この場所を一目見た瞬間から、あまり好きにはなれそうにないなと思っていた。
ここは第三新東京市、その中に幾つもある駅の内の一つ。
明らかに普段は人が沢山集まりそうな駅前の風景を見て、気分が鬱になる。
人気が多すぎる場所ってのは嫌いだ。
人ってのは多ければ多い程個性が無くなっていく気がする。
ダイヤだって何億個もあったらただの石でしょ?
まあ、今は何故か人っ子一人居ない訳だけれども。
「暑いなぁ…」
そう呟いて、僕―碇シンジは駅前の木陰の道路に寝転んだ。
普段ならこんな事は出来ない訳だけど、誰も居ないので気にする事は無い。
解放感もあるし。
「まだかなぁ…」
かれこれ一時間ほど待っているが、待ち人来たらずだ。
始まりは突然送られてきた父からの手紙だ。
来い。
ただ一言だけ書かれていた手紙を読んで、僕は物凄く好奇心を掻き立てられた。
だって、二文字だ。
住んでいた場所での平凡な日々にも飽きてきた所だったので、僕は喜んでおじさん達に別れを告げ、列車に乗り込んだ。
おじさん達もいい加減僕がうざったかったんだろう、火打ち石付きで送り出してくれた。
お国の為に戦ってきますとでも言えば良かったのかもしれないが、笑えないジョークなのでやめておいた。
ポケットから手紙に付いていた写真を取り出す。
写真の中ではスタイルの良い女の人がこちらに向かって微笑んでいる。
ここに注目と書かれた胸に関しては見る必要は無い、初日に脳内に焼き付けたし、夢に出る位なのでもう大丈夫だろう。
ホント、お世話になってます。
まぁそれはともかく。
「帰っちゃおうかなぁ…」
思わずそう呟いた。
そもそも僕はあまり気が長い方じゃない。
ここでボーとしているのにももう飽きた。
だってやる事無いし。
唯一気になるのはさっきから遠くの方でドッカンドッカンと爆発音がしている事だけど、暑すぎて確かめに行く気力も無いので、ヤンキーが花火でもしているんだろうという事にしている。
と言うか嫌な予感がするので絶対見に行かない、行かないったら行かない。
そんな事を考えていたら、突然近くからナァ~と言う動物の鳴き声がした。
思わず上半身を上げて辺りを見渡す。
向かいのホーム、路地裏の角…いた。
「…猫」
真黒い子猫がこっちを見ていた。
可愛い、物凄く可愛い。
「おいで~」
手招きすると、子猫は暫く黙ってこちらを見ていたけどやがてトコトコと寄ってきた、しかもどこから現れたのか真白い子猫も。
暇潰しにじゃれ合っていたら、今度は突然遠くの方からゴォ~と言う轟音が聞こえてきた。
ナァ~なんて可愛いもんじゃない、轟音だ、しかも段々近付いて来ている。
嫌々ながら危機感を覚えて空を見上げる。
「…飛行機」
真っ黒い煙を噴き出しながら飛んでいる飛行機がいた、戦闘機かもしれない、一つ分かるのは全然可愛くないって事だけだ。
じっと見ていて、ふと気付く。
こっち来てね?
間違いない、物凄い勢いでこっちに突っ込んでくる。
横でナァ~なんて暢気な声を上げている子猫を掴み上げて、僕は即座に走り出した。
「お…」
十歩位走った所で、子猫を守るように地面に伏せる。
「おいでなんか言ってないよ!」
叫ぶと同時に、轟音。
伏せていたにもかかわらず、僕は吹っ飛んだ。
人間って軽いんだね。
今度生まれてくる時はビッグバンベイダー並みのデブに生まれてこようと決意した。
宙に舞う砂塵、瓦礫、僕、子猫。
視界の隅に、蜃気楼の様にぼけっと立っている少女の姿が見えた気がした。
逃げもしないなんて、危機察知能力ゼロかっての。
いや、僕も似た様なもんだけどね。
川の向こうからお爺さんとお婆さんが手招きしている夢を見たけど、明らかに外人だったので僕は無視した。
誰かが顔をペロペロと舐めている。
どうやらまだ生きているらしい、気絶していたみたいだ。
目を開けると、一番最初に目に入ったのは写真の女の人だった。
…舐められた?
そんな事を考えていたら、ふと自分の顔の横に子猫が二匹居る事に気づく。
ですよねーそんな訳無いよね。
どうやら気絶している間に車に乗せられていたようで、僕が寝ているのはシートを倒した助手席だった。
上半身を起こしたら、写真の人―葛城なんたらさんが僕を見てそっと微笑む。
「目が覚めたみたいね、私が葛城ミサト、よろしくね?」
そう言ってサングラスを外す。
戦闘機の事、人が居ない事、色々言いたい事はあったけどとりあえず苦情を言う。
「よろしく、て言うかミサトさん遅いよ!」
「ごめんごめん!ところで、その猫ちゃん達は?」
ミサトさんはアハハっと笑って、明らかに話を誤魔化し始めた。
別に良いけど、本当に僕が死んでいたらこの人はどうするつもりだったんだろうか。
それは忘れる事にして、二匹の子猫を抱き上げて話しかける。
「さっき友達になったんだよね」
またナァ~と返事を返してくれた、頭の良い奴だ、可愛過ぎる。
そんな僕らを見て、ミサトさんはまた微笑んでこんな事を聞いてきた。
「あらあら、お名前は?」
そう言えば決めていない。
いや、別に飼う訳じゃないから決めなくても良いんだけど、この二匹はさっきの神風事件を乗り越えた友だ、名前位付けてあげよう。
少し考えて、とっさに思いついた単語に決めた。
「名前かぁ…じゃあニトロとマクロ、今日から君はニトロ、君はマクロだよ」
「にとろ?まくろ?」
ミサトさんが不思議そうな顔をして聞き返してくる。
「うん、ニトログリセリンのニトロとマクロファージのマクロ」
黒がニトログリセリン、白がマクロファージ。
自分のネーミングセンスの抜群っぷりに感心するね。
「そ、そう…ニトログリセリンか…」
ミサトさんは何故か引き攣った顔で僕を見ていたけど。
(…変わってるわね、この子…て言うか、何でタメ口?)
ミサトさんが少し僕から距離をとった気がするのは気の所為だと思う。
エヴァ、乗ってみました 第一話
飽きた。
「ミサトさん、ここさっきも通ったよね…」
何に飽きたって、そりゃあ同じ所を五回も六回も歩き続ければ誰でも飽きるだろう。
ニトロもマクロも、僕の足元でナァ~ナァ~と同意の声を上げる。
「…まさかっ!無限回廊!?」
ミサトさんは頭を掻きながら振り返って、通算八回目のセリフを言う。
「うるさいわねーまだ慣れてないのよ、ここ」
「放送で父さんを呼び出したら?迷子のお知らせですって」
「デパートじゃないんだから…それにアタシが怒られちゃうわよ」
我ながらナイスアイデアだと思ったんだけど、どうやら駄目らしい。
「社会人って大変なんだね、ねえニトロ」
「にゃう~ん」
「だよね~、お前はマクロだけど」
マクロはナァ~と鳴いて頭を垂れた。
自分が失敗したという事は理解できたらしい、もう一歩だ、頑張れマクロ。
(やっぱり、この子変だわ)
ミサトさんはまた引き攣った顔で僕を見ていた。
何でそんな顔をされるのか、僕が全く理解出来ずに取りあえずの笑顔を返していたら、突然ミサトさんの背後のエレベーターのドアが開いて金髪の美人な女の人が現れた。
「ミサト、どこ行くのよ」
「あ、リツコ?」
そう言ってミサトさんは助かったという感じで、そのリツコさんとやらに走り寄る。
ご主人様を待っていたハチ公って感じだ。
「時間も人手も足りないんだから…もう少し働いてよね」
「ごめ~ん、まだ慣れなくってさぁ」
怒られていた。
ミサトさんはまたもやアハハと笑いながら誤魔化そうとしている。
しかし・・・
疑問に思う事がある。
何でこのリツコさんと言う女性は…白衣の下に水着を着ているんだろうか。
何このコーディネイトって言うか、コラボレーション。
僕の知識にはこんなジャンル無いんだけど…
ミサトさんは何も気にする様子は無い。
リツコさんは堂々としている。
気にしているのは明らかに僕だけだ。
都会では普通の恰好なんだろうか…多分流行っているんだろう。
ナウいんですか、そうですか。
さすが第三新東京市、あっぱれ第三新東京市、やったぜ第三新東京市。
僕は初めて僕をここに呼んでくれた、顔も覚えていない父さんに感謝した。
常夏万歳。
「この子がサードチルドレン?」
「えぇ」
何時の間にか二人が僕を見て変な話を始めていた。
サードチルドレンと言うのがよく分らないが、おそらく僕の事だろう。
サードチルドレン。
サードチルドレン碇シンジ。
第三の子、碇シンジ
三男坊みたいで格好悪い。
でも第三の男、碇シンジと考えると格好良い。
ザ・サードマンだ。
意味は分らないけど満足した。
流行りに敏感なリツコさんは僕と目が合ったからか、そっと手を差し出してきた。
「私はE計画担当主任、赤木リツコよ、宜しくね?」
「碇シンジです、宜しくお願いします、若干厨二病の気がありますけど宜しくお願いします」
僕もそう言って握手をする。
どうやら外見の割に出来た人のようだ。
でも、一つ気になるのは…
何だか、僕はこの人を知っているような気がする。
いや、全く思いだせないんだけどね。
思考の渦に嵌る僕を尻目に、ミサトさんはリツコさんに囁く。
「…言っておくけど、この子ちょっと変わってるわよ?」
「は?」
怪訝な顔をする、流行に敏感なリツコさんであった。
あとがき的なもの
テスト板がチラシの裏になっていたので、何となく板変更してみました。
文才はないのでご容赦を。
後作者は特殊な趣味をしているので、LRSやLASになる事はないでしょう…