<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[5057] ひとがた。
Name: はいはいテストテスト◆85e1ed29 ID:3a7a2bf6
Date: 2016/08/11 23:25
この作品はどこにでもころがってるなのは系の何かです。

構成要素としては

・時間軸は小説から。
・妄想たっぷり夢一杯の独自解釈。

となります。

感想やご意見が頂けたら幸いです。

それでは、よろしくお願いします。

2011/11/19 6aから書き手が変わります。
書き手:墨心
校正:high2test2
よろしくお願いします。

2016/08/11
別名義で他サイトにお引越し。



[5057] 1.はじまり
Name: high2test2◆182815d8 ID:3a7a2bf6
Date: 2011/12/18 21:42
――夢を見ている。

そう、これは夢だと自覚している。自分の幼い頃の記憶。夢だからか覚えている筈のない頃の記憶もあった。



わたしの誕生を喜んでくれたおとうさんとおかあさん。

喧嘩してるおとうさんとおかあさん。

ある日、突然居なくなってしまったおとうさん。

それでも育ててくれたおかあさんと優しくしてくれた仕事場のひとたち。

気まぐれなおともだちのリニス。

おかあさんとリニスでよく出かけたお山へのピクニック。



違和感を感じた。幼い頃の記憶の筈なのに、出てくる場面や人物にまったく見覚えがない矛盾。
でも初めて見る筈の母にめいいっぱいの愛情を感じている自分も居る。そしてなにより、自分の記憶だと奇妙な確信感を抱いている。

だとすればこの夢は誰のものなのか。そして自分は誰なのか。

そんな馬鹿馬鹿しい疑問がまどろんだ頭を過って行く。

そう、これはおれアリシア■■■■の夢の筈なのに。

……なにか今、おかしかったような。


そんなことを考えてるうちに夢はめまぐるしく進んでゆく。


あまりかまってくれなくなったおかあさん。

この時から、寂しくて、我慢できなくて、おかあさんの絵を描きはじめたわたし。

おかあさんの新しい仕事場へのおひっこし。

それでも忙しいおかあさん。

お仕事で疲れていることが解ってるのに構ってくれないことに拗ねてしまうわたし。

今のお仕事が終わるといって最近いってなかった山へのピクニックを約束してくれたおかあさん。

それがとてもとても嬉しくて、リニスと一緒におかあさんの絵を描いていたわたし。


ここで唐突に夢が終わった。


醒め行く中で聞こえる筈のない声が、悲しげな母の慟哭が、幽かだけれども確かに聞こえてきた。












         ひとがた。











まずあったのは、水の感覚だった。生暖かい。

いや、それより、まさか、水の中にいる?

驚いて目を見開き肺を絞るように息を吐いた、筈だったのに出てきたのは水だった。
見開いた筈の目は、水中でぼやけた視界に何も捉えない。光源がないのか、それとも見えないのか。

もがこうと動かした筈の腕も動かなかった。下半身の感覚も殆どない。
それでも腕を動かそうとし、やっと動いたかと思えば肘を曲げることすらできなかった。さらにもがこうとしたが、やはり体に力が入らない。

そこであることに気づき、同時に疑問に思った。

(何故、溺れない?)

震える肺をできるだけ落ち着けるように己に言い聞かせて肺を充たしている液体を吸っては吐く。
意識してこれを数回繰り返して確認する。液体の粘性のせいか多少息苦しいが、少なくとも呼吸はできる。この不思議な液体には心当たりがあった。

(パーフルオロカーボン?)

主に医療用途に使われている液体呼吸を可能にする触媒。
自分は肺に怪我を負ったのだろうか。でも全身を浸す必要はなかった筈だ。では何故、自分はこのように全身を浸されているのだろう。
医者は無駄なことをしない人種ではあるから何か理由があるのだろう。――では、ここは病院なのか?

相変わらず視界が戻らないので五体満足なのか動かして確認することにする。
まず指を動かす。――ちゃんと五本ずつあるようだ。欠けていない。足の指もわずかながらに動いた。
次はそっと自分の腿に指先を触れてみる。指先は滑らかな肌の感触を伝えてきた。ケロイドなどもないようだ。
そしてそのまま腰周りを確認する。ここで体の異常に初めて気づいた。

ない。

また乱れつつあった呼吸を落ち着けて、震える指先で確認しなおしたが、なかった。
もう一度触らずに確認するがやはり……それ以上触れないでおく。
目で直接確認できない以上、傷口には下手に触るべきではない。

よりによって玉無しになるとは。自分はどんな怪我を負ったというのか。
まだ視界は戻らない。こんな訳の解らない液体とぶち込まれた挙句、目を覚ましても誰も傍にいない。
ナースコールもできそうにもなかった。――ここは本当に病院なのか?

恐慌に陥りつつあるまとまらない思考を必死で操っていると、いつの間にか足音のようなものが響いてきていたことに気づいた。

(誰かいるのか!)

その音に縋り付くように叫ぶ。

「た……けて……れ! ……はここだ……起き……ぞ……」

そして気づけば四肢の力が入らなくなり、僅かな嘔吐感と共に意識が遠のいていく。

(これは麻酔か……何か……)


「――なんてこと! 転写中に覚醒するなんて!」




意識が途切れる間際に、夢の中に出てきた見知らぬ母の声が聞こえた気がした。








/.プレシア

ようやくこの長い道のりにも終わりが見えてきた。
後は検証が完全でない記憶転写をこの予備素体で検証してから万全の体制で本番を迎えるだけ。覚醒させる必要もない。

転写には自分のデバイスを、検証には臨床心理用の記憶閲覧専用デバイスを使う。
人間が直接術式を行使した場合、つまらないニアミスで大惨事を引き起こすからだ。
魔法文明黎明期に、記憶改竄魔法行使中の巫女がくしゃみをしたら記憶も吹っ飛んだというのは有名な故事だった。
その為、こういったクリティカルな用途に使われる魔法は、信頼性の高い専用デバイスを通して行うことが常識となっている。
ましてや記憶の検証は体感時間が何倍にもなるとはいえ膨大な時間を使う。そしてそれは人間が術式を維持できる限界を越えていた。

愛娘の姿をした素体で検証するのは心が痛むが、代替の素体を用意しようにも促成培養して半年は掛かる。
前もって用意しておけばよかったが、不完全なマスタデータを使った記憶転写のリスクは、最近になって改めて浮き彫りになってきた問題だった。

今回の転写は数年とはいえ人の一生を転写する。それも不完全なものを。
そしてこのような記憶転写は現在まで確認されていない。

FATEプロジェクトではこういった場合、記憶の『補修』が前提である。しかし今回、私はそれを行わない。
『容れ物』を造るだけでも耐え難い苦痛なのにましてや記憶まで繕ってしまうなどと。
それではまるで、アリシアが人形のようではないか。

あの事故と呼ぶにもおこがましい悲劇から数年経つ。
あれがもう一度起こるなど、もう一度失うなど、考えたくもないが『容れ物』たる素体さえあれば『アリシア』を何度でも甦らせることはできる。
不完全とはいえデータとして起こした記憶は劣化しない。
もしもの時の為に『アリシア』の素体は生命活動が止まっても脳のダメージによる記憶の劣化を極力防ぐようにある仕掛けを施してもある。

有機ナノマシンによる補助脳。

人造生命の初期研究時に『偶然』作成されたこの魔法生物、有機物ベースのナノマシンとも言えるこれは、普段は記憶野の一部として振舞う。
そして宿主が死亡した場合には、記憶のバックアップと自分自身の保全に努めるのだ。
ここからが特筆するべき性質で、回収したこれを別の素体に投与するとバックアップした記憶を素体の記憶野へと書き戻す。

この出来過ぎた性質をもつ生物を補助脳として提案し強引に臨床までもっていったのは、あの男だった。
まるで結果を知っていたかのようなあの自信と振る舞い……。
今思い返せば不審ではあったが、臨床には私も立ち会ったので問題はない、筈だ。
脳へ過度の侵襲や記憶の欠損、意識障害なども見られず記憶保全の効果とその後の人格再生もこの目で確認してある。
もっとも頭蓋容量を圧迫する為に最初からそうデザインされた『容れ物』でなければ使えないという欠点があったが。

そうして、記憶転写は順調だった。転写は二度、繰り返して行う。そうしなければ定着しない記憶が出てくる。

……一度目の転写が無事に終わり、二度目の転写に入ろうとしたその時にそれは起きた。
鋭い胸の痛みと共に、熱い何かが、喉をかき乱す感覚を覚えた瞬間、意識が途切れた。




気づいた時には倒れていた。頭を強く打ったのか、鈍い痛みとともに眩暈がする。
息苦しい。息を吸うたびにひゅうっと音がする。何かと思えば自分の喉から発せられてる音だった。

転写中だったことを思い出し、立ち上がろうとするが足元がおぼつかない。
ふと下を見やると羽織った白衣に紅い染みができていた。更に床には泡だった赤黒い水溜まり。
それをみて思い出したように口内へ広がる生臭い血の臭いと味。どうやら気絶した挙句、ほぼ同時に喀血したらしい。窒息しなかっただけましか。

心当たり等はあった。
皮肉ではあるが、あの悲劇から安全管理などというものは二の次にして劇薬などを扱ってここまできたのだから。

そのツケをまさかこのタイミングで払うことになろうとは思っていなかったが。

(一応、一度目の転写が終わっていることだけが救いね……)

肺の出血を魔法で止めながら口の中で呟いた時、素体の異常に気づいた。素体のバイタルを監視しているデバイスから警告がきていたのだ。
意識レベルが覚醒閾値を越えていた。急いで鎮静剤を投入する。この状態で目覚められるとまずい。
なんとか壁にもたれて立ち上がると、素体を安置してあるポッドまで這い寄る。

もたれ掛ったポッドから振動が伝わってくる。

「――なんてこと! 転写中に覚醒するなんて!」

我慢できずに叫んだ。この素体は覚醒している。
FATEプロジェクトでいくつもの素体を見てきたが、いきなり覚醒したケースはこれが初めてだった。
覚醒初期は、腹を裂かれようが碌な反応がないほどに自意識は緩慢で、手足を動かすことなどできよう筈がない。

何が起きているのか、確かめる必要がある。

意識レベルが下がったのを確認してから培養液の排出を行いポッドを開ける。アリシアと同じ姿をした予備素体、いや『アリシア』の姿が見えた。




◆ ◇ ◆




あれから、予備素体を運び、デバイスの寝台に寝かせつけた。同じ部屋の中といえど、中々骨の折れる作業だった。

結論から述べると、記憶転写の検証はできなかった。何の意味もない像しか確認できなかったのである。
幾度も手順を確認し、やり直してみたが解決しない。
こうなると信頼性の高い筈の専用デバイスまで疑わしくなり、確認の対象となった。
セルフチェックを走らせ、簡易なハードウェア側からのチェックもメンテナンスを兼ねて行う。

しかし、それでも解決しない。

こうなっては、自分が手を入れられない機構ブラックボックスを疑うしかない。
普通なら、メーカーから専任の設備技術者サービスマンを呼んで一任するのだが、呼ぶに呼べない事情がある。

こういった用途のデバイスは認可制のものが殆どだ。
このデバイスも例に漏れずそうであった為、正規の販売業者ディーラーを通さず手に入れたものだ。
つまりは保守サポート契約など結べる筈もなかったのである。
マニュアルの所々に記載されている「それでも解決しない場合は」の項目を恨めしく感じる。睨んでみたが、それでどうにかなる筈もない。

(後は、私が直接試してみる術式を行使するしかない、か……)

一応、人でも扱える記憶閲覧の術式は知っていたし、幾度か実際に使ったこともある。
FATEプロジェクトの実験体モルモット相手にわざわざデバイスを使うのが煩わしかった時などに。
だけど今、できればそれは避けたい。体調が優れない。先ほど盛大に喀血して倒れたばかりで、今も多少息苦しく気分が悪かった。

(一度しか記憶は転写していないし、覚醒の準備もしていない。……なのに、いきなり起きたわね)

得体が知れない。鎮静剤を投与しているとはいえいずれ気づく。
原因を特定し次第、初期化して再テストするつもりだったが、ここまで手間取るとは思わなかった。

(ポッドから出さずに、廃棄すべきだった……?)

所詮は予備で、今回の事故もそうこだわることではない。だがそこで一抹の考えが頭を過る。

(助けを求めたのがもし――)


『アリシア』だった記憶が定着していたら。


今、破棄するということは自分の娘を手にかけることになる。それだけはなんとしても避けたい。

だとすれば残る手は――

(結局、直接話してみるしかないのね)

対話で何が確認できるというのか。
この発想から、目の前の予備素体アリシアに情を抱き始めている自分に気づいて苦笑する。
今まで姿は極力見ないようにしてきた。成型がうまくできているかなど、どうしても必要な時以外は。

だけど、あの時だけは我を忘れていた。助けを求めていた声は確かに『アリシア』だったのだ。
『アリシア』が助けを求めている。そう思うと、あの狭い檻から出すのは親として当然の行動だったように思う。

もう私にとって、目の前に映るのは予備素体などではなく、我が子アリシアと成りつつある。


話してみると決めた以上、行動は早かった。



[5057] 2.目覚め
Name: high2test2◆182815d8 ID:3a7a2bf6
Date: 2011/12/18 21:42
目を覚まして最初に気づいたのは、かいだことのないシーツの匂い。
自分の布団はこんな匂いではなかった気がする。埃だか黴だかの匂いで正直、臭い。
そのせいだか知らないが、頭は妙にスッキリとしている。
夢を見るぐらい寝たのは久々だ。前に見たのはいつだったか。
寝返りながら、どんな夢だったか思いそうと試みた。
誰かの記憶、そして水の中。ぼんやりとしか思い出せない……。

まだ朝方だったのか、辺りはまっくらだ。
寝転がったまま、側にある筈の携帯を探してみるが見つからない。

そこでようやく俺は、眉間を抑えながら酷く億劫な上半身を起こした。
そのまま、ぼうっとする。……しばらくしてどこからか漏れてくる僅かな光に目が慣れてくる。うっすらとした部屋の輪郭だけしか見えないが。
ベッドの横に備え付けられたラックに、その上にある白い花が活けてある花瓶、後は簡素な丸椅子。部屋全体はそう広くない――まるで一昔前の病院の個室のように。一通り見回してようやく自分が家にいないことに気付いた。
まだ自分は夢の続きを見ているのか、それともこれが現実なのか。

ともかくここが病院ならナースコールがある筈だ。

とりあえずそう当りをつけ、ナースコールを探そうとを起き上がらせようとしたその時、扉の先から聞き覚えのある足音が聞こえてくる。
これは……そう、あの夢の中で聞いた足音。その音に合わせるかのようにだんだんと思い出してくる。
慌てて体を引いて、ベッドの縁に背中が当たる。もたれ掛かるようにして体が強張ろうとするが、それすらもまだ上手く動かない。

明かりが灯る。扉が開く。
出てきたのは、夢の中で見慣れたあの女かあさん

「おはよう、起きたのね。」

挨拶も、やはり夢の中で聞いた言語。

驚きと戸惑いで固まっていると

「わたしのことば、わかる?」

と、丁寧な発音で言ってくる。返事ができるか自分でも解らない為、大きく頷いて見せた。
まだおきてから喋っていない。
言葉が解るだけでも自分が良く解らなくなっているのに、もしこれで喋れたら、という不安もあった。

「あら、喋れないの?」

そう心配そうな仕草と共に指摘され、慌てて喋ろうと試みる。

「あ、しゃべれます」

喋れた。喋れてしまった。それも、あの自分アリシアの声で。それも喋った筈のない言語で。

あれは、あれは、夢の筈だったんじゃないのか。
自分の手を、いつのまにか着ていた検診衣を、肩にかかっていた髪を、顔を、手のひらでなぞって確かめてゆく。
それを見た女の人が何かしたと思った瞬間、等身大の鏡が宙に浮いて現れた。
鏡に映った姿は、あの夢の中で幾度ともなく見た自分アリシア

そうして、全てをはっきりと思い出して、唐突に状況を理解した。幾つのもの思考がめまぐるしく脳内を駆け巡る。

(え、なんだこれ――アリシア、アリシア? ――嘘! リリカルなのは?
じゃあ、この人って……本当にプレシアかあさん?)

奇妙な違和感。

(あれ? なに、今の……)

と一人で考え込んでいると、鏡が消え、心配そうなプレシアの顔が現れた。
また、丁寧な発音で声をかけられる。

「だいじょうぶ?」

(やべ、忘れてた)

「あ、ごめんなさい」

改めて、プレシアの方へ顔を向けそのまま、まじまじと見つめる。

(若いな、全然。おねえさんって感じじゃないか)

「じぶんのなまえは、わかる?」

期待されている答えは、妙な記憶みたいなものと、見せてもらった今の姿でなんとなくだが察しはついた。
でも正直、馬鹿馬鹿しかった。間違い無く夢じゃない確信がある夢を今見ているのだから。

(正直に言えば間違いなく――何かヽヽされる)

その一心に視線を外し、顔を下に伏せ、思い出すように間だけ置いて、嘘を吐く。

「……アリシア。アリシア・テスタロッサ」

それを聞いた瞬間、何故か驚いたみたいだった。嬉しさを隠し切れない声音で続いて聞いてくる。

「わたしが、だれだか、わかる?」

先ほどと同じような仕草をして、また嘘を吐こうとしたら、口が勝手に動いた。

「……かあさん? プレシアかあさん!」

聞くのが先か、動くのが先かという早さで、プレシアが私を抱きしめた。
顔にめいいっぱい押し付けられる暖かい胸の感触に戸惑ったが、すぐそれどころではなくなった。
力が入りすぎてすごく痛い。肺を締め付けられて軽く咽る。

咽ている事に気づいたプレシアがすぐに緩めて、背中をさすってくれる。

「あ、ごめんなさい。嬉しくってつい……、大丈夫?」

けふっと咳を吐いてなんとか頷くとまた抱き寄せられた。今度はやさしく。そう、しなければならないような気がして、自分も抱き返す。
これは罪悪感だろうか。それとも――

「アリシア……アリシア……良かった。本当に良かった!」

顔は見えないが、声音から泣いてることだけはすぐにわかった。

(ああ、取り返しつかないかもなコレ。で、自分も取り返しがつかないんじゃないのか? この記憶って……)

「おなかすいてるでしょう? おしょくじ、よういしてくるわね。」

自分が上の空で頷くと、プレシアはまるで私が壊れ物か何かのようにそろりと離れた。そして泣き跡が残る目尻を人差し指の腹で拭い

「おわったら、ゆっくりおはなし、しましょう」

そう言い残して部屋を出て行った。




「……はーっ」

一気に緊張が解け、息を大きく吐く。

こんな良く解らない状況で食欲など欠片もなかったが、一人で考える時間はとてもありがたかった。
ベッドの上で胡坐を組み、先ほどのことを反芻する。

(夢、じゃない)

お約束のように頬をつねっても目が醒める様子もない。そもそも自分は殆ど夢を見ない。何より夢の中で夢だと自覚した事など、一度もない。

頬に触れたまま視界の端に映るどうしようもなく幼い手。底の見えない虚脱感と共に改めて認識する。

なら、これは多分、現実なのだと。

脱力し前のめりに項垂れ、深い溜息を吐いた。いつの間にか顔にうっすらとかいた汗に長い髪が張り付くのが鬱陶しい。
もうこのまま何も考えず横になって丸まりたかったが殆ど義務のように、なけなしの気力を思考へと回す。

(これが現実ほんとうなら、とにかく、現状を把握しないと)

目を瞑り、鏡で先程見た姿を思い出しながら日本語で喋ってみる。

「あー、あー、ほんじつはせいてんなり、せいてんなり」

(あれ? 水樹奈々の声ってこんなだっけ? 見た感じ……人種は良く解らないけど白人?の子供にしか見えないし)

そのまま目を開く。手を前に伸ばし、開いたり閉じたりを数回繰り返す。

(ちゃんと動く)

かなりぎこちないが、腕は思い通りに動かせた。だが、少し動かしただけでもはっきりとした違和感を感じる。
そして、また目を瞑り、この体の持ち主を確信させた妙な夢のようなものを思い出そうと務めた。

(……うわ、これヽヽ、本当にアリシアだ)

そこには五歳までとはいえ、人の一生があった。夢のように曖昧で境目のない、それでいてはっきりとした記憶。

ここまで都合の良い現象の名前は知識としては知っていたが、それは創作の産物としてでしかない。

(……憑依。 でも憑依? 憑依って)

繰り返す。わけがわからない。
そう、わからなかった。憑依なんてそれこそ夢物語の筈なのに。

(でも、多分、違う)

ここで思考停止するのは簡単だった。でも、それこそ何かに縋るようにして、否定だけはする。
すぐ傍にあるラック上の花。名も知らない白いそれをただ見つめながら機械的に先の事を考え始める。

先程の嘘はよく考えるとかなりまずい。でも、あのまま素直に自分の名前を言えばどうなるか、考えたくもなかった。相手はあのプレシアだ。
それに気になることもある。プレシアとの会話で、勝手に出たあの一言。

(かあさん、か)

あの時の感覚もぞっとしないが、自分でどうこうできる問題でもなさそうだ。

そもそも、この体はフェイトのものなのだろうか。
仮にフェイトだとして、アリシアと呼ばれていたことを忘れさせられていた筈だ。つまり、相手は記憶を選択的に削除できる。

それが本当だとすると非常にまずい。精査されれば自分の存在がばれてしまう。でもそれにしては何かおかしい。

先程のプレシアはオレのことに気づいてなかった。つまり、まだ、こうなってヽヽヽヽヽからは記憶を見られて無い可能性が高い。

(……時間の問題だ、いずれチェックしてくるはず)

具体化してきた問題に、ようやく危機感が追いついてくる。

(というか、何故、此処に居る?)

そうして根本的な、そして不毛な疑問に辿りつく。
不可解だった。不思議の世界と言えど、ここは魔法が科学然としている筈なのだ。理由もなくこの体になる訳がない。
この体がフェイトだとすれば間違いなく造り物であって、アリシアの記憶も転写されたものの筈だ。

順当に考えて自分もそうだろう。それにしたって経緯が解らないが。

(自分がコピーって…… 実感が湧かないな)

ただ、その考えにも疑問がある。
自分のオリジナルが生きているか、死んでいるかは解らない、がこちらに存在したということになってしまう。

(だけど、オレはこのアニメヽヽヽのことを知っている……)

そう、創作物の一つとして。自分は原作こそ見なかったが二次創作は読み漁っていたし、古本屋で買った小説だけはもっていた。
だから、知っている。自分が居た世界とこの世界は、違う。

(並行世界を渡れるような技術なんてNanohaWikiには書いてなかった気がするし)

作中で描写されていたのは次元世界という単位での航行技術だけだ。並行世界への移動等は見たこともない。
頼りない己の記憶の中でも、自分の世界にそんな技術はなかった。少なくとも自分は知らない。
つまり、自分がいた世界とこの世界は繋がらない、筈だ。

(じゃあ、どうやって……?)

解らないことが多すぎた。
今知っていることだけでは、その矛盾を解決することができそうにない。

(そもそも、何故、オレヽヽなんだ?)

だから自分をはぐらかすようにして二つ目の疑問へ移る。自分で言うのも哀しいが、ただの一般人でしかない。
仮に、誰かが関わっているにしても不可解だ。

どちらもやはり今すぐ答えは出そうにない。そうこう考えてるうちに――

(戻ってきたか)

またあの足音が聞こえてくる。食事ができたらしい。

プレシアかあさんとご飯を食べるのが嬉しい自分が居るのに気づいて、なんともいえない気持ちになった。



[5057] 2a.
Name: high2test2◆182815d8 ID:7e543606
Date: 2011/12/18 21:42
運ばれてきた食事はスープの様だ。小さな鍋から器へ盛られてゆく。
鍋の蓋が開いた際に広がった野菜と鶏の芳香に欠片もなかった筈の食欲が頭をもたげる。

「わあ、いいにおい……」

また口が動いたがもう気にしない。逆に表情をそれらしく合わせる。
今は演じるしか手がない以上、無意識に紡がれる言葉は、逆に都合が良い。
『アリシア』が思うであろうもっとも自然な言葉だからだ。

(オレが演じるのとは違うだろうし)

だが、それだけでは足りなかった。『アリシア』は全部口に出すわけではない様だ。
だからスープを載せたトレーを見て、意識して付け加える。

「あれ? ここで食べるの? かあさん」

「そうよ、アリシアはね、ながいことねていたの。だから、しばらくは、ね?」

と、スープを持って隣の椅子に座ったプレシアがそう諭す。
それを見て、うれしそうな表情を作って元気良く聞こえるよう返事をする。

「はあい。」


そうして、久々の親子の食卓が始まった。

(えーと、左手だっけかな)

アリシアが左利きなことを意識してトレーにおいてあるスプーンを左手に持った。どこか誇らしげに。

そしていざ目の前のスープを頂こうとしたが

「あつぅ」

ぎこちない手つきでやっと口まで運んだスプーンを、口に触れた瞬間に取り落としてしまう。
それを見たプレシアがあわてて寄ってくる。

「あら! アリシア、だいじょうぶ?」

落ちたスプーンをとってもらい、こぼした部位を拭かれながら思い出す。

(ああ、オレって猫舌なんだよな)

アリシアらしく振舞おうとしすぎて、失念していた。
ただ、この体アリシアはそうではない様で、触れた部位を咥内で確かめてみたがなんともない。
実際はオレがスプーンの熱さに驚いただけの様だ。

気を取り直して食べようとしたその時、心配そうに様子を見ていたプレシアかあさんが口を開いた。

「食べさせてあげましょうか?」

いきなりとんでもないことを言ってくる。

(まてまてまてまて、記憶にないぞこんなの!)

親らしいことをしたいんだろうが、でもさすがにこればかりは勘弁してほしい。なけなしの抵抗を試みる。

「いいよぅ、かあさん、はずかしいよ……」

「だめよアリシア。はい、お皿かして?」

無駄だった。これ以上、強く嫌がることもできずに結局、自分が折れる。が、さらに追い討ちをかけるように

「ふー、ふー……」

自分がさっき熱がったのをみてちゃっかり冷ましてくれやがってるのである。

(ああ、まあ、ねえ、さっきあつっとか言っちゃったもんねえ、ああもう……)

茹蛸のように真っ赤になっているであろう顔の熱を自覚する。
だけどプレシアはお構いなしだ。

「はい、あーんして?」

さすがにオレは「あーん」とは返さない。がここぞとばかりに『アリシア』が反応する。

「はい、かあさん、あーん」

羞恥と緊張で強張った口が勝手に開く。
アリシアはともかく、オレは女の人に食べさせてもらうなんて初めてだ。
あるにはあるのだろうが、オレの幼い頃の記憶など、殆ど覚えていない。

おずおずと口の中に入ってきた野菜をゆっくりと噛み締める。
……自分アリシア好みの程よい柔さ。
芯まで染みた鶏の出汁の塩気と野菜の元々の甘みが丁度良い。
噛み終えてゆっくり飲み込むと、お腹から熱が広がる。

(ああ、おいしい。)

そうして、そこからは恥ずかしさも忘れて食べることに集中した。




食事が終わってからは、色んなことを「おはなし」してもらった。
曰く「アリシアはあれ事故からずっと寝ていたのよ」「リニスはお外じゃないの?」だとか。
「ここはどこなの?」と聞いたら「新しいお家よ」だとぼかされた。
自分の面倒を見る為に仕事はこの家でするようになったとか。


それを聞いた瞬間

(何が仕事だよ。特許で生きてる癖に。嗚呼、羨ましいな畜生)

と不労所得に対してついつい僻んでしまったが、自分がこれからそのお金で養われるだろう事実に気づいて考えを撤回する。顔には出なかったと思いたい。

そもそも、この『おはなし』は素体としての自分へのカバーストーリーなのか。
それとも、ここが単にオレの知っている『リリカルなのは』と良く似た世界で本当に寝たきりだったのか。

二次創作を読み漁ってた身としてはついつい原作沿いで物事を考えてしまうが、ここはオレにとって紛れもない現実だ。
キャラクターの共通点はあるようだが全てが全て同じだと考えるのは危うい。その最足る物がオレ自身なのだし。

それを踏まえても現状ではカバーストーリーだとして考えるべきだろう。面倒を見てくれているプレシアには悪いが用心に越したことはない。

話しながらそんなことを考えてると、頭がぼんやりとしてきた。ねむたい。
お腹一杯食べてお喋りしてるのだから、当然といえば当然だった。その上ベッドから動いてないし。
意識が消える前に、もぞもぞと上布団をかけ直してると、少しだけ視界が暗くなって額に何か柔らかな感触が――


おやすみなさい。



[5057] 3.蝕むもの
Name: high2test2◆182815d8 ID:3a7a2bf6
Date: 2011/12/18 21:43
唐突に目が覚めた。

何時もの癖で枕元にいつも置いてあるはずの携帯で時間を確認しようとする。
もぞもぞ這わせた右手が虚しくシーツの上を泳ぎベッドの縁にあたる。それがまるで記憶のスイッチだったかの様に、自分が置かれている状況を思い出した。

(……ああ、やっぱり夢じゃない)

部屋の灯りはついたままだった。
軽く見回してみるがプレシアは見当たらない。食器も下げられている。

(確か……ご飯食べて、話をしてから……)

寝入ってしまったのか、そこから記憶がなかった。

(そういえば、窓も時計もないな。ここって)

明るくなった部屋を改めて見回してみるが、やはりなにも見当たらない。

では、外はどうなってるのか。

そう思い布団を上げたまでは良いが冷気に晒された途端、即座に考えを撤回する。さむい。
布団をかけ直すとそのありがたさを改めて実感した。心地良過ぎて出る気がしない。なので、今はまどろむようなこの気だるさを楽しむことにする。

一通りゴロゴロしたところで、仰向けになり枕の上で手を組んで頭を乗せた。二の腕に触れたしなやかな髪の感触に戸惑いつつ、ぼうっとピントの合わない視線を天井に向けて考える。

(結局、このままなのか?)

当然の不安ではあった。自分から見れば、体を含めた生活基盤が全部吹っ飛んだのだから。
残ったのは人格だけ。不安にならないほうがおかしい。元の生活への未練もある。

(冬のボーナス、出たばかりだったんだけどな)

ただ、その内容も俗物的なものだったが。

この状況は、妄想だけなら幾度もしてきた事だ。
フェイトに限らずあのキャラクターになれたら、特別な力を行使できたらと。

だがそれが現実となってしまえばどうだ。
原因を探すことに逃避し、プレシアを騙すことしかしていない。
突然のプレシアとの会話で咄嗟に受け答えできたのも、日頃の妄想の賜物だと思えば多少マシではあるが。
でなければ、アリシアの記憶などただの夢として扱い、プレシアのことを変わった看護婦として対応して、あそこで終わっていただろう。

プレシアかあさん、か)

直に接してみて解ったこともある。
あいつはどこにでもいる母親で、ただ単に失ったものを取り戻す手段を持ち合わせていただけに過ぎない。
そして、あの真摯な愛情は自らが手がけた我が子へ向けられているもので、断じて得体の知れない人格相手へではないとも。
たとえ左利きなことを意識しても、リニスのことを覚えているふりをしても、それは長く誤魔化せるものではない。

(魔力光の問題もあるし)

例の事故を想起させこの体を失敗作と見限らせた決定的要因。
魔力光が何の要素で決まるかは自分も把握していないが後から弄れるものでもなさそうだった。
金色であれば、良くて自分の名前を忘れ、悪ければオレのことが発覚して終わり。
他の色では何が起きるか解らない。そんな分の悪い賭け。

(どうにかしないと……でも……)

自分の名前を忘れる程度でなんとかなるなら、自分が知っている未来へ繋がるなら、それも悪くない選択肢かもしれない。
ふと、そんなことを思ってしまった。
自分はめんどくさがりなのだ。どうせなにもできないんだから下手に動くこともない。

(オレの事は、誰も知らないんだ。名前ぐらい忘れても)

これはよくあることだった。
問題提起するだけで、適当な理由をつけて諦めるなんて、本当によくあることだ。


オレは、オレは――何もしなかった。




◆ ◇ ◆




一通りの洗礼は受けたように思う。
初めてのお手洗いに一緒に入るお風呂。そしてお休みのキス。
思い出すだけでも恥ずかしさともどかしさで頭が一杯になるが、徐々に耐性がついてきたとも自覚している。今もひらひらのワンピースだし。
驚くことはなかった。初めての経験に戸惑いはあっても、大体のことは予め予想がついている。

(TSモノもよく読んでたしね……)

そうした予習も多少は役にたってるのかもしれない。

なにか悟った様ではあったが、なんのことはない。アリシアの記憶が馴染んできただけに過ぎない。

最初は『アリシア』としてはっきりと違和感を感じることも多く、それを基点にして装っていた。
ただ、装うとはいえ、それはなんとか必死にしがみ付いていた自己同一性オレの放棄に他ならない。こんな体であれば尚更だ。
つまり、結果としてアリシアとしての振る舞いに付随する感情の全てを無条件に受け入れてしまうということになった。私自身のものとして。

記憶が失われるわけではない。
単にオレの記憶よりアリシアの記憶が優先される。ただそれだけのこと。
だがオレにとっては自我の侵蝕に等しく、自覚する度に耐え難い喪失感を催したが、抗う術をもたない私にはどうしようもなかった。

その所為か、もう私は私のことがよく判らない。
どういう時にどんな返事をすればいいのか少し悩んでしまう。
前はとても自然に、当たり前にこなしてきた筈なのに。当たり前が二つある所為なのか。
一人称もなんだか最近は安定していない。『私』か『オレ』か。

ただ、もう『アリシア』を意識することもない。
だからなのか、今からやろうとすることも、どこか気まずい思いがあった。


昨日からアリシアの部屋へ移り、外出も許可された私は、お目付け役らしいリニスと一緒に時の庭園を散策している。
つかずはなれずの距離で後ろにひっついてきているこのリニス。見た目こそアリシアの記憶と違わないものの、中身はまるで別物だ。
使い魔となったからか、とにかく賢い。人語を解してる節すらある。

今日の朝なんて、部屋のドアノブに飛び乗って自ら開けて入ってきたし、その後もちゃんと自分で閉めた。お行儀がいい。
そしてそのまま足元まできては、ちょこんと座りこんで、こちらをじぃっと上目遣いで見つめてくれるのだ。つぶらな瞳がかわいい。
試しに「リニスもくる?」と言ってみれば、一つ鳴いて返事を返しこちらについてきたので驚いた。それもまだ慣れていないこの体の拙い歩調に合わせてくれるのだからまさに忠犬ならぬ忠猫。

そんなリニスを連れた私は時の庭園らしきこの建造物の外周をぐるりと回っている。
庭園の周りは、申し訳程度に拓けていたが、さらにその周りを鬱蒼と茂った森が覆っている。
正面にはなだらかな丘があり、さきっぽから地平線まで見渡せた。ただ、遠くに見える険しい山々の手前には森しか見当たらない。

ほうっと息を吐いて景色を眺めていた私を心配したのか、リニスが擦り寄ってきた。抱きかかえて暖をとることにする。抱きかかえた手を開いてそのまま毛をわしわしすると結構暖かい。
そのままリニスをわしわししながら振り返り、庭園を正面から捉えてみるが、自分の目にはまるで中世に出てくる無骨な要塞のように映った。
裏手に回ってからも驚いた。山を半分ほど豪快に抉り取ったような崖だったからだ。
それも最近に削られたものらしく、赤黒い土の断層と倒れた木々が痛々しい。
周っている最中に気づいたが、その崖に庭園がすっぽりと半分収まる形になっているようだ。
一周しても山道すら見当たらず、人の手が入っているようにはとても見えない。

陸の孤島。

うす雲がかかった空をぼんやりと見上げていると、そんな単語が思い浮かぶ。

隙間なく生えている木々と崖に阻まれた私は、遠出は出来ないと諦め素直に部屋へ戻ることにした。
子供の足には少し重労働だったのか、多少疲れを覚えているのもある。あのうんざりするような緑をみての気疲れかもしれない。

途中で書庫に寄ることにする。
プレシアが居ない時の暇つぶしは、ここの本しかない。今は別の目的があって来たのだけれども。
紙のかびた独特の匂いがするここも、混沌としている様だけを見れば外の森と良い勝負だった。
踏み場を探すのが難しいほどに本の山が床に散乱している。

中身を読んでみたい衝動に駆られるが、今まではなんとか自制していた。

(だってどう考えても死亡フラグだもん。それに多分読み解けない)

こちらの言語の語彙力はアリシアそのままでしかないから当然ではある。

作業用らしき机を横切り奥へと進む。そこから先には書架が並んでいた。
棚の本は所々抜けていて一見並びもばらばらのように見えるが一応揃えられているらしい。

この書架に並んでいるものは工学書が大半を占めている。
魔法の本か何かがないかと少し探してみたりもしたが、結局見つけることは適わなかった。別の場所に保管してあるのだろう。
専門書ばかりとはいえ、こんな所へ立ち入りを許可するプレシアも相当なものだと思う。

幼子には理解できないと思っているのだろうか。それとも反応を見たいのか。
後ろにいるであろうリニスを意識しながら、そんな邪推をしてみる。

そうして書架も横切り一番奥までくると目的のものが見えてきた。丁度、その前で私は立ち止まる。
明らかに周りとは違う造りの本棚が目の前にあった。

生前アリシアが読んでいた本が納められている本棚。数はそう多くない。
何故、私の部屋でなくて、書庫のこんな奥に置かれているのか、私には解らなかった。
単に遺品整理の際にこちらへ運んでそのままになっているだけかもしれない。
ともかく本棚からお目当ての一冊を手にとって書庫を後にする。


手に取ったのは、魔法の幼年用テキスト。


足早に自室へと戻った私は、カーテンを閉めて机の上にテキストを広げた。
リニスは散歩してくるように言い付けて部屋から締め出してある。

外を散策していたのは逃げ出す算段を考えていたに過ぎない。人が多い場所に出ることができればなんとかなるかも、という考えがあった。
だが、それも無理だと解った今、先送りにしていた魔力光の問題に向き合うしかない。

つまるところ、これが先ほど感じた気まずさの原因なんだろう。
かあさんなら無条件に受け入れてくれる筈という『アリシア』の無垢な信頼と、そうではないと確信している『オレ』の折り合いのつかなさ。

テキストの「あなたのいろはなにいろ?」という項目に目を通し終わった私は、椅子から跳ねる様にして立ち上がり部屋の真ん中へと移動した。

(まずは確認から)

一度で成功できるとは思っていない。そもそもいまだに自分が魔法を使えると言う実感が湧かない。
まだ自分が魔法として見たものは、あの初日の鏡だけだ。
あれすらあまりにも自然なタイミングだったので、魔法だと認識するのにも時間を要した。
今も頭の隅で馬鹿馬鹿しすぎて笑い出しそうになっている自分がいる。

(でも、やらないと)

もう時間がないであろうことは事実だ。
結局これもまた、よくあることではある。こんな姿になっても自分は追い詰められないと行動しない性質らしい。

アリシアの記憶を頼りに魔法の行使に必要な手順を一つずつ追ってゆく。

大きく深呼吸をしては息を止め、再び深呼吸をする。ゆっくりとゆっくりとそれを繰り返し精神を落ち着ける。
ここから目を瞑り自分の胸辺りにあるであろうリンカーコアを手を添えて意識する。苦笑が零れた。
呼吸するのに肺を動かすように、ものをとるのに手を動かすように。
普段は無意識で行っている事を殊更に意識するようにして、自らの一部であろうリンカーコアの存在を感じ取ろうとする。
しばらくして、心臓の鼓動に重なるようにして動いているモノを己が体内に感じ取る。
一瞬、錯覚かと思ったが体に纏わりつくなにかをも肌で感じることができた。これが魔力と呼ばれるものなのか。
この感覚をリンカーコアの発動と認識した私は、さらに次へと進んだ。
体に纏わりつくなにかを胸へと集めるイメージ。まわりの魔力がリンカーコアを通じて己が内へ溶けてゆくのが体感覚を通して解る。
己の中に異物を感じて気持ちが悪くなってくる。
練り上げたもので単純な真円を描くようにイメージ。己が手の届かない場所で真円を描く感触を確かに感じ取ることができた。
そのまま書き終える。この時点で、魔力光はイメージ通り描かれた真円を通して発現している筈だった。

自分が魔法を使っている。その非現実性に思わずまた苦笑が漏れそうになったがリンカーコアの感覚は現実だと訴えている。

そうして、おもむろに目を開くのと背の方にある扉から声がするのは、同時だった。

「――アリシア?入るわよ?」



[5057] 4.その視線の先には
Name: high2test2◆182815d8 ID:3a7a2bf6
Date: 2011/12/18 21:49
「――アリシア? 入るわよ?」

その声に心臓が跳ね上がるような錯覚を覚える。少なくとも肩は跳ねた。

(なんで今来るの! なんで!)

集中が乱れ、頭の中で展開していたイメージが掻き消える。描かれていた真円も霧散して魔力に戻った。
見開いた目には、残光が幽かだが確かに映りこむ。――淡い青紫。記憶にある『アリシア』の色では、ない。
よりによってあんな調子で成功してしまったらしい。それも一度目に。
そして、背の方から外光が差し込んできていることも確認できた。

(見られた……)

また体が緊張で絞られるのを自覚する。
私はどうなるのだろう。背の方、部屋の入り口に居る筈のプレシアを意識する。

(かあさんなら私のこと)

――もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。

こんなになってまでも最初に抱いたのは淡い期待。

これは誰の感情だろうか。自覚して頬を引き攣らせる。
そうして全てをプレシアに委ねてしまえばどれだけ楽なことか。

しかし、生憎と私はアリシアだけでは成っていない。故に次の瞬間には逆の考えも頭を過る。

(でも、受け入れてもらえなかったら?)

途端、悪寒が背筋を駆ける。
数日前は『なにかされるだろう』としか考えていなかった。

では『なにか』とはなにか。

自分に問いかけて浮かんだ幾通りもの破局の、死のイメージ。
曖昧な恐怖の正体。これこそ、プレシアを欺いてまで頑なに拒んでいるもの。それがもう目の前に迫ってきている。
最善は名前だけを忘れることだったが、そんな都合良く事が運ぶ筈がない。

記憶を見られたオレに気づかれたら……)

記憶の改竄では済まないに決まっている。
殺されるにしろ記憶を消されるにしろ、どちらも同じこと。自分にとっては大差ない。

(解っていた筈だったのに……!)

タイミングを逃してしまった。どれだけ時間が経ったのかは解らないが、もう不自然な程に間が空いしまったことだけは解る。
今更、演技なんかしても胡散臭いだけ。そもそもが素人の演技なのだ。今まで騙しきれたのは、アリシアの容姿と記憶があったからに過ぎない。

でも、そんな確認なんか意味がない。今、必要なのは打開する策だ。
それも解りきっている。解りきっているが――何も思い浮かばない。

時間だけが刻々と過ぎ、焦りだけが募る。口の中が酷く乾く。

(どうにもならない……?)

しばらくして心中でそれを認めた瞬間。
わけもわからず肺が引きつり呼吸が浅くなる。ただ胸が苦しい。
同時に、頭の芯を侵す不安感。つられる形で視界が揺れ、ふらついてしまう。なんとか踏み止まろうとしたが、あっさりとその場に膝を突く。
咄嗟に差し出した左手で体を支えているものの、これも震えて力が入らない。嫌な類の汗が背中から広がり、体中から噴出している。

不安感に振り回されながらようやく理解する。これは自分が感じている死そのものだ。


しかし、今更理解したところで何もできない。そのまま前のめりに倒れこみそうになる、が

(いや! 消えたくない!)

自分でもよく解らないモノがすんでところで体を支えた。そして、口が動く。

「ねえ、かあさん」

「アリシア、ど」

「――わたしのひかり。なんで前と違うの?」

「うし……」

「ねえ、かあさん」

「……」

「わたしおぼえていたの。最後の年。――なんであれから何年もたってるのにわたし、そのままなの? なんでリニスが生きてるの!」

「……」

「ねえ、かあさん。答えてよ…… ねえ」


咄嗟の悪足掻き。
なにかヽヽヽされる前にこちらから齟齬をつきつける。

奇妙な落差だった。先程襲った激しい動悸と眩暈が嘘のように消えている。でも、背に残るべっとりと濡れた嫌な汗の感覚だけは確かに今も残っていて。

(……足掻いて何になるの)

振り向きながら心中で苦々しく思う。

これこそ誰の感情か。
私の諦観を拒み、生きようと足掻いたのは誰か。



どちらにしろ、重要なのはここからだ。
齟齬をつきつけてみたまではいいものの、肝心のプレシアがどう動くのかは私には想像がつかない。

つまりはこれこそ、そういうことなのだろう。

(分の悪い賭け、ね……)

嫌な静寂が部屋を包み、お互い何も言わずただ時間だけが過ぎていく。


「アリシアは、知りたいの?――それを」

先に動いたのはプレシアだった。確かめるような、見定めるような瞳。

内心は縋るように、でも見た目は静かに、頷く。

「ついてきなさい。本当のことを教えてあげる」


酷く、平坦な声だった。




◆ ◇ ◆




庭園の地下に来るのは初めてになる。存外自分が最初に居た部屋の近くらしい。
廊下の隅にひっそりとある、見る人が見なければそれと気づかないような扉。
そこを抜けると先の見えない階段が口をあけていた。
しばらく降りていくと「保存室」とプレートが掛かった扉の前へ辿りつく。

先導していたプレシアが、いつの間にか持っていた杖をかざすと扉が開いた。

「これが答えよ」

部屋の中心に鎮座してるソレ。アリシアの遺体。

「あなたはね、昔失くしたアリシアの複製なの。リニスもね、私が使い魔として蘇らせたのよ。
つまりは、そういうことなの」

口早に紡がれるプレシアの言葉。
私が何か反応するのをまっているのだろう。視線が此方に向く。

でも、それでも、何も思いつかない。

(ダメ、かな……)

所謂、冥土の土産というものか。実際に体験することになるとは思わなかった。
ここまで足掻いてきた自分もこうなるとどうしようもない。先程のような眩暈もないが都合の良い足掻きもない。
後はもう『オレ』の存在に気づかれないことに賭けるしかない。だが、奇跡は起きない、と他人事のように現状を認識している自分もいる。

「おどろかないのね」

(御免、母さん……)

かあさんのことを思う度に、ちらついていたもう一つの顔。オレの母親。
こんな時に、よりによって想いを馳せたのはそんなこと。

今まで極力考えないように、思い出さないように努めてきたオレの家族。


……オレの家は母子家庭だった。父はオレが幼い内に母と別れた。
どこにでもよくある話だ。ただ少し違うのは、働くには少しばかり脆すぎた母。
自分が中学に上がって気付いた頃には精神を病んでいた。それでも薬で誤魔化しながら働いて。

薬の副作用なのか、それとも病状なのか。
最初は、単純な事柄に執拗にこだわる様になった。それは部屋の照明や家電のスイッチであったり。
次は会話に現れた。目に見えて記憶力が衰え、会話も連続したものではなくなってゆく。
そして、最後は容姿だった。薬の副作用で肥満体になり、幼い記憶にあったたおやかな黒髪もすっかりくすんでしまった。
そうして、人としての何かが欠けていく様に、そのおぞましさに、オレは耐えられなくて、また母も保護者としての能力を失って、高校に入ってからは叔母の家で世話になった。

そう、オレは逃げ出した。あんなになっても最後までオレのことを心配していてくれた母を捨てて。
病名は今でも知らない。オレに知る勇気はなかった。

もう長い間、連絡はとっていない。毎月、贖罪のつもりで仕送りだけはしていたものの、近況は世話をしてくれている叔母から話を聞くだけに留めていた。
こんなことになるなら会っておくべきだったと後悔する。今からでも出来る限りのことをしてあげるべきだった。

母を愛していた、とは言わない。逃げ出したのだから。だが、そうする機会も失われてしまった。


改めてプレシアを見やる。此方を向いたその瞳から感情は読み取れなかったが、まだそうはなってはいない様に見える。

(いや……)

そこで気づき、皮肉げに思い直す。

違う。母さんとプレシアの狂気は違う。
オレが覚えているプレシアは確固たる目的の為に倫理観を押え付けていただけで、会話が通じなかったりしない。
振る舞いには一貫性があるような描写だったとも覚えている。
多少短絡的な思考やヒステリックな面も見られたが、死を間際にした病人にしては十分理性的といっていい。
娘一人の為に世界を引き換えにしようというのだから、そういった意味ではまさしく狂人だが。

(……? ……まってよ?)

そこでようやく気づき始めた。この衝動に任せた選択の危うさに。

小説でのフェイトとの決別も、金色の魔力光で事故を想起し、これは偽物なのだとはっきりと認識したからではなかったか。
もちろん一つの流れを書き留めただけに過ぎない小説と、この現実とではかなり乖離があるだろう。オレの意識や薄紫の魔力光がそうだ。
だがオレや金色でなかった魔力光は、まだ私にとって良い方向への乖離ではなかったか。

先ほど遮ってしまった声音は、娘を心配するそれではなかったか?

「まあいいわ。次は失敗しない」

なにか、取り返しのつかない過ちを――




/.プレシア

リニスがこちらに居るのを珍しく思っていれば、歪な魔力の反応があった。場所は――アリシアの部屋。
部屋の中を魔法で確認してみればなんのことはない。アリシアだった。

(って、アリシア……?)

私の娘はいつからこのような魔力発露が可能になったのだろう。

幼いうちは簡単な魔法すら全力で行使しようとするから自然と反応も大きくなる。がそれを踏まえてもこの大きさは異常だった。
それより幼いうちの単独での魔法行使は危うい。何らかの変換資質をもっていた場合、自分まで傷付けてしまう恐れがある。
己が魔力を制御できるようになるまでは監督者の下で行使するのが常だった。
幸い今は何もおきていない様だが、叱っておかなければならない。

魔法の行使中であることを踏まえ、ゆっくりと声をかけつつ、扉に手をかける。

「――アリシア? 入るわよ?」

扉を開けたその瞬間、視界を埋め尽くした輝きの色に目を庇うことをも忘れた。
私の声に集中を乱したのか、アリシアの回りの魔法陣が崩れて光も収まってゆく。

その魔力光は私が覚えているアリシアの色ではなかった。

散々行ってきた実験から事前に解っていたことではある。でも、この目で実際に確認するとやはり落胆は大きかった。
FATEプロジェクトの技術では完全な複製を生み出せない。現状の技術でいかに同じ形に発現させようが、器質的な差異はどこかに現れる。
リンカーコアはその内の一つだった。

と、いつの間にか研究者として思考している自分に気づき胸中で苦笑する。

気を取り直して声をかけようとした矢先、アリシアが先に声をかけてくる。

「ねえ、かあさん」

「アリシア、ど」

「――わたしのひかり。なんで前と違うの?」

(……え?)

「うし……」

割り込まれた言葉に続かない。

「ねえ、かあさん」

力なく、ただほうっと、残りの息を静かに吐く

「わたしおぼえていたの。最後の年。――なんであれから何年もたってるのにわたし、そのままなの? なんでリニスが生きてるの!」

眩暈がした。

記憶を補修しないこと。つまりは編集しないこと、とはこういうことだった。
記憶と現実との齟齬。予想できてしかるべきことだった筈なのに。

「ねえ、かあさん。答えてよ。ねえ」

なんて答えればいいのだろう。

長年過ごしてきた研究者が記憶を編集すればよいと囁いている。
次にアリシアを通じてやっと取り戻してきた母親が、抱きとめて諭せばよいのだとも訴えている。

研究者としての考えが先に浮かんだ時点で、もうだめだった。

簡単な事だ。母親としてはここで諭してあげればいい。
この子は間違いなくアリシアで、本人もそう思っている。
だけれども先ほどの考えの前には、これも滑稽な一人遊びのように思える。
そう、この予備素体アリシアは科学者として定まってしまった私を母親に戻してくれるものではなかった、と。

つまり、幸せな夢から醒めてしまったのだろう。私は。

目の前のこれはアリシアではなくて、アリシアの記憶をもった人形。

そう明確に意識してしまう。

(記憶があるが故にこんなことになるなんて――)

本当に、皮肉でしかない。
私が半生を賭けて追い求めてきたものは――代替物にしか、なりえないのか。

「あなたは、知りたいの? ……それを」

記憶の検証を怠り、ここまできた私にも責任があるのは事実だ。
この齟齬に気づいていれば、検証さえしていれば、まだ幸せな時間を過ごして己を騙せていたのかもしれない。
それも今となっては無意味な夢想にすぎないが。

「ついてきなさい。本当のことを教えてあげる」

だから自分への戒めも兼ねて、あの部屋へ連れて行くことにした。




◆ ◇ ◆




「これが答えよ。
あなたはね、昔失くしたアリシアの複製なの。リニスもね、私が使い魔として蘇らせたのよ。
つまりは、そういうことなの」

(だから、時間がずれていて当然。魔力光も違っていて当然)

胸の中でそう続ける。

眠る私のアリシアの前で予備素体へ事実を告げて反応をまつ。だが何も反応を示さない。
平坦な表情、どこを捉えてるのか定かでない瞳、ぴくりとも動かないその姿はまるで人形のようだ。

「……おどろかないのね」

アリシアの姿でそんな表情をされるのは、とても辛い。
早く終わらせることにする。

(……?)

いまさら予備素体の顔に表情が戻る。戻った表情は何かを訴えるものだった。でも、もう遅い。

「まあいいわ。次は失敗しない」

そう呟いて、デバイスを通じて仕込んでおいた安全装置を発動させる。


前のめりに崩れるように倒れた予備素体を見据えながら、次のことへと思考を巡らせた。

こうなると、もう私には最後の手段しか残されていない。
これを挙げた時、自分でも現実的ではないと一蹴しそうになったモノ。
計画上に存在だけはさせていた最後のプラン。


魔法における最大の不可侵領域『生命蘇生』偽物ではないアリシア自身の蘇生




[5057] 4a.代替物
Name: high2test2◆182815d8 ID:3a7a2bf6
Date: 2011/12/18 21:49
目覚めは曖昧なものだった。
気づけば、いつのまにかあのしみったれた天井を見つめている。
そこから、ここがあの窓のない部屋ということが辛うじて解った。
戻った意識が、まず最初に考えたのは当然の疑問だった。

(……生きて、る……?)

どうやら死なずに済んだらしいことだけわかる。

ゆっくりと時間をかけて混濁とした記憶を辿る。直前に聞いた筈のあの一言。

「まあいいわ。次は失敗しない」

ということは記憶を弄られた筈だが――

(いや、まって? なんで自覚できる? なんで覚えてる?)

おかしい。
名前を忘れるだけにしても、あの部屋での出来事を覚えている筈がないし矛盾を自覚できるのは論外だ。

(あれから心変わり? いや、ないでしょ、流石に)

都合が良すぎる発想をする自分に呆れる。だが、他を推測しようにも、寝ぼけた頭には少しばかり荷が重い。

(まず、起きなきゃ)

その義務感を糧にして、億劫な体を起こす。無理に起したからか単純に辛い。
じっとしてその辛さが多少楽になるのを待ってから部屋を見渡すが、前と変わりなく、何も無い。

変わりがないことは都合がよかった。次は鍵が掛かっているかどうか確かめる必要がある。とにかく逃げ出さなければ。

そこでとあることに気づく。

(リニスが居ない)

いつも傍にいたあの山猫が見当たらない。
そう気づいた時と同じぐらいだろうか。緊張で体が強張った。

良く通る足音が一つ、近づいてきたことに気づいたからだ。

気づいた時には遅かった。かなり近い。近すぎて禄に考えることすら出来なかった。そのまま扉が開き、足音の主が姿を見せる。

(……あれ?)

プレシアかと思えば違う女の人だった。それが誰かは解らないが、表情も自分が想像していたものと食い違い敵意の欠片も見えない。
正直拍子抜けしてしまった。

「あら、起きてましたか」

顔をじいっとみつめるがやはりアリシアの記憶でも見覚えはない。視点を引いて全体を見てみた。それでもまだ解らない。
目立った特長である耳と尻尾を見て少し考える。そしてようやく得心がいった。
アリシアの記憶にもなく、オレの記憶として辛うじて記憶に留めていたあの使い魔。消えた山猫。

リニス。
格好が小説で見た挿絵と違い耳と尻尾を出していたので、逆に解りづらい。
プレシアの時はアリシアの記憶があったので特に驚きもしなかったが、人間形態のリニス相手は違和感が凄まじい。
取って付けた様な耳、緩やかなカールを描いて常に動いている尻尾。まるで凝ったコスプレのようにしか見えない。
そして、なにより初めて見る他人の顔。

(実際見るとこうなるのね……)

いい加減プレシアや自分で解っていても良さそうだったが、なんというか改めてショックを受ける。

「おはようございます、そしてお初にお目にかかります。この度、プレシア・テスタロッサに作成されました使い魔のリニスです」

(……お初に?)

敬語なことや、プレシアのことをフルネームで呼んでるのはともかく、いきなり引っかかる物言いだ。
同じように記憶を弄られたのか、それとも猫の時のことは覚えていないのか。
そんな疑念を横に自己紹介は続く。

「研究で忙しいプレシア・テスタロッサに代わって、あなた方の身の回りのお世話と魔法の手解きをするように、と仰せ付かっております」

ここまで一息に言い切ったリニスが視線を改めてこちらに向ける。

「お体を崩されていたとのことですが、大丈夫ですか?」

その言葉がきっかけだった。

(え、ああ、そう、たしか、私はあの時、魔法に失敗して―― え?)

あの時、失敗してなんかいないのに。アリシアの記憶を想起する時と同じ違和感。
慌てて自分の名前を意識しようと努める。

(あれ? 私の名前は――)

まず、まだオレの名前がくる。次にアリシア、そして――オルタナ。

(……? ……オルタナ?)

いつのまにか増えていた自分の名前。オルタナ。

代替物オルタナティブって……。ちょっとは捻ってくれてもいいのに)

胸中で毒づいてる最中にも、まだ引っかかるものがある。

(あれ? あなた方って……私だけよね?)

「オルタナ・テスタロッサ、大丈夫ですか?」

「あ……うん、大丈夫」

思考を遮られた。嫌な予感がする。

「それはなによりです。食欲はありますか? 食事を用意してあります。……簡単なものではありますが」

妙な既視感を覚えたが、ともかくおなかも空いていた。なので素直に甘えることにする。

「食べる。お願いしてもいい?」

「はい! それでは、お持ち致しますので少々お待ちくださいね」

部屋を出るリニスの後姿を見ると尻尾がぴんと立っていた。




◆ ◇ ◆




リニスは配膳を終えると小さく一礼して部屋を出て行った。ちょっと寂しい。

運ばれてきた料理は、プレシアが最初に振舞ってくれたものと同じものだった。
もうすっかり慣れてしまった左手でスプーンを持ち、手を付け始める。
一人で食べるのは、こうなってからは何気に初めてだ。前は当たり前の事だった筈なのに、今は酷く侘しく感じられる。

何度か口に運んでから思い出す。

(おいしい。それにこの味付け……)

プレシアかあさんの味。

(これを作ったのはリニスで、プレシアじゃないのにね)

使い魔の教育の過程で伝わったものだろうとなんとなく想像はついた。
プレシアはもう私の為に料理を振舞ってはくれないだろうから。

(母を捨てた私が、母に捨てられる、か)

浮かんだ皮肉で自嘲してみるが、何の慰めにもならない。

それがきっかけだったのかもしれない。
気づけば何かが頬を伝う感触がある。指の腹で頬を拭って確かめてみると濡れていた。
そうして、ようやく私は自分の感情に気づく。

(私――今、泣いてるの?)

自覚したと同時に、想い出したのは、起きてから今までプレシアと過ごした記憶。

(あれだけ欺いておいて。なんて私は自分勝手な――)

そう思えど、声を押し殺して我慢しようとしても、涙は止まってくれなかった。




しばらくして落ち着いてから、皿を空にしたところでぐるぐると考える。
プレシアに名前を弄られたことがどうしても気になっていた。
この調子だと他の記憶も怪しい。確認の為に記憶の索引を辿る必要がある。
ここ最近のことをばらばらでもいいから思い出そうと試みる。

(うわ……)

辿ってみればすぐだった。一つのことに気づいたら芋蔓式に連鎖していく。その過程で、先ほど浮かんだ疑念も晴れた。
つまるところ、記憶はしっかりと弄られていた。所々で二重に思い出せる事柄がある。それも妙にはっきりと。
自覚できるだけでも多岐に渡る改竄だった。プレシアもここまでやるとは。
追加だけで消えていないのが多少気がかりではあるが、自覚できてないだけかもしれない。
それにこの方向性ならもうあんまり関係ないだろうから、できるだけ考えないようにする。

(問題は――)

丁度、足音が聞こえてくる。聞き覚えがあるものとそうでないもの。
扉が開き、姿を見せるふたつのシルエット。一人はリニス。そしてリニスに隠れるようにしてもう一人。

「……あ、ねえさん……」

そう、一番の問題はこの目の前にいる私が、同じ欠陥を抱えてる可能性が高いということだった。




/.覚醒前 研究室

あの時に記憶を覗けなかった原因は、デバイスの不調ではなかったらしい。
記憶閲覧魔法の直接行使に至りようやく確証を得た。やはり前と同じく何の意味もない写像だけが結ばれる。
この徒労に対する怒りに任せて素体を処理しようかと一瞬考えたが、なんとか堪える。
忘れてはならない。魔力資質の高いこの素体は私の手足として有用だ。

何故こうなったのか多少興味はある。だが今更検証してもあまり役立つことはないだろうし、そもそもそんな余裕はない。

(……もう諦めたことよ)

それでも処置はしないといけない。私のこれからの目的の為に。
記憶の閲覧が行えないだけで、記憶の編集は成功する可能性が高い。
問題となっていたのは記憶の視覚化プロセスで、それ以外は問題なかったからだ。



それから何度かテストを繰り返し、本番に移る。
プロセスを注意深く監視しながら、『自分がアリシアと呼ばれていたこと』の置換を行う。

……処置はおおむね上手くいった。
この調子なら整合性を取る為の記憶の編集も大丈夫だろう。


そうして編集も終わり、後はリニスの作成を残すばかりとなった。

リニスを造り終えれば二人ヽヽを目覚めさせ、目下模索中である最後の手段生命蘇生の実現方法へと注力できる。


まだ先は途方もなく長かった。




/.覚醒前 無人の研究室

予備素体の脳内では、編集されたばかりの記憶の書き戻しが静かに行われていた。



[5057] 5.魔法
Name: high2test2◆182815d8 ID:3a7a2bf6
Date: 2011/12/18 21:49
/*注意 捏造設定が激しい回です。*/

あれから一年が経つ。

街にも出られず、遊びと称した戦闘訓練と座学をひたすらに繰り返す日々。
色々な娯楽を知っていた私がそれでも耐えれたのは、リニスのご飯(おやつ)と魔法の存在が大きかったと思う。
私に与えられたこの玩具は、とても遊びがいのあるものだった。

魔法を、力を振るうのは、とても楽しい。前はどれだけ渇望しても得られなかったこの力、それが今では私のものなのだ。

リニスの授業が始まる前は、私が知っている唯一のあの魔法のようなものを何度も何度も使っては、密やかに顔を綻ばせた。
授業が始まり基礎中の基礎である『リンカーコアを通した術式の行使』方法を教えてもらってからは、新しい魔法の修得と技術の研鑽に夢中になった。

習い始めてすぐだった。詠唱という行為に疑問を持ち始めたのは。

リニス曰く、魔法の発動は願うという原始的なものから始まったらしい。
その願いは現実的なものでなければならない。結果に至る方法を、正しくは過程を、願わなければならない。
いきなり結果を願うことはできない。それが魔法の限界であり上限だ。けれど方法さえ確かであれば曖昧な願いでも物理法則を、世界を、書き換え魔法は発動する。多少の例外もあるが。
そして結果に至る方法は無数にあり、細分化できる。しかし個人が好き勝手に細分化し、方法を考えていては二度手間であるし知識として共有することも難しい。
なので『規定された一定の粒度と手続き』に則って願う技法が確立された。いわゆる今日の術式と呼ばれるもの原型だ。
考案された方法には世界名というのだろうか、そんなものがついている。それはミッドチルダ式やベルカ式という名前に見て取ることができた。

この発明はパラダイムシフトを引き起こすほど革命的なものだったらしい。
それもそうだ。曖昧な願いは曖昧な結果しかもたらさない。だが『規定された一定の粒度と手続き』で構成された魔法は、誰が使っても同じ結果をもたらす。
副次的にも大きな効果があった。共通化された手順として確立されたことで、自分を省みないような過程を願って自爆する術者も大きく減った。

この瞬間、ようやく魔法が社会に『道具』として認知されたが、同時に弊害もあった。
術式の思考訓練や記述/読解方法の習得の手間はともかく、それに付随する形で書き換える物理法則の専門的な知識や、細分化された術式を並行して制御するマルチタスクと呼ばれる思考制御技法の修得まで必須になったからだ。
それは魔法の専門技能化を示すものであり、即ち希少な魔力資質保有者が『魔導師』としてしか生きていけなくなる時代の到来を意味していた。


と横道に逸れかけたがここまでで解るように、呪文や詠唱、アクショントリガーは魔法と直接の関係はない。
暗記した術式を喚起させるものだったり、デバイスの安全装置として使われる先人達の知恵である。
そしてあのこっぱずかしい詠唱文は古き良き時代の名残、つまりは貴重な文化遺産として積極的に継承すべきものだと認識されてるとのことだった。

経緯を知った私は「絶対唱えてやるもんか」とその時は固く心に誓った。

……誓ったまでは良かったがそこから先が大変だった。いくら文化遺産と酷評されていようが、デバイスが普及した現在でも使われているのだ。理由があるからに決まっている。

思考とは、とてもあやふやなものだ。そのあやふやなものに指向性を持たせ、一つの意味ある術式を組み上げるには外部からの補助を必要とする。
それはデバイスと魔法陣を除けば、視覚と聴覚と四肢の動作しかない。そのうちの聴覚としての補助手段が呪文と詠唱だ。
詠唱する過程で術式を想起し、さら詠み上げて自身に聞かせることで、その想起を確かなものにしていく。

錬度が上がっていけば、高速詠唱、詠唱破棄、無詠唱といった順に、発動までの時間を短縮させることは確かに可能だ。
但し、熟練の使い手さえ無詠唱では十全の状態での行使は難しい、とされている。なのに素人が真似すればどうなるのか、想像に難くない。

つまり初手から躓いた私は、大人しく呪文の詠唱と術式を暗記する作業に戻ったのだった。




フェイトは、改竄された記憶によると双子の姉という事になっていた。安直だけど他に思いつかないし妥当だろう。
魔力光も『変わらない』金色。同じ個体の保証はないのに。もしかして名前が魔力光を決めるのだろうか、なんて考えてしまう。
それにしてもやはり同じ『アリシア』をモデルとしただけあって、服装や髪型こそ違えども姿は瓜二つだ。
肝心の関係はあまりうまくいっていない。これは私が最初の頃に懸念してた問題のせいなのだけれども。

問題とは即ち、もう一人の『オレ』の可能性。私が『オレ』であるように、このフェイトもそうだったら。

なんとも対応に困る懸念だった。どうしろというんだ。それとなくあっちの話題でも振ってみるか。いや、でも、オレだったらどうするの。オレが二人? 全然笑えない。
あえて言おう。オレは自分が好きだ。ただしそれはオレが一人の時に限る。

と、当初はそんな心中だったのだけど、実際に確かめてみる勇気もなく腫れ物を扱うような態度をとっていた。

もう事後なので言い訳っぽいが、そもそも『オレ』が潜んでいなくとも、記憶が改竄されていようとも、ベースは同じ『アリシア』なのだ。
それも今でこそ多少マシになっているけど、最初はまだ個体差が出るには不十分な時間しか経っておらず、あれはもう一人の『私』そのもののように見えた。
終始、鏡を見させられている様なその有様は、落ち着いていた筈の自己認識、即ち、『アリシア』としての自覚とソレに付随する喪失感を穿り返すには十分なものだった。
二度目の経験だったが、目の前に実物があるだけあって一ヶ月程悩まされてしまった。同時にリニスの保護者としての我慢の限界でもあったらしく、私とフェイトで共用していた部屋から私は追い出された。

……元々は私の部屋だったのに。リニスは少し私に冷たい気がする。

結局『これは違う』と確信を得て吹っ切れたのも、翻訳魔法習得前に駆け込む様にして日本語でブラフをかけたの反応だった。
首をかしげて鸚鵡返しをしてくる様は単にとぼけているようには見えなかった。日本語を理解していない。ただそれだけのことで安心してしまった。
私が皆を欺いているように私も欺かれているかもしれないのに。今思えば私はただ単に納得する為の理由が欲しかっただけなのだろう。
そして『オレ』でも『私』でもないと納得した今も、清算することなくそのままだったりする。
一度失った信用を取り戻すことは難しい。なんとなく切欠がないのもある。それに『私』ではなくとも、やっぱり私っぽい。
まあ、それらは追々片付けていこう。いきたい。いけたらいいなあ。


かあさん、いや、プレシアは、基本的には研究室に引篭もっている。たまに外に出ることがあっても大抵はフィールドワークだし。
なんというか、病も原作通り患ってるみたいだった。たまに顔色が悪いのも引篭もりがちで不規則な生活してるからだと思っていたけど、薬湯のボトルをゴミ箱から見つけてしまった。
ご飯を食べる時にたまに鉢合わせたりするけど会話は殆どないしあっても事務的なものだ。こちらを見る顔も味気ない。ただ稀に感情が滲み出てたりすることがある。
何かを噛み締めるような、自分に言い聞かせるような顔。でもそんな顔をされても正直、自分はどう接していいか解らない。
私もあの時の遺体を思い返す度に、フェイトを見る度に、自分は『アリシア』ではないと痛感する。

それに私相手ではそんなでもないけど、フェイトと一緒に居る時は割とそんな顔をする。
原因は明確だ。フェイトも我慢してるのだけど幼さ故か隠しきれてない。それがプレシアには解って辛いのだろう。
だいたいフェイトの方がアリシアっぽい。改竄された記憶がベースとはいえ、オレみたいな不純物が混じってないのは大きい。
いっそのこと、さっさと諦めて二人で隠居すればいいのに。まあ、私がしでかしたことでそれが難しくなってしまったのだけど。……うう、ごめんなさい。


もう最初と違い、ある程度の魔法を修めた今なら脱走はしようと思えばできる、と思う。
周辺のいくつかの街までの地形も探索魔法の実技時に大まかなマッピングまでは済ませてあったし、結構疲れるけど飛行もできる今、地形は移動のネックとならない。
プレシア不在の時なら、初動の差でそのまま逃げ切る自信はある。たとえリニスが追ってきたとしても。
でも、そうする気にはなれなかった。街で庇護を求めてからどうするのか漠然としていたし、なんだかんだいって衣食住揃ったここは居心地が良い。

それに、余裕がでてきたからだろうか。私を造ってくれたことへの感謝を今は強く感じている。
私が偽物で捨てられたとはいえ、まだ母として慕う感情もあったりするし、というか割と強い。プレシアは嫌がるだろうけど、そこらへんは簡単に割り切れないので許してほしい。
だから、まず病気を治してあげたい。そうすればジュエルシードを急いで求めることもなくなるんじゃないかな、なんて思ってるけど楽観だろうか。
だいたい不治の病なら、体を捨ててしまえばいい。つまり自分のクローンを作ってそちらへ記憶転写する。一時的に己が二人になるやもしれないし私たちを許容できなかったように自己の変質は避けられない。けど死ぬよりはマシだと思う。
でも原作ではそうしなかったから何か事情なり技術的な制約があったのかもしれない。そういったことも私は知りたい。
それを提案して一緒に検討していく為には、プレシアと共犯者の関係になる必要がある。病気のことを、そして目的と私の出自までも本人の口から語ってもらう必要が。
しかし、前みたいに一瞬で昏倒させられては話にならないどころか、今度こそ命も危うい。そうならないぐらいには実力をつける必要があった。

そういった目的をもったからか、最近は結構がんばってたりする。

まずは座学の効率化の為、読書魔法と検索魔法の使用を提案した。けどダメだった。
提案時に、建前として使った魔法のリファレンスにも名前と効果が申し訳程度にしか載っていなかったので怪訝に思ったものだけど、どうやらスクライア一族で秘匿されているらしい。
良く考えて見ればそうだった。多少珍しい程度の魔法なら、民間委託とかで無限図書館はとっくの昔に整理されている筈だ。と勝手に納得してしまった。
だけど無駄ではなかった。なんというか元々目当てのものはあったのだ。
この書庫にあるものは紙の本であると同時に本型のデータストレージとしての機能も兼ね備えている。
それらには、ちゃんと外部インターフェースが用意されており、それを利用した同じく本型の統合管理デバイスが自動で目録を作成してくれて尚且つ検索環境としても機能するとのこと。
おまけに、あくまでスクライア一族で秘匿されているのは、純粋な紙だけの本や年代によって規格の違う外部インターフェースを備えた本型ストレージデバイス等が混在した環境でも機能する統合検索環境を構築する魔法を含めた技術だとも教えてくれた。
聞いた時はどこぞのSI企業を連想してしまったが確かにあの一族らしい魔法だし今の私には必要ない。

……正直、こんなことは速く教えて欲しかった。中身はgoogle世代なのだ。

だけど、お陰で効率は格段と上がった。google万歳。じゃなくて全文検索環境万歳。
ただ検索結果を参照する際にいちいち本をぺらぺらと捲る必要があるのがとっても不便だった。
あの邪気眼全開な呪文のセンスのこともあるし、この世界ではヒューマンインターフェースはあまり重要視されてないのかな、と思いリニスに聞いてみたら「これも教育の一環です」との答えが返ってきた。……正直良く解らない。

そして今、私とリニスは、リニスが切り拓いた訓練場にいる。
検索環境を手に入れて調子にのった私は、今まさにデバイスの常時使用前提のカリキュラムへの切り替えを訴えている真っ最中だ。

今まで初めて習う魔法は、最初にサポート用のデバイスを併用し、慣れてきたらデバイス無し、そして最後に無詠唱、と順を追う形で難しくなっていく。
まだ初級魔法だからか、正直微妙な用途の魔法さえ無詠唱まで可能な錬度をリニスは求めてくるので、常々無駄だと思っていた。
自分としてはデバイス込みで発動すれば十分なのだ。これはIMEがあれば漢字の細部まで覚える必要がないという論理に似ている。
実際サポート用デバイスはIMEっぽい。選択した術式を思考に投射してくれるので、術式や呪文を覚える必要があまり無くなる。カラオケみたいに呪文の詠唱とともに術式を投射するモードもあるといえばあるけど。
私としては全体を見てそれが意図している術式かさえ判断できればそれで良い。細部はデバイス任せで問題ないのだ。
危うい発想だけどそこらへんのボトルネックを解消し早く実戦可能なレベルまで引き上げなければ、プレシアがくたばってしまいかねない。
でもやっぱりというかなんというか、さすがに生意気過ぎる提案だったからか、リニスがキレた。

「何言ってるんですか? あなたはまだ初級魔法の半分も修めてないんですよ! なのに、デバイスが欲しいだなんて、どうして楽することばかり考えようとするんですか!」

あれ、なんだか話が変形してる。
だけど時間がないのは事実だし、デバイスはくれるなら欲しい。高級機は色々サポートしてるらしいし。
なのでこちらも切り札の一つを見せることにする。魔法を発動できるように事前に準備してからリニスに声をかけた。

「リニス、まって! 私ね、もう初級魔法なら大抵使えるのよ。みてて? ほら」

そう言いつつ用意しておいた術式を使い、リニスの背丈ほどの高さまでゆっくりと浮遊して見せる。
飛行魔法は初級魔法の最後の方の難度とされるもので、今使ってるこれは独自に習得したものだ。
つまり『私は自習で無詠唱の錬度まで魔法を習得できるから、とっとと授業を進めて模擬戦とかをやらせてね♪』というメッセージだったりする。
それを見たリニスは蒼い瞳を白黒させた後、何故か顔を真っ青にした。

「オルタナ……! わかりました! わかりましたから、ゆっくりと降りてきてください……良いですか? ゆっくりとですよ……」

声音からなんだかヤバそうな様子だったので慌てて降りた。

「今、あなた、何をやったか判ってるんですか!」

「え? 何って――」

何を言ってるんだろう。ちょっと浮いただけなのに。

「重力制御をあんなに長い時間、自分自身に作用させるなんて死にたいんですか! ……その様子だと判ってないんですね? なら実演してあげます」

そう口早に言い切ったリニスは「反論は許しません」といった様子で、すぐさまそこに転がってあった小柄な岩に目線を合わせる。
そのまま――私が使っていた重力制御だろうか、魔法を使い宙に浮かせた。

「オルタナ、あなたが使った重力制御と同じ術式で、この石を浮かせてあります。今から術式の制御を手放しますので、しっかり見ててください」

瞬間、岩がばらばらになり、欠片が地面に四散した。跳ねてきた小さな飛礫が頬を叩く。
その様を見てようやく理解する。これは確かに危ない。そりゃリニスも慌てて当然だろう。

(失敗しなかったから気づかなかったけど……・・・私、よく死ななかったな……)

こちらの顔色を見て満足したのか、リニスが言葉を続ける。

「ようやく解りましたか? 重力制御はとても危険なものなんですよ。
いくら訓練で安定するとはいえ、一度集中が乱れてしまえば、作用してる力の強さやそのベクトルが定まらずに、こうやって対象を破壊してしまうことも十分に有得るんですから。
ましてや、人間の体なんてとても脆いんです――あ! 見たところ大丈夫なようですが、後で精密検査を受けてもらいますからね!」

「……はーい」

検査なんて憂鬱でしかないが、こればかりは私に非があるので素直に認める。というか教えてもらって良かった。が、カリキュラムの変更は諦めるしかないだろう。

(魔法以外でなんとかするしかないかな……)

次の手段を考えていた私が落ち込んでる様にでも見えたのか、リニスが言葉をかけてきた。

「そもそも飛行魔法で重力制御なんてものは推力には向いてないんですよ。
比推力がとても悪い上に繊細なベクトル制御を求められますから。
浮遊目的で使うにしても自分自身だけに直接作用させるものではなく、周りに張ったフィールドも対象にするんです」

なるほど、と思ったがあんまり重要そうではなかった。そのまま思考を戻そうとすると――

「金輪際こんなことしちゃだめですよ?
今度から新しい魔法を試す時は、ちゃんと前もって相談すること。約束できますか?」

(それって……つまり!)

カリキュラムの変更まではいかずとも自習さえすれば先に進めるということだ。

「うん、約束する! リニス、ありがとう!」

そういってリニスに抱きついておく。

(計画通り……!)

どこが計画通りなのか自分でも良く解らないが、飛行魔法を教えてもらうことを取っ掛りにして授業を速く先へ進めることができそうだ。

そのまま腰に引っ付いていると、リニスが私の頭をぺたぺたと触りながら、どこか困った声音で囁いてくる。

「それに、上にベクトルを向けた所為でしょうが……その、下着が見えてましたよ。女の子なんですから、そういったことには気をつけてくださいね」

――あれ? 魔法少女って見せても大丈夫なんじゃなかったの?




/.リニス

我が主、プレシア・テスタロッサから双子を預かってから早くも一年が過ぎようとしている。
私は困惑していた。
私を悩ませているのは、その預かった双子の妹、オルタナ・テスタロッサの方だ。

思えば最初からおかしかった。

世話を焼かせない大人しさは二人に共通するものではあるが、その内実は対照的だった。
姉であるフェイトは寡黙ではあれど、この一年で言葉や態度の端々に幼さを見つけることができる。
だが、オルタナは違う。言葉使いや態度こそフェイトと似たようなものだが、全く子供らしくない。たまに見せる甘えなども、なんというか、その、なんらかの下心あってのものだ。

これが私だけに向いているのなら、懐かれないだけでまだしょうがない、と諦めることもできた。寝る前に本を読んであげようとして断られた時は、可愛げのない子だと思ったものだし。
だがオルタナは姉であるフェイトや、母親であるプレシアにすら同じような態度なのだから、さすがに違和感を感じざる得ない。
最初は私に任された時期と符合する点から、母元から離され拗ねているのかと推察したが、話を聞いてみればプレシアへ向ける敬愛の情はフェイトと同じようなものだった。
ただ時折、語る時の表情に苦い物が混じっていた気もするが、それが今の境遇に対するものなのか、他の何かへの感情なのか、私には判断しようがない。

私が授業を始めてから、オルタナの異様さはさらに際立った。
まず、質問の観点が明らかに子供のそれではない。
書庫で自習している姿を良く見かけるが、それも自分で時間配分を決めてスケジュールを立ててる様だ。聞けばフェイトも、それに習ってスケジューリングするようになったらしい。どこでそんなことを覚えたのか。

レクリエーションを兼ねて行う運動訓練もどこか淡々としたもので、あまり乗り気ではない様子が伺えた。
ただ、勝負事になると別人のような熱の入り様で、普段とのギャップに驚かされる。あれではまるで男の子だ。
フェイトと違い体を動かすのは上手い方ではない様でどこかぎこちない。ただ、それを本人はそれを自覚しているのか、まるでリハビリのような訓練の提案を私にしてきたこともある。

観察していく内に違和感の原因もはっきり解ってきた。この子は自己解決能力が年齢に不相応なのだ。
聞く前にまず己で調べる癖がもうついている様だし、何らかの問題に躓けば、前もってある程度下調べを済ませてから初めて私に質問としてもってくる。
オルタナ一人だけならよく出来た子供の一言で済ませることもできたが、同じ境遇で育ったフェイトがいるのだ。異常という他にない。

私の疑念を決定的なものにしたのは、密かに盗み見たオルタナのノートだった。
フェイトのノートと全く違うそれは、まるで大人が書いたような文字の細かさと、明らかに書き慣れた様子の洗練されたレイアウト。普段からの予習を推奨していたとはいえ私の授業が本当に再確認にしかなってないことを痛感させられてしまった。

……このことはプレシアへは報告していない。
異常とはいえ、悪意が感じられない。そしてなにより、これを報告してオルタナが無事という保証がなさそうだからだ。
主、プレシアが何の研究をしているか直接は知らされてないが、頻繁に目に入る設備や機材、散乱した書類の内容と書籍の名前等で推定することは十分にできた。


蘇生まで視野に入れた魔導生命工学の資料と、使用した痕跡のある人造生命体の生産設備。


オルタナは異常だ。ただ、それは実の母親であるプレシア自身によって意図的に齎されたものかもしれない。
だから少しだけ、もう少しだけ、プレシアからはっきりこの子の異常性について問われるまでは見守っても良い様に思えた。

(主に隠し事をするなんて、使い魔失格ですね)

そう密かに決意した最近も、こちらの気持ちを知ってか知らずでか、読書魔法と検索魔法などピンポイントに運用を見据えた魔法をリクエストしてきたりして異常性に拍車をかけている。
そうして、ついにデバイスをねだられた時、プレシアへの疑念が確信へと変わった。




「ね、リニス。……今って詠唱がいらなくなるまで魔法の練習をしているでしょ? それってなんとかならない?」

控えめな声音と曖昧な物言い、そして両手を後ろに回しての上目遣い。すごく解りやすい。オルタナがこちらから譲歩を引き出そうとする時のおきまりの態度。

「なんとか、とは?」

この子相手に曖昧なまま話を進めると碌な事にならないのは、この一年で得た経験だった。

「えーと、ね。デバイスって持ってるのが当たり前みたいだし、あんまり使わない魔法はデバイス有で使えたら、もうそれでいいかなーって……」

まだいまいち要領を得ないがデバイスを持ちたい、ということだろうか。つい最近も検索魔法と読書魔法をねだってきたし、ちょっとこの子は楽を考えすぎる。

「何言ってるんですか? あなたはまだ初級魔法の半分も修めてないんですよ! なのに、デバイスが欲しいだなんて、どうして楽することばかり考えようとするんですか!」

「リニス、まって! 私ね、もう初級魔法なら大抵使えるのよ。みてて? ほら」

最初はその間抜けな光景に思考停止してしまった。オルタナがそういった瞬間、スカートが真上に向かって捲れてしまい、ショーツが丸見えだったからだ。
だが、よく見れば金色の細やかな髪が上の方に向かって落ちてヽヽヽいた。それで咄嗟に状況を理解する。

「オルタナ……! わかりました! わかりましたから、ゆっくりと降りてきてください…… 良いですか? ゆっくりとですよ……」

自分の声が恐怖で震えているのが解る。信じられなかった。この子は今、自分自身を対象に重力制御を行っている。それも、ミッドチルダの重力をほん少しだけ上回るように制御して。
詠唱も聞こえなかった。ということは無詠唱でこんなことをやってのけたのだ。

「今、あなた、何をやったか判ってるんですか!」

無事に降りてきたのですぐ確認する。

「え? 何って――」

やはり解っていなかった。自殺願望がなかったことに安堵するが、同時に危険性も解らずにこんな術式を制御して見せたことに強い不安を覚えた。

「重力制御をあんなに長い時間、自分自身に作用させるなんて死にたいんですか! ……その様子だと判ってませんね? なら実演してあげます」

プレシアから流れてくる魔力には十分余裕がある。なので、一度説明してみせることにする。

「オルタナ、あなたが使った重力制御と同じ術式で、この石を浮かせてあります。今から術式の制御を手放しますので、しっかり見ててください」

術式を構築し、一瞬、乱方向に向けて強い負荷をかけてから制御を手放す。岩が砕けしばらくしてからオルタナが納得した様子で此方を向いた。
嘘をついたつもりはない。ただ少し誇張しただけである。
制御下に置かれていない術式はその状態を保証されない。つまり、こういった岩をも砕く力場の発生という結果を齎す可能性は決して否定できない。……ほぼ在り得ないが。

「ようやく解りましたか? 重力制御はとても危険なものなんですよ。
いくら訓練で安定するとはいえ、一度集中が乱れてしまえば、作用してる力の強さやそのベクトルが定まらずに、こうやって対象を破壊してしまうことも十分に有得るんですから。
ましてや、人間の体なんてとても脆いんです――あ! 見たところ大丈夫なようですが、後で精密検査を受けてもらいますからね!」

人の体で同じことが起きると、爆砕までせずとも内出血する可能性は十分にある。それが脳などの重要臓器で起きたりすれば致命的だ。

「……はーい」

さすがに解ってくれたのか、返事を返してくれたのでひとまず安心する。

「そもそも飛行魔法では重力制御なんてものは推力としては使わないんですよ。
比推力がとても悪い上に繊細なベクトル制御を求められますから。
浮遊目的で使うにしても自分自身に直接作用させるものではなく、周りに張ったフィールドを対象にするんです。
そういった点も検査が終わった後で教えて上げますから」

そう告げている最中にも顔が綻んでいるのが解る。
飴で目を輝かせて来たところで、しっかり鞭を入れておく。

「但し、金輪際こんなことしちゃだめですよ? 今度から新しい魔法を試す時は、ちゃんと前もって相談すること。約束できますか?」

(本当に……この子ったら)

オルタナはフェイトとは別の意味で心配させる。
正規の訓練も無しに独学でここまでやられるぐらいなら、監督下に置くべきだ。危なっかしいにも程がある。

そして己の未熟さを心中で叱咤する。
日常生活用途に留まらない目的を含んだ高速詠唱魔法は基礎術式だけでも十分に危険性を孕んでいるのは明白だった。
高度な精神活動を許されている身とはいえ……いえ、それ故に私は人間の新米教師とほぼ変わらない。

(プレシアの知識があるとはいえ教師としての経験がない以上、それ以下かもしれません……)

私の現在のカリキュラムは掻き集めた軍事教導用の資料を基に専門家でないプレシアのレビューと承認を受けているだけに過ぎないのだから。

(一応プレシアに私自身の問題点として挙げておきましょう。レビューで指摘してくれるようになるかもしれませんし……遠まわしに自分が未熟だ、と言ってるのですから怒られるかもしれませんが)

裏でそんな事を考えているとオルタナが嬉しそうに返事を返してきた。

「うん、約束する! リニス、ありがとう!」

こういう時だけは元気一杯なので微笑ましい。頭を撫でた時のくすぐったそうな笑みが、胡散臭いのは気のせいだろうか。

「それに、上にベクトルを向けた所為でしょうが……その、下着が見えてましたよ。オルタナも女の子なんですから、そういったことには気をつけてください」

先ほどの光景を思い出し、一応注意しておいた。




それからすぐに精密検査を行い、そこでようやくこの子の異常性の原因を突き止めることになる。この直面した事実に、私はただただ困惑すること以外できなかった。



[5057] 6.予備素体
Name: high2test2◆182815d8 ID:3a7a2bf6
Date: 2011/12/18 21:49
気づいたら、フェイトがアルフ(仮)を使い魔にしていた。

いつものようにさっさと一人で寝入ってたら、次の日の朝ごはんでミルクを貪っている子狼を見つけてしまった。
これは多分、アルフだと思う。同じ個体かは今となっては知る由もないけど。
自分は、こうなってから早寝早起を自然と実践する形になっていたけど、まさかこんな風に裏目に出るとは思わなかった。
同じ生活を繰り返している所為か、最近、時間感覚が凄く曖昧だったりしたのも原因だろう。乳歯が抜けた程度で大騒ぎしてる場合じゃなかった。
地味にショックだったりもする。私がいるのに使い魔を作るほど家族愛に飢えていたのかと。お風呂とかいつも一人で入ってたのがまずかったかな。まずかったよね。
ともかく、これではもうフェイトをこちら側へ引き込むことは諦めないといけない。

この子狼が成長し終えるまで待つつもりはなかった。

最近、プレシアの病状が目に見えて悪化してきていて、それに伴う形で機嫌も悪くなっている。
自分の命の刻限が段々と見えてきて焦っているのだろう。

同じように私も焦っている。プレシアの焦りと病の進行は、交渉の難度をそのまま引き上げるものだからだ。前と交渉の内容を大きく変えたことも影響している。
痛みは、いとも簡単に理性を剥ぎ取ってしまうし、それに薬が加われば尚更だ。
現に適切なターミナルケア等を受けてるわけでもないし、まともにコミュニケーションできるうちに交渉しなければならない。
最悪の場合、私自身が研究を引き継いでプレシアを蘇生させる必要があるかもしれないが、知識がなければまず無理だろうし、今から身に付ける時間があるとも思えない。
それに、先にジュエルシードという手段を己で見出してしまえば、態度も硬化してしまいかねなかった。

最初はリニスがプレシアとの精神リンクを行うまでは待って、事情を聞きだしてからフェイトとリニスを引き込んで改めて相対するつもりでいたけど、よくよく考えてみれば穴だらけな指針だった。
まず、プレシアがぶっ倒れているのをリニスが見つける保証がどこにもない。
原作知識なんてものは存在に対する前知識でしかないのだから。流れまで同じ様になるわけがない。自分も最近はちょっと曖昧に考えていたけど。
アルフまで都合よく見つかったのだから、もしかしたらリニスも同じ様に発作を起したプレシアを都合よく見つけるかもしれないが、さすがにそれは背筋がぞっとしない。
決定論の証明なんていう悲劇は創作の話だけにしたい。運命の名を冠するものは私の姉一人で十分だ。


私は今、おやつをぱくつきながら書庫で自習をしている。フェイトとリニスは多分訓練場だろう。
魔法訓練の時間は別のカリキュラムを進めるようになった。他の授業はまだまだフェイトと一緒に受けているが。
こんな放置を食らってるのには一応の理由がある。どうやら自分は術式制御能力が人より優れているらしく、初級魔法過程を終えてからは習得スピードが飛躍的に上がり、最後に設けられた最終課題までもあっさりと終わらせることができてしまったからだ。
こればかりはリニスに感謝しないといけない。基礎的な術式は一旦身に付けてしまえば、所々で流用が利いたし、即席でアレンジできる程度の応用力も得ることができたのだから。
あの時、デバイス前提でのカリキュラムに切り替えていたら、こんな速度で習得できていたか怪しいし、自分の資質に気づくのにも時間がかかったと思う。
つまりはその所為で、リニスが教えることのできる限界にまできた私は、自習が主になった。

"使い道"も意識しているんだろう。現に今自習している内容は遺跡発掘に従事する魔導師向けの対トラップ訓練講座だ。
遺跡のトラップといってもつまりは廃棄施設に残されたセキュリティ設備というわけで基本的にミッドチルダの科学水準と変わらない。むしろそれ以上のものさえある位だ。
手元のマニュアルにはそれらを分類分けし実際に設置されていたケースを手本に無力化する方法が書かれている。
そういえばアルフ(仮)もどこぞの非合法部門向けの市街潜入マニュアルを絵本のように読んでいた気がする……。

ただ、自習まで進んでいるとはいえこれが強さとして現れるかといえば別の話だ。
非殺傷設定でなければ問題ない。奇襲なら防御させる間もなく無力化させられるからだ。雷は迅く人の体は脆い。
殺すだけならそのまま出力を上げるだけで事足りるし、なんなら他の手段を取っても良い。まだ覚悟はできてないし、できるかも解らないけど。
ただし、互いに非殺傷設定というまるで雪合戦のような温い不文律を律儀に守り始めると、途端に弱くなってしまう。
不意打ちして先手をとっても、魔力ダメージにしかならないし、たとえ、わざと非殺傷設定の精度を落として衝撃力などに換えても戦意の喪失や気絶までもっていけるかは不安定で決め手に欠ける。
そしてなによりそんなもの、模擬戦では使えない。

私は、術式制御能力のおかげでフェイトより多少上手く飛べるものの、それが実効的な空戦機動に繋がっていない。
こればかりはしょうがない。『前』もデスクワークばかりだったし。ただ、こうなってからもっと運動音痴になった気がする。
かといって、どこぞの魔王のように砲撃のような重い一撃に適正があるわけでもない。防御系魔法の出力適正も、強みにできる程ではなかった。
格闘能力もフェイトの方が上だ。
まあこれは「体が出来てないこの歳で、それも空中で格闘戦とかふざけてるの?」と思っていたりする自分の心構えの所為もあるかもしれない。

人より秀でた術式制御能力は、効率的な魔力運用の体現には有用だったけれど、それは戦闘継続時間を引き伸ばすものでしかなかった。
即ち、私の戦い方は地道に『避けて、当てる』しかない。徹底したコスト意識の元、相手の攻撃を避けられる距離を覚えて維持した上で、時間当たりの火力を稼ぎ、一方的に当て続ける。
理論上では、同程度の相手かつ正面からの射撃戦だけなら、効率の差で相手が先に倒れることになる。

ただし、この戦い方は酷く危うい。
既にリニスに指摘されフェイトが実践しているが地形戦、つまりは遮蔽物を使われるだけで崩れてしまう。
射線を切られそのまま格闘戦に持ち込まれたり、接触時間を絞ったバインドからの砲撃や一斉射などの瞬間火力で事故ってしまった時なんかクソゲーと叫びたくなったりする。ゲームならコントローラーを投げるレベルだ。

そもそも相手が一度でも防御を抜いて、非殺傷設定を解いた攻撃を叩き込んでくればその時点で終わり。
とてもおかしな話ではあるけれど、敵対する相手のことを信用できなければ成立しない強さだった。

戦術の核となる魔法が限定されてることも、一応の原因ではある。
自分がいくら術式制御能力に優れてるとはいえ、アレンジやバリエーションにも限界があるからだ。
プレシアはとても優れた魔導師ではあるが、戦闘魔導師というわけではなく、やはりというか奥の手はリニスにも伝えずに秘匿してある様だった。
そして、戦闘用の魔法が民間で流通している訳も無く、自然と使える魔法はリニスから教えてもらうものに限られてしまう。
一から魔法を組んでみようとも考えたが、それには術式を記述している言語をしっかりと覚えなければならないし、組み上げた術式を検証していくのは、とても大変な作業量の様に思えた。

(……でも、もうこれ以上のことは望めない)

時間をかけ錬度を上げていけば、まだ強くはなれるという感触はある。だけど、肝心のその時間がない。
それに今でも勝つことはできないだろうが、やりようによっては自衛だけなら十分可能だと踏んでいる。

(そもそも、勝つ必要なんてないもの)

最後のおやつをお茶で流し込んだ私は、プレシアの位置を確認しはじめた。




◆ ◇ ◆




/.地下の書庫

『――あさん、かあさん』

文献を漁っていると、珍しい相手から念話が飛んできた。予備素体オルタナ
普段ならすぐに念話の使用を咎めるところだったが、それどころではない。

あの呼び方はアリシアのものだ。

(記憶が戻った?)

思い当たる節はそれしかない。

『……オルタナ、私は忙しいの。リニスから聞いてるでしょう?』

平静を装って対応するが、内心ではどうすべきか迷っていた。
とりあえず、と現在位置を走査するが、その結果に目を疑う。地下へ続く階段の前。

(この距離なら、そう消耗しない?)

今から無防備になるのを待つわけにもいかない。記憶が戻っていた場合、フェイトやリニスに余計なことを洩らす可能性がある。

『ごめんなさい。でも、直接会ってお話したいことがあるんです』

『今は手が放せないの。そうね、夕食の時にお話しましょう?』

そう言いながら次元跳躍の術式を組んで、発動する直前。

『ワガママ言ってごめんなさい。……今じゃないとダメなの。保存室の前で待ってるから』

その言葉に驚いて組んでいた術式を霧散させてしまう。
急いで位置を走査し直すと、既に階段を降りきった後らしく確かに保存室の前だった。
こうなっては次元跳躍魔法は使えない。外すことはないが万が一のことを考えると撃てない。

(何なのかしらね)

タイミングが絶妙すぎる。

読んでいた文献を机に置き、椅子から立ち上がる。掛けていた足掛けをそこらへ無造作に放り投げ、バリアジャケットを纏ってから、右手にデバイスを呼び出す。
こんな動作を行うだけでも酷く気力を使う。動くのがひたすらに辛い。

閉所なので魔法戦闘を行うことは考えていない。そう、戦闘にしてはならない。前と同じように不意の一撃で無力化する必要がある。
でなければアリシアを危険に晒してしまう。

とはいえ、このまま向かって安全装置の射程圏内に入り次第、発動させるだけで事足りる。
予備素体の目的は読めないが、知る必要はない。無力化して記憶を書き直せばどちらにせよ同じことだ。

この書庫と保存室は、地下の廊下を挟んで繋がっている。書庫を出て扉が閉まるのを確認してから、廊下へ出る。
予備素体の姿は廊下を出てから既に見えていた。階段から差す日の光が逆光となりとても見辛いが、こちらを向いているのだけはシルエットで辛うじて解る。

そうしてすぐに目が慣れて姿を確認できた時、思わず絶句してしまった。
バリアジャケットに訓練用デバイス。これは戦闘前提での装備だ。

何度か目にした事のある予備素体のバリアジャケットは、術式の進歩により自由度が確保された現代のデザインとしては異様と言う他なかった。
まず露出部が頭部以外にない。予備素体の全身を覆う艶消しされたスキンタイトなアウターの胸元からは首の根元まで覆われた同色のスキンスーツらしきものを伺うことができる。そして、それだけしかない。他には一切ない。
無機質なそのフォルムは、儀礼的なフェイトのデザインとは対照的だった。

咄嗟に体が強張るが、すぐに右手のデバイスに視線を向け意識した。少なくともオートガードは今でも発動する。致命傷は受けない。


そうこうしてるうちに安全装置の圏内に入る、が……発動しない。何度も発動させようと試みたが、結局一度も発動しなかった。

(動作不良……?)

確かにハンドメイドかつ後付のものなのでその可能性も否定できない。だが、一年や二年で動作しなくなるほど柔な物を作った覚えも無い。
後は、対策された可能性だが、脳内のそれを取り出すなり無力化するには外科的な知識が必要な筈だ。

(そんなもの、この予備素体には……リニス!)

内心、解っていたのだろう。すぐに思いついた。あの使い魔なら、私の知識の多くを分け与えたリニスなら確かに可能だ。定期報告時に妙な視線をこちらへ向けることが稀にあったが、この事だったか。
まったく、あの生意気な使い魔はどこまで主人に逆らえば気が済むのか。

(だけど、今回ばかりは、少し無頓着が過ぎた様ね)

先程の会話から、いきなり戦闘装備で来るとは予想できなかった。しかし、会話事態が予兆だったともいえる。
つまり、ただ私が抜けていただけだ。気づいた時にしっかり問いただしておくべきだった。


もう隠す必要もない。大きく息をつき、焦りを抑える。

こうなってしまったらここで戦闘は行えない。互いにデバイスのオートガードがある以上、周りに被害を齎さずに一撃で無力化することは不可能に近い。

むしろ予備素体が何を要求してくるかに興味が湧いてきた。
不要な事ばかり付け加えてきていたリニスからの報告を思い出す。
優秀な生徒だという事は解っている。今は、付け加えられていた不要な事の方が重要になる。

「オルタナは先程報告したフェイトとは正反対で、基本的に独りでいることを好み、甘える素振りすら私には見せません。
それどころかまるで私を避けているような節さえあります。
姉であるフェイトにすら同じ態度を取るので最初は自閉症の類かとさえ思いました。
が、一通りのコミュニケーションはきちんとこなし、簡易な検査ではありますが、器質的にも問題ありませんでした。
……そして、理由は解りませんが魔法に強い学習意欲を見せおり、修得ペースも目を見張るものがあります」

そしてここだった。あの非難するような、探るような視線。この時、簡易な検査とやらでリニスは安全装置を見つけて除去していたのだろう。
あの視線は予備素体の性格の原因を私が処置したそれの所為だと思ったからか。ただ、幸いにも補助脳まで見つけることは適わなかったようだ。
平時に記憶野として機能しているあれを摘出していたら、今頃予備素体は他の実験素体と同じ末路を辿っていたに違いない。

「これらに関して原因が私には解りませんでした。――ただ、プレシア、実の母親である貴方なら心当たりがあるのでは?」

あの時は最後の"母親"という物言いに反応してしまったが今なら確かに心当たりがある。補助脳の臨床では学習効果や、性格の変質等までは考慮していなかった。あくまですぐに結果が解り定量化し易い記憶や器質をテストの主眼としていた。
そういった観点のテストは品質特性に拠る個体差なのか、補助脳によるものなのかといった原因の切り分けを行うことが非常に難しい。
実際行おうとすれば比較対象が必要な上、経過を見る時間も必要な為、省いてあった。

その省いた筈のテストケースが今、目の前にある。フェイトとオルタナ。
補助脳を備えているのは記憶転写のテスト用としていたオルタナだけだ。フェイトは私が諦めてヽヽヽから起したのでそういった処置は行っていない。

もう一度大きく溜息をつく。一度だけの転写で覚えすぎていたこと。記憶の閲覧が適わなかったこと。
思索の過程で、今まで私を悩ませてきた疑問の原因がぴたりと符号する。今更解っても無意味ではあるが。
もしかしたら記憶の改竄も無意味だったのかもしれない。リニスの報告を再度頭の中で検討する。もし覚えていたなら私達を避けていた理由も魔法への強い執着も理解できる。

改めて予備素体を見やる。
無骨なバリアジャケットの姿で、両手でデバイスを腹の前に提げ、壁に体を預けている。先ほどまで顔に張り付かせていた曖昧な笑みはいつの間にか消えていた。

この状況は偶然ではなく、予備素体の狙ったものなのだろう。

「かあさん、と呼んで良いのかしらね、プレシア。こんな所で話すことでもないし中に入りたいんだけど」

廊下に響いた声は、声音こそアリシアとほぼ同じ予備素体のものであれ、口調は初めて聞くもの。

(これが、予備素体の素顔……)

私にできた抵抗は、いくつかの術式を準備しておくことだけだった。




◆ ◇ ◆




/.保存室

部屋は暗く声しか伺うことができない。

「それで何なの。お話って」

「今から順を追って話すわよ、かあさん」

「……」

「そんな顔しないでよ。
まず――記憶が残っていたのよ。そこにある『私』、オリジナルの、アリシアとして扱われていた頃の記憶が、全てね。
最初は私自身に戸惑ってたけど、すぐに捨てられたことは解った。
……ま、当然よね、リニスの変化やあなたの態度も勿論あったけど、姉とかいう名目で私が一人増えてたんだから。
最初は見るのも怖かった……。あ、今では気にしてないわ。私と姉さんはやっぱり別の人間だものね」

「何が望みなの」

「そうね、今は私の話を聞いてもらうことかしら」

「……」

「ここに来るのも久しぶり……。
プレシアは怒るかもしれないけど今でも自分はアリシアのつもりよ。
代替物オルタナなんてふざけた名前は仇名程度の認識でしかないわ」

「ふざけないで! 素体ごときがあの子の名前を! 私のアリシアを騙るなんて許すとでも思ってるの!」

「別にふざけてるつもりなんてないんだけどね。
そこの『私』、オリジナルと同じ記憶をもっているつもりだし。
そもそも記憶の改竄ミスはプレシア、あなたの落度でしょう? まあ、そのお陰でこうしてここに居るんだけど」

「私の目的はいくつかあるけど……一つは答え合わせにきたのよ。
あなたにあの質問をして記憶を弄られてから、今まで私はずっとずっと考え続けてきた。オリジナルと私の差異を。何故捨てられたのかを。
でもどうしても解らなかった。いや、一つだけ思い浮かんだんだけど、それは余りにも馬鹿馬鹿しいから意識して考えないようにしてきた。
魔力資質は確かに違ったわ。でも他に差異なんてなかった筈よ。
プレシア、あなた……私を造る過程を経験したからって、ちょっとの齟齬で醒めてヽヽヽ私を捨てたわね? まるで人形遊びに飽きた子供みたいに」

「え、ええ、そうよ。素体なんて所詮は人形じゃないの!」

「……まあ、いい。解らなくも無いから。――でも、じゃあ何故、一度は捨てた筈の人形を育てたの? リニスまで造り出して」

「勘違いしないで。私の目的の為に駒が必要だからに過ぎないわ」

「目的? それってこの死体をもう一度動かすこと?」

「オルタナ! あなた一体どこまで――」

「覚えていればそれぐらい気づくわよ、『次』なんて言ってれば調べるに決まってるでしょう……
でもそれにしては偉く手間のかかる駒の用意の仕方よね。他に何か意図があったんじゃない?」

「……」

「二つ目の目的がこれ。
私はね、あなたが目を逸らしていたそのことに賭けてここにきたの。
別にオルタナにんぎょうとしてでも良い。
――かあさん、私を、いや私達を、あなたの娘として認めてもらいたいの」

「くどいわ。私の娘はアリシアだけよ。私の全てはアリシアのものだもの。あなた達にあげるものなんて何もないわ!」

「あらあら、そこの私は果報者ね。少しばかり重い愛だけど。 ……っとそう睨まなくてもいいじゃない。ただの冗談よ。
でも、忘れないで欲しいわ。
リニスが居たとはいえ今まで私達の面倒を見てくれたのはあなたっていう事実と、私はそこの『私』と何一つ変わらないってことを程あなたが私のことを人形と言った様に、私にとってそこの死体は私の抜け殻でしかない」

「――アリシアはそんな性格じゃなかった」

「そうね、"母親"に捨てられれば、こうなるんじゃない? あ……、御免なさい。言い過ぎた……」

「……ッ……」




「……ん、落ち着いた? 実は今から話すことが本題なんだけど――」



[5057] 6a.意地
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2011/11/20 14:45
「私とフェイトにとってのアイデンティティ。
貴女の娘である事。
イグズィスタンスは奪わせない。決して。絶対に」

「何を言いたいのかしら。オルタナ」

「母親の自殺は認めない。ということかしら。
プレシア母さん。今スクライアが一族が発掘している話題のロストロギアジュエルシードを使って
アルハザードに行こうなんて、野暮な事を考えててるなら捨てる事ね」

「…………!」

「何それ、顔芸?」

「それ以上口を開くのはやめなさい!
アリシアの顔で!」

「代替品が以前と同じように動くと思ったら大間違い。
その子はその子。私は私。アリシアと代替品は、違う」

「黙りなさい!」

「いいえ。……ねえ母さん。悪いけど、貴女の計画は頓挫する。
どうやってもジュエルシードは集まらない」

「どういうことかしら」

「まず初めに、フェイトを貴方の手駒にはさせない。
私がさせない。私やフェイト以外の代わりを作ろうとも」

「代替品が、随分と偉くなったわね」

「母親にお願いしてるだけよ?」

「よく言えるわね」

「だって私、お母さんの娘だもん」

「………………」

「一つ。貴女は手駒がない。
一つ。アルハザードなんて夢物語は存在しない……………」

「あるわ!」

「それは希望的観測に過ぎない。
金塊の有無なんて本当は誰にも解らない。
最初に言ったけど、私はお母さんに賭けはさせないの」

「悪魔ね」

「無神論者よ。
一つ。貴女には時間がない……尖兵たるフェイトが手駒として使えない以上
時間がかかる。これから代わりを作るのも無理。母さん自身が動く事も出来ない。
病に全身が蝕まれるのが先」

「貴女がそうさせるのよ」

「自殺は認めないわ。愛してる母親に無残な死は遂げさせたくないもの」

「違うわ! 私は……!」

「同じよ。私もフェイトも貴女を母として見ているのに……
アルハザードに行くのにも虚数空間に跳び込むなんて自殺行為そのものじゃない」

「違う……違う!」

根拠を示さず否定する様は哀れでしかない。

「一つ。……これが最後。
解ってる筈よ……そこに眠るアリシアの体は、もう良い状態とは言えない
脳も、仮にアルハザードにあったとしても。手遅れだわ。
人間は時間を戻せない」

「…………………」

「私もフェイトも。アリシアの真似をしていればそこにいる子になれたの?
もどきがなれたっていうの? 違うわ母さん。違うでしょう?
貴女が求めていたのは、アリシアでも、私でも、フェイトでもない。
ただ今を忘れていたいだけ……」

「…………ッ!」

図星か屈辱か。プレシアは手にしているデバイスを強く握りしめる。
反射的に魔法が構築されるとオルタナに影響が及び、体はよろめき顔が苦痛に歪むのを堪え、苦悶の表情を作らないように努めるのをプレシアは目の前で見つめる。
体はよろめき顔が苦痛に歪むのを堪え、苦悶の表情を作らないように努めるのをプレシアは目の前で見つめる。

「母……さん……」

抵抗の余地も無く、オルタナの両膝が床に突きそのままうつ伏せに倒れる。
そのまま、強い痙攣を何度か繰り返しながら沈黙してしまう。
無音が周囲に轟く。






誰かがいるのを、オルタナは見た。
同じ金髪で同じ顔。フェイトやアリシアを回想したが相貌が微妙に違っている。
相手を見ていると優しげな笑みは包まれるようだったが、反射的に理解する。オルタナ・テスタロッサの中にある
「俺」――かつての男性人格にあたる部分が懐かしさに似た感覚を見出したのだ。相手の笑い方は男性特有だった。
女であるのに包み込むように深い男だった。だが、名も知らぬ金髪が一言だけこう言った。

「同じ轍は踏まないようにね」

光が逆流する。世界は暗転し終わりを迎える。何もかもが掻き消えた。
意識が再点灯するとプレシアの顔が飛び込んできた。安堵の吐息をつかれる。

「無事のようね」

私は長い眠りから目覚めた人と同じように数秒無言だった。
頭の回転が追いつかず、現状を理解できない。ただ、横になったままプレシアを見続ける。

「…………母さん?」

「いいわ、今は解らなくていいのよオルタナ。
無理に動いては駄目。そのままでいなさい」

夢見心地の中プレシアの手で撫でられる。母親特有の優しさが伝わってきて戸惑う他になかった。
あの母が私を認めてくれている。喜ばしい事だけど何故とは聞けなかったしよく解らなかった。
尋ねるな、と言われた以上聞きはしないが、眠気に負けた。

再び瞼を閉ざし私は眠りの中に落ちていく。
母さんの優しい手に撫でられながら。

「……?」

その中で涙を流した。
私の母が、実の母が。
こうやって撫でてくれた記憶が蘇った。

「母さん……」

俺は私か私は俺か。
人格と記憶は溶け合っては消えていく。










翌日。目を覚ますと自室のベッドの上にいた。


「…………あれ?」

why?



[5057] 7.始まりの少し前
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2011/11/27 02:23

あれからというものの、何故か私は生かされていて、責められる事も無くいつもながらの日常を送っている。
母さんが何を考えているのか解らなかった。以前のように頭を弄くられた訳でもない。なんの枷も無し。
かといって何か言葉をかけてくるでもない。挨拶だけして、後はたまに食事のときに顔を合わせる関係。


ぬぬぬぬ……

フォークを握ったまま考える。
でも考えれば考える程に解らない。
解らない。
そもそも、あの場はどうなったのか。

答えがでない。

どうしても私には解らなかった。

「………オルタナ?」

呼ばれて顔を顔をあげる。
きっと、私は目を丸くしていたに違いない。
同じくフォークを手にクロックムッシュを咀嚼する姉さんと、怪訝な顔をするリニスがいた。

「……目玉焼きに何かおかしい所でもありましたか?」

少し狼狽しそうになる。
誤魔化す。

「んーん、美味しそうな目玉焼きだなーって……」

手にするフォークで目玉焼きに、もとい黄身に突き刺して口に運ぶんだけど。

「あ、たれちゃってるよオルタナ
しょうがないなぁ」

「も、もういいってば姉さん」

老婆心か姉心か。テーブルの上にたれた黄身と口許を姉さんが拭き取る。
まるで子供扱いだ。床で丸くなっているアルフにも鼻で笑われる。

「♪」

姉さんは笑顔だ。
清々しさもある。
自分でも口許を拭いながら、紅茶に口づける。口に残った黄身の香りと屈託さを押し流す。

それでも、母さん――プレシアの事だけは押し流せない。結局。あの場で何があったのか。私はまるで覚えていない。
テレビの電源を落としたように、プレシアと向かい合っていた時から何も覚えていない。
魔法を仕掛けれたという意識は無かった。

勝てるという意識もなかった。
だけど瞬殺されるという意識も無かった。
天狗になる訳でもない。でも、私は姉さん――フェイトと同スペックの肉体を有している。
それに現時点では私の方がフェイトよりも魔力及び魔法の運用は一枚上手という自負がある。
姉さんに電気変換資質があるように、私にも資質がある。


挑戦という気概。
意気込みという若さ。
どうしようもない青さ加減。

今から考えるとため息もの。
でも、一息には呑みこまれないという自信が私にはあったのだ。
それが母さん――大魔導師プレシア・テスタロッサの前では欠片ほどにも通用しなかった。
おろか、相手が何をしたのかさえ解らないまま有様。

憎しみと怒りの眼差しを向けてくる母さんが、脳裏に焼き付いている。
額に手を当てながら小さなため息を落とす。激していないものの、様々な感情が私の中で泳いでいる。
あのままだと、母さんはきっと答えをだせていない。でも、何故私は殺されなかったか不思議だった。
態々口調を強め挑発した甲斐もなかった?母さんは今――何を考えてる?

「オルタナ、まだ眠い?」

姉さんに聞かれる。
優しい笑顔で。

「眠くないの、この後はリニスと一緒に畑だなぁと思って」

「私と一緒に農作業はそんなに不満ですか」

じろりと睨まれる。
何故か、私じゃなくて姉さんが答える。

「そんなことないよ
オルタナ、リニスの事大好きだし」

ね? と問われる。
私もリニスも不意を突かれ少しばかり目を丸くしてしまう。
ガス抜きだった。軽く吹き出してしまう。

「そうだね。私リニスのこと大好きだよ」

「……ええと、勿論私も好きですよ。オルタナ。それにフェイトも。
アルフも」

何故か少し焦りながらも苦笑するリニスは大人だ。
姉さんは微笑んだまま。

「(敵わないな……)」

不幸な影がない姉。
とても眩い。
私はもう一口紅茶を口にした。
暖かさと甘さが香りのよさ同居する味わいに、そっと目を閉じた。
胃に落ちた紅茶の暖かさと固形物の満腹感が心地よい。

食事が終ると、麦わら帽子を手に、一足先に菜園へと赴く。
外は風も吹き、緑から排出される酸素に満たされ心地よい。

主にリニスが面倒を見ている。後は私や姉さん。それにアルフが手伝っている。
空は青く清涼だった。雲ひとつない快晴。自然は優しく凪いでくれる。葉が立てる音を聞きながら大きな呼吸をする。
でも満足感は無かった。

腕まくりをしてから手袋をして、適当な所で腰をおろして雑草に手を伸ばす。
握る。
引く抜く。
ふと気付く。
そういえば誰かが言っていた。

――雑草という名の草は無い。

だとすれば、私やフェイトも――と考えたところで考えるのを止めた。
今は目の前の事に集中したかった。
不安から逃げるようにリニスがきても、私は一心不乱に雑草を引き抜く。
なもなき草を引き千切る。仕事仕事。








「で、何を悩んでるんです?」

「へ?」

聞かれちゃった。
シャツは僅かに汗ばんでいる。
肥料を与えながら、リニスは再度問うた。

「だから何に悩んでるんですかオルタナ。
連日難しい顔をしていれば、私は悩んでますって言っているようなものですよ。
むしろ、何故悩んでいるのか聞いて下さい、という風にも見えます」

「…………」

ばればれだったみたい。
それもそうか。
腰を下ろしたまま少し考えて首を傾げる。

「いろいろ?」

「相談をする気が無いなら構いませんが、言いたい事は具体的かつ明確にお願いします」

「うーん」

雑草をブチブチ引き抜きながら考える。
母さんの使い魔であるリニスに、伝えるべきか伝えるべきでないか。
少し迷う。
でも、まあいいやと気持ちと前向きな思考を置く。

「母さんのことで、ちょっとね」

「ああ……」

やっぱりねといわんばかりの顔をするリニス。
なんだけど……

「何その顔」

「いえ予想通りというか……すみません。
その件に関して助言と伝言が一つあります」

「え?」

意表を突かれる。
でも、伝言と助言ってどっちよ!

「プレシアからです。貴女から相談があったら伝えるようにと言われています。
心配するな、との事です」

……………

「………………それだけ?」

「ええ、それだけです」

がっくし。
肩を落として近くにあった雑草をブチブチ引き抜く。
傾いた麦わら帽子の上で、くすくすと笑い声が聞こえた。

「プレシアからはそれだけですが、私からは大丈夫という助言を送りますよ。
オルタナ」

「どういう根拠で?」

「信頼関係、というほかありません。
私もプレシアが何をしようとして、行き詰っていたのかは解りません。
ですが、この前から少しずつ良い方向に向かっているような気がしてならないんです」

主のことをまるで自分の事のように、リニスは話す。
本当に嬉しそう。こんな使い魔がいれば、魔導師冥利に尽きるのかもしれない。
私も、吐息を一つ落とす。

「そうかな」

「ええ、絶対そうです」

リニスの笑顔は眩しかった。
姉さんもそうだったけど、絆とも呼べる信頼関係を結んだ家族は素敵だ。
私もその中にいるはずだけど、どこかほつれている気がする。
修繕、したいとも思う。
母さんも。
リニスも。
姉さんも。
そしてアルフも私にとって大切な家族だ。
かけがえのない家族なんだ。

このまま、母さんと和解せぬまま生きていく事を考えると菜園の草毟りに没頭した。
麦わら帽子で涙を隠す。私は強くもあり弱くもある。時に脆い。かつての私の経験値が
前面に出て前のめりになるときの私は、きっと強い。でも、かつてを忘れると
私は単なるクソガキに過ぎない。

生憎と完璧な人間にはなれないみたい。
菜園の水まきはリニスに任せて、私はシャワーを浴びて汚れと汗と涙を落とすと早々にベッドにもぐりこんだ。
寝よう。
寝てしまおう。
いやなことから逃げるように寝てしまおう。

いや、きっと今は逃げてもいい。
……そう思わなきゃやってられない。
母さんからの伝言も信じる。

だから今は、寝る。
さっさと寝る。










オルタナは何か悩んでいる。
そして母さんは相変わらず引き籠り。
リニスも何か知っている風だけど口にする事はない。

訓練用のデバイスを手に私は一人。
森の中で佇む。

「……………」

森のざわめきも、生物の息吹も何も聞こえない。
それでも、私自身の吐息は聞こえる。
深呼吸一つ。

濃い緑の匂いで満たされる。
自然は雄大だ。
この山然り海然り。
人を引き付けてやまぬ何かがある。
言葉にするならば「魅力」だ。
生命の原初たるが故か。人は自然を求めて止まない。
私も、ある意味そうだ。
山に憧れている。

人にはない魅力。
――不安、畏れ、恐怖、曖昧さ、怒り、憎しみ。
最近のオルタナ。
母さん。
リニス。
楽しい感情以外のものが、垣間見えてしまう。
私だけ一人。
ぼっち。
吐息を落とす。
自然を見ていると、そういった煩わしさから逃れられる。
何故皆もっと仲良くできないんだろう?
不思議だね。
何故皆もっと仲良くできないんだろう?
文句も言わない。
愚痴も言わない。
ただ、素晴らしいものだけをくれる自然は好意的だった。
それでいて、死というものからも決して目を反らす事は無い。
人間の愚かさとはかけ離れた清々しさがある。

私も、この不動たる山のように在りたい。
オルタナも好き。
母さんも好き。
リニスも好き。
だから、いつも皆が安心していられるような笑顔でいたい。

―――そして強くもなりたい。大切なものを守る為に。

閉じていた目をそっと開く。
脳が情報処理を開始する。
遠くから、何かの音が音が聞こえてくる。
森の中を駆け抜けてくる何かだ。
それはどんどん近付いてくる。
音は小さなものから大きなものへと変わっていく。

どうやら、私の使い魔はうまくやってくれたらしい。

「ナイス、アルフ」

手にしている訓練用のデバイスをそっと傾ける。
準備万端、とばかりに待つと茂みから何かが飛び出してくる。
同時に、私は魔力を解き放ち魔力変換資質を解放する。
周囲に光が走り、飛び出してきた何かは光を受けて失速してしまう。

デバイスから魔力刃が飛び出す。

すれ違いざまに、デバイスを一振りして獲物に一太刀入れる。
そのまま、ごろごろと転がりながら少し離れた所で止まる。
もとい、死んでいた。
兎だった。
今日の獲物。
訓練用のデバイスを待機モードに戻して、変わりにナイフを取り出した所で獣モードのアルフがやってくる。
荒い呼吸を繰り返しながら、追いこみ役を終え一息のため息を落として尋ねる。

「うまくいったかい?」

「ばっちり。ありがとう」

流石私の使い魔、と誉めて撫でてあげると喉を鳴らして喜んでくれる。
可愛い。――と、愛撫はそこそこに気絶した死んだ兎のもとに赴くと足を掴む。

「さ、帰ろうか」

「うん」

兎は今日の夕飯になる。
たまに、アルフの狩りに私も付き合う。別に食料に困っている訳でもない。
でも訓練にもなるし、私は嫌いじゃなかった。

「今日は兎鍋かい?」

「リニスに相談かな」

涎をたらしそうなアルフの頭を撫でながら歩く。
兎の血を垂らしながら歩くのは、少しシュール。
夕暮れ時。バインドで血抜きを速めながらさっさと家に戻ると、まだ菜園にいたリニスに兎を見せる。

「これは御馳走ですね」

山猫の血が騒ぐのか、尻尾をぶんぶんしながら歓迎してくれた。
アルフと同じで生のまま食べたい、と顔に書いてあるあたり純粋だと思う。
我慢する辺りはリニスだけど。

兎を任せて、部屋に戻る途中オルタナにあった。
寝起きなのか髪が少しぼさぼさになってる。

「寝てたの?」

「ん……ちょっとだけ」

そう言いながら私の妹は曖昧に笑った。
可愛いけど、寝癖が気になる。

「アルフ、モフモフー」

「オルタナ、あんた汗臭いよ。それと寝癖」

モフモフーと言いながらアルフと戯れるオルタナはやっぱり可愛かった。
文句を言いながらも拒まないあたり、アルフもアルフか。

「フェイトは訓練?」

「違うよ。兎取りに行ってただけ」

「じゃあ、今日は兎鍋?」

「リニス次第、かな」

アルフと同じ反応で少しおかしい。笑ってしまう。
そこで、ふとひらめいた。

「ねえ、オルタナ」

「ん?」

「訓練しない?」

「んー……」

頭をボリボリ掻きながら、面倒臭そうにオルタナは考えている。

「また今度ね、姉さん」

「あんたまた今度また今度って言ってばかりじゃないか」

「だって姉さん強いんだもん」

頬を膨らませてから、シャワー浴びてくるねと言葉を残しオルタナはその場を去った。
長い髪で、私と瓜二つの妹は残滓一つ残さない。でも、私の胸に去来するのは僅かな悔しさだった。

「フェイト?」

「ん……私もシャワー浴びにいこうかな」

「それじゃあ、私も」

「うん。行こうオルタナを不意打ちだ」

くっくと忍び笑いを漏らす。
食事の時間になると、珍しく母さんが姿を見せ兎に舌鼓をうち、美味しいわ、と言ってくれた。
すごい嬉しかった。私もオルタナも目を丸くするほどに。そうして夜は更けていった……で終りじゃないけど、夜。

久方ぶりにオルタナと空戦模擬訓練をしてみた。
オルタナの趣味の場所で。因みにこれまでやった回数は133戦。
戦績は口にしない。私はもっともっと強くなる。




それがおおよそ一年前ごろの記憶。



[5057] 7a.プロローグの終わり
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2011/11/27 02:26



安寧とした日々が続いた。母さんとは相変わらずだったけど、笑顔が増えたような気がした。
機会は少ないけど、姉さんは喜んでいた。私の疑問は解けない。でも、母さんが直接私達に魔法を教える機会も増えた。
直接アドバイスを貰える事も多く、上達の一助となっている。戸惑いも消えないけどこれはかなり大きい。

私といえばさほど日常は変わらないでいる。魔法を学び実践し新しい魔法や複雑なものはリニスや母さんに相談し、糧とする日々が続いている。
他にする事も無く。皆でお茶をしたりしながら、魔法魔法の安穏とした日々を送っている。もうジュエルシードを集める事もなくなったから、
私達姉妹が労働力としてペイすることもない。それでも、私とフェイトは学び続けている。ある意味。新たな魔法や、上手く応用ができた時の母の笑顔が
見たいからかもしれない。母さんの真理はよく解らない。でも、好きだ。好きなんだ。



心地良い風が吹く。
髪が好かれるのを感じながら目を閉じる。
鼻から吸い込む空気も酷く冷たい。少し、前の日々を回想した。訓練と勉強も終り、入浴も済ませ自室でゴロゴロしていた時の事。
部屋のノックと共に、リニスの声が聞こえた。

「オルタナ、いますか?」

「いるよー」

ベッドに寝そべりながら、戦術教本を読んでいた私は体を起こす。扉は開かれ、相変わらず胸元がえっちなリニスが顔をのぞかせる。

「プレシアが呼んでいますよ」

「私、何かしたっけ」

「違います。っていうか身に覚えがあるんですか貴女は」

「いや、ないけど。……ないよ?」

「宜しい。お説教でもないですから一緒に行きましょう」

「うん」

ベッドから降りてリニスと共に部屋を後にする。

「何かあった?」

「さあ、何でしょう?」

リニスは私は知っていると言わんばかりの笑みを浮かべる。それが少し悔しい。
廊下を歩いてプレシアの部屋につくと、ノックもなくリニスは扉を開ける。
中には、プレシアと既に姉さんがいた。空調が動いているのか、暖かい風が流れてくる。

姉さんと目があう。畏れはないが現状を把握していない目だった。どうやら状況が解らないのは私も姉さんも同じみたい。
リニスが扉を閉じる。

「今日は二人に渡したいものがあるのよ」

「…………?」

私も、姉さんも顔に疑問を張りつかせる。よく、解らなくて。

「まずはフェイト。手を出して」

「はい」

掌に金色のプレートが渡される。姉さんはそれが何なのか。
まだよく解ってないようだった。

「オルタナも」

「うん」

掌を出すと姉さんと同じように金色の、……ではなくシルバーのプレートだった。
まだ呆然としている姉さんと私を他所に、プレシアは満足そうな顔で光学端末を叩くと私達の手の中でデバイスが機動する。
形は同じ。姉さんにはバルディッシュが。私も同型で銀色のデバイスが握られていた。

「貴女達のデバイスよ。フェイト。貴女のはインテリジェントデバイスだからコミュニケーションをしっかりとりなさい。
名前はバルディッシュ」

「はいっ」

嬉しそう。
姉さん凄く嬉しそう。

「次はオルタナ。貴女のは魔法の運用がより高速かつシンプルにできるストレージよ。
改造が容易だから、貴女の手で自分の形をものにしなさい。解らない事はリニスや私に」

「うん。ありがとう」

姉さんは嬉しそうにわーわーと感嘆の息をもらしながらバルディッシュを見ているけど私は少し不満だった。
姉さんと違ってインテリジェントデバイスじゃなかったからという訳じゃない。

「(長いよぅ)」

まだ名無しの銀色デバイスはバルディッシュと同型だから、杖のように握りが長い。私には邪魔でしかない。
棚上げしてしまうと私もフェイトと同じく高速戦闘の人間なのだ。でも、フェイトと違い私は非常に小回りが利くタイプなのでこんなにでかい得物は邪魔でしかない。
一概には言えないけど、姉さんはオールレンジタイプの人。私はショートレンジでの戦闘が望ましい。と、思う。
なのでバルディッシュと同タイプなど渡されて重いし邪魔だし扱いづらい。

逆に良かった点はストレージである事。
だって、戦闘中にコミュニケーションをとるのは面倒だし、何より処理速度が私には必要だったから。

「力は自らの手で獲得しなさい。これからも、精進するのよ」

「はいっ」

「ありがとう母さん」

母さんは満足そうに微笑む。私も、満更ではなかった。
部屋に戻ると早速デバイスを起動させて、不要なゴミをがりがり削りカーネルを再構築していく。
いらない機能の選別もしていると、再びドアをノックする音で顔をあげる。

「はい?」

「私だよ」

「どうぞー」

姉さんだった。待機状態のデバイスを手にしている。

「オルタナは名前決めた?」



「何の?」

「デバイスだよ」

姉さんは待機状態から起動に戻すと、黒い杖というか鎌が姿を見せる。
まったくもって決めてなかった。

「バルディッシュ、私の妹のオルタナだよ」

『初めまして、オルタナ』

普通の挨拶だった。寡黙がよく似合うデバイスだ。

「私のはまだ名無しちゃん」

「そっか」

まだ、名無しのなっちゃん。
いつか決める。
気が向いたら。

「ストレージだよね」

「うん、そう」

先ほどまでいじくりまわしていてベッドの上に置いてあった銀色を手に取る。

「綺麗だね」

「バルディッシュのが綺麗だよ」

「ありがとう。オルタナの相棒さんもよろしくね」

喋らないと解っていても姉さんは声をかける。
姉さんらしい。

「母さんも、オルタナの特性をよく解ってるね」

「――そうだね」

母さんについては、まだ良く解らない。表面上では私もいい子をしているけど、
嫉妬と建前が混同してる。姉さんと話しながら母さんの横顔がよぎる。あれから随分たつけど答えはでない。
聞かないあたり私も私か。それからの日々は、デバイスを使用しての訓練が始まる。

姉さんとバルディッシュはよくしらないけど。
私はまず、使い勝手をリニスにそのまま話して、調整するパラメータのパターンを提示してもらう。
提示してもらった際に、パラメータの説明を受けて次からはできるだけ一人でできるようにもしておく。
再度、調整が必要な場合は、自分だけで設定例を考えてリニスに見て貰ってアドバイスを貰う。

その繰り返し。

OKならばリニスと一緒にデバイスを調整。ログの収集。訓練。ユーザビリティの検証などの繰り返し。
それが、毎日だった。魔法と訓練づけの日々。それが半年前。もう母さんがジュエルシードを集める事もないというのに。

それでも、私と姉さんは続けている。
そんな毎日を過ごしている。そして今。

目を開く。望外の都。
暗い闇に少し強い風を受けながら、私は宙に浮かぶ。

高度11㎞。何もない上空に私は一人佇む。手には銀色のデバイスを握る。
先と変わらず名はまだない。リニスに聞いてみたら開発時の名前はレーベン。
でもそれは開発時の名前でしかない。

フェイトのバルディッシュのように人工知能があるならいいけど、早速、速度向上の為に応答機能及び
音声を全てカットした私には、デバイスは道具にしか思えない。愛着は良いけど、愛情は湧かない。

左手の中に収まっている銀のプレート。待機状態のデバイスを起動させてみる。
レーベンが握られる。早速、リニスと柄を切り詰め音声を全カットしヘッドパーツを簡略及び縮小したお陰でハンドサイズにまで小さくなっている。
そのお陰で重量が減りスリムかつスムーズになっている。

手の上でくるくるとと踊らせながら遊んでいると――

「……オルタナ?」

「ん? 姉さん、どうしたの?」

慌てて声の方を見るとバリアジャケット姿のフェイトがいた。寝間着姿の私とは対照的だ。

「昇ってくのが見えたから。リニスに見つかったらまた怒られるよ?」

ここは高度11㎞。

「それは多分大丈夫。いやね、少し寝付けなくて。眠気がくるまで月を見ながら考え事でもしようかなって」

「こんな高いとこ、居るだけでも寒いよ」

フェイトの訴えは当然のことのようにも思えた。すぐ足元に霞んだ雲が漂っている。
外は気流の所為か風も相当に強く、気温も氷点下を大幅に下回っている。
防御魔法で温度変化を防ぎ与圧保持の為に内外のガス交換も行っていない私にはいまいち実感が湧かなかったが。
というか寒さを感じるということは温度変化防御が完全じゃないということだ。もしかして無理してこの高度までついてきたんだろうか。

「(与圧はバルディッシュが握っているから大丈夫だと思うけど)」

そんな心配をしながら暖を取るための術式を組み上げつつ両手を広げて返事を返す。

「ほら、空が綺麗だから」

夜空を埋め尽くす星々と二つの月だけは、一人で良く見ていた。
前は見る事が決して敵わなかったこの星の海は、考え事をする時の壁紙にはうってつけだった。

「それにバリアジャケット着ててそんなこと言わないの。ほら、寒いならこっちきて?」

組み終わった暖房をすぐ傍に発動させるとフェイトに手招きをする。

「あ…… あったかい。オルタナって魔法はほんと凄いね」

凄いとは言うけれど日常用途に使われる術式の一つでしかない。
一般的な方式である発熱体を別途に置かないで、結界そのものにしているのが多少珍しいだけだ。
これは作用する空間の大きさに応じて魔力消費が増えるし前述の方式に比べ面倒だけれど、
融通の利かない安全機構であるオートガードやバリアジャケットが干渉してこないという利点がある。

「まあ、ね」

実際、時間があれば魔法に費やしてきたし、周りがそれを支える環境だったということもあって、多少の自負がある。
フェイトとは単純に出発点の差でしかないので何れ抜かれるかもしれないが、誇れる内は誇っておこう。

「私も頑張ってるつもりなんだけどなー……それで、何を考えてたの?」

「あー、いや、ほらさ、デバイスの事で色々ね。学校のこともあるし」

「うん、母さんは来年から学校ってところにいくようになるって言ってた」

「そうなんだけどね……」

どうやら、母さんは私達を学校へと通わせて正規の教育を受けさせたいらしい。
その為に私兵としては必要なかった戸籍も用意するとの事だった。

「(今更学校なんてね。でも、やることもないし)」

デバイスの改造と調整の余地と訓練を除いては私の周りはもう落ち着いてしまった。
もう私を脅かさない。

「オルタナは学校行くの、嫌なの?」

表情に出ていたのかそんなことを聞いてくる。

「正直に言えば、そうなるかな。学校は人が多いもの。私が人見知りするのは姉さんも知ってるでしょ?」

便宜上人見知りと呼んでるそれは訓練の後遺症だった。
要は他人の動きを気にしすぎて人一倍人疲れするというだけのことだったけど。

「そうだけど……人が多いって事は友達もきっと一杯できる。それはきっと楽しい事だよ」

そう言われ、なんというか驚いた。そして驚いた自分自身をすぐに叱咤する。
別人なのだから、いい加減『あのフェイト』と混同視してはいけない。どうも難しい。

「それに、私はオルタナと行きたい、かな。 二人で行けば、きっと大丈夫。
「ん…… アルフが起きたみたい。私はもう戻るね。オルタナ、さっき言ったこと考えておいて。それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

視界から小さくなっていくフェイトの背中を眺めつつ心中でぼやく。

「(いやはや、本当に姉さんだな……。前のしがらみをあえて我慢してその上心配されて。どっちが年上なんだかわかりゃしない)」

フェイトが見えなくなったのを確認した後、視線をそのまま庭園の裏へとスライドさせた。
ここからは視認できないが『アリシアの墓』がある筈の場所。少し感慨深い。

「(あれからもう一年経つっけ)」

目を閉じて改めて思い出す。
あの時の保存室での出来事は、正直よく覚えてない。母さんに対して挑発するような言葉を吐いてから先はまるで覚えてない。
電化製品の電源を急に落としたように途絶えている。でも、意識が戻った時には母さんは少なからず私に優しさを向けてくれていた。
これは間違いない。あの時の私の目的はアリシアの蘇生を諦めさせる事。だったけど……正直自信はなかったし今でも本当に母さんをアリシアから乖離できたのか、
と聞かれればこれまた自信がない。困った困った。

アルハザードの有無を話した場合。YESという結論が出てしまうのが困る。生き証人のスカリエッティ然り。そうなっては母さんが諦める筈も無い。
だが、確かにアルハザードは存在した間や死者蘇生に繋がる技術の有無までは解らない。希望的観測で母にノーロープバンジーをさせるわけにはいかないもの。
アリシアの保存状態は極めて良好だった。但し、それは何十年も前の死体にしては、という前提がつく。見た目はそのままでも、やはり内部では少しずつ時をその身に刻んでいた。
死体は死体だ。朽ちた肉の塊でしかない。表面はともかく、内部は素人目に見ても蘇生など到底不可能な様に見える程に。

プレシアが現行技術の延長というアプローチで行っていた初期研究では、蘇生可能時間をほんの僅かばかり延ばしただけに過ぎなかった。
実際、元の値の何倍になろうが、それが現場にとっては革新的だったとしても、アリシアがもう一度その時を刻むには圧倒的に足りない。
そもそも伸びる時間より開発時間の方が長い。
故に、根本から発想を変えた結果が私とフェイトであり、ここでは起きなかったアルハザードへの渡航の筈だ。
一見無謀に見えるアルハザードへの渡航も、一応合理的な発想ではある。
時間遡航や死者蘇生などが既に確立された技術としてあるなら、一から模索するよりははるかに確実だし早い。

いきなりジュエルシードを使いアルハザードを目指さずとも、概要としての蘇生技術なら既に確立されている筈のものに心当たりがあった。
レリックをリンカーコアに突っ込めば生き返るという単純明快なものであるし、実験結果はあの男によって散々蓄積されている筈だった。
劣化が進んだ死体にも通用するのか、そもそも適正はあるのかなどの疑問はあるが、それでも試してみる価値は十分にある。

だが、その為にはあの男、ジェイル・スカリエッティと接触しなければならない。
それは私的には凄く嫌な選択肢だ。取引材料になりそうなものはプレシアの研究結果にいくつかあったけど、あの男の行動原理はいまいち理解できないし、私達に興味を持たれて何かされても凄く困る。
実はそれ以前の問題で連絡先が解らなかったりもしたが、プレシアがプロジェクトFに参加していた時に、ちゃっかり名刺交換まで行っておりしかもまだ持っているとのことであっさり解決した。
名刺交換する犯罪者って凄い構図だなと思ったりもしたけど、非合法とはいえビジネスなのだ。ならそんなものなんだろう。

でも結局、声は掛けてないしこれからも掛ける気はない。
少しばかり有耶無耶にしている点こそあるけれど一応は諦めてくれたのだ。ならこのまま胸に秘めてしまえばいい、と私は思ってる。
私はもしかしたら、姉を見殺しにしているのかもしれない。でも、無理に追い求める事で今を生きる母さんまでも死なせたくはない。

それにしても、これからどうするべきかがさっぱりだった。

私は何をして生きればいいんだろう?
何か目的や生き甲斐は見つけられるのだろうか?

プレシアは私に対して、優しくなったし自身の治療に専念する意思を示してくれている。
フェイトもプレシアと一緒に居る時間が増えてからは殊更明るくなったし、そもそも元から無害だ。
リニスは最初事態を把握しきれずに不審な目をプレシアに向けていたが、ある時期を境に使い魔というかメイドさんというかそんな立場に収まった。とりあえず消えないらしい。
別段、意見がないのも困りものだ。そもそもフェイトはハラオウンにもならない。この先どうなっちゃうの?

「(なんのこっちゃ)」

そんなことを考えてる矢先だった。

『あら? 上にいるのはオルタナ?』

「(凄いタイミング……っていうかなんで気付くの)」

『う……』

『やっぱりそうなの。よくそこまで昇れるわね。……自殺願望でもあるの?』

『まさか、ただお月見したいから昇ってるだけ』

『お月見? ねえ、その高度で制御を一度でも手放したら普通は死ぬわよ? それとも、そこから自由落下しながら術式を再構成できる自信があるの?」

『試したことあるからやってるの!』

空間識失調時のリカバリなんてものは飛行魔法を修得する際に真っ先にやる訓練だった。教程にも書いてあるそれをプレシアが知らない筈がない。

「(あ、でも知らないのかも)」

普通は空間識失調が起きたらデバイスが自動で姿勢回復を行う。
デバイスが使用不可能な状況を想定しての訓練なんて全員が受けるものではない。私達のようなのはレアケースだ。

『あら、それは凄いわね。じゃあ、サーモスタットオフ
とかもやったのかしら』

『それはさすがにやったことない……』

「(そんなの間違いなく凍傷と低圧で死んじゃう!)」

『ま、そんな事を起こさない為のデバイスなんだけれどね』

呆れたがその通りだった。機種で差はあれど姿勢回復に緊急着地、与圧保持等は飛行をサポートしたデバイスなら最低限の機能として備わっている。
一応、今も手にしている名無しデバイスがやってくれている。

『具合が良いなら母さんも来ない? 月も綺麗よ』

『人を呼びつけるなんて何処の子かしら』

『親の顔が見て見たいよね』

『……待ちなさい。足元でリニスが寝てるから余り起したくないのだけれど』

『リニスも別に外出るぐらいじゃお手洗いと判断つかないよ』

『そういう事だけは頭が回るんだから。……今昇り始めたからちょっとまってなさい。すぐ着くから』

直ぐにデバイスが確認する。やっぱりあると便利だ。

「あ、こっちでも確認した」

直ぐに、反応から目視へと変わる。寝間着の上に一枚羽織り手にはデバイスが握られている。

「いらっしゃい。特等席だよ」

私は鮮明な月と共に笑顔で出迎える。

「本当、ここまで来るといい月ね」

プレシアはデバイスを待機状態に戻すと、私を包むように腕をまわした。人肌が暖かい。
寒くないけど、温もりは安心を呼ぶよ。

「一度だけ聞いてもいい?」

ぽつりと呟く。
残滓も残さず言葉は消える。

「いいわよ」

母さんも優しく答えてくれた。
私は尋ねる。一度だけ。

「あの時……保存室で私に何をしたの?」

「激昂して貴女を殺した……そして、直ぐに蘇生させた。それが答えよ。オルタナ」

自分が知りえぬ空白部分を手に入れられた気がした。
続けてしまう。

「私達のこと……結局受け入れてくれたよね。……なんで?」

顔見ずとも――軽い苦笑しちえるのが解った。そして溜息が混ざり合ったものをついて、母さんは答えてくれた。

「莫迦ねえ。今更貴女がそれを言うの? 今ならもう認めることもできるわ。『アリシア』は八年前に死んだ。それは間違いない」

黙って先を促す。

「貴女は自らの名前を名乗った。私の時間、現状、そして今私の目の前にいる二人……色んな事に気づかせてくれた。
私がやろうとしていた馬鹿なことを娘として止めてくれたんだもの。今思えば凄いことよ。
止めるだけなら他の手段があった筈だし、逃げるだけならもっと簡単な筈なのに。……色々酷いこともしたわ。それでも尚、私を止めてくれたんだから
だから私は貴女を娘と認めている。勿論、最初は億劫な面もあったけど、今更ね」

穏やかに笑っているようにも、力なく微笑んでいるようにも、どちらとも取れる曖昧な笑み。

「姉さんも?」

「勿論よ。あの子はあの子。一人の人間としてのフェイトよ。元から――そうね。『アリシア』とは違うもの。貴方の可愛いお姉さん。
貴方と比べて生い立ちを何も知らないあの子に多少負い目はあるけれど、大事に思ってることに違いないわ」

(こうまで言われたら、認めるしかない、のかな)

私はそっと俯く。
また撫でられる母の手に。

「それじゃ寝るわよ。リニスが待ってるわ」

「……はい、母さん」


二つの影が地表へと降りていく。
そうして、二つの月とかすかな雲だけと一念だけがその場に残った。


結局、私と姉さんは訓練を続け、その後ミッドの学園に入る事になった。
そして、物語が始まる。





プロローグ 了



[5057] 第1回「来訪者」
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2011/12/31 20:33
「聖王の御霊のもとに――」

シスターの声がよく通る礼拝堂に私はいた。
席に座り、ぼんやりと礼拝を聞いている。伊達眼鏡越しに見えるステンドグラスですごく綺麗。幻想的で見ていて飽きない。

St.ヒルデ魔法学院。教会系列なだけにこういう所はしっかりしてる。
授業にもそういったものが多くでてくる。影響を受けた子もいるみたい。
ボーっとしてる私と違って、少し離れた席には祈りを捧げている子もちゃんといる。

静謐な空気は、私も好きだった。人生の道しるべとしての宗教も嫌いじゃないけどね。
席を立つ。礼拝を続けるシスターの声がよく響く中、自身の足音を聞きながら退場する。

コツ、コツ、コツ、コツ…………

最後は少し重い扉を両手で押し開いて特殊な空間を後にする。
陽の光に出迎えられる。

「――――――」

少し眩しくて目を細めながら外の空気で肺を満たす。
心地よく、先ほどまで縛られていた背筋を伸ばしてコリをほぐす。
あくびを噛み殺しながら目元に浮かんだ涙を拭いその場を後にする。

母さんの意図が解らないでもない。
でも、やっぱりここは退屈だった。

一部の教師や指で数えるられる程の生徒を除いて、皆雑魚と呼んでもいいぐらい弱い。
皆、陸戦魔導師レベル。もしくはそれ以下。既にAAAクラス。ないしSクラスに手が届くか届かないかの私達にとって、
この学園の授業は偉く退屈で仕方がない。社会人が――「3+14はー?」――なんて授業を受けている感が否めない。

母さんの意図は勿論理解している。私や姉さんが普通の人間として生きていく為にこの学園に編入してくれた。
否定はしない。でもやっぱり憂鬱だった。――訓練の時間が削がれる。故に憂鬱だ。
オルタナ・テスタロッサとして生を受けはや数年。母さん、リニス、フェイト、アルフ。家族と時間を共有しながらも
私の存在理由には、必ず戦闘行為が含まれていた。当初は母さんの目的の為。

今は、どちらかと言えば習慣になりつつある。魔法的な強さはどれだけあっても損じゃない。
アイデンティティにも、イグズィスタンスにもなりえる。もしかすれば、魔法少女リリカルなのはという作品の
ストーリーテラー気取りだからかもしれない。正確な答えはなく曖昧な言葉の紡ぎしか生まれない。

時折考えてしまう。

Question.

私は何者で何処へ向かっているのか……?

Answer.

私はオルタナ・テスタロッサ。
生きる事に意味はない。
生を受け、一人の人間として思うがままに生きるという答えが用意できていたとしても、だ。

逆にいえば魔法少女リリカルなのはという物語を私から消したら、私はどう生きればいいんだろう?
それは、非常に困る。そして私が存在している以上魔法少女リリカルなのはという道筋はあやふやになっていることも忘れてはならない。
――馬鹿な話。

私は私。でもリリカルなのはからは切り離せない。
素敵な話!

そこでふと気付く。伊達眼鏡越しに姉さんと一緒に歩くお友達を見つけた。
ほぼ同時に向こうも気づいた。姉さんは元気だ。手をぶんぶん振りながら寄ってくる。嘘ん。

「オルタナ、今日は用事があるんじゃなかったの?」

「ん……予定が変わったんだ。今礼拝堂でお祈りしてたの」

「そうだったんだ。偉い偉い」

偉くない偉くない。と思いながらも姉さんは私の頭を子供のように撫でる。
一応同い年なのに。ふと、居づらそうな姉さんの友人たちに気がついた。

「姉さん、この後クラブなんでしょ? 早く行った方がいいよ」

「あ、うん。オルタナはこれから訓練?」

「そう。それじゃ、また後でね」

「私も追い抜かれないようにしなきゃ……それじゃ」

ばいばい、と手を振りながら姉さん達は去っていく。
人付き合いに億劫な私は友人と呼べる友人はいない。反面姉さんは人懐っこく優しくて、誰とでも仲が良い。

顔も髪型も好成績も瓜二つ(三つ?)な私達を判別するのは簡単だ。
一つ。私は伊達眼鏡をしてる。
一つ。姉さんはよく笑う。

以上。

姉さん達が見えなくなるまで見送ってから、寮に向かうべく踵を返した。
決して他人を見下したり馬鹿にしてる訳じゃない。話しかけられれば無愛想でもないしそつなく会話はこなす。
普通なんだけどね……女の子はそういうのが機敏なのか。あまり寄って来なくなる。

楽でいい。時間を奪われずに済む。私は寮につくと鞄を置き下着姿になるとバリアジャケットを纏う。
顔以外肌の露出のないライダースーツのようなBJ。慣れた感覚に安心しながら寮を出て、今度は学校内の訓練施設へ。
少し、人がいた。

組み手を行う人。一人自主練を行う人。
みんなバラバラにやってる。私も後者。
隅っこに居座ると、体に魔力を通しトレーニングを始める。
私は、この時間が好きだった。黙々とこなし、かれこれ二時間ほど経った頃か。
バルディッシュを手に、BJ姿の姉さんが姿を見せた。

「途中参加はOKだよね?」

にこにこ笑う姉さんに、というよりも唐突に現れた姉さんに面食らった私だけど頷いておく。

「いいけど……クラブいいの?」

姉さんはファイティングアーツ、というのをやってる。
まだ、クラブも終りの時間じゃないんだけど。

「クラブも大切だけど、オルタナとの時間も大切」

腕を軽く伸ばしながら、姉さんは笑った。
本当によく笑う。でも、そこに嫌味はないのが救いだよ。
私は無言のまま、名無しのなっちゃんデバイス(レーベン)の待機状態を解除する。

「久々にやろうか」

「そうだね」

私達は兄弟喧嘩をした事は無い。
でも、訓練で互いに手を抜いた事は無かった。
非殺傷設定というもののお陰で、殺す気でいっても相手は死ぬ事が無いし拳は嘘をつかない。
教師に許可を取り、場を高度3300mへと移し結界を張ると戦闘を開始する。目ざわりな他人もいない私達だけの空間はある意味爽快。
伊達眼鏡を外す。

胸の中で、ごろりと寝返りを打つ感情は正直だった。
姉さんも私も高速機動の魔導師。ただし、闘い方は全く異なる。

「いくよ、オルタナ!」

姉さんはスフィアをいくつも形成していく。闘いに喜ぶのか? 私の中の獣性もにたりと微笑んだ。
喧嘩をしない私達だけど、この時だけはガチで闘う。――超受ける。

戦闘時間は24分34秒。別々にトレーニングをしていたものの、タイマンは久しぶりで結構熱が入った。
トレーニング施設に戻って、ドリンクを飲みながら軽く笑う。

「また負けちゃったぁ」

呼吸を乱しながらの告白が姉さんのものか私の呟きかは言わないでおく。
魔力がごっそりと削れ汗まみれなになりながら一息つく。やっぱり、同レベルの人とやるのは疲れる。

「オルタナ、またスピード上がったね?」

「それ姉さんに言われたくないんだけど……」

「えー」

「えーじゃないよ!」

感想戦を繰り広げる事暫く、汗は全てBJに吸わせてから再び寮に戻る。外はもう暗くなり、夕食が恋しくなる時間だった。
忘れていた伊達眼鏡をかける。適当に授業を受けて好成績出して、程程の人づきあい。訓練。たまに姉さんとガチンコバトル。
それが私の日々だった。寮に戻ると、まずシャワーを浴びてから食堂へ。

姉さんは友人達のもとへ。
私は一人、音楽プレイヤーを耳にもくもくと食べる。
それが終ると、さっさと部屋に戻る。

ポケットから鍵をだして解錠すると、真っ暗な部屋の中へ。
でも、照明をつけようと壁に手を這わせた所で手が止まった。
体も止まる。

その代わりに、目の前の闇を睨んでいた。

「すまない、勝手に失礼している」

誰かが言った。
誰かの声がした。
闇の中に居座る誰かだ。
私は、闇を睨み続ける。
僅かに緊張を孕む。

「誰?」

尋ねてみた。
闇は答えた。

「――チンクという。今日は挨拶にきた」

壁に手を当てたまま、返礼する。

「ようこそ、チンクさん」

「ああ」

「ところで」

「ん?」

「魔法を解除してもらえますか?」

「――流石だ。やはり気付いていたか」

チンクがぱちんと指をはじく。
外観に変化はないが、私はやっと照明のボタンをつける事ができた。
明かりが灯ると、部屋の中央に一人立つ少女がいた。

壁から手を離す。

「ここの生徒じゃないよね」

「ああ、他所者だ」

「では、その他所者さん私に何の用事ですか?」

「率直に言う。――私と共に来い。オルタナ・テスタロッサ」

「何で?どこに?どうして?」

「君を求めている人がいる。場所はいえない」

「嫌だよそれ」

「だろうな」

忍び笑いをするチンク。

「すまない。後二人ほど声をかけている人物がいる。
君の母親だ。それとお姉さんにもだ」

「それで?」

「君は母親が私達の元に来ると言えばどうかな?」

「何だって?」

「君の母親だ。プレシア・テスタロッサが私の主のもとに来ると言えば、君はどうする?」

「それはなかなか、どうして。
素敵な話だね」

「そういってもらえるとありがたい。でも状況はすべて現在進行形でね。
君も是非来てほしい。解りづらくて申し訳ないが、……要はこれも駆け引きの一貫というわけだ」

「で?」

「今頃私の身内が、君の母。そして姉のもとにも馳せ参じている筈だ。
私と共に来い。オルタナ・テスタロッサ」

「―――」

少し、私は唇を尖らせた。

「チンクさん」

「なんだ?」

「プレシア・テスタロッサを舐めない方がいい」

「ほう」

興味深そうにチンクは笑う。

「姉さんもね」

言葉を強めるのに合わせて威圧は増やしていくが、チンクが気圧される雰囲気はない。
笑みを抱いたまま、不動の姿勢を維持したままだ。

「お前もか?」

チンクは尋ねる。生半可な丁寧語だが不思議と嫌みは無かった。
私達の間の空気は酷く淀んでいた。手を出さない代わりに、互いに先手を取ろうと掴みかかっている。
半ば膠着状態だがこの場で闘おうという気にはならなかった。

「心配ない――か。ならば、連絡をしてみたらどうだ」

チンクの含みのある言葉に、私の気持ちは僅かに緩んだ。

「どういう事?」

「そのままだ。
連絡中に不意を打とうなどと卑怯な事はしない。
安心してくれ」

言葉通りになるのも不快だったが、しないのも癪だった。
光学端末を起動させると、母さんのコールナンバーを起動させる。
それでも、いくら待とうとも母さんの顔が表示される事は無かった。

「迷うなオルタナ。私と共に来い」

顔をあげれば厳しい面持ちのチンク。

「来い」

有無を言わせぬ言葉だったが、私は迷う事は無い。

「断る」

絶えぬコール音が静かに聞こえる。
それでも私達は向かい合う。

手が動く。指先は静かに端末の上で踊る。
私の目線はチンクに向けられたままだけど、少し変化する。

「もしも何かあれば後悔してね」

「ふむ?」

「覚悟しといて」

「覚えておこう」

チンクは頷く。

「……残念だが、あちらでも交渉は決裂のようだ。また来る」

「来ても変わらないのに」

「そうかな?」

最後にもう一度、チンクは笑った。

「次も、状況は何も変わらないのか?」

意味ありげな言葉と共にチンクは踵を返した。

「また来る」

その一言を残して窓枠に足をかけて、夜の暗闇に消えた。
部屋に一人になると、ようやく一息つける。大きな吐息を落として気持ちを切り替えると
姉さんに念話を送る。

"――姉さん、平気?"

"オルタナ? ――ああ、平気だよ"

少し、気の抜けた返事だった。姉さんに向かったのは眼鏡だったか、チンクよりも
面倒臭そうなの察する。その傍らで再び母さんの通信にアクセスしても返事はない。
ため息を落とす。

"リニス、今平気?"

"オルタナ? ――すみません後にして下さい!"

何か忙しそうで一方的に通信は打ち切られてしまった。やれやれと思いながら、もう一度姉さんに声をかけた。

”姉さん、部屋に戻って来れる?”

”直ぐ行くよ。ああ、オルタナは平気?”

”紳士な相手で助かった感じ”

”そっか”

そこで一度、念話を切る。部屋は伽藍としている。
ベッドサイドに置いてあったペットボトルを取って一通り調べてから口づける。
少し、潤いを得た。

もう一度吐息を落とす。
疲れた。
姉さんは5分とかからず戻ってきた。相貌に変化はない。

「姉さんはどう思う?」

「ブラフだとは思わない。母さんに連絡は?」

「した。でも出ない」

「だよね。リニスも後にしろって」

「言ってたよね」

「あのクアットロって人はよく解らないけど私達に何かよくない事を考えてる人がいるんだ。
きっと」

それは間違いない。姉さんの考えに賛同する。

「どうする?」

「今日中に戻ろうと思う」

「私も」

「オルタナは待ってて。確認に行くだけだし私一人でいい」

「ん、了解」

反論はないし姉さんは決して弱くない。大丈夫だろうと見切りをつけて従う。
心配が芽生えてくれない事を願う。

「行ってくる」

「気をつけて」

姉さんはさっさと部屋に出ていった。私は一人になる。
熱いシャワーを浴びようと思った。





”オルタナ、今平気?”

”平気だよ”

姉さんから念話があったのは翌日の昼頃だった。
丁度、一人学食をで食事を済ませた頃合いだ。

”母さんは平気?”

”大丈夫、ただ――”

「(ただ?)」


”母さん、少し体の具合が良くないんだって。
だから、あの良く解んない人達から隠れる意味も込めて管理外世界に引っ越すって”

”そうなんだ”

何故か、胸の中から込み上げる嫌なものがあった。
それを押し殺して話を続ける。

”第97管理外世界だって”

「…………」

目の前が真っ暗になるのを感じた。
どういう偶然だろう?
なんであの世界なんだろう?
どうしてあの世界なんだろう?
ちょっと


「―――」

私は迷わずに学食の席から立ち上がると踵を返す。直ぐに食堂を出て早歩きで廊下を歩く。
最悪も最悪だった。

”姉さん、リニスと母さんは?”

”え? ええっと二人は早い方がいいからってもう移動してるよ”

「(早すぎるよぉ!)」

歯ぎしりをたてながら廊下を歩く。
もしも、もしも行き先が日本、しかも鳴海なんて事になったら最悪だ。

”リニス!”

”ああオルタナ、昨日はすみませんでしたね”

”それはいいから第97管理外世界の引っ越し先はどこ!”

”ああ、フェイトから聞いたんですね。ナルミ、という場所ですよ”

”――ふごー!”

”オルタナ――?”

発狂したい気分だった。私は念話を切る。
原作がいつ始まるのかなんて覚えてない。
でも、一番嫌な問題がある。

今すぐじゃない。

でもこの先。

ヴォルケンリッターが魔力収集を始めたら、プレシアの体は大丈夫なの……?

「――――!」

原作なんてよく覚えてない。でも、私は今9歳だった。
なのはちゃんが小学三年生なのも間違いない筈。
私は、止まらなかった。

スカリエッティに皮肉を込めて直ぐに管理局に通報した。
スクライアに連絡して、緊急事態だと説明してジュエルシードの便の日付を聞く。
なんと愉快な事か。

「今日ってどういう事!?」

もっと原作に入れ込んでおくべきだったか。泣いてももう遅い。遅すぎる。
私は学園を出て、ミッドの運送会社へと移動するとなんとか間に合った。
頼みこんで潜り込むように便の中に潜り込む。

「(間に合った――)」

曲りなりにも、私も高ランク(だと思う)魔導師だもの。
何かの襲撃があっても対処ぐらいできる。確か、1期のジュエルシードが地球に落ちた理由は
公表されていない。母さんが理由だと思っていた。でも、今の母さんはそんな事をする人じゃない。

私は荷物の中で乱れた呼吸を落ち着かせる。荷を乗せた便は出発する。
大丈夫。もう大丈夫。レーベンを起動させて周囲警戒のまま吐息を一つ挟む。
大丈夫。

大丈夫……


「お前か」

「!?」

咄嗟に話しかけられた。反射でBJを纏う。
声の主にレーベンを突きつける。外套を被っていて顔は見えない。
でも

「誰」

私は尋ねた。
あるのは
沈黙だけだった。

「あなたは誰?」

「誰といえばいいのか……よく言うだろ?世の中には同じ顔が三人居るって」

「戯言は――いらないや」

レーベンのコアを輝かせ威嚇してみせると、相手は外套のフードを外して見せた。
長い金の髪が覗いた。

「え……?」

私は、よく解らなかった。
もとい混乱する。
金の髪。
紅の瞳。
整った顔立ち。

そこにいるのは、私や姉さんと同じ顔だった。
胸の中が恐怖と混乱で締め付けられた。

「あなたは誰……?」

「見ての通りさ」

「貴女は」

私は一度言葉を切った。

「戯言を繰り返すな!」

でもそれは何か大きなものか逃れたい子供のようだった。
怖い。
とても怖い。
目の前の人もそう。
でも
その正体が何なのか解らない。

「貴女もアリシアの……?」

「いいや。概ねお前と同じ条件だと思うんだが……なんか違うな」

「ここにいる目的は?」

「事故った」

「は?」

「なんとなく」

「なんとなくで私の前に?」

「だから世界線移動に失敗して――まあ、いい。すぐに消える。私は白昼夢のようなものだ。だから忘れろ」

「そう――」

「オルタナ」

「何?」

「ひとがたに気をつけろ」

「――?」

「理解できないか?お前が思ったとおりのならその可能性を思慮しなかった筈がないんだがな。
いや、待てよ。お前がもしフェイトなら……やっぱり変わらんな。忘れろ」

その言葉を聞くと同時に爆発音が聞こえた。便は大きく揺れる。
私は咄嗟に動けず尻もちをついてしまう。

「なんだ?物騒な船だな。とりあえず移動するがもう会う事も無いだろ。
――あ、これ。プレシアに話すなよ。どっちに転んでも絶対碌な事にならない」

「あ――っ」

声をかける間もなく転送魔法で私のドッペルゲンガーのような何かは消えてしまった。
しかし、船の中は焦げる匂いに持ち、不定期な揺れをおこしている。
同時に、レーベンから船が大爆発するという警告アラートが入る。

「く」

私は考える暇がなかった。
ジュエルシードと共に直ぐに転送魔法を発動させようとした際、転送魔法の行き先が強制設定されている事に気がつく。
レーベンに、ではない。この便の管制プログラムに組まれていたのだ。

「(やられた――っ!)」

犯人が誰かは解らない。転送の光に飲み込まれながら後悔した。
どうしようもない程に。







「―――」

私は落ちる。
黒い空から落ちていく。
地球へ。

BJを纏う私は寒さも何も感じない。でも、ジュエルシードは私よりも先行して落下していた。

「(姿勢制御!)」

直ぐに思考を切り替える。全部がバラバラに落ちていた。
全てを捕まえる事はできない。でも、取れるものは取る。
レーベンを強く握りしめる。加速して落下を早めた時、悪夢の迎撃を受ける。

はるか下方から光が迸る。
気付いた時には遅かったけど、レーベンの回避プログラムが働いたけど体は光の奔流にのみ込まれる。

「――!?」

遅れて気付く。
砲撃は、桃色だった。

”それに触っちゃ駄目――!”

「(!)」

私は、オルタナ・テスタロッサは人間だ。
動揺もするよ。

砲撃が途切れた瞬間、私を迎えたのは誘導弾の連発だった。
思考がうまく回らず全て直撃を貰い意識が飛んだ。
その間の事は覚えていない。次に目覚めたのは海に叩きつけられた時の衝撃だった。
勿論、ダメージゼロじゃない。凄まじい激痛に見舞われる。

しばらくはどざえもんのようにぷかぷかと海の上に漂いながら、ぼんやりする。
海水の冷たさが火照る体には心地よかった。

目を閉じる。

ほんの数十分の間が激しすぎてコメントしづらい。
疲れた。

本当に。

疲れた。



[5057] 第2回
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2011/12/17 14:16

「墜とされたんだって?」

ベッドで横になり新聞を読む私。
突如現れた姉さん。
目が怖い。

「ん?」

………………

「見て姉さんここの記事。鳴海じゃ少女に襲われる被害者続出だって! 怖いね」

「うん。怖いね」

話題を無様に逸らす。
姉さんはニコニコと笑っているだけだった。
その笑みが怖い。吐息を挟む。
やれやれと頭を掻いた。

「不意打ちだったの」

「奇襲はオルタナの十八番でしょ?」

得意とはいっても所詮は模擬戦での話。先に補足され、凌げなければこうなる。
とはいえ、これで口論するつもりもない。
新聞を折り畳みながら言葉を飲み込む。

「私の負けでいいよ」

「そっか」

ていうか、腑に落ちない。

「……どうして姉さんがこっちに?」

ここは海鳴。

「それは私の台詞だよオルタナ」

またにっこりと笑う姉さんだった。
敵わない。
本当に。

先日、私はジュエルシードを追い第97管理外世界、海鳴へとやってきた。
そして何者かの迎撃を受けこの様だ。バリアジャケットを纏っていたけど、頭から落ちて打ちどころが悪かったせいか、少し首が痛い。

「学校は?」

私は尋ねた。

「自主休校。こんなに騒がしかったら、ね」

「ふーん」

私と同じだった。
痛む首を摩ると、部屋の扉が開かれる。
リニス現る。

「フェイト。オルタナ。食事にしましょう」

「うん」

「はーい」

首を摩りながら立ち上がる。3人で寝室を後にするとリビングへ。
まだ新鮮な感覚が残るリビングに赴くと母さんがいた。既にテーブルの上には食事がある。
良い匂い。

「二人とも座りなさい」

少し厳しめに言われた。座ってる母さんは少し怖い。
私達は大人しく腰掛けた。傍から見ればこれから怒られる姉妹という言葉が似合うかもしれない。

「貴女達、食事が終ったら直ぐにミッドに戻りなさい」

「え?」

「いただきます」

姉さんの呟きと母さんの言葉を他所に私はパンに手を伸ばす。

「オルタナ」

厳しめの声に手が止まる。
大人しく皿の上にパンを置いて手は膝の上へ。

「貴女達は学校に行ってるんでしょう?
なら学生としての本分を真っ当しなさい」

「正直、あそこはどうかな。私も姉さんも持てあましてるし。ちょっと退屈かも」

「オルタナ……」

いけない。調子に乗ったら母さんの眉間に皺が寄ってしまった。
血圧が高くなってしまう。そこに、姉さんの手が私の手の上に乗せられる。

「私は家族といたいよ」

呟き一つ。

「私は学園に居るよりも母さんやリニスと一緒にいたい。
勿論オルタナもアルフも」

姉さんにしては珍しいどうしようもない我が儘。でも、母さんは切り返さなかった。
強気の言葉で押し切る事も無い。

少し俯いてから目を閉じる。
コーヒーカップから湯気が揺れている。
少しの間、母さんは考えていた。そして吐息が落とされる。

「解ったわ。
貴女達の好きになさい」

意外な事に簡単に折れた。想定外。もっと帰れ帰れと言われると思ったのに。
それに、諦めて折れたというよりも私達を尊重して自分から折れたという風に見えた。

「さあ、食事にしましょう」

まあいいや。

「いただきまーす」

私は改めてパンに手を伸ばす。食事が始まる。
でも、母さんに不意打ちを貰う。

「貴女達はこっちの学校に通いなさい」

「ぐぷっ」

むせた。
思いっきりむせた。

「平気?」

姉さんが背中をさすってくれる。

「ありがと……何、こっちの学校?」

「この世界でも義務教育というものがあるのよオルタナ。
当然でしょう?」

「むー」

それは否定できない。今いる世界は第97管理外世界地球。
魔法が一般的じゃない世界でもあり、私の人格にまざる人物の故郷に酷似してる。
それも日本なら平日からふらふらしているのはかなりおかしい。ていうか補導されちゃう。

母さんの言ってる事はまともだ。
でもなんか悔しい。
パンを貪る。
リスのように。

「オルタナ、ちゃんとおかずも食べなさい」

そして怒られた。
バツが悪い……

紅茶に手を伸ばしながら、私は姉さんをちらりと見る。

「姉さんはいいの?」

「なにが?」

「こっちの学校。向こうもだけどさ」

「どうかな。でも母さんのこと心配だし」

紅茶の湯気を飛ばしながら口づける。
あんなことがあれば、それもそうか。

「学校ってここから近いの?」

「歩いて大凡30分といったところね。
聖祥学園ってパンフに書いてあったわ」

「そっか」

なんだか聞き覚えがあるような、ないような。
もう、覚えてないや。

「楽しみだなぁ」

萎えてる私を他所に姉さんは凄く前向き。
逞しくなりすぎだってば。

「オルタナは楽しみじゃない?」

そう振られても、戸惑うしかない。

「……うーん……行ってみないとね」

といって逃げておいた。
正直学校自体はどうでもいい。

食事が終ると自室に戻る。
ベッドに腰かけ横になる。
まだ少し、首が痛かった。

顔を顰めてしまう。

「―――」

少し思い出す。

私を迎撃してくれた桃色の砲撃。
時系列のおかしさに少し首を捻る。

できれば、もう接触したくない。
首も大人しくしていれば平気だし。

何気なく首元に手を伸ばそうとした時。
コインが枕元に落ちていた。
姉さんのだろうか。
ミッドのものだ。
それを手にすると指先で弾く。硬質な音と共に天井に衝突し
戻ってくる。

そうだ。

私はなんとなく思った。
落ちてきたコインをキャッチして裏か表か見てみると
裏だった。即断即決ということで起き上がる。
首に痛みが走った。涙目。

「あいたたた……」

と言いながらも経ちあがって部屋を出る。
リビングに赴くと、まだ三人は食後の会話を楽しんでいた。

「リニス」

「なんですかオルタナ?」

「お願いがあるんだ」

姉さんも母さんも、頭上に?マークを浮かべている。
とりあえず地球での生活。楽しめればいいんだけど。






第2回






揺れるバスに乗る。エンジンの駆動が座席越しに伝わる。
後、他の生徒達の会話がたえまなく聞こえてくる。窓越しに流れる景色を見つめながら、隣に座る姉さんの姿が
窓の反射に映っている。回りは盗み見るように私達を時折見ている。

金髪の姉妹。

確かに外人は珍しいかもしれない。
それも、唐突に日常に現れたら。
やっぱり珍しい。

「…………」

私は伊達眼鏡越しの風景を見つめ続けた。
かつての記憶、故郷を思い起こす。
でもここには、「俺」が知っていた母さんはいない。
「俺」の存在も無い。在るのはアリシアと混ざった私だ。

「俺」はただの情報に過ぎないんだ。
すごく、他人事だった。

でも同時に、どうしようもなく懐かしかった。
私になったつもりでも、まだ、割り切れない。

割り切れる日なんてこないのかもしれない。

疼く胸を押さえて目を閉じる。


学校に到着すると職員室、とやらに向かう。
そこで担当の教師に話を聞く。どうやら私達姉妹は同じクラスらしい。

「良かったね、オルタナ」

笑顔の姉さん。

「そうだね」

とりあえず同意しておく。
気軽に話せる相手が傍にいるというのは楽でいい。
助かるよね。

簡単な話も終ると教室へと移動する。
廊下で待機を指示され、元からいる子にとってはイベントのような気分かもしれない。

「楽しいクラスだといいね」

「そうだねー」

本当に他人事に話す。
もうなんでもこい。教師からの合図をもらうと、中へ。
大多数の目線を浴びるというのは非常にむず痒い。

「それでは紹介を」

まず姉さん。

「フェイト・テスタロッサです。
よろしくお願いします」

ぺこりと愛想ある笑顔で一礼する。
続いて私。

「オルタナ・テスタロッサです」

ぺこりと一礼する。でも、私はもう長い髪はない。
リニスに切ってもらったお陰で酷くこざっぱりしている。
眼鏡もおまけだって私視力弱くないし――と。

驚きの眼差しを向けてくるある人物を見つけた。
とても解りやすい態度で助かる。でも私は表情を変えない。
姉さんのように笑顔は作らない。疲れるし。

「それじゃあフェイトさんはここの机で。
オルタナさんは奥の空いている席でお願いします」

「はい」

姉さんは軽快。私も教師の指示に従う。
でも、私の隣の席がなのはちゃんだったのは少し驚きだったけど。

「宜しく」

「よ、よろしく――」

挨拶だけするとなのはちゃんも返してくれた。
なのはちゃんはずっと私を見ている。
とりあえず無視しておいた。

「き、教科書まだ無いよね?」

「持ってるよ」

そこで会話を終える。
私少しドライかな?
転校生の珍しさはどこの世界でも似たりよったりかも知れない。
ミッドでもそうだった。異物の混入は誰でも気になるのが筋。

でも私の席に来る子は皆、対応が悪い事を知ると離れて姉さんの方へ行く。
面倒臭くなくて助かる。あっちは笑顔。こっちは適当。当然かもしれない。
授業もそつなくこなし、昼休みになるとリニスが作ってくれた弁当を手に屋上へと赴く。

煩わしさからの離脱。
それでも、そこらかしこから子供達の楽しそうな声が聞こえた。
眩しい太陽の日差しを浴びながら適当なベンチに腰を下ろす。
食事を始める。

リニスの手作り弁当に舌鼓を打っていると、姉さんも姿を現す。
当然、私に寄ってくる。

「誘ってくれたらいいのに」

なんて事を。

「クラスの人達と食べるんじゃなかったの?」

「断ったよ」

と言いながら弁当箱を開けて一言添えると食べ始める。
何をしても様になる姉さんだった。

「(外見は私も同じか)」

そういえばそうだった。甘くておいしい卵焼きを口にしながら気付く。
家族に知れたら呆れられる事間違いなし。空腹から満腹になると満足して眠くなってくる。
早めに教室に戻って寝ようかと思っていると屋上に新たな来訪者が顔を見せた。

姉さんも気づいた。
なのはちゃんだった。私の隣の席の人。
彼女は一直線に私達のもとにやってきた。

「隣座ってもいいかな」

「どうぞ」

拒む理由がない。私と姉さんの言葉は重なった。
弁当箱は小さな巾着袋に入れて片付ける。

「高町さんはどうしたの?」

流石。
もう名前を覚えている姉さんが尋ねた。

「うん。あのね」

なのはちゃんは改まった。

「ジュエルシードから手を引いてくれないかな、フェイトちゃん」

「――――」

「…………」

ダイレクトな物言いに姉さんは目を丸くした。
私も無言だったけどある事を悟る。

姉さんは私を垣間見てから再び、なのはちゃんを見る。

「条件付きならいいよ」

「え?」

今度はなのはちゃんが目を丸くした。
断られる前提だったのかもしれない。

「私の質問に何回か答えてくれたらね」

「う、うん」

姉さんの雰囲気に押されたのか。言葉が少し弱い。
いつも通りの笑いがこぼれる。

「それじゃあ、高町さんは誰にジュエルシードのことを聞いたの?」

いきなりダイレクトすぎな姉さんだった。
心臓が締め付けられるよ……

「えっと、魔法を教えてもらってる人に――」

「管理局の人?」

「え、うん」

「なのはさんも管理局所属なの?」

「うん」

「そっか。ありがとう」

「それじゃあ」

「私、昨日この世界に来たばっかりでジュエルシード探した事無いよ
探す気もね」

「え゛」

なのはちゃんが固まった。

「なのはさんが撃墜したのは私じゃなくて、オルタナだよ」

私は目線も合わさず無言を貫く。

「え……」

なのはちゃんから驚きの眼差しが向けられる。
でも私は変化しない。静かな吐息を挟み立ち上がる。
見上げる眼差しと見下ろす眼差しは交差する。

「話はそれで終り?」

なのはちゃんは無言だった。私は踵を返すけど姉さんに手首を掴まれる。

「まあまあ、オルタナ。待ってよ。
それじゃなのはさん最後の質問ね」

「う、うん」

「私達と友達になってくれるかな」

「え?」

「友達。勿論答えがノ―でも構わないよ。
答えてくれればそれで大丈夫」

姉さんは優しい。でもなんだか癪なので付け加えておく。

「私達はただの一般市民。
この世界に来たのも正式な手続きを踏んでる。
ロストロギアにも手は出さない」

「じゃあどうしてあの時……!」

なのはちゃんは少し声を大きくした。最後の一瞥を送る。

「私はジュエルシードの輸送船に乗っていただけだし。
ロストロギアの拡散を防ぐごうとしたらああなっただけ」

「え゛」

それだけ言い残すと姉さんの手を擦りぬけて後にする。
その後、なのはちゃんと姉さんは友人になったと念話で聞いた。
オルタナもなればいいのにというのはスル―した。

残りの授業も適当に受けて初日を終える。
バスには乗らず徒歩で帰る途中――念話を受ける。姉さんだ。

”――はい。”

"あ、オルタナ?"

”うん”

”先帰っちゃうんだもん、少しは待っててよ”

”ごめんね、姉さんは友人が多そうだったから”

”オルタナも作ればいいのに”

”ありがとう。でも気持ちだけで”

”もうっ。 あ、帰りになのはちゃんの家よってくから少し遅くなる。
ケーキ屋さんやってるんだって”

”良かったね”

”うん”

”楽しんで”

”あ、オルタナもなのはちゃんと友達に――”

そこで念話を切断する。
自分の足音だけがいやに大きく聞こえる。

私は家族だけが大切というわけじゃない。
でも、大多数の友人は煩わしかった。
今はいらない。海とすれ違う自動車を眺めながら歩く。
涼しい風と排気ガスと潮の匂いが特徴的だった。

管理内世界では嗅いだ事の無い匂い。
とても、懐かしくもある。目を閉じる。
―――子供のはしゃぎ声が耳の奥で聞こえていた。
車は過ぎ去る。







「オルタナ」

夕食を食べ終えベッドで横になっていると、姉さんが姿を見せた。
眼だけ動かす。

「何?」

「なのはちゃんとジュエルシード探し、行ってくるね」

「うんうん」

「味気ないなぁ」

首の痛みはなくなってきたけど、手をひらひら振って見送る。

「そんなことないよ。
必要なら呼んで。私も出るから」

「うん。
あ、そうそう」

「ん?」

姉さんは何か言い残したのか踏み止まる。

「今日ね、なのはちゃんのおうちでやってるお店に行った時。
友達を一人紹介してもらったんだけどさ」

「うん」

「その子も魔力持ちだったよ」

「ふーん」

あまり興味がない。
八神はやてかな。

「興味無い?」

ダイレクト!
なんてお姉さま。

「んーっていうか、コメントし辛い感じ」

「そっか」

そう言いながら姉さんは笑うんだけど。

「何かあるよ」

「何かって?」

意味深な言葉だった。

「私も何なのかは解らない。
でも、何かだね」

「何なの?」

「裏があると思うんだ。またなのはちゃんから話を聞きだしたんだけど
なのはちゃんに魔法を教えてくれた人も魔法使い。管理局所属。それでね。その魔法使いさんは
お友達ちゃんの保護者役もやってるらしいんだけど――その子、魔法は知らないんだって。リンカ―コア持ってるのに」

いいことを聞いた。
私は少し話に乗る。

「考えすぎじゃない?」

「やっぱり?」

そういって姉さんは笑う。

「行ってくるね」

「うん。行ってらっしゃい」

姉さんは家を出ていった。
私は天井を見る。姉さんは鋭いんだかあてずっぽうなんだか解らない。
でも、なのはちゃんに魔法を教えた人がユーノ・スクライアじゃないことがこれで確定した。
不思議な話。

それともう一つ。多分、姉さんは私にも何か隠している。
と思う。
今私に言ったのは冗談半分。でも、確信すればもっとハッキリ言ってくるかもしれない。
事実、一応の流れを知る私からしたら怖くてなんとも言えない。まっくろくろもいい所。
ため息を落とす。

「しーらない」

目を瞑る。
意識は遠のいた。

「あ! 寝るならお風呂入って歯磨いて着替えてからですよオルタナ」

ひと息に言われて目覚める。
リニスが部屋の前を通りかかったのが運の尽き。
別にやましいこともないので、部屋の扉はいつもあけっぱなし。
時計を見ると、数時間が経過していた。頭を掻く。

「あい」

リニスとなんとかには勝てない、と。時計を見るといつの間にかもう深夜に近かった。
寝てもいいけど、姉さんとなのはちゃんの魔力がまだ動いているのを関知すると
風呂に入る気にはならない。衣服の上からバリアジャケットを纏うと窓枠に足を引っ掛けて、外へ飛び出る。

「行くよレーベン」

景気づけに名前を呼ぶ。ちなみに、私の部屋は二階。
飛行魔法で大空へと上がっていく。もっと、もっと、もっと―――。
どこまでも高く。街の景色があっという間に豆粒になるのも一瞬だった。

「はは」

夜景は綺麗だった。
この世界の空も悪くない。
満更でもない。
月も綺麗だし、空気も割と澄んでるし。

「地球もいいね」

レーベンのコアが点滅する。
勿論返事をしているわけじゃない。
機能が正常作動している証拠なだけ。
でも、それが私には生きている証拠に見えて仕方ない。
機械への愛着かもしれない。

姉さんとなのはちゃんは結界を張ってジュエルシードと頑張ってるみたい。
いい傾向。是非ともその調子で頑張って欲しい。応援してる。
心の中で。

大きな呼吸を繰り返しながら冷たい酸素を取り込んでは吐きだしていく。
少し白い息が綺麗。

”―――誰か”

「ん?」

”―――誰か助けて”

ふと。念話を受信する。
それもオープンチャンネルで誰彼構わずに送信している。

”――――――誰か、力を!”

「スクライアだよね」

ひとりごちに呟く。
でも、今姉さんとなのはちゃんは別件に当たってる。
私は関わらない、と決めた訳でもないので念話を送る。

”姉さん、今の念話の送信者の所には私が行く”

”お願い。ちょっとこっちも手が離せないんだ”

”任せて”

そこで念話を切ると、レーベンに位置探索をさせて場所を特定。
一気に滑降する。雲を突き抜けみるみる間に街が近づいて行く。
ユーノ・スクライアの場所は夜の公園。

数秒で、公園近くまで来るとユーノの居場所に急行する。
まだ、思念体とユーノは対峙していたが

「!?」

そこにいたのは、まだこの世界では見ない車椅子姿の八神はやてであった。

「君は!?」

「魔導師―――救援!」

手が出せない。
状況が解らない。
レーベンを操作して目の前の相手が思念体と確認するけど――やっぱり八神はやてには変わりない。
何?
どうなってるの?
八神はやての近くにジュエルシードがあってそれが願いとして発動でもしたの?

「―――――」

考えても答えはでない。

「ぎぃ」



「ぎぃ」

???

「ぎぃ」

?????

「あぎぃ――」

奇妙な声が何度も聞こえた。
それは思念体・はやてから発せられているものだった。
口は大きく開かれ甲高くソプラノ歌手でも到達しないような大声が飛びだしてきた。
殺人ボイスというわけでもない。
それが

高く。
どこまでも高く。
美しい剣のように研ぎ澄まされた声が天に昇っていく。
類似する生物の声はない。

少女の姿とのギャップが大きい。
だが、狼の遠吠えを私に思い出させてくれる不思議な声だった。
身の毛がよだつ。
攻撃も、防御も、逃げもせずず思念体・はやての声を聞く。
透明であまりにも美しい声。

――これが死を覚悟している八神はやての内にためられているものっていうの?
私は迷い続ける。でもユーノ・スクライアは違った。
バインドを仕掛ける。

思念体・はやての声は途絶え私の意識も普段のものが戻ってくる。

「早く!」

リングバインドとチェーンバインドに締め付けられ身動きが取れない思念体・はやて。
とても苦しそうだった。どこか、罪悪感を感じてしまう。

――ごめん。

心の中で謝罪していた。
スタンモードに近い射撃を思念体に連続して加え一気にジュエルシードを封印してしまう。
後に残るのは美しい結晶と夜の公園の静けさだけだった。静謐さが私の心を覆う。

今浸っている感情は――苦しみだ。
そして僅かな後悔だった。
無念の想いに浸ってしまう。

「………………」

なんとも言えない気持ちだけが残った。
でも、いつまでもそうしてはいられない。
顔をあげ気持ちを切り替える。

「平気?」

「ああ、うん。だいじょうぶ――」

フェレットはそういいながら倒れてしまう。仕方がないので回復魔法をかけながら、ジュエルシードとフェレットユーノを手にするとその場を後にする。
空にあがると、丁度高町なのはとフェイトと出くわす。

「オルタナ」

「こっちも終ったよ、姉さん」

向こうも、さしたる問題も無く終ったみたいだった。

「高町さん」

「な、なに!?」

そんなに驚かないでよ。傷つくし。
ジュエルシードを投げ渡す。

「わ、わ」

「あげる」

それだけ言い残すと私はテスタロッサの家まで一足先に戻った。
自室の窓から中に入る。適当な籠に小さな毛布を敷いて、ユーノ・スクライアを寝かせる。
真っ暗な部屋の中は、公園同様静かだった。あの八神はやては何だったのだろうか?

答えはでない。
全身を覆うバリアジャケットを解除すると風呂に入ってそのまま寝た。






翌日。
当然、私には学校がある。
ユーノも起きていた。
リニスに説明して任せた。

なんだか、隣の席の高町なのはがそわそわしてる。
話しかけてこなかったので全部無視。
下校時、私は何気なく図書館に寄ってみた。
もしかしたら八神はやてがいるかもしれない、という下心だったんだけど。

「あれ――フェイトちゃん?」

いた。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.1687958240509