請け負うなど
『支援者』の強い見方としてその声望を高めていた。

もちろんこれら以外にも多くのギルドが存在し
口下手なプレイヤーが集まった『沈黙のギルド』と呼ばれる弱小ギルドから
門閥貴族階級とその配下を中心とした多くのギルドを傘下に置く
二つの『元帥府』ギルドを統合した巨大ギルド『リップシュタットの盟約』まである



ちなみにヘインはアスターテ戦以後、ある者達の強引な勧誘によって
『ローエングラム元帥府』と称される巨大ギルドに所属しているが
まったく会合に参加する事のない幽霊ギルド員まっしぐらで
つい最近になって義眼が同じギルドに所属していたことを知るなど
完全に登録だけのギルドメンバーで、『ギルド』の存在を軽視していた


だが、この『ギルド』システムは体制を引っくり返すための『内乱イベント』や
政府や軍高官に対する『暗殺イベント』を起こすのには必須の組織であり
この組織を軽視したことをヘインは少なからず、後悔する事になる



■■


『閣下は元帥府の会合に余り参加していないようですが
 何かギルドを忌避するような理由でもあるのですか?』


ギルドねぇ~、俺ってさ昔から部活とかサークルのノリがなんかダメなんだよね
別にそういうのが悪いとか思ってるわけじゃないんだけど
面倒だとどうしても思えてきて、気が付いたら幽霊になってるんだよね~

『これは意外ですね。閣下は集団生活とか得意そうに見えましたが』


出来ないこともないけど、得意じゃないし、敢えてする気もないかな
フェルナーだってギルドの方には殆ど行ってないんだろ?


『そう言われるとそうですね。まぁ、かなり太っ腹なギルドなので
 園遊会など盛大に開かれる時は食事と酒だけ頂きに参加してますが』



へぇ~、ギルドってそんな親睦会みたいなこともやってるんだ
飯や酒飲んでどんちゃん騒ぎするだけなら行っても良いな
現実のサークルも飲み会だけだったら毎日参加するんだけど
俺の大学の飲みサーの幹部は俺が入る前に
みんな塀の中の別講堂に強制的に通うことになってなくなちゃったんだよな


『例の超フリーダム事件ですか。確か主犯の大和容疑者は
 色眼鏡の友人の婚約者まで手を出す鬼畜ぶりだったとか』

『閣下、楽だけしかない組織が崩壊するのは決まっているようなものです
 その組織に入れなかった事を嘆くより、崩壊に巻き込まれなかった事を
 喜ぶべきかと、人は組織によっていとも簡単に変えられてしまいますから』


たしかに、下手な組織に入って流されて変に道を踏み外す位だったら
最初から入らない方が良いよな。組織の都合とかで自由に行動できなくなったりするし
まぁ、組織の物量といった面での強みがないのもちょっと痛いけど


『一応、私はギルドの会合等に多めに参加しているので物量ではダメですが
 情報面ではギルドの組織力を有効に利用できると思います。物量については
 閣下のスキルによる資金があれば、攻略には十分すぎる物を揃える事が可能かと』

『あとは人的資源ですが、閣下とその相棒のお嬢さんに
 私とお嬢がいれば高レベル揃いのそん所そこらのギルドじゃ
 太刀打ちできない強力パーティになりますから問題ないでしょう』


そう考えると俺ら四人で連携を高めて行けばボス戦とかも結構行けそうだな
人手が足りないんだったら、どっかで目ぼしいヤツ二、三人スカウトするだけだし
同ギルドってだけの碌に知らない奴等と組むよりは
よっぽど四人で行動したほうが安心できるし、戦闘も上手く行きそうだな


『さて、閣下の結論も出たようですから、もう一名の御婦人を誘って
 今日と明日を生き抜くため、血と危険が待つ狩りへと参りましょうか』






義眼たちとの会話でとりあえずは四人で攻略進めることを決めたヘインは
フェルナーの提案を容れ、食詰めを呼んで再び狩りを四人で行う事にする

もっとも、今回四人が行う狩は前回の馴れる為の狩とは異なり
より強い敵に挑みレベル上げを目的とする攻略を目指した本気の狩となる
そのため、彼等は激しい戦闘に長時間挑み続ける事になり
街に戻ってくる頃には疲労困憊の満身創痍の状態になってしまう


だが、帰ってきた彼等の顔は晴れ晴れとしていた
そう、苦労した分だけ一歩、この腐った『レンネンカンプ』の世界から
脱出する日が近づいているのだから
それに、今回は三人の連携の中にちゃんと入れて貰った食詰めは
終始ご機嫌で通常の三割り増しで敵モンスターを殲滅する大活躍で
自身を含めたパーティーメンバーのレベルを大きく上昇させるのに一役買っていた


更に、この突撃前衛タイプの魔法剣士と遠距離後衛の魔法剣士に
強襲タイプの盗賊に広域支援の踊り子を加えた四人組のパーティは
偶然ではあるが、なかなかバランスの良い組み合わせだったようで
彼等は狩で順調にレベルを上げて行くことでトップレベルの戦闘力を持った
周囲からも一目置かれるパーティへと大きく成長していく事になる


こうして、彼らがしっかりとした手応えを掴んでいくなか
目標となる丁度いい倒すべき敵が姿を現すことになる

そう『大魔王レンネンカンプ』の両腕と呼ばれる
二人の『中ボス』と呼ばれる大幹部がその姿をついに見せたのである
最悪のクソゲーは新たなる段階に進もうとしていた



■鎮まらぬ片腕■


全プレイヤーに誇示するかのように巨大な立体フォログラムで姿を現したのは
『大魔王レンネンカンプ』とその両腕ともいえる二人の幹部であった

大魔王レンネンカンプは生き残ったプレイヤーに嫌味とも思える賛辞を贈り終えると
『私の素晴らしい部下を紹介しよう』と述べ、両脇に立つ二人の紹介を始める
もちろん、そこまでの前口上がかなり長かったので
大半のプレイヤーはさっさと終わって死ねよと思っていたが
レベル530,000の大魔王に勝つ自信は流石に無かったので大人しくしていた


■■


「 では、まず予の美しい左腕とも言えるメア・リースを紹介しよう!
  彼女はこの世界で最も美しく巨大な力を持つ大魔道師でもある
  そんな、気高く美しい彼女はガイエスブルクの塔の最上階で
  君達の挑戦を待っている!!吾こそはと思う者は彼女に挑戦したまえ! 」


大魔王の悦に入った紹介が終わると思わず息を呑むような
金髪の美しい少女が一歩前に進み出るとほんの少し上気した顔で
なんとも甘ったるいかわいらしい声で挨拶を始める


『 うふっ♪皆さんの心の恋人メアが本気で相手をしてあ・げ・る・わ・☆
  いつでも塔の最上階の扉はアナタのために開いているからキ・テ・ネ・♪
  でも、覗きとかエッチなことしたらオ・シ・オ・キ・ヨ・!うふっ♪  』



メアァッアァアア!!メアァアッアッ!!メアッメァッ!!と
意味不明の叫び声をあげ始めるプレイヤーも若干居るには居たが


『なにアイツ?』『頭おかしくね?』『腐ってやがる・・これが妄想の力か!?』『BLか?』
引いたり、嫌悪や拒否反応を示すプレイヤーが殆どであったが
また、極一部の女性プレイヤーが急に枕に顔を押し付けながら足をジタバタしたり
首をいやんいやんって感じで振るなどの奇怪な行動を始めたりもしていた



「 では、続いてこの大魔王である予ですら制御できぬ右腕を紹介しよう
  彼は闇に祝福された復讐の堕天使とも言える存在で、その心は哀しみに
  捕らわれている。その心を解き放つ覚悟を持つ者は進むがいい!!
  彼はイゼルローン巨大地下迷宮で君達の挑戦を静かに待ち続けている!! 」


レンネンカンプを半ば突き飛ばすような形で前に進んだ青年は
銀髪に血のような赤い片目を持つ女性と見紛うような美しい顔をしていた



『 俺の名はジャッキー・ガン・・・、ただの準2級ガンナーだ・・・
  一つだけ言っておく、俺をあまり怒らせるな・・・、この右腕に銃を持ち替えた時
  俺ですら防ぐ事の出来ない悲劇が舞い降りることになる・・・
  俺は・・・もう戦いたくないんだ!!この呪われた右腕と第三の眼を開かせるな・・・
  煉獄より生み出された漆黒の炎の力は・・・三界の神に封印されるべき力・・・    
  それでも、俺と戦おうというなら止めはしない・・・死の刻印を刻むだけだ・・・  』

右腕を必死に押さえながらぺらぺらと喋る青年の姿を見た多くのプレイヤーは
完全に見てはいけないものを見たポカーン状態にさせられていた

ただ、その一方で壁や柱などにひたすら頭を打ち付けながら
奇妙な雄叫びを上げ続けるプレイヤーも何名かいたが・・・



「 どうだね?予の腹心の恐るべき力の前に言葉を失ってしまったかな?
  だが、この二人を倒さない限り君たちは予の下に辿り着く事は出来ない
  この大魔王の居城『レンネンカンプ城』への道を切り開きたくば
  予の右腕と左腕を見事討ち果たし、この大魔王に力を示して見せよ!!
  この閉ざされた世界を開放したくば、死にもの狂いに足掻いて見るがいい! 」






この、どうみても今まで一人で必死になって作ってただろ?という感じの
やっつけ仕事の中ボス二人を『大魔王レンネンカンプ』から紹介された

『レンネンカンプ』世界に捕らわれたプレイヤー達の多くは
改めてあの口髭を殺そうと決意し、ゲームクリアに大きな闘志を燃やすことになる


もちろん、その気持ちはヘインを含んだ四人組も同じで
彼等は中ボス妥当のため、巨大ダンジョン攻略に挑んでいく事になるのだが

その攻略への道は決して平坦な物ではなく、多くの困難が待ち受けているに違いない
だが彼等は決してへこたれる事はない!!そう彼等に熱い想いがあるのだ!!



        『 口 髭 ぶ っ 殺 す ! 』



この明確な殺意と言う名の熱い想いが彼等の歩みを止める事を許さない!!!



 ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル256・・・・・

             ~END~



[6296] クソゲーオンライン12
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:a7f7a279
Date: 2009/04/26 23:20

突如として閉ざされた仮想世界、二度と動く事の無くなった友
大魔王と名乗った狂人によって下された絶望的な宣告

全てのプレイヤーは『レンネンカンプ』の厳しい現実と
強制的に向き合せられ、立向かう事を強要されていく


だが、プレイヤーも人間である
休み無しでその過酷な現実に挑み続ける事が出来る者はそう多くない
ときには現実を忘れ、休息を取る事も必要である
それが、人間らしさを保つ大きな助けとなるのだから



■遊園地へ行こう!■


現実世界へ戻るため中ボスとの対決を決意したヘイン達四人は
出発の準備とレベルの更なる上昇を目指して日々を忙しく過ごしていた

そんな生活を続けて行く中、ストレスはゆっくりと、だが確実に蓄積されていく


■■


『遊園地に行きたい!』


う~ん、朝起きたら開口一番にそれですか・・・
どっかの五歳児かよ?せっかくのオフだっていうのに
わざわざ疲れに行くなんて馬鹿なの?アホなの?


「いや~、俺もその案には大賛成なんだけど。ちょっと昨日の狩で
 足を痛めちゃってねぇ。あぁ、勿論、お前が行くのは止めないし
 ちゃ~んとチケット代も小遣いも出してやるから心配しなくて良いぞ
 そうだ、義眼の分やフェルナー分も出してやるから三人で楽しんで来いよ」


ここで面倒とかダルいとか自分の都合で断るのはアウトだ
あくまでも自分は行きたいんだけどという意思を見せつつ
みんなで楽しんで来いという代案をだして逃げるのが上策という奴だ



『ヘインと一緒に行きたい!』


・・・・、なかなかやってくれますね食詰めさん
此方の主張を完全に無視して、再度自分の要求だけ突きつける
その上、要求を分かりや過ぎる位に簡素化することによって
穏便に要求を跳ね除けにくくしている

クッソ、落ち着け落ち着くんだヘイン
休日になんとしてもゴロゴロしようとする親父の言い訳を思い出すんだ
なんとしてでも家に居座ろうとする執念を見せてやる!!


『一緒じゃ・・・、だめか?』






必死に家に引き篭もろうとしたヘインであったが
半ば十八番になりつつある食詰めの『純真無垢落し』に抗すること敵わず
開園して間もない『デスティニーランド』へ強制連行されることになる


ちなみに、『デスティニーランド』と呼ばれるテーマパークは
『レンネンカンプ』にデフォルトで用意された施設ではなく
プレイヤーによって作られた施設で、これは非常に珍しい事であった


『テーマパーク』クラスの巨大施設を完成させる労力は並大抵のモノではなく
それを実現させるために要求される能力も『リアル』であったためだ


ヘインと食詰めがお遊び気分で向かう施設は
遊びで作れるような生半可なモノではなく、多くの紆余曲折を経てようやく完成した
鉄の意志と血の滲む努力によって生み出された『夢の国』であった



■現実を超えるもの■


施設の設営と聞くと『レンネンカンプ』世界の遊び方と乖離しているように思えるが
中途半端なリアル指向によって作られた『レンネンカンプ』にとって
レアな部類には入るものの、想定された立派な遊び方の一つである

『レンネンカンプ』世界においてレベルを上げるのに必要な経験値を手に入れる方法は
分類すると何種類かに分ける事が可能であり、その種類の数だけ遊び方があるのだから


簡単に例として挙げていくと、RPGパートで代表的なものとして
街の外でモンスターを狩る方法と街の中で何らかの形で働く方法の二つが挙げられる

ヘインや食詰め、赤金コンビに黒猪、鉄壁のギルドメンバー達は前者に
義眼やフェルナーは勿論、為政者に属するトリューニヒトや黒狐
そして、『戦うべき現実』に誰もが考え付かない方法で打ち勝った
『夢の国』を生んだブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒは後者に分類する事が出来る



このシルヴァーベルヒという男は現実世界では、大企業の優秀な従業員であり
やがて、経営に携わるポジションに就くと周囲から目されていた
また、本人もそれを否定するどころか、既定の未来図だと豪語しており
惰弱な優等生とは違った豪気さと野心を持ち合わせた男であったことが窺える


彼が『レンネンカンプ』の世界に飛び込んだ理由は単純だった
この狂った世界が実現した悠久とも言える時間を利用して職務に邁進し
自己の持つ権限を更に高め、より大きな事業に携わることを目的にしていた


そして、多くのプレイヤーと同じくその目的を果たす間も無い内に
『レンネンカンプ』に捕らわれた事を知ることになる


■■


「私にしては珍しい失敗をしたな。この世界の持つ『時間』という
魅力に眼が眩んで、中身を吟味する事を少々疎かにしすぎたようだ」


『レンネンカンプ』の世界に捕らわれた事を悟った後
シルヴァーベルヒは酒場で部下を前にして愚痴を零すという醜態を晒していた


だが、この滅多にお眼にかかれない彼の醜態は
彼に誘われて『仕事』のためにこの世界を訪れていた
グルックを却って勇気付ける事になる


グルックは高校卒業後、研修を終えて彼の下に配属され、二年を過ごしたが
その間、余りにも優秀すぎる上司は弱音を見せるどころか、愚痴を零す事も無かった

そのため、彼の下での仕事のキツさに毎日泣き言や愚痴を言いたくてしょうがない自分は
馬鹿でダメで死んだ方が良いのではないかと思いかけていたりしたのだが
『大魔王レンネンカンプ』によって与えられたこの理不尽で過酷な試練によって
誰よりも敬愛する上司が自身と同じように愚痴を漏らす人間だと分かり
言い知れぬ安心感を持つとともに彼に対する親近感を急速に強めていた


『貴方らしくないですね。しかし、この仮想世界にわざわざ『仕事』をしに来た
甲斐がありましたよ。完璧超人だと思っていた上司の弱さを見れるんですから』


自分には及ばぬものの優秀な部下から掛けられた言葉は
シルヴァーベルヒという男を奮い立たせるには十分すぎるものだった
彼は停滞ではなく前進する者であり、酒場で愚痴るような凡俗のすることに
翡翠よりも貴重な時間を割くことは許されない身

この日、彼は『レンネンカンプ』という最大にして最悪の仮想世界で
誰も成し遂げられないような事業を成し遂げる決意を固めた



「なぁ、グルック、大魔王の言う『現実』に打ち勝つモノは
対になる『夢』ではないかと私は考えたのだが、君はどう思う?」
 
『さて、私には分かりませんね。天才の考える事には着いていけません
 ただ、貴方の出す指示ぐらいには着いていって見せますよ。それ位は
出来ると見込んだから、私を部下として引っ張ってくれたのでしょう?』


新しい悪戯を思いついた悪童のように目をギラギラと輝かせ始めた上司を見ながら
グルックは今後の忙しさを想像して『ちょっと早まったかな~』と思いつつも

『らしさ』を取り戻したシルヴァーベルヒが描くモノを
誰よりも近くで見ることが出来る喜びに頬を緩ませずにはいられなかった
現実世界でも彼と『仕事』をすることはキツかったが
それ補って余りある充足感と新鮮な驚きをグルックに与えなかったことは
一度たりともなかったのだから



■夢の始まり■


『レンネンカンプの挑戦』の翌日から
シルヴァーベルヒの『夢の国』建設の挑戦は始まり
そのプロジェクトは『デスティニープラン』と名付けられる

このプロジェクト名は『大業を為すのが自分の運命である』という
シルヴァーベルヒの自負から来た物であると言われているが
残念なことに、この名の由来について彼自身が一度も語る事が無かったため
その真偽は現在に至るまで不明のままである


ただ、確かなことは『デスティニープラン』が『レンネンカンプ』の世界で
最大にして最高のプロジェクトであったということである


■■


新規事業を起こすのには一体に何が必要か?


その問に多くの人は『人・金・物・時間』の四つの要素を答えとして返す
だが、シルヴァーベルヒの回答は違った何かを為すのに最も必要なモノは



       そ れ は 情 熱 で あ る !!



最初に挙げた四つの要素が足りないなら集めればいい
それの原動力となる『情熱』さえあれば難しい事ではない
足りない知識や経験も『情熱』をもって身に付ければよい


シルヴァーベルヒは天才であると同時に熱い努力家でもあったのだ
もっとも、その暑苦しいまでの情熱に着いて来れる部下は殆ど居なかったが


『大前提の情熱があることは分かりましたが、それで他のモノは
 どうやって集めるんですか?生死の境にいる中で遊園地を作るなんて
 荒唐無稽な話に協力してくれる人や出資してくれる人がいるとは
 思えないんですが?それともなにか『アテ』はあるんですか?』


喫茶店の一角で熱く未来予想図を語るシルヴァーベルヒに
少し疲れた顔でグルックは現実的な疑問を投げ掛けたのだが
自信満々の顔で『アテなどない』と返されて盛大に机に突っ伏す事になる


「そんなに睨むな『アテ』が無いなら作ればいい。私の構想が荒唐無稽に見えるなら
 現実的に見せてやればいい。動きかた次第でいくらでも道は開けるから心配するな」


楽観的過ぎるように聞こえるシルヴァーベルヒの返答に
真っ赤にオデコを腫らしたグルックは頭痛だけでなく眩暈にも襲われるようになったが
不思議と悲観的にはなっていなかった

『リアル』でより困難な事態を自分の前で幾度と無く乗越えてきた実績が
グルックにシルヴァーベルヒに対する絶大な信頼を植え付けていたのだ
既に情熱を持った優秀な『ヒト』は二人も揃っていた


「さて、まずは事業に不可欠な金を集めに行くとしよう
 明日にはフェザーンに向けて発つから準備して置けよ!」

『えぇっ!?明日ですか?帝国内で出資者を集めるんじゃないんですか?』


伝票を持って勢い良く立ち上がった上司の爆弾発言に
グルックは慌てて質問を投げ掛けるが、動き出した上司は止まることなく
ささっと会計を済まして街の雑踏へと足早に歩みだしたため
観念して旅支度を整える事にする
一度走り出したら目的地に着くまで止まらない上司の性質は誰よりも知っていた



■夢の値段■


帝都オーディンから商都フェザーンまでの二人の道のりは
一言で現すなら『無様』、追加するとしたら『悲惨』の言葉が真っ先に来る物であった

二人とも『レンネンカンプ』の世界を訪れた後、『現実の仕事』に没頭していたため
ほとんど仮想世界でのレベルが上がっておらず
そ街道付近の道で現われる雑魚モンスターにすら何度も殺されかけていた


後にグルックが『悪夢の30日』と語る過酷な旅を経て
二人はなんとか商都フェザーンに辿り着いたが
彼等の目的を考えればようやくスタートラインに足を掛けたという所であった



■■


フェザーンの味をグルックと味わいながら、街の有力者の情報をNPC店員から得た
シルヴァーベルヒは早速目星を付けた男を訪ねることにする
何も無い状況でウダウダ考える無駄をこの男は誰よりも知っている


『それで、実業家のシルヴァ-ベルヒ氏は私に出資を依頼しに来たという訳ですか
 確かに貴方の提案は大変興味深く、私も『現実』世界なら一枚噛みたい所ですが
 残念なことにここは異常な仮想世界で私は『為政者』の仕事で忙しいという訳です』


最初に訪れたのはフェザーンの黒狐と呼ばれる自治領主ルビンスキーの下であったが
興味を引かせる事に成功しただけで、資金を引き出す事は叶わなかった

こうして自治領主との会見は徒労に終わったのだが
帰路についたシルヴァーベルヒは上機嫌そのものであったため
疑問に思ったグルックは出資話が不調に終わったにも拘らず
何故ご機嫌なのかを問いただした。


「グルック、実務ばかりが優秀なだけでは大きな事業は成功させることは出来んぞ
 今回の会談の目的は商都フェザーンにおける最大の有力者に顔を売るということ
 わざわざ長旅をしてきた帝国の実業家、興味本位で会ってみたら荒唐無稽の与太話を
 聞いたら実現可能なレベルの計画で、出資した場合の成否は判断できないが非常に
興味深い内容とくれば、何処かの会合で誰かに話しても決して不思議じゃない訳だ」

『それで、都合の良い事に明日はフェザーン十老頭定例会議の日
 天下の黒狐が此方の狙いに気付かない訳も無く、待っていれば
 十老頭の話を聞いた誰かが接触を図って来るという訳ですか?』


中々筋の良い弟子の回答に満足したシルヴァーベルヒは
『まぁ及第点をやろう』と答え、グルックを夕食に誘う

成果が出るか出ないかは、とうせ明日にならなければ分からないのだから
今は気楽に旨い物でも食べてフェザーンを楽しむべきだと
シルヴァーベルヒは考えたのだ

もっとも、尾行しているであろう黒狐の部下に
自分が器のでかい大人物だとみせるパフォーマンスの目的も多分にあったが
大事の前に縮こまっている者に投資する馬鹿が居ないのは現実と変わらないのだから





フェザーン逗留から僅か三日
結論から言えばシルヴァーベルヒはこの地を訪れた目的を達する
十老頭に名を連ねる大投資家ウォーレン・パペットとジョージ・ゾロリから
『夢の国』設立のために必要な出資を受ける確約を取り付けたのだ


この信じられないようなあっけない成功にグルックを信じられないといった体で
眼を何度もパチくりしながら
どんなマジックを使ったのかと敬愛する上司を問いただしたのだか
返ってきた答えは彼の想像の範疇を超えていた


「どうせゲームのカネだ。面白そうな話で金が余るほどあるなら
 大概のプレイヤーはポンと出すんじゃないか?勿論、仮想世界とはいえ
莫大な資産を持つ実業家にカネを出させるんだから、それなりの利は示した」


もっともこの回答は必ずしも正解ではなかった
シルヴァーベルヒはゲームの金だからと言う理由が
今回の成功に重きを成したと考えていたようだが、実際は逆であった

十老頭が重きを見たのは『それなりの利』の方であった
その利はNPCの物ではない、いくらでも融通の利くプレイヤーによって作られた
帝国籍企業をフェザーン資本の支配下に置くことが出来るのである

このシルヴァーベルヒが設立するであろう企業を通せば
外国籍資本の制限に邪魔される事無く
帝国企業を次々と支配下に収める事が出来るのだから
これほど、フェザーンに旨みのある話はないと言える


勿論、この事にはシルヴァーベルヒは気付いていたのだが
彼は十老頭達と違って現実世界で『マネーゲーム』に興じていた訳ではなかったので
仮想世界であっても変わらない『マネーゲーム』に対する執念を理解できず
成功の要因を読み間違えたのだ。現実であればより正鵠を得た判断を下し
今回の成功に大きな比重を得た理由を読み違えることは無かったであろう


もっとも、どちらにせよ彼の最大の目的である『夢の国』設立には
そんなことは全く関係ないため、大した分析をしなかっただけかもしれないが


こうして、夢物語を実現するカネを手に入れた二人は
『地獄の復路』を通りながら帝都オーディンを目指して再び旅立つ



■夢の実現■


再び帝都に戻った二人は『夢の国』を実現するために動き始める
シルヴァーベルヒはより具体的に実現可能な設立計画に着手し
グルックはようやく自分の出番が来たとばかりに会社設立の為に奔走する

具体的には会社の設立登記を行うために『帝国法務局』に通いつめ
この仮想世界での会社設立に必要な書類の確認を行うと共に
実印・銀行印等の印鑑登録を行うため、帝都中を歩き回って判子職人を探す
また、『夢の国』設立する用地の候補を選定し
『帝都開発局土地開発課』に許認可必要な書類を確認し作成するなど
いままでのシルヴァーベルヒの金魚の糞ぶりが嘘のような多忙さであった


『デスティニープラン』が短期間に実現可能な形まで進める事が出来たのは
シルヴァーベルヒの構想力に基いた計画を実務面で支えた
グルックの存在が大きかったことは間違い無さそうである


『レンネンカンプの挑戦』から120日、ようやく二人は夢の切れ端を掴んだ



■■


『設立登記、定款に官公庁の認可その他諸々の必要な事務手続き
 NPC土木要員の雇用、必要な建機に建材の確保全て終わりました』


ヨレヨレになりながら息も絶え絶えで報告する部下の完璧な仕事振りに
満足気にシルヴァーベルヒは頷くと『夢の国』建設にGO!サインを出す
もちろん、地鎮祭はちゃんと終わらせてある


たった二人で始めた、中途半端にリアルな仮想世界だからこそできた
最大級のプロジェクト『デスティニープラン』が遂に達成する時が来たのだ

昼夜問わず行われる土木NPCによる工事が180日間ぶっ通しで行われた後に
『レンネンカンプ』における最大にして最高のテーマパークが完成する
轟音鳴り響く建設現場を見つめる二人は言い知れぬ感傷に浸っていた


「グルック・・・、もう少しだ!もう少しで俺たちは現実に打ち勝つぞ
 私たち二人で作ったこの『夢の国』いや、『デスティニーランド』は
 訪れた全ての人に『夢』を見せる。その瞬間、いつ死ぬか分からぬ恐怖
 レンネンカンプのクソッタレから解放される。ここには笑顔だけが存在する」


自信満々で言い切るシルヴァーベルヒの顔は夕焼けに照らされているせいか
グルックには熱く光輝いているように見えた
いつも剃れと言っていたむさ苦しい髭も何故か神々しく見えていた



グルックが再び建設現場から眼を外し、横に立つ漢に視線を戻すと
彼はゆっくりと後ろに倒れて行き、二度と目を開けることは無かった・・・




■夢の終わりに■


『ヘイン!!もたもたするな!次はあっちのジェットコースターに乗るぞ!』


元気にはしゃぎながら笑顔でヘインを引っ張る食詰め
少々疲れた顔をしながら笑顔で応じるヘイン

現実世界ではそれほど珍しい光景ではないかもしれない
だが、この狂った仮想世界からは確実に失われつつあったものだ


「下手にフリーパスなんてもんを貧乏性な奴に渡すもんじゃないな
 閉演時間までに絶対全アトラクション制覇する気だぞ、あの馬鹿」



彼方此方でショーに対する歓声やアトラクションに驚く声が聞こえる
この場所で、私達の作った『夢の国』でずっと泣いている来訪者は一人も居ないよ


『今日はとことん付き合って貰うつもりだから覚悟してくれ
 こんなに楽しい場所には現実世界でも来たことは無いからな』


現実の時間にしたらほんの一瞬に過ぎないかもしれない
だけど、みんなその瞬間は死の恐怖と言う現実を忘れている


「ったく、こっちの疲労は無視かよ!ここがメチャクチャ楽しいのは間違いないから
 はしゃぐのも分からなくは無いんだが、もうヤケだ!こうなったら全部乗ってやる!!」



いや、違うな私たちは『現実に打ち勝ったんだ』
ブルーノ、貴方はいまも死の恐怖という現実から勝ち続けているんだ


だから、お客さんじゃない私がここで泣くのだけ許して下さい






         夢の国 『デスティニーランド』



デフォルトで設置された娯楽施設と違い、人の手によって工夫を凝らし
常に新鮮な楽しさを追求して、その姿を変えるテーマパークは
『レンネンカンプ』という仮想世界が生み出した最高の娯楽であった


一人の男の突拍子もない発想から生まれ
一人の献身によって実現した『夢の国』は
人々の笑顔を恐怖から守る素晴らしいものであった



 ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル298・・・・・

             ~END~




[6296] クソゲーオンライン13
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/05/24 17:54
犠牲者の上限2500万以上・・・・
日本共和国の総人口5億1000万の内、約5%が緩慢な死の危機に直面していた
そして、この想像を絶する数値は現実世界を大きく揺るがすことは確実であった

ログインした多くは10代から30代という若年層に偏っており
国の未来を担う多くの若者達が失われようとしているのだから



■最悪の不良品■


事件から5日目、政府は事件全容の究明と解決に向けて
最大限の努力を行っていたが、残念なことに結果を出すには至っていなかった


「季節外れの雷雨か・・・、どこかで停電でも起きてなければ良いが
 いや、私が今心配しなければならないのは本会議での答弁の方かな?」


咥えた葉巻の先から立ち昇る煙を見詰めながら内閣の首班たる地位に就く男は
自身が最も信頼する補佐官に言葉を投げ掛けるも、返答を得ることは出来なかった





『リアルファイト』はシャフト局長が先日の閣議で説明したように
最高の安全性を持っており、停電程度で使用者が命の危機に曝すようなことはないが
それに接続されている『レンネンカンプ』の付属機器は違う


強制切断や停電などによって強制ログアウトなどしようものなら
即効でプレイヤーの頭をフットーさせてしまうことになるし

また、内臓バッテリーの寿命や不良によるバッテリー切れでも
プレイヤーの脳味噌をフットーさせることになる


大きな情熱を持って大事業に挑んだ男の命を奪った原因も
後者、不良バッテリーの寿命到来によるあっけない死であった


『レンネンカンプ』に捕らわれた人々の直ぐ傍に死はある
そして、それから逃れる術はない



■麻垣康三■


『内閣総理大臣にご質問致します。今回の一連の騒動、『レンネンカンプ事件』について
 なんら政府は解決策を示しておりません。これは被害者の方々だけでなく、主権者たる
 国民に対する説明責任を政府が放棄しているのではないか?と私を危惧しております
 ですが、万が一にもこの事態に対する打開策を総理若しくは自問党がお持ちならば
 この場を持ってご披露して頂きたいと考えております。是非ともご回答を願います』


10日間足らずでこの異常事態を解決する方法が見つかる訳もないことは
質問する野党議員自身が一番良く分かっている筈であったが
与党を貶めることこそが野党のすべき事であると信じて疑わない彼は
この事件に対する懸念を嫌みったらしく二次元至上主義の首相を攻撃する



『内閣総理大臣、麻垣康三君・・・』



どこか浮世離れした議長の声に促された首相の答弁は
野党の追求を見苦しく言い訳混じりに逃げようとしながら
再び政府の支持率を下げる的外れな失言交じりのモノになるでだろうと
彼が口を開く前までは野党だけでなく、与党の多くの議員も疑っていなかった
だが、その予想が全くの的外れであった事を彼等は直ぐ知ることに為る


「ご質問のなかで説明責任を私や政府が果たしていないと言われましたが
 これは致し方ないことであるとご理解頂きたい。説明しようが無いのですから」


この余りにも酷い開き直りともいえる答弁に質問者を含めた
野党の議員達は言葉につまり、いつものように満足に野次ることができなかった
そして、麻垣首相はそれを好機として逃さず、いつも以上に舌を滑らかに動かしていく


「そう、私も政府も説明すべき情報を持っていないのです
 有史以来最大の国難を迎えているかも知れないというに!!
 だが、私も政府も日本を諦めない!!犠牲者を増やさないため
全力で事に当たる覚悟を私も政府も既に終えております!!」



質問も質問であったが、返された答えはそれに輪を掛けたぶっ飛び具合であった
しかし、不思議な事にその正直すぎる力強い答弁は世論の
国民の心を掴むことに何故か成功する


非常時には道理よりも、理屈を超えた強いリーダーシップが必要と言う事を
国民という集合体は本能的に理解していたのかもしれない





以後、この『ぶっちゃけ答弁』によって、そこそこの支持を得た首相は
『レンネンカンプ事件』の対応だけでなく、国政全般において八面六臂の活躍を見せ
首相四人分の仕事をこなした男として高い評価を得るようになるのだが
それは、少しばかり未来の話になる。偉大な為政者の道は長く険しい


ただ、彼の『レンネンカンプ事件』の対応に関する功績は
事件によって起こされた人心の不安を最小限に抑えたという面にあり
『レンネンカンプ』自体が持つ問題を解決する役目を
彼の下で直接的に担うのは特務機関ジオバンニの人々になる


そして、その道は首相が辿る道に勝るとも劣らない厳しく険しいモノになるのだが・・・



■お悩み相談?■


過酷な仮想世界に情熱を原動力に生まれた夢の国『デスティニーランド』を訪れた
ヘインと食詰めの二人は閉館時間間近にも関わらず、現実を忘れ夢の世界を満喫していた


『情熱』と『献身』によって作られた夢の国は
二人をいとも容易くクソったれな現実から解放することに成功していた
そして、その成功は二人だけでなく全ての来場者に対するものでもあり
夢の国にただ一人居る『場違いな人間』の存在をより際立たせてもいた



「ちょっと乗り物酔いしたみたいだ。悪いが先に並んでてくれ!」


そう早口に告げたヘインは、食詰めが不平を言う間もなく足早に来た道を引き返す
どうしても、放っておけないものを見てしまった彼の足取りはいつもより速い


そして、なんとなく理由が分かってしまった食詰めは仕方がないなと諦めつつ
列に並びながら、想い人の自己陶酔と言う名の『酔い』が醒めるの持つことになる
優しく、少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら一人佇む・・・


■■


「これで涙を拭って下さい。美しい女性に涙は似合いません」

キラッ☆っと滑稽にしか見えない決めポーズを取りながら、
売店で買った玩具のトランペットを片手にインチキ臭いタキシードに装備を変えた男は
涙を零し続けるグルックに小奇麗なハンカチを差出したのだが



『・・・・』



無言で無視され、差出したハンカチは自身が流す血の涙を拭うことに供することになる
『ぷぷ、面白い人ですね♪』とか『あははっ、笑ったらなんかすっきりしちゃった♪』

そんな漫画やアニメみたいな超展開に発展する事態には残念なことにならなかった


『・・・・・』「・・・・・・」『・・・・』「・・・・・」


両者言葉を交わす事もなく、永遠に続くような重苦しい沈黙が五分ほど経過し
ヘインの精神は遂にゲシュタルト崩壊を起こすことになる

その姿は余りにも滑稽であり、無様でもあったが・・・



『あの、大丈夫?その私のことは余り気にしなくても良いよ?』


その情けなくも哀れな姿が心優しいグルック女史の同情を引き出すという成功をもたらす
本来は慰める心算だったのが、逆に慰められる始末ではあったが

それでも会話の切欠になった事には違いはなく、そこから始まった会話を足がかりに
ヘインはグルックから『夢の国』が誕生するまでの経緯だけでなく
彼女に涙を流させた原因をつかむ事に成功する


もっとも、ヘインがしたことは頷いたり、時折見つめたりするなど
グルックが自分の感情を整理して話せるように待っただけ
あとは情熱にみちた一人の男の生き様を聞きながら目を輝かせるだけで十分だった



「そっか、凄い人だったんだなぁ。一度会って話でもして見たかったな」
『もし、君があの人と会ったら、きっと部下に誘われたんじゅないかな?
あの人、変わってたり面白いモノをいつも子供みたいに追いかけてたから』


「さり気無く変人扱いですか、あと俺はその人の部下が務まるほど
情熱に満ちた熱い男じゃないですから、多分、途中で逃げ出しますよ」

『そう?私の見立てだと意外とイイ線まで行くと思うんだけどなぁ?
 それじゃ、長話はおしまい。彼女さんがあそこで待ち惚けしてるよ』



グルックに促されて前を見ると、どこか不満そうな顔の食詰めが仁王立ちしていた
話に興じる余り、少し限度を超して待たせ過ぎてしまったようである

もちろん、食詰めもヘインが何をしに行くのか承知の上で行かせたのだから
怒るべき正当な理由は持ち合わせてはいないのだが
想い人が知らない女性と楽しげに喋っているのを
笑って見過ごせるほどの寛容さを生憎と持ち合わせていなかった



「相変わらず、面倒な奴だな。これはどれだけ集られるか予想も出来ないな」

『ふふっ、そんなこと言っちゃだめだよ。かわいくていい娘そうじゃない
 大切にしてあげて。後悔と思い出だけを糧に生きてくのってシンドイよ』


「・・・了解、前向きに善処させてもらいますよ」


ヘインの言葉や態度と食詰めの様子で、なんとなく二人の関係を察したグルックは
ちょっとだけ、辛い経験を積んだ先輩として何気に重い忠告をする

ヘインはその掛けられた言葉に反論することはできず
不承不承といった体で彼女の忠告を受け入れ、席を立つ事しか出来なかった
もっとも、食詰めの立つ方に向かう足取りが異常に重いものであったが


ヘインに食詰めとグルック、シルヴァーベルヒの情熱が切欠となったこの出会いは
やがて『夢の国』で起きることになる事件にヘイン達を巻き込む事になるのだが
それは、もう少しばかり先の話になる。そう、現実世界で考えればほんの直ぐ先のこと



■二人の老人■


『既に他の帝国企業を買収した後もお二人がデスティニーランドに出資を
続けていると聞き及びましたが、老いて情に脆くなられましたかな?』


『夢の国』の出資者たる二人の目的はルビンスキーの言うように既に達せられていた
別の帝国企業を手に入れた今、入場者の母集団が決して増えず
改装等に莫大な資金を要するテーマパークなど
『カネの支配者』である二人にとって既に無用の長物以外の何物でもない



だが、二人の男は資金を引き上げる事もなく
投資ではなく資金援助、いや寄付を『デスティニーランド』に続ける


果たして、これは単なる人気取りのポーズなのか
それとも、本当に残された不幸な女性に同情したからなのか?
様々な憶測と思惑が混ざり合い二人の大物に関する噂がフェザーンを飛びかう
人々の好奇心の強さは仮想世界であっても変わらない


そして、自治領主ルビンスキーも好奇心と無縁ではいられないと言う点では
その他大勢の一般プレイヤーとそう変わりはしなかった


■■


『我が世の春を謳歌されておられる自治領主閣下にはジョージや私のような
 年寄りの道楽は理解できますまい。聞くだけ時間と労力の無駄というものです』

『こやつの言う通り。自治領主には自治領主の為すべき事があり、老人には
老人のする事がある。自らの領分を忘れて不用意にそれを越えれば待つのは・・・』


「破滅ということですか?お二人は何か誤解を為されているようだ
 私はあくまで自治領主として、市中を騒がす噂を看過できないだけです
その点を諒解して頂きたい物ですな。私もお二方とは今後もこれまで通り
尊敬と尊重の均衡が取れた関係を続けたいと心より思っているのですから」


真意を問うルビンスキーを脅し混じりに軽くかわそうとする二人であったが
その程度で引き下がるほどフェザーンを統べる自治領主は腑抜けではなかった
自らの職分を盾に、そこから更に十老頭の重鎮たる二人の懐に踏み込む


『べらべらと良く喋る小僧だ。市中を騒がす噂を大きくした張本人が
 よくほざいた物だな?安心しろ!ボロ布を纏った輩とこの件は無関係』

『お前の地位を脅かすこともない。これはあくまで我々の『趣味』に属する事
 それでも、まだとやかく言うほどお前は聞き分けの悪い子ではないだろう?』


「さすが賢老と呼ばれる方々、私のような小人の動きは全てお見通しでしたか
 自治領主という職分故に無礼な振る舞いを致しましたこと心よりお詫び申し上げます」




二人の言葉に満足したルビンスキーが踵を返すのは早かった
十老頭に地球教、自身の地位を脅かす力を持つものが少なくない彼にとって
目を配る必要がある者は多く、彼ら二人にばかり時間を割いている訳には行かない

一先ず、二人の不可解な行動が最も危惧している
十老頭と地球教が結びついて自身を排除しようとする動きでないと分かれば良いのだ


また、二人の方も自分達の『本当の目的』の邪魔をしないのなら
積極的にルビンスキーを排除する必要はなく
下手に警戒されて動きにくくなる事を避けるため
自治領主に対する支持を十老頭の重鎮として約す



夢を買った二人の老人と夢を受継いだグルック
彼等の道が再び交差する時、何が起きるのだろうか?



■新たな旅立ち■


大魔王レンネンカンプの両腕が披露されて以後
多くの『求道者』達は彼らを倒すためにイゼルローンとガイエスブルクを目指す
そして、その中には十分すぎるほどレベル上げに明け暮れたヘイン達一行も含まれていた


物語は新たな地獄がいくつも待ち受ける第二章へと進もうとしていた


   ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル389・・・・・

                ~END~




[6296] クソゲーオンライン14
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/05/31 15:30

ドリームと言う名の妄想は非常に甘美で魅惑的な物だが
そこから醒めたときに身を攀じられるような羞恥に襲われる事になる



         だが、それがいい!!!




幾つもの人生の汚点こそが人が人である証
その痛さが、その純粋さが青春なのだから・・・



■馬車に揺られて■


メア・リースが住まうガイエスブルクの塔はアイゼンヘルツの町を少し離れた所にあり
帝都オーディンからは大まかに見積もって馬車で30日弱ほどの距離があった

大魔王レンネンカンプの打倒を目指す『求道者』の多くは
定期便として各地区の町を移動する馬車に乗りながら
この中ボスが居座る目的地を目指すことになるのだが


この物語の主人公は超リッチマンであるため
自分達専用の豪華な大型馬車を購入して優雅な長旅を送ることになる



■■


『いらっしゃいませー♪』


もう、突っ込む気も起こら無くなってきたけどお約束は大事だ
なんでお前がここにいるんだよ!!


『えーと・・・、何故かと聞かれたら答えてあげるのが世のため人のためだったかな?
 まぁ、前口上はこの際省略しちゃいます!なんでここに店員さんで居るかと言うと
最近、馬車の購入者や利用者が激増したからでーす♪バブル到来って感じですねー』


あかん、本格的に頭痛くなってきたぞ
とりあえず、コイツと関わると嫌な事しか思い出さないから
他のNPC店員に頼んで適当に良さそうなの買ってとっと帰ろう


『あれあれ?ヘインさんどこ行くんですか?ちゃんと私のノルマ達成に
 協力してくれないと泣いちゃいますよ!!NPCは基本天涯孤独の身だから
 親兄弟親類に泣きいれて買って貰うとか出来ないからノルマ達成が大変なんです』



相変わらず無邪気な顔して妙に生々しくて嫌な話をする子だ
ほんと、こいつ意図的に現実の嫌な部分を俺に見せようとしてないか?


『ご購入あわせて任意馬車保険と車両保険に加入してくれると嬉しいかな
 あとオプション販売とかでもインセンティブ貰えちゃうシステムですから
 オプションもどしどし付けて下さいね♪頑張って営業しちゃいますから!』


こりゃ今日は滅茶苦茶高い買物することになるな
まぁ、金の方は余るぐらいあるから懐は痛まないからいいけど





かわいい営業さんに乗せられたのか、ノルマで苦しんでいる姿に同情したのか
ヘインはどこのお大臣様が乗るの?って感じのフル装備の豪華馬車を購入し
これでもかと言うほど手厚い馬車保険に加入することになる

こうして、当初予定していた豪華な馬車を遥かに凌ぐ
超豪華な馬車を手に入れたヘインは翌日の納車後に直ぐ出発できるように
生活必需品を購入している食詰め達と合流すべく、帝都中央市場に足を向ける
水や食料無しで旅が出来るほど『レンネンカンプ』の世界は甘くないのだから



■楽すぎる旅路■


中央門の前に豪華すぎる馬車が到着し
それに乗ってガイエスブルクの塔を目指す事になるとヘインから告げられた
ほかの三人は若干引いたものの、広々として豪華な上に最高の乗り心地であったため
直ぐに満足し、皆ヘインの買物センスを激賞することになる


人間とはどこにいても現金なものである


■■


ふぁ~、眠くなってきたな。見張り番も楽じゃないねぇ
こんなことなら御者NPCもついでに雇っておけば良かったな


『ヘイン、大分お疲れのようだな。代わろうか?』

「いいよ。ガキに心配されるほど俺もやわじゃねーよ
 それに、もう子供は寝る時間だろ?明日起きられなくなるぞ」


『子ども扱いとは酷いな。まぁ、そういう扱いをされても仕方が無いか
 卿が横に居ないと眠れなくてね。横に座らせて貰って構わないかな?』

「座ってから許可求めてるんじゃねーよ!!
 あと、眠くなったら馬車に戻ってちゃんと寝ろよ」


『分かっている。その位の聞き分けはあるさ。子供じゃないからな』


・・・ったく、勝ち誇った笑顔みせやがってそういう所がお子様なんだよ



■■


「これは、なんというか馬車から出にくいですね・・・」

『見張りの交代時間が既に来ているのなら、出て行けば良いのでは?
 見張りによる負担がブジン侯に重く掛かるのは好ましい事とは思えません』


いやはや、相変わらずお嬢の言うことは理屈としては正しい
正しいが、それだけでは上手くいかない場合も多々あるのだ

お嬢の最大の欠点はその機敏を読む力が著しく低い点ではないだろうか?
もっとも改善しようにも、それは諭されて直ぐに身に就くような物ではないからな
気長に成長を待つのがやはり得策か、幸いな事に面倒見の良い人物が近くにいることだし


ここは保護者見習いの侯爵閣下の手腕に期待させて貰うとしますか





暫くすると見張り役とお邪魔虫の二人が肩を寄せ合って
仲良く寝息を立て始めたため

フェルナーは二人のために毛布を片手に馬車を静かに降り
幸せそう二人の顔をたっぷりと堪能しながら、見張りにつく

一方、一人残される形になった義眼はというと
寝顔見物に全く興味がないのか、明日に備えてさっさと眠りにつく


焚き火の薪がパチパチと爆ぜる小さな音だけが響かせながら
静かな夜はゆっくりと更けて行く



彼等に明日が来ることを約束することなく・・・




■黒い巨塔■



ガ イ エ ス ブ ル ク の 塔



大魔王の片腕でもあるメア・リースが住まうその漆黒の巨塔は
下から仰ぎ見ると頂上が霞んでおり、挑む者の意志を挫くには
十分すぎる存在感を持って聳え立っている


勿論、挑戦者が皆無だったという訳ではない。ヘイン達がここを訪れる迄の間にも
腕に覚えの有る『求道者』達のパーティが何度も頂上を目指し
漆黒の巨塔に足を踏み入れてはいたのだが
塔から降りて戻って来た者は誰一人いない


恐怖と謎に包まれた巨塔を攻略し、大魔王への道を切り開く道は
生半可な覚悟で進めるほど易しくは無さそうである



■■


街で聞いた噂を考えると正直、登らなくて済むならそれで済ましたい所だけど
大魔王のクソッタレをぶちのめして現実に戻るためには避けて通れない道だ
しゃーねぇ、覚悟決めて登るとしますかね

「ヘイン、怖いのなら外で待っていても構わないぞ?」


うっせ!バッテリー切れでいつ死ぬか分からん状況に比べりゃ
こんなダンジョンなんか目じゃねーよ!!


『確かに、閣下の言われる通りです。他者に任せた消極策を取って
 時間切れの死を迎える位なら、積極策を取るのも已む無い事でしょう』

『同感ですね。座して死を待つほど私は達観した人間ではありませんから
 勿論、無理をして挑むような馬鹿な真似をする気もさらさらありませんが』


まぁ、いつも通りの戦い方で行ける所まで行くしかないよな
とりあえず、前衛は食詰めでそのサポートにフェルナー
後衛は俺が魔法で支援攻撃、義眼が踊りで戦闘補助に回復担当って形で良いよな?


「それで構わない。付け焼刃の戦法を下手に採るより、馴れた形で戦う方が
 リスクが低い。それにしても、大分リーダーが様になってきたじゃないか」

勝手にリーダーにしてんじゃねーよ!!
お前が何にも言わないと一人で敵に突っ込んで虐殺ショー始めるから
仕方なく指示してるだけだろ!ったくこっちの苦労もちょっとは考えろよ!


「ふふっ、心配して貰って悪いな。だが、指示にはちゃんと従っているだろう?
 卿の言う事には私は逆らえないからな。信頼してる、お前の事を誰よりも・・・」

『それでは行きましょう!!』

『ちょっ、ちょっとお嬢!!一人じゃ危ないですよ!キャラまで変わって!』
 




唐突に勢いづいた義眼に引きずられるようにして
ヘイン達四人はガイエスブルクの塔に足を踏み入れる

誰も到達していない最上階に辿り着くのにどれだけ時を要するのか
そこまでの道のり困難さ、最上階で待ちうけるものが何か



全ての情報がないまま彼等は、一階層ずつ地道に攻略していく事に



           な ら な か っ た




■玄関入ったら、2分で頂上♪■


ヘイン達が塔に入った瞬間に目にしたのは
石造りのなんとも重々しい装飾が施された第二階層に続く階段と

『最上階直行!18万帝国マルクポッキリ!!』と
なんとも怪しげなあ案内文が書かれた高速エレベーターであった


■■


これは・・・、さっきまでの決意とか覚悟とかを見事に吹っ飛ばされたな


『さすがはクソゲーといったところですね』


義眼、お前の冷静さは尊敬に値するよ
こんな光景見せられて、淡々と事実を述べれるってのは
なんか、頼もしいぞ!


『ヘイン、道は二つに一つだ。好きな方を選べばいい
 勿論、金を払う場合は卿が払ってくれるのだろう?』

『罠と考える事もできますが、ダンジョンにはトラップが付き物
 どちらの場合も同じと考えるべきでしょうか、あと私事ですが
 昔の無理が祟ったのか最近、膝の調子が少し悪いようでして・・・』


こいつらは・・・、まぁ、いいか
俺も百階以上もありそうな塔の階段なんか登ろうなんて気になるほど
奇特な人間じゃないからな。文明の利器があるなら
それを活用するのが現代人の勤めだ


「着いたらいきなりボス戦になるかもしれないから
 そこのトコだけは注意して行くぞ。じゃ、いいな!」



■頂上決戦!!■


数分で頂上に着いた一行を迎えたこの黒い巨塔の主
大魔道師メア・リースは自分と同じ位整った美しい顔をした側近達を侍らせながら
高台の豪奢な椅子に優雅に座しながら、ヘイン達を上から目線で見下ろしていた


大魔王レンネンカンプの左腕、クソゲーに幕を引くための戦いが始まる


■■


『よくきたわぁねん♪メアは嬉しいわぁ・・うふふ
 あなた達の悲鳴を想像するだけで感じちゃうん♪』


恍惚とした表情で頭に蛆が湧いた発言を得意気にする金髪の美少女に
ヘイン達一行は例外なくどん引きであった。

もっとも、発言者はそんな彼等の様子に気が付いていないのか
発言の内容を省みることなく、痛々しい発言を続ける



『そうねぇ・・・、直ぐに私が皆殺しにしてあげても良いんだけどぉ~
 それじゃ、詰まんなぁいから~ここにいる私のかわいい側近とあなた達で
 一対一の決闘でもしてみようかしらん?もちろん、異論は認めないわぁ♪』


目の前に座る馬鹿女の発言に疲れてきた四人は
メアの強引提案に異論を唱える気力を既に失っていた

もっとも、そんなことに当然気付いていないメアは
自分のすんばらしい提案にみんなが満足していると勘違いし
ものすごく、うれしそうな笑顔でさらにイタイ言葉を紡いでいく


『うふふっ、なんだか楽しくなって来たわぁ・・・
 誰も頂上まで来てくれないからん、ホント退屈だったのよねぇ♪』


『御託は良い。さっさと始めよう』


もう、これ以上は無理だと思った食詰めは、陶酔しきったメアの糞発言を遮る



『あらぁ?人が気持ちよく話してるっていうのに無粋な子ねぇ
 ちょっと、私の魔法でグチャグチャにしたくなっちゃったわぁ』


食詰めの横槍にメアは米神をヒクつかせる
人の話は聞かないが、自分の話を遮られる事は絶対に許せない
メアはそんな自分勝手な少女であった

我慢の限界に達した食詰めに超絶不機嫌モードのメア
一食触発のピリピリした空気が最上階を支配しかけたのだが


「どうでもいいけど、高い所で何度も足組み直すとパンツ丸見えだぞ?」


途中からメアのパンツ観賞に集中していたヘインは
ちょっと飽きてきたのでメアに注意してあげた


『やぁ~ん♪エッチなのはだめよん!もぉ、そんな悪い子には
 オシオキよぉって前にもいったでしょう?まぁ、良いわぁ
 エイラ、ちょっと決闘のルールを説明してくれるかしらぁ?』


恥ずかしがってイヤンイヤンし始めたメアに促されたエイラと呼ばれる側近は
『へへっ、久しぶりに外に出れたぜ!』と訳の分からないことを言いながら
決闘のルールをヘイン達に分かり易く説明していく
多分、普段は大人しくて真面目ないい娘なのだろう



■無慈悲な決闘■


エイラが分かり易く説明した決闘のルールは簡単であった
勝負は1対1、相手を殺して戦闘不能にすれば勝利

勝った者は続けて次の相手と戦っても良いし、次の者と交代しても良い
但し、一度戦闘を降りた者は再び決闘には参加できない

最終的に相手の大将を倒した方を勝者とする


参加者は、メア側の方はメアを大将とし、側近を含めて四人
ヘイン達も相手と同じ四人なので特に人数ハンデを設ける必要はなく
後は戦う順番を決めるだけでよかった



■■


『私達の先鋒はそうねぇ、ドリーム!あなたにまかせるわぁ・・・』


メアの声に促されて前に出たのは夢見がちそうな
大剣を担いだ背の高い女の子であった



『一番レベルが低い私が行きましょう。内容を見て勝算が薄いようでしたら
 閣下達は退いて下さい。ここで仲良く全滅する愚だけは避けるべきでしょう』


対するヘイン側の先鋒はフェルナーの制止を振り切る形で義眼になった
一番個人戦力として低い自分が敵の力量を測るメーターになるべきと判断したのだ

もっとも、敵わないと判断したら自分を見捨てて逃げろと
平然と言ってのこる義眼に従う心算は残された三人にはなかったのだが
三人の心配は杞憂に終わることとなる





先鋒同士の勝負は予想に反して、一瞬で終わりを迎える


決闘の開始の合図と共に大剣を携えて猛然と接近するドリームを
義眼が振るう音速を超えた鞭が一閃、無慈悲にその体を左右対称に分かつ


『あ・・、あら・・?』


今まで塔に挑戦しに来た『求道者』達が一流だったとしたら
ヘイン達は超一流の『求道者』、やっつけで作られた中ボスの側近が
どうこうできるレベルではもとよりないのだ


余りの事態に呆然自失になったメア達はオロオロし始めていたが
無慈悲な死刑宣告によって狼狽はさらに恐怖へと変えられる

『次は私が行きましょうか、お嬢だけに手を汚させる訳にも行きませんから』


次鋒として前に進むフェルナーの足取りは決して軽い物ではなかった
いくら作られた存在であっても年端も行かない少女を手に掛けるのは
気分がいいものではない。その上、相手は恐怖に震えているのだから尚更である


『スイーツ!なんとかするのよぉ!!』
『無理!無理です!!メア様!!そうだ、有給!今日有給取ります!!』

『ダメよ!!使用者には有給の時期変更権があるわぁ!明日になさい』


何とかして逃げようとする部下に、部下に何とかさせようとする上司
悲惨な部署では有り溢れた光景であったが、現実と違うのは
彼女達の仮初の命がそこに掛かっているという点であろう



■背負うべきもの■



『・・・、やはり気分がいいものじゃないですね』



せめてもの情けで小柄な少女の心臓を一撃で抉ったフェルナーの表情は暗かった
戦争イベントを経験し、今以上に凄惨な体験をしてきた四人であったが
恐怖に怯えて命乞いをする敵キャラクターを喜んで殺せるほど荒んではいない


食詰めは年長者の務めとして続けて副将戦に挑もうとする
フェルナーに下がるように告げると
細身の剣を一振りしてから再び鞘に収め、決闘場へと歩みを進める
誰かだけに重荷を背負わせる気は彼女の頭には最初から無かった


一方敵の副将エイラは先に行われた二戦を見て覚悟を決めていた
自分に設定された力で勝つことは難しいと理解していた
そして、相手の死がイベントの進行条件になっている限り
命乞いをしようが、何をしようが逃げることができないことも


一歩一歩、決闘の場に向かって進む中、彼女は考える
自分の存在は何なのだろうかと

中ボスであるメアの懐刀?闇の人格持ち?
強制イベントで逃げる事もできない悲惨な敵キャラクター?

結局、どんなに考えても答えを出す事は出来ず
剣を構えた食詰めの待つ決闘場に到着してしまう


■■


『卿には恨みも何も無いが、ここで倒させて貰う!!』


開始の合図と共に剣を鞘から抜き放ち食詰めはエイラに詰め寄る
エイラにはその光景がまるで別世界の物のように見え
防御どころか反応することすら出来ずに呆然と立ち尽くす・・・!!


エイラを切り裂かんと食詰めの剣が振り降ろされた瞬間
ヘイン達だけでなく、メアを含めた観衆は全員勝負が着いたと確信した

だが、その確信は驚きを持って裏切られる事になる
エイラが抜き打ちで放った一撃が食詰めが放った神速の初撃を弾いたのだ


『へへ、久々の戦いだ・・、アイツがいい具合に諦めてくれたお陰で外に出れたぜ』


エイラの雰囲気が一変する。その姿はさっきまでの何処か諦めた弱弱しい姿ではなく
決闘のルールを獰猛な笑みを浮かべながら説明していた姿と似通っていた



『様子が変わった・・・?だが、私のやることは変わらない!!』


予想外の反応に一瞬だけ虚を突かれて距離を取った食詰めであったが
直ぐに気を取り直し、再び剣を構えエイラとの距離を詰めようと踏み込む


「レッドクロー!!」


エイラの剣が血のように紅く輝いた瞬間、食詰めに魔法の牙が遅いかかる
既に初動を終えていた食詰めは反応が遅れるが無理矢理体を捩って避ける


「まったく、『影羅』ったら勝手に出てきてしょうがない子ね
 でも、剣士タイプの『影羅』と魔法タイプの私が力を合わせれば・・」
『へへ、勝ち目が全く無いって訳じゃなさそうだなぁ、ええ?』


目まぐるしく人格を入れ替え再び『影羅』になったエイラは
食詰めに魔法を詠唱する隙を与えさせまいと激しい連撃を繰り出す



■気楽な解説者■


「これはちょっと苦しいな、魔法剣士の弱点は剣も魔法も本職には敵わない点だからな」

『つまり、二つの職種を人格を換えることによって使い分けられる
 敵の副将の方が有利に戦いを進められるということでしょうか?』

『お嬢、そうとは限りませんよ。彼女のレベルが敵より一回り上なのは確実
 総合力で彼女に分がある以上、優位は揺るがないのではないでしょうか?』


ヘイン達三人が解説をしながら予想外の展開になった決闘を静かに見守るなか
再び剣で反撃を試みる食詰めから素早く距離を取ったエイラは
魔法攻撃で食詰めにダメージを確実に加えて行く
エイラはレベルの差を二つの『人格』を使い分けながら
埋める事に今のところは成功していた


『私達はただ塔の最上階で何もせずダラダラと過ごしていただけ
 貴方達と違って殺したり、殺されるようなこともしていないわ!』
『くっくく、この小娘の言う通りだぜ!!二人の仇は俺が取ってやる!!』


牽制の魔法を避けもせず突進してくる食詰めの剣撃を『影羅』が受けて弾く
そして、再び距離を取りエイラに戻って魔法攻撃を繰り出そうとする



『閣下はどちらが勝つと思います?』 「食詰め」


即答するヘインに苦笑いしながら、フェルナーは視線を再び戦いの場に戻す
そこには距離を取られながら、魔法攻撃で確実に体力を削られる食詰めの姿があり
どう贔屓目に見積もっても彼女が有利には見えない光景が繰り広げられていた


『苦戦を予想された割には彼女の勝利を疑っていないようですね
 なにか理由でも?それとも彼女を信じているという訳ですか?』

「ちょっと苦しいだけだって言ったろ?『アイツ』が負けると思うか?」


からかい混じりの質問をヘインに少し面倒そうに答を返された
フェルナーは頷き納得の意を示す、三人とも何だかんだ言いながら
食詰めの勝利を誰一人疑っていなかった


数多くの戦闘を共に経験し、何度も襲い掛かる死神の鎌をいとも容易く退けた食詰めが
初めての戦闘でたまたま覚醒した『ヒヨっこ』に不覚を取る訳が無いと知っていた



■場数の違い■


ヒットアウェイを延々と繰り返された食詰めは酷い有様であった
防具は焼け焦げ、裂け落ちた部分が所々あり、体の傷も少なくない

このまま行けばジリ貧で彼女の敗北は確実であり
それを打開するためには必殺の一撃に頼るしかない
そのことは彼女だけでなく、相手のエイラと『影羅』も察していた


勝負は一瞬、その一瞬を制した方が最終的な勝者に選ばれると・・・


■■


『終わりだ・・・』


何度目か分からない魔法攻撃を受けた食詰めは剣を中段よりやや上に構えると
防御を完全に無視し、一必殺の突きをエイラに仕掛けんと一挙に間合いを詰める!!



「絶対、死にたくないっ!!」『よく言ったぜ小娘!!』


食詰めの必殺の念が篭った殺気を撥ね退けたエイラと『影羅』は
自分を突き殺さんとする食詰めの剣に渾身の一撃を加え
その剣を遥か後方に弾き飛ばす。技のキレを生への執念が凌駕した


「逃がさない!!」『このままぶった斬ってやるぜぇっ!!』


無手になった食詰めを逃がす気は二人には無かった
彼女が後ろに下がれば追いすがり突き刺す
横に逃れようとするなら、横薙ぎで切払う!!

対峙して誰よりもその強さを身に沁みて知っている彼女等は
武器を失った食詰めを容赦することも油断する事もない


ただ、不運だったのは食詰めが、その上を更に行っていたことだった・・



『すまないが、逃げる気はない』

「やぁっ!」『ゴホァァッ!!』


一言呟いた食詰めは無手のまま更にもう一歩踏み込み
虚を突かれたエイラの喉元に喰らいつき、そのまま肉ごと喰い千切った
その結果、即席の血のシャワーが完成されることになる
また、エイラは喉元から血飛沫を盛大に撒き散らしながら、ゆっくりと後ろに倒れた


倒れた後、彼女は傷口を押さえながら必死に回復呪文を唱えようとするが
喉にあいた穴から声が漏るのか、口元まで逆流する血によって邪魔されたのか
微かな呻き声を生み出すだけで詠唱を行うことは出来ず
しばらくすると動かなくなり、やがて瞳の光を失い
デスペナを受けた人達と同じ物言わぬ木偶人形となる



勝者は口から滴る血と返り血によって、誰よりも紅く装飾された少女だった



■戦いの終わり■


僅か30分足らずではあったが、非常に濃い死闘を繰り広げた食詰めは
続けて大将戦を行うことを避け、決闘場を後にする

こうして、残ったのはヘインとメアの大将二人だけとなり
長いようで短い決闘は最終局面を迎える


もっとも、副将戦の凄惨な結末をみてヘインはちょっと胃の内容物をブチ撒け
メアの方は腰を抜かして椅子からずり落ち、足元に可愛らしい湖を作って
奥歯を恐怖でガタガタ震わせている始末で
両大将共にベストコンディションとは程遠い状態にあった


■■


「お前も勝つなら勝でもうちょっと、スマートに勝てないのかよ?
 正直、普通の人が今のお前の姿見たら失神しても可笑しくないぞ」

『すまん、予想以上に手強い相手だったからな』


ふーん、こいつがここまで言うなんて大将より実は強い副将って奴だったのか
まさか、食詰めの戦った奴よりあそこで腰抜かしてかわいそうな状態になってる子が
段違いに強いなんてことは無いよな


『心配しなくていい。技量自体はレベル相応だった
 生への執念の凄まじさが何倍にも強くしていただけだ』

「それをあっさり断ち切るお前は・・・」『化け物か?』


そんな顔してる奴に『その通り』なんて言えるかよ
まったく急にしおらしい顔しやがって、またなんか狙ってるのか?


「違げーよ・・・、クリーニング代を誰が払うか分からない困った奴だよ」
『くっくく、そうだったな。それはすまない事をした
 卿には面倒を掛けるな。もちろん、借りはちゃんと返すさ』


まったく期待できない返済の約束だな
厄介事って名の利子が膨れ上がる速度の方が絶対早そうだ

ほんと面倒な奴に関わちまったよ
こいつと会ってから、基本ロクなことが起こってないような気がする



         ほんと、面倒なことになったぜ・・・






心底やれやれといった顔で決闘場に足を進めるヘインと違って
恐怖に慄くメアは見えない力で引き摺られるようにして
絶望的な死が待つ場所へと連れて行かれようとしていた


強制イベントの効果は『レンネンカンプ』の世界でも絶対のようである

全くやる気の無い顔したヘインと最初の余裕が嘘のように思えるメアとの
後味の悪い最後の決闘が命乞いの声と共に始まりを迎える・・・


■■


『私、死にたくない死にたくない!!いままで誰も殺してません
 これからも悪いことしないって誓います。だから殺さないで!!』


ほんと欝になってくるなぁ。完璧に俺というか俺ら極悪人だな
いくら仕方がないて言っても、戦意喪失して命乞いする女の子に手をかけるなんて
ほんと、せめて物の救いがゲームのキャラクターって所か?

それでも最高に気分が悪いけどな。ほんとこのゲームはクソだよ



『そうだ!いいことも思いついたわぁ♪メア、貴方の恋人になってあげる
 エッチな事でもなんでもしてあげるわ。だから決闘なんかやめましょう!』

「悪いね、非常に魅力的な提案なんだけど、こっちにも事情があってね」


『お願い!!恋人じゃなくてもいいです。奴隷でも何でもいいんです!!
 どうか奴隷にしてください!なんでも言う事聞きます。どんなことも・・』





      悪いな、俺等ゲームをしてるわけじゃないんだ・・・

 


   ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル689・・・・・

                ~END~




[6296] クソゲーオンライン15
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/06/20 18:00

ガイエスブルクの塔、攻略!!

その報せは『レンネンカンプ』に捕らわれた人々に大きな希望を与え
ヘイン達一行はイゼルローン要塞を陥落させた『魔術師ヤン』や
アスターテで奇跡の勝利を手にした『天才ラインハルト』と並んで一躍時の人となる

そんな久しぶりに明るいニュースが『レンネンカンプ』を駆け巡る中


もう一人の中ボスが住まうイゼルローン地下迷宮は
個ではなく集団の力によって、攻略されようとしていた



■イゼルローン地下迷宮■


イゼルローン要塞には地底奥深くに通じる階段がある
その長い階段を降り切ると目の前には其処が地中奥深い場所である事を忘れさせるほど
何も無い広大なフロアが広がっている

そこには、扉も階段も何も存在しないが
だが、地下迷宮への入り口は間違いなくそこにある・・・


■■


『准将!!ここも他の床と違って下が空洞になっているようです』


同盟で最も有名なギルド『薔薇の騎士連隊』の隊員達は
イゼルローンの地下迷宮を攻略するためギルドに所属する連隊員全てを
この広大なフロアに招集し、その入り口を探し求めて調査していた



「これで24件目か、『レンネンカンプ最大難度の迷宮』と言う割りに
 えらく簡単に入り口が見付かるな。ここで俺たちが優秀なのだと
 浮かれるのは簡単だが、これは最早ただのゲームと一線を画した
 ふざけたゲームだ、充分な注意をするに越した事はないだろう・・・』


あまりに簡単に見付かりすぎる入り口に、ギルマスのシェーンコップ准将だけでなく
多くの隊員達も罠を疑わずに居れなかった。いや、全く疑わないのは脳筋集団
『はじめ人間オフレッサー』とその愉快な仲間達だけだろう


『どうします、罠を覚悟で分散して一気に潜入しますか?
 一応、敵の根拠地に乗り込む訳ですから
 多少の待ち伏せは仕方が無いと見るべきでしょう』


決断を促すリンツ大佐の頭には引き返すという選択肢は無論頭に無い
ここまで来て罠を怖れて尻尾を巻くような臆病者はこの最強と呼ばれるギルドにはいない

サブマスのリンツに決断を促されたシェーンコップはギルドチャットを通して
隊員全員に指令を矢継ぎ早に出しながら、突入ポイントへと隊員を配置すると共に
突入部隊と待機部隊の組分けや、定時連絡の方法の確認及び探索終了時刻を決定していく


現実世界でも少々『特殊』な部隊に所属している経験を持つ彼等は
無駄口を叩く事もの無く、その指示に黙々と従って突入の準備を終える・・・


『准将、全隊員作戦行動開始位置に着きました!』

「突入!!全員後れを取るなよ!!!」




■地下14F■


『ムヒョヒョッヒョ、愚かな人間達がノコノコと
 このフロアを任された私が皆殺しにして御覧に・・』

「退け!!」『・・・・』


シェーンコップの命令を受けた瞬間、一斉にフロアボスの探知範囲から離れる
その瞬間、丸いオレンジの球体に入って浮いていたムーア中将に似た
フロアボスは動きを止め、物言わぬ木偶となって静かに地面へと降立つ



『どうやら、戦闘範囲はアイツの位置から20m弱で間違い無さそうですね
 続いて、遠距離攻撃によって与えたダメージが離脱後も蓄積されるかの確認
 及び蓄積される場合に、そのダメージが残る蓄積時間の算定作業に移ります』



『薔薇の騎士連隊』は勇敢ではあるが、無謀な戦闘を挑む蛮勇とは無縁の部隊であった
彼等はゲームシステムの穴を突く事が出来るなら徹底的に突き
最大限有利な形で戦闘に挑むスタイルを終始一貫して取っている

そして、それが彼等の生還率を大幅に底上げする一番大きな要因であった



「どうやら、範囲、蓄積双方ありの雑魚のようだな。侵入と離脱に遠距離攻撃を
 たっぷりとトッピングして、そこの間抜けな木偶野郎にプレゼントしてやれ!」



バクダッシュ中佐から分析結果を受取ったシェーンコップは無慈悲な号令を下し
起動と停止を繰り返す哀れなザコボスの息の根を確実に止めていく



■小判鮫コンビ■


シェーンコップ以外の『薔薇の騎士連隊』の隊員達は
彼等の尊敬する隊長達と寸分違わぬ戦術を忠実に採り続け
作業と化した敵の駆逐という行為を黙々とこなしながら、地下迷宮を確実に攻略していく


その速度は、無謀な『普通のダンジョン攻略』を行うプレイヤー達よりは遥かに遅く
手間も何倍も掛かっていたが、デスペナによる犠牲者は一人も無く

イゼルローン地下迷宮攻略に最も近い位置に立っているのも
『薔薇の騎士連隊』の隊員達であったことが
その『詰まらない』攻略法の正しさを証明していた


■■


『准将、E・コクドーからの通信によると例の『撃墜王コンビ』が
 地下迷宮に侵入したようです。我々の攻略ルートを利用しながら
 最前線まで最速コースで侵入しているようですね。妨害しますか?』

「あの二人か、全くあのお調子者とそれに付き合う物好きな男は随分と暇なようだ
 我々が探索するダンジョンに毎度顔を出しては、お零れに預かりに来ているからな」


突入ポイント付近の待機組みから余計な来訪者の存在を知らされた
シェーンコップは部外者二人のプレイスタイルに辛辣な見解をのべはしたが
実力で彼らを排除するような指示を出すような無粋な真似はしなかった


オリビエ・ポプランとイワン・コーネフの二人が取る『小判鮫戦法』は
セコくはあるが、駆除が必要な害悪であると彼は考えてはいなかった


それに、元々四人パーティだった彼らの内、半数が冥府へと旅立った今
二人で『レンネンカンプ』を攻略するには正面からではなく
他人の力を利用するような搦め手から攻める必要があることも理解していた


ただ、その事をわざわざ口に出して擁護する気も手助けしてやる気も
シェーンコップ自身にはさらさら無かった
もっとも、ポプランの方もそんな事をされたら喜ぶよりも前に
気持ち悪がって蕁麻疹を発症するハメになっただろう


この『薔薇の騎士連隊』と『撃墜王コンビ』の関係は
決して相容れぬ訳でもないが、肩を並べて戦うような事も無い
会えば軽口に始まって皮肉や毒舌を応酬し合う様な
『腐れ縁』と称するのが一番しっくり当てはまる関係であった



■■


「コーネフ!もたもたするなよ!!さっさと行かないと
 不良中年に全部おいしいとこを持っていかれちまうぞ!」

『そんなに急いだって仕方がないと俺は思うがね?彼等の
 慎重さは、お前も充分過ぎるくらい分かっているんだろ?』


敵モンスターと『薔薇の騎士連隊』の争いを利用して
イゼルローン地下迷宮の攻略を目論むポプランに急かされる
コーネフはやる気の無い返事を返してはいたが
走る速度は横の相棒に遅れるような事は一度も無く
彼と共に奥へ奥へと迷宮の底に揃って神速の勢いで踏込んでいた




「なに言ってやがる!そんな悠長な事を言っていたら迷宮に捕らわれた
 美女もお宝も全部、悪の組織の親玉に独り占めにされちまうからな
 あの不良中年はそういうトコだけ手が早いから油断する訳にはいかないぜ」

『心配しなさんな、ポプランさんの手より早い人なんていやしませんから』
「ほぅ~『奥』に大事に手を仕舞っているコーネフさんは随分余裕でいらっしゃる」

『なに、目の前の敵に気付かないほど焦ってないだけですよ!!』


『レンネンカンプ』に来て何度目か分からないような遣り取りを中断し
コーネフは死角から飛び出すモンスターの急所を撃ち抜き
ポプランの撃破数との差を3つに増やす


「っち、もう12体目か、まぁ良い、たまには友人に酒を奢ってやるのも悪くないさ」
『友人?誰が?』


パートナを絶句させて動きを止めた男は弾を流れるように装填すると
もう2体のモンスターを冥府へと送り届ける
イゼルローン地下迷宮を攻略する者が誰になるかが定まる前に
今日の酒代を持つのがどちらになるかは定まったようである



■地下38F■


地下25階を過ぎる頃になるとギルチャの受信感度が著しく悪化したため
『薔薇の騎士連隊』の隊員達は消耗が激しい隊員だけでなく
支援が無ければ攻略が難しいレベルの低い小隊メンバーの帰還も決断する

無理な探索で犠牲者を出し、戦力を低下させるような愚を彼等は絶対に犯さない
綿密な準備と根気強いデータ収集を繰り返し、確実に前に進み任務を達成する



それが『薔薇の騎士連隊』を同盟最強ギルド足らしめる




■■


『てっきり、私も帰還を命じて頂けるものとばかり考えていたんですがね?』


敵モンスターの喉と胸にナイフを精確に投擲したバクダッシュは
自分に超過勤務を命じた張本人であるシェーンコップに不平を漏らす


「そう愚痴るな、貴官も諦めはついているんだろう?」


連隊員の中で唯一の情報分析スキルを持つ男は
『薔薇の騎士連隊』では通信スキルで後方支援を担当するE・コクドーと異なる
最前線で敵の弱点やトラップ見破る最前線での攻略支援を担当する
連隊内でもその重要度は高く、それ故に過重労働を強いられる事になる


『まぁ、諦めがいいのだけが、私の取り柄でしてね。准将に借りを作って
 あなたのギルド『薔薇の騎士連隊』に勧誘された時もそうだった筈です』


シェーンコップは嘆息しつつ話すバクダッシュに
ニヤリと笑みを浮かべるだけで、答えを返す事は無かった


『そろそろ最深部ですな』


厚い鋼鉄の門に深淵まで続くかに見える階段
だが、確実に迷宮の終着点へ彼らは近づいていた
獅子に率いられた獅子の群れに襲われる
哀れな迷宮の主との戦いの場はもう直ぐ其処であった・・・


「そろそろ、行くとしようか・・・」







イゼルローン地下迷宮最深部の戦いは地味さを極めた


不吉を届ける最強の銃使い中ボスジャッキー・ガンは
盾役の連隊員達に銃撃尽く弾かれ、その影から躍り出る前衛部隊
その後方から弓矢や魔法で攻撃する後衛部隊によって
じわじわと確実に体力を削り取られていき


そして、戦闘に途中から乱入した『撃墜王コンビ』の片割れ
ポプランの放つ一撃によって戦いに終止符が撃たれる



中ボス撃破、イゼルローン地下迷宮は遂に攻略される・・・



■国を担う者、道を説くもの・・・■


二人の中ボスを打ち倒し、『大魔王レンネンカンプ』への道が開かれようとするな中
現実の世界では未だに与党と野党との責任の擦り付け合いのような争いが燻り続けていた


全てを背負おう決意をようやく持って『レンネンカンプ事件』という
国難に当たろうとした後の大宰相麻垣康三の指導力も完全に開花したと言えぬ状況の中
先の『ぶっちゃけ答弁』によって得た国民のそこそこの支持を背景に
なんとか国会を空転させずに動かしていると言う状況であった


『レンネンカンプ』の中で一筋の光明が見え始める中
外は二週間程度の時が流れただけ、混乱が収まる兆しはまだ見えそうに無かった


日本共和国第二の夜明けと言われる、この日を迎える前までは・・・



■■


『政府及び与党の開き直り甚だしい答弁では、我々も国民も納得はしない!!』


少しばかりの国民の支持を得たぐらいで
政府や与党に調子に乗ってもらっては困るとばかりに
野党第一党の民従党の議員は激しい批判と野次を飛ばし続ける


『ふんっ、万年野党の無責任集団が吼えるな!!対案をだせ対案を!!』


一方、それに応じる与党である自問党議員のレベルもお世辞にも高いとは言えず
国会中継を見る賢民・愚民を問わず呆れ返らせることに成功していた



「静粛に願いたい!!ここを何処かの野球場と勘違いされてはいないか?
 この場は国権の最高機関たる場であり、野次を飛ばしあう場所ではない」


そんな中、一皮二皮向けた麻垣首相だけが一人気を吐き続け
なんとか諸々の審議を進めようと生来少ない忍耐力を総動員して事に当たっていたのだが
一人の野党議員が放った最悪の暴言によってそれを吹き飛ばされてしまう
 


『うるせぇええっ!!二次元厨は黙ってろ!!!』
「貴様!!長門は俺の嫁だぁっぁあ!!!」



もう、誰の目で見ても日本はこのまま終了するように見えた
だが、一人の老人の発言によって国会の騒乱は終わりを迎える


■■



            「静かにせんか・・・」




喧騒に包まれた議場で、その一際、低く重い声は良く通り
その発言者が誰かを知ると皆が一様に口を閉じ、続く言葉を待つ
その齢は優に90を超えていたが、老害という言葉と最も程遠い位置に立っており
国民に絶大な人気を誇る『永遠の無所属議員』鷹山次郎は久方ぶりに演説をぶっこく


「五十や六十を超えた輩がピーピー五月蝿く泣き喚いて見苦しい
 そんなに件の事件が大事なら、もうちっと頭を使って対策を考えんか」

『ですが、御老!』『黙れんのか?』



横槍を入れようとした野党議員は一言一睨みで黙らされる
60年以上、政党政治の中で唯一人の『政治家』であり続けた男に
生半可の覚悟で意見を述べる事など出来はしない

その上、彼に無能の烙印を押された議員達が次の選挙で支持を失い
落選した例はそれほど過去に遡らずとも枚挙に暇が無く
選挙の当落だけが気になって仕方が無い『政治屋』沈黙せざるを得なかった



「若造共がよう物も考えずに、下手な物に手を出して痛い目にあっとるんじゃ
 こういうときにこそ、棺桶に片足を突っ込みかけた我々老人が力を出して
 しゃんとした所を見せねばなるまいて、罵りあいたいなら議場の外でやらんか」



実力と経験に裏付けられた正論を前に、議場に居る人間は等しく口を閉ざす
身につまされた者は俯き視線を上げることすら叶わない


ただ、この状況を吉と見た首相だけが、一致団結してこの難事に対するべきと
お互い相食むような関係を一時であっても終わらせようと主張するが


「小僧も黙らんか!もともと二次だ三次だと貴様が訳の分からぬ
 責任逃れをするから国会が紛糾した事を忘れたか!!賢しげに
 国の行く末を語るなら、己の一挙一動に責任を持たんかっ!!」



姑息にも鷹山の作り出した流れに乗ろうとした麻垣の目論みは
流れの中心にいる老人の一喝によって脆くも崩れ去る


『御老の言、一々ごもっとも。不肖、麻垣背筋が伸びる思い
 ただ、それほど『政治』を分かっておられる御老がタダの
 無所属議員に留まっておられる事は国家にとって大きな損失
 我が自問党は相応のポストを持ってお迎えしたいが、如何か?』


だが、そこで野党の一議員のように俯くだけでは一国の宰相など務まらぬ
すかさず、『タダの一議員』として鷹山を取り込む勧誘を行い
自らの度量の広さをその場に居る者に強くアピールする


その抜け目の無さと図々しさには鷹山も苦笑いを零し、固辞せざるをえなかった
自分に真っ向から言葉をぶつけてくる議員が居なくなって久しいと思っていたが
俗物に過ぎないと思っていた男が、その肩には重すぎる荷を背負うことによって
政治家として、いや『宰相』として大きな成長を遂げつつある事を
鷹山は長年の経験と政治的な勘によって察した



「宰相閣下も少しは言うようになられたようじゃ。もうそろそろワシも引退かな?
 まぁ、良い。眠ったままの子を心配そうに見つめる母親を安心させてやる
 それこそが、今我々に求められる政治家の仕事。それが分かれば後は何とかなろう」

『私は国民の皆さんに約束しましょう。必ずや、この窮地を乗り切り
 日本共和国を保って見せると、私は絶対にこの日本を諦めないと!!』







四者を合するかのような指導力と言われた首相は
この日の意思表明以後、政治家としての責任とその仕事が何たるかを
与野党を問わず、多くの先達から良く学び、その力を急速に伸ばしていく


与党の方針であるか、野党の意見であるかではなく
その案が正しいのか?国益に繋がるものであるかを第一とし
最良の方法を常に選択し続けようとする


その『政治家』としての行動は、時には与党との軋轢を生み
野党の増長を促す事も合って、政権は何度と無く揺らぐ事になるが

誤謬を怖れず責任からも逃げない、首相の誰よりも強い政治姿勢によって得た
国民からの信頼と支持を少しずつ、だが、確実に大きくなり
もっとも強い政治基盤を持った首相に彼を押し上げていく事になる


これ以後、ジオバンニ機関は一度たりとも予算を気にすることなく
『レンネンカンプ事件』の解決に向け、その持てる力を全て注ぐ事になる


イゼルローンとガイエスブルクが遂に攻略される中
外でも事件の解決へと繋がる道に光明が差し始めていた


   ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル799・・・・・

                ~END~





[6296] クソゲーオンライン16
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/06/29 23:02
大魔王レンネンカンプへと続く道に立ちはだかる二つの壁は
嫌な後味を残しはしたものの、予想以上にあっさりと崩された

所詮はヒトの造りし欠陥品、生に固執するヒトのチカラには
最初から敵うはずがなかったのかもしれない




■玉石混合■


二人の中ボスが倒された報せが『レンネンカンプ』の世界を走る中
肝心の大魔王レンネンカンプへの道は一向に明かされる様子は無く

ゲーム内ネットでのレンネンコミュのメイン掲示板などでは
乱暴なコメントが書き込まれたり、それを窘める者と更に煽る者が現われたりと
大荒れ状態で、もはやプレイヤー同士の親睦を深めるといった
本来の役割を全く果たしていなかった

もっとも、その無秩序な傾向はレンネン攻略掲示板といった
ある程度の目的や方向性が定められたコミュニティでも変わることはなく
利用者の理性と知性が著しく減退しているという事実をよく現していた


■■


なんかカチカチとよく飽きもせずにロクでもない掲示板何かみてられるな
どうせ大したことない奴等が、ご大層な御託を並べて悦に浸ってるだけなんだろ?



「閣下の言は概ね正しいと私も思います。ですが、有益な情報が紛れている事も
 稀には有ります。勿論、石の中から『玉』を見つけるのは容易ではありませんが」


そう言うもんか?まぁ、情報量の多さだけは確かだからな

それで、なにか有益な情報でも見付かったか?
もうそろそろ、フェルナーと食詰めも買物から帰ってくる頃だぞ



「そうですね、何点かモンスターの弱点やドロップするアイテムについて信憑性の高い
書込みを見つけました。今日の狩場はそのモンスターが出現する場所にしてみては?」
 

『それで行きましょう。折角、お嬢が見つけてくれた情報ですからね
そうそう、閣下に頂いた資金で必要な物はすべて調達出来ましたので』

『二人とも中々、いい御身分じゃないか?我々が消耗品の調達に勤しむ中
 仲良くネットカフェで優雅に談笑をしているとは実に羨ましい限りだな』



まぁ、帰ってきた早々にそう怒るなって!ちゃんと有益な情報を見つけたじゃん
別にだらだらとダベってジュース何倍もお替りして訳じゃ無いから
ほんとほんと、俺を信じろ!!

『ほぅ、卿ではなくパウラが全て見つけたように思ったのだが
どうやら私の勘違いだったようだ。これは謝らなければならないな』


「閣下、もうここに居る必要はありません。直ぐに会計を済まして出発しましょう」






ギャーギャー言い合い始めたヘインと食詰めの二人を止めたのは
有無を言わさずに伝票をヘインに突きつけた義眼だった

無駄な時間を過ごす気は全くないという彼女らしい意思表示であったが
その行動の動機には彼女も気付いていない別の要素が若干含まれていた

まぁ、とにもかくも事態が大きく動かない以上
彼等に出来る事は黙々とレベルあげの作業を
より安全で確実に進めることだけであった



■レンネンは裏切らない■


二人の中ボスが倒されてから五日ほど過ぎた頃
遂に大魔王レンネンカンプはプレイヤー達の前にその姿を現した
ただ、再び姿を見せた彼の眼には既に光は無く


大魔王レンネンカンプとしてこの世界に捕らわれた人々に
恐怖を与える王として君臨する滑稽な姿しか無かった


■■



『 狂気と悲しみに彩られた素晴らしき世界に捕らわれた諸君!!
  この世界を統べる王として、先ずは君たちに賛辞を贈りたいと思う
  予も斯様な早さで我が両腕を永遠に失う事になろうとは思わなかった
  素直に認めよう。君たちはこの大魔王の予測を超えた強者であると  』



巨大な立体映像として映し出された大魔王レンネンカンプは
自らが生み出した作品でもある二人の中ボスの消失を全く惜しむ素振りを見せず
逆に、それを成し遂げたプレイヤー達を賞賛する事によって
大魔王としての度量の大きさを示す

そして、続けて大仰に重々しく紡ぐ言葉によって
『レンネンカンプ』がクソゲー中のクソゲーである事を
鈍器のようなもので叩きつけるかのような衝撃を持って
全てのプレイヤー達の頭に容赦なく叩き込む!!



  『 大魔王レンネンカンプとして諸君等との約束を履行しよう
    勇気と知恵に満ちた君たちを我が居城『レンネンカンプ城』に
    招待しよう!!勿論、そこには今まで以上に大きな困難と障害が
    壁となって君達の行く手を阻む事になるが、それを乗越えて
    『我々』の下に辿り着いてくれることを心から望んでいるよ  』



空中に浮かび上がる巨大なマップによって
遂に明らかにされる魔王の居城『レンネンカンプ城』
そして、満足気に語る大魔王の後ろから二人の男が姿を現す


『 そうそう、レンネン四天王の残りの二人を紹介していなかったな
  これも良い機会だ私の忠実な腹心である二人を諸君等に紹介しよう
  先ずは、生真面目で清廉を絵に描いたようなクナップシュタイン大将
  その力はメアやジャッキーの100倍を優に超えるほどのものだ
  続いて紹介するのはグリルパルツァー大将、彼はその力だけでなく
  その知性の高さも折り紙付だ。前の二人とは比べ物にならない実力者だ 』



後出しの四天王設定によって聴衆を絶句させることに成功した大魔王に続いて
二人の新たなラスボスの前座二人が前面に立ち
『レンネンカンプ』におけるゲームシステムを変更したと唐突に宣言する


■■



『今回、皆さんには私ではなく、グリルパルツァー大将から
大きく変わったルールについて説明をしたいと思います・・』


生真面目そうなクナップシュタイン大将がそう言って後ろに下がると
漲る何かを迸らせながら、勢い良くグリルパルツァー大将が前面に飛び出す!?


『おい!おいおい!!お前らもっと盛り上がれよ!!お前らならやれるだろ
 出来る!出来る!出来る!!!自分を信じろ!俺を信じろ!!もっと楽しめ!
 クソ?今クソって言った?聞こえないよ!!声が小さいよ!もっと大きい声で
 何?全然気持ち伝わってこないよ!!ダメだよ!もっと主張しろよ!!
 クソとか言ってないでもっと熱くなれ!熱くなって楽しめよ!!出来るだろ!
 クソクソ言ってないで、お前等が楽しくしろ!そう熱く楽しめよ!!やれる!!
 俺はやれる!お前らもやれる!今を楽しめ!!そう来てる!今来てるんだよ!!
ルールは変わったんだよ!!前の?前のなんかもう古いんだよ!!遅れるな!!』



もう、いい加減にしてくれ、何がしたいの?そんなの人々の想いを余所に
まったく説明になってない『知性の高さ』が折り紙つきの男の説明は
以後、30分に渡って繰り広げられことになるのだが
誰一人、変更されたルールを彼の説明から理解することが出来なかった



人々が新しいルールを知るのは二日ほど経って
運営側から送られた告知メールを開いた後であった





■欲望に素直になれよ!!■


非常にアンニュイな『ルールが変わった宣言』以後に告知メールで知らされた
ルールの変更はヴァーチャルゲーム界の常識に挑戦するようなトンでもない物であった



1.平等な戦争イベント
戦争イベントでのレベル差による優越を完全に廃止し
より緊張感を持った戦争イベントを実現します!

2.戦争イベントに三竦み制を導入
戦争イベントに三竦みの法則を導入し、より戦略性をアップしました!
  魔法使いタイプは剣士タイプに強く、弓兵タイプに弱い
  剣士タイプは弓兵タイプに強く、魔法使いタイプに弱い
  弓兵は魔法使いタイプに強く、剣士タイプに弱いって感じみたいなぁ~?


3.よりリアルな戦争を皆さまに
  なんと!戦争イベント実施中は敵兵に関してのみ社会的死のデスペナを全面解除!?
  セクハラするもよし、連れ帰って奴隷にしてウキウキプレイも可能♪何でもありんす

4.ストップ・ザ・メア!!
  悲劇の美少女メア・リースの不幸を我々は繰り返さない!!
  戦争イベントで連れ帰ったお好みの異性を奴隷として所有できるシステムを追加
  生殺与奪の権利を含めて全ての権利を貴方に!!勝手に幼女に男の娘とハァハァしてろ!

5.その他、色々・・・
  その他にも色々弄ってあります!みなさん、ゆっくり検証してしね♪



■■


『こいつは酷いな・・・、もう奴さんは正気じゃないと見たほうが良さそうですね』


メールの内容を確認して余りの内容に押し黙る中
最初に口を開いたのはフェルナーであった

他の三人はそれぞれ頷き、彼の発言に対する肯定の意を静かに示す


『だが、ある程度のシステムが未だに狂人のコントロール下にあることが
 今回の件で分かった。つまり、奴の言うクリア後に解放するという妄言も・・』

「多少の信憑性があるってことか?」


ヘインの問い掛けに推測を述べた食詰めは微笑みながら頷き
続けて、自説を展開しようとするが、義眼がそれに待ったをかける


『しかし、それは閣下の言うように可能性に過ぎません
 可能性に過度の期待と楽観を持って行動することになれば
 そう遠く無い未来に私達は深刻な窮地にたつかもしれません』

『ふん、では座して緩慢な死を卿は待つというのか?
 悲観が過ぎて最終目標である『帰還』から後退しては
 これまで払ってきた努力を水泡に帰すも同然ではないか』



自説を否定されたこと以上に、盛り上がりかけたヘインとの会話に
水を差されたことに憤慨した食詰めは水色の瞳に雷光を走らせながら
義眼が自身より年長者であることも忘れて真っ向から噛み付く



『私は無謀な前進をする必要はないと考えでいるだけです
 可能な限り情報を収集し、それを分析した上で行動する
失敗が許されない以上、より慎重にことにあたるべきです』


食詰めの苛烈な視線などどこ吹く風で、視線をヘインにだけ向け
義眼はいつもの様に、淡々と相手を追い詰めるような正論を紡いでいく
横で更に激昂しかける食詰めの姿など全く意に介さず


『パウラ!!卿の言はいつも正しい!だが、卿もバッテリーが切れたら
 大好きな正論を垂流せぬ木偶になる事を努々忘れないようにするんだな!』

「レン言いすぎだ。・・・パウラに謝れ」


『あぁ、そうか・・、ヘイン。すっかり忘れていた!卿も同じ臆病ものだという事を!
 実に申し訳ない、それを忘れて大層失礼を致しました。これで満足して貰えたか?』



義眼に対する度を超し掛けた食詰めの暴言に
堪りかねたヘインは止めに入ったのだが、タイミングが既に遅すぎた
この期に及んでは彼の仲裁は決裂を早めるだけで逆効果にしか為らず


案の定、反発した食詰めは、今度は見境なしとばかりにヘインにも暴言を吐き
カッとなったヘインにぺチンと可愛らしい平手打ちをお見舞いされ
涙目でその場から脱兎の如く逃走というお約束の展開をしでかすことになる






Vオンラインゲームではよくある人間関係の拗れによるパーティ崩壊
ヘイン達四人がいま直面することになった危機も
ある意味、ありがちな事でそれほど珍しい光景ではなかったのかもしれない


ただ、異常な条件下に長く置かれ、更に追い討ちをかけるような
無茶な後付設定に暴挙とも言えるルール変更といった外的環境の悪化が無ければ
ここまで険悪な事態までは発展しなかったであろう



ただ、残念なことに、ここは史上最悪のクソゲー『レンネンカンプ』の世界・・・



いつ怒るとも分からぬ電プチとバッテリー切れによる死の恐怖
悠久の時をただ動かずに待ち続ける木偶になるデスペナの恐怖

幾人もの人々を戦争イベントで生き地獄とも言えるデスペナを喰らわせ
必死に仮初の生に縋り付こうとした、哀れな作られた少女を手折った罪悪感


最悪の環境下で増幅されたストレスはいつ爆発してもおかしくないモノであった
その証拠に、後に解析されたログで分かった事ではあるが
この時期に多くのパーティやフレンドに恋人、結婚登録の解消が確認されている



それだけの影響力を持つ程『ルールが変わった宣言』の内容は酷かったのかもしれない
最初の『挑戦状』で中途半端な期待を持たせた後に、このクソみたいな『宣言』・・・


誰よりもデスペナの恐怖に曝され続けていた
トップ『求道者』達の受けた心的ダメージが
自然と大きいものになるのも致し方が無かろう



少なくとも、命がけで得た高レベルという戦争イベントで
自身の安全を保障するものが一瞬にして奪われたのだから




■ドライ愛すの剣■


『閣下、彼女を追わなくて良かったんですか?』


フェルナーは食詰めが走り去った方向を見遣りながら
少しばかり非難の色を含ませつつ、彼にしては率直な言葉をヘインに投げ掛けたが


「必要ないだろ。追い付ける速さでわざと走って行った位だからな
 まぁ、少し走って頭でも冷やしたほうが良いだろ。別に心配ないさ」


ヘインはしっかり食詰めの『狙い』に気付いていた為
彼女を追うような真似をする気は更々なかった

もっとも、分かっていても追ってやるのが人情という事が理解できるほど
彼も大人でなかった事との現われでもあったが


無論、フェルナーもその事まで理解していたが
『そこ』まで指摘するのは出過ぎであると考え、
それ以上は何も言わず、残った二人に別れを告げると帰路につく


残ったもう一方の『そこ』まで分かっている義眼も沈黙を保ち
いつも通り必要のないこと、不必要なことをしようとはせずに必要な事だけを行う


■■


けっ、なんで俺が其処まで面倒見なきゃいけねーんだよ
たまには保護者としてビシっと叱ってやらないとダメなんだよ
フェルナーだって分かってるだろそれくらい

『閣下・・』

クソっ、イライラするな。どうせ男がぜんぶ悪いってお約束のパターンなんだろ?
食詰めの野郎、絶対そういうこと分かって行動してやがる
周りを固めていっきに落とす、エゲツなかろうとあいつはやると言ったらやる奴だ


『・・・、閣下!!』


「おう、悪い悪い・・、ちょっとボーとしてたわ。まぁ、どっかのアホのせいで
 場も白けちまったし、今日は帰るか?フェルナーもさっさと帰っていったしな」

『はい。それと閣下、今日は庇って頂きありがとう御座いました』

「いや、別に大したことじゃない。食詰めの野郎言い過ぎだったからさ・・」



『いえ、嬉しかったです。今日はありがとう御座いました。失礼します』





食詰めとは違った形でその場を走り去る義眼の後姿を見つめながら
少し前まで、一人もやもやしていたヘインは固まっていた


いつもの義眼では有り得ない位に柔らかな謝辞と少し朱が入った笑顔は
青天の霹靂といってよいほどの衝撃をヘインに与える事に成功したのだ

それほど、どこか無機質でシビア過ぎる面を色濃く持つ少女が
一瞬だけ、ヘインに垣間見せた人間臭さい表情は
彼女が今までに見せたどの表情よりも愛らしさに満ちたもので
無防備な男の心を握り潰すのに充分すぎる威力を持っていた


遂に、義眼の少女はドライアイスの剣を抜き放ち
生まれながらの食詰めガールにそれを突きつける





この時期、多くの別れが確かに生まれていたのは紛れも無い事実
だが、それと同じように新たな出会いと絆も生まれていた

限界を遥かに超えるストレス要因によって弱った人々は
誰かと傷つけあうだけでなく、それを舐め合う相手も同時に求めていく


ただ、それは同時に新たな別れの可能性の誕生でもあった
やがて、多くの舐めあった傷は化膿し、より酷い形で開く事にもなるのだが




  それでも、多くの人々は新たな相手を求めずにはいられない


   その理由は短銃明快である。一人で耐えられるほど



   この『レンネンカンプ』の世界はやさしくないのだから





   ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル800・・・・・

              ~END~



[6296] クソゲーオンライン17
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/07/04 21:08
醜悪な別離と愚劣な出会いが巷に溢れ始めるなか

最悪の絶望感と最低な欲望という名のスパイスを加えた
最高にクソッタレな戦争イベントが遂に始まろうとしていた・・・



■終わりの夜■


後に『アムリッツアの地獄』と称される戦争イベントが開催される前夜
多くの別れが生まれる事を知らず、人々はいつもと変わらぬ日々として過ごしていた
勿論、その大多数の中にヘイン達四人も含まれている



■■



やけに外が暗いと思ったら今日は新月か・・・
気が付きゃこの世界で2年近く過ごしてるんだよなぁ

その間に何回くらい夜空を見上げたんだろう
何だかんだで俺も余裕があるわけじゃないからな
ガキのアイツは尚更って事か・・?



「なぁ、玄関でウロウロしてないで入って来いよ。もう暗いぞ?」



まったく、年相応な反応を急に見せやがって
厳しくする心算が、ついつい甘やかしちまうじゃないか


『ただいま。その、今日のことは反省している・・・』
「もういいって、まぁ、義眼にはちゃんと謝れよ?」



まったく、素直にコクって頷いちゃったりして
これが毎日続いてくれれば、保護者冥利に尽きるんだけど
そうも行かないのが、現実の厳しさってやつだな

まぁ、今日は一段と素直なお嬢さんに
普段よりは、ちょいと割り増しで優しくしてやりましょう

ちゃんとゴメンなさいができたら
それ以上怒らないってのが鉄則だしな






耳や尻尾が生えていたらシュンと萎れていそうな食詰めが
素直に昼間の振る舞いを謝したのに大いに満足した保護者気取りの愚者は
いつも以上に少女に優しく接し、それに乗じて少々行き過ぎた
スキンシップを果敢に試みる少女の行動を概ね黙認してしまう失態を曝す


保護者としても、男としても中途半端な立ち位置でありつづけるヘインと
共に過ごす日々を積み重ねるたびに想いを募らしていく食詰め
その重ならぬ想いの狭間を最も効率の良い方法で衝きつつ、俄に動きを早めだした義眼


その三人の関係に何を言うでもなく、ただ静観しつつ
かつて、自分が過ぎ去った日々を其処に見出しながら
幾許かの寂寥感と共に暖かく見守る傍観者



彼等の心地よくもこそばゆい関係は、時の流れを止める事が出来ない以上
いつかは失われてしまうモノであるには違いなかったが
もう、少しだけ続くことが許されてもいいはずであった


ただ、不幸なことに彼等のいる場所は、最悪の作られた世界
若い幸せな母親に子殺しの烙印を平然と焼付け
桁外れの才能と情熱を永遠の闇へと無慈悲に落とした世界



そう、『レンネンカンプ』は彼等四人だけに
優しくしてくれるような甘い世界ではないのだから・・・




■気休めだとしても■


なぜ、『アムリッツアの地獄』と呼ばれる悲劇の幕があがったのか?



その当時、中ボスの二人は倒され、後は大魔王レンネンカンプを倒すだけと
プレイヤー達の大多数がそう認識していたことに疑いの余地は無い筈であった


だが、サーバー負荷低減によるログアウトが可能になるという噂も
少なく無いプレイヤー達の間で根強く信じられていた
レベルが50万以上という大魔王に挑むより、効率良く同胞の数を削り
自分だけでも現実世界に帰りたいと望む人々は少なく無かったのだ


無論、人々にそう思い込ませるため虚実を巧みに操る者の暗躍はあったが



そういった土壌の下、勢力の伸張著しいヨブ・トリューニヒトに対抗する為
現評議会議長と一部の軍人が結託して生まれた、帝国領侵攻作戦が立案される


この立案された作戦はイゼルローンの簡単すぎる勝利で
必要以上に世の中を甘く見るようになった愚かな同盟プレイヤーと
汚れた欲望が満たされる『戦争イベント』に取り付かれた人々に
自分だけが帰還出来れば言いと考える利己的な人々達の支持を加えて
最高評議会で楽々と可決される事になる



過酷な事実と最悪な状況は人々の心を既に充分過ぎるほど蝕んでいたようだ



■■



『幸か不幸か、巻き込まれたのは閣下と私だけのようですね』


義眼に声を掛けられたヘインは余りの事実に完全に沈黙していた
いままでのルールなら、トップを走る『求道者』でもある自分が
戦争イベントでデスペナを受ける事はほぼ有り得ないことだった


だが、戦争イベント中はレベル差が完全に無視される現行ルールでは
いつ、誰が物言わぬ木偶になってもおかしくないのだ
その上、女子供は敵の手に落ちればどんな酷い目に遭うか分からない
最悪の状況に立たされており、ヘイン以外にも思考停止状態になる人々は多く居た



『閣下、危機的な状況なのは私も良く分かっております。ですが、
 怯えて立ち竦み続ける訳には行きません。私もここで終わる気はありません』


いつも通りに淡々と話す義眼であったが、その作られた瞳には静かな決意が篭っており
その瞳に真っ直ぐに見詰められたヘインは、なけなしの勇気を総動員して
一応の覚悟を決める。どんなに怯えた所で、頼りになる相棒も頼れる年長者も
ここにはいないのだから・・・


デスペナを受けたくなければ戦って生き残るしかない!!
そんな熱い決意を漢らしく、自信満々に義眼に返す・・・

 
「そうだな。今までだって俺達は何とか生き残ってきたんだ
 今回だって何とかなるよな!うん、たぶん・・いや、おそらく・・」


筈であったが、やはり人間である。怖い物は怖いのだ
レベルが上がってデスペナの恐怖から暫く遠ざかっていたことも
その恐怖を強める大きな助けとなっていた



『御安心ください。閣下のことは必ず私が守ります』
「いや、嬉しいけど・・・、それはちょっと立場が逆と言うか、情け無いというか」



『では、私を守って頂きましょう。それで問題は解決します』
「そうだな。お互いの背中を預ける仲間が一人いるだけでも
 俺達は恵まれてるんだよな。よし!無理せず絶対生き残るぞ!』
 


尚、不安と恐怖に悩まされるヘインに義眼はベタではあるが
男としては嬉しいような悲しいような複雑な気分にさせる宣言を用いて
ヘインに半ば無理矢理な形で覚悟を決めさせることに成功する


もっとも多少の覚悟をした所でデスペナから都合よく逃げられる訳では無いが
生死の境界線上でどちらに転ぶか分からぬときに
その覚悟が生の方に引き込む助けになることが多々あり
義眼はそのことを、これまでの戦いで誰よりも知っている一人でもあった



■欲望に呑まれシ者■


同盟軍600万、帝国500万、両軍合わせて1100万を超える人々が
参加する戦争イベントがどのような結果を残すのか?


両軍の参加プレイヤー達は、ただ自分の生還だけを信じてそれぞれの武器を携える



■■


帝国軍総司令官に選ばれたラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は
全軍を五つの部隊に編成し直し、赤髪を副将として自身が本隊を率い
他の四部隊の指揮官には、帝国の双璧と渾名されるミッターマイヤー中将
ロイエンタール中将の二名に、有名ギルド『黒色槍騎兵』のギルマスでもある
ビッテンフェルト中将にヘインを加えた四名を据える

各部隊には魔法使い、弓使い、剣士の3タイプ中、2タイプの兵士を均等に割振り
編成タイプの違う部隊を常に二部隊以上で行動させることによって
最低でもじゃんけんで言うアイコ以上の結果が見込める形を整える


これに対して、同盟軍首脳ロボス元帥を筆頭として迷走を極める

望まぬ防衛戦を余儀なくされた帝国陣営と違い
自分の邪な欲望を満足させる為に前線に無駄に出たがる者
敵味方関係なく自分以外の犠牲者が増えれば帰れると考え極力前線に出たがらない者と

参加者の意識の乖離は大きく、それを調整して部隊を分けるのが精一杯であった
タイプを考慮する余裕も能力も、そして驚くべき事にその意志すら彼らには無かったのだ


両軍とも一部隊100万人の6部隊編成と5部隊編成の似通った形を取っていたが
内実には大きな差があり、それが一方的な勝敗を決める大きな要因となりそうであった


■■


『閣下、敵第二部隊の損耗率は既に三割を超えました。以後、掃討戦に移ります』


欲望のままに開戦早々に突出して侵攻してきた同盟軍6部隊の内
4部隊はその汚れた欲望に見合った末路を辿っていた


彼らは常に自軍の2倍以上の攻勢を受け続け
自分達にもっとも被害を与えることが出来る部隊が中心となって
彼らを次々と物言わぬ木偶に変えていく



「これは敵が良くボケの馬鹿だった事を喜ぶべきか、金髪赤髪コンビの
 優秀さを喜ぶべきか判断はつかないけど、なんとか生きて帰れそうだな」

『はい、ここまでは全て作戦通りです。もっとも敵もこれ以上は自身の欲望に
 従って行動するとは考えられませんので、どこかに集結ポイントを定めて
 再集結後に部隊を再編し、起死回生の攻勢に出てくるものと思われますが』

「大勢はもう決まったようだし、後は無理せず行けばいいだろ」 



暫くして、義眼の推測は全面的に正しかったことが証明される
敗走に敗走を重ねた同盟軍プレイヤー達は、戦場の血の臭いに酔った
一部の帝国軍プレイヤー達に自分達が望んだ筈の欲望を逆に満たせながら

身勝手な復讐心を満たす為、総司令部が指定した再集結ポイントに集結し
今度こそ部隊を兵士のタイプ毎に再編成し直し、戦える形を遅まきながら整える

600万の内250万人をデスペナに追いやって
ようやく総司令官ロボスを始めとする総司令部は『幼女奴隷』を手にいれる欲望を捨て
英雄として名高い『魔術師ヤン』に全ての指揮権を与えることによって
なんとか生き残る算段を立てんと足掻き始めていた


もっとも、それは余りにも遅すぎる軌道修正であった
すでに同盟側の多くの人々がデスペナだけでなく
彼の望んだのものと同じ汚れた欲望の犠牲者となってしまったのだから




■戻れぬ道■


混在する兵士タイプを小部隊に分け、常に最前線で最適な攻勢守勢が取れるように
指揮を執り続けていた第6部隊指揮官ヤンは疲労困憊の体で
顔に少しくたびれたベレー帽かぶせ、芝生にだらしなく寝転がっていた


もっとも、周り者達は誰のお陰で地獄のような撤退線を無事に乗越えて
この新たな墓場になりそうなアムリッツアに辿り付けたかよく知っていたので
誰も文句も不満を言わなかった。まぁ、もし言うような馬鹿が居たら
横に居るアッテンボローに自慢のワンパンで芝生に沈められただろうが


■■


『先輩、もうそろそろ起きた方が良さそうですよ?敵さん揃い踏みです』


まったく、怠けるために入った仮想世界で現実以上に働かさせられるなんて
運命は意地悪だとは先人もよく言ったものだ

ヤンは心底ついて無さそうな顔でそう思いつつ
アッテンボローに再編した部隊のチェックをさせていく

とにかくここで生きて帰れなければ、自分の帰りを可愛らしい首を長くして待っている
被保護者を悲しませるどころか、路頭に迷わせる事になると思うと
生き残るために打てる手を打たずには居られない


ただ、その結果として、その手に強かに打ち据えられた不幸な相手やその帰りを待つ人が
自分が危惧する不幸を味わう事になると思うとアッテンボローから返される
満足のいく回答に素直に喜ぶ事が出来ないでいた



ヤンは詮無き事と理解しつつも、考えを巡らさずにはいられなかった
例えこの世界から人々が抜けだせたとして、以前と同じように過ごせるのだろうかと・・・



■アムリッツアの死闘■


アムリッツア平原に集まった同盟軍350万に止めを刺さんと
追い縋ってきた帝国軍は450万近くの戦力を未だに有していた


前哨戦で致命的なミスとロスを犯した同盟軍は
既に兵数の優越という最大のアドバンテージを失っていた


勝利を確信する帝国軍と生存のみ目指す同盟軍
死体の山を築くため、最後の高いが始まる


■■


先手を打ったのは帝国軍、左翼のミッターマイヤーに連動するように
右翼のロイエンタールも前進を始め、寡兵ながら頑強に抵抗続ける
同盟軍を反包囲殲滅戦と動く


『さすがはロイエンタールか、ミッターマイヤーに勝るとも劣らない指揮振りだ』
『はい!ラインハルト様』


自らが任じた指揮官達の働きぶりに満足する金髪に赤髪は
今日、8回目の『はい!ラインハルト様』で返す

まぁ、仲良きことは良き事かな?



『まだ、ローエングラム元帥から突撃命令は無いのか!!
 我が黒色槍騎兵隊には後退と待機の二文字は無い!前進あるのみ!!』


一方、ヘインと共に金髪本隊の両脇を固める黒猪の渾名で呼ばれるビッテンフェルトは
我慢の限界がもう直ぐそこまで来ていた。もともと沸点がそれほど高くない彼に
双璧の活躍を横目に地味な戦線維持をさせ続ける事の方が無理があったのかもしれない



『閣下、現状を見るに攻勢を掛けようと思えば掛れると思いますが、如何なさいます?』
「う~ん、待機!初心貫徹で無理しないで行こう。二人で帰る事を優先!」

『はい。一緒に帰りましょう』


義眼の問い掛けにらしい返答を返したヘインは
らしくない義眼の微笑みと言葉に耳を赤く染め
周りのプレイヤーから死んでしまえと思われていた



兵力の優位を十二分に活用した帝国の攻勢は今のところ問題なく
このまま続けば、そう遠くない未来に同盟軍は完全に瓦解しそうであった

そう、まだそれは完全に決まった未来絵図では無かった



■■


「そろそろ良さそうだね。殆ど素人の割には引き方が上手くて助かったよ
 こちらの左右の部隊が後退しているのは相手の両翼に対応する為だと
 向こうも信じ込んでくれていそうだ。アッテンボロー、切込は任せるよ」

『任されましょう!こっからは中央突破の乱戦ですからね
 先輩もボサっとしててデスペナなんて事にならないで下さいよ』


勢いよく前線に駆けて行く後輩に『努力するよ』と苦笑いで答えたヤンは
左右の両翼が伸びきろうとしている帝国軍の中央部に向けて
一気に本隊を前進させて激しくぶつけ突破せんとする


敵の両翼を引き付けた後方の左右の部隊が
一気に中央側に退いてから前進し中央突破に続くため

モタモタしていたら、敵の両翼に後方から襲い掛かられ
正面と後方から挟撃される醜態を晒す羽目になる

この作戦は時間との勝負であった。
敵の両翼が伸びきった部隊を纏めて後方を扼すのが先になるか
自軍が中央のラインハルトを討ち取るか
中央を突破した後、反転攻勢によって敵の後方を逆に扼す形になるか

もっとも、中央突破が為った際に撤退コマンドの選択が可能であれば
無理に反転攻勢を仕掛けず、そのままヤンは退却する心算であった


無益に犠牲を増やす気はヤンにはなかった
彼が望むのは唯一つ、一刻も早いこのイベントの終了であった


■■


「ちぃ!!ファイボン!!ファイボン!!」
『閣下!!後ろです!!』


アッテンボローを陣頭に置いた同盟軍の決死の中央突破を一手に引き受ける
貧乏くじを引いたのはヘインの部隊であった

同盟軍の大攻勢が始まる直前にビッテンフェルトが率いる部隊が前進開始したため
その攻勢を逸らしつつ中央を突破する最適のポイントが
帝国軍中央で、彼の逆側に位置するヘインの部隊になってしまったのだ



「くそ!!薙ぎ払い!!突き通し!!来るなぁああああ!!!きちゃらめぇぇっ!」
『こっ、これ以上は危険です。一旦引いて陣を立て直す必要があるかと』


「分かってるけど、こんな次から次へと狂ったように
 突っ込んでこられたら無理だぞって、よこぉっおお!!」

『あっ、ありがとう御座います。閣下・・・』



もはや完全に乱戦状態に陥ったなか、ヘインは魔法剣士の特性
魔法使いと剣士の両タイプ持ちというチート力と
『求道者』として第一線で戦ってきた経験を生かしながら
何とか殺到する敵を薙ぎ払い、焼き殺し生き延びていた


また、横の義眼も剣士タイプではある物の、武器が中距離攻撃の可能な鞭であったため
ヘインと同じく経験を生かしながら、なんとか苦手な魔法使いタイプを相手にしても
倒される事無く長引く乱戦を耐え続けていた


武器の種類でタイプの弱点を解決できるという新たに発覚した事実に
『三竦み制導入の意味無いじゃん』と二人は思ったが
今回は自分達に有利に働いている為、深く考えないようにしていた

今の状況下で、相手を倒すか仲間を守ると言ったこと以外に
余計な事を考えたり、したりする余裕など有りはしないのだから


同盟の中央突破が始まって二時間、二入の限界も近づく中
ようやく、帝国軍の両翼の追撃が効果を見せ始め
同盟軍の攻勢は逃亡へと様相が変わり、戦いはようやく終わりを迎えようとしていた



■二つの約束■


ギリギリまで残ったヤンの部隊が中央を方法の体で突破すると
同盟軍から組織立った攻勢は行われず、突破に失敗し
取り残された一部の同盟プレイヤー奴隷になるのを嫌がって抵抗する位であった


また、突破した部隊は撤退コマンドが選択可能になったらしく
順次撤退を開始し、戦場マップから次々と姿を消しつつあった

帝国プレイヤー達も取り残された同盟兵達を殺戮するか、捕虜として奴隷市送りにすれば
帰還コマンドが発生して、強制召喚された場所に戻れそうであった

殺戮と暴行に略奪がない混ぜになった最悪の戦闘イベントは
ようやく、終わりを迎えようとしていた


■■


なんとか、終わりって感じだな・・・
今まで以上に、気分の悪い最悪のイベントだったけど

お前と一緒にみんなのところに戻れるだけマシかな?


「そうですね。また、元の場所に戻れるだけ僥倖と思うべきですね」


あぁ、帰れなかった奴等もいっぱい居るわけだしな
それに、俺が帰れなくした奴等も大勢居るんだよな



「仕方の無いことです。私達が殺さなければ、彼らに私達が殺されていました
 陳腐な感傷に浸った所で死者は戻りません。今はただ帰れる事を喜んでもいいのでは?」



相変わらず見も蓋も無いこというね!
ったく、分かったよ!!グジグジしても仕方ないからな
悪いな。気使ってくれたんだろう?

「ただ 私は思った事を述べただけです。ですが、
 それで閣下の気が少しばかりでも晴れたなら幸いです」


うん、晴れた!だから、ありがとな!
「いえ、私は何も・・・、閣下!!」





ヘインからの謝意に少し恥ずかしそうな顔をした義眼は再び視線を上げた際に
彼の後ろから飛来する鋭い凶器に気が付いてしまった・・・

その後には特に理屈は必要なかった
お約束の行動しか、彼女は取る事しかできなかったのだから

気付いた瞬間に思い出したのは『ヘインを守る』と宣言した光景
ヘインを突き飛ばして鈍い痛みを胸に感じたときに思い出したのは
照れくさそうに『二人で帰ろう』といった大切な人の顔・・・


約束を果たしたという誇らしい気持ちと
約束を守れなかった申し訳無さで一杯になった彼女の胸から
夥しい鮮血が流れ落ち、再び立ち上がる力を少女から永久に奪う



■■


お、おい・・・、嘘だろ・・・?
なんで、お前にそんなものが刺さって・・・


「ご無事で・・・、何より・・です。閣下」


いやいや!!お前が無事じゃないだろう!馬鹿やろう
なに冷静に傷口見てるんだよ!!早く止血しろよ!!
俺が押さえてやるから!!おい!!だれか、怪我人だ!!回復呪文!!早く使ってくれ

俺の魔力切れちまったんだよ!!早く頼むよ!!だれか!!1


「もう、結構・・・です」って諦めるな!!!絶対嫌だぞ!
フェルナーだって、きっと食詰めだって待ってるぞ!!
あいつ素直じゃないだけだからさ!!なぁ、帰るって約束しただろぉお!!


「ごめん・・なさ・・い」






倒れてから一分も立たずに、義眼の少女は多くの人々と同じように物言わぬ木偶となった
あまりにも、あっけなさ過ぎる最後だった

ほんの僅かな遺言を残す時間も彼女には与えられなかった
彼女に許されたのは一つの約束が果たされた事を確認する事と

果たす事が出来なかった約束について謝罪する事だけだった

映画やドラマのように感涙ものの言葉を交す時間など全くなかった


一方、残されたヘインはただ無意味な止血を最大限の努力を持って続けていた
少しでも彼女の胸から流れ落ちる血を止めようと無駄な努力を永延と


誰も止める者が居ないまま、戦いが終わり、元の場所へと転送が始まるまで





          同盟軍戦死者、450万人、帝国軍死者120万人

          ヘイン達が所属する帝国軍側の大勝利であった





       ・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル1184・・・・・

                   ~END~






[6296] クソゲーオンライン18
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/07/06 22:26

多くの可能性を止めた凄惨な戦争は、一方的な勝利によって終わりを迎える
総司令官ラインハルトは侯爵へと階位を進め、ヘインも元帥昇進と併せて
公爵へと叙せられ、『レンネンカンプ』内での栄達をほぼ極める


だが、彼はそこに何ら喜びを見出す事が出来なかったが・・・



■カルテット■

戦争イベントが終わった翌日の帝都オーディンは、いつもより冷たい雨が降っていた
普段は人々の往来が激しく賑やかな表通りも人影がまばらで
どこか寂しく、物悲しい空気に満たされていた

この虚構の世界の辿りつく先を暗示するかのような暗雲の下
男は安物のビニール傘を掲げ、人通りの少ない道を独り往く・・・


最後を看取った者の責任を果たすため・・・



■■


『思ったより早かったですね。閣下、ご無事で何よりです』


いつもの、簡易相談所で力なく椅子に座る少女の横には
自分以上に彼女との付き合いが長い頼れる仲間が
彼女に傘を掲げながら立っていた



「悪いな。ちょっと・・・、ほんの少しだけ足が重くてな」


『多分、雨のせいでしょう』
「雨か、そうだな・・、食詰めは・・、もう少し後で来るってよ」



短い遣り取りを終えると二人ともそれ以上の言葉を発せようとしなかった
罪悪感に酔った自己満足に過ぎない謝罪も、失笑モノの薄っぺらな慰めなど
彼らは必要としなかった。戦いきった戦友の前で無様な格好を見せる訳にはいかない



二人は静かに眠り続ける少女の顔をただ眺めながら
もう一人の戦友、少しだけ顔をあげるのに時を要する少女の訪れを待ち続けた



■殺して下さい■


深い哀しみが、巷にゴロゴロと転がっている一方で
一部の人々は快楽と嗜虐心を満足させつつあった


戦争イベントで奴隷をお持ち帰りした少数の人々は
自身の欲望の捌け口として、不幸な奴隷と化したプレイヤーを
己の思うが儘に汚し、蹂躙しながら、何度も何度も嬲り続けた
何度も何度も、泣き叫び許しを請い、殺してくれと叫ぶ奴隷を何度も何度も・・


自分の欲望が、自身の置かれた理不尽な境遇に対する不満が晴れるまで
彼らが壊れようが何度も何度も何度でも、それを繰り返す・・・


ログアウト出来ない閉ざされた仮想世界
電プチやバッテリー不良でいつ終わりを迎えるか分からぬ恐怖
理不尽なイベントでいつデスペナと言う名の生き地獄を味わってもおかしくない状況
所詮は狂った仮想世界での出来事と言う希薄な現実感


幾つもの要因がお互いを助けつつ
人をヒトに変え、正直に、素直に行動させていく


『レンネンカンプ』が残した膨大なログの一部は
第一種特定管理情報259、通称『黒のログ』と呼ばれるようになり
特務機関ジオバンニの手によって厳重に管理される事になる


この記録はVネット世界第一級の資料とされながら一般公開されること無く
殆ど日の目を見ることなく、資料室の一角を占有し続けていく


人類が希望を寄せた夢の世界が、現実と同じ腐臭を放っていることなど
知った所で誰も幸福にはならない。知らせぬ方が、知らぬ方が良い事もあるのだ



■前に・・、前へ!!■


雨が止み始めた頃、ようやく食詰めは三人の仲間の下に姿を現す
その足取りは軽いとは言えないものであった

無理からぬ事であろう。端から見れば些細なモノであったが
最後に会った場で、心無い発言を義眼にぶつけたまま
その謝罪を果たせずに、物言わぬ木偶となった彼女と
悲しい再会をすることに為ってしまったのだから


やるせない後悔と罪悪感に食詰めは頭を押さえつけられ
前を向く事が出来ず、視線を眠り姫と化した義眼に向ける事が出来なかった・・・



■■



「おせーよ!食詰め、ちょっとはマシな顔になったか?」
『待ちくたびれましたよ。少々、傘を持つ手が痺れてしまいました』


沈鬱な顔をした少女を出迎えた二人の男がかけた声は
いつもと変わらず、不自然な明るさも気負いも全くないものだった
まるで、義眼を襲った不幸な出来事を大したことでないと感じているかのように


『卿等は・・、なんで、なんで!?どうして、そんな平気な顔をしていられる!!
 仲間が、そうだ。大切な仲間が、こんな不条理な仕打ち受けているというのに!』


その二人の余りとも言える態度に彼女は激発せずには居られなかった
少女らしいややすれば潔癖すぎる正義感と義眼に対する負い目もそれに拍車を掛けた




「ウジウジしてる余裕なんてないからな。パパッとこのクソゲーをクリアして
 『俺達四人』は現実世界に帰らないと行けないからな。モタモタしてる暇ねーよ」

『閣下の仰る通りです。デスペナは肉体的な死ではありませんから
 望みが無い訳じゃありません。それにお嬢は貴女が認める程の強敵ですよ
 そう簡単に参ってしまうような弱い子なんかじゃありません。もっとも、
 お嬢が退屈してしまわないように、色々と話し掛けたりする心算ではありますが』 


「まぁ、そういうことだ。今はダメかもしれないじゃなくて
 上手くいくって思って、いつも通り前に進むしかないだろ
 期待してるぜ相棒!お前が俺等の中で一番の前進暴走隊長だろ?」



若干涙目で猛抗議する少女に対して二人はいつも通りの飄々とした
態度と言葉でさらりと応じてみせるだけで
返した答えの内容もまったく根拠もなにもあったものではなかったが



食詰めにとって、ステキにやさしい答えだった




『まったく、卿等には最近恥ずかしい姿ばかり見せている気がする』

「あんま気にしなくていいぜ。俺だって最初は盛大に落ちてたからな
 だけど、しんみりしてる姿なんか見せたってコイツは喜ばないだろ?」

『そうだな、もっとも私はライバルを喜ばすほどお人好しじゃないからな
 お前を目の前でしっかり落として、悔しくて寝てられないようしてやるさ』 
 
 

別の意味で零れ落ちそうになる涙を隠しながら
持ち前の不敵さを取り戻した少女は、義眼の前でワザとらしくヘインに抱きついて見せ
それに慌てるヘインと、暖かい笑みを零しながら見守るだけの薄情なフェルナーが居る


義眼の目の前には、いつもと変わらない光景がしっかりと写っていた・・・



■お買物♪■


地獄の戦争イベント後の論功行賞が終わって間もない頃
帝都オディーンの中央市場では『非情に』魅力的な商品が新発売される!

その商品名は『奴隷』、戦場の最中に捕虜を拘束して
奴隷としてお持ち帰りできる無駄に余裕のあるプレイヤーはそう多くなかった為
その他の捕虜達は一旦、連行された後、捕虜交換によって大幅に数を減らした後
奴隷市で売りに出される事になる

もっとも、戦死者と比べて捕虜になり掛けた者の大半が
自決してデスペナを選択しており、連行された捕虜の総数はお持ち帰り数以上に少なく
たまたま、帝国と同盟の連行された捕虜数は、帝国側がほんの僅か多いだけだったので
捕虜交換で大半の人々が無事帰還する事となり
帝国の奴隷市で販売されることになる奴隷は1000人足らずであった



■■


奴隷市を仕切るNPCが、無慈悲な開催宣言をする中
奴隷を対象とした競りは最悪な下種達の歓声をファンファーレにして始まる
汚れた欲望は鎮まることなく、大いに盛り上がりを見せていた



『さぁさぁ、こんどの商品はお値打ちだよ!!年は67歳でレベルは4
 孫と一緒にログインしたまったく、つかえない爺さんだから安くするよ
 こんな爺さんでも、殴ったりすれば多少のストレス解消にはなりやさぁ!』


『15!』『25』『30!』「500!」『はい!4649番が、またまた落札だぁ!』


奴隷市は当初の予想通り、仮想世界であっても金の力が絶大である事を証明していく
競りが開始してまだ間もないが、ここまで奴隷となった哀れな40名が
衣服を剥ぎ取られたまま舞台に上がって競り賭けられていたが、
彼らを競り落としたのは全て同一人物であった


『はいはい!ブーイングは無しだ!貧乏人ども!世の中、金が全てでさぁ~
 さぁ、気を取り直して次に行こうか!!今度は中々の上物だよ!!
 年は17で顔は抜群、少々細身なのが難点だが、見ての通り一級品だ!!
 この小娘が、金さえ出せば自由に出来るんだ!!内臓売ってでも工面しな!!』


羞恥と絶望に染まった顔を無理矢理持ち上げながら
奴隷商人を完璧に演じるNPCは目玉商品を衆目に晒し上げ
観衆はケモノのような雄叫びをあげてそれに応える

会場の熱気は汚れた欲望を糧に一気に温度を上昇させ
彼等の財布の紐をこれでもかというほど弛める



『1000!』『1500』『2800だ!!』『俺は2900だすぞ!』『全財産5000だ文句あるか!』
「15000」

『はい、謎の仮面4649番また来ました!!他に無いか?こんな純朴そうな上物が
 後に残ってるとは、あっしも保障できませんぜ!さぁさぁ、気張れや!』


『20000でどうだ!!俺は50000だって出せるぜ!』「80000」
『はい終了ww、78さん涙目結構ですw!4649番さんまたまたお買い上げ~!!』



■強制労働■

こうして、売り出された942名は全て4649番の札を付けられた
仮面の男が購入する事となり、同時に彼等に対する全ての権利を手に入れる


老若男女で構成された奴隷の集団は絶望に満ちた表情を浮かべながら
不恰好な仮面を被った主人から与えられた服を身に纏い
彼の進む方へ、疲れた足を無理やりに動かされながら付いて行く


彼等の体は既に自分の意志ではなく、主人の意志を最優先する奴隷の体に変化していた


■■


目的地の私有地に到着したと同時に主人となった男は仮面を投げ捨て
哀れな奴隷達に命令を次々と与えていく

手始めに男性と女性を分け、続いて年齢別にその集団を更に分けていく
この作業を黙々と受容れながら、聡い者達はこれからどのような仕打ちを
主人の手によって受けるか、察してしまい顔を青くしていた


「そんじゃ、あんま働けなさそうな老人と子供はシャワー室へ行ってくれ
 直ぐ目の前にある建物がシャワールームになってるから浴びて来るんだ!」


その指示を聞いた瞬間、絶望に顔を歪めた老人達は
口々に子供達だけは勘弁してくれと懇願し始めるが
当然、その要求は受容れられることはなかった


「それじゃ、働けそうな男集とおばちゃん達はあの建物に行って
 そこで待っている奴の言う事を聞いて、しっかり働いてください!」


続いて指示を受けたのは働ける年齢の男たちと中年の女性の手段であった
彼らも苦悶の表情を浮かべつつ、死ぬまで続く作業が少しでも軽い事を祈りながら
指示された場所に向かってトボトボと力なく歩いていく


「それじゃ、残ったカワイコちゃん達は俺に付いてきてくれ
 君達には人の気分をよくさせる仕事をして貰うつもりだ
 なに、未経験でも大丈夫!直ぐに慣れて上手くやれるから」


最後に指示を与えられた集団の反応は様々であった
男を睨みつけ精一杯の抵抗を示す女もいれば
泣き崩れる少女や、別に大したことじゃないと強がる者がいたり

ただ、確かなことはそこに幸せそうな顔をした女性は一人も存在しなかった




■大量採用!!■


こうして、ヘインにおっかなびっくりで連れてこられた総ての人々は
『デスティニーランド』の従業員として、安月給で雇用される事になったわけだが

その職種はバラバラであった。最初の子供や老人の集団は
余り力仕事が当てに出来ないため、現実世界で長年積んできた経験を生かした軽作業や
園内の清掃や迷子の対応といった仕事を割振られる
子供達はその作業のお手伝いを出来る範囲でする事を命じられた


つづく、男性陣は単純な力仕事だけでなく、新たな遊具施設の開発製造及びメンテナンス
来園者を増やす為の広報や営業活動に、経営企画や経理業務に人事や庶務等の管理など
もっとも多岐に渡る内容の仕事を、それぞれが担っていくことになる

また、中年の女性陣は男性陣と同じような職種に就く者もいれば
現実世界で主婦の人は食堂やレストランで働くか、レジ打ちなどの業務を行うだけでなく
忙しい、その他の従業員の炊事や洗濯といった家事を担い
縁の下の力持ちとして、大いにその存在感を示していくことになる


最後に、ヘインがカワイコちゃん達と呼んだ集団は
主に受付や売り子と言った接客業務から、パレードの踊り子や
イベントショーのお姉いさんや劇の登場人物などを務め

少し、露出の高い制服や衣装と最高の接客スマイルで来場者を楽しませるだけでなく
アホな男から大量の帝国マルクを毟り取る大活躍をしていくことになるのだが
それはもう少しみんなが仕事に慣れた後のことになる



■■


「悪いなグルック、急に大量の人の世話を押し付けちゃって」

『別にいいよ。少しでも悪夢に泣く人を減らせるなら、きっとあの人も喜んでくれるから
 それに、NPCより安く大量の人が雇えてこちらにもメリットが大きい話ですから♪』


申し訳無さそうに『奴隷解放活動』に協力してくれたグルックに礼を言うヘインに
グルックは一人前になった商売人の笑顔で、気にする必要がないと返す

事実、この話は彼女にとって十分旨みのあるものであった
テーマパークと言った物はどんなに最初は素晴らしい物であっても
いずれ時間が経てば色あせてしまう物なのだ

そして、それを防ぐにはどうしても大きな力が必要であり
その力は多くの人々の『情熱』によってしか生まれないと


彼女は大切な人から教えられ、誰よりもよく理解していた





『それにしても、君が最高峰の『求道者』で爵位持ちの大金持ちって聞いてはいたけど
よく、1000人近くもの人を丸ごと買えたね。一体、どんな手品を使ったのかしら?』

「色んな知り合いに頼んで、予想以上にお金が集まっただけですよ
 もっとも、コイツの強気な攻めが上手く行かなきゃ、やばかったけど」


ヘインは横に居る食詰めの天性の勝負強さを褒めつつ
金髪や赤髪に双璧や鉄壁、黒猪や沈黙といった、その他の有名『求道者』達が
『奴隷解放』のための資金を無償で提供してくれた事を話した

胸糞の悪くなる奴隷制に反感を持つプレイヤーも少なくは無かったのだ


『ふーん、なるほどね。確かに、私も奴隷制は絶対許せないって思ったし
 それで、この運動を起こした人って誰なのかな?多分、君じゃないよね?』




             『わたしだ!』



グルックの問い掛けにヘインは答えようとしたのだが、夕焼けの光を背に
まるで黄金樹のように輝く木の上から発せられた声に遮られてしまう

ヘインの横に立つ食詰めは、心底嫌そうな表情で声がした方をゆっくりと見上げる


 

         
   気高き聖少女が誇りに満ちた笑顔で黄金樹の幹の上に立っていた




   ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1204・・・・・

                ~END~






[6296] クソゲーオンライン19
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Date: 2009/07/11 16:54
誇りだけでは食ってはいけない
だが、誇りを失えば自分すらも失う

誰よりも気高き心は己だけでなく、他人をも容易く動かす!!


■黄金樹の誇り■


アルフィーナ・フォン・ランズベルク

帝国貴族、伯爵の称号を持つ彼女は吟遊詩人として
クソッタレな『レンネンカンプ』の世界でも
誇りに満ちた詩を詠い続けていた


そんな彼女が、奴隷市の開催を知ったのは
『アムリッツアの地獄』から生還した翌日の事であった


彼女がその事実を知った時から、開催までの期間は残すところ僅かに一週間
非人道的な奴隷といっても所詮は他人事、彼女にとって何ら関係もないことではあった


だが、少しばかり常軌を逸した思考回路を持つ少女の行動は
そこらの凡人達の予想を遥かに上回るもので
彼女は奴隷全てを解放するため、即、行動を開始することになる


そう、彼女は金策のため『レンネンカンプ』中を奔走したのだ・・・




■■


「ランズベルク伯アルフィーナ!!故あって『リプッシュッタットの盟約』
 ギルマス並びにサブマスと面会するため、見参仕りました!!取次ぎを願います!」



帝国最大派閥を誇る巨大ギルド『リプッシュッタットの盟約』の門を叩いた
アルフィーナは威風堂々とした態度で、盟主ブラウンシュバイク公と
副盟主リッテンハイム侯との面会を門兵に要求したのだが

用件を尋ねられた彼女は、馬鹿正直というか、純粋というか
『奴隷解放のため、貴族の義務を果たす為ギルドの有り金全部出せ!』と言った内容を
有体のまま答えてしまい。案の定、門前払いを喰らってしまう



「数は所詮数と言う事でしょうか、大志を理解せず、貴族の誇りすらない者の助力など
 無用です!黄金樹の誇り無き者に用はない!私は『奴隷解放』を絶対に諦めません!!」



だが、けんもほろろに追い返されたアルフィーナの『情熱』は
益々燃え盛ることはあっても、消えることは無く
更なる金策へと駆け出し、その勢いは止まる事を知らずと言った感であった


そして、そんな彼女にヘインが目を付けられるまで大した時を要すことはなかった・・・



■■


うん、激しいノックにぶち切れて玄関を開けたら
『即刻、有り金を全部頂きたい』と丁寧に恐喝されるとは・・・
しかも、その恐喝犯が女の子って世も末だね!



『返答を頂きたいのですが?』



「返答って・・・、ノーです!ノーですわ!!お嬢さん
 普通に考えていきなり有り金全部出す奴なんかいないだろ!!」


『貴公ならば、何も聞かずに二つ返事が貰えると思ったのですが・・・、
 では、単刀直入言います。人の誇りと尊厳を守る為に協力して頂きたい
 数日後に開催される奴隷市で、売りに出される人々を全て解放するため
 貴方の持っている力『財力』を貸して欲しいのです。この通りお願いします』


って、おいおい!止めてくれよ!行き成り玄関で土下座とか
近所の人の目が痛いだろ!ってお隣さん!違いますから!
別に俺は高利貸しなんかしてませんから!!


「とりあえず!中で話は聞くから、ここで頭下げるのは勘弁してくれ!」 
『そうですか?では遠慮なく、お邪魔させて貰いますわ♪』






世間体を気にしてさっさと家に入るよう促したヘインに
満面の笑顔で答えて、アルィーナはブジン家に来客として足を踏み入れる

それを見て『やられた』という顔をするヘインは、この後につづく展開に怯えつつ
一応、家の主人として客人を持て成す為、少しだけ馴れた手付きでお茶を用意する


ヘインを訪ねるまでに数多くの門前払いを経験した少女は
家の敷居を跨ぐ知恵を身に付けることに成功していた

『人々の誇り』を守る為、彼女は人として急激な成長を見せ始めており
ヘインとの出会いが、それを更に大きく加速させていくことになる



■勧誘■


計画通りといった体でブジン家の居間に堂々と居座ることになった少女の
『奴隷解放』を訴える熱弁に押しに比較的弱いヘインはタジタジであった


なにより有り金全部と言っても、公爵となったいま1日に一万帝国マルクという大金が
寝ていても自動的に入ってくる上に、カネとはいっても所詮は仮想世界の物で
現実世界の懐が痛むわけでは無い

それを使って悲惨な運命に曝されようとしている大勢を助けられると説かれたら
ついつい、心が動いてしまうのが人情というもの


論客として成長しつつあるアルフィーナはそこを巧みに突付き擽りながら
ヘインに協力を約する契約書に押印させようと画策し
その目論見は成功の一歩手前まで行くのだが、もう一人の現実的な住人の出現によって
成功まで残り半歩まで進めた足を、あと一歩の所まで戻す事になる


新聞や乳飲料といった勧誘では一日の長がある食詰めは
生半可な勧誘で首を盾に振るような甘ちゃんでは無い



■■


『ヘイン、そんな妄言に付き合う必要はない。私達の目標の為には
 幾ら資金があっても足りないことを忘れるな。今なすべきことは
 奴隷の解放ではなく、このゲームを攻略することだ。他人を悠長に
 救ってやれるほど私達は余裕がある訳じゃ無い。お引取り願おうか』

押されるヘインと押すアルフィーナの間に割って入った食詰めは
些か冷たい物言いで来客を追い返そうとする

ただ、この無慈悲ともいえる物言いには、それなりの理由があった
最前線で活躍し続ける『求道者』である彼らにとってカネは非常に大事な物なのだ

彼らが使う消耗品や装備品はデスペナのリスクを押さえる為
自然と最高級品にならざるを得ず、いくらへインが公爵であっても
決して他人のために散在できるほどの余裕は無かったのだ


その上、パウラがデスペナで倒れた以上、一刻も早い『レンネンカンプ』からの
帰還を目指す彼等にとって、カネの価値はますます高まっているのだから




『これは手厳しい。確かに細君の言はいちいち御もっともと思いますが
 愛するご主人に哀れな奴隷を見捨てさせるのは心苦しくは思いませんか?』

『たっ確かにヘインは優しい男だから、まぁ、夫が助けたいと言うのならば・・』
  


なんか、凄い嬉しそうな顔になちゃった食詰めは
アルフィーナの言が自分を懐柔しようとするものだと痛いほど分かっているのだが
頬が緩むのをどうしても止めることはできず、全ての決定権を『夫』に委ねる


「いったい、いつから夫婦になったんだよ!ベタな手にワザとらしく乗っかるな!」
『敢えて引っ掛かりつつ乗る私の想いを受容れてくれるなら、今後は控えよう
 それに断る気は無いのだろう?まぁ、卿の少々お人好し過ぎるところに私は、その・・』


『ご助力に感謝しますわ!では、ここに早速サインを頂いてもよろしいですか?』



自分で振っておきながら、付き合ってられるかって感じになったアルフィーナは
ちゃっちゃと契約書作成の手続きに入り、食詰めの頬を盛大に膨らますことに成功する


最高のリアルを追求する『レンネンカンプ』の世界は現実世界と同じ契約社会である
そのため、口頭での約束でも双方の合意があれば、契約は成立するのだが
後々の無用なトラブルを避ける為、契約書を作成することが多かった


『では、契約内容を確認して頂けたら、ここに記名押印して下さい♪
 あと、表紙と背表紙に割印を二箇所、一応、印紙にも消印を頂けますか?』



テキパキと契約書類を出した彼女はヘインに的確な指示を出しながら
あっという間に正副二部の契約書を作成していく
もたもたして、せっかく成約まで漕ぎ付けた案件を逃すような愚を彼女は冒さない




■契約内容は良くご確認下さい■


こうして、強引さと偽善によって生まれた契約は一応、双務契約の形式を取るのだが
一方の当事者の債務が大きすぎる不均衡な契約内容となっていた


ヘインの債務は奴隷解放に関わる必要な資金について最大限の協力を行うと記され
『奴隷解放』に必要な資金に関する包括的な協力を約してしまう・・


一方、アルフィーナの債務は奴隷解放成功後、ヘイン達のゲーム攻略活動について
可能な限り助力を行うと言った内容が記された。
もっとも、これは協力に対する対価を払う事が出来ずに申し訳無さそうにしている
アルフィーナにヘインが気を遣わせまいと大した期待をせずに提案した物であったが
これは、自身の債務ほどでは無いが、予想外の驚きをヘインに与える事になる



■■


 『卿の全財産は『奴隷解放』が為るまで必要最低限以外は差し押さえさせて貰います
次にですが、貴方にはこれから知り合いに手当たり次第にカネを無心して頂きます』


えっ?このお嬢さん何言ってるの?よく言ってる意味が分かりません
もう、全財産渡すのOKしたんだから俺の役目は終わりでしょ?


『何を呆けているのかしら?ヘインさん、貴方はさっきこの私と契約したでしょう?
 『奴隷解放』のため必要な資金について最大限の協力をするとここに書いてありますわ』


いや、だから俺の全財産渡すってことでいいんだろ?


『それじゃ足りないから私は言っているのです。このランズベルク伯アルフィーナを
 舐めて貰っては困ります。貴方は最大限の協力を『ワタクシ』に約したのですから
 それでは、お知り合いの方々に順番に、連絡をして貰ってもよろしいでしょうか?』



常識知らずのぶっ飛びお嬢様と思ったら、やっ、ヤクザより性質悪いぞ
こいつ、自分が正しいと思う目的を果たす為なら骨までしゃぶり尽す気だ
『かわいそうだけど誇りのため』とか言って平然とやってのける凄みがある・・!?


『わっ、私はカネなんか持ってないぞ!』


『夫婦愛とはなんと素晴らしいのでしょうか?夫の借金を妻が肩代わり
 素晴らしきは内助の功!ランズベルク伯アルフィーナ、感嘆の極み!!』



逃げ腰になった食詰めを逃すわけも無く、アルフィーナは
ジャンプさせた涙目の食詰めから小銭を情け容赦なく回収していく
靴底に隠した紙幣する見逃すことなく



「もしもし、ナッハ?俺!!俺だよ俺!!悪いけどカネ貸してくれ!
 なに、OK!流石は心のともだ!!何も言わずに有り金全部出してくれるなんて
 勿論、理由は人助けのためだ。って、そうだなお前には理由の説明は要らないよな
 俺たちには言葉は要らないからな。うん、また電話する!カネは明日貰いにいくから」

『・・・・、○!?×△!!!・・・!!』
 

一方、ヘインは次々と『レンネンカンプ』で知り合った人々に
『奴隷解放』という大儀の為、誇りのため金を無心し続けるハメに陥っていた


二人にとって、思い出したくない一週間の幕開けであった






悲惨な契約と容赦なく履行を迫るアルフィーナによって
ヘインはクタクタになりながら金策に駈けずり回り
奴隷市に出された全ての奴隷を買い占めるだけのカネを集める事に成功する


ある時は、金髪赤髪コンビからカネを毟り取るため
アンちゃんに泣き付いてその力を利用したり

また、ある時はミュラーの良心をチクチクと抉り、半ば脅すような形でカネ無心して
彼の恋人のエリザに塩をぶつけられたりしながら



この必死すぎる金策によって、ヘインのこれまで築いて来た
人間関係は崩壊一歩手前まで行くかとも思われたのだが

動機が可哀相な奴隷市に出される奴隷を助ける為だったので
それほど悪い印象を知人や友人に与える事にはならなかったのが、不幸中の幸いであった
なんだかんだで、トップ『求道者』達は出来た人が多かったようである




こうして、ランズベルク伯アルフィーナによって
無理矢理走らされたヘインが集めたカネの力で
奴隷市に出された1000人近くの人々の『誇りと尊厳』は守られ
それが、デスティニーランドを支える力へとやがて変わっていくことになる


少女の『誇り』と『情熱』に満ちた行動は仮想世界を大きく動かす事に成功したのだ!!




■黄金樹の下で■



              『わたしだ!!』



「わたしだ!じゃねーよ!!!ホント、お前と関わったばっかりに・・・」
『自分に誇り持つ事が出来たのではありませんか?』



ヘインは満面の笑顔を見せる少女を見上げながら文句を言おうとしたのだが
木の上から得意気な笑顔で投げ返された言葉に毒気を抜かれてしまい
それ以上、文句や恨み言を続けるのをあきらめた


持てる者の自己満足や偽善に過ぎないと言われればそれまでだが
確かに少なからぬ人を助け、目の前には自分達に感謝する人々がいる


アルフィーナの言葉でそれに思い立ったヘインは
その事実だけで不思議と満足する気持ちになっていた


もっとも、彼女を見上げた後、食詰めはヘインの背中に
ピッタリとくっ付いて隠れてしまう少々情けない有様で
彼女に対するトラウマを克服するのは、もう少し先になりそうであった






所属  帝国 
名前  アルフィーナ・フォン・ランズベルク
レベル 986 
性格  気高い
身分  伯爵 
階級  中将
職業  吟遊詩人
スキル 音痴
性別  女



パウラの欠けた穴を埋めるように唐突に現われた少女が
今後、ヘイン達とどのような係わりを持っていくことになるのか


悲しい別れと騒がしい新たな出会いを人々は交互に繰り返しながら
『レンネンカンプ』のゆっくりすぎる時の流れを必死に生きていく・・・



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1204・・・・・

                ~END~






[6296] クソゲーオンライン20
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/07/19 22:44

舞台で繰り広げられる華やかな歌劇を支えるのは
幕の裏で忙しなく働く人々の力

歴史の表舞台で派手な群像劇が繰り広げられるのなら
舞台裏は戦場のように慌しく駆けずり回る勤勉な人々に溢れている


一人では歴史も時代も創ることは出来ないのだから・・・



■黒い情熱■


帝国と同盟の二つに挟まれた存在感の薄い小国
フェザーンに対する両国に属する大半のプレイヤー達の認識はその程度で

その国によって齎された情報によって
悲劇的な戦争イベントの火蓋が切って落とされたことなど
殆どの人が知らない。知ることのない事実


もっとも、その事実を知っているのはフェザーンでもごく一握りであったが


■■


「お二人が揃ってお越し下さるとは珍しいですな。なにか御座いましたか?」


黒狐の異名を持ち自治領主としてフェザーンのトップとして立つ男は
久方ぶりに自治領主邸に訪れた十老頭の頂点に立つ二人に
挨拶もそこそこに訪問の目的を問う


『なにかとは、そちも白々しいな。散々戦争イベントを煽って置きながら
 両国のバランスも取れずに、このフェザーンの中立を危うくしてよう言う』

『貴様が実しやかに流したサーバー負荷低減によるログアウトを信じる者は
 今やよほどの大馬鹿者か、地球教の狂信者だけだ。今や人々の恨みと憎しみは・・』


「唯一、戦争イベントを経験することなく帝国と同盟の血を啜りながら
 肥太り続けるフェザーンに向けられているとでも仰られるのですかな?」



ジョージ・ゾロリとウォーレン・パペットの糾弾ともいえる問い掛けにも
ルビンスキーは大して動じる様子も無く、他人事のようにフェザーンの窮状を述べる
その姿はどこまでも傲慢で年長者に対する敬意の欠片も無く
二人の来客に対して不遜を極めた態度を示していた


『まったく、貴様の不始末を押し付けられる我々はいい迷惑だ』

『だが、我々も貴様の生み出した騒乱で財を更に増やしたのも事実
 それに主義主張は異なれども同じ船に乗っておる事実は変わらぬ・・・
貴様はトリューニヒトの付けた手綱を精々しっかり握っておればよい
我等が帝国を抑える。用件は十老頭がする事を邪魔するな、それだけよ』


「御二方の仰りようは些か心外ですな。私が『御二人』の
不利益になるような事を、一度でもしたことがありますか?」

『いや、記憶に無いな。十老頭は君の才覚と手腕に全幅の信頼を寄せておるよ』


「有り難き御言葉。御二方のご信頼に副うべく、私も最善を尽くすとしましょう」



何度目か分からぬ白々しい会話を終えた二人の来客は
屋敷の主の会食への誘いを断り、挨拶もそこそこに自分の屋敷へと踵を返す

時が持つ価値をよく知る二人は悠長に気に入らぬ若造と
食事を取る気などさらさら無く、ルビンスキーの方も小うるさい老人と
楽しく会食するような趣味は無かったので

会食の誘いはあくまで形式的なモノに過ぎなかったが



「せいぜい、自己の力を過信した老人達に踊って貰おう事にしよう
ボルテック!トリューニヒトに伝えろ。帝国に混乱の兆し有りと!」



フェザーンの黒狐は老人達の意志ではなく、自らの意志で火遊びを続けていく・・・






歴史と世界を裏から糸で操っていると信じて疑わない
愚かな男達は自身の優秀さを証明するべく、蠢動し始める


自分達が『知る者』であると確信した彼等は
誰よりも傲慢で鼻持ちならない存在であった



■黒い情熱■


私有地においては社会的な死によるデスペナの適用が
除外されることは割りとよく知られている『レンネンカンプ』のルールであったが
それが『私有地』がゲームシステム上『街』の中と
認識されないから起こる現象とういことは余り知られていない


そう、『街』の中で出来ないプレイヤーキルが『私有地の中』では可能なのだ


もっとも、『私有地』に足を踏み入れる為には
『所有者』の許可が必要な為、同居人同士の痴情の縺れ以外に
『私有地』でプレイヤーキル『殺人事件』が起きる可能性はほぼ皆無であったのだが


遠大な目的を持って誰でも入ることが可能な『私有地』を作らせた
二人の男がその例外を『レンネンカンプ』の歴史に深く刻みこむことになる


一人の男の情熱と一人の女の献身で生まれた『子供』が大好きな『夢の国』は
老いた二匹の怪物の黒い情熱によって、惨劇の舞台へと変わろうとしていた




■正義と誇りの代償■


正義と誇りを守る為に走りきった少女とそれに引きずり回された男

彼等の出会いは簡単な契約で始まった。男は軽い気持ちでサインし
少女はそれを存分に拡大解釈して男を徹底的に利用し、容赦なく債務を履行させる


すべては、『奴隷解放』という大願成就のためだった




■■



「つっ立てないで入ったらどうだ。用があるから来たんだろ?」



眠り姫の所によってから帰宅したヘインは何故か自宅の玄関前に一人佇んでいる
余り歓迎したくない来客候補と遭遇してしまう


今回の『奴隷解放』で味を占めた少女が、また無理難題を言ってくるのでは?
そんな予感に襲われたヘインは、少女が誘いを断る事を
少しだけ期待しながら、渋々と話しかけたのだが・・・



『では遠慮なく、お邪魔させて貰います』



その願望は満たされること無く、招かれざる客を迎え入れることとなる
相手が自分の願望に沿うような行動を必ずしも取ってくれないという点では
『レンネンカンプ』の世界も現実世界と全く変わらないようである





こうして、客間に通されることになったアルフィーナであったが
ソファーに優雅に腰掛けながら、出された紅茶で喉を潤わせるだけで
焦れる家主に構う素振も無く、来訪した目的にも一向に触れる気配を見せなかったため

ヘインは歓迎せざる来訪者に訪問の目的を問うこととなる



「紅茶3杯もおかわりして、山のようにあったお茶請けは完食したんだから
 そろそろ本題に入っても良いんじゃないか?別に俺達は茶飲み友達じゃないだろ?」


『そうですわね。今更、僅かな時間を引き延ばした所で見苦しいだけ・・・
 先ずは、契約の履行について御礼申し上げます。多くの人々を救えたのは
公の御力添えが在ってこそ、本当に感謝しております。有難う御座いました』

「いや、まぁ、なんだ契約した事をしただけだよ」


真っ直ぐ過ぎる少女の謝辞にとんでもない要求を再びされるのでは?と
内心不安に思っていたヘインは完璧に虚を突かれ、あたふたと返事をする醜態を晒したが

出会った当初から想像も付かないしおらしい姿を見せる彼女は
続く言葉でヘインを動揺させるどころか、驚愕させる事にも成功する



『契約・・・、そうです。私も契約を果たす為に今日は訪ねさせて頂きました
 公は無理難題とも言える要求にも関わらず、誠実に応えて下さいました
 私もそれに報いる為、それ相応の覚悟を既にしております。公が望むなら
 この・・、この身を如何様な形で差出しても私は構わないと考えております』

「えーっと、それはどう言うことで??」


『公が心安く、このゲームを攻略するのに必要なことだと仰るのであれば
 どのような事であっても私は受け容れる覚悟をしているということです
 私のこれまでの振る舞いに憤懣やる方無いと言うのであれば、望むままに
 この身を打ち据えて頂いて構いませんし、それ以外を仰せ付けられても全て
 お受け致しましょう。無論、どのような仕打ちを受けたとしても、私は公に
 感謝こそすれ、恨むようなことは決して御座いません。全ては公の思うままに』


アルフィーナの全てを捧げるという申出は大胆で
男にとって非常に魅力的な物であったかもしれない
だが、それが全ての場合にそれが当て嵌まる訳ではなかった



「まぁ、確かに美味しい申出なのかもしれないけど、受ける気はないぞ
 酷いことした罪滅ぼしに、私に酷いことして貰っても構いませんよ的な
陳腐な自己犠牲臭プンプンな贖罪のダシに使われるなんて俺はゴメンだね」



アルフィーナの申出に返されたヘインの回答は
普段の彼からは想像も付かないぐらい冷ややかな物であった

多くの修羅場と犠牲を目にしてきたヘインにとって
アルフィーナの自分に酔った陳腐な自己犠牲感に基く申出などなんら魅力はなかったのだ
別に申出を受けて隣室で聞き耳を立てる同居人に制裁を受ける事が怖かった訳ではない



『そんな心算はありません、私は契約の対価を払おうとしているだけです
 勿論、公に過大な負担をお掛けしたことに対して、贖罪をする・・っ!!
そうでした。肝心なことを私していませんでしたね。御礼よりも先にちゃんと
貴方に謝らなきゃいけなかったんです。私、貴方に滅茶苦茶なことしたのに
ゴメンなさい。私は自分の目的のためだけに貴方達に本当に酷い事をしました
一週間しかなかったから、他の人は全然取り合ってくれないから、良い事だから
色々勝手に自分で理由付けして、親身になってくれた貴方に私は最低な事をしました』


「分かったんなら良いよ。あと、自分で始めたんだ最後まで面倒見ろよ」
『はい、必ず』






ヘインの些か厳しすぎる物言いにようやくアルフィーナは
まともな謝罪をしていなかったことに気が付き
自責の念で溢れる涙を堪えつつ、ヘインに誠心誠意を込めて謝罪した


ヘインはこれを受け入れ、解放した多数の奴隷達に責任を持つことを約束させ
それ以上を彼女に望むようなことはしなかった


ヘインも分かっていた。本当に悪いのはクソッタレな『レンネンカンプ』の世界だと
多くの人々が周りを思い遣る余裕を無くしたのも、いつ死ぬか分からぬ異常な状況下故と

しばらくして、泣き止んだ少女を見送りながら
ヘインは一刻も早い攻略が必要と決意を再び固めることになる

『レンネンカンプ』は確実に人々の精神を蝕んでいく




■辛辣な偽善者■



「大した偽善者ぶりだなヘイン」


うるせーよ。それに甘く許すだけじゃなく、ちゃんと厳しく叱っただろ?
もっとも、アイツがいたら『閣下の方も自己満足が過ぎるようで・・・』とか
そんな感じで思い切りダメだしされるんだろうな・・


「良く分かっているじゃないか。もっとも、その甘さを好ましく思う私も
大きな事は言えないが。それで、他の人達を救って少しは気が晴れたのか?」



お前、分かって言ってるだろ?相変わらずだよ・・・
晴れるわけがないってこと位は最初から分かってるって

分かってたのに、それでも別の人達を救ってみたりして・・・
あいつを守れなかったことを忘れようと足掻いちゃったんだよなぁ

まぁ、人間って言うのは弱い生き物なんだよ
その上、俺ってガラス細工のように繊細な心の持ち主だからさ~
尚更、おセンチになっちゃうんだよねぇ


「・・・」 なんか言えよ 「・・・」 悪かったな繊細じゃなくて!


けっ、どうせ俺はデリカシーの欠片も無い男だよ
良く考えたらアルフィーナに偉そうに説教する資格も無いしな
とりあえず、調子に乗って陳腐な説教なんかしちゃったけど

お前は隣の部屋でそれを笑い噛み殺しながら聞いてたんだろ?




「そんなに拗ねるなヘイン。今日は一段とらしくないな。慰めて欲しいと言うなら
お前の母親のように頭を撫でてやっても構わないし、添い寝でもしてやろうか?」


えっと、それはパスだな。うん、正直無いわって
痛っ!!痛いって蹴るな蹴るな!!抓るな地味に痛いって!!


「まったく!ここは泣きじゃくりながら私の胸に顔を埋めるのがお約束というもの
グダグダした愚痴に付き合ったのだから、それ位の見返りを貰っても良いだろう?」


いや、ホント大の男がそんなことやったらキモイだけですから
それにお前も言ってて恥ずかしくなっただろ、顔真っ赤じゃねーか?

そもそも、さっきの会話をお前が知ってること事態がおかしいんだよ
隣の部屋で当たり前のように聞き耳立ててるんじゃねーよ!
盗み聞きとかお行儀悪すぎんだよ!



「想い人の全てを知りたいと思うのは乙女のサガだろう・・・?」



いや、ダメだから!!盗聴とか犯罪ですから!!
なに得意気な顔してストーカー宣言みたいなことしてるんだよ


「相変わらずつれないなぁ。まぁ良い萎れた所を攻めても詰まらない
もう少し、活きが良くなった後にじっくり落とさせて貰う事にするさ」


その獲物を狙うような獰猛な笑みは止めてくれ
お前が見せてくれたトラウマ物の数々の光景が蘇るから

まぁ、なんだ・・・、気使ってくれた事には素直に感謝しとく。ありがとな
あと、これからもよろしく頼むぜ相棒






夕食の準備の為、その場を離れようとした食詰めに
ヘインは一応気遣ってくれたことに感謝の言葉を投げ掛け
彼女は振り返らずに手を軽く挙げ、それに応える


なんだかんだ言いつつ、長い時を過ごしてきた二人は良いコンビだった



アムリッツァ以後、いつもと変わらぬ様に見えていたヘインも
やはり、直ぐに立ち上がれるほど強くはなかった
何かをしていなければ、後悔と自責の念が自然と湧いてきた


そんな折に齎された『奴隷解放』の誘いはヘインにとって
気を紛らわすのに打って付けのものだったのだろう


義眼を失った衝撃は彼等にとって余りにも大きく
一朝一夕で何とかなるような簡単のモノではない
その辛さと悲しみで歩みを止めてしまう事もあるだろう

だが、それでも彼等は前に進み続けることが出来る
俯き足が止まりそうになれば、引っ張ってくれる仲間が傍にいるのだから



■惨劇の朝■


その日は朝から青空が広がり、気持ちの良い行楽日和だった

見返りをせがむ食詰めに押し切られ『夢の国』へ連れて行く
約束をさせられたヘインは自宅の玄関前でいつの世も変わらぬ女性の長すぎる準備に
文句をぶつぶつ言いながら待ち惚けていた


■■


『おはよう御座いま~す♪』


あぁ、おはよう御座いますって!また、お前かよ・・・
ちょっと遭遇率高すぎだろ?ストーカーNPCじゃないよな?


『もう!こんなかわいい子と朝から出会えるんだから素直に喜んでください』


うわっ、この子自分でかわいい子とか言ちゃったよ
例え事実でもそういう事は自分で言わないのがお約束なのに・・・


『そんな細かいことは気にしたら負けですよ?かわいいは正義らしいですから
 そうそう、ヘインさんちょっと前に渡したペアペンダントちゃんと付けてます?
 長く身に付ければ付けるほど効果があるものですから、大切に扱ってくださいね』


あれならホレ、恥ずかしさに耐えてちゃんと首にいつもかけてるよ
外すと誰かさんに殺されそうな位に怒られちまうからな

そういや、関係ないけどマコちゃん背伸びた?


『うーん、50点かな?こういうときは少し大人っぽくなったね的なことを
 あくまでも臭くならずに、さり気無く爽やかに言うのが満点なんですよ!』



いや、そんな碌でもない点数を貰ってもしょうがないし
それにNPCが成長しましたってのが、そもそもおかしくないか?

『全然おかしくありませーん!どこの世界でも少女は
大人の階段を三段飛びで駆け上がっていくものですから』


なんか釈然としないなぁ。まぁ良いけど
で、わざわざこんな所に来たんだから何か用があるんだろう?



『もう、せっかちすぎる男の子は女の子に嫌われちゃいますよ♪
 それに、ただ貴方に会いたいって乙女心かもしれないじゃないですか
まぁ、今回はちょっとしたお願いに来たんですけど、言いにくいというか・・・』



ほら、少ないけど持ってけ。隠しててもさっきから腹の音がまる聞こえだ
NPCの癖に腹が減って金欠ってどういうゲームだよホント変わってるな



『あははは、面目ないです。でも、なんだかんだ言いつつNPCに
ちゃんとお小遣いくれるお人好しなヘインさんも結構変わってますよ』



こっちの世界に来てから、誰かさん達のせいでタカられるのに馴れちまったんだよ
まぁ、カネが有り余る設定だから幾らでもバラ撒いて良いんだけどな

それに、無条件にバラ撒くようなマネはしてないからな
あくまで親しい人や気に入った人達だけだから、お人好しって訳じゃないからな


『うん、85点です!結構さり気無くて、今のは私もグッと来ましたよ
 ちなみに、私は親しい人か気に入った人どちらのカテに入ってます?』



訳の分からん点数を付けるなよ。なんでも点数化したり数値化するのは悪癖だと思うぞ
まぁ、どっちかていうと親しい人かな?最初は気に入らない奴だったけどな



『もう、最初のときのことは謝ったじゃないですか。それになりたい職業
魔法剣士って真顔にいうんだもん。それで笑うなって言う方が無理ですよ』



「二人とも随分楽しそうな所を済まないが、そろそろ目的地に向かいたいと思うんだが?」
 




少しだけ背の伸びた少女と暢気な男の会話は
いつも以上に気合の入った出で立ちをした少女の
少しばかり嫉妬が混じった不満そうな声で終わりを迎える

もっとも、その声に振り返った男が自分見惚れて呆けた様子が見て取れると
ぱぱっと機嫌を一瞬で直し、別れを告げるかわいらしい少女に上機嫌で手を振りながら
空いた方の手は男の腕をしっかり握り、目的地に向かわんと引っ張る





      その場所が『惨劇の舞台』になるとも知らずに・・・



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1208・・・・・

                ~END~





[6296] クソゲーオンライン21
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/07/27 22:30


静かに近づきつつある終わりを前に、残酷な喜劇は多くの血を求める中
『夢の国』に欲望に塗れ、血に飢えた獣達が集う


悪夢に支配された楽園は人々の絶望と悲しみによって彩られる



■アリの行列■


フェザーンの二大巨頭と呼ばれるウォーレンとジョージの
二人は無垢なる悪意を共有する『怪物』であった


彼等は現実世界でも仮想世界でも変わることなく人々と世界を翻弄しながら
自らの力を誇示し、悦に浸る趣味の悪い人間達であった

また、彼等がその趣味に興じる様は子供がアリの行列に
無慈悲な悪戯をする姿によく似て見えた


二人にとって大衆などといった取るに足らない存在は、アリ以下の価値しかない



■■


『子供という者は我慢が出来ぬ者』
「ウォーレン、それは正確では無いな。我慢が出来ぬのは大人も大して変わらん」


『たしかに』と呟いたジョージは長年のライバルにして最大の協力者に
陰惨な笑みを向けながら乾いた笑い声を上げつつ、あっさりと彼の指摘の正しさを認めた
大人と子供が持っている我慢強さに対する考察などに無駄な労力を費やす必要は無い
彼等にとって重要なのは『子供は我慢が出来ない』という事実


そして、それを利用した怪物達の目的はこの仮想世界に大きな混乱と衝撃を与える
『皇帝暗殺』を実行し、フェザーンの狡猾さに対する人々の憎悪を逸らす事にあった

多くの人達にとって遠くの嫌な奴より、身近な火事の方が
よっぽど重大事なのは『レンネンカンプ』の世界でも現実と変わらない


仮想世界を裏から糸を引いて操る自身達の安寧を守りつつ
その混乱に乗じ、更に自身の力を『資本』を大きく増やすために
『皇帝暗殺』という大層な名を冠せられた幼児殺しの陰謀は
二人にとって必ず実行しなければならぬ、大事な『イベント』のような物であった


そのために、彼等は与太話にしか聞こえぬ『情熱』に少なからぬカネを投じ
『夢の国』の建造と維持に対して地道な協力を行ってきたのだ

そもそも、帝国の資本を狙う為のダミー会社を作るなら
自らの息の掛かった帝国所属プレイヤーに
中途半端な会社を設立させるだけで事足りる
なにもカネの掛かりすぎる『夢の国』に拘る必要など全くない


そう、彼等は『いつか』のために『黒い情熱』を持って
邪悪な陰謀を為す為に、誰も気が付かぬ布石を根気強く打ち続けた


その腹黒い手の打ち様は、『怪物』と称するに相応しく
彼等を十老頭の巨頭足らしめる大きな要因の一つでもあった



『皇帝と言っても幼子であることに変わり無い。楽しい遊園地の話を耳にしたら・・・』
「我慢する方が無理と言うもの。必ず駄々を捏ねて足を運ぶであろうな」

『後は買収した皇帝の近侍から下らぬ『夢の国』の話を耳に入れるタイミングさえ
 調節してやれば、『皇帝暗殺』などという名ばかり大層な凶事の実行は存外容易い』

「我々は遠く安全な『街フィールド』認識のホテルの部屋で果報を待つだけ
 事が為れば好し、為らずとも私有地での初の大規模な惨劇は大きな波紋を生む
 成功すれば進捗著しい帝国は後継争いで威勢が削げ、失敗しても大きな混乱が
 まず間違いなく起きる。黒狐の小僧が上手く同盟にその隙を突かせるじゃろう」

『そして、その波紋はフェザーンへの羨望と嫉妬や憎悪を容易く打ち消し
 我々は引き続き心安らかにアリの行列を弄り続けることが叶うと言うわけか』


3000帝国マルクもするアイテム『年代モノのワイン』で喉を潤しながら
老人2人は汚らしい策謀を自画自賛しながら話を続ける
後に起こる惨劇を利用して、さらに増えるであろう資産と力に
思いを馳せながら彼等は酔いしれる


力を持ちすぎた『老害』は己の欲望のままに人々の心を狂わせることの快感に浸り
普段の姿を知る者には想像出来ないほど饒舌になっていく





■最後の開園■


皇帝の我侭によって急遽決まった『デスティニーランド行幸』
この事を内々に知らされたグルックに雇われた、『元奴隷』の従業員達は大いに奮起する
この皇帝行幸が無事済めば、皇帝の気まぐれによる補助金大幅アップも望めるのだから

もっとも、このちょっぴり邪な願望は最悪の形で報われる事になるのだが
残念なことに当事者達に預言者は居らず、そのことを知る術もなかった


■■


「ハイハイ!!今日は皆気合入れて行くわよ!タダでさえデスペナが増えて以降
 顧客のパイが減って経営苦しんだから、なんとしても補助金ゲットするわよ!」

『オー!!』『了解!』『ボ-ナスじゃ~!!』



開園前のスタッフルームで激を飛ばすグルックに
まだまだ経験の浅いスタッフ達は元気よく応える

彼等も補助金がゲットできれば臨時ボーナスに預かれる事もあり
安月給から脱出できるとモチベーションをMAXまで高めていく



『この分なら私が要らぬ心配をする必要も無さそうですね。グルックさんに
 お任せしていれば万事抜かりなく、皆さん問題なくやっていけそうですね』

「う~ん、何言ってるのかな~?アルフィーナちゃんにはちゃんと大事なお役目が
 あるじゃない。このハイレグアマーを装着して戦隊ショーにちゃんと出て貰うからね!」

『その、私は確かに彼等の面倒を最後まで見ると誓いましたが
 大衆の面前でそんな破廉恥な格好をするとは言った心算は・・・』

『酷い!!アルフィーナは私を破廉恥な女だって思ってたのね・・・
 そうよね、私なんか奴隷として裸を衆目に曝した雌奴隷だし、汚れてるよね』

『そんなことない!その、私はリアのことをそんな風に思ったことはありません!』


「じゃ、着てくれるのね」『うん、一緒に頑張ろうね♪』


「確かに最後まで面倒見ると約しましたが、こんな事までしなくてはならいなんて・・」

『はいはい、諦めてさっさと着替えて着替えて!評判良かったら
 定期公演にして、大いに客寄せパンダちゃんになって貰うんだから』

『ちょっと、恥ずかしいけどなんか文化際みたいな感じで楽しそう♪
 うん、なんかワクワクしてきた。特別手当も付くし頑張るぞぉ~!』

「はぁ、これが周りを省みることなく己が道を突き進んだ報いなのですね」



無慈悲なグルックの言葉と最近仲良くなった友人の悪戯っぽい笑みに
アルフィーナは自分の有り余る行動力を呪いつつ降参し
ノリノリの二入に半ば引きずられるようにして衣装室へと連れて行かれる


こうして、誇り高き少女はちょっと過激すぎるハイレグアーマーを身に纏い
幼い皇帝を楽しますため、グルックの朝の思いつきで急遽企画された
『美少女戦隊ショー』の台本読みとリハーサルに追われる事になる



『こんなこともあろうかと思って、ハイレグアーマーを購入しといて正解だったわね』 

「そんなもの用意しとかないで下さい!!」
『どうどう、凄く似合ってるし、かわいいから気にしない気にしない♪』




自分の先見性に悦に入り始める情熱溢れる若き女経営者と
視野が狭いのが玉に傷な誇り高き暴走お嬢さまに
結構能天気な所のあるお気楽奴隷ガールを加えた三人組は


出会って間もないにもかかわらず、馬が合ったのか結構仲良しになっていた
あまりにも違いすぎる彼女達の個性が功を奏したのかもしれない


なんだかんだで、その友人二人に強く頼まれたアルフィーナが
彼女達の要望に応じた結果、『美少女戦士アルフィーナ』として生まれ変わるのだが


彼女もその名が『レンネンカンプ』中に知れ渡る事になろうとは
この時点ではまったく予想もしていなかった

この直ぐ後に起こる『血の惨劇』によって、その名が知れ渡ることになるなど・・・



■宰相のお仕事■


皇帝フリードリヒよんせは『デスティニーランド』の存在を
近侍から聞いた瞬間『行きたい!直ぐ行きたい!!』と盛大に駄々を捏ね始め

『神聖にして不可侵』という皇帝大権を振りかざし
『デスティニーランド行幸』即日裁可し賜うた


これに帝国宰相リヒテンラーデは皇帝たるもの
軽々しく玉座を空けるものではないと異議を唱えたのだが

『よんせ、ゆうえんちにいくぞ!』の一言によって却下されたため
何名かの護衛と共に彼も皇帝に従ってお忍びで『夢の国』を訪れることになる


■■


『宰相閣下、13時から始まる『戦隊ショー』は外す事は出来ぬ物であると愚考致します』

『私もゲルラッハ子爵と同意見であります。グルック女史が
わざわざ皇帝陛下の御ために企画して貰った物のですからな』


カラーコピーの即席ポスターを見ながら、二人の少女の過激な姿に鼻の下を盛大に伸ばす
二人の腹心の言を聞きながらリヒテンラーデは頭を抱えたくなっていた

このバカ二人と数名の侍従や近衛で幼い帝国皇帝を
警護しなければならない現状に絶望せずにはいられなかった


そもそも、このような手薄な警備で行幸を行わざるを得なくなったのは
目の前で無邪気に遊びまわる幼い皇帝が『戦争イベント』の引き金を
最初に引いたことに端を発しているのだから如何ともし難い

多くの惨劇を無自覚に引き起こしてしまった『皇帝』は人気ゼロ所か憎悪の対象である
護衛を募った所で人が集まるどころか、暗殺や復讐を望む者が寄って来るだけなのは明白
そのため、老帝国宰相は自身を含めて信頼できる少数精鋭で無謀な行幸に踏み切ったのだ



「ワイツ、卿等の任は陛下の護衛が第一にあることを忘れるでない
 それに、人が多数集まるイベントショーは警備上好ましいと言えぬ」


今にも鼻血を噴出させそうな勢いの二人はリヒテンラーデ侯に窘められると
断腸の思いで『美少女』戦隊ショーの見学を諦める。血の涙を流しながら・・・

だが、身を削られるような思いで自らの欲望を封印しようとした二人に
想いもよらぬ救いの小さな手が差し伸べられる事になる


『せんたいか?かいじゅうはでるか?』『陛下、勿論でますとも!』

『ほんとか?がおがおするのか?』
『御意、滅茶苦茶ガオガオしまくりです!!』


自らの疑問に力強く返答を行う二人の廷臣に気を良くした
皇帝は『戦隊ショー』の観覧することを裁可する



「最早、何も言いますまい。統べては陛下の御心のままにありますよう
 ゲルラッハ子爵、ワイツ!努々、自身の職分を忘れることのないように!」

『心得ております』『警備一切抜かりなく整えて見せましょう』





この根拠のない二人の自信が最悪の結果を招く事になるのだが
目先の欲望に鼻の下を伸ばす愚者達は心待ちにする
美少女戦隊ショーが『惨劇』になるとは知らず、その開幕を心待ちにする

また、妥協と諦めによって強い諫言を行わなかった老宰相は
この決断を数時間足らずで死ぬほど後悔することになる


既に皇帝の周りには、いや、『夢の国』の至る所に
入場客の皮を被った欲望に忠実なケダモノ達が
巧妙にその牙と爪を隠しながら群れを成して溢れていた


今日も『デスティニーランド』はどこよりも笑顔と笑い声に溢れていた
この『夢の国』を創った人々が望んでいない穢れた笑顔と笑い声で・・・



■二人の休日■


何だかんだ言いながら、仲良く手を繋いで『夢の国』にやってきた
ヘインと食詰めは余すことなく、この素晴らしいテーマパークを楽しんでいた

二人にとって、久々の休日のお出かけはパウラを喪って以降
知らず知らず張り詰めがちに為る心を休ますいい機会になっていた

ダルイだの面倒などと言いながら、食詰めの言われるまま付き合っている
ヘインの姿が、それを何よりも証明していた


少しだけズレた感情をお互いに向ける二人だったが
その絆は最初の頃とは比べるべくも無いほど、強く太い物になっていた
仮想世界の虚構の時間であっても、過ごし時間の長さは彼らを強く結びつけていく


■■


『ダーリン、アイスクリームが食べたいのだが?』
「ダーリンじゃない!」


『細かい事を気にするな。折角の休日ではないか。恋人気分で楽しんだ方が有意義だと
私は思うのだが?偶にはかわいい同居人の我侭に付き合っても良いのでは無いかな?』

「へいへい、アイス奢ればいいんだろ奢れば!ちょっと待ってろ」
『ああ、ダブルかトリプルかは卿の判断に任せよう
 私の想い人が、狭量ではないことを祈っているよ』



ったく、三段買って欲しいなら素直にそう言えって言うんだよ
ほんと、俺にだけ好き放題たかりやがって、偶にはフェルナーとかにもねだれよ


ほんと、相変わらずだよ・・・、最初から何一つ変わっちゃいないんだよな


『ヘイン、どうした?手に滴るアイスを私に舐めろというのかな?
 まぁ、それが卿の趣味というなら、希望に沿うのも吝かでは無いが』

「違げぇーよ馬鹿!さっさとパクついてろ!!」


黙って素直にもぐもぐしてりゃかわいいのに
実態は生きる為なら敵の喉を容赦なく噛み千切る奴だからなぁ

まぁ、必死に命乞いする女の子を中ボスだからってだけで
容赦なく手に掛ける俺も大概だがらあんまり大きな事は言えないか


『珍しく考えごとか?それとも私に見惚れていたといった所かな?』
「にやにやしながら、からかってもアイス頬っぺたにつけてちゃ様になんねーぞ」


『心配するな。狙ってやっている。かわいいだろう?』
「その発言だけで子憎たらしさ倍増だよ」『それは、残念。今度言わずにやらして貰おう』


まぁ、今日位は難も考えずに休日を思いっきり楽しむか
被保護者に心配されて声掛けられてるようじゃ、世話ないからな



「そいじゃ、小腹も膨れた事だし、次はどこに行きますかね?」







仕方ないなといった風のヘインの誘いに満足気に希望を告げる笑顔の食詰め


最初の頃と変わらぬ何回も繰り返されてきた彼等の日常の一コマ
本当にありふれたいつも通りの、そして何ものにも変えがたい価値を持つ光景


多くの人々が地獄のような仕打ちと凄惨な光景を目にしながら
変わり、来るって行く中で、出来るだけ変わらない事を選択した二人

それは、非常に困難なことであったが、『らしさ』を知っている
家族が、仲間が傍に居てくれる御蔭でギリギリのラインで持ち堪える事が出来ていた

もっとも、大切な仲間の一人が欠けたことで、それも揺らぎつつあり
それに気付いたからこそ、茶番とも逃避とも言える『楽しい休日』で
確実に追い詰められていく、心を少しでも紛らわそうとしたのであろう


だが、そんな甲斐甲斐しい二人の努力を無残にも打ち砕く惨劇が始まるまで
不幸なことに、もう殆ど時間が残されていなかった



後に『悪夢の惨劇』と呼ばれる悲劇が華々しいショーの開幕と同時に幕を開ける!!



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1228・・・・・

                ~END~



[6296] クソゲーオンライン22
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/08/10 21:04
そこは誰もが幸せなひとときを過ごすことが叶う場所だった
だが、そんな憩いの場も、たった二人の悪意によって惨劇の舞台へと作りかえられる


笑い声は悲鳴に、笑顔は涙へと変えられようとしていた



■アルフィーナは笑えない■


戦隊ショーの会場は開始1時間前にも関わらず、ほぼ満員状態であった
この盛況ぶりを控え室から出て確認してきたグルックは
テンションを一気に急上昇させ、グッズを販売した際の収益の皮算用を始めたりしていた

そんな、ハイテンションガールを余所に戦隊ショー主役の一人でもあるリアは
のんびりとお茶を飲みながら、落ち着きなくオロオロする友人を優しい瞳で眺めていた


■■


はぁ、なんでこんな事になってしまったのでしょう?
こんな破廉恥な格好で衆人環視の中に飛び込むなんて・・・

どう考えても勝機の沙汰と思えません。やっぱり、ここはハッキリと断りましょう!
そうです!嫌なモノは嫌ということは大切な事です!!


『アルフィーナ、今日は一緒にガンバろうね♪私達がガンバってお客さんが沢山
 来てくれる様になれば、お世話になってるグルックさんに恩返しできるもんね♪』

「えぇ・・、いっ一生懸命頑張りましょう」



うぅ、その純真無垢を絵に描いたようなキラキラした瞳は反則ですわ
もう、やっぱり止めますなんて言えなくなってしまいました

そもそも、なんでリアがこんな暴挙に積極的か不思議に思っていましたが
『夢の国』の苦しい経営を考えれば、客寄せパンダでも何でも使って
起死回生を図らなければ、ジリ貧になる事など自明の理

賢く優しい彼女が、それに気付かぬ訳も無く
自分達を無理して引き取ってくれたグルックさんのために
経営を助ける為、なんとか恩返しをしようとするのもごく自然なことです


はぁ、奴隷市で震えながら涙を流していた娘に、ここまで健気な姿を見せられたら
私も覚悟を決めて『ホァーほっ!ほぁー!!!』とか訳の分からない奇声をあげる
戦隊ショーが明らかに目的ではない人の前に出るしかなくなってしまうじゃないですか



『じゃ、時間よ!二人とも期待してるわよ♪』  「『はい!!』」






とうの昔に覚悟を終えていたリアとようやく覚悟を完了したアルフィーナは
グルックから時間が来た事を告げられると、元気の良い返事を返し彼女を満足させる


例え客寄せパンダによる低俗なショーであっても
それを楽しみにする観客が一人でもいるならグルックは決して妥協はしない
ショービジネスとはそういう物だと尊敬する師から教えを彼女は受けていたのだ


急場造りとは思えない派手な演出の『戦隊ショー』が幼帝の前で遂に始まる



■夢の国東地区■


戦隊ショーが始まろうとする中、ヘインと食詰めの二人は
そこから少しはなれた『東地区』で遊園地特有の割高な昼食を取っていたのだが
楽しい会食の時間は直ぐに終わりを迎えることになる


ヘインの食べる血のように紅いトマトソーススパゲティーに
突然、無言で近寄ってきたお客に刺されたウェイトレスの女性から噴出した
血のソースが盛大に掛けられたのだ!!


『血の惨劇』は入場口に近い『東地区』から始まった



■■


「いきなり刺すなんて!?こいつマジキチかよ!!」
『ヘイン!!ぼさっとするな!来るぞ!!


行き成りの事態に動転するヘインより、殺人鬼に突然変貌した男より
食詰めの反応は遥かに早かった


ヘインに注意を促すのと、テーブルを蹴り上げて殺人鬼を下がらせ
距離を取ったのはほぼ同時であった


「わりぃ、助かった」「「いやぁああああああああ!!!!」」



ヘインが食詰めに返した礼は一瞬で女性の悲鳴で掻き消される
飲食店通りを歩いていた別の一般人が別の『殺人鬼』に首を切り飛ばされたのだ


恐怖に染まった悲鳴が、惨劇の始まりを告げる狼煙になった
一瞬にして一般人の仮面を被った欲望に塗れたケダモノ達が
自分達よりも弱いと信じる獲物に薄汚れた牙を突きたてていく


余りの事態に硬直する人々に平然と凶器を突き立て
次々とデスペナをばら撒く『殺人鬼』達に
女性プレイヤーや従業員に襲い掛かる『下衆』達
暴力に任せ無理矢理にカネやアイテムを奪い取ろうとする『乞食』達


帝位に眼が眩んだ『リップシュッタトの盟約』とそれを煽る『フェザーンの老人』に踊らされた
欲望に素直なケダモノ達は、自分の思うままに欲望を実現させようとしていた


それが、『物言わぬ木偶』変えられる原因になるとも気付かず無邪気に・・・



『ヘイン、どうやら楽しいデートは終わりのようだ
 躾がなっていない獣を早急に大人しくさせないとな』

「久々の休日だっていうのに・・、とっとと終わらせてグルック達の所に行くぞ!」


最初の惨劇を生んだ『殺人鬼』を一突きで『物言わぬ木偶』に変えた食詰めの提案に
ヘインはガックリと肩を落としつつも同意しつつ、一刻も早い事件の収束を誓う


『奴隷解放』のお礼を笑顔で言っていた何の罪も無いウェイトレスの少女に
理不尽な沈黙を与えたケダモノ達に、ヘインもまた怒りを感じずには居られなかったのだ



「戦争イベントと違って、ここはレベルが彼我の差に直結するって事を教えてやるさ!」






友人にとって大切な場所を無遠慮に汚し
奴隷から救った筈の従業員や無関係の客に何の躊躇いもなく
自分達の汚れた欲望をぶつけるケダモノ達に
ヘインと食詰めの二人は到底寛容になれそうになかった


こうして、惨劇の被害者を少しでも減らす為に二人は無慈悲な『狩人』になる
例え、返り血で染まるたびに『その業』で胸が抉られるようとも止まることなく





■超ノリノリ■


戦隊ショーが始まった当初は短い準備で上手く行くのか?不安の方が先に立ち
強く握った手の平を汗で滲ませていた裏方のグルック達であったが
その不安は、全く杞憂に終わることになる


お約束通りの陳腐な劇の展開であったが、その単純さ故に年少プレイヤー達には大受けし
『皇帝のフリードリヒよんせ』も大きな目を見開いて、そのショーに魅入っていた

また、当初の目論見通り大きなお友達も二人の美少女に最初から大興奮で
ほんと、経営難じゃなかったら『お帰り下さい』と言いたいほどの熱狂ぶりだった



勿論、この大盛況を支えるのに二人の主役の力が大きかった事は言うまでも無い



■■



「卑劣な!!悪事を為すに止まらず、子供を人質にして自らの要求を通そうとは
 例え、天がお赦しになったとしても、このレッドフィーナが許しはしない!!」

『ピンキーリアも許さないんだぞぉー!』



ショーが始まるや否や、最初のイヤイヤ感は何だったのだろうか?と
思わず突っ込みたくなるほどアルフィーナはノリノリで役に嵌って
熱の篭った演技をしていた

どうやら、暴走一直線な所がある彼女には少々子供じみた
単純明快な勧善懲悪ものが意外と肌に合ったようである
まるで水を得た魚の様に活き活きとアドリブを盛大に交えながら
彼女は迫真の演技をしていくことになる


そして、その横で相方のリアのほわーんとした感じの演技も
上手く萌えを演出するのに一役も二役も買い、大きなお友達を更に熱狂させていく



『ふん、幾ら吼えても無駄な事!我がブラック団は悪逆非道がモットー
 幾ら罵られようとも、悔しいけど感じちゃうだけで、なんともないぜ!!』

『さすが、ブラック隊長!変態でもなんともないぜ!』


怪人側の方も会場の熱気に酔ったのか
アルフィーナと同様にノリノリ、いや、超ノリノリ状態になっていた



このまま終幕となれば、誰もが笑顔で帰る素晴らしいショーになっただろう
だが、ここは『レンネンカンプ』の世界で、現実以上に甘くない世界だった
たとえ、そこが『情熱』によって作られた『夢の国』であっても例外は認められない



        悪夢のような惨劇の幕は無慈悲にあがる




■大宰相リヒテンラーデ■


会場の興奮が最高潮に達し、二人の美少女戦士の合体技が
怪人と怪獣にいまにも放たれようとする最中



突然、複数のプレイヤー達が皇帝の元へと駆け寄る!!



そして、刺客と化した彼等の手にはしっかりと
幼い皇帝の命を刈り取る為の武器が握られていた

『皇帝暗殺』のため集った本命の部隊は凶事を成し遂げんと企み
戦隊ショーの行われている会場内に観客として紛れ
観衆の目がステージに釘付けになる絶好の機会を逃さず、行動に移したのだ



この異変に帝国宰相を始めとする側近達も直ぐに気付いたものの
護衛の数の少なさは如何ともし難く、その接近を止める事は叶わなかった


そして、その動きを合図に『東地区』と同じように
一般人に紛れていた欲望に素直なケダモノ達も偽りの仮面を脱ぎ捨てて
殺戮と暴行の限りを尽くさんと、その牙を剥き出しにする



歓声は一瞬にして、恐怖と絶望の入り混じった悲鳴へと変わり
戦隊ショーの会場は理不尽なデスペナを大量生産する場へと様相を瞬く間に変える



■■


『ファイブレン!!』『ブリザーグ!!』 『うえぇーん!!ふぇーん!!』


幼い皇帝の泣き声が鳴り響く中、わらわらと襲い掛かる刺客達に対し
必死で攻撃呪文を放つのはゲルラッハとワイツの二人だけになっていた

既に幼帝の傍でピッタリと護衛を担う宰相リヒテンラーデを除けば
生き残っているのは彼等二人しか居なくなっていた


彼等は火と氷系の中位魔法で牽制しつつ、刺客たちと何とかギリギリの距離を保つが
それもいつまで持つか怪しいものだった。ただのケダモノ達と違って
幼帝を執拗に狙う刺客達は高レベルの訓練された猛獣であった





『どうやら残ったのは爺さん、アンタとガキだけだぜ?』



一瞬の隙を突いて最後の近侍を討ち取った刺客は陰惨な笑みを顔に張り付かせながら
絶望的な状況に追い込まれた哀れな老人に声を掛ける
まるで獲物を前にして勝利を確信した肉食獣のような凄惨な表情で



だが、その表情を見せた数瞬後、彼は驚愕によって顔を凍らせことになると同時に
その身を地獄の業火で焼き尽くされ、絶対なる死の制裁を受けることになる

帝国を老いた双肩で支え、文武百官の頂点に立ち続ける帝国宰相リヒテンラーデ
彼も『レンネンカンプ』において君臨する資格を持つ者であったのだ



『やりやがった!!クソッ!!このジジイ、特大のファイボーマ使いだ!!』



「勘違いするでない。今のはファイボーマではない・・・、ファイボンだ
 同じ魔法でも魔力の強さと絶対量でその威力は較べられぬほど変わる」


一瞬にして黒焦げになった同僚を前に硬直する刺客達に囲まれた
大宰相リヒテンラーデは淡々と彼等の間違いを正していく


そう、不勉強な肉食獣達は相手の実力を完璧に見誤っていた
一度もフィールドにも出ず、戦争イベントにも参加してない奴等は
大したことはないという半ば固定化された先入観に捕らわれて


我侭放題の幼帝を相手にしながら、国家を取り仕切ることで得る
余りにも大きな経験を彼等は軽んじてしまっていた


大宰相リヒテンラーデのレベルは既に1000を優に超えているとも知らずに



「愚かな暴挙に対する返礼をするとしようか。これが私のファイボーマだ
 この凄まじすぎる威力と、その優雅なる姿から宮廷ではこう呼ばれている」





        「「  宰相フェニックス!!!  」」





そりゃねーだろ!!と刺客達がツッコム間もなく
大宰相リヒテンラーデはその手から生み出された灼熱の不死鳥によって
周りに立ち尽くしていた不逞な輩達を全て灰燼へと帰す



その地獄の業火に匹敵するような大魔法の熱気は大気を揺らがせ
尚も執拗に幼帝を狙う哀れな刺客達を呑み込もうとしていた





■獣王オフレッサー■


自らの部下が一瞬にしてデスペナの制裁を受けていくのを
何でもないことのように見守り続けた巨躯の持ち主は
常人では持ち上げることすら叶わぬ巨大な戦斧をようやく手に携えると
一歩一歩、大地をゆっくりと踏みしめながら
地獄の業火の余波で揺らめく災厄の中心地へと進み出る




          哀れな二匹の獲物を食い千切る為に・・・



■■


「帝国宰相リヒテンラーデ閣下と皇帝陛下、両名の御首級頂戴したく参上仕った!!」


『痴れ者が、大方ブラウンシュバイクの豚かフェザーンの黒狐に誑かされたのであろう
 智恵を持たぬ故に牙を向ける相手も分からぬか、自身の蒙昧を悔いて焼かれるがよい!』


簡潔に自身の要求を告げた上級大将オフレッサーに
大宰相は容赦なく自身最大の攻撃力を持つ灼熱の不死鳥を惜しげもなく叩きつける
先程までの刺客とは格の違う獰猛な男に手加減をする必要性を彼は認めなかった


不幸なことに、その認識は正しかった事が一瞬で証明されることになる




「ふんっ!大宰相ご自慢の火系魔法も所詮はこの程度か・・、温過ぎるわぁっ!!」



オフレッサーは携えたトマホークを一閃させると
何人もの猛者に永遠なる沈黙を与えた不死鳥を易々と掻き消した



『・・!?、なん・・・、だと・・・?』



その余りにも非常識な光景にリヒテンラーデは驚愕し
大宰相としての威厳を一瞬にして失うことになる

もっとも、続く一撃で胸を深々と抉られた宰相だった男にとって
過去に存在した威厳などというものが如何程の価値を持たないであろうが・・・


自分に向かって生きる力を失い崩れ落ちてくるリヒテンラーデを
無造作に払いのけたオフレッサーは『任務』の仕上げをするため

座り込み泣き喚く子供へと、巨躯を揺らしながら歩みを更に進め
その可愛らしい首根っこを掴むと、人形の首を圧し折るような手つきで
フリードリヒよんせの首を圧し折り、二度と動かぬ『小さな木偶人形』へと変え
まるで、地面に空き缶を捨てるような動作でその小さな木偶を捨てた



「所詮は老人と子供!この俺様の圧倒的な力の前では無力よ!!」



目的を達した喜びなのか、殺戮に酔いしれたのか見当も付かぬが
オフレッサーは二人の哀れな木偶を踏みつけながら
雄叫びのような笑い声を広場に木霊させ続けた


その光景は、見るものに帝国の終焉を予感させずにはいられなった・・・


『レンネンカンプ』が始まって以後、もっとも多くの命を奪ってきた男にとって
この世界の最高権力者ですら、他の獲物と変わりない『モノ』であった



   獣王と称された化物は狂ったように咆哮を揚げつづける!!




■感謝と悔恨と決意■


皇帝襲撃地点となった戦隊ショーの会場は一瞬にして地獄へと姿を変えた

皇帝弑逆を目的とする刺客達と違ってただ自身の欲望と快楽に身を委ね
無秩序に観客やスタッフを襲い始めたケダモノ達に分別や見境など当然なく

会場内は剣戟の音だけでなく、攻撃魔法の爆音や無差別に飛び交う弓矢などが
一瞬にして、不幸な低レベル者達の命を奪う死と隣り合わせの場所となる


大宰相と獣王がその圧倒的な武威を示すさなかも
罪なき無名の人々達はその儚い命を散らし続けていたのである



■■




『今日楽しかったなぁ。あと奴隷から解放してくれて本当にありがとう
 もっと仲良くなりたかったけど・・、友達に・・・なってくれてありがと・・ね』



振り返りながら、どこか寂しい笑顔で感謝の想いをアルフィーナに告げたリアは
そのまま仰向けに倒れ、苦しそうな顔をして咳き込みながら血を二度吐くと

もう、動くことは永遠になかった


誰にでも等しく訪れるデスペナから、低レベルである彼女は逃れる術を持っていなかった

彼女の命を無慈悲に奪ったのは『ロックラッシュ』という
中級土系範囲魔法によって生み出された拳大の岩石であった


その凶器となった小さな石ころは、簡単に彼女の腹を抉り突き破った
回復アイテムも回復スキルも回復魔法も間に合わぬ一瞬の出来事
低レベル者のHPは彼女を生き永らえさせるには余りにも少なかったのだ・・・



「うっ嘘・・、リアってさっきまで笑って・・。嫌だよ・・なんで助けたのに
 助けた気になってたのに!!私、ちゃんと約束したのに守れないなんて!!」



一瞬にして大切に想っていた友人を失ったアルフィーナは
直ぐに何が起ったのか把握はしたが、理解する事が出来ず
もう冷たくなったリアを抱きしめ、赤ん坊のように嗚咽を漏らすことしか出来なかった
ケダモノ達が傍若無人に跋扈する場の中心地であるにも拘らず



『ヒャッハァー!!上玉がいるぜ!上玉はやっちまえ~!!』



そんな無防備な彼女を見過ごすほど欲望に素直なケダモノ達はやさしくはない
近くに居た五、六匹が彼女を欲望の捌け口にせんと襲いかかる


『あべっし!!』「びびぶっ!」『べへっほっ?』「へぶばぁっ!」「ごぶとっ」



・・・が、後方から、控え室の付近の方から飛来した数本の矢によって
汚らしい汚物たちは二度と動かない木偶へと姿を変えさせられ、事なきを得る

『立ってぇっ!立ってアルフィーナ!みんなを助けて!!お願いみんなを守ってよ!!』



弓を放ったグルック、放心状態のまま座り続ける友人に声を張り上げる
彼女自身も目には涙を溜め、今にも膝から崩れ落ちそうだったが
尊敬するこの『夢の国』を作った人に恥ずかしくない最後を迎えるため

経営者として、最悪の事態を防げなかった責任を取る為
細い腕に鞭を打ちながら弦を引き、観客と従業員を守る為に矢を次々と放ち続ける



『こっちの女を殺せ!!』「弓使いから消すぞ!!」『囲め!囲んでなぶり殺しだ!!』



その献身的な姿勢は当然の如くケダモノ達を激怒させ
『弓使い』が苦手な近接戦を挑むべく次々とグルックに迫ってくるが

『最大の危機にこそ最高の成果を挙げろ』と何度も言われて来た彼女は
もっとも距離が近い獣に狙いを定め確実に効率よく射殺し
容易にケダモノを自分の傍まで近寄らせなかったのだが


残念なことに矢は有限である。背中に担いだ矢筒に手を掛けて空を切った瞬間
グルックは絶望的な表情を見せることになり、
ケダモノ達はそれとは対照的な汚れた復讐心を張り付かせた醜い笑みを見せる


だが、グルックは諦めなかった。最後まで諦めたくなかった・・・
既にその用を成さなくなった矢筒を向かってくる獣の顔に投げつけ一人を昏倒させると
弓を振り回して群がる相手を弾き返しつつ
隙を見ては距離を取り囲まれないように足掻き続けたていく


しかし、少しずつではあるが、相手の攻撃をその華奢な体に受けることになり
体に付いた傷の数を増やし、血を流す内に疲労も溜り、その動きを鈍らせていき
やがて、弓も折れて武器を失い退路のない袋小路に追い詰められことになり
『夢の国』の経営者として最後まで奮闘した彼女は最後を迎えようとしていた



『はぁっはぁ・・、最後まで諦めなかったんだから
 あの人も、ぎりぎり笑って許してくれる・・・かな?』




■沈黙は鉄壁也■


戦隊ショーが行われている『夢の国』西地区とは反対に位置する東地区では
相変わらず激しい戦闘が続いていたが、徐々に終局へと向かいつつあった


ヘインが助けを頼んだフェルナーや鉄壁、沈黙に双璧などが
ギルドメンバーを引連れて事態の鎮圧するための増援として駆けつけてくれたのだ

この動きに対して、『リップシュタットの盟約』も陰謀をなんとしても成就させんとして
『夢の国』ギルマス、サブマスでもあるブラウンシュバイク公と
リッテンハイム侯が自ら先頭に立ち、配下の精鋭引連れて侵攻してきたのだが

その動きを察知した赤金双璧軍団に逆フルボッコされてデスペナを喰らってしまい
帝国最大ギルドであった『リップシュタットの盟約』はギルマス、サブマスの
同時ロストという珍しい現象によって瓦解してしまうことになった


この結果、既にオフレッサーの手によって皇帝暗殺を成し遂げていたのだが
ギルド自体が崩壊してしまった為、実行犯の努力の全ては徒労に終わることとなる


■■



最初はどうなる事かと思ったけど、なんとかここら辺は落ち着いてきたな
一先ず、助けに来てくれた奴等にこっちを任せて、西地区の方に向かうとするか


「フェルナー!俺はちょっと抜けて西地区を目指すことにするわ
 とりあえず、グルック達を探しに行く。食詰め付いて来れるか?」


『ふん、誰に聞いている?お前の赴くところならば私は
 どこへだって着いて行って見せるさ。要らぬ心配をするな』


「へいへい。大丈夫そうなら良いよ。そんじゃフェルナーこっちは頼んだ」


『了解しました。此方がもう少し落ち着き次第直ぐに増援を編成し
 西地区にも部隊を派遣するように致します。お二人とも御武運を!』



そんじゃ行きますかね。ホントは安全な所で隠れていたいけど
アルフィーナやグルックを見殺しにしたりしたら
夢に出てきて永延と文句垂れてきそうで後が怖いからな


『まぁ、偶には正義のヒーローごっこもいいんじゃないか?』

「うるせー、どうせ俺はちゃちなモブキャラ止まりの男だよ!」


『そんなことないさ。小心者だけど誰よりも優しくて・・・
 ヘイン、お前は私にとって間違いなく最高のヒーローだよ』






こいつ最初に見たステータスのこと、まだ覚えてやがったのかと
ブー垂れながらも満更悪い気がしなかったヘインは

後ろからでも分かるほど耳を赤くした少女に遅れを取るまいと
黒煙が立ち昇る『夢の国』西地区へ向かって駆ける
なるべく楽に友人達だけでも助けたいという
自分勝手で都合の良い欲望を胸に抱きながら



『血の惨劇』の中、少しだけでもマシな状況を求めて
人々はそれぞれの持つ、自分勝手な正義の剣を振るい続けていた




■最悪な足止め■


西地区と東地区を結ぶ唯一の道でもある『シルヴァーベルヒ通り』には
殺戮ギルドとして名高い『はじめ人間オフレッサー』の精鋭中の精鋭が
外部からの侵入を防ぐ為、万全の準備のもと通りを封鎖していた


だが、その精鋭に匹敵する実戦経験を誇る二人のコンビは
その精鋭達を相手に苦戦しつつも次々と打ち倒し
封鎖部隊を指揮する二人の猛獣を表に出させる事に成功する。



刻一刻と時間が過ぎる中、ヘイン達二人は目の前の強敵を倒さざるを得ない
彼等の後ろにしか、友人たちが待つ場所に辿り着ける道は無いのだから



■■


『ここまで我等二人を梃子摺らせるとは・・』『敵ながら天晴れといえよう』



へいへい、褒めてくれなくてもいいから、ここ通してくれないかな?

『ヘイン、無駄な問答は止せ。あいつ等に通す気など最初からないさ』


まぁ、それは分かっているんだけど、出来たら楽したいのが
人間てもんだと思うんだけどねぇ~俺は



『残念ながらお嬢ちゃんの言う通りだ。貴様等は我等を倒さぬ限り前に進めぬ』
『そして、この力を使った我等に勝てるものなどオフレッサー隊長以外存在しない!!』


注射器・・・だと!!

あれか、使用法を間違えると突然ライトに喧嘩を売ったり
職業が自称だったことがバレてしまう恐ろしい悪魔の秘薬を使う気か?


『正気じゃないな。ヘイン、お前は間違っても手を出さないでくれよ』


手なんか出すかよ。あれだけには手出しちゃだめだろ人として


『クックク、臆病者共が、我等はこれによって鬼神の力を手に入れる!!』






        『 サイオキシンコンソメスープだ!!! 』











結論から言うと二人はあっさりと勝った。勿論、ヘイン達の大勝利である


一本目の注射を終えた男は有り得ない位に筋肉を膨張させ
その驚異的な姿にヘインと食詰めの二人は言葉を失ったのだが

もう一人が、二本目の注射を自らの腕に打った後に
別の意味で言葉を再び失うことになったのだ


そう、二本目の注射を打った男が突然泡を吹き始めて倒れ
ピクリとも動かなくなってしまったのだ

そして、その僚友の姿にもっとも動揺したのは一本しか注射を打たなかった男だった
彼は見ているほうが気の毒になるぐらいうろたえ出し、何処かに電話を掛け終えると
あろうことか、横で泡を吹いて倒れる同僚に救護措置を取る事無く見捨てて逃げ出す



『ダメ、絶対か・・・』「あぁ、そうだな。とりあえず先急ごうぜ」



何はともあれ、戦わずして強敵二人を葬り去った二人は再び、西地区へと駆ける
ここで足止めされた時間を少しでも取り戻そうと


ただ、残念なことにこの時点で奮戦するグルックの救出に
二人は間に合わないこことが確定してしまっていたが

腐っても、彼等はオフレッサーと共に常に最前線で無茶な戦いをしてきていた
いくらへインと食詰めが高レベルで経験が豊富であっても
楽々と突破できるような雑魚とは違っていたのである

彼等は既にダイヤモンドより貴重な『時間』を浪費してしまっていた




■糸を紡ぐもの■


リヒテンラーデの大魔法によって燃えた木々の焦げ臭さと
人々の流した血の臭いが混ざる中で


大切な人と共に創った『夢の国』を守ってきたグルック女史の夢は
暴徒と化した人々と老人達の汚れた欲望によって終わりを迎える


その中心地に最悪の化物を残しながら・・・






■■



あれ?ぜんぜん痛くないけど、即死だったのか?死後の世界ってあるんだねぇ~
って、デスペナで動けなくなっただけか、でもこのまま真っ暗の中です~と過ごすのかぁ・・
なんか絶対発狂しちゃうよ。ずっと動けないなんて酷い拷問だよね?



『グルック、グルックさん!!いつまで目を閉じていらっしゃるんですか?』


あれ、アルフィーナちゃんと復活したんだ
最後に発破掛けといて正解だったかな?リアの事は凄く悲しいけど
それで、アルフィーナまで同じ目に遭うなんて絶対嫌だったから


『いつまで寝てるんですか!!ささっと起きて避難して下さらないと困ります!!』


「もう!!ぺちぺち叩かないでよ!!こっちはデスペナで動けないんだから!!
 って、あれ?動けるし、目も見えてる?アルフィーなこれどういうことかな?」


『はぁ~、しっかりした方と思っておりましたが、貴女も抜けた所が御ありなんですね
 貴女に襲いかかろうとしていた人達は、私がこの竪琴の弦を使って輪切りに致しました』 




うげぇ、ちょっとこれはグロテスクかも・・・
こんなバラバラの状態でデスペナなんか受けたら
一瞬で発狂しちゃう自信あるかな
でも、この人達のしたことを考えれば自業自得だから
同情なんてする気はさらさらないけどね



『でも、貴女の御蔭で目が覚めましたわ。これはその御礼と思って下さって構いません』

「ううん。ちゃんと御礼を言わせて貰うわ。アルフィーナ、助けてくれて有難う♪」


『どういたしまして、って抱きつかないで下さい!!今はそれどころじゃ!!』


もう、アルフィーナって大胆なように見えて結構恥ずかしがり屋さんなのよね
でも、そんな所がかわいい妹って感じがしていいんだけど♪

あんまりからかう怒っちゃいそうだし、ちゃんと言うこと聞こうかな?


「はいはい分かりました。ちゃんと言う通りに避難するわよ
 勿論、アルフィーナも一緒に避難するんだよね?そうだよね?」

『すみません。私は一緒には行けません。あの化物を止めます
 あの男がこの事件の、リアの仇です。私は絶対にあの男を許せません
 それに、あんな化物を放置しては更に被害者を増やすことになりますわ』


「そんな、なにもアルフィーナが無理しなくても・・・、そっか、そうだよね
 分かった。でも、絶対、無理だけはしちゃだめだよ?逃げてもいいんだよ?」

『はい!分かってます。グルックさんは皆をお願いします』






未だに咆哮を揚げながら殺戮を楽しむオフレッサーは流石に無理と
一緒に避難するべきだとグルックは最初主張したのだが、アルフィーナの瞳を見て諦めた
彼女の決意と『情熱』に燃えた瞳は、かつての上司の瞳と同じ色だったから


グルックは今の体力と自分の力量では到底あの化物に敵いそうになく
却って大切な友人の足手纏いになることがよく分かったので

ありったけの回復薬を渡すと、くれぐれも無理しないようにと彼女に言い含めると
素直にその他の客や従業員を誘導しながら比較的安全な東地区を目指して避難する


そして、アルフィーナは彼女達を無事避難させるため
猛獣と化した獣王オフレッサーを足止めするため
守れなかったリアの代わりにみんなを守る為


たった一人で、『レンネンカンプ』史上最強の化物、『獣王』の前に立ち塞がる




■圧倒的なる破壊者■


既に皇帝暗殺という目的を達したオフレッサーは
不必要な殺戮行為を行う必要などなく、その圧倒的な力を持って
『夢の国』から出国するだけでよい筈であった
だが、彼は敢えて不必要な殺戮を執拗に続けようとしていた


勿論、彼は快楽殺人者という訳では無い
その一見して厳つ過ぎる顔から、脳筋ヤローと蔑まれる事もままあるが
自ギルド構成員を完璧に掌握する力量を見せるなど
それほど知性は低くなく、どちらかといえば高い方であった


だが、彼はそれ以前に本当の意味での『求道者』であった
この狂った『レンネンカンプ』の世界で自分の純粋な力が
どこまで高める事が出来るのか、それを求めずには居られなかった
だからこそ、彼に心酔する二人の側近すらも危険な悪魔の秘薬の実験に供し
今もまた、自分のレベルを効率よく上げるためプレイヤーキルを
嬉々として継続し続けていた。そんな彼だからこそ、この世界でもっとも強く
最も高いレベルに到達する事が出来たのかもしれない



彼のレベルはこの時点で唯一、2000レベルに達していたのだ



■■



カッコよく足止めを引き受けたものの、正直なところ想定外ですわ
この男、強すぎますわ!!見た目に反して技も上手く、速さもある

端的に言えば付け入る隙がありません
唯一の救いは獲物が近接用の斧という事位でしょうか?



『どうした小娘?貴様のちゃちな糸位ではこの俺の鋼鉄の体には傷一つ付けれぬぞ
 それに、下手糞な歌はもう止めたのか?もうネタが無いなら悲鳴を聞かせて貰うが?」



くっ、人の気にしてる事を抜け抜けと!!だったらもう一度聞かせて差し上げますわ!!
残りMPもうあと僅か、出し惜しみしてもジリ貧ならば、ここで勝負を決める!!




「聞き惚れなさい!我が紡ぐ死の旋律と歌声を!!!」





『はんっ、小娘がピーチクパーチクと!!叩斬ってくれるわぁっ!!』




■獣の咆哮は鳴り止まぬ■



ヘインと食詰めが惨劇の最終会場に向かう途中
東地区に避難するグルック達と遭遇することになった

そこで、彼女からアルフィーナがとんでもない化物を相手に
一人で殿として足止めをしていると知らされた二人は
グルックに頼まれるまで無く、アルフィーナを援護するために駆ける



■■



『ウガァッァアォォア!!!クソアマガァアッォァア!!コロシテヤルッ!!』



怒り狂った獣王が殺意に狂った雄叫びをあげる中
ヘインと食詰めは最後の舞台へとようやく到着する


彼等の眼前には耳から血を溢れさせながら猛り狂う獣王と
その獣王の牙によって虫の息となった少女が横たわっていた



「大体の状況は把握したけど、あいつに近づく勇気はちょっと持てなさそうだ」



怒り狂うオフレッサーの姿を見たヘインの第一声は怖気付きました宣言であったが
『お前らしい感想だ』と笑うだけで、食詰めはヘインを特に見損なうことはなかった

長い付き合いの彼女は、その後に続くヘインの言葉と行動を既に予測していたのだから




「とりあえず、アルフィーナだけは助けるぞ。嫌だけど俺が囮になるから
 その隙にお前はアイツを担いで安全な所に移してくれ、その後は時間稼ぎだ」

『悪くない案だな。時間が稼げればフェルナー達も直に駆けつけてくれるだろう
 ただ、私が心配性なだけかもしれないが、アレを相手に時間を稼ぐ自信は無いな』


「心配するな。正直、言ってる俺も無いわ」『嬉しいな気が合うじゃないか?』



軽口を交しながら、化物との距離を詰めた二人は一挙に動く!!



ヘインは十本の指すべてにファイボーマを無理矢理に宿らせ
それを惜しげもなくオフレッサーに叩きつける!!


その熱気と業火によって舞い上がった砂塵のベールを利用して
目的に到達した食詰めはアルフィーナを担いで、距離を一気に後方へと取る


■■



舞い上がった砂塵が落ち、視界が晴れても見当たらないヘインを探すと
距離を取ったはずの彼女達よりも遥か後方に、血を吐きながら腹を押さえるヘインが蹲っていた



『ほぉ、虫けらの割りに中々やるではないか、インパクトの瞬間
 自ら後ろに飛んで、ダメージを最小限に抑えるとは楽しませてくれそうだ』



心底楽しそうに笑う獣王の獰猛な笑みと視線に射竦められたヘインは
全然、楽しくねぇーよ馬鹿!!と叫びたかったが
胃液を苦しそうに吐くので忙しく、声を出す事など出来そうになかった


『ヘイン!大丈夫か?』「これを見て大丈夫と聞けるお前に驚くわ!!」


ヘインの返答に意外と大丈夫そうだと判断した食詰めは
アルフィーナを丁寧に降ろし、回復呪文を使って一応の処置を施し終えると
隙があれば逃げるように彼女に伝えると


神速を持ってオフレッサーの懐に飛び込み、剣を一閃させる!!


『ふん、早いだけの剣など怖れるに足らんわぁっ!!』



そう吼えて獣王は食詰めを遥か後方へと蹴り飛ばす!!


完璧ともいえる食詰めの見事な剣撃をトマホークの柄の先で突いて
易々とその太刀筋を逸らせたオフレッサーの技量はまさに化物に相応しいもので
続く蹴り技で食詰めに第二撃を振るわせなかった格闘センスも人外レベルであった


食詰めもとっさに鞘を引き上げ、それで蹴りを受けなければ
拉げた鉄鞘の代わりに一撃で戦闘不能に陥っていただろう



「おーい、食詰め大丈夫か?」
『ふん、魔法の支援も無しに、声だけ掛けてくれる卿の優しさに感動しているよ!』




嫌な汗を盛大に垂らしながら、食詰めは折れた肋骨を手早く治療していく
なんとか軽口を叩きながら平静さを保っているが
正直なところ、逃げ出したくてしょうがなくなっていた

もっとも、そんな甘い考えを許してくれるほど
簡単な相手ではないということは十分すぎる程分かっていたので

使いものにならなくなった鞘をぞんざいに投げ捨てながら
再び何度も死線を共に潜り抜けてきた愛剣を強く握りなおす


異様な長さを感じる短い死闘は、まだ始まったばかり・・・




■■



戦いが始まってヘインは怖かったので中距離からの魔法攻撃に終始していたが
限界ギリギリまで圧縮した魔力を魔法に変えて幾度と無くぶつけ続けても
一度たりともオフレッサーに有効打を加える事が出来ていなかった

一方の食詰めも自慢の剣技と神速をもって何度も剣撃を仕掛けるが
そのどれもが簡単に捌かれてしまい、精々、薄皮程度の傷をつけるのがやっとであった


もしも、アルフィーナの攻撃でオフレッサーの三半規管が多少なりともイカレていなかったら
とうの昔に二人とも仲良く揃って、デスペナの制裁を受けることになっていただろう
そして、それだけのアドバンテージがあっても、時間稼ぎすら出来なそうであるという事実が


二人に否応も無く、化物との圧倒的な実力差を思い知らせていた




「これは、本気で・・・、やばそうだな」

『どうした・・・、息も・・あがって、弱気に・・なってきたか・・?』



息も絶え絶えな両者は決断を迫られつつあった
このまま絶望的な戦いを続けるか、起死回生の一撃に賭けるか

残念なことに一番成算があった逃亡という選択肢は
今の彼等に残された体力では選択にカーソルをあわすことは出来ない




「多分、時間稼ぎしても・・・、無駄そうだな」

『はぁはぁっ・・、私にひとつ手が・・・ある。乗らないか?』





肩を寄せ合う距離に久しぶりに立った二人は
最後になるか知れない相談をする




『どうした、最後のお話は終わりか?遺言など残さずとも
 心配せずとも、二人仲良くあの世に送ってくれるわぁっ!!』



気勢をあげたオフレッサーが突進してくるのに併せて
食詰めも剣の切っ先を化物に向けながら、最後の力を振り絞って走る!


ヘインもありったけの魔力を込めて風系上級魔法『グラズエァー』の
球体を両腕に宿らせ、最後のタイミングを必死に見極めようとする!!




『ヘイン!!いまだっ!!!』「突っ込めぇえ!!」



食詰めの合図と共にヘインは両腕に宿した魔法を『食詰め』に叩き付けた




        『なんだとぉっ!!!』




攻撃魔法を味方にぶつけると言う予想外な光景に
オフレッサーは少なからず動揺してしまう

その隙をヘインの風魔法を受けて更に加速した
食詰めは見逃す訳も無く、剣の切っ先を化物に突き立て
その勢いのまま化物の巨躯を突き破った!!!


『ウォオオォオッオー!!オァアオオォオッ!!!』


狂った獣のような声をあげながら、遂に非道の限りを尽くした
獣王はその巨躯を激しく揺らしながら地面へと叩きつけられるように倒れた









■侍女と野獣■



魔力を使い果たしたヘインに、その最後の魔法を受けて傷だらけになった食詰め
既に、二人には戦う力は残っていない。ギリギリの戦いだった

リヒテンラーデ、アルフィーナと
彼等より前に戦った者達が少なからぬダメージを加えていなければ
獣王を地に倒れ伏させることなど、不可能であっただろう



■■



『終わったな・・・』「あぁ、なんとかな」



服も体もボロボロになって酷い有様の食詰めに声をかけられたヘインは
心底疲れたといった体で答えを返す、立つのも億劫なほど疲れていた
爽快感より疲労感の方が大きい、二人にとってそれほど苦しい戦いだった



「アルフィーナ、なんとか生きてるかぁ~?」

『御蔭さまで、なんとか生きてますわ』



アルフィーナも食詰めの回復呪文の御蔭か、
なんとかしゃべれる程度には回復していたが
その疲労とダメージの大きさは少し離れた所で
地べたに寝転がる二人とそう変わらなさそうであった



「とりあえず、フェルナー達が着いたら後片付けだな・・・」



そう言って振り返って食詰めの方を見たヘインは言葉失った
余りにも不自然なヘインの様子を怪訝に思った食詰めも同じように振り向いたのだが
その理由が目に焼き付けられて否応がなしにヘインと同じ状態に陥った



剣を深々とその巨躯に突き刺された手負いの獣が立ち上がっていた・・・



「思えば、短い人生だったな・・」『これは・・、諦めるなと言う気も起こらないな』
『残念ですけど、一応、足止めが出来ただけ善しと思うことにしますわ』




その理不尽で、無慈悲な光景を見てなおも立ち上がれる気力も
体力も残念ながら、三人には残っていなかった

ゆっくりと血を地面に滴らせながら近づいてくる化物を前に
彼等は自分達が捕食される哀れな獲物だという事をようやく理解し
その不愉快極まりない事実を受け容れる覚悟する


だが、幸いな事にその覚悟は二人の『新たな』狩人の手によって無駄なものにされる



■■



    『獣王と呼ばれた男が随分と派手にやられたものですね』



突然、戦隊ショー会場に隣接するカフェから現われた二人の女性の内一人は
淡々と冷たく言い放ちながら、獣に突き刺さった剣を無造作に握り
そこに魔法で炎を走らせながら獣の傷口を中から焼き
その痛みで化物に絶叫をあげさせることに成功する


無論、オフレッサーも幾多の戦いを終えて手負いであったとはいえ
ただ黙って焼かれるような醜態を晒したわけでは無い
無礼にも獣王たる自身に向かって近づく、美しい顔をした愚かな女に

本来の力強さと速さは失われてはいるものの
見るものを唸らせるには充分過ぎるほどの斬撃を放っていたのだが
その侍女風の女性は、上体を少し揺らしただけで容易く、その攻撃を避けた



『お嬢様、もうそろそろこの方には退場して頂くべきかと?』

「そうね、カーセが言うならそうしましょう!折角のチャンスだしね♪」



かわいらしい声で答えたもう一方の少女は、手に装備したクローではなく
投擲用のナイフを全く同じ軌道で時間差を付けて二本投げる事によって
一本目を片腕で叩き落したオフレッサーの右目にナイフ突き立てることに成功する



『小娘共がっ!!!そこに転がる三人と併せて殺してやるぞっ!!!』



更に手傷を増やした獣は、もはや堪忍ならんとばかりに
新手の二人の少女に猛然と突進する・・・、それが彼の最後の攻撃になった




「もう、しつこいオジサンって私の趣味じゃないから」



無邪気な笑顔を見せた少女は、侍女が放った火系魔法を
再び体に突き刺さった剣に受けて、仰け反り悲鳴をあげる獣の顎に
完璧すぎるサマーソルトを決めて仰向けに倒すと同時に

地面へと堕ちる慣性を利用した踵落しを、目に刺さるナイフの柄に叩き当て
オフレッサーの脳を無慈悲に破壊し、デスペナの制裁を与える



『あぁ~、お嬢様の技のキレ完璧すぎですわ!!それにその後に少し体勢を崩されて
 照れたような顔を振り返ってお見せになるなど、もう正直溜りませんわ!!』

「えへへ、カーセったら褒めすぎだよ」






まさかの獣王の復活から、突然の乱入者の登場に
完璧に置いてけぼりにされた三人は、オフレッサー殺害後の二人の遣り取り
今日、何度目か分からぬ硬直をして見詰める事しか出来なかった




「あ、そうそう。すっかり挨拶するの忘れる所だった。私、サビーネです!よろしくね♪」
 
『私、お嬢様の侍女を務めさせて頂いておりますカーセと申します。お見知り置きを』



満面の笑みで自己紹介をする少女と、
鼻血を垂らしたままキリッとした顔で自己紹介をする侍女を見ながら
もう三人は、ただ、ただ早く家に帰って眠りたいと思うようになっていた



三人にとって、厄日中の厄日は新たな濃ゆ~い登場人物を加えて
ようやく終わりを迎えようとしていた







ようやく終わった『夢の国』での『血の惨劇』
その大きすぎる傷と痛みは当事者達の感覚を麻痺させ
彼等がその重みを深く実感するのは、翌日以降へと持ち越されることになる


失ったものが、どれほどの価値があったかを知れば知るほど
人々の絶望は深くなっていくのだから・・・




  ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1492・・・・・


                ~END~



[6296] クソゲーオンライン23
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2009/08/12 19:50
未だに燻り続ける黒煙と焼け焦げた臭い

横たわるのは理不尽な制裁を受けた人々と
自らの醜い欲望を実行に移したことによる報いを受けた人々


夥しい数の被害者と加害者を生み出した惨劇は
『夢の国』を悪夢に染め、その終焉を決定付ける



■夢の跡に・・■


惨劇から一夜明けたデスティニーランドは
皇帝暗殺という大逆の事件現場として、一時的に国有化され
『私有地』から安全な街フィールドへと生まれ変わる


もっとも、その惨劇の後始末までしてくれるほど
官吏NPCは優しくなく、グルック以下の生き残った従業員や
二度と動かない人々の遺族や友人達は、暫くの間は後片付けに追われることとなる



■■



『こんなことになるなんて、ううん、言い訳だね。安全面や警備面の配慮が
 足りなかったのは事実。一応、経営者の立場にいた私が一番悪いだよね・・』

 
「そうだな」




『そうだなって・・、ヘイン君って結構きついね。でも、下手な慰めされるよりいっか
 私ね諦めないよ。いつか現実世界に戻ったら、ここよりずーと、ずっと凄い楽しい
 テーマパーク作って見せる。あの人が悔しがっちゃう位のみんなが幸せになる場所を・・』


『それ良いですわね。その時は私とリアにもお手伝いさせて下さいね
 きっと、あの子なら一緒にお手伝いしようって言ってくれる筈ですわ』



くしゃくしゃの顔で強がる二人に掛ける言葉をヘインは見つける事は出来なかった
義眼を喪ったときに、どんな慰めの言葉も役に立ちはしない事を彼は知ってしまっていた

そして、自分が精々出来る事は彼女達の話を聞いてやり
友人として傍にいてやること位しか出来ない事を分っていた


傷心の二人をやりきれない思いで見詰めながら
ヘインは惨劇の終幕間際に滑り込んできた
少女達の誘いを真剣に考え始めるようになっていく





■お嬢さんのお願い■


ビーストガールと一部のファンから呼称されるサビーネ
侍女姿と手に持つデッキブラシが妙にマッチするカーセ



彼女達は手負いとはいえ、あっという間に『レンネンカンプ』
史上最強プレイヤーの獣王オフレッサーを屠った

その事実を目の当たりにしたヘイン達三人はただ驚きつつ
黙って二人を見詰めることしかできなかったのだが



そんな彼等の事情などお構い無しとばかりに
乱入者の二人、サビーネとカーセは自己紹介が終わるや否や
本来の目的でもある非常に大胆な提案を彼等三人に行う


■■


『挨拶もそこそこに不躾な話をする非礼をまずお詫び申し上げますが
 本日、お嬢さまとこの地を訪れたのは、ブジン閣下とレンハイト中将に
 お願いしたい儀があってのこと、決してお時間を取らせませんので
 どうか、お嬢様の言に耳を傾けては頂けないでしょうか?お願いします』



そう言って、ヘインの手を両手で優しく取るカーセと名乗る侍女は
不必要にその美しい顔をヘインの顔に近づけて『お願い』をする

その攻撃に予想通りどぎまぎしながらも堕ちたヘインは
首をカクカクと縦に動かしながら頷き
彼女の要求を全面的に呑むことを言葉ではなく態度で示していた

 
その姿をジト目で見つめる少女が、直ぐ傍にいることには全く気付くことなく



「じゃ、みんなお疲れみたいだし、ちゃちゃっと説明しちゃうからね♪
 私達といっしょに大魔王レンネンカンプ殺しに行ってくれませんか?」



可愛らしい笑顔でさらりと物騒な発言をするサビーネに
またもや三人は絶句させられる事になる

それも当然であろう、今しがた倒した化物ですらレベルは2000を超えた程度
先程の戦闘で自分達も大幅にレベルを上げたとはいえ
ヘインと食詰めは1800台、アルフィーナに至っては1500にようやく達した程度
自称530,000レベルの大魔王にとても挑めるとは思えなかった



「貴女、正気ですの?魔王のレベルを知らない訳では無いのでしょう?
 レベルが2千にも達しない私達が、大魔王に敵うわけありませんわ!!」



その少女の無謀な発言に些か気がたったアルフィーナは
彼女から出された提案は一笑に付すような荒唐無稽な話だと断じる

先程の闘いで500以上レベルの高いオフレッサーと
絶望的な差をその身をもって実感した彼女やヘイン達にとって
その誘いは暴挙以外の何物でもなかった


だが、主に代わって答えを返した侍女の見解はヘイン達三人とは全く異なるものだった


『私は大魔王レンネンカンプがオフレッサー以上の化物とは到底思えません
 彼は間違った方向であったかもしれませんが、レベルを超越した力を持っていた
 そう私達は考えております。また、その彼を打ち倒すほどの力を見せた貴方達と
 協力すれば、必ず傍若無人な立振舞いをする愚かな男を打ち倒せると信じております』


「うん、直ぐに返事はしなくてもいいから。でも、私達は今日から三週間後には
 レンネンカンプ城の攻略に取り掛かる予定だから、それまでに返事欲しいかな♪
 そうそう、他にもレベルが1000超えてる人がいたら、誘ってくれると嬉しいな」



二人は言いたい事を言い終えると、もう用は済ませたとばかりに
くるりと回ってスカートをヒラヒラとはためかせながら
颯爽と踵を返し、デスティニーランドを後にする


連絡先を記した紙切れをヘインの前に残しながら・・・




■一つ屋根の下で■



『血の惨劇』から一週間、ようやく後片付けも終わりかけ
グルックの奮闘もあって残された人々達の身の振り方に目処が付き始めた頃

ヘインは寝室で窓から差し込む月明かりに照らされながら
静かな寝息を立てる少女を物思いに耽りながら眺めていた

毎日、精一杯背伸びしながら、震える手を必死に隠しながら
自分と共にここまで歩いてきた大切な仲間の心底安心しきった寝顔を

汚れた手と自らの業の深さに怯え、手を握ってやらなければ
震えて一人で眠る事も出来なくなってしまった少女の穏やかな顔を・・・



■■



レンネンカンプのクソッタレがいなけりゃ
こんなことに巻き込まれなきゃ、俺も食詰めも平凡で退屈な生活を
なんにも有り難がらずに、ただ漠然と過ごしてたんだろうな


それが、血みどろの生活を3年以上も続ける羽目になるなんて
ほんと、勘弁してくれよ。どこかの並行世界の俺が良い目に遭い過ぎた
報いかなんかが理不尽に降りかかってるんじゃないかって思えてくるぜ




      「ヘイン・・・、お前も眠れないのか?」




なんだ起きてやがったのか?とっとと寝ろよ。子供はもう寝る時間だぞ
たぬき娘の世話はどっかの誰かさんの仕事で俺の役目じゃないからな



「相変わらず子ども扱いか・・、私の気持ちなどとうの昔に気付いていながら
 卿は冷たい男だ。その・・、もう少しだけ、女の子扱いして欲しいです・・・」



そんな事ねぇよ。ちゃんと家のかわいい子だって思ってるさ
なんたって3年もいっしょに暮らしてる家族だろ?俺たちは


「ほんとうに卿は残酷だ。分っていながら敢えてそんな発言ができるんだからな
 まぁ、家族という響きは悪くないが、続柄が妻若しくは呼称が嫁ならばより嬉しいが」



悪いが、それは無理な注文だ。何度も言ってるだろ?
ここはあくまでも仮想世界なんだ。とびっきり最悪のって言葉がつくな
そんな所で芽生える感情なんて、一時のものに過ぎない

お前は俺よりも若いし、焦って相手を直ぐに決める必要なんてないさ
現実世界に戻ったら周りに良い男は幾らだって転がってるかもしれないぜ?


だから、今は妙なこと口走ってないで子供らしく寝てろ
俺がちゃんと責任もってホントの家に帰してやるさ

まぁ、半人前の保護者だから、お前にも色々手助けして貰うだろうけどな





           「・・・、ヘインの馬鹿」







相変わらず人の良い笑みを見せながら、自分を子ども扱いし続けるヘインに
頬を膨らませながら可愛らしい文句を言い終えると
食詰めはシーツを顔まで被り、素直に眠りにつく

強力なライバルがいない現状では、無理に攻める愚を避けたほうが得策
まだ、慌てる時間じゃないと彼女は判断したのだ


何といっても自分はヘインに取ってこの世界で唯一無二の『家族』なのだ
この揺ぎ無い事実が彼女に大きな余裕を与えていたようである


もっとも、その言葉が少女に無理な背伸びをさせたくないという
ヘインの中途半端なやさしさから出たものとは気付いてはいなかったが




■それぞれの決意■


『血の惨劇』によって甚大な被害とフェザーン資本の容赦ない引上げによって
債務超過に陥った株式会社デスティニーランドは帝国更生会社法7条が適用され
事件から二週間後には清算手続きが開始されていた


また、その手続きと並行して監督者責任の追及も行われることになり
帝国労安法上の使用者責任を負う立場にあるグルックは
帝国上級労審にて裁かれるため、帝都第三拘置所に拘留されることが決定し
その結審後に有罪が確定すれば帝都女囚専用監獄に収監される予定になっていた


無駄にリアルな『レンネンカンプ』のゲームシステムは
とことん弱者になった者に容赦なかった



■■



『どうして、どうして貴女がここまでの仕打ちを受けなければならないのです
 悪いのは襲撃してきた無法者達の方ではないですか!貴女は命を賭けて最善を
 尽くしました。それは褒められる事はあっても、罰せられることは無い筈です!』



         「う~ん、経営者だからかな?」




グルックが裁かれ、やがて牢獄に捕らわれだろうという話を聞いたアルフィーナは
その理不尽にしか思えない彼女に対する仕打ちに不満を爆発させるが

当の本人が、別に何でもないことのようにサラリと答えた為
二の句を継げず、納得できないという顔で黙らざるを得なかった


そんな正義感に溢れる自分より少しだけ年下の友人の姿に
グルックは苦笑しながら、やさしく諭すように語りかける




「入場者と従業員を守るのは経営者の責任だよアルフィーナ
 私はそれを果たせなかった。だから、その責めを負うのは当然!
 その上、補助金に眼が眩んで皇帝の行幸なんか受け入れてるしね」


『それでもっ!それでも貴女だけがこんな仕打ちを受けるなんて!!』

「うん、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。貴女達の上司は
 こんな事ぐらいでへこたれる程、弱くないんだから、そんな顔しないの♪」




沈んだ顔を見せ始めたアルフィーナの頬をふにふにと引っ張りながら
最高の笑顔を見せたグルックは経営者として最後の責任を果たす為
大切な人と創った『夢の国』を後にする


帝国治安当局の二人に連れられながら、彼女を見送る人々に心配無いと
馬車に乗せられる最後まで、手を振りながら笑顔を見せ続けた彼女は
尊敬し、未だ想い続ける男に負けないくらい魅力的な人間へと成長していた






こうして、デスティニーランドは経営者グルックの逮捕拘禁を持って
その長いようで短い歴史を終えることになったのだが
その終わりは新たな始まりでもあった


残された彼女の親友は何事にも全力を持って挑戦し続けるのに必要な
『情熱』をしっかりとその胸に宿し、その想いを受継いでいた


アルフィーナは最後まで前を向き続けた友人、最後まで自分の心を癒してくれた友人を

大切な二人を救うため、大魔王レンネンカンプを殺すことを決意した



■■



『お嬢、今日は仮想世界であることが惜しいぐらいに良い天気ですね。もっとも
 天気など差して気にしないお嬢にとってはどうでもいい事かもしれませんが・・』



動かなくなった少女の横で久しぶりにデスクワークに励むフェルナーは
溜まりに溜った申告書の処理を手早く進ませながら、最近の出来事を語り続ける

その光景は、物悲しくも『レンネンカンプ』の世界では大して珍しくないものだった



「よっ、フェルナー大変そうだな。夏休みの最終日に宿題に追われる小学生みたいだな」

『その原因を作ったのは閣下ではありませんか、後始末まで狩り出されるとは
 さすがに思っていませんでしたよ。閣下の人使いの荒さには驚くばかりです』


「悪いね。頼りになる大人の知り合いが、フェルナー以外に思い浮かばなくてね」



自分の文句に全く悪びれずに答えるヘインの相変わらずの姿に肩を竦めると
フェルナーそれ以上は何も言わず、いつも後ろに付いているお嬢さんの所在を尋ねた
四人が揃わなければ、パーティーの今後を決めることなど出来はしないのだから



■■



『成る程、レベルの差は決定的な戦力差にならないですか?中々、
 興味深い解釈ではありますね。無論、安易に信じる気はありませんが』


『たしかに、オフレッサーの強さはレベルの枠を超えた物であったとは思う
 直接対峙して私もそう思った。だが、それが他のケースにも当て嵌まるのか
 いや、対象を限定しよう。大魔王やその居城にいる敵にも同じ事が言えるかだな』




パウラのために髪飾り道中の露天で買い求めて
少し遅れた食詰めが到着すると、恒例となりつつある四人での攻略会議が始まる

今回の議題は突如として現われた二人の少女が出した
大魔王討伐協力要請に応じるかどうかというものであった


基本的に彼等も我慢の限界に達しており
これから直ぐにでもレンネンを殺しに行こうか~?状態であったが
雄図と無謀が同一でない事を、よく理解している四人は

些か希望的観測に過ぎるように思える謎の少女達の提案に
ほいほいと飛び乗る気にもなれないでいた



「とは言ったものの、三年以上命を賭けて戦ってレベルは2000にも届かず
 レンネンカンプの馬鹿と同じ所まで到達するのに下手すりゃ300年だぞ?」

『確かに、その計算で行くと現実世界でも3年は経ってしまいますね』

『それに、その間にいつバッテリーが飛んでもおかしくないのは変わらない
 必死の思いでレベルを上げ終えた所であの世行き、笑えない未来予測だな』




後発組の情報で初期ログイン組みのバッテリーが信用ならないことを知り
グルックからもシルヴァーベルヒの死因を知っている三人は
自分達が置かれる非常に不安定で危険な状況に溜息をつかざるを得ない

現状を維持した所でいつ死ぬとも分らぬ状況は変わらず
再び皇位継承絡みの戦争イベントや、その帝国の混乱に乗じた同盟の攻勢で
ここに静かに座る仲間と同じような境遇になってもおかしくはないのだ


ただ、言えることは二つ、いつかは答えを出さなければならないという事と
そして、その答えを出すために彼等に与えられた時間は
一見して無限のように見えるが、間違いなく有限であるという事




『ここは閣下にお任せするのが良さそうですね。きっとお嬢も同じよう思っています』

『そうだな。准将の言が正しかろう。ヘイン、お前が決めろ
 お前が私達四人の、パーティーのリーダーだ。それに従おう』


「おいおい、いつのまに俺がリーダーになったんだよ?ったく仕方ねぇーな
 後悔して文句言うなよ?まぁ、答えは決まってるけどなレンネンカンプの
 クソ野郎をぶっ殺すぞ!パウラやリアの目をさっさと覚ましてやろう!
 それに、あんまりモタモタしてると、グルックが臭い飯に馴れちまって
 お勤めが終わるころに味覚がおかしくなっちまうかもしれないからな!」



最後は下手な冗談で締めたヘインはサビーネ達の誘いを受ける事を決意する
再び、レンネンカンプが無茶なルール改変を行うかもしれないことも考慮すると
多少のリスクを取ってでも、前に進む選択肢を彼は選んだ

何よりも、横に座る大切な仲間をこれ以上このままにして置きたくなかった
その想いは他の二人も同じだったため、ヘインの決断に異を唱える事は無かった





■指導者の品格■



『夢の国』で『血の惨劇』が盛大に上演されている頃
フェザーンで補佐官という要職に付くボルテックは

彼の飼主であるルビンスキーと懇意にしている男
帝国とはことなる政体によって成り立つ国家の頂点に立つ男

同盟政府最高評議会議長の地位に就いて間もないトリューニヒトの私室を訪れていた
彼に有益な情報を与え、主人の思惑通りの行動を取らせるために



■■




『これはこれは、ボルテック補佐官、遠路はるばるようこそお越し下さいました
 同盟政府を代表して歓迎させてもらいますよ。どうぞ、こちらに御掛け下さい』



柔和な表情を張り付かせながら、ボルテックを来賓の間に通した主は
彼を下にも置かない扱いで席に進め、極上のワインによってもてなす

その一連のトリューニヒトの所作は洗練されており
彼が現実世界でも間違いなく、上流階級に属していることを証明していた
もっとも、彼は属するだけでなく、その階級に相応しい力量も持ち合わせていたが




「いやはや、議長自ら私のような者に斯様な手厚い持成しをして頂けるとは
 感激で言葉も出ませぬと言いたい所ですが、我が主ルビンスキーより
 一刻も早く、議長閣下に極めて有用な情報をお伝えするよう言付かっております」



上機嫌な交渉相手の様子に今回の任は比較的に楽に済みそうだと
勝手に思い込んだボルテックは、挨拶もそこそこに本題を切り出す

フェザーンの安定とその安全を守り続ける為にも
凋落しつつある同盟には、皇帝暗殺事件後に帝国で起こるだろう混乱を好機として
捲土重来を計って貰わなければならない
これ以上に帝国側に勢力比が傾けば、フェザーン侵攻イベントが発生しかねない

そうなれば、戦争イベントを一度も経験することなく
圧倒的な富を背景に安寧と惰眠を貪りつづけたフェザーン市民の多くは
その惰弱さに対する報いとして、デスペナを受けることになるだろう


その最悪の事態を避ける為にも、フェザーンはここで同盟を動かし
理想的な勢力比へと傾きかけた振り子を押し戻す必要があった

もっとも、そんな彼等にとって都合の良い提案を聞きいれる必要は
帝国と同盟の双方には無く、そんな彼等を動かすために
毎回、フェザーンはおいしい『エサ』提供しなければならない

今回の美味しい『エサ』は勿論、意図的に起こした『帝国の混乱』の情報である



『ふむ、自治領主閣下が同盟のために常に正確で有用な情報を
 提供していただける事に、先ず感謝の念を表明致しましょう』


「これも偏に、議長閣下に対する我が主ルビンスキーの強い友愛の現われ
 フェザーンの心は常に同盟の、いや、閣下の方を向いていると御考え下さい」



『ほぅ、それは心強いですな。ところで、今日のご用件はこれで終わりですかな?
 それならば、私はそろそろ失礼させて頂きます。大事な公務が待っているのでね』




用件を述べ終えた途端、急に冷淡な態度になった交渉相手に
ボルテックは俄に慌てて、トリューニヒトのいう『大事な公務』が
帝国侵攻のための準備であるか、問わずにはいられなかった




『は?国政についてこの私が部外者に、口外するとでもお考えですかな?』




必死なボルテックに返された返答は、先程の態度以上に温度を低くしたものであった
外交のイロハも知らぬ男に向けられた哀れみが篭った視線はただ冷たかった



「まさか、議長閣下はこの好機に座して動かないと言われるのですか!!
 このまま座して帝国の伸張を許せば、必ずや同盟の引いては閣下にとって
 重大かつ、極めて喜ばざる事態が招かれる事になるのですぞ!お分かりか!」



もう、ボルテック必死だなとトリューニヒトの秘書官が噴出しそうになっているのにも
気付かず、ボルテックは口から泡を飛ばしながら、退出の準備をする議長になお言い募る

だが、なんとしても満足の行く回答を得ようとした残念な男に返された返事は
期待する物とはかけ離れた、彼を絶望させるものであった




『補佐官はなにか勘違いをされているようだ。私はこの同盟の元首であり
 フェザーンの希望だけを叶える君達の走狗ではないのだよ。それに私は
 愛国者であり、帝国に対する主戦論者ではないのだよ。帝国の臣民もまた同盟市民と
同じで守るべき日本の国民だ。私のすべき事は常に両者にとって最良の選択をする事だ』




日本共和国において総理局政務参事官という高級官僚の地位に就き
次の選挙で国政に打って出ようとする彼は、輝かしい自分の未来を守る為
最大限、保身の為に努力する気であったが、この世界での覇権などに
なんら興味を示しては居なかったのだ。

それ以上に、彼が重視したのはこの異常事態という好機を利用して
今後、政界に打って出た際に確固たる支持を得る為に上手く立ち回ることに
主眼を置いた行動を取ろうとしていた。そのために、復讐心を満足させるべき時は
主戦論を唱え、時には無謀な出兵を諌める停戦論を唱えることによって


多くの人々に常に正しい見識を持って行動できる男と印象付けてきたのである
彼はこの世界の事を最も仮想世界に過ぎないと割り切っていたのだ


だからこそ、帝国を打倒する好機であろうと、むやみにデスペナを増やしたと
『レンネンカンプ』事件が解決し、現実世界へと帰還した際に
後ろ指を刺されるような動きを取る気は全く無かったのだ


彼にとって一番重要なのは保身を図りつつ、いま人々から得ている高い支持を
そのまま現実世界にフィードバックすることなのだ
こんなクソゲーの戦略パート上での勝利など、彼にとってクソ以下の価値も持っていない


フェザーンの黒狐も優れた男であったが、二つの世界で利害を冷静に計算する点では
遠くヨブ・トリューニヒトには及ばなかった



一人、同盟元首の客間に残された補佐官は項垂れ、交渉の失敗を悟る


■魔王討伐隊■


帝都中央門前広場にはサビーネとカーセの二人の誘いに応じた
レベルが1000を超える『求道者』立ちが集っていた

彼等の目的は大魔王レンネンカンプ殺害することによって
ゲームをクリアし現実へ帰還すること
勿論、大魔王出鱈目なレベルもあり、レンネンカンプ城を一回で攻略し
大魔王を倒せると考えている者はおらず

まずは、新たに現われたダンジョン『レンネンカンプ城』を下見しようという考えが
参加者達の大半を占めていた。高レベルまで生き残っただけはあって
皆、ヘイン達と同じように慎重な考えを持っていた


■■


『お嬢様、もうそろそろ刻限です。今集っている方々で全員かと?』

「へぇ~、意外と集ったね。うん、じゃぁ、そろそろ出発するからみんな注目!」


カーセに促されたサビーネが集った人々に声をかけると
一斉に視線が彼女に集る。ある者は彼女の実力探り品定めをするような
また、ある者は今後の展開をどう運ぶのかと興味深そうに
そして、そのどれにも当て嵌まらぬアホな男はかわいい~と
全く場違いな思いを抱きながら彼女に熱い視線を送っていた

そんな、様々な思惑の篭った視線を一身に浴びながら
サビーネは全く臆することなく、天真爛漫そのものといった感じで
元気一杯に今回のレンネンカンプ城攻略の方針を集った聴衆に語りかける


「まずは、私達の呼びかけに応じてくれてありがとう!ほんと嬉しいです♪
 今回のミッションはとても厳しい物になると思うけど、皆となら必ず乗越えれる
 私達はそう信じています。最初はダンジョンの地図の作成とかモンスターの
 調査とか地味な作業が続くと思うけど、我慢して手伝ってください!よろしくね♪」


分り易く単純明快な方針は好意的に受けとめられる
俄作りの協力体制で無理に連携を取って、複雑な行動指針を立てても
百害あっても一利無しということを、歴戦の猛者たちは良く知っていた

それに、こんな辛い環境の中、満面の笑みで明るく笑う彼女姿は
日々の闘いに疲れ始めていた彼等を引き付けて止まない魅力があったのだ

横で『ご立派になられて~』と感涙を流しつつハンドカメラを片手に
鼻血をいつものように垂流す侍女などは、もう彼女の魅力完全に堕ちていた






簡単な指示を終えた後、魔王討伐隊の面々は特に問題も無く
目的地であるレンネンカンプ城の前に到着し
そこで、突入前の部隊編成が行われることになった


攻略部隊の編成は先行部隊としての4パーティと支援部隊の2パーティに分けられる
パーティーの人数は4人で組まれることになり、ヘイン達はいつもの三人に
アルフィーナを加えた四人パーティーで先行部隊として城を探索することになる

その他の先行部隊は第一部隊にサビーネをリーダーとして
カーセ、エルフリーデ、エリザの三名が従う女性パーティー

第二部隊はラインハルトをリーダーにキルヒアイスとキスリングに
皇帝の御守りから解放されたアンネローゼを加えたバランス型パーティー

第3部隊は黒猪を大将に据え、鉄壁、沈黙、義手の三人が続く特化型パーティー

そして、最後に先に述べた四名からなるヘインのパーティーが第四部隊として編成される


そして残った機動力と攻守のバランスに優れる双璧コンビが率いる2パーティが
支援部隊として予備戦力として、その任に当たることになる



帝国が誇る最精鋭部隊によって、最高難易度を誇る『レンネンカンプ城』の攻略が始まる



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1867・・・・・


                ~END~



[6296] クソゲーオンライン24
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b
Date: 2009/08/16 18:43
混沌の世界、『レンネンカンプ』を生み出せし者
大魔王レンネンカンプの居城レンネンカンプ城の前に集った帝国の勇者達

終わりの戦いがいま始まろうとしていた




■神々の黄昏■


サビーネから簡単な方針を聞いた後
それぞれの部隊は装備の確認や消耗品の最終確認を手際よく終えていく

ダンジョン突入後、準備不足のせいで窮地に至るようなマヌケは
当然、この中には居ない。レベル1000超えは伊達ではない


もっとも、遂に訪れた魔王城攻略というシチュエーションに
少々、妙なハイテンションで訳の分からない事を口走る者も極一部存在したが



■■



『遂にここまで来ましたね、ジーク』
『はい、アンネローゼ様!』


「そうだ。これから終わりの為の戦いが始まる。この混沌の世界を生み出し
 邪神を打ち倒す戦いが!作戦名をつけるならば、神々の黄昏が相応しかろう」
『はい、ラインハルト様!』



どうみても末期患者にしか見えない部隊長に、のほほんとした女性と
先程から『はい、○○様!』以外の言葉を発しない赤毛の男を見ながら


キスリング准将はこの攻略戦に参加したことを本気で後悔し始めていた
せめて、ミュラーが入っているパーティーに入れたらと



一方、そんな悲惨な部隊などお構い無しに今回の攻略作戦の発起人であるサビーネは
準備を手早く済ませると、第一部隊の責務としてダンジョンへの最初の一歩を踏み出す
レンネンカンプ城を攻略し、狂った大魔王レンネンカンプを倒す為に



「それじゃ、みんな張り切って行こうー!」

『はい、お嬢様』『うん、サーちゃん頑張ろうね♪』
『先ずはやってみなくちゃ☆』



元気一杯の掛け声と共に、幾多の困難をヘイン達とは別の場所で乗越えてきた四姉妹は
眼前の奥深い迷宮に恐れる事も無く、ほどよい緊張感を持ちながら
目的地を目指して足を踏み入れていく



■■



『さて、他の三部隊は全て突入しましたわね。私達もそろそろ参りましょうか』

『そうですね。先ずはクナップシュタインにグリルパルツァーを捜索
発見後可能であれば撃破、無理なら後退という形でどうでしょうか?』

「まぁ、それで良いんじゃないか?なにも一回の探索でどうこうしなきゃ
 いけない訳じゃ無さそうだからな。最低限、情報収集ができれば良しにしよう」


『私もそれで異論はない。では、大魔王の居城とやらは拝見しようか』



食詰めの言葉を最後に、ヘイン達は他の三部隊に続いて
大魔王レンネンカンプの住まう城へと足を踏み入れることになるのだが
その直後に、彼等は予想外の事態に見舞われることになる


そう、この世界の王であり、神として君臨する大魔王レンネンカンプが
彼等に有難くない最悪のプレンゼントを強制的に贈りつけたのだ



 
~ 帝国に属する勇敢な英雄諸君!君達の来訪、この大魔王レンネンカンプ     ~
 心より歓迎するとしよう!!無論、この想いは言葉では無く行動で示そうと思う 
 先ずは、お互いのどちらかが終わりを迎えるまで盛大に楽しむ為、城門を閉鎖
 させて貰う。なに左程心配する必要は無い。君達が私を倒すか全滅すれば
 閉ざされた門は開け放たれる事になる。私を倒せばゲームクリア、君達が死ねば
 再び、新たな勇者達がこの私に挑戦する事も可能だ。大体ご理解いただけたかな?
 

   それでは、勇者諸君!!せいぜいこの大魔王を楽しませてくれたまえ!!



立体フォログラムとして勇者達の前に現われた髭面の大魔王は
彼等は自分の巣穴に閉じ込め、後戻りできない更に厳しいデスゲームを強いる

もっとも、この事態も最悪予想していた先行部隊の動揺は
極一部の人間を除けばそれほど大きくはなかったが

非常にマズイ事態になったことには変わりなく、先行突入組みはこの先生き残る為に
早急に新たな攻略プランを作成する必要に迫られていた




『これは・・・、余りよろしくない事態になったようですね』

『致しかたなかろう。お構い無しにルールを後付で変える恥知らずだ
 自分に不利と見れば、恥も外聞も無く好き放題な振る舞い平気でするさ』

『ほんと、人として最低ですわ!!あんな男を前に退く必要なんかありません!
 このまま最後まで前進して生まれてきた事を後悔させて差し上げるべきです!』

「まぁ、ここでブー垂れてても仕方ないし、一先ずは他の部隊と合流しようぜ
 帰還不可ダンジョンだった場合は、突入部隊は一旦集結して攻略するって
 たしか、サビーネが最初に言ってたよな。とりあえず、その指示通り動こう」




支援部隊との連絡が大魔王の理不尽な宣言後に途絶えた事を確認してヘイン一行は
今後の懸念や、文句を一通り言い終えて多少の落ち着きを取り戻すと
他の部隊と合流するため長く薄暗い石畳の廊下をゆっくりと進んでいく


既にこの時点で何体かのモンスターと遭遇した彼等だったが
ほとんど無傷で撃破しており、総悲観に陥るほど悪い状況とは考えていなかった
レンネンカンプによる先程の宣言もRPGではありがちで
ある意味常識的なものだったため、多くは逆にほっとしたぐらいである

この彼等の反応が、これまでのレンネンカンプのクソ振りが
如何に酷かったかを如実に現していると言えよう

クソゲーの中のクソゲーである『レンネンカンプ』では
少しばかり、プレイヤーに不利なRPGのお約束など些少な事に過ぎないのだから


もっとも、何事にも例外はあるもので、ステータスに『小心者』と記されたある人物は
この『ありがちな制約』に平静を装いつつ、内心は盛大に動揺することになったていたが



■■



まぁ、リーダーは狼狽しない!って感じで一時凌ぎの指示を出したもの
正直、やばいんだよな。中のモンスターが高レベルだけど狩れないほどじゃなかったし
順調に全員のレベルが2000超えたってのも非常に喜ばしいことなんだけど
レンネンのクソ野郎とは50万以上の差があるってのは変わってないし

このまま、大魔王や二人の中ボスにアタックをかける事も出来ずに
ずっと湿気たっぷりでかび臭い城をグルグル彷徨うなんてことになったら正直堪らんぞ?

やっぱ、もう少し外でレベル上げてから攻略するべきだったか・・・
いや、いつまでも時間掛けれるとは限らないから
この時点での攻略決断も止むなしとも言えるし、間違いとも言えない




『先程からずっと、うんうんと唸っていますけど大丈夫でしょうか?』

『仕方あるまい。リーダーとは常に一人孤独で不安と戦う者だからな
 なに、心配する必要は無いさ。ああやって考えている内は余裕がある証拠だ』
 
『青年よ大いに迷い、そして前に進めという訳ですか?それも良いと思いますが
 私はそれを座して見過ごせる程、老成しているとはお世辞にも言えませんから
 老婆心を働かせてお節介を焼かせて貰いますよ。御二方はどうなさいますか?』


『勿論、可能な限りへインさんのお手伝いをさせて頂きますわ!!
 私達は志を同じにする仲間です!お互いが助け合うのは当然です』

『無論、私も助力を惜しむ気はない。心配はしないが手はしっかり出させて貰うさ
 ヘインのパートナーとして横に立つと決めたからには、それ位はして当然だからな』




なんか、後ろでヒソヒソと三人が話し合ってるみたいだけど
やっぱり、俺の判断が拙かったのか?いや、俺が一人で考え込んでたせいで
『大丈夫か、コイツ?』って状態になっているのかもしれん

ここは、ちょっと場を盛り上げる為に、ちょっと陽気な感じを出して
リーダーとしての貫禄を見せておいたほうが良いか?
いや、だめだ!貫禄なんてものは俺と対極の位置に存在するもんじゃないか



というか、後ろの三人はなんであんなに余裕そうな顔してるんだよ!
あれか、もしかして突入組みで帰還不可になって動揺してるのってもしかして俺だけ?

いや、あいつ等も人間だきっと内心は不安に思ってるんだけど
きっと、俺に変な負目を持たせたくないと気を使って平気な風を装ってるのかもしれん
なんだかんだ一癖ある奴等だけど、三人とも良い奴だからな


って、あれか?俺はそんな良い奴等をとんでもない事に巻き込んで
尚且つ、文句を言われるどころか?生暖かい目で逆に気を使われちゃってるのか?
畜生!なんだか本当に畜生!ホント申し訳ない!生まれてきたらこんなだったんです!!





『ヘイン、盛大に混乱しているところに申し訳ないが、考える時間は終わりのようだ』

『はっきりとは見えませんが、前方に閉鎖フィールドが展開していますね
 多分、我々より先行している部隊が、中ボスクラスと接敵したのでしょう』

『ヘインさんどうします?合流を目的として動いている訳ですから
 至急、援護に向かって彼等と共闘するべきだと私は思いますけど?』


「そ、そだな!とりあえず、後方からチクチクでもいいから援護するぞ!!」









ちょっぴり頼りないリーダーと頼もし過ぎる三人は
前に向かって走り出す、諦めずに行動し続けていた彼等には
立ち止まる姿より、前に向かって進む姿の方がしっくり来るし、似合っている


例え、その先にどんな絶望的な結果が待っていようとも
どんなに報われぬ結果が待っていたとしても

彼等はそれでも答えを求めて進み続ける『求道者』なのだから・・・





■熱き血潮に焼かれ■


閉鎖フィールド前に辿り着いたヘイン一行は
そこで、ただ指を咥えてそこで繰り広げられる
凄惨な戦いの一部始終の目撃者となることしかできなかった

フロアに張られた結界はローゼンリッター式攻略法を許すほど甘くはなく
片方の死によってしか、解除されないことを言葉ではなく
二つ分のパティーの人数と等しい数の木偶人形の存在で彼等に示していた



■■




『アースクラウド!!』




カーセの何度目か分らない魔法攻撃が直撃し、その衝撃の余波で粉塵が舞い上がり
一時的に正面の敵を彼女たちの視界から消すことには成功したが・・・



『やった?』 「エリ姉!!終わってない、避けてぇええ!!」



逆に敵の攻撃を隠す煙幕となってしまい。ほんの一瞬だけ油断した少女の命を
容赦なく刈り取り、彼女を他の8人、いや9人と変わらぬ木偶人形へと変える
同時に放たれた魔弾は眉毛の太いナイフ使いの少女の心臓も容易く射抜いていたのだ
サビーネ達のパーティーは一瞬にして、その半数を失ってしまう



『どうしたぁああ!?ぜんぜんお前等の攻撃が伝わらないよ!!もっと本気出せよ
 もっと熱くなれよぉお!そんなことじゃ全然だめっ!もう、死んだ!いま死んだよ!!』



砂塵の霧が晴れ、狂ったような奇声で意味不明な言葉を叫び続ける男が姿を現す
『レンネンカンプ』一の知性の持主、中ボスグリルヴァルツァーであった



「エリ姉、エル・・・、痛い思いさせてごめんね。でも、大丈夫だよ
 すぐに、あそこの馬鹿と大魔王殺して現実世界に返してあげるから」


『いい!!凄くいいよ!!いまの気持ち忘れんなぁあっ!!
 気持ちだよ!気持ちで負けんなっ!!負けちゃダメなんだよ!!』




サビーネの発言に更に興奮した道化はかかって来いとばかりに
ノーガードで魔獣と化した少女に無防備な姿を晒す
その腕に装備された『ケモノの爪』とそれを操る者の本当の恐ろしさも知らずに

愚かな男が自分の無知と愚かさに気付いたのは、その右目を永遠に失った後だった
もっとも、それに続いて右耳、鼻を削ぎ落とされ胸を深く抉られては
最初にどこを失ったかなど、どうでもいいことだったかもしれないが




『お嬢様、一旦、退いて下さい!!止めをさします!!』




絶叫をあげながら、痛みにのた打ち回る馬鹿に止めをささんと
野獣の攻撃の間に溜めに溜めた圧縮された魔力の塊がカーセの手の平に浮かぶ

サビーネは声が聞こえたと同時に獣の様な驚異的な敏捷性を発揮し
地を蹴り、壁を蹴って馬鹿から距離を一瞬で取る


その瞬間、美しい侍女の手の先から禍々しい業火が放たれた!!




         「『 侍女フェニックス!! 』」




リヒテンラーデと遜色ない灼熱の不死鳥がグリルヴァルツァーを焼く!!
傷口を狙って執拗にその炎の嘴で何度も抉り続けながら

そのえげつない凶悪な攻撃振りと、断末魔の絶叫をあげながら
その仮初の命を燃やし続ける哀れな中ボスの凄惨な光景と
肉と地が焼かれる吐き気を催すような醜悪な臭いに

見学者となって戦いの趨勢を見詰めていたヘイン達は顔を背けずにいられなかった



また、地獄の業火に照らされる侍女の冷たい表情と
憎き敵を殲滅した喜びにあどけない笑みを見せる野獣の姿は
歴戦の勇者と言えるヘイン達の心胆を寒からしめるのに
十分すぎるインパクトを持っていた



「みんなお待たせ♪時間もったいないから、さっさと次の奴殺しにいこっか?」










返り血塗れの少女が振り返って見せるとびっきりの笑顔は
ヘインに食詰めと初めて行った狩で受けたのと似た衝撃を与えるだけでなく

『このゲームってまともな女の子ほとんど見たこと無いんですけど』と
場違いな諦めに近いような感想を彼に思い浮かべさせる


こうして、2部隊の壊滅の事実に、半壊した部隊での衝撃的な中ボス撃破を目の当たりに
しばらく、言葉を失っていたヘイン一行であったが、最初に再起動を果たした
フェルナーがどうしこうなったか状況説明を求めると


次の標的を少しでも早く狩ろうと前進を主張する復讐心に猛り血に飢えた野獣に代わって
凍れる微笑を浮かべた侍女が丁寧な説明を簡潔に、淡々と行った



最初に中ボスと交戦状態になったラインハルトの部隊の援護に
ニ部隊が駆けつけるも、ヘイン達と同じように閉鎖フィールドの影響で
戦闘に参加することができず、ただ、彼等が全滅するのを見守る事しか出来なかった


また、途中で後退してヘイン達と合流しようとしたが
自分達のすぐ後ろにも進行不可のフィールドが張られた為
順番に中ボスと強制戦闘を始めることになり、全滅した2部隊につづいて
自分達の部隊が戦闘に入ってしばらくしてからヘイン達が着いたと

もし、自分達の部隊が全滅していたら、強制的に中ボスとの戦闘を
ヘイン達は強いられる事になっただろうと



この急速に厳しくなったレギュレーションに、こんどは無理ゲーにでもする気か?と
吐き捨てたヘインに答えを返すものは誰もいなかった


城からの脱出は不可能、ボスとは1パーティー単位強制の離脱不可戦闘
過去の穴だらけだったシステムを既に大魔王レネンカンプは完璧に修復していた
もほや、ボスの戦闘範囲もダメージ蓄積時間はアテに出来ない
頼れるのは自分と仲間達のこれまで培ってきた力だけであった


ちなみに、残り2人となったサビーネ達と合流を行おうとしたが
ダンジョン内での合流は認められないとエラーメッセが出て
部隊を再編成することは残念ながらできなかった
これも、現実では欠けたピースがいつでも補充できる訳でないという教えなのだろうか?


困難な魔王城の探索はまだ始まったばかりというのに
攻略部隊は既に半数以下の人員まで、その数を減らしていた


それでも、少女は歩みを止めず先頭を歩き続ける、誰にも涙を見せまいと


侍女とヘイン達も黙ってその後に続く、今は進むしかないのだから




■作戦会議■



グリヴァルツァーと戦った大広間から暫くは沈黙を保ったまま進んでいた6人であったが
その重苦しい空気に絶えられなくなったヘインは
前を歩く少女の肩の震えが収まったのを確認すると
取り留めの無い下らない話をサビーネやカーセに振り
沈みかけた空気を見かけ上だけでも再浮上させるのに成功する


もっとも、他の2部隊の友人や知人を失ってパウラの時ほど出ないにせよ
ショックを受けているヘインが、それでも無理してみんなを元気付けようとしているのに
気付かないほど、サビーネ達は他人の痛みに鈍感ではなかったため
その心意気に応えようと無理して併せている面も多分に有ったが・・・



■■



「そんじゃ、多少は持ち直した所で、これからどんな感じで探索する?
 脱出不可、単体の部隊で離脱不可のボス戦となると正直シンドイけど
諦めてデスペナ喰らうのも御免だし。何か足掻けることがあるなら・・」

『精一杯足掻かないとね♪』

『まぁ、悪足掻きになるのか、勝利を引き込む一因になるのか・・』

『やってみなくては分かりませんわ!!』




ヘインの今後どうするかという大雑把過ぎる問い掛けに
野獣と食詰めアルフィーナが順番に食いつく、何だかんだ言っても
この世界でもトップクラスのタフさを持つ彼女達である

なにか切っ掛けを少しでも与えてやれば、自分達の力で前を向き進む力を持っているのだ



「やらなくて後悔するよりもって、あの子も言ってたしな。精々、やってやろう
 まぁ、肝心な具体策については亀の甲より、年の功ってのを期待したいんですが?」



『閣下、相変わらずの無茶振りですね。こういう事態に多少の年齢差は
あまり関係ないと私は思うんですけどね。まぁ、少し考えさせて下さい』

『多分思い過ごしでしょうが、先程の発言には私は含まれていませんよね?
 そもそも、ヘインさんより若輩の私が年の功を求められるなど有りえないことですから』




具体策を立てるように丸投げされて、あまり困ってない顔で困ったと言うフェルナーに
先刻の死闘で見せた以上に冷たい視線と笑顔をヘインに投げ掛けるカーセであったが

それぞれの部隊の中で一番しっかりしているのは自分だという事も良く分かっていたので
ニ、三点の項目について話し合って確認すると、簡単な行動方針案を即席で作りあげ
完全に任せきりモードに入って寛いでいた四人に披露する



「つまり、基本は人数の多い俺等の部隊が先行する形をとるけど
 ボス戦が発生しそうな場所になったら、サビーネとカーセさんが先行すると?」

『はい、そういう形になります。何か腑に落ちない点でも?』



「いや、最初の部分は人数の多い方が、先に雑魚敵と戦って勝率上げようってことで
 良く分かるんだけど、何で苦戦する率が高いボス戦にわざわざ逆の形にするんだ?」

『閣下のご指摘は尤もですが、私達の考えは違った・・・ということです
 端的に言えばボス戦の勝率をより上げるために、残酷かもしれませんが
お二人にはボスの戦力を見極める為の、捨石になって貰うということです』
 


『そんな・・、いくら勝利の為とは言え、仲間を捨石にするなんて間違っていますわ!』



ヘインの疑問に対するフェルナーの答えが余りにも合理的で残酷な物であった為
六人の中でも、もっとも正義感の強い少女は思わず激発する

いくら、ほんの僅かな付合いであっても同じ目的で共に剣を取った仲間を
ただ、勝率を高めるという理由だけで捨石にするなどという方針は
かつて、奴隷制度にも極度の嫌悪感を持った少女らしい潔癖性を持つ彼女にとって
容認できるような物ではなかったのだが



『うん。それでいいよ。カーセが一番良いと思ったなら、それがきっと一番だよ』




そんな怒り心頭のアルフィーナとは対照的に当事者のサビーネが
あっさり過ぎるほど簡単にその方針を受け容れてしまったため
彼女の正義感に基く怒りの矛先の持って行き先を失ってしまう



『ごめんねアルフィーナ。でも、勝つためなの』


『アルフィーナさん、そんなにご心配なさらないで下さい
 お嬢様も私も、そう簡単に敵に遅れを取る気はありません』



そんな、彼女の姿を見かねたサビーネは
彼女を気遣うと共に、勝利への断固たる決意を彼女に示し
カーセは必ず負ける訳じゃないから、それほど心配しなくて良いと
彼女を安心させるような優しい微笑みを向け
渋々といった形であったが、アルフィーナを納得させる




「そいじゃ、方針も纏まった事だし、前進しますかね?」





■地味な強敵■


決意を新たにして、再び暗く長い廊下を歩き始めた六人の『求道者』達は
襲いかかる雑魚モンスターを斬っては捨て、千切っては投げという形で
危なげなく順調に倒し続け、レベルを上昇させながら魔王上攻略を着々と進めていた


だが、この仮想世界は現実世界を模した物である
現実が困難に満ちているのと同じで、この『レンネンカンプ』の世界も困難が満ちている
大魔王の前に立ちはだかる壁となるクナップシュタインが待つ戦いの舞台は
もう、彼等のすぐ目の前にあった


■■



『・・准将、ちょっと、いいですか?』「なんでしょうか、ランズベルク伯?」

『ヘインさんとサビーネさんの相性って良いと思いません?
 進めば進むほど二人の会話が増えているような気がします』


『確かに、後ろから見ていても会話の息もピッタリで
 微笑ましい若夫婦を見ているような気になりますね』

『ですよね~』




そんな前方でイチャついているようにしか見えない二人に対する
率直な感想を小声でヒソヒソと言い合いながら
アルフィーナとフェルナーは嫌な汗が流れ落ちるのを止める事が出来なかった

最後尾でゆっくりと全体を見渡しながら歩く食詰めから発せられる
大気すら震わせるような負のオーラを背中で痛いほど感じていたのだ


ただ、幸か不幸か中ボスが待ち受けているであろう広間の門に
6人は程なくして到着した為、少々嫉妬深い少女が激発する最悪の事態は避けられた



■■



『それでは、お嬢さま参りましょうか』

「うん、分かった。じゃ、ヘイン達はちょっとだけ待ってて
 パパッと中ボスなんかやっつけちゃうから、心配しないで!」


『おう!油断せずにいけよ』『御武運を』『頑張ってくださいね』
『ふんっ、せいぜい気をつけるんだな』


若干一名の複雑な気持ちの篭った声援に笑みを深めながら
サビーネとカーセはクナップシュタインが待つ広間の門を開け放つと

そこには予想通り、閉鎖フィールドが広がっており
1部隊単位で接敵せざるを得ないことが判明する


もっとも、予想通りの事態に二の足を踏むような彼女たちではなく
堂々たる足取りで、死闘の舞台に二人は足を踏み入れる



その光景を、広間の中心で一人立つ男は見つめながら
自分の役目を果たすため、腰に差した剣を静かに抜き構えを取る



「そうそう、ヘイン、優しいのもいいけど、あんまり本命の子泣かせちゃだめだよ
 女の子って直ぐに不安になっちゃうものなんだから。それじゃ、またあとでね♪」



振り返りながら最後にヘインを絶句させる事に成功して満足顔の少女は
向き直った時には獲物を狙う獰猛な野獣の顔へと表情を変える


元気な主従コンビと珍しく常識人な中ボスクナップシュタインとの死闘が遂に始まる!!



■■




『実にしぶとい。その上、容赦のない攻撃を躊躇なく効率的にされている
 かわいいお嬢さん方と侮っていたら、あっという間に持っていかれそうですね』


「う~ん、こっちとしては侮ってあっさりと逝って貰いたいんだけど?」

『私もお嬢さまの意見に全面的に同意致しますわ。はぁっ!!』



野獣の獰猛な爪の攻撃を、体を捻ってギリギリ避けたクナップシュタインは
一瞬で魔法攻撃から打撃攻撃に切り替えて距離を詰めたカーセの振るう
デッキブラシの攻撃を剣で逸らして凌ぐも、地に叩きつけられた攻撃の衝撃波で
5メートル近く後ろに吹き飛ばされる



『床に小規模なクレータを作るとは・・・、まともに受けたらと思うとぞっとしますね』

「感心してる暇はないよっ!!」『チィッ!!ほんとに容赦なさ過ぎですよ!!』

『ヘルウインド!!』『アクザード!!』




カーセの打撃の威力に感心してその動きを止めた男は
一瞬であったにも拘らず、非常に高い見物料を二人から徴収され
野獣の爪と間髪入れずに放たれた二発の呪文の直撃を受け、吹き飛ばされ壁に激突し
その衝撃で崩れた瓦礫の山にその体をすっぽりと埋める


だが、それを見ても二人は警戒を解かず、追撃をいつでも行えるよう構えを崩さない




『やれやれ、本当に素晴らしい。ここまで圧倒的な攻撃を決めても
 全く警戒をゆるめることなく、逆に私の姿が見えなくなったことで
 その警戒心を高めるとは、まったく、我が主も罪作りな人ですね
 美しい女性二人を、恐ろしい本物の戦士に変えてしまうのですから』





その期待に応えたのかどうか定かでは無いが、戦闘が始まって以後
お喋りになりつつある標的は額や手に少しばかり血を垂らしながら、その姿を再び現す

その様子を見ながら二人と観客として死闘の行く末を見守る四人は
この男に対してもった常識人という認識を改める。こいつは戦闘狂のサイコ野郎だと



『それでは、すばらしくも残酷な攻撃を散々堪能させて頂いたお礼に
 この私の剣技を披露致しましょう。もっとも、見えないかもしれませんがっ!』


『あっぁあ!!』「カーセ!!!」




クナップシュタインの言葉が終わったと思ったら
カーセの右腕の肘から先が切り離され、広間に彼女の絶叫と
彼女の身を案じる主の叫びが木霊する





『うふふふ、中々、いい声で鳴いちゃってくれるじゃないですか
 素晴らしいですね。その美しい腕から飛び散る大量の赤、赤い鮮血
 ゾクゾクしてきますよ。戦いに溺れる人の気持ちが分かる気がしますねぇ』

「このサイコ野郎っ!!!」




返り血を舐めながら、しみじみと感想を漏らすクナップシュタインのふざけた態度に
ぶち切れた野獣は一瞬で間合いをつめ、最速の一撃をその男に繰り出した!!!




「うぁっあああああ、いぃっぁあがっはっぁあぁああ!!!」

『まったく、貴女は脳味噌が間抜けなのですかぁ~?
 さっき言いませんでしたか?私は貴女達の攻撃を散々堪能したと
 そんな、既に見切った攻撃を怒りに任せて雑に繰り出されては
 私も対処が楽すぎて、どう痛めつければいいのか、困ってしまいます』

「おがっあぁぁあ、ぐがぁあぎゃぁあああ!!!」




野獣の攻撃を難なく避け、逆に手に持った剣で彼女の腹を突き破った男は
足を払って、そのまま地面に串刺しにして貼り付けると、その剣を二度捻り
サビーネに獣のような鳴き声を執拗にあげさせ続けながら、恍惚とした表情を見せる

強者が望むままに弱者を嬲る、『レンネンカンプ』の真髄ともいえる要素を
忠実に実行するクナップシュタインの醜悪な笑みは見る者を容易く凍らせる凄みがあった
だが、彼の手に入れたその醜い人間らしさは、彼に慢心という弱点も生んでしまう




『・・・呪われろ、下衆』   『なっ!?・・・、ごっぐぁっ・・』




腕の痛みに耐え、死角からカーセは慢心する男の胸を
魔力で硬化させた腕で躊躇することなく突き破った



『クソアマァッア!!!離せっ!!離せえぁっ!!離れろぉぉお!!』







完璧に虚を疲れた攻撃で予想外の大ダメージを負った
サイコ野郎は激し、手を抜かれまいと必死に突き刺すカーセに
既に動かなくなったサビーネから、抜いた剣で何度も切りつける

何度も何度も・・・、苦悶の表情浮かべながら切りつけ突き刺そうとするのだが
斜め後方から自分の胸を抉り、更に密着状態にあるカーセに
中々致命傷を与える事は叶わず、その体に浅からぬ傷を何十も刻むことしか出来なかった



暫くすると閉鎖フィールドは解除される。その時に広間で動くものは誰もいなかった







凄惨な光景を見届けた四人の観衆は、全てが終わった舞台に足を踏み入れる


そこには胸を抉られ、その機能を停止した広間の主と
断末魔の叫びをあげながらデスペナを受け、恐ろしい表情をした少女に
何十もの刺し傷と切り傷を負って血塗れのままデスペナを受けた片腕の少女がいた


ヘインとフェルナーの二人は、残りの二人に少し待つようにいうと
不幸な少女達の汚れを布で拭い、苦悶の表情をなんとか解して生前の顔に戻した


その間、四人は一言も言葉を発する事はなかった
ただ、静かにこの理不尽な仕打ちに対して、胸の内から湧き上がる怒りを高めていた



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル2473・・・・・


                ~END~




[6296] クソゲーオンライン25
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b
Date: 2009/08/16 19:21
終わりがあるものには、必ず始まりがある
この当たり前のことですら人々は忘れがちである

原因があるから結果があるのに、その結果を予測し
自分にとって好ましい結果を生み出す原因だけを生み出せる人は
残念ながら、多くはいない

だからこそ、人々は予想外の幸福と不幸に翻弄される




■大魔王レンネンカンプ■



無言でサビーネ達と中ボスの死闘が行われた広間を後にした四人が
しばらく進むと長い螺旋階段が目の前に現われた
彼等はそれを一段一段、ただ黙々と目的地を目指して登り続ける


胸の内から湧き上がる哀しみと怒りを必死で抑えながら




彼等が収まらぬ感情を胸に階段を登り終えた先にあったのは一際大きなフロアだった
そして、その奥には今までこの城で見た中で、一番ご立派そうな扉があった

みな、あの先にクソッタレの大魔王がいる事を直感した
そして、勝敗に関わらず、これがこのクソみたいなゲームで最後になる戦いが
この先で待っていることを悟った。最悪な冒険の終点に辿り着いたのだと


誰彼ともなく目配せをし、頷きあい互いの決心を再確認した四人は
最後の扉の前に立つと、それをゆっくりと、だが、力強く開け放ち
その先の玉座に座る大魔王レンネンカンプと遂に対面することになる



正真正銘、四人とって最後の戦いが始まろうとしていた!




■■



『ようこそ、勇者諸君!幾多の困難、仲間との悲しき別れを乗越え
 よくこの大魔王の座す、玉座へと辿り着いた!その諸君等の姿に
 予も少なからぬ感動を覚えた。諸君等が望むのなら最後の戦いの前に・・』


「ふざけん!!クソ野郎!!!てめぇのクソみたいな講釈なんか聞く気なんかねーよ!
 毎回毎回、クソみたいゲーム作った上に、こんどは史上最悪大公害ゲームだと?
 いい加減にしろ!!さっさと、ログアウト出来るようにしろ!!デスペナを解除しろ
 現実戻って、その狂った脳味噌交換して貰って来い!!分ったかクソ髭デブ野郎!!!」



大魔王の言葉を無礼にも遮ったのはヘインだった
今までに溜まりに溜った思いが、したり顔で大魔王を演じ続ける姿を見て
大爆発してしまったのだ!その爆発振りに他の三人も多少の怒りの溜飲が下がったのか
続けて、クソッタレのレンネンカンプを罵倒することはなかったが
その敵意と侮蔑の篭った彼に対する視線が、ヘインと同じ思いであると雄弁に語っていた


そして、それは自尊心とプライドの肥大化した最悪の大魔王を激発させ
大魔王などと大層なモノではなく、彼をただの、レンネンカンプへと堕とす




『黙れ!黙れ小童共が!!碌に働いた事もない学生か、社会人になって10年も経ておらぬ
 ヒヨッ子に予の何が分るというのだ!!納期納期と五月蝿く追いたて無理して応えれば
 クソゲーでワゴン一直線だと!?どれだけ開発に時間が掛かるか、どれだけの労力が
 いるのかお前らは何も分っておらん!!望めば良ゲーが手に入るなど幻想に過ぎん!!
 いつもお前らはそうだ。ただ文句を偉そうに言うだけで、何も成すことはできない
 ただ、人を作品を企業をしたり顔で批判して優越感に浸るだけの卑小な存在に過ぎん!
 だから、この私が少しばかりその無駄を処理してやったのだ!!そうだ、これは善行
 日本にとって必要のない害虫を駆除する。ある意味必要悪とも言える行為の一環なのだ』


『ほぅ、八つ当たりのような自分勝手な主張から、国のための善行や必要悪とは
 話している間にご立派な行為に一気に変わったな。不良品の公害製品をばら撒いて
 随分と図々しい物言いだと心底呆れるよ。子供の戯言以下の主張を久しぶりに聞いたな』


支離滅裂で自分勝手なクソ髭男の主張に三人が呆れて言葉失う中
食詰めはまるで、パウラが乗り移ったかのような毒舌で
大魔王を自称する男の自分勝手で稚拙な主張を容赦なく、ばっさりと叩き切った



『むむむ・・・、まぁ、いいだろう!!貴様等がそう断じるなら、予は自分勝手で
 独りよがりな悪逆非道の大魔王という訳だ!!そう、予は貴様等が思うまま!
 貴様等が考えるまま!!邪悪な存在だ!!そうだ!予こそ、この混沌の世界を
 暗黒の絶望で統べる闇の王なのだ!!現実世界に返りたければ予を殺してみよ!』



年端もいかぬ少女に完膚無きまでに論破された情けない大魔王は
問答は無用ばかりに、最後の手段!暴力でヘイン達に己の主張の正しさを訴える!

最悪のクソゲーに相応しい愚劣な大魔王は頭に失った精神平衡を取り戻すことなく
狂戦士と化したような激しさでヘイン達四人に苛烈な攻撃を惜しげもなく繰り出す!!



「畜生!!ガキの癇癪みたいなこと言ってるくせに
 レベルだけは高いなんてインチキにもほどがあるだろ!!」

『はっはは、悔しければ運営側になるんだな!!現実ではルールに則った者ではなく
 自分の都合の良いようにルールを書き変えることができる者が勝者となるのだよ!』

『貴方みたいな人にだけは、そういう権限を渡してはイケナイと心底思いましたよ』



レンネンカンプが振り回す巨大なバールのようなモノの攻撃をギリギリよけたヘインは
毒づきながら、続いて攻撃を仕掛けたフェルーナに的が変わった瞬間後ろに下がる
既に立て琴の弦で攻撃を仕掛けたアルフィーナはその弦を大魔王の持つ棒で絡め取られ
そのまま振り回された後に床に強かに打ち据えられた気絶していた


伊達にレベルが530,000を超えているわけではないようである
棒という簡単極まりない獲物だからこそ攻略が難しく
そのまま、レベル差が力の差となってヘイン達一行を徐々に追い詰めていた



『ヘイン!このままだとジリ貧だ。私が突っ込むから魔法で援護を頼む』

「馬鹿野郎!無理するんじゃない。相手はまだ魔法も使ってきてないんだ
 下手に猪突なんかしたりしたら、あっさりデスペナ喰らうことになるぞ!」


『ふむ、確かに予はまだ魔法を使っていなかったな。では、ユーザーの要望に応えて
 この魔降の杖で増幅された極大呪文を盛大にお見舞いしてやろう!震撼するが良い!』




           『『 大魔王フェニックス!! 』』



思わずお前もかよ!!と突っ込みかけたヘインであったが、カーセと較べて
五倍以上の灼熱の不死鳥が、自分と食詰めを呑み込もうとしていたため
クソ野郎に突っ込みを入れるより先に食詰めを安全圏に突き飛ばした


 『ヘイン!?なんでっ・・』
「いや、なんでって家のカワイイ子を火傷させる訳にはいかんでしょ」



突き飛ばされながらも、ヘインを視線で追い続けた食詰めは
ヘインが灼熱の不死鳥に呑み込まれるのをただ見つめることしか出来なかった・・・



そして、この瞬間に全ての行動が一気に加速する


『青二才がカッコつけて死んだか』と大魔王が吐き捨てたのが、4秒後
切れた食詰めが受身から立ち上がってレンネンカンプに飛び掛り
爆裂呪文で吹き飛ばされたのが、その6秒後
それと同時にフェルナーはヘインに氷系魔法をぶつけ無理矢理火を消す


そのフェルナーの動きを見て『無駄な事を』とあざ笑った大魔王じゃ
魔降の杖から走らせた光弾でフェルナーを吹き飛ばし、壁に盛大なハグを強いる


十秒と少しばかりの時間で、ヘイン達一行はほぼ全滅状態にされる
レベル530,000・・・、桁外れの力を持つ大魔王は圧倒的な力を見せる




■終わりの果てに・・・■


気絶判定でしばらく動けないアルフィーナ
壁際で倒れて立ち上がることのできないフェルナー
爆発のショックでピクピクと指を動かすだけの食詰め


焼け焦げたヘインに至ってはもう動く気配すらもなく
既に、デスペナを受けているかもしれなかった



この時点で大魔王攻略作戦がほぼ終わり
後は圧倒的な力を見せた『暴君』大魔王レンネンカンプが、虫の息で横たわる者達に
止めを刺せば全てが終わる、そんな局面へと移行しようとしていた




■■



『ククック、実に愉快だ愉快すぎるぞ!偉そうな戯言を抜かした
 若造共が仲良く地べたに這い蹲る姿を見ると胸がすくような思いがする
 所詮、貴様等はただの1プレイヤーこの世界の想像主たる予に叶うわけがない
 どうした小娘?さっきまでの威勢の良さは?なんなら命乞いでもしてみるか?
 そうだな、奥の女と二人揃って予の慰みものにしてもいいかも知れんなぁ
 ようやくシステムの変更も終わって、予も少し暇になってきたからな名案だな』



ご機嫌で一人喋るレンネンカンプに下卑た目付きで見られ
怖気がするような言葉を投げ掛けられた食詰めは血を吐き出しながら意識を取り戻し
『くたばれ変態髭親父』と的確で痛烈な発言を無謀にも投げ返す
その言葉にはレンネンカンプの怒りを盛大に買い
彼に蹴り飛ばされて壁際までに吹き飛び、その傷ついたからを更に強かに打ちつけられる


また、不幸なことに食詰めはその痛みで逆に意識が冴え、気を失うことが出来ず
胃液と血の混ざった唾液を吐き散らしながら
苦痛と今しばらく闘わなければ為らなくなっていた

もっとも、怒り狂ったレンネンカンプが『お望み通り息の根を止めてやる』と
興奮しながら近づいていてきたので、長時間の苦痛にはなら無さそうであったのだが・・・




地獄の淵からギリギリの所でUターンに成功した男が
ふざけた種族とふざけた特技を生かして、ふざけた事をしたクソ野郎に報いを与えた!!




「はぁ・・、これだけは・・使いたく・・、なかったんだけどなぁ・・・、108万ボルトだ!!」


『馬鹿なぁああああガガアガアッ!!レディ、ガガガ1?ッナナンラララ!!』



「へっ・・・、電気ポケモソ舐めんな・・・・よ」





全ての生命力を賭けたヘインの隠し球が、食詰めの命を乱暴に刈り取ろうとした
愚かで哀れな男の命を削って生み出した電撃によって血液を全てフットーさせる
大魔王とて人間のプレイヤー、血が沸騰すれば生きて入られない
リアルに準じた自分自身が作った仮想世界のルールが皮肉にも圧倒的な大魔王を殺す


魔法耐性の関係のないふざけた種族の属性攻撃だったからこそ成しえた奇跡だった
大魔王は己の立てたクソみたいなルールと自らの悪ふざけが原因で

全ての生命力を燃やす電撃を放ち、仲間のために犠牲になった凡人に
圧倒的な優位を崩され、非道の報いとして敗北という名の苦杯を舐めさせられた




■■



ヘイン、お前は本当にすごい男だよ
私を庇って、そのうえ私のピンチを命がけで救って・・・
それで、絶対倒せないような大魔王まで倒しちゃうんだから


なのになんで、なんで目を覚まさないんだ!!まだ、ログアウト出来てないぞ
その前にお前の連絡先聞かないともう会えないじゃない馬鹿!!

だから、だから目を・・、目を開けてくれ
嘘でもお前の死に顔なんかに耐えられるほど強くないんだ



『閣下もお疲れなんです。今はゆっくりと休ませてあげませんか?』

『そうですよ。きっと現実世界に返っても探せばどこかで会えますよ』


嫌だ!!休んじゃダメだ!きっとなんかじゃダメなんだ!!
ヘインが、ヘインが傍にいないなんて、耐えられる訳ないじゃない

いままで、ずっとずっとヘインと一番長い時間わたしがいっしょにいたんだ




「うるせーよ・・・、食詰め・・泣き過ぎ、鼻水・・涎と垂らし・・すぎ、べちょってるぞ」








余りの五月蝿さではなく、あるアイテムの御蔭で目を覚ましたヘインに
『ヘインのお馬鹿野郎!!』と怒鳴りながら食詰めは力一杯抱きつき
再び、ヘインをデスペナの淵に落しかけたりもしたが


とにかく、四人生存という満足できる内容で大魔王を打倒することに成功した
あとは、何らかの方法でログアウトし、現実世界でデスペナを受けた
パウラを始めとする人々の安否を確認するだけである



最高とはいえないが、最悪ではないゲームクリアを彼等は成し遂げた筈であった・・・





■レンネンカンプは終わらない■


若干パニ喰った食詰めが泣きやんで落ち着き、残り少ない回復アイテムを使い
なんとか普通に動ける程度に回復した四人は何度かログアウトを試みるが
一向に、ログアウトがすることはできなかった


最初の内は、四人とも直ぐにはゲームクリアに反応しないだけかと
思い込むことで平静さを装っていたが、一時間、二時間と経っても
全くログアウトができないことにやがて焦り始め、落ち着きを失っていく
最悪の予想が彼等の頭の中に浮かび上がり始めていた



レンネンカンプのクソ野郎がフカシこきやがったのでは無いかと・・・



■■



どういうことだよ。この部屋のどこにもそれらしい者ないじゃないか!!
一体どうなってるんだよ?レンネンカンプを倒せば
ここで横たわってるクソピザ野郎を倒せば、現実世界に返れるんじゃなかったのか?
クソクソッ、イラつくぜぇえ!!畜生、俺を舐めてんのかぁ??



『落ち着けヘイン、先ずは落ち着いて私と結婚しよう!』
「って、お前が一番落ち着けよ!!」



『もう!二人とも下手な漫才なんてしてないで、こちらを調べるの手伝ってください!』

「悪い悪い。ちょっと、取り乱してた。直ぐいくわ!」
『すまない。ちょっと、どさくさに紛れ込ませようとしていた』

「お前のはちょっとどころじゃねーよって、さっきの狙ってやってたのかよ!!」
『私はいつだってお前のことを狙っているのさ』



『いいから、とっとこっちへ来い!!』



「すみません、直ぐ行きます」『すまん、悪ふざけが過ぎた』



『やれやれ、今から似たもの夫婦というか、それにしても困りましたねぇ』







諦めたのか、それ所じゃないのか、いつも以上にべた付く食詰めを容認しながら
ヘインはアルフィーナに叱られながら必死に、ログアウトの方法を探して
大魔王の部屋を調べ回る。もっとも、先程までの差し迫ったデスペナの危機が無いため
しばらくの間は結構深刻そうな顔で盛大に焦ったりしていたのだが


『ヤバイ、ヤバイすぎるよ。フェルナーさん』とか訳の分からない事を言ったりしながら
レンエンカンプの私物もついでに漁りつつ、ログアウトの方法を探すなど
いつもの四人らしさを徐々に取り戻し、若干、緊張感が欠きはじめていた


だが、意地悪な事に最悪の事態だけは何度でも起こる『レンネンカンプ』の世界は
そんなほのぼのとした光景を許してくれるほど、甘い世界ではやはりなかった




          大魔王レンネンカンプが再び立ち上がった




■■



『随分と必死になっているようだが、目的の物はありましたかな?』




わいわいがやがやと大魔王の私室を漁りまくっていた四人は
一瞬にして凍りついた。だが、それも無理からぬことだろう

死力を尽くして闘って、打ち倒した大魔王レンネンカンプが
再び無傷で立ち上がって、自分達に気安く声をかけてきたのだから



「てめぇ、勝手に復活してんじゃねーよ!!って、それより、どうなってんだよ
 くたばったんだろ!!無傷で勝手に蘇るとか意味ワカンネーよ。そのうえ
 お前を倒したのに全然ログアウトできねーじゃん!一体どういうことなんだよ!」




その余りの態度と予想外の事態にぶち切れたヘインは怒りをぶちまけるのと併せて
さっさとログアウトの方法を教えろと、無礼にも大魔王を脅すような口調で詰問するが
寛容な大魔王レンネンカンプは微笑を浮かべながら
あっさりと残酷な答えを告げて、彼等を絶望の淵に落としこむ




『ログアウトの方法?そんなモノ予は知らんよ。それが簡単に分かるのなら
 そもそも、ここまで深刻なバグにはなってないだろう。考えて分らんのかね?』


『つまり、貴方はなにも出来ないにも拘らず、我々を含めて多くの人々を騙したと?』



信じられない大魔王の返答に言葉にならない罵声を
浴びせかけようとするヘイン達に変わって
彼に質問を投げ掛けたのは、最大限の努力を払って平静さを保ったフェルナーだった

レンネンカンプは彼の質問に満足そうな笑みを浮かべながら頷いて
彼の指摘が全て正しい事を肯定する





       誰もこのクソゲーから逃げ出す事は出来ないのだと
 



この余りとも言える仕打ちと現実に嗚咽を漏らしながら
なぜ、こんな酷い事が出来るのかと感情をぶつけるアルフィーナに
大魔王レンネンカンプは心底楽しそうな顔で、更なる絶望を生む答えを彼女に与える



『どうしてこんな事をするの?・・・か、さっきも言ったではないか?
 予は大魔王なのだ。貴様等が思う通り邪悪な存在だ。不幸生み、それを楽しむ
 それが魔王に相応しい仕事だとは思わないか?事実、予を倒す為に必死になって
 ここまできた貴様等の絶望する顔を見て、予は今日ほど人の不幸が面白いと
 実感した日は無かった。この禁断の密の味さえあれば、予は悠久の時の中にあって
 退屈することなく、楽しんですごす事が出来る。貴様等にはとても感謝しておるよ』


「史上最低の下衆野郎だよ。てめぇは逆恨みで更なる不幸を好き放題に振りまいて
 それで苦しむ人達を見ながら喜ぶなんて趣味悪すぎだ。反吐が出る変態野郎だよ!」



その汚れ切った大魔王の言葉にヘインは罵声をあげずには居られなかったが
精神的に圧倒的優位に立ったレンネンカンプは、大魔王としての威厳を失うことなく
逆に、ヘインの行動に対する感謝の言葉を続けて述べて、絶句させる



『中々、手厳しい意見だが、さすがはこの大魔王を倒した男ということかな?
 そうそう、貴様には感謝もしておるぞ。まさか、一度とは言え倒されるとは
 思っておらなかったから、予を倒したと狂喜した後にそれが糠喜びであったと
 気付いた時の絶望の表情が、巨大な敵を前にした時の絶望の表情より、余程深い
 絶望に染まっているという貴重な情報を、予に身をもって教えてくれたのだからな』
 


全員の表情が失望と絶望の色に染まったことを確認した大魔王レンネンカンプは
最後にヘイン達の健闘を讃えると、再びバールのような魔降の杖を天高くかざす

議論の時間は終わり、全回復した最悪の魔王と、満身創痍の『求道者』達の
第2ラウンドのゴングが鳴らされようとしていた


だが、この勝算0、よしんば勝てても再び蘇った大魔王と何度でも戦わなければならない
史上最低な状況にも四人は剣を置く事はなく、瞳に諦めの色を宿すものはなかった


シルヴァーベルヒやグルックの見せてくれた『情熱』と言うものを知っている
パウラやサビーネ達が命がけで繋いでくれた『可能性』を彼等は背負っている




 『さて、楽しい会話にもそろそろ飽きてきた。もう、そろそろ死んで貰おうか
  無論、足掻いて貰っても構わんよ?先程のような奇跡が起きないとは言えぬからな
  もっとも、そうなったらそうなったで三度立ち上がった予と戦うことになるだけだが』



この日、もっとも醜い笑みを見せた最低な男
大魔王レンネンカンプは報われる事のない『求道者』達に、再び牙を剥く・・・!!





■始まりは終わり■


その日は、ほんとうにいつもと同じような日だった
何の変哲もない少しだけ退屈なやさしい日常に包まれた日になる筈だった


やさしい夫に、少しだけ生意気なかわいい悪戯小僧
彼女はそんな大切な人々と、当たり前で何よりも大切な日常を
これから先もずっと、ずーっと過ごしていくはずだった


残酷な悪魔が仕掛けた罠に嵌る事さえなければ・・・







       「ふ~んふふ~ん♪ふ~ん、ふふ~ん~♪」



まるで料理をするときに歌うような鼻歌を歌いながら
夜の街を歩く女性の年の頃は20歳台後半といった所だろうか?

少しだけ虚ろで瞳が曇っているような点を差し引いても
整った鼻筋に小さくて形のいい口に厚過ぎず薄すぎない唇
色白の肌に少しだけ施された化粧は、彼女を人々に佳人であると認識させる

逆にその虚ろな瞳も彼女をより魅惑的な女性に魅せるのに一役買っていそうであった



そんな美しすぎる女性(以後、里美と呼称)は覚束ない足取りで夜の街を歩く
彼女はある簡単な動作をするため、一人目的地を目指して
死の淵を彷徨っている亡者のような足取りで、ふらふらと前へ進んでいく



だれもが羨むような幸せが滲み出ているような美しさを持つ彼女が
こうまで歪んだ美しさを身に付ける事になったのか

答えは簡単である。幸せを永遠に失って、彼女は不幸になったのだ。



彼女の幸せは、彼の愛する子供が手にした悪魔のゲームが原因で失われた





        そのゲームの名は『レンネンカンプ』










用意した夕食を食べに来ない息子にちょっとだけ怒った里美は
少年が『レンネンカンプ』をプレイする『リアルファイト』が置かれた子供部屋まで行き
いつも通りの行為を行う。そう『強制終了ボタン』を押したのだ


部屋に残されたのは動かなくなった子供と愛する子供を手に掛けた母親だった
彼女自身は何も悪くない。だが、子供の命を直接奪った原因は彼女の行為にあった


そして、その動かし難い事実で彼女の心を容赦なく切り刻んだ



そんな傷ついた妻を彼女が愛する夫は放っておくなど出来なかった
彼は必死で彼女は何も悪くないと慰め、励まし続けた

だが、彼女は息子を殺したという罪の意識
息子を失った悲しさ、寂しさから一向に立ち直る兆しはなかった


前向きでやさしい夫は、愛する妻に一日でも早く笑顔を取り戻して欲しかった
だからこそ、焦って最悪の選択をしてしまったのかもしれない


彼は子供を失った寂しさだけでも癒してやろうと
新しい子を授かる為に彼女を抱いた



自分の腹を痛めていない事による浅慮だったのか
もともとの浅はかさだったのか、彼の妻を想う余りにでた
最後の賭けとも言える行動は、妻にとって最悪の行為だった



彼女は愛する息子の代わりを作ろうとする、愛するケダモノに穢された
彼女は愛するが故に、その悍ましい行為を拒否できない





            彼女の心は壊れた





自宅から姿を消した里美は、壊れた心に残る最後の人間らしい感情
殺意を満足させるため、かつて、レンネンカンプ本社だった場所に向かった

そこは、代表者レンネンカンプが仮想世界に逃避して以後
ジオバンニ機関の管理下に置かれ、事件解決に必要な物は既に徴発されており

十数名の警備員と研究員に眠れる虚構の王がいる
廃墟になる一歩手前の状態になっていた


そんな場所に、人間の心を失い化物へと姿を変えた彼女を
止める事が出来るような力を持った者は、誰もいなかった

ノックの音で彼女の訪問に気付いた警備員は
モニターで相手が線の細い女性だと分ると何の警戒も無しに通用門を開けてしまう
そして、化物の透き通るように美しい微笑みに気を取られた瞬間

果物ナイフで腹を抉られて倒れ伏し、ビルに化物の侵入を許す
警備装置も警報も鳴らす事も出来ず、仲間の警備員に報せる事も出来なった




そして、苦も無く目的地への侵入を果たした化物は
途中で何人かの警備員を傷つけ振り切りながら、目当ての場所まで辿り着き
タックンとの約束を目の前で眠る男にも適用する





        「ゲームは一日一時間、ポチッとな♪」





あどけない少女のような笑顔でかわいらしい言葉を発した化物は
2500万を超えるプレイヤーの誰もが為し得なかった偉業を指一本で成し遂げる


  

       大魔王レンネンカンプの頭はフットーしちゃった





■落城レンネンカンプ城■



再び襲いくる大魔王レンネンカンプの攻撃に身構える4人は
杖を振り上げたまま静止した彼の姿を油断無く睨みつけていたのだが


だが、一分経っても、三分経っても攻撃を仕掛けるどころか
一言も発せず、微動だにしないその姿に不審を感じ始めていた




■■



「おい!どうした?さっきの威勢はなんだったんだ?かかって来るんじゃないのか?」
『・・・・・・・・』




ヘインの問い掛けは沈黙を持って返される
先程のまで雄弁にべらべらと不快な発言を繰り返していた
レンネンカンプとは思えない反応に、ますますヘイン達四人は混乱する


『どうやら様子がおかしそうだ。ヘイン近づいてちょっと見て来てくれないか?』

「嫌だよ。なんで俺なんだよ?お前が見てこれば良いだろ」 『私は嫌だ』


「って、お前・・、自分が嫌なこと人にさせようとすんじゃねー!!」
『駄目か?』



人を食ったような笑みで、食詰めに再度お願いされたヘインは
女の子に危険なマネさせる訳にもいかないかと自分をごまかし

そぉーと動かないレンネンカンプに近づき、持っている剣を思い切り振り上げ・・



           「  そぉいっ!! 」



気合を込めた一撃をぶちかますと、既に動く力を失った豚は倒れた
その後、他の三人達も持っている武器で斬ったり、刺したりと
やりたい放題して見るものの、まったく反応が無いため


彼等は現実世界の人為的な電プチによって
大魔王レンネンカンプの脳味噌はフットーしたのだろうという結論にようやく達する
さすがに代表者のプレイする付属品のバッテリーが粗悪品だとは考えられなかったからだ




『考えてみれば、いつ殺されても不思議では無い男ですからね』


「遅かれ早かれって事だったのか、そう考えると必死になって挑んだ
 今回の攻略作戦も無駄だったってことか?みんな無駄死にかよ・・・」

『確かに作戦自体は無駄だったかもしれない。だが、彼等の犠牲があるから
 私達はこうして立っていられるのではないか?彼等の犠牲は無駄なんかじゃない』



『そうですわ!天は自らを助くる者を助く、私達みんなの思いが
 きっと現実世界にも届いたんです。そう考えると素敵だと思いません?』

「そっか、そうだよな。腐ってもゲームだ。ゲームの世界ぐらい努力が実らないとな」








根本的な問題は何一つ解決せず、逆に唯一の手掛かりも嘘で塗り固められた紛い物
そして、齎されたのはなんとも言えない不完全燃焼で消化不良気味な結末

なんとも言えない空気と思いに捕らわれた四人だったが
無理矢理に自分自身を納得させて、今回の大魔王討伐に対する気持ちに整理を付けた


そう、彼等は思考を意図的に大魔王討伐の結末についてだけ向けていた
今だけは、厳然として残りつづける最悪な問題から目を逸らしたかったのだろう




   『レンネンカンプからは誰も逃げられない』という事実から



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル5825・・・・・


                ~END~



[6296] クソゲーオンライン26
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b
Date: 2009/09/05 20:39

絶望的な事実は人々に何を齎すのか、その答えを予測する事は簡単だが
それを正確に行う事は非常に難しい。その時の状況、個人差などを考慮すれば
予測によって導き出される結果は不確定に成らざるを得ない


そのため、重大な事実を不幸にも手にしてしまった人々の多くはそれを持て余す
そして、ある者はそれを隠した。また、ある者はそれを都合のいいように捻じ曲げた


最悪な真実を白日の下に晒すのは非常に勇気がいることなのだ
手に余る真実を知ってしまうことは不幸以外の何物でもないのだから




■栄光無き凱旋■


閉ざされた城門の前で待ち続けた双璧達の部隊は
最悪の表情をしたヘイン一行から最低な結末を聞かせられることになった


『レンネンカンプ』から出る方法など最初から無かったと


それを聞いた双璧の反応は好対照と言えた。激しく怒気を発した種無しに対して
垂らしは取り乱しも、怒りもせずにただ冷静に事実を確認すると
『で、ヘイン、お前はこれからどうするんだ?』と大魔王討伐最大の功労者に対して
この最低で最悪な事実をどうするのか?と、彼を試すような表情を隠すことなく尋ねる




■■



「しらねーよ・・・って言いたい所だけど、そうも言えない状況なんだよな
 投げちまうのは簡単だけど。帰って来る事が出来なかった奴等のこと考えると
 いい加減な事する訳にはいかねーって、柄にも無く思っちまったりもするしな」



問いかけられたヘインは直ぐに質問に答えるのではなく
困ったような表情をしながら、自分の正直な気持ちを吐露する

それは、知ってしまった『最低で最悪な事実』をどうするのか?という重すぎる質問に
彼なりの解答をだすために必要な儀式であったのかもしれない


そんなヘインの言葉を待つ双璧も彼のパーティの仲間も答えを急かそうとはしなかった
これから『知ってしまった自分達』が『どうするのか?』という答えを決めることが
どれほどの勇気を必要とするか、彼等は分かっていた



「先ずはお願いだ。皆には今日知った事を自分の胸の内だけに閉まっておいて欲しい
 誰だって知りたくも無いことがあるし、知って耐えられなくなっちまう奴もいるだろ
 そんな不幸な奴をわざわざ増やすような真似はしたくない。俺も知りたく無かったし」

『同感だ。知りたくも無いことを人に報せるような真似を私もする気にはなれんな』

『ふむ、卿の考えは了解したし、理解も出来る。卿達四人が今回の討伐の殊勲者だ
 留守居組みの我々がそれに従うのも吝かではない・・が、どうやってこの真実を秘す?』



真っ先にぶんぶん首を縦に振りながら同意を示す食詰めは
ヘインに迎合する気があからさま過ぎたが、一応納得できる意見ではあったので垂らしは
それには触れず、大魔王を倒したヘイン達が決めたことに素直に従う姿勢を見せつつ
もう一歩踏込み、真実の隠蔽工作をどうするのか?と色の異なる左右の瞳に
いくつもの想いを秘しながらヘインに再度言葉を投げ掛けた。



「そうだな、俺達が黙ってるのが大前提だけど、この城を放置するのはちょいマズイ
 動かなくなったレンネンカンプの野郎の姿を見られたら、それこそバレてお終いだ
 だから、戸締りをしっかりしておかないとイケナイよな?この鍵を使ってしっかりと」

『何というか・・・、えらく簡単な方法だな。もっともそれ以外に良い方法も思いつかんが』

『下手な言い訳などの嘘で塗り固めるぐらいなら、何も見せない方がいいという訳さ
まぁ、愛妻家の疾風ウォルフ氏には縁遠く、必要の無い知識なのかもしれんがな?』


大魔法の私室に置いてあった鍵で城門を閉ざす、ヘインの単純明快な隠蔽工作について
拍子抜けした種無しは何ともいえぬ歯切れの悪い賛同を示すが
その有効性について、垂らしに何とも言えぬ例え交じりの言葉で語られると
憮然とした表情で賛同していない訳では無いと答えを返す




「そんじゃ、結論は出た事だし帰りますかね?さすがに今日は疲れたから
 とっとと家に帰って風呂に入って、何もかも忘れてゆっくり眠りたいんでね」








ヘインの意見に全員が頷き、後味の悪い大魔王討伐作戦は終了した
真実を知ってしまった彼等が、この悠久の時の中でどのように生きていくのか
それは彼等一人一人の問題であり、ここで長々と相談して決めることでもなかったからだ


何より、ヘイン達四人も双璧のパーティのメンバー達も
クソッタレの『大魔王レンネンカンプ』の居城の前に長居などする心算は無かった


例え虚構の世界の家や宿であっても、ここよりは何倍もマシな場所で
真実によって疲弊した精神を一刻も早く癒したくなっていた。


これから、長く不安な灰色の生活をデスペナか肉体的な死を迎えるまで
続けなければ為らないのだから・・・





■女の決意と男の諦め■


本拠地のオーディンへと舞戻ったヘイン達四人は『大魔王討伐』の結果について
いまは動かなくなった義眼に報告し終えると解散した。

フェルナーは不在時に溜った申告書類の記入や修正に取り掛かり
アルフィーナは今は収監されているかつての上司グルックに面会するため
拘置所へと向かう。


残されたヘインと食詰めの二人は特にすることも、行かなければならないよう
場所も無かったし、心底疲れていたので大人しく帰宅する方向で落ち着く



■■



やれやれ、これからホントどうするかな?
一生死ぬまでこの世界で暮らしていかなきゃいけないなんて・・・
考えただけで鬱になってくる

現実世界じゃ12、3日しか過ぎてないのに、こっちじゃ三年以上も経過していて
なんども手を血で染めてようやく生に死に物狂いでしがみ付いて来た


その結果が、『帰る方法なんか最初からありませんでした』って、いくらなんでも
笑えねーよ。畜生、俺はちょっと前までお気楽な大学生で、
もうそろそろ将来の事とか考えたりしなくちゃいけねーのか?って
普通だけどちょっぴりだけ深刻な悩みに頭を悩ませてた筈だって言うのに

そういや、予定通りなら前期試験もとっくに全講義分終わってるから
俺って今偶然にもログアウトできたりしても、追試とか認められなきゃ留年確実かよ!!


はぁ、あほらし。どのみち此処で死ぬんだから留年とか試験とか考えても無意味だよなぁ・・
ほんと、なんで一ヶ月前の俺は真面目に勉強しなかったんだ。
地道にコツコツしてれば、こんなクソみたいなゲームなんかにゃ
手を出さなかったって言うのによぉ


フェルナーだってそうだ。奥さんとまだ小さい娘さんのために
バリバリ働いて稼ごうと思ってここで事務処理仕事やろうとしたら
二度と起きない夫でお父さんに何かになっちまった。

食詰めもアルフィーナも、動けずに苦しんでいる義眼だって帰る場所や
帰らなきゃ為らない理由がきっとある筈だって言うのに


ほんと、ここまで酷いクソゲーはきっと世界中のどこを探しても見つからないだろうな







一人部屋で椅子に座りながら物思いに耽るヘインは
次から次へと湧き出る後悔の念で溜息ばかり吐き続けていた。

だが、これも無理からぬことであろう
必死になって生きる為に、友人のためにとヘインが今まで生きてきた中で一番苦労して
やっと勝ち得た物が絶望的な真実だったという報われなさである。
真っ白に燃え尽きたとしても、彼を無神経に責めるなど誰もできない


また、他の『知ってしまった人々も』多少の個人差はあったものの、
概ねへインと同じような心境に陥っていた
夢や希望が無くてもヒトは生けて行ける。だが、夢や希望が無ければ人は幸せになれない
だから、人々は希望や夢と言ったあやふやな物を追い求め続けるのだろう



灰色の未来にぐったりしたヘイン部屋の扉を力強く軽快な感じすらする
リズムでノックする少女は既に新しい道を見つけていた


億劫そうに立ち上がり扉を開けたヘインの視線の先には
入浴を済ましたばかりなのか、ほかほか状態の火照った少女が笑顔で立っていた



■■



こっちは疲れて動く気も無いって言うのに、ほんとタフな奴だな
こんな状態でよくニコニコしてられるな、ここまで来ると呆れる以上に感心するね!


「いま風呂あがったところか?そんで、なんか用か?
 それとも。風呂空いたぞって教えに来てくれたのか?」


『あぁ、それも用件の内の一つと言えば一つだが、少し話もしたくてな
 それほど時間は取らせない心算だ。その、部屋に入っても構わないか?』


「おう、別に構わないぜ。あんま綺麗な部屋じゃなくて悪いけどな」

『すまない、少し邪魔させて貰おう』



そういやコイツを自分の部屋に入れるのは初めてだな
まぁ、寛ぐ時は居間で二人揃ってグダグダしてるし、夜はちょっと問題ありな気がするが
コイツの部屋の方で寝てたりで自分の部屋に居る時間が殆ど無かったからな


「おう、そこにでも座ってくれ。冷蔵庫しか置いてないから冷たいやつでいいか?」

『あぁ、それで構わない。気を使わせてすまないな』


「なに、この部屋初めての客人だ。御持て成しをしない訳にはいかないだろう?」

『そうか・・・、この部屋の客は私が初めて・・か、そう聞くと
 少し嬉しいような恥ずかしいような不思議な感じがしてくるな』



たしかに、男の部屋に自分から入るってのは年頃の女の子だと
ちょっと恥ずかしかったりするもんだよな。まぁ、コイツとは家族みたいな関係だから
あんまそういうの意識してないのかと思ったけど、そうでもないみたいだな
まぁ、不思議にも俺のことをスキだって公言する位だし、そうなんだろうな


「ほい、オレンジでいいよな?それで、話ってなんだ?」

『あぁ、ありがとう。早速本題に入るのは少々緊張もするのだが、躊躇していても
 仕方が無いか。ヘインには何度か私の気持ちを打ち明けたが、その度に卿は
 異常な世界で異常な事態で起きた錯覚だなどと言って真剣に聞いてくれなかった』


いやいや、そんなに頬膨らまして睨まれても怖く無いし、逆にかわいいと思っちゃうぞ?
って、馬鹿な考えを置いといて、こいつ急にどうしたんだ?
いや、こいつも絶望的な真実を知っちまって混乱してるんだな。うん、そうに違いない!


「まぁ、今日はいろいr『ヘイン、最後まで・・、最後まで聞いてくれないか?』・・分った」


『ありがとう。では、話を戻させて貰うが、卿は現実に帰った時のことを想定して
 私の告白を断っていた。違わなければ頷いてくれ・・。うん、違ってはいないんだな
 つまり、その承服しかねる理由で私の想いは、卿の中で考慮する段階にも行かなかった
 これも返事はしなくていい。私の発言が合っているなら頷いてくれ、合っているんだな?』



なんか魔法が掛かったようにひたすら食詰めの問い掛けに頷いていますが
これはどう考えても、やばい流れだよな?ただ、ちょっと目が据わってるコイツに
『今日は疲れてるし明日にしよっか?』なんて再度提案するのは怖くてちょっと無理だな




『その『帰ったら違う』という半ば不条理でもあり、ある意味理性的な卿の発言で
 私は情けないことに、卿に強く拒絶されるのが怖くて、もう一歩をどうしても
 踏み出せなかった。ほんとうに自分ながら恥ずかしいほどの臆病さ加減だと思う
 だが、今は状況が変わった。私達はもう帰れないんだ!そう、現実世界には二度と』



あぁ・・、こいつは、もう絶望的な現実を受け止めて前に進むんだな
そんで、その前にある目的が不思議な事に俺だったて言う訳か・・・?


それにしても、俺のどこに惚れる要素があるっていうんだ?
結局、大魔王を倒した英雄にもなれなかったし、その後の道を示せるような
ご立派な人物でもなく、いまもウジウジと落ち込んでいるってのによ・・・

ほんと驚かされてばかりだよコイツには・・
最初に会ったときから毎日がビックリの連続だよ
今だって自分なりの答えを出して、前に向かってもう走り始めてやがる

そんな姿を見せられると、保護者としてだけじゃなく
男としても情けないって気分になってくる




『そう、いまのこの狂った世界が私にとっても、お前にとっても全てだ
 だから、真剣に考えてくれないか?私の気持ちに答えを返して欲しい
 私はヘインの事が好きだ!大好きだっ!!誰よりも貴方を愛してます』


「あぁ、お前の気持ちは分かったよ。もう、こんな時だって逃げたりしないさ
 ちゃんと考えてお前の気持ちに返事する。一晩だけで良いんで時間貰っていいか?」



『あぁ、勿論だ。その、こんな夜に自分のことばかりで長々と済まなかったな
 それと、きょっ・・今日のヘインは最高にカッコ良かったぞ!大魔王の攻撃から
 私のこと庇ってくれたこと凄く嬉しかった。本当に嬉しかった。おやすみっ!』



■■




         「ったく、ドアくらい閉めてけよなぁ・・・」




先ずは風呂にでも入って落ち着いて、急に走っていった女の子のこと
真剣に考えて答えを出してみますかね

これからこの世界でどう生きていくかとか、そんな小難しい事を考えるのは
それが終わってからでも遅く無さそうだからな・・・

それにしても、この年代の女の子の成長は考えるよりもずっと早いって言うけど
いつのまに大人の顔するようになったんだな。嬉しいのやら寂しいのやらで
複雑な父親の気分ってやつかこれは?


まぁ、俺の保護者気取りも今日でお終いってことは確実だな
食詰めはこの三年以上の月日で大人になったんだと素直に認めよう
というか、俺なんかもう普通に追い越されてたりしてそうだけど・・・


まぁ、いい。とにかくアイツに笑われないような答えを出せるように頑張りますか






いつもの楽観的で妙に前向きな思考を失い俯きかけたヘインに
前を再び見る力を与えたのは『家族』として一番傍に居続けた食詰めであった

最初の出会いはとても運命的なものとは言えないようなモノだったが
二人は同じ時間を過ごす内に信頼し合う仲間から、『家族』になっていた

そして、少女は胸の内に芽生えた淡い恋心を少しずつ大切に、大切に育てあげ
勇気を出して、その真っ直ぐな想いを男にぶつけた

男はまだまだ自分が面倒を見ている気になっていた少女は
この狂った世界で様々な経験をして、時を過ごす内にヘインの横に並ぶ
一人の女性へといつのまにか成長していたのだ。


ヘインは自分なりの答えを出す為、眠れぬ夜を過ごす事になる。
大切な『家族』に恥ずかしくない答えを返すために・・・




■決断の朝■


普段は眠りの世界に居る筈の早朝、寝不足で幾分重い頭を無理して持ち上げ
ベッドから立ち上がると、ヘインは部屋に備え付けられた冷蔵庫から
よく冷えたペットボトルの水を取り出し
一気に飲み干すことによって強引に眠気を追い払う
二人にとって大切な朝が始まるのだ。寝ぼけている暇など無い


寝間着から外着に装備を変えたヘインは部屋を出て洗面所に向かい
顔を洗い、歯を磨く。いつもと変わらぬ行動を淡々とこなし、それを終えると
そのまま、一階に降りて玄関まで行き家をでて、一人だけの朝の散歩へと出掛ける


答えを出す前にどうしても会いたい、会わなければならない人がいた・・・




■■



      「おはようさん、また、下らない相談に来たよ」



そう言ってヘインは椅子に腰掛ける。向かいに座る少女からの返事は無い
そんな無口な少女の反応を特に気に留めた様子も見せず、ヘインは黙々と彼女に
ここ最近に起こった様々な事件や出来事を楽しそうに語り聞かせる。

デスティニーランドの悲劇、オフレッサーとの死闘に其処で出会った規格外な二人の少女
彼女たちに誘われて、多くの『求道者』達と共に大魔王討伐に向かい、
少なくない犠牲を出しながら、何とかそれを成し遂げたこと。
そして、結局帰る方法など無く、レンネンカンプからは逃げられないことを
語ることも、動く事も出来ないパウラに伝えていく



「悪りぃな。もしかしたら聞きたくないような事実だったかもしれない
 でも、大切な仲間のお前には俺達三人が体験して知った事を隠したくなかった
 勿論、お前を動けるようにしてやる方法ぐらいは見つけてやるから心配するなよ」



ピクリとも動かない義眼を少しだけ悲しそうに見つめながら
ヘインは彼女を必ずもとの動ける体に戻してやると誓う
自分のために全てを犠牲にしてくれた少女を放っておくような真似をするなど
出来るわけが無かった。



「そうそう、肝心なことを忘れる所だった。昨日、食詰めに本気の告白されたよ
 アイツの気持ちに気付いていながら、中東半端な理由で答えを出さずに来たけど
 こんな状態でも前に進もうとするアイツに、今はちゃんと返事しようと思ってる
 生憎とヘタレなんで、上手く答えられるか不安でお前に相談しにきてるけどな
 ちゃんと答えをこれからレンに伝えてくるよ。パウラ、聞いてくれてありがとな」




席を立ち、背を向けかけたヘインは振り返りながら、黙って自分を見つめる少女に
今日、一番彼女に伝えたかった事を告げる。もう、その顔には迷いは無い

ヘインは再び背を向け後ろ手で手を振りながらパウラに別れを告げ
散歩道の復路を往路より少しだけ軽快な足取りで歩んでいく
少し離れた所でニヤニヤとする早起きナフェルナーを無視しながら・・・


一晩とちょっとの時間と少しだけ『仲間』の力を借りたことによって
ようやく、ヘインは決心を固めることが出来たようである







玄関を開けると男の帰りを心待ちにしている少女が立っていた
少女は真剣な表情を崩さず、緊張で少し震える声で『おかえり』と言い
男は『ただいま』とだけ返して、目を瞑り両方の拳をぎゅっとして続く言葉を待つ
彼女をやさしく抱きしめた。


目を大きく見開いて驚きと喜びの混じった視線を向ける少女に
男は視線を逸らして続く言葉を中々発しようとしない


その煮えきらぬ男の態度に少女は口をへの字に曲げて不満を示すが
嬉しそうな表情は一向に崩れておらず、男にプレッシャーを与えることには失敗する

たが、その中途半端な表情は長く続かなかった。なぜなら、男が次に取った行動で
そのかわいらしい表情を歓喜の涙でクシャクシャに変えられてしまったのだから




  ~ プレイヤーのヘインより、結婚の申し込みがされました ~
       回答を行ってください。YES or NO ?



       「イエスだ・・、イエスに決まっているだろ!」
 




ようやく・・・、本当にようやく本懐を遂げた少女は男の胸の中で泣き続けた
過酷な運命によって、最悪な世界に捕らわれ出会った二人は一つのゴールに辿り着く
『レンネンカンプ』の生み出した悪夢に彼等二人が勝利した瞬間だった・・・






■ゲームオーバー■



ヘインと食詰めがフレンド登録から恋人登録を飛ばして結婚登録をしてから
幸せな日々を過ごす内に、『レンネンカンプ』の狂った時間は
半年ほど時計の針を進めていた。もっとも、現実世界では二日も経ていないのだが・・・


そんな幸せな日々が永遠に続くような錯覚を二人が持ち始めた頃
意地悪な運命の女神は二人の仲の良さに嫉妬したのか
唐突に全ての終わりを与えようとしていた。


『レンネンカンプ最後の日』は余りにも唐突に、あっけなく訪れることになる
平凡な一人の大学生が、終わりの引き金を引くことになったのだ。





■■



『うん・・・?ヘイン・・・??いないのか?』

「おっと、起こしちゃったか。ちょっと目が覚めてね。まだ眠たいだろ?寝てていいぞ」



悪い悪いと謝るヘインにこくりと頷く食詰めはヘインの視線に気付くと慌てて
シーツを引っ張りあげてニヤケ顔の男をちょっと怒った顔で睨むのだが
そんなことをしても、ヘインが動じる訳もないかと思いクッタリと頭を垂れて
『ヘインのスケベ・・・』と今更な文句を投げ掛けることで留めた



「そう怒るなって、そういや、お前もコレまだ着けてるんだな?」

『ふん、確かに台座と鎖だけになってペンダント部分の宝石は砕けてしまったが
 その、お前に貰ったという事実は失われてないからな。それに、私の想像だが
 これがお前を大魔王の攻撃から守ってくれた大切なアイテムではないかと思っている』


「確かに、あの時の攻撃はデスペナ確実の威力だったのに、俺は生きていて
 二人のペンダントが同時に砕けていた。確かに偶然にしては出来すぎだな」

『そうだろう?私達の愛の力がそのペンダントで増幅され
 大魔王の悪意を退けた。そう考えるのも一興ではないか?』




既に壊れたペアアイテムを自分と同じように
胸に鎖を垂らして見に付けている食詰めにちょっと驚きつつ、それに言及すると
ちょっと、恥ずかしすぎるんですがと言いたくなるような答えと
それを上回る恥ずかしさのアイテムに対する考察で返された。

エッチな夫に対する妻の微笑ましい逆襲は
ヘインをぞわぞわと身悶えさせる事に成功する


だが、その冗談交じりの考察がヘインの灰色の脳細胞に
真実に繋がる最後のワンピースを期せずして与える事になる




         「謎はなんとなく解けた!!」






酷く曖昧な答えを弾き出したヘインはそう一声をあげると、どうしたんだ問う食詰めに
晩飯までには帰ると適当にいって、素早く服を装備しながら寝室を飛び出ると
そのまま階段を転がり落ちるように降りて玄関を突破し、街中を駆け回る


擦れ違う知り合いには走りながら挨拶を返し、吹っ飛ばしたNPCのおねいさんには
マジ切れされて久しぶりに誠意の500帝国マルクを献上したりしたが
お構い無しに思いつく限りの場所を訪れていく

最初は帝国公共職業安定所、正直二度と行きたくないランキング堂々の一位で
『レンネンカンプ城』や『ガイエスブルグの塔』以上の鬼門だったが
ヘインは色々と嫌な思い出を振り払って、階段を駆け上がりながら
ほとんどプレイヤーが訪れる事が無くなったハロワ中のフロアを余す事無く駆け
目的の人物を探し出す為に後ろを向いている相談員を
強引に自分の方に顔を向けさせるなど、かなりの無茶もしたが

そこで彼女を見つける事は出来ず、迷惑行為お断りとハロワから叩き出されると
更に別の心当たりに向かって再び駆け出す。偶然見つけた希望のワンピース
落ち着いて止まっていられるほどヘインは達観していない


彼女が以前勤めていた馬車ショップ、ちょっと行ってみたいと漏らしていた
デスティニーランドの跡地、かわいい服が買えるといっていた男には入りづらい店
とにかく、思いつく場所には片っ端から当たっていく


それでも彼女が見付からない。息も切れはじめて足も休息を盛大に要求し始める
ヘインは一時の休息をとるため、最後の心当たりとしてふと頭に浮かんだ
腹ペコ少女に鯛焼きをプレゼントした公園へと足を向ける




     「遅いです。ヘインさん、鯛焼き冷めちゃいました」




並んで一緒に鯛焼きを食べた公園のベンチの前には
白のふかふかしたベレー帽を被った食詰めと同じ年頃の髪の長い少女が
鯛焼きの一杯入った袋を重たそうに両腕に抱えながら立っていた




■■


『積もる話もありますし、先ずは座りませんか?ちょっと手も痺れて来ちゃいましたし』

「そうだな、先ずは座って鯛焼きでも食いながら話そうか・・・」


重苦しい、この重い空気が一体どこから発せられているのか?
真実を守護する分厚い壁による威圧感なのか
笑顔の少女が放つプレッシャーによるものか、判断を付けられそうに無かった



「そんじゃ、さっそく本題に入るけどマコちゃん。お前何者だ?」

『単刀直入ですね♪ストレートなのは男らしいけど、焦りすぎると嫌われちゃいますよ?』


「ここまで来てはぐらかすなよ。腹を空かして食い物は食べるし、暫くすると成長してる
 他の普通のNPCとは確かに違う。お前が前に言った通りだ。お前は特別性のNPCだ」

『へぇ~、ヘインさんって抜けてるようで結構鋭いんですね♪尊敬しちゃいます!』


「偶然だよ。たまたま、この鎖だけのペアアイテムの不自然さに気付いたんだ
 疑って掛かれば、普通じゃ考えられないことのオンパレードだったしなお前は」



既に公園にはプレイヤーどころか、NPCの一人すら居なくなっていた
恐らくではるが、ナカノ・マコが持つ力を利用して他者を排したのではないだろうか?
大魔王のいない今、『レンネンカンプ』の世界で一番力を持つのは
多分、ここで鯛焼きを美味しそうにパクつく彼女なのだろう

こうして、いつものようにマイペースでチクリと嫌なことを言う少女に
ヘインもどうやら禅問答する気を無くしたようで、更に突っ込んだ質問を続ける



「そんじゃ、お前がこの狂った世界の支配者で、脱出の鍵を握っている
 俺のこの希望的に観測に満ちた予想は当たってるのか?それとも外れてる?」


『う~ん、お前じゃなくて名前で呼んで欲しいんかな?』
「オシエテクダサイマコチャン」


『なんでそこでベタなカトコトになるのかなぁ。もう、それ古いですよ
 まぁ、あんまり焦らしても仕方が無いから、パパッと言っちゃいますね
 私は突発性自立進化型ヒューマノイドNPC、パーソナルネームは
 マコ・ナカノ、ナント花も恥らう15歳設定まで成長しましたぁ~♪』



ぱんぱかぱ~んと陽気な効果音と共に知らされた事実に目を点にするヘイン
いきなり突発性なんたらかんたら言われて理解しろって言う方が無理である
それに、この世界から脱出できるのかできないのかという点では全く答えになっていない
ちょっと、腹が立ってくるし、そうなっても仕方が無い
ヘインがムスっとした態度を見せるのを大人気ないなどと言うことはできない



「マコちゃん、そういうのはいいから!冗談でも笑えないし、そもそも意味が分らん!」

『えぇ~、なんかちょっとSFチックでシリアスな男女っぽくしようとしたのに
 ヘインさんノリ悪いチョベリバですよ!もう、サノバビッチです!つまんないです』

「うん、もうそろそろオニイサンの堪忍袋も限界だから、分り易く教えてくれるよね?」


『はーい。ちょっとからかっただけなのに・・・、じゃ、気を取り直して説明しますね
 私はバグです!PC以上に人間らしいNPCって言えば分って貰えるのかな?
 だから、ヘインさんと同じようにお腹も経るし、ヘインさんが出来ない成長だって
 しちゃう訳です♪驚きました?あ、安心してくださいね!年齢は戻せますから
 シワシワのお婆ちゃんにはならないですよ!いつでもピチピチマゴギャル仕様です!』


「なんか、盛大に年齢のサバ読んでる気がしてきたけど、まぁ、いいや!
 細かい事を気にしたら負けだ!それで、ただのバグが何で周りから人を消せるんだ?
 そこまでゲームをコントロールする力は大魔王でも持っていなかったと思うんだが?」



とにかく話を進めたいと心底真っ当な理由でマコに続きを促すヘイン
ただのバグが何故ここまでの力を持っているのか?それは大きな疑問であり
もしかしたらと思う事が出来る希望でもあった。
一方、問われた少女はサバ読みか只のバグ呼ばわりのどちらかか、両方に立腹したのか
口を尖らしてぶーぶーブーイングを鳴らしていたのだが
いい加減にキレてきたヘインに『豚は死ね!!』と言われ、大人しく説明を再開する


なんとも緊張感に欠ける最後のネタ晴らしである。
だが、これこそクソゲーに相応しいと言えるのかもしれないが



■■



『・・・えっと、続けますね!そんな素敵なバグに目を付けた人達が居たのです
 その人達は『外』に居ました。多分、この世界を開放する為に試行錯誤している
 人達だと思います。つまり、イレギュラーのバグの私はセキュリティホールだった
 彼等は私にこの世界の致命的欠陥『ログアウト』出来ないバグを解決するPGを
 送り込んできた訳です!ほんと乙女の体に無理矢理侵入してくるなんて鬼畜です!』



ぷんすかぷんのすかぷんぷんとご立腹で状況を説明する少女に対して
ヘインは『続けろ』と冷たい目をしながら続きを促す
どうやら、彼ももうそろそろ限界のようである



『えっと、それで私にはこの世界を開放し、デスペナを受けているかどうか限らず
 元の世界に皆を返す力をその送り込まれたPGで与えられた『筈』だったんです』


「なんか、問題があったってことか?もしかして『大魔王』の存在のせいか?」


『ぴんぽーん♪さすがに理解が珍しく早くて助かっちゃいます!
 一応、私のお父さんな大魔王レンネンカンプにも中途半端にこの世界を
 管理する力が残ってたみたいで、脱出PGの作動が不可能だったって訳です』



彼女の説明はなんとなくではあるが、納得できる物だった
ただ、最後に一点だけ腑に落ちない大きな疑問が湧きあがってくる
多分、その疑問はヘインでなくとも多少の知能があれば気付く事が出来るものだった



「じゃ、なんでレンネンカンプのクソ野郎がくたばったのに
 俺達はまだこのクソみたいな世界に囚われたままなんだ?」


『ヘインさん。怖いよ。そんな目しながら、剣を突付けられてたら
 震えて喋れなくなっちゃうよ♪ところで、鯛焼きもう一匹食べません?』




二人の間にある空気は一瞬にして一触即発なモノへと変転する
ヘインは静かな動作で愛用の剣を抜き放ち、その白刃を少女の喉元に突付ける
にもかかわらず、少女は微笑を浮かべながら三匹めのタイヤキくんに齧りつく
見る者がもしその場にいたら、一歩も動けずにただ冷や汗を流したに違いない

だが、そんな状況はほんの一瞬であった。少女の続けて紡ぐ言葉と流した涙が
張り詰めた空気を再び穏やかなものへと戻すことになる



『女の子相手にそんな顔しちゃダメですよ!減点です♪・・・冗談は通じないみたいですね
 なんで皆が帰れないのかでしたよね?答えは簡単です。そんな事したら私殺されちゃう
 皆が帰れたら脱出PGの鍵なんか必要ですか?こんな危険なゲーム解析が終わったら
 二度と起動する事無く凍結されちゃいます!それ位私だって分る!私にだって
心はあります。死にたく無いって足掻くのダメですか?私は死ななきゃダメですか?』


「あ、いや・・えっと、ほんとゴメン。剣なんか突き付けたりして・・
 マコちゃんのこと考えてなかった。うん、悪かったハンカチ貸すから
 とりあえず泣くのはやめよう。もう、怖いことしないからさ。ほんと!」



仮想世界でも現実世界と変わらず、『女の子の涙』は最強スキルの一つのようである
ここで泣けば済むなんて思うなよと本音を漏らそうものなら鬼認定が確実だろう
ヘインも多分に漏れず、一飯的なヘタレ男子であったため
オロオロと少女を慰め、宥めながら説得する事になる
それは、彼女が泣き止むまで続けなければならない苦行であった
だが、どんな苦行にも終わりは来る。そして、いつかはゲームも終わる・・・




「えっと、もうそろそろ落ち着いてくれたかな?」

『はい。もう、ヘインさんいじめません?』 「あぁ、いじめないって!約束するする!」



『やっぱり、ヘインさんって超馬鹿が付くほどのお人よしですね♪
 それに免じて皆と一緒に帰してあげます♪私、貴方のこと大好きでした♪』

「ちょっ・・いきなり・・うんっむぅっ・・!?」



一番の笑顔でヘインに別れを告げた少女は、片手を合わせた唇に当て
もう一方の手を軽く振ってヘインに別れを告げた



レンネンカンプ事件発生から15日、ゲーム内時間で1526日が過ぎた頃
2500万以上の人々を巻き込み500万以上の人々の命を奪った前代未聞の事件は
まだまだ、物語を繋いでいく余地を残しながら唐突に幕を降ろした





■○○○からは逃げられない■


彼方此方で歓喜の声が聞こえた。もう絶望的だと思っていた人々の多くが
無事に現実世界へと帰還したのだ。


TVのニュースでは首相の麻垣康三がジオバンニ機関の功績を讃えながら
今後の日本共和国の再生を誓い、熱く語りつづける!
彼の話す言葉は野党のように甘い夢物語ではなく
厳しい現実を国民に見せる物ではあったが、それでも歯を食いしばって前に進もうとする

その覚悟に満ちた姿勢は強いリーダーの誕生を予感させるには充分であった
そんな首相を横で支える夫人は地球人でお日様を食べたりはしない
国民は安心してこの難局の舵取りを首相に任す事が出来そうであった


そんな喧騒が静まらぬ中、ヘインは覚醒間もないボーとした頭で目覚める前のことを
少しだけ思い出していた



■■



たぶん、マコちゃん半年かけて覚悟を決めたんだろうな
皆のために自分が犠牲になろうって、それで最後に喋りたかったのが俺だった訳だ

ったく、そんなことにも気付かずに、あんな小さな子を怯えさせるなんて
ちょっと自己嫌悪に陥りそうだけど、落ちて情けないまんまじゃ
あの子に申し訳ないよな!


デスペナ受けた人達もみんなまともに戻ってきたらしいし。義眼達も大丈夫そうだ
マコちゃんがきっと頑張ってくれた御蔭なんだよな?

ほんと、下手な人間よりよっぽど凄い子だったよ



俺も負けてらんねぇえよな!まずは教授陣に必殺の土下座泣き落とし作戦を実行だ
大学生活二年目にして卒延最大の危機だが、何とか乗越えて見せるかな
前期試験他にも受けられなかった奴はゴロゴロいそうだし、がんばりゃ何とかなるだろ
ふざけた大魔王に挑むより、教授陣の説得のほうが全然楽そうだ

今頃、俺と同じように現実世界に戻った食詰めや義眼も
期末テストなんとかしようと頑張ってるだろうし、俺も頑張らないとな


まぁ、もう帰れないと思ったから、あいつ等の住所とか連絡先しっかり聞かなかったから
頑張ってるかどうかなんて実際には確かめられないけど、あんなクソみたいな世界で
みんな一流の『求道者』として最前線で頑張ってきたんだ。なんとかしてる筈さ


ちょっと、寂しいけど結局は異常な世界での非現実的な日常だからな
思いでだけにして、このままそれぞれの道を歩いていった方がきっと良いさ






前に進む決意を固めたヘインはもう二度と会うことは無いだろう仮想世界の仲間に
少しだけ思いを馳せ、それを終えると頭を振って前に進み始める

先ずはマンションを出て、受けられなかった試験の追試やレポートでの代替を
頭の固い教授陣達にお願いしないといけない
それが上手くいけば、死に物狂いの試験勉強が始まるのだ


部屋でじっとしている余裕などない。新たな思いを胸に大学へと向かうヘインであったが
いきなり、その思いを盛大に圧し折られることになる



マンションの玄関を出ると目の前にくたびれた制服に身を包み、両手で支える
どこの粗大ゴミだよと問いかけたくなるような自転車にボロボロのリュックを乗せ
通い妻ってレベルじゃねーぞ!!って感じの少女が不敵な笑みを浮かべながら立っていた


どう見ても転がり込む気まんまんにしか見えない少女にヘインは頭を抱える


大魔王から逃げる事は出来ないかもしれないが倒すことはできる
だが、ちょっと貧乏なお姫様からは逃げることも出来ず、倒す事も出来無さそうであった


オンラインからオフラインに変わっても、二人の関係はゲームオーバーにはならない






            ~ G A M E O V E R ~









【被害者ファイル】



【パウラ・フォン・オーベルシュタイン】

現実世界帰還後、最初にやった事は愛犬のラーナベルに餌をやり、撫で回す事であった
その後、デスペナを受ける前に連絡先を聞いていた食詰めやフェルナーと共に
ヘインの住むマンションを訪れるなど、その交友関係は途切れる事は無かった
ヘインに対する想いも多少引き摺っているのか、幸せそうな二人を寂しそうに
見ることもあったが、やがて時がその傷を癒してくれるとその思いを
二度と表に出す事は無かった。

食詰めとは帰還後にちょくちょく二人でお出かけするようになるなど
今では出合った当初では考えられない位に仲の良い友人になっているらしい



【アントン・フェルナー】

心配する妻のビンタと熱い接吻に幼い愛娘の泣き声で一気に覚醒させられた彼は
『レンネンカンプ』にログインする前以上に溜った仕事を家族の生活を守るために
ヒーヒー良いながらテキパキと片付けていく、相変わらずな優秀さを現実世界でも
見せてはいるが、仮想世界のようにどこか傍観者的な態度を取る余裕は無く
二度とオンラインゲームに手を出さないと誓うのであった

義眼と共に休日にヘインの元を訪れるだけでなく、ヘインと二人で酒を飲みに行くなど
少しだけ年は離れてはいたが、どうやら彼等の友情を妨げる枷にはなっていないようだ



【アルフィーナ・ランズベルク】

現実世界に戻るとその有り過ぎる行動力を存分に発揮し、直ぐにグルックとリアに
コンタクトを取り、『デスティニーランド』を超えるテーマパークを作ろうと誓い合い
数ヵ月後には企業再建部門に移ったグルックが再生を図るレジャーランドで
リアとコンビを組んで美少女戦隊としてバイトに励んでいるらしい

彼女達三人が『情熱を受継ぐ者』として、日本の経済界に大きな足跡を
残す事になるのだが、それはもう少し先のことになる



【ジョージ・ゾロリ&ウォーレン・パペット】

レンネンカンプ事件解決後、投資産業新聞の大きな見出しが躍る
『二人の大投資家、破産を苦に自殺か?』と、彼等は事件に巻き込まれる前まで
買いに重きを置いたポジションを取っていた。そして、それが何を意味するのか
分らない彼等ではなかった。ゲーム内で執拗に人々の運命を弄ぼうとしたのは
この事件で大きく運命を狂わされたからだろうか?

死者は何も語らず、今となって真相は闇の中であるが
意味の無い仮定だが、彼等に緊急時に自分の資産を任せる事ができる仲間や部下が居れば
彼等の帰還後の人生は大きく違っていたのでは無いだろうか?



【ヨブ・トリューニヒト】

最後まで現実世界を見据え続けた怪物は、『レンネンカンプ』事件で得た声望と
経験を大いに生かして見事議員に当選する。

その後は、事件の当事者として日本共和国の再生に力を注ぎ大きな成果を出し続けるが
彼の前には常に『麻垣康三』偉大なリーダーとして立ちふさがり続け
仮想世界と違って最後まで元首の地位に付く事は叶わなかった

彼は元首ではなく、一閣僚として辣腕を振るった方が良いと考えて
彼を後継者に指名しなかった麻垣の判断は怪物じみた彼の資質に気付いていたからなのか
政治的ライバルの台頭を恐れたが故なのか、その答えを首相本人以外が知る事は無かった




           < 17P >



[6296] クソゲーオフライン27
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b
Date: 2009/09/12 18:46
全てが終わり、人々はやがて日常に戻る。
いつのまにか失ってしまった大切な物をとりもどしていく。
彼等は狂った世界を乗越え、現実世界へと戻ってきた。



■貴方の同居人になりたいのです■


たった一度聞いたヘインの住所を忘れる事無く正確に記憶した少女は
無事ログアウトした後、強い意志を持って育ての親でもある施設の長を説得した結果、
ひとまず夏休みの間だけという条件付であったが、愛した男の下へと旅立つ事が許される。

少女はボロボロのリュックを不快な音を発生させる限界が近い愛車に乗せて
意気揚々とヘインの住まうマンションを目指し、70kmの道のりを全速で駆け抜ける!!




■■



「はぁ、なるほどそう言う訳ね。確かに前期試験期間から2週間も過ぎてたら
 どこも夏休みに入ってるわな。うん、それで遊びに来たってのならよく分る
 なのになんでマイ歯ブラシをセットしたり、自分の茶碗を食器棚に入れた上に
 マイ箸を箸立てに入れるのか理解できないんだけど?勿論、今日帰るんだよな?」

『そう邪険に扱うなヘイン、30日と少しばかり世話になるだけだ
 向こうの世界では四年近く一緒に暮らして愛を誓い合った仲だろう?』



ヘインは頭を抱えたくなったというか、実際に頭を抱えていた。
確かに目の前でウキウキと荷物を広げて彼方此方にセットしながら、
自分のマンション内での居住環境を整えている少女とは愛し合った仲だ。

だが、その場所は仮想世界でのことである。あの時、彼女を受け入れたのはもう二度と
現実世界に戻れないと思い込んだからである。

こうして無事に現実世界に帰ってきてしまった以上、現実を見据えて二人の関係を見直す
べきだというのがヘインの考えであったが、少女の方はそんな気はさらさらない。

ようやく落とした男を逃してなるものかと、
現実世界でも仮想世界と同じように既成事実を作り、一気に押し切る心算であった。



「まぁ、待て。別にお前の事を嫌っているとか全く無い。むしろ大事に思っている位だが・・」
『嬉しいな。私も卿のことを誰よりも愛しているぞ』


「いや、そうじゃなくてって・・、ちょっと抱きつくな!落ち付け、落ち着こうな!」



みなまで言わすまいとヘインに抱きつく食詰めは仮想世界で更に磨かれた体術を用いる。
彼女は素早く片足をヘインの足に絡めるとそのまま払ってソファーへと押し倒したのだ。

食詰めほどでは無いにしろ仮想世界で体術の経験を身に付けているヘインならば
細身で軽すぎる彼女に易々と倒される訳は無いのだが、胸板に押し付けられる少しだけ
柔らかな物に気を抜いたのが運の尽きで、年端も行かぬ少女に情けないことにマウントを
取られるという男性諸氏が羨みそうな失態を曝す事になる。



『落ち着ける筈が無いだろう?いま私は本物のヘインを見て触れて最高に興奮している
 私は全てをお前に捧げる覚悟はもう出来ているぞ。後はお前が私を受け入れるだけだ』

「いやいやいや、ほんと落ち着こう!これ以上されたらさすがの俺でも如何こうするぞ!」



『それで構わないさ。それこそ本懐と言う物だ』







ヘインの目と鼻の先の距離にまで顔を近づけた食詰めは勝利を確信した笑みを見せる。
こうして、清々しいまでに真っ直ぐな好意を向けてくる少女に押し倒された男は
今更な抵抗を諦め、現実世界でもその想いを受け容れることになった。


こうして、その後に色とあれやこれや・・・、があった結果、
教授陣に泣きつくと言う目的をヘインは達する事はできず、
その実行は翌日へと延期されることになる。


ヘインの横で幸せそうな顔で眠る押しの強い少女の完全勝利であった。




■大学へ行きたいのです■


予想外の来訪者によって中断された教授陣への陳情を行う為に食詰めの訪れた翌日の朝、
ヘインは色々と疲れが残ってはいるものの、単位のために何とか目覚めることに成功する。

いままで捕らわれていた仮想世界と違って、現実世界の時の流れは格段に速い。
明日へと引き延ばしている内に全てが終わってしまう可能性もあり、
無為に時を過ごすことは許されない。
大学に5年通いたくなければ行動は迅速にする必要があったのだ。



■■


少女が占有権を主張していつまで経っても離れないため腕が限界に足したヘインは
じんじん痺れ感覚を失ったそれを強引に引き抜く。


『あっぅ・・、うぅ・・酷いな最初の朝くらいは余韻に
 もう少しだけ浸らせてくれても良いんじゃないのか?』


ベッドに頭を落とす事で最悪な目覚めになった食詰めはその仕打ちに不平を漏らすのだが、
それを無視してヘインはさっさと服を身に着けて朝食の準備に取り掛かる。
ここで甘い顔をすればもっとベタベタしてこようとする食詰めの術中に嵌ることを
仮想世界での経験からヘインはしっかりと学んでいた。



『ヘインのいじわる』

「はぁ、今日は昨日行けなかった大学にどうしても行っときたいんだよ
 ちゃんと大人しくお留守番してくれたら、大学の用事が終わったら
 こっちでの生活に必要な物買いに連れて行ってやるから我慢してくれよ」



・・・学んでいた筈なのだが、年相応の拗ねた反応などかわいい仕草を見せられる度に
甘い顔をしてついつい食詰めに優しくしてしまうのだった。
もちろん、食詰めの『計算通り!』に乗せられているとは薄々気付いてはいるのだが、
それも悪くないと思い始めているあたりヘインは結構な重症であった。


まぁ、現実世界でも変わらず純粋に真っ直ぐな好意を向けてくれる少女に冷たい仕打ちを
出来るほどヘインは鬼ではなかったという訳である。

ちょっぴり計算高い食詰めに何だかんだ言いながら引っかかってやるお人好しなへイン、
二人の相性は現実世界でもバッチリであった。



「そんじゃ、行ってくるけど、ちゃんと戸締りして大人しくしてるんだぞ?
 あと、俺の部屋とかあちこち漁るなよ!いいか勝手に人のモノを処分するのは
 私有財産権の侵害だからな。親しき仲にもプライベートありが家のルールだからな」

『分っているからそう心配するな。私だって子供じゃないんだ
 留守番や掃除位は一人で出来るさ。不要な本やDVDの処理などな』



満面の笑みで今後不要になるだろう品々の死刑宣告を下す食詰めに
色々と諦めざるを得ない事を悟ったヘインは
引きつった笑みを見せながら『いってくるわ』と何処かの年貢を納めた垂らしのように
虚ろな目をしながら、力ない声を漏らすしかなかった。


そんな愛する男の情けなくも聞き分けのいい姿に満足した少女は、
鞭だけでなく飴もちゃんと用意していた。



『そう落ち込むなヘイン。その代わりは、その・・、目の前に・・いるだろう・・?』




自分で言っている途中から恥ずかしくなったのか、しどろもどろの口調で喋るという
らしくない失態を晒した食詰めは頬を赤らめつつ、ちゃーんと女の子していた。






少女らしい少々潔癖に過ぎる独占欲の強さだけでなく、
女としての顔を唐突に見せた食詰めに少しばかりどぎまぎしたヘインは何とも言えぬ
気恥ずかしい空気に尻を叩かれ、靴の踵を踏み潰したまま慌てて玄関を飛び出して行く。


仮想世界で半年ほど新婚生活を送った二人であったが、現実世界の同棲生活は
それはそれで一味違う新鮮な物であるらしい。


どこか死の臭いがする狂った世界での仮初の安息も悪くは無かったが、
リアルでの幸せな生活が持つ価値には到底届かないということなのだろうか?


『レンネンカンプ』から戻ってきた人々は『リアル』を少しずつ実感していく。
もっとも、その結果が彼等二人のように幸せな物になるとは限らなかったが・・・




■レンネンカンプ症候群■


2500万以上の人々を巻き込んだ『レンネンカンプ事件』は
僅か15日と言う短期間で一応の解決を見ることになったのだが、
それは新しい悲劇の始まりでもあった。


偶然生まれ落ちた『ナカノ・マコ』と名乗る少し擦れた『電子の妖精』の驚異的な力で
ゲーム上で生き残っていたプレイヤー達だけでなく、
デスペナを受けて半ば精神崩壊していたプレイヤー達の心もちゃんと修復されて
現実世界へと帰還することを可能にした。


この『ミラクルマコ』の素晴らしい功績は多くの人々に救いを与えたことは
疑いようの無い事実で、義眼やリアといったデスペナで志半ばで散ったプレイヤー達に
再び現実世界での人間らしい生活を取り戻したのだから。


だが、中には心が壊れたままの方が幸せな人々も好くなからず居た。
戦争イベントでの『社会的な死』が解除された以降、死んだ方がマシな辱めを受けた後に
デスペナ状態になり心を壊したプレイヤーや奴隷として散々に嬲られた後に
飼主に飽きられて殺されデスペナを受けて壊れたプレイヤーの多くは帰還後に
自らの命を絶つか、苦しい心的障害に一生悩まされることになったのだ。


『レンネンカンプ』の目指した『リアル』は余りにも生々し過ぎたのだ。



また、デスペナを受けずに生きたまま奴隷として過ごしたプレイヤーや
私有地で虐殺された人々も同じような傷を持って帰還し、立ち直れない場合も多々あった。



そう、『レンネンカンプ』の悲劇は終わらない。
そして、その被害は拡大する兆しすら見せ始めていた。



■■



『こっ殺さないで、お願いします!おねがっ・・い・・』

『ゼルテ・・、早く殺しすぎだろう勿体ねぇ。かわいい顔してたのによぉ
 もっと楽しんでから殺そうぜ?ポリが来るまでまだ時間の余裕あるだろう?』

『へへっ、ついつい首絞める手に力がな?だってよぉ、キュッとした時の
 女の苦しそうな顔がたまんねーんだよ。やっぱリアルは一味違うよなぁ!?』



オフレッサーの下で殺戮に酔ったキルドルフとゼルテは被害を拡大させる
『反社会的レンネンカンプ症候群』の哀れで憎むべき患者であった。


彼等のように『リアル』過ぎる殺戮や犯罪行為によって、
手を汚すことに馴れてしまった一部の人々は、現実社会でも
『レンネンカンプ』で行ったのと変わらぬ悪事を働き続け、悲劇を拡大生産していた。




「私はレンネンカンプ事件が終結したとは未だ思ってはおりません!!
 多くの失われた貴重な人命、日本共和国は大きな悲しみと傷を受けました
 そして、今なお被害者の方々が苦しんでおられる事には慙愧の念が耐えません
 ですが、それでも人は立ち直れる!日本は立ち直れると固く確信しております
 私は国家の代表として、元首として国民の皆さんとその第一歩を踏み出したい!」



倒れて動かなくなった女性店員しか居なくなった店のテレビは
日本の再生を力強く誓う麻垣首相の演説を垂流し続ける。

強力なリーダーシップを発揮し始めた元首の下で日本は驚異的な速度で
人的、経済的損失を取り戻していくことになり、僅か10年足らずで事件以前の国力を
取り戻すことに成功することになる。日本の未来は明るい・・・




ただ、テレビの前に倒れた女性が動くことだけは二度と無かった。




■キャンパスライフはもうゼロよ!■


食詰めを残して大学を訪れたヘインは受けられなかった前期試験の追試や代替レポを
教授に頼み込む必要が無いことを学生掲示板に張り出された通達によって知り、
狂喜していた。


ヘインと同じように事件に巻き込まれた学生も少なくなく、
また、研究熱心な教授や助教授達の何人かも仮想世界に捕らわれていた影響で
前期試験は中止され、夏季レポートの提出によって単位を付与すると言う
なんとも学生にありがたい措置が下されていたのだ。


日本を揺るがす未曾有の危機の前では政権交代や前期試験など
やっている場合ではなかったのだ。


■■



「助かった~、正直どうしようかと思ってたけど逆に楽に単位取れそうだ」

『平音先輩~♪お久です!先輩も被害者って聞いて心配してたんですよ!』


学生掲示板の前で胸を撫で下ろしていた平音武二に元気よく声をかけたのは
今年入ってきたサークルの後輩『アンネリー』こと安根梨衣だった。



「わりぃね、アンネリーにも心配かけちゃったみたいで、
 お恥ずかしながら、この平音武二生還して参りました!」

『うふふ、お帰りなさい先輩♪ホント元気そうで安心しました!』


単位が何とかなって安堵している所に現われたかわいい後輩に気をよくした
ヘインは彼女との会話を弾ませる。かわいい子に心配されて嬉しくならない訳が無かった。
だが、そんな楽しい気分は梨衣から発せられた一言で雲散させられる。



『そうそう、さっきから先輩の後ろにいる子は妹さんですか?』

「へっ!?ちょっおまr留守番は・・・」

『ちゃんと鍵を見つけて戸締りはしてあるから心配するな。それにしても
 帰りが遅いと思ったら、中々楽しいキャンパスライフを送っている様だな?』


『あっ、ごめんなさい。先輩、この後は妹さんとお約束でした?』

『そんな所だが、一つ貴女の勘違いを正して置こう
 妹ではなく恋人の灰戸レンだ。以後、お見知り置きを』

『あっ、ご丁寧にどうもです。私は先輩のサークル後輩の安根梨衣です
 レンちゃんよろしくね♪今日の『おにいちゃん』とのデート楽しみね!』

『あぁ、愛する『恋人』とのデートだからな、心も躍るさ』



うろたえるヘインを余所に、レンと梨衣は噛み合っている様で噛みあっていない会話で
徐々に緊張した空気を生み出し、間に挟まれたヘインを怯えさせる。

レンは思わぬ強敵の出現で完全な臨戦モードに移行しヘインのTシャツの
裾をぎゅっと強く握りこみながら傍に寄り添って所有権を主張し、
梨衣はずいと一歩前に踏み出し、平音との距離をぐっと近づけ圧力をかける。

こうして、一触即発の状態へとなっていったのだが、激発する事無く終わりを迎える。


『そっか、レンちゃんは先輩にベタ惚れで大好きなんだねぇ~♪
 先輩、こんなかわいい女の子が待ってるのに私なんかと長話してたらダメですよ!』



唐突に圧力を減じさせた安根梨衣は散々レンをからかった事に満足したのか、
ニコニコと笑いながら二人と別れて待ち惚けているだろう親友の待つ
構内の図書館へと走り去る。
この急すぎる展開にレンはどこか釈然としなかったが、
強力なライバルになりうる存在が消え去り、一先ずの危機が去ったことに安堵する。



「何もして無いけど、一応来た目的は果たしたから、買物して帰るか?」

『あぁ、そうだな。こんなに待たせたんだ、もちろん奢ってくれるんだろう?』



「っけ、なにが待たせたから奢れだよ。最初から俺に払わせる気満々だろ!」

『否定はしないさ。『平音先輩』にはいつも感謝しているよ』






ニヤけた顔で寄生宣言する食詰めに『コイツは・・・』と思いながらも
ついつい容認してしまうヘインであった。

ただ、嬉しそうに枕やコップに食器などなど、これからの生活に必要な物を揃えて行く
食詰めの姿を眺めながら幸せな気分を味わえるのだ。
そのプライスレスな価値に比べれば、多少の出費など安い物であろう。

なにより、『リアル』が反映される『レンネンカンプ』の世界でも裕福だったヘインは
現実の世界でも金持ちであったのだ。

もっとも、親なしの資産家でまだ20歳にはまだ一月足りていない為、
厳しい二代目後見人アンズババァこと馬場杏(23)さんにお小遣い制を強いられており
めちゃくちゃ余裕がある生活では無かったが、バイトも単発でちょこちょこしていたので
食詰めとはエンゲル係数の桁が違う生活を送ることができていた。




二人の同棲生活に経済的不安は一切ない!





■オフ会は危険?■


オフ会・・・
ネトゲー、掲示板コミュニティ等々、形態は様々な物があるのだが、
簡単に言えばオンライン上で知り合った人間同士が現実、『オフ』でも接触しようと言う
大変リスクの高い会合のことである。勿論、それに反論する意見も多くはあるが・・・
世間では、どちらかというとメリットよりデメリットの方が大きと考えられていた。


その中でも特に酷いのがVネトゲのオフ会と言われている。
初心者にも拘らず参加してみたら自分以外の殆どがネットゲー廃人の
人格破綻者だったということも多々あったし、

女性参加者の場合だと十人並み以上の顔をしているだけで、
ヤルことしか考えていない低脳なウッキー共に『ウゼェーよ』と
怒声をあげたくなるほど声をかけられるなどは日常茶飯事。
酷い場合だと対面に座っても一言も話しかけてこないような奴に散会後、
永遠と後をつけられて危うく家バレしそうになって、半泣きでミュールを脱ぎ捨てながら
裸足で全力ダッシュするはめになるなど散々な目に遭い二度と参加するものかと
固く誓ってしまったりするようなリスクも少なく無いのである。
現実世界でまともな人間関係を築けている女性は特に参加しない方が良いものである。


そんな厄介な会合の開催をかつて自分が所属したギルドのギルマスである
金髪に依頼されたヘインはひたすら断ろうとしたのだが、
彼の美しい姉に『またお会いしたいですね』と言われると嬉々として準備に勤しんでいく。

ヘインも基本はウッキーな男の子であった。


■■



「なぁ、せっかく着飾ってる所悪いけど、お前の所属したギルドって
 リップシュタットだろ?今回のオフ会はローエングラム元帥府だぞ」

『細かいことを気にするな。どうせただの宴会なのだろう?
 人数が多少多くなったとしても、それほど不都合はないさ』


自分の居ない場所でパウラとヘインを会わせる気など全く無い食詰めは
ヘインに買って貰った一張羅を着込んでオフ会に参加する気満々であった。

もっとも、ヘインが幹事をするオフ会の話はどこから話が漏れたのか分らないが、
黒色槍騎兵や沈黙に鉄壁といった友好ギルドメンバーに知れ渡ってしまい
当初の予想より遥かに多くの人々が参加する大宴会になりそうであった。



「これだから幹事は嫌なんだよ!大きい会場を手配し直したり、
 新しい二次会候補地探しでどんだけ苦労したか分ってんのか!」

『無論、感謝しているさ。処でヘイン、今日のエスコートをお願いしてもよろしいかな?』




微笑みながら差し出された食詰めの手をヘインは不承不承取り、
二人仲良く様々な困難を共に乗越えた仲間が待っているだろうオフ会会場へと向かう。



■■




          『閣下!こっちですよ。こっち!』




開始時刻より少し遅れて会場入りしたヘイン達を呼んだのはフェルナーだった。
彼はリップシュッタット所属で本来ならばこの場に居る必要は無かったのだが、
幹事を一人でやるのが嫌だったヘインに強引に巻き込まれ、
オフ会の会計を務めることになってしまったのだ。



「おう!悪いねフェルナー、ちょっと出掛けるのに手間取ちゃってね」

『悪いねじゃ無いですよ。幹事が遅れてくるなんて勘弁して頂きたいですね』


『まぁ、それも閣下らしいですが・・・、お久しぶりです閣下、ファーベルさん』



フェルナーに呼ばれて彼と義眼の座るテーブルに向かったヘイン達が席に着くと
帰還後初めていつものパーティが会したことを祝した。

ヘインと食詰めは同棲しているから除くが、フェルナーとヘインがオフ会幹事として
打合せで1度会っただけで、直接四人が揃って会ったのはこれが初めてであった。
もっとも、ネット通信で食詰めと義眼はちょこちょこと連絡を取り合っていたようだが



『しかし、会場を変えて正解でしたね。ここまでの人が集まるとは正直思いませんでした』

『これも閣下の人望の高さに拠る物でしょう。奴隷を解放し、大魔王を討伐した功績と
 名声は小さくないという事でしょうか?その・・、私も閣下はご立派だと思っております』
『ヘイン!!勿論、私もヘインは最高だと思っているからな!!』


「あっ、あぁ・・、二人ともありがとな」



仮想世界での功績を二人の少女に今更ながらに褒められたヘインは
食詰めの勢いに若干引きつつ、感謝の言葉を返していた。

帰還後、大魔王討伐隊の待機組メンバーやヘイン達の尽力で解放された奴隷達によって、
ヘインを中心とする高レベル『求道者』達の偉業はプレイヤー達の間では
そこそこ広まっていたのだ。

もっとも、当の本人は『ゲームの中でやったことを褒められてもな』と
それほど大した事を成し遂げたとは思って居なかった。



「そういや、グルック達三人娘は潰れた遊園地の再建計画に関わるらしいぞ
 帰ってきて一週間しか経ってないのに、ビックリするくらいの行動力だよな」

『そうらしいですね。アルフィーナさんとリアさんはまた戦隊ショーのバイトを
 するんだと意気込んでいるそうです。開園したら娘と妻を連れて行く心算です』

『ヘイン!私達も勿論行くからな!』 「へぇへぇ~分っていますって」



『・・・』
『その、女同士でだが、パウラも一緒に行かないか?』

『えぇ、ファーさんとなら是非ご一緒したいと思います』






この場に居ない三人娘の話題で盛り上がった四人であったが、
無邪気にヘインへのデートの申し込みを義眼の前でしてしまった食詰めは
自分の無神経さと迂闊さを恥じ入りながら、義眼とのお出掛けも望んだ。

義眼はそんな微笑ましい年下の少女の欲張りに振りに苦笑いを零しつつ、
隣に座る彼女を抱き寄せてその望みを了承する。




仮想世界で共に冒険していた頃とお互いの立場も関係も変化していたが、
お互いのことを思いやる仲間である事だけは変わることはない。


彼等の素晴らしい関係は、この現実世界でも続いていくのだろう。





■ゲームガール■


悪酔いして咆哮をあげる黒猪にエリザとイチャツキまくって顰蹙を買う鉄壁、
アンネローゼを巡って『お前は私の何なんだ!』とマジ切れする金髪に
『義兄です。ラインハルト様!』と答える赤髪など、様々な人々が集ったオフ会は
大いに盛り上がったと言うか、盛り上がりすぎて会場を追い出された。


こうして一次会が終わったのだが、その後の参加者の行動は様々であった。
垂らしと種無しの双璧コンビは仲良く二件目に飲み直しに向かい、
黒猪は一人で電柱と戦っていた。


サビーネやカーセなどの女性陣達の大半は、酔った勢いで口説いてくる
命知らずなアホ共を血祭りにして適当にあしらい、仲のよくなった女性プレイヤー同士で
メルアド等の連絡先を交換し、後日の再会を約しながら帰宅の途についていた。



■■



「まぁ、あんまり夜遅くなるとマズイしな、今日はここらで解散にしますか」


『そうですね。残念ですが、もうそろそろ門限ですから仕方ありません』

『それでは私が責任持ってお嬢をお送りします。閣下、今度は男同士で一献傾けましょう』



「おう、それも良いな。パウラのことは任せたぜ!それにしても、
お互い最後まで本名よりも向こうのキャラ名で殆ど呼び合っていたな」

『仕方ないさ。我々はそれで四年近く過ごしてきたんだ。周りも似たようなものだしな』



『まぁ、オフ会なら良いのですが、その他の場でだと少々痛いですからね
追々お互いの本名に馴れていくことにしましょう。それでは失礼します』

『ファーさん、閣下・・・、また、また会いましょう』





   「おう、またな!」 『あぁ、また連絡する』






パウラの門限が近いこともあって四人は一次会の清算を済ませると
近い将来の再会を約して早々に別れることとなった。

ヘインと食詰めも義眼とフェルナーを駅まで見送ると
元来た道を再び辿って、二人仲良く並んでマンションへと戻る。
勿論、行きと同じでしっかりと手を握りながら・・・



そんな彼等が戻る場所にはあるモノが届いていた。
そのモノの中身は世界でも大人気の携帯ゲーム機の『GAME GIRL』と
そのゲーム機専用のたったの一本しかない超レアソフト『携帯マコちゃん』であった。






新たにカワイイ家族を加えて始まるヘイン達の生活が
平穏なモノになるにはもう少しだけ、時間がかかりそうであった。






                                    おしまい。







【被害者ファイル】


【ラインハルト・フォン・ローエングラム】

大魔王討伐の際にデスペナを受けるが、現実世界に無事に帰還する。
帰還後は誰よりも愛する姉を巡って親友のキルヒアイスと一触即発の状態になるが、
大学の後輩で美貌の少年のようにも見える律動的で魅力的な女性を
若気の至りで孕ましてしまい、慌しく彼女との学生結婚の準備に追われる内に
赤髪との対立はうやむやとなる。
また、結婚を機に姉離れが急速に進んでいくことになる。


【ジークフリード・キルヒアイス】

上手いことやってアンネローゼと結婚、以上。



【フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト】

元黒色槍騎兵ギルドのギルマス、大魔王討伐時に金髪と同じくデスペナを受けるが
無事に現実世界へと帰還する。
帰還後は警察官として直ぐに復帰し、『レンネンカンプ事件』の影響で乱れ始める治安を
守る為、犯罪者と終わらぬ戦いを定年まで続けていくことになる。


【ナイトハルト・ミュラー】

鉄壁ギルドの元ギルマス、レンネンカンプ内でブラウンシュバイク公の娘でもある
エリザベートと恋に落ちる。大魔王討伐時に二人ともデスペナを受けるが、
二人揃って無事に現実世界に帰還する。
帰還後は実家を飛び出したエリザと直ぐに同棲生活を始め、1年後に結婚する。
二人の内にはサビーネやカーセにエルなどがよく遊びに訪れているらしい。



              < 27P >


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