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[4809] 天災異邦人『高橋良助』~オワタ\(^o^)/で始まるストーリー~(現実⇒原作)
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/25 02:30
前書き

この物語は
現実からHUNTER×HUNTERの世界に入り込んだ主人公が
ハチャメチャするという話です。

雰囲気はギャグ、時々シリアスとなっております。

以下のような内容が含まれる可能性がありますので
閲覧時にはご注意ください。

・超展開
・主人公の性格が壊れ気味
・主人公が強キャラ化
・主人公が悪役と仲良くなる
・主人公がむしろ悪役っぽい
・原作キャラが死亡

また、原作読んだことのない人も
話の展開がわからないと思うのでご注意ください。

感想やご意見が頂けたら幸いです。厳しい指摘も大歓迎です。
よろしくお願いします。

2009/01/25
第21話を投稿いたしました。



[4809] ――― 第 01 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/27 21:09




朝目覚めてみると見たこともない木々が生える森の中にいた。
しかも真っ裸で。
そんな時、人はこんなセリフを言うのだろうか。

「わーい! 人生オワタ\(^o^)/」

それが高橋良助、朝の第一声であった。




第01話 『裸になったら新しい世界が見えました』




「いったいどういうことだーーーー!!
 俺は家のベッドで寝てたはずだろーーーー!!
 しかも何で裸なんだよ!!
 これでち○こに葉っぱを乗せりゃ、どっからどうみても葉っぱ隊だ!!
 よかったね!ばんざーい!!ばんざーい!!」

良助は完璧に錯乱していた。思考がカオス状態である。
ブルータスに裏切られたジュリアス・シーザーのように
頭を抱え身を捻り己の境遇を嘆いていた。
体を動かすたびに股間のエレファントがブラリブラリと揺れていた。

「おのれーー!
 陰謀なのか!? 陰謀なのか!?
 北○鮮の陰謀か!? 攫われたのか!?」

日本では見たことの内容な植物。
TVや本ですら見たことのない奇怪な動物達。
その景色の有様は某社会主義国家であるとも考えられない。

異世界。

高橋良助の眼前に広がる光景を喩えるならば、そんな単語が当てはまるであろう。
だが実際にはそれが比喩でもなんでもないことが、直ぐ判明することになる。
その切欠は、良助の背後からかけられた子供の声であった。

「……おじさん、こんなところで何をしているの?」

高橋良助はまだ二十歳である。
顔は老け顔かもしれないが、おじさんと呼ばれる歳ではない。
その一言は錯乱状態の彼の頭に、更なる油を注いだ。

「おじさん!? おじさんだとーー!?
 俺はまだピッチピッチの20歳でぇえええい!
 彼女いない暦=年齢でもまだまだ許される年頃!!
 そんな甘く酸っぱい青春のハタチ!!
 それをおじさんだと!!!
 ふ・ざ・け・る・なーーーーーー!!
 訂正しろ!!
 お兄さん! お兄ちゃん! 兄たま! 兄上! 兄ちゃま!
 兄貴! などなど12種類の呼び方で呼ぶことを許そう!!
 さぁ、好きな呼び方で呼ぶがいい!!」

と良助は勢い良く後ろを振り返った。
興奮のあまり前を隠すのも忘れていた。
相変わらずアレは生き生きとした躍動で股間周辺を跳ね回っていた。

まるで歌舞伎役者のように両手と両足を広げた良助の前に立っていたのは、
ムカデのような足の生えた大きな魚を持つ一人の男の子であった。
前に立つ男を見て目を丸くして口をパクパクと動かしている。

「へ……」
「へ?」

片眉を上げて変なものでも見るように、怪訝そうに男の子に目を向ける良助。

「へ……変態だーーーーーー!!!」

むしろ世間一般からみて変なものは良助のほうだった。
男の子の大声に身をたじろく良助。
彼を変なものたらしめた両足の間の小汚いものも、真似したようにたじろいでいた。




村は大騒ぎであった。

村に住む幼い少年が、沼に住む主、
10年は釣り上げる者はいないだろうと思われてきた怪魚を釣ってきただけではなく、
沼の周りをうろついていた変質者を連れてきたからだ。

容疑者は男性、175㎝、髪は黒、股間まるみえ素っ裸の変態だ。
警官が見たならばそのように男を表現するだろう。

もちろん高橋良助のことである。

「なんで沼の周りをうろついていたのかね?」
「いやー! なんででしょうね!
 朝起きてたら真っ裸であそこにいたんですよー!!
 いや、本当ですよ! 嘘は言ってませんよ!
 コナンも真実は一つって言ってるじゃないですかー」
「何を訳の分からんことを言っているんだ!!
 いい加減にしろ!!」

村の住人からもらった古い衣服を着た高橋良助は、
村の漁師たちから裸でうろついていた理由を追求されていた。

とりあえず日本語が通じる土地だと言うことで安心した高橋良助であるが、
自分がどういう状況に置かれているのかは依然として良く分かっていない。
分かっている事といえば、明らかに変質者の疑いがかけられているということだ。

濡れ衣である。
確かに事実だけを見るならば変質者そのものであるが、
彼には露出癖はないし服を自ら脱いで沼まで来た記憶もない。
記憶が確かならば、無罪であるはずだった。

とにかく、状況はある意味悪くなっている。
今は村のおじさんに質問されているだけですんでいるが、
このまま行けば警察が呼ばれてもおかしくない。

「まぁまぁ、落ち着いて!!
 ところでここはドコなんですか?」

とりあえず問題を解決するためにも、早急にこの状況を把握するべきだ。
などと良助が冷静に考えていたわけではないが、
本能的に彼の口から出た疑問はそういう意味では適切であった。

しかし漁師の口から出た言葉は、むしろ彼を混乱させてしまうこととなる。

「んぁ? 何いってるんだ。
 ここは『くじら島』だ」
「くじら島ー??
 そんな島聞いたことねーよ!!
 え、何県ですか?どのあたりにある島なの?」

彼が知る限り、日本にくじら島という島は存在しないはずであった。
せいぜい聞いたことがあるといえば漫画の中だけである。
彼の好きな漫画の一つである『Hunter×Hunter』。
その漫画の主人公『ゴン』の故郷がくじら島という名前だ。
もし同じ名前の島が日本にあるならば、それなりにネットで話題に上がっているはずだ。

「は? ケン? 何言ってるんだ?」
「いやいや、ご冗談をwww
 県ですよ! 県! 都道府県の県!
 それともなんですかーー?
 ここはHunter×Hunterの世界とでも言うんですかwww」
「トドウフ…ケン??
 言っていることがさっぱり分からん。
 それに『ハンター』がどうしたって?
 おまえさんも『ハンター試験』に受けるつもりなのか?」
「え?」

その言葉にさすがの良助も「何かがおかしい」と思い始めた。

日本語を使えるのに都道府県を知らない。
そしてハンターとハンター試験という単語。

ハンターは普通に使われる単語であるので問題ないが、
ハンター試験という単語は聞いたことがない。
いや厳密には良助はハンター試験という単語を聞いたこと
……いや、『読んだ』ことがある。
それもくじら島と同じHunter×Hunterという漫画の中で出てきた言葉だ。

くじら島。ハンター試験。
見たこともない動植物。
日本語を使えるのに都道府県を知らない漁師。

これらの符号に指し示す事実がぼんやりと良助の頭に浮かんでくる。

「いや、そんな訳…………ん!?」

とここで、良助は目の前にいる漁師を初めとした村人全員の姿に
『奇妙な点』があることに気づいた。

初めのうち良助はそれを寝起きで目が霞んでいるのかなと思った。
会う人間全ての身体がボンヤリと微か光っているように見えたからだ。
しかし今目の前にいる漁師を見て、それが適切な表現でないことがわかった。

蒸気だ。
漁師の肌から蒸気のようなものが流れ出ており、それが身体全体を包んでいる。
更に良く見ると僅かに輝く蒸気のようなものは、
漁師の頭上から蒸発して空気に溶けているようだった。

あり得ない。
どこの土地だとか、どこの国だとか、そんなものは関係ない。
高橋良助がこの20年間生きてきた現実の中でこんな現象は見たことがなかった。

いや、これと似た現象を高橋良助は『読んだ』記憶があった。

「う、うそーん……。まさかね……」
「おい! どこへ行くつもりだ!!」

高橋良助は漁師の制止も聞かず、夢遊病者のごとくフラリと動き出した。

全身から力が抜けるような感覚。
身体が小刻みに震え、足がうまく動かせない。
それでも何とか歩き、良助は近づいていった。
沼であった男の子のもとに。

少年は母親らしき人物と話をしているようであったが、
良助が近づくとこちらに顔を向けた。

「ど、どうしたのおじさん?」

少年は若干引きつつも良助に声をかけた。
少し冷静さを欠き、おじさんという単語をついまた使ってしまった。
少年にとって、それだけ良助との出会いはインパクトの強いものだったらしい。
もちろん悪い意味でだ。

だが、そんなことは今の良助には関係なかった。
彼が気になっていることは一つだけだ。

「…ちょいーーと、質問させてもらってもいいかな、ボクぅ?」
「な、なに?」
「名前、教えてくれない?」

その言葉を聞き、母親らしき女性が少年をかばうように前に出た。
こちらをキッとにらめつけている。
先ほどまで裸だった変質者が真っ青な顔で引きつり笑いを浮かべ、
怪しい質問をしたのだから当然であろう。

だが少年は警戒しつつも、彼の質問に答えた。
それは悪いことに彼が『予想した通り』の答えであった。

「ご、ゴン。ゴン・フリークスだけど……それがどうか」
「ガーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

それを聞くと良助は大声を上げて、仰向けにその場に倒れた。
その場に集まっていた人間が一斉に良助の奇行を見る。
変態度+1である。

だがそれも良助にはどうでもいいことだ。
今判明した事実に比べれば些細なこと。
良助の『予想』は当たった。

『クジラ島』に住む少年『ゴン・フリークス』に
『ハンター試験』と『オーラ』……もはや疑う余地がない。




ここは漫画の世界。

高橋良助20歳、HUNTER×HUNTERの世界の立つ!!




つづく



[4809] ――― 第 02 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:09




30年以上新人受験者を潰すことを生き甲斐にしてきた
ハンター試験のベテラン『トンパ』にとって、こんな新人は初めてだったのだろう。
信じられないと言う驚愕した表情で目を見開いている。

トンパはこれまで数多くのハンター試験を受ける中で、
これまでに本当に数多くの人間たちを見てきたはずだ。
その彼が驚くとは、よほど常軌を逸した人間に違いない。

では、いったいどう人間なのかというと……

「えーーー、下剤入りジュース? キモーーイ!!
 下剤入りジュースが許されるのはトンパまでだよねー?」

こんな人間です……。

ならべく目立ちたくなかったトンパの目の前で、
どこから情報を仕入れたのか大声でジュースのネタ晴らしをする
異常なほどにテンションの高い新人。

「へい!! トンパ!! トンパ!!
 新人潰しのト・ン・パ!!
 へい!! トンパ!! トンパ!!
 トンマに似てるぞ!ト・ン・パ!!」

両手を叩き、周りを回りながら意味不明な踊りを踊りだす新人。
うざい以外の何者でもない。
確かに常軌を逸している。というよりも頭が痛すぎる。
一体こんな人間がどうやってハンター試験会場まで来れたんだろう。

しかしトンパにとってはそんなことは関係なかったようだ。
訳のわからぬ新人にコケにされたのが許せなかったのだろう。
トンパの表情がいつのまにか驚愕から怒りへと変わっている。

新人に向けられる視線はきつく、殺気まで込められている。
こいつだけは二度と再起できないぐらいに徹底的に叩き潰す!!
トンパの目付きからはそんなメッセージが聞こえてきそうであった。

そんなトンパの殺意が向けられている新人。
彼の名は高橋良助といった。

……なにをやっているんだ、おまえはorz




第02話 『チート? いいえ、仕様です』




漫画HUNTER×HUNTERの中の小悪党にして雑魚キャラであるトンパを
からかって楽しんでいる高橋良助であるが、
彼はどうしてハンター試験を受けることになったか。
それを語るにはくじら島での出来事を語らなければならない。




あの後良助は必死の説明と説得により、
何とかくじら島の住民の誤解を解くことができた。

と思っているのは良助だけで、
本当のところは意味不明でやたらとテンションの高い説明と説得を
繰り返す良助に住民達は関わりたくなくなっただけであった。
むしろ誤解は更に深まっていた。

まぁ色々あったが、良助は自分の置かれている状況を把握し、
そして警察に逮捕されるという危機から脱することができた。
ようやく一息つける状況である。

とは言っても、考えるべきことはたくさんある。

どうして彼はこの世界に来てしまったのか?
これからどうしたらいいのか?
どうやったら元の世界に戻れるのか?

そして他に更に切羽詰った問題がある。

「……そういえば朝メシを食べてねーなー」

安心したらお腹が減ってしまったようだ。
しかし食事を買おうにも、全裸であった良助は財布を持っていなかった。
持っていたとしても、ここは異世界、使えない可能性が高い。

お金を稼ぐ職業にもついていない。
職業を得るための身分保証書もない。
身分を保証してくれる家族も友達も知人もいない。
だから金を借りることもできない。

一寸先は闇。
これからどうしたらいいかまったくわからない。

「……ハンター試験を受けるしかない…か…」

そんな状況下で高橋良助がシリアスに呟いた一言がそれであった。
彼はなぜそのような結論に至ったのだろか?
命の危険すらあるハンター試験を受けようと判断した理由は何なのか。
それともハンターになることで金を稼ごうとでも考えているのだろうか。
彼はいったい何を考えているのだろう。

「やっぱり!Hunter×Hunterの世界に来たんだから
 メインキャラクター全員とは会ってみたいなーーー!!
 帰り方とか適当に楽しんでからでもいいかなーーー??
 いいともーーー!!」

ぶっちゃけて言うと、何も考えていなかった。
こうして良助はノリでハンター試験を受けることに決めたのだった。
いくらなんでも考えなさ過ぎである。

だが彼は何も考えない癖に行動力だけはある男だった。
そうと決めたら直ぐに近くにいた住民にハンター試験の申し込み方を聞き、
正式に申し込んでしまったのだ。
会場行きの船で再び良助の姿を見た時、ゴンは露骨に引いていた。

船旅もひどいものであった。
ゲロは吐き散らかして他の乗客や船員にぶっかけ、
「だらしねーから降りろ」という船長に対し、

「ぎゃーーやだーーー!!
 俺はハンターになるんじゃーーー!!
 降りろだと!?降りるかーーーー!!!
 降ろしたら呪ってやる!!
 俺の一族に代々伝わる呪術『快楽天』で
 いい歳こいて毎晩夢精するという呪いをかけてやるぅーー!!」

等ということを叫んで船の柱に捕まりながら5時間近く粘り続けた。
さすがの船長も頭が痛くなったのか渋々彼を最寄の港に降ろすことにした。

港ではゴンと他の受験者『クラピカ』と『レオリオ』について行こうとしたが、
ゴンに頑なに拒否されあきらめた。
クラピカとレオリオもほぼ同意見であった。
できればゴンや二人と仲良くなって一緒に試験会場入りしたかった良助であったが、
さっそく躓いてしまったようである。
ちなみに良助はその理由がまったくわかっていなかった。
もう少し自分の行動を省みたほうがいいぞ、良助。

こうして原作人物に総スカンされた良助であるが、
ハンター試験を受けることに関しては全く問題はなかった。
原作知識があったからである。

彼は直ぐ『めしどころ ごはん』という定食屋を見つけ、
『ステーキ定食 弱火でじっくり』という合言葉を述べ試験会場入りすることができた。

試験会場の入り口である定食屋の名前を覚えていることと良い、
更には合言葉である注文のセリフを覚えていることと良い、
思考回路が歪みまくっている癖に妙に記憶力がいい男である。

この世界の文字である『ハンター文字』に関しても
どこかのサイトで見た五十音との対応表を完璧に暗記していたので
まったく困ることがなかった。

本当にいらないところだけスペックが高い。

二度と会うことはないだろう。いやむしろ会いたくない。
そう思っていたであろうゴンが試験会場で彼に再会した時、
ゴンは漫画では見たこともない嫌そうな表情を浮かべていた。

そして今に至るというわけである。




「ふぅ、楽しかった」

ひとしきりトンパをからかって楽しんでいた高橋良助であったが、
こめかみの血管が破けそうなほどに顔を真っ赤にさせて
プルプルと震えているトンパを見て、スタコラさっさと逃げ出した。

「でも、ちょっとからかい過ぎたかな?
 俺ってダメだな!テヘ☆」

そういって自分のオデコをペチッと叩く良助、
正直からかい過ぎとかそういうレベルではないと見ていた人間は思っていた。

しかしまぁ、止めるタイミングとしては丁度良かったのかもしれない。

「ジリリリリリリリリリリリリリ!!」

人の顔を思わせる悪趣味なベルの口から出る声が
ハンター試験の会場であるどこまでも続いていそうな地下トンネル内に鳴り響いた。
ベルを持っているのはヒゲを生やした紳士風の男。
高橋良助にはそれが第一次試験の試験官『サトツ』であることがすぐわかった。

「ただ今をもって、受付時間を終了いたします。
 では、これよりハンター試験を開始いたします」

その場にいた受験生たちに緊張が走る。
サトツは「こちらへどうぞ」と言い、試験の説明をしながら歩き出した。

命の危険すらある超難関のハンター試験に、
たいした覚悟も決めずにノリと勢いで挑むことになった高橋良助。

彼を待っているのはいったい何なのだろうか!?

彼は生きてこの試験を乗り切ることができるのだろうか?




ハンター試験……スタート!!!




つづく



[4809] ――― 第 03 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:12




さて、高橋良助が受験することとなったハンター試験であるが、
毎年だいたい4つから5つの試験で構成されている。

最初の難関は『試験官サトツについていく』というものだった。
これだけ聞くと何が難関なのかと思うかもしれないが、
それが恐ろしいまでの難関なのだ。

第一次試験前半の舞台であるザバン市地下の坑道は少なくとも100KM以上。
更にはその先に急勾配の階段まで待っているという始末。
そんな鬼のような道のりをずっと走っていかなければならない。
体力と精神力の強靭さが問われ、多くの受験生が坂の途中で力尽きる。

だがそこで力尽きた受験生はまだ幸運なのかもしれない。
そこから試験はガラリと色を変え、命がけのものとなるからだ。

まぁそれは後に話すとして、とにかく二次試験にいくためには、
この超長距離フルマラソンを乗り越える必要がある。

さてここで問題である。

Q.高橋良助はフルマラソンを乗り切れるのか?




第03話 『良助さんは見知らぬ人にも優しいですね』




高橋良助は元の世界において普通の大学生であった。
一週間に一度二度体育の授業があり、たまに仲間と一緒にスポーツを楽しむ。
彼が行っていた運動はそれぐらいである。高校の頃は帰宅部であった。

体力的に言えば、せいぜい2,3キロ走れるかどうかといったところだ。
しかし一次試験では、100キロ以上は走らなければならない。
当然、体力が足りない。

では、高橋良助はフルマラソンを乗り切れないのだろうか?

答えを急ぐなかれ。
我々はもう一つのことを考慮しなければならないものがある。

『念』だ。

この世界に来た影響か、それともそれ以外の要因かはわからない。
だがどういうわけか高橋良助は人々の身体から出るエネルギー
『オーラ』を見ることができた。

念に目覚めたものしか、オーラを見ることはできない。

そして念に目覚め、オーラを身体に纏う技術『纏』を覚えた者は、
常人よりも遥かに肉体が頑健となり寿命も延びる。
他にもオーラを一部に集中させる技術『凝』や『硬』を使うことで
パンチ力やジャンプ力が高めたりすることもできる。

であるならば『纏』を覚えることによって、
体力が飛躍的に上がるということも十分考えられるのではないだろうか。

つまり高橋良助が念を使えるのであれば、
十分フルマラソンを乗り切れる可能性があるのだ!!

『A.高橋良助は纏を使ってフルマラソンを乗り切る!』

と答えそうになるものだが、実際にはそうはいかない。

何が問題か?
それはあくまでこの答えが『高橋良助が念を使える』という前提だからだ。

実はこの男、オーラが見える癖に
『纏』『凝』『練』などといったオーラを操る術が使えないどころか、
身体から一切オーラが出せなかったのだ!!

植物に動物、そして人間といったあらゆる生物が
身体から出すエネルギー……それがオーラであるのに、
そんな人間であるならば本来誰も持っている能力を高橋良助は使えないのである。

果たしてこれは異世界に来てしまったための弊害なのだろうか。
それとも元の世界では念がないためそうなってしまったのであろうか。

船旅の最中やハンター試験の受付終了まで待っている間、
高橋良助は何とかオーラを出そうと活きこんだが、まったく成果はでなかった。

ハンター試験を受ける上で、ハンターになる上で、
そしてこのシビアな世界を生き抜くために念は必須と言っても過言ではない。
その念が使えないと理解した時、良助は呟いた。

「ま、いっか」

それだけである。
重大な事実をこの一言で終わらせてしまったのだ!
人生オワタならぬ、試験オワタである。

なんという楽天主義!!
この男、見ることさえできれば後は何とかなると考えていたのだ!

まったく現実を見ていないノータリン!
そんな性格でよく今まで生きてこれたものだ。
本当に少しぐらい先のことを考えてほしいものだ!!

さて、そんな男である。
マラソンがあることを記憶はしていても、
あらかじめ対策をとってなんとかするなどという思考回路は持ち合わせていない!

その結果がこれである!!!



「『キルア』くぅううううん!!
 スケボー貸してよーーー!!
 ね? ね? 絶対返すからさーーー!!
 お願いだよぉおおおおお!!
 頼むからさーーー!!
 一生!! 一生のぉお願い!!
 いや、そんなに冷たくしないでよ??
 ボクと君との仲じゃないか~~!!
 え、知らないって?
 何を言っているんだい!?
 ボクのことを忘れたのか???
 ボクと君との出会いは……
 そう13年前にさかのぼる……痛てっ!!痛てっ!!
 ひどーーーーーーい!!!
 蹴らなくてもいいじゃないかーーー!!
 もぅ~、キルア君のいけずぅ(ハート)
 実は恥ずかしいんでしょ??
 本当はボクに優しくしたいけどできないんでしょ?
 なんというツンデレ!!
 萌える!! 萌えるぜぇええええええ!!
 いやぁー、本当にかわいいなぁ君は・・・
 って、え!?
 スケボー貸してくれるの!?
 うわーい!!
 ありがと!! ほんとありがと!!
 いやぁ、キルアさん!
 マジパネェっす!!
 じゃ、一次試験が終わったら返すね!!
 え、返さなくていい?
 あげるって!?
 うわーーーい!!
 最高!! もう最高だよ!きみぃーー!!
 もう僕達マブダチだね!!
 いやいや、恥ずかしがるなよぉーー!!
 愛してるぜーーーー!!!」



これはひどい。




とまぁ、こういったわけでキルアのスケボーを手に入れた高橋良助は
汗だくになって走る他の受験生を尻目にスイスイと地下トンネルを進んでいった。

これほど一人だけ楽をしていると他の受験生が邪魔をしそうなものだが、
触らぬ神、ならぬ触らぬキ○ガイに祟りなし。
皆一様に爆弾でも扱うかのように距離を置いていた。

彼への復讐に燃えるトンパも、もっと後の試験で決定的な挫折を味わせたかったので
ここでは彼にちょっかいを出さないことにしていた。

「いやぁーーー、持つべきものは友達だなぁー。
 ルンルン♪」

そんな訳で今のところ高橋良助は順調に一次試験を進んでいた。

結果さえだせれば、過程は関係ない。
そんなことを言う人もいるが、果たしてその人はこの有様をみても
同じことが言えるのだろうか?
是非聞いてみたいものである。

ちなみにスケボーを快く受け渡した、もというんざりする手段で奪われたキルアは、
いつの間にかゴンと一緒になって併走していた。
二人は何かを話しながら走っている。表情はどことなく暗い。
きっと二人で高橋良助という災害の被害にあった苦しみを共有しているのであろう。
ご愁傷様である。

「んぅ?」

とそこに前から向かってくる丸い影。
いや向かってくるというのは正しくない。
良助からだと相対的にそう見えるだけで、
前を走っているその太った少年のスピードが落ちているだけである。

タキシードを着て、小脇にノートパソコンを抱えた丸い少年。
名前は『ニコル』。
既に息絶え絶えで、体力も無くなりかけている。

「おいおい!大丈夫かよ、BOY!?」
「ハァハァハァハァ!」

明らかに話す余裕など無さそうなニコルに良助は話しかける。

「大分辛いみたいだねぇ・・・。本当にかわいそうに」
「ハァハァハァハァ!」
「かなり苦しいんだな!うんうん、わかるよ!!
 ハンター試験って大変だよな!」

スケボーを使っている男がどの口でセリフを吐くのか。
傍から見たら完璧な嫌味であったが、本人は真面目に同情していた。

「よし!! じゃ、ここで気を紛らわすためにも
 俺のとっておきのジョークを教えてやるYO!!」
「ハァハァハァハァ!」
「アルミ缶の上に・・・・あるミカン!!」
「ハァハァハァハァ!」
「どうYO!? とっておきだZE?」
「ハァハァハァハァ!」
「ん、まだ気がまぎれないって?
 本当に贅沢だなぁ、あんたは。
 よし! じゃ、も一ついくぜ!」
「ハァハァハァハァ!」
「隣の家に塀ができたって!!へーカッコイー!」
「ハァハァハァハァ!」

使い古されたベタベタなギャグを耳にし、徐々に体力と集中力が削られていくニコル。
しかしいい加減、横にいる男に腹が立ってきたようだ。
苦しいながらも何とか声を出そうとする。

「う…ハァハァ……さい…ハァハァ」
「惑星、わっ……ん? なんか言った?」
「うる…ハァハァハァ…いと…ハァハァ…たんだ」
「え? なんだって? 聞こえない?」

純粋に聞こえないので良助は聞き返しているのだろうが、
頑張って声を出そうとしているニコルにとってはいい迷惑だ。
この男、無自覚の鬼である。

そんな彼についにニコルも切れた!

「ハァハァ! うるさいっていってるんだよ!!!!」

残りの体力を振り絞るような叫び声!

「Oh!! 元気出たじゃん!! ファッキンボーイ!!」
「ハァ……ハァ……ハァハァ」
「うん!! 俺のとっておきが聞いたみたいだな!!
 お兄さんはうれしいぞーー!」
「ハァ…ハ…ハァハァ…ハァハァ」

かなり息が乱れており、身体がかなりグラグラしている。
何かのきっかけでもう倒れそうだ。

「よーし!! じゃぁ、もう一人でも大丈夫だな!
 俺はもう行くZE!!
 っとその前に最後のプレゼントだーーー!!!!!」
「ハァハァ…ハァハァ??」

大きく片手を振り上げる良助に、ニコルは嫌な予感を感じた。
そしてそれは見事的中するのであった!!

「ファイト!! いっぱーーーーーーーつ!!!」
「ぶへっ!!」
「ははははは、頑張れよーーーー!!」

張り手による背中への一発入魂を置き土産に、
良助は笑いながらスピードを上げて去っていった。
最後の一発はトドメとなり、気を失って地に崩れ落ちるニコル。

さらばニコル!!
君の勇姿は忘れない!!




ハンター試験 第一次試験 
70km地点 脱落者1名

高橋良助による災害
被害者5名(ゴン、船長、トンパ、キルア、ニコル)




つづく



[4809] ――― 第 04 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/09 08:04




あらすじ

突然漫画の世界に迷い込んでしまった『高橋良助』!
くじら島で主人公『ゴン』と衝撃的な出会いをきっかけに、
ハンターの世界に進むことを決意する。

それは生半可な道ではない。道中くじけそうになる良助の心。

しかし旅先で出会った人物たち、ハンター試験会場行き船の『船長』、
受験のベテランである『トンパ』、そしてかつての大親友『キルア』
などの助けもありなんとか困難を乗り越えていく。

しかし出会いあれば、別れあり。
新たに知り合った友人『ニコル』が試験の残酷な罠に嵌り倒れてしまったのだ。

なんという非情な世界。
二人の男の小さな友情さえも許されないのだろうか。

消えていったニコルのためにも自分は必ずハンター試験に合格してやると
改めて決意した高橋良助であった。

……もちろん嘘である。




第04話 『奇術師タクシーおいしいです』




さて、『大親友』キルアからスケボーを譲り受けた高橋良助であったが、
最後にある急勾配の長い階段のことをすっかり忘れていた。
といういうよりも全く先のことなど考えていなかった。

もちろんスケボーでは昇ることができない。
ここに来て良助は、ようやくまともに試験に参加することとなった。

まぁこれがもし今まで走り続けてきたのならば間違いなくここで脱落、
というよりもニコルよりも前に脱落していたであろう。

だが幸運なことに良助はスケボーのお陰で体力が余りまくっていた。
それに階段といってもそれほど長いわけではない。
せいぜい600mほどである。

それでも良助にはかなりキツイ行程であるのだが……

「気合だーーー!!気合だーーーー!!
 気合だーーー!!気合だーーーー!!
 気合だーーー!!気合だーーーー!!
 がんばれがんばれできるできる
 絶対できるがんばれもっとやれるって!!
 やれる気持ちの問題だがんばれがんばれそこだ!
 そこで諦めんな絶対にがんばれ積極的に
 ポジティブにがんばれがんばれ!!
 熱い血燃やしてけよ…
 人間熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ!
 だからこそ、もっと!熱くなれよおおおおおおおおおおお!!!」

などと言うように、
アニ○ル浜口と松○修三を足して2で割らなかったかのような
気合と根性で何とか昇りきったのであった。

後世の歴史家は語る。

『高橋良助が長い人生の中で他にこれほどまでの気力を見せたのは、
 地元の古本屋の偽装をしたアダルトショップで
 ロリ系のエロ漫画を買う勇気を振り絞った時ぐらいであろう。』

いったい何の歴史家なのかは非常に気になるところであるが、
とにかく稀に見る気合を見せたようだ。

そんな大声を上げながら暑苦しいセリフを垂れ流す良助を、
他の受験生達はうんざりしたような諦めたような目で見ていた。

ちなみにキルアのスケボーは途中で忘れ去られていた。
お陀仏!!




とまぁ、何はともあれ一次試験も後半に差し掛かった。

疲れている受験生などお構いなく、後半は更に試験の難易度があがる。
通称『詐欺師の塒』とも呼ばれる『ヌメーレ湿原』。
後半は人間を騙し捕食しようとする動植物たちを振り切り
この湿原を抜けなければならない。

そして原作を読んでいればわかるが、後半戦にはもう一つ危険が存在する。

奇術師『ヒソカ』。
戦闘の天才にして、受験者の中で数少ない強力な念能力者である彼が
『試験官ごっこ』の名の下に湿原で大量殺人を行うのだ。

いったいあれで何人の受験生がヒソカに殺されたのか。
もし彼らがこの未来を知っていたのならば、
間違いなくこの危険な男から距離を置いていただろう。

そう!
こんなイベントは避けたいと思うのが普通だ!
それがマトモな人間の判断である!

しかし!
ここに未来を知り、そしてマトモではない人間がいる!!

まったくもって先のことなど考えない男!
抜群の記憶力はあるくせにまったくの宝の持ち腐れ男!
勢いとノリ、そして多大な運とウザさで問題を乗り切る男!!

高橋良助は今!




「残りは君達『4人』だけだね」

しっかりと大惨事に巻き込まれていたとさ。

「わーい」




渇いた声を出しながら、両手を挙げている良助。
隣にはクラピカと腕に傷を負ったレオリオ、
ベテラン受験者である格闘家『チェリー』がいる。

そして目の前には返り血を浴びまくったヒソカと
死屍累々といった有様のハンター受験者たちの成れの果て。
まさに原作どおりの凄惨な光景である。

唯一違うことがあるとすれば、
生き残りの中に高橋良助が含まれていることだろう。

「おい。オレが合図したらバラバラに逃げるんだ」

とそこに格闘家チェリーがヒソカに聞こえないよう静かに話しかける。

「奴は強い……!!
 なぜならあいつは、人を殺すことに一片のためらいすらないからだ。
 オレ達とは実戦経験において天と地ほどの差がある!!
 今のオレ達が4人がかりで戦おうが勝ち目はだろう。
 お前達も強い目的があってハンターを目指してハンターを目指しているんだろう。
 悔しいだろうが、今は……ここは退くんだ!!」

クラピカとレオリオは頷きも返事もしなかった。
だがその表情からチェリーの提案を受け入れたのがわかる。
それはそうだ。ヒソカと彼らの実力差は明らか。
勝てるわけがないのだ。

だがそこで、チェリーの話を黙って聞いていた高橋良助が、
今までからは考えられないような低い声で呟いた。

「何言ってやがる……」

その目つきは鋭く、口元は何かに挑む戦士のように引き締められている。
豹変した良助の表情と雰囲気に他の三人は驚いた。
なぜならこれまでの良助のふざけた行動を、少なからず彼らも見ているからだ。
それだけに良助の変わりようは信じられない。

これがこの男の本性なのだろうか。
いったい良助は何を言うつもりなのか。
三人はそのまま黙って良助の言葉に耳を傾けた。

しかし……

「諦めんなよ…
 諦めんなよ、おまえら!!
 どうしてそこでやめるんだ、そこで!!
 もう少し頑張ってみろよ!
 ダメダメダメダメダメ、諦めたら
 俺のこと思えよ、応援してる俺のこと思ってみろって。
 あともうちょっとのところなんだから。
 絶対やってみろ!必ず目標を達成できる!
 だからこそNever Give Up!! 」

どう見ても松岡○三です。
本当にありがとうございました。

三人は皆呆れ顔であった。
元ネタのことなどはまったく知らなかったが、
良助がノリと勢いで意味不明な話をしているのだと彼らは理解した。

まだまだ終わらない良助の熱弁。
勢い良く身振り手振りするその様はまるで演説台のヒットラーのようだ。
彼は夢中で話をしている。
だから横の三人が起こした行動にも気付くことはなかった。

「どうだお前らも少しは熱く・・・?」

熱血トークが終わり、勢い良く横を見る良助。

しかしそこにいたはずの三人がいない。

「(・3・)アルェー」

3人はもうとっくにチェリーの合図で散開していたのだ。
良助は気付けばこの場に2人っきりになっていた。

ギギギと油の切れた機械のように首を回して前を見る良助。
視界にはトランプを切りながら一歩一歩近づいてくるヒソカが見える。
ヒソカと良助の一対一……勝ち目など全くありはしない。
瞬殺だろう。

もはや終わりかと思われた良助の人生であるが……

「ククク、君一人になっちゃったね。
 早く君も逃げなよ。
 10秒待っててあげるからさ」

ヒソカの気まぐれで逃げる時間が与えられたようだ。

「うわーーーん!!
 みんなーーー!! 待ってーーーーー!!
 ボクチンを置いていかないデーーーーー!!」

優しいお兄さんの一言を聞き、
良助は親とはぐれた子供のように泣けだして走り去っていった。
お前一体何歳だよ。




「ゼーゼーゼー……。
 みんなーー! どこーーー!」

森林を彷徨う高橋良助、ヒソカから逃げたのはいいものの、
どの方向に二次試験会場があるのかまったくわからない。

と走る良助の身体がぐらりと揺れる。
危うく倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。

「ウ……さっすがにー、無理しすぎたかニャー。
 全身疲労で目が霞むZE!!!!」

などと言いながら親指を立てる良助であったが、本当に具合が悪そうだ。
顔も真っ青で、全身から汗をダラダラと流している。

いくらスケボーで他人よりも楽ができたからといって、
ハンター試験は普通の大学生にクリアできるほど甘いものではない。
体調に異常をきたすのも当然である。
むしろ、ここまで付いてくる事ができたことのほうが異常なのだ。

「誰か~~。
 誰かいないにょかぁ~~」

ともかく誰かを探そうとふらつきながら歩く良助。

「お・・・。あれは・・・」

視界の端に後ろ髪を結んだ男の後姿を捉える。
チェリーだ。

「ん? 誰か居たのかい?」
「いやね。あちらのほうに、
 格闘家にして雑魚キャラのチェリー君がいるのよぉー。
 ったくあいつ、俺を置いて逃げやがって。
 絶対あいつ名前のほうだけじゃなく、
 あっちのほうもチェリーだぜ!!
 『武に一生を捧げました!! 一生童貞でーす!!』
 ってな感じでさ。
 あんたはどう思う?」
「ん~、ボクとしてはそろそろ
 ボクに気づいて欲しいなぁと思ってるんだけどさ」
「おいおい、質問にはしっかりと……ってあれ?」

自分はいったい誰と話しているんだろうと、
おかしいぐらいに遅くれて気づく高橋良助。
後ろを振り向くと…

「や」
「……」

なんということでしょう!
後ろを振り向くと、そこにはレオリオを担いだヒソカが!!
獲物に近づいたのに殺さずに話しかけるとは……ヒソカの遊び心が光ります。

などとビフォーアフター風にナレーションしようと、
絶望的な状況であることにはかわりない。

時が止る高橋良助。
さすがの彼も自身のピンチに言葉ないのだろう。
……と思ったらそうでもなかったようである。
こんな状況でもぺらぺらと良助は話し出した。

「おやおや!
 これはこれはヒソカさん!!
 いやぁーーーご無沙汰しておりますなー。
 こちらには何の用で?
 さくらんぼ(チェリー)狩りならあちらにどうぞ!
 私? 私は結構ですよ!
 私は豊満な桃のようなおっぱいとお尻が好みですので!
 ささ、どうぞ遠慮なさらずに!
 あっちに行きやがれ!!」

本当に口から先に生まれてきたような男である。
この絶体絶命の状況でもこれだけ口が回るというのは、ある意味尊敬するに値する。
というかもはやこれは普通の大学生などではないのでは?

「うーん。
 初めて見た時から思ってたけど、君なかなか面白いね。
 色んな意味で」

良助の変態っぷりが逆に良かったのであろうか。
意外なことにヒソカの興味を引いたようである。

「君、なんでハンターになりたいの?」
「ははは!!
 なんだなんだ君はそんなこともわからないのか?」

君は何もわかっていないな……と言わんばかりに肩を竦める良助。

この男は本当にヒソカが怖くないのだろうか。
ちょっとヒソカの機嫌を損ねただけで殺されるかもしれないのだ。
常人なら恐怖と怯えで何時ものようには話せないに違いない。

「フフフ!!ならば教えてやろう!!
 その頭に叩き込むがいい」

それを良助は怯えるどころか、ヒソカという人間死神を前にしても
まったく調子が変わってない。
それどころかその堂々たるやまるでどこかの王様のようである。
いや、ほんと、もう少し自重して欲しいものである。
ナレーションをするこっちが冷や冷やしてしまう。

「理由なんて……ない!」
「え?ないの?」

良助はそう断言した。
ここまで話を引っ張っておいて『ない』はないだろう。
あげくの果てはヒソカにツッコミまで入れられている始末である。

「しいて言えば娯楽さ!」
「娯楽?」
「その通り!
 面白いものが見れそうだったからな!
 ちょっとばっかり会いたい奴らもいたし」
「へぇ」

まぁその会いたい奴らであるゴン・クラピカ・レオリオ・キルアには
総スカンされてしまったがな。

とそこでヒソカが良助を見て、何かに気づいたように怪訝な表情を浮かべる

「ところで君、大丈夫?
 顔が真っ青……
 というよりも……それって」
「え? なに……ぁ」

言葉を返そうとする良助であったが、最後まで返事を言うことはできなかった。
遠のいていく意識、ぐらつく身体。
いい加減、良助の体力にも限界が来たようであった。

良助はまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。




後日、良助は目が覚めると二次試験会場であった。

なんとヒソカがレオリオだけでなく良助も担いで来てくれたのである!!
おそらくあまりの良助の馬鹿さに殺す気が失せたのだろう!!

酷いご都合主義……ではなく、すごい悪運である。




何はともあれ!!

高橋 良助 20歳!

ハンター試験一次試験突破!!!!!!




「あれ?そういえば童貞格闘家は?」
「………彼なら死んだよ」

そして、さよなら!!チェリー!!
あの世で童貞喪失できることを祈っているぞ!!




つづく



[4809] ――― 第 05 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:19




(くくく)

森に生える木々の間を移動しながら、
本物の泥棒もしないような忍び足で移動する男がいた。
手には拳大の石を持っている。

(ひひひ)

気配を消し、徐々に徐々に一人の受験生の後姿へと近づいていく。

(うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ)

向かう先には、車ほどに大きな豚と戦っているハンター試験受験生。
彼は豚を倒すことに集中しており、自分の後ろから近づいてくる見るからに
怪しげな男に気づいている様子はない。

「とりゃぁあああああ!!」

大きく飛び上がり、前回り蹴りで豚の額を強く強打する。
すると暴れていた豚が一転大人しくなり地面に転がった。

「ふー、冷や冷やさせるぜ」

と豚を倒せたことで安心する受験生。

(げへ、げへへへへへへへへ)

だがその後ろには、片手を掲げ禍々しい笑みをニヤリと浮かべる男が!!
そして……。

「サラバだーーーー!!!
 トンパーーーーー!!!」
「ブゲッ!!」

敵を打ち倒し油断していた受験番号16番トンパは、
受験番号311番高橋良助の凶手によりあっさり倒されてしまった。

頭から血を流し地に臥すトンパには目もくれず、
高らかと片手を天に突き上げる高橋良助。

「グレートスタンプ!ゲットだぜーーーーー!!」

まるで某国民的人気ゲームの主人公のようである。
もっとも掲げている手に持っているものがモンスターボールではなく、
血まみれの石という大きな違いはあるが。




第05話 『どうみてもセクハラです。本当に(ry』




「あ~~~、食った食った。もうお腹いっぱい!」
「終―――――了ォ―――――――!!!」

叩かれた銅鑼の低い音が、試験官『ブハラ』による
豚の丸焼き料理審査の終了を告げる。
通過人数は71名。

二次試験の内容は美食(グルメ)ハンターである二人の試験官を
満足させる料理を作るというものであった。

一人目のブハラの課題は豚の丸焼き。
料理と聞き困っていた受験生たちであったが、簡単そうな料理で皆安心した。
だがそんなの簡単な課題がこの難関たるハンター試験で出るはずがない。

会場であるビスカの森に生息する豚はグレートスタンプだけ。
突進してその大きくて頑丈な鼻で敵を潰し殺そうとする世界一凶暴な豚であった。
下手をすると受験生のほうが豚の餌になってしまう可能性がある。

この試験で求められるものは料理の腕などではない。
弱点である頑丈な鼻でガードされた脆い頭部を正確に攻撃することが出きるほどの
身のこなし、瞬発力、判断力があるかどうかが問われるのであった。

そんな高難易度の試験であるが、一人だけ尋常ならざる方法で通過したものがいる。

高橋良助である。
彼は他の受験生(トンパ)が捕らえた豚を横から掻っ攫うという
トンでもなく姑息な手を使ってこの試験を乗り切ったのだ。

突進してくる凶暴な豚よりも豚を捕らえて油断している人間のほうが狩りやすい。
まぁ姑息であるが、確かに理に適っている。
本当に無駄なところだけ、頭が回転する男である。

ちなみに良助の犠牲となり不合格確実と思われていたトンパだが、
驚くべきことに彼もまた71人の中に含まれていた。
頭に怪我を負った最悪のコンディションから復活し、見事課題を達成したのである。

それほど残り時間もなかったはずなのに
よく二匹目の豚を狩って丸焼きにすることができたものだと感心してしまう。
いったいその執念と気力はどこから来るのか。
遠くから良助を般若の如く睨めるトンパを見れば、その答えはいらないだろう。
高橋良助の今後が心配である。命的な意味で。

「ふふふふふふふ・・・。
 オレって天才じゃね?天才じゃね?」

一方視線の先にいる高橋良助は犠牲となったトンパのことなどすっかり忘れ、
ニヤニヤと自分の美しい(と思っている)作戦が成功したことに自画自賛していた。

だが、こんな作戦を思いついた人間のことを人は天才と呼ぶだろうか。
いや、ただの姑息である。

そんな風にそれぞれの思惑が空回りしながらも、試験は進んでいく。

71人の受験生達の目の前に露出度の高い服を着た勝気そうな女性、
第二次試験後半担当『メンチ』が立った。

「あたしはブハラとちがってカラ党よ!!
 審査もキビシクいくわよ!」

その言葉に僅かながらに身を緊張させる受験生達。
多くの受験生にとってグレートスタンプの課題は簡単なものではなかった。
いったい次はどんな試練が待ち受けるのか。

「二次試験後半あたしのメニューは『スシ』よ!!」

その言葉を聞き、受験生達の思考が一瞬とまる。
そして思うのはみんな一緒のことだ。

(スシ……!?スシとは…………!?)

ハンターの世界において、
ジパングの食文化は世界的に有名ではないらしい。
ほとんどの受験生は寿司という料理すら知らない。
しかしそれが試験官の狙いなのである。

如何に与えられた不完全な情報から完成された形を導き出すことができるかという、
観察力や推理力を計る試験なのである。
受験生は材料、道具、食器などから寿司という料理がどのような形なのか
予想しなければならない。

というのはあくまで寿司という料理をしらない受験生の場合である。
元から寿司を知っているの受験生にとってはまったく難しくない課題だ。
そしてそんな受験生が71人の中にいた。

(くくくく。
 この課題もらったぜ!!
 まさかオレの国の伝統料理がテストになるとは!!)

一人はハンゾウ。
寿司は彼の故郷であるジパングの料理である。知らないわけがなかった。

そしてもう一人。

(へへへへ。
 原作を知っている俺にとっちゃ楽勝だZE!!!
 勝利の女神は俺に微笑んでいる!!)

高橋良助である。
彼は原作を読んでおり、しかもジパングのモデルとなっている日本出身である。
当然、寿司がどんな料理かというのを知っていた。

それで結果はと言うと……

「いいわ。あんたが合格第一号」

ちゃっかり第二次試験を最初の突破していた。
高橋良助、初めての自力合格である。

しかし彼は合格したにもかかわらず、真剣な目をして視線を下に落としている。
いつになくシリアスな雰囲気を出す高橋良助。

だが我々はこの男に対し一切の期待をしてはならない。
なぜなら……。

(ぐふふふ。
 それにしてもメンチちゃん胸でけーな。
 うへ、うへへへへっへっへ。
 ジュルリ。
 胸、くびれ、太もも、尻!!
 ヤバい!!ヤバすぎるぜ!!
 ふぅふぅふぅふぅ!!
 もう我慢ならねーぜ……。
 これはオレを誘ってるんだろ!!
 ちっくしょう!
 よく見りゃ、好きそうな顔してやがるぜ!!
 あぁーーーーー!!
 もう辛抱たまらん!!!!!!!!)

「いっただきまーーーーーーす!!!!!」
「ぎゃーー!!なにすんだ、このボゲ!!」
「オウェップッ!!」

これはひどい。

だらしない顔をして地面に大の字になる良助。
それを何か気持ち悪いものを見るような目で睨んでいるメンチ。
一日に二度も気絶とはいくらなんでも多すぎだ。
本当に思考の半分が優しさならぬ無駄でできている男である。

だいたい良助は一次試験の最後、体力が尽きて倒れていたはずだ。
全身疲労で寝込むのが普通、仮に起きれたとしても筋肉痛で動けないはずだ。
それなのにこの男と来たら、全く後遺症がないどころか、
むしろ一眠りしたのか更に元気になっている。
いったいどういう体質をしているのだろう。
というか本当に人間なのだろうか!
いい加減ここまでくると、疑わしくなってくる。




ちなみにこの後、良助以外のの受験生は
原作どおりの展開になってしまって落ちてしまった。
このままでは三次試験に進むのは
試験管の女性に抱きつこうとした変質者だけになってしまう……。
というタイミングでハンター協会会長の登場し、
クモワシの卵をとるという再試験で他の受験者も三次試験に進むことができた。

ちなみに良助は普通に合格したので再試験は免除された。
もし再試験を受けろといわれていたら、
良助は落ちていた可能性が高い。
本当に運が良いというか何と言うか…。




ともあれ、高橋良助、二次試験突破である!!




つづく



[4809] ――― 第 06 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:21




「次の目的地へは明日の朝8時到着予定です。
 こちらから連絡するまで各自、自由に時間をお使いください」

星空と夜景、二つの光の海に挟まれる中、
受験生達を乗せる飛行船が目的地に向けて進んでいく。

皆、この長い一日を乗り切ったことに安堵し、
今この瞬間は身体をゆっくりと休めている。
この先で行われるであろう三次試験に備えて。

だが、果たしてこの飛行船の中は安全なのだろうか。
次の目的地と言ってもそこが三次試験会場とは限らない。
もしかしたら飛行船の中で三次試験が行われるのかもしれないし、
連絡が朝8時にあるわけではないかもしれない。
寝ている間に試験が終わってしまったなど笑い話にもならない。
それに寝ている間に他の受験生が何かしてくる可能性だってありえる。
例え試験最中でなくとも、受験生同士の争いがなくなるわけではないのだ。

そして、皆が休息を取っているこの飛行船の中で、
血みどろの戦いを繰り広げる男達がいた。

「て、てめぇ何もんだ……。
 わかっちゃいたが……ここまで強いとはな」
「くくく。
 何を言っているんだい。君が弱いだけだよ」
「くっそ!!!!
 オレにもっと力があれば!!!!
 オレにこいつを倒すだけの力があれば!!!」
「ふふふ。
 君の番は終わったから、次は僕の番。
 これで終わらせてあげるよ」
「やめろ……。
 や、やめてくれぇええええええええ!!!!!」
「くっくっく……。
 あっはっはァ――――――――ァ!!!」

現実は非常なもの。
戦いが終わった後に残るのはどちらか片方のみ。
勝負は決した。

「ちっくしょぉおおおおお!!!
 なんで勝てねぇーーーーーんだよ!!
 これで50戦0勝50敗だーーー!!
 違うのか!? オレは天才じゃなかったのか!?
 オレは……オレはっ……!!!
 負け犬だぁあああああああああああ!!!」
「いや、ババ抜きぐらいでそこまで熱くなられても」

高橋良助はヒソカとババ抜きをしていた。

「とか言いつつヒソカきゅんもノリノリだったじゃーん」
「くくく。まぁね」
「いやぁー、でも何でオレ勝てないの?」
「だってリョウスケ、顔に出すぎだよ。
 僕がババに触るとニヤニヤって笑ってるしさ」
「な、なんですとーーー!??
 なんで教えてくれなかったんだい!!ヒソカきゅん!」
「まず『きゅん』は止めてくれないかい?」

意外にも楽しそうであった。

なんだこの空気。




第06話 『ゲッゲッゲッ』




高橋良助が気絶から目覚めてみると、
いつの間にか二次試験は終わっており、飛行船に乗せられていた。
気絶していたとはいえ、合格者をあの場に放っておくわけには行かなかったのだろう。

飛行船の中では皆思い思いに時間を使い、ほとんどの者は睡眠をとっていた。
本当に長い一日だったのだ。今ぐらい休んでも誰も文句を言わないだろう。

しかし良助は寝る気分になれない。
今日1日で2回も気絶しているからだ。
もう十分睡眠(?)は足りている。

というわけでやることもなく船内をブラブラとしていたのだが、
その途中でヒソカに「ヒマなのかい?」と声をかけられ今に至るわけである。

「あぁーーー!!
 もう止め止め!!
 ババ抜き、もう飽きたーーー!!」
「そうかい?」
「もう50回もやってるんだZE!
 普通飽きるっつーの!」
「あれは君が勝つまで続けようとしたんじゃないか」
「ふっ。
 認めたくないものだな……自分自身の、
 若さゆえの過ちというものを」
「なにそれ?」

ガンダムネタを話す良助であるが、残念ながら通じなかったようだ。
まぁここはHUNTER×HUNTERの世界なのだから当然である。
それにしてもヒソカが完全にツッコミ役にまわっているとは……。
高橋良助……恐ろしい子!

「ところで、リョウスケに聞きたいことがあるんだけどさ」
「んんーーーん?
 なんだいヒソカくーん?」

というか、何十人もの受験生を殺したヒソカのことが怖くないのだろうか?
この男、絶対に頭のネジが外れてる。

しかしそんなことは全く気にしないかのように、ヒソカは質問をする。

「君、念使えるんだよね。
 なんでずっと『絶』のままなんだい?」

『絶』

念の技術の一つ。
オーラを生み出す『精孔』を閉じることで
気配を消したり、オーラの節約をする技術である。

二次試験前半、素人の良助がベテランであるトンパに近づいても
気づかれなかった理由がこれである。

この世界に来てから、彼は念を見ることができるようになった。
しかしなぜかオーラを体から全く出すことができない。
普通であれば一般人ですら僅かにオーラが流れているというのに。

しかしそんな事情がヒソカに分かるわけがない。
ヒソカからすれば、念能力を使える人間が
纏ではなく絶状態のまま試験を受けているように見える。
彼が疑問に思うのも当然と言えよう。

「絶じゃ、攻撃された時ダメージが大きいだろ?
 なんで纏をしないんだい?」
「うーん。実はさー、よく分からないんだけど、
 突然念が使えるようになってさ」
「へぇ」
「うん。
 ま、使えるって言っても、見えるだけで
 まったくオーラが出せないんだけどね」
「……なんだって?」
「だからさ、オーラが見えるだけでさ、出すのは1ミリたりともできんのよ~。
 つまりオレッち、絶をしてる訳じゃなくて、それしかできないのよ、これが」

ヒソカの目が刃物のように細く鋭くなる。

「ん?なんか変なこと言った?」
「……」

返事がない。
何かを考えているようだ。
ブツブツと独り言を言っている。

「……そうか……そういうことか……。
 ……くくく……なるほどなるほど」
「ありゃ?どったのヒソカくん?」

ヒソカはなにやら一人で納得している。

「ふふふ。ごめんごめん。
 ちょっと謎が一つ解けただけだよ」
「謎?」
「うん。
 じゃ、僕もうそろそろ寝るから。
 また明日ね」
「えーー!?
 メッチャ気になるじゃーん!!」

しかしヒソカはそのまま行ってしまった。

「テライミフ」




夜が明け、飛行船が目的地に到着する。

『それではスタート!!
 頑張ってくださいね!!』

三次試験の始まりである。

黒いコンクリートの塊のような無骨で巨大な塔。
そこが三次試験の舞台となるトリックタワーだ。

試験内容は72時間以内に生きて下まで降りてくること。
それが受験生に対する試験管の伝言であった。
しかし降りてこいと言われても、塔のてっ辺には入り口一つない。
また塔の側面には窓どころか掴めるような凹凸すらない。

「側面は窓一つないただの壁か」
「ここから降りるのは自殺行為だな」

と話す受験生達。
しかしその後ろに一人の男が近づいてくる。

「普通の人間ならな」

右肩にロープを巻きつけている男が、そう言って側面をおり始める。

「このくらいのとっかかりがあれば、
 一流のロッククライマーなら難なくクリアできるぜ」

僅かな窪みに指を引っ掛け、それで全身の体重を支え、徐々に降りていく。

「うわ、すげ~」
「もうあんなに降りてる」

その様子に横で見ていたゴンとキルアも感心しているようだ。
超一流ハンターの遺伝子を受け継ぐゴンも、暗殺者一家の天才であるキルアも、
このまっ平らの壁を降りる技は持ち合わせていないらしい。

「あ……」
「ん?」
「あれ」

ゴンが指し示す方向から無数の黒い影が向かってくる。
その影は順調に壁を降りている男に向かっているようだ。

「ふふん。
 どうやら三次試験の合格第一号はオレ様のようだな。
 ……?」

後ろから聞こえてくる羽ばたき音にようやく男も気づいた。
だが時既に遅し。

「うわぁああああああああああああ!!!」

人面の怪鳥。それが影の正体であった。
「ゲッゲッゲッ」と生理的に不快になる鳴き声をあげ、
そのグレートスタンプすら丸呑みにしそうな大きな口を男に近づけていく。

そして、叫び渡る男の断末魔。
男の腕、足、頭が怪鳥に食いちぎられた。

「外壁を伝うのはムリみてーだな」

顔を青ざめながら男の最後を看取るレオリオ。
隣に居るクラピカも同様の意見のようだ。

外壁を伝うのは無理。
ならばこの塔のてっ辺に何かしら中に入る仕掛けがあるに違いない。
ロッククライマーの無残な死を見せ付けられた受験生達は
それぞれ塔への入り口を探し始める。

というところで場の流れなどまったく考慮しない男がそこにいた!!!!

「普通の人間ならなーーーー!!」

死んだロッククライマーと同じセリフを吐き、
思いっきり塔の端っこに走り向かっていく男あり!!

「はっはっはっはっは!!!
 この瞬間を待っていた!!
 ワザワザ72時間も試験やってられねーZE!!」

塔と空との境界線が迫るが、まったく男はスピードを緩めようとしない!!

そして……

「アイ、キャン、フラーーーーーーーーーイ!!!

ジャンプした。

「「「な……なにーーーー!!!?」」」

無謀な自殺行為に驚きの声を上げる受験生達。

重量にその身を任せ自由落下していく良助。
その落ちる先にはロッククライマーを喰っていた気味の悪い怪鳥の群れがある。

そう、良助の狙いは……。

「俺のLOVEを受けとめてくれーーー!!」

怪鳥に捕まって下まで降りるというものであった。

「ぶへっ!」
「ゲッゲッ!?」

運よく怪鳥に取り付く良助。
怪鳥のブヨブヨとした体が彼の身体を受け止める。
柔らかい怪鳥の体がクッションになったとはいえ、落下は良助の体に堪えるものだった。

「ギャーーーー!!
 イテーーーー!!」

だがそれは怪鳥も同様である。
背中に受けた衝撃でダメージを受け、徐々に高度を落としていく。

「ふふん。
 どうやら三次試験の合格第一号は
 オレ様のようだなーーーー!!」

痛みに耐えながら高らかに叫ぶ高橋良助。
彼の中では既に自分は合格しているものだと思っているらしい。

なにやらデジャブなセリフである。
しかしこのセリフ、かなり不吉。
このセリフを言ったものがそのあとどうなったか。

「……?」

彼は忘れていた。怪鳥は他にもいるということを。

「げっげっげっ」
「うぁあああああああああああ!!
 キモい!
 主に顔面がキモい!」

仲間に乗っている人間に噛み付こうとする怪鳥。
良助は怪鳥の背中の上で噛み付きを避けようとするが、
こんな足場の悪いところで大きな動きをしたらどうなるか。

「うぉ!
 わっわっわっわっわ!!」

当然バランスが崩れる。

「あ……!あーーーーれーーーーーー」

そして、足を滑らせて、真下にある森に落ちてしまった。




「……はっ!!
 ……長い間夢を見ていた気がする。
 怪鳥に襲われ、森に落ちる夢を」

いいえ。夢ではございません。

良助は起きると森に居た。
服はボロボロだが、身体には傷一つない。
周りに木の枝や葉っぱがたくさん落ちている。
おそらく森の木々がクッションを役割をしたのだろう。

「はっはっはっはっは!
 計画通り!!」

間違いなく嘘である。
本当に運のいい男だ。

「よーし!!
 試験会場に戻って、
 あとの時間はダラダラしてよーっと!!」

そういってフラフラと良助はその場を去っていった。




無茶苦茶なご都合主義を振りまきながらも、
高橋良助、あっさり三次試験を合格である!!




ちなみに残り時間は、二番目にトリックタワーをクリアした
ヒソカとトランプをして過ごしたそうな。




つづく



[4809] ――― 第 07 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:21




『御乗船の皆様、第三次試験お疲れ様でした!!』
「いやぁ~~。
 どうも~~。どうも~~。どうも~~。
 ほんと、お疲れ様でぇ~~す!
 ま、実のところ全・然疲れてないんですけどNE!
 僕って天才だから一番早く合格したんすよ~。
 やっぱり? できる男は? 一味違う?
 どうすか!! すごくないすか!?
 ところでお姉さん、お名前は??」
『……』

穏やかな天気の中、三次試験を合格した受験生25名を乗せた船が進んでいく。

『当船はこれより二時間ほどの予定で
 ゼビル島へ向かいます』
「ちょっとぉ!
 無視しないでくださいYO!YO!YO!
 あっ!そっかー!!
 こんな人のいるところじゃ
 簡単に教えられないですよね~!
 じゃぁ、その島行ったら教えてよ~!
 いや名前だけじゃなくて、むしろバカンス!!
 ゼビル島で二人の甘~いラブロマンスを
 楽しみませんか?
 ワンナイトハネムーーーーーーン♪」
『……』

四次試験の舞台はゼビル島という無人島である。
試験内容は受験生同士で狩りを行うというものだ。

『ここに残った25名の方々には
 来年の試験会場無条件招待券が与えられます』
「ウヒョーーーー!!
 やったZEーーーーーーー!!
 じゃぁ今年落ちてもまた来年
 お姉ぇさんに会えるってこと!??
 どうしよっかな~?
 今年はさっさと諦めて落ちちゃおうかな?
 だって~、また来年もお姉さんと
 あ・え・る・か・ら☆」
『……』

合格するためには全部で6点分のナンバープレートを集めなければならない。
自分が最初から持っているプレートが3点。
ターゲットが持っているプレートが3点。
そしてそれ以外のプレートが1点。

受験生達のほとんどは、
誰となく自分のプレートを胸からはずし懐にしまい込んでいた。
戦いは既に始まっているのだ。
皆、誰とも視線をあわせず情報を遮断している。

そんなどんよりとした中、アテンダントの説明が行われていたのだが……。

『たとえ今年受からなくても
 気を落とさずに来年また挑戦してくださいねっ』
「オーーーーケーーーーーイ!!!!
 それはつまり!
 来年もまた会いたいってことですよね!
 でもダメダメ! 何言ってるんだい!
 来年なんてそんな寂しいこと言うなよ。
 これは僕と君との運命の出会い。
 僕たちはこれからいつも一緒だろ!!
 愛してるZEーーー!!ベイベェーーー!!」

アテンダントの説明が途切れる。

『……(うぜー、超うぜーわ!)』

ヒクつくアテンダントの表情からはそんな声が聞こえてきそうであった。

体は大人、頭は子供。
全てを台無しにする男、その名は高橋良助!!!




第07話 『トランプ友達と優雅な船旅』




『それではこれからの
 二時間は自由時間になります。
 みなさん船の旅をお楽しみくださーーーい』
「OHーーーー!!
 待ってどこ行くんだい!!
 僕の天使にして未来の伴侶のガイドさん!!
 僕を置いていかないでくれぇーーー!!」

あまりのウザさに説明もそこそこに船長室に逃げ込むアテンダント。
良助の制止虚しく、アテンダントはいなくなってしまった。

「お、おれは……。
 負け犬だーーーーーーーーーーー!!」

ナンパ失敗。至極、当然の結果である。




「いいんだーいいんだー。
 俺なんてー(ブツブツ)」

船の隅っこで体育座りでのの時を書いている高橋良助。
そこに一人の男が近づいてくる。

「くっくっく、落ち込んでいるみたいだね」
「うるしぇええええええええい!!
 俺の愛を!!失恋を!!人生を!!
 嗤うんじゃねーー!!
 俺の心は今!!
 ず・た・ぼ・ろなんだYO!!」
「おっとごめんごめん」

ヒソカが良助の隣に腰をおろす。
ごめんと言いつつもその顔は笑みを浮かんだままである。

「リョウスケは
 もう少し女性の口説き方を勉強したほうがいいよ」
「なにぃいいいいい!!
 いったい俺の何が悪かったというんだ!!??」
「君は勢いがあり過ぎなんだよ。
 あんな押せ押せだと女性も戸惑っちゃうよ。
 押してダメなら引いてみろってことさ」
「な、なるほど……!」
「もっと相手の話を聞くことも重要だよ。
 女性は自分の話を聞いてくれる人、
 自分に興味を持ってくれる人に心を開くものだから」
「すげーーー!!すげーーーよ!!あんたは!!」
「もし良かったら他にも色々教えてあげるけど?
 島に着くまで暇だし」
「感動した!!
 ヒソカさん、あなたは天使だ!!」

四次試験開始2時間前。
周りの緊迫感をぶち壊すような会話をする二人であった。




「とまぁ、こんな感じなんだけど、
 だいたいわかってもらえたかな?」
「性欲をもてあます」
「……わ、わかってもらえたようで嬉しいよ」

ヒソカ先生による『女性の口説き方講座』が終わったようである。
良助は教えてもらったテクニックを早く試してみたいのか、
「くっくっく」と笑いながらウズウズとしている。
なぜか笑い方はどことなくヒソカに似ていた。

「ところで」

とここで話を変えるヒソカ。

「君はくじ何番だった?」

つまりお前のターゲットは誰なんだ?
そうヒソカは聞いているのである。

下手をすればお互いがターゲット同士かもしれない。
そういった可能性も考えて、ほとんどの他の受験生達は
誰とも情報のやり取りをおこなっていない。
普通ならターゲットが誰かなど聞きもしないし、教えないものなのだ。

「16番!
 新人潰しのトンパ君!
 あの小太りのおっさんだよ」

しかしそれに対して良助はあっさりと答える。
明け透けなく質問するヒソカもヒソカだが、躊躇なく解答をする良助も良助である。
今までの会話から見ても、二人は意外に気が合うのかもしれない。
まぁ、トリックタワーで66時間も二人でトランプをしてたら
それなりに仲良くなるものなのかもしれないが。

「んで、ヒソカは何番だったわけよぉ?」
「僕は384番。
 誰だかわからないんだけどさ。
 リョウスケは知ってる?」
「あぁ、あのサザエさん見てーな髪型の奴だろ」
「サザエサン?」
「ほら!帽子とサングラスのつけた棍棒使いだよ」
「あぁ、彼か。
 それはいいことを聞いたな」
「へへ。
 さっきのお礼だと思ってくれYO!」

良助のターゲットは新人潰しのトンパで、
ヒソカは原作と同じ狩りの名人『ゲレタ』であった。
ヒソカはゲレタとの殆ど関わりがなかった。

だが良助とトンパの場合、それとは全く逆である。

「君のほうは大変そうだね。
 いくら絶が使えるって言っても」

良助はトンパに対して、一次試験開始前ではやり過ぎなぐらい馬鹿にし、
二次試験最中では頭を強打して獲物を奪うということをやらかした。
それゆえ恐ろしいまでの恨みと怒りを買っていることは明らかであった。

そんな相手がターゲットなのである。
トンパが簡単に良助にプレートを渡すことはあるまい。
まず間違いなく猛烈な抵抗を受けるはずだ。

いくら絶で気配を消せるとはいえ、二次試験と違い相手は常に警戒をしているのだ。
同じような不意打ちが通じるとは思えない。
良助は絶しかできない素人であるのに対し、
トンパは30回以上ハンター試験を経験している猛者。
何かしら策を練らなければ、絶対にプレートを奪うことはできない。

だから本来ならば如何にしてトンパからプレートを奪うか、
必死に考えなければならないのだが……。

「いっひっひ!!
 天才の俺様の手にかかれば、その場その場でアイディアを出すだけで
 全ての問題など回避可能!!
 故にDon't Worry!!
 前もって下郎な策を考えることなど不要よ不要!
 ぐあはっはっはっは!」

要するに何も考えてませんということだ。
ある意味彼らしい答えである。
そんな彼の答えを聞いてヒソカも「くっくっく」と笑っている。

「なんとなく君の性格がわかってきたよ。
 やっぱり面白いね、君」

とそこで周りの受験生達がざわつき始める。
船の先一キロほどのところに大きな島が見えていた。
おそらくそこがゼビル島なのだろう。

「着いたみたいだね」
「遂に四次試験が始まるってわけですにゃー。
 まぁ、お互い健闘を祈りましょうや」
「そうだね。君も頑張ってね」

爽やかな言葉を最後に交わし、二人の会話は終わった。




残るところ試験も残り二つ。
今この場にいる受験生はいずれも数々の試験を乗り越えてきた強者である。
こんな化物たちの中で高橋良助は最終試験までたどり着くことができるのだろうか?




四次試験スタートである。




つづく



[4809] ――― 第 08 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:ce0e4d11
Date: 2008/12/22 07:22




第四次試験はゼビル島で行われる。

内容は各々の受験生が他の受験生を『狩る』というもので、
6点分のプレートを集めれば合格となる。
自分とターゲットのプレートがそれぞれ3点で、他のプレートは1点となる。
ターゲットは試験前のくじ引きで決まっている。

つまりは自分のプレートを守りきって、ターゲットのプレートを奪うことができれば
6点分となり合格することができるのだ。

また、もし自分のプレートが奪われたとしても、ターゲットのプレートに加え、
その他に3枚プレートを集めれば6点、これでも合格となる。

更に言えば6点のプレートが集まったとしても安心はできない。
それを試験終了である一週間後まで守りきる必要がある。

自由度が高く選択肢が多いが故に己に降りかかる危険も増えてくる。
最初から最後まで安心できない試験であると言えよう。




第08話 『昨日の友は今日の敵……って最初から敵だった』




さてそんな四次試験であるが、高橋良助のターゲットは
因縁深きベテラン受験生トンパであった。

良助にはやられっぱなしのトンパではあるが、
地力では決して劣っているわけではない。
100km以上の長距離マラソンを完走し、グレートスタンプを二匹仕留め、
トリックタワーのトラップを乗り切った実力者である。

各試験を運とノリと狡賢さで合格してきた高橋良助と
まともに合格してきたトンパ、同じハンター試験受験生とはいえ
実力で言えば圧倒的にトンパのほうが上であった。

そんなトンパを仕留めるためには、完全な不意打ちをするか罠に引っ掛けるしかない。
それにはどちらにしても相手の動向を探ることが重要となる。

しかし流石は高橋良助、運がいい。
良助は一番最初に試験をスタートすることができた。
この試験は三次試験をクリアしたものから順に会場入りすることができる。
先にスタートしたものは、身を隠して後続する者の動向をチェックすることが可能だ。
それに加え、理由は不明ではあるが、良助は完璧な絶を使用することができる。
これはトンパを尾行し、罠や奇襲で仕留めるのに絶好のシチュエーションであった。

(くっくっく、完璧だ。完璧だZE。
 トンパは絶である俺の気配に絶対気づくことはぁできねぇ。
 こっそり付いて行って、野郎が油断した所を一気に不意打ちする。
 やはり俺は天才だ。天才過ぎる。
 なんて素晴らしい計画なのだ。
 正に生きる芸術品!!! 生きる世界遺産!!
 最早俺を止めることなどできない!!
 この試験を合格すれば、きっと周りの人間達も俺の凄さをきっと理解するはず!!
 そうすれば船のガイドさんやメンチちゃんと……
 ウヘッ……ゲヘヘヘヘヘッヘヘヘヘヘヘ!!)

トンパを追跡しながら頭の中で下品に笑う高橋良助。
心中だけでも静かにできないのだろうか、この男は。
ちなみにあの二人はもう完全に脈なしだと思うぞ。

大分悦に入っている良助であるが、
油断している所を不意打ちなんていう作戦、本当にウマく行くのだろうか。
良助の奇襲が成功した二次試験前半とは違い、
この試験は奇襲・不意打ち・罠がほぼ前提となっている試験だ。
どの受験生も間違いなく敵の尾行を警戒をしているはずだ。
まして一度不意打ちで痛い目を見ているトンパなら尚更である。

(え!?
 メンチちゃんダメだよこんなところで試験中だYO!!
 そ、そんな!!
 ガイドさんも一緒にって!?
 二人とこんなことをしたまま試験を受けるなんて
 頭がフットーしそうだよおっっ!!!
 もてない男の方々……、
 サーーーーーーセーーーーーンwwwwww)

18禁的妄想で脳細胞が絶賛沸騰中の高橋良助。
お前の頭がサーセンである。




30分後。

「なぜだ!!!??
 なぜなんだ!!??
 俺の薔薇色の日々がぁああああ!!!
 俺のハーレムがぁあああああ!!!」

尾行していたトンパを見失っていた。

トンパは仮にもハンターを目指そうとしていた人間、
ハント(追跡)のしたりされたりはお手の物である。

良助の目にはトンパが普通に歩いて、木の後ろ通り過ぎようとしているかに見えた。
しかし木の後ろ、良助の死角で足を止めたのか姿を見せない。
「木に小便でもしているのか?」と待っていた良助。

3分後、「いい加減おかしい」と様子を確認しにいったが、その時には時既に遅し。
トンパは既にいなくなっていた。
撒かれたのだ。
これがトンパと良助のハンターとしての実力差であった。

「ちっっくそぅうううううう!!!
 トンマの癖に!!!!
 あんの野郎!!!
 許さん!! 絶対に許さんぞ!!!!
 五体満足で済ますものか!!
 ケイン・コスギ主演映画『マッスルヒート』を
 一日一回は見なきゃ死ぬ身体にしてやる!!!」

訳の分からぬ怒りを燃やす高橋良助。
だが兎にも角にもターゲットであるトンパを再び見つけなければならない。

「うーむ!
 面倒くさいが、仕方がない!!
 行くか!!」

良助は気を取り直して、歩みを進めることにした。




結局その日は一日誰も見つけることができなかった。

「ふぁ~~あ……。
 そろそろ眠くなってきたねぇ~」

ゼビル島は夜のベールに包まれ、全ての生き物は寝静まっている。
いや、ハンター受験生達だけは例外か。
おそらく一部の受験生は今でもシノギを削りあっているのだろう。

良助は果物のなる大木の枝を今日の寝床としていた。

「うーむ、しかしどうすっかなぁ。
 まいっちんぐマチコ先生って感じだZE」

モグモグとオレンジに良く似た果物を食べながら、これからのことを考える。

手がかりも当てもない現状。
一度トンパを見失ってしまってのは本当に手痛かった。
他の受験者ならば何かしらの獲物を探す方法があるのかもしれないが、
良助は全く素人、運を頼りに進むしかない。
せめて手がかりだけでも見つかれば、何とかなるのだが。

「まぁ、いいや!
 寝よ寝よ!
 明日のことは明日考えればおk!!」

なんという面倒くさがり屋。
良助はあっさり思考を手放し、眠りに身を任せた。




次の日、良助は作戦を変えることにした。
高い木の枝に身を隠し、そこから通りかかる受験生を見つけることにしたのだ。
そしてその作戦はうまくいったようである。

「お、あれクラピカとレオリオじゃん」

良助の視線の先には、お互い背中を合わせるように視界を補いながら
周りを警戒するクラピカとレオリオがいた。
どうやら原作と同じくチームを組んでいるようだ。

「確かあいつら原作でトンパのプレート奪ってたよな。
 もしかしたら今回もそうなんかな?」

だとしたら彼らからプレートを奪わなければならない。

「それも面倒だにゃ~~」

しかし原作とは違い四次試験には高橋良助がおり、
トンパがクラピカではなく良助のターゲットとなっている。
必ずしも原作通りに事が進むとは限らない。

「ま、会って聞いてみるか」

本当に行き当たりばったりで進む男であった。




「HEY!HEY!HEY!
 お二人さん!おひさ~~~。
 元気しているかい?」
「「……!!??」」

まるで古くからの友に挨拶するように気軽な良助。
だがクラピカとレオリオにしてみれば、
気配などまったく感じなかったのに良助が現れたことに驚きを感じていた。
無論、警戒もする。

「てめぇ!なんの用だ!!」

レオリオが大きな声を上げて威嚇する。
クラピカもキツイ視線で良助を睨む。

ゴンですら頑なに同行を拒否した良助に対して、
二人が抱いている印象は決して良いものではなかった。

「うひ~~。
 まぁまぁ落ち着いて。
 ちょいと聞きたいことがあって
 来ただけなんですよ。
 ワタクシ」
「聞きたいことだぁ?」
「そんよ~。
 それだけなんさ~。
 別に争う気はないんスよ。
 マジで」

ゆる~い雰囲気で両手を挙げ、良助はヘラヘラとして笑みを浮かべている。
本人は戦いはしたくないと言っても、それが本当であるかどうかはわからない。
二人は警戒を緩めなかった。

「……なんなんだよ。
 聞きたいことっつーのは?」

レオリオが会話を進める。
クラピカは良助を観察でもしているのか、静かにこっちを睨んだままだ。

「いやねぇ~。
 俺のターゲットがトンパでさ。
 あいつ探してたんだけど
 どっかで見なかった?」
「……はぁ?」
「……」

ただターゲットの居場所を
聞きに来ただけだという良助の言葉、に困惑と疑惑を深める二人。
良助は彼らが原作の四次試験でトンパと関わりを持ったからという
単純な理由で彼らに質問をしているのだが、そんなことを二人は知るゆえもない。

ターゲットの居場所を知るために、チームを組んでいる受験生二人の前に身を晒す。
リスクが大きすぎる。だから彼らは良助の言葉が信じられなかった。

「ならばクジを見せろ」

本当にお前のターゲットはトンパなのかと強い口調で聞くクラピカに、
良助は気兼ねなくクジの札を見せる。

「ホレ、16番。トンパの番号だ」
「「……」」

とりあえず自分達がターゲットではないようだと二人は安心したようである。

もちろん、自分達と同様にチームを組んでいた場合、
クジの札を交換される可能性はある。
だがこれまでの試験における良助の行動を見る限り、
彼が誰かとチーム組めるとは思えなかった。
この頭のネジの外れ具合! 予想不可能なその行動!
いったい誰がチームを組むというのか。

唯一試験中で仲が良さそうだったヒソカも単独で行動するタイプである。
間違いなく良助も一人で行動している。
そうクラピカとレオリオは考えたのであろう。

「んで~。
 どうなのお宅ら?
 あのオヤジを見たの見てないの?」

さながらテレビ番組の司会者のように、両手を広げ二人に問う良助。

「会ってねぇよ。
 トンパどころか他の受験生にもな。
 だよな?」
「ああ。
 私もレオリオと組むまで
 他の受験生には会っていない」

特に問題なしと良助の質問に二人は答える。
それを聞き良助は、当てが外れたと肩をすくめた。

「ありゃりゃ~~。
 もしかしたらにゃ~っと思ったんだけどなぁ。
 仕方がない。
 では、残念!無念!また来週!!」

2人がトンパのことを知らないというのを確認した良助は、
そう言ってまた待機ポイントに帰ろうとした。
だがそれをクラピカが呼び止める。

「おい、待て!
 本当にそれを聞きに来ただけなのか?」
「ん?そうよ~」

何を今更という良助の返事。
それを聞きクラピカとレオリオは顔を見合わせ、そして頷いた。

「ん?どうしたのどうしたの?
 何かあったん?」

お互いから視線を外し、クラピカとレオリオは良助を静かに睨む。
そして、二人は武器を構えだした!!

「待てよ。
 まさかこのまま帰れると
 思ってるんじゃねぇだろうな?」
「お前のプレートを置いていけ。
 さもないと命の保証はない!」
「え!?
 ちょwwwおまwww
 ええーーーー!??」




高橋良助!
原作主人公側のキャラクターとまさかの敵対か!!!???

どうなる!?高橋良助!!
この二人を相手に生き残ることができるのか!!




つづく



[4809] ――― 第 09 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:22




偶然見かけたクラピカとレオリオから情報収集をしようとした良助。
原作では『味方』であった二人に対し『敵』という認識がまったくなかったため、
良助は二人に対して軽い気持ちで近づいたのだが……その認識は誤りであった。

二人にとって良助はただのライバル。
これまでの試験を共に乗り越えてきたゴンとは違う。

結果、高橋良助はクラピカとレオリオに刃を向けられるとなる。

それにターゲット以外のプレートでも、あって困ることはない。
可能ならば余分に獲っておいたほうがいい。
おまけに現状は二体一。そして良助は大して強そうには見えない。
二人で良助からプレートを奪うのは当然の流れと言えた。

(あっはっはっはっは!
 いやぁ~、その発想はなかったわ。
 こりゃぁまずったまずった!!)

圧倒的不利な状況に置かれて、ようやく良助はそのことに思い至る。

(しっかしどうすっかなぁ~。
 できればプレート渡したくないよなぁ。
 せっかくここまで来たんだったら合格したいしなぁ)

さて、ここで問題だ! 
このピンチの状況から、良助はどうやって脱するのか!?

3択問題
答え①自称天才の良助は突如アイデアがひらめく
答え②ヒソカがきて助けてくれる
答え③ハンター試験オワタ\(^o^)/ 現実は非情である

この中から一つだけ選んで答えなさい。




第09話 『狂気の沙汰ほどおもしろい』




さて答えはどれなのか。

もっとも可能性が高いのは③だろう。
元の世界では一般大学生であった良助が、この状況を乗り越えられるとは思えない。
相手は受験生の中でも一級の才能を持っている二人。
この場を生きて凌ぐためには、プレートを渡す……つまり試験を諦めるしかない。

②の可能性はどうだろうか。
確かに良助はヒソカと良く話をしているが
ピンチを助けてくれるほど仲がいいとは思えない。
第一ここにはヒソカはいない。

①はもっとありえない。
あの頭のイカれた高橋良助がそんなアイディアを考え付くわけがない。

と普通は考えるだろう。
しかしそれは認識不足である。

「どうするんだ?てめぇ。
 大人しくプレートを渡すか?
 それとも戦うか?」
「まぁまぁ~。
 そうカッカしないでくださいよ~。
 お二人さん!」
「あぁ?」

この高橋良助という男は性格と精神こそ捻り歪んでいるが、
記憶力や頭の回転などスペックそのものは高いのだ!

「交換条件ってやつだZE!
 俺っちがあんたらのターゲットの情報を
 おせーてやるよん」
「「!?」」
「だから俺のことは見逃して頂戴な」

答えは①。
良助は自分自身を見逃す代わりに
クラピカとレオリオのターゲットの情報を渡すと申し出たのだ。

「フハハハハハハハハハハ!!
 自慢だけど、
 天才であるオイラの記憶力はレベルMAX!!
 四次試験に参加してる奴らの番号
 全部覚えているのだ!
 お前らのクジで引いた番号を教えてくれれば
 そいつの特徴を教えてやるZEーー!!」

二人はその言葉を聞き、驚きとともに目を細めて良助を見ている。

(フフフ、感触ありかな?
 さすがは天才!!
 如何なる難題にぶち当たっても
 その美しい頭脳と容姿で華麗に問題を解決する!!
 強靭!!無敵!!最強!!
 俺様のロードを誰も遮ることはできない!!)

などと頭の中は蛆が湧いている良助であるが、
この状況における彼のアイディアは正に妙手と言えるものだった。

この試験に最も重要なこと!
それは自分のターゲットが誰か知っていることだ。
獲物も知らないで狩りをすることはできない。
ターゲットを知っているかどうかが
この試験の明暗を分けると言っても過言ではない。
ターゲットが誰かわからない受験生にとって
その情報は喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

そして試験が始まってまだ二日目、
原作の流れを思い出してみてもレオリオとクラピカが
ターゲットのプレートを手に入れるには早すぎる。
とすれば二人はターゲットのプレートは手に入れてない。
それどころか、おそらく二人はターゲットが誰かわかっていないはずだ。

二人がハンター試験で深く関わっていた受験者は
ゴン、キルア、ヒソカ、トンパだけだ。
おそらくこの四人以外の受験生の番号など二人は覚えていないだろう。
事実、原作でもレオリオはトンパに自分のターゲットの情報をもらっていた。
だがそれが新人受験生ならばそれが普通なのだ。
トンパのように何度も受験しているのでなければ
他の受験生に関する情報を覚えることはできない。

(だがそれは凡人の話!!
 この俺様は違うZE!!)

ハンター文字を全て暗記していた良助。
彼は他の受験生の番号と容姿、特徴も記憶していた。

1点にならない良助のプレートを奪うのか。
それとも2人で合計6点分になるプレートを持つ
ターゲットに関する情報を得るのか。
選択の余地はないように思える。

「待て。
 それでは交換条件にはならない」

だがそれに対し、クラピカが異を唱えた。

「なんでよ?
 もうターゲット見つけたの?」

この交換条件が成り立つのは、あくまでも相手がターゲットのことを知らない場合だ。
もし既に情報を手に入れていたりプレートを奪ってしまっていたら、
この交渉は成り立たない。

原作の流れから二人がターゲットの情報を得てないと判断したが、
それはあくまで原作でのこと。
良助がこの世界に来たことで流れが変わってしまったことも十分考えられる。

(ウヒーーーー。
 そうなったらメンドーだなぁ~)

だがその心配は杞憂だったようだ。

「違う。
 我々がお前を見逃す理由がない。
 お前を脅して聞き出せばいいだけのことだ。
 死にたくなければプレートと情報を渡せ……
 これで済む」
「にゃーるほどねぇ~」

クラピカの物騒な言葉を聞き、良助は内心ほくそ笑む。
少なくとも交渉の余地はあるらしい。

「でもダメダメダメ!
 そんなのは通じないんだZE」
「なぜだ?」
「プレートは力ずくで奪えても、情報は俺の口から出さなきゃならないじゃん。
 俺は死んだって言わないヨーーン☆」
「なっ……」

クラピカが良助のセリフに思わず驚きの声を上げる。
死んでも情報は渡さないというのなら、相手を殺すことは逆効果。
ならば素直に交換条件を受け入れたほうがいい。
そう思わせることが良助の考えだろう。
その考えは確かに正しい。

しかしマトモな人間だったら、
そう簡単に自分の命を天秤にかけるような真似はできない。
ただ虚勢を張っているだけ?

いや、どうだろうか。
命の危機であるのに良助はヘラヘラと笑っている。
まるで自分の命の危険を理解していないみたいだ。
その様子が逆に彼の言っていることが嘘ではないようにも見える。
これまでの試験でも分かっていたはず。
この男はマトモではないのだ。

「ウヒヒヒヒヒ!!
 甘い!甘いよぉ~!!
 クラピカちゃん☆
 交渉の極意は『如何に冷静でイカれているか』を
 相手に理解させること!!
 ゲンスルーも言ってたじゃん!!」
「ぐっ……」
「いや、ゲンスルーって誰だよ?」

まだ登場していないキャラの名前に突っ込むレオリオ。

「しかし、例えお前が死んでも情報を
 話さないのだとしても!
 私たちは約束をしたふりをすればいいだけだ」
「ほうほう」
「見逃すと約束だけしておいて、
 情報を得たらプレートを奪う。
 そういう選択も私達には……」
「ははーーん。
 そういう選択肢も確かにありかもねぇー。
 クラピカちゃーん」

そういって平然とクラピカに顔を近づける良助。
両手をポケットに突っ込み、ニヤニヤ笑っている。
そんな良助の様子に気圧されたのか、クラピカが僅かに後ずさった。
レオリオも不気味に感じているのか、良助を見て表情を歪めている。

二人とも圧倒的に戦闘力が高い筈なのに、
完璧に良助のペースに巻き込まれていた。

「でも本当に君みたいな誇り高い人間が
 そんな卑劣なことをできるのかにゃ~??
 できるのかにゃ~~??
 いいんだよ? 別に?
 約束を破っても。
 でもそれってとっても非人道的だよね?
 嘘つきは泥棒の始まりって言うよね~?
 いいのかにゃ~?」
「ぐ……」

嫌みったらしくクラピカを攻め立てる良助。
さりげなく入れた『嘘つきは泥棒の始まり』という言葉も、
幻影旅団に仲間を奪われたクラピカのトラウマをちゃっかりと刺激していた。
いったいどちらが卑劣なのか。

だがどちらが卑劣であろうと、勝負がついたのは間違いない。

「わかった……。要求を呑もう」
「おいおい、クラピカ」
「仕方ないだろう。
 ターゲットに関する情報は是が非でも欲しい」
「そりゃそうだがよ……」
「わーい!!クラピカさん、マジパネェっす!!」




こうして高橋良助は窮地を乗り越えたとさ。




つづく



[4809] ――― 第 10 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:23




あの後、クラピカとレオリオに彼らのターゲットの情報を教え、
高橋良助はあの場を脱することができた。

ちなみにクラピカとレオリオのターゲットは、
それぞれ『ソミー』と『ポンズ』であった。
ソミーは原作においてトンパと組んで、レオリオのプレートを奪おうとした猿使い。
ポンズは原作と同じくレオリオのターゲットであった、
蜂や毒物を使う帽子を被った女性だ。
良助という異分子を含んでいるが、それほど原作の流れに変化はないようである。

今はまだ……。




第10話 『熊ーーーーー!!!』




(うしゃーーーーーー!!
 ようやく!!見つけたぜーーー!!
 トンパーーーーー!!)

木の枝の影に隠れる高橋良助の視線の先に居る丸く太った中年の男性。
試験開始四日目の昼、良助はようやく再びトンパを発見した。
木を素早く降り、今度こそ見失わないように慎重にトンパを追跡していく。

(次は絶対に逃さないぜ!!)

クラピカとレオリオと別れてからも、
良助は再び木の上から通り過ぎる受験生を見つけるという作戦を続行し続けた。

だが良助はあれから全く受験生を見つけることができないでいた。
そもそもこの広い島で他の受験生に会う確率などそう高くはない。
クラピカとレオリオを見つけられただけでも運が良かったのだ。
待てども待てども一向に人が現れる気配がない。
痺れを切らして、待機場所を変えることもあったが結局は同じ事であった。

クラピカたちと別れてから40時間以上経過した。
そして残り期間は今日を含めてあと4日。
いい加減作戦を変えたほうがいいかもしれない。
そう考え始めた頃であった。
トンパが姿を見せたのだ!

千載一遇のチャンス!
もうおそらく次の機会はあるまい。
これを逃せばトンパのプレートは奪えない。

(思い出せ!! あの日々を!!
 俺の人生最大の潜入任務。
 失敗すれば命が失われるという
 危険な潜入を俺は乗り越えたじゃないか!!
 あの時に比べれば軽いものさ。
 敵も一人しか居ない!
 やれる!! 俺はやれる!!)

と、小学校の頃に銭湯の女風呂に覗きに行った時のことを思い出す高橋良助。
考える内容はともかく、その足取り、身のこなし、
その行動全てが冷戦時代の工作員のように慎重であった。
ちなみに命が失われるとは、社会的な意味である。

ともかくそうしてトンパの尾行は始まった。




しかし如何に良助が上手く気配を消そうと、トンパがスキを見せるかどうかは別問題。
どれだけ待ってもトンパはまったく油断しなかった。

寝るときは必ず木の上で寝て、周囲に数々の罠を仕掛けるのを忘れない。
眠り自体もごく浅く、ちょっとした物音でも目を覚ました。
休憩も、身を隠すことができ見晴らしが良いという
自分に有利な場所でしか行わなかった。
時々まるで尾行を撒くかのように、木に登ったり、物陰に隠れて移動したりした。

良助が不意打ちする隙などまったくない。
むしろ着いて行くだけで精一杯だ。

こんな極限状態の尾行が六日目の夕方まで続いた。
つまり丸二日間以上の時間がかかったのである。
その間、良助は満足できる睡眠も休息も取ることができなかった。
丸二日の徹夜で動きっぱなし。
元の世界ではこれだけでも大変な苦行である。

トンパがあと少しでも速く移動していたら、
トンパがあと少しでも少なく休憩していたら、
トンパがあと少しでも短く睡眠していたら、
良助は尾行を続けることができなかっただろう。
目の前に目標があり続けたからこそ、何とか意思を保つことができた。
本当にギリギリの状態で綱渡りのような追跡だったのだ。

だがそれも限りがある。

(ちくしょーーーー!!
 ぜんぜん、トンパ油断しネェよ!!
 トンマの癖にナマイキだ!!
 あーーーー!!
 もうやだなーーー!!
 疲れたよーー。眠いよーーー)

体力的にも精神的にも良助は限界に近づいていた。
夕方時、ゼビル島も薄っすらと暗くなっている。

(くっそ。
 もう日が落ちちゃうのか)

できれば良助は夜になる前に片をつけたかった。
夜の闇は不意打ちの時に有利にもなるが、追われる者にとっても有利である。
相手の姿は見えづらくなり、こちらの歩く音が響きやすくなる。
尾行はかなりやりづらい。
良助はもう心身ともに限界だった。
もはや目蓋が落ちるのを我慢するだけでもつらかった。

これ以上、尾行を続行することは不可能だ。
そう思い始めた時、チャンスは突如良助の元に舞い込んだ!!!

「う、うわぁああああああああああ!!!」
「……!?」

突然の悲鳴に、良助は今にも落ちそうになる目蓋をこじ開けた。
トンパは居なかった。

いや正確に言うと良助の視界の中にトンパは居なかった。
ではどこに行ったのかというと。

「畜生!!罠か!!」

大地から2メートル上の位置にトンパの頭があった。
トンパは何者かの罠に嵌り、太い木の枝に
括り付けられた鉄の鎖に左足をとられ吊るされていた。

ありえないぐらいの奇跡。
絶好のチャンス!
良助は頭から眠気が飛んでいくのを感じた。

「くくくくく……」

思わず口から笑みが出るのを抑えきれない。
良助はあくまで元の世界では一般大学生だった男だ。
いくら松岡修三ばりの根性があっても、いくらノリと勢いで色々誤魔化しても、
二日間もずっと誰かを尾行すると言うのは辛すぎた。

ここまで着いてきただけでも、
元の世界での良助の体力を考えれば信じられないくらいである。
目の前にトンパと言う目標が居続けたからこそ何とかできたのだろう。
でなければとっくに諦めていた。

「クックックックッ……」

だがもうこれ以上尾行を続ける必要はない。
なぜなら獲物は今、致命的な隙を露にしているからだ。

「クックックック……!!
 クッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

長い尾行で溜まりに溜まったフラストレーションが
トンパが罠に引っかかったのを切欠に爆発した。
良助はもう何も気にする必要はないと、トンパに近づいていく。

「YO!!YO!!YO!!
 トンパさんよう~~。
 だいーぶ、素敵なお姿じゃないの~。
 えぇ?」
「て、てめぇ!
 なんでここにいやがんだ!!」

突然現れた良助に、トンパは驚愕の表情を浮かべる。
その表情を見て、良助は更に気分が高揚するのを感じた。

「HAHAHAHA!!
 なんでって?なんでだと思う?
 よし!!じゃぁ問題だ!!
 次の三つの選択肢のうち正解はどれでしょうか!?
 ①間抜けでトンマなトンパ君を尾行した!
 ②華麗で美しい天才高橋良助が尾行した!!
 ③良助はターゲットであるトンパを尾行した!!!
 さ~てどれでしょう!!
 1,2,3……はーい!時間切れ!!
 正解は全部でした!!!!!
 イエーイ!!どれ選んでも正解だぜ!!
 やったね、トンパ☆」
「俺がテメェのターゲットかよ!!」

二日間の尾行のストレスが反動となり、テンションがかなり上がっているらしい。

「さーて!!
 これからどうしようかなぁ~!
 どうしようかなぁ~!
 ククク……。
 あー、そういえばそこらへんに
 たくさん石が落ちてるなぁ~」
「!!?」
「確かトンパ君
 石で頭をマッサージされるのが
 好きだったよね?」
「な、なんだと!?
 あれはてめーが!!」
「おーやおーや!
 そんなこと言っても
 い・い・の・な?」
「ぐ……」

というか言動がもう完璧に悪人である。

如何にハンター受験生といえど、
こんな不安定な状態で投げられる石を避けることはできない。
たとえどんなに体が鍛えられていようと大きな石を当たれば怪我をする。
当たり所が悪ければ死に至る。

「ククク!!
 言ってみたかったんだよな~。
 このセリフ!!
 『お前のプレートを置いていけ。さもないと命の保証はない!』
 な~んてね!」
「糞……!! なんでテメェなんかに!!」
「ほ~。
 いいのかな? いいのかな?
 俺っち、なんだか投球練習がしたい気分なんだけど?」
「ぐ……」
「さーてどうするのかにゃ~?
 トンパ君??」
「……」
「さぁさぁ~」
「……」

悔しそうな表情を浮かべて良助を睨むトンパであったが、
最早どうしようもならないと悟ったのか静かに目を閉じて言った。

「わかったよ……。プレートは渡す……」
「Yeah!!
 さっすがトンパ君!!
 話が分かるぜ!!」
「くっ……」
「では早速、プレートを渡したまえ!!」
「あぁ。その代わり命の保証はしてくれよ」
「わかってるわかってるって」

良助は両手を組んで、目をキラキラとさせ、クネクネと腰を動かしている。
いかにもwktkといった感じだ。
トンパにとってはかなり屈辱的だろう。

だが命には変えられないのか、素直にプレートを懐から取出し、
すぐ下の地面に落とした。

「ほら、もってけよ」
「うひゃーーーー!!
 あざーーーーーす!!」

まるで飼い主にボールを投げられた犬のようにプレートに駆けていく良助。
そしてプレートを手に取り……。

「プレート!!ゲットだぜーーー!!」

と高らかに叫んだ。




こうして良助は奇跡に奇跡を重ねて、
四次試験も無事に合格することができたとさ。

めでたしめでたし☆




とは、今回は行かなかった。

良助がプレート片手に叫んだ瞬間、彼が立っていた地面が消えた。

「えぇー!?」

身体を支えるものを無くし、良助の体は地面の底に落ちていく。

「痛てっ!!」

背中を強く打つ良助。
真上には丸い円がぽっかりと空いている。
どこからどうみても『落とし穴』であった。
深さは4メートル以上、直径は1メートル。
幅が狭いので何とか頑張れば昇れそうであるが、
長い尾行で疲れ果てた良助には無理そうであった。

「な、なんでこんなところに落とし穴がーー?」

トンパを嵌めた鎖の罠を作った人物の別の罠だろうか。
だとすれば運が悪い。
まさか受験生二人が、その人物の罠にかかってしまうとは。

「ちくしょーーーー!!!
 トンパこのやろう!!
 ここにも罠あるじゃネェか!!
 プレートを落とす場所はもっと気をつけろ!!
 馬鹿やろう!!!」

プレートを落とした場所が悪いとトンパに対して理不尽なことをいう良助。
それに対してトンパから良助に発された言葉は一つだけ。

「馬鹿が。
 掛かりやがったな」

トンパの嘲りの言葉。
それを聞いた瞬間、良助はトンパが何を言ったのかわからなかった。
だが直ぐにその意味を察する。
いったい誰がこの二つの罠を仕掛けたのかを。

トンパだ。
トンパが二つの罠を仕掛けたのだ。

度重なる奇跡の先にあったのは罠だったのである。




つづく



[4809] ――― 第 11 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:23




島に生ける全ての者たちを照らす太陽が地に落ちていく。
大地を色濃く黒く染めていく闇がゼビル島に広がっていく。

そのゼビル島の一角に二人の男がいた。
一人は空中に吊るされ、一人は地中に落とされている。
傍目から見ればどちらも猟師の罠に掛かった哀れな子兎である。

だがこの舞台に猟師の配役は存在しない。
その役目は空中の子兎の兼役でった。
罠を仕掛けたのは子兎の片方だったのだ。




第11話 『永遠の愛を誓いますか?』




「まさかこんなに簡単に騙されるとはな」

トンパが自分を吊るす鉄の鎖に触れながら話し出す。
鉄の鎖はトンパが何かしたのか簡単に外れてしまった。
地面に着地したトンパが良助の落ちた穴に近づいてくる。

「ト、トンパ……君??
 まさかこの落とし穴は……?」
「そうさ。
 これは俺が掘った落とし穴だ。
 お前を落とすためにな」
「酷い!!
 ヒトを騙すなんて!!
 非道すぐる!!」
「何が非道だ。
 騙されたほうが悪いんだよ!」

最初、良助は何とかトンパのプレートを奪うチャンスを掴むことができたと考えた。
だがそれは違った。全てはトンパの罠だったのだ。

「ちきしょーーーー!
 ちなみに何時ごろから尾行に気づいて……」
「最初からだ」
「サ、サイショカラ……?」
「お前がスタート地点から尾行してるのを
 撒いたときだよ」
「う、うそーーーーん!!」
「嬉しかったぜ、お前が俺を尾行してるって知った時は。
 ようやくお前を潰すことができるってな。
 だから逆に尾行させてもらった」
「エ゛ぇーーーーーー!??
 俺、つけられてたのーーーーーー!?」

尾行は最初からばれていて、トンパを捜索しているつもりが逆に尾行されていた。
トンパを見失って困っていた良助であったが、
実際には更に困った事態に陥っていたということだ。

「じゃ、なんでオレッチに姿を見せたの?」
「それはもちろんこの落とし穴に嵌めるためさ。
 まったく、気を使ったぜ?
 お前がついてこれるギリギリのレベルで
 移動するのはよ」
「にゃ、にゃんですとーーーー!?」
「馬鹿だよな。
 素人のお前がベテランの俺を追跡できるわきゃねーだろ。
 この二日間、お前を疲労させるためにわざと尾行させていたのさ」
「……」

良助はあまりの驚きに、陸に揚げられた魚のように口をパクパクとさせている。

「心身ともに疲れさせて正常な思考能力を奪い、
 落とし穴がばれない様に薄暗い時間帯を選ぶ。
 全ては俺の計画通りだったんだよ。
 まあ、お前みたいな馬鹿相手に
 ここまでする必要はなかったのかも知れねーがな」

考えればうまくいきすぎだったのだ。
偶然トンパを再び見つけ、良助がついていけるギリギリのレベルでトンパは移動し、
もうこれ以上は尾行できないというタイミングで他の受験生の罠にトンパが嵌る。

ありえない。
いくら良助の運が良いとしてもこのようなご都合主義的な展開はありえない。
全てはトンパの手の平の上だったのだ。
良助は上手くいっている目の前の事ばかりに目がいき、
裏側にあるその可能性に気づくことができなかった。

「ちきしょーーー!!
 この天才である高橋良助さまが
 こんな無知無能貧弱虚弱のトンマの罠などに
 嵌ってしまうとは!!
 俺の怒りが有頂天であることは確定的に明らか!!
 許さん!!許さんぞー!!」

穴から見えるトンパの顔に対して大声で文句を言う高橋良助。
だが許さんと言っても、体の疲れはピークを超え立ち上がることさえできない。
そんな良助を見るのが楽しいのか、トンパがニヤニヤとしながら彼を見下ろしている。

「言ってろよ。
 熱くなったところでお前にはもう何も出来やしねーよ」
「キーーーー!!」
「ともかくお前のハンター試験はここで終わりだよ。
 ……人生もな」
「……?
 パードン……?」

最後に出たトンパの不穏な言葉に良助は思わず聞き返した。

「お前はここで終わりだって言ってるんだ!
 新人(ルーキー)さんよぉ」
「えーと、何しやがるおつもりしょうか?」
「へへ、こいつが何か分かるか?」

そういうとトンパは穴から良助に何かが入った皮袋を見せた。
モゾモゾと袋の表面が動いている。

「いやーんな予感が……」
「この袋の中にはな、ある生き物が大量に入っている。
 生き物の名前は『ヒトグイウジ』。
 いい名前だと思わねえか?」
「いや、それ死亡フラグじゃね?」

そしてトンパはその生き物に関して楽しそうに説明しだした。

『ヒトグイウジ』

ヒトグイウジはその特異な生態で有名なヌメーレ湿原の生き物である。
ウジという名前が付いているが蝿の幼生体ではない。
外見が似ているだけで全くの別の生き物である。

その最たる特徴は『人間に寄生し、その肉を食らう』ということだ。
ヒトグイウジは口から強アルカリ性の分泌液を出し、
人間の服や肉を溶かしその内部に侵入する。
溶かした肉は彼らの食料になる。
彼らはそれを食しながら、徐々に徐々に穴を掘り進んでいき、
その穴の中で繁殖し数を増やしていく。
その有様は土の中に巣を作る蟻とよく似ている。
違う点は彼らが土ではなく、人間の肉に巣を作るということだ。

彼らは特に人間の神経を好んで食すため、
正気では耐えられないほどの激痛が発されることになる。
反面、彼らは決して人間の血管には手を出さない。
なぜならそこに自分達の排泄物を流し込むからだ。
排泄物は人間を麻痺させると共に、人間の栄養になる。
そのためヒトグイウジに寄生された人間は
麻痺で体が動かせなくなるが、決して死ぬことはない。

麻痺状態のまま、寿命が尽きるまで生かされ、発狂するような激痛に苛まれる。
まるで人間を苦しませるために生まれてきたような生き物、
それが『ヒトグイウジ』であった。

「えーと。
 なんか話の流れ的に、オレッチにその蛆虫を俺に寄生させようと
 しているように聞こえるんですが」
「まったくその通りさ。
 お前を落とし穴に落としたのもそのためだ。
 所詮はウジ。肉体に侵入される前に払えばそれで済む。
 それをさせないために疲労させて身動きを取れない状態にしたのさ」

絶体絶命のピンチである。

良助はもう体力が底をついている。
4メートル以上あるこの落とし穴を昇ることはできない。
それどころか指一本動かすことすら難しい。
さらにこの身動き取れない状態だ。
こんな状況で、穴に放り込まれた大量のウジが、
自分の身体に侵入してくるのを防ぐことができるだろうか?

いや無理であろう。
もうそんな元気もないし、体勢的に手の届かないところがたくさんある。
もうどうしようもない。
状況は既に詰んでいるように思われた。

だがそんな状況で良助はニヤリと笑みを浮かべた。
まだ何か考えがあるようである。
キチ○イと天才は紙一重。
腐った頭を持ちながらも、時折鋭いアイディアを
考え出すことができる良助である。
いったいこの修羅場をどうやって乗り切るのか!!?

「ウワッハハハハッハハハ!!
 ちょっとタンマタンマ~!
 トンパく~ん。
 君一つ忘れてないかな??」
「ほう、なんだよ」

勝ち誇ったような良助の声にトンパが余裕を持って答える。

「トンパ、君のプレートは今、僕ちんが持ってるんだ!
 ウジをこの穴に落としたら回収できなくなっちまうZE!!」

良助はニヤリと笑って、トンパに人差し指を突きたてた。

確かにこのままではトンパは試験に受かることが難しくなる。
トンパ自身にとって自分のプレートは3点、それを良助が持っている。
もし良助にプレートを持たせたままヒトグイウジをこの穴に入れれば、
いくらトンパでもプレートの回収は難しくなる。
下手に回収しようとすると良助の二の舞になってしまうだろう。
故にトンパの作戦は最初から破綻しているといって良かった。

……トンパが本当に試験に合格する気があるのなら。

「いいぜ、別に」
「へっ!?」

トンパはどうでも良いとばかりにあっさりと返事をする。
それに良助は思わず驚きの声をあげた。

良助のその声を聞き、トンパが嬉しそうに嘲りの笑みを浮かべた。

「俺は別にハンター試験に合格なんざ求めてないんだよ。
 夢多い若者の未来が黒く塗りつぶされる所、
 そしてそのことを知った者が見せる一瞬の絶望。
 それを見るのが楽しみなんだよ。
 特にてめぇのような能天気な馬鹿のな。
 だから別にプレートなんかいらないんだよ今更。
 てめぇのツラが苦痛に歪むのを見れればいいのさ」

トンパにはそもそも合格しようとする意思がなかった。
今まで散々自分をコケにしてきた良助に対し、復讐ができればそれでよかったのだ。
そのためならば自分のナンバープレートなどいくらでもくれてやるつもりであった。

トンパのプレートを人質に取り、自分の身の安全を保証させようとした
良助の策はものの見事に失敗した。
トンパのプレートはこっちが持っている。
そこを突いてなんとか交渉すれば助かるだろうと
漠然と思っていた良助であったが、その目論見が前提から破綻していたのだ。

「(・3・)アルェー??
 これってヤベっていうか。
 まずくね??」

そのことを知り、良助はようやく現状の深刻さに気づいたようだ。

「バカが!!
 ようやく気づいたか!!
 お前はここでウジに食われて一生苦しんで死ぬんだよ!!」

そういうとトンパはウジの入った皮袋の紐を緩め始めた。

「え!?
 ウェイト!! ウェイト!!
 え!?何!?
 展開早くない!??
 もっとこうなんってーいうか!
 最後に一言ないか……とか聞いたり!
 俺に対して命乞いをさせたり!
 そういうのはないのかYO!!」
「チッ……知るかよ。
 さっさと死ね!」
「ちょ!!
 まってーなーー!!!」

トンパが持っていた袋が逆さになる。
そしてそこから大量のウジが重力に従い落ちてくる。

「ぎゃーーーーーー!!
 キメーーー!!
 キメーーーーヨーーーー!!」
「じゃぁな。
 せいぜい苦しみな」

良助の悲鳴を背にトンパはどこかに去っていった。

「ギャーーー!!
 止めろーーー!!
 まとわり付くんじゃねーー!!
 キモイ!!主に全身がキモイ!!」

疲れきった身体に鞭打って、必死になって全身のウジを払おうとするが、
背中の裏や足の先などはこの狭い穴の中では届かない。

「痛って!! 痛って!!
 イテェーーーよーーー!!
 痛いのヤダよーーーー!!」

ヒトグイウジが、徐々に徐々に身体に侵入してきているという事実を
良助の体が悲鳴を上げて伝えてくる。

「入って来るな!!
 テメェらの家にするつもりはねぇぞ!!
 家が欲しいんなら!
 俺の身体じゃなくてアパ○ンショップに……
 ……あ…………」

今まで必死にウジを払っていた手が、力が入らずボトリと良助の体の上に落ちた。
ウジが血管に流した神経毒が体を回り始めたらしい。
腕も足も体も首も口もまったく動かない。

(あ……。
 こりゃ終わったかな……)

先ほどから段々と強くなっていく全身の痛み。
だがそれに反して良助の頭は徐々に徐々に冷たく静かになっていく。

(あーりゃりゃ。
 まっさっか。
 トンパにこんな目にあわされるとはな。
 人生わからねーものだにゃぁ)

痛みと共にヒトグイウジが皮膚の下を這い回る
気持ちの悪い感触が伝わってくる。

(おお、不快不快。
 だめだこりゃ。
 どうしようも……ならねーな……)

強烈な痛みが徐々に良助の意識を削っていく。

(……人生……オワタ……)

良助の意識は静かに闇へと沈んでいった。










「まったく。
 これで何度目だ、おまえ?」
「いやホントごめんよ。
 宿題やってなくてさ~」

広い部屋だった。
何十もの机と椅子が並び、所々に歳若い若者達が座っている。
部屋の手前には壁一面にホワイトボードが取り付けられている。
ホワイトボードの前には教卓があるところを見ると、
ここは教室か何かだろうか。

「正直嫌なんだけど」
「いやいや、そんなこと言わないでさ。
 昼メシを奢るからさ~」
「……はぁ、わかったよ」
「ヨッシャ!!
 サンキュー!!」
「お礼はいいから、
 さっさとノート写してくれ」

会話をしている二人の男がいた。
一人は片眉を上げ困ったような表情でノートを差し出している。
もう一人は喜びながら、受け取ったノートの内容を別のノートに写している。

「ちゃんと宿題やったほうがいいぜ。
 写してばかりだと授業についていけなくなるぞ」
「大丈夫大丈夫。
 なんとかするからさ~」
「……それにコピーしたのがバレたら
 先生に怒られるぞ」
「ったく、おまえはビビリすぎ。
 絶対ばれやしないって。
 今までもそうだったろ?」
「世の中何が起こるかわからん。
 偶然目についちゃうことだって
 あるかもしれないだろ?
 ……なんか言ってて怖くなってきた。
 写すのいいけど、所々答えを変えておいてくれ」
「へいへ~い」

聞いているのか聞いていないのか、
言われた男は自分のノートを凄い勢いで埋めていく。

「しっかし、お前本当に頭いいよな」
「なにが?」
「もうこの授業の宿題、全部終わってるんだろ?」
「あぁ、それ?
 だって一番最初に宿題になる問題は
 全部配られているじゃん」
「いや、でも全部はやる必要ねーだろ?
 普通は授業の進行に合わせてやるさ」
「……毎回写している人にだけは
 言われてたくねーな」

ノートを貸した男がため息をした後、頬杖をつきながら半眼で話を続ける。

「『常に先のことを考えろ』。
 どの授業も後になればなるほど宿題が難しくなる。
 そうなれば後半は指数関数的に
 実質的に宿題の量が変わる。
 だから今のうちにできる限り
 やれることは終わらせておくのが
 一番いいんだよ」
「だから全部やったっての?」
「世の中何があるかわからないからな。
 不足の事態に備えて余裕を持っておくのは
 当然のことだ」
「ふーん」

そう一言言って、ノートを写し続ける男。
自分で質問をしておきながら、大して興味がないようだ。

ひとしきりノートを写し終えた後、男は思い出したようにもう1人に話しかける。

「そういや、常に先のことを考えるって
 なんか格好良く言っていたけど……、
 結局それってタダのチキンじゃねーの?
 おまえって本当に頭がいいのにビビリだよな~」
「……し、慎重なだけだ。
 ビビリなんかじゃ断じてない」

からかうような男のセリフに
もう1人はイラっとした表情を浮かべ言葉を返した。
どうやら自分自身少し気にしていたようだ。

「いくら慎重っつたって、
 おまえの就職活動早すぎだぜ?
 二年で夏から就活やってる奴なんて
 おまえぐらいなもんさ」
「何事も早め早めに行うことが重要なんだよ。
 失敗した時が怖いからな」
「……それってやっぱり失敗にビビッてるだけじゃね?」
「……」

教室にチャイムの音が鳴り響く。
そしてそれと同時に教室に前のドアから男性が入って来る。
おそらくは教授か何かだろう。

それと同時にノートを貸した男が、もう1人から自分のをふんだくる。

「もういいだろ。
 授業も始まるし」

言葉の端々に棘がたっている。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。

「あら、怒っちゃった?」
「別に」
「わりぃわりぃ。
 機嫌直せって」
「授業が始まる。
 もうおしゃべりは終りだ」

ノートを借りた男がもう1人をなだめるが、どうやら効果がなかったようだ。
一向に機嫌を直さないもう1人に男はヤレヤレと肩を竦め、そして言った。

「約束どおりメシ奢るから、それで機嫌直しなさんな。
 『良助』さんよ~」










『ただ今をもちまして第4次試験を終了いたします!』
「……はっ」

島全体に鳴り響く音に目を覚ます。

視界に移るのは落とし穴の底ではなく、まっ平らな地面である。
地面には白い何かが点々としている。
それらは潰されたウジのように見える。
太陽は真上に上がっている。
正午か、それを少し過ぎたぐらいの時間帯だろう。
来ている服は所々ボロボロになっているが、その下の肌には傷一つない。

『受験生のみなさん、すみやかにスタート地点にお戻りください』

どうやら聞こえた音は4次試験終了の合図のようだ。
音が発されているのもスタート地点からだ。

と、そんなことをボンヤリと考えていたが、
徐々に頭が覚醒するにつれ、あることに気づく。

「あれ?おれ無事じゃね?」

トンパの罠に嵌められ、一生をヒトグイウジの巣として
生きなければならなくなったはずの高橋良助。
なぜか彼は穴の外にいて、身体には一匹もウジがついていない。

『これより一時間を帰還猶予時間とさせていただきます。
 それまでに戻られない方は全て不合格とみなしますので、ご注意ください』
「……」

ポケーンと沈黙する良助。
審査委員会のアナウンスだけが響き渡る。
すると良助がプルプルと震え始めた。

そして、爽やかな笑顔で、片手を天に突き上げ……。

「いいいいいいやっほぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅ!!!
 オレ様最高ぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

発狂した!!

「やばいぜーー!
 やばすぎるぜぇーーーー!
 あんな絶対絶命の状況から抜け出すなんて!!
 俺!マジパネェ!!
 っつかどうやって抜け出したの?
 どうやって抜け出したの?
 あれですかあれですか?
 やっぱあれですよねー。
 俺の隠された怒りの力!!」

そう言って、右手の平で片目を隠し、
なにやら格好良さげなポーズを取る良助。

実はこの男には何か他に知られざる力でもあるのだろうか。
そういうものでも無ければ、あの状況を打開することは不可能だったはずだ。
いったい何なのだろう。
高橋良助の真の力とは!?

「邪気眼!!」

いや、それは違うだろ。

「っは・・・し、静まれ・・・
 俺の腕よ・・・怒りを静めろ!!」

良助は腕を思いっきり押さえている。
死ねばよかったのに。

『なおスタート地点へ到着した後のプレートの移動は向こうです。
 確認され次第、失格となりますのでご注意ください』
「おっと、確か1時間しか猶予ないんだよな」

1時間以内にスタート地点に戻らなければ無条件で失格となる。
良助はそのことを思い出した。

「えーと、プレートプレートと」

しかしその前にプレートが無ければそもそも不合格である。
良助が懐を確認すると2枚のプレートがそこにあった。
それぞれ16と311の数字が書いてある。

「おっしゃ!
 おいらのプレートに、トンパのプレート!!
 6点分!!」

それぞれ3点分、合格ラインである6点ぴったりである。

「さてさて!戻りますか!
 いいいいやったぜぇええ!!
 やっぱり俺は天才だーーーーーーー!!」

そう言ってスタート地点に向けて良助は走り去っていった。
その元気っぷりと言ったら、二日間の尾行で体力を使い果たし、
体中をウジに侵食されていたとは思えないほどであった。




そんなトンデモな展開を繰り広げつつも、
……高橋良助!!
四次試験も無事(?)通過である!!!!




しかし、本当に疑問は尽きない。

なぜ良助は、落とし穴から抜け出すことができ、
身体を侵食していた大量のウジを払うことができ、
体の傷を癒すことができたのだろうか。

スタート地点に行く途中、良助は呟いた。

「そういえば何だか懐かしい夢を
 見ていたような気がしたにゃ~」




つづく



[4809] ――― 第 12 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:23




あの後、合格者は飛行船に乗り、それぞれゼビル島を離れた。
現在、高橋良助をはじめとする10名の合格者達は飛行船に乗り、
最終試験の会場へと向かっていた。

ちなみに第4次試験合格者は以下の通りであった。
ヒソカ、ゴン、クラピカ、ポックル、レオリオ、ギタラクル、
キルア、ボドロ、ハンゾウ、そして高橋良助。
つまり、原作の合格者に高橋良助を追加した形になる。

勝つべくして勝つ。
多少環境や状況が変化したとしても合格するものは合格し、
不合格になるものは不合格になる。
そういうことを示しているのかもしれない。




第13話 『あっさりした味はお好みですか』




『えーーー、これより会長が面談を行います。
 番号を呼ばれた方は2階第1応接室までおこしください。
 番号を呼ばれた方は2階第1応接室までおこしください』

飛行船の中にアナウンスの音がこだまする。
最終試験の前にネテロ会長が受験生達と面談を行うこととなったのだ。
この流れは原作とまったく同じであるが……。

『受験番号311番の方。
 受験番号311番の方、おこしください』
「おっと、俺じゃなーい☆」

どうやら呼び出される順番は変わったらしい。
良助が一番最初に面談を受けることとなった。

「お邪魔しゃーっす」
「うむ」

良助は意気揚々とネテロがいる第1応接室に入る。
応接室と言っても西洋風のテーブルや椅子がある部屋ではなく、
和風の机と座布団が置いてある茶室のような部屋だ。
壁には心と書かれた大きな色紙が張られており、それを背にしてネテロが座っていた。

「まぁすわりなされ」
「あざーす」

良助は靴を脱ぎ、ネテロと向き合うように座布団に正座した。
なんだかこんな時だけ妙に行儀がいい。
普段から行儀良くして欲しいものだ。

ネテロがコホンと喉の調子を整えてから話し出す。

「ではこれより面談を行う。
 最初に言っておくがこれは最終試験ではない。
 色々と参考にさせてもらうためにちょいと質問させてもらうというわけじゃ。
 よろしいかな?」
「はーーい」
「ふむ。元気が良いのはいい事じゃ」

まるで小学生が先生の話を聞くかのように元気良く手を上げる良助。
そしてそれに本当に先生のように反応するネテロ。

「ではまず、なぜハンターになりたいか、
 それをおしえてくれんかの?」
「楽しそうだったからです。テヘッ☆」
「なるほど」

良助のこんなふざけた答えにも、ネテロは顔色一つ変えずに相槌を打つ。

ハンターは変人や頑固者の集まり。
ハンター協会の会長ともなれば、そんな人間たちと大量に会ってきたに違いない。
そう思うぐらいネテロは良助のような変態の相手がこなれていた。
さすがはネテロ、100年以上生きてるだけある。

「では、おぬし以外の9人の中で一番注目しているのは?」
「うーーん、そうっすね~。
 あんま注目してる人とかいないかな~。
 もう男ばっかりじゃないっすか!!
 かわいい女の子以外に注目するものなどない!
 ポンズちゃんが居たら彼女だったんだけど(シクシク)」
「ふむ……」

最低だ。
この男、ハンター試験を出会い系サイトかなんかと勘違いしているに違いない。
まったくハンター試験に何を求めているのだ。

「では最後の質問じゃ。
 9人の中で、今一番戦いたくないのは?」
「先生、全員戦いたくないでーーす!!
 だってみんな強そうじゃん!!
 勝てるわけなっつーーの!!」

口調にこそ問題はあるが、最後の最後でようやくマトモに答えを返す良助。
ぶっちゃけ過ぎな気がするが、正直まともな戦闘で彼が敵う人物は居ないだろう。

「うむ。
 ご苦労じゃった。
 さがってよいぞよ」

先ほどのが最後の質問であったようだ。
5分と掛からずに面談は終了した。

「では、失礼しゃーす」

靴を履き、入ってきた時と良助は同じ入り口から退出しようとする。

「……待つんじゃ」

だが、扉に手をかけたところでネテロに呼び止められた。

「ん?どうかしたんすか?」
「四次試験でお主を罠にはめたトンパだが…」

なぜそのことを知ってるんだと良助は一瞬疑問に思ったが、直ぐその理由に思い至った。
確か四次試験では受験生一人一人に監視役がついていたはずだ。
そんなことを原作でハンゾウが言っていた記憶がある。
おそらくトンパとの間にあったことも、
その監視役を通して全てネテロに伝わっているのだろう。

しかしなぜ今その話が?

「あの後何をしていたか知っておるか?」

そうネテロは不可解な質問をした。

「いやぁ、知るはずないっしょー。
 終了直前まで気を失ってたし。
 どっかで時間潰してたか。
 別の新人の邪魔でもしてたんじゃないですか?」

その質問に対し、良助は推測を交えて答えるしかない。
なぜなら本当に知らないからだ。
トンパは良助の落ちた穴にウジを投げ込みどこかに行った。
それから一度も見ていない。

「……」

その言葉を聞きながらネテロはじっと良助のことを見つめていた。
飄々とした老人の目ではない、ハンター協会のトップである狩人の目だ。
自分の狙った獲物が隙を見せないか慎重に観察する目だ。
一般人が見たら背筋が凍りそうになるような目つきをしていた。

「な、なんすかー?」

だが見られる本人としては、そんな目を向けられる理由に全く覚えがない。
ネテロの尋常ならざる視線に慌てる良助。

「……いや、なんでもないよ。すまんな。
 今度こそ、さがってよいぞ」

ネテロの口が再び開いた時には、視線は普通のものへと戻っていた。
良助は何か引っかかるような思いだったが、
ネテロはもう何も話さんという雰囲気であったので、そのまま退出した。

「なんだったんかなぁ……。
 気になるけど……」

首を捻りながら、自分が休憩していた場所に戻る良助。
原作ではあんなことは決してなかったはずだ。
いったいネテロのあの質問はなんだったんだろうか。
どうも釈然としない良助であったが……。

「ま、いっか。
 もう終わったことだしね」

考えるのに飽きて、そのことに関心を失った。




四次試験終了から三日後、飛行船は目的地に到着した。

最終試験はここ、委員会が経営するホテルで行われる。
試験が終了するまで受験生たちの貸切という、何とも太っ腹な待遇である。

さて肝心の最終試験の中身であるが……。

「最終試験は1対1のトーナメント形式で行う」

その説明はネテロのこの一言から始まった

この最終試験は簡単に言ってしまえば『負け上がりトーナメント』である。
即ち、勝者が徐々に上がっていく通常のトーナメントとは違い、
このトーナメントでは敗者が昇っていく。
そしてその頂点に待っているのは合格ではなく失格。
何度負けても一勝さえすれば合格、負けに負けを重ね最後の一人になったら不合格
10人の四次試験合格者の中で、不合格になるものはただ一人。
そういうトーナメントなのでだ。

一戦一戦の勝敗の決め方は以下の通りだ。
なんでもありの反則なし。
相手に『まいった』と言わせれば勝ち。
ただし、相手を死に至らしめたらその時点で不合格となり、
残った受験生が全員合格となる。

一見単純で簡単なように見えるが、このルールが中々の曲者である。
ここまで勝ち上がったものが、簡単に『まいった』なんて言えるだろうか。
言えるわけがない。
簡単に言える様な人間がここまで勝ち残れるはずがない。
原作においてゴンは三時間に渡る拷問の末に腕を折られた。
両者にとってつらく厳しい戦いになるのは間違いない。

またこのトーナメントにはもう一つの特徴が存在する。
それは組み合わせが公平ではないということだ。
受験生によって五回戦うチャンスがある者もいれば、
二回しか戦うチャンスがないものも居る。
これらの違いはこれまでの試験の成績からなるものだ。
簡単に言うと、これまで成績が良かったものが
たくさん戦うチャンスを得られるということだ。

ちなみに良助はというと……

「それでは最終試験を開始する!!
 第一試合、ハンゾー対リョウスケ・タカハシ!!」

かなり評価が高かったらしい。
いったいこの男のドコに評価するポイントがあるのかと思うところである。
だがよく考えると良助は二次試験後半と三次試験をトップで合格している。
もしかしたらそういうところがこの評価に繋がったのかもしれない。

「くくく……。
 くくくくくく……。
 くははははははは……。
 くはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

試合開始の合図の直後、突然良助が笑い出した。

「さすがは会長!! わかってるZE!!
 この俺様が天才だということを!!
 天よ!! 地よ!! 俺を見るのだ!!
 この輝かんばかりの素晴らしい姿を!!
 この高橋良助様を!!
 ぐっはははははははははははは!!!」

どうやら自分の評価が良かったことがわかり、かなり悦に入っているらしい。
さて、そんな良助に対する周りの反応はと言うと。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

全員沈黙していた。
ある者は嫌そうな表情を浮かべ、ある者は良助から目を逸らしている。
おそらくみんな良助の頭の悪い言動にうんざりしているのだろう。
良助、空気嫁。

「待て!!
 ここは『素晴らしいわ、高橋様』とか『かっこいいぜ、良助』とか、
 俺を熱狂的に褒めちぎるシーンだろ!!
 なんで静まるんだ!!」

しかし肝心の本人は、なぜこの場が静まっているか全く理解がしていなかった。
ダメだこれは。

とここで、良助をじっと見ていた対戦相手のハンゾウが口を開く。
周りで見ていた者たちはおそらく「早く始めようぜ」とか
言うのだろうと思っていた違いない。
だが、実際にハンゾウの口から出たのは皆を驚かせる言葉であった。

「まいった。俺の負けだ」

まさかの敗北宣言であった。

「っぇええええええええ!!!
 ちょwwwおまwwww
 どういうことなの!!??」

混乱した良助がハンゾウに対してなぜリタイアしたのかと問いただすが……。

「……」

ハンゾウは苦そうな顔をして良助から目を逸らし、その場を離れた。
どこか諦めているという雰囲気が感じられる。
こんなふざけた男と戦うぐらいなら、負けたほうがマシだということだろうか。

「まさかあんたまで……ちきしょーーー。
 ちきしょーーーー!!!
 なんでこんなに世間はつめてーんだよ!!
 誰か戦ってくれよ!!
 誰か!!俺と…………戦ってくれよぉおおおおおおお!!!!」

良助の叫びが、ホテル全体に虚しく響いていく。

「しょ、勝者、リョウスケ・タカハシ!!」




え!?これで終わり!?という声が聞こえてくるぐらい、
あっさりとしたものではあったが…………ともかく!!

高橋良助!!!

最終試験突破!!!!

ハンター試験……合格である!!!!!




「そんなに戦いたいんなら僕が……◆」
「シャラープ」




つづく



[4809] ――― 第 13 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:24



『ハンター免許証(ライセンス)』

ハンター資格試験に合格した者だけに発行される、
自分自身がハンターであることを証明するカードだ。
カード自体は偽造防止の最新技術が施されている以外は
特に変わったところはない地味なものだ。

だがその効力は絶大!!
このカードを持っているだけで以下のような特権が得られる。

・入国禁止国の約90%に入ることができる
・立入禁止地域の75%まで入ることができる
・公的施設の95%をタダで利用できる
・電脳ページをタダで閲覧できる。
・銀行から一流企業並みに融資を受けられる
・ビザなしで無期限滞在が可能となる
・ハンターサイト『狩人の酒場』にアクセス可能となる
・特定条件下での殺人が罪に問われない

ちなみにこれでも一部だけである。

このハンター証を持っているだけでその人物は羨望と畏怖をもって見られ、
一生不自由なく暮らすことができるようなる。
売れば人生7回遊んで暮らせるぐらいの金が手に入る。
それだけにこのハンター証を狙うものは後を絶たない。
ハンターの5分の1が1年以内にハンター証を失うと言う。
新人ハンターの最初の試練はこのカードを守りきることと言えよう。

「以上です。
 説明をおわります」

といった内容の説明がネテロの秘書らしき人物によってされていた。




第13話 『どうぞお気軽にご来店ください』




説明を聞いているのは8人。
ゴン、レオリオ、クラピカ、ハンゾー、ポックル、
ヒソカ、ギタラクル、そして高橋良助。
皆、ハンター資格試験の合格者である。

最終試験を受けていた残りの二人、キルアとボドロはともに不合格である。
ギタラクル(イルミ)との対戦の後、キルアがボドロを殺したのだ。
これもまた原作どおりの流れである。

「あとはあなた方次第です。
 試練を乗り越えて自身の力を信じて夢に向かって前進してください。
 ここにいる8名を新しくハンターとして認定いたします!」

こうして秘書からの説明は終わり、ハンター資格試験は正式に終了した。




解散となり、それぞれ説明会場を離れる資格取得者たち。

そんな中……。

「キタ━━━
 (゚∀゚)━
  ( ゚∀)━
   (  ゚)━
    (  )━
     (゚  )━
      (∀゚ )━
       (゚∀゚)━━━!!!!」

叫びながら地面を転がりまわり、自身の喜びを表す男がいた。

「うしゃらーーーー!!
 ひっひひひひひ!!
 俺は天才じゃぁあああ!!
 天才なんじゃぁああ!!!」

両手を広げ、天を仰ぐ。
ホテルの廊下に声が響き渡る。

「おらぁああああ!!
 見よ!! ハンター試験に合格したこの肉体美!!」

そう言うとボロボロになっている上着をビリビリと切り裂いて、上半身裸になった。
何が肉体美なのか。
ごく一般的な大学生らしい貧相な身体である。

「長年、夢に見てきたハンター証!!
 遂に……遂に……
 獲ったどーーーーーーーー!!!!」

だがそんなの関係ねーと言わんばかりに、天に貧相な腕を突き上げた。
その目からは滝のように涙が流れている。
そしてボソリと呟く。

「…これまで来るまでに色々なことがあったよな……」

涙を流す良助、その脳裏にはこれまでの思い出が次々と走馬灯のように蘇る。

自分自身の夢を適えるために故郷に置いてきた幼馴染の女の子。
試験会場行きの船の中で出会った謎の美女。
その美女と次々とハンター試験の難関を乗り越えたこと。
ハンター試験の試験管との禁じられた恋。
かつての恋人との命がけの戦い。
謎の美女の告白、そして悲劇と永遠の別れ。
様々なものを失いつつも良助はハンター試験を……。

って何を考えているんだこの男は……。
一つも本当のことを思い出していない!
純度100%捏造の思い出である。
というかそもそも、ハンター試験にはノリと勢いで参加しただけだろ!!

「天国で見ててくれよ。エカチュリーナ」

誰だよ。
完璧に自分の脳内設定に浸っているようだ。

本当に酷い暴走っぷりである。
いくら嬉しくてもこれはないだろう。

とそこに1人の人物が近づいてくる。
ヒソカである。

「合格できて嬉しいのはわかるけど
 ここ一応一流ホテルだから
 もう少し自重したほうがいいよ」
「フヒヒwwwwサーセンwwww」

ヒソカに一般常識を説かれる高橋良助であった。
それは人として何か間違っているのではないか、良助。




「それでリョウスケは
 これからどうするんだい?」

ひとしきり時間も経ち、常時のテンションに戻った良助に対しヒソカは質問した。

周りにはもう二人以外の受験生は残っていない。
良助がハイテンションになり、いつもよりもウザさ10倍(当人比)になっている間に
皆それぞれ自分の故郷や次の目的地に旅立っていった。
というよりも、この男に関わらないために積極的にこの場を去ったのだろう。
本当に受験生全員から生きる災害のように見られている男である。
ネテロやハンター試験の職員の視線もどことなく厳しい。

さてヒソカの質問であるが、元々大した理由もなくハンター試験に参加した良助、
特に目的があるわけでもないし、こっちの世界に帰る故郷があるわけでもない。
しいて言えば帰る方法を探すことぐらいであろうか。

「うーん、一応目的っぽいものもあるっちゃあるけどね~」

とは言うものの、何だかこの男を見ていると
元の世界に未練・執着があるようにも思えない。
その場その場でなるように生きているように思える。
本当に帰る気あるのだろうか。

「宛てもねーし面倒だから諦めようっかな☆」

っておいおい言ってるそばから簡単に諦めるな。
普通、現実⇒異世界系の主人公は元の世界に戻りたがるものだろ。
話が続かなくなるぞ。

しかしそんなことは関係なく二人の会話は続く。

「んでも、なんでそんなこと聞くのさ?」
「別に大した理由はないよ。
 少し興味があっただけさ」
「ふーん。
 そういうヒソカはどうすんのよ。
 ゴンでも追いかけんの?」
「……へぇ、よくわかったね」

ヒソカの目が鋭く細くなる。
ヒソカとしては良助に対し、ゴンに興味をあるところを見せていないのに、
なぜそのことがわかったのかと疑問に思ったのだろう。

「ふふふふ!!
 なめるなよ!!この良助さまを!!
 天才はなんでもお見通しなのだ!!!」
「……ふーん。
 まぁそういうことにしておくよ」

天才と言うか、本当はただ原作を読んでいるから知っているだけなのだが、
良助は面倒くさかったので誤魔化した。
ヒソカも特に強く追求するつもりはないらしい。

「ともかく、今後の予定はまったく決まってないってことなんだね」
「一応そういうことになりますにゃぁ~」

するとヒソカはニヤリとした笑みを良助に向けた。
優しげな微笑ではない。
悪巧みをする悪党の笑いだ。

「それなら9月1日に
 『ヨークシンシティ』に遊びに来ない?
 『ドリームオークション』があるんだ」

ヨークシンシティ。
ヨルビアン大陸の西にある大きな都市である。

ヒソカの言う9月1日から10日間、この都市で世界最大のオークション、
ヨークシンドリームオークションが開催される。
世界中から珍品・希少品・国宝級の品物が集まり、
それらを目的に世界中の大富豪・資産家もやってくる。
世界で最も金が集まるのがこのヨークシンシティの大競り市である。

というのはあくまでも一般人にとって認識である。
原作を読んでいた良助は誰も知らない情報を知っていた。

『幻影旅団』。

彼らもこの都市にやってくるのだ、地下オークションの宝を求めて。
幻影旅団とマフィアとの間で起こる血みどろの戦い。
クラピカの復讐劇。
その壮絶な状況にゴンたちが関わっていくというのが、原作の流れである。

ある意味、ヨークシンでの十日間は世界で最も危険であるといってよい。
命が欲しいのならば絶対に近寄らないほうがいい。
そんなことは小学生でもわかるというのに……。

「いいよ~☆」

あっさりと承諾した良助。
もちろんマトモな理由があるわけがない。

(うっひーーー!
 旅団編といったら
 原作でも屈指の見所が盛りだくさんじゃん!!
 これは見逃す手はない!!
 楽しみだZEーーーーー!!)

こうしてハンター試験に続き、ヨークシンシティ行きも
ノリと勢いと好奇心で決めてしまった。
またもあっさりと死亡フラグを立てる良助であった。




「じゃあ!!
 またヨークシンで会おうぜ!!
 ヒソカくーーーん!!」
「うん、またね◆」

良助とヒソカはヨークシンシティの再会を約束し別れた。

「しっかし少し疲れたなぁ。
 久しぶりにどっかで休むかにゃ~」

そう言って、肩を自分で揉みながらホテルの門をくぐる良助。
考えてみれば、こっちの世界に来てから一ヶ月弱、マトモな寝床で寝ていない。
疲れるのも当然と言えよう。

ホテルのある地域がどこにあるか良助にはわからなかったが、
なかなかに発展している土地らしい。
ホテルの外には様々なビルやデパートが立ち並んでいる。

「さーって、どうするかねぇ~。
 ……お」

良助が何かを見つけたようだ。
視線の先には高級料理店の看板がある。
その店がある方向から食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。

「ぐ~」

その匂いに食欲が刺激されたのか、良助のお腹の音が大きくなった。

「今日はめでたい日!!
 せっかくだからああいう良い店で料理が食べたいZE!!」

確かに何かいいことがあった日にはちょっと贅沢がしたくなるものである。
だが良助が持っているものはハンター証のみ。
1ジェニーも持っていない。

ハンター試験受験中は試験試験の合間に協会のほうから何かしら料理が
無料で提供されていたので良かった。
だが試験が終わった今、高級料理を食べたりホテルに泊まったりするどころか、
10ジェニーガムや5ジェニーチョコを買うことすらできない。

「うーむ。これは参った。
 くじら島では奇怪な魚を捕まえてギリギリの食生活を送ってたけど……」

いくらなんでも、もうあれはしたくないと思う良助だった。

「こんなことならヒソカくんから少しは金を借りておけば良かったなぁ。
 ……お」

ここで良助がまた何かを見つけたようだ。
視線を向けているのはまたも看板である。
だが、その看板に書かれた内容は……。

『貴重品買い取り店シルバー!!
 金品、宝石、貴金属、美術品、ブランド品、骨董品、ハンター証!
 なんでも買い取ります!!
 即決で現金が欲しい方は
 今すぐいらっしゃいませーーー!!!』

なん……だと……?
今かなり不穏な言葉が含まれていたような気がするが気のせいだろうか。
念のためもう一度、看板の内容を見てみよう。

『貴重品買い取り店シルバー!!
 金品、宝石、貴金属、美術品、ブランド品、骨董品、
 ハンター証!(←ここ注目)
 なんでも買い取ります!!
 即決で現金が欲しい方は
 今すぐいらっしゃいませーーー!!!』

ま、まさか……。

「ハッハッハッハ!
 いやいやいや!!
 ハンター証を売るなんてとんでもない」

爽やかな笑い声をあげ、ハンター証を売ることを否定する良助。

「ハンターはこの世で最も気高い職業!!
 その職業のライセンスを売ることは魂を売ることに等しい!!
 そんなことがこの俺にできるだろうか!!
 いや、できない(反語)」

そう言ってその場から離れようとする良助。

だが、一行に足が動いていない!!

「……売れば人生7回遊んで暮らせる金(ボソ)」

会長秘書の説明を思い出す良助。
そしてその言葉に呼応するかのように……。

「ぐ~」

腹の虫が鳴き声をあげる。
電池の切れた時計のように沈黙する良助。

「はっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!」





















売った。




ハンター試験編 『嵐の前が静かだなんて誰が決めたんだ?』 終



[4809] ――― 第 14 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/17 22:23




「君はもう少し冒険したほうがいいな」
「……なんですか、教授?
 藪から棒に」

大学のとある研究室に二人の男が居た。

1人は初老の男。
この研究室の主であるこの大学の教授だ。
ただの教授ではなく、学科長も務めている。
教授会での地位もかなり高い。

もう1人は研究室で唯一の二年生。
二年生の彼は大学入学当初からこの研究室に通っている学生であった。
研究室でも彼より学年が下の人間はいない。
名は高橋良助といった。

「冒険したほうがいいって、一体何の話ですか?」

良助が怪訝そうな顔をして教授に尋ねる。
一方、なんのことか分からないという良助に、教授のほうは呆れ顔であった。

「色々だよ。
 君は頭の回転が速いし、記憶力も抜群だ。
 でもね……」

無精ひげの生える顎を親指で掻きながら、教授は言葉を続けた。

「なんというか、やることなすこと穴が無さ過ぎる」

教授のその言葉に良助はますます訳がわからないといった表情を浮かべる。

「例えばだ、この間受け取ってレポート」
「あれに何か間違ったところでもありました?」
「いいや。
 何一つ間違ったところなんて無かったよ。
 完璧な論理性と整合性。
 計算のミスも、論理の矛盾も何一つ無かった。
 誤字脱字だってもちろんない」

そういって一区切りつけると、一度ため息をついて教授は言った。

「だが結論が凡庸だった。
 つまらない結論だったと言っても良い」

教授は本当に困ったといった表情を浮かべる。

対する良助の表情には不機嫌な色が見え隠れしている。
つまらないと言われて少なからずカチンと来たようだ。

「でも教授、俺の知識でしっかりした論理性と整合性を
 持ったレポートを書くには、あれが限界ですよ。
 つまらないと言われても困ります」

語尾の強い良助の言葉に教授は口元を僅かに歪める。

「極論を恐れずに言えば、
 私は学生に論理性や整合性などと言った物は求めていないんだよ」
「そ、それはありえませんよ、教授!」
「まぁ、聞け」

強く出る良助を諌め、教授は近くにあった椅子を引き寄せそれに座った。

「お前の完璧なレポートに足りなかったものがある。
 それは多少の矛盾やミスは恐れずに、
 新しい結論や発見を導こうとする勇気と挑戦心だよ」

勇気と挑戦心という言葉を聞き、「うっ」と身を固まらせる良助。
教授は彼にかまわず話を続ける。

「我々研究者には徹底した論理性や整合性が求められるのは確かだ。
 妄想や机上の空論じゃ、話にならない。
 如何なる論文も理論とデータによる証明が必要となる。
 だがな。良く聞け。良助君。
 それだけじゃ科学の進歩や発展はありえないんだ」

しっかりと言いたいことを伝えようと良助の瞳を見て話をする教授。

「失敗は成功の母という言葉は知っているな。
 ありきたりな言葉だがこれが大事なんだ。
 我々は常に失敗を恐れずに前進しなければならん。
 金脈も試しに掘ってみなければ見つけることはできん」

教授の強い視線と言葉を受け良助の目は揺れている。

「論理や整合性といったものはな。
 新しい発見やアイディアが見つかった後に必要なんだ。
 発見した金脈を、完成された金鉱へと変えるための技術なんだ。
 時には既存の常識を破壊する勇気も必要になる」

その瞳には不安や恐怖、怯えといった様々な感情が漂っている。

「良助君。
 君の論理力と整理力といった何かをまとめ、完全なものにする力は素晴らしい。
 それは私が保証する。だけどな……」

気付けば良助は下唇を噛み締めていた。
まるでこれから言われることがわかっているかのように。

「それでは研究者として二流。
 勇気と挑戦心がないものは一流になれん。
 アイディアを出す誰かの手足としてしか、働けない人間になるしかないぞ。
 研究という分野以外でもな」

結局はそれか……と良助は心の中で呟いた。
そんなことは自分でも分かってるのだ。
勇気や挑戦といったものが自分に最も足りないのだと。
それさえあれば、自分はもっと伸びるのだと。

(それでも……俺は……)

一週間後、研究室の名簿の中に『高橋良助』の文字はなかった。










「ふぁあ~。よく寝た」

男は大きな欠伸と共に目を覚ました。




第14話 『金とヒソカだけが友達さ~♪』




ゆったりとした高級そうな寝巻き、キングサイズの広々としたベッド、
装飾に凝った豪華な寝室。
いずれも一般人では手が届かないような豪華な代物だ。
それらを見るだけで男がどれだけ裕福かということがわかる。

「なんか夢を見た気がすんにゃ~」

だがそれとは対照的に男の顔は庶民的でだらしのないものだった。
いくら寝起きとはいえ、まったく男と周りにあるものがつりあっていない。

「腹減ったにゃ~」

男はベッドの横にある電話の受話器をとる。

「グッドォモーーニンッグ☆
 えーと、ルームサービス?
 お願いだけど、朝飯持ってきてくれる~?
 うん、すぐすぐ~。
 じゃ、よろぴく~」

どうやら話の内容を聞く限り、ここはどこかのホテルのようだ。

「よっこらせっくす」

さりげなく下ネタを混ぜつつ、男はベッドから抜け寝室を出る。
隣の部屋はリビングだろうか。
丸いテーブルを中心に、部屋には様々な家具が置かれている。
そしてそれらの家具もまた豪華で高級なものばかりだ。

男はソファに座り、リモコンでテレビの電源をつけた。
テレビでは朝のニュース番組が放映されている。
ソファでくつろぎながらボーとテレビを見る男。

しばらくそうやって時間を潰していると、ドアがコンコンとノックされた。

「朝食を持ってまいりました」

10分も経たずに朝食が運ばれてきた。
おそらく男が泊まっているこの部屋は最高級のスウィートルームか何かだろう。
でなければこれほどサービスが良いはずがない。

「ほいほい。
 サンキュー」

ドアを開けルームサービスを迎え入れる男。
運ばれたトレイに乗っている料理は朝食とは思えないほど豪勢なものであった。
朝からこんなに食べて胃がもたれないのだろうか。

「うっひーー、うまそーー。
 ご苦労さん!!」

男の言葉にルームサービスは頭を下げて言った。

「では失礼いたします。
 高橋良助様」

男の名前は高橋良助。
現実世界からハンター×ハンターの世界にやってきた異邦人である。
彼はハンター試験が終わってからずっと、贅沢三昧の生活を送っていた。




試験合格直後にハンター免許証を売っぱらった良助。
手に入れたのは30億ジェニーという大金であった。
人生を7回遊んで暮らせるという表現は少々誇張が含まれているとは思うが、
人生1回分なら問題なく遊べる金額である。

銀行口座も何もない良助はこの金額を現金で受け取ることとなった。
積み上げれば30メートルに達する大金である。
それを見たとき良助は……。

「YATTA! YATTA! YATTA! YATTA!
 異世界トリップ~♪ 試験合格~♪
 札束さえあればいい~♪
 Everybody say やった-♪」

突然はっぱ隊の歌と踊りをしだしたという。
どうやら大量の札束を見て、とっくに壊れていた頭が
更にかわいそうなことになってしまったらしい。
そろそろ病院に行ったほうがいいかもしれない。

しかしそれはともかく、これだけの現金だ。
重量的にも防犯的にも持ち歩くのは止めたほうがいいだろう。

そこで銀行口座を開き、この大量の金を預けたいところであるが、
元はこの世界の住人でない良助、戸籍も身分証明書もない。
これでは銀行口座を開くことができないし、
それ以外にも色々と問題になりそうである。

しかしそこはお金パワー。
金は払うから何とかしてくれと貴重品買い取り店の店主に言い、
良助はカウンターにポンッと3000万ほど置いた。




そして5時間後……
そこには銀行通帳を持って元気に走り回る良助の姿が!!

「もう異世界トリップなんてしないよ」

それにしてもこの男、ノリノリである




ということがあってからずっと、良助は豪勢に遊びまくった!
いままでの人生では考えられないほど金を使いまくった。

飛行船をチャーターしての世界旅行。
毎日の高級ホテル暮らし。
朝昼夕、食事は全て高級料理。
衣類はフロアごと全部買い上げる。
キャバクラでドンペリを開けるのは日常茶飯事。

「ふははははは!
 余は満足じゃ!!!!
 ふははははははははははは!!!」

もう……なんていうか、これでもかっていうほどの頭の悪い金持ちの見本である。
ちなみに高橋良助の貯金残高は約8億ジェニー。
なんともう既に22億もの金を使ってしまったのだ!
普段金を使わない人間ほど大量の金を持つと金銭感覚が狂ってしまい、
ブレーキがかけられなくなってしまう。
まぁこの男の場合、元から頭がおかしいが。

現在も世界旅行真っ最中の高橋良助。
彼が成金でいられる時間は残り少ない。
しかし肝心の本人はそんなこと露とも知らず、
のんきに朝食を食べてテレビを見ていた。

「ありゃりゃ、またか……」

残念なことがあったとばかりに眉を軽く歪める良助。
テレビに映っているのは最近話題になっている事件のことである。

『奇病? 殺人?
 次々と起きる謎の衰弱死!!』

画面の左上に表示されているテロップがそれだ。

被害者が皆一様に衰弱して死んでいるというとても奇妙な事件である。
衰弱といっても別に神経がどうにかなったわけではない。
便宜上、衰弱と呼んでいるに過ぎない。

もっと厳密に言うと、被害者の死因は全身疲労による心停止である。
つまり心臓が停止してしまうほど、疲労してしまったために死んだということだ。
これは本当に奇怪なことである。
普通は心臓が動かなくなるほど疲労することなどということはありえない。

また、この事件にはこれ以外にもいくつかおかしなところがある。

まずは被害者が各地に散らばっているということ。
これが伝染病などの病気の類であるのならば、
一つの土地だけで事件が起こるはずである。
であるのに、この事件では被害者が世界中でポツポツと見つかっている。
であるならば伝染病の線は薄い。

次は事件が起きるのが周期的だということだ。
前の事件から約一週間ほど経つとまた新しい犠牲者がでると言った具合だ。
これほど定期的に犠牲者が出るのならば、
当然、人為的な犯行であるという線も出てくる。
だが現代において、人間をこのような形で殺す方法は見つかっていない。

病気なのか、殺人事件なのか、
それともそれ以外の何かなのか……。
定期的に起きるこの奇怪な事件はマスコミの良いネタとなり、
視聴者に好奇と恐怖を提供していた。

喜ぶマスコミとは対照的に、警察は事件の捜査に苦労していた。
世界中で事件が起きているため、各国の警察同士の連携が
うまくいっていないのも原因だろう。

テレビでは近いうちに各国から正式にハンター協会に
調査と事件解決の依頼がされるのではないかと話をしている。

「ま、こういう時こそ、国境に縛られないハンターの出番だよなぁ。
 いやぁ~、ハンター様々だZE!! ありがたい!」

まるで他人事のように話す良助。
まぁそれも当然か。
この男がハンターでいた期間など一時間にも満たない。

とここでテレビの話題が変わる。
今度はうって変わって明るい話題である。
画面に映るのは人々の集まりとその賑わい具合。
どうやら祭りか何かをやっているらしい。

「いいねぇ~。いいねぇ~。
 やっぱり楽しいのが一番さ☆
 それにしてもどんな祭りなんだろ?」

良助の疑問に応えるように
タイミングよくテレビのレポーターが出てくる。
おそらくこの祭りの話をするのだろう。

「どれどれ~?」

『みなさん!
 見てくださいこの人だかり!!
 彼らは皆ある理由で集まっているのです!』

レポーターがそういうと画面が切り替わり、様々な人の一言一言が次々に画面に映る。

『僕は掘り出し物ですかネェ。
 いいものが安く変えたりするんで』
『美術品には目がないんですよー』
『家の蔵からいらない物全部もってきました。
 売れるといいんですけどね~』

再びレポーターが画面に写る。

『さぁ、もうおわかりですね!!』

そしてにこやかにレポーターが大きな声で言う。

『いよいよ明日から
 ヨークシンドリームオークションが
 始まるんです!!』

「ふーん。
 オークションねぇ~。
 楽しそうだにゃ~……」

……。

「ってぇええええ!!!??
 ヨークシンのオークション!???
 明日からかよ!!」

日々遊んで暮らしていたせいで、日付感覚が完璧に失われていた良助。
ここに来てようやく自分が半年以上遊んで、ばっかりだったということに気付いた。

「やっべーーー!!
 ヒソカとの約束もあるからなーーー!!
 えーーっと、ヨークシンまでは……」

パソコンで現地までの移動時間を調べる良助。

「飛行船で丸1日!!
 もう直ぐに出なきゃだめじゃん!!」

即効で飛行船をチャーターし、荷物をまとめ、
ホテルをチェックアウトをし、屋上に出る。
このホテルでは屋上で飛行船に乗り降りすることができた。

30分もしない内に到着した飛行船に颯爽と乗り込む良助。

「よっしゃぁああああああああ!!
 いざ行かん!!
 天才! 高橋良助様の新たな冒険!!
 名づけて……『高橋クエスト~旅団湯けむり大量殺人事件~(ポロリもあるよ!!)』
 待ってろよ!!!
 マチ!! シズク!! パクノダ!!
 お前らは俺の嫁ーーー!!!!」

相変わらずの意味不明な叫びを上げる良助を乗せ、
太陽のもと飛行船がヨークシンへと向かっていく。

果たしてヨークシンで良助をまっているものは何なのか?




天空闘技場もその他もろもろもすっ飛ばし!!

幻影旅団編!!

はじまりはじまり!!




つづく



[4809] ――― 第 15 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/22 07:24




ここはヨークシンシティ。
ヨルビアン大陸の西端に位置する都市である。

現在ここでは年一回の世界最大級のオークション、
ヨークシンドリームオークションが開催されている。
このイベントの開催期間は10日間。
今日はその初日である。
お昼時と言うこともあり、町は世界中の人間を詰め込んだかのように
人で溢れかえり、その活気で賑わっていた。

さて、どこを見渡しても人ごみだらけというヨークシンシティであるが、
その一角にあるオープンカフェだけはポッカリと穴が空き人々が寄り付いていなかった。

いったい客がいないのか……

「クックック」
「フヒヒヒ」

その原因はおそらく穴の中心にいるテーブルに座った二人の男だろう。

1人は道化師風の男だ。
トランプの絵柄が描かれた緑色の道化服を着て、
目の下に星と涙のメイクをしている。

もう1人は見るからに成金といった男だ。
目が眩みそうな程に金ぴかのスーツを来ており、
指という指に高価そうな指輪がつけられている。

多くの一般人の中で浮いてしまうような趣味の悪い格好をしている二人が
君の悪い笑い声を出している。

怪しすぎる。
誰も近づかないのは当然だった。
この一番の混み時に二人以外の客はいなかった。

「久しぶりだね、ヒソカ」
「久しぶりだね、リョウスケ◆」

ハモルような挨拶。

「クックック」
「ヒッヒッヒ」

嗤う二人。
これが良助とヒソカの約束された再会であった。

カフェの店主は涙目であった。




第15話 『好きよ好きよも嫌のうち』




ヨークシンに到着した良助がまず一番最初にしたのが、
ヒソカに連絡をとることだった。

「ひどいなぁ。
 携帯を買ったんならもっと早く教えてくれよ」

再会した良助にヒソカは言った。
良助はヒソカと別れる前に携帯電話の番号を聞いていた。
ハンター試験終了時、携帯を持っていなかった良助は
「んじゃ、携帯買ったら連絡するわ~」と言っていたのだが、
昨日のニュースを見るまですっかり忘れていたのだ。

「はっはっはっはっは!!
 ソーリーソーリー!
 人生を謳歌するのに忙しくてSA--!!」
「忘れてたってことね」
「いやぁ、サーセンww」

ヘコヘコとニヤケながら頭を下げる良助に
ヒソカはヤレヤレといった感じ肩をすくめる。

「それでどうだったのこの半年?
 元気にしてたかい?」
「ふっふっふ。
 そいつは愚問だァ。
 そいつは愚問だZEェ!!
 ヒソカくーん!!」

良助は天を仰ぐように両手を広げ、口元を吊り上げ笑みを浮かべる。

「この高橋良助様が元気でないわけがない!!
 太陽がいつも眩しいように…、
 この俺様も神々しく輝いているのだーーー!!
 フッハハハハハハ!!」

相変わらずのテンションである。
膨大な金を手に入れたせいか、以前よりも傍若無人さが増したように思える。

「……まぁ、元気そうで安心したよ」

そんな彼にヒソカも呆れ気味である。

「んでェ?
 そういうヒソカはどうなのよ?
 ゴンと楽しんで来たの?」
「まぁね。
 天空闘技場でちょっとヤりあって来たよ◆
 詳しく聞くかい?」
「いんやぁ~。
 だいたい想像できるからいいよ~」

良助はもう既にヒソカとゴンが天空闘技場で闘ったことを知っていた。
もちろん原作知識と言う奴である。

この半年の間に、ゴンはクラピカとレオリオと共に
実家に帰ったキルアを連れ戻し、キルアと天空闘技場の200階までたどり着いた。
そしてその過程、ゴンはゾルディック家の試しの門で筋力を上げ、
天空闘技場で念に目覚めた。
半年の間に恐ろしいまでの進歩を遂げたのである。

ずっと働かずに遊びまわっていた良助とは大違いである。
良助よ、働かなくても飯はうまいか。

「あれ、そう?
 残念だな~。話したかったのに◆」
「わりぃね~」

少しばかりガッカリした様子のヒソカに、良助は改まって質問をする。

「それより、ヒソカはドリームオークションでなんか欲しいものでもあんの?」

全世界の珍品・希少品が集まるヨークシンドリームオークションで
何が欲しいのかとヒソカに尋ねる良助。
だが原作知識のある彼はヒソカの目的がオークションではないことを知っていた。

ヒソカがこの地に来た理由、それは『幻影旅団の団長と闘う』ことだ。

『幻影旅団』

A級賞金首にして、史上最悪とも言われる盗賊団。
団員は皆『蜘蛛』の刺青を体のどこかに入れており、
そのため自分達の団のことを『クモ』と呼称している。
5年前にクラピカの一族を皆殺しにしたのも彼らだ。

ヒソカの目的はこの幻影旅団の団長
『クロロ・ルシルフル』とタイマンで闘うことである。
そのチャンスを伺うためにヒソカは幻影旅団に入団した。
入団したといっても、あくまでフリである。
ヒソカは平面状の上に模様を再現する念能力、
『薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)』を使って
自身の身体に蜘蛛の刺青を入れたよう偽装したのである。

幻影旅団は今、このヨークシンシティで
これまでで一番大きな仕事に取り掛かろうとしている。
それはマフィアン・コミュニティが取り仕切る
『地下オークション』の宝を全て奪うこと。

そしてヒソカは、この大仕事の中でクロロと闘うチャンスを掴もうとしている。

それが原作を読んで良助が知っていることだ。

とは言っても、それを馬鹿正直に
「ヒソカは、地下オークション襲いに来たんだろ?」と
聞くなんてことはしなくても良い。
そんなことを言えば、なぜそれを知っているのかと問いただされて
面倒くさいことになることを良助は知っていた。

面白そうなこと・楽しそうなことのためになら無謀なことでも何でもするが、
面倒くさいことは嫌だというのが良助の行動指針なのだろう。

しかし場の流れ的にヨークシンに来た目的を話さないのもなんだか不自然だ。
ゆえ、良助は場の雰囲気に合わせて当たり障りのない形で質問したのだ。

(変化系は気まぐれの嘘つき。
 こう言っておきゃあ、
 ヒソカも適当にあわせて来るでしょ~)

イカレながらも、頭は冷静。
この男、意外とこの世界向きの人間なのかもしれない。

「それなんだけどさー…」

コーヒーを飲みながら上目遣いに見てくる良助に、何気なくヒソカは答えた。

「実は地下オークションの宝、まるごと奪いに来たんだよね~」
「ブッーーーーーーーーー!!!」

まさかのカミングアウト。
あっさりと本当のことをヒソカは話した。
予想外の答えに水鉄砲のように思いっきり紅茶を吹く良助。
己の顔に向かうそれをヒソカは首を傾け避けた。

「汚いなぁ、もう。
 ま、驚くのも当然だよね」
「え、ちょ、おま!?」

確かに驚いている良助であるが、ヒソカは勘違いしている。
良助が驚いたポイントはヒソカの話した内容ではなく、
そのことをヒソカが話したことそのものだ。

(なで、今、そげなことをーーーー!?)

混乱する良助を尻目に、ヒソカは話を続けた。




5分後。

要約するとヒソカが言ったのは以下のようなことだ。

自分が幻影旅団の一員であること。
幻影旅団の今回の仕事が地下オークションの宝を全て奪うことであること。
自分はその仕事をするためにこのヨークシンに来たこと。

これらのことをヒソカは世間話でもするかのように良助に話した。

「ちょいっとわりぃ~んだけどさ~」
「ん、なに?」
「テライミフ!!!???」

意味不明。全くその通りだった。
ヒソカの話は偽りの入団や団長とのタイマンのことを除けば
全部本当のことであるといってよかった。
絶対に本当のことを話さないと思っていた良助にとって、
なぜヒソカが自分にこの話をしたのか全く理解できない。

「なぁんで俺っちにそんな話をするのか正直わからーーーーん!!
 問1 400文字以内に理由を述べよ!」

目をハテナマークにしてヒソカに指を向ける良助。
それをヒソカはクククと笑いながら静かに見ている。

「まぁあぁ、落ち着きなよ。
 ボクはただ君に『娯楽』を提供しようとしているだけなんだからさ◆」
「娯楽ぅ~??」
「そう、娯楽さ」

指をパチンッと鳴らして、ヒソカが本当に楽しそうに話し出す。

「ショーの名前は『旅団VSマフィア』。
 どうだい面白そうじゃないかい?」
「…………へ?」

良助は面食らい、思わず間抜けな一言を発する。
ヒソカは懐から何かを取り出し、テーブルの上に置く。
自然と良助はそちらに見る。

「……なにこれ?」

それは丸い画面の付いた何かの電子機器であった。
大きさは携帯電話よりも一回り大きいといったところだろうか。

「リョウスケ、今夜旅団は地下競売を襲うって言っただろう?」
「ん、うん」
「地下競売を襲うって事はマフィアンコミュニティに喧嘩を売ること。
 つまりは世の中の筋モン全部敵にまわすってことさ」
「まぁ、そうにゃるね~」
「だからこれから旅団はマフィアと壮絶な争いをすることになる」

一度目を瞑ってから、良助を試すように視線を向けるヒソカ。

「その戦いを……、リョウスケは見たくないかい?」

視線を下げ、テーブルに置いた機械に触れるヒソカ。
良助の答えを待たずに再び話し出す。

「この機械は探知機。
 発信機をつけた人間の居場所が分かるっていう代物さ。
 それが旅団の一員ならマフィアとの争いを見ることもできる」

良助は途中から沈黙してヒソカの話を聞いていた。
その顔には怪訝そうな表情が張り付いている。

「……あのさぁ~、ヒソカくん?
 説明してくれて悪いんだけどさ~」
「なんだい?」
「やっぱりイミフなんだけど」

正直、良助は話の展開についていけていなかった。
いや、ヒソカが言っていることは理解できた。
要するに「探知機の反応を追って旅団とマフィアの戦いでも見たら
楽しいんじゃない?是非そうしたら?」ということだろう。

話の趣旨はわかった。
だがその理由が分からない。

「言ってることはわかるんだけどね~。
 理由がわからねーよ。理由がさ~。
 なんでオレに旅団のことを話のか。
 なんでオレにそんなものを見せようとしてるのか。
 ホォワーーーーイ?なぜーーーーー?」

私分かりませーんというベタな外国人の真似をして良助は首を振る。

「別に理由なんてないさ」

ヒソカが流し目で答える。

「リョウスケはそういうのが好きそうだなぁ……
 って思ったから。ただそれだけだよ」
「……」

間違いない。嘘だ。
絶対に何か企んでいる。
いったいどこの誰が何のメリットもなく、自分と組織の秘密を明かし、
それを娯楽の種にしろなんていうのだろう。
ありえない。絶対にありえない。
ヒソカは何か企んで良助にこんな提案をしている。
確実にそうだ。

あまりにも不自然すぎる提案。
普通なら誰も信じない。
天性の嘘つきであるヒソカらしくない嘘だ。

だが、嘘の出来は、この場合あんまり関係なかったのかもしれない。
なぜなら……。

「ま、いっか~。
 面白そうだし。
 んじゃ、この探知機はもらっとくよ」

良助はあっさりと了承し、テーブルに置いていた探知機を受け取ったからだ。
いくらなんでも酷すぎる。

確かに良助にとっては決して悪い提案とはいえない。
なぜなら彼がヨークシンに来た目的が
原作で起きたようなイベントを見るためだからだ。

旅団の大暴れ。
クラピカとウボォーギンの決闘。
団長とゾルディック家の闘い。

そういった原作の見所を実際にこの目で見てみたいと思っていた良助にとって、
探知機で旅団員の位置が分かるのはむしろ好都合だ。

だが、これはない。

物心つかない子供だろうが、野生の猿だろうが、明らかに不自然だと分かる嘘だ。
いくら都合が良いといっても、普通なら後が怖くて
こんな怪しい話を決して受けやしない。
本当にこの男は先のことを考えているんだろうか。

さて、その怪しげな提案をした本人はというと……。

「……クック…クック……クククッ……」

堪えきれないと言わんばかりに、口を元を隠し笑っていた。

「ククククッククククッククククッククククッ」
「あ、あの~、ヒソカさ~ん??」

良助が話しかけても、まったく反応を返さない。
いや反応を返そうとはしているのだろうが、
笑いがとまらず返事ができないといった感じであった。

この場面、良助のあまりの選択を呆れるということはことはあるとしても、
笑う、しかも爆笑するなんてことはあるのだろうか。
自分の下手な嘘にまんまと嵌ってくれてありがとうという嘲りの笑いなのだろうか。
だがそんな感じでもない。

しばらく経ち、笑いもおさまったのかヒソカから良助に話しかけた。

「いやー、ゴメンゴメン。
 あまりにもリョウスケらしい答えだったからさ。
 つい……ね」

自身を落ち着かせるためか、
ヒソカがすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつける。
そしてニンマリと笑みを浮かべて良助を見る。

「君さ。
 僕が嘘ついているって気付いていて
 提案を受けたよね。
 なんでだい?」
「ん??面白そうだからって言ったじゃん」
「くっくっく、そう、それが君らしい……」
「???」

再び笑い出すヒソカに、疑問符を浮かべる良助。

「ハンター試験の頃から思ってたけど、
 リョウスケってホント単純に物事を判断してるよね」

君ってこんなところがあるよねと、
一般人たちのする世間話のように話し出すヒソカ。

だが、良助に向けられたその目は、
その瞳は決して一般人にできるものではなかった。

「君が行動する基準は愉しいかどうか、気持ちいいかどうか、面白いかどうか。
 行動しない基準は面倒くさいかどうか、可能かどうか。
 それだけ」

その瞳の奥に青い月の光が宿されていた。
人の心を惹きつける狂気と冷たいナイフの切れ味を孕んだ輝きだ。

「君にとってその場の感情と状況が全てなんだろうね。
 きっと未来にも過去にも興味がないんだぁ」

その目に吸い込まれるような錯覚を覚え、知らず知らずの内に良助は沈黙していた。

「リョウスケ。
 君は人間としては間違いなく壊れている」

ヒソカは自分の席から立ち上がり、良助の耳元に口を近づけた。

「でも、そういうところ……」

そしてこの上なく優しげに呟いた。

「僕と似ているね◆」

その言葉を最後にヒソカは雑踏の中に消えていった。




ヒソカが去ってからも良助はしばらく動けなかった。

体中から汗が滝のように流れている。
耳にはヒソカの吐息の感触がまだ残っている。
心臓が暴れるように鼓動して、苦しかった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

息が荒くなる良助。
彼にはなぜ自分がこんな状態になっているのか、理解できなかった。

「違う……」

いや、頭には一つの可能性が浮かんでいる。

「違う!!そんな訳がない!!!」

だがその可能性を信じたくはなかった。
テーブルを叩きつける良助。
そして彼は叫んだ!!

「いやぁだあああああああ!!
 オレはヒソカに恋なんてしてないよぉおお!!
 心臓が高鳴っているのも絶対気のせいだ!!!!
 オレは耳元で囁かれてドキドキなんてしないよぉおお!!
 オレは女が好きなんだぁああああああ!!!
 女に関してはストライクゾーンは広いけど、
 男は絶対にボールだよぉおおおおおおおおおお!!!」

と、自分の心臓の鼓動が激しいのはヒソカにトキめいたからではないと、
必死に否定していましたとさ。




ヒソカに探知機をもらった良助、いったいこれからどうなるのか!?




つづく



[4809] ――― 第 16 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:ce0e4d11
Date: 2008/12/22 07:25




「うっひゃーーーーー!!!
 やっぱつぇえな!ウボォーギンは!」

左に持った望遠鏡を覗き、右手で拳を作る良助。
望遠レンズの先には、荒野の真ん中でマフィアを
紙同然に引きちぎるウボォーギンがいた。




第16話 『ベンチがベッド。成金の結末』




ヒソカと再会したその日の夜、良助は探知機で旅団の跡を追った。

探知機の反応はヨークシンシティの郊外からセメタリービル方面に移動し、
その後再びヨークシンシティの郊外に移った。
原作の流れを考えるに、アジトを出発し、
地下オークションが行われているセメタリービルで一仕事し、
マフィアの追撃をかわすため荒野まで気球で移動したといったところだろう。

彼が自慢の黄金フェラーリ(特注品2億相当)でその場に到着した時には、
マフィアの半数が路上に打ち捨てられたゲロのような状態になっていた。
そして今良助は見晴らしの良い崖の丘で、ウボォーギンの暴れっぷりを観戦していた。

「おぉおお!!
 『陰獣』キタ━━━━━━━(;゚∀゚)=3━━━━━━!!!」

突如地面から細長い顔をした男が現れ、ウボォーギンを殴った。
マフィアン・コミュニティ最強の武道派、陰獣の『蚯蚓(ミミズ)』だ。
自ら地面に潜り、相手を引きずり込むという能力を持っている。
ウボォーギンの反撃を受けつつも、即座に相手の手を掴み、
地面に引きずり込もうとする蚯蚓。

地中という自分の有利な状況で相手を始末しようという考えなのだろうが、
無念、ウボォーギンの超破壊拳(ビックインパクト)で
地面の土屑と共に粉々になってしまった。
あとに残ったのは巨大なクレーターのみである。
(本当は上半身だけで何とか逃げているのだが)

お陀仏。
(_ _)/'チーン

残ったのは三人。
『病犬(ヤマイヌ)』、『蛭(ヒル)』、『豪猪(やまあらし)』である。
いずれもマフィア随一の念使いである。

と、ここであたかも重要人物かのように太鈎括弧で彼らの名前を囲んだわけだが、
ものの三分も経たない内に……。

「音の弾は針じゃ防げねェだろ」

(_ _)/'チーンチーンチーン
三人仲良く涅槃へと旅立ってしまわれたとさ。

「おぉおお!!
 『陰獣』イッタ━━━━━━━(;゚∀゚)=3━━━━━━!!!」

僅か50行ほどの活躍であった。

いくらマフィア最強の念使いといってもウボォーギンの敵ではなかったようだ。
ウボォーギンは多少傷を負い、全身神経毒で麻痺し、
身体にヒルの卵を植えつけられるてはいるが、ほとんど無傷のようなものである。

神経毒さえ抜けば、再び戦闘可能であろう。
ヒルの卵もそのままにしておけば死ぬが、大量のビールを飲めば除去できるらしい。
何も問題ないだろう。
他の旅団員もそう思ったに違いない。
だから、ほんの少しばかり隙ができたのだろう。

彼らが気付いたときには、ウボォーギンの身体に鎖が巻き付けられており、
次の瞬間にはその鎖によってウボォーギンが連れ去られていた。

「ウホ!クラピカ、いい男!」

その様子を見て、良助ははしゃぎにはしゃぎまくっていた。
もはやこの男、主人公でもなんでもなくただの野次馬と化している。

「マチたんハァハァ(´Д`;)
 シズク、かわいいよシズク(*´Д`)」

キモッ!
この男には、野次馬という言葉すら上等すぎたようだ。
望遠鏡で女性を見てハァハァしてる男など変質者以外の何者でもない。

「ハァハァ……ってあれ??」

とここで良助はあることに気付く。

「なんでヒソカがあそこに??」

原作ならばここで地下オークションを襲っていたのは
ノブナガ、ウボォーギン、フランクリン、シャルナーク、
フェイタン、シズク、マチであったはずだ。

だが、なぜかノブナガではなくヒソカがそこに加わっていた。
少し考えてから良助は思い至る。

「そうか。あいつか発信機を持ってるのか」

考えてもみれば、旅団員の誰かに知られないように
発信機をつけるのは至難の業だろう。
再会した時にヒソカは「旅団員の誰かにつける」
というようなことを言ってはいたが、
最初から自分で発信機を持つ気でいたのかもしれない。

しかし考えれば考えるほど謎だ。
なぜヒソカはここまでするのだろうか。
ヒソカ自身にとっても何らかのメリットがなければ、ここまですることはないだろう。

「まぁ、俺にとって都合が良けりゃ、それでいいんだけどね~」

良くねーだろ……と思うところだが、そんなこと気にしていたらキリがなくなる。

「お、出発出発」

とそんなこんなしているうちに、旅団員たちはマフィアの黒塗りの車に乗り込んだ。
ちなみに持ち主はみんな死んでいる。

シャルナーク、フィンクス、シズク、マチが四人で車に乗り、
ヒソカとフランクリンはそれぞれ別の車に、全部で三台の車がこの荒野を出発した。

「あれれ~?
 どういうこと~?」

原作では、フランクリン以外が一つの車でクラピカを追跡し、
フランクリンがビールを盗りに行っていたはずだ。
4人はウボォーギンを追跡し、フランクリンはビールを盗りに行ったとして、
ヒソカは一体どこにいったのだろうか。

「ちょっとちょっと困るよ~!
 ヒソカきゅ~~ん!!
 ちゃんとクラピカちゃんのほうを追ってくれYO!?」

ヒソカが別の車でクラピカを追ったのならば何も問題はない。
良助はヒソカの発信機の反応を追っていけば良いだけだ。
だがそれとは別行動をしたとなると問題である。

「ちきしょーーー!!
 頼むZEーーーーー!!
 残りの陰獣VS旅団を楽しみにしてたんだからさーー!!」

良助にとっての今日のメインイベントは
残りの陰獣6人と幻影旅団との戦いであった。

原作では描かれていない箇所。
能力不明の残りの陰獣たち。
そこでどんな戦いが繰り広げられたのか。
原作で描かれていないだけに良助は非常に楽しみにしていた。

もしヒソカが何らかの理由で別行動をとったのだとすれば、
戦いが見れなくなってしまう。

「う~~~ん。
 まぁ、しゃ~ない。
 ヒソカが4人について行ったことを信じて五分後に出発しよ~っと。
 ダメならダメでその時だにゃ~」

直ぐに追跡しては彼らに自分の存在がばれてしまう。
こちらには探知機があるのだ。
見失ってもそれほど問題ない。
まぁ、ヒソカしだいではあるが。

ということで良助は五分ほどこの場で時間を潰すことにした。

「しっかし!!
 やっぱ燃えるZEーー!!
 ガチバトルは!!!!」

ウボォーギンの戦場の跡を見下ろして子供のように目を輝かせて叫ぶ良助。

「ちっくしょーーーー!!
 何で俺はオーラが使えねーんだYO!!
 俺のような天才だったら
 絶対に強力な技を覚えるのにー!!」

そういって良助は手を突き出す。

「狼牙風○拳!!!!!!」

いや、それはちょっとないだろ。
強さ的な意味で。ヘタレ的な意味で。

「いやいや、何か違うな~。
 もっと強そうな……一発で敵をぶっ飛ばせるような……」

そうそう。
やるならもっと別の技を……。

「ア~ンパ○チ!!!」

いや、それもダメだろ。
というかむしろもっとダメだろ。
確かに強いし、一発で毎週敵を星にしているけど、なんか違うだろ!
憧れるような技じゃないだろ!!

などと中学二年生の職業病のように、自分技を次々と繰り出していく良助。
他人が見たら黒歴史間違いないだろう。

もっとも荒野には彼1人なのだから誰にも見られる心配はない。
と思っていたのだが……

「こんなところで何してやがる?」
「!?」

何者かの声に驚きを持って振り向く。
だが良助はそれでも後ろに誰がいるのか分からなかった。

「壁……?」

目の前にあるのは壁であった。良助の視界を全て埋める壁。
いったいいつの間にか自分の後ろに壁ができたのか……。
そんなことをぼんやりと考える良助。

いや……こいつは壁なんかじゃない!!
壁が自分に声なんかかけてこない!!

良助はその場を飛びのいた。
それで壁の全貌が明らかになる!!

巨大な腕、巨大な頭、巨大な胸板、巨大な腹筋。
下半身に不釣合いなほどに大きな上半身。
どっしりとしたその体は戦場で使われる戦車を連想させる。
切り傷だらけのその顔がそのイメージに拍車をかけた。
それだけ無骨な男であった。

そんな人物が良助から4mほど離れて立っていた。

良助にはこの人物に見覚えがあった。
原作でも多くの人物を念能力で殺害した人物。
殺傷能力の高い超攻撃的な念能力を持っているキャラクター。
そして幻影旅団の一員!!

(……フランクリン!!??)

それがその男の名前だった。

なぜこんなところにフランクリンがいるのか。
ウボォーギンのためにビールを車で取りに行ったのではないのか。
そしてどうして自分がここにいるのがわかったのか。
そんな様々な疑問が良助の混乱した頭の中を乱れまわる。

だがフランクリンはそんな良助の内心など構わず話しかけてくる。

「てめぇもマフィアの仲間か?
 絶を使っているみてぇだが、まさか陰獣ってこたないよな?」

切り取られた大きな指が鎖でブラブラと揺れていた。
その鎖がついた手の指の断面がこちらを向いている。

フランクリンの能力、『俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)』。
指の断面から大量かつ強力な念弾をばら撒くという技。
その銃口が良助に向けられていた。

(やっべ。
 これ結構死亡フラグたってね??
 こりゃ混乱してる場合じゃねぇぞ!
 何とか逃げないとゲームオーバーだな、こりゃ)

事態はかなり悪い。
良助の身体能力ではとてもじゃないが、フランクリンの念弾を防げない。
というかよほど強力な念使いでなければ、
身体でその弾丸を受け止めることはできまい。

(ちきしょーーー!!
 ここで死んだらこの後のイベントが
 見れないじゃないん!!!
 死んでたまるかーーーーーー!!!
 まだマチやシズクとも話してねーんだ!!!)

かなり不純な動機ではあるが、この場を何とかしようと奮起する良助。

「え~と、なんとイうカですね~。
 というかなんで気付かれたんすか???」

会話をして時間を稼ぐ。
そうやってここから逃げるアイディアとチャンスを見つけるしかない。

「質問を許したつもりはねぇな。
 5秒以内に答えなきゃ、殺す!」

無理でした。

(うっはーーー!!
 さすが旅団!!容赦ネーーーーーー!!)

相手に答えさせて時間を稼ごうという良助の目論見はものの見事に失敗した。

下手な嘘は逆効果だろう。
ならば本当のことを話すか。
旅団のことを知ってること。
ヒソカの発信機の反応を追ってここまで来たこと。

「5」

いやそれもどうだろうか。
旅団のことを知っている理由を聞かれれば、
別世界から来たことに関しても触れなければならない。
信じてもらえるとは思えないし、
そのことを知られると後々面倒なことになりそうだ。

面倒くさいという意味では、ヒソカのことも同様だ。
ここでヒソカのことを話せば、彼が団長と闘うのを邪魔したことになるだろう。
そうなればヒソカに敵視されてもおかしくない。

「4」

というか、そもそも正直に本当のことを話したところで、
この場が何とかなるわけではない。
時間稼ぎ程度になるだろうが、何かこの場を抜け出すアイディアがなければ
どうしようもならないのだ。

「3」

仮にこの場で何か提案……、例えば鎖野郎の正体を教えると提案し
しばらく生かされることになったとしても、フランクリンの目からは逃れられない。
絶対に裏が取れるまでは蜘蛛の監視が付く。
そして裏が取れたらもう用済み、おそらく殺されるだろう。

どちらにせよ。
こいつらから「逃げ出す」ためのアイディアが必要なのだが……。

「2」

(あれれー??
 これってもう詰んでね???)

生きて蜘蛛から独力で脱する手がまったく思い浮かばない。

状況的には『いかにしてヤムチャがフリーザに勝つか』
という問題を与えられた気分だった。
……そりゃ、無理だ。

「1」

(ちくしょーーーー!!!
 こうなりゃやけだーーーー!!!)

フランクリンの能力と攻撃のタイミングが分かるのだ。
0のタイミングで念弾が飛んでくる。
うまくタイミングにあわせて跳び、向かってくる念弾を避ける!!

まさかフランクリンもこのずぶの素人のような男が
自分の念弾を避けられるとは思っていないだろう。
避けられるはずがないものを避けたというその衝撃でおそらく僅かに隙が出来る!
その一瞬の隙を突き、丘を下り、フェラーリに乗ることが出来たら
何とか生き残ることができるかもしれない!!

(これしかねーーーーーーーーー!!)

気付かれないように僅かに重心を落とし、その場から飛び跳ねる準備をする良助!!
眼はフランクリンの両手に集中する!!
攻撃が始まる一瞬を決して見逃さない!!!!
そして……。

「ゼロ!!」

(今だァーーーーーーー!!!!!)

渾身の力で跳び、良助はその場から離れる。


(どうだ!!??)

















「ドドドドドドドドドドドド!!
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
 ドドドドドドドドドドドドドドド!!!
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
 ドドドドドドドドドドドドドド!!!!
 ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!
 ドドドドドドドドドドドドドド!!!
 ドドドドドドドドドドドドドド!!!!!
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
 ドドドドドドドドドドド!!!」

(いや、無理っすorz)

荒れ狂うように飛んで来る膨大な数の念弾。
その量!!その威力!!その連射速度!!その攻撃範囲!!

まさに機関銃。
膨大な点の攻撃が集まり、もはや面での攻撃になっている。
前方に存在するものを全てなぎ倒す指向性の暴風のようなものだ!!
良助が跳んで避けようが何をしようが、まったく意味をなさない!!
その無慈悲の暴力の前では、良助の貧弱な肉体は紙切れのようなものだ。

身体に着弾する念弾が、良助をボロボロに引きちぎっていく。
痛みを感じる時間すらない。
薄れいく意識の中で良助は思った。

(俺、オワタ\(^o^)/)

その瞬間、良助の頭蓋骨を一発の念弾が木っ端微塵にした。










「知り合いから聞いたんだけど、
 おまえ、研究室変えたんだって?」
「う……」

友人の一言で、高橋良助の箸の動きがとまった。

お昼時の大学の食堂の隅にある丸テーブルで良助は食事をしていた。
一緒に食事をしているのは、いつもノートを写してくれと頼んでくる男友達。
ノートを写させてくれたお礼ということで、
今日も例によってその友人の奢りである。
良助がバランス定食、友人は味噌ネギラーメンという配膳であった。

楽しく食事をしていた良助であるが、友人の冒頭のセリフで表情が険しくなる。

「どうせもっと挑戦しろとか色々言われて、嫌になって抜けてきたんだろ?」
「……」

まったくもって友人の言う通りであった。
良助は今まで美味しく食べていたバランス定食の味が途端に不味くなった気がした。

「ははは、図星みてーだな。
 あそこの教授、いい人だけど説教くせぇって話しだからな」

そういってズバズバとラーメンを食べる友人。
その音が良助には苛立たせた。

「別にどうだっていいだろ。
 俺には合わなかったんだよ、あそこは」
「それであんまり干渉してこない教授の研究室に鞍替えしたってわけか」
「……なんだか今日はやけにつっかかるな」
「別に~。おれにゃそんなつもりねーけど」

すまし顔の友人。
いつの間にラーメンを食い終わったのか、
器に直接口をつけラーメンのスープを飲み始めた。
高血圧なんて気にならねーよと言わんばかりに豪快な飲みっぷりだ。

一方、一緒のテーブルに座っている良助は、まだ半分しか食事が終えていない。
口に入れたものを良く噛む良助が
友人に遅れて食事を終えるのはいつものことだった。

プッハーっと友人が息をつく。
ラーメンのスープは僅かにしか残っていない。

「しっかしあそこの研究室の教授じゃネェけど、お前さんは本当に心配性だネェ~」

友人が爪楊枝で歯のカスを取りながら、先ほどの話の続きを始めた。

良助としてはもうその話は終りにしてほしかった。
だがはっきりとそういってしまえば、それを気にしていることがばれてしまう。

「そういうお前は本当に超がつくほどの能天気だな。
 もう少しその頭を働かせたらどうなんだ?」

だから自分も相手に嫌味を言ってやることにした
だが友人はまるでまったく気にしないようだ。
それどころか嬉しそうに話し始める。

「そう、俺は能天気なのさ。
 どんな状況でも楽観できるから、やる気やテンションが落ちることもない!」
「だったらこの間のテスト勉強ももっとやる気を出して欲しいものだ」
「それに心配性だとさ~」
「いや、聞けよ」

良助の言葉をまるで無視する形で友人は話を進める。

「あれこれ先のことばかり心配して、自由に動けなくなっちゃうじゃん。
 お前さん頭がいいのに、それ全部先のことばかり心配するのに
 使ってんじゃないのか?
 はっきり言えば、もったいないぜ」

そう言われた良助は目を閉じて、
バランス定食の塩分の低い味噌汁を啜ってから返事をした。

「お前の言ってることは否定しないさ。
 でもその分致命的な問題やミスを防ぐことだってできるんだ。
 十分釣り合いはとれていると……って、だから聞けよ」
「ん?なんかいった?」

友人は奥歯の間のカスを爪楊枝で取るのに夢中で、
良助の話を聞いていなかったようだ。

「ったく……もういいよ。
 お前のその気楽な性格がうらやましいわ」
「ふふふ。
 遂に俺のことを認めたか……」

ニヤリと笑って良助のことを見る友人。
ここで何時もなら「ふざけんな。皮肉だ皮肉」といった
一言が帰ってくるのだが、今日は違った。

「そうだな。
 お前のことは最初から認めているさ」

良助は箸をおいて、目を伏せて静かにそういった。

「ちょ、おいおい!
 いきなりどうしたんだよ?」

今まで自分を馬鹿呼ばわりしてきた良助の反応に、
友人も爪楊枝を置いて驚きの声を発した。
良助が少し寂しそうな諦めたような表情を浮かべて話し出した。

「別に、お前のいうことも最もだと思っただけさ。
 俺はビビッて失敗ばかり恐れている男だからな。
 実はただの根性無しなだけかもしれねーよ。
 もう少しそこらへんを気にしなければ
 もっと俺は……「えいっ」……!?」

突然、水のようなものが話していた良助の顔にかかった。
前を見ると友人がレンゲを持ってニヤニヤと笑っている。

「m9(^Д^)プギャー」
「お、おまえぇーーーー!!!」

スープをかけられた良助が立ち上がる。

「プギャーじゃねぇ!!
 許さん!!!」
「うひーーー、こえーーー!!」

スープをかけた逃げる男とスープをかけられた追う男を
学食を利用していた他の生徒が迷惑そうに見つめていた。









「ぶぅへぇええええっくしょーーーん!!」

大きな自分のクシャミの音で目を覚ました。

辺りはすっかり暗くなっていた。
9月初頭のヨークシンは寒くなく、日中は半袖でも過ごしやすい。
だが夜になると僅かながらに冷えてくる。

「うぅ、寒!!」

周りを見るとジャングルジムやら鉄棒やらシーソーやらが置いてある。
どうやらいつの間にか、公園のベンチで寝ていたようだ。

しかも上半身裸で、下半身はジーパンだけ。
ポッケにはヒソカからもらった探知機と財布だけ。
靴はおろか、パンツすら履いていなかった。

「Why?
 何でボク、こんなところでこんな格好で寝てるの~??」

寝ぼけた頭では色々考えるが、まったくこの公園のベンチで
寝ることになった経緯が思い出せない。
良助が最後に覚えていることと言えば……。

「あれ?……おれ、死んだんじゃなかったっけ?」

フランクリンの念弾で粉々にされ殺されたことであった。

「え?え?なんで??
 ボクチン、確実に死んでたよね??
 え?夢落ち??」

実は旅団の戦いを見たのも、フランクリンに襲われたのも、
全部夢だったのではないかと時計を確認した。
彼の高価な時計は時刻だけではなく日付も確認することができた。

だが、その時計によると日時は『2000年09月02日 PM9:00』だった。
つまり旅団の観戦からほぼ一日近くたっている。
となるとおそらく夢ではないのだろう。

「つ、つまり……」

ある事実に良助は驚愕した。

「ぎゃーーーーー!!
 結局、残りの陰獣VS旅団はおろか!!
 クラピカVSウボォーギンも見逃したのかーーー!!!
 ちきしょーーーーーー!!!
 なんでこんなことにーーー!!!!」

そっちかーーーーーい!!!
なぜこの男はこんなにも思考回路が捻じ曲がっているのか!?
そっちよりもまず先に考えることがあるだろ!!!




ともかく!!

まったくもって意味不明ではあるが!!

高橋良助!! 生還である!!




つづく



[4809] ――― 第 17 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/27 21:09




ホテルのカフェテリアで何かについて真剣に悩んでいる男が居た。
集中しているのか、注文したティーカップにもまったく手をつけていない。
その男は真面目な顔をしながら……

「私の記憶が確かならば、頭がパーン☆したはずだが……」

自分自身の死について考えていた。
高橋良助、朝のひと時である。




第17話 『イベントコンプリートって難しいね』




各種イベントを見逃したと安っぽい悲しみにくれていた良助であったが、
一夜明けてさすがにおかしい事に気付いた。
あの状況で生残れるなんて幾らなんでもありえない。
というよりも間違いなく死んでいたはずなのだ、念弾で頭蓋骨が粉砕されて……。

しかも考えてみれば、このようなことがあったのはなにも今回だけではない。
トンパの罠に嵌った時も良く分からないままに命が助かっていた。

一度だけではなく二度もこのようなことがあると、
いくら後先考えないノータリン男、良助でも気になってくる。

しかし、おかしいのは何もそれだけではない。

「俺の性格、明らかにファンキーになっちってるよな」

良助が気にしているもう一つのことは、自分自身の性格の変化であった。
現実世界で大学生を遣っていた頃の彼の性格と、
このHUNTER×HUNTERの世界に来てからの性格が明らかに違うのだ。

昔の夢を見て思い出したが、良助は元々もっと失敗を恐れた人間で、
挑戦といったこととは殆ど縁がなかったはずなのだ。
それが今では無謀な挑戦や危険な行為ばかりをしている。
かつての良助を考えるとありえないことだ。

おまけに脳細胞を一つ一つに丹念に
アルコールに一週間漬けたようなこの狂った性格!!
前はもっと普通な人間だったはずなのに、なぜこんなことになってしまったのか。
良助はいくら考えてもその原因がまったくわからなかった。

「ま、こっちの性格のほうが俺は好きだから、いいんだけどね~」

いやいや、良くないだろ。
お前のせいで一体何人の人間が被害にあってきたと思っているんだ。
少しでいいので、頼むから真人間になってくれ、マジで。

とそこで良助は突然額を手の平で抑えて苦悶の表情を浮かべた。
どうした良助!?
遂に頭がダメになったのか!?

「しかし、理由がわからねーってのは滅茶苦茶気持ちがわるいZE!!
 じっちゃんの名に懸けて、この謎は解明しなければ」

どうやら原因がわからないのが嫌なだけだったらしい。
心配しなくてもいいぞ。
じっちゃんとやらも、きっとこんな孫とは縁を切るだろうから。

―――カランカラン

扉のベルの音と供に、1人の男が店に入って来た。
黒のジャージ、黒のスニーカー、黒のサングラス、そして深く被った黒のニット帽。
全身黒ずくめの男。

この男を見た瞬間、なぜか良助は頭の中で爆笑した。

(やっべwwコイツいい歳して中二病だwww)

この男の頭の中では全身黒尽くめ=中二病と関連付けられているらしい。
なんという安直な発想。
そんなことを言ったら、幻影旅団団長クロロの格好だって中二病だろ。
というかお前のようなキチ○イに比べたら中二病のほうが全然マシだぞ。

ひとしきり心の中で笑うと、良助は溜息をついて言った。。

「はぁ、面白かった。
 さて、そろそろ別のことしよ~っと」

おい、先ほどまでの思考はどこにいった。
じっちゃんの名に懸けて謎を究明するんじゃなかったのか?

良助はもう考えるのが飽きてしまったらしい。
どうやら黒尽くめの男の出現で集中力が切れてしまったらしい。
サ○リーマン金太郎以上にキレやすい集中力である。

「う~ん、今日はどうしおうかな?」

そういって良助は今日の予定を考えることにした。

今日は9月3日。時刻は午前11時。
今日、原作ではゴンたちがマチとノブナガを尾行したり、
旅団のアジトから脱出したりするのであるが、なんと言っても一番の見所は一つ。

(やっぱり団長VSゾルディック家!!
 あれは見逃せないわな~)

団長とゾルディック家の緊迫バトル!
原作でも屈指の戦いだ。

「あのバトルはきっと直で見たら失禁物に違いねェ!
 みwなwぎwっwてwきwたw」

良助は先ほど考え悩んでいたことなどすっかり忘れ、
これから起きる大イベントにたぎっていた。

そんな時であった。

「……あれれ~?
 あなた、もしかしてハンターのリョウスケ・タカハシさんですか~??」

先ほど良助に中二病呼ばわりされていた黒尽くめの男が、良助に話かけてきたのだ。

良助としてはこの黒尽くめの男に話しかけられる理由などない。
しかも自分の名前を知っているという。
良助は怪訝な表情で返事をする。

「ん~、なんなのさ、あんた?」

うさんくさそうに黒尽くめの男を見る良助。
それに対して当の本人は、
そんなのまるで意に介さないかのようにヘラヘラと返事をする。

「あいや、失礼。どうも初めまして。
 ワタクシ、ハンターのルーシーという者です」

胡散臭い笑みを浮かべ、断りもなく良助と同じテーブルに座った。

「ちょ、おい、俺は見ず知らずの男とお茶する気はないぞ!」
「いいじゃないですかぁ。
 別に減るもんじゃあるまいし~」

どうやらこのルーシーという男、かなりお調子者であるらしい。

(なんというウザい奴!
 まったく……最近の若者は……)

いやお前だけには言われたくないと思うぞ。

「っつか、なんで俺の名前を知ってるんさ?」
「ハハハ、そんなのハンター名簿を見ればわかりますよ~。
 僕一応毎年チェックしてますから~」
「むむむ」

なるほど。
ハンターという職業は、狙った獲物が同じなら
同業者同士で争わなければならないことがある職業だ。
ハンターのリストなど電脳ネットで簡単に手に入る。
おそらくハンターの中には新しく増えた同業者をチェックする者もいるのだろう。
このルーシーという男のように。

「なるほど……ってぇ、そんなんじゃなくて!
 オレッチちょっと考え事してるんだから、邪魔しないでくれ!」

良助は今日の予定について考えたかった。
だからいくら同じハンターとはいえ、
こんな得体の知れない男と話して時間をつぶしたくなかった。
まぁ厳密には良助はもうハンターではないのだが。

「え~、いいじゃないですか~。
 初めてヨークシンに来たのはいいけど、勝手がわからなくて困ってたんですよ~」

だが、このルーシーという男はどうしても良助と話したいようだった。
まったく引き下がる様子がない。

「ふ・ざ・け・る・な!
 他をあたれ、この中二病野郎ォ!!」
「まぁまぁ、これも何かの縁ですよ~。
 というかなんですか? そのチュウニビョウって?」
「うるへーーーー!!!
 なぜこの良助様がお前のような男と話をしなければならんのだ!!
 しかも若干イケメンっぽいではないか!!
 美形の男は俺の敵だァーーーーー!!!」
「え~、何言ってるんですか~?
 リョウスケさんもカッコイイですよ」
「……なん……だと?」

今日の予定を立てるのに集中したかった良助であるが、
男の一言を聞いて一瞬気が変わった。

「お、おまい……今、なんといった?」
「え? いや、リョウスケさんってカッコイイなと思ってたんで」
「ほ、ほう。
 ……ま、まぁ、なかなか人を見る目を持っているようだな」

カッコイイと言われ、かなり心が揺らいでいる良助。
ちょっとこのルーシーという男と話をしていいかなと思い始めるが、
すんでで踏みとどまり、きつい口調で言った。

「だが、と、とにかく俺様は話すつもりなんてない!!」
「いいじゃないですか~?
 リョウスケさん、すごく物知りっぽそうだし。頭良さそうだし。
 色々押してくださいよ~」
「…………。
 ま、まぁ、俺が物知りで頭が良いのは確かだが……」

……良助の言葉端がだんだんと弱くなってきていた。




1時間後。

「つまりだ。
 サザンピースのオークションに参加するためには
 カタログを買うことが必要なのだ。
 わかったかな、ルーシー君!」
「わかりました~!リョウスケ先生!!」
「うむ。
 ルーシー君は物分りがいいな!
 私はいい生徒を持ったよ。
 ううぅ(/_<) 」
「先生泣かないでくださいよ。
 全てはリョウスケ先生のおかげ。
 本当に感謝しています!!!」
「なんと、そこまで言ってくれるとは!!
 お前は生徒の鏡だ!!
 ルーシー君!!」
「リョウスケ先生!!」

抱きつく二人。
なんぞこれ。

どうやら良助はすっかりルーシーに懐柔されてしまったらしい。
今では先生と生徒の関係に二人はなりきっていた。

つい一時間前にあったとは思えないほどの息の合い方である。
まったくなぜこの男と仲良くなる人間はこうも変人ばかりなのか。
類は友を呼ぶと言うが、何か変人・奇人を惹きつけるフェロモンでも
出しているのだろうか。

「はーい!!
 先生質問です!!」

ルーシーが勢い良く手を上げる。
サングラスをかけた黒尽くめのいい歳した男が
元気たっぷりの小学生のような行動をしている。
シュールと言うかなんというか……。
高級ホテルのカフェの雰囲気が台無しである。

「何かな、ルーシー君?」

こちらはこちらでどこかの大学教授のように、上品な返事をする良助。
まるで様になっていない。
わざと顔を渋くしているが、まったくの逆効果。
嘘くささがにじみ出ている。

だがこんなフザケた光景であるにもかかわらず、
ルーシーがした質問は割りと真面目なものだった。

「なんで先生はずっと絶のままなんですか?」

以前、ヒソカが良助にした質問と同じものだ。
一応ハンターらしいので、ルーシーも念を使うことができるのだろう。

ある程度念を使える人間は普段から纏を行っており、
睡眠中すらそれを解くことはない。
基本的に絶は気配を消したり、疲労を回復する時以外は使うものではない。
念を使える人間からすれば、良助がずっと絶をしているのは不可解なはずだ。

「ははは、それか。
 実はね……先生は念がまったく使えないんだよ」

ヤレヤレと言った感じで肩を竦める良助。

「え?マジすか!?
 っていうかそれ色々とまずくないすか?
 ハンターとして!」

良助の言葉に大げさに驚くルーシー。
ちょっと胡散臭い驚き方だが、本当に驚いているようである。
彼が驚くのも最もだ。

なんでもないように『念が使えない』という良助であるが、
これは本来ハンターとして深刻な問題だ。
念はハンターとして必須の技能。
これが使えなくてはヒヨッコとしても認められない。
それを使えないのだとしたら、ハンター証を持ってないアマチュアハンターよりも
役に立たないということになる。

とは言っても良助としては既に自分がハンターであるという自覚はない。
なぜならライセンスを取得早々に売り払っているからだ。

「まぁ、なんとかなるでしょ。
 一応見ることだけならできるしね。
 纏してる奴を避けてれば、だいたいの危険は避けられるっしょー」

故に、そんなの大したことないと良助は返事をしたのだが……。

「……」

今まで元気な生徒役を演じていたルーシーが、
なぜか良助の言葉に何も返さず沈黙していた。

「……どったの、ルーシー君?」

ルーシーの持っていた空気が違う。
今までの明るく軽い感じだったルーシーの雰囲気が、
良助の発言の後、沈むように重く冷たいものへと変わった。
黒尽くめの格好がルーシーが纏う彼自身の影であるように見えた。

「悪い。
 少し用事を思い出した。
 これで失礼するよ」

今までとは一転した口調で別れの言葉を述べ、ルーシーはカフェを出ていった。

「ポカ~( ゚д゚ )~ン」

いなくなったルーシーの変貌に良助は開いた口がしばらくふさがらなかった。




訳が分からないことがあったが、本日の良助の予定には何も関係ない。

日が沈み、夜が更ける!
そしてやってくる本日のメインイベント!!
幻影旅団の大暴れ!!
団長クロロ・ルシルフルVSゾルディック家!!!

良助はマフィアの配置が薄い箇所を影から影へと移動し、
なんとかセメンタリービルに到着する。
ビルをうろつく殺し屋達に見つからないように潜入し……、
見事!目当ての戦いを見ることができたのであった!!!

「……って感じだったらよかったのににゃ~」

ぼそりと呟く良助。
なぜか彼はものすごい勢いで走っている。
その彼の背後には……。

「待てこら、糞餓鬼がぁあああ!!」
「逃げられると思うな!!」
「ぶっ殺死!!」

怖い顔をした黒服のお兄さん達が☆

「なんでこんなことになっちまったんだぁあああ!!」

高橋良助20歳。
今、彼は幻影旅団に間違えられ、
血気だったマフィアの男達から逃げるのに夢中だった。

地下競売が行われるセメンタリービル。
周囲1kmはマフィアによって厳重に警備されている。
だがまぁ、マフィアといっても無限にいるわけではない。
それだけの広さを完璧にカバーできるわけがない。
なんとかセメンタリービルまで行くことができるだろう。

そんな風に考えていた時期が良助にもありました。

結論から言うと良助の考えはまったくの見当違いだった。
良助の予想よりもはるかにマフィアの動員人数が多かったのである。

電柱のように所々に配置されている黒服。
まるでこの付近に住んでいた住人が丸々マフィアに代わってしまったようだ。
セメンタリービルに忍び込む隙など微塵もありはしなかった。

更に悪いことに、
地下競売を前に響き始めた銃声や爆発の音でヤーサンたちが殺気だち、
怪しい人物に対しては警告なしで発砲するという事態にまでなっていた。

そんな状況下である、「潜入任務にはこれ!!」と
コナンにしか出てきそうにない全身黒タイツを着た良助が、
彼らの目にとまったのは。
どこからどうみても不信人物以外の何者でもない。

結果、良助は潜入開始からモノの一分で
数多くの銃口を向けられることなってしまった。

「やめれーーーーーー!!
 俺は旅団じゃねぇええええ!!!」

必死に逃げながら、弁明する良助。

「なんであいつ旅団が来るって知ってるんだ!?」
「自分から旅団じゃないなんてますます怪しい!!」
「あの男が旅団に間違いない!!」
「「「「殺せェええええええええ!!!!!!!」」」

まるで逆効果だった。

「なんでそうなるんだよぉおおおおおお!!!」

なんでというか、むしろ当然の流れだろう。
こんな格好で潜入しようとした良助の自業自得である。
良助のマフィアからの逃走劇は地下競売が始まるまで終わることがなかった。




「まさか……ハンター試験でのマラソンの経験が
 こんなところで役に立つとは……。
 人生何が役に立つかわからないものだZE」

ハンター試験の一次試験でこの男はあまり走っていなかったような気がするが、
ともかく何とかマフィアから逃げ切ることができたようだ。
先ほどまでドンパチ騒ぎで煩かったビル周辺が、今ではすっかり静かになっている。
もう既に事態は収束し、地下競売が始まったのだろう。

つまり各旅団員の戦いも団長とゾルディック家の戦いも
終わってしまったということだ。

「ちっくしょおおおおおお!!!
 クラピカVSウボォーギンに加えて、
 団長VSゾルディック家も見れないなんてェーー!!
 これじゃ、ヨークシンに来た意味がないよ~。
 トホホ」

ヨークシンに来て以来、
ウボォーギンVS陰獣以外のめぼしいイベントを全て見逃している良助。
かなりガッカリしているようだ。

「今まであった旅団員ってヒソカとフランクリンくらいじゃん。
 他にも色んなキャラクターと会ってみたいのに…」

最上階にあるスウィートルームに向かうホテルのエレベーターの中で呟く良助。

――ッチーン

エレベーターが最上階に到着した音。
その小さな個室から出て、良助は廊下を歩き出す。
向かうは自分の部屋、このホテル最高級の一室。

「ふ~、今日は疲れたにゃ~」

良助はもうシャワーを浴びて、部屋でじっくり寝たかった。
明日からのことは明日に考えればいい。
明日からは旅団とクラピカたちの戦いが始まるのだ。
まだまだお楽しみのイベントはある。
これから楽しんでいけばいいじゃないか。

そう考えて良助は自室のスウィートルームの扉に手をかける。
これで良助の一日が終わる……はずだった。

だが扉を開けた瞬間、何者かの手に掴まれ……
良助は部屋の中に引きづりこまれた!!!!

「うぉあ!!?」

何者かは一般人ではありえないほどの腕力を持って、
良助の身体をリビングのソファの上に投げ捨てた。

突然の事態に混乱する良助。
一体誰の仕業か確かめるために、部屋の中を見回した。
良助を囲むように三人の人間がいるのがわかった。
だが部屋が薄暗くて顔や容姿までは良く分からない。

「妙なマネをしたら首を折るからな」

良助の最も近くにいた男が物騒な言葉を発する。
おそらく彼の腕の突かんだのもこの男に違いない。
どうやらヤバいことになってるみたいだと良助はどこか冷静な頭で理解した。

「どうするネ?拷問するカ?」

三人の中で最も背の低い人間がまたも物騒な言葉を発する。
背筋を突き刺すような冷たく声だ。
拷問とは穏やかでない。

「まだ必要ない」

残りの1人が静かに否定する。
だがあくまでも『まだ』である。
拷問されるという可能性は消えていないらしい。

それにしても……と良助は思った。

(こいつの声、どっかで聞いたことなかったっけ?)

最後の男の声を良助は聞いたことがあった。

闇に目が慣れてきたのか、おぼろげだが3人の姿が確認できた。

金髪オールバックで眉無しの屈強そうなジャージ男。
すっぽり包み込むようなコートを着た背の低い東洋人の男。
ボロボロの黒いスーツを着た額に十字の刺青を入れた男。

「……」

どうみてもフィンクス、フェイタン、クロロです。
本当にご愛読ありがとうございました。
高橋良助先生の次回作にご期待ください。




つづく



[4809] ――― 第 18 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/17 22:23




ヨークシンシティの真上には星が輝いている。

ホテル最上階のスウィートルーム、部屋の明かりは一切点けられていない。
その代わり、発展した街の煌きが窓から入り込み、
豪華な部屋の装飾を僅かに照らしている。
そんな光少なき薄ら闇の中、殺伐とした空気が三人の男を中心に発されていた。

男達がそれぞれ持っている雰囲気は部屋のそれとは比べ物にならないくらい暗い。
闇の雫と人の命を糧に生きてきた修羅だけが纏うことの出来るオーラだ。
明らかに一般人でない。
彼らが部屋の闇を更に濃くしているようだった。

そしてもう1人、まるでここに居るのが場違いであるかのような
空気を纏った男がいた。
彼を囲むように立っている三人の男達が人を殺せる様な鋭い視線を男に向けている。
だがまるでそれを意に介した様子はまったくない。
その男はソファの上で……

「これはまさかの死亡フラグ?」

とか、

「お父さん、お母さん、
 そして僕に優しくしてくれたエロビデオ屋の店長、
 先立つ不幸をお許しください」

とか、

「なんってことだ。
 死ぬ前の格好がこんな全身黒タイツとは……。
 これじゃ死体が見つかった時に
 犯人ごっこ最中に犯人に殺されてしまった馬鹿の
 レッテルが貼られてしまうぅ」
 
とか、
この場の状況が理解できているのかできないのか、
良く分からないセリフをボソボソと呟いていた。

絶対的な死地に立たされながらも、緊張も恐怖もまったく感じさせない男。
高橋良助、それがその男の名であった。




第18話 『圧迫面接ですね。わかります』




「団長」

ブツブツと訳のわからないことを呟く良助を
見ていたフィンクスがクロロに向かって言った。

「本当にこいつが『火傷男』なのかよ?」

それに便乗するようにフェイタンも言葉を重ねる。

「この男まるで素人(シロト)よ。
 あいつ殺(ヤ)れるわけないね」

両者ともにクロロに視線を向けるが、意識は良助に残したままだ。
良助を弱いと判断していても油断は全くしていない。

「俺の調べではコイツに間違いない」

二人の疑問を否定するように
幻影旅団の団長クロロ・ルシルフルが強い言葉で断言した。

それにしても彼らは一体何の話をしているのだろうか。

「え、えーと、ど、どういうこと?」

良助にはまったく話がつかめない。

「火傷男」と「あいつ殺(ヤ)れるはずない」というフィンクスとフェイタンの言葉。
話の展開から考えても、その火傷男とやらが良助で、
彼が誰かを殺したと三人は思っているようだ。

最もうち二人はそのことに疑問を抱いているようだ。
良助としてはまったく覚えがないので、二人の意見にむしろ賛成である。
良助は火傷などどこにも負ってはいないし、誰かを殺害した覚えもない。
完璧に濡れ衣だ。
良助はそう思っていた。

良助の発した言葉を聞き、フィンクスとフェイタンが再び彼に視線を戻す。
見ただけで「勝手に質問するんじゃねぇよ」と
彼らが思っていることが理解できる強い威圧感を持った目だ。
常人ならば見ただけで震え上がってしまうような、
同じ人間とは思えない禍々しい光が瞳に宿っていた。
こういう目を向けられては、チャックを締めたように口を閉じて黙るしかない。
であるのに……。

「いやいやいや。
 たぶんあなた方どこかの誰かさんと勘違いしてるんじゃないですかね~。
 ワタクシは虫も殺せないようなピュアな男ですぜ。
 ホントびっくりするほどのユートピュアって奴ですYO!
 殺してやりたいと思っているのは美しい女性だけですよ!ハート的な意味で!
 もちろん肉体的な意味でもグヘヘ、グヘヘヘヘヘヘヘヽ(゚▽、゚)ノs
 ……おっと、失礼。
 とにかく誰も殺してなんかいないのは間違いない!
 それにワタクシ、体のどこにも火傷などはございませんぜ!!
 なんならここで18禁覚悟で素っ裸になってもかまいませんぞ!!
 グラビアアイドル顔負けの美しい裸体を!!
 どうぞご覧あれーーー!!!!」

ペラペラと軽々しく発言し、タイツに手をかける良助。
この場の空気がまったく読めていなかった。
恐怖を感じていないのかっていうぐらいのフザケまくった良助の態度に対し、
フィンクスとフェイタンの視線は更に険しくなる。
旅団でも特にキレやすいこの二人には、良助の言動はもはや挑発にも等しい。

物騒な表情を浮かべて、良助へ一歩踏み出す二人。
おそらく良助を殺すつもりなのだろう。
良助が目当ての人物であろうがなかろうが、
二人は鼻っから良助を生かすつもりがないのだろう。
さすがにもうダメかという状況まで追い込まれた良助であったが……。

「待て」

クロロの一言がそれを助けた。
団長の命令には絶対服従である。
フィンクスとフェイタンは動きを止めた。
ついでに良助もタイツを脱ぐのを止めて、クロロのほうを見る。

「お前に幾つか聞きたいことがある。
 分からないものは分からないでいい」

クロロも良助をじっと見つめている。
その佇まいは波紋一つない静止した水面のようであり、
狩りのために身を潜めた猛獣のようにも見える。

そして両眼には終りのない奈落の穴の濃い暗闇と、
冷たく燃える青い焔の輝きが同居していた。
捉え所が全くないにも関わらず、揺らぎない絶対感がクロロの中に存在していた。

「まず最初の質問だ」

鈍色(ニビイロ)の声が部屋に広がる。
そしてクロロは続けて言った。

「フランクリンを殺したのはお前か?」
「えぇ?」

一瞬、良助には何を聞かれたのかわからなかった。

フランクリンと言えば、旅団の一員であり、先日良助を『殺した』、
あのフランクリンに間違いないだろう。
だが殺された覚えはあっても、良助がフランクリンを殺した覚えなどまったくない。
というかむしろありえない。
良助があのフランクリンを倒せる訳がない。

「おい、さっさ答えやがれ」

フィンクスが苛立ちの含んだ声で告げる。

なぜ自分にこんな質問をするのか良く分からないが、覚えがないのは本当だ。
ここは普通に答えたほうがいいだろう。
そう判断し、混乱した頭で良助は話す。

「フランクリンを殺したのはオレッチじゃないよ。
 俺は覚えないもん」

その瞬間、良助を見ていた三人の瞳がキラりと光った気がした。
そして更に険しくなる三人の視線と表情。
明らかに良助の言葉に反応しての変化だ。

(え?
 俺なんか変なこと言った……
 って…あぁああああああああああああ!!!!!!)

良助はそこで自分が言った失言に気付く。

「なるほど。
 少なくともフランクリンのことは知っているようだな」
「あちゃー」

失敗だった。
ここでは「フランクリンとは誰だ?」といった
答えを返さなければならなかったのだ。
これで良助が旅団を、少なくともフランクリンを
知っているということが露見してしまった。

騙そうとしていたことがばれ、
フィンクスとフェイタンから発される殺気が一段と増す。

クロロはそれにかまわず質問を続ける。

「9月1日の夜にゴルドー砂漠方面の荒野で行われていた、
 俺たちとマフィアの戦いを離れの丘で覗いていたのはお前だな?」

全てを知っているかのような質問。
良助はクロロに対して下手な嘘は逆効果なんじゃないかと思い始めた。

(別に殺してないのは本当なんだし、ここは正直に話しておこう。
 とりあえず濡れ衣であることははっきりさせておかないと)

良助がいつもの調子でペラペラと話し始める。

「まぁ、結論からいえばそうだよ~。
 なんか知らんけどマフィアが騒いでたから
 面白そうだにゃ~と思ってついてったのさ。
 そしたらA級首の旅団がいたからびっくりよ。
 一応オレッチも元ハンターだから、その辺りは知ってるわけさ」

良助はヒソカのことだけは隠蔽することにした。
話せば間違いなく、旅団はヒソカと敵対することになる。
そして話した良助のことをヒソカは敵視することになるだろう。
ただでさえ旅団と敵対してヤバげな良助なのだ。
これ以上、敵を増やせば面倒なことになる。
逆にヒソカが旅団側に居れば、彼が何とかしてくれるかもしれない。

(それに……あんまりヒソカに迷惑かけるのも考え物だよな~。
 一応、こっちの世界じゃ唯一仲のいい人間だしな)

変人極まりない良助と親しい人間は、このハンターハンターの世界においても
ヒソカ1人ぐらいしかいなかった。
あちらはどう思っているかは知らないが、
良助はヒソカのことをそんなに嫌いじゃない。
別に命賭けてまで庇うつもりはないが、誤魔化せるなら誤魔化しておこう。
そう良助は考えていた。

クロロは一応良助の答えに納得したのか、
妙なつっこみはせずに次の質問をしてきた。

「ではそちらに行ったフランクリンとは会ったはずだな?
 どうなった?」

どうなったと聞かれても、良助自身それが分からなかった。
むしろ良助が知りたいくらいだ。
殺されたはずが、なぜか普通に生きている。
これほどおかしなことはない。

「うん、まあね。
 でも殺してなんかないよ~。
 っつか逆に殺されかけたっちゅーの!!
 気付いたらいつの間にか公園のベンチだし、マジわけわかめって感じだわ!
 ……うん」

話している最中、もしかしてそれまでの間に何かあったのかと思い至るが、
とりあえずその辺りはぼかして答えることにした。
妙なことは言わないに限る。

「……なるほど。
 ではこれが最後の質問だ。
 旅団にはここにいる三人の他に、
 マチ、シズク、シャルナーク、コルトピ、ボレナレフ、ヒソカ、
 パクノダ、ノブナガという団員がいるが……、
 そのうちの誰かに会ったことはあるか?」

ヒソカとは会った事はあるが、それを馬鹿正直に答える必要はあるまい。
故に……。

「いんや」

良助はそう返事をした。
だが、これが二度目の失言だった。

「お前が合格したのは今年のハンター試験。
 ……ヒソカとは会っているはずだな?」

(ヤベッ!!
 そこまで調べられていたか!!!??)

ここで良助はクロロがかなり良助について調べているということがわかった。
おそらくハンター名簿を見て、良助が今年の合格であることを知ったのだろう。
つまり昼間にあったルーシーと同じということだ。

(くっそ!!
 まさか一日に二度も失言するニャンてーー!!!
 俺様!!一生の不覚!!
 ……って、あれ。ちょと待て)

あることに気付く良助。

それはなぜクロロがハンター名簿を見ているのかということだ。
原作でクロロはゴンやクラピカのことをまったく知らなかったはずだ。
もしハンター名簿を確認しているのならば、彼らのことも知っていたはずだ。

それによくよく考えてみれば、なぜ良助があの場にいたことを
知っているのかというのも良く分からない。
ハンター名簿を見ていたとしても、良助があの場に居たことを知らなければ
こんなことになるはずがないのだ。

フランクリンが生きていたならば簡単な話だが、彼はもう既に死んでいるという。
しかも自分に殺されて。
では何か手がかりでもあの場所に残していたのか。

いや、それもありえない。
財布や携帯は持っていた。
そこから身元が割れるわけがない。
特注品のフェラーリも大丈夫なはずだ。
一流企業であるフェラーリの製造会社が
優良顧客の個人情報を簡単に開示するわけがない。
本社に乗り込んで力ずくで聞き出したというのなら話は別だが、
本社は別大陸だからそれもない。

あとの可能性といえば念能力ぐらいだが、
そんなのがあるならば原作でもっと簡単にクラピカを見つけているはずだ。

(なぜ?
 なぜ奴らは自分のところまで辿りつくことができたんだ?)

「……隠したということは、ヒソカと何か秘密と繋がりでもあるのか?」

困惑する良助であったが、クロロの声に思考は中断させられる。
ヒソカとの繋がりを話すかどうか。
良助は悩んだ。

先ほどはヒソカのことを話さなかったが、命を捨ててまで庇う気はない。
しかし話したところで命が助かるとも限らない。
それにもうここまでくれば、話そうが話すまいがヒソカの疑いは拭えない。

(どっしようかにゃ~。
 もう話しちゃおうかな……)

だがクロロにとっては良助が答えようが答えまいがどちらでも良かったようだ。

クロロはフェイタンに対して視線を送る。
それに受けフェイタンはニヤリと眼を細める。
そして……フェイタンが消えた。

「え?」

そう言葉を発したの同時に、良助の視界がグラリと倒れた。
そしてそのまま回転し、グルグルと良助の目に見えている光景が
上に昇って行く。

(いや……、これは俺が落ちているのか??)

――――ゴトッ
頭と床がぶつかる音と共に落下が終わった。
その時、良助の目には4人の人間が見えた。
同じ位置にいるクロロとフィンクス、いつの間にか場所を移動したフェイタン。
そして何者かの黒いタイツを履いた下半身だけが見えた。

(あれ……これって)

四人目の黒タイツを履いた人間がバタッと崩れるようにして倒れる。
そこでその人間の全身が良助の視界に入る。

(なるほどね~)

ここでようやく良助は理解した。

(俺、首チョンパされたわけね~)

倒れた身体には、よく見ると首がなかった。
それは良助の体だったのだ。




「あけないね。
 ワタシまだ信じられないよ」

フェイタンが自分が斬った良助の首から視線を外して言った。
今さっき自分が殺した人間にもう興味を失っているようだ。

「そうだぜ。
 ヒソカが裏切ったかどうかは、あとでパクノダに調べさせればいいとして。
 他にいるんじゃねーのか、本物の火傷男」

そう言って頭の後ろに両手を置くフィンクス。
彼も良助がフランクリンを殺したという、クロロの言葉をまだ信じられないらしい。

(いや、まぁホントに殺した覚えないしね)

その光景を良助は離れた首から見ていた。
どこかの科学者がギロチンで処刑されるときに意識が途切れるまで瞬きをして、
弟子に斬首後も意識が残ることを伝えたという逸話を良助は思い出した。

(首が体から離れてからも、意識はすぐになくならないってホントとなのね。
 勉強になったにゃ~)

もっとももう10秒もしないうちに、良助の意識は完全に絶たれるだろう。
それに意識があろうがなかろうが、もう良助は死人と同じだ。
フィンクスとフェイタンも警戒を解き、もう良助から意識を外している。
彼らにとっても良助は最早ただの死体なのである。

(また、この間のようなこと起きないかな~)

良助が言っているのはトンパやフランクリンにやられた時に
起こった現象のことだ。

普通ならばもうここで死ぬのみであるが、良助の場合、
なぜか二度も絶対絶命の状況から助かった経験があった。
良助はそれがまた起きることに賭けていた。

(しかっし、あれも本当に意味不明だな~)

自分の窮地を救ってくれるという点では、良助にとって非常に好都合な現象である。
しかしその理由が不明であるというのはなんだか気持ち悪い。
唯一分かることといえば、その現象が起こっている最中
自分の意識がないということぐらいだ。

(今度は何が起きるのか記憶に残ってるといいにゃ~)

まるで斬首されたとは思えないほどに、
良助はのんびりとそんなことを考えていた。

その時である。

「警戒を解くな」

クロロがそう言ったのは。

その言葉にフィンクスやフェイタンのみならず、良助も疑問符を浮かべた。

「おいおい、どういうことだよ?
 こいつはもう間違いなく死んでるぜ」

クロロの言葉にフィンクスが反論する。
首と身体を切り離したのだ。
魔獣だって生きれるわけがない。
標的である良助は間違いなく死んだのだ。
もはや警戒する必要などないはずだった。

「他の敵、来てるか?」

フェイタンの言っているように、この部屋に良助以外の敵が
向かっているのならばまだ話は分かる。
だがそれに対してクロロは、首を左右に振って否定した。

困惑するフィンクスとフェイタン。
それは良助も同様だった。

(ん、どういうことなんだ?)

標的である良助は既に死亡し、他の敵も存在しない。
そんな状況で何を警戒するというのか。

良助もそのことを疑問に思い、視界に入っているクロロの顔に意識を向ける。

するとクロロは良助の首を見てこう言った。

「こいつは…………















     ……………『具現化された念』だ」




幻影旅団 前編 『覚醒前夜は血の香り』 終り



[4809] ――― 裏 話 1 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/09 07:58




「人は得体の知れないモノに出遭うと、それを過大に評価するものです。
 キミは今、一種の恐慌状態に陥っている」

 by ノヴ (ネフェルピトーと遭遇したキルアに対して)




裏話1 『殺し屋の憂鬱』




「ってぇーーーーーーーー!!」
「!?……レオリオ!!」

一次試験後半、ヌメーレ湿原に轟く数々の悲鳴と断末魔。
ゴンの後方から聞こえたそれにはレオリオのものも混ざっていた。
ゴンは一切の躊躇なく、ともに走る先頭集団から抜け出し、
叫びの発生源のほうへと駆け出す。

「ゴン!!」

今試験官を見失ったら次の試験会場に辿り着くことは不可能だ。
キルアはゴンの名前を呼び彼を止めようとする。
だがゴンは、キルアの制止や走りづらい湿原のぬかるみを
無視するように全力で走り去っていった。

少しの間ゴンの向かったほうを見ていたが、
キルアはすぐに前を向き再び先頭集団に着いて行く。
ここでゴンに気を囚われてはキルアもここで脱落しかねない。

「……馬鹿か、あいつ」

これでゴンは脱落。キルアはそう判断した。
この広い湿原の中、どこに次の試験会場があるかなど、
今は一緒に走っている試験官のサトツぐらいしかわからない。
ゴンが自力で試験会場を探し出すのは不可能だ。

せっかく知り合った同い年の受験生であるゴンが、
こんなに早く脱落するのは残念でならなかった。
だがそれも仕方がないとキルアは考える。
ハンター試験は遊びじゃないのだ。
足手まといをいちいち助けていてはキリがない。
そういう点でゴンは甘い人間なのだろう。
ならば落ちるのも自然の道理というものではないか。

いや、それぐらいで済めばまだいいほうだろう。
試験に脱落したぐらいならば別に大したことない。
また来年受験すればいい話なのだ。
だがゴンが向かった先にいる『モノ』を考えると、
彼がもっと恐ろしい結末を迎えてしまう可能性も十分にありえる。
なぜなら、あれらの悲鳴の原因は
人間を捕食しようとするヌメーレ湿原の動植物なんかではないからだ。

奇術師ヒソカ。
おそらく奴が我慢しきれず人を殺し出したに違いない。
それぐらいヒソカから溢れ出る殺気は濃いものだった。
あの男相手ではゴンはおろか、キルアですら敵わない。
戦えば負ける。殺される!

それだけの死の危険が付きまとうのだ。
ゴンが仲間を助けに行ったのが、キルアには愚かしく感じられてならなかった。

……だがゴンが向かう先にある危険はヒソカだけではない。

「…・・・『アイツ』もいるしな」

額にじっとりと汗で濡らしながら、キルアが言った。

今試験官と走っている連中の中に『あの男』がいないのだ。
となれば、おそらくあの男もゴンの向かう先にいるはずだ。

キルアはこの試験の中で、戦いたくないと思う受験生が二人いた。
それがヒソカとあの男……。

ヒソカと戦いたくない理由は簡単だ。
キルアよりも圧倒的に強いからだ。
おそらく自身の兄と同じか、それ以上の戦闘力を持っている。
到底キルアが戦って勝てる相手じゃない。
それゆえに戦いたくなかった。
本当に単純な理由だ。

だがあの男の場合……。

「……」

首だけ回し、後ろを少し振り返るキルア。
ゴンが消えていった方角を見ながら、キルアはあの男のことを回想した。




家業にうんざりし、家を抜け出したキルア。
遊び半分暇つぶし半分で受けたハンター試験の会場についた時、
彼は軽く失望してしまった。

(なんだこんなレベルなのか……)

ハンター試験を受けようとする受験生の殆どが、
キルアの足元にすら届かないような人間ばかりだったのだ。

いや、厳密に言うとそうでない人間も居るにはいた。
受験番号44の道化師風の男と受験番号294のスキンヘッドの男。
キルアはひと目で彼らが自分以上の強さを持っていること分った。
おそらくは世界でもトップレベルの実力者。

だが、それだけだ。
所詮彼らもキルアと同じ闇の住人だろう。目を見ればわかる。
キルアは仕事柄、ああいう人間を何度も見てきた。
飽き飽きするほど。

そういった闇の濃い人間を除けば、
キルアの目に留まるような人間はまったくといっていいほどいなかった。
ハンター試験を受ければ、今までにあったことがない
面白い奴と会えるかと思ったのだが、見当違いだったのかもしれない。

「へい!! トンパ!! トンパ!!
 新人潰しのト・ン・パ!!
 へい!! トンパ!! トンパ!!
 トンマに似てるぞ!ト・ン・パ!!」

特に酷いのは他の受験生をからかっている受験番号311の男。
見ただけで分かる。どう見ても素人だ。
ここにいる受験生どころか、町のチンピラにすら勝てると思えない。

試験会場にあんな程度の低い男がいるとは……。
それだけでハンター試験のレベルの低さが伺える。
最難関というのも結局は噂に過ぎないのだろう。

(これじゃハンター試験も大したことなさそうだな。
 どんな難関か楽しみにしてたのにな)

だがまぁ、受けることにしたものは仕方がない。
少なくとも暇つぶしぐらいにはなるだろう。
それに311番の男も、何かの間違いかなんかで
ここまで来ることができたのかもしれない。
まだ悲観するのは早すぎる。

そう考えてキルアは再び周りを見渡した。
もしかしたら他に面白そうな奴がいるかもしれないと。
試験開始まで彼はそうやって暇な時間を潰していった。


……その時の彼は予想していなかっただろう。
そのもっとも酷い男が、もっとも彼を恐れさせるとは……。




その男とキルアが接触したのは、
一次試験である持久走が開始してすぐのことだった。

「キルアくぅううううん!!
 スケボー貸してよーーー!!
 ね? ね? 絶対返すからさーーー!!
 お願いだよぉおおおおお!!
 頼むからさーーー!!
 一生!! 一生のぉお願い!!」

こともあろうかその男は、
キルアが持っているスケボーを貸してくれとお願いしてきたのだ。

「ふざけんな。離れろよ」

スケボーをこいでいるキルアの横につき併走する311番の男。
その顔は試験が開始してまだ十分も経っていないというのに、
もう汗だくになっている。
なんという体力の無さなのだろうか。
これでは健康のために毎朝走っている老人のほうがまだ体力がある。
キルアにこんなお願いをしているのも、
スケボーを使ってこの持久走を乗り切りたいからだろう。
キルアは改めてなぜこんな男がハンター試験を受けているのか疑問に思った。

別にキルアとしてはスケボーなど無くとも良い。
その気になれば一日中走り続けることだって可能なのだ。
ただ試験官について行くだけの試験など楽勝だった。

しかし、だからといって見ず知らずの男にスケボーを貸す理由にはならない。
この程度の課題を自力で解決できない奴など知ったことではない。
キルアとしてはこんなレベルの低い男とは関わりたくもなかった。

そういうわけで、本来ならこんな男など無視してさっさと先に行くところだが、
キルアには一つだけ気になっていることがあった。

「いや、そんなに冷たくしないでよ??
 ボクと君との仲じゃないか~~!!」
「知らねーよ。
 っつかなんで俺の名前知ってるんだよ?」

なぜ自分がキルアだと分かったのか、それだけが疑問だった。

キルアの名は、父や祖父ほどではないが裏社会でそこそこ知られている。
だがいくら名前を知っていたとしても、
顔を知らなければ彼がキルアだと分からないはずだ。

ゾルディック家の人間は隠れて住んでいるわけではない。
だがその容姿は闇世界においても殆ど知られていなかった。
家の外に出るのはほぼ仕事絡みであるし、
標的は特別な事情がない限り皆死亡している。
故にゾルディック家の人間の素顔というものは、
殆どといっていいほど知られていなかった。

そんなわけで普通ならば誰も彼がキルアだとわからないはずなのだ。
だがこの男は自分をキルアと呼んでいた……。
この311番の男も闇世界で生きる人間なのだろうか。いやそんな風には見えない。
それに闇世界の人間といってもキルアの顔を知っているのはごく少数なはずだ。

「え、知らないって?」

だからキルアは、少しだけこの男の話を聞くことにしたのだ。

しかしその男は……

「何を言っているんだい!?
 ボクのことを忘れたのか???
 ボクと君との出会いは……
 そう13年前にさかのぼる……」

などとありえないことを言い出した。

現在キルアは12歳。
13年前、キルアはまだ生まれてすらいないのだ。
会えるわけがない。

わかったのは、相手が本当のことを話すつもりがないということと、
キルアのことを舐めているということだけだった。
でなければ、こんな適当な嘘を言うはずがない。

(……ふざけやがって)

イライラとした感情と共に、キルアは自分の胸の奥底から冷たい何かが
ゾロリと這い上がってくるのを感じた。
そいつの正体をキルアはわかっていた。
殺意であると。

それを胸に感じてからのキルアの行動は本当に一瞬であった。

キルアの体が動いた!
スケートボードを跳ね上げて右手で取り……左足の鋭い蹴りを男の右足に!!
そして続けざまに男の左足へと突き刺さした!!

空気を切り裂く高圧電流の如き蹴り。
もしかしたらキルアの一言が男の耳に届くよりも、
キルアの足が身体に触れるほうが先であったかもしれない。
それぐらいキルアの蹴りは恐ろしく早かった。

鳴り響く木の枝を捻り切ったような二つの音。
粉砕される右膝と左太腿の骨。
グラリと傾く男の体。

今の蹴りによって男の試験脱落は確定した。
それどころかこれから先、歩くことすらままなるまい。
一生を車椅子で過ごさなければならないはずだ。

およそ12歳の子供がしたとは考えられない残虐な行い。
だがそれにも関わらず本人は頭の中でまったく別のことを感じていた。

(うん、俺って優しいな)

おそらく男を殺すのを我慢し、両足を使い物にしなくなる程度で
済ませたことを言っているのだろう。

人を殺すという行為にうんざりしているキルア。
時に疼きが抑えきれず殺人を犯したくなる彼であるが、
せっかく家を出た今、滅多なことでもない限り誰かを殺すつもりはなかった。
故にこの男を殺しはしなかったのだ。

しかしだからといって、キルアの行動が優しいものと言えるわけじゃない。
だがそんなのはキルアには関係なかった。

(……ばーか)

プロの殺し屋である自分に舐めた真似をした罰だと、
嘲りの視線を持って死した男を見下ろした。

だが……

「痛てっ!!痛てっ!!
 ひどーーーーーーい!!!
 蹴らなくてもいいじゃないかーーー!!」

男は攻撃から半拍遅れて言葉を返し、キルアと再び平然と併走し始めたのだ!!

(……!!??
 そ、そんな馬鹿な!!?)

ありえない。なぜ走ることができるのか。
キルアは慌てて走る男の脚を見る。

(……足が……怪我してない……?)

そこには何一つ異常のない男の両足が存在していた。

(……ど、どうして?)

キルアは自分の目が信じられなかった。

この男の足は間違いなく自分が完璧に破壊したはずなのだ。
今まで数え切れないほどの殺しの仕事をしてきたのだ。
攻撃の成否に関してキルアが見誤ることは絶対にない。

「もぅ~、キルア君のいけずぅ(ハート)
 実は恥ずかしいんでしょ??
 本当はボクに優しくしたいけどできないんでしょ?」

だが、男は足を痛がっている様子はなく、
キルアが彼に蹴りを叩き込む前と同じくごく普通に走っている。
まるでキルアが男を蹴ったという、事実そのものが消えてしまったかのように。

「なんというツンデレ!!
 萌える!!萌えるぜぇええええええ!!
 いやぁー、本当にかわいいなぁ君は」

得体の知れない存在。
こんなことは今まで一度もありはしなかった。
男の話している内容がまったく耳に入らない。

この男は一体何なんだ。
そんな思いがキルアの頭を占め始める。

ここで初めてキルアは男の両眼を見た。

覚悟の欠片も見当たらない、力の抜けたゆるゆるの目付き。
人生を乗りと勢いだけでいることが、
一目見ただけで容易く理解することができる軽薄な瞳の輝き。
世界最難関であるハンター試験に参加した人物とは思えないような目であったが、
それはそれでこの男らしいといえた。



……と、そこで理解を終えていれば、キルアは心を乱すことはなかっただろう。



だが、それは許されなかったのだ。
ゾルディック一族においてもピカイチと云われる才能を持つ彼の鋭敏な感性は、
感じ取ってしまった。
男の瞳孔の奥、滲む様に幽かに見えるその感情を。

その瞬間……キルアの背筋が凍った。

そこにあったのは……深海を漂う泥のように重い感情の渦だった!










……恐怖……

      ……絶望……

   ……憤怒……

            ……悲哀……

        ……後悔……

 ……不安……

              ……憎悪……

  ……怨恨……

           ……無念……










そんな濃い感情の群れがとぐろとなって渦巻いている。

感情の坩堝(るつぼ)。

人間の許容量を遥かに超えたありったけの慟哭が、
灼熱の釜のように煮えたぎっていた。



(な……なんだよ、これ)

キルアの顔にじっとりと汗が滲んでいた。

対する男は何も変わらない。
最初と同じ、ゆるくて軽薄な雰囲気のままだ。
キルアですらぞっとするような感情を抱いていながら、
それをまったく態度や表情に表していない。

表面上の軽すぎる男の佇まいと、その奥に隠れた重過ぎる男の情念。
気味が悪くなるようなちぐはぐさだった。

人は理解できないものを恐怖する。
特にキルアの場合は、これまで未知数の相手とは戦うなと教えられてきた。

気付けばキルアは男にスケートボードを手渡していた。




それからしばらくあと、キルアはスピードを上げて最前列で走っていた。
スケートボードで悠々と進んでいく男から離れるように。
未だに汗が収まっていなかった。

そんなキルアに近づいてくる気配があった。
キルアが振り向くと、そこには彼と同じぐらいの歳のツンツンとした黒髪の少年がいた。
キルアと同じように薄らと額に汗を浮かべている。

「……君も気付いたんだね」

少年の問いかけ。
何を……とは言っていない。
だがその表情から、キルアは少年が何のことを言っているのかすぐに気づいた。

「まさか……おまえも?」
「うん……。会ってすぐの頃はわからなかったけど」

二人が話しているのは、先ほどの男のことに関してだった。
おそらくこの少年も、キルアと同じように
あの男の奥底にあるものを感じ取ったのだろう。

「一体何なんだよ。あれは。
 気持ちわりぃったらありゃしねーぞ」
「わからないし、わかりたいとも思わない。
 あんな怖いの……絶対に近づきたくない」

人間ではなく何かの災厄に関して話してをしているかのような二人。
深刻に話をしているキルアであったが、
その気持ちは先ほどよりもずっと軽くなっていた。

キルアはあの男と相対して強い恐怖と不安を感じることとなった。
だが他の受験生たちは男に対して、そこまでの感情は抱いていないようであった。
感覚の鋭い彼だからこそ気付けたのだ。
キルアはおそらく自分ぐらいしか男の異常に気付けないと思っていた。

だが、それは間違いだった。
他にもいたのだ、自分と同じくらい感覚の鋭い者が。
しかも最前列を走る自分についてこれるような者が。

誰にも共有できそうもない感情を共有できたことは、
少なからずキルアの心を軽くしてくれた。
そしてそれは少年も同じようだった。
気付けばキルアは笑みを浮かべていた。

「まったく久しぶりに冷っとしたぜ。
 ところでお前、名前なんていうんだ?」
「俺は……」




「ゴン……」

二次試験会場でキルアは自分の知り合った少年の名前を呟いた。

ビスカの森のその更に奥、
ヌメーレ湿原で仲間を助けるためにいなくなった同年代の受験生。
自分が二次試験の会場についてというのに、彼はまだ戻ってきていない。
彼は大丈夫なのだろうか。

「……」

とそこでキルアは自分の思考に疑問を持つ。
いったいなぜ自分はゴンの心配をしているのだろうと。

普段の自分ならば他の誰かの心配などしないはずだ。
ましてやゴンはいくら歳が近いとはいえ、今日会ったばかりの人間だ。
そこまで関係も深くないのに、ゴンのことを心配するのは尚更変だった。

ではなぜ自分はゴンのことを考えているのだろう。
キルアはその答えが出せなかった。

「……死ぬなよ」

キルアは無意識の内にそう呟いていた。

今の彼はゴンの無事を祈ることしかできない。
ならば祈ろうじゃないか。

ゴンがヒソカの毒牙に命を落とさないことを。

そして、闇世界の住人ともまた違う気味悪さと異常性を持ったあの男、
『高橋良助』と相対しないことを……。




キルアの思いが届いたのかわからないが、
ゴンは無事二次試験の会場にたどり着いた。
少し嬉しかったキルアであったが、心の片隅には別の感情が存在していた。

それは不安。
受験生の中でも最も凶悪なヒソカが、
得体の知れない男『高橋良助』を背負って来た時に生まれた感情だ。

恐ろしい男が二人結びついた。
その事実はなぜかキルアの胸中を強くざわつかせるのであった。




つづく



[4809] ――― 裏 話 2 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/25 14:26




「我々は心のどこかで好敵手を求めています。
 認め合いながら競い合える相手を探す場所。
 ハンター試験は結局、そんな所でしょう」
「認めたくありませんが、彼も我々と同じ穴のムジナです。
 ……ただ彼は我々よりずっと暗い場所を好んで住んでいる」
 
 by サトツ (ハンター試験でのヒソカを評して)
 ※セリフの順序を変更してます。




裏話2 『奇術師の出遭い』




一枚のトランプがダンスを踊っている。
それはひらりひらりと風に舞う儚き木の葉のようであり、
虚空に鮮やかな曲線を描く燕のようでもある。
それほどそのカードの軌道は美しく洗練されていた。

だがそのカードで成されているのは凄惨で残酷な行いだった。

蜘蛛の巣にかかった虫のように必死に逃げようとする受験生達。
撫でるように彼らの命を刈り取っていくハートの4。
夢半ばで湿原の地に伏すこととなった血まみれの亡骸。
辺りに立ち込める濃厚な鉄の匂い。
そして……狂ったように踊り、高らかに笑う道化の死神。

その舞踏は殺人の喜びを現した死のワルツだったのだ。

「君ら全員、不合格だね◆」

手品のように50以上もの命を消し去ってしまった奇術師。
ヒソカ、それが彼の名前だった。




ビスカの森をカマイタチのようにヒソカが駆けて行く。
その凄まじいまでの速さは、彼が左肩に180cm以上ある大柄の男を
乗せているということを忘れてしまいそうになるほどだ。
だがそれでいて全力で、必死で走っている様子はない。
それどころかその走りの軽やかさはスキップでもしているようにすら見える。

ヒソカは湿原で大量のハンター試験受験生を殺害し、
友人であるギタラクル改めイルミの位置を示す発信機の光の方角に向かっていた。
彼が言うにはそこが二次試験の会場らしい。

走っている最中、彼はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
堪らなく機嫌が良かったのだ。

「くっくっく。
 まさか4人もなんて……嬉しいなァ」

そう言ってヒソカは更に深く歪んだ笑みを浮かべた。

それは全うな人間には決してできない常軌の逸したものだった。
麗しき裸体の女性が目の前にいるのに、自分は手を触れることさえできない。
こらえられない。もどかしい。たまらない。
今すぐ目の前の存在を、つま先から頭のてっ辺までしっかりと堪能し、
長い時間をかけて優しく優しく愛でて、そして……無茶苦茶に犯し壊してしまいたい。
そんな底知れない狂気と欲情を孕んだ表情だったのだ。

なぜヒソカはそれほどまでに歓喜しているのか。
それはこのハンター試験で2人の子供と出遭ったから。

『ゴン』と『キルア』、それがヒソカの新しい『おもちゃ』の名前だった。
いずれも今回試験初参加のまだ幼さの残るルーキーだ。
だがその潜在能力は絶品!

しなやかで力強い輝きの宿った瞳のゴン。
誰とでも親しくなれるような仲間思いの優しさを持っている。
いかなる障害も強敵も彼にとっては成長の糧にしかならない!
太陽の下、燦々とした光を浴びてグングンと伸びていく椰子の木のような子供だ。

闇夜を切る月光の冷たさと鋭さを持ったキルア。
尋常ならざる厳しい闇世界において尚闇に染まりきらぬ、自分を持っている少年。
その幼い身体に内包した才能と技量はもはやこの歳にして一級!
それでいてまだまだ伸び代のある、闇の胎動が生み出した怪物の中の怪物だ。

どちらもそれだけでヒソカが悶えそうになるほど美味そうな果実。
その二人が奇跡的にこのハンター試験で出遭うことになったのだ!
お互いに刺激しあい競い合い、更にその才能を伸ばしていくことは間違いない!!

それに仲間にも恵まれている。
今ヒソカが左肩に抱えている医者志望の男『レオリオ』と、
幻影旅団への復讐を誓ったクルタ族の青年『クラピカ』。
ゴンとは関係なく美味そうだなと思っていたこの二人がまさか彼の仲間だったとは。
きっと神が彼ら4人の運命の糸を結び付けているに違いない。

ゴンとキルア、レオリオとクラピカ。
彼らが今後、この4人でどのような冒険を繰り広げていくのか。
そしてその中でどんな成長を遂げていくのか。
楽しみだ。あぁ、本当に楽しみだ。
ヒソカは僅かに身体を震わせながら、淡い官能の吐息を吐く。

「やだなぁ。
 彼らのこと想像してたら……勃起しちゃったよ」

ズボンの股間の部分が不自然に膨らむ。
そのせいで走りづらくなったのかヒソカは少しスピードを緩めた。

そこでヒソカの視界の端にチラリと人影が写った。
そちらに目を向け、ヒソカは自らの情念を抑えるかのように胸をゆっくりと摩る。

「落ち着くんだよ、僕。
 今は彼がターゲットなんだから◆」

ヒソカの視線の先に東洋風の顔立ちの男がいた。
胸には「311」と書かれたプレートが張ってある。

二次試験会場に向かっていたヒソカだが、彼にはまだやることがあった。
それはあの惨劇の場で生き残った4人のうちの2人を探しだして、
彼らが自分のお眼鏡に適う人間かどうかを確かめること。

今見ている男はそのうちの1人。
彼はヒソカがあの4人とは別の意味で注目している人間だった。

なぜ彼を注目しているのか。
それは彼が絶を使っている……つまり念が使えるからではない。
念を使える人間の中にも、ゴミのようにつまらない奴はたくさんいる。
念使いであるかどうかなど、大した意味はないのだ。
ヒソカが彼を注目しているのはもっと別の理由。

ヒソカは自分自身の『人間の本質を見極める』という能力に自信があった。
死地や窮地に置かれた人間の表情・顔つき・瞳を見れば、
ヒソカはその人間の大体の本質が分かってしまうのだ。
これは別に念能力でもなんでもない。彼の鋭敏な感性のなせる技だ。
ヒソカが今まで何人もの死に顔を看取ってきたということにも関係在るだろう。
人間は死というものが身近であれば在るほど、その本性が浮き彫りになるものだから。

ヒソカの目から見て、あの4人は本当に才能に満ち溢れていた。
良いハートを持ったヒソカが大好きなタイプの人間達だった。
そんな彼らと命の奪い合いをするのが、ヒソカの至上の喜びである。
だからヒソカは彼らに著しい関心を寄せているのだ。

だが……あの男は分からなかった。
ヒソカの人間観察能力を持ってしても、あの男の本質は見抜けなかったのだ。

いや、ヒソカの人間観察能力が通用しなかったと言ったほうがいいかもしれない。
なぜならあの男は50人以上の受験生を殺した自分を前にして、
まったく危機感を感じていなかったからだ。
いやそれどころか恐怖すら抱いていないように見えたからだ。

本来なら恐怖を感じないなんてことはありえない。
恐怖と言うものは生ける者全てが持っている感情だ。
それはヒソカとて例外ではない。
彼とて手練の能力者と戦う時には恐怖を覚えるものである。
もっともその恐怖はスリルという形でヒソカの頭の中で変換され、
それ自体がヒソカの愉悦の一つになってしまうのだが。

ではあの男は恐怖をなぜ感じないのか。

ヒソカの勘違い? それこそありえない。
その人間が恐怖を感じているかどうかなんて、
本質を見抜くよりも更に簡単なことだ。

では強者の余裕なのだろうか?
ヒソカなど足元に及ばないほどの力を持っているため、
恐怖を感じる必要がないのだろうか?
……そうも思えない。
見た限り肉体も身のこなしも素人同然に見える。
よほど上手に隠蔽しない限り、ヒソカを騙すことはできないはずだ。

違う。もっとあれは別だ。
何か別の理由があるのだ。
そう、あれはまるで『恐怖という感情が欠落している』ようだ。

「くっくっく」

ヒソカはその考えに思い至り、笑えが押さえ切れなかった。

まるで何かの制約であるかのようにずっと絶をしているところといい、
その恐怖を感じていないような言動といい。やはり彼も面白そうだ。
少なくともヒソカが今までに会ったことのない人間であるのは間違いない。

(これまた楽しみに人材だなァ。
 彼はどんな人間なんだろう)

ヒソカは気配を消し、311番の男に近づく。
素人同然であるその男に近づき背後を取ることなど、
ヒソカにとっては造作もないことだった。

「お・・・。あれは・・・」

男が肩で息をしながら遠くを見て呟いた。
何か見つけでもしたのだろうか。

「ん? 誰か居たのかい?」

一体この男はどんな人間なのか。
その心にどんな闇を狂気を抱えているのだろうか。
自分自身のこの色情を満足させてくれるような人間なのだろうか。
それを確かめるべく、ヒソカは友人に話しかけるように軽く声をかけた。




結局一言三言言葉を交わしたが、
ヒソカは依然としてその男の資質が掴めなかった。

ヒソカが背後から話しかけたのにも関わらず、三流コメディの主人公のように驚くだけ。
少しばかりヒソカを怖がるそぶりを見せるが、その目にはやはり恐怖の色はなく、
場のノリと勢いでそういうことを言っているだけなのだろう。
その証拠にすぐあとのヒソカの質問には平然と答えを返している。
それどころか少しヒソカをからかっている節すらある。

相変わらず底の見えなさだ。
いい加減、話をしているだけでは男の本質を探ることはできないのかもしれない。

(ちょっとちょっかい出してみようかな?)

そう頭の中で呟いて、ヒソカは血塗れたハートの4をこっそりと手に隠し持った。
実際に死ぬような目にあわせれば、この男が持っているものが見えるかもしれない。

だが……事はこの直後に起きた。

ヒソカの目の前で男の顔が見る見るうちに青ざめていく。
今までも顔色が良いものではなかったが、その比ではない。
全身の血が一斉に抜かれたように顔面蒼白であった。

「ところで君、大丈夫?
 顔が真っ青……」

具合でも悪いのかいと話しかけるヒソカであったが、
話している途中で強い違和感を感じて言葉を途切れさせた。

違和感を感じたのは男の顔だ。
ヒソカはたった今真っ青と表現したが、本当に男の顔が青く見えたのだ。
血が引いて少しぐらい青く見えたとしても、これほどに顔が青く色づくことはない。
まるで顔面全てが青あざになってしまったかのような顔色だ。

……いや、それも少し違う。
厳密に言うと男の顔色は青ではない。
緑だ。青々と茂る草木の色。
人間の顔色としては明らかに間違った色合い。

「というよりも……それって」

その言葉と同時に男の表情から力が抜け、体が傾き始めた。
そして男は妙な声を上げて、そのまま地面の草花に顔を突っ伏してしまった。
首に怪我を負ってしまいそうなほどに頭から思いっきりに。
しばらく目を覚ますことはないであろう倒れ方。
完全に気を失ってしまったようだ。

男が倒れてようやくヒソカは気付づた、
なぜ男がそんな顔色になっていたのか。

なぜなら……倒れた男は未だにその異常な色のままだったからだ!

言っておくが顔色の話ではない。
男はうつぶせに倒れているので、顔はヒソカから見えやしない。
全てだ。男の全て、全身がうっすらと緑がかっていたのだ!!

いや、緑がかるというのは間違っている。
もっといい表現がある!

「……透けている?」

そう。それが最もいい表現。
男の身体は緑色になっているのではない!
体が半透明になり、その先にある森の緑が見えていたのだ!!

いったいどういうことなのか。
ヒソカは眉間に皺を寄せながらその理由を考える。




男が立っていた。




「……!!?」

ヒソカは思わずその場を飛び跳ねて、立ち上がった男から距離を取った。
刮目して男を警戒し、先ほど隠し持ったトランプを構える。

生半可な倒れ方ではなかったはずだ!!
目を覚ますのが早すぎる!!

それにヒソカは男から目を離してなんかいない。
であるにも関わらず男が立ち上がったところが見えなかったのだ!!
ヒソカが男の動きを見逃す? そんなことは在り得ない。
倒れていた男が、次の瞬間には立ち上がっているという異常!!
本当に映画フィルムのコマが抜けたようだった。

男は相変わらず僅かに透けたまま、姿勢を前に倒し両腕をブラブラとさせている。
素人同然であったはずの男の身体には微塵の隙も感じられなかった。
そこに佇む男の姿は、今眠りから目覚めたばかりの猛獣のようだ。

だが、そんなことはヒソカはたいして気にならなかった。
本当に注目し、驚くべきなのは男の顔であった。

(……火傷!?)

男の顔はその殆どが火傷に覆いつくされており、
所々焦げ付き黒く炭化していたのだ!!
良く見ると顔だけではない。体のいたるところが黒く焦げている。
その様はまるで焼死体……いや、そのものだった。
これほど全身を火傷して生きていられるはずがないのだ!!

男の表情は重度の火傷のせいで良くわからない。
苦痛に歪んだ表情のようにも、恐怖に怯えているようにも、
この世全てを呪い怒り狂っているようにも見えた。

男の濁った目からもまったく感情が読み取れない。
その真っ黒な瞳の色は、全てを覆い隠す暗闇のようだった。
いや、あるいはあらゆる感情の色を混ぜ合わせて黒という色になったのかもしれない。

その二つの黒点がじっとヒソカを見つめている。
品定めでもしているかの如く舐めるようにヒソカを観察している。

対するヒソカもその一挙一動を見逃さぬために静かに男を見入っていた。
この男は先ほどまでの男とは全く別の人間と考えたほうがいい。
飢えた獣のような危険な空気、もはや一切の油断などできない。

沈黙する二人。
一触即発。じっとりとした重く禍々しい空気が二人の間で漂う。
ヌメーレ平原に生息する動物達が鳴き声をあげて逃げていく。

どちらから仕掛けるかという緊迫し凝縮された濃密な時間。
10秒か20秒か、それとも1分か更にもっと長いのか……。
一体どれぐらいの時間が経ったのかヒソカには分からなかった。
もしかしたらほんの一瞬のことだったのかもしれない。

突然男はあらぬ方向に顔を向けた。
それは豹変する前の男がチェリーという武闘家を見つけた方角だ。

男が駆け出した。
ヒソカの方へではなく、今顔を向けた方へ。

その動きは人間のものとは思えないものだった。
罠に掛かった狼のように荒れ狂い暴れながらの疾走。
体中が鎖で縛られているかのようにぎこちない手足の動かし方だ。
だがそれでいて速い!!
その様は例えるならば、渋滞の中、他の車を無視して、
アクセルベタ踏みで走り出した大型トラックだ!!

男に一拍遅れて、その後を追うヒソカ。

「うぁああああああああああああああ!!!!」

彼の耳に腹の底から搾り出したような悲鳴が聞こえてきた。
男を追う足を急がせる。

悲鳴の発生地点。
そこには……

「どういうことだ!!?
 なんなんだ……貴様は!!!?」
「……」

地に倒されて恐怖の叫びをあげているチェリーと、
一言も発せずにチェリーの頭を掴む男がいた。

恐怖に顔を引きつらせながらも、チェリーは男に拳や蹴りを繰り出している。
その攻撃の鋭さはとても倒れた体勢で放っているものとは思えないほどに鋭い。
骨折、脱臼、内臓破壊。
チェリーの攻撃を受けるたびに男の体が音を立てて破壊されていく。

であるのにも関わらず……

「……」

男は今だ沈黙を保ったままだった。
その口からは苦痛の声どころか呻き一つもらさない。

いや、更に驚くべきは男の体だ。
攻撃を受けた箇所は確実に怪我をしているというのに……体のどこにも怪我をない!
攻撃が男の身体を傷つけたその直後、
そこに出来たはずの怪我がなくなっているのだ!!

「な、なぜだぁあああああああああ!!!!」

手ごたえがあるはずなのに、まったく男にダメージを与えらない。
その事実はチェリーを強く困惑させた。

それでもチェリーは諦めずに攻撃を続けようとした。
だがそれは適わなかった。

「……!?
 う……腕が……足が……!!!」

動かなくなったのだ。
まるで自分の身体ではないようだった。
手も足も全然上がらず、芋虫のように身体をモゾモゾと動かすことしかできない。

チェリーにはそれが何故かわからなかった。
なぜなら男はチェリーの頭を掴んでいるだけで、
他に何一つ攻撃をしていないからだ。
それなのになぜ自分が身体を動かせなくなるのか……!?
チェリーはもはや恐慌状態に陥っていた。

「……あ…………ぁ……」

徐々に徐々に体をモゾモゾと動かすことすらできなくなる。
体の中のエネルギーが少なくなり、小さな声ですら出せない。
表情を変える力すらもはや残っていない。

巡りの悪くなる血液。冷えていく体。働かなくなる頭。

そして、チェリーの心臓の鼓動は……

「……」

……停止した。




ビスカの森をカマイタチのようにヒソカが駆けて行く。
その凄まじいまでの速さは、彼が両肩にそれぞれ大人の男性を
乗せているということを忘れてしまいそうになるほどだ。
だがそれでいて全力で、必死で走っている様子はない。
それどころかその走りの軽やかさはスキップでもしているようにすら見える。

走っている最中、彼はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
堪らなく機嫌が良かったのだ。

「くっくっく。
 また面白いおもちゃが手に入っちゃった◆」

そう言ってヒソカは更に深く歪んだ笑みを浮かべた。

あの後、一部始終を見ていたヒソカの目の前で男は倒れた。
警戒してヒソカが近づいて見ると、
男はまるで美味しい料理を食べた子供のように安らかな顔で眠っていた。
全身にあった深い火傷もチェリーの攻撃でできた怪我もどこにもない。
まるで全てが夢であったかのようだ。

だが夢でないのは明白だ。
その証拠は直ぐ横にある外傷が全く無い武闘家の死体。
それが先ほどまで繰り広げられていた惨事が嘘ではないことを示していた。

そして今、ヒソカはその原因である男を右肩に背負って走っている。

結局、男の本質が何であるかはヒソカには分からなかった。
だがそういう人間が1人くらいいてもいいではないか。
それはそれで面白い。

カラフルで派手な薄っぺらの布切れを剥ぐと、
そこには鬼さえ黙らせるような凶暴で恐ろしい化物が隠されている。
まるで手品のようだ。あれほど人を驚かせる人間はいない。
成長が楽しみなゴンたちとは違い、この男は存在自体が狂っていて面白い!!

あの男の隠された凶暴性は人間の暗い感情そのもの!
あれがこの世の中に放たれて、どんな災厄をばら撒いていくのか……。
一体この男はヒソカにどんなサプライズをもたらしてくれるのか……。
考えただけでゾクゾクが止らなかった。

それに……

「蜘蛛を壊すのにも使えるかも◆」

旅団に入って3年、そろそろクロロも狩り時だ。
だが旅団のガードは甘くない。
そう簡単にクロロと闘うチャンスはやってこない。

毒が必要なのだ。
一見無害そうでありながら、触れただけで死に至るという猛毒が。
蜘蛛の身体に浸透し、頭をつく隙を生み出してくれる劇薬が。

この試験が終わったら9月1日のヨークシンに、この男を呼ぼう。
ヒソカはそう心に決めた。




これがハンター試験におけるヒソカと高橋良助の出会いであった。




つづく



[4809] ――― 裏 話 3 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2008/12/27 21:29




「しばらく様子をみようとしたのが正解だったな」

by ハンゾー(自分のターゲットをキルアが代わりに倒したことに関して)




裏話3 『忍者の独白』



畳の敷かれたジャポン風の10畳間。
壁には『心』と書かれた大きく色紙が張られてあり、
その他には座布団と四角いちゃぶ台、そして生けられた梅の枝しかない。
装飾は非常に質素なお座敷だが、それらが全て柔らかに調和されており、
味わい深い趣を感じさせる部屋であった。

その部屋に1人の男が入って来る。

寺の坊主の綺麗に剃られた禿頭の男。
動きやすそうな黒い忍び装束を纏っている。
そしてその胸には294の番号札がつけられていた。
彼の名前は半蔵(ハンゾー)。
ジャポンの隠密集団『雲隠流』の上忍である。

(……地味な部屋だな)

座敷の内装を見てのハンゾーの感想である。
どうやら風流や趣といったものは彼には理解できなかったらしい。
元から隠密の癖にやけに自己主張の強く、うるさいぐらいにお喋り好きな男だ。
あんまりそういったものに関心がないのだろう。

「ふむ、座りなさい」

部屋の中央には1人の好々爺、
ハンター試験の最高責任者であるネテロ会長が座布団に座わり、
右手の指で長く伸ばされた右眉毛の先っぽをいじくっている。
幽玄にして明鏡止水のその有様は、どこかの山奥で修行をしている仙人のように見えた。

ハンゾーは促されるままに座布団に座った。

「それでこれから何するんだ、爺さん?」

目上の人間に対し敬語も使わず、それどころか爺さんなどと呼ぶハンゾー。
彼の言葉は失礼な極まりなかったが、見方を変えれば誰に対しても
自分のあり方を変えない芯の強さが現われているとも考えられる。

ハンターには頑固者や変わり者が多い。
逆に言えば頑固者や変わり者がハンターとしての適正が高いのだ。
そういった意味で、自分と言うものを殺して任務を遂行する忍者と言う立場でありながら
それに囚われない型破りのハンゾーは、意外とハンターに向いているのかもしれない。

そういうことが分かっているのか、
ネテロ会長はハンゾーの失礼な物言いなどまったく気にせずに
ホッホッと朗らかに笑った。

「最終試験は少々変わった形式の決闘をして貰おうと思ってな。
 おぬしに来てもらったのは、それに関して幾つか質問をするためじゃ」
「変わった形式の決闘? いったいどんなんだ?」
「ひぇっひぇっ、それは後でのお楽しみじゃよ」

半眼で奇妙な笑い声を上げながら、試験の情報を隠蔽するネテロ。
彼が何も話さないのは当然のことだ。
ここで試験の内容について話してしまうと、公平性が失われてしまうし、
これからする質問の答えも意図的に返られてしまうかもしれない。
もっともハンゾーは別にそんなことを考えていたわけではなく、
単純に気になったから聞いただけなのだが。

「それでは最初の質問じゃ。
 おぬしはなぜハンターになりたいのかの?」
「幻の巻物『隠者の書』を探すためハンターになりてーんだ」
「ほぉ、隠者の書とな」
「あぁ。どーやら一般庶民じゃ入れない国にあるらしいんでな」

淡々と理由を話すハンゾーにネテロは次なる質問を投げかける。

「それでは次の質問じゃ。
 おぬしが10人の中で最も注目しているのは誰かね?」
「……」

ここで初めてハンゾーの言葉が止った。
沈黙するハンゾー、その額にはじっとりと汗が浮かんでいる。

「……どうしたのじゃ?」
「いや……ちょっと色々と思い出してただけだ」

ネテロの言葉にハンゾーは一息ついて話し出す。

「44番と311番だ」
「ふーむ。
 ……では、最も戦いたくないのは誰じゃ?」
「それも44番と311番だ」
「ふむ」

44番ヒソカと311番高橋良助。
ハンゾーが見る限り、彼らがハンター試験における一番の危険人物だった。

「ふむ。44番はともかく311番とは意外じゃな」

だが見るからに強そうなヒソカはともかく、
もう1人の高橋良助は見た感じ微塵の強さも感じられない。
最強がヒソカならば、最弱は高橋良助。
そう思えるぐらい良助の雰囲気は弱々しかった。
なぜハンゾーはそんな人物と戦いたくないのか……。
明らかに不自然である。

故にネテロの言葉は至極当然のものと言えるだろう。
だが、ハンゾーはそれに対して意を唱える。

「おいおい。四次試験じゃ全員に監視役がついてたんじゃないのか?」
「ほっほ、気付いておったか」
「……ならあんたにも報告は言っているはずだろ。
 四次試験で何があったのか」

四次試験にもなると受験生の数もかなり厳選されてくる。
三次試験を合格した人数は25名(内1名死亡)。
これぐらいの人数ならば審査委員会で1人1人に監視をつけるのも簡単だ。

ハンゾーとてハンター志望の1人、また忍の中でも特に有望な男だ。
追跡されたり追跡したりはお家芸みたいなものだ。
無論、自分を監視している人間の存在を見つけるのも造作もない話だった。

それはともかく、試験の最中に受験生達のことを随時監視していたのならば、
審査委員会側で受験生の動向を把握しているはずなのだ。
だからネテロ会長がハンゾーが高橋良助を恐れる理由を知らないわけがない。
『それ』は四次試験最中に起きたのだから。

「うむ。もちろん知っておるよ」

あっさりとそのことを認めるネテロ。
つまり先ほど「311番とは意外じゃな」というセリフが、
ネテロが惚けて言ったものだということを認めたのだ。

騙されそうになっていたことを知り、ハンゾーは若干不機嫌な表情を浮かべた。
だがネテロ会長はそれに構わず続けて言った。

「じゃが、監視の視点だけでは色々と見えぬことも多い。
 実際に試験を受けていたお主の話を聞かせてもらえんかの?」
「おいおい、なんで俺にだけそんな質問をするんだ?
 他の奴らなんて五分も面談してなかったろ」

ハンゾーは少々を違和感を感じ始めた。
面談に関するアナウンスを聞く限り、ハンゾー以外の9人の受験生が
5分以上面談をしている様子はなかった。
長くても4分強、短ければ2分そこらで次の受験生が呼び出されていた。
いくら自分の面談が最後とは言え、自分の面談だけ長くなることはありえない。
なぜ自分にだけこのような長い面談をするのか。

「ほっほっ、何あまり気にせぬことじゃな。
 あくまで最終試験前準備の一環じゃよ」

まるで言い訳になっていない。
だが最終試験のためのものと言われれば話さざるを得ない。

「……食えない爺さんだな」
「はて、なんのことかの?」

飄々としたネテロの返事にハンゾーは苦虫を潰したような顔になる。

「言っておくがそれなりに長い話になるぜ」
「かまわんよ。時間はたっぷりあるんじゃ」

どうあっても自分に四次試験の話をさせるらしい。
ハンゾーは仕方ないと深く溜息をつく。

「……わかったよ。話しゃいいんだろ話しゃ」

そういってハンゾーは四次試験のことについて話し出した。




いきなりで悪いんだが、
あんたは『逢魔が刻(おうまがどき)』って言葉って知ってるか?
これは俺の故郷の言葉でな。黄昏時のことを言うらしい。

魔に逢う刻……恐ろしい言葉だよな。
俺もなんでそういう風に言うのかはわからねぇよ。
そこまで教養があるわけでもないしな。

ただ人伝いに、昼と夜の変わり目は魔物が出やすいからとか、
その薄暗さから道を歩いている人影が人間か妖怪かわからなくなるからとか、
まぁ色々聞いたことがある。

とにかく、俺の国の古来の人々は自分達の世界を照らしてくれる太陽が
沈むその一瞬の時間帯を恐れていたらしい。
妖(あやかし)や物の怪(もののけ)が出始める時間帯としてな。
まぁ、人間ってものは本能的に暗闇を恐れるもんだ。
そういう風な忌み語が生まれたとしても不思議じゃないわな。

だが俺たち隠密はその名の如く『隠れて密する』稼業だ。
故に人間の視界が制限される夜闇や物陰が俺たちの戦場となる。
魑魅魍魎がうずめく暗闇の時間帯がな。

だからきっと俺たち忍者という人種も化物の一種に違いない。

……って昨日までは思ってたんだがな。
甘かったよ。世の中には本当にいたのさ。
正真正銘の『化物』ってやつがな。

俺がその化物とあったのは四次試験の六日目のこと。
そうだな。それも丁度、日が沈む時間帯……逢魔が刻のことだった。

俺は丁度その時、二人の受験生の尾行をしていた。
受験番号十六番のトンパと……受験番号三百十一番の高橋良助って奴をな。

まぁ二人といっても俺の本命はその高橋良助だけだった。
そいつが四次試験での俺の標的だったんだよ。

四次試験前のくじ引きであの男の番号を引いたとき、俺はやったと思ったぜ。
なんせあの男は農民出の足軽以下の雑魚だったからな。
身体は全く鍛えられていないし、技量も稚拙。
……まぁ気配の消し方については在り得ないほど上手かったが、
それでも俺はさして問題ないと思ったよ。
だって奴は狩りの基本というものをまったく知らなそうだったからな。

俺の予想通り、あの男は森での移動法ってものを徹底的に知らなかった。
地面に残る靴の足跡や不自然な草花の折れ具合、
それらは誰かがそこを通ったことを俺に教えてくれてたよ。
いくら気配の消し方が上手くても、これじゃ宝の持ち腐れだ。

結果、俺は四次試験が始まって一時間もしない内に
あの男を見つけることができた。
正直、赤子の手を捻るよりも簡単だった。

……ん?
ならなんで六日目まで尾行をしたのかって?
大丈夫だ。それについても話すさ。

そう……そんなに早くそいつを見つけることができたのに、
俺はそいつからプレートを奪うことはしなかった。
自分で言うのもなんだが、実力でいったら俺のほうが圧倒的に上だ。
はっきり言や、今のあいつが百人いたとしても俺には勝てないと思うぜ。

だがそれにも関わらず、俺は尾行して奴を観察することにした。
なぜだか、分かるか?

それはな……ある一つの不可解な点が俺を疑心暗鬼にさせたからさ。

知っているか?
あいつはな、三次試験を一人だけ別の方法で合格したんだ。
それもかなり破天荒なやり方でな。

皆が塔の屋上の隠し扉から中に入るのに対して、
奴は外を飛んでいた人面の化物鳥に乗って降りようとしやがったんだ。
信じられるか?
あの高い塔から飛び降りたんだぜ。俺は目を疑ったよ。

まぁ結果は半分成功半分失敗ってところだろうな。
人面鳥に飛び乗ったところまでは良かったが、
しばらく降下したところで奴は振り下ろされちまった。

普通ならそれでお仕舞いだ。だが奴は運が良かった。
落ちたところが丁度森になっていたのさ。
あの男は生きていた。
しかも平然と四十四番のヒソカとトランプで遊んでやがった。

俺もそれにはかなり驚いた。
だが塔の罠が予想以上にきつかったものでな、
そのことについて深く考えている精神的な余裕がなかった。
だから下について直ぐ休息を取って寝ることにしたのさ。

でもな、良く考えるとおかしいんだよ、これが。

あの塔の高さは三百メートル以上あった。
そしてあいつが人面鳥から落ちたのは上から二百メートルほどの所だった。

つまりな……あいつは百メートル以上の高度から落下したはずなんだ!!

な、おかしいだろ?
人間がそんな高さから落ちて生きていられるはずなんだ。
奇跡でも起きりゃまた別かもしれないがな、
生憎俺はそんなもんを信じるつもりはない。

あいつには何かあるんじゃないか……?
あの高所から落ちて生きていられる何かが隠されてるんじゃないか……?
実はあの見た目の貧弱さは擬態か何かなのではないか……?
忍びの修行において、今まで『全てを疑え』と教えられてきたからな。
そんな考えが、あの男を見つけた俺の頭の中を占め始めたんだ。

そもそもあの素人同然の男が、凶悪なヒソカと仲良くしてるっておかしな話さ。
だがそれもあの男が何か隠しているのであれば納得がいく。

だから俺は様子を見るために、尾行に徹したんだ。
運が良いことに、トンパもあの男をつけて屈辱を晴らそうとしていた。
奴が隠し持っている何かを確認するには絶好の機会だと思った。
番号札を奪うのはトンパが彼に仕掛けてからでも遅くは無かったしな。

そして六日目、ついにトンパが仕掛けた。
トンパが自分の番号札を餌に高橋良助を罠に嵌め、落とし穴に叩き落したんだ。
更にはその穴の中に、人間を自分達の巣にしてしまうという
ヒトグイウジとかいうのを放り込もうとしている。

これまでずっとただ観察していた俺だが、
この時ばかりはどうするか悩んでしまった。
どうやら話を聞く限り、ウジを投げ込まれると
プレートの回収が難しくなってしまうようだったからだ。

どうする今すぐ飛び込んでトンパに止めさせるか?
そんな考えも頭に過ぎったが、俺はそのまま観察を続けることにした。
なぜなら高橋良助の声にまったく恐怖の色がなかったからだ。

ヒトグイウジは人間の身体を麻痺させて苦痛を与える生き物らしい。
それも命を奪わずに、ずっと生かしたままな。
そんなもんが投げ込まれようとしているのに、
あの男の声には怯えも恐怖も不安もまったくありはしなかった。
普通なら涙と鼻水を垂らしてトンパに止めてくれと真剣に懇願するところさ。
それなのに奴は態度はずっと軽薄なままだった。
屈辱を晴らそうとしていたトンパも、
まったく恐怖を抱かないあの男の態度に苛立っているようだった。

だから俺は大丈夫だと思ったんだ。
きっと奴には恐れる必要がないんだと。
この状況を打開するための何かをやはり持っているのだと。

だが結局何も起こらないまま、ヒトグイウジは投げ込まれてしまった。
ヒトグイウジに対して苦痛の悲鳴を上げる高橋良助。
結局、あの男はその隠された何かを露にすることなく、
ヒトグイウジの餌食となってしまったんだよ!!

奴の悲鳴を聞いて、俺は「しくじった」と思ったね。
こんなことなら妙なことは考えずに、最初から番号札を奪っておけばよかったってな。
これで俺は三点分の番号札を別の受験生から奪わなければならない。
残り一日でだ。面倒なことになったと俺は感じた。

……そうだよ。
それで終りじゃなかったんだ。
俺が今まで待っていた高橋良助のその何かは
この直ぐ後に『現われた』んだ。

高橋良助の声が聞こえなくなった瞬間、穴から『何か』が飛び出した!!

それは高らかに空中に舞うと、
穴から離れようとしたトンパの背後に着地した。
背後の物音にトンパも何が起きたのかと後ろを振り向いた。

そこに居たのは代わり果てた高橋良助の姿だった。
その皮膚は黒く爛れ焦げて、白い蛆がウジャウジャと出たり入ったりしていた。
その目は白く濁っていて曇り硝子の珠のようだたった。
普通の人間だったら二目と見れない姿に奴はなっていた。
地獄の血の池から這い上がっていた亡者のようだった。

俺は断言するよ。
そこにいたのはな、高橋良助という受験生なんかじゃねぇ。
それと良く似た、もっと別の『化物』だ!

そいつを見たとき、トンパは悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。
そりゃそうだ。明らかに生きている人間の也じゃなかったからな。
俺自身もあれを見たときは鳥肌が立ったぜ。

それでその化物はトンパの目の前で何をしたと思う?
……惚けんなよ、爺さん。
しっかり監視員から話は聞いているんだろ。

奴はその場で自分の身体の中を這いずるヒトグイウジを
……肉ごと抉り取り始めたんだ!!
自分のその焦げた肌に恐るべき力で指をめり込ませてな。

顔面を、胸部を、両腕を、腹部を、臀部を、両足を、
奴はその万の力を持って、ボリボリと掻いていった。
そしてごっそりと取れた自分の肉を蛆ごと地面に吐き捨てていく。
自分の身体から血が吹き出るのもお構いなしだ。

トンパは目の前で繰り広げられる残酷な光景に震えていたよ。
俺も奴の狂行を見て震えが抑え切れなかった。
それだけ常軌を逸した光景だったんだ。
地獄にでも迷いこんでしまったんじゃないかと思ったよ。

しばらくすると奴は動きを止めた。
たぶんヒトグイウジを全部取り終えたんだろうな。

だがな可笑しなことにな……奴の身体には傷一つなかったんだ!!

なぜだ!!
今の今で自分の肉を地面に打ち捨てていたじゃないか!?
そう思って地面を見ると、そこには蛆の屍骸しか転がっていなかった。
確かに存在していた奴の肉片が全て消えていたんだ。

ここまで来ると俺も感覚が麻痺してな。
「あぁ、この化物はそういう存在なんだ」と訳も分からず納得していたよ。

化物は次にトンパの頭を掴んで、そのまま地面に押し倒した。
トンパも声を上げて抵抗したが、まったく歯が立たなかった。
抉り取られた肉が元に戻るような化物だぜ。
殴りや蹴りが効くわけがねーよ。

化物がトンパの頭を鷲掴みにしていると、
徐々に徐々にトンパの抵抗が弱くなっていった。
まるでその化物に魂でも吸われているかのようにな。

程なくしてトンパの身体はピクリとも動かなくなった。
俺は直感的に理解した。トンパは死んだのだと。

化物はトンパの屍骸を片手で持ち上げた。
その動きは先ほどよりも力強く、
まるでトンパから魂を吸い取って自分の力にしてしまったようだった。

そして化物は喉が破れそうなほどに大きな叫びを上げて、
そのまま腕を振りかぶりトンパの亡骸を投げ飛ばした!!

屍骸が飛んでいった方から聞こえる何かが潰れる音。
その音を聞いてか、化物は更に大きく咆哮した。

両手両足を広げ、首を思いっきり振り、怒り狂ったように吼える化物。
その様はまるで「よくも俺を傷つけたな」と言っているようだった。
……いや、そんなものではない。
それはこの世全てを怒り憎しみ恨んでいるような地獄の叫びだった。

しばらくして化物は吼えるのを止め、力尽きたようにその場に倒れた。
あたりに静寂が戻った。

……馬鹿いうなよ。
そんなのを見せ付けられて、
そいつから番号札を奪う気になれるわけねーだろ。

俺は諦めたよ。三百十一番の番号札をな。
あんな化物には近づくよりだったら、
他の受験生から三つの番号札を奪ったほうがまだましさ。




「……ま、奴の話はこんなところだ。
 他の受験生から番号札を奪うのも色々と大変だったが……、
 そこらへんは別にいいだろ、爺さん?」

あんたのせいで思い出したくないものを思い出してしまったと言わんばかりに、
ハンゾーは不機嫌な表情を隠さずネテロに問うた。

「うむ。もう大丈夫じゃ。
 だいぶ参考になったよ、すまんな」

だが当の本人は全く気にする様子もなく、素直に礼を言った。
まったくもって掴みどころのない老人だとハンゾーは思う。

「んで、他に聞く事はあるのか?
 こっちはまだ四次試験の疲れが抜けてねーんだ。
 そろそろ休ませて欲しーんだがな」
「いいじゃろ。
 こっちも聞きたいことは聞けた。
 もう退室して構わぬよ」
「あぁ、そうさせてもらうぜ」

ハンゾーは気だるそうに部屋の入り口に向かう。
だが、その途中思い出したように振り返り、ネテロに言った。

「ここまで話をしたんだぜ。
 出来る限り44番や311番とは決闘しなくても良いようにしてくれよ。
 あんな奴らとは戦っていられねーからな」
「ふむ。仕方がないのぉ。考慮しておくよ」
「頼んだぜ」

その言葉を最後にハンゾーは座敷を退室した。




(あんのぉ、狸じじいぃ!!!!)

最終試験会場にて恨みを込めた視線をネテロに送るハンゾー。

(何で初っ端から311番との対戦なんだよ!!!)

最終試験の内容は負け上がりトーナメントというものなのであるが、
その一回戦のハンゾーの相手が面談での話題にあがった311番の高橋良助であった。

いったい退室時の会話はなんだったのかとハンゾーはネテロを睨む。
だがネテロは惚けたような目でハンゾーを見るのみである。
まるでその目は……

「ふぇっふぇっふぇ、別にワシは嘘は言っとらんぞ。
 考慮するとは言ったが、そうするとは言っておらん。
 こちらにはこちらで選考基準というものがあるからの」

とでも言っているかのようである。

(ふぜけんな!!)

そう思いながらハンゾーはチラリと対戦相手を見る。

対戦相手である高橋良助はやけに高いテンションで
訳の分からぬことをピーチクパーチク喚いている。
それに対して、この場にいる者たちは白けている様だ。

だがこのお調子者の中に、あの恐るべき化物が隠れている。
ハンゾーにはあの顔の薄皮一枚の下に
化物の焦げ付いた火傷顔があるような気がしてならなかった。

良く見れば周りの沈黙している受験生達にも、
高橋良助のことを恐れをもって見ている奴も何人かいる。
おそらくそいつらも知っているのだろう、奴の本性を。

結論は最初から決まっている。
いつあの化物が目を覚ますかわからないのだ。
戦ってなどいられない。

「まいった。俺の負けだ」

戦闘開始の合図の直後、ハンゾーは敗北を宣言した。




つづく



[4809] ――― 裏 話 4 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/09 08:01



「最悪なのは俺達全員がやられて旅団(クモ)が死ぬことだ」

 by フランクリン (人質交換に際して旅団内の意見が分裂した時のセリフ)




裏話4 『機関銃の死闘』




砂埃が舞う。大地に風が吹いていた。
既に事切れた数多の黒服の亡骸を、パラパラとした砂が覆っていく。

そんな荒野の端、転がる大量の死体から1kmほど離れた丘に、
二人の男が向き合うようにして立っていた。

1人は身の丈がゆうに3mは超える怪物のような男だ。
その体は何もかもが大きいが、特に下半身に比べて上半身が異常に発達している。
胸板は鉄壁のように頑丈で大きい。両腕は比喩でもなんでもなく丸太ほどの太さだ。
その傷だらけ顔は、この男がこれまで数多の戦場を経験して来た事を暗に示している。
その全てが常人とは比べ物にならないほどの、無骨で強靭な巨体である。

だがその男の体で最も異常であったのは、両手の指だった。
男の指は十本とも第二間接のところで切り取られ、その先が鎖でぶらぶらと揺れている。
そして男は大きく腕を広げ、対面に立つ男に対し指の断面を向けていた。
その揺ぎ無い男の姿は、機関銃を二つ搭載した装甲車を彷彿させた。

こんな怪物、常人ではまったく歯が立たない。
怪物を倒せるのは勇者だけと、物語では相場が決まっている。
だが怪物の目の前に立つものは勇者ではなかった。

全身の殆どが焼け焦げている人型の何か。
体の何もかもが黒く煤けている中で、とってつけたような両眼だけが白く濁っている。
顔からは何の色も見出せない。だがそれは感情がないのではない。
あらゆる負の感情がごちゃ混ぜになった末、どんな表情をすればわからない。
そんな黒く塗りつぶしたような顔つきであった。

そんな存在が前傾姿勢で両腕をダラリと前に垂らし、怪物をじっと見ている。
大きさや形こそ人間に酷似しているが、その様はとてもじゃないが人間とは思えない。
化物だ。元々人間であったものが、強い恨みの劫火で変貌を遂げたに違いない。
これほどまでに忌むべき存在が自然に生まれてくるはずがない。

怪物と化物。
両者の間を冷風とともに土煙が上がった。
それはこれから行われる人外の死闘を予感させる狼煙であった。

この二匹の人ならざるモノたちが出会ったのには、あるきっかけがある。
それは彼らが出遭う10分前のこと。




マフィアや陰獣との戦いの直後、問題が発生した。
幻影旅団の一員であるウボォーギンが攫われたのだ。

一瞬の内にウボォーギンの体に鎖が巻きつき、彼を連れて行った。
本来はウボォーギンは助けが必要になるほど弱くはない。
だが彼は現在、陰獣の攻撃を受け体が麻痺している状態。
つまり彼が自力で敵を打破するのは不可能なのだ。
誰かが助けに行かなければならない。

そんな話をしていた時だ。

「僕の後ろの方から誰か見てるね◆」

ヒソカがこんなことをいったのは。
5人の旅団員が視線は動かさずに、彼の背後の方角に意識を集中させる。

シャルナークが頷きながらヒソカに言った。

「……確かに視線を感じる。良く気付いたね」
「僕、そういうの敏感だからさ◆」

今まで気づかなかったがヒソカの言うとおり微かに視線を感じた。
普通なら見逃していしまうような小さくて弱々しい気配。
よくヒソカは気付けたものだ。

「でも大したことはなさそうね。この距離で気付かれるんだから」

シズクが感情の乏しい声でそういった。
おそらく視線の主がいるのは方向的にここから1kmほど離れた丘だろう。
近くにいるのならまだしろ、これだけ離れて視線に気付かれているのだから、
シズクの言うとおりその人物は大した手合いではないはずだ。

「でも放ておけないね。誰いく?」

片言でフェイタンが皆に問うた。
まだ生き残っているマフィアがいるのであれば、逃がす理由はない。
そのためにこの場にいる誰かが行く必要がある。

「糸が無ければ陰獣のほうは追跡できないからね。アタシはいけないよ」

人差し指を立てながらマチが言った。
その指先からはウボォーギンが攫われた方に向かって、オーラの糸が伸びている。
この糸の向かう先に鎖使いの陰獣がいるはずだ。
だからマチを丘に行かせるわけにはいかない。

「じゃ、俺行ってくるわ」

まるで散歩にでも出かけるみたいにフランクリンが気軽に申し出た。

「俺が追跡にまわると、車が2台必要になっちまうからな」

フランクリンは旅団の中で最も体が大きい。
彼が車に乗ってしまうと、それだけで後部座席が埋まってしまう。
頑張れば何とか2人乗れるかもしれないが、
態々そんな窮屈な思いをして陰獣を追跡しなくても良いだろう。

「それじゃ僕は、ビールをとってくるよ◆」

これはヒソカの申し出。
ウボォーギンの身体に寄生した蛆を除去するために、
大量のビールを飲ませる必要があった。

「よーし、じゃあ俺を含めたそれ以外の4人がウボォーギンの救出だ」

今のやり取りをまとめるようにシャルナークが言う。
ヒソカがビールを回収、フランクリンは丘の人物を始末、
そして残りのシャルナーク、シズク、フェイタン、マチがウボォーギンを救出しにいく。

これで全員の役割がきまった。旅団員はそれぞれの役目を果たすために動き出す。
フランクリンは気付かれないよう、回りこむようにして車で丘に向かった。




予想していた通り、丘の上にいた人物は大した奴ではなかった。
ただの素人。強さでいったらウボォーギンにやられたマフィアの男達以下。
その男は絶状態であったので念は使えるようだが、肉体がこの様では焼け石に水である。

フランクリンは男が何者か質問した。だが男は答えなかった。だから殺した。
仕事はこれで終り……彼はそう思った。

だが……

(いったいどうなってやがる……?)

男が立っていた。
頭を砕かれ、四肢をバラバラにされたはずの男がそこに立っていたのである。

いや、本当にこの男は先ほどの素人なのだろうか。
確かにその容姿はそっくりであるし、地面に転がっていた死体も消えている。
だが、地獄に堕ちたような全身の火傷、怨念の塊のような目、
怒り狂った獣のような佇まい、とても同一人物とは思えない。

フランクリンの第六感が大声で叫んでいた。
この男の危険であると。

フランクリンは獲物に襲い掛かる怪物のように、大きく腕を広げ男に指を向けた。
彼の念能力はその十本の指から連続で大量に念弾を発する
『俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)』というものだ。
即ち彼にとってはこれがファイティングポーズである。

するとそれに呼応するように、男は前傾姿勢になり腕をブラブラと揺らし始めた。
弛緩したその両の腕は男の肩から生えた二匹の毒蛇のように見えた。
フランクリンの脳裏にその腕の先についた掌が彼の喉笛に喰らいつくイメージが浮かんだ。

「……」
「……」

沈黙。お互い一言も発しない。

フランクリンには目の前にいる男が言葉を通じるような相手には見えなかった。
言葉や思考、理性と言ったもの全て捨て去り、
ただ狂気と本能にその身を委ねているように見えた。
故にフランクリンは黙して攻撃のタイミングを計っていた。

目の前の男はその見えているか見えていないか分からない
白く濁った両眼をフランクリンに向けている。
まるで獲物を品定めするように。

荒野を吹く風が強くなってきた。
二人の間を冷たい風が走り去っていく。
その時の風圧で土が舞い、薄らと煙が上がる。

タイミング的には一瞬であっただろう。
強風が収まり、漂っていた土煙が地に落ち消えた。

それが戦いの合図になった!

元々の前傾姿勢を更に倒し、地面を這うように男が飛び出した!
男が通り過ぎた後、一拍送れて土煙が上がる。
その鍛えられていない体からは考えられない速さ!
この速さで激突されれば重傷は避けられない。

だがそれを見て、フランクリンは豪快に口を歪めて笑う。
話にならない。猪突猛進では彼は倒せない!

十の銃口から火が放たれる。怒涛の如く吐き出される念の弾丸。
1本の指から毎秒7発で放たれるそれらが一直線に男へと向かっていく。
弾丸の初速は900m、機関銃の爆音よりも早く男に着弾した!

たかが機関銃の一発とは思えないほどの威力が立て続けに男を襲う。
その衝撃で男が吹っ飛ばされる。大量の血が宙を舞う。

(どうだ!?)

普通ならばこれでお終いだ。フランクリンの念弾は一発で敵を致命傷にできる。
それが体に十発以上も当たったのだ。どこに被弾しようが死は避けられない。

男が首の骨が折れる程の勢いで転がっていく。
後ろにあった大きな岩に男の背中が思いっきり衝突する。
岩に背中を擦りながら男の体がダラリと地に崩れていく。
体には一切の力がこもっている様子はない。
地に落ちきった体はそのまま地面にうつ伏せになって倒れる。

そして男は立ち上がった。

「なっ……!?」

一切のタイムラグはない。
地に臥した次の瞬間には、起き上がる動作が始まっていた。

そしてその体には一切の傷が残っていない。
フランクリンの念弾が体に着弾したのが嘘であるかのように、
元通り黒く焦げた体がそこに存在していた。

着弾してはいなかった?
いや、男の着ている服はぼろぼろになるほど穴が空いている。

(異常に強力な肉体治癒能力!!
 奴が死体から蘇生したのもこの能力のおかげか!!)

おそらくそれがこの男の念能力なのであろう。
でなければ、銃傷が消えたり、砕かれた体が元に戻ったりはすまい。

それにしても有り得ないほど強力な能力だ。
おそらくは強化系か特質系。肉体操作ではあのような回復はできない。
先ほどから絶であるのは制約の一部か?
それに絶のわりにはかなり身体能力が高い気がする。
いやそもそも自身の絶が念能力の制約になりうるのか?

「まあいい」

再び前傾姿勢を取ろうとしていた男に
フランクリンはそんな言葉を発して大量の念弾を浴びせた。
再び死体だらけの荒野に機関銃の音が鳴り響く!
雪崩のような念弾が杭で縫い付けるように男を岩に貼り付ける!

被弾で男の体が震えるよう躍り、血しぶきを吹き上げる。
だが次の瞬間、確かにあった傷が消え去る。
やはり肉体を復元する能力であることは間違いなさそうだ!

「だったら回復できなくなるまで、ぶっ壊しゃ関係ねーだろ?」

制約が何であろうと、系統がなんであろうとどうでもいい話なのだ。
どちらにしてもフランクリンがやる事に変わりない。
肉体を治癒するにはそれなりにオーラ量が必要になるはずだ。
なら相手に念弾を喰らわせてやればいいだけだ……死ぬまで!!

粉砕される頭蓋骨。胸に空く赤い穴。千切れそうになる腕。
腹から噴出す内臓液。ごっそりと削れる脇腹。白い骨が見える太腿。

フランクリンの念弾が致命的な傷を男に作り出していく。
それに対し、男の黒く焦げた体は数多の致命傷を瞬く間に消し去っていく。

いったい何百発、何千発こうやって男に念弾を叩き込んだのか。

(……どういうことだ)

フランクリンはこの現状に疑問を抱き始めた。

(いつになったらオーラが尽きやがる……!?)

一向に男の治癒能力が弱まる気配がないのだ!!
普通に考えればこのレベルの肉体治癒には膨大なオーラが必要になるはずだ。
だが男はまるでオーラが無限にあるかの如く、延々と自身を復元しつづける。
いくらなんでもオーラ量が多すぎる。

そしてその瞬間であった。

―――ザッ

「何ッ!?」

フランクリンの撃った念弾に抑えつけられていた男が一歩、
10センチほどの短い距離であるが右足で前に踏み出したのだ!!

(弱体化しないどころか、むしろ強くなっているだと!!?)

心中の叫びを証明するかの如く、男はまた一歩、今度は左足を前に出した。

異常事態。
ノーコストで肉体が修復できるはずがない。確実に敵のオーラ量は減っているはず。
だが本当にオーラ量が減ってきているのであれば、こんなことになるだろうか。
今まで圧されっ放しだった念弾の雨の中、それを押し返し、更に一歩踏み出すなど。

オーラ量が少なくなってきたので、無理してでも前に出ようとしているのだろうか。
だがそれだったらジリ貧になる前、もっと早くにそうしているはずだ。

修復にはそれ相応のオーラが必要。だが相手はむしろ力強くなっている。
どういうことなのか。念弾を放ちながらもフランクリンは高速で頭を回転させる。

(ダメージを受ければ受けるほど、強くなる……?
 いや、そんな都合の良すぎる能力はありえない)

修復する能力とダメージに比例して強くなる能力が一緒に身につけられるわけがない。
念能力で万能や完全はありえないのだ。
仮にその二つの能力を身につけたとしても、
『現時点でのダメージに比例して』という制約がつくはずだ。
でなければ、永遠に蓄積ダメージがリセットされることがなくなってしまう。

となれば別の要因だ。あの男を強くしているのは。

(待てよ……! ダメージ以外にも奴が得ているものがある!!)

フランクリンの頭の中にある可能性が浮かび上がる。
そうこう考えているうちに、男がまた一歩踏み出す。
心なしか間隔が早くなっている。

(……俺の念弾だ! もし奴が俺の念弾自体を吸収しているのであれば……)

これ以上の念弾を浴びせるのは、完璧に逆効果になる。

本当にこのまま念弾を撃ち続けていいのか。
そんな迷いがフランクリンの頭を過ぎる。
だが、そんな迷いこそが念の世界では毒になる!!!
フランクリンの放っていた弾幕がその瞬間僅かに薄くなる。

無論、男はそれを見逃さなかった。

男の足元から爆発したように土煙が上がる。
フランクリンの一瞬の迷いを突き、男が地面を蹴り横に飛び出したのだ!

「しまっ……!!?」

男は再び地面を蹴り、フランクリンに直角の軌道で襲い掛かる。
そのスピードは先の突撃よりも明らかに早くなっている。
男の動きは紛れも無く先ほどより強化されていた。

男の掌が大蛇の顎(あぎと)となり、喉笛を喰らい千切ろうとする。
左側面からの攻撃、フランクリンは腕でそれを防ぐしかない。

―――ドッ

丸太を斧で叩くような重い音。
骨まで響くような痛みがフランクリンの太い腕に響く。

(なんとか防御が間に合ったか!)

冷や汗をかき、心中でそう呟くフランクリン。
だが今の攻撃の真の狙いは彼を傷つけることではなかったのだ!!

次の瞬間であった。
フランクリンの腕を纏っていたオーラがごっそりと減ったのだ!!
そしてそれと同時に腕を掴む男の指の力が急激に強くなる!!!

力が抜けるフランクリンの左腕。
肉体からオーラが徐々に抜けていく感覚。
脳髄を駆け巡る危機感。

(やばいッ!!)

フランクリンは残った右腕にオーラを集中させ、男の体に拳をぶち当てた。
左脇腹にもらったフランクリンのパンチに、
男は体をくの字に折りながら吹っ飛ばされる。

そしてフランクリンは確信した。

(こいつのもう一つの能力……それは『オーラ吸収』!!!!)

念弾を喰らった時、フランクリンの腕からオーラが減った時、
男は確実にその肉体が強くなっていた。
それはつまり男がオーラを奪って、肉体を強化したということ。
即ち『オーラの吸収』こそがこの男の第二の能力!!

恐ろしい能力である。
念能力者はオーラを使って戦う人間である。
そのオーラそのものが吸収されてしまうのでは、元も子もない。
それに加えて肉体の修復。念能力者にとっては悪夢のような能力だ。

だが完璧ではない。

(殴った右拳からオーラが吸われていない)

おそらくはオーラを吸うためには一瞬の時間差が必要。
思えばあの男は念弾を喰らってから回復まで一拍程の間があった。

ならば事は簡単だ。一瞬だけしか相手に触れなければ良いのだ。
接近戦での殴り合いならば問題ない。

空中で受身を取り、四肢をもって地面に男が着地する。
そしてすぐさまフランクリンに目を向け、凄まじい爆発力で突進!!

「来やがれ!!」

フランクリンはそれを両拳を固め迎え撃つ!

男は勢いにのり、腕を大きく振りかぶり、横なぎにフランクリンの首を掴もうとする。
フランクリンはそれをスウェーで避け、がら空きの顎にアッパーを叩き込む。
天を向いて空中に浮かぶ男の顔面に斜め上から左フックで殴りつける。
その威力に吹っ飛び地面に叩きつけられた男に接近し、
体が跳ね上がった所に右ローキック、再び男をうつ伏せに地面に沈める!

怒涛の連続攻撃。
とどめだと言わんばかりに倒れる男の体を右足で踏みつけようとする。
だが男は左腕でそれを跳ね除けた。

……うつ伏せの状態で。

「なっ……!?」

フランクリンは確かに見た。
何か折れる乾いた音を発しながら、有り得ない角度で曲る左肩を。

(こいつ!! 自分の間接を破壊して攻撃しやがった!!)

相手は自分の間接を壊すほどの力を腕に込め、その勢いでフランクリンを迎撃したのだ。
人間には絶対にすることのできない肉体の動き。
自身の肉体を修復できるからこその狂った挙動。

虚を突かれ一瞬動きが止るフランクリン。
その隙に男は左腕を返すがてらに地面に思いっきりぶつけた。
そして勢いを利用し転がるようにして立ち上がる。

フランクリンからオーラを吸うためには、
一度動きを止める必要がある思ったのだろうか。
今度は男が拳を固めた。そして最短距離でフランクリンの左足を殴りつける。

「しまった!!」

男を踏みつけようと右足を上げて所への攻撃。
フランクリンの巨体がバランスを崩した。
そこに男は右脚で、後ろ回し蹴りをフランクリンの腹に叩き込む。

後ろ回し蹴りといっても人間の訓練された技とはまるで違う。
ボキボキと左の股関節を捻り切りながら、
恐ろしい力で右足を強引に回転させるという暴虐な化物の動きであった。

そんな攻撃を受けてただで済むわけがない。後ろに転がる巨体。
だが痛みを堪えて受身をとり、フランクリンは直ぐに体勢を立て直す。

土煙が混じるフランクリンの視界に、目の前で荒々しく拳を振りかぶる男が映る!

「クッ!」

解き放たれたバネの如くうねりをあげ、
フランクリンの顔面目掛けて向かってくる右拳。ガードをする暇はない。
上半身を仰け反らしフランクリンはそれを避けようとする。

だがフランクリンは忘れていた。
この男の動きが人のものではないということを。

「ガハッ!!!」

男の右拳がフランクリンの顔面を殴っていた。
右腕の長さがおかしかった。明らかに左腕よりも20cmほど長い!
これもまた人外の攻撃。男は腕の関節を外し、リーチを伸ばしたのだ。

(攻撃が……予想できない!!)

人外の攻撃を繰り出した男に戦慄を隠せないフランクリン。
だが男の攻撃はまだ終わらない。

間接が壊れ、鞭のようにしなる左腕が打ち付けられる。
指が折れても構わないとばかりに勢いのある右拳が腹に突き刺さる。
完全に折れた膝を基点に回転し、右蹴りが背中を打つ。

フランクリンも何度か反撃するが、男はまったく怯まない。
それに引き換えフランクリンの体には徐々に徐々に痣や傷が増えていく。

予想の出来ない攻撃。修復する肉体の傷。
ここに来てフランクリンは、
接近戦でこの化物を打ち倒すことが無理であることを悟った。

自分の一番の武器である念弾は吸収される。
殴り合いでは男に部がありまくる。

遠距離でもダメ。近距離でもダメ。
完全な八方塞がり!!

全身血まみれのフランクリンに反撃の動きがまったく無くなった。

それを見て男は、全身のエネルギーを集中させるように右腕に力を入れた。
血管が浮き上がり、筋肉で膨らむ男の腕。焦げた肌にヒビで割れていく。

男は相変わらず絶状態である。だがフランクリンは一目で分かった。
その腕に恐るべき力が篭っていると。喰らえば間違いなく一撃で意識が刈り取られると。

後ろを向くぐらいに体を大きく捻り、男が右腕を振りかぶる。
全身にどれほどの力が込められているのだろうか。
フランクリンの耳にギギギという肉と肉が擦れる音が聞こえた。

そしてその凝縮された力は解放される!!
放たれる拳は音も何もかも置き去りにし、フランクリンの心臓目掛け飛んでいく。

黒い拳がフランクリンの胸を貫く!!!

……そう、思われる刹那であった。

男の右肩が…………弾け消えた!!

「……」

ここで男は初めて動きを止めた。
いったい今何が起きたのか理解できないと言う様に。

フランクリンの後ろ、男の右腕が宙を舞い飛んでいる。
男の右肩から先がない。いや右肩すらもない。
心臓の断面が見える。そこからポンプのように血が吹き出ている。
男の右胸が、冗談のように丸い弧を描きごっそりと削れていた。

フランクリンの両手から煙が上がっていた。
念弾を放ったのだろうか。だがこの威力、これまでとは比べ物にならない!!

「あんまり使いたくなかったんだがな……」

そう言ってフランクリンが冷たい目で男を睨らむ。
フランクリンの十本の指から再び念弾が放たれる。
だが着弾点は一点!!

―――パンッ

風船でも割れるような乾いた音とともに、今度は男の左胸が弾けた。
そしてそのまま念弾は男の体を貫き、荒野の地面に突き刺さる。
大きな爆発音を上げ、土煙が膨らんだ。

「念弾は吸収される。殴り合いじゃ負ける。
 一見どうしようもねぇように見えるが……答えは簡単だ」

右胸、左胸と無くなり、背骨一本で首と腹が繋がる男。
それを見てフランクリンは笑いながら言った。

「吸収されない念弾を撃ちゃぁいい話だ。
 貫通すれば問題ねーだろ」

これがフランクリンの隠し技『一点着弾』。
十本の銃口から放たれる念弾を一点に集中させ、そこで結合させるというもの。
集中力が必要なため、機関銃ほどの連射はできない。
おまけにそこに滅茶苦茶オーラを集中させるため、全身の纏うオーラは薄くなる。

だが威力は絶大!!
それは単に10の念弾をまとめただけではない。
そこでそれぞれの念弾がぶつかった時の反発力で更に威力が跳ね上がっている!!
もはや機関銃の持つ攻撃力ではない。戦車の大砲にも勝るとも劣らない破壊力。

そんな威力の念弾を人間の体で受け止められるはずがない。
止めようとするにはウボォーギンほどの防御力が必要となる。
男はそんな防御力を持っていたか?
否!! 肉体治癒があったから良いが、男は機関銃の弾一発一発で致命傷を負っていた。
当然、大砲を防御できるわけも無く、肉は破裂し弾は貫通する。

―――ドサッ

フランクリンの背後に男の右腕が落ちる音。
それを合図にしたかのように男の右腕と左腕が修復される。

だがそれはフランクリンにとっても合図となった。
大砲が発射される。

今度は男の下腹部が弾けとんだ。
男の体が股間の辺りを中心に、真っ二つになる。
2本の脚がそれぞれ逆方向に飛んでいく。
男の背後に爆煙が立ち込める。

地面に落ちる男の体。
だが次の瞬間には男は下半身を再生し、また立ち上がる。

そこに再びフランクリンの10の銃口が火を噴く。
今度は男の首。頭と一緒に胸部がごっそりとなくなる。
荒野の大地から煙が上がる。

修復しては肉体を破壊し、再び修復しては肉体を破壊するという繰り返し。
だがそれはフランクリンが念弾をばら撒き、男を岩に貼り付けていた時とは違う。
四肢を頭を吹き飛ばされるたび、徐々に徐々にだが、男が確実に衰えていく。

(当りか)

心の中で呟きながら、フランクリンは弾丸を放つ。
大地の土とともに、男の体が弾ける。

念弾を貫通させているということは、男がオーラを吸収できていないということだ。
先ほどは念弾を吸収することができたから、
肉体を修復するオーラに困らなかったんだろうが、今度は違う。
最終的には念弾は荒野の大地に突き刺さり、全て男を貫いている。
故に肉体の修復は自分のオーラでしなければならない。疲弊するのは避けられない。

後はこれを繰り返していけば、いずれ男は肉体を修復できなくなる。

(その時がお前の最期だ。化け物!!)

放たれる念弾。弾け飛ぶ肉塊。煙を上げる荒野。
修復する間隔が少し遅くなり、立ち上がる動作にキレがなくなっていく。
男は順調に弱まってきている。全ては順調だ。

しかし……とフランクリンは思う。

(解せねェな……)

この男の能力は異常だった。
蘇生レベルの肉体修復とオーラ吸収……これほど強力な能力が2つも習得できるものか?
よほど鍛えられた能力者であっても覚えられるのは片方のみだろう。

そもそもこの男の能力は本当に修復能力なのだろうか。
強化系であるならば、自然治癒能力を強化する形となる。
その場合、失った部位は決して回復することはない。
だがこの男の場合は、まるで受けたダメージをリセットするかの如く、
体の怪我や部位の損失がなくなっている。これはいったいどういうことだろうか。

それに異常といえばこの男の存在そのものも異常!
先ほどの連続攻撃、威力・スピードともに絶で出来るものではない。
明らかに念的な強化がされている。
それにやはり絶状態で肉体修復やオーラ吸収ができるのもおかしい話だ。

考えながらも弾丸を放ち、男の肉体を破壊するフランクリン。

そこで彼はもう一つの異常に気付く。

(……そういえば、なぜこいつは俺の念弾が見えるんだ?)

絶とは精孔を閉じる技術のことである。
だがオーラは目の精孔を開かなければ見ることができない。

しかしこの男は絶であるにも関わらず、フランクリンの念弾が見えていた。
変貌する前も、変貌した後も、明らかに念弾を補足していた。

(そうか……!!)

ここでフランクリンはある可能性に気付く。

絶状態であっても念が見え、肉体が強化され、能力が使える理由。
オーラ吸収という特異な能力を持ちながら、あれほど強力な修復能力を持っている理由。
全て説明がつく!!

「つまり、おまえは……」




そう言いかけた瞬間であった。

―――ゴッ

フランクリンの後頭部に鈍い衝撃が走った。

「なっ……!!?」

朦朧する意識。ぐらつく巨体。
念弾の一点着弾のためにオーラを両手に集中させていたばかりに、
後頭部に受けた強力な打撃によりフランクリンは深刻なダメージを受けた。

(馬鹿な!! 何故後ろから!?)

フランクリンは霞む両目で前を見る。
そこには破壊された肉体を修復した男がいる。
となると後ろからの攻撃は別の誰か……。

(伏兵か!? 一体誰が!!)

だがダメージで鈍った感覚では、後ろを振り向くこともできない。
いや、もし感覚が鈍っていなかったとしても、それは適わなかっただろう。

なぜならこんな致命的な隙を、彼の敵が見逃すはずが無いからだ。

「ガッ!!」

ふら付いているフランクリンに男が突進し、そのまま荒野の大地に彼を叩きつけた。
ただでさえ歪んでいた視界がその衝撃で更に混濁する。

(ま、まずい!!)

擦れる意識の中で彼は男に反撃しようとする。

だがもう遅かった。男は馬乗りになり、
フランクリンの体の中で最も危険な部位……両手を掴んで抑えていた。
そして思いっきり吸われるオーラ。両手にオーラが行き届かなくなる。


これではもう……機関銃は動かない。


腕だけではない。全身からも徐々に力が、オーラが抜けていく。

フランクリンは悟った。

(これで……しまいか……)

自分の死を。










だが……フランクリンの両目には今だ爛々とした輝きが灯っていた。

フランクリンは最期のオーラを振り絞り、それを目に集中させた。
オーラを隠蔽する『隠』を見破る基本技の一つ『凝』。
だが、それは隠を見破るためではない。

オーラを集中させたことにより、曇っていた視界がクリアになっていく。
それがフランクリンの狙いであった。

フランクリンは自分に乗る化物の顔を睨みつけた。

自分はもう助からない。
だが必ず自分の仲間がこいつを打ち倒す。

12本もあるんだ。手足の1本や2本くれてやればいい。
それぐらいでは蜘蛛は死なない。

手の1本で敵の手がかりが手に入るのならば安いもの……。

フランクリンの心臓の鼓動が停止する。

だがフランクリンはそれでも残る力を振り絞り、
その意思が完全に奈落に沈むまで男の顔をずっと見続けた。




(先に……逝ってるぜ……おま……え……ら……)




それがフランクリンの頭の中で思い浮かんだ最期の言葉であった。




つづく








[4809] ――― 裏 話 5 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:cd3a5d09
Date: 2009/01/09 08:02



「動機の言語化か。あまり好きじゃないしな。
 しかし案外、いややはり…自分を掴むカギがそこにあるか」

 by クロロ=ルシルフル
 (ゴンに「なぜ無関係の人を殺せるの」と質問された時のセリフ)




裏話5 『盗賊の渇望』




ヨークシンシティ郊外にある廃墟ビルの一室に夜の闇が満ちている。
光源は所々に立てられた蝋燭の灯火だけ。
その燈色の輝きがうっすらと部屋を照らしている。

そしてその薄暗い闇に溶け込むように佇んでいる人物がいた。
外套を羽織った黒尽くめの男である。
王者の如く一際大きなコンクリートの破片の上に腰をかけている。
暗い男だ。表情や服装の問題ではない。存在自体が黒々しかった。
まるでこの男自体が闇の光源となり部屋自体を暗くしているかのようだ。
揺らめく蝋燭の光でその双眸は冷たく重い光沢を帯びており、
男が持っている絶対感とカリスマを表しているようであった。

そんな男の周りを10の人影を囲んでいる。
蝋燭の光で揺れる彼らの影もまた男と同じ深い闇、
光彩としては感じ取ることのできない存在としての暗さを携えていた。
その様相はさながら悪霊や悪魔の如きものである。
ならばその中央に座る男は悪霊の親玉、あるいは魔王ということになるだろうか。

そんな人間達の集まりである。おのずと醸し出す雰囲気も闇が色濃くなる。
だが彼らのいるこの場はそれとはまた別の暗い空気が漂っていた。

「……フランクリンが死んだ?」
「それだけじゃないよ。ウボォーギンも戻ってこないんだ」

それがこの空気の理由。
幻影旅団の団長クロロ・ルシルフルと団員の1人であるシャルナークの重苦しい声が、
無造作に積み上げられた瓦礫山に沈んでいく。

それは想定外の異常事態であった。

地下オークションの競売品を全て奪うこと。
それが幻影旅団の今回の仕事であり、過去最大の大仕事の内容であった。
地下オークションを取り仕切るのはマフィアン・コミュニティ、
全世界のマフィアを牛耳る存在である。
今回の仕事の内容は、そのコミュニティの顔に泥を塗りたくり虚仮にするようなものだ。
これまででは考えられないような猛烈な抵抗と妨害にあうことは最初から予想していた。
しかし……そのための犠牲までは予想外。

まさか旅団でもトップの戦闘力を誇る2人を、
ウボォーギンとフランクリンを失うことになるとは……。

「詳しく話せ」

クロロの鉄のように冷たく硬い声が、シャルナークにその短い命令を伝えた。






「鎖使いか……」

シャルナーク曰く、ウボォーギンは『鎖野郎』と呼ぶ相手と決着をつけに行き、
そして今になっても帰ってこないということらしい。

鎖を使う能力者。十中八九、操作系か具現化系だろう。
鎖を操っているにしても、鎖を具現化しているにしても、不味いことには変わりはない。
なぜならこの二つがウボォーギンにとって最も負ける確率が高い系統であるからだ。

肉体を用いての単純な殴り合いでウボォーギンと渡りあえる能力者などいない。
居たとしても1人いるかどうかに違いない。少なくとも旅団の中にはいない。
そんなウボォーギンに倒すのは正攻法ではかなり難しい。
だが絡め手ならばそう難しいことではない。

その絡め手を最も得意とするのが操作系と具現化系である。
操作系であればウボォーギン自身を操ってしまえばそれで終りである。
具現化系の場合は、具現化物に特殊能力を付加させていることが多く、
その内容次第ではウボォーギンの圧倒的な暴力が通じない可能性が在る。
もし鎖を巻きつけることで相手を麻痺させたり眠らせたりできるのであれば、
ウボォーギンを容易に倒すことができるだろう。

「くそ! 俺もついていけばよかった・・ ・」

クロロがそのことを話すとシャルナークが悔いるように言った。
冷静で頭の回る彼のことである。察したのであろう。
ウボォーギンが生きている可能性が極めて薄いことを……。

鎖使いと戦ってくると言ったウボォーギンが未だに帰ってこない。
既に集合時間は過ぎている。時間に五月蝿い彼が約束に遅れることなど殆どない。
これらの事実は彼が拘束されているか、死亡していることを意味する。

だが彼がまだ拘束されているという可能性は無いに等しい。
マフィアに連なる何者かがウボォーギンを捕らえたのだとしたら、
当然マフィアの人間は彼から旅団の情報を得ようとするだろう。
だがどんな拷問でもウボォーギンは屈することはない。
それだけの精神力を旅団の誰もが持っている。
もしウボォーギンが何も話さないとしたら、マフィアはどんな行動はとるか。
答えは簡単である。死だ。
ウボォーギンは見せしめに惨たらしく殺されるだろう。

ウボォーギンの死はほぼ確定していると言っても良かった。
これで旅団の足は一本消えたことになる。

では話に上がっているもう一本の足、フランクリンはどうなのか。

ウボォーギンの場合とは違い、彼はもう生きている可能性は微塵もなかった。
なぜなら……彼の死体が見つかったからである。

運ばれてきたフランクリンの亡骸をクロロは見つめた。

「全身疲労による心停止……」

シャルナークが調べによると、それがフランクリンの死因であった。

自分達とマフィアの戦いを覗いていた人間。
その人物を始末するためにフランクリンは荒野の丘に向かい、
そしてそのまま帰らぬ人となった。

死体はそのまま丘に野ざらしになっていた。
全身に傷を負ってはいるが、致命傷に至る外傷は一つもなかった。
だが彼の心臓の鼓動は確実に停止していた。
フランクリンがその足で立つことはもう二度とない。

これで失われた足は2本。
13本のうちの2つであるが、旅団にとっては特に大きな損失であった。
なぜなら彼らは旅団の中でも安定した高い戦闘力を持ち、
大多数相手に渡りあっていける能力者であったからだ。

圧倒的な攻撃力のある念能力には何かしらの制約が必要な場合が多く、
その制約のほとんどは戦闘中に危険が伴うものである。
フィンクスは腕を回し、ボノレノフは舞を通して特定の旋律を奏でる必要がある。
どちらも戦闘中ではかなり危険を伴う行為だ。
フェイタンに至ってはダメージを受けなければ発動できないカウンタータイプである。
危険があるとか隙を作るとか以前の話である。

だがあの2人の場合は、そんな制約がなくとも強力な能力を使うことができた。
制約がないということは弱点がないということである。
これはどんな相手とも安定して戦えることを意味する。

そしてそれでいて2人は圧倒的な数の敵にも通用する能力を持っていた。
例え軍隊相手であっても、この2人が居れば十二分に戦えただろう。
ウボォーギンの強化された肉体とフランクリンの雨あられのような念弾は
それだけの制圧力があったのだ。

12本の内のたかが2本であるが、
それによる旅団の戦闘力の低下は12分の2では収まらない。
少なく見積もっても3分の1、酷ければ半分ほどになってしまっただろう。
残りの11人ではどうやっても軍隊相手に勝つことは難しい。

「どうする団長?」

厳しい顔をマチがクロロに尋ねた。
旅団の低下した戦闘力をどうするのか……という質問ではない。
マチが言っているのはもっと差し迫った問題のことである。

『いったい誰が2人を殺したのか?』

先に述べたように両者ともに圧倒的な戦闘力を持った能力者である。
多少の相性の悪さなど彼らの前では強引に捻じ伏せられてしまうだろう。
そんな2人を倒してしまうのだ。
どんな系統であれ能力であれ、相当な手練であることはまず間違いない。

そしてその手練は2人いて、それぞれ旅団と敵対している……。

1人目はウボォーギンを倒したと思われる鎖の念使いだ。
ウボォーギンが捉えられていたビルをから、
その人物がノストラード・ファミリーの一員であることがわかっている。
それだけわかれば後は十分だ。時期にその念使いを探し出すことができるだろう。

だがもう1人は……

「重度の火傷をした男……だったか? フランクリンを殺したのは?」
「えぇ」

クロロの問いにパクノダが答える。

「フランクリンはもう死んでいるから……、
 生きている人間のようには記憶を読み取れない」

パクノダは物や人に触れることで記憶を読み取るという特質系の能力者である。
世界的にもかなりレアな能力の持ち主だろう。

だが物からの記憶の読み取りは、人の記憶を読み取ることよりも困難である。
物に残っている記憶が自分たちの欲するものとは限らないからだ。
故にフランクリンの死体からも敵の情報が読み取れるとは限らなかった。

「でもしっかり残っていたわ、彼の体には。
 彼が最後に見ていたもの……酷い火傷を負った敵の姿がね」

……だが残っていた。フランクリンが最期に見ていた光景が。
その意識が途切れる瞬間まで、脳に鮮明に焼き付けられた彼の視界が。

おそらくフランクリンは命が燃え尽きるまで敵の姿を捉え続けていたのだろう。
パクノダにその記憶を残すために……。
仲間たちに敵の姿を伝えるために……。

「……」

パクノダの眼差しには強い光と確かな敵意が宿っていた。
彼女が読み取れるのは情報としての記憶だけではない。
『感情』の記憶というのも読み取ることができる。
それが彼女にこのような目つきをさせているのだろう。
一体フランクリンの最後の記憶にはどんな感情が記されていたのだろうか。

クロロのそんな思考はフィンクスのぶっきら棒な言葉に遮られた。

「で、そいつが世間様を騒がしている奴ってわけか」
「あぁ、十中八九そうだろうな」

フィンクスが言っているのは
ニュースなどで話題になっているある事件のことである。

『謎の衰弱死事件』

まるで胡散臭い都市伝説のような通称ではあるが、
犠牲者が30人以上出ているという現実に存在する事件であった。
そして人為的な犯罪なのか奇病の一種であるのか未だはっきりしない事件だ。

この事件は三つの特徴を持っていた。

一つ目は犠牲者がほぼ定期的に出ているということだ。
次の犠牲者は前の犠牲者が出てから一週間以内に出ている。

二つ目は世界各地で起きていること。
まるでランダムに選ばれているみたいに犠牲者は世界各国から出た。
犠牲者同士の関連ももちろんない。

これらの二つの特徴を見るとこの事件は何者かの犯行であるように思える。
もし新種の奇病や病原菌であったら、期間や場所はばらつかないはずだ。

だが三つ目の特徴がそれに疑問を投げかける。

それは衰弱死という死因だ。
これは現在の科学技術では再現することの出来ない犠牲者の死に方であった。
もし人為的な犯行であるというのならば、科学的に立証されるものであるはずだ。
そのため犯人は新しい毒や病原菌でも開発したのだろうかと、
そんなうそ臭い可能性も真剣に考えられてた。

ところでこの衰弱死というのは正しい言い方ではない。
便宜上そう呼んでいるだけで、別に神経がどうにかなったわけではない。
この死因には厳密に言うと以下のようなものになる。

『全身疲労による心停止』と……。

そうフランクリンの死因と一緒である。

つまりこの事件は念能力による犯罪であり、
そしてその犯人がフランクリンを殺したという可能性があるのだ。

いや、考えてみれば疲労で心臓が停止するなんていう
馬鹿らしい死に方をフランクリンはするはずがない。
ほとんど間違いなくこれはその事件の犯人の仕業といって良いだろう。

「夜明けまで待って、ウボォーギンが戻らなければ予定変更だ」

クロロが残った旅団員を見渡す。

「お前らはそれぞれ2人1組になって敵を探し出せ。
 細かい指示のほうはシャルナークにまかせる。
 決して単独では行動するな」

それぞれの旅団員が了解の意を示す。
とここでマチが何かに気づくように片眉を上げた。

「団長はどうすんの?」

シャルナークに指示を任せるということは、クロロは参加しないのだろうか。
クロロがマチの疑問に答えるようにして言った。

「オレは独自で火傷の男のほうを調べおく」






ヨークシンシティの一角にあるオフィス。
そこにクロロは忍び込み、パソコンを用いて調べものをしていた。

「……火傷男と鎖野郎か」

フランクリンとウボォーギンを殺害した者たちことである。
いつの間にか旅団の団員の中でそんな仇名が浸透していた。

だが鎖野郎はともかく火傷男というのはクロロにとって違和感があった。
そしてそれはおそらくパクノダにとっても同じであっただろう。

パクノダは記憶を読み取る他に、
その読み込んだ記憶を銃で打ち込むという能力を持っている。
あの後クロロはその能力を用い、
パクノダにフランクリンの最期の記憶を自分に打ち込ませた。

そこに写っていた人物、それは火傷男などと言えるものではなかった。
そんな仇名など生ぬるいと言えるほどの酷い有様であった。
全身が煤け、所々が炭化している。
クロロには男が生きているのが信じられなかった。
その転々とした黒くて硬い鱗と両眼に填まる丸い曇り硝子は
物語に出ている悪魔に良く似ていた。

その姿を見た人間全てを恐怖させ、呪ってしまうような忌むべき姿。
普通ならば誰も関わりあいたくないに違いない。

だがその悪魔こそが、クロロの獲物であった。

クロロが睨めるように見ているパソコンのディスプレイには、世界地図が映っていた。
そしてその上には赤い丸印が点々としている。
それらは衰弱死事件の犠牲者と思われる遺体が見つかった場所であった。

クロロはその場所その場所ごとに何か手がかりが無いか、
電脳ネットに検索をかけて行く。

だが大した情報は手に入らない。
わかったことといえば、犯行が行われる前後に
大きな祭りやイベントが行われることが多いことぐらいだ。
それは火傷男が外部の人間が大量に入って来る時期に犯行したと考えれば、
別に不思議でもなんでもないことだ。

「……やはり普通に探すだけじゃ大したことはわからないな」

世界各国でこの事件の真相を明らかにしようと息巻いているのだ。
これぐらいで見つかるのだったら、当の昔に火傷男は捕まっているだろう。

となれば方針を変える必要がある。

クロロは開いていた地図の映るウィンドウを閉じ、キーボードに何かを打ち込む。
すると別のウィンドウが開かれた。
人の顔写真と彼らの情報が載っていた。

「……まずは国際的な犯罪者のリストを当ってみるか」

世界各国の警察と違い、クロロはある重要な情報を三つ持っていた。
この事件が人為的なものであるという事実、
この事件が念能力によって起こされているということ、
そしてその念能力者、火傷男の人相。この三つである。

もし電脳ネット上に火傷男の情報があるのであれば、
それは念能力者に関わりの深いものである確率が高い。

例えば今クロロが見ている国際的な犯罪者のリスト、
俗に言うブラックリストと言う奴だ。
国際的な犯罪者の中には念能力を使えるという者も少なくない。
クロロ自身が所属している幻影旅団がいい例だ。
もし火傷男が過去に犯罪を起こしているのならばおそらくこのリストに顔が載っている。
そうクロロは当りをつけた。

だが火傷男だと思われる顔写真は存在しなかった。

「……次だ」

クロロは鬼気迫る表情で次々と別のリストを探っていく。

マフィアの武装構成員または幹部のボディーガードの一覧、
世界的な機関に要注意人物とされる人間の一覧、
トリックタワーに登録されている囚人の一覧などなど、
クロロは本当に見ているかどうか判らないほどの凄まじいスピードで
それらのリストに目を通していく。

だがやはり火傷男の情報は見つからない。

「……次だ」

クロロは次に重度の火傷を負った人物や火傷の事件などを調べることにした。
もしかしたら火傷男のことが乗っているかもしれないと。

クロロの両手の指が淀みなくキーボードの上を流れていく。
そしてそれに呼応されるように全世界の大きな火事や
重度の火傷を負った患者の情報がのったウィンドウが、
次々にディスプレイに表示されていく。
中には目を背けたくなるような火傷の画像も表示されるが、クロロは眉一つ動かさない。

しかし……

「……これもダメか」

何一つ火傷男にたどり着けるような情報はなかった。

オフィスの壁にかけられている時計を見るクロロ。
彼が調べ始めてから既に6時間近くたっていた。

「……クソッ」

クロロは眉間に皺を寄せ、ボソリと悪態をついた。
その小さな声に彼らしくないほどに悔しいという感情が込められていた。

彼らしくないと言えばこの作業全てがそうだ。

真剣になって火傷男を捜すクロロのその姿は、
血眼で獲物を狙う飢えた野生の狼のようにも、
玩具が飾られているショーディスプレイに張り付く子供のようにも見えた。
その表情は切羽詰っており、火傷男が見つからず明らかにイライラしている。
これは普段感情を表に出さないクロロらしくない姿だった。

なぜクロロがこれほどまでに感情を露にし火傷男を捜しているのか。
それほどまでにフランクリンの敵を討ちたいのだろうか。
それとも旅団に盾突いた者に対して怒りを感じているからだろうか。

答えはNOである。彼が火傷男を必死になって探す理由は他にある!

それは念能力!!

クロロは火傷男の能力を既に予想していた。
おそらくは『オーラの吸収』であると。

心臓が停止するほどの全身疲労するなど普通はありえない。
だが全身のオーラを出し切った時、それに近い全身疲労に陥るという話を
クロロは聞いたことがあった。

故に、実を言うと謎の衰弱死事件のニュースを見たときから、
「これは念能力による事件ではないか」「犠牲者はオーラを全て吸われたのではないか」
とクロロはある程度考えていたのだ。

そして今回の事態である。
フランクリンの能力は念弾に特化したもの。オーラ吸収との相性は最悪!
その能力を持つ人物とフランクリンが戦った時、
フランクリンが負けてしまう可能性は十分にありえる。

だからクロロは火傷男の能力がそれだとほぼ確信していた。

オーラ吸収はかなりレアな能力である。
もしその吸収したオーラを自分のオーラにして使えるのならば、
かなり戦闘を自分の有利にして運ぶことができる。

更に言えば他人の念能力を盗むというクロロの能力『盗賊の極意(スキルハンター)』の中には、
オーラの消費がかなり激しい能力やオーラの量によって威力が左右される能力が幾つかあった。
オーラ吸収で自分のオーラ量を底上げすれば、これらの能力をより効果的に使うことができる。

それだけにクロロは火傷男の能力『オーラ吸収』が欲しかった。
心の底からというほどに。

「……クッ」

それだけに火傷男の手がかりが掴めないというのは、
彼にとって最も腹正しいことであった。

そう考えている時、クロロの顔を一筋の光が差した。
窓につけられたブラインドの歪みで出来た隙間から抜けてきた光であった。
夜明けである。

ここでクロロは思い出したように携帯電話を取り出し、
着信履歴から『シャルナーク』の文字を選び電話をかけた。

「どうだ? ウボォーギンは帰ってきたか?」
『ううん。帰ってこなかった。たぶんウボォーは……」
「……そうか。なら作戦は変更だ。
 お前らは鎖野郎と火傷男のことを探せ。細かいやり方はお前に任せる」
『……了解』

少し沈んだシャルナークの返事を最期に電話は切れた。

「……」

クロロは静かに手に持つ会話を見つめた。
その表情には僅かながら苦悩の色が滲んでいた。

シャルナークの悲しげな声を聞き、ふと思ってしまったのだ。
なぜ自分は死んだ仲間のことではなく、敵の念能力のことばかり考えているのかと。

「……今更何を」

だがクロロの中で答えはもう既に出ていた。
結局自分は何よりも『盗む』ことを優先してしまう人間だということ。

クロロ・ルシルフルという人間のほとんどは、他人から盗んだもので構成されている。
ほとんど全てそうであるといっても良い。
保有している金や財宝のことだけではなく、存在全てがそうなのだ。

その知識は全て本から吸収したものだ。
体術や戦闘術は戦ってきた相手や旅団の仲間から得たものだ。
現在の性格も、幻影旅団の団長という役割にあわせて、他から盗ってきたものに他ならない。
自分の念能力などに至っては正に盗ることを目的としたものだ。

ただ一つクロロが最初から持っているものと言えば、
『他人の物が欲しくなる』というその性癖のみである。

考えてみればこの蜘蛛という存在も、
団員一人一人の可能性を奪い取り、頭である自分の手足にしてしまったものだ。
しかもその目的すら他人のものを奪うことだ。
全て自分の『欲しい』という情動が原点であることは間違いない。

だが……なぜ自分はそこまで他人のものが欲しくなるのだろうか。

ウボォーギンとフランクリンの死を惜しむ気持ちも確かに存在している。
だがダメなのだ。
獲物を前にするとどうしても何もかもを差し置いてそれに熱中してしまうのだ。

どうして自分が他人のものを欲しがるのかは分らない。
だがそれがクロロのもっとも純粋な本質たるものだろう。
きっとそれを除いたら、クロロ・ルシルフルという人間は
ほとんど空っぽになってしまうに違いない。

クロロは自分がわからなかった。自分というものが掴めなかった。
それだけクロロという人間にはオリジナルというものがなかった。
他人の物を奪うのは天才的だが、自分だけのものは何一つ生み出せない。
自分と言うのはそんな存在だ。

きっと自分の命も誰から奪ったものなのでは無いだろうか。
本当の自分は実はもう死んでいて、ただゾンビのように他人のものを……

「……」

そこまで考えてクロロは、目を手で覆い頭を振った。

悪い癖だ。
クロロはことあるごとにこんな思考をしてしまう癖があった。
自分の存在というものについてついつい考え悩んでしまうのだ。

だが今はそんなこと意味はない。
どちらにしても邪魔な敵は排除しなければならないのだ。
妙なことに頭を使う暇などない。

手を下ろすと、そこにはいつもの冷徹で暗い両眼が存在していた。

「少し冷静さを失っていたな」

レアな能力が身近にあると知るとついつい頭が熱くなってしまう。
しばしの間、幻影旅団の団長の仮面が外れていたようだ。
これでは見つけられるものも見つけられやしない。
気をつけなければ。

そう思い、ふとクロロはパソコンの置かれたディスクを見た。
そしてそこにあった『あるもの』を見て、彼は再び手で目を覆った。
冷静さを取り戻すためではなく、自らの愚かさに呆れてしまったために。

「クソッ、本当にどうかしていた……」

犯罪者の可能性ばかりに目が行き、
もっと念能力に関わる者たちのリストを調べるのを忘れていたのだ。
クロロらしくないミスであった。本当に冷静さを失うと碌なことにならない。

先ほどクロロが視線を落とした先には、
カードリーダーに差し込まれた彼のハンターライセンスが在った。






高級ホテルのカフェから1人の男が出てくる。
黒いジャージに黒い帽子、おまけに黒いサングラスをかけている。

男の名はルーシー。だがそれは彼のキャラクターの1つにしか過ぎない。

彼はルーシーという馬鹿でお調子者のハンターの仮面を外し、
幻影旅団の団長クロロ・ルシルフルという仮面に付け替えた。

サングラスを外すと、そこには凍るような瞳が2つ覗いていた。

「予想外だったな」

クロロの呟き。
それは先ほどまでカフェで話をしていた男、高橋良助に対するものだ。

クロロはハンターリストの中から高橋良助のことを見つけた。
彼は今年実施されたハンター試験の合格者の1人だった。
火傷こそなかったが、この男はフランクリンの最期の記憶に
写っていた火傷男に良く似ていたのだ。

調べによるとこの男は試験直後にハンターライセンスを売り払い、
その莫大な金で世界旅行をしていたらしい。
だが問題はその旅程だ。世界旅行の行程が一寸の違いもなく一致していたのだ。

衰弱死事件の発生したポイントと……。
更に、現在高橋良助はこのヨークシンシティに来ているらしい。

状況証拠は十分だった。
クロロは高橋良助と接触することに決めた。

だが、カフェに座っていたその男は、
クロロの目から見て素人以下の戦闘能力しか持っていないように思えた。
これではどんな念能力を持っていたとしてもフランクリンは倒せまい。

外れか……クロロは内心そう思ったが、念のためその男に接触することにした。

そしてある言葉をきっかけに、クロロは確信した。
この男こそが自分が探していた人物だと。

『念がまったく使えないんだよ』
『一応見ることだけならできる』

クロロが「なぜずっと絶をしているの?」と質問した際、高橋良助はそう答えた。
つまりまとめると高橋良助の言ったのはこういうことだ。

『オーラが体がから全く出せないため、絶状態でいるしかない。
 でも一応念を見ることだけはできるよ』

……あり得ない。

オーラは全ての生き物の宿っているものだ。
それが出せないということがまず可笑しい。

だがそれよりも異常なのは、そんな状態で念が見えているということだ。

念というものは精孔が開いていなければ見ることはできないのだ。
故に精孔を閉じる絶の状態で、念が見えるというのはありなえいのだ!

……それが『人間』ならば!!!

であるならば答えは簡単だ! この男は人間ではない!!

絶、いや体にオーラを纏わない状態で、
なおかつオーラを見ることができるという人間以外の存在!!

クロロはそんな存在を知っていた。

……念獣である。

具現化された存在のほとんどは自分でオーラを発することはない。
だがもし目を持っているのならば、彼らは念を見ることができる。
まさにこの男のような存在である。

もしこの高橋良助という男が独立して自動的に動く念人形であるのならば、
オーラ吸収という能力を持っていることも納得である。

クロロはこの男……いや、この能力のことを理解した。

『オーラを自主的に収集する自動操作の人間型念獣』

おそらくそれが答え!!

念獣が回収したオーラが自分のものにできるのならば、
思っていたよりもずっと使い勝手の良い能力だ。
もしそうであるならば、絶対に手に入れたいところである。

だが……火傷が全身に浮かび上がるのは一体なんなんだろうか。

クロロの脳裏にある可能性が浮かび上がる。
もし『そう』であったら非常に不味い。能力が奪えない。

(……まぁいい)

だが、今その可能性を考えても仕方が無い。頭を切り替えるクロロ。
どちらにせよ今日の夜には奴の部屋に乗り込むのだ。
全てはそこで明らかになるはずだ。

それにクロロにはもっと考えるべき問題があった。

それは今期のハンター試験合格者リストの中に
ヒソカが含まれていたということ。
つまり高橋良助とヒソカは既に知り合っていたのだ。

クロロはヒソカがハンターライセンスを取っていたことすら知らなかった。
なぜヒソカはそのことを話さないのか。
ただ単に話す必要がないから話していないということも十分考えられる。
だがもしヒソカと高橋良助の間に隠れた繋がりがあるのならば、
幻影旅団はその身に毒を抱えていたことになる。注意が必要だ。

そんなことを考えながら、ホテルの大きな玄関を抜けるクロロ。
そして道路でタクシーを呼び止め言った。

「セントラルホテルまで頼む」

クロロはそのまま車に乗り込み、
今日の戦場である地下競売の会場へと向かった。






つづく








[4809] ――― 裏 話 6 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/09 15:05





「彼の凶悪な意思が、人間だった頃の記憶を失うことを許さなかった。
 彼はジャイロのまま生まれ変わったと言っていい」
 
 by 語り部 (キメラアントになったジャイロに関して)






裏話6 『異邦人のプロローグ』






幼き日の良助にとって、父親は最も憧れる存在であった。
この世に生を受けてから、父親が自殺をするまでの12年間、
ずっと父親の背中を見て生きてきたと言っても過言ではなった。

会社の経営者である父親は頭が良く、アグレッシブな男だった。
自分の会社を切り盛りする側ら新しいビジネスを手がけ、
会議やらなんやらで良助が寝る前に帰宅することは殆どなかった。
父親と夕食を食べた記憶がまったくなかったのは、そのためだ。

『何かに挑戦する勇気だけは失ってはならない』

普段あまり接する機会の無い父親が、彼に事あるごとに説いたのがその教えでだった。
腕白な子供であった良助は自分なりにその教えを守ろうと、
学校で学級委員長や演劇会の主役などの役割を積極的に買って出た。
憧れる父親との思い出を作ることができなかった彼にとって、
これらの言葉が父親からもらった宝物だった。

少年の知る誰よりも生き生きと働く父親は、例え会う時間が殆どなくとも、
彼にとって一番の誇りであったし、この世で最も尊敬する人間であった。
いつか自分もこの偉大な父親のようになりたいと常に思っていた。

父親の会社が会社が潰れるまでは……。

父親は妄執に取り憑かれた。
一度その栄光を味わった父親は、己の残りの人生を平凡に暮らしてくことができなかった。
再び輝かしい日々を取り戻すために、様々なビジネスに手を出し始めた。
会社の倒産で出来た大量の借金があるにも関わらず、更に新たな借金をして。

『何かに挑戦する勇気だけは失ってはならない』

この頃からか父親は不自然なまでにその教えを口にするようになった。
言い訳するかの如くそう呟き、次々と新しい金儲けの方法に走った。
それらの中に到底上手くいきそうに無いものも多く含まれていた。
頭脳明晰であったはずの父親は、いつの間にか正常な判断が出来ぬようになっていたのだ。
勇気は蛮勇に、挑戦は無謀へと変わったいた。

する事なす事が裏目になり、もがけばもがくほど泥沼に嵌っていった。
父親は銀行から金を借りるため、身近な人間全てに連帯保証人になってくれと頼みまわった。
時には母親や息子である良助も共に土下座させられた。
頭を下げることを家族に強要する父親の顔にかつての面影はなかった。

そして父親は桜咲く季節に自らの命を絶った。
自分自身に多額の保険を掛け、逃げるようにしてこの世を去った。
その頃には蛮勇や無謀すらも無くなっていた。
どこにでもあるような破滅的な結末であった。

憧れの父親の思い出と共に、勇気と挑戦心がガラガラと崩れていく音を少年は聞いた。
こんな風にはなりたくない・なってはならないという強迫観念が彼の心の奥に深く根付いた。
高橋良助と言う人間の本質が決まった瞬間であった。

以後、高橋良助は勇気や挑戦といったものから程遠い生活を送ることになる。

出来る限り安全に、失敗しないように、慎重な行動を取るようになった。
決して間違いを犯さないように、僅かな危険も見逃さないようにと、
神経質で警戒深い人間になった。
おそらくは頭の良かった父親の血を受け継いでいるのも強かったろう。
そのパラノイア的な精神は、彼の高度な記憶力や推測力を育んだ。

彼の生活は人並みのものだったと言って良い。
だがその裏で彼が頭を働かせたエネルギーは常人の倍はあっただろう。
ただ普通の生活を送ることに、彼は全神経を使っていた。
もしも多少の失敗を恐れず、その能力をもっと大胆に活用してたならば、
彼の人生はまったく違うものになっていただろう。
少なくとも今よりももっとレベルが高い大学に行っていたに違いない。

だが、だからこそ出会うことができたのだ。
それはある種の必然だったと言っていいのかもしれない。






「お前って無駄なことばっかしてね?」

それが近くの席にいた男、後に友人となる人間の第一声であった。
未然に問題を防ぐことを念頭に置いた良助の行動は、
問題は起きてから考えれば良いというスタンスの彼にとって意味不明だったらしい。

そしてそれは良助にとっても同じだった。
無茶なこと無謀な事ばっかりする友人は、
失敗や破滅を恐れる彼にとってネジが外れているようにしか見えなかった。

友人にとって良助は白いキャンパスに落とされた一滴の黒であり、
良助にとって友人は黒いキャンパスに落とされた一滴の白であった。
あり大抵に言えばお互いにとってお互いは目立つ存在だった。
互いが互いの持っていないものを持っていた。

最初のうちこそ受け入れがたかったが、打ち解けると彼らはいいコンビになった。
友人がアクセルを踏み、良助がブレーキを踏む。バランスが取れていた。
お互い色々と偏っていた2人であるが、つるむ様になってから
学業や遊びなど様々な面がうまく回るようになった。

「餅つきしようぜ」

それは2年生後半、正月を明け、
良助が母方の実家から戻ってきたばかり時だった。
友人が電話で開口一番にそんなことを言って来た。

大学近くで、町内会のそんなイベントが行われるらしかった。
なんで良く知らない町内会のイベントに顔を出さなきゃならないんだと思いつつも、
良助はその誘いを受けることにした。

2人は一度大学で待ち合わせ、徒歩で向かうことにした。
寒かったので友人は自分の持っている車で行きたがったが、それを良助は拒否した。

車は事故が起きた時のリスクが高い故に、良助はあまり車が好きではなかったのだ。
彼は長距離移動の時は仕方なく公共機関であるバスや電車を利用していたが、
1kmや2km程度であったら徒歩で移動するようにしていた。

「あー、もう仕方がねーな。誘ったのは俺だし」

それほど遠い距離でなかったため、今回は友人が折れた。

ごく普通の何気ない2人の選択。
だがその選択が2人の命運を決定付けた。

徒歩でイベントに向かう二人の耳があるものを捉えた。
それは何かが雪の上を滑る不吉な異音であった。
何台もの車が走る音に混じってそれは突如聞こえた。

後ろを振り返るのは2人同時だった。
そして2人同時にそれを見た。

自分たちの目の前に迫った……大きなタンクが載った軽トラックの側面。

彼らが聞いたのは、冷たく凍る路面と激しく回るタイヤの間を
死神が鎌で撫でた音だった。

良助は一瞬それが何かわからなかった。
一体なぜ自分たちの目の前にこんなものがあるのか。
そしてこの大きな何かは、なぜ自分たちに勢い良く向かってくるのか。

体が固まった。思考が真っ白になった。

――トン

目の前の『それ』が自分の体にぶつかったにしては軽い音。
傾いていく良助が見たのは、横から突き出された友人の手だった。

良助の横を、ぶつかるはずだった軽トラックが通り過ぎていく。
そして次の瞬間、友人の姿が消えた。
直ぐ側のブロック塀とタンクの間に飲み込まれるようにして……。

音が消えた。

良助にはやはり何が起きたのか分からない。
なぜ自分がここに尻餅をついているのか。
一体友人の体はどこに消えてしまったのか。

わかることはただ一つだけである。

それは今自分の体に何か匂いのする液体がかかっているということ、
そしてそれがあの割れたタンクから吹き出たものだということだけだ。

良助は塗れたまま、呆っとして拉げた軽トラックの車体を見ていた。

少しすると、転がった軽トラックの車体裏で小さく何かが光った。

だがそれを良助が認識することはなかった。
そこから瞬く間に広がった光の奔流が彼の意識を刈り取ったからだ。






次に目を覚ましたとき、
…………良助は闇と痛みの牢獄の中にいた。

何も見えなかった。良助の視界は闇に占められていた。
それは明かりが無いということではなかった。
光や影どころか視覚と言う概念すら存在しない暗黒が広がっていた。

彼は自分はまだ意識を失っているのではないかと疑った。
しかし意識を失っているのならば、こんな思考すらできるはずが無い。
彼は確かに覚醒していた……激しい痛みによって。

痛みは眠っていた彼の意識を、ハンマーで頭を殴るようにして叩き起こした。
常時高圧電流が流されているかの如く走っていく全身の痛みに、彼は声にならない悲鳴を上げた。
まるで脳に手を突っ込み捏ね繰り回されている気分だった。
それぐらいその痛みは強烈で彼の正気をゴリゴリと削っていった。

気が狂いそうになるほどの漆黒と苦痛は、
存在していたあらゆる感覚をベットリと塗りつぶしていった。
触覚。嗅覚。視覚。味覚。聴覚。空間感覚。時間感覚。
良助はそれらの感覚がもう良く分らなくなっていた。
ただ意識と痛覚のみが深い暗闇の海を漂っていた。

数多の痛みに脳髄を焼かれながらも良助はなんとなく理解した。
これが生と死の境にある世界なのだと。
暗闇と痛みに負けて意識を離せば、おそらく意識はもう戻ってくることはない。
そうなれば自分はもう終り。
きっとこの闇と痛みすらもない無の中に自分は放り込まれるだろう。

今自分は死の淵に立たされている。
そのことを知った時、良助の意識の中ではある感情がグツグツと湧き上がっていた。

それは一体どんな感情だったのだろうか。
困惑? 驚愕? 焦燥? 諦観?
確かに突然こんな状況に置かれたら、そう感じても不思議ではない。

だが違う。良助が抱いていたのはもっと別の感情だ。

……恐怖……
      ……絶望……
   ……憤怒……
            ……悲哀……
        ……後悔……
 ……不安……
              ……憎悪……
  ……怨恨……
           ……無念……

深海を漂う泥のように重い暗い人間の情念!
そんな濃い感情の群れがとぐろとなって、良助の心中を渦巻いていた!!

全身を焼くような痛みに朦朧とし、心が砕けそうな精神異常に陥りながらも、
良助は自分の身に何が起きたのかなんとなく把握した。

交通事故に巻き込まれた。
己の全身を痛みが刺すように包み込んでいるのは、それが理由だろう。
もしかしたら全身に重い火傷を負っているのかもしれない。
自分の体にかかったあの液体は、ツーンとする灯油の匂いがした。
あれは灯油か何かを運ぶ運搬車だったのではないだろうか。

TVニュースや新聞などで毎日報道されている出来事。
事故のニュースを見ても、良助は「お気の毒に」と思うだけだろう。
そして次の日には忘れてしまうのだ。

自分には関係ないことだと思っていた。
交通事故で大怪我するなんて、まさに彼が回避しようとしていた破滅的な事である。
そんな人生を台無しにする問題を未然に防ぐために、
これまでパラノイアのように神経を尖らせていたきたのだ。
自分からは決して事故に繋がりそうなことは一切しなかった。
車を運転することはもちろん、車に乗ることもほとんどなかった。
できる限りリスクがより低い方の選択肢を選んできた。

……だがそれらの行動に果たして意味はあったのだろうか。
なぜなら高橋良助は、こんな典型的な悲劇に見舞われてしまったのだから。

なんたる人生の皮肉!
最も問題に怯えていた男が、もっともリスクの低い選択肢を選んだ結果、
あっさりと交通事故に巻き込まれてしまった。

なぜだ……とは思わなかった。
漠然とではあるが、そうではないかと思っていた。
心の奥底にその可能性を押し込めていた彼は、この時、全てを理解した。

自分の人生に意味はなかったと……。

結局、良助の行っていたことなど、運の前にはゴミ屑同然だったのだ。
どんなに未然に問題を防ごうとしても、どんなに問題が発生しないか警戒しても、
運が悪ければ全て無意味である。ダメな時はダメになってしまうのだ。

酷い! 酷すぎる!!
あれだけの事をしても、結局は運しだい? そんなのありなのか!?
じゃぁ、自分のこれまでの人生はなんだったんだ!?
全部無意味だった言うのか!?  何も意味がなかったというのか!?
ふざけるな!! ふざけないでくれ!!

世界に自分の人生が全て否定されたように感じ、良助は怒りが抑えられなかった。
そして嗤い出したくなった。

滑稽だった。破滅が怖くて怖くて仕方がなかった臆病者が、結局はこの様。
怖い怖い言って、安全に生きていたつもりなのに、最も恐ろしい目にあってしまう。

……しかも自分の友人まで巻き込んで。

灯油の運搬車と壁に挟まれた友人。あの車の勢いでは助かりはすまい。
おそらくは即死だったはずだ。

自分はどれだけ馬鹿なのだろうか。
己の無意味な選択肢に友人を巻き込んで、その友人を殺してしまうとは。
もっとも危機に敏感だった男が、もっとも無謀な男に助けられてしまうとは。
しかも助けられておきながら、何も反応ができず、結局大怪我を負ってしまうとは。

なんという愚か者! なんという間抜け!
友人ではなく、こんなくだらない自分こそが死んでしまえばよかったのだ!!

それなのに自分だけがおめおめと生き残ってしまった。
こんな何もできない状態になって。

大事な友人を死へと陥れてしまった後悔と自分への怒り、
無慈悲な世界に対する憎しみが一気に噴出し、良助の精神を轟々と燃やしていった。

死んでたまるかと……。
このまま死んでなるものかと……。
傷を癒して、助けてくれた友人の分も生きるのだと……。

そうでなければ!!
自分を助けた友人の人生まで無意味なものになってしまう!!!

生きながらえるのだ!!
どんな手段を持ってしても! 何を犠牲にしても!
非道なことも残酷なことも何をしてもかまわない!!
だから何があっても生き永らえるのだ!!
絶対に……絶対に……絶対に……絶対に……!!

痛みと暗闇で途絶えそうになる良助の意識を、消えそうになる彼の儚い命を、
正気を焼くほどの強い執念と意地が、杭となってその場に縫い付けた。
生き永らえるという意思だけが、彼の頭をグルグルと廻った。

血は争えない。
こうして高橋良助は妄執に取り憑かれた。父親のように。






一体どれほどの時間が経ったのだろうか。彼には理解できなかった。

こんな暗闇の中では時の流れなど分るわけが無い。
一瞬しか経っていないように思える時もあれば、
永遠の時間が過ぎてしまったように思える時もあった。

何度も何度も消えそうになる意識と生命を、
良助はその妄執と狂気を持って何度も何度も現世に留め続けた。

彼がこの闇と痛みの牢獄を生き残るために必要なのは強い思いや感情だけであった。
故にそれ以外のものは、生きるうえで全て削ぎ落とされていった。

自分が誰なのか。どんな人生を送ってきたのか。いったい何故こんなことになったか。
なぜこんなにも生きることに執着しているのか。
それらの記憶は彼の頭から一切消え去っていた。
いや、それどころかそんな考えをする思考すらも最早失われていた。

絶対に死ねない。絶対に生き永らえる。
常軌を逸した強い執着心とそれに連なる感情だけが、彼の頭の中を占めていた。
そんな彼の精神はもはや人間のものではなくなっていた。
彼はただ生存だけを目的とした獣のようなものに変貌していた。

そんな中、良助はいつからか幻覚のようなものを認識するようになった。

それは自分に良く似ている一人の男の朧げな姿。
だがその男は怪我も火傷も何一つ負っていない。
健康な体を動かして、活き活きと動き回っている。

その男の姿は時が経つにつれてより鮮明になっていく。
徐々に徐々にではあるが弱まっていく良助の意識とは対照的に……。

そして……、
幻覚の男がまるで本物の如き存在感を発し始めた時、
距離も時間も存在しなくなったその空間の中で『それ』は起こった。

真っ暗な意識の遥か遠くが、僅かに光り輝きだしたのだ!!
良助の意識は一瞬で、暖かく包み込むようなその光の虜になった。

あれこそが自分の求めていた光! 生の輝きだ!!

良助はその光に手を伸ばそうとした。
すると、遥か昔に塗りつぶされていたはずの感覚が蘇っていた!!
そしてそれに呼応するように幻覚の男が光に手を伸ばした。

良助は歩き出した。幻覚の男も歩き出す。

徐々に近づいてくる眩しくて暖かい光の世界。

光に近づけば近づくほど、良助の意識と幻覚の男の距離も縮まっていった。

段々と光が強くなっていく。近づく速さが上がっている。

気付けば幻覚の男が走り出していた。

そうだ!! もっと早く行くんだ!! 近づくんだ、あの光に!!

いくつもの光の線が放射するように、良助と男の横を通り過ぎていく。

近づくスピードがありえないほどに早くなっていく。

いつしか良助と幻覚は完全に一緒になっていた。

もはや痛みも暗闇も消えてなくなっていた。

ただ溢れんばかりの光とその暖かさが彼を包み込んでいた。

彼の肉体が、いや高橋良助という存在自体が光の中に溶けていく。

(嗚呼……)

そして、良助は…………






―――ピーーー

「先生、例の患者さんが……亡くなりました」
「……そうか。では彼の親族に連絡してくれ」
「……はい」

部屋から出て走り去っていく看護婦。
彼女がこの部屋からいなくなったことを確かめ、主治医は深く溜息をついた。

それは自分の患者が死んだことに対する悲しみではなかった。
ようやく楽になってくれたかという安堵の溜息であった。

全身の70%以上を火傷して生きていられる人間はいない。
だがその患者は生きていた。身体のほとんど黒焦げにされながらも。

更には患者はあれだけの火傷を負いながら、意識を維持しているようだった。
まるで死に抵抗するかのように、熱で縮んだ全身の筋肉をモゾモゾと動かしていた。

科学的には理解できないことだった。
長い間医者をやってきたが、こんなことは聞いたことがなかった。
そしておそらく、これからも聞くことはないだろう。

一体彼を生かしているのはなんだったのだろうか。
精神力? いや、そんなもので生きていられるわけがない。物理的に不可能だ。

医者にはこの患者に不思議な力・超常的な力が働いているように思えた。

だがいくら生き延びることができたとしても、苦痛を味わう時間が延びるだけだ。
これほど火傷を負ってしまえばもう医者としては手のつけようが無い。

事故が会ってからの一週間、
おそらく患者は地獄のような痛みと苦しみを味わっていたにちがいない。
一体それはどれほどのものだったのか。医者は想像できない。

だがそんな苦しみを味わってまで、生き延びる意味はあるのだろうか。
医者にはそうは思えなかった。

患者やその親族に申し訳ないと思いつつも、
医者はこの一週間ずっと「早く楽になってくれ」と祈り続けていた。
時には自ら生命維持装置のスイッチを切ってしまおうかと思ったぐらいだ。
見ていられなかったのだ。これ以上、この患者が苦しむのは。

医者の願いがかなったのだろうか。
たった今、その患者は苦しみから開放された。

それゆえに医者はようやく息をつくことができた。
先の溜息はそういう意味のものである。

「願わくば、彼が天国にいけることを」

生き延びて苦しみ、死んで地獄で苦しむことになったとしたらあんまりである。
宗教を持たぬ医者ではあったが、そう祈ることを抑えられなかった。






だが医者は知らない。

その患者が行ったのは天国でも地獄でもないということを。

人間の切なる思いが形になる世界に患者が入り込んだということを。

そして全てが始まったその場所で、一つの存在が産声を上げたということを。






かくして物語始まる。

これは別世界に送り込まれたとある異邦人の冒険活劇。

これは生への執念でその身を煉られた化物による災厄の記録。






「わーい! 人生オワタ\(^o^)/」

それが高橋良助、朝の第一声であった。






天災異邦人『高橋良助』~オワタ\(^o^)/で始まるストーリー~

――― 開 幕 ―――






第1話につづく



[4809] ――― 第 19 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/17 22:22






星と街が煌くヨークシンシティの夜。

薄ら闇が立ち込める高級ホテルの一室を、そこに立っていた3人の男たちを、
その高らかな嗤い声は一瞬にして支配した。

男が地面に転がって腹を抱えて嗤っていた。
ゲラゲラと笑いが抑えられないその姿は、壊れて止らなくなった笑い人形のようだった。
狂笑はスウィートルームの豪華な装飾に反射し、空間を木霊していく。

金髪長身の男と背の低い東洋系の男は、その姿を目を見開いて見ていた。
もう1人の額に刺青を入れた男は、その様を静かにそして冷たく視認している。

そんなギャラリーのことなどまるで気にせずに、男は爆笑し続けていた。
本当に面白いことがあったと言わんばかりに愉快そうに笑っている。
だがどこかこの世の無常さを、滑稽さを嘲笑う笑いのようにも見えた。

一しきり嗤った後、男は疲れたようにして床に大の字になった。

「……ハァ……ハァ……。
 いやぁ~、思い出した思いだした」

男は目尻の涙を拭ってユラリと立ち上がる。
そしてヘラヘラと笑みを浮かべて、両手を広げ、他の3人を見渡した。

「俺、死んだんだったわ」

セリフの中身に比べてあまりに軽過ぎる一言。
彼の名前は高橋良助、先ほどまで首を断たれていたはずの男である。






第19話 『覚醒』






「こいつは具現化された念だ」

そのたった12文字の言葉は、高橋良助に決定的な変化をもたらした。

まず始めに心臓が五月蝿いほどに鼓動し始めた。
まるで耳の傍に心臓があるかのように聞こえてくる鼓動の音。
暴れるように荒々しいその音には、人間のありとあらゆる情念が混ざっている気がした。

だがおかしい。既に自分は首と胴体が切り離されているはずだ。
なぜ切り離されたはずの胴体にある心臓の音が聞こえるんだ。
そんな疑問を感じた瞬間、良助はそれを認識した。

自分と何かがが繋がる感覚。
コンセントに電源を差し込んだ時のような感触が意識に浮かんだ。
今まで途絶えていた2つの閉路が線1本で繋がったような気がした。

良助は最初それが一体なんであるか分らなかった。
だが、その繋がった何かから迸るように流れ入ってくるモノが、その疑問を氷解させた。

それは見知らぬ光景だった。

自分の体とは思えないような黒々と焦げた己の四肢。
その焦げた両手で体を掴まれ、死んでいった数多の人間達。

良助が覚えている限り、こんなのは見た記憶がなかった。
しかしそれは確かに良助が見た光景だったのだ。
良助の体の中に眠る、もう1人の彼……『化物』が。

その化物は、焼け付くような痛みとドロリとした暗黒の牢獄で生まれた。
燃えるような狂気と妄執で練られた存在。
それが彼が今、繋がったと感じたモノの正体であった。

良助は全てを理解した。

本当の自分はもう既に死んでいたという事を……。
チェリーも、トンパも、フランクリンも、衰弱死事件の被害者たちも、
みんな自分が殺したのだという事を……。

気付けば首と胴体は元通りになっていた。

なるほどなるほど。確かに自分は人間ではないようだ。
この世界は化物じみたキャラクターが多いと思っていたが、
自分はそんな比喩なんて関係ない正真正銘の化物だ。

……おもしろい。おもしろ過ぎる!!

せっかくHUNTER×HUNTERの世界に来たにも関わらず、一切念が使えない。
自分はそれを、なんとつまらないことだろうと思っていたが、まったくの間違いだった。
この世界に来た時から、既に自分は念に関わっていたのだ。
彼は人を喰らって生きる念の化物なんていう、
とんでもなくイカれた存在に生まれ変わっていたのだ!!

「ククク……クハハハハハハハハハハ!!」

込み上がってくる高揚感を抑えきれず、高橋良助という名の存在は……哂った。






「いったいどうなってやがる……」

フィンクスは混乱と共に呟いた。額からはじっとりと汗が滲んでいる。
見ればフェイタンも目を細め、眉間に皺を寄せている。
おそらく自分と同じく、今起きたことが理解できないのだろう。

フィンクスはその目で確かに、胴から切り離されて床に転がる男の生首を捉えていた。
決して目を逸らしていなかった。それどころか瞬き一つしていない。
そうであるにも関わらず、その何一つ動く気配ないその生首が、
団長が「こいつは具現化された念だ」と言った次の瞬間、
まるでそれが幻であるかのように消え去ったのだ!
フィンクスは一瞬、何が起きたのか分らなかった。

すると、そんなフィンクスを嘲笑うかのように、突然笑い声が上がった。
直ぐ横を見ると、斬首されたはずの男が何事もなかったかのように抱腹絶倒していたのだ。
転がっていたはずの頭は胴体にくっつき、首には傷一つ残っていなかった。
首だけではなく、床に広がっていたはずの血溜りまでも消えていた。

本当に、フェイタンが男の首を切ったのが嘘であるようだった。
男が首を切られたという痕跡は何一つ残っていなかった。

自分は幻覚か何かを見たのか? いいや、そんなことはありえない。
間違いなく男は首を切断されていたのだ。
なら、一体なぜ?

男の「俺、死んだんだったわ」という台詞は、更にフィンクスを混乱させた。
今死んだはずの男が、生き返り、そんな言葉を話している……いったいどういうことだ。

「……やはり、本体はもう死んでいたか」

混乱するフィンクスとフェイタンを尻目に、
団長クロロ・ルシルフルは鉄のように冷たく静かな声でそう言った。

クロロには今の現象を見て、驚いている様子は無かった。
どちらかというと、こうなることが予想できていた節すら見える。
この不可解な現象の理由を分っているのだろうか。

きっと団長ならこの不可解な現象についても説明してくれるはずだと、
フィンクスはフェイタンと共に、クロロの次の言葉を待った。

だが、次に言葉を発したのは、その不可解な現象を起こした当の本人である男であった。
男は指をパチンッと鳴らして、明るく楽しそうに言う。

「そそ。俺ゃいわゆる『死者の念』って奴さ~」

それは本当に愉しくて愉しくて堪らないという子供っぽい声であった。
無論、緊迫したこの場の空気には全く馴染んでいない。
異常なまでに場違いな男の言葉と態度にフィンクスは強い違和感を感じる。

だがそれはともかく、彼も今の会話でだいたいの事態を把握した。

念と言うものは死ねば消えるとは限らない。
それどころか逆に死ぬことで強まる念というのも存在するのだ。
それゆえ、死者の念というものは最も強力な念の一つとして考えられている。

今の話を聞く限り、
この男は死者の念……即ち、どこかの念能力者が遺した念獣だろう。
念能力者が念獣を遺して死んだという話をフィンクスは聞いたことがなかったが、
そういうことがあってもまぁありえなくは無い。
そして「俺、死んだんだったわ」と言うことは、
術者そっくりの念獣を作りだすという能力だったのだろう。

「……なるほど、死者が遺した念獣となればまだ話はわかるな。
 んで団長、こいつの能力ってのは何なんだ? さっきのはそのせいなんだろ?」

ならばおそらく、先ほどの現象はこの念獣の能力のせいなのだろう。
きっと目の前に立つこの男は、そういう能力を持った念獣なのだ。
そう考えるフィンクス。だがクロロは首を振ってそれを否定した。

「いや……これはこいつの能力ではない」
「はぁ? じゃ、なんだってんだよ?」

クロロの言葉に困惑したフィンクスがそう言うや否や、
件の男は眉を八の字にし、ヤレヤレと肩をすくめて話し出した。

「おいお~い、フィンクス君。そりゃないだろ~??
 今までの情報からその理由(わけ)はわかるはずだZE~」
「……なんで俺の名前を知ってやがる!?」
「ハハハ、さ~て何故でしょう?」

自分の名前を気安く呼んだその男を、フィンクスはにらめつけた。
だが肝心の相手は、相変わらずニヤニヤとこちらを見ている。

こいつはなぜ自分の名前を知っているんだという疑問が浮かぶが、
今はそれよりも団長の言っていた話のほうが気になる。
フィンクスは団長に視線を送り、話の続きを促した。

「こいつは具現化した念……言わば念獣と同じなんだ」
「だから、それがどうしたってのかよ?」

そんなことはフィンクスも分っていた。
だが、念獣でも具現化物でも傷はつくし、壊れるはずだ。
それなのに何故、男が無傷であることに繋がるのかわからない。

団長はここでフェイタンに視線を向けて、話を続けた。

「フェイタン、お前は能力を出す時、防護服も一緒に具現化するな」
「そうよ。でも、それがどうかしたか?」

『許されざる者(ペイン パッカー)』、それがフェイタンの能力の名前だった。
オーラを灼熱の球体などに変化させて敵を攻撃するものだが、
効果範囲が広くフェイタン自身もダメージを喰らいかねないという強力な能力だ。
そのためフェイタンは防護服も具現化してから、その能力を発動するようにしていた。

「もしもその服が傷つけられたら、どうなる?
 また具現化し直した時もそのまんまか?」

変なことを団長も聞く、フェイタンの防護服は具現化したもの。
いくら傷つけられたところで、フェイタンの頭の中にあるイメージ自体は変わらない。
もう一度具現化し直せば……

「「!!」」

そこまで考えてフィンクスは気付いた。おそらくフェイタンも気付いたのだろう。
男の体が元通りになった理由が!

「そうだ」

団長が険しい顔をして、目の前に立つヘラヘラとした男を睨む。

「よほど強いイメージが残らない限り、再具現化時にその傷は再現されない!」

団長の言葉を聞き、フィンクスとフェイタンがその目を見開いた。
まさかと思った予想が当った。

「ピンポーン!! ピンポーン!! 大当たり!!
 そう!! 俺様は自分自身を再具現化することができるのさァ!」

驚く2人の顔を見て、良助は楽しそうにカラカラと笑い、そう言った。
そしてその言葉を聞き、2人の表情が先ほどよりも険しくなる。

当然だ。
念獣が自分自身を再具現化することが出来る。
それを意味するところはつまり……

「こいつは……不死身だってーのか!!?」
「ハハハハハ! まぁ驚くよね~、ふ・つ・う!!」

フィンクスの叫びに、良助はこれ以上面白いことは無いと言わんばかりに笑った。

念獣は本来自分自身を具現化することはできない。
当たり前である。どこにそんな念獣がいるのだ。
だがこの男の場合、己で己を具現化しているという。
おそらく本体は既に死んでいて、既に念獣自身が本体のようになっているからであろう。

具現化することで全ての状態は元通りにリセットされる。
己に負ったどんなに傷を負っても具現化し直せば、元に戻すことができる。

即ち不死身。
ありえない。あまりにも無茶苦茶過ぎる。
しかもこれはこの念獣の能力でも何でもなく、ただの特性に過ぎないのだ!!

「厳密には不死身じゃないだろうな。
 おそらく自身を構成するオーラが少なくなれば、こいつは消滅するはずだ」

具現化にだってそれなりのオーラが必要だ。
念獣だって激しい動作や再具現化にはかなりのオーラが消費されるはずだ。
とすれば確かに、それはこの男の弱点と言えるだろう。

「そうそう! ハンター試験の時は一回オーラが足りなくなってヤバかったなぁ。
 いや~、さすが団長さま。わかってらっしゃる!!」

ニタニタしながらそんなことをほざく念獣の男。
だがそれをフィンクスは無視した。それよりももっと気になることがあったからだ。

「じゃぁ団長……こいつには別の能力があるってことかよ!?」

そう。不死身がこの男の『特性』となれば、『能力』は別に存在するということになる。
ただ単に不死身であるというだけであれば、話は簡単である。
クロロの言うように、復元できなくなるまで、消滅するまで、
この念獣を壊し続ければいいだけの話なのだ。

だがそれに更にもう一つ能力が付くとなれば……厄介なことになる。

「精巧な人型念獣作り出すのは、能力違うか?」

フィンクスの疑問を受け、フェイタンがそういった。
確かに、自分と同じ姿の念獣を具現化するだけでも、かなりメモリが必要となるはずだ。
それに加えて人間そっくりに動くとなると、そう簡単に具現化できるものではない。
となれば人間型の念獣を生み出すことが、死んだ念能力者の能力だったのだろうか。

だがそんな2人の考えをクロロは否定した。

「いや、フランクリンが衰弱で死んだことを忘れたか?
 こいつの能力は別にある」

そうだった。
火傷男は人を衰弱死させる何かしらの能力があるのだ。
とすれば、間違いなくこの念獣は人間型であるという以外に能力を持っていることになる。
不死であるというだけでもやりづらいというのに、最悪である。
ではいったいその衰弱死を起こす能力とは一体なんなのだろうか。

2人の心の中の疑問に応えるように、クロロが話し始めた。

「こいつが衰弱死事件を起こしたのはおよそ半年前からだ。
 つまりこの男は少なくとも半年間、自律行動していたということになる」

フランクリンの死因は衰弱死。
故に旅団のメンバー達は目の前の男を今起きている衰弱死事件の犯人だと予想していた。
つまり、もしそうならば、この念獣は半年以上前から存在していたということになる。

「だが……それは……」
「そう! ありえない!!」

フィンクスの呟きに、クロロが強く言った。

おかしいのだ。
具現化した能力者が死んでいるのに、念獣が半年近く動いているのは。
いくら死者の念が強いといっても、自律稼動する念獣が半年も存在できる訳ではない。
しかもフランクリンを倒してしまうような念獣である。
明らかにオーラが足りないはずなのだ。

ではどうやってこの男は今まで存在していたというのだろうか。
本体が死んだ今、一体どうやってオーラを確保して……

そこまで考えたフィンクスの脳裏にある考えが浮かんだ。

それはこの念獣の能力!
その能力ならば、半年以上念獣が存在していることができる!!
それに、これならばフランクリンが敗れたのも納得がいく!!

つまり、この念獣の男の能力、それは……

「『オーラの吸収』か!!」

フィンクスの叫びに、クロロが頷いた。

「そう! この念獣の能力はオーラを吸収するというもの。
 この半年間、衰弱死が定期的に起きていたのは……
 こいつは犠牲者からオーラを吸っていたから! 即ち『食事』!!」

それがこの念獣の能力、そして衰弱死事件の真相であった。
3人の会話をニヤニヤと黙っているこの念獣の男は、
この半年間、人間を食らって生き永らえてきたのだ。

「なるほどね。その能力、フランクリンと相性最悪よ。
 フランクリンの念弾、全部吸収されるね」

そして、もしオーラを吸うのがこの念獣の能力だとすれば、
フランクリンの念弾もまた吸収されてしまう可能性が高い。
もし念弾が効かなかったのであれば、フランクリンの敗北したの当然だ。

更に続けてクロロは言う。

「ここからは俺の予想だが、おそらくコイツは能力者が意図して作った能力ではない」

クロロのその言葉を聞いた瞬間、
男は目をキラキラとさせ、これまで以上に楽しそうな表情を浮かべた。
まるで祖父の昔話を楽しみにする幼い子供のように。

「この能力はありえないレベルで『人間』と言うものを再現している。
 人間の外見を持ち、人間の言動をし、俺の調べでは食事も普通に行っていた。
 それほど完成度が高い念獣なんだ、こいつは」

それはフィンクスも感じていたことだ。
フィンクスは最初、この男が念獣であることに気が付かなかった。
人間によく似たモノを具現化するのはそう難しいことではない。
だが、そいつの体にしっかり怪我が残ったり、血が出たりするとなると話は別だ。
人間を具現化したとしても、大抵は通常時の状態でしか再現できない。
普通は傷つけられても、血が出たりなどしないのだ。
これほど高いレベルで具現化ができるのは、
フィンクスが知る限りコルトピぐらいなものだ。
だが、コルトピだってその具現化物を操作することはできない。

「それに加えて『オーラ吸収』。これは極めて特質系に近い性質だ」

そしてその精巧な人間型の念獣はオーラを吸収するという能力を持っている。
具現化物の付加効果にしては、少々特異すぎる。特質系である確率が高い。

「つまり具現化・特質・操作をバランス良く鍛えた末に出来た、
 異常なまでに高度な能力……ということになるのだが、
 この能力は一つ致命的な欠陥を持っている」

フィンクスはクロロの言わんとしていることに気付く。
それは念獣を扱う全ての能力に関して言える問題。

「それは『本体から離すのが極めて難しい』ということだ」

念獣と言うのは本来、効率の悪い能力なのだ。
なぜならば念獣を『具現化』するもので在るにも関わらず、
自分の身から話して活動させるために『放出系』の要素も必要になるからだ。
具現化系と放出系は六性図の対極に位置する系統、相性が悪い。
しかも念獣を操作するためには、『操作系』も鍛える必要がある。
念獣とは高難易度の能力なのである。

「もし戦いに使うだけの能力であるならば、人の形などしている必要な無い。
 自分と良く似た念獣というのは、本体から離すことで初めて意味が出る!!」

この能力の場合、もはや極限に近いまでに操作・特質・具現化を使っている。
これほどまでに複数系統を極めたとなると、放出系を扱うのがかなり難しくなる。
具現化を極めてだけでも放出系を扱うのが難しいというのに。

これでは、念獣と言うものの特性を活かせない。
術者から独立した別の存在であるというのが、念獣の利点なのだ。
特に術者に酷似している念獣は、自分の影武者にしたり、
危険なところに自分のふりをさせて送り込んだりと、本体から離すことで利便性が上がる。
だが逆ならばほとんど意味がなくなってしまう。

「であるならば可能性は二つだ」

本体から離すのが難しいという致命的な欠陥を抱えた念獣が存在する理由。

「この能力を作り出した念使いは具現化・特質・操作に加えて、
 放出まで使いこなす能力を持っていたか……」

まずそれが考えられる可能性の1つ。
かなりのポテンシャルを誇る能力者であれば、
四つの系統であっても使いこなすことができるだろう。
だがそんな才能を持つ存在はほとんど居ないだろう。
団長であるクロロだってそこまでの才能を持っているかどうかだ。

そして次の可能性、それは……

「それとも念獣自体が本体になってしまったから、放出系は必要なかったかだ!!」

念獣を本体から独立させて活動させるために放出系が必要だったのだ。
だが、もし念獣自身が本体であるのならば、最早関係なくなる。
具現化系と操作系、そして目の前にいる男の場合はそれに加えて特質系があればよい。
全て隣り合う系統、相性はいい。

では一体どういう状況になれば、念獣自身が本体となるのか。
その可能性は一つだけである。

「つまりコイツは、能力者が死ぬその瞬間に初めて発動した能力!!」

それは術者の死!!
つまりこの男のように、本体が死んで
念獣のみが遺されるという状況でのみありうる可能性!!

「おそらくは『生きたい』という強い未練や執念が形になったもの!!」

そして死せし術者が残したのが自身に良く似た念獣であるのならば、
その術者が一体どんな未練を残していたかは大よそ推測できる。
十中八九、『生きたい』『死にたくない』という思い。
または『何か』のために生きなければならないという未練。

「オーラ吸収というのも初めからあったわけではなく、
 生まれた念獣が生き永らえるために自ら作り出した能力なんだろうな」

クロロは最後にそういって口を閉じた。
これがクロロの推測、目の前にいる人間の形をした念獣に関する推理の全て。

(さすがだぜ……)

フィンクスは心中でクロロに対して、賛辞を送った。
フィンクスやフェイタン、いや旅団の誰だってここまでの推理はできないだろう。
いつもながら恐ろしい頭の回転の速さである。

だがそのレベルの高い推理に舌を巻いていたのはフィンクスだけでは無かった。

「素晴らしい! 素晴らしすぎるぅうううううう!!!」

それは今、クロロによって説明されていた当の本人である念獣の男であった。
目をウルウルとさせ、感極まったという表情を浮かべている。
敵であるクロロの推理に純粋に感動しているようだった。

「俺が死者の遺した念獣ってだけで、まさかそこまで推測できるなんて!!
 流石は超A級賞金首、幻影旅団の団長クロロ・ルシルフル!!!
 いや~、ヒソカが惚れ込むのも分るね~」
「ヒソカだと……!?」

セリフの中にあった旅団員の名前にフィンクスは声を上げた。
だが男はフィンクスの言葉を無視するように話を続ける。
そしてフィンクスも次の言葉に気を取られてしまって、それ以上の追求ができなかった。

「そう!! フランクリンは……俺様が殺したのさッ!!」

歯を剥き出しにして笑い、両腕を大きく広げる男。
突然のカミングアウトに、フィンクスは声を失った。

「知らないって言っていたのは嘘か?」

クロロがそういうのも当然だ。
この男は今の今まで本当に知らないかのように振舞っていたのだから。
一体なぜここに来てあっさりと自分がフランクリンを殺したことを認めたのか。

「いやいやいやいやいやいや!!
 忘れていた……、いや本当に知らなかっただけなのさ!!
 さっきまでね~」

男はヤレヤレと言ったくさい仕草をする。
雰囲気が軽薄で一体どこまでが本気でどこまでがふざけているのかわからない。
しかも知らなかった? 一体この男は何を言っているのか。

「そういえば、まだ一つだけわかってない謎があるよなぁ」

男は俯いて、両手を顔で覆った。

「では俺がフランクリンを殺したのなら、一体火傷男はどこにいるのか?」

そして顔を覆い隠したままそんなことを言った。

確かにフランクリンの記憶を読み取ったパクノダは、
全身に酷い火傷を負った男がフランクリンのことを殺したと言っていた。
だがこの男はどこにも火傷を負ってはいない。
それならば火傷男とは一体誰のことなのか?

「ククク」

突然男が笑いを漏らし始めた。
笑いを堪えようとしているのか、体全体がブルブルと震えている。
いや、本当にそうなのだろうか。それにしては震え方がおかしい気がする。

「楽しませてくれたご褒美に……教えてやるよ!!!」

男がそういった瞬間であった!!
顔と顔を覆う手の平との間から湯気……いや、煙が上がり出したのだ!

「いや~、まぁどちらにせよ、こうしなきゃならなかったんだよ。
 ついさっき自分の秘密に気付いた俺が、この体を上手く使えるわけないもんな~」

男が話していくにつれ、手だけではなく全身から1本2本と煙が上がっていく。
そして徐々に強まっていく震え。ここでフィンクスは気付いた。
この男が堪えているのは笑いなんかではないと!

「だ・か・ら!! ここはお任せすることにしたのよ~。
 もっとこの肉体を上手く使える存在にね~」

まるで焼きごてが肌に押し付けられているかの如く、体から大量の煙が発生し出した。
人の肉を焼ける匂いがフィンクスのところまで届いてくる。

「ハハハハハ!! さ~て、さ~て、どっちかにゃ~~!
 不死身が勝つのか、それとも数で有利の蜘蛛が勝つのか!!」

男の体が、何か見えない焔に焼かように、どんどんと黒く煤けて焦げていく。
男が震えていたのは、自分の体が熱されるのに耐えているためだったのだ!!

「オレッチ生き残れるのかにゃ~!? それとも死んじゃうのかにゃ~!?」

ドンドンと醜く変貌していく、男の肉体。
しかしそれとは対照的に男の声は相変わらずふざけたままだった。
まるで今話している存在と肉体を持っている存在が別であるかのように。
フィンクスは得たいの知れない不気味さを感じた。

「ま、どっちでもイイや、だって『生きたがっている』のは俺じゃなくて、
 この体に眠る『俺』なんだからな!! はははははは!!」

男の声は愉快そうな色を残しつつ、どこか引き攣っている。
話しぶりも、話している内容も、どう考えても人間ではない。
この男は狂っている。確実にどこかが壊れている!!

狂人の体には最早煤けていないところなど存在していなかった。
それどころか至る所が炭化し、まるで悪魔の鱗のようになっている。

そしてその狂人は叫んだ。

「では、ご開帳ォーーーーーー!!!
 会わせてあげるよ……チミたちが探していた『化物』にィーーー!!!」

その言葉の直後、男の体はビクンッと大きく痙攣した。
今まで顔面を覆っていた両手が剥がされ、両腕が下にダラリと落ちた。

そしてそこには……

「……」

じっとりとこちらを見つめる白く濁った両眼が存在していた!!

男の全身は生きているのが不思議なほどの酷い火傷が覆っていた。
肉体の所々はもはや硬く炭化しており、肌色であるところのほうが少ない。
黒々とした体の中で、その白い油絵の具に塗りつぶされたような眼だけが目立っていた。

先ほどまでの飄々とした男の姿はもはや消えていた。
そこに居たのは一体の化物。人ならざるもの。
地獄の焔の中から這い上がってきた、焼け爛れた忌むべき魔物であった!!

最早説明は何も必要なかった。これは今まで話していた男ではない。
この存在こそが、自分たちが探していた『化物』であるとわかった。

火傷男。

これこそがパクノダが見たという、フランクリンの最後に記憶に映っていた相手。
旅団トップクラスの戦闘力を誇るフランクリンを殺した化物。

火傷男はググッと身を前に傾け、手をブラブラとさせ始めた。
先ほどの男とは違い、こちらは野生の獣のように隙が感じられなかった。
見ただけで感じ取ることができた。この男が危険であると。

不死身という特性とオーラ吸収という能力を持つという規格外の化物。
全てがフィンクスにとって予想外の相手であった。

であるが故にフィンクスはこう言った。

「……おもしれぇじゃねぇか」

フィンクスは右手拳を固め、大きく肩を回した。
そしてそれに伴い、フィンクスが纏っているオーラが徐々に膨らんでいった。

確かに予想以上に手強そうな相手だ。だがそれに何の問題があろうか。
今まで訳のわからない相手と戦ってきたことなど何度もあった。
自分よりも強い相手と戦ったことだって何度もある。

だが念の戦いに絶対なんてものはないのだ。
相手が誰であろうと、どんなに強かろうと、フィンクスの右手は相手を打ち破ってきた。

むしろ相手が強ければ強いほど、破り甲斐が在るというものだ。

「こいつちょっと調子こいてるね」

フェイタンがコメカミに血管を浮かべながら、隠し持っていた刀を両手で構えた。
相変わらずキレやすい奴だ。だがそれでこそフェイタンである。

「あぁ、ちょっと俺らで灸をすえてやろうぜ」

この2人が居れば、不死身だろうがなんだろうが、関係ない。
おまけにクロロまで一緒なのだ。
自分達3人を相手して、何とかやっていけるという思いあがりをへし折ってやる。

(「生き残れるのかにゃ~? それとも死んじゃうのかにゃ~?」……だと?
 馬鹿が!! 死ぬに決まってんだろ!!)

そう心の中で叫び、フィンクスは一歩前に出た。
そしてそれに伴い、フェイタンも一歩前に出る。

「サポートする。お前らは好きにやれ」

クロロが右手に本を具現化させながら、そう言った。
まったく頼もしい限りである。

「んじゃ、いっちょ化物退治としけこむか」

そう言ってフィンクスは一歩一歩、化物に近づいていった……。






人々が寝静まるヨークシンシティの深き夜。
闇の住人達と一匹の化物の死闘が始まろうとしていた。






つづく



[4809] ――― 第 20 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/25 02:18






その化物は既に自分が何者かなんてとっくに忘れていた。
ただ覚えているのは『何があっても生きなければならない』という思いだけ。
そして化物を動かしているのは死から生まれた感情だけである。

死の恐怖。死の絶望。死の憤怒。死の悲哀。死の後悔。
死の不安。死の憎悪。死の怨恨。死の無念。

生きるために、死なないために、その存在は手段を選ばなかった。

化物は本能的に生きるのに必要なものがわかったのだ。
それは化物の肉体を構成するのと同種のエネルギー。人の体に宿るエネルギー。
故に化物は他者から奪う能力を身につけた。

実際にエネルギーが足りなくなって来た時は、
そのたびに他の人間からエネルギーを吸収していった。
エネルギーを奪われた人間はみんな死んでいった。
化物の『食事』により、何十人もの人間が命を奪われていった。

罪悪感?
そんなものを感じるわけが無い。そんなもの苦痛と暗闇の牢獄に捨ててきた。
何をしても構わない。何を犠牲にしても構わない。

絶対にだ。
絶対に、絶対に、絶対に、生き永らえる!!
なぜなら自分は……ただその為だけに存在しているのだから。






第20話 『死闘』






その存在が眼を覚ました時、目の前には既に3人の敵がいた。

黒い外套を羽織った小柄な人間と頑強そうな肉体を持つ背の高い人間。
そして額に模様のある黒いボロボロの服を着た人間。

この3人……いずれも化物を殺しかねない強さを持っている恐ろしい人間だ。
化物の脳裏に、道化師風の人間とエネルギーを飛ばしてくる巨体の人間が思い浮かぶ。
おそらく眼前に立つこの人間達はその2人と同程度の戦闘能力を持っている。

こいつらが保有しているエネルギーは、普通の人間などよりも遥かに多い!!
できることならばこの3人を食事したいところ。
もし食することができたなら、自分の生存確率は飛躍的に高まるだろう。

だがおそらくそれは不可能だ。

化物は巨体の人間に殺されかけた事と、その時の恐怖を思い出した。
どんどんどんどん削られていく、肉体のエネルギー。
あの人間が加勢しなければ、おそらく化物は消え去っていた。

そんな恐ろしい奴に匹敵するほどの人間が、3人も敵対している。
生き残れる可能性は限りなく薄い。

そんな獣らしい合理的な思考が働いた瞬間、彼はもう動き出していた。

爆発するように膨らむ化物の脚。
自分の肉体を構成するエネルギーをそこに集中させたのだ。
そしてそのエネルギーは地面へと向けて収束していく!!

化物が勢い良く前方へと飛び跳ねた。
向かう先はこの広い部屋に備えられたベランダ。

「……ッ!! 初っ端から逃げるつもりか!?」

黄金色の髪の人間がそんな言葉を叫んだ。
化物はその人間が何を言っているのかわからなかった。
分ったとしても止りはしなかっただろう。
彼にとってはこの場から離脱することが、もっとも生き残る確率が高いのだから。

化物の行動は人間達にとって予想外のものだったのだろう。
彼らの動きが一瞬遅れた。そしてその一瞬は化物が逃走するのに十分な時間であった。

化物は爆発的な勢いでベランダの窓を突き破ろうとする!
そして窓にぶつかろうとし……

「……!?」

化物は『部屋の中』に居た!

何が起こった? そんな思考が頭の中を支配する。
化物は確かに窓に当る寸前のところまで行っていた筈だ。
だが次の瞬間にはなぜか部屋の中に戻っていた。

彼を追おうとした小柄な人間と金髪の人間も、化物の突然の転移に驚いている様子だった。
おそらく彼らも今一体何が起きたのか知りえていないのだろう。

この理解し得ない現象を前に整然としているのはただ1人。
右手に黒い本を持った額に刺青をしている人間だけだ!

化物の困惑は一瞬であった。2人の人間が驚いている間に化物は再び動き出した。
今度は部屋に取り付けられたドアに向けて突進していく。
化物はそのままドアを破壊して、外に出ようとした!!

だがその刹那であった。
本を持つ人間が纏っているエネルギーが一気に膨らんだのだ!!

そして化物は元の場所に戻されていた……!!

化物は理解した。この現象はこの人間の仕業だと。
この場から離脱するためには、まずこの人間を何とかしなければならないと。

そのために動き出そうとする化物。
だが化物にはもうそんな時間は与えられなかった。

――ドンッ

化物の右肩から先が吹き飛んだ!! 血をばら撒いて右腕が回転して飛んでいく!
肩口の恐ろしいまでに綺麗な切断面から血が噴出していた。

まるで自然現象のように化物の右肩は突然弾け跳んだ
だがそれは自然に起こったものではない。
化物のその白く濁った眼でしっかりとその瞬間を捉えていた。

化物はその憎悪に塗られた2つの眼を背後へと向ける。

「反応悪し。不死身なきゃもう死んでるね」

そこにはニヤっと眼を細める小柄な人間が立っていた。
切れ味が良さそうな刀を片手で持っている。

この人間だ。
この人間が化物に通り過ぎがてらに、鎖骨から脇にかけてを斬ったのだ!!
それは人間に出来るとは思えない程の凄まじい速さであった。
空を切る燕に匹敵するスピードを人間がたたき出したのだ。
その動きをなんとか『視認』することができた化物であったが、
『反応』することまではできなかった。

「次行くね」

小柄な人間が消えた!! 次の斬撃が来る!!
警戒していたこともあり、今度は化物も反応することができた。
今居たその場所を刀が切り裂くその前に、化物は距離を取ることができた。

跳んで己から離れていく化物を、小柄な男は目で追っていく。
再び切りかかって来ると思った化物であったが、
小柄な男は目をニヤリと細めたまま、その場から動くことはなかった。

なぜなら……これこそがその人間の狙いだったのだから!

「オラよォ!!」

腕が失われた化物の右側面を、巨大な鉄球で殴られたような衝撃が襲った!
背骨を、周りを覆う腹筋ごと叩き折られ、化物の肉体が二つに畳まれた!
内在するエネルギーで強化された彼の肉体ですら、耐えることの出来ない恐ろしい威力!
化物は思いっきり吹っ飛ばされた!

だがその破壊された肉体は、部屋の壁に衝突した瞬間には既に完璧に復元されていた。
化物は壁を両の脚で踏んでショックを吸収し、静かに地面に下り立つ。
そしてたった今、自分のことを攻撃した人間のことを見た。

「お。バラバラになるかと思ったんだがな」

そこには金髪長身の人間が右拳を前に突き出して立っていた。
今の強力な攻撃はこの人間によるものだったのだろう。

「ハハ、なかなか硬いね」
「あぁ、五回廻したぐれーじゃ、大したダメージにならねーようだ」

しかしこの2人……ただ強いだけではない!
おそらく小柄な人間の二度目の攻撃は、自分が避けることを前提としたもの。
急な攻撃を避けようとする自分に出来た隙を、仲間に突かせるもの!
疾風の斬撃と豪腕の強打。この2つによる二段攻撃!!
唯でさえ厄介な2人の人間が、連携によって更に厄介になっていた。

そしてそこに更なる追い討ちが襲う!

――ボトッ

何かが床に落ちる音がした。
化物がそこに目を向けると、そこには黒く焦げた左手が落ちていた。
それは自分自身の左手であった!

何一つ痛みは感じなかった。そして血も出なかった。
であるのに、彼の左手は確かに腕から切り離されていた。
ある存在の仕業によって。

それは魚であった。
全長1メートルほどある骨で出来たような奇怪な魚が、空中に泳ぐようにして漂っていた。
その奇怪な魚は床のほうに近づいていき、たった今地面に落ちた彼の手を喰らい始めた。

これもおそらくは敵!!
化物はすぐさま左手を復元し、漂っていた魚をその手で鷲掴みした。

『ギィイイイイイイイ』

魚類とは思えないような気味の悪い声を上げて、身悶えるその生き物。
そして化物はそのままこの魚からエネルギーを奪おうとする。

「……?」

だが化物はこの魚から一切エネルギーを吸うことができなかった。
おかしい生き物であれば、皆例外なくエネルギーを持っているはずだ。
それがなぜ、この魚からは吸えない?

仕方なく化物はこの奇怪な魚を思いっきり振りかぶり、壁に投げて叩きつけた。
大きな衝突音を壁にぶつかる奇怪な魚。
だが一度「ギィ!」と悲鳴をあげただけで、まったく効いていないようである。
再び悠々と虚空を泳ぎ始めた。

普通の魚ならば今の衝撃で死んでいるはずである。
エネルギーを吸えないことといい、死なないことといい、この魚普通では無い。

この魚は動きも遅く、一つ一つのダメージもこの2人の攻撃ほどは大きくはない。
だがその小さなダメージも積み重なればヤバイ。
気付けば同種であると思われる魚が他に4匹ほど漂っていた。

恐ろしく速い小柄な人間、圧倒的な攻撃力を持つ金髪の人間、
謎の転移を使ってくる本を持つ人間、そしてこの5匹の奇怪な魚ども。
その全てが自分に襲い掛かってくる。
皆、自分を殺すために……。

「……」

圧倒的に不利な状況の中、化物の体がブルブルと震え出した。
そして両手で顔を抑えはじめた。恐怖を感じているのだろうか。

……いや、違う!
両手の指が額にめり込んでそこからドクドクと血が流れ出している。
指の隙間から覗く白い右目は血で赤く染まり、まるで鬼や魔物の目のようだ。
この化物の頭を支配している感情は、恐怖なんかではない!!

化物が両手を広げ、背中を仰け反り、腹の底から声を吐き出した。
それは憤怒の咆哮!! 化物は激しく怒り狂っていた!!

自分は生きなければならないのだ!!
絶対に死ぬわけにはいかないのだ!!
それを邪魔する奴らは皆…………殺し尽さなければならない!!

化物の目と意識は燃えるような強い殺意に塗りつぶさていった。






「やと殺る気なったね、こいつ」

ガンガンと殺気を送ってくる火傷男を見て、フェイタンはそんなことを言った。
どうやら自分達の攻撃によって肉体を傷つけられ、怒り心頭のようである。

「どうするよ?」

フィンクスがフェイタンを見てそう言ってきた。
最初は逃げようとしていた化物だが、今は先ほどよりも明らかに攻撃的になっている。
黙って攻撃を喰らってくれるようには思えない。

「決まってるね。同じことするだけよ」

だがそれでもやることは変わらないだろう。フェイタンはそう判断した。

確かに火傷男の力はかなり強そうだ。おそらく捕まれば、それから脱するのは困難だろう。
だがその捕まえるというのが無理な話なのだ。
この化物に自分を捕まえられるはずがなかった。
先のやり取りを見る限り、反応速度も肉体の速さもフェイタンのほうが圧倒的に上だ。
小柄で体重の軽いフェイタンは幻影旅団の中でもトップクラスのスピードを持っていた。

「オーケイ」

フィンクスはそう返事をすると、右腕を廻し始めた。
腕を廻せば廻すほどパンチの攻撃力が上がるという強化系能力。
それがフィンクスの能力『廻 天(リッパー・サイクロトロン)』であった。
この能力で上がったフィンクスのパンチ力は絶大なもので、
10回転以上させて生き残った相手は、フェイタンの知る限りいなかった。
だが戦闘中に腕を何度も廻すというのは、致命的な隙にもなる。

それ故、フィンクスとフェイタンはコンビを組むことが多かった。
フェイタンが持ち前のスピードで敵を翻弄し、
フィンクスが腕を廻す時間とパンチを叩き込む隙を作り出す。
よほどの手練でもこれで瞬殺である。

不死身と言うだけで瞬殺とはいくまいが、このコンボは火傷男にも通じるはずだ。
現に先ほど、そのコンボでフィンクスは強烈な一撃を叩き込むことができた。
ならば同じことを繰り返して火傷男のオーラを削っていくだけだ。

それに今はそれだけではなく、強力なサポートも加わっている。

逃げようとした火傷男を一瞬で部屋に戻した謎の転移。
火傷男を囲むようにして漂っている奇妙な外見をした5匹の魚。
どちらも初めて見るものだが、おそらくは団長が誰かから盗んだ能力だろう。

あくまでこちらの攻撃のメインはフィンクスの拳だ。
団長の出しているあの念魚はその拳を当てるため隙を作り出すのに最適だった。
おそらく相手も相当鬱陶しがっているはずだ。

そして更に言うと、団長のサポートによって2つわかったことがあった。

一つ、『オーラ吸収』の発動条件。
先ほど念魚を左手で捕まえた時、奴は何をするでもなくしばらく持ったままだった。
獣のような奴の振る舞いからすれば、この行動には違和感が残る。
だがそれが奴の『オーラ吸収』という能力の発動条件であるならば納得である。
左手だけなのか、全身でも大丈夫なのかは分らないが、
奴は触れることで相手のオーラを奪うのだろう。

そしてもう一つ、それは『オーラ吸収』の制約!!
もし奴が何からでもオーラを吸うことが出来るのならば、もう念魚は消えているはずだ。
だが念魚は今も変わりなく空中を漂っている。
それはつまり、奴は『具現化した物』からはオーラを吸えないということ!!

これが分っただけでも大きな収穫である。
少なくとも触れられなければフェイタンはオーラを吸われることはないのだから。
それに具現化物から吸えないなら、刀からオーラを吸われることもあるまい。

またおそらくだが、あの能力は一瞬のタイムラグを必要とする。
でなければパンチを当てた時点でフィンクスのオーラも吸われているはずだ。

それにしても……団長はこうなることを予想してあの念魚を出したのだろうか。
敵にダメージを蓄積させ、フィンクスの攻撃の隙を作り出し、
相手の能力を丸裸にしていく……正に一石三鳥の妙手!!
いくら多数の能力を保有していたとしても、それらを適切に使えなければ意味が無い。
だがその点に関して団長はまったく心配がいらなかった。
むしろ元の持ち主よりも奪った能力を使いこなしているかもしれない。
本当に恐ろしい男である。

ともかく自分のやることには何も変わりは無い。
ヒット&ウェイで奴の手足や頭を切り飛ばし、奴の隙を作り出せば良い。

フェイタンがその場から前に飛び出た。
火傷男がその一瞬後に右手を伸ばし、向ってくるフェイタンを捕らえようとする。
だが遅すぎる!! フェイタンが通り過ぎると同時に伸ばした右腕が飛ぶ!
まったく速さが追いついていない。

フェイタンが再び火傷男に襲い掛かる。
火傷男はそれに残った左手を伸ばすが……無駄!!
今度は左腕が血を流して飛んでいく。触れることすらできていない。

そこに群がるようにして念魚たちが襲い掛かってくる。
火傷男は両腕を復元させ、念魚たちを払おうとするがそれが大きな隙になった。

その隙を狙いすましてフェイタンが火傷男の左足をぶった切った!
それは隙を更に大きくするための攻撃! 火傷男の身体がグラリと傾く!

その倒れる勢いに合わせるようにして、フィンクスが下からアッパーを振りぬく!
火傷男は復元していた両手でそれをガードする! そして化物の両腕が弾け飛んだ!!

腕を失った化物は部屋の端まで飛んでいき、頭から壁に思いっきり叩きつけられた。
グチャリという音を残し、ベットリと壁に血を塗って、火傷男の身体が床に落ちる。
その崩れ落ちた肉体に、死肉を漁るハイエナのように念魚が群がっていく。

だが次の瞬間、5匹の念魚が全て吹き飛ばされた。
そこには完璧に元通りになった火傷男が立っていた。
この男は不死身。この程度で倒れるわけがない!

「でも、だいぶ弱くなたね」
「プレッシャーがさっきより薄くなったな。ダメージは蓄積されてるみてーだ」

だが団長の言っていた通り、この不死身には限りがあるようだ。
絶状態のため、見た目にはオーラが減っているかどうかはわからないが、
先ほどよりも確実に威圧感が減っていた。

フェイタンが横に飛んだ。
部屋の壁と天井を足場にして、火傷男の頭上、死角から襲い掛かる!
一瞬の殺気を感じてか、火傷男は上を向く。そしてその瞬間、頭が真っ二つに割れた。

(やはりね。反応が悪くなてる)

さっきまでの反応もあまり良いものではなかったが、今はそれよりも更に悪い。
念獣の動力源はオーラ。そのオーラが減ることは念獣の性能が下がることを意味する。
ということは時間が経てば経つほど、火傷男の勝率は下がっていくことになる。

(思たよりも、簡単そね)

フェイタンは脳天が割れた火傷男に接近し、今度は頭を刎ねた!






(問題なさそうだな……)

クロロ・ルシルフルは頭の中でそう呟いた。

あれから何度フェイタンが奴の身体を切り、何度フィンクスが拳を叩きこんだのか。
気付けば火傷男は、ただ防御と復元だけに徹するようになっていた。

ほとんど棒立ち状態になり、フィンクスのパンチだけを警戒しているだけ。
フェイタンに頭を切られないように、首から上だけを守っている。
そしてクロロの具現化した念魚には食われるままになっていた。

下手に動いてフィンクスの一撃を喰らうよりは、
まったく動かずにフェイタンや念魚の攻撃を喰らったほうがマシと判断したのだろう。
だがこのままでは、死ぬまでの時間が減るだけで何の解決にならない。
火傷男がオーラを使い果たし、この世から消えるのは時間の問題だと思われた。

クロロとしては、もうこの男に用はなかった。
もし火傷男が生きた誰かの念能力であるならば、
『盗賊の極意(スキルハンター)』を用いて奪うつもりだった。
だが実際にはこの男は死者の念だった。
『盗賊の極意』でも、死者の念能力までは奪うことはできない。
ならばフランクリンの仇討ちとして殺すだけだ。

(鎖野郎のことを先に調べておけば良かった)

ウボォーギンをも封じ込める鎖。それもまた面白そうな能力である。
もし火傷男が死者の念だと知っていれば、先に鎖野郎のほうを調べていただろう。

他にも気になる点がある。
なぜ初日の襲撃が知られていたのかという事だ。
ヒソカが事前にマフィアに垂れ込みしていたのだろうか。
それとも何かしらで情報が漏れていたのか。

だがクロロはその可能性は極めて低いと考えていた。
ヒソカ以外の団員が情報をもらすとも思えないし、
ヒソカが仮に垂れ込みしたところで信頼されるとも思えない。
とすればそれ以外の何かで旅団の襲撃がばれたのだ。

もしそれが念能力だとすれば……

(まぁいい)

終わったことは後で考えればよい。
それに今は火傷男と戦っている最中だ。奴が完璧に消えるまで気を抜かないほうがいい。

だが……本当にこのまま終わるのだろうか。
クロロの脳裏にそんな微かな不安が昇った。

反撃するでも避けるでもなく、じっとフェイタンと念魚の攻撃を耐える火傷男。
このままではいずれオーラが無くなって消滅することを、奴だって知っているはずだ。
それなのに火傷男の目には恐怖も焦りも存在しなかった。
ただ純粋に怒りの感情のみがその白く濁った眼を染めている。
何度も攻撃をしてきたクロロ達への恨みを溜め込むように。

クロロには火傷男の静けさは何か不気味なものに思えた。
その姿はまるで獲物を黙って待つ猛獣のように見えた。

だがそんなクロロの心配とは裏腹に、彼らの勝負は決まろうとしていた。
フェイタンが痺れを切らし、少し強引な手に出たのだ。

これまで斬って直ぐに距離を取っていたフェイタンであったが、今度は離れなかった。
火傷男に接近して、そのままその場で止ったのだ!!

挑発。
いつまで黙てるつもりね……というフェイタンの言葉が聞こえてくるようであった。
フィンクスもそれを見て、ニヤリと笑った。

そんな賭けなどしなくともいずれ勝てる戦いである。
出来る限り無茶なことはして欲しくないと思うクロロ。
だが結果としてフェイタンの挑発は功をなした。

火傷男が首のガードを解いて、フェイタンに組みかかったのだ!
だが当然フェイタンのスピードに適うわけも無く、あっと言う間に首を刎ねられてしまう。

感覚器官を失い状況を把握できなくなった火傷男。
すぐさま失われた頭を復元したが、その時にはもう遅かった。
たっぷりと腕を廻して攻撃力を上げたフィンクスの拳が、すぐそこまで迫っていた!!

――パンッ

火傷男の右半身が……弾けた。
一目で判断できるような大ダメージ!

「……チッ」

だが、それにも関わらずフィンクスがしたのは舌打ちであった。

(直撃しなかったか……)

横から見ていたクロロには、今何が起こったのかわかった。

フィンクスはあの時既に20回以上、右腕を廻していた。
10回程度でも人間をバラバラにする威力を持つ『廻天』である。
20回ともなればウボォーギンの『超破壊拳(ビックバン・インパクト)』にも
近い威力を持つこととなる!!

だがそうにも関わらず、火傷男は右半身を失うだけで済んだ。
なぜか!?

あの一瞬で火傷男は避けたのだ。
腰の骨を自ら折り、ありえない動きで角度でフィンクスの拳をかわそうとしたのだ!!
結果、フィンクスの『廻天』は火傷男の右脇腹をかする程度で終わってしまった。
もし直撃していたら間違いなくそれで終りだっただろう。

だがそう悲観するものでもない。
望んだ威力ではなかったにしても、傷男に大ダメージを与えたということに変わりは無い。

その証拠に……

「遂に不死身も終りってか!」

火傷男の身体が透け出したのだ!
おそらく具現化が上手くできなくなるほど、オーラが少なくなったのだろう。
ようやく終りが見えてきた!!

その『終りが見えてきた』というのが……クロロたちの油断に繋がった。

彼らの気が緩んだその瞬間!!

――ガチャ

そんな音と共に宙を漂っていた5匹の念魚が悲鳴と共に消えたのだ!!
音がした方へ3人は一斉に視線を送った。

そこには……

「お客様! 一体何事で……ひっ」

部屋のドアを開けて立っているホテルのボーイの姿があった。
これがクロロの具現化していた念魚が消えた理由だった。

『密室念魚(インドアフィッシュ)』。
それがクロロが具現化していた念魚の名前である。
部屋の中を水槽にして泳ぎ、半自動的に敵を襲うという能力。
この念魚に肉を食われた場合、痛みも血も出てこない。それ故、死ぬことも無い。
念魚が消えるまで死ぬことができないため、拷問にも使える能力だった。

だがこの能力には一つの弱点があった。
この念魚は『密室』、つまり『閉じられた部屋』の中でしか生息できない!!

ボーイがドアを開けた今、この部屋は既に閉じられた部屋ではない!
それゆえ念魚が全て消え去ってしまったのだ!

そのことを理解した瞬間、クロロはハッとした。

火傷男を襲うように設定していた念魚が全て消え、
彼を攻撃していた3人に3人ともがボーイに視線を向けている。

致命的な隙に他ならない!

この場の中で唯一1人だけ、予期せぬ来訪者にも気を取られず、
すぐさま動き出していた存在がいた!

クロロが見ていたボーイの顔面に黒い手が伸びて絡みついた!!
悲鳴をあげるボーイの身体から、突如としてオーラが迸り始める。
そしてそのオーラが挽きつけられるように黒い手に集まっていく!!

「……ッ! しまった!!」

フィンクスが叫んだ。それは火傷男の黒く炭化した右腕であった。
透けていたはずの火傷男の身体が元通りの存在感を発し始める!!
せっかく減らしたオーラをここで補給されてしまった!!

だが化物は失ったオーラを回復するだけでは終わらなかった。
こらが化物の反撃の始まりだったのだ!!

化物はある程度オーラを吸い終わると、ボーイの身体を振りかぶり、
フェイタン目掛けて投げつけた!!

火傷男の奇襲に、フェイタンはその場から飛び跳ねてそれを避けた!!
壁に頭から突っ込んだボーイの頭がトマトが潰れるような音ともに弾けた。

「フェイタンッ……!!」

だが攻撃を避けた筈のフェイタンに対して、クロロが叫んだ!
その声に疑問符を浮かべるフェイタンであったが、次の瞬間、目を見開いた!!

「……グッ!!」

空中に浮いていたフェイタンの身体に、横から勢い良くぶつかってくる存在がいた!!

火傷男だ!

奴はそのままフェイタンの頭を鷲掴みし、そのまま地面に叩きつけた!
フェイタンの身体を纏っていたオーラが、ドクドクと火傷男の腕に流れていく!!

(やられた……!)

クロロは今のような展開に見覚えがあった!
相手が攻撃を避けたその隙を狙って、本命の攻撃を当てるという流れ……。
そう! それは一番最初にフェイタンとフィンクスがやった連携と同じであった!!






化物はジリ貧状態に陥ったいた。
逃げてもダメ。攻撃してもダメ。避けてもダメ。となれば敵の攻撃を耐えるしかない。
だが耐えるだけではエネルギーが減り、確実に自分の身体が死に近づいていく。

それでも化物にとっては耐え続けるしかなかった。
生き残るために最も良い選択肢を選ぶことしか出来なかった。
たとえそれがどんなに絶望的でも。
だが皮肉な事に、勝利の女神は地獄から生まれたようなこの化物に微笑んだ。

予想外の来訪者。敵にとっての予期せぬでき事。
それこそが化物の待っていたものであった。
故に化物は何一つ驚かなかった。 そしてそれが彼と敵たちの明暗を分けた!!

結果、敵の内の1人、小柄な人間は彼の手に落ちることとなった。

頭を鷲掴む腕から、身体に流れ入って来る敵のエネルギー。
物凄い勢いで失っていたエネルギーが回復していく。
その量と勢いたるや、先ほどエネルギーを吸ったひ弱な人間とは比較にならない。

やはりいい。
強ければ強いほど、吸収できるエネルギーが多くなる。
このレベルの手合いを1人食するだけで、化物は飛躍的に強くなる。

「……グッ……」

恐ろしい力で頭を捕まれた小柄な人間が、苦悶の声を上げながら刀で化物を攻撃してきた。
だがこんな体勢で、しかもエネルギーを吸われている状態で
大した攻撃ができるわけがない。
化物はその刀を左手で掴み、エネルギーを集中させて折った。
これでもうこの人間は何もすることができない。

化物はその白い両眼を残り2人の人間に向けた。

こいつらのおかげで大分戦い方というものがわかってきた。
先ほどは奴らのやり方を真似することで、この人間を捕まえることができた。
思わぬ収穫である。これでまた生き残る確率が上がった。

もっと!! もっとだ!!
まだまだこいつらから学び取れることは多そうだ。
この速い人間が捕らえられ、あの鬱陶しい魚どもがいなくなった今!
こいつらと戦って死ぬ可能性は先ほどよりも遥かに低い!!
さて……今度はどちらを喰らおうか!!

……そう化物が考えていた時であった。

「■■■■■■■■(クソが……調子乗りやがって……)」

聞きなれない言葉が小柄な人間の口から漏れた。
そして次の瞬間、今まであったエネルギーの流入がピタリと止ったのだ!
一体何が起きたのかと、自分が掴んでいた小柄な人間を見る化物。

すると薄い外套を被っていたはずの人間が……、
いつの間にか装飾の多く分厚そうな服を身につけていた!!

何だこの服は? 一体いつ着替えたんだ?
……いや、それよりも!! 先ほどよりも圧倒的に強い!!

「ヤベ!!」
「フィンクス!! 退くぞ!!」

他の2人が逃げるように部屋から出て行く!
化物の身体が、今度は逆に小柄な人間の両腕によって掴まれる。
逃げられない!!

「■■■■■■■■(痛みを返すぜ……)」

その言葉と同時に大きなエネルギーの塊が現われ、
化物と小柄な人間の頭上、高い天井の届く高さまでエネルギーの塊が飛んでいく!

そして……

「■■■■■■■■(『太陽に灼かれて(ライジングサン)』)」

全てが…………燃え上がった……!!






ホテルのスウィートルームは、今や真っ黒に焼け焦げた唯の火事現場になっていた。
部屋には未だ炎が残っており、煙がモクモクと立ち込めていた。
床も天井も壁もそのほとんどが焼け落ちて、骨組みの柱や梁(はり)だけが残っている。
どうやらこの部屋だけでなく、他の部屋も手ひどく焼けたようだ。

そんな部屋の真ん中に一箇所だけ焼け落ちてない床があり、
そこにフェイタンが仰向けに倒れていた。

「おーい! フェイ、生きてるかー?」

フィンクスが梁を伝って、倒れているフェイタンに駆け寄った。
煙を吸い込まないようにジャージの袖で口を抑えている。

その言葉にフェイタンが薄らと目を開けた。
口も動かそうとするが上手く動かせないようだ。
フィンクスがジャージの袖を引きちぎり、それをフェイタンの口に巻いた。

「ばーか。あんな大出力の能力を使うからだ」

フェイタンの身体は一切オーラに纏われていなかった。
だがそれは火傷男にオーラが吸われたからではないだろう。
もしそうなら死んでいるはずだ。

『許されざる者』はフェイタンがキレた時に発動する。
それ故、仲間が近くにいようが、彼の能力は一切の手加減がされない。
だがそれは出力が調節できないことも意味する。

強力かつ広範囲の彼の能力は、オーラを大量に消費するものが多い。
特に『太陽に灼かれて』は、彼の能力の中でも最も強力なものだ。
それに加えてフェイタンは火傷男にオーラをかなり吸われていた。

結果、フェイタンはオーラを出し尽くして全身疲労になってしまったのだ。
しばらくは動くことは愚か、話す事すらままなるまい。

「ま、とにかく、生きてて良かったぜ! 死んだかと思ったからな」

そう言ってフェイタンをおぶるフィンクス。
フェイタンは気が抜けたのか、そのまま気を失ってしまった。

とりあえず心配していた2つのことの内、1つは解消された。

「フィンクス、フェイタンは無事か?」

後ろから呼びかける声。振り向くと団長がそこに立っていた。
彼も煙を吸い込まないように、口に布を当てている。

「あぁ、全身疲労で動けなくなってるけどな」
「そうか」

その言葉を聞くとクロロは焼けた部屋を見回した。
おそらく、もう1つの心配事が気になっているのだろう。

「団長……奴は焼け死んだと思うか?」

その心配事とは、この場にフェイタンと残った火傷男の事。
もし死んでるのなら、何も心配する事はない。これでこの一件は終りである。
だが生きているのならば……厄介なことになる。

フィンクスの問いに対し、クロロがこう返した。

「さぁな。だが朝になればわかる」

そしてそれだけ言って部屋を出て行った。
フィンクスには団長が何を言っているのかわからなかった。

その後、彼らはオークションが行われているセメンタリービルに戻った。
だがそこに、もうヒソカはいなかった。逃げたのだ。
おそらくフィンクスたちが裏切りに気付いたのに感づいたのだろう。

そして次の日の朝。

「これを見ろ」

クロロがフィンクスに対して、その日の朝刊を渡した。

普段新聞などまったく読まないフィンクスは、
寝ぼけた眼を擦りながらその新聞を受け取った。

そして一面の記事を見る。そこには幻影旅団の大暴れに関する記事が書かれていた。
昨夜、彼らがセメンタリービルの周辺で行ったマフィアとの大規模な戦闘。
それが同時多発テロとして報じられていた。

だがその記事の中に2つだけ、セメンタリービル付近ではない事件のことが書かれていた。

1つは高級ホテルの謎の火災についてだ。
これもテロの犯人によるものなのか、それとも違うのか……という記事が書かれていた。
これは半分当たりで半分外れであった。
確かにこれをやったのはフェイタン、つまり幻影旅団の1人だ。
だがセメンタリービルでの大暴れとは全く関係がないものである。
この火災により何十人という死者が出たらしい。

だがそんな事件のことはどうでもよかった。
フィンクスが気になったのはもう1つの事件。
その事件の見出しを見た瞬間、フィンクスの眠気が一気に吹き飛んだ。

『ヨークシンで衰弱死が多数発生!!やはり人為的な犯行か!?』

その記事には、昨日の夜に多数の人間が衰弱で死んだ旨が書かれていた……。

フィンクスがグシャリと新聞を握り潰した。

「間違いねぇな……」

火傷男は……まだ生きている!!






つづく






「おい、まだそれ読み切ってないんだ」
「あ、わりぃ。団長」



[4809] ――― 第 21 話 ―――
Name: マッド博士◆39ed057a ID:eca59468
Date: 2009/01/25 02:43






憤怒の太陽が荒れ狂うように燃えていた。

柔らかそうなベージュのカーテンが、デザインに凝ったテーブルが、
美しい花柄のソファーが、壁に掛けられた抽象画も、ふかふかの絨毯が、
その小型の太陽によってただの黒い塊へと変えられていく。

もはや部屋の中で原型を留めている物は存在しなかった。
その炎は一瞬にして、高級ホテルのスウィートルームを灼熱の地獄へと変えた。
そしてその熱はその周りの部屋にまで及び、数々の焼死者を出していた。

普通の人間ならば生きることが不可能な状況である。
だがそんな強力な業火の中で……その化物は生きていた。

元々黒く焼け焦げていた体が、炎によって完全に炭化させられていく。
筋肉が縮み、肉体から圧倒的な早さで水分が失われていく。
だが化物はこれぐらいでは死ななかった。
焼け滅びていく肉体を何度も何度も復元して、この地獄の中を生き永らえていた。

しかし何事にも限界はあるものだ。
いくら不死身に近い復元能力を持っていたとしても、何時までも耐えられるわけではない。
復元を重ねるごとに、化物の肉体は徐々に徐々に力を失い、そして存在感を失っていった。
復元に必要なエネルギーが0に近づいていく。化物が消えるのも時間の問題であった。

一刻一刻と迫ってくる死に恐怖し、化物はもがいていた。
もう時間はあまりない。直ぐにでもこの獄炎から逃げ出さなければ。
……だがこの場に居るもう1人の存在がそれを許さなかった。

禍々しいデザインの防護服を着た小柄な男が、化物を両手で捕らえていた。
もがき苦しむ化物を嘲るように高らかに狂い笑っている。
その小さな身体に似合わぬ力強い両腕が、グググと化物の身体を締め付ける。

その恐ろしいまでの力の前に、化物の両肘は破壊された。
これでは逃れることも、男に攻撃を加えることもできない。
そしてそうこうしている間にも、化物のエネルギーはどんどん失われていく。

死が大口を開けて、化物の目の前までに迫っていた。

かつて全身に浴びた爆炎のように、化物の体を太陽が滅ぼしていく。
このまま二度目の死を迎えろというのだろうか……あの日と同じような最後で。

そんなのは嫌だ。絶対に死にたくない。絶対に死ぬわけにはいかない。
かならず生き永らえなければならないのだ。あの人間の分も……。

そんな焦りと執念が、化物に無意識の行動をさせた。
化物は己の右手首をもう片方の手で掴んだ。
それは締め付けられた状態でできた、ギリギリの動きであった。

そして化物はそのまま……。






第21話 『謳歌』






9月4日午前5時。
薄く朝霧がかかり、今だ多くの人が寝静まるヨークシンシティ。
ようやく太陽が昇り始めたこの時間帯。本来ならば街はまだ静かなままである。
だがこの日は違った。

まだ朝早いというのに多くの車が走り、街の至る所にカメラを持った記者が立っていた。
9月1日から9月10日まで、ここヨークシンではドリームオークションが行われている。
となれば彼らはそれを取材するためにいるのだろうか。

それは半分当たりであり、半分外れである。
なぜなら彼らの真の関心事はドリームオークションの最中に起きたある事件だからである。

同時多発テロ。
その文字がヨークシンで、いや世界で発行されている全ての新聞のトップを飾っていた。

9月3日の深夜、ヨークシンシティの各所でテロ事件が発生した。
そのほとんどはセメンタリービル周辺で起き、多数の死人が出た。
その数、実に2000人以上。ヨークシンシティの歴史に残る大惨事であった。

当局は犯行グループは全員死亡と発表していたが、その目的は依然として不明だった。
なぜ犯行グループがこんなテロを行ったのか、テレビや新聞で明かされることはなかった。

またこの事件はもう1つの理由から世界中の人々に注目された。
それは同時多発テロと同じ時間帯に13人の一般市民がある死因で亡くなったからである。
『衰弱死』……世間で騒がれていた『謎の衰弱死事件』と同じ死因である。
これにより衰弱死事件が人為的な犯行である可能性が高まった。

この混沌とした状況に、電脳ネットでは様々な情報が飛び交っていた。
犯行グループの1人と思われる街で人間を目撃した。
同時多発テロはマフィアの闇オークションを狙った犯行に違いない。
最近ネットで公開されているスナッフ映像は犯行グループのものである。
謎の衰弱死事件の犯人は人間じゃなくて悪魔だ。
……などなど、デマか本当かわからないような情報が大量に流れていた。

人々は真実を知ろうと、ネット・テレビ・新聞などあらゆる媒体から情報を得ようとした。
そして情報を得れば得るほど、人々は不安に駆られていった。

だが真実とは意外と身近にあるものだ。
例えば、何の変哲も無い公園に事件の関係者が居たりするものなのである。
犯行グループの1人と衰弱死事件の犯人が。






ヨークシンの一角にある公園に2人の人間が居た。

1人は道化師風のいでたちをした男。
薄らと笑みを浮かべて、公園の中にあるベンチに向かって歩いている。

道化師が歩く先、ベンチには東洋系の顔立ちの若い男が座っていた。

「よ」

それがもう1人。ヨレヨレでブカブカのビジネススーツを身につけている。
そして気軽な感じで片腕を上げ、ニヤニヤと道化師を見ていた。

「わりぃ~な。呼びつけちまって」

男はそう言ってベンチから腰をあげ、もう1人の男に近づいていく。

「いや、僕のほうも後で会おうと思ってたから……」

大丈夫……と道化師風の男は言おうとしたのだが、その先を続けることはできなかった。
なぜなら近づいた東洋人の男が彼にヘッドロックをかけたからだ。

「イタタ、一体何するんだい◆」

東洋人のいきなりの攻撃に目を白黒させる道化師。
やられたほうからすれば、こんなことをされる覚えは…………腐るほどあった。

「一体何をじゃねーっつの! おみー、俺様のことを利用しようとしただろー!」
「あ、バレたんだ?」

あっけらかんとしたとした道化師の物言いに、東洋人は更に声を荒げた。

「ばれたーじゃねぇYO!! このインチキ奇術師!!」
「イタタ◆」

時折公園を抜けていく人々が、そんな彼らの様子をチラリと見ては通り過ぎていく。
2人の服装は多少変ではあるが、それ以外はおかしなところは何も無い。
友達同士でふざけあっているように見えたのだろう。
2人は知り合いであるようだし、東洋人の男はノリで怒ったフリをしているだけのようだ。

だからこそ誰も気付かない。
まさかこの2人こそが朝のニュースで取り上げられている事件の重要人物だとは。

道化師の名前はヒソカ。東洋人の名前は高橋良助。
前者は同時多発テロの犯行グループ『幻影旅団』の元団員。
後者は謎の衰弱死事件の犯人。

この2人の危険人物は、人々の日常の1コマである公園で、
密談をするために集まったのだった。






『例の公園で会おう』

セメンタリービルから逃げてきたヒソカが、高橋良助に電話で伝えられた言葉である。

どこの公園かは良助は詳しく言わなかった。
だがヒソカにはそれがどこなのか理解することができた。
両者にとって関わりのある『公園』は、たった一つだったからである。

フランクリンを倒して気を失った良助が運ばれた公園。
おそらくはそれが良助の言っている公園であろう。
きっとあの男は物にしたのだろう。化物として活動していた時の記憶を。

そう。良助を運んだのはヒソカであった。
そして……良助と戦うフランクリンを攻撃したのもまた、彼である。
ヒソカはビールを取りに行くフリをして、彼らの戦いを最初から見ていた。
初めから旅団員の誰かと良助を戦わせるつもりだったのだ。
良助に探知機を渡したのはそのためである。

ヒソカの位置が分るという探知機。だが正確に言うとそれは少し違う。
あれは対となるもう片方の探知機の場所が分るという機械だ。
つまりヒソカが持っているもう一つの探知機の場所を示すものだったのだ。
ではヒソカの探知機は一体何を探知するのか。もちろん良助の探知機である。

ヒソカの作戦は簡単だ。
まず良助に探知機を渡し、旅団とマフィアの戦いの場へと誘き寄せる。
次にヒソカの探知機で良助の居場所を探り、そこへ旅団員の誰かをけしかける。
ただそれだけである。それだけで間違いなく戦いが始まる。

旅団員の誰かが戦って死ねば儲けもの。
死までいかずとも、傷が深ければヒソカが止めを刺せば良い。
そうすれば徐々に徐々に旅団の力が削られていく。クロロと戦えるチャンスが増えくる。

ヒソカの目論見通り、その作戦は上手くいった。つまりフランクリンは死んだ。
そしてそれに加えて、クラピカがウボォーギンを倒したようである。
これで旅団の中でもトップクラスの戦闘力を持つ2人がいなくなった事になる。
それに伴い、旅団の戦闘力は激減。旅団の攻略は確実にし易くなった。

だが全てが上手くいったわけではない。

ビールを取りに行っただけの自分が、長い間姿を消していればいずれ怪しまれると、
フランクリンの死体を片付けなかったのが不味かった。
そのせいで、フランクリンの死体から良助の顔が割れてしまったのだから。
これはヒソカのミス。多少怪しまれたとしても、死体を念入りに隠すべきだったのだ。
ハンターリストから、2人が同じ試験を受けていたことが直ぐにわかってしまうのだから。

結果、1日もかからずに良助は見つかってしまった。
おそらくヒソカと良助との間に繋がりがあったことも発覚しただろう。

だが幸運なことに、ヒソカはそのことを追求される前に逃げ出すことができた。
突然消えた探知機の反応。いつの間にか居なくなっていたフェイタンとフィンクス。
そして良助が居たと思われる高級ホテルの最上階から上がる火の手。
それらの事実は、ヒソカが旅団を抜けると決断するのに十分なものだった。
ヒソカは旅団の誰にも見つからないように、セメンタリービルを後にした。






「……ま、この3日間であったことはこれぐらいさ◆」

その後ヒソカは約束どおり良助と公園で会い、そこでこの3日間何があったのか話した。
とは言っても話した内容のほとんどは、ヒソカがなぜ良助を利用したかということである。
そう話すように良助に求められたのだ。

ヒソカは旅団に入った理由やクラピカとの繋がりも含め、
良助を利用した理由とヨークシンシティであった事について包み隠さずに話した。

「……」

しかしヒソカが話し終えたというのに、聞いた本人からはまったく反応がなかった。
ヒソカが下を見ると、良助が公園の地面に横になりながら、何やらブツブツと呟いていた。

「……死んじゃうDeath~~」

その姿を見てヒソカの表情が驚愕に染まった。
良助の頭に深々とトランプが突き刺さり、そこからドクドクと血が流れていたのだ!!
なんということだろう。間違いなく致命傷だ。おそらく彼はもう……助からない。

「酷い……一体誰が……◆」

とヒソカが言った途端、良助が飛びあがって叫んだ。

「おまえじゃ!! おまえがやったんだろーが!!」

顔を血で真っ赤に染めながら、良助が激昂していた。

「元はと言えば君が悪いんだよ。
 君がいきなりコブラツイストなんてかけるから◆」

それがヒソカの言い分であった。

公園で出会うや否やヒソカにヘッドロックをかました高橋良助。
しかも彼はそこで終わらずに、そのままコブラツイストを掛け始めたのだ。
トランプでの攻撃はこれのちょっとした仕返しに過ぎない。

「コブラツイストの仕返しが、脳天直撃のトランプかYO!!
 っつか、マジで比喩じゃなくて、脳にトランプが直撃してるっつーの!!」

頭にトランプを突き刺したまま、良助はブンスカと怒っていた。
まるでギャグ漫画のキャラクターのようである。

……しかし、これは現実である。
普通の人間ならば、頭に10cmもトランプを刺されて生きていられるはずが無い。
ではなぜ高橋良助はそんな状態で生きているのか。

ヒソカは言った。

「ククク、いいじゃないか。どうせ『不死身』なんだから◆」

それを聞くと良助は、ヤレヤレといったジェスチャーをする。

「よくないっつーの。深い傷だとかなりオーラを消費すんだZE~」

そして良助は、ズニュリという音を立てて、頭からトランプを引き抜いた。
それを見てヒソカは愉快そうに笑う。

「ククク。何度見ても飽きないよ。まるで手品だ◆」

額の傷はもうふさがっていた。傷だけではない。
そこから溢れ出て顔を汚していた血液もどこかへと消えていた。
服や地面にもまったく血の染みが残っていない。

「でもその様子だと気付いたみたいだね。……自分がなぜ、絶状態で念が見えるのかを」
「いや~、驚いたわ。まさか自分が『死者の念』だとは思わなかったにゃ~」

そう言って良助はニヤニヤと笑った。

死者の念……即ち『死者が遺した念獣』。
それが良助の正体であり、彼が不死身である理由であった。

絶状態で念が見える……そんな存在は念獣ぐらいしか存在しない。
そしてこれほどの高精度の人型念獣だ。遠隔で操作するには相当難しい。
となれば可能性は2つ。よほど鍛えられた能力者であるか、死者の念であるかだ。
どうやら良助は後者だったようである。

「っつか、おま、とっくにそのことに気付いてただろ! 教えろYO!!」

ヒソカは良助がチェリーを殺したのも目撃していたはずだし、
ハンター試験の3次試験ではそのことに気付いた素振りも見せていた。
間違いなくヒソカは良助が念獣でることに気付いていたはずなのだ。
ではなぜヒソカはそのことを良助に教えなかったのか。

「アハハ、ゴメンゴメン。そっちのほうが面白そうだと思ってさ◆」
「面白そうじゃねぇYO!!」

どうやらただの気まぐれだったようである。
ある意味お茶目な性格とも言えるが、要はこの危険人物を放置したことに他ならない。
良助や他の誰かにそのことを話していれば、
何十人も衰弱で死ぬことはなかったかもしれいない。
であるのにヒソカは、ただ単に面白そうという理由でこの化物を放置した。

「ん?」

とそこでヒソカが疑問の声を上げた。
不思議そうなそうな表情を浮かべ、良助の服装を見ている。

「それ、だいぶサイズが合ってないみたいだけど、どうしたの?」

ヒソカは良助が着ているビジネススーツを指差した。
それはダボダボでヨレヨレで、明らかに良助の体のサイズよりも大きかった。
悪趣味ではあるが、先日高級そうな格好をしてきた良助らしくない服装だった。

「あぁ、この服? ちょい~っと食事がてら拝借しただけだよ~」

良助はニヤニヤと笑い、いつもと変わらぬ様子でそう答えた。
だがその変哲のない返事を聞いた瞬間、ヒソカの目が愉悦と狂気で濡れた。
彼は更に良助に質問をする。

「へぇ~。それじゃ聞くけど……『食事』ってどっちの?」

その言葉を聞いて良助はキョトンとした表情を浮かべた。
それも当然だろう。どっちの食事というのは不可解な質問である。
食事といったら普通、朝昼夕の3つだ。しかしどっちということは2つである。

「どっち……ってどういうこと?」

怪訝な表情を浮かべる良助に対して、ヒソカはこういった。

「ククク、簡単な話だよ。
 人間としての食事なのか、それとも『化物』としての食事なのか……ってことさ◆」

その言葉を聞き、良助はハァと深い溜息をついて下を向いた。
この男は何変なこと言っているんだという意味合いの溜息だろうか。
いや、それにしては様子がおかしい。

「ったく何馬鹿なこと言ってんのさ~」

彼の俯く姿からは呆れた雰囲気が漂ってくる。
だがその纏っている空気は何やら穏やかではなかった。
良助は顔を上げヒソカのことを見た。

「……そら『化物』として食事に決まってるっしょ~」

そして相変わらずの軽い調子のままでそんな言葉を言い放った。
それは話している内容さえ気にしなければ、本当に明るい一言だった。
だがその内容は穏やかなものではなかった。

化物としての食事。
それは普通の人間の食事とは全く異なる行為であった
念獣である高橋良助が生き永らえるために必要な行為。謎の衰弱死事件の真相。

死者の念である良助は自分自身でオーラを生み出すことができなかった。
それ故に彼は、どこからか自分の肉体の糧となるオーラを手に入れなければならなかった。
例えば自分以外の生きている人間達から……。

即ち『人喰い』。
それがヒソカと良助の言っている化物の食事である。
良助がオーラを吸った人間は皆、衰弱死となって死んでいった。

つまり良助はどこかの誰かを殺し、オーラとそのビジネススーツを奪ったのである。
そしてそのことを先のような明るくて軽い言葉で言ったのだ。

「ククク」

自分がそんな人喰いの化物であるとわかったのだ。
普通ならばもっとショックを受けて、落ち込んだり悲しんだりするものだ。

だが高橋良助にはそれがない。
それどころかヒソカに対して、人間を喰ったことを平然と話している。
間違いない……この男は罪悪感など欠片も感じていない!

「やっぱりイイよ……君は◆」

それがヒソカは堪らなく面白かった。
ヒソカにとって面白いのは、この男が人喰いの化物であるということではない。
自分が化物だと知ってなお、何も変わらない異常こそが面白いのだ。

「はいはい、異常嗜好乙。っつか、もうそろそろ本件に入ろうZE」

狂ったようにクククと笑うヒソカに対して、良助がニヤリと笑ってそう言った。
その言葉に今度は逆にヒソカが怪訝そうな表情を浮かべた。

「……本件? 一体何のことだい?」

電話で話した限りでは、本件などは別に無かった。
ただ単純に会って話をしないかというだけだったはずだ。
一体は何を言っているのかという視線をヒソカは良助に向けた。

その視線を受け、良助は「チチチ」と人差し指を振る。

「本件っつーたら、決まってんじゃん。クロロとのタイマンのことさ~。
 そのためにわざわざ俺っちに会って、全部話したんだろ~? えぇ?」

そう言って勝ち誇ったように笑いを浮かべる良助。
その言葉を聞いて、ヒソカは目を見開いた。
なぜならそれこそが良助と会った理由だったからだ。

旅団を抜けた今、クロロと戦える可能性はほとんど無くなってしまったと言っていい。
だがヒソカは諦める気にならならかった。
どんな手を使ってでも、クロロとタイマンで戦いたかった。

クロロは一仕事を終えると姿を消し、次の仕事まで姿を現すことはない。
そしてヒソカはもう旅団員ですらない。
今回の機会を逃せば、もう戦うことは愚か、会うことすら難しくなるだろう。

だが状況が全てヒソカにとって悪いわけではなかった。

まず現在旅団は2人の戦闘員を失い、かなり戦闘力を失っている。
更にフェイタンが全身疲労で動けなくなり、ヒソカは旅団から抜けた。
これで残りの団員は9人。

そして現在、ヒソカに2人の協力者がいる。
ヒソカが今話している、フランクリンを喰らった恐ろしき化物『高橋良助』。
ウボォーギンを倒すほどの能力を身につけた、復讐に燃えるクルタ族の末裔『クラピカ』。
他にも何人か動かせそうな駒に心当たりが在る。

悪くない。十分だ。
この状況を上手く利用すれば、クロロとタイマンができるかもしれない。
いや、何とかしてタイマンまで持っていくのだ、自分が。

だがその為にはまず高橋良助を説得し、何とか協力させなければならない。
そう考えたからこそヒソカは高橋良助に会いにきたのだ。
ついさっき、良助に自分の現状について隠さずに話したのもこのためである。

「……当たりだよ」

つまり良助の言っていることは全て当たりであった。ヒソカはそのことを認めた。

「凄いね。まさかここまで見破るなんて◆」
「だから言っただろ? 俺様はIt's ジーニアス! 天・才だってな!!」
「……なんだか、本当にそんな気がしてくるよ」

ヒソカは一度深く息を吐いてから、もう一度良助のことを見た。

「で、どうなんだい? 手伝ってくれると「いいよ」凄く嬉し…………え?」

手伝ってくれるのかどうかを問いかけるヒソカのセリフに、良助の一言が紛れた。
だがヒソカにはそのセリフの意味が一瞬分らなかった。

「今、なんて?」
「ん? だから手伝ってもいいよっていいたんさ。面白そうだしにゃ~」

良助はヒソカに手伝うといったのである。あまりにあっさりとした了承であった。
ポカンと目をパチパチとさせるヒソカ。この答えは彼にとって予想外であった。

「驚いたな。まさかこんなに簡単に手伝ってもらえるとは思わなかった……」
「ん? あぁ、俺が怒ってると思った? 利用されて」

ヒソカのキョトンとした顔を見て、良助が楽しそうに笑った。
いつもの彼らしくない表情が面白かったのだろう。そのまま話を続ける。

「そらまぁ、あんまり気分がいいもんじゃねーけどさ~。
 なんだかなんだ言って、旅団の奴らと殺りあうのも面白かったしにゃ。
 こんな楽しそうなイベント、俺様が逃すわきゃねーだろ!」

そう言って、良助はガハハハハと笑った。
どうやら利用されたことはあまり気にしていないらしい。
公園であった時の怒りは、ただのノリによるものだったのだろう。

「……」

だがヒソカが予想外だと感じたのは、そんな些細なことではなかった。
もっと根本的なところで、良助は中々同意するまいと考えていたのだ。

それは良助という念獣の存在理由。ヒソカは予想していた。
おそらくこの念獣は『生き永らえる』ために存在していると。

死んだ術者と同じ姿をした念獣。
つまり術者が自分自身に関わる何かに未練や執念があったのだろう。
となればその執念や未練が何かを想像するのはそう難しいことではない。

十中八九、『生きたい』『死にたくない』と思い!
それに違いない。

おそらくあの焼死体のような姿は彼が死んだ時の姿。
そしてあの凶暴な動物のような人格こそが執念と未練の権化なのだろう。

そんな念獣がわざわざ自分を危険に陥れるようなマネをするだろうか。
まず普通に考えればありえない。

それ故、今まで無謀なことを何度もしてきた良助であるが、
自分が死者が遺した念獣であることを知った今、
ヒソカは良助が簡単に頼みを受けるとは思えなかったのだ。

だが良助はあっさりとヒソカの提案に頷いた。
ヒソカの予想は間違いだったのだろうか。

では、チェリーやフランクリンを襲った時に現われたあの人格は……

「……どうしたん? ヒソカ?」

考え込んでいたヒソカに対して良助が声をかけた。

「……なんでもないよ◆」
「あ、そう」

ヒソカの返事に納得したのか、良助はそれ以上追求してこなかった。

「んじゃさ~、ちょっとクラピカに連絡してくんね?
 1つだけ気になることがあんのよ」

そして話を変えて、再びヒソカに声をかける。

「わかったよ。じゃ、ちょっと連絡してみるね◆」
「よ・ろ・す・く~」

ヒソカは携帯を取り出し、クラピカに向けてメールを打ち始めた。

ヒソカは先ほどの疑問を考えることをやめた。
彼の予想が正解であれ間違いであれ、良助が手伝ってくれることには変わりない。
ならば今はどうやって旅団を攻略するかを考えるべきだ。
ヒソカにとってクロロと戦うことこそが至上の目的なのだから。

(……絶対あなたは……僕が殺る◆)

クラピカへのメールを打ちながら、ヒソカは旅団攻略に関して思考を深めていった。






(きっとヒソカ奴、疑問に思ってんだろにゃ~)

メールを打つヒソカを見て、良助は頭の中でそう呟いた。

一体なぜ『生き永らえる』ための念獣である自分がヒソカを手伝うのか?
おそらく先ほどのヒソカの沈黙は、その疑問について考えていたものだろう。

だがヒソカは少し勘違いしている。

この肉体には2つの意思が存在する。
一つは『生きたい』『死にたくない』という執念。肉体を具現化する意思。
そしてもう一つはその残り滓。それが肉体を操作する意思。

如何に死者の念といえどもできることには限界がある。
元の世界から流れ辿りついた妄執は、この思いが形になる世界で肉体を具現化した。
だが人間丸々1人を完全に具現化するのはそれだけで困難なのだ。
それに加えて肉体の操作まで行うとなるともっと難しくなる。
できなくは無いだろうが、オーラの消費が激しくなり効率が悪い。

故に妄執は、この肉体を操作させるためにもう1つの存在を作り上げた。
化物が生き死にに関わる感情だけで練り上げられた存在ならば、
それは生き死にに関わる感情以外で練り上げられた存在。

死の恐怖。死の絶望。死の憤怒。死の悲哀。死の後悔。
死の不安。死の憎悪。死の怨恨。死の無念。

それら全てを失った妄執の残り滓! 完璧な欠陥品!

そう。それこそが今までヒソカと話をしていた人格。
火傷男ではない高橋良助の正体であった。

故に高橋良助は何も恐れない。
命がけの試験であるハンター試験も、死神であるヒソカも、
幻影旅団の団員も、誰かが死ぬことも、そして自分が死ぬことも……。
恐れるという感情が存在しないのだ。

ここがヒソカの勘違いした点だ。
つまり『生きたがっている』のはあくまで肉体を具現化する意思であって、
肉体を操作する彼にとっては死のうが生きようがどちらでも良いのである。
ただ自身の興味を持つことにだけ、面白いと思うことだけに突き進む。
そして自ら危険の中に飛び込んでいく。

だが化物は危険に敏感であった。
肉体が危険な目、死ぬような目に合うたびに、その化物は目覚めた。
トンパやフランクリンはその化物に殺されていった。

自分勝手に自由闊歩し、その行き先で災厄をばら撒く存在。
化物なのは肉体を具現化する妄執だけではなかった。
肉体を操作する『高橋良助』と言う人格もまた化物だったのである。

故に高橋良助は止らない。
どこまでもどこまでも災厄をばら撒き、人を殺し続ける。その身が滅びるまで。

(しっかし、まぁ、皮肉なもんだな~)

全ての執念の残り滓が、友人と良く似た性格とは……。
いや、もしかしたら肉体を具現化する妄執が、わざわざこんな性格にしたのだろうか。
友人の分も生きていくために、彼に良く似た性格を再現したのだろうか。

まぁどちらにせよ。今の良助には関係ないことだ。
彼が行動する基準は愉しいかどうか、気持ちいいかどうか、面白いかどうか。
彼が行動しない基準は面倒くさいかどうか、可能かどうか。
それだけである。それ以外に彼の行動を縛るものは存在しないのだから。

「終わったよ◆」

そんなことを考える良助にヒソカが声をかけた。

「なんとかアポを取ることが出来たよ。今すぐ会いにいくことになったから◆」
「へへへ~、ついに鎖野郎と対面ってか! wktkするZE!!」

そう。
何人死のうと、何を犠牲にしようと、良助は止らない。
彼は死んだ友人の分まで……人生を謳歌しなければならないのだから!!

ヒソカと良助は公園を後にし、クラピカたちのいるホテルへと足を向けた。






こうして、この2人と幻影旅団との戦いの火蓋は切って落とされた。
そしてそれはこのヨークシンシティを更に血で染める、争いの始まりでもあったのである。






つづく


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