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[539] 『絆』
Name: ドリルスキー
Date: 2005/06/26 16:31





 ああっ、夢を視ているのだ、と。
 タダオ少年は思った。
 眼前で。
 儚く、愛おし気に、己を見詰める女性。
 なんて綺麗なんだろう。
 薄透けるその姿は、ほっそりとしなやかで。
 まるで、この世ならぬ女神の様。
 ああっ、でも、どうして泣いているのだろうか?
 嬉しそうに。
 哀しそうに。
 寂しそうに。
 どうしたら、笑ってくれるのだろう?とタダオ少年は思う。
 この女性が、微笑んでくれたら、もっと、もっと綺麗に違いない、と想う。
 ゆらゆらと、薄れていくその姿。
 悲痛な表情で、女性が必死に声を上げようとしていた。
 声にならぬ、その想いを、しかし、少年は識る。
 ヨ・コ・シ・マ
 代え難い大切なモノを呼ぶ、声無き声。
 それに応え様とした、その瞬間――――

 ――――夢は終わった・・・・・・・・・。





 それは、今も忘れ得ぬ幼少年の頃の夢。

 その日を境に、俺には、ヒト為らざるモノが視える様になった。
 所謂、霊能に目覚めたらしい。
 まあ、ただ、視えるだけ、だったが。
 その事をお袋と親父に話した当時の幼い俺は、お袋の伝手で、とある有名な霊視のバアさんの所に連れて行かれる事になる。
 そのバアさんは、代金を絶対受け取らないと云う、珍しく、そして頑固なバアさんだった・・・・・・まあ、だからこそ、人望があり、お袋が頼った訳だが。
 「気にするこたぁ、無いさね。今の坊は、ただ視えているだけ。強い想念を持つ霊は、霊能力者で無くとも見えるんだ、それを考えれば、そう神経質になる事は無い」
 苦笑しながらバアさんは、それでもお袋を安心させる様に言った。
 「強い霊能の素養があろうとも、この坊は、どこまでも、どこまでも、あんた等の子さ」
 その言葉に、軽くお袋の肩を叩きながら、何故か俺の頭を撫でる親父を無視し、俺はバアさんに聞いた。
 「なあ、俺はアノお姉ちゃんに、笑って欲しいんや。どないしたら、笑ってくれるんやろか?」
 「別に何か特別な事をする必要は無いと思うがね。そうさね、坊のおトウちゃんより強く、おカアちゃんよりも賢くなれば良い」
 それが、如何にトンでもないハードルか知ってる筈のバアさんは、破顔して答えた。
 断っておくが、この時の俺は小学低学年生に過ぎなかったのだ。
 だから、分別無く、その高いハードルに挑む事が出来たのだろうと、今になって思う。
 「そっか、うん、がんばるで」
 「ああ、がんばりな」
 「・・・・・・・・なあ、バアちゃん、俺は、アノ姉ちゃんにまた逢う事が出来るんか?」
 そんな、幼い俺の問いに。
 くつ、と笑い、バアさんは答えた。
 「それは、坊が、坊だけが、識ってる事さね―――そうだろう?」







 そして、十余年の時が流れ。
 舞台は、東京の地。





    『絆~first step~』





 美神美智恵は、彼女らしくもなく焦燥していた。

 未来での魔神大戦を終えて、元居た過去へと帰還した美智恵は、夫の公彦と共に平安として生活していた。
 だが、数年が経ち、ふと、未来での戦いの記憶が酷く薄れている事に気付いた。
 霞の様に薄れた、過去であり未来である戦いの記憶。
 どう云う事か?
 そう思った時、全身が総毛立った。
 雷鳴の様に、ひとつの仮定が、脳裏に浮かぶ。
 薄れ行く未来の記憶―――それはつまり、確定していた筈の未来が、変わった、或いは変わろうとしているからではないのか?
 一度浮かんだ疑惑は、消える事無く美智恵を苛んだ。
 そして、遂に美智恵は、自分を死去していると信じている娘に見付かる危険性を犯しても現状を確認する為に東京に出る事を決めた。

 其処で美智恵は、驚愕する事になる。

 魔神大戦まで後十数ヶ月。
 美神令子の除霊事務所に、横島忠夫と云うバイトは存在していなかった。





 「あっ、先生、今月の月謝っす」
 ノートと筆記用具を片付けていた横島は、大切な事に気付いて、用意していた月謝袋を机の中から引っ張り出した。
 テキストをバックに詰め込んでいたDr.カオスが、それを受け取り破顔する。
 「おおっ、何時もスマンのう小僧」
 万年貧乏と化しているかつての錬金術大家にとって、この定期収入が正にライフラインであった。
 「いやいや、錬金術を家庭教師の月給並で学べるのなら、安いもんっすよ」
 へらっと笑いながらも、横島の瞳には、彼の母親にも似た好奇心と云う知性の光があった。
 Dr.カオスは、それを好ましく思いながら、次のGS免許試験には、何として合格せねばならんな、と自らを律する。
 見栄もあれば、立場もある。
 何より、カオスから見れば、この程度の教示、本来なら金を取る程のモノでは無いのだ。
 「しかし、お主とて、両親からの仕送りはさほど多くは無いのじゃろ?」
 「ええ、まあ。でも、今のアルバイトのお陰で、結構懐は温かいっすから、気にしないでください」
 それに、学校の勉強だけじゃ物足りないっすから、と。
 カオスの問いに、横島はお気楽にひらひらと手を振って答える。
 懐が温かい、と云うのは本当だ。
 真っ当なアルバイトではあるのだが、横島の高校生と云う立場上、大っぴらに出来ない為、秘密にしてはいるが。
 週二日のアルバイトとしては破格の月収20万の給与を、彼は貰っていた。
 そして、母である百合子に叩き込まれた経済観念によって、必要な事にお金を注ぎ込む事に何の躊躇も無い横島である。
 必要だと判断した事を、何度と問われても、面食らうだけであった。
 「あっ、マリア」
 おっと思い出したと言いながら、炊事場でグラスを洗っていたカオスの助手であるアンドロイド・マリアに声を掛ける。
 「冷蔵庫に、お土産の桃が入ってるから持って行ってくれよ、箱入りのヤツ」
 「・・・よろしいの・ですか?横島さん」
 無表情に小首を傾げるマリア。
 「ああ、遠慮せず持っていってくれ」
 沢山有って困ってるんだ、腐らせるよりマシだろ?と笑う横島。
 「YES・横島さん」
 「気を遣わせてすまんな、小僧」
 「いえいえ」
 バイト先の本社から送られてきた暑中御見舞いだが、桃に罪は無い事だしな、と内心思いながら、手を振る横島だった。





 横島忠夫。
 かつて、美神美智恵が“未来で“体験した魔神大戦において、キーパーソンとなった少年。
 彼に押し付ける事となった悲劇を思いながら。
 美智恵は、娘の心の支えとなる筈の少年の行方を追った。
 程なく見付かった少年は、未来で出会った彼のまま、しかし、美神令子の側には居なかった。
 そう、思われた。
 しかし、それは違ったのだ。
 理由は、直ぐに知れた。
 その少年は、未来で出会った少年とは、僅かな差で違いがあった。
 子供っぽく、明るく朗らかで、明け透けで、無類の女好き。
 そんな基本的な人柄は変わっていない。
 けれど、少年は、未来で出会った彼とは違い、両親から受け継いだ才能を遺憾無く発揮していたのだ。
 学校では成績優秀でスポーツ万能、でありながら、その性格から、未来での彼と同じ様にクラスに溶け込んでいた。
 アルバイト先の大手チェーン店でも、その商才を遺憾無く発揮し、本店からは既に就職勧誘が行われている程だった。
 つまりは、真っ当な経済観念を持ち、他人にも認められていると云う事。
 その状況で、命懸けでありながら時給250円と云う非常識な美神除霊事務所に勤めるだろうか?
 あり得ない。
 状況が許せば、横島少年と接触し、美神除霊事務所への勤務を仄めかす積りだった美智恵は、頭を抱えた。
 それに、両親から受け継いだ才能を発揮している事については、それこそ僅かな差と言って良かった。
 未来での彼も、確かにその片鱗を見せてはいたのだから。
 本当の問題は、もうひとつの僅かな差。
 それは確かに僅かな差でしかないが、美智恵にとっては、美神家にとっては大きな壁であった。

 無類の女好き。
 それは、その言葉だけなら、未来での彼と同じだ。
 しかし、女好きとは言っても、好みか好みで無いと云う個人の嗜好が当然付く。
 未来での彼は、基本的に美人、美女なら、それこそ種を越えて好んだ。
 その中で特にグラマラスな美女を。
 そして。
 今、この刻に居る彼も基本的な好みは同じだった。
 ただし、スレンダーな体形の美女を特に好むと云う違いがあったが。

 ああっ、なるほど、それならば娘の色香に迷う事も無かった筈だ、と何処か遠くの事の様に美智恵は思った。
 時間跳躍で彼の過去に介入する事も一瞬考えた。
 が、しかし、未来である過去で、時間跳躍能力は禁じられてしまった。
 恐らくアレは、言葉だけでは無く、何らかの処置がしてある筈だ。
 少なくとも、自分ならば、そうする。
 「・・・・・・・・令子・・・・・」
 見えない未来に、娘の事を思いながら美智恵は暗然と呟いた。







[539] その2
Name: ドリルスキー
Date: 2005/07/03 21:53




その2





 都会だからこそ緑の多い大きな公園。

 「オラァ、逃げんじゃねぇ!」
 『ひーん、美神さはーーんっ!』
 巫女服を着た風変わりな少女の幽霊を白龍と文字の入った胴着を着た凶相の男が追い掛け回していた。

 その何とも珍妙な光景に。
 「・・・・おいおい、いい加減、弱いモノ虐めは止めろ、陰念、カッコ悪い」
 後方の男と同じ胴着を着た三白眼の青年が、呆れた様に言った。
 「るせぃぞ、雪之丞!GS資格試験前の実戦練習ってヤツだ、邪魔すんじゃねぇ」
 「なら、もっと強そうなヤツにしろよ」
 「うるせー」
 やれやれ、こりゃ、ぶん殴ってでも止めなきゃならんか、・・・全く、腹減って目が回りそうだってのに、面倒掛けやがって。
 内心ぼやきながら、雪之丞と呼ばれた三白眼の青年は、凶相の男――陰念の後頭部に狙いを定めた。
 まあ、それは不要となるのだが。




 幽霊少女、おキヌは非常に困惑しながら逃亡していた。
 夕食の買い物の帰り道。
 あー、怖い顔の男の人が居るなぁと思って、ぽややんと視線を向けたのが運の尽き。
 目が合った次の瞬間には、その男が襲い掛かってきたのだった。
 問答無用で祓う気らしい。
 正直なところ、おキヌ自身、成仏したいと思ってはいた。
 雇い主である美神令子の所に居るのも、いずれ貯まったお金で成仏させて貰う為だったし。
 でも、こんなのは違うと思うのだ。
 何より”痛そう”なのが激しく嫌だった。
 と。
 何処からともなく姿を現した赤いバンダナの青年。
 おキヌの姿を認めた彼――横島忠夫は、目を輝かせて一瞬の内におキヌの元へ。
 「やあ、長い黒髪が素敵なお嬢さん、その辺の喫茶店で一緒に茶でも如何です?」 
 やけに爽やかな笑顔でそう言いながら、握ろうとした手は。
 あっ、幽霊さんか、と視った次の瞬間には。
 当然、するりっとすり抜け。
 猪の様に突っ込んでくる傷だらけの強面の男――陰念の驚愕の表情が、横島の視界へと入ってきた。
 「どわぁぁ!?どきやがれ、この馬鹿野郎ぅ!!」
 「おお?」
 陰念の驚愕に染まった怒声に、初めて男の存在に気付いたとばかりに驚きに目を見開く横島。
 「男は嫌じゃあーーーっ!!」
 ひらりっ。
 避け様として体勢を崩す陰念を横目に、危な気無く大袈裟にそれを避けてみせた。
 それとは対称的に。
 「どわぁぁぁぁぁぁぁっ」
 ごろごろと砂煙を上げ、見ていて気持ちが良い位に派手に地面を転がって行く陰念。
 「『「おーっ」』」
 余りの転がりっぷりに、思わず、ぱちぱちと拍手する横島、おキヌ、雪之丞の三人。
 何だか息が合っていた。 
 「ば、馬鹿にしやがって」
 憤然と身を起こし、陰念が横島に掴み掛かる。
 だが、捕まらない。
 捕まらないのだ。
 捕まえ損なって再び地面を転がる。
 「く、くそっ、何でだ?何で捕まえられねぇ?!俺様は、GSになるんだぞ!こんな野郎に舐められていい訳がねぇ」
 例え、霊能を使っていなくとも、散々鍛えてきたこの身だ。
 こんな軟弱そうな野郎に舐められていい筈が無かった。

 「ふ~ん、おキヌちゃんて云うのかぁ」
 『あっ、はい』
 「巫女服、良く似合ってるね」
 『え、そうですかー?』

 「――って、無視すんじゃねぇ!!」
 陰念の事を無視するかの様に、まったりとおキヌを口説く横島に。
 「手前ぇぇ、マジでぶっ殺すっ!!!」
 良い様にあしらわれたと自覚した陰念の中で、ぷつんっと何かが切れた。
 起き上がり様に、横島に殴り掛かる。
 悲鳴を上げながら、大仰に、無様に、しかし、あっさりとソレを避ける横島。
 「避けんじゃねえっ!!」
 「阿呆かぁー、避けんと痛いだろうが」
 陰念の怒声に、立て続けの攻撃をも同様に避けながら横島が叫んだ。
 そのやり取りを感心した様に眺めていた雪之丞だったが。
 「っ!?」
 陰念が攻性霊気を発しようとしている事を感じ、流石にソレは洒落にならんだろうがっと止めようと判断した、次の瞬間。
 ――間に合わんかっ!?
 陰念が全身の古傷から霊波の攻撃を放った。
 が。
 するりっと陰念の霊波の攻撃を避け。
 「あっ」
 反射的にその顎を掌で打ち貫いてしまう横島。
 父親に向かって放つのとほぼ同様の反撃は、あっさりと陰念の意識を刈り取り、大地へと沈めた。




 「ああっ、つ、ついやってもーたぁぁぁ」
 陰念の骸(死んでません)の前で、ひぃぃとムンクの叫びのポーズをとる横島。
 そこに、ゆっくりと雪之丞が歩み寄る。
 「・・・・・・・・・よう、やるじゃねぇか」
 同門である陰念を目の前でノされた割りには、その面には、実に楽しいそうな、面白そうなオモチャを見付けた子供の様な笑顔が張り付いていた。
 「い、いえーっ、こ、このヒトが勝手に倒れたんっすよ、いや、マジで」
 その雪之丞に、無用な揉め事は避けたい横島は、へらへらと愛想笑いしながら後ずさる。
 それでも、オロオロするおキヌの事は視界に入れているが。
 「お前、霊能者だろ?」
 それらを無視するかの様に、雪之丞が横島に向かって問う。
 「・・・・・・・・・・」
 「その嬢ちゃんの事といい―――陰念の霊波攻撃、視て、見切っただろう?」
 断言する雪之丞。
 それにやれやれと肩を竦める横島。
 「視えるだけだけどなー」
 霊能者は霊能者だけど、視えるだけで全く攻性霊能スキルを持たないと説明する。
 「・・・・そうかよ」
 意外そうに呟く雪之丞。
 ただ視えるだけで、陰念の取って置きとも言えるアレを、ああも見事に躱せると?
 「まあ、いいさ」
 その瞳の好戦的な色は、全く変わっていない。
 強いヤツと戦いたい。
 雪之丞が、同門の連中からバトルジャンキーと呼ばれる由縁であった。
 「次は、俺と戦って貰おうか」
 「嫌じゃ」
 雪之丞の挑戦をあっさりと拒否する横島。
 「・・・・・・何故?」
 「理由が無いだろう、理由がっ」
 何が悲しゅうて、そんな事せなならんのだーーと叫ぶ。
 「・・・・・そうかよ」
 くつと笑って。
 雪之丞は地面の陰念を指差した。

 「取り合えず、コイツの敵討ちって事で」







[539] その3
Name: ドリルスキー
Date: 2005/07/05 16:28




その3





 マジか、こいつ?!
 雪之丞は、漸く陰念の気持ちを理解していた。
 大仰に悲鳴を上げ、大袈裟で見っとも無い動きで、しかし、鮮やかに己の攻撃を躱す赤いバンダナの男。
 霊気でブーストされた拳が、脚が、捕らえ切れない。
 交えた霊波砲すらも掠りもしない。
 「はっ」
 歓喜。
 「ははははっ」
 何と云う、歓喜!
 コレだ。
 コレでこそ、戦う意味がある。
 強いヤツに挑み。
 知り。
 そして、凌駕する事。
 それは、鍛え上げた自分を、弱かった自分を、認めてやる為の神聖なる儀式。
 「ははははははっ、凄え、凄えよ、お前!」
 雪之丞は哄笑しながら、突進。
 ジャブから、右ストレート。
 躱され様に裏拳。
 しゃがんで躱された所に膝蹴りを!
 それすらも躱す横島。
 が、それは間合いを詰め、密着する為の布石。
 身体を倒し、横島の肩に己の肩をぶつける。
 「っ!!」
 今だっ!!
 零距離での本命の攻撃。
 それを、放つ!!!
 「せいっ!!!」
 霊気発勁っっ!!
 密着した状態での突きに乗せた霊波砲。
 本来は魔装術を纏って放つ、同門のライバルである鎌田勘九朗には勿論、師である竜神メドーサにも見せた事の無い、取って置きだ。
 だが―――
 「どわぁぁぁっ、痛ぇぇぇぇっ!!」
 だが、それすらも、掠めたとは云え、躱してみせる横島。
 「っんだとぉ??!!」
 流石に驚愕する雪之丞。
 間違い無い。
 コイツ、攻撃力は兎も角、回避能力だけなら自分どころか勘九朗以上だ。
 っっ!?
 不味い!?
 無茶な攻撃の硬直による死に体がもどかしく。
 そこに、その顎に向かって、雪之丞の攻撃に対する反射行動として横島の右の振り下ろしが迫る。
 ―――躱すっ!!
 ちっ!
 掠めた掌に、一瞬、眩暈う。
 尚も迫る気配に、目眩しにと霊波砲を放つ。
 が、なんと、その霊波弾を何処からとも無く取り出した大型のカッターナイフで切り捨てて見せる横島。
 爆散する霊波による煙に視界を遮られた次の刹那には、雪之丞は左腕を極められ、咽喉元にカッターナイフを突き付けられていた。




 横島自身が言っていた様に、彼が発露している霊能は、霊視のみである。
 その霊視にした所で、霊体を視る以外は、精々が、霊感を映像として視たり、霊気や生体磁場の流れを視る程度のものでしかない。
 まあ、魔眼の類を保持している訳でも無いのだから、当たり前の事ではあった。
 が。
 が、だ。
 実際には、横島の霊視能力は、既に霊視と云う枠を越えていた。

 横島少年は、生来、痛がりの怖がりであった。
 どんなに人外のタフネスさを誇るとは云え、痛いものは痛いし、怖いものは怖いのだ。
 でありながらも尚、少年は、“彼女”の笑顔を見たいが為に、常に両親を越え様と努力し続けてきた。
 それは生半可な事では無かった。
 親を越えようとする子を喜んだ両親は、手加減する事を欠片も考え無かったのだから。
 特に、父親である大樹の身体能力を越える事は困難を極めた。
 それも当然と云えた。
 長年鍛え上げられた大樹と幾ら素質が在るとは云え身体が出来ていない横島少年。
 そして、何より大きく両者の間に横たわる”経験”の差があるのだから。
 身体は、鍛え、作り上げればいい。
 しかし、経験の差は如何ともし難い。
 ならば、別のモノで経験の差を埋める。
 つまりは、―――霊視で。
 横島少年は、無意識下で、霊視によって霊気の流れ、生体磁場の流れを視、大樹の動きを予測する様になっていた。
 無論、そうそう簡単に大樹のトリッキーな動きを予測出来る筈も無かったが。
 しかし、反復された失敗と学習は、やがて血と成り肉と成る。
 今や横島の霊視(正確には、”霊視を使った横島”)は、無自覚の内に動体の未来予測(未来視では無い)を行う様になっていた。

 もっとも、横島が攻性霊能を持たない事に変わりは無く、退魔と云う点では何の役にも立たなかったが。




 「・・・・はぁ、・・・・もう、コレでいいだろう?」
 反射的に大樹の様な行動を取ってしまった事。
 その上、カッターナイフをヒトに押し付けると云うイタイ状態に、横島は溜め息を吐きながら言った。
 全くもって、こう云うのは趣味じゃ無い。
 大体、何が悲しゅうて男と密着せなならんのだ。
 「なあ、そのカッターナイフは何だよ?俺の霊波弾を切ったろう」
 突き付けられたカッターナイフに動じる事も無く、興味深気に雪之丞が問う。
 横島が攻性霊能を持たないのなら、霊波を切ったのはそのナイフの能力に寄る筈だ。
 恐らくは呪物だろうが、カッターナイフの姿をしている呪物なぞ、見た事も無ければ聞いた事も無い。
 「先生――Dr.カオス謹製のアセイミー・・・・カッターナイフ」
 その雪之丞の様子に苦笑しながらも横島が答える。
 「視えるだけってのは危ないだろうからって、お守りに貰ったんだよ」
 アセイミーナイフは、魔女が使う儀礼呪物だが。
 「・・・・何で、カッターナイフなんだ?」
 「文具として使えて実用的じゃん」
 まあ、ナイフを普通にお守りとして持ち歩くのは確かにアレだが、だからと云ってカッターナイフのお守りってのもどうだろうか?
 「・・・・まあ、いいか」
 くつと笑う雪之丞。
 その笑みに薄れていない戦意を感じ、横島は顔を顰めた。
 「わりいな、本気の積もりだったんだが、どっかで舐めてたらしい」
 「・・・・おい」
 「―――今から、全開だっ!!」
 「っ!?」
 離れろ、と警告する本能、或いは霊感に従い。
 手を放し、飛びずさって雪之丞から距離を取る横島。
 その横島の視界の中で、雪之丞の全身から発せられた霊気が、甲殻類じみた形に収束し、その身体を鎧っていく。
 横島は知らないが、ソレの在り様を魔装術と云う。
 極めれば、霊的攻撃力と身体能力を飛躍的に増幅し、その鎧は霊的のみならず物理的にも強固な守りとなる秘奥義。
 陰念にも使えるが、それは霊的な守りと霊的攻撃力の増幅のみの発露でしかなく。
 雪之丞のソレは、霊的のみならず物理的な守りにまで至っていた。
 霊的攻撃力と身体能力の増幅は言うまでもない。
 「・・・・おいおい」
 こらどうにもならんなぁと冷や汗を流しながら横島。
 殴ったり蹴ったりした位では、あの鎧はどうにもなるまい。
 霊的にも攻性霊能力を持たないので同様だ。
 それが横島には視えてしまう。
 アセイミーカッターナイフなら何とかなるかもしれないが、カッターナイフでヒトに切り付けると云うイタイ状況は、正直勘弁して欲しい。
 あー、逃げるかぁ。
 いっそ清々しく、そう思う。
 あわあわとパニくっているおキヌを連れて逃げる算段を巡らす。
 だが、方法を思い付くよりも早く。
 雪之丞がぱったりと倒れ込んだ。
 「・・・・・へ?」
 なんじゃそりゃ?と。
 恐る恐る近付くと。
 「・・・・・・・腹減った・・・」
 空腹で目を回した雪之丞が死にそうな声で呟いた。

 何と云うか、色んな意味で、ぐだぐだだった。







[539] Re:その4
Name: ドリルスキー
Date: 2005/07/09 22:33




その4





 「・・・おい、おキヌちゃんに、死ぬ程感謝しろよ?」
 正面の席で一心不乱にビーフカレーを掻き込む雪之丞をジト目で見ながら、横島が言った。
 全く、先生といい、最近は空腹で行き倒れるのが流行なのか、と思う。
 「ぉお」
 はぐはぐと咀嚼しながら頷く雪之丞。
 おキヌは、何が気に入ったのか、横島の頭の上で、にこにこと浮遊している。
 ここは、値段の割にはそこそこ美味しいと評判のカレーチェーン店だ。
 横島がチキンカレーの特盛りを完食した時には、既に雪之丞は4皿程積み上げていた。
 あの公園で、そのまま放置プレイされる破目になったであろう雪之丞を救ったのは、誰あろうおキヌであった。
 そのままにしておくのは可哀相だとおキヌが横島に訴えたのだ。
 で、近くの食堂に連れて来た訳だが。
 道場に払う毎月の月謝を稼ぐので一杯一杯の雪之丞は、当然お金を持っておらず、横島が奢らされる破目になっている。
 何で男に飯を奢らにゃならんのだ、と云うのが本音だが、おキヌの頼みを無下には出来なかった。
 まあ、高校中退のアルバイトならそうは稼げないだろうが、どうやって生活しているんだと問うと、時折道場で振る舞われる握り飯で生を繋いでいるとの事。
 そこまでして道場に通う理由は、何でもその道場には竜神のそれも武神が食客として駐留しており(この辺は他言無用と釘を刺された)、師範の代わりをしているかららしい。
 GS資格を取得し、見習いとして除霊に参加する様になれば、結構な給与を貰える様になるので、取り合えずはそれまでの辛抱だと笑う雪之丞に、横島は苦笑するしかなかった。
 「なあ、横島」
 漸く満足したらしい雪之丞が、お冷やを手に横島を見た。
 既に自己紹介は済ませてある。
 日給30円でGSに雇われていると云うおキヌの自己紹介には流石にひいたが。
 一応給与を払い強制的に使役してない事に感心するべきなのか、日給30円と云う極悪さに戦慄すべきなのか・・・・・・。
 「オマエ、GS資格試験は受けないのか?」
 「・・・・はあ?・・・何で?」
 雪之丞の意図が見えず、眉を顰める横島。
 「試験じゃ、実戦形式で試合をするらしいからな、今日の決着に相応しいと思わないか?」
 にやりっと笑う雪之丞。
 彼の中では既に横島はライバルとして認定されているらしい。
 「阿呆かっ」
 そう言って切り捨てる横島。
 「視るしか能の無い俺がそんなん受験して何の意味がある」
 それに、痛いのは嫌だしなー、と手を振って拒否する。
 「あのアセイミーナイフがあるじゃねえか、確か武器一個は使用許可されてんぞ」
 「ど、ど阿呆、カッターナイフ振り回して戦うなんて、イタ過ぎるわっ!!」
 相手がでは無く、自分が。
 「なら、修行すればいい」
 「今からやってどうなるもんじゃないだろうが」
 「いやいや、ウチなら竜神が居るからな、意外と何とかなるかもしれん―――ウチで修行してみるってのはどうだ?」
 是が非でも横島と戦いたいらしい雪之丞の誘いも。
 「いらんいらん」
 戦う事にも、GS資格にも何の魅力も感じていない横島の心には響かない。
 意味の無い戦いなぞ御免被るし。
 GSと云う職業はハイリスクハイリターンの典型で、その上命懸けなのだ。
 痛がりで怖がりである事を自覚している横島には、遠い話しの事でしかなく。
 そう云えば、あの風変わりな転校生ピートもGS資格試験を受けるとか愛子が言っていたなぁと思う程度の事だった。





 カレー店を出た頃には、日は暮れて、街を赤く染めていた。

 おキヌを途中まで送っていた、その途中。
 割合大きな交差点の歩道口に。

 その人影は、ぽつんっと立っていた。

 髪の長いほっそりとしたまだ若い女性。
 その姿を認めて、雪之丞は微かに目を細めた。
 ぼやけ、赤く染まった姿は、夕日の所為だけではない。
 赤黒く染まった左半身は奇妙に歪み。
 澱んだ魄は、既に幾人かに害をなしているが故か?
 魂魄として保たれたおキヌ(この場合、おキヌの存在が奇妙なのだが)とは何とも対称的なその在り様。
 誰そ彼は。
 そう呼ばれる今の時刻に、相応しい、その存在。
 「・・・・・・・・・」
 力尽くで祓うのは容易だったが、無闇に女に手を上げるのは雪之丞の趣味では無い。
 横島とおキヌに迂回を促そうと―――

 ―――するよりも早く、横島が動いていた。

 「やあ、お嬢さん」
 其処には、おキヌの時の様に何の躊躇も無かった。
 「その辺の喫茶店で一緒に茶でも如何です?」
 『・・・・・・・・・・・・・・』
 横島の方を見ようともせず、ただ、夕暮れの街並みを見る女性。
 無論、それでへこたれる横島では無い。
 おいおいと呆れる雪之丞、何とも複雑な表情のおキヌが見守る中。
 歯の浮くような口説き文句を並べていく。
 ふっと、女性が口を開いた。
 『・・・・・・・それで』
 「?」
 『喫茶店に行った後は、モーテルにでも連れ込まれるのかしら?』
 そう言いながらも、横島の方を無表情に見た。
 「いえ、残念ながら」
 首を横に振る横島。
 「俺には、操を立てた女性が居るので、そこまでのお付き合いは出来ませんね」
 ナンパモードの横島が、それでも、その台詞だけは瞳に真摯な光を湛えて言った。
 「買い物やカラオケ、ゲームセンター等ならお付き合いしますがね」
 肩を竦め、くすりっと笑う。
 『・・・・?』
 女性が怪訝そうな表情を浮かべる。
 初めて、横島に興味を持ったのか。
 『・・・・・なら、何故、私に話掛ける、の?』
 不思議そうに問う。
 「何故って・・・・、美女に声を掛けるのは、男としての義務なんですよ」
 何故か胸を張る横島。
 「そして、美女は“笑っている”のが義務」
 男の義務はその手伝いの為でもあります、と屈託無く笑う。
 その横島に、女性は。
 『・・・・・・・随分と自分勝手な事を言うのね』
 呆れた様に、しかし、羨ましそうに、そう言う。
 『その操を立てたヒトに怒られるとは思わないの?』
 「・・・・・・・・・・きっと、大丈夫」
 暫しの沈黙の後、横島がそう答える。
 だといいなぁと呟き冷や汗を流すその姿に。
 『・・・・・・・ちょっとだけ、そのヒトが羨ましい、かな・・・・』
 少しだけの、微笑み。
 「なら、喫茶店に」
 『それは、お断り』
 きっぱりと断られ、凹む横島を横目に。
 女性はソラを見上げた。

 何故なら―――
 『・・・・・・もう、往かないと・・・・・』
 ―――いけない、から。
 どうやら自分は、何かに納得を、満足をしてしまったらしい。
 もう、何を待ち、何に残念していたかは、既に憶えていない。
 でも、もう、それも如何でもいい。
 だから、最後に。
 自分に話し掛けてくれたヒトに。
 『・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・』
 と。

 ありがとうと云う言葉と共に成仏していく女性に。
 横島は肩を竦めた。
 別に成仏して欲しかったから、話し掛けた訳では無い。
 さっき自縛霊の女性に言った言葉こそが理由。
 皆に笑って貰えるなら、“彼女”もきっと笑ってくれる、と云う自分自身への縛め。
 だから、感謝の言葉など要らなかったのだ。
 自分は、自分自身の欲望の為に動いたに過ぎないのだから。
 「・・・・・・・・・・またなー、お嬢さん・・・・」
 何処か痛む胸を押さえ、早く“彼女”に逢いたい、とそう思った。





 その光景は奇跡に等しかった。
 唖然として、雪之丞はソレを見ていた。
 除霊に拠らず。
 願いを叶えた訳でも無く。
 ただの会話だけで、横島は、あの自縛霊を成仏させてしまった。
 あの会話で、何故成仏したのかさっぱり分らない。
 正直、ただのナンパとしか思えなかった。
 にも係わらず、ああもあっさりと成仏させてしまったのだ。
 こんな事は、同門の誰にも出来ない事だろう。
 「・・・・こりゃ、是が非でもGS資格試験に出て貰わにゃならんな」
 私も成仏させてくださーいと横島に纏わり憑くおキヌを横目に。
 くっくっくっと笑う雪之丞だった。

 ふと。
 何かが引っ掛かった。
 「・・・・・・んー、なーんか、忘れている気が・・・・・・?」









 結局、雪之丞が、公園に放置プレイされた同門の男―――陰念の事を思い出すのは、翌日の事だったとさ。







[539] その5 『絆~On Your Mark~』
Name: ドリルスキー
Date: 2005/07/17 11:57




 「令子の様子はどうだったんだい?」
 「え?」
 公彦の問いに、食器を洗っていた美智恵が手を止めて首を傾げた。
 「令子の様子を見に行ってきたんじゃなかったのかい?」
 「ああっ、あの娘ったら、ホントにもう、お金、お金って―――っ!?」
 そうだったわねと頷きながら、そう答えていた美智恵は、愕然として言葉を失った。
 何の為に東京に出向いていたのか、記憶の混乱。
 否、出向いた理由は分かっている。
 薄れいく戦いの記憶に不安を覚え、これから魔神との戦いの渦中に巻き込まれていく娘の周辺を調査、確認する為だ。
 相変わらずの娘。
 そして・・・”彼”の事。
 そう、美智恵は疑問に思う。
 何故だろうか?何故自分は、”横島忠夫”なる人物の身辺調査を行ったのだろうか、と。
 調査の結果は、美神家には何の関わりも無い高校生であると云う事。
 そんな人物の調査を行ったにも関わらず、美智恵自身、その理由が思い出せなかった。
 何か理由があった筈なのだ。
 魔神との戦いに絡んでの理由が。
 だが、思い出せない、思い出す事が出来ない。
 何故ならば―――
 「・・・そ、そんな・・・・記憶が・・・・・・」
 ―――汲み上げるべき魔神との戦いの記憶は、既に、全て失われていたのだから・・・・・・。
 「・・・・・・・・・・・」
 もはや、横島忠夫なる人物の事など気にしている場合では無かった。
 「未来の戦いの経緯を識る」と云うアドバンテージを失った以上、”今の”美智恵が戦いに介入する事は、ほぼ不可能になったと言ってもいい。
 不用意な介入は、魔神が求める”力の結晶”を魂に取り込んでいる娘への更なる敵を作ってしまうのがオチだ。
 後は、“過去から来訪する”美智恵に全てを託すしかないのか?
 まさか!?
 それこそまさかだ!
 美神美智恵の在り様は、静観には程遠い。
 立ちはだかる敵は、必ず倒す。
 彼女は、それを口にし、そして、実践してきた。
 「令子、絶対に守ってあげる」
 その様子を心配して、どうかしたのかい?と問う公彦に応える事も無く、美智恵は、鋼の意思を込めて呟いた。
 そのお腹に、ある意味、最大の敵とも云うべき存在が宿っている事を未だ知る事も無く。


 や、直ぐに知るんですがね。





その5
    『絆~On Your Mark~』





 どう云う状況じゃこれは、と横島は些かゲンナリしながら思った。
 雪之丞、ピートの野郎ふたりに挟まれて。
 横島はピートが世話に為っていると云う教会に連れて行かれる途中だった。


 幽霊少女おキヌと出会ったあの日以降。
 伊達雪之丞が時折飯をたかりに来ては、やれ模擬戦をしろだの修行をしろだのと五月蠅かったので、同じくGS資格試験を受けると云う同じクラスのピエトロ・ド・ブラドーを紹介した(ピートに押し付けた、とも言う)のだが、どう云う訳か、五月蝿いのがふたりに増えたと云う不本意な結果に終わってしまったのだ。
 当初は、互いに色々と突っ掛かっていた様だが、なんのかんのと直ぐに模擬戦だ、修行だをやりあう様になっていた。
 GSを目指すモノ同士、仲良くやってくれ、と思惑通りにいった事を苦笑しつつも喜んでいた横島だったのだが。
 どう云う訳か―――いや、ホントは、雪之丞が、横島との戦いの事をピートに話したのだと分ってはいたのだが、正直勘弁してくれよと云う気持ちが先に立って、認めたくないのだ、今のこの状況を―――ここ2~3日ほど前から、ふたりしてやれ模擬戦をしろだの修行をしろだのと横島に言う様になったのだった。
 バイトやDr.カオスとの勉強を理由にして、逃げ回っていたのだが、今日、遂に捕まってしまったのだ。
 無論、横島が本気で逃げるのなら、恐らくは逃げきれたのだろうが。
 自分を友人だと思ってくれているふたりを相手に、そんな事が出来よう筈が無かった。


 藪蛇だったわね、と笑った愛子の事を思い出す。
 彼女にはこうなる事が何となく想像出来ていたのだろう。
 「横島くんってさ、頭良いけど何処か抜けてるわよねぇ」
 まあ、其処が横島くんらしさって言うか、魅力なのかもしれないケド、と言いながらくすくすと彼女は笑っていた。





 「おやおや」
 遠めに見える小柄な人影を認め、彼女はフードの下の目を細めた。
 隠形して、捨て駒にと唆した逸れの竜神どもが標的が見つけ出すのを待つ積りだったのだが。
 彼らより早く標的を発見してしまった己を、彼女は笑った。
 「こう云うのも悪運って言うのかねぇ」
 折角の騙し手も無駄になったが。
 まあ、あの逸れどもに正体を掴まれる様なヘマはしちゃいない。
 なら、自らの手で速やかに標的を始末すべきだろう。
 ここが街中だろうと知った事では無い。
 巻き添えで虫けらが何匹死のうが、それこそ知った事か。
 どのみち目撃者は処分するのだ。
 「ははっ」
 哂いの呼気を吐き、彼女―――メドーサは、標的に向けて速やかに接近を始めた。





 「・・・・・・・・・おい、如何云う状況だ、これは?」
 心底ウンザリとした様子で、雪之丞が隣で疲れた様に歩く横島に小声で問うた。
 「そりゃ、俺の台詞だっちゅーの」
 完璧に巻き込まれていると云う思いしかない横島が、これまたウンザリとした様子で返す。
 彼等の視線の先には、妙に時代掛かった派手な、その癖値打ちモノとはっきりと分る衣装に身を包んだ子供とその相手をするピートの姿があった。
 尊大な態度のその子供は、イキナリ声を掛けてきたかと思えば、次に、デジャブーランドに連れて行けと宣ったのだ。
 それに、遂、気の良いピートが相手をしてしまい。
 結果、デジャブーランドは今からでは到底無理なので、近くのゲームセンターにでもと云う事になり、街中をぞろぞろと4人で歩く羽目になったのだ。
 まあ、それはいいだろう、と横島は思う。
 模擬戦だ、修行だがキャンセルされた訳だし。
 その子供―――天竜童子の身の上話を聞かされたら、自分が相手でも、どのみち流されていただろうから、と自己分析。
 「つーか、金出すのは、どう考えても俺だよなぁ」
 既に、ピートと雪之丞の財布の厚さを把握している横島は、溜息を吐く。
 まあ、金は惜しくは無いが。
 何で。
 何で、野郎ばっかなんだ?と心底思った。
 そんな事を思った所為では無いだろうが―――

 「あん?」
 雪之丞の怪訝そうな声に、彼が見ている方に視線を向ける。
 そして、視た。
 渦巻き、湧き上がる竜気を。
 「な、に??!!」
 フードで身を覆った人影が、こちらに近付いてくる。
 体が震えた。

 ただ、ただ、恐怖で。





 「―――!?・・・ドクター・カオス」
 「なんじゃ?どうしたマリア」
 土建業のバイトの帰り道。
 不意に立ち止まったマリアを、Dr.カオスは訝し気に見た。
 「南西12.5km先に・高濃度のキルリアン反応を感知・アクティブ状態の圧縮エーテル体―――中級神魔族と・推測されます」
 「なんじゃと?」
 マリアのセンサーの性能は、自己防衛の意味も兼ねて、それ程高くない。
 そのセンサーが、13km先のエーテル体の存在を感知したと云う事自体が、その神魔族の格の高さを示していた。
 「米国スパイ衛星に・ハイパーリンク・戦闘行動中の圧縮エーテル体を・確認・敵対個体数3・デミヒューマン1・ヒューマン2―――横島さん?!」
 スパイ衛星をハッキングして、映像データを収集していたマリアが悲鳴じみた声を上げた。







[539] その6
Name: ドリルスキー
Date: 2005/07/20 23:50




その6





 何でじゃ、何でこんな事になるのじゃ。
 天竜童子は己の浅慮を呪っていた。
 そして、無力な自分を。
 愚かで無力な自分を庇って、ただの行き摺りに過ぎない筈の青年3人が、得体の知れないフードの人物と戦っていた。
 いや、それは戦いなどと呼べる様なものでは無かった。
 3人は、ただ、嬲られているだけ。
 生きている事自体が奇跡的。
 にも、係わらず、そう、それでもなお、3人は、天竜童子を護ろうと、足掻いていた。
 「なんで、なんでなんじゃ」
 こんな事を望んでいた訳では無い。
 妙神山で見たてれびじょんでの光景。
 でじゃぶーらんどで楽し気に笑う親子。
 ただ、それが羨ましかった。
 でじゃぶーらんどに行けば、余もあんな風に笑えるのだろうか?と思った。
 だから、妙神山を抜け出したのだ、護衛である小竜姫を撒いて。
 何て愚か。
 竜神王の嫡子である己の重要性を自覚していなかった故の浅慮。
 「助けてくれ」
 だが、そんな自分を呪った処で状況が変わる訳でもなく。
 ただ、ひたすらに無力な己を自覚する。
 だから・・・・・。
 「助けてくれ、小竜姫」
 後で、幾らでもお仕置きをしてくれていい。
 だから、だから!
 早く。
 早く!
 早く!!
 此処に来てくれ!小竜姫。
 我が侭で、自分勝手な願いだとわかっている。
 でも。
 それでも、どうか、早く此処へ来て。
 あの3人を助けてくれ!!





 「く、くそぉ」
 唐突に現れたフードの人物は、問答無用で襲い掛かってきた。
 その目標は、天竜童子と名乗った子供だった。
 当たり前の様に、僕達はソレを阻んでいた。
 横島さんがその子を抱き抱えて後方に退避させ、僕が聖句による霊波攻撃で牽制し、雪之丞が殴り掛かっていたのだ。
 それは、恰もそうする事が当たり前かの様な連携だった。
 その事に奇妙な誇らしさを感じたのは僕だけでは無いと思いたい。
 だが―――
 「何なんだ、コイツは!?」
 相手は、余りに強大で、手練れ過ぎた。
 恐らくは竜神族に連なると思われる神魔族の攻撃は、不死身である筈のこの身の削っていく。
 僕と雪之丞は、その動きを捕らえる事すら出来ず。
 放った攻撃は当たりもせず、繰り出された攻撃を躱す事すら出来なかった。
 超絶な回避能力を持つと云う横島さんすら、辛うじて致命傷を避けるのが精一杯で、血塗れのその身体は、立っている事すら不思議に見えた。
 不条理。
 余りにも不条理。
 横島さんは攻撃する余裕も無く。
 僕と魔装術で霊気の鎧を纏った雪之丞の相打ち覚悟の霊波攻撃も効かないどころか、当たりすらしない。
 そして。
 恥も外聞も無く、ただ、友人達を守る為にヴァンピールとしての能力を解放し。
 そうして放った聖邪の力を併せた攻撃すらも、通用しなかった。
 「くそっぅ!!僕の“力”は、こんなモノなのかっ!?」





 「っっ!!??」
 魔装術をも突き抜けてくる攻撃に悶絶しながら、確信した。
 コイツ、コイツは―――
 「手前、メドーサかっ!!」
 魔装術を授けてくれた、師とも言える竜神の名を叫ぶ。
 「ふっ」
 フードの下で漏れた嘲笑。
 間違い無い。
 コイツは、あの竜神だ。
 だが、何故だ?何故、ガキの命を狙うなんて真似をする?!
 これ程圧倒的な力を持つ奴が!!
 「巫山戯んじゃねぇ、手前!!!」
 ママの死に様が、脳裏に浮かび。
 頭の中で、何かがぶつんっと切れたような音がした。
 師であろうと知った事かよ!
 当たり前のように弱者を踏み潰す強者なぞ、この拳で叩きのめす!!
 防御の事なぞ考えない。
 渾身の力と技で、攻撃!
 攻撃!
 攻撃!!
 が―――
 「っちちぃ!!」
 ピートの攻撃と連携してさえも、全く通じない。
 くそっ!
 くそっ!
 くそっ!
 このままじゃ、ジリ貧だ。
 あのガキの言っていた護衛が駆け付けるまで持つか心許無い。
 「―――おい、横島!そのガキ連れて、逃げろ」





 痛い、痛い、痛い。
 怖い、怖い、怖い。
 「はっ、はっ、はっ」
 流れる血に、荒い呼気。
 体が、本能が、逃げろ、逃げろと叫ぶ。
 「いてーよ、ちくしょう」
 攻撃を避けきれない。
 ―――当然だ、攻撃が見えて無いのだから。
 碌な牽制役も出来やしねーのかよ。
 ちくしょう。
 「―――おい、横島!そのガキ連れて、逃げろ」
 雪之丞の声。
 ―――そうだ、逃げろ。
 と、心の中で誰かが言った。
 「っっ!!」
 唇をぎりと噛締める。
 逃げてどうなる。
 ここで逃げたところで、牽制役を失ったピートと雪之丞は直ぐに抜かれるだろう、そして、追い着かれる事になるのだ。
 ―――追い着かれたら、そのガキを差し出せばいい。
 ―――そうすれば、自分だけなら逃げ切れるだろう。
 ―――あんな奴から逃げだしたところで、誰が責められる。オレは、GSでも何でもない、ただの一般人なんだぞ?
 「・・・・・・・ああっ、そうだろうとも」
 この子を見捨てて逃げ出しても、誰も俺を責める事は出来んやろな。
 ―――そうだ、逃げろ!
 けどな。
 けど、そんな事を。
 子供を見殺しにするようなクソ野郎な事をしてしまえば。
 「・・・俺は、きっと、“彼女”の前に胸を張って立つ事が出来ねぇーつうの」
 相手が、誰だろうが関係無い。
 あのガキは助けるし、俺達も生き残る。
 「だから、今出来る、最高の事をヤレよ、俺っ!」
 雪之丞の魔装術やピートのヴァンピールとしての能力なんて事は真似出来ない。
 霊波砲を撃つ事も無理。
 では、霊気による身体能力の増幅は?
 霊視で、雪之丞のそれは視た。
 それを見様見真似で再現してみる。
 体内の霊気の流れなぞ、操った事は無い。
 慣れない上に、上手く再現出来ていないソレは、当然、大した効果は無かった。
 だが、それでも、少々の効果はある様だ。
 それに、本命は、体の動きについてでは無い。
 横島忠夫が最も霊気の、霊能の扱いに長けた箇所は、当然、眼だ。
 相手の動きが見えずに、攻撃を躱しきれないのなら、見える様になれば良い。
 霊気による、眼の、動体視力の増幅を!!





 ちっ!
 「!?」
 振るわれた呪物と思しき奇妙なナイフがフードを掠めるのをメドーサは驚きの目で見た。
 続けて飛来する聖句による霊波の一撃。
 魔装術の拳、蹴りのコンビネーション。
 危なげ無く躱す。
 この程度の攻撃では、メドーサは揺るがない。
 「ちぃっ」
 が。
 こいつ、こいつ等!
 明らかに、先程よりも動きが良くなっている!
 いや、正確には、巧みになってきている、と言うべきか。
 それも、そう、赤いバンダナの動きが変わってからだ。
 先程までも人外じみた動きで、メドーサの攻撃を回避していたが、完全には避け切れてはいなかった。
 それだけでも十分異常だと云うのに。
 次第に、次第に、大仰で、無様に、それでも、奇麗に躱す回数が増えていく。
 そして、絶妙なタイミングで振るわれる奇妙なナイフ。
 それらは、まるで、メドーサの動きを読んでいるかの如く!
 赤いバンダナの牽制によって、前衛の雪之丞、後衛のヴァンピールの攻撃が活き始め、その連携が徐々に効果的に、巧みに為っていく。
 「はっ」
 思わず、笑いの呼気が漏れた。
 「ははっ」
 面白い、と思った。
 白竜会で、自分の駒として適うのは、勘九郎だけだと思っていた。
 勘九郎の才能に並ぶ虫けらなぞ、そうそうは居まいと。
 陰念と雪之丞は、精々がダミーとして鍛えたに過ぎない。
 それがどうだ?
 己の前に立ち塞がる虫けら――否、小僧ども!
 雪之丞にしても見誤っていたか?
 こんなにも、面白い連中が、野に居ようとは!?
 彼等が、もっと、もっと強くなった暁に、その修練諸共に命を刈り取る。
 それは、例え様も無い悦楽をメドーサに与えてくれるだろう。
 が。
 「―――けど、悪いねぇ」
 彼女は、プロだ。
 受けた依頼は、確実に達成する。
 己の嗜好を優先したりはしない。
 これ以上のお遊びは無用。
 「纏めて、死にな!小僧ども」
 自らフードを剥ぎ取り、目眩しに小僧どもとの間に投げ広げる。
 更に、喚び出した刺又を一閃。
 間合いを広げて、左の掌に、竜気と魔力で練り上げた破壊の弾を生み出す。
 そして―――





 「お、女ぁっ!!??―――って、に、逃げろっ!ありゃ、不味い」
 既に天竜童子を脇に抱えた横島が、メドーサの正体が女性であった事に驚きながら、叫んだ。
 「って、逃げ切れる訳ゃねえだろうがっ!」
 逃げ切れないと踏んだ雪之丞が、弾道を逸らすべく、霊気を溜める。
 「ええ、恐らく無理です」
 ピートもそれに倣う。
 既に、彼等は限界に近い。
 先程までの善戦は、それと自覚する暇が無かったからこそだ。
 「馬鹿野郎!そんなんじゃ、どうもならねーっての」
 だが、それが無駄に終わる事が、横島には予測出来てしまう。
 それ程の竜気と魔力なのだ。
 くそっ、どーするよ、俺?
 傷は激しく痛み。
 体力は限界。
 ド阿呆な友人ふたりに、足手纏いなガキひとり。
 ええぃ、どないせーちゅうんや!?
 パニくる横島。
 そして、今まさに振り下ろされるメドーサの左手!!
 「げげっ」
 ヤバイっ!
 せめて、脇のガキは護ろうと―――
 その一刹那!
 ―――飛来した何かが、メドーサを死角から強か打ち据え、離れのコンクリート壁へと吹き飛ばした。
 轟音と共に、コンクリート壁を破砕し、コンクリートの瓦礫に埋もれるメドーサ。
 「「「「・・・・・・・・はい?」」」」
 状況に付いていけなかった4人が、間抜けな声を上げ、何かが飛来して来た方を見た。





 「ふむっ、どうやら間に合ったようだの」
 其処には、放ったロケットアームを巻き取るマリアとマリアの背から降りるDr.カオスの姿が在った。
 「これ以上、わしの生徒を傷付ける事は許さんよ、魔族―――捻り潰せ、マリア!!」
 「・・・YES」
 一瞬、呆ける横島に視線を巡らせたマリアは、ただ一言応じ。
 猛然と身を起こすメドーサに攻撃を開始した。







[539] その7
Name: ドリルスキー
Date: 2005/09/19 13:36




その7





 「あーーっ、もう!小竜姫は一体何処に行ってんのよっ」
 亜麻色の長髪のナイスバディな美女が、特殊警棒に似た神通棍と呼ばれる霊具で、飛来してきた竜気を受け流しながら癇癪を起こしたかの様に叫んだ。
 逸らされた竜気が、後方で無断駐車の車を破砕する。
 それは瞠目に値する卓越したセンスが為せる技であったが、そうは思わせない、自分には出来て当たり前とでも言わんばかりの不遜さが彼女にはあった。
 そして、美貌の彼女には、その不遜さこそが似合っていた。
 美神令子。
 超一流のゴーストスィーパーとして雷鳴を轟かす、美神除霊事務所の若き所長である。
 その彼女は、鬼門2柱を従え、ヤームだかイームだかと名乗った下級の竜神族と戦っている真っ最中であった。


 霊的修行地として名高い妙神山にて修行した縁(修行場を壊した縁とも言う)で、妙神山の管理者である竜神族の小竜姫に、行方を眩ました竜神王の嫡子である天竜童子の捜索の手伝いを頼まれた美神だったが、気が付けば下界に疎いと自認していた筈の小竜姫は早々に逸れ、彼女のお供として付いてきた妙神山の門番である鬼門の2柱と共に、天竜童子のみならず小竜姫をも探すはめになっていた。
 そうして出会したのは、天竜童子を狙う下級竜神族2柱でした、と云う訳だ。
 運が良いのか悪いのか。


 鬼門からすれば主の危機を事前に食い止める結果となった訳だから運が良いとなるのだろうが、美神からすれば、最悪だった。
 一応、神通棍を始め幾つかの霊具を持ってきてはいたが、下級とは云え竜神族を相手取るには全然足らない。
 彼女の母親である美神美智恵がそうであった様に―――いや、と云うよりは、美智恵の除霊の遣り方を見て育ったからこそ、と云うべきか―――美神令子の除霊の遣り様は、勝つべくして勝つ、と云うものだ。
 罠に嵌め、弱点を突き、相応しい霊具を使う。
 勝つ状況を作り出してから戦う。
 それは、卑怯とか云う次元の話では無い。
 生きると云う意志を持つモノとしての当然の行動だ。
 ただ、ソレを行う為に必要な才能を持つ者が少ないと云うだけの事で。
 美神令子はソレを備えている。
 それだけの事。
 故に、美神にとって、この戦いは不本意なモノであった。
 下級とは云え竜神族。
 そのスペックは、人間である美神自身は勿論、鬼族である鬼門達をも上回る。
 3対2とはいえ、真正面から戦えば、総合力でも向こうが上だ。
 今現在、なんとか互角以上に戦えているのは、美神が指揮をとっているからこそだ。
 もっとも。
 この場に小竜姫が居れば、その苦労さえ必要無かっただろうが。
 だから。
 「しょーーりゅーーーきぃぃーーーっ!報酬はたっぷりと頂くわよぉぉっ!!」
 美神がそう吼えるのも仕方の無い事なのだ・・・・・多分。





 その小竜姫はと云うと。
 未だ、お上りさん状態で、逸れた事にも気付かぬまま、街中を彷徨しているお茶目さんだった。





 Homines ex Machina Ma-666c『MARIA』――――
 Dr.カオスの愛娘にして最高傑作、ホミネス・エクス・マキーナ――機械仕掛けの人間――のマリアにとって、圧縮エーテル体―――魔族との戦闘は初めての事では無かった。
 いや、寧ろ、カオスのボケが今の様に進行する以前は、日常茶飯事ですらあった。
 だが、目の前の魔族は、その中でも一位二位を争うほどの霊圧を発していた。
 「このっ、巫山戯んじゃないよ!!」
 ロケットアームによって受けたダメージを殆ど感じさせない動作で瓦礫の中から起き上がったメドーサが、マリアを迎え撃つ。
 刺又が跳ね上がり、神速の突きが放たれる!
 突き出された刺又を躱しきれず、右脇の一部を抉られながらもメドーサの懐に飛び込んだマリアが、アンチエーテル処理を施された特殊装甲で鎧われた左拳でメドーサに殴り掛かる。
 「!?なんだとっ」
 メドーサが驚愕の声を上げて、それを避ける。
 次いで放たれたマリアの右の蹴りを左腕でガード。
 が。
 その勢いを殺しきれず、後方へと弾き飛ばされた。
 「っ!?」
 宙に浮いた身体を危な気無く着地させる。
 「・・・・こいつ・・・・?」
 ダメージは無かったが、バックステップで更に距離を取るメドーサ。
 胡乱気な視線でマリアを見る。
 「ゴーレム?・・・いや、オートマタかい」 
 だが、目の前のヤツからは、僅かだが気配を感じる。
 気配のあるオートマタなぞ聞いた事も無い。
 「・・・・・・・」
 メドーサの台詞に沈黙で応え。
 マリアは、破損箇所を自己診断していた。
 機体・チェック
 右胸部下を・破損
 破損は・外殻のみ、内部機構には・影響無し―――戦闘続行可能と判断
 兵装・チェック
 装備兵器―――ロケットアーム×2
 右腕ロケットアーム、液体爆薬カートリッジ残数2、左腕ロケットアーム、液体爆薬カートリッジ残数1―――追加兵装の必要性を・認める
 内部バッテリー・チェック
 通常稼動で・142分の稼動が・可能
 戦闘稼動で・11分、但し、近接戦闘稼動なら・3分
 「・・・・・・3分あれば・十分だと・マリアは判断します」
 そして、再び、突撃!





 メドーサは戸惑っていた。
 百戦錬磨のメドーサである、当然、オートマタとの戦闘を経験した事もある。
 それらは与えられた命令を愚直に繰り返すだけの取るに足らない存在だった。
 そこには、応用と云う言葉は無かった。
 だが、コイツ、コイツは何だ?
 まるで自律稼動しているかの様な行動は?
 全く、今日は何て日だい。
 これ程興味を惹かれるモノ達と立て続けに出会うとは。
 が。
 「邪魔なんだよ、オマエ!!」
 今は、ただの障害に過ぎない。
 もう、天竜童子の護衛もココに気付いた事だろう。
 時間的な余裕は、殆どあるまい。
 「さっさとブチ壊れなっ!人形風情がっ!!」
 うねった長髪から眷属のビッグイーターを放ちながら、メドーサが吼えた。





 Dr.カオスは、右腕の腕時計を兼ねたマリアとの通信機を見ていた。
 マリアが分析して送ってきた敵性体のデータ。
 「・・・・・ふむっ、あヤツのアルケー(始源的存在)は、竜か蛇か・・・その両方か、か」
 腰の錬成機を起動。
 ドラム式詠唱機のスペルタグから“呪力増幅”を選択、稼動させる。
 その呪力増幅を受け、カオス自身も術式の高速詠唱を開始。
 ”変性せよ、変成せよ、錬成せよ!”
 触媒は、錬成機に積まれた万能触媒『ネクタル』。
 “代価には神の血を”
 そして、代価もまたネクタルが兼ねる。
 神々の酒、不老長寿の薬の名を持つ赤い液体。
 粉末にては、エリキシル。
 Dr.カオスの研鑽の結果のひとつ。
 それの固体にした状態を、こう呼んだ人々も居た―――即ち、Philosopher's Stone、と。
 “土塊に命を吹き込み、新たな形成を為す”
 錬成機の中に入れられた土片が、ネクタルを触媒に、変成を始める。
 ”トリスメギストスに連なるケイオスが問う!応えよ、汝は何ぞや?“
 ”―――新たなる形を得たる我は、銀、流れる銀!”
 「さっさとブチ壊れなっ!人形風情がっ!!」
 魔族の台詞が聞こえた。
 視線を向けると。
 魔族の眷属の頭部を、無表情に叩き潰すマリアの姿。
 ”然り、なれば変成の過程にて、流れる銀の朱を祝とし、呪となす”
 クールに、クールに、クールに!
 でなければ、その暴言に報いを与える事は出来ない。
 ”朱である呪に込められしは――――”





 本来、マリアの得手とする兵装は、ミドルからロングに特化した重火器類である。
 だが、今のマリアは、迫るGS資格試験用に火器を取り外され、近接戦闘用に調整されていた。
 火器があればまた違ったのだろうが。
 それでも、中級魔族を相手に、マリアは健闘していた。
 それを横島達は、見守る事しか出来ない。
 体力の尽きた自分達が応援に入った所で、邪魔にしかならないと自覚しているが故に。
 「がんばれーーーっ!マリアぁっ!!」
 精々、声でしか応援出来なかった。
 メドーサの攻撃をマリアが機体に傷付けながらも躱してカウンターを繰り出し、メドーサをパワーで押し込むと云う遣り取りが何度か繰り返される。
 「ええぃ、しつこいねぇ!」
 疲れを知らぬマリアと蓄積される己の疲労、そして、標的である天竜童子に辿り着けぬ苛立ちに。
 らしくも無くメドーサの攻撃が雑になった。
 「喰らいなっ!」
 全力の破砕の意を込められて振るわれた刺又が、とっさにガードしたマリアの左腕をロケットアーム機構諸共破砕した。
 が、その渾身の一撃によってメドーサの体勢は、完全に崩れてしまっていた。
 そこに。
 メドーサの一撃の勢いをも利用して放たれたマリアのフルパワーの右フックが、その腹部へとヒットし。
 そのままロケットアームが叩き込まれた!
 「があぁぁっ」
 並みの魔族なら胴体を分断されてもおかしくない程の一撃を受け。
 メドーサは再びコンクリートの瓦礫に埋もれる事となった。











[539] その8
Name: ドリルスキー
Date: 2006/05/08 20:05




その8





 対価。
 それは魔術の原則。
 例えばソレは、消耗触媒であり、オドであり、血であり、肉であり、命そのものである事すらある。
 錬金術もまた、その例に漏れない。
 いや、錬金術こそが、対価を必要とする魔術の最も顕著な例だろう。
 元々錬金術は、ヒトが神成る存在に到(錬成)る事を目指した学問であるが、そのシステムの一端を簡単に説明をすると、こうなる―――
 例えば、銅を金に錬成するとする。
 この場合だと、銅に“何かしらの価値のあるモノ”を加える事で金と等価値と成し、金を錬成することになる。
 つまり、この“何かしらの価値のあるモノ”こそが、対価に中る訳だ。
 等価交換と謳われる所以である。
 もっとも、何をもって等価とするかは、ヒトの価値観とはイコールでは無い。
 その≠を≒に近付ける術式を求める事が、錬金術なのだ。
 其れ故のDr.カオスの解―――万能触媒『ネクタル』。
 不完全とは云え、不老長寿の薬―――対価としてこれ以上のモノはそうそう在るまい。
 何しろ命を延命する薬だ、価値としては計り知れない。
 まあ、だからこそ、ネクタルの精製には、莫大な費用が掛かる訳だが。
 ぶっちゃけ、Dr.カオスが、万年貧乏たる原因の一角は、このネクタルの所為であるとも云えた。
 錬金術は、決して金の生る木などではない。
 それは、錬金術が、貴族達の道楽であった歴史がモノ語っており、今のカオスが自ら証明している事だった。





 「よくやった、マリア」
 後方に下がっていたDr.カオスが、マリアの側に歩み寄る。
 「後はまかせろ。稼いで貰った時間は無駄にはせん」
 ロケットアームのワイヤーを巻き取っていたマリアが、そちらに顔を向ける。
 「YES」
 内部バッテリーの残量が尽き掛けている為、戦闘稼動モードから、省電力稼動モードへの切り替えコマンドをキック。
 「っ!?」
 途端、騙し騙し稼動していた機体が悲鳴を上げ、膝が崩れた。
 倒れようとする、その背を。
 「マリア!―――ぬあっ!?」
 駆け寄った横島が支え様とするが、体力の残っていない今の横島にマリアの機体が支えられる筈も無く、巻き込まれて一緒に後ろへと倒れこもうとする。
 「っと、危ない」
 が、その前に、それをピートが補佐する事で、何とか倒れずに済んだ。
 はぁ~、と安堵の息を吐く横島とピート。
 「小僧、マリアを後ろに下げてやってくれんか?」
 腰の錬成機から、銀色の液体の詰まったガラス製らしい玉を取り出しながらカオス。
 「あっ、ういっす」
 カオスの言葉に頷いた横島は、ふとマリアが己を見ている事に気付いた。
 「サンキューな、マリア、お陰で助かった」
 「・・・・・・・・・・・・」
 微かに首を横に振るマリア。
 彼女は当たり前の事をしただけ。
 身内を守る、と云う。
 ただ、当たり前の事。
 「・・・・横島さん・・・気を・抜かないで・下さい・・・・・・」
 Coppelia Circuit状況保存・記憶域バックアップ・表層OSシャットダウン―――
 「・・・・スリープモードへ・移行します」



 「よう、爺さん、ヤロウ、殺ったと思うか?」
 コンクリートの瓦礫に埋もれたメドーサの方へと歩むカオスの横に、雪之丞が並びながら言った。
 体力は未だ回復していなかった。
 故に、戦力とは為り得ない。
 だが、彼は、もしもの時に、その魔装術で、カオスの壁になる積もりだった。
 「さて、な」
 肩を竦める。
 「じゃが、わしは神魔族を過小評価する積もりは無いのう」
 カオスがそう言った、次の刹那。
 轟音と共に。
 コンクリートの瓦礫を弾き飛ばし、巻き起こる粉塵の中からメドーサが飛び出して来た!
 「っ!?しぶといっ!!」
 雪之丞の感嘆の声。
 「―――じゃろうな」
 カオスが、ヨーロッパの魔王の字名に相応しい猛々しい笑みを浮かべ。
 手のガラス玉をその進路上へと放った。



 「貴様らぁっ!!いい加減にしろぉぉぉっ!!!」
 咆哮。
 最早、怒りに身を任せたメドーサは、触れたモノを破砕せずにはおれぬ暴風と言ってもよかった。
 だが、それでも、彼女は何処までもプロであった。
 例え、怒りに身を任せても、彼女一部は冷静に、状況を俯瞰していた。
 竜としての本性を現していない事が、それを証明している。
 だからこそ、ソレに気付いた。
 宙を舞う、銀色の液体が詰まった小さなガラス玉。
 竜の本性を現していた彼女なら気付かなかった、気にも留めなかったであろう、ソレ。

 結果、そのプロとしての醒めた一部によって、彼女は自らの命を救った。

 「あん?」
 なんだ?と、疑問が浮かんだ。
 知識と経験が、ソレが中級魔族たる自身への脅威足り得ないと告げる。
 歯牙にも掛けぬ、と。
 だが。
 ―――危険!
 何度と無く彼女の命を救った本能は察知した。
 ―――回避!!
 体が、ソレに従う。
 だが―――
 「爆ぜろっ!」
 黒衣の爺の言葉に、ガラス玉は弾け、中の銀色の液体を撒き散らした。
 「ちぃぃっ!!」
 ヒトに不可能な速度で、その液体を躱す。
 躱す!
 躱す!
 「はっ」
 銀色の弾幕を抜けきった、そう思った、次の刹那。
 凄まじい痛みが、メドーサの左腕を襲った。
 避け損なった、僅か一滴の銀色の雫。
 それが、メドーサの左腕に付着していた。
 「っがっ、がぁぁぁぁっっ!?」
 擬似受肉した肉体よりも。
 霊基構造そのものに侵食し。
 速やかに。
 速やかに。
 霊基構造を崩壊させながら、凄まじい勢いで広がっていく、どす黒いソレ。
 「っっ!!」
 本能が突き動かした。
 躊躇無く右腕が振りぬかれ、刺又が、肩口から左腕を切断した。



 撒き散らされる青黒い血。
 遅れて、切断された左腕がアスファルトの上に落ちた。
 たちまち、銀色の液体―――錬成された水銀が付着した部分から、黒い染みが腕全体に広がっていく。
 黒い染みが腕全体を覆った、次の瞬間、びしりっと罅が入った。
 その罅から、白い粉―――塩が溢れ出、腕の形を崩壊させた。



 「なんと!?」
 カオスが感嘆の声を上げる。
 何たる感の良さ!
 何たる生存本能!
 何たる決断力!
 今まで相対した魔族どもとは一味も二味も違う研磨された強靭さ。
 「こやつ」
 即座に殲滅せねば、危険過ぎる!
 残りのガラス玉を取り出す。
 錬成した水銀は、残りふたつ。
 同時に放てば、避けられまい!
 元より娘を人形呼ばわりしたこの魔族を許す積もりは微塵も無い。
 躊躇無く、水銀の詰まったガラス玉を放ろうとした、その時―――
 「ジジィ、キサマ何をした?」
 凄まじい形相で、メドーサが問うた。
 この時、カオスはその問いを無視し、ガラス玉を放れば良かったのだ。
 ソレで片は付いていた筈だった。
 激痛と混乱、恐怖と困惑、そしてなによりも憤怒。
 それらの感情が、メドーサを支配していた。
 つまりは、未だ隠し持つ切り札である『超加速』を使えない状態であったのだ。
 メドーサの問いは、何より自分を落ち着かせる為の時間稼ぎであった。
 が。
 良くも悪くも、カオスは錬金術師であり、科学者であった。
 つまり、説明好き。
 故に。
 「ふむ?何を、か」
 ガラス玉を放ろうとした手が止まった。
 怪訝そうに雪之丞がカオスの方を見る。
 マリアが稼動していれば、思いっ切り突っ込んでいただろう。
 「何、簡単な事だ。錬成する過程で、水銀を呪詛で汚染したのだよ」
 「・・・・・・・な、に・・・?何を馬鹿な事を!ヒト如きの呪詛が、この私を呪う、だと」
 「そうじゃ。何、貴様ら神魔族に、生半可なヒトの呪いが通用しないのは承知しておるとも。何よりわしは祟り屋では無いしの」
 肩を竦める。
 「じゃから、汚染した呪詛は、“蛇殺しの呪詛”よ」
 「っ!?」
 「そう、おヌシのアルケー(始源的存在)である“蛇”を呪い殺す、呪詛―――効いたじゃろう?」
 「き、さま・・・・・」
 「知恵と工夫じゃ、貴様ら神魔族は、ヒトを舐め過ぎじゃよ」
 「・・・・・・・そうかい?」
 「ぬ?」
 不意に浮かんだメドーサの皮肉気な笑みに、漸くカオスは己がメドーサの術中―――時間稼ぎに嵌っていた事に気付いた。
 「そりゃ、お前だ!ジジィ」
 台詞と共に、メドーサの体が跳ね上がり、カオスと雪之丞の頭上へと。
 「ちぃぃっ」
 雪之丞が霊波砲を放つが、中らない。
 カオスが、ひとつのガラス玉を放つ。
 が。
 メドーサのうねった長髪から眷属のビッグイーターが複数出現し、弾けてばら撒かれた水銀に対する壁になった!
 次々に死滅し、落下するビッグイーター。
 それが、カオスと雪之丞の視界を塞ぐ。
 宙を駆けるメドーサが、青黒い血をばら撒きながら、後方の横島達―――天竜童子たちの方へと向かう!!
 「な、何やってんだよ、ジジイっ!?」
 雪之丞が、罵声を上げる。
 「し、仕方が無いじゃろう?説明するのは、科学者の義務なんじゃーーーー」



 「はっ」
 呼気を吐く。
 最早、この場で、コイツらを皆殺しにする事は諦めた。
 ならば、当初からの標的である天竜童子だけでも仕留める!
 宙を駆りながら、驚愕の表情で凍り付く標的に向け。
 メドーサは、渾身の力で、刺又を投擲した。





 天竜童子に向け、神速で迫る刺又は、しかし――――
 ぎぃぃんっ!!
 一瞬の内に、その間に出現した赤毛の女性の剣によって遮られた。
 「っ!?超加速っ!!??」
 メドーサが、呻く。
 細身の肢体に、スカジャン、ミニスカに黒タイツ。
 うら若き娘の姿をしていたが、それは、しかし、その頭部に生えた一対の角が、その存在の在り様を示していた。
 「見参―――妙神山が小竜姫!」
 メドーサを睨み、立ち塞がる。
 「殿下に仇為す賊よ、最早、往く事も引く事も叶わぬと知れ!」
 抜き身の剣を翳し。
 「竜気発勝!―――我が剣技、その身に刻め!!」
 遅れて来た竜の武神、小竜姫が吼えた。











[539] その9
Name: ドリルスキー
Date: 2006/05/08 21:24




その9





 音に聞こえし神剣の遣い手、小竜姫―――

 その雷名は、メドーサも知っていた。
 だがそれは、メドーサにとっては、あくまで嘲笑のネタでしかなかった。
 メドーサは、常に戦場と共に在った。
 言わば、メドーサは、戦場の血と肉と焔で鍛え上げられた一振りの剣。
 その戦場において、メドーサは、一度たりとも小竜姫の名を聞いた事が無かった。
 そう、一度たりとも、だ。
 それが、音に聞こえし神剣の遣い手―――だと?
 笑わせてくれる。
 戦場で轟かぬ雷名なぞ、正に御座敷剣士である事の証明ではないか。

 ―――その一撃を受けるまで、メドーサは、そう思っていた。





 すうっと、竜気を纏った剣をとんぼの構え。
 「いざ―――」
 ふと、メドーサは、その姿に奇妙な違和感を覚えた。
 竜気を纏った剣。
 神気を発していないソレは、明らかに神剣では無い。
 ―――神剣を持たぬ神剣遣い、だと?
 そんなメドーサの疑問を余所に。
 「参るっ!」
 たたんっ。
 小竜姫が、無造作に地と空を蹴った。
 「ぃいいぃぃやぁっ!!!」
 小竜姫の裂帛の気合。
 無駄の無い、基本に則った踏み込みと斬撃。
 だが、メドーサにとっては見え見えの、フェイントも駆け引きすら無い、余りにも素直過ぎる一撃。
 ―――にも関わらず。
 喚び出した新たな刺又を構えるよりも早く。
 小竜姫は、彼女の剣の間合いへとメドーサとの距離を詰め。
 竜気をたっぷりと纏った剣を振り下ろそうとしていた。
 まるで、超加速における加速状態での視界の様な感覚の中、メドーサは愕然としてそれを見ていた。
 小竜姫は超加速を使っている訳では無い。
 小竜姫の動きは見えている。
 動きも読める。
 だが、自身の体がそれに対応出来無い。
 意志に体が付いていかない。
 打ち込まれる剣撃!
 辛うじて翳した――超加速を使いこなすメドーサであればこそ――刺又は、柄をあっさりと断ち切られ―――しかし、刺又を喚び出すと同時に生じさせていたビッグイーターを小竜姫とメドーサの間に出現させる間を稼いだ。
 が、体を巨大化させる途中のビッグイーターは、刺又の柄を断ち切った勢いのまま小竜姫の剣によってあっさりと真っ二つに切断され。
 ビッグイーターすらも抜けた剣先が、メドーサの胸元を浅く切り裂き、豊かな双球を転び出させた。
 「ちぃぃっ!!」
 ビッグイーターが稼いだ僅かな間合い。
 メドーサはビッグイーターの骸を目眩しに、切断された刺又の柄を捨てると同時に後退しながら、二撃目を放ちに来るであろう小竜姫に向かって、魔力弾を放った。
 が、それは空を切る。
 二撃目は無かったのだ。
 一撃目を放った場所で、小竜姫はメドーサを見ていた。
 「見事」
 それは、己の一撃を凌いだメドーサに対する小竜姫の素直な感嘆。
 メドーサは、それで小竜姫の剣の在り様を悟った。
 同時に、神剣を持たぬ小竜姫が、何故神剣遣いと称されたのか分かった様な気がした。
 二の太刀要らず。
 ただ一撃を追い求めた剣業(技)。
 一撃必殺―――
 つまりは、その剣の業(技)こそが、神剣と称されたのか、と。





 ―――然り。

 小竜姫が剣の師から教えを受けた僅か数種類の基本の剣技。
 師は、ただその数種類の基本技の反復練習を彼女に(正確には彼の弟子全てに)命じた。
 その命に従い、愚直に、ただ只管に、数百年に渡る反復練習を続けた小竜姫。
 とうの昔に彼女以外の弟子は失せ。
 残ったのは彼女一柱であった。
 それも当然の事だろう。
 彼らは剣聖と讃えられた剣豪の技を学ぶ為に門下に入ったのだ。
 誰が、基礎の技をひたすらに繰り返す修練を是とするだろうか。
 だから。
 「御前、変わったヤツだなぁ」
 他の門下生が居なくなった修行場でただ一柱、基本技の修練を積む小竜姫に向かって、半ば呆れた様に言った師に。
 「その言葉、そっくりお返しします」
 と小竜姫が本気で呆れた様に言い返したのも仕方の無い事だったのだ。

 さて。
 小竜姫の師の好敵手であると広言する一柱の竜の武神が居た。
 実際には、自らが小竜姫の師に敵わない事を自覚していたので、一度たりとも剣を交えた事は無かったが。
 それ故に、その竜神は結果を欲していた。
 だから……
 「弟子同士で仕合、ですか?」
 竜神王の御前仕合として、弟子同士の戦いを仕組んだのだ。
 「あぁ、だがまあ、別に、相手をする必要は無いぞ」
 元より名声や誇りなどに頓着しない師は、お前の好きにしろと笑い。
 「いえ、やります」
 憤然として小竜姫は応えた。
 ソレは正に自身に対する侮辱であったし。
 何よりその竜神の遣り口が気に喰わなかったから。

 意外と云うべきだろうか。
 小竜姫の対戦相手は、策を弄する師と違い実に手堅い実践派であった。
 良く練られた剣術を駆使し、神剣、そして“超加速”の能力を付与された神鎧を装備した相手に、師との修練以外では初の仕合となる小竜姫は苦戦していた。
 いや、殆ど手も足も出ない状況、と云ってもよかった。
 小竜姫の装備は、常の服装に彼女の師より譲り受けた隕鉄の剣。
 彼のモノとの装備の差は歴然であったが、それに文句を付ける訳にはいかなかった。
 何故なら、より強力な装備を得、使いこなす事も優秀な武神である事の条件であるからだ。
 「っっ!?」
 そして、ついに相手の一撃は小竜姫の防御を掻い潜り、額当てを割った。
 飛び散る鮮血に、小竜姫の師を除いた誰もが、小竜姫の敗北を確信した。
 その刹那―――
 意識を失ったかの様に見えた小竜姫が、この仕合で初めて攻撃に転じた。
 駆け引きも何も無い。
 それは何処までも基本に忠実な、踏み込み、上段からの打ち下ろし。
 超加速状態にあった対戦相手にとって、それは実に分かり易い攻撃だった。
 ―――だが。
 その踏み込みは、一瞬の内に間合いを潰し。
 その竜気を纏った右袈裟斬りは、辛うじて翳した神剣、そして神鎧諸共、対戦相手の体を両断していた。
 静寂が御前仕合場を支配する。
 竜神王を始め、仕合を見ていた殆どのモノには、何が起こったのか理解出来なかったのだ。
 その斬撃。
 そして、ただの隕鉄の剣が、神剣神鎧を叩き斬った事実。
 「くっ、くくく」
 小竜姫の師の笑い声がその場に響いた。
 剣を振り切った状態で、小竜姫は固まっていた。
 斬撃を放つ前に、小竜姫は既に気絶していたのである。
 故に、身体は、何時も通りの技(業)を放ったのだ。
 「天地遍く武士達よ、見よ、見よ、見よ!これぞ、我が弟子の技(業)!!」
 小竜姫の師は哄笑する。
 これこそは小竜姫の師が追い求め、しかし叶わなかったが故に弟子に託したモノ。
 ただ只管の反復修練のみが可能とする。
 故に、未だ完成に到らず。
 だがしかし、その領域に足を踏み入れた証、その結果。
 「これぞ、一撃必倒!!」

 その技は、正に神技―――神剣
 この仕合の事を観た、そして、知ったモノ達は、誰とも無く、そう称えた。
 かくして、小竜姫の字名は“神剣遣い”として広まる事になる。





 「ちっ」
 どうやら、コレは失敗のようだね。
 舌打ちしながら、メドーサは内心呟いた。
 常ならば、負けるとは思わない。
 如何に一撃必殺に等しい技を持とうが、要は、使わせなければいいのだ。
 だが、正直、今のコンディションでは小竜姫を抜いて天竜童子を殺る事は出来ないだろう。
 そう判断する。
 それからの行動は素早かった。
 「征きなっ!!ビッグイーターども」
 小竜姫が剣を構えるよりも早く、長髪より一斉にビッグイーターの群れを解き放つ。
 狙いは、小竜姫では無い。
 その後方の天竜童子だ。
 無論、それで天竜童子が始末出来るとは思っていなかった。
 少なくとも、今のメドーサは、天竜童子の側のニンゲン達を其れ位には評価していたし―――何より小竜姫がそれを許すまい。
 故に、小竜姫の一撃が複数のビッグイーターを纏めて叩き斬ると同時に、メドーサは一気に結界を抜け、その場を離脱した。
 その離脱の際、自らの口元に薄っすらと浮かんだ苦笑にも似た笑みにメドーサが気付く事は無かった。









 「・・・やれやれ」
 天竜童子を説教している小竜姫を横目に。
 マリアのメンテナンスを行いながらカオスは溜息を吐いた。
 横島達は、少し離れた所で何やら騒いでいる。
 「とんでもない日だったのぉ」
 その独り言を聞きつけたのか。
 小竜姫が天竜童子を連れて歩み寄って来た。
 「申し訳ありません、殿下がお世話になりました」
 「ふんっ、礼なら、あそこの小僧どもに言うがいい」
 苦笑してカオス。
 実際、横島がこの場に居なければ、カオスとマリアはこの件に係わろうとはしなかった筈だ。
 「無論、ヨコシマ達にも礼は言うとも」
 小竜姫の拳骨による頭部のでっかいタンコブに目を潤ませながらも、天竜童子が頭を下げる。
 「じゃが、おぬし等にも感謝を」
 「おぉ、マリアにも伝えておこう」
 その外見に合った子供らしい素直さに、カオスは破顔一笑して頷いた。
 と。
 ころりっ、ころりっと。
 頭を下げた天竜童子の頭部から何かが転げ落ちた。
 「ぬっ?」
 拾い上げる。
 「角、か?」
 「ぉ、おおっ!?」
 驚いて自らの角が在った場所を触る天竜童子。
 「つ、角が生え替わりおった!?」
 それは天竜童子が幼年期を終えた証しであった。
 自らの無力さを知り、自らが子供である事を自覚し、素直に他者に感謝する事を知ったが故に。
 「・・・殿下、おめでとうございます」
 呆然とする天竜童子に小竜姫が微笑みかける。
 「・・・・・・」
 「殿下?」
 呆けたままの天竜童子に小竜姫が小首を傾げる。
 と。
 くわっと目を見開き、天竜童子が咆吼を上げた。
 「―――って、遅いわぁーーーっ!!どうせならピンチの時に生え替われぇぇぇっ---っ!!うわぁぁん」





 「―――で?どう云う事だコレは?」
 米神を引き攣らせながら横島が問うた。
 「俺は男に抱き付かれて喜ぶ趣味はねーぞ?」
 両腕をがっしりと雪之丞とピートに、うをぉー放せぇぇと叫ぶ。
 「馬鹿野郎、お前、死にたいのか!?」
 「ええっ、無理無茶無謀です!」
 叫び返す雪之丞とピート。
 「な、何を言ってるんだお前等は?」
 「いいか、あの竜神はヤバい!幾らお前でも、あの斬撃は避けられねぇ!」
 「そうですよ!あの女性に粗相を働く事、即ち死デス」
 既に横島の女性の好みとその行動力を嫌と云うほど思い知らされてるが故のふたりの行動だった。
 「お、お前らヒトを何だと思ってやがる?!」
 「「女好きの馬鹿」」
 「誰が馬鹿かぁーーーっ!!」
 ふたりの言葉にがっくりっと力を落とす横島。
 「・・・い、いいか、よーく聞けよ?幾ら俺でもあの綺麗なねーちゃんに近付くのは危険が一杯って事位わかるってーの」
 「「・・・・・・」」
 「そして、俺だって命は惜しい!自ら死地に向かう程、俺は馬鹿じゃねーぞ」
 その横島の真剣な言葉と表情に、雪之丞とピートの腕からゆっくりと力が抜けた。
 「・・・ふぅ」
 解放され、体をほぐす横島。
 あぁ、そうだ、命は何より惜しい。
 くわっと目を見開く。
 「―――だがしかーし、漢には命を掛けるべき時があるのだぁぁっ!!」
 弾ける様に飛び出そうとした横島に。
 「阿呆かぁっ!!」
 雪之丞とピートがタックル。
 引き倒す。
 メドーサとの戦いの後でなければ、到底止められなかっただろう。
 「は、放せぇぇ!俺はあのねーちゃんとデェトに行くんやぁぁぁっっ!!」
 「こ、この大馬鹿モンがぁぁぁぁっ!!!」





 「・・・・・・で、彼らも何をやってるんでしょうか?」
 横島達の騒ぎを見ながら、小竜姫が小首を傾げた。
 その側わらでは未だに天竜童子がうをぉぉんと咆吼を上げ、転がり回っていた。
 「ん?アレか」
 横島達の方を見やり、くつと笑いながらカオスは答えた。
 「そうさな、青春ってヤツじゃよ」













 「え!?ちょっ、ちょっとぉ、竜神二柱を華麗に倒して捕獲した私の出番は?」
 「「我等を盾にした結果だがな」」
 「うっさい黙れ―――って、こら、勝手にフェードアウトしていくんじゃ無ぁ――――――」



[539] Re:その10 『絆~Run Against~』
Name: ドリルスキー◆912ab3d2 ID:05794d38
Date: 2007/06/10 02:37




 夢を視た。







 夕焼けの空の下で。
 自らの命の大半を大切な男に分け与えた魔族の娘は、今、静かに消滅の時を迎えようとしていた。

 「一緒にここで夕日を見たね、ヨコシマ。昼と夜の一瞬のすきま……短い間しか見れないからきれい……」
 後悔は無い。
 愛した男を救う為だ、何の後悔があろうか。
 …そう、思っていた。
 思い込もうとしていた。
 ―――だが、そんなの嘘だ。
 嘘っぱちだ。
 死にたくなんか、無かった。
 もっと、もっと、生きていたかった。
 ヨコシマと一緒に、ずっと、ずっと、一緒に、生きていたかった。
 こうして、ひとりぽっちで死に逝くのなんか、嫌だ!
 ヨコシマ!
 「夕日を」
 嫌だ!
 嫌だ!
 嫌だっ!
 「一緒に」
 死にたくない。
 死にたくない。
 死にたくなんか、ない!
 「…ヨコシマ…」
 もっと。
 もっと。
 一緒に

 …生き…タイ……






 からんっ







 そんな、夢を視た。



 鬼械の僅かな光が照らす薄暗い部屋の中。
 こぽりっ。
 調整槽の中で。
 未だ容の定まらぬソレが身じろいだ。


 ―――イッショニ、ゆうひヲ





その10
    『絆~Run Against~』





 天竜童子が襲撃されて一週間が過ぎた。

 「じゃあ、白龍寺からアノ竜神族は居なくなっていたのか」
 「…まあな、…当然って云や当然だがな…」
 昼休み、校舎屋上。
 既に常連と化し誰も注意を向けなくなった目付きの悪い不法侵入者―――雪之丞が、ピートの問いに彼から譲り受けた弁当をかっ喰らいながら答えた。
 メドーサによる天竜童子襲撃の件から翌日、自身の事情を小竜姫に説明した雪之丞は、彼女を白龍寺に案内する事になったのだ。
 無論、抜け目の無いメドーサがそのまま白龍寺に留まっている訳も無く。
 白龍寺で彼女が駐留していた部屋は既に物気の空であった。
 雪之丞が暫く姿を表さなかったのは、白龍寺を辞めた為である。
 メドーサと対峙した以上、彼女を客分として迎え入れていた白龍寺に居残る事は、彼の気性が許さなかったのだ。
 無論、白龍寺の面々に含むものなど無く、メドーサに対しても一時とはいえ師であった事実を否定するつもりは無かったが。
 それは、雪之丞なりのケジメの付け方であった。
 で、行き先の無くなった身を振る為にここ一週間は費やされた訳だ。
 結局、壮絶に嫌な顔をされながらも横島のアパートに転がり込み、工事現場でアルバイトをして生活費を稼ぎつつ修行に明け暮れる日々を過ごすようになっていた。
 「だいたい何で俺が野郎の面倒みなきゃならんのだ」
 アパートの一室を占領される事になった横島がぶーたれる。
 青春よねっ、と目を輝かせる愛子。
 「天竜からの礼を素直に受けとっとけばよかったんだよ」
 「うるせい」
 それもまた雪之丞なりのケジメだ。
 雪之丞は、鬼門が持って来た天竜童子からの謝礼品の受け取りを断ったのだ。
 因みにピートには、美神令子を経由して届けられたと云う。
 二百万と云う額を聞いた横島は、暫くは神父の生活がマトモになると喜ぶピートを生温かい目で眺めた後、その肩を数度叩いて思った―――
 自分や先生が受け取った物の事は、雪之丞やピートには語れんな気の毒過ぎて、と。
 もっとも、カオスはとっとと換金して溜まった借金を返した後、残った金でマリアの姉妹機の開発を始め、再び借金をこさえていたが。

 「そういえば、前に話したエミさんの事務所のタイガーが、近い内にココに転入してくるらしいですよ」
 ふと神父から聞いた話を思い出したピートが言った。
 「「……誰?」」
 「……前にピートくんが、GS見習いのタイガー寅吉くんの話をしてたでしょう?」
 こけたピートの代わりに愛子が苦笑しながら答える。
 「男の事なんぞ覚えとらんわ」
 「そいつは強いのか?」
 それぞれの“らしい”言葉に愛子は苦笑を深めた。
 きっとそのタイガーくんもこの輪の中に加わる事になるのでしょうね。
 奇妙な確信をもって、愛子はそう思った。





 「魂を持つアンドロイドの量産、すか?」
 「うむ、厄珍のヤツがの、テレサの話を聞いて持ち掛けてきおった」
 整備用のベッドに横たわる不完全なヒトガタ。
 頭部から肩口のみが完成し。
 その先は金属フレームと駆動部が剥き出し或いは欠落しているヒトガタ。
 胸部フレームにHomines ex Machina Ma-666d TERESAの刻印。
 それは、テレサと名付けられたマリアの姉妹機。
 「まぁ、話半分に聞いときなさいよタダオ」
 自らの身体を弄るカオスを無視し、ヒトが悪そうに笑うテレサ。
 「魂の生成がマトモに出来ないのに」
 メドーサとの戦いで破損したマリアのレストア時に取り替えた予備のCoppelia Circuitを流用した為か、メタソウルを得るに至ったテレサ。
 彼女の存在自体、姉と同様に奇跡の様なものなのだ。
 「それを量産?なんのギャグだか」
 材質は兎も角、スペック的にはマリアとそう差異は無い筈なのだが、マリアと比べると表情が豊かで口数が多かった。
 テレサに言わせれば、感情表現が苦手な人間も居るでしょ?姉さんもそれと同じよ、との事。
 口が達者なのは、無線でインターネットに接続して情報を収集している結果らしい。
 因みに、テレサは、マリアの影響か横島の事を弟分として認識していた。
 「厄珍とか云う奴は、オカルトグッズ店のオーナーなんでしょ?魂の無いロボットなんかに用は無いわよ、オカルト関係無いもの」
 イヤ、人型ロボットって時点で充分に凄いと思うんだがなー。
 苦笑する横島。
 カオスは、「魂の生成がマトモに出来ないのに」と言われて、NOぉぉっと叫びながら床を転げ回ってる。
 痛いところを突かれたらしい。
 「オカルトグッズかぁ」
 ふと、まだ接続されていないテレサの腕部フレームが目に入った。
 魂。
 オカルト。
 機械。
 腕。
 「……先生」
 思案しながらの横島の呼び掛けに気付かず転げ回るカオス。
 「…先生?」
 気付く様子の無いカオスに、つかつかと歩みるマリア。
 そして、ぶん殴る。
 そこに躊躇は無い
 「ドクター・カオス、横島さんが・呼んで・ます」
 「ぉおお」
 ダクダクと血を流しながら、マリアに摑み上げられたカオスがガクガクと頷く。
 最早見慣れた景色である為か、横島は動じない。
 「先生、例えばですね、機械が霊体の動きをトレースするシステムとか作れませんか?」
 「ぬ?出来ぬ事はないが…?」
 その言葉に興味を惹かれたのか一瞬で復活したカオスが横島を見て続きを促す。
 「肉体的な反応により動くのでは無く、霊体の動きをトレースして動く義手義足」
 ちょいちょいとテレサの腕を指差す。
 「医療機器としてもオカルトグッズとしても良い感じだと思うんっすけど」
 そう言って笑う横島に。
 「小僧、おぬし…」
 彼の母親の姿を見て、思わず冷や汗を流すカオスであった。

 因みに、マリアとテレサは素直に感心していた。



 今年のGS資格取得試験を間近に控えたある日の話である。






つづく



[539] その11
Name: ドリルスキー◆32ff63a4 ID:e946a1ca
Date: 2007/06/26 21:09




 「…つまり、霊を視る事は出来ても、対処出来る霊能が発現していない、と?」
 横島、雪之丞、ピートを順に見渡した後、再び横島に戻し、小竜姫が問うた。
 「そうじゃな」
 カオスが答え、横島達も頷く。
 「まー、先生から貰ったお守りのカッターナイフがありますけど」
 「…それでメドーサと戦り合いますか」
 はー、と呆れた様に溜息。
 「す、好きで戦ったんちゃうわー」
 ぎゃーすと叫ぶ横島に、小竜姫はくすりっ口元を綻ばせた。
 戦う術を持たず、それでも彼は、友人達と共に天竜童子の為にメドーサに立ち塞がったのだ。
 だから小竜姫は間に合った。
 「では、お礼として、お守り代わりに」
 そっと横島の頭部を掴み。
 呪と祝を籠めて。
 そのバンダナへ。
 「其は、勝利への道を発く竜気也!主を守り、主の力となりて、その敵を打ち破らんことを」




その11




 GS資格取得試験、当日。

 それは珍妙と言っていい集団だった。
 と云うか珍妙としか言えない集団だった。
 GS資格取得試験会場へと続く道を。
 その集団は歩いていた。
 「なんだピート?しけた顔しやがって…一丁前に緊張してんのか?」
 白龍の字を剥いだ胴着を着た雪之丞が、顔色の悪いピートに向かって言った。
 「う、うるさい!故郷の事を思うとプレッシャーがキツいんだ」
 「う、うう、ワッシもプレッシャーが、プレッシャーがあぁぁぁぁ」
 図星を中てられたピートがムキになって叫び。
 それに釣られてタイガーもおおんっと叫ぶ。
 「あーもう、うるさいなぁお前等」
 呆れた様に横島。
 一緒に応援をと付いてきた愛子がまあまあと宥めるも。
 「プレッシャーが有ろうが無かろうが、受かるヤツは受かるし、受からないヤツは受からないんだから、とっとと腹を決めろよ」
 ばっさりと切り捨てた。
 背中に古びた机を背負っているので、今一様になっていなかったが。
 「…横島さん、自分が受けないからって他人事ですね」
 「横島サン、冷たいですジャー」
 ジト目の二人。
 「いや、他人事だもんよ」
 「そらそうだ」
 平然と嘯く横島に雪之丞が相打つ。
 「じゃが小僧、よく来る気になったの」
 笑いの色を乗せてDr.カオスが問う。
 GS資格取得試験を受ける事を嫌がっていた横島の事。
 会場に来るのも厭うのではないかと思っていたのだ。
 「先生とマリアの応援ですから、まー、こいつ等の事もありましたし」
 横島の台詞に、くすくすと笑って青春ねと愛子。
 「応援に来てくれたのなら、せめて励ましてくださいよ」
 「そうですジャー」
 「男に掛ける優しい言葉は無い」
 きっぱりと胸を張る横島だった。
 「「酷っ!?」」

 漫才をする友人達に雪之丞は、くっと口元を笑いの形に歪めた。
 ふと横島のバンダナに視線を向ける。

 それに雪之丞が気付いたのは、横島のアパートに転がり込んで直ぐの事だった。
 夜中、奇妙な気配を感じ、そこに足を運ぶと眠ったままの横島がリビングの真ん中に立っていた。
 寝る前に外していた筈のバンダナを付けて。
 そして、その中央に開いた一つ目。
 それがぎょろりと雪之丞を見た。
 「…アンタ、小竜姫に連なるモンか?」
 メドーサが退散した後に、横島のバンダナに口吻をしていた小竜姫の事を思い出す。
 悪意も敵意も感じ取れず、霊感も敵であるとは告げていない。
 取り敢えず害意は無いと判断した雪之丞は、その目玉に問うた。
 『然り、小竜姫の竜気と横島忠夫の想念により生じたモノだ』
 「ふんっ、なるほど」
 コレが“お守り”という訳か。
 「で、何をしている?」
 『答える必要を認めないが……汝なら、まあ、よかろう』
 眠ったままの横島の手が持ち上がり、手のひらを翳す。
 『私の役目はコヤツを守る事だ。だが、我に出来る事は限られる』
 横島には出来なかった筈の霊気の放出。
 それが、掌の上で集束していく。
 『故に、横島忠夫の身を守るのは横島忠夫自身の役割。我にはその手助けしか出来ぬ』
 横島忠夫は戦う事が嫌いだ。
 身を守る術とはいえ、それを教示しようとすれば拒むだろう。
 『故に、横島が眠っている間に、霊気の扱いを身体の方に覚えさせているのだ、こうしてな』
 仄かに光を放つ透明な六角形。
 「霊気の盾、か」
 そう云えば、ここ最近、横島が何故か妙に疲れていると言っていたな、と思いながら雪之丞は呻いた。
 『然り、コヤツには相応しかろう』
 戦う事が嫌いな横島には。
 苦笑にも似た色を乗せた台詞。
 『始めは全身を鎧う霊気を集束させねば為らなかったが、今では何とか霊気の放出も出来るようになり―――このとおりだ』
 霊気の盾を消し、再び発現させる。
 「それが横島の霊能か?」
 『否、コレは単に放出した霊気を集束しているだけに過ぎん。ただし、その集束度、精度は桁違いだがな』
 「……」
 『未だ至らぬ横島の攻性霊能は、その先にある』

 恐らく。
 そう、恐らく、横島忠夫という男は、望む、望まないにしろ、何かしら霊的事件に巻き込まれる運命を持つのだ。
 GS、竜神、魔族…。
 ヤツと結ばれた縁が、其れを徴ていた。

 「あん?」
 ふと視線を感じ、そちらを見た。
 知った顔があった。




 横島達に席を外すと告げて、雪之丞は視線の主の元へ足を向けた。
 「よう」
 軽く手を挙げる雪之丞に。
 「へっ」
 白龍の文字の入った胴着を着た柄の悪い男―――陰念が口元を歪めた。
 「はあい」
 ひらひらと手を振り返す大柄な男は鎌田勘九郎。
 白龍の弟子達の中で唯一雪之丞が敵わなかった男と言うかオカマ。
 二人とも雪之丞が居た白龍寺、白龍会で共に修行したGSの卵だ。
 「手前はもう部外者だ、トーナメントで当たっても手加減はしねえ」
 雪之丞を掴み、がつんっと額を合わせてメンチを切る陰念。
 雪之丞が、くっと猛々しい笑みを浮かべる
 「そいつはいい、一度お前等とセメントを戦ってみたかった」
 「上等だ、二度と大口叩けない様にしてやるよ」
 「はっ、やってみろ、勝つのは俺だがな」
 「あら、雪之丞、私に勝つつもり?」
 微笑ましく見守っていた勘九郎が口を挟んだ。
 「当然だ」
 メドーサとの戦いを潜り抜けた経験は、大きな糧となって今の雪之丞の一部と為っていた。
 はっと獰猛な笑みを浮かべ。
 「以前の俺との違いを見せてやるぜ」
 雪之丞が吼えた。







 その少し離れた所で。
 「お、恐ろしい、アレが薔薇族かっ―――さ、サブイボがぁぁ、男は嫌ぁぁぁっ」
 「あ、アレが噂のBLっ!?せ、青春だわっ」
 色々と台無しだった。




つづく


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