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[4894] 魔法世界転生記(リリカル転生) test run Prolog
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2011/01/31 01:14
 皆様は魂という存在を信じるだろうか?

 現代医学ではその存在は当然否定されている。人間は脳ミソで物を考えているのであって、心という曖昧な心臓もどきで思考している訳じゃない。まあ、脳ミソ自体がまだまだ地球の医学レベルでは解明出来ていないので、その中に魂の一つがあっても不思議じゃない。
 たとえ魂という物が存在したとしても、死んでしまえば電気信号で物を考えている脳と共に消え去る。それが少し前までの俺の中の常識だった。



 つまり、何が言いたいのかというと。



「ふぎゃああああ……(え、何この状況?)」

 気が付けば、白い天井を見上げて俺の口は勝手に泣き喚いていた。周りには医者らしき人物と、汗まみれで…それでも、満面の笑みで”俺”を見ている薄い水色の髪を持った女性。”俺”を抱き上げていた看護婦が彼女に近づくと、そっと手渡された。
 俺はというと、巨大な人間(なんせ俺の10倍近くの大きさがあるように思える)に困惑しながら、自由の利かない身体を精一杯捩じらせることしか出来なかった。
 状況がさっぱり理解できない。

「……初めまして、私の赤ちゃん。これからよろしくね」

 女の人が、”俺”を優しく抱きかかえながら、優しく微笑んだ。
 あまりの慈愛に満ちた微笑に、見惚れてしまったのは仕方ないだろう。
 げ、現実逃避じゃないんだからねっ!?





 ……とまあ、ツンデレごっこで誤魔化してみても、現実は変わらなかった。というより、強制的に認識せざるを得なかった。彼女……つまりは、現俺の母親となる訳だが、マリエル・コッペルの実子として俺は新たに生を受けた。転生という奴である。
 いや、死んだ記憶もないんですけどね?
 徹夜の地獄ロード的な仕事から帰って、さあ丸一日寝るぞと自室のベッドに倒れこんだと思ったら赤ん坊だ。寝ている間に心臓発作を起こして死んだのかもしれないが、少なくとも俺の主観では寝ていただけである。
 前世の記憶、などと言うには俺は俺でありすぎて、いまいち転生やら生まれ変わりやらと言われてもピンと来なかったのが正直な所だ。

 が、赤ん坊として何ヶ月も過ごしていれば、これが現実だと認めざるを得ない訳で。

「いないいないばー」
「あ~(顔近づけんな)」
「おお、手を叩いて喜んでるぞ」
「ふふふ。お父さんと遊べて嬉しいのよ」

 そして、その半年あまりの間、幸せ絶頂の新婚夫婦が何かというとイチャ付きやがる光景を俺は強制的に見せられていた。それは独身のまま前の人生を終えた俺への嫌がらせですか?
 ”いないいないばー”に引き続き、”べろべろばー”を敢行してくれた俺の父親に当たる人物はクロエ・コッペル。確かクロエってのは女の名前だった気がするんだが、本人は女顔でもなんでもない、顎のお髭が逞しい大男だった。
 一方、その妻であるマリエルは、絶世の美女……というか、絶世の美少女。どう見ても10代前半にしか見えない。いかつい赤髭の大男なクロエと並ぶと犯罪そのものな夫婦だった。
 ”俺”の好みはもっと肉感的な、いわゆるボインな大人の女性なんだが。造詣がここまで整っているとちょっと……いや、大分羨ましい。母親に抱く感想じゃないけどな。
 この半年で、前の自分への未練が断ち切れた訳じゃないが、それなりに割り切ることは出来た。田舎に家族がいたことはいたが、既に独り立ちした身であった俺には寂しいと思いこそすれ、肉親との永遠の離別はそれほど落ち込むような出来事ではなかったのだ。まあ、ショックはショックだったんだが。
 これが結婚でもしていたら落胆の一つもしただろう。けれど、あいにく仕事が恋人だったので「これもまた人生(二度目だけど)」と自分への説得に成功してしまった。

 しかし、である。
 どちらかというと、不安なのはこれからの生活に付いてだった。
 両親の横文字な名前とハイカラな外見から薄々察してはいたんだが、ここは日本じゃない。ついでに言うと、地球ですらなかった。

「クロエさん、本当に気をつけてね。最近は質量兵器を使う犯罪者だって増えてるんですから」
「なに、心配するな。俺の腕前は知っているだろう?」
「でも……」
「伊達に空戦魔導師Aランクは取っておらんよ。どちらかというと、部下達が心配だな」

 がははは、と親父な笑い声を上げるクロエに対して、不安な様子を隠せないマリエル。
 その台詞は死亡フラグですよ、と「だー」なんて声を掛けるしか俺には出来なかったが。

 そう、魔導師。信じられない事に俺が新しく生まれたこの世界には魔法があるらしい。
 魔法だぜ、魔法。最初クロエが「お父さんは魔法使いなんだぞー、強いんだぞー」と俺に高い高いをしながら告白してきた時は、電波が入った現父親に頭痛を覚えたんだが、それは真実だった。
 そのまま空を飛んで、高度5mぐらいの位置で高い高いをされれば嫌でも信じるしかない。

 クロエはどうも魔法を使った警察組織のような所で働いているらしく、妻であるマリエルの愚痴を何度となく聞いていた。マリエルも元々そこの組織で働いていたらしいんだが、結婚を機に寿退社したという訳だ。
 まあ、子供の前でそう難しい話をする訳もなく、夫婦の雑談を半年も聞いてようやく分かった事情なのだが。

「あーあー」
「あ、はいはい。アイちゃん、お腹空いたのかな?」

 生後半年となった俺は、ようやくまともに身体が動かせるようになった。まともになったといっても腕一本、指一本動かせなかった何一つ自由のない状態から、手を親に向かって伸ばせるようになった程度の進展なんだが。それでもこちらの意思を伝えやすくなったので、お腹が空いたぐらいは意思表示をするようにしている。マリエルの方も慣れた物で「賢い子だねー」と実に嬉しそうに…あー、乳をくれる。
 まあ、身体が赤ん坊のせいか、まったく欲情しないんだけどな。
 下の世話に関してはオムツの中に漏らしても黙して語らず、クロエとマリエルは首を捻っていた。勘弁してください。

 だが、最大の問題はいずれ脱却出来るだろう下の世話じゃない。

「魔力量もそれなりにあるし、頭も良い。さすが俺達の子だな」
「うふふ、それだけじゃないですよ。ほら、見てください。このぷにぷにな頬とつぶらな眼。きっと美人になりますよ」
「ああ、きっと器量の良い娘になってくれるさ」

 ……アイリーン・コッペル。それが今の俺の名前だ。そう、つまり女。♀である。
 俺っ娘という訳じゃなく、前の俺はきちんと男だった。それもどちらかというと、クロエのようないかつい男で。仕事はシステムエンジニアだったが、パソコンに向かっている姿が似合わないと同僚によく笑われたものだ。
 それが今じゃアイリーンである。母親譲りの水色の毛髪に、繊細な白い肌。赤髪褐色のクロエの血はどこにいったと問いたい。育っていったら多少はクロエの血も表に出てくるだろうか?

 さすが異世界というか、水色の毛髪は不思議だ。地球じゃ染めるか、さもなくばアニメの中にしかいない人種である。クロエの方はアジアの方にいけばそれなりにいるんだろうが。

 とにかく。俺は転生という滅多にない出来事の上に性転換を重ねたレアイベントを経験しているらしい。魔法が使えるようになったら、男に変身する魔法を探そう。そう決意する。

「綺麗に育ってね、アイちゃん」
「お前にそっくりになるぞ、きっと」
「もうちょっと、大人っぽくなって欲しいんですけどね」

 ……娘が男になったら親としてはショックだよなぁ。
 女となったことそのものより、そちらの方が問題かもしれないと赤ん坊の俺はそっとため息を吐くのだった。





■■後書き■■

という訳で、リリカルなのはオリキャラTS転生物です。
この作品にはオリジナル設定&オリジナル解釈が多々含まれます。
そういう物に拒否感を覚える方はブラウザの戻るボタンを押して下さい。



[4894] test run 1st「我輩はようじょである。笑えねーよ」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:34
 よう、アイリーンだ。前世の名前は封印する。今の姿には似合わんしな。

 月日が流れるのは早いもので、俺はもうすぐ3才の誕生日を迎えようとしていた。
 これがまた母親のマリエルそっくりで、ころころと小さく可愛い美幼女に育っていた。が、中身は所詮成人男性の俺である。可愛さも半減しているだろうと鏡と睨めっこしていたら、マリエルに微笑ましそうに笑われた。

 前世の忙しさから開放された俺は食っちゃ寝を繰り返すニート的赤ん坊生活を満喫しようとしていたのだが……いやはや、実に考えが甘かった。赤ん坊には赤ん坊の仕事があるということだ。
 そう、まず俺は寝返りと立つ事を覚えなければならなかった。
 自分のこの練習を覚えている人間は、俺のような特殊な例を除きほとんどいないだろう。
 人間の記憶が赤ん坊の時あやふやなのは、この苦労を忘れる為だと今の俺には確信できた。なんせ、その苦労はリハビリの比ではない。リハビリは肉体的に衰えた身体を戻し、前の状態を思い出す物だが、この身体はそもそも覚えたことすらない。それを無理矢理鍛える苦労は、赤ん坊が泣きまくるのも無理はないというぐらいに壮絶だった。
 おかげで、言葉はもう分かるというのに、立って歩くのに2歳までかかってしまった。遅すぎである。
 ようやく歩けるようになっても、電池が切れるまで動き続ける子供達と違い、俺がそこまで身体を動かすのは実に辛い。故に、どうしても同年代と比べると身体能力は低かった。前世の身体の動かし方に関する経験値を入れても、やっとトントンと行った所だ。駆けっこなど相手にもならない。
 クロエとマリエルに心配を掛けてしまっているのだけが心苦しい。

 だが、知識だけは子供に負ける気はなかった。
 言葉が通じていたので気付かなかったのだが、この世界の公用語は日本語じゃない。だが、翻訳魔法といった便利な物があるので会話が分かっただけなのである。
 この魔法世界……ミッドチルダは、他の世界に行く技術を既に獲得している。当然、世界が違えば言葉が違う。それ故に開発された翻訳魔法だったが、それの応用で割合簡単に言葉を脳に刷り込むことが出来るらしいのだ。
 当然、それは赤ん坊にも適用される。俺がいつのまにか、ミッドチルダ語を理解するだけじゃなく話せるようになったのも同様の理由だ。だから、地球に比べてまだ幼児の俺がぺらぺら喋っても、不気味には思われなかった。
 さすがに早熟だったらしく、我が子は天才だと喜ばれたが。

 しかし、文字は別だ。こっちは地球と同じく自力で覚えるしかない。
 脳裏に染み付いた日本語との齟齬はかなり辛かったが、既に言葉は喋れているのが幸いしてかなりの習得スピードで覚えることが出来た。気付けば、家にある難解な魔法の専門書に眼を通してもなんとか理解出来るぐらいだ。
 不思議なことに、魔法というのは科学におけるプログラミングにかなり近い。しっかりと構成を組んで、発動にたる量の魔力を突っ込めばきちんと走るのだ。地球で「進みすぎた科学は魔法と区別できない」みたいな言葉があったが、魔法もまた然りなのだろう。
 で、前世がシステムエンジニアだった俺はこれにハマった。ハマりまくった。
 ファンタジーちっくな魔法というのも憧れるが、理解するにはこちらの方が断然良い。呪文を唱えて何故か発動するシステムだったら、丸暗記ぐらいしか俺には出来ることがなかっただろう。

 そんな訳で、幼児の俺は社会勉強もそこそこに、ひたすら宙に魔法陣を描いて魔法のプログラミングとテストランに励んでいるわけだ。幸い、変わった子供ではあるが、魔法が基盤の世界(ミッドチルダ)では優秀な子供と捉えられているらしく、クロエとマリエルに妨害されることはなかった。
 まあ、マリエルの方は2才にして魔法オタクな娘に嘆いていたが。

「アイ、アイー?」
「人をサルのように呼ばないでよ、かーさん」
「…なんでおサルさんなの?」
「え、あー……こっちの話。それでかーさん。ご用件は?」

 会話だけ聞いていると、どっちが子供だか分かりゃしない。マリエルはアイといった愛称が好きなようで、暇さえあればアイアイと連呼してくれる。正直、愛とかいかにも女の名前に聞こえるし(今は女なんだが)、まだアイリーンとフルネームのほうがマシだ。リーン、とかよくね? と常々思っているのだが、残念ながらそう呼んでくれた人はまだいない。
 俺が用件を聞くと、マリエルはぷくーっと頬を膨らませ。

「もう、12時にはご飯だって言ったでしょ。魔法の練習は一度やめて食べなさい」
「はーい。マム」

 相変わらずマリエルは若々しい…というか、子供にしか見えない。最近だと、母親というより世話好きの妹という感じがしているのだが、それを言うと拗ねそうなのでそっと心の中に仕舞っておいた。



「はい、たくさん食べなさい」
「いただきます」

 マリエルのご飯は実を言うと、あまり美味しくない。本人が性格的にも物理的にも不器用なので、料理に向いていないのだ。しかし、女の手料理にケチなんぞ付けず、男は黙って食べる。染色体XXの身となった今でも実践することにしていた。
 今日の昼食は、ペペロンチーノ風のパスタである。いや、ペペロンチーノはイタリア語で鷹の爪という意味で、この世界にその言葉はないんだろうが、それに非常に似たパスタだ。マリエルの得意料理……というか、レシピを見ないでも作れる数少ない料理なので、かなりの確率で昼食に登場するのだ。

「どう、美味しい?」
「お……美味しい、よ?」
「アイ? どうして、そっぽを向いてるの?」
「うん、夕日が眩しくて……」
「まだお昼よ」

 蕎麦のようにずるずる啜る俺を許して欲しい。あんまり噛んで食べたい物でもないし。
 行儀が悪い、とマリエルにチョップを食らったのは不本意だったが。

「帰ったぞー」
「あ、おかえりなさい。とーさん」
「おお、アイリーンは相変わらず可愛いなぁ」

 クロエが帰ってきたのを見た俺は、チャンスだとばかりにペペロンチーノ風の何かを放り出して、大きな身体に飛びついた。相好をだらしなく崩したクロエは、俺の身体を抱き上げる。マリエルの方も食べる手を止めて立ち上がり「おかえりなさい、クロエさん」と微笑んだ。
 なんでもいいけど、娘の頭越しにおかえりなさいのキスをするのはやめて欲しい。

「そうそう。アイリーン。今日はお父さんから誕生日プレゼントだ」
「とーさん、私の誕生日までまだ一週間あるけど」
「その一丁前の口が中身を見てからも言えるかな?」

 と、俺を下ろしたクロエは、脇に抱えていた大きな包みを押し付けてきた。かなりの大きさで、今の俺と同サイズぐらいある。マリエルの方も、このプレゼントは知らなかったのか不思議そうに首を傾げて荷物を覗き込んでいた。
 開けてみろ、と顎で促された俺は荷物を包んでいる紙袋を剥がして行き……中から出てきたのは、予想外すぎる物体だった。

「……デバイス!?」
「どうだ、アイリーン。気に入ったか?」
「すっごい気に入った! ありがとパパー!」

 普段は使わない呼称でクロエの首筋にすがりつく。おまけとばかりに、頬に唇を押し当ててやると鼻の下が限界までゆるゆるに伸びた。
 父親とはいえ、男のクロエにこんなことをするのは色んな意味で嫌過ぎたので滅多にしないんだが、それを振り切ってもいいぐらいに嬉しいプレゼントだった。
 デバイスとは魔法を使用する際の補助機械だ。ファンタジーな言い方をしてしまえば、魔法の杖である。最初に見たのはクロエが使っているデバイスだったが、いかにも機械チックな杖に酷く驚いた覚えがある。魔法技術からの分岐らしいが、ミッドチルダの科学技術もかなり発展しているらしく、機械仕掛けの見た目や電子音声で動くそれはまるで地球製に見える。
 補助をする機械といってもその精度は半端じゃなく、魔法を本格的に使用する人間の大半がこのデバイスを使っているそうだ。まあ、魔法の構成がプログラミングのように理屈で組んでいるのだから、機械の方が得意なのは当然だ。
 魔法を習う最初期こそ自分で魔法を構築するものの、基本を学べばそのプログラミングと制御の大半をデバイスに任せてしまうらしい。人間は中枢部分の制御と、魔力の流し込みといった発電機のような役目になっていくそうだ。
 まあ、人間の処理能力に限界がある以上、機械で性能を拡張するのは当然の成り行きかもしれない。
 中にはデバイスを使わないで機械以上の処理能力を発揮する天才もいるらしいが。

 とにもかくにも、俺は初めてパソコンを買い与えられた時の様に飛び上がって喜んだ。
 デバイスさえあれば、今まで能力不足で出来なかったアレもソレもチャレンジし放題だ。
 手に取ったのは、金属製の真っ白な杖。杖の先には青色の宝石が光っていて、そこがデバイスの本体。パソコンでいうCPUやメモリの詰まった部分だ。

「クロエさん……アイにデバイスなんて、まだ早すぎます」
「そんなこといってもなぁ…もう完全に初等教育の魔法は終わっちゃってるだろう? このままデバイスなしで先に進む方が危険だと思って……」
「だからって……」

 両親が何やら揉めているようだが、俺の興味は既にデバイス以外になかった。説明書を探して箱を漁るのだがそれらしき物は見当たらない。地球と違って説明書はないのか? と、デバイスを弄くり回していると、

『set up.【起動します】』

 合成音声と共に、宝石が光り輝いた。掌から魔力と呼ばれるエネルギーがデバイスに流れ込んで行き、まさに生命が吹き込まれたように脈動するのを感じた。俺が感動で言葉を失っていると、青の宝石に灯った光が瞬いた。

『Good morning my master. Please teach your name.【おはようございます、マイマスター。貴方の名前を教えてくださいますか?】』

「……インテリジェントデバイス?」

『Yes my master.【その通りです。マイマスター】』

「手に入れるのに苦労したんだぞー。ちょっとばかりコネを通して、管理局の精鋭が作り上げた特注品だ。きっとアイリーンの役にたってくれ……」
「クロエさん。ちょっとお話が」
「え、あ、な? ど、どうせアイリーンにデバイスを持たせるなら、ストレージなんかじゃなくてインテリジェントの方がいいだろ?」
「アイちゃん。ちょっとお父さんとお話してくるから」
「あ、うん……行ってらっしゃい」

 中学生にしか見えないマリエルが、大男のクロエを引きずっていくのを呆然と見送り……手の中のデバイスに視線を落とした。

「ああ、えーと……私の名前はアイリーン。アイリーン・コッペル。貴方の名前は?」

『I have not had the name yet.Master Eyelean. You must name it.【名前はまだありません。マスターアイリーン、貴方が付けて下さい】』

「あー、うん。そっか」

 開発名というか、いわゆる機種名はあるのかもしれないが、固有名は未登録状態なのだろう。
 なんだか、パソコンを貰った時とは違う……そう、言うならば魔法の存在を知った時に似た感情が湧き上がってくる。胸が高鳴るような、好奇心が満ち溢れてくるような。そんな感覚が。

「それじゃあ、貴方の名前は……」




 それが始まり。
 転生した時ではなく。
 これから一生付き合っていく事になる、純白のデバイスに名前を付けたこの瞬間こそが。
 ”俺”の、そして私の……第二の人生の幕開けだった。





■■後書き■■

次回からワクワク血の踊るような魔法戦闘シーン!
には死んでもなりません。まったりのったり進みます。
そういう物に忌避感を覚える方はブラウザの戻るボタンで戻って下さい。

ちなみに作者は英語が壊滅状態です。
助けてエキサイト翻訳。



[4894] test run 2nd「泣く子と嘆く母親には勝てない。いや、勝っちゃあかんだろう」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:35
 地球にあった家電製品のように、デバイスにも種類がある。
 その中で、俺が貰ったインテリジェントデバイスとは、その名の通り知性を持ったデバイスの事だ。まあ、俺のいた地球の現代科学では考えられないほど高度なAIだと言えば分かりやすいかもしれない。

「ソーセキ。今度の構成はどうだ?」
『【まだ少し無駄があります。ですが、発動には十分過ぎるでしょう】』
「んー…それじゃあ、そろそろ実際に走らせてみるか。具体的にロスが出た部分を報告してくれ」
『【了解しました】』

 デバイス起動時の第一声にならって某お札の人の名前を付けたのだが、これならユキチでも良かったかもしれない。そう思わせるほどに、ソーセキは魔法の教師として優秀だった。独学で学んでいるが為に発生している俺のスパゲティソース(注 複雑に絡み合い、助長した整理されていないプログラム。主にプログラマーの技量不足が原因)をあっさり読み取り、最適化の為の手順を優しく丁寧に何度でも分かりやすく説明してくれるのだ。これ以上の教師など、存在しないと断言しても良い。
 便利なデバイスを使うことによって、自分で作る構成が拙くなるのだけが怖かったのだが、逆にここ最近の俺の腕は少し前までと比べ物にならないほど上達しているだろう。

 ソーセキを使い始めてから数ヶ月といった所だが、もう一時たりとも手放せないほどどっぷり嵌り込んでいた。マリエルの心配は見事的中したとも言える。
 それにこちらは思ってもみなかった事だが、ソーセキに対して子供口調で話す必要がないというのは予想外に楽だった。お喋りは昔から特に好きじゃなかったが、アイリーンになってからはさらに心から楽しい会話というものが減ったように思える。それがデバイスのソーセキ相手とはいえ、何の遠慮もない……しかも、趣味のプログラミングの事で会話できるのは実に楽しかったのだ。

「ソーセキ。浮遊プログラム起動」
『【浮遊プログラム、起動します】』

 そして、今凝っているのはこれ。クロエに初めて見せてもらった魔法である、飛行魔法だ。正確にはその下位の浮遊プログラムではあるが、飛行魔法とそう構成は変わらないのでこれさえマスターしてしまえば自由に空を飛べる事になる。
 魔力をソーセキに流し込むと、全身を風が包んだような感覚が起こり、ふわりと足先が地面から離れる。
 マリエルの趣味で長く伸ばしている青い髪の毛が風に煽られて散っているが……成功だ。

「このまま空の散歩したい所だなぁ」
『【マスター、ミッドチルダ市街での飛行は法律で禁止されています。それにバリアジャケットも構成出来るようになってからでないと危険が……】』
「分かってるよ。言ってみただけだ」

 市街を自由に飛ばれて衝突事故でも起こったら危険だという事で、ミッドチルダでは街中の飛行は基本的に禁止されている。たまに地球のパトカーや救急車よろしく、緊急事態で空をかっ飛んでいく魔導師はいるが、一般人が何の許可もなく飛べば管理局に捕まってしまうだろう。
 一方、ソーセキの言うバリアジャケットとは、魔法で出来た防護服のことで着ているだけであらゆる衝撃から身を守ってくれる。空を飛行するには許可だけではなく、このバリアジャケットもも必須だ。上空何百メートルから真っ逆さまに落っこちても死にはしないというのだからその性能は折り紙付きである。

 俺の肉体年齢はたったの3才。30cmの高さからでも足の骨を折りかねないので、浮遊していた身体を慎重に下ろしていく。さすがに緊張していたのか、地面に足が付くと自然に口から息が零れた。

『【肝心の浮遊プログラムは満点ですが、飛行魔法に使用する推進機能との接合が上手く行ってません。15%ほど魔力にロスが出てしまうでしょう】』
「そうか。んじゃ、家に帰ってから修正だな」

 最近は家で魔法の練習をしているとマリエルが煩い。特に今日は危険性がそれなりにある飛行魔法だったので、ばれない為にも近所の公園へと出張してきていたのだ。ミッドチルダの首都であるクラナガンにある割に木々に挟まれた小さな公園で、知名度がほとんどないのか昼間だというのに人気がほとんどない。だから、こそこそ魔法の練習をするには打ってつけだった。
 ソーセキを待機モードに戻して懐に仕舞い込む。待機モードとはデバイスの持ち歩きが便利になる機能で、質量保存の法則に真正面から喧嘩を売り、1m弱はあるソーセキが少し大きめのキーホルダーサイズまで縮んでしまうのだ。
 ちなみにソーセキの待機モードはウサギ型だ。金属製でウサギの形が象られているだけなのでマシだが、クロエが無理を言ってこの形にしたらしい。本当の幼児が持つようなウサギさんキーホルダーだったら常に起動状態で持ち歩くところだ。

 公園は自宅から徒歩で20分ほど離れた場所にある。まあ、3歳児の足なのでたかが知れてるが、それなりには離れている。本人の勘による魔力探知などという芸当は漫画や小説じゃあるまいし、まずないと言って良い。すぐそこにいる人間から魔力を感じることは可能だし、アホほど魔力を消費する魔法でも使えば気付くだろうが。浮遊魔法程度では、この距離で気付かれることはありえないだろう。
 マリエルの魔法の腕前を知らないのが心配といえば心配だ。

「まあ、デバイスを持ってるようには見えんし、大丈夫だろ」
『【マスターアイリーン。あと30分ほどでご昼食の時間です。そろそろ移動しないと間に合いません】』
「……食事を無視するとマリエルが煩いしな」

 母親がご飯を食べない3歳児を叱るのは当然なのだろうが、何か違う気がする。どちらかというと、家に引きこもって作業に没頭する駄目息子を叱る母親の図、という方が正確だろう。
 脳裏に描けた構図に苦笑を漏らしながら、帰宅しようと足を動かした矢先に……目元を擦りながら公園に入ってくるお子様を発見した。
 お子様と行っても、7、8歳ほどの少女。つまり、こちらより年上だ。少女は真っ赤に腫らした目をこちらに向けてきたが、すんっと鼻を鳴らして視線を逸らした。子供の頃の3、4歳といえばかなりの差だ。大人の10歳差に匹敵する。年下に泣いている所を見られて、子供なりに羞恥心が働いたのかもしれない。
 無視して帰っても良いんだが…中身二十歳過ぎの大の大人としては、そういう訳にもいかなかった。

「……こほん。お姉ちゃん、どうかしたの? お腹痛いの?」
「ぐずっ…う、ううん、何でもないよ」

 咳払いをして、今の両親以外に使ったことのなかったアイリーンモードの口調で少女に話しかける。その甲斐があったのかどうか、少女は鼻をひと啜りして首を左右に振って平気だと言わんばかりに笑顔を見せた。空元気でも元気というし、一度泣き止んでしまえば平静になれるもんだ。
 少女の身なりはボーイッシュなミニTにチノパンといった格好で、髪は青……俺やマリエルの水色と違って深い藍色だ。やっぱりこっちの世界じゃこの色はそう珍しくないのかもしれない。

「ふーん……でも、それだったらどうして元気ないの? 困ってる事があるなら相談に乗るよ」
「げ、元気だしっ、困ってるわけじゃないよ。ちょっと……帰り道が分からなくなっちゃっただけで」

 それは迷子だ。立派に困ってる。
 口まで飛び出し掛かったツッコミを堪えて、そうなんだと相槌を打つだけで済ます。しかし、迷子となると少々厄介かもしれない。なんせ、こちとら3歳児。遠出をする機会もそうなければ、近所を徘徊することもままならない。例外はこの公園にこそっと脱出する時ぐらいだ。ネットに繋がる携帯ぐらいあれば、住所から地図ぐらい出せるだろうが。そんな便利な物は持ってな……あ。

「ソーセキ。住所から地図って出せる?」
『【可能です。ミッドチルダ・クラナガン市内ならどこでも問題なく表示できます】』
「わっ、喋った……」

 ソーセキのいつもながら頼もしい返答に、少女が目を丸くする。どうやら、インテリジェントデバイスを見た事がないらしい。まあ、そもそもデバイス自体があんまり一般人の持ってるもんじゃないらしいし、中でもインテリジェントデバイスは高性能&高級機種だ。こんな小さな少女だ、一度も見たことないのも無理はないかもしれない。

「という訳で、お姉ちゃん。家の住所分かる?」
「え、あ、う、うん」

 さすがにこの年頃になると自分の家の住所が分からないということはなく、たどたどしい口調で住所を口にした。俺が復唱する必要もなく、ソーセキが空中に地図を投影する。そして、地図に浮かぶ赤い光点が少女の自宅だろう。
 少女の家は、なんとこの公園から5kmも離れていた。迷っている内にこんな所まで来てしまったのだろうが、子供の足でこの距離を歩いたのは相当きつかっただろう。この距離を歩いて帰すのは気が引けるし、第一幼児の俺がこの距離を行って帰ってくるのは無理がありすぎた。
 ほけーっと呆けた表情で空中の地図を眺めている少女に苦笑しながら、俺は猫を被った声で言葉を掛けた。

「お姉ちゃん、遠いからうちに来なよ。私のかーさんに車で送っていって貰えるように頼むから」
「え、え、で、でも、迷惑なんじゃ」
「でも、お姉ちゃん、この地図見て今来た距離を一人で帰れる? 私は付き合えないから、地図もここで覚えて一人で本当に帰れるの?」
「うぅ……無理です」

 ボーイッシュな外見とは裏腹に、押しに弱く気も小さく、引っ込み思案らしい少女は俺が次早に放った言葉にがっくり肩を落として白旗を揚げた。子供は素直がよろしい。
 少女の肩を叩いてどんまい、と慰めるが少女は非常に複雑そうな顔をした。3歳児に同情されたのだから当然といえば当然だ。少々苛めすぎたかもしれないが、泣くよりマシだろうと俺は勝手に納得した。
 少女と連れ立って公園から出る頃には、すっかりお日様は真上に来ていた。正直昼食の時間までに着けるか微妙だが……まあ、この迷子の少女を連れて行けば誤魔化せるだろう。

「そういえば、まだ名乗ってなかったね。私はアイリーン・コッペル。お姉ちゃんは?」
「わたしはスバル。スバル・ナカジマだよ」
「スバルお姉ちゃんか。よろしくね、迷子のスバルお姉ちゃん」
「うぅぅ……なんでわたしこんなちっちゃな子に苛められてるんだろう……」
「あはは、スバルお姉ちゃんは冗談が上手いね。本当のことしか言ってないのに」
「う、うぅぅぅぅ」





 結論から言ってしまえば、スバルちゃんは送っていくのではなくて向こうの親が迎えに来た。まあ、そりゃいきなり他人が押しかけるより、連絡するのが当然だし、そうなれば親が迎えに来るのは当然だ。
 スバルちゃんの親が迎えに来た頃には、すっかり不安と緊張も解けて仲良くスパゲティを食べていた。いや、マリエルの表現し難いペペロンチーノを食べさせるのもなんだったので、俺がミートソースを実装したばかりの浮遊魔法を併用しながら作り、こっそりとぶっかけたんだが。
 迎えに来たのはそれはもう美人さんのクイント・ナカジマさんと、いかにも親父っぽい親父なゲンヤ・ナカジマさん。それに、スバルちゃんの姉のギンガちゃんとナカジマ一家勢ぞろいでだった。
 なんかこー、女性のランクが異様に高い上に、あんまり釣り合わない男がそれを貰うってのはミッドチルダのデフォなんだろうか? いや、失礼な感想ではあるんだが。

 スバルちゃんの時も内心思ってたんだが、ナカジマ一家は実に日本的な名前で驚いた。ミッドチルダは地球の海外と同じで、名が先に来るけれど前後を変えてしまえばナカジマスバル。それこそ、日本にならかなり居そうなネーミングだ。
 子供を持つ親同士、あるいは美人同士気でもあったのか、ナカジマ一家がお礼を述べた後、マリエルとクイントさんは意気投合して井戸端会議と洒落込んでいた。微妙にゲンヤさんが居辛そうだったが、さすがに前の俺ならともかく今の俺じゃ話相手にはなれない。我慢してもらうしかなかった。
 俺はというと仲良くなったスバルちゃんと、妙にお姉さん面する(いや、間違いなく一番お姉さんではあるんだが)ギンガちゃんと遊ぶ事を強制されていた。子守のつもりだったが、オママゴトは正直勘弁して欲しい。

「それにしても、アイリーンちゃん凄いですね。こんな年でインテリジェントデバイスを使いこなしてるなんて」
「どうも魔法が楽しくて仕方ないみたいで……インテリジェントデバイスはやりすぎだって思うんですけど。主人が無理に買い与えてしまって」
「うーん、確かにあんまり早い内からはちょっと怖いですし、寂しいですよね。うちの旦那も娘達に甘くて甘くて……」

 ……あー。あれは本気で居辛そうだ。ゲンヤさんは大きな身体を縮こまらせてお茶を啜っている。がんばれ、ゲンヤさん。
 俺の方もあんまり喜ばしい話題じゃないので、こっそり聞いてはいるが聞いてない振りをしている。オママゴトはギンガちゃんの赤ちゃん役だ。とりあえず、バブーとか言っておけば問題ないだろう。とか思ってやったら怒られた。ハーイ、の方が良かったか?

 しばらく経って、休日出勤していたクロエが帰ってくる。と、ゲンヤさんと顔を合わせて二人して驚いていた。どうやら知り合いだったらしい。なんでも、ゲンヤさんとクイントさん、両方とも現役の管理局員だとか。そう、クロエと同じ職業なのだ。

 その管理局だが、正式名称は時空管理局。某青狸のタイムパトロール? と問いたくなる名称だが、時間を越えたりは魔法でも出来やしない。次元を超えていくつもの世界を管理する機関、なのだそうだ。
 前に管理局を警察と表現したが、実際の所はそれに軍隊と裁判所を足したような、三権分立を真っ向から否定する強大な組織らしい。つまり、魔法で武装して犯罪者を取り締まり自分達で罪を裁けるお巡りさんということだ。ミッドチルダの行政にもかなり強く意見できるらしいし、権力集中しすぎじゃないか?

 まあ、そんなような話を管理局員であるクロエとナカジマ夫妻。それに元管理局員のマリエルが議論していた。そんなグレーな話題、子供の居る所でするなよと思わないでもないが、普通の子供が理解できる話じゃないので仕方ないだろう。



 それからというものの、完全に家族ぐるみで仲良くなってしまったコッペル家とナカジマ家はことあるごとに顔を合わせることとなった。いや、スバルちゃんとギンガちゃんは可愛いんだが……魔法の構成を練る時間が著しく削られてしまった。どう考えても、マリエルの策謀である。ガッデム。





■■後書き■■
この作品は結局終始このペースで続きます。燃える展開をお望みの方はブラウザの戻るボタンでバックして、型月板でも見る事をお勧めします。

サブタイ「進みすぎた魔法は科学と区別が付かない。自動車やらテレビやらは明らかに科学だよな?」とどっちにしようかと迷いましたが、原作キャラが出てくるのにスルーするのもなんだなと思って表題のタイトルに。
テスト板ってマイペースで進む作品多いよね?



[4894] test run Exception 1「幕間 ~マリエル・コッペルの憂鬱~(アイリーン3才)」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:36
 我が子は天才だ。
 彼女、マリエル・コッペルの考えは親だということを抜きにしても正しい評価だろう。
 専業主婦をこなしている彼女には3才の娘がいる。名前はアイリーン・コッペル。母親と良く似た外見を持つ娘のそれはもうコロコロとしていて可愛らしい。特に娘の頬など天使のほっぺたといわんばかりに柔らかく、一日中突付いていても飽きないほどだ。実際マリエルが一日中突付いていたら拗ねてしまい、それ以来頬に手を伸ばすと尻尾を巻くってぴゅーっと逃げてしまうのが彼女のちょっとした悩みだった。

 しかし、そんな可愛い悩みなどと比べ物にならない真剣な苦悩が彼女にはあった。

 アイリーンは1才になるかならないかの年齢で、歩くことを覚えるより先に喋ることを覚えた。それも「パパ」「ママ」レベルの話ではなく、はっきりと知性を感じさせる会話を、だ。さすがに口が回らないのか舌っ足らずの口調ではあったが、それはそれで可愛かったので問題なしである。
 彼女と夫であるクロエがお医者様に相談した所、アイリーンの身体に問題がある訳ではなく、脳の異常発達に身体が着いて来ていないのだろうと推測を述べた。一種の天才児に極稀に見られる傾向だという。天才児、の前に異常なと医者は付け加えたがそれは両親の鋭い視線の前に訂正した。

 2才になる頃、ようやく歩くことに成功したアイリーンに、マリエルは安堵の溜息を漏らした物だ。娘が天才であるのはもちろん喜ばしい事だが、親としては健康に育ってくれた方がよほど良い。多少変わっていても、そう月並みだが健やかにさえ育ってくれれば。

 という悩みが別の悩みに取って変わられたのは最近の事だった。

「ねぇ、アイ。楽しい?」
「うん」
「お母さんと話すより?」
「かーさん、その言い方はずるい」

 拗ねたように口を尖らすアイリーンの姿は目に入れても痛くないほど可愛らしい。しかし、その手元には大人でも難解な魔法の構成式が広がっており、元魔導師のマリエルでも眩暈がしそうだった。
 早熟な頭脳は喋ることに留まらず、はっきりとその才能を開花していた。魔法に関して並々ならぬ興味を娘は示していたが、いつの間にか書斎にある夫クロエの魔法教本を引っ張り出してきて自分で行使するようになってしまったのだ。いや、行使するだけだったらここまで悩むことはなかったかもしれない。感覚で魔法を扱う天才児はマリエルもまま聞いた事があったが、娘アイリーンの場合は一から構造を理解して知識で構成を編んでしまっている。天才、いや鬼才と呼べるものだった。
 子供とは視野が狭くなりがちだけれど、アイリーンは魔法しか見えていないようだった。どこからか一般常識は覚えているようだったが、少なくともマリエルが見ている範囲では魔法のことばかり覚えようとしているように思える。いくら天才児とは言っても、いや、天才児だからこそこれは良くない。このまま学校に通うようになれば、確実に異端とされて一人ぼっちになってしまうだろう。

「ねえ、アイ」
「何、かーさん?」
「お腹空かない? ご飯作ってあげようか」
「……す、空いてないよ?」
「ダメ、食べないと大きくなれないんだから」
「意見聞いてた筈なのに、結局強制!?」

 食べることがあまり好きじゃないのか、マリエルが言い出さないといつまで経ってもアイリーンはご飯を食べようとしない。しかも最近はさり気なく食事を誤魔化そうとすらし始めた。ピーマンを食べずに隠すぐらいなら可愛い物だが、まるまる食べないなんて言うまでもなく身体に良くない。なのでマリエルは今日も、半ば強制的にご飯を食べさせるのだった。
 得意料理のパスタを作ってあげるとアイリーンの眉が少しだけ真ん中に寄った。大方ご飯を食べるより魔法を勉強したいとでも思っているのだろうと踏んでいるが、席に着くと大人しく食べ始める。やはりお腹は空いていたのだ。

「美味しい?」
「……うん、いつも通り」
「そう、良かった」
「あ、はは……」

 ちゅるちゅる、とパスタを一本ずつすするアイリーンは食が細い。なので食べやすいパスタはそれなりに好物なようで、喋るのもそこそこに黙々と食べている。いつもは大人のマリエルが思わず怯んでしまうほど的確な返し(ツッコミ)をしてくるのだが、このパスタを食べている時だけはそちらに意識が集中してしまうらしい。マリエルは思わず頬を緩ませた。
 と、黙々と食べていたアイリーンがけぷっと可愛らしいゲップをした。

「量が多かったら残していいのよ?」
「……一皿だけは、なんとか」

 お腹がいっぱいだろうにまだ食べたいらしい。限界を知らず食べ過ぎてしまってお腹を壊す可能性はあるが、残りはもう少しなので大丈夫だろうとマリエルは判断した。いつもは寂しいぐらいに手のかからない娘なので、こういう姿を見ると安心する。
 そんな娘の様子を頬杖を突いて観察しながら、マリエルはふとアイリーンがテーブルの上に置いたウサギ型の金属に目をやった。これこそ現在のマリエルの悩みを悪化させた原因である。

「ねえ、アイ」
「ん? ひゃに?」
「飲み込んでからでいいのよ。お返事は」
「んぅ……何、かーさん」
「まだアイにはデバイス早いんじゃないかな?」
「かーさん。もう技術的にはソーセキを使わないと辛い所まで来てるし、そんな風に言っても手放さないよ」
「も~……アイったら。もうちょっと女の子らしいこと覚えても良いんじゃない?」
「今バリアジャケット作ってる最中。ほら、服のことを考えてるしオンナノコっぽい」
「魔法じゃない」

 夫クロエがアイリーンに買い与えたインテリジェントデバイス『ソーセキ』。魔法にばっかり興味を示していたアイリーンは、ソーセキを手にしたその日から暇さえあれば魔法を弄っているという変わった子供になってしまった。その前まではテレビを見たり、本を読んだりともう少し周りに目を向けてくれる子だったのに、今では魔法一色だ。
 マリエルは溜息を吐くしかない。仮にも誕生日プレゼントに渡した物を取り上げてしまったら親子の絆にそれはもう修復不能な傷を残すだろう。それにゲームと違い、一応魔法の”勉強”だ。頭ごなしに叱る事も出来ない。
 マリエルはつい最近知り合った、同じ子供を持つ友人にその悩みを相談した。すると、『子供が興味を持ってる物を一緒にやってあげたら?』とアドバイスを頂いたのだが……。その友人からしてみれば、上の子供に魔法を教えているので実感の篭った堅実なアドバイスのつもりだったのだろう。マリエルは元魔導師で、かなりの腕前を誇っていたので一緒にやることは出来る。出来るだろうが……。

「(なんでこんなに複雑なのっ!?)」

 娘の組んでいる魔法構成が分からない、とは親のプライドに掛けて言えない。言い出せない。しかも天才児にありがちな独特なセンスをしているようで、見たこともない構成の組み方をしている。それなりに魔法の構成というものを勉強してきたマリエルにも、それを読み解くことが出来なかった。我が子はやはり天才だ、と脱帽の気分だった。

(※ アイリーン本人が聞けば『分かりやすく書いてるつもりなのに』と逆にショックを受けただろう。要脱スパゲッティコード)

 実践になればマリエルにも教える事が出来るだろう。アイリーンがやっているのは全て理論であって、実際の魔法使用とは別だ。しかし、魔法使用は危険がどうしても伴うのでこんな年からやって欲しくない。ジレンマである。

「ねえ、アイ」
「なに、かーさん」
「もうちょっと違う事して遊ばない?」
「あー……うん、一段落着いたらね」
「この前もそう言ってたじゃない」

 という訳で、マリエルに出来ることといえば、こうやって度々口に出して注意するぐらいしかなかったのだ。
 強制も出来ず、叱る事も出来ず、さりとて理解する事も出来ず……自分はなんて不甲斐ない親なんだろうとマリエルは嘆いた。さしあたって、夫が帰って来たら文句をぶつけてやろうと決心する。考え無しにデバイスを娘に与えなかったらここまで悪化する事はなかったのだから。

「ねえ、アイ」
「かーさん……言いたい事はいっぺんに言ってよ」

 まあ、それも一つの親子の付き合い方なのかもしれない。



[4894] test run 3rd「ピッカピカの一年生。ところでこっちって義務教育なんだろうか?」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:40
 ”アイリーン・コッペル”も6才となり、俺はミッドチルダの普通校の初等部に入学した。普通校というぐらいだから、普通じゃない学校もある。それは魔法学校だ。字の読んで如し、魔法を学ぶ学校。なのに何で俺が普通校に入学しているのかというと理由がある。
 別に魔法への熱意が冷めたとか、魔法学校なんかレベルが低くて通ってられない、などと言った理由じゃない。ついでに言えば、マリエルが魔法オタクの俺についに切れてぶち込んだとかそういう訳でもない。

 なんで魔法=戦闘なんだよ、ふざけんな。

 入って一番最初に学ぶのが、バリアジャケットと簡易射撃魔法だというのだからふざけている。そして、戦闘する為に必要な魔法を順々に学ばされて、管理局への就職率が8割強だとか。ざけんな。
 開き直っているのか、魔法学校は普通校に対しての通り名で、正式には魔法訓練校である。つまり、魔法学校は管理局の教育機関なのだ。
 一応、聖王教会という日本でいう所のカトリック系の学校のような魔法学院はあるんだが、そちらで教えているのはベルカ式というミッドチルダ式とまた別物の魔法だ。確かに目新しいベルカ式を学べるのは魅力的だったが、まだまだミッドチルダ式で遣り残したことがたくさんある。今の状態で二束の草鞋を履けるほど、俺は優秀じゃない。下手すりゃごっちゃになって進展所か今より悪くなる可能性すらある。
 それにベルカ式はミッドチルダ式より方向性が特化しているとかで、柔軟性に難があるらしい。どちらにしても、そちらへ進むことは出来なかった。
 もちろん、訓練校も戦闘用魔法しか教えていない訳じゃない。しかし、ある程度の習得は必須だし、いざ他の魔法をと思っても、通信士コースとか、医療士コースとか……ようは管理局に入って働くことが前提なのだ。管理局に入らない二割弱はどちらかというとドロップアウトの人材らしいし。

 ようは魔法学校は魔法の実践を学ぶ所で、構成や原理といった理屈めいた物を学ぶ場所ではないということだ。調べた所本格的に魔法構成について学びたかったら、それ専門の研究機関に入るしかないらしい。もっともそこは国立な上に年齢制限、知識量、コネと入るだけでも超難関。構成を学ぶ為に構成を勉強するってどれだけ本末転倒なんだ。しかも、入ったら入ったらで守秘義務や色々と制限がついてしまって身動き取れなくなってしまう危険性がある。却下だ。

 まあ、本当に簡単な、知識だけの授業なら普通校にもある。そしてそれを教えるからには教師も魔導師なので精々個人的に教えてもらうことにしよう。などと思っていたのだが。
 ……うん、分かってたさ。普通校にいる魔導師なんて齧っただけの対したことない人間だってことは。まさか感覚で構成練ってる魔導師が教師をしているなんて思っても見てなかったが。



 なので結局、ソーセキ先生監修の元独学を続けるしか選択肢がなかった訳である。
 あれ、学校に時間拘束されてる分環境悪くなってね?





 俺はいわゆる転生者だ。前世は光の戦士なんぞではなく、ごくごく一般的な社会人。なので、知識量から言えば周りの同級生達なんぞ目ではない。ミッドチルダの知識にしたって、0歳児の頃からがっつり知識を吸収しているのである。負ける訳がない。
 まあ、たまにこっちの知識と向こうの知識が混ざって失敗するんだが。日本の慣用句をこっちの言葉に直したって通用しないし。もしも、矢でも鉄砲でも持って来い、などと弾みで口に出したら質量兵器信者と思われてあっという間に村八分だ。
 ちなみに質量兵器というのは、地球で使われていた武器全般……というか、魔力を使用していない殺傷兵器全般を指すらしい。日本刀も銃もアウト。大砲も駄目なら、火薬の類も全て質量兵器だ。
 誰でも使うことが出来る質量兵器より、本人に資質がないと使えない魔法の方が取締りが楽だということだ。一部テロリストが他の世界から密輸入して使ってるらしいが。何処の世界でも皆やることは一緒だ。

 もっぱら学校では魔法も勉強も独学でガンガン進めている。授業をサボったりはマリエル達に心配を掛けるのでしないが、授業中の内職は常に行っている始末だ。ミッドチルダ社会についての勉強、日本教育でいうところの現代社会と歴史については学ぶ所も大いにある。が、他の場所となると前の自分の知識で十分足りてしまい、正直授業を受ける意味があまりない。数学の分野に至っては、日本の方が進んでいるぐらいだ。すげえ、日本。ファンタジーに勝ったぜ。
 まあ、今は算数の領域なんでそれこそ意味ないんだが。

 昔の経験から言って、小学校は勉強する所というより友達を作る所という印象の方が強かったが……実はあまり出来ていない。いや、皆無と言って良い。6才のバカガキと対等に付き合うのは無理だ。せめて、ギンガレベルの常識は欲しい。スバルちゃんは対等に扱うにはちょっと頭が足りないので却下だ。
 さすがに本を読んでばかりで引き篭もり、という典型的な問題児をやるつもりはなかったので、それなりに同級生達に付き合っていたのだが、クラスではいつの間にか保護者のような位置に納まってしまった。問題が起こるまでは見守るのに徹し、いざ問題が起こって子供達の手に負えないと判断したら横から手を出す。そして、クラスの意見をまとめて、先生に抗議する役目も俺だ。

「いいんちょー、抜き打ちテストなんて酷いよな。止めさせてくれよ」
「向こうもそれでご飯食べてるんだから、大人しく受けてあげなよ。テストはどうせ今までやってた授業の範囲なんだから、誰かにノート見せてもらえばいいでしょうに」
「…ぐずぐずっ、いいんちょ。ゲーム先生に取られちゃった」
「あーあー。帰りに返して貰えるように行ってあげるから。泣くのをやめて、鼻噛みなさい。汚い」
「いいんちょー、花瓶の花が枯れてるー」
「つーか、私は委員長じゃないって。そもそも園芸委員がいるでしょ、お花係が」

 クラスでのあだ名は「いいんちょ」。いつも本を読んでいて、賢そうだからだそうだ。無論、言った通り俺は委員長じゃない。美化委員だ。何故か先生に学級委員の仕事を普通に渡された事があるけど。
 ジェネレーションギャップどころか生まれた世界自体が違うので、ハブにされないよう媚びへつらうように同級生達に気を使った結果がこれだ。最近じゃ女言葉にも抵抗を覚えなくなっている。その内頭の中まで女言葉になってしまうんじゃないだろうか?



 前世の俺は、それこそ平々凡々だった。学生時代はそれなりに勉強して、それなりの順位にいたがどの教科もトップクラスになんてなれず、こんなもんかと諦めていたのを良く覚えている。今俺がこうして同年代から飛び抜けているのも、ただのチートに他ならない。子供の体のせいか、覚えは早いが他の子供と比べるとむしろ遅いくらいだろう。

「ぜー…はー…ぜー…はー…」
「いいんちょ、遅すぎー」
「う、うるさい…はー…ぜー…はー…」
「がんばれ、いいんちょー」
「ぜー…鬼のように…はー…頑張ってるのが…ぜー…目に入らんのか…はー…」

 ぜーはーぜーはーうるさい。自分の事ながら。
 俺は前の”俺”から知識や経験を全て持ち越して今のアイリーンになったが、身体まで持ってこれた訳じゃない(いや、大人の身体がマリエルから生まれたらそれはそれでスプラッタな話だが)。幼児時代から運動は同年代より遅れていたが、ここに来てそれはさらに広がった。学校の休み時間には魔法の構成を考えて、放課後は速攻帰って実践を繰り返していたのだから、当然の結果ではあった。
 が。前の”俺”は特に何もしなくても中の上程度の運動能力を持っていたので、これはちょっとショックだった。むしろ、こっちに来てからは精力的に動きまくっているんだから、少しぐらい体力付いてもいいのに。
 体育の授業は地獄だ。小学校の時、運動の苦手な女子を見て「どうしてあんなに遅くしか走れないんだろう。もっと頑張れば良いのに」などと思った物だが。謝れ昔の俺。これでも死ぬ気で頑張って走ってるんだよ。
 同級生達に周回遅れにされながら、俺は汗だくでマラソンをする。体育の授業なんてなくなればいいんだ。本当の小学生のような愚痴を思い、俺はへろへろになりながら走るのだった。

「いいんちょー。二周遅れだぞー」

 黙れ、クソガキ。




 さて、唯一対等な友達ともいえるギンガ、おまけにスバルちゃんの話をしよう。
 数年前から親しくなっていたナカジマ家なのだが、実は母親のクイントさんが亡くなった。なんでも、管理局の仕事中に殉職されたそうだが、捜査上の機密が関わるとかで詳しい原因は知らされなかった。犯人は未だ捕まってないらしい。家族のゲンヤさんやナカジマ姉妹なら知っているかもしれないが、あえて掘り返すことでもない。

 ギンガは母の意思を継ぐつもりなのか……もしくはクイントさんを殺した犯人を自分で探すつもりなのか、管理局の陸士訓練校に入った。もう随分前の話だ。今じゃクイントさん譲りのベルカ式で訓練校の中でもトップクラスの腕前らしいが、微妙にギンガの戦ってる姿が想像できない。いや、魔法の構成に関して相談には乗っているのでどんな魔法を使うのかは知ってるんだが、それが映像としてギンガと結びつかなかった。ベルカ式はほとんど詳しくないので、あまり力になってやれないのが少し心苦しい。
 一方スバルちゃんだが、ギンガが全寮制の訓練校に入ると昼間は一人きりになってしまった。なので、ここ数年は俺の家で一緒に暮らしている。もちろん、学校も俺と同じでここの5年に通っている。1年と5年じゃかなりの差だが、家じゃ色々とヤンチャで無邪気なスバルちゃんの世話を焼いて俺の方が年上のようなもんだ。最近は俺がマリエルに変わって飯も作るようになったし、欠食児童のように食事をかっ込むスバルちゃんを見ていると妹が出来たようにも感じる。

 スバルちゃんを一人ぼっちにしたことに罪悪感を感じているのか、ギンガは訓練校が休みになると良くうちに顔を出した。そして、ついでとばかりに俺に魔法についての相談をして来た。ああ、この頃には天才児だなんだと騒がれていたので、ギンガも聞く気になったんだろう。じゃなかったら、いくらなんでも7歳年下の子供に真面目に相談なんてしないだろうから。
 ギンガと友達というか、対等の仲になったのはその相談のせいだった。ちゃん付けも止め、今じゃ一種の敬意を払ってお互い接している。正直訓練校、引いては管理局に対して良いイメージを持っていなかったが、日本なら中学生の年齢であるギンガが真剣に強くなろうとする姿勢は尊敬に値したのだ。
 先ほども言ったように、俺はベルカ式についてほとんど詳しくない。訓練校で教えてもらっている魔法の構成を弄るなんて持っての他だ。しかし、直接構成を弄れなくても、ベルカ式を現在進行形で習っているギンガがいるので、大まかなアドバイスはすることが出来た。まあ、ほとんどは無駄な部分を省いて簡潔に目的のみを遂行する構成にするようにといった意味合いを、言い方を変えながらギンガの頭に叩き込んだだけなのだが。プログラミングはシンプルイズベストである。余計な箇所があれば、リソースを無駄に消費するだけだ。

 肝心な俺自身の魔法の腕前は、というと。実はもっぱらの構成を全て制覇していた。全ての、といっても現存する魔法全てを使える筈はなく、広く浅く。基本形の形を全て構成で描けるようになったというだけの話だ。使わないが、戦闘用魔法も一応使える。いや、許可も何もないので使ったら犯罪なんだが。
 最近はオリジナルの魔法を生み出すことに凝っていた。ミッドチルダというか、ベルカも含めて、この世界の魔法は戦闘用に偏りすぎている。人命救助などにも魔法は多用されるが、それは戦闘に使える砲撃魔法で邪魔な物を退かしたり等のただ応用しているだけだ。病院で使われる治療用の魔法も、ある意味戦闘用と言ってもおかしくないものではあるし(ホイミ的な意味で)。探知や解析、転移といった便利な魔法はきちんと存在しているのだから、雑用魔法が生まれる下地は十二分にある筈なんだが。
 しかし、俺がやりたい新魔法の開発ってのは基本的に民間で行われていないらしい。現在流通している魔法は個人が実践で組み立てて行った物が発表された物と、管理局の中で独自に開発された物、そして政府子飼い……もとい閉鎖的な国立の研究機関の三種類だ。まあ、攻撃魔法なんぞ開発しても管理局に差し押さえられるか、摘発されて捕まってしまうのだろう(そこらの法律には詳しくないので具体的にどういう罪で捕まるのかは分からない)。ついでにいえば雑用便利魔法なんて代物の開発はどこでも行われてない。何故身の回りを快適にする雑用魔法って発想って発想に誰も辿り着かないのか不思議である。
 魔法技術を機械に組み込んで製品を作っている企業はかなりあるのだが、俺の望んでいる物とはいささかずれている。使っている技術レベルが違うだけで、地球の技術者と基本的にやってることは変わりない。俺がやりたいのは機械弄りではなく、魔法弄り。ハードではなく、ソフトなのだ。”誰でも使える”を基本コンセプトにしている以上ハードの方も勉強しなくちゃならないんだろうけど。

 そんなミッドチルダの魔法事情もあって、一大革命を起こすべく雑用魔法を作ろうとしている訳だ。まあ、魔法の資質がないと使えないのが不便だが、それも将来的には電池式みたいな形で再現出来たら良いなと思っている。魔力を使ったエンジンのような物が存在していることは確認しているので、絵空事にはならないと思う。

 とりあえず、今まで作った魔法の中で便利なのは重い荷物を運搬するための魔法だ。まあ、これは言ってしまえば飛行魔法の応用でしかないのだが、人間を2、3人を支えるのが精一杯の飛行魔法と違ってこれは一トンまで普通の飛行魔法とそう変わらない魔力量で物を運べる。飛行魔法から機動性と速度を極限まで削って作ってみたのだが、思ったよりも便利な代物になった。一トンの荷物が飛んでいかない風船のような重さになるのだ。家具を動かすのも自由自在だし、買い物もどれだけ買い込んでも大丈夫。魔法に突っ込む魔力量さえ増やせば、一応理論的には10トンまで行ける筈だから工業でも使える魔法だろう。まあ、根本的に改良すれば限界値をさらに伸ばせるかも知れないのがこの前判明したので要見直しだ。
 もちろん、失敗作も沢山ある。マラソンを楽しようと、身体を物理的に強化する構成を考えてみたのだが、理論の段階で行き詰った。どう考えても、上がった身体能力に人体の耐久度が耐えられないのだ。耐久度そのものを上げようとしても、今度はその耐久度を上げた為に耐久度が足らなくなる。ようは硬くなりすぎた身体に間接や内臓等が悲鳴を上げて、逆に身体を傷付ける結果になりかねないのだ。いたちごっこを続けていけばその内完璧な身体強化魔法が完成するかもしれないが……それだったら、まだバリアジャケットにロケット噴射でもくっ付けた方がマシである。体育の授業でバリアジャケットなんぞ使える筈がない。却下である。

 こういう便利な魔法は使ってこそ華なのでばらまいてもいいんだが、それが他人の金儲けの種になるのはなんとなく納得が行かない。なので、独り立ちするまで溜めておいて億万長者になってやろうと画策している。まあ、おそらく利権やらなんやら取られて手元に残るのは少しだけってオチが待っているだろうが。
 そういや、ミッドチルダに特許ってあるのか? 今度確認しておこう。





■■後書き■■
この作品はこうしてグダグダ主人公が手探りで生きていく物語です。
そういう物に(ry

今回は特に難産でした。本編との設定のすり合わせって大変だよね、と。
そこらの言い訳はウザいので興味のある方は感想の方で。



[4894] test run Exception 2「幕間 ~ノア・レイニー現委員長の憤慨~(アイリーン6才)」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:37
「……気にいんないっ」

 ミッドガルの首都であるクラナガンのとある学校で、彼女ノア・レイニーは憤慨していた。苛立たし気に金髪の少女が乱暴にランドセルを自分の机に置く。その視点の先には……水色の長い髪を無造作に後ろでまとめ、本を読んでいるというのに多数のクラスメート達に囲まれている少女の姿があった。

 ノアは昔から曲がった事が大嫌いで親や教師の言う事が全て正しい、そういった考えを持つ少女だった。これは彼女に限らず大多数の子供に当て嵌まる。幸福に、不満なく育てられた子供になればなるほど、その傾向は強くなる。例え反抗して悪戯をするような子供だって、それが”悪いこと”であると認識しているのだ。彼女のような子供が大人の悪い面を反面教師として学べるようになるにはもう少しの年月が必要だろう。
 学校での彼女は品行方正で、教師の言う事を良く聞き、答え、それを同じクラスメート達にも強要する……言ってしまえば”先生の味方”であった。教室で騒がない、廊下を走らない、宿題を写さない。彼女はそういった”悪い行い”を先生の代弁として、クラスメートに注意をすることが多々あった。自分は正しい、相手が間違っている。そういった考えで。自ら立候補して学級委員長になったのも、彼女の意思を補強していた。

 ……そして、彼女は他の生徒から煙たがられ、クラスの輪から徐々に外れていった。
 無論、言っている事自体は全てノアが正しい。同じ場面を教師が見ていたら、彼女がやっているように注意をしただろう。しかし、だ。子供たちの間にも暗黙の了解といった物があり、例えそれが社会道徳的に悪い悪戯だとしても、それを読まずに非難すれば異端者として弾かれる。クラスメート達にとって彼女は同じ生徒であり、教師のように”上”の人間ではないのだ。
 空気を読まない人間は嫌われる。ところかまわず口煩く注意をする彼女が、生意気だと白い目で見られるのは至極当然の成り行きですらあった。

 そんな物気にしていないとノアは強がったが、所詮は6才の少女だ。鬱憤や寂しさが身体の中に塵に積もっていく。そんな時、彼女と同じ”異端者”でありながら、クラスメートに何故か好かれるクラスメートが腹立たしく見えるのは……これもまたある意味当然の成り行きだったのかもしれない。




「ちょっと、コッペルさん」
「……ん? 何か用?」
「なにかよう? じゃないわよ。学校で本を読んじゃいけないって先生に言われてるでしょ」

 アイリーン・コッペルというクラスメートは、それはもう四六時中本に視線を落としているような少女だった。外見は確実に並以上。だというのに普通の女子が好きなお洒落話や恋愛ドラマに対しては一切感心を払わず、適当な相槌を打ちながら視線を本から剥がさないような読書狂いだ。授業中こそ読まないが、授業を片手間に何やら怪しげな文章を書き綴っているのをノアは知っていた。一度ならず何度も教師に進言したのだが、アイリーンがやっているそれはまた違う勉強だと誤魔化されてしまった。

 ノアのようにアイリーンも”異端者”としてクラスから弾かれる要素を持っている。しかし、彼女の場合クラスメート達との会話を柔軟にこなしてしまうのだ。あまりに柔軟にこなし過ぎて、いつの間にか彼女の周りには悩み事の相談や頼み事をしようとするクラスメート達で溢れ返っている。いや、それだけではなく、なんともくだらない雑談も振っている。その度にアイリーンは本から目を離して律儀に返事をしているのだが、人数は一向に減らなかった。
 そして、そんな彼女のあだ名は「いいんちょ」。そう、本物の学級委員長であるノアを押しのけてだ。

 好き勝手やっているくせに、要領良くクラスメート達に媚を売って人気を稼いでいるアイリーンが、ノアには卑怯者に見えてしかたなかったのだ。

「んー、それって漫画の話じゃなかった?」
「え……い、一緒でしょ!」
「いや、だいぶ違うと思うけど。まあ、言いたいことは分かった。本を読むなら図書室に行けってことだよね?」
「そ、そうよ。教室でずっと本を読んでるなんて非常識なんだからっ」
「……そうだなぁ」

 段々と話がおかしな方向に脱線して行っているのを自覚してノアは内心焦った。注意をしているだけなのに、これじゃあ自分が難癖付けてるみたいじゃないか、と。教室で漫画以外の本、しかもアイリーンのように難しい”勉強の本”を読むのは本来禁止されていない。あえて文句を付けられるとしたら、四六時中本を読んでいるのは健康に悪いという程度だ。
 ノアは決して理不尽な注意をしている訳ではない。”学校の決まり”を守らせようとしているだけなのだ。それを教室から無意味に追い出すのは彼女にとって本位じゃなかった。

「けど、授業の合間の休み時間じゃ移動時間が足りないからさ。お昼休みになったら図書室に移るようにするから許してくれる?」
「え、あ、う……うん。分かってくれるなら、それでいいのよ」
「うん」

 拍子抜けする事に、アイリーンはあっさりとノアの注意を受け入れてしまった。代わりの提案にノアは思わず頷いてしまったので、短い休み時間である今は本をそのまま読み続けていても文句は言えなかったのに、本をしまってノートに何やら書き始めた。居心地悪くそれを覗いたノアだったが、数字や見たこともない難解な単語が意図不明に羅列されていて眩暈を覚えた。
 ノアの頭は決して悪くない。それどころか”飛び抜けて”優秀な方だと言える。しかし、アイリーン・コッペルはさらに別格、大人ですら躊躇うような知識を持っているのは周知の事実であり「学校始まって以来の天才少女」と言われるほどだ。実際の所、純粋な頭の回転速度ならアイリーンよりノアの方が上だったりするのだが、そんなことが分かる筈もない彼女はまざまざと差を見せ付けられようで、また少し気分を重くするのだった。



 それからどうしてもアイリーンから目が離せなくなっていた。淡々とマイペースに過ごす彼女は見ていて苛々する。どうしてそんな風に思うのか、自分でも分からず戸惑いながらもノアは自分の使命を遂行することにした。



「コッペルさん、男子に宿題見せたでしょ!」
「宿題? ……ああ、読書感想文だったから見せたんだよ。多少書き方を参考にさせただけだって」
「……で、でも、それでも宿題は一人でやるものよ」
「うーん、確かに甘やかしすぎた……かな? 次から気をつけるよ、レイニーさん」


「コッペルさん! 早く着替えて、もう皆着替えて外行っちゃったわよ!」
「あ。ほんとだ。気付かなかった……あ、わざわざ教えに来てくれてありがと」
「……べ、別に学級委員だもの。それより早く来てよね!」
「分かった」


「コッペルさん!」
「ん? 何?」
「何じゃないでしょ! 調理実習の時に本を読むなんて非常識にも……!」
「レイニーさん、これ料理本。私見ないと分かんないから」
「……ご、ごめんなさい」



「お、おかしいわ……これじゃあ私の方が問題児じゃない……」

 放課後の教室で突っ伏しながらふるふると震えるノア。いつもならピンと張っているくせっ毛までどこか萎びれている。もう既に他のクラスメート達は帰ってしまって空は夕焼けで真っ赤に染まっていたが、自分の不甲斐なさにノアはずっと臥せっていたのだ。恥ずかしすぎて顔も上げられなかった。

「どれもこれもコッペルさんのせいよ。私が注意してるのにあんな平気な顔で……平気な顔で、言う事聞いてくれて」

 言葉が自然と鈍くなる。ノアの注意をそのまま受け止めてくれた人など、久しぶりだった為だ。大抵は迷惑そうな顔をしながら謝り、酷い相手になると真正面から罵倒を返された。思い出すと涙が零れ落ちそうになる。しかし、ノアはそれを堪えた。泣いた時点で間違った人間に負けを認める事になると思ったからだ。

「ああ、いたいた。レイニーさん」
「ぴっ!?」

 誰もいない筈の教室で、突然声を掛けられてノアは飛び上がった。慌てて振り向けばそこにはアイリーン・コッペル、最近の彼女の悩みの種が教室の入り口に立っていた。きちんと教室の扉を閉めておけば開けた時に気付いた筈だが、どうやら閉め忘れていたらしい。ノア・レイニー痛恨のミスである。放課後の教室で一人佇んでいたのを見られるなんて恥ずかしい……もとい、何か悪戯しようとしていると勘違いされても仕方ないシチュエーションだ。難癖を付けられては溜まらないと言い訳を口にしようとしたノアだったが、

「はい、これ」

 ノアが何かする前にアイリーンがノートを差し出してきた。反射的に受け取って渡されたそれに目を落とすと、それはノア自身のノートだった。家庭科のノート……今日の調理実習の際に忘れてきてしまったのだろう。『不覚……!』とノアは唇を噛んだ。よりにもよって最大の敵にしてライバルの少女にこんな凡ミスを晒してしまったのだから当然である。
 が、当のアイリーンは歯牙にも欠けず、ノアの失敗を指摘する事も、お礼を言わせることもしようとせずに手を軽く上げて去ろうとする。……ノアの手が、ぎゅっと握られた。

「ま、待ちなさいよっ! アイリーン・コッペル!」
「はい? 何か用?」
「私なんて……気に留める必要もないって訳!? それ余裕のつもり!?」
「あー……えーと?」
「頭良いくせに、みんなのズルも注意しないでへらへら合わせて! ずるいっ、な、何様の……つもりよっ!! ずるいずるいずるい!」

 ノアの頭の中はぐちゃぐちゃだった。自分が何を言っているのかも良く分からない。ただ分かっているのはずっと流すまいと思っていた涙が頬を伝って零れ落ちているということだけ。泣かされた、それが悔しくて悲しくて。目の前のアイリーンに、感情をそのままぶちまけた。
 ……ぽかん、と口を開けてその様子を見ていたアイリーンは、やがて決まり悪げに苦笑した。必死に涙を隠そうと服の裾で涙を何度も拭うノアの頭に、ぽんと暖かい手が乗せられた。

「ごめんね、ノアちゃん」
「……ぐずっ、訳もわかってないくせにっ、謝ってんじゃっ、ないわよっ」
「何か私が怒らせるようなことしたんでしょ? ノアちゃんはいつも注意してくれるじゃない」
「迷惑だって……余計なお世話だって……思ってるくせにっ!」
「……なるほど」
「何がなるほ……っ!?」

 夕暮れで真っ赤に染まる教室で、泣きじゃくる金髪の少女が同い年の少女の胸に抱きしめられていた。胸に掻き抱くように、優しくぽんぽんと小さな頭を叩いて。

「良くやってるよ、君は。感心する」
「……嘘、私のことなんて、ちっとも見てないくせに」
「そんなことはないさ。今日だっていっぱい注意してくれただろ?」
「注意したって、皆嫌がるだけだもんっ、私、間違ってないのにっ」
「ああ、間違ってない。間違ってる人間にそれを指摘してやるのは親切だよ。ノアちゃんは正しいことをしてる。でもね」

 大人びた……ともすれば成人男性のような口調で優しくアイリーンはノアに語り掛けてくる。ノアの不満を聞いて、それを一つ一つ噛み砕くようにして答えを返しながら。

「叱るのも大事だけど、褒めるのも大事なことなんだよ。失敗ばっかり挙げられたら、ノアちゃんだって嫌だろう?」
「……うん」
「クラスのみんなだって同じさ。失敗ばっかりを責めるんじゃなくて、みんなの良い所に顔を向けなきゃ……ね?」
「良い所……」

 良い所。そんなの、ノアは考えたこともなかった。親の言う通り、先生の言う通りに周りにも間違ったことはさせないとノアは頑張ってきた。でも、間違ってないことが良い所じゃないとアイリーンは言う。

「……コッペルさんの良い所は頭が良いこと?」
「うぐ、人格とまた関係ない所に来たな……せめて頭が柔軟だと言ってくれ」
「そんなの、知らない」
「そこで否定かよ。……まあ、俺、ごほん、私のことはともかくとして。たとえばクラス前列の騒がしい馬鹿男子いるだろ?」
「レイン君のこと?」
「そうそう、そのレイン君。くっだらないギャグしか言わないし、授業中うるさいし、廊下を走る所か滑るし……」
「コッペルさん……悪口になってるわよ」
「おっとっと。まあ、あいつにも良い所はある。知ってるか? この前ペットが死んじゃって泣いてる女子を笑わせようと目の前で裸踊りしたんだ」
「良い所じゃないじゃない!?」
「でも、その子は笑ったよ。私はそっとしておくしかないって思ってたのにね」

 ノアは同級生の胸から顔を上げて、アイリーンの顔を見た。楽しそうに笑っている。何故だか頬が熱くなっていくのをノアは自覚した。でも、目が離せない。

「そう考えれば、少しは普段の馬鹿も許してやれる気になれるだろ?」
「……でも、間違ってる事は、間違ってる」
「そこがノアちゃんの良い所だ。本人の為にもビシバシ言ってやると良い。それも立派な優しさだ」
「私の……良い所」
「ノアちゃんには分からないかもしれないけど、そうやって間違ってる事を間違ってるって言うのは難しいよ。本当にね。そして……必要な事でもある」

 アイリーンはまるで母親のような慈悲に溢れた優しい表情を浮かべると、もう一度ノアの頭を抱きしめた。背中を優しく撫でられるとせっかく止まった涙がまた出そうになる。

「大丈夫。分かる人はちゃんと分かってくれるよ。ノアちゃんは良い子だって」
「……うぐっ」
「私ももちろん分かってる。それに個人的に好きだな、そういうはっきり言える子は」
「……うあ、あ、わああああんっ」

 ダメだった。もうノアには耐えられなかった。こうやって自分の行いを全部認めてもらったのなんていつ以来だろう? あれだけ敵視していた同級生の身体はとても温かくて。服を汚しちゃうのはちょっと悪いな、なんて頭の片隅で思いながらも、顔を彼女の胸に埋めて遠慮せずに声を上げてノアは泣いた。





「か、勘違いしないでよねっ、私あんたのこと好きでも何でもないんだからっ……?」
「そうそう、さすがノアちゃん。似合ってる」
「……この台詞、何もかも間違えてる気がするわ。アイリーン、本当にこんなの流行ってるの?」
「今もまだ流行ってるかは知らない」
「ツンデレは流行りだって言ったのはアイリーンでしょうがっ!?」

 そんな馬鹿なやりとりが、いつしかノアにとって当たり前になっていた。休み時間に教室で騒ぐ生徒の気持ちが分かる……堕落したな、と6才の少女はちょっぴり大人びた感慨を抱いた。
 しかし、まあ

「あ、こらそこの男子達! 宿題写すなんて許さないわよっ!」
「げっ、自称学級委員長のノア!?」
「自称じゃないっ!!」

 間違っている事は、やっぱり許せないノアだった。





■■後書き■■
この作品はオリキャラが大変に多く登場します。
そうい(ry

番外編その2。番外編はわざと雰囲気を変えさせて頂いています。
いいんちょと呼ばれない委員長は好きですか?
はい、報われないキャラは大好きです。
ツ、ツンデレが気に入ってるって訳じゃないんだからねっ。



[4894] test run 4th「冷たい方程式」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:41
 事件だ。事件だ。大事件だ。
 長期出張から帰って来るゲンヤさんを迎えに行ったギンガとスバルちゃんが空港の火災事故に巻き込まれた。ニュースでは阪神大震災などを思い出させる勢いで、空港が燃えている映像を映していた。家でおかえりパーティの準備をしていた俺とマリエルはまさに大慌ての大パニックだ。クロエやゲンヤさん本人に連絡を取ろうとしても繋がらず、ニュースでの救助活動は遅々として進んでないように見える。
 俺はいても立ってもいられず、ソーセキを片手に家を飛び出した。マリエルがクロエに何度も電話をしている隙にだ。空港まで子供が歩いて行ける距離ではないので、飛行魔法を躊躇わず使用する。暇に空かせて作った改良型飛行魔法で、機動性を殺した変わりに魔力をほとんど使わず、その為魔力探査の魔法にもほとんど引っかからない。小回りがまったく利かないので、本当に移動にしか使えない飛行魔法だ。
 これから行く所は火災現場だ。当然、管理局の救助隊やらなんやらがわんさかといるだろう。そいつら全員の目をこの拙い飛行魔法が誤魔化しきれるとは到底思わない。だが、ここで何もせずにギンガやスバルちゃんにもしもの事があったら俺は一生後悔するだろう。

 ほどなくして、真っ赤に燃える空が見えてくる。既に事故発生からかなり立っているのに管理局は大規模な救助活動をまだ開始していなかった。おかげで奇跡的に見つからずに現場に忍び込めたのだが、それが良いとは口が裂けても言えなかった。

「あちっ…」
『【マスターアイリーン。バリアジャケットを着用してください】』

 炎が燃え盛る空港を前に、俺はソーセキに注意をされてようやくバリアジャケットを付けていなかった事に気付く。よほど慌てていたのだろう、これから危険な場所に飛び込むのだからそれでは困る。俺は即席で日本の消防隊のような銀色のバリアジャケットを覆面込みで身にまとうと、燃え盛る建物の中に突入した。




 空港は至るところが燃え盛っており、どんな爆発があったのか建物の内部構造も所々崩れ落ちていた。俺はバリアジャケットに耐熱と空調の機能を最大限に行わせる(場違いな事に、これは元々クーラー代わりの魔法だった)。限度はあるが、爆発に巻き込まれでもしない限りこれで大丈夫だろう。危険だが、時間もないということで広大な空港の敷地を低空飛行で飛んでいく。調整で今度は逆にスピードを殺し、機動性を重視してみるが、あいにく狭いところでの飛行魔法など練習したこともない。何度も危なっかしく、瓦礫にぶつかりそうになりながら疾走する。

「ソーセキ! 生命反応探知!」
『【探知プログラム、”生命反応”基準…起動。……1…10…22…、この付近でも多数の反応があります】』

 ソーセキの報告に、俺は戸惑った。そう、人が多数いた空港が燃えているのだ。他の人間がいても、なんら不思議じゃない。しかし、俺に助けられる人数などたかが知れている。そう、それこそ連れて逃げるならギンガとスバルちゃんだけで精一杯だ。

「……ソーセキ。ギンガとスバルちゃんがどれかなんて……分からない、よな?」
『【はい、不可能です。大人の生命反応を探知からフィルターで除外する事は出来ますが、それが限界です】』
「……っ」

 唇を強く噛む。魔法が万能じゃないなんて、普段構成を編んでいる俺には至極当然で当たり前の事だ。しかし、それでも。出来ることが広がった分、きっと出来ることがあるなんて勘違いしてしまった。その過信が、今この状況で嫌というほど思い知らされていた

「……生存者を見つけたら、片っ端から転移魔法で外に放り出そう。構成はきちんと保存してあるな?」
『【もちろん保存してあります。が、その案を実行した場合、マスターアイリーンの魔力が持ちません】』
「ぎりぎりまで助けるだけだ。あとは管理局に任せよう。……フィルターで、大人を排除しておいてくれ」
『【了解しました】』

 インテリジェントデバイスとはいえ、AIのソーセキが言い淀むことはない。しかし、俺の苦悩を感じ取ってくれたのか、最低限の警告だけで済まし、命令を実行に移してくれた。民間人の……しかもたった6才の子供がこんな無茶をしているのだ。普通のインテリジェントデバイスならしつこいぐらいに警告を鳴らすだろう。しかし、ソーセキは俺の気持ちを汲んでくれたのだ。

「……よしっ、目的は決まった。なら、あとは実行に移すだけだ!」
『【了解しました、マスター】』

 宙に地図が浮かび上がる。いつかとは違い、空港の見取り図がない今は実に大雑把な地図だ。そこに、光点が次々に記されていく。……全部で9。多い。いや、この空港にいた人数を考えれば、少なすぎる。探知は空港全域に届いてはいないが……相当な数の人間が死んだだろう。もしかしたら、既にギンガとスバルちゃんも……。
 そこまで考えて、首を振って無理矢理悪い想像を打ち消す。まだ生きていると信じるしか俺に手はない。俺は再び宙へ浮き上がると、一番近くの光点へと高速で飛んでいった。





「ふ、ふぇっ……」
「よーし、良い子だ。今外に出してやるから動くなよ」
『【転送プログラム起動します】」

 瓦礫の影で暑さに負けてぐったりしていた子供を、管理局の救助部隊がいた近くの原っぱへ空間転移させる。転移魔法はかなりの魔力を食うから、今頃次々と転送されていった子供達に魔力反応で気付いて回収している筈だ。
 今の子供で、5人目。途中で家族連れがいたので父親母親子供まとめて3人送ったので転移魔法で飛ばしたのは7人……。9人だと思って、俺自身の分を含めて10人分の想定で魔力を消費してたのが裏目に出た。これでも飛行魔法に使う魔力をぎりぎりに抑えて移動していたのだが……二人も、子供を見捨てなきゃいけなくなった。

「ちっ……」

 舌打ち一つ。しかし、立ち止まっている暇もなく、次の光点へと飛んでいく。次に近いのは二つ並んだ光点。もしかしたら、これがギンガとスバルちゃんかもしれない。地図を横目で確認しながら、随分と慣れた飛行魔法を駆使して一直線に飛んでいく、が。

「……あ」

 ……二つ並んでいた光点の一つが、地図上から、消えた。その意味を俺は理解できなかった。生命探知から光点が消えた、その意味が。何度見直しても、光点は二つに戻りはしない。過去に戻ることが出来ないのと同じように、一度消えた”光”は戻らない。

「にーちゃ、にーちゃ……」

 現場に着いた俺は、宙からその光景を呆然と見ていた。そこにいたのは今の俺より小さな子供と、その子を炎の熱さから少しでも守るようにと全身で抱きしめて倒れている少年の姿だった。子供はその少年を呼びながら、ひたすら腕を揺すっている。宙にいる俺に気付きもせず、ただ少年が起きるまで、弱々しい呼び声を上げて。

「……ぁぁ」

 息が詰まりそうだった。少年は……既に息絶えている。魔法は万能じゃない。死者を生き返すことなど、このミッドチルダでも不可能だ。もしかしたら、残った魔力を全て回復魔法に注ぎ込めば、まだ僅かに蘇生するかもしれない。だが、俺は医者じゃない。どんな回復魔法を使えばいいのかなんて、検討も付かなかった。
 残った魔力、それを考えればここで…少年の遺体が抱きかかえる子供だけ、転送すべきだ。必死に小さな手でしがみつく、幼子を引き剥がして。ただでさえ、魔力は残り人数に足りていない。バリアジャケットを纏って空を飛んでいる以上、こうして佇んでいるだけでも魔力は減っていく。一刻も早く、そうするべきだ。

でも

だけど

「……ソーセキ。”二人”を転送だ」
『【しかし、マスター。魔力が足りなくなります】』
「いいから早くしろ! 管理局の医療班だったらまだ助かるかもしれない!」
『【了解しました、マスター】』

 炎の中の二人が、転送のミッドチルダ式魔法陣に包まれて消えていく。
 ……そして、残った魔力は後一人分。残った子供は後二人。そして、最後の一人分の魔力は自分の脱出用だった。
 冷たい方程式という言葉がある。元はSF小説だったと思うが、空気も燃料もぎりぎりの宇宙船に密航者が忍び込んでいたという話だ。密航者はまだ成人前の少女で、それでもその少女を船外に放り出さなければ元いた乗員が死んでしまう、そんな冷たい結果しか待っていない話だった。
 海での難破を例に上げても、定員オーバーで救命用のゴムボートが沈みそうだからと捕まっていた他の人間の手を引き剥がしても罪には問われない。どんなに人間の命が大事だといっても、いや、大事だからこそ、情に流されて全員が死ぬような結末だけは避けなければならない。

 ここで、俺が切り上げても誰も文句は言えないだろう。むしろ、よくやったと言える。何の見返りも義務もない俺が、死んでしまった少年を除いても6人もの子供を助けたのだ。ここに無理矢理来た意味も確かにあった。残った子供も絶対死ぬというわけじゃない。管理局の救助が間に合う可能性だって……。

「……がーーーーっ!!! ちげぇだろ俺!? 何言い訳してんだ!!」
『【マスター?】』
「ソーセキ、残りの二人。行くぞ」
『【ですが、マスター。魔力が……】』
「一人は転送、もう一人は俺が抱きかかえて脱出すれば足りる! 行くぞっ!」

 ソーセキの返答を待たず、再び移動し始める。そのプランがいかに無謀だからといっても、もしも残りの二人がギンガとスバルちゃんだったら、俺は死んでも死に切れない。
 魔力は残り少なくとも、目標が定まったなら一直線。迷う事に意味はない。ただひたすら、こうして飛びながらも魔力を節約するよう飛行魔法の構成を変えつつ俺は飛翔した。



 嘘から出た誠、という言葉は元いた日本にあったが、まさか本当になるとは思わなかった。

「スバルちゃん!」
「……えっ、その声って……アイリーン、ちゃん?」

 燃え盛る炎の中を、覚束ない足取りでスバルちゃんが歩いていた。それは見知らぬ子供の一人を転送し、最後の一人に辿り着いたその時の事だった。スバルちゃんの格好は、せっかくおめかしをしていたのに煤で汚れてぼろぼろで。しかし、怪我はしていないようだ。
 俺はスバルちゃんの前に降り立つと、バリアジャケットの覆面を剥いで正面から抱きしめた。いや、身長差から言えば抱きつく、と言った方が正解なのかもしれないけれど。
 スバルちゃんはまさに信じられないといった表情で呆然としていたが、すぐに俺の身体に手を回してぎゅっと抱きしめてきた。

「また迷子になってたの? スバルちゃん」
「ち、違うよ! ……じゃなくて、どうしてアイリーンちゃんがここに」
「空港で事故があったってニュースで聞いてね。迎えに来たんだよ」
「迎えにって……そんな無茶な」
「スバルちゃん、文句や異論は後。ギンガは?」

 ギンガの名を出すと、スバルちゃんは涙に濡れた顔をふにゃっと歪ませた。まさか……。だが、最悪の想像は実現せず、空港で爆発があり、パニックになった際に逸れてしまったとの事だ。
 探すか、と一瞬考えが頭を掠めたが、どちらにしてもこの近くに子供の生命反応はない。残りの魔力から考えれば、探知範囲外まで探す事など出来ないし、ギンガは現役の陸士候補生だ。きっと…きっと大丈夫だ。

「よし、脱出するよ。スバルちゃん」
「え、あ、で、でも、ギン姉は!?」
「ギンガなら大丈夫。この近くにはいないみたいだし、ギンガなら自力で脱出できる」
「でも、怪我して動けなかったら!」
「……ごめん、スバルちゃん」

 食い下がるスバルちゃんに、俺は謝ることしか出来なかった。よっぽど情けない表情をしていたのだろう、スバルちゃんも「ごめん」と小さな声で謝ってきた。謝る必要なんてこれっぽっちもないのに。
 バリアジャケットの構成を弄り、スバルちゃんも耐熱と空調の範囲内に入れようとした、そんな瞬間だった。

 ---ッ!!

 音にならない耳をつんざくような轟音が鳴り響く。空港内のどこかが、また爆発したのだ。激しい振動が俺達のいる所まで揺さぶり……。

 視界の隅で、大きな、大きな白い像が、俺達に向かって倒れこんでくるのが見えた。

「ソーセキィっ!!」
『【プロテクション】』

 俺に出来たのは、頼りになる相棒の名を呼びながら杖をその像に向かって振り上げることだけだった。ソーセキは即座に反応し、俺達の前面に魔法による障壁を生み出す。が。像が障壁に接触した途端、障壁魔法の構成がぶちぶちと千切れていくのが目に見えて分かった。とっさに生み出したこの魔法だけでは、この像を支えきれないのだ。持つのはおそらく、後数秒。
 俺は障壁魔法の処理をソーセキだけに任せると、本当に久しぶりに俺単体だけで魔法の構成を練った。この場面で選択する魔法は……。

「加重軽減っ!!」

 笑える事に雑用魔法として組んでいた、荷運び用の魔法だった。誰でも使えるようにと、この魔法は俺が使える中でも極端に構成を簡単にしている。だからこそ、デバイスなしでもたった数秒で発動が間に合った。数トンはあるだろう像が軽くなる。障壁魔法は薄皮一枚しか残っていなかったが、それだけでも支えられるほどに像の重量が減ったのだ。像はまさに目と鼻の先、掲げたソーセキの寸前で止まっていた。

「間に合っ……ぐっ!?」
「ア、アイリーンちゃんっ!?」

 視界が、黒く染まっていく。手足の感覚が、途切れる。この感覚は……魔力の枯渇による物だった。加重軽減魔法の制御が俺の手から離れそうになるのを、意識が途絶えそうになるのを、歯を食いしばりながら堪える。当初の勢いは既になくなっているが、像の重量だけでも俺達を圧死させるのには十分過ぎるのだから。

「スバ…ル…ちゃ……逃げ…」
「な、何言って、そんなこと、出来るわけないよっ!」
「はや……もう、持たな……」

 限界だった。10人もの人を転送し、ここまでバリアジャケットと飛行魔法をフル活動させ、こうして今は想定以上の重量を支えている。俺にもう出来る事は、この最後の魔法を離さないように握り締めるだけ。ソーセキも……障壁を保つだけで精一杯だった。
 もう、俺にはこの像の下から這い出すだけの余力はない。少しでも身体を動かせば、その瞬間魔法の制御が出来なくなって、像は俺達を潰すだろう。
 だから、スバルちゃんを逃がす事ぐらいしか、もう俺には出来なかった。

 ……失敗したなぁ。
 しかしまあ……上出来だ。どうせ、俺は二度目の人生だ。もしかしたら、三度目があるかもしれないし。などと思考が横に流れ始める。集中力まで切れてきた証拠だが、この命に代えてもスバルちゃんが逃げる時間ぐらいは稼いでみせる。一緒にスクラップになるソーセキや、幼い娘を亡くす事になるクロエやマリエルには悪いが……。



 そんなことを思っていた俺の視界を、スバルちゃんの背中が遮った。



「な……」
「アイリーンちゃんは……わたしの妹だ! だから、わたしがっ、わたしがっ……守るんだ!」

 スバルちゃんの足元に、ミッドチルダ式でもベルカ式でもない魔法陣が構築される。いや、魔法陣というより何かの機械の配線図にすら見えるその奇妙な図形は、青い光を激しく発光し始め、スバルちゃんの身体を覆っていく。これは……。

「ぁぁぁあああああああっ!!」

 握られた拳は力強く。妹だと思っていた少女は俺を庇うように立ち上がり。その小さな拳を……巨大な像に向かって打ち放った。アッパーカットのように振り上げられた拳は、少なくとも少女の柔な拳より固い筈だった像のどてっぱらに突き刺さり、

「でりゃああああぁぁっ!!」

 青い光が像から放たれたかと思うと、全身を粉々に打ち砕かれながら空へと舞った。
 俺はその光景を呆然と見上げ……いやいや、待て待て。いくら重量軽減で軽くなってるっていったって、像の強度まで変わる訳じゃない。さっきのスバルちゃんの芸当が魔法だとしたら、像を押し返すことぐらい出来るかもしれないが、粉砕するなんてありえなすぎる。第一重量がゼロに近くなっていたんだから、どんなにスバルちゃんの拳に威力があろうともめり込まず弾き飛ばされるのが当然で。

 なんて、悠長な考えはそこで中断された。粉々になって弾けとんだ像が、天井に突き刺さって今度は崩れた天井もろとも落ちてきたのだから。

「マジかよっ!?」
「ええええっ!?」

 魔力はもう尽きている。逃げるには落ちてくる瓦礫が多すぎ、広範囲すぎる。俺とスバルちゃんに出来る事はなく、降って来る瓦礫から目を逸らすように頭を手で庇う事ぐらいしか……。



 その瓦礫の数々は、横から激流のように放たれた桃色の光に飲み込まれて、塵も残さず消え去った。



「君達、大丈夫?」

 怒涛の展開に唖然とする俺を尻目に、空から白いバリアジャケットを身に纏った女性が降りてきた。年の頃はおそらく16才前後。手には杖型のデバイスを持っており、桃色の魔力光の残滓を全身から放っていた。
 恐らく先ほどの光の激流……砲撃魔法は彼女が放ったのだろうが、とてつもない魔力を感じた。魔力探知のスキルは持っていないが、これだけアホみたいに多いと嫌でも感じ取ってしまう。具体的な魔力量は分からないが、平常時の俺の数十倍ぐらいは軽くあるだろう。なんだか自分が二世代ぐらい前の旧型パソコンになった錯覚に囚われる。

「……ええ、まあ」
「そう、良かった。よく頑張ったね」

 嫉妬ではないが、あまりの格の差に返事もおざなりになってしまう。彼女は俺が命の危機から脱し呆けているとでも判断したのか、優しく頭を撫でてきた。というか、ただの子供扱いだな。うん。
 ついでスバルちゃんの方に視線を向ける。こちらもほけーっと呆けていたが、女性の視線が向くと急に姿勢を正した。

「君も怪我とかしてない?」
「だ、大丈夫です!」
「それだけ元気なら確かに大丈夫そうだね」

 スバルちゃんの角ばった返事に、女性は少しだけおかしそうに微笑んでから俺にしたようにスバルちゃんの青い髪を優しく撫でた。借りてきた猫のように首を竦め、大人しくしているスバルちゃん。うぅん、俺なりにスバルちゃんには慕われていたと思ってたが、さすがにこうも態度が違うと傷付くな。
 と、良く考えれば和んでいる場合ではない。

「すみません。管理局の方ですか?」
「ええ、そうだけど」
「ソーセキ。さっきの生存者のデータを。フィルターで弾いた分も含めて」
『【了解しました、マスター】』

 気付いているとは思うが、万が一草原で放置されっ放しでも困る。ソーセキを女性のデバイスに接触させて、データを送り込む事にした。お互い初対面でもケーブルで繋いだりする必要はないから、デバイスは便利である。
 すると、赤い宝石をメインに置いた女性のデバイスが受け答えを始める。彼女のデバイスもインテリジェントデバイスだったようだ。男性の声がサンプリングされているソーセキと違い、女性の声がそのデバイスからは聞こえてくる。

「……凄い精度だね。うん、協力ありがとう。助かったよ」
「いえ……」

 管理局の女性は褒めてくれたが、あとでしっかりお叱りを受けることになるだろう。今渡したデータを解析すれば、事故後に侵入したことなどもろばれなのだから。犯罪には……なるのか? まあ、俺は6歳だ。逮捕されたりってほどの事はないだろう。
 少年法に甘える考えを抱きながら(ミッドチルダに少年法があるかは微妙だが)、脱出の為に飛行魔法を構築しようとした、のだが。バリアジャケットが俺の意思とは関係なく解けてしまった。

「……あれ?」
「アイリーンちゃん!?」

 膝から力が抜け、顔から地面へと倒れこむ。顔を容赦なく打って痛いと思う間もなく、身体の感覚が急速に抜け落ちていく。そういえば、魔力はもう切れていたんだっけ。
 スバルちゃんの悲鳴のような甲高い呼び声を聞きながら、俺の意識はあっけなく途切れた。



[4894] test run Exception 3「幕間 ~高町なのは二等空尉の驚愕~(アイリーン6才)」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:38
 とある密輸物が原因で起こったその火災事故は凄惨な物だった。深夜でも、閉鎖もしていない。通常運行されている空港での大火災だ。現在判明している死傷者だけでも百数名に上った。地上本部の陸士部隊に指揮官研修に来ていた八神はやて一等陸尉、そして休暇を利用して彼女の元へと遊びに来ていた高町なのは二等空尉、フェイト・T・ハラオウン執務官は救助活動に参加したが、彼女らエース級の魔導師を持ってすら、この大事故は手に余っていた。



 予期せぬその大事故は、現場の処理能力を大幅に超えていた。陸と空の仲の悪さによる初動の遅さも被害の拡大に拍車をかける。救助活動の専門ではないなのはに出来る事といったら、オペレータの指示に従って取り残された人たちを救っていく事だけだ。しかし、空港の見取り図は建設当時の物があるだけで、その後増設を繰り返して行った今の空港とはまるで別物になってしまっている。なので、実際の救助活動に当たっているなのは達は常にエリアサーチをかけて、火が巻き起こる中まるで目隠しをして手探りで探るように事に当たるしかなかったのだ。

「レイジングハート、周囲に人は?」
「【火災の為熱源センサー使用不可。擬似視覚センサー、魔力センサーには反応ありません】』
「そっか……はやてちゃん、そっちは?」
『ごめんなぁ、ウチとリインだけじゃ情報管制だけで手一杯なんよ。地上本部の人たちも頑張ってくれてるし、もう少しすれば航空部隊の応援も来る筈やから』

 この瓦礫の中、火災を諸共せず中を飛行して飛べるほどの魔導師は限られている。なのはと他少数の残りは地道にローラー作戦で探索区域を延ばしていくしか手がなかったのだ。いや、なのははまだマシな部類だったともいえる。インテリジェントデバイス『レイジングハート』の助力もあり、小型のサーチャーを使用することによって他の人間より広い範囲をカバーできていたからだ。しかし、この魔法も未完成。サーチャーは同時に3つまでしか操る事しか出来ず距離もそう離せない。よって周囲を旋回させて見落としを防ぎつつ視覚を広げるぐらいにしか役に立っていなかった。
 魔力センサーもリンカーコアを持っていない一般人の魔力では反応し辛い。しかし、今はそれに頼るしか手がなかった。

『なのはさん、そこから北100m付近の探索お願いしますです』

 友人はやてのユニゾンデバイス『リインフォース』の指示に了解を出しながら、地獄のように火が荒れ狂う火災現場を飛んでいく。途中で人を見つけては強固なシールドを張って保護し、後から来る救助隊へと救出を任して行く。なのはの個人的感情からすれば、こんな所からは1秒でも早く助け出してあげたい。けれど、その人を外に連れ出そうとする間にも、他の要救助者が命の蝋燭をすり減らしていく。思わず歯噛みをする。せめて、火さえなくなればもっと広範囲のサーチが出来る筈なのに。



 救助開始からかなりの時間が経った。なのはが助けられたのは二桁になんとか届く程度。この空港に元いた数から考えれば、ほんの一握り。まるで水を素手で掬うように指の間から零れ落ちていく。所詮巨大な魔力を持とうと、一人の人間が出来る事はほんの僅かだ。少なくともなのはの求める理想の境地、全ての人間を救うなどどれだけの魔力があったとしても足りはしない。それでも、となのはは思ってしまう。もう少しなんとかなったんじゃないか。まだもう少しだけ手が伸ばせたんじゃないかと。
 そこまで考えてなのはは頭を左右に振って、負の思考から抜け出した。そうやって無理をした結果を彼女は身を持って知っている。歪に積み上げられた力は、横合いからの不意な衝撃で倒れてしまう。「世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだ」。友人の兄の言葉が頭を過ぎる。そんな理不尽から出来るだけの人を助け出す、その為になのは自身も理不尽に屈する訳にはいかなかった。

 ……と、なのはの耳を衝撃波が揺さぶった。遠い。しかし、確かに。
 そして、同時に感じたのだ。魔力の高まりを。

「レイジングハート!?」
『【反応をキャッチしました。北北東の方角234m地点に魔力反応】』
「行くよっ!」

 なのはの身体が弾かれるように空を飛んでいく。天井があっても、周りが火の海でも、今のなのはを誰にも地へ堕とすことなど出来なかっただろう。それだけの意思が彼女の心に灯っていた。



 まさに間一髪だった。
 天井が崩れ落ち、二人の少女がその瓦礫の下へと消えかかったその瞬間、なのはは全ての制限を解き全力全開の砲撃魔法で瓦礫を塵に返した。到着がほんの0.5秒遅かっただけでもう間に合わなかっただろう。
 そこにいたのは二人の幼い少女達。もう一人の少女を身に降りかかる瓦礫から守るように抱きしめる青髪の少女、抱き締められながらも身の丈とほぼ同じ大きさのデバイスを文字通りの杖にして倒れぬよう身を支える水髪の少女。両者の違いはあれど、最後の最後まで”理不尽”から逃れようともがいた……眩しい子供たちだった。

「君達、大丈夫?」
「……ええ、まあ」

 傍へと降り立ったなのはの質問に答えたのは、デバイスを持った少女……それもまだ10にも届かないような幼い子供だった。こんな災害に巻き込まれたせいか顔色は悪く、なのはを感情の篭らない瞳で見上げていた。
 対して、もう一人の少女の方はガチガチに固まってしまっていた。こちらはもう少し大きく10代に入ったばかりの少女だったが、なのはが声を掛けると緊張のあまり上ずった返事を返してきた。それは無理もなく、一般人の子供が空戦魔導師……しかも砲撃魔法など見る機会はほとんどなく、なのはもミッドチルダに来た当初はこんな視線ばかりを向けられて苦笑したものだ。もっともなのはの場合はその大きすぎる魔力に同じ魔導師からも似たような視線を向けられていたが。

 なのはが二人の少女に怪我がないことを確かめ、はやてに連絡を取ろうとしたその時だった。デバイスを所持している方の少女が話しかけてきたのだ。

「すみません。管理局の方ですか?」
「ええ、そうだけど」
「ソーセキ。さっきの生存者のデータを。フィルターで弾いた分も含めて」
『【了解しました、マスター】』

 は? と一瞬理解出来なかったなのはだったが、少女の持つデバイスがレイジングハートに接触してデータが送られてくると、思わずなのはは目を剥いた。レイジングハートが送られてきたデータを処理して手元に映像として映してくれたのだが、それはこの空港の地図だった。その範囲、およそ3km。管理局が探索していた反対側から、ほぼ空港の中心に位置するここまでが細かく網羅されている。しかも、その途中途中には生存者を表す光点が表示されており、それぞれに情報という”付箋”がされていた。”付箋”には生存者に番号が割り振られ、情報の更新時間までもが順に書かれており、どの時点までどの人物がそこにいたのか一目瞭然だった。そして、ふと右上の隅にボタンが光っているのに気付いた。平面投影映像である地図に、ボタン。なのはがそれに触れると、もう一つの映像が浮かび上がり、そこには地図に書いてある情報の”見方”がずらっと羅列されたデータを表示していた。思わずなのはは顔を引き攣らせる。こんな緊急事態だったというのに、これはこの地図の「ヘルプ」なのだ。

「……凄い精度だね。うん、協力ありがとう。助かったよ」

 声を震わせずにそう言うのが限界だった。感情は驚愕と思わぬ幸運に乱れ狂っていた。このデータがあれば、かなりの工程が省かれる。つまり、それだけ要救助者の生存率が上がったのだ。
 レイジングハートの編纂が終わったのか、今まで自分達救助隊が使用してきた地図と少女から提供されたデータを合わせた物が手元に表示される。管理局が大人数で作り上げている区域より、少女がたった一人で作った部分の方が詳細にかつ分かりやすく表示されている事に思わず溜息が出てしまう。けれど、これで空港のほぼ全域のデータが揃った。後の未探索エリアは北東と北西に隙間がいくつかあるに過ぎない。これなら、

「アイリーンちゃん!?」

 悲鳴混じりの呼び声によって、なのはの思考は中断された。慌てて振り向くと、デバイスを持っていた少女が地面に伏している。先ほどまで銀色のバリアジャケットを纏っていたのに、それも掻き消えて普通の私服へと変わっていた。
 なのはは顔色を変えると、倒れた少女の顔に手を当てて容態を見る。小さすぎる頬はこの火災の中冷え切っていて、体温が落ちているのは明らかだった。呼吸は浅く、それはまるで体調不良などではなく、免疫反応すら出せずに死に向かっているようで……。

「アイリーンちゃんっ、アイリーンちゃん、やだっ、目ぇ開けてよっ!!」
「君、揺らしちゃダメ。レイジングハート?」
「【魔力反応が著しく減少。魔力の枯渇が原因の昏倒だと思われます】』

 こんな異常な状況で魔法を使用していたのだ。子供が自分の限界以上に振り絞ってしまっていたとしても無理はない。そう判断したなのはは、同時に今この子に襲い掛かっている危険性も感じ取っていた。
 魔導師の身体の中に必ず存在するリンカーコア。それは大気から魔力を吸収し、自分の魔力として溜め込む為の器官なのだが。逆をいえば、魔導師以外の……素質すらない人間にはこのリンカーコアは存在しない。物理的な器官ではなく、魔力にて象られる物なのだから人体構造上からすればリンカーコアは”余計な”物なのだ。少なくとも、生存の為に必要な器官ではない。
 ……しかし、だ。これが生まれた頃から体内にリンカーコアを持つ、才能のある人間だった場合どうなるか。魔力とは言ってみれば”体力とは別のもう一つの体力”であるとも言える。リンカーコアのない人間はもちろんカロリーを取ってそれをエネルギーとすることで身体を動かす体力とする。しかし、生まれ持っての魔導師は体力と同時に魔力を使って身体を維持しているのだ。これはリンカーコアの有無で別の生き物になるということではない。身体が純粋に体力と魔力の両方を使って身体を維持することに慣れすぎているのだ。リンカーコアから魔力が送られて来なくなると身体のバランスが急激に崩れ、昏倒してしまう。本来人体の構造とは関係ない”魔力の使いすぎによっての気絶”というのはそういう理由からである。
 が、今回の場合のように、限界以上に魔力を搾り出し、リンカーコアが微塵も魔力生成出来ない状態になると別の危険性が出てくる。体力と魔力の二本足で立っていたのに、急に体力だけで身体を支える羽目になり、その体力も自重に負けて折れてしまう……つまり、衰弱死だ。それはもちろん最悪の場合だが、こんな幼い少女の体力などたかがしれている。しかも、この事件で体力そのものもかなり消費していただろう。
 なのはは数瞬迷ったが、危険な状態にある水髪の少女とそれに泣き縋っている青髪の少女を二人とも抱きかかえた。二人の人間を抱えて飛行するのは辛かったが、幸い二人とも体格の小さな少女達だ。やってやれないことはないだろう。他の人間の救助も大切だけれど、だからといってこの少女を見捨てることなんて出来ない。自分は一人じゃない。他の要救助者達はは仲間がきっと助けてくれると信じていた。

「あ、あの……アイリーンちゃん、大丈夫ですよね? 死んじゃったり……しませんよね!?」
「大丈夫。絶対大丈夫だから。その子を落とさないようしっかり抱き締めてあげてね。お姉ちゃんでしょ?」
「……はいっ!」

 脱出ルートは既に探索が終わっている区域の方角を選ぶ。ついでに救助者を助けに行くより、スピードを重視し、一秒でも早く送り届けて取って返ることを選択した為だ。まだ救助者は残っているので砲撃魔法で道を開くという乱暴な手段は取れないが、救助者がいない区域では多少の壁抜きぐらい許されるだろう。なのはは素早く判断を下すと空へと飛び上がった。勇気あるこの少女達を、死なせない為に。



 結局、全ての救助活動を終え、リインフォースツヴァイとユニゾンしたはやての広域氷結魔法によって空港火災は鎮火した。予測より早く事態が収束したのには、やはりあの水髪の少女から提供されたマップがかなりの割合を占めていただろう。

 事後処理も終わって一息付いた三日後、なのはは個人的にあの少女の事を調べていた。あの少女は事故に巻き込まれたわけではなく、事故後にわざわざ現場に踏み込んだ事が判明した。この事は提供されたデータから分かった事で、つまり警戒態勢に入っていた管理局が完全に出し抜かれたことになる。年齢的な事もあり、お咎めはなく注意だけで済んだようだが、それには多分に管理局の面子が関わっていただろう。魔力の大きさと本人のステルス性など、レアスキル持ちでもない限り関係性は皆無だ。たかだか6才の少女にそれが掻い潜れる訳もなく、当然のごとく現場の人間の失態として押し隠された結果であった。
 でも、なのはにはそうとも思えなかった。この冗談のようなヘルプ付きマップ。少女の手元を離れた今でも”更新”し続けているのだ。無論、データ入力していないのだから中身に変化はない。が……なのはがデータを、ヘルプに沿って入力すると全体が変化した。あれから3日経った現在、到底”間に合わない”物として光点が全て暗い物へと変更されたのだ。地形も火事による予測データとして多少変化しているように見える。手入力ですらこれだ、もしも少女のデバイスにこのデータが存在していた時はどんな変化がなされていたのだろう?
 はやて達に渡したデータは、レイジングハートが編纂した何の機能も付いていないデータのみ物だ。少女に渡された地図ではない。

「アイリーン・コッペル、か」

 意味もなく常識外れに高性能なインテリジェントデバイスを所持していた、と考えるのが普通である。しかし、なのはにはどうしてもあの少女が忘れられなかった。
 いつかまた会う気がする。
 そんな予感が、彼女の胸の奥に燻っていた。





■■後書き■■
この作品は多分の捏造設定と非常に都合のいい展開で出来ています。
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前回と合わせて初めてリリカルっぽくなりました。
ついに本編となりましたが、どうしても本編に重なると設定のすり合わせが大変です。
空港火災事故に関する言い訳は感想の方で。



[4894] test run 5th「無知は罪だが、知りすぎるのもあまり良いことじゃない。やはり趣味に篭ってるのが一番だ」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:41
 覚悟していた事だが、それはもう目玉が飛び出るほど怒られた。大目玉って奴だ。クロエとマリエルはもちろん、ゲンヤさん、管理局の人、何故かスバルちゃんにギンガまで。そう、ギンガは管理局に無事救助されたそうだ。実際に助け出してくれたのは現役の執務官だそうで、ギンガがそれはもう目をキラキラさせて聞かせてくれた。いや、一時間ほどの説教の後なのでちゃんと聞く気力はなかったのだが。
 俺はというと魔力の枯渇と疲労でぶっ倒れただけなので、怪我は特になし。が、後遺症でしばらくの間魔法は厳禁だそうだ。魔力の元となるリンカーコアなる器官が消耗し、もう少しで衰弱死する所だったらしい。まあ、あそこで頑張らなかったらそれこそ圧死する羽目になっていたので仕方ない、と思わず口にしてギンガに頬をブルドックされた。ミッドチルダではブルドックと言わないらしいが。
 そして、朗報だがあの死体になっていた少年。無事に蘇生出来たらしい。俺とスバルちゃんが潰れたヒキガエルになる危険性を負ったのも、無意味ではなかったということだ。後日、兄弟だったらしい子供二人と、その親達がお礼を言いに来た。他の助けた子供に関しては、残念ながら孤児になってしまった子もいたらしいので、顔を合わせなかったのだが。

「アイリーンが責任感じる事ないのよ?」

 とはギンガの言だったが、もしかしたら俺が切り捨てた大人達の中に……と思うとやりきれない。少なくとも、そうだったかもしれない可能性を感じながら助けた子供に会う気は起きなかった。

 さて、事件後の変化だが。なんとスバルちゃんが6年に上がるのと同時に普通校から管理局の訓練校に転校した。事件前までは痛いのが大嫌いで臆病な所があるスバルちゃんだったが、事件後はそういった事も含めて覚悟が決まってしまったらしい。決め手は事件そのものより、あの管理局の女性に憧れたというのが最大要因みたいだ。
 あの白いバリアジャケットの女性だが、管理局の中でもかなりの有名人。エースオブエースと呼ばれる凄腕の魔導師だったそうだ。本来救助活動をする部署の人間じゃなく、休暇中にたまたまあの空港火災の近くにいて助っ人に入ったらしい。というのをスバルちゃんからキラキラした目で聞かされた。お前もか。ちなみにギンガを助けた人とは別人だそうだ。

 俺はというと相変わらずだ。確かにあの事件の中で力不足を感じたが、あんな事件そうやたら滅多に起こる筈がないし、ギンガやスバルちゃんのように管理局で戦闘用の魔法を習うってのもなんか違う気がする。二人が間違っていると言う気はないが、少なくとも俺がその道を選ぶのは間違っていると断言出来た。
 なので、普通の学校に通いながら再びソーセキと一緒に魔法を独自開発する日々だ。真っ先に重量軽減の魔法は改善したがな。今度は像どころか天井が落ちてきても大丈夫だぜ(誇張表現有り)。

 ほぼギンガと入れ替わりの形で訓練校に入ったスバルちゃんだったが、今は亡きクイントさんから直接魔導師として鍛えられたギンガと違い、かなり苦労しているようだった。幸いそれなりにベルカ式の知識を仕入れた俺はスバルちゃん用に色々魔法の構成を手伝えた。ミッドチルダ式との齟齬が怖くてギンガの時に具体的な手出しが出来なかった悔しさから、多少は手を出し始めたのが役に立ったようだ。ミッドチルダ式と比べて確かに自由性は失われているが、根本的な部分はほぼ同じだ。ミッドチルダ式からかなりの流用が利くのは助かった。
 元々俺の組んでいる魔法は誰でも使える便利魔法がコンセプトだ。なので、俺が組む魔法のほとんどは術者自身の才覚をあまり必要としない。それにスバルちゃんの戦闘魔導師としての才能はともかくとして、俺のように一から構成を作る才能はあまりあるとは言えなかったのでこれを使え、あれを使えと具体的に魔法の構成を仕込んでやった。丸暗記なら馬鹿でも努力すれば出来るもんだ。現にスバルちゃんも覚えは悪いが一旦覚えれば、普通に使いこなしてくれるようになった。俺が教え込んだ加重軽減魔法で垂直30mジャンプとか、1トンの瓦礫をぶん投げて目標撃破など愉快な結果を残してくれた。まあ、後者は質量兵器だと訓練校の教官から大目玉食らったみたいだが。
 しかし、逆に苦労したのがスバルちゃん特有のスキル。そして、ナカジマ家……というよりクイントさん由来のオリジナル魔法の存在だった。

 管理局の分類としてレアスキル(稀少技能)と呼ばれるものがある。個人、あるいは限られた家系・種族にしか使えない魔法のことだが、あの空港火災の事件の時スバルちゃんが見せた物もそれの一種だった。が、あれは厳密に言えば魔法じゃない。あれからスバルちゃん本人ではなく、姉のギンガが教えてくれたのだが、ナカジマ姉妹の身体の半分は機械で出来ていて、その恩恵のような物らしい。素手で石の像をぶち砕いた時点で只者じゃないと思っていたが、一種のブーステッドマン(強化人間)だった訳だ。大概ファンタジーだと思っていたが、今度はSFの世界である。そんな身体になった原因は聞いていない。聞く気もなかったし、ギンガやスバルちゃんの辛そうな表情を見て聞きたいとも思わない。

 まあ、そのレアスキルは二人が好きじゃないということで使ってないので別に良い。どうせ魔法じゃないなら俺の専門外だし。
 問題はクイントさんのオリジナル魔法と特殊な戦闘体系だった。ローラースケートでジェットダッシュに、拳に装備した回転ナックルで敵を粉砕ってどんなんだ。やっぱりSFの領域だ。いや、この戦闘体系についてはクイントさんが存命だった頃から知ってるけど。
 シューティングアーツという名が付いている戦闘体系だが、ギンガとスバルちゃんの魔法はこのシューティングアーツの為に練られているといっても過言じゃない。シューティングアーツ用の魔法構成は、とにかく融通が利かない。ある意味ミッドチルダ式とベルカ式の互換性より互換性がないので、ギンガもスバルちゃんも他の人から魔法を習う時は別の体系の魔法として覚えているのが現状なのだ。
 正直な話、ミッドチルダ式とベルカ式を同時に使っているのと何も変わらない。ただ魔法に使っている構成式が、ベルカ式だというだけだ。どうやればこんな他人に分かりにくい構成を作れるんだか。クイントさんは天才だったかもしれないが、プログラマーとしては失格である。プログラムは誰が見ても分かりやすいように書くのが基本だ。まあ、シューティングアーツに関しては他人に真似られないようにと作った結果なのかもしれないが。
 なので、ギンガと違い、まだ何者にも染められていなかったスバルちゃんは、俺の独断でミッドチルダ式との混成児に変えてしまった(てへ♪)。いや、すまん。そもそものきっかけは憧れの君(管理局のエースオブエース)がミッドチルダ式だったので、スバルちゃんのやる気が段違いだったのだ。
 現在では、立派にシューティングアーツ用ベルカ式で駆け回り、ミッドチルダ式近接用砲撃で相手をぶん殴る異端児が出来上がっている。名目だけは異端児だが、やってることはギンガと何も変わらないので許して欲しい。ギンガは一日両日かかった俺の説明で一応納得してくれている。呆れ顔だったが。
 まあ、最近こそ増えてきているが、元々ベルカ式自体あまり数がいないそうなのでミッドチルダ式にしたのは正解だっただろう。ベルカ式は昔ミッドチルダと争っていたベルカという国の魔法で、最近になってから近代ベルカ式と名を変えて生まれた新生児だ。習いやすさ扱いやすさという面では、間違いなくミッドチルダ式に軍配が上がる。
 俺個人の意見を言えば、シューティングアーツをスパっと切り捨ててミッドチルダ式一本でやって欲しいところだが、クイントさんの残した遺産な訳であるし、他人が口出しすることじゃないだろう。

 さて、話は変わるようで実質変わらないが、スバルちゃんは訓練校でミッドチルダ式を習い、休日家に帰ってきては俺に魔法構成のダメだしを受け、たまにギンガのシューティングアーツスパルタ講座を受けて成長している。
 俺は魔導師として構成を作れるだけの素人なので、戦闘に関しては口出ししない。ただ訓練校でスバルちゃんが習ってきた魔法を改善するだけだ。俺オリジナルの魔法も教えてはいるが、それも便利に使える小技程度なので、邪魔にはならないだろう。たぶん。




 ある日、俺がシューティングアーツ用の魔法をどうにか常人でも使えるよう手直ししてやろうと四苦八苦していた昼下がりの事だった。スバルちゃんが訓練校の友達を連れて帰ってきたのだが。これがまた、色んな意味で強敵だった。

「はぁっ!? なんでこんなに削っちゃうわけっ!? 実戦で動かなくなっちゃったらどうするのよ!」
「動かなくなるわけないじゃないですか。これは簡略化してるだけで、むしろ構成の強度的には上がってますよ」
「だったらこっちは!? こっちなんて主要機能がなくなっちゃってるじゃない!」
「いや、手数で勝負の射撃魔法なのに溜め時間も誘導性もいらないでしょう。主要機能は弾生成と射出機能です」
「数打っても、当たらなかったり威力足りなかったりじゃ意味ないでしょ!? 素人はこれだから」
「それを数で補う魔法です。それにまだ試してもいない試作で、実際使って直していかなければ意味がありません」
「ま、まーまー。ティアもアイリーンちゃんも落ち着いて……」
「「落ち着いてる」」

 とまあ、色々と魔法に関して詳しくプライドの高い技術者だった訳だ。いや、どちらかというと現場で実際に使う人間か。しかし、実に心地良い罵声……じゃなくて、役に立つ生の意見だ。ギンガもスバルちゃんも「なるほど」とか「さすがアイリーン(ちゃん)」とかイエスマンで実際どこまで有効なのかわかりゃしない。こうやって文句や抗議をビシバシ言ってくれた方が、多少ウザくても役に立つ。特にこういうちゃんと順序立てて考えて、頭の回る持ち主は稀少だ。魔導師というより、前の仕事場でいて欲しかった人材である。
 その日の休日は、スバルちゃんのルームメイトであるティアナさんと議論するだけで終わってしまった。「新しく出来たアイスクリーム屋に、食べに行こうって言ってたのに~」とスバルちゃん。悪い、また今度だ。

 ティアナさんの話は実に新鮮な物だった。というより、俺の考え方の真逆を行っている。俺の場合、求めた結果をいかに簡単に、いかに確実に出来るように出来るかを考える。が、彼女の場合はいかに構成を敷き詰めて、結果を高く出来るかが重要なのだ。俺は常に7の答えを出し、彼女は5~10の答えを出す。
 その結果、どちらも結局構成を考えに考えて、無駄を省いていくのだから可笑しな話だ。まあ、彼女はちょっと求める理想が高すぎて、結局自爆しがちなのが玉に瑕だが。

「はぁ…スバルの義理の妹にこんな子がいたなんてね。通りで頭の固いスバルが、あんなすっきりした構成の魔法を使うと思ったら」
「いや、義理でも妹でもないですし。幼馴染ですってば。私もスバルちゃんの友達に、こんな頭の回転の速い人がいるなんて思いませんでした」
「二人とも……お互いを褒めるフリして、わたしの悪口言ってない? ねぇ?」

 結局スバルちゃんだけじゃなく、ティアナさんにも俺の試作魔法を使ってもらうということで合意した。テスターは何人いても多すぎるなんてことはないのだ。
 まあ、訓練場の寮に帰る前にちょっとティアナさんの使っている魔法を見せてもらって、その余裕が全くないぎっしり詰まった構成っぷりに再び議論が勃発。泊り込みになったのは笑い話だった。



 ギンガにスバルちゃん、そしてティアナさんと最近俺が戦闘用魔法ばっかり弄っている印象に囚われるが、きちんと日常便利魔法の開発はしている。こういった魔法の基盤はミッドチルダにないので中々苦労するが、やはりこちらの方が楽しい。
 これまで作った中でのヒットには、ナンバリング魔法がある。これは物に魔力的な目印を付けて、物が部屋のどこにあるか一瞬で判断してくれる魔法だ。デバイスがあるならそれで判断してくれるが、魔力波長は単純なので備え付けの簡易コンピュータでも簡単に判別できる。しかも、本人の魔力パターンを使うので、他人の物とごっちゃにならない機能付きだ。最近じゃこれに改造した浮遊魔法を付加して、選択した物を手に取り寄せるなんて芸当も出来る。便利すぎて頼りまくっていたら、マリエルに使用禁止にされてしまったが。
 他にも、ちょっとシューティングアーツ用の回転パンチ魔法(仮名)を改造して、ミキサーやシュレッダー代わりに使ったらギンガに泣かれたり。妹さんはミキサー魔法で作ったバナナジュースを美味しそうに飲んでました。





■■後書き■■
この作品はこうして淡々と時が過ぎ去って行きます。
(ry

番外編よりこちらの方がよほど幕間っぽいですね。
話が短いのは区切り上の問題。もう少しなんとかしたい物です。
ところで、どんどんサブタイ伸びてね?



[4894] test run 6th「餅は餅屋に。だけど、せんべい屋だって餅を焼けない事はない」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:42
「リーン、ちょっと良い?」
「はむ?」
「食べてからで良いから」

 学校の教室にてクロエ経由で入手した魔法構成に関する最新レポートを読んでいると、クラスメートであり、学級委員長(真)であるノア・レイニーちゃんが声を掛けてきた。ミッドチルダにもあったチョコロールを口に咥えながら振り向いたので呆れた顔をしている。7才児に心底呆れた表情を向けられて少し悲しくなったが、物を食べながら読書に勤しむのは俺の”昔”からの癖である。場は弁えるつもりだが、家だとマリエルに注意されて突っつかれるので学校ぐらい勘弁願いたい。
 さて、”リーン”という愛称で分かっただろうが、彼女は俺の友達だ。念願の愛称ではあるけれど、そう呼んでもらうように頼んで実際呼ばれてみるとやっぱり女の子な響きに涙したのは悲しい過去の出来事である。7才になり2学年に上がっても、ガキンチョどもはやはりガキンチョのままだ。しかし、そんな中でノアちゃんはかなり賢い子供だった。少なくともスバルちゃんよりはよほど頭が回る。でなかったら俺が戯れに教えた連立方程式を使って算数の文章問題を解かないだろう。「リリアーナちゃんは果物屋で300円のリンゴを3個買い、スーパーで350円のミカンを2個買いました。帰りにリリアーナちゃんは400円落としてしまい、残りは940円でした。元々リリアーナちゃんはいくら持っていたでしょう?」という問題に税抜きだった場合と税有りだった場合の二パターンの答えを書いたのもちょっとした伝説になっている。
 俺? 実はそのテストでお呼び出しを食らった。正規の答えを書いた後にちょっと暇だったもので全自動計算筆記ソフト「テストできるんです」君(問題の読み込みから自己判断でのファジーな答えを出力。文章問題にやや弱く正解率は90%弱、要修正)を即興で作って走らせて遊んでいたらカンニング扱いにされてしまったのだ。当たり前である。幸い俺の成績は明らかで、職員室での説教だけで済んだのだが。

 閑話休題。
 そんなどうでも良い回想は置いておくとして、ノアちゃんの用件を聞くことにする。が、何故かノアちゃんは渋い顔をして言い辛そうに口を開いた。

「それがね、先生がリーンに頼みたいことがあるらしいのよ」
「はい?」

 首を傾げたのは教師が俺に用事があるという事そのものではなく、何故それをノアちゃんから聞かせられなければならないのかだった。さらに詳しい事情を聞いてみると、なんとも言いがたい用事だった。正直、俺にその用件を持ってくる自体が間違っているとも言える。しかし、たまには世の中に貢献してもいいだろうとそれを引き受ける事にした。”それ”の内容とは……。



「ごめんねー、コッペルさん。後で個人的に先生奢っちゃうからっ」
「いや、いらないです。他の生徒のやっかみ貰いますからむしろやめてください」
「そうですよ、イリア先生。学校でお菓子なんか食べちゃダメです。下校時に寄り道もダメです。リーンの家に届けてあげて下さい」
「ノアちゃん、それも違うから。あ、ソーセキ、修正したデータの詳細と修正前のデータはバックアップ取っておいて」
「【了解しました】」

 俺がやっているのは陸上用の記録機械の調整だった。もちろん、完全に分野違いだったのだが、俺にはソーセキ先生が付いている。物理的な故障で全く動かないのだったらお手上げだけれど不具合を直す程度などお茶の子さいさいだ。短距離や長距離、他陸上競技全ての記録を測定して記録してくれるという超便利機械なのだが、最近はどうしてもその記録に誤差が出たり、上手く保存出来なかったりするらしい。が、実はミッドチルダで陸上競技はあまり盛んではない。正確には魔法を使っての競技が主流で、身体能力のみで走ったりジャンプしたりするだけの陸上競技はあまり人気がないのだ(マラソンもついでに絶滅すると良い)。魔法を使っての競技は個人差が激しいので純粋にスピードを計る競技というのは存在していない。いわゆる障害物リレーに近い物ならあるらしいが。
 そんな事情があり、コンマ数秒ずれるとか記録映像にノイズが走るだけの故障では、修理業者に頼む許可が下りなかったらしい。顧問であるこの調子の良い女教師が陸上クラブ所属のノアちゃんを通して俺を頼って来たのはそんな理由だった。魔法の構成の天才として名が知れている俺ならきっと出来るだろうとそういう判断で。きっぱり分野違いの勘違いである。大体そういう時間が経っての不具合は部品の磨耗や整備不足が原因で、プログラムとはほとんど関係なかったりする。しかし、そこはそれ。交換部品がなくてもプログラムの方を弄って誤魔化すことは出来るのだ。

「一応直りましたけど、あくまで応急処置です。これ以上イカれるようならちゃんと修理に出してくださいね。あ、中のプログラムを元に戻すのはその時またやりますから、修理業者を呼ぶ前に私を呼んでください」
「あ、ありがとー! アイリーンさーん」
「感動したフリして抱きついてほっぺむにむにすりすりしないで下さい。訴えますよ」

 こういう改造は業者もお手上げになる事がままあるので、データを元に戻せるよう準備しておくのは必須だ。まあ、無駄データをソーセキの中に保存しておくのは嫌だし、後で適当な記録媒体に移して保管しておこう。
 先生の頬っぺたスリスリ攻撃はノアちゃんが無理矢理身体を割り込ませて引き剥がしてくれたので、無事開放された。綺麗な状態でハグをしてくれるならまだ嬉しかったかもしれないが、あいにく記録機械と散々格闘した後だったのか先生は油塗れである。はっきりウザい。助けてくれたノアちゃんにお礼を言うとエビフライみたいなお下げをぴょこんっと跳ねさせて照れていた。ノアちゃん、そこは「べ、別にあんたの為なんかじゃないんだからねっ」だ。

 しかし、たまにはこうやって魔法だけでなく機械の方を弄るのもいいもんだ。今こそ魔法陣相手だが、”昔”はパソコンを相手に格闘していたのだ。酷く懐かしい気分に襲われる。



 元々地方出身の”俺”は高校卒業と同時に上京し、システムエンジニアとして小さな会社に入社した。大学へ行く気はなかったが、夜間の専門学校に働きながら通った。パソコンのプログラミングについては趣味で習得していたけれど、仕事を始めてから正規の知識が必要だと実感したからだ。親元にいる時にそう考えられていれば金ぐらい出してくれたのかもしれない。が、一人立ちしてから親に頼るのは嫌だったのでそういう選択になったのだ。
 決して楽だったとは言わない。しかし、好きなことをやっているので勉強も仕事もそう苦にはならなかった。暇はあまりなく、遊ぶといえば会社の同僚と飲みに行ったりカラオケで馬鹿騒ぎしたり……まあ、その程度だ。忙しくもそれなりに充実していた日々は幸せと言えただろう。
 あの日、俺は他の会社から回ってきた急ぎの仕事を三日三晩の地獄ロードを走破して片付けて、一人祝杯を挙げようと缶ビールを片手に家に帰宅した。おつまみのスルメを用意してプルタブを開ける。しかしどっと睡魔が襲ってきて、勿体無いなぁと思いながらも一口も口に付けずにベットに沈み込み……。



「リーン!」
「は、はい!?」
「もうボーっとして。車に轢かれても知らないわよ」
「……そこはさすがに注意して欲しいな」

 気が付けば、ノアちゃんが顔をドアップなまでに近づけて覗き込んでいた。そう、今の俺は●●ではなく、アイリーン。呆けていたのか、ノアちゃんは呆れている顔をしている。今日何度目だ。周りを見回せば、そこはもう学校ではなく下校中。呆けている間にこんな所まで歩いて来てしまった様だ。
 ノアちゃんに謝ると、今度シュークリームを奢る約束をさせられてしまった。うぅむ、小遣いあんまりないんだけどなぁ。

「……ノアちゃんはさぁ、いくらぐらいお小遣い貰ってる?」
「え。……このくらいだけど」
「月で?」
「そう。リーンは貰ってないの?」
「ノアちゃんと同じぐらいは貰ってるけどね……欲しいのには全然届かないから」
「……幾らするのよ?」

 俺は無言で、ノアちゃんが小遣いの金額を示すために立てた指を5倍に増やして、さらに自分の手も片手を開く。「マジで?」という顔をされてしまったがマジである。俺が欲しいのは魔法の専門書の類だ。子供の小遣いを何ヶ月溜めたって足りはしない。
 何かバイトでも探すべきかとも思うんだが、いくらミッドチルダでも7才の子供を雇ってくれるような所があるのかどうか怪しい。しかし、そろそろ自分の意思で買い物をしたい所だ。現状だとクロエにおねだりすれば買ってもらえたりもするが、上手く行って月に1、2点。マリエルに至っては魔法趣味自体に渋い顔をしているので全然買ってくれない。洋服ならそれこそ頼まなくても山ほど買って貰えるのだが。1割でいいから専門書の類に出資して欲しい。まあ、養われてる身で文句を言える筋合いでもない。だからこそ、多少は自由になる金が欲しい。

「あーあ、現金とは言わないけど、分厚い専門書が空から落ちてこないかなぁ」
「直撃したら死ぬわよ、それ」
「落ちてきた専門書で新しい衝撃緩和魔法でも作るから良いの」
「だから、作る前に死んでるから」

 まあ、空からお菓子の飴が降って来る事がないように、都合良く専門書が降って来るのもありえない事だ。所詮は現実逃避の無い物ねだりに過ぎない。結局、ノアちゃんと専門店のシュークリーム50個と魔法の専門書1冊、どちらに真の価値があるか熱く議論しながら帰宅するのであった。



 ……食ったらなくなる物と、読んでもなくならない物じゃ絶対後者に価値があるとだけ言いたい。
 大体50個も食ってまんまるお腹をさらに膨らまsガンッ!





■■後書き■■
この作品は相変わらずオリキャラ率が異様に高いです。
(ry

ノアが出ているだけで書き下ろし(?)と分かるでしょうが、最新作です。
前回と今回で本当は一話の予定でしたが、長くなったので分けました。
閑話は今回で終わり。次回から話がどんどん進んでいく予定です。



[4894] test run 7th「若い頃の苦労は買ってでもしろ。中身大して若くないのに、売りつけられた場合はどうしろと?」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:42
 嘘から出た真というか、アホな考えを神様が聞き届けてくれたのか、道端を歩いていたら見事空から降ってきた本が直撃しました。ただし、持ち主がきちんといる漫画本が。子供(と言っても今の俺達より年上だ)が友達同士で取り合いになり、すっぽ抜けた週刊誌が見事道を暢気に歩いていた俺に直撃したらしい。もちろん怒ってもいい過失の事故だった訳だが、俺が怒る前にノアちゃんの方が先にブチ切れて叩きのめしてしまった。まったく容赦のないフルスイングが少年Aの顔面に直撃する。倒れこんだ少年に馬乗りになり、マウントポジションで執拗に顔面を狙い続ける彼女にはさすがの俺も背筋にうすら寒い物を覚えた。それを必死になって取り押さえたのはもちろん俺である。顔中に青タンやら痣やらを作って半泣きになった少年達にそれ以上死人に鞭を打つような真似も出来ず、許すしかなかった訳だ。
 痛いわ、疲れるわ、怒りを振り下ろす先がなくなるわ、まさに降って沸いたような災難だった。誰か俺の不幸でも天に祈ったのか? 具体的には掲示板とかで。
 とりあえず、再発を防ぐ為にもソーセキに飛来物を感知したら自動で障壁魔法を張るようセットしておこうと思う。



 しかし厄払いが間に合わなかったのか、帰宅すると何故か管理局からスカウトが来ていました。俺の厄日はまだ終わってないらしい。というより大殺界とか天中殺と言った方が正しいのかもしれない。

「はぁ。誰でも使える砲撃魔法の開発?」
「うむ。君が書いたこのレポートは読ませてもらった。難易度の高い魔法を簡略化、そして魔力動源を確保する事によって、誰にでもどんな魔法でも使うことが可能になると」
「それって、読書感想文の暇つぶしに書いた代物なんですけど……」
「じょ、冗談の代物なのかねっ!?」
「いや、本物ですけどね」

 むっつりした顎髭の濃い親父が家のソファに座り、開発プロジェクトに関する書類を差し出してきた。そこに目を通すと、いるわいるわ、高学歴な方の数々。そして、俺が入るべき空白の席は、なんとその開発プロジェクトの次席。いや、まだ7才なんですが、俺。
 確かに砲撃魔法というのは、総じて難易度が高い。射撃魔法と違って魔力の圧縮や収束に掛かる術者の負担が桁違いだし、少し手綱を手放せば暴走しかねない。そして、魔力の圧縮や収束は使用者の才能でなんとかしている部分が大半なのだ。才能の無い奴が使っても、ろくな威力になりはしない。その一方で、才能のある人間が使えば一撃必殺、目を剥く様な威力になる。
 だからこそ、砲撃魔導師は魔導師の中でも花形になるのだ。それを誰でも簡単に使えるようになったら、今の魔導師の勢力図は引っくり返る事になる……かもしれない。

「んー、お断りします」
「何故だねっ!? 出来んのか!? それともこの条件でもまだ不服なのか!?」
「いや、落ち着いてくださいよ」

 ハッスルする良い年したおっさんをどうどうと抑える。
 管理局のかなりお偉いさんらしく、クロエから「頼むからぁぁぁ」と泣き付かれなければとっくのとうに追い出していただろう。いや、そもそも会わないかも。今もリビングの扉の向こうでそわそわ覗き込もうとしている人影が擦りガラス越しに見える。バレバレだからやめてくれ、クロエ。恥ずかしい。
 これが「簡単・掃除・綺麗♪」が売りの清掃魔法とかなら、飛びついたんだが。

「まず第一に難しいです。砲撃魔法の構造自体は単純ですから、さらに収束・圧縮プログラムなんかを一から開発しなければいけないですし」
「それはそうだろう。だが、我々はやらなければならんのだ。陸と空、そして海の人材差はあまりに大きすぎる。それを無くす為にも……」
「第二に、それです。それだけ苦労して完成させても貴方の意図にはあんまり意味ないです。普通の人も砲撃魔法を使えるようになるかもしれないですけど、今砲撃魔法を使える人はもっとパワーアップすると思います。そしていずれ犯罪者の方々も使うようになるでしょうから、将来的にはまったくの無意味になる気が」
「なにっ!?」
「第三に、砲撃魔法を使えるぐらいの魔力をどこから調達するんですか? それを使えるだけの魔力を持ってる人がいるなら、その人に撃たせた方が早いです」
「……む、むむぅ」
「そして、最後に。私は攻撃魔法が嫌いです。以上」

 一応言いたい事は言い切ったので、お茶を啜って相手の対応を待つ。まあ、ちょっと意味は違うんだが、巨艦大砲主義者みたいだし、これだけ言えば引き下がってくれるだろう。
 ……と思っていたのだが。

「ならば、砲撃魔法……いや、攻撃魔法でなければ協力してくれるのだな?」
「へ?」
「攻撃魔法は確かに重要だ。だがしかし、低魔力魔導師の最大の問題点はその防御能力の低さにある。少々高ランクの犯罪者が出てくれば、成すすべなく一撃で打ち倒される。犯罪者の中には、殺傷設定で攻撃をしてくる人間もおるから、どうしても前線から遠ざけるしか手が無いのだ」
「……い、いやいや、ちょっと待って下さい? 確かに攻撃魔法じゃないですけど。私は戦闘行為自体」
「頼む。力を貸してくれ。アイリーン・コッペル」

 ……えぇ? 俺にどーしろと。
 もちろん不満たらたらな俺は、社会人としてふざけんなと言いたくなる滅茶苦茶な条件をぶつけてみるのだが、あっさり認めてもらってしまった。

「すまん。まだ名乗っていなかったな。私はレジアス・ゲイズ少将だ。これからよろしく頼むぞ、アイリーン」
「……はい」

 結局丸め込まれてしまった。
 頭の固い軍人崩れかと思ったら、滅茶苦茶口上手いでやんの。やってられない。訓練校に入ったスバルちゃんより先に、何故か普通校の俺の方が管理局入りする羽目になってしまったのだった。
 プロジェクト終わったら、金貰って速攻抜けてやる。





 警察機構というより、軍事組織に限りなく近い時空管理局は正直好きになれない。日本という戦争アレルギーの国で育ったのだから当然だ。だが、半ば強制的にとはいえ、仕事を任された以上手を抜く訳にはいかない。砲撃魔法と違って開発=双方の被害拡大といった図式に繋がらないので仕方ないと妥協した部分もあるが。

「おはようございま」
「おはよー、サブリーダー。今日も可愛いねー」
「独り占めなんてずるーい。私も抱っこするー」
「ははは、今日もサブリーダーは愛されてますなぁ」
「いいから仕事してください」

 挨拶をする前に、よってたかって同じプロジェクト内の人から可愛がられる。砲撃魔法開発プロジェクトの次席という位置はそのままスライドし、何故かプロジェクトのサブリーダーとして座っていた。いや、サブリーダーって雑用係の上にまとめ役だろ? 子供の俺で良いのかよ、という全身全霊のツッコミは役に立たなかった。名目だけで、もう一人サブリーダーがいるので。そっちは普通に名前で呼ばれてる。学校での「いいんちょ」呼ばわりとほとんど変わらない気がするのは、本当に気のせいだろうか。

 現在俺は外部開発員としてここに席を置いている。局員になりたくなかったし、学校も辞めたくなかった俺は「参加する代わりに放課後だけね」なんて子供のお手伝いかと言わんばかりのふざけた提案をしたのだが、レジアスのおっさんは許可してしまったのだ。それでも何故か俺は准尉の臨時階級を与えられて、准士官待遇。いいのか、それで。
 と、そう思っていたのだが、実際開発プロジェクトの面子に会うと納得してしまった。おっさんは俺の発想や構想が欲しかっただけで、俺のプログラマーとしての腕は何一つ信用していなかったのだ。だからこそ、それさえ貰えれば放課後のみでも一向に構わないと判断したのだろう。つくづく食えないおっさんだ。
 もちろん、そんな状態では悔しいので率先して俺は魔法の構成を打ち立てた。基礎を全部自分で作ってやると言わんばかりに、案を出すのではなく、サンプルを提出してやったのだ。おかげで学校では寝っ放しである。
 俺が作ったのは、バリアジャケットの簡易化バージョン。そもそもバリアジャケットの強度は本人の魔力量とイコールだ。だったら、いらない機能を削りまくった上に実際構築する際に増幅系統を整えてやれば強度は跳ね上がるだろう。この前みたいに耐熱やら換気やらの機能は、必要になってからもう一つ構成を用意して外部接続してやればいいのだ。

 当初俺の出したサンプル魔法は、それはもう非難轟々だった。子供だから直接言われはしなかったが、不満たらたらなのは目に見えて分かった。なんせ高性能なバリアジャケットを求めて出来上がったのが今のバリアジャケットだ。いくら消費が少ないからといって、劣化版のバリアジャケットなど誰も着たくないだろう。現に今の状態で純粋な魔力攻撃じゃなく炎の魔法を喰らったら効かなくても熱でぶっ倒れる。俺も着たくない。
 しかし、改良を進めていく内に段々と皆の視線から険が取れていった。必要な物は後から最低限に付けるという俺のコンセプトを理解してくれたのもあるだろうが、この構成だとバリアジャケットを他人に付けられると分かった途端、評価は一変した。
 なんせこれだとCランク魔導師がAランク魔導師のバリアジャケットを身に纏えるのだ。元々バリアジャケットの消費量というのは多くなく、使い捨てで使うならそれは強力な防具になりえる。これだけでも、上からの評価は上々だった。

「まあ、結局高ランク魔導師に頼ってるのは変わらないんですが」
「サブリーダー。基礎の簡易バリアジャケットが理解されないからって拗ねないで下さいよ」
「拗ねてません」

 低ランク魔導師が自分でバリアジャケットを作っても、この構成なら3~5倍は従来のバリアジャケットより強度が出るのだ。そこに注目しろと言いたい。まあ、Aランク魔導師のバリアジャケットが10として、Cランク魔導師のバリアジャケットが0.5から2.5になるんじゃ華にならないのは分かるが。
 出来たばかりの魔法なので、まだ全面的な施行はされていない。一部の訓練部隊がテスト運用しているだけだ。それにこれは純粋強度を上げただけのバリアジャケットなので、搦め手には弱いのだ。高ランクの魔導師向きじゃない。まだまだ改良の余地はあるだろう。

 そういえば、臨時とはいえ管理局に入るにいたって自分の魔導師ランクを調べてもらった。なんとAランク。ギリですね、と調査員に言われた時はぶん殴ろうかと思った。人の喜びに水を差すんじゃない。まあ、クロエがAランク、マリエルに至ってはAAランクだったらしいので、順当な所だろう。
 といっても、このランクは非公式だ。ランクを貰うにはランク認定試験とやらを受けなくちゃいけないらしいし、それには模擬戦闘も混ざっている。運動オンチで日常魔法が一番得意な俺じゃ2ランク下のCランクさえクリア出来るか怪しい。まあ、魔導師ランクを貰うとそれに色々制限やら義務やらが引っ付いてくるらしいので、どちらにしても受けるつもりはないんだが。筆記オンリーにならんもんかね。ああ、もしかしたら通信士や医療魔導師の資格だったら戦闘は関係ないかもしれない。今度調べておくか。





■■後書き■■
この作品は暢気で魔法オタクな主人公と不穏当な設定で出来ています。
(ry

結局主人公は管理局入り。外様のおミソ扱いではありますが。
これよりガンガン本編軸の話が出てまいります。



[4894] test run Exception 4「幕間 ~とあるプロジェクトリーダーの動揺~(アイリーン7才)」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:38
 初めてその話を聞いた時の感想は、ふざけるなと叫びだしたい物だった。いくらレジアス少将がいくつも進めている政策の内の一つで、旦那にとってはそれほど重要度が高くないプロジェクトだからといっても、まだ7才の子供を魔法開発プロジェクトに参加させるなど正気の沙汰じゃない。
 データ取りのサンプルとしてなら分かる。子供でも常識外の魔力を持った天才魔導師や、興味深いレアスキルを持った子供などミッドチルダではそう珍しくない。時空管理局の中なら尚更だ。
 しかし、今回の場合は少将が子供が書いた論文を読んで急遽参加させる事になったのだとか。さらに論文のタイトルは”誰でも使える日常魔法~Fランクでも使えるよ~”である。魔力値がほとんどなく、かといって魔導師という枠から外れる勇気もなく事務職で燻っていた私を救い上げてくれた恩人レジアス少将相手でも、ついに頭が逝ってしまったかと思ったぐらいだ。
 天才が感覚だけでポンと産み出してくれる新魔法とは違い、理論付いてより良い魔法を作ってきたプロジェクトチームが我々だ。突飛な発想をする天才など百害あって一理ない。特にうちが作っている魔法は、皆低ランクの凡人達が扱う事前提の物ばかりである。確かにふざけた論文のタイトル通りに出来るなら助けにはなるだろう。だが、スタンダード(標準)という物を産み出すのはそう簡単じゃない。何度も何度も何度も試行錯誤した上で産まれる物なのだ。

 問題の論文は、開発プロジェクトの主任である私の元まで降りてきた。しかし、目を通す気にもなれない。これを書いた子供は、数日経たない内にうちのサブリーダーに名を連ねるというのだ。例え名目上だけのこととはいえ、既に自分の誇りとなっている仕事を子供の遊び場にされるのが腹立たしくて仕方なかった。

『まあ、使えぬならアイディアを摘む程度で構わん。とにかく席に置いておけ。必ずや君達の良い刺激となるだろう』

 論文を手渡された時に聞いたレジアス少将の言葉が脳裏を過ぎる。仕事を任せろと言われなかったのだけが、唯一の救いだ。恩人である旦那の手前、無視する訳にもいかないのでしばらくは子守を引き受けたと思って耐えよう。どうせ、開発プロジェクトの修羅場に耐え切れず遠からず辞めるだろうと、

その時の私は思っていた。






「アイリーン・コッペルです。よろしくお願いします」

 ペコリ、と頭を下げた子供の姿に、私以下プロジェクトメンバーは動揺した。7才の子供だは事前に知らせていたが、おそらく数字だけが頭に残って実感はなかったのだろう。7才というのは本当に、”子供”だった。私が描いていた想像図は昔会ったことのある、12ほどで部隊のトップに据えられて有頂天になっていたクソ生意気なガキ……もとい、天才魔導師様と似たような物だったのだが。

「……あの、何か?」

 煙草の煙で空気が淀み、徹夜続きの暗い雰囲気でとてもいられないような開発室に顔を出したその”少女”は、公園でママゴトをしているのが似合いそうなほど小さな女の子だったのだ。整った容貌に透き通った水色の髪の毛を、髪より少し色の深い青色のリボンでポニーテールにしている。ドラマに子役で出たらさぞ人気が出ることだろう。
 私だけではなく、部下達も似たような感想を抱いたのか、どいつもこいつも驚愕の表情を押し隠せていない。”さっさと追い出して仕事に戻りましょうぜ”などと言っていた部下もいたぐらいだが、こんな少女にそんな事を出来るほど鬼畜な人間はいない。少女以上に私達は途惑うしかなかった。

「……あー、なんだね。君が」
「……色々複雑な事情がありますが、ここでサブリーダーとして働けと言われて来ました。お仕事中時間を取らせてすみません」

 困惑した私達の雰囲気を察したのか、少女がそう言って頭を下げた。大の大人が複数で取り囲み小さな女の子を威圧して、さらには子供に気を使わせて謝らせてしまった。これでは私達が完全に悪者である。困って視線を部下達に巡らせると、何故か全員から非難するような眼差しが返ってきた。特に女の部下からの凶悪な視線が痛い。私か。私が悪いのか? が、確かに迂闊なことを言えば、この可憐な少女は泣き出してしまいかねない。どうにかせねば。
 しかし、どう取り繕ったものか分からない。男一人やもめの生活をずっと続けて来た私にはとても難題だった。女性の相手ですら途惑うというのに、相手は二周りは年の離れた女の子である。どうしろと。

「そ、そのだね……き、君はどういった魔法を作りたいんだ?」
「”誰でも簡単に使える防御魔法”じゃないんですか? 契約の時にレジアス少将からそう聞かされたのですけど」

 まるで学校の先生になった気分で私が少女に問いかけると、返って来たとんでもない答えにプロジェクトメンバー全員が一斉に(何かを)吹いた。
 言い方だけなら子供っぽく解釈していたが、それは本局に隠すため内密に勧めている本プロジェクトの根本そのものだったからだ。しかも、うちの開発チームは上の意向で砲撃魔法から防御魔法に方針を変えたばかりだ。つまり、レジアス少将と我々しか知らない筈のトップシークレットである。契約時ということは、きちんと契約する前にレジアス少将はプロジェクト内容をこの少女に話したことになる。本気でレジアス少将の頭が心配になった。多忙のあまり精根使い果たしてしまったのではなかろうか。

「? ……ああ、具体的な草案ならいくつか考えてきました」
「そ、そうなのか。それは良かった」

 やはり天才ではあるのだろう、周囲の様子に途惑いながらもちゃんとした受け答えをする少女に対し、私は苦笑いで相槌を打つしか出来なかった。恨みますぞ、少将。





 アイリーンという少女は、やはり天才であった。ただし、想定内の、という但し書きが付いた。

 少女は自前のデバイスで資料を投影させて見せ、鈴を転がすような耳触りの良い涼しい声で”草案”をいくつも説明した。彼女の提案した防御魔法はどれも新鮮で、私達が思ってもみない方向性のアプローチばかりだ。複数人で共有して扱う統合障壁魔法。バリアジャケットの根本的改善による大幅な防御力の向上。デバイスとの通信速度を高めて魔力効率を上げるユニゾンデバイス紛いの方法まで。
 なるほど、確かに良い刺激だと私は感心した。部下達も先ほどまでの戸惑いを消し、興味深そうに聞いている。どの草案もとても分かりやすく説明され、魔法開発が命である私達にはこれ以上のないほどの”娯楽”だっただろう。
 そう、所詮娯楽だ。彼女はこの案がどれだけ難しく、実現性の低い物だと理解していない。しかも分かり易い説明が仇となって、こうして流し聞きしているだけでも機能的欠陥が見つかった。絵空事ばかりで、現実味がないのである。

 少女の草案発表が終わると、私は小さく笑った。嘲りのつもりはなかったが、例え彼女の才が信じられない物で実際にこれを作ってこれたとしても、常人が使いこなせる物ではなくなる。そんな確信があったからだ。

 どの案を採用するかは後日決める、ということにして。少女が帰るのを待った。なんと彼女は学校が終わってから20時までのパートタイム勤務だ。正式に管理局に所属する訳でもなく、短時間だけ関わって去っていく。私はことさらに感心した。彼女にではなく、レジアス少将にだ。確かに席に置いておくだけで良い刺激にはなりそうだ。少将も、これ以上の結果を望んでいた訳ではなかったのだろう。

「で、どうするんスか、主任。あの子の案を採用するんですか?」
「そうだな……検討ぐらいはしてもいいだろう。面白い案には変わりない、発想を部分部分使うことぐらいは出来るだろうさ」
「けど、なんか胸が痛みますねぇ。あの子、絶対どれかは使われるって思ってますよ?」
「まあ、少々可哀相だが、こっちも遊びじゃないんだ。早めの社会勉強と思って我慢してもらおう」

 そんなやり取りを交わし、”本当の”方針会議をしてその日は解散した私達プロジェクトの面子だったが、真の驚愕は次の日に訪れた。目の下にクマを作った、少女アイリーンと共に。

「作ってきました」
「は?」

 私達が地上本部の開発プロジェクトチームに与えられた一室に出勤すると、そこには紙束を机に置いて学校も行かずに朝から椅子にふんぞり返った、少女の姿があった。途惑う私に少女は紙束を一つ押し付けてくる。タイトルを見て……私は頬肉が引き攣るのを感じた。一番上の表紙には”簡易バリアジャケット仕様書”と大きく銘を打たれていたからである。
 次々部下達が出勤し、その度に仕様書が彼らの胸に押し付けられていく。一瞬何故いるのか、というより作ってきたとは?というこちらの動揺を利用して、問答無用で仕様書を配るという凄まじい手口だった。
 全員が揃うのを待つと少女は”バリアジャケット”を自身の身に纏い、つい昨日のように説明を始めた。皆が皆、呆けながらそれを聞いている。視線は手元の資料に行ったり、少女が着ているバリアジャケットに行っている。……まさか、ではあるが。

「……君、もしかしてそのバリアジャケットは」
「試作品です。一晩で作った物ですから、粗はかなりありますけどサンプル品としては十分でしょう」

 ……部屋の中全員に戦慄が走った。少女が徹夜らしきものまでして魔法を作ってきた事にではない、一徹如きで試作品を作り上げてきた少女に、全員が全員動揺を隠せなかったのだ。私は知っている。新しい魔法というのが、どれだけ難しい物か。まだ誰も踏み入れた事のない新世界に、身一つ手探りで探索していくかのような気の遠くなる作業。それが既存魔法の改良だったとしても変わらない。簡単な修正一つ取っても、週単位で直していく代物なのだ。

 私は自身の動揺を隠すように、少女が作り上げた仕様書を穴が開くほどに熟読する。やはり、この魔法は欠陥品だ。足りない。こんな物、使い物になる訳がない。

「君、物理攻撃と純粋魔力”しか”防御出来ないバリアジャケット、本当に使い物になると思っているのかね!?」
「それは基本構造の、あくまで”支柱”です。今説明した通り、これに他の機能を追加していく形に仕上げていきます」
「追加といっても強度の問題がある! それにこの”仮に”としてある機能追加予定一覧はなんだ! いくらなんでもこんなに注ぎ込んだら低ランクの魔導師達に扱える筈がないっ!」
「それを扱う魔導師達本人に取捨選択させるのが、このバリアジャケットの”売り”です。低ランク魔導師は扱える魔力量がどうしても足りません。ですので、使わないバリアジャケットの機能を停止させるのではなく、いっそ最初から排除しておけばそれだけ余裕が出来る筈です」
「アイリーン……さん? ここの構成式ですけど、まるで何度もシステムが通るように作られてますが、これは……」
「テンプレート化してるだけです。各それぞれに基本処理を入れるのは無駄ですから」

 いつの間にか、私だけではなく、部下達までもが彼女に詰め寄って詰問紛いの質問を浴びせていた。認められる筈がない、欠陥だらけの魔法だというのに。最初から問題を挙げられるのが前提だったかのように、彼女は淀みなく質問に答えていく。天才の奇抜な案は、総じて常人には理解しがたい。その筈なのに、一言二言の説明で全て納得してしまう。
 まるでもう長年このシステムでやってきたような……そんな熟練した感触を、私は否応なしに感じさせられていた。しかし、そんな筈がない。彼女は7才で、どこからか引っ張って来たのだとしても、そもそもこんな奇抜なシステム見たことも聞いた事も……。
 なんだ、この少女は……何者だ?

「主任さん、この追加機能作成なんですが、他の人に丸ごとお任せしていいでしょうか? システムの統合はやりますので、仕様書に書いてある通りの基準で……」



 時に反論し、時に素直に承諾し、すっかりと”同僚”になってしまった少女を見て。……彼女を手放すのは惜しいと思ってしまった。凄まじい人材を見つけて来たものだと、私はレジアス少将に感心した。この分ではどちらが”見つけた”のか分かった物ではないが。
 少なくとも短い付き合いにはならないと、私は煙草に火を灯しながら思うのだった。





■■後書き■■
この作品には多分の勘違い要素とあんまり勘違いでもない成分が織り交ざって出来ています。
(ry

思うところがあって、今回の番外編はいつもの三人称ではなく一人称。
おまけに名無し。主任さん♪と可愛く呼んであげて下さい。



[4894] test run 8th「光陰矢の如し。忙しいと月日が経つのも早いもんである」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:43
 ミッドチルダの就業年齢ってのは日本に比べてかなり低い。魔導師はスキルより魔力量といった気風が蔓延しているので、ランクさえ高ければ平気でティーン前の子供を就職させてしまうのだ。実戦闘能力は10年経験のあるCランク魔導師より、1年のAランク魔導師の方が断然上だというのだから無理もない。俺みたいに技術方面が認められて管理局入りってのはどちらかというと例外だ。もちろん、前例があるからこその採用なのだろうが。
 魔法とは関係ない一般社会についても、それに引きずられているのか同様に就業年齢は低い。日本は義務教育の他に高等学校や大学があるので、大体18~22ぐらいが普通だが、こっちだと平気で中学生ぐらいの子供が社会に上がる。普通に育っていけば15ぐらいで就職するのが平均的なんだそうだ。大学に近い専門機関に行けばもうちょっと伸びるが、研究も兼ねて給料が出るということなので一種の就職だ。学生とは違う。
 プロパガンダかどうか知らないが、リンカーコアが確認されれば時空管理局に進むというのは、割と当然な選択肢らしい。もちろん戦いが嫌い、もしくは怖いって人間はいる。しかし、そういう人材もデスクワークの席を埋めていくのだ。自分達の世界だけを見るならそこまで人数は必要ないのかもしれないが、いくつもの世界を管理していこうって目的を掲げた組織だ。レジアスのおっさんが言う通り、人材不足は深刻なのである。

「もうだからって、臨時の外部雇い扱いなんだから泊り込みで働く事ないでしょうに。マリエルおばさま、悲しんでたわよ」
「学校にも行ってるから時間ないの。ギンガこそろくに家に帰ってないって聞いたよ」
「……私はもう大人だし。家族はスバルも含めてみんな働いているから大丈夫」
「そういう問題? それに16はまだまだ子供だよ」
「貴女は9才でしょうに」
「そ。お子様だから自由に何してもいいのさ」

 まあ、どっちもどっちな話である。本職に没頭してるギンガと、趣味で腰掛け仕事をしている俺を比べちゃいかんのかもしれないが。
 管理局に入るまではたまの休日ぐらいにしか顔を合わせる機会がなかったが、部署が全く違うとはいえ同じ職場になったギンガとこうして雑談しながら食事をする事が増えた。今もこうして甘味処にパフェを食べに来ている訳である。うん、甘い。
 ギンガはここ最近で急激にクイントさんに似てきた。つまり、凄まじいまでの美人さんに成長している訳である。俺が男のままだったら一も二もなく口説く所だろうが、あいにく9才女児なアイリーンの身体ではそうもいかない。仕方ないので、パフェを美味しそうにパクつくギンガを見て目の保養だけに留めているのだった。
 むかーしに必ず習得してやろうと決心した変身魔法だが、実に使えない事が最近になって判明した。ミッドチルダではレアスキルまでこそ行かないが、本人の資質がかなり必要な魔法だ。もちろん、資質なんて逃げ言葉で諦める俺じゃないのであまり良くない効率ながら習得した。したのだが……その、男に変身しても男の機能が、全く働かなかった。
 変身魔法というのは自分とは違う肉体に変わる魔法の事だ。だが、本人に従来備わっていない器官や感覚というのは変身魔法では誤魔化しきれない。つまり、女の俺では男の生殖活動など出来る訳がないのだ。こればっかりは変身魔法じゃどうしようもない。それこそ一から身体でも作り直さない限り、どうにもならないだろう。結局結論は「魔法は万能じゃない」に行き着くのだ。

「はぁぁぁ……」
「どうしたの、溜息なんて付いて」
「世の中ままならないって思ってさ……ねえ、ギンガ」
「何? 相談なら乗るわよ」
「ギンガって同性愛趣味とかない?」
「ぶっっっっ!?」

 当然のようにないらしい。残念だ。





 2年近くの歳月を掛けて作ってきた簡易型バリアジャケットだが、終わりが見えてきた。予算と期間はたくさんあったので、それはもう凝りに凝らせて貰ったのだがする事がなくなったのである。する事がなくなって、問題点も出なくなればそれは完成だ。まあ、新しい追加機能作成なら出来るだろうが、元々予定されていた分は全て完成している。それ以上に関しては俺の仕事の範囲じゃない。心血注いで作ったバリアジャケットと今までそれを一緒に作ってきたプロジェクトのメンバーに愛着は感じるが、管理局に骨を埋めるつもりはない以上そろそろ引き際だろう。レジアスのおっさんと交わした契約はこれにて満了だ。
 と、思っていたのだが。

「まあ、待て」
「待ちません。言っておきますが、バリアジャケットの売り込みをしろっていうなら完全に契約外ですよ。作る物は作ったんです、それをどう扱うかはレジアス中将の勝手です」
「それなら新しい契約を……そうだ。こちらの新しい飛行魔法開発プロジェクトは」
「い・や・で・す!」
「ははは、冗談だ」
「ははは、相変わらずお茶目なおっさんですね」
「……貴方達」

 俺とレジアスのおっさんが交わす爽やかな会話に、レジアス中将の実の娘で副官兼秘書を務めているオーリス三佐が頭痛を堪えるように頭を抑えていた。俺が知ってる限り副官や秘書など偉い人の補佐をする人間は大抵苦労人だったが、それは世界が変わっても例に漏れないらしい。
 しかし、だ。レジアスのおっさんが俺を評価してくれるのは嬉しいが、これ以上管理局に付き合う気はさらさらない。金は普通の給料のように銀行振り込みで既に貰ってるし、ここで無礼に断ったからと言って何が出来るわけでもない。さっさと退散することにしよう。

「では、私はこれで。2年間お世話になりました」
「だから、焦るなというに。話を聞いてからでも遅くはないぞ」
「そういっていたいけな少女にまた過酷な労働を課させるつもりですね。レジアス中将とまともに口を利くと詐欺にあうのは2年前の交渉で身に沁みて分かってます」
「アイリーン准尉。口が過ぎますよ」

 文字通り言いたい放題言って、オーリス三佐に睨まれる。子供なのでかなりやんわりではあるのだが。顔に「気持ちは分かりますが」と書いてあるようじゃまったく怖くない。まあ、世話になったのは確かでレジアスのおっさん個人にはそこまで悪い印象を持ってないんだが、交渉相手としては性質が悪すぎる。クロエのこともあるし、出来れば双方納得済みで別れるのが一番なんだけど……。
 と、レジアスのおっさんが机から数枚の書類を出してきた。う゛っ、来やがったな。
 本当は話も聞かずにダッシュで逃げたいところだがそうも行かない。この俺がNOと言える日本人だと言う所を見せ付けてやろう。何言われても答えはNOだ。

「アイリーン。ある部隊から君に是非来て欲しい要請が来た」
「答えはN……は?」
「だから、今度新設されるとある部隊が君を欲しいと言って来てるのだよ」
「……部隊? ちょっと待って下さい。なんですか、部隊って。”部”じゃなくて、”部隊”ですか?」
「見たまえ」

 レジアスのおっさんが差し出してきた書類に目を通す。古代遺物管理部……機動六課? 聞いた事もない所である。もちろん同じ管理局内の部署だが、機動六課というからには前線部隊だろう。古代遺物ってのが何なのか分からないが、それに関して専門に取り締まる部隊ということだ。
 訳が分からず、俺は困惑した。何一つ俺を欲しがるような繋がりが見えなかったからだ。レジアスのおっさんが俺を逃がさない為にあることないこと吹き込んだんだろうか……って。

「……これって、一応所属は地上本部ですけど、実質レジアス中将の”大好きな”本局からの出向じゃないですか?」
「ほう、良く分かったな」
「分かりますよ。設立を認めた後見人に並んでるの、本局所属のお偉いさんばっかじゃないですか。部隊長は地上本部所属みたいですけど、これだけエリートだといずれは本局所属になるんでしょう?」

 今俺達が居る地上本部……つまりはミッドチルダの直接的な守衛を務める地上防衛隊と、次元の狭間に浮かんでるという時空管理局の本局は、それはそれは仲が悪い。何故なら、ミッドチルダのおまわりさんで一番重要な現場である地上本部から、本局の人間が優秀な人材を皆引っこ抜いて行ってしまうからだ。引っこ抜かれた人材が何をしているのかというと、何でも他の世界に回っているらしい。
 現在、時空を越えた場所では新しい世界が次々に見つかっている。なので、いくらあっても人手が足りないんだそうだ。今管理できている世界だけでも100近くある。発見は出来ているが、管理できていない世界を入れたらその数倍になるという話だ。その上でさらに管理する世界を増やそうというのだから、人材不足に陥ることは至極当然でイタチごっこだ。
 それに対してずっと異論を唱え続けているのが、地上本部のトップであるレジアスのおっさんという訳だ。これ以上管理する世界を増やす必要はなく、優秀な人材は主要世界であるミッドチルダに集めるべきだと。
 俺が臨時で所属していた開発プロジェクトチームも当然地上本部付きである。というか、優秀な人材を引っこ抜かれまくっているレジアスのおっさんの苦肉の策が、誰でも使える砲撃魔法プロジェクトであり、俺が作った簡易バリアジャケットなのだ。

 話が回りくどくなったが、そういう訳でレジアスのおっさんは本局の人間が大嫌いだ。俺のような臨時開発者どころか缶ジュース一本だって本局の奴らに渡したくないだろう。

「……どういう風の吹き回しですか? 貴方ならここに行かせるぐらいなら、私を素直に辞めさせると思いますけど」
「そんなことはない。君に辞められるのは、管理局全体の痛手だ。例え、本局に行ったとしても、辞められるよりは良い」

 べた褒め過ぎだ、おっさん。余計怪しく聞こえる。
 例え本音がそうだったとしても、この腹黒い化け狸のおっさんが何の利益もなしに本局に手渡す筈がない。何らかの見返りがある、もしくは既に利益が出たのだ。そうに決まっている。

「政権抗争に使われる気はないです。悪いですが、この話は断ります」
「……ふぅ。しっかりと書類は読め。最後までだ」

 怪訝に思いながらも、視線を後見人の名前が連なる場所から下へと下ろしていく。部隊長や小隊長の欄を見て思わず溜息が出る。なんですか、SSランクとかSランクって。俺のAランクの上にはAAランク、AAAランクってまだ二つも挟まってる筈なんですが。副隊長クラスになって、ようやくAAAランクである。こいつらはミッドチルダでも攻め落とす気なんだろうか。
 そもそも俺のAランクですら、エリートの部類に入ってしまうらしい。一応AAランクとAAAランクはぽつぽついるらしいが、逆に言えば魔導師ばかりの管理局の中で”らしい”と噂で聞く程度にしか存在しないのだ。Cランク、Bランクの魔導師達が劣っているわけじゃない。Aランクですら稀少なんだ。だったら、このオーバーSランクはどれほどの人材なのだろう。
 その隊長陣の中に、あの空港火災事故で会ったエースオブエースの名前を発見した。なんと彼女はSランク。道理で化け物のような魔力量をしていた訳である。

「…これが何か? こんな人材が集まってるなら、どんな問題でも一発でしょう?」
「だから最後まで読めというに。2枚目だ」

 2枚目? と一番上の書類を捲ると、その下にずらーっと並ぶ機動六課の構成員リスト。集められたメンバーの経歴や能力などが羅列されており、「部外秘じゃねーの? これ」ってぐらいに詳しく、しかし簡潔に載っている。素人の俺に分かるような項目はさほどないが、どうも隊長陣を始め、若い世代を中心に集められているようだ。それも優秀な。出身は本局出の人間がやはり多いが、地上本部からの出向もいなくはない。というか、トップの人間も一応所属は地上本部だ(明らかに本局の息がかかっているんだろうが)。ようはエリートの卵達を集めたお坊ちゃま部隊ということだろうか。それこそ、レジアスのおっさんが嫌いそうなもんだが……などと、お気楽な感想を抱けたのは、その名前を見つける前までだった。

「……スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター!?」

 可愛い妹と、その友人の名がそこにははっきりと記されていた。所属はフォワード部隊。つまり、最前線の実働部隊だ。だが、他の人物達と違ってまだ決定判が押されていない。……まさか、これは。
 レジアスのおっさんの顔を仰ぎ見る。そこにはいつものむっつりとした仏頂面があって、何の感情も読み取れない。新設のエリート部隊。そこにまだ選定中と思わしき身内の名前。そして、これから管理局を辞めようとしている俺……。

「まさか、脅迫する気ですか? 私が引き受けなければスバルちゃんとティアナさんを落とすと?」
「何故そうなるんだ、馬鹿者がっ! これは本局の実験部隊だ、ワシに人事権などないわっ!」

 ……あれー?
 凄い勢いで叱られる俺。レジアスのおっさんは顔を真っ赤にして怒鳴った挙句、口調まで乱れている。どうやら、一応所属は地上本部なのに自分に手出しできないのが、レジアスのおっさんにとって非常に腹立たしいらしい。腹芸ではなさそうだ。俺にそれこそ何故か説教し始めたレジアスのおっさんを見て、オーリス三佐が胃薬を飲んでいた。怒り狂うレジアスのおっさんにストレスを溜めているのか、台頭してくる本局の人間に頭を悩ませているのか。両方かもしれない。

「……はぁー、はぁー。とにかくだ。向こうはお前さんを欲しがっている。行ってくれ」
「いやいや、なんでそうなるんですか。私は今日いっぱいで管理局と無縁になるんですよ? スバルちゃん達の事が関係ないならなおさらです。帰らせてください」
「帰るな帰るな。そこでお前さんには簡易バリアジャケットのテストをやってもらう。契約内だ」
「契約外です。テストは散々やりました。実戦証明も済みました。今更テストは必要ないです」
「……だが、オーバーSランク魔導師相手のテストはないだろう?」

 おっさんの顔が邪悪に歪む。ンなもんあるか。低ランクを底上げする為の簡易バリアジャケットだろうに。高ランクでも一応利点はあるが、低ランクと比べるとどうしたって効率は落ちる。簡易バリアジャケットは場面に合わせた運用が必要で、高ランクがそんなことを考えるぐらいなら障壁魔法に気を回した方がよっぽど効率的だ。
 それにしたって、それはおっさんの都合で向こうの……本局の都合じゃないだろう。いや、おっさんの意図にしたって変だ。なんで虎の子の簡易バリアジャケットのデータをわざわざ本局に渡す必要が……。

「アイリーン准尉。何がどうあれ、今はまだ私の部下だ。大人しく聞け」
「……ぐ。分かりました」
「古代遺物という物は、既に滅んだ別次元世界発端のオーバーテクノロジーの事だ。機動六課が
扱うのはその中でも危険物指定されているロストロギア。その迅速な取り締まりが主な仕事だ」
「はぁ……おーばーてくのろじー、ですか」

 聞き返す声が思わず棒読みになってしまったのも仕方ないだろう。俺とは全く関わりのない事柄の上に、とんでもなく胡散臭い。ギンガとスバルちゃんのシューティングアーツもSFっぽいと思ったが、これはそれ以上だ。魔法世界じゃないのか、ミッドチルダ。
 が、俺の曖昧な反応にレジアスのおっさんは気にした様子もなく説明を続ける。

「機動六課は試験的に設立される部隊だ。つまり、一年の試用期間が終われば解散する。独立した指揮系統を持ち、適切な人材で、迅速な解決。そう唄ってはおるが……実に怪しい」
「……どこがですか?」

 これだけの巨大な組織だ。前例のない部隊を作るなら、試験設立ってのも悪い選択肢じゃない。具合が悪ければ失敗だったということですぐに潰せるからだ。まあ、そんな所にスバルちゃんやティアナさんが行くのはちょっと心配だが、試験運用でもエリート部隊である。成功すれば大きなプラスになるだろう。

「では逆に聞くが……正式登用されたとして、各処から集められたオーバーSランク。優秀すぎる人材達を、正式な部署に所属などさせられると思うかね? ましてや専門部隊だ。Sランクを何人も同じ事件に関わらせることなど、無駄でしかない」
「……あ」

 そう言われれば、そうである。いくら本局だからって、ミッドチルダにそう何人もいないオーバーSランク魔導師を一つの事件に突っ込む余裕なんてない筈だ。いや、それが二つ三つだって同じ事。凄腕の使える人間は各所にばらまいて、周りを引っ張って行かせた方が良いのは当たり前すぎる事だ。
 確かに怪しい。これではまるで……設立された名目とは別の、オーバーSランクを集めなければならない他の目的があるようだ。

「さらに管理局には一つの部隊ごとに魔導師ランクの保有制限という物があってだな。見事に六課はそれを超過しているのだよ」
「え、それも試験運用だから特例ですか?」
「いいや、隊長陣にリンカーコアを抑えるリミッターを付けてな。それでぎりぎり規定の総量内に収めている」
「怪しいーーっ!?」

 がびーん、と漫画なら擬音が俺の後ろには浮かんでいただろう。いや、それは誰が見ても怪しい。怪しすぎる。せっかくのSランクにリミッターとか意味が分からない。わざわざ集めた精鋭の力を落としてまで、一体何をしようとしているんだか。って、
 
「……やっぱり私には関係のない話に思えるんですけど?」
「ほう。親しい知人がそこに所属しようとしているのにかね?」

 ぐぐ。確かに、そこにスバルちゃんとティアナさんが所属しようとしているのだ。しかも、件のオーバーSランクの隊長の下で、最前線に。レジアスのおっさんの顔を伺うと、実に悪巧みしてそうな仏頂面をしている(偏見)。ここで頷いてはおっさんの思う壺だ。思えば二年前もなんだかんだと理屈を付けられて、最後には自分で納得してサインしてしまった。
 それに、スバルちゃんはともかく、ティアナさんだったらそう簡単に利用されることもないだろう。彼女達もミッドチルダ基準からすれば立派な大人だ。素人の俺が面倒見なくても、きっと大丈夫なはずだ。
 それに第一、デスクワークオンリーな俺がそんな機動部隊で出来ることなどないではないか。Aランク魔導師という事で、向こうも何か勘違いしているのだろう。

 その旨を俺が捲くし立てると、あのレジアス中将が仏頂面を不気味な笑顔に変化させる。そんな笑顔を見せられ、俺は凄まじい嫌な予感を感じた。もちろんその予感は……当たりだった。





■■後書き■■
この作品には善良なレジアス少将(少なくとも表向きは)が登場しています。
そういう物に拒否感を覚える方は、ブラウザの戻るボタンを押して下さい。

祝、とらハ板移転!
表紙代わりに先頭にメッセージスペースを設ければいいんでしょうが、なんとなく嫌だったので後書きやらtest runやらはそのままで丸々移転。
テスト板を見ていなくて、初めての方はほとんど起伏のないこの作品に呆れつつ生暖かい目で見ていただけると幸いです。



[4894] test run 9th「機動六課(始動前)。本番より準備の方が大変で楽しいのは良くある事だよな」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:2ddc009a
Date: 2010/10/27 00:44
 俺は何故か機動六課が設立される予定の、クラナガン郊外の建物に来ていた。本当に何故か、である。気が付いたら仕事を承認させられていたというしかない。今回もまたあの狸親父にまんまと乗せられたのだ。絶対いつか痔になる嫌がらせ魔法でも喰らわせてやる。ふははは、デスクワークに痔は辛いだろう。いや、さすがにそんな魔法開発してないが。
 機動六課の設立予定地は、先ほども言った通りクラナガン市街の端。沿岸部に設置されている。おかげで潮の香りが満ちていて、ちょっと気持ち良い。良く考えれば、アイリーンになってから海には一度も来た事がない。泳ぐにはちょっと季節が早いが、あとで少し水遊びでもしよう。ちなみにミッドチルダに四季はないが、時期によって温度は多少変化する。今は割合涼しい時期という訳だ。
 しかし、地上本部ではなく、こんな端っこのまるで隔離されたかのような僻地に何故立てるかね。意外と機動六課自身の意思ではなく、レジアスのおっさんの嫌がらせなのかもしれない。おかげで自宅から遠いこと遠いこと……電車を乗り継いでここまで1時間半。俺まで左遷された気分だ。
 実を言うと今回のことで一番問題だったのが、マリエルの説得だった。反対を押し切り、2年間も管理局に臨時雇われを続けて、さあこれからは普通のオンナノコだ、という時にさらに1年の期間延長である。しかも、今度は開発部じゃなく実戦部隊に。2年前も今回も、決して俺の意思じゃないんだが、一度契約を結んだからには遂行する義務がある。三日三晩の交渉と、その後一日の説教でなんとか許してもらった。何で俺がこんな苦労をしなくちゃいけないんだか。ああ、クロエ? レジアスのおっさんの名前を出したら一発でした。サラリーマンは辛いね。
 開発プロジェクトのメンバーには菓子折りと俺の笑顔を持って別れの挨拶をしてきた。皆別れを惜しんでくれたが、もうここに来る事もなかろう。一応オーバーSランクの簡易バリアジャケットテストという名目は押し付けられたが、それもメールでデータを転送すれば良いだけだ。まあ、特に仲良くなった人間とメールのやりとりだけは続けるがね。皆凄腕だし。

 中に入ると、まだ設立前だというのに人が慌しく行き来している。いや、設立前だからこそこんなに慌しいのか。入ってきたちっこい姿の俺なんかには目もくれず、幾人もの人間が荷運びやら怒鳴り合いの相談やらをしていた。この状況で誰に声を掛ければいいんだろうか。
 などと、荷物を纏めた旅行用のスーツケースを片手に佇んでいると、廊下の向こうから人が飛んできた。一瞬何を建物の中で飛行魔法なんぞ使ってるのかと疑問に思ったが、人影が近づいてくるにつれてそのスケールが妙に小さいのに気が付いた。お人形さんサイズしかないのである。

「あ~、やっと見つけました。アイリーン・コッペル准尉でありますか?」
「あ、はい。アイリーンですけど……貴女は?」
「これは失礼しました。私はリインフォース・ツヴァイ空曹長であります。探しましたよ~」
「いや、出入り口のここにずっといましたが」
「あ、小さいから見逃しちゃったんですねー。きっと」

 小さいってアンタにだけは言われたくない。軍人口調と子供っぽい口調の織り交ざる彼女の声は実に甲高い。見た感じ、大体体長30cmという所だろうか。これがミニサイズの制服を着ていなければ、まんまファンタジーの妖精である。いや、魔法世界に住んでるのに、久しぶりにファンタジーっぽい物を見た気がする。最近はSF色が強かったので特にだ。
 俺が興味深そうに件のリインフォース空曹長を観察していると、彼女はちょっと恥ずかしそうに身を捩じらせた。おっと、さすがにぶしつけだったか。

「あ、似合います~? 六課の為に作った新しい制服なんですよ」

 そっちかよ。
 30cmの上にパッと見の外見は子供だったが、中身もそれ相応らしい。しかし、使い魔のように犬やその他動物を素体にした人間以外の知的生物や、ミッドチルダ外から来た人間に当て嵌まらない種族がいるのは知っていたが、こんな妖精のような種族までいたとは驚きだ。空曹長と階級まで持っている以上、誰かの使い魔とは違うのだろうし。
 リインフォース空曹長ご自慢の六課の制服は、茶色をメインにしたシックな制服だった。SFチックなデザインが多い従来の管理局の制服とは違い、どちらかというと地球のお役所を思わせる”ちゃんとした”デザインだ。臨時雇われとはいえ、今俺は青を基調としたそのSFチックな制服を着ている。機動六課の制服の方が断然好みだ。

「そうですね、似合ってると思いますよ。私も気に入りました」
「でしょー? ……とと、あんまり仲良く……じゃなかった、初対面の方に馴れ馴れし過ぎましたね。階級もそちらの方が上ですし」

 俺の返答に満面の笑みを浮かべたリインフォース空曹長だったが、急に表情を引き締める。……もしかしたら、上司から地上本部所属の俺とあまり親しくならないよう命令されているのかもしれない。なんせ、あのレジアスのおっさんの下にいたのだ。そう思われても仕方ない。
 が、こんな子供っぽい子にそれをやらせたんじゃバレバレである。表情どころか口にまで出ている。これが腹芸だとしたら感心するが、それもないだろう。

「あまり深く考えなくて良いですよ、リインフォース空曹長。外部の臨時雇われですから多少敬語が崩れたって気にしません。それになにより、お互い子供ですしね」
「む、むー……私は子供じゃありません」
「そう言っている内は子供ですよ。……まあ、だったら大人らしく仕事を済ませてしまいましょうね。部隊長さんの所へ案内して頂けますか?」
「あ、はい! すぐにはやてちゃんの元に案内しますね!」

 やはり子供である。しかし、一介の曹長が部隊長をハヤテちゃん呼ばわりか。部隊長が相当フランクなのか、リインフォース空曹長が部隊長の身内なのか。興味もなかったので、結局そこまで六課の人員について調べて来なかったのだが……まあ、キナ臭い六課を掘り返して、薮蛇になるのはごめんだ。せいぜい試用期間の一年間が終わるまで大人しく過ごさせてもらおう。
 リインフォース空曹長は、それはもう軽やかに中を飛んで先導してくれる。その可愛らしい姿も気になるが、軽やか過ぎる空曹長の飛行魔法の構成が気になって仕方がない。種族特有のレアスキルなのかもしれないが、それでも良いから一度じっくり中身を見せて欲しい。俺がリインフォース空曹長の後姿にハァハァしていると、すぐに部隊長室に着いてしまう。後で個人的に聞こう。そうしよう。

「はやてちゃーん、連れてきましたよー」
「おお、ご苦労さん。えろう遅かったなぁ」

 そこにいたのは、立派な机の前で立派な椅子に座り、しかし大量の書類に埋もれる女性の姿。栗色の髪にハヤテという名前で関西弁を操る姿は、スバルちゃん達以上に日本人を思い出させた。……ん? 関西弁? 何処の言葉でも翻訳魔法が標準語にしてくれる筈である。もしかしたら、翻訳魔法に不慣れなのかもしれない。
 翻訳魔法は今じゃ大抵の魔導師が使えている。というより、普通の魔導師ならどの人間も無意識で喋りと聞き取りの両面で使用出来るほど簡単な魔法だ。だから、向こうが魔法を使えなくても関係ない。向こうは向こうの言語、こちらにはこちらの言語に聞こえるという調子だ。だが、これが極稀にいる翻訳魔法を上手く使えない人間だと、話が変わってくる。微妙に意味が変わったり、”なまり”が出てくるのだ。なまじ翻訳魔法が発動しているものだから、こっちの聞き取り翻訳が動かない。向こうの喋り翻訳の方が優先され、このように聞こえる訳だ。
 ……うーん、まあ、問題ないだろう。なんで関西弁なのかは良く分からんが、理解出来ないわけじゃないし。

「で、そこのおチビさんが地上本部からの出向ってワケやな?」
「……アイリーン・コッペル准尉です。よろしくお願いします」
「機動六課の部隊長を務めることになった八神はやて二等陸佐や。よろしゅうな。レジアス中将は元気やったかな?」
「はぁ。元気に仕事してましたが」

 悪意の篭った揶揄を口にしながらも、朗らかな笑顔で挨拶してくるヤガミ二等陸佐。てっきりハヤテの方が名だと思ったのだが……それとも翻訳魔法の誤訳のせいでヤガミが姓か? 良く分からない。日本語的に考えれば、間違いなくハヤテが名前だろうが。
 だが、やっぱりというか、滅茶苦茶警戒している。地上本部、というよりレジアスのおっさんを嫌っているように思える。恨むぞ、おっさん。
 しかし、所属する部隊の長から警戒されていたのでは正直仕事にならない。仕事の相談はもちろん、失敗した時のフォローもして貰えないんじゃ最悪だ。なので……俺はぶっちゃけることにした。

「ヤガミ部隊長」
「ん、なんや?」
「私、レジアス中将から六課の様子を知らせるように頼まれてます」
「ばぶっ!?」

 とても愉快な顔でヤガミ部隊長が吹いた。ちょうどリインフォース空曹長からお茶を貰っていたタイミングだったので事態は深刻だ。咳き込み、涙を浮かべながら俺に待ったと平手でストップを掛けている。しかし、待たない。言う事は言わせて貰おう。俺のやりやすい仕事環境の為に。

「ですけど、私の判断で悪い所があったらってだけで、定期報告の義務も義理もないですし。機動六課が地上本部のクーデターを企てたり、こっそり麻薬でも栽培しない限り報告しませんので。気にしないで下さい」
「気にするわアホォ!」

 涙目でアホ言われました。ぜーはーと荒い息を吐くヤガミ部隊長を尻目に、その背後でリインフォース空曹長が目を丸くしている。ふてぶてしくも落ち着いてる雰囲気から20代後半かなと勝手に推測を立てていたのだが、もっと若い……下手をすれば二十歳前かもしれない。そういえば、見せられた書類には載っていた気もするが、そこまで覚えていなかった。
 しばらくして、お茶塗れでダメになった書類の事もあり、ヤガミ部隊長は笑顔を引き攣らせつつ口を開いた。

「しょ、初っ端から随分飛ばしてくれる子やなぁ」
「いや、私自身なんでここにいるのかも分かってないぐらいなんで、無駄に警戒されるのは疲れます」
「……分かってないって。レジアス中将の部下やろ?」
「臨時雇いで一時的に働いてただけです。契約満了で管理局とスパッと縁が切れると思ってたんですけどね。何故かここにいます。何で私ですか?」
「……おっかしいなぁ。なのはちゃんはベタ褒めやったのに」
「ですよねぇ」

 ……ナノハちゃん? 確か例のエースオブエースがそんな名前だった筈だ。待て待て、まさか。俺が呼ばれたのとスバルちゃん達は無関係とか。そんなことないよな? なんせ俺が頼まれた仕事とは、フォワード陣の新人……つまり、スバルちゃんとティアナさんの魔法構成を見ることだったのだから。誰だ、あのおっさんに俺の趣味をばらしたのは。
 俺が困惑の井戸に落ちているのと同時に、俺を見ている二人の視線も疑惑に満ちている。いや、俺を呼んだのはあんた達で、送り出したのはレジアス中将である。文句はそっちに言ってくれ。

「色々言いたい事はあるけど……とにかく、着任するからにはきっちり仕事してもらうで?」
「やり始めるからにはちゃんとしますけど。フォワードの新人達の魔法構成を見れば良いんですよね?」
「正確には高町なのは一等空尉の補佐やな。彼女がフォワード陣のひよっこ達を鍛えていくから、アイリーン准尉はそれの手助けしてくれればええ」
「はぁ……って、え゛っ!? なんですか、それ。聞いてませんよ?」
「……何を聞いてこの仕事引き受けたん?」

 疲れたように溜息を吐くヤガミ部隊長。いやいやいや、エースオブエースの話なんて微塵も聞いてませんがな。俺は新人達と触れ合って、ただ横から構成をちょいと整えてやればいいとしか聞いてない。スバルちゃんとティアナさんが相手だと言うからこの仕事を渋々引き受けたのだ。
 しかし……しかし、だ。もう既に契約書にサインと印は記してしまった。これを反故にするには違約金を払うか、六課から解雇通告でもされない限り不可能だ。
 何が簡単な仕事だ、あのおっさん。ばっちり厄介ごとじゃねーか。オーバーSランク、エース魔導師の補佐なんざ……ああっ!? だからこそオーバーSランクの簡易ジャケットのテストか。ちくしょう、やっぱり確信犯だ。

「大丈夫ですかー? まるでオレオレ詐欺にあった人が本物の息子に事情を聞いた直後みたいな顔してますよー?」

 間違っているようで、ある意味ピンポイントな例えをリインフォース空曹長が言ってくる。というか、ミッドチルダにもあるのかオレオレ詐欺。実際新人に会ってみたら同姓同名の別人とか言わないだろうな。
 さすがにそれはないだろうが、俺が事前に受けた説明と実際やらなきゃいけない仕事に違いがありすぎる。名目上でも補佐を名乗るなら、エースオブエースの命令は絶対だし、雑用を申しつけられたらこなさなくてはならない。特別扱いのオミソから一転小間使いにランクダウンだ。帰りたくなってきた。

「なーんか、不幸な行き違いがあったみたいやけど……出来る?」
「で、出来ます! やってみせようじゃないですか!」

 ヤガミ部隊長の安い挑発に、もうほとんどヤケクソの返事を口にする。騙されたんでも何でも、契約書がある以上やらなければならない。どうせ契約も六課も一年で終わりだ、その間は我慢するしかない。ああ、やってやるよ、ちくしょう。

「それじゃあ、アイリーン准尉。貴女の着任を許可する! 六課はまだ動き出してないけど、早速色々働いてもらうで!」
「今すっごく忙しいんですよー。事務仕事出来る人がいると助かりますー」
「もちろん手伝ってくれるな?」

 ひ、ひーん。





 唯一の救いは、学校にちゃんと通える契約が残っていたことだ。つまり、朝から晩まで働かされる義務はない。まあ、その分やることは濃縮される筈だからきついことに変わりないのだけれど。
 とにかく詰め込めとばかりに荷物を適当に建物の中に搬送していた馬鹿どもをとりあえず締め上げ、文官らしい気配りが出来そうな女性を何人か捕まえると荷物を行き先毎に区分けさせ、リストを作らせる。というより、何で今までそうしなかったのが疑問だ。とにかくやることは紙に書け、適当にすんな、あとで行方不明物が出ても知らんぞ俺は。搬送されている荷物の中に転がっていた六課の制服を着込み、准尉の階級章を付けておくと顔を知らなくてもとりあえず指示は聞いてくれるのが便利だ。さすが軍式縦社会。
 次の日も、次の次の日も荷物が輸送されてくる。ここまで来ると必要な部署に搬送していくだけではダンボールの山が出来るだけなので、それぞれの荷物を解かせていく。で、また適当に物を置いていく馬鹿がいるので、そいつの尻を蹴飛ばして女性に任す。偏見だが、こういうのは女性に限る。庶務のおばさんとか最高だ。頭が動かなそうな肉体労働馬鹿はとにかく荷運びだ。運べ運べ。
 俺は指示の合間に重そうな荷物に加重軽減の魔法を掛けて、とにかく負担を減らそうとする。ああ、そこのトラクター要らないからどけろ、邪魔。とばかりに数トンの馬鹿でかい荷物を男数人に持って行かせる。重量がなくなっても質量や大きさがなくなる訳じゃないので、四隅に人を配置しないと危険だからだ。加重軽減魔法は改良の末、一時間ほどなら魔導師無しに自立制御を出来るようになっている。途中で効力が切れて押し潰される危険性は皆無だ。
 しかし、荷物は減らない。そろそろ頭がパンクしそうになってきた所で、コンピュータの設置が終わったらしい。喜び勇んでソーセキに処理を任す。うん、荷物のナンバリングよろしく。

 実際動き出してしまうと、我ながら安い物であまり不満を感じなかった。新しく入った新人は先輩にこき使われるものだが、なんせ六課は始動前。ほぼ対等に接すことが出来るので、こちらが能力を示しさえすれば人を使えるからだ。それに准尉というのは下っ端連中の中ではかなり高い階級で、指示を出すのも容易だった。所詮外部の特例だから命令ってほどに頭ごなしには出来ないんだけどな。





「あー、もうしばらく働きたくない」
「ご苦労さん。よう頑張ってくれたみたいやないか」
「……ヤガミ部隊長。お疲れ様です」
「お疲れやー。私もしばらく書類みとうないー」

 ロビーのソファで胸元を緩めてぐったり倒れていると、同じくだらしなく制服を着たヤガミ部隊長が近づいてきた。とりあえず表向きの警戒心は解いてくれたのか、気安い調子で缶ジュースをプレゼントしてくれた。まあ、この数日の激務で散々怒鳴りあいながら連絡取ってたから今更ではあるんだが。
 激務過ぎて、週末の休日を通り越して月曜火曜まで泊り込みでフルに働いてしまった。おかげでその間学校はサボりだ。いや、ほんと抜ける暇がなかったのだ。一度抜けると現場の状況が分からなくなるし。
 でも、これってサービス残業みたいなもんだよね。俺の仕事、エースオブエースの補佐なのにまだ顔すら合わせてないし。

「そういえば、リインフォース空曹長は?」
「リインは部屋でぐっすりや。フル稼働して貰ってたからなぁ」

 そうそう、あの妖精空曹長。なんとそういう種族な訳ではなく、妖精型のデバイスなんだそうだ。ユニゾンデバイスという種類で、魔導師本人と融合することによって従来のデバイスよりさらに高い次元で魔法に補正を掛けられるということだ。俺の持っているインテリジェントデバイスのソーセキより高性能で稀少品だ。が、使う魔導師を極端に選ぶらしいし、そもそもユニゾンデバイスの技術自体が今は失われているらしい。
 その失われているユニゾンデバイスがなんであるのかというと、ヤガミ部隊長が私的に復活させてしまったのだとか。凄いという次元を超えている。さすが19歳で部隊を一つ任せられたSSランク魔導師だ。……うーん、ひとまとめにして言うと、それってなんてチート? と問いたくなるスペックである。
 よくよく考えればデバイスに階級があるってのもおかしな話だが、あそこまで人に近い外見と思考を持ってるならそれもありだろう。それにリインフォース空曹長はああ見えて、とんでもない凄腕だ。さすがデバイスというべきか、書類の処理速度は常人の数倍だし、柔らかい思考も持ち合わせている。単体でも魔法を使えるらしい。マスターのヤガミ部隊長と合わせたら無敵超人だ。逆らわない方が賢明だろう。

「いやー、最初こーんなちっこい子が来た時は大丈夫かいなって思ったんやけど、お買い得やったなー」
「歯に衣着せませんね……」
「アイリーンの初対面でいきなりの爆弾発言には負けるわ。大物やなぁ」
「その爆弾発言をかました人間を平然と使い続けるヤガミ部隊長の方が、よっぽど大物だと思いますよ」

 レジアス中将が腹黒い化け狸なら、こっちは抜け目ない子狸である。どっちにしても、口でやりあいたい相手じゃない。まあ、せいぜい下っ端らしく、一年間出来るだけ関わらないようにしよう。

「ヤガミ二等陸佐、訓練施設の搬入ですが……」

 貰った缶ジュースに口を付けていると、眼鏡を掛けた男性がヤガミ部隊長の名を呼びながらバインダー片手に近づいてきた。そして、俺の顔を見て「おや?」と居住まいを正す。が、彼の頭の上に疑問符が飛んでいるのが良く分かる。……あー、上着脱いじゃったし、階級も分からないか。

「アイリーン・コッペル准尉です。本来の職務はフォワード陣の訓練補佐ですが、忙しいようなのでお手伝いさせて貰ってます」
「こらこら、何をさらっと身分詐称してるん。本来の職務はなのはちゃんの補佐やろ」
「う~、ヤガミ部隊長が苛めます……」
「今更ぶりっ子しても無駄や。そこらの大人よりよっぽど良い根性しとるくせに」
「チッ」
「え、えーと……グリフィス・ロウラン准陸尉です。ヤガミ二等陸佐の補佐をさせて頂いてます」
「それはそれは。苦労してますね」
「そこのお子様、さり気なく断定しない」

 ヤガミ部隊長に後ろからのし掛かられ、むぎーっと頬を引っ張られる。痛い、痛いが柔らかい胸も背中に当たってる。もっとやってくれ。
 お気の毒に、真面目そうな青年グリフィス准陸尉はどうしたらいいか分からず困っているようだ。准陸尉ということは、一応俺と同階級だ。補佐という立場も一緒なので、仲良くなれそうだ。同じ男同士仲良くしようぜ、と言えないのが辛いところである。

「……ああ! 搬入の指示を出していた青髪の少女とはアイリーン准尉のことだったんですね」
「ん? ええ、そうですよ。搬入でトロトロ……もとい、手間取っていましたので、勝手に指示を出させて頂きました。迷惑でしたらごめんなさい」
「あ、いえいえそんな。助かりました。それでしたら、アイリーン准尉に少し聞きたい事があるんですが……」
「はいはい、なんでしょう?」

 グリフィス准陸尉の聞きたい事とは、搬入の時にあった馬鹿でかい荷物の行方と、俺が施したナンバリング魔法についてだった。前者については、屋外に運ぶよう指示書に書いてあったのだが、それの設置作業予定はまだ先の話だったので一度倉庫に突っ込んだのだ。雨風に晒しておくのもなんだと思ったし。リストにはきちんと記して置いたつもりだったが、何らかの不具合で消えてしまったようだ。
 ナンバリング魔法については書類になってないのだから無理もない。俺のオリジナル魔法だということを強調しながら、詳細について説明する。日常便利魔法についてはろくに評価された事がなかったので内心ドキドキ緊張しながら話したのだが、あっさり納得してくれたようだ。それを使えば、行方不明になっていた馬鹿でかい荷物もあっさり見つかったのだと補足すれば、非常に感心さえしてくれた。うん、技術者冥利に尽きる。
 まあ、自己満足はこれぐらいにして、明日の予定について話すことにしよう。



「うち、なんかいらない子? ううん、補佐同士仲良くなってくれたのは良いことやな。あは、あははは……」





■■後書き■■
この作品には魔法世界で普通に働く主人公が出てきます。
そういう物に拒否感を覚える方は(ry

階級が良く分からないですが、ほぼWikiからそのまま引っ張ってきております。
陸尉、空尉はともかく、海尉ってあるのかね?
ちなみに作者は大阪弁が分かっておりません。
助けてエキサイト翻訳!



[4894] test run 10th「善は急げと云うものの、眠気の妖精さんに仕事を任せるとろくな事にならない」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:3173a66a
Date: 2010/10/27 00:45
 ナカジマさん家のスバルちゃんですが、機動六課への就任が決定したそうです。頬に絆創膏を付けたスバルちゃんが満面の笑顔で報告してくれました。
 いや、スバルちゃんが知る前から知ってたんだけどね。最近書類の類まで処理し始めたから。相棒のティアナさんの方も無事合格。そっちは準備で色々忙しいので、残念ながら顔を合わせることは出来なかった。まあ、これから嫌というほど顔を合わせるんだから別に良いけど。
 学校の方には仕事の都合で度々休むことになるかもしれない、とだけ言っておいた。え、今更ですか? そうですね。でも、言っておく事が大事なのである。親しい友達のノアちゃんもそうだが、「いいんちょ」がいないと寂しいと言ってくれたクラスメート達にちょっと胸にジーンと来るものがあったのは秘密だ。でも、お前達。来なくなる訳じゃないんだぞ? お別れ会はしなくてよろしい。

 そしてついにというか、直接の上司になるエースオブエース、タカマチ・ナノハ一等空尉に会う日がやってきた。のだが。

「スバルにはもう会ったけど、大きくなったねー」

 と、親戚の子に久しぶりに会ったお姉さんみたいな非常にフレンドリーな態度で接してきた。ハグ付きである。ヤガミ部隊長の話で少し出ていたが、彼女は俺の事を覚えていたらしい。それも非常に優秀なお子様として。まあ、確かに事件当時俺は6才で、素人ながらインテリジェントデバイスを振り回して救助活動を(勝手に)していたが。それが、多忙な彼女に記憶に残るほど優秀に映ったのだろうか。

「お礼も言ってませんでしたね、タカマチ一等空尉。あの時は助かりました」
「……や、やだなぁ。そんな固くなんなくてもいいよ?」
「いえ、タカマチ一等空尉に助けられなかったら、あえなく焼死体が二つ出来上がるところでしたから。ありがとうございます」
「う、うーん……」

 何故か難しい顔をするタカマチ一等空尉。いや、実は分かってますがね? 上司に子供として対応されても困るのだ。ヤガミ部隊長みたいに割り切って接してくれればいいのだが。そういえば、ここに俺が来たのは彼女の推薦らしい。そこの所をちょっと聞いてみよう。

「ああ。ごめんね、迷惑だった?」
「いえ……まあ……そんなことないですよ? ただ、何で私みたいな素人をわざわざ呼び寄せたのかと思って」

 そう、実際の能力がどうあれ、俺は実績もない素人なのだ。簡易バリアジャケットを作ったのだってまだ正式には認められていない。対外的に見れば、プロジェクトの端っこに参加していただけの子供だろう。同じプロジェクトにいた同僚も凄腕揃いだったし、構成を見て欲しかったのならそっちから引っ張ってくれば良かったのだ。
 という旨を説明すると、タカマチ一等空尉は気まずい表情を浮かべて、

「うんと……怒らないで聞いてね? スバルやティアナの魔法見てあげてたんだよね? でも、最近は見てなかった」
「ええ、そうですが……」
「レイジングハート……私のデバイスが言うにはね、昔からよく使い込んでる魔法はいいんだけど、最近になって覚えた魔法がちょっと拙いって言ってたの。それで、じゃあそれまで魔法を見てた貴女にちょっと意見を聞いてみたらどうかなって言ったんだけど」

 待て待て。なんか話が怪しくなってきた。タカマチ一等空尉のデバイスが何だって? 新しく覚えた魔法が荒いのは当然だろう。構成オタクの俺が関わってたって新しい魔法構成の粗はいくらでも出てくるんだ。自力で最近使い始めた二人の魔法が他と比べて荒いのは当たり前だ。
 それに聞いた限りじゃとても”推薦した”なんて感じじゃないように思えるが。

「そしたら、はやてちゃんが『おお、それはええな。取ろう!』……って」
「待て」
「や、やっぱり怒った?」
「……怒ったというか、呆れました」

 散々スバルちゃん達絡みの陰謀や、レジアスのおっさんとの裏取引を想像していたのに。何だ、その間抜けな成り行きは。タカマチ一等空尉は俺より随分背が高いというのに「怒った? 怒った?」とちょっと可愛い涙目の仕草。自分より小さな女の子にやるなよ、と思うのと同時に中身男の俺にはヒットである。それならまあ、仕方ない、かぁ?

「はぁ。受けちゃったからにはやりますけど。あんまり押し付けられても困りますよ?」
「う、うん。二人で頑張って新人の子達を見て行こうね!」

 よし、一応口約束ゲット。これで雑用で使い潰されたら文句の一つも言える。言えるだけだが、ないよりマシだろう。しかし、このエースオブエース、妙に可愛い。何才だ、この人。少なくともあの時見た化け物のようなエース級魔導師の雰囲気は微塵も感じられない。あの時から4年も経っているのだが、今の方が幼く見えるぐらいだ。
 しっかし、相手が新人とはいえ、本当に戦いなんて全然経験ない俺が教官側に回っていいのかね。色んな意味で新人以下だぞ、俺。……まあ、考えても仕方ない。出来る事を精一杯やるだけだ。





 うん、まあ、雑用は嫌だと思ったし、あんまり押し付けるなとも言いました。しかし、やりすぎ……いや、病気だ。ワーカーホリックだ。

「寝てください」
「あ、うん。もう後これだけだから」
「2時間前にも同じ事を言いました。寝てください」
「え、でも、これをやっちゃわないと……」
「明日でも十分です。寝てください」
「お願い、アイリーン。これだけやらせて?」
「寝ろっつってんだよ! ソーセキ、バインド!」
「【拘束プログラム】』
「えっ、ちょっ!?」
「レイジングハート、解除したら分かってんだろうな!?」
『【私もマスターには休養が必要だと判断します】』
「レ、レイジングハート!?」

 エースオブエースのタカマチ・ナノハ一等空尉は頭のおかしい上司でした。いや、命が掛かってる戦闘をこなさなきゃいけない仕事で、平均睡眠時間が一時間半とか狂ってるから。タカマチ一等空尉の補佐になってから一番重要な仕事といえば、いつまで経っても休もうとしない彼女のを無理矢理ベッドに叩き込むことだった。オーバーSランク魔導師だから疲れない、なんてことは絶対無い。現にベッドに拘束魔法で縛り付けると、物の5分もしない内に寝入ってしまうのが何よりの証拠だ。俺にも経験があるが、一定以上眠気が過ぎるとナチュラルハイに陥って逆に元気になる。もちろん、それは錯覚だ。
 まあ、仕事が忙しい以上多少は仕方がない部分もあるが、彼女の場合は完全に行き過ぎだ。ナチュラルハイが常に掛かっている状態で、しかも魔力で体力を下手にカバーしているもんだから本人が自力で疲労に気付けない。ダメ過ぎる。

 そんな訳で、人間の最低睡眠時間だと(日本では)言われている睡眠時間3時間を今日も守らせると、先ほどまでタカマチ一等空尉が向かっていた画面を見る。……これから世話をする新人のデータだ。無論、そのデータ確認は教育を担当するタカマチ一等空尉や俺の義務だ。だが、タカマチ一等空尉はそれこそデータに物理的な穴が開きそうなほど幾度も見返している。本人曰く完璧にしてから新人達を迎えたいそうなのだが。俺から言わせれば今の内に休んでおいて、新人達が来てから一緒に頭を突き合わせて悩む方が効率的だと思うんだがね。
 まあ、良い意味でも悪い意味でも手が抜けない人間なんだろう。なまじ優秀な分、それで押し通せてしまっているのが不幸だと思う。正直、本人はそれで幸せと感じてるんだから放っておけば? と放置しときたい所だが、彼女の補佐が俺の仕事だ。そういう訳にも行かない。スバルちゃん達のこともあるし、タカマチ一等空尉が潰れたら困るのは彼女達だ。

 スターズ分隊、スバル・ナカジマ二等陸士、ティアナ・ランスター二等陸士。
 ライトニング分隊、エリオ・モンディアル三等陸士、キャロ・ル・ルシエ三等陸士。

 以上四名が新人フォワード達だ。スバルちゃんとティアナさんはミッドチルダ基準で成人の15才だが、ライトニング分隊の二人はなんと10才である。アホかと、バカかと。日本じゃまだ小学4、5年って年だぞ? まだ第二次成長期も始まるか始まってないかって年だ。ありえない。まあ、今の俺も似た様な年(というか同学年)なんだが、つくづく魔導師基準の異常さが浮き彫りになる。俺みたいに頭を使うだけの職業はともかく、10才で訓練&実戦漬けにしたら成長も止まりそうな物だが。
 しかし、ミッドチルダの労働基準法に文句を言っても仕方ない。本人達は納得済みなので、俺達に出来る事は過不足なく鍛えて実戦に送り出してやるだけだ。……ああ、こんな考えなのか、タカマチ一等空尉は。でも、一日睡眠90分間生活はやっぱりダメだ。
 しかし、驚く事にこの中の全員が全員見事に陸戦魔導師。つまり、皆空飛べないのである。いや、スバルちゃんは飛べないこともないが、レアスキル紛いのオリジナル魔法で空に道を引いてその上をダッシュしているだけだ。隊長陣は皆空戦魔導師なのだというのだから、空戦になったらどうするんだろう? 地上で援護射撃? いやいや、俺が飛行魔法を改良して無理矢理飛ばせばいいだけの話か。空を飛ぶ才能ないとか知らん。飛べ。

 ……あれ? これってレジアスのおっさんが言ってた誰でも飛べる飛行魔法開発プロジェクトじゃね? まさかこれも計算の内か!? マジかよっ!? 俺一人で!?
 タカマチ一等空尉じゃないが、これじゃあ寝る暇がない。新人達が来るまで……あと一週間だ。それまでになんとかサンプル品だけでも仕上げておかないとならない。こうなったら新人達には悪いが、試作品で飛んでもらう。それでテストしながら改良する。それしかない。
 改良型飛行魔法はもちろんストックにあるが、それでも才能のない人間を自由自在に飛ばすのは無理だ。これから全く新しい構成を作らなくてはならないだろう。冗談抜きで一週間寝られそうにない。うーがー! やってらんねー!





 新人達が六課に来る一週間後。の一日前。俺はタカマチ一等空尉の執務室で高笑いを上げていた。俺って天才じゃね?と。この一週間、ろくに寝てない。タカマチ一等空尉が逆に心配してくるほど寝てない。でも、仕事終わらないから寝れない。もとい、終わってなかったから寝てない。もう寝れるがな。
 そう、誰でも飛べる飛行魔法のサンプルは完成したのだ。しかも、到底無茶な期日通りに。自画自賛するのも無理ないだろう。しかし、開発と同時にタカマチ一等空尉の補佐もこなさなくちゃならないので、執務室に小さな机を持ち込んで一緒に仕事をしていたのだが。それすらも完璧にこなしながら納期内。俺天才としか言いようがない。
 まあ、自分を褒めるのはそれぐらいにして置いて、一度ぐらい試運転をしなくてはならないだろう。新人達でテストをするといったが、さすがにα版のバグ取りすらしないまま使わせるのは俺の印象が悪くなるだけだ。それは後々の仕事に響いてくる。誰か適当な生贄……もとい、人材を探しさなくてはいけない。

 自分の執務室で相変わらずデータとにらめっこしていたタカマチ一等空尉と目が合う。が、物凄い勢いで首を左右に振られた。まだ何も言ってないのに、さすがというか勘の良い女性だ。しかし、最初から飛べるタカマチ一等空尉ではどうせ意味がない。出来れば新人達と同じ、飛行魔法に適性のない陸戦魔導師が最良だ。こんな時こそ職権乱用……じゃなかった、使える権利を行使する時である。
 機動六課の直接的な戦力はそれほど多くない。部隊長を始めとした隊長陣に、フォワードの新人四人。それに部隊長のデバイス兼部隊長補佐として登録されているリインフォース空曹長、そして会った事のない狼型の使い魔がもう一匹と行った所だ。その人数を数えれば10人にも満たないが、まあ、直接戦闘担当はオーバーSランクやらニアSランクやら、山ほどいるのだからそっちは問題ないだろう。
 ソーセキに端末から六課のメインデータにアクセスさせ、所属する局員を検索する。俺が探しているのはそうした直接戦力に数えられる人達ではなく、バックアップ担当や事務畑の人間だ。俺の想像通り、その中には陸戦魔導師の資格を取っている人間がそれなりにいた。ビンゴだ。最初から後方担当ではなく戦闘員から転向して来た奴や、資格を取るだけ取っている資格オタクが絶対いると思ったのだ。

 検索結果をソーセキに覚えさせ、早速協力してくれる人間を探すことにしよう。今はどこも忙しいが、総当りで頼んでいけば一人ぐらい付き合ってくれるだろう。

「タカマチ一等空尉」
「え゛っ!? ちょ、ちょっと今は手が離せないかな! でも、アイリーンが作った物はきっと良い物だと思うよ!?」
「……何を言ってるんですか。ちょっと出かけて来るので、用が会ったら端末で呼び出してくださいと伝えようと思っただけです」
「え……あはは、そ、そうなんだ」
「間違っても念話で用件を伝えようとなんてしないで下さいよ。念話は履歴が残らないんですから、後で情報を整理しようとした時に困るのはタカマチ一等空尉です」
「う、うん、分かった」

 ……後で聞いた話だが、きっちり3時間は眠って正気を保っていたタカマチ一等空尉とは違い、俺は相当テンパった表情で独り言&含み笑いを零しながら飛行魔法の構成を組んでいたらしい。そりゃあ、そんな人間の作った試作魔法の実験台になんぞなりたくないだろう。事実、突貫工事で作り上げた魔法には重大な欠陥があったが、その時の俺には気付けなかった。眠気で鈍った頭ではタカマチ一等空尉の焦った表情の意味が分からず、気にしないことにして執務室を後にした。
 もう一人平時の俺がそこにいたら、鈍器で殴ってでも止めただろう。眠気限界突破の人間がやった仕事なんて、酔っ払いの絡み酒並に性質が悪いのだから。



 ここ最近で一気によれよれになった感のある制服を手で簡単に整えてから、俺は見周りも兼ねて色々な部署を回ることにした。ほとんどの部署は初日の搬入作業で把握しており、それ故に幸い顔も売れている。話を聞いて貰うだけなら、実に簡単に了解して貰えた。が、残念ながら試作魔法の実験となるとそうも行かない。飛行魔法は敷居の高い魔法と認識されていて、さらに頼み込むのは陸戦魔導師にだ。才能があるなら、エリートとして名高い空戦のランクを最初から取ってしまうだろう。ようは、飛行魔法と聞いただけで尻込みしてしまうのだ。
 しかしそれでも、午前中いっぱいを使ってリストに乗っている人を手辺り次第に当たっていけば、物好きな輩も見つかるものだ。

「へえ、そりゃあ面白いな」
「そういう訳なんで、ヴァイス陸曹。協力していただけると助かります」

 俺の話を楽しそうに聞いてくれたのは、ヘリコプターののパイロットであるヴァイス・グランセニック陸曹。そう、なんとヘリコプターである。車だなんだはまだ理解の範疇内だったが、ローターの回転によって揚力を産み出して空を飛ぶヘリコプターだ。飛行魔法が空を飛ぶ第一の手段であるこのミッドチルダでどう航空力学が発達して誕生出来たのか非常に気になる。まあ、次元航行艦なんていう違う世界に行くことが出来るSFの宇宙船もどきまであるぐらいなのだから、ヘリコプター如きに驚くのは間違ってるのかもしれないが。
 ヴァイス陸曹は着任してからずっと自分が操縦する事になる輸送ヘリJF704式(超々高価な備品。訓練施設の次に六課の予算を使っている。機動六課の本部に使った金より高い)を調整していたらしいのだが、俺が顔を出した辺りでちょうどよく終わっていた。だからこそ、こうやって喋ってられる余裕もあるという訳だ。
 しかし、ひょろひょろしたいかにもデスクワークのグリフィス准陸尉と違い、ヴァイス陸曹はいかにも体育会系の頼れる兄ちゃんといった感じである。どちらも顔は優男タイプのイケメンだがな。自分がこんな情けない身体のせいか、結構嫉妬する……というより純粋に羨ましい。ヴァイス陸曹は24才らしいので、ちょうど前の”俺”と同年齢だ。結構ノリもいいし、友人に一人欲しいタイプではあった。まあ、こっちはアイリーンになってから+10年なので同年代の友人として考えるのはいささか傲慢かもしれない。
 階級はこちらの方が上だが外来だし、子供に敬語を使うのも辛かろうと彼に「敬語はいいですよ」と言ったらタメ口どころか完全に年下扱いに切り替えてきた。良い根性をしている。正直気に入った。グリフィス准陸尉と同じく、友人付き合いが出来ないのが非常に残念だ。

「ふーん、そりゃ構わないけど、俺の魔力量はほとんどないぜ? 多分コッペルの三分の一もねえ」
「それこそ構いませんよ。”誰でも飛べる”が基本コンセプトですから。魔力はさほど必要ありません」
「本当ならすげえな、それ」

 感心したように呟くヴァイス陸曹に気分を良くする俺。自分の仕事が評価されることは、いつの時代、どこの世界でも同じ事だ。”本当なら”という言い草は実績で取り消させれば良い話だし。
 本人の申告通りヴァイス陸曹の魔力量は決して高くない。というか、かなり低い。なのに陸戦魔導師B+ランクを取っているそうだから、感心してしまう。一度扱う魔法の構成を見せて欲しい所だが……まあ、今日の所は試作飛行魔法の実験が最優先だ。

「では、協力して貰えるということで?」
「そうだな……ああ、それで新人達の手助けになるなら安いもんだ。構わないぜ」
「ありがとうございます」

 と、ヴァイス陸曹は快諾してくれたのだが、このまますぐに実験という訳にも行かなかった。なんせ飛行魔法である。許可を取る為に2、3書類を書かなくちゃならないし、問題なことに彼は魔法処理に使えるデバイスを所持していなかった。いや、正確には所有しているのだが、彼のデバイスはヘリの操縦サポートや管制処理を行っているらしく、無駄なデータを入れる余地はないのだそうだ。まあ、それも特に問題はない。管理局の汎用デバイスを使えば良い話だ。もう一枚申請の書類が増えてはしまうが。

 明日になれば新人達がギュンギュン空を飛ぶ”予定”なので、申請はあっさり降りた。前もって根回ししていたので当然だ。ヴァイス陸曹と雑談をしながら、訓練所へと向かうことにする。六課の訓練所はとある機械を動かさない限り、ただの海辺なので飛行魔法を試すにはもってこいなのだ。万が一失敗して落っこちても下は海だ。落とすつもりはないが、ヴァイス陸曹も安心して飛べる事だろう。

「しっかし、随分小さいな。アイリーン、お前いくつだ?」
「人の頭を勝手に撫でないで下さい。9才ですよ」
「うげっ、そんな年でオリジナル魔法を組んだのか」
「不安になりましたか?」
「いや、驚いただけだ。天才ってのはいる所にはいるもんだなぁ」
「ここの隊長達の方がよっぽどだと思いますが」
「俺からすれば、どっちもどっちだけどな」

 いや、タカマチ一等空尉は今の俺より下の年齢でAAAランクの空戦魔導師だったらしいし、そんな化け物と同列に並べられるのは心外だ。それに俺の場合、前世の経験というチートがあるので、30過ぎたおっさんがやってると考えれば普通だろう。いや、優秀程度には評価されたいがな。
 とまあ、寝不足で考え事をしながら歩いていたのが悪かったんだろう。ちょうど六課の建物から出ようと玄関を通り抜けようとした所で、誰かと正面衝突してしまった。普通なら体重の軽い俺が吹っ飛ばされて終わる話だが、向こうの体重も……ついでに背も俺と対して変わらなかったが為に、ゴチンと頭突きし合う羽目になってしまった。実に鈍い音がした、痛そうだ。いや、俺も痛い。

「すみません、大丈夫ですか?」
「あ、あうぅ……だ、だいじょうぶれす~」

 桃色の頭髪をした少女がくるくると渦巻状に目を回していた。見た所今の俺と同年代の少女だが、フード付きの白い外套に髪と同色の可愛らしいワンピースを纏っており、ただ単に長い髪を後ろで纏めている俺とは比べ物にならないほど女の子をしている。まあ、本物の少女に女の子らしさで勝ったら普通に凹むが。かなり造詣の整った美少女…というには、少し幼すぎか。彼女とは初対面だったが、見覚えのある顔だった。
 そう、件の新人の一人、キャロ・ル・ルシエ三等陸士だ。俺もタカマチ一等空尉ほどではないが何度もデータを確認したし、間違いようがない。着任は明日の予定の筈だが、一日ぐらい早く来てもおかしくなかった。
 しかし、どう接するべきだ? この年代の子と接するのは昔のナカジマ姉妹しかり、クラスメートしかりそれなりに経験あるが、さすがに部下にした事なんてない。いや、徹底的に部下として接するなら楽なんだが、同年代にそんな態度を取られたんじゃこの年頃だと反抗するか拗ねるかのどっちかになりそうな気がする。

「あ、あの、キャ、キャ、キャ……」
「あー……気にしないで良いから、ひとまず落ち着いて。キャロ・ル・ルシエ三等陸士」
「は、はい、キャロ・ル・ルシエ三等陸士です! よろしくお願いします、ぶつかってごめんなさい! ……って、あれ?」

 先に名前を呼ばれたにも関わらず、自己紹介しながら謝るという芸を初っ端から見せてくれた少女は自分で言ってから首を捻っている。名乗った身分はちょいと現実離れしているが、その反応は年相応で実に微笑ましい。
 ……さっきからちょっと感想が親父臭いかもしれない。精神的な成長は良いが、中身親父化は嫌だ。気をつけよう。

「アイリーン・コッペル准尉です。フォワード陣の魔法構成を調整するのが私の仕事ですので、これから色々と付き合う機会があると思います。ルシエ三等陸士、よろしくお願いしますね」
「え、あ……はい! アイリーン准尉!」

 最大限に親しみを込めて手を差し出したのだが、緊張丸出しと言った様子でルシエ三等陸士は敬礼を取ったまま固まってしまった。うむむ、同僚として認めますよ、というポーズだったのだが、失敗しただろうか……。
 などとお互いに困っていると、ヴァイス陸曹が苦笑いを浮かべながら割り込んできた。

「おいおい、チビっ子二人。これから一緒に頑張ってく仲だってのに、なーに堅っ苦しい挨拶してんだ。特にアイリーン、何いきなり威圧してるんだ」
「い……威圧って。最初だからこそ、きちんとするべきかなと」
「階級持ち出した上で仕事の上司だって名乗ったら、そりゃあ萎縮や遠慮の一つもするさ。なあ?」
「あ、はい……い、いいえ!? そんなことはぜんぜんっ!」
「ほらな」

 呆れきったヴァイス陸曹の視線。彼女のフォローの言葉がまさしく萎縮して遠慮している図なのだから、反論も出来ず。気を使ったつもりで、子供に気を使わせているんじゃ世話がない。あー、仕方ない。このまま仕事に突入したんじゃ、怖くて相談しにくい人などと思われて、仕事に支障をきたす。こうなったら禁断の秘技を使わざるを得まい。

「こほんこほん……あー、マイクのテスト中、マイクのテスト中……」
「……?」
「えっと、ごめんね。実は同い年の子と話すの慣れてなくて……だから、ちょっと緊張しちゃって……」
「え……あ、き、気にしないで下さい! 私も慣れてないですから!」
「キャロちゃんって良い人だね。あ、ごめん。馴れ馴れしく呼んだりして」
「……ううん、気にしないで下さい。ルシエの名前で呼ばれるより、そっちの方が好きです」
「だったら、私のこともアイリーンで良いから。……良かったら、お友達になってくれる?」
「はい、アイリーンさん!」
「ふふふ、言い方固いよ、キャロちゃん。お友達なんだから対等にね」
「あ……うん、よろしくね。アイリーンちゃん」
「うん、よろしく」

 笑顔のキャロちゃんと握手をする。俺の手も小さいので大きさ的には変わらなかったが、やはり女の子の手というのは柔らかかった。うん、なんとかマイナスイメージを反転できたようで、良かった良かった……。対見知らぬ大人用の猫被り猫撫でぶりっ子モードを使った甲斐があるってもんだ。
 嬉しそうにはにかむキャロちゃんの背後で、ヴァイス陸曹が複雑な顔をしているが、にっこり笑顔を向けて”余計な事を抜かすなよ”と威圧しておく。敬語とはいえ、ほとんど素の内容で触れ合っていたのだ。今のが演技だということぐらいヴァイス陸曹にはバレバレだろう。いや、キャロちゃんぐらい天然……もとい、純粋じゃなかったらこの流れで普通騙されない。
 まあ、ちゃん付け同士で呼ぶお友達は正直どうかと思うが、仲良くしたいってのは本心だ。これから一年間付き合っていく仲なのだから、楽しく過ごせるのに越した事はない。仲良くなった子供が前線に戦いに行くってのは胃が若干痛くなりそうだが、それはもうスバルちゃんやティアナさんもいるのだし同じ事だ。いっそ仲良くなりまくって、出来る限りの事をしてやろうと思う。
 しかし、どうするか。せっかくヴァイス陸曹に飛行魔法の試運転を頼んだのに、一番テストに丁度良い人間と会ってしまった。なんせこれからこの魔法と一番触れ合っていく人間だ。少しでも早くその魔法と触れ合った方が熟練度も上がるというものだろう。……まあ、テストに使う人間は一人でも多い方が良いか。

「キャロちゃん、これから新人達用に作った飛行魔法のテストをしにいくんだけど、一緒に来る?」
「え、飛行魔法?」

 本人からしてみれば思っても見なかった事なのだろう、俺の提案にキャロちゃんは戸惑った表情を見せた。陸戦魔導師からしてみれば、当然かもしれない。空戦魔導師から挫折してなるのが陸戦魔導師……ってのはさすがに言い過ぎだが、飛行魔法が使えるならそのまま空戦魔導師になってしまうのが普通なんだそうだ。陸戦、空戦って括り自体が飛べる飛べないの区分けだ。飛べるのに陸戦魔導師ランクで取っている人間はよほどそれに執着があるか、もしくは地面に伏せていた方が本人の能力的に戦いやすいかのどちらかだろう。
 などと解釈していたのだが、キャロちゃん本人の弁によると一応空を飛ぶ事が出来るらしい。マジですか。

「フリード……あ、私の竜なんだけど、その上に乗って飛べないことも」

 すまなそうにキャロちゃんが言ってくる。「こっちは一週間貫徹で仕上げたのに!?」と表情に出してしまったのかもしれない。いや、他の面子に使うから全くの無駄な訳ではないのだけれど。
 そういえば、彼女の得意魔法は召喚魔法だった筈だ。竜に乗って空を飛ぶっていうのはまたファンタジックな光景だが、そういう生き物が実在してるってのは結構前から知っていたので驚くには値しない。ミッドチルダにそういう類の生き物は生息していないんだが、他世界だと割と珍しくもないらしい。で、このキャロちゃんのように異世界から管理局に入った人間が使い魔として連れてくる例も珍しくないので、竜はさすがに初めてだが地球じゃまず見られないような生き物をミッドチルダ市街で何度となく目撃したことがあるぐらいだ。
 召喚魔法とは、そういった生物、あるいは無機物に魔力でマーキングを付けてその場に転移させてくる魔法だが、それに加えて魔法的な繋がりを持たせてその生物を操るのも召喚魔法の括りに入る。俺もマーキングを付けて呼び出すぐらいは出来なくもない。が、後者は無理だ。他の生物と繋がるってのもぞっとしないし、そもそもそっち系の(生物とラインを繋げる)才能がないらしい。魔法の構成を弄り回せば出来るのかもしれないが、それには召喚魔法を実際に使いながら改良する必要がある。そもそも全く素養がない俺にその条件はきつすぎた。まあ、キャロちゃんの協力があれば出来るかもしれないけど、そこまでして召喚魔法を改造すべきなのかは疑問が残る所だ。少なくとも、苦労に見合った採算が取れると判断出来ないとやる気がしない。

 しかし、生き物の背に乗って空を飛ぶって無茶苦茶危険じゃないか? 普通の馬でさえ、落馬して命を落とす事故があるぐらいだ。まあ、バリアジャケットもあるし、早々そうした自体にはならないと思うが……うぅむ。

「まあ、飛べて損もないだろうし、良かったら来ない? そのフリードって竜から落ちた時のリカバーとして、多分どっちにしても覚えてもらうことにはなると思うし」
「……うん、そうだね」

 やや気乗りしなさそうな表情ではあったが、キャロちゃんは納得してくれたようだ。やっぱりこの年代の子供は繊細でやり辛い。ジェネレーションギャップかもしれないが、いまいち考えていることも分かりにくいし。
 ヴァイス陸曹が「俺は用済みか?」と問うて来たが、そんな訳はない。とりあえず、キャロちゃんが試す前の生贄……もとい、身代わりとして空を飛んでもらおう。もちろん自分の作った作品にそれなりの自負を持っている。しかし、試作品ってのは何らかの不具合が付き物だ。それを無くす為にテストするのだから当然ではあるのだが。
 段々とヴァイス陸曹が嫌そうな表情を浮かべてきたので、前言を翻される前にとっととテストを行うことにしよう。

「あ、そうだ。アイリーンちゃん。ちょっと待ってて」

 訓練所に向かおうとする俺とヴァイス陸曹を制止して、キャロちゃんが小走りで外に出て行ってしまう。どちらにしても訓練所は外なので、俺達が追いかけると……玄関先には何段重ねにもなったダンボール箱がふらふら歩いていた。いや、もちろん段ボール箱が歩く筈もなく、おそらく誰かが持って歩いているんだろうが。キャロちゃんはその歩くダンボールにに向かって、「エリオくーん」と大きな声で呼びかけていた。
 なるほど、顔は見えないがアレを持っているのがエリオ・モンディアル三等陸士という訳だ。キャロちゃんと同じライトニング分隊で、やはり10才の子供だった筈だ。キャロちゃんと違って性別は男だが、10才じゃガキンチョも良い所である。クラスメートの馬鹿男子を思い出すとちょっとげっそりする。子供に戻って実感した事なんだが、この年代は女子の方が圧倒的に大人だ。いや、男子が子供過ぎるのと、女子が大人を意識した行動を取り始める、といった方が正確か。その落差が男子をより馬鹿に見せるのである。大人になってからの男の馬鹿さとは違うので、正直頭が痛い。
 いやまあ、個人差があることなので、本人と話す前にこんなことを考えるのはちょっと失礼だったかもしれない。

「エリオ・モンディアル三等陸士。一旦荷物を降ろして下さい」

 そう声を掛けたのは、加重軽減魔法を掛けてやろうと思ったからだ。重い荷物を持っている時にいきなり過重が消えると後ろに引っくり返る羽目になる。しかし、モンディアル三等陸士は階級を呼ばれた条件反射か、こともあろうに荷物を持った状態で敬礼しようとし……。

「はいっ、うわあ!?」
「エ、エリオ君!?」
「ちょっ!?」

 ぐらりと、俺の方に向かってダンボールの山を崩してきやがった。どこぞの戦闘特化戦魔導師どもと違い、とっさの判断なんぞ出来ない俺は倒れこんでくるダンボールをアホな顔つきで見上げるしか出来ない訳で。
 しかし、マスターが呆けていても、優秀なインテリジェントデバイスであるソーセキが待機モードで障壁魔法を発動した。攻撃魔法のような攻性の高い物なら防ぎきれなかったかもしれないが、ダンボールごときなら十分。余裕を持って弾き飛ばせる、筈だったのだが。

「あぶないっ!」
『【ソニックムーブ】』
「げふっ!?」

 見知らぬデバイスの魔法起動音と同時に、横様から衝撃が貫いた。胴体辺りに棒状の物が叩き込まれて一瞬息が止まる。もちろん覚悟も何もない状態でそんな衝撃に俺が耐えられる筈もなく、地面に倒された。いや、正確には固い地面ではなく、もっと柔らかい……人の身体に上に転がる事となったのだが。
 クッションがあったとはいえ、引き倒された時のショックは相当な物だった。頭が混乱して身体を起こすことすらできない。そんな状態で俺を襲ったのは「大丈夫ですかっ!?」というまだ大人になり切れない男子特有の高い声と、俺の胸部を握り締められ、あまつさえ揉みしだかれる感触だった。

「……何をしている?」
「え、いや……その、僕の持ってた箱の下敷きになりそうだったので、救助を」
「そっちじゃない。いや、そっちもだけど、その手の事だ」
「手……うわぁっっ!?」

 仰向けに倒れていた俺の胸からようやく両手が剥がされた。身体を拘束していた腕が無くなると俺は”下手人”の上から起き上がり、服の埃を払いながら冷たい視線で見下ろしてやった。そこにいたのは、赤毛の少年。お前はどこのゲームの主人公だと突っ込みたくなるようなツンツン頭の……

「揉ンデヤル三等陸士だな。起きろ」
「は、はいっ! ……ってなんか発音違う気がっ!?」
「アイリーン・コッペル准尉だ。早速のご挨拶ありがとう」
「すみませんっ! さ、触る気は」
「その前だ、口でクソ垂れる前と後にサーを付けろこのエロ小僧! いつまで寝てるつもりだ!」
『【ターゲティングモード。砲撃プログラムスタンバイ】』
「サー! すみません! サー!」

 起動状態のソーセキを顎先に突きつけてからようやくこっちが激怒していることに気付いたのか、飛び上がるように起き上がり直立不動で敬礼したまま動かなくなるエリオ・モンディアル三等陸士。最近段々と膨らんで来るのを見ては凹んでいた所を思うさまに揉みしだかれたのだ、頭の一つも来る。一丁前にわきわきと感触を確かめるように手を開いたり握ったりをしていたのにも腹が立つ。俺の胸とはいえ、なんてラッキースケベだこの野郎。女っ気のない、そしてこれから一生そっち方面とは全く縁のない俺への嫌味か?
 冷や汗を流したまま敬礼を続ける赤毛小僧に「もうちょっと小突き回したろうか、アーン?」などと久々に加虐心を燃やしているとキャロちゃんがはわわわと目を回しながら慌てていたので、仕方なくソーセキを下ろした。
 具体的にどうなったのかは良く分からなかったが、モンディアル三等陸士なりに俺を助けてくれようとした結果なのだろう。あの一瞬でダンボールの向こう側から、俺を抱えて崩れ落ちる箱の範囲を脱出したのだ。10才にしてどんな化け物だと問いたい。戦闘魔導師としての実力は俺に分からないが、地球にいる軍人レベルでは到底敵わないだろう。スバルちゃんにティアナさん、そしてキャロちゃんと新人フォワードは女の子ばかりなので(ちなみに隊長陣に至っては全て女だ。この男女比どうにかならんのか)子供とはいえ戦闘能力の高い男がいるのはありがたかった。

「……ふぅ。次から気をつけてくださいね。モンディアル三等陸士」
「すみませんでした……アイリーンさん」

 まあ、ガキ相手にムキになりすぎた部分もある。ヴァイス陸曹など一歩離れた位置でニヤニヤとした笑みを隠さず俺達の様子を観察していた。大失態である。
 こういう時に逆切れするような馬鹿男子だったらそれこそ頭の一つも物理的に冷やしてもらう所だが、反省している子供にいつまで怒っているのも大人気ない。仕事に障りも出かねないし、今回の事は水に流すとしよう。
 すると、今まで両手を振り回して混乱していたキャロちゃんが、おずおずと割り込んできた。

「あ、あの……アイリーンちゃん?」
「……いえ、さっきの乱暴な口調は叱る為の演技ですよ?」
「そうだったんだ。……とと、そうじゃなくて。エリオ君に悪気なんてないから怒らないであげて」
「うん、まあ。特に怒ってなかったし。胸を鷲掴みされてちょっとイラっとしただけだから」
「(嘘だっ!?)……ご、ごめんなさい」
「それにきっと挨拶なんだよ」

 内心まだちょっと許し切れてない気がしないでもない。キャロちゃんはそれを聞いて朗らかに笑いながらポンと両手を合わせた。「挨拶?」と俺が首を捻ると、キャロちゃんは笑顔のままで頷いて。

「エリオ君と初めて会った時、私も触られたから。きっとエリオ君の挨拶なんだよ」
「……触られたって、どこを?」
「え、胸」
「ちょ、ちょっ、キャロ!? それはちがっ」
「ほう。ソーセキ、氷結魔法。Aランクのあっただろ?」
『【了解しました、マスター】』
「ま、待ってください! アイリーンさん、誤解です!」

 いや、待てん。まさか常習犯だったとは。大人しいキャロちゃん相手にしかも挨拶だと? 会う度に挨拶だといってキャロちゃんの胸を揉みしだくつもりだったのか、このクソガキは。10才だからといって油断した。
 10才にして立派な性犯罪者は自分の犯行が露見して大慌てで自分の罪を否認している。ヴァイス陸曹が「おいおい」などと言いながらストップを掛けて来ようとしたので、「女の敵を庇うなんて、貴方も同じ穴のムジナですか?」と一睨みするとすごすご引き下がった。弱いな、おい。

「誤解か。なら弁明を聞こうじゃないか、エロオ・揉ンデ犯ル三等陸士」
「僕の名前が凄いことに!? あ、あの時はキャロを助けるのに手一杯で気が回らなかったんですよ!」
「手一杯ねぇ。その割に一杯の手で揉むものは揉んでるじゃないか。なぁ?」
「比喩表現ですーっ!」

「…アイリーンちゃん、怒ってないって言ったのになんでまたあんなに怒ってるんだろ」
「ちびっ子……お前さん、わざとじゃないよな?」
「え? 何のことですか?」

 後ろでキャロちゃんとヴァイス陸曹の二人が何やら話しているが、このエロ赤毛小僧の処罰が先だ。氷結魔法で氷付けにしてやろうと思ったが、無許可で攻撃魔法なんぞぶっ放したらこっちが捕まってしまう。仕方ないので、爽やかな笑みを浮かべて赤毛小僧の肩を軽く叩く。同時にミッドチルダ式魔法陣が俺の魔力光である白色で地面に描かれ、今までだった赤毛小僧の私服が瞬時に真っ白の和服……日本でいうところの死に装束に変化した。

「なんですかこれっ!?」
「エリオ・モンディアル三等陸士。飛行魔法の試験運用テストに参加するよう命ずる」
「へ? 飛行魔法?」
「復唱ーっ!!」
「エ、エリオ・モンディアル三等陸士! 飛行魔法の試験運用テストに参加するであります!」
「では、試作α版飛行魔法の概要について掻い摘んで説明する。この飛行魔法は誰でも空を飛べるということを前提に製作し、一番難しい空中での姿勢制御を”バリアジャケット”に全て依存させることによって成立している。これは適正のない人間が戦闘を行いながら維持し続ける事がもっとも難儀だと判断したからだ。よって、このバリアジャケットは簡易的にではあるが、術者の僅かな行動をトレースし、サポートするよう飛行魔法を発動させる。今回は試作型飛行簡易バリアジャケットの構成を教え込む時間も惜しいので、私が代わりに起動した。質問は?」
「す、すみません。一割も理解できないです」
「よろしい、ならば実践だ。ジャンプしろ」
「ジャ、ジャン……うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁ……!?」

 赤毛小僧が疑問符を浮かべながらジャンプをした途端、まるで打ち上げロケットのごとくバリアジャケット背面から黄色の魔力光を噴射して、性犯罪者の身体を空高くへ舞い上げた。行動トレースの感度は最高にしてある。限界性能テストをするのは怖かったのだが、手加減のいらない被験者がいたのでちょうど良かった。バリアジャケットには観測用のビーコン魔法も練り込んであるので、どれだけ高く打ち上がってもデータ取得に支障は来たさない。ソーセキの分析によると一気に上空3000mまでぶっ飛んだようで、最大加速・最大速度試験の結果は良好だ。
 煙を引いて空へと打ち上げられたモンディアル三等陸士を、観客であるキャロちゃんとヴァイス陸曹はぽかーんとした表情で見上げていた。新作魔法の感想を聞きたい所だ。

「……アレ、本当は俺がやる筈だったんだよな?」
「そうですけど」
「……あれ、新人のわたしたちが使うんだよね?」
「そうだよ」
「「あんなの使えるか(ないよ)!!」」





■■後書き■■
この作品は魔砲少女には未来永劫なりえない魔法オタクな幼女が主人公となっております。
(ry

エリオの扱いは当初から決まっていました。
キャロの扱いも当初から決まっていました。
ヴァイス陸曹もなんとなく立ち位置は決まっていました。
なのはさんは適当です。
でも、ワーカーホリックなのは間違いないと思います。



[4894] test run 11th「席暖まるに暇あらず。機動六課の忙しない初日」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:67080dc8
Date: 2010/11/06 17:00
 さて、試験結果だが。α版にも関わらず、数値はみな許容範囲内だった。空中で暴れたモンディアル三等陸士はその動きを増幅されて上空三千メートルでのアクロバティック飛行を強制的に楽しんだようだが、トレース感度を下げて多少の慣れがあれば自在に宙を飛べるようになるだろう。魔力使用量に関しても重量軽減魔法を併用することによって大分削減している。これなら、Dランク程度の魔力量でも、スペック上の数字は出る筈だ。
 しかし、問題も見つかった。行動をトレースして移動能力を増幅させるといった仕様上、ホバリング……つまりその場に留まる浮遊が出来ないのだ。スピードの増減は魔力量を術者が調整すればいいだけの話だが、宙で立ち止まって射撃をするような使い方は出来ない。構成上の問題で魔力ロスもかなり見つかったし、何より術者の技量に頼る部分が出来てしまっているのがいただけない。もう少し根本的な改善が必要だった。
 あと問題があるとすれば、キャロちゃんに飛行魔法に対する苦手意識を植え付けてしまった事だろうか。まあ、人間ロケット花火を間近見たのではそれも無理はないだろう。とはぐっすり夜眠って起きた後の感想だ。やっぱり寝不足は身体と頭に良くない。ナチュラルハイのテンションで動いてはいけないという実例だ。反省しよう。
 で、件のモンディアル君だが、実験から解放された後宿舎の自分の部屋でお布団に篭ってしまった。明日は六課のスタートだというのにこれはまずい。いや、頭がちゃんと冴えてから考えればそこまですることもなかった気がする。キャロちゃんの件も誤解だと分かったので、次の日の朝、六課の開幕式に間に合うよう早朝に押しかけてお詫びに胸の一つも揉ませてやろうとしたのだが断られてしまった。引き攣った表情で即座に飛び起きたので、もしかしたら迂遠な脅迫だと思われたのだろうか? まあ、起きたので問題なかろう。

 ついにというか古代遺物管理部機動六課の開幕式当日だ。この2週間近く鬼のように忙しくて、学校どころか家にもろくに帰れなかった。まあ、しばらくして落ち着いたら学校には顔を出そう。家は……親不孝と分かっているものの、マリエルがちと面倒だ。たまには顔を出さないとやっぱりまずいんだろうが。
 まあ、それは特設で広く作った心の棚にでも置いておくとしてだ。開幕式によれよれの格好では出られない。前の日の時点で突貫作業に当たっていた奴らも熟睡&クリーニング。服だけじゃなく、本人も綺麗にしておかないと格好付かないだろう。本日合流組もかなりの数がいるんだ、第一印象は大切である。もちろん、突貫作業に当たっていた俺も同じ事で、眠気を堪えてお風呂に入らせてもらった。実は本部の方にはシャワーしかなく、宿舎の方のお風呂を快く貸して貰えたので非常に助かった。心はやはり日本人。風呂に浸からないと入った気になれないのだ。まあ、他に同伴者がいなかったのだけ残念だが。合法的に見られる機会だったのに。スバルちゃんとは昔から結構入ったりしてるが身内の、しかも子供に欲情するのはダメだ。タカマチ一尉と入れられれば最高だったのかもしれない。タイミングが合わなくて無理だったんだけど。

 で、朝になるとやはりドタバタする。モンディアル三等陸士は早々に叩き起こしたが、その後もみっちり仕事が詰まっていた。タカマチ一尉の補佐はもちろんのこと、バインダー片手に設備の最終点検を先導したり、早めに来て彷徨っている当日合流組をロビーまで連れて行ったり。微妙に担当の範囲外じゃね?と思わなくもないが、人手が足りないのだ。文句も言ってられない。

「タカマチ一尉。そろそろ開幕式始まりますよ……って、また見てるんですか?」
「うん。でも、もう終わったから。行こう、アイリーン」

 そしてぎりぎりまで新人達のデータを見てる困ったさん。どれだけ気合入れてるのかと。そもそも昨日キャロちゃんにモンディアル三等陸士は到着してるんだから、そんな穴が開くほど見たデータを見返すぐらいなら面通しして置いた方がいいだろうに。
 などと言ったら、新人達は同時に出迎えたいんだそうだ。いくらなんでも気使いすぎじゃないか? いや、別にいいんですがね。
 隊長達が集まる部隊長室に行くと、データでは知っていたが見事なまでに女性オンリー。しかも全員見事なほど美人で、金髪、赤髪、茶髪、ピンク髪、銀髪と非常に多彩な色が揃っている(そういう俺も水色なんだからあまり笑えない)。日本じゃまずありえん光景だ。……あ、女性オンリーだと思ったら隅っこでグリフィス准尉が縮こまってる。やっぱ居辛かったんだな。

「ん、なんだ? このチビ」

 入室するなり、俺と赤髪を二つのお下げにまとめた子供に罵られた。いや、背ほとんど変わりませんから。しかし、確かこの人はスターズ分隊副隊長のヴィータ……三等空尉? だった筈だ。そうそう、スターズ分隊の隊長タカマチ一尉のすぐ下という扱いになるし、階級も一個上だったので覚えていた。厳密に言えば人間ではなく、ヤガミ部隊長の使い魔的存在らしい。またヤガミ部隊長か。どれだけ個人で戦力を持ってるんだか。
 まあ、そんな事情なので見た目と年齢は比例してないらしい。俺も似たようなもんなので、少し親近感が持てる。ヴィータ副隊長だけではなく、他の隊長陣も視線を向けて来たので自己紹介の一つでもしようかね。

「タカマチ一等空尉の補佐をさせて頂いているアイリーン・コッペル准尉です。外様の雇われ身分ですので、階級は考えず雑用と考えていただければ結構です」
「こらこら。アイリーン? そんな卑屈な言い方しなくても……」
「ちゃう、ちゃうよ、なのはちゃん……その子下っ端やって明言することで、問題起こっても責任取りません、手に負えなくなったら丸投げしますちゅーとるんや」

 くそっ、なんて鋭いんだヤガミ部隊長!? それぐらい見逃してくれてもいいだろう、本当のことなんだから。興味深そうに集めていた視線が一転、呆れた空気になってしまった。うああ、初対面から評価ダウン!? 余計なこと言うんじゃなかった!

「なのはの補佐なんて聞いてねーぞ。それにこいつ、スターズ分隊に入れるのか?」

 ヴィータ副隊長は残念ながら快く受け入れてくれる様子ではなく、不満でいっぱいですと顔に大きく書かれていた。が、ここでその発言を流してうやむやの内に最前線に送り込まれても困る。さっさと否定してしまおう。

「いえ、私の仕事はタカマチ一等空尉を寝かしつけることです。放っておくといくらでも貫徹しますから」
「「「ぶっ!?」」」
「ア、アイリーン! 最近はちゃんと寝てるでしょ!?」
「最低限は。出来れば6時間睡眠に切り替えて欲しい所です」
「そ、それは……やらなきゃいけないこといっぱいあるし」
「3時間じゃそこまで変わりませんよ。むしろ、起きている時の時間を有効に使いたかったら、しっかり休むべきです。寝不足じゃ集中できませんよ?」

 まあ、この一週間ろくに寝てなかった俺の言うことじゃないが。タカマチ一等空尉は反論の言葉が思いつかないらしく、あうあうーと言葉が言葉になってない。その漫才は受けてもらえたらしく、この美人が集まる中でも特に美人さんな金髪女性がくすくす笑っていた。
 ヤガミ部隊長も笑っていたが(馬鹿笑い)、すぐに調子を取り直すと手を叩いてその場を締めた。

「はいはい、この子は元々地上本部の新規魔法開発員でなのはちゃんとちょっとした知り合いやったんや。戦闘に関しては素人やけど、魔法の構成がものごっつう上手いらしいから新人達の教導の手助けに来て貰ったんよ」
「なので、前には出ませんし、戦闘時に出来る事なんてありません。新人達の構成だけ見て、あとは雑用してようと考えているので適当に空気だと思って気にしないで下さい」
「この通り口を開けば自分の都合のいいように事実を捻じ曲げようとする困ったちゃんや。六課本部の下準備には指揮をとってかなーり役に立ってくれたんよ? 大抵の仕事は投げても一旦任されればちゃんとやるから、よろしくしたってな」
「最悪な補足しないでください」

 俺に便利屋で使い潰されろというのか、この部隊長は。
 しかし、ヴィータ副隊長の顔から険しさはその説明で取れてしまったみたいだ。拍子抜けした表情から、”ニタリ”といったいやらしい笑顔に変化した。彼女は俺の前まで歩み寄ってくると、馴れ馴れしく肩を叩いてきた挙句、こんなことを言って来た。

「そうかそうか、んじゃいざって時はあたしの書類整理頼むな」
「はい、添削して仕事を増やせってことですね?」
「それも任せる。いやー、助かったな。これで仕事に集中出来るってもんだ」

 は、腹立つお子様だな……。書類整理も立派な仕事だ。杖をぶんぶん振り回してれば良いと思ってんじゃねーぞ。
 しかし、階級上の上司になる人間にそんなことを言う度胸はない。涙を呑んで我慢する。絶対いつかぎゃふんと言わせてやろう。

「主はやて。そろそろ時間が」
「おお、もうこんな時間やな。いっちょいったろか」

 ずっと壁際で黙って立っていたピンク髪のポニーテール……確か、ライトニング分隊の副隊長だ。名前はシグナム、だったな。階級は忘れた。先ほどの金髪さんが飛び抜けて奇麗な美人さんなら、こっちは飛び抜けて格好良い美人さんだ(俺とキャロちゃんとスバルちゃんとティアナさんを足しても届かなそうな、巨大なおっぱいとか)。彼女の言う通り、開幕式までの時間はあと5分もない。隊長陣と俺は他の面子が集まっている筈のロビーへと移動し始めるのだった。





「アイリィィィィンッ!! なんでこんな所にいるのよ!? しかもさも当然のように隊長達の横で!」
「ティ、ティア。落ち着いて、どーどー」
「私は馬か!?」

 開幕式も無事終わり、隊長陣がいなくなったのと同時に、ティアナさんに詰め寄られた。というか、首を締め上げられて「吐け! さあ、吐け!」とばかりに揺さぶられた。せっかく詰め込んだ朝食のアンパンを戻すところだったが、危うい所でスバルちゃんが止めてくれる。
 そう、実は知らせていなかったのだ、俺が六課勤めになった事を。サプライズといった気持ちもなかったことはないが、本当に知らせる時間もなかったのだ。こちらだけではなく、スバルちゃん達も随分忙しかったようだし、特にここ最近は家にも帰っていないのだから仕方ないだろう。いや、メールで知らせようと思えば出来たんだけど、つまらんし。

「あの、アイリーンちゃん。お二人と知り合いなんですか?」

 そう聞いてきたのはキャロちゃん。モンディアル三等陸士の姿もその後ろにある。どうも開幕式前にスバルちゃん達と既に顔を合わせていたらしい。まあ、分隊こそ違えど同じフォワード陣なので友好を深めるのはいいことだろう。

「ん、スバルちゃんとは小さい頃からの知り合い……幼馴染って奴かな。ティアナさんはスバルちゃん経由でね」
「そうなんですかぁ」
「こっちの質問に答えなさいよ……!」

 むぅ、ティアナさんが限界らしい。相変わらず沸点の低い人だ。
 スバルちゃん達に加え、ついでにキャロちゃんとモンディアル三等陸士にも要点を掻い摘んで説明する。レジアスのおっさんにスカウトされたその後の話だが、それはもうぶっちゃけてやった。守秘義務? ははん、どうせ簡易バリアジャケットのテストはしなきゃいけないんだ、関係のない部署にデータ譲渡でもしない限り文句を言われる筋合いはない。
 まあ、重要なのは簡易バリアジャケットではなく、新人達の魔法の構成を面倒見なきゃいけない仕事に着いた事だけなのだが。レジアス中将との交渉、六課に移った経緯を説明すると、ティアナさんが頭を抑えてよろめいた。風邪ならさっさと寝るのをお勧めする。

「違うわよっ! ……はぁ、機動六課に入って新しい段階に進めるって期待してたのに、魔法を見るのがアイリーンって訓練校時代に逆戻りじゃない」
「いや、教練についてはタカマチ一尉その他複数がやるみたいだし、同じではないんだけど。それにあれだけ世話した人間にケチ付けるならティアナさんの構成はスルーするから」
「あーもう悪かったわよ。確かにアイリーンには世話になったし、最近色々難儀してたのよ。助かるわ」
「よろしい」

 ちょっとしたじゃれ合いを混じらせて、ティアナさんと笑いあう。うん、この呼吸だ。
 すぐにスバルちゃんが「ティアばっかりずるい」と絡んできたので頭を撫でて落ち着かせる。いや、昔から俺が頭を撫でると情けなそーな顔して大人しくなるのだ。何故だろう?
 キャロちゃんがぽけーっとした顔でそれを見ていたのでこっちに来いと手招きする。実に素直なキャロちゃんは小走りで近づいてきたので、桃色の頭を撫でてやる。うーん、髪のきめ細かさが桁違いだ。

「ア、アイリーンちゃん?」
「いや、撫でてもらうのが羨ましいのかなって」
「そんなことないけど……えっと、ちょっと嬉しい、かも?」
「うぅぅ……私は年下に撫でてもらうの嬉しくないよぅ」

 右手スバルちゃん、左手キャロちゃん。両者の表情は実に対照的だ。年は5才も離れてるんだけどなぁ。俺の中ではどっちも対して変わらない。一方スバルちゃんと同い年のティアナさんは友人扱いだ。やはり小さい頃から知ってるってのが大きいんだろう。子供はいくつになっても子供って言うしな。それは親視点の話だが、正直似たような物だ。

「けど、私達の魔法構成の矯正が担当っていうなら、今まで暇だったんでしょ? 連絡ぐらいしなさいよ」
「いやいや、こちとらここ2週間鬼のように働いてました。構成見るだけなら楽だったんだけど、何故かタカマチ一尉の補佐を」
「なのはさんのっ!?」

 こっちの言葉尻に凄い反応速度で食いついてくるスバルちゃん。そういや、タカマチ一尉のファンなんだっけか。スバルちゃんは俺からタカマチ一尉の話を聞きたそうだったんだが(というか聞いてきた)、なんせ機動六課正式稼動の初日だ。やることは山ほどある。もちろん、それはスバルちゃん達フォワード陣も同じだ。今度時間がある時に話すと約束させられて、その場は一旦解散した。今日の夜にでも詰め寄られそうだ。スバルちゃんはこれから一年六課の宿舎泊まりだし、今日の所は家に帰るかな。マリエルとどっちが厄介か微妙な所ではあるが。

 ちなみにモンディアル三等陸士だが、俺とスバルちゃん達が話している間隅っこの方で何故かずっと縮こまっていた。他が全員女子だから居辛いんだろうか? まあ、元男として分からないでもないが、これから一年間ずっとチームを組んで行かなければならない同僚なのである。もっと積極的に溶け込もうと努力して行かないとやっていけないぞ、少年。





 さあ、新人達が合流したのだから、俺の仕事もここからが本番である。初日だというのに早速訓練のフォワード陣の様子を伺いながら、俺は自分の周囲に事前に渡されたフォワード陣のデータを展開した。流れ弾が怖いので、もちろん俺は訓練場に出向かず六課本部の方からモニター越しに、だが。

「うーん、皆AMFに戸惑ってるねー」
「いや、アンチマギリンクフィールドなんて聞いたことないんですけど。何ですか、その魔導師殺し」

 一緒に訓練の映像を見ているのはシャリオ・フィニーノ一等陸士。眼鏡を掛けた六課の女性にしては地味……もとい、普通の外見をした人だ。年齢はヴァイス陸曹と同じか、それより少し下と行った所か。通信主任兼メカニック担当のデバイスマイスターである。デバイスマイスターというのはその名の通り、デバイスの作成や管理が出来る技能の持ち主の通称で、資格の正式名称ではないんだが良く聞く通り名だ。まあ、日本でいうエンジニアとかとニュアンス的には同じかもしれない。
 俺がソフト専門なら、彼女はハードの人だ。もちろんそれなり以上にソフトにも詳しい彼女だが、興味はデバイスそのものにあるらしい。この人も本日合流組で、先ほど少し話した感じでは俺よりソーセキの方に興味を引かれているようだった。ソーセキは定期メンテナンス以外特にやって貰ってないので機会があったら一度彼女に診せるのもいいかもしれない。魔改造は勘弁だが、プロなら趣味に走りすぎることもないだろう。
 映像にはフォワードの新人四人がガジェットという浮遊する機械を相手にしている光景が映し出されていた。ガジェットの見た目は丸っこい卵のような形をした機械なんだがレーザーを撃つわ、バリアを張るわ、アンチマギリンクフィールドとやらで魔法を分解するわやりたい放題である。何でも最近巷でこれと同型の自律機械がミッドチルダ全域でテロを起こしているそうだ。なので、それに対処する事になるだろう新人達はこうしてガジェットとやら相手の訓練をしている訳なのだが。

「……どうして六課にその仕事が? ミッドチルダの防衛なら地上本部の仕事でしょう?」
「うーん、詳しいことはまだ言えないし、私も大して知らないんだけど。ガジェットはとあるロストロギアを狙って出現してるみたいなのよ。だから、機動六課に話が回ってきたみたい」

 ロストロギアは別世界のオーパーツもどきだ。中には危険な物もあるので、ミッドチルダでは大抵禁制品になっている。そもそも安全だと判断された物はロストロギア指定を解除されて研究に回されたりするらしい。しかし、件のガジェットは管理局に喧嘩を売るようにロストロギアを堂々と強奪しようとしている訳だ。いくら実行犯を機械オンリーにして高みの見物と洒落込んでいるといっても、そんな強引な手段を何度も繰り返せば必ず足が付く。犯人はよほどの馬鹿か、管理局を屁とも思っていないに違いない。実にレジアスのおっさんが激怒しそうな事件である。そして機動六課に仕事が回ってきたのも何だか胡散臭い。あのおっさんがミッドチルダの市街を荒らされて大人しくしている玉か? もしかしたら、本局の方から圧力でも掛かったのかもしれない。
 まあ、どっちにしても俺の仕事の範疇じゃないので気にしないけど。それより問題はガジェットが標準装備しているというアンチマギリンクフィールド、AMFの存在だ。

「これを見た限りじゃ問答無用で魔法を無効化する……って訳じゃないみたいですけど。具体的にどういう仕組みで魔法を霧散させてるんですか? あの空間に入ったら構成が分解するとか言われると、私の仕事が全部無駄になりますよ」
「あはは…さすがにそれをやれるような装置だったら、魔導師はみんな廃業よ。魔力そのものを減退させる空間を発生させるってのが私達の見解。だからほら、徐々に魔力弾が小さくなって消えてるでしょ?」

 シャーリーさん(そう呼んでくれと自己紹介の段階で指定された)は、ティアナさんがガジェットの一体に向かって射撃魔法を放った時の映像をリピートさせながらAMFについてそう説明した。なるほど、ようするに魔法を無効化されるというよりは、魔法が使いにくくなるのか。魔法構成そのものに干渉されるんじゃなく、魔法を起動させている魔力が無くなっていく。なので、最終的に魔法はガス欠に陥って自然消滅する訳だ。

「という事は、構成の強度を上げるより効率化を図って、より高い魔力を突っ込めるようにした方が良いですね」
「そうね。あまり複雑な構成にするとその分魔法に必要な魔力が高くなっちゃうから……うふふ」
「……なんですか、いきなり笑ったりして」
「すぐに自分の分野で物を考えるのは一緒だなぁって。アイリーンちゃん頭良いからてっきりもっとAMFの構造を知りたがるって思ってたわ」

 ああ、天才様は自分の知らない事象を嫌がるからなぁ。しかし、あいにくこちとら凡人だと自覚している一般人。専門外の出来事は必要最低限だけ知ってれば良いと開き直っている。AMFなんて聞いた事もなかった新技術だし、ましてや魔法と機械の混成児なんて俺の理解できるレベルを超えている。原理なんて気にせず、起こった事象だけに対処した方が建設的というものだ。

「対処法としてはAMFが効き辛いほどの近距離から攻撃するか、なのはさんのように大魔力での魔法で減少されても関係ない威力で攻撃するか、ね」

 映像の中では、それをまさに今スバルちゃんが実行しようとしていた。ローラージェットで一気にガジェットの懐に飛び込むと、その手に付けたリボルバーナックル(回転パンチ)を胴体に突き刺し、ゼロ距離の近接用砲撃魔法で完全にぶち抜いたのだ。うぅむ、雄々しい姿だ。嫁の貰い手がなくなってしまうんじゃないかと心配するぐらいに。

「人間のリンカーコアにAMFは効かないんですか?」
「まったく効かないわけじゃないけど、剥き出しの魔力弾なんかと比べればほとんどロスは無いよ。……っていうか、アイリーンちゃん。涼しい顔でエグイ事考えるね。リンカーコアを霧散なんかさせられたら下手すると死んじゃうわよ?」
「そこまで考えた訳じゃないですけど。可能性だけは論じておかないと怖いです」

 リンカーコアの魔力を直接減退させられるんだったら、全魔力を使った攻撃をしたら時間も経たず衰弱死することになってしまう。だったらまだロケットランチャーでも装備して魔力はバリアジャケットや防御魔法だけに注ぎ込んだ方が……あ、質量兵器はまずいんだったか。
 しかし、この状況だと近接主体のスバルちゃん、そして槍型のデバイスを持ちベルカ式近接特化のモンディアル三等陸士の二人しかまともな反撃出来ないんじゃなかろうか。新人四人の魔導師ランクはB前後、隊長陣のようにアホみたいな魔力量を持っていればゴリ押しも効くだろうが彼女達じゃ少々辛い。まあ、これが初戦なのだから上手く行かないのも仕方ないだろう。
 などと生暖かい視線で見ていたのだが、キャロちゃんは召喚魔法で物理的な鎖を呼び出してガジェット拘束したり、ティアナさんに至っては正面から射撃魔法で撃破してしまった。見た事のない魔法だったので、おそらくここ最近覚えたばかりの新魔法だろう。随分溜めてから撃っていたように見えたから、魔力を込めまくったのだろうか?

「はー、凄いねぇ。今の本来はAAランクの魔法だよ?」

 シャーリーさんの説明によると、魔力弾の表面にもう一枚魔力の外郭を作る二重構造の魔力弾だそうだ。本来の用途は標的の障壁魔法を外郭で緩和して、中の魔力弾で打ち抜くという魔法らしいのだが、ティアナさんはAMF下の状況をそれに見立てて使ったらしい。なるほど、最初に消耗するのは外郭の魔力膜だから威力の減少が最小限になるって訳か。さすがというかなんというか、ティアナさんだ。初戦でいきなり応用するとかクレバーすぎる。

「でも、まだやっぱり未完成みたいね。AAランクの魔導師なら本来普通の射撃みたいにタイムラグなしで撃つ魔法だもの」
「いまいち管理局のランク制度が良く分からないんですが……魔力容量とは違うんですか?」
「んー、ランク試験の合格基準は総合的な物だからね。この子みたいに技術だけ飛び抜けてるのもいるけど、どっちかだけじゃ取れないよ」

 まあ、そうだろうな。じゃなかったら、0才児のニアSランクとか平気で誕生してしまう。俺のAランクってのも魔力量基準で、非公式だからな。特に資格になっているという訳じゃない。俺はAMFを突破するのに、構造を単純にして魔力の効率化を目指すという対策を考えたが、ティアナさんは逆。さらに構造の難度を上げてAMFに対応した魔法を放ってしまった。考え方の差があるんだろうけど、根本的な解決策としては後者の方に軍配が上がる。さすが本物の陸戦魔導師といった所か。

「身の丈以上の魔法は危ないんだけどねー」
「ティアナさんの使う魔法は余裕が少ないですからちょっと心配ですね」

 もうガチガチのギリギリまで構成を詰め込むのだ。制御に掛かる負担も半端じゃない筈。戦闘中に制御をミスって自爆(バックファイア)とか洒落にならない。そこら辺がティアナさんの今後の課題だろう。
 「私のデバイスとアイリーンちゃんの魔法構成でカバーしてあげれば大丈夫大丈夫」とシャーリーさんは笑っていたが……デバイスで容量や処理能力が増えても、俺が整頓して余裕を作っても、ティアナさん自身がそこにさらに新たな構成を突っ込んではイタチゴッコになる気がしてならなかった。
 高性能高難度の魔法こそティアナさんの持論で持ち味なのかもしれないが……うーむ、俺が悩んでも仕方ない事か。戦闘に関する魔法の取捨選択はタカマチ一尉の領分だ。ティアナさん本人と思う存分悩んでもらおう。

「ところで話は変わるんだけど、ちょっとソーセキ見せてくれない? アイリーンちゃんの構成の癖とかも知りたいし」
「手出ししないと約束するならお貸しします」
「え~」
「癖を知りたいならそれで十分でしょう? 不満そうな声を上げないで下さいよ」

 シャーリーさんは危険だ。メンテナンス以外は遠慮しよう。先ほどの感想をすっぱり切り捨てて、そう心に刻む。あの目は趣味人の目だ。俺は戦闘要員じゃないので何かしらの理由がないとデバイスの改装費用など出ない(修理費用とかなら別だが)。しかし、こういう趣味の人は経費がなくとも自腹を切ってでもデバイスを改造しかねないのだ。
 結局見るだけということを確約させて待機状態のソーセキを渡したのだが、そんな機能はない筈なのに機体が震えた気がした。悪いな、ソーセキ。





 実践訓練が終わればもちろんミーティング、反省会のお時間です。タカマチ一尉が「今日は初日だから休ませてあげよ?」と言って新人達のデータを持って執務室に引き篭もろうとしたので、バインドで括って会議室へと引きずって連行した。休むならまずアンタが休めと俺は声を大にして言いたい。確かに初日ぐらいは、という気持ちも分からないでもないが、初日だからこそきっちり緒を締めておくべきだ。それに、一度新人達と意見を交わさないことには俺の仕事が進まない。

 実際ミーティングを始めてしまえば、教導の資格を持つタカマチ一尉は大したもので傍から聞いてる素人の俺にも良く分かった。まあ、キャロちゃん達10才の子供もいるし、ある程度は優しく噛み砕いたのかもしれない。
 次いでヴィータ副隊長が新人達に意見する。というより、軽い罵倒混じりの叱責だ。タカマチ一尉が優しい学校の先生なら、こっちは体育会系の鬼コーチだ。もちろん、精神論を持ち出してきて気合が足りないなどとは言わず、今日の訓練映像をリプレイしながら、新人達の粗を細かく指摘していく。ティアナさんは少し悔しそうな顔をしているし、他の三人などミスを指摘される度に小さくなっている。まあ、管理局は半軍事組織だし、この程度優しいぐらいなのだろう。
 シャーリーさんの方から何かないかなと思っていたのだが、新人達用の新型デバイスが用意できてからまとめて言いたいそうだ。その際には非常に説明が長くなりそうだが……まあ、自分の使うデバイスのスペックぐらいはきちんと把握しておくべきだろう。止める理由もないので、新人達には諦めてもらおう。

 で、俺の出番である。

「はい、皆さんの魔法構成の担当をするアイリーン・コッペルです。私が構成の不具合を直接調整するつもりですが、使う本人がその修正方針を知らないのはありえないので、色々突っ込まさせて貰います。まずスバル・ナカジマ二等陸士」
「わたしから!?」
「貴方の構成ですが、私がプライベートで弄った結果ミッドチルダ式とベルカ式の混成になっています。完全に混ぜている訳ではないですが、ミッドチルダ式とベルカ式についてもっと勉強するように」
「アイリーンちゃん、それ構成の不具合じゃないよっ!?」
「むしろスバルちゃんの頭の不具合だけど……こほん、私語は慎むように。ナカジマ二等陸士。とりえあず、致命的な不具合はありません。近接砲撃魔法がややこんがらがってますが、今のままの方針で大丈夫な筈です。後で一緒に直して行きましょう」

 訓練校の成績は悪いどころか結構良いスバルちゃんだが、それは俺とティアナさんがテスト勉強の際知識を丸ごと詰め込んだからである。頭の回転があまりよろしくない、というか要領が悪いので、暗記こそ得意だが応用が利かず、いわゆる試験秀才という奴になっている。身体だけでなく頭の方も鍛えにゃならんだろう。
 何故か涙を流して机に突っ伏すスバルちゃんを尻目に、今度はその前の席で大人しく座っているキャロちゃんへと視線を移す。

「キャロ・ル・ルシエ三等陸士」
「は、はい! なんですか、アイリーンちゃん!」
「緊張しないでいつも通り喋っていいよ、キャロちゃん」
「わたし差別されてないっ!?」
「はい、だからナカジマ二等陸士は私語を慎みなさい。……ルシエ三等陸士の召喚魔法は、別世界の一族特有の物が由来ということで、独特ですね」
「……えっと、フェイトさんがミッドチルダ式でも使えるようにって魔法を教えてくれたんです」
「ええ、上手くミッドチルダ式の物と噛み合っています。よほど熱心に考えてくれたんでしょうね」

 キャロちゃんの使う召喚魔法の構成は実に見事な物だった。明らかに異質な構成があるというのに、ミッドチルダ式の中に完全に組み込まれている。フェイトさんとはライトニング分隊の隊長フェイト・T・ハラオウン執務官のことだろう。書類ではキャロちゃんとモンディアル三等陸士の保護者はフェイト隊長になっていたので、おそらく俺がスバルちゃんに教えたようにプライベートで世話したのだろう。
 正直この召喚魔法を弄るのは辛いかもしれない。絶妙なバランスで保たれている…とまでは行かないが、俺には細部の手直しレベルでしか手が出せないだろう。これはフェイト隊長の方に投げるべきだな。
 だが、俺の仕事がなくなった訳じゃない。

「しかし、それ以外の魔法。ブーステッド、増幅魔法やその他の魔法は稚拙ですね。構成も随分余裕があって……いえ、この場合は余裕を余らせているといった方が正確でしょうか。まだまだ向上の余地があります」
「あう……」
「訓練は始まったばかりだから、一緒に頑張っていこう?」
「……うん。ありがとう、アイリーンちゃん」

 花咲くような笑顔を見せるキャロちゃんの背後で、スバルちゃんが「やっぱりわたしと対応違う…」と嘆いて隣のティアナさんに肘で突かれている。そりゃ10才のキャロちゃんと比べちゃダメだろう。仮にもいつも自分の方がお姉さんだと言ってるくせに。まあ、そんな感じだからこそ、スバルちゃんはいつまで経ってもスバルちゃんなのだが。
 どうやらキャロちゃんは完全に発展途上のようだ。今は粗を突くのではなく、とにかく出来ることを増やしていく時期だろう。召喚魔法も機を見ながら彼女に合わせて手直ししていくしかない。

「次は……エリオ・モンディアル三等陸士」
「はいっ!」
「元気なのは良いですが、貴方の魔法の大半は他人の丸コピーですね? いくらかは自分に合わせてるみたいですけど、強引に辻褄合わせしてるに過ぎません。かなりの矯正が必要です」
「……は、はい」
「というか、これって本当に槍用の魔法ですか? 無理に他から流用した形跡が……」
「……も、申し訳ないです」

 最初の元気な返事は見る影もなく、肩を落として返事を返すモンディアル三等陸士。いやまあ、苛めるつもりはないんだが、かなり背伸びをして色々な所から魔法を引っ張ってきた形跡がある。先ほど訓練データをパッと流し見たのだけれど、使う魔法ごとに構成の癖がかなり違う。多数の違う人間から魔法を盗んできた(コピーしてきた)証拠である。第一使用しているのが槍型デバイスなのに、魔法に剣のような直刀の叩き斬る軌道を補助する構成が根本から組み込まれている。これでは振り回すには良いかもしれないが、突く際に逸れてしまいかねない。向上心のあまり、少しばかり実践に目が行き過ぎて構成の方まで手が回っていないのだろう。

「まあ、一番手がかかりそうですが、それさえ直してしまえば見違えるほど効率は良くなる筈です。魔法の選択はタカマチ一等空尉や他の隊長陣とよく相談してください」
「はい、分かりました」

 うむ、素直でよろしい。「でも…」なんて口答えしていたら、また人間ロケット花火になって貰う所だ。彼の魔法はベルカ式が主体だが、ヴィータ副隊長やライトニング分隊の副隊長もベルカ式の筈だ。俺は正直「槍って何? 近接攻撃って美味しいの?」という状況なので、そちらに面倒を見てもらおう。子供とはいえフォワード陣で唯一の男なんだから、しっかりスバルちゃん達の盾になってもらわないと困る。
 さて、最後はもちろん一番優秀で、一番厄介な彼女の番だ。

「ティアナ・ランスター二等陸士」
「はい、アイリーン・コッペル准尉」

 バチッ、と俺と彼女の間に火花が散ったように感じた。相変わらずきついというか、自分の仕事に妥協しないというか。俺が下手な事を言えば鮫のように食いついてくることは明白だ。

「新魔法、見事でした。見たことのない魔法でしたが、精密極まりない構成で他の三人より二頭分は抜けていますね」
「ありがとうございます」
「ですが、その分リソースギリギリです。いえ、はっきり言えば足りていないぐらいです。現場で戦闘行為をしながら短時間で使わなければいけないことを考えれば、落第点です。特にガジェットを撃墜したアレ。成功率何%ぐらいだったんですか?」
「うっ……練習では8割行っています。それにあの時は他に手がありませんでした」
「まあ、訓練だからいいのかもしれませんけど。これじゃあ、他の事に思考を回せないほど集中しないと使えないでしょう? ティアナさんの事だから同じ難易度の魔法をいくつも持ってると思いますし、それしか方法がなくなったらすぐ手を出しそうで怖いです」
「く……」

 図星だったのか唇を噛んで睨んでくるティアナさん。こうやって仕事場だから控えめだが、プライベートでここまで言ったら100%反論の嵐だ。いや、ミーティングが終わった後どうせ言われるか? まあ、プライペートじゃティアナさんが黙って意見を聞いてくれないのでちょうど良い機会だっただろう。

「構成は昔のように私がティアナさんの組んだ構成を修正する形でやります。さらにそれを手直しするのはもちろん構いませんけど、それを私やタカマチ一等空尉に見せないで実践するのはやめてくださいね?」
「アイリーン! けど、それじゃあ」
「……ランスター二等陸士。ぶっつけ本番はやめてくれって言ってるだけです」
「……申し訳ありません、コッペル准尉」

 案の定だ。やっぱり目一杯構成を詰めまくる気満々だったな。短気なティアナさんは頭の中で火山を噴火させているだろうが、場が場なので抑えてくれた。静かに睨んでくるティアナさんに、今日は眠らず議論かなと諦めていると、タカマチ一尉が間に入ってきた。

「ティアナ。私がこれからじっくり教えていくから、焦らず一つ一つ覚えていこう?」
「は、はい、タカマチ隊長」

 さすがのティアナさんもエースオブエースのタカマチ一等空尉の前では借りてきた猫のようだ。横でスバルちゃんが指をくわえて羨ましそうに見ていたりする。最近犬化が進行してないかい、スバルちゃんよ。




 さて、ミーティングが終わるともう外は真っ暗になっていた。時間は既に23時(ミッドチルダ基準で)を回っており、本来の終了時間である20時を大幅に超過していた。学校にも通う身なのでそういう契約になっているのだが、六課に来てから守ったことなどない。というか、そもそも家に帰ってない。嫌な予感がしたので、ソーセキに全て隔離フォルダに突っ込ませていたプライベートメールをチェックすると……うわぁ、と思わず口に出してしまった。総件数114件。うちマリエルが約70件、クロエが30件近く。そしてプライベート用のアドレスだというのに何故かレジアスのおっさんが1件。どれもこれも見たくねぇ。残りの10数通はギンガやノアちゃん、学校のクラスメート達だ。こっちだけ目を通しておこう。

「うわー、こりゃひでえな」
「わっ!?」

 と、手元に表示していたメールを、いつの間にか背後から顔を出して覗き込んでいたのは赤毛の幼……少女、ヴィータ副隊長。肩に顎を乗せられるまで全く気付かなかったので、思わず声を上げてしまった。
 俺のびっくりした顔を見て、ヴィータ副隊長はにひひと意地悪そうに笑った。良い趣味をしている。狸の方の上司にそっくりだ。

「よ、お疲れ」
「……はぁ、お疲れ様です、ヴィータ副隊長」
「あんだよ、本当にお疲れって表情だな。ミーティングで新人どもにバシッと言ったから少しは見直してたんだぜ?」
「いや、普通に言うべきことを言っただけですが。最初に問題点を突っ込んどくのは基本でしょう?」
「いーや。ああいうケツの青いガキんちょどもは一人前になるまで最初から最後まで絞めておくべきだね。なのはは甘すぎるんだ」

 体育会系だなぁ、と思いつつも言う事には納得できる。終始絞めっ放しなのはどうかと思うが、半人前の内は多少厳しくとも細かく注意してやるべきだ。どんな優秀な人間も、道筋を定めていなければどんな方向に曲がるか分かったもんじゃない。それを尻を蹴っ飛ばしてでもまっすぐ伸ばしてやるのが教育というものだ。
 それに管理局の仕事は命のかかった仕事だ。それは半人前だろうが一人前だろうが変わらない。失敗しちゃったで済めばいいが、誰かが死んでから後悔しても遅いのだ。

「しっかし、お前も子供のくせに仕事漬けなのな。全然家に帰ってねーだろ?」
「ヴィータ副隊長……色々反論したいこともありますが(お前が言うなとか)、とりあえず一つだけ聞いてもいいですか?」
「ん、なんだ?」
「ヤガミ部隊長の所の人は、部下に抱きついてくるのがデフォなんですか?」
「……うわぁっ!?」

 後ろから俺の首に腕を回して抱きしめつつ会話していたヴィータ副隊長は、指摘してやると何故か凄い勢いで飛びのいた。「いつの間にか影響受けてたのかよ、マジやべー」と呟いていたので本人に自覚はなかったらしい。一瞬甘えたい年頃なのかな、などと考えたのは口に出さないでおこう。気が短そうだし、理不尽な逆切れで殴られそうだ。

「ん、あー……その、なんだ」
「なんでしょう?」
「今から言うからちょっとぐらい待てよ!? ……ごほん。スパイだって聞いてたし、こっちの邪魔したりろくな仕事しないんじゃないかって正直疑ってた。悪かったな」
「……なるほど」

 その赤毛ほどじゃないが、顔をほんのり赤く染めたヴィータ副隊長が視線を横に向けて謝罪してきた。ずっと初対面から敵視されていたのはそのせいだったのか。というより、その設定がまだ生きていたことに驚いた。俺なんてそんな戯言すっかり忘却の彼方で、必要のない雑用ですら下っ端のようにこなしてたぞ。いや、実際下っ端アルバイターなのだけれど。
 しかしまあ、謝罪してくれるというなら素直に受け取ろう。上司に敵視されるほどやりにくいことはない、向こうから歩み寄ってきてくれるならこちらからも近づくのみだ。

「ちょうどそのスパイの連絡待ちしてる人から連絡来てますけど見ます?」
「は? ……って、レジアス中将からじゃん! いいのかよ、そんなのあたしに見せて」
「プライベート用のアドレスに送ってくるのが悪いんですよ。もう向こうとは部下でもなんでもないんですから。仕事用のアドレスに機密載っけて来たらさすがに誰にも見せませんけど」

 なにやらヴィータ副隊長が呆れた視線を送ってきているが無視。メールを開くと、中には六課の近況とこちらでの仕事の調子はどうかと割と軽い文体で問うメールだった。……うーん、一応プライベートに近い内容? でも、あんなおっさんのメル友になったつもりはないんだが。俺みたいな外様にこんなメールを送ってまで機動六課内部の情報が知りたいんだろうか?

「……『化け狸に騙されて小狸隊長の下に送られたおかげで、扱き使われてちっとも家に帰れません。あと六課の食堂は量が多いだけで雑です。なんとかしてください』、と。送信」
「ぶっ!? ……おいおい」
「いや、量多いと思いません? なんで普通のミートスパ頼んだのにボールで出てくるんですか。おかしいですよ」
「あたしもあれにはびっくりしたけど徳用サイズでいいじゃねえか、って違う! あのレジアス中将相手にこんな舐めた文章でいいのか!?」
「プライベートメールなんですから、何書いたって文句言われる筋合いないですよ」

 うんまあ、家に帰らないのは俺が帰りたくないだけなんだけどね。しかし、鬼のように忙しいのも事実だ。もう少し落ち着かないと学校にもいけそうにない。新人達の魔法データも手に入ったので、やることは山ほどあるのだ。

「そうだ。ヴィータ副隊長、暇なら付き合ってください。聞きたい事がいっぱいあります。リストにしたら10枚ぐらい」
「だったらリストにしろよ!?」
「書類越しなんて柔軟性のない物でやり取りできません。口頭でお願いします。という訳で行きましょう」
「今からかよっ!? もう日が変わるぞ!?」
「大丈夫ですよ、3時間ちょっとは寝れるように帰しますから。睡眠時間って大切ですね」
「ぎゃー!? こいつもなのは並のワーカーホリックだー!?」

 悲鳴を上げるヴィータ副隊長の肩を掴んで、執務室へとずるずる引きずっていく。やっぱりタカマチ一尉はワーカーホリックと認識されていたのか。俺は違うよ? 6時間寝たし。今日は。
 結局新人達の魔法選択について、タカマチ一尉も交えて4時間ほど論争しまくっていたらヴィータ副隊長が涙ぐみ始めたのでお開きとなった。いやいや、現役武装隊の人の意見は違うね。実に参考になりました。お疲れ、ヴィータ副隊長。





■■後書き■■
この作品は魔法を一回も使わず普通にデスクワークをこなす主人公で構成されています。
(ry

一体何年ぶりなんだろうかと自問自答しながらも、書きあがってしまったので厚顔無恥に更新します。
新規様も前からの読者様も適当に読み流して頂ければ幸いです。



[4894] test run Exception 5「幕間 ~エリオ・モンディアル三等陸士の溜息~(アイリーン9才)」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:67080dc8
Date: 2010/11/17 20:48
 あの人の第一印象は、なんだか良く分からないけどすごく怖い人、だった。僕の不注意が原因なんだけど、とてもとても怒らせてしまって思い出すだけで身体の芯が震えるような目に合わされた。傍から見ていただけの同僚のキャロもトラウマになってしまうぐらいで。僕に至っては今思い出すだけでも足が震える。地面がこれほど愛しく、大事な物だなんて思わなかった。
 次に会った時の印象は、僕より一つ下なのにすごく頭の良い人。僕も魔法の勉強は一生懸命やったつもりだったけれど、大人の人達と混ざって議論なんかとても出来ない。そう、あの人は僕より年が一つ下なんだ。てっきりヴィータ副隊長のように見た目だけだと思っていたのに、キャロによるとまだ9歳なんだとか。嫉妬……も正直感じたかもしれない。けれど、それ以上に感じたのは羨望だった。僕は何よりも早く一人で立てる大人になりたかったから。



「モンディアル三等陸士?」
「は、はいっ!?」
「話、ちゃんと聞いてましたか?」
「も、もちろんですっ! コッペル准尉!」

 水色の髪に水色の瞳。本来なら優しい色なんだけど、最近の僕にはちょっとトラウマ気味だ。警戒色の赤の方が気が休まるくらい。今も厳しい訓練の後にミーティングルームに僕だけ呼び出されてお説教の真っ最中で、水色の瞳が僕を冷たく睨んで来ていた。
 何故かまでは分からないけれど、彼女、アイリーン・コッペルさんに悪い意味で特別視されているみたいだ。だって、明らかにスバルさんたちと僕では対応が違う。意地悪、ではないんだろうけど。言葉は丁寧、態度も真面目、けれどそれだけに正論で批難されると反論も出来ずに落ち込む羽目になる。……それになんだか言葉の裏に”足手纏い”とか”セクハラ小僧”とか、そういった色が見え隠れしている気がしてならないのだ。後者は面と向かって言われたし、事故とはいえ自分でも僕が悪かったと思う。
 でも、前者は認める訳にはいかない。いや、今そう思われていても絶対取り返さなきゃ。

「モンディアル三等陸士は近代ベルカ式の近接戦闘を主としているせいか、魔法を感覚で捉えるのが上手いですね」
「あ、ありがとうございます!」
「しかし、逆に言えば自分で扱ってる魔法の特性を頭で理解して、活用するという工夫に欠けてます。根っからの体育会系ですね。もうちょっと理論の方も大事にして貰えると私の仕事も捗るんですが」
「す、すみません……」

 どうしてこの人は上げてもすぐに落とすんだろうか。かといって最初に落としたら落としっ放し。それどころか追い討ちを掛けてくることすらある。キャロやスバルさん達には優しいのに……もしかしたら、根本的に嫌われているのかもしれない。怖いのと悔しいのと悲しいのがごっちゃになって、アイリーンさんの前に立つと混乱してしまう。そんな自分を情けないと思う。もっと、強くならなくちゃいけないのに。
 今日の模擬戦もなのは隊長には手も足も出なかった。新人の僕と歴戦の魔導師であるなのは隊長では比べるのもおこがましいのかもしれないけど、それでも僕達は4人で、相手は魔力のリミッターまで付けていたんだ。もうちょっと、上手く出来たと思う。もう少し速く、強く踏み込めたと思う。腕時計型になっている待機状態のストラーダを掴む。僕の槍は届かない。どうしても、なのは隊長やヴィータ副隊長に届かせられるイメージが浮かばない。
 ……僕はなれるんだろうか、フェイトさんのように。守られるだけじゃなく、僕も誰かを守れるぐらいに、強くなれるんだろうか。

「……んー?」
「うわぁっ!? ……な、なんですかっ、アイ…コッペル准尉」

 気が付けば、すごく間近から水色の瞳に覗き込まれていた。
 背は僕より少し低く、キャロと同じくらい。けれども、思わずうろたえながら後退した僕にはとても大きく、見下ろされている気分になる。色々考えすぎていて、接近に気が付かなかったみたいだ。
 心臓の音がうるさい。激しく16ビートで鼓動する心臓を押さえながら問う僕に、アイリーンさんは非常に訝しげな表情で見て来ていて。何かまた失敗したのか、と僕は自分の行動を思い返す。ぼーっとしていただけが理由なら、きっと彼女はストレートに叱責していただろうから。
 と、納得いったようにアイリーンが頷きながら手を打ち合わせると、僕の鼻先に指を突き付けて来た。

「ああ、思い出した。負け犬の面だ」
「い、いきりなり何ですかっ!?」
「……こほん。もとい、思い出しました、これは負け犬の面です」
「丁寧な言葉遣いに直してくれなんて言ってませんっ! ほとんど変わってないですし!!」

 こともあろうに、人の顔を指して負け犬呼ばわりだ。さすがにそこまで言われる云われはない。僕が内心コッペル准尉ではなくアイリーンさんと呼んでいるように、彼女も僕の事をモンディアル三等陸士に振り仮名を付けて負け犬とでも呼んでるんじゃないだろうか? ありえそうな想像だけに自分で考えてへこんでくる。
 年下の上司に反抗すべきか、泣き寝入りすべきか。僕が真剣に頭を悩ませていると、先にアイリーンさんの方が口を開いた。しかし、その口から紡がれた次の言葉は……僕の予想を外れた内容だった。

「モンディアル三等陸士、貴方、自分を駄目な人間だとでも思っているんじゃないですか?」
「……え?」

 胸の内側に冷たい金属が刺し込まれるような、そんな悪寒がした。今までだって染み入るような毒舌だったけれど。その言葉は、僕の中心をあまりに容易く打ち抜き、貫いた。

 駄目な人間。
 使えない人間。要らない人間。
 そもそも、人間かどうかすら怪しい……ニンゲン。

 手が震えている、それを自覚して僕は慌てて逆の手で押さえ込んだ。激昂してアイリーンさんに殴りかかろうと思ったからじゃない。動揺する自分を、見られたくなかった。感付かれたくなかった。
 僕は一人でも立派に立てる大人になる為にここへ来た。僕のような誰かを一人でも守る為に強くなろうと決心した。しかし、それは裏を返せば今の自分に他人が必要としてくれるような価値を感じていなかったからだ。今の自分は無価値。フェイトさんの優しさに頼って、縋るだけの、そんな存在。そんなものに……誰が価値を見出してくれるのだろう。
 僕は僕だけの価値が欲しかった。オリジナルのエリオ・モンディアルとしてじゃない。かといってクローンで良く出来た模造品のエリオ・モンディアルとしてもじゃない。

 今、ここにいる”僕”の価値だ。

「はぁ、そうですね。確かに今の貴方は魔力が対して大きい訳ではなく、飛び抜けた魔導師としての腕を持っている訳でもないです。頭が回る訳でもない、というか基本他人(ティアナさん)任せ。唯一優れていると思われる近接戦闘の腕は、隊長陣は元よりスバルちゃんにも勝てるか疑問ですしね」
「……そ、そこまでは、思ってない、です」
「どうしました。さっきみたいな激しいツッコミは? まあ、本当の事しか言ってませんから、痛烈に打ち返してあげますけど」
「ぐっ」

 く、悔しい。激しく悔しい。お門違いなのかもしれないけど、本気で腹が立ってくる。
 確かにこの人は天才で、言っている事も正しいのかもしれないけど、どうしてこうも言動に優しさがないのだろう。フェイトさんの優しさを十分の一でも見習うべきだ。可愛くない。そう、この人を一言で言うとぜんっぜん! 可愛げがない!
 そんな僕の憎しみにも近い視線をどう受け取ったのか分からないけれど、彼女は淡い水色の髪を指で掻いた。それから、僕をもう一度見て溜息を吐いて……

「……未熟な時に馬鹿だのカスだの罵られるのは、どの世界だって変わらないぞ、少年」
「は……はい?」

 先ほどとは違う意味で意表を突かれた。だって、見た目だけならキャロと変わらない、あれだけ丁寧な口調で毒舌を吐いていた完璧な彼女が……。僕が言うのもなんだけど、親が見たら絶対泣きそうなやさぐれた男口調で喋ったのだ。
 一瞬、違う人間がどこかで喋っているのかと思った。きょろきょろ辺りを見回して、ミーティング室に僕と彼女の二人しかいないのを確認して、ようやく認められた。

「だから。訓練始めて何日も経ってない分際なんだから、クソミソに叩かれるのは仕事の内と思っておけっつってんだ、クソ坊主」
「え、ええええええええっ!?」

 驚愕の叫び声を上げる僕に、実に五月蝿そうにアイリーンさんは両手で耳を塞いだ。というか、口調だけでなく、仕草や表情まで何かやさぐれてる。もしかして、これが彼女の素、なんだろうか。
 驚愕冷め止まない僕に、ゴンッ、と激しく音が鳴る位に拳骨を振るった彼女は、痛そうに手を振りながら、冷めた視線を僕に送ってきた。

「いっ、つぅっっ……な、何するんですかぁ……」
「間抜けな面してるからだ。男ならビシッと構えろ、ビシッと」
「何その理不尽な理由!? 正論ですらなくなった!?」
「知るか。腹割って話してやるから、年上の言うことは良く聞け」
「アイリーンさんの方が年下でしょうっ!?」
「細かい事言うな」

 もう一度殴られた。頭を抑えて蹲る僕に、アイリーンさんも椅子を引き寄せて座り込む。椅子の背を前に、股を開いたとても行儀が良いとはいえない座り方で。
 ……劣等感を感じていたのと同時に、僕は完璧過ぎるぐらい優秀なアイリーンさんに憧れに近い感情を抱いていたのかもしれない。だから、そんな仕草がとてもショックだった。ある意味、先ほど図星を突かれた時よりも。
 しかし、そんな僕の心の痛みなどやっぱり気にしてはくれず。しゃがみ込んでいる僕の頭に手を置いて、ぐぐっと顔を近づけて来た。僕の中では警戒色になっている、あの水色の瞳がすぐ目の前にある。

「あのな。未熟だったり、下手だったりする時期がない奴はいないんだよ。それが人より長いか短いかってだけでな」
「で、でもっ……! 最初から凄くて、上手い人だっています! ……それに、努力してそんな人達に追いつける保障なんてないじゃないですか」
「あー、まあ、そりゃあな。本物の天才には勝てないか。スタートからして違うし」
「そこは否定するところじゃないんですかっ!?」

 あまりの適当さに、僕は全身全霊を込めて叫ぶ。丁寧口調で冷淡に毒舌を吐いていたアイリーンさんも相当だったけど、今のアイリーンさんはもっと酷い。ほんの少し期待してしまった分、涙まで滲んできた。僕の本心を掘り返すだけ掘り返しておいて、こんなのあんまりだ。
 しかし、アイリーンさんはとことん僕の予想を裏切るのが好きらしい。涙ぐむ僕の頭をその手で掻き混ぜてくると……落ち着いた、まるで大人の男の人のように優しい口調で言った。

「でもな、お前の才能はどこまで行ってもお前のもんだ。突如天才になったりする訳じゃないし、強くなったりもしない。結局”お前”が進みたければ、自分で努力するしかないんだよ」
「……」
「頑張った結果、天才さんにも勝てる結果が出せるかもしれないし、出せないかもしれない。陳腐で使い古されてる言葉だけどな、やらなきゃ始まらないんだ。最初から諦めてたら、80点取れる筈のテストも落第点にしかならねえぞ? ……負け犬根性出して、うじうじ言ってる暇あったら、もっと俺達にぶつかってこい。隊長達も俺も、お前を苛めたくて罵ってんじゃないんだ。成長する為の手助けぐらいしてやるから」
「……」

 僕はその時、馬鹿みたいに口をぽかんと開けて惚けてしまっていた。
 絶望と苦痛の闇に沈んでいた僕を、その手で闇の中から引き上げてくれたフェイトさん。そんな優しい恩人の人と、まるで正反対の冷たさと厳しさしかなかったアイリーンさん。だからきっと、フェイトさんと違って彼女は僕の事が嫌いで、必要としていない最たる人だと思っていたんだ。
 なのに、今僕の目の前で話している彼女は、フェイトさんと同じに見えた。まったく同じではないけれど。優しくも厳しく、情に訴えかけるのではなく理を持って。アイリーンさんらしい言葉で、僕に一生懸命語りかけてきて。そう、同じなのは……”僕”に対して真剣に向き合って、心を砕いてくれていたことだ。
 オリジナルではなく、クローンの僕にでもなく。この、”僕”に。

「それに……別にお前さんの才能がないって訳じゃない。俺の専門じゃないからはっきりと断言はしてやれないけどな。子供の割には良くやってると思うよ」
「……くっ」

 ……最後に、そっぽを向いて言葉を締めた彼女に、僕は耐え切れなくなって吹き出してしまった。だって仕方ないだろう? フェイトさんみたいな大人の人が言うならともかく、僕より一つ下の女の子が無骨で不器用な慰めを口にしたのだ。少し困ったような難しい表情で語る彼女が、可笑しくて溜まらなくなってしまった。
 肩を震わせていた僕が遂に声を上げて笑い出すと、訝しげにこちらを見ていたアイリーンさんは顔をみるみる内に赤く染めて、拳を握って振り上げてきた。

「ま、待って、待った! ぼ、僕が悪かった、ですから……ぶふっ!」
「良い度胸してるな、おい。人がお前の為を思って語ってやったってのに……!」
「だ、だって、いくら何でも……」
「チッ。優しくするのはやめだ。盾だ、盾になれ。魔導師として成長なんてしなくていいから、スバルちゃん達の為の肉盾になれ」
「え、ちょっ。確かにガードウィングですけど! 肉盾とは激しく違うような!」
「うるさい、フォワード唯一の男だろ。お前の仕事だ」
「うわぁっ!? なんか無茶苦茶本音っぽいーっ!?」

 拳をあくまで僕の頭や顔面に振り下ろそうとするアイリーンさんを、必死に押し留める。けど、笑いの衝動は中々消えなかったもんだから、アイリーンさんの怒りも解けない。二人きりのミーティングルームで、随分長い事取っ組み合いをすることになってしまった。
 間違いない、こっちがアイリーンさんの素だ。天才だということには変わらないのだろうけど、僕が思っていたような理不尽なまでの完璧超人ではなかったみたいだ。
 しばらくして、息を荒げながら僕が両手首を掴む形で、睨み合う。お互い肩で息するほどの争いだったけれど、アイリーンさんはすぐには呼吸が戻らないようだった。戦闘魔導師でもない女の子だから、体力がないんだ。また一つ、アイリーンさんの欠点を見つけてどうしてか気分が良くなる。優越感……とは違うと思うんだけれど。

「はぁ、はぁ……くそ、いい加減離せ。腕が痛い」
「あ、す、すみませんっ」
「……ったく、貧弱な身体だな」

 苦々しい訴えに慌てて両手を離すと、アイリーンさんの両腕にくっきり赤い手形が残ってしまっていた。恨みがましい目で睨まれ、さすがに申し訳ない気持ちになる。手首を痛そうに手で擦るアイリーンさんはどんなに男っぽくても女の子ということなんだろう。フェイトさんに知られたら怒られるかな、と自問自答してせっかく上がった気分が落ち込む。絶対怒られるからだ。
 しかし、アイリーンさん本人は手形が付いてしまったことなどあまり気にしていないようで、ひとしきり擦ると「やれやれ」と肩を竦めながら立ち上がった。

「……もう私は帰ります。モンディアル三等陸士は元気そうですので」
「あ、いや、その……」
「物事ははっきり言って下さい。優柔不断な男なんて、日の丸背負った国だけで充分です」

 良く分からない例えを口にするアイリーンさんは、もうあの慇懃無礼なコッペル准尉だった。先ほどの性格が素だと確信した僕ではあったけれど、幻だったんじゃないかと思えるぐらいにいつも通りだった。
 ……感謝したら良いのか、謝ったら良いのか。僕はどうするべきなのか分からなかった。僕と揉み合ったせいで乱れた制服を手早く直してしまうと、アイリーンさんが背を向ける。たぶん、だけど。彼女は心配してくれたんだと思う。さっきまであれだけ仲の悪かった僕を、だ。僕がまだ彼女に憧れの気持ちを抱くのなら……きっと、そんな度量の大きさに憧れるべきなんだ。才能じゃなく、卑屈に縮こまっていた僕をあっさり引き上げてしまった、そんな度量を。

 ……ああ、そうか。言うべき事が、見つかった。

 迷ってばかりいた僕はようやく答えが見つかった事にいてもたってもいられず起き上がると、ミーティングルームの扉を開けて挨拶もなしに立ち去ろうとするアイリーンさんの腕を掴んだ。今度は痛くならないよう、力を加減して。

「……もう。なんですか、モンディアル三等陸士。まだ何か用事が?」
「あの、その」
「物事ははっきり……」
「こっ、これからよろしくお願いします、アイリーンさん! 僕、頑張ります!」

 喉が引き攣って、出だしをどもってしまった。それに声量も無闇に大きすぎた。穴があったら入ってそのまま埋め立てて欲しい気分になりながら、僕はアイリーンさんの腕を掴んだまま硬直していた。いや、だって、僕は”今度こそ”ちゃんと挨拶するべきだと思ったんだ。上司だけど、直接の所属も違うけれど。仲間なんだから。
 案の定というか、振り向いて僕の顔を見るアイリーンさんの表情は驚いた、まさに馬鹿を見るような視線で。大きく大きく、今日何度目かになる溜息を吐かれた。挨拶をやり直したことに、後悔はしてない。後悔はしてないけれど。……なんだかとても挫けたくなった。

 しかし、だ。
 情けない顔をしているだろう僕に、アイリーンさんは呆れたように表情を崩して苦笑しながら口を動かした。どこか無骨だけれど、優しい音色を紡いで。

「まあ……よろしく。期待してるよ、エリオ」














 そこで話が終われば、綺麗だったんだけど。
 不覚にも、僕ことエリオ・モンディアルは怖くて悔しくて嫌いだった女の子から何故か目が離せなくなってしまっていた。だから、一言だけ言って格好良く去ろうとする彼女が外した僕の手が、もう一度掴もうと伸びてしまって。

「あれ、アイリーンちゃん。エリオくんとの相談まだ終わってなかったの?」
「ううん、今終わった所だよ、キャロちゃん。これから食事……って」

 うん、紛れもない事故だった。変な姿勢で座り込まされていた僕は、今頃になって足の痺れを感じ、足から力がスコンと抜けた。腕を掴もうとしていた僕の手が、目標から逸れて何かを掴む。足が痺れて倒れ込もうとしている僕にとって、溺れるものはなんとやらだったのだから。

「ちょ、おまっ……!」
「きゃっ!?」

 べしたーん、とアイリーンさんと僕、それにドアの向こう側にいたらしきキャロを巻き込んで倒れ込んだ。勢い良く突っ込んだ訳ではないのでそこまで激しい倒れ方ではなかったけれど、僕は慌てて顔を上げて。

「……」
「……」
「……兎さん?」

 最後のはキャロの台詞だ。僕の目の前にあったものは丸くて白くて、あまつさえウサギさん柄だった。どうやら、とっさに伸ばした手がアイリーンさんの腰に引っかかって思い切り引き下げてしまったようだった。
 当然、僕は瞬時に青褪めて立ち上がろうとした。その手に、なんだか柔らかく暖かい二度ほど味わった感触。もう見たくもなかったけれど、キャロが小さく声を跳ねさせた。
 挨拶違うよ、ただの事故だよ。ほんとだよ。

「……ソーセキィィィィィィィ!!」
「ちちちちちち、違います、わざとじゃないです事故なんです許してぇぇぇぇ!!」

 もちろん、許されなかった。





■■後書き■■
この作品には本編と番外編の間で著しい差が発生しております。
(ry

最後のオチは書きたかったんだから仕方がない。
番外編は全く雰囲気の違う話を書けるので重宝しています。



[4894] test run 12th「住めば都、案ずるより産むが易し。一旦馴染んでしまえばどうにかなる物である」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:67080dc8
Date: 2010/12/18 17:28
 二年ほど前からやや不本意な形で始まった管理局での仕事だが、俺にとってマイナス要素しかなかった訳では決してない。給料が入るようになって専門書を買う金には困らなくなったし、他の人間、それもプロが扱う構成式を見られるというのは実にありがたい。アイリーンに転生してからというもののひたすら一心に勉強してきたつもりではあるが、やはりそれは本頼りの独学だ。所詮ペーペーに過ぎない俺にとって、プロの中に混ざって仕事出来たのは非常に有意義な経験だった。
 そして、不本意な推移を経て働き出したこの機動六課の仕事も、やってみれば利はそれなりに見えてくるものだ。



「それじゃあ……もうちょっと込める魔力を少なめにした方が良いのかな」
「うん、そうなるね。増幅魔法はどうしても伝える魔力にロスが出ちゃうし、ブースト一種類で済ませようとするんじゃなく、もっと軽くて早い術式で複数強化した方が結果的に効率は良くなるよ。せっかくキャロちゃんのケリュケイオンは左右の手袋型デバイスで別々に処理出来るよう作られてるんだから、多重起動も出来るようにならないとね」
「う、うん。それは分かるんだけど……でも、わたし、右と左両方とも使って強化魔法するのが精一杯なんだけど」
「それは今使ってる術式が重いからだよ。まあ、もちろんキャロちゃんの技術の向上幅はまだままだあるから頑張らないといけないけど。理想としては右4、左4で8種類の魔法を同時に発動させられるようになることかな」
「え、ええっ!? いくらなんでも無理だよ……」
「いけるいける。ケリュケイオンはブースト特化の超高性能機体だし、充分実現範囲内だって。……まあ、まずキャロちゃんが使いこなす技量を身に付けないと8種同時はさすがに厳しいけどね」
「うぅ……アイリーンちゃんの意地悪……」

「あ、あのー……アイリーンさん、僕の方はどうなりました?」
「チッ……刃に魔力を被せる魔法はかなり効率が良くなっていましたが、雷を使った魔法は全体的にまだまだ粗いですね。あれならまだ自己強化に魔法を使った方がマシなんじゃないですか? せっかくの魔力変換資質が泣いてますよ、エロオ三等陸士」
「色々酷っ!? せ、せめてちゃんと名前は呼んでくださいっ!!」

 さすがに冗談である。セクハラ小僧相手とはいえ、仕事はきっちりこなす主義だ。
 機動六課の始動前はタカマチ隊長の使い走りに本部片付けの陣頭指揮と雑用仕事ばかりこなしていた俺だったが、フォワード陣が着任した後は本来の仕事に入っている。俺の担当は新人フォワード4人だが、開幕式から一週間、キャロちゃんとエリオのライトニング分隊二人を中心に改善を行っていた。スバルちゃん達を完全放置という訳ではないのだが、なんせスターズ分隊の二人は二年前まで俺がつきっきりで見ていたのだし、休日にチェックしてやったことも皆無ではない。なので、とりあえずの修正は極々短時間で容易に行えたのだ。一方、完全に魔法を持て余しているキャロちゃんと、まだまだ流用してきた魔法に振り回されているエリオは改善の余地が山ほどある。機動六課の予算で作っているという、スバルちゃん、ティアナさん用の新デバイスがまだ出来上がっていないこともあり、集中的に子供二人の修正を行っている訳だ。
 無論、戦闘に関しては完全に素人の俺があれこれ勝手にやった所で失敗するのが関の山なので、修正の方針は事前にタカマチ隊長との入念な相談によって決めてある。タカマチ隊長としては、各個人の素の能力を(タカマチ隊長曰くのびのびと)伸ばしてやりたいそうなので、俺も伸び代を作ってやる事を第一に考えて修正を施している。エリオが修正というより矯正になってしまっているのは、まあ本人の為なので仕方ない事である。

「……と、大体今回の修正点は以上。お疲れ様、二人とも」
「なんか、頭がぐらぐらする。……あ、う、ううん、別にアイリーンちゃんの話が難し過ぎたってことじゃないよ? でも」
「……でも、内容が濃すぎて。もうちょっと手加減してくださいよ、アイリーンさん」
「ちゃんと分かり易いよう、噛み砕いて話してたんだけどね」
「「お、お馬鹿でごめんなさい」」

 異口同音に頭を下げる桃頭に赤頭。それはスバルちゃんの台詞だ。この一週間で何回か二人の前でスバルちゃんを苛め……弄ったので、感染してしまったのかもしれない。
 とはいうものの、キャロちゃんもエリオも、決して馬鹿などではない。それどころか郡を抜いて優秀だ。子供特有の頭の柔らかさの分を差っ引いてもかなり頭の回転が速い。自分の使う魔法のことだから、どう修正を施したかは全て説明しているのだが。俺としては大体の所を覚えてくれればそれで充分だと思っていたののに、この二人と来たらちゃんと”理解”してしまうのである。正直、二桁にようやく掛かった年齢の子供とは到底思えない優秀さだ。ミッドチルダは早熟で、学校のクラスメート達もしばしば大人っぽい会話は交わしているが。それと比較してもこの二人は飛び抜けていた。同列に並べていいとしたら、小さい頃のギンガに、やはり特別優秀なノアちゃんぐらいだろうか。ティアナさんの子供の頃はどうだったのかね? つくづく周りには天才が溢れている。
 まあ、せっかくさらに理解しようと必死になってくれているようなので、黙っていよう。生まれ持った才能以前に、この二人の才気は溢れんばかりのやる気と向上心が支えているものだろうし。だったら悪いが勘違いの一つや二つしていて貰おう。

「それじゃ、夕食にしようか。これ以上遅くなると、食堂のおばちゃんが帰っちゃうし」
「もうそんな時間なんだ。エリオくん、今日何食べる?」
「うーん、焼き魚定食……かな」
「また? 魚ばっかり食べてないで、肉と野菜も食わないと成長しないよ、モヤシ君」
「ぼ、僕の勝手でしょ。ちゃんと他にも付いてますしっ。そういうアイリーンさんはまたラーメン一択なんじゃないですか?」
「昨日はゴマ味噌ラーメン、今日は塩ラーメン。チャーシューも野菜もたーっぷり」
「どんだけラーメン好きなんですか!?」
「あ、あはは……エリオくんもアイリーンちゃんも仲良くね」

 魔法の修正に関しての説明は基本訓練後に行うことにしている。朝や昼休憩前に時間を取って貰ってもいいのだが、余計なことに体力や精神力を使うと訓練で死にそうになるのだ。一週間経って少しは慣れてきたのかこうやって話す余裕もあるが、開始数日はほとんど死人で俺も気を使いながら、でもしっかり説明した。「体力を使いきったあと頭にトドメを刺しに来る」とはエリオの言。タカマチ隊長の軍隊真っ青の訓練量は思わず顔を背けたくなる惨状であるし、そもそも体力だけでなく頭も使わないとあっさり全滅するらしい。でも、残念ながらこれってお仕事なのよね。手加減も手抜きも出来ん。
 まあ、そんな日々を繰り返した結果、遠慮なく接せられるほど二人と仲良くなれたのは僥倖だった。エリオはガンガン不満を口に出してくれるし、キャロちゃんもおずおずとだが上目使いに意見してくれる。何度か言っているが、修正する立場の人間にとってイエスマンの使用者ほど困る存在はいないのだ。仲良くなるのに骨を折った甲斐があったというものだろう。キャロちゃんは明るい性格なのだが人に意見を譲りがちだし、エリオは一見前向きなようで一度気にしだすとうじうじ小僧のセクハラ野郎だし。
 ……やはり子供相手は苦手である。仲良くなる以前に、二人の事を理解するのに相当苦労する羽目になった。そもそも俺が何かを教える立場だというのが間違いな気がする。俺は根っからの技術屋なのだ。引き篭もって魔法の研究さえ出来ていれば幸せという人間には教師など致命的に向いてないだろう。

「よーう、そこのちみっこトリオ。今から飯か?」
「どうもちみっこAです。こんばんは、ヴァイス陸曹。訴えますよ」
「ははは、そりゃあ怖えな。そんなことより飯なら早くした方が良いぞ。ナカジマがお代わり連発して皿の山作ってたからな。本気モードとか騒いでたし」
「ぶっ!? 二人とも急ごう! スバルちゃんの本気モードが通った跡はペンペン草も残らない!」
「ええっ!? 食いっぱぐれたら倒れますよ僕!?」
「わ、わたしもお腹すいた……」
「ヴァイス陸曹、失礼します! 行くよ!」
「「しつれいしまーす!!」」
「……仲良いなぁ、あいつら」

 まあ、それでもなんとか上手くやっている。今の所、六課の生活もそう悪い物ではなかった。





 金が手元に入るようになり、専門書を自分で購入出来るようになってから、何が一番変わったかというと近代ベルカ式の構成にもそれなりに造詣を深められた事だった。実際にスバルちゃんやギンガの魔法を弄っていたというのもあるだろうが、ちゃんと勉強出来るだけの環境があればミッドチルダ式ほどではないにしても詳しくなっていた。つまり、ようやくまともに”弄れる”段階にまで到達する事に成功していたのだ。
 まあ、だからこそ、こんな事になっていたのだが。

「だーかーらっ! シールド強度は限界まで上げるべきなんだよっ! ほんの少しでも破られる可能性は減らすべきだ!!」
「だから! こっちも言ってるでしょう! これ以上強度を上げると、魔力消費量を馬鹿みたいに食うようになるんです! シールドの強度は1.1倍。けど、魔力消費量は1.7倍ってアホですかっ!!」
「ああそうだよっ!! アホみたいに強度を上げろっつってんだっ!! どんなに効率が良くたって破られた段階でシールドは何の意味もねーんだよっ!!」
「ふ、二人とも、一旦冷静になって……」
「なのはは黙ってろっ!!」
「タカマチ隊長は黙ってて下さいっ!!」

 激しく俺と言い争いをしているのは赤毛チビ、もといスターズ分隊副隊長ヴィータ三等空尉だ。場所はタカマチ隊長の自室。内容は新人フォワードのフロントアタッカー、いわゆる前衛を務めるスバルちゃんの防御魔法についてだった。
 ライトニング分隊の隊長・副隊長は普段出払っているので、新人達を教導しているのはスターズ分隊の隊長二人。俺の直接の上司に当たるのだが、一度三人で徹夜の勢いで論議してからというもの、タカマチ隊長の自室に集まって新人達について意見を交換するのが当たり前になっていた。タカマチ隊長はその馬鹿みたいに大きな魔力を除けば至ってベーシックなミッドチルダ式魔導師だが、ヴィータ副隊長はなんと古代ベルカ式という近代ベルカ式の元になった魔法の使い手だった。

 ここで少々分かりにくいので、”ベルカ式”と呼ばれる魔法について説明しよう。元々ベルカ式とは、昔ミッドチルダと戦争していたベルカという国が使用していた魔法なのだそうな。詳しい史実は俺も良く分かっていないので省くが、汎用性に優れるミッドチルダ式魔法に対し、ベルカ式魔法は単一目的の使用に特化し(戦闘スタイルとしては近接戦闘特化ばかりだったらしいが)凄まじい成果を誇っていたらしい。古代ベルカ式なんて呼ばれるように、元のベルカ式は国の崩壊と共に使い手が滅んでしまったようだが、最近になってミッドチルダ式を下敷きに仮想エミュレート、模倣したベルカ式が開発されたということだ。それが近代ベルカ式。ミッドチルダ式と近代ベルカ式に互換性があるのは当たり前の事だ。広義に見ればどちらもミッドチルダ式魔法なのだから。

 かなり端折った説明ではあったが、ようするにヴィータ副隊長はこの元になった古代ベルカ式の使い手なのである。おまけに近代ベルカ式の戦技教官の資格まで持っているのだから、間違いなく”ベルカ式”のプロだ。魔法技師とはジャンルこそ違えど齧っただけの俺などよりはよほど詳しいだろう。なので、新人フォワードの近代ベルカ式に付いてはヴィータ副隊長の意見を重視していたのだが。
 それでも認められる意見と認められない意見がある、というお話だ。

「いいか、戦闘なんかやらねー後方担当の頭でっかちにも分かるようはっきり言ってやる。シールド魔法ってのは前衛にとって最強の盾でなきゃなんねーんだ。特にフロントアタッカーみたいなボジションにはな、その盾に自分の命と背後の味方の命を任せなきゃならねえんだよ。消費が1.7倍だろうか2倍だろうが、ほんのちょっとでも盾が分厚いってのはフロントアタッカーポジにとって最重要なんだ。……分かったらとっとと直せこの頑固チビ!!」
「だったらこちらも言わせて貰います。魔力を突っ込めば突っ込むほどシールド魔法の強度が上がるっていうのは幻想で妄想でファンタジーです。身の丈に合わない魔法がどれだけ無意味な物かはヴィータ隊長だって知ってますよね? シールド魔法だって同じです。使用者個人に合わせた適切なランク、適切な調整をした魔法でなければ、いずれ必ずどこかで破綻が来ます。シールド魔法が最重要だっていうなら、なおさら無理を重ねた魔法なんか使わせるべきじゃないですね。……つまり、水漏れさせてる欠陥魔法なんか使わせられないって言ってるんですよ、ロリータ隊長!!」

 がっつんがっつん額を打ち合わせながら、相手を睨む俺とヴィータ副隊長。我ながら意固地になってしまっている自覚はある。しかし、さすがにいくら何でもこの言い分は丸飲み出来ない。戦闘の事は戦闘のプロに全面的に任せよう、確かに俺はそう言ったが。スマン、ありゃ嘘だった。既に決まった方針を捻じ曲げるような真似はしないが、検討段階なら俺もガシガシ意見を言わせて貰う。で、俺の意見はやはりそれはない、だ。
 そもそも魔法の構成というのは魔力を込めれば込めただけ威力を発揮するというものでもなく、最初から上限を決めて構築するものだ。どこぞの少年跳躍漫画ではあるまいし、「それはメラゾーマではない。余のメラだ」みたいなことにはならない。例外といえば魔力=出力で直接ぶっぱなす砲撃魔法ぐらいなもんだ。砲撃魔法にしたって、想定外以上の魔力を込めれば暴発しかねない。低ランクの魔法に過剰な魔力を込めるぐらいなら、ちゃんと高ランクの魔法に適切な量を使用した方がよほど効率が良い。
 フロントアタッカーを務めるスバルちゃんは陸戦魔導師Bランク。現在使用しているBランクのシールド魔法から一つ上げるにはまだちと早すぎると踏んでいる。これはいくらヴィータ隊長がいった所で、実際の魔法使用のデータと検討しての事なので間違いない。ちょうど今のスバルちゃんの実力はBとAの中間辺りなのだ(戦闘の実力だけを見るならAにも手が届いているらしいが)。これ以上防御力を上げたいというのなら、魔法の改善ではなく本人の実力が上がるのを待つべきだ。それが、俺の主張である。

「ふぅふぅ、ふぅ……よ、よし。あいつらがもうちょっと腕上がったら、出力重視のシールド魔法を、使わせるんだな?」
「はぁはぁ、はぁ……え、ええ。もう一段階難易度の高い魔法になれば、その方針でも充分数字は出せます。……げほっげほっ。んんっ。今は現状維持ということで」

 罵りあいに取っ組み合いまで途中混じったが、どうにかその旨をヴィータ副隊長に伝えると服装と息の乱れを整え座り直す。クライアントのリクエストに答えるのはシステムエンジニアの仕事だが、現実に出来る範囲内でクライアントを納得させるのもまた大事な仕事なのである。ここまでガチに怒鳴りあったことはさすがにそう何度もあった事じゃないけれど、前世では良く電話越しに喉が痛くなるぐらい話し合ったものだ。
 しかし、こう喉が痛くなってくると飴が欲しくなってくる。が、残念ながらこちらに喉飴は存在していないのだ。普通の飴は存在しているが妙に粘っこく、腫れた喉を癒してくれる代物ではない。技術や文化レベルはミッドチルダの方が断然上でも、嗜好品の類は日本の方が圧倒的に勝っていたりするから困る。まあ、飽食・浪費国家日本の名は伊達でなかったということなのだろうか。食糧自給率4割切ってたくせに、世界中の料理を金さえ払えばいつでも食えたからな、あの国。……ああ、CCレモンのあの甘酸っぱい味が恋しい。
 そうやってヴィータ副隊長と二人してクールダウンしながら喉の調子を整えていると、タカマチ隊長が水を入れたコップを二つ手に部屋へと戻ってきた。というか、いつの間に居なくなっていたんだろう?

「お、お疲れ様、二人とも。水いる?」
「おう、いるいる」
「ありがとうございます、タカマチ隊長」

 コップ一杯の水を一息に飲み干す。氷も入っていないぬるま湯のような水であったけれど、枯れ切った喉には甘露のように美味であった。さらに甘い物も欲しくなってくるのは喉飴のことなんて思い出したせいもあるが、頭を使って身体がブドウ糖を欲しているからだろう。そういえば、宿舎にある自分の部屋(当初の予定ではパートタイム勤務の俺の部屋はなかった筈なのだが無理矢理もぎ取った)に貰い物の生チョコ詰め合わせが置いてあった筈だ。
 部屋の中の自分の私物には残らずマーキング魔法を施しているので、ちょいちょいと脳内で構成を弄って召還魔法を発動させる。無機物なら、正式な契約を結んでいなくともマーキング程度のトリガーで充分だった。便利系魔法お取り寄せくんVer2である。当然、ソーセキを使わなくても使える程度には軽くしてある。小さな魔法陣が差し出した手の平の上に浮かび、音もなくチョコの箱が出現する。よしよし、魔力ロスもないし、転送にかかった時間も計算通り。成功だ。

「総務課のおばちゃんにチョコ貰ったんですけどいります?」
「……ん、おう。いるけどよ。ほんと下らないことに魔法使うよな、お前」
「む。下らないとは何ですか。私の部屋に取って返ってくる労力がなくなったんですよ、素晴らしい魔法じゃないですか」
「確かに無駄にすげえとは思うけどなぁ……」
「だからその無駄を無くす為の魔法で……」
「ま、まあまあまあ。アイリーンの便利魔法、だっけ? それは面白いと思うし、普段もすごく役に立ってくれてると思うよ。この前だって、私の探してた書類を一発で見つけてくれたもんね」
「そうかぁ? 大体、ミッドチルダ上で許可無しの転移魔法ってご法度だろ」
「……ミッドチルダ同空間内の物品転送は合法ですよ」

 残念ながら、前倒れ型ハンマー魔導師にはせっかくの新魔法も不評だったようである。タカマチ隊長もフォローはしてくれるが完全に認めてくれるとは言い難い口調だ。せっかくの新魔法の喜びを害されて、ちょっとだけむくれながら手元の包装紙を破く。
 まあ、これからだ。日常における便利魔法は地味だし、ミッドチルダではまったく浸透してない考え方だ。でも、絶対に需要はある筈なのだ。なんせ便利なんだから。……その内、シールド魔法の改善よりも、こちらの方が真に素晴らしい魔法だということを分からせてやろう。
 美味しい美味しいと生チョコを摘み出す二人を見ながら、俺もチョコを口にする。とろけるような甘い味は、とろけるように脳の疲れを癒してくれた。チョコより饅頭の方が好きなんだけどな。





 俺の仕事対象である新人フォワード陣が朝から夕方までがっつり訓練が入っている以上、俺の仕事スケジュールもそれに合わせた時間取りになる。新人達の説明から教官役のスターズ分隊隊長二人との打ち合わせ、それは全て早朝か夕方以降に集中するということだ。まあ、逆に言えば朝から夕方まではほぼフリーになる訳だ。新人達のデータ取りは大半終わっているし、リアルタイムの訓練データはデバイスマイスターのシャーリーさんが回してくれるのでそちらに取られる時間もない。実際使う新人達やそれの監修を担当する教官二人にリアルタイムで意見を聞きながら修正出来ないのは中々痛いが、それでも一人でじっくり魔法プログラムを構築出来る時間があるのはありがたかった。
 そう、新人達に使わせる予定の飛行プログラムが難航しているのである。

「どうしても、ツギハギだらけの不恰好な魔法になっちまうんだよなぁ。発想にアンバランスさを感じるというか。……そもそもこんなクソ重い魔法、実用に耐えんだろ」

 ヴィータ隊長とやりあった次の日。スバルちゃんの砲撃魔法のバグ取りを半ば惰性でやりながら、ポニーテールをゆらゆら左右に揺らして思い悩んでいた。飛行魔法最大の難所となる空中感覚を、完全にプログラム任せの姿勢制御プログラムで代用すればイけると踏んでいたのだが。肝心のプログラムが予想以上に複雑で”重い”構成になってしまったのだ。
 俺自身には空戦適性があり、飛行魔法はさほど難度の高い魔法ではない。しかし、そのせいで三次元空間での姿勢制御という物を甘く見過ぎていた感がある。冷静に考えれば、人型は空を飛ぶのに適した形と言い難く、その難しさは想像してしかるべきであった。このままでは新人達の能力だと空を飛ぶだけで精一杯の魔法になってしまう。必要としているのはただ飛ぶだけじゃなく、飛びながら戦えるほどの”軽さ”である。これでは全く意味を成さない。

 俺が常々前世に置ける情報処理技術と、今世に置ける魔法構築技術を同列に並べて考えるのもこの部分が強く関係していた。魔力量が電源に、技術がCPUやメモリに相当する。いや、技術というか、魔法に対する根本的な処理能力に激しい個人差があるのだ。それこそ魔力量以上に、だ。高ランク魔導師が軽々こなしてしまう難度の魔法も、低ランク魔導師が使おうとすれば即座にハングって(フリーズして)しまう。訓練を通して腕前を上げることは出来るが、それは誤魔化しに過ぎず、そもそもの処理能力の差を埋めるには限度がある。非情な現実ではあるが、圧倒的な才能の前には平凡な魔導師など型落ちの旧型パソコンに過ぎないのだ。
 実を言えば”電源”……魔力量をカバーする方法は既にいくつか存在している。だからこそ、高ランクと低ランクの魔導師にある差はこの処理能力に置けるスペック差が一番の原因ではないかと俺は考えていた。ミッドチルダの魔法体系では俺よりティアナさんの考え方の方が一般的だ。限界まで無理をする、という意味ではなく。魔法をより強く、より重くしていく考え方だ。そして、処理の”重さ”こそが魔法の難度であり、その”重さ”に耐え切れないのは魔導師として腕前の不足、才能の不足と考える風潮が存在するのである。
 俺はそれを良しとしない。前世でソフト開発を主に専門としてしていたSE(システムエンジニア)の立場から見ればそもそものソフト……”魔法”そのものに問題があるように思えたからだ。実際、天才だのなんだのと言われてはいるが、俺と他の技術者の差などこの部分の考え方の違いだけだろう。性能を求める為に”重さ”を犠牲にするのではなく、”軽さ”を求めるからこその性能の向上もある筈だ。

 レジアスのおっさんと何だかんだで話が合う筈である。理屈はともかく、やろうとしていることはどちらも低ランク魔導師の引き上げなのだ。将来的には魔法全体の技術の向上となり、高ランク魔導師も”軽さ”の恩恵を受けるだろう。まあ、そこまで俺の考え方が浸透させられるかは怪しい話だが。

「……って、何現実逃避してるんだ。とにかく、もっと根本的に考え方を変えないと。姿勢制御プログラムが、生半可なことじゃ軽く出来ないぐらい難しいってのは分かった。けど、問題はその空中の姿勢制御こそ陸戦魔導師が空を飛ぶのに欠けていることであって、それをなんとかしないと……」
「なんとかしないと?」
「うひゃぁっ!?」
「わわっ、っと」

 心臓が飛び出るかと思った。自室に一人で篭り、椅子の背もたれに体重を預けて後ろに反り返った所で、目の前に人がいたのだ。そのまま後ろに引っくり返りそうになった所で、脅かした張本人であるタカマチ隊長が支えてくれた。見た目より結構大き目の膨らみが後頭部に当たる。ちくしょう、もっとやってくれ。じゃなくて。

「タカマチ隊長……助けてくれたのにはお礼を言いますけど、ノックぐらいして下さい」
「え? 何度かしたよ? でも、反応がなかったし、ドアの前から通信っていうのも変かなぁって」
「あー……うー……そうですね、気付かなかったかもしれません」

 入ってきたのにも気付かなかったぐらいだ、ノックの音ぐらい聞き逃していてもおかしくない。申し訳ありません、と丁重に謝り、やや惜しみながらタカマチ隊長の胸から脱出する。気持ち良いが起つ物もないので興奮まで行かず、若干の虚しさだけが残る。数年後には同じ贅肉が俺の胸にもへばりつくのだろうか? 心中複雑極まりなかった。
 気を取り直してタカマチ隊長に向き直る。いつもの六課の制服にサイドテール、手ぶらで俺の部屋の中央に佇んでいた。構成データを弄り回していた所を後ろから覗き込みでもしていたのだろうか。……というか。

「で、隊長、訓練の方はどうしたんですか? まだ終わる時間じゃないでしょう?」
「え、えーっと……全員撃墜で休憩中。今ヴィータちゃんが見てくれてるから、私はアイリーンが今何やってるかなって様子を」
「……手加減誤って全員昏倒させて、居辛くなったから私の所に逃げてきたんですか?」
「う゛っ……」

 俺のジト目にタカマチ隊長が笑顔のまま口元を引き攣らせる。タカマチ隊長は普段の優しげな様子と裏腹に、訓練ではスパルタで実に容赦が無い。ついこの間、非殺傷設定の魔力ダメージだけとはいえ、光の洪水のようなゴン太ビームにスバルちゃんが飲み込まれるのを見た時は絶対死んだと思ったぐらいだ。座右の銘は「全力全開」だそうで。いや、2ランク分も魔力を抑える出力リミッター付けてるからって、それでもAAランクだ。新人達相手に本気になるのは止めて欲しい。
 目を泳がせ、脂汗を流し始めたタカマチ隊長に、疑念から確信へと昇華させて溜息を吐く。まあ、きちんと戦技教導官の資格を持ったプロなんだ。考えがあっての行動には違いないだろう。

「か、勘違いしちゃ駄目だよ? 確かに皆気絶しちゃったけど、訓練とはいえ気を抜いて失敗したら大変なことになるって知るのは大切なことで、ちゃんと安全を確認した上で砲撃を」
「いえ、弁解は必要ありませんよ。そちらの分野に関しては詳しくありませんが、タカマチ隊長の事は信頼しています」
「……アイリーン」
「でも手加減失敗したんですよね?」
「うん」
「……」
「……い、今のは違くて!」
「もう良いですから」

 とまあ、軒並み愉快な人である。能力は優秀すぎるぐらいの人なので、これぐらい欠点があった方が好感を持てるというものだ。これぐらいは愛嬌というものだろう。……昏倒させられるのは俺じゃないし、これからも気にしない方針で行くとしよう。
 それはさておき、せっかくタカマチ隊長が来てくれたのだから意見を求めることにする。飛行魔法に関しては個人的に話をしているものの、正式に書類にして許可を求めた訳ではない。ここらでちゃんと真面目な意見を一つ貰っておくのも良いだろう。
 飛行魔法が今の所芳しくないこと。新人達を飛ばす重要性について。教官並びにスターズ分隊隊長としてどう思うか、俺が説明と質問を次ぎ早に飛ばすと、タカマチ隊長は一つ一つに丁寧に頷いて、そして表情を渋らせた。

「アイリーンの懸念は分かるよ? 確かに隊長陣は全員空戦持ちで、新人のみんなは陸戦。いざっていう時、隊長陣に着いて行けないのは部隊として行動の幅をすごく狭めちゃうと思う」
「それでも……新人達には必要無いと?」
「うん……そうなっちゃうかな。あの子達を一人前にしてあげたいとは思う。でもね、今のあの子達はまだまだ羽の生え揃ったばかりの雛達なんだよ。四人揃ってどうにか一人前に届くかどうか。そんなあの子達に無理に羽を広げさせて空へ引き上げるのは、私としては反対かな」

 ……言い分は分からないでもなかった。陸戦魔導師は陸戦らしく地に這っていろ、そう言えば聞こえは悪いのだろうけど。陸戦魔導師が本領を発揮するのは、やはり陸戦だ。別の土俵で戦わせた所で、ひよっこの新人達では撃墜されるのが関の山。空を飛ぶ手段があるのに越したことはないと俺は考えていたが、先日のティアナさんではないが手段があれば手を伸ばしかかねないのだ。
 ちょっと考えが足りなかった、だろうか。タカマチ隊長の言葉はいちいちもっともで、反論の言葉も思い付かない。全ての魔導師が空を自由に飛べるようになれば価値があることには違いない。けれど、今ここで無理を押してまでスバルちゃん達に飛行魔法を使わせる意味があるかと問われれば……。

 ……うん?

「それだ」
「はい?」
「ああ、そっか。無理して飛行魔法なんてやらせる必要なかったな。そうかそうか! ありがとうございます、タカマチ隊長。一気に悩みが解消出来ました!」

 頭を電流のように流れていったインスピレーションに、俺は喜び狂ってタカマチ隊長の手を握りぶんぶん振り回した。ここ一週間、霧の中を彷徨うようであった思考が、一気に晴れ渡った気分だ。変に空だの陸だの考えるから思考が硬くなる。わざわざ新しい物を考える前も無く、もう既に俺は答えを知っていたのだ。一からの発想ではなく、現在ある物の改良こそが日本人のお家芸。それは俺にも当て嵌まっていたようだ。
 一方手を握られ強制的に上下に揺さぶられているタカマチ隊長は、激変した俺の様子に戸惑っているようで、ぎこちなく頷く。

「え、うん。役に立てたなら嬉しいけど」
「それじゃすぐに仕事に取りかかりますので。ソーセキ、新人達のデータを全部出せ。違う違う、魔法データじゃなくて身体データの方だ。後、数年前に弄ったあの魔法と、これとそれと」
「【了解しました】」
「あ、あのー……」
「ちげえよ! 何年俺のデバイスやってんだ。こっちの魔法じゃなくて、アレだよ、アレ!」
「【マスター、命令は具体的にお願いします】」
「……忙しいみたいだね」

 一度指針さえ見付けてしまえば、一気に道が広がった。アイディアが際限なく頭の中に浮かんできて、ソーセキにデータを表示させる一方で、忘れないようガリガリ紙にペンというアナログな道具でアイディアを書き付ける。ああ、そうだ。昔はテキストファイルだけじゃなく、こうやってメモにアイディアを書き殴ってモニターに貼り付けていたもんだ。ソーセキがあまりに便利過ぎたんでやっていなかった行動だが、馴染んだその行為は俺の脳を非常に活性化させてくれる。
 さあ、楽しくなってきた。今夜は徹夜だ。明日の朝までに形にしてしまおう。

「……お邪魔しましたー」

 背後でドアの閉まった音など俺の耳にはもう入らず。俺は数え切れないぐらい表示された投影モニターに視線を滑らせた。もう頭の中には大体の構図が出来上がっている。後はそれを現実に出力するだけだった。





■■後書き■■
この作品はワーカーホリックで魔法オタクな幼女が中心に添えられています。
(ry

たまにこんな話で良いのかと首を捻りたくなる時がありますが、そこはそれ。
昔の偉い人は(ファンフィクション的に)心に棚を作れ!といったもんです。
気にせず自分のペースでまったりやらせて頂きましょう。



[4894] test run 13th「ひらめきも執念から生まれる。結局の所、諦めない事が肝心なのだ」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:67080dc8
Date: 2010/12/18 18:01
 魔法構築は魔導師なら基本的に思念操作を中心に、機械のサポートによって映像化された構築式を見ながら行うのが一般的だ。しかし、前世でキーボードに慣れ過ぎた俺は手入力の操作でも式を弄れるようにしている。どうにもプログラミングをしている時はキーボードを打っていないと落ち着かないのだ。それに思念操作オンリーだと疲労で脳が痛くなってくるから、キーボードによる手入力も全く意味が無い訳ではない。さすがに操作速度は思念操作に一歩譲るのだが。
 しかし、である。非魔導師や思念操作の苦手な者しか使わないだろう手入力での構築作業。これを魔導師が自由自在に使いこなせるようになると、裏技が一つ使えるようになる。つまり、

「いーとーまきまき、いーとーまきまき、ひぃーってひぃーってトントンっとくらぁ。くひっ、くひひひひひ」

 空中投影モニターが、凄まじい勢いで変動していく。思念操作とキーボード操作、その両方を同時に行っている為、複数箇所が同時に構築・修正されているのだ。魔導師としては割とメジャーな技能である所の思考分割、いわゆるマルチタスクを使っての一人二役の二倍速戦法だ。キーボードの方が遅いのでせいぜい1.6倍速ぐらいだろうが、それでも一人の手でやっているとは思えないぐらいに凄まじく速度が出る。唯一の欠点は脳が痛くなるのを通り越して愉快になってくる事だ。脳内麻薬がドパドパ出てテンションが天井知らずに上がっていく。結果、さらに速度は速くなるので結局二倍速に届いているかもしれない。

「アイリーンさん、います? ヴィータ隊長に呼んで来るよう頼まれて――失礼しま゛っ!?」
「良い所に来た、実に良い所に来てくれた、エリオ。ちょうど今。そうたった今完成したんだ! 良い奴だな!」
「なにがですか!? なんなんですか!? 何が起こってるんですかぁっ!?」
「いやだなぁ、エリオくん。君が俺を呼びに来たんだろう? 今は気分が良いからキスしてやろう」
「ちょ、ちょ、ちょーっ!?」

 ちょうど最後の箇所を構築した所で、我らが前衛エリオ・モンディアル三等陸士が部屋の扉をノックして入ってきた。しかし、俺の顔を見るなり180度転進して逃げ出そうとしたので、その首根っこを引っつかんで引き寄せる。なんというグッドタイミングでやってきてくれる少年だろうか。仕事が完成した喜びも重なって、頬に口付けしてやろうと顔を近づけたのだが思い切り手で防がれてしまった。むぎゅっと間抜けな声を上げる羽目になってしまったが、今の俺は怒らない。だって、相手は大事な大事なイケニ……テスターなのだ。

「ぷはぁ。悪かった悪かった、キスはしないから」
「はぁ、はぁ……な、なんか嬉しいことがあったのは分かりましたから、正気に戻ってくださいよ」
「いや、それがな! お前に頼みたい事があるんだよ!」
「頼みたい事?」

 口を塞いでいる手をなんとか振り払うと、赤毛坊主が息を荒げながら警戒心を露にしていたので、自分の使える最大限の笑顔を浮かべる。これがタカマチ隊長やスバルちゃん達なら気の一つも使うが、素を知られてしまっているエリオが相手だ。用件を単刀直入に伝えることにした。

「試作魔法の実験台になってくれ」
「いいいいいいいいいやああああああああだあああああああああああああああ!!!!」

 唐突に腕の中に捕まえているエリオが喉よ枯れよ裂けよと言わんばかりに絶叫を上げながら、暴れ始める。なんだ切れる十代って奴か? と首を傾げながら、ソーセキに命じて両手足を捕縛魔法で拘束した。今の俺はオンナノコの身体な訳で、訓練で鍛えている体育会系の少年が暴れるのを取り押さえるのは物理的に無理だ。なので、特製リングバインド(両手足を括り、首に嵌ったリング型バインドが施術者の後を追う自動追尾機能付き)で輸送する。選ばれて照れるのは分かるが、あまり手を掛けさせないで欲しい物である。
 一徹で眠気の妖精が頭の上を回っているようで、廊下を歩きながら欠伸を噛み殺す。昔は二徹三徹ぐらいじゃなんともなかったのだが、現在は年のせいか一徹ぐらいでも身体に堪えてしまう。前もってセットしておいた電撃魔法(弱)がパシッ、パシッ、と音を立ててソーセキを握る手に炸裂している。程よい痛みが気持ち良かった。

「んん……お日様が黄色い。終わったら寝るかな」
「今すぐ寝てください! っていうか前回も寝不足で頭おかしくなってたから失敗したって言ってませんでした!? 反省しなきゃって言ってたじゃないですかぁーっ!」
「ああ、うん。反省したした。それじゃ、テストをしようか」
「してないっ、絶対反省してないこの人ー!?」

 失礼な。前回の失敗を糧としない技術屋がどこの世界にいるというのか。前回は眠気と怒りに任せてセクハラ赤毛小僧をロケット花火にしてしまったが、今回はしっかり考えての行動だ。割と不器用でイエスマンなスバルちゃんに、デバイス容量ぎりぎりで頭の硬いティアナさん。逆にデバイス容量はあってもまだまだ不安定で影響され易いキャロちゃんと、他の面子はことごとく試作魔法のテスターには向いていないのだ。そして、ヴァイス陸曹辺りの部外者に頼むよりは実際使う新人に使わせて意見を聞いた方が良いのは明らかだ。そして何よりも

「エリオ。お前しかいないと思ったんだ」
「……え」
「上空ン千メートルまでぶっ飛んだり、あんな不具合満載の魔法を扱おうとして無駄足踏んだり、色んな意味で自爆野郎のエリオなら今更多少の失敗ぐらい何でもないよな?」
「一瞬でも期待した僕が馬鹿だったよ! うわぁーんっ!!」

 うん、まあ冗談だ。半分ぐらいは。
 そんな漫才を交えながら遂に訓練場まで辿り着く。機動六課の訓練場は予算の半分以上を注ぎ込んだ陸戦用空間シミュレーターが導入されている。海上に浮かぶ特徴的なプレート群の上に空間魔法の一種で望んだ地形を自在に出現させられる、魔法やファンタジーというよりも完全にSFな超施設である。出現する建物や地形はあくまで魔法で擬似的に出現させているものであり、プレート上から弾き飛ばされれば消失してしまう不安定な物質だ。完全に魔法寄りの物ならまだしも、専門ではない科学技術(?)と融合した魔導技術の塊になってくると俺にも良く分からない。なので、この解釈も意訳に過ぎないのだが。元は魔法文明のない日本から来た俺が科学技術混じりだと分からなくなるってのもおかしな話だ。まあ、日本の物と同一である訳がないのだし、仕方ないのかもしれない。
 しかし、今回はこの訓練施設を使用する訳ではない。俺が許可無しに勝手に訓練施設を稼動させるのは不味いし、何よりもわざわざ地形を用意せずともシミュレータープレートのすぐ横に試作魔法を試すのに適した場所があるのだから必要ないのだ。
 俺がバインドを解くと、もう逃げられないと観念したのか渋々といった様子でエリオが立ち上がる。「アイリーンさんは強引過ぎる」などとぶつくさ文句を言う姿は実に男らしくないが、どうもこういった態度は俺限定らしい。隊長達や他の職員のエリオに対する評価は一環して”素直で実直な少年”である。気を許されているのか、舐められているのかは微妙な所であるが、イエスマンになられるよりは99%マシであろう。

「ヴィータ隊長の呼び出しは良いんですか? 何か相談したい事があるらしいから、隊長室まで来てくれって話だったんですけど……」
「ん、そっちも行くけどその前にちょっとだけな。10分も掛からないから大丈夫だ」
「……はぁ。それで試作魔法って、やっぱりその……飛行魔法、ですか?」
「んふふふ……そうだとも言えるし、違うとも言えるかな」
「なんです、その笑顔。気持ち悪……いたっ!?」
「良いからさっさとストラーダを寄越せ」

 余計なことを口走ったエリオの頭を叩いて、待機状態のストラーダを奪い取ってソーセキ経由で試作魔法α版を転送する。うーん、データ転送するだけで新しい魔法を覚えられるって、つくづく卑怯な技術体系をしていると思う。もちろん本人の習熟なしには使いこなせるとは言えないのだろうが、俺のように魔法を”軽く”して難易度を下げてやれば使用する程度は誰だって問題なくなる。次元世界には数え切れないぐらいの種類の魔法が存在するらしいのだが、汎用性に特化したミッドチルダ式魔法が主流になっているのはそうした魔法群を吸収して流用していく為なのかもしれない。理論上、ミッドチルダ式はありとあらゆる魔法を扱えるからだ。あくまで理論上は、だが。

「【マスター、転送完了しました】」
「OK、ストラーダも魔法起動には問題ないな」
「【問題ありません】」
「ほら、エリオ。この前みたいにいきなり打ち上げられたりはしないから安心しろ。失敗して落ちても海だから、怪我まではしない。どっちにしても誰かが試さなくちゃいけないんだ、だったらエリオの方が適当なのは分かるだろう、男なんだし」
「……ああ、もうっ。分かりましたよ! アイリーンさんに試せなんて言わないですよっ!」

 いや、他の三人の事を言ったつもりだったんだが。自棄になった様子でストラーダを槍形態に起動させるエリオに首を傾げる。……確かに自分で試すのが一番手っ取り早いのではあるけれど、今回の試作魔法は適正云々以前に、多少の運動神経を必要とするものになってしまっている。α版で運動神経のぶち切れた俺が試すには少々辛いのだ。失敗しても俺に問題があるのか、魔法に問題があるのか分からなくなってしまうのだ。まあ、並程度の運動神経があれば良い筈なのだから、俺が忌避する所である”人を選ぶ魔法”ではない。でも、なんかすげー悔しい。悪かったな、周回遅れの運動音痴で。

「アイリーンさん?」
「ああ、はいはい。良いか、今回の魔法はだな……」

 訝しげな声を掛けられ、我に返った俺は試作魔法の概要を簡単に説明し始める。さて、久しぶり、いや人生初であろう他人に本格的に扱わせるオリジナル魔法だ。気合を入れて説明せねばな。





 海を見ていた。いや、正確には海からゆっくり浮かび上がってくる赤毛の頭を、であるが。その海坊主は随分ゆっくりとした動きで岸、俺のすぐ目の前までやってくるとびちゃりと音を立てて地面に手が掛けられた。海中から身を引き上げたエリオの顔は無表情で……前髪から海水を滴らせながら無言で俺に視線を合わせてくる。黒の半袖シャツに長ズボンといった格好のエリオだが、これでもれっきとしたバリアジャケットだ。着水した衝撃や、海水で身体を冷やすといった事は無い筈だが……。
 しばしの間、無言で見つめ合う。やがて、沈黙を破ったのは掠れるような声で言葉を紡ぎ出したエリオの方だった。

「……なんですか、これ」
「ん、なんだ。問題あったか?」
「問題は……ない、ですけど。これって」
「これって?」
「……か、身体に羽が生えた、みたいでした」
「気に入ったか?」
「……すごく」
「……」
「……」

「凄すぎですよっ、これ!? なんですか、この魔法!」
「いよっしゃあああああああ!!」

 ゴールを決めたサッカー選手の如く。俺は両手を握り締め、雄叫びを上げながらガッツポーズを取った。間違いなく掛け値無し、最大級の賛辞だ。
 ストラーダとのデータリンクは上手く行っている。送られてきたデータを軽く参照した限りでは、α版にしては基本動作にほぼ問題なく、多少のロスが見られるのみだった。これ以上ないぐらいの完璧な成功である。これほどの爽快感は前世も含めて早々あった事はない。眠気など喜びのあまり全て吹き飛んだ。だらしなくニヤけてくる顔を隠す為、俺はエリオの首に腕を回してヘッドロックを掛けてやった

「い、痛いっ、痛いですって!?」
「これぐらい我慢しろよ。良い魔法だろ? そうだろ?」
「み、認めますけど! ……これって飛行魔法に分類されるんでしょうか?」
「んー、どうだろう。これで空を飛べば飛行魔法として規制対象には入るだろうけど……分類は別物だろうな。そもそも副数種を使った複合魔法だし」
「これがですか? その割には全然負担にならないぐらい簡単でしたけど」
「褒め殺しかこの野郎! 大好きだっ!!」
「うええっ!?」

 テンションは天井知れずにうなぎ上りだ。バリアジャケットを解けば水気なんて残らないエリオと違って制服姿の俺は濡れっ放しになるのだが、そんなことお構いなしに赤毛頭を抱えて振り回す。戦闘用魔法として使われてしまうのは気に食わない、しかしそれでもアイリーン人生初めての大成功だ。誰かに使われてこその魔法。簡易用バリアジャケットの方が出来上がりは先だったが、あちらは共同制作の上に未だテストテストばかりで実際の登用には程遠い。まあ、その意味じゃ今回のもテストではあったが、バグ取りが終わったらすぐにでも使ってくれるだろう。
 しばらく頭を抱えたままじゃれあって、エリオの方がぐったりしてきたのでようやく解放する。顔色が真っ赤になっていたので酸欠にでもなったのだろうか。やや反省するものの、浮き足立ったテンションは早々に落ち着いてはくれなかった。

「……で、でも、うん。本当にすごいですよ、この魔法。もう今日から使えるんですか?」
「え、ああ、いや。使用はまだ2、3日待ってくれ。まだ仮組み立てしたばかりのα版だからな。これから今の使用データを参考に組み直したり、修正入れたりしなくちゃならんから。上空でいきなり使えなくなるのは不味いだろ?」
「あ、はい、そうですね。それまでは使うの止めておきます」
「そうしてくれ」

 なんせまだバグ取りも終わらせていない魔法だ。今ちゃんと動くからといっても、いつ停止するか分かった物ではない。それにこの魔法を使う事によって戦い方も随分変わるだろうから、タカマチ隊長やヴィータ副隊長にも正式に上申し、通さなければならない。有用だという自信はあるし、実際扱うエリオがここまで大絶賛してくれているのだ。通らないことはないだろう。まあ、新人フォワード陣の中では特別エリオに適した魔法なのだが。

「おい、てめえら! 何道草食ってんだ!」
「ヴィ、ヴィータ隊長!」

 早速とばかりに今のテスト結果であるデータをチェックしていると、背後から罵声が飛んできた。目を吊り上げ、肩を怒らせて歩くその様は内心をまざまざと表している。エリオにも負けない鮮やかな赤毛を長い三つ編みにして垂らしているその人はエリオの教官であり、俺の直属の上司でもあるヴィータ副隊長である。時間を見ると……テストを始めてから30分は経過している。無論、呼び出しの事はすっかり忘れていた。
 エリオが条件反射的に敬礼を取るが、そのドタマにヴィータ副隊長のデバイスである長細いハンマーが振り落とされた。ガツンッ! と痛烈な音が鳴り響いて声にならない悲鳴を上げながらエリオが蹲る。うわぁ……さすが本職の教官。容赦ねえ。続いて俺にデバイスを向けてきたので、高速で後退しながら両手を顔の前で振り回す。非戦闘員、非戦闘員だから俺。

「エリオ、お前のせいで早朝訓練が始められねーんだ。これ以上なのは達を宿舎前で待ちぼうけにすんな、さっさと行け。駆け足!」
「は……はひ! 失礼します!」

 哀れエリオは敬礼もそこそこに涙目のまま走りだした。俺がフォローを入れる隙もない。すまん、後で何か埋め合わせするから。
 とまあ、俺も人に同情している場合ではない。いつもの釣り目気味の目がさらに釣り上がっているヴィータ副隊長は、その幼い外見に反して滅茶苦茶怖い。視線をこちらに向けられただけで、危うく漏らしそうだった。まあ、幼いといっても、俺とほぼ同身長なので迫力があまり軽減されなかったというのもあるんだろうが。

「で、アイリーン。お前も呼んだ筈だよな。あいつに聞いてなかったのか?」
「ごめんなさい! 聞いていましたが遅くなりました!」
「……別にお前は叩きやしねえよ。新人どものデバイスの事で会議があるんだ。さっさと来い」

 ゲートボールの木槌のように柄が長く先の小さなハンマーを肩に担いだヴィータ副隊長は、呆れ半分怒り半分の口調で告げてくる。デバイス……ああ、六課の予算を下ろして新造するとかいう新人達用の新デバイスの事だろうか。新デバイスのデータ自体は回って来ていたが、出来上がりはまだ先の事だった筈である。予定が早まったのだろうか?
 返答を待たず背を向けてさっさと歩き出すヴィータ副隊長の後を追いながら、俺は新人達のデバイスに付いて記憶を掘り起こしていた。スバルちゃんの回転ナックル(正式名称リボルバーナックル)は亡きクイントさんの形見でかなり高性能のアームドデバイスだが、シューティングアーツに必須のローラーブーツはスバルちゃんお手製の自作品である。訓練校時代から使っているものだし、当然、プロが作ったものより性能はかなり劣る。同じくティアナさんの銃も自作デバイスだった筈だ。デバイスに篭められる術式の保存容量は性能と共に芳しくなく、苦労してやりくりしていたのだが……そこに六課の予算を使った個人特化の高性能デバイスだ。正直、かなり羨ましい。いや、ソーセキだって俺の為に作ってもらった高性能インテリジェンスデバイスなんだけど。新しい方が高性能ってのは日進月歩、技術業界の常だ。差が出来てしまうのは仕方ないだろう。……うん、その内パーツを増設したり、もっと性能の良いのに交換してやるからな、ソーセキ。
 そんな考え事をしていると、前を進んでいたヴィータ副隊長が振り返ってきた。う、考え事に集中していたのは不味かっただろうか。先ほどのエリオの制裁が後を引いて、思わず一歩引く。しかし、彼女は何も言わずすぐに前を向いて再び歩き出した。何やら物言いたげで……何事にもストーレトで、回りくどい事が嫌いなヴィータ副隊長らしくない。六課本部に向かいながらも嫌な沈黙が流れていたので、仕方なくこちらから切り出す事にした。

「ところで、ヴィータ副隊長」
「……あんだよ」
「アイスのバニラはチョコチップ有りと無し、どちら派ですか?」
「断然有り派……って、本気で何なんだよ、いきなり」
「いえ、何やら私に用事がありそうだったので。自然な話題振りを」
「無茶苦茶不自然だったぞ!?」
「まあ、何でも良いので話して下さい。らしくないです」

 エリオほどでないにしても、その次ぐらいに素で接せられるようになった同僚なのだ。変な遠慮で壁は作って欲しくない。友人付き合いとまではまだまだ行かないが、それでも同僚なりには仲良くしたかった。仕事にも支障が出兼ねないしな。
 ストレートに言いたいことをぶつけると、ヴィータ隊長は大きく溜息を吐いた。少し歩む速度を緩めたので、意思に従って隣に並ぶ。ここまで勿体ぶるという事は、仕事というより個人的な相談か何かだろうか?

「……あのよ」
「はい」
「お前、ベルカ式もある程度知識あるよな」
「ええまあ、ミッドチルダ式ほどではないですけどそれなりには。でも、ベルカ式はヴィータ隊長の方が全然詳しいでしょう?」
「いや、そりゃそうなんだけどよ……そのなんつーか」
「なんつーか?」
「黙って聞けよ! ……新人達の面倒見るついでで良いから、あたしの魔法も一度見てくれねえか?」
「……はい?」

 実に予想外の頼み事だった。ヴィータ副隊長は外見こそこんな成りだが、正真正銘本物のプロで、その中でも歴戦の空戦魔導師なのだ。普段新人達のミーティングで言い争いになるのはあくまで新人達の教育方針だからであって、素人の俺がプロのヴィータ副隊長にアドバイス出来る事など何一つない。素人考えでどうにかなるほど、戦闘というのも甘い物ではないだろう。それはヴィータ副隊長も分かっている筈なのだが……。
 隣を歩くヴィータ副隊長は俺の疑惑に満ちた返答に、手持ち無沙汰に待機状態に戻している自分のデバイスを弄ったり、落ち着かない様子でいたが、やがてガリガリ真紅の頭を掻くと溜めた物を一気に吐き出すように話し出した。

「あたしが人間じゃねえってのは知ってるか?」
「あ、ええ、はい。資料に書いてあるぐらいは知ってますけど。ヤガミ部隊長の使い魔……みたいなものなんでしたっけ?」
「まあ、それで大体合ってるな。古代ベルカ式を使ってるのも、その関係だ。元々はベルカの出なんだよあたしらは」
「はぁ……それで、私に魔法を見て欲しいっていうのと何の関係が?」

 正論だろうその問いに、ヴィータ副隊長はそれまで以上の大きな溜息を吐いた。足を完全に止めて、正面から俺の目を見つめてくる。予想外に重い話……なんだろうか? 正直、人間だのそうでないだのという話は着いていけない。魔法世界に転生して馴染んでは来ているものの、やはり俺の価値観は日本人として育てられた物だ。人と全く同じ姿で人ではないと言われても、現実味がまるでない。これが口から火を吐きながら目からビームでも放って突如暴れ出すとか言うなら恐れの対象にもなるんだろうが、見た目も中身も普通の人間と変わらないのでは差別も区別もしようがない。というのが俺の正直な所だ。
 しかし、「実はあたし人間じゃないから苛められてるんだ」なんて内容ではなかった。

「頭打ちなんだよ、あたしの強さは。人間と違って体力や魔力はこれ以上成長しねえ。戦闘経験ももう腐るほど積んだ。デバイスも最新鋭機に近いぐらいチューンナップしてる。あたし自身も訓練は欠かしてねえけど、ほとんど鈍らない為の……誤差の範囲内程度にしか役に立たねえ」
「……いや、副隊長、確か二アSランクですよね? 充分じゃないですか」
「充分じゃねえ! なのははあたしより強い。そして、そんななのはでも撃墜される事はある……ちっとも、充分なんかじゃねえんだよ」
「理屈は分かりますけど。……無い物ねだりじゃないですか?」
「それも分かってる。でも、日々手に取るぐらいに分かるほど成長していくあいつらを見てると、歯痒くなってくる。あたしだけ、その場で足踏みしてる気分になるんだ」

 ヴィータ副隊長の顔はかなり暗い。痛みを堪えているような、苦虫を噛み潰したかのような、内に秘めた感情を滲ませる表情だ。相談内容は強くなりたいなんて中二病染みたものだが、その実質は重たい人生相談に限りなく近い。とても俺に解決してやれるような内容には思えなかった。しかし、その一方で理解できる部分もある。現状維持という奴は、向上心のある人間には時として耐えがたい苦痛を与える物なのだ。

「それで……私ですか?」
「ああ、お前の理論は長年生きてきたあたしにも無縁だった領域だ。強くなれるかもしれない、その可能性だけで大違いだ」
「買い被りだと思いますよ。それに、近代ならともかく古代ベルカ式は正直専門外です」
「それでも良い。ほんのちょっとの可能性でも良いんだ。……一度、見てくれ。頼む」
「……」

 ぬぬぬ。なんて難しいことを言ってくるんだ、この人は。ヴィータ副隊長が何年生きているかは知らないが、物言いからして人間の平均寿命を軽く越えるぐらいには年を食ってそうだ。そんな人が長年練ってきた魔法を手直しする、しかも知識がろくにない古代ベルカ式で。無茶振りにもほどがある。大体”強くなる”魔法など、俺の専門分野ではないのだ。アマチュアとはいえこうして仕事でいる以上、出来ない仕事は引き受けるべきではない。ましてやヴィータ副隊長は色んな意味でこの事に命を掛けている。とても俺如きがやって良い仕事ではない……のだが。

 中身はともかく、9才の子供でしかない自分に対して上司が深々と頭を下げている。一体、どこの誰が断れるというのだ。

「……分かりました。見るだけは見ますから、頭上げてください」
「助かる」
「そんな期待しないで下さいよ。一昼一夜で行かないことだってヴィータ副隊長にも分かるでしょう?」
「わーってるよ。六課の仕事のついでで良いから」
「ついでで済むほど軽い仕事じゃないですよ……」
「上手く行ったら腹が破裂するほどアイス奢ってやるからさ!」
「それぐらいじゃ釣り合いませんって」

 これならまだ誰でも使える飛行魔法の方が無茶振りではなかったぐらいだ。古代ベルカ式に興味があったのは確かだが、先が全く読めない仕事というのは胃にキリキリ来る。出来る見込みの無い仕事を引き受けるほど無責任な事もないだろう。ヴィータ副隊長は笑って背を叩いてくるが、俺はもう溜息しか出なかった。
 ……まあ、ヴィータ副隊長の心情に答えたい、そう思う部分もあったのではあるが。心底から言いたい。どうしてこうなった。

「あ、やべえ。予定の時間からもう一時間も遅れてる」
「うえっ。い、急ぎましょう!」
「ああ、急げ!」

 とりあえず優先すべきは新人達である。俺とヴィータ副隊長の二人は、ミーティング室まで駆け足で進み出すのであった。





 さて、ここでミッドチルダに存在するデバイスについて少し触れようと思う。そもそもデバイスとは何なのかであるが、端的に言ってしまえば「魔導師の補助をする機械杖」の総称である。まあ、機械杖といってもデバイスにとって基本形が”杖”であるだけでその形は千差万別に存在しているし、その役割自体も様々に分かれている。魔法の術式を溜め込んでおく保存媒体だったり、魔法を制御する為の演算を肩代わりしてくれたり、もっと直接的に武器として振るわれたりとだ。

 まず、デバイスの中では標準的で一番普及されているだろうストレージデバイス。storage(保管、貯蔵)の意味する所から分かるように、究極的には魔法の記憶を目的とする装置だ。演算機能こそ低めではあるが、単純な機構と取り扱い易さも相まって、大部分の魔導師がこれを使用している。安価で安定した性能なのだから普及するのは当たり前だろう。管理局の標準デバイスにもこのストレージが採用されている。
 一方で、俺の持つソーセキのようなインテリジェントデバイス。知性、人格を持ったいわゆるAI付きの高性能デバイスだ。魔法処理の為の演算機能を重視し、あらゆる面でストレージデバイスを凌駕する性能を秘めている。さらにはデバイス自身の意思で魔法を行使したり、データ処理的なことまでやってくれるので一家に一台インテリジェントデバイス、メイド○ボもびっくりな一品である。……が、もちろんメリットだけの筈も無く、インテリジェントはかなり癖の強い種類のデバイスなのだ。まずAIと魔導師本人の相性が悪くてはろくな性能を発揮してくれない。魔導師の才能にかなりの個人差があることは前に話したが、インテリジェントデバイスがその真価を発揮する為にはその才能に合わせた調整がまず必要となってくる。全適正をカバー出来るデバイスなど存在せず(存在したとしても一体どれだけの予算が必要になるか)、通常はその魔導師に合わせて作成される上に使用される日々でAI自体が魔導師に合わせた学習・最適化を行っていく。要するに、完全個人に専用特化されたチューンナップ機なのだ。しかし、そこまでやっても、結局相性が合いませんでした、で使えなくなるのもインテリジェントデバイスなのである。人と人との付き合いが難しいように、人とAIの付き合いもまた難しいということなのだろう。車一台買うような金額を払って不良品かもしれない、そんな博打要素がインテリジェントデバイスのもっとも嫌われる部分である。
 次にアームドデバイス。スバルちゃんの回転ナックルやエリオのストラーダ(槍)がこれに当たる。正確にはストレージやインテリジェントと同列にするのは不適当で、武器の形状をしているデバイスの総称がアームドデバイスと呼ばれる存在だ。なので、ストレージのアームドデバイスやインテリジェントのアームドデバイスが存在する。まあ、そこら辺の分類はかなり細かくなっている上にかなり定義が曖昧なので省略するが、非人格型だろうが人格型だろうが武器の形状を前面に押し出したデバイスが、アームドデバイスとなる訳だ。アームドデバイスはガチンコの殴り合いをするという用途上、他のデバイスよりも頑丈に作られる傾向が強い。丈夫なのは良いことだが、物騒ないことこの上なく、俺のような技師には一番縁遠い種類のデバイスだろう。
 他にもキャロちゃんが使っているブーストデバイスや、リーン空曹長のようなユニゾンデバイスもあるが全省略させて貰う。さすがにそんな希少種まで説明すると文面を食って仕方ない。

 デバイスは使用者、魔導師に合わせて欠点を補助、あるいは長所をさらに伸ばす為の道具だ。魔導師が欲しい部分を補強する、とでも言い換えた方が分かりやすいだろうか。結局何が言いたいのかというと、新人達に用意する新デバイスも当然本人たちの使用目的に合わせたデバイスを用意する必要があったという事である。

「うーん、やっぱり羨ましいなぁ……オーダーメイドの超高性能機」
「【マスターのデバイスになるには不適格だと思いますが】」
「いやまあ、こんなガチガチの戦闘用デバイス貰っても困るけど。……って、ソーセキ、もしかして嫉妬してる?」
「【していません】」

 妙に可愛い言動で机の上で揺れている兎型ペンダントに頬を緩ませながら、俺は渡されたデータに再び視線を戻した。空中投影モニターに表示されているのは四つのデバイス。スバルちゃん達新人に配布された新デバイスの詳細データであった。新デバイスといっても、正確にはスバルちゃんとティアナさんの分だけで、エリオのストラーダ、キャロちゃんのケリュケイオンは六課集合前から二人に渡されていた新造デバイスだ。それにリミッターを掛けて、最低限の機能しか働かせていなかったのである。今回出来上がったスバルちゃんティアナさん二人の新デバイスに合わせて、ライトニング分隊のデバイスリミッターも一段階解除されることになった。実質、全員が新デバイスへと変更されたような物であり、余裕の出来た容量と演算能力を使って何を入れるべきか、どう構成データを伸ばしていくべきか検討していたのだ。
 勿論俺一人で考える内容でもなく、本来はタカマチ隊長達やシャーリーさんと相談すべきことなのだが、今現在俺一人が暇なのである。隊長陣や新人達はスクランブル出動中なので。
 そう、ガジェットが実際に現れ、現在六課は緊急体制でテロ対策に乗り出している所なのだ。

「別に後でデータはくれるんだから、今見せてくれたって良いのに」
「【権限がないので仕方ないでしょう】
「そうなんだけどな。……やっぱ落ち着かん。どうにも歯がゆい」
「【正式に管理局に所属しなければ難しいと思われます】」
「ですよねー……」

 今の俺の身分は外様の出向技術局員という立場なので。尉官待遇ではあるが、指揮権含めて実際の権利はほとんどない。だもんで、現在テロリストと戦っているだろう新人達の様子を見る事は出来ないのだ。後に事件終結後に戦闘データの確認はさせてもらえるだろうが、やきもきする気持ちは少しも解消出来る手立てはない。暇に空かせて新デバイスのデータチェックなんぞしていたが、集中出来る筈もなかった。
 スバルちゃんは無事だろうか。ティアナさんは無茶してないだろうか。キャロちゃんは怪我なんてしてないだろうか。エリオはちゃんと盾になってるだろうか。
 心配で心配で、思わずベッドにダイブして、枕を抱えたままごろごろ転がった。もちろんテロリストと戦闘なんて見れた所で俺が何か手助け出来ることなんて何もない。それどころかスバルちゃん達がそんなのと向き合っている所を見たらぎゃーぎゃー喚き散らしてしまいそうだ。管理局で二年も仕事をしてきて、ある程度は理解も出来ていたが、それでもやっぱり良い職業だとは思えなかった。身内が警察官になったり、自衛官になったりして喜ぶ家族がいるだろうか? 危険なことは他人に任せて、身内にはもっと安全で平和な職業に着いて欲しい。……日本人の平和ボケした考え方なのかもしれないけれど、それが俺の正直な気持ちだった。
 あーだのうーだの言って転がっている内に段々と睡魔が襲ってくる。そういえば、昨日から徹夜だったんだ、と思い出せば一気に眠気が強くなった。どうせ起きて待っていても頭を悩ませて仕事にならないんだから、もういっそ寝て待った方が良いかもしれない。真昼間に眠る理由を理論武装で固めた俺は、ソーセキに連絡があったら起こすよう頼むと意識を手放した。
 枕を抱き締めて、身を丸め、無事に帰ってきますようにと祈りながら。





■■後書き■■
この作品は初出動の際ハブにされるキャラが主人公になっています。
(ry

新魔法に関しては次回以降に持ち越し。もったいぶってごめんね!
いやまあ、感想で色々考察して貰っていますが、大した物ではありません(たぶん)。
比較的次回は早めに上げられると思いますので、適当にやきもきしながら待っていてくれると嬉しいです。



[4894] test run Exception 6「幕間 ~とある狂人の欲望~(アイリーン9才)」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:67080dc8
Date: 2011/01/29 17:44
 男にとって”知る”ということは息をするように当然の事であって、同時に最大の喜びであった。未知の物を見れば、胸が高鳴った。どんな豪華な食事よりも、どれほど素晴らしい異性を前にしても。知らぬことを貪るように探求する喜びに比べれば、それらは全てゴミクズ同然だった。
 培養槽の中で自呼吸すら出来ずに漂っていた時から、男は知りたくて知りたくて知りたくて堪らない焦燥に駆られて生きていた。自分が生まれて来た意味。他人が生まれて来た意味。目の前で動く研究者……自分の製造者を見る度に、どのような仕組みで動いているのか、分解して部品の一つ一つを調べたくてたまらない。子は親に似るというが、確かに男は似ていただろう。研究者に作られた男はやはり生まれながらに研究者だったのだ。
 男が自分で呼吸をし、歩けるようになってからもそれは一切変わらない。知識は増える、出来ることも広がる。それでも”知りたい”という欲求はまるで食欲のように無くなることはない。食べても食べても、結局は腹が減る。調べても調べても、結局は知った瞬間に既知の物になってしまう。そうして男は生きてきた。未知という食事を糧に生きてきた。

 自分が作られた者だと知っている。自分が作られた意味を男はもう知っている。
 既知の出来事に、興味を覚える事は無かった。





「ごふっ、こふ……」
「ドクター。大丈夫ですか?」
「ああ……すまないね、ウーノ。水をくれないか? どうも夢中になり過ぎて水分を取るのを忘れていたらしい」
「ふぅ、またですか。気を付けて下さいね、ドクター」

 自分の子供とも呼べる作品が少々の呆れを滲ませながら水を差し出してきたのを、ドクターと呼ばれた男は受け取ると一気に飲み干した。男が寝食を忘れて研究に没頭することなど常の事であり、製造してから二十数年来になる作品はそれを熟知している。”知る”対象としては、爪の先から髪の毛一本まで知っている自分の作品。しかし、この世に生まれた時、呆れるほどに純粋で狂った存在だった男もやはり人間ではあったらしい。年を重ね、経験を経れば多少なりの成長と変化をもたらしていた。常識を覚え、我慢を覚える。回りくどい手を好むようになり、安易に未知に手を出さなくなった。何故ならば、手を伸ばせば届く未知は有限であり、ついでに自分の寿命も有限であると知ったからだ。浅く広く、未知を取ることよりも、一つの未知を残らず余さず食べ尽くす知恵を、男は成長として得ていたのだ。
 作り終えた筈の作品への愛着など、その一つであろう。時間がもたらす緩慢な変化は、興味深い観察対象であった。さすがに無制限に作品を愛することは出来ないが、特にお気に入りの作品の出来具合と変化を観察して悦に浸る。それは人間として正しい成長か、と問われれば男自身としても首を傾げてしまうが、別に正しくなくとも自分が楽しければ良かった。男は快楽主義者なのだ。
 水を飲み干し、喉を潤した男はふと興が乗り自分が作り出した作品達のデータを手元に呼び出す。詳細データと共にずらりと並んだのは人と機械の寵児「戦闘機人」。男がこれまでの経験から得た生命へのアプローチの一つだった。人間という題材は、男にとってとても興味深い。身体の作りも、心という曖昧な精神構造も。分解すればするほど未知の物が溢れ返る宝石箱のようだ。男は人の持つ可能性を、心より信じていた。科学者にあるまじきロマンティストだと自覚した上で、だ。

「ふふふ、私の愛しい子達よ。君達はどこまで行けるのかな? どこまで高みに登れるのか。ああ、胸が熱くなってくるよ」

 戦闘能力の向上など、男にとってはおまけでしかない。男は今人間の可能性とやらを穿り返すのに夢中なのだ。ただ測り易い目安が戦闘能力だというだけ。ただただそれだけの為に、男は作品の方針を戦闘能力へ向けた。そして、魔導師を魔導師として抜いても何も面白くない。どうせなら、そうどうせなら何者も未知の領域から踏破していった方が楽しいに決まっている。
 その為のアプローチが「戦闘機人」。その為の「インヒューレントスキル」である。他人から見れば狂人、人間としての禁忌を平然と踏み越える行為だったとしても、男にとっては至極自然な発想であった。
 そして、今。男の前には最高の実験対象を使った、最高の実験場が広がっていた。

「エースと呼ばれる高ランク魔導師。かつてのF計画の残滓。古代遺物の継承者……どれもこれも、涎が出そうなほど素敵な案件じゃないか。それぞれのアプローチで最高峰といえる者達が集っている、これはもう参加しない手はない! ハハ、ハハハハハ!」

 自分の作品が、最高峰の一角として参加する。それは人間として成長した男にとって、知識欲ほどではないにしても喜ばしい事だった。しかも、この”ゲーム”に勝利すればそうした最高峰の素材を手に入れられる。ゲームの中で、自分の作品との競り合いという過程も興味深い。スポンサーの持ってくる案件にはろくな仕事がなかったが、今回は実に素晴らしい。良い事尽くめで、笑いが止まらなかった。

 白のバリアジャケットで身を包んだ魔導師が、苦もなく男の玩具を撃ち落とす。雷を纏った黒い魔導師が空を駆ける度に、爆発を伴った閃光を放って沈んでいく。

 正面の大モニターに、空を掛ける二人の空戦魔導師。男の作業道具……作品には値しない、玩具程度の機械群では、空を飛ぶ的にしかなってないらしく、次々と落とされている。画面上に表示されている各種データは素晴らしいの一言。分解して隅々まで調べてみたい、この素材を使って新たなアプローチに挑戦してみたい。しかし、ゲームはまだ開始されたばかりだ、先に賞品を貰ってしまっては面白くない。そう、男は自分に言い聞かせる。楽しむ為とはいえ、これだけの喜びを押さえ込むのは一苦労だった。
 そして、もう男にとって一つ興味深かったのは列車の上で玩具、ガジェットとほぼ互角の戦いを繰り広げる陸戦魔導師達であった。まだまだ発展途上ではあるものの、

「まったく、よくもまあこんな素晴らしい素材ばかりを集めた物だ。しかも、私と浅からぬ因縁を持った者達まで……ふ、ふふふふふ」
「……ドクター。機動六課の上位陣はともかく、こちらの未熟者達ならばいつでも捕獲は可能ですが」
「そう焦ることはないよ、ウーノ。もちろんいずれは我がラボに招待するつもりではあるけれど、今はまだ若い彼らにすくすく伸びて貰おうじゃないか。私の手を離れた作品達が、どこまで伸びていくか……実に興味深い」
「……ドクターの御心のままに」

 一番目の戦闘機人である作品は、男のそうした機微をあまり理解出来ないようであった。といっても、男を真に理解出来た存在など片手で数えるほどもいない。自分の作品でも、せいぜい四番目くらいではないだろうか。四番目の気質は、製造者である男の気質に酷似しており、世の中からずれた立ち位置にいる男にしても苦笑させたものだ。子は親に似る。全く持って、その通りであった。もっともその四番目すらも、男にとって”遊び”である部分ばかりに夢中になって、源泉たる探究心は持ち合わせていなかったが……。

 画面の中で、ガジェットと原石達が戯れている。いくら玩具程度の代物とはいえ、技術を出し渋った訳ではない。男の作ったアンチマギリンクフィールドは魔導師相手には非常に有効で、原石達相手にも良い勝負をしていた。AMFは攻撃力、防御力を下げるのみならず、魔法の構築を不安定にする。未熟な彼らにとって、それは致命的であった。

『か、硬い……!」
『エリオ君!』
『大丈夫、任せて!』

 自身の身長に等しいほど大きな槍型デバイスを持った少年が、大型化し装甲を全体的に厚くした新型ガジェットのⅢ型に相対している。しかし、大型化し、装甲もそれ相応に厚くしているので、魔力を散らされるAMF環境下では装甲を抜けるほどの攻撃力を用意出来ない始末であった。少年が槍を振るう度にガジェットの装甲の上で火花が散る。手数も速度も少年の方が上……だが、狭い空間での不利な状況が相まって、3mを越えるガジェットⅢ型と正面から組み合うという愚を犯してしまった。
 これでは少し面白くない。手心を加えるべきだろうか、思わずらしくない思考で男がそんなことを考えた時であった。身体能力の強化魔法も解けてしまったのだろう、ガジェットの作業アームと組み合っていた赤毛の少年がバランスを崩し、そのまま一気に列車内部の壁へと叩きつけられる。目が見開かれ、かふっ、とか細い吐息が漏れた。槍型デバイスを握る手から、力が抜けていく。
 ドクターと呼ばれた男は、明晰な頭脳を持っている。そして、この結果……新人の陸戦魔導師が強化ガジェットとこの状況で組み合えば、至極当然の結果であったと男の頭脳は結論付けている。だが、面白くない。こんな状況も引っくり返せない”素材”に、興味は持てない。男は可能性が見たいのだ。ヒロイックな奇跡でもいい、泥臭い人間の執念でもいい、生きようとする人間の底力とやらを、欠片すら残らず分解し解析してみたいのだ。

 しかし。
 そんな男のロマンティストな望みとは裏腹に、Ⅲ型の作業アームに捉えられた赤毛の少年が虚空へと放り捨てられた。

 破れた天井から放り投げられた赤毛の少年が、壊れた人形のようにくるくると回っている。背後で守られるように見守っていた、桃色髪の少女の悲痛な叫びが響き渡った。少年の身体は一度列車の天井をバウンドし、そのまま線路からそれて、崖下へ落ちていく。天井を突き破り浮かび上がったⅢ型は、それを見届けると残った桃色の少女へ照準を合わせた。
 ああ、無情。だが現実とはこんなものである。可能性は所詮可能性に過ぎない。1%の可能性は100回やって99回起こらないのが現実なのだ。あの状況で、少年が単独でひっくり返せる可能性はせいぜい一割に満たなかっただろう。少々残念ではあるが……可能性を手に出来なかった木偶は壊れてしまっても仕方ない。それが世の摂理というものだ。
 せっかくの歓喜の時間に水を差された男は嘆息し――眉をひそめることになった。

 変化はガジェットⅢ型のカメラが送ってきている映像から、突如少年が”消えた”こと。そして、大地震でも起こったかのように、画面全体がブレた。把握出来ない事態に男は訝しげに表情を変える。ガジェットの感知範囲外から攻撃でも受けたのだろうか、そう判断するのと同時に男の手は無意識の内に手元の端末で他のガジェットからの情報を引き寄せていた。作品の程度としては玩具同然とはいえ、ガジェットは戦闘用に作った物でなく、情報収集こそを主目的に作られた道具だ。当然、新型であるガジェットⅢ型には高性能なセンサーを数多に搭載しており、カメラの範囲外からだとか、少々のジャマー程度で捉え切れなくなるものではない。カメラから消えた原因、そして激震の理由はすぐにガジェットのAIが対応して対象を捉える筈なのだ。
 だというのに男が他のガジェットに頼ったのは、予感がしたからかもしれない。

 一度ブレた映像が、もう一度上下にブレる。魔力センサーに反応。カメラには何も映っていない。続いて横殴りの衝撃。装甲にはダメージはないが、一瞬Ⅲ型の巨大な機体が浮き上がり、流されるほどの衝撃。Ⅲ型のAIは未知の衝撃に備える為に、アームケーブルの一本を列車の屋根へ突き刺して機体を固定する。熱源探知で捉えたものは棒立ちしている召還師の少女以外に無い。そうしている間にも、また衝撃。しかし、攻撃している者、あるいは原因がやはり見つからない。空のエースを相手にしていた囮部隊の一部、そして列車内の残りのⅠ型のセンサーを全てⅢ型のいた現場へと向ける。魔力パターンが二つある。一つは召還師の物。そして、もう一つは。
 そこで、ようやく映像が入る。近くの無事だったⅠ型の一機が天井に穴を開けて、浮かび上がったのだ。


 そこには黄金色の残光を引きながら、Ⅲ型の周囲を凄まじい速度で白い影が飛び回っていた。


 右へ行ったかと思うと、慣性の法則を丸ごと無視して突如左へ。上へと飛び上がったかと思えば、何もない宙で弾けるように下へ。まるでⅢ型の周囲に見えない壁でもあるかのように、影はⅢ型を中心に非常識な速度と機動を持って、”跳ね”回っているのだ。人間の動体視力を振り切るような影そのものを完全に追うのは難く、跡を引いていく閃光を追って初めて、その影の飛び回る機動が分かる。影が、閃光がⅢ型の傍を通り抜ける度に、衝撃が走る。あの速度、あの機動で飛び回られたのでは、Ⅲ型のスペックで追いつける筈も無い。
 その時になって、ようやく映像の解析が終了する。呆然、そう形容するしかない表情で大モニターを見上げる男の手は、何かに突き動かされるように動いていた。一コマ一フレーム、目の前のモニターから切り出された映像がデジタル処理を施され鮮明に映し出される。白いコートを来た赤毛の少年が、雷光を纏った槍を手に空を駆っていた。

 ひゅっ、と男の喉が引き攣ったように音を鳴らした。背筋を悪寒にも似た何かが這い登り、全身の皮膚が泡立っていく。ようやくオートフォーカスが追い付き、モニターの映像が先ほどまでよりも鮮明になり、飛び回る赤毛の少年の姿が男の目にも映り始めた。
 空を飛翔する少年が槍を振るい、ガジェットの装甲の表面を刃が舐めていく。装甲と槍の刀身が擦れ合い、火花と電流が巻き散る。やはり、少年の膂力では分厚い装甲を切り裂くことは出来ない。だが、振り抜き、過ぎ去った少年が宙で身を翻し跳ね返る。足で宙を蹴っていたかのようにも見えたが、そんなもので方向転換、いや、勢いを相殺出来る速度ではない。目に見えぬそこに壁があったとしても、激突して止まるのが関の山の筈だ。だというのに、現実では何度も何度も何度も、少年が跳び回り、数多の攻撃をⅢ型に加えている。Ⅲ型のAIは周囲のガジェットからのデータリンクによって周囲を少年が飛び回っている事は既に理解している、しかしどうやってもセンサーやデータリンクの速度が追いつかない。組み合えば、捉えられればⅢ型の勝利だろう。しかし、アームを振り回しても、圧倒的速度と機動性の違いが追いつく事を叶わせない。

 何時だ。何処でこんな能力を手に入れた。既存の高速移動魔法とは明らかに毛色が違う。あれらはあくまで行動の高速化であって、物理法則を根底から覆すような物ではない。赤毛の少年、エリオ・モンディアルのデータはデータベースを参照するまでもなく把握している。電気の魔力変換資質は持っているが、こんな真似は当然出来ない。その魔力変換資質を応用して電気による生体強化、ではこの現象と合致しない。直線的な速度や強大な膂力に現れるならまだしも、身体能力だけで慣性を完全に殺すことなど出来る訳がない。理不尽の塊であるレアスキルの新たな顕現ならありえるかもしれない、しれないが。

「……こんな筈は。機動六課の訓練データは入手出来ていますが、こんな能力を持っていたという報告は無かった筈です。まさか、どこかで検閲が……評議会の仕業でしょうか?」
「くふっ……くふふふ、くはははは、はははははははははは、ひゃはははははは!!」
「ド、ドクター?」

 頭を抑えるように手で顔を覆った男は、背筋が折れんばかりに仰け反らして高々に笑い声を上げた。奇声、いや、嬌声と称しても間違いはないかもしれない。それだけ、男の声には歓喜の感情が満ち溢れていた。堪え切れない感情が後から後から沸き出していく。自制をしない子供のように、無邪気に笑う。先ほどまで感じていたゲームへの喜びが虚ろな物に思えてしまうほどの狂喜であった。
 その理由は男の望みの通り少年が”奇跡”を起こして見せたから、では、ない。

「ああっ、見える! 確かに見えるぞ! 他の誰もが気付かずとも、この私が気付かない筈がない!」

 Ⅲ型のアームが斬り飛ばされ、宙を舞った。装甲と違い、速度の乗った槍の一撃に耐えられなかったのだ。三門あった砲門は度重なる攻撃により損傷し、まともに発射出来る状態ではなくなってしまっていた。攻撃手段を失ったⅢ型は列車の屋根に固定していた残りのアームを外そうとする、が。
 三型から少し離れた場所に、赤毛の少年が降り立つ。その手には不相応とも言えるほど大きな槍。腰を落とし、両手でその槍をしっかと掴んだ少年が画面の中で何かを呟けば、槍型のアームドデバイスがカートリッジを排出し、変形した。より突撃に特化した、その形態に。

『はあああああああああッッ!!』

 少年の裂帛の声が、ガジェットの音源センサーを震わせる。突撃槍に魔力光が導火線の如く点火され、溢れ出す魔力に少年の腕が震えた。アンチマギリンクシステムを全開に働かせ、無理矢理に引き抜いたアームでⅢ型は少年を迎え打とうとしたが。次の瞬間、硬い金属を引き裂く不快な大音響が鳴り響き、画面が暗転した。少年の膂力では装甲を打ち破る事は出来ない。だが、あの凄まじい速度を持ってして、少年自身が突撃槍と化せば。
 暗転したⅢ型の映像から、周囲で伺っていたⅠ型のカメラへと切り替える。そこには巨大な機体の胴体を食い破られ、貫通した穂先からまるで爆発したかのように背面の装甲を大きく捲り上げられたガジェットの姿があった。赤毛の少年は槍を両手で突き出した姿勢で、止まっている。分厚い装甲に守られていた筈のⅢ型の中枢は、ただの一撃で残らず完璧に粉砕されていた。

 偶然などではない。奇跡などではない。そんなまぐれ当たりのような出来事では決してない。男、ジェイル・スカリエッティの目には確かに”見えて”いたのだ。地面を踏み締め、ガジェットを貫いた少年のその背後に、何者かの影がはっきりと見えていた。確かにその芸当自体は電気の魔力変換資質の応用かもしれない、もしくは新たなレアスキルかもしれない。だが、そこに偶然はなく、何者かが引いた設計図通りに出来上がっただけだ。あの速度も、非常識な機動性能も、ピーキーな巨大な槍のデバイスも。まるで一個の芸術品を見るように、エリオ・モンディアルという存在で纏められていた。そう、既に彼はF計画などという過去の作品の残滓ではなく、何者かに作り上げられた、”他人の作品”なのだ。
 まだ、彼の者の作品の詳細を知り得た訳ではない。あの機動性の謎が解けた訳でもない。けれど、スカリエッティには狂おしいほど感じられていた。そう、作品への可能性を塵ほども残さず追求する、狂人にも近い者の喜びが。嗅ぎ取れたのは当然だろう、なにせ少年の背後に揺らいで見えるその姿はスカリエッティが生まれて初めて出会う”同類”なのだから。

「今日はなんて幸運な日なのだろう! 最高の素材と私の作品のぶつかり合いだけではない、作品と作品、いや、この私自身までもが観測対象として並べられるなんて! ……ああ、見も知らぬ君よ、思う存分に楽しもうではないか!」

 理解出来ない、そうした視線を向ける傍らの作品には目もくれず。スカリエッティは狂笑した。姿形も名前も分からぬというのに、確かにはっきりと感じられる存在に向かって、大きく手を広げる。知らぬからこそ、欲する。分からぬからこそ、理解したい。その日ジェイル・スカリエッティが感じたそれは、”共感”という既知にして未知に溢れた感覚だった。



 モニターの中では、ガジェットⅢ型を下した赤毛の少年が槍から手を離し、口を押さえて蹲っていたが。彼の者の作品が一つだけである筈がない。スカリエッティはまるで気にすることがなく、演説のような独り言を続けながら、早速とばかりに今回の戦闘データを検分し始めていた。





■■後書き■■
買い被られモード発動。
同時刻、主人公はお昼寝タイム中。



[4894] test run 14th「注意一秒、怪我一生。しかし、その一秒を何回繰り返せば注意したことになるのだろうか?」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:67080dc8
Date: 2012/08/29 03:39
 機動六課での俺の仕事は新人フォワード4人の魔法構築式見直しとタカマチ隊長の補佐、というか雑務代行であるが、正式な立場は外部からの技術局員となっている。そもそも俺が契約を結んだのはレジアス中将だ。現在の雇用主は機動六課、引いては時空管理局本局になるのだが一応の籍はまだレジアス中将のミッドチルダ地上本部になる。分かり易いように言ってしまえば、今の俺は日本で言う所の派遣社員に当たるのだ。人材派遣サービスミッドチルダ地上本部から株式会社機動六課に出向となった訳で……いかん、例え話なのに洒落になってない。とにかく、所属は機動六課だが、籍は地上本部にあるという事だ。

 つまり。何らかの処分が下される時は、縁が切れたと思っていたレジアス中将と対面しなければならない訳で。

『困った事をしてくれたな、コッペル技術准尉。規則には人一倍気を使う人間だと思っていたのだが……買い被りだったか?』
「……返す言葉もありません。申し訳ありませんでした」
『処分内容は、給与の10%をカット。期間は三ヶ月となる。本来ならば出向停止でこちらに戻って来て貰いたいのだが』
「おほほ。ご冗談をレジアス中将閣下。その件に関してはご相談の結果既に結論付いた事柄ではありませんか」
『八神二等陸佐、ちょっとした冗談だ。ちょっとしたな。それに辞令の最中に口を挟むのは感心せんな』
「これはすみません。ご冗談を挟まれるので辞令の途中とは気付きませんで」

 何この胃の痛くなる空間。投影モニター越しに交わされる古狸と子狸の睨み合いに、間に立たされた俺は表情を引き攣らせて、視線の火花をじっと堪えていた。今俺が軽い拷問を受けているここは機動六課本部のヤガミ部隊長の執務室。部屋の主であるヤガミ部隊長の他にもタカマチ隊長にライトニング分隊の隊長である金髪美人さん、もといフェイト・T・ハラオウン一等空尉までもが部屋に詰め掛けていた。全員俺への訓告に立ち会ってくれているのだ。タカマチ隊長と、あまり面識もないフェイト隊長は俺を心配して立ち会ってくれているようなのだが、正直居た堪れなくて逆にきつい。ヤガミ部隊長はやっぱレジアス中将と仲悪いし……どうしてこうなった。
 いや、全部俺の責任なんだけれど。

『とにかく、以後、気を付けるように。問題の魔法については、後日データを提出してくれ』
「て、提出義務はないようなー……」
『いや、ある。お前の権利を侵害するような真似はせんから、絶対に寄越せ。良いな?』
「……了解です」

 ぎゃうぅ、弱み握られたぁ。せっかくの自信作なのにぃ。
 俺が内心身悶えしているとようやくむさ苦しいオッサンの映った投影モニターが閉じた。通信が切れた事を確認して、一斉に全員から深い溜息が漏れる。先ほどまで嫌味の応酬を交わしていたヤガミ部隊長も椅子の背もたれに身を沈めると、当てつけるような深い溜息を吐いていた。

「まったく敵わんなぁ。レジアス中将ときたら表情こそ渋い顔やったけど、絶対内心大喜びやで。……アイリーン、機動六課に失点を塗り込む為に送られてきたんちゃう? ほんま困るわー」
「くっ……」
「はやてちゃん! 言い過ぎ!」
「そうだよ、はやて。可哀相だよ」
「いえ、いいんです……そう言われても仕方ないですから」
「そ、そんなことはないよ。アイリーン、頑張ってるよね。……はやてちゃん?」
「あ、ずっこい! そんな可憐な表情に健気な態度! すっかり私悪者やん!」

 タカマチ隊長が俯いた俺の頭を胸にぎゅっと抱き締めて、ヤガミ部隊長を軽く睨む。良いぞ、もっとやってくれ。……じゃなくて、ヤガミ部隊長の台詞は本気の皮肉ではなく、冗談交じりのからかいだ。実際、ヤガミ部隊長と顔を合わせる機会は少ないのだが、どこか波長でも合うのか顔を合わせる度に会話が弾んで明後日の方向にスーパーボールの如く飛ぶのが珠に傷である。

 さて、今回俺がこんな目にあっているのは職務時間だというのに自室で昼寝ぶっこいていたから、では勿論ない。そりゃ褒められた行為ではないが、せいぜい見つかっても注意されるぐらいの事柄だろう。第一、呼び出しにはソーセキが応対してくれるのだし、スバルちゃん達がスクランブル出動中待っている間仮眠を取るぐらいなら問題ない、筈だった。というか、そもそもの原因は……。

「なのはさんっ! どうして、アイリーンちゃんが処分なんて受けてるんですかっ!!」
「ちょっ、スバル! 落ち着きなさい!」

 どばーんっ、とばかりに扉を蹴破るように現れたのはスバルちゃん&ティアナさんのスターズ分隊コンビ。ティアナさんの羽交い絞めを諸共せず、平然と引きずって歩み寄ってくる姿は暴走機関車を髣髴とさせる。この反応は中途半端に事情を聞いたのかもしれない。情報源はおそらく、今回の原因で実行犯になったあの赤坊主、と。

「フェイトさん! なのはさん! アイリーンさんは何もしてないんですっ、処分なんてやめて下さいっ!」
「エ、エリオくん、だめだよ。まずは落ち着いて……」

 暴走するスバルちゃんをどう宥めたものかと頭を悩ませていると、その背後の入り口から次なる刺客、エリオ&キャロちゃんのライトニング分隊コンビまで現れた。しかも先ほどの再現のようにキャロちゃんの制止(服の裾を摘んで軽く引いているだけだが)を振り切りながらのご登場である。元々中にいた俺や隊長達は目を丸くして、新人達の暴走を見ていたのだけれど、やがてヤガミ部隊長から俺にアイコンタクトが飛んで来る。え、これ俺止めるの? いやまあ、そうですよね、俺が原因なんだから。

「落ち着いて、皆。まだ慌てるような時間じゃ」
「落ち着ける訳無いよっ! なんでアイリーンちゃんが!」
「そうですよっ、アイリーンさん! アイリーンさんこそ慌ててください!」

 うん、駄目だね。すっかり頭に血が登ってしまっている。割と普段から猪突猛進気味なスバルちゃんは置いといて、普段ツッコミ側であるエリオまでボケ役と化してしまっている。一体どこから突っ込めというのか? もう感情のままに喚き散らしている状態なので、とても話が通じるようには思えなかった。
 仕方ないので、一番鎮圧しやすいエリオの前に立つと、待機フォルムから杖型の起動フォルムへ変化させたソーセキを振りかぶり。

「せいやー」
「な、なんで殴……」
「【エレキテルショック】」
「うわっ……ぎゃいんっ!?」
「あ」

 防御体勢を取ったのでさり気なく肩に置いた手から軽い電撃魔法を流してやった。もちろん、非殺傷設定の上に最低出力で撃ったので、ダメージはなく、ちょっとばかり筋肉が勝手に痙攣するぐらいである。計算外だったのは飛び上がったエリオはそのまま仰け反って半開きになっていたドアに後頭部を撃ち付けたことか。
 見れば、あれだけ暴走していたスバルちゃんが押さえていたティアナちゃんと一緒になって引いている。ヤガミ部隊長はそれを指差して笑い、タカマチ隊長は引き攣った笑顔でこちらを見ている。フェイト隊長はやや目が怖かったが、キャロちゃんと一緒になってエリオの頭を擦ってやると、その視線もすぐに緩くなった。


 閑話休題。


「それで、どうしてアイリーンが処分を受ける事態になったのでしょうか? ……アイリーンの作った魔法をエリオが使用したからだとフィニーノ陸士が言っていたそうなのですが」

 幸か不幸か、エリオの痛打によって我に返った新人達は、一番冷静だろうティアナさんを代表にして質問してきた。うん、まあ、簡単に言ってしまえばその通りなのであるが、言葉が色々足りてない。処分といっても、給料三ヶ月一割カット程度なので本当に大したことじゃない。本来機動六課内の訓告だけで済ませられたそうなのだが、微妙な俺の立ち位置がレジアス中将まで引っ張り出すことになってしまって、こう大げさな事態になってしまったのだ。
 ちなみにフィニーノ陸士というのは、デバイスマイスターのシャーリーさんの事である。説明するなら、もうちょっとしっかり説明してくれれば良いのに。

「アイリーンの作った魔法……これのことやね」

 ティアナの言葉を受けて、ヤガミ部隊長が投影モニターで映像を再生する。俺もまだ見ていなかったのだが、どうやらスクランブル出動した時の録画映像らしい。エリオと巨大なガジェットが向き合っている。非常に心臓に良くない映像が続き、程なくしてエリオが負け、走っている列車の上から放り捨てられるという衝撃映像が映し出される。
 あ、死んだ。と思わず本人が横に突っ立っているのに俺が息を飲んだその時である。空中で身を翻したエリオがぴょんぴょん、ぴょんぴょんと実に身軽にガジェットの周りを跳び回り始めたのだ。

「……なにこれ」
「凄い……完全に飛行魔法の限界を超えてる」
「うわぁ、エリオ、すごい!」

 順にティアナさん、フェイト隊長、スバルちゃん。俺を含めて、全員映像に視線が釘付けである。器用な使い方してるなぁ、っていうか、使い慣れてない魔法でいきなり無茶するなよと内心ぼやく。皆に賞賛して貰えるのは浮かれたくなるぐらい嬉しいが、これが問題映像かと思うと針のムシロだ。ケチを付けやがって、とは自分のミスなので言えないのが辛い所。要するに、何が問題なのかと言うと。

「あの、アイリーンさんの作った魔法はこの通り僕を助けてくれました! 何がいけなかったんでしょうか! 何かがいけなかったとしても、それは僕が悪いんであって、アイリーンさんの責任じゃ……」
「それなんだけどね、エリオ。この魔法、私達に相談も報告もなし、だったよね?」
「え……でも、なのは隊長」
「いえ、モンディアル三等陸士。テスターをやらせたのはともかく、終わった後に貴方のデバイスから削除しなかった私の責任です。まだ使用するなとは口にしましたが、それも決して命令の類ではなく軽く言ってしまいました。それが問題だったんです」

 そう、組み立てたばかりのα版の試作魔法を、無許可で実戦投入させてしまうという最悪のポカミスを俺はやらかしたのだ。結果、エリオを助けることになったのだから良いじゃない、では済まないのが組織であり、規律というものだ。今回は偶然エリオを助けることになったが、逆に肝心な場面で停止して、エリオの命を奪い兼ねないほどの失敗に繋がる危険性もあった。処断されるには、充分な理由である。
 しかも、今回の場合、タイミングが悪かった。新デバイスの導入が決まり、エリオのストラーダもどれほどのリミッターを外すか、ハード・ソフト含めて事前にかなり入念なチェックが行われていた。だというのに、俺が試作魔法をインストールしたタイミングは、チェックの直後。リミッターを外す寸前という狙ったかのようにチェックの目をすり抜けるタイミングだったのである。おまけにリミッターを外した直後に、そのまま緊急出動してしまったので隊長陣が気付くことは不可能だ。つまり、俺が許可も無しに安易にエリオのストラーダに試作魔法をインストールし、しかもアフターケアも怠ったのが全ての元凶だったのだ。

「……という訳です。今回のミスは、処分には充分値するんですよ。ごめんなさい、エリオ」
「そんな……そんなっ! それだったら、勝手に使ったのは僕です! 僕も処分されるべきですっ!!」
「いいえ。貴方は私の命令で試作魔法をインストールしました。あの場面で試作とはいえ空を飛ぶ方法を選択するなという方が無茶です。貴方に責任は一切ありません」
「でもっ!!」
「あー、はいはいはい。やめえやめえ。なら、エリオ・モンディアル陸士。あんたはなのはちゃんにきびしーく訓練して貰って反省すること。アイリーンの魔法に頼らずガジェットを倒せていればこんな事にはならんかったしな。しばらく訓練量倍増しや」

 熱くなるエリオとの言い合いを、ヤガミ部隊長が手を叩いて無理矢理割って止めた。
 あー、もうだから言わないで内密に済ませてしまえばこう面倒臭いことにならなかったのに。さすがにヤガミ部隊長の意見には異論を挟めず、恨みがましい視線を子狸隊長に向けると、視線を即座に逸らされた。自分の失敗の責任を子供のエリオにまで負わせてしまうとか、どんなクズだ俺は。勘弁して欲しい。
 それでも何を拘っているのか諦め切れないらしく、エリオがさらに進言しようとした所で。ティアナさんがそのエリオを手で制止ながら前に出た。その表情は厳しく、目は真剣そのものだ。その視線は真っ直ぐヤガミ部隊長と……タカマチ隊長に向けられていた。なんぞ?

「ちょっと待って下さい。確かにアイリーンのしたことはミスかもしれません。けれど、それは少しでも私達を強くしようと努力したからで、現に結果はこうして出ています。それは考慮すべきじゃないでしょうか」
「……あ、あのー、ティアナさん?」
「アイリーン、あんたは悔しくないの? 駄目だったならともかく、実際にこんな凄い魔法作ってるじゃない。結果が出てるくせに、自分の意見を通さない訳? そんなのそれこそ傲慢よ」
「いや傲慢て」
「わ、わたしもティアに賛成です! が、頑張ったんだから、アイリーンちゃんが処分されるのはおかしいと思います!」
「僕も、そう思います!」
「わたしも、です!」
「……どうしてこうなった」

 何故かヒートアップしているティアナさんに、尻馬に乗る他三名の新人達。いや、ティアナさんが熱くなってどうするブレーキ役。新人達のリーダーなんだから、ここは冷静に宥めてくれる場面だろう。自分が先頭に立って上司批判、引いては組織批判してどーするんだ。俺が頭を抑えて蹲ると、ヤガミ部隊長も腹を抱えて執務机に突っ伏し小刻みに痙攣している。いや、良いのかそんな態度で治安組織の頭。
 ヤガミ部隊長がKOされてしまったので、今まで目を丸くして呆然としていたタカマチ隊長が苦笑しながらティアナさんに近付く。その後ろでおろおろと両手を左右に意味もなく動かしながらうろたえているフェイト隊長が妙に印象的だったが、それはともかく。

「……ティアナ? もしかして、アイリーンがクビになる、とか思ってたりする?」
「えっ。……ち、違うんですか?」

 ……なるほど。そう勘違いしていた訳か。
 我らがツンデレツインテールは、タカマチ隊長の言葉に表情を一変させ、恐る恐るといったていで問い返して。ぎぎぎ、と首を軋ませながらこちらに顔を向けてくる。居た堪れなくなった俺は、視線を僅かに逸らせながら、小さく独り言のように呟いた。

「処分内容は、三ヶ月間の給料10%カット、です」
「……ぎっ、ぎゃあーーっ!?」

 まさに断末魔。潰れた悲鳴を上げるティアナさんに、遂に耐え切れなくなったヤガミ部隊長がげらげら笑いだす。ああ、すまん。俺の失敗が原因で新たな被害者……しかも必要のない犠牲を強いてしまった。でも、これは自爆なので俺に責任を求められても困る。フォロー不可能だし。南無南無。目を両手で押さえながらオーバーリアクションで身悶え苦しむティアナさんに、俺は静かに合掌するのであった。

 ……いや、嬉しかったんだけどさ。





「ふ、ふふふふふ。スバル。今後一切、あんたの噂話を信用するのは止めるわ。後死んで果てなさい、私の心の平穏の為に」
「えー、いいじゃん。アイリーンちゃんの処分が軽かったんだからさー。なのはさんや部隊長も笑って許してくれたし」
「あれは笑われたって言うのよ! ああああああああ、死にたいっ、迂闊にもスバルの又聞きを信じた一時間前の私を殴り殺したい!」

「あ、あの、アイリーンちゃん、良いの? 放っておいて」
「良いの。今フォロー入れようとしても傷口に塩を擦り込むだけだから。それに、あれはただの照れ隠し」
「……ティアナさん、マウントポジション取って本気でスバルさんを殴打し始めましたけど?」
「一発だけなら誤射かもしれない」
「いやいやいや! もう十数発は放ってますからね!?」

 しかし、緊急出動して来た後だというのに元気だな。そりゃまあ、朝から夕方まで一日中きつい訓練をしているのだからそれに比べれば体力の消耗は少ないだろう。しかし、それでも初出動で精神的な消耗はあっただろうに、これだけ暴れ回る元気があるのだから実にタフである。ああ、若いって良いね。精神三十路越えの俺にはとても付いていけない熱血さだ。是非ともその調子で精進して貰いたい。

「ん、皆集まってるね。今回の出動について、反省会を始めるから席に着いて」

 新人+α(俺)が雑談をしていたミーティングルームに、タカマチ隊長とフェイト隊長の分隊長コンビが入ってくる。今回出動したのはスバルちゃん達新人四人に、スターズ・ライトニング両分隊の隊長二人、それにリーン空曹長が現場に当たったそうなのだ。ヴィータ副隊長とライトニング分隊の副隊長は他の現場にいた為駆け付けられず、不参加だったようだが。それでも、両分隊で初めて本格的に参加した任務でもあった訳だ。
 それにしても、タカマチ隊長もこんな仕事に付いている割に線の細い女性だと思っていたけれど、フェイト隊長はそれに輪を掛けて荒事に似つかわしくない美人さんである。それも、そんじょそこらのモデルやアイドルよりよほど上の外見だ。身体はボン、キュッ、ボン。確か元々は執務官、いわば現場での統括指揮をしているような役職の人間だから、かなりの切れ物でエリートの筈である。容姿端麗、頭脳明晰、そして出世頭のエリート。どんな完璧超人だ。

「ティアナ、あんまりスバルに乱暴しちゃ駄目だよ?」
「い、いえ! フェイト隊長! これは馬鹿の躾けです! 暴力じゃありません!」
「うぅ、ティアー。その発言が言葉の暴力だよぅ……」
「ほら、苛めたら可哀想だよ。ミーティングを始めるんだから、仲直り。ね?」
「う、はい……」

 でもまあ、エリートと言うより幼稚園か小学校の先生である。容貌はどちらかというと怜悧な印象を抱かせる感じなのに、醸し出すふんわかほわほわな雰囲気が全て相殺して、それどころか印象を逆転させている。いやはや、実に好みのタイプの女性なのだが……この身が恨めしい。まあ、前世の身体だったとしても、美人過ぎてとても口説き落とせるようには思えないが。
 おっとと、それよりも仕事だ。ミーティングだ。反省会である。幾人かここにいるべき人間が事件の後処理や別件で不在なので、その分俺が働かなければならないだろう。特に隊長陣はまだ仕事が残っている筈だ。さくさく終わらせてしまおう。

 先ほども少し見たが、改めて今回の出動の際の録画映像を最初から再生する。初出動の仕事をこうして映像として再生され評価されるのだから新人4人は緊張しているようだが、実際始まってしまえばこうした反省会自体は何度もやっているのでスムーズに進行した。皆の教官であるタカマチ隊長が行動の一つ一つにチェックを入れ、どうしてこういう行動に至ったか口頭で述べさせられる。その時は正しい判断だと思って取った行動でも、こうして改めて客観視させられれば粗も当然見えてくるだろう。そして、自分でも気付いた間違えを起立させられ、改めて間違った判断を口にしなければならないのだから一種の羞恥プレイである。完璧主義者で優等生肌のティアさんは実に苦々しい表情をするし、引っ込み思案な所のあるキャロちゃんに至っては黙り込んでしまう事も珍しくない。だがまあ、この恥かしさが反省を促し、今後に繋がるのである。多分。
 俺も昔はプレゼンでぼっこぼこに叩かれて凹んだものだ。叩かれた方が伸びるとは体育会系の理屈っぽく聞こえるが、痛い目を見た方が物覚えが良くなるのもまた事実だ。当初タカマチ隊長は「しばらくは細かい事に捉われずのびのびやらせて上げたい」等と言っていたが、却下である。尻を叩いてやるなら最初の内、何かと折れ曲がり易い新人の内にすべきだ。後になればなるほど修正は容易じゃなく、本人達の為にもならない。という意見を通して、反省会の頻度を数倍、羞恥プレイの口頭報告の制度を付け加えた犯人は俺だったりする。もちろん、恨まれそうなので内緒で。うはは、若い時の苦労は買ってでもしろってな。
 が、まあ、今回の反省会で一番テンパっていたのは俺なのだが。なんせヘリコプターで上空から飛び降り、走っている列車の上に乗り移るとか。いつからアクション映画になったんだ? マクレーン警部だってもうちょっと安全な乗り移り方するぞ。あとガジェットはビーム撃つなビーム。ぎゃあ、危ないから零距離特攻クロスカウンターなんて機械相手にすんなよスバルちゃん。録画映像を見ながら、終始はらはらしっ放しである。走っている列車の上でガジェットとくんずほぐれつの戦闘なんて愉快なことをされれば当然だ。

「着地用の浮遊魔法があるからって、ちょっといくら何でも危険過ぎません?」
「危険なのは確かだけど……これが私達の道だからね。出来れば安全にやらせてあげたい。でも、多少の危険を跳ね退けられないようじゃこれからもっと危なくなっちゃうから」

 隣の席に座っている彼女、エリオとキャロちゃんの保護者であるフェイト隊長に話し掛けるが、残念ながらそうした危険を覚悟しなければならないお仕事らしい。まあ、バリアジャケットもあるので、列車の車輪に巻き込まれるようなことでもなければ死にはしないとは思うが……。それでも初出動にしてはハードすぎる。隊長達は別行動で、フォローは戦闘能力が高いと言い難いリィンフォース空曹長のみってのもどうなんだ。戦闘に関してはド素人も良い所なので口を挟めないのがどうにも歯がゆい。
 そうして、映像は何度か切り替わり、遂に問題のシーンである。

「アイリーン、この魔法について説明してくれる?」

 エリオが縦横無尽にどでかいガジェットの周りを飛び回っている所で映像が止められる。普段は一度始めたら終わりまでは止めないタカマチ隊長の寸評も中断し、俺へと全員の視線が集まった。エリオには説明をしていたが、それでも本当極々簡単に使い方と効果を教えただけである。もしかしたら俺に任せようと説明は一切していないのかもしれない。ま、確かにこれは俺の仕事だろう。半分照れ、半分晒し者にされてる気分になりながら立ち上がってモニター前のタカマチ隊長の横に並ぶ。

「魔法構成担当のアイリーン・コッペル技術准尉です。モンディアル三等陸士の使用した試作魔法について説明させて頂きます。まだ仕様書としてまとめていないので今回は簡潔に口頭のみですが、隊長陣には明日にでも、他のフォワード陣には許可が下りたらすぐにでも書類にしてお渡し……」
「「「「……」」」」
「分かりました、すぐ始めますから睨まないで下さい。……では、こちらを見てください」

 形式を軽視し問題を起こしたばかりだったので、今回はきちんと形式に乗っ取って答弁しようと思ったのだが。隊長・新人含めて全員から火傷しそうな視線を貰ってしまったので省略する。特に正面、一番前の席に座ったティアナさんの視線がきついきつい。プライベートなら罵倒はもちろん手まで飛んできそうな雰囲気すら持っていた。
 現在静止している映像はエリオの速度でぶれていたので、ソーセキに命じて映像モニターにリンクさせて修正、クリアリングを施す。まあ、見易いように切り出した静止画を綺麗にするだけなので大した手間ではない。ソーセキの中の既存プログラムで充分対応出来る程度だ。ソーセキから送られて来た切り出した候補の内一枚、ちょうどエリオが跳ねた瞬間の映像をモニターに映し出す。注目すべき所はエリオの足元、黄色の魔力光を放って”足場”にしている場面だ。

「正式名称はまだ決まっていませんが、この試作魔法を一言で表すなら”空中歩行魔法”になります。空を飛ぶ魔法ではなく、空を歩く為の魔法ということですね。つまり」
「ちょ、ちょっと! あれが歩く!? 歩くなんてもんじゃなかったでしょ、あの速度! 空中を歩けるようになったぐらいであんな高速機動が出来るようになるなら誰も苦労は……」
「ティアナさん、ミーティング中ミーティング中」
「っ……す、すみません」
「こほん、続けます。今ランスター二等陸士が指摘したように、速度と機動性能に目が行っているようですけど、どちらかといえばこれは副産物に当たります。コンセプトは”どこでも足場に出来る”魔法ですので。……タカマチ隊長、ちょっと後ろに下がって下さいね」
「え? あ、うん」

 今回の魔法は運良くというか、既に完成しているプログラムの組み合わせで大分楽が出来た。でなければ突貫工事一日だけではいくらなんでもここまでちゃんとした形にはならなかっただろう。待機フォルムのソーセキに命じて、試作魔法を起動させる。まだデバッグ作業や最適化を行っていないので想定上の数値よりもやや重くなってしまっているが、それでもソーセキを起動状態に変える必要がない程度には軽く出来ている。どちらかといえば、画像のクリアリングの方が重いぐらいだ。横に立っていたタカマチ隊長に退いて貰ってスペースを確保すると、俺はミーティングルームの壁に近付き。そして、壁に足を掛け

「まあ、こんな感じですね」

 ”上下逆さまになった”皆がぽかんと間抜けに口を開けているのを、優越感と共に”見上げ”る。まあ、それも当然だろう。壁に向かって歩いていったと思ったら、そのまま壁を歩いていって天井に足でぶら下がるように平然と立っているのだから。しかし、ぶら下がっているとはいっても、俺の長い髪や六課の制服であるタイトスカートは垂れ下がっていない。皆から見れば天井からぶら下がっているように見えても、俺からすれば天井だった部分が引っくり返って床になっているようにしか見えないのだ。

「……あ、アイリーン准尉ってニンジャだったの?」
「違うでしょ、フェイトちゃん。これは……」
「まさか、重力制御!? ど、どこが”空中歩行”程度だってのよっ!?」
「”擬似”重力制御ですけどね」

 激烈な反応ありがとうございます。アイリーン人生での一番の自信作なので、ここまで驚いてくれると思わずにやけてしまう。なんせ、”あの”ティアナさんが信じられないものを見るような視線で見てくれている。普段は何かと意見の対立も多く、辛口な意見ばかりなので彼女の度肝を抜けたのが嬉しくてたまらないのだ。スバルちゃんとキャロちゃんはまだ呆然とした顔で天井に突っ立っている俺を言葉なく見上げている。唯一魔法の概要を知っていたエリオだけは俺と視線が合うなり苦笑した。生意気だぞ、エリオの癖に。
 問題ないとは思うがまだろくにデバッグも終わっていないα版だ。いきなり緊急停止したら真っ逆さまに落下して頭蓋骨陥没か首の骨を折ってしまいかねないので、壁を歩いて上下を元に戻す。ただし、今度は床から数十センチ上、つまり空中を足場にして、タカマチ隊長とほぼ同じ目線の高さに合わせる。

「という感じに、どこでも足場に出来る魔法です。難易度的には初級の浮遊魔法よりほんの僅かに難しいかなという程度ですし、持続の為の負担もほとんど掛かりません。まともに魔法行使の出来る人間ならばデバイスなしでも問題なく使用出来るでしょうね。デバイスの補助があるなら、他の魔法と並行使用しても負担はほとんどない筈です。さすがにまだ使用データが私とモンディアル三等陸士の物しかありませんから、調整にはもう少し時間がいりますけど」
「アイリーンちゃん、しつもーん」
「はい、ナカジマ二等陸士。プライベートじゃないんだから口に気を付けろ、なんて突っ込みはわざわざ言いませんけど、何ですか?」
「言ってるよねそれ!?」
「はいはい、良いから質問どうぞ」
「うぅ……まだ良く分かんないんだけど。これって逆さまになっても落っこちない、見えないウイングロード……で、合ってる?」
「スバルちゃんにしては的を射た解釈ですね。概ねそれで合ってますよ。他にも相違点はたくさんありますが。ウイングロードと違ってあらかじめ設置しておく必要はありませんし」
「わたしにしては……」

 何故かスバルちゃんが影を背負ってしまったがいつもの事なのでスルー。今回の魔法はまさにウイングロードから発想を得た物だ。ウイングロードの構成式を使った訳ではないのだが、念の為使用許可はギンガに取ってあるので著作権の心配はない(ちなみにスバルちゃんにはどうせ深く考えずにOKを出してしまうので確認すらしてない。いつか騙されて保証人の欄にサインしてしまいそうで、お兄さんは心配だ)。
 ウイングロードは元々スバルちゃんの母親、クイントさんが使っていたオリジナル魔法だ。空中に魔力を素材にして仮想の道を作り出すその魔法は、ローラージェットで走る場所を確保する用途で使用される。いわば、シューティングアーツの為だけに作り出された魔法だ。けれど、応用が効かない訳じゃない。何度かティアナさんがその上を走っていたように、シューティングアーツ以外の陸戦魔導師にも十分役に立ってくれる魔法なのである。
 しかし、哀しい哉。限定目的で作られたウイングロードは同伴するティアナさんにとって使い勝手が良いとは決して言える魔法じゃない。遮蔽物がないので狙い撃ちに合い、退避するにしても逃げる場所が酷く限定されてしまう、そして何よりウイングロードは相手の目にも丸見えなので容易に先読みされてしまうのだ。少なくともスバルちゃんのローラージェット並の機動力がないと良い的だろう。便利ではあるものの、ティアナさんのようなスタンダードな陸戦魔導師が利用するにはいささか辛い。第一、構成の仕様が非常にピーキーで、スバルちゃんやギンガといったクイントさんの実の娘ぐらいしか使用出来ないのだから汎用性は皆無だ。

「……これは私達が個人で使える、いえ、陸戦魔導師全般用に調整したウイングロード。そういう目的で作ったのね?」
「正解!」

 説明を受け、すぐさま製作方針を察してくれたティアナさんに良い笑顔で親指を立てる。まあ、リスペクトさせて貰ったのは”方針”であり、構成の面から見ればウイングロードとはほとんど別物である。いやはや、タカマチ隊長のアドバイスがなかったら、飛行魔法の分類じゃないというだけでせっかく身近にあった解決策を見逃す所だった。別に陸戦魔導師がわざわざ空戦という苦手分野で戦う必要はない。要するに空でも陸戦を行えるようにすれば良いのだ。
 そこで、今まで黙って説明を聞いていたフェイト隊長が手を上げる。俺が頷いて返すと、小首を傾げながら質問を口にした。

「でも、それだけじゃああのエリオの機動には繋がらないよね。どうやってあんな速度を出したの? 異常なほどの小回りの良さもだけど」
「それはさっきも言った通り副産物なんですが。……この魔法は加重軽減魔法を利用して作っているんです」
「加重……軽減魔法?」

 おそらく俺の提出したデータが手元に届いていないか、まだ読んでいないのだろう。スバルちゃんやティアナさんも使用している、俺のオリジナル魔法”加重軽減魔法”。これは簡単に言ってしまうと、浮遊魔法を発動させて無重力、低重力に近い環境を擬似的に作り出す魔法だ。そういう意味では飛行魔法の分類といえなくもないが、ようするに”重力の方向とは逆ベクトルに”浮遊魔法を発動させて擬似的に重量を0にする魔法なのである。今回の試作魔法も同じ要領で、使用者が足場と見定めた場所を基点として擬似的な重力が掛かるよう調整されている。既存の浮遊・飛行魔法との最大の違いは使用者が”足場”と定めた発動ポイントを基点にして強制的に1Gにしてしまうという点である。つまり、

「ポイントは三倍の重力がかかるような環境下だったとしても、魔法が発動した時点で身体に掛かる負荷を強制的に元の環境に戻す魔法でもある、ということなんです」
「……えっと?」
「例えば、全速力を出して地面に突撃すると、自分の体重の何倍もの衝撃が返って来ますよね? それをこの魔法は着地時に身体に掛かる負荷を強制的に”普通に立っている状態”に戻せるんです。もちろん、それは魔法による擬似的な環境ですから、設定でいくらでも変更が効きます。エリオ……モンディアル三等陸士のやった機動はその設定を0Gにすることで、速度を損なうことなく反動なしでベクトル変更していたんですよ」

 初速がアホみたいに上がっていたのは無重力下に近い環境で魔力による瞬間ブーストジャンプ(こっちの魔法構成式は失敗作の飛行魔法から流用した)を行ったせいである。もちろん一旦足場から飛び出してしまえば、普通の環境に戻るのだが、連続使用すれば発生した慣性を利用して本来の最大速を容易に越えられるという理屈だ。いや、元々素早く移動出来る方法として直線的に何度もジャンプをするような使い方は想定していたのだが、それをエリオは自分の運動神経で無理矢理ベクトルを変え続けるという脅威の応用をして見せたのである。自転車を普通に走らせるんじゃなくて、片輪だけで走ったりアクロバティックな方法で乗り回すようなものか。何重にも加速を重ねた速度による運動エネルギーは相当な物になるが、元々10トン以上の荷物を運べるように想定した加重軽減魔法だ。人間一人分ぐらいの質量なら、かなりの速度を出していても相殺出来る。もちろん、限度はある、が。

「モンディアル三等陸士の体重が40kgで時速200キロ近く出したとしても、衝突時間を仮に0.1秒と計算してその際に掛かる力積はおよそ2.3t。単純計算で適当にもほどがありますが、充分加重軽減魔法で相殺出来る数字です。加重軽減魔法での限界よりも、どちらかというと風圧での減速や音速の壁の方で問題が出るかもしれませんね」
「……な、なのは分かる?」
「……全然」
「まあ、ようするに無重力状態で初速が出せて、上下左右地上空中関係なく足場を作れる。そして着地時も慣性による負担が一切掛からない魔法だと思って下さい」

 こそこそ内緒話を始める隊長二人に苦笑しながら、俺は出来るだけ噛み砕いた説明を行う。実際の計算方式やら構成上の仕組みまで説明していない筈なのだが、それでもやや理屈に偏り過ぎていたようだ。
 一応今回はエリオが使用するということを前提に1Gで立ち止まれるモードと、踏み出す際0Gで魔力によるブーストがオートで発生するモードを設定しておいた。エリオの感覚のみだけで言うなら、空中上下左右関わらずどこでも足場になって、蹴り出せばロケットスタートのように速度が出る魔法、という所だろうか。俺が危惧したのは速度に追いつけず足を引っ掛けたり、障害物に激突する危険性だ。テストをエリオに任せたのも、俺のような運動神経がぶち切れた人間には手に余ると踏んだからである。まあ、エリオのような無茶な使い方をせず、直線的に距離を取るだけならばキャロちゃんにも問題なく使える筈だ。
 一通りエリオに渡した魔法の設定について説明すると、何故か呆れたような疲れたような表情でティアナさんが頭を抱える。胡乱げな視線をこちらに向けてきたかと思えば、額を押さえながら言葉を漏らした。

「加重軽減魔法の時点で大概だとは思っていたけれど。アンタのその発想はどこから出てくる訳……?」
「まあ。”足場”の設定やG周りの計算式には苦労しましたけど。ほとんど私が前から作っていた物を組み合わせただけなので、そこまで難しい物じゃ」
「そうじゃなくて! こんな非常識な発想が出てくる時点でおかしいのよ!? もう飛行魔法どころか別系統の魔法じゃない! それも、明らかにこれはどの既存魔法にも当て嵌まらない新魔法よ!?」
「何が気に食わないのかさっぱり分かりません。あとテーブルを叩かないように」
「そ、そうだよ、ティア。落ち着いて、どーどー」
「だからアンタは私を馬扱いすんなっ!!」

 ヒートアップして両手で何度も机を叩くティアナさんをスバルちゃんが宥めようとしているが挑発にしかなっていない。もうノリがミーティングからプライベートの物に移行してしまっていた。
 既存魔法に当て嵌まらない、ってことはないと思うんだけどなぁ。俺がやったのは元からある魔法や発想の組み合わせで、ちょっと違う使い方を整えて一つの魔法にしてやっただけだ。基礎になった加重軽減魔法にしたって浮遊魔法の応用であることには違いないし。さすがに一から理論立てて全く新しい魔法を作るには俺の頭の程度が足らない。元からある物を使って作った方が絶対に楽だし、質も上がる筈だ。本当の意味で全く新しい魔法ってのに憧れがない訳でもないのだが。

「……まだ理解し切れてない部分があるけれど、凄い魔法だね。飛行魔法で逆噴射しても慣性はどうしたって殺しきれないのに、それを浮遊魔法の改造でやっちゃうなんて」
「フェイト隊長、飛行魔法の推進力と浮遊魔法の浮力のシステムは全く別物ですよ。まあ、普通に使ってるだけの人からすればどこまで浮遊魔法でどこからが飛行魔法か分かり辛いかもしれませんけど」
「ということは、空戦でも恩恵は受けられるんだね」

 ティアナさんと同じぐらい、フェイト隊長もこの魔法に興味深々のご様子だ。空中固定砲台のタカマチ隊長と違って、フェイト隊長は速度重視、機動性能重視の空戦魔導師と聞いている。慣性を無視できる魔法だ、関心の一つも引かれたのだろう。まあ、仕様は完全に陸戦魔導師をターゲットにしているので、このままじゃあ空戦魔導師には使い辛いと思うけどな。

「あ、あの……」

 全員が全員、自分の考えに没頭しているのかミーティングルームに静寂が訪れている。そんな場面で、おそるおそる手を上げる者がいた。エリオの横の席で小さな召還竜、フリードを抱えて話を聞いているだけだったキャロちゃんだ。あまり強く我を押し通せる性格ではないし、静かになった所でようやく話しかけられたのだろう。

「何? どうかしたの、キャロちゃん。疑問があるなら答えるよ」
「ううん。そうじゃなくて。……今日の出撃のことなんだけど」
「……? 今日の出撃のことを隊長達じゃなくて、私に?」
「あ、う、その……隊長達にも言わないと……いけないと思うんだけど」

 何故かキャロちゃんは酷く言い辛そうな様子で言葉を濁らせている。いくら引っ込み思案な方だといっても、質問ぐらいで躊躇わない程度には慣れて来ている筈だ。考え事をしていた他の面子も何事だとキャロちゃんに視線が集まっていく。余計に言い辛くなるのではないかと心配したが、キャロちゃんは意を決したように、強い語調で一気に吐きだすように声を上げた。

「エリオ君が、全部終わった後に吐いちゃってたの! でも、エリオ君は別に平気だからって……!」

 その言葉に一斉に視線がキャロちゃんからエリオへと移される。もちろん、俺もである。そんな事実初耳だったからだ。視線を一心に集めた張本人のエリオは、慌てたように顔の前で両手を振り。

「い、いえ! ただ単に気分が悪くなっただけです! あ、あはは、鍛え方が足りてなかったみたいで情けなくて。でも、今は元気ですし、何も問題は」
「この……馬鹿っっ!! どうして報告しないッ!」

 思わず。言い訳を口走ってへらへら笑うエリオに。俺の口から罵倒が飛び出していた。エリオの前の机を押し退けて、頭をぶん殴り……いや、ぶん殴ろうと手を振り上げたところで自制する。代わりに胸倉を掴んで引き寄せると、目を丸くしているエリオを睨み付けた。先ほどまで浮かべていた笑みのままで固まって、口元が僅かに引き攣っている。

「どうなったか、全部報告しろ! 今! すぐ! ここで! 正確にっ!」
「あ、う……は、はい。ガジェットを倒した後、気が抜けて、そうしたら気持ち悪くなって……」
「……それで? どうしてそうなった?」
「え、いや。たぶん飛び回っていた時上下がぐるぐる入れ替わったから、それで酔っちゃったのかも……」
「……そうか、三半規管が急激な重力の変更についていけなかったんだ。軽減魔法で身体に負担がいかなくても、三半規管や脳は重力の方向のブレで揺さぶられて……タカマチ隊長、モンディアル三等陸士を医務室に。問題ないと思いますが、念の為精密検査をしておいた方が良いと思います」
「あ、アイリーンさん! 別にもう大丈夫で」
「あんまふざけた事ばかり言うと、その口縫い合わせるぞ」

 重力制御は擬似とはいえほぼ想定通りの数値が出ていたから、内臓の方は問題ない筈だ。しかしあれだけ上下左右関係なく足場を発生させまくっていたのなら、脳が頭蓋骨の中でかなりシャッフルされていてもおかしくない。正直、上下をあそこまで連続して反転させまくったのは俺の設計想定外。すぐにでも精密検査をするべきだ。頭を打ちつけたのとは違うが、医療に関しては専門外も良い所。念には念を。後で障害が起こる可能性だって皆無ではないだろうから。

「さっさと医務室に行……いえ、もう私が連れて行きます。隊長、ミーティングの途中ですが、退室しても良いでしょうか?」
「う、うん、どうぞ」
「アイリーンちゃん、わたしも行くっ」
「そう。それじゃキャロちゃんはそっちの腕を掴んで。逃がさないように」
「うん!」
「だ、だからっ、アイリーンさん!? ちょっとー!?」
「黙れ、口を閉じろ、呼吸以外するな」

 危機感の全く足りていないお子様の腕にがっしりアームロックを掛け、キャロちゃんと一緒になって引きずっていく。まったくホウレンソウ(報告、連絡、相談)はどこの世界でも基本だろうに。昔諦めた身体強化魔法は既に正式な物を覚えているので発動させ、ほぼ同体格のエリオを問題なく運んでいける。運動神経まではフォローしてくれないが、エリオを引きずる程度なら十分可能だ。
 しかし、先ほど戯れとはいえ電流を流してしまい、ドアに頭を打ちつけたのが気になる。普段なら、その程度気に止める必要はないのだけれど、今回はタイミングが悪過ぎた。……本当に、今日は凡ミスが多い。多すぎる。しかも、俺のミスの皺寄せが全てガキンチョに行っているのが死にたくなる。
 前回徹夜で失敗したというのに反省が全然、全く、これっぽっちも足りていなかったのだ。本物の馬鹿か俺は。ミーティングルームを出て一目散に医務室へ向かう。六課には専門の医務官がいる。脳の方まで調べられるかは分からないが、これだけのエリート部隊の面倒を見る人物だ。少なくとも俺なんかよりは適切な処置を取ってくれるだろう。

 ああ、徹夜の妖精さんとその場の勢いに身を任せるとろくなことがない。
 情けなさに思わず涙腺が緩みそうになるのを目元を擦って堪える。本当に、ろくなことがなかった。





■■後書き■■
この作品は新人達の初出動より、主人公自作の魔法解説に時間を使っています。
(ry

ツッコミどころ満載だろう新魔法。物理関係は専門じゃないので生暖かい目で見てね!
と、言うのはやっぱ甘えでしょうかねぇ。
読者の方々も感想版含めて色々予想していただいたようですが、当たっていたでしょうか?
問題はこの魔法の正式名称が決まっていないこと。試作魔法で押し通すのは限界ですし。
さて、どういった名前を付けたものか。読者様からの案も絶賛募集中。



[4894] test run 15th「晴天の霹靂」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d
Date: 2012/08/30 18:44
 部屋に、キーボードを叩く音が木霊する。魔力で作った投影タッチパネル式の擬似キーボードではない。もっと使い慣れた、プラスチック樹脂の”本物”のキーボードの音だ。ディスプレイモニターに映っているのは確か……昔取引先から依頼されたソフトの一部、そのクラスファイル。プログラムにエラーが出てしまって、どこにミスがあったのか確認しようとしたのだけれど、どうしても原因の部分が追い切れない。ああ、そうだ。まだこの時は新人で、しかも半分以上他人が作ったプログラムだったので、どうしても大体の”当たり”が付かなかったのだ。この手のミスは、慣れてくると大体どの辺りがエラーの原因なのか見当付いてくる。しかし、最初の内はエラー文を見て一つ一つ辿っていくしかないのだ。
 同じ場所をぐるぐると何回も回らされるオブジェクト指向のプログラムの流れは、まだ拙い俺にしてみれば迷宮にも等しかった。しかし、数百、数千のファイルに刻まれた言語の一つ一つが全て意味を持った部品であり、ソフトとしての働きを成している。だから一単語、一文字でも間違いが起こってしまえばエラーを引き起こしてしまうだろう。

 頭を使うのは苦手だった記憶がある。子供の時は身体を動かす方が好きで、サッカーやバスケを友達連中と毎日のようにしていた。親譲りの体格があったおかげだろうか、クラブに入って専門でやっている連中相手にも互角以上にやりあえた。
 それがいつからか、言語や数式の海に魅せられるようになった。一つ、理解が深まる度まるで広がっていくように感じられる世界に、喜びを覚えるようになった。自分の思い通りに世界を構成出来るようになってからは、楽しくて仕方なかった。
 ”記憶”の中の俺は、だぁっ、と頭を抱えて仰け反る。大方、煮詰まってしまったのだろう。決して楽な仕事だった訳ではない、むしろどんなに勉強しても足りないぐらいに要求される知識に、どんなに働いても終わらないデスマーチと、はっきり厳しく辛い職種だっただろう。

 だが、結局好きだったのだ、その仕事が。機械の中のプログラムという限られた、けれども広大な世界が。俺はどうしようもなく、気に入っていたのだ。

 だから、こそ。





「……なんか、変な夢を見たような気がする」

 ベッドから身を起こした俺は、ぼさぼさになってしまった透き通るようなアクアブルーの頭を掻き回した。伸び過ぎた前髪が目に掛かってしまって少々ウザったい。髪の手入れこそマリエルに五月蝿いぐらいに躾けられているので六課で寝泊りしてる時も欠かしたことはないが、それ以外は基本的にノータッチだ。マリエルやギンガにはまめに美容院に通って整えてもらうように言われてるんだがね。元男の身としては高い金を出してまでわざわざ足を運ぼうと思わない。
 ベッドの上で猫のように伸びをすると、ほんの僅かに背中の骨が鳴った。凝りや疲れとは無縁なのが、まだ若過ぎるこの身体の最大の利点だろうか。一晩ぐっすり寝てしまえば、すぐに回復してくれるのだ。欠伸を噛み殺しながら、ベッドを降りる。部屋の中を見回せば、ピンク色の壁紙や家具に大量のぬいぐるみ、そして無骨で頑丈一徹なパイプ棚と作業台が実にアンバランスな雰囲気を醸し出していた。お世辞にも、趣味が良いとは言い難い。マリエルは少女趣味一色に染めたかったみたいだが、自分で購入した物は頑丈さと安さを優先して選んだので部屋の二極化が進んでしまったのだ。
 そう、ここは六課の部屋ではなく、実家の自室である。実は約一ヵ月半ぶりの帰宅だったりするので、案の定というかなんというか、昨晩は物凄い大目玉を食らってしまった。

『そこに座りなさいっ! アイ!』
『ご、ごめん、かーさん。仕事が忙しくて』
『だからって帰って来ることぐらい出来るでしょっ。アイは、アイは……お母さんより仕事の方が大事なのねっ!!』
『なにその倦怠期に入った妻の台詞』

 いやぁ、拳骨まで貰ったのはアイリーンになってから初めてだ。空港事件の時は入院してしまったので手は上げられなかったし。何時間も説教を食らい、ごちんごちんタンコブがいくつも出来そうなぐらいに頭を叩かれて半分泣きが入って来た所でようやくクロエの仲裁が入って解放された。忙しかったのは事実だけど、帰り辛くなってずっと帰ってなかったからな、怒られるのは当然か。実は機動六課にまで乗り込もうとしていたらしく、クロエが必死に止めてくれていたそうだ。さすがにこの年で職場に親に乗り込まれるのはきついので助かった。9才だけど。
 カーテンを開くと、お日様の光が部屋に差し込んだ。さらに窓を開けば、早朝でまだ多少寒いが実に清々しい。水玉模様のパジャマ姿の俺は、窓枠に手を付いて身を乗り出し、目一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。

「んー……良い天気だなぁ、絶好の出張日和だ」
「【出張先は別次元世界ですので、ミッドチルダの天候と関連性はないかと】」
「気分の問題だよ、気分の」

 テーブルの上に置いてあるソーセキの、生真面目なんだか冗談なんだか分からない台詞に軽口を返しながら、パジャマの上を脱ぎ捨てる。生まれて初めて別次元の世界に行くのだから、仕事でとはいえ多少浮かれてもバチは当たらないだろう。
 とまあ、そういう訳で。出張先では制服だと駄目らしいので、怒られるの覚悟で私服を取りに家に帰って来ていたのだ。管理外世界、発見はされているものの時空管理局がまだ介入していない世界らしい。タカマチ隊長やヤガミ部隊長はそこの世界出身らしく、仕事も兼ねて里帰りと洒落込むそうだ。職権乱用のような気もするが、今回の仕事であるロストロギア捜索の為の拠点は現地で知人に世話になるらしいし、上手いこと職権乱用にはなってないのだろう。公私混同は否定できんだろうが。
 管理外ということで、出張先の世界の情報はまだ貰っていない。しかし、何にしても初の異世界旅行だ。実に楽しみである。

「アイー、ご飯よー?」
「はいはい、かーさん。今行くよ」

 出張の準備はマリエルの微妙飯を食ってからだな。
 水玉パジャマの下も脱ぎ落として下着姿になると、さてどれを着ようと収納の中を漁り出す。服に関してはマリエルの趣味一色なので、フリルの付いた奴とか、丈の長いスカートばっかりで別の意味で選択に困る。スバルちゃんみたいにラフな格好が一番楽なんだけどなぁ。どうも俺の服のセンスは皆無らしく、自分で買った服を着て行くと周りにダメ出しされることが多い。仕方無しに、何度かマリエルに着せられた服を何着か取り出して、どれが一番マシだろうと首を傾げる俺であった。





 評価は高かったが、俺の不手際で色々問題も巻き起こしてしまった試作空中歩行魔法。新魔法として登録に必要だという事なので初めて付けた正式名称「フリーウォーク」(俺の中での愛称はバイバイニュートン)は、あれからさらに何度かテストを繰り返して一応実用に耐える物に仕上がっていた。が、一応と付くことから分かるように、まだまだ改良の余地はある。細かな調整や魔力ロスの改善など基本的なことは勿論、エリオの引き起こした”酔い”に対する問題も今後の課題になるだろう。内臓に掛かる負荷等は加重軽減魔法によって問題ない筈だったのだけれど、重力の変動によって術者に掛かる負担というのを正直甘く見すぎていた感がある。エリオの使った設定では、0Gと1Gが著しく変わる(魔法によってGが変わるのは足場を作り乗せている間だけ、足が離れた瞬間に元のGへと戻る)が、テストに協力してくれたフェイト隊長曰く「便利だけど感覚が狂う」らしいのだ。頭では分かっていても、自分の体重がゼロになったり元に戻ったりという状況に感覚の方が付いていけないそうである。まあ、その感覚に慣れれば良いだけの些細な問題だとは言っていたが、それまでバランスを崩したり、気分が悪くなったり等と起こりかねない。運動神経が多少必要だとは考えていたが、この問題は俺の想定外だ。
 そして、最大の問題点はエリオの使ったような上下反転も含めた多重連続起動だ。常に下方向にGを発生させている状況なら良いが、90度、あるいは180度といった方向にGが発生するよう魔法を使うと、使用者にはまるで”ぐるん”と世界が回るように感じられる。それを聞いただけでも三半規管にそれなりに負担が行きそうだが、問題の上下反転連続使用時に至っては世界が常に回っているに等しい。おまけに足を離した瞬間Gの向きが変わるのだ。これは酔わない方がおかしいだろう。まあ、エリオの使った機動の場合は足を付いた瞬間0Gなので、無重力→地面方向に1G→無重力→地面方向に1G→……で、ぐるぐる回るのとは違うけれど、それでもGの方向が術者視点で変わり続けるのには違いない。

 多少の負担はあるが長時間その環境下に置かれなければ人体の健康に支障はない、と医療担当の先生には太鼓判を押して貰っている。なのでひとまずはエリオの使ったような上下反転連続使用は禁止し、同一方向での使用か、数回のみに抑えるよう通達して正式配備になった。そう、正式配備だ。陸戦フォワード陣、つまり新人達全員にこの魔法は配備された。感無量ではある。しかし、エリオの時のミスを忘れてはならない。遂に俺の魔法を本格的に扱う人間が出てきたのだ、些細なミスも出ないよう褌を締め直して改良していく必要があるだろう。

 新魔法を使い始めて数日ほどだが、この魔法を使う新人達を相手するタカマチ隊長からは「すごく厄介になった」とお褒めの言葉を頂いている。
 ある程度制限が付いてしまったとはいえ、エリオとこの魔法の相性の良さは初出動で見せた通りだし、スバルちゃんはウイングロードと連携する形で初速と加速度をアホみたいに増している。ウイングロードに足を乗せっ放しなので、前方向に擬似重力が働くように設定した。下方向のGを軽めにして、魔力による瞬間ブーストも合わせて使えば、未使用時の最高速度をいきなり叩き出すことも不可能じゃない(もっとも初速でブースト全開でぶっ飛ばしたら、スバルちゃん自身がぶっ飛んだが)。それでいて「一番厄介なのはティアナとキャロかな」との事だ。まあ、後衛があの時のエリオより少し劣る程度の速さで距離を取ってくれるのだから気持ちは分からないでもない。そっちは概ね俺の思惑通りだ。元々フリーウォークはエリオやスバルちゃんが使っているように攻撃の為に設計したのではなく、みんなの安全を考えて作った代物だ。逃げ足が早くなるのに越したことはない。

 その一方で、隊長達は使用を見合わせている。伸び盛り、まだまだ発展途上の新人達と違って、隊長達の戦法は既に確立されているからだ。この魔法を本格的に使おうと思えば、かなり戦法(あるいは戦術レベルから)を変えなければならないらしいし、この魔法がなくても自前の飛行魔法や高速化魔法がある。後々使うかもしれないにせよ、今はまだ六課の大事な時期で自分に時間を使っていられないとのことだ。機動性重視のフェイト隊長には後で個人的に使わせて欲しいと頼まれているのだが。
 ああ、それと例外はもう一人いた。

「なーなー、あたし用にも調整してくれよ。加重”軽減”じゃなくて、逆に重くすることも出来るんだろ? ほら、これ見ろ。あたしの切り札のギガントだ。ぴったりだろ?」
「あくまで”擬似”重力制御ですからね? ようは浮遊魔法の亜種でそう見せかけてるだけなんですから、こんな巨大な質量の重量をさらに増すのは無理ですって」
「むぐぐぐ、ならあの高速機動だけで良いからさぁ。あたしなら、ちょっとやそっとで酔いもしないし。なーなー」
「はぁ……新人達が落ち着いた後にやってあげますから。後で要望をまとめて書類にして渡して下さい。データ媒体でも紙でも良いですから」
「よっしゃあっ!」

 出張先に移動する為のトランスポート施設(ミッドチルダでは転移魔法の使用に著しい制限を掛けていて、トランスポート施設以外での転移は基本的に禁止。特に次元間の転移魔法は結構重罪)に向かわなければならないので、”ヤガミ部隊長と愉快な仲間達”と一緒に屋上のヘリポートへ向かっていたのだが。その途中でヴィータ副隊長に見事絡まれていた。知っての通りヴィータ副隊長の魔法は古代ベルカ式なので、ミッドチルダ式からコンバートするのはかなり骨の折れそうな作業だ。というか、今の俺の知識だけでは無理。専門書と睨めっこをして勉強しながらやるしかないだろう。だがまあ、前に頼まれていたヴィータ副隊長の魔法を改善してくれという頼みよりは格段にマシだ。半分以上諦めた気持ちで了解の返事を返すと、俺の首に腕を回して逆の拳を振り上げて喜ぶヴィータ副隊長。ヤガミ部隊長と同じ誰でも抱きたがるような悪癖ではなく、ほぼ同身長同体格なので絡み易いとは本人の談。きっぱり迷惑である。タカマチ隊長クラスなら喜べるのだが、子供に抱きつかれても嬉しくもなんともない。

「なんや、随分仲良しになったなぁ、あの二人」
「良いのですか、主はやて。あの者は地上本部の人間でしょう? ヴィータが仲を深めるのはあまり……」
「あー、心配せえへんでも、あの子は問題ないない」
「……主はやてがそう言うのでしたら」

 ヤガミ部隊長とライトニング分隊の副隊長が何やら嫌な会話をしているのが聞こえてくるがあえて無視する。機動六課の試用期間が終わったら管理局を辞めるのだから、下手に首を突っ込んで権力闘争になんか巻き込まれたくない。稼いだ金とコネで、今度こそ俺が目指している便利魔法の開発に入りたいと思う。
 問題は便利魔法が非常にマイノリティで、市場に出す為のノウハウがまるでないということか。ミッドチルダでのサービス分野や技術関連になると、魔法単体ではなく魔科学とでもいうべき魔力をエネルギー源にした機械技術、科学技術の分野になってくるのだ。魔法行使の補佐をするデバイスがその技術の結晶であるし、自動車などの乗り物、冷蔵庫のような製品もそれに類する分野だ。ようするに、そういった生活に密着した機能は才能に左右される魔法単体では不向きも良い所なのである。魔法は選ばれし者の力ってのは中二病に感じるがミッドチルダ全体の常識であり、共通見解でもあるしな。どんなに便利で皆に使える魔法を開発した所で、民衆が見向きもしてくれなければどうしようもない。管理局の開発部に属していたって看板掲げて、どっかの企業に持ち込み・売り込みでもするしかないかもしれない。管理局の中だと、どうしても戦闘用の魔法に偏らざるえないし。民間の大手企業か資産家にでも目を止めて貰えると嬉しいのだが、そこまでは高望みし過ぎだ。結局、持ち込みや副業等でさらに金とコネを溜め、自力で会社を起こすなりなんなりするしかないのだろうか。

「そう考えると、もう少し管理局に残って実績を積むべきか? ……いやいや、これ以上いたら絶対抜けられなくなる。でも、ノウハウもなしに個人経営はさすがに」
「おい、なにぶつぶつ言ってんだよ。着いたぞ」
「はいはい、みんな集合ー!」

 俺が現実と理想の狭間で苦悩していると、呆れ混じりのヴィータ隊長に背を叩かれて我に返る。いつの間にか着いていたヘリポート上では、タカマチ隊長が手を叩いてその場にいる全員を呼び集めていた。面子は機動六課のフォワード陣フルメンバー。順に敬称略で、スターズ分隊隊長ナノハ・タカマチ、副隊長ヴィータ、分隊員スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター。ライトニング分隊フェイト・T・ハラオウン、副隊長シグナム、分隊員エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ、その召喚竜フリード。それに加え、部隊長のハヤテ・ヤガミに医療担当のシャマル、ヤガミ部隊長のユニゾンデバイス、リィンフォース・ツヴァイに使い魔の狼で11人+2匹の大所帯だ。
 ヴィータ副隊長、シグナム副隊長、つい先日世話になった医療のシャマル先生にリィンフォース空曹長と青い毛並みの狼、この全員がヤガミ部隊長の私的な使い魔(もどき)だというのだから驚きだ。っていうか、面子の半分がヤガミ部隊長個人の保有戦力じゃねえか。タカマチ隊長やフェイト隊長もヤガミ部隊長の幼馴染らしいし、機動六課が部隊ごとの保有魔導師ランクを超過しているのは部隊長が自分の親しい友人を誘ったらそうなっただけなのかもしれない。いや、公的組織として周りを身内で全て固めるその集め方はどーよと思わないでもないが。戦国時代の大名・武将でもあるまいし。
 ヘリの操縦の為にヴァイス陸曹もいるが、そっちはトランスポート施設まで俺達を送ったら引き返すことになっている。まさか管理外世界、管理局の存在が公に知られていない世界で堂々とヘリを乗り回す訳にも行かないし、送り迎えのタクシー代わりって訳だ。

「……本当に来たのね、アイリーン」
「何その反応。私が来ちゃいけなかったんですか?」
「だって、アンタ。根っからの引き篭もりで、普段から前線には絶対出ないって言ってたじゃない」
「今回の任務は危険がほとんどないらしいし、広域探査(エリアサーチ)の手が足りないっていうから裏方を手伝うだけですよ。あと引き篭もりって言うな」

 隊長達に軽い敬礼を済ませたティアナさんがこちらへとやってくるなり、実に心外な言葉を浴びせてくれた。いや、確かに普段六課本部からほとんど出ないし、家でも暇さえあれば自室に篭って魔法作ってるけど。それでも一応外にはちゃんと出ている。……訓練場とか、学校とか。学校は最近忙しくて行ってないけど。
 まあ、ティアナさんが不思議がるのも無理はないかもしれない。俺もタカマチ隊長から手を合わせて可愛く「お願い♪」をされなければ出なかっただろうし、別次元世界に興味を引かれたからこそ今回の出張を引き受けたと言える。さすがにガジェット絡みの危険任務だったら断ったが、今回は危険度なんてほとんどない捜索・捕獲任務である。医療担当のシャマル先生が出ているぐらいなのだから、大丈夫だろう。

「アイリーンちゃんはわたしが絶対守って見せるからね!」
「ぼ、僕だって守ってみせます! アイリーンさん、絶対僕達より前に出ないで下さいね!」
「いや、そもそも近寄らないし。とりあえず落ち着いて、二人とも」

 そして、何故か一緒の任務だと聞いた時からヒートアップしているスバルちゃんにエリオの前衛コンビ。二人の世話になる危険性が少しでもある任務だったら、絶対着いて来ないっていうのに。やる気があるのは良い事なのだが、二人のテンションがおかしなほどに急上昇していることに不安を覚える。困って残りのメンバーであるキャロちゃんに視線を送ると、花開くような可憐さで微笑まれてしまった。

「えへへ、一緒の任務だね。頑張ろうねっ、アイリーンちゃん」
「……ああ、うん、そうだね。頑張ろうね」

 この新人達とのやる気の差はなんなんだろうか。任務のついでに観光旅行だなんて考えて来た俺が悪かったかもしれない。むぅ、長いこと子供をやってたもんで基準が緩んだかな。一旦、旅行気分は心の棚に上げておくとして、仕事に集中しよう。異世界旅行は仕事が終わってから存分に楽しめば良い。

「タカマチ隊長、そろそろ出張先について教えて貰えませんか?」
「ん、とりあえず乗っちゃおう? 移動しながら、皆に説明してあげるから。現地の人と待ち合わせもしてるし、遅刻しないようにしないとね」

 まだ事前情報を仕入れてなかった俺はタカマチ隊長に進言したのだが、もっともな返答に頷き返す。ある程度の荷物や機材を持ってがやがやと騒ぎながらヘリに乗り込む一同。先ほどの点呼といいやっぱり旅行気分だよなぁ。……うん、見た目仕事による出張というより学生の団体旅行にしか見えないのは普段と違って皆が私服であることと、全員10代若い連中ばかりだからだろう。タカマチ隊長以下、フェイト隊長になんとあのヤガミ部隊長まで全員19の同い年だという驚愕の事実を先日耳にしたばかりだ。上から下までこんな若い連中だけで一部隊を作ってしまうのだから、つくづく異常な部隊である。日本人視点の俺だからそう思うのであって、低年齢化が進んでるミッドチルダじゃ普通……とまでは行かずとも、絶対ありえないってほどじゃないんだろうけど。
 かくいう俺も下ろし立ての真っ白なワンピース、水色の髪を赤いリボンでポニーテールに纏め、ヒール低目のブーツサンダルを履いてガラガラ旅行用鞄を転がしている。まったくもって緊張感無いこと甚だしい。結局どの格好にしたらいいか絞りきれなかったので、マリエルに頼んだらこんなことになってしまったのだ。まあ、俺も自分の趣味が似合わないことは自覚しているし、もうこうした少女趣味の格好でいるのに慣れてしまったので別に良いんだが。Tシャツミニスカートで活動的なファッションのヴィータ副隊長と、麦藁帽子が可愛らしいフリル付きピンクのワンピースを着たキャロちゃんに挟まれているので若干へこむ。今の自分も大差無く見えているんだろうと客観的に見せられている気分になるからだ。
 隊長陣に続いて新人+αの俺もヘリへと乗り込む。これだけの大人数を、余裕を持って乗せられるのだから凄い。迅速をモットーとする六課がフォワード陣全員を運ぶ為の大型人員輸送ヘリだ、思わず目も眩むような予算を使っただけの事はあったという物だろう。実は前の人生も含めて初めて乗るヘリなので、ほんの僅かだけ緊張しているのは秘密である。飛行魔法でも、せいぜいビル3・4階ぐらい分までしか飛んだ事ないしな。

 ヘリのローターが回り始める音が響き、胃の所に重しが乗ったような負荷が掛かる。機動六課初出張ならびに、俺の初外回り仕事の開始であった。





「前の出動の時は緊張しててあんまり覚えてないけど、やっぱりこれ凄いね!」
「スバル、子供じゃないんだから窓の外見てはしゃぐんじゃないわよ、恥ずかしい。エリオやキャロ達ぐらいならともかく、あんたは年考えなさいよ」

「あ、エリオくんっ、下の海見て! 今魚が跳ねたっ」
「えっ……キャロ、良くこんな距離で見えるね。僕には建物だって霞んでしか見えないんだけど」
「えへへ。遠くを見るのは慣れてるから」
「凄いね、キャロ」

「……ティア。わたしなんか別の意味で恥ずかしく、ううん虚しくなってきたよ」
「言わないで、頼むから」

 なんだかんだで雑談に付き合ってるだけティアナさんも観光気分が抜けてないように見える。微笑ましい新人達を横目に、俺は手渡された資料に目を滑らせていた。今回の任務は紛失したロストロギア、六課の本業である所の古代遺物の捜索である。管理外世界にロストロギアらしき反応がばら撒かれたのを、常駐していた監視システムが発見したらしい。それだけなら危なくて俺がこうして着いてくることなどなかったが、どうも正規の企業が事故でばら撒いてしまった物らしい。
 攻撃性は皆無。が、その他に逃亡機能にこちらの探査から逃れるステルス性能、果ては囮を多数生み出すデコイ機能まで兼ね備えているらしいので、その手の技術が高い俺に仕事が回ってきたのだ。まあ、さすがに本職には叶わないとは思うが、それでも直接戦闘などと比べて俺の領域に入っているのは確かである。

「しかし、タカマチ隊長。管理外世界だってのによく監視システムなんて都合の良い代物がありましたね。……実はこの仕事、裏があるとか言いませんよね?」
「あはは、違う違う。私達の出身世界だって言ったでしょ? 私が魔法に関わるきっかけになったのも、やっぱりロストロギアの紛失事故が原因でね。その時の調査に使った監視システムがそのまま置いてあるんだよ」

 資料から顔を上げて訝しげに問う俺に対し、タカマチ隊長は笑ってそれを否定した。何でも管理外世界で使った監視衛星の類は回収せずにそのまま常駐させる事が多いらしい。犯罪者は管理外世界に逃げ込むことが多々あるし、それでなくても今回のように事故で管理外世界に流れる可能性は充分にある。次元世界はそれこそ星の数のようにあるが、人の住める世界・惑星というのはさほど多くなく、管理外世界でのそういった場所で使った監視システムは慣例としてそのまま残しておくのだそうな。陸のレジアス中将も散々人手不足を嘆いていたが、海も海でやっぱり人手不足らしいしな。事件で立ち寄ったついでに監視衛星をばら撒いておくぐらいやらなければならないのだろう。
 それにしてもロストロギア、ね。古代遺物、滅んだ次元世界の喪失技術で作られた物の総称らしいが、オーパーツと聞くと途端に胡散臭い代物にしか思えなくなる。危険なロストロギアになると次元世界の一つや二つ吹っ飛んでしまうような代物もあるらしいし、それを回収する機動六課の存在価値も認めるけど。規模がでかすぎてどうしても現実味がないというか何というか。ノストラダムスだって世界滅ぼすのに恐怖の大魔王を用意したってのに、道具一つで滅んでいたならいくつ世界があっても足りないだろ。

「小市民からしてみれば、核兵器が降って来るかもしれないって話だもんな。そりゃあ現実味もないか。心配するには事が大きすぎて手に余るし」
「もう、アイリーン? 嘱託とはいえ自分も管理局員だって忘れちゃダメだよ。その問題が手に負えなくなるほど大きくなる前にロストロギアを回収するのが私達機動六課の役割なんだから」
「……そうですね、配慮に欠ける言葉でした。申し訳ありません」

 思わず口から零れた独り言に、隣に座っているタカマチ隊長が反応して注意されてしまった。確かに思ってはいても言葉にするには局員として不味かったかもしれない。口は災いの元とは良く言ったもので、冗談で言ったつもりの言葉がトラブルを生むことなんてままあることだ。”前”の仕事の時、クライアントの前で零した軽口を本気にされて、後々クライアントと同僚の両方に土下座まですることに発展したのは今でも忘れていない。無理ですから、その期限でそんな量の仕事。生言ってすみませんでした。
 ……それはさておき。俺がタカマチ隊長に軽く頭を下げて謝罪すると、そんな気にしないでいいよと慌てて両手を振ってフォローを入れてくれる彼女はやはり少し子供っぽい。実際、もっと幼い頃から管理局員だったらしいし、こんな魔法と暴力が交差してるような組織に所属していてよくスレなかったものだと逆に感心してしまう。俺の視線を受けて、不思議そうに小首を傾げる仕草は可愛らしい。そういえば彼女はまだ20にもなっていない、精神年齢だけで言うなら俺より10以上も下なのだ。エリオ達ほどではないにしても、随分と離れている。年上としてもうちょっと、俺が気を配るべきだろうか。上司ではあるが。

「そういえば、アイリーン。今ちょっと気になったんだけど」
「小腹でも空きました? 私の糖分摂取用の一口チョコならありますよ、あげましょうか」
「どうしていきなりそんな子供を見るような目で優しくするの!? ……こほん、そうじゃなくて。アイリーン、良く核兵器なんて代物知ってたね。数ある質量兵器の中でも、禁忌中の禁忌だよ?」

 ぎくり、と。全身が強張った。同時に血の気が顔から引いていくのも自覚する。どうやら、軽口を自制しようと考えるのがワンテンポ遅かったらしい。クリーンな魔力をエネルギー源として第一に考えている魔法世界ミッドチルダでは、原子核反応を利用したエネルギー施設などもちろん認められていない。都市に賄われるエネルギーも、魔力で動く魔導エンジンで発電されているし、当然兵器転用などバッシングどころか世紀の大犯罪者だ。そういう理論の存在こそミッドチルダでも確認出来ているが、その手の知識は大いに禁忌とされて学校の教科書にも、専門書にさえ詳しいことは何一つ書かれていなかった。……質量兵器信者の村八分。昔冗談で考えた単語が頭を過ぎる。

「いえ……その手の兵器がある、ということを。何かの本で読んだことがあります。過去に別次元で使われたという記述だったでしょうか。詳細は存じません」
「んー、そっか。やっぱり忌避感あるよね」
「ええ、当然ありますが……まるでタカマチ隊長はないとでもいうような言い草ですね」
「当然あるよ。ただね、私達の故郷の世界では普通に使われている技術だから」
「そんな物騒な兵器がですかっ!?」

 最後の驚きの声は俺でなく、近くで俺達の話に耳を傾けていたティアナさんだ。それぞれの雑談で騒がしかったヘリ内がその大きな声で静まり返って、注目が集まる。当然だろう、タカマチ隊長の故郷、つまりそれはこれから行く世界の事なのだ。ティアナさんの過剰反応っぷりに苦笑したタカマチ隊長は否定するように首を振る。

「核兵器がって意味じゃないよ。原子力発電所とか、核のエネルギーを使ってる施設が普通にあるってこと」
「でも、それもかなり危険では……」
「そうだね。私達の世界でも、反対する人はいっぱいいたよ。けど、それでも普通に使われてる技術なんだよ。危ない世界って訳じゃないから」
「正直、私達の世界の汚点もいい所やからなぁ……魔法がないから仕方ないんけど」

 タカマチ隊長の説明に合わせて、同じ世界出身のヤガミ部隊長がぼやくように言葉を重ねる。それっきり、何とも言い難い沈黙の時間が流れて、重苦しい空気がヘリの中を支配した。それだけ、魔法世界に生きる人間には重い、許し難い事実だということだ。しかしまあ、より深刻さを醸し出しているのはティアナさんを始めとした新人フォワード陣の4人のみ。ヘリパイで話に参加していないヴァイス陸曹と新人達を除き、他の人間はその世界に住んでいたことがあるのだろう。ヤガミ部隊長の使い魔であるヴィータ副隊長以下数名が涼しげな顔をしているのがその証拠だ。もちろん、以前は日本で暮らしていた俺も原子力発電に関して必要以上に思う所はない。日本では30%近い電力を、原子力発電に頼っていたのだ、気にしていたら日本人なんてやっていられないだろう。いやまあ、原発を全面肯定する訳じゃないけれど、一般人は実際被害を被らなければそんなものだ。核アレルギーの日本は地球の先進国の中じゃそれでも敏感な方である。
 そんな沈黙を破ったのは、能天気なスバルちゃんの声だった。

「……あれ? ってことは、なのはさん魔法のない世界出身なんですか!?」
「管理外世界だからね。というよりも、スバルは私達の故郷の世界のこと、知ってる筈だよ? ついでにアイリーンもね」
「へ?」
「私も、ですか?」

 問い返されたスバルちゃんがタカマチ隊長の言葉に疑問符を浮かべる。青天の霹靂は俺も同じだ。俺もスバルちゃんもミッドチルダから一歩も出たことはないし、特に調べたこともない。ミッドチルダ以外の魔法というのは興味あったが、現状ミッドチルダ式に近代ベルカ式、ヴィータ隊長関連で古代ベルカ式とその三つで手一杯だ。スバルちゃんにしたって、別次元世界に興味を持ったなんて話は聞いたことがない。
 揃って疑問符を浮かべる俺達の事が面白かったのか、小さく笑ったタカマチ隊長は人指し指を立てて、言った。

「第97管理外世界の『地球』って言えば分かるかな?」
「ああ! お父さんに聞いたことあります、ご先祖様が住んでた世界だって」

 ……は?

「スバルの名前って私達の国だと、あんまり珍しくない名前なんだよ?」
「中島昴かぁ。確かに八神はやてや高町なのはよりは居る名前やろなぁ」
「スバルも隊長達も変わった響きの名前だと思っていましたけど、ルーツは一緒だったんですね。でも、管理外世界から魔導師にって相当珍しいような……って、アイリーン。何よ、いきなり立ち上がって」

 隊長達の会話に率直な感想を口にしていたティアナさんが席を思わず立ち上がった俺に不審そうな視線を向けてくる。でも、俺はそれどころじゃなかった。二度と、自分の口以外から聞くことなどないと思っていた単語が他人の口から当たり前のように語られ、呆けるほどに動転していたのだ。そうだ、動揺しない筈がない。俺の暮らしていた場所、理不尽に引き離された故郷、俺が物心付いてからずっと生きてきた世界なのだ。
 自分でも不思議なぐらいに感情が溢れ出してくる。胸をかき乱したくなるぐらい、強い望郷の念。息が上手く出来なくなる。喉が引き攣った。涙が零れ出さないのが奇跡ですらあった。



 ずっと、帰りたかった。

 朝起きたら、別人に。まったく知らない世界で、知らない人達の子供として生を受けた。
 訳が分からなかった。こうなってしまった理由を知りたかった。
 死んだ訳でもない、何かの事件に巻き込まれた記憶もない。
 酒をかっくらって寝て起きたら、別人になっていた。今の人生が夢でないなんて誰が保障できる? 誰が証明出来る?

 親父とお袋はどうしているだろうか?
 いきなり一人息子が消えて、どれだけの心労を与えただろうか?
 確かめる手段がない。それに今の自分は元の”俺”とは似ても似つかない別人、証明する手段がなければ前の”俺”は思春期の子供の妄想と同列だ。

 ふわふわと足元の頼りない感覚。まるで雲の上を歩いているような、実感のない生活。
 異世界、別の両親、赤子になり女になった自分。魔法使いが飛び交い、だというのにそこに暮らしているのは元の場所と変わらない人間達。全部が全部、実感の伴わないあまりに不安定な現実。”俺”がいた証拠などどこにもない。”俺”を知っている人などどこにもいない。
 それが、実在した。手の届くところにあった。次元は違っても、確かに”俺”の居た世界と繋がっていたのだ。



「アイリーン? ……ちょっとアイリーン、どうしたのよ?」

 気付けば、俺はティアナさんに肩に手を置かれて揺すられていた。屈むようにして俺の顔を同じ目線の高さで心配そうに覗き込んでいる。そのティアナさんの瞳に映った顔、”アイリーン”と名付けられた少女。能面のように感情を失った表情で、真っ直ぐに俺を見ている。俺は元の故郷があると知って喜んでいる、その筈だった。無邪気に手を上げて、これから行く世界を楽しみにすれば良い筈だった。

 だけど、瞳の中に映る少女の姿を見て、自覚、してしまった。

 呆けていたのは一瞬だったのだろう、けどその一瞬で俺は自分を理解した。ティアナさんの瞳の中のアイリーンが虚ろに笑う。子供のくせに、なんて嫌な笑い方だ。しかし、これ以上ないぐらいに”らしい”笑い方。
 俺はアイリーンとして、生きてきた訳じゃない。そうしなければいけなかったから、そうしなければ生活など出来なかったから、アイリーンの人生を”演じて”いただけだ。何一つ、俺は変わっちゃいない。例え姿が変わっても、例え他人の腹から生まれても、俺は”俺”でしかなかった。

 アイリーンとして生きたいだなんて、これっぽっちも、最初から思っていなかったのだ。






「本当に大丈夫? 誰も着いていなくて」
「大丈夫です、ちょっと寝不足気味で乗り物酔いしてしまっただけですから寝ていればすぐ治ります。それより隊長はご自身の仕事をなさってください」
「一人ぐらい残したって良いんだよ? スバル達も心配してるんだし」
「やめてください。仕事の邪魔はしたくありませんし……気になって落ち付きません。寝ていれば治ります」
「……分かった。だけど、あとで私の姉や友達が来るから、体調が悪くなったらちゃんと言って頼らなきゃ駄目だよ?」
「はい、ご迷惑おかけして申し訳ありません」

 最後まで心配そうにして、念まで押しながらタカマチ隊長は部屋を出て行った。途中で帰還させられたくない俺は表面上取り繕ったが、態度が一変したのは見るに明らかだったのだろう。今回の任務に参加していたほぼ全員から、現地に着くなり休むように指示されてしまった。今は管理外世界、つまり地球の駐屯場所。郊外に建てられた別荘の一室で、ベッドに座り込んでいた。現地住人が提供してくれた物件のようで、SF要素は無理矢理設置した感のある転送装置ぐらい、後は普通のログハウスだ。ログハウスなんて”昔”も泊まった経験などないのに、無性に懐かしく感じる。部屋の隅には大型の液晶テレビが置かれていて、近付いてみれば見慣れた電化製品メーカーの名が記されているのに気付いた。その文字を、愛おしげに親指で撫でる。傍から見れば電化製品に愛情を注ぐ変態だが、構うものか。何度も、何度も執拗にその文字を撫でて掠れさせてしまった。
 擦った指の腹に、塗料が黒くこびり付いている。……しかし、その自分の手はあまりにも小さい。大男だった”俺”の手はもっと大きく、こんな赤ん坊のような手はしていなかった。もう見慣れた筈のアイリーンの手が、凄まじい嫌悪感を呼び起こす。衝動的に腕を壁に打ち付ければ、鈍い痛みが手首に走る。しかし、気にはならない。痛いぐらいでちょうど良かった。

「【マスター、落ち着いて下さい。脳内のアドレナリン量の数値が異常を示しています】」
「黙れ。今話しかけるな」

 躁鬱病のように心が浮き沈みしているのは自覚している。せっかく地球に、そして日本に帰ってこれたというのに、色んな感情がごちゃ混ぜになって自分の心を制御しきれない。寝るなりなんなりして、一度感情をリセットするべきだと頭のどこかで冷静な自分が告げるが、それは出来ない。もう少しすれば、隊長の身内が来てしまうだろうし、そうなれば身動き出来なくなる。”俺”の事情を説明する気がこれっぽっちもない以上、今すぐに動くしかない。
 隊長達に連絡されてはたまらないので通信関係をロックして、首から提げていた兎ペンダント型のデバイスをベッドの上に放り投げる。ソーセキですら、今は邪魔でしかなかった。

「【マスター! 一体どこへ……!】」
「今日中には戻る。隊長達には気分転換に散歩しているとでも言っておけ」

 本当は、仕事中になどではなく、後できちんと申請すれば私的に自由に動きまわるぐらい出来るかもしれない。だけど、もう俺は一分一秒もかけたくない。九年間も引き離されていたのだ。もう死んでいることになっているだろうが、両親に、友人に、仕事仲間にも、会いたくて会いたくて仕方なかった。例え”俺”だと信じて貰えなくても、せめて今どうなっているか知りたい。背後から聞こえる声を無視して部屋を出ると、事前に手渡されていた資料の内の一つ。ここら一帯の地図をポケットから取り出した。皮肉にも、ロストロギアが落下した場所は隊長達の故郷のすぐ近所であり、そしてそれは俺にとっても近所であった。

「……は、ははっ、こんなにも近くで繋がってたのに、気付かないなんてな」

 地図の”海鳴”と書かれた地名に、俺は乾いた笑いを零す。”俺”の住んでいた街だ。実家を出て、この街で”俺”は一人暮らしをしていた。俺がまだ”俺”であった時に、タカマチ隊長達と同じ街で暮らしていたことになる。なんとも、偶然で、奇跡で、間の抜けた話だ。しかも、もう一つ、冗談のような偶然があった。


『アイリーンのお母さんも、この世界出身なんだよ? 知らなかったの?』


 アイリーンの母親、マリエルも地球人だったということだ。知らねえよ、聞いたこともねえ。何か事情があって隠していたのか、あるいは単に言いそびれていただけか。大方、俺が聞いてなかっただけという可能性が非常に高い。魔法なんかに現を抜かして現実逃避しているからそうなったのだ、まさしく自業自得だ。やろうと思えば、帰りたいと行動を起こしていれば、もっと早く帰って来れただろうに。
 コテージから出た俺は飛行魔法を発動して飛び上がった。足もないし、金もない。管理外世界での無許可の魔法使用は禁止されているが、知ったことか。地図で位置関係を確認すると、街のある方向へと飛翔する。単独での飛行魔法は少々負担だったが、デバイスを使えばそれだけ隊長達に露見する可能性が増える。後でばれて処罰を食らう分には構わないが、今だけは邪魔されたくなかった。実家は100キロ近く離れているので、後回しだ。まずは仕事場と、俺の暮らしていたアパート。あとは友人連中の家か。アパートはさすがに引き払われてしまっているだろうが、それでも確認せずには居られない。俺がアイリーンになっていた九年間だけが過ぎた時間とは限らないのだから。
 俺の飛行魔法は単独だとせいぜい時速30kmほどしか出せない。つまり、原付バイク程度の速度しか出ない。それでも道を無視して直進出来るから、あっという間に海鳴の街の上空に辿り着いた。上空から見下ろしたことなんてなかったけれど、それでも潮の香りが漂う海沿いのこの街は、俺に帰ってきたという実感を感じさせるに充分だった。見覚えのある建物、見覚えのない建物、それらは半々という所だったが、それでも全く見知らぬ風景ではない。
 これが、証拠だ。”俺”が居たという証。俺がアイリーンなどではなく、”俺”で在ったということを証明する確たる風景。

「っ……っ……」

 声にならない。目の奥が熱くなり、涙が零れ落ちる。情緒不安定なのは、子供になってしまったからだろうか。やっぱり、一人で来てよかった。取り繕う自信なんて、これっぽっちもない。手の甲でごしごしと目元を擦るが、後から後から涙が溢れ出してくる。嗚咽を漏らさないのが精一杯で、涙は止められそうになかった。

「親父、お袋……」

 ”俺”は親不幸者であった。高校を出てすぐ独り立ちして、仕事漬けでろくに実家にも帰らず、親孝行らしいことは一つもしたことがない。社会人になってから、そしておそらくアイリーンになってからも、自分が食っていければそれで良いと思っていた節がある。例え肉親がいなくても、住む場所を変えても。仕事をして、友人を作って、人間らしい生活を送れればそれで良いと……そう思っていたのだろう。
 けれども、違った。肉親も、仕事も、友人も。今まで俺が生きて繋いできた証だ。代わりなどない。新しい場所で、新しい肉親、仕事、友人を作った所で、代わりになんて絶対にならない。唐突に引き離されてしまったこの世界に、俺はずっとずっと帰りたかったのだ。
 胸から染み出す感情はいつまでも収まってはくれそうもなかったが、いつまでも泣いて立ち止まっていても仕方ない。俺は隠蔽魔法を発動させて街の住人から気付かれないようにすると、高度を下げる。この辺は、会社から自宅への帰り道だ。途中で良く弁当や菓子を買っていたコンビニが、別系列のコンビニに変わっていたのは少し笑えた。しかし、それでも懐かしい。金を持っていたら、久しぶりにコンビニ弁当と缶ビールでも買って飲み食いしたかったが仕方ない。俺は道路に着地すると、自分の足で歩くことにした。例え、俺の部屋でなくなっていても、自分の足で昔のように”家”に帰りたかったのだ。

「こんな所にショッピングモールなんて出来たのか……うわっ、あのゲーセン潰れてやがる。格闘台多くて気に入ってたのに」

 あっちへふらふら。こっちへふらふら。かつて暇つぶしに帰宅ルートから反れては立ち寄った場所に足を運びながら、街を見て回る。途中でゴミ箱に突っ込まれていた新聞紙を見るからに、最後の記憶の年月日から十年が経っていた。マリエルのお腹の中にいた期間を考えれば、”俺”からアイリーンへと変わった時期にタイムラグはほぼない。
 転生、その言葉を改めて俺は考える。あの日、”俺”の最後の記憶。仕事から帰って来ていつものように自宅で夜食と寝酒の缶ビールをかっくらって眠った。突然の心臓麻痺や脳梗塞で死んだのか、あるいは火事でも起こって目覚めず死ぬ羽目になったのか。どちらにしても、アルコールと無茶な徹夜作業が死因のような気がする。はははっ、やっぱり自業自得だ。名前も肉体も変えることになってしまったが、それでも”俺”という存在が続いているのだから、運は悪くないのかもしれない。欲を言えば、男でまた地球に生まれたかったけれど。

「それでも帰ってきた……俺は、帰ってきたんだ」

 遂に、アパートの前に辿り付く。昔はまだ小奇麗だったアパートも、白い壁面に年季の入った汚れが走り、ところどころ塗装も剥がれてかなりの老朽建築物になっていた。だけど、それでも昔のまま、同じ場所に建っている。俺の部屋は二階、しかも一番奥の角部屋だ。仕事から帰ってきて、この微妙に長い距離が疲労感に一役買っていたのを思い出す。ギシギシと嫌な軋みを立てる鉄製の階段を一段一段登って、二階へと上がる。さすがに十年も前になるとろくな近所付き合いをしてなかった同じアパートの住人なんぞ覚えていない。それでも、人数がかなり減っているのは確かなようだ。まあ、こんなボロアパートに新規で入ってくる人間なんていないだろうし、当然かもしれない。

「……って、おい」

 思わず俺は虚空に裏手でツッコミを入れてしまった。一番奥の部屋、つまり俺の部屋だった扉には「八重」の表札が掛けられている。知らない名前ではない、その逆。”俺”の苗字だ。まさか、十年間放置されっ放し? どんだけ人が入ってないんだ、このボロアパート。それにしたって管理人の職務怠慢である。それとも、両親が大家に掛けあって、名札だけでもそのままにしてあるのだろうか?
 じわじわと、嬉しさが困惑を凌駕して胸の内側から込み上げてくる。まさか両親や親戚がこんなボロアパートに越してきているということはないだろうから、無人だろう。ピッキング……いや、中に転移魔法で入ろうか。少しの間、懐かしさに酔い痴れるぐらい、誰にも責められないだろう


 そうやって、扉の前で考え事をしていたから、突如開かれた扉を避けられなかった。


「うぎゃっ!?」
「お? ……って、子供? 悪い、まさか外に誰かいるとは……大丈夫か?」

 思いきり額に扉の角がクリーンヒットして、激痛に蹲る。鼻より先に額にぶつかるって鼻が低いように感じられるが、単純に思考に耽っていたので俯き加減になっていただけだ。そんな俺に頭上から心配そうに、男の声が掛けられる。大丈夫だと手を振るが、痛みに声が出ない。出血はしてないが、たんこぶぐらい出来てそうだ。鍵を開ける音もしなかったということは、鍵は開けっ放しだったらしい。なんと無用心かつ不精な。
 俺の額に多大なダメージを食らわせてきた加害者は動揺しているようで、何度も俺の安否を気遣うように声を掛けてくるが、そこまで大げさな話でもない。数分蹲って痛みがどうにか引いてきた俺は顔を上げて

「あちゃぁ、赤く痕になってるな。……ごめんな、お嬢ちゃん。ちょっと待ってろ、マキロンでも持ってくるから。しかし、こんな場所で遊んでた嬢ちゃんも良くないぞ」
「―――」
「……お嬢ちゃん? どうかしたのか?」



 顔を上げた、先に。俺の視線の先には。

 ”俺”がいた。





■■後書き■■
連載開始当初から、ずっと書きたかった話。
何年もお待たせしてごめんなさい。

リリカルマジカル
アイリーン・コッペルのお話、始まります。



[4894] test run 16th「世界はいつだって」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d
Date: 2012/09/02 21:42
 それは、普通とちょっと違った女の子

 生まれる前の記憶があって
 赤ん坊の頃から、自分がどうしてここにいるのだろうと疑問に思って
 それでも、他の誰かと同じように、時間は平等に過ぎ去って
 女の子が首を傾げる間にも世界は歩みを止めず進んでいく

 それでも良いかなって、女の子が納得しかけていたそんな時に
 世界は唐突に足元からがらがらと音を立てて崩れ去った

 信じてきたものは全てまやかし
 真実は女の子を認めない

 リリカルマジカル
 アイリーン・コッペルのお話、始まります





「はぁっ、はぁっ……はぁっ……!」

 雨が降っていた。道路には水溜まりが出来て、踏み込んだ足が盛大に泥と水を跳ね上げた。それでも、気にしない。気にする余裕がない。俺は馬鹿みたいに走っていて、短い足を何度も突っかからせながら、時には転んで真っ白のワンピースを黒く汚しながら、それでも起き上がって走り出す。どこかに行きたかった訳じゃない、その場にいたくなかっただけ。だけど、逃げても逃げても、逃げ切れない。


 現実からは、逃げられない。


 ”俺”が居た。”俺”の住んでいた部屋に、”俺”が居た。
 見上げた男は山のように大きく、髭はまだ剃っていなかったのか無精髭の顎に、手にはゴミ袋。寝巻きにもなっていないカットシャツにジーンズは仕事からそのまま寝ていたのだろう。まさしく、”俺”であった。記憶のままの、過去の”俺”が現在のアイリーンである俺の前に姿を表したのだ。
 意味が分からない。目を見開き硬直する俺に。”俺”は「ちょっと待ってろ」と声を掛けると、アパートの部屋の中から救急箱を片手に再び姿を表した。救急箱には気まぐれで貼った野球チームのステッカーが記憶通りに貼られており、記憶とは違って擦りきれてチーム名も見えない有様だった。安物のシールが剥がれていないのが不思議なくらい古びていて。それを持つ”俺”も記憶にあるより老けて、黒髪に若干の白髪が混じっているのを見て取れた。そうだ、この”俺”は記憶の”俺”より年を取っている。そう、ちょうど十年分ぐらい。
 気付けば、治療の為に伸ばしてきた”俺”の手を振り払って、俺は駆け出していた。意味が分からない。どういうことだ? 何故、俺がもう一人いる? 何故、俺はあそこにいない? アレが”俺”ならば、今ここに居る俺は誰だ?


 ふと、足を止めた。視界にある建物が目に止まったからだ。3階建ての比較的新しいビルで、俺の記憶にはない建物。しかし、掲げられたビルの看板に書かれていた名には覚えがあった。『株式会社海鳴ITワークス』、有限会社から株式会社に変わってこそいたが、間違いなく俺の勤めていた会社であった。十年前は貸しビルの一フロアを借りて細々とやっている零細企業だった。従業員だって社長含めても10人以下だった。ビル一つ丸々借りて埋まるほどの人材などいなかった筈なのだ。
 俺は転移魔法を発動して、ビルの内部に入り込んだ。雨でびしょ濡れになった体から、床に雫が滴り落ちて水溜りを作っている。歩くたびに長い髪や濡れた衣服が体に張り付いて、気持ち悪い。今日は休日なのだろうか、人は見当たらず。受付や応接間ばかりの一階は無視して二階に上がった。

 机が立ち並び、デスクトップ型のパソコンやモニター、サーバーが所狭しと置かれているそのフロアは酷く懐かしい光景であった。ただブラウン管のモニターが一つもなく、代わりに当時は高価でとても企業で使う代物でなかった筈の薄型液晶モニターになっている。
 俺はフロアを見回すと……その中で、書類やファイルを高々と積み上げている一つのデスクで目を留めた。やはりPCと液晶モニターの置かれたその机。液晶モニターにはベタベタと付箋がいくつも貼られており、走り書きが書かれていた。取引先の名前と連絡番号、いつまでに何の仕事を終わらせなければならないかの日付、エラーの出た箇所の数値、思いついたアイディアなどが無節操に記されている。全体的に少々右斜めになった癖字、その筆跡には覚えがあった。

「”俺”の、字だ」

 眩暈を覚えた。しかし、反射的に俺はPCの電源ボタンに手を伸ばして押し込んでいた。起動には数分と掛からず、ログイン画面が立ち上がる。IDには「yae」、パスワードには……学生時代に付き合っていた彼女の名前と誕生日を入れる。一年足らずで別れた彼女、だけどこのパスだけはすっかり慣れてしまって変えられなかった。社会人になっても、世界を変えても、扱う対象が魔法になってからすら、そのパスを変えたことなどなかった。
 ログインが、成功する。デスクトップが立ち上がる。見覚えのないインターフェイス、OSも聞いたことすらない代物だった。企業用、仕事用に使われる飾り気のないデスクトップ画面だというのに、モニターの写す画面の綺麗さに目を奪われる。さらに先に進めようとして、手が止まる。分からない。デスクトップに置かれたショートカットが、何のソフトか分からない。プログラム一覧から辛うじて覚えのあるソフトを起動させるが、バージョンの違いにどう扱えば良いのか分からなくなり、すぐ手が止まる。いちいち、いちいちいちいちPCの扱い方に手間取る、違和感を覚える、キーボードに置く手が小さすぎてキータイプすら上手くできない。反射的に掴んだのは胸元、ソーセキがいつもある場所だった。馬鹿な、いくら技術が進んだからといって、命令するだけで入力機器の調整なんてしてくれる筈がない。

「アアああぁぁぁぁぁっッッ!!」

 頭をばりばりと掻き毟り、狂ったように叫んだ。理解出来ない、現実が何も分からない。足元が全て崩れ去り、奈落の底に落ちていくような感覚。耐えられない。いっそ消えてしまいたい。モニターを腕で薙ぎ倒し、俺は逃げ出すように会社から飛び出した。

 雨脚が強くなり、視界もままならないほど強く降り注ぐ中をただがむしゃらに走る。サンダルがすっぽ抜けて素足になってしまったが、それでも止まらない。どこをどれくらい走っただろうか。いつかは体力が切れて倒れ込む羽目になっただろう。けれどそれよりも前に、視界がぶれた。踏みこんだ素足が地面の上をずるりと滑る。反射的に踏み留まろうとする足も、追い付かずそのまま体が横に転倒する。視界が回転する。体が、止まらない。

「え、あっ……あぐぅっ……うあ!」

 そこは平坦な道路の上ではなかった。いつの間にか走っていた土手の上から足を踏み外し、何度も身体を打ちつけながら坂道を転がり落ちる。何回転しただろうか、止まった時には痛みと衝撃で動けず、口の中に血の味がした。掌を石でざっくり切ってしい、熱い痛みと共に水溜まりに血の赤が滲み広がっていくのが見えて。

「……ぇ、き……そー……せき……」

 痛い、なのに体が動かない。手足の感覚はほとんどなく、そのくせ痛みだけが鮮明に身体を支配している。震える唇から漏れるのは、自分のデバイスの名前だった。痛みを消す魔法、と痛みに動揺する頭で考えるが、少しも構成を思い描けない。だから、頼るしかない。助けてくれと、泣きながら、自分が置いて行った道具の名前を呼ぶしかない。
 泥塗れの地面に転がりながら、俺は自問自答していた。目に入るのは小さな手と、そこから広がる真っ赤な血。そして、泥に汚れて水を吸い、色を濃くしていく青色の髪。マリエルが綺麗綺麗と、毎日のように梳かしていた髪だ。この姿を見て、誰が”俺”だと気付く? 誰が、海鳴で暮らしていた男だったと思う? いる訳がない、証明出来る筈も無い。この世界では十年もの月日が経過していて。しかも、”俺”は行方不明になっていた訳でも何でも無く、この世界で十年を、当たり前のように過ごしていたのだ。

「……はは、ははは、あはあははははっ、なんだ、それっ……ありなのか? 反則だろ……こんな現実(オチ)、ありえんのかよっ……ひはっ、あはははは……!」

 笑えてくる。笑うしかなかった。泥まみれで、血だらけで、人形のように手足を地面に投げ出したまま俺は思わぬ現実の酷いネタバラシに身を捩ってケタケタ笑い出した。おかしさのあまり、腹が痛くなり、涙が滲んでくる。だって、そうだろう? まさか、自分が偽物だったなんて、思う訳がない。どこの誰が自分の記憶を疑うのだろうか? 数十年生きてきた自分の人生を疑うなんて、正気の沙汰ではありえない。しかし、疑わなかった俺の頭が狂っているという事実だったのだ。

「あ、はははは、く、ひひっ、うるせぇよ、黙れ……黙れ黙れ黙れっ! 違う、俺の姿は、本当の姿はこんなんじゃないっ! ”俺”に戻れ!! 戻りやがれッ!!」

 目の前の手を拳にして握り、何度も水溜まりに漂う青色の髪に拳を叩きつける。けれど、戻らない。戻るはずがない。夢から覚めたいと願っても、アイリーンが目を覚まさなかったように。アイリーンが”俺”に戻ることはありえない。
 打ちつけた腕が激痛を発しても、執拗に殴る。諦めたら、ここでやめたら、もう二度と俺は”俺”に戻れない。そんな気がして。もう腕なんて折れてもいい、戻れるなら、帰れるなら、俺は


「……リーンさんっ……アイリーンさんっ!!」


 何かが地面を滑る音。そして、誰かが近付いてくる足音。何度も地面を叩きつけていた俺の腕を、掴む感触があった。誰かの足が見える。掴まれた腕が激しく痛む。折れてもいい、ではなく、とっくのとうに折れていたのかもしれない。うつ伏せに倒れていた俺の身体は、引っ張られた腕に合わせて仰向けにひっくり返る。暗い空、上から俺を覗き込む人影。それは、見覚えのある顔であった。

「……エリ、オ?」
「なんで、なんでこんな所に、こんな酷い怪我をして……待ってて下さいっ、すぐに隊長達に連絡を!」

 赤い髪をした少年。真っ赤に燃えるような、これもまた地球人にはありえない色鮮やかな毛髪。何故か彼は血の気の引いた顔で俺を見下ろしていて。恐怖すら感じる必死な表情で、俺に呼びかけてきた。エリオは腕時計、待機フォルムのストラーダを通して念話で他の人間を呼ぼうとしているようだった。
 考える前に、俺はその腕を無事な方の手で掴み、止めていた。

「……ぃ、やだ」
「え? ……何がですか、アイリーンさん。早く、治療出来る人を呼ばないとっ」
「いやだ……戻りたく、ないっ……」
「何を言って……と、とにかく本当に危ないんですっ! しっかりして下さい!」
「いやだっ!!」

 半死半生の俺のどこにそんな力があったのか。手を外そうとするエリオの腕を、潰さんばかりに握り絞める。今、アイリーンとして扱われれば、俺は戻れなくなる、そんな気がして。連絡を取ろうとするエリオを必死に押し留めた。雨がより一層強くなり、顔を打たれた俺は呼吸もままなくなってきている。それでも、エリオの腕に縋る。呼んでほしくない、今は、誰とも、会話をしたくない。

「……っ、すみませんっ!」
「ぎっ!?」

 バチン、と首筋に当てられたエリオの手から電流が迸った。全身から力が抜ける。目の前が暗くなり、意識が遠のく。ストラーダを掴んでいた手から力が抜けて、エリオの腕がするりと俺の手の中から抜けた。
 嫌だ、俺はアイリーンでいたくない。俺は、”俺”のままでいたい。諦めたくない。

「どうしてこんなっ……」
「……」
「アイリーン、さんッ!」

 呼ばないで。お願いだから、誰も、呼ばないで。
 口を動かしたが、声にはならなかった。もう、意識が保てない。引きずり込まれるように、俺は意識を手放す。散々に掻き乱れる感情も、絶望に染まった心も、諸共一緒に奈落の底に落ちていく。





 赤ん坊は退屈だ。ハイハイどころか、寝返りも満足に打てない環境では特に。
 マリエルという女性は全然泣かない俺を心配して、頻繁にベビーベッドの中を覗き込んでくる。でも、定期的にオムツを剥いで、股間を覗き込むのは恥ずかしいのでやめてください。
 クロエという男は、家に帰宅する度に俺を抱え上げて、天井近くまで持ち上げたり、抱き締めて頬ずりしてくる。まだ肌の弱い俺にはその頬ずりが痛くて、泣いてやめろと主張した。案の定、真っ赤に腫れた俺の頬を見て、マリエルがクロエに激怒して説教している。見た目10代半ばのマリエルに、説教されて正座する褐色肌の大男は情けないことこの上ない。指を差して笑ってやろうとすると、何故かまだ泣いていると思われて、病院に連れていかれた。

 ハイハイを覚え、そのまま壁際に突進。壁を支えに一気に二本足で立とうとした俺は、見事後ろにひっくり返って後頭部を強打する。赤ん坊の頭蓋骨は柔らかいらしいので、戦々恐々しながら頭を抑えて転がり回っていると。頭を打ちつけたシーンを見ていなかったのか、マリエルが「ころころしてるー、かわいいー」と何やら手に持った機械で俺を映し始めた。今こそ病院に連れていくべきじゃないのか。ばんばん床を手で叩いて抗議すると、床を叩く赤子の仕草に手を叩いて余計喜んだ。俺じゃなかったら泣いてグレるぞ、その所業。

 自分の体より大きな杖のソーセキを家の庭で振り回している光景を思い出す。スバルちゃんに期待の目で見られて、魔法行使をするのだが。明かりを灯す魔法に地味だと言われて結構本気で凹む。仕方ないので、実はこれは人魂で、触れると魂を吸われて地獄に連れて行かれるんだ、という旨を怪談混じりに聞かせる。しかし、泣いて逃げ出したのは一緒に聞いていたギンガの方で、あっという間に小さくなっていく背中をスバルちゃんと一緒に目を丸くして見送ったことを覚えている。というか、映像に残してある。忘れろ? 消せ? ははは、ギンガの結婚式で流してやるまで断るぜ。

 構成の勉強に詰まり、うがーっと卓袱台返しした所を、たまたま尋ねてきたティアナさんの脛に思いきりぶつけて逆さ吊りの刑に処された。スカートが捲れてパンツ丸出しにされてしまったので、セクハラ女王めと罵ってやると、スバルちゃんが腹を捩れさせるほど大受けして、隣に吊るされた。なんでも、スバルちゃんにだけは言われたくなかったらしい。何貴女達、そんな年齢で百合百合しい関係?と聞くと首を傾げられた。年齢的に早かったのか、その例えがミッドチルダにないのか、微妙な所である。

 自分で稼げるようになってからは生活が一変した。体が子供のせいか、巨人のように見える大人達に混じって、論議・論争に意見交換の毎日。今まで手の出せなかった専門書を制限なく購入出来るのは非常にありがたく、実に楽しい日々だった。まあ、たまにレジアスのおっさんが正式に局員にならないかと聞いて来たり、直接・ギンガ経由問わずマリエルにぶつくさ文句を言われるようになったりだとか。身体に気を付けて、でも、あんまりレジアス中将に無茶を言わないように、と親と局員の狭間でクロエが胃を痛そうにしながら顔色伺って来たりとか。別方面の悩みも出来てしまった。学校にはきちんと行ってるんだし、問題ないと思うけどなぁ。まだ7歳なのが問題か。はやく大人になりたーい。

 いつの間にか、前職と似たような仕事をしていることに、タカマチ隊長の書類を片付けながら魔法構成の効率化を練っていた俺は唐突に気が付いた。魔法でも科学でも、結局自分の適性というか性分は変わらないらしい。ふと振り返ると、ベッドに縛り付けていたバインドを自力で解除して、そろそろ抜け出そうとしているタカマチ隊長と目が合う。えへへー、と可愛く笑う彼女を許してやりたくもなるが、却下である。そんなに仕事したいなら明日書類仕事でデスクから動けなくしてやると宣言すると、平謝りされた。知ってるか、この人一応上司なんだぜ。

 ヴィータ副隊長から、本日の書類仕事を引き受ける代わりに苺味とオレンジ味の飴を2袋譲って貰う。とても甘い飴をころころ口の中で転がして、ご機嫌で鼻歌を歌いながら仕事を進めているとそれをたまたま入ってきたエリオに見られた。異様に恥ずかしく、ソーセキを片手に追い回しているとキャロちゃんが間に入ってくる。女の子の背に隠れるとは情けない奴め。そう言ってやったら、マジ凹みしてその日一日俺とキャロちゃんに近寄らなかった。メンタル弱っ。



 ある日、仕事から帰ってくるとマリエルに怒られた。とてもとても、怒られた。自分のことが嫌いなのか、母親として信頼してくれていないのかと泣かれてしまった。そんなことないよと俺は言う。かーさんのこと好きだよと俺は囁く。だが、それは本当なのだろうか?

 俺は本当に、彼女を、彼女達を愛しているのだろうか?





 ゆっくりと、俺は瞼を開いた。随分と長い夢を見ていた気がする。色んな人物が出てきたののは覚えているが、具体的にどんな夢を見ていたのかは少しも思い出せない。耳鳴りがする。頭痛がする。視界がぼやけている。体の感覚が曖昧で、未だ夢の中にいるかのようだ。

「あぐっ……!?」

 そんな夢見心地を一気に現実に引き戻したのは鋭い腕の痛みだ。半ば無意識に身体を起こそうとして、地面に付いた手に激痛が走ったのだ。起こしかけていた上体は逆戻りし、転がったまま呻く。右手が死ぬほど痛い。しばし唸りながら鈍痛と戦う。そうやって身悶えしていたのだが、ふと、自分の頭が何かに乗っているのに気付いた。枕にしては大き過ぎて、少し硬い。横に向いていた顔を天井へと向けると、思いもよらぬものが目に入った。

「……エリオ?」
「すー……すー……」

 俺の頭上にあったのはエリオの顔、目を瞑って寝ているのか、項垂れた頭を下から覗き込んだ形になっていた。どうやら座ったまま寝ているエリオの膝を枕にして、俺は眠っていたらしい。俯くエリオの赤い髪が目の前に垂れていた。いつもはツンツン頭で天に伸びていた髪が湿って全て垂れているので、常より長く感じる。
 こうして、間近で観察する機会などなかった。痛みと痺れで動かない右手ではなく、どうにか動く左手でその顔に触れる。その顔付きはまだまだ幼く、こうして改めてみてもやはり子供だ。頬を撫で、顎先に到達する。当然ながら、髭などまだ生えていない。滑らかな感触が指先から伝わってきて。
 その時、エリオの瞼が小さく震えて、俺は慌てて手を引いた。触れていた理由も、隠すように慌てて手を下ろした理由も、特にはない。ただ、触れたかった。今は何かに、触れていたかったんだ。

「……んっ、んんっ。ふあ、ぁぁ……」

 目を瞬かせ、欠伸を噛み殺す。そんな仕草のエリオを見上げて、俺は唾を飲み込み見守った。まだ、思考がまとまらない、どう対応したらいいか分からない。だから、俺はエリオが起きるのを、じっと観察し続けていた。
 瞼が開いて青い瞳が見える。ぼやけていた焦点が結ばれ、見上げていた俺と視線がぶつかる。数秒、視線が合ったまま見つめ合い、そして。

「アイリーンさんっ!?」
「いがっ……!? お、大きな声出すな、頭割れる……」

 エリオの大声に、二日酔いのような激しい頭痛を感じた俺は、ぼやきながらエリオを睨んだ。普段から叱られているからだろう、反射的に言葉を飲み込んだエリオだが、すぐに我に返ったように話しかけてくる。音量を抑えて、それでも多大な感情を押しこめた声で話し掛けてくる。

「目が覚めたんですね、良かった……一時はどうなることかと……」
「……どういう、意味?」
「どういう意味も何もありませんよっ。どうして急に別荘からいなくなったんですか? しかも、あんな場所で大怪我して倒れてたんですから心配するのは当たり前ですっ。一体全体、どうしちゃったんですか……!」

 叫ばないように声量こそ抑えているが、詰問するような強い語調で問いかけてくる。
 大怪我?
 エリオの台詞に、俺は何が起こったのか記憶を掘り返して

「……」

 すぐ、思い出せた。
 何故、忘れていられたのだろう。”俺”がもう一人いた。違う、本物の”俺”が別にいた。
 鈍い痛みが頭の奥で変わらず疼いていたが、それ以上の寒気と怖気が全身を襲った。つまり、ここにこうしている俺は、”俺”ではないのだ。電波で他人を自分だと思い込んでいるか、はたまた何らかの理由でアイリーンが”俺”の記憶を所持しているだけか、どちらにしても、本物ではありえない。アイリーンの身体を持ち、”俺”の記憶と人格を持っているだけの……真っ赤な偽物だ。呼吸が早くなる。心臓が痛いぐらいに早くなり始める。カチカチと歯の根が合わなくなり、震え出す。

 そんな俺の手を、エリオの手が包み込むようにして握り締めた。振り払いたい。だけど、そんな気力さえ俺には残されていなくて。

「何か、あったんですか? アイリーンさん」
「違うッ! 俺はアイリーンじゃないッ!!」

 エリオの戸惑った質問に、俺は思わず否定の言葉を叫んでいた。痛みも、苦しみも、その瞬間だけは吹き飛んでいた。少し前まで出来たアイリーンの”演技”をする気にもなれない。
 子供に何を言ってるんだ、弱音など聞かせるべきではない。大体説明に、答えにすらなってない。”俺”がそう言うが、もう、自分の事さえ信用出来なくなった今の俺には子供に気を使うことさえ億劫だ。もう、放っておいてほしい。こんな頭のおかしい、人間のことなど。
 ……けれども、エリオはいつもの調子で話し掛けてくる。

「何言ってるんですかっ。貴女はアイリーンさんですっ」
「……知らない間に、なり変わっているかもしれない」
「それだったら気付きますよ。もう付き合いも……長くは、ないですけど。短くだってないんですから。分からない訳ありません。同じ部隊の仲間じゃないですかっ」
「……臭い上にウザい」
「そ、そういう地味に傷付くことを言うのはアイリーンさんしかいません!」

 エリオには一度素で接してしまっていてから、演技の皮はほとんど被っていない。エリオの目は、少しの疑心もなく俺がアイリーンだと確信している瞳だ。忌々しい、俺を……アイリーンだと認めるその目が、とても苛立たしかった。
 左腕に力を込めて、身を起こす。慌ててエリオが押し留めようとしたが、それを一瞥だけで追い払った。理不尽な怒りが胸を焦がす。エリオが悪い訳ではないのに、そのいつもと変わらない間抜け面に腹が立つ。どうにか身を起こしきり、座り込むと腹に力を込めて、怨嗟の声を目の前の少年に叩きつけた。

「お前に、俺の、何が分かる……」
「……」

 エリオが目を丸くする。そんなこと言われても困るだろう、”俺”が俺を馬鹿にするように笑う。苛立たしい、世界の全てが腹立たしい。俺は誰だ、俺はなんだ、”俺”でないなら、俺は一体何者だ。そんな苦悩が怒りとなって、エリオにぶつけてしまう。馬鹿か俺は。でも、止められない。

「俺が居た……俺は本物じゃなかった。ここにいるのは、アイリーンなんて名前を付けられた頭のおかしいガキだ。はっ、エリオ、お前俺が頭良いとか天才だとか言ってたよな? ちげえよ、俺は頭の中じゃ、別の人間のつもりだったんだよ。三十路も過ぎた、大人のつもりだったんだ。――それが、ちょっと真実を突き付けられただけでこの有様だ」
「……」
「もう良い、俺の事は放っておいてくれ。お前みたいな脳天気でヘタレたガキを見てると苛々するんだよ。もう、子守はたくさんだ。さっさと、消えろっ」
「……」

 一言も、エリオは言い返してこなかった。胃の中に溜まったドス黒い物を、目の前の何も知らない子供に叩き付ける。言葉は色々足りない、八つ当たりでしかない。今まで大事に守ってきた物を、大人としてのプライドを、自らズタズタに引き裂いて、これ以上ないぐらいに見っとも無く憎悪を撒き散らした。
 言ってやった、ただ爽快感は全くのゼロ。喉が渇き、引き攣るのが分かる。油断すれば、また涙が零れ落ちそうだった。情けない、本当に情けない。目を瞑る。ぽかんと口を開けたエリオの顔を見るのも限界だった。放っておいて欲しい、それは限りなく本音で。



「アイリーンさん」
「……ぁ?」

 だというのに。今まで築いてきた信頼を、土足で徹底的に踏み躙ってやったのに。
 俺はエリオの腕の中にいた。



「苦しい、ですよね。自分が自分じゃなかったってことは。自分が信じていた事が、本物じゃなくて。足元ががらがら崩れていくみたいに、立っていられなくなりますよね」

 何を、言っているのだろうか? こいつは。
 エリオの胸の中に頭を抱え込まれた俺は、純粋に疑問だった。あんな狂人のような支離滅裂な発言を、どうしてまともに聞くことが出来るのだろうか。引いて当然だ。嫌悪して当たり前だ。例え事情を細かく説明したとしても、こんな狂った事実にどれだけの人間が理解を示すのだろう?
 それだというのに、俺の身体を包むようにして抱き締めたエリオは、言葉を紡ぎ続ける。

「でも、ここにいる僕達は僕達なんです。今こうやって僕が触れているのは、どのアイリーンさんでもない。貴女です。今こうして感じていることだけは、誰にだって否定はさせない……僕達の物なんです!」
「なん、で……」

 なんで、分かるんだ。エスパーなのか、こいつは。
 あんな言葉足らずで、ヤケッパチで、説明にも何もなっていなかったというのに。なんで、それなのにこいつは俺の事を……こんなにも、理解、しているんだ。

「苦しいのは分かってます。自分が世界に一人きりになったみたいに、寂しいのも分かります。だけど、大丈夫です。世界は……平等でもないし、残酷だけど。思ったよりも優しいんです。だって、フェイトさんも、なのは隊長達も、スバルさん、ティアナさん、キャロ、それに僕だって着いてます。……みんな、アイリーンさんのことが大好きですから」
「っ……あ……ぅ……」

 無事な左手、無事ではない右手。どちらも使って、エリオの背中に腕を回す。掻き抱くように服を掴む。力を込めたら、エリオはそれ以上の力で抱き締め返してきた。そんなやりとりが、たったそれだけの行為が、どうしようもなく嬉しい。

「います。僕達は、ここにいます。僕の知ってるアイリーンさんは……ここにいます」
「あ、あ、あっ、うぅぅぅぅぅ……!」

 腕の痛みも、気にならない。エリオの胸板に顔を押し付けて、嗚咽を漏らす。俺は”俺”ではなかった。けれども、エリオは俺を認識している。持て余した感情が涙と声になって溢れ出してしまって、ただひたすらしがみ付くことしか出来なかった。
 あちこちぶつけて、胴体の方にも怪我しているのだろう。エリオが強く抱き寄せると、それだけ痛みも感じたが。それさえも、今の俺にとっては大事な物だった。自分の地盤が全て消えうせる感覚、自分が自分でなくなってしまうような途方もない絶望。しかし、この痛みは、他でもない俺が感じている物で。
 鼻水を啜りながら、俺は涙を零す。自分の失った物の大きさを、今更実感して。そして、まだ自分には残されている物があるのだと知って。子供のように、声を上げて泣いた。







「忘れろ」
「え、えー……?」
「忘れなきゃ殺す」
「だ、だって、あんな意味深なこと言われて、それ全部説明なしですか!? アイリーンさんが誰も呼ぶなって言ったから、間違いなく怒られるの覚悟で通信も全部カットしたのに!」
「そんなのお前が勝手にやったことだ、怒られろ。タカマチ隊長に扱かれて死んでしまえ」
「う、うわーんっ、この人やっぱり酷いっ! ナチュラルに酷いっ!!」

 右腕はおそらく骨折。足首も重度の捻挫。エリオに背負われて駐屯場所のコテージに向かっている俺は、恥ずかしさのあまりその背中から顔を上げられなかった。死にたい。さっきとは別の意味で死にたい。
 いくら衝撃の事実で、頭トチ狂っていたのだとしても、あれはない。自分より年下の子供相手に、助けられて、それなのに八つ当たりして、慰められて、泣き喚いたとか。あれはない。頭を打ちつけて全て忘れたい。どうして記憶操作系の魔法は違法なんだ。いいだろ、忘れたい記憶は全て忘れたって。
 顔全体が熱くなり、耳まで赤くなっているのを自覚する。頭の上からは湯気が出ているかもしれないほど、顔が熱い。あまり揺らされると傷に響くので、エリオはゆったりとしたペースで歩いている。実際鈍痛は未だに骨の芯から響くようだが、痛みが過ぎてもう痺れに変わってしまい苦悶するほどではない。だから、ではないのだけど。一切合財動く気にはなれないのに、エリオを罵倒する口のペースだけは衰えなかった。

「うぅぅ、アイリーンさん酷い……どうしてこうなった……」
「それはこっちの台詞だ!」
「こっちの台詞ですよっ!? こんなことなら助けなきゃ良かったですってば!」
「……えっ?」
「……あ、いやっ、冗談ですよ? 本気でそんなこと思ってないですよ?」
「ち、違う! 動揺してない! くの、物理的に消去してやる! 忘れろっ、忘れ、あ、い゛っだぁぁぁ!!」
「うわぁ、右手で叩いちゃダメですっ!」

 立ち直れては、まだいない。衝撃の事実に今でも頭の中がぐるぐるともう一人の”俺”のことで渦巻いている。でも、散々喚き散らして、泣くだけ泣いて。一時の激情を全て吐き出して、我を取り戻していた。混乱が収まってくれば、後から沸いてくるのは後悔と羞恥である。
 よりにもよって、なんでエリオなのか。毎回毎回、こいつの前で醜態を晒している気がする。今回ばかりは責める気はない。だが、よくよく考えれば、六課に来てからの失敗全てこの赤毛小僧絡みだ。よっぽど相性か星の巡りあわせでも悪いのだろうか? キャロちゃんやスバルちゃんにあの時の自分を発見されるよりはマシだったけれど、隊長陣やティアナさんだって良かっただろうに。

 はぁ、この後の事を考えると頭が痛い。切羽詰っていたとはいえ、いくつ規則を破ったか考えたくもない。どうも、俺が居なくなったのはものの数十分ですぐに知れ渡ったらしい。隊長達を始めとしたフォワード陣に現地協力の友人達、ヤガミ部隊長やリィンフォース空曹長まで。文字通り総出で俺の探索を行い、その途中でエリオが土手の下に倒れている俺を見つけたという訳だ。だがまあ、エリオは俺が引きとめたのをそのまま実行してしまい、橋の下で雨宿りしながら連絡もせず通信を遮断し、応急処置だけ施して俺が起きるまで看病していたとのことだ。俺が言うのもどうかと思うが、それは連絡する所だろう。俺が言うのもなんであるが。大事な事なので二回言った。反省はしている。
 先ほどエリオが通信ラインを復帰させた際には、頭が痛くなるぐらいの量の念話が一気に飛び込んできた。まず真っ先にエリオを心配するフェイト隊長の金切り声。次にスバルちゃんの「アイリーンちゃん」「大丈夫?」連呼の絶叫念話。そこにティアナさんとキャロちゃんの念話も加わり、危うく気絶しかけた所にヴィータ副隊長の横槍が入って沈静化した。
 もっとも、最後の「今から迎えに行くね」と一言告げて念話を切ったタカマチ隊長の声が一番印象に残っているのは何故だろうか。なんだか寒気がする。服はエリオが魔法で乾かしてくれたらしいが、雨に散々打たれたので風邪を引いたかもしれない。

 痛みのない左腕の方で、ぎゅっとエリオの首にしがみ付く。寒いから仕方ない。それに今はちょっと人肌が恋しいのだから、そう、仕方ないのだ。

「あの、アイリーンさん」
「……何?」
「アイリーンさんがどういう事情を抱えていても、僕にとってのアイリーンさんは貴女だけですから」
「……生意気な事言うな、馬鹿」

 タカマチ隊長に頭を冷やされる前の、恥ずかしいやり取りだった。





■■後書き■■
この作品はTS要素を含んだ女の子が主役の話です。
オリジナル設定&オリジナル解釈が多々含まれます。
そういう物に拒否感を覚える方はブラウザの戻るボタンを押して下さい。

チョロイン言うなし。恋愛話にはなりません。
次回以降からはシリアスモード解除でまったりに戻ると思います。謎は残りますが。



[4894] test run 17th「悪因悪果。悪い行いはいつだって、ブーメランの如く勢いを増して返ってくる」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d
Date: 2012/09/02 22:48
 右腕骨折、頭部に裂傷、肋骨には数本ヒビが入っており、踏み外した左足は重度の捻挫。擦り傷切り傷も加えたら数え切れないほど。ついでに、雨に濡れたせいで軽い風邪を引いて疲労困憊での衰弱のおまけ付き。それが俺に下された診断だった。全治三週間だそうな。魔法を使ってこの数字なので、本気で重傷人である。
 当然、今回ばかりは笑って許してくれる筈もなく。

「辞めさせますっ! 絶っっっ対っ! 仕事なんて辞めさせるからね!」
「だから、これは仕事のせいじゃなくて……」
「嘘っ! アイ、嘘付いてる!! 足元がおぼつかなるぐらい仕事で疲れていたんでしょう!?」
「あー、もう、だから……ごめんなさい……」
「……うぅーっっ!」



 地球の病院に担ぎ込まれた俺は一晩海鳴の地で過ごし、それからミッドチルダ市内の病院に転院した(隊長の身内の伝手でわざわざ事情に明るい医者を用意してくれたらしく、スムーズに転院出来た)。連絡を受けて駆けつけてきたマリエルは、それからずっと付きっ切り。包帯塗れの俺の姿に、泣き崩れるわ、怒り出すわ、宥めるのが大変だった。いやまあ、絶対に安全だと説明した出張先で娘が重傷を負って帰ってくれば、まともな親なら当たり前の反応である。
 ……事情は、もう話すべきなんだと思う。マリエルだけじゃない、俺は今回知り合いという知り合い全てに多大な迷惑と心配を掛けた。だというのに、そうなった訳を説明しないのは俺に向けられた親愛への裏切り行為と言っていい。もっとも、その前から裏切っていなかったかと聞かれると、首を横に振らざるを得ないのだが。
 だが、しかし。結局俺は誤魔化した。俺自身気持ちが整理し切れていないというのが一つ。本当の事を説明して信じて貰えるか、信じた所で拒否されたり嫌悪されたりしないかという不安が一つ。そして、何故”俺”がもう一人いたのか、何故俺がアイリーンとして生まれたのか。結局何も分かっていないということだ。あれは偽物で、俺こそが本物である、とはもう自信を持って言えやしない。その可能性もゼロではないだろうが、正直低いと踏んでいた。本物の”俺”がマリエルの子供に転生したというよりは、やはりアイリーンが何故か”俺”の記憶を持ってしまっていると考える方が納得出来る。子供に記憶を植え付ける=大人の人格が芽生えるか、というのも怪しい話だけれど。何者かが”俺”を転生させた上で、本物そっくりの偽物を元の場所に住まわせるなんて話に無理がありすぎた。
 どうにかして調べる必要がある。しかし、事が魔法世界も真っ青な超常現象だ。警察でも探偵でも、ましてや霊能力者でもない俺に到底突き止められるとも思えない。

 悩みに悩んで悩み抜いた挙句、俺は第三者の協力を仰ぐことにした。

「只者やとは思ってなかったけど、ねぇ?」
「……全部、正直に話しましたよ」
「いや、うん、実に無形滑稽な話やったってのはこの際横に置いとこ。ただ……それってつまり、ぜぇんぶ私に問題を丸投げするっちゅうことやよねぇぇぇーっっ!?」
「ごめんなさい、貴女しか頼れそうな人間がいなかったんです」

 絶叫を上げたのは我らが小狸部隊長ヤガミ・ハヤテその人である。一拍置いて頭を抱えて絶叫するそのオーバーリアクションっぷりはさすが関西人。そういえば、翻訳魔法の誤訳ではなく、まんま関西弁喋ってたんだな。大阪だか名古屋だかは区別付かないけど。

「私、こう見えても偉い人なんやで? こそこそ人目を忍んで部下に会いに来なきゃいかんような後ろめたいことは何一つした覚えないんですけど?」
「なんか間男みたいでちょっと格好良いですね」
「格好悪いの間違いやろがぁぁ!! せめて間女! それも嫌やけど!!」

 マリエルが着替えを取りに家に帰った隙にこっそり連絡して来てもらったのだが、それが酷く癇に障ったらしい。しかしまったくもって部隊長の言う通り、悪いのは全て俺で。持ち込んだ問題も全て俺の事情で、末端の部下であるということ以外何の繋がりもないヤガミ部隊長に頼ろうとするのは筋違いも良い話だろう。それでも、俺は彼女に頼むしかないと踏んで全てを打ち明けたのだ。俺の推測、見た事実、知っていることを含めて、全部。
 その上で、ベッドの上で深々と頭を下げた。脇腹が痛んだが、この際無視する。

「お願いします、協力して下さい。正式な局員になって部下になれと言うならなります。”陸”に対するスパイをしろというならします。個人的なパシリでも良いです。……助けて下さい」
「……どうしてアイリーンはそう急に真面目になるかなぁ。ずるいんちゃう? 痩せても枯れてもこの八神はやて、部下の弱みに付け込む真似はせえへんよ」
「……ありがとう、ございます」
「もう……泣かれるとこっちが困るわ。涙拭き」

 差し出されたハンカチを受け取って、目元を拭う。どうも、心が不安定になっているのは継続中のようだ。涙脆くなって困る。洗って返しますとハンカチを仕舞おうとすると、変な気遣いするなと引っ手繰られてしまった。善人だとは思っていたけれど、予想以上に人が良い。いや、もうこれはお人好しの領域だ。もちろん悪くなんて思ってない。心底、ありがたかった。

 マリエルとクロエ、すなわちアイリーンの……今の俺の両親に真実を告げるのが、怖い。自分の子供に他人の人格が入っていた、しかもずっと赤ん坊の頃からずっと子供の演技で騙していたなんて俺ならぞっとする。マリエルとクロエが、善良な人間だということは知っている。もしかしたら、”俺”を受け入れてくれるかもしれないなんて、期待を抱いてしまう。
 だけど、もし万が一。あの人達に拒絶されたら。本当の子供を返せ、そう言われてしまったら。俺は、あの人達にどう償えばいいのだろう? 俺はアイリーンで、たまたま”俺”の記憶を持っていただけだと、つい先日まで信じていたことと真逆のことを訴えるのか? そんなこと出来る訳がない。背筋に氷を入れられたような悪寒が走る。考えただけで、体が震えて止まらなくなる。……今の俺に、マリエル達に本当のことを告げる勇気はなかった。

 しかし、そうすると協力して貰える人物は極端に少なくなってしまう。スバルちゃんに、ギンガ。それにティアナさんにキャロちゃん。それと、エリオ。信じて貰えるかは微妙だが、この5人は拒絶はしないと思う。ずっと子供の皮を被っていた両親達への対応と比べて、彼らとは限りなく素で接してきた。肉親ではない、血は繋がっていない、両親に比べれば少し離れた距離にいる彼女らには言って良いかもしれない。そう思う程度には信頼している。ただ、そんな事実を伝えて戸惑うのは確かだろうし、何より伝える意味がない。彼女達だと、俺と出来ることは大差ないのだ。無駄に混乱させるだけ、何よりあの四人は今大事な時期だ。邪魔するのは避けたい。
 それで、残りの伝手となると、六課の隊長達、ゲンヤさん、レジアスのおっさんに開発チームの元同僚となるのだが……。

「あんまり近すぎる人間は拒絶された時が怖い。かといって拒絶しない人間は子供ばっかりで、頼ってもどうしようもない。だから、とりあえず今の上司で、その辺権力もあって融通の効きそうな私に頼ったー……と」
「……平たく言えば」
「あー、はいはい。なのはちゃんやヴィータと比べると大して仲良い訳でもないもんねー。まだリインやグリフィスくんの方が書類のやり取りや打ち合わせで、話してるぐらいで……ぐすん、あれ、なんや。雨でも降ってきたかなぁ?」
「すみません、その小芝居は要らないです」
「やかましいわっ!! 怪我人やからといって優しゅうして貰えると思わんことやなぁ!」
「ひはぁぁぁ!? ほ、ほんひへ、ふねっは、このひほ!?(いたぁぁぁ!? ほ、本気で抓ったこの人!?)」

 頬を本気で引っ張られて、痛みに悶えることになったが。まあ、それは俺が調子に乗りすぎたからだ。甘んじて受け取ることにする。じゃれる事少し、マリエルが家と病院を往復するのに3時間弱しかないので、ほどほどに切り上げて貰って、本題に入ることにする。

「まあ、協力することはかまへんよ。ただ、今は機動六課の大事な時期やし……」
「はい、別に今すぐ一秒でも早くって訳ではないですので。……どうせ戻れる訳じゃないです、し」
「う゛っ。また目が虚ろになってきとるよ? 元気出し。ほーら、深呼吸深呼吸」
「だ、大丈夫です。……ヤガミ部隊長に頼みたいのは、俺の記憶と”俺”八重喜一が本当に同じか。十年前八重喜一に何かあったのか、調べて欲しいんです」
「……わかった。管理外世界のことやから、少し時間掛かると思うけど。調べておくわ」

 ”俺”の記憶が単なる妄想ではないか。妄想でないなら、何故こんなことになってしまったのか、俺はどうしても知りたかった。もう俺は、”俺”に戻ることなんて出来ないのだろう。だけど、理由を知らないと俺は前に進めない。この記憶が例え偽物でも、俺にとっては大事な過去なのだ。全部忘れて、能天気にアイリーンとして生きることなんて絶対に出来やしない。
 それに、拘る理由はもう一つあった。真剣な表情で頷くヤガミ部隊長に、追加の注文を付ける。

「それと……十年前マリエルがどうしていたか、それもお願いします」
「アイリーン、今9歳やったっけ?」
「……はい。妊娠期間も考えると、ほとんど時系列に差がないんです」

 神様の気まぐれなどでなければ、何かしらの原因がある筈。マリエルの出身が地球だったというのも、気になった。マリエルの毛髪もアイリーンと同じ淡い青色だから、純粋な地球人って訳ではないのだろうけど。それでも、地球人であった”俺”と何らかの繋がりがあったのかもしれない。

「自分で調べられれば良いんでしょうけど。俺には伝手がありませんし、直接行くのはもう無理だと思います。事故、起こしちゃいましたからね」
「まあ……そやろな。私も許可は出せん」
「我ながら胡散臭い話だと思ってます。性質の悪い悪戯と疑っても当然だと、思います。……でも、お願いします。俺にはヤガミ部隊長に頼むしかないんです」
「……はぁ。海鳴のことはアイリーンが覚えている限り聞いたし、その範囲では少なくとも間違った箇所はない。疑ったりしとらんよ? こんなことでつまらない冗談を言う人間なんて思っとらんしね」
「でも……」
「でもやない。……今、アイリーンは混乱して、頭ん中ぐちゃぐちゃになって自分を信じられなくなってしまっとるだけや。そりゃあ、私から見ればアイリーンはアイリーンでしかないから、今更八重さんやー言われても実感なんかあらへんよ? でも」

 ヤガミ部隊長の手が、そっと俺の頭の上に置かれる。頭には包帯が巻かれているので、頭頂部だけではあるが。小さく、優しく、その手が撫でて。ちょっと屈み込んだヤガミ部隊長は俺の顔を覗き込んで、視線を合わせると優しい笑みを浮かべた。まだ20にもなっていないのに、まるで母親みたいな母性を感じさせる笑顔で、何度も優しく、頭を撫でて。

「自分を信じてやり。アイリーンの中の八重さんを知っとるのは他ならぬアイリーンだけなんやから。最後まで信じてやらんと八重さんが可哀想や」
「……はい」
「納得したら元気出すっ。ほれ、いつまでも落ち込んどったら治るもんも治らんよ」

 部隊長の手が背中を叩く。身体は相変わらずあちこち痛くて、軽く叩かれた衝撃で痛みも走ったが。それでも、肩の荷が少し軽くなったような気がする。ずっと鎖で縛り付けられていたかのような胃の重さも和らぎ、微笑む彼女に笑みを返すことが出来た。
 ……あー、そうか。よく考えたら、初めてなんだ。俺はアイリーンとして過ごす生活の中で、多かれ少なかれ演技をしていた。それは一番素に近い口調で喋っていたエリオにでさえそうだ。アイリーンになってからの九年間、”俺”として会話したことは、一度足りともなかったのである。ヤガミ部隊長には全部話したのだ、演技する必要はない。そりゃあ、気分も軽くなるだろう。

「……ん? どうしたん? 私の顔凝視して」
「え、いや、なんでも。気にしないで下さい」
「そない言うても気になるにきまっとるやん。……あー! さてはうちに惚れたな? 中身は男の人やもんねぇ」
「……うーん、顔は良いんですけど。ちょっとボリュームが」
「ぐふぅっ!! まさかのマジレス……こ、言葉のボディブローとはやるやないか。恩を仇で返すとはこのことか……! やっぱ、おっぱいか! おっぱいがないとあかんか!?」
「まあ、端的にいうと、はい」
「YESとな!? ……ぐぐぐっ、なのはちゃんか? フェイトちゃんか? それともシグナムのわがままおっぱいぐらいないと満足できへんのか!?」
「尻も足らないので、もっと食った方が良いですよ」
「そしてさらに追撃のダメ出し!? ちゅーか、尻てエロオヤジかいな! ええいっ、自分こそちっぱいの癖にっ!」
「ちょっ、さ、触らないで下さいよ!?」

 その後は手をわきわきとさせながら近付いてくる部隊長とベッドの上で取っ組み合いになり、何故かおっぱいの形と尻のラインどちらの方が魅力的か言い争いに発展して、最終的に騒ぎを聞きつけた看護師さんにお説教と随分愉快な時間を送ることとなった。胸が足りないからこだわりがあるのかと思ったのだが、揉み心地まで追求するとはお前の方こそエロオヤジか。元男の精神年齢三十路越えと下ネタで五分に語り合えるって、女としてどうなんだろう? ヤガミ部隊長も実は元男なんじゃないのかと本気で疑ってしまった。なんせ、俺の胸を揉む手つきが凄くいやらしかった。部隊長曰く、大きくなる見込みはあるらしい。余計なお世話である。





 という訳で。という訳で! お仕事である!!
 なんだか随分長い事、具体的には一年半ぐらい魔法構成のお仕事をしてなかった錯覚に囚われるが、実際の所は入院生活を始めて三日間。その三日間で俺はギブアップした。入院生活が退屈で、息苦しいのもあるが、魔法を弄っていないとどうにも落ち着かないのだ。見事なまでのワーカーホリックである。まあ、思いきり趣味なので、仕事依存とはちょっと違うかもしれない。
 機動六課の方も忙しいのか、ヤガミ部隊長と会って以来、誰とも顔を会わせていない。事故の原因を「散歩中に足を滑らせた。反省はしている」で押し通した為、凄く顔を合わせ辛いので助かったことは助かったんだが。まず突撃してきそうなスバルちゃんや静かに激怒していたタカマチ隊長までもが来ない所を見ると、意外とヤガミ部隊長が上手いこと説得してくれたのかもしれない。
 そしてそのヤガミ部隊長経由で転送してもらったデータに目を通す。俺が入院している間も、新人達の訓練は当然続いており、いつものようにその訓練データのチェックをしていた俺は小さく溜息を吐いた。新人フォワード陣全体の調子が若干、いやはっきり言ってかなり悪い。もしかして、これは俺の事件の影響が関係しているのだろうか? 履歴を見るからに出張先から戻った次の日の訓練データだ。映像データは今ちょっと確認することができないのだが、それでも軒並み結果が振るわないのが如実に数値として現れてしまっている。ぬぬぬ、ほんと迷惑掛けてるんだなぁ……。まあ、退院してから土下座はするとして、今は仕事の方を優先しよう。まだまだ精神が不安定だし、深く考えたら気分が落ち込んで戻ってこれる自信がない。気にしなーい気にしなーい、と自己暗示でもしてみる。うん、ちょっと胃が痛くなった。

 それはさておき。既存魔法は隊長達と打ち合わせしないとどうしようもないから良いとして、空中歩行魔法『フリーウォーク』の修正は急務だ。新人全員が使い始めたので、蓄積データから粗がぽろぽろ出てきている。特に酷いのはウイングロードと噛み合せて使っているスバルちゃんのデータだ。とにかく正式配備前に緊急停止してしまいそうなエラーは必死こいて潰したので致命的なエラーこそ起こってないが、エネルギーのロスはかなり出ている。フリーウォーク使用前に比べれば、加速度も最高速も格段に上がってはいる。が、肝心の初速で噛み合わせの悪さからもたつきが出てしまっていた。これでは当初予定していた数値には程遠い。加速開始時前へ向かう筈のベクトルが乱れて無駄なエネルギーが生じ、もたつきという形で現れているのだろう。思えば、スバルちゃんが全力加速でぶっ飛んだのも、この辺に原因があるに違いない。理論上、フリーウォークは100%ベクトルを加速に変換出来る筈なのだから、もっと上が目指せる筈だ。
 しかし、ある程度使用者に会わせてセッティングを変えることは想定していたが、四人が四人とも見事に使用目的が異なっていた。
 エリオは自身の俊敏さと機動性を上げる為に走り出し、カーブ、急ブレーキ、Uターンなど、相変わらず小器用に扱っている。元々ストラーダは突撃槍だし、フリーウォークとの相性が良いのだろう。速さは強さを地をで行っている。一方で同じ前衛のスバルちゃんはウイングロードの捻り・上下反転、壁走りなどのバリエーションを増やし、加速・減速についてもジェットローラーの急加速Gや敵目標との激突の衝撃を打ち消す事を主に使っていた。後者についてはフリーウォークの雛形でもある加重軽減魔法でもやっていたことなので、同じ感覚で使っているのだろう。
 ティアナさんは要所要所の移動に使っているが、移動しながらの射撃などでは使いこなせていない為、今までのように普通に走って移動することも多い。もっぱら建物の屋上を移動する時やコンクリートの残骸が散らばった足場など、悪路を踏破しなければならない時に使用頻度が高いようだ。まさしく飛行魔法の代用品と言える使い方だ。
 そういう意味じゃ、一番俺の想定していた用途で使いこなしているのはキャロちゃんだ。魔導師としては竜召喚士という分類の彼女だが、肝心のフリードの制御が甘いので味方を増幅魔法で援護していることの方が多い。なので、いざという時は逃げに徹するせいか、毎回フリーウォークで敵の射程からあっという間に離脱している。特に、タカマチ隊長の砲撃・誘導弾乱れ撃ちを振り切ったのは賞賛に値するだろう。

 構成のダイエットを計りながら、思考を巡らせる。初速や加速度についてはバグ取りをしつつ、実践データで少しずつ精度を上げていくしかない。また新しい物理の本でも買って、勉強するか。一生勉強を続けなくちゃならない職種とはいえ、学校を卒業してからも小難しい勉学に縁があるのは正直結構きつい。うーむ、専門学校で情報技術オンリーじゃなくて、ちゃんと大学行くべきだったかもしれない。……いや、まあ、偽物かもしれない俺が後悔することじゃないのかもしれないけれど。
 そういえば、ヴィータ副隊長に古代ベルカ式、ひいてはヴィータ副隊長用のカスタマイズを頼まれていたな。古代ベルカ式へのコンバートはどうせ最初から作るような物だし、専用として一から組み立ててみるのはありかもしれない。新人四人が使ってる魔法は設定を変えているだけであくまで同じ代物だ。将来的には俺の手を離れて、不特定多数の人間が使うことも想定しているので、設定もかなり簡単、言ってしまえばかなりアバウトな作りをしている。だからここは、一度番外の試作品ということで専用フリーウォークを作り。性能を特化させて、取れたデータを正式採用の標準型にフィードバックさせる。テストも兼ねているので、流用はかなり楽だ。どうせ番外だ、最終的なバランスは考えずとも良い。ヴィータ副隊長は安定し切った戦い方から脱却して強さを求めているのだし、そういう意味でもやる価値はある。おお、なんかいける気がして来たぞ。ただまあ、それをやるならもう1、2タイプぐらい違う特化型が欲しい。全部ヴィータ副隊長にやらせるのは無理があるし、影響されやすい成長途中の新人ではなく、完成された隊長陣の中から協力者を募って……。

「アイ、お腹空いてない? 何か買ってこようか?」
「んー、甘い物が良いな。アイスとか」
「冷たいのは身体に障るからダメよ。ゼリーやプリンで良い?」
「うん、それでいいよ」

 マリエルの唐突とも言える言葉に、俺は淀みなく答えを返す。仕事をしていても、マルチタスクでこの通り四六時中張り付くマリエル対策もばっちりである。網膜モニターなんて、趣味で作っていた代物だがこの通り役に立った。備えあれば嬉しいな、っと。ふはははは、はぁ。
 そうなのである。入院してから三日間、マリエルの手厚い看護は緩むどころかどんどんきつくなっていた。重い怪我は魔法で癒されているし、痛み止めの点滴を打っているので、歩くぐらいなら問題ない。しかし、マリエルは俺が身を起こそうとするだけで大騒ぎし、トイレに立とうとすると尿瓶まで用意してくる始末だ。もちろん、それは必死の懇願で断ったが、付き添い見られながらのトイレという恥辱を味わう羽目になった。当然、仕事なんて許して貰える筈もないので、作業はバレないよう行っている。シーツの下に隠し持ったソーセキで網膜に画像を投影をする形で、思念操作で作業しているのだ。
 真正面から目を合わせると網膜モニターの光でバレてしまうので、マリエルとはまともに視線を合わせていない。下の売店に買い物に行く為部屋を出て行った背中を見送ると、俺は深々と溜息を吐いた。……どうも、マリエルと接しにくい。ほんの数日前まではちゃんと母さんと呼べていたのに、口に出して呼べなくなってしまっていた。たぶん、原因は罪悪感だ。今までちゃんと相手にしてこなかった、薄っぺらな演技で騙してきた。そして今も嘘を吐き続けていることに対しての罪悪感。入院している時ぐらい休んだって罰は当たらないのに、それでもなお仕事を続けているのは、マリエルと二人きりの会話に耐え切れないからというのも一因であった。
 ようやく一人になれた俺は胸を撫で下ろす。マリエルが悪い訳じゃない。悪いのは、全部俺だ。今まで嘘を吐いていたのが悪い。今もなお嘘を吐き続けているのが悪い。本当のことを告白する勇気を絞り出せない俺が悪い。胃が軋む、頭が痛い。左手に握っていたソーセキをシーツの下から取り出した俺は、頭を抱えて蹲る。

「なんとかならないかなぁ、ソーセキ」
「【知りません】」
「……えっ?」
「【私はマスターに置いていかれたので、事情を知りません。なので、お答え出来ません】」
「……も、もしもし。ソーセキさん?」
「【なんでしょう、マスターアイリーン】」
「もしかして……放置していったの、怒ってます?」
「【私は機械なので怒るという感情を持ち得ません。どうぞ、仕事を続けて下さい】」
「明らかに怒ってらっしゃる!?」

 ちゃんと網膜モニターにデータは映し続けているし、命令した仕事はきっちりこなしてしてくれているのだが。いつもは親身になって相談に乗ってくれるソーセキの反抗に、俺はショックを覚えた。こ、こんな所にも心配を掛けて怒っている人物(?)がいたとは。クロエから誕生日プレゼントして貰って以来、メンテ以外で手放したことなどなかったので、ソーセキの方こそショックだったのかもしれない。
 金属製の兎型キーホルダー、手の中に握り締めていたそれを見下ろすと、兎の目に嵌め込まれていた小さな青い宝石がきらりと光る。というか。

「ヤガミ部隊長と話してた時いたんだから、事情は知ってるだろ?」
「【マスターの大事な秘密のようですので、ログを残さないよう遮断していました】」
「ああ、メンテで記憶領域を洗いざらいなんてやらないだろうけど、やろうと思えば出来るしな……って、なんかムキになってないか?」
「【なっていません】」
「いや、なってるだろ」
「【なっていません】

 しかも、すげえ頑固である。この頭の固さはデバイスだからではなく、ソーセキ個人の性格なのだと最近になってようやく気付いた。ソーセキとはもう6年近い付き合いになるのに、未だに把握し切れていなかった事があったのかと少々考えさせられる。そう、ソーセキにだって、俺は”俺”のことを話さなかった。ログが残るからとか、教える必要がなかったからとか、理由はそんな単純な物だ。……でも、話さなかった。信頼を裏切った。それは、両親にした裏切りと……同一の物ではないだろうか?
 網膜モニターを終了させると、俺はシーツの上に待機フォルムのソーセキを置いた。汚れなどはフォルムを変える度に自動洗浄してしまうので付いていない。滑らかな金属のラインを指で撫でながら、俺は声を絞り出した。

「悪い。もう、置いてかない。許してくれ」
「【マスター、デバイスの私に謝る必要はありません】」
「必要はある。ちゃんとソーセキに協力して貰えないと困る」
「【私はきちんと仕事をしています】」
「……意地悪言わないでくれよ」
「【意地悪なんてしていません】」
「泣くぞ」
「【……それは困ります】」

 困るのか。ちょっと泣きが入っていただけに、本気で泣いてやろうかと思ったが。最近涙腺が弱いので、マリエルが戻ってくるまでに泣き止む自信がないのでやめておく。所詮デバイス、所詮AI。どんなにインテリジェントデバイスが高度なAIを詰んでいるからといって、人間ではない。……しかし、もしも今ソーセキとの絆が、いや、誰との絆だって一つでも壊れたら。きっと本当に大泣きしてしまう。”俺”という地盤が崩れて、子供みたいに不安定になっている。自己分析出来るぐらいなんだから、開き直れることが出来ればいいのに。それもちょっと現状では無理そうだ。視界が歪み、慌てて目を擦る。ソーセキを両手で握って胸に抱え込んで、何度も深呼吸を繰り返した。

「【泣かないで下さい、マスター】」
「……泣いてない」
「【申し訳ありません。マスターの心を傷つけるなんて、デバイス失格です】」
「……泣いてないって」
「【私は貴方の味方です、マスター】」
「知ってるよ……」

 心が弱くなっている。本当に子供になってしまった気分だ。こんなにも心を乱してしまうのは、本物の”俺”じゃないからだろうか? 泣くなんて情けない、みっともない。三十路過ぎの男のすることじゃない。脳裏に、元の”俺”の姿が浮かぶ。おお、見苦しい見苦しい。ムサイ男が泣いて良いのは、親が死んだ時と好きな女に振られた時、それから財布を落とした時ぐらいだ。笑え。笑うんだ。

「……ふぅ、ちょっと、落ち着いた」
「【頑張りましたね、マスター】」
「子供扱いは普通に傷付くからやめろ」
「【了解です】」

 なんだか疲れてしまって、ベッドに倒れ込む。もう今日は仕事を止めて不貞寝してしまおうか。そんなことを思い始めた時、廊下から誰かが歩いてくる足音がした。もうマリエルがデザートを買って帰ってきたのだろうか? まだ検診時間ではないし、俺の病室は個室なので、他の患者が帰ってきたってこともない。マリエルだろう。俺は慌ててシーツを被ると丸くなる。点滴で痛みは消えているので、寝返りを打つ程度は大丈夫だ。あんまり変な姿勢になると、後で酷そうだが。
 ソーセキを抱えたまま、病室の扉から背を向けて寝た振りをする。もしかすれば、起こさないように帰ってくれるかも知れない。心配して来てくれている母親に酷い対応だが、どうしても今は話したくなかった。仮病なんてどれくらいぶりだろうか? 少なくとも、アイリーンになってからは初めてだ。


 背後で、小さく扉の開く音がする。覗き込んでいる、のだろうか? 妙に後ろめたい気持ちになって、ソーセキを強く握り締める。ああ、もう俺はなんでこんな事をしているんだろうか。どうしようもなく情けない気分になり、もうこのまま本当に寝てしまおうと目を瞑ると、予想外の話し声が背後から聞こえてくる。

「寝てる、みたいだね。どうしようっか、エリオくん」
「うーん、今日は止めようか。体調悪化させちゃったら元も子もないし」
「エ、エリオ!? ッ、あ、イッ、ぐっ……ふにぃ」

 あんまりにも予想外過ぎて。思わず反射的に起き上がってしまった。痛み止めにも当然限界はある。肋骨に走った鋭い痛みに、呻きながらベッドの上で蹲る羽目になってしまった。扉の隙間から上下連なってみていたエリオとキャロちゃんがそんな俺を目を丸くして見ていて。二人はすぐに我に返ると、痛みで脂汗を流す俺の方へと駆け寄ってくる。

 ああ、もう……本当に格好が付かない……今日は絶不調だ……。





 魔法世界といえども、回復魔法でぱーっと治る訳ではなく、医学の一部として魔法が使われているので経過を見ながら治療を施していくのがミッドチルダでの標準治療だ。この前のことで右腕を骨折してしまっているのであるが、曲がらないように正しい形で固定した上で骨の繋がる速度を魔法で促進、補強しているらしい。ミッドチルダ式魔法にファンタジーな要素はほとんどなく、理論に基いて構築されてている一種の学問だ。当然、人体の仕組みを理解して、効率良い医療を目指していけば、地球の医科学に似通ってくるのも当然で。まあ、RPGよろしくその場で傷を治す回復魔法というのもない訳ではないけれど、体に負担となってしまうのできちんと治療出来る場ではじっくり本人の回復力に任せる方法が主流ということだ。本当に危ない傷は病院に運ばれてきた時に治してしまうし、痛みの方も薬でほとんど消えている。こうして入院して、回復魔法に頼らず自然治癒に任しているのも、そうした理由だ。
 んで、何が言いたいかと言うと、だ。

「さ、さっきのはたまたまだから。まだ骨はちゃんとくっ付いてないけど、それは腕だし。ちょっと歩くぐらいなら、松葉杖もあるから大丈夫なんだって」
「ダメだよ、アイリーンちゃん。フリードも卵の頃からずっと、わたしがお世話してたんだよ。得意だから、わたしに任せて」
「そうじゃなくて、自分でトイレぐらい行けるから……エリオ、キャロちゃんを止めてくれ」
「見ませんからっ! 後ろ向いて耳塞いでますから!」
「そこのエロ小僧! 100万歩譲って止めないなら、出てけっ!!」

 尿瓶を片手に善意という名の押し売りを果たそうとキャロちゃん。勘弁してくれ。八つ当たりではなく正統な怒りを元に、部屋の隅で耳を塞いで蹲る馬鹿の後ろ頭にプラスチック製の尿瓶を思いきり叩き付けてやる。相変わらずデリカシーが著しく足りない。今回の場合、エリオのいる場所で尿瓶を使わせようとするキャロちゃんもキャロちゃんであるが。
 普段はキャロちゃんの桃頭の上に居座っている子竜も、本日は病院なのでお留守番のようだ。訓練の合間を縫ってお見舞いに来てくれた二人は、缶ジュースを差し入れに持ってきてくれたり、お見舞いの花束を入れていた花瓶の水を入れ替えてくれたり、わいのわいのと賑やかにしながらも俺の世話を焼いてくれていた。先ほどの醜態を見られ、さらには石膏で固めた右腕や包帯でぐるぐる巻きになっている左足を確認した途端にこの熱心な世話焼きようだ。
 竜と一緒に暮らすどこかの部族の出らしいキャロちゃんは、赤ん坊の竜の世話などに慣れているそうで、尿瓶を片手に迫ってきたという訳だ。さすがに動物と一緒にされたくない。というか、こんな小さな子に下のお世話になったら一生のトラウマ物だ。悪いが、全力で拒否させて頂く。

「はぁ……トイレは良いから、さっきも行ったし。それより、二人とも訓練の方は順調? 一応データの方は貰ってるから、数値としては知ってるけど」
「え、っと……はい。少し前からフェイトさんも僕達の教導に付き合ってくれてますから。成果は出てると思います。ね、キャロ」
「う、うん。最近はわたしもフリードを元の姿に戻しても、制御出来るようになってきたし。皆強くなってるよ。ね、エリオくん」
「だから、僕達のことは心配しないでちゃんと休んで下さいねっ」
「いやまあ、入院してるんだから休んではいるけど……。じゃあ、竜魂召還とフリードリヒの自身の魔法もそろそろ見ておいた方が良さそうかな。召喚魔法は正直専門外なんだけど、フェイト隊長経由で詳しいこと書いてある書物も集めて取り寄せて貰ってるし。キャロちゃんにも貸して上げるから、勉強して行こうね」
「べ……勉強かぁ……」

 何故か笑みを引き攣らせるキャロちゃん。いやいや、別に構成の知識を叩き込もうって訳じゃないからね? キャロちゃんに見せるのは指南書の類だから。よほど普段の反省会兼勉強会がきつかったのだろうか? 物覚えがいいもんだから結構な詰め込みをしてしまっているが、もうちょっと手加減するべきかもしれない。
 しかし、それにしても先ほどから二人の様子がおかしい。妙に歯切れが悪いというか、ことあるごとに二人で視線を合わせて、口にする言葉を選んでいるように見える。入院している俺に気を使っている? まあ、エリオには海鳴で狂乱っぷりを見せつけてしまったので、不本意ながら心配されるのは仕方ないのだろうが。それでも何か納得行かない。というか、こうして三人で話しているのに、アイコンタクトであからさまに内緒話されると正直気分が悪い。アイコンタクトだけじゃなく、実際念話で内緒話してるんじゃなかろうか。

「……で?」
「で? ってなんですか、藪から棒に。だからお見舞いに来たんですよ」
「そうじゃなくて。何か隠してるだろ、二人とも」
「えっ……い、いや、そ、そんなことないよね、キャロ!」
「う、うん、そんなことないよ。ね、エリオくん」
「嘘吐け、こらぁ!! さっきから何度目だ、その相槌の打ち合い!」
「「ひぃっ!」」

 うがーっ! と叫びながら両手を振り上げると、エリオとキャロちゃんが同じタイミング同じポーズで頭を抱えて縮こまった。そんなに俺が怖いか。いやまあ、両手を振り上げた動作でまた脇腹に痛みが走ったせいで、表情強張ってるかもしれんけど。
 バレないよう慎重に両腕を下ろすと、一つ咳払いして二人の様子を改めて伺い見る。こうして見舞いに来てくれた以上、心配してくれているのは確かだろう。しかし、素直で腹芸が出来ない二人にしても、わざわざ見舞いに来たのにこの反応の鈍さはおかしい。ふむ、もしかして。

「この間の件が問題になって、私がクビになったとか?」
「なってませんよ!? 入院してる人にわざわざ言いに来るって僕達凄い鬼畜じゃないですかっ!」
「じゃあ、エリオが遂にセクハラ問題で訴えられ」
「ていませんっ! わざとじゃないって何度言わせるんですか!」
「ってことは、六課で何か問題があったとか」
「……そっ、そんなことな」
「はい、ダウトー」
「ああっ、しまった!?」

 どうしてこいつはこう馬鹿正直なんだろう。隣で椅子から飛び上がって顕著に反応してくれるキャロちゃんもいたので、エリオが失言しなくてもカマ掛けは成功していたのだが。しかし、そこは子供でも女の方が強かなのか、目を泳がし脂汗をかいてまで必死に言い訳を考える馬鹿とは違い、キャロちゃんは小さく息を吐くとエリオの服の裾を摘んで軽く引いた。

「エリオくん、やっぱりアイリーンちゃんに相談しようよ。わたし達じゃもうどうしたら良いか分からないし……」
「で、でもっ、怪我をして入院までしてるアイリーンさんに、これ以上負担掛けるのは……!」
「あー、いらない。エリオ、そういう気遣いいらないから。逆に腹立たしい。お前が私を心配するなんて、100年早い」

 いや、ほんと。こういう時の男の見栄っ張りというか、無様さはちょっと悲しくなるぐらい情けない。しっしっと犬のように手で追い払ってやると、ヘタれる顔が余計にそう思わせる。まあ、元男として気持ちは分からないでもないが、先ほどイラっとさせてくれた件もあるし、エリオはスルーしよう。
 キャロちゃんに視線を向けると、こちらの意図を汲んでくれたのか一つ頷いて話し始める。今現在、機動六課で何が起こっているのか。その問題の、始まりを。

「実はね、この前ホテルで警備の仕事があったんだけど……」





■■後書き■■
この作品では原作イベントに顔を出さないで病院でごろごろ不貞寝しているのが主人公です。
(ry

という訳で、今回はこんな所で引き。
次回はEXで別視点になる予定。
それにしても相変わらず関西弁がわけわかめ。
はやては好きなキャラなんですけどねぇ。



[4894] test run Exception 7「幕間 ~ティアナ・ランスター二等陸士の慢心~(アイリーン9才)」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d
Date: 2012/09/14 02:00
 私には兄がいた。両親を物心付く前になくした私にとっては兄であり父親であり、唯一の家族であった。10才以上離れていたとはいえ、まだ若年の兄に子供一人を育てていくのは大変な苦労だっただろう。管理局に勤め、優れた執務官だった兄は仕事でいつも忙しそうで、それでも仕事から帰ってきた後や休日にはずっと構って貰っていた。誇れる物の少ない私には勿体無いぐらいの自慢の兄だ。そう、その兄が亡くなった今でさえ、私は兄を誇りに思っている。

 きっかけは……兄が語る武勇伝を聞いて無邪気に憧れた頃だろうか。もしくは兄の葬式で、愚かな管理局のお偉いさんが犯人を取り逃して殉職した兄を馬鹿にした時だろうか。どちらにしても、兄の歩いていた道を自分こそが歩くのだと、私は当然のように心に決めていた。
 幸い、両親と兄の残した蓄えは大人になるまで暮らしていくのに十分な金額で。保護者に関しても、管理局の訓練校に入って独り立ちしてまえば必要ない。兄の真似をして標準の杖型デバイスではなく、二丁の銃型デバイスを手に取った。兄が亡くなった時、10才の子供だった私は兄に魔法を習ったことなんてない。すべては見様見真似だ。必死に兄の現役時代のデータを集めて、昔聞いた武勇伝を思い出して、足りない所は教本と想像で補う。それはきっと、兄さんの三割も再現出来ていないだろう。不恰好で、泥臭く、力の足りないごっこ遊び。空戦には適性がなく、兄と同じ士官学校に入ることさえ出来なかった。それでも、私は執務官を目指している。兄さんが歩む筈だったその道の先を見たかったのかも知れない。

 実際魔導師として道を歩き始めてからは挫折と後悔の繰り返しだ。才能がない、技術がない、知識もなければ、経験も足りない。全てがないない尽くし。人の三倍は努力した自負はある。それでも、足りない、届かない。私よりも才能のある人間は数多く、そんな人間が皆一様に訓練を重ねていた。私のように出来の悪い模倣ではない、”本物”達。寝る間も惜しんだ努力の結果、訓練校の中で成績上位にはなった。しかし、限界はそこまでだ。凡人が努力しても、努力する天才は越えられない。どんなに頑張っても、凡人には秀才が限度だ。真面目な一局員を目指すなら、それでも良かったかもしれない。だけど、執務官は選ばれたエリートだ。天才と熟練者達が狭い門の前でひしめいている。士官学校の入学試験にすら受からなかった私では、その中に割って入る自信は正直ない。でも、やらなければならなかった。
 我ながらいっぱいいっぱいのそんな生活で、ここまで心が折れなかったのは呑気な相方のおかげだろう。名前はスバル・ナカジマ。脳みそお花畑で頭は決して悪くない筈なのに、身体の方が先に動く体育会系。そして、才能に満ちた天才。詰め込んでやれば、どんな技術も知識も吸収して、戦闘力も同世代でピカ一。そう、凡人の私は数え切れないぐらい嫉妬した。
 私が一ヶ月みっちり練習して出来たことを、教えて三日で使いこなす才能と脳天気に喜ぶその様は、ちょっとぐらい後ろ頭撃ち抜いても許されるんじゃないかと思ったぐらいだ。それでも、相性は良かった。戦闘の相方としても、私生活の友達としても、悪い奴ではない。胸を揉む悪癖だけは勘弁して欲しかったけれど。

 でも、本当の”天才”って奴がいるんだ、そう思い知らされたのはスバルの妹分の彼女に会った、その時だった。



「貴女がティアナさんですか。スバルちゃんに話は聞いてます、優秀な魔法使いだそうですね。良ければ魔法、見せて下さい」

 魔法使い、そんなメルヘンな呼び方されたのは初めてだった。第一声が「初めまして」でも「こんにちは」でもなく、まず魔法を見せてくれ。何この変な子、と思ったのを覚えている。年齢は6歳。私が執務官になろうと決心した年齢よりも、ずっとずっと幼い。だというのに、私が渋々見せてやった魔法をいきなり”分解”して、検分し始めた。まるで機械でもこじ開けるかのように、他人の魔法陣をバラし始めた時には目を剥いたものだ。普通、他人の魔法陣に干渉なんて出来ない。例えそうした技術を持っていても、彼女みたいに鼻歌混じりで軽々とやって退けることが出来るだろうか。
 レアスキル、最初はそう思った。凡人と天才を隔てる、誰にも真似できない強力無比な希少技能。生まれ持った才能。しかし、答えは否だ。どこの誰が「便利そう」だからで、他人の魔法陣に干渉する魔法を開発したと思うのだ。正確には制御を手放した魔法陣の制御を受け取って解析するだけの何でもない魔法なのだそうだが、いやいやそれだってどんな無茶苦茶だ。他人が使っていた魔法をそのまま継続して受け持てるということだ、走っていた他人の自転車をそのまま横から乗り移って走り続けるような曲芸だ。ありえない。

「……そうですか? じゃあ使ってみてください」

 そう言って私のデバイスに移された魔法は、すぐそのまま使えてしまった。ありえない難易度、簡単すぎる。ボタン一つ押すだけで出来てしまうような、易しい魔法。使ってみて分かった。他人の魔法を奪ったり、使用したりする為の魔法じゃない、これはこの子が他人の魔法を閲覧したいが為だけに作られた魔法だ。魔法陣の形成維持しか出来やしない。
 私はすぐさま、これをもっと改良することが出来るんじゃないかと彼女に詰め寄った。レアスキルの如く奇跡の魔法。それを自分が使えるかもしれない、そんな期待に胸を高鳴らせて、相手が子供であるということも忘れて、主張した。でも、彼女は難しい顔をして唸る。

「他人の魔法の制御を奪うって、難しいだけであんまり意味を感じないんですよね。知ってます? 魔法の構成って、多かれ少なかれ術者に合わせて調整されてるんです。それを無理に奪おうとすると、クソ重く……あ、いや、魔法の制御が凄く難しくなっちゃいます。あれですね、超々高性能なインテリジェントデバイスを専用に製造して、それでやっと魔法陣の制御の一部を奪い取れるかってぐらいですね、たぶん。暴発したり逆流したりは十分ありえますから、掛かるコストや難易度に比べて割に合わないです」

 それってつまり私には不可能ってこと? 苦虫を噛み潰したように大人気なく問い返した記憶がある。あの時の私の顔はさぞ醜かったことだろう。希望を潰されて、結局凡人にはどうにもならない証拠のように感じられたからだ。おまけに「効率が悪いだけで出来ないことはない」と彼女は主張しているようで、嫉妬に腹が煮えくり返りそうになった。
 だけど、彼女はそんな私の内心なんて知るよしもなく、トレードマークの淡い水色の髪を揺らしながら指を立てる。

「まあ、わざわざ難度の高い他人の魔法を奪うより、そもそも誰でも使えるようぐらいに易しく改良しちゃった方が簡単で現実的ですね。ミッドチルダ式の魔法全般、無駄に小難しく作られてますから。説明書と仕様書とプログラムは小学生が見ても分かるぐらい簡潔にが基本なのに、どうかしてます」

 どうかしてるのはそのアンタの発想だと思う。これは現在でも、彼女に対する正直な感想だ。言っている間にも、元私の魔法陣をちょいちょいと弄っている彼女の指先は迷い無く動いていた。まさか許可無しに攻撃魔法など使う訳にはいかなかったので、最近練習していたサーチスフィアを見せたのだが。魔法陣の中身が、凄まじい速度で組み替わり、変貌していく。それこそ、魔法のような光景だった。

「はい、こっちも試してみてください」

 魔法陣は一度消され。改良された魔法のデータがデバイスに送られてくる。呆然と見ていた私は言われるままにその魔法を使用して、開いた口が閉まらなくなった。あれだけ散々練習して1つが精一杯だった探知用のスフィアが、3つ。しかも、本来大雑把に遠くの物を見る為だけだった魔法が、私の脳裏に三つの知覚を同時に増やしていた。

「せっかくですから、私の作ってみた機能を追加してみました。目、回りません? 頭の中でちゃんと映ってます? 動くのに邪魔になりそうとか、耳鳴りがするとか、不具合があったら教えて欲しいです」

 不具合? ある筈がない。こんな高性能なサーチスフィアを三つも出現させているのに、操作があまりにも簡単過ぎる。私の意思通りに、スフィアが部屋の中を旋回する。真後ろで放置されて拗ねているスバルの顔が確かに見えた。小さく唸って恨めしそうにしている声まで聞いて取れる。
 天才、だ。この子は間違いなく、歴史に名を残す。そんじょそこらの天才ではない、数百年に一人、そんなレベルの大天才だ。嫉妬よりも何よりも、恐ろしさに私は身を震わせた。変えてしまう、この子は世界の基準を変えてしまう。こんな魔法が出回ったらどうなる? 凡人の私が使ってすらこれだ。デバイスのスペックにも頼らず、魔法そのものを改良してここまで効果が出るなんて聞いたことがない。
 と、突如、スフィアの制御が切れる。いきなり感覚が変わったので、眩暈を覚えた私はよろめいて床に手を付いた。あ、と彼女が口を開けて驚き、そして顎に手をやって思案する仕草を見せる。

「うーん……失敗作か。やっぱ無駄機能はいらんね」
「アンタ人で人体実験しやがったわねっ!? さっきから妙な質問が多いと思ったら!」

 まあ、つまり。天才となんとかは紙一重という格言は、きっちり彼女、アイリーンにも当て嵌っていた訳で。あの頃からだ、天才ってなんだろうって考え始めたのは。私が凡人だっていう、才能が劣っている事実は変わらない。だけど、その天才アイリーンに世話になるようになり、今までが馬鹿馬鹿しくなるぐらいに魔法がぐんぐん上達して。私の努力って何なんだろう、そんなことまで悩むようになって。





『はぁ……はぁぁ……はぁぁぁぁ』
『うるさい! わざわざ念話で大げさな溜息吐くんじゃないわよ、鬱陶しい。スバル、仕事に集中しなさい』
『だって、アイリーンちゃんが気になって……あんな大怪我して、入院してるんだよ? 私達の知らない所で、何やってたんだろう。もしかして、悩み事でもあったのかな』
『知らないわよ。そんなのあの子が退院してから聞けばいいじゃない』

 自分が過去の思い出に耽っていたのは棚に置いといて、別の場所で配置に付いているウザい相方に活を入れる。先日、管理外世界への出張任務にアイリーンが着いてきた際、彼女は大怪我を負った。それも、任務とはまったく関係のない所で、散歩をしていて足を滑らせたという間抜けっぷりだ。行きのヘリで既に様子がおかしかったので、注意散漫で事故を起こしてしまったのだろうというのが六課の共通見解だ。
 詳しい事情を聞こうにも、お見舞いは彼女の体調がしっかり戻ってからと八神はやて部隊長から直々に釘を刺されてしまったので、誰もアイリーンの様子を見に行けてはいない。大体、私達は訓練で忙しいし、こうして仕事だってある。どちらにしても行く暇はないのだが、スバルやエリオ・キャロの年下コンビ。ついでになのは隊長まで仕事をすっぽかして行こうとする始末だ。お人好しと心配性ばかりが集まった部隊なので、八神部隊長がわざわざ釘を刺すのも仕方ないかもしれない。
 まあ、禁止されていなかったら、私自身も訓練が終わってから見舞いの一つも行ったかもしれないけれど。

『ティア、冷たい……ティアだって、アイリーンちゃんとは仲良かったのに』
『アイリーンに世話になってることは確かだけどね。それと仕事とは別の話でしょ』
『でもぉ……』
『集中出来ないってなら、引っ込んでなさい。年少組だってショック受けてるんだから、アンタのフォローにまで手回んないのよ。仕事するなら、しゃんとしなさい』
『うっ……わ、分かったよ』

 アイリーンとの付き合いは意外に長い。訓練校時代からだから、およそ三年ぐらいか。スバルにとってはもっと幼い頃からの幼馴染だし、実の姉妹同然に付き合ってきたと聞いている。それがあんな大怪我を負って入院したのだから、気にするなっていう方が無茶かもしれない。だけど、そんなのずっと3人で仲良くしていた年少組だって同じだ。こんな時ぐらい、年上の私達が平然としていなくてどうするのか。
 尻を叩いてやって、ようやくスバルの馬鹿から念話が途切れる。今回の仕事はホテル・アグスタで行われるオークションの警備だ。多数のロストロギアが取引され、その反応にガジェットが引き寄せられる可能性があるらしい。絶対に襲撃があるという訳じゃないけれど、今回は民間人を背中に背負っている。身内が怪我をして集中出来ないからって、失敗は許されない。
 会場外で待機していた私は念の為、カートリッジの数を数える。予備を含めた64発、16マガジン分。これ以上の数になると、身体に負担が掛かりすぎて動けなくなってしまうので、実質これが最大弾数だ。元々の魔力量が少ないので、私はカートリッジの出力に頼らざるを得ない。せめて、他の3人並に魔力があれば、もう少しやりくりが楽になるのだけれど。
 思わず無い物ねだりをしてしまった私は、両手で自分の頬を叩いて活を入れた。ただでさえ、アイリーン製の魔法というズルに頼っているのだ。これ以上を望むのはあまりに贅沢だ。エースオブエースによる付きっ切りの教導、機動六課から支給された最新鋭の専用デバイス、魔力量を補うカートリッジシステム、天才アイリーンの緻密魔法……もうこれ以上嵩上げは望めない。この最高の環境を活かすのも殺すのも、私次第だ。

『来ました! ガジェット反応! 10、20……どんどん数を増しています!』
「……負けられない。私は、こんな所で立ち止まってる訳にはいかないのよ」

 ロングアーチからの報告を聞きながら、私はデバイスをガンズモード、双銃形態に移行させた。ここで証明する。ランスターの弾丸が何者にだって通用するということを。実戦で証明してやるんだ。





 身体が軽い。神経が異様なほど研ぎ澄まされている。多数のガジェットが押し寄せる中、狙いはピタリと標的に付けられ、撃った弾丸はガジェットのセンサーを正確に貫いた。小型のガジェットの動きは速く、こちらの動きを見て回避行動を取ってくるが、

「これぐらいなら、問題ないッ!」

 誘導性を捨てた直射弾で、次々にガジェットを撃ち落としていく。魔法はアイリーン謹製の、弾自体が回転して速度と貫通力を高める対ガジェット用弾丸だ。多少AMFで出力を落とされた所で、先鋭化された弾丸はガジェットの胴体を易々と撃ち抜く。貫通性が高すぎて、中枢部を撃ち抜かなければ撃墜出来ない可能性があるのは訓練の時から分かっている。しかし、今の調子ならそれも関係ない。百発百中、自分でも信じられないほどの調子の良さだ。
 要所要所でカートリッジを使って火力不足を補っていたので、程なくして弾丸が切れる。カートリッジをマガジンごと装填し直しながら、私はロングアーチからの管制情報を見た。隊長達は建物の中で、一般人の客達を避難誘導している。副隊長達は私達よりさらに前で、もっと多くの敵相手に前線を構築中だ。つまり、今私達にヘルプは入らない。いくら建物の中に隊長達がいるといっても、多数の足手まといもそこにいるのだ。未だ外周から押し寄せるガジェットの数は増え続けている。最低でも、この場にいるガジェットは私達の防衛ラインで殲滅する必要があった。
 右手と左手、2丁のマガジンを入れ替え、改めてこの場の状況を見返す。スバルは私の少し前を引っ掻き回すように右往左往しており、ガジェット達を近付けさせない。一度に迫ってくる数が多く、さらに訓練で使っていたガジェットよりも格段に動きが良いせいで、スバルやエリオの前衛組が下手に手を出せなくなってしまっている。向こうはこちらを撃墜せずとも、突破してしまえば良いのだ。故に普段攻撃を担当している前衛二人は防衛ラインを突破させないよう牽制に終始し、撃墜を私の射撃に頼っている状況だ。しかし、小型ガジェットは落とせても、その中に混ざっている大型が問題だ。私じゃ大型を落とすには火力不足なのだ。砲撃魔法も一応ストックはあるがあれだけ小型大型が密集している地帯に砲撃魔法をぶち込んでも、AMFを抜けて撃墜出来る自信が無い。AMFを砲撃魔法でぶち抜くやり方は、一定以上の魔力量がなければ逆効果だ。隊長ならともかく、私にそんな魔力はない。カートリッジに頼ったとしてもだ。
 大型を盾にされると直射弾では私も中々相手を撃ち抜けないし、手間取っている間に小型ガジェットが次々召喚で送り込まれてくるのだ。そして、火力を持ったフォワード二人が大型を落とそうにも小型が邪魔をする。徐々に徐々に、敵に押し込まれて防衛ラインを下げることになってしまっている。
 チッ、こうなったら。

『スターズ3、援護するから突っ込みなさい!』
『え、でも、防衛ラインを抜かれちゃうんじゃ……』
『こっちに来る分は全部私が落とすわ! それより、いつまでもあの馬鹿でかいガジェットに居座られる方が迷惑よ!』
『……うん、分かった! ここは任せるね、ティア!』
『ライトニング3・4は後方に下がって迂回してくる敵を押さえてっ! 無理に倒そうとせず抜かせないのを第一に時間稼ぎ、良いわね!?』
『『は、はい!』』

 前線の空を駆けていたスバルが宙にダミールートを含めたウイングロードを多数走らせる。最近のスバルの走る速度はさらに飛び抜けているから、激突する前の僅かな時間で邪魔な小型ガジェットを全て潰さなくてはならない。クロスミラージュでカートリッジのロードを行う。カートリッジ4発連続使用、私にとっても、クロスミラージュにとっても一度に出来る限界ぎりぎりの魔法だ。しかし、出来る、今の私なら出来る。

『ティアナ、無茶よ! それじゃあ貴女の体も、クロスミラージュだって……!』

 ロングアーチから注意を促す言葉が聞こえてくるが、外野の声はシャットアウト。全神経を周囲に出現した誘導弾16発に集中し、弾丸の軌道を制御する。数秒の集中、全ての標的をを視界に捕えた瞬間、私はカートリッジで増幅した魔力を一気に解き放った。

「クロスファイヤー、シュートッ!!」

 私の腕振りに合わせて、弾丸は一斉に射出された。それぞれが異なる軌道を描き、避けようとするガジェットを次々に撃ち抜いていく。先ほどの貫通弾とは違う、威力重視の誘導弾。多少狙いを反らしても、ぶつかれば爆発し、確実にガジェットを行動不能にしていく。
 その中で、一台の小型ガジェットが大きく機体を揺らして避けようとした。だが、甘い。頭の中でスイッチを入れると誘導弾の一部が組み変わり、その場で自爆。爆風を巻き散らしながら四散した。撃破出来るほどのダメージは通らない、しかし爆風に煽られて動きが止まった目標を銃口の先で捕えた私は即座に引き金を引く。
 一つ、二つ、三つ。着弾の衝撃でよろめくガジェットに次々弾丸が風穴を開けていく。狙いは多少ブレたがそれで充分、全身を穴だらけにされ遂には爆発した。大型ガジェットの周囲で起こった多数の爆発が土煙を舞い上げ、視界を塞ぐ。それに合わせるように多数のウイングロードが空から煙の中へと降り貫いて。

「でやぁぁぁぁ!!」

 腰溜めに拳を握って、地面方向にほぼ垂直のウイングロードを爆走するスバル。ほとんど落下しているように見えるが、スバルのマッハキャリバーのローラーはウイングロードをしっかと噛み締めていて、自由落下の数倍の速度で大型ガジェットの直上から突っ込んでいく。

「一撃、必倒ッ!」

 気合の咆哮と共に、拳が振り下ろされる。舞い上がっていた土埃が激突の衝撃波で吹き飛ばされ。突き下ろしたスバルのリボルバーナックルは大型ガジェットのAMFも装甲も、全て易々貫いて、凄まじい衝撃と共に勢い余って地面にクレーターまで作り出す。当然、スバルの全力の一撃を受けたガジェットは無事な訳がなく、隕石の直撃でも受けたかのようにバラバラになっていた。一歩間違えば、スバルの方がバラバラになっても不思議ではない光景だ。
 でも、スバルは元気そうに大丈夫だと手を振る。自分への負担はフリーウォークでどうにか軽減したんだろう。まったくスバルの無茶苦茶さにはいつも呆れさせられる。しかし、確かな手応えが、痺れるような感覚が手の内に残っていた。

 行ける、行けるじゃない。やれるわ。
 これなら、ガジェットなんて敵じゃない。この戦果は副隊長達にだって遅れを取らない。
 掌に残った確かな手応えに、自然と笑みが零れる。
 そう、私はやれるんだ。これならきっと、兄さんだって

「ティアナさんっ、後ろ!!」

 キャロの上擦った呼び声。考える前にクロスミラージュを持った腕を、無理矢理後ろへ振り回した。いつの間にそんなに接近していたのか、銃口がガジェットの装甲にぶつかる。足元には紫色の召喚陣。前方のガジェットに気を取られている内に、中衛と後衛の間に喚ばれたのだ。迂闊、そんな危険性にも気付かないなんて。
 無我夢中で、引き金を引いた。射出された弾丸はガジェットを貫き、しかし、動きが止まらない。弾丸選択を間違えた……! だが、魔法を変える暇など無い。続けて、何度も引き金を引く。けれど、二射目が出ない。クロスミラージュからは煙が上がっていて、何度引き金を引いても、弾丸を発射してくれない。
 そうこうしている内にガジェットの側面のハッチが開き、中のミサイルが私の眼前に突き付けられた。逃げろと足が一歩後ろに下がる。けど、間に合わない。絶望的にタイミングが遅かった。時間はやけに遅く感じるのに、身体が重い。動けない、逃げられない。

「ひっ……!」

 喉が引き攣り、情けない声が声帯を震わせた。大型ガジェットの残骸の中からスバルが慌てて立ち上がったのが見える。エリオが駆けつけようと走ってくる。でも、どちらも間に合わない。腕を交差して顔を庇い。次の瞬間、恐ろしく重い衝撃が全身を襲って、私の意識は暗転した。



[4894] test run 18th「親の心子知らず。知る為の努力をしなければ、親とて赤の他人である」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d
Date: 2012/09/27 18:35
「それでティアナさんは!? まさか」
「あ、ううん、それは大丈夫だよ。さすがに怪我はしちゃったけど、シャマル先生に見て貰ったら一日で治るぐらい軽症だったみたいだし」
「な、なんだ……」

 いやに臨場感たっぷりのキャロちゃんの話を聞いていた俺は、安堵に胸を撫で下ろした。まさかのティアナさん撃墜。新人達の中で一番頭が回り、腕の立つあのティアナさんがだ。……いや、”まさか”という訳でもないか。ティアナさんの危険性は前々から隊長達との会議で議題に上がっていた。良く言えば自分に厳しく向上心がある、悪く言えば切羽詰って余裕がない。構成の詰め込み具合の件だって、それから派生したものだと言うことぐらいは薄々感付いていた。その内タカマチ隊長が時期を見て自覚させるという予定だったが、結局先に実戦の場で問題が露呈してしまったのだろう。
 しかし、その撃墜となった一因に俺の作った対ガジェット用弾丸が関わっていると聞けば、安堵ばかりもしていられない。以前彼女が使っていた多重弾殻の射撃魔法は難度が高すぎると、俺の提案で実弾を模して作った貫通重視の弾丸に変更されていたのだ。最小限の魔力で、敵に貫通ダメージを与えられる射撃魔法。器物相手の物理ダメージだからこそ通用する弾丸だが、貫通力に特化しすぎて面でのダメージは期待出来ず点で攻撃することになってしまう。複数撃ち込めば充分ガジェットを撃墜出来るという結論に達したからこそ採用になったのだけれど、もしも従来通りの弾丸であったら、近距離の一発でちゃんと相手を沈められた筈だ。胸が苦しい。俺が主義を曲げて攻撃魔法など作らなかったら。もしくは、もっと攻撃魔法の事を考察して、危険性を事前に考えられていたのなら。

「アイリーンちゃん?」
「あ、ううん、何でもない。ちょっと考え事」

 キャロちゃんの心配そうな声色に、我に返る。分かっていたことだ。危険な仕事だということは。例え、後方の仕事でも、それはそのまま前に立つ人間の危険に繋がってしまう。ほんの少し吐き気を覚えたが、飲み込んだ。今更言っても仕方ないことだし、誰の責任と言う訳でもない。あえて言うなら、全員の責任だ。結局、ティアナさんにしても、隊長や俺にしても、見積もりが甘かったのだ。
 呼吸を整えながら、気持ちを落ち着かせる。後悔なんて一銭の役にも立ちはしないのだから、反省して次に繋げるべきだ。的外れな罪悪感などを抱いて、相談している子供の前で取り乱すべきではない。数回の深呼吸で気持ちを切り替えた俺は、改めてキャロちゃんに向き直る。撃墜されたことは不幸な事故で、反省すべき点かもしれないが……。

「だけど、それだったら何が問題だったの? 撃墜は撃墜だし、真面目なティアナさんのことだから落ち込むのは分かる。それでも、助かっただけ運は良かったと思うんだけど」
「……うん。それが、ね」
「キャロ、僕が話すよ」

 それまで仕事の内容からティアナさん撃墜までの様子を淀みなく話していたキャロちゃんが言葉を濁らせ、それに割り込むようにエリオが口を挟んで来た。表情を見れば分かる、只事ではない事が起こってしまったのだと。キャロちゃんは目を伏せてしまい、割り込んだエリオの方だって顔色が良くない。けれど、ここに至って止める選択肢はなく、俺は頷いて先を促した。

「クロスミラージュがぎりぎりの所でティアナさんを庇ったみたいで、全壊一歩手前だったそうです。コアこそ無事だったらしいですけど、フレームは全取替えになるってシャーリーさんが言ってました」
「しばらくは前に使ってた自作デバイスで……ああ、いや、それで戦線から外されたってことか?」
「いえ、クロスミラージュも問題ですけど、一番の問題はティアナさんの方で……」

 数秒の逡巡。エリオは躊躇い、それでもその先の言葉を続けた。甲高い少年の声に、重苦しい響きを乗せて病室に静かに浸透する。


 ――銃が、持てなくなってしまったんです。





 病院での生活は、基本変化が少なくて時間の経つ速度が非常に遅く感じられる。一応、魔法の構築という暇つぶしがある俺ではあるが、そればかりだと息も詰まろうというものだ。普段と変わらないって? それしか出来ないのと、数ある選択肢からそれのみを選択するのでは大きく違う。特にマリエルと(一方的に)気まずくなっているので、仕事に集中し切れないというのもある。だがまあ、やはり懸案事項は先ほどのエリオ達の話であった。

「アイ? どうしたの、さっきから溜息ばかり吐いて。することなくて、退屈?」
「え、ああ、ううん、それもあるけど……」

 エリオ達と入れ違いに戻ってきたマリエルはベッドの隣の椅子に陣取り、夕方になってもまだ帰ろうとはしない。そろそろ面会時間も終わるので、さすがにそれまでには帰るだろうけれど。エリオ達とは廊下ですれ違った際に挨拶したらしく、やけに嬉しそうに「友達がお見舞いに来て良かったね」と微笑んだのが印象に残った。……もしかして、俺に友達がいないとでも心配していたのか? 良く考えれば、ギンガとスバルちゃん、それにティアナさんぐらいしか家に上げた記憶がない。学校の方ではそれなりに友達付き合いもあるのだが、その友人関係を家にまで持ち帰った記憶がない。せいぜい何度か食卓で学校の話を登らせた程度か。そりゃあ、心配の一つもされるだろう。どうにもこうにも、つくづく駄目な子供だ。周りにもっと気を使っていたのなら、もう少しまともな立ち回りが出来ただろうに。

 ティアナさんの戦線離脱と、それに伴ったフォワード部隊の崩壊。新人達のまとめ役であったティアナさんが動けなくなった今、実質全員行動不能に等しい状況になってしまっているらしい。現に隊長達は新人を今動かすつもりはないらしく、その後にあった出動も隊長達だけで新人達は待機で終わってしまっている。全てエリオ達からの伝聞なので詳しい状況まで分からないが、俺でもティアナさんが撃墜された状況で、無理に新人を動かそうとは思わないだろう。投入した所で、撃墜者が増えるだけなのは分かりきっているからだ。それだけ、ティアナさんの存在は大きい。戦力としても、精神的にも。最高戦力でなくとも、彼女がチームの要であったのは間違いない。現に直接話していたエリオ達の動揺も決して小さい物ではなかった。
 撃墜されて戦うこともできなくなってしまったティアナさん本人はどれほどの衝撃を受けているのだろう。彼女とあんなにも仲の良かったスバルちゃんは? エリオ達はティアナさんになんて声を掛ければいいか分からないと言っていたが、俺にだってそんなこと分かる筈がない。わざわざ相談に来た二人に当たり障りのないことを言って、帰すことしか出来ないのが悔しく、腹立たしかった。
 二人が帰ってからも、何度ヤガミ部隊長に連絡を付けて詳しい状況を教えて貰おうと思ったか分からない。しかし、俺が慌てて連絡を取った所で何が出来るって訳ではないし、第一マリエルがいたんじゃ連絡そのものが出来ない。故に、こうしてベッドの上で悶々としているしかなく、感じさせられる無力感といったらなかった。エリオ達に偉そうなことを言っても、肝心な時に役立たずなのだ。

 そういえば、マリエルも管理局に勤めていたんだったな。それもAAランク魔導師。元は地球人という話も聞いたし、どこをどうして管理局で魔導師をすることになったのだろう? ずっと感じていた気まずさに、好奇心が僅かに勝った。何より、今の状況が続くことに耐えられそうもなかった俺はマリエルの顔色を伺いながら、詰まりそうになる喉を叱咤して問い掛けることにした。

「……かーさんは、管理局で働いてたんだよね?」
「そうだけど。……もう十年以上前の話よ。お母さんが働いてたのと、アイちゃんが働くのは別の話ですからねっ。お母さんは許さないんだからっ」
「そ、その話をしたいんじゃなくて……ああ、もうっ、会話したくないならいいよ」
「ぶー、アイちゃんってばずるいんだから。……お母さんがアイと話したくない訳ないでしょ?」
「……ぶーて。かーさん今いくつ?」
「女の子はね、二十になったらもう年を取らなくなるのよ?」
「女の子って年じゃないでしょ!? かーさんが言うと洒落にならないけどっ!」

 改めて見ても、9才になる子供がいるようには見えない。っていうか、結婚している年にすら見えない。ともすれば、スバルちゃんやティアナさんより年下に見える容貌だ。俺がこのまま育ってもマリエル止まりかと思うとちょっと背筋が冷えるが、今はそんなことを話したい訳じゃない。仕方ない、少々事情を話すことにしよう。ティアナさんはマリエルだって知っている。無碍にはしないだろう。

「今の仕事場に、スバルちゃんとティアナさんがいる、ってのは知ってる?」
「ええ、知ってるわよ。ただし、アイにじゃなくて、スバルちゃんとギンガちゃんに聞いたんだけどね。ふーんだ」
「……それは謝るけど。今ちょっとね、ティアナさんが失敗してスランプになってるみたいなんだよ。それでかーさんの局員時代のことを少し聞きたかったの」
「あら、ティアナちゃんが?」

 拗ねて頬を膨らませていた推定三十路越えのマリエルは、俺の話を聞いて目を丸くした。さすがに、撃墜云々は言わない方が良いだろう。俺の職場復帰にさらに反対するようになってしまうかもしれないし。いや、もう大差ないという話もあるが。
 むー、とあざとい仕草で唇に指を当てて考えていたマリエルは、こちらの眼を覗き込んでくる。苦手なのは、この真っ直ぐな視線だ。”俺”のことが、今まで続けてきた”演技”のことが見透かされそうで、どうにも落ち着かない。

「んー、ティアナちゃんも女の子なんだから、武装局員なんて危ない仕事は辞めちゃった方がお母さん良いと思うんだけどなぁ」
「いや……それは私も同意見だけど」
「でしょ? だから、アイも管理局の仕事なんて辞めて」
「私はデスクワークだから。この前のは単なる事故だから」

 最近は万事がこの調子だ。後ろめたい気持ちを差っ引いても、俺のマリエルを苦手に思う気持ちも誰か分かってくれないだろうか。俺が黙っていると、なんだかマリエルは表情を少し変えた気がする。微妙な変化だったので、何がどう変わったのかは分からない。けれども、マリエルは少しの時間を置いてから、思い出話を話し始めてくれた。

「そうねぇ。お母さんが管理局で働き始めたのは、15の頃だったかなぁ。ほら、お母さん、ちゃんと15になってから働いてるでしょ?」
「うん、アピールは良いから続き」
「アイちゃんのいけず。……まあ、私も中学生だったから、ほんとはあんまりアイちゃんの事、うるさく言えないんだけどね」

 反応を表情に出さないよう、苦労した。中学、その制度はミッドチルダにはない。そもそもミッドチルダには義務教育という制度自体がないのだ。読み書きや道徳、その他基礎知識を教えてくれる普通学科や実践的な魔法行使を含めた全般的な教育を行っている魔法学校(聖王教会系列の魔法学院がこれに当たる)や専門の職業訓練を行っている学校(管理局の訓練校はこちら)、それに研究室のような一分野に置けるエキスパートの集まる場所があるのみだ。やろうと思えばいきなり専門学校に通えるし、最悪どこにも通わず保護者に教育されるだけでも問題はない。
 つまり、マリエルのその言葉は間違いなく、地球の学校に通っていたということだ。俺が無言でいても、特にマリエルは反応を返さず、そのまま気分良さそうに語り続けていて。

「お母さんは魔法がない世界で暮らしてたんだけどね。私のお父さん、つまりアイちゃんのお爺さんがミッドチルダの人間だったのよ。まあ、私が大きくなった頃にはもう無くなっちゃってたんだけど、たまたまお父さんの部屋からデバイスを見つけてねー?」
「……えっ、もしかして、成り行きと勢いで魔導師になったってオチ?」
「勢いなんて失礼ねー。何も知らなかったのは事実だけど……セットされてた転移魔法が発動しちゃって、ぽーんっとミッドチルダに放り出されちゃったの。そこで私を保護してくれたのが、なんとクロエさんよ。きゃーっ、運命の出会いね!」
「……あー、ストレージデバイスに緊急用の転移魔法込めていたんだね」
「そういう現実的なツッコミは、め!」

 め!じゃねーよ。年考えろ。……実際いくつなのか知らないけど。
 しかし、それでようやく分かった。地球人の筈のマリエルが何故ミッドチルダの人間と結婚して、さらには地球人にはありえない髪色をしていたのか。地球出身ではあるけれど、ミッドチルダとのハーフだったということだ。となると、アイリーンも地球人のクォーターということになるのか。それが縁で”転生”した……? いやまあ、それでも足りないピースがボロボロあり過ぎるが。大体、俺は本当の意味での転生か怪しいし。

「そ、それで?」
「んー、それでね。お母さんの出身世界が最初分からなかったのよ、地球って言っても保護してくれた管理局の人は誰も知らなかったし。だから、しばらくミッドチルダで保護して貰うことになったんだけど……クロエさんとどーしても一緒にいたくてねー?」
「……傍にいたくて、局員になったと?」
「せぇーかいっ!」

 ぶっ飛んだ出会いだというのは理解したけれど、それ以上にマリエルの頭お花畑っぷりに乾いた笑いしか出て来なかった。いや、恋愛としての流れは分かる。途方にくれていた所を助けてくれた異性がいれば、そりゃあ少しは好意を抱くだろうし。クロエがマリエルの好みに合ったというなら尚更だろう。ただ、それで別の世界の警察機構に中学生で飛び入り参加するのってどうなんだ?
 予想以上のアクティブさにここ9年来の家族の顔を戦々恐々として見る。ほわほわした雰囲気からは想像も出来ない行動力だが、同時にマリエルらしいとも思える。意外にこう見えてマリエルは行動派なのだ。黙って公園に出かけた俺を誘拐だと勘違いして、あてもなく街に飛び出して自分が迷子になる程度には。あの時は夜になっても帰って来ないマリエルに俺の方が青褪めることになった。結局警察(クロエ)に慌てて連絡して、事なきを得たのだが。
 待てよ、15で出会ってそんな行動力で動いたのなら、まさかマリエルまだ二十代なのか? 一年以内にくっ付いて出来ちゃった婚したとすれば、二十半ばということに……。いや、犯罪だろ。中学生に手出すって。ミッドチルダに青少年保護条例があるのかどうか知らんけど。しかし、マリエルの若々しさを見てるともしかしてという気分にもなってくる。

「……それじゃあ、そのままミッドチルダに?」
「あはは、違う違う。私にも育ててくれたお母さんがいたからね。ちゃんと出身世界が分かったら、帰ったよ。クロエさんを連れて」
「ぶっっ!?」
「うふふ。コッペルって元々お母さんの苗字なのよ? ねえ、驚いた? アイ、驚いちゃった?」
「い、入り婿……?」
「あら、アイちゃんってば相変わらず難しい言葉知ってるのねー」

 なんかこう、マリエルへの印象が変わったようなそのまんまなような。それにしてもクロエ……お前、マリエルにお持ち帰りされたのか? 脳裏にごつい体格で髭を生やし、最近さらに渋みを増してきた男の顔が浮かぶ。マリエルとは対象的にクロエは順調に老けていっているので、二人並んでの犯罪臭はどんどん増していっている。クロエの年齢は知らないが、マリエルが二十半ばなら、四十程度だって犯罪では一応ないだろうに。
 ああ、うん。何度と見せられてきたマリエルに正座させられて怒られるクロエの図に酷く納得を覚えてしまった。そういえば、ミッドチルダに正座はない。最初から日本人らしさを隠してなんていなかったということ……で……?

「か、かーさん!」
「どうしたの、そんな慌てて」
「かーさんは地球のどこに住んでたの!? アメリカ!? イギリス!?」
「……本当良く知ってるわね、ってそういえばこの間の出張先地球だったんだっけ? アイちゃんが調べた範囲にあるかは分からないけど、日本の海鳴って場所よ。アイちゃんだって、生まれてすぐはそこに暮らしてたんだから」

 もしかしたら、という考えはあった。同じ地球人だった、生まれた日付と記憶に残った月日にほとんど差がない事から、何らかの繋がりはあるんだろうと思っていた。しかし、ここまで揃えば偶然ではない。必然だ。しかも、海鳴で暮らしていた? 赤ん坊の時に? 生まれた直後のことを思い出そうとしても、記憶は曖昧だ。あの頃は首も座ってなくて自分の見たい方向を見ることさえ出来なかったし、何より突然の状況に混乱し切っていたのだ。地球からミッドチルダに転居したとして気付かなくても無理はない。そして、生まれた時に地球に、海鳴に居たということはつまり……。
 緊張で、喉が渇く。マリエルが買ってきてくれた飲料水を口に含み、乾きを癒すようにゆっくりと飲み込んで。

「それで……かーさんが私を妊娠した時、何か、なかった?」

 分かる、かもしれない。どうして”俺”がアイリーンとして生まれてきたか、その原因がようやく分かるかもしれないのだ。……唇を震わせながら、言葉を紡ぐ。どもったりしないように、一言一言噛み絞めながら、慎重に。マリエルに感付かれないないよう、シーツの下で拳を握り絞めて。
 マリエルはその質問に、再び唇に指を当て、天井を見ながら思考に耽って……

「んー……別に?」

 こてん、と首を傾げた。





 「妊娠中に、誘拐されたとかは!?」「えー、そんなドラマチックなことがあったらアイちゃんに自慢してるわよー?」「だったら、クロエが実は秘密組織の一員!」「もうっ、クロエじゃなくてお父さんでしょ? でも、管理局も地球人から見れば秘密組織?」「そ、それじゃあっ、妊娠する直前とーさんじゃなくて別の人と付き合ってたとかは……!」「アーイー?」

 最後の質問が原因で、しこたま小突かれた。当たり前である。
 しかし、やはり”原因”となるような物にマリエルは心当たりがないらしく、クロエとの甘い思い出を語るのみであった。正直、胸焼け気味だ。繋がりが見えたと思ったのに、どうしても主因が見つからない。マリエルの話がこちらの想像以上に確信に迫っていただけに、どうしようもなく歯痒かった。ただ、久しぶりにたっぷり俺と会話出来たのが相当嬉しかったらしく、結局面会時間に帰らずに医者から病室に泊まる許可まで貰ってきてしまった。薮蛇、と言うのはさすがに酷いか。俺の方も久しぶりに真正面からマリエルと話したおかげで、恐怖心は大分薄れている。一緒にいるのも悪くないと思えたのだ。

「それじゃあ、かーさん陸所属の武装局員だったの?」
「地上本部所属ではあったけどねー。武装局員っていうより、ミッドチルダ市内でのお巡りさんって感じかな? クロエさんもミッドチルダ市街の警備隊の隊員さんだったからね。うーん、あの頃は楽しかったわぁ」
「へ、へぇ……」
「といっても、私が局員だったのは一年もなかったのよ? 嘱託で正式に所属した訳でもないし。でも、勧誘は凄かったのよー。所属してる時も、クロエさんと結婚して辞める事が決まってからも。クロエさんより良いお給料払うからって、お偉いさんがうちに来たりしてね」
「……そ、そうなんだ」

 ベッドに寝転がってシーツを掛けて貰い、そのすぐ横の椅子に座ったマリエルが俺の手を握りながら楽しそうに話しかけてくる。もう消灯しているので、暗闇の中小さな声でだが、手を握っているのでどこにいるかはすぐ分かる。ベッドで一緒に寝ないのかと誘ったんだけど、寝相が悪いので抱き潰さないか心配だから止めるらしい。だったら、帰れば良かったのに。

「まあ、真面目に局員さんやってるティアナちゃんにはちょっとアドバイス出来そうにないかなー。お母さん、アルバイト止まりだもんね」

 そう言ってちょっとすまなそうに、ちょっと可笑しそうに笑う。そういえば、ティアナさんの事を相談しようと思って話し始めたんだった。それがマリエルの話を聞いているうちにすっかり頭から抜けていた。とんだ薄情者だ。
 マリエルのもう片方の手が、私の額に触れた。少しひんやりとした手の冷たさが気持ち良い。ベッドの中でじっとしているのも相まって、寝てしまいそうになる。

「そうねぇ。ティアナちゃんのことはクロエさんか、ゲンヤさんに相談してみたらどうかしら? 年も近いし、直接話すならギンガちゃんでも良いわね」
「ん、ぅ……でも、機動六課内の事だし……」
「スバルちゃんのお友達ですもの。肉親みたいなものよー」
「隣の娘の友達は、さすがに違うんじゃないかな……」
「あら、スバルちゃんは私の娘だもの。ゲンヤさんの奥さんにはなってあげられないけどね」

 そう言って、鈴の音を転がすように笑う。ちょっと抜けていて、料理もヘタクソで、普段は頼りない事この上ないけど。母親なんだなと、そう思った。暗がりだから、マリエルの顔を真っ直ぐ見れる。この人の娘が自分で良いのか自信がない。ずっとずっと騙している自分に、娘になる資格なんてないように思える。
 手に少しだけ力を込めると、同じぐらいの力で握り返してくれた。まだ、気持ちは整理しきれない。まだ、”俺”を諦めることは出来ない。でも、もうちょっとだけ待って欲しい。原因が分かれば、自分が何なのか知れば、きっと覚悟も決められるから。許して貰えないかもしれないけれど、きっと本当のことを言えるだろうから。
 呼吸が少し、早くなる。胸が締め付けられて、心臓の鼓動もきっと早くなっているだろう。俺が誰だったとしても、結局”俺”とアイリーン、どちらを選ぶとしても。俺は話さなければならない。

「かーさん」
「ん? どうしたの?」
「……ごめんね」
「何が? アイは別に謝ることないのよー? お母さんが好きで着いてるんだからね」
「……うん」

 だから、もうちょっとだけ貴女の子供でいさせて欲しい。覚悟が決まる、その日まで。





「おはようございます」
「あ、うん、おはよー……って、ええぇぇ!? アイリーン!?」
「はい、貴方の補佐のアイリーン特務准尉ですよ。私のデスクは片付けていませんよね?」
「そ、そのままだけど……って、どうして? なんで? まだ一週間しか経ってないよ!?」
「長いので短縮しました、自主的に」
「短縮しちゃダメだよ!? 入院は自分の判断で縮めちゃダメなんだよ!?」

 機動六課本部に出社……出社? まあ、とにかく出勤すると、出迎えたのはタカマチ隊長の全身全霊のツッコミであった。最初の挨拶以外全て疑問符と感嘆符入りの発言である。ちょっと見ない間に落ち着きはどこかへやってしまったらしい。タカマチ隊長の髪は跳ねまくって整えられていないし、目の下にも隈が出来てしまっている。
 まあ、予想していたが。タカマチ隊長の執務室は書類の山、山、山。俺のデスクの上は数枚の書類が載っているだけ。肝心のタカマチ隊長の机とその周りにはちょっとしたヒマラヤ山脈が出来上がっていた。俺の机と隣接してるんだから、荷物ぐらい置いたって良いのに。

「ソーセキ、ナンバリング魔法を施すのと、期限の迫っている書類を昇順で入れ替えてくれ。重要性の高い書類は弾いて、別に纏めて……後はうん、誰かが入ってきてばら撒かないように、扉を結界魔法で封鎖」
「【了解しました】」
「封鎖しちゃダメだってば!? ほら、今すぐ病院に帰る! アイリーンのお母さんだって、凄く心配してたんだよ!?」
「いえ、大丈夫です。母も了解済みですから。あ、これ医者の診断書と退院許可証です」
「……へ? あ、うん」

 渡した書類をぽかんとした表情で素直に受け取るタカマチ隊長。ははは、こちとら若いのだ。全治三週間を一週間ぐらいに縮めるなど容易い。いやまあ、全治はしてないのであるが、たまに脇腹に引き攣るような感覚があるだけで痛みは完全に消えている。唯一見た目から分かる怪我も、包帯で首から吊っている右腕ぐらいのものだ。大体、細かい作業はソーセキが補助してくれるし、腕もキータイピングをしないなら関係ない。構成を弄るのは、思念操作でも出来るしな。
 何度も渡された書類とデスクに着いた俺とで視線を行き来させていたタカマチ隊長は、俺が書類を広げたのを見て我に返ったようだ。すぐ横にやってきて、心配そうに覗き込んでくる。

「う、うーん、お医者さんが許可したならいいけど……無理しなくてもいいんだよ? こう言っちゃなんだけど、少しぐらいアイリーンが魔法チェックしてくれなくても大丈夫だし」
「まあ、無理する気はないです。ただ、こう言っちゃなんですけど、私がいなくて大丈夫には見えません。一週間でどれだけ書類溜め込んでるんですか」
「え゛っ、いや、でも……これはね? 申請しなくちゃいけない書類は出してるし、報告書のまとめとかだから……」
「つまり、最低限申請しないと不味い書類しか手を付けられていないってことですね、分かります」
「うぐっ」

 機動六課で俺が処理していたのはタカマチ隊長個人の書類や報告書だけではない。前線部隊が使用した経費の帳簿、六課内で物や人を動かすのに必要になる事務処理用の書類。部隊の行動予定表に、実際動いた後の事後報告詳細。さらに事件をデータベース化する為に作らなければならない電子書類、部隊内での個々の日誌のチェック。庶務、輸送部隊、医療関係、他部署との連携を取る為の連絡書などなど……。
 単純な申請書、報告書の類だけでもこれだけある。さらに下の人間から上がってくる細かい要望の許可申請書や管理局全体で必要となる書類、陸上本部の方に提出しなければならない書類まで含めると、頭の痛くなるような数になってくる。だから、書類仕事を舐めるなと普段から言っているのだ。毎日コツコツ処理していれば大した量じゃなくても、一週間も放置すれば膨大な量になる。しかも、この山の量を見るからにここにあるのはタカマチ隊長の書類だけじゃないだろう。

「レイジングハートにも、処理のテンプレートを伝えておくべきでしたね。すみません」
「【いえ、テンプレートがあってもマスター一人で処理は不可能でした。アイリーン、貴女の復帰を心から歓迎します】」
「レ、レイジングハート! そんなことないよ! アイリーン一人ぐらいの穴なら別に……」
「あ、そういうのは良いので、早く座って書類処理をお願いします。ティアナさんの所に顔出したくて出したくて仕方ないのに書類が山のように溜まって、それなのにガジェットも何時も通り出現して、にっちもさっちも行かなくなっていたんでしょう?」
「どうして知ってるの!?」
「レイジ……推測です」
「今レイジングハートって言おうとしたよね!? えっ、入院中のアイリーンと連絡取ってたの!?」

 いや、レイジングハートとは取ってない。レイジングハート→リイン空曹長→ヤガミ部隊長→俺と経由して情報が流れただけだ。それに六課の惨状はヤガミ部隊長から泣き言と共に詳しく聞いている。一つ訂正しておけば、これは俺一人抜けたせいだけではなく、それを発端として行方知れずの書類が蔓延し、事務屋が書類の流れを追うのに時間を取られて結果各所に負担が増え、処理し切れない書類が一人一人に圧し掛かり、重なるようにティアナさんの事件で新人達が全滅して、さらに副隊長二人がその間の穴埋めに機動六課からいなくなり……まあ、そんなこんなで負担が一気に膨れ上がって、滞ってしまったのがこの惨状である。うん、ぶっちゃけフォワード陣の書類の流れを管理していたくせにフォローも考えてなかった俺と行動不能に陥っているティアナさんのせいだ。ティアナさんの方は、上司や同僚が彼女に掛かる負担をカバーし切れなかった為でもあるので、一概に全部彼女の責任とは言えないが。

「はいはい、そろそろお喋りは止めにして、書類との格闘に移りましょう。ティアナさんの問題は教導官のタカマチ隊長がなんとかしなくちゃいけないんですから、とっとと終わらせますよ」
「う……ぐ、ほ、本当に無理しちゃダメだよ?」
「しません。母とも約束しましたから」
「……良く許してくれたね?」

 もしかしたら、マリエルが上司であるタカマチ隊長に文句の一つも言ったのかもしれない。未だ俺の顔色を伺って聞いてくる隊長に、俺は小さく息を吐いた。うん、大丈夫。落ち着いている。以前のように、仕事は出来そうだ。
 マリエルに関しても、問題ない。今回はだまくらかしたとか、口先で誤魔化してきたとか。ましてや黙って出てきたのでもない。

「ちゃんと話したら分かってくれましたよ」
「……うん、そっか。じゃ、頑張ろうか!」
「はい、まずはそっちの書類の山お願いします。あ、今ソーセキが浮遊魔法で詰んでるその山です。2時間以内にお願いします。今日中に山5つ分は終わらせましょう」
「て、手加減お願い出来ないかな!?」
「すみません、それ来月からなんですよ」

 さあ、頑張ろう。





■■後書き■■
なん……だと……?

朝起きて、まさかの支援絵に吹きました。
これからアイリーンを想像すると真っ先にパンモロ娘になるんですか。
いや、嬉しいですけどね、うん、嬉しいんですけど。エリオもげろ。
あいもっちさん、本当にありがとうございます。
見てみたい方はあいもっちさんの名前でPixiv検索するか、「魔法世界転生記」辺りのタグで検索して見てください。

そして、謎は謎のまま、次回に続きます。
予定されていた状況まで、後2話。



[4894] test run 19th「人事を尽くして天命を待つ。人は自分の出来る範囲で最善を尽くしていくしかないのである」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d
Date: 2012/11/18 06:52
 さあて、どうしたもんかな。
 現場に復帰し、未だ終わらない書類整理を行いながら、俺は頭を悩ませていた。先日撃墜されたティアナさん、のことではない。いや、関係はありありなのだけれど、少なくとも本人を直接どうこうしようという悩みではない。目の前に映ったデータに視線を移す。現在全面改装しているクロスミラージュの進捗状況だ。機動六課の専任デバイスマイスターのシャーリーさんから貰ったデータなのだが、クロスミラージュを元のように修復すべきかどうか、現在上から「待った」が掛かってしまっているらしい。なので、進捗状況の書かれたこのデータもコアの修復が行われているだけで壊れたフレームは全撤去、つまりデバイスとしては死んだままであるという事が記されている。
 修理に「待った」を掛けたのは上司、タカマチ隊長やヤガミ部隊長の判断だ。そして、実際修復するのもデバイスマイスターのシャーリーさんの仕事な訳で。結局俺がこのデータを見て何で頭を悩ませているかといえば。

「汎用デバイス、ねぇ……」

 ティアナさんが撃墜されたトラウマで銃を持てなくなってしまったのはエリオ他数名から伝え聞いていたが、そこで俺に降りてきた仕事はクロスミラージュから支給品のデバイスへ乗り換える為の魔法のコンバート作業だった。
 本人が復活するまで待てよとか、せめてデバイスだけでも修復しとけよとそう考えるのはむしろ当然だが。管理局の上層部から見たら、新人に超高性能専用デバイスを六課の予算で買い与えたのに、ろくに役に立たせる前に大破の上、銃を持てなくさせるという大失態である。潤沢な予算を掛けられている機動六課ではあるが、全部が全部好きなようにその予算を使える訳ではない。部隊長のさらに上……地上本部や本局に使用用途を含めて申請して、通らなければ予算は降りてこないのだ。そりゃあ修理の予算も認められない筈である。
 まあ、今の所、詳しい事情はヤガミ部隊長の所で止まってるらしい。現状で修理の予算を引き出そうとしても、どう考えても許可は降りないし、今下手に申請をすればそれで監査に目が付けられかねない。上の心象を悪くしてしまっては、実際ティアナさんが復帰してからも再申請を跳ね除けられる危険性すらあるのだ。だからこその「待った」だ。大人の事情が原因とはいえ、ティアナさんの事を思ってこその命令だ。それに”は”文句ない。うむ、見事な判断だと思う。
 そして、復帰を待つ間の一時しのぎとして、武装局員に標準配備されているストレージデバイスをティアナさんに貸与するということになりそうなのだが。

「これはいくら何でも無茶が過ぎるだろ……どうしろってんだ」

 問題は銃型のクロスミラージュから杖型ストレージへの乗り換えだ。杖でだって射撃魔法は使えるんじゃないの? タカマチ隊長もそうだし。なんて思った貴方(?)は甘すぎる。タカマチ隊長のレイジングハートは本人の射撃・砲撃特性に合わせてバージョンアップし続けた高性能専用機だ。クロスミラージュだって射撃特化の銃型デバイス、やはりティアナさんに合わせた高性能機。ははは、数世代前の型落ちPCで、最新鋭ばりばりのスパコンに併せてチューンナップされたソフトが動くと思うかね? 無理である。不可能である。いくら俺が魔法を軽くすることに特化した技術屋といったって、限度ってもんがある。

「こいつの処理能力じゃ下手すりゃ緊急停止(フリーズ)の可能性がある……こっちじゃどうにか動いても容量が足りない。やっぱ今までの魔法は辛すぎるな。かといって、魔法の種類まで変えさせるのは……うぬぬぬぬ」

 クロスミラージュのデータとは別に表示されたもう一つウインドウと睨めっこしながら思わず唸り声を上げる。管理局で正式配備されているデバイスの目録一覧だ。魔導師はそれぞれ自分に合ったデバイスを所有して当然だが、完全に一から魔導師本人に合わせて作った専用デバイスを使っている人間は極々少数だ。ぶっちゃけ、専用機は高過ぎて個人で中々手が出せる物じゃないのだ。そもそもデバイス自体が高級品で、インテリジェントのAI付きでドン、専用デバイスのワンオフ機でドドンと一気に値段が倍々ゲームと化す。大半の魔導師は量産品の中から自分に合った物を選んで使うことになる。それすら入ったばかりの新人にはかなりの負担になるのだが。
 なので、管理局では貸与という形で局員にデバイスを支給している。カタログにはかなり昔から使われている旧型から、最近採用された最新機までかなりの種類が揃っている。しかし、そこに共通しているのは全て”安物”で”ストレージ”の”杖型”であるということだ。この支給制度は管理局の訓練校からあり、さすがにそちらは訓練用だがラインナップとしてはそう変わらないらしい。そう、スバルちゃんとティアナさんが自作デバイスを使っていたのはこれが原因だ。銃型デバイスやシューティングアーツ用のジェットローラー型デバイスなんて、支給品には存在しないからだ。自腹切って自作デバイスを組み立てるなんて根性あるなぁ、と当時は感心半分微笑ましく思っていたのだが。思いきりブーメランで帰ってきやがった。いや、ブーメランというか、他人の自爆に巻き込まれた形だけど。

「むぐぐぐ……本人に相談するしか。いやいや、今は隊長達に任せるって決めたんだ。下手な干渉は……」
「ちょっと、アイリーンいる?」
「いや、しかし! 無難に流通している射撃魔法をインストールするだけなんて、俺のプライドが許さん! っていうか、術者の持ち味殺して溜まるか! くおぉぉ、これは俺への挑戦だな!? そうなんだな!? こーなったらシャーリーさんと共謀して、支給品のデバイスに見せかけた高性能機を自腹で……!!」
「やめなさい、そして落ち着きなさい」

 頭を抱えて身悶えしていた俺は、頭を引っ叩かれて我に返った。頭頂部を押さえながら顔を上げると、呆れた表情のティアナさんが丸めた紙を手に持って立っていた。ヤバイっ、そう思って慌ててクロスミラージュの修復状況のデータ、そして汎用デバイスのカタログデータの投影モニターを消すが。
 そんな俺を見たティアナさんは、溜息混じりにこちらを半眼で睨んできた。

「久しぶりね、アイリーン。帰ってくるなり仕事は感心じゃない。挨拶にも来ないで熱中してるんだから、よほど勤勉なのね」
「ひ、久しぶりです、ティアナさん。お元気にしてました……?」
「……まあ、あまり元気とは言い難いわね。さっきの台詞と今の反応からして、知ってるんでしょ?」

 約一週間ぶりに見たティアナさんは、恐れていたほどの変化を感じなかった。ティアナさんの鬼気迫る向上心は知っていたし、意外に脆い所があるのもなんとなく理解している。ここ最近で見慣れていた感のあった訓練用バリアジャケットではなく、六課の制服を着込んでいるのは若干違和感がないでもなかったが、デスクワークや公式行事の際には着ていたので不自然というほどでもない。あえて言うなら本人の自己申告通り、ちょっと元気がないかな、という程度だ。
 しかし、人間の心なんて一瞥しただけで分かるもんじゃない。内心、どれだけ荒れ狂っているか。先日半狂乱に陥った身としては、慎重にならざるを得ない。けれども、ここで知らないと嘘を吐いても白々しいし、俺は黙って頷いた。と、それを見たティアナさんは再び大きな溜息を吐いて、手に持っていた丸めた紙を差し出してくる。

「はい、これ。さっきアンタが喚いた内容の正式な要請書。支給品のストレージ使いたいから、出来るだけ早くして」
「え、いや、え? ……はい、確かに受理しました?」
「なんで疑問系なのよ。それとアイリーン。テンション上がると独り言を叫ぶのと、口汚くなる癖直しなさいよね。特に『俺』なんて一人称全然似合ってないわよ」
「放っておいて下さい」

 ええい、人の弱点を的確に突いてくんな。まだ情緒不安定なんだから、泣くぞ。
 冗談はさておき、受け取った書類に眼を通すとストレージデバイスの支給を求める旨とそれに合わせた魔法の提供と修正をティアナさん自身から要請する書類であった。え、何この人。自分で立ち直ってるの? 怪訝そうに眉を潜めてティアナさんの様子を伺うと、非常に嫌そうな顔をして彼女は表情を歪めた。

「ウザいから、気を使うのやめてくれる? スバルとか年少組とかなのは隊長とかスバルとかスバルとか、毎度毎度私を見る度にまるで自殺でもするんじゃないかって顔して、もういい加減うんざりしてるのよね」
「心配してくれてるのにそういう言い方ってどうよ……とはまあ、言わないですけど。気持ちは分かりますし」
「そ。ちょっと今他人に気を使う余裕ないから、アンタのそういう所は助かるわ。じゃ、頼んだわよ」
「ちょっと待ったぁ!」

 言うだけ言い捨てて、さっさと踵を返そうとするティアナさんを、俺は慌てて腕を掴んで引きとめた。……おおう、なんか身を乗り出したら、肋骨から嫌な音が聞こえたような。痛くはないけど、あまりこの姿勢は良くない。ぺたっと机に上体を伏せて、そのまま椅子のキャストに頼ってずるずる後退していく。おい、人を芋虫でも見るような目で見るな。こっちも必死なんだぞ。
 慎重に、悪化しないように身を起こそうともがいていると、ティアナさんが襟首を掴んで元のように座らせてくれた。やはり呆れたような目でこちらを見ている。先ほどから不機嫌で、不真面目とも取れる空気を身に纏っているが、受け答えはきちんと出来ている。本人も望んでいるようだし、もう俺も気にしないで話を進めることにしよう。

「何よ?」
「丸投げして逃げないで下さい。悩んでるのは見てたでしょう? ちょうど良いから、方針を話し合います。意見を聞かせて下さい」
「……」
「そこのタカマチ隊長の椅子持ってきて良いから座る」
「……分かったわよ」

 よし。勢いで押し通した。どこか不貞腐れた態度で、椅子を持ってきたティアナさんはデスクを挟んだ向かいに腰を下した。さすがに隊長達にもこんな態度は取ってないだろうが、らしくない。銃を持てなくなったというトラウマは、やはりそんなにも重いんだろうか?
 先ほど閉じた汎用デバイスのカタログデータを再度ウインドウ表示し、ついでにティアナさんの扱う魔法一覧を表示する。これがまた、馬鹿みたいに多い。他の新人達と比べると、4倍近く数に開きがある。もちろん、それら全てを使うのではなく、取捨選択する形で新しい魔法、より自分に合った魔法と挿げ替えてきたからだ。訓練校時代に扱ってきた魔法データもそこには残っている。今までのティアナさんが行ってきた努力の結晶だ。
 ……まったく躊躇しなかった訳でもないが。俺が指を動かすと、一覧の内7割弱が灰色に染まった。ティアナさんが申請したデバイスは武装局員の間でも特に信頼の置かれている安定した機種ではあるが、それでも所詮は支給品として登録されているような安物デバイス。特にティアナさんは難度の高い魔法ばかりを好んでいて、スペックぎりぎりまで使用していたのだ。こうなるのは必然とも言えた。彼女はその一覧をじっと凝視して。やや長い沈黙の後、独り言のように小さな声で呟いた。

「……これだけしか、残らないのね」
「銃型デバイスの特性に頼った魔法が多かったですからね。それにストレージは処理速度こそ早いですけど、インテリジェントのようなサポートは期待出来ません。ですから、ティアナさんのように限界ぎりぎりまで処理能力を行使するほどの魔法だと……調整すればもう1割ぐらいは扱えるようになると思いますが、攻撃魔法の類はかなりきついです」
「アイリーン。……アンタ、でも?」
「私でもってのはどういう意味か気になりますけど。これだけ先鋭化した魔法を調整し直すのは誰でもきついと思いますよ。……長い時間掛けて改良してきたんですから」
「……そう」

 杖型である、ストレージである事自体は特に悪くない。それぞれ一長一短であり、インテリジェントや特化型を上回る所はいくつもある。しかし、問題はあくまで支給されるのが低性能の安物デバイスである事、そして、別種のデバイスでも使えるように調整し直すにはティアナさんの魔法はあまりにも特化されすぎ、あまりにも完成に近付きすぎている事だ。これらの魔法をわざわざ別デバイス用にコンバートするぐらいなら、支給される杖型ストレージに合った魔法を新作した方が遥かに手軽で効率的だろう。使用可能として残った魔法の大半はバリアジャケットやら浮遊魔法やら、俺が作った便利系魔法やら。基礎的かつ初歩の魔法ばかりだ。とても戦闘なんて出来やしない。
 ティアナさんの表情は、能面のようだった。感情という感情が殺ぎ落とされて、綺麗なのに無機質さを感じさせる色のない顔付きは俺の背筋に薄ら寒い物を走らせた。根深い、そう思う。そりゃそうだろう、今までずっと心血注いできた努力が、泡になって消えてしまったんだから。……ちょっと自分のトラウマまで刺激されて、欝が入りそうになる。我慢我慢。
 医者じゃないので詳しいことは分からないが、トラウマなんて言って治るもんじゃない。俺は俺が出来る仕事の為に、説明を続ける。

「私から提案出来る方針は、大まかに分けて二つです。一つ、いずれ銃型デバイスに戻ることを見越して、あまり癖が残らないよう扱い易い魔法を入れておく」
「訓練校で習ったような、初歩の射撃魔法にするってこと?」
「私が多少手を加えますが基本的にはそうなりますね。直射、誘導、障壁、結界、バインド。標準なのは一通りぶち込んでおきます」
「……それでどれくらい戦えると思う?」
「戦闘のこと私に聞かれても困りますけど。……まあ、ティアナさんがまともに動けるんなら、元の6割ぐらいは行けるんじゃないですか? スペック的に」
「……6割」

 ガジェットを前にして足が竦むようなことがあれば、1割も難しいだろうけどな。前にヴィータ副隊長がティアナさんの持ち味は冷静な指揮官適性だって言っていたし、6割でもやっていけないことはないだろう。ティアナさんの目指していた場所に届くかどうかは別としてだが。
 そしてもう一つ、と俺は立てた指を増やす。

「もう一つの選択肢は、銃型デバイスはすっぱり諦めて、標準の杖に転向する方法ですね。今までが変わっていただけで、管理局の魔導師の大半は杖型デバイスですしね。なんだかんだで、スタンダードってのは強力ですよ? 積み重ねてきたものが違いますし、武装局員用に登録されている魔法のほとんどを扱えます。銃型ってのは元々ニッチみたいですしね。ポジション的に嵌れば強いですけど、どうしても防御面で甘くなるのは……ああ、と。ティアナさんには釈迦に説法でしたね」

 機動六課に配属されてから一月とちょっと、散々タカマチ隊長とヴィータ副隊長の教導官二人相手に論争してきたのだ。俺にもそれぐらいの知識は付いている。俺としては、お勧めは断然こっちだ。代用デバイスに簡易な基礎魔法で誤魔化すより、よほど力を取り戻すのは早いだろう。それにクロスミラージュを銃として復活させるよりは、標準の杖型として組み立てる方が予算の申請も通り易いと思う。まあ、銃型として生まれたクロスミラージュが杖型として組み直せるのかどうかは俺も知らんが、それはシャーリーさんの領分なのでぶん投げる。
 俺の示した選択肢にティアナさんは考え込んでいるようで、俯き加減に目を伏せていた。別に今絶対決める必要はないんだけどな。隊長達に相談はしなくちゃならんだろうし、今はとりあえず基本魔法でお茶を濁しておいて、トラウマが治らないようなら折を見て杖型に転向するって手段もある。こればっかりは俺のような技術屋にはなんとも言えない。

「もちろんタカマチ隊長には相談しなくちゃいけないですけど、ティアナさん本人の意思と私の意見があるなら、まず通ると思いますよ?」
「……アイリーンは、どう思う?」
「知りませんよ。いつも言ってるでしょ、私は素人で戦闘は専門外です」

 掠れて消え入りそうに聞いてきたティアナさんの弱音を切って捨てる。そんな重要な選択肢、他人が適当に決めて良いものじゃない。未来を誰も予測出来ない以上、せめて後悔しないように自分で決めるしかないのだ。
 重苦しい沈黙が執務室に横たわる。俺に出来ることといえば、せめてもの選択肢を出してやって、答えを黙って待ってやることのみだ。胃がキリキリしてくるので、なるべく早くして貰えると助かるけど。
 そうして、何分経っただろうか。重々しい口を開いて、ティアナさんが選んだ答えは。

「少し、考えさせて」

 保留であった。





「どうしたら良いと思う? アイリーンちゃん……」
「知らんがな」

 帰り支度をしていた俺を引き留めたのは、ティアナさんの相棒こと脳天気花丸娘のスバルちゃんだった。まあ、見る影もなく、背中に影を背負って肩を落としているんだが。その鬱々しさといったら、こっちまで引きずられて暗くなってしまいそうなほどだ。鬱陶しいことこの上ない。……ああ、これは当事者のティアナさんには溜まらんわ。
 六課への復帰の代わりにマリエルと約束したのは、ちゃんと毎日家に帰ること。家まで電車を乗り継いで1時間半だし、あまり遅くなるとマリエルから「車で迎えに行こうか?」メールが来るので、あまりもたもたもしていられないのだが。さすがにこんなスバルちゃんを捨ててはおけないので、少し遅くなる旨だけメールしてこうして話を聞いているのだが。あのティアナさんのことを相談されても、正直手に余る。

「アイリーンちゃんも冷たい……こう、励ましてあげようとか、その為にパーティを開いてあげるとか、思わないの?」
「いや、本人にはそれ嫌がらせにしかならないし。今は放っておいてあげるのが一番だよ」
「で、でも! わたしなら慰めてもらえたら元気になれるよっ!?」
「スバルちゃん。事故で歩けなくなって、他の人に『もう歩けないけどなんとかなるよ! 頑張ってね!』って慰められたらどう思う?」
「……うぅぅぅ、わ、分かってるけどぉ」

 だったら、そんな情けない顔しないで欲しい。慰めパーティを思い付いても強行していないのだから、今のティアナさんに逆効果だってことぐらいスバルちゃん自身理解しているのだろう。
 各人から聞いていた話通り、ティアナさんだけでなく新人達全員の士気が下がってしまっているようだ。特にスバルちゃんはティアナさんに訓練校時代からべったりだったし、わんこ気質だからご主人様の気落ちがそれはもう心配で心配で仕方ないに違いない。俺は鞄に発動させていた加重軽減魔法を解除してデスクの上に置き直すと、改めてスバルちゃんに向き直った。

「今ティアナさんは?」
「……デバイスなしで訓練してる。何度か、昔のアンカーガンを使おうとしてたみたいだけど。て、手が震えて、持てない、みたいで……ぐすっ……」
「泣かない泣かないー、スバルちゃんが泣いちゃうと私も悲しくなるからねー」

 涙ぐんで鼻をすするスバルちゃんの頭を、いつものように撫でて上げる。腕を伸ばすのはちょっときついので、一歩分空中を踏み締めて高台に乗り。スバルちゃんの藍色の頭を撫で回す。とはいっても、教導担当のタカマチ隊長も黙ってみてる訳じゃないだろうし、カウンセリングの一つも受けさせているだろう。だったら、もう素人の俺が出来ることはないに等しい。それにスバルちゃんの気持ちも分かるのだが、正直な話今のティアナさんを下手に刺激して爆発させてしまうのが怖い。所詮、俺には”分かったつもり”にしかなれない事柄なのだ。とても責任は負いきれない。うーむ、マリエルにアドバイスして貰ったようにクロエやゲンヤさんに頼ってみるか? でも、所詮見も知らぬ他人だしなぁ。
 まあ、仕方ない。向こうにまで欝が伝染してしまう可能性もあるので、あまり取りたい手段ではなかったが……。

「ソーセキ、メール出してくれる?」
「【どなたにでしょうか?】」
「かーさんとギンガ。かーさんには詳しい事情を伝えて今日はもしかしたら帰れないっていうのと、ギンガには相談があるからどこかで会えないかって」
「【了解しました】」
「ふぇ? ……ぎ、ギン姉に?」

 涙と鼻水できちゃなくなった顔に、ポケットティッシュを押し付けてちーんさせる。機動六課が総掛かりでどうにもならないものを、いくらスバルちゃんの姉で面識があるからといってどうにもならないと思うが。マリエルのアドバイス通り、少し頼ってみることにしよう。

「たまには話すのも良いでしょ? 私も着いていくから、相談してみよう?」
「……う、うん」

 それに、落ち込んでいるスバルちゃんを慰める役目は昔からギンガの担当なのだ。俺は宥めるだけで精一杯。それが肉親と幼馴染の差だと思うと、ちょっと嫉妬する。俺だって、スバルちゃんの兄……百歩譲って姉代わりだと思っているのだけど。年下か。ちっこいのが悪いのか。
 うん、明日からもうちょっと牛乳飲もう。背がスバルちゃんより大きくなれば、少しは貫禄も出るだろう。きっと。





「そんなことになっていたのね。六課で何かあったことは聞いていたんだけど……」
「うぅぅ、ギン姉ぇ。わたしもうどうしたら良いか」
「あらあら、スバルちゃんは甘えん坊ねぇ。何だか、昔に戻ったみたい♪」
「落ち込んでるんだから、茶化すのやめようよ、かーさん……」

 どこかレストランで食事をしながらゆっくり会話でも、と思ったのだが。どうも、マリエルからギンガにメールが行ったらしく、隊長に外泊許可を貰って俺の実家に戻ってきていた。俺は元々家通いだったので別に許可は必要ないが、スバルちゃんは六課の寮住まいである。ティアナさんを一人にするのもどうかと思ったのだけれど、タカマチ隊長の判断で許可してくれた。隊長も一度距離を取って、そっとしておいた方が良いと思ったのかも知れない。
 しかし、マリエルの言う通りこの空気は少し懐かしい。スバルちゃんは一時期この家で一緒に暮らしていたし、ギンガも訓練校に入る前までは良く遊びに来ていたものだ。あの頃は二人の母親のクイントさんも存命で、マリエルとも家族ぐるみの友人付き合いで家で談笑していた。あの頃から既に忙しかったクロエにゲンヤさんは、あまり両方が揃うということは少なく、たまに片方が居合わせては若干居心地悪そうにしていたのを覚えている。

「なぁ、アイは父さんのこと嫌いか? 最近ちっっっとも話してくれないし」
「とーさん。かーさんみたいなこと言わないでよ。気持ち悪い」
「……は、ははっ、そうだよな。アイも、とーさんと風呂入るのなんて嫌だよな」
「何でそこでお風呂になるの? まあ、嫌だけど」
「ぐっ……くううぅっ……可愛い一人娘が反抗期に……!」
「泣かないでよ……」

 ……ちょくちょく家で顔は合わせているし、入院した時は真っ先に駆け付けてくれたのだけど。何故か果てしもなく久しぶりに話した気がするクロエが、背後でビール片手にやさぐれていた。つい先ほど珍しく早く帰ってきて、娘である俺にスバルちゃん、ギンガが揃って家にやってきているのを見た時は手放しに喜んでいたのだが。スバルちゃんがギンガに引っ付いて姉妹水入らずを満喫しているので、ちょっとキッチンのテーブルで一人食事して貰っていたら大柄な身体を小さく丸めて男泣きし始めた。もしかして、最近の涙脆さはクロエから遺伝したんじゃなかろうな?
 クロエは地上本部の陸士部隊、つまりはミッドチルダの警備隊に所属している。少し前から昇進して部隊を一つ任されるほどになったらしい。しかし、陸士部隊はかなりの多忙で、俺が赤ん坊の頃からクロエは忙しそうにしていたのが昇進してからはもっと忙しくなり、ほぼ休み返上で働いていた。朝早くに出かけて、帰って来るのはほぼ深夜。泊まり込みも少なくなく、唯一の楽しみは家に帰って寝る直前に飲む一本の缶ビールのみ……いかん、これは笑えない。”俺”だった時は似たようなものだったので、本気で笑えん。未だにラブラブであるクロエとマリエルの両親が二人目を作らないのも、その辺に関係があるかもしれない。
 とにかく、せっかく居合わせたのだ。クロエにも相談に乗ってもらおう。後でお風呂一緒に入って背中流してあげるから、と進言してやると急に元気を取り戻した。男親なんて単純なものである。酔った勢いで話されても困るので、酔い覚ましに水を飲んで貰ってからリビングの方に合流する。ただまあ、途中からとはいえ先ほどの説明は聞いていたのだろう。俺の横に腰を下したクロエは顎鬚を撫でながら難しい表情で呟いた。

「ふむ、撃墜で怪我こそ負わなかったものの、心の傷が残ってしまった、か。厄介な症状だな」
「コッペルのおじさんっ、なんとかなりませんかっ!? ティアはずっと、ずっと頑張って来たんです、それなのにこんなのって……!」
「はいはい、スバルちゃん、クールダウンして。スバルちゃんが今興奮しても仕方ないでしょ。 ……で、とーさん、実際の所どうなの? そういった事例、他にもあるんでしょ?」
「うむ、そうだな。……武装局員が辞める理由の大半は交戦中の怪我が元で後遺症を残したり、そのティアナくんのように心に傷を負い、任務に恐怖を感じてしまっての引退だ。こういってはなんだが、珍しいことじゃない」
「そうですね……私の同期にも、やっぱり任務中の事故で怪我をして、魔導師を辞めた子がいました」

 クロエの言葉に神妙な面持ちで頷き、追随したのはギンガだ。ギンガは陸士部隊で捜査官をやっているので荒事の経験も多いだろうし、何よりスバルちゃん達に比べて年季も入ってきている。似たような経験があっても不思議ではない。

「早々殺傷設定を振り回す犯罪者と当たる訳でもないが、やはり危険な職務だからな。大なり小なり、その手の恐怖とは付き合っていかねばならん。……スバルくん、君のような災害レスキュー志望ならともかく、その子は執務官を目指しているという話だったね。もしも、”その程度”の恐怖を乗り越えられないのなら、向いていなかったということだ。諦めた方が良い」
「で、でも、あれはあんなことがあったからっ!!」

 遂に堪え切れなくなったように。スバルちゃんがテーブルに手を叩きつけながら身を乗り出す。目には涙が溜まり、隣にいるギンガが服を掴んで落ち着かせようとしても、どうにも今回ばかりは抑えられない様子だ。しかし、それを見ても陸上部隊の長を務めているクロエは顔色一つ変えずに言葉を続ける。

「今回は運が”良かった”。撃墜されたにも関わらず、致命的な怪我を負わなかったのだからね。……知っている筈だ。人は運が悪ければ、いとも容易く命を奪われてしまうと。君達のお母さんがそうであったようにね」
「とーさんっ! そんなこと、いくらなんでも言いすぎだ!」
「アイ、お前は黙っていなさい。これは前線に立つ魔導師にしか分からん話だ」

 よりにもよってクイントさんの事を引き合いに出したクロエに、今度は俺が我慢できなくなって思わず口を挟んでしまった。どれだけスバルちゃんとギンガの二人がクイントさんの死に嘆き悲しんだかはクロエも知っている筈なのに。二人の人生を変えてしまったといっても過言ではないほど、強烈なトラウマである筈だ。
 だけど、それも切って捨てられる。クロエの視線はスバルちゃんと、その隣にいるギンガにも向けられていて。

「君の希望する災害救助だって、決して例外という訳じゃない。我々はいつだって、命を失う危険性と隣合わせで仕事をしなければならん。怯えるなというのは無理な話だろうが、どこかで折り合いを付けていかなければ、やってなどいけん。……分かるね?」
「……はい、でも」
「若く将来もある君達にあまり言いたくはないんだがな。前線の局員というのは基本的に消耗品だ。慣れても、経験を積んでも、どんなに強くても。いずれどこかで必ず限界が来る。その限界を引き伸ばしてやるのも俺のような上に立つ人間の仕事だが、徹底的に折れてしまう前に引かせてやるのもまた必要なことなんだ。ティアナくんの件は、こうして又聞きしただけでも、決して浅い傷ではない」

 重苦しい言葉に、リビングの誰一人として言葉は返せなかった。スバルちゃんも、ギンガも。そして、俺でさえ、一様に硬い表情をしている。唯一背後に立っているマリエルの表情は分からなかったが、それでも厳し過ぎることをはっきり口にするクロエに、何かを言う事はなかった。クロエは胸ポケットから煙草を取り出すと火を付けて口に咥え、大きく煙を吸い、吐く。そのまま、数分の間、誰しも無言であった。やがて、一服したクロエが再び話を切り出し始める。

「トラウマを克服して、再び前線に復帰する。出来るに越したことはないだろうが、引くこともまた選択肢の一つだ。若い君達にはそれが逃げだと、敗北だと思うかもしれないがな。これは管理局の上官としてではなく、人生の先輩としてのアドバイスだ。頭の片隅にでも入れておいてくれると嬉しい」
「……はい、ありがとうございました。しっかり、胸に刻んでおきます」

 その言葉は、ティアナさんに向けた物というよりも目の前にいる二人にこそ言いたかったアドバイスなのだろう。それを聞いたギンガもすべてを納得出来た訳ではないだろうが、それでも真摯な態度で頷く。スバルちゃんはというと、すっかり言葉を無くして俯いてしまっていた。そりゃあそうだ、ティアナさんを元気付けて復帰する為の方法を探してきたのに、年長者から告げられたことは全くの真逆だったのだから。
 げしっ、とテーブルの下でクロエの脛を思いきり蹴っ飛ばしてやる。言っていることは納得出来た、が。スバルちゃんを泣かせろとは誰も頼んでない。せっかくギンガと話して元気を取り戻し始めていたのに、逆に落ち込ませてどうするんだ。痛みに小さく唸ったクロエがこちらになんとも言い難い視線を向けて来たが、顔ごと視線を反らしてやる。黙れと言われたから、黙って蹴飛ばしてやったのだ。文句あるか。

「さあ、難しい話は一段落したみたいだし、そろそろご飯にしましょう。お母さんお腹空いちゃったわー」
「それじゃ、かーさんは座って待っててね。私が何か作るから」
「だいじょうぶよー。かーさん、新しい料理に挑戦してみたの。今朝からずーっと煮込んでるから、きっと美味しくなってるわよー」
「……ちなみに何作ったの?」
「びーふすとろがのふ?」
「なんで自分で作った癖に疑問系!?」

 重苦しい空気を打ち払ったのは、ふわふわにこにこ脳天気に笑うマリエルの声だ。というか、ビーフストロガノフって確かロシア料理だろ? うちで地球産の料理雑誌なんて見た事ないのに、まさか自分の記憶に頼って作った創作料理じゃなかろうな。途端になんだかキッチンの方から異臭が漂ってきている気がしてくる。マリエルの料理の腕の微妙さを知っているギンガも、同じくそう感じたのか、俺と同時に立ち上がっていた。

「かーさん、ビーフストロガノフだけじゃなんだし、私も一品何か作るね」
「えー、でも皆でお代わり出来るようにたっぷり作ったのよ?」
「マリエルさん、私もたまには料理作ってみたいですし、アイリーンと一緒に何か作ってきますね」
「そお? ギンガちゃんまでそう言うなら……うーん、ご飯が豪華になるならいいのかしらぁ。じゃあ、お母さんもさらにもう一品……」
「かーさんは座って座って。久しぶりにあったギンガと二人で話もしたいし。……それに、女の子を泣かせるダメとーさんとスバルちゃん二人きりにするつもり?」
「ぐふっ!? ……い、いや、アイ? お父さんの今のアレはな? 二人の事こそを思って……」
「んじゃ、頼んだよー」
「聞いておくれっ、愛しの娘よ!」

 クロエの嘆きの声は無視して、キッチンへと踵を返す。くっ、一日煮込んだ料理の手直しなんて出来るか? しかし、大鍋一つ分を片付けるのはこの人数でも辛い。基本的に何でも美味しく頂けるスバルちゃんがあの調子だ、まともな戦力になるとは思えない。キッチンに入った俺は真っ先にマリエル特製の「びーふすとろがのふ?」を覗いて見たが、中身は白と黒が混ざらず散りばめられたカオスシチューだった。ビーフストロガノフなんて名前知ってるだけで実物を見たことなかったが、こんな怖気の沸き立つ代物だったか?

「ねえ。おじさまの事、放って良いの? 別に私達、ありがたいとは思っても恨んだりなんてしてないわよ?」
「良いの。別にとーさんの言った事、間違ってるなんて思ってないけど、スバルちゃん落ち込ませたのは事実なんだし」
「でも、あれはちょっと気の毒のような……」
「ああすれば、少しはスバルちゃんも気が紛れるでしょ? わざとだよ」

 キッチンに並び立つギンガの質問に平然と答えを返す。男の扱いなんてあんなもんで充分だ。身体を張って落ち込む女の子の笑いの一つでも取れれば御の字だろう。結局、スバルちゃんを慰めることも、ああいう苦言を言ってやることも出来なかった俺がクロエに嫉妬して八つ当たりした、なんてことはない。ああ、ないとも。
 鍋に入ったシチューもどきの味見をして、その強烈さにギンガと揃って顔を顰めながらも、俺は背後のキッチンに、そして先ほどの会話に意識を傾けていた。結局、人間の心の問題を解決する妙案などない。時間を掛けて、なるようにしかならないのだろう。そう思うと、溜息が出る。

「まあ、とーさんには後でフォロー入れておくよ。お風呂一緒に入る約束もしちゃったし。それより、水入れたらちょっとはマシになるかな、これ」
「厳しいと思うけど……これ以上調味料入れるのもね」
「量的に結構多くなっちゃうけど、ご飯とつまみになるおかずでも作ろうか。ギンガ、頑張って食べてね」
「……善処するわ」

 今出来ることと言ったら、それぐらいだ。せいぜい、楽しい夕食にしよう。ティアナさんの問題は、ティアナさん自身が解決するしかない。だったらせめて、相方のスバルちゃんをいつも通りの脳天気お馬鹿に戻してやることにしよう。そうすれば、ティアナさんだって少しはいつもの調子を取り戻せるだろうから。





■■後書き■■
test run 2nd以来、超久々のクロエ登場回でした。
クランクアップです、お疲れ様でしたー(ぉぃ



[4894] test run 20th「雨降って地固まる。時には衝突覚悟で突撃することも人生には必要だ」
Name: 走る鳥。◆c6df9e67 ID:f52c132d
Date: 2012/11/18 06:54
 俺の入院とティアナさんのスランプ、それに派生した悪影響でしばしの間足踏みを強要されていた機動六課であったが、ここ最近でようやく持ち直してきた感があった。機動六課全体の仕事量も増えているので忙しいことには変わらないが。それでも正常に回り出し、負債に負債が重なって連日連夜の徹夜作業を強制させられる人間も少なくなってきていた。本当は今回の騒動の主因たる俺も寝る間を惜しんで仕事場の改善に勤しむべきなのだけど、マリエルとの約束もあるのできちんと帰宅している。泊まり込みの方が楽なのは確かだけど、今まで散々心配かけたのだ。こればっかりは仕方ないだろう。

 予定していた各所の土下座参りは合間を見てきちんと行った。こっちは子供なので、なあなあで済ませてしまっても周りは大目に見てくれるかもしれない。しかし、そうやって子供扱いを一度受け入れたらもうお終いである。表面上は許しても、二度と対等の扱いなんてしてくれないに違いない。信頼は一度失うと中々取り戻せるものではないのだ。ただでさえ忙しい時期に事故を起こして休んでいたのだから、誠心誠意頭を下げるぐらい行ってしかるべき。幸い各部署の面々は怒ることなく謝罪を受け入れてくれたので良かった。逆に心配をかけてしまったようで、隊長達はもちろん普段ほとんど顔を合わせない部署の人間にまで体調を聞かれた時には苦笑を隠せなかった。もっとも用意した高めの菓子折りを差し出したら向こうの方が顔を引き攣ったので、そぉい!と強引に押し付けて問答無用で逃げ出す。こういうのは即物的でも形として残して方が有効なのだ。これからもよろしくして貰わないといけない訳だしな。ん? 贈賄? さぁて、何の事やら。
 しかし、俺の不在で事務関係に多大なダメージを与えてしまったのだが、その中でも特にリインフォース・ツヴァイ空曹長とグリフィス・ロウラン准陸尉の忙しさといったら目も当てられないレベルだったらしい。リインフォース空曹長は部隊長とフォワード部隊の補佐兼ホットライン、グリフィス准陸尉はロングアーチ(機動六課の後方支援隊、つまりは総務)の統括だ。そして、俺は基本的に脳筋な隊長達の事務の大半を仕方なく面倒見ていた。つまり、三人で密接にラインを繋げて処理していたのに分断されて、おまけに俺がフォローもクソも用意していなかったもんだから引継ぎも上手く行かず、てんやわんやになってしまったらしい。ただでさえ忙しい二人が自分の仕事をしながら、俺の穴を埋めることになってしまったのだからその苦労は計り知れない。というか、通勤記録を見た限りでは二人ともろくに寝ておらず、連続勤務時間は両者が六課での断トツトップだ。デバイスのリインフォース空曹長だって疲れるものは疲れるし、グリフィス准陸尉に至っては尋ねた時頭をふら付かせてくっきり目元に濃い隈を作っていた。それはもう平謝りして、菓子折りの他にも色々と差し入れを上納しておいた(栄養ドリンクとか熱冷まシートもどきとか)。せっかくだから、これからも定期的に差し入れを行おうと思う。まあ、空曹長は栄養ドリンクよりケーキなんかの方が良いかもしれない。

 隊長や新人達のフォワード部隊の方も、こっちはこっちで普段の調子を取り戻し始めているようだ。相変わらずハラオウン隊長と副隊長二人は任務が忙しくまともに隊舎にも戻ってきていないが、タカマチ隊長の教導は本格的に再開。今日も新人達は元気に砲撃の雨に晒されている。いやまあ、タカマチ隊長とのガチ対決ばっかりしているように聞こえるけれど、きちんと体力を付ける為の基礎トレーニングや反復訓練などは欠かしていない。鬼畜教導官殿とのガチンコバトルは訓練の締めに必ずやるので、派手な印象としてガチ対決ばかり記憶に残ってしまうのだが。
 そして最後に、問題のティアナさんである。

「――つまり、あくまで構成式に用いる命令文はあらかじめインプットされた細かな動きの略式であり、構築に掛かる重さの軽減を図って使用されています。一見回りくどい暗号めいた処理をしているように思えるかもしれませんが、それはあくまで既存の仕組みや命令コマンドを簡易化させた物に過ぎず、特に魔法構築における精度は簡易であればあるほど上がって行きますから、ロジカルな処理が得意なデバイスに命令を実行させて」
「……お願い、ちょっと待って」
「分かりました、待ちます。それより、その式、経路が間違ってますから修正して下さい。そのままだとエラー引き起こして緊急停止する羽目になりますから。あ、どう直したらいいか答えは教えませんけど、パイパスなんて作ってその場しのぎしたら怒りますからね。あと頼んでいたフォワード部隊の消耗品に関する報告書と申請書は出来ましたか? 今日の17時には提出しないといけないので、ちゃんとお願いしますね」
「どれだけ人に仕事押し付ける気よ!? っていうか、待ってないでしょそれ!?」
「なんでも良いからやって下さい。上司命令です」
「ぐっ……!」

 魔法の検分・再構築作業をやっている俺の横で、同じように投影モニターを開き四苦八苦しながら作業しているティアナさんの姿があった。10分に1回はティアナさんが愚痴を垂れ始めるが、全て聞き流して先に進めるよう促してやると、苦虫を噛み潰したような表情で投影モニターに向き直る。そう、今の俺にはティアナさんに命令出来る権利があり、ティアナさんは俺に従う義務がある。
 今頃隊舎の外ではスバルちゃん達三人がタカマチ隊長に地獄を見せられている頃だろう。だがしかし、ティアナさんは隊舎の執務室で俺と一緒に魔法構成と戯れているのであり。机の上には俺が今まで買い揃えてきた専門書が山のように乗せられていて、その内の一冊。俺が小さかった頃にクロエにねだって買って貰った入門書が今まさにティアナさんの前に広げられていた。

「確かに……変な気遣いするなとは言ったわ。でも、これはないでしょう?」
「良いじゃないですか。将来的にためになりますよ?」
「将来って、何の将来よ。私はまだ……諦めたつもりなんてないのよ? それを、こんな……」
「私に言われてもどうしようもありません。それより今は仕事して下さい」

 興味のない振りをして素っ気無くティアナさんの静かな声を受け流す。と、凶悪な目付きで苦々しく睨みつけられた。その内夜道で背中から刺されてもおかしくなさそうな剣呑な雰囲気を放っているティアナさんの視線に、思わず背筋が寒くなる。こりゃまた恨まれてるなぁ。いや、恨まれているというか、爆発する寸前というか。でも、そう。今回の件に関しては、本当に俺に言われても困るのだ。まさかフォワードとしての訓練の半分以上の時間を、俺の部下としてデスクワークさせるなんて発想が俺から出てくる筈がない。というか、先日あんまり触れないようそっとしておこうと決めたのに誰が自分から関わろうとするか。
 元凶たる人物が脳裏でどや顔を決める。先ほど見せられたので、あまりに鮮明に浮かぶその顔はあまりにウザい。思わず俺からも深い溜息が漏れた。そもそもこんな無茶を誰がしたかといえば……。



「もう私天才ちゃうかなー。どうよ、この名采配」
「わ、わぁい、さすがはやてちゃんですね。いよっ、日本一!」
「おほほほほっ、もっと褒めてもええんやで?」
「いよっ、次元世界一の名監督! です!」

 蹴り開けた部隊長室では、どや顔のヤガミ部隊長が椅子の上でふんぞり返り、リィンフォース空曹長に紙吹雪を舞わせて調子に乗っていた。うぜえ。明らかに出待ちしてコンビ漫才を始める子狸隊長と妖精空曹長に本気の殺意を覚える。

 今朝方、出勤した俺の机に上からとある辞令が届いていたのだ。内容は要約すると「ティアナ・ランスター二等陸士はアイリーン・コッペル特務准尉の元で教育・指導を受けること」。ちょっと待て。色々待て。隊長達がトラウマを負ってしまったティアナさんにどういった対応を取るのか気になっていたが、まさかの丸投げである。素人の俺に教導なんて出来る訳がない。今まで新人達の面倒を見てきたとはいっても、全て隊長達と散々教育方針を打ち合わせてきたからで、個人的に言ったことなんてアドバイスの領域を越えていない。教導側にいるといっても、俺はあくまで扱う魔法を効率良くするだけなのだ。その辞令が書類として事務的に渡された俺は当然、部隊長室に突撃をかけた。そしたらこの始末である。

「何の相談もなしにどういう暴挙だ、この野郎。終いにはそのドタマぶち抜くぞ」
「ひぃっ!? 人格が変わるぐらい滅茶苦茶怒ってますよ!? だからわたしはやめようって言ったですよー!」
「ひどっ! 仮にも産みの親でマスターの私をあっさり裏切りおった!?」
「そういう漫才は良いからっ! 説明して下さい!」

 俺は足早に歩み寄ると両手を執務机に叩きつけて一喝した。地球だろうがミッドチルダだろうが、仕事の基本はほうれんそう(報告、連絡、相談)だ。上司だから一方的に命令していい? はっ、笑わせんな。こんな小規模な会社、もとい部隊で上と下の密接なやりとりが途絶えたら、回る物も回らなくなる。今まで新人達の扱いはフォワード部隊の隊長達と散々協議しながら決めてきたのだ、それをよりにもよって現在一番デリケートな扱いを要求されるティアナさんに対して、権力によるゴリ押しはいくらなんでも認められない。つーか、俺に押し付けられても困る!
 多大な借りのある部隊長といえども、問題は俺よりティアナさんに関わる事柄だ。視線を強めて変な誤魔化しは許さないと抗議の視線を送ると、ヤガミ部隊長は大きく肩を竦めた。

「はいはい、冗談はこれぐらいにしとこか。ストライキでも起こされたら敵わんしな。……アイリーン、率直に聞くけど。ティアナの件、あんたはどう思っとる?」
「どう、と言われましても。運が悪かったとは思いますし、同情します。同僚として、そして仲の良い知人として出来るだけ力になって上げたいです。でも……」
「あー、ちゃうちゃう。聞き方が悪かったな。アイリーンがティアナをどう好きかやなくて、あの子の今の”待遇”についてや」
「待遇……?」

 その言葉に、思わず眉を潜める。待遇とはつまり、今現在六課がティアナさんに向けている現状維持……腫れ物に触れるような扱いのことだろうか? 銃が握れなくなった、つまりデバイスが使えなくなったということだが、戦闘系の魔導師にとってデバイスが担う比率は非常に大きい。デスクワーク主体の魔導師にとっては便利な道具程度の物でも、武装局員のように直接戦闘を行う魔導師には絶対に欠かせない拡張ツールだ。一応デバイスなしでも魔法が使える以上戦うことも出来ないことはないのだろうが、棒高跳びの競技でわざわざ棒無しで跳ぶようなものだ。いくらティアナさんが優秀でも、他のデバイスを使う人間の基準には絶対届かない。つまり、今の彼女は新人どころか訓練生以下にまで落ち込んでしまっているのである。
 タカマチ隊長が言うには、戦闘そのものにこそ足が竦んで動けなくなってしまったりなどの症状は出ていないそうだが、バリアジャケットを張るので精一杯の彼女を模擬戦に参加させる訳にもいかない。仕方なく現在訓練中はひたすら基礎メニューを繰り返させて、模擬戦などでは外野から三人の指示を出させているような状況らしいのだ。タカマチ隊長が現状を良しとしないのは知っている。とりあえず支給品のストレージを持たせようというのも、問題の銃型デバイスではなく杖型で少しずつデバイスに慣れさせて復帰させられないかとタカマチ隊長が捻り出した案だ(偶然にも本人の方から同じ要望が来たが)。現在も、何人ものカウンセラーや精神科医に相談を持ち掛けて必死に改善方法を探っている。しかし、『一旦危険な前線から遠ざけてリハビリを行う』、『専門の病院に入院、もしくは通院して長期的に心療治療を受けてみる』などと極々一般的な手段のみで、有効そうな治療は今の所見当っていない。体の傷と違って心の傷というのは非常に厄介だ。追い込んで荒療治するにはティアナさんのトラウマは深すぎるから、出来ればこのまま前線から引かせたくない隊長陣、引いて六課は結局中途半端な対応しか出来ていないのが実状なのである。

「一応、代わりのストレージデバイスの準備は進めてますし、数日中には渡せる予定です。元々新人達の全体指揮を任されていたランスター二等陸士ですから、後衛で指揮と援護に徹すれば隊の維持は充分可能とタカマチ隊長は判断しています。その場合、ルシエ三等陸士がある程度アタッカーとしての役目を果たす必要はありますが……」
「そこまではこちらとしても報告書で聞かされとる。で、アイリーン個人としては?」
「……いささか、無理があると思います。完調だったティアナさんでも、あんなことになってしまいましたから。次、またティアナさんや他の新人が同じ目に合う危険性がないかと言えば……」
「ふーん。……意外やな。アイリーンはティアナを外した方が良いと思ってるん?」
「応援したい気持ちはあります。でも、これ以上傷を深くして欲しくないです」

 ……どうしたって俺にしてみれば、ティアナさんの”夢”よりも彼女自身の方が大事なのだ。さすがに管理局の仕事が危険だからで他人の夢を妨害するような真似はしないが、身心まともじゃない状況で背を押せるほど俺の肝は太くない。おまけに事はティアナさんだけでなく、他の新人三人、下手をすれば隊長達だって害の及ぶ危険性がある。この前クロエの言われたことが耳に残っている。怪我どころか、本当に死んでしまうかもしれない。どこの誰が、親しい人間をそんな所に置いておきたいと思うのだ。
 それでも、ティアナさんの撤退を無理に進言しないのは、重要な選択肢を他人が決めるべきではない、助言はしても最後は自分で決めるべきだ。というのが”前”から変わらぬ俺の主義だからだ。何をするにしたって、本人の納得は最低限の条件だ。周りが本人の意思を無視してまで決めたってろくなことにはならない。

「ですけど。我侭を言わせて頂ければ、彼女にもう少し時間をあげて下さい。このまま進むにしても、引くにしても。考えて、悩んで、納得出来るだけの時間が彼女には必要です」
「その為の現状維持……まあ、なのはちゃんはもっと前向きにティアナを復帰させる為の時間が欲しいみたいやけどね。けど、医者の診断書によるとそう簡単なもんでもない」
「……前線から、完全に外すんですか? 彼女の意思を無視してでも」

 俺に届けられた辞令はティアナさんの面倒を俺が見る、つまり前線部隊から後方への異動だ。生真面目過ぎる彼女はこの処遇に耐え切れるだろうか? あれだけ張り詰め、今なお意地で二本の足で立っている彼女だ。ある意味左遷とも取れるこの人事はトドメを刺すことになりかねない。機動六課のトップの判断としては間違っていないだろう。俺だって、今のティアナさんは前に出るべきじゃないと思ってる。……だけど、その事実はいつだって向上心溢れて上だけを見てきた彼女の心を致命的なまでに傷つけてしまうのではないか。張り詰めていた糸がぷつんと切れるように、壊れてしまうのではないか。そんな”もしかしたら”が、何よりも怖い。
 無言の睨み合いが、ヤガミ部隊長との間で行われる。俺の言動は全てティアナさんの都合しか考えていない、組織人としては失格物の意見だ。それでも、彼女を見捨てたくない。今はまだ早すぎる。もう少しだけでも、ティアナさんに考える時間を作ってやりたかった。

 会話に参加していなかったリインフォース空曹長が空気の重さに耐え切れず、宙でMPが吸われるような奇妙なダンスを始めた辺りで、ヤガミ部隊長は唇を歪めた。いや、笑ったのだ。一瞬、怪訝さに眉を潜める、が。次の瞬間、その笑顔を見た俺の背筋に覚えのある悪寒が走り抜けていった。

「どうやら、私達の意見は一致しとるようやな」
「……は?」
「このまま半病人状態のティアナを前線に置いとくのは、私でも庇い切れん。こちとら監督責任ちゅーもんがあるからな。フォローの為の追加人員は探しとるけど、このまま現状維持しとっても悪化こそすれ良い方向に向かうとは思えんしなぁ」
「いや、あの……」
「もちろん心配せーへんでも、完全に訓練から外す気はないよ? ただ下手に頭悩ませるよりは、一番忙しい部署で悩む暇ないくらい仕事押し付けた方が良いと思ってなー。いやぁ、心優しいアイリーンが責任持って傷ついたティアナの面倒見てくれるなんて助かったわぁ」
「ちょ、ちょ、ちょっ!?」
「私は信じとる。なんせ人生経験豊富なアイリーンやからな。部下を諭すのも慣れたもんやろ? あ、実際どんな仕事させるかは全部アイリーンに権限預ける。だから、安心して仕事に励み?」

 畳み掛けるように、いや畳み掛けられた俺は反論も出来ずにぱくぱくと縁日の金魚の如く間抜けに口を開閉した。今までのシリアスなやり取りは全部俺を嵌める為の猿芝居……!? しかも人生経験豊富って完全に脅迫入ってるじゃねーか。ほら見ろ、空曹長が不思議そうに首を傾げてる。っていうか、零細企業でまだ二十代半ばだった俺に部下なんて持った経験ねーよ!? せいぜい社長に新人の教育を押し付けられた程度だ。今回みたいに……今回みたいに? 何、そういうことなのか。これは公私の両方の理由から面倒臭い仕事を押し付けられようとしている上司と部下の構図、そういうことなのか!?

「あ、あの、はやてちゃん? アイリーンさん頭を抱えて蹲っちゃったんですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。はぁー、すっとしたー。新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝みたいな気分やわ」
「はやてちゃん、その表現お下品です……」

 頭を抱えて蹲り、ぷるぷると震える俺は勝ち誇るヤガミ部隊長の声を聞きながら屈辱を噛み締めていた。丸投げされた。権限じゃなくて、責任押し付けられた。しかも今一番ホットで重要な所をだ。今まで俺がやってきたことをやり返せたのだから、そりゃあ気分も良い事だろう。おのれっ、責任者め、責任取るのが仕事だろう。部下に丸投げすんなっ!



 と、簡単に回想すればこんな所である。いつも通りといえばいつも通りなんだろうな。結局また言いくるめられたのだ。”前”はクライアントとの打ち合わせや契約条件の締結などで揉めることも少なくなかったので、それなりに弁論には慣れていた筈なのだが。毎回毎回あの子狸隊長や古狸のレジアスのおっさんには掌の上でころころ弄ばれてしまっている。レジアスのおっさんはともかくとして、(精神年齢では)年下のヤガミ部隊長までに負けっ放しとはどういうことか。これがエリート中間管理職と零細企業の下っ端平社員の差だとでもいうのか。がってむ。
 俺に押し付けられた仕事はティアナさんを俺の部下として下働きさせることではなく。ティアナさんが悩む余地を無くすほどに忙しく働かせることだ。最近はタカマチ隊長の補佐というより、フォワード部隊の事務担当みたいになっているので書類仕事には事欠かないし、新人達の魔法をひたすらテストと修正の繰り返しが待っているので常に何かしら仕事はある。なので、今まで俺の処理能力の限界である程度省いていた部分のテストを彼女に任せながら、ついでのように教育を施すことにした。ティアナさんも前から魔法を自分で弄っていたが、それは素人の手遊び程度だ。教えられることは山ほどあるので、この際きちんとした専門知識を突っ込んでシステムエンジニア……もとい、魔法技師としても働けるように仕込んでやろう。何、手に職にあって損はしない。魔法至上主義のミッドチルダなら尚更だ。
 しかし、そういった仕込みはともかく、一体全体どうしろというのか。俺は医者でもなければカウンセラーでもない。一度ばかり多く人生を過ごしてるだけの、単なる技術屋のおっさん(?)だ。当然、中・高校生ぐらいの年頃の女の子が考えてることなんて異次元の彼方だ。それとも何か? 隊長達じゃ年食いすぎてジェネレーションギャップに耐えられないとでもいうのか。アイリーンの9才にしても、八重の3●才にしても、隊長達より年齢離れてるんだが、俺。

 改めて隣で並んで座っているティアナさんを盗み見る。現状、俺のデスクがあるタカマチ部隊長の執務室にもう一つデスクを持ち込んで仕事している訳だが、忙しくさせることには成功していても、気を逸らさせるといった本来の目的は達成出来ているだろうか? そりゃまあ確かに無策に効果の薄い訓練を続けさせるよりはマシかもしれない。だが、やっぱりティアナさん自身の気持ちは考慮されていない決定なのだ。ヤガミ部隊長が非情な訳ではなく、本人の意思を考慮するよりも、無視してでも遠ざけた方が良いと判断したからだろうが、今のティアナさんに迂遠な上司の気遣いなんて気付ける余裕があるとは到底思えない。結局、前線から外されて自暴自棄になってしまったのでは何の意味も……。

「あー、もう! 面倒臭い! 私の仕事じゃない! こんなの私の仕事じゃないんだってば!」
「……アイリーン、アンタ疲れてるんじゃない? 休んだら?」

 もう嫌になって喚き散らしながらデスクを掌で叩いていたら、よりにもよって、ティアナさんに言われる始末である。なんていうかもう、その内二人揃って切れそうである。多くは望まないから、せめて仕事に没頭出来る環境プリーズ。人型の爆弾を隣に置いて、爆発に怯えながら地雷撤去に勤しむ仕事は嫌でござる。っていうか、全部ヤガミ部隊長が悪い。そもそもティアナさんが事故ったのも部隊長であるあの人の配置ミスだ。そう決めた。
 作業に支障が出ては困ると投影キーボードを消していた優秀なソーセキさんのおかげで、思う存分デスクドラムを楽しんでいた俺は唐突に動きを止める。もう考えるのも悩むのも馬鹿らしくなってきたのだ。本人が頑張りたいってんだから頑張らせてやればいいんじゃね? 15才とはいえ、もう立派な社会人なんだから、そこら辺は自己責任でしょ。と、理論武装を固めた俺は凶行に思いきり引いていたティアナさんを半眼で睨んだ。なまじこうして並んで仕事していると優秀だから性質が悪い。これが地雷要素無しの部下だったらどれほど喜んだことか。まあ、その優秀さ故に一度の失敗でポッキリ折れて再起不能に近くなってしまった感があるのだけれど。
 いかん、疲労で思考が投げやりになってきた。その結果自爆するのが俺なら良いが、被害を受けるのはティアナさんなのである。一旦頭冷やしてこよう。

「……そうですね、ちょっとトイレ休憩してきます。ティアナさんもほどほどの所で一旦止めて、休憩して良いですよ。休憩時間は30分にしますから、小腹が空いてたらご飯でもなんでもどうぞ」
「はぁぁ……せめて一時間にしてくれない? 頭が煮えて死にそうなんだけど」
「一時間だと書類が間に合わなくなるのでダメです。あ、その引き出しに冷えピタ○ールがあるので使うと気持ち良いですよ」
「本当にお優しい上司ねっ」

 ティアナさんの皮肉めいた泣き言を切り捨てて、執務室を後にすることにした。ちょっと空気を入れ替えないと窒息してしまいそうだ。彼女の問題は所詮彼女の物。他人で素人の俺がどうこう出来はしないのだから考えるだけ無駄なのだけど。
 一歩扉の外に出れば、どうしても溜息を押し留めることは出来なかった。





「あ……アイリーンさん!」
「廊下で大きい声出すな。食らえ」
「痛っ!? こ、こんな所で魔法はダメですよっ」
「ふふん、輪ゴム鉄砲だ」
「どうしてそんな得意げなんですか……」

 トイレを済まし、自販機前の休憩スペースで缶ジュースを口にしていた俺に近付いて来たのは赤毛小僧エロオ、もといエリオだった。人目も気にせず手をぶんぶん振りながら駆けてきたので、ポケットの中に入っていた輪ゴムで迎撃する。ぬぬぬ、中学時代に輪ゴム鉄砲が一時流行って、間違えて女子に当てて泣かせるほどの威力を昔は誇ったんだが。この手の小ささじゃ、そこまで速度出ないな。
 まあ、それはともかくとして。

「もう訓練は終わったのか? 随分早いけど」
「あ、はい。タカマチ隊長に緊急の仕事が入ったとかで、早めに終わりました」
「そうなのか、ってキャロちゃんと一緒じゃないのは珍しいな」
「え、そうですか?」
「ああ。セット扱いだからって、あんまりキャロちゃんにセクハラチャンス狙って着け回すなよな」
「まるで事実みたいに言うの止めて下さいよっ!? そんなことないですからね!? ……アイリーンさん、最近特に僕の扱いが適当になってませんか?」
「まあ、それなりに」
「否定してくださいよ!?」

 こんな感じに。いつの間にかエリオとの間では被る猫が居なくなってしまっていたりする。エリオ相手に気を使うのが面倒臭くなったというのもあるが、素を知られている人間に演技するのは意外と恥ずかしいのだ。俺の男口調に関しては、ある程度親しい人間には意外な口汚さとして割合知られているので、そこまで神経質に気にする必要がないという理由もある。それでもとりあえず”私”一人称と敬語を使っておけば、社会では問題が起こり難いので、エリオ以外にわざわざ男口調を使うつもりもないのだが。
 当然のように無断で隣に腰掛けてきたエリオに小さく嘆息すると、飲みかけの缶ジュースを押し付けて、新しく缶ジュースをもう一本購入する。受け取ったエリオは「あわわ」と何故か慌てていたりする。缶ジュース(残り物)の奢りぐらいで大げさな奴だ。

「え、あの……」
「黒糖ハバネロジュースなる物は私には早すぎた」
「僕にだって早過ぎますよっ!? っていうか、押し付けられただけ!?」
「コーヒーソーダならマシかな」
「自分はまともなの確保してるし!?」
「……えっ、お前炭酸飲めたのか?」
「どこまで子供だと思ってるんですか! 大体、僕はアイリーンさんより年上ですってば!」

 最初は機動六課の予算で値段が下がっていると思っていたこの自販機は、最近になって企業の試作品をぶち込まれてるから安いのだと確信している。でなかったら『タピオカ入り微炭酸宇治茶』だの『豚足煮汁オーレ』だなんて意味不明なラインナップは並ばない。一体このチャレンジ精神溢れる製品を作った馬鹿はどこなのか、その内調べて抗議文を送ってやろう。
 冗談交りの雑談をしながら、二人並んで微妙ジュースを飲んでいく。んで? と目線だけで促してやると、若干恨めしげな顔で缶ジュースに口を付けていたエリオが今日に限って一人だった理由を話し出す。

「えっと、実はスバルさんが提出書類を溜めてたみたいで、キャロはそのお手伝いです」
「ああ。ティアナさんがいつもは手伝ってたらしいしな……で、お前は逃げ出して来たと」
「ち、違いますよっ。三人分の軽食を何か買おうと思って食堂に向かってたんですっ」
「ま、そんなところか」
「……あの、何かありました? さっきからちょっと変ですよ」
「……そうか?」
「そうですよ。喋ってて心あらずというか……何か心配事ですか?」

 む、と。口に付けた缶ジュースを傾けている姿勢で思わず動きを止めてしまう。エリオをからかうのはライフワークというか、赤毛スケベ小僧とのデフォ会話なのでばれる筈がないと高を括っていたのだが。どうやら、気持ち半分に適当に言葉を返していたのを見抜かれてしまったらしい。膝の上に肘を付いて、ベンチの横から覗き込むようにこちらの顔を見てくるエリオ。まったく、やりにくいったらありゃしない。近所じゃ『何を考えているか分からないコッペルさんちのアイリーンちゃん』として有名だったんだけどな。いや、不審者じゃなく、天才児として。
 自販機の上に設置された針時計をちら見で確認したが、大体休憩を始めてから15分ほど。まだ休憩時間は半分も残っている。……まあ、わざわざ逃げて回るのもだるい。横目でエリオの顔を確認する。「どうしました?」とにこやかに微笑むのが若干憎たらしい。エリオのくせにと頬を引っ張ってやりたくなってくるのだ。
 ……こいつでも良いか。

「なあ、エリオ。エリオってどうして機動六課に入ったんだ?」
「へ? ……なんですか、いきなり」
「ちょっと気になっただけ……ああ、いや」

 ガリガリと水色の頭を掻きまわして、言い淀む。エリオは”部外者”ではない。新人達には俺以上に関係のあることなのだ。ここで嘘や誤魔化しを吐く理由もないと思い直した俺は、正直に答えることにした。

「ティアナさんのこと。……今は私が預かってるけど、どうしても理解し難くてな。ほら、管理局の仕事って危ないことばっかりだろ? ティアナさんぐらい頭の出来が良ければ、もっと安全でエリートコースを走れる職業だってあったろうに、って」
「それは……知りませんけど。でも、危ないけど、管理局の仕事は誰かがやらなきゃいけない大切で誇れる仕事だと思います」
「どんなに偉い仕事でも、あんなにまでなって続ける仕事かね。”俺”は嫌だな。大切な人間が、こんな仕事するの」

 あえて、エリオにはばれている”俺”という一人称を使ってまで強調する。そう、俺にはそれが信じられない。共感できない。どんな崇高な目標や夢、信念があっても、それは命の危険なんてものを犯してまでやることなのだろうか? 必要なことだとは思う、エリオの言う通り誰かがやらなければならない尊い仕事なのだろう。でも、それは自分が、そして自分の大切な人間がやらなきゃいけないことなのだろうか?
 平和ボケな日本人の国民性なのかね、こういうことを思うのは。いくらエリオ相手でも、ちょっとばかり口が滑りすぎたかもしれない。魔法第一主義、そして、魔法の才能があるのならばそれを生かすべきであるというミッドチルダの価値観から見ると、正直あまり褒められた思想ではない。
 ……しかし。エリオは俺の意見を聞いても、手前勝手な理屈を頭から否定はしなかった。沈黙が俺達の間に流れ、そして、やや時間を置いてからエリオが答えを返してきた。

「……多分、それはアイリーンさんが優しいからそう思うんですよ。どんな事情があっても、誰かが傷付くのが嫌だって……違いますか?」
「それは……いや、臆病で卑怯なだけだよ。その他大勢の他人より身内。そして身内より自分。そんだけだ」
「自分の為に動くのは、悪いことですか?」
「悪くはないんだろうけど。堂々と世間一般に言える内容じゃ、ない、な……?」

 そう言ってる最中に、エリオの手が缶ジュースを握る俺の手を握ってきた。いつの間にか俯いていた顔を上げると、真剣な表情でエリオがこちらを見ている。やっぱりこっちの缶ジュースの方が良かったか? なんて、冗談で誤魔化せる雰囲気ではなさそうだ。
 しばらく。10秒近く俺と視線を合わせたまま黙り込んでいたエリオは、やがてゆっくりと唇を動かして話し始めた。

「僕は……小さい頃、何もかも無くしました。大好きだった両親も、両親に愛されるのが当然だと思って生きてきたそれまでの自分も、全部です。あの時の僕は何も知らない子供で、だからこそ全部なくなってからは何も信じられなくなりました。捨てられた、僕にはもう何もない。そう思いましたから」
「……エリオ」
「聞いて下さい。……迷惑かもしれないけれど、僕の事、アイリーンさんには聞いて欲しいんです」
「……」
「何もなくなった僕は、管理局の保護施設に預けられました。魔法の素質があったし、将来的に管理局で働くことは……多分多少の誤差はあっても、決まってたんだと思います」

 事故での孤児、いや、捨て子か? 俺の貧困な想像力でエリオの話から汲み取れたのは、そんなドラマのような憶測だった。管理局の仕事は危ない、自分や身内にはそんな場所で働いて欲しくない。そんな”我侭”の結果が、エリオのように押し付けられた人間なのだと言われたように感じて、きゅぅと胸が締め付けられた気がした。顔色は、正常だろうか。同情なんて感情を表に出してはいないだろうか。しかし、動揺を押し隠そうとする俺を見たエリオは小さく首を横に振って、言葉を続けた。

「でも、フェイトさんが僕を引き取ってくれたんです。最初は同情だって思いました。管理局になんていたくなくて、元のように両親の所に帰りたい、そう思いました。……それはもちろん、叶わないことなんですけどね」
「エリオ、もう良い。話すな」
「聞いて下さいって言ったのは僕です。それに……僕は今の僕のことを不幸だなんて思ってませんよ。フェイトさんは僕と似た出自の人でした。同情には違いなかったのかもしれないですけど、でも、フェイトさんは僕みたいな人間を助けて、僕みたいな人間が生まれないようずっとずっと頑張ってるんです」

 僕みたいな。それはつまり、自分が不幸であったと言っているようなものであった。”前”も”今”も両親に恵まれた俺には何も言う事が出来ない。何を言いたいのかが、分からない。だから、俺はただエリオが話すままに頷いた。今は聞くことしか出来ない。缶ジュースを握る俺の手を上から包み込むように触れるエリオの手。震えたり、力が篭っていたり、そんなことはないただ優しく触れるだけの手。

「僕は憧れました。フェイトさんみたいになれたらって。何もない僕だけど、これから誰かに必要とされる”何か”になることは出来るんだって、教えて貰ったんです。……管理局に入ったのはフェイトさんが管理局の執務官だったってことと、入り易かったからですね。引き取ってくれたフェイトさんは普通の学校に行く事を勧めてくれましたけど、断りました。だから、今機動六課にいるのは僕自身が選んだことです。……これが、僕が六課に来た理由です。答えになりましたか?」
「……」

 肩を震わせてしまう。エリオの手に手を包んで貰いながら、情けなくも反応を返せない。”幸せ”に生きて来た俺には返す言葉がない。掛ける言葉がない。だから、俺はエリオの顔を見た。そこにいたのは”不幸な少年”ではなく、生き甲斐を見つけて元気に生きる少年で……。
 俺はエリオの手をそっと解いた。右手を握り締めて、拳を作る。身体を斜めにして、腕を引き。時間を掛けて、ようやく用意出来た言葉を……拳と共に口にした。しかし、不意を打ってやったのにいとも容易く避けられる。おのれ、エリオのくせに生意気な。

「重過ぎるわっっ!! 何でちょっとした質問からそんなクソ重い身の上話になるんだよ、この馬鹿っ!」
「え、ええーっ!? ちょ、顔面狙いはダメですっ、っていうか何で殴られそうになってるんですか僕!?」
「いいから殴らせろ! まともに罪悪感抱いたら殴れなくなるだろ!」
「理不尽だっ! 今までで一番理不尽だ!?」

 数分間取っ組み合って、体力の差でエリオに強制的に落ち着かされることとなった。いやまあ、本気でボコボコにしてやろうとまでは考えてなかったんだが、一発ぐらい入ると思ったのに、全然敵わないでやんの。嫌になるわ。ぜーはーぜーはーと大きく肩で息をする俺に、ほとんど息を乱さず両肩を抑えてくるエリオ。無情すぎる。”前”なら絶対勝ったのに。

「と、とにかくですね! 自分が危険だってことよりも、叶えたい願いや夢はあると思うんです!」
「……分からないでもな……いや、やっぱり分からん。別に危険に晒されなくたって、立派な人間にはなれるだろ? 管理局の前線魔導師以外の仕事がそれに劣ってるなんて言われたら、世の労働者が暴れるぞ。私も暴れる」
「暴れないで下さい。っていうか、そうじゃないんです。えっと、”なりたい自分”になるには、危険から逃げてるだけじゃ絶対なれないっていうか。他の選択肢でもっと楽に、凄くて偉い自分になることが出来るんだとしても、それは”なりたい自分”と違うんです」
「……なりたい、自分?」
「だから、”なりたい自分”になるには今頑張るしかないというか……う、上手く説明出来ませんけどっ、ティアナさんもきっとそうだと思います!」

 エリオの熱の篭った台詞に、思わず俺は目を瞬かせてしまった。言葉がぐるぐると頭の中を回る。本人の言う通り随分曖昧で、分かり難い言葉だ。しかも、感情論かつ根性論というか、すごく子供っぽい。ただ、それは凄まじく……そう、”大人”になった自分には酷く眩しい言葉であった。
 将来、サッカー選手になりたい。将来、飛行機のパイロットになりたい。言っている期間に個人差はあるけれど、それでも大半の人間はいつか言えなくなる言葉。理想の自分は夢と消え、妥協と諦念を覚えた人間には、目指せなくなるそんな領域の話だ。
 ……うわぁ。途端に、俺の顔が火を吹いたように熱くなり、気恥ずかしくなる。中二病よりさらに以前、もっと芯から”将来の夢”を語って、それをそのまま貫き通している。この世で最も純粋な理想だ。擦れてしまった俺が聞いて、恥ずかしくならない訳がない。馬鹿にしている訳じゃない、しかし現代日本でこれほどまでに明確に”将来の夢”を目標に突き進める人間がどれほどいるだろう。俺? 俺は趣味で、現実の物として興味のある職種の勉強を続けてきただけだ。資格を取るのに目標単位を取得していくのと何も変わらない。エリオの純粋な夢と比べるにはいささか地に塗れ過ぎている。


 ……って、ああ、そうか。
 ここに至って、ようやく理解出来た気がする。

 どこか、空気がずれていた。
 機動六課での生活は居心地は良かったが、どうしても芯の所で一体と化すことはなかった。
 それは”前”の人生経験があったから。所詮は外様のアルバイトだから。危険のある戦闘魔導師ではないから。技術屋だから。部外者だから。
 それらは、事実ではある。でも、まだ気付いていない真実もあった。

 ここの人間はそう――要するに。子供っぽく、夢見がちで、無理難題と思える高すぎる理想を、それでも本気で追い続けている集団なのだ。


「……ん、サンキュ、エリオ。なんとなく理解出来た気がした」
「は、え? そ、そうですか? 役に立てたなら嬉しいですけど」
「ああ。……お前、割と凄いんだな、実は」
「え? え? ……ええっ!? アイリーンさんが僕を褒めたっ!? 嘘だぁぁ!?」
「素直に受け取れこの夢見心地馬鹿」
「そ、そうですよね、やっぱり馬鹿にしてるだけですよね! うん、アイリーンさんだ」
「それで納得するのもどうなんだ? まあ、いいけど」
「え、どこかに行くんですか、ってんぐっ!?」
「それもやるわ。休憩終わりだ」

 コーヒーソーダをエリオの口に捻じ込んで、立ち上がる。やらなければならないことは見えた気がする。要するに自分に何が足りなかったか、そういう事だ。時計の長針は半周以上回ってしまっている。臨時の上司とはいえ、さっさと行かないと示しが付かないだろう。





「ティアナさんはいるかーっ!?」
「……うるさいわね、居るに決まってるじゃない。言い出したアンタ遅刻がしてどうするのよ」
「でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。ティアナさんに聞きたいことがあるんです」

 一直線にティアナさんが仕事するデスクに近付いていくと、手を付いて身を乗り出した。困惑顔のティアナさんは身体事引き、表情も引き攣っているように見える。いや、単純に俺のテンションに着いて来れてないだけだろうけど。

「な、何よ、言われた箇所は修正したわよ。書類の方はもうちょっと待ってくれる? もう少しだから」
「見返したくは、ありませんか?」
「は? いきなり何言い出して……」
「訓練を中断してこちらに回されているのは、例の件が原因です。前線メンバーから外される予定は今の所ありませんが、現状で前線に深く関わるのは逆効果だと気を使われた結果です。ようは、まともに魔法も使えないんじゃ足手まとい同然って宣告ってことですね」

 ティアナさんの顔色が変わる。そんなこと、俺が言わなくたって理解していただろう。しかし、本人も目を反らしたかった事実には違いない。みるみる顔は蒼ざめ、唇は震え始める。反論は言葉にならず、俺を見ながらも動揺して瞳が左右に揺れていた。気の強いティアナさんが、どれだけ精神的に追い詰められているかの証拠だ。掛けていた気持ちが強かっただけに、完璧思考のティアナさんは今回の事件でどれだけ自分に絶望しているか俺には想像すら出来ない。
 ……そう、今回足りないのは”覚悟”だ。ティアナさんの? ああ、それも足りないかもしれない。左遷とも言える命令に逆らえず燻っているのはトラウマを克服できず、流された結果とも言えるのだから、足りているとは言い難い。
 しかし、真に覚悟が足りないのは、他ならぬ”俺”である。

 力になりたい、応援したい、そう何度も思いながら、口にしながらも。俺は他人のことなど責任取れないと常に一歩二歩引いた立場で傍観していた。ティアナさんのトラウマを聞いた時、真っ先に思ったのはスバルちゃん達のようななりふり構わぬ心配ではなく、隊長達のような解決策でもなく。「ああ、面倒なことになった」と他人事であった。
 アイリーンになって、自分の人生をまるで上から俯瞰するように他人事になって、俺は誰にもあまり踏み込まなくなった。その生き方は酷く楽だ。責任を負う必要がない、深く付き合い苦労し、傷付き、涙することもない。本来なら起こるべき経験不足からの軋轢も、俺は”前”の経験で無難にやり過ごせてしまった。だからこそ、気付くのがこんなにも遅れてしまったのだ。

「『ティアナ・ランスターは銃を持てない。以前のようには働けない。心から傷付いてしまっている。だから、せめて元に戻るまで優しくしてあげよう』」
「……う、るさい。うるさい、うるさいっ!! アンタなんかに、アンタみたいな奴に言われないでもそんなこと!」
「そんな気遣い、全部食い破って見返してやらないか。そう聞いてるんですよ」
「……え?」
「銃が使えなくなった? 上等じゃないですか。今まで使ってきた魔法が使えない? そんなの知りません。元々私は戦闘用の魔法なんて専門外なんです、ティアナさんの使ってた射撃魔法を調整したのだって、仕事だから渋々だったんですよ? 元に戻れないなら、違う方向でもっと上を目指せば良いんです。同じティアナ・ランスターなら、銃を持った彼女に私は負けてやる気さらさらないですよ」

 俺だけの都合を言ってしまえば、銃型デバイスのティアナ・ランスターより多様性のある杖型デバイスを扱うティアナ・ランスターの方が、遥かに手助けし易い。それは以前に提案した通りだ。だが、前の代用品などで終わらせるつもりはない。前と同じ道を歩いたんじゃ、出遅れた分以前の劣化になってしまう。あくまで成長するのはティアナさん自身、そうしたタカマチ隊長の判断に乗っかって、俺は深く関わるつもりなんてなかった。せいぜい調整程度で六課の期間を過ごすつもりだった。
 手を差し出す。これは”覚悟”の証。傍観者でいようとしていた俺が、本当の意味でティアナ・ランスターの力になろうという、全力で全開の提案だ。

「手を貸します。ティアナさんが前の自分を越えたいなら、この場で蹲ってるのが嫌なら、私は協力を惜しみません」
「……だけど、私は。ランスターの弾丸を……兄さんを……」
「ティアナさんの事情は知りません。どうしてそんなにも執務官を目指しているのか、知る気もないです。だけど、そうやって立ち止まっているのがらしくないことぐらい、私だって分かりますよ」

 そこはティアナさんの目指した”なりたい自分”ではないのかもしれないけれど。俯き、膝の上で指先が鬱血するほど拳を握り。震えて蹲るティアナさんは、少なくとも彼女が望んだ姿ではない。俺だって、らしくないことをしている自覚はある。放っておけば良いと、他人の人生にそこまで干渉するものじゃないと、”俺”が忠告する。だが

 頭を過ぎるのは、あの絶望の日、雨に濡れながら腕の中で聞かされたあの言葉。


『みんな、アイリーンさんのこと大好きですから』


 ……ああ、くそっ。俺も好きだ。放っておけないぐらい、主義を投げ捨てても良いぐらい、ここの甘ったるい理想主義者のお子様連中が大好きなんだ。

「放っておけません。ティアナさんの力に、なりたいんです」

 差し出した俺の手に、彼女の握られていた拳が、解けた。俯いていた顔が持ち上がり、視線が俺の瞳を見つめた。青い瞳が俺を見る。瞳の中のアイリーンも、真っ直ぐにそれを見返していた。そろそろと伸びた手が、俺の手の上に乗せられる。握ってやると彼女の顔が一気に真っ赤に染まる。絡みあっていた視線はティアナさんが再び顔を伏せてしまったので解けてしまった。ただ、耳まで赤く染まっているので、あまり顔を伏せた意味はないけれど。
 ああ、うん、でもその気持ちは痛いほどに分かった。我に返れば、年下相手に縋り付くって恥ずかしいもんな。

「……よろしくお願いするわ、アイリーン」
「任されました、ティアナさん」

 握った手が、そっと握り返されてくる。その僅かな交流だけでも、幾千の言葉を交わすに等しい価値があったと思う。





「あ、それはそれとして、仕事は終わらせて下さいね。後、これからしばらく眠れないと思ってください。タカマチ隊長には多少睨まれると思いますが、まあそれは私が屁理屈で押し通します。なので、文句言わせない程度には空元気でも良いので気張って演技して下さいね」
「少しは余韻に浸らせなさいよ!? おまけに落ち込んでる人間に演技を強要すなっ!!」
「上司命令です」
「命令で何でも済むと思うんじゃないわよ!?」

 まあ、うん。デスマーチを行う仲間が出来たのはとても喜ばしいことである。俺に丸投げして後よろしくなんて出来ると思うなよ。





■■後書き■■
という訳で、次回から本格的に魔法開発に戻ります。
やったね、アイリーン。仲間が増えるよ!


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