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[4464] 【全編完結】俺の名は高町なのは。職業、魔王。 (転生 リリカルなのは)
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2010/08/07 21:21
前書き


はじめまして。テスト板から移行してきました。

 ちょっとした経緯がありますので、簡単に説明させていただきます。
 最初、当作品は、なのは憑依ものの提案として、短編をテスト板にあげました。(詳細は、一話後書きをご覧下さい。) ところがこれがありがたいことに、且つ作者としては大変意外なことに、望外の好評をいただき、続編を望む感想もいくつもいただきました。
 正直、あくまで「憑依ものがやたら多いくせに、なぜ主人公のなのはへの憑依ものはないの?」という疑問提起のためだけに書いた作品であり、また自分に連載ものを書ききる力があるとも思えなかったのですが、せっかく続編を期待してくださった方がいることだし、書けるとこまで書いてみよう、ということでテスト板で連載を開始しました。
 意外なことに、連載もそこそこ調子よく続けられ、10話目へと到達できました。ので、これを機会により多くの方に読んでいただけたらなあ、と思い、とらは板に移行させていただきました。

 すこしでも楽しんでいただけたら、幸いです。

                         作者敬白










<修正・訂正履歴> ※設定の追記・修正は除く。

・12/9、ご指摘を受け、第十五話の後書きに追記しました。
・12/25、ご指摘を受け、第八話の本文の一部を修正及び書き直ししました。
・12/30、原作設定との不整合に気づき、第十六話の本文の一部を書き直しました。参考に、日程表を後書きに追記しました。
・12/30、他の話での記述との整合に無理がある内容に気づき、第十八話を大幅改定しました。理由について、後書きに追記しました。
・1/9、「外伝:ユーノ編」と「外伝:陸士大隊隊長編」の順番を、時系列に沿って入れ替えました。
・1/14、ご指摘を受け、「外伝5:アリサ編」を微修正しました。
・1/20、ご指摘を受け、十六話の誤字を修正しました。
・2/2、一話・七話・外伝6の、改行位置の誤り又は誤字叉は誤記に気付いたので、修正。
・2/2、内容が、現在位置よりあとの話のネタばれを含みはじめたので、「ウンチク的設定」を、全話の末尾に移動。
・2/20、二十四話以降と整合のとれない点が生じたので、二十話を微小変更。
・2/23、ご指摘により、軍での女性上位者への呼びかけが「Mam」(mamaの略)ではなく、「Ma'am」(Madamの略)であることが判明、関連部分を全て修正。(二十二話、二十四話、ウンチク設定集。)
・3/27、ご指摘を受け、「幕間3:ティアナ編」誤字修正しました。
・4/15、ご指摘により、二十六話の一部を書き直し。また、後書きに追記を入れました。
・6/6、ご指摘を受け、二十八話誤記修正。さすがにこれは、次回upまで放置できない(汗)。
・09/08/15 「うんちく設定」の量が大分増えたので、整理を兼ねて3分割。
・09/10/22、三十二話の描写でけっこう突っ込みをいただいたので、微修正。
・同    、更新場所が判りにくいとの指摘を受け、うんちく設定と番外小話の位置を移動。うんちく設定に「ネタバレ注意」の記述追加。
・09/11/11、ご指摘により、三十一話の誤字修正。うんちく設定②に修正追記。
・10/05/18、こっそり設定集の位置を移動。ちなみに現在、連載終了の燃え尽きと、連載時に感じていた疑問の確認にテスト板に投稿した結果の予想を上回るありえなさに、相当なマイナスレベルまで削られていた執筆意欲の立て直しにどうやら成功。よちよち歩きながら、ゲイズ家編を構想執筆中。
・10/08/07、「歴史的補講」投稿により、全編完結とする。



[4464] 目次
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2010/05/18 19:49
    << 目次 >>




前書き、修正・訂正履歴
目次


 一話  序編、あるいは一話完結の物語 08/10/16初稿

 二話  回想編    1、幼少期と発覚  08/10/18初稿
 三話         2、接触と調査開始
 四話         3、自分のために、あるいは彼女のために
 五話         4、今思うこと、かつて知ったこと

 六話  邂逅編、あるいは全ての始まり 

 七話  運命編    1、災厄来る
 八話          2、さて、どうしたものかな?
 九話          3、交渉、その鉄則はいかなる手管を用いても主導権をとることである……特に、不利な状況においては
 十話          4、フェイト・テスタロッサ、あるいはフェイト・T・ハラオウン
十一話          5、奇麗事と感傷と……憧れと    
十二話          6、言霊

十三話  兆しと謀略編 1、非効率とギル・グレアム 
十四話           2、疑問と呪詛
十五話           3、先人
十六話           4、「夜天の王」
十七話           5、外道
十八話           6、戦術理念の変革へ
十九話           7、いま、一度
二十話           8、奔りはじめた時

外伝編  1、オーリス・ゲイズ、葛藤する
      2、ある陸士大隊長のつぶやき
      3、ユーノ・スクライアの想い出
      4、闇の中で ~ジェイル・スカリエッティ~
      5、8年越しの言葉 ~アリサ・バニングス~
      6、命題「クロノ・ハラオウンは、あまりにお人好しすぎるか否か」
      7、高町美由希のコーヒー  

そして、得たもの。……あるいは機動六課編
二十一話  1、悩める余裕
二十二話  2、遊びを始めましょうか?
 幕間1:ハヤテ・Y・グラシア
 幕間2:ミゼット・クローベル
二十三話  3、ホテル・アグスタ 
二十四話  4、課題、仕込み、襲撃
二十五話  5、若人
番外小話:フェイトさんの(ある意味)平凡な一日
 幕間3:ティアナ・ランスター
二十六話  6、悪辣にして非道、しかして孤独
 幕間4:3ヶ月(前)
 幕間5:3ヶ月(後)
二十七話  7、開宴
 幕間6:そのとき、地上本部
二十八話  8、弓に矢をつがえよ
 幕間7:チンク
二十九話  9、たたかうということ          初稿09/07/24
三十話  10、くだけちるもの            初稿09/08/15
 幕間8:クラナガン攻防戦、そして伸ばす手      初稿09/08/25
三十一話 11、絶望の形の希望            初稿09/10/07
三十二話 12、宣言                 初稿09/10/22
 幕間9:会議で踊る者たち
三十三話 13、辿りついたさき            初稿09/11/11

外伝編 8:正義のためのその果てに ~時空管理局最高評議会~  初稿09/11/22
外伝編 9:新暦75年9月から新暦76年3月にかけて交わされた幾つかの会話 初稿09/12/07

継承編 三十四話 1、午後のひととき  初稿09/12/18
    三十五話 2、みつめるさき
    三十六話 3、双月       初稿10/01/13
    最終話  4、契約      


読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集 3本



[4464] 一話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/02 16:18
※2/2、改行位置の誤り修正



 俺の名は高町なのは。時空管理局ってとこに勤めてる13歳の女の子だ。管理局の中でも、特に荒事上等の武装隊ってところで、中隊長をやってる。
 だから俺の職業は、って聞かれれば、普通は「管理局員」とか「武装隊員」って答えになる。でも、俺的にはもっとしっくりくる答えがある。周りの奴らもけっこう俺のことをその名で呼ぶし、俺自身もそう名乗ることがある。だから、俺の職業はさっき言ったみたいなつまんねーありがちなもんじゃない。すくなくとも、自分ではそう思ってる。つまり、「職業、魔王」ってな。

 「アクセルシューター、シュート!」
俺のぶっ放した数十の魔力弾が、倉庫内を逃げ惑う奴らを的確に追尾し、吹き飛ばす。「や、やめ、助けひぶっ!」「投降する! 投降するから、もう止めがっ!」爆発音の合間になんか雑音が聞こえるが無視して、魔力弾をさらに追加で叩き込む。今日の仕事は、次元間密輸組織を全滅させること。つまり、目の前の奴らを一人残らず叩き潰せば、ミッションコンプリートってわけだ。
『高町隊長! 「全滅させる」じゃなくて、捕縛です、捕縛! 管理局は法組織なんですよー!』
副官の悲鳴じみた念話が頭に響く。うるせえな、似たようなもんだろ。
『こないだのミッションで、大隊長に怒られたばっかでしょう! 過剰攻撃禁止とか、投降の意思を示した相手は攻撃するなって!』
阿呆くせえ。戦闘時にそんな細かいことまで注意を割けるか。どうせ死にゃあしねえよ、非殺傷設定なんだし。
『たいちょー!!』
マジ細けえ奴だな。はげるぞ。
『WERMI%DKLW#……!』
まだ、なんか言ってるが、もう雑音として処理する。あいつも、口うるさいところを除けば、いい副官なんだがな。倉庫外で水も漏らさぬ網張ってる部下連中の能力と性格・地形を勘案して配置を決めたのは奴だし。ミッション前後の準備や報告、補給や情報処理みたいなバックアップなんか、細かいとこまで配慮の行き届いた、神経質なくらい完璧な仕事をするのに。あ、だから、細かいことまで神経質にうるさく言うのか。
 思いながら、爆煙の晴れはじめた室内をざっと見渡す。忘れずに、左手にもった相棒に室内と周辺の魔力サーチと生体反応、熱源反応の探査も命じる。
 どうやら、もう、トラップや抵抗できる奴はいないようだ。俺は、いまだに愚痴と嘆願を垂れ流している副官に、外部の状況を確認したあと、ピクピク痙攣してる奴らの回収を命じた。
 
「異動ですか?」
任務後、報告書を副官に丸投げして、どうせ命じられるだろう始末書を書いている最中に俺は呼び出された。目の前の机に座ってる、中年のおっさん……部隊長にだ。武装隊は大隊単位で管理されているので、この腹の出始めたおっさんが俺直属の上司-大隊長である。
「ああ。君ほどの能力のある魔道師を一武装大隊が抱えているのは、人材の有効活用の点からも問題があるのでな。」
よく言いやがる。俺が魔道師ランクSを取って以来、いや、それ以前からも、嫉妬に塗れた自虐的な嫌味をねちねちねちねちことあるごとに繰り返してきたくせしやがって。てめえの魔力資質が低かろうが大隊規模の指揮官技能には関係なかろうに、後ろ向きな野郎だ。
「喜びたまえ。君の次の配属は航空戦技教導隊だ。管理局有数のトップエリートの証だぞ。私も君を育てた一人として鼻が高い。」
育てるどころか邪魔された覚えしかないがな。大隊指揮資格を取ろうと受験申請したら「君にはまだ早い」とかぬかしやがって。
 おっさんが満面の作り笑顔、俺が内心丸出しのシラケ顔で向き合ったまま、沈黙が流れる。どうせ、「ありがとうございます」みたいな言葉を待ってるんだろうが……俺がそんな真似をするわけなかろーが。学習しない奴だ。
 にらめっこに先にギブアップしたのは当然ながら、おっさんだった。
「……ゴホン。まあ、そういうことだ。新しい配属先でも頑張ってくれたまえ。まあ、君のような才能あふれる若者には不要な激励かもしれんがな。しかし、過去、自らの才に溺れ、傲慢な%&ghkぇlgW……。」
嫌味モードに突入したおっさんの話を聞き流しながら、俺は思った。教導隊ねえ……、戦闘はあんまなさそうだな。

 別に俺は戦闘狂ってわけじゃない。そういうと大抵の奴は冗談だと思って笑うがな。でもホントのことだ。俺が戦場に立ちたがるのは、自分の実力を磨くため。訓練をしょっちゅうするのもそのためだ。
 大体、魔法なんて扱ったことのない人間が魔法戦に否応なしに放り込まれたら、普通に考えてどうなるかなんてわかりきってるだろ? まあ、俺の場合は少々特殊だったんで、そんなひどい目にはあわなかったが、それでも、戦闘時の魔法の効率的な使い方、戦闘に役立つ魔法の開発、対魔法戦での機動術、魔法を考慮に入れた戦術的な部隊運用……。身につけるべき事、考えるべき事はいくらでもある。おまけに管理局の奴らは、魔法さえあればほかはいらない、って考えてる馬鹿が多い。阿呆共が。魔法は技術の一つ、選択肢の一つで、常に最善の手段ってワケじゃないってことくらい、なにも知らなくてもわかりそうなもんだがな。大体、仮にも軍事組織にいるんだ。戦術学なり軍事学なりちょろっとでもかじってみろ、すぐ気付くだろうに。質量兵器は野蛮だ、なんて世迷言をほざく前に、クラウゼヴィッツの「戦争論」でも読めっつーんだ。
 ……あん、13才でそんなこと言う奴ぁいないって? まあ、たしかにそうだわな。俺は正確には13じゃあない。あるんだよ、前世の記憶ってやつが。その前世じゃあ、俺は陰陽師でな。現代の陰陽師ってのは、真言唱えたり、札使ったりだけじゃあ、やっていけねえ。オカルトなんざ信じない時代だし、怪異自体も減ってるらしいしな。いかに効率よく力を使い、いかに効果的に相手をしとめるか。費用対効果ってやつだ。経費をおさえねえと食っていけねえんだよ。特に俺は単純なパワーとしての霊能力は低いほうだったからな。乏しい才能でどうやってやっていくか、いつも必死だった。だから、軍事学を必死で勉強したし、戦術や作戦も研究した。新しい術の開発や道具の導入(銃とかな)も試してみたりした。周りにはいい顔されなかったがな。魔法と一緒だよ。陰陽師は古来よりの陰陽術を用いて戦うべし、陰陽師の誇りを忘れたか、ってな。まあ、気にも止めなかったが。食ってくのが第一だ。御託で腹は膨れんのだよ。
 そんな俺の前世経験からして、今の俺の状態はやばすぎる。魔力がでかかろうが、それの効果的な使い方がわかってなけりゃ意味はねえ。魔法ってモンが戦闘でどう使用されるか、ほかの兵器や戦術とどう組み合わせる方法があるか、その辺がわかってなけりゃ敵の攻撃に対応できねえ。魔力任せのシールド一辺倒なんざ馬鹿のやることだ。(いや、今の俺はそれ中心なんだが) 信頼性が低すぎる。たった一つの方法に頼りきりなんて、その方法への対策が考案されたら、それまでじゃねえか。
 だから俺は、訓練で、実際の戦場で、いろんな方法を試すし、いろんな事態を経験するようにしてる。知識だけじゃ意味はない。それが実際に役立つか、その効果の大小は、その効果の時間は、そのために消費するものは、それが使えねえ状態はどんな状態か。それらを把握して、初めて使いこなせるようになるってもんだ。
 だから、俺はできる限り戦場に出る。自分の戦法や魔法の効果に自信がないから、攻撃は常にオーバーキルになる。当たり前だ。
 自信もないのに手加減して反撃食らうなんざ俺の趣味じゃねえ。言葉で騙すのもやられた振りして不意をつくのも前世で散々経験してきた。自分のミスで、自分がやられるのも仲間がやられるのも御免だ。まあ、おかげで「魔王」なんて仇名を奉られちまったが。相手の戦意を削ぐには悪くないかと思って、自分でもそう名乗る。使えるものは何でも使う。そうやって過去の俺は生き抜いてきた。

 そのあたりを考えると、教導隊ってのは、実戦の機会は減るが、戦術研究、戦闘法開発なんかに割く時間が増えそうだな。実戦の話も、今より幅広いところから生きた話を聞けそうだし。そう考えると悪くないか。魔力のバカでかさのおかげでやむなく管理局なんぞに所属する羽目になった俺だ。「平和と秩序を守る」なんてお題目はどーでもいい。魔力狙いで襲われても返り討ちにできる技量を身に付けるのが第一だ。そのための環境が命をチップにせずに手に入るなら、なおさら悪くないか。
 俺はそう前向きに考えることにした。

「高町なのは二等空尉、着任いたしました。」
「ようこそ、本局航空戦技教導隊へ。我々は貴官の着任を歓迎する。」
敬礼を交わす。
 これから俺はこの部隊で暴れていくことになる。俺が自分の力を高め続けた果てにどこに行き着くのかなんざ興味はない。ただ、今もこれからもやることをやっていくだけだ。全力全開でな。



■■後書き■
 なのはの転生や憑依ものって多いですけど、なんかしらん主人公たるなのはへの転生や憑依って見たことないんですよねぇ。なんで書いてみました。場面場面は切れ切れに浮かぶんですけど、それを繋いで一つの流れにできないので、短編ですが。主人公のわりに、SS界では、なのはって冷遇されてると思うのは私だけでしょーか。
 ちなみに、前世を陰陽師にしたのは、よく言われてる管理局のおかしいところに突っ込みを入れさせる知識を持たすためです。自衛官ってするにはこちらの知識も考え方もついてけないし、オタク系にするとほかの人の作品とかぶりそうだしで。陰陽師が軍事学勉強すんのかって真面目に聞かれると返しようがありませんが。まあ、命かける仕事で基礎能力が低けりゃ、戦術とか戦闘技術磨くしかないだろうってことで。
 短い試作品におつきあい下さり、ありがとうございました。よろしければ、感想お願いします。




[4464] 二話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/10/18 22:20
「ふむ、残念だな。久しぶりに会えたというのに」
「休むときにきちんと休んで態勢を整えとくのがプロっつーもんだろ。大体、俺はまだ身体ができてなくて、ただでさえ体調管理が難しいのに」
「まあ、たしかに。それに教導隊に異動して二ヶ月ほどだったか? 疲れの出てくるころかもしれんな……」
「あきらめろ、バトルマニア。今日の俺は休日。休養日。気晴らしついでに友達の顔見に遠出してきただけ」
「ふむ、しかたあるまい。
 それでは、これからどうするのだ? 主ハヤテのお時間が空くのはもう少し後だが」
「ああ、きっちり時間調整したわけでもないからな。訓練場の片隅で休憩がてら見学でもしてるよ」
「あいかわらず見上げた向上心だな。なにか気付いた点があったら、遠慮なく指摘してくれ」
「休憩がてらっつったろ。まあ、期待せずにいてくれ」
「わかった。時間を取らせたな。のちほど、また話そう。」
「ああ。」
旧知の教会騎士、シグナム・ヤガミの熱心な訓練参加の誘いをようやく振り切り、俺は訓練場の端に向かってブラブラ歩きはじめた。後ろでシグナムが、集合の声をかけているのが聞こえる。あいつも悪い奴じゃないんだが、ちょっと堅すぎる。もうちょっとなんとかならんかと思いつつ、そうなったらなったでシグナムじゃあないわな、とも思う俺は高町なのは。職業は魔王。


 ミッドチルダにあるベルカ自治領。久々の完全休養日、俺は友人をたずねてそこを訪れていた。シグナムも友人の一人だが今回会う約束をした相手ではない。まあ、シグナムは俺が来ることを聞いていたようで、聖王教会の受付を訪れるなり、待ち構えていた彼女にとっつかまって、訓練場に連行されたわけだが。
 訓練場の端の木陰に座り込んで、騎士達の訓練風景を眺めながら、俺はシグナム達、いわゆる「ヤガミ家」との出会いをぼんやり思い返していた。

 ……そもそも、俺が前世の記憶を持っているからといって、生まれてすぐに意識がはっきりしたわけじゃない。脳の発達や五感の機能形成の関係もあったんだろう。「俺」という自我がそれなりに明確になったときには、生後半年をすぎていたようだ。
 それも、「自分自身」という感覚がそれなりに形成されただけで、前世の記憶もほとんど覚えておらず、周囲の状況の理解もできなかった。思考能力も無しに近い状態で、夢うつつに目をうっすらと開いたような、深い霧に包まれたような、そんな意識レベルだった。
 だが、そんな状態でも、魂に焼き付いて脊髄反射のレベルで行っていたことがあった。調息-陰陽師の技術の基礎にして究極。
 世界に満ちる命の息吹を身のうちに取り込み体内に循環させ、身の内の穢れとともに吐き出す呼吸法だ。陰陽術は世界に充ちる超常の力を借りて術を行使するのだから、世界との親和性・協調性が低ければ、それは術の効力にダイレクトに影響する。術を行使するためのエネルギーである霊能力の増幅も兼ねた、魂のレベルで刷り込まれた行動だった。
 そして、肉体の把握と鍛錬。別に筋トレとかをしたわけじゃない。(そもそもできる状態じゃない) 意識の糸を筋繊維の1本1本を意識しながら通し、霊力を静かに流し込みながら収縮と伸張をおこなう。前世でも余裕があればおこなっていた修行法であり、怪我をする度に繰り返していたリハビリでもあった。
 この2つは、前世の俺にとってそれこそ呼吸するのと同じレベルでおこなっていた行為なだけに、意識がはっきりしない状態でも、いや、ひょっとしたらそういう状態だったからこそ、生まれ変わった俺がおこなった最初の自発的行動になった。
 家族達は、俺のそんな行動に気付かず、普通の赤ん坊に対するように接していた。調息にしろ肉体鍛錬にしろ、目で見て分かりやすい行動じゃない。静かでゆったりとした、自分という枠を静かに柔らかく押し広げていくような、そんな修練なのだから。

 そして修練の経過と俺の肉体の成長につれて、自意識も、雲間から差し込みはじめる日の光のようにはっきりする瞬間が増えていき、2歳の誕生日を過ぎてしばらくしたころには、前世の記憶に多くの欠落はあるものの、「俺」の意識ははっきりと確立していた。

 ……その頃、高町家を襲った父親の大怪我と長期入院という不運は、俺個人にとっては幸運だったといえる。皮肉な、そして、胸を刺すような哀しみの感情とともに、俺はそう思う。
 転生という俄かには受け入れにくい現実のもたらした精神的パニック。ほとんど間をおかずやってきた、自分の積み重ね鍛え上げてきた能力の喪失による深い無力感と諦観。
 俺はほとんど恐慌といっていい状態にあったと思う。家族の皆があれほど精神的にも余裕を無くし時間的にも忙しくなければ、俺の異常は必ず気付かれていただろう。
 だが、俺の異常は家族には気付かれず、家族がやや余裕を取り戻しはじめたころには、俺は精神的再建をある程度まで、どうにかこうにか果たしていた。-家族に狎れない、独りを好む幼い女の子、という仮面をかぶれる程度までには。

 俺には家族というものはよくわからない。それでも、今生の家族に情を感じないわけではなかった。
 前世で俺を生んだ人達は、親というより師であったし、俺が成長してからは俺の陰陽師の正道から外れた行為に侮蔑と嫌悪を示す立場に立った。彼らは、そしておそらくは俺も、家族である前に、まず陰陽師だったのだ。
 だが、今生で新しく得た家族は、みな情愛に溢れ互いに気遣い合い、暖かな家庭をつくりあげていた。言動は軽く母への愛情も隠さず、兄と姉へも一見わかりにくい愛情を見せる、だがそれだけではない、芯に容易に曲がらぬであろう何かを秘めた父。明るく優しく芯も強い、愛情に溢れた母。態度には出さないが両親への深い敬愛と姉へのいたわりをもつ兄。暖かな家族に囲まれ、素直にすくすくと伸びた若木のような、明るく素直な姉。
 しかし、俺は前世の記憶のために子供らしく彼らに接することは難しく、彼らは彼らで俺を一時期放置に近い形にしていたことを引け目に感じているようで、俺に接するときはどこかぎこちなかった。それでも折に触れて俺とより良い関係を築こうと試みてくれたが、元々人付き合いが上手いとは言えない俺は、まだ十分落ち着いたとは言えない精神状態もあって、そのことごとくを受け入れなかった。
 そして、俺が自分の新しい環境をどうやら受け入れ、陰陽術についても記憶に沿ってそれなりにつかえることを確かめて精神的な安定を手に入れた5歳過ぎには、俺と家族との間には、一朝一夕には埋めがたい溝ができてしまっていた。俺は家族に対する引け目と罪悪感から、彼らとの時間から逃げ、陰陽術の修練と実践に一層のめりこんでいった。
 結果的にそれが、俺に思わぬ出会いを運んでくることになる。

 修練漬けの日々を過ごし、前世の記憶も術に関しては、かなり、はっきりしてきた俺が最初に手をつけたのは結界の設置だった。
 陰陽師は狙われることが多い。それは、肉体を取り込むことで霊力を己の力に変えようとする怪異であったり、恨みやライバルの蹴落としを狙って襲ってくる同業者や犯罪者たちであったりする。今生の世界が前世とは異なる世界であることは、すでに判っていた。前世で縁のあった組織や個人のことごとくに連絡がつかず、存在の痕跡もみつけられなかったからだ。だが、この世界に陰陽師や怪異がまったく存在しないとは断言できないのも確かだった。前世でも彼らは秘匿された存在だったのだから、今生でもそうではないと、どうして言いきれよう。
 安全の為に、近隣の力ある存在と、自分の生活テリトリーへの害意ある侵入者の把握は必須だった。
 そして、地脈の力を利用した隠密探知結界を、海鳴市全域を覆う形で発生するよう準備を終え作動させた途端、結界は力ある存在がすでに市内にいることを俺に教えたのだ。それが、ハヤテ・Y・グラシア、当時の八神はやてだった。そのとき、俺は8歳の誕生日を目前にしていた。



■■後書き■■
 意外な高評価と、続編があるなら期待、というお言葉をいただき、続きを書いてしまいました。でもやはり、文章を書くって難しい……。なるべく読みやすいよう、わかりやすいよう、精進していきます。とりあえず、目指せ、A''s編完結ですね。
 ちなみに、時系列的には前回の続きです。A''s編をなのはちゃん(憑依ver.)が回想するわけです。無印編より先にA''s編が来るのは、このSSでの仕様です。うちのなのはちゃんの能力と性格からいって、ほかが原作設定のままなら、A''s編が先に発生するのが自然な流れになってしまったもので。
 ちなみにストーリー的には、「原作? なにそれ?」な感じになります。キャラ設定や公式設定にはなるべく手を加えないつもりですが、主人公設定が変わるとそれだけでストーリーは原作から離れてどっかいっちゃうようです。
 では、よろしければ感想いただければ嬉しく思います。



[4464] 三話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/10/21 06:58
 「や、いらっしゃい、なのはちゃん」
 「ちゃん付けはやめいと言うとろーが」
 「可愛いなのちゃんにちゃん付け以外の呼び名が似合おうか、いや、似合わん!」
 「反語強調せんでいいっ」
木漏れ日をさえぎって、人影と声が俺の上に落ちてくる。ハヤテ・ヤガミ・グラシア-教会屈指の名家グラシア家の養女にして、自身も「夜天の王」という何百年振りかで復活した称号を戴く者。喪われた古代ベルカ式魔法の使い手にして研究者。
 「どうなん、教導隊は。実戦が少のーて、ストレスたまっとるんやないの?」
 「ほざけ、阿呆」
 「あかん、あかんで、その反応! そこはキチンとノリツッコミで返すところや」
 「あー、実はストレスたまりまくりでなぁ、って俺はシグナムかいっ」
 「シグナムにひどっ! 反応おそっ!」
笑いながら、俺の横に腰をおろすハヤテ。俺は目の前の訓練風景に目を戻す。
 ご大層な立場にあるハヤテだが、人目がなければ、昔からの友人として(ハヤテ曰く親友だが)変わらず俺に接してくれる。当人は人目に関係なく俺とフランクに付き合いたいようだが、俺がやめさせた。管理外世界出身というハンデ要素があるのに、加えて付け入られる隙をつくるべきではない。彼女のような、既に妬まれる立場にある将来有望な人間は特に。
 「でも、「魔王」やしなあ。教会にも轟く悪名高い魔道師が最前線から外れたら、ストレスたまるのは自然と思うやん」
 「心配いらん。俺は平和主義の魔王なんでな」
 「どんな魔王や、それ……」
にまにま笑いながら俺をからかうハヤテ。仏頂面で返す俺。
 彼女は数少ない、俺が「魔王」を敢えて名乗る理由を察している一人だ。だが、もう一人の古馴染みと違って、それを止めさせようとしたり、噂を訂正しようとしたりはしない。代わりに、時折俺をからかうことで、さりげなく心配と俺の行動への受容とを伝えてくる。真面目で一本気なフェイトとは違う形の優しさ。俺にはもったいない友人だ。
 この優しい友人を、命の危機から救うためとはいえ、魔法と陰謀渦巻く別の危険に放り込んだことは、俺の負い目の一つだ。
 当人は俺を「命の恩人」と言ってくれているようだが、救うために別の命の危険にさらされる世界に放り込んだのだから、差し引きゼロだ。生まれ故郷にいれば負う事もなかったろう重荷を背負う立場に立たせたこともあわせると、ほかに手を考えつかなかったとはいえ、負い目のほうが大きい。たとえ当人が納得して、自分の意志で選んだ道とは言え、当時の状況から言えば、実質、選択権などなかったも同然だろう。ハヤテはそれでも胸を張って「私の選んだ私の人生や!」と笑うが。
 彼女が自力で今の環境下で幸福を手に入れたとしても、それが俺の過去の至らなさを帳消しにするわけではない。
 俺は当時のことを思い返した。


 「……えっと、つまり、この本が呪いをかけて私の足が動かないようになっとるって、そう言うのん?」
 「ああ」
 おそるおそる口を開いた目の前の少女に俺は簡潔に答えた。ほんの2週間前に知り合ったばかりの相手(彼女は「友達」と言ってくれるが。)に言われても、常識的に受け入れにくい内容だが、呪詛の類はいつ効果が急変するか判らない。まして、俺の知識では、本が彼女につながって、彼女から「何か」を収奪していることしかわからなかった。術式は読み取れなかったのだ。詳細がわからない以上、対応は早いほうがいい。
 既に俺が陰陽師であることは伝えてあるし、話をするまえに簡単な術も披露した。部屋の東西南北に札を標(ひょう。陰陽術で用いるクナイのような刃物)で縫い止め、呪を唱えた。術を使って室内を覗こうとした相手に幻像をみせるだけのものだが、真言を唱えながら宙にばら撒いた札を一瞬で壁に縫い止めた光景は、彼女にそれなりにインパクトを与えたようだ。
 頭から笑い飛ばしたりせずに、真剣な顔で考え込んでくれている。オカルト被害者への対応で一番困るのは、自身に起こっている現象がオカルトであると信じず、金目当ての詐欺師だと叩きだされることだ。オカルトが一般には存在を信じられていない以上、仕方のないことではあるのだが、対応の遅れを招き、被害を深刻化させることになる。とりあえず、そのパターンは避けられそうだ。
 俺は心の中で一息つきながら、考え込む目の前の少女を見つめた。 

 
 ……探知結界を作動させた瞬間に感知した「力」は奇妙なものだった。霊能力や悪霊ではない。あえて言えば、妖怪の持つ「力」に近いが、「あえて言えば」のレベルであって、「ライオンと馬は同じ動物という近い存在です」というようなものだ。
 だが、俺はその力と同種の力の存在を知っていた。自分が記憶どおり、陰陽術を使えるかどうかの確認をはじめてすぐ気付いた、自分の体内にある未知の「力」。いろいろと試してみたが、目或いは霊視で見える形で顕現させることも、周りの物体や自然に影響をあたえることもできなかった。ただ、「力」の中心が胸の中央付近にあり、「力」自体もそこから生まれてきているようだ、ということしかわからなかった。結局、この世界独自の「何か」だろうと結論して、注意しながらも放置していたのだが、今回感知した「力」がそれと同種であるような感覚を受けたのだ。
 すぐさま、式を飛ばして反応のあった地点とその周囲を探る。そして見つけたのが車椅子で独り暮らす幼い少女と、彼女の住居周辺にある、いくつかの奇妙な時空の歪みだった。春休みなのを幸い、何日かかけ、痕跡をなるべく残さないよう注意してその周辺を監視し、また、情報を集めた俺は、少女に直接接触してみることを決意した。

 俺と同年代であろう10歳にも満たない少女が独りで暮らしているにもかかわらず、周辺住民からも市役所などの公的機関からも、訪問も、まして気にかける様子すらなかったこと。彼女の住居周辺の時空の歪みは、目視も霊視も触探もできない、俺の知らない何らかのシステムにより生成されているようだが、それらのシステムが件の「力」で構成されていること。そしてそれらの配置位置が少女の住居とその周囲を焦点にしていたこと。
 市役所の情報を術を用いて調べたところ、少女は「八神はやて」という名であり、「ギル・グレアム」なる親権者と共に暮らしていることになっていたこと。また、身体的障害もないことになっていたこと。銀行を術を併用するハッキングで調べたところ、「八神はやて」の口座には、数年前から「ギル・グレアム」の口座から月々かなりの額が振り込まれていたこと。銀行の情報では、「ギル・グレアム」はイギリスの銀行から振込みをおこなっていたこと。
 それらを総合し、俺はこの世界独自の「力」を使った術により少女が監視、あるいは研究対象となっており、それは「ギル・グレアム」を中心に行われていると考えた。そして、その行為に際して公文書の改竄をおこない、また推測だが周囲の住民の意識もおそらくはある程度操作しているであろうことから、手段を選ばず少女をなるべく孤独におこうとしているだろうとも。
 少女の家の中自体は、発覚の危険性が高すぎると判断して「視て」いないが、「ギル・グレアム」らの行為は、彼女の持つ「力」に関連したものだと考えるのが普通だろう。

 ならば、彼女と同様の「力」を持つ俺自身も、「ギル・グレアム」らの監視・研究対象になりうると思われる。そして、「八神はやて」を孤独におこうとするなら、俺自身も孤独におこうとする可能性が高かった。……例えば、誘拐や、事故に見せかけた家族の皆殺し等の手段を用いて。

 真相を知った後ではお笑い種だが、俺はまったく真剣にそう考え、自分と自分の家族が襲われることを危惧した。陰陽師は、必要とあらば、相手の年齢や環境など一切問わず、呪殺や呪詛をかける。そこに情や感傷の入る余地はない。陰陽を操るとは、それだけの責任を持った行為なのだから。そして悪霊や敵意持つ怪異の類は、要不要を問わず、年齢性別を問わず、闘う力の有無を問わず、ただ、居合わせた者から全てを奪いさっていく。

 陰陽師たる俺にとって、「ギル・グレアム」らの手の上で踊らされ飼われている、俺と同じ「力」を持つ少女が、自分の明日に重なって見えた。無論、「力」が世界の害になるものなら、理不尽な運命も甘んじて受け入れる覚悟はあった。
 だが、少女がまだ監視の段階にとどめられており、それも年単位の昔からそうであることが調査結果から推測される以上、「力」が即危険をもたらすものではない可能性は高い。ましてや、監視システムそのものが「力」で構成されているのだから、「力」は制御できる方法があると考えられる。制御できるのなら、「力」自身に危険はない。霊能力も、暴走すれば被害を引きおこすが、訓練すれば制御できるのだ。刃物と同じ、使い方の問題だ。 
 ならば、少女に対し、制御を教え込むのではなく、孤立化と監視という対応をとっている「ギル・グレアム」らは、むしろ「力」を悪用しようとしているのではないかとの疑いが濃くなる。あるいは何らかの方法で制御を教育しているのかもしれないが、危険物を抱えた子供に対し、自分は離れた安全なところから危険物の扱い方を教えるような連中など信用がおけん。そういう奴らに限って、危険が去ったあとに訳知り顔で自分の功績を吹聴し、少女が危険な立場に置かれていたことに対し空涙を流して同情しながら、「仕方がなかった」と言い訳するのだ。俺は、生理的にそういう奴らは好かん。責任を背負おうとしない奴らは信用できん。

 それら検討結果と俺の感情的印象を踏まえ、俺は、「八神はやて」に接触し、互いの情報を交換することで「力」に対する対処法を確立しようと考えた。具体的には、「ギル・グレアム」の情報を仕入れ、彼らの持つ「力」の制御技術を入手するのだ。もっとも、これは「八神はやて」がある程度信用できる相手であることが前提になる。最初の接触は偶然を装い、徐々に接触時間を増やして相手のことを見極める。それが当初のプランだった。……1回目の接触からいきなり家に招待され、お泊りすることになるとは思わなかったが。


 八神はやてという少女は、心優しく情に厚く、その年齢に比して信じられないほどの克己心を持ち合わせた、だが寂しがり屋の少女だ、というのが、接触後、しばらく経ってからの俺の結論だった。
 道で偶然を装って行き合わせ、無理やり話題を作って話し掛け、強引に彼女の家まで送ろう、と言って、車椅子を押し始めた俺。八神はやては多少、呆気に取られたような様子を見せたが、すぐクスクスと笑い始めた。
「なのはちゃんって、けっこう強引やなぁ。見た目は可愛らしいのに」
「……ちゃんづけはやめろ。なのはでいい。」
仕方なかろーが。知り合いでもない10歳未満の女の子と、いきなり不自然でない会話ができるものか。
 彼女は、俺の言葉に軽く噴出すと、首をそらして俺を見上げた。
「なら、あたしもはやてでえーよ。よろしくな、なのは。これで私ら、友達やな」
「……どういう論理だ」
「論理なんて、むずかしい言葉使うなあ。なのちゃんって実は頭いい?」
「ちゃんづけはやめいというとろーが」
「テレ屋やなあ。」
「テレやないっ」
「おお、ええつっこみ。しかも関西弁。コンビ結成やな!」
「もう好きにしてくれ……」
「あははは! うん、好きにするわ。でも、なのちゃんも好きにしてーな。初めての友達やもん」
「……俺の好きな言葉は唯我独尊だ、心配するな」
「ゆいがどくそん?」
「つまり、俺は偉いってことだな」
「うわー、なのちゃん俺様やったんや。あかんよ、あんまわがまま言うたら」
「わがままじゃない。この世の真理だ」
「うわっ、さすが俺様やー」
はしゃぎ気味にしゃべりかけてくるはやて。適当に言葉を返す俺。彼女の家への道のりはそんな感じですぎていった。

 彼女の家の前でいったん別れを告げた俺に、はやては「家寄ってかへん? もうすこしお話したい」と上目遣いで言った。明るく装った声の中に不安を、見上げてくる目の中にすがろうとしてそれをこらえる感情を、俺は見て取ってしまった。接触前に持っていた警戒心と、うまくいきすぎる状況に感じる生理的な警戒心とが、俺に対応を躊躇させる。ほんのわずかなあいだだったが。
 ここまでの道程で、俺の勘は、彼女に後ろ暗いところがないと囁いていた。陰陽師の勘はけっこう信用できる。俺はわずかな躊躇のあと、あっさり決めた。
「ああ、よければ、そうさせてもらってもいいか? 俺ももう少し話してみたい」
そのとき彼女の浮かべた満面の笑顔は、俺の持っていた警戒心を最低レベルまで引き下げさせるものだった。
「うん!! もちろんや!!」
彼女は、嬉しさが溢れんばかりの、純粋そのものの笑顔で応えたのだ。これでもし騙まし討ちだったとしても、あきらめがつく。そう俺に思わせるほどの笑顔だった。もちろん、最低限の警戒心は維持したままだったが。

 結局その日、俺は別れたがらないはやてに誘われるまま、彼女の部屋に泊まった。同じベッドで寝入った彼女の体温を感じながら俺は視線を巡らせた。はやてを自分の目でじかに見たときから感じていた違和感。それは彼女の部屋に入ってから、格段にはねあがっていた。やがて本棚に目を留めると、俺は霊力を瞳に集めた。暗い室内にぼんやりと浮かび上がる黒い光。それは本棚の中の1冊の本を、靄のように包み、何かを吸い上げているようにドクリ、ドクリと脈動していた。そして、その靄から感じられる独特の気配。
(なんらかの呪物、というより呪詛の媒介とみていいだろうな)
 隣で眠るはやてに目をやる。彼女の胸の周りに、まとわりつくように、「本」を包んでいるのと同じような、黒い光を発する靄があった。霊視によってではなく、陰陽師の感覚で、例の「力」が、靄を通し、はやてから「本」に向かって流れ込んでいるのを感じる。
 そのまま室内をひとめぐり見渡し、ほかに霊感に触れるものがないことを確認すると、俺は霊視を終え、目を閉じた。
(……グレアムおじさん、か)
楽しげに話すはやての顔が脳裏に浮かぶ。みせてもらった手紙に書かれていた「グレアムおじさん」の住所は暗記した。あとはその住所を水鏡でも使って確認すればいい。あるいは式を電子ネットワークに潜りこませ、住所まで行かせてみるほうがいいか。
 発覚の危険性が低く、相手方の情報をより多く取得できる方法を検討しつつ、俺は眠気に身を任せた。
(……だが、まず間違いなく)
眠りに落ちる寸前、脳裏を走る思考。一見、親代わりから養い子へと送るのにふさわしい、日常のことを「問いあわせる」手紙。素直でなんの疑いも持たないはやての瞳。彼女の自室にあり、彼女から「力」を収奪している本。
(黒だな)
 翌朝、彼女の家を離れる前に例の本について尋ねた。「グレアムおじさん」からの贈り物でなかったことは予想外だったが、いつのまにか家にあった、というのは、別にそれが「グレアムおじさん」たちから「届けられた」可能性を否定するわけではない。


 俺は「八神はやて」が自覚のない被検体、「ギル・グレアム」らが彼女に呪詛をおくって「力」に関する実験をしている連中、と仮定して、今後の行動を考えた。
 
 はやてと同種の「力」を持つ俺がはやてに接触した以上、「ギル・グレアム」らが俺にもなんらかのリアクションをしかけてくる可能性は高い。既に自宅に防護結界と探知結界をはりめぐらせてある。海鳴市全域にも、既に張った隠密探知結界に加え、「力」のみに反応する探知結界を新たに張った。「ギル・グレアム」達がはやてに教えた住所にいるとは思わないが、なんらかの転送手段は見つけられるだろう。「ギル・グレアム」達の規模や目的を探る手がかりもあるかもしれない。(当たり前のことだが、俺は「ギル・グレアム」というのが偽名であり、しかもおそらくは複数人がその名を使って行動していることを全く疑っていなかった。誰が、犯罪や呪詛を行うときにわざわざ本名を使う? しかも文書に残る形で)
 俺は、獲物がかかるのを待ちながら、調査を進めることにした。


■■後書き■■
 霊視は霊力をもったものをみる視界なので、極小の物理的存在である魔力素は見えないだろう、ということで。魔力素=物理的存在説は、とらは板のHIMSさんの作品の影響を多大に受けています。公式設定とも矛盾しなさそうだし、そう考えると確かにいろいろと納得のいくことも多いので。TVをみる限り、魔力はプログラム変換して外部放出すると目視できるようですが。(というか技が不可視設定のアニメってどーよ、って話ですが(笑))
 闇の書による主の侵食は闇の書の改変と合わせて、呪詛の領域に至っているのではないかと思います。管制システムでも対応できない、管制システム自体が侵食されてる、なわけで。(あれ、コンピューターウィルスもそうか) 防衛システムの見た目も、ねえ。
 ちなみに「水鏡」というのは、器に水を張って、そこに見たいものを映し出すアレです。陰陽術関係では、わりとポピュラーな術なんじゃないかと思って登場させてみました。正式名称は知りませんが。というか、アレって元ネタはどこなんだろう?

 元ネタ絡みでもう1つ。なのはの誕生日って調べたら3月15日ですよね。で、6月4日生まれのはやてと同学年、と。であるとPT事件当時は、なのはは8歳ということになるのですが……あれ、公式hpでは9歳って?(私もそう思ってた) え、どっち?
 PT事件当時8歳ということになると、このSSではやてを発見したのが8歳の誕生日直前だから、もう間もなくジュエルシードがばら撒かれてしまうのですが。え? 2事件同時並行? プロット全面変更? え? 
 ひょっとしてリリカルおもちゃ箱と魔法少女リリカルなのは版との違いってやつですか? でもそうするとなのはの誕生日っていつ?
 その辺詳しい方、教えてください。
 それでは読んで頂き、ありがとうございました。



[4464] 四話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/10/27 11:58
 「なのはちゃん?」
気付くと、ハヤテが俺の顔を覗き込んでいた。少し過去に浸りすぎたらしい。軽く頭を振って苦笑する。
「なんか悩みでもあるん?」
ああ、心配させちまったな。俺は苦笑混じりに答えた。
「いや、ハヤテと初めて会ったときのことを思い出してた。」
ハヤテはなおも俺の顔をじっと見て。嘘ではないと納得したのか、頬を緩ませた。
「そか。実はな、カリム姉様がなのはが来るなら会いたいて騒いでな。今、書類仕事やっとるはずやし、お茶でも飲みに行く?」
悩みはないと納得しても、気疲れがあるのだろうと気を回したらしい。確かに、俺が人前でものおもいに耽ることは珍しい。
 別段、自覚するほどの精神的疲労があるわけじゃないが、ハヤテの気遣いを無にするのもなんだ。カリムとハヤテと3人で茶を飲んでゆったりするのも、楽しくないと言えば、嘘になる。
「なら、ちと甘えようか」
「こんなん、全然甘えのうちに入らんよ? もちっとずうずうしく振舞うてもうたほうがええくらいや」
「根が謙虚に出来ててな。なかなか難しい」
「なのはが謙虚やったら、ずうずうしい人なんていなくなるやん」
「ハヤテなんかどうだ?」
「なに言うかな。この才色兼備、巧言令色で有名なハヤテちゃんを捕まえて」
「ふむ、だが確かに俺が謙虚を名乗るといろいろ不便か。平和主義で謙虚な魔王……管理局のキャッチフレーズに使われそうだな」
「いや、ちょうスルー? ちょう待ちぃ。突っ込まれんボケを哀れとは思わんのかい」
「やはり、説得と書いて砲撃と読む、がいいか。管理局のイメージにぴったりだ」
「放置プレイ?! 高度やろ、その技は!」
軽口を交わしながら立ち上がり、本部棟に向かって歩く。軽口といっても、もっとずうずうしく……遠慮なく振舞ってほしい、というのは本音だろう。あからさまなはぐらかしに乗ってくれたハヤテに俺は、わずかな罪悪感を覚えた。……俺は今だ、彼女を親友と公言したことはない。

 本部棟の廊下に足音が響く。沈黙を破ってハヤテがぽつりと言った。
「なのちゃんがどう思おうとな? 私はなのちゃんに救ってもろうたと思っとる。ほんまに感謝しとるんや」
俺は否定の言葉を返そうとし……できなかった。今までも何回か話し合い、平行線のまま終わった話題だ。俺は彼女の言葉を受け入れられないが、否定の言葉は彼女を傷つける。
 無言のまま歩く俺を、ハヤテは笑みを浮かべて見つめた。
「なのちゃんの誇り高さも判る。でもな、あのとき……私の前で私の為に「夜天の書」に術を使おてくれたあのとき、私は思ったんや。
 私はこの人に救われた。結果がどうなろうと変わらへん。ただ、損も得もひっくるめて、その辺を超えて、この人は私のために力を尽くしてくれてる、結果なんかどうでもいい、ただ、この人の私を全力で助けようとしてくれてるその気持ちだけで、私は救われた、救われるんやって思った。それだけなんよ。」
俺はとっさに声をだせなかった。ハヤテの顔を見ることもできなかった。
 そんな俺に、ハヤテは一段深い笑みを向けると、頭の後ろに手を組みながら俺より数歩前に出た。
「さーて、今日のお茶請けは、ハヤテ印の特性クッキーやで! 期待してや!」
その姿勢のまま、鼻唄を歌いつつ歩くハヤテの背中を俺は見つめた。ハヤテの前で「夜天の書」に術をつかったとき。そのときのことが鮮明に脳裏をよぎった。


 俺は、呪詛の媒介と判断した本を床におき、その表紙の上に札をおき、さらにその上に術をかけた両面鏡を置いた。隣でははやてが緊張した面持でこちらを見ている。結界にでも隔離するべきかとも考えたが、呪詛の詳細がわからない以上、なにかあったときに庇える位置にいてもらった方が安全だと判断した。無論、はやてにはそのあたりのことをきちんと説明して了解を得てある。

 ……2週間待ったが、結局、グレアム達は俺に対する行動を起こさなかった。調査もなんの危険も妨害もなく進み、はやてに見せてもらった住所と同じ住所が「ギル・グレアム」の戸籍に書かれていたときはいささか拍子抜けした。その住所に建つ家が、なんの術的防御もしていないのを見たときはいささか呆れた。
 隠す必要も常時守る必要も感じないほど自分の力量に自信があるのかもしれないが、俺から見れば、それはただの間抜けな行為だ。行動を監視されれば分析される。分析されれば、より的確な策が練れるようになる。監視が常時できれば、より的確な分析ができるようになる。どんなに強くとも、人間である以上、隙はあるし、相手の情報があれば、隙を大きくすることができる。人は所詮、最強にはなれても、無敗にはなれないのだ。
 もちろん、俺に見抜けないほど高度な技術での防衛網が敷かれているか、あるいは幻像をみせられているだけ、という可能性もある。しかし、俺はそれを考慮しない。相手の実力が見抜けないほど彼我の差があるなら、その可能性について悩んでも仕方ないのだ。実際に戦闘になったときに、実力差に関わりなく脱出できるような方法を検討しておけばいい。
 結局、俺は式をグレアムの家に潜り込ませることまでやった。間にいくつかの呪物を挟んで、式から俺への糸を辿れないように工夫した上で。しかし、数日に渡り式を潜ませている間も、家の住人達は、なんらこちらに気付いたような様子を見せなかった。PC内の情報も確認したが、英語に似た未知の言語で書かれていた為、解析できなかった。
 あと判ったのは、グレアムらが朝、空間転移によってどこかに出かけ、晩遅く空間転移によって帰ってくることだ。例の「力」を使ってだ。「力」は術式に変換すると目視できる様で、転移を行う際に浮かび上がる光の模様と数式・文字は、まるでおとぎ話の魔法のようだった。空間転移は、陰陽術ではあまりに高度なために既に失われた術だ。もしかすると、この世界では、本当に魔法が存在するのかもしれん。
 決まった時間に家を出、大体同じ時間に帰ってくる彼らを見て、まるで会社員だな、と思っていたら、本当にそうだったようだ。彼らの話す言葉も、英語に似た未知の言語だったが、ところどころニュアンスはとれる。それに制服らしきものを着用していた。彼らは、それなりに大きな組織に所属していると見て間違いないだろう。空間転移先を確認したいところだが、いくらなんでも、ばれるだろうと思って、断念した。

 しばらく調査して、グレアム側から接触がなければこれ以上の情報は得られない、と判断する段階に至った俺は、方針を変え、はやての受けている「呪詛」を調べて「力」についての知識を得られないか試してみることにした。2週間の間にそれなりに仲良くなったはやてに自分が陰陽師であることを打ちあけ、自分とはやてが陰陽術とは異なる「力」をもっていること、はやてが例の「本」が発する呪詛の影響を受けていること、足が動かないのはその呪詛のせいである可能性が高いことを話し、「本」を調べさせてほしいと頼んだのだ。無論、呪詛を調べることによる呪詛の急進・暴走などの危険の可能性も話した上で。
 はやてはすこし考え込んだが、「なのはを信頼する」とOKしてくれた。

 陰陽術で呪詛の詳細を調べることはあまりない。呪詛のほとんどはすでに知られているモノだし、霊視すれば、大体予測がつくからだ。呪詛を解いたり「返す」だけなら、詳細がわからなくとも大雑把な呪詛の系統の理解だけで行える、ということもある。
 だが、今回は、未知の「力」を収奪する呪詛だ。グレアム側の注意を喚起しないために強引な呪詛祓いや呪詛返しも避けたい。少々危険だが、俺は呪詛の媒介と推定した呪物=「本」のなかに、精神とリンクした式を通じて潜りこんでみることにした。


 鏡の上に右手を当て、目を閉じ、精神を集中する。
 霊力を高め、右手の手のひらに集中させる。
「オン・アキシュビヤ・ウン」
アシュク如来の真言を唱える。鏡のように全てを映し出すと言う智、「大円鏡智」を司る如来の力を借りるために。
「オン・アキシュビヤ・ウン」
呪物として鏡を用いることで、「対象を映す」象徴である鏡と、真言により呼び込まれるアシュク如来の力との間に類感が生じ、「全てを映し出す」力の発現を後押しする。
「オン!」
呪言と共に霊力を一気に鏡に向かって流し込む。時に「異界に通じる」と人々に恐れられた鏡。流れ込む霊力が鏡に対するその認識と類感し、高められたアシュク如来の力と、式に変じた札を取り込んで、そのまま「異界」である呪物=「本」のなかに流れ込む。
 ふっ、と目を開けたとき、俺は既に「異界」の中にいた。


■■後書き■■
 今回使用の術はオリジナルです。
 そもそも陰陽術は、陰陽五行説をもとに、密教や修験道、そのほかの原始呪術が合わさったもの、という話です。術の効果の有無はともかく、仏とか神とかの力を借りて、いろいろと非科学的(=原因と結果の因果関係が論理的に説明できない)なことをする術、と理解しています。(詳細に興味ある方は、Wikipediaで「陰陽道」「陰陽師」の検索をどうぞ。)
 ので、今回は、密教系の真言に、類感呪術をミックスさせてみました。ちなみに、アシュク如来の功徳と真言はホントです。
※類感呪術:形や存在概念が似たり同一である2つの存在の片方に何かをしたら、もう片方にも影響が出る、というやつ。わら人形に五寸釘打つとか。



[4464] 五話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/11/01 17:45
 窓から吹き込む風に金糸が踊る。それをそっと繊手で押さえ、優雅に紅茶のカップに口をつけるカリム・グラシア。騎士というより、深窓の令嬢という肩書きのほうがよほど似合う女だ。まあ、深窓の令嬢というのも、彼女の一面ではあるのだが。
 紅茶を一口すすると、カリムは上品な手つきでカップをソーサーに戻した。
「そうですか。オンミョウジュツというのは本当に不思議な技術ですね、その考え方も、興味をひかれます。」
俺はかすかな微笑で返した。カリムのことは信頼しているが、手の内は身内にもできるだけ隠しておくべきだ、というのが俺の持論だ。
 初見の技は対応しにくい。未知の技術ならなおさらだ。だがその優位は、こちらが未知の技術をもっているということを知られるだけで容易に揺らぐ。その技術の名前がわかれば、技術について調べることも可能だ。調査結果が当たっていようが的外れに終わろうが、こちらの手に対応される可能性を増やすというだけで、俺にとっては歓迎できない事態だ。
 俺のその辺の考え方を説明して、ハヤテにもカリムにもシャッハにも口止めは一応してあるが、用心に越したことはない。
「かつてベルカは全てを科学で解明し、未曾有の繁栄を築きあげました。ですが、その繁栄も今ではその残照をわずかに残すだけ……。それを思うと、人知を超えた力の存在を、私も想うことがあるのです。」
顔を伏せ気味に語るカリム。ハヤテは静かに義姉の横顔を見つめている。
「いまの魔法文明の繁栄も永久のものではないのではないかと疑ってしまう……臆病とお思いになりますか、なのはさん」
「いや。」
端的に返して紅茶を口に含む。うん、あいかわらずいい茶を使っている。
「むしろ健全だろう。繁栄の時代に繁栄を謳歌するのは誰でもできる。繁栄の時代に衰亡を恐れ、心を砕くのが真っ当な指導者だと俺は思うがね。」
「真っ当…ですか」
苦笑交じりに言うカリム。自身のレア・スキルと家名の力で今の地位にあるという意識が強い彼女は、自分への評価が不当に低い。俺の言葉が皮肉に聞こえたのだろう。
 だが、カリムの感傷を無視して俺は続けた。
「以前話したように、陰陽術は世界の理の外にある存在の力を借りて術を行使する。その術を使う俺からすれば、世界の法則に縛られ、定められた方法で定められた現象をひきおこす魔法は、たかの知れた技術の1つにすぎん。その効果の大きさや利便性に惑わされがちだが、万能では決してない。むしろ社会基盤に据えるには問題の多すぎる技術だ。
 魔法文明の衰退は必然だろうと俺は思うがね。」
カリムはほろ苦く、けれど優美に微笑った。
「必然、ですか。我々は所詮、超越的な意思の下、押し込まれた箱庭で定められた運命をなぞるしかないのでしょうか。」
「必然ってのは単純に技術的な話だよ。魔法中心で社会を運営していこうとすれば、社会システム上無理が生じる。その無理は、技術上、避けられないし、修復も出来ない、ってのが俺の考え。
 超越的な力については、認識できないなら、気にしてもしょうがない。存在そのものが俺達とはすれ違った次元にあるんだ。箱庭だろうと運命だろうと、認識できないなら同じだ。ないものとして全力全開でいくしかなかろ?」
肩を竦めて俺が放った言葉に、カリムはやっと曇りのない笑いをみせた。
「なのはさんらしいですね」
「そうか」
「ええ」
「まあ、魔王やしね。細かい理屈は見なかったことにして踏み潰すお人やから」
「言っとけ」
「実際にご自分の扱ってらっしゃる力のことを「ないものとして」なんて、普通は言いませんよ」
カリムはクスクス笑う。
「まあ、魔道師からしたら、認識できない力だからな。
 霊力は生命力、魂の力とも言われる。「超常的」とか「オカルト」とかいわれる力だ。そして、魔力は物理エネルギー。科学的に説明される力だ。だから、霊力と魔力は、互いに互いを認識していない。できない。
 だから、超越者ってのは、騎士たるカリムが考えに入れるべき対象じゃない。」
我ながら、強引な理屈をカリムに押し付ける。カリムが微笑ましげに笑って、はい、わかりました、とか言ってる。ハヤテが、ほんま、ツンデレやな~、とが寝言ほざいてる。ちっ、幻聴だ、錯覚だ。……くそ、頬が熱い。

 まあ、カリムの不安に答えるには強引な理屈だったが、霊力と魔力の関係については、別に間違っちゃいない。
 夜天の書のなかにサイコ・ダイブできたのも、その辺が理由だろうと思う。そもそも、魔法の理屈で言えば、認証されない人間が精神体とはいえ認証機構のあるデバイスにアクセスできるはずがないのだ。行為としては、コンピューターに対するハッキングと言っていい。普通なら認証機構にはじかれるし、そこを何とか越えても、防衛機構が働いておじゃんだ。だが、認証機構にしろ防衛機構にしろ、技術的なアクセスには対応していても、技術とは別の次元にあるオカルト的なアクセスは、存在自体を認識できなかった。
 霊視で、魔力や魔力素、八神邸周囲のサーチャーを見れなかったのも同じ理由だろう。魔法と陰陽術とは、互いに認識できない、別次元の存在なのだ。


 当時の俺は、そんなことは知らず、魔法のなんたるかも、そもそもそれが魔法と呼ばれていることさえ知らなかったから、ただ、普通の呪詛相手にやるつもりで「本」の中にサイコダイブし、目を開いた瞬間の目前の光景に一瞬の驚きと納得を感じた。
 「異界」で目をひらいた俺の周囲は、さまざまな数式や未知の文字列で囲まれていた。それは、グレアムの家でみた空間転移の際に生じた光景に良く似ていた。やはり、グレアムらとこの呪詛、そして未知の「力」はなんらかの関係にあるのだ。数式と文字は、目の届く限り、前後左右、上から下まで、遥か彼方へと続き、消え去っていた。
 とはいえ、呆けてはいられない。俺は、俺の認識では呪詛のただなかにいるのだ。目を閉じ意識を集中し、俺は呪詛特有の禍禍しい気配がより強い位置を感じ取ろうとした。周囲の文字や数式に禍禍しさを感じないことを疑問に感じながら、俺は意識を集中し続けた。
 精神世界では物理的距離や時間は意味をなさない。ただ、人間の認識で理解できる形に光景を構成し、距離があるかのように感じさせているだけなのだ。俺は、禍禍しい気配を感じるままに、その間近に立つことを望んだ。

 ……次に目を開けた俺の目に映ったのは、黒くねばついた沼のように広がる呪詛と、それに絡みつかれた5つの人影だった。4つの人影は、呪詛の沼の端にわずかに触れている程度の位置にいた。だが一人、銀髪の人影は、沼の中央近くで左半身から下半身にかけてのほとんどを呪詛に覆われていた。呪詛のなかに、時折、文字や数列が黒く光った。だが、それらの文字はいずれも歪にゆがみ、一見してまともとは思えなかった。呪詛はかすかにビクリビクリと震えていた。「本」を包む靄が脈動していたのと、同じように。

 さて、と俺は考えた。
 この黒いヘドロがはやてから「力」を奪っている呪詛の本体だとみて構うまい。だが、一緒にいる5つの人影はいったいなんだろう。
 いずれも目を閉じ、意識がないようだ。禍禍しさは感じないが、例の「力」をその身に含んでいるようだ。よく見なければわからないが、彼らの皮膚にも時折、文字列と数列がうっすらと浮かんでは消えている。「力」で構成された式神のような存在だろうか? そうだとして、呪詛との関係は? 呪詛の効果を高めるため、贄として用いられたのか。以前、呪詛により取りこまれたのか。それとも……。
 ふっ、とここに来る前に居た空間に無限に並んでいた、数式・文字列を思い出した。禍禍しさを感じないのは、呪詛と直接かかわりのないブースト機能か外殻構成かの役割を担っているためかと思っていたが……。改めて目の前の光景を見ると、ここにある数式や文字列にも呪詛特有の禍禍しさを感じない。黒い沼に触れられた文字・数式のみが歪にゆがんでいる。まるで、侵食されたように。

 あるいは、「本」そのものは本来は呪詛を担う存在ではなく、むしろ呪詛に侵され、変質した呪物なのか。だとすると、目の前の人影は、「本」本来の役割を果たすための存在か。その場合、「本」が呪詛に抵抗できていない現状からみて、もっとも侵食されている人影が、おそらくは中心的役割を担う者。

 ふむ。

 この5人が、考えられるいずれの存在であるにせよ、「力」について知るにも「呪詛」について知るにも、あの銀髪の存在が、おそらくもっとも適切だろう。だが、呪詛にあそこまで侵食されて、正気を保っているだろうか。いや、そもそも意識を呼び起こすことができるだろうか。それに呪詛に対し、刺激をあたえることは避けたい。現在は静かにしているようだが、爆発的に増殖したり、暴れだしたり
されては、自分もはやても危険にさらされる。
 
 目的と、それを達成する方法。そのリスクとリターン、それぞれの可能性と生じた場合の影響。それらを検討し、結局俺は、銀髪の人影に接触することにした。ここで危険を避けて退いても、情報を今回より安全に得られる目処がない。
 それに、生活を(資金も周囲の環境も安全を保障してくれる筈の公的機関も)握られ日常的に監視され、現在進行形で呪詛の侵食を受けているはやては、例え逃げても最終的には逃げきれないと判断したからだ。
 はやてを見捨てて彼女が呪詛に飲まれていく過程を観察し、情報を得るという手もある。だが、それをするには、はやてがあまりに弱い、普通の少女であることを俺は知ってしまっていた。自分の保身のためだけに一般人を犠牲にするのは性に合わん。陰謀や戦いで苦しむのは、叶う限り、自分で闘う意思を固めた人間だけにとどめるべきだと思う。苦く自嘲に口許をゆがめながら、俺は軽く足元を蹴り、銀髪の人影の上に移動した。
 さきほど言ったように、精神世界では物理法則はみせかけだけの存在だ。俺は宙に浮いたまま、まだ呪詛に侵されていない、銀髪の彼女の額に手を当てた。
 ……そして、俺は「夜天の書」の悲劇と魔法の世界について、知ることになる。


■■後書き■■
 うーむ、多少、ご都合主義かも。できるだけ無理のないようにもってきたつもりなんですが。
 でも、霊力となのは世界の魔力って、こういう関係だと思うんですよね。(とらはシリーズの霊力でなく、オカルトで言われるような霊力ですが) 魔力はあくまで物理現象を引き起こすだけ。物理現象ではない霊力には対抗できないのではないかと。相性というか立場の問題ですね。
 近頃、話の内容が理屈とか説明に偏りすぎて固いなあ、あまりよくないなあー、とおもう作者でした。でも次回も多分そんな感じ。時系列もいったん、回想から戻ってなのは13歳現在になります。
 よろしければ、感想お願いします。



[4464] 六話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/11/04 22:09
 教会から帰ってしばらく経ったある日、本局内を歩いていると、妙な視線を感じたんで、そちらに目をやった。地上部隊の将官服を着た偉そうなおっさんが、不機嫌そうなツラで、俺とすれ違う形で歩いてきていた。階級は…少将か。となりに秘書か副官か、きつい性格そうな眼鏡美人もいる。嫌々ながら軽く目礼しつつ通り過ぎようとしたとき、不意におっさんが立ち止まって凄んできた。
「貴様はたしか高町二等空尉だったか、魔力の大きさに溺れんようにするのだな。」
はぁ? 何言ってやがるこいつ。敬礼しなかったのがそんなに気に食わなかったのか。なめた親父だとおもいながら、いや、案外本気かもしれん、とも考えた。どうも管理局じゃ魔力でかいやつが偉い奴、みたいな風潮がある。兵隊クラスの連中だけかと思ってたら、中級指揮官もそんなところがあるし。将校がわざわざ一士官捕まえて注意するってことは相当やばいのかこの組織……と頭の中をそんなことが目まぐるしく駆け巡り、思わず目を点にして突っ立ってたら、こっちが怯んでるとでも勘違いしたんだろう。おっさんがそっくりかえって説教口調で言い出した。
「魔力の大きさや魔道師ランクの高さが全てではない。エースなどと持ち上げられているようだが、調子に乗らんようにするがよかろう。」
結論。喧嘩売ってるだけだコイツ。
 だが相手は部署違いとはいえ雲の上の立場。俺も教導隊の一人として、言動に責任を持つべきところがある。むかつく気持ちをぐっと押さえて俺は返した。
「もちろんであります、少将殿! 魔道師としての能力のみで自分を量るような真似はしておりません! また少将殿のような方がおられる以上、管理局内にそんな不届きものはおらぬだろうと確信でき、安堵の至りであります!」
一言一言に必要以上に力をいれて発声し、胸を張って直立不動、敬礼つき。身体も視線もおっさんには向いていない。
 おっさんが俺に声をかけたときからひそひそとざわめいていた通路が、シン、と静まり返った。
 静寂を破ったのは、こわばった女の声だった。
「……あなた、いったいどういうつもりかしら?」
「はっ! 少将殿のご指摘に感謝申し上げた次第です!」
直立不動、崩さず。視線動かさず。白々しさを増すために声の馬鹿でかさと口調のわざとらしさは維持する。
 直接反撃でなく、遠まわしに反撃とは、俺も大人になったものだ。
 自分の成長にしみじみしていると、さきほどより一段低い声で女が口を開いた。でも、感情を押さえようとしても声の震えが隠しきれてないぜ、お嬢。
「……「空」では、感謝の表し方が……」
「待て、オ-リス。」
おっさんが渋く落ち着いた声でさえぎった。ほう、さっきとは声の質が違う。このおっさん、ただの馬鹿ではなさそうだ。
「高町二等空尉。」
「はっ!」
でも、直立不動は崩さず。先に仕掛けてきたのは向こうだしな。
「……とりあえず、楽にしたまえ。それからこちらを向いてしゃべるように」
「はっ、ありがとうございます」
素直に向こうから折れてきた。これは、なかなか。
 内心でおっさんの評価を上方修正しながら、言われたとおり、おっさんのほうを向いて休めの姿勢をとった。おっさんと目が合う。

 ……鋼の目をしている。煉獄に灼かれ、不純物を叩き出され、さまざまな要素を加えられ、さらに熔かされ叩きのめされ。その工程を繰り返し、繰り返し。年月をかけて鍛えあげられてきた鋼の目だ。折れず曲がらず厳として支柱として立つ鋼。挫折も成功も屈辱も栄光も経験し、いまなお、後悔と不安に身を灼かれ続けながら、それら全てを踏み越えて己の道を貫こうと、あがき続けている人間の目だ。

 俺は、ふ、と口元が歪むのを感じた。おっさんの目にも、倣岸不遜と紙一重の不敵な光が浮かぶ。
 口元を笑みに歪めたまま、流れるように俺は敬礼した。これまで繰り返してきた幾百の敬礼の中でも、一番の出来栄えだった自覚があった。
「改めまして。高町二等空尉であります。お会いできて光栄です。」
おそらく、管理局に入局して初めて、俺は上位の人間に対し、形だけでない敬意をこめた挨拶をした。おっさんが悠然と、だが、きっちりとした答礼を返してくる。
「地上本部首都防衛隊、レジアス・ゲイズ少将だ。」
おっさんの口元も笑みに歪んだ。
 敬礼と笑みを交わしたまま、数瞬。俺達は同時に敬礼を解いた。視線は交錯したまま。だが、すでにそこには敵意や悪意はわずかにも含まれていない。
「いらぬことを言ったようだな。すまなかった」
おっさんが軽く頭を下げると、あたりの空気がざわりと揺れた。驚いたのだろう。地上本部の重鎮、レジアス・ゲイズの噂は、勢力争いに関心をもたない俺の耳にまで入っている。だが、本物の彼と出会い、視殺戦を交わした俺にしてみれば、彼のとった行動は彼の人間性からして自然なことだった。
「お気遣いなく。魔法と精神論だけで仕事をこなせるという風潮は、私もよく目にします」
笑みを含んだ、柔らかな俺の声に、おっさんはまた笑みを浮かべた。さっきとは違う、嘲りと悔しさが微量に含まれた笑みだった。
「君のような人間が増えればな……。高ランク魔道師の力が歴然としている以上、なかなか難しい。」
俺は意外に思った。これほどの男でさえ、魔法の力の派手さに目を奪われて、本質を見失っているのか。軽く肩をすくめて、俺は言葉を返した。
「強力な質量兵器は、かつて世界を滅ぼしましたが、犯罪はなくせなかった。高ランク魔道師ではなおさらでしょう?」
一気に周囲がざわめいた。おっさんもわずかに目を見開いて硬直している。意外な間抜け面に、思わずクスリと笑いが漏れた。
「魔法は安全で、クリーンなエネルギーよ。質量兵器などと同一視するなんてどういうつもり?」
オーリスと呼ばれた美人さんが口をはさんできた。詰問口調になっている。
 もっとも、これがこの世界の常識だ。そもそも質量兵器が禁止されて70年近くも経てば、本物の質量兵器を知るものなど、ほとんどいないだろう。実際の使い方や運用のノウハウとくればなおさらだ。この世界のヒステリックな反応を思えば、焚書よろしく消し去られ、保管や、まして研究などもってのほかの扱いになっているだろう。それ故に、本質を見失っている。
 さて、邪教の経典というべき質量兵器の運用マニュアルが焚書させられるべき存在なら、邪神そのものといえる質量兵器と、この世界の信仰対象たる魔法とを同一視する人間はどうなるものか。中世よろしく異端審問の上、火炙りか? いや、俺は魔王だしな。悪霊退散の踊りでも踊ってくるかも知れんな。
 愚にもつかんことを考える。

 いかんいかん。

 気を取り直して現状を分析する。ちょっとどじったかなあ、と不特定多数の前で本音をもらしたことを振り返り、しかし口に出した以上、半端な撤退は却って危険かと心を決める。正直なところ、ストレスも溜まっていたのだ。
「ところで、魔法が安全というのはどういうことですか? ランクによっては、一人で都市の1つや2つ、容易に消し去れるのに」
「……あなた、教育は受けたの? 誰でも使える質量兵器と限られた人間しか使えない魔法。安全性を比較するなんてナンセンスだわ。士官教育をやりなおしてきなさい」
やれやれ。感情的に反発されてもね。当人に自覚はないようだが。周りの連中もこの論理だけで納得している以上、洗脳に近いな、まったく、もう少し自分の頭で考えてみろ。
「お言葉ですが、都市や世界を滅ぼせるような質量兵器は誰でも扱えるようなものではありません。高度な教育を受けた軍人の中でもさらに限られた人間が、それも何重ものロック解除や他者の承認を使用に際して設けられ、さらには文民統制の元、運用されていました。歴史書を読み直されてはどうですか?」
オーリス嬢が言葉に詰まる。まあ、次元世界で、地球と同じような兵器管理がされていたかどうかはしらんが、マニュアルが残ってなければ、わかりゃせんだろう。マニュアルと現実の乖離ときたらなおさらだ。
「使用者個人の良心しか歯止めのない魔法に比べて、人的・物的システムで何重ものロックが掛けられた質量兵器。ああ、いわれてみれば、安全性の比較を議論するなんてナンセンスですね。」
質量兵器優位は一目瞭然でしょう、と語尾に含ませる。
 俺の言葉を聞かせたいのは周りの連中全て。お嬢一人をやりこめるのが目的じゃない。まあ、矢面に立ってもらって悪いとは思うが。大体、質量兵器のひとくくりで、ピストルと核ミサイルに同一の対応をとろうと考えるのがおかしいのだ。
「でも、魔法には非殺傷設定があるわ!」
突破口をどうにか見つけたつもりのオーリス嬢。だから、本質を取り違えてるんだって。
「質量兵器にも相手を殺さないで無害化する兵装がありますよ? 魔法がプログラムによって物理現象を生じさせる技術である以上、科学によって物理現象を生じさせる質量兵器との違いを、効力の面で比較したところで無意味です。
 問題にすべきは、運用面。まあ、それも、次元世界全ての魔道師の意思と行動を管理することと、次元世界の全域で質量兵器の悪用を防ぐことのどちらが困難か、という思考実験にしかなりませんが」
さっきまでざわついてた奴らも、今は声を発しない。刷り込まれた価値観を真っ向からひっくり返されて、咄嗟に反応できずにいるんだろう。今は、これ以上話しても身にならないと見て、俺は、話をあいまいに締める言葉を、適当に考えて発しようとした。 
「……君の意見には頷かされる部分もあるが、犯罪対策の面から言えば、どうかな?」
おっさんが蒸し返した。いや、確かに最初の論点はそこだったが、まだ引っ張るか? 御付きがいいとこなしで終わったのを自分の恥と勘違いする馬鹿とは違うタイプのはずだが。
 視線をあわせると、純粋な目で真剣に見返してきた。……これは真摯に意見を汲み上げようとしてるのか。仲の悪い部門の。一士官から。こんな人目のある場所で。地上の守護者と呼ばれるほどの男が。
 俺の中のおっさんの株がさらに上がった。よかろう、全力を尽くそう。

「高ランク魔道師は高破壊力を持つ砲台であり、また強固な防壁であります。その力を制限なく発揮できるならば、1都市を制圧することも可能なのはご存知の通りであり、いわば、1個人にして数個部隊に匹敵する大戦力といえます。」
基本にして共有する認識から入る。
「しかしながら、都市部における戦闘は小規模且つ小範囲でおこなわれることが基本であり、高ランク魔道師はその力を制限されます。
 制限された条件下での高ランク魔道師は、大戦力ではなく、飛びぬけた力を持つ1兵卒にすぎません。そして、個々の場面はともかく戦略的・戦術的状況下では、優れた兵卒1人より、個々の兵卒の能力は低くとも連携の取れた部隊の方が戦果を上げます。」
「高ランク魔道師は1人いれば戦略単位として数えろ、ともいうがな。」
おっさんが口を挟む。
「はい。例えば、広域に渡り、小規模の戦闘が多数行われているような場合、高ランク魔道師の打撃力と機動力は、戦略的にも効果を発揮するでしょう。しかし少将。」
あえていったん言葉を切る。
「人間が万物の霊長と言われるようになったのは、個々の戦闘力が高かったからではなく、集団としての戦闘力が優れていたからです。
 個々の戦闘力が高いだけの集まりが、集団としても強いのならば、今ごろ人間は、竜や猛獣の餌としてのみ存在を許されることになっていたでしょう」
にやりと笑った。
 おっさんは一瞬目を丸くし、ついで豪快に笑った。
「ははははははっ! なるほど、餌としてか!」
「ええ、餌として」
「くっくっく、ならば竜や猛獣を倒してきたように、犯罪者どもを倒してやればよいわけだ。……例え高ランク魔道師が敵方にいようとな」
暗喩を理解したか。いや、理解するだろうと思って俺は話したし、理解したからこそ、おっさんは爆笑したのだろうがな。
 人間の強みが、空間的・時間的に集団であることにあるのは事実だ。そして地球では、近代以降、組織化され統率されることで集団の強さは増している。個人個人の強さに頼った戦闘など、今では戦闘とは言わん。そんなのは中世の話だ。

「釈迦に説法かもしれませんが」
まだ笑いが止まらないらしい、おっさんに向かって続ける。……いや、こんなに受けるとはな。高ランク魔道師を獣あつかいしたのがそんなによかったか? 俺も一応高ランク魔道師なんだがな。
「相手がこちらより大きな戦闘力を持っていたとしても、いかにしてそれを発揮できない状況におくか。発揮したとしてもこちらが被害をうけない状況にするか。こちらの攻撃が相手にとって最大限の被害となるための状況をいかに整えるか。それを可能にするのが戦術であり、人間の知恵でしょう。魔法はそれを達成する数多の方法のうちの1つにしか過ぎません。むしろ、魔法を重要視する思考の相手なら、魔法を用いることは、フェイクやブラフとしての使用の場合に大きな効果を発揮するでしょう。」
裏返しに言えば、魔法を警戒している相手に魔法だけをぶつけることは力押しでしかない。右ストレートを警戒しているとわかっている相手に、右ストレートだけ使って攻めるボクサーがどこにいる?
「ふむ、なるほど。示唆に富んだ内容だ。参考にさせてもらおう。」
ようやく笑いをおさめたおっさんがうなずく。まだ目には笑いの名残が踊っていたが。
「また、地上の犯罪の傾向を見ますと、魔道師と非魔道師の混成組織によるテロがダントツですね。ついで、魔道師による違法行為、違法物品の取り扱いと続くわけですが。
 この状況でも、カウンターテロ部隊が存在しない。個々の部隊が個別に対応している。それはつまり、カウンターテロの専門訓練を受けず、カウンターテロ専門の装備も持たない人員が、個別に蓄積したノウハウで、個別に対応しているということです。部隊横断的な戦術検討プロジェクトがあるなら別ですが、寡聞にして、聞いたことがありません。
 錬度を上げる、と言えば、魔道師ランクを上げる訓練か、単純な対魔道師戦闘訓練が一般的ですが、犯罪抑止の観点から考えれば、各犯罪別の発生状況に即した戦闘訓練をおこなうほうが、効果が見込めるでしょう」
「うむ、言われてみれば、もっともだな。戦技教導隊では、空や海の武装隊にそのあたりの指導もおこなっているのかね。」
「はい、いいえ、遺憾ながら。
 私もつい2ヶ月ほど前に教導隊に所属して、これまでは、まだ。いろいろ調べたり、検討したりしてきたのみで、提案には至っていません。今後、必要性を進言し、教導プログラムを作成していきたいと考えている段階です。お恥ずかしい限りです。」
口で言うなら誰でも出来る。おっさんが真摯に意見を汲み上げようという姿勢を見せたから、実現に至っていない、構想段階の話までしたが、本来なら、「なら、それに関する具体的な資料をもってこい」と言われて一刀両断だ。1個人の、数字や事実での裏づけもない言葉を、別部署の将官にぶつけるなんざ、ただの横紙破りだ。その意味では、俺はおっさんに甘えたともいえる。

 おっさんは気にした素振りも見せなかった。
「いや、我々自身で考えるべき問題ではある。無論、教導隊の豊富な経験を参考にすればよりよい方策が練れるだろうがな。もしものときは、貴官の知恵も貸してもらえるのかね?」
「我々はそれが職務です」
「うむ。」
やけに大きくおっさんがうなづいた。ん? 今のやりとりに何か、そんなに反応するところがあったか?
 ちょっと戸惑う俺をよそに、おっさんが別れの言葉を告げた。
「ではな、高町空尉。有意義な時間だった」
「はっ、お役に立てたなら幸いです」
敬礼する俺に答礼を返し、おっさんが去っていく。付き従う美人のねーちゃん…オーリス嬢。
 しばらくおっさんの背中を見送ってから敬礼を解き、俺はきびすを返した。いまだ、ざわめいている通路を歩いていく。


 数日後。俺は着任時に1度挨拶したきりの部隊長に呼び出された。
「こないだ、首都防衛長官殿に大演説かましたそうじゃないか。」
「いえ、そういうわけじゃないんですが」
「質量兵器の有効性をぶちあげたらしいな。けっこう噂になってるぞ」
「魔法万能主義になじめないだけですよ」
「だが、まあ、「陸」の長官殿には気に入られたらしい」
「は?」
「あの人も質量兵器有用論派だからな。うちに来た人員派遣依頼書に、特記として「可能ならば、高町二等空尉の派遣を希望する」とある。ほれ見てみろ」
「……地上本部首都防衛隊・長官直属・部署横断プロジェクト・地上犯罪低減計画作成プロジェクト……」
「まあ、自業自得だな。ちょっと回り道してこい」
「は。高町空尉、地上本部へ出向いたします」
そんな会話を経て、俺は異動後2ヶ月そこそこで、戦技教導隊から首都防衛隊へ出向することになった。
 ま、左遷のつもりだろうな、上の連中は。だが、あのおっさん、大した反応の早さだ。あのおっさんの直属なら、なかなか面白いことになるかもしれん。

 このときの出向を起点として、俺の管理局ライフが望んでた方向から大きく捻じ曲がっていくことに、このときの俺はもちろん気付いていなかった。


■■後書き■■
 実はさりげに隙のあるなのはの意見。それを自覚しつつも相手に突っ込ませずに、自分の流れで押し切るのが魔王クオリティ。
 今回は、息抜きがてら、ちょっと閑話っぽい話になりました。でも、今後の話の流れには、欠くことのできない重要な分岐点……に
なるのかなあ。考えてるところまで書けたら、それなりに重要な意味を持ってくるはずです。





[4464] 七話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/02 16:20
※2/2 誤字修正(美由紀 → 美由希)



 時空管理局。
 自称、法と秩序の守護者。

 俺から言わせれば、聞かれもしないのにそんなことを、わざわざ自称しなければならないような連中のことはまず、疑ってかかる必要がある。そして、実際、ちょっと調べてみただけで胡散臭いことだらけ。
 この間から出向している地上本部、いわゆる「陸」は比較的マシだが、ほかの部門は軍事組織(戦力の大きさから言って警察と言えん)にしてはタガが外れている。身内に甘く、罰や法を弾力的といえば聞こえはいいが恣意的に運用、戦闘力と職権をごちゃまぜにする体質。
 大体、暴力に優れた奴ほど大きい権力を得やすいってのは世の常だが、暴力に頼らない社会状態にしていくのが治安活動ってもんだろ。その治安のための組織が暴力至上主義ってのはどーよ? 「クリーンで安全」なんて言おうが、この世界の魔道師が戦力、つまり暴力なのは変わりゃしねえ。虐殺や圧政こそ話は聞かないが、腐敗と独裁の条件は揃ってるし、独善と傲慢の影は既にいたるところに芽吹いている。
 なのになんで、そんな組織に俺が所属する羽目になったか。そして未だに留まり続けているか。
 始まりは、八神はやての家で「本」のなかにダイブして、魔法について知った日から数日後のこと。


 その夜、眠っていた俺は、結界の感知した反応に飛び起きた。
(海鳴市上空より魔力保持物体が進入……数21。大きさは俺のにぎり拳の半分ほど。無秩序にばらまかれたような分布だな。! 着地前に一瞬、魔力量が増大して2秒も立たないうちに魔力反応がなくなった? いまは位置を確認できん。隠蔽機能か?)
動きやすいジャージに着替え終わると、身長ほどの長さの昆をもって階段を駆け下りる。スニーカーをきちんと履き、
「なのは、どうした?」
背後から父の声がする。俺はそれを無視して、再度、結界の反応に意識を向けていた。
(臨海公園付近に、魔力保持物体が突然現れた。空間転移、か。大きさから見ても魔道師? ! また、魔力展開後、何もつかめなくなった。さっきの反応といい、なんらかの隠密行動作戦か? ちっ、なんにせよ、直接確認せざるを得ん!)
「なのは? おい?」
「臨海公園だ! 2時間待って戻らなければ警察に連絡を! 家から出ないで防御を固めておけ!」
言葉を背後に投げつけながら、ドアを開け、玄関を飛び出す。父の慌てた呼び声が追ってくるが無視する。自分も説明できるほど状況がわかっているわけではない。追ってくるかもしれないが、一応は元ボディガード。来たら来たで戦力として当てにさせてもらおう。
 俺は、路面を蹴る足に力をこめた。

 今生の父は古流剣術の使い手だ。兄も姉もその剣術を学んでいる。「武器と名のつくものは一通り扱える」と称する父に、俺は剣術ではなく、棒術を学んだ。俺の戦闘力は陰陽術に基盤を置いている。できるだけ近接戦を避けるために長物を、日常で使うことに社会的制約がすくないから、槍より棒を選んだ。
 とはいえ、10才に満たない身体でどこまで闘えるかと言われれば、はなはだ不安だ。だから基本は様子見に徹する。「魔法」の力は謎だらけだ。勝手がわかるまでは相手にしたくない。幸い、棒術の基礎と一緒に、気配遮断や隠密機動のスキルも教えてもらっている。どこまで通用するかわからんが、多少は安心材料になる。

 臨海公園につくかつかないかのときに、また、魔力が動くのを感じた。同時に、頭に響く声。
(……助けて、誰か……誰か、助けて……。)
子供のような声だ。
 木陰に身を隠しながら、極力気配を押さえて進んでいく。やがて、血の匂いをかいだ。周囲の魔力濃度が高くなっている事にも気付く。
 警戒を払いながら、さらに慎重に、事態の中心と思われる方向に進んでいく。

 やがて、俺の目に、地面に倒れこむ小さな動物が映った。周囲に目をやり、ほかに気配がないことを確認しながら、注意して近づく。それは一見、イタチに見えた。だが、首に赤い宝石を飾り、全身に傷を負い。なにより、その身に宿した魔力。
(感知した大きさとは異なるが、魔力の質は同じ。魔法で変身できるのかもしれん)
 気を失っているようだ。とりあえず、確保することにする。鋼糸で手足を縛ると、すこし考えて、公園の水飲み場に連れて行く。
 とりあえず、情報を入手したい。この大きさなら、水に沈めて拷問をかけることも容易だろう。傷を負っていることも好材料だ。顔を見られる危険性を考えて、手持ちのハンカチでイタチもどきに目隠しをする。

 その上で、イタチの顔から頭にかけて、水をかけた。
 イタチは身じろぎしたが、目を覚ます様子はない。
 俺は水飲み場の窪みに水を貯めると、イタチもどきをそこに沈めた。5秒ほど待つが、もがきもしない。引き上げてみると、ぐったりしている。どうも、容易に目を覚ますような状態ではないようだ。さて、どうするか。
 俺は悩みはじめ、
「なのは。」
掛けられた声に思考を遮られた。
「家のほうは?」
振り向かずに返事を返す。イタチから視線を外す気はない。なにか動きがあれば、地面に叩きつけるなり標を突き刺すなり即座に対応するつもりだ。
「恭也と美由希に警戒させてる。なにが……」
俺の横まで来た人影-今生の父、高町士郎は俺の手に掴まれている濡れそぼった傷だらけのイタチを見て絶句した。
 数秒の沈黙の後、声を絞り出す。
「……その、なにをしているか、聞いてもいいかい?」
会話と沈黙の間に考えをまとめ終えていた俺は答えた。どうみても、動物虐待の現場にしか見えないだろう、と思いながら。
「不審者を尋問しようとしたが、意識を取り戻さないのでな。どうしようかと迷っていた。」
父は、なんともいえない微妙にひきつった顔をした。


 はやての家の「本」のなかで接触した銀髪の人影の意識を取り戻すことはできなかったが、表層記憶に触れることはできた。だが、所詮は他人の記憶。十分理解ができたわけではない。それでも判ったことはいくつかあった。
 彼女が、「夜天の書の管制人格」であること。例の「力」が魔力と呼ばれる存在であること、魔力をプログラム化して放出することで物理現象を生じさせる魔法という存在。魔法が当然のこととして存在する次元世界。その次元世界を渡り歩いて数多の死と悲しみを振りまいてきた「闇の書」と化した彼女の哀しみ。ベルカの融合騎としての誇りとそれを汚された屈辱と絶望。
 俺は、彼女を哀れに思いながらも、魔法を使うための方法が手に入らないか探したが、記憶を見るだけでは、どのようにしてプログラムが組まれ、どのようにして魔力を変換すればいいのか、わからなかった。記憶の中で、彼女は呼吸をするように魔法を操っていたから、基礎もなにもない俺では、ろくに理解できなかったのだ。

 そして、今、俺は家族に対し、嘘を交えながらかいつまんで魔法について説明している。自分が魔力をもっていること、知り合いの魔力保持者が何者かに監視或いは研究されていること、そして今夜、市内全域にふりそそいだ21の魔力保持物と転移してきた魔道師の変化した姿とおぼしきイタチ(姉曰く、フェレットだそうだが)。少なくとも、楽観できる状況ではない、という言葉で説明を締めると、リビングに沈黙が広がった。
「えっと、その……」
最初に口を開いたのは姉の美由希。その顔には戸惑いが色濃く表れている。母も困ったような、どうしようか、というような表情だ。父と兄は見た目はとりあえず平静だが、この2人はその気になれば表情を隠せるからな。まあ、当然ながら、俺は「突然妙なことを言い出した、頭のかわいそうなことになった妹」の立場に置かれたと見ていいだろう。頭ごなしに否定や怒声が飛んでこないだけ、マシともいえる。……本当に俺には過ぎた家族だ。
「……冗談じゃ、ないんだよ、ね……?」
「ああ。」
おそるおそる言った姉の言葉に答える。
「その、なのはの言うことを疑うわけじゃないんだけど……。かあさん、ちょっとびっくりかなー、あははは。」
「そ、そうだよね。びっくりだよねー。」
あははは、と2人してあげる笑いが空しく部屋にこだまして消えていく。そして、再び沈黙。
「別に魔法を無理して信じることはない。」
俺は声が平静を保つように努めた。
「この町が危険な状態にある可能性が高いこと、俺がそれにまず間違いなく巻き込まれるだろう、ということさえ理解しておいてくれればそれでいい」
正確には、巻き込まれるというより、火が燃え広がってこちらに害を及ぼす前に首をつっこもうとしているわけだが。
「なのははどうするつもりなんだ?」
兄が口を開いた。
「その、危険に巻き込まれる可能性が高いのだろう? なにか対策はあるのか?」
「正直言って、これという手がない」
感情表現は苦手だが、ややシスコン気味の愛情を向けてくれる兄だ。心配してくれているのだろう。
「とりあえず、情報を集めて、身を潜めながら様子を見るつもりだ。今夜中には落下してきた物体の2・3個は確保して、どういうものなのか、判る範囲で確認したい。あと、このイタチ、フェレットだったか、の意識が戻り次第、尋問する。家に危険物を置くのは不安なんだが……」
父に目を向けた。
「市内にセーフハウスみたいなものはないのか? もしくは襲われたとき、対処しやすいような場所か建物。」
元ボディガードの父なら、住んでいる地域についてもある程度調べているだろうと、考えての問いだ。
 だが、父は首を振った。
「あいにくだが、心当たりはないな。それに、例え良い場所があったとしても、なのは一人を危険にさらすわけにはいかない。」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、正直相手の目的も戦力も不明だ。それに空を飛んで来られたら、父さん達でも対処のしようがないだろ? ひょっとして銃器を持ってたりするのか?」
「いや、銃はないが」
真剣な目を向けてきた。普段はおちゃらけているが、こういうとき、この人は理屈では説明できない信頼感を感じさせる。
「娘が危険にさらされるというのに、それを見過ごす父親はいないだろう?」
「同じく見過ごす兄もな」
にっこり笑って言った父に続けて、兄もそう言う。
「も、もちろん姉もだよ!」
「いや、美由希は、かあさんを守ってくれ。本人でなく、家族に手を出してくる可能性もある」
「え、で、でも」
「頼む」
父の言葉に不承不承うなづく姉。母のほうは、父と少しの間、視線を交わしていたが、やがて、ため息をついてこちらを向いた。
「なのは。」
めったに見ない真剣な顔。
「危ない真似はしないって約束してくれる?」
「できない。」
切り捨てた。
「危険はこちらの都合にあわせてくれなどしない。俺だって危険な目に会いたいとは思わんが、降りかかる火の粉を払わなければどうなるか判らん。」
「大丈夫、桃子。俺が守るから。」
父が口添えしてくれた。

 そのあとしばらく、俺をできるだけ安全圏におこうとする家族と、危険物を家におくことにためらいがある俺とのあいだでやりとりが繰り返されたが、結局、俺はフェレットごと家にとどまることになり、父と兄が、俺の護衛とフェレットの監視についてくれることになった。(一応、人間用の医療品でフェレットの治療もおこなった。拘束と目隠しはそのままだが)
 そして、その夜のうちに、俺は父の付き添いのもと行動をおこし、結界の記憶していた落下地点をあたって、3個の、青い宝石のような石を手に入れた。


■■後書き■■
 なのはは家族の中で孤立しているつもりでいますが、周りの家族はそんななのはを心配しつつ、愛情を向けてくれています。
 その辺は原作と変わらないのかな。違うとしたら、なのはが自分の意志で孤立を選んだと思っていることくらいでしょうか。なんか、なのはがツンデレっぽくなってくなあ。
 高町家の人々は、とらは世界でなくても、超常現象や理解を超えた出来事を受け入れる度量を持っていると思う。家族への信頼が強いというのもあるでしょうが。



[4464] 八話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/12/25 18:38
※12/25、ご指摘を受け、なのは達との合流時点でユーノが魔法を使えない理由を公式設定準拠に修正しました。また、ユーノの行動に対するなのはの感情の独白も一部変更しました。



 ユーノ・スクライアとの出会いがなければ、俺は魔法の知識を詳細に得ることはできなかっただろう。だが、彼がジュエルシード発見時に無謀な行動に出なければ、俺が管理局と関わりを持たない未来もあったんじゃないか、という思いも消しきれない。その意味で、彼には未だに好悪どちらともつけがたい感情がある。


 入手した青い石は、莫大な魔力を秘めているが、外部に発する魔力はごく少ない(すくなくとも、俺の張った結界で感知できないレベル)ことしか判らなかった。父と話し合い、その危険性とばらまいた相手が石を探知できる可能性とを考えて、町の廃ビルに隠し、帰宅して仮眠をとる。父は、廃ビルに盗聴器・隠しカメラ・トラップ(致死性ではない。相手の戦闘力を測るため、と父は言っていたが)を仕掛けた。
 あとは、こちらに接触してくる相手を待つか、フェレットの目覚めを待つか。状況がある程度の展望をみせるまで学校を休むことを、多大な反対を押し切って家族に認めさせた俺は、身体を休めながら、兄とともに自宅で時間を過ごした。父は翠屋に行き、姉は学校が終わり次第、父と交代する予定だ。

 そして、フェレットの意識が戻ったのは、そろそろ学校も終わろうかという時刻だった。

 身じろぎをしたフェレットに近づき、首を押さえつけ兄に借りた飛針を横腹に押し付ける。兄が斜め後ろで身構えるのを感じながら俺は作り声を出した。
「下手に動くなよ。貴様のわき腹に刃物をあてている。魔法を使おうとする気配があれば、即身体を刺し貫いて、虫のように縫いとめてやる」
「……う、うううん。……え、あれ、え?」
「……もう一度言う。下手な動きを見せたり、魔法を使おうとする気配を見せたら、いま、貴様の腹に押し当てている刃物で貴様の身体を貫き通す。余計なことはしゃべらず、言われたことにだけ、簡潔に答えろ。」
「な、なに! どうなってるのこれ!! え、僕、縛られてる?! え、ぐえ?!」
こちらの脅しも聞かず、慌てふためいて騒ぐフェレットの首をぐいっと強く押さえつけて、俺はため息をついた。

「お前の所属と姓名は?」
「スクライア一族というのは?」
「この町に降ってきた21個の魔力保持物体との関係は?」
「騒ぐな……。危険というのは、どういう危険だ?」
「……世界を滅ぼした、というのは具体的にどういう方法で滅ぼしたんだ?」

 途中、興奮して騒ぐフェレットの首を何度か締めながら質問を繰り返し、大体のところを聞き終えると、俺はなんともいえない気持ちで、再度ため息をついた。
 このフェレットが言ってることが本当なら、海鳴市は、まったくの事故でとんでもない厄介ごとに巻き込まれたということになる。しかも、それに対応すると主張するフェレットは、1戦でボロボロのありさま。とても、安心して事態を任せられるようには見えない。
「応援を呼んだか?」
「……呼んでない。これは僕のミスだから。僕が解決しなくちゃいけないんだ。」
「犠牲を出さずに解決するだけの力量と経験があるんだな?」
「そ、それは……でも、僕がやらなくちゃ…ぐぇ?!」
「………………お前達にとって、自分のプライドは異世界の人間の安全より優先するものなのか?」
「……そ、それは、その……。」
「……こういう事態の場合、危険に対処する組織はないのか?」
「……時空管理局がそうだよ。」
「その時空管理局に連絡した場合、何日くらいでこちらにつく?」
「……連絡できないんだ。この世界の魔力は僕と相性が悪くて、ほとんど魔法が使えなくて。異世界間念話も、管理局の支局がある世界への転移もしばらくはできない。」
「……それは、体が馴染めば、回復するようなものなのか?」
「た、たぶん。でも、1週間や2週間じゃ無理だと思う」
再々度、ため息をつく。
 兄の方を見る。
 兄も、頭痛をこらえるように頭を押さえて俯いていたが、俺の視線に気付いて顔を上げ、疲れたようにため息をついてから、口を開いた。
「とりあえず、そのユーノとかいうのの……。」
「え!? え!? ほかに誰かい…ぐぇ?!」
「……ユーノとかいうのの拘束を解いて、協力させよう。魔法は俺達にとっては未知の力だ。そいつの協力は不可欠だ。」
「え、魔法が未知って……ぐえ?!」
とりあえず、そういうことになった。

 自称ユーノ・スクライアは、俺の年齢やら俺達が実は魔法の使い方を知らないこと、俺の魔力量(なんか知らんが、かなり大きいらしい)に驚いたり、興奮したりしたが、ともかくも、魔法の使い方やその特性について、俺達に説明し始めた。
 魔力については兄はもっておらず、実際に使うことになるのは俺だけになった。しかし、レイジングハートとやらいう道具のやたら恥ずかしい起動パスワードは誰が設定したんだ? いや、実際に俺くらいの年の女の子なら喜ぶかもしれんが、前世付の俺には向かん。誰か変えてくれ。
 幸い、レイジングハートは素直で冷静な奴で、積極的に俺に協力してくれた。(そのとき、また、ユーノが凄い凄いと騒いだので、でこピンかまして黙らせた。いちいちうるさい奴だ)

 しばらくそうして魔法を学んでいると、結界が市内への2つの転移物を感知した。大きさと形からして魔道師だな。
 俺は少し迷ったが、魔法の学習を実践を混ぜたものから座学オンリーに切り替え、兄を交えての戦闘方法の検討もおこなうことにした。侵入者の目的は判らないが、いま、危険を侵して正体や錬度を探る必要性は感じない。魔法を使用して探知される可能性を上げる気にはなれん。突然の学習内容の転換にユーノが少し不思議そうな顔をしたが、適当にごまかした。兄はなにか察したのか、特になにも言わないでくれた。
 それからまたしばらく、市内をふらふら飛んでいる侵入者の位置に気をつけながら、話し合いをつづけていたのだが……。俺はすこし迷って、侵入者のことを口に出した。相談する必要を感じたからだ。

「……しばらく前に市内に入った魔道師らしき魔力保持物体が、ジュエルシードを隠した廃ビルに近づいている。」
「え!? そんな、僕には感じ取れないのに! やっぱりなのはには魔道師の才能があるよ!」
「嬉しくない」
嬉しそうに叫ぶ懲りないフェレットにでこピンをかますと、兄に視線を向ける。兄もこちらを見返して口を開いた。
「よければ、様子を見に行ってくるが?」
すこし考えて、俺は首を振った。
「いや、もう廃ビル間近だ。それに相手が魔力を感知できる可能性がある以上、こちらに襲撃をかけられるほうが怖い。廃ビルには監視機器を隠してあるし、ここで待とう。」
「わかった。一応、迎撃の準備をしておこう」
そう言って、兄は立ち上がった。一応、家には陰陽術を用いた隠蔽結界をはってあるが、魔法相手にどこまで通じるかわからない。
 そして、準備を終えた兄が部屋に帰ってきてしばらくして。

 突然爆発的に発生した魔力を廃ビルの位置に感知するのとほとんど同時に、ビリビリという振動が家を襲った。
「なんだ!?」
立ち上がりながら、兄が叫ぶ。
「これは……魔力の爆発です! 次元震が起きるくらいの規模だ!」
お前はどこの解説キャラだよ、と思いながらフェレットに聞く。
「次元震ってのは?」
嬉々として説明し始めるフェレットに、俺が解説キャラ認定をくだしたのは言うまでもない。

 ……あとで聞いた話だが、その爆発は、父の仕掛けたトラップにまんまと引っかかったアルフが、癇癪をおこして魔力を込めた拳で壁を打ち抜き、その魔力に、隠してあったジュエルシード3個が連鎖的に反応し、軽い次元震をひきおこすほどの魔力爆発を起こしたものだそうだ。フェイトもアルフもよく無事でいられたものだ。魔力が主に上下方向に向かって噴出したのと、バルディッシュが咄嗟に防御シールドを張ったおかげらしい。
 そのあと、暴走する魔力に多少苦労しながらも、ジュエルシードを無事封印した2人は幸先のいいスタートに満足して帰ったそうだ。しかし、その爆発がアースラを呼び寄せる狼煙になったのは、彼らにも俺にも何とも皮肉なことだった。


■■後書き■■
 原作では、なのははジュエルシードを、励起してはじめて見つけていましたが、フェイト達はどうやってみつけてたんでしょう。温泉にも来てたし。まあ、ある程度近づけば、魔力探知で見つけられた、ということかな、と解釈して、今回も廃ビルのジュエルシードを見つけてもらいました。ちなみに、この廃ビルは、とらは3でしばしば重要な舞台になるあの廃ビルです。



[4464] 九話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/11/15 13:26
 管理局とのファーストコンタクトは、和やかとは言い難い雰囲気だった。もっとも、俺がどうにも権力者というのを信用できないでついつい攻撃的な態度をとりがちなのが、原因の一部を占めていたことは間違いないが。とはいえ、その後の付き合いの中で、俺の中での管理局の信用度が落ちていったのは、決して俺の態度のせいだけではないはずだ。


 廃ビルで魔力爆発があった翌朝。
 俺は市内を見下ろす高台に来ていた。魔法の実際の使用を訓練するためだ。

 実は、昨夜の侵入者達が市内から消えた後、市内でまた正体不明の魔力の急増があった。ユーノと兄とともに駆けつけてみれば、そこには見境なく暴れる黒い物体。ユーノ曰く、ジュエルシードの思念体だという。
 早速の面倒ごとに、ため息をつきながら、思念体を取り押さえにかかったが、これが上手くいかなかった。

 事前の戦術検討では、兄の剣に俺の魔力を纏わせて前衛兼囮を務めてもらい、俺が後方から砲撃魔法で撃ち抜いて決める、という方法を試してみることになっていた。
 しかし、魔力を纏わせた兄の剣は、思念体に一太刀浴びせただけで粉々に砕け、思念体も1瞬たじろいだものの、直ぐに傷を修復させた。ユーノが解説するには、俺の魔力に剣が耐え切れなかったのだろうとのこと。俺の魔力量はかなり大きいから、よほど精密に制御しないと剣は耐え切れないだろう、と。そういうことは先に言えっての。
 兄はそのまま、思念体の鼻先で動き回りつつ純物理攻撃で気を引こうとしてくれたが、思念体は俺のほうを高い優先順位としたらしく、兄をほとんど無視して、俺に向かってきた。ユーノが解説するには、思念体は魔力を源にしているから、より大きな魔力-つまり俺-に魅かれるとのこと。だから、そういうことは先に言えっての。

 仕方ないので、レイジングハートの助言を受けながら、飛翔して相手の攻撃を避けつつ、誘導弾で弱らせ、足を止めたところで砲撃魔法で撃ち抜いて仕留め、ジュエルシードを封印した。
 ユ―ノは、凄い凄いとはしゃぎっぱなしだったので蹴り飛ばしてやった。確かに俺も兄も怪我はしなかったが、実際は冷や冷やものだった。こちらの持つ技術も判らずその場で相談しながらそのときそのときの対応を決めるなんて気違い沙汰だ。相手の機動性も攻撃方法もわからない状態でよく無事に勝てたと思う。前世で血反吐を吐いて潜り抜けてきた実戦経験と、レイジングハートの優秀なサポート、相手が理性もなく近接戦闘以外の攻撃方法をもっていなかったこと。この3つのどれが欠けても、確実に怪我を負っていたし、あるいは怪我ではすまなかったかもしれない。
 ユーノが封時結界とやらを張ったおかげで、戦闘の余波で周囲を破壊することは避けられた。俺たちの到着前に思念体に破壊された部分はそのままだったが。悪いがそこまで面倒は見きれん。兄は少々罪悪感に駆られたようだったが。
 
 そして、そのときの苦労を鑑み、また、市内に侵入してきた魔道師相手の戦闘の可能性も考えて、朝から魔法の実地訓練をすることにしたのだ。
 ちなみに父と兄は、このままでは役に立たないことが明白なので、剣術の技をどう活かすかを考えながら、別の場所で訓練している。特に兄は、昨日が初めての実戦だったので、いろいろと思うところがあったらしい。とりあえず、今の状態では、俺と一緒にいても足手まといにしかならない、ということで、相当気合の入った顔で、訓練する山へと向かっていった。

 俺は、ユーノが張った人目を避ける結界の中で、ユーノとレイジングハートの指導を受けながら訓練している。
 とりあえずは、機動性の向上としての飛翔魔法、身体の出来上がっていない俺でも魔力とレイジングハートのサポートさえあれば扱える砲撃魔法と誘導弾、それに防御魔法。近接戦闘になってしまったときの身体強化魔法と魔力刃操作魔法。それらの魔法の種類と特徴の説明を受ける。それぞれの魔法から比較的習得が容易という魔法を実際に試して射程や威力、発動までの時間などの使用時の制約などを確認し終え(またユーノが凄い凄い、と五月蝿かった)、ちょっと難易度が高めになるという誘導弾の複数操作訓練をしていたときだった。 

 俺が市内全域に張っている結界が魔力物体の転移を検知した。場所は……至近!
 俺が全速で戦闘体勢をとりつつそちらを向くと、そこには俺よりすこし年上くらいの黒い服を着た少年が立っていた。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。管理外世界での魔法行使は緊急時以外禁止されている。事情を聞かせてもらおう。」
権力をもつ人間特有の表情をしている。だが、性根が腐っているわけではなさそうだ。青臭い正義感らしきものが観てとれる。
「あ、僕たちは……。」
素直に答えようとしたユーノの言葉を俺は遮った。
「おい、ユーノ。彼が確かに時空管理局員だということは確認できるのか」
俺の疑問に答えたのは、少年のほうだった。
「疑うつもりか? なにかやましいことでもあるのか。」
「こいつ、ユーノがいうには、時空管理局には事故の報告をしていないという。そして昨日、市内に侵入者があってジュエルシードを奪っていった。その翌日というタイミングで連絡をしていないはずの時空管理局を名乗る人間が現れる。警戒しないほうがおかしいとおもうが。」
「君達は先日のジュエルシード逸失事故に関わりがあるのか?」
「正体の知れない相手に説明する義理はない」
少年の顔が不快気に歪む。精神的に隙のあるタイプだな。
 だが、少年はすぐに仏頂面に戻ると、懐からカード状のものを取り出した。
「身分証だ。確認したまえ」
「俺にはわからん」
「なに?」
即答した俺に少年が肩透かしを食った表情になる。恐縮するとでも思ったんだろう。どうも、権力臭が鼻につく組織のようだ。
「ユーノ。」
顎をしゃくってやると、俺が言葉を遮ってからキョドっていたユーノが理解してうなづいた。
「う、うん。」
ぴょん、と飛び上がって身分証の前の空中に停止する。
 俺は、それを眺めながら、まあ、本物だろうな、と判断していた。偽者でこちらをひっかけようとするなら、もっと友好的で度量の大きそうな態度か、逆にもっと高圧的で逆らえば即拘束、といった態度をとるほうが策としては理に適う。少年も腹芸のできるタイプには見えん。
「本物だと思うよ。」
ユーノが振り向いた。
「そうか。じゃあ、事情を説明しろ、ユーノ。」
「え、僕?」
「当事者はお前だろうが。俺は巻き込まれただけだ。」
どうにも事態を取り違えているフェレットに、俺は呆れを隠さない声を返した。
「ああ、それと。」
「なに?」
俺は表情を意図して満面の笑顔に変えた。
「管理外世界での魔法行使禁止なんて話、俺は聞いてないが、その辺の理由も説明してもらえるんだろうな?」
フェレットの顔が明らかに引き攣った。

 説明は結局、時空管理局の船の中でおこなうことになった。クロノとやらが上官にも説明してもらいたい、と要求したからだ。まあ、ユーノの説明を信じるなら、ジュエルシードは一級の危険物だ。道端で簡単に説明して終わり、というわけにはいかんだろう。
 俺は素直に同行することにした。家族には連絡しない。いきなり拘束、とはならないだろうと思ったし、こちらの手札を極力伏せておきたかった。ユーノにも家族のことは伏せておくよう念話で依頼してある。
 そして、俺は今、和風もどきの部屋で、年齢不詳の若い女とクロノに対し、人型に戻ったユーノとともに向かい合っている。ちなみにユーノの人型は俺と同じくらいの外見年齢だった。聞いてみると同い年らしい。声色から子供だろうとは思っていたが、想像以上だ。はっきり言って、今回のコイツの行動はガキの暴走だな、こりゃ。

 つらつら考えていた俺の隣で、ユーノが一連の経緯の説明を終えた。
「立派だわ。」
提督と紹介された女が口を開いた。
「だが、無謀でもある。」
クロノが引き継ぐ。
「現時点を持って、ジュエルシードの捜索は時空管理局が引き継ぐ。君達はそれぞれの生活に帰りたまえ。」
「そんな!」
ユーノが机を叩いて立ち上がった。
「僕たちには責任があるんです!」
それはお前だろ。俺を含めるな。まあ、正確にはユーノにも、捜索しなきゃならん責任はないとはおもうが。
「駄目だ! ロストロギアは子供のおもちゃじゃないんだ!」
お前も十分子供にみえるがな。
「まあまあ、クロノ、落ち着いて。そんな急に決められることじゃないわ。」
「ですが……!」
「お二人には一日時間を差し上げます。明日まで自分がどうしたいか、じっくり考えてきてください。」
「提督!」
騒ぐクロノを視線で制する女。
「いいですね?」
ユーノが俺の隣でうなだれて、手をにぎりしめている。どうでもいいが、俺は、ひとことも喋ってないんだがね。それに、飴役と鞭役に分かれて交互に話をする心理誘導。まあ、基本ではあるが。大方、あちらが主導権を持っての対応に、こちらが協力を自発的に申し出るよう、話を持っていきたいんだろう。だが、踊らされてやる義理もない。

 俺は、気怠げに口を開いた。
「一応聞いておきたいが」
視線が集まる。提督がにっこりいかにも人畜無害な笑顔を浮かべる。
「なにかしら?」
「ジュエルシードが町にばら撒かれる原因となった事故。輸送は管理局の艦船で行なわれたと聞いているが、輸送時の監督責任をもつ管理局の担当者の処分はどうなったんだ?」
急な話題転換に意表を突かれたのか、沈黙が流れた。すぐ取り繕うようにクロノが喋りだす。
「事故の詳しい状況もわかっていない。今は、責任追及のようなことをしている時間はないんだ。」
「偶発事故か襲撃事故かの調査くらいはしているだろう?」
背後関係があるかないかで、ジュエルシードの回収時に気をつけるべき点が変わってくる。回収作業を引き継ぐというのなら、当然、その辺のアタリはつけていてしかるべきだ。
「何が言いたいんだ?」
だが、おちびの執務官には通じなかったらしく、むっ、とした表情を浮かべている。提督は笑顔を崩していない。俺は、クロノの言葉を無視して次のネタを振った。
「このえせフェレットは自分の責任と言い張っている。ジュエルシードの危険性を知りながら、即管理局に連絡しなかったこいつのせいで、管理外世界の俺が巻き込まれたのも確かだ。こいつは、どういった罰則を受けるんだ?」
「な、なのは?!」
慌てるフェレットを無視する。視線はさきほどから笑顔を崩さない女に向けている。俺の表情にも視線にも笑いの要素は一切ない。
「……君は揚げ足をとるようなことを言うな。この事件はこちらが引き受けると言っただろう。昨日今日魔法を覚えたばかりの民間人の出る幕じゃない。」
クロノの不機嫌そうな声が聞こえる。提督は笑顔を崩さない。
 ちょっとの間、沈黙が流れた。
「……なのはさんはなにか言いたいことがあるのかしら?」
いかにも、子供に接する母性溢れる大人、といった感じで提督が言った。だが俺には、自分が上位にあるのだという場の雰囲気を作りだそうとしているようにしか見えない。
 俺は、提督に言葉を返さず、沈黙がしばらく続いた。
 クロノが苛立って口を開く気配を感じたので、先手をとって、これみよがしな深いため息をつく。
 機先を削がれたクロノは言葉を発せず、また少し沈黙が続いた。
 十分、場の状況を変化させたとみて、俺は、口を開いた。
「立派、ねえ。」
「なにが言いたいんだ、君は?」
情感豊かに発した言葉にクロノが食いついた。だが俺は視線を提督に投げる。今は笑顔を浮かべていない。いかにも真剣に話を聞きます、とでも言いたげな、真摯な表情だ。
「立派? 自分の住む町に危険物がばら撒かれて、対処できる人間の心当たりが自分しかいないときに、自分で行動するのが立派だというのがお前達の考えなのか? 管理局とやらに治安をまかせる次元世界とやらは、さぞかし不安な毎日を過ごしているだろうな。同情するよ。」
「っ! 管理局を侮辱する気か、君は!」
感情的に叫ぶちびに目線を移して俺は続ける。
「無謀? いつ暴発するかわからない命の危険にさらされて、しかも救助のあてはない。知識や技術が足らなくとも、わずかな可能性を求めてあがく、生きようとする意思を、無謀と呼ぶのか? なら、お前達にとって、自力で対処することが難しい相手には、黙って命をさしだすのが当然なんだな?」
「そんなことは言ってない!」
「そうよ、なのはさん。少し落ち着いて……」
「そちらが今後、一切の対応をひきうけるというのなら」
相手の言葉を無視して続ける。
「無論、今後、わずかたりとも人的損失・物的損失はださないと保証するんだろうな?」
「無茶を言うな!」
ちびが机を叩いた。
「これは子供の遊びじゃないんだ! わがままをいうんじゃない!」
俺は失笑した。
「わがままねえ……」
嘲る色をたっぷり含ませた視線で相手の顔をなでてやる。
「管理局「の」失態で、「全く無関係の」世界にばらまかれた危険物を、管理局「が」独力で片付けるというんだ。こちらのこれまでの必死の対応を無謀と切り捨て、これからの助力は恩着せがましい言い方で断りながら。そちらのミスにまきこまれた側としては、今後の被害を0に押さえるよう要求するのは当然の言い分だと思うが?」
「それは……!」
言葉に詰まるちび。ふん、反論したいが、正論には逆らえない、か。やはり甘い。
「本来なら、床に額をすりつけて、「もうしわけありません、こちらの不手際であなた方の住む町に危険物をばらまいてしまいました。当然、こちらで対処させていただきますが、被害を0に押さえる自信がありません。厚かましいお願いですが、あなたの力を貸していただけないでしょうか」くらいのことを言って当然の状況だぞ」
「なっ…なっ…」
「ああ、それとも」
ガン、と机の上に足を投げ出す。膝丈のスカートの裾がふわりと持ち上がってから、静かに舞い降りた。
「「私の情けにすがりたければ、この足をお舐めなさい、坊や」とでも言ってほしかったのか? ん?」
にまりと俺が笑うと、ちびは顔から蒸気を噴いて真っ赤になった。能力はともかく精神的には年相応に初心なようだ。
 くつくつと押さえきれない俺の笑い声が、沈黙に呑まれた部屋に流れていた。


■■後書き■■
 魔王全開。


※次回投稿からとらは板に移る予定です。多分来週の火曜日か水曜日。これからもよろしくお願いします。



[4464] 十話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/11/19 10:18
『もう、ほんとにびっくりしたんだから』
「すまんすまん」
『もうっ、なのははいつもそればっかり! いつも言ってるでしょ、誤解されるようなこと言うのは止めてって!』
「別に誤解でもないんだがな」
『そんなことないよ! なのはは優しくて気配り屋さんなのに! みんな誤解して!』
剥れる金髪の美少女に俺は苦笑した。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。「閃光」の二つ名がそろそろ定着しはじめた若き執務官。ハヤテと並ぶ昔馴染みの友人は、かなり俺を買い被っているところがある。
 「魔王」の呼び名がすっかり定着した俺も、彼女に言わせると「ホントは優しいのに素直に表現できない照れ屋さん」となる。それも真剣にそう信じ込んでいるのだから、俺としては苦笑するしかない。そしてフェイトにはそれが、「自分を大切にしないで他人の気持ちを気遣う健気な態度」に見えるらしいから、堂堂巡りだ。いろいろと心配して、ことあるごとにお節介を焼いてくる。
 今回も、長期航海から帰ったその日なのに、「陸」に「左遷」された俺のことを心配して連絡をくれた。もちろん、「誤解を招くような発言」(例のレジアス少将との会話だ)についても、「素直じゃないんだから!」と怒られた。どうも今回の件は彼女的には、「「陸」の大物に絡まれた俺が、反発して心にもない過激な発言をし、その結果として左遷された」ということになるらしい。まあ、「海」の連中ばかり周りにいれば、そういう方向に解釈をもっていかれてもしょうがないかもしれんが。それに、相手があの男でなければ、フェイトの言ったとおりの流れになっていた可能性は高い。つか途中までそうだったしな(笑)。
 それにしても、彼女は頑固だ。自分で言うのもなんだが、俺は結果は出すが、無能な指示や腑抜けた態度の奴らは容赦なく叩き潰す-言葉でだ。目に余る場合は手を出すこともあるが-ので、結構、悪評も多いし、上の覚えも悪い。彼女も俺とのつきあいについて、周りからいろいろ言われているらしいが(アルフがこっそりそれを引き合いに俺に態度を直すよう文句を言いに来たことがある。)、頑として受け付けず、逆にいかに俺が「本当は」善良で優しく情に厚い人物なのか、こんこんと説明するらしい。一度、「お前の立場まで悪くなるから止めろ」と言ったら、「やっぱりなのはは優しいね。でも心配しないで。私はなのはの友達なんだから、友達のために頑張るのは当たり前だよ」と返され、以来、より熱心に周囲に俺の「美点」を話してまわるようになった。どうにも彼女の天然なところは、微笑ましいながらも脱力させられることが多々ある。 
 この純情で初心な友人は、そうやって、この4年、ずっと俺とつき合い続けている。初めて会った頃もそうだったが、一度こうと決めると、多少つれなくしても、苦労や困難があっても、態度を変えないのだ。
 俺が嫌がらせや理不尽な対応に遭っていないか、真剣に心配して、なにかあればいつでも相談するように言う彼女の言葉を聞きながら、俺は彼女と初めて会ったときのことを思い返した。


 ファーストコンタクト後のアースラとの交渉は、すんなりと進んだ。ちびの執務官(あとで年齢を聞いて驚いた)は不満顔だったが、提督は当初からこちらを引き込むつもりだったのだろう。俺としても、ほっといても巻き込まれる危険性がある以上、組織的なバックアップはあったほうがいいし、なにより魔法という未知の力についての知識を体系的に得られる機会を逃したくなかった。
 場の主導権をこちらに引きずり戻してからあとは、狐と狸の化かし合いのような、下らない言葉をしばらく提督と投げかけあって、俺はアースラに「善意の」民間魔道師として一時的に所属・滞在することになった。命令の拒否権、緊急時の自由行動権、上申権、負傷時・死亡時の補償と、俺への魔法教育を含む事件解決までの全面的なバックアップを、双方の言語で明記した契約書を交換した上で。
 まあ、向こうがその気になれば容易に揉み消せる程度のことだが、執務官の態度や聞かされた管理局の理念からすれば、艦内の人間に言い触らしておけば牽制程度にはなるだろう。

 俺はとりあえず一旦帰宅し、経緯と状況を家族に説明し、一日一度は連絡をとることを条件にアースラ滞在を認められた。家族は心配気だったが、とりあえず治安組織を名乗っていること、今回のような事態への対応のプロフェッショナルらしいこと、魔法について知識を得る絶好の機会だということ、交換した契約書を手渡しておくことで、何とか納得してもらった。父と兄には、警戒は継続してほしいが、関連すると思われる事態からはなるべく距離をとるようお願いした。一応、了解してくれたが、あの顔は手伝える範囲で手伝うつもりだろう。まあ、二人とも自分にできることとできないことを把握しているので、さほど心配はしていない。
 アースラには、俺の持っていた特殊能力が事件解決に必要なため、とある国際組織に手を貸すことになったと説明すると言ってある。それで納得するのか、とクロノに言われたが、家族との仲が良くない、と匂わせて罪悪感に付け入ってごまかした。

 捜索方針だが、俺はまず、回収してあるジュエルシード(ユーノが怪我しながら確保した1個)の反応を解析して、市内をローラー作業で捜索できないか、尋ねてみた。だが、その捜索時に使用する魔力の刺激でジュエルシードが暴走する可能性(わずかだが)を指摘され、却下。次に、人員を投入して足で稼ぐローラー作戦を提案。クロノは、ジュエルシードの自然な励起を待ったほうが効率が良いと主張したが、リンディ(そう呼ぶように言われた)の判断で、艦に搭乗している武装隊の半分をツーマンセルで市内に展開させることになった。
 クロノは緊急時の対応のため、艦に待機。俺はユーノと組んで学校が終わった後の時間帯はローラー作戦に参加、それ以外の時間は魔法の勉強と訓練に当てた。

 無論、市全域に張ってある結界のことも結界の記録からジュエルシードの在り処がかなりの精度で予測できることも言わなかった。こちらの手札を伏せるためだが、確認の意味もある。
 ユーノの説明では、魔法とは魔力をプログラム化して物理現象を引き起こす科学技術。ならば、科学や物理現象の枠組みの外にある陰陽術に対して、果たして魔法は効果があるのだろうか。陰陽術がある程度、魔法に効果があることは、「力」を探知する結界を張ることができたことから確認済みだ。物理現象や科学技術に、陰陽術が効果を及ぼすことは前世の経験から判っている。そして、その逆が出来ないことも。ならば、魔法という名で呼ばれても、究極的には物理現象であり、科学技術であるというのなら、それは陰陽術を探知しうるのか。結論は直ぐに出た。
 結界に気付いているなら、協力体制をとっておいてそれについて言及してこないほうがおかしい。俺が張った可能性も、俺以外の第三者-その場合は高確率でジュエルシ-ド窃盗犯だろう-が張った可能性もある。どちらなのか、確認しておくべきことだ。なのに数日経ってもその話がなかった。つまり、次元世界の魔法技術では陰陽術を認識できない。
 これはかなりのアドバンテージを俺に与える。同じ系統の技術をつかうギル・グレアムらに対してもより積極的に動くことができるようになる。元は自身の安全確保のための情報収集と、未知の「力」について探るための行動だった。が、彼らの胡散臭い動きと、明らかに自身を守る力を持たず、争いを好むタチでもないはやてへの扱いは、彼らに対する嫌悪感を持たせるには十分だった。今のごたごたが終わったら、奴らの目論見を邪魔する方向で動くのも良いかも知れん。

 そんなことも考えながら、アースラに滞在しつつ順調に魔法に関する知識と経験を蓄え、ジュエルシードが回収される日々がしばらく続いて。
 暴走したジュエルシードを押さえるべく出動したある夜、俺は彼女と出会ったのだ。
 

 既に、以前市内に侵入してジュエルシードを持ち去っていった2人の魔道師は、何度か、武装隊と接触していた。(ちなみに廃ビルに仕掛けていた盗聴器やカメラは、あのときの魔力爆発で瓦礫に埋もれた。廃ビルの半壊は警察が今も犯人を捜しているようだ。ご愁傷様。) 彼らは常に逃げに徹し、一度はクロノが出張るも取り逃がし、今回の暴走は、彼らを誘き寄せ捕らえる絶好の機会と判断された。
 作戦としては、魔力量が多いがまだまだ動きは素人な俺が単独先行して囮役。現れるであろう彼らの注意を引き付けておいて、アースラから転送する部隊で包囲する。クロノは作戦の指揮をとりつつ、決定的場面で投入される。

 俺は、背後関係を探るための情報収集(個人的には、グレアムと関わりがあるかとか、俺自身を目当てになにかを仕掛けてくる危険性の把握とかを目的に)のために、相手方とできる限り話をすることを要望。そんなことは逮捕後でいいとつっぱねるクロノを、こちらが把握してる以外の後詰めの仲間が出てくるかもしれないとか、武装隊のより万全な転送位置割り出しの時間稼ぎも兼ねる利点がある、などと虚実入り交えて説得した。悪いなクロノ、逮捕後に管理局が俺の知りたいことを聞いてくれるとは思えないし、俺の弱みになりかねないので管理局に聞き出しを頼むのも都合が悪かったんだ。
 詫び代わりに、心配してくれてありがとよ、とウィンクして言ったら「ば、馬鹿か、君は! 勘違いするな!」と赤い顔で怒鳴られた。まったく可愛い奴だ。この数日で既に、奴をからかう楽しさについて、エイミイという通信士と無駄話をする仲になっている。

 打ち合わせはなるべく早く済ませたが、転送直前には既に、魔道師の片割れが現場に到着して暴走の抑制と封印作業を開始していた。金髪の、俺と同年代の少女だ。高い魔力量と魔法技術を持ち、機動速度に優れた凄腕であることはこれまでの接触でわかっている。


 転送された俺をみて彼女は作業を中断し、素早く俺から距離を取った。既に暴走は抑えられ、あとは封印するだけのようだ。
 だが、彼女は、俺から距離をとったものの、何をするでもなくその場に浮かんでいる。俺の格好が武装隊の標準じゃないので、俺が何者か、どう対応するか、咄嗟に判断がつきかねたのだろうか。戸惑っているような雰囲気がこちらにまで伝わってくる。
 相手が何者だろうと排除して目的を達成する態度でないことに疑問を感じつつ、俺は言葉を掛けてみた。

「お嬢さん、そいつをどうするおつもりで?」
軽い調子の問いかけに彼女はさらに戸惑ったようだ。言葉を重ねてみる。
「そんな危険物、こんな街にばらまいてどうする気だったんだ? おまけに今度は1個1個回収するときてる。なにがやりたいのか、教えちゃくれないか?」
直ぐには反応は引き出せないだろうが、意外に平和的に会話ができそうだと思いつつ、さらに言葉を口にしようとしたとき、意外なことに返答があった。
「話すだけじゃ……言葉だけじゃ何も変わらない。」
固い調子の声だが、会話を頑として拒絶するような感じではない。自分の意志を素直に口に出しただけのように感じた。
 予想外の反応を続ける相手に、俺は攻め方を変えてみることにした。
「ふむ。だが、俺の住んでる街でこんな危険なことされるとな。なにか、この街を破壊したいとか襲いたい相手がいたとかなのか?」
「……そういうわけじゃない。わざとこの街にばらまいたわけじゃないから。」
つまり、ばらまかれるにいたる行為はした、と。しかも微妙に罪悪感の浮かぶ表情付き。
 あまりの相手の素直さに、俺はどうも違和感を感じた。治安組織の船を襲い、第一級の危険物を強奪し、その後も治安組織と競り合いながら、危険物を求めつづけるような犯罪者にしてはあまりにまともすぎる。ある程度以上の組織が動いていて、彼女はいいように使われている捨て駒といったところだろうか。無論、管理局が上っ面だけの正義の組織で、彼女の所属している組織のほうが、まともである可能性もある。

 アースラとの念話は、魔力を探知されて警戒されるのを避けるために緊急時以外しないよう打ち合わせている。武装隊の投入は俺の連絡が合図だ。俺は一人で推論を組み立てつつ、さらに言葉をつないだ。
「ふうん。じゃあ、なんで、こんな危険物を集めるんだ? これって世界を滅ぼしかねないようなものだって聞いたぜ。」
「母さんが必要としてるから。」
「お母さんが? なんでまた?」
「それは……。」
「フェイト!」
少女の言葉を遮って声が響いた。うかつ! 意外な相手の態度に気をとられて、周囲の魔法探知を怠っていた。まだまだ魔法の運用には慣れていないことが実感される。
 上空からこちらに落ちてくる相手の気配を感じ、大きく飛び退く。俺の居たところに拳を振り下ろした赤毛の魔道師。接近戦を得意とし、大型犬の姿もとる、おそらくは使い魔と推測されている、もう一人の魔道師だ。
 そこでまた違和感。
 叫ばずに不意打ちをかけられてたら、かなり危なかった。なぜ、こいつはわざわざ叫んだ? タイミング的には彼女の言葉を遮るためか? なら、情報を漏らさないようにするため? コイツの役割は彼女の補助と監視か?
 こちらを睨みつけてくる、今は赤毛の女の姿をとっている相手を見ながら頭をめぐらせる。
「おいおい、随分と攻撃的だな。別にこちらに争う気はないぜ。ただ話を聞きたかっただけだ。」
両手を広げてアピールする俺。
「うるさい! アンタなんかに喋ることはなんにもないよ!」
「アルフ……。」
攻撃的に叫ぶ女とその後ろで呟く少女。少女と組織外の他者との接触を嫌っている、阻んでいるのか?
 どうも、魔道師絡みでは胸糞の悪いことが多い、と思いながら、少女に向かって声を掛けてみる。

「フェイト、というのか? 俺はなのはだ。さっきの続き、教えてくれないか?」
「えっと、それは……。」
「フェイト! 答えなくていい!」
またしても赤毛の女が遮った。
「優しくしてくれてる人たちのとこで、ぬくぬく甘ったれて暮らしてるガキンチョになんか…何も教えなくていい!」
つまり、それはこのフェイトという少女が、優しくしてくれる人もなく、人に甘えて暮らすこともできない環境にいるということか? そして貴様らは彼女にそのままの場所に居続けることを要求しているのか。10歳にも満たない女の子を!
 反射的に頭が沸騰し、心がすっと冷たく冷えた。思わず、ドスのきいた低い声が出る。
「ほざけ。安穏と暮らすことの何が悪い。安穏と暮らしていれば理不尽な暴力に遭うのは当然とでもほざくか。苦難の生い立ちならば、他者を踏みにじるのも当然と嘯くか。ふざけるな、女!」
「なっ! お、お前ぇっ!」
「幸せの量は一定で、使い尽くしたら不幸になれ、と? 今、自分が不幸だから、貴様も不幸になれ、と? ふざけるな、己の悲劇に浸る甘ったれが。安穏を願うことを、幸福を願うことを、その貴重さをしらぬ輩が軽んじるな。ぎりぎりまで争いを避けることの恐怖も勇気も知らぬ敗北主義者が! 賢しげに口をさしはさむな! 黙って控えていろ!」
「っ!」
純粋な怒気と殺気を叩きつけると、赤毛は硬直して動きを止めた。
 剣呑な光が瞳に宿っているのを自覚しながら、黒衣の少女に目を戻す。できるだけ声を和らげながら改めて、声をかけた。
「今一度、聞きたい。なんのためにこれを求める? こちらとしては、突然こんなものが町全体に無差別にばらまかれちゃあ、なにか危害の意図あってのことかと思うのも自然なことと理解してもらえるだろう? 先ほどは故意ではないと言ったが、そちらがどういう意図で……」
そこまで言ったところで今度は、暴発した魔力に言葉を遮られた。とっさに、視界を庇い、身をかがめてダメージを受けるのを避ける。レイジングハートがオートでラウンドシールドを発動してくれた。
 ジュエルシードが、魔力を解き放っていた。さっきの赤毛の襲撃時の魔力に反応したか?

 ! 殺気!
 一瞬それていた注意を戻し、襲い来る赤い影を飛んで交わす。
「フェイト! こいつはアタシがおさえてるから、早く封印を!」
叫びざま、殴りかかってくる。
 まずい。相手の動きはかなり速い。近接戦闘の距離から逃れられない。
 魔力刃を形成したレイジングハートで迎え撃つ。身体強化の魔法を自身に掛け、棒術を用いて競り合う。
「はああああっ!」
「っ!」
弾き飛ばされた。近接戦闘では全く敵わない。
 もう少し少女と話をしたかったが仕方ない。
(アースラ、部隊の投入を。)
(了解!)
せきこむようにエイミイの念話が帰ってくる。どうも少し心配させたらしい。人の良い奴だ。
 思いながら、追撃してくる相手の鼻先にラウンドシールドを展開する。赤毛がバリアブレイクを発動し、シールドを侵食していく。それでいい。その状態だと咄嗟に飛び退いたりできない。
 「! 転移魔法! っ!」
転移してくる前兆の光に気付いて赤毛が叫ぶ。シールドから腕を引き抜いて移動しようとして、俺が奴の足元に設置していたバインドにかかった。少女は暴走魔力を抑えて封印作業に移行している。その彼女と、力技でバインドを破ったが数秒動けなかった赤毛とを、それぞれ包囲する形で武装隊が転移してきた。
「時空管理局だ! 次元犯罪の容疑で拘束する! おとなしく武装解除したまえ!」
既に攻撃行動を起こしている相手に、猶予を与えるだけの無意味な言葉をかけねばならない彼らに同情しつつ、俺は後ろに下がった。連携行動がとれず、魔法戦闘に慣れていない俺では足手まといになるだけだ。万一、相手に離脱されそうなら、遠くの安全圏から後ろ指を指されん程度に加勢しようと思いながら、俺は始まった戦闘を眺めた。まあ、まず俺の出番はなかろう。

 しばらく後、結局出し抜かれて悔しがるクロノと死屍累々と横たわる武装隊員の姿がそこにあった。……おいおい、あの状態から逃げ切るか?


■■後書き■■
 ちょっと、フェイト・アルフコンビ強すぎでしょうか? 高機動且つ中遠距離の魔法を操るフェイトと、同じく高機動で接近戦に特化したアルフのコンビって、並みの武装隊なら、包囲されてもあっという間に蹴散らしそうだな、と思って。(あ、高ランク魔道師至上主義への批判のスタンスが(汗)) クロノもほかの局員をかばったりした隙に、はじめから逃げるタイミングを狙ってた二人に出し抜かれたってことで。
 これまで二人が武装隊にあったとき、極力戦わず逃げに徹していたことによる力量の見誤りも大きいでしょう。ということにしてください(^^;。



[4464] 十一話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/11/22 12:17
 『それでね……』
フェイトと通話を続けながら、俺は内心で首をかしげていた。俺を叱り付けて心配していたときこそ、普段どおりのフェイトだったが、話題が何気ない会話や、日常の報告になってから、どうも様子がおかしい。無理に普段どおりのテンションを維持しようとして失敗しているような節が時々にある。たまに表情にも陰りが見える。それに今回の任務について、妙に触れたがらない。話がそちらに行きそうになると、慌てて話の方向を変える。本人は隠してるつもりだろうが、バレバレだ。
「フェイト」
話の切れ目に、俺は切り出した。
「なにがあった?」
『え、な、何のこと? べ、別になにもないよ?』
そんなキョドってどもりながら言っても説得力ないって。ほんと、素直な奴だ。
 俺が黙ってじっと見つめると、フェイトはしばらくワタワタして、あーう-言ってたが、やがて俯いて肩を落とした。
『やっぱり、なのはには隠せないね……』
いや、お前が判り易すぎるだけだと思うが。そんなことを言えばなおさら落ち込むので、別の言葉で返す。
「まあ、ちょっと様子がおかしかったからな。なにか嫌なことでもあったのか?」
「うん……」
暗い顔をするフェイトから話を聞く。

 どうやら、今回の航海のなかで、一般人に被害が及ぶ可能性があるのに、ロストロギアの封印を優先するように、という指示があった事件があったらしい。フェイトは再考を要請したが受け入れられず、結局、指示を無視して、一般人の保護を優先。武装隊のフォロ―で事なきを得たものの、一時、ロストロギアはかなり危ない状況に陥ったらしい。
「それで、自分の判断ミスで皆を危険にさらしたと思って、落ち込んでいると」
「うん……でも、やっぱり何度考えても、一般人を見殺しにするのは納得いかなくて」
俯くフェイト。
 管理局は、実際の行動時には、しばしば一般人の被害を無視してより大きな危険性への対処を優先する。大抵の連中は、仕方のないこととして割り切っているが、フェイトはいまだにその辺を割り切れないらしい。

 だが、管理局では、フェイトのような考え方は異端だ。

 例えば、PT事件で、俺がジュエルシードの捜索にローラー作戦を提案したときもそうだ。ジュエルシードの励起を待ったほうが効率が良いと言うクロノの意見は、街に被害が出る可能性を許容するという事でもある。大をとるため、小を切り捨てる。だが、その切り捨てられる部分と大きさは、誰が、どのような基準で決めるのだろう? 
 フェイトは切り捨てること自体を良しとしない。切り捨てざるを得ない時でも、その中からできる限り救い上げようとする。俺はそれを愚かだとは思うが、同時に眩しく思う。切り捨てて終わらせるのは楽だ。そこに正義という免罪符があるのなら、なおさら。
 だが、なりふり構わず自分の保身を省みず、僅かでも可能性があるならそれに賭けようとフェイトはあがく。

 白と黒に物事を割り切るなら楽だ。矛盾も葛藤も生じない。だが、それに甘えず、泥にまみれてもより良い未来を求めてあがくのが人間ってもんじゃないのか。うまくいかないことも少なくないだろうが、それでも心折れずに挑みつづけるのが勇気と言われるものじゃないのか。成功が確実なことにだけ手を出すのは誰にでもできる。低い確率に挑んで成果を手繰り寄せようと、不安を傍らに闘うときにこそ、真価が問われる。
 だから、フェイトの想いは、局員としては間違ってるかもしれないが、人としては間違っていないと思う。
 俺は、そんな意味のことを、俺らしくもなくぽつりぽつりと伝えた。自分自身でも信じていない奇麗事を。だが、現実に甘んじる人間に囲まれて、ひとり孤独に立つ幼い子供には、その奇麗事をキチンと言ってやるべきだと思った。
 そんな俺の言葉に、フェイトは僅かに影を残しながらもクスリと笑った。


「そっか。なら、私はなのはと同じなんだね。嬉しいよ」
「だって、あのとき、なのはは来てくれたでしょう。なのはにとっては危険なだけの行動だったのに、私を見捨てればよかったのに。
 それでも来てくれた」


 いわゆるPT事件の終盤のことだ。
 フェイトはそのとき、海中に落ちていたジュエルシード6個を同時に励起させ、一気に封印しようと試みた。彼女とアルフ2人では成功不成功に関わらず、大きなダメージを負うことはまず間違いなく、場合によっては死の可能性も見込めた。そしてその状況で、アースラは2人を捨て駒として扱う判断を下した。
 クロノは言った。
「封印に力を使い果たしたところを叩けばいい。」
リンディは言った。
「私たちは常に最善の選択をしなければいけないの。残酷に見えるかもしれないけど、これが現実」
俺は言った。
「これが最善だと貴様らは言うのか? 現実に甘んじて、努力をせずに流されてるようにしか見えんが」

 戦術的に効果的なのは俺も同意する。だが、それにわざわざ「正しい」理由をつけるあたりが気に入らん。子供を見捨てる罪悪感を正義のためにという免罪符でごまかしてるようにしか見えん。いくら戦術的に効果的でも、理念に反するなら、それは執るべき道ではなかろう。
 反論しない彼らに俺は背を向けた。以前の邂逅で言葉を交わした、フェイトと呼ばれていた少女の姿が脳裏によぎった。心を抑え込まれたような、無表情の仮面の下にざわめく感情の波。おそらくは、所属する組織からも、いつでも切り捨てられる潰しのきく駒として扱われ、今、自称法と秩序の守護者からもその身の安全を見捨てられ。大人たちの都合に振り回されて生きる子供。そして、おそらくはこれからも、大人たちに都合の良いように使われて使い潰されていくであろう子供。
「……馬鹿馬鹿しい」
 力がなければ、食い潰されていくのが人間の世界だ。目端が利かなければ、良いように使い潰されていくのが組織の実情だ。それらの理屈がより剥き出しになるのが犯罪者達の世界。そして彼女は犯罪者。たとえ、親子の情で縛られていても。「母さんが必要としてるから」と彼女は言った。
 愚かしいと思う。哀れとも思う。どんな事情があろうと、おそらくは、自分で自分の道を選ぶことができるほどには自我の発達していない子供であろうと、彼女はわずかなりとも持つ自分の意思で、自分の在り処を選んでいる。それが、周りにつけこまれ、操られて選ばせられた道であろうと。
 俺の関わることではないのだ。俺は自身と家族の安全のために、未知の力である魔法について詳細を知る必要があり。街に突如ばらまかれた正体不明の魔力保持物への対応のために魔法に関わる行動を起こさざるをえなくなり。そしてその結果として、時空管理局と行動を共にしているにすぎない。この件が終われば、俺は、今までどおりの生活に帰るのだ。いかに彼女が哀れな子供であろうと、彼女のために危険を冒す謂れは俺にはないのだ。
 俺は転送ポートに向けて、ゆっくりと歩を進めた。
 前世のことが頭をよぎった。才のない身に努力を重ね、周囲の嘲りをうけながらも、自身の在り方を求めてあがいた日々。やっと手に入れた力を、異端と蔑まれ邪道と切り捨てられ。それでも、力は有用とされて、いいように使いまわされた屈辱の日々。
「下らん」
 これは、ただの感傷だ。行為はなんの利も俺にもたらさない。危険に身をさらすだけの行為だ。なのに、俺はその行為を間違いと断じえないでいる。ふと、前世での友人の言葉が耳にこだました。「子供を犠牲にして、手に入れる平和なんて糞食らえ。誇りを汚して手に入れる栄光なんざ犬に食わせちまえ」。
 あれは、力及ばず一般人に多大な被害を出しながら、依頼を達成して、上から「お誉めの言葉」を頂戴した仕事の帰り。二人で浴びるように酒を飲んでいたときに、こぼれおちた偽善の言葉。だが本音の欠片だった。
 転送ポートに立って、視線をリンディに向ける。クロノが何か言っているが聞き流し、俺は口を開いた。
「抗命権及び緊急時の自由行動権の使用を宣言する。これから俺のとる行動は俺自身が責任をとるものであり、その結果に関わらず、管理局に責任を問わないことを契約に基づき承認する」
言い終えて、俺は転送ポートを発動させた。6つの竜巻と一人の少女がいる戦場に向かって。


「あれ、嬉しかったんだよ? なんで手伝ってくれるのか聞いたとき、なのは言ったよね。死の危険にある人間を助けるのに理由を求めるな、って。
 私は悪いことしてるんだって、わかってた。でも母さんのためだと思って罪悪感を押し殺してた。だから、誰かが手を貸してくれるなんて思いもしなかった。それなのに敵対してるはずのなのはが手を差し伸べてくれた。母さんに捨てられたあとも、励ましの言葉を掛けてくれた」


 竜巻を魔力量に任せて押さえ込み、途中から参加したユーノとクロノの力も借りて、6個のジュエルシードは封印された。フェイトはかなり力を使ってボロボロだったが、大きな怪我はなかった。
 海上で黙って向かい合う俺とフェイト。俺は自身の間抜けな行動に苦い気持ちで。フェイトはなんと言っていいか、わからないという困惑で。お互い次の行動をとれずにいた。次元跳躍攻撃が来なければ、もうしばらくそのままの時間が過ぎただろう。だが、実際はフェイトとアルフは雷撃の直撃を受けて、海面に向かって落ち、クロノがジュエルシード6個のうち3個をつかみとった。残り3個は次元転送によって奪われ、この事態あるを予測していたアースラがそれを追跡して敵の本拠地の座標を特定した。
 急転する事態の中、フェイトとアルフを確保して俺とクロノとユーノはアースラに戻り、画面越しにプレシア・テスタロッサの狂気を目の当たりにする。信じていた血縁関係を否定され、ずっと嫌っていたという言葉の刃を叩きつけられたフェイトは気絶した。突入した武装隊は全滅。その状況で、リンディは敵本拠地侵入・制圧への協力を俺に要請し、俺は咄嗟に即答できなかった。
 相手の本拠地へ、情報をほとんど持たないまま、少数で突入することの危険性。確かに敵地への少数精鋭による侵入破壊工作は戦術の常道の一つだが、魔力量だけの人間が精鋭と呼べないことは、クロノに言われるまでもなく理解している。だが、武装隊の全滅という現実、数少ない残存戦力である自覚があった俺には、明らかに逼迫している状況下での抗命権の連続使用は即断しかねた。嘘か真か、地球をも巻き込む災害となりかねないというリンディの言葉が、俺を追い詰める。
 結局、俺はリンディの要請を受け入れた。本命であろうクロノの負担を軽減するための、潰れても構わない戦力として扱われているだろう自覚はあった。だが、そのリスクは管理局と協力体制をとることを選択した時に、既に想定していたものだ。本来なら、それを避けるための抗命権だったんだが。現状を放置すれば故郷も危険にさらされ、見ている間にも明らかに状況が悪化していき、対応できる人材が自分を含めて数人しかいない。そんな状況下では、自分の命もチップにする賭けに出るのが最善の手と判断せざるを得なかった。前世でも何度も経験したことだ。それが最善であると納得すれば、行動に移ることに怯みはない。
 ただ、転移の前に、俺はフェイトに声をかけた。聞こえていないだろうことは判っていた。だがそれでも、十分な準備なしに危地に乗り込むことの恐れと覚悟が、我ながら馬鹿な真似をして助けた不遇の少女に対する、最後になるかもしれないお節介な行動を後押しした。


「なのは言ってくれたよね。私はあのとき、なにもかもどうでも良くて、周りの声もほとんど耳に入ってなかったけど、なのはの言葉だけは、不思議とはっきりと聞こえたんだ。」


警戒するアルフを押しのけ、俺はフェイトに語りかけた。
「生まれなどどうでもいい。大切なのは何を為すかだ。
 悪事を行なったならその悪事を背負え。正義や大義を持ち出して正当化するな。言い訳がましく理屈をこねるな。お前の生まれも、仕出かした犯罪も、綺麗な思い出も屈辱の記憶も、過去の全てが今のお前を形作り、未来のお前へとつながる力になる。だから、あんな言葉で世界を諦めるな。生きることを放棄するな。お前が求める想いを持ち続けるのなら、可能性は途絶えずにそこに在り続ける」
 最後に、彼女の頬に触れ、静かに撫でると、俺は転送ポートに向かった。もの言いたげなアルフの視線が追ってくるのを無視して。

 そしてフェイトは驚くほどの短い時間で立ち上がり、時の庭園で戦う俺たちの下に来てくれた。俺たちに力を貸すために。そして母と呼んで愛した人と向き合うために。その想いは正しく報われたとは言い難いが、その経験が今の彼女の生き方に芯を与えていると俺は思っている。


 あのときの俺は、自分の馬鹿さ加減を良く理解しながら、それでも愚かな道へと踏み込んだ。フェイトがそのときのことを、いかに大切に想っていようが、俺のことを吐いた言葉どおりの綺麗な人間だと想っていようが、俺からしてみればそれは、ただただ的外れだ。俺は俺自身の意思で俺のために俺の道を選んだのだから。結果がフェイトの為になったとしても、それは結果そうなっただけで、俺が意図したことではないのだ。
 俺はかすかに嘲笑う。
 俺は自分が優しいといわれるような行動をとらないことを知っている。必要であれば、部下を死地に突っ込ませてきたし、敵の戦闘力を奪うのに過剰と言われるだけの対処をとってきた。ただ、自分の命をチップにせざるをえない状況では、部下や敵を扱うのと同じように、自分自身をも容赦なく扱った。死に逝く者達に上辺を取り繕う嘘を吐き、怯える局員に信じてもいない言葉を浴びせ奮い立たせてきた。
 俺が管理局にいるのは、俺が管理外世界で自由に生活することを建前はどうあれ、管理局が許容しなかったからだ。だから、俺は、やむを得ず管理局に所属し、だが、管理局の理念や正義には距離をおき、自身と友人の安全を第一として、思うがまま、自分優先でやってきた。

 だが、レジアス・ゲイズという男に見出されて、何かが変わりつつある。管理局の謳う平和も秩序も信じられないが、あの男の瞳に見た過去への想いと未来への意思に嘘はなかった。
 出向辞令を受けたときは、面白いことになるかもしれん、という程度の認識だった。それはこの数週間で、面白いことにしてやろうか、という気持ちに変わりつつある。ついこの間までは、管理局のあり方など、多少鬱陶しいだけでどうでもいいことだった。それが今は、管理局をうざったくないように変えてやるのもいいか、なんて思い始めている。
 だが、それも所詮俺の道。純真に理想を追いつづけるフェイトとは交わることの無い道。

 だが、それでも。
 俺はモニターのフェイトを見つめた。
 変わって欲しくないこともある。

 俺は口を開いた。
「フェイト。明日、休みだろう。よかったら、会わないか。たまにはゆっくり、いろいろな話をしてみたい」
フェイトは数回の瞬きの後、満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。


 ああ、そういえば。仕事絡みでなく一緒に時間を過ごそうという誘いを、俺からかけたのは初めてだったな。



■■後書き■■
 権力には反発するし戦闘では敵に容赦しないが、実は結構甘いところもあるなのはさん。魔王の名が泣くぜ。
 でも、そういう人間らしさも素敵、と筆の進むまま、書いてしまった作者。でも後悔は(ry。

 このSSでの無印は、決闘編無し・海上竜巻戦後にフェイトとアルフ逮捕→時の庭園突入→以下原作どおり の流れです。
 ちなみにプレシアの確保ジュエルシードは最初の3個+管理局との競り合いの探索で2個+海上からの掠め取り3個の計8個。競り合いの探索での確保2個は、nanoha wiki の時系列表の、管理局と競り合いになってから海上竜巻戦までの確保数から持ってきました。




[4464] 十二話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/11/25 14:48
 地上本部に出向になったとはいえ、俺に求められるのは教導隊の豊富な教導経験とそのノウハウだ。2ヶ月の間に各資料の在り処のアタリをつけ、現場に詳しい連中の目星をつけて何回か話をしたり食事をしたりはしていたが、経験の蓄積などないも同然。
 おかげで出向したと言いながら、しょっちゅう、教導隊に入り浸っている。まあ、プロジェクトでの俺の自由行動権はかなり大きめに認められている。ぶっちゃけ、上司はレジアス少将のみ。少将からは、「特に事前報告の必要がある場合以外は、自由に行動していい」と言われている。まあ、俺の経歴を見れば、教導経験を持ち込むには他人の力を借りねばならないことは誰でもわかるが、だからと言って10代前半の小娘に大きな自由行動権を与えるのはなかなかできることではない。責任は自分にかかってくるのだから。
 それを承知の上で、教導隊最年少で素行不良という、仲が悪い部署にも放出しやすい俺に狙いを定めて引き抜き、自由に動ける環境を整えた上で環境の活用は俺に任せるとは、やはり見込んだとおりの男のようだ、レジアス・ゲイズ。


 フェイトと休日を過ごした日から数日経ったその日も、俺は、教導隊本部に行くために本局内の通路を歩いていた。
(個別の訓練マニュアルならともかく、教導隊の教導のノウハウはそれほど高い機密性があるとは思えんのだがな。むしろ積極的に公開して、組織全体の訓練レベルの引き上げに役立てるべきじゃないのか? 複写も禁止、持ち出しも禁止、基本部外秘で教導隊に籍のある人間でも、いちいち本部に出向いて許可証貰って資料室に出向かなくちゃならんなんて非効率だろ。……うん、そうだな。その辺のノウハウの公開・共有化を図ることもプロジェクトの試案に組み込んでみるか。)
「……の…! な…は!」
(うん?)
「声のほうに振り向いてみると、そこにはクロノ・ハラオウンが立っていた」
「……なんだ、その解説は……」
「まあ、落ち着け」
「僕は初めから落ち着いている」
どうも考えに浸って、呼びかけを無視してしまっていたようである。
「俺の古馴染みにして、お気に入りのオモチャであるこの男の声を」
「誰がオモチャかっ!」

 クロノと通路の端に寄る。この男と会うのも久しぶりだ。
「ああ、このあいだは、フェイトにつきあってくれて礼を言う」
開口一番、礼を言われた。シスコン気味のこの男らしいといえばらしいのだが。
「友達づきあいに礼を言われる筋合いはないな。もちろん、文句を言われる筋合いも」
肩を竦めた俺に、クロノは苦笑した。以前、「フェイトと付き合うなら、素行をもっときちんとしろ!」と文句をつけてきたのはこの男だ。「お前はどこの父親だ。ついでに俺に同性愛のケはない」と返して、からかい倒してやったが。思えば、こいつも随分と成長したものだと思う。
「兄としては、なんとかしてやりたいと思っていたからな。君と休日を過ごしてから、完全に持ち直したんだ。礼くらい言わせてくれ」
「なら受けとこう」
そら、軽い皮肉にこういう答えが返ってくる辺り、気持ちに余裕が出たというか視野が広くなったというか。昔のコイツは、自分の信じる規律にしがみついて、それ以外にはやたらと噛み付く意固地なとこがあったからな。からかい甲斐は減ったが、まあ、いい男になったと思う。
「とはいえ、お前らもフォローはしたんだろう? 俺一人の力じゃなかろう」
「いや、君はフェイトの「特別」だからな」
素直な心情を言葉にすれば、意外な答えが返ってきた。特別というなら、義兄であり、上司であり、先輩でもあるクロノこそ、フェイトにとっての特別だろう。特にあいつは「家族」にこだわりを持っているところがあるし。
 そう言う俺に、クロノは首を振った。自分は確かに特別な位置にいるが、年齢的にも職場的にも対等の関係とはなり難い。対して俺は、本当の意味での「特別」なのだと。

「フェイトにとって、君は初めての友達だからな」
思い出す。PT事件終結後、しばらく経ってからのアースラ出航の日の会話。


 クロノから呼び出しを受け、臨海公園に出向いた俺は困惑していた。目の前に立つのはフェイト・テスタロッサ。今回の事件の従犯だ。クロノ曰く、「利用されてただけの子供に罪を背負わせるほど管理局は非情な組織じゃない」とかで結構軽めの処分になる見込みらしいが、監視つきとはいえ、独房から出すってのはいくらなんでもちょっとまずいんじゃないか? 大方、あのリンディが横紙破りをしたんだろうが……。どうもあいつは規律にゆるい。
 権力者の意思が法や規律を曲げて罷り通る組織に、俺もこれから所属することになるかと思うと気が重くなる。なんでも俺の魔力量が管理局でも上位数%に位置する大きさだとかで、知らなかったとはいえ管理外世界で無許可で魔法を行使したこととあわせ、まだ幼年の俺を、魔法のない世界に一人置いておくのは、俺にとっても周囲にとっても危険なことだと管理局は判断したそうだ。
「なんらかの形で管理局に所属してもらうことになると思うわ。もちろん、いまのなのはさんの生活を壊さないようできるだけ配慮するから」

 つまり、俺という不安因子を取り込んでおきたいんだな、と俺は解釈した。この場合、俺が管理外世界の人間だということや俺自身の意思がどうなのか、ということは意味を持たない。確認したが、魔力量が多かろうと管理局に所属するよう強制する法的根拠は管理局法にもない。
 「俺が幼年である」ということでフェイトのように犯罪に利用されたり、未熟な判断や発想で事件を起こさないように「保護」する、という建前だ。

 そして俺と管理局との戦力差が圧倒的(当たり前だが)で、俺と俺の家族の住む町も把握されている以上、管理局の意思に逆らうことは無意味だ。下手に逆らえば、それこそ「幼年故に精神的に未熟で魔法犯罪を犯しかねない」という相手の言い分に証拠をくれてやることにしかならん。管理外世界での魔法使用を罪とする、と武力上圧倒的に優位な管理局が決めている以上、俺の日本国民としての人権やら俺には次元世界の法に従う義務はないという意見やらを、わめいたところでなんにもならない。
 仮に、地球の政府に保護を求めたとしても、俺の代わりに未知の技術が手に入り、圧倒的に強大な組織との衝突が避けられるなら、彼らは喜んで俺を管理局に引き渡すだろう。管理局が俺の身柄を押さえたい、と考えた時点で、俺の意思や事情の斟酌無しに俺の管理局入りは決まったといえる。
 ちなみに、俺をこの世界に留めておこう、というリンディの申し出は断らせてもらった。そんなことで下手に恩を着せられてもかなわん。学校の勉強なぞ、前世付の俺には無駄な時間だったし、どうせ逆らえないのなら、こちらから向こうの中枢へ飛び込んだほうが、まだ何かと有利になる。地球側に提出する書類の捏造やら次元世界側に提出する書類の作成やらの手続きを終えれば、俺は次元世界の中心地というミッドチルダに向かい、そこで魔道師を育成する学校に通うことになっている。

 今回の呼び出しもその関係かと思っていたら、クロノが
「彼女が出航前に君に会いたいと言ってね」
とフェイトを俺の前に押し出し、離れていった。いいのか、それで、管理局。まあ、個人的にはフェイトのような子にはこれ以上、辛い目にはあってほしくないし、そういう意味ではクロノ達の規律を無視したような行為もありがたいっちゃありがたいんだが。
 でも一つだけ言わせてくれ。……10歳前後の女の子と2人きりにされてもどうすりゃいいんだよ……。

 無言で立ち尽くす俺の前で、もじもじしながら俯いて、ときおり上目遣いに俺を見るフェイト。しばらく無言の時が流れて。フェイトがまさにおそるおそる、という言葉の見本のように口を開いた。
「あの、お礼を言いたくて……」
「礼?」
別に攻撃的に言ったつもりはないんだが、フェイトは小動物のようにびくっと震えて俯いた。……ああ、もう。
「その、なんのお礼かな?」
なるべく柔らかい声を出す。愛想笑いを浮かべる頬が慣れない動きで引き攣りそうだ。
「助けて、もらったから」
助けた、つまりあの竜巻相手のときか。
「ああ、あまり気にしないでいい。俺が望んで俺のためにやったことだ」
できるだけ柔らかい口調と言葉で返す。だが、彼女はまた俯いてしまった。今度はなんだ? これ以上、優しい口調なんて俺には無理だぞ?
 しかもなんだか、フェイトは涙目だ。俺が悪いのか、これは? ……悪いんだろうな。子供に泣かれては勝てん。
 とはいえ、どうすれば良いのかわからん。下手に動くと、この妙に可愛らしい生き物に傷をつけてしまいそうだ。いったいなんだ? あの凄腕の魔道師の姿はどこに行った?!
 居心地の悪い沈黙が流れる。俺は内心テンパりながら、どう対応したらいいのか、検討していた。くそ、子守りなんて経験ないぞ?

 だが、フェイトは、その沈黙の間に力を溜めていたらしく、しばらくして、俯いたまま、言葉を搾り出した。
「その、それで……良かったら、これからもまた会えたらって、思って……」
彼女は一つ、息を吸う。
「友達に、なれたらって……思って」
ああ、そうか。俺は納得した。
 彼女の境遇では友達関係をつくることも稀だったんだろう。ましてや、俺とは敵対してた間柄だ。これまでの彼女の恐る恐るの態度の理由を理解して、俺はほっ、とした。まあ、今後、実際に交流できるような機会はほとんどないだろうが、彼女が勇気を出して踏み出した第一歩目から躓かせることもない。俺は、愛想よく了承の返事を返そうと……
「……でも、ごめんなさい」
したところで出鼻をくじかれた。待て、自分から申し込んでおいて御免なさいか? からかわれてるのか、俺?
「どうすれば友達になれるのか、わからない」
脱力した。フェイトは変わらずおどおどとこちらの様子を窺っている。ぎゅっ、と白くなるほど握られた手が彼女の心境を表している。

 オッケー、把握した。こいつは箱入りの天然だ。それも超ド級。
 しかし、俺にどう返せっつーんだ。友達のなりかたなんぞ、法則や定式があるものか。そもそも10歳前後の女の子と友達になんぞ……あ。
(「……ちゃんづけはやめろ。なのはでいい」「なら、あたしもはやてでえーよ。よろしくな、なのは。これで私ら、友達やな」「……どういう論理だ」) 


 記憶の暖かさに惹かれるように、ぽつり、と意識しないまま、俺の口から言葉がこぼれた。
「……名前を」
「え」
顔を上げたフェイトに、俺は自分の意志で言葉を続けた。
「名前を呼んでくれたら、それでいい。それできっと友達になれる」
俺のようにいろいろな汚れが染み付いて、素直に物事を見れない人間には出来ない発想だ。だが、思えば10才前後の頃なんて、そんなもんだったかもしれん。小難しい理屈など存在せず、気持ちをぶつけあっていればそれで良かった頃。
 改めてフェイトに視線を据えると、彼女はわずかに呆然としているようだった。そのまま宙をさまよっていた視線が、俺の視線に絡まる。ふ、と呼吸が静まる。おどおどしていた瞳が鎮まる。
 そして、フェイトは静かに呼吸を何回か繰り返して。胸に掌をあて、大切な何かをとりだすように、そっ、と言葉を紡いだ。
「……なのは」
「フェイト」
静かに俺は返した。

 言葉には霊が宿り、意思を込めて紡がれる言葉はそれだけで力をもつ。そして、名前とは、最古にして最強の言霊。存在の全てを表し、全てを縛る言の葉。故に古い時代、人は己の真名を隠し、真に信頼するものにだけそれを明かした。
 それを思えば、はやての言葉も、あながち間違いでも根拠のない冗談でもなかったわけだ。

 俺はフェイトの目を見た。フェイトも真っ直ぐに俺の目を見返していた。澄んだ、いい眼差しだった。
 自分の目元が和らぐのを感じる。フェイトの顔も静かに綻んだ。この場限りの友達の約束と思ったが……案外、フェイトとはいい関係を築けるかもしれない。フェイトは陰陽術など知らないだろうし、俺もさきほどの言葉に霊力を込めたわけじゃない。
 だが、素直な想いは、なんの技術も理屈も要さず、無意識に呪術を形作ることがある。俺の陰陽師としての感覚が、さきほどの名前の交換のとき、確かに、俺とフェイトとの間になにかが流れたのを感じていた。



「ところで、俺も近いうちにミッドチルダに移住する予定なんだが……」
「えっ? ほ、ほんと?」
「まあな。聞いてないのか?」
「う、うん。そ、それじゃ、すぐまた会えるのかな?」
「ひょっとするとな」
「そ、そっか」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……まあ、そのときはよろしく」
「う、うん! こちらこそ!」



■■後書き■■
 こんな感じでフェイトとなのはは友達になりました。友達というより、不器用な姉と純真な妹、という感じですが。フェイトは原作どおりハラオウン家に引き取られ養子になります。
 なんかなのはのいい人化が進行……。魔王成分が足りませんねえ。困った。



[4464] 十三話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/11/29 18:30
「それで新しい部署はどうなんだ?」
クロノの声に意識を引き戻される。
 ぶっきらぼうな声だが、コイツが俺と話すときは、これがデフォだ。
「心配か?」
「ああ、君の新しい上司の胃がね」
切り返された。お互い言葉の裏を見透かしてのやりとりだ。悪友同士の悪趣味なコミュニケーション。
「なにしろきっかけが、質量兵器の優位性を主張した上に、それを犯罪対策に生かさない「陸」を批判した演説を、公共の場で本人にぶちかましたって話だ。君のなりふり構わない効率優先主義は知っているが、それでも限度というものがある」
「なに、今さらだ。営倉・始末書ご遠慮なく、がモットーでな」
「君の場合は冗談になってないんだ……」
ため息をつくクロノ。
 たしかに冗談になってない。命令違反に上官侮辱は数知れず。始末書を書いた数なんぞ数えてもいないし、営倉入りも慣れたもんだ。謹慎・減棒もほどよくこなしてる。いつも結果を出してるとはいえ、降格が一度も無いのが不思議なくらいだ。
「まあ、気にするな。ゲイズ少将はなかなか物分りのいい上司だ」
「……出向扱いだろう。ほとぼりが冷めれば、君は教導隊に戻るんだぞ?」

 意外なことだが、フェイトに次いでお節介なのがこの男だ。いや、単に昔と変わらない過ぎた真面目さのせいなのか。俺の言動がどれだけ俺に不利に働いているか、顔を合わせる度に実例を挙げて説明してくれる。結局こいつは、公平で根が善良なんだろう。時の庭園で共同戦線を張ったときも、俺への感情的反発を持ちながらも、立場が民間魔道師である俺の安全を重視して行動していた。
 それなりのつきあいを経て、俺の言動に慣れ、自身の思考の頑なさがとれてくると、初対面のときの険悪さを忘れたように、俺の心配をするようになった。上から目線で、且つ素直でないのは変わらないが。
 ちなみに、こいつの伝手で知り合った人事のロウラン統括官が俺を呼び出して曰く、
「なのはさんに能力に見合った正当な評価がされてないのが悔しいそうよ。少し考えてあげてくれない?」
だそうだ。勿論、奴はそんなことを俺に言ったことは無い。
 ちなみに統括官に、俺の上司がまともな指揮や指導をするなら考えてもいい、と返したら苦笑していた。結果から見れば、俺の反抗が作戦の成功に寄与しているのは間違いないからな。とはいえ、指揮系統を無視しては組織として処罰しないわけにもいかない。人事としても対応に困るのだろう。俺の知ったことではないが。
 
 結局、俺にできる対応は1つだ。
 つまり、肩を竦めて言い放つ。
「まあ、管理局を追い出されたら職の紹介をよろしく」
「……その前に、追い出されないよう態度を改める、という気にならないのか、君は」
愚問だな。
 視線と表情に言葉を乗せて返す。クロノは、こめかみに指先をあて、ため息をつきながら首を振った。

 もっとも、こいつは考えもしないだろうが、俺が追い出されることは、まず無いだろう。忌々しいことだが。
 
「そういえば、君は本局までなにしに来たんだ?」
一息ついて、話を切り替えるクロノ。まあ、今まで何度も繰り返しているやりとりだ。こいつも引き際を心得ている。……それでも機会があれば、また注意してくるだろうが。妙なところでフェイトと似たものだ。
「教導隊の教導資料を確認したくてな。部外秘扱いなもんだから、しょっちゅうこっちまで足を伸ばす破目になってる」
「うん? 教導資料がそんなに機密度が高いとは思えないんだが……」
「俺もそう思う」
「……そうか」
クロノが苦い顔を見せる。こいつも部局や派閥の壁で仕事に水を差されることが多いんだろう。というより、現場の人間のほとんどがそういう経験を持っているはずだ。それが、対立を解消しようという動きにならずに、余計に対立をかき立てる火種になるあたり、前世の記憶と重なって、陰陽術を使えようが魔法を使えようが所詮人間に変わりはない、と救いの無い気分になる。
 頭を軽く振って、話を元に戻す。
「お前は?」
「僕は総務局で軽い打ち合わせ。そのあと、グレアム提督をお見舞いしてこようと思ってる」
「グレアム提督か……」 
ギル・グレアム。原因不明のリンカーコアの縮退と精神的なものが原因と見られる体調不良で、数年前に入院した提督。今は、引退して自宅で療養している。
「もし時間がとれるなら、君も一緒に行くか?」
「いや……」
俺は首を振った。グレアムを入院するほどに弱らせたのは俺だ。下手なことは考えないようにと、釘も刺してある。奴は愚劣な外道だが、ある意味とても人間らしい感情で動いていた。手心を加える気にはならなかったが、改めて、せせら笑いにいく気にもなれん。挑発ととられて暴発されるのも避けたいし。
「まあ、同郷とはいえ、入局前後に多少世話になった程度だ。却って気を使わせるのも悪い。話題に出たら、よろしく伝えといてくれ」
「そうか」
それから、2・3言、言葉を交わして俺はクロノと別れた。

 歩きながら、脳裏をよぎる情景。
 ギル・グレアム。私情に溺れて外道に堕ちた哀れな男。


 奴が管理局員であることを知ったのは、PT事件の最中、アースラに滞在していたときだった。
 魔法についての知識や訓練のほかに、折に触れて次元世界や管理局について、雑談がてら情報を集めていた俺は、ふと思いついたのだ。管理局のデータベースなら、はやてをモルモットにしているギル・グレアムのこともわかるのではないかと。戸籍も手紙もギル・グレアムで通すような奴だ。住居の警備体制も危機意識のなさを表している。地球在住の魔道師、という線で辿れば案外あっさり情報が手に入るかもしれない。……そういえば、奴の着ていた制服とリンディの着ている制服、全体的な配色が似てるな。まさかな……。まあ、ちょっと聞いてみるか。

 そんな感じで、俺は、いつもの艦橋での雑談中、話の切れ目に何気ない風を装って話を振った。どーでもいいが、戦闘待機じゃないとはいえ、艦橋で民間人と雑談するのを容認する戦艦てどんなだ。クロノは目くじらを立てるが、いつも流されてなあなあになってるし、リンディはにこにこして見てるし。ちょっと組織の規律とか錬度を疑うぞ。
「そういえば、エイミイ」
彼女とも随分気安くなったものだ。お喋り好きゴシップ好きなものだから、情報源として重宝してる。性格的にも裏表のない、気のいい奴だし。
「俺の住んでるこの世界出身の魔道師って、けっこういるのか? そういう人達って、そのままこの世界に住んでるのかな?」
「んー、そうだね。私はよく知らないけど、クロノ君のお師匠さんのご主人様がこの世界の出身のはずだよ。えーと、イギリスっていったかな?」
俺は心の動きを表面に出さないよう、一層注意した。
「クロノの師匠ってことは、けっこうな凄腕だろう? その人たちの主人ってのはどういう意味だ?」
「あ、クロノ君の師匠っていうのは、使い魔なんだ。リーゼアリアにリーゼロッテ。グレアム提督はその2人のご主人様、ってことだよ」
「グレアム提督?」
「うん。ギル・グレアム提督。管理局の提督の中でもけっこう偉いほうの人だよ。それにしても」
くふふ、とエイミイが悪戯っぽく含み笑いをした。
「なのはちゃん、クロノ君のこと認めてるんだねー。けっこうキツイこというから嫌いなのかと思ってた。よかったねー、クロノ君」
「何の話だ」
クロノが憮然として答える。
「大体、いまは」
「まあ、身長はお子様だが、能力をみとめてないわけじゃないからな」
さらっとクロノの言葉を遮る。雑談を注意しそうな様子だったからな。もうすこし情報がほしい。
「誰が子供だ!」
「ははははは! なのはちゃん、さすが!」
あっさり挑発に乗るクロノ。煽りを入れてくれたエイミイにウィンクして、言葉を続ける。
「そのグレアム提督に手を貸してもらったりできないのか。その人も地球に住んでるんだろ?」
「そんな簡単に応援要請なんか出せるか! これはアースラが請け負った任務なんだ! 提督が地球に住んでようが、それとこれとは別問題だ!」
「やれやれ、お堅いことで」
肩を竦めて答える。ついでにあっさり誘導尋問にひっかかるクロノの単純さを、少しばかり心配する。
「大体君は!」
「あー、説教は勘弁勘弁。それよりエイミイ。」
耳をふさぐ格好をしながら、クロノの言葉をやりすごし、再度エイミイに話を振る。
「そのグレアム提督ってのはどんな人なんだ? 同じ地球人同士、会ったら話くらいしてみたいんだが」
「同世界人というだけで、一民間魔道師に会うほど提督は暇じゃない」
無視されたクロノが追撃をしてくる。
「プライベートで会うかもしれないだろ。俺がイギリスに旅行にいくことだって、ないことじゃない。イギリスには親の友人がいるしな」
「うーん、そうだねえ。」
エイミイがチラッと提督席のほうを見た。リンディがうなづく。
「そうね。簡単なプロフィールくらい構わないわ」
「提督!」
「なのはさんには随分協力してもらっているし。少しくらいいいでしょう」
すこしでも俺の好感を得ておきたい、あるいはグレアム提督が同世界人なら管理局に親しみを持ってくれるかもしれない、その辺の打算だろう。雌狐め。
「しかし!」
まだ食い下がっているクロノをよそに、エイミイがウィンドウを中空に呼び出す。
「この人が、ギル・グレアム提督ね。出身地・現住所とも、さっき言ったみたいに97管理外世界地球。えっと、入局は……」
その先のエイミイの言葉を必要な情報だけ選り分けて記憶しながら、俺は画面を見つめていた。ウィンドウに映る管理局提督ギル・グレアムの映像。

(まさか、モロにビンゴをひくとはな)
管理局は、というかアースラは、どうにも傲慢さが鼻につくが、光の下だけを歩いてきた人間特有の、陽性の空気を持っている。
 だが、組織が一枚岩でありつづけることは困難だ。それに同じく提督であるリンディの、虫も殺さぬ表情をして打ってくる搦め手。
(さて、管理局提督、場合によっては管理局そのものを、どう出し抜くか。競合組織があれば一番いいんだがな)
 とりあえず、敵の所属は把握した。相手も見えずに殴られるだけの立場からは脱したわけだ。こいつにはいずれ、地獄をみてもらうことにしよう。
 俺は、凶悪な気分に導かれるまま、唇をかすかに曲げた。


 ……いつのまにか、完全にはやての側に立って、邪魔する程度で考えていたギル・グレアムを、完全に敵とみなしている自分に気付いて、軽く落ち込むまであと数秒。
 


■■後書き■■
 グレアム提督の病気の原因については、次回説明予定です。症状的に、予想はつくと思いますが。
 総務局は公式設定には無い部署です。まあ、総務部門の存在しない組織があるとは思えないし、リンディさんの退艦後の役職名もありますので、クロノが特に内容の説明無く立ち寄るための部署としてでっちあげました。



[4464] 十四話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/12/02 02:18
 俺はハヤテを待って、本局内の喫茶店にいた。今日は管理局の理事会が開かれる日だ。理事であるカリムのお供で、ハヤテも本局を訪れる。ハヤテへの教育も兼ねてるらしい。
 俺は事前に連絡をとって、ハヤテに理事会後の時間を割いてもらえるよう頼んでいた。カリムは理事会後に、他の理事との会談があるそうで、どうするか迷っていたというハヤテは、2つ返事で了解してくれた。
 
「なんかなあ、理事会見てると大丈夫かいな、って不安になるわ」
ハヤテが愚痴りながら、ケーキをほおばる。彼女はカリムの秘書としての立場で、さきほどまで理事会に参加していた。
「そうなのか?」
「そうやねん。なにかな、アレ。あのやる気無さ。つうか、結論は初めから決まっとって、それに向かってお芝居をしとるような感じや。カリム姉様が、理事会は空洞化しとる、って言っとったけど、今日の見たら、納得いくわ」
「ふむ。管理局員としては、上位決定組織のはずの理事会がそれじゃあ、不安になるな」
「あ、ごめん! その、管理局のことを悪う言うつもりやなかったんやけど」
「いや、遠慮なく悪く言ってくれ。俺も、管理局は世界征服を企む悪の組織だと思ってる」
「うわっ、そうなんや。ショッカーみたいなもん?」
「いや、ネタ古すぎ。お前いくつやねん」
「うち5才」

「しかし、理事会が有名無実化してるとなると」
「ん?」
「あとは最高評議会くらいしか残らんのだがな、上位の意思決定機関が。その下は組織図上はどうあれ、実際は決定の執行機関だし、ついでに言えば、「陸」「空」「海」の各派閥に分かれちまう」
「あー、仲わるいらしいもんな」
「まあ、それも問題だが、最高評議会への抑止効果がまったくないって状態になるのがまずい」
「へ?」
「理事会は、ある程度定期的に理事が入れ替わる。まあ、外部からの監査がかかると言ってもいい。だが、最高評議会は違う。メンバーも非公開だし、議事録も理事会以外には公開されない」
「あー、そうなん?」
「ああ。
 その状況で、実は理事会はまともに機能してません、となると。管理局は最高評議会の私兵集団と言っていいことになるな。次元世界を管理する根拠はその武力のみ。軍事独裁政権だな」
「え、……いやそこまで」
「理屈で考えるとそうなる。
 権力をもった人間ってのは腐敗するもんだ。それを前提に考え出されたのが民主主義とか文民統制とかなんだが。管理局は、魔導師ランクの一言でその辺、普通に無視して気にしないからな。最高権力者に監査が働かなくて、武力でほかを従えてるのなら軍事独裁と言って差し支えないだろ」
「いや、管理局法とかあるやん。みんな、武力やのうて法律に従ってるんやと思うけど」
「武力で混乱を収めた人間が管理局を作り、管理局法を作った。武力を魔法しか認めず、その魔法を使う魔道師の抱え込みに熱心で、自分達以外の魔道師が魔法を行使するのに制限を加えて、それを破れば違法として処罰。
 権力者に都合のいいように運用される法律なんぞ、武力の一種だ。法律にまともな働きを期待するなら、最低でも立法と司法の機能を武力から分離しなけりゃ話にならん」
「えっと……」
「どうした?」
「……ひょっとして、かなりまずいん?」
「まずいな」
「んなあっさり?!」
「なにか、考えるとしよう」
「スルーかいな……。何かって?」
「理事会の強化か、政権転覆か」
「うわ、ぶっそーやな」
「上が腐ってると下にしわ寄せが来るんだ。上の私欲の為に使い潰されるなんぞ、ぞっとせん」
「そこまで、考えんでも……」
「まあ、念のためだ。
 実行する前にもうちょっと、管理局の権力構造を調べてみる」

「悪いな、妙な話になって」
「いや、最初に理事会の話ふったの、私やし。
 けど、なのちゃん」
「なんだ?」
「コーヒー、ブラックなんやな。ケーキも無しで。同い年の女の子の味覚とは思えん」
「……悪いか」
「いや、別に~」
「とか言いつつ、にやにやするな」
「あたっ。暴力反対!」
「躾だ躾」

「それで本題だが」
「ああ、世界征服計画への協力か。でも、うち、一応宗教組織やしなあ」
「……なんでそーなる」
「なんでって、なのちゃんは魔王やから世界征服するのもわかるけど、うちは聖王様を崇めとる次元世界最大の宗教組織やねんで。平和が第一の温和な組織なんや。騎士団のバトルばっか見とると、そうは思えんのはわかるけど」
「違うっ。だいたい、騎士団のバトルばっか見てるったーなんだ」
「実際、見とるやん。時々混ざっとるし」
「……否定はできんが」
「お、素直に認めたな。悪の組織としては、もーちょっと粘らないかんと思うで。カツ丼食うか?」
「いらん」

「それで」
「ん?」
「騎士団ってロストロギアへの対応もしてるだろ。事件のデータベース、管理局とつなげること、可能だと思うか?」
「へ? なんでそんなこと」
「犯罪対策のプロジェクトに参加してるんだがな。調べてみたら、どうにも、管理局内での事件情報の相互連絡の効率が悪い。そもそも、情報データベースを統合してないってのが信じられんが。
 とはいえ、派閥争いやら組織間の敵対意識やらで、正攻法では改善案が通るとも思えん。それで、外部勢力を巻き込みたい」
「つまり、うち?」
「ああ。外部勢力と連携できるなら、内部での連携を断る言い訳が無くなる。教会との連携が反対で潰されたとしても、そのとき必ず付け入る隙ができる。教会と比較的仲のいい「海」なら、特に」
「よその人間を、お家騒動に巻き込んで内輪の結束を固めたろ、いう腹か。うちはかませ犬やな」
「まあ、そうなる。
 上手くいけば、管理局の事件データベースを利用できるようになるって程度のメリットしかない」
「うーん、さすがに即答はできんわ。少し時間くれる?」
「もちろん」
「まあ、うちとしても管理局の事件対応の効率がよくなれば、楽になるしな。まったく見込みがないわけでもないと思うで」
「ありがたいが、無理押しはするな。改善するだけなら、ほかにも手はある。お前の立場の微妙さを忘れるなよ」
「わかっとるって。でも、これが上手くいけば、私の実績にもなって立場強化につながるやろ? 旨みがないわけでもないんやで」
「……ともかく、無理はするな」
「うん。ありがとさん」

 それから、しばらく雑談をして。ハヤテはカリムとの待ち合わせ時間になり、席を立った。彼女を見送って、俺は一人、テーブルに頬杖をついて物思いにふける。思えば、彼女もこれまでの半生はけっして楽なものではなかった。今の彼女があるのは、幸運による割合が大きい。
 ハヤテを「闇の書」の呪詛から解放するには、まず、ギル・グレアムの一派をなんとかしなければならなかった。彼らは、魔力サーチャーで当時のハヤテの家とその周辺を監視していたからだ。それに、初期の調査の際、彼らの言語を理解できなかっために半端な情報入手に終わった俺は、彼らの組織の概要もなんとか把握したかった。目的も規模もわからない相手とやりあう状況は望ましくない。彼らの組織とその計画を概要でもいい、把握すること。これに成功したのは、アースラとの接触のおかげと言っていい。
 PT事件は、俺にとっては、厄介ごとに巻き込まれた上にそれから先も面倒ごとに関わりつづけることを余儀なくされた、忌々しい出来事だが、はやてにとっては幸運をもたらした出来事と言ってもいいだろう。……割り切れん気分だが。



 PT事件の序盤にアースラと契約を交わそうとした際、今更だが、俺は彼らの文字を読めないことに気付いた。それに、考えてみれば、これまで会話に不自由しなかったのもおかしい。
(ありがちなところで、翻訳魔法か。)
 リンディに確認したところ、頷かれた。局員には管理外世界に接触すると決まった時点で、全員に翻訳魔法を行使させたそうだ。俺に翻訳魔法を教えるのは問題ないし、難易度も低く、簡単に習得できるだろうという。無論、俺はその教授を要請した。でなければ、そもそも契約書が読めない、と。
 だが、そのとき、俺の脳裏には、契約書に書かれていた英語に似た言語と、かつてギル・グレアム邸のPCで、式を通して確認した言語とが、並んでちらついていた。

 結局、その魔法を活用し、ギル・グレアム邸のPC内の文書を確認できる時間が取れたのは、PT事件が終わってからだった。


 また式を使ってグレアム邸のPCに侵入し、保存されていた文書を読んで、ギル・グレアムの計画を確認した俺は、胸のむかつきを吐き出すようにため息をついた。
(さて、どうしてやるか)
 数日後に、俺はギル・グレアムと会う予定があった。ミッドチルダに移住するのに必要な各種書類の作成と地球向けの書類の偽造などの手続きに際して、クロノから「グレアム提督が会いたいと言っている」と伝えられたのだ。同じ出身世界から移住する人間に、先達として便宜を図り、相談や心配事があるなら話を聞こう、ということだったが、俺は向こうがこちらに探りを入れに来たとみていた。
 はやてと俺との関わりは、向こうも把握しているはずだ。今までは管理外世界の一民間人だから放置していたが、管理局員となると、奴の計画にさしさわりが出る可能性がある。はやてと会ったり、話したりすることを制限するか、できれば禁止したいところだろう。俺がどこまで知っているかを探り、必要に応じて手を回す。そんなところだろうと考え、俺は逆に、この機会を最大限生かす方法を考えた。


 そして、面会の当日。
「君が高町君か」
「はい、はじめまして」
真面目そうな面に温厚そうな表情を浮かべている。やってること、計画してることを知ってる俺からすれば、たいした偽善者だと思う。勧められた椅子に座りながら、ちらとグレアムの後ろに目をやる。あれが、クロノの師、ランクSの双子魔道師か。戦闘になれば、勝ち目は薄いだろうな。
 思いながら、たわいない雑談から入る。
 今回の件では活躍したようだね。いえ、とんでもない。魔法を習って初日の魔法戦闘で勝利したとか。優れた助言者がいてくれまして。相手は知性をもっていなかったですし。しかし、それでもたいしたものだよ。君のような若者を見ると私も年齢を感じるな。まさか、まだまだお若いでしょう、ふふっ。嬉しいことを言ってくれるな、ははは。ふふふ。くそったれ。

 出された紅茶に口をつけて気持ちを落ち着ける。クスリでも入れられてたらやっかいかな、と思う。一応、毒消しの符を焚いて灰を飲んできたが、あの術は効果はそれほど強くない。
 向こうも一息いれている。それからおもむろに、本題を切り出してきた。
「クロノ君には言ったが、書類関係については、私のほうで対応しよう。君はクロノ君に渡すだけでいい」
「はい」
「ところで、書類関係以外に、なにか心配なことや、相談したいことがあるかね」
さて、ここだ。すこし顔を俯け、表情を操作する。
「あの、たいしたことではないのですが」
「なに、遠慮無しに言うといい。同世界人のよしみだ。できるだけ力になろう」
「友人と、別れるのが」
「うん、それは辛いことだね。いったい、どんな子かね」
「八神はやてといいます。車椅子で一人暮らしですが、そんなことを感じさせない、明るくて優しい、とてもいい子ですよ」
「なに、はやて君か!
 これは偶然だな。実は、彼女は私が面倒を見ている子でね。古い友人の子供なんだ。友達ができたと、嬉しそうに手紙に書いてきたが、君のことだったんだね」
「え、そうなんですか! ほんと偶然ですねえ」
「うむ、本当にな。
 そうだ、なのは君。ミッドチルダに行った後、はやて君との連絡はどうするつもりだったのかね?」
「え? あ、いや、連絡のしようもないだろうと思って……。はやてには悪いなあ、と思ってたんですが。
 もしかして、連絡できるんですか?」
「うむ、そうだね。本来なら管理外世界との交流は、特に認められた場合以外おこなってはいけないことなのだが、よければ、私がなんとかしよう。手紙などを私宛に送ってくれれば、私のほうからはやて君の手元に届くよう手配するよ」
 そうきたか。
「いいんですか?」
「もちろんだとも。はやて君とその大切な友人を引き裂くような真似はしたくないのでね」
「ありがとうございます。
 しかしグレアム提督は凄いですね。こんな無理を通していただいたり、それに今のお話だと、ひょっとして管理外世界に住むのにも特別な許可がいるんじゃないんですか?」
「はは、私の場合は、まあ、年が年だからね。いろいろと大目に見てもらえるんだ。また、なにか困ったことがあったら力になるよ。いつでも相談しに来るといい」

 権力の乱用と言うと思うんだがね、そういうのは。そこでごまかしもバツの悪さも見せずに、堂々と謙遜するか。まあ、いい言い方をすれば、人脈とかコネだが。それでも職務の為じゃなく、自分の為に使って恥を感じない、か。嫌味にとられて構わんつもりで言ったんだがな。権力に伴う責務を感じないのか、単にツラの皮が厚いのか。
「ありがとうございます。そのときは、是非お願いします」
だが、まあ、権力自体は使いでのある道具だ。
「ああ、任せなさい」

 その後も軽い雑談に花が咲いたが(咲かせたが)、まもなく面会はお開きとなった。

 こうして化かし合いは終わった。別れの握手で、俺は誤った振りをして尖らせておいた爪でグレアムの手をひっかき、彼の身体の一部を手に入れた。グレアムの傷に自前のハンカチを押しあてて謝る俺に、グレアムは度量を広く見せ、子供にするように(実際見た目は子供だが)、頭を軽くポンポンと撫でて、俺と別れた。

 この打ち合わせで、俺は自身がなにも気付いてないと相手に思い込ませ、グレアムを通じてはやてに連絡する、と言ったことでそれ以外のルートでの連絡の隠匿性を高めた。グレアムは、俺が現時点では何も気付いてないことを確認し、今後のはやてとの連絡を仲介することで、情報の改竄や隠蔽ができるようになったと思う、はずだ。
 不安があるとしたら、奴がリンディ達からこれまでの俺の言動を聞いて、今回の俺の態度に違和感を感じるだろうことだが。まあ、これから所属する組織の偉いさんに、媚を売ったと思われる可能性が高いだろう。それに、疑いを持ったとしたら、もう一度探りを入れてくるはずだ。対応は、それからでも遅くない。
 さて、奴の計画では本格的に行動するまで、まだ時間はある。とりあえず、ミッドチルダで訓練校に通いながら、管理局と潜在的な敵対関係になっても「夜天の書」とその所有者を確保し隠蔽する、できれば人道的な組織或いは個人を探すことにしよう。檻から出して別の檻に入れる事になりかねんが、組織をバックに持った相手を敵にする以上、こちらもそれなりの後ろ盾がないと対抗するのは辛い。せめても生命と身体への脅威がなくなるだけでも、マシだとは思う。最終的には、はやてに決めてもらうべきことだが。

 だが、その前にやっておくことがある。


 俺は、電話が盗聴されていることを前提に、はやてに電話で連絡し、外国に留学することになったと説明した。はやては、突然の別離に驚き悲しんでくれたようだが、それを声には出さないよう努力しつつ、自宅で壮行パーティを開こうとまで言ってくれた。俺は喜んだ声で承諾した。

 パーティの前日、俺は自分の部屋に陰陽術で結界を張った。家の周囲にも張っている魔力遮蔽結界だ。それから、術で目に映る姿を変えた上、髪粉と帽子、眼鏡を使用してさらに変装し、はやて宅を訪れた。
 見知らぬ相手に戸惑うはやての耳元で、囁くように名乗って部屋に入れてもらい、静かにしているように告げると、いつかのように、部屋の東西南北に符を縫い留めて呪を唱え、外部からの目に幻影を見せる。そして使っていない一室に同じく幻影結界と、重ねて魔力遮断結界を張った。
 そして、はやてに説明をはじめた。彼女の置かれている状況と、そこから抜け出すために、他組織を捜してそこに頼るという提案を。 


 はやてはひどくショックを受けた様子だったが、自己憐憫に浸ることはなかった。強い子だ。
 俺は、ろくな慰めの言葉も思い浮かばずに、ただ、はやての手を握り続けていた。そして、いつになく気弱に、逡巡しながら切れ切れに口にする彼女の希望を、こちらから積極的に汲み取って、率先して一緒に入浴し、ベットで添い寝した。ろくな会話もできず、ただ、近くにいて、俺の体温をはやてに伝えつづけていた。

 符を用いた結界は、符が剥がされでもしないかぎり、機能しつづける。今後、俺のはやて宅訪問は、俺の部屋と、はやて宅の2重に結界を張った部屋との間を、魔法で転移することでおこなうことになる。(明日のパーティーの訪問・帰宅は別だが) ベットに並んで寝転びながら、それを告げたとき、状況説明の話の後で初めて、はやては笑顔を見せて、ほな、転移してくる部屋に呼び鈴つけとくわ、と言った。表札もつけてもらったほうがいいな、と俺も微笑った。


 なお、その日寝る前に。グレアムに、握手のときに奴から掻き取った身体の一部とハンカチに染み込んだ血を媒介にして、「呪詛渡し」をかけた。はやてには「闇の書」の呪いを軽減するための術だと説明した。多少自省癖のあるはやては、グレアムに害を与える行為は止めるだろう、と思ったからだ。

 「呪詛渡し」は、いわゆる丑の刻参りなんかを代表とする形代(カタシロ)を用いる呪術に、呪詛祓いの要素を加味してつくった、俺のオリジナルの術だ。はやてに掛かっている呪詛を、形代を通して、グレアムに負担させる。
 呪詛渡しの術は、行使しても、はやてと「書」との霊的つながりには影響しない、というところがミソだ。はやてと夜天の書のつながりを断ち切ると、はやてに霊的なダメージ・フィードバックが起こる可能性があるし(それほど両者の霊的つながりは深かった)、グレアムらに異変を悟られる危険性も上がる。そこで、霊的つながりの中で呪詛となっている部分だけを、撫で物(この場合は、ギル・グレアム)に肩代わりさせることができる、この術の出番な訳だ。あ、「撫で物」ってのは、呪いを受ける身代わりと考えてくれればいい。正確には違うが、まあ、大した違いはない。
 術で、グレアムの血とわずかな肉片を練りこんだ形代に、はやてにかかっている「闇の書」の呪詛を受け「渡し」て、術は完了した。人の身体の一部を練りこんだ形代は、当人と霊的につながる。形代に受け渡された、これまではやてを蝕んできた呪詛は、これからはグレアムを蝕むことになる。

 ついでに、グレアムには毎晩、心を責める悪夢を見るよう、軽い呪詛をかけてやった。はやての孤独と心労の分だ。利子は無しにしてやる。せいぜい感謝しろ。


 それきり俺はグレアムのことを頭から消し去った。次に思い出すのは、聖王教会に、はやてと「闇の書」の保護を依頼するときになる。



■■後書き■■
 自分で書いといてなんだけど、物理現象による自動翻訳ってどんなだ?
 でも普通に考えれば、翻訳魔法でも使ってないと、会話成立しませんよね、アースラとなのはって。(ユーノもか) そんな描写無いけど、多分省略したんだろー、ってことで。脳を電気的に刺激するとかで、電気信号化した情報をインストールするとかでしょうか? 下手すりゃ死ぬぞ。
 あれ、でもStSで、なのはがミッド語覚えるのに苦労したとかいう話があったような……(汗)。

 次回はちょっとA's編から離れます。連載の時間軸自体は、1話の教導隊入りを起点に流れているので、なのはの記憶を刺激する出来事の発生する順番によっては、たまにこういったことが起こるんです。A's編の続きを楽しみにしてる方には申し訳ないですが、ちょっと一息入れてみてください。




[4464] 十五話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/12/09 11:38
※12/9、後書きに<用語解説>を追記しました。



「お久しぶりね。活躍は聞いているわ」
「悪評のほうが多いでしょう」
「ふふ。そうね」
微笑をたたえるファーン・コラード三佐。俺が学んだ第四陸士訓練校の校長。かつて戦技教導隊に所属していた凄腕だ。
 今日、この母校を訪ねたのは、レジアス少将直轄プロジェクトの一環としてだ。

「陸士教育カリキュラムの見直しを前提にした、現在の問題点の聞き取り調査、ね?」
「ええ」


 何かを達成するには4つの段階がある。

 1つ目は現状の把握。5W1Hを軸に、明確な数値と、数値化できない事項とをデータベース化し、感覚的にではなく、明確に目に見える形で現状を把握する。2つ目は対策の実行。現状を踏まえて、目標とする達成状況にどのように持っていくかを検討・立案し、実行する。3つ目は成果の確認。対策を実行した結果、得られた正負の結果を、第一段階と同じ形で把握する。4つ目が改善案の実行。得られた成果を維持するための機能を整える。負の結果は正の結果に、正の結果はより拡大できるよう、改善を施して。あとは、その循環の繰り返しだ。

 今回のプロジェクトで言えば、第一段階の調査対象として、まず、犯罪と陸士隊の対応、及び陸士隊の訓練内容が挙げられる。無論、地域別・時期別に分類して、それら3つの噛み合い具合を確認することも必要だ。この調査のための話し合いのとき、俺は陸士訓練校の状況の把握の必要性を提議した。魔道師としての基本を叩き込むのが、陸士訓練校の役割で、現場での対応などを学ぶのは配属された先の部隊任せというのが現状だが、それじゃあ部隊に負担がかかるし、新任陸士自身も相当切れる奴でない限り、効果的に成長できない。
 初の社会人経験と部隊への溶け込みと慣れない実務への対応に加えて、成長を要求されるのだ。普通に考えて、上官も当人も、目の前の事に対応するので精一杯になるだろう。陸士訓練校の教育カリキュラムを確認し、可能な範囲で配属後に教育する部分も訓練校で下地を作ってはどうか、という俺の意見は、多少の反論や質問はあったものの、大筋で認められた。

 プロジェクトメンバーは、現場で一線を張る指揮官や名の知れたエース、バックアップ部門の責任者など、現場の苦労を知る人間を中心に集められている。現状では、目や手が回らずに放置していた部分でも、筋の通った指摘をすれば、気が付いてくれる。改善の結果が自身の負担軽減につながるから、妙な見栄を張らないよう自分をコントロ-ルする。そういう意味では、よそもので且つ年少の俺でも、提議をしやすい環境だった。


 ちなみに、執務官と教導隊の情報は、政治的ルートで、提供を要求することになった。まあ、俺が教導隊のデータを集めてるように、裏から手を回すこともするが、「陸」「海」「空」の関係上、建前は通しておかないと面倒なことになる。どうせ、政治的駆け引きをして手を加えられたデータが手に入ればいい、という程度の結果しか生まないだろうが。

 組織の縦割りが健全な競争を生むのではなく、足の引っ張り合いを生んでいるあたり、組織不全の兆候だ。おまけに、魔力量の差による感情的な縺れが混ざって、なんだこの陰湿さは、と言いたくなるような状況になることがある、とは少将の秘書を勤めるオーリス嬢の言だ。
 彼女にとって、俺の印象は最悪に近かったらしいが、実際に一緒に仕事をしていくうちに、それなりにトゲが取れてきた。ただ、なれるにつれ、俺の言葉遣いや態度を矯正しようとするようになったのは勘弁して欲しい。確かに今の俺は13歳の少女だが、中身はそれなりに修羅場を潜った陰陽師なのだ。外見に合わせて中身を偽るなんぞ、馬鹿馬鹿しくてやってられん。俺はどうなろうと俺なのだ。


 話が逸れたが、今回、俺の母校を訪ねたのは、そういうわけで、現状のカリキュラムに関する現場の意見の確認のためだ。いずれ全訓練校を回る予定ではあるが、ここを一番に持ってきたのは、コラード校長なら、俺の見落としている視点やら聞き取りの際に注意すべき点などを相談できる、という理由による。前世と今生あわせても、さして多くの教育者を知るわけじゃないが、彼女は俺の知る中では疑いなく上位に位置する教育者だ。

 いろいろと話を聞き、相談をし、充実した時間が過ぎた。コラード校長は現場経験もあり、その視点からのアドバイスも貰えた。聞き取り調査、というより相談と指導が一段落して、すこしお茶でも、となったとき、校長がふと言った。
「そういえば、貴女の発案したデバイス、ここでも使ってるわよ」
「俺の発案?」
いや、記憶にないんだが。
「ええ。体調管理及び成長サポートシステム・デバイス。さすがに生徒全員には行き渡らないけれど、毎週診断を実施して、生徒の自己管理訓練の教材にしてるの。」

 初耳だった。俺自身のために、適当な名目をつけて医療局・技術部を巻き込んで研究・開発したんだが、俺は完成時点で開発ラインから離れたんでその後を知らなかった。訓練校に配布する方向で活用したのか。



 あれは年に一度の定期健康診断のときだった。一通り、検査が終わり、医師との問診の際、俺はふと思いついて聞いてみたのだ。大魔力使用の魔法発動時に、リンカーコアのあたりに痛みを感じたことがあったんだが、そういったことはよくあるのか、と。
 当時、俺はまだ入局2年目で、リンカーコアの成熟度や魔法使用による身体的負担のことなど、ほとんど知らなかった。だから、全く深刻に考えていなかったし、なにか似たような事例がないかと、軽い気持ちで聞いたのだ。
 答えた医師も軽い調子だったが、内容はしゃれにならなかった。

「は? リンカーコアへの負荷過剰?」
しかも、俺のように身体的に成長しきってない場合は、リンカーコアも未成熟な場合が多く、過剰な負荷は容易に慢性的な不調につながる、と。
「なんですか、それ? 聞いたこと無いですよ?」
そんな大事なこと、教習で真っ先に教えることだろ? 戦闘知識だけつめこみゃいいとでも思ってんのか、管理局?
「なに言ってるんだい、常識じゃないか」
「常識って……。まさか、次元世界での?」
「? もちろんそうだよ」
「俺、管理外世界の出身なんですが」
「あ、そうなんだ。それじゃ知らないなんてこともあるかもね」
「あるかもねって…………。……で、どの程度までの負荷なら大丈夫とかの目安は? 回復までのスパンの目安とかも」
「なに言ってるんだい、そんなのは自己責任に決まってるじゃないか。君も管理局員なら、自分の健康管理は自分でしないと」
「…………いや、自己責任を果たすために、目安を教えて欲しいんですが」
「さあ? 人によって千差万別だからねえ。ま、魔法使ってるうちに判ってくるよ。慣れだよ慣れ」
「……………」
「どしたの? ほかになにかある?」
「……………………いえ」
「そう。じゃ、頑張ってね。はい、次の人!」
「…………(なめてんのか、こいつら。)」


 正直、あの場でキレなかったのは我ながら大したものだと思う。医者の態度や言葉があまりに阿呆くさくて、気を削がれたせいもあるだろう。
 だが、俺はその日のうちに、対策に乗り出した。
 こっちは命掛けてんだ。「慣れ」るまで手探りでなんてやってられるか。

 1週間の有給休暇を無理やり取得し、その際、上官に魔法使用による成長期の身体への影響とその対策について聞く。上官は役に立たなかったので、医療局に押しかけて、話を聞く。武装隊本部の総務課に出向いて、過去の低年齢魔道師の死傷状況とその際の診療データ及び受傷前の任務状況についてのデータを要求し、ないと言われて、自分で調査する許可を渋る相手から無理やりもぎ取る。
 そうやって掻き集めた情報を整理した結果、俺は、まともに武装隊の職務をこなして身体を壊さないつもりなら、俺には最低でも月1の定期検査が必要だと結論した。大魔力を消費する魔法を封印するのも一案だが、実戦でそんな悠長なことは続けられないだろう。
 だが、把握したかぎりでの管理局の常識では、そんな頻度の検査は認められない可能性が高い。俺のように、未成熟な身体で急に大魔力を扱うようになるのが異常なのだ。普通は、もっと幼い頃から魔法を使っていて自分の限界を「慣れ」で把握しているか、大魔力を扱えるようになるのが身体がもっと成長してからか、だ。過去のデータでも、低年齢魔道師の死傷率は、管理外世界出身者が桁外れに高い。
 俺は一計を案じた。


 上記の死傷率のデータを携え、リンカーコアの成熟と魔法行使の影響に関するデータ取得の被検体として、自分を医療局に売りこんだのだ。その名目では、頻繁且つ定期的に休みをとるのは難しい(それに俺には休日にすべきことがあった)とみて、技術部と提携し、常時監視型の身体データ測定デバイスを開発し、そのデータを医療局に提供するという企画案と一緒に。俺の年齢でAAA+という被検体としての希少性も有利に働き、その企画が通って、デバイスの開発が始まった。

 俺は企画で、デバイスの機能案を、次のような内容で提出していた。
一つ。リンカーコアの状態の常時監視と記録。
二つ。使用者の脈拍、呼吸、内臓機能の状態など、健康状態の常時監視と記録。
三つ。使用者の肉体の成長・変化の、高頻度での確認と記録。
四つ。使用者の放出魔力量の常時監視と記録。
五つ。可能ならば、上記4項目の個別のデータ解析と、各項目間の因果関係の分析。
六つ。可能ならば、基礎的な医療知識と、第5項目の結果に基づく、使用者への助言・警告機能。


 プライバシー真っ青な内容だが、俺は別に気にしない。放出魔力量から、業務以外の時間帯での魔法使用を把握される可能性が高いが、そちらは自主訓練の記録を捏造するなりしてごまかすつもりだった。

 幸い、各機能別になら、医療局に同じ機能を持つ検査機器がある。あとは、どこまで観測精度を維持してデバイスの機能に組み込めるかという、技術上の問題だった。
 結局、六つ目の項目は医療局の機器で代用し、月に1度、データの提出がてら検診を受けることになり、デバイスの基礎設計は、ほぼ俺の案の丸呑みの形で固まった。ちなみに、月1の医療局の訪問は、やがて、魔法使用の肉体への負担を軽減する方法や、肉体の変調の魔力に及ぼす影響などの検討会へと変化していくことになる。俺の、体調の自己管理の知識のほとんどは、このとき培われたものだ。

 月1のデータ提出は2年間続き、その後は年に一度の健康診断時にまとめて提出する、ということでその企画は終わりを迎えた。もっとも、それまでの間に医療局で存分に顔を売った俺は、それからも、暇をみつけては押しかけて、成長期の肉体とリンカーコアのケア方法や、次元世界で一般に知られている、魔力を原因にした病気や障害などについての知識を仕入れつづけている。  


 この企画・開発したデバイスと、医療局とのコネがなければ、俺は自身の体調をコントロールしきれず、なにかの拍子にでかいミスをやらかしてただろう。実際、自分の感覚ではまだいけそうなのに、デバイスの記録データとその解析結果から休みをとるよう勧められることが結構あった。医療局のお墨付きなので、その場合の休暇はスムーズに通った。上官に嫌味はよく言われたが。



「私はね、貴女に感謝しているの」
俺は、コラード校長の言葉に顔を上げた。
「魔法は便利な力だわ。でも、その力の大きさは天与のもの。力を上手く扱えるかどうかは別問題よ。
 そうして、心の成長が追いつかずに力に振り回されて傷つく子たちを、私は大勢見てきた」
彼女の目は、これまで彼女の前を通り過ぎていった、数多の過去の教え子達を眺めているようだった。
「でも、あなたの考えたサポート・デバイスは、そんな子たちの心と力のギャップを緩和してフォローを容易にしてくれる。もちろん、完全に解決するわけではないけれどね。
 それでも、今まで全く手をつけられていなかった分野に光をあててくれたおかげで、私たちもやりやすくなったの」

 俺はここを3ヶ月の促成コースで卒業したが、実は通常コースでの修学を希望していた。高魔力ランク魔道師の慣例とかで押し切られたのだ。不満たらたらだった俺だが、それでも、すこしでも穴を埋めるべく、通常コ―スで学ぶ内容についても補講の形で学ぶことを要求し、受け入れられた。
 その補講の最中に、コラード校長がこぼしたことがある。本当は自分達も、貴女を通常コースで受け入れたかった。でも、実戦部隊からの早期配属要求の圧力が強くて抗しきれなかった、と。ごめんなさい、と謝られた。
 現場は、魔力さえ大きければそれだけで期待する。年齢や扱う技術の巧拙は考えないのだ。自分達も多くを実戦で学んできた、だから、お前達も同じ方法でやればそれでいい。その考えの中に、改善や成長への視点は存在しない。そして後輩達に、自分と同じ苦労を繰り返すことを強いる。

 そんな風に扱われる低年齢魔道師と、彼らを部隊へと送り出す立場の人間の苦労と心情は、俺も経験者だけによくわかる。もっとも本当のことを言えば、管理局が、魔力が大きいというだけで、精神的に未熟な年齢の人間を戦力として配備するのが根本的な問題だろう、と思うのだが。掲げる理念と運用方針がねじれている。俺なぞ、いい例だ。
 精神的に未熟だからという理由で管理局への所属を強要し、所属したら所属したで、自分達が未熟と称した人間をさっさと実戦に放り込む。笑える話だ。


 つらつらそんなことを考えていた俺は、そこで気付いた。あのサポート・デバイスは実戦部隊でも使えるんじゃないか?

 もともと、あのデバイスは、当時の俺の年齢・知識での魔法の使いすぎによる故障を避けるために開発した。実戦部隊には、決して多くはないが、当時の俺のような年齢の魔道師が存在する。それに、そこまで低年齢でなくとも、環境的に無理を強いられがちな若手の適切な体調管理のために、有効なのは間違いない。
(プロジェクトに情報を上げて、配備を促進させてもいいかもしれん)
 そもそも、武装隊の体制は、直接的な打撃力に意識を裂きすぎているのだ。
 武装隊の配備装備が、あまりに戦闘用に偏りすぎているのもその一つ。地球の現代の陸軍の師団構成では、直接戦力である歩兵の割合は10%以下。90%超が支援部隊だ。魔道師はある程度万能とは言え、得手不得手や習得してる魔法の傾向はある。それに、そのための装備がなけりゃ、遂行能力は格段に落ちる。
 一応、個々の支援分野のサポート人員は配置されているものの、それらを包括的に運用する思想がなく、あくまで戦闘部門への別々の添え物のような扱いなのだ。
(これも、魔法至上主義の表れの一つか。)
 魔法を行使する能力(デバイスも含む)さえ有れば万事解決、と思い、実際それでなんとかなってきたから、思い至らないのだろうが、魔道師は極論、エネルギー源にすぎない。魔道師個々の努力で、そのエネルギーを使用できるようになるが、普通なら、どんなエネルギーであれ、効果的に使用するためには、各種サポート機器の充実や、運用ドクトリンの検討が為されてしかるべきだ。
 あのサポート・デバイスは、校長の言うように、そのための先駆けとなりうる。

(そうだな。)
発展系として、例えば、戦術サポート機能を追加したらどうだろう。前線指揮官向けのデバイスとして。
 戦域情報を収集し、敵対勢力を脅威度別にマッピングする。部隊内リンクで、隊員別の攻撃対象をマッピング表示できたら、なおいい。
(ん、これって、地球のイージス・システムと同じか?)
 そう考えると、地上の迎撃魔道兵器群との連携も検討の対象に入れたほうがいいな。
 それに、時の庭園でリンディがやったような、魔力炉から魔力の供給を受けて扱う技術を、機能として盛り込めたら。これは魔力不足に悩む部隊の力になる。大魔力を受信し、それを制御するデバイス。もちろん、使用者の身体に害がないようにしなければならないが。


 連想が広がっていく。うん、これは悪くないかもしれん。
 思考を終了して、俺は視線を、黙ったまま待っていてくれた校長の瞳にあわせた。
「校長」
無言で続きを促す彼女に言う。
「ありがとうございます。おかげさまで、面白い手を思いつきました。うまくいけば、若手局員の負傷率を下げられるし、前線の負担を大きく減らすことができるかもしれません」
「あら、そう。私の言葉が役に立ったのなら嬉しいわ。
 でも、切っ掛けは私の言葉でも、思いついたのは貴女。実行していくのも貴女よ」
「もちろん」
「そう」
間髪いれずに言い切った俺の言葉に、校長は暖かく微笑った。
「でも、私に手伝えることがあったら遠慮なくね。現場へのコネもまだ生きてるし、教育機関からの陳情は、上層部に意外に馬鹿にできない効果を与えることがあるから。
 実行すると言っても、なにもかもを貴女ひとりでする必要はないのよ」
校長は静かに微笑んでいた。無為に年月を過ごすのではなく、確実に年輪を重ねていった人間にしか出来ない、穏やかで深みのある微笑だった。



■■後書き■■
 時の庭園のリンディさんの活躍を考えると、魔力炉から魔力を受けてそれを制御・行使するデバイスって、普通に考えられてそうな気がするんですけど、原作では見ないんですよね。
 別に大魔力を扱わなくても、魔力量Cランクの局員にAランクになれる程度の魔力供給をするとか。身体の負担を考えるなら、魔力はデバイス内でのみ循環して、人体に逆流しないような仕組みにするとか。その理屈を活用した戦車とか地対空砲とか、携帯型魔力砲とかの兵器も、けっこう簡単に実現できるし費用対効果も高いんじゃないかと思うのは私だけでしょーか。
 なので、なのはさんに思いついてもらいました。予算が問題ですが、クリアできれば大きな力になるはずです。
 もし見落としてる理屈とか公式設定とかあったら、お手数ですが教えてください。


<用語解説>  ※あったほうがよいとのご意見を頂いたので、12/9 追記しました。


・PDCA
  Plan (計画)   :従来の実績や将来の予測などをもとにして業務計画を作成する。
  Do  (実施・実行):計画に沿って業務を行う。
  Check(点検・評価):業務の実施が計画に沿っているかどうかを確認する。
  Act (処置・改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて処置をする。
 上記4段階の頭文字をつなげた言葉。順次行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、螺旋を描くように一周ごとにサイクルをスパイラル・アップさせて、継続的な業務改善をしていく。ビジネスシーンにおいての「仕事の基本」(Wikipedia)。
 今話冒頭付近で、なのはが「何かを達成するには4つの段階がある」と言っているのはこれを念頭においている。実行に当たっては、状況にあわせて柔軟に手を加えることが多く、理論自体の解釈も様々な意見がある(actでなくてactionだ、とか)。今話のなのはの解説が、上記の説明と完全に重ならないのはそのせい。品質管理の不良品低減活動への適用事例が、なのはの説明内容に最も近いと思われる。


・KKD
  日本語の「勘、経験、度胸」をアルファベットで書いた頭文字を並べたもの。これに頼って、発生する問題を処理し続けていると、根本原因や関連要因は放置されたままになりがちで、そのために違う形での問題再発を生み、中長期で見れば組織にマイナスである。
 目先の対応優先になりがちな前線や現場、あるいは、半端に頭が良くて何でも自分一人で考えてすぐ結論を出してしまう人や、経験豊富で従来の手法にこだわるタイプ、職人気質の頑固親父系の人や組織が、この考え方を重視する傾向がある。PDCAの反義語と解釈する意見もある。
 今話に登場した医師や実戦部隊の発想がこれにあたる。

※管理局がKKD的発想で組織運営している傾向がある、というのは作者の解釈です。原作には、ユーノ登用以前の無限書庫の放置など、それを匂わせる描写はありますが、断定できるほどではないと考えます。このSS内での解釈として、流してください。     



[4464] 十六話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/01/20 03:10
※12/30、日程的に、教会のはやて保護作戦立案時には、守護騎士たちが出現していなくてはおかしいので、関係する描写を修正しました。参考の日程表を後書きに追記しました。
※1/20、ご指摘を受け、誤字を修正しました。





 俺はプロジェクトに提出する案件の根回しのため、レジアス少将の執務室を訪ねていた。副官のオーリス一尉にも立ち会ってもらっている。案件の内容上、少将を補佐しているオーリス嬢の理解と協力は必須だからだ。
 現在、部局単位に分かれて運用している管理局内のデータベースを、「海」「空」「陸」の垣根を越えて、相互利用できるようにする。一言で言えば、統合化だ。これが実現すれば、情報伝達が格段にスピードアップして犯罪への対応が迅速化するし、事務職の負担の大幅減少になる。「陸」の事務職の元締めの一人と言っていい、オーリス嬢に同席願ったのはそのためだ。
 残念ながら、今の彼女は渋い顔だが。少将も不機嫌そうな顔だ。教会嫌いという噂は聞いていたが、ホントだったらしい。まあ、説明が終わった頃には、その表情も変わっているだろうが。

「つまり、あなたは、聖王教会と連携しろ、そう言うのね?」
「見た目はそうなる」
「見た目?」
「聖王教会を見せ札にして、こちらの要求を通すんだよ」
俺はにやりと笑った。


 想定される最大の障害は、実行時に「海」「空」の了解を取り付けられるか、という疑問。これを納得させられる対処案があれば、この案件自体はおそらくプロジェクトを通る。
 まとめた資料を2人に手渡す。2人がざっと内容に手を通すのを待ってから、説明を始めた。

「とりあえずは、それが最初の見せ札だ。
 教会には内々に打診してみたところ、乗り気だと付け加えてやればいい」
「地上本部単独で教会と折衝したなんて、いい攻撃材料よ?」
しかめ面のオーリス嬢に、俺は平然と返す。
「これまで、「海」が単独で教会と交渉して連携をとった例なんか、腐るくらいあるだろう? それを引き合いに出してやればいい。何なら、そこから「海」じゃ日常の法規の弾力的運用を恣意的運用じゃあないか、と突っ込んでやってもいい。それで、咄嗟には攻撃を止められるさ」
とりあえず、納得したのか、オーリス嬢はそれ以上は反論してこない。レジアスのおっさんは……駄目だな、どうもこの人は表情が読みにくい。とりあえず、説明を続ける。
「まあ、そこからが本番だ。
 おそらくは、外部組織が入っているという理由で統合化に反対してくる。「陸」と「海」との統合化に反対するよりは、口実にしやすいからな。この餌に食い付いてくれば、あとはこちらのペースだ。
 効率の問題や教会との目的の一致なんかを挙げて、その点についての議論を白熱させておいて、機を見て譲歩する。わかった、なら事後でよいので情報の交換を迅速化することで我慢しよう、と。情報が一部門にとどまらないよう、総務局なりに、教会との連絡と局内への情報回覧の責任を持ってもらってはどうか、と釘をさしてな」
2人の反応は無い。まあ、教会との連携が目標じゃないからな。それを制限つきで実現させるまでの筋道を説明されても、反応に困るだろう。だが、まだ終わってない。
「で、一段落ついたか、と場が緩んだところで、では、同組織内である我々の間では、当然、統合化をおこなうことに同意していただけますな、と言ってやればいい。ここでも、責任部門を総務局なりにしてやれば、「海」も突っぱねにくいと思う」
少し沈黙があって、少将が口を開いた。
「筋はなかなか通っている。だが、向こうとてそうやすやすと統合案は飲むまい。泥仕合にもちこまれたらどうする?」
俺は肩を竦めた。
「悪いが、それは交渉人の腕次第だよ。どこまで、こちらの要求を食い込ませられるか、だな。最終勝利条件は、事件発生後3日以内の陸への情報開示に設定してみた。この日数はそちらで最終的に動かしてもらっても構わんだろう。
 俺の構想はそんなところだが、どうだ?」

 2人は少しの間、沈黙していた。オーリス嬢はレジアスの顔を伺っている。彼女自身はそれなりに乗り気になったようだ。やがて、レジアスが口を開いた。
「検討してみよう。少し待て」


 意見を交わしはじめた2人から意識を外し、資料に目を落とす。
 「局内データベース統合計画書」。文字通り、局内の全ての部門の、処理事件に関するデータベースを統合化する案だ。以前、ハヤテに相談した教会との統合もオプション案として付けてある。
 扱うデータ量は膨大なものになるし、それらを分析・出力するシステムの構築についても障害として上がるだろうが、その点は解決済みだ。教会にあるデータ解析システムの技術を借り受ければいい。稼動実績もそれなりに積んでいる。それも、この統合案に教会を絡めてみた理由の一つだ。
 とはいえ、そもそも、そのシステムは俺も手を貸した代物なんだがな。


 
 始まりは、俺が聖王教会と初めて接触してから数ヶ月経った頃にまで遡る。
 訓練校に入学して即、管理局にある意味敵対しても「夜天の書」を保護し、且つそれほど非人道的な扱いをしなさそうな組織を見繕っていた俺は、最終的に聖王教会に的を絞り込んだ。さらに天地式盤により接触するのに適切な日時と場所を占った。その結果、出会ったのが、カリム・グラシア。当時、既にグラシア家の当主を襲名していた少女だった。

  事情と俺の知りえた情報を提供し、管理局に知られないように、はやてと「夜天の書」、それにはやての誕生日に出現した、「守護騎士プログラム」達を保護するよう依頼する。はやてを、命を狙われる危険から逃れる代償に、研究対象、場合によっては権力闘争の的になる定めに追いやることになるが、その時点では最良の選択と考えて割り切った。何度か、秘密裏に転移ではやて宅を訪問し、守護騎士たちとも面識があった俺は、彼らがこの話にどう反応するかが心配だったが、はやてが俺の案に同意して彼らを説得してくれたお陰で、保護作戦は速やかに実行される運びになった。
 その結果は、現地での誘拐騒ぎとなって表れた。
 はやての通っていた病院の医師が連絡が取れないことを不審に思ってはやて宅を訪問し、発覚したらしい。グレアムの一党も気付いたのは騒ぎになってからで、相当焦ったらしく、精々笑わせてもらった。グレアムは、訓練校の寮にわざわざやってきて俺になにか知らないか尋ね、はやてから連絡があったら教えてくれ、と頼みこんで去っていった。
 そんなに焦るくらいなら、初めからがっちり抱え込んでおけばいいものを。中途半端な憎しみで孤独を与え、身の安全にも気を配らないでいるから、こうなる。もちろん、その場は殊勝に頷いておいたが、笑いをこらえるのに苦労した。奴らのサーチャーをごまかして、この喜劇を演出した教会騎士団の腕前には、拍手を送りたいものだ。


  保護されたはやては、内密にグラシア邸に匿われた。いざとなれば、管理局と対立してでも彼女を守る、とカリムは言ってくれたが(どうも、相当以上に義侠心の強い少女のようだ。占いは得意ではなかったが、今回は外れなかったらしい。)、不要に噂を広めることもない。それに、はやてが、「夜天の書」の主として、ベルカの歴史や風習について、知りたいと希望していたこともある。
 グラシア邸なら、蔵書も充実しているし、古来の作法を伝え身につけた使用人も多い。はやてはカリムの暖かい庇護のもと、新しい環境に急速に馴染んでいった。
 守護騎士たちもはやてとの同居を希望し、受け入れられたが、彼らには教会が戸籍を用意して、教会騎士団に籍をおくことにもなった。悪くない手だ。正式な聖王教会騎士団の団員に対して、管理局が公的に負のアクションをかけることは難しい。グレアムの調査網にひっかかることだけが不安だが、その辺は教会が厳重な防諜体制を布いてくれることになった。生粋の古代ベルカ騎士とも言える彼らのことは、教会もかなりの重要人物扱いをしている。また、彼らも、彼らの持つ記憶や技術、身体構成術式などの研究で、技術部に協力をし始めていた。「書」の研究と対策に、大いに役立つだろう。
 守護騎士たちも、戸惑いながらも、周囲の丁重で好意的な対応や、はやての明るさにひきずられて、徐々に新しい居場所に馴染んでいった。
 俺はと言えば、協力の一環として、管理局の無限書庫で情報収集をおこなっていた。「闇の書」の暴走を抑えるか破綻したプログラムを修正してはじめて、この件は完了する。はやての身体を蝕んでいた呪い自体はグレアムに移っているので、時間的に余裕はある。教会が技術部や旧史調査部を総動員して対策に当たってはいるが、俺は、教会への丸投げは、いろんな意味で避けるべきだと考えていたし、いざという場合の自分の逃亡先の候補として、聖王教会とのパイプはある程度太くしておきたかった。

 もっとも、自身で無限書庫に頻繁に出入りするのは、目立つし手間もかかるので、書籍からの情報収集機能と情報転送機能だけを付与した簡易式神を、多量にばらまいて、俺はその結果を軽く整理する程度のつもりでいたのだが。
 直ぐに音を上げることになった。あまりの情報量の多さに。問題の解決に役立ちそうか、関わりのありそうな文献があっさりと1000冊を超え、さらに雪崩のような勢いで増えていくのだからたまらない。簡易式神は情報を収集して、あらかじめ転送先に指定しておいた情報端末に送ってくるだけで、内容の確認や考察は俺がしなければならない。はっきり言って手に負えなかった。
 カリムに相談し、教会のスパコンの一部を使わせてもらうことで少しはマシになったが、所詮機械ではフレキシブルな判断はできない。スパコンに出来るのは、情報のリスト化と検索機能の活用、データベース化した情報の中の同一語や類似語を並べて提示することくらいだ。ひいひい言いながら、俺はろくに整理もできてないがせめて、と、教会に情報を提供しつづけた。

 はやての誕生日に「夜天の書」から出現した守護騎士プログラムたちの知識とその身体を構成する魔法技術の研究。教会内やベルカ領内の名家などが保存している古文書や資料。旧史調査部や技術部に蓄積された知識。それに俺のもちこむ無限書庫の情報。


 しばらく後、それらの内容を全て検証し、可能性を検討し、原因や対応策の研究をおこなえるようになるには、教会の総力をあげても数十年単位、下手したら百年越えの年月がかかるという予想が、技術部より提出された。無論、それは、集められた資料を元にした研究がある程度まとまるまでの見込みであって、問題が解決するまでの見込みの時間ではない。

 書は、主が死ねば転生する。対策の指揮をとっていたカリムは、頭を抱えた。そんなカリムをみかねて、はやてが俺に相談を持ちかけた。陰陽術でなんとかならないか、と。
 残念ながら、陰陽術にそんな便利な術はない。だが、術をすこし弄ってみれば、つかえる方法がないでもない。
 俺が考えたのは、インテリジェントデバイスの機能をとりこんだ情報処理専門の式神の製作だった。

 通常、式神は命令された簡単な行動しかこなせない。やり方によっては、術者の意識とリンクして術者の目となり耳となる程度だ。複雑な命令をこなすだけの理解力と応用力のある式神の作成なんぞ、超高難度。自意識を持たせようと思えば、それこそ伝説の十二神将のように、神霊の力を受けて生み出すレベルだ。純粋な術師としての力量は低い俺には、手に余る。
 だが、この世界にあるインテリジェントデバイスのコアを、式神作成の核にしたらどうだろう。自意識は元からあるし、情報処理に特化させるなら、自律行動に関わる各種術式を組み込む必要もない。そういうわけで、俺はカリムに口外無用を念押しした上で、できるだけ演算能力の高いインテリジェントデバイスのコアを入手してもらい、それを核にして式神作成に挑んでみることにした。


 ミッドには月が二つある。月の光は闇夜を照らす叡智の光。霊力を高め霊格にも作用する神聖な力を持つ光でもある。
 ミッドに来て早々、この世界での術の通用性や、各種要因(月や方位など術に関係する外的環境)の影響の程度や変動について調べ終えていた俺は、1ヶ月のうちで月の霊力がもっとも高まる日とその前後1日を、術行使に当てることにした。地球で術を使うことも考えたが、式神を使う場所がミッドである以上、作成するのも同じ地の方が霊気は良く馴染む。
 天地式盤を用いて、適切な場所を占い、中でも特に自然の気に満ちる場所を、最終的に作成地に選んだ。


 7日間に渡って、浄めた水と塩のみを口にし、斎戒沐浴と呪言詠唱と瞑想を繰り返して、邪気を払い、身を浄める。今生では初めて、式服に袖を通した。
 定めた日、太陽が沈んでから、準備を始める。俺の血を溶かし込んだ上で祝詞を捧げた神酒を使って、地面に直接、呪陣を描く。要所要所に方位を確認しながら呪物を埋め込む。呪陣の上に俺の血で書いた呪符を置き、さらにその上にコアを載せる。
 そして呪陣の前に、結架して座ると、半目となり、調息をして身のうちの霊力を浄め練り上げながら、時を待った。

 呪印を組んで呪言を唱えつづける。月の力が最高潮に達するこの3日間、ぶっ通しで呪言を唱え、月の霊力と周囲の自然の気を、呪陣を通してデバイスのコアに注ぎつづけるのだ。周辺に人が近寄らないよう、カリムに頼んで人を配置してもらっている。
 長い年月にわたり月の霊力を注がれつづけた存在は、しばしば高い霊格を宿した神霊に変化する。いま、俺が行なっているのはそれの簡易劣化版と言っていい。そして、儀式の最後に、コアの下に敷いた呪符が燃え上がりその炎を吸収することで、コアは俺の霊力で練られた術を身のうちに取り込み、高い力と自我をもちながらも、俺の使役下にある式神となる、はずだ。

 術の構成はなんども見直し検討した。それでも拭いきれない、初めての術を行使するとき特有の不安を感じつつ、俺は心を鎮め、儀式に集中した。


「気分はどうだ」
「問題ありません。おはようございます、主殿」
「ああ、おはよう」
術は成功した。3日目の朝、日が昇ると共に術を完了し、声をかけた俺に返事を返したコア、いや式神。開口一番、自然に挨拶を口にするあたり、すでに感性がある程度発達している状態であることを感じさせる。俺は成功を確信した。
 この式神は、月の霊力を受けて生まれたことから「月読」と名づけた。

 月読には、ありとあらゆる情報解析手法と論理展開の技法を、プログラムとしてインストールした。データ化、回帰分析、演繹法、KJ法、親和図法、テキストマイニング、多変量解析、特性要因図法、クラスター分析、etc、etc。元が高性能コンピュータとでもいうべきデバイス・コアだからこそ、活きる技だ。犬を元にした式神が、臭跡を追うのに長けているのと同じと言えば、わかり易いか。
 また、月読単独では、多量の情報の解析は手がかかりすぎるという月読からの申告で、さらに5個のデバイス・コアを入手し、それらを外部装置として、月読と組み合わせた。月読の指揮のもと、5個のコアそれぞれに担当する情報源が割り当てられ、収集される情報の分類と第一次解析作業といった単純作業を行なわせる。
 その結果を月読が検算、また様々に組み合わせて、高次の解析を行なう。そしてその結論が最終の分析結果として、月読から出力される。無論、要望に応じて、その前段階の解析や、その元になった情報源などの情報を出力することも可能だ。
 また、月読は自身の解析結果を元に、推測及び仮説立案作業を行い、その検証のためのデータ収集を補助コアへと指示することができる。ある程度、データの裏づけがとれた仮説については出力し、技術部の判断を仰ぐ。

 この月読を中心とした情報解析・仮説立案システムが稼動するようになって、研究の進度は驚異的に跳ね上がった。それから2年後には、「闇の書」の異常への対応策が教会技術部で立案され、幾つかの予防策を追加された上で、教会上層部に認可された。


 作戦の具体的な内容は知らん。
 俺は、はやてと個人的なつながりがあるとは言え、基本的には情報を流すだけの外部協力者としての立場だったし、その頃には正規の管理局員になっていたこともあって、俺の個人情報は、対策チームでは極秘扱いにしてもらっていた。外部の組織と親密な関係にあることを管理局に知られることは、不利にしか働かないと、当時の俺は考えていた。幸い、対策チームは、指揮をとるカリム始め、皆、俺に非常に好意的で、あっさりと俺の希望を汲んでくれた。
 はやてが後でこっそり教えてくれたことによると、情報収集の過程で、失われていた古代ベルカの魔法や、「夜天の書」を作る際に使われたと思われる技術が見つかっていたとかで、はやての、書のマスターとしての権限行使を軸に、それらの技術を用いて、時に力押しを混ぜながら、技術部・騎士団総出で、硬軟取り混ぜての大作戦を数日間に渡って展開。見事、「闇の書」の異常を解消、「夜天の書」の再生に成功したそうだ。

 その作戦に至るまでの段階でも、はやては管理者として、技術者の卵として、随分活躍したらしい。彼女が古代ベルカ魔法の研究者としての基礎を築いたのはこの時期だ、というのは本人の言だ。
 その苦労話を聞いた俺は、「夜天の書」の再生が無事終了した祝いにと、月読の意識とつながった携帯型の外部端末を、はやてにプレゼントした。式神の術を月読を使役者とした構成で使うことで、月読の意識とリンクさせた水晶を中心にあしらったペンダントだ。
 それを使って、はやては月読といつでも好きな時間に接触できるようになった。研究を進めるためのデータを扱う司書として、いろいろな知識を教えてくれる教師として、そして、ある意味友達のような同志のような、いい関係を築いている。

 また、再生された「夜天の書」の管制人格も、はやてにリインフォースと名付けられ、改めて彼女のデバイスとして忠誠を誓った。ヴォルゲンリッターと呼ばれる守護騎士システム達も同様だ。これらの成果を受け、はやては正式に「夜天の王」の称号を教会から与えられ、養子としてグラシア家の一員に迎えられた。
 彼女がグラシア家の一員となったのは純粋に政治上の必要性からだが、彼女がカリムと実の姉妹のような関係を築いていたのも本当のことだ。家族にあこがれていた少女は新しい家族を手に入れ、涙を浮かべていた。……生臭い事情によるものでも、結果として人に幸せを与えることもあるらしい。


 「夜天の書」=「闇の書」、という情報は管理局では把握していないようで、「夜天の王」の誕生は、ロストロギアの1つを教会が利用可能な状態にした、という受け止め方をされたようだ。管理局に当時からそれなりにコネのあった、カリムの働きかけも良い方向に作用したのだろう。
 ギル・グレアムが入院していたのも都合が良かった。おそらく、管理局の中でもっとも「夜天の王」の過去に近い人物だ。だが、今回の件を聞けば、またぞろ策動しかねないので、先手を打っておくことにした。


 「夜天の王」誕生の翌日、俺はカリムに頼んで付けてもらった教会のシスターとともに、入院しているグレアムの病室を訪れた。



■■後書き■■
 当初、一話だったのですが、書いてるうちに長くなりすぎて二話に分けることに。というか、一話ごとの長さが安定しないですねえ、我ながら。場面や心象を文に書き起こすのに必死で、そこまで手が回らないとも言いますが。
 次回はけっこうドロドロした話かも。

 あ、天地式盤っていうのは、陰陽師が占いに使う道具です。歴史上でも、実際に使われていたようです。
 え、ロッサ……? 当面、彼の活躍はないので省略(笑)、あるいは年齢的に学校で寮生活かな。



 <参考>12/30追記

PT事件日程正史:4月初ジュエルシード散逸→4/27アースラ来訪→5/27「時の庭園」戦→数日後、なのフェイリボン交換
      このSS:   同上       →散逸の翌日アースラ登場(正史より20数日の前倒し)
                              →5/7前後、「時の庭園」戦→数日後、なのはとフェイト名前交換

闇の書関係日程このSS:5/15前後、なのは、グレアムと初接触・はやてに暴露と約束(14話)
                    →5月末、なのはミッドへ。6月1日付で訓練校入校→6/4闇の書起動、守護騎士出現
                    →7月後半、なのは教会と接触、はやて確保依頼、はやて確保作戦実行(16話)




[4464] 十七話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/12/12 13:55
 「夜天の王」誕生の翌日、俺はカリムに頼んで付けてもらった教会のシスターとともに、入院しているグレアムの病室を訪れた。シスターとはグレアムらとの話の進め方を、打ち合わせ済みだ。


「こんにちは。ご無沙汰してます。お加減はいかがですか?」
「……ああ、高町君、だったか。そちらは……?」
「失礼、ご紹介が遅れました。聖王教会のシスター・シャッハです」
「シャッハ・ヌエラです。はじめまして」
グレアムは、だいぶ憔悴した様子だった。まあ、毎晩悪夢でろくに眠れない上に、リンカーコアの縮退がだいぶ進んだらしいからな。初期はそれほどでなくとも、リンカーコアの縮退は、やがて心臓を握られるような痛みに変わる。ハヤテの実体験だ。9歳の少女に自分が背負わせていた痛みに耐えられないとは、情けない話だが、正義の名のもとに相手を断罪する経験しかない奴はそんなもんだろう。
 俺は、軽く鼻を鳴らすと、ほとんど接点がないのに、突然登場した俺、しかもシスター同道であることに、疑問の目を向けるグレアムと、一人付き添っている使い魔に話し掛けた。
「実は、八神はやての行方がわかりまして」
「なにっ!」
「ホントッ?!」
使い魔もろとも、凄い勢いで食いついてきた。ぎらついた目は妄執を感じさせる。いくら、仕込みをしたからって、ここまで思い込めるのもある意味大した素質だ。あ、シスターがちょっと嫌そうな顔してる。彼女にはグレアムの策謀から説明して、協力してもらってるからな。ハヤテともけっこう親しいし、生真面目な彼女からしたら当然か。

「ええ、実は彼女は、古代ベルカのロストロギア「夜天の書」の主だったらしいんです。それで、そのロストロギアを探していた聖王教会が彼女を見つけて保護したとか」
俺が視線を流した先で、シャッハがうなずき、口をひらく。
「管理外世界の方々に事情を明かすわけにもいかず、已む無く誘拐とみえる形で保護していたのです。まさか、彼女が話していた援助者が、時空管理局の提督とは思いもよらず……。こちらの高町さんから伺った話では、グレアム提督は、はやてさんの実のご両親の友人で、金銭のみとはいえ、彼女を支えてくださっていたとか。教会を代表してお礼申し上げます」
言って、シスターは軽く頭を下げた。
 グレアムと使い魔の動きが止まった。さて、計画どおりに上手く踊ってくれるやら。
  
 やがて、硬直の解けたグレアムが動き出した。
「そ、そうですか。はやて君は変わりなく?」
「ええ、近頃は足も回復して、元気に様々なことを学んでいます。教会のアイドルですよ」
シスターが微笑む。彼女もなかなかの役者だ。
「足が回復っ?!」
使い魔が叫んだ。俺はにっこり笑って、言葉を返す。
「ええ、自分の足で、幸せそうに笑いながら歩いていますよ。喜んであげてください、彼女は不幸から逃れられたんですから」
使い魔が俯いた。なにかブツブツと呟いている。グレアムが小声で何か囁いて抑えようとしているようだが、それは困る。いろいろと手がかかってるんだ。
 そいつには1週間ほど夢を見てもらってたんだからな。頭上に「闇の書」を引き連れて、幸せだと笑いながら歩くハヤテ。その足元で踏みつけられている、使い魔が特に大切に思っている存在である、グレアムと双子の残るもう片方。BGMは、囁きつづける少女の声。「彼女が幸せになるのは当然だ。彼女がなにか悪いとでも?」
 呪詛をかけての悪夢でなく、こちらの意図した夢を相手に見せる術は、けっこう高度で手間もかかる。おかげで俺も随分苦労したんだ。夜に何度も起きて、術を行使したりな。睡眠時間を削っての、せっかくの仕込みを台無しにしないでくれ。
 俺は少し突付いてやることにした。
 
「リーゼロッテさんでしたか、どうかしましたか? おや、そういえばご姉妹のリーゼアリアさんがおられないようですが……」
白々しい抑揚をつけて言った俺の言葉に刺激されて、使い魔の口から怨嗟の声が漏れた。
「……なんで、あいつが」
「なにが? 彼女が幸せになるのは当然でしょう。それとも彼女は不幸になるのが当然だとでも?」
「当たり前だッ!」
「ロッテ!」
「何が当たり前なんです? 彼女が悪いとでも?」
抑揚と表情をコントロールして、夢の記憶を刺激し、且つ極力相手の神経を逆撫でするように。感情が激発するように仕向けていく。
「あいつが悪いんだ!」
「やめなさい、ロッテ!」
「あいつが、あいつと「闇の書」が悪いんだ! なんで、父様とアリアが! あいつらこそ死ぬべきなのに!」
「ロッテ!」
グレアムが病身に鞭打って、使い魔を押さえ込んだ。俺たちは傍観の姿勢だ。病室に、使い魔の荒い息遣いが響く。
「ロッテ……。教会の方もいらっしゃる。少し落ち着きなさい」
グレアムが言って、使い魔の背を撫でる。使い魔は俯いて歯を食いしばっているようだった。
 それからグレアムはこちらを向いて頭を下げた。
「すまない、彼女は姉妹を無くしたばかりでね。少し情緒不安定なんだ。わけのわからないことを口走って申し訳ない」
リーゼアリア。双子の片割れ。

 使い魔は維持するだけで主の魔力を消費する。その魔力は、使い魔のランクが高ければ高いほど大きくなる。その消費魔力が、グレアムの衰弱したリンカーコアに負担をかけ、症状を悪化させていることに気づいた使い魔達は、せめても負担を減らそうと、クジを引いて当たった1人が、自ら命を絶ったという。そして残ったのが、リーゼロッテ。
 いささか、感情の波が激しいところがある、か。情報どおりだったな。グレアムよ、残念だな、もう遅い。

「いえ、お気になさらず。
 しかし……「闇の書」ですか? 管理局でも一級捜索物に指定されているロストロギアでしたね。それが、なにかハヤテと関係が?」
「いやいや、そういうわけではない。ちょっと気持ちが高ぶって混乱したのだろう。私達は以前、「闇の書」の事件に関わって、親しい友人をなくしたことがあってね。許してやってくれないか」
「ええ、それはもちろん。しかし、親しいご友人ですか……心中ご察しします」
「ありがとう。とはいえ、もう10年以上前のことだからね。こだわりはないよ」
「そうですか。それは「ありがたい」ことです」
はっきりと強調した言葉に、グレアムが少しいぶかしむような表情を見せる。俺は言葉を継いだ。
「いえ、「闇の書」と「夜天の書」、名前が似ておりますしね。先ほどのように錯乱の上勘違いして、「夜天の書」とその関係者になにか仕掛けられたりしたら……管理局と聖王教会との全面戦争にもなりかねませんし。一管理局員としてそんな事態は避けたいですから」
グレアムと使い魔がギョッとする。動揺を取り繕うように、使い魔が口を開いた。
「ぜ、全面戦争? また大げさだね」
「いえ、おおげさではありません」
シスターが口を挟んだ。
「「夜天の書」は教会上層部が正式に認めた貴重な古代遺産。また、その主たる「夜天の王」は、教会が正式に認めた名誉ある称号です。「夜天の王」本人も、教会の名家にして管理局とも関係の深いグラシア家の一員となっております。彼らに管理局の方がなにか危害を加えれば、いえ、犯人が管理局と関係があるというだけで、充分教会全体が一致団結して、管理局に敵対する理由となるでしょう」
「古き争い再び、といったところですか。もちろん、勝敗の行方は見えていますが、管理世界全体を巻き込む大きな争いになることは避けられないでしょう。当然、その原因になった局員、そしてその関係者には、戦犯として相当な重罪が課せられるでしょうね。そう、たとえば、そちらの使い魔の方が暴走されたりすれば」
ちらりと使い魔に目をやると、相手はビクリと肩を震わせた。
「主たるグレアム提督。提督と親しく、また同じ動機を持つリンディ・ハラオウン総務統括官、クロノ・ハラオウン提督には、確実に罪が及ぶでしょう」
「なっ、なんで父様やクロ助やリンディちゃんまで!」
使い魔が泡を食ったように叫ぶ。それに笑みを浮かべながら答える。ああ、我がことながら、今、かなり酷薄な笑みを浮かべている自信がある。
「当然でしょう? クライド・ハラオウン提督の殉職は有名な話です。彼と親しかった上官の使い魔が恨みに思っているくらいなら、上官その人や、クライド提督の妻子はなおさら恨みは深いはず。法を破り、管理局を裏切っても、恨みを果たそうと凶行に及ぶのではないか。或いは使い魔の行動も彼らの示唆によるものではないか。そう考える人達が出るのが自然かと思いますが」
使い魔は唖然と言葉を失い、グレアムも目を見開いている。
 間抜けが、それぐらいの事態は想像しておけ。特に彼らはエリートとして妬まれやすい地位にいるのに。

 思いながら、雰囲気と口調を切り替えて言葉を紡ぐ。
「まあ、そうはならないでしょうがね」
「へ?」
「今のは、あくまで仮定の話です。「夜天の書」と「闇の書」は別の存在なんですから。「闇の書」への恨みが「夜天の書」へと向かうなんて不自然なことはないでしょう?」
「そ、そうだね、ははは……」
取り繕うように笑う使い魔を、もう一度落とす。
「そんな不自然なことが実際に起これば、実行犯は、聖王教会のみならず、管理局をも敵に回すでしょう。明らかな勘違いと私怨で、友好組織の重要人物を傷つけられたんですから。
 それに、もしも、万が一「闇の書」と「夜天の書」が同一の存在だったとしたら」
意図的に間をとる。使い魔の目が見開かれている。グレアムの表情は変わらない。
「管理局はその怠慢を追及され、これまで「闇の書」事件に関わってきた局員に対する処罰を求める声が上がるでしょう」
俺はニタリと笑ってみせた。
「なにせ、技術力で劣るはずの聖王教会が、犠牲を出さずに解決した問題を、管理世界の守護者たる管理局が解決「せず」に、延々と被害者を出しつづけてきたことになるんですから。2つが別々の存在で良かった、管理局の為にそう思いますよ」
病室に沈黙が広がった。
 笑みを浮かべつづける俺を、使い魔がにらみつけている。ふん、やっと気づいたか。錯乱する手前まで追い込んだとは言え、勘の鈍い奴だ。

 グレアムが静かに口を開いた。
「……君はどこまで知っているのかね」
「さて、なんのことやら」
とぼけた俺に使い魔が噛み付いた。
「ふざけるんじゃないっ! おとなしく答え……!」
その先は、音もなく俺の前に出たシスターの姿に遮られた。彼女は既に騎士甲冑を展開し、手にはデバイスを握っている。
 使い魔は、歯を食いしばってシスターをにらみつけるだけだ。この狭い病室で、高ランクのベルカの騎士とやりあう愚を理解できる頭は戻ってきているらしい。大事なご主人様もすぐそばにいるしな。これまでの話から、戦闘になれば、こちらは政治問題化する気だとも思っているだろう。
「さて、なんのことやら」
涼しい顔で俺は繰り返した。


「でも、そうですね、仮定の話でいいのなら」
グレアムに目を向ける。奴はすでにどこか諦めたような表情を浮かべている。
「例えば、なんの縁もないはずの八神はやてを、わざわざ両親の友人と偽って援助してきた人間は、どんな罰を受けるのか、とか。
 管理局が一級捜索物に指定しているロストロギアを発見しながら放置し、それどころか隠蔽する。復讐や正義の旗を掲げても、その実態は第一級の次元犯罪。法官吏による不法行為、テロリズム謀議ほかで、数百年の封印刑は固いな。
 その行動が公にされれば、「闇の書」の被害者たちも庇うどころか責める側に回るだろう。即殲滅すべき存在を匿っていたとして。おまけに犯罪者が出たことで、管理局に所属している被害者たちは肩身が狭くなる。犯罪者と関係が深ければ、なおさら。特に若き英雄などと持ち上げられている人間は、妬みも買いやすい。ささいなことで彼の経歴に傷をつけようとしている人間は多いだろうな。
 管理局自体も大衆からの非難をうける。犯罪者の関係者の何人かは、ポーズの為に道連れの処分を受けるかもしれないな」
「……脅すつもりかね?」
「脅し? なぜ脅しになるんだ? 俺は仮定を口にしただけだろう? それとも何か、思い当たることでもあるのか? ああ、これも仮定だが、貴方とハヤテが顔をあわせる機会があれば、いろいろと面白いことになるかもしれないな。貴方にとっても面白いとは限らないが」
グレアムは口をつぐんだ。ここまで追い詰められて口をつぐむ。理由は、罪を背負う勇気か、罰から逃れたい怯惰か? 
「仮定の話だ」
俺は繰り返した。
「「夜天の書」は、すでに聖王教会が認定した古代遺産。その持ちうる危険は充分に研究し尽くされ、対策されている。いまさら、書やハヤテに手を出しても、教会を敵に回す以外なんの意味も無い」
言って俺はグレアムを見つめた。目を伏せて俺の話を聞いていたグレアムは、少しして、ゆるりと視線を上げて俺の顔を見て。
「そうだな」
気が抜けたような声で静かに言った。ギリリ、と使い魔が歯を食いしばる音が聞こえた。
  
「さて、随分長居してしまいました。そろそろ失礼しましょうか、シスター」
「ええ」
グレアムと使い魔は何も言わずにいる。……まあ、念のため、とどめを刺しておこう。
「ああ、実はグラシア家の家長にして教会の重鎮、管理局とも関係の深いカリム・グラシア殿が、ハヤテに恩を着せてくれた方のことを知りたいとおっしゃってましてね。彼女は忙しいので、直接お会いすることは難しいかと思いますので、今日の会話の一部始終を録音した記録を、彼女に提出しておきます。ああ、気になさることはないですよ。記録も提出もシスター・シャッハの受けた任務ですから。確実にカリム・グラシア殿の耳に入りますし、あるいは教会のほかのお歴々も耳にされることがあるかもしれませんね?」
さらさらと言って、にっこり艶やかな笑みを浮かべる。俺の言葉の途中で、俺に視線を向けたグレアムと使い魔は、ぼんやりと口を半開きにしている。グレアムの唇が時折、痙攣するように震えている。
「そうそう、グレアム提督。デュランダルはどうなさるのですか? もう使い道はないでしょう?」
ビクリ、とおおきく身体を震わせるグレアム。その顔も使い魔の顔も蒼白だ、こちらを凝視する2人に向けて、俺は友好的に微笑んでみせた。
 俺に計画の全貌を把握されていることを確信したのだろう。証拠も押さえられていると考えたかもしれない。俺の微笑みにグレアムは俯いて、俺達の入室時から見れば、10歳以上、歳をとったような顔でボソボソ呟いた。
「……クロノ君に譲ろうと思う。せめてそれが、私にできる償いだ」
ハヤテへ償う言葉はない、か。心の中で呟いて、俺は今一度微笑み、暇を告げた。
  



 グレアムらとの、下らん掛け引きを振り返って、思う。

 俺としては、別段、奴らの行為自体を非難する気はない。杜撰だとは思うが。
 陰陽師として、呪詛・呪殺、悪霊祓いなどをこなしてきた俺にとって、嫉妬や復讐心、執着や欲望の開放などの負の感情は、馴染み深いものだ。紛れも無い人間の一面だと思う。
 だが、その感情を正義の名のもとに発散しようとする奴らは、好かん。はっきり言えば、軽蔑の対象だ。行なう行為の内容と結果をしっかりと認識して、その業を背負う。それが陰陽師にとって、術を行使するとき、最低限守るべき戒律であり、自尊心のカタチだ。そんな俺達から見ると、正義や大義の影に隠れて他者を傷つける姿は、誇りの欠片もない醜悪極まりない在りかたに映る。
 
 自身が正義だという意識は、容易に人を堕落させる。絶対的優位の立場にあると勘違いさせ、自分の力や行為が実際はどんなものなのか、客観的な視点を見失わせるのだ。
 管理局という、70年近くに渡り正義の名を欲しいままにしてきた組織は、その意味では既に腐敗しているのが当然なのかもしれない。

 さりげなく、俺は目の前の2人に目をやった。レジアス・ゲイズ。この男でさえも道を踏み外している。性格から考えると、恐らくは自らの意思で、外道の道に踏み込んだのだろうが。


 以前のハヤテの話で、最高評議会を含む管理局上層部の健全性に疑いを持った俺は、管理局のネットワーク上に大量の式を放ち、上層部の動きと機密扱いの記録や文書を徹底的に探った。
 そして、その調査と情報分析の結果わかった事実。

 最高評議会とレジアス・ゲイズのおこなっている違法行為。


 違法だからという理由で、即、弾劾する気も資格も俺にはない。
 だがレジアスが手を貸しているのは、生命を冒涜する陰陽の理に反する行為だ。奴自身が、行為に手を染めていなくとも、同じ穴のムジナであることに変わりはない。見逃してよいとは、俺にも言い切れん。


 ただ。
 レジアスを間近で見るようになって感じることがある。ああ、この男は本当に心身を削って、果て無き理想のために現実と闘っているのだな、と。おそらくはその想いのために、あえて外法に身を沈めたのだな、と。
 例えばそれは、奴のところまで上がってくる殉職者の名簿を眺めるときの奴の瞳であったり。例えばそれは、他部門との折衝の会議を終えて、執務室の椅子に座るときに、いつもの傲岸な表情の下から一瞬漏れる感情であったり。

 そんなものを見慣れると、引導を渡してやるべきだと思いつつ、なかなか踏み切れないのだ。陰陽師にあるまじき感傷が、俺の心に絡みつく。苦闘と苦悩の果てに、外法・邪道と呼ばれる手段に手を出した前世の記憶が、奴の姿をとって叫ぶのだ。
 抗え、抗え、どんな手を使っても「現実」に抗え! と。


 正しい道などこの世にはない。行為に報いがあることなどない。だから、自身の保身を優先して、先手先手を打って危険を回避する。そのためにとる手段を選ぶ必要など、余裕などない。
 そう割り切っていたはずなのに、生まれ変わってからの俺はおかしい。
 フェイトの笑顔が、ハヤテの瞳が。プロジェクトのなかで出会った人々の姿が。とっくに定めたはずの、俺の心のあり方を揺さぶる。


 自身のあり方の動揺とレジアスへの感傷。俺は混乱する心を抱え、レジアスへの対応を決断できずに、問題を先送りしている。望んで破滅への道を進む、外道に堕ちた男への態度を決めかねている。


 先延ばしにするほど、打てる手は狭まっていくというのに。
 いつか、俺はこの躊躇いの代償を支払うことになるだろう。



■■後書き■■
 前回今回のなのはさん、謀略・工作に走る走る。書きながら、「うわ、あくど」と何回か思った作者。
 ほんのり魔王テイストが香るから、私的にはいいんですけど。

 とりあえず、A's編終了です。次回から、オリジナルエピソード「プロジェクト編」に入ります。 



[4464] 十八話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/12/30 16:47
※12/30、内容を大幅改定。理由は後書きにて(次々話のネタばれを含む)。






 クラナガン市全域を監視するシステム「磐長媛命」。
 その中核となる情報収集・発信衛星「天照」。
 「天照」を補佐する各種観測機器群。
 「磐長媛命」と連携して、戦域管制をおこなうシステム・デバイス「ヘカトンケイレス」。

 これら一群のシステム・装備の開発コードは「イージス」。俺が持ち込んだ、地球のイージス艦のシステムを元にしているためだ。


「「ヘカトンケイレス」は、「イージス・システム」の機能を応用したデバイスだったと記憶しているが、試作機の性能はどうだったのかね?」
「はい」
質問に反応して、俺は立ち上がった。
「まず、イージス・システムについて、簡単におさらいさせていただきます。
 イージス艦の搭載しているイージス・システムの特徴は、大きく2つ挙げられます」
俺は各参加者の前に開いているウィンドウの表示を切り替える。
「一つ目。イージス武器システムを中心にしたシステム。イージス武器システムとは、多数目標の同時捜索探知、追尾、評定、発射されたミサイルの追尾・指令誘導の役目を一手に担う多機能レーダーを中心にしたシステム。
 二つ目。指揮決定システム。目標への対応についての判断において、処理時間を飛躍的に短縮するシステム。これは、レーダーやソナー、データリンクなどからの情報を総合して、周囲の目標について、その脅威度や攻撃手段などを自動で判断するシステム」
言葉が聞き手のなかに浸透するのを待って続ける。
「これと同種の機能をもったデバイスを戦闘指揮官に装備させることで、接敵時の対応の迅速化、指揮官にかかる負担軽減による指揮能力の向上を見込んでおりました。
 多数の仮想敵との遭遇戦を想定した演習を、10個陸士中隊に、指揮官が試作機を装備している場合としていない場合の2通りおこなってもらった結果、すべての中隊で試作機装備時の方が、接敵後の初動までの時間及び仮想敵の全滅までの時間が、大幅に短縮されました」
ウィンドウを操作して、試作機の性能試験である演習の結果を表示する。どよめきが上がった。
「ごらんのとおりの効果です。量産時の生産費用については、事前に配布させていただいた資料に記載されています。効果・費用とも、目標としていたレベルを、十分クリアしているものと判断し、「ヘカトンケイレス」の量産開始の決定、並びに配備推進計画の策定開始を提言します」


 プロジェクト・チームの会合が終了し、俺は椅子に座ったまま、軽く伸びをした。

 状況は上々だ。「ヘカトンケイレス」の量産開始が正式に決定され、配備推進計画の策定も専門チームを任命して開始することになった。2ヶ月もすれば、配備がはじまるだろう。まずはクラナガンの部隊が優先されるだろうが、その辺は仕方ない。予算が潤沢にあれば、一気に各次元世界駐屯部隊も含めての大量配備が可能だろうが、地上の予算は常にぎりぎりなのだ。正直、教導隊や武装隊の環境とは違いすぎて、少し戸惑う。同時に、「陸」「空」「海」の仲が悪い理由がよく理解できた。金の恨みはただでさえ尾をひくのに、それが仕事に足枷をかけてくるとなると、真面目な奴ほど腹を立てるだろう。正直、管理局が広い次元世界の全てを自分達で管理しようとするから、金も人手も足りなくなると思うんだが。そこを何とかしない限り、小手先の対処にしかならないだろう。……たとえ犯罪に手を染めるまでして努力しても。

 俺は軽く頭を振って、思考を切り替えた。


 「天照」の製造もすでに諸機能の作動確認の段階に入っている。近々衛星軌道に打ち上げて、そこで機能作動状態の最終確認を終え次第、正式に「磐長媛命」が稼動を始めることになる。

 「天照」が上空から、パッシブ・アクティブの双方で、魔力反応・電磁波によるサーチ・サーモグラフィ機能によるサーチをクラナガン全域に対しておこない、今も生産が行なわれている可搬式の各種観測機器装置の配置、陸士隊の指揮車の改造がある程度終われば、クラナガン市全域が「磐長媛命」の監視下に置かれることになる。
 「磐長媛命」が地上本部ビルの首都防衛隊指揮所のコンピューターにつながれれば、市内で発生した異常は即指揮所のコンピューターに報告され、予想される状況に対して定式化したデータベースに基くドクトリン管制により、発生区域担当の陸士隊司令部や発生区域付近の局員に自動で必要な情報が提供されて、現場が対応していくことになる。無論、事態の解決まで、情報は継続して送られ、更新されつづける。現場の負担は大きく減るだろう。
 これに「ヘカトンケイレス」が加われば、「磐長媛命」の捕捉した対象をダイレクトに「ヘカトンケイレス」に送信して、「ヘカトンケイレス」の方で自動ロック・攻撃指示・結果確認まで、装備者の判断を挟みながら、実行するような戦法もとることができるようになる。首都の全部隊に「ヘカトンケイレス」が行き渡れば、クラナガンは文字通り、「イージス」の傘の下に入ることになるだろう。

 あとは戦場リンクシステムがなんとか製造・配備にこぎつければ、首都での事件への対応速度と鎮圧速度はさらに跳ね上がり、反比例して局員の死傷率も低下するはずだ。現状、予算の関係で棚ざらしになっている案だが、なんとか実現にこぎつけたい。


 あと、優先順位の関係上、まだ提案はしていないが、プロジェクト期間中に、企画案の提示くらいはしておきたい案が2つある。一つは、魔力炉から魔力を受けて、それを運用するタイプのデバイスと魔道兵器。
 そして、もう一つが武装統合運用システムデバイス。
 後者の構想の原型は、俺の教導隊配属以前に既に成立させている。

 俺の使う魔法の基本は、ユーノ、クロノとアースラでの実戦形式で学び、その後、陸士学校で基礎から詰め直したミッドチルダ式だが、「夜天の書」再生作業中に得られたベルカ式の知識と、その後の教会との関係のなかで身に付けたベルカ式の戦闘技術も扱うことができる。
 また、月読という大規模データベースの司書とも言うべき存在は、既存の魔法についての圧倒的な知識を俺にもたらした。

 だが、知識だけで実戦がこなせるわけじゃない。知識が血となり肉となって初めて、魔法を効果的に運用することができるようになる。
 配属当初の俺は、ただでさえ馬鹿でかい自分の魔力量に振り回されるのに、技術も経験も充分ではない(具体的には3ヶ月)状態で武装隊に放り込まれたため、実戦でおぼつかない魔法使用をおこないながら、付け焼刃でもいい、自分の魔力運用能力を上げる手段がないか、寸暇を惜しんで調べ、聞き、考えざるをえない状況に陥っていた。

 そのとき出した結論が、武装統合運用システム・デバイス。
 相手の装備や戦法などから過去の事件の中の類似例を探し。また、教本や実戦事例をもとに現在の状況にもっとも適した作戦・戦闘機動提案をおこなう。そして、俺の身体能力と魔力量を把握し使用デバイスとリンクし、場合によっては魔力運用や身体制御をも担当して、俺に無駄・無理の無い戦闘行動をとらせてくれる。そんなデバイスだ。

 幸い、魔力量だけはある俺には、特注デバイスの作成という点でかなり融通が利いた。こんなときは管理局の魔法至上主義に感謝する。ただ、デバイスと俺との意思疎通の点についてだけ、俺が要求した、「念話の技術を応用した思考の一体化」という方法が、機械と思考を融合させる行為がユニゾンデバイスの暴走事故を髣髴とさせるため、かなり揉めることになった。最終的には、ユニゾンではなくあくまで念話の技術を用いた思考の一体化であること、思考を一体化するといっても、マルチタスクにより分割した思考の中の1つのみとの一体化である、ということで押し切った。
 そして完成したのが、武装統合運用システム・デバイス「須佐乃男」。待機状態はペンダント、起動時には艶消しの黒で表面には対魔力波ステルスを施したブレストアーマーの形をとる。これと、以前話したことのある体調サポートシステム・デバイス、及びレイジングハートの同時使用が、以後の俺の戦闘時の基本装備になった。
 

 やがて、技術と知識をそれなりに噛み砕いて自分のものとし、借り物のアームドデバイスを用いてのベルカ方式の訓練もそれなりにおこなうようになって、須佐乃男の重要性は低下した。月読の完成後、月読とリンクすることで、圧倒的に敵戦力を分析する精度が上がったことくらいが例外だ。

 それでも、魔法を十分使いこなせているとは思えなかったため、いずれ、自分の得た戦訓をもとに、自分の魔法戦闘技術の再構築をおこなおうと考えていたが、武装隊にいる間は忙しすぎて無理だった。短い教導隊時代に簡単に下準備をおこない、さあこれから、というところで地上本部に出向。それ以降は、また手が回らなくてしばらく放置状態。

 だが、ヘカトンケイレスの構想を企画化する際に、オプションの一つとして、須佐乃男のコンセプトと技術を練り直すことができた。プロジェクトにオプション企画として提出することは可能だろう。

 
 思えば、この年度もそろそろ終わりが近い。おそらく、年度末にある程度のまとめをして、プロジェクトは一旦終了するだろう。俺の出向も、それに合わせて終わる見込みだ。提出した企画案のその後の運用は、戦技教導隊の1員という立場で充分、運用検討や配備推進に関与できる。
 ならば、残り少ない時間のうちに、ほかの懸案に対する目処を立てておくべきだろう。地上本部首都防衛長官直属という立場でいるからこそ、対応できる問題への。


 俺は以前から対応を検討しながら棚上げして関わらないようにしていた問題に対し、一歩踏み込むことにした。


 席を立ち、室内に残って、プロジェクト・メンバーの一部と話をしている壮年の男に近づく。
 男の目がこちらを向いた。
 その目に、牙を剥き出すように獰猛に笑いかけながら、俺は言った。


 「ゲイズ少将。お忙しいところ、すいませんが、すこしお時間を頂けませんか」



■■後書き■■
 月読、須佐乃男ときたからには、当然、天照も登場します。ヘカトンケイレスも、実は日本名にしたかったんですが、適当な神様や妖怪の類を思いつかなくて、結局、ギリシャ神話からとってきました。


<大幅改定をした理由>12/30追記  ※次々話(20話)のネタばれを含みます。

 プロジェクト終了=出向終了が近い時期(つまり年度末近く。六課の事例を考えると4月頭か末がそれにあたるはず)に、ヘカトンケイレスの企画案を説明したり、クラナガン全域のイージス・システム構想を1人で構想している状態だと、出向終了の約1ヵ月後におこる第八臨海空港火災時に、ヘカトンケイレスや衛星である天照やほかのレーダーが「配備されたばかり」となるには、時間的に考えて無理があると気づいたため。

 なお、「磐長媛命」は、「ヘカトンケイレスは実は和名にしたかったがいい名前がなかった」、と後書きで書いたときに、坂の上様から和名の案としていただいたものです。使用する対象が当初とは異なりますが、使わせていただきました。ありがとうございます。




[4464] 十九話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/12/18 13:42
「この一年、ご苦労だった」
人払いをした執務室で、レジアス少将が言う。
「良ければ、これからも地上で活躍できる場は用意できるが?」
俺は笑って返した。
「種は撒きました。育てるのは、地上の個々の部隊がやるべきこと。私ができるのは、その手伝いです。ならば、これから私があるべき場所は、地上ではなく、より幅広い部門に関与できる部隊であるべきでしょう」
「そうか」
淡々と、少将は引き下がった。俺という駒のこれからの使い道を考えた場合、教導隊に戻すのが最善だという考えは、彼の中にもあったのだろう。それでも誘いをかけたのは、うぬぼれでなければ、傍で共に戦う戦友が欲しかったのだろうと思う。同じ現実を見据え、同じ未来を見据えて、背中を任せて共に進める戦友。

「思えば、貴様とも不思議な縁だ」
僅かに感慨を含ませてレジアスが言う。こんな感傷めいた言葉を彼から聞くのは初めてだ。
「だが、あのときの貴様の指摘をきっかけとして、地上部隊の作戦効率は著しく向上する目処がついた。礼を言う」
かすかに頭を下げる。

 今回のプロジェクトは、犯罪低減の為の様々な手法を提議し、幾つかを採用した。既に実用段階に入っているものもある。
 その成果の主なものは以下のとおり。


 ①局内のデータベース統合、及びデータ解析の最適化(月読システム導入による)の管理局内での同意、関連して教会との情報交換の強化
 ②想定状況別犯罪対応訓練プログラムの策定、一部部隊でのテスト運用開始
 ③市街地での戦闘方法の合同研究会の開始
  (1)純粋科学による、情報収集システム、及びデータリンク・システムの、仮運用開始
  (2)兵科の分類、火力の優先的活用、魔導機械群の製造・活用の議案提議、及びそれに伴う新しい概念の訓練及び部隊運用方法の検討と、一部での仮運用
  (3)機動力の高い空戦魔導師の効果的活用方法の再検討
 

 「魔法の無い世界のほうが、純粋な戦闘技術や部隊運用・展開行動に長けるか……。考えてみれば、当然のことだが、我々は指摘されるまで、それに気づいていなかった」
自嘲の口調で語るおっさん。俺は肩を竦めた。ぞんざいな口調で返す。なんとなく、そうすることをレジアスが望んでいるように思えた。
「どんな人間でも、その生まれた社会・時代の制約を受ける。あんたが、魔法至上主義の影響を受けているように。恥じるようなことじゃなかろう」
「俺が地上本部で大きな責任を負う地位にいる以上、恥じるべきことだ」
断固とした言葉に、俺の慰めは跳ね返された。まったく誇り高い男だ。それだけの誇りを持ちながら、なぜ道を誤るのか。……いや、誇り高いからこそ、現状に耐え切れず外法に手を染めたのかも知れんな。皮肉なことだ。
 俺は一つ、息をついた。
「けど、今回のプロジェクトの結果、地上の戦力向上の目処はついた。さらに研究を進めることで、今後数年掛けて目に見えて成果は上がっていくだろう」
俺はレジアスの目を見た。初めて相見えたときから変わらない、鋼の瞳。
「それだけでは、不十分か?」
レジアスは口を引き結んで、答えなかった。



 長く、重い沈黙だった。
 レジアスは俺の視線から目を逸らさず、俺は相手の目を穿って魂まで抉り出すような視線を、レジアスに突き刺していた。


 やがて、レジアスはゆっくりと口を開いた。瞳の奥に、チラチラと瞬く炎の舌が覗いている。
「……ああ。足りんな。それだけでは不十分だ」
レジアスの瞳の底に燃える熾火。それは、こいつ自身を責め苛む後悔と屈辱の業火なのか。犠牲に捧げてきたもの達への懺悔と未来への不安を種火にして、茫々と燃え続ける妄執なのか。
 そうして、こいつは破滅への道を、心のどこかでそれと知りながら、進みつづけるのだろう。いかに強い信念と高い誇りを持っていても、永遠に戦いつづけられるわけじゃない。こいつの年齢と環境から言えば、むしろ、よく保ったほうだと思う。
 だが、それでも。


 黙って見送るには、俺はこの男に関わりすぎた。この男の苦悩と誇りが、前世の俺の記憶と重なるためか、無用な共感を持ってしまった。外道に堕ちて、なお誇り高い人間はいる。道を踏み外しても、成果を出そうとあがきつづける人間はいる。


「まだプロジェクトには上げていないが、幾つかの案が手元にある。実現できれば、お前の求める水準との差を、僅かでも埋められる。俺以外にも、腹案を持っている奴はいるだろう。そいつらを掘り起こすのも、上に立つ人間の手腕じゃないか?」
穏やかな声で紡いだ俺の言葉に、レジアスは静かにまぶたを下ろし。

 先ほどよりは短い沈黙のあとで、言葉を返した。
「プロジェクト案のテスト運用だけでも、来期の予算の固定費以外を食い潰す。その多数配備ともなるとなおさらだ。そこに、更なる改革案? とても、おこなえはせんよ」
感情をめったに表さないレジアスの顔に、疲労と諦観がありありと浮かんでいた。闘って闘って闘いつづけて。幾度も打ち倒され、幾度も立ち上がって。部下を失い戦友を失い。そうして長く辛い抵抗の日々の果てに、ついに屈服した男の顔だった。


 哀れむべきではない。この男の誇りを汚すことになる。
 同情もできない。「現実」に抗いつづけたこの男の半生に、誰が同情する権利を持つだろう。
 慰めも励ましも、おそらくこの男は必要としないだろう。彼は、すでに最善を尽くし意思の限りを尽くした。半端で諦めるような、生半な信念ではなかったはずだ。


 ならば。


「プロジェクトで開発された技術を、主な次元世界に提供する」
俺が口にした言葉に、レジアスは静かにまぶたを押し上げ、いぶかしげな視線を俺に投げた。
「試験運用とでも口実をつければいい。あるいはその世界の協力で完成させた技術としてもいい。それで、全額とはいかなくとも、ある程度の費用負担は持ってもらえるだろう」
「無茶を言うな」
孤独に闘い続けた男は首を振った。
「管理局の技術、特に戦闘に関わるような技術の外部供与は重罪だ。供与先の世界も罰則を受ける」
どこか凪いだ目をして言ったレジアスに向かい、俺は静かにソレを口にした。

「戦闘機人計画」
「っ!」
「毒を以って毒を制す、か? 感心せんな。後ろ暗いことを無しにしろ、などとは言わんが、リスクの割に見返りが少なすぎる」
「……だが、必要なことだ」
一瞬の動揺の後、レジアスはごまかしも問い詰めもせず、真っ向から俺の言葉を受けて立った。
 ほら、お前がそうだから、俺は余計な口出しをする気になる。お前が破滅する以外の可能性を、俺も見てみたくなる。
「だった、の間違いだろ? そんなモノに頼らずとも、治安を保っていく目処はつくと、今の話で判ったはずだ」
「犯罪行為をおこなって、か?」
「さて。戦闘機人の生産は合法だったかな?」
「……」
「管理局による管理局維持のための法。
 次元世界は、圧倒的優位を自ら作り出した管理局によって、羊の群れのように管理されるべきなのか。世界それぞれの意思により、迷い苦しむとも、自身の力で自身の未来を掴み取るべきなのか。
 俺は現場の軍人だ。政治や、ましてや世界の未来を考え語るのは、俺の仕事じゃない」
「……」
応えないレジアスに軽く肩を竦め、俺は別の問いを発した。

「お前の背後に、さらに黒幕がいるんだろう?」
「……」
「都合よく使いまわされて切り捨てられるだけだぞ。お前も判ってるだろうに」
「……そう易々といいようにはされん」
「かもしれんな。だが、「陸」の状況が変われば、管理局の現状が変われば。不要なことだ」
「っ! どうしろというのだ! いまさら……っ! ゼストら多くの局員の犠牲を、いまさら無駄だったと切り捨てろと言うのか?!」
「過去は無駄になどならんさ。あんたがそれを覚えている限り。現場の人間が、彼らの苦難と犠牲を語り継ぐ限り」
「……」
「とりあえず、黒幕との関係は現状維持だな。対立するにはまだ早いだろう」
「…………お前はどうする気だ?」
「そうだな……とりあえず、管理局を壊してみるか」
「っなに?!」
「悪事と膿をさらけ出し、どこかの部門にまとめて押し付けて断罪すればいい。残った部分を、次元世界と協力して再編成して、新しい治安組織として再出発すればいい」
「……とんだ悪党だな」
「誉め言葉だな。俺が欲しいのは結果だ。評価じゃない」
「……」
「外交アドバイザーの資格を持っていたな。オーリス嬢も似たような資格持ちだったはずだ。技術供与を軸に各世界と関係を深めて、新しい組織のための基盤作りをするといい。聖王教会との関係は、俺が根回しをしておこう」
「……本気か?」
「管理局の機能不全の進行と各世界の持つ政治的不満を踏まえた上で、治安を維持・改善させようと望むなら、これがもっともローリスクで、ハイリターンだ」
「……」
「すぐに割り切りがつけられんのなら、じっくり考えろ。どうせ、管理局の解体と再生が実行可能な状況に持っていくまで、年単位の時間がかかる」
「……俺のしたことを見逃すのか」
「見逃すわけじゃない。あんたは命を冒涜し、あるべき理を歪めるのに手を貸した。なかったことにはできんし、逃れることもできない罪だ」
「……」
「だが、俺は正義の味方じゃない。
 そして、俺は、お前がすでに地獄にいることを知っていて、お前がそこで業火に灼かれているのを見届けてきた。おそらくこれからも、ただ見続けるだろう。それだけのことだ。
 それに。管理局の現状を変えて新しい可能性を切り拓くには、俺単独の力では遥かに遠い道なのは自明だしな」
「……お前は、いったい、何を望むのだ、高町?」
「さて……。……さしあたりは、正義がお題目でない世界、現実に負けずに理想を地道に追求できる組織……」
「……」
「俺は、ただ平凡に生きて死ぬならそれでも良かった。だが、才能があるという、ただそれだけで生き方を強制された。耐えられることじゃないが、かと言って逃げ出すこともしなかった」
「……」
「そんな俺に、届かぬと知る夢にそれでもなお手を伸ばす愚かさと眩さを見せた奴らがいる。遥かな理想を心に現在(いま)を歩く、愚直な意思を見せられ続けた日々がある。
 だから、思った。
 少なくとも、明らかに理不尽を生みだしている存在くらいは、打ち倒しておいてやりたいと。
 魔導師を確保するために人が生まれるんじゃない。魔法を発展させるために、社会が維持されるんじゃない。社会を維持し繁栄させていくための技術の一つとして、人が自分の可能性を掴むための道の一つとして、魔法があるんだ。魔導師になるんだ。
 次元世界はそれを履き違えた。管理局がその勘違いを強化して自分達の正義に祭り上げた。なら、それが過ちだったことを、次元世界中に、明らかなカタチで知らしめてやる。
 それだけのことだ」
「…………」
「…………」
「………………魔王…か」
「…なに?」
「……たしかに、魔王だな。旧い秩序を破壊し、新しい世界を生み出す。混沌の魔王とでも呼ぶべきか」
「……おい」
「……ック、クックククク……」
「……」
「ハッ、ハッハハハハハハハハハハハ!」
「……」
「ハハハハハハハハ!!」



 ……その日が、再生と反攻の始まりだった。

 先の見えない闘いの日々の果てに、遂に現実に屈した一人の男と。皮肉と八つ当たりを撒き散らしながら、あてどなく流離う闇の中、忘れ果てたはずの光を幻視して、閉ざしかけた眼を見開いた一人の魔王と。


 始まりは、ただ二人だった。




■■後書き■■
 魔王覚醒。



[4464] 二十話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/20 16:29
※2/20、微変更:リボルバーの形状を → 鈍い銀の光を放つ、オートマチック拳銃の形状を




〔  “奇跡の死者ゼロ! 地上部隊の意地を魅せた!!”     <クラナガン・デイリー>  


 昨日、第八臨海空港全域を嘗め尽くした火災では、奇跡的に1人の死者も出なかった。救助にあたった時空管理局陸士部隊の奮闘はもちろんだが、ほかにもいくつかの要素がこの奇跡を生み出した。もっとも早く駆けつけ、最後まで指揮をとりつづけた陸士第108大隊大隊長のゲンヤ・ナカジマ三佐はこう語る。
「もっとも助かったのは、つい先日稼動したばかりの広域監視システム「天照」と、これに連動して運用される試作装備「ヘカトンケイレス」です。
 「天照」は、人工衛星から地上の様子を確認し、首都各所に設置されたレーダーの情報と合わせて、様々な情報を提供してくれます。今回の場合では、火災発生と同時にこれを探知して地上本部にエマージェンシーを入れ、本部の指示を受けて現場に近い局員達に火災の発生を知らせました。そして、その中で最高位だった私が、指揮権限を持つことも知らせてくれたんです。おかげで、普通は混乱でなかなかうまくいかない初動の段階でも、指揮権が明確なおかげで、スムーズに救助活動に入れました。
 その後も、避難できないでいる人達の位置や通路の状態、火災の延焼予測などの情報を収集、指揮車両に回してくれました。炎の勢いがとても強くて空港の敷地は広大でしたから、通常の魔法では、空港全体の様子や生命反応の位置などを把握できなかったんです。」
 そして、試作装備「ヘカトンケイレス」。この名は、ある管理外世界の神話に登場する、百の目と百の手を持つ巨人族からとられたという。
「「ヘカトンケイレス」装備者は、同時に多数の目標を捕捉し、それらに対する行動を指揮下にある人員に指示することができます。マルチタスクなんて目じゃない精度と数でね。実際に百とまではいきませんが、たくさんの目と手を、装備者に与えてくれることは確かです。
 それに、「ヘカトンケイレス」装備者は、指揮車両に来るのと同じ情報を常に共有してましたからね。前線での細かい指揮は、彼らに任せておけばよかった。私は、部隊単位での配置や、続々と集まってくる局員達の割り振りだけに専念できたんです。もっと細かい指示や現場からのひっきりなしの情報提供依頼に対応しなければならなかったとしたら、指揮車両の能力のほとんどはそちらに割かれて、とてもあれだけ効率のいい指揮はとれなかったでしょう。上級指揮官と、現場指揮官の役割分担が明確に出来ていたんです」
 そう言って笑ったナカジマ三佐だが、指揮の真っ最中に、自身の2人の娘が、まさに災害現場にいた、と知ったときは、さすがに血の気が引いたという。
「入ってきたのは「救助された」という連絡だったんですが、恥ずかしながら取り乱しましてね。一瞬、指揮を放り出して通信機にかじりついたんです。けれど、ほかならぬ娘を助けてくれた局員に一喝されました。「俺は俺の責任を果たして、その結果、お前の娘は助かった。お前はお前の責任を放棄して、誰かの子供の命を捨てるのか」って。
 私もそれなりに修羅場を潜ってるんですが、その私の心臓が縮み上がるくらい、凄まじい迫力の声でした。おかげで私も目が覚めましてね。おまけに、通信機に飛びついた時に、オープン回線になってたもんだから、現場の局員や指揮車両の人員にも、その声が流れてて、全員、気合が入りなおして、高い士気で残りの活動を完遂することができたんです」
 臆せず上官に叱咤を浴びせた高町二等空尉(本局戦技教導隊所属)には、残念ながらインタビューすることはできなかったが、彼女やナカジマ三佐のような局員達が持つ、強い信念と高い職業倫理こそが、これほどの災害で死者を0に抑えた最大の力なのではないだろうか…… 〕


 そこまで読んで、俺はウィンドウを閉じた。自分の行動を、綺麗な美談風味に仕立て上げられたのは、正直気分が悪いが、我慢するべきだろう。「天照」と「ヘカトンケイレス」の有効性をアピールするには、悪くない記事だ。あとでオーリス嬢に送って、うまく活用してもらおう。有能な彼女のことだから、すでに複数の記事を入手している可能性が高いが。

 俺は頬杖をついて、窓の外を見た。景色が流れていく。

 およそひと月前に出向を終えて、教導隊に復帰した俺は、精力的に活動をはじめた。最高評議会をはじめとする管理局の主流派とやりあうつもりなら、足元を固めておかないとはじまらない。プロジェクトの成果や、その途上で得た各種データや現場の生の声を背景に、俺はまず、教導隊本部直下の新戦技検討課と新装備検討課に顔を出し、魔力量に頼らない戦術や装備について、様々に提案し、各種議論に首をつっこんだ。
 両課とも、近年は目立った成果を出せず、従来仕様の焼き直しでお茶を濁すことの多かった部署だけに、最初は「部外者が出入りするな」と警戒する雰囲気が強かったが、俺の年齢と噂が後押ししたのか、従来とは異なる範囲の情報が魅力的だったのか、強引に顔を出していくうちに、それなりに議論に混ぜてもらえるようになり、意見を聞かれるようなことも増えてきた。

 今日はその努力の成果の一つとして、両課の課員と同道して航空武装隊の隊舎へと向かっている。することは、プロジェクトの初期のころと同じ、現場の意見の吸い上げと、現場での普段の訓練方法の確認。可能なら、実際の訓練風景も視察したい。
 そしてその結果を持ち帰り、また両課で意見を交わす。俺の所属する実戦部隊5班の班長ら、教導の古株に意見を聞いてみてもいい。俺のような新人が、これまでの教導方針に変更を加えようとするなら、提案に説得力を持たすだけのデータと成果が必要なのだ。順序が逆だが、とりあえず、航空武装隊の面々に腕を上げてもらえるように全力を尽くすべきだろう。

 それに先のことを考えると、空を自分たちのステージとする航空魔導師達とは、強いコネクションをつくっておきたいところだ。近代戦では、空を支配することが戦争の勝利への近道なのだから。

 
 まだまだ遠い未来を思って、俺は目を閉じた。到着までまだ少し時間がある。一眠りさせてもらうとしよう。






 
[ “特別プロジェクトの成果! 第八臨海空港火災での地上部隊活躍を支えた新装備を切る!”  <ミッドチルダ・テクニカル>


 ……1年前の、クラナガン第八臨海空港火災において威力を発揮した各種新武装だが、これらは、約1年にも及ぶ時空管理局地上本部の総力をあげたプロジェクトにおいて、企画・提案され、実現に至ったものだ。

 今回、わが社は数ヶ月がかりの綿密な取材を元に、そのプロジェクトの核心に迫った。
 
 プロジェクトは、「地上本部首都防衛隊・長官直属・部署横断プロジェクト・地上犯罪低減計画作成プロジェクト」の名称で、新暦70年から71年までの約1年間に渡って10数回開催された。
 その方針は、「少ない魔力量と人員で、いかに効率よく治安を守るか」(関係者)であり、前線部隊の責任者やエース級の局員、バックアップ部門の若手や、本局戦技教導隊からの出向者を交えたメンバーで構成され、地道に現場からの意見を吸い上げた上で、効率よく部隊を運用する方法の検討や、それを実現させるための各種装備の企画・提案が行なわれた。

 「とにかく現場主義でしたね」(前出者)。プロジェクトメンバーは、膨大な地上部隊のほとんどを実際に訪問して、平隊員からもささいな不満や意見を聞き出すように努め、また、各訓練校にまで足を運んで、現場に人材を送り込む側からの視点や、その教育内容の見直しまで手がけたという。プロジェクト期間の、実に3分の1以上の期間が、この現場回りにあてられたようだ。

 だが、その甲斐あって得られた貴重な生の声を元に、プロジェクト・メンバーは改革案を検討した。とはいえ、提議された案件には技術的に目新しいものは、あまりなかったという。
 「むしろ、現在の装備と運用で上手くいかないのはなぜか。その洗い出しと修正方法の検討に力が入れられていました。開発された新装備は、それらの議論が一段落してから、検討され始めたものなんです。それも既存の技術を組み合わせたものが多かった。新しいと言えるのは、その発想や運用ドクトリンくらいでした」(前出者)。だが、その新しい発想だけで、もはや耳に馴染みの深い「天照」を始めとする、劇的な効果をもつ各種新装備を生み出したのだから、プロジェクト・メンバーの優秀さが知れるだろう。

 このプロジェクトに関連して生み出された新装備は…… ]

 
 近づいてくる足音に、俺は顔を上げた。この研究室の主たるマリエル・アテンザが、こちらに歩み寄ってきて、俺の目の前の机に、カチャリと2つのデバイスを置いた。
「お待たせー……あれ、その記事」
「ああ、ちょっと表題に引かれて目を通したんだが、たいしたことは書いてないな」
「あ、そうよね」
マリエルはプクリと頬を膨らませた。
「私も表題に引かれて買ったんだけど、なにが「新装備を切る」よ! 地上本部が発表した内容にちょっと色をつけて、装備についても公開されてるスペックだけ並べて、「評価が定まるのは、更なる実戦での運用のあとだろう」なんてお茶を濁しちゃって。いい加減な仕事するなっての!」
 俺は軽く笑った。彼女もプロジェクトにオブザーバーとして何度か参加し、装備の開発提案の時には少なからず議論を主導しただけに、半端な内容で、新装備の評価と銘打った記事には、腹に据えかねるものがあったらしい。
「まあ、機密に触れることも多いしな。そんなことより、こいつらの話を聞かせてくれるか」

 俺が、目の前に置かれた、鈍い銀の光を放つ、オートマチック拳銃の形状を模した2丁の拳銃型ストレージ・デバイスを手で示すと、マリエルはそれまでの不満をさらっと忘れて、嬉々として説明を始めた。悪い奴ではないんだが、技術者気質というか、ちょっとマッドというか……。

「銃身に魔法陣を刻み込んだから、ご希望どおり、魔力を圧縮しての魔力弾形成は、魔力をデバイスに流し込むだけで自動的に行なわれるわ。圧縮率は並みの武装隊員の技術で圧縮したときの1.5倍を見込んでる。魔力弾の強度は通常弾の2倍近くなるわ。
 カートリッジシステムの組み込みは、解放される魔力が銃身方向にしか流れないようにしたし、引金を引くのと連動して魔力解放されるから、全てが魔力弾の推力に回される構造になってる。カートリッジ1本分の魔力を爆発的に解放したエネルギーが、丸々推力に回されるから、初速はちょっとしたもんになるわ。複数弾頭を構成しても、Aクラスの障壁なら、弾速だけで確実に抜けるわ。AAクラスも、上手くいけば貫通できるかもしれない。貴女の言ってた「徹甲弾」っていうのの機能は、ほぼ再現できてると思うんだけど、どお?」
 手にとって、デバイスの動作機構や、刻まれた魔法陣を確認していた俺は、デバイスを机の上に戻していった。
「ああ、期待通りの出来だ。ありがとう」
「いーわよ、面白い仕事だったし。
 それに提供してもらった魔法陣の資料、いい研究材料になりそうなのよ。こっちがお礼を言いたいくらい」
「なに、たまたま見つけただけで、俺には使いこなすことの出来ない知識だったからな。ただ、お願いしたとおり……」
「うん、わかってる。約束は守るわよ。この技術は貴方のOKが出るまで人に教えない。まあ、研究する時間がもうちょっとほしかったから、私は構わないんだけど……。でも、ホントなの、管理局の中に犯罪者とつながってる人達がいるって」
「ああ、まだ尻尾はつかめてないがな。「海」の一部が絡んでいるのは、ほぼ確実だ。それもけっこう、上のほうまでつながってるようだ」
平然と俺は嘘をついた。まあ、彼女の性格からして、重大なことに関しては口が固そうだが、それならそれでいい。「海」上層部への不信の種を撒いているのは、ここだけじゃない。
「っはー、やってらんないわねえ。局員が犯罪者とグルになるなんて。まあ、あたしは研究できればそれでいいんだけど」
「マリエルらしいな」
俺は苦笑して、デバイスを手にとり、立ち上がった。
「あら、もう行くの?」
「ああ、戦技の新装備検討課との打ち合わせが入ってる」

 これまで、同課と議論を続けてきた、武装統合運用システム・デバイスとヘカトンケイレス・システムとの統合案がまとまり、今日が最終仕様案の詰めだ。これが終われば、検討課から技術部に対し、試作の依頼が出されることになる。
「忙しいみたいね。身体には気をつけて」
「ああ、マリエルもな」
挨拶を交わして、研究室を出る。


 この1年ほどで、だいぶ戦技内で話を通せるようになってきた。俺の戦闘技法もだいぶ固まってきたし、今日受け取ったデバイスに加え、統合システム・デバイスが手に入れば、戦闘任務の達成効率ははねあがるだろう。難易度の高い任務を迅速に処理することが可能になっていくはずだ。
 現場とのコネも大事だが、戦闘任務において確固たる実績があれば、俺への信頼度はより高くなる。そうすれば、現場への影響力も隊内での発言権も増し、さらに重要な仕事を任されるようになる……デバイスの充実は、その循環を回しはじめる準備だ。


 順調に、目的に向かって進んでいる感覚。俺は、獣が獲物を見定めるときのように、かすかに目を細めた。








[ “「魔力よりも「人」の力」 時空管理局ゲイズ中将(地上本部首都防衛長官)大いに語る!”  <ミッドチルダ中央ニュース>

(以下、インタビュアーは(イ)、ゲイズ中将は(ゲ))

 ……………………
 …………
 ……
(イ)ところで、71年のクラナガン第八臨海空港火災での陸士部隊の活躍に、新規開発された装備が大いに活躍したことはすでに知られていますが、これらの装備の開発と配備は、ゲイズ中将が強く推し進めたものだと伺っています。その功績により、中将に昇進されたということですが。
(ゲ)魔法の資質には個人差があるものです。新装備は、その差を埋め、平和を守るために十分な戦力を揃えることを目的に、特別プロジェクトで提案・検討され、開発されました。予算の問題で、全ての提案が実用化されたわけでも、十分な配備ができたわけでもありませんが、その効果はすでに明らかです。引き続き、開発・配備をすすめていきたいと考えています。
(イ)魔導師の力の底上げを狙った装備、ということですか?
(ゲ)いえ、そうではありません。今、魔導師の力、とおっしゃいましたが、その「力」とは、個人の天性の資質である「魔力量」、それを使いこなす「技術と経験」、そしてその能力の発揮をサポートする「装備と同僚」から成り立っています。新開発された装備は、今、順に挙げた中の3番目、「能力の発揮をサポートする」ことに重点をおき、魔導師でなくていもいい状況では魔導師の負担を肩代わりしたり、或いは、部隊内の連携を密にして、隊員が相互に助けあうことがより容易にできるようになることを、開発の方針としています。
(イ)魔導師の力の底上げと言うより、魔導師が力を発揮できる環境を整える、ということですね。有名な「天照」も、その方針に添って開発されたわけですか。
(ゲ)ええ。「天照」によって、犯罪や災害の発生地点の細かい地理や敵味方の人員配置の状況、各員の魔力量などの情報を全員が共有できるようになり、細かい指示が無くとも、大筋の指令さえ下されていれば、隊員がそれぞれの判断でもっとも効果的と思われる行動をとることができるようになりました。もっとも、実際は、前線指揮官が細かい指示を下すことが多いのですが、指示を受ける側が状況をしっかり理解していると、指示への反応が早くなることは、運用データから明らかになっています。
(イ)従来の新装備と言えば、より強力な魔法を使えるようにするためのものが多かったように思いますが、違う方向からのアプローチで成果を示されました。
(ゲ)以前、ある局員が言っていたことですが、魔法は技術にすぎないのです。魔力はその技術に使えるエネルギー量であって、決して、それ単独では成果を左右するものではありません。大切なのは、魔法という技術を扱う「人」の能力です。人間の持つ柔軟な発想や、時間や集団で蓄積された知恵こそが、成果を出すための力なのです。
(イ)今後の課題はどういったことになりますか?
(ゲ)先に言ったとおり、まず予算。次元世界は広大ですから、重要地域をカバーする部隊に配備するだけでも、装備は大量に必要となります。次に、各次元世界との協力体制の強化。今回の装備開発には、いくつかの次元世界の協力も頂いておりますから、全てとはいかずとも、ある程度は技術のお返しをおこなうことになるでしょう。現在、そのための交渉をおこなう準備をすすめています。
(イ)ミッドチルダの平和のみに目を向けていては、その維持は図れない、ということでしょうか。
(ゲ)その通りです。各次元世界が密接なつながりをもつ以上、ミッドチルダ単独の平和を追求することには無理があります。犯罪はミッドチルダ内でのみ発生するのではなく、他世界からも流入してくるのですから。
(イ)難しい課題ですね。
(ゲ)ええ。しかし、我々時空管理局は、次元世界の治安維持のために存在しています。私の職責はクラナガンの防衛と治安維持ですが、地上本部には、ミッドチルダ全体の治安や、各次元世界の治安を担う局員達がおります。私や彼らの努力に、自分の故郷を愛する各次元世界の人々の努力が合わされば、達成できる課題であると信じています。
(イ)頼もしいお言葉に安心しました。ところで、いま、ミッドチルダ全体の治安のお話がでましたが…… ]


 向かいに座っている、30代の官僚は、読んでいた書面から顔を上げた。
 教導の仕事で訪れたこの次元世界の政府の、外交部門に属する人間だ。教会を通じて、仕事の合間に、秘密裏に会談の時間をとってもらうよう要請した。
 彼が読んでいたのは、先日ミッドチルダ全域で放映されたニュース番組の一部を、書面に書き起こしたものだ。

「なかなか、にわかには信じがたいお話ですね」
つかの間の沈黙の後、彼は眼鏡に触れながら話しはじめた。
「時空管理局は、技術、それも魔法戦闘に関するものの流出には非常に厳格です。
 名高いレジアス中将閣下のお言葉を疑うわけではありませんが、閣下の一存で管理局の方針を変えうると考えにくいのも確かです」
「ですが、公の場でこれほどはっきり発言した以上、それなりの根拠があるとはお思いになりませんか」
静かに俺は切り返した。
「そして、現実に私が露払いとして、貴方と接触した。まだおおっぴらに交渉できる状況にはありませんが、そちらと交渉をおこなう意思があることは、お認めいただけるかと思うのですが」
「……確かにおっしゃるとおりです」
男はやや、間を置いて、俺の言葉を肯定した。だが。それだけだ。うかつに話に興味を示すことは危険だと考えているのだろう。これまでの管理局のやりかたを見ていれば無理もない。
 俺は、意識して口元を緩めた。
「まあ、今回はこちらにその意志がある、ということだけお伝えしたかったのです。教会嫌いで知られる中将が、教会の伝手を頼って、あなた方に接触したのも、この問題がまだ管理局内でも扱いに注意を要する事案ということのほかに、中立組織たる教会を介することで、策略や絵空事ではない、と保証してもらう意味もあります。また、これはまだ内々のことですが」
俺は一旦、口を切った。男は、礼を失しない程度に、だが熱意を見せすぎない程度に、興味を表情に表して俺の言葉を聞いている。
「地上本部は、今後、各次元世界と連携を強めるのと並行して、教会との関係を改善、強化していきたいと考えています」
「……なるほど」
男の反応は、どうとでもとれるものだったが、俺には十分だった。
 これまで、ほぼ一方的に自分達の意志を通してきた組織が、突然これからは協力していきましょう、などと言ってきたら、疑うのは当然だ。それを思えば、さほど疑問を口にせず、中立に徹した男の反応は、むしろ好感触に分類される。信用はこれからの交渉で、徐々に得ていけばいいのだ。
 各世界及び教会との関係強化という見せ札をさらした以上、相手は当然、その裏を取ろうとするだろう。そして、実際に関係を強化しようという動きの情報を仕入れれば、こちらの話の信用度が上がるとともに、自分達が孤立しないためのアクションも検討せざるを得なくなる。続いていく折衝に、ある程度の力を割く必要が出てくる。
「次回の接触は、より外交に慣れた人物が派遣されるでしょう。その詳細に関するご連絡は、直接させていただいてもよろしいですか?」
男はしばらく考えたあと、承諾し、直通の番号を書いて寄越した。上々だ。俺は微笑んで礼を言った。

 これで今回の目的の半分は達成した。俺は一息ついて、カップを手に取り、コーヒーを口に含んだ。向かいの男の表情もやややわらいでいる。
 さしさわりのない世間話を少しの間交わした後、俺は目的の残り半分を済ませることにした。

 「ところで」
俺は身を乗り出すように椅子に座りなおし、反応して姿勢を変えた男に、そっと、顔を近づけて囁いた。
「現在の管理局についてどう思われます? いささか、傲慢に振舞いすぎているとの話も聞きますが」
「……いえ、とんでもない。大変好意的にご尽力いただいて、私共も助かっています」
「問題は、次元航行部隊の横暴、とういうことですか」
「ははは、ご冗談を」
俺は、笑顔を浮かべる相手の顔を、意味ありげな視線でじっと見つめ、それからもう一度、椅子に深く座りなおした。
「そうですか。それならいいのです」
ゆったりとした仕草で、カップを手に取る。
「ただ、我々、若手士官の間では、「空」「陸」を問わず、上層部や、管理局の顔とも言える次元航行艦隊のふるまいに、疑問をもつ者が増えてきている。それだけのことでしてね」

 そう言って、俺は静かにコーヒーを啜った。穏やかな笑みを浮かべながら。
 男は、ややこわばった顔でこちらを見ていたが、やがて吐息をついて、カップを手にした。


 ピアノ演奏の音が、静かに流れている。


 




[ “‘空’のカリスマ・高町なのは一等空尉! 次代の管理局を担う新星の活躍!” <ミッドチルダ・トレンド・ウィークリー> 〕


 雑誌の表紙に、微笑を浮かべた俺の顔がある。先日、取材をうけたが、その記事が脱稿して俺宛に見本が送られてきた。
 本来なら、こんな騒がしくなるだけの仕事は受けないんだが、今回は事前にオーリス嬢から受けるように、と連絡があった。なんでもレジアスが手を回して、ミッドチルダで一般人に広く読まれている人気の雑誌が、俺の特集を組むように仕向けたらしい。
 ミッドチルダの影響力の強い各次元世界でも、よく読まれている雑誌だそうで、名を売るには絶好なのだそうだ。管理局に不満があるとは言っても、現在の平和を守っているのが管理局だという認識が根強くある限り、政治的連携だけで管理局を解体すると、民心が動揺するのは避けられない。だが、多くの活躍をして名の知れた存在が新しい秩序に参加していれば、動揺をある程度まで抑えることができる、というのがレジアスの考えだ。

 やはり、あいつは、こういう搦め手や寝技もつかっての政治的構想力に長けている。俺には出来ない発想だ。……もっとも、自分が晒し者になるのはいい気分ではないが。


 それにしても、「空のカリスマ」とは、また大仰な呼び名だ。胡散臭さも倍増、「魔王」のほうがよっぽどいい。まあ、こんなヨイショの記事で、「魔王」なんて書くわけにはいかなかったんだろうが。


 これまでの一連の改革で、管理局は末端からその能力を向上させつつある。個々の部隊の能力が上がれば、組織の機能不全という影は、より色濃く局員の心に落ちるだろう。あとは、一般局員間の理解と交流を深めつつ、他部署と対立して組織に悪影響をもたらしている上層部への不信の種を広げて、すこしずつ、それを育てていけばいい。上層部が不正に関与していた、と突然言われても「ああ、ありえる」と感じる程度まで、不信感が広がってくれれば上出来だ。


 先はまだ長いが、状況が水面下でひそやかに胎動している手ごたえは感じられる。軽い充足感を感じながら、俺は雑誌を放り出すと、扉のほうに向かった。

 今日は、ある次元世界に出張して、現地の軍と、駐留している管理局地上部隊との合同訓練に参加する予定だ。地道なドサ回りが最終的には近道なのは、どんな業界でも同じだ。まして、レジアスと検討している「計画」では、一般局員の支持が大きな鍵になる。彼らとしっかりした関係を築く、いい機会だ。全力全開でやらせてもらおう。


 俺は扉を開いて、眩しい陽光の中に足を踏み出した。



■■後書き■■
 なのはさん14歳から16歳前後くらいまでを、フラッシュでお送りしました。

 次回から、外伝編。話数は5話か6話予定(諸事情により、感想板で予告してた数より増やします)。で、外伝編後に、StS編突入です。



[4464] 外伝1:オーリス・ゲイズ、葛藤する
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2008/12/25 18:31
  私が彼女と会ったのは、父と一緒に本局内の通路を歩いていたときだった。

 またしても要望が却下され、不機嫌に歩く父の後ろで、私はそっとため息をついた。……地上本部が軽視され、予算も情報も配分が少ないのは、当時の私たちの悩みの種だった。「海」は次元世界の平和を守る任務がある、と大きな顔をするが、日常のささやかな幸せを守るのは、私たち地上部隊なのだ。それも、目立つ大物を片付ければいいというのではなく、際限なく涌き出る多彩な犯罪に迅速正確に対処していかなければならない。100人の命が1人の命より重いなど、理屈としては判るが、それを堂々と広言して免罪符にするような恥知らずでは、私も父もなかった。

 あるいは、それは必然だったのかもしれない。その日の相手の傲慢さと羞恥心の欠如が父さんをいらつかせ、その結果、噂でしか知らない「彼女」に、すれ違いざまに絡むという、父さんらしからぬ態度をとらせ。それが、「彼女」の才能を得て、地上の問題を改善していく切っ掛けとなったのだから。今考えると、あのときの交渉相手の態度に、皮肉な感謝の念すら感じてしまう。


 当初、私の彼女に対する印象は非常に悪いものだった。絡まれたとはいえ、彼女のとった態度は、たかだか尉官が将官に対してとるべき態度ではない。父から彼女を新設プロジェクトに招くと聞いて、彼女の経歴を調べて、さらにその印象は悪化した。度重なる上官侮辱罪、命令違反。出した結果は優れていたけれど、組織の中で働く一員とは思えない勤務態度だった。
(だから、高ランク魔導士は……)
 彼女と父との会話を聞いていたから、彼女の異端とも言える発想に有用性があることは認めるけれど、精神的に未熟で力に酔っているような人間を評価する気にはなれない。私は、父に調べた結果を伝えて、彼女の招集に反対したけれど、父は動じなかった。
「あくのある人間でも使いこなせば力になる。俺にその度量が無いと思うか、オーリス?」
そう言われてしまえば、ひきさがるしかない。
 けれど、私は自分がいる以上、組織の和を乱すような行為を許すつもりは無かった。優れた個人単独で成果を上げるなど、物語や広報資料の中にしかないのだ。

 そんな私の意気込みは、良い意味で裏切られた。高町空尉(当時は二尉だった)の態度には、子供らしさや周囲への殊勝さなどは欠片もなかったけれど、必要以上に傲慢な態度をとることもなかった。プロジェクトメンバーも、当初は、やや遠巻きにしているようなところがあったけれど、彼女が議論で適切なときに適切な意見を言い、自身の知識の足らない場合は率直にその旨を言って、知識の優れる人たちに助言を求める姿勢を見せ続けると、すぐに打ち解けた。もともと人格的にも能力的にも優れたメンバーを集めていたとはいえ、私にはいささか意外なことだった。彼女はごく自然にプロジェクトに馴染み、履歴から見られるような横紙破りな態度は欠片も見えなかった。

 彼女と親しくなってから、聞いてみたことがある。プロジェクトにおける態度と履歴から受ける印象に、違いがありすぎたことについて。彼女は頬を掻きながら、答えた。
「なに、プロジェクトじゃあ、皆、きちんと俺の意見を受け止めてくれたからな。発言者の年齢や見た目で、軽んじることも無く、俺の発言内容から真剣に有用な点を拾い上げようとしてくれた。そうなりゃ、こちらもできる限り、役立ちたくなるのは自然なことと思うが。礼には礼を返す。侮りには非礼で返す。当然のことだろ」


 思えば、彼女によって「陸」が変わっただけではなく、プロジェクトに招聘されて地上本部に出向してきてから、彼女も急速に変わりはじめたんだと思う。「陸」が彼女の発想を得て、大きな変化を得たように、彼女も、彼女の知性を抑圧しない環境に来て、肩肘張らない自然な態度をとり始めたのじゃないか、と今なら思える。 

 別に以前の彼女が肩肘張って、強気でがさつに振舞ってたというわけじゃない。むしろ、そんな態度は彼女に似合わない。今の彼女は、キレのある身のこなしと堂々とした態度で、その女の子女の子した顔立ちとのギャップもあって、透徹した毅い存在感を纏っている。彼女のファンクラブの6割が女性っていうのも、わからなくもない。……別に私は入ってるわけじゃないけど。

 でも、それなりに成長してきた最近はともかく、出会ったころは、その小憎たらしい言動もあって、「悪ガキ」って印象が強かった。一部で「魔王」なんて呼ばれていることを知ったときは、ちょっと彼女には贅沢な呼び名だけど、わからなくもない、と思ったものだ。


 それが、ウチへの出向後、「空」に戻ってからも、いつのまにか、態度や口調からトゲトゲしさが抜け(いまでも寸鉄人を刺すような皮肉は言うけれど)。上官侮辱や命令違反が減り。代わりに、部下や他人を気遣う言動が増えた。ときどき、上官を容赦なく弾劾するけれど、それでも周囲は、その内容が正当なものだと、むしろ彼女を高く評価するようになっていた。


 プロジェクト終了後、教導隊に戻った彼女は、積極的に現場を回り。現場の意見を細やかに聞き、それぞれの隊の特性に合わせた教導資料の作成を行なうなど、従来の模擬戦中心の教導とは異なる教導を目指して、活動するようになった。そんな彼女の行動は、上層部からは、若手にありがちな理想主義と笑われて、いつあきらめるかと、たわいない賭け事のネタにすらなっていたようだけど、現場の反応は好意的なものだった。私も時折、陸士部隊から彼女に好意的な噂を聞いたものだ。
 そして、2年経ち、3年経ちするうちに、彼女を嘲笑う声は聞こえなくなっていた。そのころには、もう、現場からの支持は圧倒的なものがあり、「空」のカリスマとか武装隊のカリスマ、なんて呼ばれはじめていた。当人は客寄せのためだけの呼び名と思っているようだが、違う。彼女の教導のおかげで、死傷率が下がった、特に低ランク魔導士の多い部隊が、自然にそう呼び始めたのだ。蒼穹の天使、なんて呼び名もあった。数多くの実戦で見せた恐ろしいまでに圧倒的な力量と、容赦ない戦闘行動で、その呼び名はすぐに消えたようだけど。魔王、という呼び名は根強くあったが、それは蔑称ではなく、すこしひねくれた憧憬や好意的なからかいを含んだ呼び名になっていた。


 
 そして、彼女と父との関係が、私の気にかかりはじめたのもその頃だった。

 もともと、彼女と父は気が合うようで、プロジェクト期間の終わりごろから、頻繁に2人で会う時間を持っていた。あまり人には知られないように、と父から指示を受けて、それなりに情報操作に気を使っていたけれど、それは「陸」の重鎮と「空」の人間が頻繁に会っていることが知れれば、痛くも無い腹を探られるからだろうと考えていた。 

 それが、変な裏をもっているのではないかと勘ぐりだしたのはいつ頃だっただろう。
 父がここ数年見せていた、重く暗い表情が消え。昔の、ゼストおじさんがまだ生きていた頃のような、堂々とした陽性の威厳を自然にかもし出すようになったと気づいた頃からだろうか。
 そう、始めは、各次元世界との連携強化を秘密裏に進めはじめた時期と重なっていたこともあって、新しい方針に気合が入って、精神的に若々しさを取り戻しているのかと嬉しく思っていたのだが、高町空佐と会う機会が多すぎやしないかと感じ始めたのだった。

 そう思って見ると、かつての若さを取り戻したような態度も、明るくなった表情も(多分、家族の私以外には気づかれない変化だっただろうけれど)、全てが一つの事実を指しているように思えた。
 つまり、父さんと、高町空佐は、ただならぬ関係にあるのだと。


 その考えに至ったとき、私は非常に悩んだ。父が昔の雰囲気を取り戻してくれたのは素直に嬉しい。母がなくなってから随分経つし、父が新しいパートナーを見つけたというのなら、素直に祝福してあげたい、というのが正直な気持ちだ。しかし、その、高町空佐が相手というのは……正直、年齢が離れすぎてはいないだろうか。
 もちろん、年齢差などに関わりなく良い関係をもてるということは知っているし、双方が納得している関係なのだから、私が口をはさむべき問題ではない。だが、しかし。しかしだ。まだ10代半ばの高町空佐と50代の父さん。それはちょっと……世間的にどうなのだろうか。それに、まだ先の話かもしれないが、私は、いずれ一回り近く年下の彼女を、その、……「お義母さん」と呼ばなければいけなくなるのだろうか。
 それは、……いくら二人の問題とは言え。だが、父さんが幸せになれるのなら。いや、けれども……。

 そうやって悶々と葛藤する私に父さんは気づいたらしく、いつもながら不器用に
「その、なんだ。なにか相談にのれることがあれば、遠慮なく言え」
と言ってくれた。「父さんと高町さんの関係で悩んでいるんです!」とも言えない私は(どれほど言いたかったか!)、あいまいに礼を言って、お茶を濁すしかなかった。
 ただ、折りに触れて私のほうから、
「私になにか言いたいことはないですか」
「仕事関係のことは、それは全てを打ちあけてくださいとは言いませんが……私生活のことでしたら、遠慮なくおっしゃってください」
「世間の目がどうであったとしても、私が父さんの娘であることには変わりありませんから」
などと、水を向けることくらいしかできなかった。
 その度に父さんは、不思議そうな、だが少し嬉しそうな表情を、しかめ面で押し隠そうとしながら(わが父ながら、ほんとに不器用な人だ)
「うむ。ありがとう、オーリス」
と返すばかりだった。

 
 素直に話してくれない父さんへの苛立ちと、ああ、父さんらしい、とその不器用さに暖かさを感じる気持ち。そして、決定的な覚悟を決めなくてすむ安堵に悶々として。
(父さんから話してくれるまでは、黙って待とう。不器用で照れ屋な人だから。)
そうやって、問い詰めたい気持ちを抑えながら。

 私は密かに、葛藤の日々を過ごしていくことになる。



 ……全て私の思い込みによる誤解だと判明するのは、数年後のことだった。



■■後書き■■
 原作ではあまり登場しなかったために、作者的にいまいち性格をつかみにくいオーリス嬢ですが、プライベートではとても女性らしい、細やかな人柄なんじゃないか、なんて想像しました。で、細やかすぎて父とその部下の関係に気を揉むことに(笑)。
ごめんなさい、オーリスさん。ちょっとコメディ色のある話が書いてみたかったんです。でも全然コメディっぽくならなかった不思議。むう、シリアス風味しか私には書けないのか。



[4464] 外伝2:ある陸士大隊隊長のつぶやき
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/01/09 16:15
 あのお嬢ちゃんを見たときは、正直またか、と思った。どうも俺は、子供が戦場に立つことに違和感を感じるんだ。俺たちみたいな組織は、子供を守るための組織じゃないのかって思っちまう。けど、能力さえあれば大人扱いされる管理局じゃ、そんなこと言ったらバカにされるのがオチだ。おまけに、俺にゃ魔力資質がないからな、なおさらだ。けど、実際、小さい子供がうちの連中が束になっても敵わない力をもってて、逆に助けられてるって現実があるから、笑えねえ。まったく、情けねえ話だよなあ。

 おっと、話が逸れちまった。高町の嬢ちゃんの話だったな。
 管理局での教導ってのは、基本的に模擬戦を組んで、戦いの呼吸を武装隊員たちに叩き込むもんだ。いや、もんだった。だから、嬢ちゃんみたいな子供でも、魔力さえデカけりゃ立派に仮想敵(アグレッサー)が務まる。俺は実のところ、そんな教導のやりかたに、いまいちピンと来てなかったんだが、武装隊の経験も無し、専門家の連中の言うことだし、根拠もなく下手なことは言えんわな。
 それに、そもそも陸士部隊への教導ってのは、行なわれることが滅多になかった。戦闘の花形は、武装隊だからな。教導もあいつらメインになる。捜査や災害対応がメインで、戦闘って言っても、精々がけちな犯罪者相手の陸士部隊にはあまり教導の必要がないってのは、俺達も思ってたし、本局も思ってたろうよ。「陸」の連中は本局に関わるのは好きじゃないし、向こうさんも多分同じだ。つまり、ぶっちゃけちまえば、教導なんて、俺達にはお偉いさんの駆け引きの結果、運悪くウチにも回ってくる面倒な任務の一つだった……立場上、俺はそんなことは言わなかったけどな。


 で、そのときも、教導隊本部から教導予定日と担当の教導隊員のプロフィールが送られてきて、「ああ、調整が面倒だな」とか思ってたんだ。教導日に犯罪がおこらないなんて保証は無いから、部隊全部をいっぺんに教導してもらうわけにもいかねえし、普段のローテーションに手を加えて、教導を受ける組と待機組に分けなきゃならん。休日予定の調整も必要だ。教導は模擬戦なだけにダメージがあとを引くこともあるしな。よそは知らんが、俺の部隊じゃ、体調に不備がある奴は現場に出さん。死なせたくねえんだ。上は煩いし、同期の奴らは出世できんぞ、なんてお節介を焼くが知ったことか。前線に立てない俺が、前線に立つ連中のためにしてやれる数少ないことの一つだ。譲る気はねえ。
 まあ、幸い、最近うちの部隊にも配備された体調管理サポート・デバイスのおかげで、隊員の体調管理は随分と楽になった。かなりレベルの高い体調チェックを自分とこの隊舎でやれて、おまけに疲労度なんかから休養が必要な場合は、警告してくれるんだからよ。技術部も武器ばっか作ってるかと思ったら、なかなかいい仕事するじゃねえか、と思ったもんだ。

 いけねえ、また話が逸れた。

 まあ、なんだ、そんなこんなで急に出来た事務仕事に頭を悩ましてるときに、通信が入ってな、なんだと思えば、教導隊からの連絡だと。予定日の変更でもあったのか、と思って出たら、それが高町の嬢ちゃんからだった。


「初めまして。高町なのは一等空尉であります」
ウィンドウでビシリと敬礼を決めた女の子。まだ十代半ばだろう、可愛らしい顔立ちを目の光だけが裏切ってた。俺はちょっと、意表を突かれて、
「…あ、ああ、俺がここの部隊長だ」
なんて、間の抜けた返事を返すのが精一杯だった。ちょっとボケてた頭から、彼女の顔と名前を引っ張り出す。たしか、最近、名の売れてきた局員だ。見れば、可愛い顔してるし、上が管理局のイメージアップに使ってるんだろう。それが、そのときの印象だった。

 一時期、猛威を奮った、若干9歳でAAA+の魔力量を持った管理外世界からの暴れん坊の噂は、ここ数年、とんと聞かなくなって、俺も忙しい毎日の中、忘れかけてた。
 それに、恥ずかしい話だが、上層部との伝手があまりない俺は、その数年の間に彼女が影で積み重ねてた、派手じゃないけど実のある成果のことを知らなかった。一部部隊での仮運用と効果の確認が終わって、今期から全陸士隊に展開された、新方式の訓練体系の構築に功績があったっていう、教導隊から出向してた少女局員の噂も聞いたことはあったのに、全然気づかなかった。まったく、赤面もんだよ。

 嬢ちゃんの話は簡単で、教導予定日の少し前にうちに来て、普段の訓練の様子を視察したいって希望と、そのときに、できれば下士官以上の人間と司令部要員たちと、少しでいいから話をしたい、ってことだった。
 まあ、それくらいのことはどうとでもなるんだが、返事の前に、俺は嬢ちゃんに確認せずにはいられなかった。
「まあ、それは構わねえが、いったい、なんのためだ? いままでの教導じゃ、そんなこと言われたことはなかったぞ?」  
俺の言葉に、嬢ちゃんは、にやり、と不敵な笑みを浮かべて
「通常訓練の内容が変更されたのに、教導内容が変更されないなんて不合理なことはありません。より効果のある教導をおこなうための事前準備とお考え下さい」
ときたもんだ。
 俺は思わず笑っちまった。

 だって、そうだろう? これまで教導なんてろくにしてこなかったのに、「より効果のある教導」なんてお笑いぐさだ。それに、訓練内容の変更だって、地上本部がいろいろとフォローしてくれてる。例の、レジアス長官直轄の「地上犯罪低減計画作成プロジェクト」だったか? あれに参加してたメンバーが各陸士隊を回っていろいろと指導や指摘をしてるし、本部のほうでも、運用課のなかに専従係が立ち上げられて、疑問点への回答やいろんな資料の配布をしてくれるとかフォロー体制もばっちりだ。
 
 でも、まあ、若い奴のやる気を潰すこともない。堂々と「より効果のある教導」なんて言い放つあたり、青臭さが抜けねえが、いつもみたいに、魔力任せの模擬戦だけやってデブリーフィングもそこそこに引き上げてってちまう奴らに比べりゃ、はるかに好感が持てる。俺は、嬢ちゃんの希望を了承した。


 実際のところ、新方式の訓練内容の、従来との違いは大きいもんだった。変わったっていう教導内容が気にならなかったっつったら、嘘になる。どうせ、陸士の主任務の、犯罪捜査や災害対応にゃああまり役だたねえだろうが、そんな訓練からでも、使える点は貪欲に吸収するのが、いい陸士ってもんだ。


 従来は、陸士部隊の訓練内容は、各部隊の裁量に任される部分が大きかった。一応、管理局全体で共通の、魔力量増加訓練とか魔力制御技術向上訓練、ポジション別の必要スキル、捜査スキルや救助スキルなんかのマニュアルはあったが、それらをどの程度の割合で毎日の訓練に盛り込むかは、全くの各部隊任せだった。それにマニュアルなんていっても、共通化した分、誰にでも当てはまるごく基礎的な話中心で、実戦で使えるようなもんじゃなかった。たとえるなら、四則計算と二次方程式の基礎だけ書いてある程度だ。実戦じゃあ、連立方程式や多変量解析の技術も使って、問題を解かなきゃならん。
 正直言やあ、現場の裁量部分が大きいのはありがたかった。基礎の部分は飛ばして、これまで培ってきたノウハウを叩き込む訓練にほとんどの時間を割けたからな。現場の人間から言わせて貰えば、机の上で捏ねた理屈を持ってこられても、クソ忙しい毎日の中じゃあ、そんなお綺麗な訓練をやるよりは、ベテランの持つ経験や知識を叩き込んでやるほうが、よっぽど隊士の生存率が上がる。そして、その上で現場に揉まれて、自分なりのやり方を見つけて、それを自分で磨いていくんだ。上司としては、連携訓練だけは徹底させて、あとは各隊や個人のやりかたに任せるべきだと思ってた。千差万別の人間を、規格化したやりかたで訓練したって、成長の邪魔になるだけだ、そう思ってた。

 だから、「新方式の訓練内容を全陸士部隊に展開するので、今後はそれに沿った訓練の実施を心がけるように」なんてお達しが来たときは、「また、面倒なことを」と思ったもんだ。仮にも上に立ってる人間としちゃあ、部下の生存率を下げるようなマネはしたくねえ。従来どおりの訓練をメインで続けて、新方式とやらは、軽く流す程度でごまかすつもりだった。士官・下士官連中も同じ意見だった。
 で、「新方式訓練要綱」とやらが送られてきたとき、俺はまあ、立場上一応は、って程度の気持ちで流し読みしはじめたんだが……すぐに気合を入れて読む羽目になった。なんでかって? わかるだろ、ほんとに文字通りの「新」方式だったんだよ。


 それまでの訓練マニュアルは、さっき言ったみたいに、「魔法をよりよく使えるようになるための下地をつくる」「どんな能力が、どんな仕事で必要なのか」の2つの視点から出来てた。ところが、新方式は違った。
 まず、初っ端にいきなり、地上での犯罪と災害の傾向分析が出てくる。ここ数年、どんな犯罪・災害がどんな内訳で起こってるか。そして各地域別の犯罪・災害傾向。次に、それぞれの区分の犯罪・災害の検挙率・被害状況と、事件単位で計算した局員の死傷率。それに未検挙あるいは被害を拡大した要因と、検挙あるいは被害を抑制できた要因、おまけに、局員が死傷した要因が、これも全部、全体に占める割合のパーセンテージ付きで出されてた。訓練マニュアルってよりは、本部の年次報告書とでも言ったほうが通じる。いや、ある意味それよりも詳しい内容だった。なにせ、そのデータのもとになった各犯罪・災害の報告書のナンバー、担当部隊の一覧。さらに死傷者の負傷時の状況と負傷内容の報告書ナンバーまでリスト化されて付いてたんだからな。そのつもりがあれば、うちの部隊がよく経験してるのと似たような事件に対応した事件の報告書が、すぐにデータベースから引っ張り出せる。これまで他部隊の知り合いから聞き出して、事務の子に頼んで時間掛けて探し出してたデータが、即座に大量に、だ。
 はっきり言って、このリストを部隊内で回すだけで、訓練効率が上がるだろう。なんせ、自分達の対応してるのと同じ犯罪・災害が、どんな状況で起こり、相手はどんな装備でどんな戦法を使い、それに対してどんな対応をして成功し、どんな対応で失敗したのか、その実例が要因分析付きで大量に手に入るんだからな。報告書を読むだけでも、隊員達の糧になる。だが、もちろん「訓練要綱」なんて題をつけた文書が、それだけで終わってるはずがなかった。

 緊急で開いた、下士官以上を集めた会議で、俺自身読み終わったばかりの「新方式訓練要綱」の内容を全員に確認させた。確認してる最中から徐々にざわめき始めていた連中は、確認終了後、興奮した様子で口々に言いはじめた。
「こりゃすげえ。本部の連中もやるじゃねえか!」
「これは使えるな。うん、使える。使えるぞ」
「うちでこいつを応用させるとなると……うん、そうだな……」
 そんな連中を見回して、俺は納得した。うん、俺の考えは間違っちゃいなかった。なにせ、内勤畑だけを歩いてきただけに、こういう、実働に関わるような内容については、十分な自信を持っての判断が下しにくい。だが、こいつらが揃って同じ評価を与えるなら間違いない。この「新方式」は「使える」。



 「新方式訓練要綱」は、大きく三部から成る構成だった。

 第一部が、犯罪・災害についてのデータとその分析、及び元データのリスト(報告書ナンバー付き)。
 第二部が、犯罪・災害の種類別の状況想定訓練方法。こいつはさらに3章に分かれ、1章が集団訓練と題して、大隊単位訓練、中隊単位訓練、小隊単位訓練のモデルを、それぞれの想定状況と単位ごとに、複数記してある。2章が連携訓練。小隊以下の分隊やツーマンセル、あるいは何かの理由で原隊から外れた連中と共同して状況にあたらなければならない場合を想定した訓練の方法。これも、それぞれの場合別に訓練モデルが複数記されている。最後の章が個人訓練。従来の「魔法の使うため」の訓練方法ではなく、1章と2章で出てきた各想定状況下で用いられる代表的な作戦例と、その作戦下で必要とされるスキルの記述。そのあとでやっと、それらのスキルを伸ばすための方法が、基礎編から応用編まで、各スキル別に、これも複数書かれていた。
 第三部が、個人訓練方法。ここでも、ポジションや部署別の訓練方法を説明するのではなく、様々な訓練方法の説明とそれの目的とする効果・スキルが、未経験者・初心者・経験者・熟練者に分けて書いてあった。つまり、隊士たち自身が、自分で自分に必要だと考えるスキルを鍛える訓練方法を、自分のレベルに合わせて選べるようになってるわけだ。当然、上官や先任から、どの訓練を行なえ、と指示されることもあるだろう。いままでもやってきたことだ。だが、さまざまな訓練方法が整理・区分されて、一覧で確認できるようになったことで、指示する場合も自分で考える場合も、選択は容易になるしその幅も増える。特に経験の少ない奴は、自分のやってる訓練の意味や、その行き着く先が明確な形で示されてるから、目的意識がしっかりすることになって、当然、今までと同じ訓練でも熱意や訓練効率が違ってくる。命令に従ってこなす訓練より、自発的に取り組む訓練のほうが効果があるのは当たり前だ。


 しかも、「訓練要綱」に書かれてる内容は、やたら現実に即したもので、ベテラン達が身体で覚えてきた経験を見事に言語化していた。例えば、市街地でテロが発生し、その鎮圧に乗り出すという状況想定訓練に添えられている解説文はこんな感じだ。

「損耗を避けるため、部隊は、援護射撃を得られる安全な撤退路を確保してから戦闘行動に移らなければならない。そのために、指揮を確実に全員に行き渡らせる通信管制、周囲の敵対存在をいち早く確認する索敵能力、適切な射撃位置を割り出す分析能力、撤退路を確保する戦闘力が求められる。
 また、兵を孤立させることも得策ではない。
 前線指揮官、つまり中隊長・小隊長は、どの建物が掃討済みかの報告を受け取り、把握しておく必要がある。その情報がなければ、車両・ヘリ等による兵員の増援や装備の補給・負傷兵の後送などの後方支援を受けることが難しくなる。ここでも、通信管制は重要なスキルとなる。
 つまり、C3Iは、通常の戦闘地域以上に、市街地のような特殊空間では、重要性を増すと言える。その確立と維持、遮断された際のバックアップは、何においても、士官下士官が事前に検討を済ませておくべき事柄である」

 C3Iってのは、指揮官が作戦を指揮統制するための情報伝達・処理のシステムだ。指揮(Command)、統制(Control)、通信(Communication)、インテリジェンス(Intelligence)の頭文字をとってそう呼ばれてる。地上本部ビルなんかでは、コンピュータ(Computers)、監視(Surveilance)、偵察(Reconnaissance)を加えて、C4ISRなんて呼ばれるシステムが出来てる。なんか小難しそうな内容だが、要は、①部隊への指揮伝達と統制系統の確立②情報の収集手段・集約系統の確立③それらを迅速・確実に実施できる通信・情報処理システムの確立、ってことだ。
 内容を見るだけでその重要性は一目瞭然、言われなくてもやってて当然のことだって思うだろ。でも、言うは易くってやつで、それまでは、表面だけ整えて実際はその運用までは気を回してない、つか回してられなかったのが、大抵の陸士部隊の状況だったりした。それを、具体的事例に混ぜて説明することで、読む奴誰もが改めてその重要性を意識し、できてない場合の危険性を自分の身に置き換えて、リアルに想像するように書かれてたんだ。実際、この「訓練要綱」の配布がされてから、指揮官連中も兵卒連中もうるさいくらいに、C3Iはできてるか、C3Iはできてるか、って訓練実戦を問わず、口に出して確認するようになった。


 だけど、この新方式の革新的な点は、現場の視点から必要なスキルを判りやすく取り出してみせたり、記述が具体性に富み且つ極めて実践的な内容だ、というだけじゃあない。
 記述されてる訓練方法が、あくまで、スキル獲得の方法として捉えられていて、しかもそのスキルを獲得するための方法は常に複数提示され、おまけに、未経験者から熟練者までを対象に想定して、それぞれのレベルに合わせた訓練メニューがあるってところだ。
 つまり、隊士に一律に魔法能力を向上させるための訓練をさせることを考えて作られたんじゃあなくて、実際に発生している犯罪や災害への対応策を実行するための力を、個々の隊士が自分のレベルにあわせて鍛えられるっていう、いつ事件が飛び込んでくるか判らない前線部隊の状況に即した視点で作られてるってことだ。おまけに、ご丁寧にも、
「これらの訓練メニューは、各部隊で蓄積しているノウハウや経験を盛り込んで、各部隊にふさわしい内容に応用して使用することを前提に作成されています」
なんて、但し書きがついてた。マニュアルに従って訓練するんじゃなく、マニュアルを使って訓練しろ、使いこなして見せろ、なんて言ってる作成者連中の声が聞こえてくるようだった。


 それだけ良くできてた「新方式訓練要綱」だが、さすがにいきなり訓練方法をガラリと変えるってのも不安なんで、ひとまず全部隊員への「要綱」の配布と、地上本部主催の説明会への幹部連の参加を終えてから、すこしずつ試しながら訓練に組み込んでいった。疑問点ができれば、さっき言った本部運用課の専従係の連中に問い合わせたし、元プロジェクトメンバーにもいろいろと助言してもらった。屋内に立てこもった人質つきの武装犯の制圧訓練や、部隊の担当地域でおこった爆破テロへの対応訓練。全部隊員対象の近接戦闘訓練や、後衛型の陸士向けの隠密狙撃訓練・集団統制射砲撃訓練。魔法犯罪逃亡犯の追跡捜査訓練や、管理法違反の犯罪集団のあぶりだしの訓練。そんな感じでこなしていって、使い始めて半年を越えた今じゃ、誰もその有用性を疑う奴はいない。部隊に「新方式」がすっかり受け入れられた頃に、さっき言った教導の話はやってきたんだ。



 連絡があってから、一週間後に、高町の嬢ちゃんはウチを訪れた。
 その日は、市街地に立てこもったテロリストを制圧する状況想定訓練の日だった。ぶっちゃけ、ウチの担当区域じゃあ、そう発生する種類の犯罪じゃないんだが、市民にとっても部隊員にとっても危険度が高いんで、けっこう頻繁に訓練はやってる。まあ、なんだ。一応、本局からの視察ともなれば、それなりにいいとこ見せなきゃ色々うるさいからな。けど、あの嬢ちゃんには、そんな当たり前の「大人の事情」って奴が一切通用しなかった。


 視察を終え、言われたとおり司令部要員と下士官以上を集めた顔合わせ(と俺は認識してた)の席上、嬢ちゃんは開口一番言い放った。

「こちらの部隊では、新方式訓練の目的を理解されていないようだ」

 怒るとか反論するとかよりも、俺は度肝を抜かれた。訓練を視察してるあいだは、ほとんど質問もせずこちらの説明を静かに聞くおとなしい様子だったから、あちらさんも控えめにやるつもりなんだろうと、思いこんでたんだ。
 うちの連中だって、仕事に誇りをもって訓練してる。やばい、と思うまもなく、伍長の一人が座ったままで、発言の許可もとらずに反問した。おい、そんな態度、規律のゆるい「海」や「空」ならともかく、ウチじゃ懲罰もんなんだが……あいつ、「空」の人間、しかも10代の女の子が相手だからって舐めやがったな。
「いったい、どの辺がわかってないと仰るんで? 才能のない俺たちにもわかるように説明してくれやしませんかね、「空」のエリート様?」
急速に冷え込む空気に、うわっちゃあ、と思いつつ、フォローの為に口を開きかけた俺の機先を制して、嬢ちゃんが言葉の矢を放った。

「新方式は、低魔力量・低魔道師ランクの陸士の能力を底上げし、補うための訓練だ。お前達に真実才能がないのなら、これほどお前達向きの訓練は無い」
……おいおい、言ったのはこっちだけどよ。真っ向から投げ返すか? 大した玉だぜ、この嬢ちゃん。あ、伍長の顔が引き攣ってる。
「「訓練要綱」には、部隊間の連携を上げる手法の様々な例があるが、それらは、各部隊独自の工夫を加えることが前提として作成されている。部隊にはその部隊固有の暗黙の了解があるからだ。
 実戦を想定した状況訓練もそうだ。この大隊の担当する地域でおこる犯罪の傾向とその特徴を盛り込まなければ、例題として挙げているモデルケースは、絵に描いた餅のまま、実戦での効果を大きく落とすだろう。
 先ほど視察した演習では、そのどちらの意図も汲まれていなかった。新方式訓練の目的を理解していないと言った理由だ。
 それに、近接戦闘訓練についても十分ではない。近接戦は、低ランク魔導師が高ランク魔導師を倒すのに最も適した間合いの戦闘だ。しかし、演習の動きをみたところ、こちらの部隊員たちは、まだまだ魔法や魔力に頼りきりの動きが中心だ。あれでは自分より高い魔法技術や魔力の持ち主との戦闘になったとき、魔法能力の差で簡単にやられる。それでは近接戦闘訓練の意味がない」
「ですが、新方式訓練の導入後、私どもの大隊での検挙率は上がり、死傷率は低下していますが」
司令部付きの情報担当幕僚士官が言った。冷静でいようとしてるみたいだが、声が時折、震えている。実戦部隊の連中なんざ、怒りのあまり、声が出ねえってありさまだ。年端もいかねえ、現場もろくに知らねぇだろう餓鬼に、いきなり言いたい放題言われちゃあ、そりゃトサカに来るよなあ。

 俺はこれ以上はいくらなんでもまずいと思って、止めに入ることにした。
「あー、一尉殿? こいつらも一生懸命頑張ってることだし、そのくらいで……」
続く言葉は、俺の舌の上で凍った。
「ほう? この部隊では頑張りさえすれば、それだけでいい、と? なかなか斬新な部隊方針ですね、三佐殿?」
口調は取り繕えど、その声の響きは、冷たい鋼。その眼差しは、凍える炎。なにより、その纏う空気が、圧倒的な迫力で俺を圧倒した。なんだ、この小娘?! 生半な修羅場くぐった程度じゃ、ここまでの迫力は出せねえぞ?!
 言葉の続かない俺から視線を外し、嬢ちゃん、いや高町空尉は座をその視線で見渡した。その視線に刺し貫かれた奴らが、新兵みたいに背筋を伸ばして表情を強張らしてく。

「お前達の仕事は、平和に暮らす人々の日常を守ることだ。100の事件のうち99の事件を無血で解決したとしても、残る1件でしくじれば、1つの家庭の平穏が崩れると知れ。お前達の、父が、母が、娘が、息子が、お前達を喪ったときに嘆き悲しむように。たった一度のしくじりが、見知らぬ誰かの涙と嘆きを生むと知れ。
 それを自覚すれば、努力すればそれでいいなどとは思えないはずだ。多少成果が上がっただけで満足できないはずだ。
 訓練の穴を、部隊の穴を、個人の能力の穴を、血眼になって捜し求めるはずだ。― 訓練はそのこなした種類と数だけ、貴様達が実戦で取りこぼす日常を減らしてくれると、そのために訓練をしているのだという自覚があるのなら。
 ― 気 を ひ き し め ろ 」

 最後の一言は、重く鈍い響きで、俺達の甘えに真正面から打ち込まれた。

 
 嬢ちゃんの言うことはわかる。俺だって、俺の部下どもが、そりゃあ、たまにはバカをやらかすが、一生懸命訓練にも任務にも取り組んでることを、よく知ってる。けど、いくら頑張ったって、届かないものは届かないんだ。現実として、無理なものは無理なんだ。俺と同じことを思ったのか、小隊長の1人が発言した。
「でも、実際のところ、俺たちも一生懸命やってるし、あんたみたいな高ランク魔力保持者ならともかく、「陸」じゃあ、低ランクの魔力保持者が大多数なんだ。あんたのいう理想はわかるが、現実を見てくれよ」
「そうか。なら、身をもってわからせてやろう」
嬢ちゃんが倣岸といっていいくらいの態度で言い放った。……いや、妙に似合ってるっちゃ似合ってるんだが…その顔と声で言われるとギャップがでけえぜ? 眼光と雰囲気が態度に相応しいから、あんま連中も気づいてないみたいだけどよ。いや、まだ頭に血が昇ったままなのか?
「教導の当日、私は一切の魔法を用いない。状況想定は今日と同じでいい。ただし、時間があるのだから、きちんと策を立てて当日に臨め」
俺は驚いて口を挟んだ。
「いや、待ちな。それじゃあんまり…」
「あまり見くびるな」
嬢ちゃんは、俺の言葉を無視して、凄みのある笑いを浮かべた。
「魔法だけに頼っている戦いの、いかにぶざまなものか、貴様らの身体に叩き込んでやろう」
それは、絶対の自信と自覚をもって、放たれた言葉だった。


 それでも、まだ俺達は、自分達の能力ややり方について、甘さを持って自己評価してたんだろう。
 3日後の教導日に宣言どおり、視察日と同じ状況想定訓練がおこなわれ、嬢ちゃんがひとりで犯人役を務めた。ただし、魔法を使えず、質量兵器で武装、という設定が追加された。「犯人がオーバーSの魔導師であるよりも、質量兵器で武装している低魔力保持者又は魔力無保持者のほうが、現実に即している」って理屈だったが、挑発と受け取ったうちの連中は、我先にと全力で襲い掛かり……見事に返り討ちされた。



 その日のデブリーフィングは荒れた。

 手の空いてる部隊員全員を集めての会議。今は、今日行なわれた訓練についての全体的講評、というか聞く側の気分としては叱責に近い。圧倒的多数でかかって、教導隊とは言え、魔法を使わない女の子1人に無力化された上、作戦目的の「爆発物の無効化」すらも果たせず、「被害甚大・一般人の死傷者多数」の判定を受けたんだ。そりゃ、顔もまともに上げられやしねえ。
 嬢ちゃんはそんな重い雰囲気を気にすることもなく、「新方式訓練要綱」の内容をウィンドウに映し出し、その記述の中で、今日の訓練に関係する部分を例に引きながら、実際の部隊の行動に対し、評価を加えていく。


「“作戦の前段階として、作戦地域に通じる道路はすべて封鎖し、通過車両はすべて検問にかける。武器が発見された場合には押収し、搭乗者を一時拘束する。作戦が近づいた段階で、包囲網を段々と狭めていく。市街が広い場合には、魔法によるサーチだけでなく、対人レーダーや暗視装置などの機器を併用し、隊員一人当たりの責任担当範囲が広くても疲労が少なくなるように努めることが望ましい”
 だが、今回、基本ともいえるこの手順を踏まなかったな。相手を魔力も持たない子供一人と侮ったか? 油断や侮りが戦闘で命とりになることは、貴様達の先輩や同僚が身をもって教えてくれているはずだ。それをわが身に活かせず、同じ徹を踏んでいては、殉職者たちが無駄死だと言われても反論できんぞ?

 “家やビルを一軒ずつ掃討していかなければ、残兵に背後を取られる可能性がある。また、下水道などがトンネル代わりに使われる場合もある”
 今回は訓練場のため下水道に類するものはなかったが、私は、チェックされなかった家屋やその影を伝って部隊の背後に回り、攻撃を加えるパターンが少なからずあった。下水道などと違って、時折身をさらしての移動だ。注意していれば発見できる可能性も高かったのに、それが出来なかった。これも基本を抑えなかったためだ。基本を軽くみるな。基本を確実に身につけてこそ、初めて能力を発揮できる素地が整うと言っていい。お前達が、これまで鍛えた能力を発揮できずにやられたのは、その意味では必然だ。 
 敵に実力を発揮させず、自分たちの実力は十分発揮するのが勝利のための大原則といっていい。言い訳は不要、隊員が実力を発揮する環境を整えられなかった指揮官の責任がもっとも重いが、それに意識が及ばなかった各員、貴様らも、これが実戦なら殉職している。上官の責任だなどと、言い逃れすることもできなくなっているぞ。今一度、基本の重要性を頭に叩き込め! 怠ったときの代価は、自分自身か同僚の命だ。

 “市街地戦では、通常の戦場よりも後衛の援護が多く必要となる。ドアを吹き飛ばすことは敵に予測されていることが多く、代わりに後衛により壁を吹き飛ばすことも有効な手段の一つに挙げられる。また、戦闘行為で援護射撃があれば、有効性が極めて高まる”
 このあたりはなかなか連携がとれていたな。だが部隊全体の意識を一方向に向けすぎだ。相手のステルス性能によっては移動を察知できないこともあるし、実際、そのような性能をもつ魔道機械の局員襲撃事例もある。詳しく知りたい者は、あとで問い合わせて来い。報告書のナンバーを送付する。
 それに、事前に得られた情報が誤りであったり、急遽敵に増援が現れるなど、不意打ちを受ける可能性はいくらでもある。情報に固執しすぎず、視野と思考を柔軟に持て。決定権は指揮官にあるが、それは部下が思考を止めていい理由にはならない。常に思考し、検討しろ。マルチタスクは対集団戦闘のときにだけ、有用になる技術ではないぞ? 
 自身の行動、隊の行動、敵の思惑、周囲の状況。
 常に検討し、穴がないか考えろ。考えなくなればそれはただの駒だ。使い捨てにしかできん。自分が、意思をもつ「人」であることの自覚を持て。人の意思と知恵こそが、魔法にも勝る最大の武器だ。

 ”敵側に狙撃能力の高い相手がいた場合”、今日のような場合だな。この場合は、”敵狙撃兵の位置を周辺ごと吹き飛ばすと、迅速かつ的確に処理できる。味方の狙撃兵は、なるべく高い位置や、開けた場所を見渡せる場所に配置するようにすると、能力を発揮させやすい”
 部隊の狙撃兵の配置は悪くなかったが、敵の排除に完璧を求め過ぎだ。少なくとも、1/3前後の人員が脱落した時点で、なりふり構わない物量戦への移行をおこなうべきだった。今回、私は魔法を用いなかったが、高ランク魔道師が敵にいる可能性もある。お偉方が煩いのは確かだが、建造物の破壊に躊躇って仲間や市民の命を危険にさらすのは本末転倒だ。建造物は金で直せるが、命は金で買えん。ありふれた言葉だが、その分、真実をついている。敵の排除に必要と思われる手段の実行を躊躇うな。

 “陸士による掃討がある程度進んだ時点で、装甲車や戦闘工兵車を進出させ、ヘリなどで上空から偵察・援護を行う戦法が有効とされる”
 だが、掃討ができてないのに、車両やヘリを戦闘区域に投入しては、場合によっては鴨撃ちを食らう。空からの援護が高い効果をもつのは確かだが、いきなり車両や航空兵力を投入しないのは、敵が投入を予測して準備した待ち伏せに遭う可能性があるからだ。
 今日の演習で身に沁みただろう。航空兵力、特に輸送機を落とす場合、簡単な投石機などの原始的な質量兵器が馬鹿にならない効果をもつ。特に、相手がテロリストだと、手段を選ばない可能性が高い。魔道師でないからといって甘く見るな。魔法資質の有無は、戦闘力の有無とイコールではない」


 等々、一通り、講評という名の叱責をした後、嬢ちゃんは、今度は各中・小隊や分隊、果ては一人一人の動きにまで言及し、何故その行動をとったか、何故このような方法を検討しなかったか、などを指揮官や当人に質問し、その同僚や上司に見解を述べさせるなどして、自然に場をフリーディスカッションへと移行させていった。
 始めの方こそ縮こまってた奴らも、嬢ちゃんの言葉に引きずられるようにして、そのときの内心を言い、振り返っての意見を述べ、同僚に反論し、上司・部下に質問し、徐々にヒートアップしていって、嬢ちゃんの言葉に噛み付いたりし始めた。そんな、時に怒号が入り混じる、嵐のように激しい意見交換の中、嬢ちゃんは少しも揺るがず、王様みてえな、ふてぶてしい態度で完璧に流れをコントロールして、しかも発言を躊躇わせるような振る舞いは一切しなかった。はっきり言って、並じゃねえ。戦い方もそうだが、醸し出す威厳や態度、言葉の使い方、荒くれどもの扱い(とりあえずは議論だけの話だが)だって、ベテランの士官、それも佐官級の上位に匹敵するようなレベルだ。俺は、呆れながらも、議論に耳を傾けていた。

「うちの部隊が、特に劣っているところ、鍛えるべきところは何ですか?」
「近接戦闘能力の向上だな。特に劣っているとは言わないが、貴様達の職務上、非常に重要な意義を持つスキルだ。
 陸士向け近接戦闘能力向上訓練は、射撃・誘導弾操作・音響炸裂魔法・閃光魔法などに、ナイフや各部プロテクタなどの非魔法装備を用いた戦闘技術を組みあわせたものだ。接敵距離25m以内での戦闘を想定している。
 近接戦闘は、視界の悪い屋内戦、市街戦、遭遇戦で発生しやすく、対テロ作戦や人質救出作戦で活用される機会が多い。特に、その中の“格闘戦闘技術”は、低魔力の人間でも、一定の戦力向上が見込める手段でもある。それは今日の演習で身をもって体験してもらえたと思う。貴様達の約1/3が、格闘戦で無力化されたからな。
 銃剣術や徒手格闘、ナイフや打撃武器、紐などありあわせの道具を利用した武器を活用した技術が基礎になる。近接用短時間発動魔法の研究をおこなっている陸士隊もある」
「そんなこと言われちゃあ、気合が入りますねえ」
「ああ、ある意味、低ランク魔道師にとって最も手軽な戦闘能力向上方法だ。この技術の熟練度は、貴様達の任務達成率・生存率、双方の向上に大きく影響するだろう。励んでくれ」
「「ウッス!」」

「作戦前段階での封鎖と検問の有効性はわかるんですが、全ての事件でそこまで人員を投入できるわけじゃあないんです。なにか、別のいい方法はありませんかね?」
「封鎖・検問の最大の目的は、敵を明確化することだ。制服を着用してない犯罪者やテロリストは、戦闘に無関係な一般市民との識別が難しい。
 だが、魔力波や声紋、モンタージュなどが事前に入手できていたら、完全な封鎖も必要ないだろう。勿論、前線部隊が相手を取り逃がさないことが前提だが。各種の可搬式探知機器を、指揮車・ヘカトンケイレスと組み合わせて運用するのが、今すぐ思いつく案だな。時間を貰えたら、持ち帰って教導隊内で検討してみるし、他の陸士部隊での事例も調べてみるが?」
「えっと、じゃあ、すいません。お願いできますか」
「判った」

「市街地戦で指揮をとるとき、気をつけるべきことはなんでしょうか?」
「指揮所の位置だな。
 市街地は戦闘指揮所を秘密裏に設置することもできるが、戦域の狭さは、指揮車や装甲車の機動性を著しく下げるし、家屋や障害物に隠れて接近されやすく、敵の的になる可能性が高まる」
「ヘカトンケイレスでの代替は?」
「それも一つの対策だな。だが、対策を一つに絞るな。よく使われるシステムは有名になり、有名になれば情報を入手され、対策を立てられる。複数の対策を用意して状況に応じて使い分けろ。今回、私は魔力波ジャミング発生装置だけを使用したが、ヘカトンケイレスや天照の探知機能の詳細を入手したと仮定していたら、電磁波ジャミング発生装置やサーモでの探知を撹乱するためのデコイなども用意しただろう。
 それと、障害物の多い戦場でアクティブ・レーダーを使用しても、隠れている敵には効果が薄い上に、自身の居場所を大声で叫んでいるのと同じだということは理解したな。戦場で指揮官は真っ先に狙われる。自覚して十分注意しろ。
 音源サーチ機能を使わなかったのも失敗だな。普段あまり使わない上に馴染みの無い機能だから忘れていたのだろうが、迂闊だ。まだ配備数は少ない装備だ。配備されていない部隊に恥ずかしくないよう、キチンと使いこなしてみせろ」
「は、はいっ。すみません!」

「「1/3程度の人員が脱落した時点で、なりふり構わない物量戦への移行をおこなうべきだった」とのお言葉でしたが、そのような方針の転換は、どのタイミングでおこなうべきか、何か基準となるものがあれば、教えていただきたい」
「“状況判断”が1つの基準になる。なかでも、今回の演習では、任務判断が不十分だったことが判断ミスにつながったと考えられる。
 任務判断は、与えられた任務の意図や背景を分析してその本意を判断することで、この判断によって部隊の行動方針の方向性を規定し、状況が激変する緊急事態でも適切な方針の転換に対処する準備が出来る。
 “状況判断”だが、これは、任務判断に、地形判断、敵情判断を組み合わせて成り立っている概念だ。
 “状況判断”は、作戦行動を遂行するために必要な各種の分析に基づいて行われる判断だ。指揮官は、与えられた任務を達成するために、部隊が置かれた状況を論理的な推論によって把握しなければならない。この思考法を定型化することは判断の迅速化、正確性向上につながる。士官学校や士官教育で教えられる内容だから、あとで昔の教材を探してみろ。必要なら連絡を寄越せば、教導隊の資料を貸してやる」

「高ランク魔道師を相手取ったときに、有効な戦術というのは存在するものでしょうか?」
「存在する。
 相手がこちらより大きな戦闘力を持っていたら、いかにしてそれを発揮できない状況におくか。発揮したとしてもこちらが被害をうけない状況をいかに獲得し維持するか。こちらの攻撃が相手にとって最大限の被害となるための状況をいかに整えるか。
 それらを可能にするのが戦術であり、人間の知恵だ。
 魔法はそれを達成する数多の方法のうちの1つに過ぎない。裏返しに言えば、魔法を主力とする相手に魔法だけで戦うことは、力比べの勝負にしかならない。そうなれば、力の強いほうが勝つのは当たり前だ。相手の有利な土俵で勝負するな。もっと頭を使って戦闘しろ。 
 それと、重要なのは、人が寄り集まっただけの集団として行動するのではなく、統率され相互に連携しあう集団として行動することだ。よく訓練され統率された集団は、強大な1個体に勝る。人間が地上の覇者となった理由だ。そして、その原則はあらゆる戦いに適用される。それを頭に叩き込み、身体に染み付かせ、反射で行動できるようになるまで訓練を繰り返せ」
「んな理屈言われたって、ピンと来ねえって!」
「……そうだな。一つ例を挙げよう。
 例えば、陸士の戦術の中核になるのは「射撃と運動」の原理だ。射撃と運動を相互かつ交互に連携させることによって機動的に運用する。今日の演習で後衛が前衛を援護した形を、もっと洗練させた技術だ。相手に攻撃の狙いを絞らせず、こちらは相手の注意の薄い方向から攻撃する。その繰り返しで、自部隊に有利な交戦ポイントに誘導することも可能だ。高ランク魔道師といえど、その注意力や集中力の持続まで高いレベルにあるとは限らない。集団の有利を使い、相手を撹乱し精神的疲労を増やし、隙をつくって、そこに集団の攻撃を集中させる。オーソドックスな戦例だが、この過程で用いられれる集団の動きが、「射撃と運動」の原理に基づいている。
 原理の具体的な活用法則は、これも基礎は士官教育を受けた者は教材を持っているはずだ。応用は、実戦データを研究するといい。「新方式訓練要綱」についている報告書リストが役に立つだろう。不明な点は問い合わせて来い」

「ついでに1つ宿題だ。生存率向上技術の基礎を教えておいてやるから、応用を自分達の経験を共有・分析して編み出してみろ。
 戦闘における生存率向上には、偽装・隠蔽・囮といった手段がある。これらの手段は、敵の情報収集活動の阻害、味方の行動の秘匿に効果がある。
 例えば、装備や陣地、兵士を偽装し、隠蔽することで敵が得られる情報を不完全なものにして、敵が得られる情報を制限する。偽装を行う場合は地形や天候だけでなく、季節や色や輪郭線にも気をつけ、視認性や被サーチ性を低めるようにすることが重要だ。直線をぼかし、服装や肌の色を周囲の環境に合わせ、光を避けて物陰に潜み、装備が金属音や物音を立てないようにする。
 また、偽の戦闘陣地などで敵を誘導する手法も応用的に用いられる。
 迷彩は最も基本的な偽装だ。それに加えて、体の輪郭を隠せば、一層視認性が低下する。バリアジャケットの外見はもっと検討する余地がある。複数のバリアジャケットを設定しておいて、状況により使い分けるのも1つの方法だ」
「あ、思いついた答えの一つが言われちまった……」
「甘えるな、馬鹿。すぐに思いつく程度のことを回答にしようとするな。貴様自身と同僚の命がかかってるんだぞ。隊内で、しっかり経験と知識を共有しなおして整理・検討してみろ。今まで見落としていた手法の1つや2つ、すぐ見つかる。回答を楽しみにしておくぞ?」
「「げえ~」」
「宿題なんて10年ぶりだぜ?」
「うっわ、教官にしごかれる学生に戻った気分だ。たまんねーっ」
「ふふ、精々励め」
「「うぃーっす」」

「最後にひとつ言っておく。
 都市部における戦闘は小規模且つ小範囲でおこなわれることが基本だ。その状況下では、高ランク魔道師は力の発揮を制限される。
 制限された条件下での高ランク魔道師は、大戦力ではなく、飛びぬけた力を持つ1兵卒にすぎない。そして、個々の戦闘はともかく戦略的・戦術的状況下では、優れた兵卒1人より、個々の兵卒の能力は低くとも連携の取れた部隊の方が戦果を上げる。
 低ランク魔道師でもやりようによっては、十分高ランク魔道師を超える働きができるんだ。言い訳をして現状に甘んじるな。不都合な現実から目を逸らすな。足掻いてもがいて、繰り返し挑戦しろ。泥臭いやり方でいい、お前達の求めたものをお前達自身の力で、その手に掴み取ってみせろ」
「「……!」」
「いいな?」
「「……はいっ!」」


 議論の終わりには、うちの連中はまるっきり、尊敬と信頼の目で嬢ちゃんを見てた。自分達より遥かに年下で、可愛らしい見た目の女の子を、あの荒くれどもがよ。まったく大したもんだ。
 デブリの締めの言葉で嬢ちゃんが、
「部隊運用や訓練方法、技術の上達などについて、記録や関係資料を送ってくれれば、分析して講評をつけて返送する形で、引き続き技術の向上を手伝いたいと思っている。無論、そちらの同意があれば、だが」
って言ったとき、真っ先に、
「願ってもねえ!」
なんて叫んだのが、事前訪問のときにいの一番に反発し、演習でもずっと敵意を隠さなかった伍長だったのには笑えたが。「陸」の下士官としては中堅どころになるそいつは、すっかり嬢ちゃんに傾倒しちまったようで、是非頼みてえ、なんてほとんど手をとらんばかりだった。まったく大したもんだ。


 
 あとで他の大隊長仲間から仕入れた話だが、高町の嬢ちゃんは、全陸士隊への新方式訓練展開の通達に合わせて、うちでやったみたいな、現場を回って生の意見を聞き出し、それぞれの隊の特性に合わせた教導資料を作成して送ってくるとかの、今までの模擬戦中心の教導とは全然違う教導を、「陸」の部隊相手にやらかし始めてたらしい。
 まあ、言ったように教導の中心は武装隊だから、「陸」に来る機会は決して多くはないんだが、去年と比べれば、遥かに増えたそうだ。その増えた「陸」への教導を、嬢ちゃんはほとんど一手に引き受けてるって聞いた。あまり乗り気でない教導隊の上司連中に、市民の平穏を守る陸士隊の重要性を説き、高い死傷率を教導によって減らせる可能性を説きして、半ば、もぎとるようにして、許可をとりつけて「陸」を回ってるんだなんて噂を聞いた日にゃあ、俺までちょっとクラッときた。とかく「海」や「空」の連中は、俺たちを見下しがちだが、そんな中で俺たちに真っ向から接して頑張ってる嬢ちゃんのことを考えると、不覚にもジンときたもんだ。
 おまけに、武装隊連中、それもエリート揃いの航空武装隊相手でも、「陸」相手と同じように、従来のやり方にとらわれない方法でガンガンやっつけてるらしいって聞いて、俺は嬢ちゃんらしいと思って嬉しくなった。あのお高くとまった奴らも、嬢ちゃんには頭が上がらなくなるだろうと想像すると、思わずにやついて、部下どもに気味悪がられたが。いいだろ、別に。所属に囚われないで、ひたすら、前線部隊の錬度を上げ、市民を守り平和を守り局員自身を守る可能性を上げようとする若い娘さんを見て、なにも感じないほうがどうかしてるだろ、え?
 今までのやり方とどっちが効果があるのかなんて、俺にはわからん。わからんが、少なくとも嬢ちゃんのやり方のほうが、俺には好感が持てるね。仕入れてきた噂を飯どきなんかに話してやるせいか、うちの奴らも、ますます嬢ちゃんのシンパになっちまってる。
 まあ、可愛らしいお姫さんの教えを受けておいて、ブザマはさらせんわなあ。嬢ちゃんが見た目だけの可愛らしいマスコットなら、また話は違ったんだろうが。


 嬢ちゃんが約束したとおり、教導のあとも、嬢ちゃんとの交流は続いた。うちの連中からの質問に返事を返したり、他部隊で仕入れた最新情報を配信してくれたりしてる。こないだ配信された、AMFを発生する自律機械なんて、知らずにぶつかることになってたらと思うと、ぞっとしねえ。だが、嬢ちゃんの言葉じゃねえが、そういう奴らがいるってことさえ知ってれば、対応策は検討できるし、遭遇しても泡食わなくて済む。嬢ちゃんも教導隊のほうで、いろいろ対策を検討してみてくれてるようだしな。
 まあ、あまり働かせすぎて、潰れさせたら気が咎めるから、嬢ちゃんへの連絡は基本、副隊長宛に提出させて、緊急のやつ以外は、俺から嬢ちゃんに月1くらいで、まとめて送るようにした。隊の連中からブーイングくらったけどよ。馬鹿言え、俺はロリコンじゃねえっての。

 あと、嬢ちゃんの教導からしばらく経ってから、嬢ちゃんの噂話がいろんなルートから入ってくるようになった。多分、嬢ちゃんがあっちこっちで、下僕どもを増やしてるせいだろう。例の、天照やヘカトンケイレスを提案したプロジェクトのメンバーだった、ってのには驚いた。道理で新方式の訓練に詳しいわけだ。雛型つくった当事者だしな。体調サポート・デバイス開発時の発案者兼被検協力者だった、って話も聞いた。なんか、いろんなとこに手エだしてんな、あの子。
 武装隊時代にはバリバリの実戦派で、かなり名を売ってた、って話には大いに納得した。そりゃ、あれだけの迫力と能力も身につくはずだよ。徹底した実戦志向の「新方式訓練概要」も、そんな経歴の嬢ちゃんが参加してたんなら、納得がいく。
 何年か前に聞いた、管理外世界からの暴れん坊の噂を思い出したのは、その後、少ししてからだ。興味本位で調べてみたら、やっぱり嬢ちゃんのことだったから、思わず笑っちまった。当時、「魔王」って仇名を奉られてたって聞いたときにも、悪いがまた笑っちまった。こいつも納得だ。お似合いの呼び名だよ。中隊長の一人にネタのつもりで話したら、あっという間に部隊中に広まって、今じゃ、みんな、「あの魔王が」なんて笑いながら言ってる。ちなみに、「なのはさん」て呼び名も根強い。ちゃん付けでないあたりが、ウチの連中と嬢ちゃんとの力関係を表してるようで、情けないやら納得するやら。



 だから、いまだに、嬢ちゃんに、個人で色々と相談を持ちかけ続けてる、目の前の奴のような阿呆もいる。嬢ちゃんも、また律儀だからなあ。大変だろうに。個人連絡の禁止の徹底なんて馬鹿なことはしたくないし(どこのアイドルのファンクラブだ)、見つけたら、嬢ちゃんを頼りにしてるだろう局員の数を想像させて、あまり嬢ちゃんの負担にならないよう注意するくらいしかしてない。まあ、効果はあまり続かないんだが。
 俺は呆れながら、何回目かの注意になるそいつに、別の方向から釘を刺してみた。
「ちゃんと、直属の上長との連携は取れよ?」
「あ、大丈夫っす。たまに小隊全員で、なのはさんとテレビ会議したりしてますから」
「……あー、さよけ」
おー、ごっど。


 頼むぜ、少尉……。
 ついでに貴様もだ、伍長。いいおっさんが厳つい顔で、デレデレするな、見苦しい。

 
 天を仰ぎながらも、俺は、部下の不始末の詫びを口実に、嬢ちゃんに通話をいれるかどうか、迷うのだった。






■■後書き■■
 お待たせしました。外伝第三話です。
 リクエストにあった「プロジェクトで考案された新方式訓練の内容の詳細」を元ネタに、いくつか手を加えました。いや、別に大変ならいいよ、と言って頂いたんですが、オーリス編でちょっと出た、なのはが現場から強く支持されるようになった理由の一つをきっちり書き込んでおいたほうがいいかな、と思って、結局こんな感じで書かせていただきました。ちょっとリクエストからズレでしまってるかも、と心配です。リクエストに応えた話を書くって難しいですね。

 内容がなんか思いっきり薀蓄に走ってる気もしますが……なるべく噛み砕いて判りやすい表現にしたつもりです。見逃してください。
 ちなみに部隊長さんは聖王教ではなく、神様を信仰する宗教のそれほど熱心ではない信者です。とある次元世界では、プ○テスタントと呼ばれる宗派だとか(笑)。



[4464] 外伝3:ユーノ・スクライアの想い出
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/01/09 16:16
 考古学会の発表で、ミッドチルダまで出てきた僕は、ふと本屋の前で足を止めて、平積みに置かれていた雑誌に手を伸ばした。雑誌の表紙には、可愛い顔の茶髪の少女が、凛々しい瞳で写っている。僕と同い年の彼女は、この1・2年、名を聞くことが急に増えた。「‘空’のカリスマ」とか「エース・オブ・エース」なんて呼び名が、囁かれるようになった。

 彼女と一緒に過ごした日々が、遠い夢のようだ。時折、あれが本当にあったことなのか、僕が下らない妄想で作り出した願望なのか、わからなくなることがある。

「なに、見てるんだ? お、こりゃなのはちゃんじゃないか」
同行していた友人が、肩越しに、僕が手に持つ雑誌をみて言う。
「そーか、そーか。やっと、ユーノにも春がきたか。それもなのはちゃんとは、なかなかお目が高い」
からかいながら、僕の肩に手を回してくる。友人同士の、いつものじゃれあい。でも、そのとき、僕は、彼の言葉をいつものように軽く流すことが出来なかった。
「そんなんじゃないよ」
僕ははっきりと言った。でも、必要以上に力が入っていたのかもしれない。彼の顔が少し驚いている。僕は少し悪いことをした気になって、抑えた声でもう一度、でもはっきりと言った。 
「そんなのじゃない」 


 彼女と初めて会ったときのことは、忘れようにも忘れられるもんじゃない。
 なにせ、ジュエルシードの思念体との戦いの後、気を失って、気がついたら、手足を縛られ目隠しをされて、凶器を押しつけられてたんだから。
 もちろん僕はパニックになった。でも、わめき散らすたびに僕は首を締められた。できるだけ冷静でいようとしたけれど、てっきり非道な犯罪者に捕まったと思った僕は、恐怖で我を失わないようにするのが精一杯だった。質問してくる声も、感情のない冷酷な響きで、僕の恐怖を掻きたてた。
 だから、目隠しを解かれたとき、とてもほっとして、それから、とても驚いたんだ。なぜって、僕を脅して質問していたのは、同い年くらいの可愛らしい女の子だったんだから。

 彼女の魔法の才能はとても素晴らしいもので、ジュエルシード探しに彼女達の協力を得られることになって、ここ数日の罪悪感やプレッシャーが急に軽くなった僕は、軽い躁状態になっていた。そのせいもあって、彼女の初めての戦闘で、僕は騒ぎっぱなしだった。
 舞うように宙で踊る姿、誘導弾を的確に操る真剣な顔、一撃で思念体を仕留めた砲撃の鮮やかな光。なにもかもが僕の心を引き付けて、戦闘直後、僕はほとんど叫ぶように彼女の才能を誉めて ― 蹴り飛ばされた。
 あのときは、あとでさすがに不謹慎だったと思って落ち込んで、彼女に謝った。彼女は無愛想な態度で、それでも許してくれた。でも、今ならわかる。彼女は、僕の浮かれた態度に怒ったんじゃない。僕が魔法の才能を誉めたことが、戦う才能があるって誉めたことが嫌だったんだ。的外れな謝罪で許してくれたのは、きっと、僕にそれを理解して貰おうという気がなかったからじゃないかと思う。


 考えてみれば、当たり前だ。10歳にもならない女の子が、戦いの才能があるって言われて喜ぶはずがない。まして、彼女は無愛想だけど、とても優しい人だったから。敵対していた女の子を助けるために、管理局の指示にはっきりと反対の意思を示して、危険な現場に飛び込んでいくくらい。


 それに、彼女は平穏な生活が奪われること、自分や家族が傷ついたり ― あるいは命を落とすことを、とても怖がっていた。普段の、男の子みたい口調や堂々とした態度もあって、それに僕が気づいたのはしばらくしてからだったけれど、彼女はとても怯えて、そして必死で強がってたんだ。細い肩を精一杯そびやかして。

 それに気づいたから、僕は、彼女の僕に対する乱暴な態度を受け入れた。トゲのある言葉を受け入れた。だって、彼女にはそうする権利があったし ― 僕はそんな態度を受け入れる義務があったから。

 二人一組になって街中のジュエルシードを探しているときに、冗談混じりの口調で言われたことがある。
「ジュエルシードが落ちてきた時に、お前が即管理局にこの世界の情報を送れて救助要請を出せてれば、俺が魔法を学ぶ機会を得ることもなかったろうな。感謝してるよ」
彼女にそのつもりはなかったんだろうけど、その言葉は、きつい皮肉として僕の心を刺した。
 僕がほとんど魔法を使えない状態だったことなんて関係ない。ジュエルシードの輸送の責任が僕の手を離れていたなんて関係ない。僕が事故の情報を聞いて、手を離れた仕事でもなんとかしたいと思って、必死の思いで現地へ向かったことなんて関係ない。彼女にとっては、ジュエルシードという危険物が自分の住む街にばら撒かれて、そこに最初にやってきた対応者が、自分の力もわきまえず対処しようとして、返り討ちにあって助けを求め、自分を危険に巻き込んだ。そういうことなんだから。
 僕が、彼女の穏やかな日常を壊した。彼女が嫌って当然の人間なんだ、と強烈に自覚した。
 それは、とても ― とても、鋭い、胸の痛みを伴う自覚だった。

 だからかもしれない。
 僕は事件の事後処理が済むと、逃げるように一族の集落に帰った。レイジングハートはせめてものお詫びとして ― お詫びになるかなんてわからなかったけれど ― 彼女のもとに残した。本当は、もう少し彼女と一緒にいたかった。もっと、いろいろと話してみたかった。でも、それはできなかった。― 彼女が大切にしていた日常を壊した責任の一端は、紛れもなく僕にあったんだから。
 

 しばらくの間、僕は、彼女の夢を頻繁に見た。戦いのない、穏やかな日常のなかで、僕と彼女が並んで仲良く歩いている夢が多かった。時には、彼女が戦っている夢も見たけれど、僕が彼女と一緒にいることは変わらなかった。
 そして、いまでも、たまに夢を見ることがある。彼女が華々しい戦果をあげたと聞いた日の夜に見ることが多い。微笑む彼女の横で僕が笑っている夢を。戦いも魔法も出てこない、平和な夢を。



「ほら、行こうぜ? どんだけ可愛くたって、俺達には関わりなんてない有名人なんだから」
「……ああ、そうだね」


 今でも思うことがある。 
 あのとき、僕がもっと大人だったら。彼女を傷つけず、彼女の平穏を壊さずに守れていたら。彼女の横に、今も僕がいる未来もあったんだろうか?





■■後書き■■       
 テーマは「初恋」(笑)。
 ユーノってなのはを魔法の世界に引き込んだことに罪悪感をもってるパターンが多いですが、このSSでもその設定をアレンジして踏襲してみました。でも、うちのユーノ君にもそろそろ、新しい恋に出会って、幸せになってもらいたいものです。



[4464] 外伝4:闇の中で ~ジェイル・スカリエッティ~
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/01/07 16:59
 現実に屈した男が再び立ち上がり、さ迷う魔王が幻視した光に目を開いて。二人、肩を並べて歩きはじめた日に、交わされた会話。

 …………
 ……
「広域指名手配犯ジェイル・スカリエッティか……真っ当な男じゃなさそうだな」
「だが、頭は切れる」
「別の意味でも切れてるだろ、この研究報告を見る限り」
「……そうだな。個人的感情でものを言えば、つきあいを持ちたくないたぐいの男だ」
「ふむ」
「才能はあるが、引き入れても懐きはせんだろう。己にしか従わない気侭なところがある。研究の打ち切りを告げても、これまでのつながりの証拠を武器に、こちらに脅しをかけてくることも十分考えられる。問題がおこらんよう始末するべきだろう」
「可能なのか?」
「奴は居場所を明かさない。密かに探りだして、強襲、殲滅することになるだろう」
「……」
「高町?」
「……ああ。少しな…………」
「……」
「レジアス?」
「なんだ?」
「スカリエッティのアジト探しは俺も付き合うが、一つ条件がある」
「……」
「アジトを見つけたら、即強襲をかけずに、俺単独での潜入を先にさせてほしい」
「何故だ?」
「なに、すこし興味があるのさ。稀代の天才と言われながら、犯罪に手を染めた男の在り方に。お前の目を疑うわけじゃないが、引き込めるものなら引き込みたい」
「…構わんだろう。犯罪者と言うなら、俺も同じだ。貴様なら、いや、魔王なら、誰にもひざまづかない外道を飼いならすことも可能かも知れん」
「……言ってろ」
「……ふ」
「………………ちっ」

 ………… 
 …… 



 その数年後。クラナガン市郊外の、とある工場に隣接した建物の一室での会話の一部。

 …………
 …… 
「…………中立寄りの反管理局派の各世界とは、ほぼコンタクトが取れた。感触も悪くない。日和見姿勢の政府ばかりなのもあるが、派閥のまとめ役的な立場の次元世界から協力的な姿勢を引き出せたのが大きかったな。今後は技術供与の代償に資金提供を受けつつ、関係を深めていく。ある程度関係が深まれば、俺たちを裏切ることは奴ら自身の首も締める結果を生む状態になる。気づかれないようにそのボーダーラインを超えることが、次の課題だな。まあ、そのあたりのさじ加減は任せておけ。
 あと、強硬な反管理局派との接触をそろそろ始めたい。聖王教会も交えての交渉でなければ、席につかせることすらできんだろう。お前には大分頑張ってもらわねばならんぞ?」
「なに、教会も反管理局派への対応じゃ、板ばさみになって苦労してるようだ。まだそれほど強い関係になってない「陸」とはいえ、管理局の一大部門が柔軟な姿勢を見せるなら、喜んで協力してくれるだろうよ」
「今はそうかもしれんが、あまり楽観視するな。外交は水モノだ。些細な行き違いや僅かな状況の変化で、順調に見えた交渉が頓挫することも珍しくない。特に、秘密交渉のたぐいはな」
「はいはい。……やれやれ、俺には向かん世界だな、やっぱり」
「よく言う。お前の手配や根回しのおかげで、順調に交渉を進められた次元世界も少なくないぞ」
「できるのと向いてるのとは違うんだよ。勝つ為だから地道な準備もやるが、面倒なものは面倒だ……って、ああ、そう言えば。忘れてた」
「何をだ?」
「スカリエッティの居場所が割れた。近いうちに、ちょっと会ってくる」
「…………なに?」
「スカリエッティの居場所が割れた。近いうちに、ちょっと会ってくる」
「…………お前という奴は……。……まあ、いい。以前言ったとおり、その件はお前の判断に任せる。生かすも殺すも自由にしろ」
「了解」
「どうなったかの連絡は忘れるな」
「忘れるかもな。最近忙しいし」
「……その分、一般局員の支持は随分高まっているようだぞ、「空」のカリスマ?」
「……ちゃんと報告します。だからその恥ずかしい二つ名を使うな」
「ああ。よろしく頼む」

 無言で手を振って、転移魔法を展開する少女。口許にかすかな笑みを浮かべた男が1人、残される。そう、男が1人。この部屋には最初から最後まで、工場を視察して休憩しているこの男「一人しか」いなかった。そういうことになっている。男と同行した者たちも。工場への侵入・脱出を警備する部門の人間も。工場の責任者も、工場を運営する企業のトップも含めて。「そういうこと」になっている。
 男は一人静かに、机に置かれていた飲み物を啜った。




 その数日後、とある無人惑星にある秘密研究施設にて。


 自身の研究室の扉を潜ったスカリエッティの目に、そこにいてはならないはずの存在が映った。不意を突かれて一瞬、動きを止めた彼に、相手は椅子に座って足を組んだまま、傲慢とも言えるような声音で告げた。
「邪魔をしている」
「……さて、どちら様かな? お招きした記憶はないのだけれども」
「別にそれは必要なことじゃないだろう」
 スカリエッティは、目を細めて相手を観察した。飾り気のない服装をした、10代半ばほどのかわいらしい少女。だが、その眼と纏う雰囲気だけが、常人のそれと遥かに隔たっていた。
「……「空のカリスマ」高町なのは一等空尉。飛ぶ鳥落とす勢いの管理局の新星が、一人でこんなところにいらっしゃるとは。ひょっとして、私を単独で捕らえに来たのかい?」
言いながら、スカリエッティは、それはないだろう、と考えた。目の前の少女は、迂闊さも増長も功名心も持たない、老獪な戦士だ。単独で敵地に侵入するような、不確定要素の多い戦法をとるタイプではない。
 スカリエッティはけっして戦士に分類される存在ではなかったが、彼自身の持つ超一流の才能と狂気が、目の前の存在の性質と孕む危険性とを敏感に嗅ぎとっていた。

 だが、それなら、いったい何が目的だ? スカリエッティは自問しつつ、会話で時間を稼ごうとした。ウーノは用事があって、今、自分の傍を離れているが、すぐにやってくるだろう。とりあえず、相手は、問答無用の姿勢ではない。わずかに違和感を感じながらも、彼は自分の優位を確実なものとするために行動しようとした。しようと、した。
 少女の形をした何かが口を開く。

「自分でも信じていないことを口に出すのは、無駄なことだと俺は思っている。お前もそう思わないか?」
「さて、私のような犯罪者の前に、管理局員が突然現れたら、考えることは一つだろう?」

 返答の代わりに、彼女の目がスカリエッティの眼を覗き込んできた。深い深い、奈落のような瞳。その深さに魅入られる。秘めた闇に魅入られる。おちるおちるおちる……。

 あぁ……。スカリエッティは恍惚に身を震わせた。先ほどまでの疑問は粉微塵に砕け散り、十全の理解が彼の心を満たした。彼女は同類だ。私の同類だ。全てから捨てられ、全てを捨て去って、孤独な道を歩きながら、届かぬ光を仰ぎ見る人ならざるもの。初めて出会った同類に、彼はたとえようもない感情が心の奥底から沸き上がってくるのを感じた。
 だが、そんな彼の高揚とは裏腹に、彼女の態度も口調も、氷壁のように冷厳で変化がなかった。

「お前はそんなことは考えない。アルハザードの落とし子、人の闇より生み出された忌み子よ。お前は俺の同類だ。法に縛られず倫理に囚われず、ただ己のみに従う。自身の安全を恐れることはなく、だが、大切なものを失うことには強く怯える、傲慢で臆病な愚か者よ」
「…ふむ、随分と判ったふうなことを言ってくれるね」 
感情を表に出さないように抑えつつ、彼は言葉を返した。この「同類」のことを徹底的に知り尽くしたい、という欲望が、彼の中に生まれていた。

「眼をみて判った。お前はもう「人」を外れている。俺と同類であり、しかし同種ではない」
「ほう……。ヒトに造られた生命たる私は、初めからヒトではないと思うんだが?」
「ヒトは自分の意志で「人」になる。生まれの違いなど些細なことだ。狗に堕ちる奴もいれば、「人」であることを貫きつづける奴もいる。お前のように「外れる」奴もいる。全てはそいつの意思次第だ」
「なるほど」
スカリエッティは、くっ、と笑いを漏らした。なるほど、言われてみれば至極あたりまえの話だ。今まで、自分で気づかなかったのが不思議なくらいに。まあ、同類ならば、わかって当然なのかもしれない。自分が彼女の本質を刹那のうちに観て取ったように。
「なにか飲むかい?」
「コーヒーを。ブラックで」
ウーノに通信を開く。
「ああ、ウーノ、私の部屋にコーヒーを持ってきてくれないかね。私とお客様の分、二つだ」
ウーノは予定になかった来客が、彼の部屋に既にいることに取り乱しかけたが、スカリエッティになだめられて、何とか落ち着いた。




 ゆったりと会話を楽しむ。ウーノは同席を強く望んだが、下がらせた。おそらく、妹達を控えさせた上で、この部屋の様子を覗いているだろうが、それは構わない。今は、初めて出会ったこの「同類」と、気兼ねなく言葉を交わしたい。


 人間について。善悪について。欲望について。倫理について。
 管理局の在り方。魔法の功罪。戦闘機人という技術の持つ可能性。人造魔道師という発想の長所短所。


 会話は途切れることなく、響きあうように進む。光にも闇にもなりうる人間という存在に共に感嘆し、時代と立場によって万華鏡のように姿形を変える善悪という概念について議論を交わす。欲望について自説を滔々と述べて、簡潔な言葉で切り捨てられ意外な視点から突っ込まれ、倫理を無用の足枷と断じて自分の自由を誇れば、敢えて囚われることで可能性を伸ばす存在がいることを示唆される。

 スカリエッティにとって、それは楽しくも心踊る時間だった。自分の狂気を弾劾し、否定しようとする言葉は数多く聞いたが、自分と同じく狂気に身を浸しながら、異なる視点を持って、時に反論し、時に同意するような相手との会話は経験が無かった。彼にとって、他人とは、自分を理解できずに恐れて拒絶する有象無象か、自分の才能を利用することしか考えない愚物しかいなかった。それが初めて、自分を理解し、恐れも計算も無く対等に言葉を交わす存在に出会った。スカリエッティは、夢のようなときの中にいた。


 ふと話が途切れ、次の会話の題材を考えて知らず彷徨ったスカリエッティの目が、相手の視線と交錯した。その視線に含まれる色に、彼はこの楽しい時間が終わりを告げた事を知った。会話を重ねて、彼女の思想や思考パターンをかなり理解したスカリエッティにとって、それはひどく納得のいくことであり、……同時にいいしれぬ寂しさを感じさせる認識でもあった。

「私を殺すのかい?」
自分の言葉がこれほど寂しさを含んで聞こえるのは初めてだと、頭のどこかで声がした。
「いや。お前は、最高評議会の犯した犯罪の動かぬ証拠だ。適当な時期までは生きていてくれたほうが都合がいい」
「……私も随分と舐められたものだね。ここで見逃されて、私が君を潰しに動かないと思うのかい?」
「望むなら、そうすればいい。だが……」
「……」
「お前はそうしないだろう? お前は、快楽のためなら容易く自分自身を投げ打つタイプだ。自分の存在を確かめるためだけに、生命を弄び、混乱を巻きおこし、恐怖を歓迎する。そんなお前が、俺のような手強い遊び相手を簡単に手放せるものか。貴様にとって最高の舞台で、俺と争うことを望むだろう? お前にとって、その時間は、お前の命よりも矜持よりも、はるかに価値のあるものだ。
 違うか?」
「………………ふ、ふふふふ……」
「……」
「くくくくく……! そう、そうだ! そのとおりだ!! 私はそれを待ち望む!! 君との戦いを最高の舞台でおこなうことを!!
 それはきっと、恐怖と狂気と悦楽に塗れた、たとえようもなく甘美な刻となるだろう! それ以前に君を害する? くくく、そんなこと、できるはずもない! そうだ、君の言う通りだ!! 魔王よ! 私は君と契約しよう!! 君と相打つそのときは、私の全知全能をかけて君とぶつかりあうと!! そしてそのときが来たるまで、君と君の周囲に手出しをしないことを!」

 スカリエッティは歓喜に包まれていた。彼女が自分を舐めているなどとは欠片も思っていなかったが、それでもそんな言葉を口に出させたのは、寂しさと彼女への甘えだった。その感情に、予想以上の言葉が返された。彼女が自分の遊びにつきあってくれると。
 自分を軽く扱う愚物どもの鼻を明かし、退屈を紛らわすために漠然と考えていた「遊び」の構想。それが一気に色づいて、具体化へと動き出したのを彼は感じた。

 初めて自分が出会った「同類」は、自分と共にいてはくれないが、敵対する立場に立って競いあってくれるのだ。

 その才能と環境のために、これまでずっと孤独のなかにいたスカリエッティは、彼女と競いあい全力を振り絞って渡り合うその時を、闇の中で射し込んでくる一筋の光を夢見るように、恍惚として思い描いた。しかも、それに賭けるのは互いの全存在! 味わう戦慄と恐怖はいかばかりのものか。得られる充足感と歓喜はどれほどのものか。


 研究施設の外で向かい合う2人。娘達は全員施設内に留まらせている。スカリエッティは、2人だけの時間を最後まで共有したかった。静かに2人の視線が絡まる。駆り立てられるような熱と沸き返る狂気の溢れる瞳と、凍える心と底知れぬ闇とを秘めた瞳と。
 魔王の殻を被った少女が口を開いた。

「それじゃあな、兄とは呼べない男よ」
「……ああ、それでは。私の妹ならぬヒトよ」

 転移するひとを見送って、スカリエッティは微笑んだ。
 初心な少年が恋する人を想うような、夢見るような微笑みだった。

 再会を約束する言葉は交わさなかった。そんな必要は無かった。ああ、たしかに信じていない言葉を口に出すのは無駄なのかもしれない。自分は彼女と再会することを、一分の疑いも無く信じているのだから。
 それはどんな再会になるのだろうか。戦闘の最中だろうか、戦闘の合い間だろうか。最初にまず言葉を交わすのだろうか。あるいは即座に互いに攻撃を放つのだろうか。そのときのことをあれこれ想像するだけで、スカリエッティの肌が粟立つ。いいしれぬ感覚。言葉にできない感情。
 スカリエッティはもう一度、微笑んだ。夢見るように危うく歪な、狂気に塗れた微笑みだった。








 そして、その日。どこかで。誰かと誰かの交わした言葉。

 …………
 …… 
 …

「どうした? 極秘回線とはいえ、直接通信してくるとは珍しいな」
「例の男は生かしておくことにした」
「……そうか。引き込めそうなのだな」
「いや。ありえないな。
 奴と俺は兄妹のように似ているが、けれども決定的に違う。いずれ、真正面からぶつかりあうことになる」
「……なに? なら何故見逃した?」
「…………」
「……高町?」
「……ああ、すまん。ちょっと…人間の可能性について、考えていた。
 …………俺もお前も人間だ。ハヤテもフェイトも人間だ。そして、奴も人間だ」
「……」
「不思議なものだな。今更だが………ほんとうに、不思議な、ものだ……」
「…………高町」
「…ん?」
「抜けても構わんのだぞ。聖王教会との関係は、もう、お前なしでも強化してい」
「 レ ジ ア ス 」
「……っ」
「レジアス。レジアス・ゲイズ。勘違いするな。
 以前も言ったはずだ。魔王の契約からは逃れられない。お前が1人で全てを背負うことは許されない。それは俺の権利で、お前の義務だ。だから、今のお前の言葉は、お前の言い間違いだ」
「…………」
「…………」
「…………そうか」
「ああ」
「…わかった。詳しいことは、また後日聞こう。もう夜も遅い。体調を崩さんように、早く帰って寝ろ」
「……まだ働いてる奴のセリフじゃないな。だいたい、なんだ、その言い草は。お前は俺の親か?」
「俺から見れば、お前などまだまだ子供だ」
「言ってくれるな……」
「事実だ」
「はいはい、わかりました。子供はさっさと帰っておねんねさせていただきます」
「そうしろ………………ご苦労だった」
「……いや。それじゃ」
「ああ」

 …………
 …… 
 …



 そして、誰の上にも平等に。夜が静かに訪れる。静かに闇を伴って。安息か孤独か未来の夢か。なにを闇の中で想うのか。

 誰の上にも平等に、夜は静かに訪れる。





■■後書き■■
 一人称onlyではない、ちょっと例外ちっくな文体の外伝です。
 そして、またもリクエストに無い話、スカリエッティ接触編。いや、彼も明白に悪人で犯罪者ですから、なのは陛下との関係をはっきりさせておこうかな、と。何より、レジアスの話からも漁った電子記録からも、なのはさんは彼の存在を把握して当たり前なわけですし、接触しないのも不自然だろー、と前話で頂いた感想で気づきました。……うむ、なんか外伝編がどんどん膨れ上がっていっている気がする。



[4464] 外伝5:8年越しの言葉 ~アリサ・バニングス~
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/01/14 13:01
 街を早足で歩いていると、冬の気配を色濃く残す風が、火照る頬を冷やしてくれて心地いい。
 あたし、アリサ・バニングスは、もうすぐ高校三年生になる。


 自分で言うのもなんだけど、あたしはとても恵まれてると思う。優れた容姿とセンス(勿論、日々磨く努力も怠ってない)。パパは世界的な事業を手がける資産家。そのパパの庇護の下、私は勉強にスポーツに打ち込んできた。生来の負けず嫌いに、環境と才能も加わって、同年代であたし並みの能力の持ち主はほとんどいないと思う。あたしの知る範囲では、親友のすずかくらいだ、立場も能力も、あたしについてこれるのは。周りは、そんなあたしを特別視するようになり、そして、あたしは向けられる無言の期待に応え、ますます周囲の視線はあたしを特別視して。
 気づいたら、友達と言えるのはすずか一人になっていた。

 そんなとき、ふと思い出した眼差しがある。


 「親友が生涯で一人得られたら、それは十分幸運なことだよ」とパパは言う。あたしもその通りだと思って、変わらず何事にも懸命に取り組んできた。そして、来年度には高校卒業。次は、大学に入って、そこも卒業したら。あたしは、パパの仕事を手伝うようになるんだろう。すずかの実家も事業をしている。大学はお互い違う国に行く予定だし、仕事についたら、なおさら、会える機会は少なくなるだろう。

 そう思うとき、ふと脳裏をよぎる面影がある。


 高校を卒業したら、ステイツに渡り、あちらの大学に入学する予定だ。授業がはじまるまで、半年くらい時間があるので、先の話だけど、同じく海外の大学-彼女はドイツだけど-に進学する予定のすずかと、あちこち旅行でもしようかと話してる。

 そうして、海外にいくことを決めたとき、胸に浮かぶ名前があった。



 ……高町なのは。小学校6年間のうちの3年間と数ヶ月、一緒に過ごしたクラスメイト。ほとんど険悪といっていいような関係だった。今、思えば、あたしが一方的に突っかかるだけで、彼女には相手にされてなかったけれど。それでも、あるいはそれだからこそ、彼女のことは鮮やかに記憶に焼きついて、あたしの心の表面にふとした拍子で浮かび上がる。

 例えば、それは。機嫌の悪いときに癇に触れた相手を、感情的に罵ろうとしたとき。
 例えば、それは。努力して届かなかった目標を、あきらめようとして、自分で自分をごまかそうとしたとき。

 そんなとき、彼女の記憶が蘇る。そして、彼女はあの静かで暗い、底の見えない瞳で、あのときのようにあたしに問い掛けるのだ。「それでいいのか」と。



 彼女と初めて会話したのは、小学校1年生のときだ。あまり、というより明らかに友好的な会話じゃなかった。
 当時、あたしはクラスメートだったすずかをいじめていて。彼女は、ある日、いつものようにすずかに絡もうとした私に言ったのだ。
「毎日、精がでることだ。だが、気の毒だが、いくらそんなことを繰り返しても、お前が彼女のように成れるわけじゃない。無意味な行動だな」
言われてあたしの頭は沸騰した。正論を言われて、素直に自分の行動を改められるほど、あたしは大人じゃなかった。
 反射的に、彼女の頬をはたいてた。はっきり覚えてないけど、、相当な罵詈雑言を浴びせたと思う。
 その間、彼女は、赤くなった頬を押さえもせずに、じっと、私の前に立っていて。そして、あたしが言葉が続かなくなって、息を荒げて、少し冷えた頭で改めて、彼女を睨みつけた時。彼女は言った。さっきと変わらない、静かな声で。

 「それでいいのか」

 そのときの彼女の目を覚えている。あたしはあれ以来、あの瞳に囚われている。時折、思い出す。なにか、きっかけがあるわけじゃない。なんでもないときに、ふっ、と思い出すのだ。そして思う。彼女は今どうしているのか、と。



 だから、今、思わず目をこすって、見間違いじゃないかと疑ってから、慌てて走り出したあたしの行動は、誰にも馬鹿にできないと思う。だって、こんなに都合よく、彼女とばったり会うなんて! 何度か、そんな夢は見たけど、これは現実だった。
 いらいらしながら信号が変わるのを待ち、ダッシュで車道を越えて―ああ、ドレスにハイヒールだと走りにくい!―、身体能力にモノを言わせて、さっき見た茶色い髪に追いついたとき、あたしは周囲を憚らない大声をあげていた。
「高町さん! 高町さんでしょ! ちょっと待って!」

 振り向いた彼女は、表情一つ変えずにその場で立ち止まって。荒く息を吐きながら、彼女の面前に立つ私を見て、動揺の欠片もない、静かな声で言った。
「バニングス、だったな。久しぶり」
あたしが想像していたより遥かに穏やかな声だった。

  
 高町さんは随分表情豊かになっていた。昔は、他人を拒絶するようなところが態度にも表情にも表れてて、あまり、感情の変化を見せることはなかったんだけど。
 
 用事がある、という彼女を、半ば無理やりに喫茶店にひきずりこんで、向かい合わせに座りながら、あたしはそんなことを考えていた。すずかのお姉さんの忍さんの結婚披露パーティーに出席した帰りのあたしはドレス姿で、けっこう店の中で浮いていたけど、あたしはそんなことは気にとめず、久しぶりに会う元クラスメートの顔をじっと見た。


 彼女はいま、あたしの前で、砂糖も入れずにコーヒーを飲んでいる。あたしの視線に気づいて、「ブラックが好きでな」と彼女は笑った。その笑顔に、またあたしは動揺する。同じクラスだったころとは、随分違う彼女の雰囲気。8年もたってるんだから、当たり前なんだけど、あたしの中の彼女は、別れたときのまま、成長を止めていたから。
 落ち着け、あたし。あたしだって、無駄にこの8年を過ごしてきたわけじゃない。それに後悔は散々したのだ。もう、同じ失敗は繰り返さない。


 あたしは、落ち着くために、一つ息を吸い込んでから、質問を口にした。
「その、あんたは海外に引っ越したのよね。あたしも大学はステイツ……アメリカに行くつもりなの。あんたは、いま、どこに住んでるの? なにやってるの?」
高町さんは、皮肉気に頬をゆがめて、でも声は無造作に。なんでもないように言った。
「軍人みたいなことしてる」
あたしは声を無くした。軍人? あたしと同い年のあんたが? 混乱する頭から搾り出せた言葉は、ほとんど悲鳴だった。
「なっ、なんでっ!」
「残念ながら、才能があったらしくてな。スカウトされた」
高町さんは肩を竦めた。その瓢げた態度が、混乱していたあたしに怒りという感情を呼び起こした。 
「才能って何よ! 断ればいいじゃない!」
「そうだな」
高町さんは苦笑した。そのなにかを諦めたような笑顔に、あたしの頭は、瞬間沸騰した。
「なによ! なに諦めたような顔してるのよ?! 嫌なんでしょ?! だったら抵抗しなさいよ!」
あたしの怒鳴り声に、店内の視線が集中したが、気にならなかった。
 8年ぶりに会った彼女が、そんな理不尽な状況に甘んじて ー しかも、当人は諦めてしまっているようなのが、許せなかった。

 そんなあたしの態度に、高町さんは、苦笑を深めて。それから、穏やかな表情に戻って、なんの関係もなさそうなことを話し出した。
「俺が、この街を離れた年の春。妙な事件が続いたのを覚えてるか?」
「話を逸らさないで!」
声を荒げたあたしに、高町さんは視線を向けた。静かで落ち着いた光を宿した瞳。あたしは、急に頭が冷えるのを感じた。高町さんは、あたしに視線を向けたまま、淡々と続けた。
「廃ビルが崩壊したりとか、道がひどく壊されていたりとか」
「え、ええと……」
あたしは記憶を辿った。結構昔のことだ。
「……ほとんど覚えてないわ。なにか、物騒なことが立て続けにあって、学校でも注意を促されたんだっけ? それくらい」

 そうか、高町さんは言って、呟くように続けた。
「アレは実は、ある組織と別の組織の抗争でな。当時、この街で何回か戦闘が行なわれてた」
「うそ……」
意識しないで、言葉が漏れた。だって、そんな映画みたいなことが本当に……。ッ!
 唐突に意識が飛躍して、結論をたたき出した。彼女はさっき、自分の今をなんと言った? どうして、そのあとに、この話題を持ち出した?
「まさか……?」
あたしの声は震えていた。だが、高町さんは気にせず、感心したような表情を浮かべた。
「相変わらず、頭の回転が速いな。
 そう、俺はその抗争に巻き込まれた。運の無いことに、俺自身の顔も、住所も、おそらくは家族のことも、その組織に把握されてた」
「で、でも! そんなの! 警察がいるじゃない!」
「警察でも、戦闘のプロ相手に、家族全員の安全を保証できるものじゃない。それに家族の生活を俺のせいで壊したくなかった」
それは、家族の為に自分を犠牲にしたということ。
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 家族でしょ! 頼ったり迷惑掛けたり、当たり前にするのが家族じゃないの! 馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
「そうだな」
高町さんはまた、笑った。嬉しそうな笑顔なのに、なぜかひどく儚げに感じる笑顔だった。

 その笑顔に、興奮していた気持ちが冷やされ、頭の熱も治まっていく。あたしは言葉を失って、うつむいた。もう取り返しはつかないのだ。彼女の選択は8年前になされ、そして、おそらくはそれ以来ずっと、その組織にいるんだろう。あたしは歯を食いしばった。


「そんなに気にするな。慣れれば、どうということはない」
それが、ひどく悲しい言葉だということに彼女は気づいてるのだろうか?
「それに」
不意に彼女の言葉の調子が変わり、あたしは思わず顔を上げて彼女の顔を見た。
 彼女は不敵な笑顔を浮かべていた。その笑顔に、あたしはなぜか、ジョンーうちの飼い犬達のボス格だーの悠然とした堂々たる態度を思いだした。
「いつまでも、檻にいる気は、今はもうない。奴らに一杯食わせる手筈をすすめているところだ」
そのときの彼女の表情をどう表現したらいいのだろう。あたしは漠然と、おとぎ話で竜退治に挑む英雄達は、こんな表情をしているのかもしれない、そう思って。すぐに慌てて、頭を振った。あたしはアリサ・バニングスなのだ。同性の表情に見とれるなんて、そんなことはありえない。
 突然、奇妙な行動をしたあたしに、高町さんは不思議そうな顔で瞬きをしたが、突っ込まれる前に、あたしは彼女に質問した。べ、別にかっこよかったとか思っちゃいないわよっ。
「そ、それは良かったわね。そ、それで、その仕返しはいつ頃になりそうなの? あ、部外者に言えないようなら、別に構わないわ」
彼女のしようとしていることは、その組織への反乱になるだろう。そうそう簡単に話していいものとも思えない。
 そう思った私に、彼女は軽く笑った。
「さて、いつになることやら」
「……言えないなら、そう言ってくれればいいわよ。そんなホイホイ口にしていいことじゃないってことくらい、あたしにも判るわ」
「ごまかしてるわけじゃない」
笑いが苦笑に変わる。高町さんは座りなおすと、机の上で両手を組んだ。
「本当にわからないんだ。チャンスがいつ来るのか。本当に来るのかさえも。
 だが、俺たちは準備を進めている。いつか、必ず、そのときが来ると信じて」

 いつ来るか判らないという反攻のときのために、準備をしているという高町さんの、その目。かつての、暗さだけを宿した目とは違う、奥底に静かで固い意思を秘めた目だった。



 すずかへのいじめを止められて。もともとあたしが悪いって頭ではわかってたし、彼女のあのときの瞳を思い出すと不思議に感情の暴走を抑えられたから、あたしはすずかに謝って、友達になることが出来た。でも、高町さんには、図星を指されたことへの恥ずかしさと、彼女のまるで変わらない態度に、あたしのことなんか眼中にないって言われてるみたいで。素直になれずに、ツンケンした態度でいつも突っかかるような態度で接し続けていた。あとで、いつも落ち込んでいたのだけれど。
 あたしは彼女に謝りたかった。謝って、止めてくれてありがとうって伝えて。それから、友達になりたかった、無表情で無愛想で一人を好む態度から、クラスでも腫れ物扱いされていた彼女だけれど。不思議とあたしは、いい友達になれるような気がしていた。

 でも、一度そんな態度で接してしまうと、なかなかそれを直すことができず、すずかに手伝ってもらったりもしたんだけれど、上手くいかず、内心では悶々としながら、でも、態度はツンケンとしたままで。変わらない関係のまま、時間が過ぎていった。そして、同じクラスでいる幸運に内心感謝した2年目と3年目を過ごして。4年目の初夏、彼女は突然、なんの前触れもなく転校していった。
 朝の先生からの話でそれを聞いたあたしは呆然とした。次こそは、この次こそは。そうやって先送りにしてきた言葉は、結局、口に出せないまま、聞かせたい相手を失った。


 その夜は一晩泣き明かした。後悔で胸がいっぱいだった。すずかは、何も言わず、そっと私の後悔の言葉を受け止めてくれた。

 それ以来、わたしは自分に素直に、思ったことを素直に口にするように努力している。……なかなかうまくいかないけれど。でも、あのときのような後悔をするのは、もう嫌なのだ。 



 だから、あたしは口を開いた。自分の気持ちを伝えようと。
 いつ来るのか、本当に来るのかもわからない、そんな未来のために準備をしていると、強い瞳で言った彼女への励ましの気持ちを。

「あたしのことはアリサでいいわ。そ、そのかわり、あんたのことも、な、な、なのはって呼ばせなさいっ」

 言ってから耐え切れなくなってあたしはソッポを向いた。ああ~、また誤解される! で、でもダメ、恥ずかしくって彼女の顔をまともに見れないっ。そ、それに、いま気づいたけど、これってかなり唐突な申し出じゃない! ワケ判んない奴とか思われたら、どうしよ?!
 あたしが心の中でじたばたしていると、高町さんが、ぷっ、と吹き出す声が聞こえた。顔が一層熱くなる。
 あたしはソッポを向いたまま、早口に言った。
「べべ、別に無理に頼んでるわけじゃないんだからっ。今まで通りだって、私は、ぜ、全っ然っ、構わないんだからねっ!」
い、言ってしまった! あたしってばどうしてこうなんだろう?! もはやパニックの領域に足を踏み込んでいるあたしの耳に、高町さんの声がするりと滑りこんできた。
「いや、俺のほうが構う。是非、なのはと呼んで欲しい。……ありがとう、アリサ」
言葉の最初のほうこそ、笑いを含んでいたが、それは決して嘲笑うような響きはなく、暖かさを感じさせるものだった。そして、そのあとの、感謝の言葉とあたしの名を呼んだ声の響き。
 まるで、大切な宝物をそっと拾って差し出すような、そんな丁寧で柔らかな声色だった。 

 あたしの頭は一層熱くなって、彼女の顔も見ずに、
「そ、そう?! なら、いいわ! よ、よろしくねっ、なのはっ」
そう言うのが精一杯だった。それでも、あたしは、頭の片隅で、彼女がきっと微笑んでいるだろうことを確信していた。
 

 そのあと、またしばらく雑談をして。(あたしはまだ舞い上がっていて、たぶん、相当挙動不審だったと思う。高町さん、って違う、なのはは、そんなこと一言も言わずに、柔らかい眼差しであたしをみていたけれど) そろそろ行かないと、用事に間に合わなくなる、というなのはの言葉で、あたし達はお開きにすることにした。


「ここはあたしが払うわ」
席を立ちながら、素早くあたしは伝票を手にした。たかま…なのはは、ちょっと眉をよせて、「だが……」と言い掛ける。その言葉に被せるようにして、あたしは言葉を続けた。
「いいから払わせなさい! そ、それから……」
わたしは落ち着こうと息を吸い込む。耳がとても熱い。きっと顔中真っ赤になってるんだろう。
「次のときはアンタが払うのよ! 奢られておいて、はいサヨナラなんて、許さないんだから!」
高町さんは、ううん、なのはは、きょとんとして。それから。とても、とても柔らかく微笑った。
「ああ。約束しよう。次に会うときは俺のおごりだ」
「そう。判ればいいのよ。約束やぶったら、ひどいんだからね!」
「ああ。……ありがとう、アリサ」
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃないわ」
「俺が言いたいんだ。うけとってくれないか」
「そ、そう。なら、しかたないわね。受けといてあげる」
「うん」
そうして、あたし達は喫茶店を出て。お互いの連絡先を交換して(なのはの連絡先は実家だそうだ。すぐに連絡がつくわけじゃない、すまない、なんて謝るから、そんなことで謝るな、と叱っておいた)、別れた。

 
 街を歩くあたしの心は弾んでいた。ずっと気になっていた彼女と再会できたこと。彼女と名前で呼びあう関係になれたこと。そう頻繁に会うことはできないだろうし、彼女はやがて危険な賭けに打って出ることになるのだけれど、そんなことは気にならなかった。彼女は、なのはは、約束を破るような子じゃないって、心のどこかが断言してたから。
 機嫌よく歩きながら、ふと思いついて、あたしは携帯をとりだした。慣れた番号を呼び出す。数回のコール音のあと、相手の声がした。


「……あ、もしもしすずか? あんた今どこ? ……ならいいわ、これから行くから。……ふふ、いいことがあったのよ。とっても。……ダ~メ。すぐなんだから、楽しみにとっときなさい。……うん……うん……」





■■後書き■■
 今回のなのはさんの海鳴登場は、恭也と忍の結婚式を遠くから一目見るため、という設定です。(この2人の結婚の年って、公式では設定されてないですよね?)

※1/14、ご指摘により、恭也と忍の結婚式と披露宴(パーティー)に、アリサが出席していないのは不自然なのに気づき、パーティー後に出会ったという描写を入れました。すずかの居場所も、パーティー解散後なので不明という解釈です。



[4464] 外伝6:命題「クロノ・ハラオウンは、あまりにお人好しすぎるか否か」
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/02 16:22
※2/2 誤記修正(戦場リンクシステム → 戦術データ・リンク)



 僕と彼女の付き合いは古い。管理局ではフェイトやかあさんと並んで最古と言える。


 出会った頃から、彼女は余裕綽綽の悠然とした態度をしていながら、ふとした拍子に、張り詰めすぎた糸のような危うさを感じさせることがあったから、僕は、彼女が次元航行艦隊とは違う部署に配属されてからも、なにかと気に掛けていた。フェイトの大切な友人だという意識もあった。
 多分、彼女は、そんな僕をうるさがっていたんだろうな、と苦笑してしまう。でも、人に余計なお節介を焼かせさせるような雰囲気が、当時の彼女にはあった。そう感じていたのは、当時では、僕とフェイトくらいだったようだけれど。規律や品位を口実に、彼女に口やかましく接していたのは、そういうこともあったのだ。そして、ハラオウン家の人間である僕達が率先して注意し、構うことで、彼女への風当りを少しでも弱めようという意図も。

 入局したころの彼女は、ともかく意地っ張りで、容赦がなかった。敵に対しては勿論だが、味方に対しても手加減なく噛み付き、何階級上の上官だろうと隙があれば徹底的に反抗し、論破した。彼女の言うことが正論であることが多かったが、正しいというだけでは組織は運営できない。上に立つ人間は、広い視野で物事を見、一見不合理に思えるような選択を下さざるを得ないことがあるのだ。
 繰り返される処罰と、任務での暴れっぷりから、「魔王」などと呼ばれ、所詮は道理を知らない野蛮な管理外世界の人間だ、などという時代遅れの陰口さえ叩かれる彼女に、僕もフェイトも何度注意し、諭したかわからない。
 だが彼女は、皮肉に唇を歪めて話を逸らし答えをずらして、こちらを煙に巻くだけで、態度を改めることはなかった。
 そんな彼女のあり方が、ただ我侭だとか冷酷だとかなのではなく、余裕のなさの裏返しだと気づいたのはいつ頃だっただろう。忙しい武装隊の僅かな休みでさえ、ボロボロになるまで訓練に充てている彼女の様子をフェイトから聞いたときだろうか。彼女が作戦に異を唱えて上官に叱咤され、結局予定通り実行された作戦で大きな被害がでたあとに、独り隠れるように、船の片隅で歯を食いしばる彼女を見てしまったときだろうか。
 いつしか、僕の目には、傲慢だの礼儀知らずだの言われる彼女の言動は、毛を逆立てて精一杯周囲を威嚇する猫の振る舞いと同じように見えるようになっていた。初めて会ったときの攻撃的な態度も、虚勢を張っていたんじゃないかと思えるようになっていた。僕が自分の執務官という立場に対して、ようやく肩肘張らずに相対できるようになったころのことだ。僕の精神的な成長と昔の自分を省みての反省が、彼女の態度にかつての僕と似通ったものを感じさせたのかもしれない。子供だからと、経験が少ないからと、軽く見られないよう必死に背伸びして努力していたころの自分と。


 彼女が教導隊に異動になって、ほとんど間をおかずに地上に出向になったとき、僕はいつか起こるかもしれないと思っていたことがついに起こったのかと唇を噛んだ。彼女が大きな魔力量を誇り、多くの成果を挙げていようと、管理局でも名門であるハラオウンの人間が彼女と親しくしていようと、上官や組織に反抗的な人間を厄介者と感じる気持ちまでは抑えられない。その気持ちが厄介者払いの実行につながることを僅かなりとも遅くさせられるだけで。
 エリートたる教導隊まで進んだ人間が、一時でも「陸」に追いやられるというのはそういうことだ。ましてや、その直前に、黒い噂の絶えない「剛腕レジアス」と衆人環視の中でいざこざをおこしたとなれば、「陸」においても、彼女の立場は難しいものになる。なんとかしてやりたいと思っても、「陸」にツテなどない。
 偶然本局内で顔をあわせたときに様子を探ってみたりしたが、いつもの調子で煙に巻かれてしまった。それでも、心配したほど面倒なことになっている様子はなくて、口先だけじゃなく、フェイトをなだめることもできた。ただ、しょっちゅう、古巣の教導隊に顔を出す彼女のことを嘲笑う声は、少なからずあった。いまさら、自分の態度の傲慢さに気づいて泣きついているのかと。彼女と言葉を交わして、彼女が教導隊に顔を出すのは、そんなしおらしい理由じゃないとはわかっていたが、僕は口を閉ざしていた。陰口に事実や正論で反駁したところで、沈静させる効果はないということは、自分の経験からよく知っていたから。


 彼女が出向から帰ってきてからも、嘲りは続いていた。彼女が以前と違って、それほど攻撃的な態度をとらなくなっていたことも原因の一つだろう。「陸」から出向期間中の活動を高く評価し昇進を推薦する書類が届いて、彼女が一尉になったことに対する嫉妬も輪をかけていた。だが彼女は、こんなところは以前と変わらず、悪評のことなど知らないように、飄々と職務に取り組んでいた。
 いや、一見飄々として見えながらも、実は以前とは異なる熱心さと注意深さで職務にあたっていると知ったのは、彼女の原隊復帰後、しばらく経ってからだった。仕事をともにすることになった武装隊員たちから彼女の話を聞いたのだ。

「いやー、あの我侭嬢ちゃんがなにができるんだ、って思ってましたが、なかなかどうしてどうして」
「うんうん。態度は変わらずでかいけど、熱心だし、丁寧なフォローもしてくれる。模擬戦とそのデブリだけで片付ける、お高くとまった教導隊には珍しいよな」
「あれで、意外に気ィ使いなんだぜ。隊長のとこに、その後の部隊の連中の調子はどうだとか、こんな現場の情報を仕入れたから参考にしてくれとか、たまに連絡が入るらしい」
「あれだな、意地っ張りだけど、悪い子じゃないよな」
「そうそう。どんな思い上がった若造か、とか思ってたけど、やっぱ噂ってあてにならんもんだよな」


 ちょっと気になって知り合いをあたってみたら、教導を受けた側の心証は、軒並み良いものだった。特に、従来の教導にはなかったきめ細かいフォローが好評らしい。以前から、部下や立場の弱い相手には、それとなく気を使っていたことは知っていたが、それが教導と言う業務のなかで発揮されているらしいことは、すこし嬉しい驚きだった。やがて、そんな彼女の教導姿勢は本局内や次元航行艦隊でも噂になり、現場の人間の大方には、好意的な受け止め方をされていた。かあさんから聞いたところでは、上のほうでは、猫被りと評して、馬鹿にしてる傾向が強かったようだけれど。まあ、あれだけ上官に反抗的だった彼女への上層部の心証がいいはずはない。だから、態度に気をつけろと言ったのに、と僕はため息をついた。
 けれども、現場の人間だけとは言え、彼女のことを好意的に見てくれる人間が増えたことは、僕にとっても嬉しいことだった。フェイトなどはあからさまに上機嫌になっていた。
 そして、2年経ち3年経ちするうちに、上層部のほうでも彼女を嘲る声は、表立っては出てこなくなり、現場ではなおさら耳にしなくなった。彼女の熱心な教導姿勢と、その従来とは異なる教導方法や指導内容が、明らかに作戦の成功率や局員の殉職率に良い影響を与えていると、わかりはじめたからだった。そもそも現場の人間が、熱心に且つ細やかなフォローを忘れない教導をする相手を嫌うはずがない。現場の人間の間で彼女の人気は、既に確立し始めていた。

 そこから先はとんとん拍子、というより、ドミノ倒しのような勢いで、彼女の評判は好転していった。「空のカリスマ」だの「次代の新星」だの、一般でも騒がれるようになり、彼女に憧れる局員も現れはじめた。そんな彼らに、つい数年前まで、彼女の陰口を叩いていたような連中が、自慢げに彼女のことを話すのを、僕はなんともいえない気持ちで眺めた。フェイトは単純に喜んでいたようだけど、僕は人間の浅ましさを、管理局員の姿で見せつけられたようで、素直に喜べなかった。


 今年度になって、彼女は三佐に昇進すると同時に、戦技の幕僚会議に、作戦担当幕僚副長の下に新設された、検討担当幕僚として入幕した。武装隊と陸士隊での、彼女原案の新方式の効果が、目に見える数字となって誰にも否定できないくらい明確になったためだ。もちろん、彼女ほどの指揮能力と個人戦闘能力の持ち主を、内勤に専念させられるほど管理局の人材に余裕があるはずもなく、必要に応じて、大隊・連隊規模の部隊を指揮して現場にも立ち続けている。今回の作戦への参加もその一つだ。
 この半年ほどの期間の間に、彼女は幕僚として辣腕を奮うと同時に、大事件時は派遣部隊の部隊長として前線で手際の良さを示して、個人の能力だけでなく、集団を運用する能力の高さを周囲に知らしめている。
 彼女の本分は、誰かの下で指示を受けるより、むしろ上に立って指揮統率することにあったんじゃないかと思えるほどだ。彼女にあれだけの人の上に立つ能力があるのなら、指揮や命令にやたらと反発していたのもわからなくはない、と僕もうっかり思ってしまった。わからなくはないだけで、組織の一員としては決して誉められた行為ではないし、その意味で、口うるさく注意しつづけていたことが間違っていたとも思わないのだが。今の彼女を見ていると、昔の彼女はその才気を抑圧されて鬱憤がたまっていたのだろうな、とも思ってしまう。勿論、彼女に言う気はないが。

 航空武装隊は、空中での機動能力を、魔法のみに頼らない革新的な技術の導入により飛躍的に向上させ、新ドクトリンに基づく従来より遥かに洗練された空戦戦術とあいまって、その制圧能力・生存能力を、従来とは比較にならないレベルに引き上げた。武装隊は、戦術データ・リンクの採用により部隊内で高精度の連携をとれるようになり、空・陸両兵力によるエア・ランド・バトル方式が採用できるようになって、作戦の成功率を安定的に維持し、損耗率を大きく減らした。
 それら全てが、彼女が幕僚会議入りする前から手掛けていた新手法の教導の成果だ。その改革は、彼女が検討内容担当幕僚として、教導や訓練内容や進捗管理を主導する立場になってから、さらに加速している。彼女の幕僚就任後、半年も経たない間に、ただでさえ上向いていた諸数値が、さらに驚異的な伸びを見せている。
 彼女と協力して一連の流れに携わっている教導隊実働部隊や、新戦技検討課・新装備検討課の積極的な姿勢と、武装隊側の彼女の指導への信頼が、効果を後押ししてるのは確かだろう。それでも、彼女が先頭に立つまでは、十年一日の状態が続いていたんだ。いまや、誰も彼女の能力は疑えないだろう。武装隊員たちは、皆、彼女のシンパー特に熱狂的な一部のことを、口の悪い奴は「崇拝者」とさえ呼ぶーだし、教導隊も、全面的な信頼を彼女に寄せているようだ。嫉妬や反感がないわけではないだろうが、そんなものが表に出てこないほど、彼女のもたらした成果は明確で、彼女のおこなっている精力的な活動ときめ細やかなフォローは、一般局員の支持を得ている。


 上に反抗していた彼女は、いざ上に立つと、下のことを良く気遣う上司になり、影に日向に、直属でもない下の階級の人間達のために尽力している。いまでも上への反抗は少なくないが、彼女の出した成果と得た立場が、それを子供の我侭と片付けさせない。そんな、上に媚びず下を気遣う(でも手加減はしない)、かわいい見た目の少女となると、人気が出るのは当たり前なわけで、本局広報部のアンケートで、2年連続「理想の上官」ベスト5入りした。ほかの4人が、名の知れた提督や元提督で占められていることを思うと、驚くべきことだろう。(ちなみに、僕はかろうじでベスト10に引っ掛かっている。エイミィに言わせれば、生真面目で固すぎるところがマイナスになってるらしい。上司からの評判はいいんだとか。管理局は退職したのに、どこからそんな情報を引っ張ってくるんだ? 女の情報網はつくづく侮れない)


 だが、残念ながら、彼女への批判的な声は消えたわけではない。表立って言いにくい状況にあるだけで、陰口の形で陰湿に言い交わされている。
 そもそも彼女の出世の糸口が、1年に満たない「陸」への出向期間中に具体化させた監視システム「磐長媛命」と、陸士隊向けの「新方式訓練要綱」なのだから、頭の固い人間からは、半端者扱いされるのも当然と言える。彼女が管理外世界出身であることも拍車を掛けた。
 「ぽっと出の」管理外世界から来た彼女は、旧暦の時代に次元世界の混乱を収め、それ以来今まで次元世界の秩序を守っている名誉ある職業である「魔道師」にふさわしくない、ということになるらしい。この150年近く、次元世界の秩序を守ってきたのは、自分達ミッドチルダ世界の人間だ、という強烈な自負がそこにある。そんな考え方の持ち主は、本局や次元艦隊に多い。職務柄、次元世界の秩序と安全を最前線で守っているという意識が強いので、強い自負と誇りと責任感があるし、管理局の主柱にして花形、発足以来の伝統を背負う部署なのだから、しかたないことではあるんだが。 

 さらに、彼女の歯に衣着せぬ言動と、効率重視・結果最優先の姿勢も彼らを刺激する。彼らの考える「魔道師」らしくないのだ。そこに、ミッドチルダ世界の出身ではないという事実と、低魔力量または魔力資質なしの局員が多い地上と関係が深いという話が加われば、醜い嫉妬が正当(と彼らには思えるのだろう)な捌け口をみつけることになり、……彼女への視線に非好意的な色合いをまぶすことになる。ただでさえ、彼女は我を通すところがあるから、敵をつくりやすいのに。


 僕から言わせてもらえば、いまだに彼女は、そういったところで危なっかしい。自己保身への注意の仕方が下手なのだ。
 彼女がもう少し気を使って行動すれば、無用の軋轢や不評は避けられるはずだ。小さな悪意でも、なにかの折に思わぬ障害となることがある。僕は何度か彼女に注意したが、いつもいなされている。まあ、愛想がよくて、そつなく人間関係をこなす彼女など、想像も出来ないのは確かなんだが。
 
 フェイトは彼女のことを「ホントはとても照れ屋で優しい人」と主張する。僕はそこまで思えないが-だいたい彼女は口も態度も悪すぎるー、彼女が不器用な人柄だとは思っているし、意外に繊細な気遣いができることも知っていた。だが、それが自分の評判や評価を守る方向には働かないのだ。フェイトが周囲に、彼女の良い点を宣伝して回る理由の一つでもある。どうも、自分のことで功績を口に出したり言い訳をしたがらない、彼女の代弁者を自認しているようだ。もっとも、最近は一般局員の間に、随分彼女のシンパが増えて、フェイトも宣伝だけでなく、彼女を話題に供しての会話で盛り上がるなどの機会も増えているようだが。それをとっかかりに、もう少し友達を増やしてほしいと思うのは、いささか過保護だろうか?



 少し話が逸れたが、そんなわけで、今回の作戦に、武装隊1個大隊を指揮する臨時指揮官として彼女が来たのは、作戦の成功率を上げる意味から言えばいいことだったんだが……彼女の過剰なまでの攻撃と苛烈すぎる戦闘指揮が、自分の管理下でおこなわれるのは勘弁して欲しかった。事前に口を酸っぱくして注意したんだが、結局無駄だったし。まあ、これだけ危険度の高い作戦で、殉職者が1人もでなかったのは、彼女の能力に拠る所が大きいから、あまり苦情も言えないが愚痴ぐらいは許されるだろう。
 そんな気分で、僕はようやく少しとれた休憩時間に、彼女と話をするために艦内を歩いているのだった。

 しばらく散歩がてら艦内をさまよって、食堂で飲み物を飲む彼女を見つけ、僕は彼女に歩み寄った。彼女の「崇拝者」は今はいないようだ。


 彼女と挨拶を交わし、雑談のあとで今回の作戦での彼女の暴れっぷりへの愚痴をこぼすと、なのはは笑った。
「了見が狭いな。「“海”の英雄」とは思えんぞ」
なのはがからかうように言う。
「所詮広告塔だ。外面を装うこと要求されてるだけで、僕の本質は変わらない。だいたい、君だって「“空”のカリスマ」だろう。他人事じゃないぞ」
「英雄に向けられるほどの期待はないさ。フェイトも似たような立場だが、お前にされてるほどの要求はないだろ?」
確かにフェイトは「“海”の若きエース」と呼ばれて、広告塔のような仕事も結構やらされているが、僕のように交渉の場に引っぱり出されるようなことはない。ある意味、愛嬌を振りまくことだけを要求されていると言える。各次元世界との関係を穏便に維持するには、そういった気遣いも必要だ。個人的には、多少面白くない気分だが。とは言え、なのはは勘違いをしていると僕は思う。
「君もそう呼ばれてないだけで、十分英雄だよ。そもそも、英雄の条件ってなんだと思う?」
ほんの一瞬、なのはの目が光ったような気がした。照明が反射したのか? ちょっと気が逸れた僕を尻目に、なのはは自分の考えを語り始めた。
「そうだな。まず、その組織の目的にあう内容の実績を上げていること。当然、相当な質と量でな。それから、その功績が広く知られていること。最後にその組織にウケのいい出自や人格を持っていること。少なくとも、俺は3番目には該当しないから、英雄とは呼ばれんだろう」
「……相変わらず、妙なところで自虐的だな」
「事実だろ」
肩を竦める彼女に、僕は無言で返した。
 彼女がもっと人当たりが柔らかかったら。或いは、ミッドの人間だったら。ある程度以上の名家の出だったら。そしたら、彼女も既に「英雄」と呼ばれていただろう。僕がそう呼ばれているように。
 世界は正しさだけで回ってるわけじゃない。それは管理局でさえも例外ではない。
 暗い方向に流れかけた思考を、僕は断ち切った。いま、考えるようなことじゃないし、なのはと話すようなことでもない。これは、僕のような立場の人間が、責任を持って正していくべき問題だ。
 気持ちを切り替えて、別の話題を振った。

「カリムから、君が依頼を受けたと言う話は聞いた。後見に付いてほしいという話が僕の方にも来てね。及ばずながら、助力させてもらうよ。三提督も、非公式ながら、後ろ盾になってくれることになっている」
聖王教会騎士カリム・グラシアの予言。彼女は事態に対処するため、個人的に友誼があり、実力・実績とも申し分ないなのはに、対応部隊の設立を要請した。なのはがそれを受けたという話を、カリムから直接聞いている。彼女の義妹であるハヤテも、部隊員として出向するそうだ。「夜天の王」の肩書きをもつ彼女が、たかだか一部隊の部隊員として対応にあたることに、教会の並々ならぬ決意が見て取れる。
 管理局本局でも、内容が内容だけに表だって動けないものの、カリムの依頼で設立される部隊に支援をおこなう方向で意見はまとまりつつある。だが、地上本部と縁の深いなのはをトップにした部隊に無条件で支援をするのは面白くない。そこで後見として、なのはとそれなりに交流のある僕が担ぎ出され、そして。
「フェイトも多分、出向させることになるだろう。君のためなら、喜んで力になると思う。受け入れてやってくれるか?」
僕の義妹にしてなのはの親友であるフェイトを送り込むわけだ。教会の送り込んできた人材に対抗するとともに、僕―フェイトのラインを通じて、影響力を保持したいということだろう。気分の悪い話だが、フェイトは純粋になのはの力になるだろうし、僕だってそのつもりだ。政治的なお遊戯は僕のところで引き受けて、彼女達には回さないようにすればいいだけのこと。
 なのははすこし、目をパチクリとさせていたが、意味を飲み込んだらしく、頷いた。
「……ああ、ありがとう。お前が後見についてくれるのは正直助かる。「海」にはツテがあまりないからな。三提督については、正直よく判らんが、まあ、名声と威光だけでも、いざというときには頼りに出来そうだ。
 それと、フェイトの件は別に断る理由も権限もないだろう。…ハヤテが出向してくるのは知ってるな? 彼女とも面識はあるはずだが、それほど親しいわけじゃないと思うから、事前に何度か打ち合わせをしておく必要があるが……フェイトの出向は確定事項なのか?」
「ほぼ確定と言っていい」
「そうか」
微妙な声音でなのはが言った。政治的な思惑があることを感じ取ったのかもしれない。彼女はそういうところに、年齢にそぐわない嗅覚をみせることがある。
「なら、カリムと打ち合わせるときにでも、同行してもらえるよう、日程調整を頼んでおくことにするよ。
 それと、ほぼ解釈のはずれがないだろう言葉の関係上、部隊は「陸」所属になる。後見にレジアス中将も頼むつもりだが、それは大丈夫か?」
解釈のはずれがないだろう言葉……「法の塔は崩れ落ち」か? たしかに、普通に考えて、地上本部ビルのことだろうな。となると、「陸」所属になるのはしかたないところか。レジアス中将が後見につくというのは、上層部からすれば面白くないことだろうが、なのはにとっては信頼する「陸」の高官だ。
「わかった、何とかできると思う。調整は任せてくれ」
「悪いな、頼む」
「いや、君達が力を発揮できる環境を整えるのは、後見の仕事の一部だよ」
「ほう、そうか。なら、俺としては遠慮なくお前に「やれ」と命じるだけでいいわけだ」
「……だから、なぜそういう方向に走る?!」
僕の反応に、なのはは楽しげに笑った。まったく、なにかと僕をからかいたがるこの悪癖だけはなんとかしてほしい。僕は、ため息を吐いた。


 しばらく、たあいない会話を交わした後、僕は執務室に戻ろうとして、ふと、躊躇った。彼女に忠告しておくべきかどうか迷ったのだ。その迷いは長くは続かなかった。いぶかしげにこちらを見るなのはの視線に気づいて、僕は腹を決めた。大丈夫、彼女は自分で正確な判断を下せる人間だ。

 近頃、レジアス中将に、また新しい黒い噂が囁かれている。彼は有能だが、その行動で少なからず敵をつくる人だし、実際、僕から見ても、彼と「陸」の動きには、しばしば管理局法に触れかねないような部分が見え隠れする。今回の噂は、彼が、頻繁にいくつかの特定企業を訪問していることや、装備や物資の独占契約を幾つかの企業と複数年で契約したことなどが根拠になっての、不正な取引や癒着があるのではないか、というものだ。

 その噂を伝え、一応の注意を促す。仮にも後見を頼む人物に傷があれば、彼女も余波をうけることになりかねない。
 なのははどこか楽しげに僕の話を聞いていたが、僕が話し終わると笑って言った。
「俺にも随分、悪い噂があるからな。いまさら、後見人の悪評の一つや二つじゃ、びくともせんよ。まあ、礼は言っとく」
予想できた彼女の反応に、僕はため息を吐きながらも念押しをした。これも流されるだろうな、と思いながら。
「彼が悪人とは僕も思わないが、きなくさい動きをよく聞く事も確かだ。君の人を見る目を疑うわけじゃないが、注意はしてくれ」
僕の言葉に、彼女はなぜか皮肉に頬をゆがめて
「ああ」
と返事を返した。



 執務室への道を辿りながら、僕は彼女が最後に見せた皮肉な表情に、なにか引っ掛かるものを感じていた。レジアス中将の悪い噂、それへの僕の注意。それに返される彼女の皮肉な言葉と表情。自然な流れのようにも思えるが……。
 思わず、僕は立ち止まった。数ヶ月前に母と交わした会話を思い出していた。



「クロノ、あなた、教導隊の新指導要綱見た?」
「うん、見たよ。面白い切り口だと思う。これまでにないアプローチだから、意外に効果が上がるんじゃないかな」
そう言うと、かあさんはため息を吐いた。
「…気づかなかったのね」
「……なにか、問題になるようなことが?」
頭の中で、先日読んだ要綱を思い返してみる。……うん、特に問題になるようなところはなかったはず。
 そう結論してかあさんの方を見ると、かあさんはもう一度ため息を吐いた。
「これね、魔力量とか魔法技術を上げることにこだわってないのよ」
「そうだと思うけど、それが?」
かあさんは一段と深いため息を吐いた。……失礼だな。
「管理局の、いえミッドチルダ社会の、魔法技術を基盤としたあり方に対する挑戦なのよ、これは」
「はあ? なに言ってるんだ、かあさん。たしかに魔法技術そのものを鍛えることを主眼に置いてはいないけど、それをどういう風に使いこなすかという運用思想と、その補助をする装備に目を向けたプログラムなんだ。中心になる魔法技術がなければ成り立たないよ」
かあさんは首を横に振った。
「いいえ、クロノ。質量兵器を用いても、この運用思想は成り立つわ。魔法を主眼に置いていないというのは、そういうこと。魔法を別の何かで代替してもいいように準備してるのよ」
「いくらなんでもそれは被害妄想に聞こえるけど……」
「レティにもそう言われたわ。でも、なのはさんの性格を考えると、そうとしか思えないのよ」
「なのはの性格?」
効率優先結果重視、人を人とも思わず容赦なく叩きのめす癖に、意外に情の深いところがある。その性格と、このプログラムの内容を、かあさんの言う見方を加えて、考えてみる。
「……彼女のことだから、使えそうなものはタブーも周囲の目も気にしないで、引っ張ってきたってところじゃないか? 彼女の魔法至上主義への反感は、僕も当人の口から聞いたことがあるから、否定はしないけど、だからって魔法を別の何かに取り替えようなんて考えるかな。いや、そもそも、あの現実主義のなのはが、そんなことを実現可能だと考えて、その準備なんてするかな?」
僕の言葉に、かあさんはため息で答えた。……さっきから失礼だな、ほんとに。
 すこしむっとした顔をした僕に向かって、かあさんは真剣な顔をして言った。
「なのはさんには、気をつけなさい」
「え? なのはのなにに?」
「彼女自身、によ。彼女は危険な可能性を持っているわ」
「……どういうこと?」
僕は姿勢を正した。かあさんは本局総務局の統括官だ。広範囲から情報を集めることができる地位にある。
「彼女が陸士隊からほとんど英雄視されていることは知ってるわね」
僕はうなづく。
「武装隊も以前から彼女の支持者は多かったんだけれど、この新指導要綱に効果があれば、その支持はますます強固なものになるわ。彼女が扇動すれば、彼女個人に従う人間がでてきてもおかしくないくらい」
「…それで、彼女がクーデターでも起こすって?」
呆れを隠さずに言った僕に、かあさんは真剣な顔のまま、うなづいた。
「私は十分ありえることだと思ってるわ」
「馬鹿馬鹿しい」
思わず僕は言った。
「その理屈でいけば、僕もフェイトもクーデターを起こす可能性があるよ。僕は「“海”の英雄」なんて呼ばれてるし、フェイトには熱狂的なファンがいる。むしろ、かあさんやレティ提督っていう人脈を本局の重要部署に持ってる分、ハラオウン家が本局を牛耳ろうとしてる、なんて、今でも言われてるくらいじゃないか。
 だいたい、クーデターなんて、なにを目的に起こすんだ? なのはは権力を奮いたがるタイプには見えないけど」
「「陸」の意向を受けて、かしら」
今度は、僕が溜め息を吐いた。
「それで、「陸」と武装隊とを率いて、本局所属の各部隊と艦隊とに戦いを挑むって? 考えすぎだよ。レジアス中将には確かに黒い噂があるけれど、平地に乱をおこすようなタイプとは思えない。「地上の守護者」とまで言われる人だよ? 仮にそのつもりがあったとしたって、戦力評価を誤るとは思えない。次元航行艦隊と魔道師部隊がまともに戦ったら、魔道師部隊に勝ち目がないことくらい、誰にだってわかる話だよ」
とりあわない僕の態度に、かあさんは失望したようだった。ちょうど、エイミィが僕を呼ぶ声がダイニングから聞こえたので、僕はかあさんに断って、席を立った。
「なのはさんを管理局に引っ張り込んだのは間違いだったかしら……」
背中越しに、小さく呟くかあさんの声が聞こえた気がした。



 ……本局に帰還してしばらく後。
 なのはが二等空佐へ昇進したと聞いた。もともと、教導の改革とそれに伴う管理局の戦力の引き上げの功績は、1階級の昇進程度では釣り合わない、という声が現場から上がっていたから、今回の作戦での功績を名目に、これ幸いと昇進させたのだろう。

(「なのはさんには、気をつけなさい」)

母さんの言葉が頭をよぎって、僕は軽く頭を振った。考えすぎだ。カリムも彼女を信頼して、予言への対応部隊を任せようとしてるじゃないか。僕も、部隊の後見を務める一人として、部下を信頼しなくてはならない。そう思って、僕は気持ちを引き締めた。




 
■■後書き■■
 「「海」側の視点でのなのは」のリクエストに応えて。クロノ編でした。なんか半分は、なのはの「表」でのこれまでの経歴の解説と、それに付随した「海」と本局の噂話の概略になってしまいましたが。「幕僚」について、よくわからないという方は、「ウンチク的設定」に簡単な説明を追加しましたので、参考にしてください。
 次話で外伝編は終了。美由希視点です。またもや視点は、過去から現在を自在に駆け巡る予定。なるべく混乱を招かないように書きたいと思います。



[4464] 外伝7:高町美由希のコーヒー
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/01/17 13:27
 今、私は翠屋の2代目を継ぎたいと思っている。料理は……けっして上手とは言えないけど。フロントで頑張ることはできる。コーヒーの入れ方も父さんに特訓してもらってる。……お菓子の練習よりはまだ見込みがあるから。
 とーさんは「コーヒーの味は人生の味だ」なんて言う。「コーヒーの味がわからんうちは、まだまだ人生の良さもわかってないってことだ。上手いコーヒーが入れられるようになるには、人生の良さをわかるようにならんとな」なんて、いつもの本気か冗談か判らない、無意味に偉そうな態度で言いながら、私を指導してくれてる。かーさんは翠屋を、「お客様が安らげる場所、くつろげる場所にしたい」っていう。そして、私はそんな場所を守り、育てていきたい。そう思ってる。


 本当なら、私より私の妹のほうが喫茶店を継ぐのに向いていたと思う。無愛想だけど、気持ちは優しかったし、料理の才能も、少なくとも、私よりはあったと思う。
 でも。それはもうできない。

 私の妹は。高町なのはは。命をかけて戦場で戦う人生を選んで……ううん、選ばされてしまったから。



 思えば、なのはは小さなころから、扱いの難しい子だった。
 しょっちゅう、理由もなく癇癪を起こして泣きわめいたり、ひどく暴れたりしていた。子供らしく抱っこされたり、甘やかされることを嫌がり、スキンシップや話をしようとすると、逃げ出して姿をくらました。ひどく癇症で気難しい、人嫌いの幼児。それが、なのはの小さなころの印象だ。
 そして、ちょうど父さんの大怪我の時期と、なのはの幼い頃が重なって、家族全員に余裕がなくなり、なのはの面倒をしっかり見れない時期がしばらくあって。その時期を越えた時、気が付いてみれば、なのははもう、独りで立って、家族であっても容易に傍に寄せ付けない、そんな子になっていた。

 今、思えば、あの子の持っている「魔法」という才能が、なにか関係していたのかもしれない。なのはは、魔法のことをあまり喋りたがらなかったし、あの子が魔法を使っているところをみたことがあるのは恭ちゃんくらいだから、よく判らないけれど。あの子の聡さや神経質なところは、普通とは違う感覚がざわめくところから来ていたのかもしれない。 

 でも、あのころの私たちにはそんなことは思いもつかず。私は、ただ、とーさんやかーさんが何とかしてくれると信じて、なのはを刺激しないように気をつけて、家族との時間を過ごしていた。


 ……今なら、そんな自分の考えの底にあった、甘えや逃げがよく判る。私は、自分でどうにかしようと考えることを放棄して、とーさんやかーさんなら何とかしてくれると思って。それであの子と向き合うことから逃げたんだ。あの子のことがよく判らなくて、傷つくのが怖くて。私は、なのはのお姉ちゃんなのに。


 なのはがほとんどさらわれるように、魔法のある世界へ行ってしまってから、何度か家族で話したことがある。なにが悪かったのか、どうしたら、なのはと一緒に居れたのか。
 その話の中で、初めて私は、とーさんもかーさんも、なのはとどう接していいか、戸惑って、腫れ物を扱うようにしか触れ合っていなかったと知った。なのはの女の子らしくない簡潔で荒い言葉遣いや、自分を「俺」と呼ぶこと、スカート始め、可愛らしい服装を好まないところなんかを、とーさん達も気にして、いろいろやってみたらしい。でも、なのはは言うことを聞かず、無理押しをしたりすれば、強烈に反発したらしい。
「そちらの考えをむりにおしつけるな。そちらがたいどを変えないのなら家をでていく。たがいにめいわくにしかならないから」
そう言い放ったそうだ。そのあと、どんなになだめてもすかしても怒って見せても、なんの効果もなかったという。
 なのはは、ただこう言うだけだったらしい。強制するな。めいれいするな。おれは、おれのやりたいようにやる。そちらがおれのじゃまをしないなら、おれもひとにめいわくはかけない。だけど、じゃまをするなら、おれは、だれにめいわくをかけようが、ルールに反してようが、どんな手を使ってでも、じゃまをかいくぐって、じぶんの意志をとおす。

 ……小学校入学前の子供の言葉じゃない。でも、とーさんは、なのはの口調と目に本気の色を見て、かーさんと話し合って、なのはの言い分を認めた。もしかしたら、いわゆる性同一性障害なのかもしれない、とも思ったらしい。ともかく、なのはが普通の子供じゃないことは確かだった。そして、それ以来、なのはは家族から一層距離をとるようになり、話は聞くけれども、自分が納得いくことでなければ決して従わないようになった。
 とーさんもかーさんも、負い目もあって、なのはに強い態度をとれず ー強い態度をとっていたら、思いっきり撥ね付けられていただろう、ととーさんは自嘲したけどー、ただ、見守って、何かのときには手を貸せるようにと、それだけの態度で接していたんだという。


 あたしはそれを知らなかった。とーさん達にさえ任せていれば、大丈夫だと思っていた。私が一番年の近い、性別も同じ家族だったのに。なのはとのことに関わろうとしなかった。
 
 そして、その報いは数年後、思ってもみなかった強さで返ってくることになる。


 なのはが、「魔法」の才能を持っていると私たち家族に告白したあの事件。恭ちゃんだけが、最初のころに少しだけなのはと一緒に居れたけど、すぐに「時空管理局」という魔法の世界の警察のような組織が来て、なのははその組織と生活を共にするようになった。
 私たちはみんな、心配でたまらなかったけれど、実際に魔法を使う相手と戦った恭ちゃんが、
「魔法相手では、剣術は効果がほとんどない」
と言ったことと、なのは自身がその組織との契約書を持ってきた上で、巻き込まれる可能性が高いんだから、専門の組織と一緒に行動するほうが安全だ、と説明したことで、渋々ながら納得した。あとで、その判断を後悔するとも思わずに。
 私たちは、この事件が終わりさえすれば、魔法という力と関わることもなくなり、なのはも安全になって一緒にいられる、そう考えてた。今、思えば、甘かったとしか言いようがない。 


 事件後、なのはは魔法のある異世界に独り行くことを選択した。「時空管理局」がそれを要求してきたという。そして、逆らえば、戦いになるだろうが、勝ち目が無い戦いに挑むのは無意味だと言った。
 家族はみんな止めたけれど、手法は強引だが殺されるわけでもない、魔法を正式に学んで、それを生かす組織に入るだけだと、なのはは笑って。結局、できるだけ連絡をとるように言って、認めるしかなかった。時空管理局の説明をしにきた翠の髪の女の人も、時には危険な任務もあるけれど、仲間同士助けあう組織だし、子供を危険な目にあわせたくないのは、一児の母として私も同じです、と言ってくれて、私たちはそれを信用した。してしまった。穏やかで、信用できそうな人柄だと思って。力づくでも自分達の要求を通そうとするような、そんな組織の人だというのに。


 
 なのはは、週に一度、ビデオレターを送ってきた。学校の授業は大変だけれども充実しているようで、わたしたちは安心した。なのはの「魔法」という才能は、私たちではどうにもできないものだったから、行かせて良かったのかも、なんてことも言うようになった。

 そんなお気楽な考えは、なのはが異世界に行って3ヶ月と少し経ったころに送られてきたビデオレターで、跡形も無く吹き飛んだ。
 いつもの近況を伝える言葉と、こちらの様子を尋ねる言葉の後。画面の中で、なのはは淡々と言った。
「配属が決まった。……武装隊だ。魔法を使って、犯罪者や災害に対応する、軍人と警察の合いの子みたいなもの、だそうだ。
 殉職した場合は、その旨、通知がいくから、便りが無いのは元気な証拠と思って欲しい。どうも、相当忙しい部隊への配属らしくてな。空いた時間も、訓練で埋めるつもりだ。連絡はめったにとれなくなると思う。
 ああ、殉職時、遺族には一応一時金が出るそうだ。こっちの通貨なんで、円に直したらどれくらいのものか判らないんだが……。まあ、良ければ受け取ってくれ」

 私は何がなんだか理解できなかった。配属? 武装隊? 魔法の勉強に行って3ヶ月しか経ってないのに? なのははまだ、10才にもならない女の子なんだよ?
 そして、なのはが当たり前のように、「殉職」とか「遺族には」とか言ったのが……胸を刺すように痛かった。たぶん、なのはは、もう受け入れてしまっている。ひょっとしたら、異世界に行く話があった当初から、そういう可能性を聞かされていたのかもしれない。でも、私はそんなこと欠片も思いついてなかった。なのはみたいな子供を、そんな危険な部署に配属するなんて想像もしてなかった。

 説明に来てた女の人から聞いていた緊急時の連絡先に、とーさんが連絡を入れたけど、よほどの理由がない限り、配属や異動が変更されることはないという。なのはの年齢のことを言っても、あちらの世界では就業すれば大人と見なされるとかで、法律上に問題はありません、という返答だった。そんなの、日本の法律はどうなるの?! なのはは日本人なんだよ?!
 ……でも、もうどうにもならなかった。なのはは私たちの手の届かない場所にいて、私たちにはそこに行く方法がない。抗議も、翠の髪の女の人の言った言葉の追求も、「こちらの法規上では問題ありません」「記録のない、それも一局員に過ぎない人間の私的な発言には、組織としては責任は持てません」と、まるで話にもならずに流されて、挙句の果て、「お嬢さんのような年齢で、強力な魔法が使えるのは、我々の世界でもめったにない、素晴らしい才能です。家族の方も、ご心配でしょうが、彼女の活躍を応援してあげてください」なんて言われた。


 私たちの、御神の剣は誇るべきものじゃない。とーさんはよく言う。御神の剣は傷つけることしか出来ない。だが、そんな剣でも誰かを守ることはできる。価値があるとしたらそれだけで、傷つけることしかできないその本質は何も変わらないのだと。御神の剣というものが、拭いがたい業に塗れているのは忘れてはいけない現実で、どんな成果を出そうとも、決して誇っていいものじゃないんだ、と。
 「時空管理局」の考えはその正反対だった。力があることを称賛し、その力を使うことを誇りに思う。力なんて、誰かを傷つけることしかできないのに、彼らはそれを注意深く扱おうと思わないのだろうか。まして、本来守るべき年齢の人間を、才能があるというだけで先頭に立たせて恥ずかしくないんだろうか。 


 その時から、私は努力してきた。理不尽な力を許したくなかった。自分から妹を奪っていった力に、二度と屈したくなかった。皆伝を受けても、それは変わらず、年に何度かは時間を取って、美沙斗かーさんの伝手を頼って、香港警防隊で訓練や実戦に参加させてもらった。戦いは好きじゃないけれど、それでも、戦わなければいけない時は、こちらの都合などお構いなしに突然やって来るんだと、身に沁みて思い知ったから。



 なのはは、年に1・2度、ビデオレターで連絡を寄越したが、家に帰ってくることはなかった。恭ちゃんの結婚式のときでさえ、顔を出さなかった。私たちは、大事な家族の成長を、ただ、画面越しに一方的に見ることしかできなかった。



 だから、その日。突然、家を訪ねてきたなのはを、私は数瞬、受け入れられなかった。夢だと思った。
 私はそのとき、翠屋のシフトの合い間の休憩で、家に帰って、ちょっと休んだ後、コーヒーを入れる練習をしていた。それなりに入れられるようにはなったけど、まだまだとーさんには及ばない、と自覚してたから。

 チャイムが鳴って、集中が乱されて。気分を害されながら、私はドアを開けて、……固まった。
「久しぶり、姉さん」
ちょっときまりの悪そうな、なのはの姿。約10年もの間、直接会うことのなかった妹。
「姉さん?」
不審そうに少し首を傾けるなのは。その顔が突然、慌てた。
「どうした、姉さんっ?」
なのはが手を伸ばして私の頬に触れてくる。固くて荒れた手の平の感触。なのはは私の頬を流れる何かを拭いながら、焦った感じで私に話し掛けてきていた。
 ああ、こんななのはを見るのは初めてかもしれない。そう思って、そして自分の頬に触れる暖かな感触に、本当になのはがそこにいるんだと、じわじわと実感が湧いてきて。
 私は唐突になのはに抱きついた。昔はだいぶあった身長差が、今ではほとんどなくなっていた。髪の香りも、昔とは違っていた。でも、私の腕のなかにいるのは、まぎれもない、私のただ一人の妹だった。

 何も言わずに、ただ抱きしめてわんわん泣いている私を、なのはは結局、抱き締め返して、静かに背中を叩いてくれていたらしい。らしい、というのは、私がそのことを覚えてないからだ。私はその時、ただ突き上げてくる感情のまま、ひたすらに泣いていた。時折、耳元でささやくように繰り返された「ごめん」と謝る声だけが、かすかに記憶に残っている。


 なのはを家の中に入れて、すぐ翠屋に連絡しようとした私を、なのはは止めた。
「あまり時間がなくて。すぐ行かなくちゃならないから」
それなら、なおさら急いで呼ばないと、と私は言ったが、なのはは首を振った。
「来年の夏ごろにまた来るから。そのとき、ゆっくり話そうって伝えて欲しい」
その目の中にある気後れに気づいた私は、結局、とーさんたちを呼ぶのを諦めた。無理押ししたら、昔みたいに逃げ出すかもしれない、と思った。ただ、次来るときには、必ず事前に連絡を入れるよう、約束させるのは忘れなかったが。

 そのあと、二人でたわいない話をした。私はなのはの今の仕事の危険性や環境を知りたかったが、自重した。ここで聞いて話してくれるようなら、とっくにビデオレターで話してくれているだろう。こちらから送るビデオレターでは、毎回毎回その辺を聞きたい、ととーさんとかーさんが伝えているのだから。
 だから、私は、家族の皆がなのはに伝えたいと思っていたことを話した。なのはは、昔と比べて随分、周りに張り巡らせた壁が薄くなってて、穏やかな雰囲気で私の話を、時々相槌さえ入れながら聞いてくれた。恭ちゃんの結婚式の様子や、伝え聞いているドイツでの生活。翠屋の変わらない忙しさや、こちらも変わらないとーさんとかーさんの関係。そして、私自身のこと。
 皆伝を受けたことはビデオレターで伝えていたが、改めて報告し(改めておめでとう、と言ってくれた。これも昔じゃ考えられない。嬉しかった。)、その後も鍛錬を続けていること。警防隊のことは話さなかった。なのはに伝えるべきことじゃないと思ったから。そして、私の料理及びコーヒー修行に話が及んだとき、なのはが言った。

「へえ。なら、よければ、一杯入れてくれないか?」
なんでも、なのはは結構コーヒー好きだそうだ。しかも、ブラック派。これは、姉の威厳の見せ所、と私は張り切って席を立った。直後にソファの角に足をひっかけて転んでしまったが。
「姉さんのドジは治ってなかったか」
苦笑しながら、なのはが手を差し出してくれた。うう、姉の威厳が……。

 でも、そんなところで見せる表情や気遣いが、なのはが、私たちに素直に気持ちを見せてくれるようになった表れと感じられて、嬉しかった。



 別れはあっさりとしたものだった。
 私の入れたコーヒーをブラックのまま、飲んで。
「要練習だな、姉さん」
そう言って、なのはは笑って、私はすこしいじけて。なのはが私を笑いながらなだめて。ちょっと2人でまったりして。それから。なのはは行ってしまった。


 ドアのところで、なのはの背中を見送りながら、不意に私は気づいてしまった。私だって、御神の子だ。警防隊の人達や美沙斗かーさんの背に見たことのあるものを、なのはの背中に見つけてしまった。

 あの子は、何か重要なことを左右する危険な戦いに往くのだと。その前に家族の顔を見に来たのだと。その覚悟と想いを背中が語っていた。


 それに気づいて。それでも私は、なのはを追いかけなかった、ううん、追いかけることができなかった。
 私のコーヒーを飲んだときの澄んだ笑顔と、からかいを含んだ優しい声が、私の中でぐるぐる回って。それら全てを覆うように、華奢な、でも重たい後ろ姿が視界一杯に広がって。……そうして、私はいつまでもそこに立ち尽くしていた。


  ……機動六課という部署への異動が公示された、着任の約3ヶ月前のことだった、と、あとで聞いた。



 そして今年の夏、なのはは約束通り帰ってきて、2日間を家で過ごした。なのはを出迎えたとき、私は安堵でまた泣いてしまったが、とーさんもかーさんも泣いていたから、構わないだろう。なんでも、組織の変革に伴って、けっこう出世したとかで、だいぶ忙しいらしい。慌しい2日間だったが、これからは、なるべく年に一度は顔を出すようにする、そう言ってまた異世界へ戻っていった。なお、歓迎に私が入れたコーヒーは、また「要練習だな、姉さん」のコメントを貰ってしまった。

 でも、なのはは一段と柔らかい雰囲気をまとうようになっていた。昔あった、家族を含む全ての他人を拒絶する壁がなくなっていた。その日の夜、居間で、かーさんがとーさんに抱きついて、なのはの無事と態度の変化を喜んで泣いているのを聞きながら、とーさんも鼻声でかーさんに答えてるのを聞きながら、扉の外で、私も涙を流した。
 奪われていた家族が帰ってきた。大事な妹は、私たちを受け入れてくれるようになっていた。その喜びを、繰り返し繰り返し、噛み締めながら。



 わたしは翠屋の2代目を継ぎたいと思っている。料理はけっして上手とは言えないけど。フロントで頑張ることはできる。かーさんは翠屋を、お客様が安らげる場所、くつろげる場所にしたいって言う。家庭だって、家族だって同じだ。業に塗れた剣を継ぐ私だけど、だからこそ、そんな場所を守り、育てていきたい。そう願う。

 だから、コーヒーの入れ方もとーさんに特訓してもらってる。私自身も、暇を見つけては一人で練習している。なのはが次に帰ってきたとき、また、私の入れたコーヒーで迎えてあげたい。そう思うから。
 そして、できたら「おいしい」と笑って欲しい。コーヒーの味は人生の味だっていうのなら。どんなに異世界で過ごす年数が経っても、ここは、なのはが帰ってくるのをいつでも待っている場所であることを、感じて欲しい。だから、私は、里帰りしてくるなのはを、いつも自分の入れたコーヒーで迎えてやりたい。



 そして、私は今日も美味しいコーヒーに挑戦する。




■■後書き■■
 外伝編終了。
 次回よりStS編です。なんか10話を余裕で超えそうな感じで密かにorz。最初の構想では3・4話くらいだったのに……。



[4464] 二十一話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/01/20 03:14
 古代遺物管理部機動六課開設の数日後、俺は部隊長室で、ウィンドウを睨みながら頭を悩ませていた。

 ……武装隊の錬度の低さ。
責任者クラスにオーバーSが3人もいる影響もあるんだが、兵卒が救難経験2年の2人に、肉体年齢10歳前の子供2人ってのは、ちと荒事の正面に立たせるには心もとない。そもそも集団戦闘の要となるべき下士官がいない。ハヤテの護衛に補佐、おまけに隊員の教導の実務もこなす予定のヴィータの負担が増えすぎるが、下士官的役割も彼女に任せざるを得ないか。
 「海」で名を知られたエースであるフェイトと、教会の次代の指導者として期待されているハヤテを部隊に組み込む政治的必要があっただけに、ほかの戦闘要員のレベルに人事バランス上のしわ寄せが来るのは予測できてたんだが、結局根本的な対策をとれないまま、部隊は発足してしまった。捜査員扱いとはいえ、ゲンヤさんとこのギンガが借りられただけでも、ありがたいと思うべきか。
 しかし、特に子供2人。子供に甘いフェイトに頼まれ、後見のクロノに総務統括官のリンディ、とどめに人事統括官たるロウラン提督まで出てこられて、最終的に受け入れたが、まだ気持ちは割り切れてない。管理局の基準で言えば向こうに理があるだけに、正攻法で来られるとどうしようもなかったんだが。俺と同じ気持ちでも、最終的に子供の意思を優先させるあたりが、フェイトらしい甘さというべきか、周囲の感覚に毒されたと思うべきか。
 それに、たしかに素質は高いようだが、実戦でそれを安定的に使えるようになってなければ、指導と指揮に通常より負担がかかるだけだ。それを行なう立場の隊長職ハヤテも戦闘者というより研究者だし。即戦力なのはヴィータくらい。捜査係のほうが戦闘向きの人事配置って、それどーよ?

 「計画」上は、武装隊の実戦能力はそれほど重要ではないとはいえ、必要なときに潰れてます、となっても困る。特に当面相手にしなければならないのは、AMFをもつガジェット。魔法の才能で経験の無さを補うことも難しい。戦闘機人が2人いるとは言え、2人とも、魔道師としての生き方を選んでいる。できれば、機人の力に頼らせたくない。開課式後の、スバルのキラキラした純粋な瞳と言葉を思い出して、俺はかぶりを振った。……いかん、情に流されてるな。必要があれば、非情の命令を下す心構えはきちんと作っておかないと。だいたい、戦闘機人の初期型とも言える2人に、スカリエッティのようなマッドの食指が動かないはずがない。今まで動かなかったのだから、大丈夫だろう、などと思考停止に逃げるべきではない。

 俺は、ウィンドウを閉じて、椅子の背にもたれかかり、深い息を吐いた。事前に、ハヤテとヴィータを交えて色々と相談し、短期の促成と長期視点での運用を両立させるように様々な検討をしてはみたが、綱渡りな部隊運用となることは間違いない。1週間以内の出撃があれば、俺も捜査係も動員しての総力体制で臨まなくてはならんだろう。場合によっては、他部隊の応援を頼む状況になるかもしれん。そうなれば、面目丸つぶれ、信用台無し、だな。
 そこまで手配しても、発足したての寄せ集め部隊にルーキーだらけの戦力、連携訓練もしてない他部隊との共同作戦では、実戦でどう転ぶか判らん。俺はもう一つ息を吐くと、とりあえず、武装隊の訓練の様子を見にいくことにした。書類だけで戦力を測っても限界がある。ここ数日は、部隊発足に伴う各種手続きや処理に謀殺されて時間が取れなかったが、とりあえず、現状での戦力は確実に把握しておかないと、事態が発生したときに適切な判断が下せん。

  
 訓練場に足を運びながら、俺は、この部隊を立ち上げることになった経緯を思い返していた。


 昨年、カリムに呼び出され、そこでハヤテとともに聞かされた、彼女のレアスキルで詠まれた今年の大事件に関する予言。
 それを聞いた瞬間、好機だ、そう俺は思った。
 明らかに管理局の危機を暗示する言葉。危機のとき、組織には混乱が生まれ、人の心が動揺する。予言に詠まれた危機は、管理局を解体し、新しい組織へと再編させる計画を実行に移す絶好の機会だと、俺は捉えた。準備は万端とは言いがたいが、万全の状態で最高の機会に挑めることなど、まず無い。危機に対応するための部隊設立を検討して欲しい、と言うカリムの言葉に一応即答は避けたが、俺の頭の中では、そのときすでに、「計画」を1年以内に実行するための手筈や準備のスケジュールが検討されはじめていた。

 そして今年、新暦75年4月、独立部隊・古代遺物管理部機動六課が、理事カリム・グラシア少将、次元航行艦隊所属クロノ・ハラオウン提督、地上本部首都防衛長官レジアス・ゲイズ中将の3人を後見として、発足した。


 部隊長      :高町なのは 一等空佐
 副隊長/部隊長代行:オーリス・ゲイズ 三等陸佐

 捜査係 係長  :フェイト・テスタロッサ・ハラオウン 執務官/一等空尉待遇
     係長補佐:シャリオ・フィニーノ 一等陸士  
     係員  :ギンガ・ナカジマ 陸曹

 武装係 係長/隊長   :ハヤテ・ヤガミ・グラシア 騎士/一等空尉待遇(聖王教会騎士団より出向)
     係長補佐/副隊長:ヴィータ・ヤガミ 騎士/三等空尉待遇(同上)
     係員/隊員   :ティアナ・ランスター 二等陸士
      同上     :スバル・ナカジマ 二等陸士
      同上     :エリオ・モンディアル 三等陸士
      同上     :キャロ・ル・ルシエ 三等陸士

 技術係 主任     :シャリオ・フィニーノ 一等陸士(捜査係係長補佐兼務)
   
 管制部門ロングアーチ
     主任     :グリフィス・ロウラン 准陸尉
     部隊員    :アルト・クラエッタ 二等陸士
      同上    :ルキノ・リリエ 二等陸士
 …………………
 …………
 ……


 「英雄」として祭り上げられるべく集められた彼ら……。虚像の英雄のタマゴ達。


 機動六課は形式上、古代遺物管理部内の一部署だが、実態は独立した権限を持つ独立部隊として扱われることを、後見3者との会談で合意している。人事の派閥バランスも、「計画」を遂行していく見せ札としては、まず及第点に達していると言っていい。


 カリムには、部隊設立とその責任者を引き受ける返事をしたときに、最高評議会と「海」に関する「疑惑」を告げ、それが予言に関係しているのではないかという話をした。新部隊は、口実としてのロストロギア・レリックへの対応のほかに、その「疑惑」を秘密裏に調べる行為の隠れ蓑にもしたい、と。内容が内容だけに、カリムもショックを受けたようだったが、管理局査察官である義弟のヴェロッサに、内密に調査を依頼すると言っていた。
 おそらく、ヴェロッサは確定には至らないまでも、「疑惑」を強める様々な傍証を発見することになるだろう。数年かけて、「海」の捜査記録や指示記録、上層部の打ち合わせの記録などに、それとなく不信を感じさせる改竄を加えてある。(実際に改竄の作業をしたのはレジアスの子飼いだが)
 上からの指示に振り回されての捜査の遅延、犯人の取り逃がしにつながった支援や情報提供の遅れ、失敗を重ねた局員を庇う高官の発言、etc、etc ……。もともと、全て実際にあったことだ。手を加えたのは、それらが、ミスによるものではなく、恣意的におこなわれたかのように感じさせるための、関連資料の改竄。その資料単独では気づかないだろうが、前後する事件の報告書の記述や装備の保管・補充記録などの日付・個数をいじるなどして、関連資料を全てつきあわせれば、単純なミスとは考えにくい状況が浮かび上がるようにしてある。並みの査察官なら気づかないだろうが、ヴェロッサは普段の言動はともかく、仕事に関しては優秀だ。
それでも、全ての資料を整理しても綺麗な線にはならないだろう。そこまでする必要は無いと判断した。頭の良すぎる人間は、往々にして、自分の推理で、折れ曲がった流れを修正し、不自然な空白を埋めてしまうものだ。

 ヴェロッサは自力で「不信な点」を発見し、その能力の高さゆえに、「隠された」事実を推測し、「疑惑」が「真実」である可能性が高い、と判断することになるだろう。聖王教会は、管理局の「膿」の存在を、教えられるのではなく、自分達で見つけ出すことになる。無論そのほうが、俺達には都合がいい。なにせ、教会は「自主的に」、対応の検討をおこなうことになるんだからな。


 カリムに返答をした時、「疑惑」を告げる以外にしたことが、もうひとつある。それが、ハヤテ・Y・グラシアの新設部隊への出向依頼だ。
 「夜天の王」たるハヤテが、管理局の一部隊に出向するというのは、本来ならありえないことだ。彼女は、理事としてカリムと席を並べるほうが自然なくらいの権威と立場を持つ。ましてや、ハヤテは古代ベルカ式の使い手ではあるが、研究者としての側面が強く、実戦での魔法運用の経験をそれほど積んでいない。1個分隊にも満たない集団を指揮した経験などないだろう。むしろ、1個分隊ほどの幕僚を手元において大部隊を統率するのが、彼女に求められる役割だ。
 例えば、「烈火の将」と呼ばれるシグナム・ヤガミならば、新設部隊の武装隊隊長の人選としてふさわしい。少数を率いて先陣を切るも良し、後陣に立って部隊を指揮するも良し。個人の武勇にも優れ、少数を率いての戦いの経験を数え切れないほど積んでいる。政治面でも、教会騎士団で人格・能力ともに屈指の評価を受けている彼女ならば、管理局に対する教会の協力姿勢をアピールするのに十分すぎるくらいだ。
 それなのに、そのシグナムをはるかに上回る重要人物が、たかだか1部隊の武装隊を率いる地位に出向する。イメージとしては、レジアスが、小隊長程度の扱いで、教会騎士団に出向するのに近い。
 加えてハヤテには教導経験が無い。そのフォローのためにヴィータがいるが、経験の浅い隊員達を隊長として導くのには不安がある。

 それでも、俺がハヤテの派遣を欲したのは、「いざ」というときに教会と連動して行動を起こすためだった。事前にある程度、教会上層部に話を通しておけば、ハヤテの要請で教会騎士団が即出動することが可能だ。ハヤテのもつ称号には、それだけの重みがある。管理局の「疑惑」を探っていくなかでぶつかるかもしれない証拠や事実の「発見」に、教会の重要人物に立ち会っていてもらいたい、という表向きの理由もあった。だが、それよりも、派閥争いや陰謀に関わりのない公正な立場から、現在の管理局を解体せざるを得ないと結論し、それを実行する、という言動の正当性を証明して且つ信用される存在が欲しかったのだ。次元世界最大の宗教勢力にして政治への関与を好まない聖王教会の重鎮は、その役目にぴったりだった。
 フェイトを受け入れたのも似た理由だ。彼女については、「海」のほうから出向受け入れを要請してきた。大方、主導権争いの一環だろうが、俺としてはありがたい話だった。「海」で名の知れた若きエース、信頼と人気を集める彼女の所属する部隊が、「海」を陥れる真似をするはずが無い。そう一般局員や教会が思い込むのに、フェイトの存在はうってつけだ。


 2人とも、それなりに所属する組織の意向を受けて送り込まれている。だが、その意向を逆手にとる形で、俺が友人達を、都合のいいように利用しようとしていることに変わりはない。なけなしの良心が痛むが、別に裏切るわけではないのだと抑えこむ。社会人、それも大勢の人間を巻き込んでコトを為そうとすれば、個人的なつきあいや好悪の感情は別に、使える存在は冷徹に使い切る視点が必要なことは、これまでの暗躍と前世の苦悩を思い返せば、冷気が身体に沁みこんでくるように理解できる。今なら、リンディの偽善者づらした搦め手も許容できる気がして、俺は苦笑した。やれやれ、必要なこととは言え、嫌ってた奴らと同じところまで堕ちる破目になるとは……。だが今更、引き返すこともできんし、その気もない。すでに詳細を知る知らぬを問わず、少なからぬ数の人間が、「計画」には関係している。火付け役たる俺が、私的感情を理由に、いまさら彼らを置き去りにして1人、煉獄から逃げ出すわけにもいかんだろう。



 俺は、見えてきたシャリオ渾身の訓練場施設に向けて足を早めた。賽はもう何年も前に投げられているのだ。それでも、この期に及んで迷いを生じる俺の甘さを、人として喜ぶべきか戦士として悲しむべきか。目前の問題を片付けることで先送りにしようとしている自分に気づいているが、今はそれでもいいと思う。今年のうちに、しくじれば信頼も友人も全て失う乾坤一擲の大一番に打って出ることになるのだ。まだ表面上は平穏な今くらいは……。




■■後書き■■
 StS編開始。
 原作ではやて部隊長は二等陸佐でしたが、レジアスの引きが加わって一般局員からの圧倒的な支持がある、うちのなのはさんは一等空佐に。ま、これまでにいろいろと組織を動かして改革活動をしてくる過程で、佐官クラスの仕事で実績を上げてきたこともありますし、部下の「格」や六課を明確な「独立部隊」扱いするためには、これくらいの階級が必要だったこともあります。(通常なら、中佐は大隊指揮官クラス、大佐は連隊長クラス。独立部隊って何?と言う方は、ウンチク的解説の2項の一番下の※の項目をご覧下さい)
 ちなみに本文では書いてませんが、ヴァイス君と初代リインフォース(デバイス扱い)も六課にいます。あ、ツヴァイ嬢は生まれてません。(合掌)



[4464] 二十二話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/23 12:45
※2/23、言葉の誤用訂正 「Mam」→「Ma'am」





 俺は部隊の輸送隊所属の陸士が運転する車の後部座席で、いま後にしてきた聖王教会本部での話し合いを思い返していた。

 
 聖王教会本部を、六課本格稼動の挨拶を名目に訪問した俺は、カリムと面会した。実のところ、もっとも味方につけ続けたい相手だ。口実はあるので、部隊の準備時期から接触は頻繁におこなっている。

 とりあえず、ハヤテの武装隊長としての働きなどを、姉としてのカリムに話してやった。連絡はとりあってるだろうが、第三者の目から見た様子も伝えてやったほうが安心するだろう。慣れないことに苦労しているようだが、明るく前向きに取り組んでいる様子を話してやると、カリムも少し安堵したような表情を見せてくれた。
 カリムのほうも、ごく親しい「海」の人間数人に、俺が流した局内の犯罪についての相談をもちかけたことを漏らした。相手の反応が芳しくないことも。
「なかなか信じられないようです」
「別組織から自分達のTOPの悪事を知らされて、素直に頷ける人間は少なかろ。カリム個人を信頼してるとか友情を抱いてるとかいうこととは、また別の話だ」
 カリムもそれなりに、組織間の駆け引きの理不尽さや無情さを経験してるはずだが、その友人達とやらは、そんなしがらみを越えて真摯に対応してくれると思ってしまったのだろうか。優しさと甘さ、私事と公職の行為は違う。だが、判ってはいても、しばしば人は無意識のうちに、それらの線を踏み越えてしまうものなのかもしれん。


 不意にコール音が響いて、俺は思考の渦から呼び戻された。目の前にウィンドウが開かれる。
「失礼します、部隊長」
「どうした」
律儀に敬礼を決めたオーリス嬢に問う。背もたれにもたれた姿勢は変えていないが、既に頭は臨戦体勢に入っている。オーリス嬢の表情が、それなりの事態が発生したことを示していた。
「つい先ほど、ガジェット出現の連絡があり、デフコン1のアラートを鳴らしました。ガジェット群は、クラナガン郊外のリニアレールを走行中の貨物列車を襲撃中、狙いは貨物のいずれかとは思われますが、断定できておりません」
「数は」
「最新情報で約三十」
一瞬、思考に沈む。
「どうみる?」
「数が少なすぎることと、地勢状況も考え合わせ、伏兵への配慮を進言します」
「磐長媛命では?」
「確認できておりません」
とは言え、それは伏兵が存在しないこととイコールではない。万全の監視はありえない。補佐の経験が豊富なオーリス嬢もわかっている。それに今回の件で言えば、郊外である以上、各監視機器の有効保証範囲から外れている。機器を設計限界近くまで酷使して情報を得ているのだろうが、信用度が低くなることは否めない。
 だが。
「グラシア隊長は?」
オーリス嬢の返事の前に、新たなウィンドウが開いた。
「武装隊総員7名、ヘリに搭乗済み! いつでも出動できます! 捜査係は出先より現場に急行予定!」
ヘリの爆音を背景にした気合の乗ったハヤテの言葉に、俺は軽くこめかみを抑えた。
「聞いていたな? 伏兵ありとして、いけるか?」
「大丈夫です!」
ぐい、と緊張気味ながら不敵な笑みを浮かべてみせるハヤテ。後ろに映っている面々も緊張しているようだが、まあ、それほどひどい精神状態ではないようだ。だが、速成訓練での初出動。保険はかけておくべきだろう。
「捜査係に伝えろ。今回は戦闘を優先してよし。余裕があれば、ヘリと連携しての広域走査も試せ。
 それからハヤテ」
「はっ!」
「武装隊は公式には、総計で6名だ。気持ちはわかるが、正規報告の際にリインフォースを数に入れないように」
「あっ」
間の抜けたハヤテの声に、一拍置いて、ウィンドウの向こうから微かに笑い声が聞こえた。赤くなって後ろに向かってなにやら言っているハヤテから、オーリス嬢に視線を移す。視線が合った彼女は、静かに、だがしっかりと頷いた。
 俺は頷き返すと、声を張った。

「総員傾注!」

2つのウィンドウから、無数の視線が俺に刺さる。緊張気味の出動部隊、静かな表情のオーリス嬢とその背後に映る管制官たち。
「我らが六課の初舞台だ。私は現場にいないが、貴官らのこれまでの訓練の日々を知っている私は、それを不安に感じない。訓練と仲間達は諸君を裏切らない。臆せず惑わず職務を果たせ。
 機動六課各員、状況を開始せよ!」
「「Yes,Ma'am!」」
なかなか揃った声が返ってきた。ふむ、なかなか士気が高い。
 俺はもう一度、オーリス嬢のウィンドウに視線を向けて、締めの言葉を告げた。
「以後、作戦終了まで、部隊の全指揮権をゲイズ三佐に委譲する。部隊長代行として、必要と考えるあらゆる措置を取れ」
「指揮権受領しました。微力を尽くします」
敬礼する嬢に敬礼を返す。そしてウィンドウが消えた。

「あの、どちらに向かいます?」
運転席の隊員が聞いてきた。
「予定通り、地上本部ビルへ」
「えっ? 部隊に戻らなくていいんですか?」
「心配いらん。よほどのイレギュラーがなければ、皆が片付けるさ」
「はっ、しかし……その……」
ふ、初出動に部隊へ戻ろうともしない部隊長など確かにあまり聞かんか。
「彼らでは無理だと思うか?」
「いっ、いえ、そんなことは!」
「なら、心配するな。指揮をとることも私の職務の一つには違いないが、ゲイズ三佐は有能だ。私は、私にしか出来ない、部隊員が安全に制約無く働ける環境を整えるという職務も果たさねばならん。わかるな?」
「は、はいっ。了解しました」
「よし、頼む」
言って、俺は視線を窓の外に流した。さて、しくじってくれるなよ?




 事態終了の連絡があったのは、俺がレジアスと打ち合わせている最中だった。レジアスに断って、連絡を受ける。死者・重傷者なし、公共物の被害は車両のみ、か。まあ、とりあえずは合格だな。俺は、部隊員達へのねぎらいの言葉をことづけると、ウィンドウを閉じて、レジアスに向き直った。

 今は、部隊の本格稼動の挨拶を口実にこの数日の間に訪問した、地上部隊各隊、航空武装隊・普通武装隊各隊、武装隊本部、教導隊実働班などの反応と聖王教会の動きを伝えている最中だった。話に戻ろうとした俺は、レジアスの微妙な表情に気づいた。
「……どうした?」
俺の問いに、レジアスは少しためらったが、口を開いた。
「初の実戦で部隊長不在というのは、外聞が悪いし、部隊内でも不信の目で見られかねん。軽率だったのではないか?」
俺は軽く肩を竦めた。
「言いたい奴には言わせておけばいい。この程度のことで騒ぐような奴らは、もともと俺に隔意を持ってるような奴らだ。逆にあぶり出しになっていいくらいのもんだ。……まあ、多少切れる奴なら、背後で煽るだけで、自分は率先したりはしないだろうがな」
俺の言葉にレジアスは眉を動かした。
「まったく、腹黒い奴だ」
賞賛と呆れが混ざったような声音に、なぜか居心地の悪い気分になって、俺は話をずらした。
「それに、あまり俺が目立つと、部隊の連中の名が上がらん。前に出過ぎないように気をつけないといけないしな」
やや言い訳がましい俺の言葉に、レジアスは鼻を鳴らしただけで、言葉は返さなかった。

「……それで各部隊の反応は、だいたいが、やや懐疑的ながら納得、というところでいいのだな?」
「ああ」
答えて、あちこちで繰り返したやりとりを思い返す。
 管理局内に「犯罪者」がいる疑いがあり、レリック対応を隠れ蓑にして、その「犯罪者」を追っていると話し、いざというときの協力を求める。それが、俺が挨拶を口実に回った先でおこなったことだ。偽造を含む疑惑の根拠もいくつか提示した。無論、すべて本局がらみのものだ。明言はしてないが、だいたいの相手は俺の追う先にあるものに気づいただろう。反応も、たいてい同じようなものだった。


「以前から、そんな噂があることは耳にしていたが……」
「現時点で調べた範囲では、噂の域を越えているようです」

「正直に言って、信じがたい。いや、信じたくない、という気持ちだ」
「私も同様です。しかし、事実は事実として受け止めなければ、市民や局員の被害が拡大することになります」

「なにかの間違いではないのかね?」
「私もそう考えたかったのですが……。現状では、すべての調査結果が一つの結論を指し示しています」


訪問先で、繰り返した問答を思い返す。
「口では納得できないようなことを言っていたが、なに、頭から否定しない時点で、本局や「海」への不信や反感は持っていた、ということだ。情報を検討する時間を与えておいて、次の情報を持っていくことを繰り返せば、そう長い時間かからずに、彼らの意識は、本局と「海」を容疑者として受け入れるだろう。あとは、危機感を煽るような出来事が生じたときに、適切な思考誘導をしてやれば、まず、行動の方向性は揃うと、俺は見ている」
「進捗は順調、というところか」
「ああ」
少しの沈黙が流れる。
 コーヒーを啜ってから、俺は姿勢を直した。 
「各次元世界との協調だがな。9月の公開意見陳述会を名目に、各世界の代表を一同に集めて、意思統一を図ることはできないか? 聖王教会に根回しして、リーダーシップをとってもらえば、話をまとめるのも容易になるだろう」
レジアスは苦虫を噛み潰したような顔をした。ただでさえ厳つい顔が、まるで鬼瓦のようだ。
「……聖王教会に頼るのは嫌か?」
「次元世界の治安維持に責任を持って取り組んできたのは、我々、ミッドチルダの人間だ。カビの生えたような連中にでしゃばられるのは好かん」
やれやれ、組織間の関係改善の手は打っても、個人的な悪感情までは抑制し切れないか。
「管理局もたいがい、カビの生えた組織だと思うがね。だいたい、「海」の独占している権力を取り上げた後、生じる軍事的混乱を最小限に押さえるときに、教会騎士団の協力は是非欲しい。政治的な面でも、求心力のある存在が指導的地位に立たなければ、混乱の拡大は避けられん。次元世界の広い範囲で、一定の敬意を払われている聖王教会は、まとめ役には適任だろう?」
「……我々が主導して、混乱を収めればいい」
「管理局内での内輪もめを激化させてもいいなら、それもいいな。管理局内で権力保持者が入れ替わるだけじゃ、ただの権力争いにしかならん。それだと、各世界の支持も容易に失われる。利益の分配を巡って、争いが頻発するようにだろう。それを避けようと思えば、これまでの管理局とは違う組織で、かつその判断はある程度公平であると各次元世界が同意するような存在が権力を持つことが望ましい。
 ついでに言えば、軍事力と権力の明確な分断も、この機会に実現しておきたいところだな」
「……」
「ふふ、まあ、すぐに答えを出せとは言わん。頭の隅にでも置いておいてくれ。
 さしあたっては、各次元世界政府の思考誘導だな」
「……そちらについては、ほぼ順調に進んでいる。使う手札とその順序を誤らなければ、発生するという争乱をきっかけに、本局に対する敵対行動を支持させることは可能だろう。……実際に争乱が起こればだが」
「さて。俺の母国では「あたるも八卦、あたらぬも八卦」という言葉があってな。まあ、本局の警戒具合を見れば、まったくの戯言として片付けるには、リスクが高すぎるだろう。あるものとして進めて構うまい」
「……」
「くくっ、まったく、お前の教会嫌いも筋金入りだな。頼むから、感情にひきずられて、判断を誤るなよ?」
「……そんなことはせん」
「ならいいが」
「ふん」
鼻を鳴らしたレジアスに、俺は肩を竦めてみせた。




 その日の夜遅く。俺は初出撃の戦闘報告書を読み返していた。
「……空戦型に尉官3人総出で当り、フォワード陣はギンガのフォローを受けつつ、列車奪還。やや、危険な場面もあったが、ルシエの竜魂召喚の成功もあり、大過なく任務完了、か」
やはり伏兵がいたか。突然の出現を考えると、転送魔法を使ったか? だとするとかなり大規模なものだな。魔導機械の使用も可能性として考えるべきか。大量のガジェットといい、かなり機械系に強い存在が裏にいると考えられるな。
 しかし、初戦闘のフォワ-ド4人を、下士官一人つけただけで閉所に突っ込ませたか。しかも、二手に分かれさせ、ギンガは三士コンビに同行、か。まあ、ミスというほどでもないが、たかがガジェットにあの3人総がかりは過剰戦力だろう。二士コンビのフォローに一人回したほうが良かったようにも思うな。原隊の絡みでヘカトンケイレス貸与の許可が下りてないから、目視と念話中心の指揮にならざるを得ないんだし。
 オーリス嬢がうまく全体を管制してフォローしてくれたようだが。……まあ、明日、ハヤテと話してその辺の考えを聞いてみよう。その上で、必要ならデブリ-フィングで、全員に集団戦における基本を指導しておくか。

 そんなことを考えていると、部隊長室に向かってくる足音を耳がとらえた。しかもけっこう荒くて早い。それに続く小走りな足音。こんな時間に誰だ?
「なのは!」
ノックなしに扉が開かれ、目を吊り上げたフェイトが入ってきた。珍しい表情だ。フェイトの感情をここまで負の方向に刺激するとしたら……。
 俺の座る机の前まで一直線に来たフェイトは、手にもった資料をそのまま掌でバン!、と机の上に叩きつけた。おいおい……。付いてきてたシャリオも顔が引き攣ってら。
 ちょっと引いている俺達に気づかず、フェイトが歩調そのままの口調でまくしたてた。
「スカリエッティだ! アイツ、挑戦のつもりなんだ!」
「……落ち着け、話が見えん」 


 激しく語るフェイトをシャリオがフォローしつつ、説明が始まる。
 今日の戦闘で鹵獲したガジェットの残骸を調査していたら、動力部と推定される部分にジュエルシードが組み込まれており、その横のプレートにジェイル・スカリエッティの名が刻まれていたという。明らかな挑発だとフェイトは柳眉を逆立てている。まあ、奴の研究は、フェイトにとってはトラウマど真ん中だからな。ここ数年、追い続けてるとも聞いてるし、感情的にもなるか。
 しかし、ジュエルシードか……。また懐かしいものを。しかも、あまり意味の無い使い方をしてるあたり、ただ見せびらかしてるように思える。管理局とのつながりをアピールしたかったのか? いまいち意図が読めん。それにしても、まさかコイツが「古い結晶」じゃなかろうな? レリックなんぞ目じゃない危険物だ、シャレにならんぞ。

 そんなことを考えながら、俺は、シャリオになだめられて、ようやくある程度落ち着いたフェイトに言葉を掛けた。
「……まあ、可能性が高いのは否定せんが、断定するには弱いな」
「こんなことするのは、スカリエッティだけだよ!」
「感情に流されるな。奴の模倣犯かも知れんし、捜査の目を奴に向けさせるための小細工かもしれん。捜査の責任者が私情と先入観に囚われてどうする」
「…! だけど……!」
駄目だな。完全に頭に血が昇ってる。
「とりあえず、明日のデブリで事実と推測を明確に区分して発表。一応、スカリエッティに関するデータも配布できるようにしておいてくれ。だが、現段階ではあくまで、可能性の一つだ。事実と混同しないよう、説明時に注意を促すようにな」
「……っ!」


 フェイトがうつむいた。握り締めた拳が白くなって震えている。俺は気づかれないよう、かすかにため息を吐いた。
 深く刻みつけられた心の傷は、10年経とうと血を流しつづける、か。ふと脳裏を言葉がかすめた。前世で聞いたか今生で読んだか、夭折した天才の紡いだ言の葉。


「……汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる
   汚れちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる……」

 ぼんやりと呟いた俺に、フェイトとシャリオが視線を向けてきた。
 驚いているような気配を無視し、目をあわさないまま、俺はゆるく呟き続ける。

「汚れちまった悲しみは なにのぞむなくねがうなく
 汚れちまった悲しみは 倦怠のうちに死を夢む……」

 俺が口をつぐむと、部屋の中を静寂が満たした。なんとも言いがたい空気が流れる。
「……え、えっと……」
何か言おうとしたシャリオの言葉を遮って、俺は独り言のように続けた。
「97管理外世界の詩だ。意味は知らん。なにを思って書かれたのかも知らん。だが、感じるものはある」
す、と視線をあげてフェイトを見つめる。話が突然飛んで、きょとんとしているフェイト。ああ、そっちの顔のほうがいいと俺は思うぞ。

「憎しみに呑まれるな。お前の執務官としての原点は不純なものかも知れん。だが、それは今のお前が不純であることを意味しない。これまでの業務に後悔があるかも知れん。だが、それは未来までお前が後悔しつづけることを意味しない。
 お前自身を汚すな。お前の、憎しみで。悲しみで。自分を貶めるな。一度汚れてしまえば、それは容易には落ちん。それに、お前は知っているはずだ。ここの」
言葉を切って、俺は手を伸ばし、拳でそっとフェイトの胸を触れた。
「奥にある暖かいものを。優しい存在を」
手を戻し、背もたれにもたれる。椅子のきしむ音。フェイトの目を見たまま、言葉を続ける。
「お前はお前だ。憎しみに呑まれるな。悲しみに溺れるな。自分自身を、汚すな」

 少しの間、フェイトはきょとんとしていたが、やがて徐々に顔を赤くして俯いた。さっきまでの、殺気にも似た、はりつめた雰囲気は消えている。光のような髪から、かすかにのぞく耳が赤い。俺は自分の目元が和らぐのを感じた。そうだ、フェイト。お前はまだ、堕ちていない。そして、おそらくは、一生堕ちずにいられる人種だ。
 かすかに目を細めてから、俺は視線をフェイトから外し、デスクの上の書類を手にとって、中断していた事務処理を再開した。間を置いてシャリオが、小さな声で、
「そ、それじゃ、私はこれで……」
と言って、足音を殺して部屋を出て行く。しばらく、部屋の中には、俺が書類を処理する音だけが響いていた。


「……えっと…な、なのは」
「…ん?」
「その…ありがとう」
「いや、上司として、部下のメンタルケアは職務の一つだ」
「ふふっ、そうなんだ。…うん、でもありがとう」
「……ああ」






 深夜。

 明かりを消した自室で、俺はフローリングの床に呪陣を描き、その上に東西南北の方位を合わせたクラナガンの広域地図を置き、その四隅に神酒と俺の血をかけた標(ヒョウ)を刺した。
 呪陣と地図の前に立つと、5枚の小さな符を手に持ち、霊力を流し込みながら呪を唱える。
「四方五行を統べたもう 陰陽万象を成したもう 理(ことわり)により妨げたもうな 我が声を彼の者に届かしめよ」
標が淡く光りを灯す。呪符が細かく振動する。
「彼方より此方へ此方より彼方へ 遠きは近く近きは遠く 血の導(しるべ)により応え 在所を主に知らしめよ」
唱え終えて、呪符をバッ、と宙に撒き散らす。しばらくの間、宙に渦巻いていた呪符は、やがて吸い込まれるように一つ一つ、地図の上の一点に集まっていき、一箇所で重なりあったまま動きを止めた。

 ふん、やはりか。

 今使った術は、俺の作った式に呼びかけ、その現在位置を調べるものだ。世界を超えたり、同じ世界内でもあまり長距離になったりすると使えないが(俺の術者としての力量の関係だ)、今回はそれほど遠くではないと踏んだ。なぜならーその式とは、数年前にスカリエッティの研究所に侵入したときに、奴の部屋にあったコンピューターに潜り込ませておいたものだからだ。
 フェイトにはああ言ったが、俺はガジェットの刻印はスカリエッティからのメッセージだろう、と半ば確信していた。自己顕示欲とナルシシズムに浸ったあいつのやりそうなことだし、何より俺の勘が、奴の「匂い」を感じていた。そして、術による確認で、奴の現在のラボの位置もほぼ割れた。近いうちに、また忍び込んで、式の溜め込んだ情報を仕入れてくるとしよう。


 さて、挨拶は受け取ったぞ、スカリエッティ。だが、それは即「遊び」の開始を意味するものと理解しているか?
 暗闇の中、俺は静かに口の端を吊り上げた。




■■後書き■■
 StS編では、どうしてもなのは以外の視点が必要になるので、ちょこちょこ「幕間」を設ける予定です。次回は、それの第一回の予定。ネタ的には本編1話ごとに幕間1話が入るくらいあるんですが、そこまですると本編の話の流れがぶつ切りになるしなぁ……。でも外伝が予想以上に好評だったので、ちょっと迷ってます。

※文中引用:中原中也「汚れちまった悲しみに」より。



[4464] 幕間1:ハヤテ・Y・グラシア
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/02 15:55
 いま、私の目の前では、ヴィータが武装隊の子らに基礎訓練をつけてる。

 ちなみに捜査係の2人は別訓練や。訓練時間も合わせにくいし、武装隊とは技量も錬度も違う。基本、私らが訓練メニューを複数考えて、2人がそれを自分で調整しながらこなす。その記録を見せてもらって、直すべきとこや注意点なんかの指導内容を話しあう感じや。たまに、訓練中の様子をリィンが見にいっとるし、なのはちゃんにもなるべく参加してもらうミーティングを開いて、互いの訓練について、意見交換したりもしとる。
 まあ、あの2人は自分で自分の訓練をできるレベルやし、フェイトちゃんなんか私より実戦も訓練も経験豊富なんやから、任せといて大丈夫やろ。問題は、私の直属の新人達や。


 4人とも若い子や。2人は若い、言うよりかは幼い、言うたほうがええんやろけど。なのはちゃん曰く、「よく言えば期待の新人、悪く言えば、技術も精神も未熟な兵卒未満だ」。
 でも、こないだの初出動は、みんなようやってくれた。ちょう危ないとこもあったけど、なのはちゃんも合格点くれたし。教導を基本的に任せとるヴィータのおかげやな。私は月読やリィンと相談しながら、みんなのデータや訓練の様子を解析して、指導すべき点を整理してヴィータに渡すだけやし。そら、私も資料をもとに指導することもあるけど、資料さえあれば誰でもできるようなことや。魔法技術のことでいろいろ教えたげることもあるけど、それは今はあまりせんようにしとる。
 部隊結成前に、なのはちゃんとフェイトちゃんとヴィータと話し合って決めた、速成訓練と長期視点の教導を両立させる、っていうある意味矛盾した基本方針の関係で、まずは何より基礎能力の確認と向上。魔法技術なんかは、もう少し土台がしっかりしてから力を入れてくことになっとる。それまでは、ヴィータに頼りっぱなしや。またなにか美味しいもんをつくってやらんといかんな。

 でも、たかだか一月半かそこらで、ここまで能力をあげられたんは、ヴィータの教導もあるけど、この子らの資質が高かったんも大きい。


 まず、スバル。もともとパワーと突貫力は凄い子やったけど、この一月の間に、かなりひどかった防御技術と回避能力が段違いに良うなった。危険度の高いフロントには必須の能力なだけに、その部分の強化は嬉しい。なのはちゃんに憧れとって、なのはちゃんが中心になって作ったっていう(当人は、作成チームの仕事で自分ひとりの業績やないって否定しとるけど)、陸士向けの「新方式訓練要綱」、いわゆる「魔王への道」(「概要」て呼ぶ人もおるけど私は認めへんで)を、陸士隊の隊長やっとるお父さんから貰うて、ずっと自習してたって子や。その割に、後先考えんと突っ込む癖がなかなか取れへんて、ヴィータがぼやいとったけど。
 むしろ、「魔王への道」をそれなりにものにしとるんは、相方のティアナのほうやな。本人は、理解の悪いスバルを教えてるうちに身についたとか言うとるけど。彼女も自分用の「魔王への道」を手に入れて、手垢がつくまで読み込んで、いろいろ書き込んだりして、熱心に勉強しとるんはスバル経由で知っとるんや。普段の態度といい、なかなかのツンデレや。侮れんで。
 ……コホン。まあ、そんなティアナやから、配属されたときからごっつい実戦的な思考と行動法則を身につけとった。でも、これや、いう強みがまだ見つけられんでいて、ちょっと気持ちに焦りを持っとる気がする。ヴィータなんかは「今は器用貧乏」なんて言うとったけどな。「一番、大化けしそうな奴だ」とも言うとったけど。
 隙も弱点もない安定感と冷静で広い視野は、経験の少ない4人の中では貴重なもんや。彼女は、この土台作りの期間に、能力全体をバランスよく上げてきとる。このまま行けば、いい指揮官になるやろ。なのちゃんが武装隊に下士官を配属できなかったことを謝ってくれたけど、ティアナなら、近いうちに下士官並みの働きが出来るようになりそうや。私も一番の有望株やと思うとる。
 あとはおちびさん2人。フェイトちゃんが保護者やとかで、随分大事にされてきたみたいで、知識や技術は二士コンビに比べると、段違いに低い。でもその分、吸収も早くて、ヴィータも驚くような成長振りや。エリオは自分の特性の高速機動の有効性に気づいて、磨きを掛けとるし、キャロは安定してフリードを使役できるようになった。2人とも、辛い過去を持っとるから、精神的に安定してきたのが、一番嬉しいかな。

 まあ、それを言うたら、FW陣みんな、訳有りなんやけど。でも、みんな前向きに頑張るええ子ばっかりや。私も研究や勉強、カリム姉様の手伝いなんかで、これまで戦闘訓練や教導にはあまり縁がなかったけど、苦手なんて言わんと頑張らなあかん。ヴィータもリィンも月読も助けてくれるし、なのはちゃんも必要ならいつでも相談してくれって言ってくれたし。
 私は、六課発足前に話し合って決めた、訓練内容のおおまかな注意点を思い出す。


 教会のほうでも、なのちゃんが主導した訓練改革は話題になったから、私も資料を貰って目を通したりしたんやけど、私の常識からは随分外れとって、実際になのちゃんの口から説明を受けても、正直面食らうばっかりやった。フェイトちゃんはもちろん、ヴィータも普段から騎士団の教官役をしとるせいか、あっさりついてって意見とか言うとったけど、私は助けてもらいながらついてくので、いっぱいいっぱいやった。
 なんやかやと足を引っ張ってまいながらも、とりあえず、注意すべき点が、大きく3つ決められた。あ、大前提として、速成と長期教導の両立をやってく、いうのは除いての話な。



 まず、第一に、支援・補助体勢の確保と構築を、武装隊運用時に重視すること。
 管理局の武装隊やうちの騎士団は、「敵と戦闘するための、直接的な打撃力に、資源や意識を裂きすぎている」。そう、なのちゃんは言った。
「戦場に立ったときには、既に勝敗が決まっていると思え。
 情報収集やその分析を軽視し、支援装備もなく、状況に機敏に対応するための情報伝達は念話に頼り切り。常に複数の対応を検討し指揮実行するために必要な、指揮官の戦闘からの隔離はないどころか指揮官が最前線に立つ。まるで、地球の中世の戦争だ。やってみるまで勝つか負けるか判らない、そんなのは戦争とは言わん。子供の喧嘩、あるいは一昔前のヤクザのカチコミだ。きょうび、ヤクザでも、もちっとマシな戦い方をするぞ。
 勝つためにありとあらゆる準備をし、ありとあらゆる状況を想定してそれに備えて、初めて、戦闘にとりかかる。準備八割というだろう? 戦いも同じだ。実際の戦闘に割く力は、部隊総力の二割以下と考えろ。戦闘後の捜査や分析、メンテや介護・休息もあるんだ。
 今言った作業の大部分は、部隊指揮官たる俺と副隊長の仕事だが、こと戦闘に関する部分はハヤテに意見を聞いたり、権限委譲することも多い。戦闘中の行動についてはなおさらだ。そのつもりで、武装隊の運用には取り組んでくれ。
 ああ、フェイト、捜査係も同じだぞ」

 理屈はわかるけど、厄介な要求やった。私がカリム姉様の手伝いで、他部署への根回しや、協力・連携体制の構築の実務とかに慣れとらんかったら、まずまともにこなせへんかったやろう。そっちの方面を、事務処理や外回りも含めてサポートし、ときに肩代わりしてくれるリィンの存在も大きい。公的にはデバイス扱いやけど、事実上の武装係長補佐として扱うようにしとる。当人や隊員にも、そのつもりでいるよう言い含めとるし。
 実戦時に起きがちなトラブルや、戦闘要員が持ちやすい不満なんかを、具体的に教えてくれたヴィータにも感謝や。この件に関しては、リィンが右腕、ヴィータは左腕やな。
 そして、溺れそうな量の、管理局の過去の戦闘報告書を整理して、今の六課に必要な情報を抽出してくれる月読。解析と対策立案作業を素早く的確に処理してくれるあの子がおらなんだら、ここまで効率のいい座学も訓練もできひんかった。管理局のデータベースと教会のデータベースは、結局直結できとらんから、直接データを処理してもらうのは無理やけど、六課のホストコンピューターを使ってある程度整理したデータを私の端末に落とし込んで、それを月読にいじってもらうんは可能や。ホンマはあかんねんけどな(笑)。月読の能力と私の手助けで、こっそり端末を覗いてもらっとる。誰や、ハッキングとか言うんは? 覗かれる当人が了承しとるんやから、これは協力業務なんや。そういうことで納得しぃや? 

 そんな風に、みんなの協力のお陰で、なのちゃんの要求は今のとこ、なんとかクリアできとると思う。定例会議のあとでちょっと愚痴ったら、
「ハヤテならできると思ってたらからな」
なんて、いつもの調子で言っとったしな。できとらんかったら、あんな風には言わんやろ。でも「月読とリィンのお陰だな」て、にやりとしたんは、レッドカードや! 


 ……コホン。えっと、それでな。二番目の注意点は、一番目とも絡むんやけど、「磐長媛命」をはじめとした各種リンクシステムを十二分に使いこなせるよう叩き込むこと。
 「天照」が、上空から各種センサでクラナガン全域を覆い、各所に置かれた可搬式の各種観測機器がそれをフォローして、精密精確な情報が集められるシステム。実際、使ってみたらその便利さがようわかった。ほんま、たいしたもんや。
 で、その集められた情報を処理する指揮車、六課の場合は課のホストコンピュータとそれに連結したヘリの端末やけど、そこから伝えられる情報を迅速に各隊員に伝え、各隊員の気づいたこと・考えたことを、ヘリに集めなならん。勿論、いらん情報ははじいてな。ヘカトンケイレスがあれば楽やったらしいけど、私やヴィータへの使用許可が下りひんかったし、まあ、それはしゃあない。
 「魔法世界の歪みのひとつかもしれんな。魔導師ランクが高い奴は、自分の力だけで障害を排除してきた経験が多いから、昇任しても、指揮をなおざりにして個人プレーに走りがちになる。俺の教導経験でも、指揮官が指揮を放り出す馬鹿さ加減を散々身体に叩き込んで、それでもまだ、直しきれないことも少なくなかった」
 なのはちゃんのそんな愚痴を聞いたこともあったから、気合入れて取り組んだ。

 とりあえずは、隊員に情報の重要性と、それを集めることも職務のうちだということ、精確な情報なしに迂闊に動かんことを理解してもらった上で、報告の仕方のポイントや与えられる情報の読み取り方を教えてやる。それから、与えられた情報に対し、その時々でどう動くべきか、考えて決断するテンプレートをそれぞれの中に根付かせて、その使用に慣れさせてやればええ。もちろん、初出動のときみたいに、十分な情報が得られん場合の対応もな。
 一つめは割と楽やった。ティアナもスバルも2年間、そのシステムの中でやってきとるし、エリオも陸士校で講習は受けとる。キャロは素直な子やしな、皆情報の重要性は理解してくれた。……頭で理解するだけで、身体がついてかんのがおったのは予想外やったけど。ティアナが「ずっと口を酸っぱくして言ってるんですけど、直らないんです……」て、ため息混じりに教えてくれた。でもティアナも、相方につきあって結構、突っ走ってくれとんねんけどな……。とりあえず、情報なしで動けば必ずトラップに引っ掛かるような実地演習を繰り返して、身体に叩きこんどる。でも、直らんのよなあ……。
 まあとりあえず、「理解」ということは皆早くにしてくれたんで、情報をやりとりするときのポイントの訓練も進めとる。これは、なのはちゃんが手を入れた通信・念話マニュアル改訂版を参考に、座学で教えて、あとは月読が過去の実例から組んだ、色んな仮想状況を繰り返し経験してもらっとる。……そいや、いまさらやけど、なのはちゃん、ホンマなんでもやっとるなあ。スバルは尊敬度が深まったようやし、ティアナも呆れ半分に感心してた。エリオとキャロは、フェイトちゃんから聞いてたみたいで、あんま驚いてなかったけど。まあ、凄さがようわかっとらんいうのもあるんかもしれん。
 テンプレとその使用は、もう慣れるしかない。ひたすら、机上演習と実地演習を繰り返す。事前事後の話合いも繰り返す。これはどうしても時間がかかるから、なかなか結果には反映されんけど、みんな、真面目に取り組んどる。


 最後の注意点が、AMF対策や。これは、なのはちゃんのおった教導隊が、何年か前からいろいろと検討しとったそうやし、フェイトちゃんも個人的に調査や研究して、なのちゃんと意見交換とかしとったそうや。……正直、ちょっと妬けるわ。私もいろいろと忙しかったし、2人とは別の組織やからしゃあないんやけど。共同作戦ならともかく、騎士団からの人員の出向が受け入れられること自体、そうあることやないからなあ。
 ま、まあ、そういうわけで、実戦でのテスト、コンバット・プルーフっていうんやったっけ? それはあまりやれとらんかったけど、対策案自体は既にいくつか立てられとった。まあ、AMF、展開するような相手と戦闘することなんて、カリム姉様もあまり聞いたことがない、言うとったからな。逆に言えば、そんな連中ばっか相手することになるいう、六課の特殊性が浮かびあがるんやけど。ほんま、いろいろありすぎや、この部隊(笑)。

 とりあえず、対策の一つが距離をとっての魔法使用、特に質量攻撃や物理現象魔法のいろいろ。スターダスト・フォールとか炎熱魔法、雷系魔法とかやな。射撃魔法? 純粋魔力攻撃は、基礎訓練の対象やな。勿論使っちゃあかんいうことはないけど、いまのあの子らのレベルじゃ、質量攻撃や物理現象魔法に力を入れたほうが、AMF対策には効果が高い。射撃系特化のティアナは、ヴァリアブルシュートを使えるし、当面はそれで十分やろ。あの子には、4人のまとめ役、いう大変な仕事もあるんやし。
 そこらにある石や木や、市街地なら街灯や信号機も使う。敷石やビルなんかを砕いて使うんは最終手段。廃棄地区は別やけどな。そのへんの「使えるものは何でも使う」いう発想と「でも公共物の使用はなるべく後回し。但し、下手に遠慮して怪我するくらいなら使って構わん」いうことのバランスを、身体に理解させる。これはティアナとエリオがけっこう苦戦しとる。まあ、真面目なタイプには難しいやろ。意外に適応したんがキャロ。出身と前隊での経験の関係で、意外にワイルドな心構えがあったようや。召喚で物質系呼べるのも強みやな。フリードもおるし。スバル? あー、とりあえず、通常訓練でモノ壊す規模と回数、ちいさしよな(笑)。
 物理現象魔法は、ちょっと難易度高いから、力入れるのはもうちょい先やな。フリードは別にして、エリオが魔力変換資質持っとる程度やし。基礎をきちんとこなせるようになってからの話や。

 距離のとりかたも大事なポイントや。
 これはロングアーチのスタッフや輸送隊にも参加してもらって、戦域の地形や障害物、建築物を上手く使った位置取りや移動(当然、位置情報や移動径路の算出・連絡はロングアーチの担当や)、車両やその他の機材を使ってのバリケード作りなんかをやらせとる。これは、特に情報のやりとりが大事になるから、連携訓練が必須なんやけど、輸送隊はともかく、ロングアーチとの合同訓練はなかなか時間があわん。こればっかりはしゃあないんで、グリフィス君にロングアーチだけで訓練できるよう仮想プログラムを渡して、その結果に対して指導することで補っとる。まあ、焦らんといくしかないな。

 あとは近距離になったときの戦闘方法。前衛の2人はもちろん、キャロは召喚魔法とフリードがおるし、ティアナもある程度の濃度までなら魔法を発動できる収束技術を持っとるから、大量のガジェットを相手取る場合の連携のイロハが中心や。
 防衛戦や遅滞戦闘、撃破優先の戦闘とか、いろんな想定状況での連携パターンを教え込んで、あとは机上と実地での演習の繰り返し。まあ、まだまだやけど、ティアナが自然にリーダーシップをとって、うん、なかなか有望な感じや。実戦では私やヴィータ、リィンがおるしな。今の段階でこれだけできたら上出来やろ。高濃度下での対応は、まだ先の課題やな。

 まあ、一番大事なんは、AMFを活用させんように、ガジェットを早期に発見し、集結を防いで逆にできるだけ分散させることなんやけど、これはロングアーチと部隊指揮に負うところが大きいんで、オーリスさんを交えて、指揮官級の皆で研究・訓練しとる。オーリスさんも、ロングアーチをビシバシしごいとるみたいや。アルトが泣いとったわ(笑)。
 あと、高濃度下での活動を想定して、完全機械式の装備の配備の手配。これはなのはちゃんとオーリスさんが主にやってくれとる。私とフェイトちゃんも進捗報告聞かせて貰ったり、必要度について意見出したりするけど。とりあえず、情報共有化と指揮統制のための戦術データ・リンクは、端末がそろそろ士官レベルには配備が始められそうな感じらしい。他は追々やな。



 ……うん、振り返ってみたら、改めて思うけど、4人ともたいしたもんや。事前に検討しとった注意点を、この短期間でそこそこの錬度で身につけとる。基礎能力を向上させるためのヴィータのシゴキを受けながら、や。基礎能力自体も、言うたとおり、まあ悪くない調子で来とるんやから、ある意味とんでもないな。素質があった、いうても限度がある。速成が必要やったからって、少し無理させたかもしれんな。
 でも、そろそろ個人訓練は次の段階に移ったほうがええんやないか、ってヴィータもリィンも言うとる。なのちゃんと相談してみる、て決定は先延ばしにしとるけど、たぶん、移行することになるやろ。……ちょっと心配かも知れんな。
 体調サポート・デバイスでのチェックも含めて、みんなの様子には気をつけることにしよ。そう決めて、引き続き、私は訓練を見守っていた。……数日後、自分の見通しの甘さを深く悔やむことになるんも知らんと。





 次の日。私は久しぶりにロッサ兄(にぃ)と顔をあわせて話をしとった。

 ロッサ兄はちょくちょく顔を見せて、愚痴を聞いてくれたり相談に乗ってくれたりする。レリックに関する情報も独自に集めてくれとる。カリム姉様に頼まれた、って言うけど、正直、別組織にきて慣れん仕事をしとる私には、張っとう気をゆるめて、ほっ、と一息つける貴重なひとときや。……本人に言う気はないけど。

 今日は、ちょっと重い話やった。

「管理局内で、噂がどうも意図的に操作されてるような感じを受けるんだ」 
軽い世間話のあとに、ロッサ兄は切り出した。
「本局とそれ以外での、噂の内容や温度に違いがありすぎる。もちろん、同じ管理局とは言え、別々の組織だし場所も離れてる。でも、交流がまったくないわけでもないのに、ここまで差があるのは、ちょっとおかしい」
「具体的には、どんな噂なん?」
「……上層部への不信や不満だね。本局の、特に部長や局長クラス以上の無能や失敗の事例の話が、地上部隊に蔓延してる。本局でも噂自体はあるんだけど、下級局員の一部で囁かれてる程度だ。それほど広がりを見せてない」
「んー、でも、自分の上司の悪い噂を、上司の耳に入りかねんところではしにくいやろし、そんなもんなんやない?」
「いや、むしろ自分の上司の噂こそ、広がりやすいものなんだ。特に悪い噂はね。仕事のストレスや不満を上司にぶつけるのさ」
「不健康やなぁ」
ロッサ兄は苦笑した。
「君も他人事じゃないよ。いずれ、人の上に立つ立場になるんだから、下で働く人たちの気持ちには敏感にならないと」
「……うん、わかった。気ぃつけるわ。でも、それやと、本局で噂が広がるのを誰かが抑えとるってこと?」
「もしくは、本局以外で煽ってるか、だね。ただ、煽ってるほうだとすると、それをしているのはそれなりの広がりを持った集団ってことになる。部署も階級も超えた、ね」
「……もし、そうやとしたら、かなり良くない状態なんやない? 本局に不満がある人らが、管理局にかなりの規模でいるってことやん」
「噂が蔓延してる時点で、それは確定だよ。一時のストレスの捌け口にしては、噂の寿命が長すぎるしね。それに、個人の噂から、上層部全体への不信や不満に進化してる。煽っている人たちがいたとしても、受け入れて育てる潜在的な土壌は確実にあったと思う」
「余計まずいやん」
 私は顔を引き攣らせた。時空管理局の内部で、上層部に対する不信や不満が、広い範囲で蓄積しとるとなると、場合によっては、次元世界全体で混乱がおきかねへん。そこで、私はカリム姉様と聞いた、なのはちゃんの話を思い出した。管理局の上層部に犯罪者がいるみたいや、っていう、六課の目的の一つ。
 私は、声を潜めて言った。
「……ロッサ兄、それって、なのはちゃんの言っとった例の話と、つながりがあったりするんやろか」
ロッサ兄はため息をついた。
「噂の真偽にもよる。噂が嘘で、それがこれだけ蔓延してるとなると、そこに本局への悪意があるって疑いが濃くなる。本局内で広がらない理由もそれで説明がつく。真実を知る人間がそれだけ多いんだから、嘘は当然、指摘されて立ち消えになる。
 ただ、もし真実だとなると……」
「で、どっちなん?」
言葉を濁したロッサ兄を問い詰める。そんなところで切られても困る。私の気持ちを感じたのか、ロッサ兄は重いため息をついて、言った。
「2、3の噂の裏をとった限りでは、全くの真実か、多少誇張された程度の真実に近い話だった」
「うわちゃあ……」
 私は天を仰いだ。上層部への不信・不満が広がっていて、おまけにどうもそれは根拠のない話ではないらしい。そして、疑惑のある本局内での噂の広がりが不自然に少ない。普通に考えれば、後ろ暗いところのある本局上層部が、なにかの手を打ってる、いうことになる。

 私の反応を見て、ちょっとロッサ兄はためらう様子を見せたけど、私がじっと見たら、観念して話を続けてくれた。
「実は、別口の噂もあるんだ。
 ハヤテも知ってるだろう? 地上本部はここ数年、レジアス中将が中心になって、各世界との交流を深めてる。教会との関係改善もその一環だ」
「あたりまえやん。なのはちゃんに頼まれて、レジアス中将の話をカリム姉様に取り次いだんは私なんやから。なに、それがなにか噂になっとるん?」
「ああ。本局じゃ、レジアス中将が、各次元世界と親交を深めてるのは、違法献金を受け取ってるからだとか見返りに利益誘導をしてるからだとかって噂が流れてる」
背もたれにもたれかかった姿勢のままやった私は、勢い良く跳ね起きた。
「なにそれ! 「陸」と次元世界の関係が深なって、各世界での治安が上昇傾向にあるらしいって、カリム姉様も喜んどったやん!」
「ハヤテ、声を抑えて」
「でも!」
「ハヤテ」
あまり見せない、ロッサ兄の真剣な目に見つめられて、私は渋々黙り込んだ。
「レジアス中将には昔から黒い噂があったからね。それに、本局と地上との関係はハヤテも知ってるだろう? 君が言った、各世界の治安向上の話だって、「陸」は順調に成果を上げてるんだから、予算をもっと減らすべきだ、って意見にもっていく人も少なくない」
「なんやそれ? むちゃくちゃな理屈やん。自分らがカネ欲しいだけやないのん?」
ぶすくれて言う私に、ロッサ兄は苦笑した。でも、その笑みの中に、ほんのわずか、本当に苦い気持ちが浮かんで消えるのが見えた。
「まあ、それやこれやで「陸」と本局の対立は、近頃ますます深まってるように思う。特に上層部でね。一般局員も上司の影響で、互いに嫌悪感を持つ傾向が強まってるらしい……この辺はクロノも同意見だ」
「クロノさんも?」
「ああ。どうも彼のような穏健派というか、「陸」との権力抗争に無関心な人間の、肩身が狭くなりつつあるらしい。
 ここ数年、順調に成果を上げる「陸」に、嫉妬というか元々の対抗意識が煽られてるようで、以前は「陸」の方が一方的に「海」を嫌って、「海」は「陸」を相手にもしてなかったのに、最近は、「海」とその関係者の多い本局上層部で、「陸」に対する警戒心を隠そうともしない人が出てきてるそうなんだ。
 その影響で、「陸」と親しいなのはちゃんまで、危険視する人がでてきてるらしい」
「んな無茶な! ……だいたい、教導隊が「海」と一緒になる機会なんてあんまりないって聞いとるで。そんなんじゃ教導隊の人ら皆、「陸」寄りってことになってまうやん。それに、そんなん言うたらフェイトちゃんやクロノさんはどうなるんや!」
「落ち着いて。そんな人はまだそんなに多くはないし、ここで叫んでもどうにもならないよ?」
 思わず叫んで、それからさっきのことを思い出して一旦は声を抑えたけど、喋っとるうちにヒートアップしてきて、結局、また声を荒げた私を、ロッサ兄は穏やかな声でなだめた。……あかん、つい。

「ゴメン」
「いや、ハヤテがなのはちゃんを大事に思ってるのは知ってるしね。
 彼らは、なのはちゃんがレジアス中将と個人的に強いコネを持っているから、「陸」側だと見てるようなんだ」
「ほんま、無茶苦茶や……」
私は呆れた。
「私やカリム姉様とのコネは無視かいな。フェイトちゃんやクロノさんとのコネも、けっこうな強さやと思うんやけどな」
「まあ、そこまで目がまわらないんだろう。「陸」の成果が好転するきっかけに、なのはちゃんの関与があったのは有名な話だし。おまけに本局嫌いで有名なレジアス中将と仲がいいとくれば、それだけで決めつけるのには十分だろう。僕らとの交友のことは、知らないんじゃないかな。それこそ個人的なことだから、調べなきゃわからないだろうし」
「決めつける前に調べえ、って思う私は変なん?」
なんかもう、脱力してもうて、机の上に行儀悪く顎を乗せて、私は呟いた。
「感情的な対立っていうのは、理屈じゃないからね。必ずしも論理的な調査や思考は必要とされないんだよ」
「さよか……」
「心配しなくても、大丈夫だと思うよ。なのはちゃんは、今言った本局と「海」の一部以外では、ひどく嫌われたりはしてないようだし」
私は姿勢を変えずにジト目でロッサ兄を見た。
「……なのちゃんが理不尽に嫌われとるってだけで、嫌なんや」
「ははは、そりゃ大変だ」
「……もう、お気楽なんやから」
私は口を尖らせて見せたけど、でも、その軽い調子のお陰で、ぐるぐるの渦に沈みかけた私の気持ちもちょっと浮上した。ホンマ、気遣い上手なんやから。

 すこし調子を戻した私の雰囲気に気づいたのか、ロッサ兄は真剣な顔に戻って、口を開いた。
「それから、なのはちゃんの教えてくれた情報の件だけど、残念ながら、まだ、はっきりした証拠はつかめてない。でも、どうやら荒唐無稽な話でもないみたいだ」
「さっきの話だけで十分怪しいやん。だいたい、なのちゃんは、なんの根拠もないようなことを相談したりせんよ」
相談自体、めったにしてくれんのに。その言葉は、口にせんと飲みこんだ。
「僕としては、根拠がないほうが良かったんだけどね。姉さんの預言の件もあるし……正直、気が滅入るよ」
「あはは、ロッサ兄に深刻な態度は似合わんて」
「……ひどいな、ハヤテは。そんな子はこうだっ」
「っわあっ、ととと。もう、また子供扱いして!」
 ロッサ兄に掻き回された髪の毛を整えながら、私は口を尖らせた。10代後半の花の乙女にすることやないで!
 私の正当な抗議を、ロッサ兄はいつも通りの飄々とした笑顔で受け流した。
「いつまでたっても、君は子供だよ。少なくとも、僕と義姉さんにとってはね」
「……うん」
 ちょう、照れるやないか。ロッサ兄は、自分の美形な顔でたまに口にするキザなセリフが、どんだけ人を動揺させるか、わかっとらん。そんなんやから、いまだに恋人も出来んのや。まあ、シャッハがおるからかも知れんけど。でも、無自覚なんはタチ悪いわ。
 そう思ったところで、もう一人の無自覚なタラシのことに意識が戻った。自然に口から言葉がこぼれおちる。
「大丈夫や、兄。心配せんでも、きちんと丸く収まるわ」
「おや、えらく自信満々だね」
「うん。だってなのちゃんがおるんやもん。大丈夫、心配いらんわ」
「やれやれ、うちのお姫様は、相変わらず魔王陛下に心奪われておいでだ」
笑うロッサ兄に、私はとびきりの笑顔を向けた。
「勿論や! 悔しかったら、なのちゃん以上の男気見せてみぃや!」
「ははは、これは一本とられたかな」
ふふん、と鼻で笑って私は胸を張った。

 なのはちゃんはヒーローや。意地っ張りで素直やないし、正義や良識なんて蹴り飛ばすけど、一番大切なことはしっかり知っとる。万能でも無敵でもないんは先刻承知や。でも、私にとって、なのちゃんはヒーローなんや。なのちゃんが失敗するんやったら、他の誰がやったって失敗する。なのちゃんのやることなら、私は信じて受け止められる。ちょっと見、理不尽なことのように見えてもや。
 だってそれが信じるってことやろ? 失敗も裏切りもしないってわかっとる相手を信じるんは、信じとるんやない、ただの計算の結果や。失敗するかも知れん、間違うかもしれん、そんな相手に全てを預けられることがホンマの信頼や。私はそれを、あのときに学んだ。グレアムおじさんが、私を生贄にするために大事に世話しとったって知った、あのときに。



 あのとき、私は「裏切られた」ってショックより先に、「ああ、やっぱり」って納得した。お金もくれる、手紙もくれる。でも一度も会いにきてくれへん。電話で話したこともないおじさんを、私は心のどっかで信じてなかったんに気づいた。何か下心があって、優しくしてくれてるんや、いつかその分を返さなあかん、そう心の片隅で考えとった。私のグレアムおじさんへの信頼は、与えてくれたものに対する対価としての信頼やった。そんな自分の計算高い嫌な部分に、はっきり気づいたんや。
 でもなのはちゃんは違った。一方的に与えるんやなく、メリットもデメリットも教えた上で、どうするか私に選ばせてくれた。ほとんど選択の余地がなかったことなんて、関係あらへん。そうしてくれる気持ちが嬉しかった。
 それに、建前で飾ることをせえへんかった。私によくしてくれる理由を聞いたときに、「グレアム達のやりかたが気に食わなかったから」って、それ本音やとしてもそのまま言うのって、どうなん? でも、遠くから送られてきた、耳触りのいい言葉を書き連ねた手紙より、目の前でぶっきらぼうに情のないことを言いながら、私のことを気遣ってくれた不器用な手のほうが信じられた。うちのベッドでなのちゃんに抱きついて一緒に寝た晩に、なかなか寝れんで寝たふりしとった私の頭を、こわごわと、下手くそな手つきで長い間、撫でてくれてた手のあたたかさを、私は忘れへんやろう。 


 そう、私がグレアムおじさんを信じたんは、援助をしてくれて、手紙だけでもやさしい言葉をくれたからや。でも、なのちゃんは違う。私にとって、なのちゃんは、見返りなしで信じられる相手やった。
 得体が知れんし、行動も怪しかった。ちょっとの付き合いで、悪企みもすれば隠し事もするタイプやって、直ぐに気づいた。おまけに、自分のやったことに弁解も詫びも一切せえへん。でも、なんの飾りもないその態度のほうが、かえって私には安心できた。私にくっついてる何かを見てるんやなく。私自身を見てるんやって感じられた。

 なのちゃんの倫理観が、どこか壊れてるんは気づいとる。法も良識もあの子にとって意味をなさん。ただ自分の心が定める規範だけに従って、彼女は行動する。けど、彼女が寄せられる信頼を裏切ることはない、見とってなんとなくそう思った。それに、なのちゃんに裏切られるのなら。なのちゃんになら。構わない。


 なのちゃんは、綺麗なことも汚いこともぜんぶそのまま背負い込んで、その上で前へ進む子や。とても強い子や。でも同時に、とても脆い。
 なのちゃんがどう思おうと、私はなのちゃんに救ってもろうたと思っとる。口でも何度もそう伝えた。でもなのちゃんは、それを受け入れられへんでいる。最初はそんなに気にすることないのに、と思っとったけど、やがて気づいた。なのちゃんは、私のことを大切やと思うてくれとるかもしれんけど、信じてくれとるわけやない。なのちゃんにとって世界は、いつもなのちゃん1人で全てを背負わなあかん、孤独な世界なんやって。

 それはとても寂しいことや。

 私はなのちゃんを見とると、遥かに高い空をどこまでも遠く飛んでいく鳥の姿が思い浮かぶときがある。誰もいない空を、独り飛んでいく孤高の鳥。並ぶものもなく、振り返ることもなく、休みもせずにただひたすらに高く遠く飛んでいく。けど、それで、なのちゃんは幸せを感じられるんやろか。
 きっとなのちゃんは、そんなことは考えとらん。あの子は、ただひたすら飛ぶことしか考えてへん。高く遠く、ただひたすらに。わき目も振らず、必死に。そんな姿を見とると、いつか、羽ばたく力で自分の翼をへし折ってしまいそうでハラハラする。

 なんでそんなに必死に羽ばたくのか。なんでそんなに生き急ぐのか。私はなのちゃんに聞いたことはない。多分、なのちゃん自身、そんな自分に気付いとらんと思うから。
 そんななのちゃんに、私がしてあげられるこというたら、信じたげることくらいしかあらへん。彼女がなにをしようが、それをきちんと受け止めたげる、ずっと傍にいてあげる、それくらいしかない。それがなのちゃんの救いになるときがきっと来る。私はそう信じとる。
 フェイトちゃんに聞いたことがある。フェイトちゃんもそう感じとるって。それでも、なのちゃんは独りやないってことに、いつか気付いて欲しいって。



 六課のことかて、なのちゃんがなにか裏をもって動いてることは、なんとのう感じる。カリム姉様に話した、管理局内の犯罪者の摘発だけやない、もっと別の、もっと後ろ暗いことや。相変わらず1人で抱え込んで、私にもフェイトちゃんにも話してくれとらんけれど。それでも、私はなのちゃんについていく。なのちゃんを信頼するって決めとるからには、私のすべきことは、この部隊の裏がなんであろうと、託された仕事をキチンとこなして、少しでもなのちゃんの気持ちの負担を和らげることや。


 私がフォワードの子らに教えた言葉がある。最初の顔合わせ、そのときの訓話の中でや。
「この部隊に期待されとる到達基準は厳しい。でも、私らがキチンと皆が力をつけられるよう手伝っていく。そして、みんなには、この部隊の果たすべき役割をこなすだけやなく、それを超えて、目指して欲しい場所がある。
 ストライカー。
 その人がおれば、困難な状態を打破できる、どんな厳しい状況でも突破できる。そういう信頼をもってよばれる名前や。それが、ストライカー。みんなには、それを目指して欲しい」



 あたしの本心や。そして、このひと月半ちょいの訓練で、この子らが、それだけの素質を持ってることも理解できた。なら、あとは目標目指して進むことを手伝ってやればいい。
 なのちゃんの助けになるように。そして、あの子たちがちゃんと、自分の道を戦っていけるように、な。




 

■■後書き■■
 ちょっと息切れしたので、休憩とらせていただきました。お待たせしてすいません。
 ただ、そのお陰か、久しぶりにしっかり書き込めた感触です。書き込みすぎて、くどいところもあるかもしれませんが、楽しんでいただけたら、嬉しいです。
 いまいち、調子が良くないので、今後もしばらく投稿ペースは乱れると思います。ご了承ください。

※前話で、けっこう軍事用語が出てきましたので、用語解説を「ウンチク的設定」に追加しました。わからない言葉があった方は、どうぞ。



[4464] 幕間2:ミゼット・クローベル 
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/06 11:57
 高町なのはちゃんね。リンディちゃんの子とグラシア家のお嬢ちゃんから、非公式に後ろ盾になってほしいって頼まれた部隊のトップの子でしょ。まだ、発足したばかりだけど、まあまあ順調にやってるようね。
 レジ-坊やがなかなか面白いことをやってるって聞いて、ちょっと調べたときに、中心人物の1人として名前が上がってたし、相当のやり手のようね。魔導師ランクも高いけど、それ以上に「組織」を使える子だ、って思ったわね。グラシア家のお嬢ちゃんやリンディちゃんの……んん、そう、クロノ君、って言ったかね。あの子たちとも仲がいい、っていうのは知ってたけど、後ろ盾になってやってくれ、って頼みに来るほどの関係とは思わなかった。まあ、微笑ましいことだね。
 預言のことは、そりゃあ気になるけど、下手にあたし達が動くわけにもいかないしね。あの2人が信頼して任せた相手に、期待するとしようかね。レジ-坊やも、助けてもらってる相手のようだしね。


 レジ-坊やといえば、随分昔、愚痴ってたことがあったっけ。
 各世界での「海」の行為のせいで、「陸」の人間まで嫌われて、現地政府との連携に支障をきたしてるって。あの子も青かったから、寝技や根回しも下手で交渉をずいぶん失敗してたっけ。結局、関係は好転させられないまま、ずっと来てたはずだけど。
 でも最近、あの子がいろんな世界の政府と付き合ってるっていうのは、その辺を改めてどうにかする気になったのかねえ。責任感の強い子だから、ゼスト坊を亡くして変に歪まないかなんて心配してたけど。うん、よかったよかった。
 これも、なのはちゃんのお陰なんだろうかね。本局の上のほうの子たちは、あまりいい感情をもってないようだけど、全体でみれば好意的に見られてるようだし。地上の方じゃ、英雄扱いだって聞くし。
 なんと言ったかね、そうそ、アマテラス、だったかね。あれを作るときのプロジェクトで知り合って、それからもいろいろやって、「陸」と「空」の関係を良くしていってるっていうしね。……愛人関係だのなんだの、くだらないことをいう連中はいつの時代もいるようだけれど。あの子がレジ―坊やの友達になってくれたおかげで、坊やが立ち直れたのなら、また、いつかお礼を言いたいもんだね。あたしでは、なにもしてやれなかったし。

 
 地上が安定してきた分、気になるのは、「海」と本局だね。

 地上はレジ―坊やが抑えて、いろんな次元世界と交流を深めてる。「空」も武装隊関係も、聞いた限りじゃなのはちゃんって子が、かなり現場を掌握してるようだしねえ。聖王教会とも随分仲がいいらしいし。「海」や本局の子たちの一部は、そんな「陸」への隔意を強めてるようだけど、むしろ、自分達のほうが孤立しかねない立ち位置なのには、気づいてるかしら。

 ……気づかないでしょうねえ。今の子たちは、次元世界との軋轢が激しかったころのことを知らない。管理局が嫌われてることも知らないだろうし。常に正義の旗の下にいて、いつも上の立場から他人を見続けていたら、自分のことを人がどう思ってるかなんて考えなくなるもんだ。自分が誰かに悪いことをしているかも、なんて発想自体が浮かびにくくなるからねえ。仮に気づいたとしても、正義の御旗があるかぎり、自分の態度を改めようなんて気持ちにはならないだろうし。……はあ。あたしたちの責任なんだろうね。管理局が絶対正義の存在では必ずしもないってことを、きちんと、伝えきれなかったってことなんだろうから。


 もともと管理局は、旧暦の未曾有の悲劇を繰り返さないようにするために設立された。だから、最初の頃は、仕事はロストロギアの探索と封印管理、質量兵器の撲滅だけ。「悲劇を繰り返すな」を合言葉に、随分無茶をやったもんだって、入局したての頃、局設立以前から活動してた先輩達から聞いたもんだ。
 エネルギー源として活用されてたロストロギアを回収されたために、数億規模の凍死者・餓死者が出て、その後の内戦と治安の悪化で、文明レベルが大きく後退した世界。国宝として代々伝えられてたロストロギアの譲渡に同意せず、管理局に挑んで敗北した国家が、その世界での強国だったせいで勢力バランスが崩れて、戦乱の時代に沈み、いまもまだその泥沼から抜け出せない世界。
 そんな悪夢のような仕事の中を、ただただ次元世界に破滅をもたらさないために、滅ぶよりはましな被害で抑えるために、先輩たちは歯を食いしばって駆け抜けてきた。旧暦時代の悲劇の記憶を骨身に刻んで覚えている諸世界も、その行動と管理局の設立を支持した。隠しきれない嫌悪の情を持ちながらね。若い頃に任務で行った有力世界で現地の人たちから向けられた、嫌悪と軽蔑の視線は忘れられないよ。先輩局員に理由を聞いてあたしは愕然としたもんだ。あのころのあたしは、正義というのは染み一つなく、燦然と輝いて誰もが讃えるものだと思ってた。血と慟哭と憎しみを糧に打ち立てるものだなんて、思いもしてなかった。

 それでも、いや、ひょっとしたらそれだからこそ。いろいろと耐えがたくなったんだろうね。やがて、各世界は、管理局に対して、次元世界の治安維持に協力するよう要求し始め、渋々ながらも幾つかの政治的取引と引き換えに管理局はそれを受け入れ。さらに時が過ぎるうちに、各世界の自然保護や文化保護まで管理局が手を出すようになっていた。その頃には、地上本部は各世界の治安維持に重点をシフトしていて、管理局の設立の理念に忠実な本局や「海」とは、目指す方向も、心情的にも、あわない組織になりはじめてた。
 そして、各世界の政府も人の入れ替わりが進み、悲劇への意識が薄い人たちが増えて、「悲劇を繰り返すな」という言葉一つで諸世界の同意を得られる時代じゃあ、なくなっていった。


 150年前に戦乱を収めたときは、管理局の前身と諸世界は一体だった。管理局が正式に設立された頃も、各世界とは心通じる同士だった。それがいつのまにか、それぞれの大事なものができて、想いがすれ違うようになり、人も入れ替わり記憶も薄れ。軋む音ははっきりとした軋轢になり、やがて潜在的な対立になり、かつて理想を共にしたあたしたちは、今では、バラバラになるのを何とか無理に押さえ込んでるような状態になってる。


 いつからこうなってしまったんだろうねえ。


 少ない人をやりくりして管理局が、広い次元の海を走り回って全ての災害を抑えようと思ったら、能力ある個人に大きな権限を与えて、自由に活動させてその能力を最大限発揮させるようにするしかなかった。それは間違いではなかったと思うけれど、結果的に、規則の無視や恣意的運用、独善的行動や内政干渉的行為なんかが頻発するようになった。でも、本局はそれをとがめない。それどころか、むしろ果断な処置だと称揚する。上層部の役職が、「海」の高位士官の退艦後の受け皿になってるんだから、当然といえば当然だろうけど。
 同じ価値観、同じ経験をしているんだから、「海」の「現場の判断」を擁護するのは当たり前。それが、現地政府の不快を招き、抗議を生むことに、内勤になって初めて気付く子もいるだろうけど、「次元世界を守るために」「ささやかなこと」だと切って捨てる。切り捨てられた現地の不満と怒りがどうなるのか、考えもせずに。むしろ、「頑迷で自分の利益しか考えない」人間に、広い視野を持つように、正しく物事を判断するように言い聞かせて、「迷妄な人間の視野を開かせた」と満足する。相手が、一面的にしかモノを見ない、ひとつの価値観に凝り固まって疑いもしない態度に絶望し、そんな子たちとの交渉の時間を惜しんで、自分達の世界で自分達の責任を果たすために抗議を切り上げるのだとは思いもせず。私たちの背後に、ずらりと並ぶ、アルカンシェル装備可能な次元艦の数を見て、血の涙を飲んで引き下がるのだとは思いもせず。
 今の子たちのやりようを見かねて、何度か、やんわりと注意したときの、相手のきょとん、とした顔をよく覚えている。自分の行為に、思考に、なんの疑いも持ったことがない、まるで子供そのものの顔だった。


 昔の先輩達は、歯を食いしばって地獄のような任務を果たし続けながらも、それでも失われていく命を、自分達の行為で閉ざした未来を、心に焼き付けて戒めとする覚悟があった。誇り、と言っていいだろう。
 今の子たちは、失われた命を嘆きながらも、それを「必要なことだった」「最小限の犠牲だった」と口にして憚らない。かつての時代なら、そんなことを口にした途端、「恥をしれ」と殴りつけられたものだけど。力が足りず、或いは次元世界全体のために、たしかに命を切り捨てることは少なくないけれど、そんな理由は命を切り捨てることを許可する免罪符にはならないのだと。切り捨てられた側にはなんの意味もないのだと。その自覚が失われていったのはなぜなんだろうね。


 70年以上経った。悔恨と絶望を背負いながら、それでも止まらずに走りつづけるあの人たちのあとを必死で追いかけた雛鳥の頃から。独り立ちしてからも、心に刻まれたあの人たちの背中を追って、走りつづけてきた。そして、気がついたら、ついてきている子は誰もいなかった。

 誰だって、自分の罪を意識しながら、それを背負ってなお罪を重ねる道を行くのは辛い。当たり前のことだ。けれど、あたしたちは先人たちの背中を追いかけて走ることに必死で、そんなことにも気付かなかった。管理局に入るということは、そういう地獄を背負うことだということを、仕事をこなすうちに、当然理解して覚悟を定めていくだろう、そう無意識に思い込んでいた。ただ正義をおこなうことだけを考えて、それに伴う血や涙や怨嗟のことを頭で理解するだけで心に刻もうともしない子たちが主流になるなんて、想像すらしていなかった。
 70年以上、経った。世間の人間の意識が変わるのに十分な時間だったんだってことに、この年齢になって気付いた。


 そして、もう遅い。あたしの言葉は老人の繰言として片付けられ、自分の正義を疑わない子たちが、先輩達が苦悩しながら敢えて顔を上げて通った道を、堂々と当然の行為として歩く。犠牲を強いられる側も、かつての災厄の記憶はなく、ただ眼前で踏みつけられる誇りと権利、切り捨てられた人生に目が行って。その認識の違いが余計に両者の理解を妨げる。何もしないくせに自分達の都合は声高に叫ぶ、頑迷で勝手な夢想家たちという認識と、正義の名を騙って犠牲を生み出して省みない、傲慢な卑怯者たちという認識と。


 なのはという子とはね、実は会ったことがあるんだよ。非公式の後見を引き受けたあとに、内密に、一度だけ挨拶に来た。
 目が先輩達に似ていたね。背負う罪を知ってる目だ。背負う覚悟がある目だ。それでも進むことを選択した目だ。
 今も、少数ながら、あんな子たちがいる。なら、まだなんとかなるんじゃないかと思う。思いたいのかもしれないとも理解してるよ。
 あたしの言葉は敬われても聞き入れられず、権威ある役職に就いていても権力はなく。それでも、まだ未練がましく、管理局にいるのは、信じたいからかもしれない。あの頃の、先輩達と駆けた道を、同じように駆けていってくれる子たちが出てきてくれるんじゃないかってことを。あの、絶望と誇りの悪夢を、駆け抜ける気概のある子たちが、あの理想を引き継いでくれる子たちが、現れてくれるんじゃないか、ってことを。

 ああ、わかってるよ、あんたたちを責めてるわけじゃない。ただの年寄りの愚痴さね。でも、できれば覚えておいて欲しいね。そういう時代があって、そういう過去があって、その上にあたしたちは立ってるってこと。悲哀と憎悪の海に、死と誇りと尊厳を積み上げて、それらを踏みにじるようにその上に立ってるんだってこと。忘れちゃいけないよ。事務方とはいえ、あんたも、管理局員の一員には違いないんだからね。知らないといっても、関係ない部署だといっても、管理局の1員というだけで、管理局の業はあんたにも絡みついてるのさ。
 ……ふふ、おどかしすぎたかね。ああ、もうこんな時間だ。さて、次はどこの集まりに顔を出すことになってたかしらね。教えておくれでないかい?
 


■■後書き■■
 書いたけど、投稿するか、かーなーり、迷いました。本編の背景を理解するにはいいけど、ここまで作者が設定して書くって、読み手の楽しみを削がないか? まあ、近頃は、突っ込まれないように、いらんところまで細かく設定して話を書くようになってるのでその流れで手をつけましたし、事態の中心に絡んでない目での状況説明もあったほうがいいかもという気もあったので、結局上げましたが。うーむ。

 次回は、本編に戻る予定。舞台は、ホテル・アグスタ。やっと、始まりの鐘が鳴る。



[4464] 二十三話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/12 21:44
 愛想笑いを浮かべすぎて、顔の筋肉が痛い。広告塔としてのインタビューなら慣れたもんだが、今日は、それなりの名士相手の顔つなぎだ。笑いの種類も、浮かべる回数も比較にならない。本来なら、こんなのはレジアスの仕事の領分なんだが……。ここ、ホテル・アグスタで開かれるオークションに出品される品物に、ガジェットが誤反応して襲撃してくる可能性があるとのことで、警備命令が六課に回ってきたついでに、名士連中との顔つなぎもおこなっておくことになったのだ。というか、「してください」とオーリス嬢に言われた。目が笑ってなかった。あれは逆らえん。


 だいたい、どういう分析でどんな品物が狙われるという推測が出たのか。そもそもそんな推測が出た以上、品物はある程度特定できてるはずだが、それの移送中に襲撃される可能性はないのか。警備は専門の部隊に任せて、本当にガジェットが出たときに対応する準備だけしとけばいいんじゃないのか(なんのために、機動部隊を名乗るだけの機動力を揃えたと思ってるんだ)とか。様々に思うところはあったのだが、クロノ経由での指示とくれば、下手に断ればクロノの顔が潰れる。ただでさえ、名門のエリートで出世頭の上、俺と親しいという隙まで持つアイツは、本局内での身動きに気を配らなくちゃならんのに。
 アイツが妬まれて出世コースから外れるのは別に構わんが、アイツは今や、本局内で俺や「陸」に好意的とまで言わなくとも中立的な立場の連中の、象徴的存在になりつつあるからな。今の時点で、下手に勢力争いを激化させたくない。結果、俺はレジアスにとりなしの連絡を入れ、クロノには、正規のルートで命令が降りるよう取り計らってもらうという、なんとも俺らしくもない気遣いをした上で、こんなところに来る羽目になった。

 いや、警備任務だけなら、まだ構わなかったんだがな。胡散臭い命令だし、部隊長が前線に出るってのもどうかと思うが、まあ、その辺はまだ対応可能な範疇だろう。問題は、オーリス嬢に、
「この機会に、高町一佐も名士の方々と、顔つなぎ程度はしておいてください」
と言われた、というか命令されたことだ。無論、最初は断ったんだが、結局、従う羽目になった。
 了承したら了承したで、ドレスに化粧、ヘアメイクと、彼女とその手下ども(アルトとかアルトとかシャリオとか)に、散々にいじられ弄ばれた。あげくに、
「それらしい格好を整えたんですから、それらしい言動をしてきてくださいね。私の力作を無駄にするようなことは、勿論なさらないですよね」
と至近距離から、笑ってない目で微笑まれたら、頷く以外の選択肢はなかった。俺に巻き込まれるようにして同じ目にあった、ハヤテとフェイトには悪いとは思うが、ああいうときのオーリス嬢に逆らうのはやばい。俺に出来たのは、綺麗に仕上げられて車に放り込まれてから、ハヤテ・フェイトと顔を見あわせて、互いに乾いた笑いを浮かべることだけだった。

 
 そんな経緯があって、オークションの始まる前にとられた軽いパーティの時間に、俺は慣れてないし好きでもない、いわゆる「社交」をおこなっているわけだ。ホテル・主催者側との警備体制や連携の打ち合わせは、先日すませてあるが、今の時間帯は、オーリス嬢とヴィータに丸投げの状況になってしまっている。まあ、あの2人なら、そうそう心配することもなかろうが。

 しかし、改めてあたりを見回すと、この規模の会場とこのレベルの要人の集まりの警備に、いくら高ランク魔導師がいるとはいえ、戦闘要員が10人に満たない部隊をあてがうのは異常だ。襲撃を予測した根拠の不明朗さといい、俺の追い落としを狙って、本局サイドが仕掛けてきたのか?
 今は疑いでしかない考えを心にしまいつつ、俺は会話を続けながら、会場内の人々の様子をチェックしていく。
 ちなみに、ハヤテはさすがに、グラシアの名を持つだけあって、それなりに慣れた様子で振舞っているが、フェイトは結構テンパってるようだ。
 というか、あいつのほうは若い男どもが群がって、俺のほうには特に身なりに金掛けてる年食った男女が輪をつくるってのは、どーいうことだ? 別にもてたいとは思わんが、納得いかんぞ。
「あの高町一佐、少しいいですか」
思う俺に、背後からおずおずとした声がかけられた。営業スマイルを浮かべたまま振り向いた俺は、思わず固まった。周囲の連中が口々に騒ぐ。
「おお、ユーノ先生! お仕事ひとすじかと思っていたら、なかなか隅におけませんな」
「あらまあ、美男美女でお似合いですわね。まあまあまあ♪」
囃子たてる外野を無視して、俺はなるべく自然な声を出した。
「なんでしょう、スクライア教授」
実に10年ぶりの再会だ。


 事前資料でユーノ・スクライア・クラナガン大学考古学教授の参加は把握していたが、だいぶ昔のことだから忘れられているんじゃないか、と思っていた。というか希望していた。しかし、どうやら、しっかり覚えていたらしい。
 いまや、気鋭の考古学者として、学会の若手の第一人者として、押しも押されもせぬ立場を築きつつある男だ。名士たちにも顔が広いらしい。昔の俺の、彼への扱いを蒸し返されると、少々やばい自覚のある俺としては、微妙な対応をせざるをえない。
 だが、ユーノはそんなつもりは欠片もないのか、周囲からの問いかけに、昔、発掘品の関係で少しばかり一緒に行動したことがあるんです、などとにこやかに答えている。……当時から、ちとやばいくらいのお人よしだったが、10年経ってもその辺は変わってないのか? 大学教授なんて、ドロドロした世界だと思っていたが、よくもやっていけてるもんだ。


 周囲が嬉々として気を回して、俺とユーノは、とりあえず、2人で話をすることになった。
「……久しぶりだな」
「うん。なのはも元気そうでなにより」
どこか陰がありながらも、人畜無害なお人好しの笑みを浮かべるユーノ。
 沈黙が流れる。決して俺達の関係はよかったとは言えないし、その関係のまま別れて、もう10年が経つ。何年か前にアリサと再会したときは、彼女のアグレッシブさがそんな壁を吹き飛ばしたが、こいつにそんなパワーはなさそうだ。だが、そんな気まずさを踏み越えて、わざわざ俺に声を掛けた。一体何の用だ?

「……なにか、話が?」
「…ええ、その……。謝りたいと思って……」
「謝る?」
「……ずっと思ってたんだ。あのとき、僕がもっとしっかりしていたら、君を巻き込まずに済んだんじゃないかって。君を、平穏な生活から引き離さずに、君の故郷で家族と一緒に暮らす日常を送らせてあげられたんじゃないかって」
「……」
「だから、ごめんなさい。謝ってすむことじゃないけど、謝ることさえ、あのときの僕は出来なかったから……」
 俺は苦笑した。頭を深く下げているユーノには見えなかっただろうが。
 もし、この言葉を、入局して間もない頃、そう、精々2・3年しか経っていないころに言われたとしたら、俺はどうしていただろう。だが、仮定は仮定でしかない。実際には、10年の時が経ち、目の前にはその間ずっと罪悪感を抱えてきたお人よしがいる。俺は静かに口を開いた。
「謝る必要はない」
「……そう。そうだよね。謝ってすむようなことじゃ」
「そうじゃない」
自虐的なユーノの言葉を遮る。
「運命は、ときに人の形をとって訪れることがあるそうだ。俺にとっての運命が、お前だったんだろう」
「う、運命……?」
「いま、俺は次元世界に住んで、次元世界で生きている。この10年をこの世界で過ごしてきた。その間に、託されたものも、踏みにじったものもある。背負ったもの、背負いつづけるべきものがある。この10年は、紛れもない俺の生の一部だ。今はもう、それがなかったとしたら、などと考えることはない。悔やむこともない。……そういうことだ」
「……」
「謝る必要はない。
 …それにそれを言えば、俺も当時のお前への八つ当たりを謝らなくちゃいけなくなる」
「あ、あれは君の正当な権利で…!」
「八つ当たりに正当性なんぞない。あの頃も思っていたが、お前はすこし内罰的すぎるな。もう少し図々しくていいと思うぞ」
「…そ、そうかな?」
「ああ」

また沈黙が流れた。だが、今度の沈黙は、さきほどのような、いたたまれなさを感じさせるものではなかった。
「そ、その」
「うん?」
「今日の基調講演と、出品される品物の解説は僕がするんだ」
「知ってる」
「……う、うん。それでね。僕も、この10年、いろいろとやってきたんだ。なのはほどじゃないけど。まだ、十分に胸は張れないけど。それでも、こういう場での話を任されるくらいにはなった。なのはが遊びで来てるんじゃないって知ってるけど、できたら、話を聞いていてほしいと思うんだ」
俺は思わず、くすり、と笑った。
「なのは?」
「いや……。お前の話を聞けるのを楽しみにしてる」
「……うん!」





 ユーノとの予期せぬ邂逅のしばらくあと。

 とりあえず、オーリス嬢に押し付けられたチェックリストの連中と一通り話、というか一つの言葉に2重3重の意味を含んだ気の休まらないやりとりをし、その他の有象無象共とも如才なく挨拶を交わした俺は、やや、場の雰囲気が落ち着いているのを見て、適当な口実を口にして、人の輪を抜けた。

 ……疲れたよ、ほんと。できないわけじゃないが、こういうやりとりは神経を使う。


 部屋の端の、なるべくめだたないところで、一息ついていると、カツカツと足音が近づいてきた。おいおい、いい加減にしろよ、と思いながら、ちらりとそちらを見やる。かすかに自分の目が細まり、瞳孔が収縮するのを感じた。見るからに上等な生地を使った、仕立てのいいスーツ。ただし、色と柄は悪趣味としか言いようがない。友好的な笑みを浮かべた、まあ美形と言えなくもない男は、俺の間近まで近づいて、声を掛けてきた。

「やあ」
「ああ。元気そうだな」
「君も。活躍は聞いているよ」
俺は肩をすくめた。広域次元指名手配犯、ジェイル・スカリエッティは、俺の傍らで立ち止まると、静かに俺を見下ろした。目だけを動かして、見上げる俺。交わる視線。スカリエッティが口を開く。
「「遊び」をはじめるよ。待たせてしまったかな?」
「いや。このあいだ、挨拶ももらったしな」
「ああ! 気に入ってもらえたかな。使った道具はガラクタだけど、シチュエーションはそう悪くはなかっただろう?」
うきうきと、子供がプレゼントを渡した相手の反応を知りたがるように、顔を輝かせるスカリエッティ。まあ、プレゼントには違いないな……悪趣味だが。
 率直な感想を伝えてやると、目に見えて落ち込んだ。ガキかこいつは……いや、ある意味ガキなのか。縛られ、生きる方向性まで弄られ、その道から逸れることもできずにここまできたのだから。
 かすかに憐憫の情が湧くが押し殺した。こいつにも礼を失するし、こいつの犯した陰陽の理を破る行為を考えても、憐れみをかけられるべきではない。……割り切れんものはあるがな。

 所詮、絶対の悪などこの世には存在しえないのだろう。前世の頃から、言葉で、経験で、徹底的に叩き込まれた陰陽師としての心得が囁く。だが、相手が悪でなくとも、抹殺せねばならないなら欠片も残さず始末するのが陰陽師だ。善だの悪だの、人間の基準が入る余地はそこにはない。
 だが、抹殺までに猶予の時間を得られるときに、少なくない陰陽師がそうするように、俺は処分対象に声をかけた。己が滅ぼす存在のことをより深く知り、その生と死を心に刻むために。
「それで? どうなんだ最近は」


 うずくまって、なにやらぶつぶつ呟いていた男は、かけた言葉に反応して素早く立ち上がると、モデルのようにポーズを決めて、喋りだした。……ひくぞ、おい。
「ああ。なかなか順調だよ。もともと研究自体は峠を越えていたしね。いまは、それを形にする段階の、それも終わりに近い」
先日、こいつのラボに忍び込んで、仕込んでいた式を回収し、新しい式を仕掛けてきた。だから、だいたいの研究の進捗と研究内容は把握してる。詳細な内容は専門的過ぎて、分析も理解も出来てないが。
「戦闘機人か。人を超えるヒト。前にも聞いたが、なぜ、そんなものにこだわるんだ?」
「君のように高ランクの魔導師にはわからないかもしれないね。ヒトという生命がどこまで進化できるのか、どこまで行き着けるのか。その可能性を見てみたい、そして可能なら自分の手でその可能性を実現させてみたい。研究者なら、誰でも思うことだよ」
 夢見るような瞳で、熱をこめて語るスカリエッティ。そこには邪悪さの欠片もなく、子供のように無邪気で無心な情熱だけが見てとれる。
 もっとも、俺には同意できない発想だ。高ランク魔導師だから、と一括りに切り捨てられるのは気持ちのいいものではない。魔法に重きをおいていない俺には、なおさら。人間の価値は、そんなところにあるんじゃないとなにかが叫ぶ。
「お前が思っているよりも、人は強い。特殊な力も奇跡も必要ない。人に、そんなものは必要ない。人はその方が、ヒトらしい」
「それは持てる者の視点だよ。世の中の大多数は、“特別”を求める絶対的な弱者から成り立っているのさ」
悪意なく、くすくす笑いながらスカリエッティが言う。
 だが、決してそうではない。
 持たざるものであろうと。あがき、苦闘して、叶わぬと言われた事象を踏破してみせる。それが人間だ。不可能を可能にするのは、人智を超えた化け物を打倒するのは、いつも人間なのだ。

 だが、反論はしなかった。前世や転生のことを話す気はなかったし、非力非才を嘆かずくじけず闘いつづけた連中を知っているのと同じように、持たざる自分を理由にあきらめた、数知れぬ人間達のことも俺は知っている。こいつの言葉を、全くの間違いだと言い切れるだけの根拠を、俺は持たない。

 それに。


 外法であろうと力を求める。前世の俺とどこが違うものか。俺は、波立つ心を抑えるように、静かに目を閉じた。


 俺の反応をどうとったのか、スカリエッティは、わずかに間をおいたあと、話題を切り替えて言葉を続けた。
「……あの時からしょっちゅう考えていた。君との再会はどんなものになるのかと。
 恐怖と絶望の叫びを背景に、必殺の攻撃を挨拶として交わすのか。欺瞞と虚飾の只中で、言葉の刃をもって互いの隙を窺うのか」
「…実際に再会してみての、感想はどうだ?」
「空想していたときは、あまり心躍るパターンではなかったのだが……実際に経験してみると、悪くないね。うん、悪くない」
俺は軽く肩を竦めた。
 この男の執着も嗜好も理解できなくはないが、やはり狂っている。そしてその狂気が浮き彫りになる程度には、こいつはまともな部分を残している。あるいは、俺がもっと早くこいつと出会っていたら、俺達の未来は違ったものになっていたのだろうか。らちもないことを考えかけ、俺は芽生えかけたその想いを素早く押し潰した。時間は巻き戻らない。仮定に意味はない。すでに、俺とこいつの関係は定まっているのだ。
 そんなことを思う俺をよそに、スカリエッティは、穏やかな好意に満ちた声で、俺に告げた。
「今日も、「遊び」の開幕を祝って、簡単な余興を用意してある。楽しんでもらえると嬉しい」





 悠然と靴音を立てて去っていくスカリエッティを見送ると、俺は、六課に割り当てられている周波数で、念話を飛ばした。

(機動六課各員、そのまま聞け。たった今、当会場に対する襲撃予告があった。グラシア隊長は直ちに屋外に出て、索敵と迎撃の指揮を執れ。ヤガミ副隊長は現在までの状況をまとめて、すぐ隊長に引き継げるように準備を。捜査係は所定の遊撃位置につけ。敵の情報を確実に入手しろ。グラシア隊長の要請があれば、迎撃を応援しても構わんが、メインは襲撃犯の情報を得ることだ。職分をきちんと意識しろ。
 私は、屋内でホテル側警備陣と連携して、要人の警護にあたる。ゲイズ三佐は出張班を含めて、ロングアーチを指揮。武装・捜査両係との連携と支援を。必要に応じて上位指揮権の行使を認める。両係の者は、上位指揮権行使を明言された場合、ゲイズ三佐の指示に従うように。
 以上だ。なにか質問は?)
了解の返事が続々と返ってきた。やれやれ、今日はいろいろとせわしない日だ。
 脳裏に一瞬、ユーノとの会話と彼の嬉しそうな笑顔が過ぎり。すぐに消えた。


 歩を進めながら、俺は、前線指揮所として引っ張ってきた指揮車両の責任者のグリフィスに、天照と連携しながら戦域管制をとるよう命じ、隊舎に残したオーリス嬢にはバックアップとして、磐長媛命にアクセスして、より広域の探査と詳細な情報の解析をおこなうよう命じた。その指示を下しているあいだに、オークション会場の外に出た俺は、すぐにシステムデバイス「阿修羅」を機動し、搭載のセンサーで、建物内部と建物の周囲10m程度の範囲の監視を開始する。精度は低いが、数十cm程度のサイズの物体の侵入は感知できる。そもそも天照があるのだから、保険以上の意味はない。
 まあ、スカリエッティのことだ。こちらの優位を崩す仕掛けくらいは準備しているだろう。機動部隊が攻勢防御でなく、拠点にしばりつけられての防衛戦に引きずり込まれるには、普通に考えれば、なんらかの仕掛けがいる。スカリエッティは「余興」と言っていたから、それほど極悪な引っ掛けはないだろうと思いつつ、ホテルの警備管制室に向かった俺の予想は、数分もしないうちに、現実のものとなった。



 警備室に移動して、ホテル側の警備責任者に対し、状況を説明している最中だった。

 俺の前にウィンドウが開く。いや、開いたのだが、画像が乱れ、ウィンドウ自体も形を揺らがせ、ときに消滅したりしながら、辛うじて、それがグリフィスからの連絡であることが判る程度だった。
「……長………が…………連絡…………せん! ………ア……との…………も…調! ……を!」

 ジャミングか! 

 しかし、上から部隊に割り当てられた周波数が干渉を受けているとなると……。
 俺は、ジャミング対策用の秘匿帯域とプロトコルで指揮車との念話交信を試みた。しかし、それも先ほどと同じように、ノイズが酷く、まともに話が出来ない。俺は軽い舌打ちとともに、呆れの感情を禁じえなかった。

 念話はジャミングされることが多いから、普通の部隊は、通常の使用帯域のほかに、ジャミング対策用の秘匿帯域と対応したプロトコルを持っている。だが、それすら、ジャミングされている。ここまで的確に、ジャミングをかける周波数帯域と通信方式を選択している以上、情報漏洩は確実だ。
(さて、ならコイツはどうかな?)
俺は頭のなかで、もう一度、念話の周波数帯域とプロトコルを切り替えた。
(六課各員、聞こえるか? 聞こえるようなら、今後の念話はこの特殊帯域を使用しろ)
戸惑ったり、気合が入ったり、それぞれの個性が出た返答が帰ってくる。グリフィスからは、泡を食ってこの念話帯域の存在を忘れていたことを詫びる、恐縮した口調の念話が入ったが、反省はあとにしろ、と叱り飛ばして職務に戻らせた。


 その隊に割り当てられた周波数帯域と、ジャミング対策の秘匿帯域は、各部署との重複を避ける意味もあって、使用するプロトコルと共に、上位部門への提出を義務付けられている。だが、俺がいま使った帯域は、上に提出していないもの。AMF対応を口実に、六課の前線要員と指揮官級のあいだでのみ取り決めた、特殊帯域。
(ふん、上に出した周波数帯域にジャミングが掛けられていて、出してない周波数帯域には掛けられてないというだけで、情報漏洩の疑いを、六課の上位組織たる本局にかけられるんだがな。)

 思いながら、グリフィスから、天照との情報のやりとりもジャミングを受け、直ぐにはラインを確保できそうもないという連絡を受ける。とりあえず、入手できる範囲の情報だけで管制をおこなうよう指示すると、今度はハヤテとフェイトの2人に限定して念話をつなぐ。
(ハヤテ、フェイト。念話だけでなく、天照との通信もジャミングを受けている。恐らく、出力のかなり大きい装置を使用しているはずだ。発生装置の破壊と、その周辺にあるだろう、敵襲の管制役の痕跡を辿っての捕縛任務を頼みたい。職分で言えば捜査係だが、戦況による。そちらの判断はどうだ?)
(うーん、とりあえず、今の感じなら私らだけで問題ないわ。フェイトちゃん行ける?)
(私は大丈夫。ギンガはおいていくから、ハヤテの直卒に組み込んでくれる?)
(了解や。それでええかな、なのはちゃん)
(ああ、頼む。フェイト、ゲイズ三佐のほうで広域走査とその解析をかけているはずだから、情報を確認しろ。それと、装置の破壊以上に、相手の姿や能力を確認することが大事だ。目立つ機動をして、取り逃がさんようにな。)
(うん、了解。ライトニング1、別行動に入ります! ライトニング2はエアー1の指揮下に入って!)
そこまで聞いて、俺は念話を切断した。あとは、それぞれに任せておいていいだろう。俺は、念話の間、それと察してじっと待っていてくれた目の前の責任者に謝意を込めて笑いかけると、改めて状況の説明を開始した。

 現在のガジェットの出現数とこちらの対処能力がそれを上回っているとの判断。遊撃がいる可能性があるので、客の避難は現時点ではおこなわないほうがよいこと。客に状況を知らせると、パニックになったり、特権意識を振りかざして防衛体制を混乱させる人間が出かねないので、最終防衛ラインに到達する敵の数が増え始めるまでは、知らせないほうが良いのではないか、という提案。
 責任者は、時折質問や確認を挟みながらも、こちらのスタンスに全面的に同意してくれた。事前の打ち合わせをおこなったとはいえ、彼のような熟練の人間がここまで素直に意見を聞いてくれるのはありがたい。自分の職分と能力の限界を明確に把握して、それ以外についてはこちらを見た目で判断せずに、冷静に信頼してくれる、プロというに相応しい態度だ。逆に言えば、打ち合わせで彼らの担当区域と定められた、ホテル内部といざというときの避難径路確保については、かなりの信頼度をもって任せられる。


 ホテル内には、巡回の強化、カメラとセンサーの使用により、ある程度の網が張られている。とりあえず、六課としては、大物を通さなければいい。この警備管制室には、屋外も映し出すカメラがあるが、それよりも詳細で的確な情報を、俺は得られる状態にあった。


 「ヘカトンケイレス機能拡張Ⅰ型」、別名、統合武装システム搭載型。正式名称「阿修羅」。それを起動している俺は、戦域情報の把握には、指揮車からのダイレクト・サポートを受けられる状態にある。

 元々、指揮官が使うことを想定して設計されたヘカントンケイレスや、その高級機である阿修羅には、陸士隊の共通規格の指揮車と情報をやりとりするための仕組みが組み込まれている。指揮車は、天照や磐長媛命との情報のやり取りで、より膨大で精確な情報を管制できるが、指揮車単体でも、自車に搭載しているセンサーと、随行する車両に搭載されている可搬式センサーとで集めた情報で、最低限の戦域管制はこなせるのだ。そして、指揮車のコンピューターで解析された戦域情報は、阿修羅側で遮断の処置をしない限り、指揮車からオートで送られてくる。今も、人間の脳に過負荷をかけないよう、阿修羅が手を加え簡素化した情報が、俺の脳裏に映し出されていた。


 防衛線は、大きく2手に分かれ。ガジェット数の多い戦域で、ヴィータが突出して手強い敵を中心に数を減らし連携を乱し、新人4人が、抜けてきたガジェット群を殲滅している。リィンフォースとギンガが、別方面から来ているガジェット群に対処している。ギンガは経験では新人達とは比べ物にならないし、リィンの指示と支援も的確で、2人で楽々と防衛線を維持している。そして、双方の戦域全体を俯瞰するように、統括指揮官として、最終防衛線として、ハヤテがシュベルト・クロイツを手に、宙に佇んでいた。 
 AMF対策として優先的に叩き込むよう指示した、地形や作成したバリケードによる簡易野戦陣地を活用した戦術に則り、陣地からの支援と指示をおこなうティアナとキャロ、機を見て突出し撹乱・撃破するエリオとスバル、おおきく先行した位置でガジェットの連携を崩すヴィータ。
 事前にシミュレーションで検討し策定した戦法をなぞり、着実に成果をあげている。2方向からの進行だが、特に問題なく対応できているようだ。ハヤテが魔法を放つ必要がないくらいに。


 阿修羅の処理能力では、それぞれの存在は点とコールサインと保有魔力量くらいしか表されないのだが、それでも、部隊の連携を計る程度なら、十分だった。

 ……悪くない。ヴィータが敵の陣列を乱していることもあるだろう。ギンガやリィンフォースの指示やフォローもあるだろう。だが、数の暴力と言う、戦意をくじくのに最も有効な戦術をとっている襲撃者側に対し、小競り合いではすまない、本物の戦闘を初めて経験している新人達は、的確に対処し、俺の把握できる様子では、動揺や取り乱すような動きは一切なかった。連携の不備は、ところどころ目に付いたが、実質2回目の実戦で、ここまでやれれば、上出来と言っていい。俺はかすかに頬を緩めた。……その直後、新たに発生した問題への対応で、戦況の観察からマルチタスクの主流を離したことが、良かったのか悪かったのか。いずれにせよ、過去は巻き戻せず、生じた結果は変えようがない。



 新たな問題は、またしても指揮車から伝えられた。ウィンドウから、アルト・クラエッタ通信士が慌てた声で報告する。
「指揮車のコンピューターがハッキングを受けています! ……え、嘘…もう、完全に乗っ取られたの?!」
「うろたえるな! 守るべき民間人の前で、醜態だぞ。
 ロウラン准尉以下、出張管制班は、システムを回復できないか試せ。うまくいかなくてもいい、試した方法とそれに対する反応や効果を記録していけ。次に同じ轍を踏まないためにな」
一気に室内から不安満載の視線が集中し、己の仕出かした失態に気付いて、さらにパニクリかけたクラエッタを一声叱って正気づかせ、なだめるように声をかけながら、同時にロングアーチに向けてウィンドウを開く。
「三佐。ロングアーチには指揮車へのハッキングの経路と手法を調査・記録させろ。可能なら、敵の予測位置を割り出せ。だが、最悪、今回は敵に譲って構わん」
オーリス嬢が返事をする前に指を一つ鳴らして、2つのウィンドウの横に、もう一つウィンドウを開く。
「ヴァイス! ヘリを上空に上げて旋回機動をとれ! 私の阿修羅とヘリ搭載の機器を連動しての広域走査をおこなう。三佐、解析及び管制はロングアーチがとれ。状況マニュアルのC「隊舎襲撃」のケース3を応用して対応。訓練の成果を見せてみろ!
 ヴァイスは目視での注意も怠るな。気を抜いて、撃ち落とされるなよ」
「はい」
「了解であります」
生真面目な表情のオーリス嬢の返事と、にやりと人を食ったような笑みを浮かべて、敬礼とともに返答するヴァイス。すでに、ヘリは屋上から浮上し、さらに上昇しようとしている。経験の少ない人員が多い六課では、コイツのような、多少規律にゆるくても、突発的な事態に慣れていて、余裕ぶった態度を保てる存在はありがたい。

 そこまで、指示を出し終えてから、ウィンドウを閉じ、俺はゆっくりと静かな目で室内を見渡す。狼狽したクラエッタの様子に浮き足立ちかけた室内も、いまのやりとりを聞かせたことと俺の態度で、大分収まったようだ。
 動揺の種を完全に押さえ込んでおくべく、口を開く。
「ご心配なく。統制はすぐに取り戻します。もともと個々の戦闘能力の高い人材で構成されている隊ですから、大量に突破されるようなことは、統制が短時間乱れても許したりしません。統制が回復すれば、それこそ一体たりとも突破は許しませんよ。
 それに、このホテル周囲10mまでの範囲は、私の監視圏内です。ネズミ一匹、とまでは言えませんが、危険なエネルギー体や、暴れている魔導機械のようなサイズの侵入を見逃すことはありません。外は我々にお任せあって、皆さんの職務を御遂行ください」
最後に微笑をつけくわえてやると、室内にホッとしたような空気が流れ、警備員達は互いに頷きあったりして、それぞれの仕事に打ち込みだした。ふと、責任者と目が合い、静かに目礼されたので、こちらも黙って目礼を返す。そして、また、状況の監視に戻った。


 その後については、特に言うべきことはない。ヘリと阿修羅の連動を軸に復活した戦域情報をもとに、ロングアーチが管制をおこない、乱れかけた防衛線を立て直した。ティアナとスバルが最終防衛線まで下がっていたのに気づいたが、特に報告もないので、ローテーションの関係かと判断して素通りした。簡易野戦陣地では、下がってきたヴィータが、地上で突貫して撹乱するエリオ、援護のキャロと連携して、確実にガジェット群を食い止めている。
 そして、ジャミング発生機を破壊し、その周囲の調査も一段落させて戻ってきたフェイトとの挟撃により、多くもない残敵はさほど時間をかけずに殲滅された。

 フェイトに依頼した襲撃犯の管制役の確認は、できなかった。痕跡を辿って森の中まで進んだのだが、追いつく前に森の奥での転移反応をロングアーチから連絡され、該当場所では魔力の残滓以外、なんの痕跡も発見できなかったそうだ。あとは天照が彼らの姿を捉えられているかどうかだな。





 主催者に対する簡単な戦闘経過と結果の報告。その後の、社交活動とホテル側との簡単な折衝を終え、俺はホテル横の雑木林の前に来ていた。ハヤテから呼び出されたのだ。初の大規模戦闘だった兵卒連中は、フェイトとギンガをつけて一足先にヘリで返した。残っているのは指揮車両のグリフィス以下の出張管制班と、ハヤテ・ヴィータのみだ。なので、なにかハヤテから、内密で急ぎの話か相談でもあるのかと思ったのだが。

「やあ、久しぶりだね」
「……ああ」
ヴェロッサが、ハヤテとともに立っていた。ふむ、なにかあったか?
「あまり時間がないから、手短に言うよ。
 君の言っていた管理局内の犯罪者については、確証はとれていないが、状況証拠から見て、まず存在は間違いないと教会上層部は判断した。義姉さんは、状況証拠を提示して、改めて、親しい何人かの局員に、相談をもちかけるつもりのようだ。
 おそらく、相手はそれなりに高位の人間だから、正規の捜査ではなく、目立たないようにしながら、すこしずつ探っていくことになると思う。管理局と教会の関係悪化も望ましくないしね」

 ふむ。予想より早く、予想より積極的な動きをとったな。なにか対応をとるべきか? 好きにやらせても問題ない可能性は高いが、意識の誘導をもくろんでいるこちらとしては、カリムやヴェロッサの動きを全くつかめなくなるのも、都合が悪い。そうだな……。

「……正直に言って、カリムの信頼する人間がどこまで信頼できるのか、不安ではある。人格的にも能力的にもな。長い間、見つけられずに蠢いていた相手だ。真っ正直な連中だと、逆手をとられて、事故死するなり左遷されるなりしかねないぞ」
「その辺は僕がフォローするよ。正規の査察官だから、多少の無理押しも利く」
「……それで対応できるなら、俺としては特に言うべきことはない。ただ、念押しになるが、カリムの身辺は一層気をつけさせるようにしたほうがいい。カリムを消されれば、こちらの動きは鈍らざるをえん。その隙に、お前と俺を片付けられれば、管理局と教会をつなぐコネも、調査の結節点となる人間もいなくなる。相手は、分断されたこちらを、じっくり料理できる」
「怖いことを言うね」
「事実だ」
「…判ってる」
容赦なく追い詰める俺の言葉に、ヴェロッサはごまかすように竦めていた肩を戻して、陰りのある顔でため息をついた。
「シャッハには言ってあるけど、義姉さんにも改めて、自覚をうながしておくよ。僕も、身の回りに気をつけるようにする。君も気をつけてね。
 気付いてると思うけど、今回の六課の任務は少々胡散臭い。そして、それはこの任務単独で終わるんじゃなく、これから始まる可能性が高いと僕は見てる」
「火元はわかりそうか?」
「申し訳ないけれど、難しいね。本局上層部での、君への警戒感がだいぶ高まっていてね。それがブラインドになって、今回の件でも、なかなか糸をたどれないんだよ」
「なら、仕方ない。まあ、無理をせん程度に探ってくれるとありがたいが、突き止めてみたら、ただの個人的な嫌がらせだったりしたら、無駄骨折りだしな。本来の目的にも差し障る。適当に加減してくれ」
「無駄骨だとは思わないんだけどね。でも、たしかに優先順位の問題はある。決して棚上げするつもりはないが、後回しにせざるをえないことは理解してくれ」
「当然だ」
「すまない」

 会話の間、ハヤテは不安そうな表情で、俺とヴェロッサを見ていたが、わきまえて口を挟むことはなかった。ヴェロッサは、ハヤテの頭を優しく撫でると、暇を告げて立ち去っていき、あとには、不安を隠せないでいるハヤテと黙ったままの俺が残った。


 心配そうなハヤテの視線に俺は肩を竦めてみせた。十分予測していた事態。いまさら、慌てるようなことではない。ハヤテには悪いが、不安には耐えてもらうしかない。それに……。
 無言のまま、ハヤテと指揮車に向かいながら、俺は、ふっ、と視線を彼方に向けた。六課の隊舎のある方角へ。
(さて、いったい、誰が何を仕掛けてくるのやら)
 


 以前、陰陽術による隠密探知結界を海鳴市全域に張っていたように、今の俺は、自分の部屋を中心に、半径2kmの球形に同種の結界を張っている。探知するのは、強大な力を持つ存在と悪意を放つ存在、車や鳥ではありえないほどの高速で動く存在。いずれも、陰陽師が相手にする怪異・悪霊にあてはまる条件だ。あるいは、陰陽師を狙う犯罪者や同業者に。地脈を利用できない場所でも、俺程度の術者でも、その種の結界をキロ単位の大きさで張る技量がなければ、生き残れはしなかった。

 今日の戦闘中にその結界が、侵入者を感知した。悪意を放つ、魔力を持った人間大の存在。そいつは、六課の宿舎に入り込むと、ところどころで立ち止まったりしながら、各所を移動し、俺の部屋の前でしばらく時間をとったあと、宿舎から出て行った。ガジェットへの対応に集中していたとはいえ、それなりの警戒網の敷いてある宿舎内を気付かれずに動き回れる存在。そもそも、入るには局員のIDカードが必要な扉を、あっさり通過している。
 今回の件のそもそもの起こりから考えれば、六課に向いてない仕事を押し付けて失態を期待し、その一方で、問題なく仕事をこなした場合の保険に、戦闘要員が出払っている宿舎に侵入して仕掛けをほどこした-つまりは、本局の人間の意を受けた仕業という推測が簡単に成り立つ。


 俺を排除して、新隊長を本局の主流派から派遣する。

 本局主流派からすれば、管理局の危機を暗示する預言への対応で、自分達が実働部隊の主導権をとれないのは面白くないはずだ。それに、六課で本局にいる犯罪者を暴こうとしている、という情報が漏れているとしたら、なおさら俺の排除は必須だろう。六課で強固な地上派と言えばオーリス嬢くらいだし、フェイト始め、「海」関係の人間も多い。多少の混乱は、権威と権力で抑えこめると踏むだろう。そもそもフェイトは、本局の意向を反映させるために送り込まれてきた面がある。……当人の無自覚とクロノが壁になることで、それは成功してないわけなんだが。
 俺も所属でいえば本局なんだが、態度が態度だったから、本局上層部の意を素直に受けて行動するとは思われなかったんだろう。それに、俺を「陸」寄りの人間として裏切り者呼ばわりする連中もいると聞く。レジアスとのつながりを除けば、表向きには、担当業務と目立つ成果が「陸」で有っただけで、「空」についても相応の成果を上げてるつもりなんだが、その辺はスルーしてくれるらしい。やれやれ。まあ、本音では間違っちゃないんだが、誤解と偏見と思い込みで、筋道を通らず強引に結果だけ正解ときちゃ、感心する気にはならん。


 まあ、宿舎に仕掛けられたものと今夜の動きへの対応で、ある程度、ハヤテの無力感も取り除けるだろう。
 今夜は本局が半ば無理矢理にねじこんだ天照のメンテがあるはずだ。5年やそこらでどうにかなるような造りはしてないし、そもそもメンテナンス・フリーを前提にした設計をしてる。不要だという地上本部に対し、今年のような大事が起こりかねない年には念を入れておくべきだ、と本局側が押し切ったと聞いている。宿舎への仕掛けの発動と連携して、行動を起こすとしたら、メンテで天照の機能が停止する時間帯を狙うだろう。

 俺を部隊長からひきずりおろすだけの材料としては、隊舎の襲撃と半壊程度の不祥事があれば、突破口にはなる。教会重鎮のハヤテに重傷を負わせるのもありだ。その結果を切り口に、初出動の時の俺の動きや昔の俺の勤務態度なんかをあげつらって、危機感も忠誠心も薄い管理外世界の人間に、今回のような重大事の対応の責任者はふさわしくないとでもぶち上げれば、本局では、ある程度以上の賛同を得られるだろう。俺と「陸」に対する隔意が強まっているという話は、クロノからもレジアスからも聞いている。

 俺の命を狙ってくる可能性もある。もしピンポイントで俺の命を狙ってくるとしたら、最高評議会絡みの可能性が高い。カリムが相談した「海」の人間やその動きから情報が漏れて、俺が本局の犯罪者を暴こうとしてる、という情報を彼らが得たとしたら、まず間違いなく俺を消しにかかるだろう。過去の少なくない事故死や不審死、殉職を遂げた局員達と同じように。


 双方の思惑が一致を見ての、共同しての行動という可能性もある。まあ、今は考えてもわからん。とりあえず、歓迎の準備をして待つとしよう。まずは、帰舎後のデブリーフィングで、襲撃の可能性について伝えて対応策を検討するか。




 俺は軽く首を鳴らすと、隣で心配げに見つめてくるハヤテに笑ってみせた。彼女は、俺やヴェロッサの力になりたいと思いつつ、いまの自分ではそれをするのは足をひっぱるだけだと判断して、こらえている。そして、俺も彼女にかけるべき適当な言葉がない。現時点で、この件に関して彼女ができることはなにもないからだ。彼女自身が判断したように、注目度が高く、ごまかす為の適当な口実もつくれない彼女が動けば、事態を悪化させる可能性が高い。

 俺はハヤテの肩を軽く叩くと、短く言った。
「戻ろうか。仕事が待ってる」
「……うん、そやな」


 隠そうとして隠しきれない、沈んだ感情のにじむ声に、なけなしの罪悪感を刺激されつつ、俺は足を進めた。徐々に暗さを増していく、黄昏の中を。





■■後書き■■
 武装隊は、指揮官=「夜天の王」から、空、を連想してコールサインをairに設定。「陸士中心なのに“空”?」という突っ込みは無しで(笑)。陸を這うしかない人間にとって、“空”は、「遥かな憧れ」を意味してたりします。多分。その憧れに追いついたとき、彼らは真のストライカーとなっている、という想いを込めた名前……これ、幕間のハヤテ編で使えるネタだったな。不覚。修正版上げたほうがいいかな。ミス修正以外の書き直しは好きじゃないんだけど。
 捜査係は、フェイトさんが頭だったらこれしかないっしょ、というわけで原作どおり。なのはさんは、スター1になるのかなあ。それとも、ライオット・フォース6の部隊長だから、LF61とか。あるいは、サタン1かルシファー1? 伏線的には悪くないけど、皮肉が効き過ぎてる気がしないでもない。ちょっと、考えてみよ。

 ちなみに今話登場の「阿修羅」は、和名でいいのがないので「ヘカトンケイレス」を使った、と書いたときに、マイマイ様から提案されたものです。高級機の方で使わせていただきました。提案、ありがとうございました。



[4464] 二十四話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/02/23 12:46
※2/23、言葉の誤用訂正 「Mam」→「Ma'am」




 今回の任務はいろいろあったものだ。念話のジャミングに天照との通信の妨害。指揮車へのハッキング。早急に報告書を出させ、戦訓検討会を行なう必要があるだろう。
 そのほかにも、表面化した武装隊内のすれちがい、本局の動き、隊舎への侵入者……。対処を急ぐ件が山積みだな。


 戦訓検討会は、帰舎後、数時間経った20時から始まった。参加者は、俺を含めた士官5名と、オブザーバーとして、出張管制班の責任者だった准尉1名、技術主任、実質上の武装係長補佐のデバイス1名の計8名。捜査・武装の両係員には既に係長宛に報告書を提出させており、ロングアーチは事前の全体ミーティングで情報と各員の意見を整理したレポートをまとめ、各部門長はそれらの資料を手に会議に臨んでいる。


 オーリス嬢が、事態の発生から推移までの状況を、変化していく戦域MAPを投影しながら説明する。一通り、説明が終わったあと、俺は発言した。

 「今回の検討会で、俺が、詳細を検討し対応を決定したいと考えている内容は、次の3つだ。
一つ。念話及び各種通信へのジャミングへの対応。今回は、秘匿帯域の使用及び発生機器の破壊でしのいだが、敵が間抜けでなければ、次回は、今回の対応を無効にする手段をとってくるだろう。ありえる手段を全て検討し、対策を考えたい。
二つ。指揮車コンピューターへのハッキング。今回は指揮車で済んだが、隊舎のホストコンピューターを狙ってくる可能性もある。技術主任の見解も聞きながら、対策を立てる。
三つ。こちらのとった戦闘指揮、管制、戦闘行動の点検。伸ばすべきはフォローを強化し、改めるべきは改める。特に今回は、武装係の精神的問題が表面化した。係員の実戦経験の少なさから、予測されていた問題だが、これに対してとっていた係長の予防策とその改善案を確認し、検討して欲しい。
 だが、これら3点のみに目を囚われすぎないように。表面化していない問題を察知し対応するのは困難だが、その分のメリットがある。特に、今回は初の大規模戦闘だった。見るべき点、修正すべき点は多いと思う。挙げなかった議題についても、積極的に提示し、腹蔵なく意見を交わしてほしい」

 俺はそこで一度、言葉を切り、参加者の顔を見回した。ハヤテが少々暗い顔、ヴィータが苦い顔をしているが、まあ、しかたない。無視して、言葉を続ける。

 「私としては、特に、一点目と二点目について、敵がこちらの指揮系統の破壊をもくろむという、戦術的行為をとってきたという点を重要視すべきことだと考えている。事前の襲撃予告といい、見えていなかった背後の存在がその姿を見せ始めた。今後、ジャミングやハッキングに留まらず、囮や不意打ち、爆撃や砲撃といった要素を絡めての、戦術的行為をとってくることを考えるべきだろう。これまでの、単純な動きや稚拙な連携しかしてこなかった、数とAMF頼りの機械群との戦いではなく、目的達成のために有機的な連携をとる敵との戦いになっていくと、私は見ている。
 言わば、前座は終わり、本格的な戦いへと移行しはじめるということだ。そのことを念頭において、戦訓を抽出してほしい。
 また、そのような戦術的環境を改善する戦略要素として、背後の存在の確保または無力化がある。戦訓検討が一通り終わってから、捜査係より報告してもらいたい。また、あわせて、私のほうからも、報告すべき情報がある。
 それでは、ゲイズ三佐。まず、ロングアーチから、敵の行なったジャミングとこちらの対応について、詳細の報告を」
「はい。概要は配布した資料のとおりですが、幾つかの点について、出張管制班を率いていたロウラン准尉から報告させます。准尉」
「はっ、ご報告します。ハラオウン係長が破壊したジャミング機器を回収して、簡易解析を技術主任に依頼した結果……」


………
……

 会議開始からおよそ一時間。休憩を挟み、現在の議論は、武装係で表面化した問題、ティアナ・ランスター二士のフレンドリィ・ファイア(味方誤射)未遂に移っていた。表面化の形が誤射未遂であっただけで、その根底にある、若く経験も少ない隊員のメンタル・ケアの問題が、主な論点だ。

 ちなみに、ジャミング及びハッキングについては、六課だけの問題ではないので、地上本部に早急に報告を上げ、本部の技術部と連携しながら、技術的プロテクトの強化を進めることになった。それが実現化するまでは、対症療法でしのぐことになる。念話のジャミングでの情報漏洩疑惑は、捜査とも絡むので、あとでまとめて議論することになった。
 戦闘については、管制を除き大筋で問題なし。特に、実質5人で100を超えるガジェット群を押しとどめた武装係の部隊運用と戦闘技術は高い評価を受けた。ただし、今回効果を発揮した簡易陣地は、作成時間が必要なことから考えて、現状では使える場面が少なくなる、という意見と、地形的に相手が迂回できない状況だったから有効だったが、地勢状況では使えない場面がある、という意見が出た。
 前者については、30秒程度で組み立てられるよう、モジュール化を進められないか、という意見が出され、技術主任が検討することになった。後者は技術面ではどうしようもないため、陣地を用いない機動戦の訓練の割合を増やすということに落ち着いた。俺の方で、適当な支援装備や戦術教本などを教導隊に確認するなどのフォローも行なう。
 また、今回はじめて運用した、指揮車による出張管制と、隊舎に残る人員による、より広範囲の情報解析によるフォローという、職能の分割も、それなりの評価を受けた。ハッキングにより後半はほとんど機能せず、一部人員のパニックなど幾つかの問題は散見されたが、明確な職能の分離と、より戦線に近い位置での戦域管制のもたらした効果が、支援を受ける側としては好印象だったようだ。だが、運用するロングアーチ側からは、錬度の向上により指揮車を出張させることなく隊舎からも適切な管制ができる見込みが立っていることと、戦闘能力の低い人員を前線近くに置くことのデメリットが懸念事項として上げられ、運用の効果は否定しないが、運用には注意を要する、というやや曖昧な結論となった。明言はされなかったが、明日からのロングアーチの訓練は、一層厳しくなるだろう。普段よりも一段と「切れる女」の迫力を漂わせるオーリス嬢の横顔を流し見て、俺はそっと、ロングアーチの面々に黙祷を捧げた。
 なお、グリフィスとシャリオは、この議題が終わった段階で退席してもらった。彼らに報告や意見を求めるべき議題を消化したこともあるし、この先の議題の機密度が上がることもある。2人もその辺は理解していて、素直に従ってくれた。


 士官+1で、話し合いは続いていく。このメンバーは全員、武装隊員たちの履歴を知ってるから、彼らのメンタル・ケアという微妙な議題も遠慮なく話し合える。(当たり前だが、会議室は、機械的・魔法技術的遮音処理がされている。)

 今は、ランスターの失態の原因について、武装係の士官2名が意見を述べているところだ。いや、意見というより愚痴に近い。
「ティアナは責任感強い上に、頑固なとこがあるからなあ……」
「そんなん理由になんねーよ。自分の力量をきちんと把握できなけりゃ足を引っ張るってことが、いまだにわかってねえんだ。あんだけ、座学でも演習でも叩き込んだのに」
ため息をついて心配するハヤテに切り捨てるヴィータ。
 「お2人とも。訓練内容や個人の資質については、ひとまず置いてください。
 問題は、お2人が十分配慮した訓練をおこなってきたにも関わらず、ランスター二士が暴走したことです。訓練の基本方針に矛盾があるために、訓練のみでは十分フォローし切れない部分がでてくる可能性は事前に認識されていたはずです。それが現実化した今、どのような対応をとるべきか。表面化はしていませんが、残り3名についても、同様に何らかの課題を抱えている危険性があります。その対応も含めて、検討しましょう」
オーリス嬢が冷静に、感情に流されそうになった話の方向を切り替えた。

 「とりあえず、ティアナ以外の3人について、まず確認するか。キャロとエリオの様子は、お前から見てどうだ、フェイト?」
保護責任者のフェイトに話を振る。キャロとは同室だし、朝食はエリオを加えた3人だけの家族の時間にするように言っている。メンタル面でなにかあれば、フェイトが気付くなり相談されるなりするだろう。
「うん、私から見ても、2人は毎日一生懸命で充実してるって感じ。それは、訓練がきつかったりもするみたいだけど、ハヤテやヴィータの気遣いがわかるから、辛くはないって言ってた」
小首を傾げて言うフェイト。
 あ、ヴィータが赤くなって「気遣いなんかじゃねー! 上官として当然の配慮だ!」とか小声で怒鳴ってる。器用な奴。
 ちょっと生温かい目になりながら、続けてフェイトに問う。
「初出撃のあとはどうだった? あと、今日の帰路でのヘリでの様子とか。あの年で命がけの戦いを経験して、直後に日常の感覚にに戻れるとは考えにくいんだが」
「うん、それは私もちょっと心配だったんだけど。2人ともけっこう、キチンと切り替えできてる。……多分、過去の経験が良い方向に働いてるんだと思うけど……」
「……ふむ。なら、とりあえずはあの2人は大丈夫そうか。だが、大人に捨てられた経験を持った10歳にもならない子供であることには、変わりない。各員は改めて、2人のメンタル面については、注意を払うように。些細なことでも報告・相談しろ。
 それと三佐、地上本部のカウンセラー資格持ちの医療官の、定期訪問の手配はどうだ?」

 10歳前の子供と思春期の少女。彼・彼女らが戦場に出て、精神面でなにも問題を生じないと考えるほど、俺は楽観的ではない。だから、常駐は無理でも、カウンセラー資格のある医療官と定期的に話をできる機会を設けられるよう、武装隊のメンバー決定の時点で、オーリス嬢に手配を頼んでいたのだが……。
 彼女は、やや、沈痛な表情で首を振った。
「申し訳ありません。PTSD持ちの局員や、六課より切迫した状態にある部隊の局員などへの対応で忙殺されて、とても時間がとれないそうです。いろいろ手は回してみたんですが、カウンセラー資格持ちの医療官はそもそも数が少ないものですから」
「いや、無理ならしょうがない。内輪でなんとかしてみよう。……と言っても、要は、フェイトとハヤテの負担が増える、ということなんだが。2人とも大丈夫か?」
「もちろん。言われるまでもないよ」
「うん。私も大事な部下やしな。きちんと注意していくつもりや」
俺は小さくため息をついた。友達感覚で話すのは別に構わんが、こういう場では、全員がわかって納得できる表現で話して欲しい。管理局はどうもその辺が甘いと思っていたが、教会も似たようなものなのか? 前から感じてたが、魔法なんてロジカルなものを扱う割に、組織運営はなあなあな世界だよな、次元世界は。

「2人のやる気や責任感は全く疑ってない。気にしてるのは、現在の多忙に加えて、精神的ケアなんていう、神経も使うし、専門技能も必要な業務をこなせるかということと、お前達自身の体調と心理的余裕は大丈夫か、ということだ。本局の医療局にはツテがあるから、必要な資料の取り寄せや適切な資料の紹介はできると思うが、基本、独学になるんだぞ?」
「私は大丈夫。前からしてきたことだし、保護した子たちと仲良くなるのに、カウンセリングや精神的ケアの関係は随分勉強したから」
「わ、私も平気や。隊長なんやし、部下のことはキチンと面倒みたらなあかん。……え、えっと、ただな。フェイトちゃん、悪いんやけど。その、いろいろ教えてもらったりしてもええやろか。もちろん、自分でも勉強するけど、教えてくれる人がいる方が、失敗も避けられるんやないかと思うんや」
「うん、もちろんだよ、ハヤテ」
「そか。おおきにな~」
笑顔でとんとん拍子に話を決めてしまった2人を見ながら、俺は考える。フェイトは問題ないだろう。実際、子供のメンタルケアでいえば、下手な医療官並みの知識と経験をもってるし、ケアするのは家族としての立場からだ。だが、ハヤテの場合……。
 俺はちらりと、視線を流した。俺の視線に気付いたリィンフォース、ついでヴィータが、軽くうなずいて返す。俺は小さくため息をつくと、2人に対して念話を送った。
(頼めるか?)
(主ハヤテのためなら)
(たりめーだ)
性格の出た返事に、内心苦笑しながらうなずいて、念話を切ると、俺は、この件はフェイトとハヤテに任せると告げた。


 正直、ハヤテに任せるのは不安がある。前から感じていたが、気合を入れすぎて、気持ちが先走ってしまっている印象を受けるのだ。だいたい、指揮官が部下に行なうメンタルケアは、家族や友人に対してのそれとは違う。極端な話、戦力整備技術の一つなのだ。情に厚い彼女が、冷徹に、部下の心理状態をモノのように調整できるかというと、俺は疑問符をつける。彼女が教導経験も小部隊の戦闘指揮経験もないのを承知の上で、今の立場に据えたのは俺なのだから、もう少し、肩の力を抜いて、俺にいろいろと仕事を投げたり、援護を要求したりしてもいいと思うんだが……。ハヤテは、昔から責任感が強いし、情に厚いからな。
 一部門の長ができると言っているのに、客観的根拠もなしに部隊長が疑念を呈するのも、組織運営上まずい。
 とりあえず、ヴィータとリィンフォースがフォローしてくれるから、やり方を極端に間違ったり、情に絡まって身動きがとれなくなることはないだろう。俺は、そう判断して、その件を完了とした。まあ、俺もなるべく気を配るようにしよう。私情にもっともらしい理由をかぶせながら、俺は思ったのだった。



 ……あとから思えば、これが俺がティアナを意識した始まりだったのかもしれん。その危うさ、力への渇望と自身の弱さに揺れる少女。前世の俺の苦闘葛藤と荒んでいった心の鏡像。そして、今生の俺のいびつさを浮かび上がらせる光。



 ……その後、武装隊員たちの抱えるメンタル以外の潜在的問題について再確認し、現在の対応と予防措置、緊急時の対応などを再検討した。
 休憩を挟んで、次は敵の戦闘様式の進化への対応について。対人戦の座学や演習を少しずつ取り入れ、また、いざというときのために他部隊との連携訓練も開始することになった。……条件的にまたもや速成になるのは仕方のないことだったが、どうも武装隊には無理をさせることになるな。戦力の整備という部隊長として最重要の仕事の一つで不備を成し、その尻拭いを現場に押し付けるという、最低のループにはまり込んでいる自覚に苦い思いをしながら、せめてもと、ロングアーチで、過去のデータから予測される、今後敵側が取る戦術の可能性高位順のリストを早急に作成するよう命じた。「助かるわ」と喜んだハヤテの笑顔が痛かった。
 


 そして、最後の議題、「敵の確保、または無力化」という戦略目標に大きな影響を与える捜査の進展について、フェイトからの報告がなされる。

「先月の出撃で回収したガジェットの残骸から発見されたジュエルシードですが、地方の研究所に貸与されるために移動中のところを強奪されたものだとわかりました。どのようにして、ロストロギアの局外持ち出しや、その移送ルートが知られたかについては、本局の執務官が捜査にあたっているとのことで、進捗があれば知らせてもらうよう、お願いしておきました」
「フェイト、その執務官とは顔なじみか?」
「? いいえ。直接お会いすることはできなかったので、事務の方に伝言をお預けしてきました」
俺はかすかに眉を動かした。
「……あの、それがなにか?」
「……その執務官とは別口で捜査を続けるように。手が回らないようだったら、アコース査察官に相談してもいい。必要なら俺も口添えする。
 地方研究所からの借り出し申請は書類上ではなく、本当に出されていたのか。捜査をしているという執務官が実在しているのか、実在しているのなら、彼と親しい本局上層部の人間は誰か。また、実在していた場合、本当にその件について捜査活動をおこなっているのか。ジュエルシード持ち出しから移送ルート策定に関わる部署で、漏洩をおこなう可能性のある人間のピックアップ。そのあたりだ。書類は偽造できる。仲間がいる可能性もある。書類や証言のみで結論を出さずに、物証を探る捜査をしてくれ」
「なのは、それって……」
「ああ。管理局内部に協力者がいなかったかを、洗いなおしてみろ」


 念話がピンポイントでジャミングされたこともそうだが、天照との通信もジャミング対策をしてあるのだ。当たり前のことだが。
そして、その「当たり前」があっさり破られたことの意味は、かなり重い。クラナガンの治安を守るシステムの要の、それも特に機密性の高い情報が敵側に漏れている、ということなのだから。相手の技術力が管理局のそれを圧倒的に上回っている、という可能性もあるのだが、次元世界の常識としては考えにくい。
 ……もっとも、最高評議会とスカリエッティとのつながりを知る俺にとっては、情報漏洩で決まりだろうと思うわけだが。まあ、まだバラすには早いので、ほかの連中を納得させるだけの、もっともらしい理由を示してやる必要がある。
 ちなみに、敵がスカリエッティだということは、今日の会議でほぼ確定した。俺が襲撃予告は、奴から直に受けたと言ったからだ。
「なんで、その場で捕まえなかったの?!」
フェイトに怒られたが。
 要人の多い場所で、単身現れた高名な犯罪者に手を出すのは、大きな被害が生じかねなかった、などと言ってごまかした。……ああ、考えてみたら、これも、使いようによっては俺を査問する口実に使えるな。とは言え、緘口令をひくのも俺への不信感を煽りかねんし。
 つらつら思っていると、フェイトが真剣な顔で俺に問い掛けてきた。こういうときは、マルチタスクは便利だ。話の聞き漏らしがない。フェイトに知れたら、また説教を食らいそうなことを思いながら、その言葉を聞く。

 要は、本局に内通者がいると考えているのか、という質問だった。まあ、ジュエルシードに関する指示やジャミングの話をすれば、その方向性が本局に向いていることに、よほどの阿呆でもない限り気付くだろう。
 肯定すると、フェイトは少し黙った後、その件についての捜査を中心にするよう捜査の配分を変えたい、と言い出した。ジュエルシード絡みの件の裏をとるという、外堀のさらに外を突付くような回りくどい捜査ではなく、もっと直截に内通者の摘発に力を入れ、そこからレリック事件の黒幕へ糸を辿りたい、と言うのだ。それに本局に内通者がいるのなら、レリック事件の捜査責任者として、本局の人間として、見過ごせることではない、と。


 捜査自体は別に問題はない。外敵に対する前に内憂を払うという考えも戦術論でいえば、オーソドックスなものの一つだ。それに、教会と同じように、フェイト、ひいてはクロノら本局穏健派に、上層部への不審を植付け、あるいは強化する機会でもある。
 もっとも、後者については、「計画」上の優先度は低い。それに、フェイトの動きで相手側に、正規の捜査の手が伸びはじめたのを察知されるのはまずい。俺個人でなく、六課全体や、最悪本局の穏健派までが粛清の対象になりかねない。もうなってしまっているかもしれんが、その流れを後押しするようなことになるのは避けたい。
 無論、フェイトは優秀な執務官だ。そうそう、相手に気取られるとは思えないが、所属組織の不穏分子を探り出す、というのは、通常の捜査とは、精神的にも技術的にも大分異なるだろう。気を許している相手が敵側ということもありうる。というより、名門ハラオウン家の一員にして名のあるエースたるフェイトの周辺に、なんらかの監視がされていないなんてことのほうが考えにくい。リンディやクロノにしても、怪しい人員全てを見抜いたり、排除できたりしているわけではないだろう。敵味方の区別がつかないこと、さらに味方や善意の人物であっても踊らされて結果的にこちらに不利なことをしてしまうこと、等があるのが、こういう組織内での暗闘の恐ろしい点だ。

 いますでに、ヴェロッサも動いているし、カリムも改めて関係者に働きかけるという。なら、彼らに加えてフェイトまで同じベクトルで動くメリットはあまりない。むしろデメリットのほうが大きい。クロノのほうにも、当然、ヴェロッサから話が行っているだろうし。
 そう言って、今は抑えるように告げる俺の説明に、納得いかない風のフェイト、そして、会議室内の全員に向けて、俺はカードを一つ切った。宿舎の俺の部屋の前あたりを探査して見つけたそれを、机の上に置く。無言で示された、粘土のようなそれに対する、皆の反応は薄かった。俺が説明をするまでは。
「プラスチック爆弾だ。宿舎の俺の部屋の前に仕掛けられていた」
この量なら、俺の部屋を吹き飛ばしてお釣りが来る。そう言葉を続ける前に、皆の顔色は変わっていた。






 その日の深夜。
 自室で仮眠していた俺は、オーリス嬢からの秘匿連絡で目をあけた。
 詳細を聞きながら、移動する。六課周辺に設置されている可搬式センサとハヤテに撒いてもらったステルス式のサーチャーで捉えられた情報が、送られてくる。街の外れの海沿いにある機動六課。そこを目指す車以外は、まず走らない道を、天照停止時間帯に隊舎に向かって走る、ナンバーを隠しスモークを貼った車2台。
(10名が分乗して接近中。全員、CからDランクの魔力量、武装の詳細は確認できず、されど中大型の兵装積載はなし……)
爆薬を設置していたことから考えれば、襲撃者達が質量兵器を使用してくる可能性は高い。慣れん兵器を使っても、実戦ではしくじるだけだがな。
 質量弾の反動や直射性は、魔力弾を扱い慣れた人間には、想像以上に扱いにくい。あるいは、傭兵でも雇ったか、反管理局のテロ組織に情報を流して手引きしたか。会議でも検討された内容に思考を遊ばせながら、宿舎の外に出て建屋から200mほど離れ、道路脇の木陰にかがみこむ。バリアジャケットを夜間迷彩色で展開し、片手に拳銃型デバイスを持った。ベレッタM8357INOXに外観をあわせたそれが、闇夜に鈍く銀の輝きを放つ。俺は小さく呟いた。
「夜間迷彩モード」
<Yes,Ma'am>
無機質な声とともに、デバイス全体の色が、闇に紛れる暗色へと切り替わった。

 宿舎から500mほどの位置にあるサーチャーが、対象を捉えるのはもう間もなくだろう。確認次第、リィンとユニゾンしたハヤテが隊舎に防御障壁を展開、道路に設置した起動式車止めで相手の足を止め、警告と宣告。フェイトは遊撃兼囮として空を翔け、地上の俺と連携して襲撃犯を無力化する。ヴィータはハヤテとオーリス嬢の護衛。オーリス嬢は全員の管制。及び、最初の、即時投降しない場合は武力鎮圧する旨の警告と逮捕宣告、その後のこの地域管轄の陸士部隊への緊急連絡もしてもらうことになっている。
 本来なら事前に陸士部隊の協力をとりつけて、連携して対応すべきだが、今回の件は、どこに根があり、どこまで耳目が伸ばされているか断定できないので、念のため、情報封鎖を優先した。同じ理由で、六課内でも、この襲撃と対応準備を知っているのは、士官のみだ。ただ、レリック絡み以外の捜査はうちの管轄外だし、この地域を管轄する部隊とのパイプを太くするためにも花を持たせるいい機会ではある。犯人は引渡し、以後の捜査の「表」は、陸士隊に任せるつもりだ。この事件の関係者を多くして、噂が広がりやすいようにしたいという思惑もある。
 そうこうするうちに、オーリス嬢から連絡が入り、俺は射撃姿勢をとった。エンジン音が近づいてくる。オーリス嬢のカウントをとる声が聞こえる。
(道路封鎖と警告まで、あと、5、4、3、2、1、Now!)


 夜の闇を、連続した機械音と甲高いブレーキ音、照明魔法の強い光が引き裂いた。





■■後書き■■
 次回は、いわゆる「ちょっと頭冷やそうか」編、かな? でも、ひょっとして、リクエスト対応フェイト編が先に来る可能性もある。予定は未定。どちらになるかは、気分によって変わると思うのであしからず。ほのぼの系の話もいいかな、なんて浮気しそうな作者でした。

 あ、ちなみに原作では、管制と前線部隊との間の念話?は、基本、ウィンドウ通してたように思いますが、ウィンドウなしでも可能だろうと判断して今話のオーリスさんとの念話の描写になってます。音声と魔力波(念話)の変換機くらいあるでしょ。というか、ないと、通信士や指揮官は全員魔力持ちでなきゃならなくなるだろ、ということで。



[4464] 二十五話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/03/05 06:21
 アグスタでの警備と六課隊舎への襲撃から数日後。

 襲撃犯の取り扱いに関する打ち合わせと、捜査官達に対するパイプ作りで、襲撃以来でずっぱりだった俺は、その日一日隊舎で事務処理をする予定にしていた。午前の業務を終え、昼食をとろうと向かった食堂の入り口。食堂全体を見渡して、俺は眉をしかめた。
 室内に入るとき、入ったあと、襲撃の予兆がないか確認するのは、魂にまで刻みこまれた俺の癖だ。その癖で、食堂内の様子を観察したのだが……武装係の新人どもが、随分と沈んだ様子で食事をしている。いつもならにぎやかにしてるのに、会話もない。ついでにランスターがいない。
 食事を受け取るために、カウンターに向かいながら、俺はハヤテに念話をつないだ。
(ハヤテ、ちょっといいか?)
(え、あ、うん、構へんよ)
ハヤテの声まで元気がない。
(武装隊内でなにかあったのか? 新人連中がランスター抜きで、通夜みたいな雰囲気で食事してるぞ)
(……えっと……)

 ためらいがちにハヤテが話したのは、ある意味予想できていた、だが避けられるかもしれないという期待もあった事態だった。


(模擬戦でティアナとスバルが訓練の域を越えた戦法を行使、ヴィータがそれを正面から叩き潰してティアナは医務室行き……か。)
(うん、ごめん……。私の指導ミスやわ……。)
(今夜にでも詳しい話は聞こう。お前は、ティアナが目を覚まし次第、キチンと話をしたほうがいいな)
(うん……)
(そんなに落ち込むな。失敗の経験もなしに、能力が上げられることなぞ、まずない。今回の件を最大限利用して、隊の錬度の一段の向上につなげてみろ)
(…うん、頑張ってみるわ)
(ああ、それじゃ)
(うん)

 念話を切って、俺は息をついた。
 ハヤテは大分堪えていたようだ。俺の言葉ででも、すこし持ち直してくれるといいが……。現段階では、俺が介入するのはよくないだろう。リィンフォースのフォローとハヤテに期待するとしよう。
 その甘い見通しが、夜にはあっさり破れることになるとは、そのときの俺には無論わからないことだった。

 そう、その日の夜にかかったアラート。レベル:デフコン1。






 空戦型のガジェット群が海の方から近づいてきたという。磐長媛とは別の、広域警戒網にかかった反応だ。あまりにあからさまで陽動の可能性もあるが、対応の先頭に、うちの部隊が立つのは筋だ。

 ヘリでの空戦資格持ち全員の緊急出撃を指示しーまあ、六課の場合、空戦資格持ち全員というと自動的に実働部隊の士官全員になるのが問題だがー、ロングアーチに他地域からの侵攻や市内での転送魔法の反応を見逃さないように告げると、俺はすこしの間、考えこんだ。
 空戦型自体は、うちの尉官連中で片がつくだろう。それだけの戦闘力はある。空戦型が陽動で、他地域で本命が出現しても、すでに警戒態勢に入っているだろう各陸士隊と連携すれば、殲滅は可能だと思う。戦闘報告は本部経由で各陸士隊に回してもらってるから、ガジェットの特徴や対応方法自体はどこの部隊も心得ているはずだ。ただ、交戦経験がない分、うちの陸士連中が先陣切って見本をみせることが望ましいんだが……。

 俺はすこし迷ったあと、オーリス嬢に告げた。
「すまんが、出撃部隊の見送りにいってくる。すこしこの場を頼む」
細かな指示を飛ばしていた嬢は、眉をしかめて振り返ったが、視線をあわせると、不満を隠さず顔に出しながらも、頷いてくれた。
「すまん」

 彼女には、午前中に武装隊の訓練で起こったことを告げてある。実戦部隊が通常通りの能力を発揮できない可能性をもつ要因があるなら、指揮権限を持つ人間が、それを把握してないのは重大な危険を招きかねないからだ。彼女が、不承不承ながら、出撃直前のこのタイミングで俺が指揮所を離れることに同意したのも、不安要因を低減しておきたい俺の考えを受け入れてくれたからだろう。……武装隊で片付けるべき問題に部隊長が首を突っ込むことを、良く思わなかったこともあるんだろうが、見逃してくれ。ハヤテはこういう状況の経験は少ないだろうし、フェイトもヴィータも、対人関係では不器用なところがある。特に、無力感と劣等感に苛まれる人間のフォローを短時間でできたとは考えにくい。
 ハヤテからランスターと話した結果の連絡がなかっただけに、余計に不安が募る。落ち込んでるだろうハヤテをさらに追い詰めたくなくて、こちらから確認をとらなかったのが、裏目に出たな。どうも、俺も身内に甘い。
 俺は苦い気持ちを飲み下しながら、小走りで屋上へ向かった。



 屋上では、最悪の予測どおり、なにやら揉めている声がしていた。これ以上、俺の甘さで問題を拡げるわけにはいかん。俺は部隊長、部隊の成果、行動……全てに最終的な責任をもつ地位にいるのだ。俺は、ため息を一つ吐くと、足を踏み出した。
「なにをモタモタしてる。状況デフコン1、緊急出撃対応だぞ。すぐに出撃しろ」
「あ……」
全員の視線がこちらを向いた。



 集中する視線を無視して、言葉を繰り返す。
「聞こえなかったか? デフコン1だ。即出撃しろ」 
「でっ、でも、なのはさん!」
叫ぶスバルに視線も向けずに言葉を叩きつける。
「言い分は後で聞く。それとも今回の出撃に関しての意見上申か?」
「……はっ、はい! そうです!」
「発言を許可する」
「え、えっと! ティアは強くなろうとして! 頑張っただけなんです! だから、その、シフトから外すのは止めて下さい!」
俺は片眉を上げた。
「グラシア隊長?」
「あ……その……」
「そいつが今日の模擬戦で指導を無視した無茶な戦法をとった。そんな奴は危なくて使えねえ。そういうこった」
「ヴィータさん!」
フェイト、エリオ、キャロは気まずげな表情。
「グラシア隊長。今の三尉の発言は、武装隊としての判断と受け取っていいか?」
「……あ、その……うん。それに模擬戦でのダメージも残っとるやろし……」
うつむきがちに視線を合わせようとしないハヤテ。
 わかった、と返事を返す前に、低い声がその場に響いた。
「言うこと聞かない奴は使えないってことですか」
「そ、そんなことないよ! ただ、ティアの体調が」
「私は大丈夫です! そんな奇麗事でごまかそうとッ!」
ランスターの言葉の続きは、頬を打った手に断ち切られた。俺が打ったんだがな。
「なのはさん?!」
「なのは?!」
騒ぐスバルとフェイトを無視して、俺は一つため息を落として。

 「甘ったれるな、馬鹿者共!!」
腹の底から怒鳴りつけた。
 一瞬で萎縮した新人連中、口をつぐんで目を見開いている指揮官格。
「貴様らは自己満足だけで仕事をしてるのか?! なら今すぐこの場で、局の制服を脱げ!
 我々の対応が遅れることは、それだけ力を持たぬ市民に危険を近づけることと知れ!! 緊急出撃がかかった状態で青春ゴッコなど、ふざけるな! グラシア隊長!」
「は、はいっ!」
「武装隊の長は貴官だ。貴官の考えるとおり運用すればいい。この件については、帰還後、事情を聞く。いまは即出動しろ」
「! わかりました」
敬礼するハヤテ。
「いくで、みんな!」
素早くヘリに搭乗する空尉たち。とりあえず、彼らは切り替えできたようだ。
 浮上し始めたヘリを見上げ、俺はギンガと新米4人に目をやった。……ギンガはともかく、新米どもは切り替えできてないようだな。
「貴様らも待機に入れ。気持ちは切り替えろよ? 殉職報告書に“部隊内でのいざこざのため集中を欠いていた”なぞと書くのは御免だ」
息を呑む子供達を無視してランスターの腕をつかみ、ひきずるようにして立ち上がらせた。
「貴様には少し話がある」
「っ!」
懲りずに叫びかけたスバルを一瞥して黙らせ、ギンガに念話をつないだ。
(頼めるか?)
(わかりました)
落ち着いた返事に満足して、俺はランスターの腕をつかんだまま、歩き出した。ランスターはふてくされてるのか、俯いたまま、黙ってされるがままになっている。




 応接室まで来た俺は、部屋にランスターを押し込むと、扉を閉めて鍵をかけた。
「まあ、座れ」
「……失礼します」
顎をしゃくった俺に、ランスターが従う。不承不承なのが目に見えてよくわかる動きだが。

 出動を見送った後、オーリス嬢に指揮権限を委譲して、応接室までランスターを引っ張ってきた。オーリス嬢の権限も能力も問題ないとはいえ、ちと、やりすぎかもな。あとで叱られるだろう。とはいえ、ここで間をおけば、ランスターの状態が悪化するのは、目に見えてる。せいぜい殊勝に説教を食らうとしよう。


 ランスターは強張った顔でこちらを見ている。文句を言おうと暴れようと、完全に無視して力づくで引っ張ってきたからな。反発心で隠そうとして、まるで隠せてない恐怖と不安を、瞳に滲ませている。その懐かしい色に、思わず苦笑が漏れた。
「……そんなに可笑しいですか、平凡な人間があがいてるのは」
トゲを隠さない口調。かつての自分を幻視する。
 失った正直さ。引き換えに得たモノに悔いはないが、それでも寂しさと眩しさを感じてしまう。

 やれやれ。俺はどこの老人だ、まったく。

 机に肘をついて手を組む。
「いや、懐かしいと思ってな」
「……なにがですか」
「お前の言動がだよ、青二才」
「ッ!」
クツクツと笑いがこぼれる。ああ、コイツ、前世や入局直後の俺だけでなく、昔のクロノにも似てるかもな。妙に、悪戯心が刺激されると思った。
「……ッ…そんなにっ! 努力するのは可笑しいですか! 滑稽ですか! だけど仕方ないじゃないですかっ! 才能のない人間は努力するしかないんですからっ! 才能に恵まれた人にはわかりませんよ!!」
 だが、真剣だ。前世の擦り切れる前の俺のように。歪みの兆しも同じようにあるのは皮肉だが。けれど、同じでないこともある。

 「陸士校卒業2年後に陸戦Bランク取得。16歳。特記される賞罰なし。上司の評価は、やや柔軟さに欠けるが優秀。……これでどこか才能がないんだ?」
「……失礼しますッ!!」
「逃げるな」
立ち上がったランスターに、準備していたバインドをかける。バランスを崩してソファに崩れこむランスター。だが、すぐに頭をもたげてこちらを睨みつけてくる。
 その目。力を渇望し、焦りと恐怖に追い立てられて、必死であがく、追い詰められた獣の目。悪くない気迫だ。だが、気づいてるか、ランスターよ。お前を追い立て、追い詰めているのは、お前自身が作り出した悪夢だということを。

 「武装隊の平均魔導師ランクはBだ。当然、入局10年を越すベテランも、ギリギリの評価で配属されたお荷物な若手も入れてのランクだ。陸士隊に絞れば、さらに平均ランクは下がる。お前も前隊で聞いたことがあるだろう。それを知っていて、お前の現状でどこをどう評価したら才能がないだの、平凡だの、なんて発想ができるのか、正直不思議だよ」


 思い返す前世ー。
 周囲の嘲りをうけながらも、自身の在り方を求めてあがき、やっと手に入れた力は蔑まれ、己自身は価値無き物と断じられて切り捨てられ。あげく「暴力装置」としてのみ存在を認められて使いまわされた屈辱の日々。
 あれこそが「平凡」な人間に与えられる果実だ。
 指導の時間をとってもらい、ときに叱責もしてもらえるのは期待されてるからだ。さきがないと見切った相手は、指導も叱責もせず、潰れるまで使い込むのが組織というものだ。それに、10代半ばのまだ完成していない人間ならなおさら、鍛えようによっては、使いでができる。平凡な若手の能力を引き出すのは、まともな上官の条件の一つだ。自分で自分を「平凡」などと嘯く贅沢は、少なくともお前程度の経験と立場の人間に許されることじゃないんだよ、ランスター。

 そんなことを思いつつ、だが懇切丁寧にその現実を教えてやることもせず、俺は目の前の思春期の子供が、心に溜め込んだ泥を吐き出すのを見つめていた。


 「……あたしは…! 隊長たちみたいにエリートじゃないし! スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいなレアスキルもないっ。少しくらい無茶して死ぬ気でやらなきゃ、強くなんてなれないじゃないですか!」
「無茶をしても、命をかけても、譲れない場面は、確かにあるだろうな。だが、先日、お前がミスをした場面。あれは、自分の仲間の安全や命を賭けてでも、どうしても引けない状況だったのか?」
「っ!」
「お前にとっては、そうだったのかもしれんな。お前のこれまでの価値観や目標が、引くことを許さなかった。
 だがそれは、部隊の一員として、同僚を裏切り信頼を崩す行為だと理解していたか? 理解してその業を背負う行為だと認識して引金を引いたか?」
「……」
「それに、俺は、そこまで自分を追い詰めなくとも、お前は十分に強いと思ってる」
「……買い被りです」
「そうかな?」
「……あなたには…あなたみたいな人にはわからない! エースオブエ-スなんて言われる凄い英雄で! 一般の人たちにだって、下手なアイドルより知られてて! 若い局員はみんな憧れてて! いまの私より何歳も若いときに、あんな凄い訓練方法の改革案を出してッ!!」
 俺は苦笑した。
「魔法至上に毒されていない視点と、演出の結果だよ。俺の功績として持ち上げられてることのなかで、俺1人でやったことなんて1つもない。
 偶像があるほうが管理局にとって都合がいいから、俺を前面に押し出し、一般への露出も高めた。だが、中身はそれに伴ってない。よく教導に回る「陸」じゃ、まだ好意的にみてくれるが、縁の薄い「海」での評判はひどいもんだ。今度、フェイトに聞いてみるといい。あいつが俺の友人なのは周知のことだから、あいつの耳に入る俺の悪評なんぞ、ごく一部だが、それでも本局での俺の評価がかなり低いことがわかる程度には、噂話を聞けるだろう」
「そんなっ……そんなこと……!」
あえぐように言葉を吐き出すランスター。俺は容赦なく言葉を続けた。

 「凄いことを颯爽とやってのけるのは見栄えがする。誰もが賞賛するだろう。だが、なりふり構わず必死になって足掻くことこそ、真実、賞賛に値する。みっともないと笑う奴もいるが、俺は笑わん。その足掻きのなかで鍛え上げられ、やがて生まれ出てくる、本当の強さを持った存在があることを知っているから」
「……そんなの…信じられません……」
俯いたまま、ランスターはうめいた。よろっていた分厚い衣服をはぎとられ、凍え怯える子供のように。

 沈黙が流れた。

 俺は、それまでとは違う、静かで感情を排した声音で語りかけた。
「今日、ヴィータに叩きのめされたという技は、一体誰のための、何のための技だ?」
ゆらりと顔をあげるランスター。その身体がかすかに震えている。
「正義なぞ武器に過ぎん。武器は金を出しさえすれば、誰にでも買える。正義も理屈さえつければ、誰にでも買えるものだ。
 善と悪に物事を割り切るなら楽だ。だが、生きていくなかで、なにかを選ばなければならんときがあったとしても、その選択肢は二択じゃない。正解なぞないし、間違いだと減点されることもないんだ。生きるということは、テストを続けていくことじゃない。成績や素行を採点されることじゃない。それはお前の、お前だけの「人生」。
 正義も悪も無い。正解も間違いもない。ただ、お前の命を燃やし続ける日々。お前の、お前だけの「人生」」
「……でも、そんなの……それじゃ、認められるなんてかぎらないじゃないですか! どれだけ頑張っても、結果を出しても、評価もされずに、そんなこと、それでいいはずない!!」
「それはあり方の違いだ。他人がなんと言おうと、己が道を己で定める、それを誇りとする人間もいる。それが生の証であり、それなしでは生きていけないという人間もいる。善も悪もない、ただ、自分の命を燃やす。ただそれだけのために、己が全てを賭けて悔いない生き方がある」
ランスターは、呆然と俺の顔を見ている。
「「正しい」答えがあれば、楽だ。矛盾も葛藤もない。だが、それに甘えず、非難と誹謗を浴びても、より良い未来を求めて泥まみれで進むことを無様と笑えるか。誰もが諦めろと嘲う高い壁に、心折れずに正面から挑みつづける気概を愚かと蔑めるか。
 お前には、この2ヶ月足らずの間でも見てとれるお前の心には、そんなことはできないはずだ」
「…………できません……」
「だが、ここ数日のお前の行動は、その言葉を裏切っている」
「……っ」
「焦りでこれまでの自分を否定し、自分の積み上げてきた成果を見捨てた。
 お前の心を裏切った。お前の信念を裏切った」
「……」

 言葉も出ない様子の彼女に、俺は静かに微笑んだ。
「なあ、ティアナ・ランスター。魔力以外のところにも強さの可能性を見いだそうとした、かつての陸士候補生よ。
 もういちど、自分の立っている場所を見渡してみろ。
 お前の持つ魅力を見ずにないがしろにして、焦って向かないことに半端に手を出すから、しくじるんだ。
 お前が思っているよりも、人は強い。魔法や奇跡などなくとも、その知恵と不屈の心だけで、人は不可能を可能にし、絶望を打ち倒し、未来を紡いできた。そのつながりの先に俺たちは立っている。
 だから、そんなに焦るな。自分の力を、意思を、可能性を信じてやれ。
 お前の相棒が信じているように。ハヤテやヴィータが信じているように。ー俺が信じて、お前を引き抜いたように」

 目を見開いたまま、じっと俺の言葉を聞いていたランスターの目に、静かに涙がたまりはじめ、ぽろぽろとこぼれる。やがて、それは途切れない流れになり、さして間をおかずに号泣になった。


 俺は黙って、長らく人前で泣けなかっただろう少女の泣く姿を見つめていた。
 いつのまにか泣くことができなくなっていた、かつての自分を思い返しながら。






 翌日。俺は地上本部の一室でレジアスを待っていた。
 先日の六課襲撃に関して本局とやりあったというので、昨日の夜間出撃に関する報告を隠れ蓑に、その詳細を聞くために出向いたのだ。

 襲撃犯は、待ち伏せを食うとは想像していなかったのか、目的地の至近で襲撃手順の確認に思考が占められていたのか、道路封鎖と照明と警告に、完全に混乱の渦に飲まれ、立ち直れないまま俺とフェイトに次々と無力化された。逮捕宣告から制圧まで10分かからない戦闘だった。

 陸士隊に引き渡された襲撃犯たちは、聞いたこともない反管理局のテロ組織名を名乗ったそうだ。一応、目的は、名立たるエースが集まる部隊を襲撃することで、管理局の威信に傷をつけることだとか。通常の陸士部隊への襲撃さえ、ここ十数年成功せず、ここ数年は無人の施設や市街地でのテロ行為ばかりだというのに、屈指の戦力を擁する六課を襲撃できると判断した理由については、まともな答えが返ってこないそうだ。まあ、その辺の追求は、俺の領分ではない。
 それやこれやのアグスタ警備任務に絡む、きなくささへの対応はレジアスに任せた。俺には、そんなことより、捜査官とのパイプが出来たことが嬉しい。今までは、ゲンヤさん経由での108大隊の連中くらいとしか、定常的なコネクションはなかったからな。フェイトとギンガも頑張ってくれてるが、どうしても捜査優先で、コネクションの維持という視点から見れば不十分だった。ま、2人の仕事的にはそれでいいんだが。その点、今回接点ができた陸士隊の捜査官とは、襲撃犯についての情報交換の名目で、連絡をとりやすい。きっかけもきっかけだし、捜査部門に本局への不信を広げていく切り口になってくれるだろう。

 教会にもハヤテ経由で、今回の襲撃とそのきな臭さについては詳細に伝えてある。カリムにも身辺に気をつけるよう伝言した。俺を嫌う本局のはねっかえりの仕業の可能性もあるが、カリムの頼った高官経由で、六課が本局内部の犯罪者の捜査をしていることに気付かれた可能性があるとも伝えている。小さなことでも繰り返せば、やがて大きな結果を生む。こまめにこういった事例を伝えることで、カリムが、ひいては教会上層部が、本局の自浄能力に対する信頼をなくしていけばいい。


 まもなく入室してきたレジアスは、椅子に座ると機嫌よさげに、本局とのやりとりを話してくれた。

 本局の出した強引な天照のメンテ命令と、その情報を知るかのような六課襲撃のタイミング。六課にそぐわない任務とその任務時間帯の侵入者及び任務時のあまりに的確な通信妨害。
 本局との合同会議の際に、議題とは関係のない安全管理体制について話を持ち出し、六課への襲撃を地上の安全管理体制不備として声高に論じたてた高官に、それらの情報をもとに切り返し、本局こそ管理体制に不備があるのではないかと、逆に追求したそうだ。

 「まあ、さすがに、状況証拠だけなので、内部調査をする、という言質をとるだけで終わったが……少なくとも、あやつの権威失墜は確実だろう。とかげの尻尾を切られただけだが、うるさい連中も一時的には鳴りを潜めるだろう。もうすこし、奴ら全体へのダメージを与えてやりたかったが……」

 そこまで話して、追い詰めきれなかったことを思い出したのか、レジアスの顔がしかめられた。
 俺は軽く笑った。
「まあ、あちらが迂闊に手出しができないということを理解しただろうことだけで、とりあえずは構わん。むしろ、手際の悪さから考えると、今回噛みついてきた奴と襲撃の黒幕とは無関係と考えた方がいいだろう。はねっかえりが目の前の餌に、後先考えず食いついたというところかな。
 まあ、なんにせよ、手間をかけさせたな」
「……なに、儂の当然の義務だ。礼には及ばん」
仏頂面で、コーヒーカップを持ち上げるレジアス。ちなみに、照れてるときには、飲み物を飲む動作で顔を隠す、というのはオーリス嬢から教えられたコイツの癖だ。生温い目でレジアスを見ながら、俺もコーヒーを啜った。

「……ああ、それと例の件だが、どういうことだ?」
「どの件だ?」
「技術部に無理押しした件だ。儂のところにまで、抗議が上がってきたぞ?」
「あの件か。なに、ちと鍛え甲斐のありそうな奴を見つけてな」
「……それだけか?」
「くくっ、疑り深いな。まあ、無理もないが。
 その件については、本当にそれだけだよ。他意はない。あるいは、俺の代わりになりうるかもしれん人材だ。多少入れ込むのは多めに見てくれ」
「……貴様、自分自身を使い潰す気ではあるまいな? 代わりになるかもしれんと言われても、ここまで煮詰まってきた段階で貴様の役目を別の人間に置き換えるのはリスクが高すぎる」
「はいはい。
 別段、自殺願望があるわけじゃない。俺が俺であるために必要なら全てを捨てることにためらいはないが、最低限の機を見ることを怠りはせんさ。そいつのことは、さしあたりは手札を増やす程度に理解してくれたらいい」
「……ふん」
鼻を鳴らして、しかし追求をやめたレジアスに、こちらから話題を振る。
「で、襲撃の前後、どんな奴らが動いたのか、ある程度、目星はついたのか?」
「ああ、確定ではないが、この連中の周囲が、妙な資金の動きや不審な指示に絡んでいた」
目の前に滑らされた紙を手にとって、じっと見る。敵……明確な敵だ。組織や思想といった漠然とした存在じゃなく、はっきりと存在を持っている敵だ。薄靄のなかでいつか来るかもしれないときのために、蓄えてきた力を、解き放ってぶつけられる相手だ。

 食い入るように見入る。
 そのなかで生じた俺の表情の変化も、俺の纏う雰囲気の変化も、俺は気付かなかった。レジアスが眉をしかめ、ふと身動きするまで。
「…………」
「ん? どうかしたか?」
「……いや、お前こそどうしたのだ?」
「? なにが言いたい?」
「……その……なんだ。
 貴様、今の自分の表情がわかっているか? まるで血の匂いを嗅いだ獣だ。殺戮が楽しみで舌なめずりしているような陰惨な顔だ。今のお前なら、魔王と称しても誰も反対せんだろう」
「…………」
「高町?」
「……ふふふ……くくっ……」
「……」
「アッハハハハ! ハッハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「……」
「フフフフフフフ…………はあ、ふう。……くくっ、そんな顔をするな。
 なに、すこしばかり、嬉しくて楽しかっただけさ。それだけのことだよ、ふふふふふ……」
「……」




 レジアスと話をした日の夕方。俺は部隊長室にハヤテを呼んだ。

 ハヤテはあれからヴィータを交えてティアナと、不十分だったコミュニケーションーハヤテ達がティアナを隊内でどういう位置付けで考えているか、そのためにどのような訓練の過程を考えているか、といった内容を話し合う個人面談をおこなった。今後も定期的に行なう予定だというから、今回の問題はほぼ解決したと考えて良いだろう。結局、相手の気持ちや立場に合わせての、説明や配慮が不足していたということだ。ハヤテは馬鹿ではないから、同じ失敗は繰り返すまい。そう考えると、この程度のいざこざで、将来にわたっての危険の芽を摘めたことは、むしろ上出来といっていいと俺は思う。
 だが、失敗は失敗だ。そして責任者は失敗の責任をとる必要がある。

「グラシア一等空尉待遇」
「はい」
「部下の管理不行き届きにつき、戒告処分。始末書を提出しろ」
「了解しました」
敬礼するハヤテ。実質、被害は生じてないのだから、この程度でよかろう。再発防止のために、原因分析と対策検討をまとめた始末書は出してもらう必要があるが、そうでなければ、厳重注意で済ませてもいいくらいのものだ。
「それと、ランスター二士にフォワード陣のまとめ役をやらせるなら、それを公的にも明確にしたほうがいい。
 部隊長としては、不祥事を起こした直後に、責任を持たせるのは賛成しかねるが、しばらく様子を見て、安定してきたと判断したら、チーム・リーダーなりフォワード・リーダーなり、適当な役職名を作ってそれにつける旨、書類で上申しろ。特例昇格で、陸曹待遇にして班長をさせるという手もある。タイミングと内容は任せる」
「はいっ、了解しました!」
 嬉しそうな顔して、まったく。一応、処罰を言い渡してる場なんだがな。でも、俺も浮かぶ苦笑を抑えられなかった。それを見て、ハヤテがさらに顔を笑み崩す。やれやれ。まあ、いい。ついでだ、もう一つの件も一緒に片付けるか。
「それと、相談なんだが……」




 ハヤテとそんな話をした、さらに二日後。
 俺は訓練後のティアナを部隊長室に呼んだ。


 やや緊張した顔で部屋に来たティアナに、壁際に置いてある箱を示す。今日地上本部技術部から着いたばかりの、1人で抱えるにはけっこう辛い大きさの箱だ。
「開けてみろ」
「は、はあ……」
要領を得ない顔で、樹脂製の箱を開けていくティアナ。やがて、中身が見て取れるところまで開梱できたのだろう、ティアナが驚きの表情で振り返って、俺を見た。
「っ! こ、これって! なのはさん!」
 俺は悪戯が成功した子供の気分で、ティアナに笑いかけた。
「とりあえず、つけてみろ。量産試作品を調整して送ってもらったからな。不都合な点があるかも知れん」
「あ、あたし用ですか?!」
「でなければ、なんでわざわざお前を呼ぶんだ?」
俺は笑いの衝動を抑えながら言った。
「で、でもあたしは指揮官じゃないし……その」
戸惑うランスターに、俺はもう笑いをこらえずに返した。
「ともかく着けてみろ」

「どうだ」
「す、少し重いですね」
「まあ、しかたない。完全機械式だからな」
「完全機械式、ですか?」
「高濃度AMF下での使用を想定してる」
そう。阿修羅の完全機械式バージョンの量産試作品だ。まだ技術部で検討・調整中の10個のうちの1個を、無理を言って送ってもらった。


 先日、ハヤテと相談したのはこのことだ。
 ハヤテとヴィータには所属の関係で、ヘカトンケイレスが支給されない。そこで、ティアナを新米4人の指揮官格に据えるなら、いっそのこと彼女にヘカトンケイレスを支給して前線指揮の実務を担わせたらどうか、と持ちかけたのだ。ハヤテとヴィータは上位指揮官として、遊撃として、切り札として、ティアナ達と捜査係の戦闘を管理する。ハヤテの了承が得られたので、ツテを頼って技術部から取り寄せたのだ。丁度、量産試作品があった完全機械式阿修羅を仕入れられたのは、幸運といっていいだろう。もっとも、多少ごり押ししたので、レジアスにまで苦情がいったわけだが。

 その辺の経緯はティアナには関係ないので、彼女に前線指揮官としての教育を行なうこと、それはハヤテも同意していることだけを告げる。ただ、通常訓練とは方向も内容も大きく異なるので、自主練習の時間帯に、主に俺が見る形になる。
 かなりの特別扱いだが、ティアナにフォワード陣のまとめ役をやらせるなら、早急に叩き込まなければならない技術だし、六課で阿修羅の取り扱いを使用経験を踏まえて指導できるのは俺くらいだ。六課の面子はお人好し揃いだから、ティアナが妬まれるようなこともないだろう。
 それに、せっかくの機会でもある。ただ阿修羅の運用と前線指揮官としてのノウハウを叩き込むだけにするつもりもない。


 「「要綱」を読み込んでいるのなら、指揮官の重要性はわかるな」
俺の言葉に、戸惑って混乱していたティアナは顔を跳ね上げた。
 その顔に視線を射込みながら、俺は犬歯を剥き出した。

「覚えておけ。
 目の前の問題に対処するのが兵卒だ。目の前の状況の解決を図るのが中・下級指揮官だ。目の前だけでない全体を見渡して、対応を練るのが上級指揮官だ。過去から学び、理想を見据え、現在を未来へ導く努力をするのが指導者だ。

 さて、ティアナ・ランスター。お前はどんな存在になる?」







■■後書き■■
 あいだ空きましたが、とりあえず、更新です。
 今話を通して見た場合、なのはの言動やその描写に違和感を感じる人もいるかもしれません。これまでの彼女と比べるとなおさら。これからの数話かけて、徐々にその歪みをはっきりさせていきたいところですが……かなり繊細な作業になりそうです。暗闘と並行して進めるのは、けっこう難儀かも。とりあえず、あいだの空き過ぎない程度にボチボチいきます。



[4464] 番外小話:フェイトさんの(ある意味)平凡な一日
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/03/12 09:07
 朝、気分良く目覚めた私は、機嫌よく髪を漉いていた。

 六課に来たのは、政治的要素がらみだってことは、クロノから聞いてわかってるけど、それでもなのはと一緒に仕事ができるのは嬉しい。自惚れでなければ、なのははこの数年、だいぶ私に気持ちを開いてくれるようになった。六課開設準備の時期にひきあわされたハヤテ(そう呼ぶように言われた)って強敵がいるけど、負けるもんか。なのはの一番の親友の座は私のものだ! ぐっ、と手を握ったところに、背後から声がかけられた。
「フェイトさん、おはようございます」
表情を笑顔に変えてくるりと振り向く。
「うん、おはよう、キャロ。調子はどう?」

 今日もキャロに髪を漉いてもらい、私もキャロの髪を漉いて整えてあげる。キャロは最初は遠慮してたけど、繰り返しお願いしたら、受け入れてもらえた。キャロも髪を漉いてもらうなんて経験がなくて、ちょっと恥ずかしかったそうだ。でも今は、嬉しそうに私の髪漉きを受けてくれる。鏡の中のキャロと目が合って、私たちは、どちらからともなく微笑みあった。


 私とキャロは一緒の部屋で暮らしている。
 ホントはエリオも一緒の部屋で住みたかったんだけど、なのはに却下された。雑談がてらお願いしたとき、なのははなぜか難しい顔をして、返事を保留。後日、エリオを呼び出し、2人でしばらく話し合ったあと、「却下」と私に告げたのだ。どんなに拝み倒しても変更してくれなかった。エリオ自身にも遠慮したい、と言われたので、私は非常にショックだったんだけど、なのはが、
「エリオも難しい年頃なんだ。察してやれ。決してフェイトを嫌ってるわけじゃないから」
そう言って、エリオも凄い勢いで頷いてたから、しぶしぶ納得した。

 エリオは、なのはの提案で、ヴァイス陸曹と同室になってる。エリオのことでよく話すけど、気さくで面倒見のいい人だ。エリオも、年上の同性にはいろいろ相談しやすいみたいで、よく懐いてる。……正直、淋しいけど、なのはのいうように、女性では男の子の気持ちを理解しきれないってこともあるだろうから(クロノにもそう言われたし)、我慢してる。それに、朝食は絶対に一緒に取るって約束したし。この時間だけは、ヴァイス陸曹も、スバルもティアナも遠慮してもらって、三人だけで過ごしてる。プライベートのことなのに、提案してくれて、後押しまでしてくれたなのはには感謝だ。
「戦場に出て戦うってことは、心に負担をかける。低年齢ではなおさらだ。お前も俺も、多少特殊な環境にいたから少しは耐性はあったが、それでも辛く感じることもあっただろ? そんな時、家族と思う相手と過ごす時間があれば、少しでも心の支えになるんじゃないかと思うんだ。些細なことを話すだけでいい。話さなくても一緒の時間を過ごすだけでもいい。……俺が言うようなことじゃないが、そう思うんだ。
 だから、フェイト。お前の大事な「家族」と。一日一時間でもいい、三人だけで過ごして気兼ねなく話をできる時間をとってやるといい」
そう言うなのはの目は優しくて。でもどこか遠くを見ていて。私は思わずなのはの手を握って、言った。
「うん、でも友達も大切だから。友達でも支えになれるから。だから、なのはも無理しないで、なにかあったら私に……ハヤテにでもいいから。遠慮なく話して。それこそ、どんな小さな事でもいいから。私はなのはの助けになりたいんだ」
なのはは目を瞬いて。それから、すこし苦笑しながら頷いた。どこか嬉しそうに見えたのは、私の欲目だろうか?


 なのはが家族に馴染めずにいることは知っている。
 詳しくは聞けなかったけど、以前、「俺は異物だから」と言っていたことがある。私にプレシア母さんと向き合う力をくれたなのはには、似合わない言葉のような気がして、でも本当の家族を知らない私にはなにか言う資格は無くて。それでも六課の設立準備で頻繁に顔をあわせるようになった頃、なのはは一度、97管理外世界の家族のもとを訪れた。10年間顔を合わせなかった家族と、絆を結びなおす一歩目として、だそうだ。
 なぜ、私がそんなことを知っているかといえば、なのはに報告されたからだ。お礼の言葉と一緒に。
「ありがとう。フェイトの言葉のおかげで、俺も一歩踏み出す勇気が持てた」
って。
 正直、私はなのはに力を与えてあげられるような言葉を言った覚えはなかったんだけど、聞いてもなのはは「お前が意識してたんじゃ無くても、お前の言葉のお陰だよ」って、はぐらかすだけだった。少し納得いかないけど、私がなのはの助けにーそれも仕事の面じゃなくてーなれたことなんて、一度も無かったから、もし本当だとすると、凄く嬉しい。

 でも、同時に、なのはの孤独を思って、とても哀しいと思った。ハヤテとも話したことがあるんだけど、なのはは、人に頼らない。人に嫌われても気にしない。「陸」に出張してから、人あたりが随分良くなったように思うけど、それでも、芯には、独り、輪に入らずに凍えた場所に佇んでいるようなところが残ってる。それも、たぶん自分から望んで。
 きっと、自分がどうだろうと、周りが幸せならそれでいい、むしろ周りの幸せには自分が邪魔だ、と思ってるんじゃないかな。初めて会ったころから、なのははとても優しくて、でも、ひねくれた偽悪的なところがあったから。
 
 なのはのそんなところは、なんとかしてあげたいって、ハヤテと時々話してる。なのはの親友と言うだけあって、ハヤテも気配りのできる、とても優しい人だ。ちょっと嫉妬しないでもないけれど、彼女と2人がかりなら、なのはの心の氷を溶かしてあげることができるかもしれない。そういう意味でも、六課にいる一年間は、私にとって大事な機会だ。



 キャロと互いに身支度を整えあって、一緒に部屋を出る。もちろん手はつないでいる。キャロの子供らしい、体温の高い柔らかい手が、私の気持ちも暖かくしてくれる。
 以前は私だけ先に出て、朝食のときに合流するパターンが多かったんだけど、武装係の子たちが4人とも朝の自主訓練を始めてから、私も時間を調整して、エリオとキャロの訓練を見てあげることが多くなった。ハヤテやヴィータの指導に反したことをするわけにはいかないので、ハヤテたちと打ち合わせをしての指導だけど、私が2人の訓練を見てあげられるのは正直嬉しい。
 ティアナはなのはによる指揮官向け研修を受け、スバルはギンガとシューティングアーツの訓練をしてる。
 エリオとキャロは、基礎の確認をすることが多い。自主訓練を始める前後に、訓練段階が一段階上がって、応用的な内容が増えてきたんだとか。でも2人はまだまだ身体ができてないし、基礎もティアナやスバルに比べれば弱いので、いきおい、自主訓練でその辺を反復することが多くなる。今は回避アクション中心かな? 怪我して欲しくないし。

 訓練を終えたら、軽くシャワーを浴びて、一緒に朝ご飯へ。三人水入らずで過ごせる至福の時間だ。最初は2人ともすこし固かったけど、最近はだいぶ色々な日常のことを話してくれるようになった。ティアナとスバルもいろいろと構ってくれてるらしい。また今度お礼しないとな。


 始業10分前に予鈴が鳴って、エリオとキャロと別れる。別れる前に、怪我しないよう、無理しないよう、よく言い聞かせてから。毎日のことだけど、心配だし、いつもいつも言ってしまう。2人ともうっとうしがったりせずに、素直に聞いてくれるので、なおさら止められない。私を手伝いたいって2人の気持ちは嬉しかったけど、こういうときは、やっぱり危険の無いところで暮らしていて欲しかったって思ってしまう。納得したはずなのに、未練だ。六課が解散した後は、あらためて子供らしい生活に戻れるよう、話しようかな。まだ先のことだけど、2人のために考えておくべきことだと思う。

 2人は訓練場、私は指揮所。各部署の長が集まっての、毎朝の簡易幹部ミーティングがあるのだ。
 このほかに、週2回、1時間くらいの士官以上参加のミーティングがある。なのはは結構ミーティングをこまめにする方だと思う。私は執務官って役職柄、あまり組織運営の経験はないからよくわからないけど、ハヤテやヴィータに言わせると、多めらしい。でも、部隊の集団としての練度を重視するなのはらしいな。

 ミーティングが終われば、捜査係の執務室に行って業務開始。シャーリーとギンガに、簡易ミーティングでの連絡事項を伝え、今日の全員の予定を確認して行動を開始する。


 今日は私は、アグスタのときに天照が捉えていた、ジャミング発生装置を設置した召喚士とその護衛らしき魔導師についての調査。召喚士について、転移してきたときや、装置を召喚したときの術式や魔力パターンなどから、地上本部のホストコンピュータ(思兼っていうらしい)は、以前、地上部隊にいて殉職したメガーヌ・アルビーノって局員との類似を弾き出し、年齢的に、行方不明になってるアルビーノさんの娘さんの可能性が高いんじゃないかって推論した。魔道師については、特に行動をおこさず、フードをかぶっていたこともあって不明。犯罪者リストの魔力パターンに該当者なし、ってことくらいしか判っていない。ロングアーチ経由で受け取った情報だ。今後も、新規判明事項があれば、即互いに連絡しあうことでグリフィスと話がついてる。
 アルビーノさんは、ギンガとスバルのお母さんと同じ部隊で友人、ギンガ自身も顔見知りだったそうで、召喚士がルーテシアというその娘さんの可能性があるってわかってから、ギンガは熱を入れて、彼女が行方不明になった経緯を追ってる。今日も係ミーティングが終わったら、即飛び出していった。
 シャーリーには、技術主任としての業務、ハッキングとジャミング対策の検討を優先させてる。もちろん、捜査も手伝ってほしいけど、重要性から言えば、ハッキング・ジャミングへの対策の優先度はかなり高い。急いで対応しなくちゃならないのに、シャーリー1人で対処できるような話じゃないからなおさらだ。朝晩は六課に顔を出すけど、ほとんど本部の技術部に詰める日が続いてる。
 おかげで、このところ、私は一人で業務。慣れてるといえば慣れてるけど、すこし淋しい気もする。


 午前中一杯各所への連絡や調べ物をして、お昼ご飯。うまくいけばエリオたちと一緒に食べれるんだけど、今日は時間があわなくて1人。なんだか、妙な視線が集中してる気がする……気のせいだよね。しばらく前から、部隊のみんなから、妙な目で見られてる気がするんだけど。……うん、気のせい気のせい。


 午後は本局へ。口実は、スカリエッティについての情報収集だけど、本当は、なのはが言った内通者の問題の調査。なのはには止められたけど、放っておける問題じゃない。まして、先日の隊舎襲撃やなのはを狙った爆弾を仕掛けた犯人の裏に、内通者がいるようならなおさらだ。騎士カリムの知り合いに任せろ、というなのはの言葉もわかるけど、それとこれとは別だ。クロノも騎士カリムと親しいので、聞いてみたら、やっぱり相談を受けていて、水面下での調査をすすめてるって話だった。半ば無理矢理、その手伝いをするかたちで、調査している。十分気をつけながら、幾人かの執務官や、総務局の顔見知りの人たちと話をして、情報を辿る。
 それらしい噂はあるようだけど、発信源がなかなか特定できない。噂の内容や広がり方も、具体的な個人名や部署を絞れるようなものじゃない。どことなく不自然な感じ。クロノが、友達のアコース査察官が具体的な痕跡を見つけてるって言ってたから、一度、話をしてみるべきかもしれない。

 移動の途中でたまたますれ違った提督の1人に嫌味を言われた。なのはは相変わらず高官に嫌われている。それが悔しい。下の方の人はそうでもないんだけど、漠然とした隔意はあるみたい。それに、今日あちこち回ったけど、その感じが強まってるような印象を受けた。私に、なのはの部隊にいないほうがいいとか嫌な目にあってないかとか、的外れな心配を真剣にしてくる人たちまでいたし。詳しいところまで話は聞けなかったけど、良くない感じだ。クロノかリンディ母さんに確認したほうがいいかもしれない。


 総務局に寄ったとき、リンディ母さんに誘われて、晩御飯をリンディ母さんとレティさんと一緒にとることになった。
 本局内のレストランで食事をしながら、いろいろな話をする。やっぱり六課は、本局ではどうも妙な目で見られてるらしい。それにひきずられているのか、地上部隊への悪感情も高まってるとか。地上にいる私が変な目にあってないか、リンディ母さんにまで心配された。
 ギンガと一緒に陸士隊の捜査部を回ってる限りだと、特にそんな視線は感じないし、協力要請にもキチンと応えてくれてることを伝える。でも、気にはなるので、地上部隊のほうでの本局への感情を確認してみると約束。……預言のことは、六課開設前に、なのはから聞かされている。そんな重大な時期に、勢力争いなんて馬鹿馬鹿しいことだ。なんとかしなくちゃ。その思いを伝えると、リンディ母さんは、微妙な表情をした。
 ……リンディ母さんからみれば、やっぱり私はまだ頼りなく見えるのかな。でも、預言された危機を防ぐための六課なんだ。管理局の内輪揉めを抑えて足並みを揃えさせるのも、仕事のうちだ。難しいかもしれないけれど、なんとか頑張りたい。 



 22時過ぎに隊舎に帰ってきたら、訓練場の方で光が見えたので、ちょっと寄ってみた。ティアナをなのはが指導して訓練していた。ティアナを新人4人の指揮官にするためにしている訓練は、座学と阿修羅を使っての実戦訓練、それに机上演習。晩は実戦訓練をすることが多いようだ。今の時間も時間だし、二人とも無理しないか心配。ハヤテとオーリスさんとも相談して、注意してよう。……もう、このあいだのようなことはこりごりだ。私たちは仲間なんだから。


 なのはの視線は、ときに私たちには見えない遥か先のことを見通し、私たちが気付かないほころびや食い違いを見抜く。なのはが中心になって推し進めた色々な改革は、数年たった今、はっきりとした成果を上げている。戦闘力だって指揮能力だって、私たちの誰も叶わないだろう。魔導師ランクなんか問題にしない強さがなのはにはある。
 私たちは、だから、仕事ではなのはの負担を肩代わりできない。精々、指示されたことを素早く的確にやって負担をすこしでも軽くしてあげるよう、努力するだけだ。

 でも、せめて、気持ちだけは傍にいたい。支えてあげたい。なのはには、どんなに強くなっても、どこか余裕の無い雰囲気がつきまとう。必死で生き急いでいるように見えてしまう。
 そうじゃないんだってことを、私たちはなのはの力になりたいって思ってることを、受け入れて欲しい。なにもかも独りで抱え込まないでほしい。
 仕事の話だって、なのはに言えば、上司が能力で部下の上にいるのは当たり前だって笑うだろう。でも、本当は当たり前なんかじゃない。魔力資質の無い人が、優れた戦闘指揮をとることができるように、上司が全てをこなすスーパーマンである必要はないんだ。
 そんななのはが、管理局の危機や内通者の問題のような巨大な難問に立ち向かうとき、無理をしないなんで考えられない。
 なのははとても優しい。態度や言葉でわかりにくいけれど、「死の危険にある人間を助けるのに理由はいらない」と言ったあのときと同じ光が、今も瞳に潜んでいるのを私は知っている。「世界を諦めるな」と私の頬を撫でてくれたときと同じあたたかさが、今もその手にあることが感じとれる。

 だからきっと、ずたずたになりながらも、難問に立ち向かってなんとかしてしまうんだろう……自分のことは省みずに、他の人は庇いながら。忙しい時間を無理に割いて、ティアナの指導を直々にやっているのがいい証拠だ。部隊長がするような仕事じゃないし、なのはなら、教官の1人や2人、ツテやコネで手配できるだろうに、自分が阿修羅の運用に一番詳しいからって、自分でティアナを鍛えてる。きっと新人達の誰もが無事に危機を乗り越えられるように。
 でも、なのははそれで良くても、私たちは耐えられない。なのは独りに負担をかけるなんて嫌だ。なのはが傷つくのは嫌だ。
 私は、なのはのために何ができるだろう。
 離れたところから訓練風景を眺めながら、しばらくのあいだ、私は問いの答えを探し求めていた。 



 ……執務室に帰ると、簡単に今日の結果をまとめる。詳細な分析は明日でいいだろう。ギンガは今日は遅くなる見込みだったので直帰予定。シャーリーがいるかどうか確認しようと技術室へ。……いた。確かに重大な課題だけど、そう簡単にいくものではないことはシャーリーもわかってるはずだ。でも、気持ちが抑えられないのだろう。口で言っても多分効果はないので、無理に帰らせる。なにか、なのはとティアナがまだ訓練中だということを知ると、急に納得したような表情になって、素直に帰り支度を始めた。なぜだか、
「私はフェイトさんを応援してますから! 負けちゃ駄目ですよ!」
とか言われて激励された。なんのことかよくわからなかったけど、そんなことを言える雰囲気ではなかったので、
「ありがとう。頑張るよ」
と返しておいた。別れ際、妙に満足げな表情だったな?

 帰りしなに指揮所を覗くと、オーリスさんがまだ仕事をしてたので、一声かけてから帰る。ほんと、オーリスさんは六課の要だな。内部をキチンとまとめて情報の整理・分析・配布を的確迅速にしてくれるから、私たちも事務処理は最低限にして、本業に集中できる。また今度、なにか差し入れでも持っていこうか。オーリスさんにまで向けられた妙な視線を、気のせいと自分に言い聞かせながら、部屋に向かった。



 なるべく静かにドアを開けて部屋に入ると、キャロがソファで丸くなっていた。遅くなるから先に寝てるように伝えたんだけど、待っててくれたみたい。起こさないように、そっと2人で一緒に使ってるベッドに移して、掛け布団をかける。すこしむずかったが、すぐに落ちついて、穏やかな寝息を立てはじめた。思わず頬がゆるむ。起こさないよう注意しながら、キャロの頭をそっと撫でる。……私の家族。血はつながって無くても、想いでつながった家族。


 さて、私もお風呂に入ってキャロと一緒に眠ろうか。







 ちなみに、六課内で私に向けられる妙な視線の原因を知るのは、それから一週間ほどしてからのことだった。

「シャーリーっ、変な噂広めて! なんで私と、な、なのはが、き、きき禁断の関係なんてことになってるの!」
「ご、ごめんなさい~」


 ……何日間か、私はなのはの顔をまともに見れなかった。 






■■後書き■■
 かシみんさんとgimeiさんに捧ぐ。ご期待に沿えていればいいんですが。
 時期的には、「頭冷やそうか」事件後、1週間以内くらいかな。裏の無いお方主観のお話は書きやすいです。フェイトさんいいよね、この連載じゃあまり出番無いけど。できたら、後半の山場で見せ場をつくってあげたいと思ってます。

 次の投稿は、「幕間3:ティアナ編」予定。視点の関係で扱いは幕間だけど、本編のストーリー進行にも少なからず関係する……かな?



[4464] 幕間3:ティアナ・ランスター
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/03/27 13:26
※3/27、誤字修正 アルビーノ(bi) → アルピーノ(pi) 、worm → warm
ほか



 噂には聞いてたし、このひと月で少しは理解した気でいたけど、なのはさん、高町部隊長の豪胆さはとんでもない。というより、あれは図太いと言ったほうがいい気がする。彼女は、六課隊舎の襲撃を未然に防いだ夜、犯人を陸士隊の捜査課に引き渡すと、何もなかったようにさっさと寝てしまったらしい。自分の部屋の前に爆発物が仕掛けられてて、第一目標は部隊長だっただろうことは誰でも察しがつくのに。翌日以降も、態度に全く変わりがなかった。そりゃ、上官が簡単にうろたえるようじゃ、部下としては不安だけど、あそこまでなんの変化も無いのも、どうかと思う。
「きっと神経がワイヤーでできてるのね」
呆れ混じりに言ったら、なのはさん大好きのスバルに
「違うよ! なのはさんがとっても強いんだ!」
と反発された。はいはい、でもそれって、あたしの言葉の否定になってないわよ。でもエリオとキャロにも控えめにたしなめられて、ばつが悪くなったんで言葉は撤回して謝ったけど。

 でも、なのはさんと一緒に訓練するようになってから、漠然と感じてることがある。なのはさんは、どこか危うく、そして異常だ。はっきり、どこがどうとは言えないけれど、まともな感覚の人間じゃないことだけははっきり感じる。普段の態度が仮面をかぶってるのかといわれると、多分違うと思うけど。時折、チラリチラリと、なにか得体のしれないものが、表情や雰囲気の端々に覗くのだ。そのことは、まだ誰にも言ってない。あまり、確証なしで悪いことは言いたくないのだ。能力や過去の実績抜きで、尊敬できる人ではあるし……。でも、噂で言われてるだけの人じゃない。無条件に信用するには危ない。それも間違いないと感じてる。
 考えてみたら、9歳からずっと戦場で過ごして凄まじい成果を上げつづけてきたような人が、歪んでないはずは無いのだ。兄さんが死んでからその無念を晴らすことだけを考えてきたあたしが、自分でも気付かないうちに歪んでいたように。

 なのはさんは管理外世界に家族がいるらしいけど、会いに帰ったことは、この10年、ほとんどないらしい。家族の話を聞いたこともない。家族のいないあたしからすれば、いろいろ言いたくもなる。会いに帰らない、そこになにかあるんじゃないか、そう思ってしまうのも確かだ。

 それに、なのはさんは、部隊のみんなになにか隠してることがあるように見える。あたしの勘なんだけど……。でも、そもそもこの六課自体が、怪しすぎる。
 3人ものオーバーSランク、リミッターまでつけてのこの戦力集中は、無敵を通り越して明らかに異常だ。でも、それが上層部に認められた。おまけに、「海」や聖王教会から若手のエースを引っ張ってきてるってことは、政治的な意味も小さくないはず。幼馴染だってことだけで、こんな部隊編成が通るわけが無い。絶対に、なにかある。表向きの理由のほかの何かが。
 隊舎襲撃のことだって、少なくとも私が陸士校に入ってからは、管理局の部隊駐屯地が襲撃されたなんて話は聞いたことがない。特にクラナガンは、磐長媛命導入後、破壊工作のたぐいは激減してる。その監視を掻い潜るなんて、少なくとも、普通の犯罪組織程度ができることじゃない。そんな相手に狙われる六課。なのはさん。
 疑うなと言う方が無理だ。


 訓練後、いつものように新人四人とアルトで駄弁りながら、そんなことを、あたしがぼんやり考えてると、スバルがあたしに話を振ってきた。ほんと、妙なとこだけ気のまわる子だ。その半分でも、訓練で気を回しなさいよね。

「で、なのはさんとのマンツーマンの訓練ってどーなの?」
「あ、それ、ボクも興味あります」
「どうって……地獄ね」
「……じ、地獄ですか……」
「そーなのよ、キャロ。そこのバカに羨ましがられるようなモンじゃないわ、あれは」
「バカってひどーい!」
「ホントのことでしょ」
「うわーん! アルトッ、ティアがいじめるー!」
「おー、よしよし。私はあんたの味方だからねー」
「ありがとー、アルト!」
「なんの、わたしたち、相方じゃない!」
「うん、うん!」
「そ。なら、あたしとのコンビは解消ね」
「ティ、ティアーッ!」
騒ぐスバルにため息ついて、視線を宙に彷徨わせる。なのはさんの訓練、ね……。
「ど、どーします? なんかティアさんの目が虚ろですよッ」
「そ、そんなにきついんでしょうか、なのはさんの訓練……」
「まあ、魔王とか呼ばれるお方だしねえ」
「ティアーッ(泣)」
聞き流して、あたしの受けている訓練を思う。

 あたしは、本当は指揮官訓練は受けたくなかった。執務官になるのがあたしの夢、その夢を叶えるには、負担の大きい指揮官研修は望ましいものではない。確かに焦りすぎて一度くじけかけたけど、自分を取り戻すことができたあたしは、あの言葉がなければ、やっぱり訓練を受けるのを断っていただろう。
「覚えておけ。
 目の前の問題に対処するのが兵卒だ。目の前の状況の解決を図るのが中・下級指揮官だ。目の前だけでない全体を見渡して、対応を練るのが上級指揮官だ。過去から学び、理想を見据え、現在を未来へ導く努力をするのが指導者だ。
 さて、ティアナ・ランスター。お前はどんな存在になる?」


 どんな存在になるのか。


 あたしは執務官になって兄さんの夢を叶え、無念を晴らすのが目的だった。極端に言えば、あたしは兄さんになりたかったのだ。
 でも、子供の頃ならともかく、16にもなって実戦も経験して、自分の間抜けさをとことんまで思い知らされるようなことがあれば、そんなことはただの泣き言、あるいは逃避にしかすぎないってことが見えてくる。あたしは兄さんが死んでからずっと見ていた暗い夢から、やっと抜け出すことができたのだろう。兄さんの後を追い、兄さんの模造品になることを目指す道から、兄さんの夢を継ぎながらもあたし自身になることを目指す道へ。

 兄さんの無念を晴らす決意は変わらない。だが、そのために兄さんの後を追うのは止めた。ランスターの技へのこだわりは捨てていない。けれど、兄さんの模造品を目指すのは止めた。あたしは、あたしにしかなれない。


 そう思うようになって改めて考えれば、指揮官研修を、それも数々の改革を成し遂げたエース・オブ・エースから直々に指導されることは、将来にとってとてもプラスになることだ。上に行くということは部下を持つということでもあるんだから。部下を使いこなす能力が無ければ、そこで止まってしまう。特例昇格で班長になることも、部下を使う経験を積んでおく意味で悪くない。それに……あたしはどんなに頑張っても、万能無敵の超一流になんて、きっとなれない。なら、その超一流たちと連携し、つかいこなす能力を身に付ければいい。

 そして、あたしは研修を受けることに同意した。






 ピ。

 電子音と共に視界の隅の情報が更新される。
「……第13波、数…213……!」
第12波の残敵は、阿修羅の割り振りに全面的に任せて、次の波をどう処理するか瞬時に計算する。
「……シフト2A…で、対応……ッ、接敵90秒後、3Bに切り替えッ……」
頭が灼けそうだ。もう30分以上、念話を使うリソースもない状態が続いている。指示は全て短波通信に切り替えてる。

 情報確認、対応立案、指示、修正指示、情報確認、対応立案………エンドレス。


 多数の目標の同時認識・同時ロック・効果評定は阿修羅がやってくれる。けれど、それを効率よく安全確実に実行するための、味方の位置取り、部隊運動の指示、攻撃タイミングなどはこちらが仕切らなくちゃならない。阿修羅の提供する情報の確認も必要だ。マルチタスクを使い、頭をフル回転させて、やっとこなせるかどうかの量の情報処理。しばらく前に、敵戦力にこちらの部隊に近接されて乱戦寸前でギリギリ押しとどめている状態になってから、一段と判断に求められるスピードとシビアさが増した。

 ふっと、疲労で一瞬意識が逸れた瞬間に、防衛線の一角が乱戦に持ち込まれた。乱戦では部隊の統制は困難だ。かといって、そこにだけかまけて、ほかの部隊を放り出したら全面壊走までまっしぐらだ。こうなったら、あとはもう対症療法で粘るだけ粘るしかない。あたしたちが最終防衛線なのだから。
…………
……



「自陣営壊滅でミッション終了。休んで良し」
 その声と共に、バイザーに映し出されていた情報と阿修羅から流れ込みつづけていた情報が途切れ、あたしはその場にくずおれた。手も足も殆ど感覚がない。それ以上に、酸素を求めてあえぐことで精一杯だ。
 

「……2時間12分。とりあえず、ジャミングなし・飛行魔法はぎりぎり可能なAMF環境では、コンスタントに2時間持つようになったか」 
かすかな土の音とともに、そんな声が聞こえる。……誰だろう。2時間……? そう、2時間で落とされた。それだけしかもたなかった。
「……体力的な上限なのかもしれんな」
どこか笑いを含んだような声……笑われてる? ……駄目だ、笑われるようじゃ。あたしはまだやれる……。
 動こうとしたが、あたしの手足は意思に反して、ピクッピクッ、と痙攣するだけだった。
「無理するな」
不意にふわっと抱きかかえられて、仰向けに寝かされる。首の後ろに柔らかいなにかが入れられ、自然に気管が、肺が広がる感覚があって、よりたくさんの空気が入り込む。でもそれくらいじゃ、まだまだ足りない。あえぐ呼吸は一層激しくなる。不意に、視界を遮っていたバイザーがなくなり、頭に巻かれていた異物が取り除かれる。霞む視界に何か映っている。茶色と白と黒と……わからない。頭が白く霞みがかっている。あえぐ。ただ、あえぐ。
 髪がやさしく掻き混ぜられている。あ……セットが乱れる……。そんな思考は、頭皮に直接触れる空気の心地よさにすぐに消えていく。ああ、頭だけじゃない。体全体が熱いんだ。……熱い。あぶられているように熱い。バリアジャケットはちゃんと機能してるんだろうか……? 冷却機能が働いてないんじゃないだろうか? 

 顔と額をやさしくなぞる布の感触。それが通った後に感じた汗の涌き出る感覚に、はじめて自分が汗みどろになっていることに気付いた。子供のように汗を拭いてもらっていることも。わずかに恥ずかしさが浮かびかけるけど、圧倒的な疲労感の前に、あっさり潰えた。



 週2回、夕食後に行なう阿修羅慣熟訓練。毎朝、自主訓練の時間帯に行なう座学。それが、なのはさんとマンツーマンでおこなっている指揮官研修の内容だ。
 通常訓練のときには、あたしは阿修羅を使わない。クロスミラージュを手にしたときと同じ感覚があたしのなかにある。この性能に頼ることで、自分の力を落としてしまうんじゃないかって不安。
 そんな我侭にも思えるあたしの思いを、なのはさんもグラシア隊長も受け入れてくれて、あたしが阿修羅にある程度慣熟するまでは、通常訓練で阿修羅を使わないという、あたしの我侭を聞いてくれた。



 あの、思い出すのも恥ずかしいあたしの暴走の数日後から、武装係の通常訓練は次の段階に移行した。午前は連携訓練、午後は座学と魔法技術指導。

 連携訓練は、あたしを指揮官候補として扱うことを全員に明言した上で、より高次元でより精密な連携を要求されるようになった。基本方針や作戦の大枠は、グラシア隊長やヴィータさんが提示するが、その連携をなりたたせるための具体的な指示や修正はあたしが出すようになった。まあ、前からしてたことだけど、立場をはっきりしてもらったおかげで、前はためらってたところまで踏み込んで指示を出すようになり、自分の権限を越えると思えば即上位者の判断を仰ぐようになった。責任が明確にされるだけで、こんなに判断や指示がしやすくなるなんて思ってなかったけど。ただ、その状態にあたしが慣れてくると、その場の敵の殲滅だけでなく、不意の増援や近隣地域の状態も考慮しての作戦立案も求められるようなった。班長ー下士官の権限を越えてるような気がしなくもないけれど、六課のような独立部隊で且つ名の知れたエースを集めてるような場合は、他部隊と連携するときに、下士官でも士官並みの能力を求められることがあるらしい。なのはさんの指導と重なる部分もあるお陰で、それほど負担に感じずに、あたしは士官並の指揮業務を普段の訓練からこなすようになった。

 座学も、より実戦志向になった。机上演習は、2度の戦闘で判明した敵勢力の戦力や行動パターンを反映した想定状況ー六課隊舎防衛戦や市街地での殲滅戦、他部隊と連携しての地上本部防衛戦などのパターンを、様々なAMF濃度や支援稼動率のもとでこなし、どの支援システムが稼動しなくなればどんな点に不都合ができ、それをリカバリーするにはどういう手段があるか、意見を出し合い、叩き込まれた。
 正直、この辺はスバルもちびっこ2人もあまり当てにならず、あたしが要でなんとかしなくちゃならないってことが明確になっちゃったんだけど。極力、グラシア隊長やヤガミ副隊長、リィンフォースさんと別行動にならないよう祈るしかないんだろうな。

 魔法技術訓練は、グラシア隊長の独壇場だった。隊長の専門はベルカ式だそうだけど、彼女ほどの研究者からすれば、あたしたちが扱う程度のレベルならミッド式でもいくらでも手を加えられるようだ。あたしの幻術も射撃魔法もぐんぐん精度と効率が上がっていくのが自分でもわかった。グラシア隊長は、あたしの才能だって言ってくれたけど、エリオもキャロも急激に伸びてる以上、それはないだろう。以前なら、できる人間の嫌味と捉えたかもしれない隊長の言葉も、いまのあたしには、彼女の意外に引っ込み思案なところのある性格のせいだろう、と素直に受け止められるようになった。
 自分でも不思議だ。憑き物が落ちたよう、っていうのはこういうものかもしれない。あたしを駆り立て、ときに肌を焦がすような焦りを感じさせた闘志は、いまは静かに自分の奥底で、しかし激しく燃え、あたしの心と身体を熱くしてくれる。それでいて頭は氷のように冷めている。「Cool head,warm heart」。なのはさんが時折言う言葉の意味がわかった気がする。


 そんな訓練が3週間近く続き、あたしたちは自分で言うのもなんだけど、アグスタの警備任務前とは段違いの錬度のチームになった。いや、アグスタの頃は、はっきり言ってチームが成り立つことすらできてなかった、と今ならわかる。隊長や副隊長の指示で、形だけ連携していただけだった、と。今のあたしたちは違う。互いに互いの呼吸を読み、僅かな言葉でやるべきことを伝え合い、目線を交わすだけで連携が取れる、一つの生き物になっていた。
 
 これが、チーム。

 ひたすら繰り返した訓練と、訓練後にお風呂や宿舎の休憩所で交わしていたなにげない会話。さりげない毎日のふれあい。そういったものがあたしたちを結びつけていった。エリオもキャロも、最初の固さが嘘みたいに、ほんとの兄妹みたいに仲良くなったし、あたし達に対しても心を開いてくれた。あの子たちのこれまでの苦労を聞いたとき、自分ひとり、不幸だって顔をしてたことが恥ずかしくなったのは秘密だ。スバルのことはまだ話せてないけれど、このチームなら、近いうちに話せるようになるかもしれない。そう思うようになった頃、初の4人一斉の休日があり、……デートしてたキャロとエリオから、緊急連絡が入った。曰く、レリックケースを保持した不審な身なりの子供を保護した、と。

 でも、ロングアーチの指示を受けながら、スバルと共に出先から直接現場に向かうあたしの胸に、昂揚と緊張はあっても不安はなかった。たぶん、それはほかの3人も同じだったと思う。




「どーしよ、ティア?」「あの子……召喚士の?」「……ルーテシア・アルピーノさん。あなたを破壊活動幇助の容疑で逮捕します」「気をつけてくださいっ、ここ、なにか……うわっ!」「また、新手っ?」「オラオラ、お前らまとめて、かかってこいやーっ!」「108大隊のラッド・カルタスだ。危ないところだったな」「全然喋らないんです、この子」「…あなたの大事な主様を……守れないかもね」「え」「……しまった!」「フォワード陣はベストだった……。今回は完全に、あたしの失態だ」「レリックにはわたしたちで、ちょっと一工夫してまして」
……


 結果的には奇襲を受けつつも、こちらは被害なし、レリックと発端となった子供の確保はできた。けど、召喚士と火を操る謎の子を一度捕らえながらも逃がしてしまったのは痛恨のミスだ。相手方が、未知の戦力を投入してきたからって、言い訳にはならない。あたしが阿修羅をつけてなかったことなんて、言い訳にならない。
 だけど、相手が油断ならない相手だってことは、改めて身に沁みた。なのはさん、高町部隊長が、その翌日に部隊の人員を全員集めて、
「昨日の戦闘でわかるように、敵方は、これまでの様子見を終え、連携した行動をとりはじめた。目的を持った戦略的な行動に移るのも時間の問題だろう。これからは、目の前の対処にだけ囚われず、大きく視野を持って自分と部隊の行動を決定するように」
って訓示したから、なおさら身に沁みた。武装係は、アグスタ任務後のミーティングで、その可能性があることを既にグラシア隊長から伝えられていたのに、今回それを生かせなかった。あたしが、アグスタのときの不安定な精神状態をひきずって、チーム全体の雰囲気を悪くして、ミーティングでもしっかり身を入れてなかったせいだ。改めて、自分のしでかしたことの影響の大きさに歯噛みする。


 でも、それはこれでもう終わりだ。負債はもう十分払った。次は絶対に逃さない。ランスターの弾丸は必ず敵を撃ち抜くんだ。……そして、信頼できる仲間がいて、なにを恐れることがあるだろう。あたしは軽く笑うと、あたしを待ってくれてる三人へと歩みよった。

「さあ、今日の訓練も頑張っていきましょうか!」
「うん!」「「はい!」」





■■後書き■■
 「ちょっと頭冷やそうか」事件からヴィヴィオ確保までは、約3週間でみてます。(Nanoha wiki参照)



[4464] 二十六話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/04/15 17:07
※4/15、ご指摘によりオーリス嬢の反応のあたりを一部書き換えました。引用した言葉について、後書きに追記しました。




「「逮捕は良いけど、大事なあるじ様は放っておいて良いの?」か……」
「ゴメン、なのは」
「ごめんなあ、なのちゃん」
今日、街中でおきたルーテシア・アルピーノたちとの遭遇戦と、ほぼ同タイミングで海から来襲した空中飛行型ガジェット群の迎撃戦の、合同戦訓検討会の席上。
 うなだれているハヤテとヴィータを見て、俺は軽いため息をついた。
「そう落ち込むな。レリックは確保できたんだし、相手の戦力の一部が新たに判明した。重傷者はいない。最低限の成果は挙げてる。夜天の王の守護が本分のヴォルゲンリッターが、ハヤテの安全を全てに優先して考えることを叱れんよ」
「でもよぉ……」
ヴィータは浮上しない。コイツはこれで大概、責任感が強いからなぁ。軍規からいえば叱責の対象なのは間違いないし。もっとも、こちらの指示でヴィータをハヤテから離しておいて、ハヤテが重傷を負ったりしたら政治的に面倒なことになるから、ヴィータが六課武装隊の副隊長としてよりヴォルゲンリッターとして動くのを、あまり咎めたくないんだが。そう言っても納得はしないだろうな。

 ましてや、心配された当のハヤテは、自力で自身とヘリとをSランク相当の砲撃から守ってみせた。古代ベルカ魔法の研究者にして使い手の面目躍如と言ったところか。よくもまあ、あれだけ強固で大きな障壁を数秒のうちに組み上げたものだ。
 そして、光学ステルス能力をもつ格闘型の使い魔らしき存在と、炎系を中心とした魔法を操る妖精タイプの使い魔らしき存在。これに、増援を即座に呼び出せる召喚士が加わった集団。しかも戦端を開いた場所は暗所で閉所。その状況で、新人4人が訓練の成果を見せ、ヴィータのフォローとカルタス二尉の加勢があったとは言え、見事に相手を全員確保したのに、上官たる自分が逃亡の隙を作ってしまったのだから、真面目なヴィータとしては、なおさら責任を感じるか。あまり引きずられても困るし、しょうがないか。
 「確かに動揺して犯人を逃したのは失態だ。あとでグラシア殿から適当な処分を下してもらう。それでこの話は終わりだ。いいな」
ヴィータはまだうつむいていたが、ハヤテは俺に目を合わせて頷いた。あとはハヤテに任せるか。夜天の王による処罰という形式なら政治的な枷は緩くなる。ヴィータはそこまで気づいてないっぽいが。
「わたしも間に合わなかったし、むしろ、予期しない能力をもつ戦力との遭遇戦で死傷者がでなかったんだから、幸運と考えたほうがいいよ」
 フェイトがフォローを入れた。捜査係は今回、外回り中で戦闘には間に合わなかった。高速移動できるフェイトが、ヘリ砲撃をして逃走しようとした2人組を至近で確認したくらいだ。

 ヴィータの気持ちを思ってのフォローだろうが、あながち的を外した意見でもないと思う。正直、戦闘機人との遭遇戦があるとは予想していなかった。スカリエッティがなにを目標にするにせよ、管理局に正面から喧嘩を売るなら、極力戦力は秘匿し、状況を整え、場を選んで、一気にぶつけてくるだろうと思っていたからだ。いくら研究者とはいえ、その程度の計算はできる男だろう。おそらく、奴にとっても、今回の遭遇戦は想定外のものではないだろうか。


 だからこそ、随分といいタイミングで侵攻してきたガジェット群を、こちらの戦力と注意をひきつけるための囮だと分析したロングアーチの判断を、俺も支持した。アグスタのときと違って、天照との通信も隊内の相互連絡も、ジャミングを食らわなかったこともある。ハヤテにリミッター解除とリィンとのユニゾンを指示してガジェット群を任せ、短時間で殲滅させた後に、改めて、ハヤテやティアナ、ロングアーチの管制班に、再度の増援の襲撃に注意するよう指示したのも、その判断を踏まえてのことだ。
 それを受けたティアナが、念のために、レリックを幻術でごまかしてすりかえておいたのは、いい判断だったと言っていいだろう。仲間内にも内緒にしてたのは……まあ、顔や態度に出やすいのがいたしな。
 週2の夜間特別訓練でも思うことだが、彼女は相当に優秀だ。魔力量とか魔力制御技術とかとは違う部分で、高いポテンシャルを持っている。だからなおさら、この魔法世界ではコンプレックスを抱いてしまったんだろう。正直、前世の俺はあそこまで機転は利かなかった。経験と努力で這い上がっていった高みに、すでに彼女は才能だけで手を掛けている。
 …………必死にしがみついて。才能にも親にも見限られ、切り捨てられながらも未練を引きずって。良いように使われて苦渋を呑んで。気持ちを囚われたまま、ただただ戦いつづけて。あげく、生まれ変わってまでそれをひきずって。ティアナに偉そうなことを言えた義理じゃない、本当なら。
 ……………ほんとうなら……………………………………………。




 少し物思いにふけりすぎたようだ。オーリス嬢の咳払いで我に返って、次の報告を促す。内容は、今回の戦闘で接触した敵方の新戦力について。

 立ち上がったのは、グリフィス。レリックケースと犯人1名と2体をかっさらった無機物通行した奴と、ヘリを狙撃した奴及びその支援をしたらしい眼鏡の女について、磐長媛命の捉えた情報を解析したところ、身体構成要素の60%超を無機物が占めていたらしい。地上本部のメインコンピューター「思兼」は、過去のデータから、彼ら3名を戦闘機人と推定した。……能力から見るに、スカリエッティのデータにあった、セインとディエチ、あとおそらくはクアットロか。

 グリフィスは、その推定を踏まえ、敵戦力は、ガジェットを用いた物量を背景に、そのAMF展開能力下でも戦闘力を減じることの無い戦闘機人を主力とし、遊撃的配置として召喚士ルーテシア・アルピーノとその使い魔2体及びアグスタで確認された魔導師、という形ではないかとの分析を提示した。無論、現時点で確保できた情報に推論を重ねただけの分析である。が、部隊構成としてみた場合、それなりにバランスがとれているので、戦闘機人や魔導師の数が増えるなどのことがあっても、大筋で変化はないだろう、との推測を付け加えた。
 フェイトが、スカリエッティの犯歴から人造魔導師の投入される可能性を指摘し、グリフィスが、少女の発見報告と前後して、カルタス二尉から入っていた緊急連絡の内容を報告した。車の事故現場から、空の生体ポッドが発見され、その近くでガジェットドローンⅠ型の残骸が確認されたという。従って、確保した少女が人造魔導師の可能性が高い、と。
 少女については、収容した病院に、健康診断と身元確認を兼ねた検査を依頼しているので、明日にでも結果が出るだろうことが報告され、そのほかには特に意見も無く、グリフィスに、新たに得られた情報を元に、敵方の戦術予測と対応策を、各所と協力して練り上げるように命じて、その議題は終わろうとした。そこで。


 「あ、ちょっとええやろか」
ハヤテからストップがかかった。
「使い魔やて推定されてるうちの、ちっこいほうの子な、ユニゾンデバイスやないかと思うんよ」
「なに?」
 武装隊長としてハヤテは、すでに新人達の戦闘記録と報告書に目を通している。そして、記録されていた魔力パターンや、妖精とも言えるような外見から、その可能性を推測したらしい。
「使い魔いうには魔力パターンが違うしな。純粋な肉体をもったパターンよりは魔法プログラム体のパターンに近いんや。それに使うとる魔法もベルカ式の、古代や。ルーテシア言う子の魔法はミッド式やろ。ほかにレアスキルとも言われる希少な古代ベルカ式の魔導師がおって、今回は別行動しとったと考えられんことも無いけど、それよりはスカリエッティが古代ベルカの遺産に積極的に手を出して使っとる、って考えるほうが辻褄があうんや」
「……なにかほかに、古代ベルカに関するものの使用を匂わせるものがありましたか?」
 オーリス嬢が尋ねる。ハヤテは古代ベルカ式魔法の研究をしているが、当然、研究の過程で、古代ベルカ時代の文化や遺産なども調べることがある。下手なミッド人の研究者程度の知識はあるだろう。

「その、保護された子のことなんやけど。目がオッドアイやったやろ?」
「ええ」
? 気のせいか? 少し口振りが重いような……。
「右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイは、古代ベルカで「聖者の印」って尊ばれてたんや。……聖王陛下もそうやったって、伝承されとる」
「え」
フェイトがポカンと口を開けた。右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイ……保護された人造魔導師と推定される子供と一致する。
 ハヤテが口振り重く続ける。
「あの、実はな。内緒にしといてほしいんやけど、あの子のもとになった遺伝子提供者、心当たり、あるんや」
「誰なの?」
素早く我を取り戻したフェイトが尋ねる。
「その、な。10年くらい前に、聖王教会から聖王陛下の聖遺物が盗まれたんや。ウチでも最高機密で、知っとる人はほとんどおらん」
「……よろしいのですか? そのようなお話をされても」
「よろしゅうはないけど、その人造魔導師らしい子のことを考えると、黙っとるわけにもいかん。盗まれた聖王陛下の聖遺物はな、当時の聖王陛下のDNAが付着しとったんやないかって推測されとるんや」
「……っ。それって!」
「うん。……聖王陛下の遺伝子を元にしとる可能性がある。もちろん、遺伝子を弄った関係で、たまたま「聖者の印」が現れたんかもしれんけど、発現例の記録は歴代の聖王陛下以外やと片手で足りるんや。古代ベルカ帝国時代からの長い期間を通じてな」
「推測に推測を重ねてるから、断定しないほうがいい、か。だが……」
「うん。最悪の可能性も考えといた方がええんやないかと思う」
「そうだな。言っちゃなんだが、人造魔道師製造技術は、ある程度技術力をもつ組織なら成功できる程度に確立された技術だ。エリオがいい例だ」
「っ! なのは!!」
「ああ、貶める気はない。すまん。
 話を戻すが、スカリエッティほどの男が、確立された技術だけで満足するか? プラスアルファのなにかの要素が、あの子にあると考えたほうが自然だ」
というか、俺はハヤテの推測が正解だと知ってるわけだが。

「でも、なのちゃん。あの子を、その、生まれさせた人がスカリエッティとは限らんのとちゃう?」
「あの子供の逃走路を逆行してぶつかった、アグスタで確認された召喚士。あの子を載せていただろう車が、事故に遭ったしばらくあとに出現したガジェット群。
 …もともとスカリエッティは生命工学の権威だ。よそで人造魔導師を製造してそれを仕入れるよりは、自分でつくるほうが、却って手間もかからんだろう」
 場が重い沈黙に包まれる。聖王のクローン……その政治的意味はとてつもなく大きい。使いようによっては、次元世界全体が大混乱に陥りかねない。そして俺は、スカリエッティの研究所から式を通じて入手したデータで、子供が聖王のクローンであるというハヤテの推測が、事実だと知っている。さすがに、その存在がこちらの手のうちに転がり込んでくるとは思わなかったが。戦力的にはともかく、政治的には、正直、扱いに困るカードだ。

「ハヤテ」
「うん?」
「会議終了後、教会本部に向かってくれ。この件に関して話をしておいたほうがいい。明日には検査結果が出るだろうが……数日はあちらにいて、調整にあたってくれ」
「……そやね。そのほうがええな。ヴィータとリィンはこっち残っとって」
「いや、行きは護衛としてヴィータを同行しろ。帰りは任せるが、護衛は絶対につけろ」
「……固いなあ、なのちゃん」
「悪いな、教会の絡む公務だし、そっちでの公人として扱わせてもらう」
「……ん。しゃあないか。わかった」
「それと。聖王のクローンを使うことで、考えられる戦術の可能性を月読に検討させてくれ。聖王自身のもつレアスキルの確認もだ」
「うん」

 そこで、俺は声の質を切り替えて、室内の全員に告げた。
「あの子供と聖王との関連については緘口令を敷く。ハヤテの教会行きも、戦闘機人に関して教会が持っているかもしれない独自情報の確認とでも……ああ、そうだな。小さい奴が、ユニゾンデバイスの疑いがあるから、それについての調査と意見交換のほうが自然か。部隊内での説明は、そういう理由にしておくように。
 グラシア係長不在の間の武装係長業務は、ヤガミ係長補佐が代行、キチンと引き継いどくように」
「了解や」
「了解」


 ほかに、幻影をガジェットに混ぜてきた相手の戦法と、地下道内の監視機器群が全て「適確に」無効化されていたこと、戦闘機人2体を磐長媛命から隠蔽しきった相手のステルス技術などが、検討の対象に上がり、それぞれ対応を決定した。





 翌日。

 教会関連の病院に移送していた子供の検査結果と状態の確認、可能ならば質問による情報取得にフェイトが行くことになっていたのだが……。
「打ち合わせ事項も多いし、誰か、連れて行ったほうがいいな。グリフィスかギンガか……」

 うかつにも、その点の調整と決定を忘れていた。怯えてるだろう子供への質問にフェイトが行くのは、職務からも能力からも当然だが、聖王教会側との意見交換や場合によっては利害調整、病院の診断結果に対する質問や今後の診断日程の調整なども必要なことで、子供との接触の片手間でできるようなことでもない。
 本来、真っ先に同行すべき捜査係長補佐たるシャリオは、兼任している技術主任の業務でいっぱいいっぱいだ。

「ギンガは、新しく判ったこと絡みで、あちこちの陸士隊の捜査部門をまわってもらうのに、朝から出かけてるんだ」
「ふむ、なら、ロウラン准……」
首を後ろに向けて呼びかけた俺の言葉は途中で途切れた。視線の先には、いくつものウィンドウを開いて、鬼気迫る勢いでタイピングしているグリフィスがいる。俺はそのまま、視線を流して、オーリス嬢の席へと向けた。こちらをみていた嬢と視線があう。嬢は静かに首を振ってみせた。……まあ、ロングアーチのまとめたるグリフィスだから、情報面でいろいろ盛り沢山だった戦闘の翌日には、ああなるのはわからないでもない。しかし、そうなると……。
「部署違いだが、リィンを借りていくか?」
「うーん、武装係も昨日の反省と対応訓練で忙しいと思う」
「……だな」
 さて、どうするか、とため息を一つ落としたとき、横から声がかかった。
「よろしければ、私がご一緒しましょうか」
いつのまにか、すぐ傍に立っていた彼女に、俺は思わず、目をパチクリさせた。
「オーリス嬢?」
「……勤務中です、高町一佐」
おっといかんいかん。彼女は年下の俺に嬢呼ばわりされるのが好きじゃない。
「……コホン。あー、その。構わないのか?」
「ええ。半日程度なら、私が率先すべきこともありませんし、打ち合わせや折衝も絡むとなると、以前からその関係の業務でおつきあいのある私が最初に伺っておけば、あとが楽でしょう。それに」
「それに?」
「部隊長がご自身で動かれるよりはマシかと」
いや、だからその目の笑ってない笑顔は怖いんですけど。フェイトも空笑いして逃げるな。
「……あー、そうだな。ちょっと、豪華メンバーだが、頼めるか?」

 そういうことになった。

 もちろん、そのときの俺は、2人が焦点の子供を連れ帰ってくるとも、ましてやオーリス嬢が「ママ」と呼ばれてべったり懐かれるなどとも、欠片も思いもしていなかった。……結果からみれば、良かったんだろうな。










 目の前にはレジアス・ゲイズ。
 戦闘機人が出現した上に聖王のクローンと推定される子供が保護されるなど、事態がそろそろ煮詰まってきたとみて、一度、レジアスと基本方針の確認から今後の動きまで、きっちり打ち合わせておく必要を感じて、設けた席だ。


 まずは現状の確認から。
「前提になる事実は、大きく2つ。教会の預言と最高評議会の犯罪だ」
顔をゆがめるレジアス。いや、「預言」と聞いて胡散臭がる気持ちはわかるが、教会と管理局の大部分が事実と受け止める以上、俺たちも事実として扱ったほうが、検討するときには混乱しないんだよ。
「それくらいわかっている」
はいはい。わかってても気にいらないのね。でも、気にいらなくても私情を挟むなよ?
「……当然だ」
……まあ、即答できなくても、受け入れてくれるならいいが。
 さて、預言の言葉と、現時点であてはまりそうな解釈はこんな感じだ。

 手元の紙に文章と矢印を書き込んでいく。


古い結晶と無限の欲望が集い交わる地        → 不明、「結晶」はあるいはレリックかとも推測される
死せる王の下 聖地より、かの翼が蘇る        → 不明
死者達が踊り、中つ大地の法の塔はむなしく焼け落ち → 前半部不明、後半は地上本部の物理的崩壊か
それを先駆けに 数多の海を守る法の船も砕け落ちる → 次元航行艦隊の物理的崩壊か


……いまさらながら、ほとんどなにもわからんな。
「預言など、その程度のものだ」
まあ、そうかもしれん。とりあえず、頭の隅においとくとしよう。
「ふん」



 最高評議会の犯罪だが、①人造魔道師、戦闘機人などの違法研究を推進したこと②情報漏洩を行い、捜査官ら局員を殉職に追い込んだこと。 の2つが大きな内容だな。①についてはお前も絡んでるから、扱いが面倒だが、それについてはまた別途考えよう。
「罪から逃げるつもりはない」
お前としちゃそうだろうがね。管理局解体とその後の混乱を最小限に収めるには、お前の政治的才覚が不可欠なんだよ。悪いが諦めてくれ。

 ああ、それと、これも前提としておくべきことだな。次元世界全体の治安を守るのに、管理局は戦力不足、おまけに各世界の反発を買っている。要は、現状のシステムが限界に近づいている、ということだ。お前も実感してるだろ?
「昔からのことだ」
 あー、悪かった。お前にはいまさらのことだったな。でも、当たり前と思っていることも確認するようにしないと、意外な認識の違いがあったりするから。だから、その顔で凄むな。
「……凄んでなどいない」
はいはい。じゃ、それらを踏まえた上での、俺達の目的だが。

 とりあえず、管理局の解体。



 その手段として、現在の膿の幾つかを白日の下にさらし、捏造と思考誘導を絡めて、「海」とそれと関係の深い「本局」の部門に押し付けて断罪する。で、残った部分を、各次元世界と協力して再編成。
 基本はこれでいくとして、現状での各世界との関係はどんな感じだ?
「特に問題はない。本局に敵対してまで我々とのつながりを維持するかと言えば、そこまで追い込んではおらんから、当然ノーだ。が、有力な諸世界については、即断は難しいレベルまで関係を強化している。明確なリスクが新たに出てこないかぎり、友好的な関係と言える。お互い弱みをにぎりあっていることもある」
 ふ。情や義でつながった関係より損得でつながった関係の方が健全だ、とか言った奴がいたな。
 俺たちと関係の深い世界が、政治的に大きな影響を及ぼせる範囲は、総計で次元世界のどれくらいだ?
「8割は確実に超えている。残りの2割足らずも、孤立主義の世界を除けば、有事は大勢(たいせい)につくだろう。あとは追い詰められたと錯覚させて、逃げ道を示してやれば、雪崩をうって走り出すだろう。ここ2年ほどは、各世界間での政治的接触も頻繁になっていると報告がきている。群集心理も働くようになってきていると、分析班は見ている」
 あとはいかにパニックに陥らせた上で、気づかれないように、こちらの望む方へ走る向きを誘導してやるか、か。その辺の仕込みはすすめてるんだろ。
「うむ。今も言ったが、各世界間の政治的交流が活性化したこともあって、撒いた噂の増幅効果が高まっている。明確な利益、あるいは明確な損害を提示してやれば火がつくだろう」
 あとは大義名分か。まあ、その辺を仕掛けるにはまだ早いか。当面、今までどおり、焦りを見せずに関係強化、か?
「うむ」
 しかし、さすがの手際だな。5年程度でよくここまで持ってこれたもんだ。
「下地はすでにあった。当然のことだ」
その当然を確実に仕上げてみせることの難しさは知ってるだろうに。
「……」
ふふっ。余計な一言だったようだな。
「……」



 それじゃあ、今後の予定だが、
 計画じゃ、「中つ大地の法の塔はむなしく焼け落ち」「それを先駆けに 数多の海を守る法の船も砕け落ちる」タイミングを待って、混乱しているだろう局員にアジ演説。彼らを煽って、最高評議会、本局上層部、「海」の上層部に感情の噴出する方向を向けさせ、拘束する。捜査官がとりこめていたら、先頭に立てたいな。パニック心理を助長して、皆殺しにしてやるのも魅力的だが。
「……無用な血は流さんようにしろ。我々の目的は戦闘ではない」
 わかってるわかってる。ただ、拘束程度で済ませてもいいものかどうか、片付けてしまったほうが後腐れがなくないか、と思っただけだ。ああいう奴らの囀りは癇に障るからな……。
「…………」
 んで、管理局を破壊する戦力に対しては、武装隊と陸士隊、それにいくつかの工夫で対処。まあ、「危機」の具体的戦力がわからん以上、2正面作戦は危険な賭けだが、この辺は、実行までにもう少し詰めて、リスクヘッジの手を打とう。
 ああ、クーデターのタイミングにあわせて、各次元世界代表を集めて、クーデターへの賛同を公言させなくちゃな。公開意見陳述会が狙われるなら少しは楽だが、根回しは面倒な作業になるな。大変だが、頼むぞ? 前に話した聖王教会に音頭を取らせる件も、そろそろ真剣に検討してくれ。

 で、現時点でわかってるそれらしい「危機」の戦力だが、①スカリエッティとガジェット、戦闘機人、レリック②聖王のクローン。
 で、うちに来てる「夜天の王」に頼んで、教会のシステムで聖王のクローンを使う破壊工作の手段を、預言との組み合わせで推測してもらったところ、所在不明のロストロギア「聖王のゆりかご」が2位を引き離しての最大確率。「蘇る翼」ってのは多分これだろうって話だ。

 さて、これは推測の割合が強いが、スカリエッティの性格なら、次元世界の注目が集まる公開意見陳述会時に襲撃してくる可能性が高いだろう。ヴィヴィオ、ああ、保護したクローンな、あの子がこちらにいる以上、「ゆりかご」は動かないはずだが、聖王のクローンが一体だけという保証もない。
 

 ……実のところ、公開意見陳述会時に襲撃予定ということも、聖王のクローンが一体だけだということも、式神の情報でわかってはいるが。レジアスといえど、手札、特に陰陽術関連は隠しておきたい。物事に絶対はない。人の心にも絶対はないんだ。それを、俺は前世でたっぷり思い知らされた。そう、これでいい…筈だ。

 そんな思いを心に隠して、俺は続きの言葉を紡ぐ。


 ……だから、①「ゆりかご」を使用しての襲撃②機人・ガジェットによる襲撃+ヴィヴィオ確保襲撃③「ゆりかご」と戦闘機人、ガジェットでの襲撃、のそれぞれを、陳述会時と陳述会以外のタイミングで考えて、計4通りの戦術状況を想定して、迎撃案を検討する方向でどうだ? ああ、想定外の兵器、特にレリック絡みのやつの登場も、予想に入れておいた方がいいかもな。

 あと、いずれにせよ、AMF対応の兵装と戦術の急ピッチでの推進は必須だな。ハッキングとジャミング対策もいる。召喚士のことも念頭に入れとかなくちゃならん。


 うーん、こうなってくると、開戦のタイミングをこちらで決められないのは、あまり望ましくないな。初動で受けに回れば、場合によっては、そのまま押し切られる可能性がないでもない。
「……聖王のクローンをスカリエッティたちに回収させてはどうだ?」
ふむ?
「そうすればある程度、あちらが動くタイミングが読めるし、ゆりかごとやらが起動すれば、危機を演出できる。地上本部の独力で処理すれば、大きな示威効果がある」
うん、そうだな……不安要素としては、①ヴィヴィオが確実に「鍵」だとは限らない②「ゆりかご」の戦力評定が確定できないから、無力化が確実に出来るか、不安が残る。といったところか。
「うむ……」
うーん……。
「…………問題がもう一つあったな」
ん?
「子供を道具に使ってまで、やらなければならないことなのか、ということだ」
……………………なるほど。ソイツは気付かなかった。矛盾だな。
「矛盾だ」

 レジアスのまじめくさった、苦悩に満ちた顔を、我に返った頭で見ているうちに、やがてほころぶ俺の顔。他人から見た、自分達の愚かさ加減と苦悩の滑稽さに、不意に気づかされ、笑いが吹き出す。笑い出すと、止まらない。高らかに、明るく笑い出す。最初唖然と、やがて憮然と見ていたレジアスも、屈託なく笑う俺を見ているうちに、やがて肩を震わし、声を上げ、腹をゆすって笑い出す。声を合わせて笑い出す。俺たちは本当に愚かで間抜けで傲慢だ。全く、我がことながら度し難い、馬鹿馬鹿しい。笑える話だ。

 子供を道具に使わなくては、俺たちは目的を達成できないか? 否! 否だ! そんな誇りを投げ捨てるような真似を、誇りを生贄に捧げるような真似をしたとしても、釣り合わない見返りしか得られはしない。そんなことは、もう何度も経験して、骨に刻みこまれるように理解させられた。俺達の全てを振り絞り、異なる手段で結果を達成しよう。取り戻した誇りはもう捨てはしない。俺たちが今なお生き恥をさらしている価値を今一度、証明しよう。


「とりあえず、戦略をもう一度練り直しだ。しばらく忙しくなるな」
「ふ、望む結果のために相応の代価を支払うのは道理だ」
「違いない」
俺は、不敵な笑みを浮かべたレジアスと、もう一度笑いあった。 





 ……これで綺麗に終わればいい話だったんだがな。残念ながら、それで終わらせるほど、俺は自分自身に全てを賭けられない。真っ当な手段だけで勝てると、勝とうと、思いこめない。……思い続けられない。

 後日、六課の部隊長室で、オーリス嬢と簡単な打ち合わせを終えた後。

「ゲイズ三佐」
「はい?」
退出しようと、扉に向かう足を止めて振り返った彼女に、俺は無表情に告げた。
「ヴィヴィオの衣服に、完全機械式の盗聴器と発信機を仕掛けておけ。着用する衣服全てにだ。万が一にも、彼女の居場所をロストすることがないようにな」
「……! なぜそんなことを? 磐長媛命があるじゃないですか」
「今まで上手く行ったことが今後も永遠に上手くいくとは限らん。ホテル・アグスタのときを思い返せば、スカリエッティは、天照の情報をある程度入手し、対策を練っていると見るべきだ。奴は役立つ駒を放置するようなタイプじゃない。必要なときに回収にくるだろう。それが、奴の本拠地を特定するチャンスになる」
「……あの子を…囮に使うおつもりですか? あんな子供を?」
「貴官の優しさは否定せんが、副隊長としての責任を忘れるな。
 わざと攫わせるつもりはない。対策はとる。だが、相手がこちらを上回る可能性は、常に想定しておけ。希望的観測で物事を量るな。何度出し抜かれても、最後には勝利するための準備を怠るな」
「……っ」
「返答は?」
「……わかりました」
「結構。退出してよし」
「……っ! 失礼、します」
 強く歯を食いしばり、関節が白くなるほど拳を握っていたオーリス嬢が踵(きびす)を返し、静かに部屋から出ていく。それを見送って、俺は椅子の背もたれに体重を預けると、息をはいた。

 ……知っていながら知らない振りをし、それを隠すために子供の道具扱いを命じる……笑える話だ。勝つのはいつも、正義ではなく、正義の皮をかぶった悪党ってわけだ。
 もっと笑えるのは、親しい人間を自分の都合で傷つけて、それに自分が傷ついていることだ。

 抑えきれなかった感情が口から零れ落ちた。
「ままならんもんだな。……いや、これも業か」
陰陽師たる俺が、業……転生といい、本当に笑える…………。


 ………レジアスが、今、俺の下した指示を知ったとしても、苦い顔をしながらも、結局は受け入れるだろう。あれはそういう男だ。責任から逃げるような真似はしない。だが、順調に行けば使わずに済むし、そうなれば、奴も知らないままで済む。なら、俺の独断で収めておいていい。自分の価値を、誇りを、自分で信じず投げ打つような真似をするのは、俺独りでいい。オーリス嬢もいちいち不愉快なことを他人に話すような性格じゃない。…………そう、それでいい、は、ず、だ。


「……「説明はするな。味方であれば貴方を理解し、敵であれば貴方を理解しない」か。まさしくその通り。正しいな、まったく」
だが、なんの意味もない。なんの救いにもならん。その思いは言葉にせずに首を振った。

 弱音など吐いてもどうにもならん。理想は理想として持ちながらも、誇りも自分自身も投げ打って、想定されるあらゆる状況に対する手を、打てるだけ打っておく。それが俺にとっての現実で。俺が求めるものを達成しようとするなら、目を逸らさずに見つめなければならないものだ。


 俺はウィンドウを開くと、想定する状況に穴がないか探すための何十回目かのシュミレーションを行ないはじめた。







■■後書き■■
 ちょっと特殊な表現を試みました。歪みが噴き出しはじめた人間の心の描写を一人称で、というのが難しく、試行錯誤です。陰陽師だと業や転生を笑える、と言う理由は「ウンチク設定」の1、神話伝承用語の「業」を参照ください。

※「情や義でつながった関係より損得でつながった関係の方が健全だ」
   ……典拠不明。こんな内容の言葉を(言い回しは大分違うと思う)見たか聞いたかしたんだが、はて。マキャベリか韓非子あたりが言ってそうな気もするが。
※「説明はするな。味方であれば貴方を理解し、敵であれば貴方を理解しない」
   ……典拠不明。メモ帳に残ってた言葉。多分、自作の言葉ではないと思う。けどHITしなかった。
  4/15追記:坂の上様より典拠について指摘あり。アメリカの啓蒙教育家エルバート・ハバードの言葉です。正しくは
          「説明はするな。 味方であればあなたを理解し、 敵であればあなたを信用しない。」
           この言葉で検索するとたくさんHITしました。坂の上様、ありがとうございました。ちなみになのはさんは間違えて覚えているということで、ひとつよろしく。



[4464] 幕間4:3ヶ月(前)
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/04/05 18:55
6月半ば    機動六課、「聖者の印」を持つ人造魔導師らしき少女を保護する。同課の幹部会議で聖王のクローンと推測が出る。
翌日      保護された少女が目覚め、ヴィヴィオと名乗る。
数日後     ガジェット出現。機動六課が大過なく撃滅。

…………
……






■6月下旬 ~視点 オーリス・ゲイズ~


「ママ~」
駆け寄ってくる子供を抱き上げる。嬉しげに顔一杯に笑みを浮かべて、甘えるように抱きついてくる子供。
 最初を思えば、よくここまで懐いたものね。私も自分が子供好きな方とは思っていなかったんだけれど。自分では自分のことはわからないってことかしら。


 私とハラオウン係長のもとに、保護した子供が行方知れずになった、という連絡が入ったのは、聖王教会系列の病院にもうすぐ着くという、その車内でのことだった。
 到着して、手分けして子供を捜し、ほどなくして、ハラオウン係長が見つけたとの連絡があったので、子供への対応と聞き取りは予定通り彼女に任せ、私は自分の担当だった病院との情報交換に向かった。


 病院側との打ち合わせを終えて、私が子供がいるという病室に入ると、シスター・シャッハが人差し指をたてて、子供になにやら言い聞かせているところだった。
「おねーさん、ですっ」
「シャッハおねーさん?」
「そうだね、よく言えた。偉いよ」
「えへへ~」
すかさずハラオウン係長が褒め、子供が嬉しそうにテレる。なかなか心あたたまる情景だ。
 子供がふとコテン、と首を傾げて、ハラオウン係長を見る。
「? なーに? ヴィヴィオ」
本当に子供相手に手馴れた感じだ。職掌だけでなく、適切な人選ね。
「フェイト……おねーさん?」
「うん、そうだね」
にっこり笑うハラオウン係長。満面の笑みで返す子供。
 そして、子供はキョロキョロと周囲を見回し始めた。
「どうしたの、ヴィヴィオ?」
「ママは?」
「あっ……」
「……その……」
ハラオウン執務官とシスター・シャッハが、気まずげに目を見交わす。
 子供は母を求めるものだ。無理もないことだが、しかし、対応には困るわね。……って。

 いつのまにか、子供はつぶらな目で、部屋にいる最後のひとりである私を見つめていた。ハラオウン執務官とシスター・シャッハも。ちょ、ちょっと待ちなさい。
「あの……こほん。えーと、そろそろ、その……」
じっと見つめてくる三対の視線。いえ、確かに、今この場にいる女性で、子供に呼ばれていないのは私だけですが……それは、たしかにお2人に比べれば、私は年長ですが……これくらいの子供を持つほどの年齢では……ですから、その……。
 注がれる視線。言葉を口に出せない私。

 子供の目がうるっ、とうるんだ。
「ママは……?」
いえ、ですから、その、私を見ながらそう言われてもですね、その、ハラオウン係長? シスター・シャッハ? お2人もそんな目で私を見つめるのは卑怯ですよ?!
 思いはすれど、言葉にできず。
 言葉にすれば、この子供は一気に大泣きする。それくらいは私にもわかる。

「ママ……」
子供がぐしっ、と顔をゆがませてうつむいた。
 シスター・シャッハが、わたわたしながら子供をなぐさめようとして……。
「あ、あの人がママですよ! オーリスママ!」
って、人を指差してなに言ってるんですか、シスター?!

「いえ、別に嫌なわけではなくてですね、年齢的に複雑といいますか、まだ早いのではないかとか……」
「……ママじゃない」

 一言で両断されました。



 いえ、別にママと呼ばれたいわけではないのですがそのように一言で切り捨てられるというのも複雑なものがありつつしかしながらやはりママと呼ばれるには未婚の身ではためらいがありいえけっして子供に同情しているとかあまつさえかわいいなどと仕事に私情をはさむ真似はしていないことをここに断言するのもやぶさかではない心持ちではないとは言い切れないのでありますがしかしながら……。

 私が頭の中で問題を整理しているあいだに、子供とお2人の間でさらなるやりとりがあったようで。
 気づけば、ハラオウン係長が満面の笑みで、子供を抱きかかえ、私の前に立っていた。
「オーリスさん! 本当のママが見つかるまでの代わりということなら、ってヴィヴィオも納得してくれました。もちろん私も姉代わりにお手伝いさせていただきます!」
「………………いえ、その、……ハラオウン係長……?」
「はい?」
きょとん、とした表情で首をかしげるハラオウン係長。
 ママ、と呼ばれることも複雑なんですが、その上、期間限定の代理で妥協なんて、けっこうひどい扱いだとは思って……いなさそうですね。なんの悪意の欠片も見えない、純真な表情です。そういえば、高町一佐が、彼女を指して「天然」と言っていたことがありました。なるほど、これが真の「天然」というものなのですね。私もまだまだ世間知らずだったということでしょうか……。
 
 思わず額に指先を当て、大きく息をついた私の顔の前に、にゅっ、と現れた小さな顔。間近で見つめる色違いの瞳。
「……ダメなの……?」
「…………いいえ……」
つぶらな目に大きな涙を浮かべて覗き込んでくるのは、卑怯だと思うんです……。


 ひとつ大きく息をする。
「わかりました。あなたの本当のママがみつかる日まで、私にあなたのママの代わりをさせてくれますか?」
子供の目に視線をあわせる。
「しばらくの間、私があなたのママになることを認めてくれますか、ヴィヴィオ?」
「……うん!」
 子供はーヴィヴィオは、満面の笑顔で答えてくれた。



 とはいえ、実際の話、私には勤務があるし、ヴィヴィオは訳ありの子供。隊舎に戻り、シスター・シャッハや高町一佐も交えて、いろいろ話し合った末、ヴィヴィオは基本的に六課隊舎内で保育し、私とハラオウン係長の手が離せないときは、寮母をしてくれているミセス・トライトンに面倒を見てもらい、隊の宿舎に住んでいるハラオウン係長と同居することになった。……ママなどと呼ばれていても、自宅から通いの私は、ほとんど彼女と接する機会はない。ヴィヴィオもハラオウン係長によく懐いているようだ。

 それでも、たまに会う機会には、ヴィヴィオは嬉しそうに、私に駆け寄って抱きついてくる。偉そうなことを言っておいて、面倒を見てやれない申し訳なさと、勤務中に副隊長である私が規律を乱す行為をしている後ろめたさで、つい素っ気無い対応になってしまうのだけれど、先日、また、目に涙を浮かべて、
「ヴィヴィオ、迷惑?」
と尋ねられて、開き直った。

 もうしょうがない。私はこの子の母親で、この子は私の子なのよ。血がつながってなかろうが、聖王のクローンだろうが、2人でそう約束したから、そうなのよ。誰にも文句は言わせないわ。


 その勢いで、高町一佐にねじこんで、子持ちの局員向けの規定にある特例条項の適用を認めさせ、勤務中でもヴィヴィオの面倒を一定時間毎にみることを認めさせた。異論は聞かない。「オーリス嬢が壊れた……」なんてつぶやきも聞こえない。私は子を持つ母親として、上司に労働環境への配慮をお願いしただけなのよ。そう、必死に、私は自分に言い聞かせているのだった。




 6月の終わりも近いある日の夜。

 残業して書類を作成していた私は、印刷を開始する前にもう一度、資料の内容を確認した。

(………
 ……
 確認された戦闘機人の特殊能力 1、遠距離砲撃タイプ。Sランク相当の砲撃の実例あり。
                     2、隠蔽能力タイプ。自身と仲間1体を、磐長媛命の全センサから隠蔽した実例あり。
                     3、無機物内移動タイプ。道路、壁等から突然出現、逃亡することが可能。他者の同行も可能。
 未確認だが、推測される能力  1、ハッキング能力。戦闘機人は確認されなかったが、指揮車がハッキングを受けた事例あり。
                     2、高速機動能力。戦闘機人は肉体能力的に人間より遥かに高く、これを活用してくる可能性。
                     3、近接戦闘タイプ。同上。


 彼らは魔力に拠らないでその能力を発現していることが確認されており、AMF下でもその能力を減じないと推定される。
 AMF展開型自律機械(局内公式通称:ガジェット・ドローン)と連携をとる動きが確認されており、その支援下で行動する戦術を取る可能性が高いと推測される。

 以上より、AMF展開下での戦闘について、検討と訓練を進められることを要望する。
 古代遺物管理部機動六課、並びに本局航空戦技教導隊がすでに検討を進めているので、随時お問い合わせいただきたい。

                                     古代遺物管理部機動六課課長 高町なのは一等空佐


                               内線:古代遺物管理部機動六課管制班 X-XXX-XXXX
                                 :本局航空戦技教導隊本部受付  O-OOO-OOOO 
 ……これでいいでしょう。よし、印刷。)


 この、クラナガンの各陸士部隊と武装隊に配布する極秘資料は、敵方の電子戦能力と内通者の存在を恐れて、紙媒体で部隊長クラスのみへの配布となる。それでも部隊長クラスから流出する不安はある。隊内念話の周波数の漏洩といい、天照停止時を狙った隊舎襲撃といい、高位の人間の関与は疑いない。現場の、それも陸の人間がそんなことをするとは思いたくないが、組織が一枚岩になることが非常に困難なのも、事実。
 足りない支援と余裕のない心で働いていた頃のほうが、「陸」全体に一体感が満ちていたように思えるのが皮肉ね。気持ちに余裕ができれば、地位や名誉を望む気持ちも大きくなる。本局に出世を求めてすり寄る人間も増える。

 人間同士の醜い争い。犯罪者を相手にするのではなく、身内を相手にするどす黒い闘争。
 保護責任者になった子供のことを思う。
(……聖王…か……)


 あの子が聖王のクローンかどうかは、まだ結論が出ていない。聖王は虹色という、類を見ない魔力光をもつのだそうだけれど、あの子の魔力光はそんな色ではなかった。だが、それも聖王として覚醒していないだけという可能性があるということで、結論は出せないままでいる。クローンであろうと、聖王という存在を諦めきれない教会の意向もあるのだろう。

 できれば、違っていて欲しいと思う。聖王再臨を期待する教会の人たちには悪いのだけれど……。聖王となれば、いやおうなしに政治闘争の渦中に身をおくことになる。まだ小さい、あんな子をそんな環境に置きたくない。

 正直、無理のある願いだということはわかっている。高町一佐は、あの子をいざとなれば駒扱いする命令を下した。念のため、と言っていたけれど、あの子がそういう環境にすでにある、ということが前提となっている言葉だった。
 ……わかっている。一佐の判断が正しい。私は感情的に反発しているだけ。でも、その感情を捨てる気にはなれない。正しいことは最善ということとイコールではない。子供を辛い目にあわせたくないという気持ちを切り捨てることが良いこととは思えない。
 私は眼鏡を外して、掌で目を覆った。
(……でも、対案はない…。)
 組織にいる以上、そして副隊長という役職にいる以上、反対するからには、しかるべき対案を出さなければならない。でも、いい対案は思いつかない。当然だ。高町一佐の指示が組織としては正しいのだから。感情から生まれた反発が、組織に利のある案を出すことは難しい。



 私は、掌を目の上からのけると、画面を見た。この文書がキチンと受け止められれば、対スカリエッティの戦力は底上げされるだろう。計画している武装係による各部隊との合同訓練とうまく噛み合せられたら、効果はより高くなる。

 けれども、まだできることはあるはずだ。


 私は戦場に立って戦うことはできない。けれど、後方には後方の戦場があり、戦いがある。あの子を辛い目にあわせたくないと言うなら、そのためにできるだけの努力をしよう。最善まで届かなくても、できるだけ近づけてみせよう。もう、後方の戦いは始まっている。ここが私の戦場だ。


(「……記憶がないはずの子供が、なぜ母親を見分けられた? そもそも人造魔導師なら、存在すらしていない母親を」)
高町一佐の言葉を打ち消す。
(「……オーリス三佐。あなたの情の深さは人間として美徳だと思うが、職務では、情に足をとられるな」)
高町一佐の言葉を否定する。

 
 私は情に足をとられているわけじゃない。仕事に従来よりも熱心に打ち込んでいるくらいだ。そう、一佐は考えすぎだ。
 子供を、ヴィヴィオの心と身体を守るために、私にできる限りのことをしよう。それでいい筈だ。

 私は歯をかみしめると、椅子から立ち上がった。











■7月上旬 ~視点 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン~


「紹介するね。六課の武装係フォワード班の班長、執務官志望の……」
「ティアナ・ランスター二等陸士であります!」
「あぁ」
「よろしくー」
緊張したティアナの敬礼に、クロノとロッサの返事が返る。……もう、緊張してる後輩相手なんだから、もう少し愛想よくできないかな。……できないか。クロノだもんね。
 2人をそれぞれティアナに紹介し、改めてティアナに視線を向ける。

「それじゃあ、ティアナ、悪いけど……」
「はい! 失礼します!」
「ああ、彼女に案内させるよ。戦技本部の受付とも顔見知りの子だ。
 三尉、よろしく」
秘書なのかな? 控えていた女性士官に声を掛けるクロノ。
「三尉、ティアナをよろしくお願いしますね。ティアナ、お昼になったらそっちに行くから」
「はい、フェイト係長」
「お任せください、ハラオウン執務官」
「よろしくお願いします」
三尉に敬礼するティアナ。うん、ほんとしっかりしてるね。先のことだけど、六課が解散したら、執務官補佐をしてみないか、誘ってみようか。

 思いながら、ソファーに座る。今日はいつもの情報交換だ。内通者の問題が浮上してから、2週間に1度くらいのペースで、クロノやロッサといろいろ話をしてる。ティアナは勉強と現状認識のために連れてきた。
 将来のことを考えると、顔つなぎをしておいて悪い相手じゃないし、六課の戦いで最前線で指揮をとるティアナには、本局の空気なんかを知っておいてもらったほうがいいと思ったから。ちょうど、AMF下での集団戦に関する資料を調べたくて、戦技本部にある資料室の利用を、なのはを通じて申請してたから、日取りを合わせて、同行してきた。
 ここに来るまでにティアナには簡単に話をしてある。あとで、一緒に昼食をとるときにでも、問題のない範囲で、いろいろ状況を教えよう。六課の幹部では、これまで部門長クラスでとどめていた情報を、各部署の主任クラスまで開示していくことで合意してる。先は読めないけれど、六課のみんなには、低い確率でも、起こりうる事態に対する心構えをしておいてもらったほうがいい、という判断だ。それだけ、六課を取り巻く情勢は、混迷と緊迫の度合いを深めてる。

 私は姿勢を整えると、クロノとロッサを見た。クロノが口を開く。
「じゃあ、はじめようか」



「内通者の件は、まだ絞り込めてない。おおざっぱなあたりはつけてあるけどね。正直、六課隊舎襲撃から動きにくくなってね。なかなか調査をすすめられない」
肩をすくめるロッサの言葉に、私は疑問を感じた。
「六課への襲撃がなんで……あっ」
「そう。あれは警告なんじゃないかと僕らは見てる。夜襲とは言え、オーバーSが3人いる部隊に襲撃をかけるなんて、成功率が低すぎる。おまけに本気で狙うにしては、装備も貧弱だった」
「でも、六課が内通者を調べてるなんてことがどこから……」
「さすがにそこまではわからない。だけど義姉さんは最初の頃、けっこう本局の知り合いに声をかけたからね。そのなかに内通者とつながりのある人間がいた可能性はある。それに、六課にはハヤテがいるしね。“夜天の王”が独立部隊とは言え、最大で10人にもならない人間を部下にもつ、しかもトップでない立場で管理局に出向して、教会もそれを認めてるとなれば、なにか政治的目的があるんじゃないかって考えるのが自然だ。脛に傷持つ人たちは警戒するよ」
「あぶりだしになるかと思ってたんだが……相手の反応が予想以上に過激だった」
クロノがつぶやいた。
「起こすリアクションで相手を探るつもりが、逆に、危なくて迂闊に手を出せなくなっちゃったってことね……」
 私はため息をついた。ハヤテやクロノ、カリムの判断を責める気にはなれない。いくらなんでも、同じ局員に、脅しだろうと戦闘行為を仕掛けるなんて、普通は思いもしないだろう。内通者の存在でさえ、あれほど状況証拠が揃ってなければ、私は疑ったと思う。

「……かあさんでさえ、なのはを危険視している。彼女は信望を集めすぎている、と」
「確かに今の状態はよくない。本局の上のほうはピリピリしてるし、地上部隊も実績を上げてる自信と蔓延する噂もあって、本局への反発が従来より強くなってる。火種が放り込まれれば、一騒動起きかねない。そのとき、どんな立ち位置になるにせよ、なのはが巻き込まれるのは確実だろう。当然、彼女の率いる部隊もね」
「そんな……」
そこまで……? 前回、話し合ったときは、そこまでの切迫感はなかった。いったいいつの間に? 前回の話し合いから今日までの間ににあったことと言えば……っ!
「まさか……」
「口に出さなくていいよ。
 でも、たぶん、君の想像があたってると思う。聖王教会関連の病院とは言え、いや、だからこそ、管理局の目と耳は入り込んでる。教会もあえて、それを見逃してる部分はあるしね。言葉に出さない、政治的交流ってワケさ」
ロッサが軽い調子で言った。彼のこの口調は、軽い態度と同じ、一種のブラフだ。今も目の奥に鋭い光がある。
「……ただでさえ、教会に太いパイプをもつなのはが、さらに教会から大きな信用を勝ち取りかねないカードを手に入れた。現在の所属が所属だし、「陸」の協力があったと言うこともできる状況だ。教会との関係は自分達が圧倒的に強い、と考えていた本局や「海」の人間にとっては、いざというときの世論や実働戦力の援護が、横取りされかねない事態が急に現出したように思えるんだろう。聖王教会を潜在的敵対勢力と考えている人間にはなおさらだ」
 クロノが低い声でつぶやいて、私はなにも言えなかった。ヴィヴィオは幼い少女だ。私を姉と呼んで無心に慕ってくれるし、オーリスさんをママと呼んでよく懐いている。でも、彼女は人造魔導師で……おそらくは、聖王のクローンなのだ。事態を大きくしないようにと、六課の隊舎で保育するようにしたことが、かえって悪い影響を与えるなんて……。本局の空気の悪化の度合いを、私も軽く考えすぎていた。リンディ母さんも忠告してくれていたのに……。

「本来は、君達の手をわずらわせないよう、政治的な問題は僕のところで処理しておくべきなんだが……」
「ぶっちゃけ、クロノ自身の立場も厄介なことになってきててね」
「ロッサ」
「言うつもりだったんだろ。なら、はっきりと伝えた方がいい」
 目線と言葉で会話する2人に私は割り込んだ。これ以上、状況の読み違いで事態を悪化させたくない。情報は誤解や甘い読みが発生しないよう、きちんと聞いておく。
「どういう状況なの?」
私に視線を向けた2人は、もう一度目を見交わして。クロノがため息をついて、身を乗り出した。
「本局と次元航行艦隊で、派閥争いに関心がない人たちや、穏健派といわれるような人たちをとりまとめる人間の1人に、僕がかつぎあげられてる。僕が迂闊な動きをみせれば、勢力争いが一気に過激化しかねない状況だ」
「クロノもいろいろと苦心したんだけどね。強硬派の圧力が強くなりすぎて、穏健派がはっきりと派閥としてのまとまりを見せないと、普通の人たちの仕事や行動に差し支えが出かねない状況になってきたんだ」
「もちろん、こちらからなにか仕掛けるようなつもりはない。あくまで、一定の数とまとまりがあることを示して、強硬派が、度を越えた干渉をしないよう抑止するのが目的だ。だが……」
「……まとめ役のクロノが動けば、それが穏健派全体の意思ととられる可能性もあるってこと?」
「そうだ」
クロノの言葉を遮って、私が挟んだ確認に、クロノは苦い顔で頷いた。
 思ったより遥かに状況は緊迫しているようだ。政治闘争が嫌いなクロノが、自分から関わらなければならないような状態になってるなんて。これは、六課に対する政治的な干渉が、遠くない未来に起こりえると考えておいたほうがいいかもしれない。
 そう思っていると、私の思考を読んだように、ロッサが切り出した。

「今後の情勢によっては、君にも直接接触してくる人間が出てくるかもしれない。
 君がなのはの親友だということは有名だから、引き抜きなんかはされないとは思うけど、君の立場を利用して、なのはやクロノに何か仕掛けたり、あるいは悪い噂をたてるくらいのことは、やってくると考えておいたほうがいいよ」
「それに、元々、僕と君のラインを使って、六課に影響力をもちたいという思惑の連中がいたからな。それが思ったようにいってないから、フェイトに直接接触してくる可能性がある」
ロッサの言葉をクロノが引き継ぐ。
「“閃光”の名はそれだけの影響力があるし、うまくいけば、“海の英雄”と“未亡人提督”まで取り込めるかも、と考える奴らは必ずいるだろう」
 クロノの声が苦いものを含んでいる。クロノが、自分や私、リンディ母さんに向けられる視線に嫌な思いをしているのは知ってる。エイミィが話してくれた事がある。実績をあげるまで、クロノは親の七光りだとか散々言われてて、いざ実績を上げはじめると、掌を返したように持ち上げはじめたんだって。クロノの政治嫌いは、たぶんそこから来てるんだろう。

「ともかく、公開意見陳述会が鍵だ。あれが一つの節目になることは間違いない。今からなにか仕掛けるにしても、時間がないから、雑な動きになるだろう。その程度なら抑えられるくらいには、穏健派もまとめることができている。当日まではあまり心配しなくていいと思う。
 ただ、当日が問題だ。管理局全体のイメージ失墜につながりかねないから、馬鹿なことはしないと思いたいが、いままでの動きや、上層部の帯電しはじめてる空気を考えると、馬鹿な奴が馬鹿なことを考える可能性がゼロとは言えない。預言の最新の分析でも、その日が危ないって推測が出てる。十分に注意して臨むように、なのはに伝えてくれ」
「当日が近くなれば、僕も本局で妙な動きがでてないか、網を張るから、あまり心配しなくていいけどね」
ロッサが片目をつむってみせた。
 でも、その軽妙な仕草も頼もしい言葉も、私の顔のこわばりを消すことはできなかった。




 ティアナと一緒に階段を下りる。

「フェイト係長、ちょっと歩くんですが、この先においしいお店があるそうです」
「あ、そうなんだ? じゃ、そこにしようか?」
「はい」
案内してくれるティアナについて歩きながら、私は、クロノ・ロッサと話し合ったことを思い返していた。予想以上に緊張の度合いが増しているらしい本局内部の状況。六課は無事に任務を果たせるだろうか。ううん、弱気になっちゃ駄目だ。任務を果たすために、どうすればいいかを考えよう。
 私はティアナを見た。
 最近の彼女は、一皮剥けたっていうのか、精神的に随分安定して、余裕が出てきてる。責任を明確にしたのが良かったのか、フォワード4人のなかでのリーダーシップも完全に確立して、なかなかいい前線指揮をみせるって聞いてる。彼女にも話して、意見をもらったほうがいいだろう。上からだけじゃない、現場の目線からの意見も欲しい。
 けれど、私のそんな考えの実現は後日に回されることになった。昼食の席で、私が話を切り出す前に、ティアナから相談を持ちかけられることで。


「なのはさんのことなんですけど……」
マンツーマンの訓練のとき、時々、違和感を感じるという。
「なにか、こう、目が尋常じゃないときがあるというか……そういうときに、たまに「上層部を信用するな。駒扱いされないように立ち回れ」とか「味方の裏切りを織り込んでおけ」とか言うんです。心構えとしてはわからなくはないんですけど、なんていうか……」
「……心構えとしてならともかく、実戦訓練でそんな点を注意するのがおかしい、ってこと?」
「それもあるんですけど、目とか雰囲気とか……真剣って言葉じゃ言い表せないような、その……いちど、近接戦になったときに相手の首の骨を折る方法を幾通りものパターンで細かく説明されて、そのときも、表情とか声とか……なんというか、目が妙にギラついてて、でも説明はまるで野菜の調理方法を教えるみたいなごく自然な調子で………。怖くなって「管理局は非殺傷が基本じゃないんですか」って言ってみたら、まるで夢から覚めたみたいな顔をして「ああ、そうだな。すまなかった。いまのは忘れてくれ」なんて言うんです。その、なにかおかしいと思いませんか?」
「うん……」
 私は考え込んだ。もともとなのはは繊細で優しいところがあるけれど、それを人に見られることは嫌がるし、戦闘や訓練での苛烈なまでの戦い方は、私も何度か目にしたことがある。無理に厳しく律しようとして、行き過ぎてしまった、って考えられなくはないけど。
(プレッシャーも、今までにない強さだろうし、味方からも狙われたんだから、気持ちが参ってもおかしくない……)
私は顔を上げてティアナを見た。
「うん、わかった。早いうちに一度、なのはと話してみるよ。ティアナも気づいてるかもしれないけど、六課は政治絡みでいろいろあるし、気持ちが疲れてるのかもしれない。様子をみて、休んでもらうようにしてもらうほうがいいかも」
「そうですか……そうですね、うん。いくらなのはさんでも、疲れることはありますよね」
「あっ、ティアナの訓練のせいじゃないと思うし。むしろ気晴らしになってるんじゃないかな? その辺も相談してみるから気にしないでいいよ」
「……ありがとうございます」
「あ、あれ? 私、なにか変なこと言った?」
「いえ、そういうわけじゃないですから」
あはは、と乾いた笑顔を浮かべるティアナ。お、おかしいな、なにか言い方が悪かったんだろうか。
 

 結局、ティアナが元気を取り戻すまで、しばらくかかったのだった。










■7月中旬 ~視点 レジアス・ゲイズ~


『……ご指示のあった捜査官達には、一通り、渡りをつけました。幾人かはすでに、きな臭いものを感じていたようで、こちらとの情報交換に積極的に応じてくれました。ただ、あくまで厳正中立な立場でことに臨む、と釘を刺されてしまいましたが』
「それは構わん。むしろ、彼らが厳正中立であればなおさら、見逃せない不正には、相手が誰であろうと後にはひかず臨むだろう。主任レベルの取り込みについてはどうだ?」
『幾人かについては好感触を得られました。噂が思ったより効果を上げているようです。身元の欺瞞が第一とのご指示でしたので、事前調査で見込みがあると見られていた人員以外は、今回は軽い接触にとどめましたが、ご指示があれば、より積極的な取り込み工作をおこないます』
「いや、その必要は無い。引き続き、現在の方針で活動を続けてくれ。報告ご苦労だった」
『は。失礼します』
通話を切ると、儂は椅子の背に身体を預けた。

 捜査部門を味方に引き入れる、というのは、最近になって案が挙げられたため、成功率も重要度も高くない作戦だったが、思ったよりうまくいっているようだ。これなら、ことが起こったとき、捜査官を先頭に立てて、無用の流血を最小限に抑えることができるだろう。もし捜査官に対し、攻撃を加えるようなら、後ろ暗いことありと断定できる。査察部門が最高評議会に抑えられているための次善の策だが、無いよりはマシだ。

 この件も、高町のツテと情報提供が大きな役割を果たした。奴の管理局内部の情報把握能力は驚くべきものだ。どうせ、まともな手段は使っておらんのだろうが、精度の高い情報は、儂らに度々、大きな有利をもたらした。念のため、ドジを踏まんよう注意したときもいなされたし、まあ、自信があるのだろう。
 先日も、六課隊舎襲撃は最高評議会が絡んでいたようだが、現状での力押しは難しいと判断して、スカリエッティに自分の抹殺指示が出たようだ、と平然と笑っていた。


 だが、近頃の奴は時折危うい面を見せる。思えば、兆候は以前からあった。

 いくら自信に溢れて見えようと、いくら有能といえど、儂と出会った当時の奴は、精神的に未熟な年だったのだ。いまとて、大人と呼ぶにはほど遠い乳臭い小娘に過ぎん。その年齢にして、謀略の泥に身を沈め、泳ぎ渡る才があったことは、不幸なことだ。だが同時に、奴の才に頼っていまの状況にこぎつけたことは紛れもない事実だ。真っ先に泥をかぶるべき上司として、人生の先達として、我が身のふがいなさに歯噛みする。

 せめて、奴の手綱を握り、必要ならひっぱたいても正気にとどめるのが、先達としての責務だろう。無論、腕づくになれば、奴が勝つだろうが(気に食わん話だが)、そんなことは責任から逃れる言い訳にはならん。大人の男は、やるべき行いから目を背けず、いかなる障害があろうともやり通すから、胸を張って大きな顔をできるのだ。それが、男の権利で、義務だ。儂はそう信じている。




 数日後、儂の執務室に高町の姿があった。思えば、奴のいるこの部屋というのも、見慣れた光景になったものだ。
 仮にも中将の部屋で、足なぞ組んでくつろいで、コーヒーを啜っている姿を見ながら、一枚の書類を呼び出す。

 高町は以前、「「武器と名のつくものは一通り扱える」と称する父に学んだ」と言っていた。「要綱」の作成とその実地指導でみせた、近接戦能力と関係の知識。魔法がなくとも十二分に優秀な戦士であることを儂は知っている。ならば、これも使いこなして見せるだろう。
 

「貴様が要求していた許可証だ」
 内容は、首都防衛長官レジアス・ゲイズの権限において、対個人用質量兵器の保持と、規定の条件を満たした場合、その使用を認める、というもの。信頼の置ける幾人かの武官には、同様の書類を渡している。使用の条件は「高濃度AMF下で魔法使用に多大な負荷がかかる場合」。注記として、「局員と市民に危険が及ばない範囲で、対象を殺傷しないよう努める事」とある。
 政治的な隙になりかねんが、高濃度AMF下で魔導師部隊の戦力が大幅に低下するのは容易に想像できる。結果をうまく使えば、逆に、対策も予算も考慮しなかった本局への攻撃材料になる。許可証を渡した者たちは、いずれも、そういった面の配慮が出来、結果も出せると見込んだ者たちだ。いずれ、非殺傷系の質量兵器の運用を導入していくときの足がかりにもなろう。

 受け取った高町は、ざっと書類に目を通すと、口を開いた。
「……随分あいまいな表現にしたな。大丈夫か」
「問題ない。成果が上がれば押さえこめる。それに、下手に現場の手足を縛るわけにはいかん」

 目も上げず、いつもの態度で答えると、高町がクスッと笑ったのが聞こえた。
「ありがとよ、ツンデレジアス」
「……? なんだ、それは?」
「俺の出身地での褒め言葉だ」
高町はふくみ笑いをした。
「ふん……」

 すこしばかり、ひっかかったが、儂は流すことにした。高町の表情が、たまに見せる、年相応に子供っぽいものだったからだ。認めるのは癪だが、近頃覗かせるようになった、狂気のにじむ表情より遥かにいい。あの表情を浮かべる感情から遠ざかるものであれば、多少のからかいなど気にもならん。あの表情は……駄目だ。
 あの表情をみるとき、儂はこのような若者が育つのを許してしまった自分達の無力と罪とを改めて思い知らされて、暗澹たる気持ちになる。女子供はなにも知らず、楽しく笑っておればいいのだ。血を浴びるのも泥をかぶるのも男の仕事だ。だが、本来儂らが背負うべき仕事は、ただ才能があるというだけで、幼い子供にも割り振られ……そして、高町のような化け物を生み出してしまった。


 以前、高町とした会話を思い出す。

「管理局のやりかたじゃ、本意はどうあれ、魔道師が特権階級として君臨する、魔導師貴族制への道を進むことになる」
そう奴は言った。
「魔道師達の善意とか正義感とかは問題じゃないんだ。ただ、集団になったとき、人がどう感じ、どう動くか。力と名誉を、先天的な資質に多く拠る才能に与えればどうなるか。数年ならいい。10年でもあるいは保つかもしれん。だが、数十年、あるいは100年を超えたとき、社会とそこに生きる人間はどう変わっているかな?」
 皮肉るような口調で言ったあと、トーンを落とし、冷徹な調子で、奴は言葉をつないだ。
「魔法は、たかの知れた技術の1つにすぎん。魔法中心で社会を運営していこうとすれば、技術以外の社会の構成要素に無理がかかる。当然だな。構成要素の一つにすぎない技術の、さらにその一つにすぎない魔法を中心にして社会を作り上げようとするんだから。
 だから本来中心に置くべき人間を、魔法を使う道具として作ろうとしたり、戦力を魔導師に限定したせいで、治安維持に人手が足らなくなったりする。
 わかるか、レジアス。これは管理局の組織運営がどうとか、各世界政府の協力がどうとかいう問題じゃない。魔法を基盤にした社会に生じる、当然の歪みだよ。そこをどうにかしなけりゃ、小手先の改善でどうにかなるもんじゃない。多少、効率が上がる程度だ」

 「小手先の改善」で、「陸」の治安を劇的に改善した少女は、窓越しの夕陽の耀きで全身を染めながら、そう言って笑った。


 そのとき、儂は思ったものだ。ならば、高町よ。お前のような年齢で、お前のような少女が、当たり前に謀略をめぐらし、当たり前に社会の行く末を論じる重荷を担う。それもまた、社会の歪みなのか。十(とお)にもならぬうちから、戦場に出て、殺意と憎悪を当たり前のように浴び、危険に身をさらして生きてきた子供が成長すれば、貴様のようになるのか。その夕陽のように鮮血を身に浴びながら、なんの気負いも暗さもなく笑うような、そんな存在になるのか、と。

 儂は、血に染まった空を背景に、全身を血に染めて屈託なく笑う、高町の姿を幻視していた。それなりに修羅場をくぐった自負のある儂をして、胸を突かれる光景だった。





 高町の去った執務室で、ガラス越しに外を眺めながら、儂は1人、らしくもなく物思いにふけっていた。


 以前、高町が言ったことがある。

「俺はなにもせずも終わるなら、それでも良かった。平凡に生きて死ぬならそれでも良かった」

 管理局はたしかに徐々に機能不全を起こしていたが、決定的なものではなかった。一気に事態を進行させたのは、自ら呼び込んだ存在だ。奴がいなければ、ここまで急激かつスムーズに事態は進行しなかっただろう。だが、奴がいなければ、管理局が変わりなく存在しつづけていられたかと問えば、答えは恐らく否だ。

「巨獣は自らの強欲で巨体を膨らませ、自重でおのずから潰えるか……」

 組織も年をとる。状況の変動に柔軟に対応して、自ら変化していく能動性と柔軟性を失ったとき、組織の老化は始まるのだ。そして自己正当化と他者の意見を聞かぬありかたが罷り通りはじめたとき、老衰はもはや容易に手に負えないところまで、すすんでいる。
 小さな組織なら、まだ手の打ちようもあったろう。もっと単純な構造と成り立ちの組織なら、他のやりようもあったろう。だが、管理局はそのいずれでもなく、組織の老化は見るものが見れば即座に気づくところまで進んでいる。誰の目にもそれが明らかになったときにはもう、手の打ちようがなくなったときだ。だが、いまなら、まだ全てを失うことは避けられる。


 そして、事態の進行も現状で打てる最善の手も、本来なら管理局と関わることなどなかった、平凡な一生を送れたかも知れぬ娘を1人、地獄に引きずり込んで、共に血と汚泥の中を這いずり回り、一つ一つ、築きあげてきたものだ。


 
 目の前に、半生を捧げた組織の終焉と、それと引き換えての理想の実現が近づくのを見て、苦く、胸にこみあげるものがある。虚ろに、胸にこだまするものがある。
 先に逝った友を思う。語りあった理想を思う。


「……皮肉なことだ…そう思わんか、ゼストよ……」
 

 答える声は無く、呟きは静かに宙に溶けて消えた。








■■後書き■■
 最初は、なのは視点に絞る気でしたが、後のことを思うと、いろいろ盛り込んでおいたほうがいい内容が湧いてきて、結局複数視点に。ので、幕間扱いです。一話で終わらせるつもりだったんだけど、3ヶ月は思ったより長かった;。
 ちょっと詰め込み過ぎ、駆け足描写かも。微妙に反省しつつ、後編に続きます。

※付記:SSXを作者は入手してませんが、管理局員が許可制で実弾銃をデバイスとして使ってるとか。このSSでは、それは、JS事件の戦訓を踏まえて導入された制度と解釈しています。つまり、この時期、管理局はまだ、銃器はもとより刀剣、スタングレネードなど、魔法を使用しない武装の一切は質量兵器認定で違法としている設定です。
 まあ、AMF発生自律機械の大挙しての襲撃が首都近郊で起これば、魔法=武力の治安組織が対策を考えないはずはないし、管理局の管理下であれば、それほど破壊力の大きくない質量兵器の使用も受け入れられるかなーと思って、レジアスにちょっと先走ってもらいました。管理下なら、次元震を起こしたロストロギアの貸与もしてましたし、別におかしかないだろーと。……見逃してください。



[4464] 幕間5:3ヶ月(後)
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/04/15 17:03

■7月下旬  ~視点 ハヤテ・ヤガミ・グラシア~   


 広い会議室を薄暗くして、前におっきなウィンドウが開いとる。それを時々指し示しながら、説明を続ける壮年の局員。戦技の新装備検討課の主任さんやそうや。

「AMF濃度が高く、ガジェットの数が多い場合は、この新型魔道兵器の運用が、明暗を分けると考えています」
言葉と共に、スクリーンに2つの、それぞれバズーカと固定機関銃に似た、機械の映像が映し出された。
「73式携帯型魔道迫撃砲と、73式固定型複数弾種対応魔道機関銃Ⅱ型です。ともに、ディバイド・エナジーにより魔力の供給をうけ、魔力弾を生成、射出する仕組みです」
 今日は、クラナガンの各陸士部隊の荒事関係の人間の下士官以上を集めての、対AMF下戦闘の新兵装の説明会。特別枠で招かれた六課からは、私とリィンの参加。
「携帯型迫撃砲は、魔力量Dランクの魔道師1人で、大体10発の弾頭を生成できます。魔力供給後の魔力弾生成は付属の管制システムが補助しますので、Cランクレベルの魔法行使になるでしょう。魔力弾には反応炸裂効果が付与されますので、1発で着弾地点を中心に、半径5m程度の空間を制圧できます」
 5m……直径10mか。ガジェット相手やと、相当密集した状態で、うーん、10は無理やろか。7・8体の破壊、いうところか。ガジェットが戦列組んどる場合に、穴あけるのに使えそうやな。
「魔道機関銃は、生成する弾種にもよりますが、AMF下で有効な手段の一つである多重殻弾頭を例にしてご説明しましょう。この場合、魔力量Dランクの魔道師1人で、大体300発の弾頭を生成できます。とはいえ、毎分120発の連射能力をもつので、全力射撃すると2分半しか持たない計算になりますが。
 通常、AAクラスの技術を必要とする多重殻弾頭の生成ですが、これも付属の管制システムの補助により、Bクラス程度の難易度まで下げることができました。ただし、誘導性能を付加しようと思えば、もう少し上、Aランク程度の制御技術か、あるいは補助としてCランククラスの魔道師を追加で1名必要とします。運用の際は、その点に留意して、射撃担当を指名してください」
 これまた、使いどころが難しそうやな。多重殻弾頭か……ティアナのやつで考えると、1体貫通して2体目まで届くくらいやけど、この機械やとどうかな。それに狙いもうまく定めんと、行動不能に追い込むのは難しいし。まあ、横に広がってこっちを包囲しようとしてくるなら、鴨撃ちにできるけど。それ以外の使える状況なあ……。
「いずれも、ガジェットの存在が確認された数年前から対策案の一つとして検討され、試作されたものです。しかしながら、大量のガジェットの襲撃という目に見える形での脅威が顕在化するまで、戦技の新装備検討課の研究室で埃をかぶっていました。今回の件を受け、急遽、配備に向け実戦に耐える状態への見直しが行なわれ、量産を開始しましたが、時間と予算の関係もあり、クラナガンの各陸士大隊と武装大隊に、それぞれ1・2台程度しか配備できません。私が、これの運用が明暗を分けると申し上げたのはそういう意味です」
 まあ、言うてはる通りの性能が発揮できるなら、低ランク魔道師の多い陸士部隊にとっては、切り札的な存在になるやろうけど……しかし、そう言うても、これは使いどころ難しいやろ?
「隊で2~4台しかない、有効な兵装をどのようにして使いこなすか、皆さんの発想と練度にかかっています。よろしくお願いします」
 頭下げる主任さん。って丸投げかいっ。
「なお、戦技の新戦技検討課と合同で検討した、運用方法の素案がいくつかあります。これについては、会議後、各部隊の隊長さん宛に送信しますので、参考にしてください。以上です」
 いや、さすがに丸投げはなかったか。ほっとしたで。息をつく私と同じように、説明に聞き入っていた会場に、深く息をつく音やら、身体を動かすざわざわした空気が立ち上る。
 主任さんが壇上から降り、司会の人が入れ替わりにマイクを受け取って喋りはじめる。
「では引き続きまして。航空戦技教導隊新戦技検討課より、AMF下における有効な魔法技術について、解説いただきます。それでは……」
………
……




 ふうー。大きく息をはいて伸びをする。伸ばした手を組んで動かすと、肩がええ音たてて鳴った。
「ふわー、効くわー」
「主ハヤテ、はしたないですよ」
「勘弁したってや、リィン。一日缶詰やったんやから」
 定時に地上本部に出勤して、定時までみっちり講習会。休憩は入ったけど、丸一日聞きっぱなしいうんは、花も恥らう年の私も、さすがに辛い。これで明日は一日身体動かす予定とくるんやから、正直、勘弁して欲しいわ。……状況的には冗談にもそんなこと言えんのやけどな。
 私はため息を噛み殺しながら、リィンと一緒に車を停めてある場所へと向かった。




 ここんとこ、戦闘はないけど多忙な毎日が続いとる。
 AMF下での戦闘対応訓練に、クラナガンの全陸士隊と首都防衛隊が、本格的に乗り出したからや。お陰で、AMF下での戦闘経験が豊富(いうても相手がAMFを自分の周りに発生させられるだけで、戦場全体がAMF下、いう状況の経験はないんやけどなあ)いうことになっとる六課の武装隊長さんは、あっちこっちでひっぱりだこなわけや。
 講習の次の日は、ある陸士部隊との合同訓練やった。





 目の前で、戦技からきた教官さんが説明してはる。

「そうだ、接敵時は常に複数で当れ。ガジェットの注意をひきつける役と、ガジェットの弱い部分を狙い打つ役とを、頻繁に入れ替えながら、翻弄するんだ。相手は所詮機械だ。集団行動はそれなりに統制をとるが、個々の動きは決められたパターンを逸脱しない」
 まあ、私らの戦術も手探りで積み上げた部分が多いから、こうやって一から理論立てて説明してもらえると、見落としてた視点や復習にもなってええんやけれども。
「違う、そうじゃない! 接敵時は、と言っただろう! 1体にかかっている間は、ほかの機体は無視していい。なんのために仲間がいると思ってるんだ。仲間と指揮官を信じろ!」
 けっこう、耳が痛いこともある。正直、六課は普通の部隊と人員構成も数も違うから、戦い方とかは結構、独特なもんがあるし。一応、アドバイスする側でのオブザーバー参加なんやけど、なかなか私がでしゃばるようなことにはならへん。
「接敵時の角度を工夫して、相手からは攻撃できず、こちらからは攻撃できる位置取りをするんだ。機動力と連携がポイントだ」
 戦闘や装備に関する助言のほかにも、クラナガンの全部隊の全指揮車のコンピュータに手を加える改修や、対ジャミング機器の整備・配布なんかの調整。過去の私らの戦闘の戦訓をもとに、いろんな手配が目白押しや。もとになった戦訓が、私らが積み上げたものやから、当然、私らもひっぱりだこになる。ティアナらの訓練は、他部隊との合同訓練以外はオーリスさんに、想定状況や座学用の資料を渡して見てもろうとる状態や。士官がおらん状況での指揮にティアナにも慣れてほしいとは思っとったから、その点では良かったんやけど。
「機動力は速さじゃない。適確な先読みと、位置の把握だ。望むときに望む場所に立てることが、戦場で求められる機動力だ。速さはそれを多少便利にするだけで、それだけに頼った動きをしていれば、戦果は上げられない。いいか! 魔道師は力でも速さでも正確さでも、機械や戦闘機人に劣るが、それを補ってあまりある、考える頭と戦友がいる! 経験から精髄を抽出し、効率よく訓練してやる俺達教官がいる! 基礎能力だけで勝敗は決まらないんだ! それをきっちりと理解させてやる。お前らも平和を守る管理局員なら、しっかりついてこいよ!」
 ああ、やっぱり耳が痛い。教本に目は通したし、ここ数ヶ月、あの子らを教えるヴィータを間近に見てきたけど、やっぱり私は教官としてまだまだなんや、て痛感させられる。現実逃避はほどほどにして、勉強させてもらわなな。



 指揮官級の人らは離れたところで、戦技の別の人に図面演習で講習を受けとる。ガジェットの集団を分裂させて、殲滅対象以外のガジェットが殲滅中の味方を襲撃しないよう、足止めしたり、注意をひくための攻撃を仕掛けさせたりするような部隊運用の指導が中心やな。
 私も指揮官やし、ちょっと足を運んでみる。

「そうだ! 連携した機動防御で、うまくクロスファイアポイントまで相手を誘い込め!」
 うわ、こっちの人はさっきの人より熱血ちゃうか。教官って熱血タイプのほうがええんやろか。ヴィータもあれで結構熱いし、シグナムは言わずもがなやし。あ、なのちゃんはちゃうな。
「目の前の戦闘だけ見るな! 戦術機動をとらせるんだ! 対処療法じゃなく、いかに相手を思うところに動かし、しとめるか。砲撃区画に引きずりこむ機動は、一例に過ぎんのだぞ!」
 目の前の戦闘と戦術、戦略の区別と運用か。なのはちゃんが打ち合わせで珍しくリキ入れて言うとった話やな。
「指揮官の役割は、いかに効率良く味方を殺すかだ、って言葉がある。冷静に考えろ。どこに損害を負担させて、どこに打撃を担当させるか。目を背けるな。情に流されるな。冷徹に、しかし冷酷でなく、計算して兵を動かせ」
 ああ、私の苦手なとこやな。でも聞いとる人らは顔色一つ変えへん。まあ、この辺は指揮官の心構えの基本らしいから、当たり前なんかもしれんけど。はあ、私もなんとかできなくはないけど……。辛い仕事やな、やっぱり。
「タフな相手は点じゃなく、面で撃て! 機械連中の頑丈さは甘く見るなよ! 連携してきっちり面で叩け!」
 いや、一応、鹵獲したガジェットを分析して制御系の集中してるとことか、そこを砕けば動かなくなる場所、いうんは判明しとって、その情報は各部隊に回してもうとるんやけど。ま、まあ、戦場でそんなに正確に狙ったとこにあてんのは難しいんかもしらんけど、苦労した身としては、ちょっと悲しいなあ(汗)。
「戦力の一点集中、機動力、地形の活用。全て火力の集中を作り上げる為だと考えろ」
 火力で押す、か。たしかに、AMFを突破できるなら、数の多い機械や人間より身体機能が高いんは確実な戦闘機人との、接近戦や乱戦は避けたいところや。考えとしては間違うとらんやろ。

 教官さんは、そこで間を取って、じろりと目の前の人らを見渡した。
「戦力には限りがある。だから、あらゆる手段を使って弱点を探り穴を見つけ、そこを叩く。そのために重要なのが戦域管制だ。指揮官の腕次第だと言い替えてもいい」
 うわっ、プレッシャー掛けるなあ。
「戦闘で重要なのは性能なんかじゃない、情報だ。戦力ってのは絶対値じゃない、相対値だ。こちらの戦力が弱くても、相手の戦力を発揮出来ないように仕向ければ、相対的に優位を取れる。相手が対処できない方法・方向から仕掛けるのが基本だ。そして、そのための装備が貴官らには与えられている」
 ヘカトンケイレスと磐長媛命か。たしかにあれがあれば、随分と心強いな。
 と言うたかて、相手も同じように戦術行動をとってくる可能性が高い。打つ手の読み合いになるやろ。前あったみたいに、通信妨害を仕掛けてくるんは、ほぼ間違いないやろし。
「囮が突っ込んで掻き回し、注意をひいたところで一斉射撃を食らわすか、一斉射撃をかましてソイツを目晦ましに近接担当の奴等が突っ込んで陣形を切り裂くか。小隊単位での連携なんて、大きく分けりゃ、その2つしかない。射撃を斜線陣にするとかいろいろバリエーションはあるが、基本はその2つだ。しっかりソイツを覚えとけ。それさえ覚えてりゃ、通信が妨害されてもなんとかなる」
 まあ、それくらいは、戦技の人らも検討済みか。とはいえ、結局、根性でなんとかせえ、言うとるに近いんやけど。なんか、通信妨害に対応できるような装備とかは配備されんのやろか。一応、ジャミングされたときの対応マニュアル整備と配布・訓練の準備は進めとるらしいけど。
「中隊以上の単位での機動・行動の指示、他部隊との連携担当、目的に向かっての進行に沿った、部隊の効率的指揮運用、バックアップ部門との連携。そんなのは、戦略的作戦行動だ。俺達の仕事じゃない」
 ……いや、たしかにそうなんやけど。ま、まあ、職権をきっちり分けて効率良く物事を進めようとしとる、ということにしとこか(汗)。実際、私らと同じくらいなのはちゃんも忙しいみたいやし。いろんな打ち合わせや装備の調達なんかを、六課だけでなく、クラナガン全域の部隊について、調整しとるらしい。まあ、対ガジェット、対スカリエッティの部隊の部隊長やから、名分はあるんやけど、さすがの行動力やな。それに、各部隊やゲイズ中将によっぽど信頼されとらんと、うまく回せんやろに、ホンマ大したもんや。これまで積み上げてきたもんが力を発揮しとるんやろなあ。私も見習わないかん。
「本部ビル周辺を、細かく区切ってエリアに分け、地勢や部隊の特性を勘案した上で、兵を配置する。彼らから上がってくる莫大な情報は指揮車単位で整理分析した上で、本部のホストコンピューターの推論もみる」
 ふむふむ。やっぱ、ツボは本部ビルになるか。



 ツボでわかるかと思うけど、最近の各陸士部隊の動きにははっきりした目的がある。

 地上本部の情報部が、これまで散発的に出現してたガジェットドローンはテスト的な運用で、そろそろ適度な情報も溜まったやろし、本格的な攻勢、要は大規模テロ活動やな、これに出てくる可能性が高い、て見通しを出した。正直、そこまで事態がきとるんか、て言われたら、私には実感はない。こないだもレールウェイの地下通路で、試験運用っぽい新型ガジェットがでたとこやしなあ。うちと、たまたま合同訓練しとった108の人らで片付けたけど。
 まあ、本職さんがそう言うんやから、それで考えた方がええとは思う。

 で、や。その大規模テロ活動の対象を推測したら、ぶっちぎりで予測1位が、9月の12日に地上本部ビルで行なわれる公開意見陳述会。年に一度の、まあ、年間方針発表みたいなもんらしい。全次元世界に放送されるいう、この日にテロがあれば、それだけで管理局の威信に傷がつく。被害の程度によったら、偉いさんの首が軒並み飛ぶやろって話や。
 その辺の分析と予測は、機密指定ランクAやから、原則、佐官以上にしか公開されてへんのやけど、私らはガジェット専任部隊みたいになっとるから、六課では、尉官以上にまで知らされとる。まあ、本部が分析した元情報やら予測やらの原型いうか材料だしたんは、私ら六課やしな。教えられんでも、情報や分析に関わって、頭もそれなりに回る人らは、大体、同じ答えに行きついとるみたいや。

 まあ、それを踏まえてや。クラナガンの各陸士部隊や首都防衛隊に、襲撃を想定しての防衛戦のシュミレーションや早期警戒態勢の確立、ミッドチルダ全体での検問体制強化(大きな貨物の移動を調査して、ガジェットの製造工場や集積地なんかを割り出すんやって)なんかが、急ピッチで進められとるわけや。これをもっと早くにやってくれたら、これまでの被害も抑えられたかもしれんのに、なんて言うたらあかんのやろなあ。



 そんな緊迫しはじめる状況、せわしない毎日の中で、時折、考えてしまうことがある。

 管理局内部、それもそれなりの高位に、スカリエッティに情報流しとる人がおるんは、これまでの戦闘の内容から見てまあ、確実や。となると、早期警戒も検問強化も、全部すりぬけられると考えた方がええやろ。となると、クラナガン近郊で防衛線張って、そこでの戦闘で食い止めることになると見たほうがええ。内通者の権力や広がり具合によったら、市街での戦闘もありうるやろ。
 それはまあええ。いや、あんま良くないけど、それは私の考えることやない。戦闘になったときに、いかに被害をださずに鎮圧するか、そしてその方針の中で、六課の戦闘部隊を率いて最善を尽くす。今の私の立場で、私の考えること、することはそれや。問題は、ほんまに市街戦になったとき。そこまでスカリエッティが入り込めたとき。

 その状況になって、誰が得する?

 内通者かて管理局の権威が傷つくんは、自分も所属しとる組織や、おもろないはず。でも、もし、それなのにそこまでやってきたら。
 考えたないけど、考えてしまう。傷は全部地上部門のせいにして、それを口実に、本局が地上部門を下位組織として吸収する。それなら筋は通る。通るけど……その場合、内通者は本局のかなり上のほうにかなりの影響力をもって存在してるいうことになる。内通者を見つけ出して摘発なんて話やない。本局そのものを解体して人員を大幅刷新、全面的に改組しなきゃならんような話になってくる。それは、さすがに……。ないとは思いたいけど、もしそんなことになったら、大事や。次元世界全体が大揺れになる。

 ロッサ兄は気づいとるやろか? ……多分、気づいとるとは思うけど、一度、話しといた方がええかもしれん。カリム姉様にも。教会は政治に不介入が原則やけど、そこまでの事態になったら、さすがになにもせんわけにはいかんやろう。考えとうはないけど……今までの色んなことが、その考えでいくと、綺麗につながってしまう。納得いってしまう。怖い。その日が来るのが怖い。
 私の考えすぎでおさまればええんやけど……ヴィヴィオのこともある。ヴィヴィオを使われれば、次元世界の揺れはさらに大きくなるし、教会も一体で動くのは難しいやろ。それ目的でヴィヴィオを生み出したとしたら。正直、確定やないけど、聖王のクローンを生み出すなんて、教会含めた次元世界へのゆさぶりくらいしか目的が思いつかん。月読は、行方不明の伝説のロストロギア活用の恐れ、って可能性を出してきたけど、伝説になるくらい資料も文献も残っとらんシロモノが都合よく出てくるいうんも考えにくい。
 ヴィヴィオを六課で保護できたんは、その意味では幸運やったな。別の意味では不運なんやけど。こないだの幹部会議でフェイトちゃんから報告があった。ヴィヴィオを六課が保護していることで、なのちゃんや「陸」と教会との関係がさらに強化されるのを、恐れとる人らが本局上層部におるって。本局上層部に内通者が広がっとるなら、余計に追い詰めてしまうことになったかもしれん。まあ、スカリエッティに利用されたりするより遥かにマシなんやけど。
 
 ……あかん。話が絡みあいすぎて、私じゃ流れが読みきられへん。やっぱり、カリム姉様に一度、話してみよう。姉様ならなにか、ええ案を思いついてくれるかもしれん。

 なのちゃんにも相談したいとこなんやけどなあ……。


 ふう、とため息が漏れる。


 こないだ、会議の後、フェイトちゃんに相談された。なのちゃんのことで。

 フェイトちゃんはティアナに、なのちゃんの様子がおかしいって聞いたらしい。私もフェイトちゃんに教えてもらったけど、あの内容がホンマやったら、明らかに異常な行動やと思う。フェイトちゃんは、仕事のプレッシャーやら内通者のことを考える心労やら狙われたショックやらで、精神的疲労がたまっとるんやないかと思って、なのはちゃんと話してみた上で、休暇をとることを勧めたそうや。でも、のらりくらりとかわされて、聞き入れてもらえんかったとか。それで、私にも協力してほしい、て相談に来た。
 フェイトちゃんがなのはちゃんと話した印象を聞いてみたけれど、
「なのはは、いつも弱いところをみせないから。……最近、すこし気持ちをひらいてくれるようになったと思ってたけど、まだまだだね」
て、淋しげに微笑って言った。

 私はとりあえず、フェイトちゃんを励ましたあと、頑なになっとるなのちゃんには、力押しでいってもどうにもならんから、ちょっと様子をみてみよう、言うて、その場を収めた。フェイトちゃんは未練がありそうやったけど、失敗した直後やし、なのちゃんの強がりなこともよう知っとるから、2人してよう気ぃつけてよう、て約束することで最後は折れた。
 そうやって、フェイトちゃんを帰したあと、私は即効仕事を早引けして、自分の部屋に帰って、じっと考え込んだ。……仕事? 周りにえらい迷惑掛けたけど、私ひとりおらんでも、大抵はなんとかなるもんや。そんな、誰かが代行できるか嫌々でも延期できるようなことより、私にしかわからん、できんことのほうが大事やった。


 フェイトちゃんには言わんかったけど、なのちゃんのおかしいいう様子は、疲れのせいなんかやないと、話を聞いた瞬間に私は判断してた。いや、間接的にはそうなんかもしれんけど、本質的には違う。本質的には、なのちゃんが元々持っとって、うまく私らからは隠してた、なのちゃんの心の暗い部分、どろどろした部分、闇の部分や。証拠なんか出しようがないけど、確信はある。
 だから問題は、なのちゃんがそういった行動をとるようになったことやなく、そういった行動を私らの目につくようなところでとり始めたことや。

 なのちゃんが心に闇を持っとることに私は気づいてた。親も友達もおらん不自由な身体の自分の横を、笑いながら駆けてく子らを見て、暗い想いを持ったことがないなんて言わん。その子らが、私と同じような目におうて不幸のどん底で悲しむのを夢見たことがないとは言わん。
 だから、なのちゃんの抱えとるもんにも気がついた。私も持ってたことのあるもんやから。
 でも、なのちゃんは強くて、無愛想でも優しくて、いつも顔をあげて前を向いとったから、あまり心配はしとらんかった。闇をもっとらん人間なんておらん。でも、闇にひきずられるような人間も滅多におらんし、闇に呑まれるような人間はもっと少ないと思うてたから、あのなのちゃんがそんな人間の1人になるなんて考えもしとらんかった。


 でも、甘かったんやろか。


 なのちゃんも人間や。それに周りに気ぃ配らんと、独りで高く遠く飛んでいく鳥のようなところがある。幸福の青い鳥。太陽に近づきすぎて堕ちたイカロス。どっちも、あんまええイメージやない。でも、なのちゃんに重なる部分があるて感じてた。

 私はなのちゃんの親友や。どんなことになっても、なのちゃんの傍にいるて自分に誓おた。なのちゃんの味方でいるて誓おた。
 でもこの場合、なのちゃんと対立しても止めるべきなんやないやろか。今回のことって、なのちゃんの自制が効かんようになりはじめとる、なのちゃんが心の闇にひきずられはじめとる、そういうことやないかと思う。
 傍にいるだけやのうて、友達やったら、間違いかけてる相手にきちんとそれを教えてあげるのも必要なんやないやろか。
 私は迷い続けていた。


 答えは簡単には出せそうにない。












■8月上旬  ~視点 ティアナ・ランスター~ 


「第一回、機動六課で最強の魔導師は誰だか想像してみよう大会~!」
「「「おおおおお~!」」」
あたしの目の前では、ハイテンションな集団がお祭り騒ぎを繰り広げている。

「鉄板の最強候補は4人!」
「近接最強! 古代ベルカ式騎士! ヴィータ副隊長!」
いつの間に誰が組んだのか、一段高い舞台で司会進行をしているスバルとアルトさんもノリノリだ。
「六課最高のSSランク! 長距離砲持ちの広域型魔導騎士! 失われた秘儀の使い手! “夜天の王"ハヤテ隊長!」
「そして六課最速のオールレンジアタッカー、“閃光”フェイト執務官と」
「説明不要の大本命! “エースオブエース”“空のカリスマ”“魔王”高町なのは部隊長」
っていうか、なんでそんなに息があってるのよ、あんたたち。コンビ組めるわよ。お気楽極楽能天気コンビ。
「「最強は誰だーッ!?」」
「「「わ~っ!」」」
 なのはさんだ、いやフェイトちゃんだ、部隊長だ、ハヤテさんだ、なんて怒号が飛び交う光景を前に、あたしは頑張って逸らしていた意識を現実に戻した。

「六課ってこんなに人いたっけ……?」
 いや、課開式でも見たはずなんだけどね。熱気というか迫力が違うのよ。随分数が多く見えるわ。あたしの隣にいるキャロとエリオも、じと汗をかいてる。キャロなんか半笑いだ。


(……最強、か)
ハヤテ隊長の言葉を思い出す。なのはちゃんは強くなんかやあらへんよ。そう、無理に作った笑顔で泣きそうな声で言われた言葉。






 この間の夜間訓練の後。やっぱりまた、異様な雰囲気を放っていたなのはさんのことを考えながら、あたしは隊舎の通路を歩いていた。

 今日の模擬戦闘、なのはさんは途中から完全に本気だった。あの目。
 あの目を思い出すと、いまも怖気が走る。いま正に命を奪うことを愉しんでいる目だった。正直、あそこでなのはさんの手刀が止まったのは、幸運以外のなにものでもない。なのはさんは震える手をもう片方の手で握りながら、押し殺した声で言ったのだ。
「今日の訓練は終わりだ。帰れ」
 真っ向から受けた強烈な殺気と、直前まで行った死の恐怖に腰を抜かしかけて、頭も麻痺してた私は、その言葉に反応しなかった。そうしたらなのはさんは、怒鳴ったのだ。それも殺気を放ちながら。
「とっとと行け! 死にたいか、貴様ッ!!」


(「……六課は政治絡みでいろいろあるし、気持ちが疲れてるのかも……」「そうですか……そうですね、うん。いくらなのはさんでも、疲れることはありますよね」)
 やっぱり違った。あのときの不安は間違いじゃなかった。疲れなんかじゃない。あれは、なのはさん自身の持つ狂気だ。
(だって、なのはさんだよ、なのはさん! 堂々とした態度と凄い発想、局員の間じゃファンクラブだってあるんだって! 若い局員の憧れだよ! エース・オブ・エース、管理局の切り札!)
 知ってたスバル? その姿の下には、今日垣間見た、途轍もない狂気が渦巻いてるのよ。おぞましい闇が息づいているの。


 どうしたらいいんだろう? もう一度フェイトさんに相談する? でも、この間の話だけでもショックを受けてたみたいなのに、本気の殺気を向けられたなんて言ったら……。

「あれ、ティアやん。どうしたん、こんなとこで?」
その声に、反射的に私はすがりついた。
「ハヤテさん! 助けてください!」



 招き入れられた部屋で、あたしが今日の出来事を話し終えると、ハヤテさんは言ったのだ。ぽつりと。
「……ティアナはなのちゃんのこと、強いと思っとるやろ」
咄嗟に質問の意味を掴みかねて、答えられなかった私に、ハヤテさんは続けて言ったのだ、泣きそうな声で。
「なのはちゃんは強くなんかあらへんよ。無理して自分を強くしてるだけや。それも自分でも気づかんと」
 ハヤテさんは泣いていた。涙は流さず、顔は笑顔だったけど、その目と声が、なにより雄弁に彼女の感情を表していた。


「ティアナが今日見たんはな、ティアナの思ったとおり、なのちゃんが持っとる、うまく私らからは隠してた、なのちゃんの心の暗い部分、どろどろした部分、闇の部分や」
 いつも明るくノリのいいハヤテさんの声が、別人かと思うほど静かに起伏なく語った。
「なのちゃんは、私らのことを大切やと思うてくれとるかもしれんけど、信じてくれとるわけやない。なのちゃんにとって世界は、いつもなのちゃん1人で全てを背負わなあかん、孤独な世界なんや。そこでは私らは欠片も頼りにされてへん。手伝えば喜んでくれるけど、手伝わなくてもなのちゃんにとってはなんでもない。それが当たり前やからや。

 異常なことや。人間、そんなに強うない。なのになのちゃんがそうやって生きられるのは、生きてしまえるのは、初めから切り捨てとるからや。自分が独りと思うとるからや。しかも自分でそれに気づいとらへん。あの優しいなのちゃんが、そんな風になるまで、どんだけ辛いことがあったやろう。どんだけ裏切られたやろう。
 
 ……闇を抱えて当たり前や。狂気を抱えて当たり前や。むしろ、それに流されんと、私らにそれを見せんように気づこうとるだけ凄いことや、優しい人やと、私は思う。…………淋しい、優しさやけどな。

 でもな。私はなのちゃんに救われた。なのちゃんのお陰でどうなったとかそういう問題やあらへん。なのちゃんの心がどうとか、そんなもんなんか欠片も関係あらへん。
 ただ、なのちゃんは損得もなにもなく、自分の気持ち一つで、私のために全力を尽くしてくれた。その気持ちだけで、私は救われた。救われたって思っとる」

 その声に秘められた凄絶な覚悟に、あたしはゾッとした。静かな海面が、その下の岩の鋭さを見通しやすいように、その静かな声は、ハヤテさんの心に秘められている感情をの激しさを露わにしていた。
 あたしはなにも言えず、ハヤテさんは続きを語らず、沈黙の時間が過ぎていった。



「怪物と闘う者は誰しも、その過程において自らが怪物と成り得ない様に気を付けなくてはならない。
 あなたが深淵を覗き込むその時、深淵もまた、こちらを覗き込んでいるのだから」



 不意にハヤテさんが、沈黙を破って呟いた。

「……それって」
「ん。うちらの世界の偉い哲学者の言葉や。フリードリッヒ・ニーチェ。「神は死んだ」て宣言して、運命や絶対的な正義の存在を否定した人」
「……」
「なのちゃんは優しい人や。自分のしたことはなんであれ自分独りで背負おうとする。関わったモン全てや。それが悪いもんやろうとなんやろうと。
 人間誰しも暗い部分、嫌な部分、持っとるもんや。それから逃げんと現実と闘いつづけとったら、そんで結果を背負い続けとったら。そんな生き方をし続けとったら、そんな人間ってどうなってしまうんやろな?」
「……ハヤテさん……!」
 あたしは言葉を返せなかった。何を言っていいのか、そもそも何を言いたいのかわからなかった。ただ、なにかひどく嫌なものが胸の中でのたうちまわるのを感じていた。
「なあ、ティア。あたしはなのちゃんの友達や。なのちゃんのことが大好きなんや。
 それだけやない、なのちゃんは私の恩人なんや。なのちゃんがおらんかったら、今の私はおらへん。あたしはなのちゃんの手を離すことはできん。なにがあってもや。
 でもティアは別や。ほかの子らも。みんな……」
「ハヤテさんはどうなんですかッ!」

 思わずあたしはハヤテさんの言葉を遮っていた。武装隊の隊長には向いてないかもしれないけど、この人はいい人だ。人の価値なんて、強さとか魔法とか地位なんかにあるんじゃない。そう言葉で教えてくれたのはなのはさんで、態度や行動で実感させてくれたのは、ハヤテさんやスバルやちびっこ達だ。特に、優しすぎるくらい優しくてすぐ落ち込む癖に、あたし達の前ではいつも明るくてみんなを笑顔にさせてくれるハヤテさんは、あたしの憧れの1人だった。そのハヤテさんに、そんな目でそんな声で、これ以上話させたくなかった。

「まだなんとかなるでしょうっ? 親友なんでしょう? 教えてあげればいいじゃないですか! こっちに引きずり戻してあげればいいじゃないですか! そんな目で、声で……っ、諦めないで下さいよ!」

 あたしは泣いていた。悔しくて悔しくて。こんな凄い人たちなのに、こんないい人たちなのに。彼女達に絡みついている“何か”が悔しい。今まで気づきもしていなかった自分が悔しい。なにより、この人たちにこんな目をさせるようになった世界のありようが、兄さんを理不尽に奪った世界のあり方が、なにより悔しかった。


「……ありがとう、ティアナ。でもな……………………………。ごめん。私は怖いんよ。………なのちゃんと対立するのが怖い。なのちゃんに敵を見る目で…見られるのが、怖い。…なのちゃんに、見捨て、られるのが怖い。…………なにより…なのちゃんが、ひとり、で…ッスン、ひとりで……ック、堕ちていって、しま、うかもしれん、のが…ッ…ッヒッ、それ、を、……見送らな…あかんように………なる、かもッ、しれんのがッ! 怖いんよッ!」

 途中から嗚咽交じりになったハヤテさんは、そう悲鳴のように吐き出して、手の平に顔を埋めた。繰り返す激しい嗚咽の合い間合い間に、「ごめんな、ごめんなあ」と呟いてるのが、不明瞭ながらも聞き取れた。涙を流しながら呆然と立ち尽くしてたあたしは、繰り返し呟かれるその言葉をじわじわと理解して。その意味を脳が理解した途端、

「もう、いいですッ!」

叫んで、部屋を飛び出した。泣いてるままだけど構うもんか。ハヤテさんが言えないなら、あたしが言ってやる。資格なんて知ったことか! あんなに苦しんで、あんなに悲しそうにして。あんなの、そのままでいいはずなんかない! 絶対にそんなことはない!!
 あたしは部隊長室目掛けて、まだ人のいる隊舎の中を全力で駆け抜けた。







「失礼しますっ!」
あたしは文字通り、部隊長室に怒鳴り込んだ。


 照明の消えた部屋のなか、なのはさんは、月の光だけが射しこむ空間で、虚ろに目を宙にさまよわせて、椅子に座っていた。あたしが礼儀を無視して部屋に飛び込んできても、一拍おいてゆるりと、いつものキレのある動きからは想像できないような動きで、あたしに濁った瞳を向けて、一言呟いただけだった。

「ああ、ティア」

 あたしはそんななのはさんの様子にも一切構わなかった。気づいていなかったって言っていい。ただ、激情があたしを突き動かしていた。


 あたしは足取りも荒くデスクの前に歩み寄ると、バン!と音を立ててデスクを両手で叩いて、なのはさんに詰め寄った。興奮であたしの頭も感情もぐちゃぐちゃで、あたしは、思いつくまま、支離滅裂に、気持ちを言葉にしてなのはさんに叩きつけた。

「戻ってきてください! 闇だか狂気だかしらないけど、そんなのにひきずられないでください! ハヤテさんだって泣いてました! なのはさんを独りで行かせられないって!! なのはさんが独りで堕ちていくのを見送るくらいなら、自分はずっとなのはさんの傍にいるって! ごめんって泣きながら、そう言ってました!!
 いいんですか?! そのままで!! ハヤテさんを巻き込んで! フェイトさんだって一緒に行こうとするかもしれない!! あんなになのはさんのことをっ、大事に思ってる友達を! 道連れに! それでも道を踏み外して! 本当にそれでいいんですか!!
 自分を信じろって、あたしに言ってくれたのは、なのはさんじゃないですか。それでいいのかって言ってくれたのは、どんな存在になるんだ、って。そう、あたしに、言ってくれたのは! なのはさんじゃないですかぁっ!!」



「泣いているな」

 あたしの言葉も勢いもなにもかも無視して、ぽつりとなのはさんが言った。

「俺は泣いたことがない。涙を流した記憶がない。だが、ときには俺の代わりに泣いてくれる人もいた。お前も俺のために泣いてくれているのか、ティア。優しい娘、涙をその名に含む娘よ」


 なのはさんはゆるりと椅子ごと身体を回し、窓の外の闇に視線を移した。なのはさんらしくない、いつもの力強い意思が感じられない声が、淡々と言葉を紡ぐ。

「ときに思うことがあった。摂理を正し、歪みをなおす。
 理を布く、それはそこまでしてやらなければならないことなのだろうか。悪霊も妖異も、もとは現し世(うつしよ)の澱みから生まれたもの。現し世の生んだ異形の子。
 だが異形であっても、子であることには変わりない。なのに、兄弟とも言える俺達が彼らを否定し、彼らを討滅する。理から外れている、ただそれだけで。彼らとて、望んで理から外れているわけではないだろうに。彼らとて生きていたかったろうに。
 彼らを生んだ世界から否定され消え去るとき、彼らはなにを思ったのだろう。
 生まれてすぐに、葦の船で流し捨てられたヒルコ。彼は一体、どうなったのだろう。どこかに辿りついて、そこで受け入れてもらうことができたんだろうか」

「なにを……言ってるんですか?」

静かに視線をこちらに向けたなのはさんが、ゆるりと笑った。
「……さあ、なにを言ってるんだろうな。いまさら引き返すことなどできるはずもないのに……我ながら、度し難い」

 あたしは激情を逸らされ、わけのわからない言葉と問いを投げられ。頭がぐちゃぐちゃで、気が抜けたように唖然と立ち尽くしていた。

「もう休め、ティアナ。明日もまた訓練がある。疲れを身体に残さないようにな。
 それから、晩の訓練の指導はもう終わりだ。お前は、基礎は完全に修得した。これからは、自分で頭を使い、工夫してみろ。相談には乗ってやる」

 そう言ってなのはさんは顔を戻して、あたしに背を向けたまま立ち上がり、一歩、窓に歩み寄ると、かすかに顎を上げ、はるか遠くをみるような仕草をした。双月の光が射しこむなか、長い茶色の髪が流れ落ち、陰になった背中へと溶け込んでいる。その後ろ姿はとても華奢で儚く、あたしはいまさらながら、この人が二十歳にもならない女の子だということを思い出した。


 先日、フェイトさんと一緒に本局に行ったときに、クロノ提督と一緒に紹介されたアコース査察官に、耳打ちされた言葉が脳裏を過ぎった。
「まぁーつまり、僕の言わんとしている事は、だね。隊長と前線指揮官の間だと色々難しいかもしれないけど、上司と部下ってだけじゃなく、人間として、女の子同士として、接してあげてくれないかな。ハヤテだけじゃない、フェイトやなのはにも」
 軽い口調で、なにげなく。でも、たしかな不安と願いを声の底に忍ばせて。こっそりと囁かれたあの言葉。



 そうだ。なのはさん達だって人間なんだ。どんな凄い成果を上げてきてても、どれだけ強くても、何度修羅場をくぐっていても、1人の女の子なんだ。いくら年上だからって、上司だからって、全て頼りきっちゃいけない。あたしたちでも何かできる、支えられることがあるはずだ。
 
 あたしは頭をあげて、ぐいと涙を拭い、姿勢を正して敬礼した。
「夜分に失礼しました。失礼します!」

 なのはさんは、あたしの声にも動きにも何の関心も払わず振り向かず、ただ、月の光の届かない、夜の闇を眺めつづけていた。



 宿舎への道を歩きながら、あたしは決意を固めていた。

 何かできるはずだ。尊敬する、でも同時に弱さもある、大切な上官に。大好きな人たちに。 


 …………それが、あたしが誰かの借り物じゃない、与えられたものでも命じられたものでもない、自分自身の道をかいま見た最初だった。

















■8月下旬  ~視点 高町なのは~


 それはまだ事態がそれほど進行していなかった頃の話。


「スカリエッティはどうする?」
「殺す」
 簡潔に答えた俺に、レジアスは僅かに沈黙した後、言葉を継いだ。
「……俺とのつながりなら、明かされても構わん。最高評議会の後ろ暗い支援や命令を、公にするいい切っ掛けになる。それに最高評議会の犯罪を証言してもらう必要があるだろう」
 地位相応の威厳に溢れ、情を欠片も含まない口調で紡がれる正論。だが、俺はその背後に隠れ潜んでいる気遣いに気づける程度には、この男とつきあってきた。

(ホントに不器用な男だな、オーリス嬢……)
いつか、俺にレジアスの不器用さとわかりにくい優しさを語った彼女。俺は心の中で、彼女に向けて苦笑した。
 だが、今回の件については、気遣いは不要なのだ。むしろ、俺が自分の我侭を通したいだけなのだから。

「レジアス、スカリエッティが生きたまま捕らえられたら、どうなると思う?」
「む?」
意味を掴みかねたのか、レジアスの反応が鈍い。俺は、つぶやくように続けた。
「奴の罪状から見て、生きているうちに釈放されることはまずない。どこかの厳重な拘置所で、都合のいいときだけその知性を要求されて、生涯飼い殺しにされるだろう」
「……」
「すまんな。おそらく、お前の言う通り、生かしておくほうが利点は多い。だが、俺は奴に終わりを告げてやりたいんだよ。奴の悪夢も狂気も植え付けられた宿業も、全てが終わり、解放されるのだと。それが、せめても俺が奴にしてやれることだ」
「……そうか」
 レジアスの声の響きに俺は苦笑した。こいつには、言葉の意味は理解できても、その心情を真実理解することはできないだろう。

 こいつもそれなりに外道の業に関わってきたが、その本質は、折れず曲がらぬ真っ直ぐな鋼だ。狂気を我が身の一部とする、あるいは、苦悩と恐怖に分かちがたく結びついた歓喜。そういった矛盾した心の在り方も。憎み厭いながらも、それなしで生きていくのに耐えられないという、祈りにも似た妄執も。おそらく、こいつには本当の意味では理解できない。そのほうがいいのだろうと思う。それに自惚れかもしれんが、スカリエッティは、俺1人が奴の狂気を理解しているなら、それで満足するだろう。
 そうだな、レジアス、お前にもわかりやすい言葉でいうなら……

「それに、忍従の日々を、これから先も過ごし続けさせるのは憐れだ。俺たちなら、来ないかもしれない機会の為に、準備をしつづけられるが、奴は自身の望まない環境にこれ以上押し込められているのは耐えられんだろうよ。奴はもう、十分耐えた」
 あるいは違うかもしれない。他者の死に様を勝手に決めるなど、そいつの生に対する第一級の冒涜だ。だが、奴のあり方に、あがきに、俺は前世の自分の影を見る。奴と共鳴する俺の魂が囁いている。それでいい、そうしてやれ、と。
 少しの間、ぼんやりしていたのだろう。俺は、レジアスの小さな声で我に返った。
「……少しばかり妬けるな……」
 レジアスは俺に聞かせる気はなかったのだろう。とても小さな声だった。だが、気の毒なことに、魔法に頼らず五感を鍛える訓練もしている俺の耳を掻いくぐることはできなかったようだ。俺は突き上げてきた笑いの衝動を、咄嗟に押さえ込んだ。聞かなかったことにしてやるほうがいいだろう。

 だが、レジアス、わが友よ。俺が奴を理解できるのは、その存在の在り方に、鏡に写したようによく似た部分があるからだ。以前、言ったろう。俺と奴は兄妹のように近しいと。


 だがそれだけだ。


 俺が手を貸すと決めたのはお前だよ、レジアス。
 力だけ与えられ、いいように飼い慣らされそうな感覚に、反発しながらもどうしていいか判らずにいた俺に、道があることを教えてくれたのは、お前の歩いてきた軌跡なんだよ。長い間、現実と戦いつづけて、膝を屈しながら、なお、原初の理想に焦がれ、現実からも目を背けない、お前に賭けてみたくなったんだ。お前の征く道の先で、理想が現実に花開くのを見てみたくなったんだよ。

 むろん、そんなことは俺は口には出さなかった。その後、静かに沈黙のときを過ごし、その場を辞去した。



 (あと一ヶ月を切ったな……。)

 あの会話は何ヶ月まえのことだっただろう。このところ、過去のことが曖昧になり、脈絡もなく様々な場面や言葉が脳裏を過ぎることがある。


 ただ、はっきりしているのは、もうすぐ戦いの火蓋が切られること。俺とレジアスが、そしてレジアスの子飼いたちが、自分を抑えて耐え忍び、心身を削って準備してきた全てが、結実するときが近づいているということ。自由を得るか、それとも無か。威勢のいい言葉だが、かかっているのが自分の運命だけじゃないとなると、途端に無責任に思えてくるから不思議だ。

 なにか、し忘れていることはないか。なにか、し残していることはないか。なにか、見落としていることはないか。なにか、考え違いをしていることはないか。

 何度も何度も自問し、何度も何度もシミュレーションを繰り返した。レジアスと幾度も綿密に打ち合わせた。

 漏れも間違いもない。……その筈だ。あとはただ、終わりに向けてすすめていくだけだ。


 これでいい。その筈だ。その筈なのに、なにか大切なことを見落としているような気がしてしかたがない。
 ハヤテの顔が浮かぶ。フェイトの声が聞こえる。ティアナの表情が思い出される。レジアスの気遣うような瞳が記憶に張り付いて離れない。

 違う。そんなことじゃない。計画のことだ。なにかあるはずだ。なにか……。



 俺は答えの出せない問いに囚われたまま、思考の迷路を彷徨い続けていた。











■9月11日  ~視点 不特定第三者~


<早朝>


~古代遺物管理部機動六課 宿舎~


「ティア、もうなのはさんと仲直りした?」
「言ったでしょ、喧嘩なんかしてないって。ちょっとした意見の食い違いで、すこし気まずいだけよ」
「でも……」
「ああ、もう! 大丈夫だって言ってんでしょ! あんたも人の心配ばっかしないで、準備をすすめなさい!」
「う、うん。ゴメン……」
「まったく、もう……」

(そう、仕事に私情は持ち込まない。特に命を預かる仕事なんだから)

 そう思って、それからその考え自体、彼女にマンツーマンで訓練を施した人物の教えであったことを思い出して、彼女は眉根を寄せた。



~クラナガン東部森林地帯 地下研究施設 倉庫~


 ずらりと並ぶ数百のガジェットドローン。それを眺める小柄な人影。
 軽い足音が近づいてくる。

「……チンク」
呼ばれた人影が振り返る。
「ルーテシア…それにアギトも」
「ドクターが呼んでる」
「そうか。先行についての最後の注意か天照破壊の件かな…ありがとう、ルーテシア」
 かすかに微笑んだ銀髪の少女を、呼びに来た紫髪の少女は無表情を保ったまま、見上げる。その肩には利かん気な表情の炎の妖精。
「……なにをしてたの?」
「ん? いや、いろいろと考えてたんだ」
「……」
銀髪の少女は、斜めに身体をねじり、先ほどまで見ていた機械の群れを、再びその隻眼に収める。
「……ドクターの言う自由な世界。そのための戦いがいよいよはじまるのかと思ってな」
「……」
「だが、そのためには、この機械と私たち姉妹で多くのものを壊し、あるいは命を奪うだろう。多くの悲しみが生まれるだろうと思ってな……」
「……チンクはいやなの?」
「ん?」
わずかに陰りを帯びた表情をした少女が、問い掛けられて、一つしかない目で瞬きをする。
「わたしはお母さんのためなら、どんなことだってする。チンクはちがうの?」
「…ああ、いや、違わないさ。私も、ドクターと姉妹のためなら、どれだけ恨まれても構わない」
答えた半人半機の少女は微笑んで。あまり身長の変わらない召喚士の少女の頭を優しく撫でた。
「ルーテシアのためにだって、私は頑張るぞ?」
微笑む少女の言葉に、わずかに目を見開く紫髪の子供。そこにぶすくれた妖精が割り込む。
「ルールーにはアタシと旦那がついてるから、いーんだよ! それよりドクターのとこに行かなくていいのか?」
「ああ、そうだったな。すまない、またあとでな」
苦笑気味に烈火の精に応じて、それから子供にもう一度微笑みながら髪を今一度撫でて。そして去っていく少女の後ろ姿を見送りながら、残された子供は、撫でられた髪に、そっと触れてみた。
「さっ、ルールー。アタシ達も行こーぜ!」
「……うん」



~クラナガン東部森林地帯 地下研究施設 研究室~


「まもなくはじまる……すべてを賭けた遊びが」
うっとりと呟く男の目は、目の前のものも現実の世界も見ていない。
「果たして得られるのは甘美なる終焉か? それとも、望んだ我々の世界か?」
 初めて会ったとき、彼の心を塗りかえた凛々しい少女のことを思う。

「光と闇、狂気と理性がぶつかりあい、せめぎあう。至高のひとときになるだろう。人の可能性の極限へと道を拓く、大いなる瞬間になるだろう。そう思わないかね、愛しい人よ。妹ならぬ我が同属よ」

 その声は徐々に悦楽に染まり、瞳は抑えきれぬ欲望に潤み。頬を高潮させ、目前に迫った待望の刻を想って、男は両手を広げた。

「ああ! もう、間もなくだ…………!!」



<10時頃>


~時空管理局地上本部ビル 1Fロビー~


 ロビーにある臨時受付の前で、整列して敬礼する6人の少女と1人の少年。先頭の、ショートカットに愛嬌のある顔立ちをした少女が、凛とした表情で口を開く。
「古代遺物管理部機動六課より、警備のため、派遣されました。
 なお、最高責任者の高町空佐は、別行動中のため、あとからいらっしゃいます」

 彼女らを遠目に見て、ひそひそと会話が交わされる。
「六課の……長官気に入りで好き勝手……」
「…教会……夜天の………首突っ込んできて……」


 続々と集まってくる、揃いの茶色い制服を来た男女たち。
 彼らに向かい、ひとりの女性が繰り返し同じことを告げる。
「総合警備ミーティング会場はこちらです」



~クラナガン北部ベルカ自治領 聖王教会本部内の一室~


「いよいよ明日ですね」
「ええ」
「ま、なんとかなるよ。僕らの自慢の義妹に、その信頼する友人達がいるんだからね」
「……ロッサ。あなたのその軽薄な態度はあきらめましたが、それでも時と場合をわきまえろ、とあれほど……!」
「ちょっ、わっわっわ」
「シャッハ、落ち着いて」
「……っ! し、失礼しました、カリム」
「……僕にはなにもないのかな……なんでもないです、ハイ」
「シャッハ。私には直接戦う力はありません。どうかよろしくお願いします」
「はい、お任せください。聖王陛下の御身は、必ずやお守りいたします」
「まあ、ザフィーラもヴィータもいるし、あまり肩に……イエ、ナンデモナイデス」
「ですが、シャッハ。なるべく、無理はなさらないでくださいね。預言の解釈が間違っていれば。なにも起こらなければ、それが一番よいのですが……」
「……カリム……」
「……義姉さん……」



~時空管理局地上本部ビル 首都防衛長官執務室~


「貴様はいつ頃、こちらに入るのだ? 警備体制の調整に、各世界代表との面通し。時間はいくらあっても足りんぞ」
『まあ、そう言うな。今夜の交流パーティーには間に合うさ』
「……それでは遅すぎるだろうが。真面目に答えろ」
『すまんすまん。まあ、そうだな、イチゴーマルマルまでには入れると思う。お前のところへ直通でいいな?』
「……総合警備ミーティングにでないつもりか」
『まあな。任せるからよろしくやってくれ』
「……なにか不測の事態でもあったのか?」
『いや? 念には念を入れて、いろいろとやってるだけだ。予想外に時間がかかってな』
「それならいいのだが……」
歯切れの悪い男に、からかうようにウィンドウの少女が笑いかける。
『さすがのお前も不安なのか? でもごめんねー、ママが行くまでもう少しがまんちてね、ぼうやv』
「…………誰が坊やだ」
『……っぷっくっくっくっ。…さて、お前に心当たりがないなら、俺には検討もつかんな』
「……用がもうないなら切るぞ」
『ああ…って、ちょっと待った。一応、今回の件での俺のコールサインだけ伝えておこう』
「……」
『コールサインは“ルシファ-”だ』
「……聞かぬ言葉だな。なにか由来があるのか?」
『俺の出身世界の神……全能を称する管理者気取りの存在だが、そいつに生み出されながらも、誇りと自由のために反逆したっていう神話上の存在だよ。敗れて地の底に堕ち、魔王となってなお逆襲の機会を窺ってるそうだ。……まあ、最後には負けて、地獄に永久に押し込められることになってるんだがね』
「……随分な名を名乗るものだ」
『ほう、そんなに俺には不似合いか?』
「さてな」
『……ふふっ』
「……ふ」
互いに黒い笑顔で火花を散らしあったあと、ウィンドウの少女は一転して親しみのこもった悪戯っぽい表情でにやりと笑い、2本の指だけで敬礼してみせる。
『じゃあな、のちほど』
「ああ」



<13時前>


~クラナガン西部地区 時空管理局第10X陸士大隊隊舎 ミーティングルーム~


 部屋のなかで思い思いに立ったり座ったりしながら、上司の登場を待っている男女の群れ。端の方で、中年に差し掛かった1人の男が、若い同僚に話をしている。
「俺らみたいな組織は、子供を守るための組織じゃないのかって思っちまう。バカな話で、身の程知らずな言い分だけどよ」
気怠げで、それでいて、どこか近寄りがたい雰囲気をもった男は、淡々と言葉を紡ぐ。
「子供らには、明るい未来を見て生きて欲しい。俺らはその為に戦ってるんだと、そう思いたいから」
男はそう言うと、なんともいえない表情をしている、彼より大きな魔力量の、年若い同僚に向かってにやりと笑ってみせた。
「まあ、俺の勝手な希望だ。いらんお世話だと蹴り飛ばされるかもな」


「けど、その気持ちは無くしたかねえんだよ」



~時空管理局本局 武装隊本部第2ミーティングルーム~


 壇の上に立った男が、目の前に列をなす男女に向け、拳を振り上げ、激を飛ばしている。
「第OOO航空大隊と第XXX陸戦大隊は、明日は地上本部ビルで、公開意見陳述会警備の応援だ! 嫌な仕事だが、だからこそ隙をみせるな! きちっと決めて、「陸」の奴らに本局のレベルを見せつけてやれ!」


 演説後、崩れていく列にいた1人の局員が小声でつぶやく。
「やれやれ、ヒートアップしちゃって……。近頃のお偉いさん方はちょっと異常だねえ」
ぬっ、と背後から伸びた手が彼の肩をつかみ、彼は思わずビクリと身体を震わせた。
「上層部批判はもちっと小さな声でな。穏健派とみられると、なにかとやりづらくなるぞ」
「…脅かさないでくださいよ、分隊長」
 部下の抗議を、ふん、と鼻を鳴らして流した男は、まだなにか言いたげな相手に向かって口を開いた。
「まあ、上の様子がおかしいのは確かだ。だが、それは俺達には関係のない話だ。行ってなにかあれば、戦って、守る。何もなければのんびりしてから帰る。単純だろ?」
そして、部下の肩を強く叩いて、彼の傍を離れた。
「ま、一応、気ィゆるめんじゃねえぞ」
「イタイっす! ……ったく、分隊長も馬鹿力だから……」

 叩かれた肩をさすりながら愚痴る若い局員は、彼の上官が呟いた言葉を聞き逃した。


「見せつけろ、か。………キナ臭えな。一騒動あるかもしれん」



<14時過ぎ>


~古代遺物管理部機動六課隊舎 部隊長室~


 執務机の前に座る少女が銃器をいじっている。管理局法違反の質量兵器。だが、銃器を扱う彼女の手に、乱れも躊躇も微塵もない。扱いなれた動きだ。最後に彼女は、音をたててグリップに弾倉をはめ込んだ。拳銃の名は、ベレッタM8357 INOXモデル。弾種は.357sig炸裂弾・銀弾頭仕様。前世から使い慣れた、彼女の信頼する組み合わせだ。
 

 少女は、整備を終えた銃器を机に置いて立ち上がると、身支度を確認しはじめた。
 制服の緩みを直し、長い茶色の髪を整え、武装を身につけ、コートを羽織る。

 (終わりのはじまりか……。)

 最後にもう一度、制服に隠れた腰の後ろのホルダーに差したM8357と、背中に隠したコンバットナイフの収まり具合を確かめると、ケブラー織りの白い軍用コートを翻し、扉に向かって歩きはじめた。











■9月12日 公開意見陳述会 開催

………………
………







 ………………………………そして、後世から“魔王の挑戦”と呼ばれるようになる、二日間の動乱の幕が開く。









■■後書き■■
 書いているうちに、今話が、これまでの流れとこれからの流れを結ぶターニングポイントになることに気づいて、一からやり直し。今後のプロットも全面見直し。関連情報の再確認に、過去の投稿分の読み返し等々。そして、いろいろ詰め込む必要に押されて伸びる文章量。削って組み直してまた削って……それでも結構な長さに。さらに試行錯誤したあと、結局諦めて、IEをひらく。
 随分間があいてしまいました。お待たせしました。今後、今回ほど間があくことは滅多にないはずです。ないといいなあ。

 次回、ついに公開意見陳述会。ああ、ここまでなんと遠かったことか……。


※ディバイド・エナジー……自分の魔力を他人に受け渡す魔法。原作では、デバイス間で魔力をやりとりしてたので、応用的に、魔導機械にもこの魔法で魔力を充填できるのではないかと考えました。



[4464] 二十七話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/04/24 01:49
 俺の脇においてある小型端末は、キャスターやコメンテーターの解説を入れながら、目の前のやりとりをリアルタイムで放映している。この陳述会は全次元世界に放映されるのが慣習なのだ。普段は、政治や治安、軍事などに関心がある人間しか見ないだろう、堅い内容だが、現在の視聴率はかなり高くなっていると思う。それというのも、午前の年間方針陳述演説で、レジアスがぶちかましてくれたからだ。


 地上本部本部長が昨年の実績を踏まえ、来期も同様の方針でいく、そのために従来どおり、各世界政府のご協力をお願いしたい、という大方の予想通りの意見陳述を発表した後、ひな壇に上がったのは、首都防衛長官たるレジアスだった。
 レジアスは昨年の実績とその要因、来期に改善を考えている点を幾つか述べた後、参加者の度肝を抜く提案をしたのだ。


「昨今の情勢を受け、対個人用の質量兵器の全面規制の解除、並びに治安関係者の保持と使用を認めることを提案したい」
会議場が大きなどよめきに包まれた。
「今年度に入り、クラナガン市近郊及び市内において、魔法行使を無効化するAMFを発生する機械群の無差別破壊活動が、すでに4件確認されている。半年間で4件だ。
 幸いにも、いずれの件も専任の特務部隊が対処し、人的被害なしに収めているが、遺憾ながら、未だ犯人は逮捕されていない」
地上部隊の怠慢だ! という野次が飛んだ。あれは本局から派遣された部隊の指揮官だったかな? 次元世界中の目が集まっている場で、よくあんな真似をして恥ずかしくないものだ。無論、レジアスは眉一つ動かさずに続けた。
「犯人と目されているのは、広域次元指名手配犯、ジェイル・スカリエッティ。次元航行艦隊を含む時空管理局の優秀な局員達の必死の捜査にも関わらず、いまだかつて一度も逮捕されたことのない犯罪者だが、その点はひとまず置こう。
 問題は、魔法を無効化する技術が確立され、実用段階に入っているということだ。現在でこそ大きな被害はでていないが、魔法を武装とする時空管理局にとって、この技術が実用化された意味は極めて重い。技術は進歩するものだ。早晩、広い範囲で魔法を無効化するだけの技術が確立されるだろう。あるいは現在の技術でさえ、数を集めれば、そのような現象を出現させることが可能であるかもしれない。地上本部技術局は、入手した機械の残骸を解析し、今申し上げた事態が数年内に出来(しゅったい)する可能性を85%以上の確率と試算した」
 さきほどのどよめきに匹敵する、大きなどよめきが生まれた。「根拠の無い試算だろう!」と野次が飛ぶが、誰の注意をひくこともできていない。そもそも野次っている声自体に、隠し切れない恐怖の色が滲んでいる。

 レジアスは一旦言葉を切って、会議場内をゆっくりと見渡した。
「想像してみてほしい。町中に突然発生する、魔法を行使できない空間。そこで好き勝手する犯罪者たち。駆けつけてもなにもできない管理局の魔道師たち。そして彼らを片端から殺傷していく犯罪者達の質量兵器」
 そこでレジアスは、また言葉を切った。鉛のように重い沈黙が会議場を覆っている。野次も飛ばない。
「おわかりいただけるだろう。そのような事態を避けるため、対個人用の質量兵器の導入は必須なのだ。
 無論、その保持は許可制とし、使用にはAMF下であること等の条件をつける。また、質量兵器のなかでも、非殺傷の武装を優先的に配備、使用し、殺傷性のある武装は、従来の殺傷魔法の使用と同様、規制の網をかけることを考えている。また、都市を対象とするような兵器ではなく、対個人用として開発された兵器と申し上げたのもそのためだ。
 旧暦の悲劇を繰り返す気はない。だが、過去に縛られて明日の危険を放置することは、次元世界の治安を守る組織に奉職する身として、決してしてはならないことであると考える!」

 言葉に強い決意を乗せ、表情と身振りにも、オーバーにはならないながらも、確固とした決意を示して、レジアスは言い切った。再び会議場に沈黙が流れる。だが、それは先ほどとは違い、重苦しさの無いものだった。
 誰もが息を呑んでいる。そんな空気のなか、レジアスは静かに、だが堂々たる威厳をもって、締めの言葉を語った。
「以上が、来期に向けての首都防衛隊の提案である。諸賢の英断に期待するや大である。首都防衛長官レジアス・ゲイズ。新暦75年9月12日」


 静かに語り終えたレジアスが、一礼して、悠然と演壇から降り、自分の席へと向かう間、会議場は静けさに包まれていた。レジアスが椅子を引き、ゆっくりと腰をおろしたときに生じたかすかな軋みの音が、驚くほどはっきりと、広い会議場の中に響き渡り。そして、会議場の一角から、静かに拍手の音が聞こえ始めた。最初、1人だけで叩いているのが明白だった拍手の音は、徐々に賛同者を増し、やがて広い会議場全体を包む万雷の拍手となって鳴り響いた。野次を飛ばしていた二佐が、なにやら怒鳴っているのが見えたが、拍手の音に掻き消されて、その声は誰の耳にも届かなかった。
 拍手は1分近い長さに渡って続き、あとでコメンテーターが訳知り顔に語ったところによれば、過去の公開意見陳述会で、これほどの拍手を受けた提案は片手で数えるほどだろう、ということだった。



 とはいえ、質量兵器は、時空管理局発足前から全面取締りの対象であり、ロストロギアの管理と並んで、管理局の存在意義と言っていい事柄だから、午後に入って、レジアスの方針意見陳述に対する質問意見陳述の時間になると、反対論者が軒を連ねることになったわけだ。もちろん、これを奇貨として地上本部の重鎮たるレジアスの力を削ぎ、地上本部の権威を失墜させようとする本局の依頼を受けた世界の人間もいただろう。

 レジアスが手を回して、ほとんどの次元世界から代表が派遣されてきており、従来にない規模となっている今回の意見陳述会だが、本局と地上の関係悪化は、各世界とも情報を入手しているだろう。次元戦艦を擁する本局の武力が、各世界にとって圧倒的に脅威なのは当然だから、代表を派遣するといっても、その言動は本局の顔色を窺いながらになる。心情的にどうとかは問題ではなく、本局の基本方針に真っ向から対立したと解釈されかねない提案に対し、反対のポーズを示しておかないとあとが怖い。その程度の外交センスはある人間が送り込まれてきている。
 本局と地上の関係悪化が、自分達にどう影響するか、これに乗じて自分達が権益を入手できる機会はないか。陳述会への出席ついでに、各方面との情報交換や意見交換もするだろう。実際、昨日の晩に開かれたレセプション・パーティーでは、俺もけっこう話し掛けられた。まあ、なかには、なにも考えず、二枚舌も使えないような人間を送り込んできているところもあるが、そんなところは少数派だ。

 ちょっと話が逸れたが、そういう事情が背景にあって、今、俺の目の前で演じられている喜劇が生じているわけだ。


 いま、レジアスに詰問口調でまくしたてているのは、反管理局派のなかでも比較的穏健な世界群のまとめ役で、産出するレアメタルの関係で、広い範囲に強い影響力をもっている次元世界の代表だ。当然、レジアスの取り込み工作でも初期のころから重要視されていて、いまでは結構深いところまでつながっている。あの代表とも、繰り返し突っ込んだ意見交換をしてるはずだ。
 だが彼は、そんなことは全く知らないような顔をして、険悪な表情で、レジアスに批判的な意見を感情的に述べている。……なるほど、レジアスが「使える男」というわけだ。裏を知ってる俺からしたらけっこうな喜劇だが、知らない人間から見たら、彼の態度は管理局の理念に忠実なものに見えるだろう。……感情論に走ることで、言葉の説得性をかえって失わせていても、な。


 そんなことを考えて、暇を潰していた俺に、待ち望んでいた合図が来た。





 ビーッ。

 不意に会議場内に、場違いなブザー音が大音量で鳴り響いた。場内がざわめく間もなく、続けざまに放送が入る。
「警告(アラート)、警告。デフコン1が発令されました。局員は所定の行動をとってください。警告、警告。戦闘機人の反応が当ビル至近に確認されました。規定に基づき、デフコン1が発令されました。局員は所定の行動をとってください。民間人の方は、落ち着いて、速やかに退避して下さい」
 放送後も鳴り響きつづけるブザー音。場内はすでに騒然とし、ほとんどの人間が立ち上がっている。


 不意に、ひな壇にいるレジアスの横にウィンドウが開いた。
「大変ですっ、中将閣下!」
狼狽した、馬鹿でかい声だ。マイクを通して、会議場中に聞こえただろう。全次元世界の前で醜態をさらすなど、間抜けが。あいつ、明日には左遷だな。そんなことを考える俺をよそに、レジアスが冷たい視線をウィンドウに投げて、小声で何か言っている。あとにしろ、とか、小さな声で言え、とか言ってるんだろうな。
 しかし、ウィンドウの間抜けは完全に度を失って、レジアスの言葉も耳に入らなかったようだ。
「天照が破壊されましたっ!」
それまで、さわめいていた会議場が、シン、と静まり返った。報告の声だけが響く。
「ついさきほど、天照からの通信が突然停止! 原因調査中に、天照のあった位置に探知機器を向けましたところ、多数の金属片が確認されました! なんらかの手段により天照が破壊されたものと思われますっ」

 会議場が一気に喧騒に包まれた。天照の名は、次元世界でもそれなりに通っているようだ。そしてその重要性も。しかし、その喧騒を貫いて、深みのある渋い声が轟いた。


「それがどうした」


 レジアスだった。



 「天照がなくとも磐長媛命は、多少精度を損じるだけで、稼動しつづける。他の探知機器を操作し、警戒を強めろ。クラナガンの各陸士隊にデフコン2を発令。外の警備部隊にも状況を知らせろ。犯罪をもくろむ輩の横行を許すな」
 会議場内で騒いでいた連中も、レジアスの言葉の間に落ち着きをとりもどし、小声でいろいろと言い交わしている。外部との通信をおこなっている者もいるようだ。だが、さて。これがスカリエッティの仕業となると、次の手がくるはずだが……。
 つらつら考えていると、レジアスの横に開いていたウィンドウにノイズが走り、すこしの間乱れて、直ぐに消え失せた。同時に場内の電灯が落ち、非常灯が点灯する。再び喧騒を増す場内。

 来たか。
 俺はほくそえんだ。可能性は高いとは思っていたが、こうも綺麗に嵌るとさすがに、笑える。


 機人に電子戦能力を持った奴がいることがわかった時点で、対策はとった。さすがに工事する余裕はなかったし、工事したところでその内容が駄々漏れになるのはわかりきっていたので、一度システムダウンされることを前提としたカウンター戦の準備。
 主だった部隊のトップには、今日の襲撃と、その際一時的にC4ISRが落とされるという情報をかなりの確度で入手した、と伝えてある。(情報源は、事態が実際に起こるまでは言えない、と言葉を濁したそうだ。もちろん、事件後には、本局にいる協力者からの情報だと公開することになるだろう) レジアスも独立した指揮端末を持ち込んでいるはずだ。この会議場も、システムから独立した有線で各重要部署に連絡がつけられるようにしてある。そして、最大の切り札が……。

「皆さん。うろたえられませんよう」

微塵の動揺もない堂々たる声が響いた。声に押されて沈黙した場内の目が、声を発した人物に集中する。
 注目を一身に浴びるレジアスが、虚空に向けて言葉を放った。
「「思兼」、状況レッド、コード00を発令する」
<……リョウカイ。コード00ノハツレイヲジュレイ>
やや間を置いて、無機質な合成音の返答があった。ざわめく会議場。


「ご安心下さい。地上本部は、簡単に機能を喪失するようにはできておりません。数分のうちに、状況への対応を開始します」
レジアスの自信に溢れた、傲慢と紙一重の声と態度に押され、場内のざわめきが引いていく。
 俺はかすかに笑った。



 管理局データベース統合化推進計画の一環として、地上本部ビルのメインコンピューターに、情報解析・提供をおこなうシステム、聖王教会の「月読」と同型機の「思兼」が組み込まれた。だが、そのシステムが実は複数のデバイス・コアで成り立っており、情報処理は外接機器を通して提供することで、こなしていることを知る人間は少ない。そして、普段は入力された処理のみこなしているデバイス・コアのAIが、特定の人物の声紋と「状況レッド」のブロック・ワードにより、完全起動することを知る人間はさらに少ない。
 ハッキングは、コンピューターの機能を停止させられても、存在自体を知らないデバイスの機能までは手が回らないだろう(というより、そもそもデバイスに干渉することなどできない)。そして、コード00は、デバイスとしての「思兼」に、事前に定めたあるコマンドの実行を命令するコード。即ち、バックアップシステム「伊邪那伎(イザナギ)」の構築開始命令。

 レジアスによるコードの口頭入力後、沈黙の数分がすぎ、不意に中空にウィンドウが表示された。戦域MAPだ。同時に各所の照明が復旧していく。
 驚愕の声が上がる中、レジアスは平然と指示を下し始めた。指示を下しながら向けられた視線に、凍り付いていた局員達が我に返って、動きはじめる。

 「伊邪那伎」は、地上部隊の各指揮車に搭載した指揮統制用のコンピューターの一部が、「思兼」からの通信により、最近の改修作業に紛れて入力しておいたコマンドを起動し、他車のコンピューターと処理を連結して構築するネットワークコンピューターだ。「思兼」及び、「伊邪那伎」を構成する各指揮車からの、通信の範囲内の全ての指揮車が、ネットワークを構成する。逆に言えば、各指揮車に対して、個別にハッキングを仕掛けたり破壊したりしても、残った指揮車がある限り、機能は停止しない。
 無論、複数を連結するとはいえ、指揮車搭載のコンピューターと本部コンピューターでは規模が違うので、性能的には比較にならない。だが、連絡を絶たれて混乱する部隊を再び統率・運用するには、十分だ。それに……。


 俺は、静かに上着の内ポケットから取り出した、バイザー・タイプのサングラスに見える高性能機器を、顔に装着した。

 完全機械式戦場リンクシステム「阿頼耶識」の端末「天眼」。周囲の情報を集めて指揮車、即ち伊邪那伎に送信し、伊邪那伎からの情報を受け取る戦術データ・リンク機器(ターミナル)だ。データ量は限られるが、「天眼」相互での情報交換も可能。
 網膜投影方式により、各種情報や戦域MAPを映像で確認でき、耳の後ろと喉に伸びている端子により骨伝導式の通話が可能。ヘカトンケイレスと天照の組み合わせには大きく劣るが、部隊内及び各部隊間の連携をとるだけなら十分だ。……ましてや、その分断が、AMFという魔法技術に偏ったものなら、な。
 従来技術への脅威が確認されたなら、その対策をとるのは当然だ。幸い、天眼はさほど高価ではないので、警備の各隊の下士官以上には漏れなく配布できている。魔法戦力を確保できないでいた次元世界の一つが、研究・開発したシステムの流用だ。大規模戦闘で使われるのは初めてだろうが、その次元世界での武装犯鎮圧などでコンバット・プルーフはとれている。使いこなすには訓練が必要だが、連携をとるだけなら訓練も必要ない。


 書類上の戦力に変更はない。個々の魔道師ランクも、人員数も、車両数すら、変わってない。だが、これらの処置によって、各部隊の実質戦闘能力は大きく跳ねあがった。
 警備部隊には昨日の総合ミーティングで、襲撃があった場合の対処について、基本の迎撃方針を通達してある。一時的に管制機器類が使用できなくなったり、部隊間や本部との連絡がつかなくなる場合を想定した基本マニュアルも配布済みだ。レジアスではないが、ちょっと司令部にちょっかいをかけて、各部隊や監視機器類との連携を崩したくらいで、対応できなくなるなんて思われていたら、笑うべきか呆れるべきか。

 スカリエッティよ。この程度の仕込みで十分と思ったか? 軍事に詳しくないにしても、技術者にありがちな技術偏重思考だったとしても。それは甘さだぞ。
 俺達が静かに地道に時間をかけて研いできた数々の牙の鋭さ。
 見せてやろう。



 俺は立ち上がって、バリアジャケットを展開する。白の詰襟に白のスラックス、そして白の手袋と同色のブーツが顕現する。要所を金の幾何学模様で飾り、胸には機動六課のエンブレム。さらにその上から羽織っている軍用コートも、光を反射して輝く純白。背中に大きく書かれた金文字は「Administrative Bureau」即ち「時空管理局」。変身によって結い上げられた髪が、その文字の上にかかる。

 視線が集まっているのを感じる。なにせ派手な衣装だからな。本来、戦場でこんな服を着ていれば、「狙ってください」と叫んでいるのと同じだし、俺の趣味にもあわんのだが、それなりに持ち上げられる立場になると、目立つことで味方の士気を上げる効果も考えざるを得なくなる。俺の英雄化を促進させる狙いもあった。目的のためとはいえ、レジアスやオーリス嬢と相談して、というかオーリス嬢の指導を受けて、最終案がデザイン・アウトしたときは、ついでに電飾でも散らしてやろうかと思ったくらいだ。


 周囲から向けられる視線には反応せずに、レジアスのほうに身体ごと向く。
 「天眼」越しの視線を感じたのか、レジアスがこちらに視線を向けた。

「高町空佐、貴官は本部ビル外に出動、前線で指揮をとれ。貴官の部隊にかけられた全てのリミッタ-を解除すると共に、前線における総指揮権を委譲する」  
「了解しました」


 静かに俺は敬礼した。








■■後書き■■
 舞さん、作業お疲れ様でした。いつものことながら、その努力に感謝します。

 さて、ついに「二日間の動乱」が始まりました。ここからStS編終了まで駆け抜ける! でも話数的には5・6話は固いので、のんびり待ってやってください(汗)。 
 次回、「その時、地上本部」。括目して待て! ……いや、そんな大層な内容じゃないですが。(初の戦闘メインの話です。)


※ちょっとおまけの宣伝:
 作者は最近、ここのとらは板の、猫八さん作「魔法少女リリカルフェイト 造花の在り方 ※15禁」にハマっています。いや、自分の分の執筆の気分転換に読む程度に我慢してるんですけどね。あー、早く完結させて好きなだけSS読みてえー!
 それはともかく。恐怖と狂気が渦巻く世界を肌が粟立つほどに描く描写力、そのさなかで圧倒的に不利な状況ながらも必死に抗うフェイトさんの苦悩と苦闘。個人的には、「Hellsing」や「Black lagoon」と同じ香りを感じます。絶望の縁で輝く人間の物語。実はあんなSSが書きたかった作者なのでした。なのに、あまりに感想数やPV数が少ないので、おせっかいとかルール違反かもとか思いつつ。宣伝しちゃいます。多分、この作品を気に入ってくださってる方は、けっこうな割合で気に入るのではないかと思うのです。夏深てふさんの「魔道師達の群像」シリーズに、テーマ・筆力ともに並ぶ名作と、個人的には思っています。
 以上、ちょっと余計な宣伝でした。みなさんがより多くの楽しめるSSに出会うことを、SS好きの1人として願っています。_O_。   ps:信者とか言わないでくださいね;。否定できないけど(笑)。



[4464] 幕間6:その時、地上本部
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/05/04 09:40
 公開意見陳述会のため、地上本部は本局に1個大隊の武装隊と1個大隊の航空武装隊の派遣を要請し、クラナガンの各陸士隊から抽出した警備部隊を、本部ビルを中心にした八つの方位をさらに4分割した、32のエリアに分けて、それぞれの地形や重要度を考えながら、適性に応じ、各部隊を各エリアに配置した。


 本部ビルの正面入り口前のエリアを任された機動六課は、つまり、戦力的には最後の壁として期待されたと考えていいだろう。なのは、ハヤテ、フェイトが陳述会に参加し、ヴィータ・ギンガが六課警備(というよりヴィヴィオの警護)で隊舎に待機している今、武装隊の指揮権を預かっているティアナは、そう思い、気合を入れていた。リィンフォースは階級をもたないので、助言や手伝いはしてくれるが、指揮をとる権限がない。六課だけなら構わないのだが、他部隊との連携必至な今回の警備では、まずいのだ。

 そんな感じで緊張していたティアナは、だから飛び込んできた情報に即座に反応し、ほかの4人に指示を飛ばしたのだった。
「戦闘機人がビル至近に出現、デフコン1発令! 配置Aで警戒待機、リィンフォースさんは空で哨戒と状況把握をお願いします!」


 配置A。スバルとエリオを、横に広めの間隔を置く形で前に配置し、2人から縦に距離を置いて、キャロを守るような位置にティアナが立つ、彼らの基本シフトだ。
 阿修羅で指揮車の情報を確認すれば、ほかの各部隊も防御陣形をとりはじめているようだ。

 そこで、唐突にノイズが入り、指揮車とのリンクが切れた。
(やっぱり来たわね。)
慌てずティアナは秘匿帯域に切り替える。アグスタのときとはまた違う周波数にしてあるそれで、指揮車とのリンクはすぐに回復した。但し。
「磐長媛命との情報のやりとりが出来ないんですか?!」
「ええ。かなりの広範囲にわたって妨害がされているようで、通達されている各種帯域いずれも使用できません」
ウィンドウに映る、一見冷静なグリフィスが答える。アグスタの経験を踏まえ、通信妨害が予測された今回の警備でも、六課は指揮車で出張管制班を武装係に同行させていた。
 だが、相手もアグスタのときとは比較にならない規模で通信妨害をかけてきており、指揮車は事実上、ティアナ達からの情報だけを分析する状態になっていた。無論、通信回復の努力は続けているし、少ない情報から全体を推論・予測する作業もおこなっている。だが、ティアナが期待した情報面での援護を、十分に行なえない状態なのも確かだった。


 さらに悪い情報が入った。本部ビル周辺に張られていた魔法障壁が消失したのだ。どうやら動力源の魔力炉が破壊されたらしい。重要施設なので念入りな警備体制がしかれていた筈だが、あっさり抜かれた。
(敵の戦力評価、もうすこし高めに見積もっておいたほうがよさそうね。)

 甘く見ていたわけではない。戦闘機人の能力のでたらめさは、2度の遭遇戦で身に沁みている。すでに割れている能力については全部隊に情報が回されているし、対策も検討されているが、未知の能力の戦闘機人相手なら、厳重な警備だろうと不覚をとってもおかしくない。
(まあ、最後に負けてなければいいんだけどね。)
 起きてしまったことはしかたない。起きたことからどれだけ有用な情報をとりだし、それを生かせるかが大事だ。冷静に思考を展開しながらも、ふと不安と苦い気持ちが心を過ぎる。

(なのはさん……。)


 失敗や敗北から最大限のモノを汲み取り、最終的に勝利をつかめるよう、あきらめず泥臭く戦い抜け。そうティアナに教えてくれたのも、なのはだった。
 結局、部隊長室に乗り込んだ日以来、なのはとはゆっくり話ができていない。

 あの日のなのはの言葉は、胸の奥に沈んだまま、時折ティアナを悩ませる。よくわからない言葉が多かったけど、なのはが倫理を外れた命を否定する生き方に悩んでいると理解した。多分、非殺傷設定とかそういう問題じゃない。あるいは、戦闘機人とか、ヴィヴィオのような人造魔道師のことを指しているのかと思うが、別に、次元世界でも彼らの生存権を否定しているわけじゃない。……確かに、彼らがその素性を堂々と名乗って生きていくのは難しいだろうけれど、でも、彼らもいわゆるヒューマノイドの区分に含まれている、というのが、次元世界での公式見解だ。


 なのはの前世での苦悩もあがきも、陰陽師としての業もスカリエッティとの魂の共鳴も、ティアナの知るところではない。だから、彼女にはそれ以上の推測はできていない。
 
 彼女が感じているのは、傲慢で厳格だけど、ときに不器用な優しさもみせる、尊敬できる上司の心が不安定に揺らいでいること、上司の親友が、その闇と狂気を感じとりながらも、手を出すことができずに、ただ寄り添う道を選んでいること。それだけだ。
 それは、彼女が、兄の死以来、世界に対して感じつづけている、その在り方の理不尽さへの怒りを強めはしたが、けれど、それに対して、自分が何ができるのか、という道は、いまだ見出せないでいた。自分にもなにかできるはずだ、彼女達を助けたい、と心に決めても、いまだ、道は定かではない。

 だが、それでも、なのはともう一度、じっくり話したかった。思っていることをぶつけ、考えていることを聞きたかった。このひと月、互いに多忙であったため、まだ、実現できていないけれども。


(でも、やらなきゃ。あたしがあたしであるためにも。)
ティアナは、クロスミラージュを握る手に力を込めた。そのためにも、こんなところで躓くわけにはいかない。
 ティアナは、完全機械式阿修羅のセンサーと、「天眼」の同調機能により、カバーできる限界の戦域の様子をサーチしはじめた。今の自分達にできる最善を。その思いは、ティアナだけではなく、適度にリラックスしながらも、いつでも最高速で飛び出せるように準備しているスバルにも、ストラーダを軽く握って重心を落としつつ、周囲に気を配っているエリオにも、最後尾で、早鐘を打つ胸を押さえながらも、必死に冷静さと広い視野を保とうとしているキャロにも、共通している思いだった。……彼らはもう、ルーキーではなかった。素直に平穏と平和を願って働く、一人の管理局員だった。







 戦域SW1(南西1)。緻密に計算され、築かれたバリケードの迷路の中、小規模な戦闘が断続的に続いていた。


 「よしよし、いい子だ……そのまま来いよー」
 20代半ばの分隊長は、無意識に唇を舌で舐めた。彼の視線の先には、ほとんど効果がないながらも、しつこく攻撃を加えつつ、バリケードの間を抜けて撤退していく、小隊の戦友たちがいる。そして、彼らをゆっくりとした動きで追う、10を超えるガジェット。
 「まだまだ……」
こめかみを汗が伝う。タイミングが命だ。さっきはうまくいった。今度もうまくいくはずだ。
 ガジェットの群れがバリケードの細い隙間を抜けようとし、互いにぶつかりあって一瞬停滞した。
「今だっ、テェ!」
振り下ろした彼の手に合わせて、彼の背後から放たれる魔力弾。ガジェットの密集地に一直線に飛んでいったそれは、着弾とともに炸裂し、連鎖的に密集していた全てのガジェットを爆散させた。

「よっしゃ!」
 思わず片手を握り締める男。彼の背後の部下達からも、囮を務めた分隊からも歓声があがる。
 彼は、身を隠していた鋼材から振り返って、怒鳴った。
「よし、移動だ! ぼやぼやするな、砲撃が……」
指示を言い切る前に、索敵を任せていた部下の一士の悲鳴が響いた。
「Sランククラス砲撃感知! 射線は我が分隊の……」
「総員対ショック!」
彼が一士の声を遮って怒鳴ったのと、「それ」がきたのと、どちらが早かっただろう。気がついたときは、彼は地面に仰向けになっていた。頭がひどく痛む。
 視界の端に見えたものに、彼は動かない首を無理矢理動かし、わずかに横に頭を向けた。

「…………」
 
 そこで大きな爆発があったのだろう。クレーターのできた地面と、その周りに散らばった金属の塊、幾本かの腕や足。
(全滅……か)
男はひしゃげた金属の筒に目を止めた。この戦いで彼らを助けてくれた、力強い戦友。自分の分隊での今日一番の活躍は、間違いなく彼だ。
(お前もせっかくの初陣だったのにな……悪いことしたな)
 だが、この魔道迫撃砲の効果は明白だ。来年度には正式な配備がはじまるだろう。
 彼は視線を上に戻した。


 どこまでも抜けるような青い空。


 その空を散開して飛んでいく人影たちが、視界を横切ってすぐに見えなくなる。
(遅いってんだよ、まったく……。)
心にもない悪態をつく。突然の通信撹乱とガジェットの襲撃。抵抗の強い拠点に襲いくる大威力の砲撃。
 事前にマニュアルが配布されていたとはいえ、その混乱の中で、指揮系統が別で、普段からの交流もない本局の部隊が、この短時間で行動をおこせたことは、むしろ評価に値するだろう。彼が毒づいたのは、単に陸と本局との感情的反目での反射にすぎない。そして今は、その反目などどうでもいい心境になっていた。
(たっぷり予算貰ってるんだ……頼むぜ、戦友……)

 暗くなっていく視界。その視界のなかで、丸っこい何かの影が見えたような気がした。






(くそっ、全員急げ!)
本局から派遣された航空武装大隊の第三中隊隊長は、部下たちに何回目の繰り返しかわからない念話をとばした。
(だから言ったのだ!)

 存在が確認されているSランククラスの砲撃手。無機物を自在に通行する戦闘機人。この脅威にどう対抗するかが、地上本部ビル防衛の鍵を握るのは明白だったのだ。なのに、武装隊本部の参謀達は、彼の中隊に所属するSランク魔道師の三尉と、防御魔法が得意な幾人かの空士たちで砲撃を防ぎ、その間に、砲撃発射地点に彼の中隊の残りが急行して砲撃手を無力化するという案を出した。無機物通行タイプは、姿をあらわしたところを叩けばいい、姿をあらわさなければ攻撃もできない、となんの対策もとられなかった。自分を始め、大隊所属の中隊長全員が、無理があるといって作戦の見直しを求めたが、指揮官の二佐は受け付けなかった。結果がこれだ。
(砲撃されてから、狙われた地点に移動するなど、そんな馬鹿みたいな真似がどれくらい連続でできると思っていたのだ!)

 陸士部隊はよく頑張っているが、要所要所の抵抗拠点を砲撃に潰されて、防衛線はずたずたにされつつある。彼と彼の部下が砲撃手を捕捉する速度に、全てがかかっていると言っていいだろう。
(急げ!)
 苛立ちを抑えきれず、もう一度部下達に念話で怒鳴ったとき、
(砲撃、こちらにきます!)
(散開、各自自由回避!)
即座に命令して自分も回避に移る。着用しているヘカトンケイレスは、自分達のいる空域を目指して伸びてくるSランク相当の魔力砲撃を捉えていた。
(航空武装隊をなめるな!)
いかに強力だろうと、あたらなければ意味はない。射線から外れた位置に遷移して、もう一度加速しようとしたとき。
(な……!)

 砲撃が数十に分裂し、誘導射撃魔法のように、彼の部下達へと向かったのをヘカトンケイレスが捉えた。半瞬の自失ののち、念話で怒鳴る。
(誘導射撃だ! 全員防御せよ!)
 だが、ヘカトンケイレスの分析では、分裂した誘導射撃砲もその一つ一つがAAクラスの攻撃力だ。何人かは落とされるだろう。
(くそっ)
彼が歯噛みしたとき、ヘカトンケイレスが警告を発した。未確認飛行物体接近。登録データより、古代遺物管理部機動六課の交戦記録にある空戦型ガジェット・通称Ⅱ型と推測。
(ちいっ)
 強烈に舌打ちしつつ、彼は部下の現在位置とガジェットたちの位置を確認して。
(……な、に)
呆然とした。


 先の砲撃からの回避と、誘導射撃への防御対応で、彼の部下達はバラバラに散らばった地点で停止してしまっている。もともと散開して飛行していたから、相互の距離は相当に離れている。そしてガジェット達は。高高度から逆落としに、彼の部下達を分断するような位置に高速で突っ込んできていた。いまから陣形を組もうとしても間に合わない。すでにガジェットからの射撃がはじまって、部下達は合流できるような機動をとれずにいる。
(完全に嵌められた……っ)

 彼は自分が、相手を甘く見ていたことを認めざるを得なかった。所詮機械頼りの、力押ししかできない奴らだと。こんな策を用いる発想があるとは思わなかった。
(だが、まだだ! まだ負けたわけではない!)
 彼は、状況を打開すべく、自身も回避機動をとりながら、混乱している部下達に指示を出しはじめた。


 彼は知らない。敵の発想は、彼ら武装隊にも配布された戦術教本を刷り込まれた戦闘機人たちが、教本に忠実に再現したものだということを。彼は知らない。彼の裏をかいて、部下達をバラバラの宙域に固定させた先ほどの砲撃は、戦闘機人ディエチの専用兵装の能力、任意の弾種を、それこそ収束砲撃から拡散砲撃、散弾に榴弾、炸裂弾と思い通りに放てる力によるもので、まだまだ予想外の砲撃がありうることを。彼は知らない。彼の背後から、全てのセンサをかいくぐる能力をもつ戦闘機人が、手に持った質量兵器で彼を狙っていることを。








「はい、残念でした~」
 先ほどから念話を次々に飛ばしていた指揮官らしい空士を、彼がガジェットのAMFの範囲内に入ったところで、手に持ったライフルで撃墜したクアットロは、上機嫌に言った。口元には嗜虐と嘲りの笑みがある。ガジェットのAMFは、バリアジャケットを解除するほどの出力はないが、その防御性能を格段に弱める程度のことはできるのだ。通常なら耐えられるはずの、銃弾を貫通させてしまうほどには。
「まったく、通信妨害をビル周りだけにして、この辺にしてない意味を考えないなんてね~、ほんと、お・ば・か・さんv」

 でも馬鹿のほうが好きだ。

 クアットロは笑みを深める。馬鹿のほうが思い通りに踊ってくれる。特に自分は賢いなどと勘違いしている馬鹿の、策に嵌められたときの表情はたまらない。クアットロは、妖艶に口の端を舌で舐めた。高町なのは。エース・オブ・エースだの魔王だの言われて浮かれているあの馬鹿な女は、我らがドクターの関心をもったいなくも頂いているありがたさを知らぬ女は。自分の策に陥ったとき、どんな表情をみせてくれるだろう。クアットロは、その想像だけで、背筋にぞくぞくとした痺れが走るのを感じた。
 そう、ドクターに関心をもっていただけるのは、自分達「娘」と、ドクターの研究成果だけでいい。人間の女など、分不相応だ。

「ディエチちゃ~ん、そろそろ場所移動しましょうかぁ。五月蝿くなってきそうだしぃ~」
『了解』
クアットロは、ディエチに次の移動ポイントを指示すると、自身もガジェット操作と支援に適したポイントにうつるべく移動を始めた。計画は順調だ。


 彼女の背後で、第三中隊最後の空士が、ガジェットの射撃に落とされた。











 いまさらだが、ヘカトンケイレスの高級機たる阿修羅の機能は、主に以下の通りである。

一つ。多数目標の同時探知、追尾、評定、狙い撃った攻撃の誘導、その効果確認までを一手に担う、多機能レーダーシステム。
二つ。自前のレーダーと、データリンクからの情報を総合して、多数目標の脅威度や攻撃手段などを自動で判断、ランク分けするシステム。
三つ。「磐長媛命」との連携による、上記2システムの広範囲での運用。
四つ。相手の装備や戦法などから過去の類似例を探し、教本や実戦事例をもとに現在の状況に適した作戦・戦闘機動提案をおこなう。その際、使用者の体力と魔力量を把握しつつ使用デバイスとリンクし、場合によっては魔力運用や身体制御をも補助する、武装統合運用システム。

 そして、AMF下でもその機能が低下しない完全機械式の阿修羅を着用しているティアナは、いつのまにか、混乱を抜け出せないでいる、各部隊の統制と連携維持を指図する立場になっていた。
(なんで、たかだか二士のあたしが~!)


 とはいえ、泣き言を言ってもはじまらない。ジャミングでずたずたにされた指揮系統をある程度まで立て直すには、完全機械式阿修羅と「天眼」の連携は、非常に効果的だったのだ。幸い、六課の出張管制班との通信は回復しているので、その情報解析や提案などのフォローを受けつつ、ティアナはなんとか、佐官級のやるような指揮をこなしていた。


 ティアナが、各部隊指揮官との簡単なやりとりの上で、防衛部隊の基本戦術として採用したのは、陣地に頼らない機動防御戦である。

 当初の防衛案として想定されていた、陣地と囮を使って、ガジェットを誘導し、配備された対AMF兵装で一気に殲滅する方法は、すでに、敵のSランク砲撃によって、陣地ごとなぎ払われる事例が続発しており、ティアナは早々にその使用に見切りをつけた。 Sランク砲撃の砲撃手を仕留めたあとなら、再度使用してもいい戦術だが、今は無理だ。そして、そんな急場の状況で、AMF搭載兵器相手に、低ランク魔道師の多い陸士部隊が、できるだけ長期間耐えられる(戦える、ではない)戦法といえば、ティアナには、機動防御戦しか思いつかなかった。出張管制班と阿修羅の武装統合運用システムもそれを支持した。……もっとも、はじき出した予想耐久時間は、ぞっとしないものだったが。
 それでも、それが現状で最善ならば、しかたがない。ティアナは割り切って、各部隊に、役割と相互連携のパターンの指示出しをしている。この戦法でしばらく時間をかせいでおいて、ガジェットの統制役か、砲撃手を無力化する。ティアナの狙いはそれだった。



 機動防御といっても、たいした戦術ではない。要は、走って走って走り回れ、ということだ。ガジェットをひきつけ、ときにその集団に切り込み、その集結を乱して、少しでもAMFの濃度を下げる。移動しつづけることで、敵の砲撃手に的を絞らせない。魔道師らしからぬ、実に泥臭い戦い方だったが、警備部隊が、「魔王への道」をもとに鍛えられた陸士隊中心に構成されていたことが功を奏した。
 派手な射撃魔法や砲撃魔法に頼らず、魔力刃や、ときには身体強化魔法で威力を上げた体術まで用いての近接戦闘。地面を掘り返して穴を掘り、土を盛り上げて土塁をつくり。バリケードに使用していた鋼材や、地面の敷石などを使用してのトラップ。決して正面から挑まず、相手の動きを制限する地形に誘い込んでからの、多対1の戦法。
 それは、多くの人が想像するであろう、魔道師の戦いの枠からは外れたものだったが、いま、この戦場においては、有効に機能していた。

 そして、彼らの動きを、各指揮官の着用しているヘカトンケイレスのうち、稼動しているものと、下士官以上がもっている「天眼」とが後押しする。


「三士! あと5m下がれば、魔道機関銃の射程に入る! 友軍が腰を据えて待ち構えてくれてるぞ! うちの隊に恥かかすな! もうひとふんばりだ!」
「りょ、了解、ですッ!」
不安に駆られやすい囮部隊を指揮する下士官が、恐慌寸前の幼い三士に、「天眼」から得た正確な情報を与えて希望を持たせる。兵卒たちも、その情報が、根拠のない励ましなどではないことを知っているから、よけいに、その言葉の士気高揚効果は上がる。

「魔道迫撃砲10門の集中砲撃、着弾まであと5、4」
「総員急速離脱、対ショック!」
「1、着弾!」
ガジェットの群れに張り付いて、撹乱し、彼らを一箇所にとどめていた部隊が、「天眼」に表示された、魔力弾の着弾までの時間を読み上げる下士官の声をもとに、ギリギリのタイミングで急速離脱する。彼らを追おうとしたガジェットは、大した事のない地面の凹凸や倒れてくる鋼材などで、ほんの数秒、停滞しーその数秒で、一体残らず、集中砲撃された魔道迫撃砲の光の中に消えた。

「これからここに、100近いガラクタどもが押し寄せてくる。俺達の仕事は、そいつらをたったの5分間だけ、この位置で足止めするだけだ。簡単な仕事だろう、ええ?」
ひげづらの小隊長は、ぐるりと自分の部下を見回すと、この4月に入隊したばかりの新人に向かってにやりと笑った。
「まあ、てめえは小便もらしても特別に許してやらぁ。ほかの奴らはそんな真似は許さねえぞ!」
どっとわきあがる小隊。
 しかし、ダシにされた三士は、小隊長に言い返してみせた。声の震えまでは押さえきれていなかったが。
「5分が10分だろうと楽勝ですよ。小隊長殿こそ、気合い入れすぎて、ぎっくり腰になんかならないように気をつけてくださいね!」
 一瞬の沈黙の後、先に倍する大きさでわきあがる陸士たち。指笛を吹く者までいる。
 小隊長は、思わず破顔した。
「偉く頼もしいこというじゃねえか!」
若い陸士は強張る顔を、無理矢理ゆがめて不恰好な笑顔を作ってみせた。
「配布された想定状況はさんざやりこみましたからね!」
 小隊長は、ほんの一瞬、目を見張って、それから大きくうなずいた。そして、胴間声を張り上げる。
「そうだぞ、手前ら! 今日の警備にゃ、魔王陛下もお出ましだ。陛下の前で、陛下の教導の成果をきちんとお見せする機会だぞ。へた打った奴は、小隊全員の今日の夕食代持ちだ!」
 さまざまな気勢や雄叫びがあがるなか、小隊長は、満足そうににんまり笑った。うちのひよこも、どうやら、卵の殻がとれるくらいにはなったかな、と思いながら。

(二尉殿、こちらの戦域よりガジェット72体、貴戦域へ誘導中。途中での破壊は困難です、対応お願いできますか?)
(すこし待て。ランスター陸曹待遇!)
(はい、103大隊の第2中隊に、そちらに回ってもらうよう、指示を出しました。指揮者はパックス三尉、到着予想時刻まであと2分。魔道迫撃砲2門とAAランク魔道師一名が同行されています!)
(失礼します、パックス三尉であります。現刻をもって、一時的に二尉殿の指揮下に入ります。ご指示願います。)
(よし、では邀撃作戦を説明する。)


 ヘカトンケイレス着用者同士が情報を共有し合い、指揮系統としては独立していてかつ完全機械式阿修羅のおかげでカバー範囲の広いティアナが、各部隊の連携をスムーズにする手助けをする。この3ヶ月、各部隊にAMF戦の仮想敵や戦闘経験者として回ったこと、“エース・オブ・エース”の部隊の人間であることが、若くて階級も低い彼女の口出しで生じる反発を少なくした。それに正直なところ、同じ陸士部隊の人間に指図されるより、別の指揮系統の人間が、低姿勢で間に入ってくれた方が、話がすすめやすいということもあった。どんな状況になっても、人間、普段から持っているプライドや対抗意識は、なかなか捨てられないものである。



 全体として、戦況は膠着、むしろ、やや防衛側が優勢だったが、ティアナは焦っていた。このままでは駄目なのだ。相手には戦術を考えられる統率者がいる。いまはまだないが、航空型が大挙して押し寄せたり、砲撃手が、効率を考えずに、片端からこちらの部隊を削りにかかったら、戦線は一気に崩壊へと向かう。
 連携の仲介と、場合によっては指示(形の上では進言だが)を出しながら、ティアナはマルチタスクを使って、状況をひっくり返す方法を考えつづけていた。
 そこに、リィンフォースからの凶報が入る。

(まずいなことになったぞ。)
(どうしました?)
(本局からの派遣部隊のSランク魔道師と、その所属する砲撃手対応特務中隊がやられたようだ。)
(くっ……!)
ティアナは歯噛みした。昨日の総合警備ミーティングで聞いたときから不安に思っていたのだ。高ランク魔道師や専任部隊をあてるのはまだいい。だがその程度のことは、当然向こう側も予測しているはずで、なにか手を打ってくる可能性が高いことくらい、ちょっと考えれば誰でも思いつく。
 実際、昨日のミーティングでもそれを指摘する意見が出たが、派遣部隊の指揮官だという二佐が、自信たっぷりに「問題ない」と断言してしまった。おまけに「低ランクしかいない「陸」にはわからんかもしれないが」なんて嫌味つきで。
 カッ、となったティアナがすぐ冷静になれたのは、派遣部隊のほかのメンバーの表情が目に入ったからだった。無表情を保っている顔、こらえきれずに嫌悪がにじみ出ている顔……。
(どこにでも嫌なやつはいるってことか。)

 そんなことを思い返しながらも、頭の一部では打つべき手を凄まじい速さで検索している。妨害電波で磐長媛命との連携はとれない。昨日配布されたばかりの天眼で確認できるのは味方部隊の陣形と、直接接敵してる敵の動きと数。そして味方の損耗率。
(! またやられた……!)


 敵の攻撃の中で厄介なのが、撃ちこまれてくるSランク砲撃だ。それで穴があいて乱れた陣形にガジェットが食い込んで穴を広げにかかる。逆に言えば、それさえなければ、戦況は好転する。
(砲撃手とガジェットの指揮官、最低でもどちらかをなんとかしないと……。)

 だが、その方法が思いつかないのだ。自分に多少のガジェットに遅れをとらない経験と能力がある自覚はあるし、なのはに鍛えられて戦術眼もそれなりなつもりだ。だが、この状況を打開するには、それだけでは足りない。自分がこれを打開するなら、目標を見つけだす技術と、相手に気づかれないほど遠方から、敵を撃ちぬくための魔力量がいる。
(やっぱり才能が……!)

 自分でも乗り越え、上司にも否定された考えが再び頭をもたげようとしたとき。
「ティアナ。私とユニゾンしろ」
離れた場所にいるはずの人の声が肉声で聞こえた。
「っリィンさん?!」
「私とお前との相性がいいとは決して言えないが、それでも短時間なら、お前の魔力量を上げ、魔法制御を補うことが可能だ。現状では、おそらくそれが最善の手だ」


 リィンも自分と同じようなことを考えていたらしい。迷いは一瞬だった。
 現在、連携した行動をとっている部隊群の中で、最先任の二尉に念話をつなぐ。
(すいません、二尉殿。敵の砲撃手及びガジェット統率者を無力化するため、ランスター陸曹待遇、一時的に現任を離れます。)
 別にティアナは、彼の部下ではないし、六課はそもそも独立部隊なので、許可申請はいらないのだが、ティアナの采配で、機動防御が有効に機能している面があるのも確かだ。断りを入れずにこの場を離れたら、各部隊の連携に混乱を生みかねない。
 ティアナの念話を受けた二尉は、数瞬、沈黙したが、すぐに問い返してきた。
(できるのか?)
(やります!)
(……よし、任せる。こちらのほうは心配するな。だいぶ各部隊とも連携がとれてきた。貴官の職分を全力で果たせ。)
(はっ、ありがとうございます!)

 見えない相手に思わず敬礼しながら、ティアナは思った。ああ、ここにも凄い人がいる。尊敬できる人がいる。顔も知らない、あたしみたいなひよっ子の言葉を信じて任せてくれる人がいる。絶対に、この戦い、負けられない。犯罪者なんかの好きなようにはさせない。


「キャロ、ブーストお願い!」
目の前で話していたティアナとリィンフォースがユニゾンし、その直後の第一声がそれだった。
 思わず、キャロは、
「え……?」
と呆けてしまった。

「相手の砲撃手と統率者を潰すのよ。でも、そのためには、多分、リィンさんとのユニゾンだけじゃダメ。キャロの力を貸して」
「は、はいっ! なにをすればいいんですか?!」
「前に訓練でやったやつ。射撃魔法の威力を上げる奴と、幻影魔法の効果をあげるやつ。キャロには負担かけちゃうけど……」
「いえ、やらせてください! 大丈夫です!」

 キャロは言い切った。自分は前線に立たない分、ほかの部分で皆を支えるのだ。以前、ヴィータに言われた言葉をキャロは心に刻んでいた。
(「いーか、キャロ。戦場じゃ、派手な砲撃は目立つし、近接戦で強い騎士は喝采を受ける。でも、そんな奴らでも、メシ食わなきゃ、ろくに戦えねえんだ。戦場まで連れてってくれる輸送隊がいなけりゃ、捕捉されやすくなるし、魔力も余分に使っちまう。その僅かな魔力が生死を分けるかもしれねえのに、だ。
 お前の仕事も同じだ。目立ちゃしねえが、お前が後ろで皆を見守ってくれてる、支えてくれてるって安心があるからこそ、フォワードの奴らは思いっきり動ける。お前は、その細っこい両腕で、みなの信頼にこたえてやらなきゃならねえ。大変な仕事だ。でも、皆を助けられる、やりがいのある仕事だ。
 胸をはって、堂々としてろ。お前は、うちのバックス、縁の下の力持ちなんだからな」)

 あれは、自分が周りの足ばかり引っ張って迷惑しかかけてないんじゃないかと思っていた、5月の初め頃。食事を終えた自分を強引に隊舎屋上まで引っ張ってきて、そっぽを向きながら、いつもの口調で話してくれた、ヴィータさんの言葉。キャロの宝物の一つだ。
 六課に来て、キャロはたくさんのものを貰った。一度には無理かもしれないけれど、すこしずつでも返していきたい。キャロはそう思っている。だから、こんな怖い戦場にいても、高難度で負担も大きい魔法の行使を頼まれても、逃げずにいられるのだ。


 ティアナの身体に手をかざし、キャロは唱えた。
「ブーストアップ・バレットパワー」(射撃・砲撃魔法の威力を上げる)
続けて唱える。
「ブーストアップ・ミラージュエナジー」(創作。幻術系の魔法の効果を上げる)
「ありがと、キャロ!」
「いえ! ティアさんとリィンさんもお気をつけて!」

 宙へ舞い上がるティアナを見送って、キャロは目の前の戦場に意識を戻した。自分に手助けできることは、まだまだあるはずだ。






 ミッドチルダ式のエリアサーチ(魔力球を飛ばして目標を探知、目視で捕捉する)の術式を、ベルカ融合騎のリィンがもっていたことに驚きながらも、ティアナはマルチタスクで、砲撃の発射推測地点の周囲を探っていた。ほどなく、努力は報われる。
(見つけた。)
 素早く戦術を検討、決定し、ユニゾンしているリィンの同意も得ると、ティアナはすぐさま準備に入った。
 リィンフォースに、最初に発動する魔法に関するほどんどの制御を回し、自分はクロスミラージュの力を借りて、並行して別の魔法を組み上げる。

「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ。フレースヴェルグ!」(目標地点で炸裂、一定範囲を制圧する複数弾頭遠距離射撃魔法)

 さすがに詠唱と発動の処理は、術者たる自分がやらなければならない。だが、そこに至るまでの段階は、ほとんどリィンがやってくれた。ユニゾンしているとは言え、自分の魔力量で、フレースヴェルグが5弾も発射できたら上出来だ。
 そして、並行して組み上げていた魔法も、そろそろ完成しようとしていた。

 阿修羅の座標把握と計算機能をフルに使い、発動のタイミングを慎重に見極める。
 大砲らしきものを抱える戦闘機人の周囲にフレースヴェルグが着弾し、盛大な爆発と粉塵が生じた。

(ここ!)



 ディエチはそのとき、空中にいる指揮官用の胸甲(ヘカトンなんとかというデバイスの一種らしい)を着用した、淡い紅茶色に輝く髪の少女を撃ち落すべく、引金を引こうとしていた。先ほど自分に向けて放たれた至近弾には肝を冷やしたが、多少ダメージを負っただけで、戦闘続行には支障ない。次が来る前に撃ち落してしまおうと、ディエチは照準を定め、

(……え?)


 いつのまに近づいていたのか、なぜ気づかなかったのか、目前にまで迫ってきている魔力射。その射線は……。
(……っ!)
慌てて魔力砲を発射しようとしたときには遅かった。魔力射撃を見つけて呆けた一瞬が致命的だったのだ。経験のなさがここ一番で出た。砲口に飛び込む魔力射、臨界近くまで充填されたエネルギーとそれが反応し。強烈な衝撃に、ディエチは吹き飛んだ。
 叩きつけられるように地面に投げ出された彼女に、既に意識はなかった。



「うまくいきましたね」
(ああ。)
 フレースヴェルグで仕留められればよし、仕留めきれなくとも、フレースヴェルグの炸裂を目晦ましに、直後に放つ、キャロのブーストを受けたオプティックハイド(幻術系の隠蔽魔法)をかけた、ファントムブレイザー(遠距離直射射撃)で敵の砲を撃ち抜いて無力化する。
 攻撃魔法を隠蔽するには、オプティクハイドははっきり言って不向きなのだが、ティアナの幻術の戦場での効果を高く評価したハヤテが研究を重ね、光学関係の隠蔽に絞ることで、攻撃魔法にも一定の効果を発揮できる術式を組み上げてくれた。これに、キャロのブーストを加えて効果を上げ、遠くの相手の目前まで、射撃された魔法を隠蔽することに成功したのだ。

(それにしてもよくやったな。いくら私と阿修羅、クロスミラージュの補助があったとはいえ、ともにかなり高難度の攻撃だった。)
「あたし単独ではぜったい無理でしたよ。キャロのブーストにリィンさんとクロスミラージュ、阿修羅あってのことです」

 キャロに2つのブーストをかけてもらい、フレースヴェルグの発動と照準はほとんどリィンに任せ、ファントムブレイザーの発動はクロスミラージュに助けられ、その照準は阿修羅の情報処理能力と計算に頼ったティアナに、自身の功を誇る気持ちはない。リィンは融合騎、クロスミラージュはインテリジェントデバイスとは言え、都合3つのデバイスを同時に使いこなし、高難度の魔法2つを連続で発動させて遠距離の目標を仕留めたティアナの集中力とマルチタスクの精度、そして魔法技術はかなりのレベルにあるのだが。
「さ、すぐにいきましょう。これで逃がしたら笑いものです」
(そうだな。)
 少なくとも、戦闘中にそんなことを考えるような初心者レベルは脱しているティアナには、当面気づけないことだった。



「いったぁ~。なにが起こったのかしら……」
 そのときたまたま、ディエチの近くで指揮をとっていたクアットロは、ディエチの専用砲の爆散の余波で吹き飛ばされ、地面に転がる羽目になっていた。彼女は、身体の痛みをこらえながら身を起こして周囲に目をやり……絶句した。

 ディエッチが地面に倒れている。左腕がずたずたになってほとんど原型をとどめておらず、首も左肩も顔も、機械部分が大きく露出・損傷し、見る限り、大規模な修復作業が必要だろう。そして、こちらに向かって高速で接近してくる魔道師。 


 状況と今後の予測、計画とこの襲撃の目的を瞬時に計算し、クアットロは刹那の間に決断した。
「ごめんね~、ディエチちゃんv。あとで助けさせるからぁ」
 ISシルバーカーテン発動。ガジェットの統率者にして地上本部ビル攻略部隊の指揮官は、意識をなくした味方をおいて姿をくらまし、一時戦線を離脱した。







(取り逃がした奴が、ガジェットの指揮官役だったんでしょうか?)
(おそらくな。)
気絶した砲戦担当の戦闘機人を確保したティアナとリィンは、六課の担当エリアに戻っていた。意識がないとはいえ、タフな戦闘機人を抱えて、ほかの戦闘機人を追撃する自信はなかった。確保した機人は本局ビル内の警備隊に捕虜として引渡し、ユニゾンは解除し、リィンは空に再び上がって、状況把握と必要に応じての援護を行なっている。
 ガジェットたちの行動が、これまでの柔軟で臨機応変なものから、機械的で融通のきかない動きになったのを受けての、2人の推測だった。

 事実、徐々に戦況は上向いていた。投入されながらも、単純な機動しかとらず、対空砲火に撃ち落される空戦型ガジェット。隊列を乱され、誘導されて、まとめて魔道迫撃砲や魔道機関銃の餌食になる陸戦型ガジェット。そして、ガジェットが減ったことで、魔法行使が可能になり、自前の技術と能力で、さらにガジェットの数を減らしていく陸士たち。

 状況が劇的に変わったのは、2人の会話の直後だった。
 本部ビル周辺に設置されている各センサとのリンクが続々と回復し、情報が指揮車に流れ込みはじめる。指揮車と連携している各ヘカトンケイレス着用者ーみな、指揮官職だーに流れる情報の量と精度が飛躍的に上がって、部隊の統率が立て直され、他部隊との連携がスムーズに行きはじめる。ガジェットの動きの変化もあって、戦況は一気に逆転し、ガジェットの殲滅速度が加速度的にあがりはじめた。手間取っていた、各センサの通信網の特別帯域への変更がうまくいったのだ。

 そして、戦況をさらに管理局優位に傾ける要因が投入される。


 戦場全体に無差別広域念話が飛んだ。

 『こちらルシファー、高町一佐だ。ゲイズ長官より前線の総指揮権を委譲された。現刻より私が交戦地域の全部隊の総指揮をとる。以後、念話は事前に通知されていた特別念話帯域B-1を使用せよ。各エリア上位指揮官は、現状を報告せよ』

 戦場全体が沸いた。高町なのは一等空佐の名は、それだけの信頼と尊敬をもって、実働部隊の実戦要員には知られているのだ。





 続々と入ってくる報告に、「天眼」で状況を確認しながら矢継ぎ早に指示を返していたなのはは、少しして眉を顰めた。
 「天眼」を操作して目的の情報を呼び出し、さっと目を通す。
『エリアNW2(北西2)、現状報告はまだか? 上位指揮官が不明であれば、尉官級各員が報告せよ。重複しても構わん。105大隊、現状を報告せよ』


 この時点で、105大隊の司令部は、すでに壊滅していた。大隊長が逸りすぎて、少々前線につっこみすぎたのだ。おかげで、ただでさえ連携が取りにくい状態なのに、各中隊が個別の判断で戦う状態になっていた。中隊長にも殉職者が出ている。 

 105大隊の中隊長陣でも一際癖の強い、古参の中隊長がなのはに現状報告を入れてきた。NWエリアは、特に強い攻勢にさらされていて、余裕がない状態だったこともある。ベテランの彼だからこそ、劣勢で過酷な戦闘の指揮をこなしながら、冷静に皮肉交じりの報告をすることができたともいえる。
 その不利な状況を聞いても、なのはの声色はすこしも変化しなかった。

『グレスマンか? お前がそのエリアの最先任のようだ。もうすこししたら、エリア全体の指揮を任せるから、それまで現状を維持しろ。いつかのようなポカはやるなよ?』
 冷徹にも思える指示のあと、彼女らしからぬ、からかうような声音で付け加えられた一言に、かつて彼女を少女と侮って反発しつづけた、40がらみの歴戦の士官は、即座に相手の意図を汲み取って、軽い調子で返した。
「へへっ、お任せください。小官も教官との時間無制限魔法無し訓練はもうコリゴリであります。教官とのサシの訓練を思えば、ガラクタの100や200、欠伸が出るであります!」
 どっ、と念話帯域が笑いで満ちた。
『違いねえ!』
『はっはっは、魔法が使いにくいくらい、教官の体術訓練に比べりゃなぁ!』
 そんな各部隊の反応を聞きながら、グレスマンと呼ばれた局員は、周囲の様子を見た。先ほどまでパニック寸前だった若手も、顔を強張らせていた壮年も、緊張がぬけ、いくらか余裕の戻ってきた表情になっている。

 それを確認すると、彼は把握している範囲の部下に激を飛ばした。
「いいか、てめえら! あの娘は傲慢でいけすかねえガキだが、有能だ! あいつがもう少しって言ったら、もう少しでこの状況が好転するってことだ! それまでにヘマ打ってみろ! いつもの調子で、あの可愛いツラで悪態吐かれるぞ! マゾじゃねえなら、根性みせてみろ!」
 笑い混じりに、どこか強がった返事がバラバラに上がる。彼らは、自分達の劣勢と命の危機を、はっきりと自覚していた。だが、同時に、彼らの部隊を容赦なくしごいた、あの若い娘のことも信頼していた。彼の部下達も、彼自身も、その信頼が裏切られる可能性など少しも考えていなかった。時間は少なくとも、それだけの濃密な刻を、彼らは、魔王と呼ぶ教導官と過ごしてきたのである。


 そして、その信頼の正しさは、さして時間をおかずに証明された。









 その頃、空では。

 本局から派遣されてきた一個航空武装大隊相手に、高速機動からの空中での接近戦を得意とする戦闘機人トーレと、中遠距離での空中殲滅戦を得意とする戦闘機人セッテが、苦戦していた。
「くっ、こんな馬鹿な!」

 初めは順調だったのだ。高い機動力に加え、航空魔道師部隊に採用されている各マニューバ(機動技術)をインストールされて、空戦において、1個大隊程度など、初陣のセッテと2人がかりで10分もかからず仕留められると思っていた。ところが、一方的だったのは、交戦直後だけで、相手はすぐに戦法を切り替えてきた。もちろん、そのデータもインストールされているトーレたちは、新しい戦法に対応した機動に切り替えたのだが。
「……っ、また……!」
 相手は、戦術とマニューバを融通無碍に組み替え組み合わせ、その変幻自在の動きに、2人はついていけず、翻弄されるばかりだ。おまけに数の差を最大限生かした攻撃を仕掛けられ、稼動年数の長いトーレはともかく、先日稼動したばかりのセッテは、少なくないダメージを受けている。
(なんでこんな……!)
 相手の手の内を全て知り尽くし、同様の技術を全て刷り込まれ、さらには身体能力で圧倒的に上回っているはずの自分達が、こんなに一方的に追い込まれていることが、トーレには心底不可解だった。


(ジャミングをかけなけりゃ、一撃離脱戦法はとれなかっただろうに……。自分達の打った手で不利な状況に追い込まれるなんて、気の毒にな。)
 航空武装大隊第一中隊中隊長の一尉は、戦闘機人たちの動きを見ながら、そんなことを考える余裕が出てきていた。

 一撃離脱戦法は、レーダーや魔力サーチが働いている状況では、通常用いられない。一撃離脱は、あくまで攻撃側の位置を悟られていない状態からの奇襲、という前提があるからである。位置が正確に把握されれば、突っ込んだタイミングに合わせて、カウンターを食らうだけだ。
(それに、大隊長殿の指揮下から外れられるってのはありがたい。)
 おかげで、最先任士官である自分が指揮をとれる。ビル内の会議場に閉じ込められてわめいているだろう、二佐のことを思って、彼は苦く笑った。
(あいつも昔はあんなんじゃなかったんだけどな。)


 魔力資質はないが、その分、情報分析やその提供で実戦部隊の皆を助けるのだ、とはりきっていた昔の彼を思い出す。彼が歪んでいったのは、部隊に最大限の援助をするために権力を求め有力者に近づきはじめた頃か、自分も権力をそれなりにもつようになった頃か。
(あるいは、高町一佐の台頭からか。)

 昔の彼ならば、素直に賞賛し、教えを請おうとしただろう。だが、今の彼は、年下の彼女に階級で抜かれ、彼女の高い評価と明確な業績に嫉妬し、周りの権力者達の雰囲気もあって、露骨に彼女と、彼女と縁の深い陸を敵視している。それも、管理局のためにならないから、と言い訳を作って自分で作ったそれを信じて。だが、指摘しても彼はそれを認められないだろう。
(年食うってのはやなもんだ。)
 経験は増えるが柔軟さはなくなる。実績は積みあがるが、それを捨てることが怖くなる。結果、自分の今までにしがみついて、変化に気づかず、未来を見通せなくなる。若い力を認めるために、余分な勇気が必要になる。
(なにより、飛ぶ速さも高さも勇気も鈍る。)
 航空魔道師なんてそんなものだ。なんだかんだ言いつつも、空に魅せられてるだけだ。彼はそう思っている。だから、今、戦っている機人たちに、憐れみに似た感情も抱く。


(あいつらは、飛ぶことを楽しめてないんだろうな。)
動きをみれば丸判りだ。刷り込まれた動き。速くて正確だが、それだけだ。それだけでは楽しくない。それだけでは戦いでは勝てない。

 彼にはよくわかる。彼も経験したことだからだ。高い魔法技術と大きな魔力量に絶対の自信をもっていた過去の自分が、粉微塵に砕かれた日。
 彼を砕いた魔王は言った。
「話にならんな。才能に溺れすぎだ。能力の高さと戦闘での強さは全く別物だ。よく理解しておけ」
そこで彼女は凄みのある笑みを浮かべた。
「まあ、理解できなくても、ちゃんと身体に教え込んでやるから、安心するんだな」

(まったく、可愛い顔して、とんでもねえ人だよ。)
からりとした、陰の欠片もない苦笑を浮かべて、彼は過去の自分に向けるような、親しみをこめた口調で呟いた。
「まあ、お前らにいい教官がいなかったのが不運だったな」




 フェイトが航空魔道師隊に合流したときには、戦闘機人2体は、ほとんど嬲られるだけの状況に陥っていた。
 
 その段階で航空大隊の取っていた戦法は単純だ。射撃魔法や閃光系の魔法で距離を稼ぎ、周囲360度を囲んでおいて、1人の魔道師が、球状に配置された魔道師たちの中心に居る、機人たちに高速で突っ込む。当然、弾幕の援護がつく。それでも機人たちはその身体能力にモノを言わせて弾幕をかわし、突っ込んできた魔道師に仕掛けようとして。
 背中側からの、、狙いすました射撃魔法に撃ち抜かれた。

 さすがにその一撃で落ちることはないが、出来た隙に、急接近していた魔道師が一撃入れる。それをこらえたところで、突撃した魔道師に、わずかに位置をずらして追随していた2番手の突撃担当が、急所を狙ってくる。仲間の危機に、徹底的に集中された弾幕を交わし続けていた機人が、回避をやめて被弾しながらも、庇いに入る。すると、2番手の彼はあっさり攻撃をあきらめて、そのまま離脱する。追撃する余裕もなく、窮地を逃れた機人たちが息をつこうとする前に、また死角から突撃をかける新しい魔道師と援護の弾幕。その繰り返し。

 業をにやした機人たちが高速で接近しようとしても、もとからかなり大きな間合いをとっている上に、近づく動きを見せただけで、即座に弾幕や障壁を張りつつ急速後退する魔道師達には追いつけず、逆に隙をさらした背後からの機動予測射撃を食らう。遠距離攻撃手段を持っているらしい機人が、エネルギー砲を撃ったり、なにか武器らしきものを投げたりしているが、すでにその動きや軌道のパターンを解析されたのだろう。余裕をもって防がれ、かわされ、逆に武器を破壊されている。ヘカトンケイレスと磐長媛命の怖いところだ。下手に攻撃を繰り返すと、あっという間に動きを解析され、本部コンピューターの分析と推論を加えられ、動きを丸裸にされてしまう。


(……知ってはいたけど、かなりやらしいやり方だよね。)
フェイトは思う。これがなのはの考案した、高ランク魔道師を多数の低ランク魔道師の連携と技術で落とす、フォーメーションのひとつだとは知っているが、延々と一方的に嬲られるほうはたまらないだろう。……いや、嬲っているわけではなく、攻撃魔法の威力が低すぎ、機人が頑丈すぎるために落とすことが出来ず、結果として嬲る状態になっているだけだが。
(でも、そろそろかな。)
 耐えられなくなった機人が賭けに出てもおかしくない頃合だ。特に、片方の機人は結構なダメージを受けているように見える。自分の配置と役割について相談すべく、フェイトはこの場の指揮官らしい魔道師に念話をつないだ。









 要人警護のため、会議場内に残っていたハヤテは、張っていた結界をなにかが通り抜けたのを感知した。
(来よったか?)

 六課では、判明している戦闘機人のうち、無機物を通行できるタイプが一番厄介と見ていた。あっさり警戒網を通過でき、奇襲もし放題だからだ。ハヤテは手持ちの触探結界を改良して、無機物内を貫通して張れるようにした。触られたことを探知する結界を無機物に触れさせると、常時、接触を探知することになるので、探知対象を動くものに限定するよう術式をいじるのが一番面倒だった。それでも、このわずかな期間の間に完成させたのは、ハヤテの魔法研究者としての実力の証だろう。


(なのはちゃんが総指揮で防衛線の立て直し、フェイトちゃんが遊撃で火消し役、私がここで要人警護。……ここの人ら、誰か1人でも怪我したら、ここぞとばかりに本局の強硬派が責めたてるやろ。テロを許してもうた時点でそれはもう避けられんけど、これ以上、口実を与えるわけにはいかん。本局と地上の対立の激化は、誰にとっても損にしかならん。不安定ななのちゃんに、一線を越えさせる刺激にもなりかねん。)
 ハヤテはその認識と持ち前の責任感で警護にあたっていた。守る対象の中に、大切な義姉がいることも、彼女に気合を入れさせる原因になっていた。
(ここは守りとおす!)









 このように戦場全体では、管理局側が押し返しつつあったが、六課の武装隊の4人に限って言えば、その時は、戦闘開始以来最大の劣勢に立たされていた。3体の戦闘機人の連携した襲撃を受けたのだ。予測されていた事態ではある。戦闘機人たるスバルや、プロジェクトfateで生み出されたエリオがいる六課の武装隊員達は、ヴィヴィオとは別の意味で、スカリエッティに狙われる可能性があると、分析班から言われていた。そのための対策訓練もしてきたが、状況は想定を上回っていた。
 

 ティアナは、荒く息をはきながらも、対峙している機人たちを見渡した。
 赤い髪の、スバルとよく似た戦いをするタイプ。スバルに言葉でも戦闘でも積極的に絡んできたから、なにかしら因縁があるのだろう。そして、幼い外見ながら、冷静に戦場全体を見、指示を飛ばしながら、自身も爆発物を投擲してくる指揮官らしき片目。そして、奥にいて、的確な射撃を撃ち込んでくる後衛タイプ。
(よくバランスがとれてる……)
 冷静にティアナは分析していた。敵を過剰にも過小にも評価してはならない。性能と戦闘力とは別だが、だからこそ、それぞれの分析と正当な評価を確実にしなければならない。前線指揮官の基本として、叩き込まれたことの一つだ。……誰に? もちろん、あの人にだ。
(無様な報告だけはできないわよね。)

 負けるのはしかたないかもしれない。それぞれ高い能力をもった戦闘機人が、しっかりと連携して仕掛けてくる。指揮官役の機人の統率力が優れているのだろう。戦術眼も悪くない。人数的にも、3対4とほぼ同数。基礎能力の劣る自分達の不利は否めない。
 でも、なすすべもなく負けるのと、次につながる負け方をするのとは、全く別だ。まして、この戦場にいるのは自分達だけではない。自分達がきっちり仕事をすれば、ほかの部隊が目の前の機人たちを無力化することも可能だろう。

 
 周囲の陸士部隊の応援は断っている。今は、統率役が戻ってくる前に、すこしでもガジェットを潰すべきだ。それに即席の連携で、眼前の息のあった3人を崩せるとは思えない。無駄に戦力を削りかねない。同じ理由でリィンもここにはいない。ティアナの代わりの部隊連携の補佐とフォローを任せている。彼女の上空からの援護射撃があれば、心強かっただろうが、ここ一局面の戦闘より、防衛戦全体の勝利を優先すべきだ。

 それに自分達は、対戦闘機人戦を想定して訓練してきた。勝つことは難しそうだが、できるだけ時間を長引かせ、相手の能力を丸裸にすることはできる。そうしておけば、ガジェットを排除した周囲の部隊が、総がかりで叩けば、おそらく仕留められるはずだ。
(でも、死にたくはないわね。)
思ってから、思わずティアナは笑いそうになった。当たり前だ。誰だって死にたくなどないだろう。でも、みんな、その気持ちに耐えてこの戦場にいる。それぞれの大事な何かを守るために。
(そう、あたしだけ特別じゃないんだから。)

 かすかに笑みを浮かべたまま、ティアナは3人の信頼する仲間に、改めて念話を向けた。
(いい、3人とも無理するんじゃないわよ。あたし達の役目は威力偵察。危険だけど、なにかを「守る」ためには、重要なポジションよ。追い詰められて当然、圧倒されて当然。だって向こうのほうが強いんだから。でもその状態でもなんとか生き延びる方法を、あたし達は教えてもらってきたでしょ? これでできなかったら、ヴィータさんには怒鳴られるし、ハヤテさんはなんでもない振りしながら落ち込むわよ? あの人たちを悲しませたくないでしょ? 返事はいいわ。行動で示して見せなさい!)
 かすかに笑いを含んだ声で念話を終えると、ティアナは軽く唇を舐め、重心を落とした。
 さあ、かかってきなさい。でも、代金はたっぷり置いていってもらうわよ?
 その態度、その目、その心の余裕。彼女はすでに、歴戦の下士官に匹敵する前線指揮官だった。




(このままいけば、押し切れるな。)
 チンクは牽制のスティンガーを投げながら、戦況を分析していた。機動六課の武装隊の練度は高い。特に、それぞれの得意の分野がうまく噛み合っており、一つの部隊として生き物のように行動するとき、その力は最大限に発揮される。だが逆に言えば、連携を断ち切れば、多少腕の立つ、経験の少ない魔道師達に過ぎない。
 ノーヴェが4人の中で唯一、自分達と能力的に張り合えるタイプ・ゼロの相手をし、ウェンディの射撃と自分の爆撃で、残り3人の連携を阻む。無論、隙を見て、ウェンディの狙撃が襲う。いまのところ、仕留められるほどの好機はまだないが、それも遠いことではない、とチンクは踏んでいた。自分の爆撃の余波とウェンディの射撃で、徐々に体力を削り取られ、かつ牽制で思ったように動けない焦り。1人崩れれば加速度的に崩れていくだろう。遠くない勝利を思い、タイプ・ゼロとプロジェクトFの素体の確実な捕獲方法を検討していたときだった。

 後ろから聞こえたバヂィッ、という音に、はっ、として、チンクが振り向いたときは遅かった。


 視線の先には地面にくずおれるウェンディと、その横に降り立った、白地に要所に金を散らしたバリアジャケットに身を包んだ女。薄茶の長髪、バイザーグラスに隠された目、隙のない立ち姿。
(高町なのは!)

 管理局屈指の使い手であり、要注意人物として警戒していた相手に、あっさり背後をとられ、妹の1人を倒されたことにチンクは歯噛みした。
 しかも、彼女の手にはいま、デバイスはない。その状態でウェンディを一瞬で倒したのだ。魔力量と戦術眼だけでなく、魔法運用技術もずば抜けている。デバイスがない程度、彼女にはさして障害にならないのだと改めて認識し、慎重に戦闘を展開していかねば、とチンクが思ったとき、ノーヴェが全速で駆け出した。
「てんめえええええっ!」
「よせ、ノーヴェッ!」

 さすがにチンクも動揺していたのだろう。頭に血の昇りやすいノーヴェをまず、冷静にさせるべきだったのだ。自分の声が耳に入っていない様子のノーヴェに、自身の不手際を自責しつつ、チンクは援護のためにスティンガーを放った。それよりわずかに早く、ノーヴェが高町なのはに殴りかかる。
「うおおおおおおッ!」
吠えながら、大きく振りかぶって全力で殴りかかるノーヴェ。


 ……大きく振りかぶって全力で殴る。そのようなパンチを、こう呼ぶことがある。テレフォンパンチ。今から、あなたのどのあたりを狙って殴りますよ、と相手に動きで伝えるパンチ、という意味だ。
 無論、ノーヴェの迫力もスピードも、人間を越えた領域だ。ISブレイクライナー。高い格闘戦能力を発揮できる先天的固有技能。だが、迫力があると言っても、身の丈3mを越える鬼の拳とは比べ物にならない。スピードがあると言っても、長く生きた獣が妖化した動きとは比べ物にならない。そして、頭に血の昇った人間は、本能に優れ、長い経験を積んだ妖異のずる賢さとは、比較することがおこがましいほど、御しやすい。


 殴りかかったノーヴェの拳が、傍から見ていると勝手に逸れたように見えるほど自然にかわされ、次の瞬間、轟音と共に、ノーヴェは地面に叩きつけられていた。ほとんど同時にスティンガーが、展開された障壁にむなしく阻まれ、爆散する。その場の誰も、なにが起こったのか見えなかった。いや、機動六課の面々は、見えはしなかったが、なにがあったかは悟っていた。特にスバルとエリオは、同じ目にあった経験がある。

(アイキドー、だったっけ。)
 なのはの出身世界に伝わる武術だと教わった。こういう格闘技法があるのだと、訓練のあいまに少し教わった程度だが、その技の不可思議さと効果は、スバルの身体に文字通り叩き込まれていた。
(やっぱり、なのはさんは凄い……!)

 目を輝かせてトリップしかかったスバルを引き戻したのは、頼りになる相棒の叱咤だった。
「ぼんやりするな! あいつはなのはさんに任せて、ちっこいのを押さえるわよ! クロスシフトF!」

 スバルははっ、と我に返った。
 見れば、ティアナが指示した片目の戦闘機人は、すでになのはの近くまで駆け寄っている。仲間が起き上がる時間を稼ぐか、なのはを仲間から引き離して、仕切りなおそうというのだろう。スバルは即座に駆け出した。
(これ以上、なのはさんにみっともないとこは見せられない!)



 なのはは、叩きつけた機人の腕を、まだ残っていた慣性力を利用して無造作にへし折った。なのはの近接戦闘技術は、前世に習得したCQBを元にしている。当然、折れるときには容赦なく折る。なのはは、腕をへし折った流れを止めずに、片手の人差し指に魔力を集めつつ、左足にも魔力を収束して電気変換をかけ、接近してくる機人に対して半身になるよう左足を一歩下げることで倒れている機人の首を踏み抜いた。

 バチィッ!
「がッ!」

 先ほどと同じような放電音と苦鳴が響いて、赤毛の機人の身体から力が抜ける。人間の首なら、へし折れる勢いで踏み抜いたが、機人ならば大丈夫だろう。とはいえ、多少の損傷はあるだろうし、全身の神経と、おそらく機械部分への電気信号網も集まっている部分に電撃を叩き込んだから、さきほどの機人と同じく、しばらくは行動不能とみてよかろう。
 そんなことを考えながら、至近に迫った銀髪の機人に、指先に溜めた魔力を放つ。
「シュートバレット」(魔力を収束して放つ、ごく初級の直射型射撃魔法)
 初級とはいえ、なのはが放てば、洒落にならない威力と精度になるが、片目の機人はこの近距離でそれを回避して見せると、一気に近接戦の距離まで踏み込んできた。
(さすがは戦闘機人、というべきか。この外見、稼動年数の長い上位5人のひとりにして前線指揮官役のチンクだな。)

 思いながら、フラッシュムーヴ(高速移動魔法)を発動し、地上すれすれを飛翔して距離をとる。
 追撃に、投げナイフが飛んできた。彼女の能力を知っているなのはは障壁を張り、さらにもう一度、フラッシュムーヴで距離をとる。ISランブルデトネイター。一定時間触れた金属を爆発物に変化させる能力と、そのための固有兵装スティンガー。厄介極まりない能力と兵装だが、知ってさえいれば、対処できなくもない。なにより、
「うおりゃああっ!」
 爆炎の向こうから、スバルの叫び声が聞こえた。あいつは声をあげないと奇襲ができないのか、と微妙な脱力感を覚えつつ、自分の位置を弧を描くようにして左に移動させる。右手には再び魔力を収束させている。デバイスなしの魔法行使は無駄も多いが、慣れてさえいれば難しい技術でもない。

 ティアナからなのはに念話が飛んできた。
(なのはさん、射線5-7-0に1射撃お願いします。カウント2つで! 2、1、ファイア!)
上司に対しても臆せず指示を出すティアナに頼もしさを覚えつつ、まだ爆発のまきおこした粉塵が消えきらぬその先に、なのはは手の平に収束した魔力から、射撃魔法を放った。

 そう、自分ひとりで戦うわけではないのだ。


 視界が完全に晴れたとき、そこには左腕が肘近くからちぎれかけ、右肩にも損傷があるチンクが立っていた。ティアナの厳しさを増した顔つきを見るに、仕留めるつもりがかわされたのだろう。予想通り、稼動年数の長い機人は、能力だけでなく、蓄積した戦闘経験も侮れない。
 とは言え、スバルとエリオが、直線にならないようにしながら前後をはさみ、自分とティアナが、射角を十分にとれる中距離の位置に立っている。ティアナはクロスミラージュを照準している。キャロはいつのまにか、ちゃっかりなのはが最初に撃墜した機人の傍で、彼女に拘束魔法をかけていた。彼女の身体能力で、あの短い時間にあの位置まで移動するのは、即断と全力疾走が必要だっただろう。現に肩が激しく上下している。だが、それに見合うだけの、よいフォローだった。 


 ちなみに、そんなことを思いながらも、なのははマルチタスクと阿修羅をフル回転させ、口に出さずに戦域全体の指揮をとりつづけている。
 今も、かなり一方的な状態になっていた空での戦いに、フェイトが加わったことでさらに余裕が出来たと見て、航空武装隊から一個中隊を抽出し、苦戦の続く各ポイントに小隊単位で回すよう指示を出した。天眼があるから、経験の少ない陸士でも、航空部隊との連携は可能だろう。普段から陸戦武装隊との連携行動が多い、航空武装隊はなおさらだ。


 ……ここで、脅威度のもっとも高い、戦闘機人が集まっている地点に、航空部隊を呼ばなかったのは、なのはのこの日、最大のミスだったかもしれない。自分とティアナ達だけで確保できると過信したか、他部隊のこれ以上の損耗を嫌ったか。彼女自身、あとでこの指示を出したときの心境を振り返っても、答えはだせなかった。しかしこの判断が、戦闘機人部隊の壊滅を防ぐことになる。



 チンクは必死で打開策を探していた。優位は一瞬で覆され、意識があるのはいまや自分ひとり。彼女の中に妹達を見捨てて、自分だけ逃亡するという選択肢はない。戦場では枷にしかならない、その極めて人間的な感情が、彼女の選択肢をなおさら狭めていた。

 静かに高町なのはが声をかけてきた。
「投降しろ。もう、状況は完全にお前に不利だ。仲間を見捨てられるならともかく、お前にそれは無理そうだしな。ここでズタズタにされて強制的に捕えられるか、曲がりなりにも、五体満足で仲間たちとともにいるか。
 言っておくが、あまり大きな損傷を貴様が受けても、管理局にそれを修繕する技術はない。脳や身体の各部から情報を得ることはできるだろうがな。私はすでに非殺傷設定を解除している。意味はわかるな?」
 彼女の言葉に息をのんだのは、チンクではなく、彼女の部下であるはずの若い局員達だった。

「しっかりしなさい! 相手ははるかに格上なのよ! 気を緩めるな! 殺傷設定だからって死ぬとは限らない!」
 その動揺を抑えたのは、さきほどから的確な指示をしていた、指揮官格の少女だった。いい素質をしている。交戦中にも思ったことを、チンクは今一度思った。ウチの妹達に見習わせたいくらいだ。
 チンクにとって、ドクターに従うのは当然のことだが、妹達を大事にし、しっかりと育ててやることも、至極当然のことだったし、ドクターに従って戦っただけの相手に対して、悪感情はもっていなかった。むしろ、未熟ながらも戦士の片鱗をみせる彼女達に、好意すら抱いていた。

 だが、それとこれとは別だ。それに、高町なのはは、彼ら以上に強烈で冷徹な覇気を伴っている。やるというなら、確実にやるだろう。だが、それでも。
「断る。勝算がないわけでもないしな」
 実のところ、いい手はまったく思いついていなかったが、チンクは決断を迷わなかった。妹達とともに管理局に投降? ほかの姉妹達がまだ戦っているのに? 論外だ。それに戦いというのは、計算通りに運ぶようなものではけしてない。彼女は無意識に左眼を覆う眼帯をなぞった。あのときの奴とは立場が逆だが、だからこそ、無様に負けるわけにはいくまい。奴の誇りのためにも私の誇りのためにも。

 だが直後、チンクは、誇りだけではどうにもならないことが世の中に存在することを、目の当たりにすることになる。


「そうか」
 高町なのはが静かに言った。チンクは戦闘に備えて重心を落とそうとし、周りの局員達も姿勢を整え。……そこでチンクは違和感を感じた。
 何かがおかしい。気温が下がっているのか? いや、違う。だが自分の肌は粟立っている。ゆらり、と高町なのはの背後で暗いなにかが蠢いたように見えた。幻覚? いぶかしげに隻眼を細めたチンクは、不意に、なのはのほうから風が吹いてきているのに気づいた。……いや、風ではない。だが、なんだ、これは。この、なんともいえない圧力は。
 
 ククク、と小さな笑い声が響いた。チンクには、その声がどこから聞こえたのかわからなかった。妙に鼓動が早くなった胸を抑えて、落ち着け、と念じる。ここで私がしくじったら、妹達まで救えなくなる。姉として、そんなことをしてはならない。
 だが、次の瞬間、チンクの頭は空っぽになった。目の当たりにしたソレが、彼女の頭から全ての思考を吹き飛ばした。


 高町なのはがワラっていた。酷く嬉しげに。酷く酷薄に。嗜虐と闘争への歓喜に満ちた、地獄の底で悪魔達が浮かべているであろう笑顔があるなら、おそらくそれは、今、目にしているコレと同種のものだろう。そう思わせるものがその表情にはあった。

 ……それは恐ろしい表情だった。虚無と狂気が化粧のように顔を隈取り、半ば閉じた右目からは絶望が漏れ出し、見開いた左眼には、殺意などというレベルではない、意思ではない、ただの脊髄反射にも似た、目の前の存在を抹消しようとするナニカが蠢いていた。鬼気と瘴気が、目に見えるのではないかと錯覚するほど、色濃く周囲に渦巻いている。それはヒトの表情ではなかった。ヒトの表情であるべきではなかった。それは、ヒトの誰もが存在を知りつつ、そこから目を背けている悪夢の具現だった。


「……っうあああああああっ!!」
チンクがスティンガーを投げたのは、攻撃の意思があったからでも防衛のためでもない、ただただ目の前の存在を恐れての、恐慌に駆られて狂乱した行動だった。
 スティンガーは当然のごとく桃色のーなんて狂った世界だろう、あんな存在が操る力があんな色だなんてー障壁に阻まれ。悪夢が、右目をさらに細め、重心を落として動きをとろうとし、チンクが恐怖と狂乱の中で自身の死を幻視した、そのとき。
(NW3より高町一佐! 空戦魔道師1名が防衛線を突破、本部ビルに向かっています! 推定Sランク! 我々では止めきれません!)
 切迫した念話が響いた。なのはが一瞬、動きを止める。


 瞬間、地面から人が飛び出した。地中から、指先のカメラ・アイで好機を伺っていたセインである。ハヤテに感知され攻撃され、辛うじて軽度のダメージで離脱した彼女は、ダメージを受けた身体で味方のフォローをすべく、ずっと機会を伺っていたのだ。なのはの顔をまともに見なかったために、恐怖の縛りを受けていなかった彼女は、振り上げた手からスタングレネードを地面に叩きつけ、
「シャット・ゲージ」(創作魔法。詳細は「ウンチク設定」の軍事関連説明の該当項目へ)
響いた声とともに発生した桃色の四角錐に、その閃光と轟音を、完全に封じられた。

 セインはわずかに目を見開いたが、動きはとめずにチンクの身体をひっかかえると、地中に飛び込もうと、
「ショートバスター」(威力と射程を犠牲に、発動までの時間を短縮したディバインバスターのバリエーションの一つ)
片足を半ばちぎり飛ばされながらも、そのまま地中に潜行し、チンクと共に姿をくらました。


 彼らが完全に地中に姿を没するのを見送ったなのはは、何も言わず、顔を上げると、4人の武装隊員達を見渡した。4人が4人とも、完全に恐怖に身を縛られ、硬直していたが、なのはの視線が向けられると、身体を震わせた。声を出すものはいなかった。

 なのはは一通り4人を見渡すと、一息ついて、雰囲気を意識的に切り替えた。前世でも時折、こういうことがあった。自分の発する雰囲気に当てられて、動けなくなる人間がいた。機人2人の逃走に際し、なんのアクションもおこさなかったのは、明らかに失態だが、なのはは咎める気になれなかった。代わりに、一言言った。
「あの赤髪の戦闘機人はどうなったか知っているか?」
その言葉に、4人が彼女の倒れていたはずの場所に目を向け
「あ、あれーっ?!」
スバルの素っ頓狂な声が響いた。

 それとともに普段の空気が戻ってくる。
「い、いなくなってますね……。動けるようになったんでしょうか?」
「……いえ、あたし達が、あの片目の相手をしてるあいだに、さっきの地面に潜れる奴が持っていったみたいね……阿修羅の感知と警告が記録残ってる」
「ティ、ティアーッ?!」
「う、うっさいわね! しょーがないでしょっ、余裕なかったんだから! わ、わるいとは思ってるわよ……」
言葉の勢いがしぼんだのは、あの戦闘機人を昏倒させたのがなのはだったからだ。おそるおそる、ティアナはなのはに視線を向けた。先ほどの恐怖がまだ身体に残っていた。

 だが、なのははもう彼らの知る普段の雰囲気で、あっさりと首を振った。
「気にするな。手ごわい相手だったし、今のお前に、あいつの相手をしながら同時に周りにも気を配れというのは酷だ。俺が気づくのが当然なんだが、俺も迂闊にも、目の前の戦闘に集中しすぎた。
 それに一体は確保できた。とりあえずはよしとしよう。キャロのお手柄だな」

 その言葉に、3人がいっせいにキャロのほうを見る。キャロの足元には、キャロが拘束魔法をかけた、射撃タイプの戦闘機人が転がっていた。さすがに、間近にキャロがいては、気づかれずに助けるのは不可能と判断したのだろう。誉められたキャロは、泡を食ってわたわたしながら「いえ、あの」とか言葉にならない言葉を発しているが。


「さて」
 なのはが手を叩いて注目を促した。
「逃がしたものはやむを得ん。下手に追っても追い詰められた敵は危険度が高い。撃退と一体確保で良しとしよう。
 ティアナは引き続き、他部隊と連携して迎撃の指揮を取れ。さっきの機人たちは戻ってこんだろうし、ほかの新手も確認されていない。センサーに引っ掛からない奴の奇襲にだけ気をつけろ。
 私は、確認されたSランク魔道師の迎撃に行く。ティアナ」
「は、はい!」
「私のデバイスを」
「あ、はっ、はい!」
「それでは、引き続き任務を遂行しろ」
ティアナから、銀の腕輪2つと待機状態のレイジングハートを受け取ると、なのはは飛び立った。


 あっという間の急展開に、ちょっとついていきそこねた4人が残される。

「……えっと、とりあえず、防衛戦に戻ろうか」
「う、うん……」
「「は、はい」」  

 なんともいえない空気を漂わせる若人たちだった。

 だが、ティアナだけは、さきほどのなのはの空気を思い出して、唇を噛んだ。まずい。よくわからないけど、かなりまずい。なのはさんへの対応は一刻を争うのかもしれない。この戦いの後、無理にでも時間をつくってなのはさんと話そう。いざとなれば、フェイトさんとハヤテさんも、なんならアコース査察官も一緒にいって話をしてもらおう。ティアナは決意した。






 その頃、襲撃側でも、状況の変化が起こっていた。


 管理局地上本部ビル襲撃と並行して実施された、機動六課隊舎襲撃・「器」確保作戦。
 一応、その指揮官役であるルーテシアは困惑していた。
(なんで、ダメなの?)

 十分な戦力だったはずだ。自分とガリュー。ドクターに借りたガジェットたちと、2人の戦闘機人。ところが、襲撃対象である機動六課隊舎は、戦力が出払っているはずなのに、頑強な抵抗を見せ、地雷王まで召喚したのに、まだ耐えている。

 ルーテシアは、自分の邪魔をしている相手に目をやった。


 ピンクのショートカットで、接近戦でガジェットたちを次々と砕き、今はガリューと渡りあっているーむしろ、ガリューが押されてる? うそだー女性。オットーとディード2人を相手に、押されながらも崩れない、ノーヴェとよく似た戦い方をする、多分、タイプ・ゼロのどちらか。彼女をフォローし、ガジェットも破壊する、広範囲にわたる魔法をつかう、大きな青い犬。時折、飛んできてガジェットを破壊し、良いところでオットーとディードの動きも阻害する狙撃。そして、苛立って地雷王で隊舎を壊そうとしたら、隊舎から出てきた、赤い服の、ハンマーを振り回す子供。


 その子供、ヴィータ・ヤガミはいらついていた。
(くそったれ!)
グラーフアイゼンを目の前のでかい蟲に叩きつける。吹き飛ぶ蟲。だが、硬い甲殻でさほどダメージになってないことは、さきほどからの交戦でわかってる。
(あたしはヴィヴィオの傍にいなきゃいけないのに……!)

 頼まれたのだ、ハヤテに。ヴィヴィオを守ってやってくれ、と。シャッハとザフィーラ、ギンガが侵入を阻んでいる状態で怖いのは、先日、道路から飛び出して確保していた連中をかっさらっていった奴。あいつに対処する方法はない。ヴィヴィオの近くにいてやるしかないのだ。
 とはいえ、隊舎ごと潰されそうになったら、さすがに外部での防衛戦の加勢に回らざるを得ない。
「ちくしょうっ、っざってえなあ!」
 ヴィータは渾身の力と魔力を込めて、目の前の巨大な蟲に一撃を叩き込んだ。


 困惑しているルーテシアの傍に、突如、ウィンドウが開いた。
『ルーテシアお嬢様ぁ? そっちの進み具合はどうですかぁ?』
大抵の人間が気に障るだろう、クアットロ独特の口調に、ルーテシアはいつものように、表情一つ変えずに答えた。
「うまくいってない。前衛タイプの魔道師が3人、援護の使い魔と射撃担当が一人ずついる」
『あらん、それは困りましたわね~。ガリューちゃんや地雷王でも駄目ですかぁ?』
「……ダメ。完全に抑えられてる。ひょっとしたら……負ける、かも」
『あらあら、心配なさらないでいいですよー、お嬢様v。すぐ援軍を手配しますからねぇ~。もうちょっと頑張ってくださいね。オットーとディードも、ちゃんとやるように叱ってくださいねえ』
「2人ともちゃんとやってる。敵が予想よりはるかに強いだけ」
『あらあら、お嬢様のお優しいことv。わかりましたわぁ、なるべく早く援軍をやりますからねぇ』
「……待ってる」
『はいはい~、お任せくださいなぁ~』
クアットロのウィンドウが消えると、ルーテシアは、また戦況を見つめる姿勢に戻った。その瞳に揺らぐ不安を見ている者は、誰もいなかった。





 クアットロの指示を聞いて、チンクは激昂した。
「ウェンディが捕まったままなんだぞ! ディエチも! 妹達を見捨てろというのか!」
『嫌ですわ、チンクちゃんv。わたしたちの目的を忘れたのかしら?』
「それとこれとは別だ!」
『いいえ、別じゃないわv』
クアットロは、笑みを浮かべたまま、くるりと踊るように回ってみせた。
『わたし達はドクターの娘にして道具、ドクタ―のためならいかなる犠牲も苦難も惜しまない。
 最優先すべきは、ドクターの理想の実現。その過程で失われるものがあるのも仕方のないこと。
 それともチンクちゃん? あなたはあなたのくだらない感傷で、ドクターの足を引っ張るつもり?』
「……っ!」
 クアットロの目は爬虫類のように、どこかぬめりを帯びてチンクを見つめていた。顔に張り付いた笑顔はいつものものと寸分かわりなく。ただ、目の中に狂熱がわずかに覗きかけていた。それはおぞましくも厭わしい、ねっとりと息が詰まるような匂いを放つ瞳だった。姉妹だろうと、仲間だろうと、喜んで生贄に捧げる、「外れた」司祭の目だった。
「……わかった。セインをそちらにやる」
「チンク姉?!」
 セインの叫びを無視して、クアットロは無邪気に見えるようにつくられた笑顔を満面に浮かべた。
『よかったv。チンクちゃんならわかってくれると思ってましたわ~』
チンクは無言で返した。自らの不甲斐なさと、妹達を見捨てる決断をした自責が、彼女に重くのしかかっていた。


『すぐにセインが二型で行きますからねぇ。そしたら、隊舎内に奇襲させて「器」を確保させてください~』
「わかった」
『よろしくお願いしますねぇ』
ウィンドウが切れ、再びルーテシアは、視線を戦場に戻した。相変わらずこちらが押され気味だ。オットーとディードも、能力を生かして押し気味ながら、ここぞというときは必ずかわされ、翻弄されている。ルーテシアは、セインの到着前に、ある程度、戦線を持ち直しておいたほうがいいと判断した。複数の地雷王に指示を送る。完全な成果でなくていい、相手の動揺と防衛優先順位の混乱を誘えばいい。素直さゆえの単純な発想は、思いもかけぬ効果を発揮することになる。



 六課隊舎を激しい揺れが襲った。ルーテシアが地雷王に指示した結果だと、即気づける者はいない。だが、被害報告と対処指示が素早く適確に飛び交い、前線経験のないスタッフ達は、彼らなりの最善を尽くそうとしていた。

 その彼らの真ん中、飛び交う情報を制御し、足りない部分を補い、逸りすぎる局員を抑え、戦場に投げ込まれた後方要員たちを統括していたのは、オーリス・ゲイズ。腕にはヴィヴィオを抱き上げている。
 襲撃者の狙いが高確率でヴィヴィオであることと、無機物透過タイプの機人の奇襲を恐れての、せめてもの対策だった。本来なら傍に、ヴィータ三尉待遇がいてくれたのだが、前線に巨大な甲殻虫が召喚されたのを見て、ヴィータが前線支援の必要を進言し、オーリスがそれを認めたために、今、彼女は傍にいない。前線が抜かれれば、屋内での乱戦になり、こちらの被害が増すだろうから、判断としては間違っていないと思いたいが、オーリスは不安だった。こういうときは、自分に魔力資質がないことが恨めしくなる。
 ふ、とオーリスは、制服の下、脇に吊るしたホルスターの重みを意識した。父レジアスの使用承認書を受け、高町なのはが選んでくれた質量兵器。相手が相手だけに、彼らの判断を間違っているとは思わないが、それでも、次元世界に生きてきた人間として、管理局に奉職してきた身として、例え非致死性のものであろうと、質量兵器を使う気にはオーリスはなれなかった。あるいは愚かかもしれない、だが、それは彼女にとって譲れない一線だった。
 彼女は今一度、顔を上げ、力によらない戦いを遂行すべく、スタッフ達の業務を把握し、現状を分析し、先を予測して適切な指示を飛ばしつづけることに注力した。


 ……彼女の質量兵器不使用という決意は、結果的には意味をなさなかった。それは、おそらく彼女自身にとって、よいことだったのだろう。質量兵器を使わなかったがために、ヴィヴィオを攫われたなら、彼女は、その決意について、深く悩みつづけることになっただろうから。だが、それは彼女になんの慰めももたらさないのも、また事実だった。結果が全て。それがゲイズ親子を律する、共通する規範の一つだった。

 繰り返し隊舎を襲う揺れ。女性局員達の悲鳴が繰り返し上がる。天井パネルのいくつかが崩落した。オーリスが総員退避に移るべきか、再度の検討をしていたとき、それは来た。


 一際、大きな揺れ。激しい振動が隊舎を襲い、オーリスはこらえきれずに転倒した。床からの奇襲を恐れるあまり、椅子に座って床との距離を縮めるような行為をとれなかったことが裏目に出た。それでもヴィヴィオを、自分の身体で衝撃から守ったのは、天晴れというべきか当然というべきか。だが、苦痛をこらえて、オーリスがヴィヴィオの無事を確認しようと、幼女を抱きしめていた腕を離したとき、床下で機会を伺っていたセインが動いた。
 手だけを床から出して「器」を確保、そのまま一気に床下にひきずりこむ。刹那の驚愕、体ごと飛びついたオーリスの手は空を切った。ただ、ヴィヴィオの驚いた表情と、なにか言いかけた唇の記憶だけが、オーリスに残された。

 オーリスの行動を弁護してやることもできる。いくら口頭や映像で言われていても、目の前に突然、常識を超えた現象が生じれば、知識があっても、理解には直結しない。刹那の自失だけで動けたオーリスは、むしろいい反応をした部類に入るだろう。だが、そんな弁護は、オーリス自身が聞く気はなかった。結果が全てだ。そして、彼女は仮初とは言え、母を名乗りながら、子どもを目の前で攫われた。最終的には、自分の迂闊さで。
 オーリスは床に無様に這いつくばったまま、歯を噛み締めて、漏れようとする声を押さえ込もうとした。無事を問うてくる部下達への返事も、被害状況の把握と対処の指示も、いまの彼女は放擲していた。そして。

「……っぁぁあああああああああっ…!」

押し殺そうとして押し殺せなかった、悲痛な叫びが噴き上がり、その場の全ての人間が動きを止めた。その声のはらむ、無念、悔恨、悲哀。叫びを上げた女性は、床に這ったまま、かすかに震えていた。彼女に声をかける者も、彼女の顔を確かめようとする者も、誰一人としていなかった。彼らはただ、互いに目を見交わすと、その場でもっとも先任であるルキノ・リリエ二士の指揮のもと、状況への対応へと動き出した。…………後にも先にも、その長い奉職期間の中で、オーリス・ゲイズが私情で職務を放棄したのは、このただ一度きりだった。









 再び地上本部ビル周辺戦域。その空中。


(形が崩れてきてる?)
 周囲を完全に囲まれ、入れ替わり立ち替わり各方向から飛んでくる射撃砲撃と、隙をみて突っ込んでくる魔道師の通過しざまの一撃を、セッテを庇いつつ、なんとかしのいでいたトーレは、包囲網の形状の変化に気づいた。
(こちらが弱ってるとみて、止めを刺しに来る気か…くそっ! っ! いや、待て……うまく逆手にとれれば、あるいは……。)

 トーレも疲れていたのだろう。こちらからの攻撃はいなされ逃げられ、一方的に嬲られる。守るべき妹もひどいダメージを受けていて、正直、あとどれくらい持つかわからない。それらが複合して、トーレにプレッシャーをかけ、普段の冷静な思考を奪っていた。

 トーレはセッテの耳元で囁くと、不自然にみえないように、ダメージが蓄積されていくさまを装った。セッテは演技の必要がないほど弱っていたが。


 トーレの読みどおり、魔道師部隊は、こちらが弱っていく様子を見せると、数人を現在位置に留めたまま、包囲網を狭め、その一部が突出して近距離といえるところまで慎重に近づいてきた。遠中距離からの援護を受けながら、近接戦で袋叩きにして一気に決めにかかるつもりだろう。それがトーレにとってのチャンスだった。

 ISライドインパルス発動。瞬間的にレーダーの類さえ振り切る速力を出す高機動能力だが、さすがにいまの体の状態ではそこまでの速さは出せない。だが、人間の目に映らない程度の速度を出すことは可能だった。セッテを抱えたままでも。

「……!」
「う、わっ!」
近づいてきていた魔道師の頭上すれすれをすり抜け、彼らの突出で密度が薄くなっている包囲網に突進する。さすがに、距離があった分、迎撃態勢を整えようとしているが、トーレの目的は脱出であって、戦闘ではない。どうしても邪魔になる数人にだけ、スピードをわずかに落としながらも一撃を加えて道をこじあける。軋む身体に鞭打って、トーレはさらに一段の加速をかけた。

(よし、抜けた!)
背後から魔法が飛んでくるし、追ってきてもいるようだが、今一度、多少の無理をしてISを発動すれば、ある程度の距離は稼げる。そこからガジェットを呼び寄せ、時間稼ぎをさせておいて、その間にクアットロと合流すれば、問題なく離脱できるだろう。喜びと共に、最後のIS発動をしようとし、……直後にトーレの思考は凍りついた。


 視線の先に浮かぶは、数十の魔力球。その中心に立つ、金髪の魔道師。こちらを見下ろす赤い瞳。
(フェイトお嬢様……!)
 時が止まったような感覚の中、視線の先の“閃光”が、振り上げていた死神の鎌を、終焉の言葉と共に振り下ろした。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」(雷属性の射撃魔法計1064発を4秒間で撃ちこむ。射撃数はA's時点のもの。)

 雷光が空間を埋め尽くした。








   

 フェイトは航空魔導師隊の援護に向かわせ、ハヤテは要人警護に会議場内に残してきた。あとは並みの陸士では手に負えない戦闘機人たち、特にハッキングを仕掛けた奴を優先して、対処すればいい。即撃破の必要は無い。ガジェットだけなら陸士隊で対応できるだろう。それはつまり、機人たちさえ抑えれば、時間の経過とともに、こちらが優位になっていく、ということだ。
 ほかにはイレギュラー、つまり目の前にいるような奴への対応を間違えないようにする必要があるというわけだ。すでにNWエリアの各隊には、自分が相手をするので、各隊とも現陣形を維持して、引き続きガジェットの排除に努めるよう伝えてある。1人の強者のために、多数の弱敵を放り出しては、防衛は遂行しきれない。強者には強者をぶつけるのがいいだろう。


 そう、頭の中で計算しながら、なのははバスターモードのレイジングハートの先を、相手の魔道師に向けるように構えた。精悍な顔立ちの、槍型のデバイスをもった魔道師。
(強い。)
 なのはは、聖王騎士団でちょくちょく手合わせをしたり、訓練を見学したりしてきたお陰で、近接タイプの魔道師の強さや傾向は、相手の構えを見れば凡そ読み取れる。今、対峙している相手は正統派の古式ベルカ式、近接戦を得意とするタイプの魔道師だろう。シグナムもそうだが、このタイプの魔道師は、魔法の技術もさることながら、近接武器としてのデバイスの扱いに長けている。生半な腕の魔道師相手なら、魔法なしで叩きのめすくらいだ。
(相手の土俵で戦うのは不利だな。)

 なのはも近接戦をこなせないわけではないが、よくて一流相手にしのげる程度だ。もともとが身を守る一環に、父から手ほどきをうけた棒術が基礎になっているから、防御中心になるのは当然といえば当然だが。CQCの技術も力で押すタイプには効いても、技術を持つ相手には通じない。もともと、決め手を繰り出す時間をひねりだすための苦肉の策の一つだ。彼女の魔法適性が中遠距離向きなのもある。それに、なのはは、目の前の相手が一流では収まらないレベルの使い手だということに気づいていた。
(スカリエッティのデータにあったな。レリックを使用しての人体改造、レリック・ウェポンの1人。)

「ゼスト・グランガイツ。ストライカーとまで称された管理局員が、なぜ犯罪者に与して管理局を襲撃する?」
「俺は……真実を知りたいだけだ」

 会話で間合いをはかりながら、マルチタスクで素早く検討を進める。
(小技で間合いをとりつつ、砲撃を仕掛けるか、弱めの砲撃を多発して隙をつくらせ、狙い撃つか?)


 だが、相手はなのはに余計な時間を与えなかった。
 
 ユニゾンデバイスと目されている、炎を纏った妖精が、やや前に出る。
「どく気はねえんだな?」
「誰に向かってものを言っている」
なのはは即答した。聞いた相手も、おそらくそれを予測していただろう。それは、会話の形をとりながらも、実際は手順を踏むための様式美の流れだった。

「なら、しょうがねえ……。
 剣精アギト、大義と友人ゼストがために……この手の炎で、推して参るッ!」
「高町なのは……理想でなく正義でなく、ただ己れの望みのために。その挑戦、お受けしよう」

 苦笑を隠してなのはは答えた。ベルカの奴らってのは、全く堅苦しい上に、様式美にこだわる。暑苦しいが、しかし、嫌いじゃないな。思うなのはの前で、小と大の2つの人影が、呼吸を合わせた。

「ユニゾン・インッ!」


 なのはは目の前で2人がユニゾンするのを見過ごした。別に、戦士への敬意などの理由ではない。スカリエッティのデータから、ゼスト・グランガイツの身体が、ボロボロの状態になっていることを、なのはは知っていた。そして、ユニゾンは、使用者に力を与えるが負担も与える。振るう力が強力になればなるほど、ゼストの身体は痛めつけられていく。
 なのはは、ゼストの体力を削り、勝機をつかみやすくするための小細工を弄したに過ぎない。もちろん、逆にゼストは短期決着を狙ってくるだろう。だが、優先事項がわかっている相手の行動は読みやすい。ましてや、レジアスの親友であり、謹厳実直なオーリス・ゲイズをして「ベルカ騎士の典型」と評さしめた男だ。搦め手は使わない、いや、性格的に思いつかないだろう。それだけで、自分の戦闘機動は随分と楽になる。そう、なのはは見込んでいた。


 なのはのとった策に無理なところはなかっただろう。だが、一つ、なのはが計算違いをしていたのは、ゼスト・グランガイツが、なのはの予想を遥かに上回る腕の騎士だったということだ。


 戦闘開始後5分。なのはは圧倒的劣勢に追い込まれていた。

 突き出される槍をかわしつつ、外側から槍の内側に入ることを狙う機動を描く。そのなのはを追って、炎を噴きながら横薙ぎに振るわれた槍を、辛うじてレイジングハートで受け流しー流しきれずに、あっさりと吹き飛ばされた。飛ばされた勢いを使って距離を稼ぐべく伸身宙返りを連続して繰り返しながら、牽制の魔力弾を射出する。だが、ゼストはあっさり牽制をさばいて距離を詰め、槍を突き出した。なのはは辛うじて、レイジングハートの先端に生やした魔力刃で、その穂先を受け止めた。
 ギギ、とレイジングハートがきしむ。接近戦でも使えるように多少強化したとは言え、所詮はインテリジェントデバイス。その強度はアームドデバイスと比べるべくもない。今は、なのはが供給している魔力をレイジングハートが自律的に効率良く運用していることで、辛うじてもっているが、長くはないだろう。次かその次か、あるいはそのまた次か。遠くない先に、レイジングハートは断ち切られ、返す刃でなのはも貫かれる。

 瞬時の思考でそう判断したなのはは、僅かに生まれたこの拮抗の体勢を機会と見て賭けに出た。


「ジャケット・パージ!」(バリアジャケットを構成していた全魔力を瞬間的に解放し、周囲に魔力衝撃を放つ。)
奇襲で一瞬の猶予をつくりだす。そしてその一瞬を最大限に生かすために、さらに奇手を打つ。
「レイジングハート、リリース!」
レイジングハートが待機状態に戻る。ジャケット・パージをまともに受けて、わずかながら距離を開けられ、さらにデバイスを待機モードにしたなのはの行動に驚いて、一瞬の動揺を見せたゼストの隙をついて、なのはは両手首に嵌めた銀の腕輪を、手を交差させるようにしてそれぞれの手で掴むと、命じた。
「クーガー、セットアップ」
「Yes,Ma’am」
 レイジングハートとは異なる、無機質な機械音声が響き。はっ、と気づいたゼストが距離を詰めたときには、なのはの両手には、鈍い銀光を放つ拳銃型デバイスが顕れていた。バリアジャケットも再構成されている。


 ストレージデバイス「クーガー」。ベレッタM8357INOXを外観モデルとし、数年前に、知己の技術者マリエル・アテンザに作ってもらった多対一を想定した2つ一組のデバイスだ。銃把に弾の代わりにカートリッジを仕込み、引金を引くと解放されるその魔力は、全て魔力弾の推力に回る。銃身に刻まれた魔法陣が、デバイスに魔力を込めるだけで、魔力弾を自動生成するから、魔法陣の顕現無しで、魔力弾を音速近い速さで放つことが可能だ。なのはがマリエルに要求した仕様の一つが、この「偽・徹甲弾(フェイク・APバレット)」の機能だった。
 もちろん、クーガーが備えている機能はそれだけではない。

 素早く距離を詰めたゼストが槍を繰り出してくる。なのはは、冷静にその軌道を読みながら、身体を捌き。
「ダガーモード」
移動するなのはを正確に追尾してきた槍の穂先を、銃口から展開された魔力刃で受け流した。
 ただ受け流すのではなく、槍を自分の後方に押しやるように魔力刃―ダガ―を操るなのは。予想していなかった相手の対応にわずかに姿勢を崩しかけたゼストが、その動きで重心を乱す。
 ゼストが反射的に腰を落とすことで乱れを抑えたときには、ダガ―で槍を押しやった反動と発動したフラッシュムーヴで、距離を詰めた少女の顔が、ほとんど身体が触れ合うくらいの距離からゼストを見上げていた。


「くっ」
 少女の身体の影から飛び出して来るダガ―を、身体をねじり、上体を反らせ、勘だけでかわす。明らかに正統ではない、邪剣と称すべき軌道の連撃に、騎士たるゼストは相手との距離もあって、かわしきれずに、右肋骨の下あたりから斜めに切り上げられた。
(旦那ッ!)
脳裏に響くアギトの悲鳴。
 半瞬気をとられた刹那、左横腹を襲った衝撃に、ゼストの身体が歪つに折れる。衝撃で、呼気が口から叩きだされる。
 強制的に息を吐きださせられて、一瞬、身体から力が脱けた直後に、顔面に飛んできた蹴りをかわすことはできなかった。


 横隔膜を狙った右膝蹴りから、左の後ろ縦回し蹴りにつなげてゼストを吹き飛ばしたなのはは、間髪いれずディバインシューター(魔力球から発射する誘導射撃魔法)を発動した。30近い魔力球が空中に生じる。

 なのはは、自分の近接戦闘能力を過信していない。今の一連の流れは、奇襲に奇手を重ね、さらに、拳銃型デバイスのダガーモードという相手の予想外の手によって生じたわずかな隙を逃さず食らいついて、強引にこじあけただけで、ろくなダメージは与えられていないだろう。だいたい、正当派のアームドデバイス使いからしたら、眉をひそめられるようなダガ―の軌道や、空中ということを利用した後ろ縦回し蹴りなどの、小手先の目晦ましがなければ、その流れすら断ち切られていた。それも、自分の正邪問わない戦技が、相手が古式の騎士で、かつ最近はまともな魔法戦闘を経験できない環境にいただろうからこそ、通じたに過ぎない。二度はないだろう。

(こちらも二度目の機会をやるつもりはないが。)
なのはは、ディバインシューターを解放した。


 蹴り飛ばされたが、さほどのダメージを受けず、素早く体勢を立て直して空中に止まったゼストが見たのは、自在に軌道を描いて多方向から自分に迫り来る、数十の魔力射撃だった。咄嗟に、障壁を張る。着弾と爆発の衝撃が、弱った身体に響く。周囲を包む魔力爆発の光は、その威力にそぐわぬ可愛らしい桃色。ひどくシュールな光景だった。
「……くっ……」
しびれる身体に鞭打ち、気力を振り絞り。爆発光に紛れて、再度接近戦を仕掛けようとしたゼストの頭に、強烈なショックが走った。自然にのけぞる頭。響くアギトの悲鳴。
(うわあっ!)
(なにが…起こった……?)

 それは驚くべき気力だった。だが、状況はすでに詰んでいた。

 両肩に、両膝に、続けざまにショックが走る。
(射撃魔法……か……)
(うぁ……、旦那……)
(すまない、アギト……ルーテシア……)

 そして胸と頭に、強大なショックが続けざまに集中して与えられ。ゼストの意識は暗転した。



 意識を失って墜落していくゼストと、彼から分離して共に落ちていくユニゾンデバイスの身体を見ながら、なのはは軽く息をはいた。

 2丁のデバイスで計22発のカートリッジ。そのうち、実に15発を使ってのフェイク・APバレットの連射。特に1射目から頭を撃ち抜いたというのに、ゼストは意識を保っていた。それでもさすがに、その後に2丁のデバイスで連射した魔弾の嵐に耐えられるような状態ではなかったようだが。

(さて、情報の隠蔽が必要かも知れんな。)

 元管理局員がスカリエッティと連携する。オーリスから、レジアスの親友だったと聞いている男。ベルカ騎士のイメージそのものだったという男が、犯罪者に手を貸すにはそれなりの理由がなくてはならない。ましてや、死亡したという情報を放置してまで。

 なのはは、地上への墜落前にゼストを確保すべく、飛行速度を上げた。










「くっ……」
トーレはボロボロになりながらも生き残っていた。まだ空中にいられるのが、自分でも信じられない。自分の身体が分解するかと思うほどの高速移動と急転回の繰り返し。もちろんかわしきれずに、100超の雷光を受けたが、彼女の身体と精神は、それに耐え切った。
(だが、もう闘えんな……。)
 身体中がショック状態になって、手足の感覚もほどんどない。耳鳴りがひどい。視界が時折かすむ。意識があるのが不思議だった。殺傷設定だったなら、間違いなく自分は再生不能なまでに破壊されていただろう。

 一緒に飛んでいたセッテの姿はない。脱出前にあれだけダメージを受けていた彼女だ。かばう余裕も抱えつづけている余裕もなかった。間違いなく撃墜されただろう。そして、セッテの代わりに別の人影が、トーレの目の前に浮かんでいる。
「テロ行為の現行犯であなたを逮捕します。武装解除して投降してください」
 魔力刃の刃を首元に突きつけ、彼女に宣告したのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。そして、自分達を囲むように、魔道師たちが浮いている。完全に嵌められたことをトーレは悟っていた。
(……ここまでか……ドクター、申し訳ありません……)


 だが、投降することは彼女のプライドが許さなかった。
「……わたしを従わせたいのなら、腕づくでくるんだな」
いうことを聞かない身体を動かして構えをとる。フェイトは眉をひそめた。
「あなたは戦える状態にありません。自分でもわかっているでしょう?」

 もちろんだ。だが、それと投降するかどうかは別の次元の問題だ。
 トーレは黙ったまま、こころもち前傾姿勢になり、フェイトは瞳に悲しみの色を見せながらも、バルディッシュを握る手に力を込めた。
 そこに
「あれれ~、こんなところでそんなことやってらしてよろしいんですのぉ、フェイトお嬢様~?」
唐突にウィンドウが開き、丸眼鏡をかけ茶色いパーマの髪をした女性が、見る人に不快感を与えるような笑みを浮かべながら、画面に映った。スカリエッティの地上本部襲撃部隊の実質的指揮官、ナンバーズのクアットロである。

 フェイトはトーレから注意を逸らさぬまま、ウィンドウのクアットロを横目で睨んだ。


 その瞬間、トーレとフェイトの周囲を囲んでいた魔道師たちの陣形のあちこちで爆発が生じた。混乱し、元凶を探して対処しようとする魔道師たち。それを嘲笑うように、さらに十数の爆発が続けざまに生じ、幾人かの魔道師が墜落し、陣形は完全に崩れた。

「トーレ姉様!」

 突然の事態に気を逸らしたフェイトとトーレだが、クアットロの叫びにはっ、と我に返り、トーレがISを発動して離脱する。フェイトの振るったバルディッシュは一瞬遅く、トーレの肩から背中を大きく切りつけるに留まった。
「くっ!」
 すぐさま、追撃体勢に入るフェイト。その背中にクアットロの声がかかる。
「あ~ら、姉と慕った子供を見捨ててしまわれるのですかぁ? ひどいお姉さんですね~、ねぇ、ヴィヴィオ陛下ぁ?」
悪意が滴るような、ねっとりと甘い声だった。そして、フェイトは止まった。止まってしまった。
 ウィンドウに視線を向けるフェイト。ウィンドウに映るクアットロは、意識のないヴィヴィオを抱いて満面の笑みを浮かべていた。
「あなたっ……!」
激昂しかかるフェイトに、さらにクアットロは油を注いだ。
「あらぁ、そう言えば、お嬢様ぁ? たしかほかにも可愛がっている子供がいるらしいですね~。……Fの遺産と出来損ないの召喚士。その子達がどうなってるか、気になりませんかぁ~」
「なっ……! エリオとキャロをどうした?!」
「うふふふ~、どうしたと思われますかぁ~? ご自分で確かめなくてよろしいんですかぁ~? ひょっとして……手遅れ、なんてことも……ない、とは言えませんわよね~、うふふふふふ~。では、お嬢様、わたくしはこの辺で。またお目にかかるときを楽しみにしておりますわぁv」
「まっ、待てっ!」
無論、クアットロが聞くはずもない。つかみかかるフェイトの目前でウィンドウは消えうせた。
 









 戦闘機人2名を確保、ほかの戦闘機人は退却したものと思われる。ガジェット群はまだそれなりの数が残っているが、動きが完全に単調になり、数が減ってAMFの効果範囲も大きく狭まったことから、現状の戦力で殲滅は時間の問題と思われる。

 その報告が入り、地上本部ビルの大会議場には安堵の空気が満ちた。奇しくもレジアスが午前中の演説で描いてみせた悪夢が、自分達の身の上にふりかかろうとしたのだ。露骨に安堵した表情で、椅子に座り込む者もいる。軽口を交わしあう者たちがいる。


 そんな緩んだ空気に満ちた喧騒の中。
 不意にメインモニターにノイズが走り、白衣を着た長髪の男の姿を映し出した。
「やあ、偉大なる管理局の諸君。今日の手合わせは楽しんでいただけたかね?」

 殆ど反射的に、場内に詰めていた管理局の警備部隊隊長が怒鳴る。
「何者だ、貴様は!」
「ふむ、何者と言われてもね。自分が真実何者なのか、理解している存在はどれくらいいるものなのだろうかね?」
男はクスッ、と笑った。
「まあいいだろう。私の名はジェイル・スカリエッティ。しがない知識の探求者の1人だよ」
「ジェイル・スカリエッティ……?!」
「広域指名手配犯のか!」
騒然とする場内。統制なく沸き上がる声を抑える威厳ある声が響いた。
「それで、そのジェイル・スカリエッティが一体なんの用だ」

 首都防衛長官レジアス・ゲイズ中将。微塵も揺るがぬその態度に、TVの前の多くの人々は漠とした信頼感を感じた。時空管理局の地上本部が襲撃され、辛うじて撃退したとは言え、被害は甚大。各管理世界の治安維持と向上に大きな役割を果たしている、時空管理局の地上部隊が受けた傷は、各世界の普通の人々の不安を掻き立てていた。
 だが、地上本部屈指の将官として各世界にも名を知られるレジアス・ゲイズ。その姿をはじめて見た人間も多かったが、狼狽し動揺する有力者たちの中で、1人、厳として姿勢を崩さず、威厳と矜持をもって犯罪者に対する彼に、多くの人々は、安心感を感じたのだった。

「ふむ、これはレジアス・ゲイズ中将。お目にかかれて恐悦至極」
「世辞はいい。用件を述べろ」
仰々しく礼をしてみせるスカリエッティを、レジアスは簡潔に切り捨てた。
「くくく、確かに彼女が従うだけのことはある……」
「中将のご質問に答えんか!」
「貴様、いったいなんのつもりだ!」
 威勢を取り戻した高官達が怒鳴る。その声に反応し、スカリエッティが俯けていた顔を上げた。

 ニイ、とその口元が大きく吊りあがる。眼球が剥き出しになり、瞳孔が収縮する。そこに宿るのは異様という言葉では表現しきれない冥い耀き。
 その表情に覗く狂気のおぞましさに、感性の鋭い数人が、思わずあとずさる。

「わからないかね、有能なる時空管理局員の諸君?」
その声はそれまでの仮面を脱ぎ捨て、彼の本質も露わに、聞く人間達の心身をことごとく慄然とせしめた。これはチガウものだ、自分達とは、ナニカが決定的にチガウものだ。人々は本能でそれを理解し、自覚なくそれを畏れた。

「ただの宣言、いわゆる一つの様式美だよ。
 我々が君達、時空管理局に反逆する、その声明を全次元世界に知らしめるためのね。なかなかよいデモンストレーションだっただろう、今日の襲撃は?」
「貴様の仕業か! 管理局にテロ行為を仕掛けてただで済むと思うか! 思い上がりも大概にするがいい!」
 感性の鈍い高官が威圧的に怒鳴りつけた。


 じろり、と剥き出しにされた目玉が彼の方を向いた。その目に見られた高官は一瞬で腰を抜かした。無様に尻餅をついた男を無視して、スカリエッティが静かに場内の人間の一人一人に視線を投げる。その視線に耐えられた人間は、ごく僅かしかいなかった。

 そして、スカリエッティの演説がはじまる。




「テロ行為? 笑える言葉だ。
 これはテロ行為などではない。これは虐げられた科学者達の、正当なる反逆だよ。道具として生み出され、道具として扱われてきた存在たちの自己主張でもある。
 わからないかね、己を全能として他を踏みつけにする人間たちよ。いまこそ断罪のときが来たと知るがいい。我々は、遂に世界に挑戦する! 誰にも抑圧されない、我々の、我々が望む、我々の世界。自由な世界!」

 穏やかに始まった彼の言葉は、急速に熱を帯び、狂乱の炎となって人々の目の前を踊り狂った。 

「望まずして世界の敵たることを定められ、世界の敵として生きてきた私が、今、世界に告げよう。わたしは、今ここに! 命じられたからでも刷り込まれたからでもなく! ただ自分の意志と欲望で! 世界の敵となることを宣言する!! 世界を滅ぼし、世界を創り変えてみせよう!
 全てを操り、未来を支配すると自認する灰色の脳細胞どもよ。世界を支配し、世界に敵なしと自認する管理局員たちよ。今、貴様らの眼前に貴様らの敵が現れたぞ。正義を自称し、自らをもって法と成す貴様らの敵が現れたぞ」


 スカリエッティの目は溢れ出る狂気に輝き、呪うように誇るように放つ言葉は、聞く者の身に得体のしれぬ恐怖を与え、肌を粟立たせた。
 そして、溢れ出す狂気はそのまま、スカリエッティは不意に声の調子を変え、穏やかな口調で、悪夢を具現化したような声音で、話しかけた。

「そう、そう言えば、高町一佐。管理局のエース・オブ・エース。管理局の希望の星よ。貴女の今のコールサインは、ルシファーと言ったね」
「よく調べたな」
間髪いれず響いた煌き。ねとつくような悪寒は、甘く澄んだ硬質の声に断ち切られた。


 その場の誰もが、夢から覚めたように、悪夢を弾き返した声の源を見る。輝く白。戦塵に汚れていてもなお、その姿は、純白のイメージをもって、人々の脳裏を灼いた。
 そんな周りを置き去りにして。全次元世界へと中継するカメラの前で。いつのまにか会議場に来ていたエース・オブ・エースと、モニターに映る犯罪者との間で会話が進む。

「聞いたことのない言葉だったのでね。探究心は科学者の基本的素養だよ」
「…言葉の意味まで調べたようだな」
「ああ。実に面白い、実に興味深い選択だね」
「ほめられてるようには聞こえんな」
「褒めているとも!」

 スカリエッティは芝居がかった仕草で両手を広げた。
「ルシファー。輝ける星。夜明けを告げる明星。しかして己の造り主たる全能者に反逆し、敗れて地に落とされ、魔王と呼ばれてなお、反逆の機会を伺うもの」
 言葉の意味がその場に浸透すると共に、嵐を内包した沈黙がその場を覆った。

「あなたの二つ名のひとつに引っ掛けたのかな? それとも全能者たる管理局への反逆の意思表示なのかな?」
「管理局が全能だという話は聞いたことがないな」
電撃のように走った緊張を無視して、高町なのはは肩をすくめた。普段どおりの、小娘らしからぬ悠然とした態度で。
「そうかね。だが、管理局を代表するエースたる貴女が、魔王にして堕ちたる明星を名乗るなら、私も同じ流儀をとるべきだろう」

 今一度、スカリエッティは両手を広げて身を反らし、朗々たる声を宙に放った。

「そう! 貴女が天から堕ちた魔王なら、私は生まれついての魔王! 敵たることを定められた、全能者の対立者! 貴女のコールサインと同じ伝承よりとって、私は“サタン”、すなわち、敵を意味する二つ名を名乗ろう!
 悪をなすべく創りだされ、悪をなすべく命じられ、それに従い悪を為し、敵対者として造り手に立ち向かい、これを倒して自身の望む自由な世界を創る! 私はサタン! サタン・ジェイル・スカリエッティ!! 全能と正義を標榜する管理局よ! これであなた達の戦いは言い訳も完璧だ! 心置きなくあなた達のプライドを守るために挑み来るがいい! 


 受けて立とう。


 そして、全次元世界の人々よ。私の目指す世界は、あなた方にとっても、抑圧のない、自由な世界となるだろう。管理局に対する私の勝利をもって、我が世界創造の端緒とする。望むものは遠慮なく我が下に来られるがいい。いかなる生まれも前歴も、あなた方に不利にならないことを約束しよう。

 なぜなら、私自身、管理局によって作りだされ、管理局によって違法研究という悪をなすよう、命じられた存在だからだ。だが、生命の価値はそんなところにはない。人間たる証はそんなものに左右されない。人は自分の意志で人になるのだ。私が自分の意志で人から外れ、魔王になったように。だから約束しよう、まだ見ぬ同胞よ。私はあなた方の生まれも育ちも問わず、ただ望む意思がありさえすれば、あなたがたに自由を与えると!」

 言葉の爆弾を無造作に放り投げたスカリエッティは、静かに視線を正面に据え直し、最後の一言を銃口のように突きつけた。

「では、お待ちしている」



 その視線がただ1人を捉え、その相手の視線もまた、応えるようにスカリエッティの目を見ていたことに気づいた者は、一人しかいなかった。







■■後書き■■
 魔法の名前だけでは魔法の種類や効果がわからない人が多いかな、と思ったので、魔法名のあとに簡単な説明を入れてますが……読みにくいですかね? 「ウンチク設定」に入れたほうがいいですか? それとも一切無しでいいですか? いずれにしろ、状況描写の緊迫感や勢いを削がない範囲で地の文で説明しようとは思ってますが、ちょっと全魔法へのそれは難しいと思うんですよねえ。

 ちなみに、投稿間隔のことは、もう二度と口にしません(泣)_O_



[4464] 二十八話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/07/03 19:20
※6/6、誤記修正、7/3、鋼鉄に関する表現修正




 俺は、本部ビルでの戦闘がひとまず収束すると、後始末を本部の本業の連中に任せ、いったん六課隊舎に戻って被害状況の確認をはじめた。
 並行して、士官級に現状把握と対策案を、一時間以内にまとめておくように指示を出す。

 そして、約1時間後に開いた下士官級以上出席の会議で、各員に指示を出し、特に、オーリス嬢、フェイト、ハヤテには特命をもって専門任務にあたらせ、各員の補佐職にはその代行を、及ばずとも全力で尽くすように命じた。オブザーバーとして出席していたシスター・シャッハとザフィーラにも協力を要請する。俺自身は、病院に搬送された課員を見舞ったあと、地上本部ビルで開催される対策会議に出席し、おそらくその後すぐに独立部隊としての行動をとることになるだろうことを告げる。
 いつもの会議と違い、質問は聞いても反論は受け付けなかった。今が戦機だと俺の勘が告げている。戦機は逃さずためらわず、全力をもって挑むのが俺の流儀であり、軍事学の常道の1つだ。

 フェイト、ティアナ、ハヤテが会議後にねじこむようにして、話をしにきたが、上官としての権限と事態の緊急性を盾にはねつけた。あるいは、ぬるま湯の関係を終わらせる最後通牒ともいえる言葉だったかも知れんな、あれは……。





 部隊長室で、出発までの僅かな時間に、何人かの人間に連絡をとった。

『……なんとも面倒なことになったもんだぜ』
ウィンドウの向こうで、ゲンヤ・ナカジマ108大隊長が、頭を掻きながら愚痴る。
「申し訳ないとしか言えませんね」
『そのツラが申し訳ながってる顔かよ。おかしけりゃ笑っていいぜ』
「まさか。これほどの大事件、笑えるはずがないでしょう」
白々しく見える表情と声音で、大げさに両手を広げてみせる。ゲンヤのおっちゃんは、ため息をついてみせた。
『……変わんねえよな、テメェは。こんなときまで』
「泡食ってもなんにもなりゃしません。敵を探し出して、戦力をまとめて、潰す。やることはいつもと一緒です」
『で、そのあとは?』
「さて?」
おっちゃんの細まった瞳と、白々しい俺の笑みがぶつかった。

 しばらくそうしていると、不意におっちゃんはもう一度、頭を掻きまわしながらため息をついた。
『お前ェには、ギンガとスバルを預けてんだ。へた打ったら承知しねえぞ』
「ご心配なく。最悪でも、俺とレジアス中将の首が物理的に飛んで、六課の連中は、まあ、しばらく冷や飯食わされるくらいですみますよ」
 かすかに笑んで言った俺に、おっちゃんは一際大きなため息をついた。
『まったく、手間かけさせやがるぜ……』
「すみません」
『だから、思ってもないことを言うな、この悪党が』
「Sir,Yes Sir!」
おっちゃんの顔が苦虫を噛み潰したようになった。

 だが、実際、敬意を払うに値する人だと思う。照れて怒鳴るに決まっているので、言ったことはないが。
 上に厳しく自分に厳しく、部下にも容赦ないが緩めどころは心得てる。面倒見もいい。その人望とあいまって、クラナガンでは屈指の指揮官と言っていいだろう。この人だから、俺は安心して真意を伝えられる。……その表現が曲がりくねったやり方になっちまうのは、あれかな。やっぱり、甘えてるのかもしれんな。

『とりあえず、顔のきく捜査官連中と陸士の連中に話を回して、例の襲撃の線とそれ以外のデータの件も、ストップかけてる先に踏み込ませる。だが三日だ。それが限度だ。俺は殉職者も不審死する奴も出したくねえ』
「十分です。きちんと余裕をみて終わらせます」
俺が笑うと、親父さんは一段と渋面になった。
「無理はしませんよ。無理なく、余裕をもって終わらせます」
言っても、おっちゃんの渋面は崩れなかった。やれやれ、と心の中でだけ、肩を竦める。こんな仕事を長く続けているのに、人として当たり前の感性を失わずに自然に備えてるだけで、奇跡的なことだと俺なぞは思うんだが。当人は納得も、妥協もしないだろうな。

 しばしの沈黙の後、おっちゃんは、いつものぶっきらぼうな声で言った。
『とりあえず、この週末はお前のおごりで呑みに行くぞ。うちの連中も何人か連れてくから、ギンガとスバルも連れて来い。いいな』
「了解しました」
視線を逸らしているおっちゃんに、俺は苦笑しながら敬礼した。階級なんざ人格や経験の前じゃ、飾りに過ぎん。それがわかってる偉いさんの1人がこの人だ。だから、俺は階級が下のこの人に、敬語を使うし相手より先に敬礼をする。
『じゃあな』
視線は戻されないまま、俺の返事も聞かずに通信は切られ、そして俺は遠慮なく吹き出した。まったく、近頃のおやじは妙に可愛らしくするのが流行ってるのかね。不器用なゲンヤのおっちゃんの激励とテレ具合を思い返して、俺はひとしきり笑った。
 まったく、この殺伐として切迫した状況で、こんなにあっさり緊張をといてくれるなんて、やっぱ、あんたは大した指揮官だよ、ゲンヤさん。心の中で呟くと、やかましい、という怒声が聞こえた気がした。





 地上本部ビルに向かう車のなか、俺が狙われる可能性があるとして、なかば無理矢理に護衛につけられたスバルを助手席に乗せ、前席と後席を区切る遮音ガラスを上げておいて、俺は引き続きいくつかのところと連絡をとっていた。当然、秘匿回線を使用している。

 いま、ウィンドウに映っているのは、勢力争いが激しさを増す本局で、頑固に中立を守っている老境の将官。偏屈で知られているが、同時にその実戦で叩き上げられた有能さ、老獪さも知らぬものはいない。


「お願いできますか、少将」
『わかっておるだろうが、いまの本局でそれをやれば、ワシのような者達はことごとく権限を凍結あるいは取り上げられ、戦技は強硬派の手に落ちる。お主も危険因子だと公的に指定される可能性が高い。それでもやるのか?』
「“聖王のゆりかご”がスカリエッティの手にあるのなら、聖王のクローンとの疑いの濃い少女が攫われた事実は、重い意味をもちます。ことは急を要します。権力争いは、その後にすればよいことです」
『そして、お主は功績を背景に強硬派の怠慢を突き、権力を手中にする、というわけか?』
鋭い視線の老将に、俺は肩をすくめてみせた。
「私は別段権力は望みませんが、無抵抗に陥れられるのも趣味ではありません」

 40年以上、管理局でもトップエースの集まりと言われる部門の第一線で身体を張ってきた男は、刀の切っ先を思わせる光を目に宿し。俺は特に表情を変えず、その視線を受け止めつづけた。

 おおよそ1分もたったろうか。

 少将は、そっぽを向いて言った。
『隊員の派遣はなんとかしよう。だが、下らぬことでの人死はなるべく抑えろ』
「こころがけます」
定型どおりの俺の言葉に、鼻を一つ鳴らした戦技教導隊本部次席幕僚長は、敬礼も挨拶の言葉もなく、ウィンドウを切った。


 愛想の欠片もなく、出世にも栄誉にも関心のない爺さんだが、だからこそ、こういう局面では信用できる。今回もいずれの派閥にも属さず、不偏不党を貫くだろう。それで十分だ。戦技の実働部隊には、ほかの手を回してある。

「さて、次は武装隊か」



 しばらくあと、俺は、最後の連絡先と話をしていた。

『地上本部に対する問責決議を出そうとする動きがある。芋蔓式に機動六課も対象になるだろう』
「そいつは大変だ。夜逃げの準備をしなくちゃな」
『茶化してる場合じゃない』
 俺の軽口にも微塵も揺るがないクロノの瞳に、俺は肩を竦めた。コイツは自覚しているのだろうか。いまのコイツの目は、戦場にいるときの目だ。多くの命を背負い、多くの命を奪う覚悟を持った指揮官の眼だ。

 そうか。お前をして、戦場にいると身体が感じるほどの状況になっているか。

「もうじき、本部ビルで、俺も出席して今日の襲撃に対する分析と今後の方針が話しあわれる。フェイトとオーリス嬢には、スカリエッティの本拠地を絞り込ませている。ハヤテには教会への工作を頼んでいる。うまくいけば、問責が出る前に、事件は解決できる。教会からのとりなしも、ありえない話じゃない」
『うまくいかないときのことを考えるのが、上に立つ者の仕事だ。それに事件が解決したところで、問責が出ない理由にはならない。教会のこともだ。「夜天の王」のいる部隊を槍玉に挙げようとする連中が、教会のことを考慮してないはずがない。正直言って、若くて実績のないハヤテでは、たちうちできないだろう』
「だが、事件は各世界代表と、全次元世界への放映カメラの前で起こった。あの状況で、あの被害に抑えた地上本部に対して問責が出たら、本局はどう見られるだろうな」
 クロノはため息をついた。
『マスコミにはもう手が回っているようだ。強硬派に属する人間は、上位者や内勤者が多いからな。母さんやレティ提督に頼んではあるが……』
「ま、難しかろう。2人とも有能だし人望も影響力もあるだろうが、所詮は中堅どころ。大きな流れまでは変えられんだろう」
『……そのとおりだ』
苦渋のにじむクロノの声に、俺はかすかに笑った。まったくこいつといい、フェイトといい、義理の兄妹の癖に似るものだ。いや、あるいはだからこそ、か。

「クロノよ」
『……なんだ』
「俺達の仕事はなんだ?」
『……なのは…?』
「いま、必要なのは、スカリエッティがもたらそうとしている戦争を食い止める行為だ。権力争いはあとで考えればいい。なに、命までは取られやせんさ」
『君は……!』
「心配はありがたいが、それより、動かせそうな艦隊や部隊を見繕っておいてくれ。地上本部独力で抑えきれなければ、そちらにも出てもらう必要があるだろう」
『……それでいいのか?』
 俺は今度は、クツクツと声に出して笑ったが、クロノは怒ったりしなかった。
「しっかりしろよ、提督。そのお人好しぶりは嫌いじゃないが、やるべきことはやれ。ん、それともアレか。また、『足をお舐め』とでも言ってやらなくちゃならんのか?」
「君はっ!」
ついに素の表情をだしたクロノに、俺は遠慮なく声をだして笑った。

 クロノもすぐに気づいたらしく、バツの悪そうな、それでいて俺にからかわれたときにいつも浮かべる、ぶすっとした表情を取り繕いながら、俺の笑い声を聞いていた。

『……まったく、懐かしいことを持ち出す奴だ』
「二度ネタ三度ネタは芸人の基本だそうだ」
『……ハヤテ………』
ウィンドウでうなだれるクロノに、俺は軽い声をかけた。
「さ、こっちはこっちでなんとかする。そっちもそっちでやることをやってくれ」
『……わかった。できるだけのことはしよう。だが、問責の件もあきらめたわけじゃないからな』
「期待するさ」
笑う俺に、ふう、と見せつけるようにため息をついたクロノは、最後の言葉を残して、通話を切った。

「『君の期待程度、軽く超えてみせる』か」
 俺はクツクツと笑いつづけた。まったく、提督なんぞやらしとくには惜しい男だ。あれだけの器量なら、もっと人の役に立つような仕事ができるだろうに、好き好んで腐臭と非道の渦巻く世界にいる。あのお人好しぶりは筋金入りだな。

 

 だが、クロノには悪いが、あいつの努力は報われることはないだろう。今の会話は、俺からレジアス、レジアスから本局内の協力者に流れ、概要は数時間のうちに強硬派が知ることになるからだ。当然、クロノにつながる「海」の穏健派の部隊やフネは、ことごとく動きを制限される。個人はともかく、組織として本局の人間がこの事態に協力することはできなくなる。本局から教会に対する工作も激しさを増すだろう。

 そして地上部隊は、未曾有の犯罪に対し、サポタージュする本局というハンデを背負いながら、地上の平和のため、英雄的に挑むことになるわけだ。教会も、妙に執拗な本局の働きかけに、却って疑念を深めるだろう。

 ハヤテには、教会の中立性を損なうような働きかけは慎むよう、会議の場で釘を刺したし、カリムや騎士団の一部との意見交換程度でとどめるだろう。後見人に対して、事態の説明をするのは当然のことだしな? もちろん、その会話の中で、多少、「礼儀を外れる」ような発言もあるかもしれんが、非公式の話し合いだし、もともと身内のハヤテの言葉なら、組織関係がどうの管理局がどうの、といったことにはならんだろう。そう、俺達は、教会の中立姿勢を侵害するようなことは言わんさ……俺達はな。

 そのハヤテの動きをどう解釈して、どういう言動で教会に対するかは、……まあ、そいつらの自由だ。もちろん、状況と礼儀とを心得た態度と、いささか、聖職者には眉を潜めさせるような心構えと態度の人間とが、教会に対してどういう心象を与え、それがいずれ、どういう影響を与えるかも、な。


 本局寄りのマスコミの報道も、結果がでたあとでは、本局の怠慢の印象を増幅させることになる。そのために、地上本部とつながりの深いマスコミに対して、地上本部擁護のキャンペーンを「今は」張らないよう要請してるんだし。
 さて、マスコミがどの程度、タガを外しているか、見てみるか。



「ふ、ここぞとばかりに叩きにきてるな……」
 ざっと流し見た各番組。そこでは今日の地上本部襲撃で、炎や爆発が上がる光景ばかりが繰り返し流され、コメンテーターや評論家が「たかが犯罪者」相手に、こんな失態を犯した地上本部を非難している。AMFも彼らからしてみれば、数年前に確認がされていたことなのだから、とうに対抗技術を完成させていて当然なのだそうだ。……もちろん、本局がそんな技術をもってるのかどうかについては誰も触れない。

 ミッドでは、資本の大きな企業は、大体が本局と密接な関係にある。マスメディア関係も、大手といわれるところはほとんどが管理局寄り、というか本局寄りだ。管理局で実権を握っているのが本局なんだから当然といえば当然だが。レジアスも数年かけて、中堅どころの企業や、独立系の新進メディアなどとは、それなりの関係を築いている。
 大手や大企業にしても、ミッドの治安、その日常を守っている地上部隊へは好意的な感情が強い。だが、企業あるいは組織の論理としては、組織同士での付き合いをするなら、主流派との関係を密にすることが優先になる。そこに社員の心情や上層部の情理が影響することは少ない。個人の正義と集団の正義は異なるからだ。時空管理局が、決して悪人の集まりではないのに、組織としては自壊の兆候を見せ始めているように。


 俺はさっさと映像を切ると、思考の海に沈んだ。今日の戦闘で得たもの、失ったもの。挽回が必要なもの、放置しておいてよいもの。これを機に加速拡大させるべきこと、押さえ込みに使うもの。そして、今後。

 感傷に似たなにかが、かすかに胸をよぎる。

(スカリエッティの拠点での戦闘は、高濃度のAMF下で行なわれることが予想される。質量兵器を軸に、格闘戦を織り交ぜたスタイルが、思いつく中で有効な手段の一つ。……本来なら、隠密に侵入するか上空から投下するかの手段で、爆薬でも使って施設ごと吹き飛ばすのが、一番確実だが……まあ、クーデター直前に質量兵器を大々的に使って、局員達の質量兵器アレルギーを刺激した挙句、扇動に失敗しました、なんてことになれば目も当てられん。
 ……それに、スカリエッティとは約束したしな。施設ごと吹き飛ばすのも、立派な戦闘だが、奴の言ってた意味からは外れるだろう。せめて、互いに顔を突き合わせた状態で戦ってやるのが、手向けであり、奴の生への礼儀でもあるだろう。)


 想う俺の脳裏にノイズが走る。ザリザリと脳を削る音がする。そう、かつても俺は礼儀を払った。傲慢で、自己満足であっても、せめてもそれくらいのことはしてやりたかった。相手が世界から弾かれた存在であっても。あってはならぬと目を背けられた存在であっても。ザリザリザリ。脳を削る音がする。ザリザリザリ。魂が削られる音がする。


 ノイズが走る。ザザッ…ザザッ…、と耳障りな音がする。遠く声が聞こえる。欲とエゴを、必要と正義と言いくるめる声だ。
(「……やはり……っ! …の出来損ないは……!」
 「一族の面汚し……、同じ血………虫唾が……」
 「まあまあ……使い道は………」
 「ふん………しくじっても………なら、枯れ木も山の……」
 「……ふふ、枯れ木ほども役に……しら?」
 「はははっ! ……ない! 所詮………」
 「……ふ、よいか……格別の恩情…………のような輩には勿体………」)
粘つく瞳。長い年月をかけ、繰り返された卑屈と尊大の表情で刻まれた深い皺。手入れされた穢れた指先……。

 俺は畳の目を数える。殺意と憎悪を見せないように。今じゃない…まだ早い。まだ早い。……だが視界が霞んでくる。抑えきれない。こらえろ、まだだ。まだ………。



「……さん! なのはさん!」

 不意に視界がクリアになった。こちらをのぞきこんでいるスバルの不安そうな顔。その向こうにはフロントガラス越しに続く道路と、こちらを気にしながらも運転している運輸班の陸士。
 いつのまにか、遮音ガラスが下げられていた。俺がいる場所は、閉じられた空間ではなくなっていた。俺独りの場所ではなくなっていた。

「……どうした?」
妙に喉がざらついて、苦労しながら俺は声を押し出した。
「どうしたって…なのはさん、顔色が凄く悪くて……その、大丈夫ですか?」
純粋にこちらを心配してくる子犬のような瞳。あの子犬は妖異が憑いたとして討伐された。俺の目の前で。

 拳に力が入る。


 違う。ここはあそこじゃない。今はあのときじゃない。コイツは死なない。死なせない。準備はしてきた。粘り強くしたたかに、細心の注意を払いながら。だが、まだだ。まだ早い。

「いや……すこし疲れがでたんだろう。悪いが、少し休む。着いたら起こしてくれ」
「でも……」
スバルの声を無視して目を閉じる。もう視界に奴らは映らない。耳障りな音も聞こえない。運転している陸士がスバルをなだめているらしい声がするだけだ。外の騒音さえ聞こえない。

 そう、まだだ。まだ早い。もう少しだ。もう少しだけ待て。俺は震えようとする身体と心をなだめた。大丈夫、大丈夫だ。打てる手は手段を選ばず打ってきた。それにここはあそこじゃない。大丈夫だ。これは恐怖じゃない、喜びだ、震えようとする身体を抑える。もう少しだ。もう少しで存分にやらせてやる。だからもう少し待て。


 そうして、俺は。地上本部ビルに着くまで、目と耳を閉ざしつづけていた。









 地上本部ビル、大ミーティングルーム。
 本部襲撃事件のデブリに集まった各部隊の代表達を前に、レジアスが立ち上がり、挨拶をすっとばして、いきなり本題に入った。


「今回の襲撃だが、「陸」の権力失墜を狙った、裏切り者の策謀の可能性が高い。クレマス一尉」
「はっ、ご報告します」
オーリス嬢の代わりに、繰り上がりでレジアスの首席秘書官になった士官が報告をはじめる。


 大雑把にまとめれば、過去の機人の研究資料などの機密データが、管理局、それもおそらくは本局から外部に流れている可能性が高い、ということを傍証を上げて説明したものだ。
 別段目新しい話ではない。噂はだいぶ前から地上各部隊で流れていたし、裏づけになるような、あるいはそう解釈すれば納得がいくような、不自然な動きや出来事も多かった。

 だが、出席者たちは大きくどよめいている。「陸」の人間だけしかいないとはいえ、公の場で、地上本部のNO2、事実上の最高指導者が、本局の、犯罪者への荷担の可能性を指摘したのだ。それは、すでに「可能性」ではとどまらないレベルの事実をレジアスが握っている証だと、たいていの人間が考えるだろう。本局に知れたら、即、内乱になりかねないことを、「陸」が公式に認めたということなのだから。


 そしてここで、俺が約半年前の、六課発足時に、各部隊に挨拶して回ったときに撒いておいた仕込みが生きてくる。即ち、「管理局内に「犯罪者」がいる疑いがあり、レリック対応を隠れ蓑にして、機動六課はその犯罪者を追っている」と話し、いざというときの協力を求めたことだ。偽造を含む疑惑の根拠もいくつか提示した。すべて本局がらみのものを。

 そして、小出しに、繰り返し流された情報と噂。機動六課隊舎の襲撃。都合のいいタイミングで、本局の要請によりメンテナンス中だった天照。本局高官たちの無能や職権乱用の話。六課襲撃の際、実は、俺個人が標的だったという噂。常に機動六課と絡む戦闘機人の影。



 人間の認識というものは、論理立てて証拠とともに、一度で説明されるよりも、曖昧でもくりかえして同じあるいは似た内容を、中長期に渡って聞かされ続けるほうが、変化しやすい。人間は、いわれるほど理性の生き物ではない。己自身を完璧にコントロールできている人間などいやしない。


 いまもチラチラと俺のほうをみてくる局員達がいる。当然だろうな。レジアスの話に最初期から絡んでいた部隊の長なんだから。


 
 とはいえ、そのままスムーズに話の進行を受け入れる人間ばかりじゃないのも当然だ。

 ひとりの壮年の士官が立ち上がった。
「中将のお言葉を疑うわけではありませんが、それだけの傍証でその結論は、いささか、暴論ではないですかな。責任者たるもの、もう少し慎重にですな……」
あれはレジアスの同期だな。前から、レジアスに嫉妬して、しかし表立って反抗するほどの度胸も能力もなく、ちまちまと嫌がらせをしているらしい。
 俺は、おっさんの言葉を聞き流しながら、さりげなく会場の様子を探った。このおっさんは、ただの見せ札だ。当人は気づいていないだろうが。

 ここに集めた各部隊の代表からは、あらゆる手を使ってできる限り本局の影響の強い人間を排除してあるはずだが、物事に絶対はないし、動く直前まで本性をみせない、使いきりタイプのスリーパーもいる。このおっさんの発言に対する会場の反応をみて、参加者達の心象を把握し、状況を自派に有利に動かそうとする奴らがいるはずだ。


 状況を眺める間にも、おっさんのケチつけと自賛の言葉が続く。ほとんどの参加者は、うんざりしたような様子を見せ始めている。ふむ、これじゃ、本局側の協力者がいても下手に動けんな。どうも初っ端から、互いにつまづいたようだ。役者が大根すぎた。
 舌打ちしたい気分で、状況をみていると、反応のない参加者達に焦れたのか、徐々に声が大きくなっていたおっさんと目が合った。一拍の間をおいて、おっさんの目尻にいやらしい笑いが浮かぶ。なんとなく、俺は、次におっさんの言うことが読めた。頭を高速で回転させる。

「まあ、ハタチにもならん若い愛人にうつつを抜かされておいででは、仕方のないことかもしれませんがなあ……」
「おや、妬いておられるのか、貴官が中将に想いを寄せておられたとは。道理で下らぬ理由でもよく絡むわけだ。もてる男は辛いですなあ、中将殿?」

 間髪いれず、芝居気たっぷりの抑揚で切り替えした俺の言葉に、どっ、と会場が沸いた。


 おっさんは、状況の変化についていけず、口をパクパクさせている。レジアスは、かすかに眉をしかめたが、特に反応しなかった。流すつもりらしい。相変わらず、ノリの悪い奴だ。

 俺はおおげさに肩を竦めて、追撃をかけた。
「おや、私も振られてしまった。多少、戦闘ができても、大人の魅力には程遠いようだ。精進しなければなりませんな。
 貴官もよい大人でいらっしゃるのですから、好きな相手に絡むような、子供っぽい真似はされずに、大人の魅力か仕事の実績でアピールされてはいかが?」

 ケレン味たっぷり、芝居がかった仕草と声とで言ってのける。会場の笑いが大きくなる。

 こんなものは、オーバーなくらいの表現がウケる。真面目な場で、初っ端から切れのない繰言をダラダラ聞かされていた人間相手なら、なおさらだ。あとから悪趣味な冗談として有耶無耶にもしやすい。まあ、予測どおりの内容を言ってくれたおかげで、こちらも言い回しを選ぶ時間があったこともあるが。
 

「小娘が知った風な口をきくな!」
顔を真っ赤にさせたおっさんが吠えた。
「だいたい、君のところのハラオウン執務官は、襲撃犯の追跡もせず、戦場を離脱したそうじゃないか! まだ残敵もいたのに!」
 怒鳴るおっさんに、とりあえず、神妙な顔をしてうつむいてみせると、そこまで一気にまくしたてたおっさんは、さすがにそれなりの経験の賜物か、素早く表面をとりつくろって、そっくり返って、今度は俺に絡みはじめた。

「彼女の行動は、敵前逃亡といっていい行動だよ。それに、「閃光」とまで呼ばれる彼女の飛行速度があれば、襲撃犯に追いついて捕らえることも可能だったはずだ。それともなにかね? 所詮、君の部隊はただの広告のためのハリボテにすぎないのかね?」

 うつむいた姿勢から、素早く目を配る。本局批判にもなりかねない発言に対して、目立つ反応をする人間はいない。何人かは発言しようとしているようだが……正直、ここでおっさんに与しても、ハブられるだろうし、俺を弁護しても、「陸」のためか「海」のためか区別がつかん。この話題は切ったほうがいいな。ついでに時間もないことだ。あぶりだしはこの場では諦めて、本題に戻すか。もともと諜報戦はレジアスの担当だ。


 結論を出すと、俺は顔をあげて背筋を伸ばし、意識して目に力を入れておっさんを見た。おっさんがたじろぐ。
「な、なにかねっ。わたしは間違ったことは言っておらんぞ!」
「ええ、ご指摘の件はごもっともです。ハラオウン執務官には、事情聴取の上、必要ならば処罰を加えます。
 しかしそれは本官の職務であり、本日おこった未曾有の事件の対策を、クラナガンを守る各部隊代表が集まって話し合うこの場にはふさわしくないものと考え、持ち出さずにおりました。
 お手をわずらわせ、申し訳ないことをしましたが、その件は後日に回し、本来の議題を論じるべきかと考えます」

 おっさんの言い分は隙だらけだが、そもそも監察官でもない相手とそんな話をするだけ無駄だ。それに、順調に行けば体制自体が変わるから、処罰の検討なんぞ無意味。精々、記録に残し噂を広めて、「海」の勢力への貸しにする程度か。時間を割いて相手する気にはならん。

 

 前世で親友だった女性の言葉を思い出す。俺と同じく異端の道にありながら、臆することも誇ることもせず、ただ淡々と為すべきことを為していた彼女。
 そんな彼女が、わずかにこぼした、珍しく感傷めいた言葉。
「――――我らは不要な存在。だが、不要は排除とは直結しない。
 壊れた世界、壊れた我らでも、為せることはある。異音と殺戮と狂気を振りまきながら、恐怖の支配下でも伝えられることは確かにある。夢も理想も、持つに資格を必要としない。叫びも涙も、受け止めてくれる相手がいるなら、きしむ心を引き裂いて、さらけだすだけの価値はある」
 笑みもなく感情のブレもなく、ただ淡々とそう呟いた彼女の末期の涙は俺が受け止めた。その雫は、いまも俺の記憶に鮮やかに煌いている。

 この男はどうだ。


 もうすぐそこに迫る終焉の気配に、気付いていないのか、目を覆っているのか。どんな鈍い奴だって、今日の襲撃に用いられた様々な技術に、潮の変わり目を感じただろう。頭で打ち消したのか、すでに感性を摩滅させているのか、何れにしても、滑稽だ。過去に基づき現在を責め未来を決め付ける。滑稽だ。世界がそんな簡単な仕組みだったら、どんなに楽だっただろう。どれだけの血と涙が喪われずにすんだだろう。



 いつのまにか、部屋中が静まり返っていた。おっさんは真っ青になって、椅子にへたりこんでいる。レジアスが咎めるような目でこちらを見ている。

 どうも、またやってしまったらしい。時が近いせいか、逸っているのか、この俺が? ……ないとは言えんな。こんな大掛かりな仕掛けなど、前世今生通じて、似たような経験すらない。まして、それに奴が絡み、さらには個人的なしがらみが引き止めようとしてくる。少々、タガが外れやすくなっても、おかしくはない。

 俺は意識して纏う雰囲気を変え、咳払いをして、言った。
「失礼しました、中将閣下。どうぞ、会議を進めてください」

 レジアスが口をへの字に曲げて、目線で、隣に立っている首席秘書官をうながした。




 会議は、襲撃勢力の戦力分析と、捕獲した機人からの情報収集、それらの裏付ける管理局からの情報流出を軸に報告が進み、敵対勢力としてジェイル・スカリエッティ、仮想敵として管理局内の内通者(明言されないだけで、ほとんど本局を指す言い回しと証拠が使われていた)を上げ、彼らに対するアクションを検討するために、今後の彼らの動きを予測する段階まで、それほどの混乱もなく進んだ。

 今、レジアスが、今後の敵の動きの予測をまとめる発言をしつつ、並行して最後の仕込みをかけている。

 
「おそらく、次にはさらに大規模なテロを仕掛け、それに対応できない「陸」と鎮圧する「海」という構図を作り出すつもりだろう」

 そして、レジアスはジョーカーを切った。

「かつてストライカーと呼ばれ、地上部隊に所属し、戦闘機人事件で部隊ごと全滅したとされていたゼスト・グランガイツが今回の襲撃に加わっていた」
「「「ッ??!!」」」

 内通者の存在とその行為が次々と証拠つきで報告され、それらがすべて本局に絡んでいることで、異様な空気に満たされていた室内に、この日、最大の衝撃が走った。

 結局、俺とゼストとの戦闘は本部でモニターされていたし、少なくない前線の局員も大きな魔力のぶつかりあいに、戦闘空域に「目」を飛ばしていたため、情報の隠蔽も操作も不可能だった。一応、緘口令は布いたが、局員達の間でいまも噂されているだろう。
 しかし、その情報をもっていても、なお、ゼストの生存と彼が襲撃側にいたという事実が、彼の親友として知られたレジアスの口から公式の場で語られたことは、古参の局員や、彼らからかつての英雄達の話を聞いてきた局員達に、大きな衝撃を与えたようだ。

 現役時代のゼストのことを知らない俺には、彼らの受けた衝撃も、彼らの感じた感情も、想像するしかないが、しかし、そのつもりはない。その感情は、その想いは、「生きていた」ゼストとともに過ごし、共に苦闘し、そして彼を絶対的に信頼していた陸士たちのものだ。断じて、その当時の状況を知らぬ俺が、想像でも考えていいものじゃない。まして、大義を掲げた彼らを阻んだ俺が。


「彼の証言だけをもって、全ての証拠とすることはできない。彼は記録上は殉職者であり、これまで、その生存を明らかにしてこなかった。そして、次元世界を大混乱に陥れかねない今回の事件の犯人に与した。裏づけなしに証拠とすることはできない」
「しかしッ!」
「ゼスト殿ですよ! あのゼスト殿が偽りなど述べるわけが……!」
「静まれ、たわけ共!!」
おそらく叩き上げであろう、老齢の一佐の芯の太い声に一瞬、場が呑まれる。そして、その直前の爆発が嘘のように、老軍人は、感情をみせない静かな声を、生じた静寂に滑り込ませた。
「レジアス殿のお気持ちも察してさしあげろ……」

 はっ、としたように今までと違う表情でレジアスを見る彼彼女達。レジアスは、いつもの巌(いわお)のような無表情と鋼の色の瞳で、その視線の全てを跳ね返した。


 だが、何人もの陸士たちが視線を落とし、そこここで、うめき声や、嗚咽をこらえる声が聞こえた。
 ……見る気があるならば、そしてその感性があるならば、岩に刻まれた表情も読み取れる。鋼の映す光の色合いを感じとれる。……恵まれたな、レジアス。お前の挑む相手は強大、多くの人間は、これまでのお前の歩みを指して、不幸と哀れむか愚かと嘲笑うだろう。だが、お前は恵まれたな、レジアス。俺はそう思う。もし、お前が倒れたとしても、何人もの人間が涙を流し、何人もの人間が涙を呑んで、お前の進もうとした道を進むだろう。お前が倒れる前に、お前を気遣い投げられている視線の主たちが、お前のために動くだろう。……お前は恵まれたな、レジアス。本当に、恵まれた。


「管理局は法を守る。法を守らずして、地上の人々の安寧を守ると胸を張って言えはせぬ。……諸君も管理局員たる誇りをもって、法を守り、為すべきことを為して欲しい」

 何事もなかったように言葉を続けたレジアスの言葉に、返される言葉はなかった。



 そして、具体的作戦が告げられる。

 スカリエッティの拠点については、今日の襲撃がらみで、すでに今日明日中には割り出せる見込みが立っていることが、まず告げられる。まあ、その陣頭に立っているのはオーリス嬢とフェイトだが。ヴィヴィオの発信機の反応分析を軸にして、本部情報部を臨時に指揮下におき、総がかりで対処している。命令書があったとはいえ、他部署の人間が突然上に立って部門の指揮を取るなど、レジアスの秘書として長年務め、レジアスの代理として似たような業務を何度かこなしているオーリス嬢にしかできない力技だ。

 となると、ここに集まった実戦部隊の面々の役割は、その情報と、今日得られた戦訓から本部戦略部が超特急で作成した敵勢力への対策戦闘手法・戦術・作戦行動案を元に、指揮官たるレジアスが定めた目標に対し、全力でその達成を目指すことにある。


 そして、レジアスが、その目標を明示した。

「機動力に優れた一部部隊をもって、スカリエッティの本拠地を電撃的に急襲する。他の部隊は、襲撃を受けたスカリエッティのあがきが市街地に及ばないよう、各部隊の職域において厳戒態勢、予想された状況が現出したときは、速やかにこれを撃滅、市民のささやかな日常を守れ。
 内通者の問題はこちらで対処する」

 レジアスの指示にざわめきがおこる。
「少数での奇襲……王道ではあるが……」
「…しかし、「陸」で電撃的な強襲ができる部隊となると……」
「AMF対策の検討も要る。おそらく高濃度AMFを張っているだろう」
「特化した能力、少数精鋭、有能な指揮官、卓越した魔力と魔法技術、魔法に限定されない戦闘力、実績と信頼……」
やがて、ざわめきが少なくなり、視線が集まりはじめる。ざわめきが完全におさまったころ、集中する視線の焦点に立つ俺に向かい、レジアスは傲然と口を開いた。

「いけるな。高町一佐」
「御任せあれ」
俺は口角をゆがめて、崩れた敬礼をした。



「最後に念のため、言っておくことがある」
このまま締めるのかと思っていたら、やけにもったいぶって、レジアスが切り出した。
「今回の本部ビル襲撃に対し、私に責任をとらせようとする動きが本局にある」
「なっ、なんですと!」
「なぜです! 最小の被害で撃退したというのに!」
「襲撃の事実自体が気に入らんのだろう。ことにそれが、各次元世界の目にさらされたことがな」
「な、なんたる傲慢!」
「本局は己の面子のために、地上部隊が存在しているとでも思っているのか?!」

 激高する士官達。ここ数年の業績向上を支えてきた方針を強く指導してきた、レジアスのことを程度の差はあれ信頼し、これまでの経緯や噂などで本局への不信感を増幅させ、そして自分自身の仕事を全力でおこなってきて成果を上げ、自分達の自尊心を確立させている男女だ。そこへ今日の一連の内通の話を聞き、仕上げに自分達の奮闘への評価ともとれるような指揮官への処罰を聞かされれば、多少偏った解釈にもなる。
 つまり、直前のここでまた一つ、熟成の要素を加えるわけか。神経の行き届いたことだ。誰が「剛腕」なんぞと呼んだのやら。

「思えば、ゼストの情報がここまで完璧に遮断されていたことも、あれほど義を重んじる男が管理局に刃を向けることも、違和感がある」
レジアスは続けた。
「私は彼と面会したが、精神的な異常は表面上は見受けられなかった。現在は、信頼の置ける医療官が、暗示や薬物などでの洗脳の有無を調べている。彼と、彼と同行していたユニゾンデバイスから多くの証言と疑いがもたらされたが、先ほど言ったように、それだけで証拠とするには弱い」
「ですがッッ」
ひとりの佐官が耐えかねたように立ち上がりながら叫ぶ。それを冷淡に無視して、レジアスは続けた。
「この件については他言無用だが、最高評議会から、私宛に、ジェイル・スカリエッティの“抹殺”命令が下されている。捕縛ではなく、最初から“抹殺”だ」
「「??!!」」
「無論、襲撃部隊の手足を縛るつもりはない。これほどのことをやらかした犯罪者を無条件で確保できると考えるのは虫が良すぎる。だが、当初から抹殺指示が、しかも内密に下されるあたり、キナ臭さを感じざるを得ん」
「……まさか、管理局の頂点が……」
「確かに胡散臭くはあるが……」
「だが、確かに、彼らの位置なら、全ての事柄が容易だ。これまで発覚しなかったことも、的確に殉職や不審な死をとげる捜査官たちも、その後の調査が常に行き詰まるか解散するのも」
ぼそぼそと、やけに説明的に呟いた佐官の言葉が妙に室内全体に響き、重い沈黙が漂った。


「各次元世界は、「海」の横暴に対し、かなり悪い印象をもっている」
不意にレジアスが話を変えた。

「各次元世界の代表の方々は、各種の状況を鑑み、現在は、ベルカ自治領にて教会本部と騎士団の保護下に入って頂いている。だが、意見陳述会前の交流会でも、襲撃後のわずかな時間の間にも、本局の反応について、少なくない代表の方から、内密ではあるが、不満と不審の声が届けられている。無論、なかには以前から地上本部と懇意にし、詳細に「海」の横暴を訴えておられる世界もある」
 これも、「陸」では公然の秘密といっていい「噂」だが、公けの場で高官がはっきりと言及したのははじめてだろう。各世界への「魔女狩り」がはじまることが必至だからだ。つまり、レジアスが各世界との関係を維持するつもりなら、これは「海」を含む「本局」への対決姿勢の表明になる。聡い何人かはそのことに気づいて、-顔色を変えるでもなく、むしろ顔を引き締めた。さてさて、レジアスの人望か、これまでの思考誘導の成果か。

「管理局が武力を囲い込みながら、次元世界の平和を十分確立できていないことも確かだ」
皮肉な俺の思いをよそに、レジアスの言葉が続く。
「今回の事態に対し、本局がなんの動きも見せないなら、各世界の人々はこう思うだろう。“時空管理局は、災害対応はしても、私達の日常を守ってはくれない”と。我々は、そうではないことを伝えねばならない。言葉でなく、行動で。あなたがたの日常を、ささやかな幸せを、守ることに身体を張る人間は確かにいるのだと、そう証明してみせねばならない。
 本局が動かないなら、せめても我らだけでも、いや、各世界の日常を守ってきた我らこそが、その責務を果たさねばならない。その責務の前には、派閥も裏切りも比重は軽い」

 叫びかけた何人かの士官に視線をやって黙らせると、レジアスは続けた。

「次元世界の平和のために管理局があるのか。管理局の権威のために次元世界があるのか。
 管理局は、本局と言い換えてもよいし「陸」と言い換えてもよい。これまで、人々のささやかな日常のために身体を張り、血を流してきた諸君にならわかるはずだ。
 管理局に病があるにせよ、病根がいずれにあるにせよ、まず為すべきは、次元世界の治安の維持だ。局の問題はそのあとに片付ければよい。なに、この事件が終わるまで、どのような手をつかっても、いかなる勢力にも邪魔はさせん。背後は我らに任せ、諸君の職務に精励して欲しい」

 静かに、だが強い意思を言葉に込めて、レジアスは言い切った。
 だが、レジアスの言葉でも、まだ空気が動揺している。「噂」を聞いていても、疑いをそこはかとなく感じていても、上官から明言されれば、動揺もするだろう。上官を信頼していても、そうそう割り切って前だけを向けるもんじゃない。しかたのないことではある。
 とはいえ、レジアスの言葉の後に、別の人間が言葉を重ねることも望ましくない。効果の有無は別にして。


 俺はすこし迷った末に、ちょっとした賭けをしてみることにした。今日の会議の雰囲気で、思ったよりいけるんじゃないかと感じたこともある。それを確かめてみようと思った。


 俺は黙って席を立つと、レジアスに向き直って姿勢を正し、無言のまま、敬礼した。
 レジアスも悠然と席を立ち、俺に答礼した。

 ざわざわと空気がざわめき、わずかに間を置いて、あちこちで椅子が引かれる音がしはじめる。
 言葉を漏らす者はなく、人の動きのざわめきと、次第にひきしまっていく空気だけがそこにある。


 やがて、完全に空気の動きが収まり、室内に、誇りと緊張感だけが充ちた。
 レジアスはゆっくりと敬礼の手を下ろし、未だ敬礼をしたままの俺たちを見回して、言った。
「それでは、諸君の努力に期待する」
「「「Sir,Yes Sir!!」」」

 揃った返答は、部屋を大きく揺らし、細胞のひとつひとつに火を灯す熱さと強さを持っていた。








 デブリ後、俺は、事前に連絡を回してあった、特に俺と親しいか本局に反抗的な思想傾向の局員達と、本部の一室で意見交換という名の発火準備を整えていた。

 集まった面子を見回して俺が言う。
「中将はああおっしゃったが、かと言って、まったく我々が問題を放置して中将1人に荷を負わせるのも、様々な意味で危険だ。
 万が一、今日の発言が漏れれば、中将といえど、暗殺対象となることは避けられないし、そうでなくとも、中将とその側近だけでは限界もあるだろう。我々にもできることがあるなら、支障ない範囲で密かに手助けを検討しておくべきだと思う」
「一佐の発言はごもっともだが、具体的にはどのような手段をお考えか?」
 思想は過激で正義感も強いが、直情一直線で少々考えの浅い三佐が手をあげて質問した。……いや、こういう、政略的戦略的思想がないくせにやたらと熱くて行動派だから、扱いやすいといえばそうなんだが。コトのあとは体よく重要なポジションから外すべきだな、こーいう奴は。成果と魔道師ランク以外の昇進基準も考えろよ、人事部。……考えてたら、俺もこんな地位にいないか。

 心情を隠して、俺は一気に切り込んだ。
「場合によっては、武力行使による粛清も視野に入れるべきだと思う」
「……クーデター?」
「ああ」
「……だが、さすがにそれは」
「平和のための管理局が……」 
 ざわつく男女たち。なんだかんだ言って、管理局員達のモラルは高い。そのモラルが他人を一切省みないところに引かれている上に、それを当然のものとして押し付けるから、勘違いされやすいが、彼ら一人一人は、決して悪意や邪心が強いわけではなく、むしろ、社会一般で見れば、倫理的な人間なのだ。


 とはいえ、冷静に検討されても困る。俺は交わされる言葉を無視して畳み掛けた。


「このまま引き下がるのか。たとえ途上で倒れようとも、すこしでも前に進もうとあがき闘うのが我々のあるべきあり方ではないのか。そうしてこそ、初めて、斃れていった先達たちに顔向けができ、あとに続くであろう局員達の道標となることができるのではないのか」

 ……奇麗事で装ってはいるが、俺の本音ではある。かつて、俺の生は常に死と隣り合わせにあり、その命は、路傍で野垂れ死ぬ痩せ犬と同種のものとして見られていた。そんななかで、わずかに己を保つよすがとなりえるのは、ただ、己自身が己に対して掲げ誓う誇り。ほかの誰も認めなくとも、世界の全てが嘲笑おうとも、己だけはそれに殉じて悔いない誇り。
 己が道を己で定める。それが誇り。生の証。善も悪もない ただ、命を燃やす、ただそれだけのために、汚濁も不浄も呑み干して。ただ為すべきことを為す。ただ、それだけのために全力で駆け抜ける生。

 そんな嘗て抱いていた業を、彼らに合わせ、飲み込みやすい形に整えて、耳障りのいい言葉を被せて告げていく。


「敗北しようとも殉じるものがあるだろう。違うか? 勝つことだけが全てなのか? 
 己が決断により自我を創出するがいい。己が決断と行動により、その行いそのものとその結果の受領により、己が生を構築し創出するがいい。そのとき、お前達は、自分達がヒトであることの証を手に入れる。全次元世界に向かって、胸を張る権利を手に入れる」


 鮮明な記憶。

 噎せ帰るような血とはらわたの香り。空間を埋め尽くす妄執と獣性の叫びとうめき。
 闘いがはじまる。宴のメインディッシュがテーブルに上る。恐怖と狂気がタンゴを踊る謝肉祭。その真っ只中に先陣切って切り込む位置に、俺は彼らを連れて行く。正義と理想という布を彼らの瞳に被せて。

 そして俺の背負うモノたちがまた数を増す。


 だが、これしかない。俺は前世も今生もこうやって生きてきた。俺にはこれしかない。だから、後悔も罪悪感もない。ただ背負って。そして、歩きつづけるだけだ。それが、自力で超え得ぬ絶望を超えて現実に挑むためにありとあらゆるものを捧げてきた存在の、義務で権利だ。



 互いに見交わしあう局員達を無視して、瞼をおろす。いくつもの顔が瞼の裏に浮かぶ。どの顔にも俺への情愛がある。

 吐息のように、俺は自嘲の笑いをもらした。
 自分で切り捨て、通牒を突きつけておきながら。慰めを求めてつながりにすがるか。免罪を求めて友を恋うか。
 みじめだ。みじめだ。自分の弱さが、自分の捨てきれない甘さが、彼彼女らの手の暖かさを想像する自身の未練が。おぞましい。

 俺は自分の両肩を抱いた。自分でこの道に堕ち、自分で信頼を裏切り操り。それでなお救いを求める己があまりに醜悪でおぞましく、……そして。哀れだ。我が事ながら……度し難い。




 結論はでないまま、ーというより出さないように議論をほどよく過熱させたんだがー、俺達は解散した。計画的なクーデターとみえないほうが都合がいいのだから、これでいい。予定通りだ。
 種を撒き、深く耕し、丹念に繰り返し手入れをしてきた。そしてもうじき花が咲くだろう。俺の放つ一矢を鏑矢として、事態は突如、激流となる。マスコミのお陰で、局員も民間人も、未曾有の事態と騒ぎ、軽いパニック状態になっている。特に地上部隊は、マスコミに叩かれて、追い詰められた気分を感じているだろう。
 そのなかに「火種」を放り込んでやれば、パンパンに張りつめた人々は、彼らの知らされた情報と耳にしてきたそれらしい噂から短絡的に話をつなげ、望む「真実」をつかみとるだろう。そして、同じ方向に駆けはじめる。そうすれば、あとは群集心理が働き、普段の規律と散々染み込まされてきた正義感と辻褄合わせが、彼らの行動を後押しする。手を加えずとも、事態は望む状況へと流れ込んでいく。

 管理局は、自らが行ってきた情報管理とデマゴーグの突然の狂奔を制御しきれず、内側から破裂する。そのことに対する昂揚はない。ただ、揃えられた状況のなかで俺の役割を果たすだけだ。昂揚を、あるいは悲嘆を、感じる人間はほかにいる。





 会議室を出た俺は、クレマス一尉に問い合わせ、渋る彼女から緊急で重要かつ内密な用件があるとして、望む情報を引き出した。本部内でもあまり使われることのない、小さな部屋に足を向ける。

 
 扉をあけた部屋の中、レジアスが静かにグラスを口に運んでいた。
 無言で向かいに座り、勝手に余っていたグラスを手にとって、机の上にある瓶から、香りの強い酒を注ぐ。そのまま、軽くあおると、高い度数のアルコールが熱い塊となって、喉から胃へと流れ込み、独特の華やかなピート香がどこか荒々しさを伴って、口中に広がり鼻のなかを抜けた。

 そして、俺達は、互いに一言も口にせず、互いの顔を見やりもせず。ただ同じ空間に共にいて、共に酒を飲みはじめた。



 勤務時間外とは言え、職場であのレジアスが酒を飲む。そんなことを聞いて、一体何人が信じるだろう。
 だが、鋼鉄もときには、きしむこともあるだろう。岩山も夜露を浴びて、雫に濡れることもあるだろう。


 心許し盟いを交わした親友が、あんな姿で、あんな立場で目の前にいて、疑いの目を己にむけた。直接関わってはいなくとも、間接的にその事態を招いた自覚が、レジアスにはあるだろう。ここまでくる道のりで流された数々の悲哀と無念の声を、彼を通して改めて聞いただろう。

 こいつの弱さだ。徹しようとして徹しきれない、鋼鉄であるはずなのに、どこかに生身の感性が混ざっている、愚かで哀れな人間の弱さだ。ひとは所詮ひとだ。鋼にはなれん。岩にもなれん。ひと以外になれるのは、ヒトを止めたモノだけだ。
 



 どれくらいそうして、無言のときが過ぎただろう。
 不意に、レジアスがポツリと、言葉を零した。

「……とんだ詭弁だな。「局の問題はあとで片付ければよい」か」
「最適な戦機を定めるのは最高指揮官の責務だ」

 正論で返した俺の言葉に、押し黙るレジアス。内心で息をついて、この強面の癖に、純粋な男の背中を押してやることにする。こんなところに余計な手間を要したりするのに、見捨てる気にならない。弱さも力の一つと知った、臆病で不器用で要領も諦めも悪い男との日々。


「後悔してるか」
「……いや」
「引き返すか」
「いや」
「なら、諦めろ。なに、地獄行きは貴様ひとりじゃないさ。こんな美女同伴で、なんの不服がある」
「……大人の女とは言いがたいな。俺は少女趣味ではない」
「言ってろ」


 静かな、だがいつもの調子を取り戻してきた声に笑って、俺は立ち上がり、少しかがむと、レジアスの頭に手を置いて、髪を軽く掻き混ぜた。それから、レジアスの顔を見ずに向きを変えて足を踏み出し、漢に背を向けて、扉に向かう。歩きながら軽く片手を上げて、ひらひらと振る。

「次は、世界を変えるときに会うことになるだろう。ここまで来て、つまづくなよ?」
「…その言葉、そっくり返してやろう」
「ふふっ」


 軽く笑って、振り返らないまま、俺は扉をくぐった。改めて、男を1人にしてやるために。







 本部ビルの外への道に向かいながら、俺はほどよい酔いのなか、間もなく相対することになる、もうひとりの男のことを想った。


 さて、ヒトたることを止めた男よ。魔王の二つ名を名乗るものよ。我が兄ならぬ男、我が鏡像よ。お前はどんな言葉と姿で俺を迎えてくれる? そして、お前は。俺の征く道のなにを示し、なにを否定してみせる?

 鼓動が高鳴る。身体が熱い。


 さあ、もう間もなくだ。会話をじっくり交わそう、鉄火と狂気と魔力とで。互いの本質をぶつけあい、互いの本質をえぐり合おう。

 そのありさまを思い描いて、俺は心の奥底から炎が奔り出したのを感じた。炎は業火となって俺の心を包み込む。ああ、そうだ、いつも、大きな戦いの前はそうだった。熱い、熱い、心と魂が焼けていく。痛みに感覚が麻痺していく。そうだ、不純物を焼き尽くせ。全ては闘争のために。似て非なる存在が、互いに理解し合う行為のために。


 スカリエッティの演説を思い返す。愚かで歪だ。だが敬意に値する。
 すべてを賭けて、おのれの理想を達成しようとする意思。その手腕。その自覚。世界のせいにしなければ、正義の味方だという理屈がなければ、自分の行動一つ直視することが出来ない愚物に比べ、遥かに対し甲斐のある相手だ。

 心が昂揚していく。こんな気持ちはいつ以来だろう。闘争のための闘争。なんのしがらみもない、純粋なぶつかり合い。
 正義でも法でも理でも恨みでもなく。一つの生命として、己が望みのために。ジェイル・スカリエッティ、俺は貴様との逢瀬に挑む。



 俺のなかのナニカが、世界に轟く咆哮を上げる。俺は咆哮に応えて、哄笑を虚空に放った。
 美しくもおぞましい闇が、俺を手招きしている。俺は扉を開けて、その只中に向けて足を踏み出した。







■■後書き■■
 大変お待たせをば。
 私生活でいろいろと面倒事があった(というか続いている)上に、スカリエッティとの対峙とか会話の色んなパターンばっか頭に浮かんで。で、そこに至るまでの話が構成できない書けない、という罠。しばらく苦労しそう。

 次回は幕間予定。人気の高い(作者も好きな)五番目嬢視点の物語。スカさんファン必見となる……ハズ。



[4464] 幕間7:チンク
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/07/03 19:15
「ルシファーか……」
私は、呟いた。

「夜明けの星ルシファーよ、何ゆえ天より堕ちしや。
 汝、心の中に思いて曰く、我天に昇り、いと高きものの如くならんと。
 されど汝は敗れ 穴の最下へ落とされん」
私の呟きに反応して、芝居がかって詠うように言ったのはクアットロだった。いつものように、にんまりと笑う。
「けっきょく、最後は負けて墜ちるんですのよ~。自分の分際に自覚があるのかしらねぇ~」
「クアットロ姉様、それは?」
「高町なのはのコールサインの由来ですわ。くっだらない、古典的な伝承v」
「おや、それでは私の名乗った二つ名も、くだらないということになってしまうかな」
「ドクター!」

 私達は振り向いた。いつものようにウーノを従えたドクターが部屋に入ってくる。
「いやですわ、そんなことはありませんわ。サタンは敵を意味する言葉、伝承とは関係なく、世界を変革するドクターには相応しいと思いますわよ」
すりよるクアットロに苦笑するドクター。私は焦り気味に問い掛けた。
「ドクター、トーレ達の状態はどうですか?」
答えたのは、ウーノだった。
「トーレ、ノーヴェはともに全身の神経回路に重大な損傷があり、稼動に耐えないわ。両機とも、機体そのものの損傷はさほどひどくないけど、神経系は総取替えが必要でしょう。精密作業なだけに、数日は戦力外ね」
「……やはりそうか」

 私達のボディは強靭だが、機械技術が併用されているだけに、電気系統のトラブルには弱い。無論、対策はしてあるが、それを超えるだけの莫大な電気量を浴びたり、神経回路内に直接電気を流し込まれたりしては、機体は無事でも、それを動かすための各種回路や神経系統に重大な影響を受ける。

「セインには応急的な義足をつけた。彼女用の精密調整をおこなっていないから、機動には多少、支障が出るが、ISを使っての支援行動には差し支えないだろう。今回の襲撃でも活躍してくれたしね。いま、トレーニングルームで、慣らしをしているよ」
ドクターが言い添えた。
「そうですか……」

 私は返しながら、頭の中で、計算をしていた。
 これで残るは支援型のウーノ、クアットロ、中近距離陸戦の私、オットー、近距離陸戦のディード、偵察・奇襲に専念せざるをえないセイン。潜入作戦中のドゥ―エ。12名の姉妹が半分になってしまった。しかも、直接戦力になるのは、私と、稼動したばかりで経験値のないディード、オットーのみ。クアットロの能力もセインの能力も、完全にではないが対策を打たれていた。今の状態で管理局と戦闘になった場合、不利は否めない。特に……。

 私は高町なのはの目を思い出して、思わず身震いした。



 やがて、セインが姿を見せ、潜入工作中のドゥ―エを除いた、現在稼動している姉妹達全てが部屋に揃った。ルーテシアお嬢様は部屋で休んでいる。彼女にも今日の戦闘は負担がかかったし、ゼストとアギトが墜とされたことのショックも大きいだろう。あとで、時間があれば、様子を見に行ってやりたいが……。


 ドクターが私達を見回して、口を開く。

「さて、今回の襲撃は被害を出しながらも、最低限の成果は挙げられたわけだが……」
ドクターが中途半端に言葉を切った。珍しい。ドクターはその優れた頭脳で全てを計算し、予測する。言葉を濁すところなど、長く稼動している私も初めて見た。ウーノも同様に思ったのか、ドクターに問い掛けた。

「どうかなさいましたか? なにか不備がありましたでしょうか?」
「なに、随分と簡単にいったと思ってね。あらためて疑問を感じただけさ」
「……お言葉ですが、随分苦戦したと聞いておりますが。セインがうまく立ち回らなければ、全面敗北もありえたとか。そのセインも、六課隊舎戦では、ルーテシアお嬢様の起こされた地震がなければ、隙をつけたかどうかわからない、と言っております。“器”の奪還こそ成功しましたが、戦闘としては引き分け、あるいは敗退と見てよろしいのではないかと」
「そういう意味ではないよ。
 あちらが、我々の襲撃を予測していたことは、予想外の戦力配置からも明らかだ。なぜ、襲撃を予測していた? “器”の重要性を理解していたからに他ならない。だが、その割には、防衛体制は不十分。目標の確保が順調に行き過ぎているのだよ。彼女なら、十分に予測できた襲撃方法のはずだ、今回のこれは」
「……ディエチ、セッテ、ウェンディが囚われ、トーレ、ノーヴェが行動不能。チンク、セインも基幹部は無事でしたが軽くない損傷を受けました。高町なのはが指揮していた戦線での被害です。彼女が予測し準備し、指揮していたからこその被害ではないのですか? 機動六課隊舎は、手強い相手がいたとはいえ、高町なのはの指揮下にはありませんでした。それが差を分けたのでは?」
「彼女がその場にいるかいないかで、結果に差が出たと? 予測した事態に彼女が対処し切れなかったと? いいや。いいや、そんなことはない、ウーノ。君はまだ、彼女のことを甘く見ている。彼女はそんなに甘くない。
 予測した事態のなかで、彼女が“器”の奪取を許したのなら、それが彼女にとって許容できることだったということだ。聖王教会から教会騎士を呼び寄せながら、タイプ・ゼロのうちの一体を残留させながら、それでも、彼らが“器”を護りきれないならば、それでも構わない、そういうことだったのだよ、ウーノ。
 襲撃を彼女が予測し。その上で、「夜天の王」を駒に持つ彼女がこの事態を許容したならば。当然、この結果には、彼女の意向が反映されている。“器”を我々に渡すことで、何かを手に入れることになっている。そうあるべきなのだよ」
「ですが……」
「考えすぎですわ」

ウーノの言葉にクアットロが割り込んだ。声にも表情には嫉妬がにじみ出ている。
「所詮、無能なニンゲンですわぁ。あっさり出し抜かれて「器」を失ったんですものぉ。わたしたちの能力を侮りすぎていたんですわ」
 だが、それに対するドクターの反応はわたしのーいや、わたしたちの想像外のものだった。

 なめらかに動かしていた舌をピタリと止めて、すっとクアットロを見つめる。


 その瞳に感情はなく、その眼差しに温度はなく、ただ底のない深い暗渠が姿を見せていた。


 わたしたちは、誰もが、クアットロでさえ、口をきけなかった。わたしは、自分の身体が小刻みに震えているのを感じた。ドクターがいわゆる「普通」と違っているのは知っている。ときに、わたしたちには理解できない思考と行動をとることは知っている。だが、これは「ナニ」だ?

 あの高町なのはに初めて出会った日、ドクターは私達の胎のなかに自分の分身を収める計画を取りやめた。


 全てか無か。


「賭けをよりスリリングにするためのスパイスだよ」とドクターは笑い、負けることなど考えてもいなかった私達はそれを受け入れたが……。
 本当にそうだったのだろうか? ドクターの見せた雰囲気に、いまさらながら思う。奈落のような目を見て、今更、疑問が湧く。私達を生み出し、私達を導いてきた彼は、いったい「ナニ」なんだ?
 私は戦闘機人だが、それでもあれよりは、世間一般でいう普通に近いと思う。クアットロも大概ゆがんだタチだが、あれと比べればまだ「普通」だ。
 
 いままで気づかなかったが、「あの」高町なのはを見た後ならわかる。
 私は、魂の芯から凍えるのを感じた。これはアレとおなじものだ。ヒトが目を背けてきた、ヒトの本質。紛れもない、ヒトの根源の一部にして、忌まれ畏れられ封じられて隠されてきたもの。ただただ恐ろしい、力とか発想とかそんなものじゃない、その存在自体が恐ろしくもおぞましい、アレと同じ存在だ。



 やがて、ドクターは平然と異様な空気を無視して、ついと視線をクアットロから外して雰囲気も普段に戻し、ウーノに声を掛けた。
「ウーノ、“器”やその所持品からなんらかの信号がでていないか、確認してくれないか。あらためて、詳細に、慎重に、ね」
「……は、い」
 ウーノがぎこちなく頷く。ドクターはそれを気にもせず、まるでなにもなかったかのように、平然といつものように振舞う。
「それでは結果が出たら知らせてくれたまえ。私はデータの処理をしている。ほかの皆も、ここを放棄するつもりで荷物をまとめておくように」
 白衣がひるがえり、その存在は私達の前から去っていった。
 

 そして。
 およそ一時間後、ウーノから全員に招集がかかり、“器”から信号が発信されていたことが知らされた。 

「“器”の靴裏から約30分の間隔をおいて、定期的に信号が発信されていました。信号自体は、どこにでも偏在している魔力素にすぎませんが、“器”のもつ魔力の影響を受けて、ほんの僅かに変質しています。
 魔力や魔法の使用は常時監視していますし、ラボ外壁には外部からの魔力干渉を無効化させる処置をほどこしてありますが、内部で発生する魔力については、その漏れを防ぐだけの処置しかしていません。そもそも魔力素単体は、特にその通過に対して手を打っておりません。制限をかければ却って不自然になり、目立つことになりますので。
 魔力素の特定の1粒子をうまく受信してその発信地点を解析するなど、不可能に思えますが、磐長媛と月読の組み合わせであればあるいは……」

 ウーノは言葉を濁した。当然だろう。魔力素はどこにでもあるし、阻む方法は実質ないに等しいが、だからといって、魔力素はあくまで魔力に変換することで初めてエネルギーになるのが常識で、魔力素単体になにかさせる、などというのは次元世界の誰も考えたことがなかったと思う。
 実際に信号として使用することが可能かどうかすら、私達にはわからない。あるいはドクターなら、と視線を向けて……ぞっ、とした。


 ドクターは自分の身体を抱きしめるようにして、痙攣していた。大きく吊り上った口元、見開かれ剥き出しになった眼球に宿る悦楽、全身から立ち昇る禍禍しい空気。

 ドクターは笑っていた。声も出さず、だが全身で笑っていた。爆発しようとするなにかを押さえ込むように、身体を抱きしめて。それでも、やがて、ドクターの顔に開いた赤い裂け目から、不気味な音が零れ始めた。

「……くっくくくくくくははっはっははははっはははは! そうだ! そうでなくては! それでこそ! それでこそだ!! はははっははははははははははは、っひっひひひっひい、ひひいひいひっ、ひっひひ………!」

私達はたた、呆然とドクターの狂態を眺めていた。時折、理解のできない奇行をする方だが、これほどの感情の爆発は、誰も見たことはなかった。


 その口から笑いを吐き出しつづけ、笑いを響かせつづけてついには苦しげな呼吸になりながらも、笑いつづけていたドクターの声が、不意にピタリと止まった。すっと、背筋を伸ばし、乱れた髪をさっと手櫛で整えると、ドクターはいつもの表情で私達を振り返り、いつもの声で、私達に指示を下した。

「クアットロ、すぐにゆりかごに向かい、起動準備を始めなさい。私もすぐに“器”への施術を始める。終わり次第「聖王」をゆりかごにお招きし、クライマックス・シーンをはじめよう」

咄嗟に誰も反応できなかった。ドクターはそんな私達を無視して、続けざまに指示を下していく。


「ウーノ、ドゥーエに連絡を。プランDを即実行に移すよう伝えてくれたまえ。ほかのものたちは、ラボ内での戦闘班と、ゆりかご乗組み班とに分かれる。そうだな……ウーノにラボ防衛の指揮を任せる。セイン、オットーはその指揮下に入るように。各種迎撃装置とガジェットを使って時間稼ぎに徹しなさい。無理に排除する必要はない。ある程度時間を稼いだら、脱出するように。
 チンクとディードは、私と共にゆりかごへ。偶然たどり着く邪魔者を処分してくれ。私はゆりかごから、全体の指揮を執る。なにか質問は?」
「……ドクター、よろしければ、セインとオットーも共にお連れ下さい。時間稼ぎだけでしたら、ラボの機構とガジェットの運用のみで十分ではないかと。ドクターに皆を同行させるべきかと考えますが」
 ウーノが進言したが、ドクターは首を横に振った。


「いいんだよ。わたしはわたしの全てをもって「世界」に挑む。進むことを忘れた老人や異なる存在に怯える有象無象など、はなから考えにない。気概はあっても力や知恵の足りない者たちも、羽虫と変わらない。

 敵となりうるのは彼女だ。彼女だけなんだ。
 わたしを止められるのも、わたしの想いを理解できるのも、彼女だけなんだ。

 ウーノ、いいかい。わたしを生み出し縛り付け利用してきた愚物どもに制裁を加えたら、あとはいいんだよ。わたしは死んでもいいんだ。わたしがいなくても彼女がいる。彼女がわたしとは違う形で、新しい世界を創ってくれるだろう。無論、彼女を倒してわたしが生き残ってもいい。私はやるべきことをやりとげる。だが、彼女でもやりとげられるのだよ。


 ヒトは自分の意志で「人」になるんだ。全てはその意思次第。そう教えてくれたのは彼女で、それに気づいてみれば、老人達や喚く狗どものことなど、気にかけるほどの価値はない。これは彼女と競い合うためのステージで、彼らを端役としてでも出演させたのは、ちょっとした意趣返し程度のことさ。
 大切なのは私の意思。私の為そうとする理想。


 だが、競い合った果てに彼女が私を超えるなら、それはそれで構わない。彼女が彼女の理想を叶えるだろう。それは至極当然のことで、生命が昔から新しい可能性に挑んできたときに、いつも繰り返されてきただろう争いだ。 

 私は“器”をもって彼女に挑む。戦闘機人は既に彼女の敵とはなりえないことが証明された。ならば、残る私の作品はそれだけだからね。

 お前達は私の珠玉の作品、だが同時に愛しい娘たち。そしてお前達では彼女に届かなかった」

「偶然ですわ! 次は必ず倒します!!」
「不可能だ」
クアットロらしからぬ感情を露わにした叫びを、ドクターは一言で切り捨てた。


「……ド、クタ……」

「わたしは既に私にしか出来ない、為すべきことを為した。わたしの人生は完成された。
 とはいえ、それだけでは面白くない。それだけでは、楽しくない。

 私の命が、新世界の創造のきっかけで終わるか、新世界の創造をおこなって終わるかは、問題じゃない。それはどうでもいいんだ。クリアされた問題、予定調和になった出来事などどうでもいい。だが、このまま静かに終わるのは楽しみが足りないと思わないか?

 美しくもおぞましい華を咲かせてみたい。狂気に満ちた遊戯を楽しみたい。そのパートナーは、彼女以外にはありえないんだよ。私の生を、最高の輝きを以って、共に彩ってくれるのは、その力量と気概があるのは彼女だけなんだ」

「……私共はドクターとともにあります。いかなるときも、ドクターのご意志に従います。ですが……」
「いいんだよ、ウーノ」


 ドクターは微笑んだ。私達への愛情に溢れ、けれども決定的に「外れた」目。高町なのはと相対していなければ、私にもわからなかっただろう。
 そこに満ちる狂気と歓喜、暴走し目まぐるしく移り変わる感情の色に、私はめまいがした。ドクターの私達への愛情を疑ったことはない。今も、それは疑わない。けれど、ドクターは、ドクターの感情は……。
 私は、ドクターの顔と声に、噴き上がる寸前で抑えこまれ脈動している瘴気の気配を感じた。高町なのはから溢れ出していたアレとよく似たものの気配を。


「君達は既に生まれた。だが、まだ道を見出していないものも多い。
 ついてこない者を咎める気はないが、ついてくる者を追い返したりもしない。けれど、君達に、生み出された生命としての誇りと新世界を築こうという気概があるのなら、ともに、かの魔王に挑もうじゃないか。

 高町なのは。
 彼女こそが、自然の生み出した生命の可能性。生命のもつ根源的な力の発露。生命の到達点のひとつの形。

 そして、私たちが世界を凌駕し、新しい世界を創造する力があることを示すためには、私たちが彼女を倒さなければならない。人に生み出され、人に造られた生命が、自然によって生まれた生命を上回ることを示さねばならない」

 ドクターはうっとりと、夢見るように微笑んだ。その瞳はここではないどこか、いまではないいつかを見つめ、私には理解できない、なにか寒気と怖気を感じさせる光に煌いていた。


「彼女は私の同類だ。全てから捨てられ、全てを捨て去って、己が道を歩むもの。これは私達2人の。どちらが未来を創るかの賭博であり、私達のどちらが相手を上回るかのゲームだ。かかるチップは人の可能性、その証明。なんとも心躍る、素晴らしいステージだと思わないかね」

「思いません」


 誰がその言葉を言ったのか、わたしは咄嗟に判らなかった。姉妹達とドクターの視線が集中して、はじめて、自分が吐き出した言葉だと気づいた。気づいたら止まらなかった。

「戦いは戦いです。勝ちと負けしかありません。賭博でもゲームでもありません。強いほうが勝つ、ただそれだけです」
それを、わたしはあの悪夢の化身との対峙で思い知らされた。

「負ければそれで終わりです。勝てばまだ先がある。それだけのことです。戦うというのは、全てを賭けて争うというのは、そういうものではないでしょうか。ディエチもセッテもウェンディもこの場にいない。トーレとノーヴェも決戦には間に合わない。私達の抱いていた誇りも、性能から来る優位も、ただそれだけでは勝利の要因足りえなかった。勝つための準備も覚悟も不十分だった。
 わたしたちは一度負けた。一度負ければもう十分だ。戦うなら、争うなら、勝つために全力を尽くしてこそではないですか!」


 さきほどからのドクターの話は、わたしには受け入れられないものだったのだ。ドクターは歪んでいる。どうしようもないほどに。わたしも、今日の戦いを経験する前なら、ドクターの娘として、いかなる状況であろうとも、喜んで戦いに赴いただろう。
 だが、いまのわたしにそれはできない。クアットロはわたしたちがドクターのために身を捧げるのは当然だと言った。わたしもそれは否定しない。だが、初めから、負けることを良しとするような戦いに妹達を駆り出したくはない。戦うのは勝つためだ。勝って、生き残るためだ。生き残った先になにがあるか、まだわからない。だが、生と死を弄ぶための戦いなど御免だ。そんなものにわたしは自分を、妹達を、ドクターを、生贄のように捧げたくはない。


「わたしはドクターのように頭が良くありません。ですが、ドクターがなにか大事なものを積み残したまま、仮定に仮定を積み上げて、築き上げた幻想に溺れているのはわかります。頭がいい人ほど陥りやすい、幻想の海に。
 論理が正しいことが、すべてに正しいとは思えません。戦うなら、勝つことを前提にすべきです。負けることを想定するとしても、それは再起のためで、そこで諦めるためじゃない。

 戦うなら、自分という存在を、自分の大事な存在たちを賭けなければならないなら、必ず勝つ、勝たなければならないはずだ!」


 静寂の中に、わたしの荒い息遣いが響いていた。

 言ってしまった。ドクターに造られた身でありながら、ドクターに仕える身でありながら、真正面からドクターに異を唱え、ドクターの意向に逆らった。即廃棄処分となって当然の行為だ。だが、わたしはむしろ爽やかな気持ちでいた。檻のようにわたしを囲んでいた何かが消え、広く高い空がどこまでも続いていることを初めて目にした、そんな気持ちだった。


 そんな静寂の中で、くつくつと笑い声が聞こえた。
 ドクターが嬉しそうに笑っていた。

「そうだ、それでいい、チンク。それでこそ、それでこそ生命。例え造物主であろうとも、服従を刷り込まれていようとも、己が経験と意思で獲得した自我が、それらの制約を跳ね除けて反発する。それこそが、道具ではない、ヒトとしての最初の一歩。造られた生命から自ら生きる生命への、大いなる一歩。

 チンク、お前は、姉妹達のなかで、最初にその地平に立ったようだね」


 戸惑うわたしたちをよそに、ドクターはいつものように、ドクターにしかわからない、ドクター自身のための言葉を紡いだ。ただ、今回は、すこしだけ、その内容はわたしたちにも向けられていた。


「私が戦いの勝敗にこだわらないのが不満かい? そうだろうね。お前はそのように在るのだろう。
 だが、私は違うのだよ。私は勝敗にこだわらないのが当然なのさ、お前が勝敗にこだわるのが当然なように。

 なぜなら、私は科学者だからだ。私が戦う相手は世界、私が挑むのは限界。そしてその証明を刻むのは私の作品。
 私が戦うのではない。私の作品が戦うのだ。そうでなければならないのだよ。戦士が己が技で戦うように、科学者の戦いはその作品で行なわれるべきなのだ。
 私は挙げた成果でもって戦いに臨む。たとえ敗れようとも、誇りは守られる。証は残される。だから、わたしは死んでもいいんだ。

 すでに、私は私にしか出来ない、為すべきことを為した。わたしの人生は完成された。だが、かといって、このまま終わるのは楽しみが足りない。

 これは私の我侭だ。結果がどうなろうと、未来はさほど変わらない。ならば、この上ないステージでタンゴを披露してみてもいいじゃないか。誰の指示でも何かへの反発でもなく、純粋に楽しみを追及してみてもいいじゃないか。

 私は待ち望んでいたのだ。彼女との戦いを。恐怖と狂気と悦楽に塗れた、たとえようもなく甘美な刻を。楽しみにしていたのだ。
 私は孤独だった。だが、彼女が現れた。彼女が私と全力で競い合い渡り合うと約束してくれた。そして、そのフィナーレにしてクライマックスが近づいている」

「……ですが、わたしはこれ以上、姉妹もドクターも失いたくないのです」

戸惑いながらも、わたしは言った。ドクターの論理も思考もよくわからなかったが、滅びを許容しているようだということは、なんとか理解できた。

「そのために全力を尽くし、策をめぐらし、必要ならば撤退をも視野に入れることはいけないのでしょうか?」

「まさか。それでいい。いや、むしろそうでなくてはならない」

ドクターは普段の狂熱を忘れたように、静かな声で答えた。


「それでいい。ほんの僅かでも事態を好転させるための努力、あるいは口先だけの分析や作戦、決意でもいい。それすらやらないで、何を為そうというのかね?
 そして全ては一撃のために。ただ最後の一撃のために。私が世界に打ち勝つための一瞬。私の全てを賭けて生み出す勝機。お前達にもいずれ訪れる、全てを賭けたその一撃」

 いつの間にか論旨をすりかえつつ、そして、ドクターは、まるで怯える自分に言い聞かせているように言った。

「その時のための私の生、その時のための私の忍従の日々。彼女は来る。必ず、私の前まで、最後の勝負までやってくる。
 私たちが世界を凌駕し、新しい世界を創造する力があることを示すためには、私たちが彼女を倒さなければならない。人に生み出され、人に造られた生命が、自然によって生まれた生命を上回ることを示さねばならない」

 そこでドクターは、また話を飛躍させた。

「わたしがいなくても彼女がいる。彼女がわたしとは違う形で、新しい世界を創ってくれるだろう。無論、彼女を倒してわたしが生き残ってもいい。私はやるべきことをやりとげる。だが、彼女でもやりとげられるのだよ。
 この戦いで大切なのは私の意思。私の為そうとする理想。
 私の命の価値を決めるのは私自身なのだよ。私だけが、私の価値を決定できる。有象無象がなにを言おうが知ったことではない。何の屈辱も抑圧も知らず、好き放題に自分の倫理だけで他者を裁く輩の評価に、なんの意味がある?

 私だけが私の生に責任を持つことができ、私だけが私の価値を定めうるのだ。造られた命であろうと、仕組まれた存在であろうと、私が私の意思をもったその時から、私の命は、私の生は、私だけのものなのだ。

 お前達もそれは同じなのだよ。


 お前達は、まだ自分自身を知らず、自分の意志を知らない。だが、自然に生まれた命とて、20年を越えてさえ、自分を知る者は少ない。なんら、恥じることはない。お前達が自分の意志の在り処を見出したとき、お前達は自分の命の価値を知るだろう。

 わかるね? わが愛しい娘たち」



 そして、ドクターが、両手を鳴らし、いつもの狂熱をはらんだ口調で言う。

「さあ、祭りをはじめよう! 次元世界と未来の全てが注目する一大劇だ! お前達も存分に楽しむがいい!」

 そして、白衣は翻り。わたしも、想いはあれど、言葉を語ることができず。誰もが無言のまま、各自の役割を果たすために動き始めた。


「……楽しい夢のはじまりだ」
部屋を出て行く間際のドクターの呟きが、やけに耳に残った。。





 “ゆりかご”への登場口を見つめながら、わたしは、地上本部襲撃前に、ディエチと交わした会話を思い出していた。


「……チンク姉」
「どうした、ディエチ?」
「……これで……いいのかな……」
「ん?」
ディエチは、いつも通りにあまり表情を変えず、それでも、とつとつと続けた。
「あんな小さな子供を使って……あんな大きな船を動かして……」
その声には、親しい者にしかわからないだろう、哀傷と不安が色濃い。クアットロは失敗作と呼ぶが、私は、ディエチのこういう柔らかな感性を長所と思っていた。
「あたしたちの夢のためだからって……そんなことをして…いいのかな……?」
 だが、そのために、自分達の行為にためらいを感じてしまったら、傷つくのはディエチだ。管理局はこちらの内心など考慮しないだろう。

 本来なら、ディエチのその気持ちを打ち消し、意欲を掻き立てる言葉をかけるべき姉は、しかし、言葉を失ってしまった。ディエチのそれは、彼女の性情から出たごく素直な気持ちで……その感性を好ましく思っていた私は、とっさにそれを否定する言葉をつむぐことができなかった。

「……ごめん、忘れて。行こう、チンク姉」

 そんな姉の葛藤に気づいたのか、ディエチは、ぎごちなく微笑み、……そして、還らなかった。


 あるいは、報いというやつなのだろうか。私は唇を噛み締めた。
 管理局に戦いを仕掛ける以上、犠牲がでる可能性は当然理解していた。妹達は私がなんとしても守るつもりだったが、力及ばないこともありうる。その覚悟もしていたつもりだ。だが、現実になってみるとどうだ。


 だが、いまさら逃げることもできない。私は姉なのだ。残った妹達を、力及ばずとも守らなければならない。

 高町なのはと戦うことを思うと、心と身体が萎縮する。魂の芯から、私はあの存在に怯えている。あのとき、漏れ出した狂気と瘴気。戦いの中での機能停止など、いつかこの身に返る宿業だと静かに受け止めていたつもりだが、あれは違う。あんなものに破壊されたくはない。理屈ではなく、そう感じる。私のなかの何かが、そう泣き叫ぶ。あれは嫌だ、あれは嫌だ、と。

 だが、逃げるわけにはいかない。

 それに。


 恐怖が深まれば深まるほど、絶望が濃くなれば濃くなるほど、心の中から沸き上がる想いがある。
 身体が震える度、心が萎縮する度、魂が泣き叫ぶ度、一層固く強くなっていく決意がある。
 恐れても、叶わないと感じても、生き残れないと思っても。それでもなお、立ち向かえ、と叫ぶ声が聞こえる。義務を果たせ、という声が聞こえる。私の中の深い深い、一番深いところから、聞こえる声。私自身の声。私の生命の鼓動。


 私は、静かに息を吸って吐くと、胸を張って視線を前に据え、背後に控えていた妹に告げた。

「いくぞ、ディード。高町なのはを……倒す」
「はい、チンク姉様」


 バケモノどものおもちゃにされて終わってたまるか。私たちだって、生きてるんだ。生きたいんだ。







■■後書き■■
 ちょっとうんちく。
 このSSは、魔力素=素粒子説をとっています。魔力素が多数集まり、なんらかの変換をかけられて魔力というエネルギーになり、そのエネルギーに式で方向性を持たせることで魔法が発現するという解釈です。
 今回スカさんたちは、魔力素での信号発信に気づけなかったわけですが、電気で考えると、電磁波や電力値の大きな変動はチェックしても、電子ひとつひとつの動きまではチェックしないだろ―と。大体60%だかの濃度でそこら中に存在してるものを全てチェックとか無理があるし、ましてや遮断なんかしたら、逆に目立っちゃうでしょ、という話です。
 素粒子1つが網にうまくかかって情報を伝えられるのかと言われると、その辺は、磐長媛と月読の性能に賭ける事になりますが;。ま、全部拾えなくても、ある程度の数を拾えば、地形ほかのデータと併せて絞り込めるんじゃないか、とか;。

 チンクの口調がとても難しかった。さて、次話で戦闘までいけるかな? 



[4464] 二十九話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/07/24 12:03
 もうすぐ日付が変わろうとしている。
 ここはクラナガン東部の森林地帯。暗闇の中、見えもしない視界の先を俺は静かに見つめていた。

「高町空佐、特別部隊隊員、揃いました」
「わかった」

 背後からかけられた声に俺は振り向き、わずかに高くなっているその場所から、集まった局員達を見渡した。

 さきの地上本部での会議の結果を受け、急遽編成した部隊のメンバーが顔を揃えている。指揮官級は先頭に並んでいる。
 捜査部門指揮官としてフェイト、その下にギンガ、ティアナ以下の4名。制圧兼後衛部門指揮官として本局武装隊の三佐、その下に1個大隊の武装隊。突入部門として、戦技所属の4名で構成した俺直轄の特別小隊。協力者として、聖王協会所属、シスター・シャッハ。いまはここにはいないが、査察官のヴェロッサ・アコースも、この部隊と連携して動いている。



 ラボ攻略の基本戦術は、突入部門と捜査部門が、ラボ内に強行突入、制圧部門が地上で管制(妨害を超えられたなら、だが)、各種支援・兵站活動及び、脱出しようとする存在と外側からの襲撃への警戒。安全確認と地上の脅威の排除が進めば、制圧部門の一部も内部に進攻するが、彼らの任務はあくまで制圧であって、強敵の撃破や捕縛は、捜査部門と突入部門がおこなう。捜査部門には六課の武装隊がつくから、人数が半減している機人相手ならなんとかなるだろう。シャッハも同行するし、ヴェロッサはすでに先回りして内部の様子の確認と、可能ならトラップなどシステムの無効化をおこなわせている。

 ハヤテとヴィータは地上本部に残した。スカリエッティが撹乱として市街地になにか仕掛けたときの保険だ。
 本部防衛戦でAMF戦を経験したとは言え、1度だけの経験で地上部隊にAMF戦への対応を丸投げするのは不安が残る。また、いざと言う場合には、ハヤテと教会のコネクションを使って、レジアスが強行策をつかえるようにしておくことも視野に入れての配置だ。うまく評議会と本局の犯罪の証拠をラボから確保できれば、その必要はないが、まあ、そうそううまくいかないのが世の常だ。


 俺はケプラーで編んだ戦闘服の上を覆うように、耐魔力低下と引き換えに耐衝撃性能を高めたバリアジャケットを展開している。潜入作戦なので、夜戦仕様の色だ。その上から羽織ったコートは、地球からとりよせた耐弾仕様の夜間迷彩軍用コート。膝下まで丈があるから、太腿に巻いたガンベルトに差し込んだ大型リボルバーは、コートに隠れて見えないだろう。
 ガンベルトもバリアジャケットと同色だ。注意して見なければ気づかれまい。気づいても質量兵器のホルスターだと思いつける奴が、どれくらいいることやら。
 ほかに腰の後ろにベレッタM8357と、背中にコンバットナイフ、コート内に幾つかの質量兵器を隠してある。拳銃型デバイスは、待機状態のリングにして両手首に嵌めている。外観が同じだから、M8357も、見ただけでは拳銃型デバイスと勘違いするだろう。実際に使えば、一発でばれるが。




「大丈夫なんですか、あの三佐?」
周囲の地形確認から早めに戻ってきた戦技の三尉が、やや不安げな顔でいうのに、笑みで返したのを、ふと思い返した。
「問題ない。頑固で昔気質の魔道師で、新指導要綱や中心になって発案・推進した俺を嫌っちゃいるが、犯罪者のことはもっと嫌っている。対応を間違えなけりゃ、問題は起こさんよ」
 そう、こちらが犯罪を仕組んでいるのだと気づかれるような、迂闊な真似をしない限りな。


 彼女が讒言ととられかねない話を振ってきたのは、本局から合流した1個武装大隊を指揮する三佐が、一般には、武装隊には少ない対「陸」強硬派のひとりと認識されているからだ。それは間違った認識ではないが、十分なものでもない。
 あの男は、昔ながらの魔力至上主義、魔道師優越主義で、魔道師の「ノーブリス・オブリージュ」を信奉している。だから、魔法に重きをおかない「陸」の行動指針を嫌い、その行動指針の元になった「新指導要綱」とその発案者たる俺を嫌っていることを隠そうとはしない。
 が、入局当初から自分の信念に反することには上官命令であろうと度々反発し、若い頃は俺並みの回数の懲罰を食らっているという事実もあるのだ。

 対「陸」強硬派といわれていても、本局主流派の高位高官の覚えがめでたくなったのは、「陸」の勢力伸張が著しくなったこの数年で、彼自身が政治的な行動をとったことはない。精々が、「陸」の武力運用方針を非難し、俺の教導方針を批判し、魔道師優先主義の復権を声高に唱える、ただそれだけなのだが。それが、本局の高官たちには、見返りを求めない硬骨の同士、あるいはトロくさい便利な道具に見えるらしい。馬鹿な奴らだ。

 「陸」「海」「本局」なんて枠組みを外し、派閥だの政治だのを通さない目で見れば、彼の行動は昔から終始一貫している。即ち、犯罪の撲滅。そのための効率的手法の追求。
 彼の場合は、本人の高い資質とプライドのために、魔道師優先主義をその手法に据えただけで、別に「陸」を敵視してるわけでも俺を排除したがっているわけでもない。間違っていると主張し、修正すべきだと提議しているだけなのだ。言葉遣いはかなり過激だが、中傷的表現は一切用いない。
 人付き合いに不器用なせいで、周囲に強硬な印象を与えるのは、どこかレジアスを思わせるところがあって、俺はけっこう激しく批判されても、彼を嫌いにはなれなかった。信念に沿った行動をとる、筋の通った男だとも思っている。


 俺が、本局の武装隊のなかで、あえて彼と彼の大隊に、スカリエッティのラボ襲撃作戦への応援を依頼したのも、そのあたりが理由だ。

 俺を嫌っていようが、犯罪に対処するためなら一時的に、階級が上の俺の指揮下に入るくらいは許容する男だ。俺が、本局と「陸」との政治的もめごとで、武装隊増援の要請が撥ねられていることと、武装隊の増援の必要性を、資料と証拠つきで説明すると、政治的配慮やら命令の有無やらの規区をあっさり無視して、指揮官権限による部隊の独自行動を即決、俺たちへの協力を明言した。

 この辺は、彼の固い信念とプライド、変わらぬ反骨精神、それに本局の、信頼する人間には大きな裁量権を与える方針が味方した。あっさり彼が部隊を率いて地上に降り、俺たちと合流できたのも、クロノたちの上への働きかけや、俺の信奉者達が上層部へと抗議につめかけて、強硬派の注意がそちらに向いていたのが大きいだろう。穏健派や「陸」を仮想敵に設定するのはいいが、そのほかは自分達の賛同者と思い込んで注意も取り込みもしていなかったのが、強硬派のミス、あるいは傲慢さだ。



 ちなみに、戦技の連中は、各地に散っている中で、「たまたま」休暇になったり、ミッドへの出張が「急に」入ったりして、「偶然」来てくれた。手を回してくれた爺さんと、処罰覚悟で協力してくれた戦友たちに感謝は尽きない。任務中の部隊から、急遽、突発的な理由で1人送り出すには、部隊全体が共謀しないと無理だ。
 まあ、彼らがここにいるのは「たまたま」事態を知って「偶然」時間があるので、義務の範囲外だが手を貸す、ということになっているので、作戦が成功すれば、そう大事にはならないだろう。移動や休暇の許可を出した次席参謀長は、面倒なことになるだろうが、あっちこっちにコネのある老獪な人だ。大したことにはなるまい。




 そんなある種、どうでもいいようなことを思い返しながら、俺は隊員達に告げるべき言葉を整理する。
「布陣は……」
整列した局員達を見回す。

「ハラオウン執務官が、スカリエッティ確保と当研究所の差し押さえ、内部の抵抗の排除、ほか捜査と情報収集に必要な措置の総指揮を取れ。手がつけられるところから、情報収集を始めていい。必要に応じ、指揮権を委譲し、その能力を全開にしての先行は許可するが、単独行動は避けろ」
 俺の目配せに応じて、20代の女性局員が進み出た。
「彼女は、戦技でも空間把握とそれを生かした援護射撃に優れる。飛行速度はとびぬけているわけではないが、彼女が後背にいることの安全性に比べればささいなことだ。ハラオウン執務官は当作戦中、彼女とのツーマンセルを維持しろ」
「……はい」
空いた間に含まれた感情を俺は無視した。

「ハラオウン執務官直下には、補佐としてナカジマ陸曹、またランスター陸曹待遇が指揮する機動六課武装隊がつけ。三佐の部隊は、執務官の命令系統には敢えて組み込まないが、目的は同じだ。適宜、連携されたい。ハラオウン執務官は若いが経験豊富だ。このような事態にも慣れている」
「覚えておく」
変わらぬ仏頂面で三佐が答える。残った人間に目を向ける。
「戦技の残る3人は、私と共同で、ゆりかごと思われる建造物を抑えに動く。連携はとれるな?」
馴染み深い戦友たちは、不敵な表情で敬礼を返してくれた。 

「よし、ここまでで質問は?」
「よろしいか?」
手を上げたのは、三佐だった。
「我が隊からも一個分隊を、高町空佐の部隊に加えて欲しい」


 監視目的。誰でも想像がつく。
 政治状況的には妥当な要求といえるだろう。露骨な態度に険しい表情をする人間が何人かいるが、三佐は気にもとめない。相変わらずの御仁だ。ただ……
「相当、過酷で且つ余裕のない道行きになる。多少の腕自慢では戦死確定だが?」
「その心配は不要だ。彼らも優れた武装隊員だ。彼らの能力は多少ではないし、覚悟もできている」
「高町一佐の指揮下に入ること、光栄であります! 全力を尽くす所存であります!」
敬礼する若い三尉と、その後ろでやはり敬礼している4人。魔力量はかなり高いし、練度も悪くないようだが……。

 俺はため息をついた。断りたいところだが、断るべき場面ではない。こういう真面目で能力も高い奴は、若いうちは、自分の能力を高く見積もりすぎて、ただでさえ死にやすいのに。こういうところが、俺が魔法至上主義を嫌う理由の一つだ。才能だけで見て、それを支え発揮する精神や心の状態をおざなりにしている。


 俺も好き好んで、古巣の戦技で固めたわけではない。研究所の確保とゆりかごの確保、共にやる必要があるから部隊を分ける必要があり。わけても、ゆりかご側にスカリエッティが戦力を集中するだろうと見込んだからこそ、そこを突破、制圧できる戦闘力と、俺との連携がとれる人間を選んだら、戦技の4人になっただけだ。……まあ、三佐の性格と俺への見方的に、身内で固めて情報操作するんでは、という疑いがでるのも無理ないんだが。

 けれど、現実に、武装隊で腕が立つ程度の練度では、足手まといにしかならない可能性が高いし、現状の推測から、俺は足手まといは切り捨てていく気でいる。



 スカリエッティは間抜けじゃない。



 ヴィヴィオから発信された信号をなんとか拾い上げ、各種情報とつきあわせて、候補地を絞り込んだ地上本部分析班の能力と努力には頭が下がるが、それが、偽装された情報を元にしていたり、管理局内部からスカリエッティへ、こちらの動きが丸々漏れていたりしない保証は、無い。それらの可能性を踏まえて、なお、俺はオーリス嬢の執念に賭けた。

 だが、それは同時に、俺とともに赴く局員達にも同等のリスクを背負わせることにもなる。それでも、保険としてつけたはずの発信機に頼らざるを得ない状況になったことに、自らの不手際を強く感じている彼女、床に呑まれる寸前のヴィヴィオの表情を忘れられない、と漏らした彼女の気迫に俺は賭けた。
 血がつながらずとも仮初のものでも、家族の情が、ときにあらゆる理論や計算をくつがえし、極小の可能性を突いてみせた事例を、俺は何度かみている。オーリス嬢とヴィヴィオの間に、それと同等の絆が築かれているのだと。己の身を削るように、涙や不安を抑えてただひたすら情報の収集と解析を指揮していた彼女の姿に、俺はそう感じた。……そう、陰陽師の勘はけっこう当てになるものだ。


 そして、既に、随伴している管制仕様のヘリに積んである可搬式センサで地中探査をさせ、ゆりかごらしき巨大物と地中建築物を確認している。


 ここがスカリエッティにとって重要な拠点であることはおそらく間違いない。だが、それがわかっても、戦いの前提条件が揃ったにすぎない。

 もし俺がスカリエッティ側だとして、重要拠点の周囲になんらかのセンサを張ってないなどということがありうるか? 現在の状況で強襲を受けたらどう対応する? 内部に引き込み、包囲分断して殲滅を仕掛けるか? 向こうから出撃して撃滅にかかるか?
 ……おそらく、時間稼ぎ程度しか行なわない。今日の本部襲撃で、戦闘機人とガジェットは、AMFの支援を受けてなお、大きな損害を受けている。AMFが濃くなっても、研究所内に仕掛けがこらしてあっても、最終的な結果は変わらないだろう。管理局の精鋭を、スカリエッティの駒は防げない。……今日の襲撃までだったら。


 ゆりかごと聖王。今の奴には、それがある。あるいはそれしかない。

 詳細は不明だが、古代に君臨していた超兵器と、その操り手にして自身も強大な力を振るったという存在などと、誰がやりあいたいものか。スカリエッティとしては、それこそが望む形の対決なんだろうが、問答無用の爆撃を仕掛けなかっただけで、十分な譲歩だ。起動する前に潰す。つまり、時間との勝負だ。
 そしておそらく、スカリエッティは、起動するための時間を稼ぎにかかる。そこで勝てば、この制圧戦は楽に済む。後手に回れば、伝説2つとご対面、というわけだ。


 当然、ゆりかご襲撃は速度最優先、脱落者はおいていくし、分断されても合流を優先せずに各個にゆりかごを目指すよう指示してある。スタンドアローンでの戦闘経験も少なからずある戦技の連中ならそれでもなんとかなる。だが、連係しながら相手を掃討していく任務が多い武装隊の隊員が、そういう戦術指針の下で、管制やその他の支援も不十分な環境下、十分実力を発揮できるとは考えにくい。



 だが、政治的には断るべきではない。戦争は政治の1手段ーこの作戦が戦争の定義にあてはまるかどうかは別としてーこの部隊編成で、地上本部を襲撃された当日にスカリエッティ捕縛の行動をとる、ということ自体が、すでに管理局内での権力闘争の一環としての性格が強い。
 結局、俺は三佐の要求を受け入れた。頭の中で、三佐の部隊からの突入班への合流人員を殉職者とみなすと共に。







「それでは……」
ざっと打ち合わせを終え、状況開始の号令をかけようとしたとき、不意に俺からみて右方向数mの位置の空間が揺らぎ、通常の3倍近い大きさのウィンドウが開いた。そこに映るは、白衣を着た長髪の、端正と言えなくもない男。喧騒が沸き、隊列を乱そうとする部隊員達。
 俺は視線をウィンドウに向けたまま、左手を掲げた。

「静 ま れ」

 特に声を張り上げたわけではなかったが、喧騒は止んだ。
 俺は半身でスカリエッティに向き直る。俺の視線に応えてスカリエッティが口を開いた。


「打ち合わせは終わったようだね、高町くん?」

まったく回りくどい男だ。自己顕示欲が強すぎる。いまも悪戯に成功した子供のように笑っている。

「ああ。待ってもらっていたようですまないな」
「とんでもない! 私だけ十全の準備を整えているなど、不公平はなはだしいからね。君も足手まといが多くて大変だろう。それが邪魔にならないように苦労している時間に割り込むことなどできないよ」

 武装隊の三佐が怒気をはらんで、踏み出した。
「貴様! 犯罪者風情がなにを…!」
そして、スカリエッティの異様な底光りを放つ双眸に射竦められた。歴戦の武装隊員、100人からの人員を従える壮年の男が。権威にも権力にも必要と認めなければ従わない、硬骨の男が。瞳の光だけで、言葉と動きを止められた。

 スカリエッティは、そのまま軽く全部隊員をその視線でひと舐めすると、俺に視線を戻した。噴き上がる黄金の狂気を、凍てつく荒野の色の瞳が受け止める。


 しばらく沈黙が流れ、再びスカリエッティが口火を切った。


「楽しみにしていた、このときを。君という存在を乗り越えてこそ、私の理想は証明を得る。君という存在と競い合うとき、私の命の炎がすべてを賭けて燃え盛る。

 管理局の、最高評議会から君を必ず仕留めるよう、指示を受けている。
 君を仕留めれば、彼らの許可を得ずに、地上本部を襲撃したことも不問に処すそうだ。

 だが、茶番はもう終わりだ。私はすでに、彼らが忌避しながらも求めていた絶対の力、聖王のゆりかごを手に入れている。これをもってすれば、もはや彼らに従いつづける理由は無い。屈従の日々は終わりを告げた。

 だが、それとは別に、私は君を、命をチップにした舞踏会にお誘いしたい。血しぶきが舞い、恐怖と狂気が支配するワルツを君と踊りたい。
 招待を受けてくれるかい?」

「こんな深夜に押しかけてきたのはこちらだ。招待してくれるというのなら、喜んで応じよう」

「そうか! 嬉しいよ。十全の準備を整えて歓迎しよう。ご来訪をお待ちしている」

スカリエッティが仰々しく礼をし、ウィンドウは消えた。
 とたん蘇る喧騒。スカリエッティの言葉の真偽を互いに問い交わす声。俺に詰め寄る数名。俺は、彼らを静める作業をすこしだけ先送りにして、軽いため息をついた。


 さて、予測を悪い方向に目一杯修正か。伝説との対決……やれやれ、俺はバトルマニアじゃないんだがね。








 スカリエッティのラボは天然の洞窟を利用して拡張した形で、突入当初こそ周囲は土に覆われ、希代の科学者の研究所とは思えないような見た目だったが、進んでいくとやがて金属ともセラミックともつかない物質で構成された通路にたどりついた。
 俺の知る限り、このラボの地下スペースは、ちょっとしたダンジョンといってもいい広さと構造をもつ。管制センターから各種防衛設備を作動させつつ、ガジェットでの波状攻撃をおこなえば、かなりの錬度の部隊でも敗退を余儀なくされるだろう。戦闘機人が、中核になる戦力を潰せばなおさらだ。
 だが、わざわざ真っ正直に相手の盤上でやりあうことはない。


 相手の本拠地に乗り込んだ時点で、相手の盤上に乗るように見える。だが、それを逆手にとれば、相手の対策をやりすごして無力化することは可能だ。相手が防御作戦をキッチリ練っているほど、その隙をつけば、当初の方針からの転換は容易にはできない。


 もちろん、スカリエッティの生み出した機人たちが練り上げた防御作戦の隙を見つけるのは困難。というか、困難に見える。だが、地上本部防衛戦をへて、機人たちについて暫定的ながら結論を出した俺にとってみれば、それほど難しいこととは思えなかった。

 彼らは知識が豊富であり、論理は緻密だ。だから、彼らの考えた盤上で隙を探すことは、正直、無意味だと思う。そんなことをせずに、盤を蹴り飛ばすか、盤上以外の場所でやりあえばいいのだ。彼らは、彼らの植え付けられた知識の範囲内では完成度は高いだろうが、その範囲外であれば、素人と言っていい。

 そして、彼らの知識に無いだろう要因である「無限の猟犬」がとっくに動いており、すでにかなりの内部情報の入手と相手の管制手段の無力化に成功しつつある、との報告が入っている。ラボを相手どる捜査部隊は、機人たちの持つデータを過去のものとするだけの成長率と潜在能力をもつ、六課の戦闘魔道師たち。経験不足の部分は、シャッハと戦技の二尉がフォローするだろう。



 その考えの元に、俺はなんの不安も持たず、俺の率いるゆりかご制圧部隊とともに、フェイトらと別れ、地上からの探査でおおまかな位置を割り出した、ゆりかごと推測される巨大建造物を目指して進んできたんだが……。


 さきほどのトラップで俺は1人、別の通路に隔離され、さらにガジェットの動きに対応していくうち、導かれるように、一本の通路に出た。道の先には、巨大な構造物の一部が見えている。

「……招待、か」


 分断を食らったときには、基本として、各個にゆりかごを目指すことになっている。戦力的に不安がある場合は、ほかとの合流を目指すか、撤退行動に移る許可も事前に与えてある。そして、俺がひとりでゆりかごを目指すことはースカリエッティの思惑通りだろうが、俺の想定内でもある。


 だが。

 咄嗟に俺は即断できなかった。




 フェイト、ハヤテ、ティアナの顔と言葉が鮮明に蘇り、俺はそれを慌てて打ち消す。だが、記憶はしつこくまとわりついてくる。

(お願い、なのは。無理しないで。無理して自分の心を殺さないで。わたしたちは貴女と一緒にいるから。親友だから。だから、なのは1人で無理をすることはないんだ)
(あの…な、なのちゃん。私、ずっとなのちゃんの傍にいるって決めてん。なのちゃんがいくなら、どこにでもいく。なのちゃんと一緒ならなんでもする。なのちゃんは、なのちゃんの思うようにしたらええ。私には、それを止める権利なんてない。
 でもな……その…、もし、すこしだけ私の我侭きいてくれるんやったら。自分が傷つくようなことはせんといて。必要のない危険に飛び込むようなことはせんといて。自分から堕ちてくよなことはせんといて。もしそうなっても私はついてく。どこでも、どこまでも私はついてくけど…でも、できれば、なのちゃんの辛いところは見とうない。辛いと思ってないやろけど、私にはそれが余計に辛いんや。わがままやとは思うんやけど……。)
(なのはさんがなにに苦しんでるのか、なにを抱えてるのか私は知りません。でも、いまのなのはさんは間違ってます。私を張り飛ばして説教した人が、なに私と同じ穴にはまってるんですか。 
 きちんと周りを見てください! 貴女が私に言ったことですよ!)

振り払う。押し殺す。集中する。この先にいるのは、ジェイル・スカリエッティ。魂の鏡像。俺を理解するもの。奴が待っている。俺を、俺だけを待っている。










「……征くか」

全てを振り切り削ぎ落とし目をそらして、俺は呟き、足を踏み出した。





 




 ゆりかご内を駆け抜ける。ガジェットは極力相手をしないで、牽制や陽動程度の対応ですり抜けていく。AMF下では、負荷のかかる魔法は温存しておきたい。

 ゆりかごに入って、すこし奥に進んだら、AMF濃度が一気に上がった。一応、魔力を意識して体内に留めて全身に回すようにして、魔法発動の準備と肉体の強化をしはじめている。



 それなりに移動して、だいぶ中心部付近に近づいてきたと思われる頃。俺は微妙に勘に触る感覚を感じていた。


 どうも、背筋がチリチリするのだ。こういうときはあまりいいことはない。とはいえ、相手の待ち受ける拠点に単騎突入なんぞという馬鹿をやれば、これくらいの危機感はあっても当たり前かもしれん。思考の一部でそう考えながら走っていて、その一歩に跳ね返ってきた感触に感じた違和感。

 脳内に最大音量で鳴り響いた警告に、反射で全速で真後ろに身体を投げ出す。俺の思考の一部と連結している阿修羅が、セットアップしていたクーガーと連携して、防御シールドを張った。


 衝撃と熱さ。わずかに遅れて轟音が全身を叩く。

 目も耳も眩む状態で、俺は辛うじて、俺が飛び退く直前に踏み込んだ場所から向こうが、炎と煙が渦巻き瓦礫が散らばる状態になっていることを理解した。半瞬でも反応が遅ければ、俺の命はなかっただろう。それでも無傷とはいかず、俺はぐらつく頭を片手で支えながら、なにが起こったかを把握しようとした。が…

 殺気!

 飛び退け……ない、シールド3枚緊急展開、響く爆音と衝撃。この攻撃と感触、チンクか! 通路の床か、あるいは全周か、金属に入れ替えて爆弾化して待ち受けていたのか。

 まだ意識がはっきりしていなかったのだろう、相手の手の分析に意識を割きすぎた。気づいたときには、すでに背後から輝く剣が俺に向かって振り下ろされ……俺は全速で身体を丸めて前に転がろうとしながら、片手の肘から先に魔力を一気に流し込んで硬化し、そこで剣を受けた。
 わずかな抵抗で切り飛ばされる片手。だが、そのほんのわずかな抵抗が、俺が致命傷を避けるだけのコンマ0何秒の間隙を作ってくれた。わき腹から背中にかけても大きく切り裂かれたが、深くはない。


 無様に転がって距離を取りながら、デバイスなしでディバインシューターの連打。ともかく、立て直す時間をつくらなくては。
 切り飛ばされた腕は痛みを通り越して、焼かれるような熱さを伝えてくるが、耐えられないほどじゃない。だが、出血で体力と精神力が削られるのは痛い。

 だが、向こうもこちらを立ち直らせる気はないようで、背後の爆炎から、短剣を投げつつチンクが飛び出してきて、さっきの双剣使いも動く姿勢を見せてその姿が霞み…後ろに来るな。


 刹那の勘。チンクの短剣をよける位置ー俺とチンクの位置関係的に1箇所しかなかったーに転がりながら、背中から順手でコンバットナイフを抜く。片膝立ちの姿勢で止まり、間髪いれず目も向けずに、頭越しに、ナイフを真後ろに突き出す。ぞぶり、と肉を刺す独特の感触と、刺された肉体が硬直する感触。素早くひねって相手の体内に空気を入れつつ、引き抜く。置き土産に、調整もしていない魔力を叩き込む。チンクの悲鳴のような声が響く。

「ディードッ!」

 その声と、屈んだ姿勢から床に片手をつき、足で地を蹴った反動を利用した俺の逆蹴りが、機人の顔面に強烈な衝力を叩き込んだのは、ほとんど同時だった。



 ディードとやらが、六課を襲ったときの記録を確認していたのが俺を救った。名前からして、後発に位置するナンバー、戦闘行動はおそらくまだプログラムに近い。六課襲撃時に多用していた、高速移動しての背後への回り込みを使ってくる、という勘に近い読みが当ったおかげで、1対1に仕切り直せた。もっとも、腕一本というのは、安い代償ではないが。



 さりげなく立ち位置を変えながら、ナイフを魔力で覆い、炎熱変換をかける。仲間の昏倒に気をとられたチンクが、その俺の動きに気づいて身構え、すぐに硬直した。肉の焼ける音と匂いが立ち昇る。
「……な……?!」
 チンクの反応を無視して、俺は出血の激しい傷の止血と消毒処理を終えると、あらためて、ナイフを指先でつまんでぶらさげながら、全身から力を抜いて、相手に対した。俺の視線に反応して、顔を引き締めるチンク。……だが、甘い。俺の応急処置を許さず、有利な流れに乗って連撃を続けるべきだった。

 片目と引き換えにゼスト・グランガイツを仕留めた猛者、ということだったが、あるいは、まともな戦闘ばかりで、狂気と妄執渦巻く、本能が剥き出しになった戦場は、経験がないのかもしれんな。

 
 チンクの次の動作の、「起こり」の直前に、その足元目掛けて、俺は軽くぶら下げていたナイフを投げた。咄嗟に重心を崩したチンクがたたらを踏む。その数瞬に俺はレイジングハートを起動しながらチンクから距離をとり、さらに、マルチタスクを利用して準備していたアクセルシューターを、連続で叩き込んだ。それを煙幕に、フラッシュムーヴを発動、置き土産に設置型魔法(ディレイド・マジック)をばら撒きながら、さらに距離を取る。レイジングハートをつかみ直し、脇に柄を挟んで固定する。

 魔法発動までの時間短縮と連射に特化した、クーガーを主力で戦うつもりだったが、肝心の銀銃は、切り飛ばされた腕に握られたままだ。咄嗟だったとはいえ、ドジを踏んだ。
 やや発動までの時間はかかるが、一撃の威力に優れたレイジングハートで戦うなら、距離が必要になってくる。確実にあてる工夫も。博打の要素が高くなった。かすかに自嘲が脳裏によぎる。


 爆炎が晴れきらないうちに、俺はショートバスターを、空間を制圧するよう、五芒星の形に五連射した。連射を終えて、すぐにビットを3個展開、魔力収集と収束を開始する。この環境でどこまで魔力を集められるかわからんが、戦闘機人を単発で行動不能に追い込むだけの魔法となると、信頼がおける魔法は少ない。

 爆炎から複数のスティンガーが飛び出すが、ばら撒いていた感知型起動シールドの1つに阻まれる。スティンガーを追って、チンクが飛び出し、これまた感知型のバインドとシューターに邪魔され…無視して被弾しながら強引に突っ切った。奴もここが勝負どころとみたか。
 

 連続してスティンガーを放ちながら、被弾も気にせず、バインドも切り裂き引きちぎり、機人特有の身体能力で刹那の間に距離を詰めてくるチンク。高濃度AMF下、しかも咄嗟に組んだ粗い構成とはいえ、ちょっと想定以上の身体能力だ。
 俺は殆ど全てを収束に回していた意識をそのままに、チンクとの距離を測る。足止めと撹乱にばらまいた多くはない設置型の各種魔法を強引に振り切ってチンクが迫ってくる。

 至近距離に迫った戦闘機人の戦士の姿が、細かいところまではっきりと俺の目に捉えられる。先端が焦げた銀髪。頬の火傷。むきだしになった機械組織。強い意志の煌く瞳。その隻眼の放つ輝きに、俺は一瞬、見とれた。

「うあああああっ!」
絶叫をあげながら、チンクが身体をひねり、背負っていた剣を引き抜きながら、それに疾走の慣性を乗せる。データにはなかった武装だ。おそらく、俺との対決のために準備したのだろう。
 この距離であの質量が爆発すれば、俺も勿論、彼女もただではすまないだろうが、彼女の瞳に躊躇はない。収束中の桃色の光を眼前に、チンクは真正面から、慣性と自身の身体能力をフルに使って、剣を俺に向かって霞むような速さで振り下ろす……

「スターライトブレイカー」

そして、振り下ろしきる前に、魔力の奔流に呑まれた。





 
 魔力光の名残が消えてから、俺は残心をとき、大きく息を吐いた。

 ギリギリまで相手を引き寄せ、撃ち放つ。集められた魔力は大した量にはならなかったが、きっちり収束した。
 直前まで収束中に見せかけたのは囮だ。かわされれば、距離的にも武装的にも次はない状況で、確実に一撃の砲撃魔法で仕留めるための手だったが、久しぶりに死線が見えた。


 ああいう目をした存在は怖い。こちらの予測を上回る動きを見せることがある。今回は彼女が必殺のために用いた慣れない武器と、彼女の小柄な体格に助けられたな。覚悟は見事だったが……。

 チンクの振るった剣がつくった、肩部分の裂け目を見る。肌には達していない。彼女の気迫が詰めた距離であり……気迫のみでは越えられなかった距離だ。


 思いながら、俺は、肘の先から切り飛ばされた腕に視線を移して苦笑した。やれやれ、甘く見ていたかも知れんな。とりあえず、治癒魔法を掛けておくか。苦手なんだがな。 




 

 応急手当とバリアジャケットの再構成を終え、一息ついて進みだす、その俺の目に意外なものが映った。思考は一瞬。足を進める先を変え、数メートルの距離をおいて立ち止まる。
 ぼろぼろになりながら。震える足で、それでも剣を床に突き立て。かろうじて立とうとする。その心の強さはどこからくるのか。 消えぬ戦意を隻眼にみなぎらせた、小柄な戦士がそこにいた。



 フェイトの言葉が胸に蘇る。

(「なのは。今夜の作戦では、非殺傷設定を解除しないで。
 捕虜になった機人の子とすこし話したんだ。戦いたくて戦ってた子ばかりじゃない。なにも知らないで、なにも知らされないで、ただ言われるがまま、大事な人の助けになりたくて、あの子たちは罪を犯してきたんだ。

 あの子たちは、きっと更正処分とそのあとの観察処分の処置になる。そうしてみせる。昔のわたしと同じ、ううん、もっとひどい、善悪の区別がついてないだけの、根はいい子たちだから。

 いま、スカリエッティと一緒にいて、まだ戦おうとしてる中にも、きっと、わかってくれる子もいると思うんだ。
 なのはがこれ以上、無理に命を奪う必要は無いって、わかってほしい」)


 俺がその言葉を受け入れたのは、その言葉に納得したからじゃない。このあとのことを考えると、局員のヒステリーを刺激しかねない殺戮は避けるべきだったし、なにより殺傷設定が必要だとは考えなかったからだ。
 戦闘機人は、戦闘機械としてはよく出来てるかもしれんが、戦士・軍人、どちらで評価しても未熟だというのが、本部攻防戦を終えての俺の評価だった。
 天与の能力に頼った戦い方しかしない。連携はとれているが、その連携をどうつなげていったら、自分達の求める結果を効率よく引き寄せられるか判っていない。要は、戦いの素人なのだ。そして俺は、能力だけが自分より優位な相手との戦闘など、前世でさんざん経験してきた。あの程度の基礎能力の差など、前世で戦ってきた妖怪・悪霊のたぐいと比べれば、ほとんどないに等しい。


 だが。

 俺の予測もフェイトの希望も踏破して、いま、俺の前に戦士が立つ。敵わぬと知りながら立ち向かう覇気をまとう「ひと」がいる。それが、本部攻防戦で、俺に怯えをみせていたチンクだというのが、また苦くも喜びを含んだ笑いを誘う。

 スカリエッティよ。お前は、卓越した新兵器をつくりだすことには失敗したかもしれんが、あらたな生命を生み出すことができたようだな。人形でも機械でもない、自分の意志で生きようとする生命を。「ヒト」と呼ばれて恥じない存在を。



 俺はかすかな希望を持っていた自分を心の中で嘲ると、残った片手をコートの内側に突っ込み、そこに固定していた手榴弾を1つ外す。本体と違って、外れないように固定してある安全ピンが、手榴弾本体から抜ける。1・2。心の中で静かに数えると、俺は無造作にそれを、動かない身体でこちらを睨みつづけるチンクの眼前に放り、

「プロテクション」

自分の前に障壁を張った。その向こうで爆炎が渦巻く。そして、その煙が晴れたとき、そこにはもつれあって倒れる2つの人影があった。いや、正確には、一方が一方を押し倒している。庇われたほうは殆ど無傷。その手が震えながら持ち上げられ、
「ディー……ド?」
肩に触れられた茶色い長髪の凛とした顔つきの少女は、そのままずるりと床に向かって身体を滑らせた。


 ……素早くディードの身体に視線を走らせる。手榴弾の殺傷能力は意外に低い。だが、至近距離での爆発は、さすがにそれなりに効果があったようで、ディードの背中十数箇所に、手榴弾の破片が突き刺さっていた。
 もっともそれだけではないだろう。並みの肉体なら首から上が吹き飛んでもおかしくないだけの蹴りをうけ、ダメージが抜けにくい腹に深い傷を受けた上に魔力を叩き込まれた身体で、高速機動し、至近距離で爆圧を受けたんだ。

 死にはしないだろうが、戦闘機人といえども、まともに動けなくなるだけのダメージにはなる。……それを言えば、そもそも、蹴りを決めた時点で、コイツがこの戦闘中に動けるようになるとは思わなかったし、チンクもスターライトブレイカーをまともに食らって、意識を保つとも思っていなかったが。


 す、と俺は腰の後ろに手をやると、M8357を引き抜いた。“クーガー”の名で呼ばれる銀の獣。吐き出すは、拳銃弾としては屈指の貫通力をもつSIG.357弾、しかも炸裂弾仕様。戦闘機人の強化されたボディとはいえ、この距離から目なり口なりに撃ちこめば、まず仕留められる。

 俺は無言でクーガーを構えた。動けない身体で床に座り込み、なお諦めない目でこちらを見据え、妹を庇うようにだきしめているチンクの顔に銃口を向け………………ふ、と吐息にも似た笑いを吐いて、俺は拳銃を下ろし、ホルスターに戻した。

 そして向きを変え、2人の機人を無視して、歩き始める。ダメージがけっこう残っていて、すぐに走るのは辛い。



 「…………ま、待て!」
 後ろからかかった声に、俺は足をとめ、首だけで振り向いた。

 視線の先のチンクは、顔を強張らせ、唾を呑み込んでから、口をひらいた。
「……殺さないのか?」


 ふん、俺はそんなに血に飢えてるようにみえるのか? ……見えるだろうな。


「お前はいま殺すには惜しい」

死の予感を間近に感じながら、生理的な怯えをねじふせ、言葉の真偽を見極めようと、俺をまっすぐに見つめるチンク。

 やれやれ、本当に真っ当な、いい目をする。トンビが鷹を産んだ、ってやつなのか、これも?


 らちもないことを思う俺に、チンクが食い下がる。「じゃあ、殺してやるよ」とでも言われたらどうする気だ。……気づいてなさそうだな。必死で戦ったのに、あっさりその結果を投げ捨てられたんだ。混乱してるんだろう。真面目な奴にはありがちなことだ。

「そんな言葉で……たった今まで殺しあっていたのに、見逃すのか?」
「なら、いつでも背後から撃て」
「……あ………」
口の端をゆがめる俺、言葉に詰まるチンク。


「覚えておけ。戦いに勝つことが全てじゃない。相手を殺すことが危険を排除することじゃない。
 殺さないことは甘さじゃない。甘さは弱点でも欠点でもない。
 厳しさは冷静さとは異なるものだ。甘さは隙とは別のものだ。

 戦いは生き方の一側面であって、生きることが戦いの一部なんじゃない。
 俺がここでお前達を殺さないのは俺の生き方であって、戦いの効率とは関係ない。

 理解できないか? お前達は、戦うだけの存在でしかないのか?」


(なのはは戦うために生きてるんじゃない! なのはにはもっと違う面があるんだ!)
フェイト。俺のために局員の言葉に怒ってくれた優しい友。ああ、だが、俺はお前の言葉を切り捨てた。ハヤテとティアナの言葉も振り切った。


 ショックを受けたように呆然として言葉を返さないチンクに、俺は用事は終わったと見なして、きびすを返すと、2人をそこに残したまま、通路を進み始めた。
 ふと思いついて、肩越しに言葉を放り投げておく。もう一度振り返ったりはしない。もう一度振り返ったら、声に羨望が、郷愁が、混ざり込まない自信がない。

「しばらくしたら、俺の部下達が追いついてくるだろう。投降して保護を求めるといい。お前達の身体なら、2人とも死なずに済むだろう」

 言葉の間も、俺は進みつづける。


 
 静かに足音が通路に響く。運命の近づく音。






■■後書き■■
 今話でスカ戦までいくはずだったんだが……ちょっと、チンクさん。出張りすぎではないかい。いや、つくづくいいキャラだと思うし筆がノッてしまったのだけど。キャラの自立が進んでる気がする。ま、いいか。ちなみに二丁あるクーガーのもう一丁をなのはさんが忘れていたのは仕様です。次話で少し触れるかな?

※ディレイド・マジック:A's漫画版より。設置型魔法、感知型魔法は原作での用語かどうか覚えていないが、ここでは3者とも同一の魔法体系を指すものとしている。感知領域に対象が入り込んだら、起動する魔法。



[4464] 三十話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/08/15 10:47
 俺は扉の影から、小さな鏡で、その部屋の内部を確認した。
 ガジェットが十数体。スカリエッティ。ヴィヴィオの姿は見えないが、ぐずる声はする。クアットロの声も。


 チンクとの戦いのあとは、大きな戦いもなく、俺はひときわ広い部屋の前にきていた。
 ざっと内部の様子を探り終えると、鏡をしまい、残った片手の手首に嵌まったクーガーをセットアップする。
(俺も動揺していたか。)
かすかに苦笑する。自分では冷静なつもりでいたが、広域爆破での奇襲に片腕の喪失。意外に動揺していたようだ。片手ごとクーガーを切り飛ばされても、残った腕の手首にも片割れのクーガーを嵌めていたのに。

(さて。)
手順を頭の中でもう一度確認してみる。いかに効率良く、確実に鎮圧するか。チンクに言った言葉とはまったく正反対の行為に、自分の全てを埋没させながら、しかし、戸惑いも感傷も、もうなかった。

 闘争のための闘争。管理局も次元世界も忘れ去る。正義も法も脱ぎ捨てる。自我と自我がぶつかりあう原初の闘争。
 
 深く息を吸い、静かに吐き出す。呼吸を止めると静かに迅速に姿勢を変え、クーガーを構えて、扉の陰から目標に狙いをつけて魔力弾を発射した。

 

 スカリエッティの頭部を狙った射撃魔法は、掲げられた片手と同時に展開された魔法障壁に防がれた。

「無粋だね」
「まあ、そう言うな」

言いながら、室内に入る。スカリエッティの右手に嵌められている、悪趣味な手袋もどき、デバイスか? 奴が魔法を使うという情報はなかったが……。それに展開された魔法陣。ミッド式でもベルカ式でもなかった。ただのマイナーな術式…なわけないな、この男が使っているシロモノが。
 魔法でやりあうのは不利だな。未知の術式に、知られ尽くした術式で対抗するなぞ、ぞっとせん。

 だが。

 とりあえず、アクセルシューターの発射球を20ほど展開、ガジェット群に対して解き放つ。
 弾幕にあっさりと機能不全に陥るガラクタたち。スカリエッティは平然と魔法障壁で全て防いでいる。まあ、とりあえず、余分な要素を削っておきたかっただけだから、構わんのだが……。

『あらら~。とりあえず~、ガジェットは補給しておきますね~♪』
部屋に開いている通信ウィンドウから響くクアットロの声。俺の通ってきた通路の奥のほうから、複数のものが動く気配と、金属がぶつかりあう音が近づいてくる。

 当たり前か。ここは敵地のど真ん中。補給は容易且つ大量。



 確率はかなり高いと予測していたとはいえ、あまりに予想通り過ぎて落胆も面白みもない。
 
 その思いをこめてスカリエッティを見ると、奴も同じ気持ちだったのか、俺の視線に反応して、口を開いた。浮かれた気分を存分に表出した声が流れる。

「クアットロ、本命を始めてくれたまえ」
『はい、ドクター。ポチッとな♪』

「うあああああああっ……!」
クアットロの言葉に間をおかず。ぐずっていたヴィヴィオが突然、苦鳴をあげた。


 彼女の悲痛な声をBGMに、スカリエッティが悠然と胸を張り、いつもより一段と芝居がかった表情と仕草で、俺に語りかける。俺はスカリエッティから視線を外さないままだ。


「では、ご紹介しよう。これこそが、古代ベルカを統べし「聖王」。過去の聖王の遺伝子を培養し、それにレリックを埋め込むことで、現代に再臨させた伝説、私の最高傑作だ」

 その言葉の間にもヴィヴィオの苦鳴は続き、不意にとぎれたあと、ゆっくりと身じろぎする気配がした。ちらり、と一瞬だけ視線を流す。17・18才程度のオッドアイの少女がそこにいた。その表情は冷厳、体から発する魔力とあいまって、空間が震えるような錯覚を覚える。



スカリエッティが高らかに謳い上げた。

「さあ、決着をつけよう! 堕ちたる明星と生まれながらの悪との! 反逆の魔王と新世界の魔王との! 私とあなたの! 甘美にしていとおしき時間の決着を! さあ、我が妹ならぬ人よ、鏡像にして半身よ!! 生と死のタンゴを踊ろう!」


 まるでナルシストのガキだ。いや、ある意味ガキなのか。

 縛られ、生きる方向性まで弄られ、その道から逸れることもできずにここまできたのだ。まともな他者との交流など、経験はないだろう。他者無くして自分の器、自分の立ち位置を客観的に把握することなどできない。
 かすかに憐憫の情が湧くが押し殺した。こいつにも礼を失するし、こいつの犯した行為を考えても、憐れみをかけられるべきではない。……割り切れんものはあるがな。


 まあ、いい。


 さて、それではスカリエッティよ。待ち望んだ会話を交わそう、狂気と力の渦巻くこの空間で。俺の征く道と貴様の理想を、殺意を媒介に交し合おう。

 俺はスカリエッティへの返事として、クーガーを顔の前に掲げて見せた。スカリエッティの笑みが深まる。ヴィヴィオが腰を落とす。



 はじまりのための終わりの戦いが幕を開けた。






 スカリエッティの言葉から、ヴィヴィオの能力はレリックで増幅され、身体年齢の引き上げもそれによると推測できる。……自然な形を歪めた方法だ。陰陽術が効き易いかもしれん。が、まあ、とりあえず、
「ヴェリアヴル・シュート」(多重殻弾頭魔法弾。外殻がAMFと相殺することで内殻の魔法弾を相手に到達させる。)
様子見だな。


 ヴェリアヴル・シュート5連発にアクセルシューター20発を織り交ぜた攻撃は、全てヴィヴィオの身体に触れることさえできずに弾かれた。弾幕にまぎれこませたフェイク・APバレットも効果なし。「聖王の鎧」か。面倒なスキルだ。
 ハヤテから伝えられた聖王のレアスキルの1つを思い出しながら、俺はクーガーを解除し、レイジングハートを起動させる。クーガーは連射には強いが、一撃の威力はレイジングハートに劣る。問題は、戦乱時代に絶対の防御を謳われたという「聖王の鎧」を、レイジングハートを使ったところで撃ち抜けるかどうか。


 デバイスを交換するわずかな間に、ヴィヴィオが高速で接近し、魔力刃で切り付けてきた。体裁きだけでかわすが、刃の切り返しが速く、息もつかせぬ連撃を仕掛けてくる。なんとか、すこし距離をとると、今度は魔力刃を飛ばしてきた。……フェイトの戦い方に似てるな。洗練の度合いは比べ物にならないが。

 俺が乱れ飛ぶ魔力刃をかわす間に、詠唱していたヴィヴィオの周囲に数十の雷球が浮かんだ。……さすがにあれはマズいか?

「フォトンランサー・ファランクスシフト!」

無数の雷撃が降り注いだ。





「……くっ……」

 俺は劣勢のまま、戦闘を続けていた。スターライトブレーカーは溜めがいるし、現在の環境では威力が十分出せない。ほかの砲撃魔法はことごとく弾かれ、フェイトを真似たのだろう魔法と戦術を使いながらも、膨大な魔力も用いて力押しに仕掛けてくるヴィヴィオに押されっぱなしだ。ヴィヴィオが十分に自分の魔力を使いこなせず、技術はあっても戦技としては劣化コピーの域を出ないから、こらえられてるといっていい。 

 スカリエッティは、ガジェットの壁の向こうから興味深げに俺たちの戦闘を眺め、クアットロは時々茶々を入れ、ヴィヴィオを煽ったり、指示をしたりしている。ウィンドウに映る顔は満面の笑みだ。サディストめ。


『あら、ルシファー様はご機嫌斜めみたいね~、どうしてなのかしらぁ? こ~んなに楽しいのに……ねェ♪』

 聞き流して、ヴィヴィオに向けて突っ込み、レイジングハートの先端から生やした魔力刃で薙ぎ払う。昔、父親に学んだ棒術の型だ。近接戦時にレイジングハートを操るには重宝している。俺を砲撃専門とみて、近接して油断した相手を仕留めたことも多い。


 だが、ヴィヴィオには通用しない。障壁を張られて止められ、さらに障壁をバーストされた。プロテクションが間に合わずに、吹き飛ばされる俺。


 まだ、位置が悪い。


 再度、ヴィヴィオに近接戦を挑む。中遠距離で通じなければ、近接で、というのは当然の選択だ。「要綱」でも魔力で上回る相手を倒す手段としての肉弾戦の重要性は説いている。ヴィヴィオが知らないわけもない。

 あっさり距離をとり、届かない位置から射撃魔法を連射してくるヴィヴィオ。それをときに防ぎつつ、ときに交わしつつ、ときに床を転がったりしながら、俺は不自然さを出さないように、位置を調節していった。




 なんでも同じことだ。撃ち抜くなら手足より急所、仕留めるなら雑魚より指揮官、勝つなら道具よりその使い手を無力化する。それが俺の戦い方だ。スカリエッティとはある意味対極で、しかし根底に流れるものは酷似したやりかた。




 ヴィヴィオと小競り合いを繰り返しながら位置移動。クアットロの嘲弄が聞こえるが、無視して位置と距離をはかり。俺は、フラッシュムーヴを使って、無理矢理、ヴィヴィオに向かって突っ込んだ。ヴィヴィオが吠える。彼女の膨大な魔力が全身から放出され、弾き飛ばされて、俺は宙に飛んだ。レイジングハートも、ヴィヴィオの魔力との激突の直後に、俺の手から離れ、宙を舞っている。


 身体を大きく広げた姿勢をとって、地面に接触。身体が床に当って、1度跳ね、さらにもう一度跳ねる。だが、俺の頭の天辺から足の先までは、ゆるやかな曲線を保ったまま。特に頭部から腰までは、身体の芯は直線を保ち、横方向にも無理なねじれはない。

 そのまま、再度、床にぶつかりながら、俺はレイジングハートの行方を目で追った。途中で一瞬、スカリエッティと目があう。どうやって、俺がこの「劣勢」を切り抜けようとするのか、わくわくしているのだろう。目が楽しげに輝いている。


 絡み合った視線を外す。
 スカリエッティの目が俺の視線を追って、レイジングハートの軌跡を追い。


 その一瞬。 



 俺は姿勢を保ったまま、肩から先だけを動かしてホルスターからM8357を抜き放ち、その動きで生じたモーメントを利用して身体を傾け、目指す位置に銃口を移動させて、引金を引いた。おそらく反射的に、シールドなり張ろうとしたのだろう、デバイスを嵌めた片手を上げかけた姿勢で、スカリエッティは吹き飛んだ。


 引金を引くと同時に、秒速400mを超える速度で撃ち出される質量弾と、魔法陣を展開して目視可能な速度で発射される魔力弾では、この近距離でも、対応までの猶予時間が0.00秒単位で違う。それだけ違えば、魔法と勘違いして対応しようとする相手に、ダブルタップで叩き込むには十分だ。その勘違いを誘うための同一の外見、魔法での初撃。
 そしてガジェットの隙間を縫ってスカリエッティまで射線が通る位置の割り出しは、レイジングハートがやってくれた。弾かれたわけでも、無造作に手を離したわけでもないのだ。





「……へ?」
間抜けな声を漏らすクアットロを無視して飛び起き、コートを翻しながら、ヴィヴィオに向き直る。手には、コートが翻った瞬間に合わせ目から手を入れて抜き取った呪符と標。ヴィヴィオが我に返る前に、俺は呪符を宙に放ち、標を飛ばした。

「くっ!」
辛うじてシールドを張るヴィヴィオ。その輝く虹色を無視して標は飛び、呪符をヴィヴィオの四方の床に縫いとめた。
 そして俺は、撃った直後に宙に投げ上げて、今、目の前に落ちてきたM8357を無造作に掴み取ると、腰の後ろのホルスターに戻す。

「……え?」
狙われたと思ったら、その攻撃が全て自分から外れたことに、肩透かしをくって唖然とした表情をさらすヴィヴィオ。戦場ではその一瞬が命取りだ、なんて言葉が頭をかすめるが、
「一瞬どころじゃないか……」
思わずつぶやきが漏れる。力があるだけでは勝てない。経験のない子供にいくら力を与えても、よほど上手い指示を逐一だしてやらなければ、役には立たんのだよ、スカリエッティ。


 いまだ動きを起こさないヴィヴィオを尻目に、複数の片手印を連続して組み、口を開く。放つは力ある言葉。科学を超えた未知の領域に呼びかける言葉。かつて人々は、それを神秘と呼び、異能と呼んで恐れた。魔法でさえ科学で実現しているこの世界でも、その力が働くのは皮肉なのか、当然なのか。


 いまさら、ヴィヴィオが動きを起こしている。魔力球でも精製しようとしているのだろう。可愛らしい顔に恐怖と焦燥を浮かべて、何度も同じ仕草を繰り返す。何度も同じ言葉を繰り返す。しかし、虹色の輝きが灯ることはない。
「なんで……なんで……」
泣きそうな声で、ヴィヴィオがつぶやく。無理矢理身体を成長させられ、精神をゆがめられても本質は子供。予想外の事態、得たと思った力が、手の平から霧散してしまえば、こんなものだ。


 ヴィヴィオよ、お前のいまいるそこは、すでに現実じゃない。四方にそれぞれの方位を司る四大明王の護符をうち、四大明王の印を組み上げた時点で、呪符に囲まれたそこは異界。半ば、幽世(かくりよ)となった。一切の力も法則も働かない世界。ただ超常の存在の理法だけが支配する世界。

 現段階では、ごくごく簡易な結界だ。下位の妖異でも見習の術者でも抜け出せるような。だが、自分の得た力に固執し、そこから動かないならば、お前に為すすべはない。位相をずらすなどという、魔法の結界とは本質的に違うんだよ。


 そして、その簡易な結界は、この呪をもって強固にして明確な異界へと変貌する。


「諸天諸尊を伏し拝む! 五大明王に帰命し奉る! 歪みたる者を縛し給え! ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン! 」
素早く五大明王筆頭、中央を司る不動明王の印を切る。
「縛! オン・トライローキャヴィジャヤ、オン・クンダリー、オン・ヤマーンタカ、オン・ヴァジラヤクシャ! 五大明王のご尊名の下、汝、理を外れたる者よ! 動くことを禁ず喋ることを禁ず、縛!」

 最後にもう一度不動明王の印を切ると、ヴィヴィオの身体が硬直した。現世(うつしよ)から隔離し、幽世(かくりよ)と化した空間内で、五大明王の力で縛ったから、動くことはできまい。俺の扱える範囲では、最上級の術のひとつだ。その分、呪文は長いし成功率は7割を超えないが、今回はうまくいってくれた。


 動けないヴィヴィオに向かって歩み寄る。クアットロがなにやらわめいているが無視してヴィヴィオに向かい、……いまさら襲い掛かってきた残りのガジェット群に、ちらりと目をやる。

「九天応元雷声普化天尊のお側まで奏上仕る。我は雷公の気勢、雷母の威声を受け、五行六甲の兵を成し百邪を斬断し、万精を駆逐せんと願うものなり。御心に縋り、願い奉る。雷部の威徳を下界に顕さしめたまえ。招雷招雷、伏して願い奉る」

殆ど呟くような呪言が終わると共に、部屋全体が強烈な光で漂白した。人間の可聴領域を遥かに超えた大音響が生じたことを理解できた者がいただろうか。相変わらず、道教の諸神は派手好きだ。


 光がひいたあと、粉々になった、かつてガジェットだったものが転がる部屋に、ただ2人、立つ存在。その一方がもう一方に歩み寄る。動かない一方ははっきりと恐怖に顔を染め、傍目にもわかるほどガタガタと震えている。


 ヴィヴィオの前に立ち、そっとその胸に手をあてる。俺を見るヴィヴィオの目が恐怖に染まっている。
 可哀想にな。
 ふと浮かんだ感傷は泡のように消え、俺は呪を紡いだ。

「エーカーダジャムカ。オン・ロケイジンバラ・キリク・ソワカ。いとも慈悲深き十一面観音菩薩よ。乞い願わくば、除災除疫、聖天調和の功徳を、この者に垂れたまえ。哀れな命にお慈悲もて救いを賜らんことを。オン」

 パキン、と音がした。あるいは俺の霊感が拾った響きだったのかもしれない。


 ヴィヴィオの身体が柔らかく穏やかな光につつまれ、その胸部から赤い玉-レリックがゆっくりと押し出されてくる。レリックが完全に押し出された途端、ヴィヴィオの身体がみるみる縮んでいく。身体を包んでいた光が消え去り、元の10歳にもならない身体になって、ぐらりと倒れ掛かるヴィヴィオ。


 いままでこの子を縛っていた呪は、「理に外れた存在」を対象にしていた。彼女を無理に成長させ、不自然な力の増幅をさせていたレリックを取り出した以上、ヴィヴィオは「理に従っている存在」に戻り、呪の対象から外れる。縛っていた「力」が効かなくなれば、倒れるのが道理だ。

 小さい体をできるだけ優しく受け止め、
「ガッ……! ゴッ…バハアッ……!」
背後であがった声を無視して、静かに床に寝かせてやる。そっと頬に手を触れる。完全に気絶しているな……子供にはきつい体験だったろう、いまは休め。
 



<……聖王陛下の反応をロストしました。艦内全ての魔力リンクをキャンセルします……>


 流れる放送を無視して俺は立ち上がり、後ろを振り向きながら、今度は太腿に巻いていたホルスターから大型のリボルバーを抜き取った。

 振り返った俺が見たのは、床に四つん這いになり、口元から涎と血泡を垂らしながら、見開いた目を血走らせ震える身体に力を入れて立ち上がろうとしているスカリエッティだった。
 あたった位置からすれば、間違いなく致命傷だが。バリアジャケットなり強化服なりに阻まれたか。高性能なことだ。思いながらも俺はリボルバーを構え、切られた腕で支えると全身に霊力を回して肉体を強化し、スカリエッティがデバイスを着けているほうの腕目掛けて一発撃ち放った。

 轟音。

「ゴアアアアッ……!!」
吠えるような悲鳴をあげながら、身体をひねるように仰け反る、いや着弾の衝撃で仰け反らされたスカリエッティ。その大きくさらされた背中の肩甲骨の間あたりを狙い、次弾を撃ち込む。

「ヴァッ!」
悲鳴と言うより胸から無理に押し出された空気を吐いて、スカリエッティは再度、吹き飛んだ。





 スタームルガー・スーパーレッドホーク。

 全長330mm、重量約1.5kg、装弾数6発。最強の拳銃としては、デザートイーグルが名高いが、俺は拳銃の決め手にはこっちを扱う。理由は単純、デザートイーグルは図体がでかすぎて、俺には機敏に扱えないからだ。携帯や取り回しのときに制約がかかる。霊力で身体強化して、俺に扱えるギリギリ上限が、このスーパーレッドホークってワケだ。それでも、連射すれば、手がしびれて、握力もかなり下がるから、使いどころが難しいが。

 だが、バリアジャケット越しだろうと、こいつを胴体に食らって、人間が生き残れるとは思えん。弾丸は.454カスール弾ホローポイント仕様。発射時の保持エネルギー約260kgmを、効率良く対象に伝える。
 さっき撃ったM8357とSIG.357弾の組み合わせでさえ、防護服が相当優れていても、並みの精神力では意識を飛ばす。それでも立ち上がろうとしたスカリエッティの芯の強さには敬服するが、精神力だけではどうにもならん。



 俺は、スーパーレッドホークを太腿のホルダーに戻しながら、宙に浮いているウィンドウに向かって歩み寄った。ウィンドウでは、クアットロが目を見開いて絶句している。

「さて、あとはお前だけだな」
 俺の言葉に我を取り戻したのか、ビクンと大きく震えて、すぐにクアットロは表情を不敵な笑みの形に繕った。その口元が引き攣っていることはいちいち指摘しない。面倒だ。
「あら~、随分自信がおありのようですけどぉ、いったいどうやってここまでおいでになるおつもりでぇ~? 艦内ではもう一切魔法は使えませんし~? だいたい、わたしがどこにいるかもおわかりにならないのにぃ?」
「そんなことは問題にならん。お前がどこにいようと、間になにがあろうとな」
あっさり返した言葉に、クアットロの顔が完全に引き攣った。
「へ、へえ~? 随分な自信ですわね~。で、ですが、過ぎたる自信は身を滅ぼしますわよぉ。身の程をお知りになったほうがよろしいんではぁ?」
 それでも、なお虚勢を張れるのは、ある意味立派なものだ。だが、それは自分の首を締め上げていくだけだ。俺が会話を交わす意図を探る余裕がすでにないのだろうな。

 ウィンドウが宙に浮かび、そこにクアットロの姿が映り、互いの姿を認識できる。言葉もロスタイムなしに、直接交わせる。それは、俺のいる場所とクアットロのいる場所が、霊的観念から言えば“繋がっている”ことを意味する。奴は俺の視界に入るべきではなかったのだ。

「お前おぼえてるか?」
「……なにがですかぁ?」
嫌味っぽい言葉遣いは辛うじて維持しているが、ところどころで声が震えたり、裏返ったりしたら意味ないと思うがな。
「俺のコールサイン。スカリエッティが演説で言ってたろ?」
「あ、ああ、ルシファーとかいう、あなたの出身世界の魔王でしたねぇ。まったく自分でそんな名前を名乗るなんて、恥知らずと言うか厚顔というかぁ……」
「魔王以外の意味も言ったろ。夜明けを告げる明けの明星。金星、いや太白星って俺の世界で呼ばれてる星だ。ちなみに、太白星は、命を奪う神でもある」
「……それがどうかしましたのぉ? 多寡の知れた管理外世界の惑星や神話なんかにー、わたしの興味を割く必要があるとでもー?」
 言葉を遮られて、こめかみを引き攣らせながらも、なおも会話を続けるクアットロ。余裕を示したいのか自己顕示欲が強いのか、いずれにせよ、それがお前の敗因だ。

「いや、それをはっきり認識しといてくれればいいんだ。俺は明けの明星。死を与える太白星の化身なんだってな」
「はぁ? なにを……」
クアットロの返事を俺は聞かなかった。仕込みは済んだのだから。


「泰山府君に申し上げる!」
高らかに俺は唱えた。
「我、御身に乞い願う。この一瞬に太白星の化身、歳殺神の御名と御力、その片鱗をお借りすることを許したまえ!」

 虚を突かれて、そこまで唖然と俺の言葉を聞いていたクアットロが、危険を感じたのか、顔を強張らせ、なにか動きをとろうとした。しかし、もう遅い。
 至近距離で俺の瞳を見ていたクアットロの身体に、既に自由はない。霊力を込めた瞳というのは、それだけで、ある程度の呪縛や精神操作の力がある。俺程度の使い手なら、意志を強く持てば振り切れるが、既に恐慌寸前のクアットロには無理だ。

「殺(シャア)! 我は太白星! 我は太白星の化身、歳殺神! その名と力のもと、汝に死を下す! 死せよ、クアットロ!!」


 恐怖の表情のまま、俺の目から視線を外せずにいたクアットロの顔が凍った。ゆっくりと瞳が裏返り、白目をむく。そして身体を棒のように硬直させたまま、支えを外されたように後ろに倒れていき、ウィンドウから消えた。直後に重いものがぶつかる音がウィンドウからしたが、俺は聞いていなかった。


 膝に手を置いて、激しく肩で息をする。こめかみから汗が滴り落ちた。
 本来なら今のような高度な術は、俺に使えるものじゃない。いくつかの要因が重なって、クアットロには効いたが、俺の精神力もごっそり削られた。まあ、使えただけで奇跡的なことだ。クアットロも昏倒程度で死んでいない可能性もある。


 術自体は、殺気と滅びを司る金星の化身たる神、歳殺神の力を借りて、他者を呪殺するものだ。通常、相手の身体の一部などの触媒やいくつかの術具を用いて、呪をかける相手に焦点を定め、呪いを増幅して放つ。
 今回の場合、俺はクアットロの瞳を覗き込むことで、焦点を定めた。そして、クアットロの名を呼んだ瞬間、瞳を通して、全力で死のイメージをクアットロの精神に叩きこんだ。イメージと言っても、霊力で精密に練り上げた死のイメージだ。クアットロの身体と心は、実際の死そのものを、現実以上の臨場感で感じただろう。これで精神死、うまくいけば、身体も自分が死んだと錯覚して機能を止める。

 実は、俺の術の腕の関係で、そちらのほうが効果の主力で、本来主力のはずの呪のほうはブースト程度の効果になった。それでも、直前の会話で、俺のコールサインが金星を意味すること、金星が死を司る神であることを教えたから、類感呪術が発生して、かなり強力に死のイメージを増幅できたと思うが、正直、成果はわからん。まあ、あの感じでは、最低でも当分は行動不能だろう。


 調息を用いて、なんとか息を整え終わった俺は、多少ふらついたりしながら、部屋の壁際に転がっているスカリエッティの身体の方に歩いていった。






「……生きてる上に意識まであるのか。たいしたもんだ」
呆れ混じりの俺の声に、スカリエッティは薄い笑みを浮かべると、口を開いた。
「君に……失望され…たくは……ないからね」

 俺は、ざっとスカリエッティの身体に目を走らせた。
 右腕はちぎれかけなのか、大量の血が袖口から流れ出し続けてる。胸にも血の染み。口元には血泡。ときどき、妙な呼吸音がする。折れた肋骨が肺に刺さったか。多分、それだけじゃなく、内臓に相当深刻なダメージがあるだろう。
「痛くはないのか?」
「幸い……と言うべきかね」
声を上げて笑おうとして、激しく咽るスカリエッティ。間抜けめ。
 しかし、この状態で痛みがないとすると。

「ほっとけば、長くないな」
「………そう…ゴフッ、だ………ね」

 わずかに沈黙が流れる。
 先に口を開いたのはスカリエッティだった。

「私は……君に…………満足してもら……える戦い……が…………でき……た…かい?」



「……あまり未練もなさそうだな」

かろうじて俺が口にできたのは、そんな愚にもつかない言葉だった。



「ああ……、君が……いるからね。……あとは君に任せて……私は……休ませてもらうよ」

穏やかな声だった。

「私は……なにかを為すために……生みだされたことを否定する。……私は生きること……を自ら選んで……生きたのだ。私の……望みも……私の行為……も、私の死も……。全ては……私が……私を縛る生まれの縛鎖を……砕いた決意に……付随するもの……に過ぎない。

 君と全てを賭けて……戦うことを決めた……時点で、私は……死んだのだ。もう生き延びる……つもりはなかった。……ただ、戦いの結果、……生き残ったなら……、勝者の義務として……新たな生の産声をあげ、……新たな生を刻みはじめる……だけだった。

 そして……私は負けた。……ならば、あとは……君に託そう……。託して……死者は死者として……眠ろう。……厭いながらも……憧れていた……安息のなかに……たゆたおう」

「……勝手に押し付けるな。俺はそんなものを背負う気はない」

「……おや? なにを……言ってるんだい? 当然の……ことだろう? 私が死ねば……君が、君が死ねば私が……」

「わけのわからないことを言うな。そんなものは俺は知らん。俺は、やらなければならないことをやるだけだ」

「君は……」


スカリエッティは、寝転がったまま、眼を見開いてまじまじと俺の目を見た。

「……ふふふ、そうか、……そうだったのか。
 ……直視する……ことから……逃げているのだね……。それゆえの強さ……それゆえの……思い切りの良さ……。君といえども……いや、戦い……続けてきた……君だからこそ……殻のなかの……本質は柔らかい……ままなのか……」

「…なにを言っている?」

「ああ、君は……優しすぎる。
 私は生まれながら……の異端だが、……君は異端と……呼ばれつづけることで、……異端と化したのだね。……孤独に泣きながら……天から堕ち……望まぬ道を……歩み始めたのだね。……そうか、……そうだったのか」


そう。彼女は同類であったが、しかし同種ではなかったではないか。
自分はなにを、思い込みと重荷を、彼女にかぶせようとしていたのだろう。

だがそれでも、彼女を想い、彼女と競い合った刻は、自分にとって何物にも替えがたいものだった。
一度だけ目を伏せ、そして開く。
彼らしい、狂気と嘲りの入り混じる色が目に蘇る。
求めたものは得られたのだ。ならばそれを胸に抱き、彼女のために、残ったわずかな刻を捧げよう。


「わからない……かい?

 ならば、……私をその銃で……撃ちたまえ。そうすれば、……君は……再び独り……になる。孤独に……なれば、君も……自分の居場所に……気づくだろう。……自分の在り方に気づく……だろう。
 君はもう、解放されて……よいのだよ。ひとときと……言えども……我が妹ならざる存在であった……君よ」


 戸惑いと狂熱の入り混じる沈黙が流れる。スカリエッティは、うわ言のように続けた。


「ただ……、叶うなら。ときには……思い出してほしい。……私のことを。
 君が覚えて……いてくれるなら。……たまにでも……思い出してくれるなら……、もう……それでいい。…………世界へ自分を刻む……ことも、未来から……称揚される……ことも、必要ない。……ただ、……君だけが覚えていて……くれるなら。……全て満たされる」


心に残るなら、それでいい。
誰の上にも夜は訪れる。ならば、私は、君を安らがせる闇となりたい。穏やかな安息をもたらす夜となりたい。これから独りとなる君のために。
この身と魂の総てを君に捧げようー。



 言葉につまる俺を見て、スカリエッティは、また話題を変えた。奴の命の砂時計は刻々と流れ落ち、もうわずかも残っていない。そのほんのわずかな時間を、奴は俺への言葉に全て注ぎ込もうとしていた。

「先ほど、……「器」にしたの…は………いったい、…なん、だ…い?」

「…陰陽術という。人の理解、科学の理解を超えた領域にある超常存在の力を借り、世界の法則の乱れを正し、万象を本来のかたちへと整えるための技だ」


 そこに情や感傷の入る余地はない。すべては森羅万象をあるべき姿に保つために。その前には、人間の存在など木っ端のようなものだ。俺がどう思おうと、なにを感じようと、それは逃れられない世界の在りようだ。


 スカリエッティは、俺の言葉になにも返さなかった。沈黙が満ちる。その重さがのしかかるようで、俺は……


「「ヒトは……自分の意志で……「人」になる」

不意にスカリエッティが口を開いた。冷静沈着な科学者の声で。

「「生まれの違い……など……些細なことだ。……全てはそいつの……意思次第だ」。
 ……そう言ってのけた……のは、……君自身だ」

スカリエッティの声は静かだったが、俺は、その中に含まれた哀しみと怒りを感じとった。


「生命には……無限の可能性が……ある。……特に……人間の秘めた……可能性は……素晴らしい。……だからこそ、私は……その研究に……身命を賭した。

 ……私は、君の言う「理」への反逆者。……定めと呼ばれるものに……異を唱え、……可能性を追求するために……反逆した魔王。

 君ほどの存在が、……あらゆる理不尽を……踏み潰し、……敵対するもの、邪魔するものを……あらゆる手段で……排除してきた君が、……魔王を自ら名乗る……君が。
 ……なぜ、そんなものに縛られ、……自分の意を曲げるのか……よく……わからない……、私に……は関係が……ない。

 私には……私の知る君だけが……全てだから。理だの使命だの……、無粋なものの……ない君が」

「なにを…………」

「恋という……感情なのかも…しれないね。……あの日以来、…私は…君に、焦がれていた。使命も何もなく……ただ……己の生命を……ひたすらに……燃やそうと……する君に」

「………………………………趣味の悪い男だな」

「そう…かな。…私にしては………数少ない……常識的な……感性だと……思うよ」

「…………俺はナルシストは趣味じゃない」

「くく、やはり君は……手厳しい……」

「遺言はあるか」

「局員が……捕えられる……相手を……殺害……するのかい」

「……これ以上飼い殺しにされたいか?」


スカリエッティが大きく眼を見開いた。死の縁にあって、なお他者と一線を画す光を宿す目が剥き出される。
その驚きようをみる限り、俺の言葉に含まれた意味と感情を、十二分に掬いとったようだった。







「…………もしかして…今のは……私に言ってくれたのかな?」

「ああ」

「…そうか」







スカリエッティは、柔らかく幸せそうに微笑んだ。……なんのしがらみもない、ただのひとのように。


「なら、……それで十分だよ。……十分だ」
「……そうか」






 静かに俺はM8357を抜いた。銃口をスカリエッティの額に向ける。視線が交わる。穏やかに微笑む瞳が俺を見つめている。

 なにかが俺の心の中で波打っている。なにかが俺の心のなかで叫んでいる。その言葉に耳をふさぎ、なぜか震えようとする腕を押さえ込む。そして、俺は。スカリエッティの瞳を見つめたまま、引金を引いた。








 銃声が虚ろに鳴り響き。
 はかなく硝煙が薫り。

 ……それから、全てが消え去った。






 




■■後書き■■
 鏡に映った自分に引金を引く。



[4464] 幕間8:クラナガン攻防戦、そして伸ばす手 
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/08/25 12:39
 公開意見陳述会と、その最中に行なわれた、管理局地上本部ビルへの大規模な襲撃。そして公共の電波で大々的に流された広域指名手配犯罪者による暴露と宣戦布告から一夜明けた9月13日の早朝。
 
 夜を徹して機能しつづけていた地上本部ビル内の総合統括指揮所(最高位の指揮所)は、夜が明けてから間もなく、一段と緊張と喧騒の度合いを高めていた。


「ケース2とケース6の複合か……」

 周囲の喧騒から切り離されたように立つ、レジアス・ゲイズ首都防衛長官。すでに地上本部長から、事態への対応に関する全権を委任されている彼は小さく呟いた。その手には、武骨な槍型のアームドデバイスがある。彼を守って逝った親友の遺品である。
 その槍を支えに、彼は傲然と立ち続けていた。一切の精神的苦悩はそこには見られず、ただ、彼の手にあるデバイスだけが、彼の想いを映していた。




 ケース2。伝説級のロストロギア「聖王のゆりかご」の登場。ケース6。ガジェット群による地上侵攻。
 いずれも、思兼(オモイカネ)を活用した地上本部情報局が、昨夜の内に整理作成した想定状況の1つだ。各想定状況別のマニュアルも作成され、本部襲撃時に確認された戦闘機人たちの能力分析とともに、日付がかわる頃には首都防衛隊と、ミッドチルダ全域(クラナガンではない)の各陸士大隊に配布しおわっている。
 また、昨日のデブリ後に、首都防衛隊とクラナガンの全陸士隊に、再襲撃に備えてデフコン2を改めて発令するとともに、市内及び市近郊の各地域への可搬式センサーの増派が、夜を徹しておこなわれていた。「戦争」を宣言した相手が、頭を潰されただけでおとなしくなるとは、レジアスをはじめとする首脳部の誰もが考えてはいなかった。


 だが、予想外の事態もあった。
 管理局内に潜入していた戦闘機人による撹乱工作である。 

 あとからわかったことだが、その戦闘機人は、高町空佐指揮する特務部隊の、敵研究所突入と前後して、管理局最高評議会の評議員全員を暗殺し、本局の時空航行艦隊司令部に手投げ型グレネード弾を叩き込んで、艦隊の統率と指揮命令機能を壊滅させ、事実上無力化していた。
 そして、次にその牙を地上部隊の頭脳に向けたのである。







 その陸士が、彼女に不審を覚えたのは偶然だった。

 急ぎ足で総合統括指揮所への通路を進む秘書。レジアスの近くにいる彼女を、彼も見たことがあった。しかし現在、各指揮所は、本局の妨害工作や物質透過型の戦闘機人などの奇襲を警戒して、物理的に遮断され、科学・魔法・人間の3通りの警戒網が張られている。必要な情報は、特別に選任された局員達が、信用のおける武装隊の警護をうけながら、入手と運搬に携わっていた。だが、彼女はその任務についていた、か? ついていたなら、警護がいないのはおかしいし、ついていないのなら、デフコン2が発令されている状況下で、非戦闘員が単独で移動することは規定に反している。……閣下からの特務か? しかし……。

 彼は迷い、結局彼女に声を掛けた。



 戦闘機人ドゥーエにとって、地上本部の警戒態勢は予想を越えるものだった。本局を基準に考えてしまったこともある。自分の動きを不審に思って尋問してきた局員を、ごまかしきれず始末したが、彼が息絶える前に、自分の情報を報告しうるだけの時間はかけてしまった。

 目標は間近だ。

 自分のISを信頼して賭けに出るか、一旦ここは引くか。僅かに彼女は逡巡した。これまでの情報で、スカリエッティ達が不利な状況にあるらしいことも、彼女の即断を妨げた。それは、長年、潜入工作に携わってきた彼女らしからぬ失敗では、あった。


 躊躇も油断も、無駄に時間を喰らう。消えた時間は戻らない。敵地の真っ只中で様々な工作をする諜報員が、自分の存在が知れた可能性を知りながら、判断に迷うのは、失敗に区分される事柄だ。……それがヒトとしては自然な心の動きであったとしても。




 僅かの間とはいえ、完全に思考に埋没していたドゥ―エに、初撃は避けられなかった。床に転がりながら、一瞬で自分を取り戻し、通路の前後を武装した局員に挟まれた状況を認識して、一瞬でドゥ―エは覚悟を決めた。
 魔法弾の飛び交う真っ只中で、跳ね上がるように身を起こし、総合統括指揮所目指して突っ走る。そこに辿りついて、中にグレネードを叩き込めれば、いいのだ。頭を潰せば、勝手に動くだけの手足は、ドクターと妹たちがなんとかするだろう。

「あああああああっ!」
集中する魔力弾を浴びながら、ドゥ―エは吠えた。ドクター謹製のボディスーツが魔力を弾く。強化された肉体が衝撃に耐える。それでも、無傷でいられるはずもない。機能停止を避けるために、両手で頭部を庇いながら、人間を超えた運動性能で駆ける、駆ける。そして、数十の被弾を受けながらも瞬く間に局員の壁を強行突破し、指揮所の扉を視認して、一気に体当たりでその扉を破ろうと意識を尖らせ。

「そこまでだ」
 静かな声と共に、前進が止まった。遅れて衝撃と灼熱感が鳩尾から一気に広がる。熱いものが喉をせりあがり、口から溢れる。足が、力なく、不様に床を掻き、しかし身体は倒れなかった。そこでようやく、ドゥ―エは、自分の前進を阻んでいる存在に気づいた。
「ゴボッ…騎士…ゼスト……」
「ここは通さん」
グン、と無造作に槍が振られ。ドゥ―エの身体は槍から抜けて床に転がった。地に落ちた身体は、どんなに力を込めても、僅かに震えるだけだった。
「注意して取り押さえろ。戦闘機人は、頭部さえ無事なら、どれほどの傷でも生きていることがある」
ゼストの声が響く。

 近づく管理局員の気配を感じてドゥ―エは笑った。顔の筋肉は反応しなかったが。
(そこまでわかってるのに、ほんとツメが甘いね、騎士ゼスト。)
でも、嫌いじゃなかったさ。
 薄れいく意識の中で呟いて、ドゥ―エはドクターが冗談でつけた機能を、最後の気力で作動させた。
(科学者の嗜みって………意外に役に立つもんだね……)
指揮所前の廊下に、光と轟音と爆風が生まれた。






 戦闘機人の自爆で生じた衝撃波を、咄嗟に魔法で防御した局員達もいたが、極度の劣化を起こしているゼストの肉体は、魔法障壁越しでも、閉所で威力を増した爆発に耐えられなかった。昨日、なのはに強烈な魔力攻撃を浴びたばかりで、ダメージが残っていたこともある。

 いま、ゼストは、アギトを傍らに置いて、逝こうとしていた。騒ぎに駆けつけたレジアスは、ゼストの傍を立ち去ることに逡巡をみせたが、ゼストが静かに諭すと、顔を俯け歯を食いしばってから、胸を張り、若い頃のような颯爽とした敬礼をゼストに向けてから、指揮に戻っていった。千の言葉より、1つの敬礼と交差した視線が、多くのものを語っていた。
 あれなら大丈夫だ、任せられる。ゼストは思った。自分がこれ以上、彼とともに理想に向けて尽力できないことは残念だが……。

 窓の外を見やる。青く高く、どこまでも広い空。自然と言葉が口から零れ落ちた。

「良い空だな……」
「はい」
らしくもなく、アギトが言葉すくなに答える。その悲しみに満ちた表情を見ずに、ゼストは言葉を続けた。
「俺やレジアスが守りたかった世界。お前たちは、焦らずに進んでくれ……」

 理想に身を捧げた騎士は、頼みごとを妖精に託して逝き。炎の妖精は彼の末期の言葉を、その親友に伝えた。その形見と共に。


 そしてレジアスはゼストの槍でその身を支えながら、指揮所に立ち、普段通りの指揮を続けている。





 中枢部の危機を切り抜け、指揮管制機能を維持したまま、首都防衛隊とクラナガンの各陸士隊は、上昇していく「ゆりかご」を目にした。そしてその周囲を飛び交う数百のガジェット群と、クラナガン市に現れた、やはり1000に近いガジェット群。
 つい昨日の地上本部ビル攻防戦で、経験の蓄積と引き換えに多くの死傷者を出していた彼らは、指揮が十全でなかったら、数に押されてその職責を全うできたかどうか、疑わしいというのが、後世の見解である。

 だが、指揮中枢は健在であり。また、本部ビル防衛戦では様々な事情で使用できなかった魔導兵器が使用されて絶大な威力を発揮、陸士たちの士気を大いに高めた。


 地上本部でもごく一部にしか知られずに開発されていた、2連装高射魔法弾機関砲。予算と時間と秘匿性の関係で僅か10台しか準備できなかったが、その性能は、初めてソレを見た者たちの度肝を抜いた。


 開発名称さえつけられず、ただ「秘匿案件L」と呼ばれていたそれは、日本の自衛隊から逐次退役していたL90自走高射機関砲を密かに入手し、改造したものだ。L90は、照準範囲が俯仰角-5度~+92度、最大射程約6km、発射能力は550発/分のの2連装(つまり、1台で1100発/分の発射能力になる)の機関砲と、レーダー及び射撃統制装置を搭載した装甲車と考えればいい。発射時は、車体が割れて平面状に展開し、安定度と地面への固定度を増す。
 これを、魔導兵器として改造したのだ。


 ちなみに、レジアス・ゲイズは大口径の大砲という対案に惹かれていたようだが、首都の治安を守るという目的と、岩長媛命の効果を考えると、固定式で力の大きい少数より、ある程度の機動性とある程度の力のある多数の方が、殲滅効果が見込めるという説明に渋々納得した。

最終的に、高町空佐の
「いや、たしかに大鑑巨砲は男の浪漫だがな? 浪漫を現実に持ち込むなよ、レジアス」
との台詞が止めをさした、と事変後に噂が流行ったが、真実は確認されていない。


 高町なのはのクーガーと同様に、砲身に魔法陣を刻み込むことで、魔力を通すだけで自然に魔力弾が生成される。砲身長は3mを超えるため、高圧縮の多重殻弾頭弾を生成するための魔法陣と、被誘導機能付与の魔法陣の2つを、刻み込むことができた。
 射撃統制装置にも手を入れ、各ヘカトンケイレスからの目標指定を、生成される弾頭に振り分けて、目標へ弾頭を誘導できるようにした。
 車両の動力も魔導機械式に交換。そして、動力源であり、魔力弾の材料でもある魔力は、魔力炉から送信される魔力を受信、必要各所に回す受信部から供給される。予備動力源として、車にも使われている魔力炉が1台につき5個、とりつけられていた。

 供給元の魔力炉は、かなり以前からクラナガンの幾つかの企業と内密に交渉し、緊急時には、それらの企業の保有する魔力炉と、運用のための設備と人員を徴収できるように手を回してあった。あとは、事件勃発時に、魔導機関砲の魔力受信部と対になった魔力送信装置を組み込むだけ。その訓練も防災訓練の名目で何回か行なっており、さらに、1個分隊の武装局員が事件前から密かに常駐して、警備に加わっていた。


 数年前、なのはが陸士学校のコラード校長と話をしたときに思いついた、大魔力を受信し、それを制御するデバイス。その実現はできなかったが、応用的に、魔道機械に転用することで、その発想は現実となったのだ。
 


 最高評議会への情報漏れを防ぐため、秘密裏の製造となり、予算も多くはとれず関わる人数も抑えたため、10台しか準備できなかったのだが、その対空射撃性能は圧巻だった。
 元々、撃墜でなく、弾幕を張ることを目的としている砲だ。それが、弾の1つ1つに誘導性能が付与されているのだからたまらない。雲霞のごときガジェットも、1分間の間に、1100発x10台=1万1千機が撃ち落される計算になる。無論、一発の弾で落ちるとは限らないし、外れることもあるだろうが、ゆりかごの防空に出て来ていたのは、数百程度の数だった。
 10台のうち6台は地上各所に出現したガジェットの掃討に回り、4台のみが対ゆりかごに投入。それでも、仮に効力射が射撃数の半分として、1分間で1100発x1/2x4台=2200発。展開したガジェット全機に2弾ずつ叩き込んでお釣りが来る。僅か1分間の砲撃で、だ。

 しかも、その射撃はただの射撃ではなく、展開した魔導師部隊と、ヘカトンケイレスを通して連携した統制射撃。機関砲の射撃から逃れたガジェットを待ち構えていた魔導師が沈め、機関砲がガジェットの接近を阻み動きを誘導する間に詠唱された広範囲魔法が、まとめられたガジェットの集団を吹き飛ばす。ガジェットの墜落地点には陸士部隊が駆けつけ、もしまだ動いていたとしてもガジェットにとどめを刺す。
 ガジェットの掃討と並行してゆりかごの砲塔を潰すことにも機関砲は使われたから、文字通り1分間で制圧とはいかないが、ゆりかごを丸裸にするのは、ごく短時間で済んだ。


 地上各所に出現していたガジェット群も同様だ。もともと、無理に接近戦は挑まず、車両や周辺の爆破などで動きを阻害する作戦をメインに置くよう、想定状況マニュアルで指示が出ていた。そして、磐長媛命とヘカトンケイレスの組み合わせにより誘導された、魔導機関砲からの多重殻弾頭が、機動の鈍ったガジェット群に次々と着弾する。実体弾から魔力弾に変えたことの副次効果といえるだろう。

 誘導ができる限り、弾頭は距離も障害物も関係なく、自由自在に軌道を変え、曲射と呼ぶのが憚られるような複雑な軌跡を描いて、次々と目標に着弾した。損傷を受け、機能を著しく低下させたガジェット相手に、陸士隊が多対一を厳守してあたり、殲滅する。砲撃のみで沈黙したガジェットも多かった。


 この日、クラナガン全域に降り注いだ魔力弾は、機関砲の砲撃時間から、1100発x6台x10分=6万6千発に及んだものと推定された。


 首都内の移動体を把握し地図と重ね、戦域MAPにして前線指揮官達に送付する磐長媛命。そのMAPを元に、傘下の各隊員及び高射機関砲の誘導弾に、撃墜目標を無駄なく割り振る前線指揮官達。首都防衛隊と陸士部隊は、完全に戦況を支配し、ごく短時間のうちに、地上と空中に出現したガジェットを一掃し、ゆりかごの武装を潰して、これを丸裸にした。




 制空権を確保。
 その報告を受けた防衛指揮全権レジアス・ゲイズは、ゆりかご内部への突入の前段階として、機関砲の一極集中一斉射撃を指示。その間、前線部隊に、わずかでも休憩と補給をとらせるように指示することも忘れない。

 既に、魔力波レーダー、長距離サーモグラフィック解析、及び電磁波・素粒子波による内部探査と、それらの情報を元にした地上本部解析班による情報分析、並びに思兼システムに組み込まれている無限書庫からの情報提供により、ゆりかごの構造や重要拠点、破壊に適したポイントなどは、かなりの精度で判明していた。それらにめがけて、魔導機関砲の集中砲撃を行なったのである。
 魔力弾による砲撃の、1点めがけての集中投射は、場所を変えながら合計で30分以上にわたって行なわれ、目標とされた各区画を完全に破壊した。

 次いで、ゆりかごの開口部周辺に砲撃を集中させ、内部通路を大きく露出させてから、初めて、レジアスは、魔導師部隊に内部突入の命令を下した。



 作戦案では、突入するのは、首都防衛隊の精鋭と、陸士隊から選抜された、近接戦闘のエキスパート達。高濃度AMF下でも能力を発揮できる局員が選ばれ、約50人が第一陣として突入、続いて第二陣約50名が、時間を置いてから、バックアップとして第一陣に続き、第3陣約50名が、露出している通路や、突入口周囲の空間に、ヘリや自力で浮きながら、周辺を警戒する手筈だった。



 だが、それに異議を唱えた者たちがいた。

 遊撃として、一時的に首都防衛隊の指揮下に入っていた機動六課所属、ハヤテ・Y・グラシア一尉待遇と、スカリエッティの地下研究所の制圧と主要調査を終え、接収や詳細な調査などをアコース査察官と部下のナカジマ陸曹に任せて、上司にして親友たる高町なのはを援護すべく、「ゆりかご」に単騎急行していた、フェイト・T・ハラオウン執務官である。
 両名は手順も規律も無視して、直接総合統括指揮所につなぎ、レジアスにねじこんだ。機動六課が独立部隊とはいえ、最低でも始末書ものの行為である。

「私も魔力量には自信があります。それに古代ベルカについても、多分、いや絶対この空域では一番詳しいです! 必ずお役に立ちます! 突入部隊に加えてください!」
「スカリエッティのラボで、本局上層部とスカリエッティとの癒着の証拠を発見しました。スカリエッティへの高町空佐の抹殺指示も確認しました。彼女が危険です! 増援に行きます!」


 レジアスが規律に厳しいことは周知である。

 誰もが、レジアスの怒気と却下を予測し、ハヤテとフェイトもなんとしても自分達の意を通すべく、気迫に満ちた表情で新たな理屈を準備していた。
 そんな緊迫した雰囲気の中、ひげの生えた顎をさすりながら、レジアス・ゲイズ首都防衛長官は表情を崩さず無造作に言った。
『許可しよう』
「なんでです……かって……きょ、許可?!」
『なんだ、不服か?』
「い、いえ、とんでもないです! ありがとうございます!」
ハヤテが慌ててとりつくろい、フェイトはまだ驚いたままだった。

『まあ、アレも自分が独りではないことを実感するいい機会だ。きちんと、ひきずり戻してくるがよかろう』

 レジアスのその言葉に、ハヤテもフェイトも、はっとしてレジアスの顔を見た。レジアスの表情はいつもの強面だったが、その瞳にゆらめく何かを、2人は見たような気がした。
 自然と背筋を伸ばし、2人はレジアスに敬礼した。聖王教会式に次元航行艦隊式という、現在の所属を忘れた形式だったが、誰もそれを指摘しなかった。その敬礼の見事さ、そしてそこに込められていた本物の敬意と感謝が、誰の目にも明らかだったから。

 レジアスは悠然と答礼をした。長い苦労と経験がその仕草に自然とにじみ出た。渋味と貫禄に溢れた、苦悩も挫折も飲み込んで糧として生きてきた漢の、その生き様が目に見える敬礼だった。


 作法に従い、先に敬礼を解くと、レジアスは深みのある声で言った。
『さあ、行け。行って、あの愚かで頑固な勘違いした小娘に、自分の分(ぶ)をはっきりとわからせてやれ』
「「了解しました!」」
綺麗に揃って返事をしたハヤテとフェイトは素早く身を翻し、突入部隊に合流すべく飛行していった。だから、彼女達はそれを見なかった。まだウィンドウに映っていたレジアスを見ていた者と、本部ビルでレジアスに視線をやっていた少数の者たちだけがそれを見た。


 どこか淋しげに、だが慈しみを込めて浮かべられた「剛腕レジアス」の笑みを。





■■後書き■■
 戦いは火力です。(一度言ってみたかった。)



[4464] 三十一話
Name: かんかんかん◆6da2f856 ID:bec96d6b
Date: 2009/11/11 12:18
 俺は静かにヴィヴィオを見た。生まれながらに政争の中を生きることを定められた子供。いまはあどけなく眠る小さな子供。
 俺は静かに視線を移した。血溜まりに沈むスカリエッティ。いいように扱われながら、最後に特大の一撃を入れることに成功した男。吹き飛んだ頭部の中で、辛うじて残った口が、ゆるく弧を描いている。

 そして、ここに立つ俺、高町なのは。管理局の異端にして英雄。罪と業との娘。



 静かに、瞳を閉じる。



 遠いところまで来た。

 心の深い深いところで、鬱々と声が呟く。
なぜ、ここにいるんだろう。ときどき忘れる。忘れたまま思い出せなくなれれば、幸せかもしれないのに。
 許されない。からみつく因業がそれを許さない。己の意地が、涙を忘れた心がそれを許さない。背負った命たち。染み付いた罪業の数々。
 忘れるな、忘れるな。陰々と響く声が、俺を力づくで引きずり戻す。


(「使命も何もなく……ただ……己の生命を……ひたすらに……燃やそうと……する君に」)


 陰陽師は、必要とあらば、相手の事情や環境など一切問わず、呪殺や呪詛をかける。そこに情や感傷の入る余地はない。

「理だの使命だの無粋なもののない君が、か」
 胸をよぎるスカリエッティの言葉たち。


 奴の言う通りだ。前世の俺は陰陽師“だった”。だが、それと俺の今生にどんな関係がある? 身を守るために術を使い始めたのは確かだが、俺は、生まれ変わってまで陰陽の理の守護者たらねばならなかったのか? 妖怪も悪霊もいない世界で。
 陰陽の理や責務に縛られて、生きてきたのはなぜだ?



 いまさらだ。いまさらのことだ。


 だが、スカリエッティの言葉と奴の生き様死に様は、俺の顔をがっしり捉えて、目を背けていた部分に向けさせる。逸らせない。奴の死に際の瞳が、言葉の数々から目を逸らせない。それらが、俺の逃げを許さない。


(「私は……なにかを為すために……生みだされたことを否定する。……私は生きること……を自ら選んで……生きたのだ」)

 俺は自分で選んで生きているのか、この生を?


(直視する……ことから……逃げているのだね……。それゆえの強さ……それゆえの……思い切りの良さ……。君といえども……いや、戦い……続けてきた……君だからこそ……殻のなかの……本質は柔らかい……ままなのか)

俺は逃げているのだろうか。目を背けているのだろうか。アリサ、数年前のお前の言葉が、いまも胸の底に留まりつづけているのはなぜだろう。


(孤独に……なれば、君も……自分の居場所に……気づくだろう。……自分の在り方に気づく……だろう)


 スカリエッティの言葉が次々と胸のうちに蘇って、心を揺さぶる。戦いの間は冷徹を保った心の、柔らかな部分に深々と突き刺さって切り裂き、奥底を抉り出す。


 俺の在り方……。
 ひとの行為など万象にとっては些細なことだ。流れ行く時のなかでは、人の手程度でわずかに乱れた理も、自然にもとに戻っていく。陰陽師が出張るほどのことじゃない。なのに、なぜ、俺は陰陽師たることにしがみつくのだろう。


 望んだわけでもなく、誓いを立てたわけでもなく、情に流されてここまできた。スカリエッティが消えて、目指した先に辿りつける見通しが立って、ようやく気がついた。俺は俺の意思でここまでの道を進んできたつもりでいながら、実際は、目の前にある選択肢の中から選んできただけに過ぎない。選択肢を創り出すのではなく、与えられる。そんな生きかたで、どうして自分の生を自分で創り出してきたと胸を張れるだろう。

 陰陽師にとって、嫉妬や復讐心、執着や欲望など負の感情は、紛れも無い人間の一面だ。だから、それがどんな相手でどんな理由があろうとも、術を行使すれば業を背負う。正義や大義の影に隠れて力を行使してはならない。それは掟でも法でもなく、それ以前の。人としてのあり方、術者としての誇りの問題だ。

 なのに俺は、他人の大義に寄りかかって術を行使した。自覚もせず、無関係だという顔をしながら、結局は手を出した。初めから手を出すこともせず。自覚して罪業を背負いながらでもなく。ただ、感情のままに力を使った。



 静かに瞼を押し上げると、ゆったりと玉座に向かって歩み寄る。

 クアットロはこの船のどこかからコントロールをしていたが、御座船たるこの艦の玉座の間から、艦が操作できないなどということはありえない。そして、そのためにふさわしい場たる玉座、おそらくそこから、魔術的なものか科学的なものか、艦の隅々まで情報を伝達する回路が通っているだろう。

 俺は、玉座の前に立つと、切り落とされた腕の傷口に軽く魔力刃を当てて切り裂き、滴る鮮血をつかって、玉座を中心に呪陣を描き始めた。不動明王の真言のうちの大真言、俗に火界呪と呼ばれる呪言を唱えながら。




 いまさら。いまさらだ。

 随分前から、俺の心のどこかが、声をあげていた。俺の勘が、警鐘を鳴らしていた。様々に言葉をかけてきた人達がいた。それら全てを無視して、逃げるように突っ走ってきた。
 陰陽師の勘は信用できる。俺はそんなことすらも脳裏から消し去って、全ての警告を無視して突っ切ってきた。
 陰謀に身を染め、大事なものをつくり、いつのまにか、物事をまっすぐ見れなくなっていたのか。

 そんな人間、陰陽師なんかじゃないだろうと、広い空間で独り、哂った。











 不動明王の力を降ろすための火界呪を、繰り返し唱えること10回。完成した呪陣の中央、玉座の上に、ヴィヴィオの体内から取りだしたレリックを置く。発動すれば、全ての悪毒を焼尽する炎を顕現させる火界呪。レリックはおそらくその刺激によって内包したエネルギーを解放し、顕現した浄化の炎と混ざり合い、玉座から伝わる回路を通って、艦の隅々まで行き渡り、この妄執と悪欲の遺産を欠片も残さず焼き尽くすだろう。……今後の火種となりうる存在たちをその腹に抱えたまま。



 記憶が過ぎる。除霊の後、壊れて雑音を垂れ流すテレビをみてこぼれた言葉たち。

「壊れた……な」
「壊した、だ。言葉は正しく使え」
「俺たちはどっちなんだろうな?」
「……さあ? どっちにしろ、いらないことを垂れ流すだけの、価値のない存在には違いないんじゃない?」
「……そうだな」
「言ってろ。壊れていても、音は出せる。爺婆どもの評価なんて糞食らえだ。価値も意味も、この手で創りだしてみせる」
「……楽観的ねえ……」
「いつか音が出なくなっても、それまでの軌跡が意味を失うわけじゃない。
 たとえいつまでも壊れたままでも、必ず、伝わることはある」
「――――外れモノにだって理想がある、か」
「ああ。獣には獣の流儀がある」
「いわんや、屑どもをや、って?」

流れたのは、苦笑と呼ぶにはあまりに苦く、冥(くら)い笑い。だが、たしかにそこには希望の欠片があった。

「そうだな。もしそのためなら。俺が俺であるために必要ならば。全てを捨てよう」


 その言葉がいま、俺の胸に木霊する。




 生まれ変わってから俺は、どこか疎外感を感じていた。自分が余所者であるように感じてきた。自分自身の生でさえ、俺にとってはどこか他人事の様に感じられることがある。どこにも居場所の無い者。
 おそらく、だからこそ。積極的に責任を持って関わることを避けてきた。レジアスとの歩みでさえ、奴の補佐に過ぎないと自分を騙してきた。
 俺は独りだった。望んで独りになり、周りを見ないようにしてきた。見れば心が壊れる。ありえないことがありえるかもしれないと期待してしまう。

 「massive wonders」。フェイトの好きな曲を思い出す。
「いい曲だよ。聞くと元気が分けてもらえる気がするんだ」
言うフェイトに苦笑と無言で答えた俺。
 フェイト、俺にはwonder(奇跡)はあまりに重すぎる。重すぎて…耐え切れない。奇跡の可能性は、俺にとっては希望じゃなく。絶望の引金なんだ。

 世界に俺1人ならば。耐えられる。裏切られることも失望されることもない。だが、本気で俺を心配し、本気で俺の隣に立ち、本気で俺に背中を預ける人たちがいることを受け入れたら。受け入れて共にいこうと誘われてしまったら。












 いまさらだ。


 マザーグースで有ったな。ゆりかごごと木の上から地上に落ちた赤子。アルハザードの遺児、権力と権威の寵児、負の業の忌み子。俺たちも、詩のごとく、ゆりかごごと落ちゆくのだ。だから、いまさらのことだ。


 俺は全てを消し去るべく、静かに呪言を唱え始めた。








 心を抑えながら呪言を唱え、要所で片手印を切りながら、ふと、波打つ思考のなか、連想が飛躍して新たな発想を生み、その意味に俺は一瞬唖然とした。それから抑えきれず、笑みをもらす。

 目を逸らしてしがみつく、か。

 魔法に縋り、その優位性の主張にやっきになる連中のように、俺は陰陽術にしがみついて、自分という存在を保っていたのか。前世に頼って今生を生きてきたのか。「人は自分の意志で人になる」などと、生み出された魔王や機人に向かって言い放った俺が。


 滑稽だ。滑稽だ。笑いがとまらない。
 くすくすくすくす、という声が心に木霊する。ああ、なるほど、道化だな、これは。スカリエッティも一言いいたくもなるだろう。くっくっくっ。とことん惨めでぶざまなことだ。

 いまなら、フェイト達が言っていたことがわかる。彼女達の心配が、そのまま素直に受け止められる。俺は六課での最後のブリーフィングを思い返した。




 本部ビルでのデブリと、そのあとの調整を終え。スカリエッティのアジトと目される場所へ出撃するまでの時間を使って、俺は動ける六課の隊員達を、全員、半壊した六課隊舎内の大会議室に集めた。

 集合した皆を見渡す。

 怪我をしていない人間のほうが少ない。そして、病床から起き上がれない重傷者も、調査と交渉といった形で戦いつづけている連中もいる。だが、この場に集った課員たちに活をいれるため、そして仕込みをかけるため、俺はいつもどおりの態度を心がけ、声に一段の気迫をこめた。
 これから全部隊員に対し、本局に対する疑惑を明かし、状況によっては教会と協力して地上本部の一員として、対決姿勢をとることを明言するのだ。

 1月ほど前から、部門長クラスまでで止めていた情報も、主任クラスまで開示させてきた甲斐があって、役持ちの人間に動揺は少ない。一般職員には動揺が見られるが、上が落ち着いている以上、さほど問題にはならないだろう。上役がフォローもするだろうし。


 それから、俺は、スカリエッティの拠点への侵入作戦に対する各員の配置を割り振った。基本、グリフィスに支援部隊及び非戦闘員をまとめさせ、オーリス嬢は、本部とのパイプ役の名目でレジアスの補佐に、武装課と捜査課は俺に同行。ただし、ハヤテとヴィータは地上本部詰とする。



 ハヤテには、本部防衛戦終了直後に、各世界代表の聖王教会本部への避難の護衛と、先方の受け入れ承認への感謝、そして、今後の事態に対する聖王教会への協力要請の交渉を任せてあった。状況的に、六課に帰ってくることはできない可能性も高いと思っていたが、いま、この場にいる。
 おそらく、無理を通したのだろう。ヴェロッサの調査やカリムら本局と関係の深い人間のツテから得られる情報で、管理局の上層部に何かあるだろうことは、教会全体で共有された認識となっていることは、公開陳述会前にカリムから聞いている。そこにスカリエッティの暴露。

 「夜天の王」を危地に送るべきではない、という意見が出て当然の状況だ。六課に帰ってきたハヤテも、それを擁護しただろうカリムも、結果によっては、政治的に困難な立場に立たされることになる。

 無論、結果によっては、聖王教会も、その意見を主導したカリムやハヤテも、これまでとは比較にならない強力な政治力を手に入れることになるだろう。当人達がそれを望むかは、怪しいが。
 事前に、"最悪の状況では”という但し付きで、想定状況の中の幾つかが現実になった場合、聖王教会に次元世界代表達の意見をとりまとめてもらえるよう、なんとか説き伏せてある。カリム達教会上層部にしても、戦乱の発生や政治的混乱の激化は、避けたいことだからだろう、受け入れられた。

 あとはこちらの腕次第だ。”最悪の状況”を違和感無く現出させ、スムーズに片をつけてやれば、政治的混乱を激化させる時間を与えずに、権力と権限の委譲がおこなえる。権力については、いろいろ面倒が続くだろうが、一度流れができてしまえば、単独でそれに異を唱えるのは、状況を読むのが商売の政治家には難しくなる。


 会議を終えて、皆を解散させ、敵施設への突入準備を整えるべく、部隊長室へと足を向けた俺に、複数の足音が追いすがってきた。

「なのは」
 穏やかな声が背中にかかる。その声は、必要に応じて雷撃のごとく激越に人々を打ち、敵には恐怖を、味方には昂揚をもたらすことを俺は知っている。そして、いま、その穏やかさのなかに、緊張した空気が存在していることにも気づいた。

 立ち止まると、俺は首だけをねじり、後ろに立つ3人を見つめた。3人も微塵のゆらぎもない瞳で、俺を見返してきた。
「……立ち話もなんだ。部屋に入ろう」


 ……つよい、奴らだ……。




「お願い、なのは。無理しないで。無理して自分の心を殺さないで。わたしたちは貴女と一緒にいるから。親友だから。だから、なのは1人で無理をすることはないんだ」

 フェイトが懇願するような、説得するような、感情と情熱を込めた言葉を紡ぐ。

「あの…な、なのちゃん。私、ずっとなのちゃんの傍にいるって決めてん。なのちゃんがいくなら、どこにでもいく。なのちゃんと一緒ならなんでもする。なのちゃんは、なのちゃんの思うようにしたらええ。私には、それを止める権利なんてない。
 でもな……その…、もし、すこしだけ私の我侭きいてくれるんやったら。自分が傷つくようなことはせんといて。必要のない危険に飛び込むようなことはせんといて。自分から堕ちてくよなことはせんといて。もしそうなっても私はついてく。どこでも、どこまでも私はついてくけど…でも、できれば、なのちゃんの辛いところは見とうない。辛いと思ってないやろけど、私にはそれが余計に辛いんや。わがままやとは思うんやけど……」

 ハヤテがおずおずと、それでもはっきりと自分の意思を主張した。彼女は俺を親友と呼ぶが、俺が彼女を親友と呼んだことは無い。
 彼女の好意と俺の作る心の壁への、彼女の悲しみに気づきながら、俺は、彼女との仲を一定以上進展させず、ハヤテもそれに踏み込むことは無く、よい友人としての距離を保ちながらお互いに振舞ってきた。だが、ハヤテが俺をからかったりすることはあっても、真剣にさとしたり、反対する意見を強硬に主張することはなかった。
 そのハヤテが、俺に対して、自分の要求を言う。おそらく、最初の友人で恩人でもあると想っている俺に対し、とられていた距離を踏み込えてモノをいうのは、とても勇気がいることだっただろう。だが、彼女は、その領域に踏み込んだ。


「なのはさんがなにに苦しんでるのか、なにを抱えてるのか私は知りません。でも、いまのなのはさんは間違ってます。私を張り飛ばして説教した人が、なに私と同じ穴にはまってるんですか。 
 きちんと周りを見てください! 貴女が私に言ったことですよ!」

 ティアナが叱咤する。その叱咤のなかに混じる心配と尊敬の感情を感じとる。
 本当にティアナは強くなった。かつての精神的な危うさ、力への渇望と自身の弱さに揺れる少女。前世の俺の心の鏡像。その殻から脱けだし、羽化するように美しく力強く翼を広げ始めたティアナ。真っ当な人間としての感性を保ち、成長しつづけている今のティアナは、俺のいびつさを浮き彫りにする光だ。


 俺はなにも応えることはしなかった。あるいはできなかった。
 重く辛い沈黙の中。ティアナが俺に問うた。

「なのはさん…………貴女には、泣ける場所はあるんですか」
「無論」
それには即答できた。
「…………そうなん?」
「いつか赴く地獄の底で」
笑顔が、淋しさや辛さを示す表情だと思い知るのは、何回目だろう。 
「子供のように泣き喚くだろう」
せめて、その程度の救いを望む。
「それで十分だ。……十分だ」

言い終えて、俺は静かに微笑った。いつものように。いつもの自分の皮を被ることができた。こいつらの言葉に剥がれかけた皮を。



 罰の下されない罪など拷問に等しい。
 俺は陰陽師たる事を選んで生きてきた。ならば、その業に見合った罰が当然の報酬だ。それが苦痛だろうが哀しみだろうが、正当なものなら、受け取らないという選択肢はない。それが生き方を選ぶということだ。


 

 なのはの言葉に、ティアナ達3人は絶句した。

 孤独でいいと。寂しくていい、理解されなくていい、救われなくていいと、彼女は言うのだ。そして、彼女自身は、自分が寂しいなんて、気づくこともできないほど壊れていて。
 ただ、彼女の本質を知る者だけが、ただひたすらせつなく、そして淋しい。

 あんなに焦がれて嫉妬して遠くに見えた強い人なのに、いまのティアナには、なのはは幼い少女のようにか弱く見える。けれども、凛とした存在感は変わらない。むしろ、露出した弱さが、一段と彼女の気迫を張りつめさせ、その力を増しているように見える。違和感のない強さと弱さの螺旋構造。弱さも強さの一部になりうると初めて知った。
 でもーなんて哀しい、強さ。


 ハヤテが、暗い沈黙を吹っ切るように話しはじめた。

「生きるんは楽しいんや。ただ生きていけるだけでええ。健康な身体があるなら、文句なしや。絶望なんて知らんわ。希望なんて理解もできん。そんなでも、人は生きていけるし、楽しくやっていけるんや。
 私はよう知っとる。未来もわからんと、苦しい病気に苛まれても。絶望する理由にはならん。明日のこともわからんのに、希望なんてなんの意味があるんや。たぶん、人間てのはな、なのちゃんが小難しゅう考えとるよりは、もっと即物的で現実的や。
 幸せになるのに、理屈なんていらんのや」

一気にまくしたて、一息ついて続ける。

「不幸かって同じことや。理屈で不幸になるわけでも、不幸から逃げられるわけでもない。
 なのちゃんは、なにもかも背負い込んで生きとるけど、なのちゃんにとって世界は、いつもなのちゃん1人しかおらんやろ。そんなアホなことはあらへん。なのちゃんが自分で縮こまって閉じこもっとるだけや。
 ほんのすこし、理屈を忘れて、小難しいこと言わんと周りを見てや。私らのことを見てや!」

 途中から涙を弾き飛ばしながらも、ハヤテは力強く言い切った。彼女の芯の強さは知っていたが、それをここまで剥き出しにしたのは、10年前以来かもしれん。情をもちながら情に流されず、ふざけてみせても節制は忘れず。そんな彼女が感情を露わに言葉にした。


ティアナが口を開く。

「……自分に何が出来るのか。
 自分のどこが優れていて、それを使って自分の望む未来を引き寄せるにはどうしたらいいのか。あたしはずっとそんなことを考えつづけてきました。兄さんが死んで、あたしが兄さんの希望を継ぐと決めたあの日から。

 あたしだって歪んでたかもしれないけど、でも兄さんが死ぬまではそうでもなかった。それからあとも、頑なだったかもしれないけど、気にかけてくれる人たちがいてくれた。
 9歳から戦闘一本で来たなのはさんはどうなんですか。

 自分を信じろって、あたしに言ってくれたのは、なのはさんじゃないですか。それでいいのかって言ってくれたのは、どんな存在になるんだ、って。そう、あたしに、言ってくれたのは! なのはさんじゃないですかっ!!」


「………………」


「……なのは」


2人の言葉に応えられない俺に、フェイトが静かに名を呼ぶ。


 俺は辛うじて、口の端に笑いを浮かべると、いつか誰かに話したのと似た言葉を吐き出した。

 「……人間てのは不思議な存在だな。
 …………お前たちは人間だ。スカリエッティも人間だ。そして、俺も人間だ。
 不思議なものだ。ほんとうに……」


 優しさは弱さでなく、厳しさは強さではない。
 だから優しさと厳しさは両立させられるし、強さと優しさも共存できる。

 優しさを切り捨てないと生きられない弱さ。倫理を無視しなければ、辿りつけない脆さ。魔王を名乗らなければ、非情に徹することのできない甘さ。

 そして、そんな障害などものともせずに、自分の想いを信じて貫こうとする「人間」がここいる。


「……いい女だな、お前たち」

 自然に俺の唇から零れ落ちた言葉。それがどんな感情を含んでいたのか、思い出す気にはならない。ただ、ひどく眩しく、そして綺麗だった。天高く輝く星のように。




 六課隊舎で三人が伝えてくれた言葉を思い浮かべて、俺は微笑んだ。俺にはもったいないような奴らだ。周囲を照らす光。人に希望を与える「人間」。










 だから、その声が聞こえたとき。俺は自分の願望が生み出した幻想だと思ったのだ。


 
 






「なのははこんなところで死んでいい人じゃないよ!」
「俺の命の価値を決めるのは俺だ。決めていいのは、俺だけだ」

 玉座の間の入り口で、やって来たフェイトの真摯な言葉を跳ね返す。フェイトと並ぶように、ハヤテが俺に真っ直ぐに視線を向けてくる。


 かつて、俺の生は常に死と隣り合わせにあり、誇りも尊厳も踏みしだかれていた。そんななかで、己を保つために、己自身に対して掲げ誓った誇り。世界の全てが嘲笑おうとも、己だけはそれに殉じて悔いない誇り。
 己が道を己で定める。生の証。善も悪もなく、ただ、命を燃やす、ただそれだけのために。汚濁も不浄も呑み干して。ただ為すべきことを為す。ただ、それだけのために全力で駆け抜けた生。

 惰性で形だけそれをなぞり、なにも見ないでわかった気になっていた今生。なんの未練のあるものか。


「なのちゃんの心がどこか壊れてしもうとるのは気づいとる」

 泣きそうな声で、それでもつっかえることも途切れることもなく、ハヤテが言う。

「なんでそんなに生き急いできたんか、多分、なのちゃん、自分でも気付いとらんやろ。
 でも、それでも、生きて。死ぬ。その理由をっ。生き方を選ぶ事はできるやろ?」

俺の袖にしがみついたハヤテが、目に涙を浮かべて怒鳴る。

「選ぶ前に死んでしもうてなんになるんや!」


 辛そうな、まるで自分が死の間近にいるようなハヤテの表情。おだやかながら、必死に食らいついてくるフェイトの瞳。


(「本当に守りたいものを守る……ただそれだけのことの……なんと難しいことか」)
ゼスト・グランガイツの言葉が脳裏をよぎる。当たり前のことだ。至極当たり前のことだ。だが、自分で味わってみて、その言葉に含まれていた苦さと悔恨が、痛いほど心に刺さる。溢れ出る感情が、胸に幻痛を引き起こす。


「前に言ってくれたよね。私の行動は局員としては間違ってるかもしれないけど、人としては間違っていないって」

穏やかな声でフェイトが言う。だがその瞳は。気の弱いものなら怯えるくらいに真摯。

「なら、なのはの生き方だって、同じだよ。容赦なくて余裕もない、いろいろ企んだりするけど、なのはの想いだけは、人として間違ってないと思うんだ。

 大切なのは何を為すか。
 なのはがそのために、いつも懸命に最善を尽くそうとしてるのを私は知ってる。求める想いを持ち続けて、可能性を信じつづけて戦い続けてきたことを、私は知ってる。
 その想いは誰にも、なのは自身にも否定できないことだよ」

「結果が手段を正当化することはない」

切り捨てるような俺の言葉に、フェイトはやわらかく首を傾げ、口元に微笑を浮かべた。艶やかな金髪がサラサラと流れる。


「でも。なのはが言ってくれたことだよ? 大切なのは何を為すか、だって。そのためにした良いことも悪いことも、みんな背負って前へ進めって。なのははその通りやってきたんでしょ? なのはの想いを否定することは、私たちはしないよ」

 口をつぐんだ俺に、フェイトが微笑みを消さないまま、両手を後ろで組んで、柔らかい物腰で顔を近づける。


「あのとき言ったでしょ? なら、私はなのはと一緒なんだね、って」


 どうしてそんなに嬉しそうに笑える。どうしてそんなに優しい瞳ができる。俺は謀略をもって事を進め、ケレンによって欺いて……。


「それに」

不意にフェイトは、雰囲気を変えて、悪戯っぽくクスリと笑った。

「死の危険のある人間を助けるのに理由を求めるな。そう言ったのも、なのはだったよね」

 悪戯っ子のような、けれど奥に真摯な光を秘めたフェイトの視線から、辛うじて俺は目を逸らした。


 今日は人から視線を逸らしてばかりのような気がする。今日の出撃前だって、ティアナの視線に目をあわすことができなかった。


 真っ直ぐなティアナのあり方。その瞳の眩しさ。囚われていた過去から解放された彼女の視線に、いまだに変わらない自分が映されることがいたたまれなかった。ほんの数ヶ月前は、かつての俺を重ねて見ていたのに、あっという間に彼女は羽ばたいて明るい空へと昇っていった。

 暴力と破壊ではなく、人の心のあり方、泥まみれの誇りへと反発と屈辱を振り向ける心の葛藤。その容易には為しえない自分との闘いをあっさりと乗り越えたティアナ。いまだ、泥濘を這いずる自分。



「覚えてる? 私と出会った頃のなのはは、管理局の正義でも次元世界のためでもなくて、一人の人間としての想いで行動してた。
 いろいろ言われただろうに、自分で考えて、自分で決めて、前に進んでた。私にとってヒーローだったんだよ、なのはは」

 いまさらな劣等感と自己嫌悪にうずもれる俺を、優しく靭い声が掘り起こしていく。


「いま、やっとなのはの横で私も胸を張れると思う。
 なのはが外と内との戦いに疲れ果てて、絶望してるとしても大丈夫。私は知ってる。

 なのはは何度でも立ち上がるんだ。だって、なのははまだ結果を目にしてない。なのはは、自分のはじめたことは、結果を見届けないと気がすまないから。届かない理想でも、ソレを掲げて、敢えてそれに向かって進みつづけるんだから。

 そんな無茶を、ハラハラしながら何年見てきたと思ってるの? いま、やっと、同じ部隊で、同じ結果を目指して歩いてる。なのはが嫌だって言ってもついていくからね」


「私もついてくで」

ハヤテが言う。

「フェイトちゃんの言う通りや。なのちゃんは、今までずっと休まんと飛びつづけてきたんや。ちょっとぐらい疲れがでて、当たり前や。そんなときくらい、私らが手伝う、いや、肩替わりしてみせる。なのちゃんほど、うまくいかんかもしれんけど、失望は絶対させへん。絶対や」



 でも。それでも。

 あの男の言葉が脳裏を巡る。あの男の瞳が瞼に浮かぶ。
 
 俺はスカリエッティを殺した。それが最善と信じて、それしかないと思って、殺した。スカリエッティを殺すという判断、スカリエッティを理を崩すものとして断罪すべきと判断したこと。それはどうなる。
 俺の在り方を肯定されて、俺のこれまでを肯定されて。肩替わりするとまで言われてそれでも。まだ残るもの。


(「戦闘機人か。人を超えるヒト。前にも聞いたが、なぜ、そんなものにこだわるんだ?」
「君のように高ランクの魔導師にはわからないかもしれないね。ヒトという生命がどこまで進化できるのか、どこまで行き着けるのか。その可能性を見てみたい、そして可能なら自分の手でその可能性を実現させてみたい。研究者なら、誰でも思うことだよ」)

 外法であろうと力を求める。前世の俺とどこが違うものか。地球の歴史を省みれば、むしろそれこそが人間の本性なのか。
 倫理に反し、人道を蹂躙して大義をとる例など枚挙に暇が無い。政治をおこなうもの、犯罪を撲滅しようとするもの、人の未来を信じるもの……。そこに多少の金銭欲や名誉欲が絡まないはずもなく、ならば知識欲を満たそうとすることのみが罪だと弾劾できるだろうか。よりにもよって、この俺が。
 陰陽の理が崩れれば世界が崩れる、だがロストロギアによって世界が崩れることも、科学技術によって世界が崩れることも、次元世界のなかにはあった。


 俺の行動を支える論理が砕ける。すでに相手の命を消し去った今になって。


 沈黙が流れる。
 だが、それはわずかしか続かなかった。ハヤテがすぐに口を開いた。

「深淵を覗き込むその時、深淵もまた、こちらを覗き込んでいる」

フリードリヒ・ニーチェ。「神が死んだ」と断言するに至るまで、彼はどれほどの苦悩と絶望を味わっただろう。自分を支えていた価値観を否定せざるをえない結論にたどり着いたとき、彼は逃げたいとは思わなかったのだろうか。

「でも、闇の奥底を覗きこんどっても、絶望の淵で、それでも傲然と光を掲げる人もおる」

ハヤテは滅多にみせない真面目な表情と、深く澄んだ瞳で俺の瞳を覗き込む。

「ちゃうか?」


 後続の局員達が俺たちの傍を通り過ぎ、ヴィヴィオを連れて脱出していく、一部は艦内に残って通路の安全を確保していく。念話と肉声で指示と報告が飛び交う。俺たちの周りで護衛しようとする局員もいたが、フェイトが首をふって遠慮させた。すぐにまた、俺たち3人だけになる。


 絶望が渦巻く。言葉が渦巻く。静かな瞳が俺を見つめている。すぐ傍に奈落が口を開けているのがわかる。堕ちたら、二度と戻れないだろう奈落。片足がその縁にかかっているのに、重心がそちらに傾きかけているのに。優しくも真摯な瞳と、泣きそうなすがりつくような瞳が俺を縛る。その言葉が、声の響きが、俺に絡みつく。
 細い細い蜘蛛の糸。力を入れれば千切れるかもしれないが、それができない。


 混沌とした心のまま。俺は詰め寄っている2人に、一旦背を向けた。とめていた呪言と印を切り、とどめていた力を解放する。
 明王の力が顕現し、部屋のなかに業火が生まれ、あっというまに空間を蹂躙し猛々しく渦巻く。


 フェイトはわずかに目を見開いたが、なにも言わず、ただ、俺を急かしてその場を離れようとした。ハヤテはもう説得の言葉を使わず、実力行使にでている。俺も、抵抗する気力もなく、ほとんど2人にひきずられるように、紅蓮の渦巻く広間をあとにした。




 ただ、一言、墓標の代わりにその場に残す。


 「いつか、再び、地獄の底でまみえよう。兄ならぬひとよ」









 2人にほとんど抱えられるようにしてたどりついたゆりかごへの突入口の周辺では、宙で浮いたり、ヘリに乗ったりして、多くの武装局員たちが、俺たちを待っていた。


「さ、なのちゃん」
「なのは」
微笑んで、それぞれ手を差し伸べる、ハヤテとフェイト。

 たしかに多量の失血と高濃度AMF下での戦闘は、多大な負荷を俺の身体にかけたが、自力で飛ぶことができないほどではない。おそらく、それもわかっていて、それでもあえて俺に手を差し伸べた2人。


 一瞬、歪みかけた表情。その目が潤みかけ、映し出されている感情が揺れていることにハヤテは気づいたが、口にはせず、ただ、無言で差し出した手を動かした。
 突入口から中空に跳ぶ。飛行魔法は発動せず、ただ、友人2人に抱きとめられ、支えられて、ゆりかごを離れていく。小さな、ほんとうに小さな声でつぶやいたなのはの言葉を聞いたフェイトとハヤテは、互いに顔を見合わすと、嬉しそうに微笑みあい、そのままなにも言わずに、地上本部ビルに向かって飛行していった。そのあとにヴァイス操るヘリが続く。周囲に浮いていた魔道師たちやヘリ群は、誰が仕切るでもなく、自然に隊列を組み、なのは達三人を先頭に、彼らを囲むように、付き従うように、進んでいった。

 指示も出されず、てんでばらばらに組まれた隊列は、見栄えはけっして良くなかったが、そこには穏やかな空気と一体感があった。いまだかつて俺が感じたことのないものーあるいはすぐ傍にありながら見過ごしてきたかもしれない、それは、優しい情景だった。

 

 その優しさが俺の心を光のように刺し貫き、俺の抱く闇と狂気を、まざまざと俺に見せつけた。


 姉さんのコーヒーの味。アリサの言葉。なぜ俺は、六課部隊長への就任が正式に決まったときに、海鳴に帰ったのだろう。もう、あの人たちとの関わりはないものだと自分で思っていたのに。

 だが、姉さんの目は変わらず優しかった。前世の俺が憧れた、家族をみる目というのはこういうものなのかと思わせるほど。
 でもそれに気づけば弱くなる。気づいてしまえば縋りたくなる。甘えたくなる。だから、俺は自分で自分を騙した。

(「家族でしょ! 頼ったり迷惑掛けたり、当たり前にするのが家族じゃないの!」)
いつかのアリサの言葉が胸を刺す。ああ、そういうものなのか。知らなかった。知らなかったんだよ、アリサ。そして怖かったんだ。そんな優しい存在が本当にいるかもしれない、すぐ側に居続けたのに俺が無視してきたのかもしれない、そんな希望と不安で、たまらなく怖かったんだ。

 今ならわかる。アリサの言葉の本当の意味も、姉さん達が俺を見ていた視線に込められた感情も。……スカリエッティのいまわの際の言葉も、なぜ、そんな言葉を最期のときを費やして俺に語ったのかも。ああ。兄ならぬ人よ、わが鏡像よ。俺は、俺は。


 今まで知っていたのは、絶望へ沈む咎人の権利。新たに知ったのは、堕ちゆく友へと手をさしのべる、人としての誇り。





 俺は陰謀と策略に身を浸して生きてきた女だ。


 それは、俺が無力で臆病だからだった。
 自分個人にとっての敵と味方を見定め、そのどちらをも欺き利用して、もっとも効率的に行動することでしか生き抜くことができないと思い込んでいた。


 だが。
 お前達を見ていると思うんだ。思ってしまうんだ。俺は、この魔王は、違う道を歩むことができるのかもしれないと。
 この汚濁と怨念に塗れた魂が、光の下に出ることができるのかもしれないと。
 絶望のように心を締め付ける希望を抱いてしまうんだ。




 と。空気が大きく揺らぎ、俺たちはゆりかごを振り返った。
 いまだ上昇を続けるゆりかご。だが、その装甲のところどころに、炎の花が咲いていた。



 不動明王の迦琉羅炎は、全ての悪毒を浄化焼尽する。古代ベルカの人々の妄念、執着。向けられたであろう怨念、無念。それらがフネ全体に染み込んだゆりかごは、ネジ一本残さず燃え尽きるだろう。……懐にアルハザードの遺児を抱いたまま。

 爆発は起こらなかった。中央部付近から一際太く高い火柱が立ち昇り、そこを折り目にして、フネ全体がゆっくりと折れ曲がり、ひとつの塊になる。次の瞬間。まるで縄で縛るように、炎が、フネであった塊に螺旋状に一瞬で巻きつき、そして瞬く間にフネ全体を包み込み、巨大な火の玉となった。空中で轟々と燃え盛る浄化の炎。誰もが言葉を失って、その光景を見つめていた。


 気のせいだろうか。俺はその炎の中に、右手に宿業を断つ剣を持ち、左手に悪心を縛り善心を呼び起こす縄を持ち、牙を剥き目を怒らせた不動明王の姿を見たような気がした。頑迷で愚かな存在を無理矢理にでも仏道に帰依させるという、かの明王が降臨されたのなら、スカリエッティのような男も、全ての縛りから解き放たれ、多くの魂と同じように、安らかな眠りに導かれるのだろうか。


 俺は炎に包まれていくスカリエッティを幻視した。俺がこの手で吹き飛ばした頭部もそのままに、柔らかに微笑むスカリエッティ。そしてその姿に、かつて浄化してきたさまざまな命を想ったとき。



 ついに。
 俺は明確に、これ以上なく明確に。ごまかしようもなく明確に自覚した。自分の過ちを。自分が間違ったことを。そして喪ってしまったことを。そしてまだ取り戻せるかもしれないものがあることを。今も傍にいてくれる人がいることを。そのあたたかさを。そのありがたさと自分の愚かさを。



 目から熱いものが噴きこぼれる。喉の奥から意識しない音が漏れる。

 俺を肩で支えていたハヤテが、黙って俺の頭の後ろに手の平を添え、そっと俺の顔を自分の胸に押し当てた。反対側から俺の身体に腕を回して支えていたフェイトの腕に、力がこもった。






 俺は泣いた。








 涙を流して泣いた。声を出して泣いた。
 今生で泣いた記憶はない。前世で泣いた記憶すら霞の向こうだ。俺は2つの人生を通じてもしかしたら初めて、人前で誰憚ることなく泣いた。


 スカリエッティの夢想に泣いた。泣かないレジアスの代わりに泣いた。涙を知らない機人たちのために泣いた。業を背負わされるだろうヴィヴィオを想って泣いた。
 ギンガとスバルの苦悩を思って泣いた。ティアナの辛苦を思って泣いた。エリオとキャロの哀しみを思って泣いた。

 残酷な世界を憎んで泣いた。俺達を産み落とした何かを呪って泣いた。俺のとりこぼした命を思って泣いた。俺の見捨てた命を思って泣いた。

 アリサの不器用な優しさを思い返して泣いた。ユーノのわかりにくい勇気を理解して泣いた。クロノの悲しい誇り高さを悼んで泣いた。
 姉さんを想って泣いた。兄さんを想って泣いた。母さんを乞うて泣いた。父さんを慕って泣いた。

 撫でてくれるハヤテの手の優しさに泣いた。抱きしめてくれるフェイトの身体の暖かさに泣いた。

 ただひたすら泣いた。泣くために泣いた。
 自分を哀れんで。他人を哀れんで。自分を憎んで。他人を羨んで。
 ただひたすら。感情の迸るまま、情動の突き動かすまま。俺は、ただただ泣いた。


(「……私は、反逆者。天地の理にヒトの理を持って抗い、反逆する魔王」)


 いつしか、心の波も収まり、まだわずかにしゃくりあげ、鼻をすすりながら、俺はゆっくりと顔を上げた。すぐ横に、優しく微笑っているハヤテの顔があった。
 ゆっくりと、不思議に平静な気持ちで周囲を見渡すと。皆が、優しく微笑みながら、俺を見ていた。
 
 泣いて、泣きつくして。俺の目から長年の淀みがとれたのだろうか。皆の顔が、いままでみたこともないほど、優しく見えた。俺達の立っている空間そのものが明るく見えた。


「はい」
 優しい声と共に、ハンカチが俺の目の前に現れ、俺はその先を辿って、フェイトの顔に行き着いた。フェイトの目は赤く潤み、目尻に水滴がついていた。それでも目と口許には優しい微笑があり。ああ、フェイトらしい。どこかに残っていた理性がそう囁くのが聞こえた。





 俺は、ただ平凡に生きて死ぬならそれでも良かった。だが、才能があるという、ただそれだけで生き方は曲がり。逆境で足掻く漢をみて、さらに道を違(たが)えた。
 いま、俺は次元世界で生きている。ここで過ごした10年は、紛れもない俺の生。それがなかったとしたら、などと考えることも悔やむこともない。

 入局当時の俺なら考えもしないことだ。俺は……変わったのだろうな。
 魔法という力にひきずられ、管理局に関わって、そして、クロノやレジアスに出会った。フェイトやハヤテの生き様を間近で見た。たくさんの局員達の想いと行動を見た。それらの触れあいが、前世の傷をゆっくりと癒し、今生への関わりと意識を強めた。今生の、高町なのはという自分の存在を素直に受け入れられるようになった。
 前世へのこだわりという檻を砕いた今はじめて、俺の第二の生は始まったのかもしれん。ならば。


 ならば、と思う。思うんだよ。思うんだ。

 俺は。この魔王を自称する悪党は。前世の業から解き放たれ、光を歩くことができるのかもしれないと。







■■後書き■■
 原作では、各所でシャッターが落ちてガジェットが湧き出す「自衛モード」にゆりかごが入りましたが、引金は、聖王反応のロストと動力炉破壊の2つだったはずなので、動力炉を破壊してないこのSSでは、その状態になりませんでした。
 なのはさんの心の彷徨に1つのケリがつくまで、もうわずか。



[4464] 三十二話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:bec96d6b
Date: 2009/10/22 11:15
 地上本部ビルの中は、ゆりかごとガジェットの脅威が取り除かれたにも関わらず、切迫した空気に満ちていた。

 厳しい顔つきで行き交う後方要員たち、緊張をまといながら気を静めるように、そこかしこで小声で言葉を交わす武装局員たち。過ぎたはずの戦場の空気が、また近づいてくるような緊迫感と、沢山のささくれた神経が放つ気配。


 俺とフェイト、ハヤテは統合司令室に、護衛付きで案内されている最中だ。進む俺の横に医療局員が張り付いて、治療を施している。医療室行きを勧められて、断ったらそうなった。治療を受けつつ歩きながら、スカリエッティの本拠制圧の経緯と押収した資料の内容の報告を受け、地上での戦闘や潜入していた戦闘機人とゼスト・グランガイツの死などを聞く。現在進行形で進んでいる新たな局面の現出についても。

「本局が今回の件での地上部隊の対応について、査察のため、執務官と武装隊を送るとの通達をしてきたようです」

 俺たちに歩調を合わせながら、グリフィスが強張った表情で報告する。オーリス嬢が地上本部司令部に付いてその機能を回すのに専念しているとのことで、ロングアーチに関する全権をグリフィスに委譲したという。
 こいつの経験値とこの状況下では、六課の武装隊と捜査課のバックアップで手一杯だろうに、思い切って、その権限の大部分と主要な人員を、地上本部の後方部門に一時委譲して、前線部隊への支援を一元化し、自分は数名のオペレーターを使い、地上本部内部や本局、教会の情勢などを調べて分析していたらしい。いい判断だ。もうすこし経験を積めば、かなり信頼のおける後方要員に化けるかも知れんな。

「現在、交渉中ですが、交渉というより非難合戦、罪のなすりつけあいになっていますので、決裂は確実かと。最悪、戦闘状態に発展しかねません」
「教会と、避難中の各世界代表の動きは?」
「会議中であるらしいのですが、それ以上の情報は……」
「いや、十分だ。よくやった。引き続き、情報の収集に努めろ。それと武装隊員達にデフコン3での待機を」
「現在、全地上部隊にはデフコン2が発令されたままです」
「構わん。うちの隊の経験は少ない。幸い、うちの所属は、書類上は「陸」ではない。すこし気を抜かせろ。……まあ、地上部隊の癇に障らん程度にな」
「はい」

「……部隊長は戦闘が発生するとお考えですか?」
「避けられるに越したことは無いが、指揮官は杞憂と思えることに備えるのも、仕事のうちだ。駄目だった場合の予防処置や保険も張っておいてはじめて、甘い未来を信じて賭けることが許される」



 不安げな表情を隠しきれていないグリフィスが離れていくと、護衛をしている陸士の1人がさりげなく、そっと、俺に囁いた。

「主な捜査司令たちが結束して、捜査局の実権を握りました。本局の疑惑の捜査に対しての協力依頼を、内密に打診してきています。すでに代表数名がこちらに。司令部と打ち合わせ中です。ほかの捜査司令や捜査官たちも、転送準備に入っているかと」

俺はかすかな頷きで応えた。


 事前にレジアスと打ち合わせた通り、地上本部が中心となって、本局以外の各部局と連携し、本局上層部とその関連組織を、犯罪容疑者として告発する準備が、着々と進んでいるようだ。ハヤテとフェイトにも、告発時の証拠にスカリエッティのラボから押収した資料を使う以上、六課、ひいては俺が大きな役目を果たすことになることを説明した。二人ともなにも言わなかった。目に付く動揺も見せなかった。2人の瞳に浮かんだ感情を、いまの俺は読み解くことができなかった。
 だが、これは言っておくべきだろう。



「ハヤテ、フェイト。
 本局を正面切って告発することになれば、お前たちは矢面に立つことになる。

 ここまでくれば、ただの権力闘争だ。どちらが正しいだの、誰が罪を犯しただのは関係なくなる。勝ったほうが正しく、負けたほうが犯罪者だ。手は打ってあるが、純粋な闘争になれば、政争に慣れた高官や、強大な武力を保有している本局に勝てる保証は無い。

 お前達には、お前達の立場も背負うものも有る。
 いまなら、抜けても構わん。代わりを立てる時間はある」 


「心配せんでええ」
ハヤテが言う。
「私らは覚悟を決めた。たとえ汚名を着せられても殺されても、私らの誇りは守られる」 


フェイトが微笑んだ。
「誇りはこの胸にあるから。なのはがいつか教えてくれたとおり。それに気づけば、もうなにも怖くない。
 六課のみんなも、シャッハや武装隊の人たちも、理解して、その上で自分の意志で決めてくれた。
 自分の誇りのあらわしかたを」


「だがな……」
俺は言葉を濁し、結局、躊躇を押しのけて口にした。

「お前たちに死んで欲しくない。傷ついて欲しくない。
 俺はいい。俺がはじめたことだ。
 だがお前達は、いわば、肩書きや立場の関係で、巻き込んだようなものだ。
 ……危険すぎる。ここで引いてくれないか?」

俺の言葉に、ハヤテはニヤリと笑った。
「お断りや。やって、私、なのちゃんの親友やもん。規律やら常識は蹴飛ばして、やるべきと思うことをやるんに、それ以外の理由が必要かいな?」
「そうだね。なのはと一緒にいるんだもん。しかたないよ」
フェイトも微笑みながら言った。


「なのは、いつか言ったよね。『白と黒に物事を割り切るなら楽だ。だが、それに甘えず、泥にまみれてより良い未来を求めてあがくのが、人間じゃないのか』って。
 私はあの言葉を胸に灯して頑張ってきた。

 なのは。

 なのはは今、ちょっと自分を見失っちゃってるみたいだけど、大丈夫だよ。私が傍にいる。ハヤテも。ほかのみんなだって。
 だから、なのは。

 私は君に貰った言葉を返すよ。

 大丈夫。今、なのはの真価が問われようとしてるけど、今まで何度もなのはは証明してきた。私と出会ったときも、ハヤテが苦しんでたときも、ティアナが壁にあたったときも。
 今までと同じように、もう一度、なのはの価値を証明するだけ。

 なのはは1人じゃない。局員としては間違ってるかもしれないけど、人としては間違ってない。だから私たちは、なのはについていく。ほかのみんなも、きっとなのはについていく。

 だから、みんながついていく自分を信じてあげて。私たちを信じてみて」



 ……俺の真価? フェイト達の信頼?

 嗤える話だ。いままでの自分が砕け落ち、いいように扱ってきた友人達に救われて、一体なにが残るだろう。せめて。なにも知らない彼女達だけでも、これ以上、深みにはまらないようにするのが、せめて……。 


 不意に、ティアナの言葉が脳裏に響く。

(「幸福かどうかなんて、なってみないと判りません。事前に、幸福になれるかもしれないって思った道が、思った通りの幸福につながってるなんてありえない。自分が本当は、なにを欲しがっているかなんて、理解するなんて不可能ですよ。私が誤解していたように、きっと誰だって誤解する。目に映るモノを手に入れれば、幸せになれると思っちゃう。

 そうじゃないんです。聞き方が間違ってるんです。

 生きる意味じゃなくて、生きる価値を問うように。何が幸福なのかじゃなく、幸福とどうつきあうかを考えたほうがいい。どうやって幸福になるかじゃなくて、どう現状とつきあって幸福をつくっていくかって考えたほうがいい。
 
 それは、きっと世界に生きる人、ひとりひとりが自分で考えて、自分でなんとかしていくことで。誰かが与えたり、救ってあげたりするものじゃない。人間はそんなに万能じゃないって、いつも言ってるのはなのはさんでしょう?

 わたしたちは、ただ、最低限の不幸の芽を摘んでいけばいいんです。そこからどう幸せを見つけていくかは、生きていく人それぞれの生きかたで、あたしたちが口を挟むべきじゃありません。

 その人の人生はその人のものです」)



 奥歯がギリリと鳴った。不甲斐ない自分。情けない自分。 


 ああ、そうだったな。そうだったな、ティアナ。


 彼女達の生き方は、俺の決めることじゃない。スカリエッティの生き方を、俺が判断すべきじゃなかったように。
 今までの俺が砕けたって、今までの彼女達が砕けたわけじゃない。俺はきっかけをつくったかもしれないが、いまの彼女達を創りあげてきたのは、紛れも無く、彼女達自身。なのに、彼女達に、ここで引いてもらいたいだなんて……。

 わがまま以外のなにものでもない。いや、わがままとも言えない、哀願や駄々のようなものだ。口に出す言葉はどうあれ、俺は彼女達にすがりつき、彼女達の意志も生き方も見ずに、新たな何かを示すことも無しに、ただ、無事を願った。


 情けない。


 ティアナの言葉が俺を刺激する。追い越していった過去の俺が、ふりむいて笑う。立ち止まったままの自分に怒りが沸く。
 砕けおちた心と意思が、もう一度、寄り集まっていく。

 ハヤテとフェイトの言葉と心がそれに寄り添う。そっと支えてくれる。


 彼女たちの気遣いを受け入れることは、彼女達に依存することと同義じゃない。彼女達に力を借りないことは、自分ひとりで立てる証じゃない。彼女たちを受け入れて、力を借りることは、自信がなければできないことー自分をもたなければ不可能なこと。


 なのに。


 くっ、と嘲笑に喉が鳴る。俯いて歪む口元を隠す。

「なのは?」

 フェイトとハヤテが気遣うように、覗き込んでくるが、俺は無視して、自分の中に埋没する。



 思い出せ。



 俺はこんなにも無様だったか。



 はやてと出会ったのは、こんな高町なのはだったか。
 フェイトを支えたのは、こんな高町なのはだったか。
 ジェイル・スカリエッティが認めたのが、こんな高町なのはで許されるのか。
 次元世界に刻んできた、高町なのはという痕は、こんなモノなのか。


 ちがう。ちがうだろう。こんな高町なのはじゃないだろう。
 そう、こんなのは、高町なのはの生き様じゃない、死に様じゃない。こんなのは、高町なのはの流儀じゃない。


 同属を殺して。友人達をペテンにかけて。それを途中でほったらかして逃げるだなんて、そんなことは許されない。自分自身が許せない。
 魔王と呼ばれ、それを受け入れて利用した女。誇りも名誉も持たないが、それでも譲れぬものはある。
死したる命。自分の生で、奪ってきた命たちの証に。掌から零れ落ちていった命たちの生の証に。俺は証明なのだ、多くの命の。俺の生は、多くの喪われた命に恥じないモノであるべきなのだ。


 思いだせ。俺は高町なのは。


 顔をあげろ。
 心のエンジンに火を入れろ。
 善がどうした。
 悪がなんだ。
 矛盾など知ったことか。
 そう、なぜなら、俺は高町なのはなんだから。

 折れた心に意志を継ぐ。砕けた心の鎧を取り繕う。
 そうして俺は、高町なのはは。ボロボロにひび割れた心を纏い、折れた気持ちを無理矢理高く継ぎ重ね。再び立ち上がった。ゆらぐ信念とくずおれそうな気持ちのままで、それでも。それでも。
 高町なのはは、震える心で立ち上がった。





 統合指揮所内は喧騒に満ちていた。様々な指示や報告が飛び交い、いたるところでウィンドウが開いては閉じている。そして、指揮所のメインモニタ前に設置された演壇と、それに向けられた砲列のようなカメラとマイクの群れ。

 予定通りの光景のはずのそれが、俺の足を止めた。
 いや。
 俺の足を竦ませた。



 「なのは?」
 不思議そうな声で、そっとフェイトが囁いてきた。それでも俺は動けなかった。

 入室してきた俺たちに目もくれずに、各所に指示を下していたレジアスが、動こうとしない俺たちを訝しげに振り返った。その顔を見ても、俺は動けなかった。


 レジアスへの感傷と同情。俺はレジアスになりゆきのような形で協力し、本質的な決断をできずに、問題を先送りしていた。その代償を、俺はいま、払おうとしている。
 立ち上げたはずの心がきしみ、ゆらぐ。
 立て直したはずの意志がひび割れ、ぐらついている。

 動かなければならない。
 動けない。
 俺はこれまでおこなってきたことへの責任がある。
 それを全て背負わなくてはいけないのか? やっと、自分の誤りに気づいた今になって。


 しびれたような頭の隅で、声が囁く。

 これをしなければならないのか。
 本当にしなければならないのか。
 俺がしなければならないのか。



 俺がそのまま竦んでいると、レジアスは表情一つ変えず、静かに前に向き直った。見間違いだろうか? その目に一瞬よぎった影に、俺は思わず一歩踏み出した。そのまま自然に足が動き、俺は設けられた演壇の数歩前まで進んで。そこでまた、壁に当ったように進めなくなった。



 あと数歩、前に出れば、演壇に立てる。そして、アジテーションを始めればいい。準備は十分に出来ている。草稿もレジアスと協力して作りあげてある。あとは演出に注意しながら、決めた通りに演じればいい。おそらくかなりの確率で多くの一般局員の支持が得られ、クーデターに持ち込むことができるだろう。
 各世界代表へもできる限りの手を打ってある。クーデターが成功すれば、すんなりとはいかないかもしれないが、クーデターの正当性を承認させることは可能だろう。そこまでわかっているのに、あと一歩が踏み出せない。最後の一幕の幕が上げられない。



 ひとのあたたかさに触れた。自分の歪みを自覚した。それでも受け入れてもらえた。その喜びを知った。

 俺は生まれ変わったのだと。前世の頚木に縛られることはないのだと、俺の意志次第で、光さす世界で、生きられるのだと理解した。
 そんな生き方が可能なのだと、知ってしまった。




 怖い。
 俺は怖い。




 また人を騙すのが怖い。
 また人の想いを操るのが怖い。
 策謀をめぐらすのが、業を背負うのが怖い。




 いつしか俺はその場で、俯いていた。
 ふと、肩に大きく暖かな重みがかかった。ごつごつとした大きな、男のてのひら。吸い寄せられるように、その手に沿って視線を上げていくと、1対の目と視線があった。いつも鋼の色をしていた瞳は、ひどくおだやかな、深い深い色をしていた。



 レジアスが俺の目を見ていた。



 そして。あの感情を人に見せることを嫌う男が、私情を公の場に持ち込むことを固く自らに禁じている男が、静かないたわりの感情を明確に声に乗せ、言葉を発した。

「下がっているがいい。あとは儂がやる。
 これはもともと、儂らがやるべきことだったのだ。
 下がって……休むがいい。あとは任せておけ」

そして、やんわりと優しく、だが断固とした力で俺をおしやり、自分が演壇の前に足を進めた。


 


 俺は呆然としていた。

 


 新しく拓けた可能性に、これまでの道を歩きつづけることに恐怖を覚えた。
 動けなくなった俺に、レジアスが公の場でいたわりの言葉をかけた。


 そして今、俺の目の前に背中を向けて立つ男。「あとは任せろ」そう言った男の広い背中。



 不意に激しい衝動が俺を襲った。




 俺はなにをしている?

 この男1人を前面に立たせて、なにをしている?
 
 この背中だけに全てを背負わせるのか? 自分が友人達に救われたというだけで。
 これまで俺がしてきたこと、めぐらしてきた謀り事、その全てを、口をぬぐって、この男に背負わせるのか?
 光の道を歩けるというだけで、捨てるのか、俺自身の過去を!

 
 たしかにこれまで俺は、選択肢をせばめられた中であがき、生き残ろうと、自分の居場所を確保しようと、暗い道へと足を踏み入れた。
 たしかに、俺自身で選んだのではないかもしれない。
 状況に追われてやむなく選んできたのかもしれない。
 不運だったかもしれない。
 俺の考えと能力が足りなかったせいかもしれない。



 だが、それがいったいどうした!!




 新しい生を受けてから、俺がしてきたこと、俺が見捨ててきた全て。
 俺の悪事と罪がなくなるわけじゃない!


 苦しむ人々がいなくなるわけじゃない。
 現実に抗う人間が。戦いを止めるわけなんかない!



 閃光のようにそれらの想いが一瞬にして俺の中を駆け巡り、俺の心と魂を隅々まで照らし出した。過去も未来の可能性も、見たくない想いも目を背けてきた弱さも明るみにした。






 俺は残った自分の手を持ち上げ、それをじっと見つめた。
 

 血にまみれた手だ。目には見えないけれど。
 罪にまみれた手だ。ひとは気づかないかもしれないけれど。
 
 だが俺は知っている。この手のしたことを。この手の離したものを。


 それらを全て捨てて、忘れ去ることができるのか?


 


 

 バシン! と大きな音が部屋に響いた。視線が音の発生源-俺に集中する。
 

 俺は頬にたたきつけた手の平を、ゆっくりと頬から離し、静かに下ろすと。
 顔を上げ、胸を張り、一歩前に踏み出した。明確な自分の意志のもと。


「そこまでだ、レジアス。
 それは、俺の義務で。権利だ。
 俺のやるべきことだ。

 俺に ゆ ず れ 」
 


 
 ああ。今こそ俺は、自分の意志で魔王となろう。

 生きるためでもなく。追い込まれたからでもなく。
 あがくためでも、ましてや誰かのためなどでは決してなく。


 俺の意思で。

 俺の欲で。


 怨嗟と涙の渦巻くこの世の地獄をこの足で歩き、
 荒涼たる現実をこの手で掬(すく)い、
 光のない未来をこの目で見据え、
 遥かな天に輝く星まで届く咆哮を上げよう。


 俺の名は高町なのは! 魔王高町なのは!




 正義がどうした。理屈がなんだ。
 他人に向けた刃が自分に返ってきたところで、なにを悔やむことがあるだろう。なにを怖れることがあるだろう。
 道理も駆け引きも踏み潰し、望む結果を引き寄せよう。


 俺の名は高町なのは。いま、己の意思で魔王たることを選ぶ。
 天と地の理に反逆し、自分の望みを貫き通す。情理を超越し、己が命を糧と燃やして駆け抜けていこう。


 俺は魔王! 魔王高町なのは!


 


 そう、いま、このときを以って。本当の意味で「高町なのは」が、この世に生まれたのだろう。
 自分の意志で征く道を定め、自分の意志でその道を歩く、自分の生を始めたのだろう。

 自分の意志で、みずからの生を創りあげていく存在になったのだろう。







 レジアスの瞳を俺は見つめた。
 レジアスもゆるがぬ目で、俺の目を見つめてきた。

 長い、永い、途轍もなくながい数瞬が過ぎ。
 
 レジアスはかすかな吐息をついた。

 
 それは諦めのようであり、呆れのようであり、……あるいは俺の願望が許されるのなら、微量の笑いが混じっていたかもしれない。

 レジアスの口元がかすかに動いた。
 「馬鹿な奴だ」と動いたように見えたが、確信はない。




 そしてレジアスは静かに向きを変えて一歩、後ろに下がり、そこで、その演壇のすぐ傍の位置で、もう一度正面に向き直った。
 堂々と、長い風雪を越えてきた巌(いわお)のように。「地上の守護者」と称されるに足る威風を示しながら。


 俺はなにを言うでもなく歩を進め、演壇の前、レジアスが手を伸ばせば俺の肩を掴める位置に立ち、静かに正面を見据えた。

 
 ……では、終焉を告げる狼煙をあげよう。





























 その姿は、あたかも託宣を告げる神巫(かんなぎ)の如く。



 地の上にあらざる者の雰囲気をまとい、小さく細い体躯ながら凛として透徹した存在感を放ち、目を惹きつげずにはおかない何かがあった。
 それは、折れて折れかけてなお立ち上がり。これまでの自らの正負の軌跡の全てを、誇りと刻んだ魂の放つ輝きなのか。或いは、己と己に関わる全てを賭けて勝負に挑む、ヒトの持つ気迫なのか。




 


 目を真っ赤に充血させ、目元を腫らした高町なのはは、背後にレジアス・ゲイズを従え、演壇に立っていた。全管理局員と全次元世界が、彼女に注目していた。
 直前のやりとりも、管理局を代表するエースが泣き腫らした顔を上げて、剄い光を放つ瞳で彼らを見据えたとき、彼らの脳裏から消え去った。彼女の放つ意思がモニター越しに彼らを圧倒し、彼女の瞳に宿る光が彼らの耳目をひき寄せた。


 そして、彼女は静かに語りはじめた。





「私は高町なのは一等空佐。時空管理局遺物管理部機動六課の部隊長を拝命している。本年4月以前は、本局航空戦技教導隊本部にて、作戦担当幕僚副長の下、検討担当幕僚を務めていた。局員歴は10年を数える。
 
 親愛なる我が同胞、時空管理局の人々よ。我らを信頼し、我らに力を預けてくれた次元世界の人々よ。

 今日、私は辛く、悲しいことを、あなた方に告げねばならない。
 怒りと屈辱に満ちた事柄を、あなた方の前にさらさねばならない。

 それが、次元世界の秩序を守るために必要だからだ。


 今日、私と私の戦友達は、広域次元指名手配犯、ジェイル・スカリエッティの秘密研究施設を制圧し、彼の資料を押収した。彼自身を捕らえることはできなかったが、ロストロギア「ゆりかご」と、彼は運命を共にしたことをお伝えしておこうと思う。

 次元世界をゆるがしかねない大規模テロは防がれた。……しかし、残念ながら、その根まで解決できたわけではない。


 みなさんは覚えておられるだろう。昨日のスカリエッティの演説で、彼が時空管理局によって生み出され、時空管理局の命によって犯罪に手を染めていた、と宣言したことを。彼の研究所から押収した資料から、これを裏付ける内容が見つかった。彼の研究を資金的に援助し、また、彼のもとにたどり着こうとした捜査官達を謀殺した人間が、時空管理局の高位にいることを証拠立てる資料が見つかった」


 どよめく室内。
 なのはは、身振りで、落ち着くようにうながすと、静かな調子で言葉を続けた。


「捜査と資料の押収・調査には、次元航行艦隊の若きエース、“閃光”の二つ名で知られる、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官があたった。ハラオウン執務官」


 金髪の美しい少女が一歩前に出ると、自分の横にウィンドウを開いた。

「すべての資料の確認を終えたわけではありませんが、ただいまの高町空佐の発言を裏付けて余りある証拠が、すでに確認されています。この内容は、各部隊のホストコンピューターにこれから送信します」

 言い終えて、彼女は一歩下がった。


 再び話しはじめた高町空佐に、食い入るような視線が集まる。人々は、目の前で起きていることが、未曾有の大規模テロさえ霞む、大変な異常事態だということを、ようやく認識しはじめたのだ。


「ありがとう、ハラオウン執務官。

 だが、問題はこれだけで終わらない。スカリエッティは、つながりのある時空管理局員から、私、高町なのはの抹殺命令を受けている、と突入部隊の前で宣言した。その命令の記録も、すでに入手している。私と共に部隊に加わった、本局武装隊所属の三佐が、このことが虚言でないことを証言してくれるだろう」

「私だけでなく、あの場にいた全局員が、いつでも証人になるだろう」


 堂々とした体格の男が、大音で言い放った。その声は、聞く人々の心に疑う気を起こさせないほど、剛直で裏表の無い響きだった。


「これは伏せられていたことだが、私は数ヶ月前にも命を狙われたことがある。本局のごり押しで決まった、天照がメンテナンスで使用停止になる、わずか数時間のタイミングを狙ったように、隊舎が襲撃を受けた。
 また、少数精鋭で機動力を持ち味とする機動六課が、オークションの警備という部隊の性質に不向きな任務を受けている間に、部隊員しか知らないはずのパスを通り、上位者コードで監視機器を停止させた謎の男が、私の住む部屋の前に、質量兵器を仕掛けていったこともある。

 さて。当然、皆さんは思うだろう。いかに有名とはいえ、一介の佐官がなぜ狙われたのか。不審な殉職をとげた、すくなくない捜査官たちと同じように。

 この点については、聖王教会より時空管理局に、特務を帯びて出向中の“夜天の王”、ハヤテ・ヤガミ・グラシア殿が証言してくれる」


 小柄で童顔の、愛嬌ある顔立ちをした少女が、表情を引き締めて前にでる。

「皆さん、こんにちは。聖王教会所属、ハヤテ・ヤガミ・グラシアです。教会より「夜天の王」の称号を名乗ることを許されています。
 我々、聖王教会は、管理局上層部の不明朗さに不審を抱いた高町空佐の進言から、以前から独自に調査を進め、管理局上層部に重大な倫理に反する行為があるとの疑いを強めてきました。私が高町空佐の部隊に出向してきたのも、その調査の一環です。

 そして我々は調査のなかで、時空管理局本局上層部に、倫理と職務規定に違反する重大な非人道的行為の疑いがあるとの確信を強めました。昨夜から今朝にかけて押収された資料及び捕えられた犯罪者の言葉の中に、それらを裏付ける証拠も見つかりました。

 皆さん。

 聖王教会は政治には関与しません。しかし、倫理を守り、社会を守るべき存在が、その責務を裏切っていたなら、それを放置することも、またできません。多くの証拠をもって、聖王教会は、少なくない管理局執務官・捜査官の殉職、及び高町空佐の暗殺未遂は、管理局本局上層部の、自己保身のための犯罪行為である、と結論しました。

 皆さん。私たちは、長い間、手を携えて、次元世界の諸問題に共に対処してきた同胞の堕落を悲しむと共に、まだ、希望を捨ててはいません。この犯罪行為に関わったのは、上層部のごく一部であり、大部分の管理局員の皆さんは、変わらぬ情熱と使命感をもって奉職し、日々の責務を果たそうと努力していると信じています。

 しかし、現在の時空管理局の問題を、そのまま放置することもできないと私は考えています」


 ハヤテの言葉が一区切りしたところで、再び、なのはが口をひらく。


「聞いてのとおりだ。
 そして、今回のジェイル・スカリエッティの拠点制圧により、数々の新しい有力な証拠が見つかり、最高評議会こそがそれらの犯罪命令の出所であると確定した」


 聴衆に激震が走った。
 それに気づかぬように、なのはは、淡々と言葉を紡ぎつづける。


「たしかに彼らの、過去の業績は認めよう。次元世界の混乱を収め、管理局を設立した。だが、なぜ彼らはいまだ管理局の頂点にいる?
 「管理」しなければならないと思っているからだ。管理局を。次元世界を。

 なぜか? 彼らが自らを他者の上位に置いているからだ。自分達が導かねばならないと思っているからだ。身体を捨て、ただ寿命を延ばすことに執着してまで!
 人間ではありえない寿命を持ち、人間とは一線を画した上位存在として自らを規定する。その存在をなんと呼ぶか、ご存知か? そのような存在は、過去、何人も存在してきた。局員の皆さんは知っているはずだ。そのような戯言を陶酔して叫ぶ輩を、相手にした経験があるはずだ。そやつらは、そう、「神」を自称するもの。絶対者に自らを擬する者。そう、神にとっては、人間は導かれるべき、愚かで憐れな存在に過ぎない。

 だが、問おう、諸君。我々は、導かれねば生きていけない存在なのか? 監視され、管理されなければならない存在なのか? 庭に生える草木のように手入れされ、庭師の判断で時に間引きされ時に栄養を与えられて過ごしていく存在なのか?」


 彼女は右手を大きく振った。俺の顔の横にウィンドウが表れる。そこには年号と事件名が羅列されていた。


「これは、彼らの判断によって「間引かれた」人々のリストだ。事件を装って消された局員・一般人のリストだ。
 最高評議会と本局上層部は、まさしく「庭師」のように、次元世界という庭を彼らの判断によって管理し、「神」に自らを擬して、人々の命を思うがままに刈り取ってきた」


 もう一度手を大きく振ると、ウィンドウが消えた。


「……このリストは各部隊のホストコンピューターに送信した。各事件が、最高評議会の指示によって引き起こされた証拠も添付してある。確認してみるといい」


そこで、彼女は大きく息をはいた。


「だが、それが必要か? 

 聞こう、諸君。我らは管理されなければ生きていけない存在なのか? 管理する存在によって、在り方まで規定されることを受け入れなければならないほど、惰弱で愚かな存在なのか?

 ……人間は弱い。それは確かだ。
 科学の力をもって世界を滅ぼしかけ、魔法の力をもって自分より弱い者を傷つける。
 だが、それだけの理由を以って、「管理」することは正当化されるのか? 
 否! 否!! 否だ!!


 人間は弱い。だが弱くても努力し、強くなろうとする。
 人間は愚かだ。だが誤れば反省し、繰り返すまいとする。
 一時の時間だけを切取り批評し。負の側面のみを見つめあげつらい。それを以って全てを断じれば、確かに楽だ。努力をしなくて済む。反省しなくて済む。葛藤することも挫折することからも逃げられる。

 だが、それで本当に「人」だと言えるのか? 生きていると言えるのか?! 庭で管理される草木と、栽培される作物と、どこが違う!!


 人間は確かに過ちを犯す。だが、その過ちを悔やみ、それを償おうと努力する人々を否定できるのか?
 人間は弱い。生まれたときは、誰もがひ弱な赤子に過ぎない。だが努力を積み重ね、経験を積み重ね。過ちと反省を繰り返し。そうして我々はここまで来た。そしてこれからもそうして生きていくだろう。なぜなら、我々は人間だからだ。失敗もすれば愚かでもある、完璧とはいいがたい人間という生き物だからだ。

 それは恥じるべきことなのか? 失敗を悔やみ、葛藤を繰り返し、矛盾を抱え、傷つきながらも希望を目指してすすむからこそ、我々は自分自身に自尊心と誇りとを抱けるのではないのか? 無様でみっともなくあがく在り方こそ、目を逸らさずに見つめるべき、我らの真実の姿ではないのか?

 我々は自分の意志で選択し、行為を行なう。その結果を自分の身で引き受けるからこそ、我らの命は輝いている、私は、そう胸を張って言える。
 弱さや過ちは恥ではない。それらを抱えながらも懸命に生きてきた証、我らの生を彩る勲章なのだ。傷だらけで、汚れも染みもある存在だが、それでも自省を忘れず努力を忘れず、理想を目指して進むからこそ、人間は人間として胸を張れるのだ。誇りを持てるのだ。


 ……今一度問おう、諸君。我らは、管理されなければならない存在なのか? 人間の上位者を任じ、神に己を擬する存在に、生と権力にしがみつく輩に、羊のように飼われ導かれ、肉や毛を提供するための存在なのか?


 否!! 断じて、否!!


 局員諸君! 次元世界の秩序と平和のために、自らの血と同朋の血を捧げてきた誇り高き局員諸君!!
 我らの努力と苦悩は、そんな傲慢な輩に利用されるためにあったのではない! 彼らの「管理」のもとで、「間引かれる」誰かを犠牲にして成り立つ平穏を享受して、倒れていった同僚に顔向けできるものか!!

 諸君!! 理想をもって管理局に奉職する諸君!! 現実に押し潰され、希望を見失っている局員諸君!! なにも見えずなにもわからず、ただただ命令のまま、苦闘してきた局員諸君!!

 私はあなた方に告げよう。私の意思で! 私の選択で! あなた方に告げよう! 現在の管理局に過ち在り! と!
 

 我らは庭の草木でも飼われる家畜でもない。自分の意志を持ち、自分で選択できる人間なのだ! 今はその自由を奪われていようと、周囲の壁を叩き壊し、自由の空へ身を躍らせることのできる人間なのだ!!

 その道理を忘れ、人々を己が所有物のごとく管理する最高評議会は誤まっている! その指示に諾々と従い、己の意思を持たずに従う、本局上層部も誤まっている!
 

 我らは局員として、その過ちを正さねばならない! 身内の恥は身内で雪ぎ、管理局の精神いまだ健在なりと、次元世界に示さねばならない! それ無くしてどうして、犠牲になった局員や民間人に顔向けできようか?


 我が声に賛同する者は、私とともに起て! 己と同朋の尊厳を守らんとする者は、私とともに起て! 己が人間であると自覚し、人間として生きようと望む者は、私とともに起て!


 管理局の過ちを正し、正義と誇りを取り戻す!


 私はここに! 健全な治安維持組織を取り戻すため! 決起を宣言する!!」






 
■■後書き■■
 流されて、ふてくされて。出会って、奔って。また出会って。揺れて惑ってふみはずして。なのに、助けてくれて。それでも。捨てられないもの。消え去らなかったもの。自分でも知らなかった、自分自身。

09年10月22日初稿



[4464] 幕間9:会議で踊る者達
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:bec96d6b
Date: 2009/11/01 10:33
「なにを馬鹿なことを言っておるのだ、この小娘は!」
聖王教会本堂の一室に怒号が響いた。
「治安を取り戻すための決起だと! 要はクーデターではないか!? くそっ、地上部隊を唆して権力を握るつもりか、管理外世界の小娘が!」
 その部屋に集まって一部始終を壁面モニターで見ていた各世界代表と、教会の上層部の人間達は一言も発しない。その男一人だけが喋り続ける。

「こうしてはおられん! 万が一にも本局が敗れるとは思わんが、身内の裏切りほど危険なものはない。我々も即刻、自世界の軍を召集して、事態に備えるべきだ。なにをしておられる、皆さん。次元世界の一大事ですぞ!」
その声に反応するものはいない。重苦しい沈黙が静かに垂れ込めている。
 男は、両手を広げた。
「どうなさったのだ? なにを考えておられる? クーデターが万一成功しては、我らの世界は危険にさらされるのですぞ。躊躇している暇はない!」
「……果たしてそうですかな?」


 力強い男の言葉に、陰鬱な声が返った。発言した痩せぎすの男は、半ば俯いたまま、ぼそぼそと続ける。
「さきほどの高町空佐の告発が事実ならば、本局こそが諸悪の根源。我々のいた地上本部を襲った戦闘機人たちも、本局の支配下。本局は関係を否定するようなことを言っていたが、どこまで信じてよいものか。本局こそが、我々を抹殺しようとした、と考えるのが自然な状態ではないですかな?」
「はっ、馬鹿馬鹿しい!」
陰鬱な言葉を、男は力強く断ち切った。
「我々を抹殺してどうするというのだ。全管理世界に宣戦布告して、統一戦争でも仕掛けると? いまでさえ人手不足の管理局が! あれは、奴の言葉通り、犯罪者の暴走……」
「少なくとも、予算上の制約は格段に緩くなりますな。管理局の意を通すのも、なにかにつけて楽になる」

 別の男がつぶやいた。中道派のまとめ役的な世界の代表だ。本局が中道派諸世界に対し、かなり熾烈な取り込み交渉を仕掛けていたのは事実らしいな。部屋の隅に座っていた男は思った。


 男は、親管理局派のなかでもやや中道よりであり、「陸」との関係を近年になって急速に深めてきた、決して大きな政治力はもたないが、それなりに尊重されている世界の代表だった。

 男は回想する。


 彼の脳裏には、管理局地上本部ビルを離れる前に、囁かれた言葉が回っていた。

(この襲撃、地上本部の権威を貶めるのに、絶好のタイミングだと思いませんか。あれだけの戦力があれば、本局に襲撃をかけても一定の成果は得られたでしょうに。いや、むしろ、本局のほうが、内部に侵入されたときの対策は弱い。電子戦のプロがいるなら、なおさらです。次元航行艦も緊急出撃命令が出て、出航までに30分はかかる。なのに、なぜ管理局の中枢にして権威の象徴たる本局を狙わずに、本流からはじかれている地上本部を狙ったのでしょうか?
 不思議だと思いませんか?)

思わない、彼は答えた。たかがテロリストが、次元宇宙に浮かぶ管理局本局に襲撃をかけられるわけが無い、と。

(そうですね。そして、貴方は昨日まで、いえ、ほんの数時間前まで、こうも思っていたはずです。たかがテロリストが、管理局の地上本部ビルに襲撃をかけられるわけが無い、と)

 彼は沈黙した。相手は謳うように言葉を続けた。

(次元航行する能力が無い? いえいえ、彼はジェイル・スカリエッティ。人造魔道師と戦闘機人の製造に成功した天才技術者。畑違いとはいえ、次元航行艦を造る程度、彼には造作も無いことです。あの数のAMFを発生する戦闘機械。いったい誰が製造したと思っておられるのですか?
 資金が無い? 彼は何十年も違法研究を続けています。管理局の手を逃れながら。ただの一度も捕らえられずに。その莫大な研究資金は、どこから調達し続けてきたのでしょう。そして、小さなフネ一隻造るだけの資金が、10体もの、完全に稼動する戦闘機人を製造する資金よりも遥かに高いとでも? 衛星軌道にある「天照」を破壊するだけの兵器を、造る時間も材料も技術もあるのに?)

 そして、相手は、ファウストを誘惑するメフィストフェレスさながらの声で囁いた。

(本局とつながりがあるのですよ、ジェイル・スカリエッティは。それも上層部と。
 だから彼は捕まったことが無い。だから彼は資金難に陥ったことが無い。だから彼は今回、地上本部を襲撃した。地上本部の権威を傷つけ、本局の支配下に収める為に。

 不思議に思いませんか? 戦闘機人を作ったとして、彼はどこに売るつもりなのだろうと。
 どこかの次元世界ですか? 露見したら管理局に攻め滅ぼされかねないのに? 戦闘機人などといっても、所詮は戦場で活躍する程度の力しかありません。戦闘機人が100体いたら、放たれるアルカンシェルを防げると? 本局の艦隊が、どれだけの威力の魔導兵器をどれだけ保持しているか、ご存知ですか? アルカンシェル一発で世界をひとつ滅ぼせます。本局は、一体いくつの次元世界を滅ぼせるだけの軍備を整えているのでしょうね?)

 冷たい汗をかいて、言葉も出ない彼を、さらに追いつめていく言葉の連なり。


(ですが、次元世界を完全に支配するには、天空に君臨しているだけでは難しい。各世界に目を光らせ、不穏な芽を叩き潰すための存在が必要です。そう、たとえば、執務官のような。
 ですが、執務官の数は決して多くない。高ランクの魔導師が多くないからです。
 ですが。
 ですが、もし。
 戦闘機人が本局に配備されるとしたら。

 ご覧になったあの単体戦闘力、スタンド・アローンの活動も多い執務官にぴったりだと思いませんか? 難解な法知識も製造段階で刷り込める。なにより彼らは、AMF下でもその能力を低下させない。
 さて、次元世界に、AMF下で十分な活動ができる武装組織はどれくらいあるのでしょうね? 例えば、貴方の世界の軍などはどうですか?

 AMF下で。今日ご覧になったような戦闘機人たち相手に。確実に勝利することがお出来になりますか? 10体に満たない戦闘機人相手に、管理局の地上本部は小さからぬ被害を受けました。
 もし、100体の戦闘機人が、次元航行艦とともに貴世界に迫ったとしたら。貴世界はどんな対応をお取りになりますか?)


 男は、その言葉を聞いたときの感覚を思い出して、背筋に再び冷たいものが走るのを止められなかった。


 数年前、まだそれほど地上本部とのパイプがなかったころに、密かに彼の世界に接触してきた少女が言ったという言葉を思い出す。
(「ただ、我々、若手士官の間では、「空」「陸」を問わず、上層部や、管理局の顔とも言える次元航行艦隊のふるまいに、疑問をもつ者が増えてきている。それだけのことでしてね」)
 彼女は、いまやエース・オブ・エースと呼ばれ、彼女の主導する訓練方式の改革や多くの大事件での活躍で、管理局でも英雄視されている。そして、今回の告発者。その彼女が、数年前から感じていた懸念。それが、姿を現わしつつあるのか。
 彼は、自分の知る知識をもとに想像をめぐらし推測し検討して、そして、自分自身に足をとられようとしていた。

(もし、管理局の主流派が、次元世界の完全な再統一をもくろんでいるとしたら……)

 そして、その戦力整備のために戦闘機人技術に目をつけていたとしたら。もし、地上戦を見据えて、次元世界でもその仲の悪さが公然の秘密である地上本部を、自派に組み込もうと考えたなら。確かに線はつながる。納得がいく。


 男が思考に浸っている間に、議論は、「夜天の王」の発言と、それに対する聖王教会の見解の確認に移っていた。
 

「市街戦に発展する事態そのものは、我々も可能性の一つとして考えていました。しかし、それが現実になるとは信じたくなかったのです」

「それは無論、一般市民に大きな被害が出るような事態は、我々も想定したくはないが、しかしですな……」

「いいえ。
 問題なのは、市街戦にまで持ち込んで、誰が得をするのか、ということです。ジェイル・スカリエッティは確かに重犯罪者ですが、自発的にテロ行為をおこしたことは今までありませんでした。その彼が管理局の重要施設を先制攻撃し、それに失敗すると市街戦を展開した。

 管理局への攻撃はまだわかります。
 でも、市街戦に持ち込む必要がどこにあるでしょう? 戦術的撹乱ですか? いえ、そもそも、どうやって市街戦に持ち込めたのです? 厳重な警戒網を抜け、監視網を抜けて。地上本部ビルへの襲撃もそうです。……そして、高町一佐がおっしゃった、機動六課隊舎の襲撃もそうです。

 内通者がいると考えるのが、自然でしょう。

 そしてその場合、その内通者の利益はどこにあるとお考えになりますか?
 それなりの高位になければ、クラナガンの警戒網や監視網を、一時的にでも無効化するのは不可能です。そして、そのような高位にいる方が、自分の所属する組織の権威に傷がつくことを喜ぶでしょうか?」

「犯罪者の考えることなど、想像しても無駄でしょう。はした金で釣られたといった程度に過ぎんと思いますが」

「たしかにご指摘の可能性はあります。
 ただ、私共は、ほかの情報と組み合わせ、もう一つの可能性について、検討していました。

 被害が仮に地上本部にのみ集中し、本局の動きが遅いかなんらかの非効率な動きが見られた場合。この場合、内通者は本局におり、その利益は地上本部のそれとは異なる、と。
 はっきり言えば、地上部門を完全に自派の傘下に収める為の策謀ではないか、という可能性です。

 そして、被害は「陸」に集中し。本局は事前に派遣した警備のための部隊以外、一切の戦力を増派しなかった。一部の局員たちが起こそうとした、緊急派遣の動きは抑えこまれました。次元航行艦で上空から監視、必要に応じて戦力を投入するという案が、艦隊司令部に提出されましたが、却下され、提案した将官は軟禁に近い状態に置かれました。

 いかに関係が険悪とはいえ、同じ組織の重要部門が大規模な襲撃を受けているのに、この動き。
 これがサポタージュ以外のなんだというのです?」


 明確な根拠も示せず論理立てて主張もできず。ただ、いたずらに教会に反駁する者たち。

 おそらく、彼らも深く考えて教会と意見を対立させているわけではないだろう。ただ、物心ついたときには既に確立していた秩序と権威、そしてこれまで、それに従うことで利益を確保してきた身からすれば、あとで管理局に追求されるような言動はしたくないのだ。
 時代の潮の変わり目の、まさに只中にいるのに、気付いていないのか、目を覆っているのか。いずれにしても、滑稽な姿だ。政治家たるもの、いついかなる状況下でも、最大の利益を希求すべきだろうに、ただ、旧い体制にしがみつくことでしか利益確保を図れないとは。なまじ、これまで大きな利を得てきた反動だろう。終わりつつある時代を認識しても、未練が捨てきれない。
 自分も気をつけねばな、と彼は自戒した。昨日の勝者が今日の敗者になるように、今日の勝ち馬が明日も先頭にいるとは限らないのだ。


 徐々に聖王教会側の主張が優位になっていく議論をみながら、男は、さらに思考をすすめていた。

 議論にもはや興味は無い。実際がどうかは知らないが、本局と地上本部、そしてジェイル・スカリエッティと高町一佐の表面上の言葉や行動は、全て一つの状況を指し示す。結果のわかっている議論に割く意識はない。むしろ、状況が一つの結論へとつながろうとする動きが鮮やかすぎることが、男に警戒心を抱かせていた。ところどころ、推測で埋めているが、ピースが揃いすぎているのだ。そして、反対方向を指すピースが、ほとんど出てこない。
 まあ、それは、地上本部台頭前の管理局、ひいては本局にはよくあった、機密保持という名の、情報の囲い込みの姿勢から考えれば、むしろ自然なことではあるのだが……。

(一流の詐欺師は99まで真実を語りながら、1つの点でだけ嘘をつくという……。)

 それに、男は仕事柄、嘘はつかなくても、物事を見る主観をすり替え、表現を工夫することで、聞き手を幻惑させる話術についての知識と経験があった。さきほどの高町一佐の演説で、その手法がさりげなく使われたことも気づいていた。
 まあ、それ自体は問題ない。知っている人間は知っている、只の技術だ。知っているなら、それを使って、叶う限り、自身の言葉の影響を高めたいと思うのは、当然のことだろう。ただ、引き起こされる結果が問題だ。さらに言えば、そういう手管を使う以上、地上本部側にも、なんらかの後ろ暗いことがあるのではないかという想像は、たやすく思いつく。

 しかしながら、この場合。

(この場合だと……彼らの言うことが真実か嘘かはあまり意味をなさん。)

 賽は投げられてしまったのだ。そして状況は怒涛のようにいまも進み続け、次元世界の民衆は未曾有の事態に混乱を増していくだろう。それは、彼にとっても望ましい事態ではない。


 勝った者が歴史をつくる、という言葉を、彼はあまり好まなかったが、現在の状況下では、先手を打って状況を主導したほうが有利であり、理屈はあとからついてくることを、彼はその政治経験から理解していた。
 
(踊らされるようで面白くは無いが。)

 とはいえ、自世界の利益が最優先だ。相手がなにを望んでいるのかわからないことと、強大な戦力の保有者が入れ替わることが不安材料だが、聖王教会でも屈指の政治力を持ち、清廉な人柄でも知られるカリム・グラシアが、この事態に関わっているらしいことが、わずかに不安を和らげる。


 権力を握った途端、豹変する人間はめずらしくないが、さすがに聖王教会が主導して統一戦争をはじめるのは、現在の次元世界の状況では無理があるだろう。管理局並みの影響力を発揮することさえ、難しかろう。どうしても、各世界の力が従来より増すことになる。
 だとすれば、自世界にとっては、最悪でも今までとさほど変わりの無い状況が継続することになる、と男は読んだ。


 管理局に不満があっても、現在の平和を守っているのが管理局だという認識は根強い。今回のゴタゴタで、その認識は大きなダメージを受けることになるが、そこに滑りこむように、聖王教会と管理局の「良識派」が入り込めば、おそらくは、民心の動揺は最小限で済む。宣伝の仕方によっては、英雄の誕生として、却って熱狂的支持が生じることもありうるだろう。
 民意というモノは、政治家にとっては無視できない要素だ。それが制御から外れるようなら、なおさら、その流れへの対応には注意を要する。だが、制御できないほど大きなエネルギーというのは、うまく対処できれば、大きな利を生み出すこともあるのだ。


 彼がある程度、思考をまとめおわったころ、議論もほぼ、終息していた。
 いまは、カリム・グラシアの、語りかけるような言葉が場に沁みわたっている。



「聖王教会は政治的問題には関わりません。我々はあくまで人々の心を導く道標にすぎず、人々の生き方を定める規律であってはならないのです。

 しかしながら、今回の件に関しては、我々の力を用いることを許していただきたいと思います。ご存知の通り、聖王教会は、散逸した古代の遺産の収集・封印もおこなっております。同じことをおこなっていた時空管理局に重大な懸念があることが判明した以上、次元世界の平和を守る一員として、今回の事態を見過ごすわけには参りません。

 しかし、私ども単独でことにあたることは、政治的に望ましいことではありません。
 皆さん。
 各次元世界を代表される皆さん。
 皆さんの同意とご協力があれば、そのご意志の下、我々、聖王教会は、混乱の収束までの間、我々にできる最善の努力をおこなうにやぶさかではありません」

 彼女はそこで言葉を切って、我々をその、静かな湖面のような瞳で見渡した。

「皆さんの考えをお聞かせください」

そして、彼女は口を閉じた。



 列席者達が互いの顔色をさりげなく窺う。議論がどういう結果になろうが、現実として、管理局本局の戦力の強大さは誰もが知っている。迂闊なことは言えない。言えない……が。
(ここで口火を切れば、クーデターが成功した場合、事態後の発言力は飛躍的に増す。)

 賭けの要素はある。しかし、ゆりかごとガジェット群を殲滅せしめた地上部隊の手際、管理局に手駒を送り込んでいる教会が揺ぎ無い自信を見せていること。
(なにより、やや劣勢続きだった我が世界の政治的立ち位置を考えると……)
 特に優れた産物もなく、ただ外交手腕だけで、辛うじて次元世界のなかで指導的位置の一角を保っている彼の所属世界にとって、これは非常に重要な機会だ。


 今年の地上本部の公開意見陳述会に派遣された、各世界の代表は、本局の目をはばかって、高い地位のものはいない。だが、それなりに目端のきく人間達が送り込まれてきている例が多い。彼自身もそうだ。

 それは、裏を返せば、彼がここで独断でことを進めても、ある程度の言い逃れはきく、ということだ。問答無用で潰しにかかられる可能性も高いが、その意味でいえば、地上本部の重要な公開会議に出席し、地上部隊に守られて、自治区の聖王教会本堂まで送り届けられ、こんな話題が堂々と話し合われる場に居合わせてしまった時点で、潰される口実には十分だ。ならば、ここは彼にとっても彼の世界にとっても、賭けるべきなのは……。


「我が世界は教会と決起部隊の理念に賛同し、全面的協力を約束する」


 彼の発言から数瞬の間が空き、つづけざまに同様の声が上がる。その声はまたたくまに膨れ上がり、あたかも津波のように場の空気を飲み込んで塗りかえた。




「それでは、賛同いただいた皆さんは私とともに、管理局本局へ。事態の推移を見守り、必要に応じ、決起部隊を援護しましょう」

 最後の1人が、ためらいながらも、周囲の視線に押されるように賛意を表明するのを静かに待っていたカリム・グラシアは、間をおかず、実務の話に移った。おそらく、はじめから、話をここに誘導することを想定して、様々な準備を整えていたのだろう、そう男は思った。そして、その考えは外れなかった。


「そ、それでは、早速に本国の部隊を呼び寄せねばなりませんな! なに、それほど時間もかかりませんゆえ……」

「いえ、それはご無用に願います」

 カリムは、静かに、しかし断固としてその言葉を遮った。


「この件は、管理局の自浄作用によって正されるのが望ましいのです。我々は彼らの行動を支持し、政治的役割を果たすことがあっても、軍事的役割を果たすことはなるべく避けるべきです。各世界がこの内紛に軍事的に関われば、事後の火種になりかねない。ご理解いただけますか?」

「し、しかしだね……」

「中立的立場から、教会騎士団が同行します。また、この混乱を狙って、犯罪組織が活発化しないとも限りません。そのような事態になった場合の、対応準備はしておりますが、各世界から自衛戦力を抽出することはあまり望ましいとは言えないのではないでしょうか」

「ま、まあ、おっしゃることはわからないでもないが……」

「ふむ、だが、危険は危険だ。どうかね、騎士カリム。ここは、いくつかの世界のみが代表として貴殿らに同行し、残る世界は、ここで万が一に備えるというのは? 危険も大きい。志願制にするべきだろう」

 男は口を挟んだ。
 流れに押されて賛意を表明した世界も少なくないと見て、ゆさぶりをかけに掛かったのだ。参加者が少ないほど、パイの取り分が増えるのは当然。
 とはいえ、そうそう、うまく事は運ばなかった。

 彼の発言が、却って消極的だった諸世界の代表を刺激してしまったようで、次々と威勢のいい声があがる。


 彼は心の中で舌打ちした。だが、2度にわたって口火を切り、問題解決への積極的姿勢を示したことの意義は大きい。今後の立ち回りに注意すれば、事後において、彼の世界は飛躍的に政治的発言力を強化させうるだろう。レジアス中将らとのつながりも有利に働くはずだ。

(まあ、いい。それなりの成果は挙げた。)

 あとはクーデター失敗時に、自分が聖王教会に影で脅されていたのだ、とすることで自世界に降りかかりかねない非難を回避する準備をしておくことだ。その場合は、自分の身柄と、本局の尖兵に立つ戦力の供出が必要となるだろう。
 その手配さえ終えれば、あとは待つだけだ。すでに彼はコールをかけた。運命と人の意志が混ぜたカードに、彼もひとりの勝負師として挑む。



 部屋に静かに、聖女のような声が響いた。


 「聖王のご加護のあらんことを」





■■後書き■■
 カリムさんは腹黒とは思いませんが、政治に関わる以上、腹芸や話術は一定以上はこなせるだろうと思うのです。え、教会は政治的問題には関わらない? 「問題」には関わらないんじゃないですかね(笑)。あと、外交交渉や軍事的行動は政治に含まないと、教会用語では決まってるとか(爆)。まあ、影響力の強い組織ほど、建前やポーズって重要性が増すと、作者は思ってます。



[4464] 三十三話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:bec96d6b
Date: 2009/11/11 12:13
「それで、そちらの状況は?」
モニタに映るクロノの顔が苦渋に歪む。
「全力で働きかけてはいるんだが……芳しくない。混乱が大きすぎる。感情的反発も少なくない」
「そうか」
「君もいきなりあんな派手な真似をしないで、僕なり母さんなりに話を持ちかけてくれれば、よかったんだが」
「カリムから懸念は伝えられてただろう? 証拠を押さえて、帰ってみれば、武装隊が査察名義で派遣されてくるなんて話になってる。そこまで状況が煮詰まってれば、先手を打つのが必然だ」
「それは……そうかもしれないが……」

 さすがのクロノも歯切れが悪い。

 クロノからすれば、俺も本局も、これほど急に、これほど過激に、動くとは思わなかったんだろう。だが、俺から見れば、本局の動きは中途半端で甘いことこの上ない。
 時間的には、スカリエッティらを完全に押さえて俺が演説を始めるまで、十分な余裕があった。俺なら、その間隙に、部隊を地上に送り込んで、疲弊した本部と各部隊を拘束している。口実はどうとでもなる。先手をとることが重要なのだ。
 甘い思考で動く可能性が高いと見込んでいたとはいえ、現実になってみると呆れを覚える。愚昧な保身主義でか、自己の優位の過信か。いずれにせよ、その甘さこそが自らに止めを刺す最後の一手と知れ。


「クロノ。お前のシンパ連中だけでいい、フネから降ろして一箇所に固まらせておけ。非戦闘員を守る陣を引いて、状況の推移を見守れ」
「なにを言ってるんだ?! 局員同士で血を流す状況になりかねないのは、わかってるだろう?!」
クロノの悲鳴にも似た怒声を受け流して、俺は告げた。
「これから、管理局の膿の摘出を行なう。荒っぽい手術になるから、巻きこまれんようにしておけ」
「待て、なのは! 武力に訴えなくとも、あれだけの証拠があれば、僕達の手で……!」
「幸運を祈る」
俺はクロノとのチャンネルを切ると、受信拒否に設定した。


 続いて、こちらを見守っていたハヤテに俺は、管理局の一等空佐としての声で告げた。

「聖王教会騎士ハヤテ・ヤガミ・グラシア殿」
はっ、とした表情で、ハヤテが反応する。
「現況を鑑み、現刻をもって貴官の時空管理局への出向解除を、管理局は承認する。聖王教会への復籍手続きを早急に取られたい。なお、これは、時空管理局地上本部レジアス・ゲイズ中将に、事前の許可を得ている人事措置である。
 また、あわせて聖王教会騎士団の出動を要請する。目標は時空管理局本局。作戦目的は、同局最高評議会並びにこれに組すると推定される次元航行艦隊司令部の拘束。また、彼らの一派がほかの部署にもいることが想定されるため、本局内全部署の武装解除並びに高官の拘束。
 時空管理局の闇を砕くことに、教会の助力を頂きたい」

 ハヤテは一瞬息をつめて。すぐ、顔を引き締めて敬礼した。

「教会への復籍指示、了解いたしました。教会騎士団へ至急出動要請を伝えます」
「よろしく頼む」


 そこまで終えて、俺はレジアスを振り向いた。
 呼応して、レジアスもこちらに視線を寄越して、口を開いた。

「部隊単位で賛同を表明したところは、まだ少ない。
 個人、あるいはグループ単位で動くものは、まず、こちらに来るか、連絡を入れるだろう。
 編成と送り出しは引き受ける」

 俺は頷いた。つまり、送り出されてくる部隊が来るまでの時間稼ぎと、本局内での橋頭堡の確保、送り出されてくる部隊の統制をなんとかしろ、とレジアスは言っているのだ。


 俺は、ウィンドウを開いて、機動六課武装隊の待機室につないだ。





「機動六課武装隊一同」
『『『『はっ、はい!』』』』
「貴様たちには、本局制圧のための橋頭堡を、本局内に確保することを命じる。これより可及的速やかに本局内部に転移し、複数の転送ポート並びにその制御装置を確保せよ。確保するポート数並びにその位置は、指揮官に一任する。
 また、その際、武力の使用を許可する」
『『『っ!』』』
『同じ局員にですか?!』
騒ぐスバル。じろりと一瞥しておとなしくさせる。
「先ほど全次元世界に告発したように、彼らはすでに次元犯罪容疑者だ。そのように扱え。情に足をとられるな」
『でっ、でも!』
今度はエリオ。キャロはまだ頭がついていっていないようだし、ティアナは言われたことを咀嚼して理解しようとしている。

 ため息をついて、俺は逃げ道を提示した。
「心配するな。
 実力行使の前に、本局の人員全員が共犯者の疑いを掛けられていることを全周波数帯で告げ、彼らに無条件での投降をうながす。その通告が終わるまでは、時間稼ぎに徹していい。
 が、通告後も抵抗の意志を見せる者は、犯罪協力者の可能性が高い。テロ行為に走られる前に、迅速確実に無力化し、捕縛しろ」
 息を呑む、エリオ、スバル、キャロ。

「勘違いするな。もう一度言う。彼らは既に法と秩序を守る管理局局員ではなく、次元犯罪者とその協力を疑われる容疑者だ。犯罪者に対して、局員として厳正に対処しろ」
 正直、こいつらがこの任をこなすのは精神的に多大な負担だろうが、少しでも揺らぎを押さえる手を打つ。

「ランスター二等陸士」
『っ! はい!』
「改めて、武装隊の暫定指揮官に任じる。貴様の指揮のもと、先の指示を完遂しろ」
『了解しました!』
敬礼するティアナ。精神的に安定し、仲間との絆もしっかりしているコイツなら、覚悟の甘い連中の手綱もうまく取るだろう。


「よろしければ、私も協力しよう」
本局武装隊から出向いてきていた三佐が、声をかけてきた。
「高位の立場にあり、高位の力量を持ちながら、為すべきことを為さず、卑劣な行為に走るとは言語道断。同じ部門の人間として、ひとこと言っておきたい」
 俺は、三佐を流し見て、そのクソ真面目な表情を一瞬で観てとり、頷いた。
「すまないが、状況的に貴官に上位指揮権を渡すことはできない。
 ランスター陸曹待遇の指揮下に入ってくれ。無論、上申権と抗命権は、軍規に基づく範囲で認める」
「了解した。よろしく頼む、ランスター陸曹待遇」
「……は、はいっ」
 ティアナのひきつった顔と声を無視して、俺は続けた。
「貴官の誇りも責任感も、否定する気はないが、第一は時間までの橋頭堡の確実な確保、第二が混乱の拡大を抑えることだ。説教やネゴの優先度は低い。理解して、作戦に従事して欲しい」
「心に留めておく」

 言葉を残して、歩いていく三佐。歩きながら、部下達に召集をかけている。これは、手伝いはこなしてくれるだろうが、彼個人は、吶喊しかねないな。ちらりと、開きっぱなしのウィンドウを見ると、ティアナの顔がさらに崩れて、面白いことになっていた。まあ、気持ちはわかるが。

 俺の視線に気づいて、すがるような目をして口を開きかけたティアナが言葉を発する前に、俺は
「なにごとも勉強だ。頑張れ」
冷静な表情のまま、サムズアップし、ウィンドウを閉じた。

 まあ、ティアナなら、なんとかするだろう。三佐も多少、私情を優先するところはあるが、無能ではないことだし。

 

 そこに、ハヤテが、声をかけてきた。

「聖王教会騎士団は、高町空佐の出動要請を受諾しました。即出撃の見込みです」
「教会の迅速な判断と対応に感謝する」

形式上、一応、敬礼をつけて礼を言う。ハヤテも答礼を返す。

「教会側の指揮官はどなたか? また、騎士団との連携はどのようにとればいい?」

これも形式だが、踏んでおくべき手順だ。責任者がきちんと確認しておかないと、現場が自分の判断で動くしかなくなる。それでは統制が乱れる。

「騎士シグナム・ヤガミが騎士団の指揮をとります。私がその上位指揮官として、管理局部隊との連携指揮にあたらせてもらいます」
「了解した。直接本局に駆けつける局員達は、統制が取れていない状態でバラバラと駆けつける可能性が高い。私もそちらに向かうが、貴官の彼らへの編成権限並びに指揮権を、レジアス・ゲイズ中将及び、私、高町一佐の権限下で承認する。承認データを送るので、確認しておいてくれ」
「了解です」


 さて、とりあえずはこんなものか。あとは地上本部の司令部に任せて、俺は前線にいくとしよう。
 ポートに向かおうとして、司令所を見渡しながら身を翻し……その途中で、レジアスと目が合った。



 親友を失ったことは聞いている。

 普段、弱音など吐かないレジアスが、ただ一度、俺の前で零した無念。想いは同じくありながら、共に戦場に立つことは叶わず。ただ、危険な場所へ赴く友を見送るしかできない苦悩。そして、小娘に過ぎない俺を戦闘に駆り立てる自身への憎しみと自嘲。人にはそれぞれの戦場がある、などという、通り一遍のなぐさめではどうにもならない、奴の心で燃え滾る無念。悔恨。

 そのとき、レジアスの瞳に見たのと同じモノが、いままた、わずかに瞳に覗いている。

 見つめあったのは数秒か、数分か。
 レジアスの目が落ち着きはじめ、静かに、諦めと労わりが瞳に浮かび上がった。 
 そして、レジアスは、ゆっくりと向きを変えて正面に向き直り、俺は、転送ポートに向かう一歩を踏み出した。あえて、敬礼は交わさなかった。俺は、還って来るのだから。強情で傲慢で、そのくせ、情に脆い男の傍らに。






 彼女は、醒めた目で周囲を観察していた。

 ここは本局の1部署。閑職に近いこの部署でさえ、高町一佐の演説は、激震を引き起こしていた。

「嘘に決まってる! 管理局の上層部が犯罪を犯してるなんて……! 「陸」の陰謀だ!」
「馬鹿言うな! あれだけの証拠があるんだ! 大体、上の連中は、しばらく前からおかしかった! 高町一佐も嘘を吐くような人じゃない! 絶対、なにかあるに決まってる! 俺は「魔王」を信じるぞ!」

 口論の中心になっているのは、以前から仲の悪かった係長2人。正直、考え方なんかより、個人的な感情で言い争っているようにしか見えない。
  

 彼女としては、勘弁して欲しいところだった。

 高町一佐の演説は、確かに過激なものではあったが、ここ数ヶ月、本局で交わされていた会話が同等以上に過激だったことを知っている彼女には、責める気はおこらない。むしろ、根拠を示している分だけ、納得も理解もできる。
 
 大体、彼女が告発したのは、本局の上層部であって、自分達のような下っ端には触れなかった。常識的に、平が上の指示に従うのも、限定された情報しか与えられないのも、当たり前のことだから、別に疑問には思わない。そもそも彼女自身に、罪を犯した意識がなかった。彼女は、命じられたことを確実にやり遂げてきただけだし、命令自体も、今までは、多少、違和感を感じても、逆らうほどの不条理な内容のものはなかった。

 
 なら、彼女としても、別に反発する理由はない。


 「陸」と本局には、感情的な対立があるとはいえ、普通は、それだけの理由で、一応は同じ組織の人間と戦いたいとは思わない。
 告発の内容も証拠付きで流れているのだから、「陸」のとる行動は当たり前ではある。それに自分にはやましいところはない。そう考えて、少々むかっぱらが立っても、ここは従うべきだろう、と判断する。同じような行動をとる本局の局員が、特に平の局員に多かった。

 多くの人員はさしたる抵抗も見せず、各区画は混乱無く速やかに制圧されていく。……もちろん、そのように冷静に対応する人間ばかりではない。


 武装隊控え室の1つ。そこに十数名の武装隊局員が立てこもり、「陸」の陰謀を叫んで、徹底抗戦の構えを見せていた。



「おとなしく武装解除に応じなさい!」
「ふざけるな! 我々は理不尽な暴力には屈しない! 
 貴様ら、あの小娘にたぶらかされて、管理局員の誇りを忘れたか!」
「忘れているのはあなた方でしょう?!」
ネゴに当っていた捜査官の声が1オクターブ上がった。さらに、なにか言い募ろうとした彼女を、いつのまにか最前線まで進んでいたカルタスがさりげなく制す。
 不承不承ながら、引き下がった彼女のあとをついで、捜査主任の任にあるカルタスは口を開いた。

「いまのあなた方は管理局員ではありますが、管理局内でおこなわれていた犯罪行為の重要参考人、並びに容疑者として認定されています。あなた方の権限を一時凍結し、取調べをうけるよう、捜査局の名において勧告します」
「でっちあげだ!」
「ならば、取調べの場でそれを主張すればよいだけのこと」
音程の外れかけたわめき声に、カルタスは冷静に切り返した。
「あなた方が、あなた方自身の主張する通り無実の身であり、一切の犯罪行為に関っていないならば、捜査局ならびに司法局は適切な裁定を下すでしょう。現在、高町一佐ならびにハラオウン執務官から提出された証拠類は極めて信憑性が高いと、捜査局では判断しています。あなた方に法を重んじる精神があるのなら……」
「うるさい!」
怒鳴り声がカルタスの言葉を遮った。

「俺たちは管理局の中枢たる本局の人間だぞ! こんなことをしてただで済むと思ってるのか!」
「……過去、犯罪の疑いをかけられた局員がいないわけではありません。彼らがどう対処されたか、あなた方もよくご存知でしょう。法に従い、速やかに我々の指示に従ってください」
「俺たちが法だ!」
完全に音程の外れた叫び。あまりといえばあまりな内容に、さすがのカルタスも一瞬絶句する。
「俺たちが次元世界を守ってきたんだ! 俺たちが世界の危機を救ってきたんだ! 多少の融通や犠牲がどうした?! 世界の危機の前には些細なことだ! 俺たちこそが、管理局こそが、法であり、正義なんだ!」

「……仕方ありませんね」
わずかな沈黙の後、カルタスが呟いて、俺に視線を向けた。


そこに
『ちょっとよろしいかしら?』
ウィンドウが開いて、3人の人間が映し出された。どよめく局員。無理もない。
『私は統幕会議の議長をつとめるミゼット・クローベルです。横の2人は、ラルゴ・キール栄誉元帥とレオーネ・フィルス法律顧問』

 伝説の三提督の揃い踏みだ。



『私達にも容疑者の疑いがかかっていることは、知っているわ。その上でお願いしたいのだけど、調停をさせて欲しいの』
『本局が道を誤っていたことは、紛れも無い事実だろう。さきほど、最高評議会の議員全員の死亡が確認された』
穏やかだが芯のあるクローベル議長の言葉に、堂々たるキール元帥の言葉が続く。

 しかし、評議会が全滅か……スカリエッティか? 情報操作のときに注意する必要があるな。


『死因はまだ、特定できていないが、あの方たちはあの方たちなりに、責任を御取りになったのだと思いたい。
 そして同じように、多くの者たちも、自己の過失を自覚すれば、進んで責を受けるだろう。

 高町空佐。

 彼らに時間をくれないか。局員たちの誇りと責任感を、私は信じたいのだ。彼らはきっと、自ら過ちに気づく、と』


 真摯な瞳と声で語られる言葉を、俺は静かな声と態度ではね返した。


「申し訳ないが、リスクが高すぎる。
 時間が経てば、不穏分子が結束することができる、兵器やロストロギアに手を出すことも可能になる。

 元帥、あなたの思いはわからなくもない。人生を捧げてきた組織を信じたい気持ちも当然だろう。
 だが、その痛みを抱えながら、必要のために、荒療治に手を出した男もいる。

 元帥。

 あなたも覚悟を決めるべきだ。せめて、不満や不審が、声や噂に化しはじめたときに、対応を取るべきだった。あなたの言葉は、10年遅かった」
 

 俺と元帥は、モニター越しに視線をあわせた。
 元帥の目は、静かに深く、だがそこに、現役の人間の持つ意志の強さはなかった。

 やがて、元帥は、静かに視線を伏せた。


『……そうか。
 もはや、遅いのだな。 
 肩書きだけを背負って、隠居を決め込んで。後進たちにろくに指導もしないで、ただ期待だけしてきたツケなのかもしれんな…………』

 俺は返す言葉を持たなかった。

 わずかな空白の後、レオーネ・フィルス顧問が、顎鬚をしごきながら言った。


『では、ワシら3人の名で本局の局員に、武装解除と無抵抗対応の勧告をだそう。飾り物とはいえ、それなりの効果はあるじゃろう』

「……助かります。では、当方は、現刻より15分間、戦闘行動を停止します」

『そうしてくれるとありがたい。若い者の命が散るのを見るのは、嫌なものじゃからのう』

「…………」



 カリムが、教会本堂に避難していた各次元世界の代表と共に、本局に次元航行艦で乗りつけたのは、本局の全区画が制圧された直後だった。












 そのあとは、さほど手間はかからなかった。
 拘束した人々については、捜査局に任せ、こちらとの調整役にフェイトにいってもらう。ついでに、一個大隊規模の部隊を護衛兼部下としてつけた。
 残った施設は、カリムと相談して、彼女の率いる諸世界代表達と指揮下の教会騎士団に引渡し、流れ的に管理局代表とみなされたレジアスとの会談を、早急にセッティングする。まあ、俺も出るように要請されたが。

 実際のところ、駆け引きや実務的な話は、レジアスと、奴についてきたオーリス嬢のほうがどう考えても適任なので放り投げ、俺は、話がずれかけたり、クーデターの正当性に関する証言を求められたりしたときに、適宜、口を出す程度だった。


 結局、カリム、というか聖王教会主導のもと、各世界が協調体制をとって、管理局を監視下におき、なるべく早期に、監視・捜査・裁判部門に各世界から非魔導師の派遣をおこなう、という方向で話がまとまった。それと取引するような形で、レジアスが管理局のトップに暫定的に立ち、今回の件の徹底捜査と、組織の改革をおこなう。カリムが後見兼監視役として、レジアスにつく。クーデター参加者は特におとがめなし。


 各世界とも、自世界と自派閥の世界だけで、管理局を支配下におけるとは、はじめから思っていなかったのだろう。だが、管理局の中枢に影響力を持てる絶好の機会は逃したくなかったようで、カリムという保証兼いざというときの生贄を間に挟んで、管理局に対する優位を確保し、加えて人員を管理局に送り込むという、コントロールの下準備を認めさせたことで、とりあえずの満足を得たようだ。管理局の権限剥奪までは要求しなかった。少なくとも、現段階では。

 少なくとも、管理局のことをどうこう言うより、各世界間での牽制のほうが激しかった。クーデターが成功したにしろ、管理局の威信が地に堕ちたのは間違いないし、実権を握ったのは、もとより各世界との協調をすすめていた地上本部。それに教会という、管理局を除けば、次元世界屈指の勢力が監視につく。
 多少、放置しても心配ないと考えるだろうし、そう考えれば、いかにほかの世界を出し抜いて、管理局の残存部分と聖王教会との関係を強化、あるいは自派にとりこめるか、ということに頭が回るのが政治家というモノだ。すでに彼らの仮想敵は、管理局でも、犯罪者でもなく、ほかの派閥の世界になっているだろう。


 お陰で、これからはじまるだろう、大々的な政治闘争から、俺たち管理局は自然に距離をとれるわけだ。そして、争いの間に、教会と協力して、新しい秩序体系を組む。政治闘争の状況を見計らって、落しどころの案としてそれを持ち、調停役として乗り出せばいい。ごく自然な流れで、教会主導のもと、次元世界は緊張をはらんだ安定状況を得、管理局は純粋武力として、どこの世界にも属さず、しかしどこの世界にも協力する存在に返り咲くだろう。


 まあ、その辺は、レジアスやカリムの仕事だ。
 俺は現場の軍人。政治や、ましてや世界の未来を考え語るのは、俺の仕事じゃない。とりあえず、事前の打ち合わせでは、俺は教会騎士団と管理局武装局員を統合運用して、各世界の争いが本格衝突になったり、火事場泥棒が頻発したりしないよう、動くことになる。







 俺は、窓に映し出される深く広い宇宙をみながら、大きく伸びをした。


 ああ、やっと一段落だな。

 わずかに気を緩め……なぜか無性にコーヒーが飲みたくなった。それも、姉さんが淹れた「イマイチ」のヤツが。




 俺は苦笑とともに頭を振って、ただよう香りと笑顔の幻想を振り払った。これからしばらくは忙しくなる。そんな暇はない。暇はないが……10ヶ月もあれば、1日2日はなんとかなるだろうかな……?

「…高町空佐!」
「いま行く!」


 呼び声に叫び返して、俺は踵を返した。






■■後書き■■
 機動六課編(sts編)完結。はい、ここで切ります。
 次話より、最終編突入。……おお、終わりが見えてきた。予定では4話前後です。地味な話に戻りますが、引き続き、お楽しみください。



[4464] 外伝8:正義のためのその果てに ~時空管理局最高評議会~
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:bec96d6b
Date: 2009/11/22 13:27
 かつて、戦乱の時代があった。
 
 始まりのきっかけも、何年続いたのかも定かではない。静かに、埃のように降り積もった悪意や善意、富の偏在やささいな軋轢、なにより、人が他者への寛容を見失っていった事が土壌を整えた。やがて、その奥深くでそれは熱を放ちはじめ、静かにじりじりと、次元世界の温度を上げていった。
 多くの人間はその熱に気づかず逆に浮かされ煽られ、わずかに気づいた者たちの中の少なくない数が、そこから利を得るために蠢き、ほんのわずかな人間たちが、それが炎に至るのを押し留めようとした。

 だが、ときの趨勢はいかんともしがたく、やがて熱は熾火となり。わずかな風によって熾火は炎となって各所で噴き出した。時の経過と共に、炎は、傍観していた世界も、利を得る機会とほくそえんでいた者たちも、平等に、その業火の中にとりこんでいき、遂には、次元世界の全てを巻き込み、全てを火種にして、轟々と燃え盛った。


 それは、現世に顕現した地獄だった。
 罪人に限らない多くの命が責め苦に遭い、悪鬼羅卒の代わりに人間が狂気と恐怖をふりまく、そんな世界。
 憎悪が憎悪を呼び、悲しみが報復を呼んで、もはや始まりを誰も問わず、終わりは誰にも見えない、泥沼の戦いが、延々と続いた。


 多くの世界が科学によって滅び、多くの命が魔法によって奪われた。だが、限られた才能にしか発現しない魔法に比べ、科学による被害が、目に見える形で大きかったのは間違いないだろう。正式な統計はとられていない。科学に拠ろうと魔法に拠ろうと、死は死、滅びは滅びだった。

 だが、そんな理屈は現実の恐怖に怯える人々には関係なく。ただ、科学が悪用されたときの恐ろしさが、人々の心に強烈な負のイメージを植え付けた。その恐怖はやがて、一部の武装に「質量兵器」という名がつけられたとき、明確な指向性を持つことになる。
 即ちー質量兵器は廃絶すべきである。


 未曾有の戦乱は、始まりと同様に終わりも明確ではない。公式には、新暦と称されるこよみが発令される年より、さらに70数年遡った頃には、ほとんど終結していたとされるが、その後も、各所で残り火が燃える事態が頻発。戦乱の終息に力を入れ、平和を目指す人々の心に少なからず、傷を残し、その心をさらに強く固めることになる。



 溶液に満たされたシリンダーの中で、彼は、静かに想いを馳せる。


 100年前は、治安も良くなかったが、それ以上に、各世界間の関係が悪かった。戦争を防ぐために、破滅を防ぐために、強権をもって行動することは必要だったし、その権力を裏付けるための武力も必須だった。戦力差を容易に覆しうるロストロギアの確保も急務だった。
 やがて各世界との政治交渉の中で、治安についてもある程度、責任をもたされることになったが、それはあくまで妥協の産物であって、力を入れるべき分野ではなかった。悲劇の再来を防ぐことが第一だったのだ。

 近年、レジアス・ゲイズなどは、治安回復に力を入れ、その充実のための予算配分の見直しを求めているが、それは彼から言わせれば、本末転倒だ。時空管理局は、あくまで破滅を防ぐための組織であって、個々の世界の平穏を守る組織ではない。各世界に政治取引の材料を与えない程度にこなせばよい仕事に過ぎない。
 もっとも、ゲイズの生真面目さと組織管理能力は使いでがあったので、適度に地位を引き上げ、時折要求を容れつつ、そこそこ使ってきた。が、そろそろ潮時かもしれない。管理外世界の小娘の案を採用して、魔法のみによらない手法を組み上げつつあるようで、本局の上層部に不満が溜まりはじめている。

 魔法を特別視する価値観を広め、強力に過ぎる兵器のうち、それほど高い科学力がなくても製造できるものを質量兵器として排除することによって、戦力を才能に依存する魔法に限定し、魔法の才有る者を管理することで次元世界の戦力バランスをとってきたのに、それにそぐわない方針だ。実害には至っていないから、放ってきたが、そろそろ、灸をすえてやるべきかもしれない。


 ほかにも、あちこちで、昔を知らない者たちが賢しげに囀りまわっているようだ。仕方のないことかもしれないと思いつつ、苦々しい思いは抑えきれない。なにも知らない若造が騒ぎ立てることへの怒りと責任感。
 大規模な紛争が起こらなくなってから、150年余が過ぎた。当時のことを覚えているのは、もはや3人しかいない。……100年以上前の誓いと意識を保ち続けているのは、3人しかいない。

 ならば、その3人が、世界を導きつづけるのは、必然であり、義務にして権利。


 スカリエッティが次元世界中に、管理局の命令で行動していたことを明かしたが、彼は気にしていなかった。

 弾劾には慣れた。全て正義のためだ。信じる信念のため、平和な明日のため。彼は戦いつづけてきた。周りが頼りなく、後進も全て任せるには不安があったから、限界を迎えた肉体を捨て、脳髄だけとなっても戦いつづけた。
 彼は宗教家ではない。100の不幸の全てを救えるとは思わない。100のうちのいくらかを切り捨てることで、残りの不幸を防げるのなら、敢えてそれを為そう。彼は現実的であり、理性的だった。目的のためにもっとも効果的な道を選択してきた自負があった。怨嗟の声も無念の声も、全ては次元世界全体のためだと跳ね返してきた。

 今回もそうするだけだ。


「それでは、今回の件の対応だが……」

 彼が同胞2人に声をかけたとき、ごく一部の限られた者が呼ばれたときにだけ入る扉が、音を立てて開いた。

「なにかね。君のことは呼んではいないが」

 同胞がやんわりと叱責する。


 入ってきた女性士官がニンマリと笑う。その笑みに、不穏なものを感じたときには遅かった。

 
 破壊音と爆発音。同胞の狼狽した声。嘲笑混じりの声が響く。

「あんたたちはもう、用済みだよ。次元世界のために死んどくれ! 本望だろう?」


 なにが生じたのか、明確にはわからない。だが、反乱であることは間違いない。それも、自分達の命の危機だ。

「いかん、我々がいなくなれば、誰が世界を正しく導くのだ……?!」

 対応をとろうとして、全てのコントロールと指示が、シリンダー外部に通じないことに愕然とする。またたくまに意識が朦朧としていく。どこかで、水流が床を叩く音がする。


 焦りと恐怖。記憶が明滅する。
 滅んでいく世界、泣く人々、無理矢理戦いに駆り出される子供たち。

 あれを止めなければならないのだ。自分達がやらなければならないのだ。そうでなければ。


 (誰が……世界を……)


「まあ、誰にしろ、あんた達よりはマシだろ」



 その声は、暗闇に沈んだ彼には、もう聞こえなかった。







■■後書き■■
 最終編? いや、そのほうが楽だったんですが、感想で、リクエストというかちょっとこの辺不完全燃焼というか……というご意見があったので、素材的に面白そうなご意見を話にしてみました。でも、ちょっと短かったかな。

 外伝は次話で終わる予定。リクエスト頂いても、全部にお応えする/できるわけではないので、ご了承くださいね。読者の皆さんの想像に任せたいとことか、本編で細切れながら触れたりするとことかもありますから。



[4464] 外伝9:新暦75年9月から新暦76年3月にかけて交わされた幾つかの会話
Name: かんかんかん◆6da2f856 ID:c6d03c6b
Date: 2009/12/11 00:45
~レジアス・ゲイズ×ミゼット・クローベル~


「してやられたわ、レジ-坊や」
「……坊やはやめていただきたい」
「ふふ、私も年をとるわけだわ。ほんとうに、ね」

(「……俺のしたことを見逃すのか」
 「見逃すわけじゃない。あんたは命を冒涜し、あるべき理を歪めるのに手を貸した。なかったことにはできんし、逃れることもできない罪だ」
「……」
「だが、俺は正義の味方じゃない。
 そして、俺は、お前がすでに地獄にいることを知っていて、お前がそこで業火に灼かれているのを見届けてきた。おそらくこれからも、ただ見続けるだろう。それだけのことだ。
 それに。管理局の現状を変えて新しい可能性を切り拓くには、俺単独の力では遥かに遠い道なのは自明だしな」)

「……それだけで片付く問題ではない」
「レジ―坊や?」
「それだけで片付けてよい問題でもない。
 我々、大人たちには、大人の責務があるはずだ。それを果たさずして、老いで誤魔化してよいものではない。力不足で諦めてよい話ではない。我々には、その責任がある」
「そうね……本当にその通りだわ。
 ごめんなさい」
「私も謝罪を受けるべき立場ではない。むしろ、贖罪を為さねばならない立場だ。……購いきれる罪とも思えぬが」
「……そう。そうなのね。あなたは、決めたのね、その荷を背負いつづけることを……」
「……」
「ごめんなさい……本当に」
「謝罪は無用と申し上げた」
「……そうだったわね……ふふふ、あの子供が、ほんとうにしっかりとした、立派な一人前になったのね……」
「……」

「……今日はお願いがあって、時間を頂いた」
「なにかしら?」
「新生する治安組織において、名誉顧問の地位につき、我々への支援と支持の姿勢を明確に示しつづけていただきたい。ほかのお二方とともに」
「こんな役立たずな老人を、まだ必要だと、そういうの?」
「あなた方の名声と伝説には、それだけの重みがある」
「能力はなくても……かしら?」
「……高町の改革が、あとほんの数年遅ければ、「陸」の戦力不足は、生半なことでは取り返せない状況にまで陥っていただろう。そうならないよう、努力はしていたが、いま考えれば、さほど効果をもたらすことができたか怪しい。
 あなたの役職は、そういった戦力配分のバランスをとり、統合的に管理局の武装を運用するためにあったはずだ」
「……そうね。そのとおりだわ。
 あなたに真っ当でない道へ踏み込ませかけたのは、私の責任でもあるのでしょうね」
「……」
「ふふ、あなたも、あの高町さんという子も、あまり陰謀には向かないわね。すこし情報が手に入れられて、落ち着いて考える時間があれば、気づく人は少なくないでしょう。もっとも、責める人がどれだけいるかは疑問だけれど」
「……いずれ、責任はとる」
「それは、私に言うことではないでしょう。私から言うことでもないし。
 お受けするわ、その話。レオーネとラルゴにも話を通しておくわ。こんな私の名前で良ければ、存分に使ってちょうだい」
「……お詫びは申し上げない」
「いいわよ。
 “優れた戦士が常に優れた指揮官であるわけではなく、優れた戦闘指揮官が優れた組織管理者であることも少ない。魔法の才能に頼っていればなおさら”、だったかしら。
 あなたは魔導師にはなれなかったし、指揮官としても抜群に優れていたとは思わないわ。けれど、組織を管理運営する能力には秀でていた。
 私とは逆ね。
 あなたなら、私たちの失敗を繰り返すことはないでしょう」
「物事に絶対はない」
「そうね。いまのは、ただの老人の繰り言。自分で果たせなかったことを押し付けるだけの偽善。
 忘れてちょうだい」
「……私が10代半ばで入局して以来、多くの先輩方が多くのことを教えてくださった。あなたはその中でも、ひときわ多くのものを私に下さった。私が貴女の言葉を忘れることはない」
「……そう」
「こんな言葉がある。
 名馬は老いて厩に臥せるとも、心は千里を駆ける。烈士は老境に至れども、壮心いまだ已まず。盛衰のときを定めるは、ただ天のみに在らず。と」 
「………………ふふ、そうね。いままでのんびりしていたのだから、これからその分まで取り返さないといけないわね。そうね、老いたなんて、甘えていられないわね。
 ありがとう、レジ―ぼ……レジアス」
「私は、言葉を紹介しただけだ」
「ふふ、そうかもね。でも、言わせてちょうだい。ありがとう。こんな私たちに、また機会をくれて。こんな私たちを、まだ見捨てずにいてくれて」
「……」
「ありがとう」
「……」


 数日後、ミゼット・クローベル統合幕僚会議議長は職を辞してほか2名と共に時空管理局名誉顧問となり、レジアス・ゲイズが大将に昇進して、その後を襲った。







~リンディ・ハラオウン×レティ・ロウラン~


(「さっさと恭順の意を示し、自分は関与していないが高官のひとりとして責任をとると称して、辞職。
 さすがに機を見るに敏だな。クロノにその半分でも政治的嗅覚があればな」
 「ちょ、ちょっと待って。別にそんなつもりじゃ……」
 「どんなつもりだ?
 まあ、その気になれば引っ張れるが、そこまでする必要はないだろう。当面の軽度監視くらいは我慢しろ。
 権力争いに敗れた側の高官としては、破格だぞ。お前の行動が素早い上に隙がなかったのもあるが」
 「……」
 「自覚がなかったか? まあ、いい。せいぜい、のんびりと人生を楽しんでくれ」)

「……きっついわねー……」
「でも、反論できないわ」
「……そうね」

「JS事変での活躍とパフォーマンスで、「陸」の評価は各世界政府、民衆ともにうなぎのぼり。反対に「海」を含む本局は、これまでのこともあって、次元世界中から袋叩き。
 組織健全化計画じゃ、ほとんど解体に近い再編になるらしいわよ。人員も大幅刷新。事実上、本局派の巻き返しは不可能、というより派閥は消滅するでしょうね。いまでさえ、主だった人間は動きがとれなくて、瀕死の状態なのに」
「見事に悪役に祭り上げられたわね……」
「そうね。もっとも、完全な濡れ衣ってわけでもないのが、また癪なんだけど。
 さっさと退職してよかったわ。徹底的に不利な状況で、政治闘争にあくせくするなんて、ぞっとしないわよ」
「なのはさんに言わせると、それも「要領のいいことだ」ってなるんだけどね……」
「落ち込んでるの? らしくないわね、リンディ」
「私だって落ち込むわよ」
「でも、あのまま居たって、なにか難癖つけられて、前科持ちになるか行動制限受けるかよ? 本局の高官、軒並み、なにか理由つけて、拘束か監視うけてるじゃない。退職した私たちが、通信と世界間移動の検閲で済んでるなんて、明らかに政争の影響を一定以上広げたくないってサインでしょ? 手間を減らせて、感謝されてるかもよ」
「うん、まあ、それもあるんだけどね……」

(「俺が管理局にいるのは、俺が管理外世界で自由に生活することを建前はどうあれ、管理局が許容しなかったからだ」)

「……ねえ、レティ」
「なに?」
「私は、間違っていたのかしら……?」
「あのね……」
「良かれと思って、なのはさんの管理局入りを支援したわ。そのあとも、なにかと気にかけていたつもり。
 でも。彼女の望んでいたことは、そんなことじゃなかった」

「彼女にとって、次元世界の治安はどうでもよかった。ただ、自分の置かれた環境で自分の位置を確保しようとしていたんだわ。それも、極力管理局に頼らないですむように。管理局に所属しながら、いつかそこから脱け出すことを夢見ていた……いえ、堅実に計画し、実行した。傲慢とも言える自我」
「……まさか。
 入局のとき、10才にもなってなかったんでしょう? そんな子供がそこまで堅固な意識をもって、10年をかけて、管理局ほどの巨大な組織相手に挑もうなんて……」
「いえ、あの子はやる子よ。スカリエッティとの対話、見たでしょう?」
「……」
「そして、それだけじゃない」

(「俺自身は、決して真っ当でも英雄でもない。お前も気づいてるんだろう?
  だが、その上でなお、俺が英雄なぞと呼ばれるのは、プロバガンダや情報操作のためだけじゃない。万能なわけでも不死身なわけでもない。魔力量や魔法技術はなおさら関係ない。それが理解できない限り、お前は時代に取り残された、一介の特殊技能持ちの只人で終わるだろう」)

「その意味では、ゲイズ大将が、彼女の資質を建設的な方向に引き出してみせた。そう言って、いいんでしょうね。
 管理局にいつまでも馴染もうとしないで、問題児扱いされていた彼女を、見事に使いこなして見せたんだから」
「……まあ、たしかに、「陸」の改革は見事な手際だったけど、だからって彼女やゲイズ大将だけの……」
「そうじゃないの。
 現状を変えようという動きがあれば、必ず現状を維持しようとする力が働くわ。なにか行動を起こせば、賞賛と同じだけ、怨みと妬みが生まれ、隙があれば、罵倒と中傷がふりかかる。
 そのなかで、経験の少ない、管理外世界のローティーンの女の子が、信念を貫いて改革が軌道にのるまでやりぬいて見せた。ほとんどの高官たちが笑う中でね。
 成果や手際より、その成し遂げた意志。それを引き出し、支え、信じ続けた上司。私にはあの子のその意志を引き起こすことはできなかった」
「……それこそ相性もあるんじゃない? ほら、ひねくれ者同士、気があったとか」 
「そうかもね。でも、私が彼女に嫌われていた、いえ、いまもきっと嫌われつづけていること、それを子供の反発と考えていたこと。彼女に正面から向き合っていなかったんでしょうね、いま思うと」
「……よくわかんないわ。あなたは面倒見も人あたりもいいほうだし、実際、フェイトちゃんとうまくやってるじゃない。なんで、そのフェイトちゃんが親友だって公言するなのはさんに嫌われつづけるの?」
「うん……」

(「俺の家に伝わる武術を教わるときに、まず最初に言われる言葉がある。
曰く、“自分達の剣はけして誇れるものじゃない。だがその剣によって守られる日常がある。剣ではなく、その守った日常こそを誇りにしろ’と。
 だから、時空管理局ってのは、俺には新鮮だったよ。“暴力”を賞賛するんだからな」
「そんな! 暴力の賞賛なんか……!」
「どういい繕おうが、暴力は暴力だ。それともなにか。武器で攻撃することは暴力で、魔法で攻撃することは暴力じゃないってか? はっ! 笑わせるな。なにがクリーンで安全だ。
 魔法も質量兵器も、過程に違いはあれ、物理現象を生じさせる技術という点は同じだ。敢えて言えば、魔法のほうが資質に負うところが大きい分、使える人数が少なく、目立ち、管理がしやすい。
 魔法がもてはやされたのは、そういうことだろう。クリーンだの安全だのは、耳障りのいい、プロバガンダに過ぎん。それくらい、お前の地位と知性なら、見抜いて当然だろう」)

「なにそれ。実際、子供のわがままじゃない。
 質量兵器有用論はおいとくにしても、それが管理局が暴力機関だとか、あなたがそれに気づくべきだとか……。言いがかりでしょ、ほとんど」
「そうかしら……」
「やめやめ! 辛気臭いわよ!
 もう、殺人的な量の仕事をさばかなくてもいい、人の命を天秤に掛けなくていい、それも向こうから放り出されたんだから! 私たちは、私たちのやりたいように生きていいのよ」
「…そうね」
「そうよ」

「でも、まあ、ちょっとは救いもあったんだけど」
「引っ張るわねえ……なによ?」
「なのはさんに言われたの」
「……なんて?」
「感謝する、って」

(「PT事件で、俺は管理局に関わることを余儀なくされた。
 だが、フェイトは救われた。ハヤテも、あの事件がなければ教会に気づかれることはなかっただろう。正直、もやもやしたものがあったが、ごく最近になって、どうやら、これで良かったのかもしれん、そう思えるようになった。
 その礼だよ」)

「……そう」
「なにが救いで、なにが間違いか……本当に難しいわね……」
「なに言ってるの。わからないから、人生は面白いんじゃない。答えのわかってる問いを解いてくような人生は嫌だ、って言ったのは、あなたよ、リンディ?」
「……そうだったかしら?」
「あんたねえ……。クライド君との結婚に行き着くまで、あたしがあなたの惚気と相談に乗った回数と内容、教えてあげましょうか?」
「ちょ、ちょっと、待って。もしかして……」
「もしかしなくても」
「あ、あのね、レティ……」
「とりあえず、母親の威厳を保ちたいのなら、今日のおやつはあなたの奢りよ。いいわね?」
「……ふぅ。わかりました。そうさせていただきます」
「そうそう、それでいいのよ。いつまでもうじうじ悩んでないで」
「ふふっ、あなたにはほんと救われるわ」
「はいはい、言葉よりモノで示してちょうだい」
「ええ。わたしのとっときのお勧めを紹介するわね。あら、わたしもあの店にいくのは久しぶりね、ちょっと楽しみになってきたわ」
「……え、あなたのお勧めって……。ちょ、ちょっとリンディ?!」


 ……運命は彼女たちの手を離れた、あるいは、彼女たちから手を離した。後悔も未練も少なくないが、もはや彼女達が関わることではない。これからは、管理局員でない一人の人間として、自分にできる精一杯をしていけばいい。まだまだ人生は長く、選べる道は無数にあるのだから。














~ハヤテ・ヤガミ・グラシア×フェイト・テスタロッサ・ハラオウン~


「時空保安局、かあ」
「しかたないよ。時空管理局の名前は、イメージが悪くなりすぎたから」
「ま、そーかもしれんな。中身もほとんど別物やし。でもええんか?」
「? なにが?」
「あー、ほら、執務官制度。組織の名称変更と同時に実施する大改革で、廃止されるんやろ。なのちゃんの言うことはわからんでもないけど、ちょっとやりすぎのような気もして……」
「……そうだね。正直に言えば、複雑だけど……。でも、なのはの目指してるところを考えれば、自然なことなんじゃないかな? それに、魔導師だって人間だ。人間は間違える。
 こんな仕事をしてれば、いやでも思い知ることだけど、今度のことでは、本当に、心の底から思い知らされたって感じ。だから、権力の取り扱いを、人の良心や義務感に大きく頼る制度っていうのは、確かに危険だと思う。
 各世界の治安関係にもテコ入れする具体案とセットになってるし、大きな問題は生まないんじゃないかな。感情的な反発は別として」
「あー、まあ、エリートさんの象徴みたいなもんやしなあ」
「そうだね。
 でも、私も、初めてのときは、ハヤテのことを現場を知らないエリートだと思い込んでたから」
「あー、そうかもしれんなあ。初めて会うたときが会うたときやったからなあ」
「そうだね」
「まあ、なのちゃんが、らしい力技つこうてくれたけど」
「…ああ、あの模擬戦?」
「そや! 交流と相互理解のためとかいうて、アレは絶対企んどった!」

「ハヤテたちは、改組がおこなわれたら、正式に局員になるんでしょう?」
「せやなあ。そーなると思う」
「シグナムさんやヴィータが所属してくれるのは心強いね」
「……わたしは?」
「も、もちろんハヤテも!」
「ホンマかいな~、なんか慌てとる態度、あやしーわー」
「ほ、ほんとだよっ。ハヤテがいなければ、なのはを独り占めできるかも、とかそんなことは全っ然考えてないから!」
「……フェイトちゃん」
「え、な、なに?」
「………………いや、えーわ。それでこそフェイトちゃんや」
「??」

「ふう、ほんま、フェイトちゃんはなのはちゃん大好きなんやから。女の友情なんて儚いもんや」
「え、えと、ハヤテのことも好きだよ?」
「えーんや、えーんや、模擬戦のあとのフェイトちゃんの言葉はきっちり覚えとる」
「え……」
「『なのはは、そう簡単には渡さないんだから!』やったな。あれには、負けた~、思たわ。少なくとも、私は記録もされとる衆人環視の場で、あそこまで大胆なセリフは吐けん」
「ハ、ハヤテっ!」
「あははははっ」

「なあ、フェイトちゃん」
「なに?」
「私ら、いつまでこうしていられるんやろな」
「え?」
「“閃光”“夜天の王”“夜明けの魔王”……。英雄三人が率いる、統幕会議直属の特務部隊。
 管理局体制の動揺と改革に対応した一時的措置や、いうてるけど。一応、各勢力のバランスをとるように人員構成されとるいうけど。でも、やっぱり、身内人事や。
 レジアス議長の猟犬部隊、独裁体制の粛清部隊。表立っては口に出さんけど、そう言うてる人もけっこうおる」
「そ、そんな! だって、出動はいつも、犯罪集団の撲滅や緊張状態の地域の調停じゃない!
 それに、なのは達だけで片付けるんじゃなくて、教会騎士団や旧本局に所属していた人達も、治安維持に一役買ったって実績が欲しいって、なのは言ってた。クーデター主導者とその直轄部隊だけが、力を持ちすぎるのは組織運営上、よくないって!」
「わたしらも主導者やと思うんやけどなあ……」
「う。で、でもやっぱり……」
「もう、そんな顔されたら、わたしが我がまま言うてるみたいやん」
「ご、ごめんね。そんなつもりじゃ……」
「えーんよ、えーんよ、どーせ私はおこちゃまですよーだ」
「ハ、ハヤテ……」

「私らはわかっとる。でも、私らだけ判ってもしゃーないんよ。“李下に冠を正さず”。やな言葉や」
「リ、リカに??」
「いや、そこはえーわ。流しといて。
 なんにせよ、なのちゃんが、その辺の機微を考えとらんとは思えん。いうか、むしろ率先して嫌がってそうや。私らに頼ってくれるようになるのかて、随分かかった」
「それは……」
「おまけに私らは英雄で、しかも元の所属はバラバラ。
 いまは政治的にいろいろあるから、六課の成果を私らの原隊の手柄ってことにして、権力を増したいって思惑の人らがおる。その勢力争いに乗っかって、自分らも発言権を確保したいって人らも」
「……うん、そうだね。でも、なのはの力になるためには、必要なことだと思う」
「でもな、そういうこととか考えると、この部隊が、一緒の部署にいられる最後の機会なんかもしれん、なんて思うんよ」
「……も、もし、そうだとしても! 私たちは友達だよ! ずっと!」
「……ん、そやな」
「そうだよ! 私も! ハヤテも! ずっと一緒になのはといるんだから!」
「そう、そやな。
 でも、フェイトちゃん、ちょっと力入れすぎ。手ェ痛いわ」
「あ、ごっ、ごめんっ」
「いや、えーよ。フェイトちゃんの気持ちが、よう伝わってきた」
「ハヤテ?! も、もうっ」

「“奇跡の六課”か……。そんな呼び名が欲しかったわけやないんやけどな……」
「? なにか言った?」
「いーや?」

「でも、ハヤテのおかげだよ、なのはが還ってこれたのは。
 私一人じゃ、たぶん、なのはを呼び戻すことはできなかった」
「ん……」
「ありがとうね、ハヤテ。これからも2人でなのはを支えていこうね?」
「ま、まあ、そうやね。
 わたしもなのちゃんの“初めての”親友やし? どん、と任せてくれてええで?」
「む。私だって、なのはの“一番の”友達なんだから、任せっきりなんてことはしない。無理しなくていいよ?」
「ははは」
「ふふふ」


 ……ほどなく時空管理局は時空保安局と名を改め、組織体制と人員の大幅な改変をおこない、彼女達はそれぞれ、政治力学を考慮した職に配された。












~ゲンヤ・ナカジマ×チンク~


「ひさしぶりだな。ウェンディ達は元気か」
「ああ、もうちっと慎ましくしてくれてもいいんじゃねえか、って程度には元気だぜ」
「ふふ、苦労をかけるな」
「なに、手のかかる子ほど可愛いってな。苦労にゃおもわねえよ」
「そうか……」

「あー、そろそろ更正プログラムも終わるだろ? その先のことについてなんだが……」
「うん?」
「とりあえずな、ウェンディと、ノーヴェとディエチ。うちで引き取ろうと思う。養子縁組してな。
 セインとディード、オットーは、聖王教会のシスターが意欲を見せててな、たぶん、そちらに引き取られるだろう。まあ、ひどい扱いをするような人らじゃねえから、安心するといい」
「そうか……。ルーテシアとアギトはどうだ?」
「あー、召喚士の嬢ちゃんは、一応、魔力封印と厳重監視にはなってるが、行動は自由なもんだ。母娘仲良く暮らしてる」
「そうか……」
「エリ坊とキャロ嬢ちゃんも、ちょくちょく顔出してるみたいだしな。むしろ、被害者といっていいんじゃないかって話も出てる。監視期間の短縮も、十分ありうるな」
「……2人には、感謝してもしきれんな」
「まあ、あの子らは、打算抜きで、純粋に友達になれて嬉しいだけだろうぜ。
 ギンガから聞いたが、最後の戦い、本局部隊の援護を断って、正面からタイマン2組でやりあったらしいじゃねえか。なんでも、事前に部隊長に、あのお嬢ちゃんとは自分達がやりあいたい、伝えたい気持ちがある、って直訴したって話だ。それが友達になろう、なんて、平和なんだか物騒なんだか……」
「平和、だろう。ルーテシアがその気持ちを受け入れることができたのだから」
「そんなもんかねえ」
「で、アギトは」
「お、おお。融合騎の嬢ちゃんは、聖王教会の騎士団でなかなか気のあう奴をみつけたらしい。なんか、ゼスト空尉への義理立てで、ロードとは認めてないらしいが、実際、ほとんどついて回って、傍目にゃ、ロードとその相棒以外には見えんそうだ」
「……そうか。アギトも落ち着いたのだな」
「そうだな。これで、落ち着き先が決まってないのは、嬢ちゃんだけになったわけだ」
「……私だけではないだろう。トーレもウーノ姉さまもセッテも、まだ決まったわけではないはずだ」
「お前さんもわかってるだろ? トーレとかいう姉さんは再起動の見込み立たず。非殺傷とはいえ、“閃光”の切り札の一つをまともに食らって、その上で無理矢理動いてみせたんだ。うちのいまの技術じゃ、どうにもならんくらいに、神経系がイカレてる。
 ウーノって娘も、スカリエッティの死亡を知ってから、自閉モードに移行して、なにをどうしてもウンともスンともいわねえ。彼女は、特にスカリエッティへの忠誠が強かったらしいから、まあ、覚醒は難しいだろうな。
 セッテって嬢ちゃんは、特に理由があるわけでもないが、ともかく素直で純粋な分、とんでもなく頑固だ。まともに口さえ聞いちゃくれねえ。
 お前さんくらいなんだよ、まだ、司法取引に応じそうな目があるのは」
「随分な評価だな。わたしはそんな節操なしにみえるか」
「あー、実のところ、ウェンディたちに泣きつかれてるのもある。チンク姉をどうにかして解放してやってくれってな」
「そうか……」
「お前さん、いい姉貴だったそうじゃねえか。妹達の面倒、これからもみてやろうって気にはならねえのか」
「……」
「……」

「ドクターは……」
「うん?」
「ドクターは孤独な方だった。いまにして、ようやく判る。
 あの方は、私たちを生み出して、あるいは理解されることを私たちに求められたのかもしれん。だが、私たちは、ただあの方に従うばかりで、“理解”など考えもつかなかった。そう言う意味でもっともドクターに近づいたのは、クアットロだろう。それでも、ドクターの望んだ形ではなかったようだが」
「……」
「これは、親の生あるうちにそれに気づけなかった不肖の娘の、せめてもの手向けだ。
 ドクターは言った。わたしはわたしの全てをもって「世界」に挑む、ヒトは自分の意志で「人」になるのだ、と。
 あの戦いが、道具として生み出され、都合よく扱われてきたドクターの、全身全霊での自己主張だったのかもしれない」
「……ちっと、はた迷惑な自己主張だな」
「そうだな。
 だが、ドクターは、異論を唱えた私に言ってくださった。例え造物主相手でも、己の自我で反発することがヒトとしての第一歩。生命の証だと。そのときの私には理解しきれなかった。だが、2度目の高町なのはとの戦いを生き延びて、わずかながら、わかったような気がする。
 そして、私たちを「娘」と呼んでくださったドクターに、今更ながら寄り添いたい。
 ドクターの娘として、ドクターの闘いの生んだものの「さき」を見届けたい。
 それが、私の「娘」としての孝行のありかただ」
「……さきを見るだけなら、なにも非協力を貫いて、収監されることにこだわることはねえじゃねえか。外に出て、変化を肌身で感じてみてもいいじゃねえか」
「そうかもしれない。
 これは、わたしの、ちっぽけな意地だな。ドクターをいいようにこき使った連中に従いたくないという」
「そんな連中は、もうとっつかまったぜ」
「だから、意地だといっただろう。理屈ではないんだ」

「……前から思ってたが、お前さん、ナンバーズのなかじゃ一等、常識的だな。感情も、下手な人間より豊かで繊細で複雑だ」
「感情と言われても、よくわからない。人間ということもだ。
 私はまぎれもなく、ドクターに造りだされた人造生命体だ。そしてそのことに誇りをもっている」
「お前さん、そりゃあ……」
「この思いが、組まれたプログラムから生まれているのか刷り込まれた価値観から生まれているのか、そんなことは知ったことではない。私は私だ。
 私にとって大切なのは、この感情に理由をつけることでも名前をつけることでもない。この感情を手に、どう生きていくかだ。
 それを否定するのなら、取引などできはしない。私自身を否定されて、能力だけ重宝されて使われるなど真っ平だ」
「……」
「機械だろうが、人造生命だろうが、私は私なんだ。誰にも否定させない」
「……誰も否定しやしねえよ」
「……」
「……いや、すまん、嘘だな。否定するヤツはいるかもしれん。いや、絶対いるだろう。
 でも、お前さんに向き合って、その瞳をみて、その言葉を聞いて、それで否定できるヤツなんぞいやしねえよ。俺が保証する」
「あなたの人格や能力を疑うわけではないが、この件に関しては、あなたの保証はあてにならないな」
「はははっ、違いねえ。
 ……なあ、チンクの嬢ちゃんよ、その意思、もっとでかいところで生かしてみねえか。
 正直、俺は戦闘機人の生きる手伝いなら、管理局…っと保安局じゃあ、誰にも負けねえ自信があった。だから、ウェンディたちも引き取ることに決めたんだ。
 でも、あんたは違う。あんたは、あの無邪気な連中とは違う。俺の頭じゃ、どう言えばいいのかわからねえが……。
 あんたのその意志、その生き方は、必ず、あいつらの役に立つ。これから生み出されていくだろう、たくさんの命にとってもだ。どうだ、嬢ちゃん。あんたの力と誇り、そのために貸しちゃあくれないか。
 それが、あんたたちに理解を求めたっていう、スカリエッティへの供養にもなるんじゃねえか。親の行為の結果を見届けるだけが、供養の仕方じゃねえよ」
「……なぜ、そう思う」
「親ならな、特に、子供が愛されてるって、自覚できるくらいの親ならな、自分の子供が自分に義理立てすることなんざ、嬉しくもなんともないからだよ。
 子供には自由に生きて欲しい。思うがままに伸び伸びと生きて、自分なんか飛び越して、自分の思いもしなかった世界を拓いて、その先へ駆けていってほしい、そう思うからだよ。……俺も親の1人だからな」

「……2つ条件がある」
「言ってみな」
「まず、私は嬢ちゃんと呼ばれる年齢ではない。その呼び方は不愉快だ」
「……っぷっははっはは! そいつは悪かった。気イつけるぜ、チンク」
「もう一つは……」


 のちに、次元世界連盟本会議で、「つくられた命の誇り」を演説して歴史に名を残す、“先駆者”チンク・スカリエッティ・ナカジマは、こうして時空保安局との交渉に応じることになった。





■■後書き■■
 詰め込みすぎたかなあ……。でも、チンクの話は最終編のどこに入れようか、困ってたので、丁度良かったともいえる。
 ちなみに、レティ・ロウランさんは、グリフィス君のお母さんで、本局人事部の偉いさん。でも、肩書きは提督。なんでやねん。リンディさんの親友です。原作と漫画版に登場します。




[4464] 継承編  三十四話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:c6d03c6b
Date: 2009/12/18 09:54
 新暦76年初夏、俺はミッドのベルカ自治領にあるグラシア邸のテラスで、カリムとハヤテと3人、丸テーブルを囲んでお茶会を開いていた。


 ゆっくりと身体を伸ばし、天を仰ぐ。中天を過ぎた太陽が、一段とまばゆい光を放っている。
 頂点を越え、沈みゆくなかでいや増す光。人生を一日にたとえるなら、午後こそがもっとも長く事象の多い人生の本番。どこかで聞いたそんな言葉を思い出した。


「なに黄昏とるんや? 時空保安局・個別次元世界対策局本部直下・統合武装隊本部幕僚会議・主席幕僚長、高町なのは少将殿?」 
 笑い含みの声で堅苦しい言葉を言ったはやてに、俺もとりつくろった態度と声音で返した。
「失礼しました、時空保安局・多次元世界対策局・統合幕僚会議幕僚 ハヤテ・Y・グラシア一等佐官待遇殿」
顔を見合わせて数瞬。同時にぷっ、と吹き出して、俺もハヤテも笑いはじめた。カリムも口に手を当てながら、鈴の転がるような声で笑っている。


 時空管理局は解体され、各次元世界の代表と聖王教会から派遣された理事とで構成される次元世界連盟、その管理下の組織、時空保安局として再生された。

 時空保安局は、個別次元対策局と多次元世界対策局、査察局の3局から成る。大雑把に言うと、かつての陸と空、及び各世界の治安組織の一部が個別次元世界対策局、海と教会騎士団、及び各世界から派遣された文官達が多次元世界対策局を構成する。前者がアメリカで言う州警察、後者がFBIだと考えれば、おおむね間違いではない。
 もっとも、例に出した組織のような対立感情まで持たれてはかなわないので、組織間の流動性はかなり高めになるよういろいろと工夫し、幾つかの条項は組織内規に明文化してある。陸・空を階級につけることも止めた。どうせ、空戦資格の有無の判断にしか役立たん。そんなもの、魔道師ランクの確認時に一緒に確認すれば十分だ。普段からひけらかして、違いを強調して対立を煽るようなことじゃない。

 法務関係の各部門は保安局とは別組織となり、同じく理事会の管理下に置かれた。立法・法修正の決定権も次元世界連盟に移行。素案の立案、審議などの補佐機関として法制委員会が、連盟の下に置かれる。また、裁判関連の部門も、時空保安局と同格の組織として分離した。これにあわせ、執務官の権限の縮小も行なわれ、彼らは捜査権と逮捕権だけ持つ、独立広域捜査官となった。


 査察局の設立と独立に伴い、査察官が大幅増員され、執務官及び次元航行艦には必ず最低1名は付くようになり、これまで執務官が作成・上司に提出していた事件報告書は、査察官の審査と承認を必要とし、かつその写しが査察局にも提出されることになった。武装隊の指揮権も武装隊の隊長が持ち、執務官は協力要請しか出来ない。武装隊の指揮官と捜査官は、階級の上下に関わらず、同格として任務にあたること、と明文化している。

 これらの措置で、事件対応への即応性は大きな制約を受けるが、その分、現場の暴走は抑えられる。執務官の独善による現地との摩擦や、規律を歪めての犯罪者への対応は、減るだろう。
 大雑把だが、以下のような形である



次元世界連盟-法制委員会-法制局
      -治安委員会(議長:カリム・グラシア)-統合司法本部-各裁判局
                         -施設装備管理本部-各収監・隔離施設部門
                                  -ロストロギア管理部門
                                  -兵器・艦船管理整備部門
                         -時空保安局統合幕僚会議(議長:レジアス・ゲイズ)-個別次元対策局
                                                  -多次元世界対策局
                                                  -査察局  

 


 裁判と保安がともに治安委員会の下にあるのは、裁判関係を聖王教会の管理下から離せば、現在の次元世界では紛争の種になって物事が進まない、と判断したためだ。10数年のときが過ぎて、ある程度、各世界の力関係が安定してきたら、分離独立し、治安委員会と対等の次元世界連盟下の組織の一つになるだろう。


 数年がかりの構想とは言え、よくここまで求めていた結果を達成できたものだ。地道に有力な次元世界と連絡をとり、これまでの実績と教会の権威を背景にして、後ろ暗いところをつついたり利を示唆したり時に武力をちらつかせたりして交渉を進め、政治的な状況をまとめあげたレジアスの手腕には脱帽する。あいつの本質は軍政家だ、とつくづく思った。
 軍事に関する政治的環境を整える、政治に半分首をつっこんでいる軍人。そういう奴が上にいるおかげで、下っ端は戦力整備や戦闘に関する実務などの軍事的業務だけに注力できる。俺も「暴力」をまとめあげることに集中できた。
 独自の地位を持って孤高を保っていた教会を、積極的に次元世界のまとめ役に乗り出す方向で意見をまとめてくれたカリムにも感謝は尽きない。無論、教会騎士団に対して、ヴォルゲンリッターを通じて影響力を行使してくれたハヤテにも。


 旧「海」の残存部分は、クロノとフェイトが中心になって必死にまとめている。未だにろくに家にも帰れないとかで、この前も愚痴を言われた。まあ、旧「海」の戦力を再編してまとめあげる作業と並行して、教会騎士団や各世界の意向を受けた文官たちとの打ち合わせや駆け引きを続けてるんだから、身体がいくつあっても足りないだろう。

 あの2人は鋭いし頭もいい。性格的に身内を疑うのに向かないフェイトはともかく、クロノは体制がある程度安定するまで、仕事に忙殺される状態でいてもらいたい。

 あいつなら、いつかはあの2日間とそれに至る過程のところどころで、あまりに都合よく事態が進んだことに気づくだろう。後ろ暗いところがあることに気づく。それはもう俺とレジアスの間では織り込み済みのことだが、政治状況が安定するまでは、発覚は引き伸ばしたい。


 旧「海」関連の部門や人員は、実質、戦犯に近い目で見られていることもある。今まで与えられていた、大きな独自裁量権・行動権を取り上げられて、査察局の人員が大量に投入されているから、なおさら、動きがとりにくい。さらに組織改変により、自分の一存か上司の事後承認で済ませられていたことも、いちいち許可を求めたり筋を通さなければならなくなった。仕事量が増えて当たり前だ。

 もっとも、俺から言わせて貰えば、今の状態こそが組織として正しい姿で、独立した軍事力に、大きな裁量権と行動権を無造作に与えてた今までがおかしいんだが。まあ、おかげでクーデターも楽だったわけだが、欠点とわかっていることをほっとく気にもなれなかった。ほっておいて、今度はこちらがクーデターで転覆した、なんてことになったら、世紀の笑い話として次元世界中で語り継がれるだろう。さすがにそれは勘弁してほしい。


 「海」の権限縮小に伴い生じた権力と武力の空白地帯は、各次元世界が、連盟会議で調整しながら埋めている。なかなか激しい権力闘争を繰り広げているようだ。一時的な治安の悪化は避けられまい。まあ、違法武装組織が顔を出したら、即、保安局統幕議長直属の専任特務部隊が、発生地近隣の次元世界と協力して殲滅してるから、あまり派手なことにはならないだろうが。

 この半年ほどの間だけでも、20を越える違法武装組織が蠢動し、そのことごとくが、動きを見せて10日以内に殲滅されている。微妙な動きを見せて、カリムやレジアスの遠まわしな脅しをうけた政府も少なくないらしい。俺も何度か、明らかに正規の軍事訓練を受けた、所属不明の部隊を潰す作戦に従事した。


 一時的な混乱で、甘い汁を吸おうとする奴らが出てくるのは簡単に想像できたから、クーデター直後、専門の特務部隊の編成だけは承認させておいたのが、モロに図に当った感じだ。教会関係に根回しはしてあったし、各世界間での政治的な混乱や裏取引が始まっていたので、隙を突いた形になって、あっさり承認された。治安関係の責任者になるカリムに権力が集中する形になるが、数年は大丈夫だろう。

 それに、そんなに時間をかけるつもりはない。来年には、部隊は解散させる予定だ。
 早すぎる、という声もあるが、こういうものは、惜しまれてるうちに無くしたほうがいい。うっとうしがられはじめてからじゃ、遅い。時空管理局も、数年とは言わないまでも、10年程度で、時代に適応した体制に定期的に作り変えていくようにしていたら、うまく回っていたかもしれんな。そんな、らちもないことを思った。



 管理局解体が、犯罪組織を誘き出すいい罠になったのは皮肉ではある。地下に潜った犯罪組織の対応までは手が回らんが、その辺は、権限を取り戻した各世界が対応するだろう。対応しきれないような事態になれば、自分達の代表もいる連盟に協力要請を出せばいい。

 これまでと違って、連盟が、明確に最上位意思決定機関として明文化されてるから話はしやすい。治安関係の全権限が返却された政府と、純粋武力になった保安局なら、従来のような面子にこだわっての、連携や情報交換の不手際は起こりにくい。広い意味でいえば、保安局は各政府の傘下にある武力と言えなくもないのだから。



 だが、別の問題は残っている。旧体制への回帰の動きだ。

 本局の主な有力者は、過去の行為を掘り返して裁判沙汰にもちこんだり、査察官を貼り付けたりすることで、動きを押さえた。現在は、ある程度の落ち着きを見せはじめているが、水面下の抗争は、これからさらに激化していくだろう。権力に執着するのは世の常だ。旧「海」の連中は、このまま黙って引き下がりはすまい。
 クロノやフェイトは体制側とみなされてるだろうし、根本的に人のいいあいつらの懐柔や統率では、おそらく旧勢力の策謀を抑え切れん。

 数年内に反乱騒ぎの1つや2つは見込んでおくというのが、俺とレジアスの共通見解だ。もっとも、レジアスは、それを逆手にとってさらに旧勢力の力を削ぐべく、いろいろと仕込みをしてるようだが。収集した情報は、各世界政府や保安局内部に対しての有効なカードになる。別に敵対的とか非協力的とかでなくてもだ。協力関係だとしてもその裏では、どっちが主導権を握るかという駆け引きが常に行われている。
 権力の分散を選んだ以上、避けられないことだ。そのデメリットを含んだ上で、クーデター後の体制は、これが最適だと結論したのだから。最高評議会の体制が別の方式であれば、あるいは時代が違えば、別の体制も採りえたかもしれんが、言っても詮無い事だ。
 もっとも、俺はその辺には深く関わっていない。武装隊の掌握と改革に専念するという名目で逃げている。レジアスも、わかって見逃してくれているフシがある。悪いとは思うが、どうも、いまさらの感が抜けきらん。
 クーデターの達成とその後の体制の基盤作りの先は、俺は想定していなかった。恐らくレジアスもだ。放っておけば発覚するだろう、様々な欺瞞と罪を、俺たちの身柄と各種の政治状況、各世界政府間のバランスや弱みなんかで相殺し、新体制の基礎を固めるつもりだったのだから。まあ、俺とレジアスは良くて飼い殺し、悪くて事故死とみていた。もっとも、いまさら、飼い殺しに戻る気もなかったから、そのときは、適当な理由をつけて大暴れして新組織の邪魔になりそうな連中を道連れに地獄に直行予定だったんだが。

 時空管理局で、俺が望む形にするために、俺が為すべき最大の役目は為し終えたのだから。


 いまさらながら、ゆりかご戦とその後を通じて、どうも、そちらに踏み切りにくくなった。俺の命が俺独りでどうこうしていいものじゃないんじゃないか、なんて、俺らしくもない考えにとりつかれてしまっている。ハヤテやフェイトの想い、スカリエッティの最期。
 それに、未来をみてみたい、という欲が生まれたのも確かだ。見れなくなった奴らの代わりに、なんてことは言えはしない。言えはしないが……今更だが、命が惜しくなったというのが、正しいんだろうな。前世からの俺ならともかく、純粋な「高町なのは」としては、俺はまだ生まれて1年も経っていない。その目で見る世界は、今更ながら、驚異と様々な感情に溢れ、俺をして、喪うのを惜しいと思わせるものだ。

 勝手な話だ。裏切りとさえいえる。だが、ほんとうのことだ。



 ふ、とハヤテの顔を見る。彼女はカリムと談笑していたが、すぐに視線に気づいてこちらを向いた。思えば、コイツもゆりかご戦以来、明るくなった。時折、見え隠れしていた陰や無理が消え、自然な表情を浮かべるようになった。やたら、女性の胸を揉みたがる悪癖はどうにかならんかと思うが。

「どしたん、なのちゃん?」
そういえば、いつのまにか定着したな、その呼び名。出会った当初、言われる度に訂正を入れてたのが嘘のようだ。そんなことを思いながら、ぼんやりと口を開く。
「いや、今がまるで夢のようだと思ってた」
「ああ、そうやなあ。なんせ怒涛の一年やったもんなあ。ほんま、こんな大変革になるなんて、予想外やわ」
うんうん、とうなづきながら、ハヤテが言う。あ、そっちね。悪い、俺の考えてたのは、ちょっと方向が違った。思いながらも、わざわざ話題を切り替えるほどのこともないかと、ハヤテの言う一年を思い出す。

「新築の隊舎、新品の制服、慣れないメンバー。あれがあの時点での限界だったとは言え、よくもまあ、最後まで戦死者も出さずに戦い抜けたもんだ」
率直な思いを口にすると、ハヤテが顔をしかめた。
「うわ、ノリ悪ぅ。冷たいわ、なのちゃん」
「知らん」
「ひどっ」
軽口を交わす俺とハヤテを、あらあら、と言いながらカリムがにこやかに見守る(でも手は差し伸べない)。

 
 カリムとハヤテには、カバーストーリーしか告げていない。
 つまり、2人は、罪を都合よく「海」に被せて彼らを生贄にしたことを知らない。


 だが、俺は誓ったのだ。俺は願ったのだ、自分の意志で。
 世界を変えてみせようと。

 俺には未だ、理想は無く。理念も無い。だが、俺の全てを賭けてもいいと思った男の夢を知っている。
 夢を夢で終わらせず、奴を孤独に置き去りにせず。その想いを胸の片隅に、俺は道を歩きはじめた。魔王の道を。



 俺は、クーデター時に、参集した各局員にぶちかました激のことを思い返した。


――――――――――

 自分の足が震えるのを感じ、俺は危うく失笑しかけた。
 覚悟を決めたつもりでもこれだ。だが、ヒトである以上、どうにもならないことではあるんだろう。いくら魔王を名乗り、気概を誇ろうとも、己の全てを瞬時に変容させられるわけでもない。

 正義で身をよろう輩を嫌いながら、俺も前世の影に隠れていただけだった。なんの守りもなく、素のままの自分で人々の前に立つことの、なんと恐ろしいことか。

 だが、俺の後ろに、おおきく、暖かく、厳しい男の存在を感じる。俺の左右に、俺を心配しつつも信じてくれる友の存在を感じる。スカリエッティの最後の表情が、瞳が、魂に灼きついている。

 自然に俺の背筋が伸びる。
 胸を張り、顎を引く。


 怖れはまだこの身にあるが、もう体が震えることはない。
 俺を隠していた影は去ったが、代わりに支えてくれる幾本もの腕がある。

 ならば俺は、いままで同じように戦える。
 理不尽に対して戦える。
 わずかにでも可能性があるなら、そこに己の全てを賭けて挑むことができる。すこしでも今日より良い明日のために。

 俺が間違っても、俺が倒れても、引き戻し、あるいは引き継いでくれる奴らがいると、いまの俺は知っているから。

 
 さあ、はじめよう。俺にできる最善を。

 俺はクーデター参加者の意志を固め、まとめるべく、声を張り上げた。
 

「諸君。今や、私は多くを語らない。すでに語るべきことは語られ、知られるべきことは知らされたからだ。
 ただ一つ。諸君に伝えよう、私のありかたを。

 彼らが正義を名乗って、我々に命じるなら、私は魔王を名乗って、諸君らに語りかけよう。
 彼らが秩序の名のもとに我々を管理しようとするなら、私は魔王の名のもとに、諸君に抵抗を呼びかけよう。

 私は届かぬ天で輝く星であるよりは、地に堕ちて共に泥を啜ろう。
 栄光に包まれた座から諸君に命じるよりは、共に現実という荒野を歩く戦友としてあろう。

 矛盾と指さされようとも、偽善と嘲笑われようとも、それらすべてを飲み干し、踏み潰し、言ってみせよう、“それがどうした?” と。“そんなモノでは私の歩みは止められない”と。

 故に諸君。私の呼びかけに応え、共にこの戦いに挑まんとする諸君に告げる。

 なすべきことをなすために。
 往こう、戦友諸君!」

「「「Ma'am! Yes, Ma'am!!」」」


 主義も主張も痛みも願いも関係なく――「正義」をこの手で打倒する。

―――――――――――――――――――――――



 あの2日間を越え、はじめて観えた、俺の行くべき先。
 義務や感情で戦う者に、正論も理屈も何の価値も無い。闘いのために戦うものに、生の意味を問うても仕方ない。

 スカリエッティの歪で狂気に塗れた、それゆえにこそ無垢で透明な微笑みが思い浮かぶ。


 そう、俺は俺として生きればいい。


 俺はもう、陰陽師じゃない。理を正し、世を整える気概はすでに忘却の果てだが、新しい生には、新しい気概があってもよかろう。
 それに、俺にはハヤテがいる、カリムがいる。フェイトがいる、レジアスがいる。今生の俺は独りじゃない。

 なら、一度は諦めた遥かな理想に、今一度、手を伸ばしてもいいかもしれない。


 俺はハヤテとカリムに微笑んだ。全てを守ることなどできるはずもない。だが、それでも全てを守りたいと願うことはけして間違いじゃない。素直にそう思うようになった自分に、心の中で苦笑した。





■■後書き■■
 遅くなりました。最終編「継承編」開幕。
 次話「見つめるさき」。なかった筈の未来を手にしたとき、彼女はなにをそこに見るのか。



[4464] 三十五話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:c6d03c6b
Date: 2010/01/05 07:26
 俺の前には、クロノ、フェイト、ティアナ。忙しいこいつ等と、プライベートで会うのも久しぶりだ。
 しかし、それとこれとは別。今、話の俎上にのってるのは俺の呼び名。俺の新しい二つ名が出回り始めたらしい。まあ、「魔王」って呼ばれるのが一番、性にあうんだが。

 そう言った俺に、クロノが返す。
「気の毒だが、ただの「魔王」じゃない」
フェイトが口をはさんだ。
「「夜明けの魔王」だって」
「……なんだ、その恥ずかしい2つ名は」
俺は呆れた。
「第一、半端な長さで語呂も悪い。言いにくいだろうに。呼びにくい2つ名をつけてどうすんだか」
「そもそも、君が派手なことをしたときのコールサインがコールサインだ。その後の活躍もある。そう呼びたくなる人達の気持ちも解らなくはないな」
クロノがカップ片手に苦笑する。

 ティアナも笑いながら、口を挟んだ。
「なのはさん、なのはさん指揮下の特務部隊が、この半年でいくつの犯罪組織を壊滅させて、いくつの戦争の芽を叩き潰したか、わかってます? 高ランク魔導師を集めたわけでもない部隊が、ただその連携と練度だけで、どれほどの成果を挙げたか」
「それに、その後の治安回復もね」

 フェイトが微笑みながら言って、俺は眉を寄せた。


 犯罪組織や戦争を煽った連中の中枢は、俺が部隊長を兼任してる特務部隊で片付けたが、残党の逮捕や治安回復は、広域捜査官を含む捜査官たちと現地の機関の功績になってるはずだ。世界間の緊張の緩和も、聖王教会や次元世界連盟の、仲介や働きかけが功を奏したとして、賞賛されている。


 俺の表情に、フェイトがクスリと笑った。

「わかる人にはわかるよ。それなりのお膳立てや根回しがなくちゃ、あんなスムーズに連携はとれないし、あんな的確に糸はたどれない。大きな声で言っちゃ、せっかくの気遣いが台無しだし、自分達の評価も下がるから、誰も言わないけど、けっこう、公然の秘密だよ?」

 ……さりげなく、いま、黒くなかったか、フェイト。

 クロノがしつこく続ける。
「実際、管理局時代の悪習は、君が先頭に立って叩き壊したようなものだし、君が実行させてる案は効果的で、次元世界の治安を、管理局時代より一層向上させることは間違いない」
「案ったって、俺が考えてるわけじゃない」
俺は憮然とした。
「上からの指示と、部下連中の上申の混ぜ物がほとんどだ。俺のやってることなんてほとんどねーよ」
「上と下の意見の落としどころを的確に見抜いて、しかも内容を空洞化させない。君の立場にふさわしい仕事をしてるじゃないか。前線で戦うだけが戦いじゃないというのは、君の持論の一つだろう」
 俺は上を向いて、息を吐き出した。


 確かに、クロノの言うことを、頭から否定することはできんがな。俺がやってるのは戦いなんてモンじゃない。現場を身をもって知り且つ顔の利く人間が現場の意見を聞き、理屈屋に論理と数字で話ができる人間が、上や後方要員の理解を得る。両方の技術、ってーより経験とツテだな。それがあれば、難しいことじゃない。それにこういうのは大抵パターンがあって、それに慣れれば、ただのルーチンワークだ。

 大体、俺程度の意見調整をできる人間なんざ、俺のほかにもごまんといる。ツテや顔の広さ、経験がモノを言う世界なんだから……ああ、でも、落しどころを双方に納得させて、しかもそれを実行させるには、別の要素が影響するな。なるほど、レジアスは、これも懸念してたわけだ。だから俺に実績と名声を積み上げさせ……俺の言葉に大抵の奴が「高町少将がそう言うなら」と受け止めさせるだけの虚像を造りだしたのか。
 昔のことは知らんが、俺が知り合ってからのレジアスも、「陸」限定で言えば、そういうところがあった。だが、結局、それも俺の仕事じゃない。俺の虚像の仕事だ。

 不当な評価を受けるなら、蹴り飛ばすなり、へこますなりしてやれば済むが、持ち上げられすぎってのは、ちょっと経験がない。対処に困る。下手に評判を落として、まだ微妙なバランスの上にある組織に、混乱要因を持ち込むのも御免だ。


「……つまり、当面はまだ椅子の重石になってろ、ってことか」

 クロノの指摘に、マルチタスクで一瞬の思考を走らせた俺がブスリと口にしたら、クロノとフェイト、ティアナまで、揃って苦笑を浮かべやがった。まあ、子供っぽいセリフだと自覚はしていたが。
「わるいか」

 一段と肩の震えが大きくなった3人に、気まずくなって、俺は話をそらした。

「だいたい、そんなのは俺のスタイルじゃない。命令違反上等、座右の銘は殲滅撃滅ペテンに不意打ち。勝てば官軍ってのが、あるべき正しい姿のはずだ」

 俺の主張に表情一つ変えないクロノと、妙に実感ありげな苦笑を浮かべて頷くティアナ。なんだ、お前ら、その態度。
 そして、フェイトがトドメを刺す。

「そうだね。やっぱりなのはは、自由に天空(そら)を翔けていくのが似合うと私も思う」
フェイトが微笑った。悪意も皮肉も欠片もない。無垢な、透き通った、天使のような笑みだった。


 ……俺は沈黙した。





「そういえば、フェイトから聞いたが、本気なのか」
なんとなく漂っていた"フェイト・フィールド”を破って、クロノが真面目な顔で切り出した。

「プライベートの時間に仕事の話をするな」
このワーカホリックが。
「なんのことですか?」
「えっとね…」
だからやめろというに。ティアナ、突っ込むな。フェイトも説明するな。

 俺の抗議もむなしく、三人は優秀な保安局員の顔になって、話しあいはじめた。ああ、せっかくのコーヒーの味が落ちるだろうが。


 説明を聞き終えたティアナがなんともいえない顔で、俺のほうを向いた。
「……本気ですか?」
「なんの話だ」

 ぶすっとして返す俺。フェイトは苦笑いしてる。


 別に大したことじゃない。いわゆる「管理外世界」-管理局が解体された以上、この呼び名も適切じゃないんだが、いらん反発を避けるために後回ししてるー とコンタクトをとり、逃げ込んだ犯罪者の発見や逮捕、ロストロギアらしきシロモノの発見と管理を、連携しておこなっていく、という構想だ。
 これまでは現地政府の目をごまかしつつ行なってきたことを、おおっぴらにすることで、初動の早さと捜査効率の進度向上を図る。現地政府が専任の部門をつくってくれればありがたいが、まあ、数年は先になるだろう。これまでいろいろ管理局がやらかした件についての、ごまかしやら謝罪やら取引やらがあるだろうし。

「でもっ。管理外世界に魔法はないんですよ? なのに魔法の存在を教えるなんて……」
「なんて……なんだ?」
「えっ」
「なにか、問題があるのか?」
「それは……彼らの文化を破壊します! 技術レベルが低い世界に迂闊に接触したら、どんな混乱が起こるかわからないじゃないですか!」
「迂闊な接触をするような計画を、俺が上げると思うか」
「それは……」
「ついでに言えば、技術レベルの格差は管理世界内でも、かなりの大きさで存在してる。魔法にこだわらなければ、次元世界レベルじゃあ、それほど大きな変動というわけじゃない」
「で、ですが……」
「これまで相手の技術を知らずに対応していた、現地機関の対応能力向上が期待できる。次元犯罪者が現地の不法組織と接触した場合、これまで現地の治安組織と連携せずに対応していたのが、連携できるようになるから、情報収集も楽になるし、相手を逃す可能性も下がる」
「でも、非魔法世界に……」

 ティアナが口篭もる。まあ、これも魔法社会の常識めいたところがあるからな。当たり前すぎて、咄嗟に反論も出てきにくいだろう。かといって、反論がでてこないだけで、心情的な納得は難しいだろう。

「まあ、そう考えすぎるな。
 犯罪者の逮捕やロストロギアの管理に、現地政府と協力するのはこれまでもやってきたことだ。それが魔法社会以外にも広がるだけ。魔法や次元世界の存在を公表するかどうかはその世界の話で、俺たちの知ったことじゃないし、それに伴う利権争いや権力抗争も、俺たちの考えることじゃない。俺たちは犯罪をより効率的にとりしまることを考えればいいんだ」

「それで、ホントのところはどうなの?」
難しい顔になって黙り込んだティアナに変わって、フェイトが真面目な表情をとりつくろって尋ねてきた。……なんか、その表情の下に、「しかたないなあ」って感じの笑顔が見えるのは気のせいか?
「……なんの話だ」
「政治抗争の話。たしかに私達の立場で関与するべきことじゃないけど、意見上申はできるでしょ。わたしからしてもいいけど、なのはがどのくらい根回ししてるかで、必要性や内容が違ってくるから」
「……根回ししてることは前提なのか」
「なのはは優しいから」
さらりと言ったフェイトに、俺は憮然と黙り込む。JS事件以来、こいつは一皮も二皮も剥けたが、特に俺に対して強くなったような気がするのは気のせいか?

「あ、ごめんごめん。権力闘争で現地の治安が悪化したら、こっちの捜査活動にも支障をきたすから、だね」

くすくす笑いながらの追撃がきた。俺は黙ってコーヒーをあおって表情を隠す。なんというか……手強くなりすぎだ、フェイト。


「騎士カリムの方に内々に話がいって、主要世界との交渉準備は始めてるそうだ」
なぜかクロノがフェイトの疑問に応えた。もういい、勝手にしてくれ。
 俺はコーヒーの味と香りに癒しを求めることにした。別に逃げたわけじゃない。プライベートの時間に仕事の話をしたくないだけだ。ホントだぞ。
 俺が黙って自分の世界に浸っているあいだにも、クロノの説明が続く。この解説キャラめ。

「レジアス大将にもいろいろ相談してるそうだし、各世界は、まだ次元世界連盟内での主導権争いで手一杯だ。新しい世界に手を出さないということはないだろうが、本腰をいれるほどの余裕はない。火傷しそうならすぐ手を引く程度のものになるだろう。実際、いくつかの世界は以前から手を出していたようだしな。レジアス大将なら、その辺まで読んで、その行為を政治闘争に利用しそうだが」
 俺はため息をついて、補足した。
「現地政府とのコネクション作りにも役立つだろう。
 連盟構成世界からの裏交渉に応じるようなら、それが弱みになって、交渉で優位に立てる。連盟世界が、現地の公式政府以外の勢力に交渉をもちかけるなら、連盟構成世界と現地政府双方に貸しをつくれる。ことを起こしそうな管理世界はだいたいリストアップしてるし、そのなかでも主な世界の諜報関係には、ネタを仕込んである。
 次元世界連盟内で勢力争いがあるように、各世界内でも権力争いがある。保安局の影響を排除したい連中と争っている連中が、保安局の中枢とコネをつくれる機会と見れば、まず食いついてくるだろう。あとは適度に連携していけばいい」

 一段と難しい顔になって考え込むティアナと、口をはさまずにニコニコ微笑んでいるフェイト。まったく、このお人よしが。いまはティアナとシャーリーがついてるからいいが、気をつけないと、好き放題利用されるぞ。

 やつあたり気味な思考は口にはださない。前に似たようなことを言って、
「大丈夫。その人任せにするのは、ほんとに信頼してる人だけだから」
と笑顔で言われた。ホントか、と思いつつ、その笑顔の前に俺は沈黙した。天然には勝てん。しかも、いまのフェイトは、ただの天然とも言い切れんし。ホントに手強くなった。頼もしいやら、対処に困るやら。


「僕としては、やはり現地の文化に与える影響が心配なんだが……」
クロノが深刻な顔で言う。
 出会った頃から変わらぬ生真面目さ。若ハゲしないのがほんとに不思議だ、とヴェロッサに漏らしたら爆笑していたが。

 次元世界の政治家で、そこまで考える人間はそうはいないだろう。それを治安機関の1将官が、大真面目に憂慮する。組織人としてはマイナスだが、人間性において、その美質を曲げずに今の年齢・今の地位まで進んできたのは、正直たいしたものだと思う。あるいは、一生、その在り方を貫けるかもしれん。俺やレジアスとは違って。

「文化が変化しないなんざ、幻想だろ。俺の故郷の国は、100年ばかり前、わずかな間に、風俗や思想が大変動した。60年くらい前の戦争のあとじゃあ、もっと凄まじい変化があった。それほど劇的でなくても、1000年ばかりの歴史のなかで、様々に文化は揺れ動いてきたそうだ。

 文化は、それを生きる人間のものだ。それを守るだの侵すだの他人がいうのは、傲慢な話だと思うが」


 内心を表に出さずに、俺が言葉を投げると、クロノは顔をしかめた。
「言ってることはわかるが、だからといって、なにも手を打たないというのもどうかと思う」
「ハゲるぞ」
 揶揄で返した俺に、クロノは深いため息をついた。こいつも大分からかいに耐性がついたのか、精神的な器が広がったのか、反応が面白くなくなってきたな。


 まあ、実際のところ、「文化保護委員会」みたいなものが連盟の下にできることになるだろう。何年先のことになるかわからんが。管理局の請け負ってた自然保護の問題もある。次元世界全体の思想をある程度すりあわせて、文化的に大きな齟齬のない形にしていく必要もある。文化的な軋轢や反目は、しばしばタチの悪い紛争の種になる。

 まあ、それは俺が生きてる間にとりかかれるかどうか、というレベルの話だ。非魔法世界とのコンタクトだけでも10年単位の調整や駆け引きは固いのに、連盟への受け入れや従来の魔法社会とのすりあわせなんてことは、それこそ数十年でもどうか、という話だ。文化保護だのなんだのに、組織として手をつけられるのはその先だろう。
 それまでは法制委員会あたりに暫定法をつくってもらうなり、期間限定専任委員会でも立ち上げるなりで、しのぐことになるだろう。委員会を立ち上げるなら、望ましい構成として……。

 って、やめやめ。なんで、俺がこんなことを考えなきゃならんのだ。俺は武力部門の統括役の1人。政治や陰謀はもう、俺の仕事じゃない。
 俺は思考を中断して、コーヒーカップに口をつけた。冷めても立ち昇るかすかな香りが、先鋭化しようとする気持ちを和ませる。

 結局、俺は俺から逃げられないのだろうか。生き延びてみて、新しい自分でありたいと願いながら、それでも、変わらず、戦いつづける羽目になりそうな気配。単純な戦いじゃなく、人の心理や欲望を読んで、それに対応して組み上げていく手順の連鎖。被害を減らすためという題目を掲げつつも、結局は陰湿で性悪なやり方。
 “望む在り方と自身の資質が合致していることは幸運だ”。誰が言ったのやら、正しいのだろうが、気にいらん言葉だ。


 波打ちそうになる心を静めながら、コーヒーを飲んでいると、ティアナがおずおずと、口を開いた。


「その……なんというか……それでいいんでしょうか?」
皆の視線が集まる。
「どういうこと?」
フェイトが代表して、問うた。

「その、なのはさんが言ってることが、そんな無茶苦茶でもないことは……わかったと思います。
 でも、ほんとうにそれでいいんでしょうか? いままでそれなりにやれていたのなら、なにも無理に関わる範囲を拡大しなくても……」
「ああ、その辺は俺の好みだ」
「……はい?」
間の抜けた表情のティアナ。渋い顔のクロノ。にこにこ顔のフェイト。

 三者三様の顔を見渡して俺は言った。
「現状が気に食わん。だから修正する。つまり、俺の好みだ。細かいことは気にするな」

「気にするのは当たり前だろう……」
クロノが苦虫を吐き出すのを無視して、俺はのほほんとコーヒーを啜る。
「どう言い繕おうが、結局は、個人の判断に集約される。つまり。好みだ。そんなもの、気にしても議論してもしょうがない」
「めちゃくちゃですよ」
うめくようにティアナが言った。
 俺は笑いをかみ殺しながら口を開いた。
「俺は魔王と呼ばれてる。だが、俺を悪呼ばわりするどころか英雄視する風潮さえある」
 そして、真面目くさった顔で傲然と言い放った。
「言葉だけの論理やどう呼ぶかなんて、所詮、付け足しだ。滅茶苦茶に見えようが、真っ赤な嘘だろうが、公表された事実を最後まで貫き通せば、それは真実になる。善悪の判断の入ることじゃない」

 それまで頭痛をこらえるような表情だったティアナが、不意に表情を変えた。

「どうした?」
「……いえ、なんでもありません」
問い掛けると、目を合わせずに、動揺しきった声で応えを返してきた。ふむ……迂闊な言葉だったか?
「なんでもないなんて、表情じゃないよ。顔色も真っ青じゃない。なにか嫌なことを思い出した?」
フェイトが心配げに構うのに、歯切れ悪く受け答えするティアナ。

 ……これは意外に……。

 ティアナも、余計なことを考えられるほど余裕のある状態じゃないはずだ。が、六課時代の俺との個人的接触がもっとも多かった1人。俺の抱えている闇にも、少なからず触れている。バランスの取れたモノの見方をするし、勘も悪くない。戦闘センスや指揮適性だけじゃなく、政治センスもそれなりのものがあるのかもしれんな、これは。

 まあ、いい。疑問をもっても、確たる証拠まではそうそうたどり着けはしない。ましてや、ティアナの階級では得られる情報も少ない。


 俺は、コーヒーを飲み干すと、立ち上がった。

「さて、悪いが、俺は次の約束がある。
 また、こんな場をもちたいものだな」
「そうだな。そのためにも是非、レジアス大将に、僕達へのフォローの増強を打診してくれ。もう長いこと、子供たちと直接会えていない」
クロノがサクッ、と切り返してきた。
「前向きに検討しとくよ」
「……悪党め」

笑いながら手を振り、俺は席を離れた。



 そうだな、嘘も貫き通せば……か。
 話を逸らす程度のつもりで口にしたが……。そうだな、過去に囚われるのはもう御免だが、過去をなかったことにするのも、性にあわん。なら、自然と、すすむ先行きは決まってくるかもな。
 かすかに俺は自嘲した。けして後ろ向きにではなく。罪業を背負いながらも顔を上げ、見果てぬ陽炎のような夢を見ようとしている、いまの自分を静かに見つめて嘲笑った。子供を優しく愛しく無慈悲に抱きしめる母親のように。





■■後書き■■ 
 感想で気づいたが、さりげに1年余裕で越えてるこの連載。一発ネタだったのに、おかしいな。そもそも自分が長期に渡って書き続けられてるのが謎。



[4464] 三十六話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:c6d03c6b
Date: 2010/01/13 15:18

  
             レジアスは罪を背負ったまま。
              俺はその罪を許さないまま。

              そうして二人は生きていく。











 
 オーリス嬢が、なにか微妙な表情を俺に向けてから、部屋を出て行った。

 彼女の見せた表情の意味がわからず、首をひねりながら酒を啜っていると、レジアスが苦笑しながら話し掛けてきた。
「すまんな。アレは、俺がお前に気があるものと思っているらしい」


 吹き出さなかったのは奇跡に近い。

 だが、相当奇妙な表情をしていたのだろう、レジアスが肩を震わせて、クックックッと笑った。


 ここはレジアスの家。その家の居間で、俺はレジアスと差し向かいで酒を酌み交わしている。机の上には酒の瓶と、酒が注がれた杯が1つ、槍型のデバイスを置いた椅子の前に置いてあるきり。



 静かに時が流れる。
 お互い、喋るのが好きなわけでもない。口にしなくても伝わる言葉もある。夜の静けさと心地よい沈黙に包まれて、俺達はただ、杯を重ねていた。
 

「……お前には礼を言うべきなのだろうな」
不意に。ポツリとレジアスが言った。隠し切れない苦汁がにじむ声で。
 だから俺は即答した。
「いらんさ。
 そんな事を言われたら、むしろ、恥をさらして神輿になってもらっていることを詫びなくちゃならん」
「…………すまんな」
風の囁きに消えるように、レジアスが言った。俺は、黙って杯を口に運んだ。



 やがて、ほどよく酔いが回ってくる。
「なあ、レジアス」
 腹の底にたまったものが吐き出される。視線で続きを促すレジアス。

「俺たちに、こんな時間はないはずだった。未来は次の奴らに引き継げば十分だと思ってた」
「それは大人の役目だ」
「……そうだな」
俺は、杯を一息にあおった。

「だが、現実には生き残ってる。各勢力の勢力争いの関係で、誰も俺たちという火種をつつきたがらんだろう。都合のいい方向に安定しかけてる現状を崩したくはなかろう。
 期せずして、俺たちも生き延びる羽目になったわけだ」
「……」
「それは構わん。それは構わんのだよ。
 あいつらの為なら俺は負担だとは思わないし、それはあいつらもきっと、そうなんだろう。ゆりかご戦とクーデターでつくづく思い知らされた」
「お前は良い友を持った」
「……そうだな。
 だが、それに甘えつづけるわけにもいくまい」

レジアスが黙って、俺の杯に酒を注ぐ。
 またクイッとあおると、俺は一息ついて、続けた。

「政治状況に甘えることもだ。 
 俺達は悪党で犯罪者だが、それだからこそ、汚泥掃除には適任だった。汚れを落として礎を敷いたあとは、真っ当でホンモノの英雄たちが未来を紡いでいってくれるだろう。俺たちは引き際を間違わんことに注意して、彼らにつながる道を築き上げてやることを最期の仕事にすべきだろう」
「……お前はそれでいいのか」

俺は失笑した。

「いまさらだな、レジアス、レジアス・ゲイズよ。
 俺たちは正義じゃない。そんなものは人を騙すくらいにしか、使い道が無いと知っている。
 俺たちは真っ当じゃない。人の道を踏み外した外道と、それを見逃し利用した外道だ。倫理を知りながら、それを足蹴にする無法者だ。 
 いまさら、光を浴びても、身に纏った腐臭と死臭が鼻をつくだけだ。染み付いた怨嗟と穢れが浮かび上がるだけだ。ひとには見えなくても、俺たちは、それがそこにあることを知っている。なら、最低限の仕事をした後は、真っ当な連中に道を譲るのが、せめても、恥を知る行いだろう?
 今は必要だから、陽の下で道化の真似事もするが、必要が無くなったら、さっさとふさわしい場所に戻りたいものだね」


 この半年、何度も何度も繰り返した問答。ああ、レジアス、レジアス・ゲイズ。愚かで頑なで、どうしようもなくお人よしのお前よ。今更お前ひとり、地獄に置き去りにすると思うか。お前ひとり、生贄にささげて口を拭うと思うか。同じ過ちを繰り返そうとするほど、恥知らずと思うか。
 俺たちは戦友であり、共犯であり、同属だ。貴様と共になら、喜んで煉獄のなかに留まり生を終えよう。かつての誓いは今もこの胸に。高い空を地の底から見上げて、俺たちには手の届かぬ星々の煌きを、共に讃えよう。
 それとも、俺が地獄の道連れでは不足か、レジアス?
「……いや」
なら。それでいいだろう。
 どうせ、誰かがやらねばならん後始末。
 貴様は覚悟もとりまとめる能力も十分だが、決定的に甘い。それを補う人材がいるのになにを躊躇う? いまさら、年齢も性別も、俺にあてはめるのは無意味。辛いのなら、俺を最後のひとりにするために、利用し尽くすがいい。
「…………」
 ふふふ……愚かだな、レジアス。お前は本当に愚かで…いい男だ。
 だが、諦めろ。貴様がいかに拒もうと俺はすでに決めた。覆すことは誰にも許さん。俺が、俺の意志で、俺の生を決めたんだ。
「…………」

 ふふふ、らちもないことを言ったな。許せ。
 せめて。今は静かに、夜の闇のなかに身体を沈め、酒を酌み交わして時を過ごそう。
 苦悩も悔恨も数え切れないが、今だけは忘れて、静かに酔おう。
 ほら、見るがいい、レジアス。
 空には月、手には美酒、傍らには友。俺たちのような輩には、もったない贅沢だぞ。


 笑う俺を、しょうがない奴だという目で見て、杯を干すレジアス。無言で突き出される器に酒を注ぐ俺。静かに夜が更けていく。


 双月が空に冴えている。








 レジアスの家からの帰り道。夜空に輝く双月を見上げ、俺は思い出す。
 あの双月を目指し昇っていった巨大なカタマリ。妄念と執着の象徴。俺は、JS事件と呼ばれるようになった一連の日々のなかで、最大の動乱の日のことを思い返した。そしてその日喪ったものと得たもののことも。

 夜空に浮かぶ顔に向かい、俺は笑い含みに呼びかけた。

「もうしばらく待っていろ。いずれ、俺もそこにいく。そのときは、また存分に語らおう。話題はきっと尽きんだろう」
その光景を想像して、俺は笑った。脳裏の男も、嬉しそうに笑った。


 陶酔しながら饒舌に語るスカリエッティ。苦い顔をしながら、黙って聞いているゼスト・グランガイツ。馬鹿にしたような表情を浮かべながら、しっかり聞いているレジアス。時折混ぜっ返しながら、スカリエッティと議論を交わす俺。

 周囲には荒涼とした大地が広がり、燃え上がる業火が肌を灼く。空は暗い雲が重く垂れこめ、遠雷が轟く。そのさなかで、存分に語らいあう俺達。


 想像してみると、それはとても幸せな光景に思えた。

 足取りが軽くなる。街灯が照らし出す空間を避け、闇の深いところを選んで軽やかに跳ねる。


 双月が空に冴えている。





 帰り着いた宿舎のキッチンで、水道の栓をひねり、コップに水を満たすと一気にあおった。酔いが少し退いて、わずかに楽になる。
 もう一度コップに満たした水を、ちびちびと舐めながら、部屋を横切る。さまよっていた視線がふと、壁にピンで留められた写真を捉えた。先日、ハヤテがもってきて勝手に貼り付けていったものだ。
 ふらり、と近づいて、そっと写真を撫でる。写っているのは機動六課の面々。

 ふ、と俺は吐息にも似た笑いを漏らした。だが、その笑いには悲しみや羨望はあれど、嘲りや後悔は無かったように思う。



 シャワーを浴びて、さて寝ようか、というときになって、部屋の端末に着信履歴があるのに気づいた。個人端末のほうにかけてこないということは、私用だろうか? 確認するとティアナからだった。何時になっても構わないので、連絡が欲しいと。
 俺はガウンを羽織って、ティアナの端末に連絡を入れた。ほどなく画面が表示される。

「高町少将」
ティアナが緊張した声で言う。制服姿だ。
 これは、悪いことをしたかな、と自分の格好を思いつつ、軽い言葉をかける。
「非公式の場だ。なのはでいい」
「いえ、業務上のことですので」
「……そうか」
 自分の目が細まるのがわかる。ティアナは目を逸らさない。怯えもひるみも見てとれるが、芯にある熱意が静かに熱を放っている。

「業務上背任の可能性が閣下にあります。事情をお伺いしたいので、近日中にお時間を頂きたいのですが」
「ほう?」
ティアナは目を逸らさない。
「将官に対し、そこまでいうからには、それ相応の根拠や物証はあるのだろうな?」
「はい」
俺は、ティアナの目を見つめたまま、思考に沈む。おそらく、いま、俺の目は氷の針のような色をしているだろう。ティアナは目を逸らさない。

「わかった。明日の午後、時間を設けよう。本部受付には話を通しておく。来られるのは、貴官とハラオウン広域独立捜査官か?」
「いえ。小官1人です」
ほう。声に出さずに呟いた。
「少将への事情聴取に、捜査官補佐1人のみが赴くと?」
「はい」
ティアナは目を逸らさない。わずかに震えた声は流すことにした。
 また思考に沈みかける俺に、ティアナが言葉を続けた。
「本件については、小官のみが承知していることです。ハラオウン捜査官も、フィニーノ補佐もご存知ではありません」
俺の目が極限にまで細まった。自然に放たれる殺気に近い気迫を押さえもせずに、ティアナに向ける。ティアナは、身体をびくりとさせたが、それだけだった。ティアナは視線を逸らさない。

「ほう」

 いくばくかの沈黙のあと、俺の口から漏れたのはそんな言葉だった。ティアナは変わらず、俺に視線を向けている。

 俺は浮かぶ笑みを抑えられなかった。いや、抑える気がなかった、と言ったほうがいい。
 彼女に告発されて身の破滅を迎えることもありうるのに、俺に恐怖はなかった。手塩に掛けた部下の有能さが、ただ嬉しかった。俺が、必要なら彼女を謀殺することも辞さないだろうことを知っているだろうに、1人で疑惑を抱えて1人で俺のところに来ると言い切る、その姿勢が好ましかった。

「わかった。明日午後、お待ちしている」
「……ありがとうございます」

ティアナの顔からわずかに強張りが抜けた。数瞬おいて、俺に敬礼を向ける。
「ご協力に感謝します。夜分に失礼しました」
「ああ。……おやすみ、ティアナ」
「……おやすみなさい、なのはさん」

 そして切れる通信。
 俺は含み笑う。まさかと思っていたが……優秀な奴だ。

「楽しみだな……」

 明日、俺の前に立ち、真っ向から挑んでくるであろうかつての部下の姿を思い描いて、俺は自分でもわかるくらい柔らかい笑みを浮かべた。


 双月が空に冴えている。



 あぁ ――― 明日は、いい日になるだろう。






■■後書き■■
 問い:なぜ、ゲイズ家に杯があるのか。
反応1:無粋な問いだな。(レジアス・ゲイズ)
反応2:日本酒の味と一緒に作法も仕込んでやった。(高町なのは)
反応3:えーとね、しらないっv。(ヴィヴィオ)

 次回、最終話「魔王の契約」。



[4464] 最終話
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:c6d03c6b
Date: 2010/01/31 09:50
「閣下は、昨年のJS事件の数年前に、すでに最高評議会の犯罪を知り、スカリエッティとのつながりを知り、スカリエッティの所在まで掴みながら、彼らに対して何もしなかった。間違いありませんね?」
「ああ」

どこから引き出したのか、どこで消し忘れたのか、明確なデータを突きつけられては、ごまかしなど無意味。
 俺の対面に座るティアナは、一瞬の間も置かず、さらに言葉の槍を続けざまに繰り出してくる。

「なにを目的として、そのような行為に及んだのですか?」
「確実に最高評議会の政治生命を仕止め、管理局内に広がっていた膿を摘出して、綱紀粛正をおこなうためだ」
「なの……閣下が信じる正義の為に、閣下に寄せられていた信頼を裏切った、と」
「……そうだな」
「閣下は、自分個人の判断が、課せられた職責に優先すると考えられたのですか? 貴女のその判断で、本来なら失われずに済んだ多数の命が失われた。明らかに当時の閣下に課せられていた、管理局員としての義務に反しています」
「それは間違いだな」
「……どういうことです?
 閣下の判断で、多くの失われなくてよい命が失われたのです。次元世界の秩序と安全を守る時空管理局員として、明らかに職責に反した行動であったと思いますが?」
「ふむ。貴官は勘違いをしているようだ」
「……なにをです?」
「時空管理局は全てを救う組織ではない。それがより大きな成果の為に必要と判断すれば、多くの命を切り捨て、そしてそれが正しい行動として称賛される組織だった。大規模次元災害を防ぐためなら、次元世界の一つや二つ、切り捨ててかえりみない。それが管理局のテーゼであり、管理局員の職責だ。従って、目的の為に犠牲を許容した私の判断は、管理局員の職責に反していない。
 まあ、どんな組織であれ、効率をとらねば成り立たないところはある。一概に責めることはできんが……かといって、仕方ないと開き直るのは、恥知らずというものだろうと、個人的には思うが」
「……あなたは、では、あなたの判断が正しいものであったと、なのはさんを信頼する人々に恥じない行いであったと仰るんですか?!」
「勘違いするな。
 私は、いま貴官が言った、私の行為が当時の私の職責に反した行動だということを否定した。当時の私の行動は、管理局の常態に照らせば、決して職責に反してはいないと。
 だが、それだけだ。
 私は自分の判断が正しいとは一言も言っていない。
 いいか、貴官の言い方を借りれば、時空管理局は正しい組織ではなかったのだ。それが人々に認識されずにいたのは、一重に現場の人間の個人的努力を、管理局という組織の努力と混同していたからに他ならない。管理局は正しい組織ではなかったからこそ、私は、反逆の狼煙を上げ、そしてその行為を各次元世界の代表方や聖王教会も認めたのだ。その成功の為に時間を掛け、それが寄せられていた信頼を裏切っていたというのであれば、それは私という一個人が、人間として背負うべき業だ。決して、管理局の名を傘にして避けてよい類の非難ではない」
「……では、閣下の行為自体が、人道に悖るものであったことは認められるのですか?」
「仕方ないと開き直るのは恥知らずだろうと言った」
ティアナは押し黙り、部屋に鋭い静寂がはりつめた。

「本当にわからないか?」
俺は笑った。
「10歳に満たない年齢で「保護」の名目で別世界に連れて来られ、たった3ヶ月の訓練で戦場に放り込む、そんな組織を嫌うのは不思議か?」
「……ご冗談を。武装隊配属当初から、貴女は赫々たる戦果をあげてらっしゃる。その過剰な攻撃と悪辣な戦術で、魔王という二つ名をつけられておいでだったではないですか」
「俺としては、過剰な攻撃も悪辣な戦術も望んで行なっていたわけではない、としか答えられない」
「……望んで苛烈な戦闘をおこなったわけではないと。何度も懲罰をうけながら、繰り返した行為を望んでいなかったとおっしゃる。なら、なぜ、そのような行為をおこなったのです?」
「怯えていたからな」
「…………は?」
「怯えていたからだ。自分の力に自信がないから、悪辣と言われる戦術を弄す。自分の能力を把握し切れてないから、オーバーキルと言われる攻撃を仕掛ける。自分の能力が把握できて、自分の力に自信があったら、必要最小限の力で仕留めるさ。
 できるだけ余力を残すよう心がけるのは、戦闘の基本だ」
 ティアナは再び押し黙った。彼女にも覚えのある感情だからだろう。
 俺は肩を竦めた。
「もう一度聞こう。
 せめて、自分と同じ目に遭う人間を減らしたい。そう願うことが、そんなに不思議か?」


 管理局としての正義ではなく、次元世界を統べる秩序でもなく――ただ一人の人間として戦ってきた。
 傷つけながら傷付きながら、自分自身で望んで進んできた。


「「世界はいつだってこんなはずじゃなかったことばっかりだ」」
俺は静かに口にした。
「クロノの口癖だよ」
「……聞いたこと、あります」
「正道を通して全てを救う。掬おうとする掌から零れ落ちていく一粒でさえ、失われないように救いあげていく。そんなことは不可能だ。輝けるただの理想。捜査に携わっていれば、わかるだろう?
 組織は多くの人々を助けられるかもしれない。だが、たった一人の為に全身全霊を賭けようとする行為は、しばしば組織では阻まれ、矯正される」

 ティアナが息をついた。張りつめた空気が緩む。
 俺を鋭く見つめていた視線を落とし、ティアナは酷く疲れた表情を露わにした。


 しばらくの沈黙の後、ティアナは、プライベートの口調で呟いた。


「……なのはさんは、ほんとうは、なにがしたかったんですか?」
「さて……大したことではなかったんだがな」
「……ここまで来て、はぐらかさないで下さい……」
俺は苦笑した。
「本当に、大したことではないんだ。誰にも生き方を強制されない世界。生まれや資質や才能で、生き方を縛られない世界。自由な世界」
スカリエッティよ、お前が目指したものと俺が目指したもの。どんな違いがあるんだろうな。ただ、立ち位置とアプローチ方法が違った、それだけのように、今は思う。滑稽なことだ。いまさら気づいても、喪われた命は還らない。
「誰もが夢見て実在を信じて、けれどけして手に届くことのない、大人のおとぎ話だ」


 同じことを繰り返し繰り返し。それでも気が付いたらわずかなりとも良くなっている。そう信じたい。クローベル女史が言っていた。わたしたちはうまく引き継げなかったけれど、あなたたちはうまくいくように願うわ。と。
 俺たちは今を生きるのに必死で。抗うことあがくことに必死だけれども。いつか立ち止まったとき、少しでも時代が良くなっていたら、と、そう思う。虚飾に包まれた俺だけれども、メッキはメッキなりに、本物とは違う輝きで果たせる役目もあるだろう。

「俺は悪党で、外道だ。文字通りの魔王だ。そして、それを直したいとも思わん。俺は俺なんだ。
 どんな皮を被ろうと、どんな力を持とうと、俺は俺という、ひとりの人間にすぎん。そして、そのあり方をゆがめることは、もうしたくない。
 許しは請わん。見逃せとも言わん。だが、お前には、理解はしてほしいと思う。……甘えだと、自分でも思うのだがな」
「……フェイトさん達には…おっしゃらないんですか?」 

 俺は苦く笑った。
 あの2人が、2人だけじゃない、あの連中が、俺のことを想ってくれていることを、俺は受け入れることができた。だが、それでも、まだ。あるいは、だからこそ、俺は。


「フェイトのような、理想を掲げ続ける、強さも優しさも。
 ハヤテのように、全てを投げうつ純粋な心も情の深さも。
 どちらも俺にはないものだ。だからこそ、俺はあいつらに憧れて、あいつらに託そうと思ったのかもしれない」

 告発がなされれば、各世界は、レジアスや俺の口から共謀が漏れるのを恐れて、口封じに出てくる可能性が高い。いまの次元世界の形のほうが、彼らにとっては以前より有利なのだから。俺とレジアスを除くことの不安はあるだろうが、カリムを中心に、聖王協会主導のもと、固まりかけている新しい秩序は、この半年で、俺たち無しでもなんとか進められる状況まで来ている。
 だから、もう、俺たちが不要と言われるなら、それでいいんだ。もうやることはやり、そして汚れと匂いは十二分に染み付いている。俺たちがしなくてもすむなら、それに越したことはない、のだろう、きっと。


 なにより、託せる相手がいる。自分がいなくても、世界はすすんでいけるだろうと、理屈抜きに信じられる。



「反省されるお気持ちはない、と?」
俺は笑った。笑うべきではなかったかもしれない。だが、俺にはほかに自分の感情をどう表していいか、わからなかった。
「言ったはずだ。私の行為が人の道を外れたものであり、業として背負うべきものであることには変わりない、と。
 私が名乗り出なかったのは、いまだ動揺がつづく組織と次元世界の人心を抑え、適切且つ効率的に運用する人間として、私が必要な存在だと思っていたからだ。裁きをうけたところで、なにも変わりはしないと思っていることもある」
「……とおっしゃいますと?」
「私の罪は私のものだ。ほかの誰にも由縁を求める気はないし、誰に裁かれたところで降ろす気もない。私の業だ。
 他人にどう評価されようとどんな贖罪を課されようと、それが消えることも変わる事もない。私の生の一部として、墓場まで共に抱きしめていくことになるものだ」
「……」
歯を食い縛るティアナに、俺はかすかに微笑いかけ、言葉を続けた。
「とはいえ、自分が組織と次元世界にとって必要だ、という考えの傲慢さは、手厳しく指摘されたがな。
 人は己の意思によってのみ生きるべきで、なにかや誰かにすがり管理されて生きるべきではない、と宣言した私が、保安局の管理者づらして振舞うのは、たしかにちゃんちゃら可笑しい話だ。我ながら、赤面の至りだよ」


「……なのはさんは、自分の思うとおりに周りを気にしないで振舞うのが、らしいです」
「誉め言葉なのか、それは?」

 自嘲の笑みを浮かべる俺。ティアナは、だが、容赦なく言った。苦悩の窺える声で。
 ああ、俺はまた、こいつにこんな声をさせている。心の奥底が疼く。

「……なのはさんのおっしゃるとおりなのかもしれません。いえ、きっと、なのはさんが正しいんでしょう。それでも……それでも私は、納得できないんです」 
「それでいい。お前はお前の道をいけ。もう、おぼろげながらでも、見えはじめているはずだ。お前の進むべき道、進みたい道が。
 もっとも……厳しい道だ。たどりつくことなど、おそらくはない道。報われない道だ」
「……ええ。きっとそうでしょう」
「そうと知って、なおそれでも、その道を征くのか?」
「なのはさんは……不可能に見える道なら諦めるんですか? それが自分の望む道だったとしても」
「…………っくっくっ。一本とられたな」
「ですから、わたしの要求はひとつだけ。これからも逃げないで下さい。保安局の一員として責務を果たし続けてください。
 全てを独りで背負うんじゃなく、ひとりの人間として生きてみてください。フェイトさんやハヤテさんが、行動で示して、なのはさんも受け入れたことです。できるはずです。貴女なら。私たちを率いてあの騒乱を駆け抜けた貴女なら」

 ティアナは、感情を隠そうとして結局失敗しながらも、はっきりと言い放った。現実を知りながら、それでもなお、こんな青臭いことを堂々と言ってのける人間を呼ぶ言葉を俺は知っている。俺が、けして呼ばれることのない言葉。誰もが一度は夢見る存在。

「私たちに、飼われる羊でいいのかと問いかけたのは、なのはさんです。自分の意志で、自分の行為に責任を負うべきだとおっしゃったのは、なのはさんです。……それとも、やっぱりまだ、私たちは頼りないですか? 信頼できませんか?」


 俺はこみあげてくる笑いを感じた。
 これまで含んでいた苦味も陰も、欠片もない笑い。またそんな風に笑える気持ちになれるとは、思っていなかった。

 だから。

 俺は笑った。大いに笑った。ひとりの人として、か。教えられたつもりでも、気づいたつもりでも、なかなか簡単には直らないものだ。だが、それを指摘する友人と……そして部下、いや後輩がいるなら、なにを憂えることがあるだろう。ティアナも微笑を浮かべていた。


 だがそうやって、ひとしきり笑い、話が決着したような空気が流れはじめる中、笑いの残滓を浮かべたまま、俺は切り出した。
「その要求、条件付で受け入れよう。俺は時空保安局に長居することはない。長くて10年、それがリミットだ」
 ティアナは、唖然とした表情をした。



「俺は、俺が自由でいられる環境を望み、事実上、それを手に入れた。建前が建前で終わらない世界、というのは無理っぽいが、それでも、少しはマシになったと思う。
 ところがな、ティアナ。笑えることに、自由になってみて、俺は、自分がなにをしたいのか、考えていなかったことに気づいた。笑っていいぞ。10年かけて、束縛からの解放を望み、実現させてみたら、その先、どう進めばいいか、わからなかった。笑える話だ……」

 ティアナはまだ、急転した話についていけないようで、混乱しているのが表情に出ている。だが、話を理解しようと食いつくような意志は、瞳に宿っている。
 俺は続けた。

「まあ、だが、この際だ。少しばかり、趣味と実益を兼ねたことをしてみようかと思ってる」



 ほんとうは、真剣に検討していたわけじゃなかった。だが、ひとりの人として生き直してみろ、というティアナの言葉が、俺の心のどこかにあったスイッチを切り換えた。

 やりたいことをやってみるのもいいじゃないか。たとえ、それが自分の罪業に絡むことだったとしても。義務感でなく、なさねばならないから為すのでもなく。ただ、自分が望むから。
 自分の望みのために、自分の心のままに、おこなうなら。同じ行為でも、きっと、全く違う光景が俺のいくさきには広がるだろう。


「ティアナよ、俺たちの戦う相手は何だと思う?」

 俺は、心のままに語りはじめた。それは、理解を求めるための話ではなく、ただ、自分の思っていたことを垂れ流していくだけの行為。だが、緻密に練り上げてもいない言葉を、反応を求めずに口にしていくという行為は、思わぬほどの開放感と清涼感を俺にもたらした。
 俺はひたすら、喋りつづける。

「犯罪者じゃない。暗躍する政府でもない。そいつらは、ただの枝葉だ。本当の敵は、その根にあるもの……社会だよ」

 一息ついて、間をあける。結論を先に言って、そこに至る思考の経緯を説明していく。

「保安局を10年で去るというのは俺だけじゃない。レジアスも、ハヤテもその予定だ。クロノとフェイトはすこし難しいだろうがな」

「……なぜです?」
搾り出すような声で、ティアナ。

「管理局の轍を踏まないために。それが必要だろう」

 表情をみるに、ついてこれていないティアナを無視して、俺は続ける。


「初期の管理局の理念や行動が間違っていたと、俺には断言できん。状況によっては劇薬を使わなければならないときというのは、確かにある。だが、それが当たり前のことになり、時代の変化を無視して、組織も、最高指導部も変わらないまま、数十年、同じ方針で行動しつづけたのはまずかった。
 どんな組織でも老化する。それを防ぐために様々な手が打たれるが、それでも完全に防ぐことはできない。
 防ぐことができないなら、どうするか? 簡単だ。老化を受け入れ、刷新すればいい。人も、組織も、時によっては方針も」

 ティアナの表情に浮かぶ、疑問と反発を読み取って続ける。

「勘違いするな。保安局は管理局じゃない。もう理念を示し、法を定める政治的存在じゃないんだ。
 理念は次元世界連盟が定める。保安局は、その理念の元、治安委員会が検討した方針に従い、犯罪対策の戦略を立てるのが精々のところだ。保安局は、治安維持機構であって、政治組織でも行政組織でもないんだ」

「……それが、どう、さきほどのお話とつながるんです?」

 やはり、ティアナは優秀だ。理解し切れなくても、本筋を忘れることはない。それが嬉しくて、俺は少し意地悪く、わざとずらした言葉を紡いだ。


「俺とレジアスはな……ちと名声が高くなりすぎた。状況が状況だけに、即退局というわけにはいかないが、10年あれば、とりあえず、基礎は固められる。種も撒ける。
 枠組みは作ろう。道標も示そう。方法の検討の仕方も教えよう。だが、歩いていくのはお前達がやるんだ。

 俺とレジアスが絶対視され、俺たちの言葉や行動の内容ではなく、俺たちが行なう、という理由で、全ての行為が支持されるようになるのは、おそらくそう遠くはない。すでに、その傾向は出ている。
 だが、10年間程度なら、おそらく舵取りをうまくやれば、決定的に歪まずに済む。個人が組織に対する影響力を持ちすぎるのは、決していいことじゃない。ハヤテも同じ意味で退局しなけりゃならない。あいつの場合は、聖王教会の若手の重鎮としての立場もあるしな」

「……クロノさんとフェイトさんはどうなんですか?」

 俺は、ため息をついて、椅子の背に体重を預けた。

「あいつらについても好ましくない。好ましくないが……次元航行艦隊を中心とする部隊での暗闘やかけひきは、10年程度で収まらんだろう。クロノには悪いが、かなり長い間、各勢力をとりまとめていってもらうことになると思う。
 あいつを引き止める部門内の政治的抗争そのものが、組織の硬直化やクロノの権威の絶対化を防ぐ。あいつにとっては、反対派に命も行動の隙も狙われつづける、ろくでもない日々になるだろうが……悪いがほかに適任がいない。使える奴のほとんどは、クーデターのときに、さっさと恭順と反省を示すと称して、とんずらこいてくれたからな。沈む船で真面目に補修作業に取り組む堅物だけが残った、というわけだ」 

「……」

「フェイトは、クロノが政治抗争に関わらないように配置するだろう。もともと、当人にそのセンスがさっぱりないし、性格的にできるタイプでもない。有能な執務官でありつづけ、昔を知らない海の若手の憧れ、海の新生とその清新さと有能さを示しつづけることになるだろう。
 心情的な影響力は大きなものになるだろうが、組織運営の中枢に関わらない限り、組織を奇形化するほどの影響力は持ちえんよ」

「……保安局を辞めて、どうするつもりなんですか?」

「ああ、すまん、話が逸れたな。つまり、ここで、最初の問いに戻るわけだ。俺たちの戦う相手にな。
 保安局内については、10年間で打てるだけの手を打つ。その先はお前らに任せる。俺が次に相手にすべきは、保安局の外―次元世界全域だ」

「……え?」

 俺は悪戯をしかける子供のような気持ちで、言葉を続けた。

「当たり前の流れだろう?
 犯罪も世界間の政治的軋轢も、生み出すのは社会だ。次元世界の常識やありかたそのものだ。そいつらを相手にする。世界を敵に回すなんて、いかにも魔王らしいだろう?」

 言って、俺はクスクス笑った。

「政治家、にでも、なるおつもりですか?」

「性に合わんな。それに、政治は枠組みを整えることはできても、意識やあり方まで変えることは難しい。いまの、政治闘争が激化しつつある次元世界ならなおさらだ。
 とりあえず、いろんなところをぶらついてみようと思ってる」

「ぶらつくって……」

「種を撒くんだよ、管理局でやったように。
 魔力だけが人の価値じゃない。組織のために人が生まれて生きるんじゃなく、人がよりよく生きていくために組織があり、それを使いこなす方法がある、それを思い出させてやるんだよ、あちこちでな」

「……騒動を巻き起こしながらですか?」
頭痛をこらえるようなティアナに、俺は素直に答えた。

「ま、そういうこともあるだろうな」

「そういうこともあるだろうな、じゃありません! ただでさえ、不安定な各世界に、火種を撒いてどうするんですか?!」

「その辺は、お前らがなんとかしろ」

「そんな無茶苦茶な!」
 俺は笑った。

「誘きだされるテロリストもいるだろうし、活性化する反政府組織もあるだろう。政府自体が動く場合も少なくないと思う。うまくやれば、次元世界の犯罪の根を、劇的に減らすことができるぞ。世界間の抗争も、穏健派・融和派が優位になるような方向にもっていくことも可能かもしれん」

「……単独で囮になられるおつもりですか?」
 つかの間、絶句したティアナは、搾り出すようにそう言い、俺は笑いを深めた。

「まさか。そこまで殊勝じゃないさ。
 俺はあちこちうろつきまわって、気に食わん価値観を凹ませてやって、ついでに新しい考え方を撒いて歩くだけだ。
 それに釣られて寄ってくるかも知れないハエ共を、俺共々どう扱うかは、治安機構が考えることで、俺の知ったことじゃない」

「……詭弁です」
複雑な表情で呟いたティアナに俺は、笑いかけた。

「もうすこし、柔軟に考えるようにしろよ。物事には一面だけしかないわけじゃない。色んな立場があり、色んな見方があり。それぞれが考えて起こす動きがある。一つの行動が生み出す波紋は、一つの物事だけをひきおこすんじゃない。色んなところで、色んな結果を引き起こし、目に見える影響、目に見えない影響を生み出す。そいつらを全部読みきるのは不可能に近いが、できる限り予測して、最善の結果を引き寄せていけ。

 いますぐは無理でも、それを念頭において物事をみるようにしていけば、必ず見えてくるものがある。指揮官の素養と重なる部分もあるからな。お前なら大丈夫だよ」

 ティアナは、額を押さえながら、うんざりした表情でつぶやいた。
「次元世界中に騒動の種を蒔いて歩く……。ホントに魔王ですね。いえ、むしろ、いたずら好きの悪魔?」

「せっかくだ。魔王にしておいてくれ」

「ハア……。……もういいです、それで。
 その代わり、一つ、約束してくれませんか?」

「うん?」

「もしも…………」

   ・
   ・
   ・


「ああ、わかった。約束ーいや、契約しよう。相応の対価を期待するぞ?」
「ええ。期待してください」


 そして、後世、「ランスターの前にランスター無く、ランスターの後にランスター無し」と讃えられることになる少女は、俺の前から歩み去っていった。


 自分自身の道に向かって。







 静かに俺はそれを見送り。
 執務机に戻って椅子に座り。
 背もたれに全身を預けると、目を閉じて宙を仰ぎ、深く深く、腹の底から大きく息を吐いた。


 しばらくそのままでいた俺は、やがて身体を起こして、一つ鋭く呼気を吐き、机に向き直ると、コーヒーカップを片手にとって、残る片手でウィンドウを開き、大量の書類を消化しはじめた。




 ……仕事の合間に啜るコーヒーは苦く、だがその裏にほのかな酸味と甘味を含んだ、いい味だった。 
 ふっ、と姉さんのコーヒーの味を思い出す。淹れる時の彼女の表情を思い出す。そう、俺の家族のことを。俺の大切な家族のことを……。







 数秒の間、動きをとめていたなのはは、不意に、静かにカップを置いて立ち上がると、執務室の次の間、普段彼女が休憩するために使っている部屋に入っていった。
 そして、その部屋の隅にある、彼女の私物が入れてあるロッカーの前までいくと、ロッカーの扉を開き、下のほうの棚をなにやら漁りはじめた。しばらくゴソゴソとやっているうちに、彼女の手が止まった。少しの間、迷うような、ためらうような表情を浮かべていたが、やがてそっと手を深く差し入れ、目的のものを持ち上げた。






 その何日かあと。
 第97管理外世界の、島国のある地方都市に、3人の男女がテレビにかじりつくように見入っている家があった。今朝届いた郵便物に、経営している喫茶店を臨時休業にし、集まれる家族が集まって、末の娘から送られてきた久しぶりのビデオレターを見ようとしていたのだ。

 久しぶりに見る彼らの可愛い大事な家族は、妙に機能的な感じの部屋でソファに座りながら、照れくさそうに、けれども以前より遥かに明るく、親しみを表にだした表情で、ときどきつっかえながらも、近況を話していた。

 そして、1年半ほど前に約束したとおり、この夏には一度、顔を見せにいくと告げたあと、少し間をおいて付け加えた。


「……いまの仕事だが、以前に比べるとかなり危険は減った。なくなったわけじゃないが……まあ、納得しにくいとは思うが、俺もいい年になった。もうすぐ、日本の法律でも成人になる。すまないと思うが、強制じゃなく、今の俺が自分で選んだ道だ。納得してくれとは言わんが、認めてほしいと思う。その辺は、そうだな、帰ったときにでも少し話をしよう。機密の関係もあって、通信や郵便で、詳しく話せるようなことじゃないんでな。
 そうだな、問題のない範囲で仕事内容を言えば……」

 そこで、画面の中の少女は言葉を切り、ちょっとの間、なにか考えるような様子を見せた。そして不意に、こちらに向き直って笑顔を見せた。家族の誰も見たことのない、悪戯っ子めいた、年相応の笑顔だった。

「うん、ちょうどいい言い方があった。ついさっきも、人にそう言われたところだ。うん、一番適当な表現だろう」


 話しながら、彼女の表情はますます悪戯っぽいものになり、声は笑いを含むようになり。そして、片目を閉じて彼女は告げた。



「……つまり、職業、魔王ってな」















                                     「俺の名は高町なのは。職業、魔王。」 完










■■後書き■■
 全編完結。ありがとうございました。



[4464] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集① 原作関連・組織オリ設定>
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/10/23 16:18
<<<本文のネタバレが混じります。諸読の方はご注意ください。>>>











<読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集① 原作関連・組織オリ設定>


・この設定集は、読まなくても本編を読むのに支障ありません。ひょっとしたら、参考になるかも、という程度です。
・希望があれば、設定内容に追加していきます。ネタばれが絡む場合はその限りではありません。作者が設定を作ってない場合もその限りではありません(^^;。



<履歴>
09年1月 9日 公開開始
09年1月11日 指摘により「2、管理局の軍事的階級及び軍事的役職一覧」より准将を削除、士長を下士官から兵卒に変更
09年1月14日 「4、幕僚会議について、及び、このSSでの時空管理局本局航空戦技教導隊本部の組織構成設定」追加
09年1月24日 指摘により、文章を保存したら、段落がぐちゃぐちゃになることが判明。全面的にレイアウト修正を行なう。
09年2月 2日 「1、神話伝承用語解説」「3、SS年表」に追記。「5、軍事用語解説」「6、カリムの預言」の項追加。
09年2月12日 「3、SS年表」「5、軍事用語解説」に追記。「7、原作を知らない人向けの、マイナー人物簡単紹介」の項追加。
09年2月20日 「3、年表」微修正、「5、軍事用語解説」に追記。 
09年2月23日、ご指摘により、軍での女性上位者への呼びかけが「Mam」(mamaの略)ではなく、「Ma'am」(Madamの略)であることが判明。完全な誤用であり、「5、軍事用語解説」の当該部分を全面書き換え。失礼しました。
09年3月12日 「5、軍事用語解説」のいくつかの項目に、指摘いただいた内容を追記
09年3月27日 「1、神話伝承用語解説」に追記。「5、軍事用語解説」を「5、軍事関係解説」に改名、追記。「8、戦闘機人ナンバーズ一覧」の項を追加。
09年4月15日 「1、神話伝承用語解説」に追記、「5、軍事関連解説」に追記、「8、戦闘機人ナンバーズ一覧」に追記。
09年4月24日 「1、神話伝承用語解説」に追記、「5、軍事関連用語」に追記。
09年5月 4日 「1、神話伝承用語解説」に追記、「5、軍事関連解説」に追記、「8、戦闘機人ナンバーズ一覧」に追記。
09年7月 3日 「1、神話伝承用語解説」に追記
09年7月24日 「5、軍事関連解説」に追記
09年8月15日 量が大分増えたので、整理を兼ねて3分割。以降は更新履歴はなし、修正履歴のみとする。
<修正履歴>





1、原作関連

 原作にあまり詳しくない人向けの参考資料です。より詳しい資料は、公式hpか、Nanoha Wiki をどうぞ。


(1)カリムの預言

 聖王教会のカリム・グラシアが、そのレア・スキルで毎年1・2回読む預言。原作では、新暦75年に関する預言(下に掲載)が、管理局体制の崩壊を予告しているのではないかということで、機動六課設立の裏の(真の)理由となった。このSSでも、預言の言葉自体は原作と同じ。言葉が指すモノまで同じかどうかは知らないが。

「 古い結晶と無限の欲望が集い交わる地
  死せる王の下 聖地より、かの翼が蘇る
  死者達が踊り、中つ大地の法の塔はむなしく焼け落ち
  それを先駆けに 数多の海を守る法の船も砕け落ちる 」




(2)マイナー人物簡単紹介

・いただいた感想で、原作を良く知らない方が読んでいる割合が、案外高いかもしれないことに気付きました。
・なので、あまりSSとかでの登場がないマイナー系の人で、このSSに登場しそうな人の簡単紹介をさせていただきます。
・Nanoha wiki での確認もしてますが、作者の偏見交じりのキャラ評が入りますので、「完全な事実」とは考えないで、参考程度でお願いします。


「ミゼット・クローベル」
……新暦75年、つまり機動六課発足の頃に、「伝説の三提督」と呼ばれている3人のうちの1人。ほかの2人は、ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥、レオーネ・フィルス法律顧問相談役。nanoha wiki によれば、この3人は管理局の黎明期に活躍したということなので、どう若く見積もっても、80歳は超えてるはずである。(管理局の設立≒新暦1年)
 個人的に、彼女の原作でのイメージは、レジアスを「レジ-坊や」と呼ぶ性格と、最高評議会の犯罪を知って「まさか、あの方たちが……」と絶句したシーン。
 役職は統合幕僚会議議長(「4、幕僚会議について、及び、このSSでの時空管理局本局航空戦技教導隊本部の組織構成設定」の
「①幕僚会議について」参照)。軍事の最高責任者とでもいうべき職務であり、各組織の対立や利害を調整して、各軍の統合的運用をスムーズにおこなうための極めて重要な職責を担っているはずなのだが、「海」と「陸」の対立に積極的に仲介に動いている描写も、それを匂わせるような場面もなく、「権威はあっても権力はない」などと評されてるあたり、当人が隠居気分で傍観者的立ち位置に留まっているのか、最高評議会などの手で統幕会議はただのお飾りになっているのか。いずれにせよ、個人的には、職務に対して無責任だという印象を持っている。あるいは、昔は有能だったが、今は無能になってしまったのか。
 彼女が職責を果たすべく積極的に動けば、「陸」が原作ほど追い詰められた戦力整備状況にはなっていなかったはず。だって、統合運用に支障を来たす状況になってたじゃん、原作。積極的に動けば排斥されていた、という可能性もあるが、彼女ほど高位で且つ責任のある立場の人間が、そんな理由で職責の遂行を躊躇ってたとしたら、無能と同義だろう。

「ラルゴ・キール」
……三提督の1人。詳細はミゼットの項を参照ください。原作でセリフがないので、登場するときには、オリキャラ化することになる。

「ルキノ・リリエ」
……実は、原作だけでは性格などはいまいち掴めなかった。下記のアルトと最後まで区別がつかなかったのは、私だけではないはず。漫画版を読むと、それなりにキャラがつかめるようになる。それでも影が薄いが。
 元アースラの事務員で、六課ではロングアーチで通信士を務めている。
 温和で控えめ、真面目な常識人。グリフィス君に気があるような描写が、漫画版で記載されていた。

「アルト・クラエッタ」
……漫画版で性格や行動がはっきりした人その2。ヴァイスとは前所属が同じ(輸送隊第2班というところまで)であり、ノリも合って、かなり仲が良い様子。ちなみに、ルキノとは、六課配属のために駆け込みで受けた通信士研修で一緒だった縁で、友達になり、六課での職場も同じとあって仲がいいらしい。
 ロングアーチ所属の通信士にして運輸班所属の整備士を兼任。ヘリ操縦も出来る。
 明るく気さくで、お祭り好き。お人よしで情に厚い。当然、スバルと気があって、2人組んでの能天気なエピソードが、いくつか漫画版に収録されている。
 また、FW4人組と、終業後、宿舎の休憩所で駄弁ることを習慣としていたようで、FW陣の数少ない課内の友人的存在だったのではなかろうか。

「アイナ・トライトン」
……六課宿舎の寮母。ヴィヴィオの面倒を見たりしてたようだが、ほとんど出番がなく、キャラはつかめていない。面倒見はそれなりにいいようだが。漫画版でも同様。なので、このSSで出るとしても名前だけだろう。

「ラッド・カルタス」
……ゲンヤさんとこの部隊の捜査主任で、二等陸尉。ギンガの前隊での上官ということになる。この人も、登場は少なかったし、ほとんどキャラが判らん。漫画版では、僅かな登場で有能さと懐の深さを醸し出しているが。
 このSSで登場するときは、この人もオリキャラ化の運命は避けられないだろう。




(3)戦闘機人ナンバーズ一覧
・ナンバーズの名前とISと外見を全てソラで言える人はなかなかいないだろう。作者も言えません。ので、作成。
・ちなみに、「IS」というのは「インヒューレント・スキル」の頭文字をとったもので、「先天的固有技能」の意。魔法でないことは確かだが、なにをエネルギー源としているかは不明。AMF下でも効果が落ちない、という点さえ押さえておけばいいだろう。


<初出:幕間3叉は26話>
クアットロ IS:シルバーカーテン(光学・電子迷彩能力。応用してハッキング能力)    外見特徴:眼鏡、ふわふわ茶髪       
        ほか:他者の神経を逆撫でする言動多し。スカリエッティの思考にもっとも近いナンバーズとの評あり。
セイン   IS:ディープダイバー(無機物を自在に通り抜ける。他人や物体も接触していれば同様に潜らせることが可能)        
        外見特徴:水色セミロングの髪と青い目、表情豊かで悪戯っ子な感じ 
        ほか:明るく感情豊か。かなり人間臭い。
ディエチ  IS:ヘヴィバレル(彼女用の携帯砲に関連する技能全般。任意の弾種を砲撃可) 外見特徴:ハネた茶髪茶目無表情
      ほか:無口無表情だが、情操は豊かで、善良な性格をうかがわせる発言を原作でしている。
<初出:幕間5>
チンク   IS:ランブルデトネイター(一定時間触れた金属を爆発物に変化させる)      外見特徴:右目眼帯銀髪の美幼女
      ほか:面倒見のいい姉御肌。おそらくナンバーズ一の良識家。多分、ナンバーズで一番人気のキャラ。

<初出:幕間6>
トーレ   IS:ライドインパルス(腿・足首・手首から生やす翼による超高速機動能力) 外見特徴:短髪青髪凛々しい顔立ち
      ほか:稼働時間がナンバーズで3番目に長く、苛烈で誇り高い性格で、チンクと共に戦闘部隊のまとめ役。
         「姉妹」に対しては人間らしい感情を持っている様子。
セッテ   IS:スローターアームズ(固有武装ブーメランブレードの扱いと制御)    外見特徴:桃色の長髪、茶の鋭い目
      ほか:クアットロの主張により、人間的側面を極限まで削られた最後発稼動機の内の一体。トーレに「機械的に過ぎる」と評される性格。
ノーヴェ  IS:ブレイクライナー(クイント的な戦闘技法の総称)    外見特徴:短髪赤毛、金の目、スバルに似た顔立ち
      ほか:クイント・ナカジマの遺伝子を元にしており、戦い方も酷似。スバル・ギンガを強く意識している。
         考えることは苦手で直情径行。だが、陰湿なところはなく、情にも脆い。強気なスバル、といった感じか。
ウェンディ IS:エリアルレイヴ(砲・盾・乗機の役割を兼ねる固有武装の取り扱い能力)
      外見特徴:逆巻く赤茶の髪と感情を素直に出す大きな同色のタレ目。どこかやんちゃで憎めない雰囲気がある。
      ほか:おそらくナンバーズ一明るくノーテンキ。語尾に「~っス」とつける癖がある。とはいえナンバーズらしく、仲間以外に冷酷な面がある。
ディード IS:ツインブレイズ(固有武装での近接空戦技能)  外見特徴:濃い茶髪のロング、同色の目、お嬢様風の顔立ち
     ほか:あまり感情を表さないが、礼儀正しく真面目。双子と言えるオットーとは打ち解けている模様。
オットー IS:レイストーム(広域攻撃・結界能力などの能力全般の総称) 外見特徴:逆立つ濃い茶髪同色の目、中性的顔立ち
     ほか:無口で感情を出さず、どこかつかみどころがない。ディードとは同一の遺伝子から作られ、双子といえる関係。






(4)SS年表

※●印がついているのが、原作と異なる部分です。
※なのはの誕生日を3月15日にすると、PT事件時に8歳となり、公式設定と齟齬が出ますが、なのはの誕生日も公式の筈ですので?をつけてあります。SS自体は誕生日を優先、PT事件時8歳ということですすめています。


新暦-75年 最高評議会の3人が次元世界を平定
新暦 1年  質量兵器の使用禁止決定
 同年前後  時空管理局設立
新暦35年  レジアス・ゲイズ 入局(14歳)
新暦45年  高町恭也 誕生
新暦48年  高町美由希 誕生
        エイミイ・リミエッタ 誕生
新暦50年  クロノ・ハラオウン 誕生
新暦51年  ヴァイス・グランセニック 誕生
新暦54年  前回闇の書事件 クライド・ハラオウン 殉職
新暦55年  レジアスとゼストの、地上戦力・人員不足の問題意識明確化の会話(アニメ版で描写)
新暦56年  八神はやて 誕生(6月4日)
        ユーノ・スクライア 誕生
        クロノ・ハラオウンが魔道師訓練を始める
新暦57年 ?高町なのは 誕生(3月15日)
新暦58年
新暦59年  ティアナ・ランスター 誕生  ※その後まもなく、両親事故死   
 同年前後  高町士郎 重傷・引退 
新暦60年
新暦61年
新暦62年  時期不明 クロノ・ハラオウン 執務官試験合格
新暦63年 ●時期不明<なのは、アリサに注意。アリサ反発。外伝5話>
新暦64年  時期不明 クイント・ナカジマ、ギンガとスバルを保護、養子に
新暦65年 ●3月<なのは、陰陽術の結界により、はやての存在を感知、接触を持つ。闇の書とグレアムらを調査。SS2~5話>
        PT事件<4月~●5月初。SS7話~11話> 
           ●<5/7プレシア戦。数日後=5/10位になのはとフェイトの名前交換。SS12話> 
           ●<5/15辺り? なのは、グレアムと接触、騙しあい。はやて宅訪問、暴露と約束。SS14話>        
       ●5月末<なのは、ミッドへ>
       ●6月1日<なのは、第四陸士訓練校入校>
        6月4日 闇の書起動
       ●7月末頃?<なのは、教会に接触、はやての保護を依頼。教会の保護作戦発動、成功。SS16話>
       ●8月末日<なのは、訓練校卒。武装隊へ配属、三等陸士(同校出身のティアナらも三等陸士スタートなので)>
        時期不明 キャロ・ル・ルシエ 誕生
        時期不明 エリオ・モンディアル(オリジナル) 誕生
       ●11月頃<初代「月読」作成。SS16話>
 同年前後  聖王協会より聖王の聖遺物(聖骸布)が司祭により盗難   
新暦66年 ●夏頃?<なのは、健康診断にてコアの問題を知る。体調サポート・デバイスの開発に動く。同年内に完成。SS15話>
        時期不明 リンディ・ハラオウン 艦長職を引退、クロノが後任に。
新暦67年  時期不明 ゼスト隊全滅
新暦68年 ●年頭頃<「夜天の書」再生作業完了。はやて、グラシア家の養子となり、「夜天の王」を名乗る。SS16話>
       ●上記翌日<なのは、入院中のグレアム訪問、脅しを掛ける。SS17話>
        時期不明 なのは、魔道師ランクS取得
        時期不明 エリオ・モンディアル 研究施設へ回収
       ●年末頃<なのは、体調サポート・デバイスの被検体契約期間終了。以後は年1の健康診断時のデータ提出に>
新暦69年  時期不明 フェイト、魔道師ランクS取得
        時期不明 フェイト、エリオを保護
        時期不明 ティーダ・ランスター一等空尉殉職(ティアナ10歳) 
        時期不明 ヴァイス・グランセニック 任務中、妹ラグナを誤射、左眼を失明に至らせる
新暦70年 ●3月<なのは13歳>
       ●4月以降(不詳)<SSの起点。二等空尉時代に、武装隊から教導隊へ異動。SS1話>
       ●6月以降<レジアスと初邂逅。地上のプロジェクトに出向。SS6話> ※教導隊移動の約2ヶ月半後。
           <ハヤテと話をして管理局上層部の組織不全を疑い、調査開始。SS14話>
新暦71年 ●2月頃<なのは、プロジェクトでヘカトンケイレスの試作機の性能説明。SS18話>
        同日<なのは、レジアスを追求。その後、協力することに。SS19話>
       ●3月<なのは14歳>
        年度末<陸」での「新方式訓練」のテスト運用と評価終了。4月からの一斉運用を全陸士部隊に通達。SS19話・外伝3話>
       ●4月初<出向終了、戦技に戻る>
        4月29日 第八臨海空港火災事件
       ●4月30日<航空部隊訪問。SS20話1節>
※この年の末頃までには、航空部隊での教導で一定の評価を得、全武装隊への来期からの展開を、上司を通じ教導隊本部に認めさせた、と思われる。
※陸の重要拠点をぼちぼち回り、新方式の定着状況の確認と教導。「陸」以外での評価獲得のほうが優先度は高かったから頻度は高くない。他のプロジェクトメンバーと調整して任せてる部分も大きかった。レジアスも後押ししてくれたので、頻度の割に、好感上昇や知名度獲得は上手くいった。
※教導を隠れ蓑に各世界とのテスト的接触開始。レジアスも各世界の情報を整理し接触の順番や連携を深めていく手順の検討を「計画」関係の行動の中心にしていた年だった。(下準備の時期)
       ●5月<プロジェクトの功績と火災救助の功績の併せ技で、一等空尉に昇進>
       時期不明 アルフ 前線引退(フェイトの帰る場所を守るため)
       ●時期不明、5月以降<外伝2:陸士隊隊長編>
新暦72年  2月 フェイト キャロを保護
       ●3月<なのは15歳>
       ●4月以降<新年度開始に伴い、なのは、陸士隊回りを強化。教導を隠れ蓑に、穏健派各世界との接触に本腰を入れる>
       ●時期不明、おそらく初夏~初秋<なのは、マリエルより銃型デバイス受領。
                       阿修羅の仕様の詰め。年内には試作型と量産試作型があがる。
                       73年4月から阿修羅の配備開始か。SS20話2節> 
        8月 ティアナ、スバルにギンガと引き合わされる(東部12区のパークロードにて)
           クロノ、エイミイ 結婚(月は確定ではなく推定だが、この年なのは間違いない)
       ●時期不明、おそらく冬前<なのは、穏健派の世界の政府と接触。SS20話3節>
       ●時期不明、年明けか?<SS20話末節>
新暦73年 ●時期不明<外伝3:ユーノ編>
       ●3月<なのは16歳>
        時期不明 ゼスト、ルーテシア アギトを救出、以後同行
        5月 スバル、ティアナ 訓練校を主席卒業、陸士386部隊災害担当へ配属
       ●<この年の半ばから、なのはに対する上層部のあからさまな嘲りが消えていく。現場の支持はすでに高い。外伝1話>
       ●時期不明<外伝4:スカリエッティ編。穏健派とのパイプ確定。急進派との接触開始>  ※翌74年のことである可能性も高い。
新暦74年 ●2・3月頃<外伝5:アリサ編>
       ●3月<なのは17歳>
       ●4月<なのは、三等空佐に昇進、本部付幕僚に異動>
       ●秋頃?<カリムの予言を聞く。「計画」を実行段階へシフトする準備が急ピッチで開始>
      ●11~12月<外伝6:クロノ編。なのは、二等空佐に昇進>
新暦75年 ●1月<外伝7:美由希編>
      ●3月<なのは18歳に。>
       4月 スバル、ティアナ 魔道師ランクBランク昇格試験受験、合格(ティアナ16歳、スバル15歳)
          機動六課発足   ●<なのは、着任と同時に一等空佐に昇進>
       5月13日   新人たちの初出動。新デバイス初起動。
         23日前後 ホテルアグスタ警備任務。
         上記の数日後  いわゆる「ちょっと頭冷やそうか」事件。夜中、ガジェットドローン出現。尉官以上のみで対応。
       6月半ば   新人四人に休暇。キャロとエリオがレリックを持つ少女を保護する。戦闘機人・ルーテシアと初邂逅。
       上記の翌日   保護した少女が目覚め、ヴィヴィオと名乗る。
       上記の数日後  クアットロがルーテシアにエリオとキャロの存在を教えるため、ガジェットを出現させる。
       8月    フォワード陣とメカニック陣、六課最強は誰かについて討論、つうかお祭り騒ぎ。
            フォワード陣、陸士108部隊への出向研修へ向かう途中、アンノウン出現により緊急出動。
       9月12日   地上本部公開意見陳述会。











2、組織オリ設定

 作中で触れざるを得なかった、原作で言及されていない組織体系や階級です。現実の軍隊などを参考にしています。



(1)管理局の軍事的階級並びに軍事的役職一覧

・階級も役職も、時代や国によって様々に変化し、増減するので、「このSSで使われている階級と役職を理解する助け」程度のつもりで見てください。なお、元ネタは自衛隊の階級です。(判ってる原作の階級名が自衛隊と同じなので)
・★がついているのは、原作で登場しなかった階級。自衛隊と比較して、多分あるだろう、と推測。
・( )内は、普通の軍隊での階級名。
・「陸」「空」「海」に分けると数が3倍になるので、略称で表記。(例)一等空佐/一等海佐/一等陸佐 ⇒ 一佐
・階級右横の人名は、原作でその階級だった人の例。


①階級

栄誉元帥(存在しない)  ラルゴ・キール
元帥★
大将★
中将    レジアス・ゲイズ
少将    カリム・グラシア

※少将から上が、いわゆる将官。陸軍では「将軍」、海軍では「提督」と呼ばれるようになる。つまりA'sまでのリンディさんは、ここから上の階級のどれか。カリムは正確には「少将待遇」だが、まあいっか、ということでヨロシク。

一佐(大佐)★           ※独立決裁権を始め、多くの権限を有し、軍組織内の実権をもっとも掌握している階級。
二佐(中佐)  八神はやて
三佐(少佐)  ゲンヤ・ナカジマ

※少佐から大佐までが、いわゆる佐官。普通、指揮に専念して前線には出なくなる。赤い彗星みたいな例外もいるけど。

一尉(大尉)  高町なのは
二尉(中尉)  シグナム
三尉(少尉)  ヴィータ   

※少尉から大尉までが、いわゆる尉官。また、少尉から大佐までを士官と呼び、少尉から大将までを将校と呼ぶ。つまり、少尉は大きな境界線を示す階級といえる。
※士官からは、ある程度以上の人数の隊を指揮できるようになる。ので、少尉が指揮官職の第一歩的扱いの階級。

准尉(准尉)      グリフィス・ロウラン

※尉官じゃないけど、下士官でもない階級。尉官の候補生みたいな扱いらしい。

曹長(曹長)      リィンフォース・ツヴァイ
曹官(軍曹/伍長/兵長) ギンガ・ナカジマ      

※略称は普通、海曹/陸曹/空曹(又は一曹/二曹/三曹)を用いるが、ここだけそれにすると混乱するので、曹官とした。
※自衛隊では、一等から三等まで曹官がいるが、ギンガやヴァイスが公式設定で「陸曹」としか表記されていないので、管理局では分かれていないものと推定。
※曹官と曹長を、下士官と呼ぶ。
※下士官は兵卒を直接指揮し、少佐以下の士官を補佐する役目をすることも多い。軍の手足の動きを司る重要な階級。

士長(上等兵)★
一士(一等兵)  シャリオ・フィニーノ
二士(二等兵)  スバル・ナカジマ    
三士(三等兵)  エリオ・モンディアル   ※ここから士長までが、いわゆる兵卒。つまりは兵隊さん。


②役職
※現代陸軍の主な役職と平均的なその内容を列挙しましたが、リリカルなのはの原作では出てこない役職名がほとんどです。

司令官:2個以上の軍団は軍と呼ばれ(独立行動している部隊も軍と呼ばれることが多い)、その指揮官。普通は大将or元帥。
軍団長:2個以上の師団を軍団と呼ぶ。その指揮官。普通は中将。
師団長:2~4個程度の旅団又は連隊の集まりを師団と呼ぶ。その指揮官。普通は少将。
旅団長:2個以上の連隊又は大隊の集まりを旅団と呼ぶ。その指揮官。少将又は准将又は大佐。
    指揮官の階級に幅があるのは、部隊の規模の幅が大きいから。
連隊長:1個以上の大隊又は2個以上の中隊の集まりを連隊と呼ぶ。その指揮官。普通は大佐。
大隊長:2~6個程度の中隊の集まりを大隊と呼ぶ。その指揮官。普通は、中佐or少佐。
    大隊は独立した戦術指揮系統を有する最も小さな戦術単位であるそうな。
中隊長:2個以上の小隊の集まりを中隊と呼ぶ。その指揮官。普通は、少佐or大尉。
小隊長:2個以上の分隊の集まりを小隊と呼ぶ。その指揮官。普通は、中尉or少尉。
分隊長:2個以上の班の集まりを分隊と呼ぶ。その指揮官。普通は、軍曹or曹長。
班長 :4~6名の兵卒の集まりを班と呼ぶ。その指揮官。普通は、伍長or一等兵。

提督:少将以上。艦隊司令だったり護衛隊群司令だったり、幕僚長やったりできます。アースラ一隻の指揮をとるリンディさんが提督な理由は謎。独立行動が許されてるとか、アニメでは機会がなかったけど、実は複数艦を指揮する立場にあるとかなのか。
艦長:大型艦だと一佐か二佐、中型艦だと二佐、小型艦だと三佐か一尉か二尉。アースラは「L級」なので、多分大型艦ではないかと。

※将校階級と下士官階級は、上記の団長・隊長職のほかに、幕僚(参謀)になったり、副官をやったり、司令部付きになって色々考えたり事務処理したりする。
※部下の人たちが「司令官」とか呼ぶときは、その作戦で独立行動をとっている軍集団の総指揮官を指すのが普通。
※「方面軍司令」というのは、地図上の地域や作戦地域をいくつかの「方面」に分けている場合の、その方面の軍集団総指揮官。
※参考までに。意見は色々あるが大雑把に言って、兵を揃えたり装備を準備したり政治状況を整えたり戦う地域を選んだりするのが「戦略」、戦略の枠の中で、勝つためにいろんな工夫や作業をするのが「戦術」という感じ。「独立部隊」を除けば、旅団長以下は「戦術」、師団長以上は「戦略」を考えて指揮することになる。
※独立部隊……師団などの上位組織に属さず、独自の行動をとることを命じられた部隊。訓練・補給・装備なども独自のものであることが多い。原作の六課も、ひょっとしたらこれなんじゃないかな、と思う。







(2)、幕僚会議について、及び、このSSでの時空管理局本局航空戦技教導隊本部の組織構成設定


①幕僚会議について

(1)基本
a)軍の司令官を補佐する機関。幕僚は、参謀と呼ばれる場合もある。
b)日本を例にあげれば、最高司令官は内閣総理大臣。その下の防衛大臣が、自衛隊を統括し、総理大臣の代理として指揮をとる。ので、防衛大臣が実質のの最高司令官として扱われ、幕僚会議はその補佐につく。
 防衛大臣を補佐する機関が2種類あり、一つが「内局」。文官が政策的補佐をする。一つが、「統合幕僚会議(統幕会議)」と陸・海・空の各自衛隊の幕僚会議、通称「四幕」で、自衛官として軍事専門的観点から補佐をする。
※現在、日本では、幕僚会議という名前から幕僚監部という名前に変更されているが、ややこしいので、ここでの説明は旧名を使う。
c)統合幕僚会議は、傾向の違う複数の軍隊を統合して運用する際に置かれる組織で、現代では、ほとんどの国で常設機関となっている。統幕会議という場合、会議だけを指す場合と、事務局などを含めた組織名として使われる場合がある。
d)日本の場合、会議自体の構成員は、統合幕僚会議議長・陸上自衛隊幕僚長・海上自衛隊幕僚長・航空自衛隊幕僚長の、計4人。アメリカの統幕会議は、陸・海・空の3軍のほかに海兵隊があるので、4軍の幕僚長と統幕会議議長で構成されている。
(2)リリカルなのは世界について
 原作で三提督の一人、ミゼット・クローベルが「本局統幕会議議長」という役職についている為、管理局に複数の幕僚会議があることは確実。
 次元航行艦隊司令部、地上本部、の2組織にあるのは確実と思う。このSSでは他に、武装隊本部、航空戦技教導隊本部に、幕僚会議があるという設定。
※戦技教導隊本部は原作登場の言葉。本部があると言うことは独立した存在=一軍であるということだから、幕僚会議があるのが自然、と推測。
 武装隊については、武装隊が「陸」からも「海」からも独立した存在であることを推測させる描写が原作にあるので、その場合、統括する部署として本部があり、幕僚会議があるのが自然だと思った。
(3)幕僚の種類   ※Wikipedia「参謀」より。
・幕僚長 : 一般幕僚と特別幕僚を指揮し、幕僚部を統括する。
・幕僚副長:作戦担当と管理担当がおり、幕僚長を補佐する。
・一般幕僚:それぞれの部門の長で構成され、幕僚会議で全ての分野に発言権を持ち、各分野を調整する。
    ・人事・行政幕僚
    ・情報幕僚
    ・作戦幕僚
    ・後方幕僚
    ・計画幕僚
    ・通信幕僚
・特別幕僚: 司令部の専門将校などから構成され、指揮官の指揮下で、一般幕僚の調整を受ける。指揮統制で増員や減員を受けるため必ずしも一様ではない。
    ・工兵幕僚
    ・輸送幕僚
    ・監察幕僚
    ・広報幕僚
    ・会計幕僚
    ・法務幕僚
    ・憲兵幕僚
    ・その他専門幕僚


②このSSでの、時空管理局本局航空戦技教導隊本部の組織構成設定  

[ 教導隊本部 組織構成 ]  ※空自の幕僚監部の組織が元ネタだが、原型を留めないほどに手を加えている。

本部長―航空戦技教導隊隊長―実働部隊
   ―戦務担当副本部長―幕僚会議
                ―新戦技検討課
                ―新装備検討課
   ―内局担当副本部長―総務部―総務課
                ―会計課
                ―広報課  
                ―情報通信課
                ―施設課
               ―人事教育部―人事計画課
                       ―厚生課
               ―運用部―運用課
                     ―計画課<年間計画、月次計画策定>
               ―装備部―装備課
                     ―補給課
                     ―整備課
               ―医療衛生課

[ 幕僚会議 組織構成 ]

 主席幕僚長(戦務担当副本部長)/幕僚会議議長
   副官/幕僚会議事務局長
 次席幕僚長/主席幕僚長代行/幕僚会議副議長
  作戦担当幕僚副長        
    運用担当幕僚(運用部長)
    作戦担当幕僚
    計画担当幕僚
    検討担当幕僚<軍務・計画・運用・教育などの各内容の検討。なのはの行動で新設。初代はなのは。>  
      -幕僚補佐官        
  軍政担当幕僚副長(内局担当副本部長副官)         
    行政担当幕僚<人事、会計、広報の統括>     
    後方担当幕僚<輸送、兵站、医療衛生の統括>     






[4464] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集② 神話伝承関連解説>
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/12/07 19:40
<読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集② 神話伝承関連解説>

修正履歴
・09年11月11日 ご指摘をうけ、「幕間5」の「ヒルコ」の項目を一部修正、注釈を追加。


<6話登場>

「煉獄」
……キリスト教。死後、地獄直行確定ではない魂の罪業を浄化する場所。ここで浄化を終えれば天国にいけるらしいが、罪業の浄化はとても痛く苦しいらしい。「煉獄の炎」なんて恐怖と苦痛の代名詞みたいに使われる言葉もある。過ぎれば天国、ということは言い換えれば、留まれば苦しみつづけるだけ、ということになる。
 本来は、その苦しみを越えれば救いを得られる、という宗教的な意味があるらしいが、今では、ただ単に罪に見合った苦しみを受ける場所、というイメージだけが広まっている気がする。このSSでも、その意味に近い使い方である。


<16話登場>

「7日間」
……神道。SS内で、自我を持つ式神作成の前に身を清め、霊気を高めるのに掛けた日数だが、それについては元ネタはない。神道で、7が完全数で神を表す数字だったので採用。ちなみに西洋でも7は神聖な数字だが、主人公が用いるのは東洋系の術onlyなので、関係ない。

「月読」
……日本神話。月を表す神。実はエピソードがほとんどなくて、性質や能力はよく判らない。採用は月つながりonly。賢さでは日本神話随一とされることが多い神「思兼(オモイカネ)」とどっちを採用するか、迷った事実がある。でも月読採用。ちなみに漢字は、某メイドにして並行世界では赤の近衛軍中尉の苗字でも可。でも月読採用。


<18話登場>

「磐長媛命」
……日本神話。今更だけど「イワナガヒメノミコト」と読む。「命(ミコト)」を省略しても可。岩長比売と書くことも。天照大御神の孫、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が、天照大御神の命により、葦原中国(日本でいいと思う)を統治するため高天原(神様の世界)から来たのだが、木花咲耶媛命(コノハナサクヤヒメノミコト)に一目惚れして求婚。それを聞いた媛の父神が喜んで、木花咲耶媛とその姉の磐長媛を共に后として差し出すのだが、磐長媛の見た目が醜かったため、瓊瓊杵尊は磐長媛を返し、木花咲耶媛とだけ結婚した。ところが、父神曰く「私が娘二人を一緒に差し上げたのは、磐長媛を妻にすれば瓊瓊杵尊の命は岩のように永遠のものとなり、木花咲耶媛を妻にすれば木の花が咲くように繁栄するだろうと願ったからである。木花咲耶媛だけと結婚したので、瓊瓊杵尊の命は木の花のようにはかなくなるだろう」。ということで、瓊瓊杵尊から始まり、その曾孫神武天皇とその先へ続く天皇家の一族は、人間並みの寿命しか持たなくなった、という話がある。(説明、長っ)
 この伝承を踏まえて、クラナガンの住民の安全及び担当の局員達の安全と殉職の減少を願い、首都監視システムにこの女神の名がつけられた。魔力や魔法に頼らない「美しくない方法」だ、という魔法至上主義に対する皮肉の意味も込めている。

「天照」
……日本神話。太陽を表す神。天空から地上を見渡し全てを明るみに出す監視衛星、という希望も混ざった命名。別に焦点をあわせることで、黒い炎を発火させたりはしない。 

「ヘカトンケイレス」
……ギリシャ神話。50個の頭=100の目と100の手をもつ巨人「ヘカトンケイル」の複数形。ヘカトンケイル、というのは「100の手」の意味らしい。コットス、ブリアレオス(別名アイガイオン)、ギュゲス(またはギュエス)の三兄弟なので、複数形。SS内でもデバイスは量産される予定なので、複数形で命名。

「須佐乃男」
……日本神話。日本の神々の中でも、武御雷、じゃなくて建御雷(タケミカズチ)とどちらが最強か、ってくらいの武神。天照、月読とは三兄弟で末っ子。ヤマタノオロチを退治したりするが、本編では関係ない。勿論、剣を持った幻影が使用者の背後に浮かび上がって剣を突き刺した敵を封印したりもしない。漢字表記のとき、使われる字いろいろあるが、一番画数の少ないのを採用。


<22話登場>

「5枚の小さな符」
……典拠なし。一応、五行それぞれに対応するため、ということでに5枚にした。呪符の大きさというのは、けっこう色々あるみたい。今回は、小さくないと、地図のどの辺を指してるかわからないので、小さな符を使用した。らしい。


<26話>

「思兼」
……日本神話。番外小話でも出てきたが、あれは番外なので、この話を初出として扱う。
 16話の「月読」の解説ですこし触れたが、日本の神々のなかでは、賢さ随一とされる。名前から、思考・知恵を神格化した神と推測されているからだそうな。その割には、古事記での目立った活躍は、天照大御神が天乃岩戸に閉じこもったときに、そこから引きずり出すための策を出したことくらいか。どーでもいいが、ナデシコSS読者にはルリちゃんの友達の名としてお馴染み。
 ちなみに、最初、地上本部のメインコンピュ-ター名は「月読二番機」くらいにするつもりだったが、実際に書いてみると、逆にわかりにくかったので、個別の名前を付けることにした。

「業」
……仏教。カルマ(サンスクリット語で‘行為’の意)とも言い、人に善悪に応じて果報を与え、死んでも失われず、輪廻転生に伴って、伝えられるモノ。
 陰陽道は神道や仏教(密教)、道教の影響を受けているため、死後については幾つかの意見がある。阿部清明を基準とすれば、泰山府君(仏教で言う閻魔大王)の治める死後の世界へ行って暮らす、という考え方である。特に裁きや刑罰はない模様。
 ちなみに、神道では黄泉の国へ行き、道教は仏教の影響により、泰山府君ほかの裁きにより前世の業により六道のいずれかに転生するとしている。
 なのはさんの場合、裁きを受けた記憶もなく転生してしまったので、仏教的考えの証明事例として自分を見ている。となると、前世でやらかした呪術や殺生などのカルマも引き継ぐということで、なまじオカルトな人だけに、まともに受け入れて前世の罪業まで背負い込むことを自然としている節がある。
 別に転生したからといって、仏教的な考え方の全てが正しいという証明にはならないのだが、気づかずに(或いは敢えて目を背けて)今まできてるあたり、彼女の前世への想いとか今生への対し方などが、いろいろ透けてみえる気がする。


<幕間5>

「幸福の青い鳥」
……ベルギーで1908年に発表された戯曲。しかし童話に書き直されたものの方が有名。普通は、幸福は気づかないだけですぐ傍にあるんだよ、ってな感じのいい話っぽい解釈がされるが、作者はひねくれてたのか、“青い鳥”自身はどうなるんだろ、とか思った記憶がある。誰かの幸せのために、その誰かの傍で一生飼い殺しな訳? ひょっとして本能からしてそんな感じ?
 理由のわからない欲求のまま、追い立てられるように“ただ飛びつづける”鳥と、理由のわからない欲求のまま、そこを籠とも知らないで一生を囚われて過ごす鳥。あなたたちの幸せはどこにあるんでしょうか。

「太陽に近づきすぎて堕ちたイカロス」
……ギリシャ神話。羽を蝋で固めた翼で、空に飛び立った人間の少年イカロスは、飛ぶことに夢中になり、「太陽に近づきすぎないように」という父の言い付けを忘れて、ひたすら高く遠く飛び、ついには太陽の熱で羽を固めていた蝋が溶け、翼を失って墜落死したという。
 調子乗りを戒めた話だとか、挑戦する勇気を象徴しているとか、解釈はいろいろあるが、とりあえず、その辺は考えなくていいだろう。蝋で固めた羽などという危険極まりないシロモノで空を高く遠く飛んでいく人を想像して、ハヤテの心配する胸のうちを理解してもらえたら、作者的には、比喩に用いた甲斐ありである。

「ヒルコ」
……日本神話。日本列島の島々や、様々な神々を生んだイザナギ、イザナミの夫婦神の長子とされる。骨のない異形の子として生まれたため、「失敗した」とあっさり捨てられた(異説有り、後述。)。葦の船に乗せて海に押しやり流れ去らせたという。流れ去ったその後について、正統の伝承はない。夫婦神も二度と彼(性別は不明だが仮にこう呼ぶ)について触れることはなく、彼の言葉も心情も、伝えている逸話はない。(正統の見解としては、の範疇。後述。)
※09/11/11、神話好き様のご指摘により、下記注釈を追記。神話好き様、ありがとうございました。
①葦で組んだ船で流したのは、捨てたのではなく、再生を祈っての呪術的行為であるとの解釈が、専門家から出されている。
②神道で正統とされる「神典」と呼ばれる数冊の書物には、流された後についての記述はない。が、民間伝承レベルでは、日本各地にヒルコが流れ着いたという話がある。外来の神である恵比寿との同一視も生じて、現在では、恵比寿=ヒルコ、というのは、けっこう一般的認識だとか神社の人が言ってた。その意味では、その後の逸話や伝承はない、というのは間違い。
 ただ、各地で自然?発生した民間伝承なので、矛盾のない統一された見解や逸話ではない。ヒルコのその後、というのは、境遇と創造の余地が広いこととあいまって、義経伝説と同じように、日本人的な感性に訴えるものがあるんだろうか。

「ルシファー」
……キリスト教。日本で魔王と言うと、大抵は、このルシファーか、エデンでイヴを誘惑したサタン(“敵”を意味する)を指すそうな。ばい・Wikipedia。現在は両者を同一視する解釈が一般的らしいが、本来は別々の存在である。
 名前は、明けの明星を意味し、黙示録の日(世界の終末)に再臨するキリストと対をなす、始まりの栄光を顕す天使長だった。妬みと傲慢により神に反逆、敗れて堕天し、魔王となったとされる。ちなみに明けの明星とは金星のこと。
 なのはさんが本文で語ってるのは、17世紀にジョン・ミルトンが叙事詩「失楽園」で描いてみせたルシファー像に近い。現代に至るまで同様の表現や解釈はあるが、文学的・ロマン的・啓蒙主義的解釈で、宗教的にはありえない解釈であることに注意が必要である。
 なお、陰陽道では金星は、歳殺神(さいせつしん)という、殺気をつかさどり、万物を滅するとされる神である。


<27話>

「伊邪那伎」
……日本神話。伊邪那美(イザナミ)の夫。この夫婦が、日本列島の各島々や多くの神々を生んだ。伊邪那美が火の神を生む時に焼け死んだため、妻に会うため、黄泉の国へと赴く。そこで伊邪那美に再会するが、地上に戻る準備をするからその間は自分の姿を覗かないでくれ、という彼女の頼みを破って、彼女の姿を盗み見、腐敗して蛆の沸いた彼女の姿を恐れて、その場から逃げ出す。怒って追いかける伊邪那美とその仲間らをなんとかギリギリで振り切って、黄泉の国への入り口を巨岩で塞いで、辛うじて生き延びた。
 そのとき、伊邪那美が恨んで「日に1000人の人間の命を奪う」と呪いの言葉を投げたのに対し「私は日に1500人の人間を生もう」と返した。
 この逸話に基づき、死=停止状態からの帰還=復活と、拠点をいくら潰されてもそれ以外の拠点で維持するという性質をもつ、本部コンピューターのバックアップシステムの名称に採用した。

「阿頼耶識」
……仏教。心の深層部分であり、心理学で言う集合的無意識に近い存在であり、人間存在の根本にあると考えられている。人間の感覚や意識を八つの「識」に分け、その一番底、八番目の識であり、ほかの7つの識全ての源とされる。人間がなにかを行ったり話したり考えたりすると、その影響は種子(しゅうじ)と呼ばれるものに記録され、阿頼耶識のなかにたくわえられる。それぞれの種子は、阿頼耶識の中で相互に作用して、新たな種子を生み出す可能性を持つ。
 集合的無意識に近い存在であり、多くの存在の記憶や感覚とつながりつつ、ひとつの存在を成しているという解釈もあることから、多数の端末とそのネットワークにより構成されている戦術データリンク(「軍事関連用語」外伝6「戦術データ・リンク」の項参照)の名称として、採用した。
 ※もともと阿頼耶識は、ブレイカーズさんからヘカントンケイレスの和名案としていただきました。そのときは各種事情により不採用とさせていただきましたが、このような形で利用させていただく機会がありましたので、使わせていただきました。ブレイカーズさん、ありがとうございました。


「天眼」
……仏教。仏教語としては「眼」は、ゲンと読むのが普通であるらしい。まあ、由来が仏教にあるだけで仏教用語というわけではないので、ここではガンでも構わないと思うが。
 天眼とは神々の眼であり、昼夜遠近の別なく物象(ぶつしょう)を見つめることのできる眼。肉眼は、常識の域を脱せず、実利ばかり求めている眼とされていて、これを超えて悟りへの一歩として天眼を開くことが求められているようである。
 ここでは、宗教色は除いて、単純にその性能と言うか機能だけに注目して、ターミナル(「軍事関連用語」外伝6「戦術データ・リンク」の項参照)の名称として採用させてもらった。……考えてみると、ちょっと罰当たりな話である(汗)。
 ※天眼は、阿頼耶識と同様、ブレイカーズさんからヘカントンケイレスの和名案としていただきました。これもターミナルの端末として、その形状的・機能的に非常にイメージに合うので、この形で使わせていただきました。ブレイカーズさん、ありがとうございました。


<幕間6>

「サタン」
……キリスト教。幕間5の「ルシファー」の項で触れたが、“敵”を意味する言葉で、現在ではルシファーと同一視する見解が一般的。
 その由来と経緯を見れば、キリスト教成立以前のユダヤ民族の奉じる神の、残虐非道にして苛烈な一面、あるいはその役割を担う神の使いとして、サタンの名が登場する。しかし、キリスト教成立後、愛を説く善なる神という概念が確立されたことにより、サタンはその位置付けが難しい存在になった。中世の頃には、善悪2神が対立して世界を構成していると考えるミトラ教やゾロアスター教の影響を受け、サタンを神から独立した霊的存在と考える一派と、あくまで神は全知全能にして世界の支配者であり、サタンは神の道具として悪を振りまいているだけで、黙示録の日にはその行為は全て善なる結果に結びついていることが明らかになるとする一派が、論争を繰りひろげたようである。
 やがて、聖書の研究の過程で誤読が生じ、天から堕ちた明けの明星とサタンとを同一視する解釈が生まれ、ミルトンの叙事詩「失楽園」が同様の解釈を示すことにより、一般レベルでその解釈が広く浸透するようになった。だが、全知全能の善なる神が創り支配する世界に、紛れもなく悪をおこなう存在がいることは、現代に至るも様々に解釈や議論が繰り返されている。
 スカリエッティの“サタン”宣言は、自身を、作り出され“悪”を為すべく使われてきた存在と認めつつ、支配下から脱し造物主に“敵”するものとして、彼らにとって代わるという宣戦布告を、なのはの「ルシファー」というコールサインの由来になぞらえて行なったものだろう。同時に、サタン=ルシファーという認識と、両者は別の存在だという解釈とのせめぎあいに、自身となのはの関係を重ねることで、なのはにひねくれた形のラブコールを贈ったともとれる。


<幕間7>

「曙光の子ルシファーよ(中略)落とされん」
……ジョン・ミルトンの「失楽園」より。古文かい、おい、ってな言葉遣いなので、あんまりなとこは、わかりやすい言葉に変えている。これには元ネタがあって、聖書のなかの「イザヤ書」の一節らしい。聖書は確認してないが、ネットの情報だと、ほとんど引用に近い。
 以下、この詩の理解のために、「失楽園」に描かれているルシファー像の解説。別にそこまで関心ないよ~、って人は読まないほうがよいかと。なんか、ぐだぐだと細かい内容だし。ちなみに、決してキリスト教の教義や解釈ではなく、極めて文学的な解釈と表現をされていることに注意してください。
 ルシファーとは「明けの明星」を意味する。終末に再臨する、希望の星たるキリストに対比すべき存在としてつくられた神の愛し児だった。本来は。しかしながら、栄光の座につくキリストへの妬みとその元となった傲慢(全能の神の被造物=道具に過ぎないのに、自分の価値観をもって優劣を測ったということ)により、ついには、神の道具ではないと自己の尊厳を主張して、勝ち目がないと知りながら、父なる全能の神に叛旗をひるがえし、当時の天界の軍勢の約1/3を従えて闘争を挑む。敗北し地獄に落とされ、サタンと呼ばれるようになった。
 ミルトンが失楽園を書き始めたのは1658年、ピューリタン革命が1641~49年(ミルトンはイギリス人である)。ミルトンは他の著作でも、自由や人権を主張しており、つまりは、基本的人権の主張、絶対王政への反発を、ルシファーの反逆に仮託して描いたのだとか。もっとも、「失楽園」自体は、アダムとイブのエデンからの追放の話なので、本全体の主題ではない。


<30話>

「鏡像」
……原始宗教、心理学。(一般用語や数学、物理学でも用いられる言葉だが、それらについては、ここでは省く。)
 鏡像は影と同じように、本体とそっくりの存在だが、本体そのものでは決してなく、神話や民話では、しばしば鏡の中の自分や影の自分に入れ替わられる話がある。
 触れたくとも決して触れえない存在。一見、同一に見えて決して同一ではない存在。別の世界に存在する自分と瓜二つのモノ。
 押し隠した自らの本心であり、捨て去りたい自分であり、理想の自分である、とは、心理学者らの説である。
 ちなみに影や鏡像を殺したら、自分も死ぬ、というのはよくあるモチーフ。

「4つの印を連続して組み終え」
……密教の印は両手で組むことが多いが、片手印を複数組むことで、両手印と同じ意味を持たせることもある。ということで一つよろしく。

「幽世(かくりよ)」
……日本民間伝承。現世(うつしよ)=現実 の反対語で、霊魂や妖怪、神仏の世界。現実世界の認識も法則も全く通じない。いわゆる「異界」の一種。

「オン・トライローキャヴィジャヤ、オン・クンダリー、オン・ヤマーンタカ、オン・ヴァジラヤクシャ」
……五大明王のうち、不動明王以外の4明王の梵名。真名みたいな感じか。
 一応、付け加えると、名前が本質に直結しているために、本名は家族以外には知らさない、という原始呪術における考え方での本名のことを、真名という。恋姫とは関係ないので、悪しからず。イスラム、ネイティブアメリカン、ポリネシア、ケルトや古アフリカの民話伝承では、真名を押さえられて人間に逆らえなくなる悪魔や精霊、という話がけっこうある。

「霊力を込めた瞳というのは、その光だけで、ある程度の呪縛や精神操作の力がある」
……瞳に特殊な力があるというのは、世界各地の宗教や原始呪術に共通して見られる考え方。インドのシヴァ神の第三の目とか、東南アジア地域に残る魔除けの眼の模様とか古代エジプトの護符とか。吸血鬼やサキュバスの魅了の眼も、キリスト教以前の土俗宗教や伝承から紛れ込んだ考え方らしい。

「諸天諸尊」
……密教。天は天部(仏を守る神様たち。帝釈天とか毘沙門天とか。)、尊は如来や菩薩、明王などの諸仏を指す。要は、超常存在に対する呼びかけ。

「五大明王」
……密教。明王とは如来または菩薩の化身で、忿怒の形相で、頑迷で愚かな人々を強引に仏の教えへと導き救済する存在。その中で特に格の高い5尊(尊は仏の数え方)の明王を、五大明王または五大尊という。概略は以下のとおり。
 降三世明王(ごうざんぜみょうおう):東を担当。薬師如来の化身。三面八臂。過去・現在・未来の三世の敵と迷いを征服する。
 軍荼利明王(ぐんだりみょうおう):南を担当。観世音菩薩の化身。目が3つ手が8臂。軍茶利(霊薬を入れた瓶)で種々の害を除く。
 大威徳明王(だいとくみょうおう):西を担当。阿弥陀如来の化身。六面六臂六足。強大な威力をもつ徳性によって悪を征伐する。
 金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう):北を担当。釈迦如来の化身。三面六臂五つの目。不浄を浄化する。
 不動明王(ふどうみょうおう):中央を担当。五大明王筆頭。大日如来の化身。悪しきものを滅ぼし、人々を守る。

「不動明王」
……密教。概略は「五大明王」のところで述べたとおり。その功徳のためか、日本では歴史的に、修験者や密教系の僧がおこなう戦勝祈願や医療の祈祷のときには、不動明王が祈りの対象となることが多かったらしい。現代の陰陽師ものフィクションでも、しょっちゅうその名や真言が用いられている。
 右手に剣を持ち、迷いや邪悪な心を断ち切り。左手に綱を持ち、悪い心を縛る。背中に炎(迦琉羅炎)を背負い、悪毒を焼きつくす。
 ちなみに、なのはが不動明王の印を切る直前に唱えているカタカナの羅列は、不動明王の真言である。

「十一面観音菩薩」
……仏教。観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つであり、六観音の一。「救わで止まんじ」の誓願を持つ。除災、除疫、聖天調和の功徳を持つ。
 本来なら、なのはの力量では、こんな簡単な呪言で霊威を借りたりできないレベルの尊格だが、その誓願と、五大明王の結界の中であることが、術の発動を後押しした。

「泰山府君」
……陰陽道。道教でも出てくるがここでは省く。
阿部清明が宇宙の生成、森羅万象を司る神として、陰陽道の最高神と定めた。後代に、仏教の閻魔大王、神道の素戔嗚尊と同一視されるようになった。歳殺神は、言わばこの神の部下なので、その力を借りることを事前に断ったわけである。多分、術者に力量があれば省略できる過程。

「太白星」
……陰陽道。金星のこと。というか、扱われ方とか感じ的に、金星の真名みたいな気がする。道教由来なのか日本の陰陽道由来なのかまでは調べなかった。ちなみに、日本の陰陽道では、惑星には全てこんな感じの呼び名がある。

「歳殺神」
……陰陽道。幕間5の「ルシファー」のところで少し触れたが、金星の精で、殺気と滅びを司る凶神。一説には火星の精であるともいうが、ここでは金星説をとった。
 ほかに大将軍という神も金星の精だが、彼も殺伐を司る凶神である。

「類感呪術」
……原始宗教一般。4話の後書きでも簡単に説明したが、似た存在や同一とみなせるものに行なった行為が、本体に影響を与えるという呪術の考え方。藁人形に釘を打ったり、人形や人の形に切り抜いた紙で身代わりを作ったり、髪の毛や真名を使うと呪いがかけられる、といった類の術は、この呪術に分類される。
 今話の場合は、なのは=金星=死を与える存在、ということを会話でクアットロに認識させた上で、歳殺神=金星の名の下に死を与えると宣言することで、類感を発生させた。

「九天応元雷声普化天尊」
……道教の3人の最高神の1人。最高位の雷神である。
 よくこの神の名を呼ぶだけで雷を呼ぶ小説があるが、術者どんな力量だよ。当然、うちのなのはさんはそんな力量はないので、この方に許可を申請した上で、その配下の皆様の力を借りることを願ったわけである。

「我は雷公の気勢、雷母の威声を受け、五行六甲の兵を成し百邪を斬断し、万精を駆逐せん」
……中国民間伝承。こう書くとなんか凄えかっこいい呪文だが、中国で実際に使われる魔除けの呪文だそうな。なんか言葉と効果が違わねえ?と思ったが、道教系の呪文の資料って、結構ネット上では少なかったので、雷術の呪文にねじまげて採用した。ちなみにこの部分は伝承に基づくが、それ以外は、適当に捏ねてくっつけたオリ呪文である。
 
「雷部」
……道教。九天(中略)天尊の配下の神々の一部を、雷部という。つまりは、雷神の皆様。
 ちなみに、彼らが派手好きだとかノリがいいとかいうのは、オリ解釈である。でも、中国の神話や伝承読んでると、道教の神々っていい性格してる。元々民間信仰の対象だったとは言え、親しみの持てる方々だと思う。雷部に限らず、派手でノリのいい逸話が多いのはホントの話である。


<三十一話>


「火界呪」
……密教。諸天諸仏へ呼びかける真言には、普通の真言、中真言、大真言の3種類があるが、不動明王の大真言は、特に火界呪という別称で呼ばれる。正しくは印を組みながら10回繰り返し唱えるらしい。昔の修験者や僧たちが唱えるとき、どういう目的や効果を期待して唱えたのかは不明だが、陰陽師小説なんかで火を呼ぶ呪文では屈指の使用率だと思う。このSSでの効果はもちろんオリ設定。

「マザーグース」
……英国民間伝承。ナーサリーライムとも呼ばれる一種の童謡だが、西欧の童話や伝承の例にもれず、無邪気に見せかけて結構グロい歌詞が多い。なのはさんが言っている詩の日本語訳の一例は下記。(詩なので、訳し方にはけっこうばらつきがある)
「赤ちゃん、ゆりかご、樹の梢(こずえ)
 風が吹いたら ゆりかご揺れる
 枝が折れたら ゆりかご落ちる
 赤ちゃん、ゆりかご 皆落ちる」

「迦琉羅炎」
……仏教。不動明王のまとっている炎をこう呼ぶ。天部(仏を守る神々)の一種族、迦琉羅の炎。物理的効果も及ぼすが、本質的には物理現象ではない神霊の力なので、酸素の供給を断ったり温度を下げたりしても消えない。対象を浄化し尽くしてはじめて消え去る、ある意味、無敵の炎である。

「いわんや、屑をや」
……浄土真宗。言葉としては、「善人なおもて往生す。いわんや悪人をや」のパロである。


<幕間9>

「メフィストフェレス」
……西欧民間伝承。悪魔の個体名。ゲーテの戯曲「ファウスト」により、人間を誘惑する悪魔として、広く一般に認知されるに至った。戯曲では、美しく、教養ある姿と言葉、態度をもって言葉巧みに誘惑する姿で描かれる。

「ファウスト」
……16世紀に実在した錬金術師。名前が民間伝承に組み込まれ、ゲーテの戯曲では悪魔の誘惑に抗いきれず、一時の栄光ののちに破滅する役割を演じる。

「コールをかけた」
……某少佐の言葉と勘違いする人も多いと思うけど、実はさらに元ネタは、哲学者ショーペンハウエルの「運命がカードを混ぜ、我々が勝負する」。


<外伝9>

「優れた戦士が常に優れた指揮官であるわけではなく……」
……引用した割に典拠は忘れた。スポーツで言う「名選手必ずしも名監督ならず」か? でも、さらに元があった気もする。
 まあ、現場の人間に求められる能力と、彼らを指揮管理する能力、さらに全体を管理運営する能力がそれぞれ違うのは経営学や人事業務では常識らしいので、あまり気にしないで使ってしまった。後悔はいまのところしていない。
 ここでのミゼットさんの引用は、「魔王への道」より。

「名馬は老いて厩に臥せるとも……」
……神話でも伝承でもないが、一応。中国三国志の英傑曹操孟徳の作った漢詩「歩出夏門行」の一部。
 ネット上にいろいろ訳が散らばっているが、わかりにくいので、思い切った意訳をしている。訳に関する異見はなしでお願いします(笑)。納得いかない方は、下記の原文を好きに訳して当てはめてください。大意は違わないハズ。
 老驥伏櫪 志在千里。
 烈士暮年 壯心不已。
 盈縮之期 不但在天。



[4464] <ネタバレ注意・読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集③ 軍事関連解説>
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:d667eea5
Date: 2009/10/23 16:19
<読まなくても支障ない、ウンチク的な設定集③ 軍事関連解説>






<一話>

「クラウゼヴィッツの「戦争論」」
……18世紀プロイセン王国の軍人にして軍事学者であるクラウゼヴィッツが書いた、「孫子」と並ぶ軍事理論書の古典だそうな。バイ・Wikipedia。戦争はそれ単体で意味をもつ行動ではなく、「他の手段でする政治の継続である」と定義し、また、戦略と戦術を、その目的と内容によって明確に区別した。当時の西欧では革命と言って良く、現在の軍事学の源流の一つと言っていい本。
 よく比較される同時代の軍事学者ジョミニも「戦争概論」を書いているが、うちのなのはさんは、現実への対応に追われて目的を忘れがちな連中が嫌いなこともあって、目的を明確にし、その達成のための手段を体系的に論じた「戦争論」の方が好き。彼女の軍事理論のバイブルである。


<十八話>

「戦域管制」
……この単語でYAHOO検索したら、上位20件の半数以上が、マヴラヴ・オルタ絡みのページだったのには爆笑。実は正式な軍事用語じゃないのか? 
 管制官はオペレーターと訳される。つまり、戦場で、部隊が円滑に作戦行動が取れるように指示や情報を与える業務と解釈してよかろ。但し、自分より上位指揮権を持つ人間がいる場合は、指揮官の職権を冒さないよう、行動は情報提供のみに留まるんじゃないかと思う。十八話の出撃では、オーリス嬢が部隊長代行として、最上位指揮権をもっていたので指示と情報提供の双方を行なっても指揮系統の混乱などはなかった。
 ピンと来ない方は、マヴラヴ・オルタの涼宮遥中尉のお仕事を思い浮かべてください。
 ちなみにヘカントンケイレスがおこなうのも「戦域管制」と言える(これ重要)。ので、ヘカトンケイレスが指揮官に配備された前線では、指揮能力が跳ね上がり、部隊全体の戦闘力が引き上げられることになる。
 ※関連語:「戦術データ・リンク」(外伝六話登場)

「パッシブ・アクティブ」
……パッシブは、相手の出す音や電波などから相手の情報を取得し、アクティブはこちらから電波や音波などを発信して、反射して帰ってきた音や電波などから情報を取得する。レーダーや、船・潜水艦のソナーの種類として、聞いたことがある人は多いと思う。

「サーモグラフィ」
……物体は存在してるだけで赤外線を放射してるのだが、その赤外線を拾って、画像に映し出す技術。機械の精度によるが、理論的には絶対零度でない限り、物体は赤外線を出すので、探知方法としては最も優れてるんじゃないかと思う。でも、現在の地球の科学力では、長距離で精密な探知はできないっぽい。空気や水蒸気などで、赤外線は吸光・散乱・屈折してしまうので、困難なのだとか。また、探知機器に対し強力な赤外線を放射して詳細な情報取得を妨げる技術や、赤外線探知からの隠蔽性能(どれくらいのレベルか不明だが)を持つバラクーダ・ネット、といった対応策も実用化しているようだ。効果は不明だが。
 このSSでは、魔法技術の使用により、赤外線探知とその解析能力は極めて高いのだ、と設定して、衛星軌道から地上の監視が可能ということにしている。ちなみに、現在の光学偵察衛星の解像度は30cm以下らしいので、天照の赤外線探知の解像度もこれに準じるつもり。多分、使う機会はないが。

「対魔力波ステルス」
……ステルスというのは、発見されないための技術。現代地球ではレーダーに映らない技術の意味が強いが、実は決してそれだけではない。ちなみに、レーダーというのは、発信した電磁波の反射を受信するか相手の発信してる電磁波を受信して情報を得る(「パッシブ・アクティブ」の項参照)ので、ステルスには、表面に細かな凹凸を入れて電磁波を乱反射させたり、電磁波を吸収するような素材を使ったりするのが基本。
 リリカル世界での魔力サーチって、つまりは魔力波でレーダーみたいなことをすんだろー、と思ったので、対抗策として対魔力波のステルスも研究されてるだろうと推測した。でも、現実のステルスも、破る方法はいろいろ考えられてるし実践もされてるので、魔力波ステルスもいろいろと、サーチ技術とのイタチごっこをしてると思う。


<外伝2>

「デブリーフィング」
……非常にしばしば「デブリ」と略称される。語源から意味が変化して、通常は、任務や作戦後の報告・会議、を指す。ちなみに作戦前の会議は「ブリーフィング」。最近は、一般企業でも仕事後の打ち合わせを、デブリと呼んだりすることがあるらしい。

「先任」
……「先」にその「任」に就いた人。つまりは先輩。「任」は階級を指す。同階級なら、先任の方が上位指揮権をもつのが慣習。


<外伝6>

「戦術データ・リンク」
……軍隊の作戦行動に用いられる情報を、伝達・配信・共有するための、データ通信システムの総称。情報交換装置又は情報共有化機器又は通信情報機器(ターミナル)と言われる端末と、その通信仕様(プロトコル)から成る。音声データ、位置情報、光学画像、赤外線画像、レーダー画像、目標情報、自機データ等を一括して送受信できる。
 これにより、作戦参加の全将兵間で情報の共有化が容易になり、使用する組織においては効率的な指揮管理能力が得られる。
 磐長媛命と各ヘカトンケイレスの相互情報のやりとり、及びヘカトンケイレス使用者と部下各員の情報のやりとりは、これの一種といえなくもない。もっとも、特に念話でのやりとりでは、原作のレベルだと情報の数値化がなく主観交じりになって客観性が低いので、劣化コピーの域をでないだろうけど。
 なのはが、全武装隊と陸士隊に対し、行き交う情報を、一局員まで共有化しやすいように、通信・念話のマニュアルの改善(内容の数値化・同一規格化など)・作成とその採用を働きかけたお陰で、別組織である空・陸間での情報伝達がスムーズになり且つ連絡内容の曖昧さでの勘違いなどが避けられるようになり、連携行動の精度が上がった。しかし現状、特に前線では念話が中心なために、主観交じりの情報交換になりがちなのは、改善点として、なのはの心のメモに書き留められている。多分、そのうち、改善策が描写される。と思う。

「エア・ランド・バトル方式」
……意味としては、和訳のまんま。空軍と陸軍を統合運用して戦う戦争方式のこと。細かく言えば、空軍が敵の拠点、指揮所・通信所・補給所・橋梁・戦闘車両などを一斉にピン・ポイント攻撃、戦闘力の基幹の破壊と攪乱を行い。次いで、陸軍の戦車・自動車化歩兵の諸兵科連合部隊が、敵の陣地に突撃、制圧する。原作では出てこなかったが、空戦魔導師と陸戦魔導師が連携して作戦行動をとるなら、これに近いものになるだろうと考えたりする。
 現代戦では、爆撃に代わってミサイル攻撃が、破壊対象に工場や政府施設などが加わる。イラク戦争が一つの例。


<第二十二話>

「部隊の輸送隊」
……軍事用語でない気もするが一応。ヴァイスの兄貴が所属してるのが、ロングアーチ内の輸送隊(漫画版より)。二十一話本文の一覧に「輸送隊」が書いてないのは、隊長の名前がわからなかったから。アイナさんとか食堂のおばちゃんとか総務とかその他独立部隊にないとおかしいような部署名が書いてないのも、同じ理由です。お見逃しあれ。

「デフコン」
……Defense Readiness Conditionの略。元は、戦争の準備態勢を5段階に分けたアメリカ国防総省の規定を指すらしいが、いまではだいぶ定義がばらついている様子。このSSでは、「出動準備態勢」の意味で使っている。デフコン1は緊急出動態勢ということでよろしく。日本では、1がもっとも警戒レベルが低いらしいが気にしない。アメリカでは、逆に1が最高度警戒態勢らしいし。

「アラート」
……警報のこと。まんまである。空自では「警戒待機」の意味もあるらしいが、このSSでは警報で通す。サイレンが鳴ったり赤色灯が点灯したり放送がかかったりして、緊急事態を知らせる。ちなみに、デフコンのレベルによって、アラート音の鳴り方・点灯機の光り方も変わるという脳内設定。多分描写することはないだろうが。

「走査」
……測定対象を針や電子線のような細いもので一次元的になぞったり、照射する電磁波の周波数を連続的に変えたりするなどし、それに伴い対象物の情報を得ること(Wikipedia)。要は、探索・調査方法の一つ、くらいの意味で理解しとけばいーだろーと思ふ。
 空中から地上に向けてこれをやれば、地上にあるモノの形や大きさはかなりの精度で把握できるので、索敵や危険物などの発見に役立つ、だろう。

「Yes,Ma'am」
……英語を使う国の陸空軍では、階級+名前以外の呼び方では、男性の上位者には「Sir」、女性の上位者には「Ma'am」が一般的らしい。海軍では女性にもSirを用いる事例もあるとか。Ma'amは、Madamの略。Madamって、「奥さん」のイメージが強かったんだけど、改めて調べたら、「ご婦人、奥様、お嬢さん」の意味で、女性全般に対する丁寧な呼びかけでした。
※2/23以前の内容は完全な誤りであり、tackさんの指摘により全面書き換えしました。ご指摘ありがとうございます。

「原隊」
……元々所属していた部隊。出向してきた人なんかの出向元を指すのに使われることが多い。原作で言えば、六課合流後のギンガが、「私の原隊は陸士108大隊です」とか言う感じ。


<幕間1>

「戦場に立ったときには、既に勝敗が決まっている」
……誰の言葉か忘れた。多分、自由惑星同盟の楊文李ではなかったかと思うが、彼がさらに実在叉は架空の人物の言葉を引用していた可能性は否定できない。でも、戦術的勝利で戦略的優位を覆すのは、不可能と言えなくとも非常に困難なのは、クラウゼヴィッツ以来の定説なので、間違った言葉ではないと思う。ちなみに、不可能と断言しなかったのは、ベトナム戦争という実例があるため。
 3/12追記:坂の上様より、大元の原典は孫子の兵法書形篇「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦い、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む」ではないかとのご指摘をいただきましたので追記します。ありがとうございます。

「準備八割」
……別に軍事用語ではないが、その一環として出てきたので一応。言い方はいろいろあって、どれが正式なのか、誰がいいはじめたのかは知らない。普通は仕事の分野で使われる。例:会議に割く労力は、準備に八割、会議に二割。「労力」「会議」「準備」を別の言葉に入れ替えた、似た意味の言葉を聞いたことのある人は多いはず。ちなみに、7:3という話は聞いたことはあるが、9:1の割合は聞いたことがない。なんで8:2なんだろ。語呂か?
 3/12追記:坂の上様より、「8対2はパレートの法則と、その応用や誤用が広まったものと考えられています。9対1はスタージョンの法則があります」とのご指摘をいただきましたので追記します。ありがとうございます。

「コンバット・プルーフ」
……戦闘証明。実戦で使って、確かに使えますね、壊れませんね、一応効果もありますね、と確認すること。武器・装備・戦術等の分野で、新しいモノが出てくれば、これを行なうことが要求されるのが普通(だと思う)。マヴラヴ・オルタのSSで、衛士からXM3が懐疑的な目で見られるパターンが多いのは、これが行なわれてないのがパターンの大抵を占めてると思う。
 まあ、戦場で、地面に落としただけで銃が使えなくなったり、雨に濡れただけで飛行機が飛ばなくなったりしたら、シャレにならないので、これが重視されるのはよく判る。


<二十三話>

「機動部隊が攻勢防御でなく、拠点にしばりつけられての防衛戦に引きずり込まれる」
……機動部隊というのは、地球では、機動力を生かして、電撃的に敵を制圧したり、味方の崩れかかったところを素早く支えたりする。防衛戦にしても、積極的に打って出て、敵の侵攻自体を潰す攻勢防御に使われやすい。ともかく、機動力が最大の武器なのである。
 そんな部隊が足を止めての防衛戦なぞ、クシャナ殿下の言葉を借りれば「拠点防衛にはもっとも不向きな兵種をむざむざと……!」ということになる。ちなみに漫画版。何巻かは忘れた。
 ともかく、守らなければいけない場所が決められて、しかもこちらから仕掛けられないとなると、機動部隊の最大の武器である機動力は、封じられたも同然である。なのはさんは、スカリエッティがわざわざ仕掛けてくる以上、その程度の状況をつくりだしてくるだろうと、自分の軍事的常識に照らし合わせ、その状況の現出を前提として考えた。はっきり言って、買いかぶりじゃないかと思う。
 もっとも、六課の人員を考えれば、機動力が最大の武器というのはアレだが、想定される部隊運用方針やその規模・錬度を考えると、拠点防衛に不向きであるのは間違いない。今更ながら、原作で六課が、アグスタの警備に狩り出された経緯が謎である。AMF対応の専門家っつっても、ガジェットが出た時点で出動しても構わんだろ、機動部隊なんだし。やっぱ、嫌がらせか?

「ジャミング」
……通信やレーダーを妨害する行為。
 この回のように、通信を妨害するなら、その通信が使う周波数帯域に、ノイズ=無意味な電波(念話の場合は、魔力波だろうか)を、正規の通信より強い出力で流すのが一般的だが、その周波数帯域がわからなければ、可能な範囲の全周波数帯域に対し、ノイズを流しまくることもあるらしい。凄い無駄が多い上に、自軍も困ると思うんだが、ホントの話なんだろうか。
 もちろん、高出力になればなるほど、発信する周波数帯域が広くなればなるほど、ジャミング波を発信する機械の発するエネルギーは大きくなり、機械は見つけられやすくなる。無駄に強力な機械を使うのは逆効果なのである。その辺をつい忘れて機能の向上のみにこだわってしまうのは、技術者がけっこうやるポカ。詳しい説明はしてないが、スカリエッティも今話では見事に、やらかしてくれたようだ。
 ちなみに、A'sでシャマルさんが、念話も電波も赤外線も完全に遮断する魔法(結界?)を展開していたが、それを使ったらガジェットの操作ができんだろう、ということで、このSSでは、類似の魔法は使用されないだろう。

「状況、マニュアルのC「隊舎襲撃」のケース3」
……原作では描写がなかったが、仮にも治安活動と軍事活動をおこなう陸士部隊が、隊舎が襲撃されるような事態を含んだ状況想定マニュアルを作成・訓練していないとは考えにくい。まあ、もししてなかったとしても、うちのなのはさんなら、プロジェクトのときの情報収集で把握して、即作成させるだろうけど。捜査対象が、武装した多数の兵器群と関連が深い六課なら、なおさらである。
 ちなみに、適当に考えついた状況をあげれば、Aが攻勢出動、Bが守勢出動、Cが隊舎襲撃、Dが近隣部隊襲撃、Eが本部襲撃、Xが緊急非常事態(次元災害発生とか本局襲撃とか)といったところか。……蛇足だが、Cのケース3は、「電子的分野での隊舎襲撃」である。前後の文脈で想像つくと思うが、一応。


<二十四話>

「戦訓検討会」
……戦訓とは、実際におこなわれた戦闘から得られる教訓、と考えてそれほど間違いではない。戦訓検討会は、その戦訓を見つけ出すための、反省会にして意見交換会。
 戦闘開始のタイミング、戦闘場所の選択、戦闘前の準備(装備などの出来を含む)、戦闘中の各員の行動、連携の状態、攻撃の有効性、防御の有効性、敵方の情報分析、今後ありうる戦闘の予測とそのための準備案 etc.etc。ともかく、行なわれた戦闘に関するありとあらゆることが俎上に上がり、良い点悪い点、改善すべき点とその優先順位、改善までの応急的対応などが話し合われ、決定される。司会がしっかりしてないと、多分何時間かかっても終わらないんじゃなかろうか。

「警告と逮捕宣告」
……軍事用語ではないが一応。実は、これで名前は正しいのか、ちょっとびくびくな作者。
 日本の警察では、現行犯逮捕のとき、逮捕日時と罪状名を宣言するのだとか。というか、しなければならないと法律で定められている。
 警告は原作から。一応、武装解除とか投降の警告を、無印ではやってましたし。ただ、問答無用の襲撃者にそれをしなければならないのかと言うと、うーん、どうなんでしょ。フェイト、なのはを襲ったヴィータやシグナムにしてたっけ? まあ、そんな場合でも警告しなければならないなんて法律で定められてたら、かなり現場の手足を縛るとは思うけど。交戦宣言(エンゲージ)くらいはしたほうがいい気もする。相手、というか指揮官か指令所に。原作ではなかったように思うけど。今話では、戦闘開始前に場面を切ったので描写はなかったが、今後、機会があれば、やらせるかも。つか、けっこうそれやるゲームとか小説ってありますよね?

「ベレッタM8357 INOX」
……ベレッタ社のM92FSは、米軍の制式拳銃に採用されるほど高い性能と耐久性、信頼性をもっており、映画や漫画などでもよく使われる(「ブラック・ラグーン」のレヴィとか)。その会社が製造したセミ・オート式軍用拳銃。「より大口径の弾丸を発射できるコンパクトな拳銃」という開発コンセプトの、いわゆる「クーガー」シリーズの1つ。全長180mm、装弾数11発。
 なのは使用のデバイスは、弾丸の代わりにカートリッジが装填され、引金を引くとカートリッジの魔力が解放され、その全てが魔力弾の推力に使われる機構になっている。(20話参照) 銃身内に刻まれた魔法陣により魔力弾が生成されるため、原作のティアナのように、銃口前に魔法陣が浮かび上がることは、特殊な魔法行使時以外ない。
 「INOX」とはステンレスモデルのこと。写真で見たが、鈍い銀色の輝きと要所を引き締める黒が綺麗だった。M8357だとヒット数が少ないので、同型であるM8000で検索してモデルガンででも写真を見るのをお勧めしたい。キリッとした顔の目付きの鋭いなのはさんが、それを持ってる場面を妄想すると、別にガンオタでない作者も「カッコいいかも」とか思ってしまう。


<二十五話>

「特例昇格」
……昇任は階級が上がること。昇格は、階級はそのままで責任だけ増えること。普通は、試験に合格することで昇格するが、何らかの必要がある或いは、特殊な能力を持っていると見なされる場合、特例として無試験で昇格できることがある。前者は、原作の教官試験や指揮官試験、後者は、自衛隊のレンジャー過程修了者や救命技能保持者など。
 普通の軍隊や公務員では、内規に特例昇格の条件が明記されているので、今話のように、適当に理由付けして、特例昇格をあてはめるというのは無理。ので、管理局の内規がどうだか不明だが、なのはさんは何らかの理由捏造でのごり押しか規則の抜け穴使用をするつもりだろう。もっとも、一般の会社などでは、リーダー格が足りない時など、部門長級の判断のみで特例昇格を行なう場合もあるので、断定はできない。
 ここでのティアナに適用するなら、「班」の指揮官資格を特例で与えるということになるだろう。

「陸曹待遇」
……例えば、准尉は下士官だが、士官待遇とされる。つまり、身分は下士官だが、責任は士官並という地位。旧日本陸軍には伍長勤務上等兵という扱いもあったとか。ので、二士の身分のまま下士官の役目につかせるには、下士官の最下級である「曹」の待遇を与えることになるかな、と考えてこのような表現を使った。作者の創作である。
 特例昇格で班指揮官資格を与えることに、身分的裏づけをするための処置といえる。

「班長」
……一般の軍組織では、4~6名からなる集団が班。班長(班指揮官)は、伍長(陸曹/空曹)か一等兵(一士)。原作では、なのはが教導隊第5班所属、として班という名称がでてきたので、管理局の「班」やその階級は特殊と思われるが、このSSでは、教導隊以外の一般部隊は通常の軍組織に準じるものとした。

「部下の管理不行き届きにつき、戒告処分。始末書を提出しろ」
……感想でもつっこみを頂いたが、実戦で部下が誤射未遂をやらかし、その戦闘の戦訓検討会で注意するよう釘を刺されたにも関わらず、その部下の暴走を止められなかった管理者に対して適切な処分かと言われれば、自信を持って頷くことはできない。
 原作では、このSSのハヤテの位置にいるなのはさんに、処罰が与えられた描写は無かった。ただ、このSSでも誤射未遂をおこしたティアナへの処分の描写は省いているし、原作でもティアナ及びなのはさんへの処分の描写を省略した可能性は否定できない。
描写してくれたら、どのくらいの処分が管理局で妥当なのか判断材料になったので、SSを書く身としては残念なことである。
 ちなみに、ここでの処罰の判断基準としては、①一連の行為はあくまで訓練の一環として扱う②ティアナの暴走への指導の権限は、武装隊の教官担当が持っている③訓練で病室に運ばれることになっても、指導者・被指導者ともに処罰の対象ではない④但し、全体の流れを見るに、事前に釘を刺されていたにも関わらず、管理職は適切な管理を行なえていなかったと判断する⑤以上により、管理職に口頭で注意を促し、再発防止のため、今回の反省と今後の対策を検討させ書面で提出させる。
という感じ。
 時空管理局の軍規やその運用の情報がまったくないため、完全な想像で組み立てられている。地球の軍隊や警察の内規やその運用についても、現実的な資料が見つけられなかったため、参考にはしていない。


<幕間4>

「主任」
……原作で、シャーリー1等陸士が六課の技術主任、漫画版でラッド・カルタス二尉が108大隊(ゲンヤさんとこ)の捜査主任。
 ここからわかるように、階級ではなく、役職である。日本の会社で考えると、係長の下、班長の上、くらいかな? まあ、現場の取りまとめ役くらいで考えていいんじゃないかと思ふ。
 ティアナは班長なので主任クラスというと語弊があるが、現場の取りまとめ役、という意味では合っているので、フェイトさんは情報開示の対象と判断した。でも普通、そういう判断や話は直属の上司がやるもんじゃないかな? 作者の偏見のせいで、執務官は命令系統とか部署意識とかに鈍いことになってる。だって、仕事的にめちゃくちゃ組織横断系じゃん。鈍くなると思うよ。皺寄せを食ったフェイトさんがちょっと可哀想。(でも書き直したりはしない)


<幕間5>

「反応炸裂効果」
……軍事関連と言っていいものかどうか。Nanoha wiki で、射撃魔法「ストレイトバスター」がこの効果を持っており、一撃で10数体のガジェットを破壊した、という解説があったので、空間制圧系の武器である迫撃砲の砲弾に適した効果だと思って採用した。ただし、Yahooでは”反応炸裂”という言葉は、なのは関係以外でのHITはなかった。造語の可能性が高く、効果や原理も不明。描写の必要があればオリ設定の出番である。
 たまたまこの記述を見つけるまでは、圧縮されていた魔力を解放することによるエネルギー爆発とその衝撃波で制圧する設定だった。

「.357sig弾」
……自動拳銃用マグナム弾というべき、シグ社製の弾丸。(マグナム弾の説明はいいですよね? いるようなら言ってください) 発射時の保持エネルギーは、約98kgm。1kgのものが、地上10mから落ちてきて地面に激突したときの衝撃に相当する。
 ちなみに、357マグナム弾で約7.6m、44マグナム弾で約10.2m、もっとも一般的な自動拳銃用弾丸である9mm弾なら、4.8mの高さから、1kgのものが落ちて来たときの力に相当。
※弱くない?と思った人。対象に当るとき、その力は全て弾頭にかかるわけです。9mm弾なら直径9mmの円の広さに。厳密には弾頭は丸くなってるから違うけど、大雑把には。1円玉(直径20mm)の半分以下の広さへ、2階建ての屋根から落ちて来た1kgの衝撃が(汗)。
 形状が、ライフル弾のように先端に向かって傾斜し尖っているので、貫通力は高い。なのはは、弾丸のなかで最も高硬度とされる銀製の弾丸を使用しているのでなおさら。
 ちなみに、使用する拳銃によっては、初速は423m/sに達するというデータがあった。

「炸裂弾」
……炸裂火薬を充填し信管を備えた弾頭をもつ弾丸。ここでは着発SQ式信管(着弾から0.0001~0.001秒で激発するタイプ)を使用、対象の体内に侵入して爆発する。英語の頭文字をとって、HE弾と表記されることもある。ちなみに、これの大砲用の弾が榴弾。

「銀弾頭仕様」
……退魔としての銀は、西洋由来のものが有名だが、中国のミャオ族の風習やインド由来の密教の一部でも、魔除けとして銀を用いている。陰陽術関係では、五行の一つ、金(こん)を表す色として銀が用いられることがある。(ちなみに、金の方位は西、一般にあてはまる色は白、全てを改革して収束する力の象徴) これは、古来は、銀を「しろがね」と呼び、白を表す金属としていたことが関わりがあるんではないかと思うが、調べきれなかった。
 また、現代日本では、かなり広い範囲で「退魔としての銀」が認識されており、西洋由来以外の人外相手でも呪によって類感呪術(第4話後書き参照)を成立させ、ダメージを与えることが可能だと思われる。また、銀が「無垢」「純粋」を示すという認識もかなりの共有が見られることから、術の媒介として用いることも可能と考えられる。
 これらを踏まえ、なのはの前世では、銃の弾丸に銀を用いることが多かったという設定。
 ちなみに、Wikipediaによれば、銀の弾丸は高価だが高硬度であるため、実用的な意味でも最高級の弾丸であるという。アクセでは純銀って、柔らかいので傷つきやすい、って注意されるんだが、その辺、どうなんだろ。

「コンバットナイフ」
……俗称であって、正式なナイフの種類を示す言葉ではないようである。あえて言えば、戦闘用のナイフは全てコンバットナイフ叉はファイティングナイフと呼ばれる。
 格闘戦を想定し、鞘(シースと呼ぶ)付きで堅牢なタイプが多い。大きさは一概には言えないが、調べた限りだと、全長30~40cm、刃渡り18~25cm程度のものが中心のよう。なのはさんは、軍用に製造された全長約32cm、刃渡り約19cm(肉厚5mm)で、ハイカーボンスチール製の刃にポリマー樹脂のグリップを付け、全体にブラックコーティング(艶消しの黒色で、摩擦係数を下げ、耐久性を増す特殊な塗料らしい)を施した鍔の無いシロモノを愛用している。ちなみに‘スペシャルフォース’の名で(多分模型だが)売られている実在のナイフである。
 術を使う補助にはあまり向いていないが、そもそも術と相性がいいような刀剣のたぐいは少ないし、普通の刀剣を浄める技術も、なのはは高くないため、そちら方面での刃物は標以外にはない。前世の彼女の能力的に、怪異との刃物での近接戦はきつかったということもある。(おかげで、代わりに銃を使ったりして、白眼視されたわけだが。)

「ケブラー」
……防弾用繊維の定番。多分みなさん、どこかで目にしたり、名前を聞いたことが一度くらいはあるんじゃなかろうか。正確には、ポリアミド系樹脂ポリパラフェニレンテレフタルアミドの、デュポン社の登録商標名である。OSと言えばウィンドウズってことで、ウィンドウズをOS一般を指す単語と思い込んでしまうようなもんである。ちなみに「vu」が正しい発音で「pu」はよくある誤記なのだそうな。(Wikipediaより)
 実際のところ、すべてケブラーで編んだ衣服でも、防弾性能はそれほど高くないらしい。拳銃弾は防げるが、それ以外の銃弾はダメだとか。ナイフとか刃物系の武器にも弱いらしい。ついでに樹脂で固めないと紫外線ですぐ劣化するので、ごわごわするわ通気性はないわ、着心地はさぞや悪いだろう。
 なのはさんも、0.01%でも生存率が上がるなら、って感じで前世から使ってる程度で、邪魔と思えば躊躇なく捨てるし、これ以外の材料や特殊処理(呪的なもの含む)をしたものを着ることも多かった、という裏設定あり。


<二十七話>

「C4ISR」
……外伝2の本文で出てきたが一応。「C3Iってのは、指揮官が作戦を指揮統制するための情報伝達・処理のシステムだ。指揮(Command)、統制(Control)、通信(Communication)、インテリジェンス(Intelligence)の頭文字をとってそう呼ばれてる。地上本部ビルなんかでは、コンピュータ(Computers)、監視(Surveilance)、偵察(Reconnaissance)を加えて、C4ISRなんて呼ばれるシステムが出来てる。なんか小難しそうな内容だが、要は、①部隊への指揮伝達と統制系統の確立②情報の収集手段・集約系統の確立③それらを迅速・確実に実施できる通信・情報処理システムの確立、ってことだ」 以上、外伝2の該当部から。Nanoha wiki によれば、地上本部がC4ISRを備えていたのはホントらしい。クアットロにあっさり落とされたが。


<幕間6>

「CQB」
……近接距離(約25m以内)での軍隊式戦闘技術。Close Quarters Battle の頭文字から取られている。徒手格闘、短剣格闘、銃剣格闘、直接照準射撃を総合的に組み合わせた戦闘技術。なのはの場合、前世の絡みで、これに術具や呪術、呪符の使用が混ざる。また、徒手格闘技術も日本古来の武術の影響が色濃い。実際のCQBで、合気道がとりいれられてるかは知らない作者である。
 ちなみによく似た言葉にCQC(Close Quarters Combat)というのがあり、相手と身体が触れ合うくらいの距離での軍隊式戦闘技術を指す。銃剣術や徒手格闘、ナイフや打撃武器、紐などありあわせの道具を利用した技術に重点が置かれる。
 ちなみに、CQCの交戦距離での戦闘を「近接戦闘」と呼ぶため、このSSでも同様にしており、CQBの交戦距離は「接近」と表記している。細かい話だが、まあ、理解しといてもらえると、戦闘時のイメージがつかみやすいかと。

「指先のカメラ・アイ」
……セインの固有兵装(つまりは彼女専用にスカさんが開発した装備)で、ペリスコープ・アイという名がある。両手の人差し指の先についていて、普通の目と変わらない機能と、電子錠・魔力錠を開錠する信号を発信できる。
 ちなみに、ナンバーズのほとんどはISとは別に固有兵装をもっているが、全部書くと「一覧」が「詳細」になってしまうので、まあ、描写の機会も少ないしいーだろ、ってことで、「ナンバーズ一覧」には載せていなかったりする。

「シャット・ゲージ」
……作者の創作魔法。簡単な説明にまとめられなかったので、本文中での説明をあきらめ、こちらに。
 大元は、A'sで猫姉妹がなのはたちを閉じ込めた四角錐の結界「クリスタル・ゲージ」である。ヴィータとの模擬戦で何度かアイゼンゲホイル(閃光と大音響を発する魔法)を食らい、任務で質量兵器の爆発や閃光・大音響が、意外に効果があることに気づいたなのはがハヤテに相談し、共同、というより、ほとんどハヤテと教会技術陣とで改良した魔法。すでに原型は、その形状と音の遮断効果がある、ということくらいしかとどめていない。
 設定としては、結界障壁を二重にし、その間を真空にして音を遮断。内側の障壁を分厚くし組成を弄ることで光が屈折・乱反射して結界外部に漏れないようにしてあるって感じ。強度的には、注いだ魔力に応じて、障壁の組成の密度や分厚さを増し、なのはがその気で魔力を注げば、並みの榴弾や爆発物の爆圧ではびくともしない。その分、大きさを削ったので元の魔法に比べて非常に小さく、人の膝を越える程度の高さしかない。術式の強度は増したが。爆発物の着弾位置とタイミングにあわせて発動させなければならないので、使いこなすのは地味に高難度である。
 名前の由来は、元の魔法名の後ろ半分と、「遮断」を意味する英語の組み合わせ。実は、もっといい原型になりそうな結界が原作でないか探したが、見つからなかったので妥協した経緯がある。だって、「クリスタル」ってねえ……強度上げるのにハヤテ達、相当苦労したと思う。うん、ごめん。

「徹甲弾」
……弾丸の芯にタングステンなどの高硬度の材料を使用、貫通力を上げた弾丸。英語の頭文字をとって「AP弾」とも表記される。
 クーガーの放つ魔力弾が「フェイク」と冠しているのは、硬度で貫くのではなく、速度で貫く方向性をとっているから。まあ、魔力をどれくらい圧縮したら、どれくらいの強度になるのか、わからんしね。でも設定上は、それなりに圧縮して強度をあげてることになってる。気になる人は、19話の、クーガー初登場の場面でマリーさんが語ってるので、確認してみてください。


<29話>

「魔道師の「ノーブリス・オブリージュ」」
……作者の創作。「力あるものは、その力に応じて高貴なる義務を果たすべきだ」という思想は、力を持つ者への特別視や特別扱いとしばしば一体化して現れる考え方なので、魔法が社会の中心になっている世界ではありうる考えだと思った。ちなみに、こういうタイプは悪い人ではないんだが、「力ない存在」と決めた相手をナチュラルに差別的に扱うので、反感は買いやすい。


「魔力を意識して体内に留めて全身に回すようにして、魔法発動の準備」
……オリ設定。原作での、対AMF戦の手法の一つ、体内で魔力を生成、近接で魔法を叩き込む、その準備。ところで、ほかのSSでもこのSSでも、けっこう魔法での肉体強化ってやってるけど、公式じゃないよね? 多分、元はfateだと思うけど。
 まあ、魔力で骨格と筋繊維を覆うだけで、けっこう強化になるんじゃないかと思うので、気にせず使わせてるけど。


「動作の「起こり」」
……武道なんかで言われる言葉。動作をおこすための重心移動やそのための足や腰、上半身の動き。またはその予兆。目線や気配などにも出るらしいが、そっちはよくわからない。ちなみに、「起こり」が読めてもそのあとに飛んで来る攻撃に反応できるかは別の話である。
 そういう意味では、起こりの直前に攻撃できたなのはさんの身体能力と観察力はきわめて高い。……10年荒事専門の仕事してれば、そうにもなるか。ちなみに「起こり」の直前とは、「起こり」を生じさせるための筋肉や気配の緊張、動き始めるための反動をつける微かな動き、などで、それなりの腕の持ち主から見れば、素人やそれに毛が生えた程度の相手はけっこう見抜けるという話である。


<30話>


「ダブルタップ」
……2発連続で同一箇所に銃弾を撃ちこむこと。確実に止めを刺す技術。

「スタームルガー・ス-パー・レッドホーク」
……アメリカのスタームルガー社(ドイツのルガー社も有名だが、それとは別会社)が開発したリボルバー。高威力の弾丸発射用に開発された拳銃「レッドホーク」のスーパー版。よって、使用想定弾丸の威力とか銃の頑丈さとかは、推して知るべし。45コルト、.44マグナム、.454カスールに対応した各モデルがある。
 全長330mm、重量約1.5kg、装弾数6発。銃身にライフリング(銃身内部に刻む螺旋)を刻んで命中精度を上げている。

「デザートイーグル」
……市場流通している拳銃用弾丸のなかでは最大である.50AE弾に対応した仕様があり、かつ銃本体も巨大で無骨な外観をしていることから、最強拳銃の名が高い。.50AE弾対応仕様で、全長269mm、全高149mm、重量2053g。しかし、発射時の弾丸の保持エネルギーだけでみると、.454カスール弾を下回る(無論、銃にもよる)。いろんな要素が絡むので、対象への破壊力で言えばどうかわからんが。
 「女子供どころか、鍛えてない成人男性でも、撃てば骨や筋を痛める」「銃の構造が優れているので衝撃は吸収され、子供でも扱える」と2つの情報があって、どっちが正しいかは判らなかった。まあ、重量と四角に近くて隠しにくい形状的に、うちのなのはさんが携帯するには向かないと判断。
 ちなみに「ネギま」の龍宮隊長の愛銃だそうな。こいつを二丁同時に操る隊長は凄え。

「.454カスール弾」
……拳銃用の弾丸のなかで、カタログスペック的には、最高クラスの破壊力をもつ弾丸。コイツをまともに扱うのは、専用銃使っても訓練してない成人男性では無理だろうと思う。だって、内蔵する火薬の爆発が叩き出す弾丸の初速は、580m/s超えるんですよ? 
 ちなみに、発射時の保持エネルギーは約260kgm。1kgを約26.5mの高さから落とした衝撃。多分、一発当れば、人間の手足くらいはふっとばす。ちなみに、一時期最強と騒がれた.44マグナム弾で、約102kgmの保持エネルギー。その倍を超える破壊力ってどんなよ? まあ、フィクションだし身体強化してるし、いっか、ということで。でも、撃ったら手がしびれる描写を入れるあたり、チキンな作者。
 アーカードの拳銃「ジャッカル」は、この弾丸専用(コミック2巻)。この弾丸の高破壊力がよくわかる逸話である。

「ホローポイント」
……弾頭が凹レンズのように窪んでいる弾丸(普通の弾丸は半球形)。命中すると先端が変形し、弾丸の持つ運動エネルギーを効率よく目標に伝える。貫通力より破壊力に重点をおいた弾丸。
 .357sig弾で機人たちのボディを貫通できなかった場合を考えて、.454カスール弾とスーパーレッドホークを持ってきていたなのはさんは、.357sigで突破できないような防御なら、それを貫通することに力を入れるより、防御の上からの衝撃で内部にダメージを与えるほうが有効と考えて、カスール弾をこの仕様にしていた。


<幕間8>

「L90と呼ばれる自走高射機関砲」
……詳細は本文にあるとおり。書かれてない部分を付け足すと、砲身長は3150mm、口径35mm。スイスのエリコン社製で、「KDA35mm高射機関砲」とも呼ばれる。自衛隊の調達は81年度で終了し、後継の93式近SAM(地対空ミサイル)の配備が進み、逐次退役している。つまり、安い中古品を入手しやすい状態にあった、とか考えてみた。あと、車両が展開した状態の写真がweb上にあったのも大きい。正直、文字だけだと使ってる様子がピンとこなかったから。



[4464] 歴史的補講
Name: かんかんかん◆70e5cdb8 ID:ab2e32af
Date: 2010/08/07 22:13
      
















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                      高町なのは

    歴史に名高い「魔王の挑戦」の立役者にして、その俗称の由来。
  その魔力量と手段を選ばない戦術、敵対者の殲滅を第一とする戦いぶり
   から、10歳になる頃には「魔王」の二つ名が定着していた、と言われる。
   また、上官侮辱、命令違反等での処分も少なくなく、社会・組織への不適合
   性が高い性質だったと見られている。
    後代の研究で、クーデターの前段階における、恣意的な情報操作や種々の
   手回しの痕跡が見つかっており、自作自演のクーデターであった疑いが濃い。
   ただし、クーデター前後に、聖王教会並びに各次元世界からの政治的支援が
   異常にスムーズに行なわれており、彼女の年齢から考えても、彼女は実行の
   駒に過ぎず、次元世界内の複数の世界政府が共謀して、時空管理局の廃止と
   次元世界連盟の設立を計画実行したとの見方が一般的。
    20代半ばで時空保安局を退局し、1民間魔道師として、次元世界各地を
   放浪。各地で数々の逸話を残す。真偽定かならぬ伝承も多いが、「夜明けの
   魔王」の二つ名とともに、数々の逸話は、次元世界中の人々の口に膾炙して
   いる。

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                     レジアス・ゲイズ

    「魔王の挑戦」における高町なのはの最大の支援者、そしてあるいは真の
   主役だったのではないかと目される人物。
    クーデターで混乱状態にあった時空管理局を手際よくとりまとめた手腕、
   管理局上層部が軒並み背任の容疑を受けていた時期に、告発者側にあった最
   高位の人物で、且つ従前から時空管理局の改革派領袖であったことなどから、
   時空管理局の代表として、聖王協会の主導する各世界と交渉、時空保安局の
   設立を実現した。
    その後、時空保安局統合幕僚会議初代議長に就任。創立直後の混乱や数度
   発生した反乱騒ぎを、大過なくおさめたその手腕は、同時代人から高い評価
   を受け、当時の自己本位志向の強い各次元世界政府からさえ、極めて高い支持
   を得ていた。
    しかしながら、就任後10年を経ずして職を辞す。慰留の声に対し答えた「老人が
   若者の道を塞ぐべきではない」という言葉は、ある程度のまとめが終わって
   いた、時空管理局の組織上の欠陥の研究の結果とあいまって、時空保安局に
   定年制を導入するきっかけとなった。
    退局後はクラナガン郊外で一切の政治活動を慎み、静かに過ごしていたが、
   繰り返しの懇請に折れ、数年後、次元世界連盟治安委員会非常勤外部顧問の
   肩書きを受け入れ、以後、終生、次元世界の治安の維持向上に努めた。
    死後、時空保安局名誉局長位贈位。

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                  ジェイル・スカリエッティ 

    「魔王の挑戦」の立役者にして、その俗称の由来。史上屈指の犯罪者と
   して名高いが、「魔王の挑戦」における演説やその動機に対し、当時から
   同情の声はあり、悲劇の科学者として再評価する動きも何回か起こった。
    ただ、もっとも強く彼を弁護する者であっても、彼の狂気を否定することはない。
    数々の文学や演劇において、狂わざるをえなかった悲運の人、という役割
   を背負い、「人間」について、今も多くの人々に難問を投げかけている。

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                   ハヤテ・ヤガミ・グラシア

    時空管理局の解体と時空保安局の設立に、管理局の改革勢力と聖王教会の
   つなぎ役として関わり、大きな功績を上げた「最後の夜天の王」。
    時空保安局設立後は、多次元世界対策局に勤めて旧管理局と聖王教会、各
   世界政府派遣の人員の融和に力を尽くした。
    30才前で退局し、聖王教会に戻って古代ベルカ魔法の研究と復興に努め、
   古代ベルカ魔法再興の祖として、現在も崇敬を集めている。老境に入って、
   聖王教会枢機卿として次元世界連盟の運営に積極的に関与、最終的には連盟
   会議議長を、規定上限の3期に渡って務めた。3期の議長職選出は、現在に
   至るも彼女のみである。

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                 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン

    時空管理局の解体と時空保安局の設立に際して大きな役割を果たした、
   時空管理局遺物管理部機動六課の2名の係長職の1人。高町なのはや
   ハヤテ・ヤガミ・グラシアの、プロパガンダで増幅された名声に隠れて、
   一般にはあまり評価されていないが、2人に劣らぬ活躍をし、堅実に役目を
   果たした2人の盟友。
    時空保安局多次元世界対策局に、広域独立捜査官として長年奉職し、
   エースの名に恥じない成果をあげ続けた。時空管理局回帰派の、有形無形の
   妨害がなければ、おそらくはもっと大きな功績を残していただろうと推測さ
   れている。
    定年で退局したあとは、生体実験や違法生命研究の被害者の救済・更正の
   ための団体「アリシア」を設立した。その献身的行動と伝えられる人柄を
   慕い、彼女の墓には、いまも墓参の絶えることはない。

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                     オーリス・ゲイズ

    時空管理局の解体と時空保安局の設立に際して大きな役割を果たした、
   時空管理局遺物管理部機動六課の副隊長。
    目立つ功績こそないが、陰に日向に部隊長高町なのはを補佐し支えたこと
   が、各種研究から明らかになっている。高町なのはの功績とされていること
   の大部分は、実は彼女の業績であるとする説も根強い。
    レジアス・ゲイズの娘であり、高町なのはの腹心であったことから、草創
   期の時空保安局で大きな影響力を持っていたが、決して自らの職責を超える
   ふるまいをすることなく、定年で退局するまで公正無私の姿勢を貫いた。
    ベルカ第二聖王王統の祖ヴィヴィオの養母であったことでも知られるが、
   その立場を利用することもなく、控えめながら規律を重んじ、かつ情愛深い
   姿勢でヴィヴィオに接しつづけ、その人格形成と人生に大きな影響を与えた
   とされる。

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                    クロノ・ハラオウン

    時空管理局時代からその人格と能力への評価は高く、時空保安局設立後も
   旧体制への回帰をもくろむ各勢力を巧みに制御し、体制の安定に大きな功績
   を残した。
    時空保安局多次元対策局統合司令部付艦隊司令を皮切りに、統合司令部
   部長、多次元対策局次長、時空保安局統合幕僚会議付幕僚などの要職を歴任。
   時空管理局で本局の提督を務めていたという経歴がなければ、統合幕僚会議
   議長就任は確実だったと言われる。
    退局後は、次元世界連盟治安委員会に所属、次元世界の治安の維持向上に
   尽力し続けた。
    現在に至るまで続く時空保安局のハラオウン派の初代領袖であるが、当人
   は権力を持つことを嫌い、政治色の薄い役職を望みながら、時代と状況のた
   め、ついにその願いは果たされず、愚痴をこぼしながら職務をこなしていた
   という。
    フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの義兄であり、「ハラオウンは有能
   だが報われない」というジンクスを兄妹で確立した、としばしば揶揄される。
   同時代を描いた文芸作品や演劇などでは、不運な苦労性として描かれること
   が多い。

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                 チンク・スカリエッティ・ナカジマ

    「魔王の挑戦」の主役の1人であるジェイル・スカリエッティに製造され
   た機人、いわゆる「ナンバーズ」の1人。
    スカリエッティの指示のもと時空管理局に襲撃をかけ、「ゆりかごの最 
   期」においては、2対1ながら高町なのはと戦い、片腕を奪うほどの激闘を
   くりひろげた。
    事件後は更正し、時空保安局多次元世界対策局に所属。草創期の大きな
   問題の一つだった、戦闘機人技術の拡散防止と悪用の抑止に大きな功績を
   上げ、まだ偏見の多かった機人の保護と尊厳確立にも尽力した。
    「ナンバーズ」のうち、更正して時空保安局に協力した者たちのまとめ役
   であり、ナカジマ家の養子となった1人だが、ミドルネームに製造者スカリ
   エッティの名を保持しつづけた。そのために少なからぬ嫌がらせを受けたが、
   公私にわたり堂々たる態度を貫き、己の生まれも製造者スカリエッティに
   ついても何ら恥じることはない、と公言し、やがてはその誇り高い言動が、
   多くのシンパを生み、尊敬すら集めるようになる。ついには、聖王教会
   枢機卿カリム・グラシアの支援のもと、次元世界連盟に「生命倫理人権委員
   会」を設立させる主導者となり、機人やクローンの「つくられた生命の尊厳」
   を掲げ、社会的認知及び権利意識の確立のため、さまざまな活動を展開した。
    フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとともに、機人・クローンが社会に
   偏見なく受け入れられる土壌をつくったとして、今もその名声は高い。

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                    アリサ・バニングス

    現在の第188連盟世界「地球」の、次元世界連盟への加入に際し、大き
   な役割を果たした同世界出身の政治家にして経営学者。
    同世界の連盟加入後、世界代表として連盟会議議員となり、非魔法世界へ
   の偏見が色濃い中、さまざまな提議をおこない実行を主導し、転換期にあっ
   た次元世界の安定と発展に大きな役割を果たした。
    連盟会議にて要職を歴任、連盟会議議長も務めた。次元世界連盟草創期を
   代表する政治家の1人。
    彼女がいなければ、旧管理世界群と旧管理外世界群の政治的融和は、10年
   は遅れただろうと言われる。
    幼少期、高町なのはとクラスメートだったことがあり、終生秘書を務めた
   月村すずかとともに、高町なのはと個人的な親交があったのではないかという
   説があるが、証拠立てる資料は見つかっていない。  


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                   ティアナ・ランスター

    「ランスターの前にランスターなく、ランスターの後にランスターなし」の言葉
   で知られる、次元世界連盟体制草創期の英雄。
    時空保安局で重職を歴任、50歳を目前にして退局、政治家に転身。最終
   的には次元世界連盟会議議長を務め、退職後に次元世界連盟名誉顧問を贈位
   されるほどの活躍を示した。
    時空保安局時代から、犯罪への対症療法だけでなく、他組織や各次元世界
   政府との連携に力を入れて犯罪発生を根から絶つことに情熱を注ぎ、彼女が
   死の床についたときには、次元世界全域に、確固たる治安維持体制と、整備
   された社会環境が確立されていたという。旧暦時代から続いた次元世界の
   混乱の終わりを、彼女の没年とする意見もあるほどである。
    彼女の末期の言葉、「結局、越えられなかったか……契約をクリアできな
   かったのは悔しいけれど、誇らしくもあるわね」の解釈や“契約”の意味を
   めぐって、いまも学者達が議論を交わしている。
    しかし、この言葉がなにを意味するにせよ、彼女が新暦制定以降の歴史 
   で、1、2を争う英雄であることは、疑う余地はないだろう。
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■■後書き■■
 まことに残念ながら、UP予定していた後伝が、数ヶ月かけても文章化できなかったため、公開予定はなかった今話を代わりとして話を締めることにしました。後伝を楽しみにしていただいていた方、申し訳ありません。
 本作はこれで全編完結とさせていただきます。ありがとうございました。  

                                       作者 拝


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