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[43732] 虎よ!虎よ!!虎よ!!!
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/22 20:17
著作権は作者「ひねもす」が所有します。

転載のみは不許可です。
翻訳と紹介については各名義を明示されればOKです。
Twitter:hinemos_hinemos



[43732] File_1937-12-007A_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/21 22:26
File_1937-12-007A_hmos.

鬼が、きた。
みんな、ころされた。
なにもかも、うばわれた。
なにも、かもだ。

ガスをすいこんでから、こえが出ない。
足がもつれる。ふいに、くる。きょうも、きた。
だから、つかまった。
ききおぼえのある、こえがした。

鬼のことばで、しゃべってる。
鬼か。やつも、鬼だったのか。
10ねんくらいまえか。あのチビ。鬼だったのか。
女のようなこえだ。でも、ついてた。男のはずだ。

かわってねえ。としをとらないのか。なにものなんだ。
おれだ。わかるか。おれだよ。もがくが、こえが出ねえ。
いっちまいやがった。ちくしょう。
もがいてたら、うたれた。

あおいそら。しろいくも。あかい、あめ。
きれいだな。こんちくしょう。
むねがおどってる。あきらめろ。はやくらくにさせろ。
とまれよ。はやく。くるしいじゃねえか。とまれよ。と



[43732] File_1921-07-001B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/22 00:01
File_1921-07-001B_hmos.

気になる少年がいる。
漢口から帰国したばかりで、儂は和本に飢えていた。仕事帰りでも休日でも、いつも本屋へ寄る。
大陸や欧州の歴史文化地図写真、そういった資料を手に取れる店は限られている。
勤め先にはそれなりに、門外不出の一級史料が所蔵されているのだが、近代戦を論じるのに適切とは云えぬ。
室町幕府の偉大な将軍がいかに善政を敷いたかなどを今の今更論じるなど。時間の無駄だ。

我々が必要としているのは日清日露で得た戦訓を、如何に我々流に発展させていくかだ。
欧州大戦は終わった。
砲兵の進化はめざましく、戦術も、戦略も大きく変わった。
しかし我ら国軍はその実戦を経験していない。やっとその研究にとりかかれる準備が始まったばかりなのだ。
世界を征する側に就くには、欧州列強、ことに大英帝国が疲弊しつくしている今こそ絶好の機会。
そう、言い続けているうちに。

こんなことを考えながら通う本屋に、よく見かける子供がいる。
年の頃は、十あたりか。
少年か少女かも判別しがたい。整った顔つきをしている。
本を見つめ、手に取り、素早くめくり、棚へ戻しての繰り返し。
店主に聞いてみた。

「ああ、大きな声じゃ言えませんが、ちょっと先にある、うちの親戚筋の家にもらわれてきた坊やでね。かわいそうなんですよ。小遣いももらえてないようで本なんて買えないんですけど、ここへ来ると落ち着くみたいでね。本を汚すでもなく、並べ替えとかもやってくれてたりするんで、ほおっておいてやってます。あの家だと息が詰まるでしょうから」

ははあ。店主は、少年が何をしているのかまではわかってないと見える。
よく見てみるといい。
たとえば今日はこの本を攻略すると決める。一分ほど読む。それから他の本を眺めたり、棚の分類整理をしたりする。攻略対象を再び手に取り、自分が間違いなくその内容を覚えているかを確認する。これを繰り返す。
あれは、高度な、記憶術の鍛錬だ。
しかも、選ぶ本も面白い。
先週、儂も最近読んだばかりの本を手に取った。どこを読むか隠れて見守っていた。あの辺は日英同盟関連だろう。たぶんその条文を、頭に入れようとしていたよ。
どうだね。おそろしいと思わんかね。
見たところ、十歳程度の子供がだよ。
あれは、何者だ?

きみ。と声をかけてみた。
無反応なので、耳が聞こえないのかな?と思った。
やがて、ゆっくりとこちらを向いて、儂を見上げる。
表情が固まっている。無理もない。
しかし万引きを押さえられた盗っ人のような、ああいう表情でも、ない。
こちらの出方をうかがっているのか。
まったく、儂の方が冷汗をかく。

失敬。儂は、石原という。よくここへ来ているのを見かけるが、君の好きそうな本は私も大好きでね。よければ、ちょっと話をしてみたい。どうかね?

少年はしばし、考えているようだったが、やはりまったく表情を変えない。
まじまじと見るのはこれが最初だ。じっさい、男の子なのか?
髪は短いし、服装も男の子のようだが、女の子がそういう格好をしているという方が、雰囲気的には合っている。
少年は、本を棚に戻した。そしてこちらを見上げ、ようやく口を開いてくれた。

「……はじめまして。実は、おなかがすいています」

更にびっくりだった。
ますます興味がわいた。
この先に、カフェーがある。よければ、おやつくらい、ごちそうしよう。
ところで、お母さんは一緒じゃないのかね?と、あえて聞いてみた。

「保護者でしたら、家にいますが……」

私は人さらいではないので、もしご許可を願えるのであれば、お断りをしておくべきだと思ってね。
少年は、答えづらそうな表情をした。店主から聞いて知っている。じゃあ、あとで儂が送っていってあげて、儂から説明しよう。なら大丈夫かな?
やっと、少年は承知してくれたようだった。



[43732] File_1921-09-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/23 00:01
File_1921-09-001C_hmos.

宮本光一と申します。
日本特殊工業株式会社の社長をやっております。

石原大尉が、コダマ君を連れてきたのは、七月ですな。
この子を預かってもらえんか、と単刀直入でした。
なんでも、本屋で見つけて拾ってきたとか。

抜群に頭が良く、研究心も強いが、家が貧しく、里親からもいじめられ、食事も満足でないという。
見たところ確かに線も細く、色も白く、ちょっと男の子か女の子かわからんような子でした。
ただ石原さんはそういう慈善事業みたいなことをされるようなお人ではなかったので、これはちょっと言葉が悪いですがお稚児さんとして、ええように飼われなはるおつもりなのかな、と邪推したのもちょっとだけありました。

少年は最後に、よろしくお願いします、と言っただけで、私と石原さんが話してる間はまったく無口でした。

ぼーっとしているといえばしている、聴き耳を立てているといえば全部を聞かれているような、なんとも判断のつかない妙な気に時々なったような気もします。
とはいえ、その後のコダマ君を見てますからな。
当時あの日に実際どうだったかは、もう正確には思い出せんですな。
ああ、今ではコダマ君ですが、元の名は、山田、といいます。
ええと、まずはそこからか。

少年は福島の生まれだそうです。それ以外は、本人も語りたがらんので、あまり聞いてません。
七つの頃、家の事情で、東京の親戚の家に預けられました。
これが、父親の前妻との間にできた娘の家で。
そもそも少年の実の母と一緒になるために別れたようなことだったらしくて。
そんなところにやられて、当然いじめられますわな。
三年ほど、生き地獄だったみたいです。

少年は、学校にも行かせてもらえず、家事手伝い力仕事なんでもやらされて。それでもいちいち嫌みを言われてひっぱたかれ。友達もおらず、事情をうすうす知っててそっとかばってくれる、近所の大きめな本屋さんのところで、よく時間をつぶしていた、というわけです。
この本屋に、石原さんも仕事帰りによく行っていて、そこでたまに少年を、見かけた。
あるとき声をかけて、喫茶店に誘い、パンを食べさせながら、いろいろ聞いてみたそうですな。

少年は、今もですが、なんというかなあ、人を恐れてあまり喋らんのです。
まあ東京での三年間で、子供ながらに、すっかり厭世的になってしまったのなら仕方ないかな。と同情するべきところもありますが。
ただ、そういったこと全部含めても、石原さんは見処を感じたのでしょう。
ちゃんとした教育を与えてやれば、この子はきっとモノになると。
それで、喫茶店を出て、その子の家まで送っていったそうです。

家にいた、少年の腹違いの姉、ということになりますが、父親の前妻の娘ですな。は、軍人さんがなんでまた、と、きょとーんとしておったそうですよ。
石原さんは、その人とも話しました。
自分が帰ったあとで少年がいじめられないようにと、しっかり説明したんでしょうな。
少年はじっと正座して時折うなずくだけ。
あとは彼女、お義姉さんですな。がひたすらしゃべって都合のいいことばかり言う。
「ところで」と石原さん。
私はこの子が気に入ったのです、軍にも興味があるようだ、よければもらいうけたいと。
石原さんはいつも単刀直入なんですな。思い立ったが吉日。即断即決。そんなお人ですから。

そのお義姉さん。主人が帰ってきてから相談してみますので、とは言うものの、少年を厄介払いできる絶好の機会が降って湧いてきた、みたいな内心の笑みを隠さなかったそうです。と石原さんが言うてました。
それから一週間くらいで、養子縁組の話がとんとんとまとまり、石原さんはそれなりの金子を用立てて相手方へ納め、少年を連れて、私のところにやってきた。と、こういうわけです。

私の会社は、牛込にありまして、社員寮も完備してたんで、まあ、いいですよと。
最初は寮に住まわせてました。社員のみんなには、私のわけありでな、と軽く申しつけておいて。まあ、優しくしてやってくれと。
持ってきてた荷物は風呂敷一つ分くらいで、ほんとに三年間、着替えすら満足にもらえなかったのだろうなあと思ったりもしました。
しばらく様子見をしておりましたが、なかなか社員の男子諸君と打ち解けるでもなく、食堂でもあまり食わんのですな。掃除とか、気を遣っていろいろやってくれておるので、皆も奉公の小僧さんだくらいな感じで接してくれてたみたいです。

石原さんは、七月から陸大の教官になられました。お忙しいなか、えーと、それでも全部で五、六回くらい来られましたか。コダマ君の様子を見に。
来られるときは大量の本をお土産に持ってきて、ふたりでしばらく語らうのが楽しみなようです。
石原さんが一方的にしゃべってるのだろうとは思いますが、それでもコダマ君は本をちゃんと読んでて、時折、明晰な指摘をするのだそうです。

奉公は奉公でもいいのですが、やはり普通に学校へ行かせては如何だろうか。
そう思い、九月からの編入手続きをとりました。牛込尋常小学校です。
ああ、そういえば、さっき養子縁組といいましたが、あれは先方を納得させる方便で。実際は戸籍のほうは少々複雑で。たぶんですが、石原さん、奥様にはコダマ君の話はしておらんようです。
まあ、あんな感じで即断即決したような流れですから、そりゃ言えんでしょうなあ。
小学校への編入手続きで必要な書類は、石原さんが用立てました。私もちょっと手伝ったのですが、まあ、少々複雑なことをやっておりました。保護者というか、後見人は私です。
ねえ、複雑でしょう。

ところがです。小学校は、半月も続かなかったのですわ。
毎日、悲痛な面持ちで帰ってくるので、もっと早く気づいてあげればよかったんですが、やはり学校でもいじめられてしまうのですな。
男の子ですし、多少の傷は、まあ腕白してきたのだろうと思ってたりしたんですが。
寮でも、学校でも、しゃべらんのですよ、あの子は。
それが同世代の子供達には、えらく勘に障るのでしょうなあ。
授業も、そりゃあの子にとっては退屈きわまりないものでしょう。そこにも気づいてあげられなかったのは悪いと思いました。
せめて友達ができたら、と思ってたのも仇で、コダマに優しくしたらその子までいじめられてしまうでしょうからな。みんなしていじめてたみたいです。まあ、申し訳なかった。ほんとに、すまなかった。
事を荒立てるのも気が進まないし、コダマも、もういいですと言うので、先生に、休学を伝えに言って、今もそのままになっております。

侘びの意味もこめて、コダマ君に、なにか欲しいものはないかなと聞いてみたのですよ。

本社の中を見てみたい、というのですな。
それくらいならお安い御用と、館内を見せてまわりました。
研究部門、開発部門、製造部門、検品倉庫、総務部、営業部、経理部まで。
コダマ君の目は活き活きとしてました。
手を握りしめて興奮を抑えているのがわかるほどです。電気回路関係がとくにお気に入りのようでしたな。
帰り道、ここに住みたい、と言うんですよ。

寮から移るかい?地下室に空き部屋があったはずだから、と冗談のつもりで言ったら、本気にされましてね。
引越は一時間もかからなかったですよ。荷物は石原さんに借りた本しかないから。掃除だけでしたね。それも楽しそうにやってました。
この次、石原さんが来たら、寮が空き部屋になっててさぞや驚くでしょうな。ああ、楽しみだ。



[43732] File_1921-09-002B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/24 00:03
File_1921-09-002B_hmos.

雲が高くなってきた。風も心地よい。今日は時間をつくってきた。昼飯も一緒にどこかで食おう。
楽しみだ。楽しみだ。

儂はいつも、先に寮へ寄る。本を置いていって、それから宮本の部屋へ挨拶に行く。
一時間も話してから、寮へ戻ると、小僧、さっき渡した本をすべて並べ、すでに読み始めておる。
この中では、それがお気に入りか?
「はい」
小僧の没頭が一段落するまで、儂は前に預けておいた本を棚から畳の上に並べていく。
「ありがとうございました。それでは」
小僧は、自分からは極力、話さない。この用心深さも、儂は大いに気に入っておる。
それからは、一冊ごとに、感想戦だ。小僧、すべて目を通しておるのだ。そして、わからんことは聞いてくる。
「なるほどです。この本は、もう一度お借りしてもよろしいですか?」
気になれば何度でも読み返すのだ。この研究熱心さ、たまらんわい。十歳の小僧がだぞ。
まったく、陸大のガキどもに爪の垢を煎じて飲ませたい。足の爪でももったいないくらいだ。

今日は、その小僧が、きっと感嘆の声を漏らすに違いない。そんなお土産を持ってきたのだ。
つい鼻歌も出てしまう。一息いれて、扉を開けると部屋は空っぽであった。
ふむ?
寮母のおばさんに尋ねると、最近、本社の地下室へ引っ越したとか。
道路を渡り、日特本社へ向かう。

宮本はいた。どうしたのかね?と聞くと、斯く斯く然々。そうか、学校でいじめられたか。
無理もない。しかし、手は上げなかったのだな?宮本にも、愚痴ひとつ言わなかったのだな?
ますます、本物だ。
儂は、興奮を抑えきれなくなってきた。

宮本へ案内されて、地下室へ行く。階段を降りるのは初めてだ。
倉庫や書類庫として使われている部屋がいくつかあり、その中で手頃な一室が小僧の部屋にあてがわれていた。
あいかわらず殺風景だが、寮よりもずっと静かで、小僧は気に入っているようだ。

話はきいた。学校は、行かなくていいんだな?
「はい。閣下のご本の方が勉強になります」
殊勝な子だ。気を遣いおって。
それもよいが、ここは陽が当たらんから余計に、色が白くなるぞ。一日一回、散歩でもしろ。
「はい」
宮本も、言ってやってくれな。こいつ、ここにいたら本を読むか寝てるかしかしなくなるぞ。
そんな話を適当にして、宮本を下がらせ、儂は小僧と差し向かいになる。

今日は、とっておきの本を持ってきた。
陸軍歩兵操典だ。
儂が教官をやっておる、陸軍大学校の、教科書だ。本物だぞ。最新版だ。
誰にも見せるな。儂は軍法会議にかけられる。
それ以上は、言わなかった。小僧、目を見開いて、震える手でゆっくりと頁をめくりはじめている。思った通りの反応だ。
お前には最高のご馳走だろう。来週また来るから、たっぷりと感想戦をしよう。

正直、儂も頭が痛くてな。話のわかる奴が本部にはおらん。お前の意見も存分に聞きたいのだ。
大日本帝国陸軍、今のままではソ連に勝てん。
勝つどころか、シベリアにずるずると引き込まれてこのまま全滅だ。
なんとかせねばならんのだ。なんとかな。その糸口に、お前は役に立つと思うぞ。
さあ、それはあとでじっくり読めばいいから。飯でも食いにいかんか。



[43732] File_1921-10-001B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/25 00:03
File_1921-10-001B_hmos.

驚いたものだ。
儂は、丸一日休みをつくって、小僧のところへ会いに行った。
奴は、操典を何度も読み返したものと思う。まず感想を聞いてみた。

「面白かったのですが、今ひとつ実感がわきません」
あたりまえだ。お前は実戦はおろか、基礎訓練だってしたことあるまい。
「精神論についてが長すぎます。具体的な戦術、作戦についての方がずっと重要なのでは?」
お前は極めて実務的だな。よいぞ。
「今年から、砲兵操典も登場したように書いてありますが、お持ちではないですか?」
ははははは。実は今日、それも持ってきた。いや愉快だ。お前は本当にすばらしい。

歩兵操典は昨年、大改訂されたばかりなのだ。
かつての白兵決戦主義のままでは、突撃した瞬間に火砲で即全滅だ。欧州ではこれがすでに常識となっている。
航空機との協働。砲兵との連携の重要性。夜間戦闘や遭遇戦も想定し、運動戦を効率的に行う。
そのために各級指揮官の権限を大幅に向上させた。
儂の仕事は、古い肉弾精神に凝り固まった士官どもの意識を改革させることなのだが、これが存外、骨の折れるものでの。
その点お前は、古い考えを知らないせいもあろうが、近代戦の考え方を、少なくとも頭では理解しているようだ。
すばらしい。まったく、すばらしい。

その後、儂は授業で実際に使っている、作戦想定問題を机の上に広げた。
地図と、各兵科を表した駒。状況を設定し、それについて作戦を考えさせ、評価する。
より近代戦に即した将棋だと思ってもらえばよい。
これに、小僧は目を輝かせた。
そして、儂を驚愕させた。

小僧、将棋はしたことがないという。
駒の動かし方くらいまでは覚えたが、遊んでくれる大人に恵まれなかったようだ。
だが、そもそも小僧の考える作戦は将棋の考え方に根ざしたものではない。
いるのだ。将棋や囲碁の定石を知っているが故にその平面的な発想から抜け出せない輩が、山ほど。

高地を取る重要性は、誰しも解ろう。子供が軍隊ごっこをするときでも、小高い丘があれば最初にそこを手に入れるべし、くらいは本能的にわかるものだ。
敵に奪われた高地を我方が奪取せねばならぬ状況で、小僧は斥候隊を二班出すことを立案した。
一班は攪乱、もう一班が実行部隊だ。先に気付かれた方が、曳光弾を発射して、逃げる。このとき、坂を上がる速度と、降りる速度を、その時点での装備量に即して計算して、必要な人員数を割り出すところまで、小僧、考え始めた。
今期の学生に、一人として、こんな奴はおらん。
「しかしこれは、あくまで机上の想定です。人員に余裕がなければ、一人倒されただけで作戦自体が瓦解します」
完璧な解答をしてみせた上で、そこまで言ってのける。

お前は作戦参謀向きかもな。そのうち、統帥綱領でも手に入れて持ってくるか。
とはいうものの、現実に参謀本部へ入るためには、頭がいいだけではならぬ。
連隊付で最低半年の実務経験も必要であるし、派閥争いも醜悪だ。
なあお前、軍人さんになりたいか?

小僧、虚ろな目をして考える。作戦を考えるときの目の色ではない。
厭な質問をされた。そんな目だ。
「私は、体が丈夫ではありませんし、研究分野であれば、貢献もできるかとは思いますが……」
研究で貢献するか。なるほどな。
派閥に与さず力をつけられれば、それに越したことはない。

薩長閥は言うに及ばず。今の陸軍には、無駄な派閥が多すぎる。
シベリア出兵も三年目になるが、いつまでも片付かぬうちに純粋な作戦立案をできる者がいなくなり、縁故が物を言うようになった。
小僧を陸幼へ入れることも考えていたが、今の状況では、そこで何にかぶれさせられるかわからん。
儂が道をつけるか。このまま。

帰る前に、宮本へ伝えた。
小僧がなにか欲しがったらできるかぎり与えてやれ。
無闇なわがままを言う子ではない。もっと言えと言いたいほどだ。
宮本は、心得ましたと了承してくれた。

儂には次の企みもできた。今度は、日露戦争についての史料と書籍をありったけ持ってこよう。
小僧なりの視点であの二年間を語らせ、分析させてみよう。どんな物語になるか、実に興味深い。
陸大の仕事も、国柱会の活動も忙しくなるばかりで、いつ来れるやらだがな。
まとまった時間がとれんと、なかなかな。
つらいぞ。ああ、つらくて、もどかしい。



[43732] File_1921-10-002C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/26 00:01
File_1921-10-002C_hmos.

宮本光一と申します。
日本特殊工業株式会社の社長をやっております。
コダマ君の話ですね。
というより。石原さん。あれはちょっともう、愛人通いと変わりまへんで。

朝から来て、二人きりでこもって、夕方、上気した顔で帰られて。
ほんでコダマ君はぐったりしよるんですわ。
いや、ほんまにそういうことをしては、おらんと思います。汚れてませんですからな。布団も敷いてはおらんようですし。
でもねえ、あれはちょっとなんというか、学問をしてるだけで、あんなにも、のぼせるもんでしょうか。私にはようわかりません。

うちの会社は小石川の技術本部さんの下請けみたいなもんですけど、陸軍さんのご依頼によって成り立っているところ大でして。まあ研究開発部門には仕事熱心というか、本読むの好きなのもいてます。
ですが、コダマ君みたいなのは相当に珍しいですよ。
石原さんは転勤族でしょう。コダマ君も、あんまりあっちこっち行くのは好きでないと言うてますし、軍隊に入るのは正直気が進まない、と私には言うてますけどね。

あと五年もしたら、うちの社員になってもらう予定で。たぶん外遊びはせんでしょうから嫁さんも紹介してやってですな。そんな風には考えておりますが。
まあその時期がきたら、三人でよーく話し合ってですな、決めることになると思います。
さて、さっそくコダマ君から、欲しいものをせがまれました。
計算尺と、製図台が欲しいと。
びっくりですわい。

さっそく、上の階から空いてるのを回しました。
なにを作る気でしょうかなあ。まあ今はのびのびやっててくれてええと思います。私にも、社員にも、わからんことあったら聞いてくれてええからね、ても言うておりますので。
いやあ、ほんま、すごい子ですわ。



[43732] File_1921-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/27 00:01
File_1921-11-001D_hmos.

日清戦争当時の七師団体制。
近衛師団。東京。
第一師団。東京。
第二師団。仙台。
第三師団。名古屋。
第四師団。大阪。
第五師団。広島。
第六師団。熊本。

日露戦争直前の、十三師団体制。師団番号・衛戍地。
近衛師団・東京。
01.東京府・東京。
02.宮城県・仙台。
03.愛知県・名古屋。
04.大阪府・大阪。
05.広島県・広島。
06.熊本県・熊本。
07.北海道・旭川。
08.青森県・青森。
09.石川県・金沢。
10.兵庫県・姫路。
11.香川県・善光寺。
12.福岡県・小倉。

一年目。
2.5。先遣隊が長崎を出航。
2.8。大韓帝国の仁川へ上陸。
2.10。宣戦布告。日ロ戦争開戦。
外債を募集して、戦費を調達。その視察のための観戦武官も欧米より積極的に招待。
4.29。鴨緑江から満洲へ。12小倉が渡河の先陣を切る。
5.8。南山での緒戦で04大阪が敵を蹂躙。
6.20。満洲に総司令部を設置。総参謀長は児玉源太郎大将。東京の大本営から指揮権を委譲。
7.26。旅順要塞攻略戦。01東京、09金沢、11善通寺に加え07旭川が参戦するも被害甚大。
8.25。弓張嶺で02仙台による夜襲成功。
8.31。悪条件が重なり、03名古屋が甚大な被害を被る。
9.1。02仙台、12小倉で遼陽を制圧し、ロ軍の補給線を封じる。ロ軍は夜間に撤退。
10.9。沙河で05広島、天候に苦しめられ万宝山から撤退。06熊本、12小倉が援戦。
10.26。旅順第二回総攻撃。01東京、09金沢、11善光寺が雪辱戦に臨むが叶わず、撤退。
12.5。01東京、07旭川が旅順二○三高地をついに占領。
12.10。11善光寺、東鶏冠山のロ軍陣地を完全破壊して占領。
12.28。09金沢、激しい銃撃戦の末、二竜山を占領。

二年目。
1.1。ロ軍の旅順要塞が降伏する。
1.5。乃木希典大将と露ステツセル将軍、水師営の会見。砲音絶えし砲台に、ひらめき立てり日の御旗。
1.25。黒溝台でロ軍による大規模攻勢開始。08青森が応戦。02仙台、05広島が救援に向かう。雪中二日間の戦闘でロ軍を撃退。
3.1。奉天包囲作戦では04大阪が一番乗り。
3.10。奉天を占領。逃げるロ軍を10姫路が追撃し大打撃を与える。
5.27。海軍による大勝利。
6.12。ロシア、講和勧告を受諾。
9.5。ポーツマス条約締結。ロシアは樺太と満洲の権益を日本へ譲渡する。



[43732] File_1921-11-002B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/28 00:01
File_1921-11-002B_hmos.

儂のむせび声があまりに大きかったようで、上の食堂から宮本が降りてきた。
「どどど、どうしたんですか石原さん」
笑いがおさまってから、儂は、宮本にも小僧の日露戦争抄を読ませる。

宮本、何度か読み返しながら、不思議そうな表情を浮かべたままだ。
では感想戦だ。宮本も、用事がなければつきあえ。

「お借りしたすべての本に目は通しましたが、政治と、海軍については思い切って省略しました」

いいぞ。その大胆さがいい。しかし、なぜだ?一応きこう。

「資料の偏り故です。しかも、少ない記述にもかかわらず相互矛盾も多かったので、確認ができませんでした」

まあな。陸大から門外不出の史料も持ってきたが、海軍のは無いからな。縁も無い。

「何周か読むうち、師団のそれぞれが顔を持ち始めました。私の頭の中で」

なるほど。なるほど。道理で人のようだ。

「どの資料も、第何師団と、数字でしか書かないので、わかりやすくするために、衛戍地名に置き換えました」

さらに、番号を算用数字でな。すばらしいぞ。画期的発明だ。

「はじまりと、おわりを決めて、あとは適宜必要なところだけ。もっと挿入して長くすることもできますが、まずは最小限の内容だけで判断していただきたく、このようにまとめました」

出版社に持ち込んでもいいくらいだな。小僧、どこで覚えた?そんな営業術。

「これだけでも私は十分疲れたのです。もうご勘弁ください」

宮本も、どうだ。なにか言え。

「ははあ。聞きながらですと、なるほどです。私だったら、村田銃や有坂砲がどこでどれだけ使われてたか、とか入れますかねえ。いえ、書きませんよ。書けませんて。でも、なるほどです」

二人とも。というか宮本。この件は口外するでないぞ。儂は軍法会議ものだ。
コダマ。これはもらっていく。礼を言うぞ。
また、こういう遊びをしたいな。嫌か?そう言うな。
今日はいい気分だ。ちょっと散歩でもするか。なんでも好きなものを買ってやるぞ。

では宮本、儂らはちょっと出かける。
この部屋の鍵は、これだけでは不用心だな。もっとしっかりしたものに替えてくれ。頼んだぞ。



[43732] File_1921-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/29 00:04
File_1921-12-001D_hmos.

満洲。
満洲は、万里の長城を境として、支那大陸の東北部一帯を指す広大な地域です。
支那では東三省とも呼ばれます。遼寧省・吉林省・黒龍江省の三つです。
280年前に満州族の皇帝が北京の明王朝を征服し、大清帝国が誕生しました。
清王朝が滅亡するまでは、歴代皇帝の出身地として、満洲は支那の中でも第一級特別区でした。

清王朝は近代以降、欧米諸列強による不平等条約に翻弄される中で、中央政権の統帥力を失っていきます。
満洲においては北辺を接するロシアからの長年の圧力により、遼東半島および大連港がロシア領となり、そこから国境まで縦断する東清鉄道と付属地がすべてロシア人の権益となっていました。
木材や鉄鋼の採掘権はロシアが独占し、関税もロシアが一方的に決め、一部の町ではロシア人以外の居住が許されませんでした。

日露戦争より4年前。北京で大規模な外国人排斥暴動が起こり、外交官も殺されます。これに対し、日本を含む8ヶ国が協同で報復措置をとりました。
清王朝最高権力者の西太后は、8ヶ国に対し宣戦布告。清は滅亡への道を早めます。
このときロシアは満洲へ攻め込み、支配地域をさらに拡大します。清国人25000人が殺戮されました。
日露戦争は、実質的にロシアの領土ともいえた、この満洲を主戦場としたのです。

ポーツマス講和条約で、日本は遼東半島のロシア租借地をそっくりいただきます。
東清鉄道のうち、旅順口から長春までの鉄道と付属地も手に入れました。
遼東半島一帯は、万里の長城最東端である山海関より東という意味で、関東州と呼ばれています。さっそく日本は関東総督府を設置し、領地の防衛と治安維持を開始しました。
大連は、清朝時代は青泥窪、ロシア領時代はダルニーという名前でした。パリをモデルにいくつもの円形広場を組み合わせた一大都市をロシア人が建設中だったのですが、都市計画ごと日本が引き継ぎました。

翌年には、安東市と奉天市に領事館を開設し、南満洲鉄道株式会社も設立して、国を挙げて満洲の発展に寄与する態勢を整えます。
関東総督府も、都督府へ改組。
さらに13年後、つまり現在より2年前に、関東庁へと昇格します。
このとき、陸軍部と独立守備隊は関東庁とは別組織として再編。関東軍となりました。



[43732] File_1922-01-001B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/04/30 00:00
File_1922-01-001B_hmos.

「シベリア出兵、ですか?」
聞いたことはあるか?
時事問題だから、お前に分析してもらうには、新聞を四年間分持ってきて、読んでもらうことになるが……

こら、そう露骨に厭そうな顔をするな。
お前が新聞嫌いなのは、もう十分わかっておる。
分厚い専門書でも辛抱強く読むお前が、新聞や雑誌には興味を示さん。むしろ拒絶反応を示す。興味深いがな。

「モヤモヤするのです。新聞は、読めば読むほど、わからないことが増えるのです。気になるのです。本でしたら、一応の区切りがあります。狩りにたとえれば、囲いのある中で追い込んでいく。そんな捕まえ方をできるのですが、新聞は、つかみどころがありません……」

なかなか面白いがな。まあいい。この歳でそこまで言えることが驚異だ。無理強いはすまい。今はな。
そうだのう。
欧州大戦へ送り込んだ観戦武官や駐在武官が、いまも続々と帰還しておる。
その報告書さえ手に入れられれば、お前に解きほぐしてもらいたいものだが。
三宅坂の参謀本部でさえ、まだ研究しとる最中だからな。

本命は、ロシアだ。今は、ソ連か。
正直、わしもあの国で何が起きているのか、よくわからん。アカが天下をとってからは尚更だ。
参謀二部にはロシア班があるが、クセの強い連中ばかりが雁首揃えていると聞く。
なんとか、儂が準備できる資料をかき集めて、それだけでも読んで、要約してもらうか……

こら、そんな泣きそうな顔をするな。



[43732] File_1922-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/01 00:01
File_1922-02-001D_hmos.

ロシア。
ロシアは、広大な領土を持ちますが、国土の大半は極寒の地。都市は欧州寄りの西部に集中しています。
200年前にモスクワで宣言された、ロマノフ王朝を母体とする帝政が、長らくロシアの代表的国家でした。
日本とは、昔から、交易もありましたし、紛争も絶えませんでした。
皇紀2535年に結ばれたペテルブルク条約では、北海道以北の島々に関する領有権が取り決められました。

2551年。ロシアはシベリア鉄道の建設に着手します。
ロシアにとって極東シベリア地帯は天然資源の宝庫です。
これを工業地帯の集中する西部へ送るには、それまで海路しかありませんでした。
しかしウラジオストックの港は冬季、凍るため、計画的輸送が困難です。
シベリア鉄道は全線開通まで25年かかりましたが、これはロシア最大級の国家的使命だったのです。
工事は全区間の両側から始められましたが、これと並行して、満洲内の東清鉄道建設も始まります。

日清戦争で日本は関東州の遼東半島を占領し、講和条約でこの要港を手に入れました。
これにロシアが脅威を抱き、独仏と連帯して、干渉します。
日本は賠償金の増額と引き替えに、遼東半島を清に返還しました。
このとき、清からロシアへの謝礼として、北満洲における鉄道建設の合弁会社が設立されます。
これが東清鉄道です。
形の上では清ロ合弁でしたが実際はロシアがすべての権限を握っており、拡張に拡張を重ね、満洲を縦断して遼東半島南端の旅順口までつながる鉄道が完成しました。その途中にいくつかのロシア人街もできました。

東清鉄道開通の翌年、日露戦争が始まります。
シベリア鉄道はまだ開通してないので、首都サンクトペテルブルクからの兵員、物資の輸送は困難でした。
戦争中もシベリア鉄道の建設は続けられており、最大の難所であるバイカル湖南岸の工事も完了したのですが、戦局を変えるには間に合いませんでした。
ロシアは講和を受け入れ、南満洲における権益を日本に根こそぎ奪われます。

それから10年かけて、シベリア鉄道はついに全区間工事を完了し、完成を迎えました。今から6年前です。
それは欧州大戦の真っ最中でもありました。
完成の翌年、ロシア帝国は、消滅します。



[43732] File_1922-02-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/02 00:02
File_1922-02-002D_hmos.

ウラジミル・レーニン。
今回は、彼を主人公にして語ります。
革命により政権を奪取すべし、と叫ぶ人はいっぱいいますが、ロシアを舞台にそれを為しえたのがレーニンです。

ロシアではお尋ね者で、ヨーロッパを渡り歩いてました。
マルクス主義の信奉者です。
カール・マルクスとは、資本主義の誕生とその成長過程を研究し、これに異を唱え、人類が目指すべき究極の社会は共産主義であるという理論を宣言した人です。

紡績と重工業の巨大化。様々な機械の発展。植民地経営。
今日までの二百年足らずで世界は大きく変わりましたが、巨大資本が世界を動かしていくこの資本主義体制では、極一部の資本家と、大多数の搾取される人たちしか生まれない。
これはおかしい。
搾取される人=プロレタリアートは立ち上がり、資本家=ブルジョアジーにとってかわるべきである。
そして、プロレタリアートによる国家を築く。
すべての人に平等に仕事を与え、個人財産は持たせず、国家がそれを公平に分配する。
プロレタリアートのプロレタリアートによるプロレタリアートの世界を目指そう。

お断りしておきますが、私はマルクスを実際に読んではおりません。閣下からお借りした本を読んだだけです。マルクスを否定する内容ばかりでしたので、そこから逆算して、マルクスとはこういうものではないか、と推測して書いております。ご寛容ください。

そこで主人公レーニンですが。
彼はこの理想社会を実現させるために、徹底的に武力闘争をせねばならぬ、と腹をくくっているところが、おそらく革命を成功させた最大の特異性なのではないかと考えます。

彼は精力的に議論をし、相手を攻撃することをためらわず、力強い筆致で著書も多く書き、そして人を束ね動かす指導者としての資質を磨き上げつつ、権力と戦い続けました。
欧州大戦が始まってからも、様々な国を渡り歩いていたようです。
長引く戦乱にヨーロッパ中が絶望と怒りをたぎらせておりました。
いつまでも戦争を終わらせられない政府と王族と資本家たちを打ち倒すべし、という彼の言葉は、遍歴中にますます研ぎ澄まされていったものと想像できます。

レーニンは全欧州のプロレタリアートが団結することで戦争は終わらせられる、その時は間近い、と考えていたようです。
ヨーロッパに続いて米国、アジア、中東、アフリカへと共産主義革命の波が広がっていくであろうと。
そのための私兵集団=ボリシェヴィキを組織して、積極的な破壊活動を行うのが、彼の戦法でした。

欧州大戦4年目。祖国ロシアで、食料を求める市民の群れが、警官隊との乱闘、発砲による流血騒ぎに発展。
鎮圧を命じられた軍の中でも上官を撃ち殺す者が現れたりなどの、無秩序状態となります。
労働者と連帯する将校たちが国会議員団へ働きかけ、すでに弱体化していた皇帝のニコライ2世へ退位を勧告して、放逐します。
かくしてロシア帝国は終焉を迎えました。
この段階でまだレーニンは係わっておりません。

2月に帝政を終わらせた革命家たちは、議員たちを中心に臨時政府を打ち立てますが、その運営は大変にデタラメだったようです。
戦争も継続したまま、泥沼でもがき続けていました。
レーニンはボリシェヴィキを率いてここへ乗り込み、11月に政権を乗っ取ります。
ここからがレーニンの真骨頂です。

レーニンはボリシェヴィキを中心とした議会を瞬く間につくりあげ、公正なる投票によって、様々な問題を巧みに片付けていきます。
ペトログラード・ソヴィエトと呼ばれるこの政治委員会は世情をひとまず安定させ、反対派を封じ込めることにも容赦なく迅速でした。
そして欧州大戦についても即時講和を発表し、年内に戦争から一抜けたのです。

翌年、国名を「ロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国」と正式に宣言。
世界初の共産主義国家として世界の注目を浴びました。
しかしレーニンは、過労や暗殺未遂で重傷を負ったりして、その政治手腕を発揮できなくなっていきます。

国内ではそれからも数年間、内戦状態が続きます。
欧米の資本主義列強諸国も、共産主義化することなく大戦が終了してしまいます。
資本主義をあしざまに罵ってきたソ連は、未だ多くの国から国家承認さえされておらず、孤立の状態にあります。

昨年、国内経済を立て直すため、レーニンは新経済政策=ネップという改革を行いました。
これは共産主義を緩和して、資本主義的な自由経済を部分的に導入するという、現実に即した方向転換と目されています。
まだまだ予断は許せませんが、ネップは資本主義諸国との貿易を再開したことで、好意的な評価を得ているようです。



[43732] File_1922-02-003B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/03 00:02
File_1922-02-003B_hmos.

冷静だな。
驚くほどに、冷静だ。
いつも驚いてばかりだがな。

アカについて語るとき、人は誰でも興奮状態になる。
それを礼讃する者も、憎悪する者も、どちらもだ。
だから、よろしくない。
こんな世情を混乱に導くだけの思想家連中は、問答無用にしょっぴいて社会から消すべきだ。
特に軍隊ではな。
そんな病気が蔓延したら統率などできようはずもない。

ところが、こいつはどうだ。
なんと冷静に、共産主義を分析しておる。
達観?と言っていいのか?なんだこの感覚は。

しかも、小僧、講談を語る才能まで見せはじめたぞ。
レーニン。まるでこいつは。ナポレオンか、チンギスハンか。

おそろしいと同時に、おもしろい。
我々が何年この問題に悩んできたと思っている。
それを、こともなげに、たった数枚の要約に、あっさりとまとめてしまいおって。

「簡単ではありませんでしたよ。何度も何度も読み返しました。だからひと月以上かかったのです。死ぬ思いでなんとか形にできたのです。もうご勘弁ください」

だめだ。お前にはもっと働いてもらう。恩を忘れるな。
ロシアは、だいたいわかった。次は、支那へ行こう。

日本の最大の想定敵国は、ロシアだ。
支那は、国力としては大したことはない。
しかし、だからこそ、どこからどう手をつけていいか、これほどわけのわからない国もなかろう。
小僧、お前の力が必要だ。

二ヶ月でも三ヶ月でもかけてよい。この混沌に光を射せ。射してくれ。



[43732] File_1922-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/04 03:36
File_1922-05-001D_hmos.

支那。China。
支那は、かつて、ひとつの巨大な帝国でした。
満洲族の皇帝を擁する清王朝の時代に、欧州で産業革命が始まります。
かれらは圧倒的な近代兵器と戦術をもって、広大な支那大陸へとなだれこみました。
清王朝は幾多の戦いに敗れ、また取引によって懐柔され、国土のあちこちを列強の支配下に置かれます。

九龍半島と周辺の島々はイギリスの領土となり
天津には英仏独墺伊露白による共同の租界が誕生し
上海・漢口・広州などにも各国の租借地がつくられました。
大日本帝国もまた、朝鮮半島をめぐる紛争で清の軍隊を叩きのめし、台湾を領有した他、欧州列強諸国と同等の最恵国待遇および通商特権を清に認めさせます。

西太后の死から4年後。
清国最後の皇帝、溥儀が退位させられ、276年続いた王朝の歴史は幕を閉じました。
ここから、3人の男たちが登場します。

袁世凱。52歳。
清朝陸軍の近代化を目指していた武人です。清朝では夢叶わず、末期には不遇に甘んじていましたが、手塩にかけて育ててきた軍隊を率いて立ち上がります。

張作霖。36歳。
東三省、別名満洲の、政治と軍事を掌握していた豪族です。満洲は北京から万里の長城で隔てられており、騎馬戦術を基本とする軍体制など独自の文化圏でした。清朝が終焉したことで、満洲族の自治独立を守るために立ち上がります。

孫中山。45歳。
一番のやんちゃ坊主です。子供の頃にハワイで暮らし、香港・マカオなどでイギリス流の医学を修得。日本でも仕事をして、国際的視野を育みました。ロンドンで支那の革命を訴え注目を集めます。支那人民をひとつに束ね、列強と戦えるだけの国家をつくる。その悲願を胸に、立ち上がります。

武昌から始まった蜂起が収まることなく全土を巻き込みます。
孫中山はアメリカから急遽帰国し、上海で熱狂をもって迎えられ、年が改まった日に南京で中華民国の樹立を宣言します。
皇紀2572年。明治45年。西暦1912年。民国元年。
この年、新しい支那の歴史が始まりました。

当初は、南京の孫中山と、北京の袁世凱との二頭状態でしたが、溥儀を退位させたのち、調整が行われます。張作霖はひとまず袁世凱の下に就きました。
支那歴代の首都は北京であること。その地理に詳しく軍隊の統帥も手慣れている袁世凱が、民国臨時大統領となります。
孫中山は国民党という政党を結成し、初代理事長に就きます。議会で多数派となることで国家の運営に権限を持とうという算段です。
孫中山の人気は高く、年末行われた初の国政選挙で国民党は870議席のほぼ半数を独占しました。

袁世凱としては、軍隊式の上意下達で迅速なる行政指示を出したいところに、孫中山の議会がいちいち横槍を入れてくることが煩わしくてしょうがありません。
半年後にはその軋轢が軍事蜂起となって爆発します。
しかし武力衝突となると、袁世凱が圧倒的に有利です。国民党はボコボコに鎮圧されます。
夏の盛りに孫中山とその仲間たちは、生命の危険にさらされ続々と国外へ逃亡します。
民国2年10月10日。袁世凱は勝利宣言を発し、「臨時」を取り払って正式に中華民国大統領となりました。

民国3年。欧州大戦が始まります。袁世凱は中立を宣言します。
ここで、日本が登場します。
日本は、欧州が互いに潰しあっている今が好機と考えました。日清戦争で勝利し列強から感心されたときに日英同盟を結んでいたのですが、これを口実としてドイツに宣戦します。ドイツが支那に有していた山東半島に出征し、青島、山東鉄道、山東省の省都・済南を次々と占領。袁世凱はそれを支那へ返してほしいと言いましたが、日本は戦時国際法上勝手に譲ることはできない、と居座り続けました。

民国4年。日本は袁世凱に、21ヶ条の要求を突きつけます。
山東省のドイツ権益を日本がこのまま継承すること。
ロシアから奪った遼東半島の租借期限を、清ロ時代に取り決めていた25年から99年に更新すること。
土地所有権・貸借権・鉱山採掘権・鉄道敷設権などを開放すること。
中華民国最大の製鉄会社を日本との共同経営にすること。
中華民国政府に政治顧問・経済顧問・軍事顧問など日本人を登用すること。
日本人への免税。
その他もろもろ。

さすがに図に乗りすぎです。袁世凱はただちに列強へこれを暴露。日本は国際的批難を浴びます。
しかし、日本もしたたかです。イギリスのグレイ外相が仲介を引き受けたのですが、21ヶ条から19条、最終的に13条まで緩和して、日本もこれだけ譲歩したのだからと了解させました。
本命だったのは遼東半島と満州鉄道の返還期限がまもなく迫っているのを大幅に延長させたこと。これは守り抜きました。
山東省も、譲歩はしましたが一部の土地に日本の権益を認めさせ、大陸への足がかりをまたひとつ増やせました。

袁世凱はその調印後すぐさま、民国内で日本人に住居を提供した者は銃殺刑に処すなどの法律を作らせるなど抵抗もしたのですが、国辱大統領として全国民から袋叩きにされ、翌年死ぬまでその名誉は回復しませんでした。
孤独と失望に苛まれた袁世凱は、より強い国家が必要であると、自身を皇帝として中華帝国に改号し、民国暦から洪憲暦へ改め、批判されてまた戻して、など国家をますます混乱させてから亡くなりました。民国5年目の初夏でした。

袁世凱亡きあと、国はまた荒れます。
各地で軍閥が乱立し、欧州大戦中ではありますが列強の植民地化も進行しました。
日本も安穏としてはいません。南満洲鉄道の独立守備隊は閑職だからと予備役より配備されていましたが、現役兵で編成するようにして、本格的戦闘に備えます。
また、南満洲奉天を拠点とする張作霖、北京で袁世凱の後を継いだ段祺瑞。この二勢力に資金を提供し、日本への見返りを約束させつつ、その基盤強化を図ります。

民国6年。ロシアでも革命で帝政が終焉しましたが、この年、孫中山が戻ってきます。
ふたたび群雄割拠状態と化した支那をまとめるには袁世凱が持っていたような軍事力が必要なのだと悟った孫中山は、広東で軍事政権誕生を宣言します。
孫中山は大元帥。旧海軍を味方につけ、北京政府を打倒すべしと各地で戦闘を繰り広げます。
しかし、軍隊式組織運営の経験が無さすぎたのでしょう。一年で政権は内部崩壊し、孫中山はまたも逃げ去ります。
今回はひとまず、上海へ。

民国7年。日華軍事協定の締結。根回しが功を奏して、この頃の日華関係は堅調です。
しかしそれは上同士の話で、中華民国国民は日本に対して非常に悪感情を募らせています。
かつては打倒すべき帝国主義といえば英国でしたが、いまでは日本が筆頭にきます。
抗日運動は民国全土に根深く拡大中です。
この年、ドイツでも革命で帝政が倒され、共産主義ではなく共和制の新政府が大戦を終結させました。

民国8年。欧州大戦の講和会議がパリで始まります。
中華民国も参加しましたが、山東省ドイツ権益は正式に日本へ譲渡されることが決まりました。
民国は調印すらせず退席し、本土では抗日愛国運動が爆発します。

この頃満洲では、駐留日本軍が張作霖からの要請で幾度となく反抗勢力鎮圧に借り出されており、そのこと自体も抗日運動の格好の標的になっていました。
東京では日本の平和主義を明確にすべく、関東都督府を、関東庁へ改組。
ただし陸軍部は独立守備隊と合流させて、関東軍という別組織にしました。
関東軍は天皇陛下直隷組織として統帥権を独立させます。これは現地主導ではなく、本国主導で軍事行動を管制するための措置でした。

5月4日に北京で大規模な学生運動が巻き起こります。四年前、袁世凱が日本の要求に屈した国辱記念日を目前にして、支那を蝕んできた列強の不平等条約撤廃を叫びます。
今回の特徴は、ただ闇雲な暴動ではなく、多くの知識人が自分たちの目指すべき国についての議論を猛烈に深めたところにあるといえるでしょう。
孫中山も、語ることでは負けません。この運動で立ち上がった民衆になら自分の声も届くであろうと、民族独立・民権体制・民生充実の三民主義をより力強く、説いて回ります。
その影響力は、まだまだ大きくなるでしょう。

民国9年。
日本が資金提供していた二派閥。北京政府の段祺瑞と、満洲の張作霖が、熾烈な争いを繰り広げていたのですが、張作霖に軍配が上がりました。段祺瑞はボロボロになって天津の日本租界へ逃げ込みます。
なぜこうした過ちが起こったかというと、段祺瑞を応援していたのは東京政府で、張作霖を助けていたのは関東軍だったからです。
互いにこっそりやっていたため、同じ親の財産を潰しあっていることに気づいてなかったのでした。

今や、張作霖は満洲の覇者であります。北京政府へも顔がききますし、ロシアと日本からそれぞれ有利な条件を引きだす巧みな政治的手腕も含め、今後ますます力をつけていくと思われます。いずれ、孫中山と相まみえることでしょう。
支那を制するのは、はたしてどちらか。
あるいは、まったく新しい星があらわれるのか。
そして日本は、かれらといったいどう係わっていくのか。
新しい支那の歴史はまだまだ始まったばかりなのであります。



[43732] File_1922-09-001B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/05 00:02
File_1922-09-001B_hmos.

辞令が下った。
嬉しくもあり、淋しくもあり。
誇らしくもあり、怯懦もすれば武者震いだってする。
三年間の、ドイツ留学だ。
自分で根回しをしておいてなんだが、やはり、心の整理をつけるのは難しいものだな。
だが楽しもう。おおいに楽しもう。
世話になったな。宮本。そして、コダマ。

今までありがとうな。お前の中華民国史、痛快であった。
お前と出会う数ヶ月前まで儂は、一年間、支那の内地も内地、漢口に駐在しておったのだ。
戦闘の必要はなかったから、儂は存分に勉強に時間を割いた。
支那の歴史も、現在の対支政策についても。日本からできるだけの本を取り寄せた。それから各地を回ってみた。
だが、軍のやつらとは一向にわかりあえなかった。

儂は説明が下手だった。
短気なのは自覚しておる。語ることはできる。
しかし、わからぬ奴とは永遠にわかりあえぬ。
それを思い知らされ、打ちひしがれた一年間だったのだ。

お前の力を、いずれ、存分に、借りるときがくる。
儂も、その日のために、力をつけ、磨き上げよう。
宮本に聞いたが、お前は歴史よりも、本当は工学の方に夢中らしいな。
余った部品をもらってきては、調べたり、作ってみたり。寝る間も惜しんでいろいろやっておるそうだな。
もう、その邪魔はせん。
お前は将来かならず、とんでもないものを作り出す。大いにやれ。
三年後、帰ってきたら、その成果を見せてもらいたい。楽しみにしているぞ。

手紙くらいはくれ。儂も書く。
出立は年明けだ。まだ時々顔を出すからな。
宿題はもう出さんから、せいぜい笑って出迎えてくれ。



[43732] File_1922-11-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/06 00:01
File_1922-11-001C_hmos.

宮本光一と申します。
日本特殊工業株式会社の社長をやっております。
アインシュタイン博士が、今日、神戸に到着される予定です。
明日の夜には東京へ来られる予定なんで、日本中がソワソワしておりますな。

あんまり世間のことに興味なさげなコダマ君ですが、アインシュタイン博士来日という噂を聞いてからは、おかしいくらいに冷静じゃなかったですね。
新聞は嫌いだといつも言うてますが、博士の記事だけは新聞を穴が空くほど見つめて、切り抜きまでしてるんですよ。かわいいもんですね。

そりゃ科学工学を志す者でアインシュタイン博士を尊敬しない人はおらんでしょう。私だってそうです。
ましてコダマ君のような特殊な天才少年からしたら、もう、憧れの存在の最たるものではないですかね。
しかも十日前、日本へ向かってる船上で、ノーベル賞の受賞が決まったものですから、それはもう日本中が熱狂しておるのですよ。
全国を講演して回られる予定だったのですが、追加公演分の切符も、すでに売り切れという話です。
コダマ君がそこまで熱中してるんだったら、なんとかして手に入れてあげたかったですけどね。無理でした。

ただ、石原さんが、せめて東京駅へ見に行こう、とコダマ君を連れてってくれることになってます。
石原さんにとっても、欧州行き前のちょうどいい思い出になりますよね。
お気をつけて、行ってらっしゃい。



[43732] File_1922-11-002B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/07 00:00
File_1922-11-002B_hmos.

おそろしいほどの人出だった。
余裕をみてきたつもりだったが、東京駅が見えてきた頃には、もうすっかり陽が落ちていた。
なんとか人混みをかきわけかきわけ、駅へ向かう。

七時すぎだな。前方で歓声が上がった。
博士と、奥方と。あとは、学者や出版社の連中か。
群衆に取り巻かれて身動きがとれないようだ。という風に見えた。が、よくわからぬ。
前方でまばゆい光が煌めき続けている。

コダマを、肩車した。
儂も背は低い方だが、なんとか見えるか?そうか。
これ以上近づけなさそうだ。すまんなあ、勘弁してくれ。

陸大に、ドイツ製の双眼鏡があったので、こっそり持ち出してきたのだが、まさか本当に役立つとは思わなかった。
どうだ、コダマ。博士の顔が見えるか?

「閣下、あのビルの屋上に上がれれば、よく見えると思うのですが…」

ほう。そうだな。窓に灯りはともっていないが、ちょっと、行ってみるか。
入口に守衛がいた。
陸軍の大尉だが、この子と一緒にアインシュタイン博士を見たいので、上がらせてもらえないだろうかとお願いしてみたら、笑いながら鍵をあけてくれた。いい人だ。

人混みの中で汗をかいていたのだが、ここはさすがに風も吹いていて、寒いな。
しかし、よく見える。
なんという人の多さだ。
博士たちは、駅からちっとも進んでおらん。群衆の握手責めに遭っておる。
光の明滅も収まらぬ。まるで最前線の砲撃だ。あれでは目を潰されように。

コダマは、双眼鏡を覗きこんだまま、一心に博士を見つめている。
もともと口数の少ない子だが、それにしても、いったい今、なにを考えているのだろうな。
儂は群衆と、コダマを、交互に見つめながら、時折、体操をして体を温めていた。

「……閣下、ありがとうございます。もう、じゅうぶんです。どこか暖かいところへ寄りましょうか」

そうだな。その辺で、夕餉をとろう。

「さっきは肩車をしていただいて、恐縮でした。重くなかったですか?」

ははは。お前は軽いぞ。軍では十五貫くらいの装備を担いで一日中、行軍するくらいは普通だ。

「閣下には、お子様はいらっしゃらないのでしたよね?」

ああ。おらん。こればかりはな。
まあ授かるときには授かるだろうさ。
授からなければ、お前が養子にくればよい。

「宮本社長にも言われてます」

あいつには子供がおるじゃろうが。儂によこせ。

「私は、モノではありませんよ」

冗談のわからん奴だな。
なあお前、アインシュタイン博士がどんな研究をしたのか、儂に説明できるか?

「博士の論文を手に入れていただければ。相応のお時間をいただければ。まずは自分で理解して、そのあとでなんとか、言葉を尽くしてみたいです」

うむ。まあ。さすがにな、それは儂には専門外すぎる。そのうち、宮本に頼め。
儂は大盛の天丼を。コダマはかき揚げ丼を注文した。
旨かったな。ドイツから戻ってきたら、またここで食おうな。



[43732] File_1923-04-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/08 00:03
File_1923-04-001C_hmos.

宮本光一と申します。
日本特殊工業株式会社の社長をやっております。
陸軍さんの下請け、ですね。開発補助とか、部品製造ですとか。
細かいものをいろいろ、やっております。

さて、今日はですね。
いきなり機関銃の話にいっちゃいますか、もう。

兵隊さんがよくやってる「捧げー銃」ありますな。あれは、小銃といいます。
国産では明治の初期に村田銃という、村田経芳先生の発明された小銃が登場しまして、これが今も改良に改良を重ねられつつ、日本陸軍の主力兵装のひとつとなっておりますな。
明治20年代に、無煙火薬というものが現れまして、連射ができるようになりました。
それまでは一発撃つごとに、煙とススをはらう必要がありましたが、これによって村田連発銃というのも作られるようになります。装填数は8発でした。

欧州では、もっと沢山連続して撃てるようにと、機関銃、というものが開発されます。
ちょっと大型になりますが、地面に据えて、ダダダダダ、って30発くらい、大口径の弾を撃てるんですな。
弾倉を交換しながら、連続して300発くらい撃つことができます。

それまでは、歩兵小隊は相手を威嚇しつつ、逃がさないよう、横一列に広がって向かっていくものだったんですが、機関銃が登場してからはそれだと一瞬でなぎ倒されますので、縦列が基本になったとか。
そのくらい、戦術に影響を及ぼしました。

日清戦争と前後して。
英国からマキシム式機関砲、仏国からホチキス式機関砲。
当初は機関砲と呼ばれてました。ヨーロッパを代表する二大機関砲を相次いで輸入して、検討がはじまるわけです。
これ、実物見ると一目瞭然なんですが、マキシムは大きくて、ホチキスは小さいんですね。
日本ではホチキスが採用されました。正式に許可をとって改良した、保式機関砲というのを、東京砲兵工廠で大量生産始めまして、日露戦争から使われます。
この時ロシア軍は、マキシム式を採用してたといいます。マキシムは銃腔とか大きいぶん、寒いとこにも強かったからですな。

村田先生のお弟子さん筋、ということになりますが、南部麒次郎先生という方が、機関銃の改良について、多大なる奮闘をされます。
日露戦争から2年後、三八式機関銃が登場します。この頃から機関銃、というようになりました。

さらに7年して、大正三年式機関銃が誕生。これは海軍からも使わせてほしいと依頼がくるほど人気でした。
寒冷地でも故障が少ないということで、大正七年から始まったシベリア出兵の前線でも大活躍だそうです。
しかしまだまだ大きいと。重いと。
三八式も三年式も、銃本体だけで30キログラム近くあります。
山砲や野砲は車輪ついてますけど、機関銃は歩兵が分解して担いでいかにゃならんので。
より小型化を、より軽量化をというのはどの国でも最優先の課題となっておるところでした。

そして。ついに昨年、それまでの常識を覆す、画期的な機関銃が完成したのであります。
その名も、十一年式軽機関銃。大正十一年ですから、まんまですが。「軽」がつきます。
なんと、10キログラム。
30キログラムから、一気に三分の一ですよ。どうですか。

従来の機関銃では、専用の弾丸を使っておりましたので、装弾帯やら保弾板やら弾倉などもいろいろ必要としたのですが、これを小銃と同じ三八式実包にして、外せるものは外しました。
他にも、ガス筒や銃身の放熱などにも新しく生み出した技術を導入してます。面白いところでは銃床を動かすと、塹壕、穴ボコですな、から銃口だけを覗かせて射つこともできます。

それでも決して、廉価版ではないのですぞ。
発射速度は分あたり500発。有効射程800メートル、最大射程は3700メートル。
一台ごとに予備銃身、専用麻袋に肩掛け紐、そしてなんと、対空攻撃用の三脚架乙を、一台ごとにお付けしとるんです。
この三脚は最高高さ1228ミリまで伸ばせまして、空に射てるんですな。もはや航空機の時代ですからな。弾幕も張れますし、一発でも翼に当たったら敵機は火だるまになります。すばらしいでしょう。

もちろん設計は南部麒次郎先生の手になりますが、我が社でも基礎研究や細かなところにいろいろ協力をさせていただきました。とりわけ殊勲賞に値するのが、コダマ君なのですな。
誰がどこをやった、という明確な線引きは不可能ですけど、うちの社員連中が、ときどき地下室へ図面持っていったり、食堂で話し込んでるのはよく見てました。
コダマ君は図面読めますし、簡単なものなら描けますからな。
あとは発想が豊かで、意外な着眼点をふっと思いついたりするみたいなんですわ。
だから困ったことがあるとコダマ君に聞いてみたらどうか、なんて感じだったみたいですよ。

そして昨年、制式採用されましたら、我々一同も喜びましたけどコダマ君も驚いていたようでしてね。
ああ色々やってたのがこんな形に結実したんだという手応えですな。を感じてか、最近それを更に更に改良しようと夢中になっておるみたいなんですね。
だから今年に入ってからは、コダマ君から社員に相談してくることも増えてるみたいです。面白いでしょう。

石原さんもいなくなったし、というと怒られますけど、しばらくは設計方面で、コダマ君を遊ばせておこうかなと思います。
もうちょっとしたら、正式に入社してもらいましょうねえ。
給料もちゃんと払って、びっちりいいもん作ってもらえたら面白いことになりますねえ。うひひひひひ。



[43732] File_1923-09-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/09 00:06
File_1923-09-001C_hmos.

いやあ。えらいことでした。
あ。宮本光一です。日本特殊工業株式会社、社長をやっております。
毎度ですが仕事柄、これを言うことで、言うことによって、気持ちが切り替わりますので。
誰に言うてるでもないんですけど、今日は特にですな。

お昼の地震です。

土曜日で半ドンだったんで、皆そろそろ仕舞いやー、て気分になっとったとこですな。
雨も上がって、秋日和で、空は曇ってましたけど風がここちようてですな。ちょっと窓も開けとったんですわ。

私は社長室にいました。
ぐらぐらっときて。
おお、今日のは大きいな。
長いな?
と思ってたら、いきなり烈しい横揺れが襲ってきました。

日章旗と、額の絵と、あと書類棚やらいろいろ倒れてきて、思わず床へ四つん這いになりました。
お昼のサイレンが鳴り始めて、すぐ止まりました。停電です。
工場のほうからも、悲鳴があがっとります。
揺れは続いてましたけど、気が気じゃないんで、壁に手をつきながら、向かいました。

旋盤とか、危険なものは養生して、あと火のついとるものはないかと。
食堂を見に行ってくれ、と何人かに行かせて、私は各部屋を端から順に見て回ってました。
窓の外では煙があちこち上がって見えました。
お昼どきですからすぐに火の手が回ったようです。
消防と警察と、あと軍隊は、すぐに治安出動したみたいです。
人がごった返してて消防もままならんみたいでした。
被害状況とかは何日かせんとはっきりしないと思いますが、東京中の下町で出火したみたいですな。夜でも遠くまで火の手が見えてましたからねえ。
昨晩の大雨がうらめしいですわ。今降ってくれ、と皆して言いましたよ。

途中で、コダマ君と鉢合わせしました。
あとから、社員から聞いた話も混ざっとりますが、コダマ君もすぐ地下室から飛び出したみたいですな。
食堂がすぐ真上なので、まず一番はそこへ向かったようです。
土曜日なのでいつもより人数も少なかったんですが、おばちゃんたちもすぐ火を止めてくれてて、それをコダマ君もひとつひとつ確認してくれたとか。
ひとり、取り乱してたおばちゃん、いてたんですね。
コダマ君、彼女の前に立って、両手を広げて、黙ってじっと見つめたそうなんです。
そのあと、タン・タン・・タン・・・ゆうて足で拍をとって。そしたらおばちゃん、呼吸を落ち着かせて。
そこでコダマ君が
「机の下へ!」
て言うたら、すぐ伏せてくれたと。すごいですよね。

あとは、食堂でバケツに水を汲んで、それを持って各部屋へ。灰皿に水をかけて回ってくれたりもしたそうです。
それは私もすぐは気づかなかったことなんで、驚きました。
コダマ君は喫わんはずですけど、よう見てますなあ。
外から、避難してきた人が中庭にどんどん入ってきよるんですが、手の空いてる人で案内して、ひとまず水を飲ませてあげましょう、ゆうてテキパキ指示してくれたのもコダマ君がいたからですね。
なんかコダマ君がいうとみんな聞くようになってました。

そうそう、自宅から通いの人は帰らせてあげて、寮の人はすぐ戻れるから避難者の誘導とか持ち場の養生の再確認とかして、みたいなこともトントンと決まったんですが、私の自宅へは、社員に甥っ子がいましたんでその子に頼みました。無事だったそうなんで、私も安心して、夜中まで会社にいました。

町中に、火事場泥棒とかもぎょうさんおったでしょうし、当分の間は、社員で交代で寝ずの番せんとあかんやろなあ、と言ったら、コダマ君が、自分いつもしてますからて。
地下室に寝泊まりしてますからね。そうか、そんなこといつも気にしてくれてたんか。
ありがたいことでございますわ。



[43732] File_1923-09-002C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/10 00:03
File_1923-09-002C_hmos.

日本特殊工業株式会社を経営しております、宮本光一と申します。
このたびの震災で被害に遭われた方々。ご家族やご友人を亡くされた方ももちろんですが、財産やお仕事を失われた方々、その他筆舌に尽くしがたいご苦労を今尚されていらっしゃる方々に、謹んで、御見舞い申し上げます。
我々共の会社も、今なお操業再開の目途は立っておりませんが、従業員も、建物にも大きな被害はなく、今はただ、日々、できることを粛々と、地域の皆様の支えになれるよう、努めさせていただいております。

牛込区は、東京市内の中でも、きわめて被害が少なかった方だと言われております。
翌日以来、各地の罹災状況を知るにつれ、まことに、まことに、むごいことで、胸が詰まります。
東京中、至るところで火の手が上がり、多くの方が亡くなられました。
とくに、本所区の陸軍被服廠では、あの広大な敷地に避難されてきた数万人の方々が押し合いへし合いとなり、そこへ火の手が猛烈な勢いで襲いかかり、逃げることもできず、お亡くなりになられたと聞き及びます。
深川区などは川が多く、一丁歩くにも橋を渡らなければならないような水場であるにもかかわらず、消防隊がたどり着けず火に追われ川へ飛び込み、揉み合いになって溺れて亡くなられた方も少なからずとか。
そして、小石川の砲兵工廠が、弾薬に燃え移って建物全棟を吹き飛ばすという甚大な被害に及びました。
私も行って見て参りましたが、一面の更地に変わり果てた光景が信じられませんでした。
後楽園も全壊。大広間も焼けてしまいました。有名な、東海道五十三次の庭園も滅茶苦茶です。
牛込へ戻ってきたとき、我が社がまだそこにあるのを見て、涙が止まりませんでした。

これから、我々共は、東京の復興へ向けて、固い決意をもって努力せねばなりません。
折しも、昨年より、山東省およびシベリアからの撤兵が決定され、ワシントン条約にもとづく軍縮が始められたばかりであります。
私どもも、厳しい経営の中、活路を求めて知恵を振り絞ってきて参りましたが、より一層の覚悟をもって、世界の平和と社会治安の安寧に力を注いでいく決意を新たにしたいと思っております。
どうか、皆様、これからも、手を携えあい、力を合わせて、がんばりましょう。
よろしくお願い申し上げます。



[43732] File_1923-09-003C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/11 00:02
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石原大尉、大変申し訳ございません。
いつもお葉書、お手紙、たくさん、ありがたく頂戴しております。
あちらでカメラを買われ、最近はその現像もご自分でされているそうで。
いつも楽しく、拝見させていただいております。
敗戦して、ボロボロになっている中でも、ドイツの人たちは、けなげに、力強く、明るく、生きてらっしゃいますな。今、そのことが、ことさら胸にしみいるところです。

ええ。お聞き及びの通り、日本では震災がありました。東京で、直下型です。
地震に加えて、火災でもっと多くの人が亡くなられ、町も、街も、メチャクチャになっております。
ドイツでも、新聞の一面で報道されたんですね。
ドイツの地震計でも何日か震動が観測されてたというのも驚きでした。まさしく、地球規模の大地殻変動だったのでありましょう。

ですが、ご安心ください。詳細にいろいろ書いていただいておりますが、大袈裟に伝わっておる部分も、少なからずあります。さすがに死者三百万は、ないです。
それから、閣下の奥様や、軍の方へも同様にお手紙されておることと推察いたしますので、重複するかとは思いますが、ご自宅は無事であらせられます。
我社も、さいわい、被害は軽微でした。
のちほど、子細を説明させていただきます。もちろん、コダマ君も、ケガひとつ、しておりません。

実をいうと、いつもいただいているお手紙、宛名は私ですけど中身はコダマ君宛てがほとんどですよね。
いちおう目は通すんですけど、そのあとコダマ君に渡すんです。
コダマ君へは、閣下にお返事書くようにといつも言うてるんですが、そういえば最近、切手をもらいに来てないなーと今さら気づきました。
いやまあ、小遣いはあげてますけど。便せんとか封筒とか切手とかは会社のを使ってくれてええからねと言ってはあるんですけど。
そうでしたか。最近はあんまり、お返事してなかったですかね。
閣下からは毎週のようにいただいてるんですけどね。いやまた、はてさて。

今後は、コダマ君から、もうちょっとマメに手紙書かせますので。私からも言いますので。
私からの連絡は、コダマ君に一緒に送らせるようにしましょう。そしたらコダマ君も一筆書かんとならんようなりますからな。いえ、決して、閣下へのお手紙をめんどくさがっとるわけではないですからね。……ああ。

あああ。もういっぺん書きなおそ。
難儀やなあ……。



[43732] File_1923-11-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/12 00:01
File_1923-11-001C_hmos.

宮本光一です。
日本特殊工業株式会社は、今のところ、持ちこたえております。
戒厳令が、解除されました。ずっとピリピリしていた町の空気が、ちょっと、やわらぎましたかね。
まだまだですが、なんとか生きております。みんなに、支えてもらっとります。

さっき、食堂で、コダマ君と話してました。
新聞嫌いだったコダマ君ですが、最近は他に読むものがないせいか、割と読んでる風ですね。
とはいえ、連日の大杉栄報道には辟易していると言うてました。

震災のあと、憲兵さんや警察が毎日毎日、社会不安につけこむ不逞の輩はいませんかと巡回されてましたが、その憲兵さんが、大杉栄と愛人、それから6歳になる男の子を連行して、憲兵隊本部で殺してしまったという事件です。
二年前から、軍事法廷は公開が原則になりましたので、連日これを新聞がこぞって報道しておるのですな。

どうやら憲兵隊の甘粕大尉が主犯という線で進んでおるのですが、証言は矛盾しまくってますし、もっと上の人たちをかばっているのじゃないか、甘粕大尉は真っ白じゃないのかとか、いろいろ憶測が憶測を呼んで、社内でも、ひところよりはだいぶ落ち着きましたけど、その話題は尽きません。

「私もこの食堂で、そんな話ばかり聞いてますけど、興味はありません」

だろうねえ。でも、イデオロギーにも多少は詳しいんじゃなかったっけ?

「大杉栄の本は読んだことないですが、噂で聞く限りではずいぶんシモのゆるい人のようで。醜聞を売って食いつないでる印象しかありません」

はあ。身も蓋もないねえ。
孫文はどうだい?

「あの人も女関係はだらしないところありますけど、それを自分から言いふらしてるわけではないので、まだマシですね」

厳しいなあ。あれ、君自身は、女の子とか、どう思ってるの?

「私にも、いずれ、そんな時期もくるでしょう。でも、人が、怖いんです。ここのおばさん達とは、仲良くやってますけど」

冷静だねえ。まあ、いいか。そのうち、いい人を紹介するよ。
君は女の子から見たら、文士的で落ち着いた、いい旦那さんになると思うよ。
やはり、コダマ君は、軍人さんには向いてないよねえ。うむ。



[43732] File_1924-02-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/13 00:01
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戦車、あったよ。
あ、宮本光一です。某、陸軍関係の会社の社長をやっております。
たしかにこれは面白いねえ。面白いというか、なんとしても、手に入れたいねえ。

去年、震災がありまして、我社も相当深刻な打撃を被りました。
工場自体は無傷と言ってもいいくらいなんですが、仕事がガクーっと減りましてな。
ただでさえ山梨軍縮で泣きそうになってたところへ、追い打ちですわ。

そこで、いろいろ手を尽くして、いろいろ、やっておったんですが。
これも最初は、コダマ君のひとことだったですかな。
欧州大戦で、戦車というものが、開発されたと。

開発というか、イギリスが最初に実戦投入して、ドイツとの戦線へ何台も送り込んどるんです。
ええもうある程度調べはついたんで今わかっとる情報で整理しますけど。
欧州大戦は、ひとことでいうと……ああ一言はさすがに無理やね。戦術、戦略、兵站に至るまで、ありとあらゆるものが進化しました。
たとえばその象徴のひとつが、塹壕です。

ドイツ、オーストリアなどの中央同盟軍と、フランス、イギリス、当時はロシアなどの連合軍。
この二大勢力が足かけ五年に亘って戦ったんですけど、前線は穴ボコだらけ。
延々と横に広がった長い穴を掘って、その中に兵士を待機させて、資材や司令部も穴の中に隠して、にらみ合っては時々突撃して、というので一進一退しておったわけです。

なんでこんな風になったかというと、機関銃、それから、ダイナマイト。
航空機も偵察、爆撃、銃撃など広く使われるようになってきてましたんで、のこのこ地上を密集して行進するだけでネギしょったカモです。
ときの声を上げて、威勢よく吶喊。日本はまだ正々堂々とこれやってますけど、欧州ではもはや、こんな時代は永遠に過去のものであると。
なんとも殺伐とした戦争ですなあ。これじゃ殺し合いのための殺し合いじゃないですか。

ともあれ、塹壕戦です。
これは、なかなか、進みません。鉄条網という、太い針金を先端とがらせて巻き付けた柵も至るところに張り巡らされておったので、事前にこれを切断しておかないと、突き刺さってえらいことになります。
これがまた厄介で、杭に命中させん限り爆風はすり抜けますんで、大砲でも排除できません。人間が切りに行く必要がある。
もちろん、相手が攻めこみやすい突破口をあえて作って、夜間それを切りにくる兵士を狙うように機関銃隊を配置しておくわけですな。
どうですか、憎ったらしいにもほどがありましょう。

さて、戦車です。
イギリスが、陸上軍艦として開発したようです。巨大な装甲車。八人乗りで、履帯で進みます。
履帯というのは、無限軌道とも言います。金属製の板を車輪に巻きつけてて、泥の上でもしっかりと地面を噛むので、どんな悪路でも走れます。
車体は全長10メートル。これが、鉄条網も、塹壕すらも乗り越えて、突き進むんですな。
うしろに歩兵が続きます。戦車が道をあけたところになだれ込みます。

同盟軍兵士にとっては恐怖の的で、それはもう悪魔と呼ばれて。機関銃でも歯が立ちませんからな。戦車が出てきたら逃げろと。いえ、もしドイツ軍が戦車を使ったらイギリス人も同じこと言うと思いますけどね。
とにかく、とんでもないもんが現れました。
まことに、とんでもないです。

石原大尉がドイツで、下宿のおばさん伝てで紹介してもらった帰還兵の方に、この戦車を生で見た方がいらっしゃって、それをコダマ君宛ての手紙で読ませてもらいましたが、私も興奮ひとしおでした。
大尉がいちばん興奮してたんですが。コダマ君はあいかわらず冷静でした。
ちなみに、攻略法としては、地雷が有効という結論ですねえ。
底側は装甲が薄いので、戦車が近づくまでのあいだに決死隊が地雷を置いてきて、踏ませられれば履帯を破壊できる。除けられそうなら地雷への狙撃を試みる。
いずれにせよ命がけですけどね。そんな話もいろいろ大尉伝てでわかりました。

大戦が続いてる間に、この戦車も進化していきまして。同じ連合国のフランスでも戦車が作られました。
こちらは塹壕越える用ではなく、指揮官が戦場を効率よく動き回れるようにという目的だったので、二人乗りで速度重視。
小回りがきくのと、主砲も前後左右に回して撃てると。
イギリスの悪魔とはうってかわって、かわいらしい戦術騎兵とでもいいますか。
悪魔より安価で、数もたくさん作られました。攻められる方からしたらどっちも恐怖ですけどね。

機関銃でも、イギリスのマキシムは大火力で、フランスのホチキスは小型軽量でしたけど、戦車も同じです。お国柄ですね。
さて、イギリスは戦車を国家戦略の要として門外不出としましたが、フランスは外貨獲得の必要もあってこの戦車の輸出を始めました。
我が日本も、これを購入しとるんですよ。しかも十数輛。四年前に。
ああ。軍縮前の、景気のよかった時代ですなあ。

営業部がなんとかして探り出したところによると、福岡の久留米で研究が進められておるそうです。あと、千葉にも。
震災がなければ、近々、陸軍内に戦車隊を創設するという計画も、かなり進んでおったようです。
フランスからの輸入で今後もまかなう、という気は陸軍でも、さらさらないようで。すでに国産化へ向けての開発に予算が出ておったみたいです。
おそらく、小石川の陸軍科学研究所か技術本部が総本山だったと思いますが、震災のときに砲兵工廠が吹っ飛んでしまいましたから、もしかしたら、研究資料も一切失われてしまったかも……なんですが。

ですが、これは災い転じて福と成す。そんな心構えでいきましょう。
私でも知らなかったくらいですから、戦車開発は極秘中の極秘事項でありましょう。
同業他社の参入も、されてないか、極めて限定的と見ます。そこへ今回の損失。
現場の開発者たちの落胆もさぞや大きいでしょう。

そこで我々の登場です。
我々には、技術力があります。
大きなものはまだ得意ではありませんが、もちろん車体とか砲塔とかエンジンを作るお手伝いはできませんが、いろいろ細々としたものをですな。照準ですとか操縦系とか。いろいろ創意工夫の余地はあると思うんです。
どうか、我々も、お国の未来のために、協力させていただけませんでしょうか。

コダマ君も、やってみたいですねと言うてくれてるんですよ。これはほんま、心強いことでね。
あとは、仕事をとってくるだけです。だけ、いうてこれが大変なんですけどね。
そういうわけで私もしばらく外回りが増えます。
やはり社長直々に、でないと、まとまるもんもまとまりませんからな。とくに陸軍さん相手では。
まあ、接待ですわ。がんばります。がんばりますとも。
社員を一人たりと路頭に迷わすようなことは致しません。
決死の覚悟で、仕事をとって参りますよってに。



[43732] File_1924-02-002C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/14 00:02
File_1924-02-002C_hmos.

大臣に、ついに、お目通りが叶いました。
日本特殊工業株式会社の心意気を、しかと、お伝えしてきましたぞ。
はい、わたくし、社長をやっております、宮本光一と申します。

陸軍大臣、宇垣一茂中将閣下は、実に気さくな方でありました。
私が、閣下は、田中前大臣や、その前の山梨大臣と違って……みたいなことをつい、言うてしまってもですな。

「田中男爵は、とんでもなくできる方ですよ。シベリア出兵の間も、ロシア留学の経験もあるし事情通ですからね、それはもう頼もしかった。長州閥ではありますが、苦労人だし、何よりあの口調が親しみやすくて、上からも下からも、皆から慕われてます。この度は虎ノ門での騒動のせいで内閣が倒れてしまったが、本来、留任されるべきではなかったかと、今も思っております」
「山梨大将は、軍縮の矢面に立たれたので評判は悪いかもしれませんが、やはり偉大な方です。それに、お生まれは神奈川だったと思います。軍閥ではありませんね」

などですね。お心の広さがわかりますでしょう。それでも清浦子爵から乞われ入閣されたからには、全力で陸軍の再建に当たりますと、強い決意で申されておりました。

ところで、戦車です。
慎重に、探りをいれてみたのですが、大臣もまだ相模原で一度しか実物を見ておらんようです。戦車隊創設構想が震災でいったん潰れてしまったことなども、概ね我々の予想通りでした。
切り札としては、やはり十一年式軽機関銃の開発に我々が貢献していたこと。これが大きかったですな。
商談はわりとすんなりまとまりました。
どうやら科研の南部所長が責任者らしくてですね。だったら話は早いですな。
戦車のほうもひとつよろしくて。近日中に紹介してもらえる手筈です。

そのあとはざっくばらんに、大臣閣下の四方山話を楽しく聞かせていただきました。
甘粕事件のこととかは、やはり陸軍では汚点になってるようで、禁忌みたいです。

ええとね。盛り上がったところでいうと、張作霖。ほら、支那の。
日露戦争で、張作霖、日本軍の捕虜になったことあるそうなんです。
張は自分の名前も漢字で書けないほど野卑で教養のない男ですが、相手の心を掴むのがうまいというか、通訳通してですけど、自分を利用してはどうかと交渉してきたというんですな。
最初に井戸川さんとかいう武官が尋問しておったそうですが、すぐ上官へ伝わり、何人か経て、現地指揮官だった田中義一中佐が対面します。ここで意気投合して、田中中佐が児玉源太郎大将へ掛け合って、張を放免する運びとなったそうです。
だから今も張作霖は田中前大臣には頭があがらない。もし日本が支那と事を構え、張が支那軍の指揮をとるとしたら、日本も田中大元帥を立てて、いざ決戦、となりましょう。
なるほどですな。大臣ともなると、世界を見据えた戦略というか、考え方をされるものなのだなあと、あらためて感じ入りました。

我々なんてほんと零細ですけど、それでも、日本のために、閣下のために、社員のために、精一杯、がんばろうと思います。そう決意を新たにしました。
それでは、おやすみなさい。



[43732] File_1924-02-003C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/15 00:01
File_1924-02-003C_hmos.

今日は、胸を張らせてください。
日本特殊工業株式会社、社長の宮本です。
朝から千葉の陸軍歩兵学校で戦車の実物に乗ってきて、午後は小石川の陸軍技術本部で会議をしてきました。
日本が輸入した戦車は三種類ありました。

まず、イギリスの悪魔、ビッカース四号雌型。
門外不出と言われていたものが、日本に、あったんです。
この戦車にはオス型、メス型とありまして、初期型が雄型と呼ばれますが、日本にあるのは武装を改良した後期型の方です。横から見ると菱形の鉄の塊で、上に兵隊さんが百人も乗れそうな、ものものしい風格を漂わせてました。
車内は暑かったし煙かったし、なかなか乗って攻める側も命がけな印象でした。
ちなみに六年前、これが日本へやってきた時は、操縦を指導するイギリス将校が五名、一緒に来日されたそうです。
もちろん極秘中の極秘でしたが、皇室の宮殿下らも招いての演習もやって、イギリス人は勲章もらって帰って行ったとか。
うらやましいことですなあ。

もうひとつイギリスから、マークAホイペットと呼ばれる中くらいな戦車も輸入されました。これは乗員3名で、機動性を重視した戦車です。重量はビッカースの半分で、速度は倍以上出ます。

そしてフランスの、ルノーFT17。
これはイギリスのものとまったく構造が違います。乗員は2名。操縦手1名と、砲手を兼ねた車長が乗っていっぱいいっぱいな小ささです。
ホイペットの更に半分の重量ながら、装甲はみっつの中で一番厚く、速度はさらに倍とまではいきませんが、時速20キロくらい出ます。
まさに騎馬隊にとってかわる存在です。

日本が戦車を運用するとなれば。主戦地はロシアか、支那ということになりますな。
広大な支那大陸を走り回るには、速度が重要です。あと、あんまり大きなのを大量生産というのも難しいですから、ルノーをお手本にする、ということでは誰一人異存はありません。
車体とエンジンは私ら専門外なので口は出せませんが、機銃と照準、それから懸架装置。私らサスペンションと呼んでますが、これは大いに工夫できるなと思いました。
エンジンの動力をまず車体後方の起動輪に伝えます。反対側、つまり車体前面には誘導輪。履帯を巻き付けますから間に転輪をいくつか。これで不整地走行も可能になりますし、うまく調整すれば揺れを押さえることもできます。
イギリス戦車はエンジン直結なんで乗り心地最悪だったんですが、ルノーは大変扱いやすい。でももっといけるやろ、という感触がありました。

みたいな話を、ああ、私たち三人で行ったんですけどね。私と、設計主任と、開発主任とで。そんな話をその場でしてたら、本部の方々が笑いはじめましてね。
なんて話が早いんだと。
もうあとは勢いで、次から次へと資料を出してくれました。
工廠は吹っ飛びましたが事務棟は助かってたんで、今日までの研究が失われなかったのはほんま、不幸中のさいわいでしたなあ。

来週にも次の会議で、いろいろ持っていくんですが、ひとまず今日は資料しこたまもらって帰りましてな、さっそくコダマ君にも見せました。食い入るように図面を見てましたなあ。なんか思いついたら何でもいつでもいくらでも言うてくれ、いうてます。
きっと、すごいものをつくりますよ我々は。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/16 00:02
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伊豆の、長岡へ行って参りました。
宇垣大臣の別荘へ、招待されましたのであります。

なんでも震災からしばらく、陸軍次官として不眠不休の日々を過ごされていたときに腰を悪くされて、当時の犬養逓信大臣から長岡温泉を薦められたのだそうです。
爾来、通ううちにすっかり快くなり、遂に今年、犬養氏の周旋で、長岡に別荘を買われたと。
いろいろな方が御招待されていると思われますが、私にもお誘いがありまして。ではこの日に伺いますと、日取りを決めて。
緊張しながら行って参りました。

その日は私しか招かれておらず、大臣と半日、二人きりでした。
最初はどうなることかと思いましたが、大臣のお人柄をますます深く感じられる、善き一日となりました。

「南部君たちから聞いてますよ。あなたがたは大層評判がいい。私も、紹介した甲斐がある。ほんと、よくやっていただいて、感謝に堪えません」

もったいないお言葉です。大臣へはなんとお礼を言ってよいか。

「ああ大臣はやめてください。六月にはおそらく、今の内閣は倒れます」

なんと。いえそれは。たしかに衆院解散、総選挙は決まりましたがそんな。

「入閣時からわかっておったんです。この内閣は短命だと。だってそうでしょう、素人ばかりを寄せ集めた超然内閣。理想は高く上品だが、戦闘力には欠ける。次の選挙では、根こそぎ持っていかれますよ」

いやしかしそれでも大臣には留任していただきたいと……

「それは私が決めることではありませんし、また田中さんが選ばれるかもしれない。でも私も陸軍省へ戻りますから、軍の監督には携わりますよ。戦車隊は、近いうち創設させます」

なんとも心強いお言葉です。涙が出ます。

「戦車を早く実用化することこそが、支那を、ひいては日本を救う道なのです」

支那を、救う?

「宮本さんは、支那を、どう見ておられますかな?」

は。どうと言われましても。……まあ、混沌としておりますわな。いまの中華民国も、北京と上海にふたつの政府があって、それをとりまく軍閥も、いくつもいくつもあって……

「日本にも昔、南北朝という時代がありました。天皇の正統なる血脈が二つに分かれてしまったのですな。日本では六十年ほどの分裂を経て無事ひとつに戻りましたが、支那はいま、欧州列強諸国によってズタズタに引き裂かれている中でその状態を迎えています。このまま無事ではすみますまい。支那は遠くないうち、完全にこの世から消えてなくなります。あとに残るは白人たちによる分割。そして次の標的はもちろん、我国です」

ゴクリ。

「支那の体たらくを座して見過ごしていては、大変なことになります。かれらへ資金提供しているだけでは、いつまでも解決へは至りません。我々が立ち上がり、支那に橋頭堡を築くのです。これ以上の、白人たちによる植民地化を食い止め、やつらの目を覚まさせるのです。そのためには、戦車と航空機が必要です。そのための、まずは、戦車です」

な、な、なるほどで、あります。

「どうか、その志をもって、ご協力を願います。私も、身を粉にして、日本を守ります」

身の縮まる思いでした。私はただ、会社と従業員を守りたいというくらいの考えしかなかったですが、大臣は真に日本を、世界を見ておられる。ただただ、恥じ入るばかりです。
堅い話は、そのくらいでした。
近くの店でお蕎麦をいただき、川で軽く釣りをして、温泉に入り、夕方、おいとまいたしました。
駅で鯛めしを買い、電車に揺られながら、考えております。

大きな戦車も、造らんとあかんやろか。



[43732] File_1924-06-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/17 00:03
File_1924-06-001C_hmos.

そうはいいましてもですな。
あ、日本特殊工業株式会社の宮本光一と申します。社長です。
宇垣大臣、留任おめでとうございます。

加藤首相は清浦さんとはまったく方向が正反対であると聞き及びます。
それにもかかわらず留任を乞われたということは、これはもう、宇垣大臣あっての陸軍、宇垣大臣あっての国体であると。
すべての諸氏がお認めである。
閣下こそ大日本陸軍を背負い立つ、唯一にして無二の逸材であられると。
そう思ってよいのではないか。
それが証明されたと、いうことでは、ないでしょうか。

それとしましてもですな。
戦車です。暗礁に乗り上げております。
現在、国産戦車計画の一環として、履帯にて走行する、牽引自動車の開発を並行してやっております。これは四年前から大阪工廠にて取り組まれておる研究開発なのですが、こちらは特別秘匿でもありませんので、あちこちで試験走行などもしております。

我々も途中からこれに参加するようになりまして。
足回り関係、ギアですな。とか、冷却装置。測距連動など。細かいことからいろんな改良をお手伝いさせていただいておる次第なのですが。
やはり同じようなことを、アメリカもやっておりまして。
ホルト社、というところが。我々のは3トンなんですけど、5トンまで牽引できる自動車を売り込んできております。
これが耐久性も運動性もきわめてしっかりしておりまして。
多少操作は複雑で私らの方が手際よくまとめておるとは言えるんですが、それにしても我々のは不意の故障も多くて。
このホルト牽引車が昨年すでに陸軍で制式採用されておったと言われて愕然といたしました。
これは今年入閣された宇垣大臣もあずかり知らぬことで。
我々は、これと戦わねばならぬわけです。目標が目の前に、すでにある。感謝すべきことと考えます。しかしですなあ。
せつないですわ。

まして、これから戦車をつくるわけですが。
耐久性と、信頼性。
これは戦場ではより重要になってきます。その点で後れをとっておる。
いざ、アメリカ戦車と戦うときのことを考えたら、これはまさしく恐怖なのであります。

ホルトが採用され、輸入されておるとはいっても、国産牽引車の開発は継続中でして。
日夜努力しておりますが、こうしている間にも西洋での研究は更にさらに、先へ進んでおる。
宇垣大臣は、支那大陸に日本が防御陣地をつくるのだとおっしゃいました。
それに対して、欧米列強が、我々の何倍もの戦車、戦艦、航空機を差し向けてきたらどうなるでしょう。
どうなるでしょうというか、そうなります。
我々は物量で叩きのめされます。

私どもは、開発です。
完成して、採用されたとします。
いいものが設計できたとして、それをどれだけ製造できるか。
本土を守る分だけでも、国内で造るのは容易ではありますまい。
工場も、支那につくる必要があります。
それも、すでに欧米諸国が遙かに大規模にやっておることなのです。
みたいなことを、考え始めたら、つい途方に暮れてしまいます。

なんて、陸軍の方々にも、社員のみんなにも、言えませんけどね。顔にも出せませんけどね。
いえ私なんかより、宇垣大臣などはもっとはるかに、厳しい現実をわかって苦渋に耐えつつ、我々の前ではあんな笑顔で、せいいっぱい励ましてくれておるのだと考えたら、こんな弱音を吐いておる場合ではございませんな。

でも時々、コダマ君には愚痴を聞いてもらっておったりします。すみません。堪忍な。
コダマ君は、いつでも冷静で、じっと聞いてくれる。私も、つい、ポロポロと、本音が出てしまったり、するんですよ。それでいて、時折、

「目標にすべきものが、すぐ目の前にあるという状況は、好都合ですよね」

なんて鋭いことを言ってくれるのですね。すみませんさっきこれ、言いましたよね。コダマ君の受け売りでした。いやほんと、お恥ずかしい。
皆に支えられて会社をやっております。つたない社長ですが、まだまだ、がんばります。



[43732] File_1924-09-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/18 00:02
File_1924-09-001E_hmos.

僕の名はサノ。
その日も、深夜の東京を散歩していた。

業平橋。工場街大島町。柳橋。
気分もよく、いつもより遠出した。昼間の雑踏が嘘のよう。
寝静まった都会は、静かで、幻想的な魅力をたたえている。
僕はこの時間がとても好きだ。
表通りはだいぶ綺麗になってきたけど、裏へ入るとまだまだ震災の焼け跡が痛々しい。
もう、一年経つんだな。

栗原橋のたもとで、一人の紳士が、欄干にもたれかかって、気分悪そうにしていた。
どうしました?大丈夫ですか?
吐きそうなのかと、背中をさすっているうち、紳士は呻きながら、倒れた。
あ、誰か呼んできます、たしか交番が向こうにあったはず……
駆け出してすぐ、叫び声が、後ろから、聞こえた。

振り向くと、二人の男が、紳士を抱きかかえている。
連れがいたのか。
二人の男は、こちらを凶悪な目付きでにらみつける。
紳士は、ぐったりと支えられ、意識もないようだ。

お連れさんですか。その方、だいぶ具合悪そうなんで、しばらく寝かせてあげてからの方が……
「とっとと帰んな。余計なことすんじゃねえ」
二人の男は、見た目も労務者風。明らかに、不釣り合いだ。
せめて紳士から「もう大丈夫だよありがとう」とか一言いってもらえれば、僕もすっきり退散できるのだけど。
もやもや考えながら立ちつくしていると、しびれをきらした二人が、紳士から手を離した。
生気のない塊が、ズサッと地面に転がる。
顔面を打ちつけたはずだが、声も上げない。
まるで、死んでいるようだ。

いきなり顔を殴られた。
二人のうち、大柄な方が。容赦なく。
痛みを感じる前に、驚きで頭の整理が追いつかなかった。
次のパンチが飛んでくる。
その腕をすかさず掴んで投げの一本をくらわせた。
神戸一中を卒業するまでだけど、柔道やってたせいか、咄嗟に体が動いた。

投げられた大男は尻餅をついたまま、驚いている。
もう一人は、構えだけはとっていたけど、向かってくる気配はなさそう。
紳士は依然、ぴくりとも動かない。
にらみあいは数秒だったろうか。
小さい方がこちらを牽制している間に、大きな方が紳士をかついで、立ち去っていった。
ふう。厄介なことに巻き込まれてしまった。

服の埃をはたいていたら、胸のあたりが濡れていた。
ガス灯の下では色に自信が持てないが、手にねとつくその液体は、どうやら血だ。
さっき投げ飛ばした男のものではないと思う。最初の紳士か。
え、じゃあ、僕が声をかけた時にはもう、刺されていたのか。瀕死だったのか?
これはかなりまずい状況ではないか。

立ち去る前に、周囲を見渡す。目撃者はいない。遺留品がのこってないか。
コインが転がっているのをみつけた。とりあえず拾っておく。あとは、ゴミと小石だけだ。
厄介ごとはごめんだよ。そそくさと、その場から離れる。

亀井戸あたりで、尾けられている気がした。
よく巡査に「こんな時間に何をしとるのかね」と誰何され「靴の裏を見せろ」とか言われるのは何度か経験しているが、今日は勘弁だ。手と服にはまだ血がついている。
巡査ならまだしも。さっきの暴漢の仲間だったら最悪この上ない。
日頃から散歩しているので、ひと気のとくに少ない、隠れやすい場所なら、いくつか覚えがないこともない。
路地に入り、ちょっと奥まった建物の影にそっと身を潜め、息を殺した。

追跡者は、ひとりか?いや、何人かいるようだ。
そいつらはしばらく周辺を嗅ぎ回っていた。
音を立てないように気を付けているのがはっきりと感じられる。これは、警察ではない。
こわいよう。泣きそうになってきた。
けど、疲れも出てきて、たぶんほんの一瞬だけど、眠った。

サイレンの音で気づく。近くで、火事でもあったようだ。
腕時計を見る。暗くて見えない。
周囲に気を配る。
そろそろ、大丈夫では、なかろうか。
追跡者の気配も、もう、しない。
見極めがついてから、そっと抜け出した。

なるべく暗い細い路地を選んで、遠回りしながら、下宿へ帰り着く。
時折、灯りの下で時刻を確認したのだが、部屋の時計では3時近くになっていた。
僕の腕時計は、2時間40分ほど遅れていた。出かけるときは正確に合っていたのをはっきり確認しているので、きっと、乱闘のときに動いてしまったのだろう。
ポケットから、拾ってきたコインを取り出す。
10銭硬貨だと思ってたけど、違った。大きさはそのくらいなのだけど、これはなんと、3枚の磁石だったのだ。
しかも、見たことのないほど強い磁力で、ぴったりくっついており、力を入れないと引き離せない。
不思議だなあと思いつつ抽斗に入れておく。
手と服を念入りに洗い、寝た。怖いのでしばらく散歩は控えよう。

朝はギリギリまで起きれず、役所まで全力疾走した。
僕はいつも、昼休み、机に突っ伏して30分の仮眠をとる。
仕事から帰って食事をすませたら、部屋ですぐ2時間ほど眠る。
それからは散歩したり本を読んだり漫画を描いたり好きなことを存分に楽しんで、明け方にまたちょっと、寝る。
下宿では僕がいつ出かけて戻ろうが、すでに慣れていて気にもされない。こんな三分割睡眠法が、僕の元気の源だった。
そのリズムが、この日から、狂ってしまった。

帰宅したとき、部屋の鍵はかかっていた。
朝締めて出たから当然だ。そして、飛び散らかった布団や寝間着も、朝のままだった。
窓にも鍵がかかっており、そこに吊しておいた、血を洗った外出着も、そのままだ。
にもかかわらず。
机の抽斗に入れておいた、磁石だけが、消えていたのである。

夢ではない。もともと記憶力には自信があるし、ふしぎな磁石だなあと矯めつ眇めつしてから、蔵ったのだ。
誰かに侵入された?
では、あのあと下宿まで追跡されてしまっていたのか?
大家さんに念のため聞いてみたが、日中、来客もなければ、物音も特にしなかったとのこと。

この部屋にいるのも怖いが、外出してるうちに、なにかを仕掛けられるのはもっと怖い。
出かけて拉致される危険を考えたら、ここだったら大家さんが証言してくれる。あるいは警察を呼びに行ってくれる。最悪でも巻き添えになってくれる。犯人たちにとっても、障害になるだろう。
その夜は、窓や扉に罠をしかけ、本でも鉛筆でも、ちょっとでも動かせば僕にはわかるようにしておいた。
怖かったけど、疲れきっていたので普段より長く眠った。

翌朝、普段どおり出勤し、普段どおり昼寝して、帰宅。
すべての仕掛けを確認したが、異常はなかった。
磁石も、やはりどこからも、出てこなかった。
翌日も、その翌日も、同じようにした。
緊張感がもたない。飽きてきた頃だった。

彼が現れたのは、土曜日の午後。
帰宅して、ほどなく、お客様ですよと、大家さんから呼ばれた。
すらりとした、背の低い少年だった。

日本人と西洋人の混血かな?という印象を第一に感じた。
確実に初対面だし、例の暴漢とコインに関わる人物だとしか考えられなかった。
伝令かな。親玉のところまで、連れていかれるのかな。

「部屋へ上がらせてもらえますか。お嫌なら、外でも構いませんが……」

ちがった。なんのつもりだろう。その前に確認だ。

……磁石を持っていったのは、貴様か?

「ええそうです。だから勝手は知ってます。あとはサノさん、あなた次第」

そこまで言われたら観念するほかない。

部屋に入れたとたん、いきなり早口でまくしたてられた。

「この配列ですよ。一番左がカエサルで、西遊記、八犬伝、巌窟王。ヴェルヌ、ウエルズ、ガーンズバック。これ、オリジナルの書かれた年代順に並べてあるんでしょう?気付いたときは背筋に電流が走りました。それに続けてここ十年ほどの冒険探偵怪奇小説がびっしり。栞代わりのメモがいっぱい挟んであって、ほらほらこれなんかどれだけ読み返したのかと思うくらい手垢がついてる。最高ですよこの本棚。もう、これはまるで、初めて元素周期表に出会ったときのような気に……」

褒められてるのか?同時に心の中をまさぐられてるような気にもなった。
いたたまれず、急に恥ずかしくなる。顔が赤らみ、手と足が震えだした。

「……その反応は、転生者でもないようですね。ますますうれしい。僕の名はコダマ。磁石を持っていったのはすみませんでした。あれは我が社にとってきわめて重要なもので。あれだけは即刻、工場へ戻さなくてはならなかったものだから……」

???会社勤めしているのか、君は???

「それよりサノさん、あなたはすばらしい。あの夜からずっと監視させてもらっていたのだけれど、お仕事にはまったく興味なさそうなのに自分の生き甲斐はしっかり持っていて譲らない。徹底した自己管理能力を備え、武術の心得もあり、スパイが求められるすべての要素を身につけている。私と一緒に働いてくれませんか?」

……?!?!?!!?

「私の世界ではあなたのような生き方をオタと呼ぶ。それはそれはすばらしいものだ。サノさんに充実した人生をお約束します。仕事でもプライベートでもお近づきになりたい。実は友達が欲しかったんです。友達になってください。本音はそれです」

思考が追いつかない。スパイ?君はスパイなのか?え、僕もスパイにならないかって?いや探偵小説はいっぱい読んでいるがそれだけでスパイになれるわけじゃないと思うんだけどあとなんだったかお友達がなんとか?ああわからん。早口すぎてまったくついていけないんだがとりあえず私を抹殺しにきたのではなさそうだということだけはなんとなく伝わった。変で不思議な人だけどあれ名前なんてったっけ。

外が薄暗くなるまで、いろいろ説明された。
最初の紳士は産業スパイで。
二人の暴漢は、追跡の過程で会社に雇われた殺し屋で。
あの夜のサイレンは、死体を焼死に見せかけるための放火事件で。
磁石の正体はネオジムという、いまの時代には存在しないはずの工業品で。
時計が狂ったのもそのせいだ、とか聞いたはずだけど。

それから。
未来の話も。



[43732] File_1924-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/19 00:01
File_1924-09-002D_hmos.

私の十年間。それは、永い永い、牢獄でした。

産道通って生まれるときから、意識あったよ。
そのときも、窒息するんじゃないかって、わけもわからず、もがいて、暴れて。
いや、もう、わけわかんなくてさ。とにかく苦しくて。
泣きじゃくりながら。
光の射す方へ射す方へと。
穴ぐらをもぐり抜けて出たら、そこは。
この世でした。

なにがなんなのかを理解するまで。
自分の頭の中でとりあえず一応の整理がつくまで。
何時間か、かかったかなあ。
まあいいや。そんなとこまで細かく話してたらきりがない。

何日かして、周囲に誰もいないときに、声出してみたんですよ。
舌がうまく回らないし、手も足もどーにもぎこちないんだけど。
一応、しゃべれるし。動けるし。モノもつかめる。
転生か。転生したのか?わしは。
むかしの日本みたいだけど。どこだよここ、いったい。

時系列的に一直線に過去へ戻ったのか。ぜんぜん違う世界なのか。
宇宙の果ての、地球によく似た惑星なのか。
厳密には今もわかんないでいるわけだけど。
いやそんでさ。記憶もあるし。
よく漫画や映画なんかで、いきなりしゃべり出す天才ベイビー!みたいなのあるじゃん。
あんなマネゴトを、しようと思えば、できたわけ。

できるかアホンダラ。
何が起きるか考えただけでヤバいに決まってるだろ。
足腰がまだ立たないんだ。逃げれないんだぞ。

ええもう。あたしゃ今日まで14年間、隠して隠して、隠し抜いてきましたよ鷹の爪を。
こわくてこわくて人間がこわくてこの世界のあらゆるものがこわくて不気味で。
ただでさえ、前世では、ひきこもり時々ニートだったっちゅうのに。
あの時代でもさー。
家の外には怖い人、いっぱいいたよね。怖い人だらけだったよね。
でもこの時代の人間だって怖いよいつの世でも人間なんて怖いよ怖いんだよ怖いって。
変なことしゃべると、驚かれるんじゃないか。
バレて、おおごとになるんじゃないか。
ヨチヨチ歩きだって、いつ頃からできたら不自然じゃないのか。
まーまって喋るのはそろそろ大丈夫かいやまだもうちょっと待つべきか。
いつまでこの味のないおっぱい吸ってなきゃなんないのかって。わかんねーんだよ。

とにかく!
つらかったのよ!
それをずっと耐えてきたんだよあの日まで。
石原閣下に拾ってもらえたの、マジ感謝!
厳しい家庭教師だけど!
調子に乗ると課題増えるから、いつも厭そうな顔して見せてたけど!
活字に飢えてたあたしには最高の先生でした!
しかも軍のエラい人!
機密情報いっぱい持ち出して、くだらない授業なんかよりよっぽどこの世界のことを知れたのは超ラッキー。
レポートは手控えてました!当然でしょ!

マジ感謝マジ感謝マジ感謝!愛してます!
私は、自由への道を、手に入れました。第一歩!
そして。そして今ようやく。
次なる悲願だった、話のわかってくれそうな。ゆーたらまあオタの匂いのする相棒もね。
偶然、やっと、見つけたわけさ。
逃がさねーぞ、こんちくしょー。

あたしは、生き抜いてやるんだー!



[43732] File_1924-09-003E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/20 00:01
File_1924-09-003E_hmos.

コダマさんは、西暦で言うところの、21世紀人だそうである。

百年後の未来から来られたということですか?

「まあ、そのくらいだ。我々のボキャブラリーでは、転生といった方がしっくりくる。肉体はこの時代のものだが、精神だけがタイムトリップしたようだ」

タイム、トリップ。……英語ですね。斬新だ。

「前世の記憶はしかし、曖昧でね。こっちへ来てから十年間、記録も一切とらずに隠れて生きてきたものだから、かなり忘れてしまったところもあるが」

なんでもいいです、教えてください。未来の日本は、どうなっているのですか?

「大日本帝国、ではなくなっている。民主主義で、経済発展を成功させ、国中がメトロポリスになっているな。21世紀では地球のいたるところに東京市並みの大都会が乱立してるから、日本が特別成功してるわけでもないが、それでもまあ、先進国とよばれるトップクラスの一員だ」

西洋列強と肩を並べているわけですね。……それは、たいへん、喜ばしいことです。

「しかしまあ、日本はわりあい平和だが、世界中では常にどこかしらで血みどろの戦争が止んだことはないよ。しかも一瞬で何百人も何万人も殺せるような兵器がくさるほどあって、それらが日々使われている。我々の感覚も相当に麻痺してしまっていたかな」

コダマさんは、従軍されていたのですか?

「私は、軍人ではない。……が……、戦争についてはそれなりに知見は高かった方だと思う。我々は、日々、ゲームで戦争をしていた」

ゲーム?つまり……将棋のようなものですか?

「それなー。閣下もなんだけど、この時代では将棋になっちゃうんだよなあ。他に説明する言葉が見当たらないんだよなあ。RPGシミュレーションとかPCゲースマゲー置きゲー、プレステスイッチDSFFポケモンバイオマリオモンハンFPSMMOG対戦レイドチャットようつべニコ動いったいどこからどう説明……」

すみません、いまの早口はまったくついていけませんでした。

「気にするな。いろんなものがいっぱいあったのだ。その上、時間の進み方も、おそろしく速い」

はやい?どういうことでしょうか?

「さっきの私のしゃべり方、速かっただろう?今はこれでも、注意深く、ゆっくり喋っているつもりなんだが、つい気を抜くと、さっきみたいな、オタモードになる。オタ同士なら、あの速度で理解し合えるんだ」

オタ。オタですね。私もその……オタだと?

「うむ。資格を認める団体があるわけじゃないんだけども、私のいた世界では最高位の尊称だ。人は誰でも、オタになれる。悟りに達した人間は、思考の高速性を手に入れる。加速装置が脳内に誕生するのだ」

はあ……私には、その、素質があると……?

「強制してならせるものではない。好きなことをとことん、世間の常識にとらわれず、興味あることにひたすらのめりこんで究めれば、人は超能力を手に入れられるものだ。私のいた世界では、そういう人種が無数にいた。ニュータイプだ。しかも、我々は、平和だった。世間がいかに絶望的に暗かろうとも、人生とはなんてすばらしいものだと、日々それを噛みしめながら、生きていられた」

仏教、もしくはキリスト教や、イスラームなどとは関係あるものですか?

「うーん……たぶん、ない。おそらくそのどれとでも共存できるはずだ」

ふしぎなお話です。私には到底たどり着けない境地のように思うのですが。精進していきたいものです。

「まあそうしゃちこばるな。あなたは私よりこの世界では年上なんだし、まずは友達から始めようじゃないか。乾杯だ」

コダマさんは、お酒は飲まれないのですね?

「いちおう成長期の体だしな。でも、昔……ああめんどくさいな、前世でも、そんなに好きじゃなかった。酔うと手元が狂うからな。それよりハイスコア出したいじゃん?」

……?はい、私もそんなに強くはありませんが、いただかせていただきます。

「無理な我慢はしない。心の欲するまま、肉体の求めるものに正直かつ忠実であれ。それがオタの心意気だ」

はい。



[43732] File_1924-10-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/21 00:09
File_1924-10-001C_hmos.

サノ君ですか?
九月に、中途採用で入れたばかりの社員です。

佐野昌一くん。26歳。徳島市出身。
早稲田で電気工学を専攻。逓信省の試験所へ勤めておったのですが、一身上の都合で退社。

アカではないみたいですな。一応、警察にも確認とってもらいましたが、名簿には載ってないし、おかしな集会とかに行ってる気配もないし、ということでした。
人手もそろそろ増やしたくなってきたところでしたし、面接したときも技術畑で話が早かったですし。じゃあよろしくお願いしますわ、と割合にとんとん。
若松町にアパートをもう借りてあるので、そこから通いますと。

勤務評価ですか。真面目にやってくれとりますよ。
聞き上手みたいでね。自分から喋るというよりは、いつもニコニコして、話しかけられる方が多いような。
コダマ君と似てるとこありますね。歳はちょうど倍ちがうのかな。
どっちも研究者肌ですから、馬が合うようです。ときどき、食堂で話してますよ。ボソボソと。
まあ、相談しやすいお兄ちゃんがそばにいてくれてるのは、コダマ君にとってもいいことでしょうな。

サノ君はまだ研修期間中ですけど、なんでもできそうな子なんで、ひとまず開発部門へ入ってもらおうかなと考えているところです。
それでは、私は今から福岡へ出張に行かねばですので、取り急ぎ、これにて。
日本特殊工業株式会社の社長をしております、宮本光一でした。



[43732] File_1924-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/22 00:01
File_1924-11-001D_hmos.

石原閣下の手紙は、超めんどくさい。
来たのを読むのもめんどくさいし、こっちから書くのもめんどくさい。
なので放置していたら、こないだ、相当に愚痴っぽい手紙がきて、これからは勉強に専念するからって。
それ以来、音沙汰がなくなった。
ほっとしてる。平和だ。平和が訪れた。

石原閣下は、オタではないんだよな。
だよな、っていうか。それ以前の問題がいろいろ。
やります、と言ってから勉強始める時点でダメ。
やります、と言っておいて実際やってなかったしおそらく今もやってないから外道級にダメ。

21世紀でも、おそらく20世紀からも連綿と、いっぱいいたと思うんだけどさ。
就活とかで。できるできないとか考える前に、ミッションの内容とか聞きもしないで「できます!やります!まかせて下さい!」て何でもいいから胸張って言え、みたいに教えるセンパイとかコンサル。
腐るほどいたよね。マスコミ脳つーか。広告代理店仕込みな連中の流派。そんなやつらが腐るほど。

オタとはベクトルが真逆。
オタはね、そもそも宣言しない。
思いついちゃった。
とりあえずやってみた。
面白くなってきた。
アレ気がついたらなんかすごい量になってるぜよ。
えーとすいませんコレ見てもらっていいですか。こっそりと。
何か感想いただけましたら幸いです。
これがオタ。

そもそもね、やる前から告知してもロクなことないよ。
こっそりやるんだよ。ステルスがデフォルトだよ。合わないわー、飽きたなー、て気づいても恥かかないでしょ。
やめるときはこっそりやめるんだ。
宣言すると、やめるにやめられなくなるんだ。
次にやりたくなったことに手を出せなくなるんだ。アホじゃん。
凡人はこうしてどんどんつまんない大人になっていくんだよ。

ついでに。
これは私が21世紀でリアルに体験したことだが。
会社の中でさー、この子イラスト描けるよ上手いんだよって噂立つじゃん。
デザイナーに発注するぶん浮かせられるから描かされるじゃん。
簡単に頼んでくるじゃん。
はじめのうちは、時間空いたらでいいからとか、適当に描いても褒めたりお菓子くれたりするけど、すぐ図に乗り放題になるじゃん。
知らん奴まで頼みにくるじゃん。
もうちょっとかわいくとか、もうちょっとリアルにとか。どうしたいんだよ!そんなグダグダが、終わるわけないんだよタダだと思ってやがるから最初から。
自分の子供のために版権イラスト描いてくれとか。しれっと言ってくるからね。
その失礼さに無自覚無関心なだけじゃなくイヤソレハチョット……と抵抗したら子供にもう約束しちゃってるんだとかオレにだけしてくれないのおかしくない?とかなんだ描けないのかみたいなのネチネチ言うんだよそれがテメエらの本性だよふざけんな死ねよ。

それでもリアル女子だった当時は逆らう術さえ知らなくて。
寝不足とプレッシャーとストレスで、精神病んで退職して。
そのときもなんて言われたと思う?ああ言わんでいいさ思い出したくもないさこの世の果てまで絶対許さねえからなてめえら。この世界で今から生まれてきて同じ名前の会社作った時点でその瞬間にあたしが速攻叩きつぶしに行くから覚悟してろ。

趣味と勉強は、こっそりやるもんさ。鉄則。



[43732] File_1925-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/23 00:02
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食事には苦労しました。
一週間だけ、小学校行ってたことあって。
閣下に拾われたばかりの頃だけどね。
そのとき、背の順に並ぶんだけど。まあ、真ん中辺でしたよ。高くもなく、低くもなく。
でも、細かったねえ。こけてた。体力も、なかった。
ひたすらステルスな人生を歩んできましたから。
相手がどんなに幼稚でも、それを言っちゃあお終いよ、てなことをグッとこらえるのを十年間。辛抱に辛抱を重ねまくって生きてきましたから。
それはいいんですけれども。
食事ですよ食事。

この世界のメシってね。まずいんですよ。
生まれ育ちは福島で。そのあと父親の甲斐性無しのせいで東京へやられたんだけど。
福島の方が、量自体は、出てきましたね。いろんなツケモノ。あと山菜。
これが、どれもこれも、クサイ。
歯応えあるのは良くも悪くもだけど。野菜もね、21世紀の野菜ジュースとは比べるべくもない。ニンジンなんてね、え、これがニンジンなの?私の知ってる人参とは別次元のニガサなのよ。それをもう、無理矢理にでも最後まで、食えっての。
お米一粒ひとつぶには神様がーとか。
貧しい国では食事するお皿も持ってない子供たちがーとか。

アレルギー体質持ってたらどうすんだよ。
でも容赦ねえんだよ。容赦なく叩くんだよ。思いっきりね。男も女も。男にも女にも。女の子には多少の手加減はするかな。
それが、この世界のスタンダード。常識。
日本人たるもの生まれてきたときは完璧なるデフォルト既製品であるはずだから。それに正しく日光あてて生育させればすくすく成長するものだからって。
そんな神話が根深いんだよ。
21世紀以上にシステマティックなこと言うんだこの世界の大人たちは。

お菓子もないしさ。スイーツのことだよ。町に駄菓子屋はありました。原色ギラギラの、見るからに体に悪いもんしこたま入ってそうなアメ玉やきなこもちが。
子供らの手づかみで。
ヨダレまみれ汗まみれのまま。
木箱に入ってて。
におうの。
そこから取って食えってのね。
買い食いって私、今もしないんですよ。できないんですよ。怖くて。
十年間、ほんと、食い物についてはロクな思い出がねえなあ。

兵隊さんになれば、腹いっぱい米が食えるんだぞ。ってのは男の子たちの夢のひとつだったんですよ。今もかな。学校で成績よければ、幼年学校へ、そして東京へ、てのはエリートコースのひとつと考えられていたようです。末は博士か大臣か、の次は軍人さんみたいな。
日露戦争から二十年経ってるんで、今はもう、ムダ飯食いな印象も強まってますけど。
でも兵隊は死ぬからね。猛烈に嫌ってる人も一方にいた。特にご婦人方にはいた。十五年前からいた。表立っては言わないけど。
ここらへんは、21世紀の自衛隊とくらべてどーなんだろ。
自衛隊って、海外派兵しても、戦闘区域外で道路直したり、医療活動しかやらないんだよね。こっちでは簡単に外地の戦場へ行くからね。
むしろ戦争仕掛けるからね。
議論の余地もないホンマもんの軍隊だからね。
内地で一生を終えたり、日露のときも軍隊にいたけど出征してません、て軍人だって、そりゃ、いるけど。

そういや日露では特定の師団が激戦区に充てられたので、07旭川とか09金沢では市内が毎日葬式だらけだったとか、閣下の本に書いてあったぞ。01東京は名家の子弟が多いから、最後の最後で手柄を立てるためだけに投入されたりとかね。書きませんでしたけど。

メシの話に戻りますが。
日特の食堂は天国です。
おばちゃんたちと仲良くしてるから、味付けとか、私好みにしてくれるんだ。
安心だし、清潔だし。お茶をおいしいって思ったのこの世界ではここが初めてなんですよ。今まではお茶すら、気持ち悪かったの。泣けるよね。
でまあ、最近は前よりもね、健康的に太ってきました。ほどほどにね。いい感じね。
娯楽がないから、ストレッチもしてんだぜ。こっそりね。
サノほどじゃないけど、深夜とか、散歩もね。
日中は歩かないねえ。
だから今も、肌は白いです。



[43732] File_1925-01-002E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/24 00:04
File_1925-01-002E_hmos.

仕事なら、ほどほどに。
コダマさんの、座右の銘のひとつだそうです。

僕の名はサノ。昨年転職しました。現在、銃器の照準系の設計をやっています。
前職では電気関係の仕事をしてたんですが、お役所なので、書類ばかり書かされていて。
それはそれで僕にはありがたい環境だったのですが、このまま一生というのもどうなんだろう、という気もなくはなかったんですね。

家では本ばかり読んでました。
冒険小説、探偵小説が好きです。僕も子供たちに夢を与えられるような、世界をまたにかけた大長編物語を、いつか書いてみたいなあ、なんて思ったりもしますよ。
でも、難しいですね。書いてるうちにだんだん自分でもわけがわからなくなっていって、辻褄が合わなくなっていって。で、やめちゃう。
そんなことを数年おきに繰り返したりしてました。
コダマさんは、私の教師です。人生の大先輩として、尊敬しています。
なんたって未来人ですから。でも、くれぐれも、秘密ですよ。

コダマさんからは、一度にひとつの話しかするな、と教えられました。
話してるうちに、ついつい、流れが変わっていってしまうことはよくあること。
気がついたら、あれ、ここはどこだっけ?と途方に暮れてしまうことは、人間誰しも、ありますよね。
僕の小説も、いつもそんな風になって尻切れトンボになっちゃうのでした。
はっと気づいたら、何をしてたんだっけと思い出して、思い出したら、すぐ戻る。
そして最初に考えていた結論を言ったら、その章はそこで、すぱっと、やめる。
これ、確かに、話が早いし、気持ちもいいんですよね。

コダマさんはこの切り方がものすごく手際いいんです。
話すときも、せいぜい1分か2分で、言いたいことを言っちゃったら、それでおしまいなんです。
すぐ早口になるので、何を言っているのかわからないんですけど、同じ事を何度でも説明するのは苦ではないそうです。むしろ、つきあいを深めれば何度でも何度でも同じ話題は出てくるものだと。結局同じことを何度でも言っちゃうのだと。それでいいんだと。

だから一回で全部を理解しようとするな、ともよく言われます。
その時ちんぷんかんぷんでも、別なときに同じ言葉を聞いたら、思い出してハッとつながることもある。
そこで知識は立体化するのだと。
とつぜん、蒙は啓けるものだと。
それでいいんだと。
奥深いお言葉です。噛みしめます。

さて、今日は、いまやってる照準系について、僕自身モヤモヤしていることをここで整理してみようと思っていたんですが、なんだかもうすでに疲れてきたので、今日はここでやめておきましょう。
コダマさんの話は尽きません。
僕はコダマさんのことをもっともっと皆さんに伝えたい。
コダマさんが大好きです。
でも、この秘密は誰にも言ってはいけないと、固く固く命じられています。
ああ、もどかしい。こんな苦行がありましょうか。

そのモヤモヤを、仕事と、仕事じゃないもうひとつの研究に、ぶつけています。
そんな話を、次回、します。ごきげんよう。



[43732] File_1925-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/25 00:03
File_1925-02-001D_hmos.

サノには、呼び捨てでいいよって言ってんだけどね。
さん付けまでは許してる。様はやめろ。使ったら蹴る。脊髄反射でメガトンキックだ。きもちわるい。
まあいいや。職場でコダマって呼び捨てにされたらたしかに違和感もあるし。
コダマさん、の方があいつにとっても呼びやすいなら、それでいいよ当面は。
私も人前でならヤツのことを、サノさんて呼んでるし。
人前で会うのは会社の中でだけだけど。

……密会かよ。
ああ失礼。いま気づいたもんで。誰かに見られたらちょっとヤバいかな。
ヤツ、すぐ近くにアパート借りてるんですけど。
私が転職前にそうしろって言ったんで。ちょっと広めで防音のきいた部屋をね。
私が夜そこへ行って語らうこともあれば、ヤツが夜中会社へ来て趣味の実験したりとか。
そんなことを、ちょくちょくやってんですが。

会社も以前より機密事項の取り扱いレベルが上がってるんで、守衛を置くか、どうするかって話も何度も出てるんです。
私が見回りしますよ。警備員だからって油断なりませんし。実際出入りの営業がスパイやってたし。その予算を開発か奨励金に充てましょう。
と言ったら社長喜んでOKしてくれるんで今のとこ阻止してますが。
私の行動に制限かけるもの入れられちゃたまらんでしょ。

サノはもう正社員ですからね。
見つかっても言い訳できるし、むしろ仕事熱心を褒められるかもだぜ、なのでいいんですが。おれもな。
でもまあ、用心はしましょう。
実際、ネオジムもそうだけど会社には開発情報、全部は上げないもの。副産物みたいなもんだったけど、あれはいいものでした。あれがあったから、サノの磁電管発想も出てきたんだしな。
技術的なことはサノの方が詳しいし、今とても夢中になってるからやらせておこう。餅は餅屋だ。

ところで呼び捨ての件ですが。
いつか、サノに、コダマって呼び捨てにされたら、おれ、ときめくかな。
ふふっ。それもいいよね。
その日を楽しみに今を生きよう。なんせまだ成長期だ。よく食べて、よく寝よう。



[43732] File_1925-02-002E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/26 00:02
File_1925-02-002E_hmos.

僕の名は、サノ。
今日は、照準の話をします。
僕がいまやっている仕事です。

戦車には、砲塔が付きます。砲弾を撃つんです。
撃つからには、狙わなくてはいけない。そのために照準が必要です。スコープとも言います。

正確に照準を合わせるというのは、けっこう難しいんです。
互いに静止していても、距離・方位角・仰俯角の三次元における位置関係が正しく把握できていないと狙えません。
かつ、相手はじっとしていてくれません。自分も、走りながら撃つ場合もあります。

射出した弾丸は、重力と空気抵抗の影響を受け放物線を描いて飛びます。一直線ではありません。
これを正確に為しえることは、神業です。不可能です。
ですが、そこであきらめては弾がいくらあっても足りません。
その精度を、限られた時間内でどれだけ高められるか、という挑戦を、我々はやっているわけです。

砲兵隊は、昔からこの問題に直面しています。
ただ、技術本部から資料をもらいましたが、かなり、行き当たりばったりですね。
とりあえず撃つ。目指す方角へ向けて撃つ。というのが実情のようです。
海軍の砲艦では、測遠機という、数十キロメートル先にいる敵艦までの距離を確認する光学機器があるらしいのですが、陸軍はその点、まだまだ遅れをとっているようです。

三角測量の要領で、戦場に基準点を設け、そこまでの距離と方位が正確に出せれば、自車から敵までの距離と方位も割り出せるのではないか、というようなことも考えてみましたが、計算に時間がかかりすぎて実現は難しそうでした。
もっとも、地図をつくるのではないのですから、相手と自分の相対的な距離と方位さえわかればいい。
諸元はもっと単純にできるはずです。

相手に音波をぶつける、という手段なども考えましたが、戦場はうるさいでしょうから、跳ね返ってくる音を正確に解析することは不可能そうです。
そんな試行錯誤を日々しているわけですが、これというのも、コダマさんに教わる未来の測距技術が、とんでもなく恐ろしいものだからに他なりません。

航空機による空中測量までは予想の範囲で理解できますが、21世紀では、宇宙空間から地表のあらゆるものが見えるのだそうです。
人家一軒ごとまで写真で見ることができる。
いつでも、誰でも、簡単に。その場ででも。
実際、コダマさんも、民間人でありながら、自宅で世界中の都市や風景を、しょっちゅう見て回っていたそうです。

戦場では、何キロ、種類によっては何千キロも先の目標物を正確に狙い追いかけていく誘導弾というものが存在し、地対地・地対空・空対地・空対空、海中でもそのような兵器があらゆる方面で使われているとか。
そんなものがこの世にあったら、それこそ、我々だけがそれを持っていたら、あっという間に世界は征服できてしまうでしょう。冗談ごとでなく。
それを手にした者は、一連隊もあれば世界のすべてを敵に回しても、勝利することができるでしょう。

コダマさんの世界でそれが起きないのは、皆がそれを持っていて拮抗状態にあるからだというお話です。
おそろしくてたまりません。そんな世界で、私は正気を保てる自信がありません。
でも、だからこそ。
そんな技術が実現可能であるのならば、誰よりも先に自分の手で、という思いを強烈に抱くのです。
コダマさんが見てきた世界を、自分もまた、見たいから。そんなことも考えます。
ともあれ、照準です。
これは、数学の問題です。いかに合理的で美しい解を導けるか。いまはそれだけを考えます。

やはり、一度にひとつの話だけで、限界ですね。
今夜はここでやめます。おやすみなさい。ごきげんよう。



[43732] File_1925-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/27 00:02
File_1925-03-001D_hmos.

うお。ラジオ、きけた。

コダマです。
今月、ラジオ放送がスタートしました。まだ試験放送ですけど。夏には本放送始まる予定だそうです。
さすが東京。都会に住んでるとこういうのイチ早く楽しめていいよなあ。
万事がアナログな世界だと、都市と田舎の格差ってものが心から身に沁みます。

さて、ラジオです。
うちの会社でいま、ラジオ作りが流行ってまして。
社員さんたちが、仕事の息抜きに片手間でめいめい工作して。
で、いよいよ放送開始。
ゴクリと、固唾を飲んで待ち構えてたというわけです。

机の上に十数台並んでたうち、半分以上は音が出ました。
社長は出張中でしたけど、みんなでウォーと歓声。
鳴らなかった人は床にくずおれて悔し涙。
私のは鳴りましたよ。サノのも。
原理は単純ですからね。買うと高いけど、中波受信するだけだったら大した技術じゃない。
むしろその程度のもの仕様どおりにつくれない日特社員はちょっと査定厳しくするべきでしょうね。
今回のは、社長には内緒でやってるただの道楽コンテストなんで、バラしませんけど。
ラジオかあ。
内容はお堅くて面白くもなんともないけど、なんだかまたひとつ、文明の階段を昇ったような気分です。
事実、一歩一歩、未来へ前進してるんです、私たち。

震災のときに、ラジオ放送やってたら、被害どうだったろうか、なんて考えちゃいます。
助かる人も多かったかもしれないけど、パニックを煽って死ななくてもいいのに死んじゃう人もいっぱい出たんじゃないかなあ、て気もするんですよね。私の率直な印象です。

あー。
今ここで、言っちゃっておくか。
私ね、21世紀で、震災体験してるんですよ。

マスコミが大嫌いになったのは、そのときです。
あいつらね、ほんっと邪魔。害虫。社会のゴミ。ヘドロ。カス。
まともな救助活動、なにひとつしてない。妨害しかしない。
貴重な電力を我がもの顔で独占して、カメラに向かって大声で、正義の使者気取りで与野党批判わめきちらして、私らを遠慮会釈なく撮りまくるくせに、避難生活なにひとつ手伝わない。
泣いてる子供見つけると群がる。マスコミに怒ってる人へは近寄らない。真実へは絶対に目を向けない。自分たちに都合のいいものだけを鵜の目鷹の目で追い回す。用が済んだらとっとと帰っていく。あるいは、次の獲物を探しに飛び去っていく。
これがマスコミですよ。
それからも毎年毎年、その日がくるたび、忘れるな忘れるなの大合唱をわめきたてる。
ふだん忘れきってるのはお前たちだろうが。
忘れさせろよ、その日くらい。
友達の墓参りに、穏やかな気持ちで行けないじゃないか。
生き残ったくせにいつもこんな愚痴しか言えなくてごめん、て毎年お墓の前でつぶやくんだよ。
お前たちをこそ絶対にゆるさねえよ。

こちらの世界でも、一年半前に、震災を体験しました。
その一時期だけ、新聞を読んでました。勇気が要りましたよ。前世の記憶がよみがえっても正気を保てるか不安だったので。なるべく部屋で一人で読みました。
マスコミなんていつの時代もどんな世界でも結局同じなんだろうな、というのが結論です。
それ以上は、言わせんな。

さて。新聞に続いて、ラジオが登場しました。次はテレビですか。ずっと先の未来になると思うけど。
テレビが登場する頃には、私はすっかり大人でしょうから、そのとき、何ができるかな。
悪い芽は、早いうちに摘まなきゃね。
文明の利器を正しく使えない者には、死あるのみだぜ。もちろん簡単には殺さないよ。
首を洗って、待っていやがれ。



[43732] File_1925-03-002E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/28 00:02
File_1925-03-002E_hmos.

僕の名はサノ。
今日は、磁電管の話をします。

これは仕事とは関係ありません。なくはない、ですが、趣味ですね。
コダマさんの教えに従い、好きなものをとことん究めよと言われて、どうしても心から離れないでいた、これに取り組む口実ができました。

役所に勤めてた頃、アメリカで発表されたという論文の噂を聞いたのが、きっかけです。
高出力の、電磁波収束装置。
その核となるのが磁電管。
中に緻密な線輪を詰めます。これに陽極をぶつけ共振させることで、大きなエネルギーを取り出します。
コダマさんに説明してたら、線輪のことをコイルみたいだねと言われました。たしかに英語ではコイルです。

その後、
「もしかしてそれって電子レンジのことかな」
と言われました。
電子レンジについて聞けば聞くほど、どうやらこの技術が、21世紀ではとんでもない進歩を遂げているという確信を得るに至りました。

「冷たいお弁当も、レンジの中に入れて一分ほどで、ほかほかに温まる」
「水はお湯にできるけど、氷は分子が振動させられないため反応しない、だから溶けない」
「陶器や木製のお皿も、同じ原理で温まらない。生卵は爆発する」
「生き物を入れてはいけませんと必ず注意書きがある」

21世紀では、どんな家庭にもこの電子レンジというものがあり、つまりそれほど普及していて安価なもので、食事をとるため家族が無理をしてまで一堂に集まる必要もなくなったそうです。そもそも食事を作る時間が、これのおかげで驚くほどに短縮できるようになったとも。
実をいうと、私には兵器としての想定しかなかったことを恥じました。
純軍事的と思いこんでいた技術が、世界中の家庭生活を支える可能性を持つという考え方そのものが、私にとっては衝撃だったのです。
ならば、つくろう。自分が誰よりも先に、誕生させよう。
そんな野心を抱いて、取り組み始めました。

といってもいきなり電子レンジではありません。基礎技術である、磁電管が、そもそもできなくては始まりませんから。
まずは色々、作って試そう、ということで、コダマさんにも協力を願いました。
百合型、菊型、矢車型、橘型、すずらん型、コスモス型、椿型、ひまわり型など様々な形の管を作ってみて、電荷を加えて共振角周波数や電荷密度を測定。
夜な夜な、少しずつ進めました。

直結百合型、直結梅鉢型などと名付けた、とても複雑な形状のもので突入電流の増加を確認できたところで、大きな壁にぶちあたりました。
これ以上の実験をするには、より高出力の電源が必要になります。我が社の設備では限界です。
どこか電気をふんだんに使って実験させてもらえる施設はないだろうか。
なんとかそこに潜り込めないだろうか。

これは、コダマさんにも難問らしくて。むしろ私の古巣のほうが電気の道には詳しいのですが、いずれにせよ個人の趣味でできる領域は飛び越えてしまっています。
ここまでの研究成果を公開して、社長に相談しようか。
しかしそれも突飛すぎるし、慎重にことを進めねば。
その前に、本来の仕事である照準系で実績を作らないことには足懸かりさえ掴めますまい。
というわけで、しばらくは照準系に専念します。そっちもそっちで面白いのですが。

そして、僕のこんな、わけのわからない、まとまりのない話も、コダマさんはニコニコと聞いてくれるのです。
わからなくても気にしない。相手が夢中になって早口でしゃべっているときは、邪魔をせず、ただ音楽のように聴いていればいいのだと。それがオタの心得だと。
これもまた、私には、驚天動地の衝撃的発想でした。

21世紀にはオタの方が、沢山いらっしゃる。想像もつきません。
それは、ユートピアではないのですか?
どうしてユートピアではないのですか?
この謎を理解するには、私にはまだまだ、修行が必要です。



[43732] File_1925-04-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/29 00:10
File_1925-04-001C_hmos.

政治の、力。
私は今、それを噛みしめております。
日本特殊工業株式会社、社長の宮本光一です。

きたる五月一日。いよいよ、三度目の軍縮。
じゃなくて、軍備整理。軍縮というと宇垣大臣から怒られますので。

前二回は山梨大臣の指揮下で行われましたが、今回はいよいよ、宇垣大臣の采配によって、行われます。
陸軍では、四個師団、幼年学校二校、陸軍病院五箇所、連隊区司令部十六箇所が廃止され、人員としましては三万三千人の将兵さんと、軍馬も六千頭が、減らされます。山梨軍縮よりもはるかに大規模です。

震災による財源の緊縮という課題も重くのしかかっておりますから、今回は特に、国家の命運をも左右する、大鉈が振るわれたわけであります。
宇垣大臣のこれまでの幾多のお力添えがなければ、私、今回のこれで、いよいよ本当に、首をくくってました。
会社は、間違いなく、破滅です。とどめをさされていました。

今回、大臣は周到に根回しをされ、政府としての数値目標も達成させつつ、しかして事実上は、見事な再編制を、成就されるのであります。
五月一日。遂に、日本初の戦車隊が、福岡県久留米市と、千葉県千葉郡に新しく、つくられます。
私らも、陰ながら、その準備も、お手伝いをさせていただきました。
教材の手配ですとか、訓練用の機材ですとかね。
こういう細かいことは私ども、前々から得意としてましたので、好都合でした。

一千人の歩兵を、一輛の戦車でまかなう。
これが、宇垣大臣の軍備整理です。
見事な、政治手腕です。もっとも、国産戦車はまだなかなか難航してますので、当面はフランスより輸入して、編成と訓練を、ということになっておりますけれども。

更にですな、これも、宇垣大臣あってのお力で、ですが。
陸軍からは、五月より、三万人以上の方が、民間へと、転出されるわけです。
故郷へ帰る方もいれば、職をこれから探される方、いろいろ、様々なご事情を抱えての、大移動が始まります。
我が社は営業力が弱かったものですから。あと、今後の業務拡張に備えて、優秀な若手さんをですな。
若干名、優先的に、斡旋していただきました。

政治の力、これです。
政治を味方につけた企業がいかに強いか。むしろ、政治を味方につけなければ、いかに弱いか。脆いか。
私、今回、ほんとに、ほんとに身に染みました。
この教訓を胸に刻みつつ、我々自身も、近代化の道へですな。今後は、邁進していきます。
邁進するのであります。



[43732] File_1925-08-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/30 00:02
File_1925-08-001C_hmos.

宮本光一です。日本特殊工業株式会社は、鋭意、邁進中であります。
宇垣大臣、お疲れ様でございました。
楽しんでいただけましたでしょうか。

お疲れなのも無理はございません。前人未踏の陸軍近代化大改革を成し遂げられてから、五月六月は毎日が送別会だの壮行式だのあれやこれやだのと長岡や国立の別荘はおろか御自宅へ帰られる暇もないほどお忙しい日々を過ごされておりまして、私もご連絡を差し上げるのすら、躊躇しておりました。

三ヶ月前、新設戦車中隊が久留米と千葉につくられてから、当然情報公開もされましたが、同時に。
国産戦車納品を大正十五年度末までにという条件も突きつけられました。
できなくば計画凍結および予算も返上です。

今はもう八月ですから、設計・試作機製造・試験・問題点改良・調整をあと十九ヶ月で仕上げなければなりません。
大阪工廠では、京阪神の汽車製造工場や製鉄会社など民間へも、なりふり構わず協力を仰いで、発動機や動輪を造っておられます。
我々も、できるところからどんどん図面を引いております。

現場もそうですが、大臣、それから省庁の皆様方のご苦労もいかばかりかと察せられる次第であります。
そんなわけですから、慰労の会をぜひ設けさせていただきたい、と幾度か申し上げておりました。
大臣から、宮本君になら頼みたい、と内々に打診戴きましたときは、心躍る思いでした。
なのでお忍びでですな。
派手な宴会などにはせず。落ち着いたところで、しっぽりとですな。
日頃の憂さを晴らしていただく。そんな店をご準備いたしました。
人払いをして。旨い肴をちびちびと。
今夜はそんな、ささやかな一席を設けさせていただいた次第です。

普段、決して人前では、奥様の前でも言えないであろう、いろいろな愚痴をですな。お聞きしました。
まったくもって許せない、あいつとかあいつとかあいつとか。
私はただ相槌を打つばかりでございます。それが私の努めなのですから当然です。
いいのです大臣。思う存分、吐き出して下すっていいのであります。
そして月曜日からまた、国家のため陸軍のため世界のために、大鉈を奮って下さいませ。

もちろん今夜のことは一切口外いたしません。
それを信頼していただいているからこその今宵ですから、ご期待を裏切るわけには参りません。
日記にも書きません。普段から書いておりませんが。
それにしても、私も本日は、たいへん勉強をさせていただきました。

軍の大枠は近代的に再編したけれども、大学や士官学校での演習はまだまだ旧態依然としていると。
人の、質の向上が伴っていないと。

それは由々しき問題ですな!

外交筋も、てんで情勢がわかっていないのだそうです。
外務省では、支那の国民性は決して赤化はしない、支那人には何百年かかっても共産党のような縦割り組織などつくれない、だから日本の北満進展は過望であると楽観視しておるのだそうです。

とんでもないですな!

ソ連を見よと。ロシア人を見てもお前たちは同じ事を言っていたであろう。
アカの国など長続きするわけがないと世界の誰しもが口を揃えて言っていたのも忘れたか。
そのソ連と、英国や支那政府に続いて我が国も今年協定をとうとう結んだばかりではないか。
何を根拠に支那の赤化がありえんと宣うか。
その可能性を常に心しておくべきであろうと。

まったくその通りであります!
そんなこともわからん者に国務大臣の資格などあろうはずもございません!

あとはそれから、国家総動員についてですかな。
これは昨今、陸軍省内でとくに議論されておるところだそうなのですが。なかなか世論へ正しく伝えられんと嘆いておられました。
国家総動員が可能となれば、有事の際、可及速やかに防衛体制を整えることができ、戦争を最有利に、短時日で遂行せしめることができるのであって、犠牲を最低廉ならしむるものであるというのに。だそうであります。

これも、まことに、ごもっともであります!
すみません私もつい興奮してしまいました。

大臣のお仕事とは、まったく、大変なものであります。
それに比べたら、私など、ほんとにお気楽な、いえそれは言い過ぎというか決してお気楽な仕事ではありませんぞ。ありませんけれども。痩せても枯れても一国一城の主ですからな。脇目も振らずに邁進するのみであります。

それでは私も吐きだしてちょっと楽になりましたので、これにておやすみなさい。
ああ疲れた。むにゃ。



[43732] File_1925-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/05/31 00:01
File_1925-10-001D_hmos.

閣下、ご帰国。

社長と、出迎えに行きました。
さすがに神戸まで行く余裕もないので、東京駅でご容赦を。
奥様は神戸まで行かれたようですね。初めてお目にかかりました。
うちの宮本がペコペコ挨拶してる隣で、会釈してた小僧が私です。

他にも、日蓮宗の檀家さんみたいな方が大勢来ておられましたね。軍関係よりずっと多かった。
昔は海外といったらもっと大勢でお出迎えとか壮行式やったものなんですかねえ。
出立の前には、神戸で何日もパーティしてから船出したんでしたっけ。
いちいち手紙書いてよこしてたなあ。まだ出航してないのかよって呆れた記憶が。

石原閣下という人は、日記代わりに手紙を書く人なんですよ。だらだら長いの。
うちだけじゃなく、奥さんとかにはもっと長いの送ってんだろうと察しますが。
私には理解できない感覚です。
私は人に見せる手紙とかレポートとか、大嫌いなんで。
こっそりと書いてればいいじゃないですか日記なんて。書いてたりして?日記も。知らんけど。

奥様はともかく、軍の方々とは今後のこととか、お話も尽きないようで。
私ら、友人代表とその隠し子みたいな連れは、来ましたからねって体裁だけ繕ったら長居はご無用とばかり、早々に立ち去りました。
「大きくなったなあ」とお決まりの台詞もいただきました。
まあ、2年半前よりは大きくなりました。ひょろっとね。ご満足いただけましたでしょうか。
今日はお日柄もよく、秋風がここちよかったです。

社長の横顔は、憂鬱そうでした。
わかります。私も、ポーカーフェイスで、疝気の虫と戦ってましたから。



[43732] File_1925-10-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/01 00:02
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閣下と社長のお話が終わりました。

なんで当人を参加させないかな。まだ子供と思われてるのかな。子供っちゃ子供だけどさ。
数えで15。中学校か幼年学校へ入れられるべき年齢ではあるけどもさ。
それにしたって私の進路ですよ。
それを当人交えないで保護者と後見人だけで何時間も議論するってどうなのよ。

とはいえ21世紀でもそうでしたか。
この子の幸せを何よりも誰よりも深く考えてると自称する大人たちが、当人だけ外した場で、口角泡を飛ばして議論という名の罵倒合戦を繰り広げた挙句に、妥協の産物として当人の行く末は決定される。
古今東西、運命なんて本人の意思そっちのけで決定される進路のことを言うものでしょうな。
認めたくないものだが、逆らう術を知りません。

さて。私の進路です。
結論からいうと、週五日は石原閣下のもの。週二日は宮本社長のもの。
なんだよソレ。休みなしかよ。
とんだ奴隷契約だ。ちくしょうめ。

んでまあ。石原閣下からの、新たなるミッションです。
おつかいへ行かされます。
朝鮮へ。
おい、いきなり海外かよ。

海外つーても外国では…ない。みたいですよ。この世界?時代?では、朝鮮半島は日本の領土らしいです。
植民地、と言うと問題になるらしい。
国際法上ややこしいことをして手に入れたんでしょうなあ。
事実上、日本の支配下にあります。だから安心、とも言えない。
くれぐれも危険を避け、生きて帰ってくるべし、と閣下からのお言葉。
そんなところへ子供を一人で初めてのお使いにいかせるおつもりか。わけがわかんねえ。

京城府の総督府庁舎に警務局があるので、そこに書類を届けよと。
ついでに2~3日、安全に気をつけつつ遊んできて、レポートを提出せよと。
まあ閣下らしいというか。らしいのか?
ドイツで何を覚えてきたんだかしらないが。
安全にねえ。どーなんだろ。とりあえず見聞を広めてきます。レポートします。
来週、出立です。



[43732] File_1925-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/02 00:02
File_1925-11-001D_hmos.

船の上です。コダマです。
閣下もさあ。ほんっとに、たいがいだよね。

二年半ドイツへ行ってきました。
行きは船旅、エジプト経由。帰りはシベリア鉄道で。
ついでにハルビンで友達に会って急遽講演頼まれて一席ぶってから帰国。
どうだ世界半周してきたぞ?旅慣れてるぞ?

国の金でな。ついでに旅程も、軍か領事館に頼ってな。
ひとりじゃ時刻表すら読めないポンコツのくせしてよくもまあ。

今度のミッションだって、朝鮮までの旅程、見積もり、旅支度、なにからなにまで私にやれと。
旅費だけで往復200円かかるんですよ。
三等客室でですよ。
片道三日ですよ。
それだけでレポートにできますわ。んで、宿泊費やお小遣いやその他もろもろ合わせて500円ほど請求したら、宮本社長に出してくれだって。
あいた口がふさがりませんわ。
ほんと、ドイツで何を覚えてきたんだか。

煮えたぎる怒りを押し殺してですね。
東京を発ち、下関まで来て。いま釜山行きの船に乗ってます。
朝鮮鉄道、通称「鮮鉄」で一日かけて京城へ行きます。
遊ぶ心の余裕もないと思うので多分とんぼ帰りします。

旅のお伴に持ってきたガイドブック『旅程と費用概算』を読みふけってます。
この本、すごいんですよ。
ジャパン・ツーリスト・ビューロー発行。前世にもJTBてあったけど同じ会社かな。
お固いタイトルですが、情報が濃くてね。
旅オタって昔からいたんだなあって思う。

なんでも、日鮮満巡遊券てのがあるらしくて。60日間、朝鮮と満州の鉄道乗り放題。
もし次、同じような旅をすることあればこれ使おうと思います。
次?
次もあるのかな。あるだろうな。
今度は支那本土へ行けとか言われそうだな。旅費、日特持ちでな。
ほんと、わけがわかんねえ。



[43732] File_1925-11-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/03 00:01
File_1925-11-002D_hmos.

小西行長?
知らないなあ。
行長、ていう階級いつの間にできたんだ?とか思っちゃったよ。
コダマです。
いま目の前に、小西行長の碑、てのが建ってるんですけどね。
なんでも、330年前、秀吉が朝鮮出兵したとき、小西さんて武将が、どうやらここまで攻めこんできたそうですよ。
豊臣秀吉が、国内の不満分子を体よく一掃するために、朝鮮へ戦争仕掛けて、何回か行って、財政難に陥って、秀吉が死んだんでやめました、くらいは知ってるけど、武将の名前までは記憶してないなあ。

総督府の警務局で書類出したんですよ。
封筒には、三矢局長殿、石原莞爾拝、て書いてあったので。わざわざ局長が出てこられたんですね。
閣下とは同郷らしいです。
局長その場で開封され、ふむふむと。
私は中身知らなかったんですけど、朝鮮総督府発行の通行許可証というか身分証明書を作ってもらえることになりました。
2~3日滞在することになり、ホテルも安全なとこ紹介してもらって。
で、観光しています。
ぜんぶ計算ずくかよ、あの狸オヤジめ。

日本領じゃなくなったら、こんな碑、速攻で壊されるよな、て史跡があちこちにあります。
そんな複雑な気分でする観光なんて、貴重な体験かもしれませんね。
そうそう、列車が面白かったんです。鮮鉄。
車内、広いんですよ。あっ、と気がついて、ホームでゲージ幅をよく見てみると、日本のより広いんですね。
おお、これが広軌かあ、と。ニヤッとしちゃいました。
前世でも、マジマジと見たことなかったんで。鉄でもなかったんで、さほど。
みたいな観光をね。ガイドブック片手に、フラフラと。

許可証かあ。
なんだか、RPGやってる気分ですね。
これであとルーラとか、どこでもドアとか、一度行った村へはMP使えばすぐワープできる、なんて能力あれば最高なんだけどな。
この世界、物理移動しかないんで、時間かかるんですよね。
テレフォーンよりもまだまだ電報の時代だし。
ましてやモバイル通信網なんてはるかはるか未来の夢物語。
あ、でもサノには通じましたよ携帯電話。インターネットを説明するのより楽でした。

戦国時代に転生してたら、おれ、一生泣いてたかもしれないなあ。
この時代なら、あともうちょっとしたら、知ってる世界へ戻れそうな。
なんとか生きてるうちに、テレビゲームを発明できそうな、そんな希望を夢抱けるんですよねえ。
デジタル時代を到来させること。それが、おいらの、ライフワークっす。

じゃあね、小西さん。草場の陰で見守っていてください。



[43732] File_1925-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/04 00:01
File_1925-12-001D_hmos.

今年はもう、冬ごもりします。
お外へは出ません。

自分で出たいときはコッソリ抜け出しますけど、お気楽にどっかへ行かされるのは、まっぴらです。
ええ石原少佐閣下ですよ。ほかに誰がいますか。
社長には事前に私から入れ知恵しといたんで。ガツンと言ってやってくださいと。
朝鮮旅行のレポートも、先に社長へ見せておいて。
閣下がお出でなすった際に今回は私も、同席させていただきました。

ニコニコ、時折、感想を交えながら、読み終えるまで、お茶を飲んで静かに構える私たち。
読み終え、ベタ褒めし、さあ、と閣下が身を乗り出すまでが想定済み。
社長、有無を言わせぬカウンター。

「少佐殿。
週五日までという約束は守っていただきたい。コダマ君は日特の仕事もしておるのです。勝手に予定を延ばしたり縮めたりされては、私どもの作業進捗に差し障りが出ます。
今回の朝鮮旅行、なりゆきで私が立て替えましたけれども。決して、少佐殿に差し上げたわけでは参りませんぞ。
これが請求書です。
古いつきあいですから、利息までとろうとは申しませんが。
私だって会社を背負って立っておる身です。
軍の機密費と同じであるかのようなおつもりで当てにされては困るのです。
まずはこれの返済をしていただきたい。
コダマ君に次の旅行をさせるのは、それからにしていただけませんか。来て話されるくらいは、いつでも結構ですが、今もまだ、コダマ君の家はここですし、後見人は私です」

えらい。つっかえないでよく言えました、社長。
私は神妙に聞いておりました。内心、ニヤけながら。
閣下は、しゅんとしておられましたなあ。
日特を、ほんとに打出の小槌だと思ってたのかよ。フザケンナヨ。
もうちょっと偉くなって、宇垣大臣みたいに仕事や人を回してこれるくらいのタマになってからワガママ言いなさいよ。言わんでいいけど。
そんなこんなで、私はひとまず年内は出張無いです。
せっかく身分証つくってもらったんだし、もうちょっと足を伸ばして満洲くらいまでなら面白そうかな?って思わなくもないけどね。
あせらないあせらない。

それより、戦車ですよ。
タイムリミットが決まってるんだ。来々春までなんてアッという間だぞ。
私は正社員じゃないからお気楽に意見を言う程度のことしかしないんですけどね。雑務全般。
でもね、戦車は乙女のロマンですよ。その黎明期に関われてることは、それだけでワクワクしますからね。

今年はいい一年でした。
まだ早いか。
来年も、いい年になりますように。



[43732] File_1926-01-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/05 00:02
File_1926-01-001E_hmos.

森矗昶さんを御存知ありませんか。
鈴木三郎助さんも?
そうですか。
逓信省時代、局の中ではよく話題にのぼる人でした。電力王です。
もしかしたら、21世紀までも語り継がれるほどの人物になっているかも、と思っただけです。
今だって、世間一般の人は知らないでしょうから。

「ごめんなあ。経済界や政治とか、興味なかったんでさっぱり。年号も一切覚えてない。歴オタなんて恥ずかしくて名乗れないわ。って生後一年目で返上したけどな」

それは無理もないと思います。関東大震災は、御存知だったんですよね?

「ああ、大正時代だったっけ、くらいは。いろいろ、すまん。せめて日付を知っていれば、もう少し対策とかなんとか、しておけたと思うんだが」

でも社員の皆さんから、今も語り草ですよ。あの日のコダマさんは、英雄だったって。

「アインシュタイン博士は知ってたよ。私の見慣れてる顔よりだいぶ若かったけど、でも間違いなくアインシュタイン博士だった。そのくらいかな」

その人の未来を知ってたら、むしろ接しにくくなるでしょう。コダマさんが、歴史を変えてしまうことを非常に警戒されていることも、よくわかります。

「タイム・パラドックスについては、それはもう、悩んだ。禿げるほど悩んだ。禿げてないけど。いや、歴史を変えたくないわけじゃないんだけども。戦争が起きるのは回避したいとは思うんだけど。どこをどうしたらどう変わるのかがさっぱりわかんないし。バタフライ・エフェクトの話ってしたよね?」

蝶の羽ばたきが一瞬ぶれるだけで、分子の動きの影響が連鎖して、地球の反対側では大津波が起きたりする、ですよね?

「うん。だから変えるとか変えないとかよりは、知識と経験が人の倍あることだけを利用して、この時代をうまく生き延びていければいいや、くらいに考えることにした。警戒するとしたら、他に転生者が見つかったらどうしよう、てところだけど、まだお目にかかってないし。たぶん、いても、みんなステルスしてると思うよ」

タイム・アフター・タイムのお話は、今も興奮します。

「あの映画は傑作だよ。あと50年くらいしたら作られるはず。それまで生き延びたいね」

ところで、森ノブテルさんですが。
では、説明します。



[43732] File_1926-01-002E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/06 01:03
File_1926-01-002E_hmos.

ヨードチンキ。ここにある、これです。
擦り傷、斬られ傷、銃創。骨まで見えてるとか、出血が多量でなければ、とりあえずこれを塗っておく。常識ですね。

このヨードの原料となるのがケルプ。カジメという海藻から採れます。
カジメを天日干しして、よく乾燥させる。低温で夜通し焼いて、灰にする。この灰が、ケルプです。
日清戦争の頃には、日本中の浜辺で、漁師さん達が毎昼毎夜、ケルプを作っていたそうです。前線で大量に必要とされてましたから。

漁師の元締めは、これをまとめて商社へ売り、儲けて大きくなっていきます。
やがて、自分たちで精製加工までするようになる。
ケルプは精製することで、ヨードのほかに塩化加里・硫酸加里・食塩が分離できます。
加里は火薬の原料になりますから、これも売ってさらに儲かる。

この頃、ケルプ事業で頭角を現したのが、神奈川の逗子を地盤とする、鈴木三郎助さんでした。
お父さんである、初代三郎助さんを9歳のときにチブスで亡くされて家督を継ぎ、奉公を経て実家へ戻ってから、やり手のお母様が始めていたケルプづくりを軌道に乗せ、同業者を束ねて組合を作りスコットランドの貿易会社と争ったりもした豪傑です。
二代目三郎助さんは、日露戦争が始まった年に、麻布の製造所まで買収して手に入れ、軍へどんどん原料を納入するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで事業を広げていきます。
翌年には日本化学工業株式会社までつくるに至り、精製より更に先の仕事まで自分たちでやり始めます。

おなじ頃、日露戦争の需要を背景に、千葉の房総半島で総房水産という会社を起ち上げたのが、森家です。
森ノブテルさんは創業者の息子さんですが、地元で気の荒い漁師さん達を束ねられたのはノブテルさんだったからこそ、とも言われており、会社を仕切っていたのも実質ノブテルさんだったという話です。

当時、総房水産の最大の納品先は、日本化学工業でした。
また、三郎助氏は大倉財閥から社長を迎えている日本化学工業とは別に、家業のほうも鈴木製薬所として続けており、そちらも総房水産の取引先だったそうです。
なので森にとって鈴木は大先輩でありお得意様でもあったので、商売がたきでもありましたが、力関係は歴然で、決して頭の上がらない存在でした。
とはいえ三郎助さんにとってノブテルさんは、自分と同じくらい頑固者で、交渉術と人心掌握術に長けている、見込みのある存在だったのでしょう。しょっちゅう呼び出しては、あれこれ注文をつけ、ノブテルさんがそれに応えてみせるのを楽しんでいたとか。
そんな関係を何年も続けたようです。

さて、野心家の三郎助氏は、化学工業による次の新展開を目指します。
塩化加里から塩素酸カリをつくりだし、これでマッチ事業を始めようと目論みます。
そのためには大量の電気が必要で、ならば電力も自前で用意しようと発想します。

ここで、もうひとり、逓信省でも有名だった、長野県の変人が登場です。
高橋タモツ氏。21世紀風にいえば、水利マニア。
仕事なんだか趣味なんだか、いつも登山をしてた人ですが。頂上をめざすのではなく、地図を見ながら川に沿って歩き回り、落差はいくら水量はいくらだから、ここに発電所を作ればこれだけの出力が見込めるというのを正確に見積もって、県庁に願書を出しておくのです。
それをもとに、発電所を建設したい業者さんが、算盤をはじくわけですね。
県庁嘱託みたいな立場ですからそれで幾らもらう、と直接はできませんが、業者から株を融資してもらって、きっちり儲けもとると。
そんな堅実なんだか山師なのかよくわからないことを三十年くらい続けてきた人です。

タモツ氏は、そろそろ定年だし、千曲川のスケッチはほぼやり尽くしたからと、株を持っている長野電燈の技師におさまります。そこへ三郎助氏が、芝浦製作所の常務さんと一緒に現れます。
全国の中小発電所の機械は、外国製でなければほとんど芝浦製作所が作ってましたから、この人からタモツ氏を紹介されたのでしょう。
ほどなく話はまとまり、三郎助氏は長野電燈を買い取って、東信電気株式会社を設立しました。約十年前のことです。

欧州大戦が終わり、増産に増産を重ねていたケルプ業界が、一転して不況の波にさらわれました。
手広くやっていた三郎助氏はなんとか持ちこたえましたが、総房水産はひとたまりもありません。
ノブテル氏は、三郎助氏へ援助を乞いにいきます。
大勢の取引先が三郎助氏をすがって来ている中で、好景気だった最中でも総房水産だけは値上げを一切申し出たことがなかったから、という理由で、その分の差額だよと三郎助氏は即、十万円を提供したそうです。

ひとまず借金を清算したところで、ノブテル氏は、総房水産を東信電気に吸収合併してもらえないかと相談します。
この先商品が売れる見込みもないし、いずれ倒産すれば総房の株は紙切れになってしまう。株主や従業員の命さえ救えれば、自分と幹部たちはこの先、どこまでも鈴木家のために尽くしますと。相当な決意だったようですね。

東信電気は株式会社とはいえ三郎助氏の個人事業みたいなものですから鈴木家の一存で決められるのですが、これには親族からの反発も大きかったようです。虫が良すぎやしませんかと。
それで三郎助氏は、親族からも一目置かれていた高橋タモツ氏を総房へ派遣して、財務調査をさせます。
売却額は75万円ほどだったと思いますが、それだけの価値があるかどうかを見てこいと。

タモツ氏は、徹底調査のうえ、太鼓判を押します。
経理は誠実かつ完璧で、放漫経営の疑い無し。
大戦の終熄時期を予見できなかっただけが原因で、人も工場も完全に機能しておりますから、まだまだ稼げるし成長の見込みもじゅうぶんありますと。
これを根拠に三郎助氏は周囲を説得。
総房水産は東信電気の水産部門として組み込まれ、ノブテル氏と幹部連は東信電気の社員となります。
四天王と呼ばれた幹部連は東信電気の中でも粉骨砕身し、社内での評価およびノブテル氏の価値をも高めたと聞きます。

ノブテル氏は半年ほど、三郎助氏の下で丁稚扱いでしたが、その真面目さを認められ、長野への派遣命令が下されました。
長野県では東信電気が小さな発電所をいくつか新設しようとしてましたが、土地の買収交渉が難航しており、代打を任された格好です。
ノブテル氏はもちろん電気についてはまったくの素人だったはずです。
ところがです。
ここからは詳細を知っている人が古巣にもいないので、結果だけ言いますと。

ノブテル氏の派遣から一年後には、発電所が完成します。完成、ですよ。
買収交渉すらまとまっていないところから引き継いだのに、です。
普通に考えて、ありえないことです。
その翌年には、計画中だった四つの発電所をすべて完成させ、これらは後にまとめて東京電燈へ売却されました。

ノブテル氏は引き続いて、今度は長野県中域の高瀬川に派遣され、五つの発電所を次々と完成させます。
昨年までで五つですから、まだ建設中の発電所もあるかもしれません。
これら東信電気発電所の総出力は、四万キロワットに及びます。
東信はこの電気を東京電燈に売って、現在、莫大な利益を上げているわけです。

さらに、です。
森ノブテル氏は、一昨年、衆議院議員に当選して、今は政治も味方につけているんです。というか、自分がそれをやっているわけですね。うちの社長より、何倍も上をいってますよ。
どうですか。面白いでしょう。
なんとか、電気をわけてもらえたら、なんて、つい、考えちゃいますよね。



[43732] File_1926-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/07 00:01
File_1926-03-001D_hmos.

注文の多い料理店。
え、ミヤザワケンジ?
しかも初版だ。なんで閣下がこんな本を?

閣下ね、あいかわらず、来るときは本を大量に持ってきてくれるんですけど。今日はこれが入ってました。
最近はあんまり機密資料とか、歴史書とか、入ってないんですよ。
レポートも書けって特に言われてないので。まあ暇なときに読んでみたり読まなかったり。
というか閣下、さいきんスピリチュアルじみてて何言ってるかよくわかんない。
関心が他へ移ってきてるみたいですね。油断はなりませんけどね。

それにしても宮澤賢治ですよ。
自費出版みたいです。194頁で1円60銭。挿絵付き。
サノにも読ませてみました。

「面白いですね。毒のある童話です。でも確かに、何冊もある中でこれは異質ですね」

自分自身が注文の多い男だってそろそろ気づいたのかな、閣下も。

「宮澤賢治さん、というのは有名人なんですね?」

これが二冊目みたいなんでまだまだこれからだと思うんだけど。銀河鉄道の夜とか、風の又三郎とかが代表作になるのかな。売れっ子になるはずだよ。

「童話以外も書くようになるんですか?」

うーん。じゃあ、ネタバレしていいなら言うよ。

はるか、遙か未来の地球。
人類の体はどんどん機械化されていき、生まれたままの肉体を持つ下層人民は、機械人である貴族たちから遊び半分で狩りの対象にされる。そんな悲惨な世界だった。
生身のまま、母親とふたりで生きてきた少年テツロウは、その母を、目の前で殺される。
仕留めた遺体を持ち帰り、剥製にして屋敷に飾り自慢していた機械伯爵を、ぶっ殺す。
復讐の一部始終を見ていた謎の美女メーテルが、銀河鉄道に乗って宇宙の果てにあるアンドロメダ惑星まで行ける旅券を、テツロウに差し出した。
私のボディガードとなって、ここまで一緒に行ってくれるなら、アンドロメダであなたは、ただで機械の体をもらえる。そして永遠の命を生きることができるのよ。
その誘惑に、テツロウは未練などない地球を棄てる。メーテルのお伴をして、宇宙翔る蒸気機関車で長い長い旅に、出発するんだ。

どお?
「ピンとこないですけど、壮大ですね」
えすえふだよ、えすえふ。うろ覚えだけど。

実はアニメと漫画でしか知らないんで、原作は読んだことありません。
これも、私の記憶してる通りの作品となってこの世界に登場するかどうかは、厳密には確かめようもないことかもしれないんだけれどもさ。

永遠の命なら、私が欲しいくらいだよ。
21世紀まで生きられたとして、そのときには、耄碌してるに決まってるからさ。ちぇ。



[43732] File_1926-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/08 00:01
File_1926-04-001D_hmos.

日蓮聖人伝。

日蓮大師は、国聖である。
日蓮大師は、日本民族の完全なる理想的人格であり、国民として求むべき完璧なる標準である。
皇紀1882年2月16日。日本国安房の邦、長狭の郡、東條郷市河村という海浜にて生誕なされる。
聖父、貴名重忠氏は、聖武天皇の末裔であった。
常に日輪を拝み、良児を授けたまえと念じた結果、聖母日輪が蓮華に乗って夢に現れ、晴れて御懐妊さる。
生を受けられたその日、庭先には清泉が湧いた。

聖人は幼名を、善日麿と称された。
すくすくと育ち、18歳で、日本国行政の中心地である、鎌倉へ留学。
勉学の末、法華経こそが釈尊の本懐なると悟る。
「諸宗はすべて謬りである。法華経を奉ぜざる国は亡びる。法華経に従うを大善、法華経に背くを大悪とする。この旨に違うものはすべて悪魔の眷属である」
しかし鎌倉では、同意得られず。
安房へ戻り、日輪に向かいて南無妙法蓮華経と唱え、名を日蓮と改むる。

30歳になり聖人は鎌倉の松葉ヶ谷に庵室を構える。
巷では念仏さえ唱えればよし、とする悪法が世を惑わせていた。その最大の執心者たるは政府の役人、地頭の東條左衛門景信。聖人を斬らんとするが、失敗する。
聖人は日々、辻説法に精力を傾ける。道往く人に問答を投げ、懇々と教えを説く。
一日たりと迫害のない日はなく、されど聖人は一日も怠らない。
鎌倉の町中が沸き立ってきたァ。
初の著書『立正安国論』で正々堂々と、邪法禁圧・正法帰依を諫告する。
これに従わねば天災が起き、国中で同士討ちが始まり、外国が攻め来たるぞと予言する。

鎌倉では、最高権力者である北條時頼が、まだ天魔たる禅宗を信じていた。
日蓮の庵は焼き討ちされるが、聖人は無事逃げ出し、焼ける自分の家を見て、悲しむべき亡国の民よと暴徒らの転迷開悟を祈りつつ、巧みに避難した。
山へ登り、難を避ける。山奥で白猿たちに導かれ、岩屋へたどりつけば日吉山王が祀られてあった。これは比叡山山王権現の守護であるぞ。

北條は、焼き討ちをした社会不逞の輩を処罰もせず。却って聖人を流罪にすべしと息巻いた。
良識ある人々は憤ったが、流刑地の伊東へ送られる船の上で聖人は終始、冷静であられた。
「我れは天日と共なり。旭日東天に出づれば、日蓮伊東に在ると思え」
この船は出立した日の夕刻に座礁し、冷血性の官人はここより勝手に伊東へ行けと聖人を海へ放り出す。
聖人は折り良く通りかかった舟守の彌三郎に助けられ、伊東まで送ってもらう。

伊東で三年暮らし、幕府の赦免となりて鎌倉へ戻る。
父は七年前に亡くなっていたが、今度は母が危篤ときき、すぐ駆けつけるが、すでに息絶えておられた。天に叫びたるや、たちまち母生き返る。鎌倉へ戻る。
東條景信の手勢数百人が立ちはだかり、大乱戦。このとき聖人は眉間に三寸の傷がついた。

予言から九年、蒙古の襲来がはじまる。多くの兵が九州で戦死した。
ほれ見たことかと聖人。北條との決着をつけにいく。時頼は邪宗の祟りか若くして没しており、息子の時宗が実権を継いでいた。
こいつも、禅宗に毒されておる。
雨乞いをして、雨を降らせたら時宗の勝ち。予が負けたら貴僧の弟子とならん。黒白邪正を決しようではないか。
時宗、極楽寺良観和尚を召喚し、公場で雨乞いを始める。
七日間与えたが雨降らず。さらに七日与えたが日照りは続いた。
では時宗よ、予の弟子となれ!というと時宗は三百余りの兵をさしむけて日蓮を逮捕させた。
死刑じゃ!
市中引き回しの上、夜、瀧口の刑場でいざ首を刎ねようとしたそのとき。
江ノ島方面より一迅の光る物体が現れ、人々は恐れおののく。死刑は寸前で中止となる。
この怪現象に聖人の評価はさらに高まり、帰伏する者は数千人に及びし。

しかし幕府の怒りはおさまらぬ。聖人へは、佐渡への流刑が言い渡される。
佐渡とは、ひとたび流された者、生きて帰れぬ獄門の島なり。
荒くれた生活の中で、さらに聖化を研ぎすませ、島の住民を次々帰伏するに至る。
一ノ谷に庵を構え、入魂の大作『歓心本尊抄』次いで『開目抄』などを完成させる。
ここで赦免を迎え、鎌倉へ凱旋。

「日蓮に治世の術を習え」の大合唱。この声におされて幕府は聖人に栄爵を与えるが、聖人はこれを拒否。
「己れの非を改めず他を賞揚することは侮辱である」
61歳となっていた聖人は、その生涯を世界統一のための準備であったと述懐し、長くもあらず短くもあらず、大事は既に成弁した、と諸国の弟子を集め、安詳として御入滅なされたのである。完。

田中智學先生・著
唯乃暇人・訳



[43732] File_1926-04-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/09 00:06
File_1926-04-002D_hmos.

いかがでしたでしょうか。
私は、爆笑しました。
これですよこれ。エンターテイナーですね智學先生。すみません読むまでは胡散臭い宗教オヤジっていうイメージしかありませんでした。ファンです。サインもらいたい。対面はしなくていいです。

閣下の持ってくる日蓮関連は智學先生とその弟子かお友達のものしかなかったんで。
気になったから、サノに頼んで、本屋で一番真面目そうな日蓮本も一冊、買ってきてもらったんですね。
で、読み比べてみたんですけど。
智學先生のが最狂で圧倒的に断然面白い。キャラが活き活きしてる。これ大事。とても大事。

そして、光るUFOの出現とか、どれにもやっぱ出てきちゃうのよ。
七百年前のお話ですからね。そういう記録しか残ってないんだろうからしょーがないとは思うけど。おそらく皆さんこれの正体というか解釈に相当頭を悩ませてると思う。
でも智學先生は、いいじゃねえかUFO!ってぶっとんで描かれた。
最高だぜ。
これだよこれ。問答無用のエンターテインメントってこれだよ。
敵と味方もはっきりしてるしさ。個人的には、元寇どうなった?てそこがすっとばされてるのに悶々とするんだけど。二次創作で埋めればいいかな。それも含めて、ニヤニヤしっぱなしっすね。ああ、面白かった。
こんなハチャメチャな道楽が許される時代って健全ですよ。平和の象徴です。いばれ、日本国民。

でも閣下に見せたらひっぱたかれるかもしれないです。さすがにちょっとやりすぎか。
このレポートはあくまで趣味で書いたので、ひっそりとお蔵入りです。自費出版も見合わせよう。
日蓮宗からも禅宗からも世界中の仏教徒からも刺されそうだ。

それ考えたら智學先生てほんと勇気あるよな。
勇気の問題じゃないか。
きっと僧兵をいっぱい雇ってるにちがいない。
軍人にもコネつくっといてさ。いざとなったら守ってもらえないと。
石原閣下も盾にして。がんばってください。

あ。こないだの、宮澤賢治のことだけちょっと聞きました。
国柱会、というのが閣下の通ってる、智學先生ファンクラブの名前なんですけど。ケンジさん、そこの会員で、智學先生の大ファンらしいんですね。
ああ、わかるような気がする。
真空で旗なびかせる宇宙海賊の船団という発想はこうして生まれたんだなあ。これからだけど。

さて、そろそろ仕事に戻りますか。
戦車ねえ。ちょっと最近は飽きてきました。いろいろアイデアは出すんだけど、採用なのかボツなのか、技術本部からいちいち連絡こないんでね。モチベーションが続きません。
まあ私だってファンレターのひとつも書かないんだから偉そうなことも言えませんが。
ファンレター、書くか?いや、やめとこ。



[43732] File_1926-08-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/10 00:00
File_1926-08-001C_hmos.

日射しが、強いですなあ!
宮本です。
今日は、うちの戦車班も若干名引き連れて、静岡は富士裾野演習場までやって参りました。

来年くらいからね、うちも、社員全員での慰安旅行なんかもね、してみたいと思うとりますが。ま、今日はその予行演習というか、こういう団体旅行も、泊まりがけでなんて、なかなか機会もございませんでしたので、ねえ。今までは。
あれ?私が、一番、舞い上がって、おりますかね。
ええ社長らしいこともこうして、やっておりますですよ。はい。

さて本日は、新聞社の方々なども取材に見えられててですね。ちょっとした、日本戦車隊の晴れ舞台といいますか。半公式の、お披露目演習といった様相です。
私らはあとで極秘に試製戦車の走行試験ですとか、技術的ないろいろ打ち合わせもあるんですけど。
第一部はルノーを中心とした、戦車戦とはいかなるものぞ。という実態を広く国民の皆様方にですね。ご理解いただこうと、こういう催し事です。

なかなか好評で。
私らも快哉を叫んでおりましたが、新聞社の記者さんというのは、意地悪なものでしてね。
こんなの旧来の武士道から外れておってケシカランという方もおれば。
こんなので欧州と戦えるのか、まだまだ貧弱であると、したり顔の方もおられたりとか。
ちょっと痛快だったのは、えーと、文壇色の濃い新聞社の記者さんをですね。30分、ルノーに同乗させて。走ってみましょうと。ぜひ戦車兵たちの働きぶりを、同じ目線で体験していただきましょうと。

私も何度か乗ってますけど、この炎天下で30分は確実に死ねますね。
まして走ったら酔うし。撃ったら耳もやられますから。いいとこ5分で白旗上げますな。
でも記者さん、がんばりましたよ。車長さんも一切容赦せんで、どんだけ泣きわめいてもきかんかったゆうてましたけど。
お国のために、皆さんがどれだけ苦しい訓練に耐えておられるかというね。記事になったらとくと拝見させていただきましょう。

そうはいうても、本当は、戦車兵の皆さんのために、戦車内をもっと快適にするための、送風機なり、暖房設備とかも、つけたいところではあるんです。
できなくはないんです。
でも現状では、まだまだ我々の国産戦車は総重量20トン近くあり、更なる軽量化を求められておるところです。
重いと馬力が出せませんからね。装甲はこれ以上削れません。容積も増やせません。
積めるなら弾薬を増やすのが優先です。となりますとなあ、どうしても乗員の皆さんに大いなる負担がかかってしまう。というわけなのです。
なので今日の演習を見て、記者さんの死にそうな顔と最初は同じはずだった戦車兵の皆さんが、厳しい訓練を重ねた果てに、こんなにも逞しくなられて、という対比としましても、ほれぼれするほど感慨深いものを、得ることができました。

かくなるうえは。
戦車は戦車でもちろん全力を尽くしますけれども。戦車兵の方々の負担を、非戦闘時にでも、もっと和らげることはできますまいか。
整備、補充、燃料、修理などの部分についても改良の余地を追求し、また兵士の方々が安心、安全に出動までの時間を過ごされるような、そういった方面からのお手伝いもできないだろうか。
そんなことも考えておる次第であります。

これはちょっと帰りの汽車の中ででも、みんなに話してみようかねえ。
まだまだ、できること、いっぱい、ありそうだねえ。



[43732] File_1926-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/11 00:01
File_1926-09-001D_hmos.

森ノブテルさんに、お会いしてきました。
内山下町の立憲政友会本部まで、サノとふたりで、行って参りました。
ああ、緊張したなあ。
ほんとにお忙しい方のようで、時間通りに入ってこられ、きっちり、30分だけ、お話をしていただきました。
すげえ。の一言しかありません。

「ようこそお呼び立てして。陳情はいっぱい来るんですけどね。あなたたちの手紙は、うちの秘書が、これ読んでみてくださいとわざわざ持ってきたほどで。非常に読み応えがありました」

もじもじするだけの私たち。

「ですが最初に言っておきます。あなたがたのお力には、僕は、なれない」

きょとんとするだけの私たち。

「磁電管。面白そうですが、僕にはその価値がわからない。これはもっと分かる人のところへ持っていったほうがいいでしょうというのが一つ。ところで、あなたがた、会社へはこれを相談してるんでしょうか?」

してません、と言うしかありませんよね正直に。

「ふむ、そうだろうと思いました。なぜでしょう。軍関係の工場へお勤めなのに、なぜ、そちらを頼らないのでしょう。会社で一丸となってとりかかれば、この研究はもっと大きく発展できると思うのですが?」

会社では目下、別の課題に取り組んでまして。あと設備的に大電力とは無縁な工場ですのでとか、しどろもどろに説明をしてくれるサノ。

「相談、しようとも、していないわけですね。モノを製造しないで弁解を製造していては仕様がないですよ。そうじゃないですか?」

瞬殺です。ごめんなさい。

「その話はもういいかな。いえ実は、あなたたちに会ってみたかったのは、どうも僕のことを誤解されているみたいだったのでね、それを確かめたかったんですよ」

え。

「まあどうぞ。餡ころ餅です。食べてください」

はあ。いただきます。

「僕ね、いま42歳なんですけど、ほら。14歳のときから、総入れ歯」

うぐ。

「コダマくん。君と同い年くらいかな。その頃、郷里の興津でね、毎晩、おんぼ焼きをしてた。カジメを焼いて、ケルプを作ってたんだ」

ぐぐぐ。不意打ち。

「たいてい、サノくんと同年配くらいの若者がやらされるんだけど、弱火でかき混ぜながら朝までずっと見てなくちゃならないから、誰もやりたくないのね。だから僕が見てますよというと、喜ばれて。で、お兄ちゃんたちは遊びに行っちゃう。夜更けか明け方、こういう餡ころ餅をお土産に買ってきてくれるんだけど、そればっかり食べてたら、ひどい虫歯になるよね。おかげで日露の徴兵検査では乙種。兵隊にはなれなかったね」

餅がのどを通らなくなるじゃないですか。

「さて、長野の発電所ですけど、僕があそこで一年間、何を学んだかを、お教えしたい」

おお?
え、それはむしろ、お聞きしたかったことです。
身を乗り出す私たち。

「そこまでの流れはすっかり御存知みたいなので、小海駅から始めますよ。とりあえず来てみたものの、前任者は、地権者の黒沢さんが会ってもくれないと言うだけなんです。それこそ弁解だけを日々、製造してたわけです。人夫たちも毎日、サイコロやってるだけでね。で僕はまず、相撲はじめました」

すもう?

「うだうだ言ってても始まらないから、体動かせと。俺から一本とったら、この一張羅をくれてやると。五人くらい抜いたかな。六人目で土がついた。そいつには、洗ったあとでその背広、やりました」

破天荒すぎますよセンセイ。

「そんなことやりながら、町の人ともどんどん話をして回ってね。噂はすぐに伝わるから、そのうちやっと、黒沢親分に、お目通りがかないました」

いい話にしかなりようがない流れです。

「黒沢さんは私のことも調べ上げてました。総房水産はずっと鈴木さんからの合併話に楯突いていたけれども戦後の不景気でとうとう降参したんだそうだ。そこのボンボンだった森というヤツはここで失敗したら今度こそ鈴木さんから身ぐるみ剥がされて追い出されるからそりゃ必死なんだとさ。全部お見通しですよ」

こわいこわいこわいこわいこわい。

「水力発電が大切なのはわかるが、私らだってこの川のおかげで生活が成り立っている。美しい風景だって先祖代々の財産だと胸を張って言って良いと思う。山を崩して穴を開けて、川の流れをきったり刻んだりせきとめたりして、そんなにまでしてつくる電気は都会に持ってかれて自分たちにはなにも残らない。もちろんそのために多額の補償をすると言うのでしょう。ですが自分たちにはそんな金を活かして回せる経営力がない。せいぜい一、二年で使い果たします。あとには荒んだ家庭しか残りません。言いたいことはこれだけです、あきらめて都会へ帰んなさいと、そう言われました」

親分が、いい人すぎます。

「私は、まず、それを教えていただいたことにお礼を言いました。では、こうしましょう。この地元の皆さんのためになる仕事を考えましょう。発電所は作りたいのですが、ほんとうに作りたいのはその先の工場であり、製品なのです。これを、地元で作りましょう。日本のために堂々と胸を張れる仕事を、ぜんぶ小海の皆さんにやっていただきましょう。電力も、鉄道も、工場も宿舎も、そのためのまちづくりも、行政も、すべて小海の方に仕切っていただきましょう。私はそれを本社へ交渉します。皆さんが納得されるまで、勝手なことはさせません」

げえ。いいんですか?

「だって考えてもみてください。わざわざ作った電気を、長い長い送電線で東京まで流すとどれだけ減っちゃうと思いますか。工場だって施設だって、人件費だって都会に作るより地元でやった方がどれだけ安上がりか。小海の人は農業もやめなくていいんです。兼業、いいじゃないですか。私が体験したときの不況だって、漁業に戻れる人は戻れたんです。都会よりはるかに、融通もききやすいです」

た、たしかにそんな気もしてきましたが。

「だからね、僕は、小海の人と戦ってたんじゃないんです。本社の人との交渉に明け暮れた一年だったんですよ。黒沢親分も一緒に役所やら他の地主さんたちのところへ回ってくれてね。田舎だから黒沢さんを嫌ってる人だって隣近所にもいっぱいいました。でも、黒沢さんの評判も上がってね。それも嬉しかったことです」

ああああ。それで四つ、次々にできちゃったんだ。

「工場の落成式も、町じゅうの人が祝いにきてくれて、大変でした。いろいろあって僕は数ヶ月しかいられなかったけど、地元のひとたちが今も操業してくれてます。何かあったらいつでも相談に乗るから言ってくれ、と伝えてあって、お付き合いは続けてますよ」

それは力強いだろうなあ。なんたって、議員さんだものなあ。

「以上で、おしまい。どうかな。君たちも、そんな、いい仕事をしてください。じゃあ、僕はこれで」

風のように去って行かれた、森ノブテルさんでした。
帰り、サノは、複雑な表情をしていたなあ。
私は、森さんのお話聞いても、やっぱり自分は表社会に出るのはちょっと、て21世紀型ひきこもりアイデンティティの根が深すぎてしまうのだけど。
サノが、なにかを堂々とやりたいなら、やったらいいと思うよ。
きみが世界に羽ばたくなら、僕は全力で応援するぞ。なんてね、他力本願ですまぬ。



[43732] File_1926-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/12 00:04
File_1926-12-001D_hmos.

ラジオから、音楽が消えて、三日目になります。
今日は土曜日。週末ですが、終末のようです。
どんよりしますね。

天皇陛下の容態が悪化、と報じられたのがひと月ほど前。
それからはぎゃんぎゃん、来る日も来る日も、その病状を逐一熱烈に報じるラジオと新聞。
そして年の瀬も押し迫った一昨昨日から、いよいよ音楽まで全面放送禁止に。
終末でなくてなんなんですか、これ。戒厳令の夜よりも不気味ですよ。

サノの下宿で、ぶつぶつとくだをまいてます。
とはいえ。私にはデジャヴでもある光景。
リアルタイム世代ではありませんが、昭和の終わりもこんなだったとか。
日本人て戦前も戦後も過去未来永劫、元号がかわるたびにこれやらないと気がすまないのか?
平成から令和への移行は、生前譲位だったので、穏やかだったと記憶しますが。
令和、と発表されて日本中浮かれてたのは覚えてる。あたしゃそっぽ向いてたけど。

でも、わかりますよ。
こんなドタバタで国中まきこんで一秒でも永く生きるためだけに生きさせられるなんて、どんな地獄も真っ青だ。
静かに死なせてくれよお願いだよって泣いてすがるよ。
生前退位して穏やかに余生を送りたいよ。一度見たらこりごりだよ、こんなの。

昭和天皇はでもお父様の最期をいま、リアルに見てるんだよな。
少なくとも私の前世だった時間軸での昭和天皇は、亡くなられるとき、何十年も前の、お父様の死に様をイヤガウエニモ思い出させられながら、死の床をさまよわれてたはずだよなあ。
むごい。
むごすぎる。
たのむから過去未来永劫やめてくれませんか、こんなの。

ところで。
新元号は、昭和になるのか?
サノには、しょっちゅう昭和、昭和、て言っちゃうから、大正の次の元号は昭和だよ、ていうのはもうバレてる。
けど、箝口令を敷いている。
もし、昭和でなかったら、もう、私の知っている21世紀へはつながっていかないことが明らかになるから。
これは私にとっても、抜き差しならない検証案件の一つなんですよ。

逆算すると昭和元年は、今年のはずなんだ。
12月末ぎりぎりにこんなイベント持ってくるなよ神様よ。
神か仏か、どっちにしても悪魔だろうけど。知らんけど。



[43732] File_1926-12-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/13 00:01
File_1926-12-002D_hmos.

昭和?え、昭和?
だって、だって新聞には、光文だって。ほら、光文だろ?

「間違いありません。ラジオでは、ショウワ、と言ってます。新元号は、ショウワです」

まじ?ほんとにまじ?昭和?昭和になるの?来年…じゃなくてあと一週間だけど、今年から。

「本日、一部の新聞でコウブンと報じられましたが、正しくはショウワです、と言ってます」

ほんとかよ。
昭和、きちゃいました。

複雑な気分です。光文なら、きっと、太平洋戦争だって起きないよ、みたいな、なんとなくそんな、願掛けみたいな思いも、あったんです。
昭和でなければなんでもよかった。
なのに自分の知ってる時代が、正確に訪れた。
昭和なら、なんとなく、これからの日本の行く末も、想像がつく。
準備ができる。したくないけど。
準備シテオカネバな心構えが私にはある。という、ええい、複雑な思い。

絶望と希望がともにいま、私の心を埋め尽くしてます。

一瞬でいいから。いや一瞬はさすがに。一時間だけでも、前世に戻れたら。昭和20年までの歴史を、Wikipediaで読んで確実に記憶して戻ってきて。いや、戻りたくない。転生するなら戦後一年ほどしてベビーブームのさ中に生まれ落ちたい。贅沢すぎるかな。都合がよすぎるのは承知の上で、でもどうする。どうするコダマ16歳。

うーーーーーーーむ。

この世界で、これから死ぬまで生きていかねばならないとして。
ま、普通に普通の現実ってそういうもんだけどな。
これから、戦争が始まる。
第二次世界大戦もだし、日中戦争。そして、太平洋戦争。
正確な年号までは自信ないけど、昭和20年にいったんすべてが終結する。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、冷戦崩壊を経てアフガン、ユーゴ、ソマリア、9・11、イライラ。
テクノロジーと足並み揃えて果てしなく戦争は続くけど、とりあえず日本にいる限りは、これからの20年間をなんとか生き延びさえすれば、あとは、まあ、なんとかなる、だろう。
デジタル時代を到来させること。
それが今でもおいらのライフワークなんです。
ゲームがしたいんです。
そのために、覚悟をきめて、今、なすべきための行動を、せねば。

昭和かあ。
え、年が明けたらいきなり昭和2年かよ。なんか、調子くるうぜ。



[43732] File_1927-01-001B_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/14 00:03
File_1927-01-001B_hmos.

コダマは、いつも、儂を驚かせる。

ドイツから帰ってすぐ、コダマを朝鮮へ行かせた。もう一年経ったのか。早いな。迂闊だった。
そのコダマが新年早々、支那大陸へ行ってみたいと。
儂が赴任していた漢口へ、ツテはありませんかと。
満洲をすっとばして、いきなりか。頼もしい奴だ。

これは本人からの希望なので、旅費は宮本に出させるという。
儂にとっても、渡りに舟な計画ではないか。
そこで、いろいろと助言をした。

生水は飲むな。
大きめの水筒を持っていけ。必ず、煮沸した白湯を入れて持ち歩け。
日本人を泊めない宿もあるし、立派な旅館でも油断はならん。
できるかぎり領事館を頼れ。領事館からなら電報も打てる。
なるべくこまめに連絡をよこせ。
地域によっては抗日の怨嗟がすさまじい。日本人らしく振る舞うな。
ことさらに汚いなりをして回れ。
申請すれば、支那兵の護衛兼通訳をつけられるが、あいつらはたかり屋だ。儂も使ったことはあるが、やめておく方がよかろうと思う。
カメラは、持っていくな。儂のを貸してやることはできるが、今回はやめておけ。
メモも、間諜の疑いを強める。往来で手帳は開くな。日本語が書いてあれば、それを読めない支那官憲をいたずらに刺激するだけだ。くれぐれも、気をつけよ。

さて、ツテだがな。
神田がいれば頼みたいところだが、消息がつかめん。
今は北京にいる、佐々木がよかろう。支那といえば佐々木だ。
あとは、くれぐれも、無茶はするな。しないだろうとわかっているが、どれだけ用心していても、しすぎることはないぞ。
帰ってきたら、その冒険談を、誰よりも先に、儂にきかせろ。



[43732] File_1927-01-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/15 00:02
File_1927-01-002D_hmos.

あけましておめでとうございます。コダマです。本年もどうぞよろしく。

唐突ですが、支那を旅してきます。
支那はいま、内戦のまっ只中だから危険だよ、と誰しもが言います。サノにさえ、止められました。
満洲にしておけと異口同音に言われます。
私も、相談される側だったら同じこと言うでしょう。
わかってます。

観光旅行じゃないからですよ。真意は。
支那が統一されたら大丈夫かって、そんなことないし。
これから危険度は上がる一方でしょう。
だったら、早いほうがいい。

昭和がきちゃったんだから、もう、のんびりはしてられない。
支那がどんなところなのか、何でもいいから見ておきたいんです。
今のうちにね。

唯一、支那での生活体験のある、石原閣下にご教授を願いました。
日特のコネだけだったら私もさすがにちょっと支那行きなんて言い出せませんよ。
佐々木到一中佐という方を紹介されました。

話をしたことはないが、と言われてズッコけましたけど。
在華十年。陸軍きっての支那通として有名なんだそうです。
公的私的に支那へ行く陸軍人はだいたい佐々木中佐に案内してもらうとか。
はー。それは頼もしいですねえ。

で、着々と準備を進めているところです。
出発は3月頃の予定です。
さすがに時事情報を掴むには、大嫌いな新聞に頼らざるを得ません。
毎日、熟読の日々。
お気楽お下劣ノー根拠なシタリ顔。政府でも軍でも財界でもシャカイシュギシャでも外国でも自分たち以外に対してならナニガナンデモとにかく批判批判批判。
それを脳内フィルタリングして必要な情報だけ取得してます。
まったく効率の悪い作業です。
イライラします。
東信電気の株価くらいですね応援したいのは。
数字はいいですよ。邪念がまとわりつかない。

さて。あとは、誰にも、サノ以外には、言ってないことですが。
武器が欲しい。
万一の、危険に備えて。
拳銃か、ナイフか、ヌンチャクとかトンファでもいいけど。なにか、護身用の武器。

銃なら日特で研究中にそこそこ撃ってます。機関銃とかも。
拳銃は、手には入れられる。しかし、どう持ち出すか、も悩みどころです。
持ってること自体が危険を呼び込まないかしらって考えちゃうと、今回は、やめておこうかな。
でも、万一のときどうするよ、ってのは大いなる課題。
逃げるに越したことはないよね、ってことで最近は体力作りにも、より真剣に励んでます。

サノは柔道やってたから、受け身とか、基本をいろいろ教わってる。
「でも絶対過信は禁物です。柔道やってるから、っていう慢心が最大の敵です」
と言うサノの真顔はマジ怖い。
まあそうだろうね。わかります。心します。
お土産買って帰れたらいいね。でも期待はしないでね。



[43732] File_1927-01-003C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/16 00:01
File_1927-01-003C_hmos.

あけましておめでとうございます。
本年も、日本特殊工業株式会社をどうぞ、お引き立ていただきますよう、お願い申し上げます。
社長の、宮本光一です。
本日は、皆様にお伝えしたい話題が、ふたつ、ございます。

ひとつめ。ついに、我らが悲願の国産戦車、試製第壱号が、大阪工廠で、完成しました。
来月、なんと、御殿場で、公道を走る、自力走行試験というのを予定しております。
昭和の夜明けを飾るにふさわしい、盛大な催しとして関係者一同、準備に大わらわです。
私は一般客にまぎれて見物します。陸軍や主計局からも大勢見に来られるようでね。
我らの苦節がついに、実るわけです。間に合って、ほんと、ほんと、よかった。

ふたつめですが、コダマ君が、いきなり、支那へ行ってみたいと言い出しましてな。
一同びっくり。
全員で止めたんですが、あの子の弁には勝てません。びっしり考えた上での、宣言だったようです。

戦車が活用される戦地は、支那である。その下見をしてきたい。
それは我々も考えてましたが、それこそ軍出身者もおりますし、実際に支那へ駐屯してた石原さんに相談したり、宇垣大臣でも技術本部でも、もっと専門的な人たちがいっぱいいるよ。君が行く必要はない。

「もちろん、それらの情報が全て必要です。そこへ、自分の分析も参考にしていただきたい。今までも、皆さんが意見を出し合って煮詰まっているところに自分が口出しをして、大きく流れが変わったことも一再ならずありましたでしょう。私だけでどうしようというのではありません。ですが、自分なりに、気づけることは少なくないと思います。それをできるかぎり調査してきます」

じゃあ観光地を回るとかじゃないんだね。ますます危険じゃない。支那語だって、しゃべれないだろう?

「石原閣下がおられた漢口には日本陸軍駐屯地がありますので、そこへの紹介状をいただいて、ご厄介になろうと思って相談しましたが、民間人なので領事館の方がよかろうと。その代わり、陸軍で支那通と呼ばれる方にも案内をお願いする方向で、目下調整中です」

はあ。根回しもばっちりなんだねえ。

「石原閣下のお力添えがなければ私もさすがに決心しませんでした。領事館から、毎日電報を打ちます。病気になったり、金を掏られたりして資金がなくなったり、その他不穏な状況が発生した場合はすみやかに帰国します」

決心かあ。もう決心しちゃってるんだ。
君の決心を翻意させられたことは今まで一度もなかったからねえ。
これからも、なさそうだねえ。

そんなわけで、どうやら、行ってらっしゃいになりそうです。私はコダマ君の親みたいなものですからね。心配で心配でたまりませんけど、これが自分の息子だったら絶対に行かせませんけど、コダマ君だからなあ。大丈夫かな。
電報は、ここに送るように、約束させました。
あとそれから。
サノ君も一緒に、行ってもらうことにしました。



[43732] File_1927-02-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/17 00:02
File_1927-02-001E_hmos.

おはようございます。サノです。
来月、支那へ、行ってきます。
コダマさんのボディガードです。
すべて計算ずく。21世紀用語ではデキレースとも言うそうですが。私でいいねと、満場一致で決まりました。

コダマさんと仲がいいから。
体格的にも護衛役にふさわしいから。
独身だから。
長男じゃないから。
社歴も浅いし、陸軍系社員のような、紹介者への義理立てもないから。
つまり、万一死んでも面倒が少ないから。

ホテルの部屋へ窓から手榴弾が投げ込まれたりした場合。
投げ返す余裕がなければそれの上に覆い被さります。
爆圧を腹で受け止め、私は死にますけどコダマさんには逃げていただきます。
そのくらいの覚悟はすでにできてます。
さらに二発目三発目と投げてこられたり、念入りに機銃掃射とかまでされたら、どうしようもありませんけど。

こういうイメージトレーニングは、コダマさんが得意とすることのひとつで。21世紀のゲームというのは本当に、油断も隙も容赦も無駄もないものだと、驚かされますね。

コダマさん、念入りに基礎体力づくりをされてますけど、その柔軟体操も、きわめて論理的なんです。
私が学生時代にやっていた、毎日受け身百回なんて、したことがないと。
効率よく、特定の筋肉だけを鍛える。
そのコツは、スポーツジムというところで簡単に教えられたそうです。
自分は専門家でもなく、民間人でしかも低所得者層だったけどねと、平然と言ってのけるコダマさん。
いったい、オタとは、本当に同じ人間なのでしょうか。私にはもうさっぱりわかりません。

悩みの種といえば、荷物をなるべく少なく、と言われてることですね。
「生きて帰れりゃ御の字で、どうせ何もかも盗まれてベソかいて逃げ出すのが関の山だから」
とコダマさんは言ってますけど、それにしたってどうしたらいいものか。
とりあえず。
下着の内側に小物入れを何ヶ所もつくったりとか。
鉛筆に似せた発煙筒を試作したりとか。
キャラメルに見せてるけどこれは毒だから子供にあげたりしちゃ駄目だよとか。
そんな準備をいろいろと、してますけどね。

私がオタになるための旅に、コダマさんがボディガードしてくれてるような気にもなります。
猪八戒や沙悟浄もいつか加わるんでしょうか。なんてね。



[43732] File_1927-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/18 00:01
File_1927-03-001D_hmos.

民国10年。
支那はまだまだ、戦乱の世です。

孫中山が十年前に宣言した、中華民国という国号。そして、民国暦という年号。
この二つは支那全土で定着しつつありますが、どこが首都で誰が国家元首なのか、となりますと。
袁世凱から続く北京政府の中央集権主義に対し、
孫中山が上海で旗揚げした中国国民党という革命集団が、全国でゲリラ戦を展開しています。
その対立はどんどん激しくなっていき、いよいよ、北伐が計画されます。

支那大陸南端の広東省。
国民党の一大拠点がありますが、ここから出発して北へ北へと行進し、北京を武力制圧する一大作戦。
これが北伐です。
着々と準備が進められ、11年春に進軍開始しますが、足並みが揃わず、夏頃には解散しました。
やはりどうも孫中山先生には、軍隊の指揮は向いていないと思わされます。

民国12年。
この年、大きな変化が起こります。ソ連がやってきました。
レーニンがロシア国外で活動させた共産主義組織をコミンテルンといいますが、ここから派遣されたミハイル・ボローヂン最高顧問が、孫中山に赤軍式軍隊教育を伝授します。
武器も売ります。
国民党の戦闘力はみるみるうちに上がっていきました。

二年前に上海でも、中国共産党が誕生しておりますが、ここにもコミンテルンの指導が入っており、そのつながりで国民党と共産党は同盟を結びます。
国共合作といいます。
共通の敵は北京政府です。

北京といえば、張作霖が段祺瑞を追い出して、軍閥の元締めになっています。
その背後には満洲駐屯の大日本帝国関東軍が控えており、張作霖に都合よく利用されています。
若く新しい国家であるソ連。
教育にも非常に熱心です。
貧しき者よ団結せよが金科玉条。

知識人層からの絶大な支持もあります。その後ろ盾に支えられた二つの武装政治集団がタッグを組んで、全力で倒そうとしているその相手側についているのがわれらが日帝……
おいおいおいおいおいおい、タンマ。
想像してた以上にやばくないか、これ。

このレポートは閣下関係なく自主的に調べ始めたものですが、実はこれ以降の状況が、まったく理解不能。
孫中山先生、亡くなられてたんですね。民国14年。今から二年前。
北京で。
北京?なんで?敵地でしょまだ。え、どういうこと?

ボローヂン式軍隊で北伐第二弾を開始したらしいんだけど、記事によって、また瓦解したとか、最大で湖南省まで達したとか?
北京まで到達したなんて書いてある媒体ひとつもないけど孫中山死没地は北京なんだって。
しかもその前の年、日本の、神戸にも来てたとか?
日本語で出版された情報だけだと、どれが正解なんだかさっぱりわからんので諦めました。
現地で、佐々木中佐から聞こう。

それから、ウラジミル・レーニンも死んでたんですね。孫中山より一年前に。
閣下がドイツへ行く前にレポートまとめたきり、全然追っかけてなかったからなあ。
世界は動いているのだなあ。
やべえやべえ。
この調子だと、本土でのほほんと暮らしてる間に赤紙きて、出征して特攻させられて玉砕しちゃうぜ。

生き残るために、勉強します。
切実です。
その一環として、明日から支那へ行ってきます。
帰ってくるぞと勇ましく。おお勇ましく。



[43732] File_1927-03-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/19 00:02
File_1927-03-002D_hmos.

コダマです。上海へ来てます。
バンドという波止場へ上陸して、すぐ北に見えるガーデンブリッジを渡った先に、日本人街。
その手前に領事館がありますので、まずそこへ。日特へ電報打ちました。

日本人街、ちょっと回ったんですが、びっくりするくらい、日本の街並みでした。
そんなところに長居する意味ありません。
日本人て、おそらく過去未来永劫、世界のどこへ行っても日本人だけで小さなコミュニティつくってその中に閉じこもるんですね。
前世でもそんなことよく言われてました。やっぱりそうなんだ、って思います。

何人かの日本人と話もしたんですけど、川向こうの英米共同租界は物騒だから、行かない方がいいよって。
90%親切心でしょうからね。10%はだからこっちで買いなさいと。ありがとう。
でも私たちは、その危険度が知りたいんです。

ちなみに、バンドから見て同じく川向こうである、日本人街より西側の一帯は、支那人街でした。
こっちは見るからに物騒でヤバそうだったし、臭いも強烈で。さすがにちょっと、でしたね。
支那人観察は、南京でもできるかなと、本日は共同租界を偵察します。
橋を渡ります。ああ、河って心理的障壁高いよね、確かに。

さて、共同租界です。おおこれが上海か。
前世今世通して上海は初めてですけど、もっとネオン看板ギラギラなイメージだったけどあれは香港か。
んー。いずれにせよ、21世紀ならちょっとした田舎の港町って感じですね。まあそれはしょーがなかろ。まだまだ百年前の、万事アナログな時代ですから。人力車走ってるし。
あ、人力車といえば。
支那人が人力車ひいて白人を乗せるのは分かりますけど、白人が人力車ひいてるのも何件か見ました。驚いた。
乗せてる客も白人ですけど、身なりも顔つきも違う。
多分ですけど、上海で落ちぶれて無一文になって底辺生活してる西洋人もけっこういるのかな。って想像します。
逆に、支那人でも、のし上がって白人をアゴで使ってるマフィアのボスとかいるのかな。いそうだな。裏街道にね。
いずれにせよ、そんな物騒な、ヤバい空気ってのも肌で感じてきましたよ。

肌で感じるといえば、ニオイ。
くさい。もう、クサイ。鼻がもげそう。
21世紀では普通人だった私も、この時代では極度の潔癖症ということになっちゃいます。そんな私には日本の内地ってのも相当にクサイんですが、支那の臭さはそんなもんじゃない。
港町なんで、潮臭さ、油臭さ。あとはゴミの臭気。人々の体臭。まきあがる埃。彼方に見える工場群からもくもくと撒き散らされているゴムの焼ける臭いみたいなの。
その他名状シ難キ気持悪ヒ毒ガスに溢れてます。
酸素ほしい。酸素くれ。
私から有り金むしりとりたいなら、今すぐ酸素もってこい。簡単だぞ。

共同租界をものの10分歩いただけで、日本人街へ戻りたくなりました。
でも耐える。ハンカチで顔を覆いながら。
あとはですねえ。
呼び込みに、ひっきりなしに声かけられるのは予想してたし、その通りだったんですが。
何組か、ただの呼び込みじゃない、ヤバげな白人のグループ、みたいなのにも遭遇したんですね。

カタコトの日本語も使うんですよ、連中。
ほかにもいろんな言語で手当たり次第に話しかけてきて。
どこで反応するかで相手の国籍を見破るんだと思う。
私たち一見、無国籍風でしたからね。二人とも小さなリュックを一つだけ肩から前に回して構えてたし、旅慣れてる風にも見えてたかなと思うんで。
で、これは私にとっても賭けだったんですが、こんなリアクションを試してみました。

やあやあやあ、何でしょう。え、私らシャンハイはじめて来たんですけどもうちょっとギラギラケバケバしくてデコデコしてると思ってましたけどなんつーか灰色一色ですね。いやーこの街でスプラトゥーンやったら最高だろうなあほらスプラトゥーンですよ街中をペンキで塗りたくってジャンプして空飛んで屋根から壁から道路から至るところあらゆるテクスチャにペンキをスプレーで塗りまくるやつほらほら気持ちよさそうじゃないスかねえねえ知りませんか私の国ではメッチャ流行ってたんですけどねチーム戦もあるんですよ相手の塗ったとこも塗り直しできちゃったりねそんで制限時間内にどっちの色面積が大きかったかって勝敗つけるんですよこれをシャンハイでやったら世界中が熱狂すると思いませんか僕おにいさんたちと勝負したいなあでもどこに行ったらスイッチ買えるんだろういくらシャンハイでもスイッチは売ってないかなあねえ知りませんか教えてよスイッチ買いたいんですよ僕たち。

これを一気に喋りたてるんですね。ネタは何でもいいんですけど。いわゆるオタプレゼンです。
相手はポカーンとしてるんですよ。
日本人が聞いてたとしても、何を言ってるのかさっぱりわかんないと思う。そこがミソ。
そして、うしろでサノが時折クスクスって笑うんです。そのタイミングも絶妙でね。
相手をケムにまくんです。
で、私も存分に語りきって気がすんだら、

オーケー?オーケー?メルシー、サンキュー、グラッチェ。グッドラック!ブラボォ!

みたいな挨拶して悠々と去って行くんですね。
サノはちょっと離れてついてきて、危険がなくなったのを見計らったら近寄ってきて、
「さっきのは何ですか?」
とか聞かれて、覚えてたらあとでな、みたいに言うんですけど説明めんどくさいわー。

何度も使える手じゃないかもだけど。あと、肺活量にすごいダメージくるけど。この必殺技はスキルとして修得しておこう。私のストレス発散にもなるし。
さてサノくん、疲れたからどこかで食事でもしようじゃないか。何食べたい?



[43732] File_1927-03-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/20 00:01
File_1927-03-003D_hmos.

南京の日本領事館にて、佐々木到一中佐と無事、合流。
市内の、中華料理店へ連れてっていただきました。

「今がどういう状況なのか、知らずにここまで来たというのかね。無鉄砲すぎるにもほどがある」
えええええっと。すみません。
上海って騒々しい街だなあ、くらいには思ってたんですが。
先月末に大規模なゼネラルストライキがあり、交通機関が完全に止まってたそうです。そんな不穏な情勢で、私たちがここへ向かって上海を出た直後にも、またゼネスト。
今も交通機関麻痺状態ですって。
一日遅かったら、足止めくらってました。

蒋介石の北伐軍が、上海の40km手前まで迫ってるところだとか。
そこからまず、お聞きしていいですか。
日本では、いったい国民政府軍が何とどこでどうなってて一体誰と戦ってるのかもよくわからなかったので。
「内地では無理もないと思う。私だって一から全部説明させられるのは御免蒙るがね」

孫中山先生は、亡くなられたんですよね。北京で?
「奥様や同志に見守られながら息を引き取られた。肝臓癌でね。私が最後にお会いしたのは天津で、亡くなる三ヶ月前だった。それ以前からほとんど気力だけで立っている状態で、無理に無理を重ねられていた」

北京といえば、北洋軍閥の本拠地ではないですか。そんな病体で、なぜ北京へ?
「政治的に結着をつけよう、という調整が進んでいてね。双方、戦闘を止めたのだ。実際の交渉は国民党の幹部たちが担当した。その間、先生は北京の大病院へ入院され、手術もしたが、すでに手の施しようがなかった、というわけだ」
交渉のゆくえは?
「決裂した。無理もない。国民党は、精神的支柱を失ったからね」

その後、また、北伐が開始されるんですね?
「中山先生亡きあと、国民党がまとまるまでに一年半かかった。コミンテルンについてはどこまで理解している?」
ソ連から、ボローヂンという顧問を迎えて、軍官学校をつくり、ソ連製の武器を大量導入して、今度こそは、と北伐再開して、中山先生が果たせなかった湖南省を越えて、、、とか。
「湖南省……ああ、衡州のことか。ふむ。一つ質問するよ。ある戦闘集団を見て、革命軍か、北洋軍かを見分けるには、どうすればいいと思う?」
え?
あれ。そういえば。
軍服?北洋軍は全員軍服着てそうな気もしますけど、革命軍はバラバラかなあ。
兵器はどっちも輸入品ばかりだろうし。
あ。もしかして、旗ですか?
「正解。実際、衡州では大した戦闘はしていない。地方軍閥の領主・唐生智と交渉して国民党側に就かせたんだ。青天白日旗が揚がり、そこの軍勢は南から北へ回れ右して、革命軍と一緒に行進した」
三国志でもそういう状況、よくあったような。

武器では見分けつきますか?北洋軍の武装も外国製ですか?
「北洋軍はソ連以外のものをあちこちから寄せ集めている。チェコ製、デンマーク製が多いかな。資金源としては日本も相当に貢いでいる。張作霖は満洲の奉天に、東京砲兵工廠よりずっと大きな工場をつくってて、そこで銃弾から野砲山砲、重砲までつくらせているという噂だ」
それも日本が出資してるんですね。張作霖だと、政府じゃなくて関東軍か。

「ちなみに北洋軍といっても結局軍閥の集まりだから、統一感はないよ。北京を中心とした中華民国北洋軍閥に属する軍勢を、こちらでは連合軍とも呼んでいる。これも分かってないと混乱するだろうね」

正直、どっちに軍配が上がると思いますか?
「私は、孫中山先生と、その遺志を継いだ蒋介石に肩入れしている。が、日本政府としては北京に勝ってもらわねば困るだろうな。ただ現在の若槻内閣は、徹底して支那への不介入を宣言している。駐日英大使からの派兵要請にも一切応じない。だが、支那の実情をちゃんとわかった上でそうしてるならいいが、何も見ていない。最後に勝ち馬に乗ればいい程度の考えしかしてないように私には思えるがね」

北伐が今度こそ成功して、国民政府が支那を統一すると、支那は共産国家になりますか。
「それはよく議論される。支那の赤化ね。私は、それは無いと思う。中国共産党はまだ未熟な集団だし、やはり蒋が勝つとしてだが、蒋は、強烈なアカ嫌いだ」
それは、本人を知っているからこその、確信ですか。
「そうだね。ああ、そうだ。君たちにはこれを言っておきたかったんだ、漢口へ行くのはやめたまえ」

どういうことでしょう?

「漢口は昨年、国民政府が支配したが、そこを拠点としてるのはボロディンだ。蒋の南昌政府に対して、武漢政府を宣言している。そこには、アカしかいない」

え?あれ、ええと?
もうちょっと詳しく。

「北伐開始時点で、とっくに蒋とボロディン一派は決裂してるんだ。だから最初から二手にわかれて進軍した。これをわかってないと、全部が統一された国民政府の仕業になってしまい、混乱するだろう」

あらためて、地図を見直す私たち。
国民政府の革命軍は、まったく連携していない二つの頭脳が独立して北伐してたんですね!
でも、旗は、同じなんだ!!

「戦略も異なる。無用な戦闘を避け、まずは進軍先の領主や地方政府との交渉から入る。これはどこの軍隊でも同じだが、蒋は国民党の一員となるか否か、三民主義に基づいた中華民国の法に従うか否かを基準にし、地方の企業や有力者をなるべく味方につける。これに対し、共産派の方針ではまず問答無用で有力者や金持ちを殲滅し、労働者たちを解放する。最底辺の労働者たちに、我々と共に戦えと教育を施し、共産主義に同化させていくことに、より多くの時間をかけながら、進軍する」

むげええええええ。
頭ではわかってたような気もしてたけど、それは、とても仲良くなんてできる次元じゃないわ。

「もう一度言うが、漢口はそんなアカどもの巣窟となっている。すでに英国領事館は租界ごと、中華民国への返還を約束させられたが、日本租界も同じ手で支那へ回収されようとしている。これが現在の、漢口の状況だ」

ゴクリ。

「日本海軍が、揚子江を遡上して漢口へ向かっている。陸戦隊200名を派遣して威圧するつもりのようだ。そんなところへ飛びこもうなんて、よくも石原少佐が許可したもんだな」

はあ。あの人は、興味ないことにはとことん興味ないですからね。
今はすっかりスピリチュアル坊主なんで。支那のそんな実情、知りもしなかったんでしょう。

「責めないよ。内地の新聞でも、そんなことわかってる奴ひとりもいない。まともな記事を読んだためしがない。外務省からしてそうだからな」
佐々木中佐から報告を上げられたりは、しないのですか?
「さっきも言ったと思うが、私は、はぐれ者さ。肩書きは北京駐在武官だが、北京にいる限りは張作霖に媚びを売ってなきゃ生きられない。そんな奴しか残らない」

泣きたくなってきますね。
「私も冷や飯食いだが、それでも最後に蒋との交渉に使える貴重な手駒だと思われてるからこうして生かされているんだろう。こんな状況をわかってもらえるなら、それで充分だよ」

ありがとうございます。本日は貴重なお話をうかがいました。
「ところで、石原少佐から言われているが、ここの払いはホントに君たち持ちでいいのかね?」
はい。もっとじゃんじゃん食べていただいていいですよ。
「いや、ありがとう。今言った理由で、接待費なんかもロクに出ないのでね。こちらこそ礼を言う。それじゃ私はこのあと北京へ戻らなくちゃならないので失礼するが、いいかね、なるべく早く、気をつけて帰るんだよ」
そうします。ありがとうございました!

はあああああああああ。サノくうううん、疲れたねえええ……。
いったん旅館へ戻って、ちょっと頭を整理しようか。



[43732] File_1927-03-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/21 00:01
File_1927-03-004D_hmos.

サノくん、最初は君が攻めで、僕が受けでいいかな?
「攻めの反対は、守りですよ。コダマさん」

南京は、城塞都市です。
市のまわりをぐるーっと城壁が囲っていて、南北10km、東西9km、おおよそ。
形は凸凹あってかなりイビツですが。
歴代領主の宮殿は城内南東、英米日等の官公庁街は西側に固まってます。
城壁には、大小14ほどの門があり、城外東側に紫金山。小高い丘です。その西隣に玄武湖。
城外北西側には揚子江が流れていて、下関という港があります。シャーカン、と発音します。

この城を攻めるとしたら、何千人くらいの兵力が必要かねえ、なんてサノと話してました。
地図を見ながら、どうしてもクォータービューに脳内変換してしまうのだけど、これもサノには言いません。どう説明せえっちゅうんじゃ。
こいつバリバリ理系だからわかってくれるとは思うけど、今ここで地図を斜め上方向からの鳥瞰図に置き換える必然性がそもそもありませんでしょ。だから言わない。

南京といえば、大虐殺。
言葉だけは、知っている。
21世紀まで、根深く日中問題になってることまでは、知っている。
それ以上のことは、知ろうとも思わなかったし、今だって、知りたくないし、見たくもないし、起こらなくてすむものなら永遠に起こってほしくないんですが。
ここが戦場になる。という想像だけは、覚悟だけは、しておくべきかなと、思って。

さて、想定戦というか、サノと攻め・守りでシミュレーションしてみるつもりでしたが、前提条件が決まらないのでゲームにならない。で、二人で一緒に、どう攻めるか、から考え始めました。
「陸側から攻めると、河から逃げられますね」
そうだね。まず河沿いに部隊を配備、が第一だね。儀鳳門か興中門から逃げ出してくる敵は、撃つ。
河側から攻めるとどうだろう?
「上陸作戦となると、一度に大量の兵員は送り込めませんから、主力はやはり、陸からにならざるを得ないかと」
あとは、湖と、山っていうか丘だね。これは、攻めるにしろ守るにしろ、利用できる地形だろうか?
「南側にも、城壁に沿って川が流れてますけど、下関港も含めて、水路は攻めるには向きませんね。脱出を阻む要衝として考えるべきで、中山門が正面ですけど門のすぐ傍に本丸があるということは、守りが相当堅そうですね」

やっぱそう思うよねえ。大きな門より小さな門の方が侵入しやすいのかしら。ここから先は実地検分だね。
我々ド素人が一目見て考えることは、匪賊だって思いつくことだろうから、じゃあそれに対してこの城がどんな防御を想定しているかを、見て回ろう。
南門へ向かいます。

うわあ、でっけえ。
お台場のガンダムよりタッパあるぞ。20m以上ありますね。
そびえ立ってます。上にヤグラあり。壁のところどころに銃眼も覗いてます。
ここらへんは日本の城塞と同じですけど、とにかくデカいし、左右に長い。
ここを攻めるのに、歩兵と騎兵だとどのくらいの物量で向かわなくてはいけないのか。どの程度の損耗を覚悟しなくちゃいけないのか。素人にはすでに眩暈がしてきます。

夕暮れ時近くなって、下関へ着きました。
ツッコミはご無用。時間ないんです。
下関条約を、次回はここで結んでみたい。ええい、うるさいぞ俺の邪念。さて。

んー。港も広い。上海バンドとどっちが広い?
国ごとにナワバリがある感じですね。
揚子江の河幅は1km以上あり、流れも速くて濁ってます。
泳いで渡るのは無理そう。逃げるには船が必要。
てことは、門から波止場までを押さえとけば脱出は阻止できるかな。

対岸の港は浦口といって、現在、英米の砲艦がものものしく、砲塔をこっち側へ向けて待機しています。
ちなみに下関側の城内入ってすぐに砲台あるんです。
守る側からしても、洋上への攻撃は想定済み。
でも万一の開戦時には、この付近にはなるべく、いたくないなあ。
というか既にいま、一触即発の状態ですか?

そんな感じで、ぐるっと城外を時計回りに半周したのが昨日です。
陽が落ちたら、市内は危険度が増すので。さっさと旅館まで戻って、疲れてたんですぐ寝ました。
早寝早起き。健全です。深夜娯楽なんてない時代です。私はもう16年生きてるんで慣れましたが。
今日の午後、南京を発つつもりなので。午前中に昨日の続き、城の東側を見て回りましょう。

籠城戦になるとなれば、秀吉が三木城や鳥取城でやったような兵糧攻めは有効だろうか。あるいは水攻め。
しかし広さが段違いの南京では、城内に耕作地いくらでもあるので、外の兵の方が先に干上がることだってありえるかも。
帰ったら、スピリチュアル兵学教官先生にご指導賜ろうか。
みたいなことを、とりとめもなく考えていたら、突然、すぐ近くで銃声が。

悲鳴。
大勢が逃げている。
なんだ?ゴジラかグエムルでも現れたか?
いやまて。変だぞ。何か起きてる。
サノ、領事館へ戻るぞ!



[43732] File_1927-03-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/22 00:02
File_1927-03-005D_hmos.

領事館まで、直線距離でも約5km。
この地点からだと、混み合った住宅地をクネクネつっきって行かなきゃならない。
とはいえ、大きな通りは、なんかヤバげな喧騒に包まれてる。
慎重に、身を隠しながら、歩いて行く。

時折、家の窓からこっちを見ている視線に気づく。
そうだね、自宅がある人は隠れてなさい。そして、窓や扉から侵入する者がいたら、ためらわずに鉄ナベかクワで脳天にお見舞いしてやりなさい。がんばれよ。
お兄さんたちは、押し入ったりしないからね。見逃しておくれ。

サノとは、上海で取り決めてたルールがあった。
私たち、今、支那の平服着てます。
上海で買いました。元の服は、リュックに入れてます。
日本人は嫌われてるけど、朝鮮人なら、命までは取られない。
現地の日本人とは必要以上に触れあわず、日本語か朝鮮語か支那語か英語か、一見わからないチャンポンなイントネーションで、会話する。
未来の日本なら、タモリさんみたいに、で通じるかも。あの辺の世代の人じゃないと伝わらないかな。昭和中期くらいですよね。わかんないけど。あんな感じで。

つまり日本領土になってて日本国籍だから日本領事館へは行くけど朝鮮人です支那の血も混ざってます風な兄弟を装ってるって設定です。
リュックだけは、カスタム仕様でいろいろ仕込んでるので。
底面の隠しポケットに拳銃入れてたり。
だから一瞬たりと手離せない。
服を替えてもこのリュックで特定されたらヤバいねって上海で気づいたんで、次はリュックも、その場で擬装できるような仕掛けを施そう。

さて。
銃声は数日前から、城外で割とひっきりなしに聞こえてはいたんですが。
城内から、てのは今が初めて。
窓を叩き割られてるような音、悲鳴、その他いろいろ聞こえてきます。
裏道でも、偵察部隊か避難民かコソ泥なのかなんなのかわからないような怪しい男たちと何度も出くわしてます。
向こうもこっち見て、非常に警戒してるんで、お互い様って目配せして、一瞬で別れます。
うん、だんだん慣れてきた。

しかしこりゃどうも、領事館までたどり着けないな。
中心部に近づくにつれて、荒らされてる家が目立ってきます。
火の手もあがってるようです。
もちろん、悲鳴、銃声、破壊音、なども累乗的に大きくなっていきます。阿鼻叫喚というやつです。

息が上がってきた。安全な、セーブポイントはどこかにないか。
サノ、ついてこい!



[43732] File_1927-03-006D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/23 00:01
File_1927-03-006D_hmos.

商店だった、と思われる住居です。
何屋さんだったのか、すでにわからない。
店内メチャクチャ。
棚まで根こそぎ持ってかれた風で、がらんとしてます。
扉もひっぺがされていて、奥の居室まで見通せます。
四人ほど死体が転がってます。この家の住人でしょう。

一目見て、ここがもうこれ以上荒らされる危険は少ないだろうと考えたのです。

盗賊の残党も、生存者も、いなさそうなのを、息をひそめてうかがって。
押し入れだったと思しき空間の天井板を突き破ると、開きました。
天井裏は暗くて埃っぽくて湿気がすごかったですが、ひとまずここで、小休止します。
呼吸を落ち着け、水筒の水を飲む。

えーと、外から見た間取りから計算すると、こっち方面が、通りに面してるはず。
ドライバーセットを取り出し、ピックで小さな穴を開ける。
単純な木造家屋で、壁も薄い。
なんとか、外を覗けるだけの穴を開けました。

貧しそうな家は無傷ですかね。
やはり、商店とか、裕福そうな家から襲撃され、掠奪されるのかな、と、見てるうちにわかってきました。
逃げる市民の姿がチラホラ。時々、集団で。

家々の向こうの大通りは、襲撃が続いてる風ですが。見えません。
うーん。体力回復しても、出て行くべきかどうか、悩みますな。
息苦しいけど、夜までここで過ごそうか?
サノくん、どうですか調子は。

「国民党、なんですかね。そこがまず、気になります。北洋軍は昨日、市から行儀よく撤退していきましたよね」
そうなんです。
昨日の午後、市内と城外に配備されていた、北洋政府系の軍隊は、続々と、下関から引き揚げていったんですよ。
これで戦闘は起こらない、革命軍は無血入城できるから、市民総出でお出迎えしよう。って日本人たちが話してるのを聞いてました。
それが今日になってコレで、泡くってる次第です。

今日一日で終熄するものなのか?これ。
南京は広いぞ。いつまでこんなのが続く?

いずれにせよ、本日、日中は動くまいと決めました。
ならば今のうちに、寝ておこう。
サノくん、交代で睡眠だ。
腹が減ったらリュックの缶詰を食べなさい。水はちょっと節約しよう。



[43732] File_1927-03-007D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/24 00:01
File_1927-03-007D_hmos.

19時半。もうそろそろ、いいかね。
外は真っ暗です。いつも以上に。
どの家も、照明をつけようとしません。

町のあちこちに、かがり火と、兵士たちの姿が見えます。
多いところでは、10人くらい。
くっちゃべったり笑いあったり、収奪品の自慢しあってたり、何か旨そうに食ってたり。
銃声も、まだまだ断続的に聞こえてますねえ。

夕方から、下関対岸の軍艦からも砲撃が始まりました。
市内に直接向けて撃ってるわけではなさそうですが。
革命軍への威嚇行為だとわかっちゃいるんですけど心臓に悪いから控えてほしいっつうか。
それより人を派遣してほしい。
英米仏独日どこでもいいから。
治安を守ってくれる、適切なる、陸戦隊なり警備隊を。

襲撃者の犯人はおおむね決まりです。中華民国国民政府の革命軍です。
コソコソ、見とがめられないよう、細心の注意を払いながら、闇の中を進む私たち。
元の人民服はグレー系で、ちょっと闇夜に目立つかもなので、途中で道端の死体から失敬しました。黒っぽいものを。
万一、歩哨に見つかったら、死んだふりですね。死体の中にまぎれる。
銃剣でひとつひとつ突いて回られたらアウトですけど。
そうなったら不意をついて、逃げる。
絶対確実な対処法なんて、わかりません。
サノにも言ってます。
別々に逃げろ。かまうな。一人になった時点でとにかく日本へ戻ることだけを考えろ。
縁があったら。
来世で会おうぜベイビー。

そんなこんなで、日本領事館方面へ。
この辺は、目抜き通りというか。国内外の官公庁や大きな商店とか、お金持ちの民家とかが集まってるとこなんで。
近寄れない。
警備の兵が、あちこちにうじゃうじゃ立ってます。
国民政府の青天白日旗は今、市内あちこちに掲げられています。
その旗の下で夜警やってる、軍服着て銃を担いでる兵隊が、昼間の獲物自慢をやってるんですね。支那語はわからないので、多分そうだろうレベルですけど。

革命軍は礼儀正しい、と言われてましたが、それは支那兵の平均水準と比較しての話なのか。
そう考えたら、納得もします。
革命軍よりも悪辣非道と言われていた北洋軍の方が、ここ数日の南京で見た限りにおいては、ずっと統制とれていたけど。
まあいい。

革命軍を市民の味方だなどと思うな。ってことだよね。
オールゾンビか。上等だ。



[43732] File_1927-03-008D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/25 00:01
File_1927-03-008D_hmos.

夜が明けました。
今日は、2587年3月25日、金曜日。

ねぐらを替えました。
やはり襲撃されまくって、もうこれ以上獲られるものないだろう、って民家でそこそこ見晴らしのいい天井裏を一軒確保。
日中はぐっすり眠りましょう。交替で。

どこも、食料がまっさきに狙われますね。
私たちだって、食料尽きたら、まだ人が立てこもってそうな家から力尽くで奪うしかなさそう。
ま、サノと私は文明人だし。今のところ日本から持ってきてた缶詰でしのいでますが。

水だけが困りものです。
荒らされた住居で井戸水が出てくる蛇口をいくつか使いましたが、ほんとは煮沸したい。
しかし火は使えない。
それでも道中、一番綺麗そうな井戸の水を、水筒に詰めました。
おそるおそる、飲んでます。

さあて、今日はどうするかな。
下関までどうにかして辿りつければ。日本の船がいれば。海軍でも商船でも民間でも。
そこへ逃げ込めれば、なんとか助けてもらえるかもしれない。
しかし襲撃初日すぐ反対方向へ走ってきてしまったから、今いる場所からなら、とりあえず日本領事館の方が近い。

ごろつき兵士の中には、ここを通るならいくら出せ、みたいなことをやってるのもいるようで。
それでなくても、日本人だとわかると、あいつら、金額ふっかけますから。
商売の基本としては、大正解だとは思いますよ。
だから支那人か朝鮮人に見られるよう、化けて旅してるんです。
閣下のアドバイス、適確でした。さすが経験者。

血まみれの服は、いいカモフラージュになってるかな。
似つかわしくないリュックは、どこかで盗んできたんだろうと思われればいいんですが。
それをよこせ、って言われるのがわかりきってるので、腕っ節強そうな連中に見つかったら戦闘は避けられない。
無謀は大敵。
ぎりぎりまで、徹底して、ステルスします。

春なので、埃っぽく、まだ時折つめたい風が吹きます。
とりあえず、日中は路上観察を続けようかねえ。
もう一日。



[43732] File_1927-03-009D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/26 00:02
File_1927-03-009D_hmos.

3月26日、土曜日。晴天。
街のざわめきが、本来の姿に戻りつつあります。

めぼしいところは、荒らされ尽くした頃合いですか。
一昨日来の盗賊集団とほぼ同じ服装ですが、それをパリッと着こなした軍団が、大通りを、うやうやしく行進中。
ここからは治安維持するぞっぽいような状態に、変わりつつあります。

一般市民、とくに子供たちが表に出てきて、声を出してる。
てことは、大丈夫そうだなと見計らって。
我々も、外へ出ました。

おそるおそる、日本領事館へ。
隣接する、英国の官庁舎の入口には、イギリス兵が立ってましたが。
日本領事館には、
警備員もおらず……
無人かと思いきや。支那人家族が何組か、住みついてました。

机も椅子も書類棚も、
何もかもが奪い尽くされた、
ガラスの破片と泥まみれのロビーや部屋を
ひととおり見て回りました。
数日前まで拠点にしていた建物を、廃墟ツアーしてるこの感覚は、すごく不思議。
領事館職員の官舎が、敷地内の反対側にあるんですが。
ここが特に、むごかったですね。
小さな部屋が多かったんで、悪いことするのに都合良かったんでしょう。

具体的に言っちゃいますと
何人もの男に強姦されまくった挙句に殺され
そのまま放り棄てられた状態での
ご遺体が
いくつもいくつも。

犯して殺すだけでも飽き足らないのか、口や尻やらに竹の棒突き刺したり、鼻や目玉に針金突き立ててたりとか。
ハンニバル・レクター博士でもここまでしないぞ。
憎しみに満ち満ちた陵辱ぶりってのを、リアルに見ました。
これが排日の怨嗟か。
サノは、泣きながら吐いてました。
グロ動画は見慣れてないみたい。
そうか。そうだろうね。悪かった。

サノの前で言葉にするのは控えましたが。
私は、このとき、この世界へ転生してから初めて感じる、あるデジャヴに囚われてました。
シリアルキラーによる、遺体アート?
もしかして、これをやったの、転生者?
タイム・アフター・タイム。
観たことある人なら、タイトルだけで瞬時にわかってもらえるかな。この感覚。
この世界に、ヤバい奴が、紛れこんでる?
私は、そいつを、捕まえねばならない?
妙な使命感に、ちょっとの間、とらわれてました。

でも不用意に動くのは怖い。
武器ももっと欲しいし、今回の旅でまだまだ必要なものがあることを思い知りました。
これ以上の深追いは、やめよう。
何よりサノがもう限界突破だ。ごめんな。本当にごめんな。もういいよ。もう帰ろう。

血まみれの黒い支那服脱ぎ捨てて。
グレーのまだまだ綺麗な支那服に着替えて。
下関方面へ向かって、とぼとぼ。とぼとぼ。
日本海軍の、小さな汽船で、上海まで送ってもらえることになりました。今その手続きをしています。

領事館には昨日まで、生存者が約20名、隠れていたそうです。
海軍によって保護されて、すでに帰国の途についてると。
私たちは行方不明者扱いだったけど、もし一昨夜時点で領事館にいたら、一緒に殺されていたかもしれない。
よくぞ無事だった。よかった。と言われました。
あとは、日本政府が?
とんでもない声明を出したとか?
それはさすがに信じられないので、帰国して、真偽を確かめてから、判断します。



[43732] File_1927-03-010D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/27 00:03
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「南京では、邦人の被害は、皆無です。
中華民国国民政府革命軍は、市民からの熱狂的歓迎に包まれつつ入城し、現在も市内各地で盛大な祝賀式が催されております」

これが、日本政府が即日発表した、公式見解です。

いやさすがに嘘バレバレにもほどがあるっつーか。
あらかじめ準備しておいた、最も理想的なシナリオを、疑いもせず確かめもせず、時間がきたから読み上げました、ってところかなと察しはしますけどもね。

私たちが見てきたあの惨状を、直接目の前で味わって、生還した方たちが、大激怒。
野党マスコミからも猛バッシングで、軟弱外交極マレリと叩かれまくって、倒閣秒読みとも言われてるんですけれども。
倒閣するにしても主たる理由は外交失敗のせいじゃなくて金融政策失敗のせいにしたいということで調整中みたいなんで。
いったいどれだけ糞ポンコツな連中が政権担ってたんだと。
私は目の前が真っ暗になってるところであります。
支那も支那なら、日本も日本だよ。

コダマです。帰国してます。
ひとまず会社と、石原閣下から、生還をさんざん喜ばれつつも。
二度とこんな危険な云々と、きびしく説教され。
閣下は閣下で、現地での話をそれはもう何から何まで聞きたがるし。
サノはきわめて情緒不安定で、
故郷へ還るかという話も出てるんですが本人が
「実家へは今回の旅のことも言わないでください。仕事は少し休ませていただきますが、必ず復帰しますので、どうか時間だけください」
とそれはもう泣きじゃくりながら懇願する始末なんで、ひとまず医者へも通いつつ、アパートで療養中という形になっています。

支那を今のうちに見ておきたい。とは言いましたけど。
ここまでのハードシナリオは想定してませんでした。
できるかバカタレ。
しばらく旅はいいです。
二度とごめんだ……とは言わんけど。つか、まだまだ序の口だよな。
なんなんだよ、この世界。
ヘビーにもほどがあります。



[43732] File_1927-04-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/28 00:01
File_1927-04-001E_hmos.

サノです。
この度は、まことに、申し訳ありません。
私は、コダマさんを、守るため、支那行きに志願いたしました。
しかし、お守りするどころか、足手まといに足手まといで、結局、何もできないまま、コダマさんに手を引かれて、おめおめと帰ってきた、そんな情けない、あまりにも情けない、こんな、結末となってしまいました。
死んでお詫びができるものなら、何度も死のうと思いました。
今も、どう償いをしていいやら、わかりません。

会社の人は、毎日交代で、部屋へ、様子を見に来てくれます。それも、心苦しくて、申し訳なくて申し訳なくて、自分が許せなくなるのですが、コダマさんに来ていただくのだけは、お断りさせていただいて、その代わり、心が落ち着いたら、私の方から、必ずご挨拶に伺いますのでと、そう申し入れました。
領事館で見た光景が、頭から離れません。
一人になると、気が狂いそうになります。
誰かといても、気が狂いそうになります。
夜、散歩はします。できるようになりました。暗がりには入れませんが、明るくて、ひと気のないところで、思い切り叫ぶことでなんとか恐怖を紛らわせています。一時的ですけど。
そんな今夜、橋のたもとで、コダマさんに遭遇したんです。

「やあ、元気してた?」

何の衒いもなく、挨拶されました。
それだけで、泣いてしまいました。
コダマさんは、それだけ言うと、また川を見つめて、静かにたたずんでます。
いつもの。
他人にはどこまでも無関心で。
しゃべれどもしゃべれども、相手に何も伝わらなくて構わない。ただ常に自分の心の中の何かと戦っている。
そんな、いつものコダマさんでした。

私のほうが年上なのに。でも、私はどうしても、コダマさんについていきたくて、もっと教えていただきたくて、どうか、どうか、こんな不甲斐ない私でも、どうか、って、いろんなことを、吐きだしたんですね。

「そんなふうに考えてたんだ。私もごめん。ねえ、よかったら、会社へ戻って、何か飲みながらでも話さない?」

コダマさんは、どこまでも、冷静です。
そして、どこまでも、優しいんです。
この精神力の強さも、オタの成せる技だというのでしょうか。
まだまだ私には、わからないことだらけですが。

この夜、また私は、21世紀の、闇の顔を知ることになります。
エログロ。
エロティック。グロテスク。
私が領事館で見た、あれらの光景は、コダマさんにとっては幼い頃から見慣れたものの、一片だったに過ぎないそうです。
むしろ、懐かしい光景だった。
誰がこれをやったんだろう。
僕という、足手まといがいなければ。
装備が充分であれば。
他の建物も見て回って、手掛かりをつかんで、犯人を突き止めて早めに芽を摘んでおきたかった。
そこまで考えていたのだそうです。

私は一日目から、コダマさんの後ろについていくのが精一杯で、音を立てないよう言われていたので質問もなにもできなかったんです。
コダマさんは路上を見て、いろんなことを考えている風でしたが。私には考えても考えてもわからなくなるばかりで。ただただ、恐怖に取り囲まれた、不安に押し潰されていくだけの日々だったのです。
コダマさんとはぐれたら、その瞬間に何もかもあきらめるしかないと思っていましたから。

「そこまでプレッシャーをかけていたことに気づいてなかったこっちが悪いんだ。本当にごめん。でも、僕にもサノが必要なんだ。もし復帰できるなら、これを頼みたい」

濾過器付水筒。
暗視双眼鏡。
追跡用塗布剤。
無線通信機。
超小型撮影機。
地図地形を把握する機能的な携帯機器。
どれも、電子レンジほど難しくはなさそうですね。
ああ、僕にはこれができる。
コダマさんに尽くせる、僕にならできるものがまだまだ、あるんですね。
時間を、いただいて、よろしいでしょうか。



[43732] File_1927-04-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/29 00:02
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内閣が、チェンジしました。
ふだん政治には興味ない。つーか主たる情報源がほぼマスコミしかない時点で、私にとっては議論の俎上に載せる材料が揃わない。それこそ芸能人のゴシップと同一線上のモノでしかないのです政治なんてね。
そんな明白な信条をもって、避けて通ってきたわけですけれども。
今回に限っては、いろいろと語りたい。

まず、沈没した前内閣ですが、首相はワカツキレイジローといいます。大蔵省出身ですね。それが金融政策で退陣というのだから、しれたもんだわ。
外務大臣、シデハラキジューロー。悪名高きシデハラ。対英米協調路線とか言ってますが、日和見を決め込み誰にでも愛想振りまきいい顔したがるお坊ちゃんです。日本では周期的にこーゆーヤツ出てきますよね。
先月の南京事件での犠牲者ヒトリモ居ラズはさすがに今でも信じられない思いですが、そこまでするヤツです。
未だにあの発言撤回してませんからね?案外、肝ッ玉はズ太いんでしょう。
軍隊ギライな人たちからは、一定の支持もあるようです。

さてワカツキ内閣、金融恐慌で破綻しました。
アメリカの株価暴落で企業倒産ドミノ倒しが世界中に吹き荒れてるようなんですが、日本にもその波が押し寄せ、大蔵大臣が予算委員会席上で
「ただいま東京渡辺銀行が破産したそうです」
と最新ニュースを読み上げたところ、それは誤報で、東京中の窓口に預金を引き揚げようとする顧客が殺到し、まだ余命あった銀行を政府が息の根止めてしまった格好になり。
それを機密費やら国庫やらでどーにかして救済できないかと画策したけど、枢密院からダメって言われて詰んだと。
最低最悪じゃないですか。
あまりにも。
宇垣陸相も三期、大臣勤めてたけど、これでお払い箱ですよ。間を置かず朝鮮総督府へ出向だそうです。朝鮮かあ。

さて、こんなデタラメで崩壊してからのチェンジとなる、新内閣の顔ぶれはというと。
首相、田中義一。
もと陸軍大将、かつ立憲政友会という与党の総裁でもあります。長州閥ってことで、陸軍の古参にもツブシが利くとか。どう転んだって前のより悪くはならないんだから楽勝ですね。外相も兼任。
陸相は白川義則。この人はよく知りません。
とりあえず最優先課題は金融の安定化ってことで、蔵相には高橋是清。
タカハシコレキヨ?なんか聞いたことある名前ですが。そっちは専門外なので。どうぞよろしく。

外交ねえ。
シデハラが3年間かけてさんざんダメにした日本の軟弱外交は今後、どうなるんでしょうか。
首相が外相を兼任。て大役を任せられる人材が手配できなかった、てことでしょ?
そこに一抹の不安を感じます。
じゃあ誰ならいいのかって私に尋ねられても、答えられようはずもなく。
シデハラでなければ誰でも、みたいなありがちな逃げ口上もカッコ悪いと思うので。
これについては、時間をください。私なりの候補者が見つかったら、推薦します。

さて、日本の内閣の話はこのくらいで。
そんなことより私の目下の関心事は、支那の行く末なのですが。
これがもう、途方に暮れるほど、わからない。
日本の新聞、まるでダメ。

手に入る全紙かきあつめて、何月何日何々が発生、みたいなタイムラインを作っても、いや作れば作るだけ、ありえないストーリーができあがる。
蒋介石が率いている国民政府。それがあれもこれもどれもそれもいろんなことをやっている。
書いててさすがに辻褄が合わなくなると、どこの陣営だろうが支那軍とか支那兵で誤魔化す。
支那軍ってなんだよ。
マジ何なんだよ。
存在しないんだよそんな軍隊。
そして記事の最後には必ずしたり顔で、支那ナルハ魑魅魍魎ナリとかなんとかのオチ。
引き裂きたくなります。

トーイチさんのような、アナリストが必要だ。
もう一度、トーイチさんに会えないか。
今も支那を駆け回っておられるはずですが。北京ですら身の危険にさらされ続けてると言われたし。
そうだ。
外相、トーイチさんはいかがでしょう。

国府軍が北伐を完成させた暁には、陸軍からトーイチさんを引き抜いて、外務大臣になっていただき、蒋介石とがっちり組んで、国民政府内の共産派を根絶させる。これができるのは彼以外に、ありえなくないですか。
日本と、左派を排除した国民政府とが組めば、英米そしてソ連への強固な防衛線もできあがります。
どうですか。どうでしょう。
どうなんだ?完全解のような気がするけど、そんな簡単なものかな政治って。
ともあれ、トーイチさんから、教えてもらいたいこと、まだまだ、あります。
南京で私が見てきたことも、伝えたい。革命軍の中にはまだまだ、匪賊も混じってますよとか。

いつか再会が叶うなら。
その日を夢見て、臥薪嘗胆。



[43732] File_1927-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/06/30 00:03
File_1927-05-001D_hmos.

激動の時代を、迎えています。
国民政府革命軍、徐州を制圧。
ここでもいったいどれだけの民家が掠奪、暴行、殺害の被害にさらされたことでしょう。
新しい地名が出るたびに、あの日見てきた光景を思い出して、背筋が震えます。
私の場合は、次回コソハって武者震いも少し、入ってるかな。どうかな。

徐州といえば、三国志で呂布が出てくるあたりじゃなかったっけ。
この辺りなんだって地図で確認したのは、恥ずかしながら今世が初めてですが。
そのちょっと先に、山東省。
済南という都市があります。

山東半島といえば、WW1のドサクサで日本がドイツからぶんどって、そのまま居座ってる租借地。
徐州市からだと300kmほどの済南市に、約2万人の日本人が租界をつくっています。
ここが南京の二の舞になったらと、現地の不安は、いや増すばかり。

外相がシデハラだったら、ここでも、大丈夫問題無シってのらくらするんでしょうが、田中内閣はそんなヘタレッピじゃございません。
ただちに山東出兵を閣議決定。
満洲の関東軍から可及的速やかに旅団を送りこみ、山東へ上陸させるそうです。
日本の権益は自分たちで守り抜くぞと、はっきり行動で示す構え。さすがだぜ。

21世紀の自衛隊でも、海外に日本人居留地あったら、このくらい迅速に出動できたものかしら。
無理だろうな。私のいた世界では。
ヒトマル式戦車は世界最強だぜ~なんて言ってるけど、政府から出動命令下る前に駐屯地ごと敵国に接収されちゃうよん、なんて、自衛隊ジョークにすらなってたもんねえ。

一方、国民政府は南京での外国民への掠奪殺害行為について、どうコメントしてるかといいますと。
各国に対し、蒋介石の名において、ひたすら謝罪。
国民政府革命軍が北京政府に対するいろんな反抗勢力の寄せ集めで、ソ連の軍事顧問政治顧問の影響力もまだまだ大きく根深くて、内部では完全に分裂状態。
それでも蒋は、そのすべてに責任を負う覚悟である。
そんな、なんだか涙ぐましい状況です。

3週間前に、蒋政府の新任外交部長が、こんな声明を出したそうなんですよ。

「中華民国の領土解放は、政治的、合法的に行っていきたい。列強諸国は平和的に協力していただきたい。日本に対しても、袁世凱に結ばせた民国4年の条約をいったん放棄していただき、あらためて新時代に即した条約を、協議の上で結ばせていただけないだろうか」

これ自体は、誠意を感じる、ひとつの模範解答だとは思うところですが。
しかし日本は、南京領事館事件の賠償がまだついとらんぞオラァ、とこれを無視。
泣けてきますね。
うちら被害者なんやぞって徹底的に強気で構えるクレーマーってタチ悪いですからね。

そこをバランスとって、うまく折り合いをつけて、できるかぎり低コストで無駄な時間もかけないで、速やかに安定平和を目指すのが、政治家さんのつとめではないでしょうか。

なんてね、すみません。言ってて歯が浮く。
石原閣下ひとり口説き落とすのさえ妥協に妥協を重ねて、なんとか折り合いをつけて宮本社長へもなんとかかんとか根回しして、これだけ苦労してようやく
もう一度支那へ
ってプロジェクトを進めてる私としては。
政治だの交渉ごとって、ほんとくたびれます。
やってられね。
でも、じっとしてもいられないのです。



[43732] File_1927-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/01 00:02
File_1927-08-001D_hmos.

2587年8月。北伐、またもや挫折。
天下をとるのって、難しいんですね。
コダマです。
拙いながら、私なりの情報収集力でことのいきさつをまとめてみます。

6月1日。
満洲の関東軍より、第33旅団が山東省青島へ上陸。
済南の日本租界を守るのが目的なので、そこへ向けて進軍しますが、ここはまだ北京政府側の支配領域なので、北洋軍との間で戦闘状態になります。
根回しできとらんやないか。
と、呆れるばかり。

7月8日。
済南まで到着。日本人居住区の守りを固めます。
ここまでの困難も考慮して、増援も決定。内地より、師団クラスが追加オーダーされました。
北洋・国民党・共産系・地方軍閥いずれもが、済南を避けて陣を構え、戦闘を繰り広げますが、ここへきて革命軍の旗色悪くなり、ボロディンが支那から逃げ出して以降の共産系国民政府との調整もうまくいかず。

8月13日。
蒋介石、総司令の座を降ります。
「自分には、国民党をひとつにまとめる求心力が既にないのだと思う。私を嫌いな人たちが、私がいる限り抵抗するというのなら、私は消えるので、どうか支那をひとつにまとめられる人が、跡を継いでください」
みたいなことを言ったとか。
袁世凱とは真逆の思考回路ですよね。
私は彼を、イサギヨイナーと思うのですが、どうでしょう。

ともあれ、その空席を誰が埋められようはずもなく。北伐はまたも空中分解し、中華民国三国志はいまのところ北京5・南京2・武漢3くらいの勢力図と見えてますけど、情報ソースが支離滅裂なので私にも確信が抱けません。
ヤレヤレです。

済南の危機ひとまず去れり、ということで、日本の出兵も引き揚げを開始します。
9月上旬には撤収完了の予定。
トーイチさんも、いったん、体があきますかね。会いたいなあ。
それにしても、どうなることやら。支那の行く末。

私は半年前、南京で、北軍の撤兵するところを見ました。
きわめて秩序正しかった。これ、日本の文献だけ読んでたら絶対ありえないと思うところですね。
あのときの南京城指揮官は、孫伝芳という人物です。北洋軍生えぬきの将官ではないらしい。したたかに乱世を渡り抜いてきた、切れ者の印象を受けます。
北洋軍にこそ、意外と、まともな人もいるんじゃない?って期待も、アリですよね。

孫中山存命中、北と南は政治的にまとまる可能性もあった。
双方のいいとこどりで支那を統一する。
いいかもしれない。
もしかしたら張作霖だけが悪者になるハッピーエンド。
てことは、日本もそろそろ取引相手を替えといた方がよくないですか。

いずれにせよ情報が欲しい。
まともな情報が。
それだけなんですけどね。はあ。



[43732] File_1927-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/02 00:03
File_1927-10-001D_hmos.

満洲へ、行ってきます。
今回は、ひとり旅。
2週間と、しっかり期日も決められてます。
関東軍へご厄介になります。四六時中、監視がつきます。
石原閣下プロデュースによる短期留学です。

普通は、無理だと思います。指揮系統も違いますし。
そもそも私、民間人で、子供ですし。
ところが、民間と軍隊との接点が、意外なところにありました。
キーワードは、トクム。

閣下、一年漢口へ赴任してましたが、そのうち3ヶ月は、三菱の社員を装って、スパイやってたそうです。
軍服を着ていては出来ない調査を、いち民間企業の営業マンとして潜り込んで、行う。
三菱さんとは話がついていて、現地の社員寮も使わせてもらうし、名刺も本物そっくりに作ってもらう。
本人確認されても間違いなく社員だと請け合ってくれるし、どこから問合せがあったかも記録し報告してもらえる。
アリバイはばっちり。
でも、トラブルが発生しない限り、お互いの領域には踏み込まない。
そんな裏街道業務担当部署へのコネを、お持ちなんですよ。
ちょっと見直しました。さすがは頼れる閣下です。

特務機関が絡んでると、軍隊内でも滅多に、余計な詮索はされないそうです。
もちろん限度はあります。私は見習い扱いなので監視がつきますが、監視役に怪しまれる振る舞いはアウト。関東軍司令部に2週間缶詰状態になりますが、その間、疑われるような行動は一切しないこと。ひたすら、黙々、勉強だけ。
日特地下室での生活と大して変わりませんよね。仕込んだのは閣下ですよ。

私の目的は、司令部にある機密対象でない資料、それから支那の新聞と雑誌を、できるだけたくさん読んでくること。
何を調べてるかまでは言えないけど、このあとこの子は、子供しか潜入できない某敵地へ派遣される。
その訓練のため、関東軍へ2週間だけお世話になります。それ以上のご迷惑はおかけしません。
こんな設定です。

おひけえなすって。手前、生国は大日本、福島にございます。上京し、今は陸軍さんの協力企業である、日本特殊工業さんへ間借りさせていただいております。社長の宮本というのがあっしの実の父親なんですが、そこはそれ、庶子ということで、ひとつ御勘弁を。縁あって、大日本帝国陸軍教育総監部少佐、石原莞爾閣下にお見知りおきいただきまして、勉強させていただいております。この度、支那でのお勤めを仰せつかりまして、その準備のために特別にお計らいいただきまして、関東軍さんの元へとご厄介になりに参りました。ふつつか者ではありますが、また短い間ではございますが、なにとぞ、なにとぞ、宜しく、御お願い申し奉り候。

みたいな感じでお邪魔してきます。
今回は、いたって普通の民間人以上のものは何も身につけません。
どうせ手荷物も隅々までチェックされるので。余計なことは一切しない。
純粋なる、短期留学です。



[43732] File_1927-10-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/03 00:01
File_1927-10-002D_hmos.

「お前、ほんとは石原君の隠し子かなんか?」

うっぜーなー、コーモト。

「小学校も行ってないって?で、今16か。もう陸幼へも入れんぞ。軍人さんにはなれねえなー」

なる気ないつってんだろ、コーモト。
目の前にいる人物は、河本大作。
大佐です。
すなわち石原少佐よりも、佐々木中佐よりも、上官で、先輩。
それでいて。
おしゃべりで、品性低く、傍にいるだけでも気分を悪くさせる、超不愉快なクソオヤジ。

コダマです。旅順の、関東軍司令部にいます。

「石原君は、陸軍きっての秀才と言われておる。酒も飲まんし女もやらん、相当な変わり者だがな。坊主、お前も相当変わっとるところが、そっくりだな」

さっきからコイツがウザくて勉強が進みません。

「わからんことは何でも俺にきけ。支那語でもなんでも教えてやる。ルーファン、フンウェイ、インダオ、チュイシャオ、クアイ、ウォアイミー、シャウチーミイハンチョウ、ハオハオチューラァァァイ」

ニタニタと舌なめずりしながら言ってるんで、淫語の類いでしょう。ああもう、今すぐこの場で銃殺してやりてえ。
支那語は早いとこマスターしたいですが、こんな奴からは一文字たりと教わりたくねえ。

司令部にある新聞、雑誌、官報などの文献を片っ端から読ませてもらってます。ノートはチェックされるので、メモは最低限。頭の中に、詰め込みます。
もういちいち耳で反応するのやめますが、そうはいっても私は勝手にお邪魔してる客の立場ですし、そんなのの監視役を命ぜられたコーモトだって、迷惑だし退屈なんでしょう。
だから湧きあがる殺意も全身全霊で押しこめ封じこめてるんですが時々相槌も打ちながらニコニコと要領よく相手もしてやってたんですが臨界点はとっくに超えてます集中できねえええええええええええええ畜生。

そんな状態を、よくぞ堪えた自分。
兵隊さんたちと一緒に食事をして、寝台の一つをお借りして、明日に備えて早々と就寝。
特務がらみだと言うと、兵隊さんたちからもあんまり詮索はされません。礼儀正しい挨拶さえすれば、それ以上は構わないでくれます。いちいち絡んでくるのは一人だけですね。強烈なデストロイヤーめ。

まだ一日目ですけど、来た甲斐はありました。

支那の地図で見ると、日本て、鋭い刃物に見えます。
三日月のような、小さな島が、海の向こうに浮かんでる。

そこには、西洋文明に飲み込まれることなく自らを適応させ、近代化を成功させた驚異の頭脳集団がいて、破裂しそうな狭い国土を開発しきったいま、ひしめきあいながら世界を睨み据えている。

かれらは、隙あらば、海外の領土を奪い取ろうと、虎視眈々と狙っている。
すでに、朝鮮、台湾、関東州、山東省、南洋パラオまで手に入れた。
しかしまだまだ足りないと、今も、次の一手を企んでいる。

そんな視点は、ここへ来るまで、ありませんでした。
ただの旅行者だったうちは気づかなかったけど、私の中での世界地図が、いま大きく変わりつつあります。
こりゃ、戦争、起きるわ。
よくも今まで、平和だったよ。



[43732] File_1927-10-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/04 00:02
File_1927-10-003D_hmos.

関東軍司令部にお邪魔して、五日目。
コダマです。今日も河本がウザイです。

きわめて真面目な態度が信用されてか、資料室の一角へ籠もらせていただけるようになりました。
昨日まではいちいち、河本にとってきてもらわなくてはならなかったので、お互いに大迷惑でしたが、これでようやく、読書に没頭できる環境が手に入りました。

超マル秘文書類は、あらかじめ河本が衝立の向こうなり保管庫へ移動させてますが、それでも相当ヤバい資料が、手にとり放題。
たとえば決議案や予算案の書類、資材の発注明細、日本人居住区の町内会回覧誌、満鉄付属地警備隊の日報と出動報告、などが並んでます。素人目には、つまらない資料にしか見えないかもですが、これこそお宝です。
日本が、支那へ浸食していった過程が、じわじわと、生活感を伴って、わかる。
すばらしい。ここにいられるうちに、できるだけたくさん、目を通しましょう。

河本は時々様子を見に来て、ねちねちイヤミも言ってきますが、気にしない。
人種が違うんだって分かってよ。私を女遊びにいくら誘ったって、無駄です。
コダマ君は正真正銘、童貞ですけど、それが何か?

前世では私、100%乙女だったので
それはもう、中年壮年クソジジイ、ハゲデブ厨房、上からも下からも
いろんな男からのセクハラパワハラに、さらされ続けて生きてきたものですけど。
男同士でもセクハラされるんだ。しかもこんな形で。っていうのは
冷静になれてみると、面白い驚きではありますがね。

年上のお姉さんたちが、悪気も無く、童貞くんをからかうのも、残酷だったかな。ごめんね。
女同士でも、お互いに、バージンをからかったりはしますけどもねそりゃ。
でも河本みたく、ここまで相手を不快にさせる言動は、どこでだろうと犯罪でしょう。

あらためて思うんですが、この時代の女性ってほんと不憫ですよ。
BLもなければ、ホストに貢ぎたくても貢ぎようがない。外に出て働くだけでもハードルが高すぎるんだもの。
私は男に転生できただけでも幸せであるか。
うむ、これ以上のゼータクは言うまい。

そうはいってもですね。河本からそれなりに、情報も仕入れてはいるんです。
品行方正よろしくなくても、日露戦争、シベリア出兵、北京駐在武官、関東軍高級参謀と。海外遍歴を長くやってきた軍人殿ですから。
傾聴に値するネタも、そこそこ持っていやがります。

たとえば、支那人にとっては、家族と、ごく近い親戚以外の他人は、とことん無関係であるという社会規範。
日本人は、なんとなーく、生まれたときから、社会ってこんなもん常識ってこうだよね的な通念がありますけど、そんな普遍概念というものが、支那には無い。
ヨソはヨソ、ウチはウチという壁が、明確にあるそうです。

それから近年特に、ではありますけど、支那ではことさらに、民衆の移動が激しいので、常に身近に、得体の知れない放浪者や、食い詰めた匪賊がいるぞ、という感覚も、意識しておきたいところです。
地方軍閥というのは、日本の文献では一律に田舎の乱暴者扱いですけど、ある一定の領地を、もっとヨソからの侵入者より守ってくれてる存在でもあるんですね。

匪賊も匪賊だからって一緒くたにするのはダメだと思うんですが、戦争が始まるとかれらは簡単に、軍人へとジョブチェンジします。
支那と日本の決定的な違いとして、軍人というものに対する市民の目を挙げたいです。
日本では国家が統帥する公務員級の扱いで、所属や階級が身分証明になるほどです。ひとつの職業として認められてもいますし、出世すれば村の誇りとさえ言われます。
支那では、真逆。
よい鉄は釘になんかしない。
まともな人間は軍人になどならない。
軍人イコール、ロクでもないゴロツキです。
家族の恥と見做されます。縁もユカリも切られます。

だいたい、一般常識として軍人に給料なんて出ない、っていう衝撃の事実。
そりゃ誰よりも先に敵陣へ乗りこんで掠奪はたらくわ。無理もないわ。
北洋軍でも国府軍でも、末端はそんなものだそうです。いわんや、地方軍閥においてをや。

支那において「戦争をするぞ」と宣言することは、それまで村々や町々を根城にしていた、食うや食わずの路上生活者を一気に掻き集めて、掠奪の大義名分を与えてやるという一大イベントでもあるわけです。
次の北伐はいつですかと支那中の貧民が期待し、それによる革命気分というのも相当に大きいんですね。

ある程度以上の農地や工場を持っていて、これから商売で世の中を良くしていきたいと考えている支那の中流人にとっては、戦々恐々たるものです。
北伐はウチを通らずやってくれ。
だから地域の軍閥や、可能であれば蒋介石に賄賂を贈って駆け引きをする。
民国誕生以来、こんな状況が16年も続いてて、そろそろどうにか、という。
そんな現代版三国志。

長くなりましたので、いったん区切りましょう。
コーモトはどっかいっちゃいました。
なんか下世話トークかましてましたけど、私が真剣に無反応だったので、かまってくれるクーニャンのところへでも行ったんでしょうか。日本の軍人だって俸給は大してもらってないはずですけどね。

踏み倒すなよ。ちゃんとチップもはずんでやんなよ。
気持ちいいことしてもらった分だけ、ちゃんと誠意で応えなさいよ。
そう切に祈るばかりです。



[43732] File_1927-10-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/05 00:02
File_1927-10-004D_hmos.

「日本男児たるもの、そんな軟弱ではいかんぞ!」
コーモトが二人に増えました。
コダマです。
旅順、2週目です。

東宮カネオ大尉という山賊みたいなおっさんが、河本以上に絡んでくる絡んでくる。
「女の腐ったような」なんて侮蔑用語だけでも、何度聞かされたか。
私の口からはこれ以上語りたくもないので語りませんけど。
うぜえ。
ほんと、うぜえ。

二人とも、支那に不慣れだった頃はトーイチさんの厄介になったそうですよ。何から何まで教えてもらったそうです。うらやましいなあ。
うらやましいけど、彼のもっと紳士的で理知的な、女を惚れさせる気高さも見習いなおしてこいや。
それから少しは悩みを持て。脳筋色キチ共めがまったく。
荒れてます。
同情してください。
そんなことより、今日の新ネタです。

蒋介石って中華民国国民政府の総統でしたけど、政府の本拠地を広州、南昌、南京と幾度も移してます。
都市を占領して安全が確認されたあとで、悠々乗り込んでいくのは、最高指揮官なので当然としても。その後で司令部を移すのが、とにかく早いんですね。

私が今いる関東軍司令部だって、三階建ての立派な建築ですけど、中には書類に軍装品に通信機やら、あれやこれや。建物は現地で手頃なものを接収するにしても、政府機能をまるっと移すなんて、いくら支那でもそう簡単じゃないはずなんですよ。
とはいえ私も、正解を知るまでは、考えもしませんでした。

蒋の政府って、司令部って、列車なんです。
政府機能をまるごと積載した装甲軍用列車。
だから、鉄路さえ繋がってれば、簡単に移動できる。
もちろん、これはこれで線路や走行中を狙われる危険もありますから、影武者ならぬ影列車や、移動の際は偵察列車を先行させたりとか、各種のカムフラージュで対策されています。
なお、北洋政府の大元帥・張作霖も、専用の装甲列車を何種類も持っていて、居場所を特定されないよう、常日頃から警戒怠りないようです。

日本では、こんな発想、ちょっと無いよな。
大陸の列車を見慣れてくると、日本の鉄道って、狭軌でミニチュア車体で、ちまちま、チマチマ、山の間を縫うように走っているイメージですもん。
平和な時代が訪れたら、鉄ならいっぺん中国旅行すべきだと思うよ。余裕があったら、シベリア鉄道にも乗るといい。
日本やインドは狭軌。
朝鮮、支那本土、そして英米仏これらはすべて標準軌。
ロシアは、ソ連は、さらに幅のある、広軌。乗り心地も最高だそうです。

難を言えば、支那の列車はとにかく汚くて、臭いってことでしょうか。食べかすや吸い殻がいたるところに散乱してて、清掃もロクにされない。そんな車内で支那人乗客は大声でおしゃべりしながら、ずっと何か食べてます。
満鉄はさすが日本の鉄道なので、清掃は行き届いてます。大連から旅順までしか乗ってないので偉そうなことは言えませんが。
以前に乗った、朝鮮鉄道は、その中間でしたね。

オタ的にぐっときたエピソード。
満鉄って、もともとロシアから奪った鉄道なので、5フィート幅の広軌でした。
これを日露戦争中に接収して、日本軍が使うにあたり、内地から持ってきたトロッコを走らせるため狭軌に直してます。
野戦鉄道提理部っていう専門部隊が作られて、延々とレールを狭めて進んでいく日々だったとか。
ポーツマス条約で正式に東支鉄道が日本のものになると、これが更に、標準軌に直されます。
支那には英国が敷きまくった標準軌の鉄道網があり、車輌もその規格でつくられている。
これと相互乗り入れできるようにしておかないと鉄道輸送が発展しないから。

ここで「三線式狭広軌併用運転法」という、つい早口で唱えたくなっちゃう必殺技が開発されます。
すでに営業している南満州鉄道の路線運行を、一日たりと休ませることなく、ゲージ変更しちゃったそうです。
わけわかりませんよね。
でも、なんだかなあ、日本て昔からこういうところに異常な懲り方するよなあ。
1分単位で完璧に時刻表どおり運行するってポリシーも、日本くらいでしょう。おそらく過去未来永劫。

おや、東宮さんも、いつの間にやらいなくなっちゃってますね。
帰国まで一週間きっちゃってるんですから。無駄な時間はないんです。まだまだ読んでない資料いっぱいあるんですから。私には影武者はいないのです。
熱中してれば、ひやかし組は諦めて去って行く。
そのあとはテレビもないので、集中できますよ。
太好了。太好了。



[43732] File_1927-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/06 00:03
File_1927-11-001D_hmos.

コダマです。大連から船に乗り、神戸へ向かってます。
お世話になりました!関東軍の皆さん。
別れてしまえばいくらでも温かい言葉を吐きますよ。

コーモトもトーミヤも村岡司令官殿へも。
お忙しい中、多大なる労を払っていただき、感謝の念に堪えません。
この2週間で得た知識と経験を、日本の未来と世界の平和のために、存分に活かし奮いたいと天に誓う所存です。
いらん話もいっぱい聞いたけどな。

でも実際、山東への出兵が終わって一息ついたところとはいえ。
張作霖が戦時体制を解いてないので匪賊も血の気が上がってて。
いま満鉄付属地の警備ってけっこう緊迫してる状態なんですね。

河本は参謀なんで、本部にいて作戦とか考える人です。
東宮は毎日、現場でピリピリと治安維持してる人です。
心の中ではウゼーウゼーって言ってましたけど、本人達の前では決してね。
兵隊さんいつもご苦労様です!って最大限の営業スマイルをね、必死に。
それはもう全身全霊で演じてましたですよ。
次もあるかもしれないんで。

5月末に出兵が急に決まった時も、河本大佐は旅団2500名の名簿作りと召集、必要な武器・弾薬・糧食・医療品・寝具などあれこれ手配するのを数人がかりで一昼夜不眠不休でやり抜いたそうですよ。
「5月28日は俺、一生分の仕事したからな。もーえーわ、二度とやらん」
そんなこと何度も吐き捨ててました。
それはそれで御苦労様でしたと、心より言いたい。
おつかれちゃん。

さて、これから石原閣下への謹製報告書を作成するんですが。
そこそこ当たり障りのない、行儀良いレポートにまとめます。
日本へ帰ったら、また情報が入らなくて、ヤキモキするんだろうな、私。

ところで蒋介石。いま、日本へ来てるらしいです。
目下、私にとっては、最大級に謎のキーパーソン。
次の行動が読めません。

親日派だとは思ってません。
彼は、心底、支那の未来を考えてますが、あくまで、支那ありきです。
ほとんど全ての支那人にとって、日本は決して、憧れの成功者でもなければ、尊敬すべき隣人でもなければ、背中を追いかけていくべきアジアのトップランナーでもない。
それどころか、狡猾で抜け目のない、いつも嫌らしい目でこっちを見張っている、支那の匪賊や軍閥よりも危険な、変質者集団です。

そんな日本に対して、彼は極めて礼儀正しく対応し
部下のしでかしたこととはいえ即、全面的に謝罪したのです。
即断即決直情型の田中義一よりも、政治家スキルは高いと見るべきでしょう。
ゆめゆめ、油断めされるな。



[43732] File_1927-11-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/07 00:02
File_1927-11-002D_hmos.

神田正種大佐という、奇々怪々なる妖怪おじさんについて。

「お前は神田とウマが合うと思う。会えたら会っておけ」
石原閣下から、謎めいたことを言われてました。

どーゆー意味かな。と、実際お会いしたあとですら、彼の実態がつかめません。
神田さんて名前、関東軍内だけでも何人かいらっしゃるので、私の中ではタネさんって勝手に呼んでます。

二つ名を贈るとしたら、ロシア語使いの老忍者。
意外と若そうにも思えるんですけど、年齢すら一見、不詳。
すごいんですよ。顔に特徴が無い。
どんな顔って説明も難しいし、印象にも残りにくい。
まさにスパイになるべくして生まれてきたようなオッサンです。

前世ではスパイ小説も、国際犯罪サスペンスも、007シリーズだってギャグからシリアスまで、そこそこ親しんできましたが、スパイって例えばツケボクロとか、目立つ傷とかをわざと顔につけておくといいんですって。そこを覚えさせて、他の特徴を記憶に残らなくさせるべしって変装のイロハに書いてありました。
タネさんがツケボクロしたら、外した瞬間に絶対わからなくなるわ。尾行中止だわ。

第一印象は、そんなでした。
もっと驚いたのは、彼の自己紹介。

「私は特務畑ばかり歩いてきてね。いつもいろんなとこコソコソ渡り歩いてるんで、どこかで会うかもしれないね。そん時は、よろしくね」

なんて、飄々と言うんですよ。初対面の相手にですよ。
こんなスパイいるかよ。
どんな余裕だよ。
不気味すぎるよ。
すっかり煙に巻かれて、何もしゃべれないでいると

「まあまあ、そう緊張しないで」

ってお茶飲みながら、こっち見てんのかどこ見てんのかわからない目つきで。
心の中まで覗かれているかのよう。
そんな、冷や汗タラタラでした。
ウマが合うってどういう意味ですか閣下。帰ったら、当たり障りのないよう聞いてみたいと思います。

今年3月、私が南京でサバイバルやってた頃に丁度、タネさんはシベリア鉄道でヨーロッパへ行ってたらしい。
4ヶ月くらい、イギリスやリトアニアやラトヴィアまで商売人のフリしてぐるぐる周り歩いて。

「帰ってきてその旅行記を書いたばかりなんだけど君にも感想きいてみたいけど勝手に見せると私が怒られちゃうからねえ」

なんて笑っていらっしゃる。
ああ。閣下も、そういうのメチャ好きそう。
閣下ヅテで私の手に回ってくるかもしれませんね、その旅行記。いつか。
ペンネーム使ってても、あ、これ書いたのタネさんだってピンとくるかもしれません。
その時は、ファンレターでも書きますよ。

タネさんは、支那語もできるけど、メインはロシア方面なんだそうです。
おそらく英仏語も困らないんでしょう。
特務だ。ホンモノのトクムだ。
私自身のスキルがまだまだ全然浅いので、今回はさほど、報告できる話題はないのですが。

「コダマ君がそんなに本が好きなら、今度、大連の満鉄文庫資料室を案内してあげよう。私以外に誰も入ろうともしない図書館だけどね。あそこは、楽しいよう……」

それはそれは幸せそうに目を細めてニコニコとされるんですタネさん。
話の合うお友達に飢えてらっしゃるのかもしれません。ひひーん。
ええぜひご一緒したいですね。
満洲へは、また来たいと思ってますので。次回はもっといっぱい、お話をしましょう。

思えば、2週間とはいえ、かなり濃い経験をしてきたものです。南京には及ばずとも。
港が見えてきました。まもなく、上陸します。
日本は、何もかもが、こじんまりとしているなあ。
束の間の平和が、ここにはあります。
できればこの束の間が永遠に続いてほしいものですが。
どうなることやら。



[43732] File_1927-12-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/08 00:02
File_1927-12-001E_hmos.

メリー・クリスマス。
サノです。
コダマさんと、ささやかな忘年会を始めてます。

明日朝の汽車で徳島へ里帰りしますので、タイムリミットは22時にしましょう。それまで存分に語らいましょう。

「今年はいろいろ、ありすぎたね。来年はもっと色々なこと起きると思うけど、どうよ?」

覚悟ができている、なんて不確かな言葉はもう使いません。覚悟なんて無理です。なるように、なれです。

「たくましくなったよね」

コダマさんについていけば、この先、遅かれ早かれ、人を撃つ状況が発生すると思うのですが。
その対象が無垢な子供や、妊娠中の女性であっても、引き金を引けるかどうか?
これが、その場になってみないとわからない命題の、筆頭ですね。

「ずいぶん具体的に検討してるねえ。いいことだけど」

心構えとしてはですね。
我々は、お肉を食べます。
お肉が食卓へ上がるためには
誕生させて
飼育して
屠殺して
加工して
調理する方々がそれぞれ、必要なわけです。
食べる人含む全員のうちの誰かしら、たとえば屠殺する人だけを悪者扱いするのは、おかしい。
嫌悪するなら一切の食肉から身を遠ざけるか、でなければ全工程が等しく必要であることを認めるべきです。
そして私は、お肉が食べたい。

「お肉、おいしいもんね」

そこまで考えたとき、ある目標のために必要だと心を納得させることができれば、私は、乳飲み児でも殺すでしょうし、殺さねばなりません。お肉をありがたくいただくことと、同義です。

「どこの世界でも、軍人さんってやっぱり同じようにして、自分たちの行いを納得させるものかもだよね」

それでも、想定を越えた状況に直面すれば、私はまたパニックになってしまうでしょう。次も同じように乗り越えていければいいですけど、コダマさんがいなくなってしまえば難しいでしょう。
ゆえに私は、自分の命よりもコダマさんを守ることを優先するのです。以上です。

「ロボット三原則を凌駕してしまってる気がする。いいんだろーか」

ロボット!
今日は、ロボットのお話を聞きたいですね。巨大メカではなくて、心を持つ人間サイズのロボットのお話を。ひとつ、お願いできますか?

「そうくるかー。ちょっとまてー。フーム。よし、いこう」

よろしくお願いします。

鉄腕アトム。
天馬博士という、男やもめのロボット発明家には、トビオ君というひとり息子がいました。
10歳くらいの誕生日に、一人乗りミニ自動車をプレゼントしてもらったトビオ君。喜んで乗り回していたら、道路に飛び出してしまい、ホンモノのトラックにはねられて、死んでしまいます。
天馬博士は、泣きに泣き暮れた末、トビオ君をロボットとして甦らせようとします。科学省ロボット庁長官という立場をフルに利用して、世界で誰も成し得てない、人間らしい心を持つ等身大ロボットの開発へと没頭します。
何年もかかって、失敗も山ほど繰り返して、ひとつの試験体が完成しました。
超小型原子炉で動くため爆発の危険もあるからという名目で、この子の育成とレポートは郊外の邸宅で自分一人でやるからと、天馬博士は周囲を説き伏せ、連れて帰ります。
ここからまた数年かけて、その子は亡き天馬トビオ君のすべてを教えこまれ、トビオ君と同じ服を着て同じ本を読んで、お父さんとの幸せだった10年間の記憶を忠実に身につけていきます。
天馬博士は、生まれ変わった息子との生活を通して、穏やかな心を取り戻していきますが、やがて、あることに気づきました。
ロボットは、いつまでも、身長も体重もかわりません。成長しないのです。
天馬博士は次第にこの子を気味悪がるようになります。
ロボットのトビオ君は、そんなお父さんをなだめようと、もっともっと、死んだトビオ君になりきるべく、懸命な努力を重ねますが、それがますます博士の逆鱗に触れます。
しまいには、父からの絶え間無い虐待と向き合う日々となり、少年は闇ルートで、ロボットサーカス団へ売り払われてしまいました。
サーカス団で、アトムという名前をつけられて、そこそこ評判になっていた少年。ある日、ロボット庁の若手研究家だったお茶の水博士が、この子は昔、天馬博士がつくったという幻の試作機ではないかと気づいて、サーカス団の団長と裏取引をします。
弱みを握られた団長は、アトムをお茶の水博士に譲り、斯くしてアトムは第三の人生を歩み始めるのでした。
お茶の水博士は、アトムほど精巧ではないけれどもロボットのお父さん・お母さん・妹・弟の家族をつくってやり、アトムと一緒に暮らさせて、人間と同じ小学校へも通わせて、社会性や幸福感もアトムの電子頭脳に学習させていきます。
複雑な、苦難に満ちた経験という、唯一無二の魂を持つアトムは、時に人間よりも人間らしい感情を抱き、人間たちの争いに幾度も幾度も巻き込まれては、何が正しくて何が悪いことなのかを、人間たちに考えさせるのでした。

「ギャング同士の銃撃戦の中にだって飛び込んでいけるからね。死なないので。生身の人間じゃ踏み込めないところにまで踏み込んじゃう。戦後、綺羅星のごとく登場する、手塚オサムというマンガ家が創りだしたキャラクターなんだけどね。どうかな」

読んでみたいですね。だから、それまでは生きていたい。なんて思いますよ。
コダマさんと、似てるようで似てないかな。でも似てるかな。似てる気がします。
コダマさんも、前世今世と、人並みでない複雑な苦労を重ねられてきてますけど、アトムのように、人類の争いを止める力があるのではないですか?

「やめてくれ。チート能力なんて持ってないんだ。空も飛べなきゃ、腹もへるし、脳天でも心臓でも一発くらったらサヨーナラだよ。アトムになんか、なれないよ」

ああ。そろそろ、時間ですね。
ありがとうございました。それでは、よいお年を。



[43732] File_1928-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/09 00:02
File_1928-01-001D_hmos.

あけましておめでとうございます。コダマです。
今年、一発目のニュースといえば。
蒋介石の復帰ですね、やっぱり。

トーイチさんから、年賀状をいただきまして。
力強い走り書きで、簡潔に、経緯がしたためられています。何度も読み返しては、惚れ惚れしちゃいます。
蒋介石氏。新しい奥さんを迎え、12月に上海で結婚式。
トーイチさんも招待され、盛大なパーティーを楽しんでこられたようです。
近々また、北伐が開始されるやも、と。
トーイチさんの期待ぶりも、ひしひしと伝わってきます。

一方、日本国内、東京政府の動きはどうかというと。
おさらいします。昨年4月に田中義一内閣誕生。南京領事館虐殺事件に抗議し、6月から9月まで山東へ出兵して、日本の権益を防衛しました。
支那民衆の対日感情を考えると、やや強硬すぎたかも、と思わなくもないですが、その前のシデハラ外交と一線を画す示しでもありましたし、危機が去ったら迅速に撤兵したので、私は、合格点じゃないかと思いますよ。
もちろん日本国内でも、出兵したことを批判してる人はとことん批判してますが、そういった議論は正々堂々、みなさん各自大いに主張したらよろしい。そう考えます。

昨年11月頃、蒋介石、日本へも来てて、マスコミにも追いかけ回されてました。
お気の毒にと思います。おいコバエども。まともなインタビューひとつできねえでストーカーしまくってんじゃねえぞ。下野してたとはいえ、国家元首だぞ。
匪賊よりお前らを根絶やしにしたいよマジで。
で、詳細は不明ですが、田中首相の自宅で数時間、サシの話し合いもしたとか。
根回しですよね。
どんな駆け引きをしたのやら。マスコミならずとも興味の尽きぬところですが、知る術もないのでこれはデータに加えられません。もどかしいぜ。

日本はずっと、北洋政権のバックアップをしてました。現在、大元帥であるところの張作霖へ渡ってる裏金も、天文学的な額にのぼってるという噂です。
ここで、私なりのシナリオを描いてみますとね。

トーイチさんは、国民党寄り。厳密にいえば、蒋介石のシンパです。
これはこれで、手札としてキープ。
次の北伐が成功し、蒋介石が北京を制圧した暁には、トーイチさんを日本内閣の外務大臣に。
これが最高のシナリオ、プランA。

プランB。従来通り、北洋政権を支援する場合。
これはこれでアリっちゃアリなんですが、そもそも今までいくらつぎこんでるのか、誰が誰にどういう条件でいつ、いくら、何を見返りに金を渡したのか。それをハッキリさせてからですよ。
日露戦争で満鉄手に入れてから22年。
いくつもの内閣が、どれだけバカなことをやり続けてきたのか。
歴代総理や外相蔵相の首がリアルに飛びまくるでしょうけど、飛ばせ。
全部とばして、膿をしぼりきれ。
それを整理した上で、なおまだ肩入れすべき政権で、日本にとってもそれだけのメリットがあるというなら、北京とガッチリ組んで、南京政府を叩きつぶせばいいでしょう。
大義名分が立つならね。
日本国民も支那民衆も、英米列強も納得させられるものなら、してごらん。
聞いてあげようじゃないの。どうよ。

プランC。密約のオープン化は現政権へのダメージも大きいとか、借用書も明細もなくてリストを作れないとか、やれるけど時間がかかりすぎるとか、あるいは調査担当が次々怪死するのでなり手がいませんとかで、要はプランBが実現不可能な場合。
だったら!全部チャラ。
今までつぎこんだ分はきれいさっぱり諦めて、ゼロからスタートしましょう。
少なくとも南京政府の外交部長さんはそう言ってくだすってるんですから、これで手打ちといたしましょう。

Cの場合、袁世凱を追い詰めて結ばせた、日本の暦では2575年=大正4年の条約が、いったん破棄となります。となると、満鉄を支那へ返還するというシナリオも発生します。
これまでいくら投資したと思っているのだと、脊髄反射で怒り出す政財界のお偉方、マスコミとそれに煽られた国民から、それはもう大ブーイングが来るでしょう。
そりゃ来ます。
これを恐れるあまり、ぐだぐだと、今まで張作霖の言いなりになって黒いカネを貢ぎ続けてきたんでしょーが。
で、何すか。それを暴かれたくないばかりにまだまだいつまでも同じ轍を踏み続けるおつもりなんですか。
ちなみに支那ではとっくに暴かれてますが。
それこそが抗日の源泉なのをいつまで直視できないでいやがるのか。
ああ情けない。

昭和20年には満鉄40周年ですよ。40年間積もり積もった黒い投資額はどれほど大きくなっているでしょう。
ずるずるそこまで引き延ばしてから一気に失うことを考えたら、今ならまだ、たったの22年分じゃないですか。
まだまだダメージ少ないですよ?
日本が姑息な条件出してこなければ、支那さんだって全部をもぎとろうとはしませんよ。満鉄の維持には日本の協力が必要ですとか、日支鉄道合弁会社として新生させましょうとか、そうなるに決まってますって。
だから、今のうちに、今のうちに、過去の清算をちゃんとやっておきましょうよ。
領収書!領収書をぜんぶ持ってきなさい。
それが今、可及的速やかに必要な、日本を救う一歩なんですってば。わかってよお願いだから。

そんな理想論は描けるんですけどね。
私自身は、とかく交渉ごとに向いてないので。
この夢を託せる政治手腕の持ち主に出会えたら、転生者としての正体を明かして、ブレーンになりたい。なんてね。

森ノブテルさん、そろそろ首相になってくれないかな。



[43732] File_1928-02-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/10 00:03
File_1928-02-001C_hmos.

日本特殊工業株式会社の宮本でございます。
昨年完成しました、試製壱号戦車。
おかげさまで、関係各位の皆様方より大変に高い評価をいただいておりまして、喜ばしい限りです。

一年通して、あちこち走らせたり、あるいは模擬戦など、天候・地形・勢力比など各種状況下で検討に検討を重ねるところにも我々、参加させていただいておりまして。
正式に予算もついたところで、いよいよ本格的な量産型戦車の開発へと、駒を進めておるところであります。
ここでも、コダマくんの活躍がめざましくて。
戦地へ行くなんてと最初は大反対もしたもんですが、そんな私が浅はかでした。

昨年、二度の大陸行き。うち春の旅行では九死に一生を得て戻ってきたコダマ君とサノ君。
サノ君は一時、入院してもらおうかというくらい、笑ったり泣いたり、暗いところも明るいところも怖がるような不安定な精神状態でしたけど、これもなんかコダマ君が、じっくりじっくり話をきいてあげたのか、したのか、今では見違えるほど、以前にもまして、仕事に情熱を注ぎこむ、うちの稼ぎ頭の一人になってくれております。
コダマ君は、昨秋、石原さんのツテで関東軍へ勉強に行く際、正式に日特の社員となっていただきまして、手続きも皆すませました。
実力からいったら即課長でもいいんですけど、本人が自分より年上に指示を出すのは嫌ですというもんで。一般技術士でいさせてほしいというもんで。

でも戦車・小銃・機関銃・工兵用装備、それから余興の文房具に至るまで、開発会議には必ずコダマ君にも出てもらってます。判断が適確すぎるんですよ。だから皆、困ったらコダマ君の方を見るような。
たとえば一つ、例をとりますと。
新型戦車を支那大陸で運用するにあたっては、日本より過酷な風土で、熱射・冷却・砂塵にさらされ、見渡す限りの泥濘や沼沢地で何日も孤立する状況が発生する可能性があります。
戦車には、エンジンを冷やすための冷却水がタンクの中に詰まってるんですが、緊急時にはこれを飲料用に使えないか、そのための蛇口を車内に取り付けられないか、というのですよ。これは支那での体験をもとにした、コダマ君の発案です。一同、納得です。
さっそく技術本部さんへ提言しました。
なんでそんなところに気がつくのか、と営業が毎回、驚かれると評判になっておる次第ですよ。

おかげさまで、陸軍さんの方からも、過大な評価をいただいております。更なる業務伸張に、今年もてんやわんやになりそうですなあ。
コダマくん、そろそろ、お見合いでも、してみないかね?
本人は、今のところ、機械にしか関心がなさそうです。変わった子です。そこがいいのですけどね。



[43732] File_1928-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/11 00:02
File_1928-03-001D_hmos.

そろそろ桜の季節ですね。
コダマです。
日本でも、この時期、黄砂が飛んできますけど、本場の黄砂って、ハンパないんですよねー。

21世紀では、花粉症という病気がありました。ひどい人は家にこもり、窓を開けるのすら嫌がり、脅えてました。
あれよりずっとひどいのが何ヶ月も大陸中を覆う。
それが支那本土における春の風物詩です。
おそらく、昔からずっとずっと、あんな感じなんでしょう。
日本のおだやかさ、まことにありがたい。
まどろんじゃう。

このところ、私も、おだやかなんですよ。
近頃の、座右の銘。
「知ってしまえば、怖くない」

相手のことをちゃんと知れば、ムダに恐れおののく必要無いんです。
戦争という、コストパフォーマンス最悪な蛮行に訴えなくても、知恵と友愛と使命と責任をもって、自国民にも相手側にもなんとか了解してもらえる妥協点を探り出しましょうよ。
それが政治ってもんじゃないでしょうか?
どうでしょう。ノブテル先生。

年号暗記するほどの歴オタじゃなかった自分を呪った時期もありました。
けど、かつて存在した未来を漠然とでも知っている、それだけで充分チートだと思ってます。
加えて、今世では0歳児から言葉知ってましたし、旧字体・旧カナ文化であるとはいえ慣れればさほど遠くない程度の過去の日本。
神様のおはからいに感謝ですよ。
今だから言えることですが、最悪のタイミングで遭遇した支那内乱の数日間と、秋に行ってきた関東軍での情報蒐集。ようやく頭の中で整理がついてきたのは最近ですけど、私の知っていた戦争を起こさせないために、今のうちなら、できることはあるぞ、って勇気と希望を抱いてます。

年末、サノに、鉄腕アトムの話をしたんですね。
記憶をたぐりながら説明してるうちに、なんだかウルウルきちゃいまして。
私は今もゲームをつくるのが第一目標ですけど、アトム造りたい、って野望も芽生えてます。余裕があれば第三目標はドラえもんかな。欲張りすぎかしら。
今の第二の人生で、どこまでできるか。
もっともっと勉強して、手に入るチャンスを徹底的に活かしまくって、ユートピアを、メガロポリスを、この世界で誕生させたいなあ。
さすがにこっぱずかしくて、サノにも言ってませんけどね、こんな妄想。

心に余裕できてきたせいで、最近は将棋がマイブームです。
前世でも、周期的に将棋ブームきてて、そのたびにアプリ入れてCOMと戦ってみるんですけど、単純すぎてハマれねえ、といつも投げ出して、剣と魔法とモンスターのストラテジーばっかやってました。
しかし今は、このシンプルさが、ゾクゾクするほど、面白い。

指せる手は限られてるんです。その中の最好手を考えるんです。何手先まで読めるか、相手をどうミスリードさせるか、その駆け引きなんですよ。定石を知っていることも大事ですけど、それ以上に集中力が勝敗を決めるんです。

とはいっても、やり始めたばかりで、まだまだ全然ヘッポコなんですけどね。それはサノも一緒だから。楽しく息抜きにヘボ将棋さしてます。
職場には、強いお兄さんたちも何人かいて、時々遊んでもらうんですけど、考えに考えた一手をまんまと読まれてたその悔しさったらたまりませんね。まだまだオレは甘いんだって目が覚めますよ。

戦争だってね、ゲームでいいじゃないですか。
むしろゲームしましょうよ。
リアルな軍事費、ヘドが出ますよ。
何やってんだって思っちゃいますよ。
よし俺は世界平和のためにゲームつくるんだ。そのために生涯を捧げるんだ。

さーて休憩おわりー。仕事すっぞ仕事ー。



[43732] File_1928-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/12 00:01
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山東出兵、リターンズ。
帰ってきた蒋介石と共に、北伐も再開。
こっちはもはや、何度目だっけ、ですけどね。

今回は出発点が南京なので、すぐに山東省まで迫りました。
田中内閣も想定してたんでしょう。
天津と内地から3500名規模の出兵を即時命令。済南へ向かわせてます。
双方、リプレイですからね。手慣れたものです。

地図を見ながら、考えます。
前回は、南軍も、北軍も、済南を避けて戦いました。
蒋にとっては、かなりの遠回りを強いられた形です。
形勢逆転で大敗したのは日本のせいだったと恨みを抱いてるかもしれません。

それでもその後、臆することなく日本へ来て、田中首相とも懇談してるんですよ。
何でもすぐ顔に出る田中首相より、はるかに先読みのできる政治家であることは、肝に銘じておきましょう。

ゴシップ寄りの記事で、ちょっと気になるのあるんですが。
田中首相って週に何度も閣議すっぽかしてゴルフ行ってるとか。
いいんですけどね、やることやった上でだったら。
しかし、こうもしょっちゅうだと、緊張感持ってんのか不安になります。

これも新聞と世間をだまくらかしてるカムフラージュだったらいいんですけど、いまだに外相兼務してますしね。
最近は私もちょっと、田中さんには一国の命運を預ける器ありや無しやと、いささか批判的になってます。

蒋と田中が昨年「次の北伐では革命軍はこの街道を進むから日本軍は出兵してもここだけ通させてくださいね」というような密約を交わしていたりすれば。
それが私のベストシナリオなんですけど。

日本のマスコミは、今のところ、悪党の坩堝である支那から邦人を守れ!というノリでぎゃんぎゃん市井を煽ってる論調が大半ですかね。
それへの反対論者にしたって、支那側の視点を一片でも汲んでるかといえば、アイツラニ反対ダカラ反対ナノダしてるだけのように見えます。

世界平和への道は、まだまだ遠いのかも。
戦後だと今はGWなんですけどね。
せつないこと、この上なし。



[43732] File_1928-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/13 00:02
File_1928-05-001D_hmos.

死者が出ました。
済南で。日支双方に。

今回、まずいことに、日本軍も、支那側の民間人を殺傷しています。
たぶん私たちが南京で見てきたあれが再び、もっと大規模に、起きてるのでしょう。今度は、加害者です。

日本の新聞は、日本人居留区が一方的に襲撃され、掠奪され、陵辱されていることを報じてます。
それはもう、煽ることが楽しくて楽しくてしょうがないみたいで。扇情的に書きまくってケシカランユルセナイと、大合唱してるわけなんですけれども。どれもこれも。

主要紙の記事を注意して読むだけでも、相手側を国民軍とも北洋軍とも特定できてなさそうなことと、日本軍が既に徹底的な過剰反撃に打って出ていることが見てとれます。
なお悪いことに、その世論に応えて田中内閣が山東省への増派を、即決定。
内地の師団はいま、てんやわんやの大騒ぎ中。

日本のマスコミの記事だけを読んだところでまともな推論なんて出来ないことわかっちゃいるけど、その弁解をした上で、私のイヤーな予測を述べます。
そもそも内乱中、一体どこの陣営が、日本軍の目の前で戦闘を始めようなどと思うものか。
仮に敵対している相手方と行軍中に出くわしても、そこに日本軍がいたら発砲なんて絶対しないでしょ。
日本軍は内乱の一方に加担する目的で行ってるんじゃない。あくまで日本租界を守るためです。
なら境界線の内側に歩哨を立てて、日本人住民は不要不急以外では無闇に出入りするなと命令。境界外で何が起ころうと、介入しない。
これが基本ですよね。

私が国民軍の最下層兵士で、日本軍を挑発したかったら。
北洋軍の制服か腕章でも手に入れて、石投げて隠れるとか、しますね。
暴動を起こせば、日本は悪役を一手に引き受けてくれますから。その混乱に乗じて、掠奪ができる。
日本の出方は、予想できます。
田中内閣が前回とまったく手を変えず出兵することも計算通りだったら、更に民衆の憎悪を掻き立てるシナリオが組める。
そのくらいのこと、支那の空気を知ってたら誰でも思いつけます。

日本人は、とにかく支那をナメまくってるんですが。
あいつらには政治も経済も軍事さえも何一つわかっちゃいないとタカをくくってその基本イメージを何一つアップデートしようともせず、結論ありきで満足しちゃってるんですが。
そもそも自分たちがいったい今どちらの陣営と交戦しているのか。どこの政府と交渉すべきなのか。そんなことすら確認せず記事を書けちゃってる現実だけを見ても、程度が知れます。ありえません。
そして、戦闘が始まっている。田中義一首相兼外相にその事態収拾が可能なのかという次のステップになると、正直、絶望的な気分になります。
蒋介石は来日して、謝罪して、何らかの交渉をした。
同じことが田中義一にできるか。
想像できません。

今回の北伐がどう結着するにせよ、蒋介石とも、張作霖とも、今までよりずっと悪い条件での外交を強いられます。
それだけは確実なのに、その展開を予測するための情報が、足らなさすぎる。
支那側民間人の犠牲者はどれほどなのか。おそらく、既に、南京で殺された日本人被害者の数を超えてましょう。
そしてこれも恐らく、調査する段階で、実際に日本軍が殺した人数より多い死体が出てくるでしょう。

日本を相手に戦おうとすれば、この程度のことは考えます。私ですら。
もっと効果的な方法だってあるかもしれない。日本人を怒らせ、踊らせる、もっとずっと効果的な煽り方が。



[43732] File_1928-05-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/14 00:02
File_1928-05-002D_hmos.

「そろそろ、また支那へ行きたくなってきてるでおろう」

なんですか閣下。やぶからぼうに。
ええそれはもう。いてもたってもいられない気分ではありますけど。
顔にも態度にも出ちゃってるのは承知してますけれども。でも。
いったい何を企んでおられるので?

石原閣下は、陸大こと陸軍大学校の古戦史の教官です。先生です。
参謀本部にも同期や、それなり仲の良い人とか、上下横のつながりはあり、マル秘な噂も陰に陽に入ってはくるようなのですが。
私も時々こっそり教えてもらったりもしてはいるんですが。
なんとも嘆かわしいことに、軍の機密情報だからってマスコミよりも正確で的を射てるとは限らないんです。

新聞記事よりずっとひどい、軍の報告書、いくつも見てます。がっかりです。

むしろ、偏向という意味では、軍の方がバイアスかかりやすいですね。
弱音厳禁なので。
とにかく勇ましい結論と語尾で締めなくちゃならない。

私は自分にできることは他人にもできるだろうって考えちゃうんですが、体育会系ノリノリウェーイな広告代理店イズムの人達って、オレ最強こんなことできるヤツ世界にイナーイ、って常にドーパミンの海に生きてるもんなんですね。
これを偏向といいます。
かわいそうな連中なので、鍵のかかる部屋から出しちゃいけません。
そんなことより。
支那へ、行っていいんですか?
どこへ行って、何をします?

「儂も支那の状況を正確に知りたいのは山々だ。ただ、戦地はならん。関東軍も今は大忙しだから邪魔をしてはならん。ただ、儂からの使いで来たと、顔だけ出せ。そのあとは、満鉄付属地内だけで安全に気をつけつつ現地での情報蒐集をせよ。一週間で戻ってこい」

ありがたい条件ですね。自由度が高い。大連のヤマトホテルに泊まってもいいですか?スイートルームでとは申しませんが。

「まかせる。会計をまとめたら、儂に出せ。儂が宮本と交渉する」

ちゃっかりしていなさる。社長、どんだけ閣下に弱みを握られてるんだか。

「それからな、これはお前には言っておいた方がよかろうな……」

ん?

「佐々木が、消息を、絶った」



「済南での武力衝突の折、現地にいたらしい。当地で暴徒との乱闘に巻き込まれたとの報告までは上がっている。その後、行方知れずだ。現地司令部へ戻っていないということは、死んだか、よくても拉致されて拷問を受けている可能性もある」

そんな?
そんな、そんな、、、、

「関東軍へ行った際、それについても聞いてこい。何か情報が入っているかもしれん。だが、関内へは行くなよ。間違ってもな。生きて戻れんぞ」

トーイチさん?トーイチさん?トーイチさん??



[43732] File_1928-05-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/15 00:02
File_1928-05-003D_hmos.

日本も日本なら、支那も支那です。
コダマです。大連ヤマトホテルにて。
現地の新聞を買いあさって、部屋ごもり。

一日目は、これだけでいっぱいいっぱいですね。支那語はまだ読むのに時間かかりますし、日本語ほど裏の裏をさぐりながら解釈するなんて芸当、できませんので。
それにしてもひどい。
日本のマスコミもたいがい扇情的で、気高き報道精神なんて口先だけで、まず読者にウケるかどうかが最優先ですが、支那はその点でも日本よりはるかにスケールでっかいです。

残虐嗜好についても、日本よりリミッターゆるいんでしょうかね。
いや、昨年もそれは感じてたんですが。
済南での日本兵の蛮行として描かれてる光景が、どれもこれもエグくてエグくて。
私も、拷問モノとか猟奇犯罪とか、けっこう好きな方でしたけどね。
その私でもドン引き。
しかも一般紙でここまでやるか。
おみそれいたします。こいつらには絶対勝てん。

日本の新聞読んで、支那ひどいと怒る日本人、最大で6000万人。
ヴァーサス
支那の新聞読んで、日本ひどいと怒る支那人、4億人かそれ以上。
勝てると思いますか?
えっ思うんですか?それはナゼ?

日本は、正義の神国だから?
支那よりはるかに近代化した、統制もとれてて優秀な兵隊さんが戦うから?
文化レベルも高いんだから~支那の悪辣なデマ新聞なんか読んでちゃダメダメ~~そんなのより日本語学んで日本の新聞読みなさい~~~?いやこれマジで言ってる人いるんですけどね、内地にいっぱい。

日本人がそれ無しでは過ごせない漢字はどこ由来だよ。言ってみろよホラ。
そんなレベルの低い殴り合いはさておくとしても。
大連では英字新聞にも一応、目を通したんですが。
日本、こちらでも旗色悪し。

仮にこの世に、国家が日本と支那だけしか存在せず。
日本は広大な支那大陸を自由気ままに植民し、どんどん開発して文明発展させてメガロポリスつくって、期限までに宇宙開発技術完成させたらクリア。それ以外のパラメータは考慮する必要が無いとか。
そんなゲームだったらいいですよ。楽しいでしょう。

日本よ。世界への根回しと気配りは、ちゃんとできているかね。
できてたら、ここまで書かれてないですよ。
世界中を敵に回して孤立するのは、もっともっと先だと思ってたんだけどな。
そうなる前になんとかしたいと思っていたのだけれど。
昭和3年では遅すぎる、のか?
もう、すでに。

暗澹たる、四度目の大陸旅行、幕開けです。



[43732] File_1928-05-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/16 00:01
File_1928-05-004D_hmos.

関東軍旅順司令部は、ピリピリ、パタパタ、してました。
河本もコワイ顔して仕事してましたよ。

内地からのお土産と、石原閣下からの中身不明な書類束をお渡しして、ついでであるかのように佐々木中佐の消息を聞きます。
まだ、消息は、つかめてないみたい。
生死すら、不明とのことです。

実際、大規模な戦闘だったのですか?

「お前、南京領事館のアレ、見たんやろ?アレだよアレ!支那人はああいうこと平気でやるんだよ!今回も革命軍の先遣隊が日本の商店を襲撃!掠奪!駆けつけた巡査や兵隊にも襲いかかってきたから乱戦よ。本格的銃撃戦だからな?日本に対する戦争行為だからなこれは!」

ツバは横に飛ばしてくれないかよ、コーモト。
ふむ。支那語の報道とは全く違ってますが。
とにかく、戦闘は始まってしまったのだと。
そして、指揮系統上はつながってませんが、関東軍高級参謀どのは、日本軍出兵部隊はやられたからやり返してるんだと。こういう考え方をお持ちのようです。
専守防衛。アウェイでそれを証明できますか?
第三国はもちろんのこと、敵対する相手国にも有無を言わせない証拠を握ってから、始められてますか?
手玉にとるとしたら、こんな単純で血の気の多いだけの国は、ありがたいよね。

ここで「いいえあなたが間違ってます」と即反論始めちゃう人もいると思います。21世紀のSNSでは毎日毎時毎分毎秒勃発していた舌戦です。
それもまた、アサハカ。
言わせとけばいいんです。言いたがってる人には。それより、よく聞いておきましょう。仮にも高級参謀です。報道されてる以上の情報も持ってるはずです。それを、なんでもいいから引き出させるんですよ。
分析はあとから。
とにかく、心のボイスレコーダーへの録音に、全力集中。

「今度の北伐は、いよいよ北京まで来る。張はもう逃げ出す手筈を整えてる」
「張作霖に貼り付けてる日本人軍事顧問が何人もいて、公使も総領事も、張の動向を見張ってる。こいつらからの情報で、我々にはそれが手に取るようにわかる」
「張作霖が奉天へ戻ってきたら、ここが戦場になる。関東軍は満鉄付属地より外へは出られん。内地へ早く帰れ!間違っても、付属地からは出るなよ!」

ご忠告ありがとうございます。気をつけて帰ります。

深々と感謝の礼をして去りました。好印象を与えておくことで、次もこういう情報をホイホイ与えていただきましょう。河本とハサミは使いようです。
そうか、ここも戦場になるのか。
参謀殿の責任は重大ですね。

付属地内で、見届けましょう。



[43732] File_1928-05-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/17 00:20
File_1928-05-005D_hmos.

奉天駅内併設のヤマトホテルが満室のため、市内の旅館に宿をとります。
400kmの電車移動は疲れましたが、明るいうちに市内巡察。
資料整理と分析は夜にゆっくりできますもの。

駅東口に広がる市街地。
この一帯もすべて満鉄付属地に含まれます。
日本各地から採集してきたかのような町名がひしめいてたりとかは、大連も旅順も同じでしたし、特別コメントもありませんし、物見遊山するつもりもありません。
市街地の先に、広大な敷地の、奉天城。
張作霖の本拠地です。
警備も厳重だと思いますが、行けるところまで行ってみましょう。

駅東市街地と城との間に、商埠地と呼ばれる不思議なゾーン。
東洋のような西洋のような、それでいて相当に古い建物が雑居してる。
英米仏それから日本の領事館は、このエリアにあります。
その先の四平街という城下町が一大繁華街みたいなんですが、時間がないので今日はパスします。

奉天駅よりひとつ北京側に、コーコトン駅。
城に直結する瀋陽駅までつながる路線への、乗り換えができます。
瀋陽駅は見てこれるかな。
行ってみましょう。

人家がなくなってきました。
この路線、満鉄線と立体交差するんですが。
関東軍の独立守備隊が立っているのが見えてきます。
……あれ?

「お前なにをしてる!こんなところで!」

トーミヤ?!
東宮大尉です。
おつとめご苦労様であります!

「こんなところをウロチョロしとったら匪賊だけじゃなく我々からも撃たれるぞ!」

顔を寄せてきます。ニンニクくせっ。

「トクムごっこもいいかげんにしろ!とっとと帰れ!」

私の顔に覆いかぶさるように。
背後で土木作業してる兵隊さんを見せたくないかのような動きなのは、考えすぎでしょうか?
申し訳ありません。私なりに考えての行動だったのですが、重々気をつけます。失礼いたしました。

「わかったら帰れ!早くだ!」

指さす方角。
私がいま来た城の方。

帰れというなら、奉天駅か付属地を指すべきでは?
ここからだと、奉天駅の方が近いのに。違和感があります。
言われた通り向きを変え、東宮から少し遠ざかって。
あ!
と声を上げてみます。
振り返って聞きます。

佐々木中佐の消息、なにか届いてないでしょうか?

東宮、一瞬、頭の中を整理してました。
こちらへツカツカと歩み寄ってきます。

「佐々木中佐が、済南で消息を絶った件か?」

はい、そうです。

「昨日、上海で会ったヤツがいる。今は日本へ戻ってるハズだ」

え?
こんどはわたしがかたまりました。
無事だった?よかった。で、いま日本?
なら当分、生命の危険もありますまい。
よかった。
本当によかった!
呆けていると、また怒鳴られました。

「だからお前もさっさと帰れと言っとるんだ!」

はい!帰ります!と今度はダッシュで城の方角へ向かう私。

帰れるわけないでしょ。
気になることが多すぎます。これじゃレポート書けません。
調べなきゃ。



[43732] File_1928-05-006E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/18 00:01
File_1928-05-006E_hmos.

コダマさんは今、満洲へ行ってます。ひとりで。

「よっぽど危険なところが好きなんですか。好奇心は猫をも殺しますよ?まったく……」

伝えておきます。ですが、佐々木中佐も、よくぞ御無事で。

「済南で負傷後、南京へ運ばれて入院してたんです。革命軍の兵に、上海の日本領事館への連絡を頼んでたんですが、伝わっていなかったみたいで」

コダマさんも相当心配してましたから。
こちらから連絡できないのが、本当にもどかしいです。今、どこにいるんだろう。

サノです。日特本社に、佐々木到一中佐が見えられてます。
1月からずっと、蒋介石の軍事顧問という肩書きで、革命軍について回っておられたそうです。

昨年8月に蒋介石が退陣したあと、武漢政府がソ連と袂を分かち、南京政府と合流。今年の北伐軍団は、前回よりもはるかに、有象無象の集まりとのこと。
昨年春、南京領事館を襲撃した部隊の軍団長も判明しており、事件直後には蒋介石から叱責を受けたものの、その後の戦闘で手柄を立てたため、引き続き革命軍主翼の一角を担っているそうです。もちろん、今回も参戦しています。
統制はますます難しく、掠奪暴動も前回より知能犯的になることは、想定内でした。
佐々木中佐はこのことを陸軍大臣へ直接、具申していましたが、対策はとられなかったということです。

「度重なる山東出兵は、破滅級の大失策ですよ。今や支那人民の心をひとつにまとめる唯一最強の方便は、打倒日本帝国主義です。私が説得したところで、焼けた薪に一しずく。蒋も、今や日本を敵とすることに、一片のためらいも見せません。そこまで、頑固にさせてしまったんです」

佐々木中佐もまた、全身を震わせながら、憤りをにじませています。

「参謀本部と陸軍省で、状況報告をしてきたのですが、白川陸相から面前で罵倒されました。この期に及んでまだ蒋をかばいだてするのか、大馬鹿者だ、というわけです。大馬鹿にもほどがあります、わかってるんです。わかってますが、信条は枉げられない」

コダマさんは、北伐が完成したら佐々木中佐を外相に、と何度も言ってるんです。

「気持ちはありがたいが、私には軍人以外の仕事は無理です。それに田中首相は、日露戦争で命を救ってやった大恩人である自分に張作霖が今でも逆らえないと思っているから、蒋なんかに天下をとらせてたまるかと考えてるはずです。万に一つも、ありえませんね」

難しいですね。政治も、外交も、軍事も。

「それを全てできる人物は、本当に、稀有ですよ。孫中山先生ですら、最後まで軍事は蒋やボロディンに任せっぱなしだった。蒋は、真に支那をひとつにできる不世出の英雄なんです。そう思うからこそ、本当に、私自身の無力さが悔しくて、悔しくて、たまらない」

でも、決して、信条は枉げられないのですね。
コダマさんが好きになる理由も、わかります。
佐々木中佐は、これからまた、支那へ戻られるのですか?

「一週間ほど、静養の許可をもらってます。一時金も出たので、伊豆の温泉へでも逗留しようかと考えてたので、その途中でここへ寄った次第なんです」

伊豆でしたら、うちの社長がよく行ってますので、旨い店とかいい旅館を、ご紹介できるかも。

「ああ、それはありがたい」

お待ちください。呼んで参ります。



[43732] File_1928-05-007D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/19 00:03
File_1928-05-007D_hmos.

この陸橋を、爆破するつもりか?
目的はひとつしか考えつきませんけど。
張作霖を……殺す?

コダマです。いま、推理中。
東宮とその部下たちが、何かをやってた、満鉄線と京奉線の立体交差鉄路。地図には三洞橋とあります。
暗闇の中でこっそりニオイを嗅いだだけですが、積み上げられた土嚢のいくつかに、火薬が詰まってますね。
導火線が、200メートルほど離れた資材置場みたいな、ほったて小屋の中につながってます。
ここはカーブで、終点も間近い。
列車のスピードが落ちたところで、タイミングよく、ドカンと。
殺すのか。張作霖を。
うーむ。それ以外の可能性を思いつけません。

関東軍の鉄道守備隊は
1キロメートルにつき15人を目安に沿線へ立ち並び、満鉄を匪賊から守る。
というのが一応基本にあるのですが。
考えたら常時それだけ配置できるほど人もいないし、今は特に市街地の守りを固める方に大勢駆り出されてますから、今夜は、ひと気がありません。
闇夜のカラスにはありがたい状況です。

張がいよいよ北京を発って奉天城へ戻るとき、ここに東宮が現れる。
安全に見届けられるポイントはどこだろう。
この小屋がベストなんだけどな。
穴掘って隠れてれば、頭上の話声も聞こえてこないかしら。

うーん。小屋の地面に穴を掘って潜む案、却下。
穴掘るの容易ではありませんし、バレたら逃げようがありません。リスクしかない。
屋根の上とかも、ダメです。小便我慢できなくなったらどうすんですか。

四方八方に細心の注意を払いながら、現場全体を見渡せそうなポイントを探して歩き回ります。
最終的に、立体交差の上側、満鉄線の、交差部分より300メートルほど北の地点を選びました。
ここから見ると、小屋の向こうに繁みがあるんですが、そこなんて真っ先に捜索されそうだから。

線路の上だと、まわりに何もなくて、誰かが近づいてきてもすぐわかります。
挟み撃ちにされない限り、逃げやすい。
列車が来てもすぐわかるから。離れればいいんです。
よし、決まり。
爆破が夜ならいいんですけどね。
日中だとさすがに、ここに潜んでてもすぐ見つかりそう。
作戦のイメージが固まってきたところで、今夜は撤収。

歩きながら考えます。
東宮が張作霖を殺す意図と、その後の展開は如何?
関東軍の人間は、それはもう張に恨みつらみ激しいでしょう。
その老獪ぶりを知ってれば、張が今後、日本のために何かしてくれるなんて考えられるわけもない。
今まで以上に、骨までしゃぶられるだけです。
満洲を、東三省を、守り抜かねばならん。長城以東を要塞化しなくてはならない。
それに関東軍を駆り出すでしょう。

関東軍だって、勝手に付属地を出て行動しちゃ本来いけないんですけど、実は今までもしょっちゅう、張の尖兵として駆り出されてる実績があります。
パシリですよ。ナメられすぎです。
それはいい。張が死んでからどうするか。
蒋と手を結ぶ、というシナリオが明確にあるのか?

これなんですよね。
そっから先のダンドリをちゃんと考えているのかなって。ここがつながらないんですよ。

今の関東軍に、革命軍とのパイプがあるか?
河本を巻きこんだとして、蒋に連絡をつけられるのか?
想像するのさえ困難ですね。
支那人より品行よろしくない河本に、使節はつとまらない。
かといってトーイチさんと関東軍では指揮系統も全然離れてくるし、かつてお世話になったご縁を頼ろうとも、現在そこまでトーイチさんとのコネクションがつながっているわけでもない。
東宮の性格も考慮すると、ただ、殺すだけ。
その後のことは考えちゃいないって線が濃厚です。
こんなとこだろうなー。

あと、爆破が失敗したら、どうするつもり?
軍用装甲列車がどれほど頑丈なのかは知りませんけど、列車そのものを破壊するのは無理でしょう。いいとこ線路を破壊して、列車を転覆させるのがせいぜいですね。
これならタイミングもドンピシャじゃなくていい。
列車が近づいてきたところで早めに点火し、急ブレーキが間に合わなければ、まっすぐコケます。
そこへ……斬り込み隊で、襲いかかる!
確実に仕留めなくてはいけません。
でも、乗員全員殺せるか?
生き残りがいたら、日本軍の仕業だってバレるよ。

バレたら、その後の政治交渉なんて泥沼も泥沼でしょう。
さらに、転覆させたのが影列車で、張作霖が乗ってなかった場合は?
同じ手は二度と使えませんし、何より張が怒りまくるでしょう。
関東軍はおろか、満鉄まで張に取り上げられますよ。
日本人居留民は一人のこらず虐殺されるでしょうね。正当なる報復です。
河本ロジックを持ち出すまでもなく、最低最悪どん詰まりのシナリオ。

東宮よ、やっちまうのか。
日本を破滅させる世紀の犯罪人になっちまうのか。脳味噌が足りなかったばかりに。
なんまんだぶ。なんまんだぶ。

宿へ着きました。
疲れたので、寝ます。



[43732] File_1928-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/20 00:02
File_1928-06-001D_hmos.

2588年6月3日、日曜日。22時。満月。
かなりの遠回りをして、例の監視ポイントへ到着。
線路にねそべって、ほったて小屋を注視します。

双眼鏡は持ってきたんですが、顔まではわからない。
15人くらいですかね、人影がうろうろ。

いよいよ今夜らしいのですが、もちろん張作霖がいま奉天へ帰ってきますよーなんてラジオが伝えたりするわけもなく、関東軍の動きを見て判断してます。
この季節でよかった。冬だったら、さすがにしません。こんなこと。

小屋の中にも、何人か。出たり入ったり。
あと、伝令みたいなのがちょくちょく、付属地の方から行ったり来たりしてます。自動車で。
うーむ。待つのはつらい。

23時10分。列車、来た。
耳を塞いで、頭までマントをかぶります。

……通過。ん?

頭を出して、小屋の方を注視。
向こうも、固唾を飲んで見守っていたようではありますが。
もしかすると、影列車?
あるいは、貨物列車の可能性もあるかな。どんな列車かまったく見てなかったですけど。

だとすると、もっと手前より、ちゃんと連絡が来てるみたいですね。
じゃあ、間違いなく張作霖が乗っていると確実にわかった上で、爆破するぞという。
それは頼もしい。
よかった。無差別テロじゃなくて。
最悪レベルの想定が、一段、下がりました。

さて。
待つのはつらいですね。
昼間たっぷり寝てきたとはいえ。退屈でたまらない。
この件について考えるのも飽きたので、記憶を頼りに21世紀の声優さんしりとりでもしますか。
それも飽きてきた。羊さんでも数えるか。ってちがーう。

空が白んできましたよ。
05時です。
やべえな。明るくなっちゃうと出て行けない。
満鉄線の始発は07時台だったはずですが。ちょっと想定外。

小屋の爆破グループたちも明るくなっちゃうと困るんじゃ……おや?動きが。
くるか?
そろそろか?
手に汗がにじんできます。

05時23分。列車の音が。
小屋の連中もスタンバってます。間違いない!
マントを頭からかぶります。
耳を塞ぎます。
心臓の鼓動がわかる。

!!轟音!!

!!衝撃!!

!!!ものすごい音!!!
煙が充満!!!

くわー。
やりましたよ。やっちまいましたよ。

まだ目は開けられませんが、おおごとなのは分かります。
叫び声も聞こえる。火も燃えてます。
おそるおそる。
うぉお、見事なまでに。
橋脚が破壊されてます。

満鉄線も運行休止だぞこりゃ。
近くの民家から、ぞろぞろと人が集まってきてる。
よし!撤収!
マントは捨てていきます。その下に支那服着てて、顔も変装してるので、東宮に見られてもバレない……と思う。

野次馬にまぎれて、事故現場をよく見ます。
すごい。何人も死んでる。
瀋陽駅から兵士がかけつけて、負傷者を車で運び出します。迅速だな。日本軍もいます。

東宮いました。部下を指揮してます。
現場保存?実況検分?
それは警察の仕事か。

「ひどいじゃないですか!」
ん。破れたスーツの男が東宮に食ってかかってますぞ。
「俺まで殺そうとするなんて!!!」
え、乗ってた人?
うわ、これは怨まれるわ。東宮、たじろいでます。
それ以上ここで言うな!と目が訴えてます。

野次馬どんどん増えてきて、付属地から見に来たっぽい日本人の姿もちらほら。
支那人の屋台が饅頭売り始めました。すげえ、支那バイタリティすげえ。
写真撮ってるのは軍人と、報道屋さんか?
いやもうこれお祭り騒ぎですよ。そろそろ撤収します。旅館でひとやすみします。

んで。張作霖は結局、しとめたの?しとめてないの?



[43732] File_1928-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/21 00:17
File_1928-06-002D_hmos.

さらば大陸。再見拝拝。

支那式命名では、6.4事件です。
もう何日かして、状況がはっきりしてくれば、もっとふさわしい名称がつくかもですが。
とりあえず、あの翌日までいて、現地の号外やら朝刊やら買いまくってから、帰国の途につきました。

張作霖、死んでないですね。
かなりの重症ではありますが、あと死んだ側近も何人もいますけど、張元帥は真っ先に城へ運び込まれ、一命をとりとめたそうです。

幸いなことに、東宮の、というか日本の仕業だと決めつけては報じられていない。

いま張を殺して一番得をするのは蒋介石ですけど、北洋軍閥の中でも張にこれ以上ついていくのはヤだって人いっぱいいそうですし、犯人捜しは難渋しそうです。あくまで、動機から推理しての話ですが。

しかし実地の状況検分も、21世紀レベルの科学捜査が可能であればいざ知らず、私の見てた限り、東宮たちも守備隊として駆けつけた風を装って現場の証拠物件を掻き回してましたから、そっちから足がつく心配をすることも、もしかしたら杞憂かもしれない。
良くも悪くも、自白が最強の犯行証明になる時代なんですよ今は。
悪人栄えし暗黒時代、よのう。

さて、思考を切り替えます。
今後どうなる。何がどう動く。

北洋の大元帥が、ひとまず第一線を外れました。
まもなく北京は革命軍の手に陥ちます。
すぐ代打に立てる人物は……いなさそう。
いや北洋軍の内部事情さすがによく知らないんで。
作霖の息子の学良てのがいるけど、若くてプレイボーイで軍や政治の采配を振れる器じゃないわよまだ、ってゴシップくらいしか。
加えて、奉天軍の弱さ。
張作霖の地元軍隊ですが、かれらは戦闘をほとんどしたことがない。
実務はずっと関東軍がやらされてたから。みたいなところがあるんですね。

要するに北伐軍がこっちまで来たら、関東軍が戦ってあげなくちゃならないということです。しなくていいと思うんだけど。
そして、関東軍はそれなりにエリート集団ですし、装備も一般支那兵よりハイレベルです。
北伐軍がそこまで知ってて長城を越えてくるとは?
私には思えないんですけど、どうでしょうね?

日本へ帰って、内地の新聞がどう予想してるかと、読むの楽しみにしてますけど、北伐が北京でぴたっと止まったら、本気で支那はバカになんかしてられない相手だよってわかった方がいいですよ。
むしろ、張にトドメをさすなら今がチャンスだと蒋は一気に満洲まで攻めこむであろうなんて予想してる新聞があったら購読してるのを恥じてください。

あとは張が復帰するのかしないのか、リタイアするなら誰が継ぐのか。継ぐのは誰か。
そして日本は、田中内閣は、蒋とちゃんとマトモな外交を結べるのか?
トーイチさんにお願いしますって言えますか?
みたいなことを考えながら、私は船に乗っているのです。

さらば大陸また来るよ。
そして日本よ、たっだいまー。



[43732] File_1928-06-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/22 00:02
File_1928-06-003D_hmos.

満洲某重大事件。
なにこれずっとこのネーミングでいくつもり?
新型コロナウイルスかよ。
コダマです。帰国して一週間経ちました。

閣下が中耳炎で軍医学校附属病院へ入院中なので、お見舞いと報告とで3回くらい通いました。
二人でいろいろ考えるんですが、今後の方向性がまだ見えてこないですねえ。

田中内閣は右往左往してます。
内地の新聞は、張まだ生きてる説と死んでる説が判別つかない状態をさまよってます。
閣下が参謀本部から仕入れた情報によると、
「真犯人は河本だってよ」
というセンで捜査が進んでるって噂です。

え、犯人は東宮ですよ、私この目で見ました。
って言ったんですけども。
実行犯は東宮でも、真の首謀者は河本らしいんですって。
マジかよ。

そして、陸軍参謀本部の中でも、張を殺すべしって意見は結構以前から議論されてたっぽいです。

閣下も入ってる、木曜会ってサークルでは、いま満蒙問題がアツいそうで。
満鉄は近年、周辺に競合鉄道つくられまくって四面楚歌。
張の窮地につけこんで密約で満鉄を守ろうとか、そういう裏工作なんかを烈しくやってたそうなんですね。

張がもし治療の甲斐無く死んだら、今までの努力が水の泡だって、田中首相とか満鉄総裁とかがキリキリ胃を痛めてるんだそうです。
そっか。田中首相からしたら、張を殺そうとした奴なんて絶対許せないでしょうね。河本、殺されるな。

あとは、張学良の下に何人か弟いるらしくて、張学銘っていうのが日本の歩兵学校で勉強中なんですって。爆破事件のあと直ぐに帰国して、父は大丈夫でしたって電報きたとか。
そういう話をきくと、申し訳なくなっちゃいます。
少なくとも日本が犯人だと確実に知ってるだけに。

ところで。
陸軍て、毎年8月に、昇級を伴う人事異動が一斉にあるんですけど。
閣下、もしかしたら、今年から満洲へ行くかも、ですって。
一緒に来るか?と、進退を問われてます。
悩んでます。

宮本社長へはまだ言ってませんが、絶対反対されるでしょう。いっぱい御恩もありますし、日特でやりたい仕事だってたくさんあるんです。食堂のおばちゃんたちとお別れするのだって、つらいです。
しかし、閣下がいなくなると、私の情報蒐集源て極限まで狭くなっちゃうんですよ。
閣下と始終一緒、というのもソレはソレで大いに嫌だったりもするんですけど、めんどくさくて。
でも、満洲かあ。
コーモトやトーミヤとずっと一緒にいるのじゃなければ、閣下の影に隠れていられるっていうのはむしろ好都合な条件だと思います。

行きたいかな。トーイチさんと会える機会も増えるかも。
潮時がくれば、私だけ帰ってきてもいいですもんね?

私は軍の階級をつけて行くわけじゃなくて、あくまで石原閣下の使用人つーか、なんちゃって軍属みたいな立場で行くだけなので、それはもうお気楽ごくらく。
サノは日特にいてもらおう。そうすれば、内地でしか手に入らない情報を、コッソリ送ってもらうことだって、できるでしょ。
うん、なんか、決意が固まってきた気がする。

まだ内示なんで、ていうか閣下が希望出してるだけだってんで、ポシャればポシャったで日特社員を続けるだけです。
8月時点で、支那がどんな状況になってるやら、今は見当もつかないし。
ひとまず、8月でひと区切りつけるつもりで、日特の仕事、し残すことがないようキッチリと片をつけときます。

じゃ閣下、帰りますよ。おだいじに。



[43732] File_1928-06-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/23 00:01
File_1928-06-004D_hmos.

張作霖、死去。
跡を継いだは、長男・学良。

実は列車爆破事件の直後に城で息をひきとってた、という説もあるんですが。
いずれにせよ私が帰国した頃にはもう亡くなっていて、北京にいた学良がおそらく変装して避難民の群れかなんかに紛れて奉天へひっそり帰り着いたところで、ようやく正式発表した、という展開です。

田中首相、さあどうします。
おちこんでる場合じゃないですよ。
仮にも一国の首班なんですから。プロの政治家なんでしょ。一瞬で気持ちを切り替えて、6000万国民のために今すぐなすべきことへ勇猛果敢に取り組んでいただかねば困りますよマジで。

ここで「我々は今後、学良くんをサポートします」とか宣言しちゃったりなんかしたら、ワカツキ以下の風見鶏クソ首相ですけどね。
そんな思いつきはおいといて。

6月4日。満洲ボージューダイ事件発生。
6月9日。蒋介石、北京入城。
北伐はひとまず停止しました。
支那統一のため、残るは東三省ですが、ここには日本の精鋭、関東軍が控えているため手を出してきません。
ちゃんとわかってますよ。
6月20日。国民政府の首都は南京のままとし、北京を北平と改称。格下げですね。
6月21日。張学良、父の死と、跡を継いで東三省督弁の位に就くことを公式に発表。
イマココ。

6.4爆破事件の犯人はまだ不明です。
日本の新聞では、既に河本の名を出してるところがあります。
今月中に呼び出されて内地で査問委員会やるみたい。
河本の犯行だなんて調べがついても、そのまんま発表なんて、できやしないでしょうけど。

今後の政治をどうするか。
ちなみに私は東宮が下手人なの知ってるんで、少なくとも、国民党や共産党や北洋軍閥の誰かの仕業説は、斬り捨ててます。
うがった所では、学良の父親殺し説なんてものまで読みましたが、その発想はなかった。
ミステリとしては面白いと思います。けど却下。

さて私なりに今後の支那情勢を予想してみましょう。
ありえそうなものだけ並べます。

その1。北伐は北京までで完成とする。東三省は、ひとまず放置。
これから、学良および日本との交渉に入る。
私なら、学良と日本とをうまく焚きつけて、仲違いさせます。
日本が奉天軍と戦えば勝つのは明らかなので、そのまま日本に満洲全土を制圧させたままにしておく。
日本にとってもホクホクウハウハでしょう。
そのあと「満洲は全部くれてやるから山東や漢口や上海や天津やらの関内租界は全部返してよ」っていう交渉はどうですかね。
支那国民に対してもシメシつくし、日本のメンツも立たせてあげますよ。
ワタシ的には、これがベスト。

その2。
あくまで東三省も占領しなければ支那統一とはならない。よって北伐はまだ終わってねーよ、なケース。
この場合は、学良との徹底的な政治交渉をすべきだと思います。
学良に、国民党への帰順をうながすのです。
降伏勧告でもいいんですけどね。そこは、平和的に従わせましょう。
東三省市民へも納得していただけるよう「これからは国民政府のために働いてもらいたい」と、くれぐれも手厚く。

この場合、日本の権益が、ノドに刺さった小骨のごとく、災いの種となります。
満鉄とその付属地。今までは作霖との交渉で、付属地外との境界線だとか、お客を奪い合う並行線への抗議とかの諸問題を調整してきましたが、今後これが南京との交渉になっていくとなると、満鉄の経営力は更に更に低下するでしょう。
そして、ここからもシナリオは分岐していきます。

2-1。
赤字鉄道をギリギリまで支えて、いよいよ倒産寸前になってから支那へ売却。だと、大した金額にはなりませんね。
思い出一杯詰まった会社を手放せない、創業者が陥りがちなパターンです。

2-2。
これ以上の時間をかけるべきではない。そう見切りをつけて今のうちに満鉄を売却。
これもアリです。今なら相当に高く買ってもらえるでしょう。国民政府が払うのに何十年もかかる金額で。
しかしこれは、日本国内での承認が難しそう。

2-3。
最後は……これは、SFであってほしいところですが。
ヤケになった日本が、国民政府との談合なしで自分から戦端をひらいて、満洲を獲っちゃうケース。

SFなら、そんなの読みたいですよ。
理由はいくらでもデッチ上げられます。日本人居留民が支那兵から暴行を受けたとか。先方は真逆を主張するでしょうが、済南でも同じことが起きました。
奉天城に学良いるんでしょ?
そこを包囲して、詰め寄って、屈辱的な絶対無条件降伏を強いて調印させれば、半日でカタがつきます。
日本は満洲を乗っ取れます。

ヤバいことに、これ、関東軍がやろうと思えば、できちゃうんですよ。
むしろ、河本だったら、ナゼやらない。
東宮たちに、今すぐ、やらせないんだ?

そんな悪い考えが頭をもたげてしまうんですが。査問の準備で忙しいのかな。
あーあ、今が絶好のチャンスなんだけどなー。
いま北京にいる、蒋介石とそのブレーンたちだって、このくらいのことは考えてると思いますよ。日本の出方をピリピリしながら監視してるはずです。

8月には、さて、どうなっていることやら。



[43732] File_1928-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/24 00:01
File_1928-08-001D_hmos.

8月10日。正式に辞令が下りました。
石原莞爾中佐への昇進と共に関東軍作戦主任参謀を拝命。着任は10月より。

さっそく、宮本社長との交渉です。
まず、石原中佐閣下から、辞令の件と、満洲へ私を連れて行きたい旨、宮本へ伝えます。
ここで数時間の押し問答が展開され、結着つかないので、本人の意見も聞くべきだと、ようやく主役が呼ばれます。
神妙に、お二方の話を聞きます。
石原閣下は冷静に。宮本社長は、やや取り乱しながら。

私は答えます。
お二人のご意向はしっかり受け止めましたが、自分も今すぐここで結論は出せません。2~3日、考える時間をいただいてよろしいでしょうか。と下がります。

石原閣下が帰ったあと、宮本社長とまた面談。
「実際のところどうなの?もし、ちょっとでも、今の待遇に不満があれば、何とかするから言ってほしいし、たまに石原さんへ会いに行くくらいだったら全然大丈夫だから。でも完全にあっちへ行かれちゃうのは困るんだ……」
と哀願されます。

胸痛む思いで聞きます。
私の心はすでに決まっているので。
実際、閣下と示し合わせてる出来レースなので。
宮本社長を騙してるに等しい状況なわけです。心苦しいです。
私は生涯最高の恩人のひとりに、一生明かせない嘘をついている。
その申し訳なさをこらえながら、お言葉を聞いていました。

まる二日それが続いて、
さすがに社長いいかげんワンパターンの泣き言ばかりでうざいっすよ、あと何かといちいち私に気を遣って敬語で世話やくのやめてもらえませんか気持ち悪くて職場にいづらいです。
という気分になってきたところで、自分の意志を伝えました。

おいとまを、ください。

シンプルに。
そして、具体的な約束をします。

必ず戻ってきます。私の家はここです。
地下室は片付けてはいきますけど、そのままにしていただけると嬉しいです。
毎日とは言いませんが近況はこまめに報告します。
技術的な相談事でも手紙なり電報なり電話なり、ください。
ただし関東軍の人たちにいつ勝手に見られても問題ないよう、気をつけてください。我々にだけわかる符丁いっぱいありますよね。それを駆使して、のほほんとしたお便りだけください。
ときどき休暇をもらって内地へ遊びに来ます。サノのことよろしく。

ちなみにサノとはすでに、もっと詳細な符丁をいろいろ決めてます。
そんな段取りを全部まとめておいたので、社長も諦めが早かったです。
泣かれちゃいました。
ほんとに、申し訳ないです。でも、コダマは、必ず、戻ってきますよ。
しかも今より数段、支那にも世界にも明るい、スーパーコダマとなって戻ってきます。
生きていられればですけど。
そんな誓いを立てました。

さて、次なるプロセスは、私の引越の準備です。
持って行くものは、実は大して無いんですけど、今後は特別、気をつけなくてはいけないことが増えます。

私は旅順司令部の近くにアパートを借りて住む予定ですけど、関東軍の保護対象、イコール監視対象になるので、手紙も日記も含めてですが、不審な目で見られる要素は極力、排除したい。
勉強と情勢理解のため、日本の企業が支那語で発行している新聞を読むまではいいですが、アパートに支那語の本がやたらと積んであったら怪しまれるわけです。
まして、アカに関する文献なんて一冊でも持ってるだけでヤバい。
そんな世風なんです、今の日本て。

いやしかし、支那人が支那で日本語の本持ってたら、たとえそれが宮澤賢治の童話でも、日本語だっていうだけで即射殺されかねない支那事情にくらべたら、まだ言い訳の余地はあろう分、マシかなと思うところはありますけどね。

私は、今世では、日記ってつけないんですよ。
日特地下室ですら油断はなりません。17年間、警戒しながら生きてきました。
お手本は、華氏451。
速記文字も自己流です。
10月からは、その警戒レベルを上げます。くれぐれも慢心はしない。

こんな心づもりです。
考えてるんですよ。これでも。いろいろとね。



[43732] File_1928-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/11/20 23:25
File_1928-10-001D_hmos.

五里霧中。なにも動かず、神無月。
驚くほど何も進展せぬままに、10月を迎えました。
コダマです。

河本査問。政府は、関東軍の仕業ではなかったという結論だけを発表。
これに野党がえんえん噛みつく。
噛みついてるだけです。
事件当日に現地で外交官が調べようとしたら関東軍に妨害されたケシカラン。だから調査ができなかった。調査をさせろ。そんな要求から先へ一向に進んでない。
正面から攻めるしか能がないことをいつまで自慢しておられるのか。
将棋でも覚えなさい。

これに対し政府も、11月に天皇即位大礼という盛大なイベントをやるのでその準備で忙しいとか、噛み合ってない回答で逃げまくり。
どっちもどっちやらですわい。

4ヶ月もそんな感じで足踏みしてる日本ですが。
支那では、世紀の一大イベントを控えてます。
北伐完了を祝する観兵式を、今月10日、民国建国記念日に、首都南京にて。
詳しいことは引越してから確認するつもりですが、中華民国、すでに英米とは昨年度南京事件の賠償および今後の通商・外交・領土問題についての協定に入ってます。
フランスとはまだみたいですが、招待はされてるみたいです。
日本は、被害無シ発表取り消してないので有耶無耶なまま。

田中首相は未だに、張一族との連携ありきでしか支那との関係を想定していない。
だから南京政府との外交事案も、外務大臣不在の状況で、現地の領事や公使らに丸投げ。
権限もないのに話が進むわけもない。
蒋介石から相手にもされてなくて、首相も乗り気でないんでしょう。あいかわらず閣議すっぽかしてゴルフ三昧。
秋晴れでさぞやスコアもよろしいでしょうねえ。
日本の思い上がりとやる気の無さを示して軽蔑以上の何物も生み出さない、負のスパイラルだけを醸造しています。
わかってないのかな。
そんなことすら、わからないのかな。
ええ?田中さんよ。
野党もそこを突けよ、ってイライラしながら見ているんです。

一方で、準備も無く父の後を継いだ張学良に対する現地日本機関の圧力。
エゲツないことこの上なし。
関東軍はじめ、奉天領事や北京公使・満鉄のおえらがた・朝鮮総督府・日本からの外交官、あげく野党の視察団体までもが連日押しかけてはギャアギャア注文つけてるみたいですよ。威圧しながら。
新聞には、こんなこと言ってやったぜ自慢があふれかえってます。
泣けてくる。

こんな調子なので満洲の治安て今すごく悪くなってて。
石原閣下も私も、相当に身構えてます。
私の住まいは関東軍で手配してくれてるんですが、司令部と警察署がすぐ見える場所なんでひとまず安心。
むしろそこまでされなくちゃ不安という。

関内すなわち万里の長城より西側から、難民が大挙して満洲へ入ってきてます。
全満洲内でも、満鉄付属地は、現在最も安全な区域なんですね。
だから支那の中でも裕福な人はそこに住みたがりますし、家賃も値上がりが烈しいそうです。

かれらもまた、匪賊の恐怖に脅えているはずですよ。
日本人も怖いけど、支那人だって白人だって。家族以外は誰も信用できないんです。
そんな日々のなかで住居と、仕事を見つけて、なんとか生きていかねばならない。
想像するだけで、たまりませんよ。

こんな世界をどうにかして変えられないだろうか。
今後の私の、新たなるテーマです。
それをこの目で見て、考えるために、満洲へ行ってきます。
しんみりしつつ、おやすみなさい。



[43732] File_1928-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/26 00:01
File_1928-11-001D_hmos.

閣下、お風呂はせめて三日にいっぺんは入っていただけませんか。
コダマです。
旅順生活、3週間ほど経ちました。

ほぼ毎日、閣下が勤務上がりに押しかけてくるんですけど、日に日に臭くなっていくのが悩みの種です。
いろんな機密書類読ませてくれるのはありがたいですが、締め切った六畳間で暖房たいて、ゴミの臭いと向き合うのは耐えがたい。

言ってますよ。何度も何度も何度もクサイクサイクサイて不満を意思表示してますよ。
でもニコニコ笑ってスマンスマンと言われておしまいです。
テイちゃん、て閣下の奥さんの名前ですけどね、こっち来て閣下と一緒に暮らしてもらえませんか。私を助けると思って。前向きに検討してください。こちらからお邪魔はいたしませんので。

と。クサイ話はこのくらいにしまして。
支那情勢。
現地で生活して、初めてわかる諸問題を中心にいくつか。

ここ旅順と、すぐ近くの大連なんてまだまだ日本内地並みの住みやすさですけど、奉天や長春など、もっと内陸の都市では、満鉄付属地内ですら、現地住民あるいは移民・匪賊・支那やソ連の兵などとのトラブルが絶えません。
日本人が嫌われてるのはわかってますが、それでも関東軍や日本人警察官が見張ってる限りはそこまでのイヤガラセはされません。
でもこれが、朝鮮人に対してだと容赦ない。
かれらの国籍は日本です。満洲では支那人よりも朝鮮人こそが最安価な労働力と見做されており、ヒエラルキーでは最下層となります。
そして、日本官憲はかれらを助けない。
内地よりも差別意識はより一層烈しいです。紛争の火種と考えたら、これほど危険な状況もありません。

民族問題としては、白系ロシア人についても最近ようやく状況が理解できてきました。
昨年春、上海で、人力車ひいてる白人に驚きましたが、おそらくあれも、白系ロシア人です。

ロシアの貴族や、中流上流のお金持ちって、ソヴィエト連邦では社会の敵なんです。
レーニンの革命が2577年ですから、11年前からかれらは国外へ移住さもなくば国内で処刑、よくても全財産没収されて共産主義政府への服従を誓う。そんな境遇に立たされてました。
日本に東支鉄道の権益を奪われたとはいえ、それより北部には現在もロシア人の街いっぱいありますので、満洲へ落ちのびた白系ロシア難民も相当な数にのぼります。
その一部が日本支配下の大連や奉天などでも生活してるわけですけど、かれらの表情に西洋人としての誇りや自信は見てとれません。
日々の糧を得るため、ハッキリいえば卑屈に、日本人にも支那人にも、おべっかつかって生きてます。

ここ満洲では、軍人が思い上がるのはやむなしですが、移住してきた日本の民間人たちもまた、現地の人や、難民としてやってきた他民族の人たちに対して、不遜で高慢な態度をもって接しています。
そして。
本日私が述べてるような、こういう発言を不用意に口にしようものなら、アカではないか、反社会的勢力ではないのかと疑われ、度が過ぎれば通報される。同調圧力をひしひしと感じます。

閣下の心配も、わかります。
私がアカの思想にかぶれることがないかと、閣下は常にそこを観察されてます。
そんな状況ですから、まだなかなか自由には動けません。

左翼とか、中核派による解放運動って、聞いたことはあります。
こういう現実を見て、怒りに奮えて立ち上がって、潰されちゃったんだな。
今さらにして、転生した今世で初めて、やっといろいろ、思うところ、ありますけどね。
前世今世、合計すると、50年。
通算、半世紀も生きてるんだ。
それでいて私、いま、成長期。
柔軟な頭脳と、五体満足四肢健康な肉体を持ち、しかも日本人男性というマジョリティ属性を有しています。
このチート能力を、最大限有効に使うべく。
慎重に慎重を期して。
まだしばらくはステルスでいこうと考えています。

若きコダマの悩みは、恋なんかじゃないんです。前世でじゅうぶん悩んだからそれはもういい。
今は世界を救いたい。
なんとかしたい。でもごめん、今はまだ動けない。それが運命。
結論ナシだけど、今日はここまで!



[43732] File_1928-12-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/27 00:04
File_1928-12-001E_hmos.

サノです。汽車は大阪で乗り換えです。
毎度のことながら、長旅です。車窓を眺め、リズミカルな振動に身を浸しながら、時間と空間について考えてます。
ミカンが、おいしいです。

年末年始、コダマさんも東京へ戻ってきますが、今年は会えません。
社長のご自宅へ泊まったり、普段はしない神社巡りなどを楽しむかも、と言ってました。
日特地下の、コダマさんの部屋に、いろいろ置いてきたので、退屈はされないだろうと思いますが。

日特では今年、ネクシアル課という新しい部署が誕生しまして、目下課員は私ひとりなのですけど、今まで夜コソコソやってきたことを、かなり大っぴらにできるようになりました。
日特社内には、戦車班・機銃班・工兵班・輜重班などがあります。
基本、私はすべての会議に参加でき、各班からの要望を拾い上げつつ、互いに補い合える技術があれば進言し、橋渡しと調整をします。
横のつながりを円滑にする、一風変わった役割といえますかね。

実際のところは、コダマさんから聞いている、未来の日本で実現する技術を、我々の手で開発することを目指しています。
皆に直接は言いませんが。会議の席でさりげなく、思いつきを述べる形で、より優れたものを創り出そうと提案して、加速度を高めるのです。
うーん、うまく言えませんね。どう説明したらよいものか。もぐもぐ。

たとえば、赤外線技術。
コダマさんから、暗視双眼鏡の開発を依頼されています。
赤外線という、目に見えない光線を使うことで、夜間、照明で照らさなくても、日中と同じように見える。しかも相手からはこちらが見えない。
これを、会議をしているうちに思いついたのだけど開発できないだろうか、と議題に出してみました。
機銃班で興味を持ってもらえたので、それでは基礎研究資料を集めて必要な資材等手配しますと私が段取りをつけていきます。
私自身も研究室で試験体を作ったりします。なかなか、楽しいです。
将来的には、試作品をコダマさんへも送って、満洲で試してもらって。など展開していくことも、社長と検討しています。

他には、短波電信も面白いですね。
電波の中でも遠距離を飛ばせるので、装置さえ整えば理論上は、東京と満洲とでおしゃべりができます。理論上は、ですけどね。
傍受は誰でもできるので秘密の会話には向きませんし、これが一般的な技術になればラジオと同じように受信設備を登録制にされるでしょうから、そんなことにならないよう、特許など関連法案も含めて研究中です。

そうそう、コダマさんから夏頃、録音機を作れないかと依頼されたんですが、これも小型化という難題に直面してまして。
21世紀では、消しゴムほどの大きさでマイクを持ち、会話を何時間でも録音しておけるような機械が存在して、中学生のお年玉でも買えると言われました。戦慄します。
張作霖の列車爆破事件の現場にいたとき、それがあれば、犯人たちの会話をぜんぶ録音しておけたのに、だそうです。

そんなものが日常的に存在する世界で、犯罪というものはなくなるのか?増えるのか?
といった限りない疑問も湧いてきますが。
ともあれ、作れるものであれば作ろう。
我々の手によって。
という考え方で取り組みます。

心配なのは、コダマさんが、これらの秘密兵器を持つと、もっともっと、危険に飛び込んでいくのではないか。
張作霖爆破事件目撃談も、本人は笑いながらでしたけど、聞いていて気が気じゃなかったですから。
しかし、止められるわけがありません。
コダマさんを止めれば、歴史どおりに第二次世界大戦が起きるはずだからです。

コダマさんを信じましょう。
信じて、私たちの手で、大戦争を未然に防ぐのです。



[43732] File_1929-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/28 00:03
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あけましておめでとうございます。
十日ほど、日本へ戻ってきてました。
来るときは閣下と一緒でした。閣下は呼び出されて先に満洲へ帰ったので、戻りは一人です。

あっけなく、支那統一実現。
年末ギリギリでしたね。びっくりしたなあ。
五色旗から突如として、青天白日旗へ。
張学良、国民政府への帰順を誓ったのです。

これによって支那全土は平定されました。
されちゃった、ついに。
17年ぶりです。おめでとうございます。

そして、ここでも出遅れている日本。
すでにアメリカ・ドイツ・ノルウェー・ベルギー・イタリア・デンマーク・ポルトガル・イギリス・フランスと年内に国家承認および通商条約・軍事協定などを次々と締結している南京政府ですが、日本のみ、一向に進展しておらず。
張学良の帰順も、石原閣下は想定内だったというかそうなる方に賭けてたみたいですけど、田中内閣はあくまで奉天政府のみを正式な国家としたかったみたいですね。ばかじゃなかろか。

今後の交渉は南京相手一択となりますが、その南京での領事館事件の結着すらついてない有様で。
ていうかシデハラが問題なしって言っちゃったのを一年半経ってからゴネ直してるだけでも立場が悪いのに、かつ済南で自分たちがした虐殺は賠償せずとか言ってる日本て頭おかしすぎやしませんか。
外交何年サボってますか?現在進行形。
つける薬もありゃしない。

さらに。年明けて、つい数日前。
楊宇霆と他数名が奉天城内で粛清されたとの情報です。
楊宇霆については説明必要でしょうか。
学良くんはまだ若く、誰しも認めるチャラ男なので政治を背負わせるには危うい。そこで日本の意を忠実に汲んでくれる大人に、執政を任せたい。と日本政府が白羽の矢を立てていたのが楊宇霆です。
日本の手先め!と、学良くんに殺されました。

学良くん、「父・作霖を殺したのは日本人だった、その内通者が楊宇霆であったから殺したのだ」と正直すぎる声明をしちゃってるみたいなんですが。
政治的に利用するなら、徹底的に彼を守って裁判に出させ、公衆の面前で日本の手口を暴露させればよかったのに。
なぜ、即、殺すんだ。
お父さんも浮かばれないだろう。
こういう直情的な危うさが学良くんにはまだまだあるんですね。

いずれにせよ日本政府の持ち駒はどんどん少なくなっていきます。
内地でも、いまだに河本を、国会へ証人喚問させよと野党が騒いでますよ。
喚問はいいけどそこで何を聞いたら白状させられるか、そのあとの段取りまでちゃんと計算してればいいんですけどね。そんな知性の片鱗も見えない。
爪も無いのに能あるフリだけ繕いたがるアホウドリが多すぎます。
アホウドリくんに失礼ですねごめんなさい。

えー、やさぐれるしかない話題はこれくらいにして。
新年の抱負を述べましょう。

新生支那の出発に期待します。今年はますます支那語に慣れて、スラスラ読めるようになりたい。今は英語紙と併読することで自分なりに情報を咀嚼してますが、その精度をもっと上げるのが課題です。
日本が動きだすのはもっと先だろうし、当分はナマケモノの楽園にとどまってるでしょう。そんなのほっといて、自分自身のスキルを上げられるだけ、上げておきたい。
そろそろ閣下に許可をもらおうと思ってるのが、大連の満鉄図書館ですね。あそこに通い詰めたい。新聞だけだと日々ストレスだけたまるので、本読みたいのと、辞書の充実ぶりは図書館が最強なんで。

あとはー。お小遣い欲しいから、何か仕事でも探すかな。これも許可出ればですね。
以上、昭和4年、民暦18年のコダマでした。
ごきげんよう!好了拜拜!



[43732] File_1929-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/29 00:01
File_1929-02-001D_hmos.

2月10日。太陰暦でのお正月ですね。
支那では、今日から新年です。春節といいます。
过年好!

私も近所の子供たちと爆竹鳴らしてきましたよ。お祭りは楽しいもんですね。
汗かいたので、ゴロリと部屋で横になります。
ふー。

昨日行ってきた、満鉄図書館の話でもしますか。

タネさんこと神田正種大佐から、スゴイよと紹介されて以来、ずっと行ってみたかったんです。
昨日やっと、訪問がかないました。
といっても、誰でも入れる開架図書のエリアではなくて、地下書庫の、さらに奥の倉庫です。

タネさんは今、朝鮮にいるので、紹介状を書いてもらって、一人で行ってきました。
どんだけレアかというと、24年前にロシアからぶんどって満鉄が誕生したときの押収史料がそのまま保管されている部屋なんです。

タネさんが満鉄職員の肩書きでトクムやってた時に、この部屋へ通い詰め、ロシア製の北満地図が日本軍のものより格段に詳細なことを発見して「関東軍の総力を挙げてチチハルとかホロンバイルとかマンチューリとかの北方辺境を再調査すべし」と参謀本部へ掛け合った、なんて逸話が語りぐさになってるほどですよ。

私もワクワクしながら、鍵あけてもらって、入るとですね。
カビくさいの。
埃っぽいの。
図書館のひとでも滅多に入らないんだろうなあってホントよくわかる。
虫干しくらいしてよね。

その資料庫に、半日いました。
床にも一面の埃。
身をかがめると、うっすら、足跡が見えます。タネさんのかな?
跡をたどると、地図がまとめてある棚に辿りつきます。
鼻歌まじりに、一冊ずつ手にとってみます。
しばらく見てると、気づくことありますね。

ロシア、怖い。

前世では、ソ連は失敗国家だと教えられてきました。
ペレストロイカは私が生まれる前に終わってて、ロシア連邦と周辺諸国の時代でしたけど。
ソ連では、たとえば兵隊には地図の読み方を教えなかった。地図を理解できるようになると脱走されるから。なんてジョークをまことしやかに信じていたほどです。

今世でもね。日本陸軍が制式採用している様々な地図見てきましたけど。
支那の租界や、満鉄付属地周辺の地図には、警備巡回路に加えて、都市封鎖作戦用の交通遮断要衝なんかも併記されていて、面白いんですけどね。
でも、ロシアの地図は、それらよりはるかに効率的で、職人芸の極致を感じさせるものだったんです。

日本の地図って大半がモノクロですけど、ロシアのはフルカラーがデフォ。
加えて、用途に応じて何種類も作る。
書体も境界線も、何種類も何色も使ってて、視覚的にもわかりやすい。
デジタルじゃない時代ですよ、このヒト手間ヒト手間がどれだけハンパないか。
21世紀の東京都内鉄道路線図も平面デザインの最高点だと思ってますけど、あれに匹敵するクオリティの集積を、北満という辺境で100年も前にやっちゃってるんです。

極めつけは、日本各地の地図でした。ロシア人、江戸時代の日本も調べてたんです。背筋が凍りつきました。
かれらは、半端ない観察眼と視覚化能力を持つ、超高度な文明人ですよ。
タネさんも、同じ恐怖を味わったに違いありません。この部屋で。

日本がシベリアに4年間、駐留している間に作った地図を、関東軍司令部で見ていますが。
都市間の位置関係が辛うじてわかる程度で、縮尺は大雑把でした。
ロシアでは、夏と冬とで地形が全然変わります。日本での地図づくりノウハウは、通用しません。
支那だって、相当にだだっ広くて、全土ぶんの地図を作るのには何十年もかかりそうですが。
相手の土地で戦うってことを本気で考えましょう。この差は決定的です。

私は、ソ連が、第二次大戦中に、世界一の戦車大国へと成長する歴史を知っています。
広大な雪解け後の泥濘を何日も走破できるよう特殊化した重戦車の群れが、無双状態で迫り来る映画を沢山観てきました。好きでしたから。
日本の戦車なんて、かれらの前では紙くず同然。
圧倒的に量も足りない。これに加えて。
地形を読み利用する技術においても、かれらの方が断然、ハイレベル。
実はまだ、そのショックから立ち直れないでいるわけなんです。

戦争は、しちゃダメです。
こんな相手に勢いだけでとびかかるなんて、絶対に、ダメですよ。



[43732] File_1929-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/30 00:03
File_1929-03-001D_hmos.

支那の広さって、こういうことか。
そんなこと、つい考える春うらら。
コダマです。

三全大会という、支那における全国会議が今、南京で開催されています。
その内容なんですが、政府機関紙と地方の新聞、さらに英字新聞を各種読み比べると、その内容のバラバラさにめんくらいます。
ですが、それを踏まえた上での、私なりの分析を述べます。

蒋介石くん。
君は軍人であって、同じノリで政治やっちゃいかんと思うよ。

そもそも中華民国というのは孫中山先生が提唱した三民主義を国家憲章としています。そのはずです。
支那民衆の総意にもとづく合議制。
すなわち民主主義ですね。
議題を論じあった上、投票で採決をとりましょうという、きわめて公正なルールが原則としてあるハズ、なんでした。

蒋介石は、孫中山の軍事面での後継者の一人ではあるのですが、同じように政治面・文化面での後継者だって、大勢います。
孫中山先生の最期を看取った思い出と合わせて三民主義の理念を語ってる人も実に多いんですが、蒋は孫中山が死んだその日もずっと、戦場にいました。
孫先生悲願の北伐を完成させたのは確かに蒋です。
しかしそれを根拠として「私こそ国家なり、私に従うことが孫先生のご遺志に沿うことである」と言い始めるとなると、これはちょっとヒドい。

実際のところ蒋は、ナゼ自分が猛批判されているのか理解できないようで。
「国を統一した英雄に対してお前ら陰謀を企ててるな?望むところだ」って戦時体制を解こうとしません。

んーとこれ、袁世凱が陥ったのと同じパターンではないですか。
袁のトチ狂った末期が頭をよぎって仕方ない。
ズバリ同じこと言ってる人もいるんですが。
その指摘を蒋は意に介そうともしない。

市民レベルでいえば、あらゆるものに税金かけられて、しかもまともな計算もされないで国府の役人が幅をきかせてる生活をいまだに強いられてる上、集会の自由がありません。
届け出無しで……ってこれもザル法ですけど、3人以上が集まって政治の話をしてるだけで即、刑事罰対象となります。
官憲はそんなのを見つけてはワイロを要求するし、できるし、してるし。
平和からはほど遠い世情なんです。

とはいえ。
南京ではそうみたいですけど地方へ行くほど、そんなのはユルくなってて、これが支那の広さを実感させるって意味なんですけど、私のいる関東州を含む東北では、ひとまず戦争の危機は去ったと、市民の表情は明るいです。
支那人街へ入れば、次から次へと元気いっぱいの呼び込みに声をかけられます。

蒋さんには国防という大任を今後つとめてもらいたい。
これは国民政府の未来を考える皆さんの総意だと思います。
決して、蒋なんてもう用済みだってことではないはずです。

けど、蒋にとっては「ナゼ俺が、ナゼ俺が最高権力者であることに異論が出るのだ」ってとこなんでしょうなあ。
誰か機転の利く人がちゃんと説明して、納得させてあげてほしい。
それが政治ってものじゃないんでしょうか。
なんて、他力本願なことを、あいかわらず考えています。

トーイチさんになら、できますか?
もうちょっと整理したら、お手紙書くつもりです。
私はこう思ってますけど、どうでしょうか?
トーイチさんの意見もお聞きしたいです。

それにつけても南京て物理的にほんと、遠いのです。
手紙届くまでに一週間以上かかるっていうね。新聞だって。
電脳時代が、はるかはるか未来の最果てに思えてきます。
タメイキ。



[43732] File_1929-03-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/07/31 00:25
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河本くん、おつかれさま。
軍人やめるんだって?

ひとまず左遷という形で内地勤務になる予定だったのを、本人はキッパリ退役の意向。
張作霖爆殺の件は、もう終わった話題で、河本はシロって結着ついてるんでしょ?て思うんですけど。
グダグダと終わってないみたいなんですよね。内地では。

田中内閣でも再度、調査委員会つくって。
河本もあれから何度も呼びつけられてて。
もうイヤになっちゃいましたと。
ノイローゼにさせてからお払い箱というのは21世紀でもよく聞いた話です。
最後にはお客様からのご意見ご要望窓口へ送りこむとかね。
ソ連の粛清に比べたらなんて牧歌的な。
いや時間をかけるだけ残酷さは上なのかな。
どうだろう。
連帯責任で関東軍から何人か、まきぞえ左遷が出るみたいな噂もありますけど、実行犯東宮も、どっか飛ばされるんですかね。
そのうち発表されます。ドキドキです。

私個人は、先日のロシアショックがまだ尾を引いていたので。
放心している河本に「シベリアの話を聞かせてください」って、構ってあげたんです。
いらん話もいっぱい混じってたので私なりに要約してお伝えします。

シベリア出兵。
11年前の話になります。まだ第一次世界大戦中だった時代。
当初ロシアは、ドイツやオーストリアの中央同盟国陣営と戦う連合国側の一員で、英仏その他と連帯してました。
ところがロシア革命により旧帝政が崩壊。
共産主義という新たな種類の国家が誕生し、既存の国家すべてにとっての脅威となります。

英仏は共産勢力を封じこめるため、極東方面でアメリカや日本がソ連に対して圧力をかけることを希望し、シベリアでの共同作戦を提案します。
名目上は「チェコ人部隊1万人がソ連領内で四面楚歌となりシベリア方面まで逃げてきている、彼らを救わなくてはならない」という大義名分。
連合側7ヶ国が行動開始するのですが、どこも正直乗り気でない作戦に、日本だけが、7万人を超える三個師団を派遣。ソ連にとっては生命線であるウラジオストック港を占領後、更に増派を繰り出して、極寒の内陸部へ浸透していきます。
「なにがなんでも土地が欲しい、チャンスがあればどこへでも攻めこんでいくぞ」という悪しき日本のイメージを世界に印象づけたのが、このシベリア出兵でした。

河本は第一陣に参加して、一年半あまり、ウラジオストックにいました。
参謀本部少佐として行ってるんで、直接戦闘はしてませんが、バイカル湖の東岸までは視察で行ったそうです。
二冬を過ごしたけど寒さは尋常じゃなかったようで。
燃やせるものは何でも燃やしたっていうけどそれは民家や死体もですか。
敢えては聞いてませんけど。
怖すぎて聞けませんけど。
内地へ戻ってきてから、レポート提出。一年以上かけて、長大なロシア研究報告書を書き上げたそうです。

「飽くなき領土欲。世界征服の野望。一に侵略、二に侵略。人のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」

これが河本の結論した、ロシア人のアイデンティティー。
それ日本人が言っちゃう?と突っ込まずにはおれませんが。
河本は、ロマノフ朝ピョートル大帝の遺言書を参照します。
ピョートルさん、200年前に、こんなヴィジョンを後世に託したそうです。

「ユーラシア大陸の周辺国、日本や支那・ポーランド・スウェーデン・デンマークなどを互いに反目させるべし。弱ったところで手をさしのべ、ひとつずつ支配下に置くべし。この手は西洋列強や、海を隔てたアメリカ大陸には通用しないだろう。世界を、かれらと三分割することで完成となす。これがロシアの進むべき道である」

日本はまだ八代将軍吉宗公の時代に、こんな世界戦略を持っていたのだぞロシアは。
ソヴィエト誕生後、レーニンより前の歴代皇帝や政治指導者像は次々と破壊されているのに、ピョートル大帝の像だけは残され、今も崇められているのだそうです。
つまりピョートルの遺志は、ロシアの背骨を貫いている。
ロシアにとっての至上命題は、200年間変わっていない。
そんなロシアは粘り強くて執念深く、日露戦争で東清鉄道を奪われたことを根に持っていないはずがない。
いずれ必ず、奪い返しに来る。
そのための準備を怠るな。
と、ツバを飛ばし拳を振り回しながら、叫ぶのですコーモト。

つい耳をそばだてたのは「具体的にソ連が攻めてくるとしたら考察」ですね。
パターンA.ウラジオストックから西進、奉天へ攻めこむ。
パターンB.ブラゴエシェンスクから南進、ハルビンへ攻めこむ。
パターンC.外蒙古のバルシャガルから外周沿いに南満へ攻めこんでくる。
やるとなったら三方向から同時に押し寄せるかも。
ソ連ならありえますね。
容赦なく、全兵力を一斉に投入するでしょう。

支那との緩衝国である蒙古を傀儡化する政略も進んでいます。
蒙ソ秘密協定。参謀本部が入手済みだそうですが、蒙古政府は他国とのいかなる条約を締結する場合でも、あらかじめソヴィエトの承認を必要とするんだそうです。油断なりませんね。

4年続いたシベリア出兵は、世界中の批判を受けました。
日本もこれ以上軍事費を捻出できないと諦めて、廃墟と化した一帯から撤退します。
その後の日ソ交渉。私はとても気になるのですが。河本の頭には、外交でなんとかするという発想はないらしい。
次は必ず白旗を揚げさせて見せるところだったが、俺、退役しちゃうからなと、とても残念そうです。
河本がいなくなっても、状況が、さして変わるわけもありませんけど。

「だからな、お前も、ロシア人見てびくびくしとったらアカンぞ。ハルビンへ行ってロシア娘を抱いてこい。ロシア人は乳はでかいしケツもぷりっぷりだし礼儀も正しくて最高だぞ。度胸をつけろ、度胸を!」

最後はやっぱりそういう話になるんだよな。コーモトって。
人間やめてくれないかな。いっそ。



[43732] File_1929-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/01 00:02
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日本が山東省からやっと引き揚げを開始しているさなか。
現在、支那全土は概ね七つのブロックにわかれています。

浙江・広西・西北・華北・東北・四川・雲南。

明確に分けるのは困難です。地理的な行政区域ではなく、軍閥の勢力範囲で分けているので。
三国志ならぬ七国志。しかも。
浙江軍閥の蒋介石に、残り全部が立ち向かっているという構図です。

3月に行われた、国民会議=三全大会。
その議員は選挙によって選ばれたわけではない、と知ってア然としました。
なんでも、蒋に服従を誓うことが参加資格の一つだったとか。
それはアカンでしょ。
国民代表の意味を成してない。

なので現在はそれに対する反対運動があっちからもこっちからも。
広東の金・湖南の血・浙江の官、という言葉も生まれました。
織田が搗き・羽柴が捏ねし天下餅・座して食らふは徳の川、みたいなもんですかね。
蒋介石は家康のような政治的手腕ではなく、あくまで拳で訴えます。
実際、最初に武装蜂起した広西軍は速攻で政府軍によって叩きのめされました。

以上、4月から内地へ異動になったトーイチさんからの情報も交えての経過報告です。
私の知らなかったネタも、いっぱい。

蒋って昔から決断早くて、その場ですぐ命令を速記させて部下に渡すけど、その後の報告を一切求めないんだそうです。
当然そんなこと毎日やってたら重複したり矛盾する命令も出てきますけど、当人に質すと怒られるから誰も言わない。
問題がこじれてから誰かが報告すると、また新たな命令書が瞬時に発行される。
これが蒋介石流の組織運営ドクトリンです。
やっぱりあなたは政治をやっちゃいけない人です。

まだあります。
蒋って、相手のこと気にくわないと、その場で、皆が見てる前でも、平気でビンタをかますんだそうです。
それで?って思うのは私も日本人だからでしょう。
これは日本ではありふれた光景で、21世紀ではいけないこととされてますけど、こっちの世界では日常です。
私も、実の父親とその次の養父には、よくぶたれてましたよ。石原閣下に拾われてからは皆無ですけど。

だから、ああ日本人って野蛮なんだなってこと、つい忘れそうになってました。

蒋は日本陸軍で軍隊式教育受けてますから、その悪習もまんま受け継いでいて、ビンタをよくするそうです。
これは支那ではきわめて無礼にあたる行為で、それがための反発も蒋に近い人ほど、積もり積もって膨れあがってるみたいなんですね。
しかも当人は最高位の国家元首ですから。仮に蒋をビンタする奴がいたら即、国家反逆罪を申し渡すでしょう。
リアルジャイアン、まじやべーよ。

トーイチさんも、今となってはコレ、支那の内政問題なんで、割って入るどころか蒋に会見するのすらイロイロ手続きが必要で、私と同様、様子を見守り情勢観察に専念するしかないのだそうです。うーん。

最後にもうひとつ。
日本、近々ようやく国民政府を国家承認して、蒋介石を主席と認める調印をするみたいなんですね。
やっと。
石原閣下から情報ですが、その協定の中にですね。
「支那という蔑称をやめて、これからは中華・中国・民国などの呼称を使って欲しい」
という要望が盛り込まれてるらしいんです。

支那って、Chinaです。
英語では、Chinaは引き続き無問題です。
これを蔑称というのは、英語圏の人にはいささか不思議でしょう。
しかし日本では、現実問題、支那って侮蔑の響きを持つんですよね。

仮にこれまで日本人がChinaのことを「中国」と呼んでいたら、これからは「中国」と呼ばず「支那」と呼んでほしい、という要望になっていたと思います。
胸が痛くなります。
世界に通用する本来の名前なのに、その当たり前の名前で呼ぶことを、私たちだけが拒絶される。
私たち日本人にだけ、その名前では呼ばないでくれと言われる。
本当に、情けないです。
ごめんなさい。



[43732] File_1929-05-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/02 00:02
File_1929-05-002D_hmos.

閣下が最近、ごきげんです。
理由はいろいろあるんですが。
たとえば今月、河本の後任として、関東軍参謀に板垣征四郎大佐が着任しました。

閣下とは漢口で一緒だった以来の再会で、とてもウマが合うんだそうです。
二人で毎日、満洲占領大作戦を論じ合ってるみたいですよ。
それはそれは、楽しいでしょう。
兵の数だけでいえば、関東軍と、旧奉天軍=東北辺防軍は20倍くらいの戦力比あるんです。その劣勢を覆すべく、どう指揮して攻略していくか。
ゲームとしてはこれ、なかなか面白いです。
なお、奉天市は先月、瀋陽市と改称されましたので、奉天軍という呼称は名実ともに、なくなりました。奉天省も、今は遼寧省です。

いかに精鋭集団といえど、駒が足らなくては広大な土地の制圧は難しい。
不用意に前線を押し上げれば、背後や脇からすぐに包囲されます。
大戦略でもゾンビものでも、そういうシチュエーションよくありました。一手一手が貴重なので、中枢は迅速かつ適確な指示を出し、部隊は遅滞なくこれに従う。
練度の高いチームプレイが要求されます。

純軍事的に大変おもしろい思考遊戯ですが、このゲーム、さらに先があります。
閣下が最近お付き合いしてる、地元の青年組合。正式名称は、満洲青年連盟。
ここの人たちが実に面白いことをやってるんです。
独立国家「満洲」シミュレーション。

日本人が日本国内で暮らしてる限り、政治なんて興味なくても生きていけるものですけど、外地へ移民してる人たちにとっては政治・国籍・言葉・文化・宗教・結婚・育児・教育に自警組織まで、ひとつたりと考えないではすまされない要素です。
ましてここ、中国では、国政も地方政治も激変の時代が続いていました。
孫中山の三民主義、張作霖の圧政、蒋介石の独裁なども自分たちの生活を支配する重要な問題として見つめていた日本人移民者たちが、では、満洲に理想国家を建設するならば一体どのようなものであるべきか、ということを考えはじめたんですね。

閣下からもらった資料によると、もともとは昨年春、大連新聞社が始めた企画だったそうです。
満洲全土を20区画に分け、90名の青年議員を紙上にて公選。5月、大連にて模擬議会を開催。
総理大臣・立川雲平氏はじめ、14閣僚と警視総監ほか役職を決めて、青年議会設立趣意書を起草します。
提出された議題としては、
銀行の設立。商業学校および畜産学校の設立。裁判制度の統一と司法権の独立。健康保険制度の策定。日満商工協会の設立。中小工業の振興および失業の救済。土地所有権の確立。等々。

これらは現在、満洲には存在しない。という切実なる訴えでもあります。
構成員はオール日本人ですし、もっと言えば男性ばかりですけど、金持ちのおじいちゃんとかをお飾りするではなく、立候補による青年議会として企画したことは評価しましょう。

11月に第二回議会が催されました。私このときの大連新聞リアルタイムで読んでるはずなんだけど意識してなかったな。青年たちが無我夢中で白熱してるので新聞企画から発展的解消することにして、満洲青年連盟という仮想国家となって独立します。
立国宣言の冒頭はこんなです。

「満蒙は日華共存の地域にして、その文化を隆め、富源を拓き、以て彼我相益し、両民族無窮の繁栄と東洋永遠の和平を確保すること吾が国家の一大使命なり」

議員さんも熱量の高い方ばかりで、議事録読むと、野次まくりの取っ組み合いの、さながらプロレスですけど。
関東軍は手ぬるいぞ!と陳情活動へ来られたのを、閣下がつかまえて、話を聞いてみて、意気投合したみたいなんですね。
「わかった軍事はこっちに任せろ、政治はお前らにまかせる」
みたいなノリを感じます。

中国4億人の命運を握る南京政府の蒋くんに、こんなアットホームなやりとりを求めるのも場違いかなとは思うのですが。
でも、このくらいの距離感の国家運営って、ある意味、理想型のような気もするんですよねえ。



[43732] File_1929-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/03 00:03
File_1929-07-001D_hmos.

7月になりました。
ロクヨンから一年一ヶ月かかって、関東軍に粛清人事が吹き荒れてます。

河本は5月に内地送り。京都へ行きました。
旧奉天での警備指揮に不備があったため、というのが左遷理由です。大嘘。
でも師団へは通ってなくて、日々就職活動……と称して飲み歩いてるなんて噂を聞いています。
次の仕事決まるまでは辞めれないって、わかるけどもさ。カッコ悪いぞ。

村岡長太郎司令官も、監督不行き届きで予備役へ。
まあ、長ですからね。私はあんまり話したことないので、この方がどのくらい事件に噛んでたのかはわかりません。

参謀長の斎藤恒中将と永町竹三少将は譴責。怒られちゃいましたね。

東宮カネオ大尉、岡山の連隊へ転出。

その他こまごま。
……なんだこりゃ。

何の解決もしてないし。
粛清!というにはどれもこれも軽すぎるし。
野党は更に怒っていいと思うんですけど、政権叩きのためだけにダラダラやってたこのネタも賞味期限切れとみるや放り投げ。
いったい何なんだこの最終回。
今日まで見守っていた全ウオッチャーへの裏切り行為ですよ。モヤモヤしか残りません。
そして。
処分の翌日、田中内閣は総辞職します。
なにかの責任とったつもりか。
フザケンナー。

いやもう、ぐったり疲れました。
日本の、政治の、あまりの、ダラシナサに。
閣下は、笑ってましたけどね。明日から、北満視察だそうです。対ソ戦シミュレーションですかね。
よっぽど気合い入れてかからないと瞬殺されますから、しっかり地形見てきてくださいね。現地の東北軍は、頼りにできませんよ。
こんな時期に。
張学良率いる東北軍が、いままさに、ソ連と武力衝突してる、こんな時期にですよ。
ああうらやましい。

私はロシア語ができませんし、ソ連の新聞なりパンフレットなりなんて手に入れるのすら難しいので、中国語か英語の情報しかとれないんですけど、先々月あたりから東支鉄道をめぐって、中国とソ連、揉めてるんですね。
すでに小規模ながら、戦闘も始まっているようなんです。

ソ連軍の戦力については、たいへん気になります。見れるものなら、この目で見たい。
どんな装備なのか。
どんな陣形を組むのか。
そして地形や天候をどんな風に利用して戦うのか。

私の見てきた映画やゲームで、そんなのあったかなあ。
第2次大戦より前のソ連軍が出てくるゲームは記憶にありませんし、あってもさすがにマイナーすぎてやってない。
ハイテク満載のFPSとか、WW2でも戦車・航空機・潜水艦などを駆使しまくる戦術しか思い浮かばない。
現代では、地上戦の主体は歩兵と砲兵。さびれゆく騎兵もまだまだいますが、それ同士で戦うドクトリンは、私の頭の中にはないのです。

サッカーだって、野球・ボクシング・将棋でもなんでも、まったく情報がない敵と戦うのは分が悪すぎます。
フォーメーションも組めないし。
相手のリーチはどれくらいか。射程外から先制できるか。
一極集中で突っ込むべきか持久戦まで想定すべきか。
せめて相手のクセを知っておきたい。
その裏をかかれることだってありえますけど、そもそも基本攻略パターンが思い描けないことには、効果的なダメージなど与えられませんし、迷っているうちにこちらの隙を突かれます。

だから、次に自分が戦う可能性のある相手どうしの前哨戦は、絶対に見ておくべきなんです。
それが今、北満で展開されようとしているんです。
閣下、レポートたのんますよ!



[43732] File_1929-07-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2023/06/11 09:14
File_1929-07-002D_hmos.

中ソ、国交断絶。
しっくりきませんね。
奉ソ、国交断絶。これかな。
これですかね。ワタシ的には。

7月21日、とうとう張学良くんが、ハルビン駐在のソ連領事を本国へ帰らせちゃいました。
話し合いによる解決への道は、閉ざされたわけです。
協議してた内容は、東支鉄道の再契約について。

ソ連が北満に有する鉄道とその付属地。
これまでは張作霖の旧奉天政府と契約を結んできましたが、今後は南京国民政府が継承します。
南京政府の代表として、張学良くんが対応するんですけど、従来の契約内容を確認した上で更新と。
これ自体は順当だし必要な手続きです。

しかし両者はもとから円満な関係ではなく、既得権益を固守した上で更に拡張していきたいソ連と、できるなら一部だけでも自国領へ回収していきたい民国側とで思惑が正反対。
火種はくすぶり続けていて、5月にハルビンのソ連領事館を中華民国特別警察隊が強制捜査。6月には東支鉄道守備隊に対し東北辺防軍が武力行使。
中国側が喧嘩っぱやくなっている印象ですね。
ソ連側の言い分を直接読んでないため、正確な状況把握とはいいきれませんが。

7月上旬、張学良が、ソ連領事館から押収した機密情報を公表しました。
ソ連は民国の政府や軍部にスパイを潜り込ませ、内部崩壊を煽り、赤化して取り込むプログラムを組織的継続的に行っていた。その証拠を掴んだぞと。
ソ連は即、それは捏造である、と真っ向否定して抗議。
喧嘩腰の交渉が泥沼化した挙句、ソ連領事側は会談をボイコット。本国へ帰ってしまいます。
北満では武力衝突も発生しており、どちらかが今日にも正式に宣戦布告しかねない段階です。

日本も、南満洲鉄道株式会社をめぐっては同じような暴力的外交をさんざんやってますけど、ここまでこじれてなかったのは、戦力差が圧倒的だったからじゃないかな。
現地に、相手を屈伏させるに充分なだけの戦力を駐留させた上で交渉してますからね、日本て。
ソ連は最低限の兵力しか北満に配備していない。東北辺防軍をビビらせるには足りなさすぎる。
これだと、抑止力にならなくて、こじれちゃうんだ。

閣下たちが視察してきた時点では。
ソ連側の鉄道守備隊と、中国側の官憲・軍隊は、互いのテリトリー内側から睨みあっていたそうです。
ソ連が現地の守備隊だけで東北辺防軍に襲いかかることはすまい。戦うとしたら本国に要請中の補充が来てから。
まあ、想定どおり。
関東軍ウキウキ参謀チームは、満洲占領プログラムにソ連というパラメーターを加えどう絡めていくべきかという研究を進めています。私からは、僭越ながら、ロシア人は油断なりませんよと申し添えておきました。

さて今後、中ソが本格的戦闘状態に突入するのか、政治的な結着でなんとか抑えられるのか、予断を許さないところなのですが。
この件について、南京政府からは直接指揮、できなさそうなんですね。
連絡に時間がかかりすぎるせいも勿論ありますが、蒋は内乱の対応で手一杯で。
したとしても、例の即決直線一方通行な命令書一枚出して済ませられそう。
なので、よっぽどこじれるまでは、学良くんの肩に、対ソ戦の命運が賭けられているわけなんです。

中ソというより奉ソの方が腑に落ちる、といったのはそういう意味です。
瀋陽を拠点とする東北辺防軍と、ソ連、そして旅順の関東軍。
参加プレイヤーはこの3者。
フィールドは北満および南満。
この範囲で、今後の展開を考えます。

でも、本日はここまで。
ソ連が手の内見せてくれれば、考えるヒントが得られましょうが、現時点では選択肢を絞りきれません。日本がすぐ前線に立つ状況は発生しないので、ひとまずは様子見。

日本が出てこない、という点については、もう一つ、新ネタがあります。
7月2日。田中義一内閣は総辞職しました。
さすがに田中首相の限界も見えてたんで、潮時かなというところで、倒閣は、まあいいんですが。
同日発足した、濱口内閣のわちゃわちゃぶりが、ユニークです。

ハマグチ・オサチ。経済畑出身です。タイムイズマネーを信条としているイメージ。というのは、首相指名を受諾してから12時間後には内閣を出走させてるんですね。政治的空白をつくることは許されないって。明治憲政以来、前例のないスピード組閣だそうです。

ただし顔ぶれを見ると、官邸近郊ですぐに連絡つけられそうな、ぶっちゃけヒマしてた人たちを掻き集めてきた感が満載。
陸相に宇垣さん返り咲き。朝鮮からは半年で戻ってきて、ブラブラしていたみたいです。
蔵相は井上準之助さんという方。
あと一人を除いて私の知らない方ばかりですが、じっくりお友達を選んで組閣するのもいいのでしょうがこんな即席混成チームもアリだとは思いますよ。でも。
外相、シデハラです。

シデハラきたよ。
こいつのアルゴリズムは丸わかりです。
何もしません。
平和主義の一点張りで、国外のいかなるモメゴトにも不干渉を貫きます。
情報収集すらしません。
中華民国でも欧米南方ソ連でもどこでも、日本人居留民にどんな危難が迫ろうとも、徹底して知らんぷりです。
そんな奴が、またも外相。

だから今回の奉ソ問題に日本本国の出る幕はないんです。はなから部外者です。
満洲や中国本土で何が起きようと、日本は一切動かない。この内閣が続く限り。
私は動く前提でシミュレーションをしますけど、所詮、机上で終わります。承知の上で、考えます。
タメイキをつきながら、おしまい。



[43732] File_1929-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/05 00:09
File_1929-10-001D_hmos.

戦争中です。
中国本土では、河南・洛陽周辺で内乱中。蒋と、その反対派が争ってます。
満洲では、東北辺防軍とソ連が、北部のだだっ広い国境付近で、本格的な砲撃戦を繰り広げているらしいです。

今月も、閣下たち参謀グループは、視察旅行を計画してるんですが、北満は物騒だからって遼西の方へ行くみたいですよ。
慰安旅行じゃねーかよ!
参謀連中が中ソの戦争真っ最中にそこを見てこなくてどーすんだよ!
私だけでいいから行かせろよ!許可くれよ!
やさぐれちゃってる、コダマです。

さすがに前線での戦闘状況詳細を新聞が正確に書くなんてことは、ありえません。
勝ってようが負けてようが、威勢の良い戦勝報告だけが載る。これは古今東西、どんな世界でもアタリマエで、そうじゃなくてはならないものだと、子供にだってわかることです。
わからない大人もいるんだなってことを、わかるようになるには、少し人生経験が必要かもですけどね。

それでも、政府が出資してる東三省民報など中心に、記事のテンション高さ低さで状況を推理し、前線がどう移動しているかを注意深く観察することで、東北辺防軍がどれだけヤバい状況かということを察しましょう。
9月末頃からの被害が急激に増大してるのが見てとれます。
あくまで私の見立てでは、なんですけどね。今はこれが精一杯。
張学良に同情もします。
おやじさんの時代には、関東軍を手駒のように使ってました。打ち出の小槌というか、ドラえもんのひみつ道具というか、アラジンの魔法のランプみたいに。
呼ばれればどこにでも馳せ参じて、叛乱鎮圧でも盗賊退治でも、やってあげてたんですよね。

学良くんからしたら、今こそ関東軍の力を借りたいところ切実すぎるほどだと思うんですよ。
ソ連の重砲や爆撃機の前に為す術も無く、殺されまくる我が歩兵たちを、なぜ日本は見て見ぬ振りをするのか。父の恩を忘れやがったのかてめえらと。
そんな地団駄踏んでると思いますよ。

いまの日本が君に手を貸す大義名分も無ければ、そもそも何一つメリット無いからね。
残念だが、中華民国の旗を背負ってる君が、自分の力で結着をつけねばならないお仕事だよ。
そこは、わかってね。

関東軍は現状、動いてません。
ソ連と東北辺防軍の戦局は、ハルビンや牡丹江の特務あたりから情報送られてきてるはずですし、どのタイミングでどんな結着がつくかによっては、ソ連と関東軍との軍事衝突が発生する可能性も想定されているハズ。
のほほんと構えているであろう内地はともかく、旅順ではそれなりの緊張感をもって様子をうかがっているはずですよ。

しかし、閣下もポーカーフェイスだからなあ。
そこそこお付き合いも長いですが、あの日蓮坊主が現在なにを考えているかは正直、読めないですね。
お互いさまかな。

私にしても、いつまでも旅順と大連で得られる情報だけでは、フラストレーションが限界なわけです。
今はことに、たとえば閣下のいない間にこっそり北満へ行ったりすれば、すぐ特務から通報されて、その後の行動に大きく制限がかかること必定なのです。実際、大連では必ず尾行がつくんですね。いつもご苦労様ですって挨拶する仲ですけど。
強盗やカッパライから守ってもらってる側面もあるので、特務さんへも負担をかけないよう大人しくしてはいますが、フラストレーションは溜まります。これもたぶん、お互いさまです。

そこで今、ちょっと企んでることがありまして。

トーイチさんと、上海デート、したいな。
すべてオープンです。どの便で行って、どの便で帰る。現地で合流したら、トーイチさんが私をずっと監視する。
こんなプランで外出を許可してもらえないかしらんと思ってます。

私としては、トーイチさんとの密な情報交換、および上海の本屋を回れるだけ回って情報蒐集を時間の限りやってきたいわけです。
21世紀なら、ディズニーランドも候補地ですけどね。ずっと手をつないで歩くんだ。ウフフフフ。
なんて妄想はさておき。トーイチさんに手伝ってもらって、たまには檻の外で羽ばたいてみたいんですよ。
わかるでしょ?わかってよ。
あー年内に叶うかなー。どうかなー。



[43732] File_1929-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/06 00:01
File_1929-12-001D_hmos.

張学良、待った無し。
11月末。張学良の東北辺防軍、北満にて壊滅的な惨敗を喫し、撤退に次ぐ撤退。

マンチューリ・ハイラル・密山など北満の都市が次々ソ連の占領下へ入っていきます。もはや戦闘継続は不可能。
おそらく、近く講和条約を結ばされることになると思います。
無条件降伏か、それに近い一方的な結末となるでしょう。
張学良、一世一代の絶体絶命です。
彼の、ひ弱な精神は果たして耐えきれるのか。

勝てる見込みは、もともと無かったのですが、敗因について考えさせられること、様々あります。

まず、雪。
満洲は最南端の旅順でさえ日本より寒いのですが、北満はさらに異次元級の極寒地帯です。
その、更に北から、押し寄せるソ連兵。
秋から冬へと季節が移ろいゆくにつれ、戦力差は何倍も開いていきます。

移動コスト。
張学良の東北辺防軍を支援するため、天津や北平からも政府軍が派遣されてくるのですが、かれらは長春までは、唯一の幹線である満鉄を利用するんですね。
日本はかれらに乗車賃を請求します。
そこから先は東支鉄道がつながってますが、もとよりここは敵国ソ連の支配下なので、当然、利用できません。
前線までかれらは徒歩行軍します。
屠殺場まで歩かされる豚さんの群れより哀れですよ。
満鉄上り線で戻ってくる兵はごくごく僅かです。

経済面では、10月に米国で株価の大暴落が発生しました。
今年のはブラックチューズデイというそうです。企業の連鎖倒産が相次ぎ、バタフライどころじゃない爆津波が世界中に伝染してます。
共産国家ソ連には影響ほとんど無いそうですが、資本主義諸国から武器を輸入している南京政府へは痛打となって、泣き面に蜂。
日本は今のところ影響軽微なようですが、シデハラの怠慢外交で孤立傾向なのと、首相が大蔵官僚出身なので、なんとかしてるみたいですね。
正直、経済はよくわかりませんが、日特がツブれなければ良しとします。
社長、よろしく!

かような悪条件が重なって、張学良は今や崖っぷちも崖っぷち。
さぞや日本を怨んでるだろうなあ。
関東軍、いまだに沈黙を守ってます。
閣下、このあとどうするおつもり?

北満がソ連の領土になっちゃうと、日本が今後、ソ連と直に国境を接して交渉する状況というのは発生するだろうか。
長春以南の日本の領土は、あくまで満鉄とその付属地に限られる。
起きうるとすれば、満鉄をソ連が買い戻したい、といったところでしょう。

現在の租借権は日本と中国の間で結ばれているのですが、もともと権利ごとソ連から奪ったものですから、可能性として、なくはない。
しかし、満鉄を23年間整備発展しつづけてきた投資をタテに、莫大な金額を日本は提示するでしょうし、何よりここをソ連に明け渡せば、遅かれ早かれソ連は満洲全土を支配下に収めちゃうでしょうから、日本としては国防上きわめて重要な防波堤を失うことになります。

ソ連側の目線に立てば、と地図をひっくり返して見ましょう。
中国相手なら雑作もない満洲占領計画に、厄介きわまりないクサビがあります。
満鉄と関東軍。
ソ連流儀なら、コミンテルンを浸透させ、日本の内部に赤色分子をつくるはずです。既にやってないわけないと思いますが。
そして内紛を惹起させ、タイミングよく一撃をくらわす。

閣下の想定に、コミンテルンというパラメーターは入ってますか?
共産主義との戦いに、どの程度の知識と対策と戦術を用意されてますか?
考えたら、こんな話じっくりしたことなかったですよね。
私もつい、避けて通ってきました。しかし、こうしてソ連の脅威が目の前に迫ってきた今、共産主義への理解と備えは、急務ですよ。さて、どうしますか?

今度、いまの話をしてみます。堂々と、言ってみます。
共産主義を、勉強させてください。



[43732] File_1929-12-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/07 00:02
File_1929-12-002D_hmos.

おや閣下。平日昼間に来られるなんて珍しい。

「今日はちょっと難しい支那語の文書を持ってきた。翻訳を頼みたい」

はあ。機密ですか。え、なんか分厚いですね。百枚近くありませんか。
一気には無理ですよ。お預かりしていいですか。一週間ほど。

「今ここで読んでくれ。できるところまででいい」

なんでしょう一体。ん?
扉の向こうに、気配を感じます。
誰かいますね。でも、入ってこさせない。

ヒンヤリと、イヤな気分です。
私が逃げることを想定して、そのときは容赦なく捕まえるぞ、的な?

なんでしょう。こないだ共産主義を勉強してみたいって言ったせいかな。
まだ実行にも何も移してないんですけど。たったそれだけの発言で逮捕ですか?ブラックな時代だなあ。
ともあれ、文書の一ページ目から。

───満蒙は奉天・吉林・黒竜江および内外蒙古を指す。広さは74000里・人口2800万人。日本の3倍の広さと、1/3の人口を有す。農・鉱・森林資源に恵まれ、人々はこの土地を羨望のまなざしで見ている───

満洲蒙古の紹介ですね。よかった、変な文書じゃなさそう。

「続けてくれ」

───我が国は日露戦争で得たこの地に南満洲鉄道株式会社を設立し、日支共栄共存の美名を謳い、4億4千万円の投資を注ぎこんできた。満蒙の富源を開拓し、帝国永久の繁栄を築く足がかりをここに打ち立てたのである───

なんか引っかかる言い回しが出てきてますけど、続けます。

───ワシントン会議における九ヶ国条約は我々の繁栄に制限をかけ、その自由を奪おうとするものである。英米の富力をもって純然たる貿易上の都合から結論された内容であり、東洋人の発展と安全を封じる悪魔の条約といわねばならない。支那の富源を英米の吸収下におき、日本を無力化し将来打倒するための策略であることは明白である───

閣下、コレは一体なんなのです?
怪文書ではありますけど、それにしても穏やかではありませんね。

「承知しておる。続けてくれ」

すでに内容は御存知でありますか。今ここで行われていることは、私を試しておられる以外の何ものでもないわけですね?
何だろう。私はこの文書、まったく身に覚えがありませんよ?
しかし内容がどこへ向かうのかわからない以上、ヘタな小細工はしない方がいいですね。機械的に、翻訳します。

───大正先帝はその打開策を臣義一に命じ、臣義一は欧米を巡遊し主要政治家との意見交換をして回った。上海では支那人に爆弾で暗殺されそうになり、臣義一は一命はとりとめたが、米国の一婦人が負傷した───

もしかして、小説?
だったらどれだけホッとするやら。
あと、この臣・義一って、田中義一かな?
こんなエピソードは、知りませんけど。

───旅を終え、日本を畏れ封じこめることに最も熱意を傾けているのは米国であるという結論に達する。米国は日本にとって最後に戦うべき敵となるであろう───

対米戦を想定?
もしかして、これを書いたの、転生者?
ゾワッとしますね。もしかしてもしかすると、私以外の転生者が現れ、閣下に私のことをバラした?
コイツ未来ヲ知ッテルクセニ閣下ノ下デ9年間スパイ続ケテタンデスヨ、ナニヲ企ンデイルデショウ。
なぁんて言いやがったか?……これは、マジで、やばいかな。
いかんいかん、余計なこと考えるな。今は。

───世界を征服せんと欲せばまず支那を征すべし。支那を征服せんと欲せばまず満蒙を征すべし。我が国が支那を完全に征服すれば、印度・南洋諸島・小アジア・中東の未開人たちは必ずや我々を敬畏し、我が国と共に東洋の旗を掲げて立ち上がるであろう。これ即ち、明治大帝の遺策にして、日本帝国の進むべき道なり。我等大和民族がアジア大陸に歩武せんとする第一の関門こそが、満蒙の利権の把握なり───

フウウ。疲労が烈しい。
閣下、ちょっと休憩いただいてもよろしいですか?
集中力に限界を感じてます。

「第一章はあと少しで終わりだ。そこまで読んでくれ」

うげえ。

───支那民族は日々、覚醒しつつある。内乱まさに盛んなる今においても、日本製品を模造して、自用に供し、大和の知恵を簒奪して我が国の貿易を妨げることを成しつつある。今や一刻の猶予もならぬ。ここに満蒙征服の速やかな認可をいただきたい───

「ご苦労だった。もういい。楽にせよ」

はああああああああ。深呼吸。
きわめて心臓に悪かったです。種明かししてもらうことは叶いますか?

「もしこれを書いたのが貴様だったら、即刻、憲兵隊に引き渡すつもりだった。さあ考えてくれ。これを書いた奴は、いったい何者だと思うか?」

転生者かも。なんて言えるわけもないし。

おそらく関東軍か、内地の田中義一シンパが、満蒙占領大作戦の許可を願いますって進言してる文書なワケですよねコレ。
だとするとオリジナルは日本語だと思いますが。
ソレが翻訳されて支那語で公表された、という風に思えますが、いかがでしょう?

「仮にそうだとして、この文書が作成されたのはいつ頃だと推察するか?」

いつ……?
ワシントン条約っていつだっけ。大正天皇が出てきてたから3年以上前か。いや、それは過去話だから、満蒙占領させてくださいという申請なら最近じゃないですか。あれ?そもそも何で田中義一が出てきたんだっけ。

閣下がこの文書、最後まで目を通しておられるのであれば。
ひとつだけ教えてください。
このあと、閣下、登場します?

「クックッククククク……」

なんか、ウケましたか?

「やはりお前は、シロのようだな。安心したぞ。ホンモノを置いておく。読んで、分析してくれ。また明日来る」

時事月報。南京の出版社だ。
田中上奏文……?
はあ。残りは宿題でいいんですね?
よかった。あとはじっくり読ませていただきます。報告書を作っておきます。

閣下は、帰られました。ケンペーさんも一緒に。
でもしばらくは監視つけられてると思います。ふだんよりきびしく。
こんなことお前ならやりかねない、とか思われちゃってんのかなあ。
勘弁してほしいなあ。

ひとまず、概略だけ。
田中義一首相が、2年前、天皇陛下へ上奏した文書、という内容でした。
これを南京の新聞社が手に入れて、スッパ抜いたものだ、という解説がついてました。
真贋のほどは判別つきませんが。
まさに閣下の夢を、まんま形にしたようなストーリー。
そりゃ私が疑われるのも無理ないけど、勘弁してほしいなあ。



[43732] File_1930-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/08 00:02
File_1930-01-001D_hmos.

あけましておめでとうございます。コダマです。
年末年始、ちょっとバタバタしてました。
閣下にね、キレてみたんですよ。
半分本気、半分は挑発。
カゴの鳥はもうイヤです。働きたいです、と。

前から言ってたんですけど、閣下はどうしても私を、常に見えるところに置いておきたいようで。
なかなか許可が出なかったんです。

とはいえ、無理もないです。私は閣下の個人おかかえアナリスト。関東軍の機密を知りすぎた男。
本来だとコレかなりヤバいことで、石原閣下の進退にも関わります。
軍法会議にかけられたら一審で死刑です。
そのくらいヤバいことやってます。

んー。どうしてこうなっちゃったんだろう。

閣下も私も、最初から確信犯だったわけじゃないんですけどね。気づくと、沼にはまってた。
そんな理由で、お仕事選びにも制限がかかります。
そこで出てきた選択肢が、満鉄。

正直、眼中になかったんですね。
平均給与は内地の10倍と言われる花形企業で、少年達が憧れる職業ナンバーワン。
陸軍内ではエリートコースのはずの関東軍でさえ、満鉄さんにはペコペコしてる。
そんな大手へ、私みたいな小学校さえ行ってない、やさぐれたガキが、面接すら無理でしょって、思ってたんです。

閣下がコネをつけてくれると。
ひとまず春まで、時間をくれと。
よろしくお願いしますと、三つ指をつきました。

お給料目当てではないですし、最下級アルバイトでいいので、でも石炭まみれになる車夫とかの肉体労働系はゴメンナサイして、丁稚奉公の社会勉強みたいな感じでいいので、と希望を伝えて、果報を寝て待ちます。
たのしみですね。ワクワク。

その他、近況。
12月22日に、中ソが講和を結びました。
南京政府として認めなくちゃいけない段階までいったので、中ソです。
北満国境先のソ連領ハバロフスクにて、調印。
みごとなまでに、ソ連の権力拡大。

とはいうものの、想定してたのよりは紳士的でした。北満ねこそぎ奪われるくらいのこと、覚悟してましたから。
そして、1月10日より、東支鉄道あらため中東鉄路の運行再開です。

東支鉄道も、こちらでは正確には東省鉄路って言ってたんですけど、今さらこんな表記揺れを統一しようもないので、適当に脳内変換してくださいませ。私も実は適当です。
中東鉄路はシベリア鉄道から広軌ゲージで連結してますし、ソ連はこれから移民を続々、満洲へ送りこんで、地歩を固めるんじゃないかな。勿論、軍隊も送りこまれてくるでしょう。次なる戦いに備えて。

ソ連の粛清から逃れてきた白系ロシア人にとって、北満は安住の地ではなくなりそうです。
かれらは再び難民となって、南へ逃れてくるのではないか。そんなことも想像します。

閣下は教えてくれませんが、関東軍が何も考えてないわけはない。
対ソ戦は相当に研究されてるハズです。地図見れば、その脅威は明白ですもん。
閣下自身があんまりソ連に興味ないから私に説明しないだけじゃないかな。

他の参謀さんがそっちはやってると見ます。
やってないわけないよ。多分ね。
でないと困ります。



[43732] File_1930-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/09 00:02
File_1930-02-001D_hmos.

春節。
このおめでたい日に、なんでこんな喧嘩を。

山西省の軍閥を束ねる閻錫山が、南京の蒋介石に、こういう提案をしました。

「蒋が独裁をやめて下野してくれるなら、自分も並んで、一市民となろう。しばらく国の行方を見守って、頭を冷ます時間をつくって、それからまた、国家のために、話し合いをしようじゃないか」

これを、蒋は蹴りつける。
政府機関紙では、この辺の経緯も、「そう言いながら閻は軍を退かせてない、蒋総統を騙して無防備にしたところを襲うつもりだったのだ、その手に乗るものか」という論調で書き立ててます。
もうね。聞く耳すら持ってないのが、見てるだけでつらい。

明るいニュースもあります。私の就職についてです。
満鉄の方に面接していただきまして、3月から、大連図書館で働かせてもらうことに決まりました。
ウワーオ!
最高の勤務地です。オーバーアクションで喜びを体現してきました。

昨年、地下資料室へお邪魔した話も、面白がっていただけまして。
コンピューターの無い時代。図書の分類整理って、気の遠くなるくらい、大変な作業なのです。
これ、マジですよ。
検索もすべて人力です。
デキる司書さんというのは、国宝級に大切にしなくてはいけない、生き字引様なんです。
そういう人に、私はなりたい。
こう申し上げました。マジです。
図書館のお話は、おつとめ始まったら、いっぱいできると思います。ウフフフフン。

次のネタ。
東三省督弁として、敗将の烙印を押されてしまった、張学良くん。
蒋によって処分されるかな?よくても左遷は免れないかな?と思ってましたが、そんな気配はなさそうです。
ひきつづき、瀋陽を拠点に、東三省の政治軍事を司ります。

賛否両論はもちろんあるとはいえ、モダンボーイで破天荒な性格の学良くんは、民国の政治家の中では貴重な若手アイドルなんですね。
21世紀の日本でも、そんな奴ときどき出てきましたが、ハンサムな男の子に弱い女性からは勿論、直感だけが決め手の一部老人たちからも、若いってだけで期待される。
そんなオーラが確かに彼には、ある。
だから残されてるんじゃないかなと見ます。

客寄せパンダ。いいじゃない。
政治家としてシビアに判定するなら、気まぐれだし、発言はチャラいし、常にどっちに就くかわからない、危なっかしいオッドマンなんですけどね。
じゃあアルゴリズムのはっきりしてる、規定のレールの上しか走らない人が正解かと言われればそれもまた。という政治の難しさに、思いを馳せるところありますけど。

で。この学良くんが、対ソ戦での敗北を猛省してか、今年から気になる動きを見せ始めました。

満洲最大の商業港は、大連です。
海運は日本が完全に押さえてますから、瀋陽政府がどれだけの物量を輸入・輸出してるかってのは、丸わかりです。
こんな相手と戦うことは、無理ですよね。手の内見られながら金賭けてポーカーするようなもんです。

そこで学良くん、自前で新たな港をつくる計画を立てました。
裏はとれてます。コロトウという港町に、オランダの商社が建設を開始してます。そこへ通じる鉄道も準備中です。
なかなかやるじゃねえか学良。お父さん、見てますか?
でも、日本からの横槍を警戒して情報統制布いてますけど、大規模事業なんでバレてます。

関東軍ももちろんですが、お客を奪われるってんでこの件では満鉄さんが一番、神経をとがらせてるように感じますね。
しかし、一社独占てつまんないじゃないですか。
商売はライバルがいてこそ発展する。
三社による競合状態が一番理想的だとか習った記憶がありますよ。
今後はこれについても、追跡レポートしていきたいなと思うところです。

そんな民国19年のコダマでした。



[43732] File_1930-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/10 00:09
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閣下って、先生してたんでしたっけ。
そういえば、授業風景を参観したことなかったですね。無理だけど。
陸軍大学校でも、いつもこんな調子だったんですか?

まるで噺家さんか、活弁屋さんのようなノリ。ウケ狙いすぎですよ。
智學先生リスペクトも、しすぎです。
来たるべき世界最終戦争!ってどこまで本気かわからない。

コダマです。満鉄調査課大研修室にて、石原莞爾漫談の宴を拝聴中。
子供の学費を稼ぐべく、道化役者やってくれてる親父さんの姿を見てるような気分です。
満鉄の偉い方々は、シャレのわかる人たちみたいですね。よかった、ウケてます。
ありがたや、ありがたや。

私の満鉄でのお仕事も、図書館で見習いをさせていただいて、二週間ほど経ちました。
いろんな意味で、刺激的な毎日を過ごしています。
本を読んでいただけでは窺い知れぬ戦場の姿というものを知って、反省しきりです。

私は閣下みたく、人を笑わせる才能がないので、ド直球でお伝えしますよ。

図書館というのは、満鉄が手広くやってる事業のひとつで、文化支援的な側面も、勿論あるんですけど。
職員には、障碍を持ってる方、多いんですね。
それぞれ、ご本人から聞いてるんですが、現場で負傷されたのでこちらへ配属替え、というケース多いんです。

満鉄の運転士さんて、常に匪賊との戦闘を意識してなくてはならない、イノチガケのお仕事なんですよ。

旅順線みたく、静かなところはいいですが、長春や安東までのような路線になると、年に何回かは、匪賊の襲撃に遭遇します。
身ぐるみはがされ、金奪われるくらいですめば、超ラッキーです。
脱線・転覆させられてお亡くなりになられることも決して珍しくないという。
それが大陸の実情ですね。
さすがに、びっくりでした。

もちろん、常に一般乗客を守るのも、乗務員の努めです。乗客を逃がす係、匪賊の目を反対側へ向けさせる係など、年に何度か、防災訓練で体験するんですって。
でも乗客と思ってたら強盗だったというケースもざらにあるそうです。
トーミヤとかも、そういう戦闘を何度も経験してるはずですね。ちょっと認識が改まりました。お仕事ごくろうさまでした!もう滿洲にはいないけど。

あるとき、携帯電話って言葉を不意に聞いて、驚いたりもしました。
この時代に、ケータイデンワあるんですよ。
さすがにスマホやガラケーはありませんが。まぎれもない、携帯電話です。
背負います。
かなり重いそうです。実物はまだ見てないです。

遠距離を走る列車には、この携帯電話が配備されていて、緊急時は最寄り駅に通報するんです。
イザという時につながらない、って冷笑されてますけど。信頼性はまだまだ、難ありとみます。
日特の出番かもしれません。
運転士さんたちの、命綱ですから。おろそかにはできません。
驚いてばかりの日々を過ごしています。

そんな今日は、晴れて父親参観を楽しませていただいてます。
お父さん、いつもありがとう。
あ、サゲだ。満場の拍手。
うちの課長も、ご満悦ですね。
ブラボーです閣下。エアーおひねり投げちゃいます。



[43732] File_1930-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/12 21:42
File_1930-05-001D_hmos.

右翼と左翼について。

その前に。
人間には、男と女があります。
21世紀だと、それだけじゃないよって即座にツッコまれると思いますけど。進めます。
男は女にはなれないし、女も男にはなれない。
20世紀では、そうなんです。最後まで聞いてください。

しかしですね。必ず対立するものかっていうと、そうじゃないでしょ。
お互いの特性を理解して、補いあえば最強じゃん?
みたいなこと、考えたりできると思うんですよね。
私、疑問なんです。右翼と左翼って、どうして争わなくてはいけないのかな?って。
変かな。変ですかね。

んーとですね。満鉄には、左翼多いんですよ。
とくに図書館職員には多くなりやすいかな。
あんまり偏りすぎてくると、北辺へ飛ばされるそうですけどね。左遷族の中の左遷族、ショージタローさんとかって相当にヤバい人の噂も聞きますけどね。

左翼の人は、関東軍を目のカタキにする傾向も強まります。
無理もない。関東軍の中でも、右に偏りすぎると満鉄嫌いが昂じます。これも、無理のないことです。

自分も、世間知らずの活字中毒者でしたから。今世もですけど。時代が時代なら、どっぷり左翼に突き進んでた可能性はありますね。
しかし家庭教師が石原閣下だったから、右翼的エキスも相当に入っちゃってて。
そのおかげで。
今はどっちも、右的行動力も左的思弁術も、それなりに、よくわかる。

右左いと書いてウザイ、というのは21世紀のネットスラングですけど、論争するのが目的でどっちかに極寄りたい人には、させておけ。しかし、頭に血をのぼらせてまでツブしあう必要は、なくね?

それこそ、男女問わず均一にしましょうなんて発想は私は不健全だと考えてますが、男は男らしく、女は女らしくを各人なりに望んだ上で、メタ的オタ的な共通言語を媒介にして、協力しあうのがベストじゃない?って世間知らずなことを考えてみたりするわけです。甘いかなあ。

話題をかえましょう。
華北・華中では本格的内戦中です。
春節のころ、閻錫山と蒋介石が険悪な雰囲気になってましたが、その後、閻を中心に大同盟ができあがり、中央軍という一大派閥が形成されちゃいます。
ホレみたことか、やはり最初から蒋総統を倒す肚だったのだと、南京政府より閻錫山逮捕令が出て。
揉めてる内にいよいよ蒋が、中央軍討伐令を出すに至ります。

争いたいのか。殺したいのか。
戦わないと気がすまないのか。
だろうなあ。せっかく統一したっていうのに、中華民国は今もバラバラです。
毎日そんなの見てると余計、平和が恋しい。

辺境である東三省は、滿洲地方は、そんな意味では、今のところまだまだ、平和です。
閣下が、滿洲占領作戦だとか、世界終末戦争だとか、来満してる皇族の秩父宮に連日ヘンなこと吹きこみまくっていられるほどには。
シャレですんでます。
すんでてほしいな。

閣下もね、「漫談ばっかやってるからどうせ今年の8月で俺ァお払い箱サ」って、本気か冗談かわからないヤサグレカタしてます。どっちでもええです。
私は滿洲に残ろうかな。図書館史料のデータベース化が全然はかどらないんですよ。
手つかずの文献多すぎ。ロシア語わからん。
これがひと区切りつくまで、日特へは戻れないですね。あと一年はこっちにいないと。

あーあ。ファイルメーカー欲しいなあ。アクセスでもいいです。手書きエクセルだけじゃ無理。
サノ、はやく半導体開発してくれ。
切実に、求めてるんだ。



[43732] File_1930-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/12 00:03
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トーイチさん。大佐昇進、おめでとうございます。
昨年、内地へ移られましたが、今年の定期異動で、久留米大村から名古屋豊橋の連隊へお引っ越しされます。
上海デートは、まだ実現していません。

滿洲へ来ていただければ、私がとびっきりのエスコートできますよ。でも、お忙しいですもんね。
昨年からの世界恐慌で、内地もいま物価が値上がりしていて、晩酌も控えてるんですって。トーイチさんは酒豪なので、さぞやおつらいでしょう。
ああ、私がいくらでも、お酌してさしあげますのに。飲み明かしましょう。
そんな妄想に日々、身を焦がしている、コダマです。
うちの日蓮坊主は留任です。はい、おめでとさん。

最近はですね。特定の新聞に限りですけど、毛澤東の名が時々出てくるようになりました。
マオ・ツォトン。
日本読みだと、モウタクトウ。
冷戦時代、中華人民共和国の代表になる人ですよね。すみません、その程度しか知りません。
北伐の頃から、中国共産党の中心人物のひとりだったようなんですけど、最近メキメキ力をつけてきたようで、蒋介石が彼の首に高額の懸賞金をかけてます。
今年3月、毛が福建省の前線で戦死、という報道あったりしましたけど、3週間くらいで生きてたよって訂正されました。毛も影武者いっぱいつくってんのかな。
素顔をなかなか見せない謎の人物として描かれることが多いんでね。名前見るたびにドキッとなります。
誰にも、閣下にも言ってませんけど、要注意人物の筆頭ですね。

同じく、ソ連のトップも今、スターリンです。
彼もWW2からその後の冷戦まで、ソ連の中心に居続ける人物ですよね。
ヒトラーはまだ登場してません。
アメリカ大統領、今はフーバーです。
イギリスのチャーチルは、まだ首相ではないですね。

いま昭和5年だから、あと、15年。
うろ覚えで恥ずかしいんですけど、そこはご容赦いただくことにして、これからのあらすじを整理しておきます。

ソ連のスターリン。
ドイツのヒトラー。
イギリスのチャーチル。
アメリカのルーズヴェルト。
イタリアのムッソリーニ。
中国は……毛澤東でいいのかな?
そして、日本の東條英機。
WW2の各国代表ってこんな顔ぶれだったと思います。

ドイツがポーランド侵攻してWW2始まるのが西暦1939年。
九年後です。いよいよほんとに、迫ってきました。
その二年後、昭和16年の、たしか12月8日に、パールハーバー奇襲で日米開戦。
ミッドウェイ前まではイケイケオーライでしたが、あとは敗けに敗け続けて、沖縄玉砕・東京大空襲・大和沈没、そして原爆おとされて無条件降伏。

スミマセン。チハ・チヌ・オイとか、赤城葛城加賀綾波とか、紫電改とか伊403とか。アニメやゲームで親しんだ兵器の話ならいくらでもできるんですが。
戦局を左右していた政治の流れとなると、まったくもって、予備知識すらありません。ほんと、恥ずかしい。

だから今世では、そっちの方も気になって気になって、前世では考えようともしなかった歴史の内奥へと潜りこもうと頑張ってます。
生き残りたいです。
そしてゲームをつくりたい。
この一念だけは、19年間、びくとも揺るがないですけどね。

バタフライ・エフェクトを期待して、祈るだけで戦争おこらないといいなー、なんて夢見てたこともありました。
しかし今、大戦は避けられぬ運命のような気しかしません。
人類はどうしようもなく、いったん本気のジェノサイドを地球規模で繰り広げるまでは、学習しないのではないか。
いやそのあとも戦争は続くんですけど。学習どころか核時代の新常識到来ですけど。
永遠平和なんて永遠におそらく無理なんでしょうけど。
それにしても。

せめて私の知る最悪の歴史は、この手でなんとか、回避できないかな。まだ、そう、思ってます。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/13 00:03
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学良くん、なんてことを。
まさかの。
中原内戦、反蒋連合、総崩れ。

北平を拠点とする、閻錫山らの中央軍。東北辺防軍の学良も、こっちの一員でした。
それが、突如の、裏切り。
ものの見事に、背後を突かれた閻錫山。山西省へ逃げ帰ります。
2週間前に、蒋を下野させてからのプラン・新政府大綱を発表したばかりというタイミング。
この一連の流れは中国全土を失望させました。

蒋の味方は、米英をはじめとする、一部の財界人だけです。
これ重要なポイントなんですけど、蒋が強い理由は、決して民衆に支持されてるとかじゃないんですよ。
南京政府軍が持つ圧倒的戦力の後ろ盾は、列強です。日本は門外漢。
世界不況の只中、米英は今まで以上に蒋へ兵器を売りたがります。蒋は国中の農作物を税金でしぼりとって、米英に輸出して、その金で、武器を買う。
アカラサマです。門外漢のウオッチャーにはそれがよく見えます。

張学良転向の目的は、イマイチ理解に苦しむのですが、カネか、今後の地位か。
いずれにせよ、中央軍の、他の武将なら、なびかなかったでしょう。
学良だから、コロッと、寝返った。ううむ。

政治的にも、蒋の方が上手ってことなのかなあ。
以前、蒋のこと、政治やっちゃいけない人だみたいに言いましたけど、今後もあくまで独裁によって中国を支配し続けるのが真意なら、蒋は最初から首尾一貫した、見事な政治家だと言えなくもないですね。策士というべきかもですが。
孫中山先生、紫金山のお墓の中で泣いてますよ。

日本はまったく動きを見せず。
外相シデハラだからという理由ばかりでもなさそうですが、存在の影すらありません。関東軍ですら、今は大人しく、満鉄の警備だけをやってます。

ひところ盛んだった参謀チームの視察旅行は……えと、今月もやってますね。
でもこれは、視察は視察ですが、新任の司令官が来て領内を巡視するのを閣下がご案内さしあげますという旅程ですか。
前の司令官は畑さんという、ぽっちょりしたおじいさんだったんですが、来たときから休みがちで、今月、腎臓炎でお亡くなりになりました。交代でやってこられるのが、ヒシカリ大将という方です。
あんまり興味ありません。おしまい。

閣下は近頃、満鉄さんとのパイプを強めてまして、相互に勉強会とか催しているみたいです。
スケジュールだけは聞いてますけど、最近は、行ってないなあ。
図書館が、忙しくて。
毎日毎日、リストばっか作ってて。眠いんです。
秋だっていうのに。
おやすみなさい。



[43732] File_1930-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/14 00:02
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満鉄人名録、いっちゃいますかー。
このところ、ネタがないので。気晴らしに。

職場の同僚さんたちをじゃありません。
かれらからは、しみじみ、いろんな話をお聞きしますが、それは明かしません。
有名どころだけ。私とは面識ない方ばっかりです。
だから、ぶっ刺しまくります。
内緒ですよ。

一番、後藤シンペーさん。
昨年亡くなられましたが、明治・大正・昭和と、日本の政治軍事経済教育全般に深く深く足跡を刻みまくった大人物です。
満鉄の初代総裁。現在に至る基礎をつくったお一人です。
その後、内地でも鉄道院の総裁に。面白いところではボーイスカウト日本連盟の初代総長とか、東京放送局の初代総裁とかも。
ラジオの試験放送で喋ってたのが後藤さんだったらしいんですが、日特で手作りラジオ並べて聴いたときのアレかな。当時は全然意識してなかったですが、あれ、後藤さんだったのかもしれない。
10年前に私が閣下に拾われた頃には、なんと東京市長やってたそうです。
すげー人だあ。おつかれさまでした!おしまい。

二番、山本ジョータローさん。
この方もおじいちゃんです。昨年夏まで満鉄総裁でした。
田中義一首相と大変仲がよろしくてですね、張作霖が死んだとき同じくらい、がっくりされたと思います。
田中元首相、そのショックでか、昨年亡くなられましたが、山本おじいちゃんは存命です。
まだまだ長生きしてください!
領収書持ってたら今のうちに出しておいてください!
三井物産の財閥さんなので、ご自身はお金に困ってはいないかもですが、日本の国益のためにはそこ、きっちりしててくれないと困るんです。よろしくたのんますよ!おしまい。

三番、大川シューメイさん。
満鉄の頭脳と呼ばれてて、世界経済戦略を仕切っているという噂です。関東軍に配属された者は満鉄へ大川詣でをしておくこと、みたいな伝統もあるとかないとか。
石原閣下と同郷なんだそうですが、閣下は大川さんを好きじゃないので、詣でてないそうです。
東京にもでっかい事務所を持っていて、週に何度も行ったり来たりしてるらしいです。
河本が大川をたいへん尊敬してました。気に入った相手を、最高級の風俗店へ連れていって干からびるほど楽しませてくれるんだそうです。
バリバリ左翼なのかなと思ったら意外と極右みたいなんですが、同時に容赦ない男尊女卑思想家でもあるとわかって以来、私は軽蔑しています。
地獄へ堕ちろー!おしまい。

最後、松岡ヨースケさん。
山本ジョータローおじいちゃんの右腕として、今年1月まで満鉄副総裁でした。
内地で政治家になるため退職、いまは衆議院議員さんです。森ノブテルさんと同じですね。
会ったことはないんですけど、噂を聞く限り、一生絶対会いたくないタイプの人です。
リアル智學先生みたいな想像をしてます。智學先生にも会ったことないですけど会わなくていいです。とにかく熱弁を奮いまくって相手を逃がさないんだそうです。そこはノブテルさんと真逆ですね。
いったん説教が始まると泣こうがわめこうが許してもらえないとか。
実際にされた人の話をきくだけでどんなモンスター映画よりも怖くてチビりそうになります。目の前で漏らしても怒鳴られつづけるんだろうか。
こわいこわい。おしまい!

それでは今日はこのへんで!おっと、その前に。
気になるニュースがひとつあります。
昨年、北満で、ソ連と東北辺防軍との交戦がありました。そのあとハバロフスクで講和が成立したんですけど。

南京政府が今になって、それを無効だと主張しはじめました。
え、それってアリ?
でもって、再交渉するそうです。
夏ならまだしも、今ですか?
冬のソ連は強気で来ますよ。
いいんですか?大丈夫ですか?

情勢次第では、北満でまた紛争が起きるでしょう。身構えておかなくちゃ。
心配なのは、満鉄の運転士さんたちですよ。
関東軍、ほらほら彼らをしっかり守ってくださいよ。
ボヤボヤしてちゃダメですからね!



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/15 00:02
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濱口首相が、襲われたそうです。
11月14日朝、東京駅で、暴漢から至近距離で銃撃され、骨盤を砕かれるほどの重傷。
一命はとりとめましたが。
日本も相当物騒になってきましたね。

犯人は、世情に不満を抱く右翼の運動家。ああ、せちがらい。
入院して絶対安静の首相が、政務を執れなくなったことで急遽、首相代理を務めることになったのが、、、
シデハラ。

をい。
誰のサシガネだ。連座させて銃殺刑に処すぞ。
まだマーライオンの置物でも据えてた方がマシだぞコラ。ふざけてんじゃねえ。

外交オンチはわかってますが、経済もおそらく白痴でしょう。不況対策できるのか。
濱口首相は経済政策にかかりきりだったようなんですけどね。だったら代理を立てるにしろ蔵相が適任なのでは。
それともあれか。蔵相と首相との兼務は無理ですってんで一番ヒマなシデハラを置いたとか。
いいのか?
首相ってそんなんでいいのか?

あー次のテロリストくんは、真っ先にシデハラを狙ってくれていいからね。今日にでも首相官邸へ飛び込みなさい。
私は止めない。
全力で弁護団を用意するから。
心おきなくやってくれたまえ。
よろしく。
冗談ですよもちろん。言わなくてもわかるよね?
いかんいかん、つい熱くなりました。冷たい外気にちょいとあたる。ふう。寒いや。

んー。最近ストレスの捌け口がないんですよ。
誰かといるよりは、一人でいたい性格なので、書庫にこもって一日黙々と仕事してるのは寧ろ歓迎なんですけどね。
話すより聞いてる方が楽しいし。
ウルサい閣下とも最近はたまにしか会わないし。

恋人いないの?てほんとよく聞かれるんですけど、内地にいます、とかいつもテキトーに答えてます。
嘘だけど、嘘じゃないもん。恋してるもん。叶わない恋だとわかっているけどいいんだもん。好きなんだもん。お手紙いっぱい書いてるもん。心は夫婦以上につながってるもん。
はあ、むなしい。
サノは、将棋やってるかなあ。日特だと相手に困らないからなあ。私よりずっと強くなっているだろうなあ。ちっ。
ああもう、自分で選んだ道ながら、どうしてこうしてこう毎日イライラしてるんだかわかりません。

これから戦争が始まるのわかってるのに何もできないからですよ。
何をすればいいのかわからないからですよ。そこだけはわかってるんですけどね。ええもう。
ああ、地団駄踏むしかない自分が一番許せないんですよどうしよう。

そろそろ日特へ戻って武器つくろうかな。
そうだな、潮時だよな。実際。
よし、今年いっぱいでデータベースのケリをつけるぞ。



[43732] File_1930-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/16 00:02
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それでは、皆様、よいお年を。
一年、お世話に、なりました。
いやーなかなか仕事のケリがつかなくて。今年いっぱいで図書館退役とはいかなかったです。春までは在籍かな。
割り切って、ちょっと早めの仕事納め。
二年ぶりに、里帰りします。

サノとリアルに対面するのは、二年三ヶ月ぶりですよ。ずっと手紙だけでしたから。
サノが帰省するまでの二日、心ゆくまで語らいます。
オタな話ももちろんですが、日特で開発した秘蔵の新兵器をいろいろ見たい。
手紙でははっきり書かないよう気をつけてますからね。
実物に触れながら、やいのやいの語れるチャンス。
まるで冬コミ並みの素敵イベントを今年は堪能してきます。うらやましかろ?

社長へも、来年には帰国しますからと内々に約束して、いろいろ準備してます
いざ昭和6年へ向けて、新たなる決意を固めてえよなコンチクショウ。
ああすいません。だいぶ酔いが回ってますかね。
たまにはいいでしょ。私だって飲みたいときは飲みますよコンチクショーですよ。ウラウラァですよ。

マジメな話をひとつしますか。
来年中に、関東軍へ、24cm榴弾砲が2門、納入されます。
センチですよ、ミリじゃないです。
攻城砲です。
11月に、永田さんていう、陸軍省の軍務局課長が視察に来てたんですね。
冗談通じなさそうなカタブツくんでしたけど、中国のこと全くわからないのでって真面目に勉強しに来てたんで、閣下がずっと案内してたんです。例のノリで。
その時に、強いの寄越せって、せがんでOKさせたみたいなんですね。
射程1万メートル。
本気で戦争おっぱじめる気ですかソ連と、て笑ったものです。

本気でやるなら航空機だって戦車だって必要だけどね。
これまでの日本の戦術は通用しないと思いたまえ。
山東以上の師団を送ってもらわにゃならんからね。
シデハラによく言っておくように。ってね。
もちろん冗談ですよ。わかってるでしょ?

ああ今日はもう疲れました。そろそろ眠りたいです。おやすみなさーい。ではまた来年。



[43732] File_1931-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/11/22 07:45
File_1931-01-001D_hmos.

あけましておめでとう。コダマだよ。
久々の日本で、年末、遊びまくってたけど、飽きました。
んで今、上海にいます。

閣下には内緒の、きまぐれ旅です。
一泊して、しれっと旅順へ帰ります。
あるいは、二泊できるかな。
ゆる旅です。お正月気分を満喫しています。

日本はねぇ。
清潔だし、町並みは整然としてるし。
治安は良いし。あ昨年テロあったけど。
ゴミ臭くないし。
ワイロつーかチップつーか、何をするにも手数料要求される文化、ないし。
そういった良い面も多々あるんですけど。

ヌルい。
刺激がない。
活気が無い。
つまんない。
動物園の檻の中で、行儀よくだらだらしてれば、毎日決まった時間にエサをくれて、掃除も勝手にしてもらえる。そんな日常がアタリマエになっちゃった、動物とも呼びがたいナニモノカになっていく気分です。

支那はね。あ支那って言っちゃった。ゆるしてね。
支那はね。ワイルドなんですよ。
ありのままの人間たちがここに生きている。貧しいけれど、毎日を闘って生き抜いている。そんな活力をビシバシ感じるんです。
これ最高の魅力です。面白いんです。

新聞にもそれは、如実に表れますね。
日本へ戻って一番ストレスだったのは、情報の薄っぺらさです。
日本の家庭て、だいたい新聞一紙、毎朝きちんと届けられるのを読むだけでしょ。
面白おかしいことが、あたりさわりなく書いてある。

二紙三紙とってる人もいるでしょう。
右翼系左翼系、宗教系の新聞だってあります。
しかし私の目には、どれ読んでも同じで、実際、大差ない。
そんなの読み比べても、ああ世界てこうなんだと簡単に結論がついちゃう。

支那の新聞て、大連でも100種類近く読めるんですよ。
日刊とは限りません。むしろ月一回とかあたりまえ。不定期刊行、多し。
文字おぼえたての小学生が、とにかくあふれんばかりのリビドーをぶちまけて学級新聞書くみたいな、妙なテンションがみなぎってる。
デタラメも多いし。日帝ゆるさん!なんてのはニワカ知識人がチュートリアルで覚えるフレーズですから、大目に見ましょう。
これを理解した上で、時間ある限り、手の届く限り、読みまくる。

日本語新聞も含めて読んで、そこから自分なりの真実を見つけ出す。これが私流の、新聞の読み方であり、情報蒐集技術です。
反動で、日本にいると、脳が退化していくのを日に日に恐怖するようになるんです。そもそも日本語以外流通してないんだもの。
そんな毎日送ってたら、バカになります。バカにしかなれません。
日本へ戻るプラン、要・再検討です。

さて上海。
中国大陸は広くて、都市ごと、地方ごとの色彩がバラエティ富みまくりですけど、そんな中でも異彩を放つ、情報のメッカといえば、上海でしょう。
二度目の訪問ですけど、一人でじっくり見て回ってると、その底知れぬ文化の厚みに、心が震えます。
これを感じられるようになってきた自分にも胸アツですし、文化人としての自信がつきます。
田舎者が大都会へ出てきたばかりのような感想でスミマセン。
でも、そのくらい充実してるんですよ。今のワタシ。

本屋さんも、大連とは比べものにならない充実ぶりですけど、電器街みたいな一角を見つけたのが今日の収穫ですね。
戦後、秋葉原って電器街になるんですよね。たぶん、あんな感じのオーラです。
ラジオ作りが今の旬。アヤシイ工作具が所狭しと並んでる。
ときめきまくります。

安全な定宿を見つけておきたいけど、これは一泊二泊じゃ無理かも。
上海に住み慣れたお友達が欲しいなあ。
トーイチさんは巻き込みたくないんだよなあ、まだ。
あ、共同租界にも日本人経営の本屋さんとかあってですね。
まさに私と同じような、放浪者風なのがタムロってたんで、あとでもう一回寄ってみて、声かけてみようかなとか、考えてます。

月イチくらい、遊びに来たいものです、上海。
なんとか、閣下と特務と憲兵を誤魔化すステルス能力、編み出せないかな。
あみだしたい。



[43732] File_1931-02-001C_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/18 00:02
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日本特殊工業社長、宮本です。
宇垣陸相が、中耳炎で入院されてまして。
石原さんも三年ほど前、手術されましたが、あそこまでひどくはないようですね。
石原さんは鼓膜を切開したんでしたかねえ、たしか。

宇垣大臣、人払いをされまして。
何か重大なお話でも……?
と顔を近づけ、耳をそばだてておりましたら。
出るわ出るわ。
幣原さんへの罵詈雑言。

そりゃもう、たまりまくっておられましょうなあ。
いいんですよ。私、口の堅いのが取り柄ですから。いくらでもお聞きします。
さすがに五〇分は疲れましたけど。
朝日さんの真夏の戦車体験とどっちが過酷でしたでしょう。私の勝ちじゃないですかね。

幣原首相代理、とにかく決断をしない。できない。
宇垣大臣もけっこう曖昧な返事をされる方ですけど、それよりはるかに、何をするにも判断保留で、議論が先へ進まない。
だから閣議も時間ばかりがえんえん過ぎるのだそうです。
軍隊をそもそも使う気が無い、だから陸軍大臣も海軍大臣にも、喋らせない。顔すら向けないらしいですぞ。
いけませんなあ。

濱口首相は何事にも明瞭に判断を下され、細かなことは下に任せてくれてたから、宇垣さんも動きやすかったそうです。
その反動も大きいのではないでしょうかねえ。
濱口首相は退院され、栄養剤の投与を受けながら政務を続けられておりますが、無理も祟っており幣原さんも代理を続けた状態のままです。
早急に仕切り直しをせねばと、各方面が動いておるそうであります。
もちろん、次は宇垣首相という案も、出ているとのこと。
この話になると、宇垣さん、急ににこやかになられます。
わかりやすいお方ですなあ。

コッソリお聞きしたところによりますと、すでにその青写真もできあがってて、満鉄の大川周明博士が宇垣さんへ会談を申し込まれており、退院を待たずして近々、討論をされるとか。
満鉄といえば、コダマくんの勤め先ですかね。この春までの。
そこの調査部の大川博士といえば、東洋一の天才とうたわれるもの。
満鉄が宇垣首相を推してくれてる!
これは何とも頼もしい限りではございませんか。
我々も、お手伝いできること、ございますかしら?

フウウム。やはり、活動資金でありますか。

実のところ、私どもも、この不況で、相当に苦しいことになっておりましてですな。
なんとか、受注を、増やしていただけるのであれば、このくらいの用立ては、できなくも、ない、とはいうものの、なかなかコレでも苦しいところではありますのでどうか。

よろしくお願いいたしますぞ。しかと。

ところで、宇垣首相が組閣するとなると、陸軍大臣はどなたを予定されてますか?
いえ、今のうちに、ご挨拶にうかがい、お目通りなどしておきたいかなあ、と。
そんな、他意はございません。
社運がかかっておりますからな。そこは、ソツなくしておきたいだけでございます。

ほう、畑英太郎大将。
が一番候補だったのに、昨年、お亡くなりになられて、まだ適役を決めあぐねておられる?
わかりました。決められたら、いの一番に、教えていただきたいです。
しかと。



[43732] File_1931-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/19 00:02
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蒋介石。いまや、向かう処敵無し。
国民政府内乱にケリがついたところで、次なる敵は、共産勢力です。

上海では共産系の情報も手に入りやすく、船の中で読んで全部捨ててきましたけど、かなり理解が深まりましたよ。

ソ連のコミンテルンと密接に連携する中国共産党の軍隊は、紅い党旗と紅いバンダナを目印にしており、紅軍と呼ばれてます。
いくつかのグループにわかれて華南から西方にかけて展開してますが、中でも朱徳と毛澤東をリーダーとする、福建省の朱毛紅軍が最大の勢力です。

ここに年末、蒋が討伐命令を下し、圧倒的兵力をもって総攻撃を仕掛けました。
しかし、年明け早々に撤退します。
南京政府機関紙、といっても何紙もあるんですけど。それらが
「蝿を一匹残らず駆逐するのも無理だから」
とか威勢のいいこと書いてますが、実情として、紅軍はかなり手強い。

そもそものドクトリンが違いすぎてて、別次元です。
21世紀人なら、ベトナム戦争やアフガン・イスラエル・タリバンなどの非対称戦・ゲリラ戦を想像してください。
あれが今、中国で発明されちゃったんです。

蒋の軍隊は、まさにアメリカ流。近代兵器を大量投入して、秩序をもって攻め込み、陣を構えて物量で蹂躙します。
これに対してゲリラ側は、広範囲に分散し、一般市民に溶け込み、一撃離脱でじわじわと戦い続けます。
政府軍撤退の理由も、わかりやすい説明を見つけました。
食糧庫奪われて戦闘継続不可能になったため。
武器を置き去りにして、逃げ出したそうです。もちろん置き去られた武器も紅軍が鹵獲します。
面白くなってきちゃいましたよ。

蒋は態勢を整えて、第二回討伐戦を準備しているようですが。学習能力あればいいですけどね。
責任者を処罰して、血気はやる若手に引き継がせて、同じ戦法繰り返したら、紅軍を肥えさせるだけです。
これもまた、戦後、世界中で繰り広げられる光景です。

アメリカは世界最大の武器提供国となって血税をバラマキ続けてたのです。今日は何人殺したと、数と体力を誇りますが、費用対効果は最悪で、せいぜいハリウッド大作のネタを増やしてお金持ちの国に映画を売って儲けるのがせいぜいです。あ、武器商人も儲かりますけどね。
そのビジネスモデルの雛形が、今まさに、この中国で、誕生しようとしている。
良いことだとは思いませんが、私は歴史の瞬間にまたひとつ立ち会えて、感動を禁じえない。

ついでだからもうちょっと、思考をくゆらせますか。
西側と東側。
資本主義と共産主義。
自由奔放と国家統制。
記憶のかなたの、浅い知識ではありますが、世界が二分され、相手の喉元に核兵器つきつけながら、何十年も睨みあっていた時代が、これから訪れます。
私はそれすら終わったあとの、世界全体が混沌としていた時代から来たんですけどね。かつては西側だった国に住んでました。
共産主義は、暗くて貧乏で遅れてて憐れな世界だよと教えられてきました。
でも決してそうでもなかったよ、という話もあとからいろいろ聞けるような時代になってました。

ブラックチューズデイは世界を飲みこみましたけど、あのときソ連は助かった、というのが私にはすごく印象的だったんですね。
みんながみんな同じ事してると疫病がきた時いっぺんにやられちゃうよ理論とでも言ったらいいか。
前世で私、行列のできる店ってのに並んだことないんですね。
並びたい人に付き添ったことはありますけど。一人じゃ並ばない。
そんなのより、雰囲気が私にフィットする、すいてるお店見つけてフラッと入って、ひとときをゆったり楽しむ方が何倍もお得だって考えてました。
変ですか?
変じゃないでしょ。アリでしょ。

いろんな人がいていいと思う。いろんな国が、文化が、言語が、主義思想が、男も女もホモもヘテロも、トランスジェンダーだって何だってアリだと思う。
強制してひとつの鋳型に抑えこまなくていいと思う。
疫病にいっぺんにやられないために。むしろひとつになっちゃいけないとさえ思う。
日々ささやかな殴り合いでもしながら、お互いの違いを知っておいて、困ったときに相談し合える、ゆるやかな関係さえ保っていれば、イザってとき助け合えるじゃないですか。
全員が生き延びられるかもしれないじゃないですか。
いけないですかね。
変ですかね。どっか間違ってますかね。
気づいたら教えてください。また考えます。
もっともっと良い解答があるなら、どこまでも良くしていきたい。
みんなで考えましょうよ。
これが平和ってもんじゃないでしょうか?どうかな?
そんな、ゆるふわな未来を、描いています。
どうしたら、実現できるだろう。

こんなこと考えながら、今日も大連図書館で、わけのわからないロシア語の本をリストにしてます。
読めねーよ!誰か教えてよロシア語。



[43732] File_1931-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/20 00:01
File_1931-04-001D_hmos.

4月14日。新内閣にチェーンジ。
首相はー、ワカツキー、レージローさーん。
記憶されてる方、おられますかしらん。
4年前、私とサノが南京で、リアル虐殺に遭遇した、あのときも首相やってた人です。

国会を構成する二院のうち、全国で普通選挙を勝ち抜いてくる衆議院じゃない方の、貴族院という、その名のとおり公爵だの伯爵だの華族の皆様によってナレアイで選ばれちゃう、オッ上品な方々の集まり。そこのご出身であらせられるお坊ちゃまなんでゴッザイマス。
レイジロー様ったら男爵であらせられますのよ。ワタクシたち無学な庶民とは遺伝子が違うんですのよ頭が高いわよホレホレ。
悪ノリはこれくらいにして。
外相、シデハラ。蔵相、井上準之助。ともに留任。
陸相、南次郎。初入閣。大将。

どうしてこうなった的なプロセスを考えますに。
一昨年、濱口首相が、誰でもいいから今日中に入ってくれと掻き集めた中に、これも貴族院のボンボンで外交オンチのシデハラという浪人が混じってた。
世界不況のまっ只中、社会をそねむ一暴漢の手により、濱口首相は銃撃されます。そのときすぐ近くにシデハラもいたって。バンザイ三唱してて気づかなかったって。
なぜお前が死なん!
犯人もなぜシデハラを狙わん!
英雄になれたのに。

首相入院のあと、臨時首相の座におさまったのがシデハラ。
ほんと、こーゆー根回しだけはお上手なのな。
1月に退院し、政務に復帰した仕事の鬼・濱口首相でしたが、病態は日に日に悪化。今月、再入院、再手術するに及んで、辞任を決意されます。いさぎよい。
さて、継ぐのは誰か。

どんなカケヒキが渦巻いたのやら知れませんが、寝業師シデハラが、お友達を連れてきました。
そう思うしかない結末じゃありませんか。
よりにもよって、史上最低の糞ボンクラコンビが復活。

ちなみにワカツキのヘタレエピソード、もう一つありましてね。
濱口首相、昨年、ロンドン海軍軍縮会議にこのワカツキを行かせてるんです。ドシロートなのに。海軍からは猛批判あったらしいです。そりゃそうでしょ。こんな奴、どんな削減要求にも平和ノタメ平和ノタメと見もしないでサインしまくってくるに決まってます。

濱口首相もなあ。仕事が早いのはいいけど、こういうとこ割り切りすぎというか。
蒋介石もヒドイですけど、タイムイズマネーって言葉、私はもうネガティブな意味にしか使わなくなりますよ。
もちっと考えてくれ。早けりゃいいってもんじゃない。

田中義一みたいなタカ派は中国では嫌われ者です。
わかりやすい大悪党として、言ってもやってもないことを書かれまくりです。それはわかるんです。
ですがね。
正反対のシデハラやワカツキが、じゃあ中国や英米から喜ばれてるかというと。

日本語の新聞には、国際協調路線とか平和外交とかもてはやしてるとこも多いですけどね。
そもそも相手にされてない。
我々はしばらく日本のことは考えなくていいという冷静な判断を下されて終わりです。
そりゃそうでしょ。
新内閣の声明ひとつ読むだけで、こいつら過度の楽観主義で日和見な腑抜けだとすぐバレます。
だから日本国外でも記事数が一気に減る。
いいんですか。いいわけないでしょ。
アホ丸出しのニッポン神話がまたひとつ増えました。

なお、満洲青年連盟の皆さんも、シデハラワカツキに対して囂々たる批判を連日吠えまくってることを付言しておきます。
日本のマスコミもね、こういうの取材しに来なさいよ。まったく。



[43732] File_1931-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/21 00:04
File_1931-06-001D_hmos.

洮南まで、遠足します。
中東鉄路へ乗り換えるので、北満といえば北満ですね。
危険地帯です。

行ってみたい、見てきたい。
ええ確かに言いました。
かなり強硬に、行くべきでしょうと。
はい私は主張しました。認めます。

考えたら今まで、閣下のお使いで朝鮮総督府まで行ったりしたこともありましたけど、関東軍としての軍事偵察にメンバーとして加えられて、みたいな一段レベルの高いミッションは初めてです。
いいんですか?

北満偵察は、特務がこっそり、何度もやってたみたいなんです。
農業技術者だったり、土地ブローカーだったりのニセ身分証で、辺境を見て回り、警備状況や土地の高低差、河の深さ、拠点にできそうな建物の目星をつけておいたりとか。いろんな偵察を。

要員の一人、中村震太郎大尉が、6月9日、中東鉄路エレクテ駅を最後に、消息を絶ちました。助手と通訳含む計4名、全員。
その捜索を、関東軍の若手大尉、片倉タダシさんが命じられます。
石原閣下に言わせるとこの片倉大尉、いまいち頼りない。
細かいことばかり気にする性格で、嗅ぎ回ってるうちにバレたら二重遭難になりかねない。
かといって他の人を手配する余裕もない。
そこで、お前一緒に行ってやれ、と私にお声がかかりました。

二つ返事でOKしたわけでもないのですが。
面白そうだし。
図書館を一週間ほど、親の介護でみたいな理由をつけて休みをもらって。
行ってきます。

身分は隠して。
片倉は同じ会社の上司、私はその助手で通訳もできる小僧、という設定です。
片倉も中国語すこし話せますが、これもイマイチ頼りないと。私のほうが上手です。
捜索ルートと手順。東北辺防軍に誰何された際の想定問答や口裏合わせ。その他もろもろの打ち合わせを終えて、明日の朝、出かけます。

ホンモノのトクムの、マニュアルに基づいた隠密ミッションて、意外と地味でしたね。
スパイ映画のような面白みはありません。
遠足のしおりと大して違いません。
従って私たちは武器を携帯するでもなく、ギラギラした目で周囲を観察しながら歩くわけでもなく、できるだけ無害な民間人を装ったまま、駅や宿泊所で聞き込みをして回るという、そんな人捜しをしてきます。
ね、遠足でしょ?

そうはいっても敵地ですし、なによりも中村大尉たちの安否が気がかりです。
トーイチさんが以前、済南で遭難した時みたく、病院から本部へ連絡いれたハズが届けられてなかった、というオチならグッドエンドですけどもねえ。
さて、明日の出発までに、私なりにもうちょっと下調べをしておきましょうか。



[43732] File_1931-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/22 00:02
File_1931-06-002D_hmos.

洮南には、満鉄の公所があります。そこを拠点に、聞き込み。
まずは満鉄関係の方々に中村大尉の写真を見せ、6月9日以降の手掛かりを求めます。

バディムービーだと、凸凹コンビの捜査員がケンカしながら歩き回るんですけどね。
喋るのは片倉に任せて、今のところ私は、考える担当です。
現地の人に中国語で質問するときは、私が喋ります。

一日で、おおよその足取りはつかめました。
中村大尉たち、二週間近く、綽爾河一帯を地図片手に歩き回ってたみたいですね。
駅近くの農家さんから、馬借りて。
蒙古人の民家へ泊めてもらって相撲とったり。
別な部落では正露丸を分けてあげたり。
およそ定時連絡できる施設もないような場所ばかり、西へ東へ彷徨いながら。

最後の目撃情報は、つい数日前。
フルリーって町の飯屋で、現地守備隊の将校と一緒だったそうです。
見慣れない顔だな、とか誰何されたんでしょうか。
それ以降、足取りが、消え失せました。

こりゃ、つかまっちゃいましたね。
日本軍人だとバレたら、ただではすみませんよね。
どうしますか、片倉大尉。

……悩んでおられます。
キマジメな方だなあ。
尋問されたらシドロモドロになって、聞かれてないことまで洗いざらい喋っちゃいそうなタイプかなあ。
閣下が不安になるのも、無理ありませんな。

私ひとりだったら、夜にでも、守備隊の基地に進入路ないかなって見に行っちゃうんですけどね。
普段からそんなことしてんのか、慣れてるなって思われると後々面倒なので、とっぽい小僧のふりして本職軍人さんの指示を仰ぎます。

……それにしても長考しすぎですぞ、大尉。
そろそろ次の手を指してください。

寝ちゃいますよ。先に。



[43732] File_1931-06-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/23 00:04
File_1931-06-003D_hmos.

夜中、こっそり起きちゃいました。
つい、外へ、出ちゃいます。
片倉は、イビキをかいて、寝ています。
黒い支那服に身を包み、こっそり闇夜の散歩です。

道はわかってます。警戒しながら、東北辺防軍守備隊の基地へ向かいます。
この時代、鉄筋建築なんて、よっぽどの都会にしかありません。
大きな橋とかは田舎でもコンクリートで造り直されてたりしてますけど。物流拠点や、軍事作戦上の要衝だったりすればね。
そういうのも観察してると、面白いんですよ。
見知らぬ土地でも、ああここ軍事施設だろうなって、ピンとくる。
地図と交互に見るだけで、戦略級シミュレーションが楽しめます。

んなこたさておき。
夏だもんな。夜中でも、羽虫や蝿にたかられます。
旅順や大連は、虫、少ない方ですけど、この辺はまだまだ、昆虫類の楽園ですね。
今世でも、初めて見るような、デカいミミズとか。
名前ついてるのかすら定かでないグロテスクな甲虫類とかに群がられながら、コソコソ進みます。

そうそう。この時代、軍事施設といっても、日本内地ですら、木造が多いんですって話でした。
守衛さんが鍵をジャラジャラと腰につけて施錠して回る。監視カメラも赤外線探知機もありゃしません。
忍者映画のような、足ひっかけると呼び子が鳴るみたいなのはありえるので、要警戒ですけど。

だからこそ、近づけるところまで近づいてみるかって気にもなれようもんなんです。
やっぱ一人のほうが行動しやすいなあ。

見えてきました。
歩哨います。退屈そうです。
しばらく観察。
見つからないよう、ぐるっと一回り。

照明ついてる部屋には、夜警の交代要員が控えているのでしょう。まっくらな部屋のどこかに、中村大尉たちは監禁されていると思われます。
フム。だいたいの目星はついてきました。
窓の小さな、あの辺がクサい。
中で、なにか人が動いてるっぽい気配を感じます。……ん?
オヤオヤ?

こっそり離れて、林の中から様子をうかがいます。
やっぱり。
脱走を試みてる風。
もうちょっと見てましょう。
ええい。虫がうるさい。じっとしてると、這ってきます。

小窓を無理矢理外して、1人出てきて、もうひとり。
ここで。
音を立てちゃって、歩哨に気付かれました。
笛が鳴ります。応援を呼んでます。

1人が戦い、もう1人が、後から這い出てくる仲間を手伝ってます。
夜警増えてくる。
あああ、殴られてます。丸腰だもんなあ。

1人は、抵抗しなくなりました。あとの2人も、よってたかって、殴られ続けてます。
あああああ。
やられちゃった、かな?

3人とも、倒れたまま、動かなくなりました。
奥にまだ出てこれなかった人がいるみたい。
彼は、助けてもらえるかな。微妙ですね。

夜警たちは、5人くらいですか。揉めてます。
殺しちゃったぜ、どうしよう、て責任を押しつけあってるようにも見えます。
いやお仕事でしょ。
素直に報告したらいいんじゃないかな。
それよか早く手当してあげれば?
息吹き返すかもしれないし。手は尽くしましたって言い訳も、できるかもよ?
んー、泣いてる子もいますかね。

様子を見届けたいところですが、そろそろ限界。帰ります。
遠回り、遠回り。

宿まで……何キロあるっけ。ああ、足が重い。
異様に汗が噴き出てきます。
なんか、気分悪い。

……あれ?漏らしちゃった。
なんだ?ちょ、ちょっと休憩。
う、うげっ。



[43732] File_1931-06-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/24 00:02
File_1931-06-004D_hmos.

見知らぬ、天井。
死に至る病、そして。
涙。

気づいたら、民家の、ムシロの上で、汚物にまみれながら、のたうってました。

二人の少年兵に、看病されてました。
薬も飲ませてもらってたっぽいです。
もしかしたら、アヘンかも。
マラリアか赤痢かわからないけど、ちゃんとした薬を、この子たちが持ってるようには思えないし。

とりあえず、病死はまぬがれました。快方に向かってます。
ここは、彼らの家なのか。
んなわけ、なさそうです。
食糧欲しさに押し入ったのかもしれません。
こわいから、きいてない。

おそらくですが、二人は、あの夜の警備兵。
中村大尉一行が脱走しようとしたのを殺しちゃって、かれらもまた、逃げ出した。
そして、道中、行き倒れてる私を見つけて、助けてくれた?
わけがわからないよ。

「お前、どこの生まれ?ウワゴトいってたけど、英語?」
……え。何て言ってた?
「わからない。でも、日本語じゃない。日本人だったら殺してた。中国語も混じってたけど、北京でも広東でもない。どこから来た?」
……あちこち彷徨ってきたから、ゴチャゴチャに混ざってると思う。どこで生まれたんだかも、よくわかんないな。
「まあ俺らもそんなだよな。軍隊は?」
……軍服もらったことは無い。なんか、いろんなとこで戦ったりしたけど、いつも、着の身着のままだった。
「俺たち、東北軍にいたけど、もう戻れない。これから、瑞金へ行く。お前も来るか?」
……もう戻れない、って、何かしたの?
「日本人殺した。日本人のスパイな。捕虜だ。金ヅルを殺したから、俺たちも殺される。だから逃げた」
そりゃ許してもらえないだろうねえ……
瑞金って、どこだっけ?
「江西省。南昌のちょっと先だ。そこで、共産党へ入る。飯たらふく食えて、金もかせげる。お前も来いよ。仲間は多い方がいい」
共産党かあ。あれ?共産党って、金も食糧もみんなで分け合うんじゃなかったっけ?
「分けてもらってから、また逃げればいい。共産党が今は一番豊かだ。国民党はダメだ。東北軍は、もっとダメだ」
なるほどなあ。でも共産党って、簡単に逃がしてもらえないって聞くよ。裏切者は許さないって。
「フフフッ。知らないな。教えてやる」
紙を取り出した。何か書いてある。読んでくれた。

一.家を発つときは、扉を元通りに。
二.ムシロは裏返して、巻き直す。
三.民衆には丁重に。
四.借りたものは返す。
五.壊したら弁償する。
六.農民との取引は公正に。
七.買ったら代金を払う。
八.清潔に。便所は家から離して設置する。

ナニソレ?
「共産党のキマリだよ。ちゃんとしてるだろ?」
「さっき、逃げるって言ったけど、これと違ってたら、逃げる。この通りだったら、俺たちは共産党員でいつづける」
……共産党は、すばらしいと思うかい?
「国民党よりはマシだ。国民党はデタラメだ。フハイがマンエンしてる。共産党は金持ちを倒してみんながそれを分け合うんだ。そのあと、みんながちょっとずつ働くんだ。それがほんとにできてるかどうか、それをこれから確かめにいくんだ」
まっ正直すぎるくらい、まっ正直だなあ。
「お前が動けるようになったら、出発するぞ。もう、大丈夫か?」
ああ……だいぶ快くなった。ありがとう。でも、その前に、瀋陽へ戻っていいか。
「家族が瀋陽にいるのか?」
ああ。親と子供たちがいる。あいつらを説得してから合流する。落ち合う場所だけ、決めてくれ。
「よし、じゃあ、山海関のシーパオって店に来てくれ。そこのオッサンに伝えておく。早く来ないと、先に行っちゃうぞ」
わかった。ありがとう。気をつけてな。

中国の若者たちだって、真剣に自分たちの未来のこと、考えてますよ。そりゃもう、必死で今日と明日を生き抜いているんですよ。
そんな貴重な体験をしました。
ウソついてごめんな。縁があったら、またどこかで会えるといいな。
片倉は、引き払ったあとでした。私の荷物も、ちゃんと持ち帰ってくれたかな。
満鉄公所でお金を借りて、旅順まで帰ります。
命がけの遠足でした。楽しかったです。



[43732] File_1931-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/25 00:02
File_1931-07-001D_hmos.

閣下、関東軍のみなさん、それから片倉大尉。
お騒がせしました。
勝手に行方不明になって申し訳ありませんでした。
今後、気をつけます。くれぐれも。

病院で検査して、アメーバ赤痢ぽいねと診断され、三週間ほど、入院してます。
満鉄からもお見舞いいただきました。これでまた当分、外出許可は下りなさそう。
自縄自縛とはいえ、ヤレヤレです。

入院中、チチハルの領事館から、正式に中村大尉死亡との通報きたみたいですが、特務が絡んでるゆえ、公表はされてません。
私があの夜見たことは、報告してません。
公表といえば、近頃新聞を賑わせてるのは、万宝山事件に端を発する、日満鮮の三つ巴。

7月2日。蒋介石が第3次掃共戦をおっ始めたのと同じ頃。
長春の北にある、万宝山という村で、民族間紛争が勃発しました。
以前より朝鮮からの入植者が住んでいた土地なんですけど、日本の山東出兵後、当時の北京政府が斡旋したこともあって、山東からの移民がここへ大勢入植してくるようになり、勢力逆転。
揉め事が絶えない地域になってたんですね。

灌漑用の水路を引こうと、朝鮮の人たちが工事を始めました。
これが中国の人たちの土地を横切ったため、揉めに揉めて、ぶつかり合いに。
そこへ日本の領事館警察が止めに入る。といっても朝鮮人が日本国籍であることを理由に、日本はかれら側に味方するのは最初からわかりきってて。
中国人へ発砲して、死者を出しちゃう。

7月15日に日本は中華民国へ謝罪して、賠償請求に応じると。
関東軍だったら突っぱねてたなと思うところですが、一応そういう結着は迎えたものの、この事件がもとで、仁川はじめ朝鮮内での反中暴動が爆発。
在鮮中国人の家や商店は破壊されまくってるという状況です。
どこの新聞もこれについて煽れるだけ煽りまくる。
憂鬱になります。

病院だと、新聞も、決まったものしか読めません。
それでも片倉氏とか、お見舞いにきてくれる方々に頼んでいろいろ持ってきてもらうんですけど、自分で選んで読み漁るのにくらべて、フラストレーションが溜まる一方なんですよね。
なのでしばらく、時事問題はおいといて、ぶ厚い小説に専念してます。

ドストエフスキイとかトルストイとか読んでますよ。日本語訳で。
ああレマルクも読みました。
レマルク氏、これおそらく、戦車の実物を、自分の目では見てませんよね。たぶん。



[43732] File_1931-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/26 00:02
File_1931-08-001D_hmos.

濱口元首相が、お亡くなりに。
ひどいんです。殺したのは、ハトヤマです。

田中義一にネチネチ河本呼べとハエのようにたかり続けたのは民政党の中野正剛って議員ですけど、そのときは田中の右腕だった、政友会のハトヤマ一郎ってのが。
今度は濱口元首相に、経済対策が適切でなかったとギチギチ。
ヘビのような執念深さで、責め立てる。
ヘビには罪はありませんけど。
ハエにも。

声もかすれて出ないほどヨレヨレでも議会に立ち、答弁する濱口元首相。
胃が食事を受け付けず、興奮剤だけで踏ん張り続け、病態をひたすら悪化させた末。
8月26日、感染症により息を引き取られました。

むごい。むごすぎる。

ワカツキ・シデハラら現政権もまた、我関セズと知らんぷりってのがまた、エゲツない。
シデハラなんて無関係じゃないだろうが。
こいつが首相代理してた時に失言した分まで、濱口首相が責任追及され続けてたんですから。
頭の中なにが詰まってんですかね。
鬼畜にもほどがあります。
血も涙も流れてないに違いない。
二番目のターミネーターよりおぞましいです。
ターミネーターに悪いよね。パトリックさん、ごめんなさい。

8月といえば定期人事。
三年目を迎えますが、石原閣下、今年も留任です。おめでとうございます。
私もまだしばらく、満洲にいます。社長、ゴメンね。
関東軍司令官は、交代するそうですよ。ヒシカリさんに代わって、本庄さんて方が来月、着任される予定です。

中村大尉の一件も、今月から報道され、内地でも大きく取り上げられているらしいです。
中華民国側の再調査報告によると、逃亡した警備兵の行方は知れず。当夜の責任者も、罪を恐れて、中村大尉らの死体や持ち物を焼却して知らんぷり決めこんでたとか。
わかるけど、わかりたくないような。
なんとも、暗いニュースばかりです。

チェーホフやツルゲーネフは私にはあまり面白いと思えないので、エンターテイナーなドストエフスキイに戻っちゃいます。
一番シンパシー感じるのはプーシキン。
出てるだけ、ぜんぶ読みたいな。
でもあいかわらず、原文だと一行も歯が立ちません。
コーモトって、がんばってたんだな。
今もどこかで、がんばっているかな。



[43732] File_1931-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/27 00:08
File_1931-09-001D_hmos.

2591年9月18日。金曜日。雨降り。
いつものように、大連満鉄図書館地下書庫で、黙々と、お仕事してました。
片倉が、やってきました。
館長に、私をしばらく預かりたいとか、そんな話をしてて。
着の身着のまま、拉致られました。

旅順の、関東軍司令部へ連れてこられました。
いつになく、ものものしい雰囲気を感じました。
閣下の部屋に、閉じこめられます。
楽にしろ、と言われたって、楽になりようもありません。
お茶すら、喉を通りません。昨年末の、田中上奏文のときより、怖いです。
何がバレた?何の容疑をかけられてる?
頭がぐるぐる回りますが。心当たりもありすぎますが。何も聞かれず。

夜になり。
閣下から、今のうちに寝ておけなんて言われて、余計怖い。
この状況で、自分がどんな寝言をつぶやいちゃうか。
破滅の足音しか聞こえない。
どきどき、どきどき、どきどき。

そうは言いつつ、ごはんをいただき、目もトロトロとしてきた夜の11時頃。
にわかに騒がしくなってきました。
閣下が、廊下に出て、なにか連絡受けてます。
一緒に来いと言われます。

参謀本部の皆さん大集合です。
私は部屋の隅っこで、椅子に座ってじっとしてます。
場違いにもほどがありますが、石原中佐の命令なので、誰もが見て見ぬフリしてくれてます。そんな私をガン無視のまま、大机の地図を囲んで、作戦会議が始まります。
全神経を集中して、聴き耳を立てる以外に、何ができましょうか。

奉天駅より1500m北の、満鉄線路上で、爆破事件、発生。
巡回警備中のカワモト中尉らが、犯人と思われる匪賊たちを発見、発砲。
その地点より800m先に、東北辺防軍の北大営という基地があり、そこの兵士たちとの銃撃戦に発展。
圧倒的劣勢により、大至急、応援を乞う。
奉天本部のシマモト中佐が連絡を受け、中隊を派遣。さらに撫順からも、中隊を向かわせているという。
イマココ。

24cm榴弾砲2門による攻撃が下命されます。
え?
すでに、北大営および、奉天城内飛行場へ、それぞれ照準を合わせてあるから、撃つだけだと。
弾も詰めてあるからと。
それって戦争になりませんか?やりすぎでは?

さらにさらに。
関東軍全兵力は約1万人いますけど、その全員への出動命令が、テキパキと下されます。
本気で戦争おっぱじめようとしてます?
うちら、加害者ですやん?
敵は20万いる。気を引き締めてかかれ!と意気揚々。

マサタネさんの名前が何度か聞こえたような気がしましたけど、気のせいかな。頭がついていけない。どこに隠れてても不思議じゃない妖怪おじさんですけど、今ここにはいない、ような。朝鮮にいるはずじゃなかったですかね。今年も留任だった、ような。

気がつくと、午前3時を回ってました。
皆さん、溌剌としてます。
アドレナリンが出まくっているのか。普段から、こんな夜襲に備えているのか。
いや夜襲かけてんのこっちですけど。

石原閣下に起こされました。
奉天へ行くぞと。車中で寝てろと。
え?何ですって?
うわあ。手を引かれて走ります。
寝言、ネゴトで変なこと言わないようにしな……ムニャァ



[43732] File_1931-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/28 00:01
File_1931-09-002D_hmos.

2591年9月19日。土曜日。お昼前。
道路はいたるところ、水たまり。
市民も、兵士も、私も、足もと泥だらけ。
奉天、もとい瀋陽市内は、関東軍が制圧し、目下、戒厳令が敷かれています。

市民の皆さん、驚いてます。
いつもより騒々しい砲音してるけど今夜の演習は派手だなあ、くらいに思ってたようです。
朝起きたら、街じゅうに、日本兵。
奉天城……現名称は瀋陽城ですけど、地元の人も奉天城って呼び続けてますね。その奉天城も、関東軍に制圧されました。
北平も、今でも北京っていう人います。ペキン、ペイピン、どっちもアリです。
張学良はいまその北平で阿片中毒かなんかの療養中なので、満洲にはいません。

聞くところによると、北大営でも奉天城でも、戦闘はほとんど起きなかったとか。
東北辺防軍の兵たちは、日本軍とは戦うべからず、と厳命されていたらしく、一部の小隊が抵抗はしたようですけど、おおむね一目散に退却、とか。
それでいいのか?

誰にも言いませんけど、矛盾してます。
昨夜、北大営と交戦始まって、圧倒的劣勢だから援軍要請したんじゃなかった?
そんな激戦のあとは、どこにもない。
市民も、気づいてさえいない。

それに旅順参謀本部の、あの、完全に準備されていたかのような、一糸乱れぬ統帥ぶりは、とても、偶発的事件への対応とは思えないように素人には感じられました。

そして、なにより。

閣下。知ってたんでしょ?
だから私を呼んでおいたんでしょ?
逃がさないぞって。
どこへも行くなよって。
そして、ここまで、連れてきた。
満鉄へも、しばらく預かるからと断って。

いつ帰してもらえるんでしょう。
ここが一番安全、とはわかってますけど、それにしても不安でいっぱいです。
せめて、何か教えてください。
いったい今、何をやろうとしてらっしゃるのですか。
このあとさらに、何をしでかすおつもりなんですか。

奉天市内を閣下たちと見て回ったあと、東拓ビルの一室で軟禁されている私は、俎板の鯉のように、脅えています。



[43732] File_1931-09-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/29 00:02
File_1931-09-003D_hmos.

土曜日だからか、窓から見てると子供の姿も多いですね。
いつもと違う街のざわめきを、市民はざわざわと……
見物しています。

昼過ぎ、お仕事を命じられました。
握り飯を食ったら、特設救護所へ行け。負傷者の救護や炊き出しやら、青年連盟の皆さんが働いてくださっているから、そのお手伝いをしてくるようにと。
関東軍参謀本部嘱託の腕章を付け、言われたままに出かけてきました。

24センチ榴弾砲を夜間射撃してますからね。
闇夜で銃撃もしてます。死傷者は、本格的戦場ほどじゃないにしても、何十人か出ています。
その方たちの手当をする。
戦闘終了後、瓦礫の片付けや復旧処理してて怪我した人も来ますし。
子供なんかも、駆け回ってすっ転んでヨードチンキつけてもらいに来たりとか。
無邪気なもんだなあ。

昨夜からのこと、みんなが口々に語りたがります。
私には語れるようなネタもないので、汗をかきながら、ひたすら聞いて、驚いて感心して質問して、を繰り返します。
付属地内でも、中国人とかは荷物をまとめて逃げ出す人がいて、商埠地やその先の中国人街ではもっと多くて、駅はパニックだそう。
日本兵がこのあと何をしでかすやらと、かれらには戦々恐々なのでしょう。
私にだって、関東軍がこれから何をするつもりなのか、想像もつきませんが。考えたくも……
いやいや、考えよう。考えなくちゃ。
逃げちゃダメだ。

ほぼ間違いなく、関東軍の自作自演で、あろうけれども。
東北辺防軍との衝突が起こり、日本軍が奉天を占領したわけです。
このあとどうする?

東北辺防総司令長官すなわち元帥の張学良がここにいない以上、代理との交渉で話がまとまるわけもない。モメるまでもなく、時間だけが過ぎるにきまってます。
南京政府も、日本政府も、下手するとソ連だってこの機に乗じて絡んでくるとなると、関東軍、お粗末クーデターの烙印を押されて処分・解体・首謀者は極刑、なんてことになったりしません?
とはいえ、閣下がそこまでマヌケかな?
コーモトじゃないんだから。いやいや、コーモトもあれでロシア語勉強してピョートル大帝まで調べ上げてたからな。人は見かけによらないかも……いやしかしどうなのよ実際。

モヤモヤしながら日も暮れて、おつかれさまと、東拓ビルへ戻ります。
ちなみに東拓ビルって、東洋拓殖ビルの略で、満鉄の持ち物です。
満鉄あるところどこにでも建ってるし、東京にもあちこちにありますね。どこでも、いろんなテナント入れてます。
1階にはスナック。最上階はレストランやバー。その間には様々な会社が入ってます。

東拓ビルのあるところ、特務あり。
内地はこの限りではありませんが、満洲では、どこの東拓ビルにも必ず、特務機関の地方本部が入ってます。会社名は全部違ってますが。
東拓ビルへ来たら、この中のどれが特務だろう、って推理するの面白いですよ。

さてこの奉天特務が現在、石原閣下たちの作戦司令室のひとつとなっているわけですが。
ここへ戻ってきた私、ようやく閣下と、まともに話ができる時間を、もらえました。
ニコニコしながら、おつかれさまって言うんですよ。この坊主。
ほんと頭にくる。

田中上奏文、実行するつもりですか?
ズバリ、刺してやりました。

「だとしたら、どうする?」

あれは田中義一というタカ派の首相がいてこそ成り立つ計画です。今のワカツキにあれができると?関東軍の勝手な暴走とサジ投げられ、切り捨てられて終わりですよ。外交的支援は求められますまい。

「もちろん、そのままではやらん」

ほー。よかった。少しはヒネってあるんですね。最終的には、満洲強奪ですか?

「強奪とは、言葉がすぎるな。最終でもない。しかし満洲は、獲る」

ということは、奉天を占領したから次は長春ですね。多門師団をそちらへ向かわせてますか?
多門師団とは、関東軍の主力であるところの第二師団の通称です。師団長が多門二郎中将なんです。

「長春は、今日陥落した。次は吉林だ」

げ。早すぎる。え?どうやって?

「奉天は、予定より早かった。学良軍は無抵抗だ。よく統制されておる。吉林も、二日かかるまいな。早ければ、一日で落ちる」

ななななな。理解が追いつかない。

「どうだ、驚いておるか?」

驚きますよ。しかも最終目的じゃないって?
いったい、いったい何を起こしてるんですか。

「うれしいぞ。儂はうれしい。コダマ、よくぞ、驚いたと言ってくれた」

いきなり意味がわかりません。

「わしはずっと、お前に驚かされてばかりおった。お前が妬ましかった。お前を越えたかった。さあ、儂の一世一代の大勝負を見せてやる。存分に驚け。終わったら、感想を聞かせてくれ」

なななななななななななななな。
何を言ってるんだ?このジジイ。

「ああそうだ。次の首相は誰がいいか、ちょっと考えておいてくれ。なかなかこれが、決まらんでな」



[43732] File_1931-09-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/30 00:02
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奉天特務機関長は、土肥原賢二大佐といいます。
本日より、奉天市政公所市長も兼務します。
なんか、奉天って書いてあるんで、奉天なんでしょうね。
瀋陽じゃないんですね。はい奉天なら奉天で。
もう考えるの疲れました。どっちでもいいです。

2591年9月20日。日曜日。
今日も、連盟の皆さんと、市内の治安維持活動ならびに救護活動へ奮迅いたしております、コダマです。
内地では、私よりはるかに、みなさん驚いているようです。
満洲某重大事件ver9.18の翌日朝10時に東京では緊急閣議が催され、若槻内閣はひとまず情勢の不拡大方針を決定しました。
紛争が発生したことは了解した。しかし、これ以上の武力行使はまかりならん。ひとまず矛を納めよ。
という訓示が出ます。

関東軍。これに対し即「全満洲ノ治安維持ノタメ三個師団ノ増兵ヲ求ム」と回答して長春の制圧開始。
長春でも、中華民国東北辺防軍、抵抗らしい抵抗もせず、多門中将の第二師団が当日中に同市を占領。
東京の陸軍省参謀本部は関東軍の要請に応え、増派を決定。政府および外務省との調整のため、時間を必要とする旨の但し書き。
ワカツキ首相、あんたどんだけコケにされとんですか。
閣議には南次郎陸相も出席してるはずですが。
この真っ向相反する決定をどう説明して乗り切っているのやら。
動画で見られるもんなら是非見てみたい。

ちなみに参謀本部の中に、石原閣下とつぶさに連絡とりあってる内通分子がいるらしくて、その人たちが、来月、ワカツキを失脚させるクーデターを起こす予定になってるみたいです。
昨夜閣下の口から漏れた、意味深かつ極めて不穏な、次の首相発言は、そっちへの提案に使うつもりかと愚考する次第です。
やだもう。どす黒すぎ。

奉天城内で、張学良元帥の留守を預かる東三省最高顧問の趙欣伯氏は声明を何度も発し、国民党軍は無抵抗主義を貫くのでどうか攻撃を即時停止してほしいと再三悲痛な叫びを訴えておられますが、関東軍きく耳もたず。
いったい誰に止められるんだろう、この王蟲の群れ。

言っときますが、私は何もしてないですからね。
もしかして石原をこんな人間にさせた私がすべての元凶かしらって一瞬だけ思ったりもしましたけど、ヌレギヌも甚だしいですから。
女にフラれてテロリストになった奴が何百人殺そうが、それはそいつのせいですから。
アイドルに罪なんてかぶせないでください。
ありえねーよふざけんじゃねえよバカヤロウ独りで勝手に死にやがれアタシの名前なんか出すんじゃねえ本当に迷惑ですクスンクスン。

いやあ今後マジでどうしたもんか。
満洲全土を手に入れるつもりだとすると、ソ連と戦うことも想定してるってことですよね。
正気か?一昨年、東北辺防軍があれだけボコられたあとだぞ。
日本軍は、20倍の戦力比でも、中華民国の兵にだったら勝てるかも。
実際、大した戦闘もせず蹴散らしてますしね。
同じ手はソ連には通用しませんけど、そんなことは十二分にわかってらっしゃいますよね?もちろん。

一体どう驚かせてくれるっていうんだろう。
わっかんないや。おやすみなさい。つかれた。



[43732] File_1931-09-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/08/31 00:02
File_1931-09-005D_hmos.

おはようございます。名乗りたくありません。
月曜日。朝起きると、吉林で戦闘はじまってるよって言われました。へー。

午前3時、攻撃命令発動。多門さん、休ませろよこんちくしょうって言いながら出発。たぶん。
午前6時、あーもう出ちゃいましたからって東京へ追認の連絡。事後承諾の了解をとったそうです。
了解したのか。
本国、ナメられすぎやで。
東京から、ナントカって少将が関東軍を止めに来てるそうなんですけど、板垣さんが料亭で接待して、酒でつぶして足止めしてるらしい。今回いちばんの役得はこの人ですかね。知らんけど。

えーと。今日のトピックは、タネさん登場。
初日の夜、「神田はどうした何をしている」って何度か耳にした記憶あるんですよ。
正種さんのことだな、ってのは途中から確信したんですけど、朝鮮から出兵して、安東から奉天へ至るラインを制圧するのはそっちに任せる計画だったみたいですね。
どんだけ用意周到なんだろうって呆れるやら感心するやら。
この出発が、朝鮮からの国境越える手前で揉めてて、今日までズレこみました。
今やっと、混成旅団が、いよいよ鴨緑江を渡って、こっちへ応援に駆けつけてるよー、ちゅーことです。
旅団長は嘉村さんという少将ですが、それを下から操ってるのが、タネさんです。
「関東軍には航空戦力ないでしょう、奉天飛行場使えるんですよね?」と航空第六連隊も回してくれてるそうです。
ほんと、手回しよすぎます。

吉林も安東も、本日中に占領できるとなると、満鉄付属地はほぼ制圧完了ですね。となると。
次は、北満っちゅうか、その前に満洲どまんなかの大都市ハルビンが目標となるかと。
長春までは、満鉄なんです。ゲージ幅は、標準軌です。そこから先は広軌です。中東鉄路に乗り換えて、料金払って移動です。東北辺防軍もここで停滞しました。この関門をどうクリアするつもりなんだろう。
並行線で特別列車?そもそも標準軌のライバル路線なんてあの辺にあったかな。あったとして、満鉄から乗り入れられるものかな。
そこまで注意して調べたことなかったよ。

少なくとも一昨年、学良がソ連と戦ってたときには、そんな路線はなかった。
そのあとコッソリ作ってたとしたら、これは相当な計画性と金をかけて準備していた、一世一代の大泥棒の仕業ですね。
満洲まるごと強奪作戦。
ルパン三世もまっさおだ。

ソ連と、いますぐ、全面対決する必要そのものはないので、防衛線固めたら、何かしらの協議はするかな?
ひとまず南満に滿洲国を誕生させて、青年連盟主導で総理大臣と議会を置くと。そんなところかな。
おどろきますよ。
おどろきましたよ。
おどろいてますよ。閣下。
だから、そろそろ、種明かしをしてくれても、いいんじゃないかな?



[43732] File_1931-09-006D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/01 00:02
File_1931-09-006D_hmos.

2591年9月22日。火曜日。
大日本帝国東京政府より、公式声明が出ました。
その見事なまでの迷走っぷりを、ご覧ください。

「滿洲国における事変の当初より、日本の軍隊は、居留民の安全、鉄道の保護、軍隊の自衛権に基づいた行動に徹しております。日本政府はあくまでも事態の拡大を防ぎ、日中両国間の交渉によって、一日も早く問題解決への道に尽力いたします」

どこ見てんのよ。
関東軍との交渉は、しないわけ?
陸軍省からおいでなすってる建川少将、今日も瀋陽館で飲んだくれてますよ。いいの?

ところで私も失念してましたが、関東軍て、政府も陸軍省も関東庁のいうことさえも、聞かなくていいんです。
12年前の2579年。関東都督府から改組された関東庁と、そこから独立した関東軍とは、指揮系統が分離したんですね。
当時は、関東庁は軍事力を行使しない、というのが建て前でした。

関東軍は、誕生以来、天皇陛下直隷です。
天皇陛下の統帥によってのみ行動する、神聖なる独立軍なんです。
石原はこのロジックを利用してます。
天皇陛下から直々の停止命令が下るまでは、やれるところまでやる、という肚でいます。
もちろん本国には教えてません。やつらがそれに気づくまでが勝負だ、という頭脳戦を仕掛けてるんです。
どんだけ悪智恵の働く大悪党なんだろう。

タネさん率いる朝鮮軍第39旅団は、これは陸軍省の管轄です。
政府の命令によってしか動いちゃいけないはずなのに、勝手に越境した。
東京政府は昨日以降、朝鮮総督府へもガミガミ文句を言っていたそうです。
朝鮮総督は、宇垣さんです。ワカツキ内閣誕生で追い出されてすぐこっちへ就職替えしました。うちの閣下と直につるんではいないみたいですが、旅団長と黒幕タネさん、その上の林司令官とに説得され、東京政府へ弁明。
その結果、

ワカツキ内閣、朝鮮軍の越境行動を、事後承諾。

あとで予算も出すから、関東軍を助けてやって一日も早く治安を取り戻してくれと、逆に朝鮮軍へお願いをする始末。
その連絡がさっきタネさんから関東軍へ届いたんですけどね。私は全身の力が抜けました。
ワカツキ首相。あんたほんとに、あんたほんっとーに、交渉ごとがドヘタクソなんですね。
なんでそこで言いくるめられちゃうかな。
ロンドン海軍軍縮会議でもそんな調子だったんでしょ。
政治家の年少組からやり直せよ。幼稚園の砂場でディベート学んでこいよ。

内閣チェンジが閣下のプランには入ってるんでしたっけ。
ワカツキに田中計画は無理、と私は断言しましたが、閣下はそんなワカツキも利用するだけ利用してから、使い捨てるおつもりでしょう。シデハラも。
これには私も、完敗です。おみそれしました。
愚将には愚将なりの使い道がある。
そこまで制してこその智将。
まったくです。勉強させていただきました。

んなこたさておき。
そんな閣下たち関東軍参謀チームは、本日、現時点からの満蒙問題解決策を再協議し、新たなる方針を定めました。
まだ公表はされてませんけど。
溥儀皇帝を、お迎えするようです。

清朝のラストエンペラー、ヘンリー溥儀氏は、2572年の退位後、現在は天津にて無聊を託っております。
皇帝陛下に、先祖代々の故郷である東三省へ戻っていただき、新生・満洲国家の精神的支柱となっていただきたい、と。
これを聞いて私、あれこの話知ってるぞ?て。

やっと思い出しました。
前世でね、小学生くらいの頃にテレビで、ラストエンペラーって映画観た記憶あるんですよ。
うん、溥儀、出てた。
2歳くらいの幼児が、北京の宮殿で、何千人もの兵士たちが直立不動する式典の最中、キャッキャ走り回って遊んでた。それは自分の皇帝即位の式だった、みたいなオープニングだったんですね確か。
4時間くらいあったはず。最初の方しか観てないはず。
当時私も幼かったからなあ。
溥儀が大きくなってからは、ひたすら暗い暗い、政治の話ばかりになるんで、幼女にはつまんなかったんでしょう。
今観たらめっちゃハマると思うんだけど。

つか!今!観たいよ。地団駄踏んでんだよ。
せめて粗筋だけでも!誰か教えてよ!!
今ここに!スマホがあれば!!ググるのに!!!



[43732] File_1931-09-007D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/02 00:02
File_1931-09-007D_hmos.

満洲事変勃発の夜から、一週間が経ちました。

吉林、占領。
これにて、東三省内の大きな日本人居留地はほぼ全都市、押さえましたかね。
吉林へは満鉄線通ってないので、厳密には関東軍が出て行っちゃいけないんですけど。今さらですよね。

東京政府は、これ以上の戦域拡大を断乎として禁じ、吉林からも状況がゆるせば即時撤退すべし、とヌルい通達を送ってきてます。
天皇陛下からの勅命じゃなきゃ聞かないよ、ってのにまだ気づいてないんだな。
閣下は笑って、その電文を折り紙にしてました。

一方、新たなる勢力が登場してます。
国際連盟。
ついにキター。
奉天城陥落からほどなく、首都南京の蒋介石が、連盟に助けを求めたんです。
東北辺防軍では勝ち目もないし、北京や天津から援軍を出す余裕もない。
下手に交戦区域が拡大すれば、満洲ばかりか北京まで日本に占領されかねない。

「この度の事変では、国際社会に正義が存在するか否かを問われている。我々は全国が一致して愛国精神を発揮し、外患を防ぐことができるかどうかを試されているのである」
南京政府は、こんな声明を出してます。

軍にも国民にも、日本と戦えとまでは言ってませんね。
連盟がなんとかしてくれるまでは、耐えろ?
ニュアンスを勘繰るに、独裁者である蒋にとってはソ連も日本も、外患であると同時に救世主でもあるのかな。
危機を前に、国民の一致団結を鼓舞できますもんね。
なんだか共産主義の便法ですが。

この際だから共産党とも連帯したらどうですか蒋さん。
対ゲリラ戦続けてる場合じゃなくないですか。
なくナク泣く鳴く無く啼くない?

それはさておき国際連盟。
さっそく緊急理事会を開催して、満洲問題を協議するというところまで発表してます。時間かかりそうですね。
日本の連盟大使は芳澤さんという方です。
ジュネーヴ、スイスにいます。この人がワカツキやシデハラみたいなヘタレじゃないことを祈ります。

タネさんの旅団および、多門師団ほか関東軍諸部隊は、吉林制圧でいったん小休止。
再編され、この後おそらくハルビンへ向けて、ソ連との戦闘に備えるでしょう。
まったく新しい局面を迎えることになるので、実際ソ連ともコトを構えるつもりなのかどうか、固唾を飲んで見守ります。
と同時に、既制圧地域における便乗襲撃というか、匪賊や暴民による掠奪・破壊活動などへの対策もこれ、関東軍や地元警察らの大事なお仕事で。
これが今シャレにならないくらい頻発してますので、その治安維持のためにも、対ソ戦への全力投入なんてできっこないんですけどね。

おそらくソ連との戦闘は、しないと思います。
では話し合いで結着つくのか?つけられるのか?
どんな密約を交わしてる?北満はソ連に獲らせる?
アリっちゃアリですが、閣下だって相当なアカ嫌いだったはず。
いつの間に宗旨替えしてました?
謎です。



[43732] File_1931-09-008D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/03 00:03
File_1931-09-008D_hmos.

ハルビンの街並みは、ロシアそっくりだそうです。
中国領なので法律も中華民国に準じますが、中心街にはキリル文字の看板が並び、漢字は極めて少ないとか。
ソ連になってから逃げてきた白系ロシア人が多いのもあって、ソ連というよりもロシア帝国へタイムトリップしたかのよう。
古き良きロシア貴族たちの文化と香りを色濃く醸し出す。そんな異文化を味わえる、ユニークな街なのだそうです。
せっかく日本と友好都市になったのだから、是非一度行ってみたい。
そう思います。

2591年9月28日。
ハルビンにて、東省特別区治安維持会という行政組織が誕生。
現地中国人たちによる地方政府運動という体で、中華民国からの独立を宣言しました。
バレバレなんですが、裏で関東軍特務が手を引いてまして。吉林と同時に絶好のタイミングで決起。
無血クーデターとして親日政権による対ソ防衛拠点をつくってしまいました。

現地市民のみなさんも、これまたビックリ。
名前が堅苦しいのでハルビン政府と呼んじゃいますが、日本とは仲良くしたい、戦闘は望まないと表明してます。
みごとなまでの、外交的結着。
私も心からビックリしましたが、東京はもっとビックリしてるでしょうし、中華民国もソ連も、国際連盟だって皆さん唖然としておられるでしょう。張学良の裏切り以来のビックリ逆転劇です。

次のニュース。
同じく9月28日。東京から、早くも第三次の、関東軍を止めてこい派遣団の四名様、ご到着。
橋本虎之助参謀本部第二部長と、手下の方々。
台風で船便すら欠航が相次ぐ中、ようこそ。

現在、関東軍では、司令官・本庄シゲルくんが電報電話番。
彼は着任してまだ一ヶ月も経たず、今回の計画まったく何も知らされてなくて、でも肩書きは長なので、お飾りですが責任者させられてます。不憫なスケープゴートです。

奉天の司令部ですべてを仕切っているのが、我らの石原莞爾参謀中佐閣下。
部屋の隅にベッドを置いて、疲れたら着の身着のまま眠る。
すでにモーレツに臭いんですが、本人は着替える時間さえも惜しいらしい。

前線から列車が戻ってくると、部下が起こします。
閣下は負傷兵やご遺体を必ず自ら出迎えて、ご苦労だったと声をかけ、ひとりひとりをねぎらいます。
関東軍一万の兵は涙を流し、救護所へ向かいます。
この姿はすでに奉天市で大きな話題となっており、皇軍ガンバレと日本人居留民たちからの声援が鳴りやみません。

皇軍。
数日前から流行りだした言葉ですけど、関東軍が天皇陛下直隷であること、実はもう知れ渡ってます。
東京参謀本部の中の、関東軍とつるんでる一派が、かれらは尊き皇軍であるぞと主張し始め、内地の新聞で使われだしました。

じゃあ天皇陛下が止めろと言ってくださるかというと、まだ、きてません。
首相や政府や省庁が命令書出すのと違って、陛下のお言葉ってのは重いんです。
一度出したら取り消しもきかないし、手続きも複雑なんです。

おそらく枢密院や宮内省が政府へ、一体なにが起きているのかと正確な情勢報告を求めても、ワカツキがまともに答えられないでいるために、対策を進められないのでしょう。
シデハラが首相代理やってた時の失言も遠因のひとつです。「ロンドン軍縮条約は陛下もお認めになった」と発言して「天皇陛下に責任転嫁するつもりか」と叩かれたんですね。死期間近い濱口首相がそれをかばい続けました。
そんな事件もあったので、ここでも待ったがかかります。
だから、もうすこし、時間を稼げそうです。

話を戻しますが。
虎之助一行はひとまず瀋陽館へ案内され、一番手の建川くんと同じように酒池肉林でもてなされる……かと思いきや、今はもうお茶すら出さない扱いであるとか。
関東軍高級参謀の板垣大佐が接待担当してるんですが、虎之助少将は今までのよりひとクラス大物らしくて、「自信ないなー」てぼやいたみたいなんですね。
すると石原閣下、四人のなかに遠藤くんという同郷の後輩がいるっていうんで、儂が行ってきてやると、瀋陽館へ出向きました。

「三宅坂のドラ猫が何のお使いだ?」

そうまくし立て、こいつらの宿泊費は本人払いで、と受付にわざわざ言って戻ってきたそうです。
階級では虎之助さんより板垣さんが下だし、閣下はさらに下なんですけどね。普通はありえないことですが、閣下、普通じゃないから。
本国もねえ。チマチマ小物よこさないでもっとフツーじゃない大物よこしなさいよ。勝負にすらなってません。

でも大物っていうと誰だろう。
閣下と渡り合えるような人物。内地にいるかな。
存命人物では、思い浮かばないな。



[43732] File_1931-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/04 00:04
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10月になりました。満洲は、もう冬です。
内地が最近、うるさく言ってこなくなりました。
ひとまず大きな戦闘が終わったので、ワカツキ内閣は満洲でのこと、放任あるいは黙認という姿勢でいくと決めたみたいです。おちつくなよ。
こっちはそんなバカどもと違って、超いそがしいんです。

満鉄総裁・内田康哉氏が、数日前から関東軍のトップたちと会談を重ねてます。
目下、張学良指揮下の東北辺防軍がごっそりいなくなって、関東軍が満洲全域を警備している状況ですが、匪賊の襲撃が急増して満鉄線だけでも結構な被害が出ています。
線路の犬釘を抜かれるなんて日常茶飯事なのでスピードもかなり落として運行。
装甲列車を毎日走らせて警戒してますし、電線切断なんかもしょっちゅうなんで、復旧作業で満鉄職員も不眠不休です。

満鉄おじさんたちの士気も高くて、関東軍と一緒に手榴弾を投げてきた運転士さんもいるそうです。
その協力態勢は尋常じゃなくて、たとえば吉林進軍の際、兵員輸送のため客車を50輛くらいつなげて、3輛の機関車で牽引して、しかも夜中に満鉄じゃない路線に無断で乗り入れて走らせてたとか後で聞きました。
なに言ってるかわかんないでしょ?
私にもわけがわかりません。
いてもたってもいられなくなり辞表書いてボランティア活動に飛び込んだ職員も相当いて。
青年連盟に入ったり、関東軍嘱託になったり。その両方やってたり。
もはや何が何なんだか。

内田総裁と関東軍とで話し合いを進めるうち、事変以後、退職した人へは復職の機会を与え、復職した場合は辞めていた間の給料を出張費として支払うこと。それから関東軍が治安活動において物資購入等で支払いを滞らせてしまった場合は一時的に満鉄さんへ立て替えてもらうとか。そんなことが色々とりきめられました。

この会談に一度、私、閣下から呼ばれました。
奉天ヤマトホテルへ行きました。閣下、臭かったですけど、着替えたばかりなんでまだ耐えられました。
その隣に、座るよう言われました。

「内田さん。この子はコダマといいまして、儂が縁あって引き取って面倒を見ております。奉天図書館で一年半ほど働いておりますが、ご存知ですかな?」

知ってるわけないでしょ。
相手は最高トップの総裁様なんですよ。臨時雇いの小僧なんかいちいち知ってるわけないでしょ。
初対面ですし。

「9.18以来、関東軍嘱託としても働いてもらっております。救護活動・食糧配給・夜回り・物資運搬・内地からの慰問袋への礼状書き・広報文書作成・市内清掃、等々。休みなく、寝る間も惜しんで働いてくれております。この子も出張扱いで、ひとつ、よろしく」

ちゃっかりしてますね。それ、わざわざ総裁の前に出させてまで言わなくてもいいでしょ。いやらしいですよ。

「この子は特に、頭が良いのです。図書館では今まで誰も手をつけなかったロシア文献七千冊の目録を完成させたと聞いております。地図の読み方も玄人裸足で、我々は機密資料の分析やら作戦について助言を仰ぎたいとき、この子を呼び出して意見をもらったりしているほどです」

何を言いだしやがりますか。その通りですけど、やめてください。怒りますよ。

「ただ、今日も、全然しゃべってないでしょう。度が過ぎるほど無口だし、人見知りが烈しいので、いつもこんな感じで目立たないのですが、それゆえに大変使い甲斐がある。この子は、満鉄さんのお役にもきっと立つと保証します。事変が一段落したらお返ししますので、何とぞ、御社のために役立ててやってください。どうぞ、よろしく」

もうもうもうやめてください。恥ずかしくて顔から火が出そうです。やめてくださいお願いしますゆるして。

「コダマ君ですか。ごめんなさい。うちにそんな人がいるなんて知らなかった。石原さんのことだから、お世辞でも身内びいきでもないんでしょう。じゃあ、戻ってきたらじっくり面談させていただいて、その上で適切な部署があれば異動させましょう。それでよろしいですか?」

うあああああああああ総裁に頭さげられちゃったよ申し訳ありません大した仕事なんてできやしません無学のガキンチョですけど期待に添えられますようがんばりますよろしくお願いいたしますうええええええええん。

内田氏は明日、東京へ発ち、満鉄総裁として政府や財界との、今後についての交渉を始められるそうです。
政治のバトル、第二ラウンド開幕なのです。こちらから攻めるのです。
関東軍へも、満鉄上海事務所から腕利きの国際法学者を派遣してくれるとか、そんな話もしてたようです。
やることいっぱいありすぎるので、内地が静かになってくれててほんと、助かります。



[43732] File_1931-10-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/05 00:03
File_1931-10-002D_hmos.

錦洲を、爆撃してきました。
錦洲というのは、熱河省ですね。東三省の外です。北京へ一歩近づきます。
当然、大問題になってます。
いまさらですけど。

張学良には、芝山中佐という日本人顧問……良くいえば軍事大国日本からおいでいただいてる専属家庭教師、現実的には日本人との通訳でも雑用係としてでもおそばにおいてやってください的な人身御供。そんな方がいらっしゃるんですが。
この芝山氏。事変が起きた9.18には東京へ戻られてたんですね。
学良さんホラ阿片の吸い過ぎだか何だかで、北平で入院してたから。

26日ころ、芝山氏、北平へ戻ってきて学良と対面。
どんだけ怒られたことやら。何て弁明をしたのやら。
これもドキュメントで読んでみたい。生きて帰れたら手記書いてください、芝山さん。
ともあれ氏からのリークで「学良は北平より戻ってきており、いま錦洲の東北大学で臨時政府を準備中」という情報を関東軍は、つかみました。

内田総裁が日本へ旅立たれたあと。
「じゃあ行くか」と私、閣下から呼ばれます。
どこへ?
ドキドキしながらついていった先は、奉天城内飛行場。
一般の人は入れません。私も初めて入りました。
私の目には復刻骨董品の複葉機ばかりですが、この時代では最先端であろう航空機が、ズラッと並んでます。

「今すぐ飛べるのは何機ある?操縦士は何人いる?」

背筋に冷たいものを感じながら、ついて歩きました。

「11機が限界か。少ないな。いい。爆弾を積んでくれ」
「八八式は爆撃機じゃありません!」
「座席脇に押しこむか、胴体にくくりつけて紐を切ったら落ちるようにするとかしてくれ。大至急頼む。儂らは地図を確認してくる」

目標が錦洲東北大学であることを、ここで初めて知らされました。
天候、風向き、往復の所要時間に事故発生時の対応、などテキパキと求めていく閣下。
シミュレーションですよね?
訓練をやろうとしてるんですよね?
んなわけないかあ。

案の定、体重の軽い者が望ましいって理由で私が選ばれ、連れてこられた次第です。
兵隊になりたくなくてヤセッポチのままでいたのに、そんな落とし穴があったとは。
先頭の隊長機にベテラン操縦士と閣下が乗り込み、次のに私が乗らされます。パイロットさんよろしくね。
以下、掻き集められた兵士で編隊が組まれます。

飛び立って。
爆弾おとして。
戻ってきました。

奉天城へ着陸すると、先に戻っていた閣下が新聞記者たちに囲まれてフラッシュを浴びてます。
早すぎますよ手回しが。いくらなんでも。

「これは国際連盟への挑発であります。かれらに東洋の精神は理解できません。東亜の平定は東亜の人間によって築かれるべきです。そのための決意表明をたった今、してきました」

おそろしいこと言ってます。
でも一発も命中してるとは思えないし。
みんな前の機に倣って紐を切ったり放り投げたりしましたけど25kg爆弾を。あるだけ。
私もやっちゃいましたけど。
あんなのせいぜい威嚇です、イカク。
死傷者が、出てないことを、祈ります。

とはいえさすがにこれは、奉天司令部でも物議を醸しました。
閣下の突発的な思いつきだったらしく、板垣さんも片倉も三宅参謀長も土肥原のおっちゃんも、皆、あ然。
とりあえず状況報告まとめて、本庄さんから内地へ伝えてもらおうってことに。いつものように。
その報告書作成も私、手伝いました。
刺激的な言葉はなるべく使わず、穏和に、穏和に、心をこめた反省文を、書きました。
ゆるして。



[43732] File_1931-10-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/06 00:02
File_1931-10-003D_hmos.

錦洲爆撃。予想以上の効果あり。
閣下もさすがに、しょげてます。
「やりすぎだったか。以後は、つつしむ」

つつしんでください。
もう充分おどろきすぎてますから。
この先はどうか、もうちょっと、マイルドに。

照準もなしで落としてきた爆弾ですが、いくつか米国領事館へも当たってたり、民間人の死傷者も出しました。
ごめんなさい。

国際連盟からは猛抗議きてます。
民国も米英も、もちろんそりゃあ激怒してます。
学良くんのコメントは見当たりません。生きてる限り狙われてるとわかってるから今、必死に隠れてるはずです。
芝山さんの命も風前の灯ですね。彼とも連絡途絶えてますけど、生きてても動けるわけないか。

東京政府はこれまでもずっと、
「これは戦争でなく事変であり、日本は治安回復後すみやかに撤兵するので決して国際平和を乱す気などなく、中華民国政府および国際連盟とも協調する姿勢を貫きます」
と言い張り続けていましたが、そのナケナシの外交アピールも、こっぱみじんに砕け散りました。
ここまでくると、なぜまだ倒閣してないのだろうと不思議でなりません。
次のなり手がいないのかも。
じゃあクーデターを待つしかないですね。
そんな最期かワカツキシデハラ。
日本史上に残るザンネン内閣。自業自得とはいえ。
実際、平和平和と叫ぶだけで何ひとつ現実的な対策をとれない内閣ってこんなもんだと思います。
他山の石といたしましょう。

こっちは勢いづいてます。
瀋海鉄路が、日本のものになりそうです。

瀋陽から、海龍までを結ぶ鉄道で、張学良が満鉄への並行線として作らせました。
事変以後、運休してたんですが、青年連盟の中でも行動派な山口さんという方が乗り込んで、中国人従業員の方々がろくに給料も支払われていなかった実態を聞き出し、満鉄が買い上げる形で責任者同士を合作させました。
今朝から装甲列車を走らせて路線の点検をしています。
新満洲国は、軍事的制圧で相手を屈服させるのではなく、こうして、地元を味方につける方針で、領土をますます拡大中です。
思い出してください。
これって、森矗昶イズムでしょう?

満洲へ来てから、閣下に、ノブテルさんの話、したことあるんです。何かの折に。
あれを覚えててくれたのか。
閣下が参謀本部・青年連盟・満鉄で講演をするとき、新国家建設とはかくあるべし、という例の中に、盛り込んでいる要素だそうです。
完敗ですよ、閣下。
何てことしてくれちゃうんですか。

錦洲は、勢いあまってヤリスギでしたけど、それは反省してほしいですけど、でも。
滿洲国の基本理念は
三民主義よりも民衆立脚で
共産主義よりも経済発展重視で
中国の大地に、五族協和の一大共同体をつくりだすという
とんでもない新思想によって貫かれてるんです。

昭和6年。歴史は、変わった?
私のいた世界に、石原莞爾という人物は、いただろうか。
日本の歴史に、こんなできごと、ありましたか?

おそらく、イシハラカンジという、無名の参謀はいたと思います。
テイちゃんと結婚して、関東軍に配属されて、平凡な一生か、あるいは太平洋戦争でお亡くなりになられたか、してたんじゃないかと思います。
しかし私がこの世に転生し
なんとかせねばと勉強して
たまたま出会った石原莞爾に、いろんなことをふきこんだ。
そこまで考えてなかったですけど、十年かけて、21世紀の発想法を、この一軍人に、教えた。

歴史は、かわったんだ。
バタフライ・エフェクトを、導いちゃったんだ。
そう思いたい。
信じて、いいよね?
新しい未来を。



[43732] File_1931-10-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/07 00:02
File_1931-10-004D_hmos.

12人ですか。ユダは逃げ損ねたかな?
東京市麹町区三宅坂の参謀本部にて、本日17日、反動分子が一斉検挙されました。

陸軍省はこの不祥事をひた隠しにするつもりのようで、省内でもごく一部の人間にしか伝えないで捜査しています。
でも関東軍に極秘暗号で伝わってきてるということは、まだまだ分子は残ってるってことですよね。
さあ内地は大揉めだ。
これでまたしばらく、時間かせげます。

政府転覆計画がおじゃんになったのを肴に、閣下から、何をするつもりだったのか、ようやく聞き出せました。

予定では10月24日に、東京市内各所の陸軍中隊が決起して、首相官邸・警視庁・陸軍省を占拠。閣議中の若槻内閣閣僚を粛清。必ずしも殺す必要は無し。
即日すみやかに新政府を擁立。宣言していただくのは東郷平八郎元海軍大将に。え?
まだ生きてるんですかこの人。日清戦争時代の指揮官でしょう?いま83歳?お飾りにしてももう少し若い人にしてくださいよ。演壇に立てるんですか?
新首相に、荒木貞夫中将。あー、聞いたことあります。
外相、建川美次少将。ってあの瀋陽館で毎日遊んで帰った人ですか。オイやめてくれ。
蔵相、大川周明。風俗狂いの?
内相、橋本欣五郎。
法相、北一輝。
陸相は書いてないけど首相が兼任かな。

……なんですかこの計画書。
杜撰というか出鱈目というか、あまりにもマトモじゃなさすぎる。
誰が書いたんです?こんなモノ。

荒木貞夫というのは、閣下も教官やってた陸軍大学校の校長も務めたことのある人で、皇軍という言葉の生みの親です。
ひょうきん者で威勢はいいけど、無責任な性格でもあるとの閣下評。
なので彼を首相に据えるこの新政府案に、閣下が絡んでるとは到底、思えない。

案の定、これは参謀二課の橋本欣五郎らが練った独自のプランで、関東軍は直接絡んでないそうです。
欣五郎は事変前から内地事情をつぶさに教えてくれてた内通者のひとりでしたが、今回、検挙されました。
こいつもお調子者なので、閣下は信用してません。
内相に自分自身を指名したのかな。なるほどお調子者。
私も、会いたくないかなって思います。

何はともあれ、若槻内閣倒壊というひとつのイベントがなくなりました。いずれ倒閣はするでしょうけど、自主退陣になるでしょうね。より、ミジメかな。
そういえば閣下、新首相に誰がいいかって私に宿題出されてましたよね。

「おお、前日になったら聞いてみようと思ってた。考えておいたか?」

正直、内地の人脈よく知りませんし、頭に浮かぶのはロクでもない奴ばっかりです。ただ、これまで閣下の口から出たことある人の中で選ぶとしたら、一人だけ、マトモそうな候補がいます。
でもその人って、首相になれる権限あるんですかね?

「フムウ?誰だ?首相になる権限、とは?」

言っちゃっていいですか?
秩父宮殿下。
大正天皇の二番目のお世継ぎ。昨年、満洲へ来たとき、閣下ずっと漫談きかせてたけど、終始それを冷静に聞き流してたそうじゃないですか。
そんな人なら、閣下のお眼鏡にもかなうだろうし、満洲国のパートナーとして、日本の舵取りを任せられるんじゃないかな、なんて愚考したんです。

おや。
閣下の驚く顔、ひさしぶりに見ました。



[43732] File_1931-10-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/08 00:02
File_1931-10-005D_hmos.

2591年10月21日。水曜日。
気がついたら、事変勃発から一ヶ月経過してました。
まだ?
もう?
いろいろありすぎて、今も、何が何やらです。

先日、土肥原さんが、奉天市長を、趙欣伯氏に引き継ぎました。
滿洲国は、なるべく現地の人に治めてもらうのがポリシーです。とはいえ選挙でえらばれたわけではないので、まだ傀儡ですけどね。親日派であることも条件です。
けどゆくゆくは、地元のための地元による政治体制に移行していく予定です。

こんな、長期展望を、未だに想像もしていない内地。
井の中の蛙が顔つきあわせて考えようとはしているんだろうけど、お外のことを何も知らないのなら、せめて見上げて空の青さを知ってほしいもの、なんですが。
そんな内地から、またまた新たなる使節団。
次から次へと担当が交代して、まったく、いまなんどきだい。

今度のお客様は、白川義則大将。
もと陸軍大臣ですよ。大物ですかね、階級はたしかに。

虎之助一行が徹底的に冷たくあしらわれたので、白川さんたちはもっとひどい対応されると覚悟してたようです。
ところが本庄司令官と林総領事に正座で出迎えられ、終始どぎまぎしてたとか。
強く出られないのは、先週のクーデター未遂の一件も大きいのでしょう。東京では以来誰も彼もが疑心暗鬼で、これ以上関東軍を怒らせることは御法度であると厳命を受けて派遣されてきた由。
怒ってませんけどね。
呆れてるだけです。

こちらとしては、内地での捜査状況とか、どこから情報が漏れたんだろうとか、白川さんたちに聞きたいこともいっぱいあるんですけど、どこまで知ってるかを教えたら内通もバレますからね。私も、閣下たちが本庄さんたちから聞いた内容の更に孫引きでしか情報ないので、そこはうかがい知れません。モヤモヤ。

内地では、関東軍が天皇陛下からも独立して、滿洲国軍として完全に日本から分離していってしまう肚だぞ、なんて噂も出ているようですよ。
沈黙の艦隊じゃあるまいし。
我々は、海江田四郎じゃありません。

そんな噂にビクビク脅えてる暇があるなら、正確な状況把握をすみやかに行い、その上で交渉に出向きなさい。
敵対するなら敵対でいいけど、同盟者のつもりなら、ここからの最善策を真剣に考えるためのパートナーとして相手と向き合いなさい。
邪魔しにきてるだけなんて論外です。
あなたたち何一つマトモなことできてないんです。
コロコロ担当を変えてるだけでも相手をバカにしてるんです。
その都度イチからやり直し。引き継ぎどころか報告書すら、まともにつくってないんだかっての。
私ごときにこんなツッコミされてるレベルなんだってことをまずは恥じなさい。
そんなことすら、わかってないんですよ、あなたたちって。

松木タモツさんという、満鉄上海事務所から転出されてきた、経済と国際法顧問の先生が、いま滿洲国建国大綱の草案を作成中ですけど、徹底して現場の人たちの意見を聞きながら、法的不備が無いよう、煮詰めておられますよ。
国家創設って、ほんと、大事業です。
遊んでる場合じゃないんですからね。



[43732] File_1931-10-006D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/09 00:02
File_1931-10-006D_hmos.

2591年10月29日。木曜日。
事態終熄をただ祈っておられるだけの皆さんへ、残念なお知らせがあります。

ハルビンが独立して緩衝地帯になったことで、日ソ事変は回避されました。
これで関東軍は張学良を追い詰めることに専念できる。となればすぐにも山海関を越えて天津、北平へ向かってくるぞ、というのが昨日までの流れでした。

国際連盟は、日本に撤兵を要求しました。
当然ですね。これ以外の決議が出たらおかしいと思う。
3週間の期限付きです。11月19日までに、もとの満鉄付属地内まで戻れと。
軍が退いたら、満洲各都市の治安は誰が守るのか。そこは言及されてないようですが、いいのかな。

ともかく我々は、次のミッションを、3週間以内に終わらせなくてはなりません。

北北西に進路を取れ。
チチハル、黒龍江省。東北辺防軍残党の辺境守備隊が、次のターゲット。
敵大将は、馬占山。
兵力は2万人と見積もられています。

張学良は甘やかされて育った印象が抜けませんが、馬占山には、張作霖が甦ったかと思わせる、馬賊上がりの荒々しいオーラを感じます。
行動する前に必ずメディアへ挑発的なハッタリをかますというプロレスラー気質も持ち合わせており、とにかく日本が大嫌い、というわかりやすいアイデンティティも、ドラマを盛り上げる要素です。

嫩江北岸に陣を構えた馬占山。
関東軍の進撃を阻むため、洮昂鉄路の鉄道橋を三箇所、爆破して通行できなくさせました。
ソ連が管理する中東鉄路の路線なんですけど、奥地からの特産品を輸送するため満鉄が出資して架けさせた橋なので、満鉄は馬占山に損害賠償と1週間以内での復旧を要求。
国際連盟より厳しい期限です。トイチ並みですね私たちって。

どだい無理ですし、馬占山も回答せず。
これを根拠に関東軍が乗り込むという段取りです。

といってもいきなり戦闘ではなく、満鉄の復旧作業を関東軍が護衛する、という過程を踏みます。
襲撃されるのがわかっているので、満鉄も関東軍も、決死隊を編成します。
第二師団の中でも精鋭級の、第16連隊が選抜され、閣下が陣頭指揮をとるため多門中将とともに出発します。
お前も来いと言われます。
ええええーまたですかあ。

奥地ではもう雪も降ってて、気温も氷点下だっていうじゃないですか。
そんな最果ての地へ1500名の兵と一緒に、行ってきます。
3週間といわず、さっさと終わらせて帰りましょう。



[43732] File_1931-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/10 00:02
File_1931-11-001D_hmos.

トンネルを抜けると、そこは戦場でした。
何を今さら。
と自分でも思ってますけど、ここは今までと別世界です。
私は雪国も、戦場も、知らない子供でした。
恥じます。詫びます。ごめんなさい。
だから今すぐにでも帰りたい。切実に。

2591年11月6日。
三日間の戦闘で、大興駅付近一帯を制圧。
当方、死者46名。負傷者151名。
凍傷予備軍、数知れず。
冬季装備も用意されてたとはいえ、足りません。雪国なめたらあかんぜよ。

馬占山軍の死者は200名以上と見積もられています。
死体は雪の中に埋もれていきます。
狼や猿が先を争って食い散らかします。
春まで残ってたら熊さんも寄ってくるでしょう。

ゲリラ戦術で抵抗する敵。これも私には初実見。
コミンテルンの指導が入っているかどうかは議論の真っ最中なのですが、鹵獲した敵の武器に、今のところソ連製は見当たりません。
小銃はチェコ製が多いです。安価なので張作霖の時代から中国ではスタンダードでした。
純粋に東北辺防軍の残党が抵抗しているだけという考え方もできます。
多勢に無勢なれば一撃離脱のゲリラ戦術になるのも必然。ソ連に教わるまでもない。

久留米から、戦車隊が出動、という報告を受けてます。
ついに、日本戦車が初陣を迎えるときがきました。
早く来てください。そして、早く終わらせましょう。

馬占山はメディア使いが巧みです。
お抱えの記者に、自分たちの戦果を高らかに歌い上げます。
それは先ず中国語新聞を賑わし、満洲にいる日本人の義憤を煽り、これが内地へも伝わって、皇軍コールを盛り上げます。
追い風です。もはや日本人は、これが聖戦であることを疑わなくなってきています。
それはそれでどーなんだと思わなくもないですが。
今はただただ、あったかい奉天が恋しい我々です。
なので、終わってくれればいいや。

関東軍だって、メディア対策、やってます。
日本人経営の新聞社記者さんに、どうぞ前線へお越しください、我々の戦いぶりを見てくださいと宣伝し。
徐々に中国語系・英字系の新聞社さんからも取材申し込みが増えつつあり。
そんな流れが生まれかけてます。
従軍カメラマンというのは21世紀では当たり前にいるものでしたけど、この時代では初めて登場したところですかね。

石原閣下はドイツ留学時代からのカメラ狂いなので、嫩江にもライカを持ってきて、自分でもいっぱい撮ってます。
それはもう楽しそうです。
旅順で、自分で現像するんです。官舎には専用の暗室までつくってます。
いいですね。閣下もついに、オタの道へと目覚めたか。まことに、ほほえましい。

フリーのカメラマンでミフネさんという方と仲良くなりました。
普段は大連でお店をやってるから遊びに来てねと招待されてます。
落ち着いたら、是非、うかがいましょう。
そのために、全員ここから生きて帰れるよう、安全第一でお仕事します。

そんな昨日の夜半頃。
新たな記者団の到着がありました。
トラックで、乗り合いで来られた一行の中に、女性がいらしたんですよ。みんながびっくり。

「関東報の永田美那子と申します。女だと思わないでください。死ぬ覚悟で参りました」

石原中佐。一歩出て、彼女へ一礼。

「こんなむさ苦しい所へ、ようこそ。この本部とて、いつ襲われても不思議ではない。生命の保証はできかねますが、お仕事であれば生きて帰ることを優先してください。危険と思えばいつでも、待避を。遠藤少佐、稲葉少尉、今すぐこのお嬢様のためのご不浄をつくってさしあげろ。塹壕の奥に、衝立を二枚だ。お申し出あれば必ず一人が外側で見張りをしろ。不埒な者がいたら即、憲兵と私に言え。厳罰に処すと皆に伝えろ。それでは皆さん、記者の方の詰所はあちらです。今夜はひとまず、おやすみください」

永田さん、魂を抜かれたかのような表情で、立ち尽くされてました。おそらくですが、いまの時代、男性からそんなこと言われたの初めてなんじゃないでしょうか。
私も、目の前で絶句してましたが。21世紀にだって、こんな紳士的な男、そうそう居ません。
閣下って、閣下って、ほんともう。
いったいどこまで私の言いつけ守ってくれちゃってるんですか。

ええ確かに言ったことありますよ。コーモトがまだ旅順にいた頃かな。
日本の男は女性への思いやりがなさすぎる。子を産む機械であり一切逆らうべからずって思想が蔓延しすぎてる。そもそも相手を傷つける行為だし、社会の発展性を自ら狭めてるだけ。少しは考え直しなさい。
そんなことを。

石原莞爾。あなた最高のオトコですよ。
お父さんじゃなかったら、結婚したいくらいです。
テイちゃんは、幸せ者ですよ。心から祝福します。
さあ、泣いてる暇なんかない。とっとと終わらせて、あったかいお風呂に入りましょう。
入るんだ。帰るんだ。



[43732] File_1931-11-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/11 00:08
File_1931-11-002D_hmos.

帰ってきました。奉天へ。
もともと長くても一週間しかいないつもりだったそうです。言ってよ閣下。不安だったじゃないですか。
多門中将によろしく後事を託して、我々はあたたかい鉄道へ乗り込み、戦場をあとにしました。

「天皇陛下の統帥権を一時的に東京参謀本部が委任されることが決定した、今後は参謀本部の命令に従うべし、よって直ちに兵を退くべし」と強い調子の電文が、奉天司令部へ届いたそうです。
ついに来るべきものが来た、我々は今までのウラミヲハラサレルゾ。
板垣さんが取り乱して、泣きそうになってますという、連絡でした。

それで急遽戻ってきたのですが、閣下、内地からの通達を確認するなり、一蹴。

「ホンモノなら、勅書の正本が下賜されてくるはずである。それが無い以上、陛下からこのような御下命があったなどと勝手に認めるわけにはいかぬ。惑わされるな!」

さすがというか。肝の据わった大悪党。
真偽はともあれ、三宅坂も考えましたね。
本当に統帥権委任が行われると、我々はめいっぱい報復されるでしょうね。
そのときはすみやかに独立宣言します。
日本から我々に命令できる権限を、完全に排除する。そのタイミングを早めることになります。

もし、奉勅がウソッパチであれば。
正規の手続きを踏まず、参謀本部が思いつきだけでこの指令を作成し送ってきたのであれば。
君たちも反逆罪です。
陸軍省から何人のクビが飛ぶでしょうね。

閣下と私は、ありえるパターンを五つほど出してみて、それぞれの対策を立てました。
もちろん東京になんか教えてやりません。
さあ、ライアーゲームの行く末はいかに。

一週間前線にいたので、世情にすっかり疎くなってました。
国際連盟からも、強い調子で即時撤退を言ってきてます。
あれ?19日まで待っててくれる約束じゃなかったでしょうか。
ちなみに理事会では、本来連盟に入ってないはずの米国オブザーバーを加えて決をとったそうなんですが、13対1という票数で日本への制裁を決議。

これに対して外相シデハラ。
「理事会は全会一致が原則のはず、この決議は無効である、もっと話し合うべきです」とゴネてるんだってさ。

そんな法廷ドラマ、ありましたねー。
正義を貫く、たった一人が、残りの全員に対し粘り強く説得を重ねて、総意を覆すんですよね。
日本大使の芳澤さんには出来るかな。一票でも逆転させられたら凄いですけどね。
我々にとっては、東京が緩衝地帯になってくれて、せいぜい粘ってくれる今の状況はありがたいので、放っておきます。

あとはですねえ。
これもチチハルから一週間で戻ってくる段取りの一要素だったんですが。
天津にいる溥儀陛下との交渉が進んでいて。明日あたり、満洲へお引っ越しされる予定らしいんですね。
ただ、元皇帝ですし、現在政局的に彼の身柄は特A級の保護対象になってるんで、夜逃げのような形で連れ出さなくてはならない。
いま閣下はその打ち合わせを、特務の人たちとやってます。
特務絡みの会議に私は参加できないんで、あとからこっそり教えてもらいますけど。
本格的なスパイ大作戦みたいなことをやるようですよ。

私はちょっと休憩をいただきます。
青年連盟創立時メンバーのお医者さんで、ヴァイオリンの名手がいて、リクエストで時々弾いてくださるんですが、今もそれが隣室から聴こえてきます。
曲名はわかりませんけど、とても癒やされます。
その調べに浸りながら飲む、たっぷりミルクを入れたコーヒーが、たまらなくおいしいのです。



[43732] File_1931-11-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/12 00:06
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11月17日。
いよいよ、連盟の期限も間近くなったので、前線では本日未明、多門師団による総攻撃が始まりました。
戦車隊に爆撃機まで出動しての、大捕物です。
奉天司令部で、固唾を飲んで見守っています。

私は現在、松木顧問が作成した満蒙自由国設立案大綱の検討作業に携わってます。
組織図の雛形はできたので、これを各関係機関へ配って、調整してる段階ですね。行政のステージです。

細かなところは私の出る幕ではないのですが、ものすごく根本的なところが気になってます。
満州国は、五族協和の民主国家。
はじめのうちは日本人が主導するけど、人口比ではとてつもなく多数派である中国人の方々が主役です。
満・漢・蒙・韓・和、ですね。
五族協和という言葉自体は、清王朝末期に生まれました。当時は朝鮮と日本が入ってなくて、モンゴル・チベット・回族が分かれてました。新しい五族では、この三民族をまとめて、蒙としています。
満洲族と漢民族って今は現実的に分けようがないんですけど、満洲という土地に立脚していることをアピールする必要から、分けてます。
要するに、あんまり厳密ではありません。

個人的には、白系ロシア人も入れたい。けど、語呂も悪いし、満洲を故郷と呼ぶにはまだ違和感も強いので、いずれ段階を踏んで、というところでしょうか。
話がそれました。
もっと根本的な問題として「この国、共和制のはずでしたよね?」てところが私の疑問です。

現在、東三省に住んでる民族は、これでもかというくらい、有象無象。
南京政府が頼りにならず、旧瀋陽政府もボロボロだった。そこへ新国家をつくるにあたり、何をもって国家の礎となすか。
国民をひとつに束ねることのできるシンボルとは何か。
確かに難しい課題です。
そこで、溥儀皇帝をお迎えしようという発想が生まれました。
アイデア自体は悪くないと思うんですが、皇帝を擁するってことは、すなわち帝国。
満洲帝国。
ムムム?

考えすぎかなあ。
確かに、いきなり共和制でスタートしてもパンチが弱いでしょう。だからひとまず帝国から出発する。現実的な政略かと思います。
南京政府・日本政府・国際連盟ほか世界各国と長期に亘り交渉していくにあたって、無名に近い趙欣伯氏よりも溥儀皇帝の方がはるかに足もと見られますまい。それは極めて重要なポイントです。
ただ、帝政でいくとなると建国宣言の中身がまるっきり変わってきちゃうんですよね。
これを詰めるには、やはりどうしても、溥儀陛下が来てくれてからじゃないと始められない。

聞くところによると、溥儀氏は復辟にこだわってて、皇帝という存在でなければ嫌だと。この一点を頑として譲らないそうです。
それさえ認められれば、政治には一切口出しをしないみたいな噂も聞くので、対外的には堂々たる絶対君主のイメージを示しつつ、中ではがっちりブレーンたちの意見を聞いてくれる、そんな関係が築ければいいですね。
ブレーンたちと言ってもアクの強い、始終言葉でも拳でも殴り合いをしているような人たちばかりですから、満洲青年連盟は。生半可にはつきあえません。毎日がプロレスです。

写真で見る限り、張学良よりずっとお坊ちゃま風な溥儀氏にそんな日常が堪えられるかな、というのも不安材料なので、早くご尊顔を拝したいものです。
溥儀がかわいそうになったら味方をするし、溥儀がワガママ言い始めたらブレーン側に就いて策を練ります。
いいポジションでしょ。
だから早くお会いしたいです。溥儀陛下。



[43732] File_1931-11-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/13 00:02
File_1931-11-004D_hmos.

チチハルにまつわるエトセトラ。
多門師団、19日に、チチハルを占領しました。
おつかれさまでした!

治安維持のため、守備隊は残りますが、凍傷のひどい人から続々と、帰還が始まってます。
石原閣下によるお出迎えが、数日間、ありませんでした。
期待されてた兵士および市民の皆様ごめんなさい。
誰も文句なんて言わないけど。お忙しいのだと思っていただいてるのでしょう。
実は超極秘ミッションで、閣下しばらく満洲を離れてたんですけど。
その話は最後に。

馬占山はいま、黒龍江省のさらに奥地へ逃げていき、日本許すまじ!と猛烈なるマイクパフォーマンス。
ほんといいキャラだなあ。
プロレスラーへ転向してくれたら、推しになるのに。

内地からは、陛下よりの委任であるぞと断り書きをした命令がスパムメール並みに届くのですが、使節が委任状正本を持ってくるまでは徹底無視、というのが関東軍での方針です。

国際連盟との交渉は、窓口が東京政府なもんですから。
ワカツキシデハラは、言ってみれば、「不良息子たちが外で暴れてる真っ最中に、PTAやらマスコミやらへの対応に忙殺されているお父さんお母さん」みたいな状態に置かれています。
この喩え、言い得て妙ではないですか?自画自賛。

普段子供たちのこと全く見もせず、うちの子いい子と勝手に思いこんでだけいた、そこそこ地位もありプライドだけやたら高い親っていうのは、いじめカツアゲ無免許運転ドラッグ焼入れレイプに窃盗、された被害者に対して逆ギレ、説教まで垂れながら
「うちの子に限って」
みたいな信念を胸張って、叫びまくるんですよね。
あーあ。
子供たちから一番ナメられてるのはあんたたちですってば。
やってんだよ実際。犯罪。
それを認めたくない。
意地でも認めない。
憐れな両親は。かくして身動きもとれず。実態の把握すらできない状況で。弁明ばかりに明け暮れて。誰からも相手にされなくなるという。負のスパイラル。

そんなドラマ、結構見てました。前世で。
不良少年少女モノって、誰の視点で描いているかがすごく重要で。
それによって、結末が、真逆なんですよね。
うろ覚えでしか語れないのでドラマの話はこのへんでやめますが。
そんなバカ親たちですから所詮。ワカツキシデハラは。
国際連盟に対して「馬占山はソ連からの支援を受けている共匪であるからしてこの出動は正当なのである」とか強弁。
確かにソ連製の武器がちらほら鹵獲されてますけどね最近は。でも組織的に援助されてるかというと微妙。
いちおう報告してんですが。見てないのかな。ソ連からは、冷静に抗議されてます。
ほんと、手のつけられないバカ親。
反省してください。

こんなゴタゴタの中、ひっそりと、遼寧省が奉天省へと名前を戻したりも。
学良の国民政府帰順で改称されてたのがもとに戻りました。やっぱり馴染みの名前がいいよねってことで。
そこへ帰ってきて、変装を解く石原。
日本から。よくぞごぶじで。

私を含む数名にしか知らされてない極秘ミッションだったんですけど。
閣下、赤坂で、秩父宮殿下と会ってきたんです。
首相になってくれないかと。
オイオイオイ。まさかの。
即答は、もらえなかったようですけど。あたりまえか。

関東軍が、実際に何をしていたか。
何を考え、どう動いてきたのか。
最中心人物であるところの石原自身の口から、その思いと今後の計画を、胸襟ひらいて全部説明してきて。
考えてくれと伝えてきたそうです。

奉勅の真偽は、殿下でも実際のところわからなくて、それならやはり関東軍の方針には変更なしと結論されました。
殿下からのお願いとしては、国際連盟をこれ以上刺激しないでほしい、戦火の拡大はやめてほしい。
そういう要望を受け、石原は承諾してきました。
いよいよ、大詰めでありますなあ。



[43732] File_1931-11-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/14 00:03
File_1931-11-005D_hmos.

うちの父、前からヤバかったんですよ。

コダマです。
東京から戻ってきた父。あ、石原莞爾のことです。
父、本格的に、体調崩しまして。
2~3週間の休暇を、厳命しました。

二ヶ月、不眠不休で働いてましたからね。
それはもう、様々な重圧を撥ねつけて。
世界を相手に新国家建設なんていう大バクチ仕掛けて。
冬のチチハルにまで飛びこんで。

握り飯食い始めて、眠りだして、落っことして、みたいなのも目の前で何度か見てますし。
限界はとっくに越えてたんです。
だからしっかり休んできてください。

旅順の官舎にテイちゃん来てるんですよ。
だから思う存分甘えてきなさい。
写真もいっぱい溜まってるからぜんぶ現像して眺めながらテイちゃんに漫談聞かせてあげてください。
3週間じゃ足りなかろ。
ほんと、しっかり休んできてくださいね。

さて、鬼の居ぬ間のなんとやら。

石原は確かに原潜独立級のとんでもない大事件を起こして、それはそれで乗りかかった船とはいえ私たちも片棒担いでるんで。後には退けねえゴールまで走り続けなくてはって目標は一致団結、共有してるところではあるのですが。
ここへきて、いろいろと綻びも出てきてます。

関東軍は軍閥でも戦国大名でもないので、戦ったやつらに占領地の土地をやる、みたいな褒賞を考えなくていいのは救いです。皇軍兵士は純粋にお仕事として戦ってくれてるんで、お給料で話がつきます。
これはほんと、ありがたいこと。
しかし民生部門になると、石原が軍を統率してるほどのカリスマというか仕切り役みたいな存在が、いないんです。

満洲青年連盟・雄峯会・満鉄本社とその関連企業いろいろ。そして、松木さん。
趙欣伯さん・于冲漢さん・張景恵さん・煕洽さん・丁鑑修さん、その同志たち。
溥儀陛下からの要望も、これにミックスしなくちゃならない。
さながら、闇鍋です。

中国の人たちはエネルギッシュなんだけど、今をあざとく商機ととらえ、モーレツに日本人へコビを売って、ワイロ攻勢で政府中枢へ取り入ろうとしている人たちが、すでに相当数います。
気持ちはわからんでもないんですけど、最初からそっち方面にあんまりガツガツしてる人はなるべく参加させたくないなって私なんかは思うんですけど、どうでしょう。
既に懐柔されてるスタッフいるかも。
まったくいないわけはないでしょう。
かといって、審査をあんまり厳しくしすぎても、行政なんて進まなくなっちゃう。

この辺の見極めを適切に、公正に、折り目つけて、捌いていける人がいないのが、滿洲国のちょっと不安要素ではありますね。
これが、石原休暇によって、表面化してきたなあと、いうところです。
孫中山の没後、蒋が北伐を継承する形で中華民国の代表者になっていった過程も、こんなだったのかも。と思うところもあります。
でもそれは、反面教師とせねばなるまい。

心して、かからねば。



[43732] File_1931-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/15 00:02
File_1931-12-001D_hmos.

2591年12月7日。
石原中佐はお休みを満喫されてますかしらん。
二週間前。秩父宮に戦線不拡大を約束してきた、と皆に言いおいてから司令部を離れられました。
その後、モーレツに戦線は、拡大、しております。

誰か伝えてる?
伝えてないよね。こわくて行けないよね。
新聞読んでたらバレるかな。読んでないわけない?なくなくない?
「何やってるんだ!」
と閣下がいつ怒鳴りこんでくるんじゃないかって。
みんなビクビクしながらお仕事してる、師走であります。

ちょうど一ヶ月前、溥儀を天津から夜逃げさせたんですね。
私、そっちの作戦には絡んでなかったんですけど、土肥原のおっちゃんが、随分とまあヒドいことやらかしてました。
現地の人たちに武器渡して暴動起こさせ、
「溥儀様大変であります避難なされませ!」
と庇うふりして拉致。
大連まで船で来てから、湯崗子っていう温泉あるんですけど、そこへお連れして。
今後についての傾向と対策と段取りを話し合い中。
今も、ですよ。

天津はそのときの暴動が続いちゃってて街は荒れ放題。
北平よりちょっと手前に位置するので、そこには、陸軍省直轄であるところの支那駐屯軍がいて、司令官は香椎さんて中将なんですけど、応援乞う!って連絡きたんで関東軍が向かいました。
可及的速やかに対応すべき緊急事態に対する、現場判断による臨機応変な出動です。
閣下がお休みに入ったあとでした。

奉天から天津までは、石原が10月に爆撃してきた錦洲を通るんですが、この辺の治安もいま非常に悪くなってて、鉄道が使えません。
騎馬兵狙撃手の一撃離脱襲撃を警戒しながらの行軍。
だから、まだ天津に辿りついてないんですよ。
応援が応援を求めている。そんな有様です。

反対方面なんですが、満鉄路線でいうと長春が、本来、満洲での関東軍勢力範囲東端だったんですね。
9月に、その先の吉林まで占領。
そこまでは聞いてましたが、今はもう、さらに東の敦化ってところまで関東軍押さえてるらしくて。
いつの間にそんなとこまで行っちゃった?

雪と氷に閉ざされたチチハルへも、旅団が増援されました。
シベリア出兵のときみたいに民家燃やしてたりすんなよ。
閣下がいた時は、兵の風紀は極めて厳格に維持されていたのですが。
今は、どうなっているかなー。

物資がなければ私だって燃やせるもの燃やすしかない。切実です。
補給の維持とは、風紀の維持でもあるのです。衣食足りて礼節を知る。
チチハルの寒さを知ってるだけに、そっちの兵站は私がチェックしています。
満鉄さんへ特に、お願いしています。

そのチチハルで、板垣さんが、馬占山との交渉を成立させた、とさっき連絡入ったとこです。
馬占山はカリスマとリーダーシップにおいては稀有な人材ですから、「その手腕を滿洲国のために役立てていただきたい。黒龍江省長として、政治をあなたに任せたい」という条件で、説き伏せました。
馬占山軍の皆さんへも、銃と交換で食糧を提供するよと持ちかけて、うまく取引が進んでるようです。
かくしてようやく、戦闘状態は停止しているところです。

最大の敵が、来週からは最高の味方になるよ!って少年マンガの王道を地で行ってますよね。ニコニコ。
以上、鬼の居ぬ間の近況でした!
おしまい。



[43732] File_1931-12-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/16 00:04
File_1931-12-002D_hmos.

若槻さん、幣原さん。さようなら。

お二人の在任中に満洲事変勃発。
すべての対応が後手後手に回り、迷走に迷走を重ね、有効な対策を何ひとつ取れないまま、全世界からのバッシングの矢面に立たされ続けた、日本史上最低の内閣。

さぞや私たちを怨んでいらっしゃるかと思いますが、不運だったなんて思わないでくださいね。
四年前のこと、覚えてらっしゃいますか。
あの時から、復讐の歯車は回っていたんです。

あなたたちが、よりにもよって、またもや、日本の命運を背負う立場に舞い戻った。
背負っていただきました。
ご満足いただけましたかしら。

実際のところ、この内閣だからこそ、計画は実行に移された。
あなたたちがいたからこそ、完璧なまでのシナリオが描けた。
必然かつ重要な、パズルのピースだったんです。
おわかりですか?

わかっていただけたら、もう二度と、私たちの前に現れないでいただきましょう。
ご冥福をお祈りいたします。
さようなら。

2591年12月13日。新内閣誕生です。

首相、犬養ツヨシ。
軽く記憶にあるんですが、何やった人だったかな。76歳のおじいちゃんです。事態収拾という大役を担わされてますから、未来ある人はやりたがらないのでしょう。軍歴はありません。外相も兼任。またかー。田中義一のときより悪条件。誰もやりたがらないのか。そうだろうな。

陸相、荒木サダヲ。
ついに出てきました、皇軍先生。この人は頼りになりそうです。実は内通者の一人でした。関東軍との連携を謀ってくれます。

海相、大角ミネオ。
知らない人です。もともと日本の陸軍と海軍って連携とってないのですが、荒木さんの根回しが効いてるってことらしいので、お手伝いいただけるとなれば、有難し。

蔵相、高橋コレキヨさん。
この方もおじいちゃんで、よく出てくる人ですね。さっそく戦費調達のため公債を発行すると言ってます。ワカツキそれすらやってなかったんかい。内地では関東軍を応援してくれてる国民も多いので、これは、たすかりますね。一緒に、盛り上げていきましょう。

最後に。これは、わざわざ言うべきかスルーすべきか迷いましたが。言っちゃえ。
文相、ハトヤマ一郎。
濱口首相をいじめ殺した男でしたね。文部大臣?正気ですか?先が思いやられます。お前が勉強しろ。人の道とは何たるかを勉強しろ今すぐに。誰だよコイツ選んだの。犬養さんですか。そうですか。私はこの首相には期待しません。今回はツナギだと判断します。せざるを得ません。

内閣もフルチェンジしましたからってことで、三宅坂の参謀本部から新しい担当さんが挨拶に参りますって連絡きてます。岡村さん。
マトモな人だといいけど。だとしても、交渉役をこれ以上コロコロ替えるのやめてもらえませんかしら。
前にも言いましたけど。毎回イチから説明させられて、そんな話聞いてませんでしたって驚かれるの、ほんと時間のムダだし、相手との友好度をひたすら下げる効果しか生まないと思うんですね。おわかりですか?

日本への敵意と軽蔑心を焚きつけることが目的なら、お望み通りになってますけど。



[43732] File_1931-12-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/17 01:25
File_1931-12-003D_hmos.

石原莞爾、リターンド。蒋介石、デモーテッド。

まず石原から。
旅順でも雑用こまごま、やってたみたいですが、内閣チェンジ後すぐ、駆けつけてきました。
顔色よくなり、少し太ってのご帰還。テイちゃん、ありがとうございます。

山のような報告書を読みあさり、冷静に、現況把握。
その最中に犬養内閣が、錦洲攻撃の正式許可を発布。
悪手なら突っぱねますが、こんな統帥権干犯なら歓迎です。
学良より先に東京が陥落しおったわい、とみんな大ハシャギ。
関東軍と支那駐屯軍に、内地より各一個旅団の急派も決定。
ありがたいです。今、人手がメチャ欲しいとこだったので。
国際連盟からは猛抗議きてると思いますが、首相、ボケたふりして躱してください。
いわんでもボケてるか。

満鉄さんの修理部隊が今、突貫作業で関外線を走れるようにしています。
饒陽河というところが激戦区になっていて、なんだか満鉄職員のサトウ元治さん達が陸軍顔負けの活躍をされたとか。
何をやらかしたんだろう。
落ち着いたら社内報に載るかな。
来年の社内報はとんでもないボリュームになると思うな。永久保存版扱いですね。
内地でもバカ売れすると思うので、本にしませんか。あ、その仕事やりたい。

続いて、蒋介石です。
最近、南京の事情はとんと見てなかったのですが、日本の犬養内閣が先代の軟弱エセ平和外交を斬り捨てたことで、国際連盟への陳情による神通力もこれ以上期待できないなー、と打ち萎れたんじゃないかと思います。
林森さんというおじいちゃんに中華民国主席の座を譲り、その下の常務委員の一人に降格します。
政府軍を統率する権限は保持してますね。いまさら彼以外には仕切れないか。

良い方向に解釈するなら。これで蒋の独裁が終わって、中華民国も共和政へと移行するなら。
満洲はもらっちゃうけど、というか独立するけど。
日満華が手を取り合ってアジアの共栄圏を形成する、という世界地図ができあがる可能性が見えてきます。
北満のソ連と、南京よりも南と西での中国共産党の勢力。
それらいわゆる共産主義の脅威は残りますけど、まずはこちら側陣営のチーム力を固める。その上であらためて、共産主義とどう向き合っていくかを考える。

私は、共産主義を、頭ごなしには否定しません。
学ぶべきところは沢山あるし、反対勢力であるところの資本主義が良いかっていえば、とんでもなくひどい面も腐るほど知ってます。
どちらか一方だけが悪いとか、正しいものが一つだけあればよい、って頑迷になることこそが最も危険なことだという信条を持っています。

貧しい国では、強者による弱者支配がアタリマエ。
人権も踏みにじられるし、女は男の慰みものです。
コネ、ズル賢さ、そして腕力武力強制力が立場を決めます。
力こそがすべて。悲しくてもそれが現実です。
共産主義は、それを改革する力を持っています。

のしあがってきた有力者には悲劇でも、それは怒れる民衆を立ち上がらせ、奴隷を精神的にも文化的にも覚醒させます。
圧倒的多数の民衆が生活力を持ちます。
これは必要な過程であり、最善ではないかもしれないけど、現状もっとも効率的で短期間で達成できる、民衆解放イデオロギーだと思います。

しかし共産主義は、時が経つほど、その構造ゆえに閉塞し、発展性を失います。
ガチガチに凝り固まった甲殻を、自らの力で破っていくことは極めて困難に思います。
人々は未来に希望を失いはじめます。
それは国家全体を貧困へ逆行させるでしょう。

私の知っている世界では、ペレストロイカが起きました。
壁は、壊されました。
西と東の交流が始まりました。
ドイツなど、再統一を実現した国家もありました。
水と油の混じり合いは、多くの悲劇も生みましたけど、新たな文化と価値と仕事を猛烈に生み出しました。
何より、東も西も正解じゃなかったんだよ、どっちもおかしかったんだよ、相手のことを絶対悪だと決めつけていがみ合ってたこと自体が、人類すべてにとっての損失だったんだよと。
気づくことができたこと。
それが何よりも大切な発見でした。
私はそんな世界から、縁あってここへ招かれたのです。

滿洲国がスバラシイ、みんながこれに従うべきだ、なんてこと、私は毛頭考えてません。
私たちは悪党であり、大強盗団なのです。
でも、レーニンだってピョートル大帝だって、見方によっては悪党でしょ?
今は誰にも言いませんけど。
私は、今できる最善を、今のうちに、できるところまでやり尽くすつもりです。
物語は、ここからやっと、スタートです。



[43732] File_1932-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/18 00:04
File_1932-01-001D_hmos.

12月16日。
「匪賊討伐なら国際連盟が権利として認めている。ので、西方へ匪賊を追いかけているうちに錦洲まで来ちゃったぁどうしようってことにしてはどうでしょうか」ミッション・インポシブル。
人呼んで、遼西作戦。
開始。

奉天周辺区域から兵を集結させ、再編成後、出撃。
装甲列車を8輛準備し、線路補修しながら錦洲へ到達するまでを、約2週間と見積もる。
12月19日。
満鉄の軌道修理班へも出動をお願いしました。
12月23日。
田庄台から衛家溝までの区間で、敵装甲機関車と砲撃戦を繰り広げる。満鉄おじさん達も血まみれになって走り回ります。
12月24日。
牛荘で数百名規模の匪賊と交戦。
元軍閥系の馬賊なのか、東北辺防軍残党が匪賊化したものか判然とせず。
12月25日。
田庄台付近でなおも戦闘。15時より21時にわたり市街戦。
12月26日。
鳳凰城・高麗門・鶏冠山・四台子などで電線約20本が切断される。鉄橋が破壊されたりも。敵は戦い抜くことはしないが、逃げる際に徹底的な嫌がらせと掠奪をしていく。駅へ着くとたいてい、馬糞まみれである。
12月27日。
朝鮮軍から追加で混成一旅団・爆撃一中隊の増援。ありがたし。
西方の馬賊なお約三万との概算。機関銃、迫撃砲なども有する。
第二師団、凌中・牛荘・田庄台など各地より盤山へ向かって集結。
遼河を渡る。第二師団司令部を遼陽より営口に移す。
12月29日。
14時、我らの騎兵隊が盤山へ侵入し敵を相当数撃滅。盤山鉄道橋が破壊されるのは防いだ。
室兼次中将率いる第20師団に、被害の大きい部隊を統合させ、主力とする。
12月30日。
10時半、第一装甲列車が饒陽河へ到着。車掌は満鉄の名物おじさん、佐藤元治氏。敵は抵抗せず逃げる。
飛行隊の偵察によれば、錦洲駅前は避難民で甚だしく雑踏しているとのこと。
14時、打虎山を占領。鉄道橋修理に三時間を要す。
1月1日。
飛行隊の偵察によれば兵員、物資を満載した列車が錦洲駅から西へ送られ続けている。徒歩にて脱出中の敵兵は二千から三千人。
10時前に、第一装甲列車が石山站へ到着。
1月2日。
大凌河北岸には既に敵影なし。双陽甸へ宿営し明日へ備える。
1月3日。
10時40分。無人と化した錦洲城に到着と室師団長より報告あり。

あけましておめでとうございます。コダマです。
例年にない暖かさで迎えた、昭和7年のお正月。
皆様、凍傷はやわらいでおられますでしょうか。

張学良を追って、この後さらに北平まで、というシナリオも無くはありませんが、それは、しません。
関東軍に、そこまでの体力はありません。ひとまず錦洲で落ち着きます。
万里の長城は越えず。壁のこっち側だけ、いただきます。
文化遺産なので、壊さないよう、みんなで支えましょう。

国境守備隊を残して、関東軍の兵士には、これから国内の治安維持というお仕事がまだまだ、続きます。
満鉄の皆様も、本線・在来線・それから旧軍閥線というか、並行線培養線はおおむね満鉄のものとしちゃいますのでその整備・点検・新しい地図作成に料金設定・従業員の再契約とか福利厚生・その他諸々。
やるべきことが山積みです。
私も満鉄へ戻りますので、新路線図作成とかのチームに混ざれたらいいな。
南満全土を旅して回りたい。
想像するだけでウキウキ・ワクワク・ニヤニヤが止まりません。

父・石原も、自分の仕事は軍事作戦命令だけなので、これでしばらく休むわい、と改めて肩の荷を降ろしているところです。
ほんっとーに、おつかれさまでした。
そのうち戦跡をめぐる観光お座敷列車なんか企画して、建国の父・石原莞爾による漫談コーナーを設けましょう。
その区間だけ目当てに乗る人もいっぱいいるでしょうね。
握手会にサイン会。
うはあ。こりゃ儲かりますなあ。
アイドルのマネージャーつうかプロデューサーってこんなニヤけ方するものなんだろうなあ。
コダマPですよコダマP。
笑いが止まりません。どうしてくれちゃいましょう。
自分でも気持ちが悪いので、今日はここまで!



[43732] File_1932-01-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/19 00:02
File_1932-01-002D_hmos.

板垣大佐が、帰ってくるのを、皆がひたすら、待ちわびてました。
錦洲城占領の直前、東京より、召還の命令がきたんですね。
それだけでも身構えるところですけど、荒木陸相から、「心配しなくていい、正装も準備してくるように」なんて補足もあったものですから、一同、もっと身構えました。

察しの早い人は、いよいよ、くるべきものがきたか?と9月18日以来最大の正念場を覚悟したことでしょう。
板垣さん、死地へ赴く戦士として、皆に見送られて、内地へと出征。
早く帰ってこないかなあと、十日も、待ちくたびれさせられました。
その間、私は、これも4ヶ月近くぶりに、アパートへと戻ります。

すごかったですよ。部屋のカビ臭さ。
食べ物とか置いといたら、もっとおぞましきものが生まれていたと思います。
あの日、図書館から、片倉に拉致られて、そのままずっと帰れなかったからなあ。
よくもまあ。ひどい話だ。
浦島太郎どころじゃないですよ。
世界が変わってしまったんです。

玉手箱あっても開けませんけど。まだまだ、おじいちゃんになるのは早すぎます。
私の人生これからなんです。満洲の大地にヒトハナ咲かせてやりますぜ。
今年22歳でしょ。あと何年生きられるかなあ。
どこまでのことが、やれるかなあ。

手紙もね。山ほど、たまってたみたいですけど、これは大家さんがとっておいてくれてました。
一週間くらいで、私がずっと帰ってないと気づいてくれたんです。ありがたや。
ほとんどは、サノと、トーイチさんからですね。
宮本社長からの年賀状もあります。奉天へ帰ってからじっくり読もう。
お返事書くのも、ひと仕事だ。

大連の満鉄本社と、すでに古巣の図書館へも、挨拶を。
復職の手続きを一通りすませて、それでも2週間程度のお休みはこれからいただくことにして。
ゆっくり静養して、リフレッシュしてから戻ってきます。
うん、リフレッシュしたい。
緊張を解いて、全身の力を抜いて、のんびりしたいです。
そんな忙しい一日を過ごして、奉天司令部へ戻ってきました。

板垣さんの話に戻りますが。

1月8日に東京で、天皇陛下へ御拝謁。
関東軍代表として。
なぜか本庄さんじゃなく。
ユウアクなるチョクゴをカシされました。
優渥なる勅語を下賜。
皇室用語はよくわかりません。手厚いお褒めの言葉をいただきましたって意味です。

「皇軍ノ威武ヲ中外ニ宣揚セラレタルコト、朕深ク其ノ忠烈ヲ嘉ス」

その連絡が板垣さんから届いたときの我々の絶叫を動画にしておきたかったです。
どんだけアクセス稼げただろう。
いかん、今年に入ってからカネの話ばかりしてますね。いじきたない、いじきたない。
閣下は、皆を諫めました。
ホンモノをこの目で見るまでは、疑ってかかれと。
ほんと、パパったら、慎重すぎ。

そんでさあ。板垣さんが、帰ってきたわけですよ。
東京でも、各方面からの祝賀に招ばれまくって。そりゃ挨拶して回るところも一杯あるでしょうけど。
こっちは気が気じゃない状態で待ってんだよ!
早く帰ってこい!ツルッパゲ。

でまあ、やっと本日、1月13日になって、板垣さんがウソつきじゃないってことが、証明された次第なんです。
天皇陛下の勅語。ホンモノの正本。
旅順の総司令部へ持っていきますが、飾ることは厳禁だそうです。
日焼けしない、カビない、盗まれないところへ厳重に保管しておくこと、ですって。
変な理屈ですよねえ。毎日みんなで拝みゃいいじゃないですか。
それがアリガタミってもんじゃないでしょうか。
せめてコピーを貼らせてほしいものですよ。これは我々の誇りなんですから。

「我々は、勝った」
閣下のこの言葉で、私たちの満洲事変は、最高のトゥルーエンドを、締めくくりました。
そのあと、石原莞爾から、父モードで、話しかけられます。
「どうだった。驚いてもらえたか。感想が聞きたい」

前世今世通して二生ぶん。
どころかそれこそ時の輪の接するまで五劫の摺り切れるまでぶん、驚かせてもらいましたよ。
泣きませんよ。泣くもんか。
大悪党め。
あなたは、とんでもないものを盗んでいきやがりました。
私の心と、みんなの心と、世界の心と、未来も、ぜーんぶ。
新しい仕事が、山ほど必要になります。これから。
滿洲国の建国宣言は、春頃の予定です。
それまでに、やること、まだまだいっぱい、あるんですからね。

おっとその前に、休暇です。
東京へ行くと、板垣さんみたく、面倒なことになりそうですから。
今回はリフレッシュなので、上海でも、ぶらつこうかと。
一人で。のんびり。

思う存分、泣きはらしたい。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/20 00:02
File_1932-01-003D_hmos.

大連駅前を中心に、連鎖街という名前の、巨大な商店街があります。
雨に濡れない、アーケード通り。
21世紀だったら珍しくもない。むしろ寂れたシャッター街が日本中至るところどこにでも、と連想する形容ですが。
この時代では内地にもなかなか無い規模で。
破格にデカくて、連日賑わってる。
そんな、夢ときめくショッピングゾーンです。

スター写真館。おお、ここだ。
チチハルで従軍カメラマンの三船徳造さんから誘われましたので、上海へ発つ前に寄ってみました。
奥さんが店頭にいらして、現像室で作業してた徳造さんを呼んでくださる。
酸っぱい匂いを漂わせた徳造さんと再会。ああ、閣下と同じ匂いだ。
お子さん一人いるんですね、トシローくん。
お年玉をあげました。

徳造さんの撮った作品見せてもらいながら、一時間ほど、世間話。
スクープ狙いで事件とあれば即出かける、わけじゃなくて。
普段は、花に風景、鉄道とか。
七五三にお見合い用、結婚式銀婚式御遺影等々。
ほのぼのした写真もいっぱいあります。

朝日や讀賣みたいな大手は自前のカメラマン持ってますけど、トクさんはフリーで撮って回って、それを小さな新聞社や雑誌社に売るんです。戦場モノは実入りがいいそうです。
面白い話、いっぱい聞けました。
戦場写真て、ほぼ十割、ヤラセだとか。
12枚ごとにフィルムを交換しなくちゃならないし、オートフォーカスなんて無いどころか、絞りの調節すら露出計という機械片手に経験とカンでおおよそを決める。
精密機械だしメチャメチャ高価なので、カメラは命の次に守らなくちゃいけない。
その気苦労も半端ない。

戦闘が終わったあとで、兵士の方たちに再現というかポーズをとってもらって、表情もギリギリ見えるような角度からあざとく、どこまでもアザトく作りこんでいって初めて、載せてもらえるような写真が撮れる。
説明されると、納得です。
むしろ隊長さんとか、部隊の兵と、普段から仲良くしておいて、イザ撮るときには全面協力してもらう。そんな日頃からの根回し、コネ作りがこの商売の成否を決めるのだそうです。
言われてみればチチハルでもそうだったかしら?
現場ではそんな話、口が裂けても言えませんよね。
シビアな現実をまたひとつ、知ってしまいました。

トクさんが写真を売ると、あとは先方さんが煽情的な見出しと記事をつけるわけですけど、これも相当デタラメだったり、見事すぎるくらいおかしかったり。
従軍経験の無い人の手にかかると、そんな記事に俺の写真使わないでくれって怪コラボもできあがっちゃうんだとか。
うわあこれは恥ずかしい。
でも商売なんでね。
次もどうぞよろしくって、なっちゃいますよね。
お忙しいところ、楽しいお話ありがとうございました。

閣下がいっぱい使うので、フィルムを買っていきます。オマケしてくれました。
かさばるので、港の預かり所へ置いていこう。
さて次は、上海です。一年ぶりか。
楽しみだー。ウキウキ。



[43732] File_1932-01-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/21 00:30
File_1932-01-004D_hmos.

モテ期ってやつですかしら。一夜限りとはいえ。
上海のね、内山書店へ行ったんですよ。
私のこと、覚えてた人がいて。
「満洲から来てた人だよね?」と、目ざとく見つかります。
ああ。ええ。そうでしたかしら?

皆、事変のこと聞きたがる。そりゃそうか。
しかも私、モロ、中の人ですからね。この時点では、言ってないけど。
青年連盟に入ってて、奉天市内で雑用みたいなことやってましたけど~って適当にはぐらかしながら。
それでもアレヨアレヨという間にバーへ連れてかれて。
どんどんギャラリーが増えていって。
コップを置く暇もなく前から横から上からも注がれ続けながら。
根掘り葉掘り聞かれる。

うわあああやめてくれこういうの超苦手なのよ。帰りたい帰らせて。
なんて思ってるうちに、どんどん飲まされて、すっかり記憶がないのです。
やべえな。
自分が何をしゃべったか。うわ恐ろしい。

という落ち着かない一夜をなんとか生き延びて、逃げ延びて、二日目です。
フツカヨイでガンガンする頭をさすりながら、今日はホテルで寝転がったまま、新聞と雑誌を読みふけろうと思います。
んー。頭に入らねえ。
というか。

満洲内で、
特に奉天司令部とか、日本人居留地とかで読むことのできた新聞って、割とまあ、
「関東軍よくやった!」
「皇軍ガンバレ!」
的なものが多かったんですね。
土肥原さんとか、板垣さんとか、三宅さんとかは、そういうのばっか読んでは、ニヤニヤしてました。
そのあとで東京政府や陸軍省からの命令書読んで、文句言いまくるのが日常でした。

やや批判的な、英字系の新聞も届いてまして。
閣下や松木さんや私らなんかは、そっちの方を注意して読んでたんですけど。
それでも、認識が甘すぎましたね。

上海は、右も左も、保守も革新も、好戦家も非戦派も、誰もが発信できる、情報のスクランブル交差点です。
ざっと目を通しただけでも、その多くが、この4ヶ月間日本が満洲でしでかしてきたことを、猛烈に批難していることがわかります。

日本内地の新聞が、おそらく今でも、支那軍閥争乱時代にその各勢力のもつれ合いをきちんと把握できてなかったように。
今日の世界もまた、特に西洋の人たちには、ワカツキ政府から犬養政府へ代わったんだくらいは分かってても。
陸軍省参謀本部と皇室系機関との統帥権のモツレとか、
関東軍・朝鮮軍・天津軍などの相互関係とかを、
理解できてない記事がけっこうあります。無理もないんですけどね。

それにしてもヒドいのになると、ミカドすなわち天皇陛下の御一存が発端で、それに沿って日本の各地方軍組織が密接に協力し合ってこうなったのだ的な専門家分析まであります。
面白いけど。違うんです。
まったくそれ、間違いです。
旗も同じで、すべて日本人の兵隊ですけど、二大勢力が完全に敵対関係だったんです。途中までは。
うーむ。

マトモじゃないものは、間引いていきましょう。
きちんと構造を正確に捉えていて、なおかつ、看過できない示唆を与えてくれるものだけ、拾い上げます。
たとえば。
「日本はこれから、北満・北平・南京、そしてシベリアの順でまだまだ領土欲を満たし続けるであろう、その時期を予測する」なんて記事があります。
相当に先の先を読もうとしてますね。
日本の狡猾さを責めるよりそれ以上に、中華民国の弱さに憤ってる人たちもいます。
メイファーツメイファーツ言ってんじゃねえ、戦えと。

没法子。メイファーツ。
仕方ないんだ、っていう、諦めの言葉ですね。
列強に切り刻まれていた時代から、中国では常に誰もがつぶやく呪文です。
上海でも聞きますよ。上海発音では、ムメファーツです。

読み漁ってるうちに私自身も、やっと冷静になれてきましたけど、私たちはとんでもないことをやっちゃったんだなあと、反省しきりです。
のほほんと、バカンスなんて、してる場合じゃなかったかも。
いやしかし、来なければますます、わからなかったでしょう。
わからないままでいたでしょう。

答えを出せるまで、もうちょっと、います。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/22 00:03
File_1932-01-005F_hmos.

我が名は、ヴィクター・ブルワー=リットン。
探偵で、伯爵さ。二代目だ。

私も高齢なので、これが最後の仕事になるかもしれない。
と前回も前々回も言った気がするが、まあいい。
今度の依頼主は、国際連盟。
舞台は、極東。

満身創痍だが、古き衣を棄て新しく生まれ変わろうとしていた大陸が、面積比一割にも満たぬ対岸の島国に、突然、その体の一部をもぎとられようとしている。
私はこの事件の厳正なる検証と、国際社会がどう裁きを下すべきなのか、そのための方針を提議する任を負った。

私の補佐をしてくれる、役者たちの紹介をさせていただこう。

アンリ・クローデル氏。
62歳。メンバーの最年長だ。フランスの陸軍中将で、モロッコ/コートジボワール/スーダン/モーリタニアなどで植民地軍を歴任した。支那へも滞在歴があるそうだ。

ハインリヒ・シュネー氏。
61歳。ドイツ人民党の現職議員で、東アフリカに長く勤めていた。サモアまでは行ったことがあるそうだが、支那と日本は未踏だという。観察と分析を担当していただく。

フランク・ロス・マッコイ氏。
59歳。アメリカ陸軍少将で戦争のたび外地へ飛んでおる。9年前、日本で大地震が起きたときはフィリピンで民政官をやっており、日本への救援物資移送の指揮を執った。

アルドロヴァンディ伯爵。
56歳。イタリアの外交官でカイロ/ブエノスアイレス/ベルリンなどで大使をつとめた。彼と私には、軍歴がない。

ほか、書記や通訳などスタッフ若干名。
それと当事国からも、日本からイサブロー・ヨシダ氏、中華民国からグー・ウェイジュン氏が、それぞれ参加する。

いずれも、ステージ・ネームだ。
私としては、ペトルーキオとかドン・ペドロとか、士気の上がる名前を希望したのだが、それは前にもやったでしょと却下された。
まあいい。

我々はこれより、ジュネーヴを発つ。ル・アーブルからニューヨークを経由して一ヶ月の船旅だ。
まず日本を訪問し、支那では南京/漢口/北平などを回り、その後、満洲へ入る。
調査と報告書作成で半年はかかるだろう。
それまでドルリー・レーンの劇場に通えないのが残念でならない。
だが、仕事はきっちりとするつもりだよ。いつものようにね。

では、よい夢を。



[43732] File_1932-01-006D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/11/29 01:10
File_1932-01-006D_hmos.

帰れなくなりました。

ギリギリまで上海の騒乱をこの目で見て、それから満洲へ帰るつもりでいたのですが。
いま、港は避難民であふれ返ってます。とても、帰れません。
やむをえないので、満鉄と軍へ連絡だけ入れて、落ち着くまで上海にいます。
落ち着くまでっていつまでだ。
誰にもわかりませんよね。

2592年1月24日。
私は今、共同租界のホテルにいるんですけど。
上海北部の日本人居住区と中国人居住区。地名ではそれぞれ虹口、閘北。
この境界で、激しいデモが続いています。
住民同士の殴り合いのレベルを超えて、投石・破壊・掠奪の嵐。
流血を伴う、罵詈雑言。
これに、日本の上海駐屯軍および海軍による威嚇射撃・艦砲撃・航空支援まで加わってます。
炸裂音がここまで轟いてます。

この上さらに日本本国から二個師団を派遣決定、というのはマジなのか。
誤報であってほしいですが。
あなたたちは皇軍じゃないでしょう。
犬養さん、それから荒木さん、大角さんの仕業なんでしょうけど。やりすぎ。

12月に犬養内閣が誕生したとき、満洲へ派遣するべく師団へも出撃の準備をさせていた。
関東軍は手持ちの駒だけで錦洲占領して事変を完結させちゃった。
そこへ上海で暴動が発生。
現地駐屯軍からは応援の要請。
よしきた。
準備が整ったばかりの過剰な戦力を即、転用。
安直だけど、ありえます。
そして、悪手だ。

ボケ老人と、陽気な太鼓持ち共。
誰も止めようとしないか。命令権を持つ総本山ですからね。
この状況はしかし、ダメでしょ。
満洲事変の張本人の一味が、えらそうに言えることでもないんですけど。
夜になったら、いつものように支那服で偵察に行ってくるつもりですけど、ここまで街中が殺気立ってると、近づくことすら容易でないかな。
くれぐれも、安全第一を心がけます。

今は動けないので、ちょっとしたコネタを。
五年前に33時間半かけて大西洋を単独無着陸横断した、チャールズ・リンドバーグさんという飛行士をご存知でしょうか。
私が大連図書館から連れ去られたあの日。9月18日に、リンドバーグさん、奥様と日本へ来てたらしいんです。復座水上機でアメリカから遠路はるばる。
翌19日には南京を訪問してるんですが、その前に上海へもちょっと寄ってくれるということで、カメラマンたちが取材のため待機してたんですね。
そこへ事変が勃発。
上海立ち寄りは中止。急遽、記者たちは満洲へ行けと振り回されました。
ここでも関東軍怨まれちゃって。ゴメンナサイ。

もっと哀しい話。
同時期、世界一周最短記録を賭けて7月にニューヨークを出発した、二人組の飛行士もいたそうなんです。
10月に日本の、青森へ来てたんですが、ここで記念写真を撮ってたら、官憲に捕まって、二週間ほど勾留されたので記録達成がおじゃんになったそうです。
事変のせいとまでは言えませんが、国際社会をピリピリさせていた私たちにも何らかの責任はあったかもしれません。申し訳ありません。
以上、内山書店の常連衆に飲まされながら聞いた話です。記憶を失う前の記憶です。

今も、自分が機密を喋っちゃったんじゃないか怖い。
あれ以来、内山書店へは行ってないし、ホテルも替えました。
こそこそ、びくびく、脅えながら生きてます。
スパイはつらいよ。



[43732] File_1932-01-007D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/11/29 01:13
File_1932-01-007D_hmos.

ゼイ、ゼイ、ゼイ、、、、、、、、、、、
戦場から、命からがら、戻ってきました。
いま……2592年1月28日、から日付かわって29日の、02時。
閘北は、死体の山です。
上海では私、ただの一般旅行者なので。いつもの無国籍スタイルで、顔も変装して。薄汚れたカッコで歩き回ってました。

今日までの流れ。
上海、それから東京で最近起きた、中国人による日本人への暴力事件を言いがかりに、
日本総領事の村井倉松氏が、
上海市市長の呉鉄城氏へ、
そうとう高圧的に、謝罪および被害への補償と、今後一切の反日運動を厳格に取締まることを要求。
回答期限を28日18時と、突きつけました。

この要求自体が反日感情をさらに過熱させ、閘北も虹口も騒然となります。
中国人市民は自分たちの市長へも容赦ない攻撃をするので、12月に前市長は退陣させられました。呉鉄城氏は市長になったばかりです。
ちなみに、上海の日本人だって、中国人経営の工場に放火とか、中国人警官への暴行など、やってます。
しかも、やってやったぜと自分たちで自慢してます。
それは棚に上げた上での、この暴論。

境界には鉄条網が敷かれ、日に日に増えていく日本軍の挑発と威嚇行為もまた、ヒートアップ。
ナゼにそこまで?と正直私は首をかしげるのですが、日本はどこまでも強気で、相手を完膚なきまで叩きつぶす勢いです。
湾外に並ぶ日本海軍全艦の砲を閘北へ向けて、時々威嚇射撃をします。

呉鉄城市長、28日14時に、日本への全面降伏を文書にて回答。
なんて屈辱的な。あまりに屈辱的な。
ただこの宣言は、むしろ日本にとっての、最悪の事態となりました。
中国人市民だけではなく、共同租界やフランス租界の外国人住民、かれらと不可分の、それこそ世界中の報道機関が、日本の非道ぶりを批難し、一致団結するという状況を生み出しました。
正直、ナゼ、日本はここまでする?と、この時点でも思うわけです。

満洲事変のイデオロギーとは異なります。
真っ向相反する、暴威です。
これは声を大にして言いたい。無理があるのは承知してます。それでも言いたい。
でも伝わらないのもわかってます。

どちらも日本人がやってることです。
しかも、満洲事変が終わった直後のタイミングで。
満洲はただの第一ステージだった、次は上海だと地続きで考える方がストレートですよね?

私たちがこのあとすぐ、世界中に発信したかったことが、上海事変によって台無しにされてしまっているんです。
なぜ?
なぜ?こんなことに。

考え疲れた私は、夕方、ぐっすり眠りました。夜に備えました。
22時くらいに忍び出して、虹口と閘北を見に行ったんです。
日本許すまじの大合唱は、深夜まで続いてました。
夜の帳を下ろさせず、かがり火は赤黒く燃え続けてました。
そこへ。

日本軍、砲撃と銃撃で、中国人居留区への突入を開始。
人口密集地へ。
容赦なく。
機関銃を撃ちまくる、日本兵。

私、死んでましたよ。今世でも、ここまで死を身近に感じたの、初めてです。
逃げる群衆に踏みつぶされそうになりながら。頭や顔に生温いしぶきが飛び散るのを感じながら。無我夢中で走りました。
南京や、チチハルでも、ここまで絶体絶命に陥ったことは、なかった。
本気で、おしまいだと、覚悟しました。
一目散に、逃げました。

ありえない。これは夢だと思いたい。
しかし、油煙と硫黄の臭いが染みついた髪と服と、泥だらけの靴と、ホテルの鏡に映った赤鬼の姿。
紛れもないリアルを前にして。
夢じゃないことだけは、間違いないんです。

なぜ?なぜだ?なぜだ?
もうしばらく、上海に居座って様子を見るつもりでしたが、帰れそうになり次第、帰ります。心が耐えきれない。
頭を整理するためにも、今すぐにでも、この場から離れたい。
何が起きたんだ?今夜。

私の知っていた歴史が変わって、もっとひどいことが起きているのでしょうか。
起きようとしているのでしょうか。



[43732] File_1932-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/25 00:02
File_1932-02-001D_hmos.

コダマです。大連にいます。
閘北で、血まみれになった夜の、翌々日にやっと上海を出られて。
帰ってきて各方面の方々からこっぴどく怒られたり慰められたりしましたけれども。
それもやっと、落ち着いてきて。
私自身もようやく、落ち着いてきまして。
今日は、2月18日です。

結論出します。
日本は、バカです。
現在、内地で大流行している言葉。
膺懲。
ヨウチョウ。
こらしめる。ねじふせて、思い知らせる。
支那膺懲。
徹底的膺懲。
ケシカラン支那人に文明の鉄槌を叩きつけて反省させてやる。我々大日本帝国はアジアの輝ける星であるぞスタアであるぞ。日本人ひとりは支那人20人の価値に等しいのだぞ。思い知れ。ひれ伏せ。二度とヒトサマに迷惑をかけるでない。賢者のいうことを聞きツツマシヤカに生きるべきであるぞ。
ね、バカでしょう。
けしからんのはお前たちだニッポン。

そこまで想定してなかった私たちが甘かった、と言われたら、それまでです。それは、認めます。
でも、言い訳をさせてください。

ロシア革命だって、西暦1917年の時点だけで判断するなら、ただの殺し合いです。
それまでの帝政ロシアと取引をしていた世界中の企業は債権回収不能に陥って、革命者たちを怨んだでしょう。
当然です。
共産主義が国家として成り立っていけるわけがないという予測も、当時さかんに言われました。
しかし、15年経ちますけど、ソ連はまだ生きてます。
世界恐慌にも巻き込まれず、国家のひとつの有り様として、立派なモデルケースになっています。
私たちにも、同じくらいの時間は、与えてもらえませんか。

日本でも中華民国でもない、新思想の国家を、私たちは出発させようとしているんです。
その挑戦と実験を、多少強引な形で手に入れはしましたが、この満洲という大地で、私たちに、させてみてはもらえませんか。
という、独立宣言を、来月早々、世界へ向けて発信すべく。
努力に努力を重ね、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んできたというのに。
それなのに。

うちのバカ親が。
日本という、ロクでもないバカ親が。
全部、台無しにしてしまいやがった。
やるせなさで、立ち上がる気力すら持てません。

独立国家満洲としてただちに日本へ、NOを突きつける宣言をすべき。と私、閣下に進言しました。

少なくとも、まだ私たちのことを理解されてない世界へ向けて、はっきりと、「いま上海で日本が行っていることは私たちの与り知らぬことであり、我々は断乎日本を批難する」と意思表示すべきだと。
一刻も早く。
でないと、満洲国は日本と一緒くたにされたまま、世界の中で孤立してしまいます。
そう言いました。

閣下は今月ほぼ毎日のように新政府設立準備の幕僚会議に出られてますけど、困ったような顔で私の話を聞いてくれるだけです。

わかってもらえてるとは思うんだけど、だからって実行するのは簡単ではないようです。
それもわかるんですけど、満洲国は日本の傀儡ではないぞという牽制を今ここで打たなければ、すべてが手遅れになってしまいます。

こんなところで、こんなことで、つまづくなんて。
思いもしませんでした。
くやしくて、たまりません。



[43732] File_1932-03-001F_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/11/29 01:16
File_1932-03-001F_hmos.

われらは、リットン調査団。
2月29日、横浜へ到着。
東京市の帝国ホテルへ泊まる。
大地震から10年足らずでここまで復興しているとは驚く限りだ。
マッコイ氏も感慨無量と言っておった。

整った、新しい街並みの中で、この帝国ホテルは一種異様な風格を漂わせているが、米国のフランク・ロイド・ライト氏による設計と聞けば納得もできる。
地震およびその後の火災でもまったく無傷だったということだ。

政府の方々との会見を始める。
犬養総理大臣。
70歳超だが背筋も伸びており、意志の強さを感じさせる。日本語以外は話せない。支那でのこの度の動乱は、大陸では200~300年おきに来たる定期的な癇癪といえる、という考えをお持ちのようだ。
芳澤外務大臣。
国際連盟大使として、昨年は一人きりで孤独な戦いの矢面に立たされた。外務大臣となるべく本国へ呼び戻され、犬養総理を助けている。愛想良く、英語も堪能だが、きわめて慎重に、一語一語ゆっくりと話す。

会談のさなか、満洲国建国宣言が発表されたとの情報が入る。奉天市で張景恵氏が読み上げたという。
原文を拝読。ほほお、漢詩の教養ある者が作っているね、これは。

政府要人との会議で、ひときわ面白かったのは、陸軍大臣・荒木貞夫氏だ。
思考に柔軟性がある。よく笑う。日本人には珍しいユーモアセンスも持っている。準備された原稿を諳んじるだけではなく、我々の質問にも即妙に応答できる。
その中身はきわめてファンタジックだ。

「日本人は、自然環境に恵まれない、狭い国土に住んでいます。四季にさらされ、地震/台風/洪水などに、日常的に悩まされています。
これに対し支那は、肥沃な大地に恵まれており、日本人ほど苦しみに耐える必要がありません。その結果、精神がひ弱なまま育ってしまうのです。支那人はすべからく、直情的で、問題解決能力が低い。
日本人は、あらゆる困難に、迅速に、整然と対処し生き抜くことを考えるよう、習慣づいています。
この差がいま、歴然と出ているのですよ。
喩えるならば、支那人は砂で、日本人は粘土です。砂はまとまりません。風が吹けば散ります。粘土は団結し、粘り強く、簡単に飛ばされやしません。これが日本人の、強さの秘密です」

実に面白いね。
彼はまだ中将なのに陸軍内での信望が厚く、異例の出世をしたようだが、軍隊経験はどれほどだろう。
支那が日本より住みやすいだなんて、一年も暮らしてみればとても口にできないと思うんだがね。
昨年アメリカで出版された、パール・バック修士の小説を皆は読んでいるかね?
支那でなら、買えると思う。面白いから、旅の合間に読んでみるといい。
荒木氏にも読ませたいが、英文のままでは読めなかろうね。日本語訳が出るとしたら、何年後かねえ。

日本へ来た西洋人は皆、天ぷらの虜になるという。私も今回、初めてその光栄に浴した。
たしかに、これは美味しい。海老は欧州では高級食材だからね。
いただきます。
ごちそうさま。
おやすみなさい。
よい夢を。



[43732] File_1932-03-002F_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/27 00:02
File_1932-03-002F_hmos.

わが調査団は、東京とお別れだ。
明日から西部へ移動し、数日間、日本文化にもてなされて回る。
ここで一旦、東京での体験を整理しておこう。

大角海軍大臣と会談中、またテロで一人亡くなられた。
団男爵という、三井財閥の総帥だ。
白昼堂々、至近距離からの射殺。犯人は現行犯逮捕されたという。
詳細がわかれば教えてほしい。
我々も、気をつけよう。

大角氏は、フランス語を話せるようだが、印象は薄かった。
印象に残ったといえば、山本農林大臣や新渡戸博士が、これからの満洲への移民について入念に計画を進めていたのが面白かった。
なるほど。スウェーデンくらいの国が、フランスとドイツを合わせたほどの新天地を手に入れたわけだから、それはそれは、夢も膨らむだろうね。
そんな実感を得られたよ。

皇居で、日本国皇帝に拝謁した。
午餐会には、裕仁天皇陛下と皇后、その兄弟の秩父宮と妃殿下らも同席された。
調度はすべて西洋風で、宮中には英語を解する者が多かった。
傍系の朝香宮はドイツ語が堪能。
裕仁天皇は日本語のみ。優雅で上品ではあるが、俗世から隔絶しすぎている感もあった。
欧州一般とくらべて、まだ非常に男性上位であると感じた。

いまや皇帝を擁する国家は世界では少数派だが、日本では2600年近い歴史を持っており、民族の精神および文化における影響力もきわめて大きいことは考慮する必要がある。

今回の満洲事変でも、本国と現地とで指揮権をめぐって天皇の統帥権限が大きな鍵を握っていたらしい。
結論はまだ出せないが、それでもしかし、この皇室では、機能的な意思決定は難しかろうと思うのだ。
天皇あるいは皇族の誰かが現地へ直接指示していたとは考えにくい。

だが、その判断は、現時点では保留だね。
では、よい夢を。



[43732] File_1932-03-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/28 00:03
File_1932-03-003D_hmos.

大同元年3月9日。
満洲国の建国式典が終わったところです。

コダマです。長春へ来ています。
新しい首都です。満鉄線の北端です。ド田舎です。
なぜ、首都を奉天にしなかったのか?
これも、すったもんだがありました。

南満の二大都市。奉天と大連。
それぞれに地盤を持つ有力者たちが駆け引きを繰り広げ、今も両方から怨まれてます。首都になれば経済効果も格段に違ってきますからね。
ですが、奉天も大連も、これ以上大きくしなくてもいいでしょう。既得権益を肥え太らせるだけです。

それより、広大な満洲を開拓してゆくには、もっと内地へ分け入っていかなくてはならない。
だから、長春です。
単純明快ですが、よくぞ、押し切りました。

長春は、今はまだ、だだっぴろい村なので、本拠にできる建物とかもありません。
当面は、満洲屋という、満鉄直営の旅館を全館借り切って、役所にします。
つくづくと、満鉄あっての満洲国。

今となっては奇妙に思えますが、満鉄と関東軍て、事変以前、決して仲良くはなかったんですよ。
満鉄が関東軍を見下してました。
陸軍大将ですら、旅順司令部から大連本社へ出向いて、いろいろお願い事をしていました。
今も、満鉄の方が立場は強いです。
満鉄のライバルだった各地の並行線が傘下に入ったことに加え、今後の開拓に必要な路線も新規で作らなくてはなりませんから、ますます大忙しになりますし、投資額も拡大するでしょう。
満洲国経済の牽引役として、尚一層、重要な存在になります。

すったもんだで押し切ったといえば、もうひとつ。
溥儀陛下は、現時点では皇帝ではありません。
執政、という肩書きで、五年か十年徳を積んだら、その後に皇帝になっていただくかも。という条件で、妥協が成立しました。
押し切ったのは、板垣さんです。
こういうとこはさすがだなあ。よく納得させたなあ。

天津から連れ出して以来、ずっとその件だけで揉めてましたからね。
溥儀皇帝をお迎えすること自体、いまだに満洲全土で、賛否両論があります。
石原閣下や、青年連盟の山口さんなんかは、徹底して反対派です。
私も以前は共和制国家に似つかわしくないと否定的だったんですが、今は、そうでもないです。

満洲に古くから住んでる人ほど、溥儀の復辟を切望して、救われてる方も多いんですね。
実際に、そういうおじいちゃんおばあちゃんたちと中国語で話すと、昔の話がいつまでも終わらなくなるんですけど。
生きた中国史をそれはもうリアルに学べて、考え方も変わります。

日本の天皇制も、きっと、同じじゃないですかね。
そこまで深く考えたことは、実は前世でも今世でも、無かったんですけど。
天皇制の功罪とか。どうあるべきなのかとか。なんでこんなガラパゴスな制度がいつまでもって。
そのうち極端な賛成派も極端な否定派も全部、読んでみて、聞いてみて、考えてみたいなと思ってます。
たぶん内地へ戻らないと資料探しも難しいので、そのうちに、ですけど。

上海で殺されかけた直後は、内地の連中が憎くて憎くてたまらなかったんですけど、その後、そいつらと言論で戦うには相手の思考回路も理解できるようにならなくてはダメだ、と思うようになって、ええ。
満洲国を滅ぼされないために。
私自身も、もっと政治力を身につけなくては。
最近、そんな風な考え方もするようになりました。
まだまだ、ニワカですけどね。

見ていてください。満洲国、潰させやしません。
私は、たたかいます。戦い抜いてみせます。



[43732] File_1932-03-004F_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/29 00:02
File_1932-03-004F_hmos.

リットンだ。対馬経由で上海へ向かっている。

我々がル・アーブルを発つ一週間前に、日本は上海侵略戦を始めた。
シベリア出兵/山東出兵に匹敵する軍勢を一気に送りこむ、いつもの日本のやりくちだ。
戦術としては、間違っていない。戦略的には大間違いだが。

満洲事変だけが、日本らしくない。
きわめて異質な行動だった。

ひとまず我々の調査は満洲事変に限定されるのだが、上海も視察するのは意味のあることだろう。
さいわい、3月3日より戦闘は停止している。

日本での9日間。後半を我々は、西部の著名な都市を回って歓待を受けた。
支那の多彩さほどではないが、日本もあれだけ小さいながら都市ごとに文化の差が大きいことには驚いた。

京都。
日本の古都で、9世紀から、つい60年前まで天皇の都だった。
由緒ある御所よりも、徳川将軍がつくらせた二条城の方が豪華で見栄えのするものだった。
夜は芸者の饗宴を体験したが、あれは極めて悪趣味だ。誰か言ってやった方がよい。
完璧ではあるが単調な、ゆっくりした曲に合わせて舞を披露する。女性たちは厚化粧で、相当な年寄りも混じっていた。会話は成立しない。女性は教養を求められていないのだ。型にはめられすぎており、体格的にも貧相だった。
娼館かといわれると、そうも思えない。古代ギリシアにヘタイラという制度が存在したが、あれに近いか。
ただ、我々を招待した日本人男性たちは、芸者の前では、昼間とは違う、くつろぎの表情を示した。
なので日本の男性社会に奉仕する形で馴化した、独特の文化なのであろうとは思う。
しかし外国人向きとは思われない。どうにも、窮屈であった。
京都訪問中、やっと日本側から、3月1日に満洲国建国宣言が発表されたと知らされる。遅いよ。

奈良。
京都より古い時代の首都で、今は幽玄な緑地が広がっている。角を短く切られた鹿の群れが都のいたるところを散歩しており、市民と一体の空間を形成している。その宗教的な落ち着きぶりに大変興味をそそられた。

大阪。
奈良と20マイルしか離れてないのに、ここは目の回るほど騒々しい、商業の街だった。
言語も、人々の気質も、東京とまったく異なっており、我々のチームで大阪語を理解できる者はいなかったため、日本人通訳を介さずにかれらの真意を探ることは難しかった。
東京では誰もが、大なり小なり言葉を選んで慎重に会話をするが、大阪人は身振り手振りで意思を伝えようとするのが好印象だ。かれらなら、支那人とも仲良くなれそうな気がするが。
目下、最大の話題は、支那における日本商品ボイコットや海運の損害なので、きわめて残念なことに思う。

神戸。
六甲山の頂上で市長との昼食会に招かれた。横浜と並ぶ国際文化都市で、大阪よりも格調高かった。

駆け足ではあったが、日本はユニークな国であり、見るべきところは多い。鎖国を開いた当初は西洋に対して大きな劣等感を抱き、戸惑ったはずだが、70年程度でここまでの成長を成し遂げた実績は誇ってよいことだと思う。
しかし国際法上の犯罪が許されるわけではない。
犯罪が行われたならば、それは裁かれねばならない。

それでは次は、支那の番だ。よい夢を。



[43732] File_1932-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/09/30 00:01
File_1932-04-001D_hmos.

黒龍江省。
満洲国北部一帯を占める、広大な地域です。
初代省長は、馬占山。
かつては、抗日勢力最強の闘士であり、真冬のチチハルで関東軍との死闘を繰り広げました。
そんな彼が、板垣さんや本庄司令官と握手を交わし、東北行政委員会の一員として、にこやかな笑顔で並んで写真に写ってる姿は、まことに感慨深いものがあります。

4年前に亡くなった、旧奉天軍閥の巨星・張作霖は、文盲の将軍として有名でした。
書類などは一切読めず、書かず。
文書作成は側近や日本人顧問らに任せて、大局で人を動かしていた。
含蓄に富んだエピソードには事欠かないですが、馬占山も、同じように言われます。
実際、私たち書類屋とは思考形態も異なりますが、人心掌握術には独特かつ強烈な説得力があります。
尊敬に値する要素です。コミュニケーションツールは文字だけじゃありませんからね。
この話はいずれじっくり語りたいですが。

満洲国建国時、馬占山は黒龍江省長として、これからは政治家として人々を束ね、その生活を守る大任を負う、という考え方に同意してくれました。
やってみると、思ったほど面白くなかったんでしょう。
それもよーく、わかります。

満洲国の総務庁長官は、駒井さんといいます。
関東軍の財務顧問やってた人で、背広組なので兵士・参謀連ら軍服組からはあまり好まれてないです。
でもワイロやコネを徹底的に嫌う人でもあるので、石原なんかからは、高く評価されてます。
役人になれば旨味を吸い放題、という中国人の常識をまずは改革せねばならない、ということで抜擢されたようなんですが、馬占山とも、事あるごとに大喧嘩。
それも、よーく、わかります。

念のため断っておきますが、日本人だって、ワイロ・コネ・談合・ピンハネ・裏口入学、いくらでも小狡いこと、平気でやりますよ。
存在を認めることすら恥ずべきだと思ってるからコソコソやってるだけです。
セックスと同じです。アタリマエの摂理なのに知ることすら認めないっていう不健全なタテマエに支配されているから、誤魔化しかたも陰湿なんです。

そんなの正義感だけ根拠にして一方的に押しつけてたら、宗教論争が勃発するのも当然です。
私には駒井さんて、融通のきかない、直進しかできないおっさんとしか思えないんですよね。

ワイロを全面肯定してべったり依存するのも勿論よかないですが、いきなり商慣習を変えるのも無理なんだから、最終目標を合意で決めてからの段階的移行。そういう智恵を絞ってほしいもの。
青っちょろい理想論と言われるでしょうけど、今回の破談を見る限り、ほーらやっぱりて思っちゃいます。

やっと話が戻りました。
馬占山、ふたたび反日の闘士に。
チチハルより北方の黒河を拠点に、反満抗日を宣言して挙兵。
多門師団が出撃の準備をしています。

すでに満鉄社員や現地雇用の労働者が人質に。最悪、殺されているとの予想も。
板垣さんは、しょんぼりしてます。
石原は、馬占山が再び戻ってくることは無いからと、徹底殲滅戦として作戦を立案してます。

一時はこちら側に就いていた馬占山ですから、お互い、手の内も握ってます。
今回の逃亡はコミンテルンにそそのかされ、兵器もソ連から援助されているとの情報もありますが、あちら側からしても、一度寝返った将軍ですからね。
劣勢とわかってて、最後の一兵まで戦うかな。
せつないですね。

どうにか、できなかったものかな。
どうにか、したかったな。



[43732] File_1932-04-002F_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/01 00:02
File_1932-04-002F_hmos.

支那へ来て一ヶ月経つが、さすがにそろそろ、切り上げねば。
3月12日。おいぼれリットン、上海へ上陸。

破壊され尽くした、呉淞要塞や閘北地区を見て回った。
被害は主として支那人居住区だが、日本軍の空爆は租界や港にも及んでおり、証言者の国籍/言語/年齢も万国博覧会並みの幅広さだ。
日本側と、支那側とで、発端からどういう段階を経てこうなったか、その証言は正反対だが、これはもとより想定内。
双方の言い分は、どちらもしっかり記録させていただいた。

ここからはチームを何班かにわけて、杭州/南京/漢口/武昌/九江/重慶/四川など各地を訪問する。
長江流域は昨年大水害に見舞われ、悪臭漂う河岸で今も過酷な復旧作業が続いている。
災害といえば、日本の荒木陸軍大臣についての情報が届いていたよ。15年前の欧州大戦中、ロシアに派遣されていたそうだ。
ロシアも自然災害については相当厳しいものがあるんだがね。
官舎で毎日、ズブロッカでも飲んでいたのかねえ。

私は南京を訪問した。過去いくたびも戦禍にまみれてきた都市だ。
広すぎる城内に、広漠たる荒野が広がっていたのは印象的だった。
水源も、今は長江から引いているため水質が悪いが、山地から取水する計画があるという。
不衛生なうちは蚊も多く、夏場はそうとう辛いだろう。4月でさえ、閉口した。
競技場は、ベルリンのものよりも大きかった。スポーツと文化に対する情熱は、並々ならぬと感じる。
林森=国家主席、汪精衛=行政院長、羅外=外交部長、蒋介石=軍事委員長らと会談。
誰もが日本の暴虐を激しく非難し、我々が正義の鉄槌を下すことを期待している。

間違ってもらっては困るのだが、我々は公正なる調査をしに来たのであって、支那の同盟軍として訪問しているわけではない。
日本へ処罰を下すとしてもそれは連盟の仕事であって、我々が決めたり実行することはない。

そんな我々に対して、正しく理解した上で批判するのは、共産主義者の方々だ。
共産党の巣窟となっている武漢地域へは軍歴を持つメンバーに行ってもらったが、ここで私たちの捜査を妨害するアジテーションを見つけてきたそうだ。
私が脅迫状コレクターだと皆知っているから、伯爵やっと手に入りましたよと、丁寧に保管して持ってきてくれた。
この旅初の、有益な収穫だね。

「警告する。あらゆる兆候からしてリットン調査団は平和の使節ではない。国際連盟とはプロレタリアを排除する世界規模の強盗組織であり、すべての被圧迫民族の敵である。かれらはその手先であり、支那の分割を狙うスパイなのだ。いかなる協力も許さない」

当たっている。
国際連盟にソ連は参加していないし、調査団にもロシア人はいない。
だからソ連政府やコミンテルンの意向を汲むことはできない。
なのに同じく非加盟国であるアメリカへは、わざわざ連盟から頼んで特別に参加してもらっているのだから、コミュニストたちが敵とみなすのも至極当然さ。
なんの不思議もない。

現実問題として、コミュニストたちは連盟を頼ることができないのだし、問題が起きたら自分たち自身で解決するしかないねとしか言えない。
その手段として国境を越えた犯罪に訴え、それを国際連盟が審議すべく探偵に依頼するとすれば、また私に声がかかるかもしれないが、その時はその時だ。
これもまた、道理だろう。

我々は、4月9日までに北平へ集結して、各地方での情報を報告し合った。

その後、この旧都へ身を寄せている、張学良元帥と会談。
彼は28歳の誕生日に父親を暗殺され、満洲の全覇権を相続することとなった。
それからの苦闘の日々は、あまりにもドラマティックであり、事変では日本から命を狙われる最重要人物として支那中の同情を一身に集めた。
張元帥は聡明な人物である。自分の言葉で一貫した説明をする。
父親のことや日本の話題に触れると激情を抑えられなくなる。
満洲での調査後、彼からはあらためて話を聞く必要があるだろう。
できるならばお父様の死の真相も暴きたいところだが、4年前の事件だ。
既に現場は、変わり果てておろうね。

北平。かつての首都・北京は、世界屈指の歴史と文化/学問/芸術の都であることを再認識した。
始皇帝が2100年前、あらゆる書物の焼却を禁じた。その精神が未だに保たれている。
きわめて驚異的なことだ。
この膨大な文化遺産が世界に対して開かれるとき、人類の歴史は現在知られているものとまったく違ったドラマに書き換えられるのではないかね。
エジプトの遺跡は現地では価値がないとみなされ、ロゼッタストーンが注目されるまでの間に多くが建築資材に使われてしまった。紫禁城ではそんな悲劇が起きないことを願ってやまない。
現存するすべての宝が、学問の徒によって守られることを願うよ。
今宵は格別に、よい夢を。



[43732] File_1932-04-003F_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/02 00:02
File_1932-04-003F_hmos.

北平で、一週間以上、足止めをくらった。

わが調査団には、日本と支那から一名ずつの参与員を迎えている。吉田伊三郎氏と、顧維鈞氏だ。
顧維鈞氏は名うての外交官で、英語名もいくつか持っている。私はウェイジュン博士と呼んでいる。このウェイジュン博士を、満洲国がどうしても入国させようとしない。匪賊が危険だからという。
危険なら我々も同じはずだが、彼は特に、と埒が明かない。
吉田氏はまったく警戒する素振りもないが、匪賊が狙うとしたら日本人を、じゃないのかね?
そう言いたいのをこらえながら交渉を続けて、やっと、4月19日、満洲へ向かった。

大連はユニークな港町だった。
ロシアの都市計画を日本が引き継いで完成させた。洋風建築が多いが、白人はほとんど住んでいない。人口40万のうち、10万人が日本人という。日本の権益を象徴する南満洲鉄道の本社は、ここにある。

この旅最大規模の護衛に守られながら、奉天へ。
奉天領事の森島氏、および日本の現地軍隊である関東軍の司令官・本庄氏と、会見する。
ここでもウェイジュン博士をどこまで連れていってよいかという話がえんえん繰り返される。
森島氏も本庄氏も不明瞭な釈明ばかりする。
最高司令官ではないのかね?
決定し指示するのが、あなたの仕事ではないのかね?

権力は、本庄氏のほうが上のようだ。
彼は昨年9.18事変の直前、関東軍司令官に任命された人物で、事変の直接の責任者ということになる。
一目見て、ハリボテだと察せられた。
英語も支那語もまったく理解できない。
黒幕が誰であるにせよ、うまく利用されたクチだろう。
しかし、責任者でありながら適切に対処することをしていない。今も。
じゅうぶんに、有罪だね。

厳重な監視に、常にまとわりつかれながら、我々は奉天市内で、軟禁生活を送る。
やはりウェイジュン博士だけが、どこの施設へ出入りするときも、全身をくまなくチェックされる。
滑稽だ。
関係者への聞き取りにも、通訳とは別に、日本人の警官/憲兵らが室内で監視する。
内容に不都合な点があると口を挟んできて訂正させる。
まともに進まなくてウンザリさせられる。
我々は可能な限り、中断された箇所も記録する。
しかし結局、内容はひたすら薄いものにしかならない。
日本への印象がひたすら悪くなるだけだが、それでいいのかね?

そんなことをしている間、上海から、哀しいニュースが届いた。
4月29日は日本の天皇誕生日ということで、上海でも式典が催されていた。ここへ爆弾が投げこまれ、死傷者が多数出た。
第一報では、重光公使/白川大将/植田将軍らが重症ということだ。

ここまでを一旦まとめて、予備報告として、ジュネーヴへ送った。
今日は、よい夢を見るのは、難しいかもしれない。



[43732] File_1932-05-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/03 00:03
File_1932-05-001E_hmos.

「ユイノウ ブジスマセマシタ カヨウビ」

コダマさんからの電報です。2~3日中にこっそり日本へ戻る、という意味です。
首相殺害の件だと思い、新聞を掻き集めておきました。
コーヒーを淹れて戻ってくると、もう一通り読み終えていて、手元には簡素なメモができあがっています。

5月15日夕刻。
海軍と陸軍の二十代将校十数名が、首相官邸・内大臣官邸・立憲政友会の本部・日本銀行・警視庁などを各個襲撃。
犬養首相や巡査らを殺害して、即、憲兵隊へ出頭するという事件が起きました。

「五・一五事件。名前だけ、日付だけ、知ってた。これだったんだ。……あと、二・二六事件ていうのも起きるはず。こっちの方がおおごとになる。来年か、再来年か?雪の日だ」

歴史は、変わってない?みたいですか。

「犯人たちの裁判はこれからだし、新聞だけでは動機も当て推量の域を出ないな。今後も、情報蒐集たのむ。この一件で終わり、にはならないはずだ」

内地でなら、もっと詳しい状況がわかるだろうと思って来られたのに、当てが外れて残念そうです。
他の記事も片端から読まれてますが、興味を惹くほどのものは、大して、無さそうです。

「チャップリンが来日してたことは、大陸では報道されてなかった。しかも首相と会食を予定してた日だった?そんな話、聞いたことないぞ。彼は第二次大戦中に自身でヒトラーを演じる風刺映画をつくって、ドイツから命を狙われることになるのは知ってたけど、それ自体が存在しなくなる可能性もあったのか。ともあれ、無事でよかった」

満洲の話、お聞きしたいのですが。それがイヤだから今回も、お忍びなんですか?

「上海でえらい目にあってね。サノになら話したいこといっぱいあるんだけどね。日特へ行くと丸一日は確実に質問攻めで潰れちゃうから言わないでおいてくれ。いまリットンを追いかけてる最中なんで、すぐ戻らなくちゃいけない。サノになら何でも話すけど、何ききたい?」

戦車隊が満洲・上海へ出動しましたけど、実物は見られましたか?
ルノー・八九式・最新の九二式まで送りこまれたそうですよ。

「見たよ。奉天で。乗させてもらった。一度実戦を経験した戦車って、ゲロとションベンで中がすごく臭くなるんだよ。戦車てのは戦争に使うもんじゃないね。鑑賞して、愛でるものだよ」

よかった。コダマさん、笑顔が戻ってきました。

武器は、持って行かれます?試作品がいくつかありますけど。

「この防弾腹巻きはいいね。軽いし、むれない。こっちの眼鏡ももらっていこう。それから濾過器付き水筒は、大いに助かる。新京ではまだまだ水の便が悪くてね。これで生水も怖くない」

石井式濾過器は今後、日特の主力生産品になる見込みですが、それをこっそり改良して、コダマさん用に仕上げました。

「事変以来、特務と憲兵の監視対象から私は外れたんだけど、今は今で、結局トクムは満鉄を信用してないからさ。雄峯会と協和党の小競り合いもそのうち爆発しそうだし。目立つ武器は持っていかない」

満洲は、闇の国ですか。

「ひどいね。建国理念の踏みにじられように、肚が立ってしようがない。石原閣下が睨みをきかせてるうちはいいけど、政治については東京政府より腐ってるかも、既に。于冲漢さんを首相にすればいいのに。でも関東軍が押さえつけて、身動きをとれなくさせてる」

リットン調査団は、ぶじに帰れそうですか?

「さあねえ。4月の上海みたく、どっかのバカが爆弾投げつけるんじゃないの、そのうち。世界は暗殺流行りだもの。それにしても内地の世論が青年将校をここまで憂国の英雄扱いしてるのには、ほんと驚いた」

政府への失望感が大きすぎるせいだと思います。
でも犬養首相は、軍にとって殺されるべき人ではなかったと思うんですけどね。満洲事変へは追い風も吹かせたのですから。

「むしろナゼ今からでもワカツキシデハラを殺さん」

コダマさんて、ふた言目にはそれですね。

「でも、殺すのには反対。世界中の日本人から怨まれつづけて、自分たちが常に狙われてていつ殺されるかもって恐怖に一生脅えながらコソコソ生きててもらうってのが理想かな。それでも多分、死ぬまで反省も改心もできなかろうと思うけどねアイツら」

まあ、そのへんで。

コダマさん自身は、今後、どうされるおつもりですか?
満鉄で地歩を固めていく、というのも魅力的に思うんですが。今さら日特みたいな零細企業へは戻られないでしょう?

「歴史が変わりきってないのだとすると……満洲国も満鉄も、私のいた世界では存続してないんだよ。そこに足場を築くことには激しく躊躇する。でも当面、仕事は山ほどあるからね。資産はつくっておきたい。お金、かせいでおくよ」

わかりました。いつでも協力します。



[43732] File_1932-05-002F_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/04 00:04
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5月4日。満洲国首都・長春あらため新京にて、溥儀執政と会見。
前日に、行政機関の最高責任者であるところの、国務院総理・鄭孝胥氏と会談した。
彼は清朝の代から溥儀氏を守ってきた方だ。
くれぐれも溥儀様をよろしくと頼まれたが、生憎われわれ調査団にその任はつとまらない。

溥儀氏との対面も、ごく短いスピーチを交わす程度で終わった。
それ以上のことを、あの重苦しい監視の中で続けることは、双方ムダだとわかったからだ。
反対に、奉天でも新京でも、出迎える日本人領事のスピーチは長くて威勢がよい。
これはかなりのストレスだ。

溥儀氏にも語りたいことは山ほどあろう。
我々も大いに期待していたのだが、そのピースが埋められないとなると、どうしたらいいだろう。
考えた末、日本人顧問に聞いてやれと、事実上の最高権力者と言っていい、国務院総務庁長官・駒井徳三氏への会見を求めた。

この駒井氏が、これまたよく喋る男だった。
まず我々は叱責された。

「あなたがたは、日支紛争解決のために国際連盟から派遣されたとはいえ、その後で満洲国は中華民国から独立したのだから、国際礼儀上あらためて、我が政府への表敬訪問から入るべきであろう。
入国したからにはその国の決まり事に従うべきであるが、鄭孝胥氏への質疑も一国の総理に対する敬意などなく、まるで犯罪者を尋問するかのような態度であったとの報告を受けている。
我々は正式な手順で、日英米仏伊独は勿論ソ連に至るまで、国交開設を希望する旨打診し、承認と回答とを待っているところである。準備が整い次第、国際連盟への加盟も検討する。
中華民国は、我々を苦しめていた旧態依然の三等国家であり、その政府の一員である顧維鈞氏を、満洲国の全国民が歓迎していないことを、この場ではっきりと言い渡しておきますぞ」

初めて明確な方針が示されて私はたいへん満足だった。
謝意を述べ、あらためて彼の口から、満洲国とはどういうものなのかを、説明してもらうことにした。

最大の収穫は、土肥原賢二という人物をピックアップできたことだろう。
事変の翌日から一ヶ月間、奉天市の臨時市長をつとめた関東軍軍人だ。
前日まで東京へ出張していた。
絶妙のタイミングで戻ってきて、すみやかに空白を埋めた。

現時点では駒井氏がいつから/どこから計画に関与していたかはわからないが、土肥原氏はほぼ確実に、首謀者の一味だということができよう。

次に我々は、ハルビンへ向かった。
ここは世界的にも極めてユニークな都市で、完全にロシアの街と言ってよい。
2月までは支那の一部だったが、住民の多くはロシア語で話し、それでいてソヴィエトの臭いがしない。
地図上の広さに比べれば市民が安全に生活できる範囲は限られており、匪賊化するロシア人も多いという。
察するところ、あまりある。
ハルビンは商業都市でもあるので、我々は主に財界人から話を聞いた。日本人は正直な商売を好むとして、ここでは珍しく日本への評価は高かった。

このあと我々は吉林、そしてチチハルへ向かう。
馬占山将軍への会見を申し込んでいるのだが、日本軍からも満洲国からも、そして馬占山氏からも、命の保証がまったくできないからと反対されている。
問題解決のため一日だけ停戦してもらえないだろうか。そんな交渉も、聞き入れてはもらえない。
馬占山氏を支援しているコミンテルンからしても、我々への協力はできなかろう。

馬占山氏は満洲国に関わるすべての勢力にとってのアキレス腱であり、ジョーカーだ。

だからこそ、非公式にでも、誰かをさしむけてコッソリとでも、話を聞いてみたいと思うのだが。
さすがに難題だ。いい知恵が出ない。
どうしたものかな。
一晩寝れば、アイデアも浮かぶかな。
それでは、よい夢を。



[43732] File_1932-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/11/29 01:23
File_1932-06-001D_hmos.

2592年6月29日。雲のない青空。
コダマです。朝鮮の首都、京城へ来ています。
リットン調査団はいま、総督の宇垣さんと会見中。
そして私は、神田正種大佐と旧交を温めています。

「いったい今、きみは何者なの?」

タネさんからそんな風に言われるなんて、嬉しいです。
何者かと言われたら、満鉄職員ですね。大連の本社常勤で、用度部計画課の名刺をもらってます。
でも本当は、調査部。
関東軍でいうところの、特務です。

関東軍の特務機関が、満鉄所有の東拓ビルに間借りしている現実ひとつとっても、その力関係は歴然。
情報蒐集力に分析能力、なにより資金力が桁違いです。
関東軍はガリ版印刷機使ってますけど、満鉄には各部署にコピー機があります。
一台何十万円ていったっけ。この時代の価格でですよ。

鉄筋コンクリート造りの大連本社は、エアコンも完備です。
機密書庫も広くて。北満の地図も、関東軍のより充実してます。
上には上があるもんだ。
タネさんも、調査部室へ入ったことはないようです。満鉄図書館までが限界。
それでも軍の力不足を痛切に感じて、内地の参謀本部へ再調査を訴えた。満鉄へ、その地図をくださいっては、お願いできなかった。

関東軍の人にとっては面白いわけありません。だからタネさんにも、私は、本当のこと全部は言えません。
満洲国の全路線を乗り終えたので、次は朝鮮の視察に来ました。という設定で。
あくまで計画課という身分で、テツの話に終止します。
しかしまあ、さすがはタネさん。

「このタイミングで来鮮ということは、リットンを追ってるの?」

こう察した時点で、調査部の仕事だとピンときたようです。
スパイ同士の、肚のさぐりあいってこんなんだあ、と深い感慨を禁じ得ません。

タネさんからも、色々質問されました。

「満洲国、いま治安すごく悪いでしょう。いつどこから兵匪が飛びかかってくるかわからない。そんな四六時中気の休まるときもない日々で、みんなヘトヘトになってるって聞いてます。これから高粱が繁る季節だけど、今年はとくに、ひどかろうね。どんな対策してますかね?」

コーリャンは8月から9月にかけてが成長期。丈は2メートルを越えます。それが満洲では至るところに生えていて。大豆と並ぶ主生産物なんです。
この繁みに、いろんなものが身を隠すんですね。
当然ですよね。
満鉄沿線だと、数百人規模の匪賊が、一斉に飛び出してきたりするんですよ。

夏といえば匪賊、というのは以前から満洲の風物詩ですけど、9月18日の事変一周年をデンジャラスピークに、厳戒態勢が続いています。
具体的対策となると……私は警備方面には関係してないので、満鉄おじさんたちの気合いの入り方が半端ねえっす、という話だけしてきました。

タネさんて、先天性ステルス志向でスパイ気質の人だったはずなんですけど、朝鮮では出世コースに乗っちゃって。
今後は大隊長とか、旅団長とか、任される立場になりつつあるので、

「キュークツでたまらないよ。ガラじゃないんだよねえ、人の上に立つなんて」

みたいなボヤきを聞きました。サモアリナン。
わかります。私も、まだまだ、身軽でありたい。
どんな形で迎えようと、昭和20年を迎えられたら。
その先はしっかり足場を固めて、ゲーム会社を始めてみたいな、なんては思ってますけど。

それまでは、油断しないぞ。ってね。



[43732] File_1932-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/06 00:02
File_1932-07-001D_hmos.

リットン、日本へ行っちゃいました。

追いかけていくつもりしてたんですが。
ボスからは、その先は日本のチームが引き継ぐから、大連へ戻ってこいと言われました。
明日、戻ります。今日は釜山に泊まります。

調査部のルーティーンを説明しましょう。
リットンが今どこにいるかってことは、誰にでも、モロバレなんです。常に大仰な護衛に囲まれてるし。指名手配犯を尾行してるんじゃないので。見失わないように追跡する必要はありません。
あんまり近くにいて、万が一のテロに巻き込まれるのも御免ですしね。

私の任務は、その翌日の新聞をありったけ集め、分析すること。
報道されてない情報を報告し、可能な限り「リットンたちに情報を提供した人物」を特定し、プロフィールや派閥を調べること。
そうしたデータを集めて持ち帰るんです。
だから基本はリットン一行を一日遅れで追いかけます。状況次第で先回りしたりもしますが。

日本でついでにアレコレ所用を……と思ってたのに、アテ外れ。ちぇ。

それにしてもリットン。
6月28日までずっと北京に籠もってたんですが、急に動き始めました。
おそらく、レポートの大枠が仕上がったので、その確認作業のために、来た道をもう一度たどっているのでしょう。
朝鮮へは、今回が初でしたけど。

国際連盟が最終的にまとめる報告は、満洲国にとって都合のいいものにはなってくれないと思います。
でも過剰に脅えることなく、最悪を想定しつつ楽観的に構えるべしです。
そのための準備を怠りなく、ということ。

南京や山東ではまた別のチームが動くので、私が追跡するのは満洲から朝鮮までですね。
他のスパイとは顔も会わせたことありませんが、レポートの詳細さでは私の仕事ぶり、それなりに認められてるみたいです。行動範囲も徐々に広げられてます。ちょっとうれしい。
機密費もらえて旅行三昧を楽しんでます。

でも私を監視してる担当もいるはずだし。組織を裏切ったと容疑をかけられるだけでアウトな、ブラックもブラックな世界なので。常に気をつけてなきゃです。
共産党より逃げるの難しいかもしれません。
どこでも一緒か。
でも今世ではね。私、生まれた瞬間から22年。そうやって生きてきましたから。ステルスがデフォなんで。
サノだけですよ。全部明かしてるの。
いい友達だ。親友だ。大切にしなくちゃ。

内地では、犬養さんが殺されたあと、十日ほどの空白期間を経て、齋藤ミノル内閣が誕生しました。
齋藤氏は海軍のOBです。
五・一五の主犯格は、海軍若手将校でした。
内地の世論が、テロを起こした側に共感を寄せているのは、直後に同系列の人が就任して問題になってないのを見ても、間違いないみたいですね。

正直、日本の世論、今よくわかんないんです。
こないだコッソリ行ってきたときも、おかしな雰囲気だなとは感じてました。
国全体がです。
満洲へ戻ってきてから、突然思い出した言葉があります。
嫌韓ブームと、
エコーチェンバー。

私が前世で中学生だった頃。嫌韓ブームという現象が起きました。
いま私が立っている釜山は、その世界では大韓民国という、朝鮮民族による独立国家の、都市でした。
その頃、日本全体に、この大韓民国の文化・歴史・人々を徹底して全否定する病気が流行したんですね。

ヘイト本と呼ばれる、どぎつい雑誌や単行本が街の書店にあふれかえり、マスコミは連日それを面白おかしく盛り上げました。
その結果、数年後には、全国でリアル書店が壊滅的に減少し、テレビを見る人がますます少なくなりました。
いつしか嫌韓は誰も知らない噂となり、責任を追及する人もいないまま、闇に埋もれていきました。

私はそのブームをきっかけに、街の本屋に通う習慣がなくなり、図書館で古いミステリやSFに目覚めるようになったんです。だから結果的にはいい面もあったのかな、今思えば。
戦争のおかげで電子レンジが生まれたんだぞ、みたいな屁理屈を言えばですけどね。

大人になってから知ったところによれば、出版不況という氷河期に直面した業界各社がグルになって仕掛けた企みで、最初から大量につくって問屋さんが尖兵となって全国の書店に平積みさせ、こんなに売れてます!!!と自作自演して、マスコミも喜んで同調して、アホな知識人まで信じこんで、ノリノリウェーイした事件だったんだとか。
結局は、自分たちの首をしめた。
ね、バカでしょ。
そして、何かに似てるでしょ。

お次はエコーチェンバーです。
もともとは音響用語で、自分の声だけが反響する部屋にこもることを言うのだったかな。
こちらはインターネットで多発した現象ですが、自分の仲良しさんとだけ対話できる空間を誰でも持てるようになり、その狭いコミュニティの中で政治談義を始めるとどうなるか。
論争して不愉快になる相手はブロックすればいいんです。同調してくれる人とだけ、つるめばいい。
極端に先鋭化しただけの、打たれ弱い思想家が生まれるのに時間はかかりません。アホの促成栽培です。
イエスマンしか侍らせない社長は会社を倒産させます。
子供にだって、わかること。
わからない大人もいるんだなってことをわかるようになるには、以下略。

歴史は繰り返すといいますが、学習して改善しないから、いつまでも繰り返すんですよね。
今より過去にはなかったのかな、類似案件。いやもう考えるの疲れました。
私のいた21世紀は、学習能力、なかったってことです。
そんな世界に戻りたくありません。
なんとか「この世」を良くしよう。
そう思いを新たにしました。

サノが終始冷静につきあってくれたのを思い出すにつけ、ほんと、いい奴だなあって。
流されることなく、オタを貫いてくれ。そして、来たるべき時が来たら、一緒に戦ってくれ。
誰と戦うって?何と戦えばいいんだ?
さてねえ。



[43732] File_1932-07-002F_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/07 00:06
File_1932-07-002F_hmos.

6月はずっと、北平を巡り、種を播いていた。
有益な情報提供者に目をつけ、連絡をとりつつ、記録と証拠を手に入れながら、全体像を彫造していく段階だ。
リットン報告書、いよいよ本番制作開始さ。

工房として当初、風光明媚な青島を薦められたのだが、今の季節は霧が濃くて湿気がひどい。
書類には大敵なので、かつてドイツが作りあげた、鉄道沿線の見事なアカシア並木を眺めただけで、戻ってきたよ。
骨組みができあがったところで、更に知るべき要点を検証しあった上で、もう一度我々は旅に出た。

6月29日。朝鮮の京城へ着いた。我々の地図ではソウルだ。
朝鮮は22年前から日本の領土で、それを象徴するように鉄道が時刻表通りに動く。
総督の宇垣大将に出迎えられる。燕尾服がきつそうだ。この暑いのに無理をして。
今までのどの日本人よりも話が長く、かつ内容が空疎だった。
彼は満洲事変には関わっていないと確信した。

朝鮮では、日本は同化政策を採用している。
被征服者にも日本国籍を与え、日本名を付けさせ、日本語を学ばせ、日本人と同じように躾ける。
ただし日本人と同じ待遇は手に入れることができない。
この点を将来修正する予定は、無いようだ。
朝鮮民族はあくまで日本語を理解する忠実な下僕として生き続けるべしというわけだね。
ローマ帝国に範をとることもできる。今のところ、朝鮮民族に大きな反抗の兆しは見えない。興味深いところだが、ソ連の同化政策よりもずっと効率的に、うまくやっているのではないかね。

満洲国はこれとまったく異なる形態だ。
日本人というのは、なかなかどうして、チャレンジャーなのかもしれないよ。
成功体験を持ちながら、新たな方法も試そうと、意図的にやっているのならばね。
美は細部に宿るという格言をここで持ち出すのは気がひけるが、徹底的に細部にこだわる民族には恐ろしい力が宿っているものかもしれない。ドイツを見ていてもそう思うからね。心しておきたいものだ。

朝鮮半島を横断して、我々は日本へ向かい、下関から東京へ戻った。
日本ではこの4ヶ月の間に、おどろくべき変化があった。
我々が会見した犬養総理大臣が5月に暗殺され、今は齋藤子爵が総理になっている。
外務大臣は芳澤氏から、満鉄総裁だった内田氏に交代した。
国内国外問わず軍の士官たちをこれ以上刺激しないよう意思の統一が図られ、満洲国承認と条約締結への準備も急ピッチで進められている。

3月にあれだけ居丈高だった荒木陸軍大臣は留任だが、見る影もなくやつれていた。
日本では昨年から、陸海軍の若手士官によるクーデターが相次いでいるが、実行/未遂含めて首謀者の多くが、荒木氏を新政権の首班にと推しているのだ。
ただ人気があるからなのか?
本人は、どこまで関与しているのか?
事前に相談もされていると考えるべきだが、さすがに「やれ」とは言わないだろう。

それでも、5月のクーデターは決行されてしまった。
世論は実行犯たちに同情的であり、毅然とした態度をとれない政府への批判を強める一方のようだ。
とはいえ軍隊のトップに政治も任せていいものではあるまい。
荒木氏も、自分に総理大臣が務まらないことは理解している。
陸軍大臣だってどうかと思うが、そこには留まりたいようだ。

戦争論では常識なのだが、ここで、軍隊が政治を兼務することで生じる不都合について述べておく。

軍隊というのは有史以来どこでも、予算との戦いだ。
平時には邪魔者扱いだし、戦争が始まると貯蓄を一気に使い果たす。
国庫から借金して、可能な限り早期勝利を求められるが、当然みんなが勝てるわけではない。
この国庫も軍隊が管理することになると、どうなるか。

カジノで、プレイヤー自身がその場でいくらでもお金を刷れる機械を持っているようなものだ。
刷りまくるに決まってる。
誰がやっても必ず、なる。
張学良元帥のお父様も北京時代にそれを盛大にやってしまったらしいが、古来多くの国が、戦争をきっかけに国家の経済と資産を自ら破壊することによって、滅んだものだ。

軍隊は戦闘でのみ責任を果たすものであって、限られた予算/人員/期間の範囲内で結果を出すべきであることを、最初に学ばねばならぬのだ。
これはビジネスでも通じることだが、その通り。
戦争はビジネスだよ。
それ以上でもそれ以外でもない。

荒木氏を推す軍人たちには、そういう教育もしてやるべきだと思うが、日本には人材がいないのかな。
いたとしても、ここまでこじらせた後では、熱を冷ますのに時間も必要だろうがね。
それは我々の仕事ではない。
今の契約が終わったあとなら、コンサルタントを引き受けてもいいが。
必要ならドルリー・レーンまで連絡してくれたまえ。
仕事がある限り、老骨に鞭打って、働くよ。

そんなことを考えながら、我々は東京を発ち、支那へ戻ってきた。
各地のチームも合流して、今また、北平に集まってきたところだ。
7月19日か。そろそろ夏休みだね。
今日は陽射しが強い。
ちょっと、休憩しようか。
いつもの妖精さんが、私たちの後ろを尾けているね。
つかまえてくれ。この先の店で、待っているよ。
あの子のぶんも、注文しておく。
アイスティーでいいかな?



[43732] File_1932-07-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/08 00:02
File_1932-07-003D_hmos.

油断は、してなかった。
でも、つかまった。見事に、してやられた。
気配に気付いて逃げようとした先に、別な奴が待ち構えていて、まんまとその前に躍り出た。
ちくしょう、プロだ。こいつら。

白十字という大きなカフェへ連れていかれた。
リットン卿の真向かいに、着座させられる。
でっけえ。間近で見ると、威圧感パネえ。

「アイスティーでよかったかね?違うものがよければ言ってくれたまえ。おごるよ」

隣から、マッコイ氏が日本語で聞いてくる。
ハッ。冷静になれ。ここで即答したら、日本人とバレる。一語もわからないフリをしろ。
次は中国語か英語で聞いてくるかな?と思ってたら、真っ正面から変化球が飛んできた。

「まあまあ、ラクにしとくんなはれあんさん。取って食おうなんて思ってへんよってに」

かかかかか、関西弁???
目をひんむいて魂消た私を、リットン卿はそれはもう、してやったり顔で見つめてきやがる。

「まだ練習中だが、どうかね私の大阪語は。ちゃんと指導してくれる先生がいないと、自信も持てなくてね」

ダメだこりゃ。完全にバレてら。開き直ろう。

私は、関西に住んだことないので、今のが完璧かどうかはわかりません。

「そうか、失礼した。日本語が一番得意かね?」

日本語では伝わらないボキャブラリーもあるでしょう。中国語と英語ならある程度わかりますから、チャンポンでも構いませんよ。フランス語とドイツ語とイタリア語はわかりません。

クローデル氏とアルドロヴァンディ伯が笑った。シュネー氏は口元をひきつらせた。
こいつら全員、日本語わかってやがる!

「我々は君を、パックとか、ロビン・グッドフェロウとか呼んでいたのだが、ここでは何て呼べばいいかね?」

ロビンでお願いします。

「はじめまして、ロビン君。最初に君を意識したのは4月20日の大連だった。それより前から、尾けていたかね?」

えーと日付までは覚えてませんけど、多分その頃からですね。

「そして君は、満洲事変の初期から計画の一員だった。石原莞爾中佐と特に通じているようだが、正解かね?」

はあ。降参です。これ以上なにを話せってんですか?

「ロビン君は、何歳なんだ?
これだけは我々の間でも意見がわかれていてね。差し支えなければ、それが知りたい」

うわああああああん。22歳ですよ。
これには全員が、目をひんむいた。
10歳説まであったらしい。それはさすがに傷つきます。チビですけど!だからって、あんまりだ。
調査団では私の年齢で賭けが行われていたらしい。
そこかよ!そっちかよ!屈辱だ。

「満洲事変についてだが、君たちはずいぶんと、面白いことをやってくれたね」

あ、話が戻った。

「連盟がどう採決するかは別問題だが、今のところ我々は、君たちを応援したい考えも持っている。建国理念、すばらしいじゃないか。大いにがんばってくれたまえ。君たちのお仲間にも伝えてくれて構わないよ」

真意が読めねー。けど、この状況では、素直に受けとっていいエールかな。

「ただし、忠告もある。どんな崇高な理想でも、どんなに完璧な計画でも、それを実行するからには適切なコントロールと、脆弱性へのすみやかな修復が不断に求められる。幕が上がった以上、一瞬たりと気は抜けないのだ。なにがあろうと舞台の上に最後まで立ち続けなくてはならない。満洲国にはその力が著しく欠けているように思われる。心しておいてくれ」

……同感ですし、まったくもって、その通りです。

「伝えたかったことは、以上だ。時間を奪って、悪かった。ありがとう。ロビン君からも、何か質問があれば、承ろう」

こちらこそ、大変有益なお言葉を頂戴しまして、感涙に堪えません。
質問というか。
私みたいな変なヤツって、皆さんにとっては珍しくないものなんですか?

「フーム。人間は誰しもが唯一無二のユニークな存在だからね。君のような人物は、君だけだよ。
敢えていうなら、貧しい国の少年兵士は、君のような鋭い目付きを備える傾向がある。
ロビン君も、さぞや過酷な人生を過ごしてきたものと想像するが、これからの人生を、実りあるものにしてくれたまえ。
今日のこのひとときが、全員にとって良き思い出になるならば、それはとっても嬉しいね」

ありがとうございました。

皆さんと、握手を交わして、退出しました。
どうしよう。
こんなの、報告に書けねえよ。



[43732] File_1932-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/09 01:23
File_1932-08-001D_hmos.

石原閣下に呼び出されました。
行くと、トーミヤがいました。

あいかわらず、ウザくて、いつもニンニク臭いおっさんです。
今年の1月、関東軍に戻ってきました。
満洲事変の報道を内地で毎日、驚喜しながら注視しつづけてたんですって。
いつお呼びがかかろうかと万端の準備を整えたまま、秋から冬まで過ごしてたんだってさ。

同じく内地にいたトーイチさんは、東宮に先を越されたと、悔しがってましたねえ。
そのトーイチさんは、上海事変に、参謀グループの一員として出動しましたが、着いてまもなく停戦したので、お仕事なーんもしてないよと、これまたボヤキのお手紙を頂戴しています。
私が殺されかけてた時にはまだ、いなかったということですね。
よかった。言ってませんけど。

んなこたさておき。8月です。
日本陸軍では大移動の季節です。
石原閣下。内地へ転任、決定。
そういう噂はありましたけど。いよいよ、本決まり。
陸軍省兵器本部付。
付、てことは、トクム臭いですね?

「何をさせられるかは、儂にもわからん。今、満洲を離れることは痛恨の極みだが、宮仕えでは逆らえぬ。あとを、よろしく頼む」

話が早い。ええ、私は内地へはついていきませんよ。
ついでに大佐へ昇進だそうです。おめでとうございます。階級なぞオマケなんですね。閣下らしい。

トーミヤは、来てからずっと、満洲国の土となるべく粉骨砕身の情熱をもって、匪賊討伐に精を出しておりますけど。
今後、北満の辺境で、移民開拓団の守備隊長となるそうです。
いま大雨が続いて大変なことになってる地方ですね。
大きな仕事を任されたと、大感激してます。

トーミヤを下がらせたあと、閣下は私に、近くへ寄れと手招きします。
ナイショのお話ですか?

今回の人事では、本庄さんも内地送り。
板垣さんは満洲国溥儀執政付き顧問に。
土肥原さんと花谷さんは天津に。
かなりのメンバーが総入れ替えになるみたいです。
片倉は?
久留米へ転属。そうですか。まあ、どうでもいいや。

閣下たちが抜けた関東軍の主要ポストへは、内地から来る人が収まりますが、閣下曰く、いけすかんロボットばかり、だそうです。
私の知らない名前しか並んでませんけど、そうなんですね?

つまり日本にとっては、満洲は新大陸で植民地である。これからどしどし開発していくにあたって、中央の指示に絶対逆らわない事務屋ばかりを、選りすぐって送りこむ。そういう狙いが見てとれるそうです。
ヤな思想だ。五族協和を理解してませんね。
満洲は、日本のものじゃないんだぞ。独立国だぞ。
お前らは、対等につきあっていく世界各国の、その内の一国に過ぎないのだぞ。思い上がるな。
とはいってもねえ。
閣下がいなくなると、ツブシもきかなくなりますね。
ユーウツな一年になりそうです。

私はいま満鉄の職員ですけど、引き続き関東軍とのパイプを維持し、閣下との連絡係になってほしいと言われました。
言われずとも。
ヤバい橋は、今までもこれからも。シームレスです。
新たに東郷って軍医さんも満洲へ来るので、協力してやってくれと。
ドイツ帰りで、非常に頭がきれるそうです。軍隊の衛生管理と防疫に並々ならぬ情熱を持っていて、携帯式濾過器を発明。天皇陛下から感謝状も賜られたほどだとか。

石井さんて方と関係あります?

閣下が、目をひんむきました。
日特に、石井さんて軍医さんが、濾過器の設計図を持って現れ、これを実作できないかと相談されたって聞いてます。濾過器の製造元は日特ですよ。
なんだ、同じ人でしたか。

なんと、東郷っていうのは、その石井さんのスパイ・ネームだそうです。ゴルゴ13かよ。東郷平八郎から採ったみたいですけどね。本名の石井は、満洲では使うなとのことです。
ひとまず、わかりました。東郷さんは閣下の味方なんですね。
他には、遠藤さん・田中さんが内通してると。
承知しました。コソコソと連携します。

そんな話をして、退出しました。
なんだか本格的な、スパイ大作戦になってきましたね。
リアルって、どす黒すぎ。やだもう。



[43732] File_1932-08-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/10 00:03
File_1932-08-002D_hmos.

人狼ゲーム。
リアルな。一回限りの。
シャレにならなさすぎて、冷汗すら出ません。

ハルビン駅から、車で一時間半ほどの村の中。高い壁に囲まれた廃工場。
ここが、東郷部隊の秘密基地になる予定です。
バイオハザードのロケ地にピッタリすぎます。

まだ準備段階で、稼働は来年予定。
ハルビンとその北方の広域一帯が、7月からの大雨続きで大洪水。政府発表では罹災民36万人・家屋倒壊2800戸という大惨事になってる状況もあって、人員が回らず。整備まで時間がかかる模様です。

軍医研究所なので。
薬物開発。
実験動物の繁殖と飼育。
戦地から遺体を運び込んで病原体など採取してから徹底焼却。
そんな設備いろいろ、作るそうです。極秘に。

内地ではここまでの規模の研究所をつくるの確かに難しいでしょうね。
だから満洲国誕生は東郷にとっても渡りに船だったわけか。考えたな。

東郷ハジメ。千葉県出身。40歳。独身。
2年前、ドイツ留学から帰国し、そこで学んだベッケフェルト式濾過器を改良する形で、より小型の石井式濾過器を開発。30cmほどの筒型で兵士が各自携帯でき、中国の河川など不衛生な環境でも安全な飲料水を確保できるという画期的な発明として、今年、陸軍が制式採用。

その製造を一手に引き受けているのが、私の古巣である、日本特殊工業株式会社。
サノたちが、濾過器本体の素材選びから手伝ってるんで、日特の製品といってもいいくらいですが、特許は石井が握ってます。抜かりなさすぎる男ですね。
この石井が満洲で使う特務ネームが、東郷ハジメ。
一緒に来てたチーム東郷の全員がニックネームを持ち、それで呼び合ってます。訛りが似てたから同郷の人たちかもと思います。
できすぎと思うくらいの、秘密結社ぶりです。
その中心人物である東郷氏と今日初めてお会いして、研究所予定地まで一緒に行って、帰ってきたとこなんですけどね。

……わかんない。奴は転生者か?それともただの、マッドサイエンティストか?

連想ゲーム。東郷といえば?
デューク・トウゴウ。
ゴルゴ13が一番よく使う偽名。
21世紀でその名前を知らない日本人はいません。劇画のキャラクターですけど、半世紀以上、一日も休まず世界中で何万人も殺してきたモンスターテロリスト。たぶんロボットです。作者だって何代にもわたって連載を続けてました。
このゴルゴが、中東国家などへ潜入する際、サングラスと濃いあご髭で変装するんですが、その姿に、東郷ハジメ、体格まで含めて、そっくりだったんです。
見た瞬間、声が出そうになりました。初対面者がそんな反応を示したら、転生者の可能性あり?
それを狙ってコスプレしてるんだったら、見事すぎるアイデアです。

転生者なら転生者で納得するんですが、そうだとすると、私も未来人だよって名乗るべきだと思います?
思わないでしょ。
少なくとも相手の尻尾をつかむまでは、こっちも正体は隠しておきます。
東郷は、医学の道で出世コースをひた走ってる、時代の寵児。私よりも頭、いいんですよ。桁違いに。
そんな奴にこっちから正体明かして、医学も、歴史も、よく知らないのバレたら一生バカにされて、よくて都合のいい手下。何かあったら捨て駒にされます。
まっぴらごめんです。

私はステルス主義で無口を貫いてますが、東郷はけっこうお喋りです。そこだけは、ゴルゴと真逆ですね。
しかし、半日ずっと聞いてましたけど、確証は得られませんでした。

怖い。
どこまで掌の上で転がされてるのだろうかと不安になる一日でした。
心理戦です。ライアー・ゲームです。
賭博堕天録です。賭ケグルイじゃないのにエスポワール乗船です。
神経がもちません。

奴はすでに私の正体知っていて、私に先にボロを出させようとしてる可能性もある。
でも考えても考えても、わからない。
サノがよもや、私の正体をバラしてはいないと思う……けども、その疑惑も拭えないので、近々またコッソリ、日本へ行ってカマかけてみます。手紙で聞くのは証拠が残るだけ、野暮でしょ。
ううう、おちつかねえ。



[43732] File_1932-08-003E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/11 00:02
File_1932-08-003E_hmos.

サノです。今年の夏休みは、満洲へ来ました。
いま満洲旅行は大変人気で、切符も宿もなかなか取れないのですが、コダマさんが都合をつけてくれまして。
案内をしてもらいながら大連、奉天巡り。湯崗子温泉でも一泊します。

コダマさん、会社つくるんですよ。
私も名ばかり役員として参加するので、その打ち合わせをしてました。
有限公司、東京レアメタル。

コダマさん調べですが、満洲の東方に牡丹江という町があって、8世紀頃には渤海と呼ばれてた国の首都だったそうです。日本の奈良朝廷と交易した記録があるとか。当時の名を東京といい、城跡が遺っているそうです。
そこにあやかった、ダブルミーニング。
現在、満洲全土で地下資源や未開拓地の調査が計画されてますけど、ゆくゆくこの地域まで開発が進めば、未来の技術で脚光を浴びることになる稀少金属が見つかるだろう。
今のうちに、その権利を押さえてしまおう。これがコダマさんの狙いです。
ずるいような気もしますけど、でも、面白いと思います。

辺境までいかずとも、すでにコダマさんが注目している資源もあります。
撫順炭鉱の、油質頁岩。
石炭層の上を覆う岩盤で、加工すると重油の代用になります。
満洲は石油資源が乏しいと言われてますが、石炭はそこそこ、そして頁岩は豊富にあるというんですね。

満鉄が8年ほど前、頁岩の採油工場を作りましたが、精製量は少ないようで、日本海軍へ納品している程度だとか。
しかし21世紀になるとこれが、大化けするかもしれない。
英語では、オイルシェール。
アメリカは20世紀末に頁岩から大量に石油を取り出す技術を開発し、それまで中近東から輸入していたのが一気に輸出国へと転じて、世界の石油市場が大転換を迎えるという変化が起きるのだそうです。
「そこまでは生きてないかもだけどね」
そう言いながら、この研究に投資しておきたくてたまらないみたいです。
私もなんだか、ワクワクしてくるお話でした。

他には、石井軍医正のことを、細かく聞かれましたね。
石井さんと石原大佐がお知り合いというのも初耳でしたが、なるほど石原さんからうちの社長を紹介されたのかな、と思えば腑に落ちます。
今月満洲でコダマさんと会っていたというのも驚きました。石井さんて、やり手の実業家顔負けですね。

コダマさんは、石井さんを転生者かどうか見破れなくてヤキモキされているみたいです。
どうでしょう。私も何度か会議で技術的な話しかしたことなくて、頭の回転が早い人だなあとは思ってましたが、未来の知識を持っているかどうかなんて、考えたこともなかったです。
私はコダマさんと違って、あくまでこの時代に初めて生まれてきた、ただの人間なので、気づけないかな。
コダマさんが危険を感じるというなら、転生者なのかもしれません。今後は、注意して、観察してみます。
まちがっても、こちらから明かすなんてことは、ありませんよ。今までも、誰にも言ってないですし。コダマさんの秘密は。

満洲の感想ですか?
コダマさんは、満洲の治安の悪さ、息苦しさを相当気に病んでいるようですが、私には、内地に比べたら、広々として、のどかで、活気もあって、最高にいい国だと思います。
悩みすぎですよ、コダマさん。
むしろ内地の方が、今ははるかに息苦しいです。滅入ります。
私も、満洲に住めるものなら、住みたいなあ。



[43732] File_1932-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/12 00:02
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2592年9月18日。
満洲事変一周年を迎えました。
私は今、やるせない憤りに、全身をふるわせています。
まだ、やっと、一年経ったばかりだというのに。
これからだったはずなのに。
理由は、最後にぶちまけます。

その前に、満洲国の立法機関が骨抜きにされてしまった話をします。
満洲青年連盟。事変前から、満洲における政治の在り方とはなんぞやと熱く問題提議を投げかけていた、有志の集団です。
吉林・ハルビン・洮南で中国人による独立政権の樹立に力を貸し、五族協和という建国理念を掲げて満洲国の基礎固めをした、関東軍と双璧を成す立役者です。
まとめ役は金井さんという方ですが。私は山口重次さん、通り名はケンカウズラっていう、血の気の多いおにーちゃんとウマが合って、石原と三人でよく語り合ってました。
この青年連盟が、今年の4月、協和党という政党に改組されたんです。
国民選挙による立法府設立へ向けての再編制でした。

これに、まず、溥儀が噛みつきます。
建国宣言に先立っての東北行政委員会宣言でも「最高位の国家元首は執政である」と明記されてますが、ゆくゆくは皇帝となる溥儀にとって、議会制民主主義なんて邪魔なものでしかないようです。国会の意味を認めようとしません。
ここで既に、帝政か共和制かという、最初からあったひずみが露呈してしまったのです。

協和党には、雄峯会というライバルがいました。
もとは満鉄内の、東京帝大卒派閥に対抗して生まれたグループで、笠木さんというリーダーを中心に、30名ほどの集団を形成してました。
笠木一派は、他人のやることにトニカク反対。ポリシーなきポリシーしかない。そう私には見えてました。
青年連盟にも協和党にも関東軍にも駒井さんにも、ひたすら揚げ足とって批難ばかりして、愛想尽かされてました。
ただ事変の最中、雄峯会も一応お手伝いしてくれてた縁がある義理で、満洲国政府内に執政直属の、つまり実務をほぼ伴わない部署をつくって、笠木氏に任せたんです。これが諮政局です。

執政溥儀の宮殿は、新京にあります。宮殿といっても、紫禁城に比べたら犬小屋同然かもしれませんが。
笠木氏はここを根城にして、溥儀の命令という形で、いつの間にか新京政府の人事権を掌握。
露骨に雄峯会のメンバーばかりが政府の要職を押さえ始めて表面化。奉天に本部を置く協和党が騒ぎ立てました。
溥儀自身も協和党の存在そのものを潰そうとするから、諮政局へ肩入れをして、すったもんだの争いへと発展。
総務庁や関東軍からも介入されて、最終的に諮政局は取りつぶしになりましたが、溥儀の顔を立てて協和党へもペナルティが課されました。

協和党あらため協和会という非政治団体として再出発。
溥儀を名誉総裁として、政府から助成金をもらって活動する御用機関となるべし。
なんじゃそりゃ。
これでは国民を代表して政府を監視し信任・不信任を決議することができない、と最後まで反対した中央事務局次長のケンカウズラ氏を筆頭に、草創期からいたメンバーはほぼ全員、左遷か解任させられました。

つまり現在、三権分立における立法府が、この国には存在しないのです。
日本内地の国会だって、マトモに立法やってるかといえばグダグダの猿芝居しかしてませんけど、そもそもそれすら存在しない状態になってしまった。
そんなやさぐれた気分だったところへ。

9月18日の事変一周年は、抗日運動のピークとなるであろうと予想されてました。
その警戒網を縫う形で、15日に、撫順炭鉱で、満鉄の現地事務所が中国人の襲撃を受けるという事件が起きました。
私は撫順炭鉱に狙ってる物件があって、前からよく行ってたんですが。
現地には、炭鉱労働者の村があります。
ハッキリ言うと日本人が中国人を安くコキ使うために住まわせてる。
100世帯くらいが密集して暮らしている集落だったんです。
そこが、立入禁止になりました。

ただの封鎖ではありません。その集落の入口さえ見せないところからバリケード。
厳戒態勢で覆い隠しているんです。関東軍が。いま。
一部の中国語新聞に、記事があります。
命からがら包囲網から逃げ出したという生存者が語ったところによると。
その日、日本兵たちが現れ、問答無用で報復を始めたと。

この情報だけで、断定することはできません。したくないという思いも強いです。しかし。
あのバリケードが物語ってる。
集落へ毎日通ってる、行商の人たちまで入れさせず。
一昼夜経過して、二日目。
伝染病なら医者を呼ぶはずですが、一切、そんな動きもない。
これは何を意味する?
冷静に考えれば、おぞましい推測を認めざるをえないところまできています。
なにをしている?
なにをしているんだ?日本は。関東軍は。満洲国は。
いったい。



[43732] File_1932-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/13 00:05
File_1932-10-001D_hmos.

10月1日、リットン報告書が公開されました。
二週間ほどかかりましたが、英語版を手に入れました。あとは日本語版、中国語版の逐語訳が手元にあります。
ひととおり読みました。
たいへん勉強になりました。
レポートとは、こうあるべきか。

北平での、20分にも満たないティータイム。
そこで私は、プロの諜報員がどんな手強い連中なのかってことを、心から思い知りましたけどね。
あの人たちが一体、どんなレポートを書くのかと。
期待と恐怖に震えながら、過ごしてました。

感想を一言でいうなら、無味乾燥。
坦々と。満洲の地方史と、そこで起きた事件の顛末を。地球の反対側の西洋人たちへ向け、こまかく解説と数字を入れながら、整理して記述しているだけ。
中国の人たち、さぞやがっかりでしょうね。
単純にこれだけ読んでも、日本ヒドイ奴なんて感情は湧かない。同じくらい、中国かわいそうとも、思えない。
坦々と。ただ、坦々と。

そうか。レポートって、こんなんでいいんだ。
依頼を完璧にこなしつつ、どの陣営からも距離をとる。
見事だ。あらためて、脱帽です。

英語と中国語の新聞報道は、もっとちゃんと日本に裁きを下せと、調査団への憤りをぶちまけてるのが多いですね。
日本語の新聞は、そもそもリットン報告書が日本を断罪しているものと頭から決めてかかったダイジェストだけを参考に書いてるんで、的外れぶりを嗤うしかないものばかりですが。
せめてオリジナルを読んでから語れよお前ら。

ジュネーヴの連盟総会は12月から。この報告書をもとに、審議を始めるそうです。
それに出席するため、日本からも使節団が向かいますが、その中に。
閣下がいます。
いいんですか?
張本人ですよ。

リットン報告書には石原の名前、出てきません。
錦洲爆撃の指揮官、と一箇所だけ登場。
それ以外はモブ扱いですね。固有名では皆無。
ミステリで真犯人はこいつでしたと言われたら許しませんよ。
もし真相を見抜いてて、その上でこんなフザケタ報告書にしてるんだったら、リットンは私たちなんかよりよっぽど華麗な革命家か、犯罪者集団にも、なろうと思えば、たやすいはず。

ところで。
8月に関東軍のメンバーがフルチェンジされてから、私は機密へのアクセス権を失いました。
事変二日目から関東軍の中枢はずっと奉天東拓ビルへ移ったまま、現在もそこですけど、私はもう建物の入口にさえ近づけません。
協和会も、関東軍も。いつのまにか。一年前にいたメンバーが、どこにも、いません。
乗っ取られちゃいました。
ものの見事に。
なんて華麗な、入れ替わり劇。

それでね。
アップルの創業者、ジョブズさん。
虫プロをつくった、手塚先生。
コナミを大成長させた、小島プロデューサー。
青色ダイオードの発明者、中村博士。
前世の、いろんなノンフィクションを、ぐるぐる、思い出していたところです。

だがしかし。でもたぶん。
奪われたままでこの世から去って行った方なんて、もっと大勢いますよ。
一番がんばったのに、何もしてないヤツに手柄横取りされて。
地位も権利も報酬も、ささやかな名誉さえも踏みにじられて。
永遠に浮かばれない人は古今東西、それこそ星の数以上いると思うんですよ。

ジョブズ氏、手塚氏、小島氏、中村氏。
かれらは、取り戻した人たちです。やられたままでは終わらなかったです。
しかも第一黄金期を超える、さらにすごいことをやってのけて。
かつて自分を放逐した連中のことを、もっと高みから、存分に語りまくる特権まで手に入れて。
今、私の心に、希望を与えてくれてるんです。

私も取り返しますよ。取り戻してみせますよ。
もっとすごいこと、やってみせてやりますよ。
負けるもんか負けてたまるか。あんな奴らに。
今はこんな減らず口しか叩けませんけどアイルビーバックだ。
とりあえず、そんな、負け惜しみを、吐き捨てておきます。
おやすみ!



[43732] File_1932-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/14 00:02
File_1932-12-001D_hmos.

運命の出会いから、もう七年経つんですね。

南京で、骨付き肉にかぶりつきながら。
日本でどれだけ考えてもわからなかった支那という国の、もつれにもつれた四次元パズルを、瞬く間に、快刀乱麻を断つ如く解体してみせてくれた、あの時から。
私はあなたの虜でした。

トーイチさんは、ぶっきらぼうです。
ガサツだし、着るものにこだわらないし、片付けないし、酒飲みだし、遠慮無く思うところをズケズケと述べます。
たとえ相手が上官でも、容赦しません。
そこがいいんです。
カッコつけないところがカッコイイ。
大陸を愛し、大陸に求められている男です。

トーイチさんからの手紙は、どれもこれも、いつも力強い筆圧で、語りたくなったらとりとめもなく書いて、おそらく読み返しもしないで、気が向いたら送ってくる。
私も同じようにお返事します。
そんな気まぐれな文通も、ずいぶん、長く続きましたね。
そんな、あこがれの、トーイチさんが。
ついに、大陸へ、やってきます。
満洲国軍の顧問として。この12月から。
ウホッ!ウホウホホ!!ウッホッホー!!!

嘘みたい。夢じゃないかな。
これから毎日会えますか。
百万の味方を得た思いです。
孤独にさいなまれていた私にとって、これほど頼りがいのある先生はいません。

ここで満洲国軍について説明します。
満洲国は国防を、日本の出先機関である関東軍へ委託しています。
満鉄とその付属地はまだ、満洲国領ではなく日本領ですが、関東軍は今や、その境界を分け隔てなく行動できます。
ソ連権益である中東鉄路だけは立ち入れませんが、それ以外、満洲全土の治安維持と国境警備を、担当します。

とはいえ満洲国にも、自前の国防軍は必要。
旧・東北辺防軍は多くが関内へ逃げたか匪賊となってしまいましたが、あらためて自国民による組織化された軍隊をつくらねば、災害対策さえできません。
満人・漢人を中心とした軍隊を新編します。
それを、日本からの軍事顧問が手伝います。
この一団の中に、トーイチさんも選ばれた、というわけです。

孫中山時代、ソ連を顧問に招聘して、国民政府軍は急速に近代化しました。
日本だって、明治時代には、フランスやドイツから先生にきてもらって、軍隊を基礎から変えていったんです。
そんな歴史を紐解けば、何ら不都合な感じは、しないかな?
現実問題、満洲国にとって日本以外の軍隊を選ぶ余地はないので、これは順当でしょう。

ともあれ、トーイチさんとつながることで、私は満洲国軍の内部事情へアクセスする道が拓けるわけです。
現在ただの一般市民にすぎない私には、貴重な、貴重な、一筋の光明です。

満洲国政府へは今どんどん日本から官僚が送りこまれており、内面指導という名目でありとあらゆる権力を裏から牛耳ってます。
傀儡です。
乗っ取りです。
ボディ・スナッチャーです。
ソ連がモンゴルを共産主義の衛星国として裏から操っているのは周知の事実ですが、日本と満洲の関係も同じようなものですね。
最近ようやく、そのくらいの冷静さで状況を正視できるようには、なりました。

ソ連といえば、満洲国政府には今のところ、共産勢力の浸透はありません。
でも中東鉄路およびハルビン以北の権益を、日本が奪いにくるかもしれないと、ソ連が危機感を抱かないわけがない。
そう思うのですが、不思議なことに争う気配が見えません。
むしろ中東鉄路を満洲国に売却して、ソ連は国境線まで完全撤退するかもなんて噂まであります。その真意も謎。

来たる、大同2年。
私にとっては情報蒐集と暗躍の一年になるでしょう。
早ければ2月26日に日本で最大級のクーデターが発生する。
満洲どうなる。世界はどう動く。
国際連盟はいかなる審判を下す。
かたときも、気を抜けません。

それが運命だけど、あきらめはしない。
もう目覚めたから。悲しむのはやめたから。
熱い時代へ戻れることを、信じているから。信じたいから。
ゼェェェェェーット!



[43732] File_1933-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/15 00:03
File_1933-01-001D_hmos.

新年、あけましておめでとう!
新京の新居で、ラブラブな新婚生活を過ごしている、コダマです。
来たばかりでまだ荷物も大して無いけど。
掃除して。洗濯して。
窓の目張りに、繕いものに。
トーイチさん。あなた部屋の主でしょ。もっと堂々としててください。

「まるで愛人と暮らし始めたみたいだよ。どこでそんなこと覚えた?」

ひとり暮らしで、全部自分でやってきたので。
もともと、綺麗好きでしたからね。つい。

「そうか。いや、助かるけど、落ち着かないな」

じゃあ、お話をしてください。
支那のことでも内地のことでも、満洲へ来てからの感想でもなんでも。
聞きたいです。

トーイチさんて、シベリア出兵のときにも、満洲へ来てるんですって。
満洲里で特務機関長やったりもしたって。三十代の頃。
意外すぎてビックリ。

「あの東三省がなあ。感慨深いよ」

年末に来たばかりで、まだわからないと思いますけど、満洲国軍て、どんな感じなんですか?

「モノになるまで、十年はかかるだろう。毎日何人も逃げ出しては、食事時になると定員以上に増えてたり。兵舎にいったい何人いるのかさえわからん」

あちゃあ。そういう感じなんだ。

「売れそうなものは何でも持ち出されるから。特に武器はな。管理に一番気を遣う。嫌われる上官になると真っ先に撃たれるぞと、他の顧問にも言ってある」

支那って昔からそうだったみたいですね。
事変の日も、北大営では夜は全ての火器を武器庫にしまって、鍵をかけて。
夜中の当番兵へは鍵のありかも教えないから、だから日本軍の攻撃に反抗できなくて、すぐ逃げたって。
閣下はそこまで計算して、22時過ぎに行動を始めたって話は御存知でした?

「石原君なら、そのくらいは承知してるよ。昔から、支那兵と戦うには夜の奇襲が基本だから」

そうなんだ。
上海の夜を思い出しました。けど、言えません。

「おい、スルメ旨いぞ。お前もちょっと休め。少しくらい飲めよ」

はいはい。お替わりですね。何本飲むんだか。
私はお酒弱いんで。すぐ眠くなっちゃうのよ。
全部片付いたらいただきます。
スルメだけ一本、いただこうかな。

「近々、熱討作戦が始まるが、満洲国軍は要らんと言われた。それでホッとしてる我々も、情けないがな」

ネットウ?
ネッカトウバツ……
熱河へ侵攻するんですか?

「張学良が、兵を集めている。すでに小競り合いは起きているから、準備が整い次第、勧告を出して、従わねば攻めこむだろう。早ければ、一月中に始まる」

あーあ。日本またかよって言われちゃいますよ。

「今年は雪が多いし、熱河は山岳地帯だ。陥とすには、春までかかるだろうな」

学良軍に勝ち目はなさそうですね。
せいぜい、早く逃げてくれと思うばかりです。

……日本はそのあと、北平まで手に入れるつもりですかね。

「するんじゃないかな。支那軍はどこも日本と本気で戦おうとは思っていない。軍事作戦は立てやすいだろう。
ただ匪賊も増えていくから、治安維持のほうが大変だ。しかも、戦闘しない任務は手柄にはならんから、高級軍人と現場の溝はどんどん深まっていく」

ブラック企業まんまな構造としても問題だし、匪賊を生んで殺して奪っての一大マッチポンプができあがってる構造も大問題ですよ。
どうすりゃいいのか。モヤモヤしてきた。
一杯、いただきます。飲みたい気分です。

ちょっとだけよ。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/16 00:02
File_1933-01-002D_hmos.

熱河省。
旧・東三省と、万里の長城とに挟まれた一帯です。
長城を越えた先がすぐ北京なので、文化的にも行政的にもチャンポンで。
満洲というときは含めたり含めなかったり。
含めて東四省という場合もあります。

とくに満洲国が誕生してからは、中華民国政府との板挟みで。
省長の湯玉麟は、どっちに従うべきか悩みつつ、のらりくらりと漂っていた。
当然、どっちからも、つけこまれる。

お正月明けから、防衛陣地構築中の張学良軍に対し、関東軍がじりじりと雪をかきわけ、進軍中。
熱河はただいま、戦地です。

一ヶ月ほどかかって、ジュネーヴの石原パパからお手紙が届きました。
みっちり書いてくれてます。
シベリア鉄道で出発してモスクワ、ワルシャワ、ベルリン、ロンドン、パリを訪問しながら、
現地日本人たちに
「もう卑屈でいるのはよせ、これからアジアの未来は西洋主導ではなく我々の手で築いていくのだ!」
とか大演説で盛り上げてからの、堂々スイス入り。

12月24日の松岡演説は、超満員の会場で、割れんばかりの拍手をもって締めくくられ、あとは2月の総会票決まですることがないから、各自バラバラに遊び回っているそうです。
閣下はカメラ屋と古道具屋を片っ端から探索して、ナポレオンの石像まで買っちゃったとか。
いいなあ、最高のオタライフじゃんかよ。
国の金で。

松岡演説は、新聞で読みました。
「今は批判もあるだろうが、我々はナザレのイエスと同じだ。反逆者として磔の刑に処されたが、後世は彼を最大の偉人として讃えているだろう」
って英語で力強く言ってのけたんですってね。
松岡って若い頃ずっとアメリカで勉強してたんで英語ペラペラだし、西洋人を恐れないんですよ。
満鉄時代にも、誰にでも論争ふっかけて、チビっても逃がさないと恐れられてた人ですけど。
彼を連盟総会に派遣した日本の外交力ってのも、今までにはありえなかったレベルです。
満場の拍手、という記事は眉唾でしたが、閣下の手紙にも書いてあるので、事実なんでしょう。意外。

私のうろ覚え知識では、日本、総スカンくらって連盟脱退するんじゃなかったっけ。
もしかして歴史、変わった?
変わってくれた?

連盟が満洲国を認めてくれるとなると、これは大きな後ろ盾です。
ただ、喜べません。
いまの満洲国は建国理念とかけ離れすぎた日本の植民地であり、それを牛耳っている乗っ取り犯連中を、ますます調子に乗らせることになります。

満洲を独立国とは呼べない、簡単な指摘をひとつ。
満洲に、国籍法って、ないんです。

いろんな法律が未整備ではあるんですけど、中国本土出身者や白系ロシア人、西洋人の入国には、パスポートとかビザとか、要るわけですね。
でも日本人および、日本国籍を有する朝鮮人や台湾人はフリーパス。
日本国内を旅行するのと同じ感覚で行き来できますし、住所を移すのにも、手続き迅速です。
外国人はいちいち足止めされるのに。

これは圧倒的な格差ですし、日本企業とそうでない企業との進出速度には絶対的な開きが生まれます。
そんな不公平な国の経済が、まともに発展するわけがないでしょう。
つまり満洲はあくまで日本の専有物であり、ただの植民地であるという批判をかわせません。
その通りの事実です。証明完了。

今後とも日本にだけ有利なこの制度が変更される見込みはなさそうですが、それに乗っかったウハウハな儲け話が、内地では盛んに投資欲と移民熱を煽る形でフィーバーしています。
バスに乗り遅れるな!とか、特需景気!とか、いうヤツです。
天から金が降ってくるのに拾わないお前はバカ!勉強も修行もしなくていい!くらいの勢いです。
そのノリで、今度の熱河侵略も、イケイケオセオセヨーチョーだ!と内地も現地も大にぎわい。

これは戦争ではない、事変だ、膺懲なのだ、というおためごかしが、申し訳程度に添えられてたこともありますけど。
満洲国独立支持を謳う日本語新聞132紙による共同宣言あたりから、そんな言い訳もいらなくなりました。

日本人があくまでこれを、侵略ではない、戦争ではないと言い張るならそれもいいでしょう。
なら、今は平時なんだよな?
戦時中か戦間期かでいうなら、平和の時代なんだよな?
その平時において、マスコミが何を報じてるか。何を書いているか。
誰を讃え、誰を蔑み、何をなすべきだと叫んでいるか。

お前たちの浮かれようは、未来永劫、記録に残る。
お前たち自身によってな。
残しておけよ。

常に勝ち馬に乗り、美味な分け前にあずかることへのみ、全身全霊全力を注ぎこむ。
その目的のため、脇目も振らず、記事を書きまくる。
戦時だろうが平時だろうが、それがお前たちの本性だ。
永遠に、信条にしてるがいいさ。
クソクラエにもほどがある。
これ以上のことを、まだ私に言わせたいかね?
言わせなきゃ、わからない、つもりかね?



[43732] File_1933-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/17 00:02
File_1933-02-001D_hmos.

2月14日付、外電による速報。
24日の連盟採決に先立ち、19人小委員会というのが満洲国承認についての協議を行っていたのですが、
その結論が出ました。

「リットン報告書を全面的に採用した上で、満洲事変は不当な侵略と見做す。国際連盟としてこれを容認できない」

私としては、複雑な心境です。
事変そのものは認めた上で、その後の行為によって不当性を批難されるなら納得なんですが、
事変からの全てをひとまとめにされちゃうと、くやしい。

それにしてもリットン報告書って、最後、満洲国自体はせっかくできたのだからやらせてみようじゃないかって結論なんですけど、それを全面採用した上でって。
真逆やん。
ソンタクかなあ。西洋風忖度なのかなあ。
モヤります。
10日後、各国一票ずつの投票によって、審議が確定するのですが、さてどうなるか、ですね。

これも外電ですが、1月30日にドイツでヒトラー内閣が誕生しました。
アドルフ・ヒトラーです。
ついに、来ました。
昨年末の米大統領選でフランクリン・ルーズヴェルトが次期大統領に決まったのも衝撃でしたけど、この二人、同じ年に国家元首デビューするんだ。
これほんと?
どうでした未来の皆さん。
教えて。私、わからない。

アメリカの大統領って、最長で二期8年間までって規則なかったでしたっけ。
いま、西暦1933年だから、ルーズヴェルトが1941年に大統領を退くとすると、私のいた世界とは違ってきます。
彼たしか1945年に、太平洋戦争終了前に突然死して、副大統領のトルーマンが後を継いでからの原爆、終戦という流れなんですよ。
だから「原爆許すまじ」論者であると同時に「ルーズヴェルトは哲人だ」主義者なんてよくわからないクラスタもいました。
原爆ねえ。この世界でも、いずれは登場するんだろうなあ。さて、どうなるのか。

極寒の中、熱河では戦闘が続いておりますが、トーイチさん情報によりますと、遂に満洲国軍へも、派兵の命令が下ったそうです。
25000人出せと。
そんなにいねーよ!って今、揉めてるそうです。

注意すべきは、非日本人だけで構成され満洲国が指揮権を有するべきであるはずの満軍へ、関東軍から直接命令が下されていること。
トーイチさんたちは満洲国に雇われているわけではなく、関東軍所属のまま出向して顧問してるんですけど、属国扱いも甚だしい。
アメリカ軍の黒人兵とか、ソ連軍のエストニア兵とかと一緒でしょ。
最前線に配置して、弾よけに使うつもりでしょ。
トーイチさんもそんなことわかってて、粘って揉めて引き延ばしてるみたいです。
誰が着任早々、一年生に、実弾の標的になってこいなんて言えますか。

3月1日の建国記念日に、総攻撃開始予定だそうです。
何が日本軍をそこまでさせるかについては、こないだ遠藤君と会ったときに言われて腑に落ちた解釈があります。
遠藤君というのは、石原組の一派で、今もまだ関東軍の参謀チームにいます。時々コッソリ情報交換してます。

石原・本庄・多門と、満洲事変の立役者が内地へ戻るときって、国民の熱狂的歓迎がすさまじいんです。
アインシュタイン博士来日時の何倍もの人が、駅に群がる。
その後、勲章もらって、マスコミの取材申込みが殺到して。
本庄さんなんてラジオに出てこない日がないほどだって噂です。
満洲国で溥儀のお世話係やってる板垣さんが「俺も戻りたかったなあ」っていつもボヤいてるらしいんですが。

次はオレも同じくらいの手柄を上げたい、と関東軍や支那駐在を希望する、二匹目の泥鰌狙いが、内地でもわんさか出てくるのは、当然すぎるくらい当然ですよね。

そう。今の関東軍て、私たちも満洲事変を!と先人をただ真似したいだけのフレッシュなバカさんたちを山ほど抱えてるんです。
そのくせ満洲の地理もよく知らず、中国語の勉強すらまったくせずに乗りこんでくる。
しかも東京政府が、否、日本国民全体が、そんな夢だけ貪ってた青二才ばかり歓喜して送りこんでくるんです。
そりゃ熱河だろうが北平だろうが、もっと先まで、どこまでも西へ西へと、考えもせず侵略していくに決まってますよ。
バブルが弾ける、その時まで。

腑に落ちました?
さて、どうなるか。
リットン報告書だけを表面的に読んで、小委員会の結論へは達しないと思います。あれは表向きのパンフレットで、真相は別口で連盟へ提出されてんじゃないでしょうか。今はそんな風にさえ思います。
それでこそリットン卿かな、とも。
ここまで考えると、すべてが腑に落ちます。
さて、どうするか。



[43732] File_1933-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/18 00:02
File_1933-03-001D_hmos.

ジュネーヴ派遣団。帰りは満洲を通過します。
石原閣下と、七ヶ月ぶりの対面です。
旅の疲れか、やつれてました。
満洲里駅でお出迎えして、特別に車中同行を許されました。

派遣団は総員30名規模で、マスコミに取り囲まれて応じる人もいますが、石原は徹底して人払いします。
本国への報告より先には一語も話せん!の一点張りです。
松岡は列車がホームから離れるまで、誰にでも語り続けます。
人さまざまですね。

石原大佐からの、リアルな体験談を、全神経を集中させて聴きました。
時々ナポレオンの話へ脱線するんですが、そっちはいいです。
いいですってば!ジュネーヴ!ジュネーヴ!

2月24日の総会本会議。
44国の代表による投票。
といっても無記名ではなく、国名のABC順に口頭で可か否かを答えていくって。
それってアルファベット後半の国ほど決定に対するウェイト高くなりませんか。公平さに欠けると思うなあ。
でもそこで、ジャパンとシャム以外の42国が日本を不当と批難したってのは、どうやったって覆せるものではなかったですけどもね。

シャム。私のいた世界ではタイ王国だったような?はずですが、そのシャム国は、棄権しました。
日本をかばってくれたわけではなく、14日から24日までの間に本国から連絡が届かず、判断がつかなくて票を投じなかったそうです。
なので事実上は、パーフェクトゲームといってよい結果でした。

松岡さんは昨年の大演説とは打って変わって、準備された乙案の原稿を読み上げ、日本語で
「さようなら」
と言いおいて退場しました。
日本の新聞で、席を蹴り飛ばして出て行ったってのも読みましたが、それは事実無根だそうです。ホッ。

ただ、14日から出国までの間に、現地で話した西洋人の間でも意見は様々で、本国からはNOと指示されたけど個人的には石原を応援するとか、たとえリップサービスだとしても、みんながみんな日本を白眼視してるわけではないとのことでした。
一瞬でツッコめるところですが、石原閣下個人のユーモアセンスだけは気に入ってるからね、ってことでしょうソレ。
日本として、国としては、ダメって受け取らないと。
松岡はどうなんですか。今も向こうの席で叫んでますけど。
あいつは世界のどこ行っても迷惑がられると思うなあ。

帰りのベルリンで、留学時代のドイツ人の友達から「よくぞ英国支配にクサビを打ってくれた、これからは日本もドイツ語を公用語にせよ」と熱く激励されたとか。
ヒトラーが首相になりましたからね。ドイツでは今、右翼が威勢いいんでしょう。
それも加味して考えておきたいところです。

日本は国際連盟を脱退する。
そう松岡が宣言し、派遣団帰国後、日本政府が吟味し、加盟国としての決定を正式に出します。

これについても、連盟から日本が抜けることは国際連盟そのものの有効性を著しく損ねることになるから妥協点を探って阻止したいという動きが、あるみたいなんですね。
たしかに、連盟にはソ連もアメリカも加盟してません。そのため、国際連盟が影響力を持つ地域はヨーロッパと南アジアに限定され、圏外の問題へは立ち入れない。
さらに日本が脱退すれば、今後中華民国からの要請にも応えようがなくなります。
国際連盟は問題解決能力を大幅に縮小することにもなるわけです。

日本は今、得意の絶頂にありますから、連盟を抜けることで更にやりたい放題になります。
非常に、よろしくない雲行きです。
私からは閣下に、この半年間の満洲国の実情を説明しました。
悲しんでおられました。
私の悲しみ以上に。閣下が切り拓いた、掛け替えのない作品ですから。
くやしさも、やるせなさも、憤りも、ひとしおでしょう。

「今後とも、よろしく頼む。命だけは、気をつけろ。それだけは、くれぐれもな」

わかってます。くれぐれも。
それ以上は、言わないで。



[43732] File_1933-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/19 00:01
File_1933-06-001D_hmos.

残雪深く、まだ寒き春の夜明けとともに。
日本軍機動部隊、破竹の勢いで熱河侵入。
十日ほどで長城線まで到達。

逃ゲル市民ヤ国府軍ヲ容赦ナク殺シニ殺シテ主要都市ヲアラカタ制圧ス。

張学良はすでに逃げており行方知れず。
責任者不在をいいことに、ゴネまくり犯しまくり奪いまくりの乱痴気騒ぎを2ヶ月間繰り広げた末、中華民国北平軍事分会総参議・熊斌氏との間で停戦協定を締結。
種まきの前に、死体を片付けねばなりませんが、どこへ捨てればいいのやら。

ふと気づけば、もう6月です。

悪夢は続くよどこまでも。
日本も、正式に連盟から脱退しちゃいましたしね。
もはや我々に逆らえる者は世界にいないのだって、鼻高々です。

満洲へはどんどん人が集まってます。
新京の都はおそるべき速度で開発が進んでます。
バブル利権が次から次へとカネを生み出します。その金は日本人の懐にしか入りませんけどね。
苦力はどこまでもいつまでも、死ぬまで苦力のままです。

日本本土から昨秋、第一次武装移民団てのが500人、選抜されて、満洲へ渡ってきました。
吉林の先のイヤサカ村って入植地が準備されてたんですが、匪賊の襲撃があまりにも激しいという理由で吉林市内の仮設住宅で半年間、静かに待機させられてました。
そろそろ第二次移民団500人が入植してくるから早く片付けろと、現地守備隊のトーミヤカネオ長官がせっつかれてるらしいです。

匪賊。便利な言葉です。
そう名付ければ、どんな形をしていても殺してよい。
むしろ殺せ。焼き尽くして奪え。
でないと自分が殺されるからな。一瞬の躊躇もならぬ。
両手を上げて降伏してくるヒゾクモドキもいるが、信じるな。
手をさしのべる時、お前は背後から討たれる。
先手必勝。
悩むべからず。
いくらでも続けられますけどどうします?私は疲れました。やめましょう。

そもそも地図上、入植地として区画整理されてるイヤサカ村もチブリ村も、肥沃な原野じゃないんですよ。
その近辺には私の会社の由来にもしてる牡丹江という町がありますし、もっと先にはソ連の都市があるんです。
前人未踏の、野生動物だけがのんびり暮らしてる未開拓地なんかじゃないぞ、って意味です。
農耕に適してたらとっくに人が住みついてます。
住みついてました。
それを日本人がどんどん奪って、本国から人を住まわせようとしてるんです。
襲撃されるから武装して住めと。
そこまでわかってて、送りこむ。

行ったことないけど21世紀でも、パレスチナとかアフガンとかイスラム国ってこんなだったんですか。こういうことだったんですか。
じゃあ私たちが特別悪魔じゃないですね。世界のどこでもやってることさ。フツーだよフツーって。
認めていいんですね?

関東軍の広報誌に、東宮が載ってんです。
辺境の地で満洲のため平和のために戦う軍神として。全面的にヨイショです。あたりまえですけど。
読みます。
人情味あふれるエピソードが紹介されています。
匪賊を一網打尽にします。捕虜として食わせる余裕もないし、弾ももったいないから、素手で殺し合いをさせて、最後の一人だけは放免してやると持ちかけます。
嘘なのわかってるけど逃げられないから戦います。
兵たちはそれを囲んで囃し立て、どいつが残るかと賭けに興じます。さっさと殺されて楽になろうとする者へは日本兵からの蹴りが入ります。
盛り上げて盛り上げて宴は続き、最後の一人が生き残ります。
フツーはここで、お前だけは苦しまずに殺してやるさと銃を向けてやるんですが、東宮はポケットマネーをつかませて、真人間になれよと諭して、ほんとに逃がしてやるんだそうです。
部下たちも、記事書いたバカも、東宮さんは温情家だと、涙を流して褒め讃えます。

狂ってるでしょ。
ああ、フツーか。フツーですね。

アナタ、こんな話にいつまでついてくるつもりですか。私と同じくらい気持ち悪いド変態ですね。
人間ならとっくに愛想つかしてるでしょ。感情が麻痺してますよ。
今すぐ病院へ行ってください。お医者さんも迷惑でしょうけど。

どす黒い怒りで頭がいっぱいだとしても、まだアナタが逃げないなら、私は、お聞きしたい。
どうすればいいと思いますか?
私でも、あなたでも、誰でもいい。どこをどうすれば、こんなキチガイ国家の残虐行為を糺し罰して改めさせられるでしょうか。
アイデアがあるなら教えてください。
正直、わからないんですよ。

ジャーナリズムへ訴える?ハン。一行も聞いてませんでしたね。あいつらがどれだけ頼りにならないか、ならないどころか我々の最大の敵はあいつらなんだって、何度も言ってきたでしょ。
ふりだしに戻ってください。最初から読み返せ!今すぐ!
私ももうちょっと考えます。
つかれた。
おやすみ。



[43732] File_1933-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/20 00:02
File_1933-09-001D_hmos.

トンキンレアメタル社長をやっております、コダマです。数えで23歳です。

いま満洲ではこの程度の肩書きもってる日本人の若造、掃いて捨てるほどいますけどね。
満鉄調査課の肩書きもまだ持ってますよ。名刺では用度部計画課です。
ペーパーカンパニー作りたいって言ったら許可出ました。中国人の事務員二人とそれぞれの家族を養ってますけど電話番くらいしかさせてません。かれらのお給料を払える程度のお金を、毎月ちびりちびりと稼いでます。

9月にゴルゴ東郷がいよいよ満洲へ赴任してきて、例のアジトで研究始めました。
とりあえずそこから備品だの清掃用具だの日用品だのゴミ処分だのの御用があれば、一切秘密厳守で手配しますよ。みたいな、超ヌルい雑用を、独占的に請け負ってます。
日特とのパイプも先刻ご承知なので、東京でフル生産中の石井式濾過器についてのアレヤコレヤな連絡係も兼ねてます。
工業製品だし軍需品なので、日々改良すべき点もなかなか特殊で、面白いんですけどね。
手荒な衝撃にも耐えられるよう、中にスプリングを入れて衝撃を緩和したらとか。
どのくらいの弾力性が適切かは東京で試験してもらいましょう。とかそんな感じ。

東郷が転生者かどうかは今はおいときます。
あんまりそこにだけこだわってると、大事なところを聞き逃しそうで。
コイツ、やっぱりマッドサイエンティストなんでね。考え方がそもそもキテレツ。

「2585年6月17日、ジュネーヴ条約で化学兵器および細菌兵器の使用が禁止されたんだフフフン。正式名は、窒素性ガス・毒性ガスまたはこれに類するガスおよび細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書というんだけどねフフフ。ただし日本と米国はその場で調印はしたけれども批准はしてない。国へ持ち帰って協議した結果承認が得られませんでしたと、調印の無効を主張した訳だね。上手くやったよねムフフフフ」

確認はしてませんけど、日付とか正式名だとか批准の意味だとか、いちいち細かい説明入れてくれるから相手にとってはわかりやすくてありがたい面もあるのかしら。異例の出世もさもありなん。
しかし、怖えんですよ。
こいつが日本と世界の歴史を年表レベルで全部暗記してるような転生者だったらチートの中のチートじゃないですか。
ちなみに関東大震災の日付は2583年9月1日と即答されました。東郷平八郎の生年月日と年齢もスラスラ言ってたけど、私が覚えきれなかった。
ヤバすぎて、引く。

「でもだからって、大っぴらにやっていいというわけにはいかない。国際的人道主義に逆らうときは慎重に。フフフフフ。たとえ軍隊の中だけでやるとしても、秘密は徹底されなくてはならんのです。臨床試験もね。国内では現実的に大変。難しい。無理かも。健康な被験体で、秘密を永遠に守ってくれる人材なんていないよね。いないでしょ。コダマ君、手に入れられる?」

うわ、いきなり名前呼ばれるとビクッときます。こういう時が一番危ないんですよ。
何の話だったっけ、てなりますから。

医学用献体は、いままで扱ったことありませんね。

「ある程度まではね。培地観察、動物実験で充分なんだけど。その先がね。サルでも特に人間に近い種類がいい。頼むときがきたら相談すると思う。よろしくねコダマ君」

こんな調子で進んでいきます。
マッドでしょ?マッドだよ。
それを気味悪いと思う私はマッドじゃないと結論していいですか。させてほしい。私はまだ正常だ。私はまだ正常だ。あ、いかん。このエコーチェンバーはまずい。やめる。

閣下はこいつとどういう知り合いだったんだろうか。
石原がこういうのと楽しくつきあえるとは思えないので、石井からコンタクトしてきたんでしょう。たぶん。タネさん紹介されたときみたいな、人物評もなかったし。よく知ってたら絶対、変なヤツだからみたいな注意事項も付けてくれてたと思うんですよね。

その石原ですが、8月から仙台の第2師団へ異動となりました。連隊長として。
第2師団といえば、満洲事変で活躍した多門師団はまるっとここから移駐してきたんですね、満洲へ。
多門さんは今年の1月、仙台へ凱旋しましたが、このときも何万人て市民が歓喜してお出迎えしたそうです。

その多門中将も8月で予備役となり、後任として、東久邇宮稔彦王という皇族の中将が師団長となりました。
秩父宮殿下は今上天皇の弟さんですけど、ナルヒコ王はもうちょっと遠縁みたいです。
石原大佐はその下に配属されます。

満洲へ戻ってくる可能性は、最初からゼロだったようです。
内地でさえも、誰も、石原の上官にはなりたがらない。
ああ、それはわかる。ものすごくわかる。私だって、イヤだ。
で、引き受け手のなかったところに、ナルヒコ王が、儂と一緒に行こうやないかと、仙台へ連れてったそうです。

仙台事変を、ちょっぴり楽しみにしてる私です。



[43732] File_1933-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/21 00:02
File_1933-12-001D_hmos.

冬がはじまったよ。
収穫の季節です。

満洲最大の特産品、大豆は、この時期に出荷され、広い道路が牛車の群れで埋め尽くされます。
湖や水路が凍って輸送が楽になるという条件も重なります。大連港は分刻みの忙しさとなります。
開拓が進み、農業人口が今の何倍にも増えると、このせわしなさがもっともっと加速して、コロトウや旅順の港も整備されていくようになるのだろうなあ。

私は人混みが嫌いなので、今の時期、港へは近寄りたくないんです。
満洲二冬目の年末年始に帰省しなかったのも、それが理由です。
しかし今年はね、商売始めたんで。
必要があって、毎日、人混みの中にいます。トラックで大連からハルビンまで往復します。

防疫特務。
東郷部隊ですね。ハルビン郊外に佇んでる、マッドサイエンティストたちの鬼畜研究所です。
顔なじみになっていくとですね、面白い連中です。
自分たちがしていることの背徳ぶりに酔っている。

軍医といいつつ、一般のお医者さんたちとは違います。
この薬物の致死量は何ミリか。
失血は何パーセントから脳に異常が顕れるか。
そんな議論を毎日たたかわせてます。
熱いです。熱血です。青春です。
みんな若いんです。エロ会話すら、ときどき知的に暴走します。
これもまたイカレすぎてて。優生学にもとづく懐妊の最大効率とかガチで追究しようとするやつらです。
阿片も喫わずによくここまでハイになれるもんだ。
聞いてるだけで、こっちまでのぼせてきます。

そんなかれらは、関東軍所属のくせに、軍人が大嫌いです。
だって兵隊は頭が悪いから。
興味深い視点です。

東郷たちにとって兵士というものは駒でしかない。
21世紀のストラテジーゲームよりずっとシビアな戦略立てられるでしょう。
太平洋戦争の末期戦も、かれらに指揮させたら案外勝てたりして。
燃料片道分で特攻させる作戦なんてデフォ思考です。むしろ再利用しないものに別れの盃すらムダ。
そんな計算を平気でします。
生半可な無課金勢には、とうてい立ち向かえない相手です。

そんなかれらのもとへ、大連港から見つくろってきた山東人を納品します。
山東地方は、苦力の一大産地として名高く、中国各地の港や荷役所ではどこでも、頑健な山東人は重宝されます。
WW1の頃は大っぴらにヨーロッパへも輸出されていたと聞きます。
中国人移民を制限する地域でも、山東人だけは歓迎されたりなんて。
そんなわけで私のお得意先である東郷研究所からも、体格や年齢的に条件合致する者がいたら、破格の給料払うからと引き抜いてくるよう依頼されます。

私はピンハネはしない主義なので、対象者に一日たっぷり遊んでもらってから、車に乗せて、搬送します。
そのあとのことは、きかないようにしています。
送り帰したことはないので、なんとなく察しはつかなくもないんですが、知って気分のいいことでもなさそうですから。
お仕事ですからね。
ドライに。
今も吹いている、この、風のように。



[43732] File_1934-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/22 00:01
File_1934-01-001D_hmos.

元日早々、到一さんが血を吐きました。
飲みたいだけ飲ませてた私も悪いんですけどね。

病院へ連れていって。
軍へ連絡入れて。
関東軍、満洲国軍の順に伝えます。
指揮系統からいったら当たり前なんですけど、現場があとまわしだなんてねえ。
昔の、派遣会社がたらい回しされてた時代もそんなだったですかね。遠い昔すぎて、もう、あんまり覚えてないや。

しばらく検査入院になるので、身の回りのものとか、着替えとか、いろいろ、準備する許可をいただいてます。
大っぴらに、到一さんの部屋の中、掻き回せるチャンスです。

といっても、面白いもの、そんなに無いんですねえ。
満軍兵にはまだ複雑な戦術指導は難しいですし、野砲山砲、小銃だって古いお下がりしかない。
関東軍や支那駐屯軍には今、機関銃も戦車もどんどん最新式が送りこまれてるって噂なんですけどね。そういった資料は満軍軍事顧問の手元には届かない。見たって悔しくなるだけでしょうからね。
それでも何か無いかなって探してるんですけど、ハードウェア的なネタは、やっぱ無いな。
うーん、残念。

でも無収穫って訳でもありませんよ。藍衣社についての機密資料を見つけました。
蒋介石が私的につくった諜報工作部隊で、かれらのターゲットは共産党と、日本軍です。
満洲へも相当数のスパイが既に潜入してます。特務からの報告書、ざっくりと頭に入れておきましょう。一割くらいは真実でしょうから。
東宮が昨秋、奥地で大怪我して死に損なったんですが、匪賊さんたちその勝利に自信をつけて、春になったら一大攻勢仕掛けてくるかも、なんて報告も。ふーん。
次はトドメをさすべきだね。

お正月だというのに、暗いお話ばかりですわね。
内地の、石原閣下は、楽しくやってるみたいですよ。
閣下も昨秋、入院して、何年も前から患ってた膀胱炎の手術をしたんですが、病院の先生たちが、まるで天皇陛下を診療施術するかのような遇し方だったそうです。
摘出した腫瘍も、神々しく飾られているとか。
医者ってみんなマッドなのかな。
一緒にするなって、どっちからも怒られそうだ。

いいなあ仙台。
日本の戦国武将で、伊達政宗という人がいるんですが、女の子が戦国にハマるきっかけは、だいたい政宗か、もしくは信長、幸村あたりですよね。政宗って、お隣の出羽出身ですけど、中央の戦争で活躍して、仙台の領地をもらうんですね。その後半生をかけて東北に一大文化都市を築き上げるっていう、立志伝中の人物なんですが。
石原がこれとまったく同じ道を歩んでるってのが、ちょっと癪に障ります。
ビンタはじめ体罰を厳禁。
一日直立不動させるとかの教導も一切廃して、訓練第一。
演習は実戦主義。
読書も奨励して壁新聞をつくらせ、営内に畑や飼育小屋まで整えだすという。
日本陸軍創設以来の型破りな改革を次から次へと実行中。

わかる人が見れば実はコレ、共産党の教育システムなんですけど、石原はしれっと自分の発明だと言い張ってます。
ナルヒコ王も、兵たちの目の輝きが活き活きとしていることに大変ご満足で、石原のやりたいようにやらせてくれてるって。ああ実にうらやましい。
飼育小屋ではアンゴラ兎を育て始めてて。毛皮を防寒具にしたり、非常時には食糧にしたりというところまで教えているそうです。
「満洲なら羊を飼うんだがな」
って言ってます。

満軍でも、やったらいいのにね。到一さん、上に諮ってみません?



[43732] File_1934-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/23 00:02
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康徳元年3月1日。コダマ、満鉄辞めました。
んー。いろいろ思うところはありますけど、うまくまとまらない。
商売やりだすと毎日なんやかんやと忙しくて。
じっくり何かを考えるというのが非常に困難になるものですね。

もっと勉強しておけばよかったなんて愚痴は社会人になってからつぶやくものです。
前世でもそんな風に思ったっけかな。あんまり記憶にないな。
会社起ち上げたりまではしたことなかったしな。
いずれにせよ、ただ籍を置くだけであっても満鉄さんの仕事との兼務はもう無理だ、って悟った時点で理由を説明して、承諾をいただきました。
ボス、いままでありがとう。
社内情報は未来永劫口外厳禁と、固く約束させられました。

同じタイミングで、溥儀は正式に皇帝となり、よって満洲国は帝国となり、元号も大同3年から康徳元年へと変わります。
日本に続いて昨年ドイツも国際連盟を脱退。
代わってソ連が入るかもという噂も流れてますが、ここまで実力行使能力を疑問視されている連盟にどれだけの期待が持てるものか。
すでに中華民国は、満洲国との条件付き通商条約へ向けての協議に入ってます。
満洲国を商売相手にしたい国々も、承認の動きを見せ始めています。
たとえ日本の傀儡でも、そこには広大な土地があり、人々がいて、今後の発展も間違いない。となれば、群がるやつらは群がるのです。
商売やり始めるとそういう動きがとてもよく見える。見えるようになっちゃう。

一昨年、満洲の通貨は円に統一され、今年に入ってメートル法も標準化されました。
モノサシが決まることで、はじめて産業は安定し、発展します。
今まで中国が弱かったのは、これができてなかったからか、というマクロな経済学を実感するわけです。
¥の力って強いんだなあ。
ちなみに中国本土で使用されてる元も、略記号は¥なので、これ使うとややこしいです。
じゃあ元を廃止して円に統一しよう。¥の混乱をなくそう。と中国全土征服を正当化する人もいます。
その理屈がまかり通るなら、そもそも人口比で日本なんて世界に存在する価値がない。日本語やめちゃえ。英語だけにしちゃえって議論まで進めちゃいな。
なぜしない?

今まで偽満洲国には徹底的に懐疑的だった私ですが。
今も大っ嫌いですけど。
でも、もはや簡単に倒せないレベルまで成長してて、まだまだ大きく強くなっていくよという現実には、抗うことができません。
とはいっても、個人でできる以上のことに手を出すつもりはないのです。
乗っ取り返すまでは、いつでも逃げられるところまでしか、食い込みません。零細でいいんです。小銭しか稼ぎません。
自由でいるために、独立しているだけです。
媚びるつもりなど、ない。

さいきん、ハルビンで過ごすことが多いです。
白系ロシア人は、満洲国誕生後も、異邦人のままです。
ちょっと整理しましょう。
中東鉄路はすでに北満鉄路と名前も変わり、満洲国との共同運営になっています。ソ連権益のままでは、満洲国が徹底的に非協力なので。
その状態が一年ほど続いてから、現実主義のソ連は日本に対して満洲国内に持つ鉄道全権益の売却を持ちかけました。
中華民国政府でも満洲国でもなく、東京政府へ直接です。
現実主義すぎやしねえか。

日本は即、買うと閣議決定したんですが、双方提示金額が五倍ほど隔たりすぎていて、頓挫中。
北満鉄路も、満洲国有鉄道も、実際は満鉄が仕切っています。ここで、満鉄・満洲国政府・東京政府・関東軍を一枚岩だと考えると状況を見誤りますが、その話はまたあらためて。

白系ロシア人に戻ります。
ソヴィエトから逃げてきたロシア貴族たちの最後の楽園がハルビンですが、かれらは日本人よりも満洲人よりもずっとずっと、ソ連の脅威に脅えてきました。
ソ連からは国家反逆罪で指名手配中のロシア人も、いっぱい隠れて住んでいます。

いまのソ連の、穏和な動き方は、かれらを非常に安心させるのです。
現在のハルビンには、笑顔があふれてます。
満洲国からは市民権を与えられてないけれど、どうせ日本人が一等皇民で満人漢人さえも三等皇民にしかなれないんだから、そこにはこだわらないでしょう。
今まで以上に、経済で自分たちを守るんだと。
そのカネの力も、今までは不安定な各種現地通貨に頼ってたのが、円で回せるようになったことで、ハルビンは今、上海なみに面白い街になってるんですよ。

ハルビンの街角で、ロシア人たちとお茶してると、人間らしさを取り戻せる。
私にとっても、ここは、楽園なんです。
最後のとは、思いませんよ。



[43732] File_1934-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/24 00:11
File_1934-05-001D_hmos.

康徳元年。昭和9年。5月末日。
久々の更新ですね。コダマです。
相も変わらぬ糞社会。喋りたいことも特になく。日々腐った気分でその日その日を送っていたところですが、そんなところへ。
仙台の石原大佐から、長文のお手紙が届きました。
面白くて、いろいろ考えるところもあって、久々に、思索をくゆらしてます。
他愛もない、いち市井人のつぶやきですが、よろしければお付き合いください。

荒木大将が、二日間、仙台第二師団第四連隊へ、抜き打ち監査をしに来たそうです。
荒木貞夫。
満洲事変最中、犬養内閣誕生の際に陸軍大臣となり、関東軍を後押ししてくれました。
犬養首相が暗殺されて、斎藤内閣へ引き継がれたときも、留任。
それから、丁度、二年経ちましたか。

荒木は今年の1月、肺炎をこじらせて大臣を辞め、林銑十郎大将へ交代しました。
肺炎は治ったようで、今は、特命係だそうです。全国の師団や連隊を、査察して回る職務みたいですね。
これも一種のトクムでしょうか。
諜報というより防諜ですね。やっぱ特務か。

石原は満洲事変という前科があるので、また何かしでかすつもりじゃないか。仙台で変なことやってるぞ。と特にマークされてるようです。
連隊内にアカなど反軍思想の動静はないかという調査書を白紙で提出したことを咎められ、よく見ろこの子たちの瞳を!って言い返したとか。
そんな問答を繰り広げたって書いてあります。

2日間にわたる、荒木とのバトルを面白おかしく漫談調にレポートして、
「特命検閲、新味ナシ」
と締めくくってる一種爽快なお手紙ではあります。
読んで笑ってハイおしまい、ならそれでもよろしい。
ですが。

荒木が、全国各地の陸軍内反動分子をチェックぅぅ?
私は、この一点だけでもゾワッとしてしまうんです。
荒木だって、思想的にはかなり偏ってますよ。
カミカゼ論者というか。皇軍は精神力において世界でも稀な唯一絶対的存在なのである。我々に竹槍一本ずつ呉れてもらえれば、たちどころに世界を睥睨させてみせようって。
初めて記事で読んだとき、吐きかけました。
来るべきものが、ついに来たかと。

昭和20年、末期戦の最終段階で、日本中が竹槍でB29と戦おうとする、ルーツはこいつか!って。

今はまだ、冗談ですんでるけど。ウケるからあちこちで言ってんですよ竹槍で勝つと。
それ以来、私は荒木の名前を見るたびに要警戒してるんです。
そんなピエロが特命係で思想犯あぶり出し、ですか。よりにもよって。
加速する。
陸軍の脳筋一直線化が加速する。

石原とは、性格的に合いますまい。
満洲事変の最中ですら、閣下は荒木を信用してなかった。
今ならまだ、仙台師団が荒木軍団を食い止めるという形での事件で済みそうです。

私の前世の記憶には、荒木貞夫なんて軍人、いないので、新たな分岐ルートとして現れたキャラなのか。
それとも東條英機がこいつの思想を受け継ぐのか。
いずれにしても、日本破滅のカギを握るとしたら荒木です。
殺すなら、今のうち?
いやいや、もうちょっと様子を見てからですよ。短絡的すぎるのはよくない。それでは大川周明や橋本欣五郎たちと同じ思考レベルですからね。

2・26はまだ起きてませんが、せめて何年に起きたのか、わかってりゃなあ。
こればかりは本当に情けない。アニメにさえなってたら。なってくれてたら。たぶん首謀者はイケメンでキャスティングされてただろうから、何かしら記憶はしてたと思うんですよ。そもそも何を目的として蹶起したのかさえ、よく知らない。もどかしい。
止めるべきなのか?
止めずに、どこかだけを変えるべきなのか?そんな判断も一切できない。
わからない。
起こらなきゃ、それでもいいんですけど、どうなるのかなあ。

毎年、2月26日は、落ち着かないんです。
ゴルゴ東郷にはそんな素振り見せられないから、一日中、雲隠れしてます。
東郷といえば、3月に内地へ戻りましたけどね。なのでアジトは今、ますますハッチャけて、やりたい放題になってますよ。その話はいずれ。

昔と逆で、満洲において関東軍から情報とれなくなった私は、閣下が送ってくれる軍の官報を読んで、内地の事情を推察します。
誰がボスなのかわかりませんけど、客寄せパンダの荒木を中心に、小畑・眞崎・山岡・秦といった連中が最大派閥のAグループ。
永田、それから現陸相の林。かれらがなんとか対抗しうるBグループ。
あとは、徒党を組むのが大嫌いな石原とか、チーム宇垣とか、小物がワラワラいる感じです。
東條英機の名前も一覧にありますけど。いま、中将か。特に目立つことはやってません。

内地の情報を探るには、内地に住むしかなさそうですが、それもまた、嫌なので。
サノはメカにしか興味ないし、閣下も、はぐらかした手紙しか書いてよこさないからなあ。

ヤキモキしながら、今日も、いろんなモノを、買い付けてます。



[43732] File_1934-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/25 00:02
File_1934-06-001D_hmos.

日本から、お客様です。
山本春彦さん。石原閣下からの紹介で。
「一度会ってみてくれ。力強い味方だ」
あいかわらず要点をぼかすよなあ。日蓮坊主。

奉天で、お会いしました。
料亭菊文とか、古谷寿司とか、我々がよく行ってた店へ連れていってほしいと。
じゃあ、お昼は割烹金六で。
閣下と、よほど親しくお付き合いされてるみたいですな。
よく喋る人です。
私は黙って聞いてるだけが楽なので、ありがたい。それでいて、私にも喋れよとか言ってこないし、自分に酔って一方的に弁舌ふるうでもない。
分析能力もしっかりしてる。
結論、いいひと。

ハルさんは、一昨年春まで、衆議院議員だったんだそうです。
当時はバリバリの左翼で、軍隊大嫌い。
三年前の満洲事変も、アメリカ出張中にニュースで知ったそうですが、これは支那への侵略だ!と猛然と批判していたのだそうです。
選挙で落ちて、肩書きを失ってから、仙台の石原のもとへ、満洲事変の責任追及のつもりで乗りこんでったそうなんですが。
何度か議論を戦わせるうちに、今ではすっかりお友達に。

石原も中央の政府や軍首脳が大嫌いだし、満洲事変の功労者と崇めながら近寄ってくる新聞記者や政治家にも会おうとすらしないんですが、山本さんとなら楽しい議論ができそうだと、胸襟を開いたわけですね。
山本さんも山本さんで、社会大衆党のロボットでもなく、とことん納得するまで考えて戦う一匹狼だったので、石原とつきあうようになって、党からは除名されかけているとか。

ハルさん、すっかり石原に惚れこんでるので、もう議員に戻る気もなくて、これからは満洲国と協和会を取り戻す戦士になりますよって。
え?もう、いきなりそこまで話がとぶ!

私と大きく違うのは、その行動力。
人との交渉をおそれない。ガンガン相手のふところに飛びこんでいって、仲良くなる。
あるいは、徹底的に戦う。
だから今回も、これから新京まで行って、山口さんや金井さんなど、青年連盟時代からの石原組と語らってくる予定だそうです。
スゲエ。
石原閣下、すごい人をつかまえたな。

政治家か。ノブテルさんも、こんな感じだったな。
いるんだ、まだまだ、こんな日本人。
日本も、捨てたもんじゃないかもな。
やさぐれてた自分を、ちょっと反省。
圧倒されて、力のこもった握手をされて、その足でもう駅へと向かう私たち。

「コダマ君。石原さんはね、陸軍人で参謀なんだ。政治家は、口で戦う。商売人は、カネで戦う。軍人は、武力で戦う。作戦指揮も担うのが、石原さんの役割だ。私たちは連帯して、ふたたび世界と戦わねばならない。めいめいが、自分の職分を最大限につとめることで、はじめて敵は倒せる。まだ数年の時間は必要だが、石原さんが行動を起こすそのときまでに、君も自分自身の役割を担えるように、力をつけておいてくれ。よろしく頼むよ!」

あああああああ。
希望が。希望が。
私の進むべき道が。そうだった。そうでした。
へたれてる場合じゃなかったよ。

私たちの物語は、まだまだ、これからなんだ。
よし。お金、かせごう。
そして。
私のチート能力、再起動!するですよ。ウホッ!



[43732] File_1934-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/26 00:02
File_1934-07-001D_hmos.

大連へ来てます。今日は、三船さんのお見舞いと、到一さんのお迎え。
まずは、連鎖街のスター写真館へ。

徳造さん、負傷して従軍カメラマンを引退しました。
杖をつくようになったのも理由ではありますけど、話した感じでは、心の病も相当に深いようでした。
新聞や出版社が欲しがる、華々しい正義の皇軍をデッチ上げ続けられるほど、徳造さんは鬼でも悪魔でもなかったってことです。
お店は奥様と、中学生になった敏郎くんとで切り盛りしてました。
夏だけど、お年玉フンパツだ。
お父さんを大事にしろよ。そして、いろんなことを学べ。

船のつく時間にあわせて、港へ行きます。
到一さんは正月に吐血して入院しましたが、その後、胃癌と診断され、6月から九州の大学病院で手術してたんです。
発見が早かったので、治療も順調で、しかも8月いっぱい、旅順の官舎で静養の許可までいただいてます。

自称内縁の妻としては、あらまあ日本の陸軍て福利厚生しっかりしてますのねって、見直してるところです。
とはいえ私には仕事があるので、一泊したらハルビンへ戻るんですけどね。
その前に、せっかく内地で過ごしてた到一さんから、陸軍省の裏話を、聞けるだけ聞き出したいと思います。

7月に岡田内閣が誕生して、陸相は林さんが留任してますけど、どちらも妥協の産物。
小畑敏四郎を中心とした皇道派グループは、荒木首相&眞崎陸相案を強硬に主張していたらしい。
オバタトシロウ。おなじトシロウでも、三船さん家とは大違いだ。
満洲だけじゃ飽き足らず、中国、その前に日本そのものを乗っ取る気なんだなテメエら。なんてわかりやすい悪党だろう。

このグループに、事実上ひとりで対抗しているのが、陸軍省軍務局長の永田テツザン少将。
到一さんとは昔、陸大で教官同士だったことがあるそうで、人となりも御存知でした。
粘り強く相手の話を聞き、なんとか妥協点を探し出す。名前はいかついくせに性格は細かくて、頑固者。
お友達をつくるのは苦手そうです。
悩みは一人で抱え込んじゃうタイプかなと感じました。

皇道派は常に群れて愚痴ってるので、永田への嫌がらせもすさまじいそうです。
荒木も陰では相当にネチっこい性格で、若手将校に永田の悪口ふきこんでいるとか。
久里浜に豪華な別荘をもっててそれは財閥から賄賂として贈られたものだ、とかね。

「行って見てみるといい。中古で買った、八畳二間のバラックだから」
と到一さんは言ってますが、不況の怨みを首相暗殺へぶつけたがる過激派さんたちには、そんな声も届きゃあしないと。

ただ永田さんも不器用で、軍務局長になったとたん経理を細かくチェックして、集会費や通信費として請求されていた将校たちの飲み会を徹底取締りとかしちゃって、ますます怨みを買ってるって。せつない。
林陸相は、対立の構図でいうと永田の味方なんですが、争いを避けたがるおじいちゃんなので、極力穏便に、という姿勢で皇道派を挑発はしない。
ただそれでも荒木が二年にわたって陸軍の主要ポストをお仲間で固めてきたのを今じわじわと交代させてて、そこでアイツ実は敵なんじゃね?的なターゲットに変わりつつあるところだそうです。
なんだ荒木もけっこうドス黒い策略家じゃないですか。しかも陰湿だ。
新聞記者の前でだけはとことん陽気にふるまうところが、ますます鼻持ちなりませんな。

フーム。かなりわかってきました。やはり、知ることは力ですね。
あとは、小畑と眞崎ってののプロフィールが欲しいな。
閣下なら、多分そこまで探りを入れてるとは思うのですが……
あ。関東軍のフルチェンジにも、荒木が絡んでなかったわけないじゃないですか。

ゆるせん。皇道派。おまえたち、許さねえ。



[43732] File_1934-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/27 00:01
File_1934-08-001D_hmos.

夏です。
暑いです。コーリャンが伸びざかりです。
匪賊さんは、書き入れ時ですね。

最近は列車のほうが危険なので、もっぱらトラックで移動してます。
見た目は超オンボロですが、中身は1200ccのエンジンを積んでます。
ルパンⅢ世のフィアットも、そんな感じでしたかね。
馬賊からなら、じゅうぶんこれで逃げ切れます。
防弾仕様も、ぬかりなく。

8月といえば、日本陸軍恒例の、人事異動。
閣下は仙台留任。師団長はナルヒコ王から秦シンジってのに替わります。皇道派の巨頭のひとりです。
また面白いお手紙が読めるかな。

関東軍司令官は、菱刈タカシ大将から南ジロウ大将へ。
南次郎。満洲事変勃発時、若槻内閣で陸相してた人でした。記憶にございません。
チーム宇垣の一人です。宇垣かあ。
宇垣さんといえば日特で戦車つくってた時に大臣やってた人で、あの頃社長がよく接待してました。
当時は私もガキでしたから。ほーエラい人なんですねってしか思ってなかったけど。
そもそも会ったことないし。
社長の鬱憤を黙って聞いてました。
今も、大して興味のある対象ではないです。
ないですけども、こいつの名前出るたびにイラッとする。

宇垣はいま、朝鮮総督です。
満洲事変の時も、タネさんの、その上の林司令官の、さらにその上に、立場上、いる人でした。
特になにもしなかった。
止めようとしなかっただけ、我々にはありがたかったですけれども、まったく存在感すら見えなかった。
お前の仕事ってのは一体何なのかと。
ただボーッと、なりゆきにまかせて突っ立ってただけ。風見鶏ですらない。

宇垣ってそんなヤツ。これが私の総括です。
ポリシーがゼロ。
若槻幣原よりタチ悪いかもしれない。だって終わったあとでは「鮮軍も働いたんだぞ」って自慢ばっかりしてますもの。
あとは「満洲国のここが未熟だね」とか、したり顔で批評をネチネチ。

斎藤内閣は収賄だか何だかで潰れたんですけど、やはり誰もなりたがらない総理の椅子取らせ合戦のさなか、宇垣は朝鮮から遊びに来ては、やたらと新聞ラジオのインタビュー受けまくって、アナタコソ次期総理ニフサワシイ、イヤイヤ私ナンテ、とミエミエの猿芝居。
全部コピーかと思うくらい同じものばかり読みました。
そこまでしといて岡田啓介に首相の座を取られたってのが宇垣です。
ね。イラつくでしょ。

政策の話をしろよ。何をしなくちゃいけないのかを言えよ。
宇垣には、それが全く無いんでね。
殺しがいもねえ野郎です。
たとえばコイツ、ピットマン法を説明できるのか?
満洲が今なにをすべきか言えるのか?自分だったらできるのか?
そう考えただけで、うちにいなくてよかったと思うわけですよ。

ピットマン法。
6月にアメリカで採決された、銀相場の自由化政策。とんでもねえ悪法です。
いま世界の大半は、金本位制で経済のモノサシをつくってますが、中国と満洲国は銀を基準にしてるんですね。
もともと中国文化が金より銀を尊んでたので、今に至るも続いてます。満洲国が通貨を統一する際も、「これを機に金本位制へ移行するべきだ」という議論が、とくに日本との連帯を重要視する勢力から強硬に主張されていたらしいんですね。そりゃもっともです。
これに反対したのが、高橋是清さん。当時の大蔵大臣。
私も、金融の勉強するようになってから、是清さんがどれだけとんでもない人なのかと数々のエピソードを知るにいたり、二生分ビックリして、すっかり是清ファンになっちゃったんですけど、その話もいずれ。

満洲はそれ以前から、奉天票や現大洋票はじめ、それこそ地方自治体が各自バラバラにお札をつくって20種以上もデタラメに流通してたんです。
でも共通のモノサシとしてはずっと銀だった。
これをいきなり金で建てなおすと、既存の産業がすべて崩壊してしまう。
日本にとってはそれでも構わないだろうが、独立国としての成長は完全に期待できなくなる。
満鉄さんだって子会社相当数潰れますぞ、と最終的に銀で押し通したそうです。是清さんが。
ギガヤバス。マジパネエ。
中国由来のものは何でも滅ぼすべしと息巻く関東軍をねじ伏せたわけですから。交渉術、説得力も破格のレベル。
もうご高齢で、本人は田中義一の時代から完全隠居を望んでるんですが、金融危機が起きるたびに駆り出されるっていう、そんな是清さんレジェンドでした。

話を戻しますが、ピットマン法。
アメリカの企業が、競って銀を買い始めました。
銀の価格は吊り上がります。中国、満洲から、多くの銀が売られます。
今月に入って、かなり情況が深刻化。私も肌で感じてます。
お札の価値だけが上がるから、今までと同じ労働量だと、もらえる金額が減るんですよ。
生産量を増やせない人は単なる収入減です。ひたすら減っていく貯蓄に身構えなければなりません。
かといって今、生産量を増やしても割に合いません。結局、銀を持ってたから売れる者と、輸入業者しか得をしないのです。この国が輸入するといったら第一には兵器ですね。
その何千倍もいる生産者は、ただの餌食です。

モノサシ自体も狂うので、今後もっとハチャメチャになるでしょう。
いつまで身構えていればいい?
政府が、銀の流出に制限をかけるなどの金融政策を適切にとるまでです。ひとまず。
船が浸水しはじめてるなら、まずその穴をふさぐ。それが、政府の使命です。

日本では、ピットマン法の記事、経済紙でしか扱われてません。まるでヒトゴト。朝鮮でも同じです。
南京の国民政府は満洲国よりもっと大混乱ですよ。
これでまた共産党が勢いを盛り返すのかな?
そんな行方も、気にしてます。
荒野を突っ走りながら、考えているのさ。



[43732] File_1934-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/28 00:02
File_1934-10-001D_hmos.

冬が近づいてまいりました。
昔は家にこもって、勉強に専念できる、いい季節だったんですが、今は移動にもいちいち時間を取られ、何をするにも気忙しい。
憂鬱さも、増すばかり。
ドイツ語、覚えたいんですけどね。現実的に、いろいろ、無理ですねん。

ドイツ。そろそろ、キナ臭くなってきました。
ヒトラー首相が反対派をどんどん粛清し、大統領まで兼務するようになったのが、8月です。
日本語や中国語の報道ではお話にならないので、今のところ、英字系の新聞に頼ってるんですが、どうもヨーロッパ人同士だと近すぎて利害関係も忖度も出てきちゃうんですね。
あと、共通認識な部分が省略されるのでさっぱり踏み込めない。
アメリカの記事がかろうじて説明を付加してくれるので、なんとか補ってるけど、それでもわからなさすぎることが山ほど。

日本語だけで中国を知るのも、中国語だけで日本を知るのも大間違い。
筋の通った理解に達することは難しい。
それと同じです。だからドイツ語、わかりたい。
同じ理由でロシア語もフランス語も必要と思ってます。無茶なのはわかってるので、優先順位でドイツ。
ヨーロッパ戦線の方が早いんですよ、日米開戦より。数年くらい。
もう、秒読みなんです。カウントダウンは始まってるんです。

WW2開戦以前のヒトラーはドイツ国内だけでなく日本でも、英米からさえもヒーロー扱いだった。というのは知ってましたし、実際おおむねその通りです。
新時代の若き英雄。これが彼に自信をつけさせ、野心を増長させてしまったのか。
日本は誰からも褒められてないけどエコーチェンバーで自家発電して同じ道に邁進してる。
ね。憂鬱にもなるでしょ。

ヒトラーは開戦後、あっという間にポーランド、フランスを占領。そこまではまだ、それでも支持者の方が多かったのかな。追従者も含めて。
続けてイギリスを攻めようとしたけど失敗して。
先にソ連を倒そうとして、冬将軍で壊滅的な損害を蒙り。
アメリカが参戦してからはひたすら負け続けて。
降伏するしかなくなったところまできて、ベルリンの地下壕で、エヴァ・ブラウンと共に自殺。
戦後は人類史上最大級の悪党として永遠の有名人となれり。
ざっくり、こんなもんですか。

くやしくてミリオタも名乗れねえ。ユンカースとかフォッケウルフとか、ヘッツァーとかポルシェティーガーとか、ビスマルクとかV2とか、そんなのばっかり知っててもダメじゃん。ねえ。
コウベヲウナダレフカクハヂイリマス。

ヨーロッパ戦線に日本が出向くことはないはずですが、なんとか太平洋戦争だけでも回避したい。
しかし何をどうすれば歴史を変えられるのか。
すでに相当変わってるはずですが。
それより先に満洲国も取り戻したい。
転生者が関わっていてもなくても、史実が史実どおり進むとは考えまい。
この世界の片隅で、何度叫んできたことだろう。
今もまた、叫んでいます。いつまでも叫んでる。
ああ、もどかしいったらありゃしない。
シュトラウスぅ、たすけてよ。

ゲオポリティク。日本語訳すると、地政学。ドイツにはこんな名前の、硬派な雑誌が存在します。
地理と政治を一体に扱う、主に軍事的な考察をする学問です。この専門誌に、RSという署名でコラムを連載している人がいます。
オリジナルのドイツ語では読んでないです。でも内容がきわめて高度かつ比類ないものなので、ひと月遅れで英訳を転載する雑誌もあるんですね。私はそれの愛読者なんです。
満洲事変当時と満洲国成立以後とで中心人物が完全に入れ替わり、日本の戦略も前後で大きく転換した。RS氏がこれをしっかり見抜いた上で分析していたことが、注目のきっかけでした。

その後も、満洲国とソ連が戦うとしたらどこが戦場になるかとか、国民政府と共産党はどこでどんな戦い方をしているのかとか、私の知りたいことを毎月毎月、ド直球で分析してくれてます。
どれだけ助けられてきたかしれません。
今まで私が話してきたことにも受け売りけっこうあります。てへぺろ。

私はRS氏を勝手にシュトラウスと名付けて信奉してるのですが、最近どうもですね、おそらく赴任地が東京へ移ったようです。中国本土ネタが減ってきて、日本内地の政治・軍事ネタが増えてきた。しかもこれ、絶対、現地にいなけりゃ調べられないレベルの内容です。
日本の新聞屋が一千人、束になってかかっても、シュトラウスの取材能力には叶わない。
まあそんなもんでしょジャパーニッシュのレベルなんて。せめて二ヶ月遅れでもいいから日本語訳出せよ。ああ出せないか。けっこう痛いとこビシバシ突かれてますからね。知らない方が幸せかもね。

シュトラウスレベルで、ドイツ事情のレポートが読みたいんですけどねえ。これは英訳も見つからないんですよ。
ていうか、シュトラウス級ってのがすでに要求水準高すぎるのか。
はあああ。もどかしい。



[43732] File_1934-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/29 00:02
File_1934-11-001D_hmos.

11月1日。あじあ、運行開始。
満鉄が社運を賭けて開発した、弾丸超特急。
鉄人28号みたいな黒い巨大なカタマリが、ばびゅーんと新京~大連を8時間半で結びます。

一等車だと片道37円、三等車でも13円という破格の乗車賃なので庶民には高嶺の花ですが、初日に乗って、二日間かけて往復してきたよって鉄オタが、目の前にいます。
関東軍防疫特務のナンバー2、小林ヨシオ。
ボスの東郷が内地へ戻ったのをいいことに、背陰河でも南崗区でもやりたい放題楽しんでる、やんちゃなクソ野郎です。親愛なる称号ですよ。

「北満の広軌車輌にくらべたら揺れるし狭いし速度だって大したことないんだけど、標準軌としてはよくやったよ。さすが動輪2000ミリ。大石橋の先に9パーミルの勾配あるでしょ、あそこも楽々。便所は洋式だった。あーでも僕ははとの方が好きだな、とりあえず乗ったからもういいや」
オタが夢中になって語りたがってるときは、ニコニコとただ聞き流してあげてればいいんです。それだけでオタは幸せなんです。そっとしておいてあげましょう。

ドーパミンがいい感じに彼をとろけさせてきたら、こちらの聞きたい方向へと、流れを誘導していきます。
来年あたり、いよいよ、ようやく、北満鉄路が日本へ売却され、満鉄に統合される運びになってきたけど、それについて何かヒトコト。
「ソ連さあ、売却するって決めてからは北満の整備まったくしなくなっちゃったから、今、まともに運行してないんだよね。駅もいくつかは建て直さなくちゃいけないだろうし。まあ楽しみ楽しみ」

ソ連の脅威って、当面はなくなるのかしら?
「そんなことはないんじゃない?ソ連はやるときはドカーンてやるし、やらないときはまったくやらない国だから。満洲と戦うとしたら、こちらの10倍以上の戦力を準備して一気に攻めてくると思う。そんな連中といざ戦うときは、毒ガスが必要だね。南風が吹いてきたら、お見舞いする」
楽しそうに語るよなあ。

ソ連といえば共産党。なんか、瑞金の中国共産党が壊滅したっぽいよ。毛澤東も、逃げ出したって。
「毛澤東は不死身でしょ。たぶん、鋼鉄製なんだ。もう七回くらい生き返ってるでしょ。馬占山はまだ一度しか甦ってなかったよね」
クローンという発想は、まだ、無いようね。
私はきっと三人目、私が死んでも代わりはいるものってお約束の台詞を言いたいところだけどこらえる。

江西省の共産党一大拠点が、今月、何度目かの掃共戦の果てに、とうとう陥落。
いつもの陽気な戦勝報告とは雰囲気違う報道で、かつ、上海コミンテルンが中国共産党消滅を半ば認めてるので、ガチ情報かなと。今、ハラハラしているところです。
毛澤東がここでやられる?中国は赤化しない?蒋介石の国民政府がこれからも中国本土の主であり続ける?
となると、私の知っている20世紀とは、世界地図が相当変わってきます。地政学を組み立て直さねばなりません。
うーむむむ。

新生活運動って、あれは小林氏から見るとどうなの?
「ああ、いいんじゃない?僕は好ましく思ってるよ。むしろ日本人の連中にやらせたい。関東軍の連中はほんと道徳がなさすぎるからね」
オマエモナー。でも、わかる。それは私も同感。

新生活運動。今年の春頃から、国民政府が中国人向けに展開してる、道徳向上キャンペーンです。
手を洗い、痰を吐かず、早寝早起き、人には礼儀をもって。日本人に対してさえ。
反発する人も、冷やかす人も大勢いますが。
連盟も列強も頼りにならない。日本がどんどん調子に乗ってつけあがって、華北にまで侵略の手を進めている。
この最大級の国難のさなかにあって。4億玉砕を叫ぶではなく。
我々は清く正しく美しく生きていくべきであり、できるならばその姿を、野蛮きわまりない日本人へも示して見せて、侵略するにしても礼節をもって遇していただけないか。という、達観にも似た悲痛な覚悟を私はその中に見ています。

これが蒋介石の口から発せられたということも、重要な意味を持っています。
かつて蒋は独裁者オブ独裁者で、国中の同胞を敵に回してました。
満洲事変・上海事変を機に主席を林森老にゆずり、行政院長・汪精衛に次いで現在はナンバー3の地位にいます。
国防上は最高責任者ですが、それでも以前ほどの頑迷ぶりは影を潜め、国民政府の一員として、バランスをとって国を支えている。
もともと決断の速い能力者ですから、頼りにされているのでしょう。

共産党を駆逐した今後からは、対日戦線に全力を向けることができます。とはいっても交戦は望みますまい。日本は、手強すぎる。では、どう戦っていくか。
私は蒋介石に、日本の目を覚まさせて、この暴威を止めさせる、一縷の希望を求めたいのです。

おっと、目の前の小林君をすっかり忘れて考えこんでました。
「コダマ君ていつも考えこむよね。悩みすぎは、よくないよ。いいお薬あげようか?」
いらねえよ!



[43732] File_1934-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/12/01 00:01
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出世は男の本懐だ。
そんな台詞、よく聞きますけどね。

21世紀ではむしろ、
上にはあがりたくない。余計な責任ばかり増えて自由が削られる。何が哀しゅうてそんなもん。
究極的には、働いたら負け。
くらいの格言がオーソリティーになります。

私もそんな世代の一員として育ちました。
本来、それはおかしい。そうも思うんです。しかし。
どこに、その境目はあったのか。
今いる、この20世紀でも、しけた給料で割に合わない責任負わされるくらいなら、昇進なんて蹴っていいのではないか。
ゆとり第一ではいけませんか?
どうでしょうかね。到一さん。

ひとまず、満洲国軍軍政部最高顧問への就任、おめでとうございます。
春には少将への昇級も内定だそうです。ついに最終ステージの入口へ辿りつきました。
本人は意に介してないようですけど、世間体は、たしかにいいかも。
子供がいれば、うちの父さん少佐、よりは、少将だよって言えた方がカッコもつくのかな。
だからって笠に着て弱い者いじめするような子だったらお尻ぶちますけどね。
階級社会。やっぱり、私には、なじめませんね。

ああ。今年も一年、ほんとロクでもないことばかりでした。
銀の暴騰が止まりません。円高・元高ってやつです。
政府の対応は、南京の関税引き上げの方が迅速だったんですけど、かえって密輸が横行して流出が加速しました。さすがは中国。
満洲国も、上海や天津経由で中国から銀を買い付けてるなんて噂も。
ほんとシッチャカメッチャカ。

9月には国際連盟へソ連が加入。
いきなり常任理事国というVIP待遇で、まだ具体的な動きは出てませんが、連盟内での足並みが揃うかどうかは要注目ですね。
正直、難しいと思うんです。
ネタバレですがWW2後、国際連盟は国際連合へ生まれ変わり、本部もニューヨークへ移って、やがては国連軍も持つようになります。
そうはいっても冷戦中は、やたら中ソに拒否権を行使されて、有効なカードが切れず。
冷戦後はアメリカが、国連をバカにしはじめて、まるで今の日本みたいに暴君化していくっていう、負の歴史も築いていきます。

沈黙の艦隊というマンガでは、やたらカッコよくUNを国際正義の拠り所として描いてましたけど、そんなのファンタジーでしかありません。
昭和おじさん同士が口論してるのパソコンで読みふけって、私もいろいろ考えたなあ、あの頃。
前世での記憶ですよ。

いま国際連盟がアイデンティティに悩み抜いている姿を、私は真剣に見つめてるんです。
人類はまだまだ、まだまだ、成長途中なんだなって。
どうすればいいんだろう。どうあるべきなんだろう。

究極の正解なんて、おそらく永遠に、ありえないんです。
たったひとつの冴えたやりかた一つあれば、そいつにまかせてあと安心。こんなバカな考えが一番よろしくない。
願わくば、人類の一定数が、ある程度の教養を持ち、それぞれの利害をコソコソしないで堂々と主張し合った上で、個別に妥協点を探っていく。文句があれば、爆発しないうちに誰かがそれをきちんと聞いてやる。できる限り公にして、それをできる限り多くの、世界中の庶民が、やいのやいの言いながら注目しつづける。野次なんて飛ばさずに。
理想論ですけどね。その理想を、どうやったら叶えられるか。
そんなことを、お米とぎながら、考えていたり。

冬の炊事洗濯は、泣きたくなるほど、つらいです。
瞬間湯沸かし器に、洗濯機に、寒冷地仕様のエアコンに、空気清浄機に、そう、電子レンジが欲しい。
21世紀の文明社会を一度知ってしまった人間は、二度と過去には戻れませんね。戻っちゃったけど。戻しやがったな存在Xめ。つらい。何が一番つらいって。家電ほしいよう。
これほんと、世界中の庶民がほんと、待ち望んでる。
ゲームより先に家電だ。家電。ニッポンは戦争なんかしてないで早く家電産業にめざめろ。世界中から感謝されまくりながら征服できるぞ。早くそれに気付け。

たったひとつの、冴えたやりかた。
誰も気付いてないだけで、実はずっと、目の前に転がってたりして。そういうものだったりして。
どうなんでしょうね。



[43732] File_1935-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/10/31 00:02
File_1935-01-001D_hmos.

康徳2年。昭和10年。あけおめ、ことよろ。
ケンカウズラ山口さんとばったり会って、ご飯食べてきました。
お互い、いま何してんの?というくらい、久し振りでした。

山口重次氏。
満洲事変で、五族協和の政治部門担当してた、バトルタンクおじさんです。どんな道でもそこのけそこのけ。
協和党が協和会へと形骸化したとき、次長のポストを外されましたが、熱河侵攻の頃にまた次長へ戻ることができ、最近まで内蒙古で物産館イベントの仕掛け人みたいな仕事やってたそうです。
そこでもケンカして干され、12月に中国本土を旅行してきたよって話が、今日のハイライト。

私もしばらく満洲より外へ出てないですね。今どうなってますかね、アチラさん。
「南昌の方まで行ってきたけど、共産思想の浸潤がすさまじい。蒋介石の新生活運動だって、ありゃ共産党のマネゴトじゃないか。すっかりアカに染まった地方で人民の心を国民政府に帰順させるには、ああいう政策が必要だったんだろうなって、俺は見たね」
ほお手厳しい。
石原閣下も共産主義のマネゴトやってますけどね。
仙台師団の活動を見ても山口さん、ケンカ売ってくるんだろうか。

「花谷中佐は済南で特務機関長やってた。カワモト大尉は上海の憲兵隊隊長だ。支那人はいくらでもその場限りのウソをつく。自分たちのモメゴトを有利に解決するため日本人を利用しようとコビを売りまくって近づいてくる。安易にのせられちゃいかん。とにかく疑ってかかれ、と言って回ってきた」
うああ。同意する面もありますけど、けしかけちゃダメでしょう。
それでなくても花谷さんてキレるとすぐ日本刀ふりまわす、関東軍最凶の殺人兵器だったじゃないですか。ひとりで済南事件起こせる人ですよ。泣きたくなってくる。

「戻ってきたら、土肥原さんに呼び出されたよ。いま奉天の特務機関長をやってるんだな。3年ぶりにお会いした。事変の頃よりずいぶんヒドイ街になってしまってる、なんでだ?って色々相談された」
土肥原さん。事変の次の日から一ヶ月、奉天市長をやった人です。その後天津へ行ったとこまでしか知らない。
奉天にいたのか。え、今、少将?到一さんを抜かしやがったか。ずいぶん出世したもんだなあ。

なんだかんだと協和会にとどまっている山口さん。
協和会は政治活動を禁じられた政府の御用機関で、その満州国政府を操っている関東軍の、使いっ走りという枠を越えることはありません。
実際いまも、協和会総裁は皇帝溥儀であり、会の役員には関東軍のお偉方の名がズラッと並んでいます。
山口さんもそんな中ですっかり、関東軍の人とばかりつきあっているのかなという印象を受けました。

五族協和のための団体じゃなかったんですか。
市井の人たちの叫びを聞いてあげてないんですか。
今日、日本人の名前しか出てきてないですよ。しかも、特務だの憲兵だのって関東軍の暗部で出世してる人たちとの話ばかり。
そんな違和感に、途中から気づきました。

「協和会は、満洲国を支持する唯一の政治団体だもの。満洲に住んでる者なら誰でも入れる。それに入らない者ってのは非国民だよ。非国民に参政権を与える国がどこにあるというんだね」
気持ち悪くなりました。
民主主義の思想からかけ離れすぎてます。
それこそ、共産主義とどう違うっていうんですか。
仲間外れは許さない。外れた奴は切り捨てる。国家がめざす方向へ、全員が一丸となることしか望まない。
山口さんて、そんな国の片棒かつぐ人になっちゃいましたか?

話題をそらしたくて、山本春彦さんとお会いしましたか?どうでしたか?って聞いてみました。
仙台にいる石原閣下が、満洲国と協和党を取り戻すために味方へ引きこんだ、もと政治家です。
私と会ったあと、新京で山口さんとも会ってくると言ってた。
その印象を、聞きましょう。
「山本?ああ、浅原か。うさんくさい野郎だ。本名、浅原健三。アカだよ。しかも極左だ。石原さんもヤキが回ったな。あんなのにコロッと騙されるなんて。すっかり内地で平和ボケされているらしい」
え?

その視点はなかったですけど。
それにしてもあんまりじゃないですか?
ちゃんと話し合いました?アカだからダメっていう前提はおかしいですよ。中国人だから信用しないって理屈と同一ですよ。アカからの転向者だからこそ、我々には見えないものが見えるんです。その武器を使って、一緒に戦おうって言ってくれてるんですよ。そこまで踏み込んだ分析をしてくださいよ。
その上での批判ならアリですけど、第一印象のみで相手をカテゴライズして、頭ごなしに毛嫌いしてる風にしか聞こえません。
私が考えこんでいたら、山口さんも話し飽きたのか、尻切れトンボな感じで、お開きとなりました。
私の悪いクセだなあって、わかってはいるんだけど、くやしい。

浅原さんていうのか。でも、名前なんてどうだっていいじゃないですか。特務だって偽名がデフォですよ。ヤバい戦いしようってんだから、そこはマイナス要素じゃない。
山口さんと浅原さんのソリが合わないってだけなら、それはそれでもいいんです。
みんな違って、適材適所。私にできないことでも、あなたならできるんだ、そんな連携プレーの駒を多種多様に持っておくのが勝利の秘訣。
ゲームなら基本中の基本ですよ。
飛車角だけでは、ファイターとバーサーカーだけでは、勝てないのは分かりきってる。
だからこそ、日本は無条件降伏するまで追い詰められたし、一党独裁の協和会だってそれ以上のことができないんです。

それを伝えきれなかったので、私の敗北です。しゅん。



[43732] File_1935-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/01 00:02
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康徳2年。民国24年。2月27日。
中華民国南京政府、行政院長・汪精衛氏が、全国の新聞に排日言論厳禁との命令を発す。
民国内外の日本人および満洲への排撃行為を、全国民に禁じる。違反者には厳罰を処す。
なんだなんだなんだなんだ一体???

恥ずかしながら、最近、日本の内閣に対してはウォッチングを怠ってました。
現在の岡田内閣。その前の斎藤内閣。
いずれも、テロを怖れて消極的になってしまった人たちの寄せ集め。
そんな偏見だけですませてました。

二期、外務大臣をつとめている、廣田弘毅氏がどうやらカギを握る人物です。
もと、駐ソ大使。内田康哉外相のピンチヒッターを務める形で、齋藤内閣の途中から閣僚に。
暗礁に乗り上げていた北満鉄路買収を、最終的に三国が合意する形で締結まで至らしめたのが、第一の大仕事。

ソ連との交渉については、陸軍内にも両極端な意見があったんですね。

満洲国内に浸透しているソ連権益。これを戦わずして手に入れられて、国境までソ連を完全に引き下がらせることができるなら願ったり叶ったりではないか。多少金額を融通してでも、買い取るべきだ。
というのが、プランA。

これに対するプランB。
ソ連との駆け引きに乗るべきではない。ソ連の経済は破綻しかけている。かれらはそのために外貨を欲しがっていて、これを援助するのは国益を損ねる愚策である。強気で押すか、あるいは力づくで奪い取るべし。

言うまでもなく、関東軍や内地皇道派にはプランBを主張する者が多い。
それを、廣田氏は撥ねつけたわけです。
すでに陸軍内強硬派から見て、廣田外相は国賊として、暗殺対象のトップランカーに入っているのではなかろうか。
そんな想像さえ、めぐらせます。

一里塚を打ち立てた廣田氏は、懸案の日華外交へ本腰を入れます。
廣田氏の名前は日本語新聞より中国語新聞の方に多く出てくるのですが、賛否両論あります。賛もあるのです。これは画期的なこと。
できる限り満遍なく目を通して、私なりのイメージを組み立ててみます。

中華民国では、満洲国をもとより認めておらず、東北問題と称します。古来からの中国固有の領土を日本が勝手に占領しているだけで、その失地回復を国の使命として訴えてます。これは大前提。
日本人はそれに対して、ケシカラン膺懲セヨ成敗セヨと言い続けているわけですが。

廣田外相はどうやら、南京政府に対し、陸海軍および日本内地での対華感情もじゅうぶんに説明した上で、
「今はひとまず東北問題を前面に出さないでほしい。かれらを刺激するだけなので。自分がいる限り戦争は起こさせないから。解決までは時間がかかることを諒解してもらえないだろうか」
という交渉をしているものと察します。

日本人全体はともかく、廣田氏は理解者だ。我々の味方かも。と考える民国国民が増えてきている印象。むしろ、今年に入ってからは共産系新聞による反日キャンペーンの方が過熱しています。国民政府と日本を仲違いさせ続けようと必死なのが、とてもわかりやすくてよい。明確な温度差が見てとれます。
その流れの先に、昨日の、排日禁止令ですよ。
これには全中華人民が驚いているんじゃないでしょうか。
当然、賛否両論、というか激しい議論が湧き起こってます。南京政府に憤っている人も多い。
私も驚いたので、半日かけて調べました。
そして、廣田外相に行き着いた。

最悪を想定するなら、今ここで廣田氏が暗殺されたら、日本軍は禁止令だけを既成事実にして、民国へ更なる圧力をかけるでしょうけどね。
廣田氏の努力を、ものの見事に乗っ取ってしまう。
関東軍特務連中なら、そのくらいのことは考えそうです。

させてたまるかよ。



[43732] File_1935-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/02 00:03
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満洲国、溥儀皇帝。ただいま日本を訪問中。

出国の際も、五千人近い警官隊に囲まれてとか、物々しかったですけど。
大連港から、戦艦比叡で、横浜まで。
途中、九州沖で約七十隻の日本海軍連合艦隊の威容を見せつけられたりとか。
ああ私も生で見てみたいよそんな光景。
金剛とか榛名とか長門とか鳳翔とか吹雪とかまで並んでたんだよきっと。

東京駅では裕仁天皇自ら出迎え。
日本と満洲国とは同等の皇国であるから、これからも手を取り合い足並みを揃えて邁進すべしと感動的なセレモニーを奏でたのち、各地を巡業中。
三週間あまりの日程の、いま丁度、半ばです。
そんな御用記事を眺めながら。
気になったので、皇帝・天皇・帝国ってなんだろう?って調べてみました。

皇帝とはなんぞや。
ちゃんと説明できる人は、この世にいるのだろうか。
というより、二千年以上の歴史を持つこの称号に対していまさら明瞭に定義することなど可能なのであろうか。
とりあえずのラフスケッチを披露します。

皇帝。エンペラー。中国では2150年前の始皇帝が起源です。日蓮上人よりはるかに大昔で、もはや伝説の彼方の人物です。これが二十近くの朝廷、いくつもの民族をまたいで代々継承されてきて、民国元年の清朝滅亡まで続きました。そのラストエンペラーが、溥儀です。
満洲国は溥儀を執政として迎え、約二年の研修期間を経て、皇帝へと昇格させました。溥儀の望みは、ふたたび中国全土を統一して、その皇帝として返り咲くことです。満洲国はまだその足がかりでしかありません。

皇帝とは、世襲制です。
多民族国家を統治する上で最上位の権力者です。
なので部族の長である王=キングより格上となります。その国家を帝国と呼び、帝国主義=インペリアリズムといえば周辺諸国を併合し皇帝のもとに一大強国を形成していくべきものという領土欲・覇権欲を伴うイメージが一般的に付随します。
なお、日本語では同じ皇帝と訳される、ローマ皇帝やハプスブルク家皇帝、フランス皇帝ナポレオンなどは、また違った原則と定義に基づいているようで、ひとくくりにできるものではなさそうです。
プライベートと二等兵、メジャーと少佐、ジェネラルと元帥、を対置させるのに違和感を覚えるのと似てる気もしますが、今は西洋のことは考えますまい。

さて、日本。実はヨーロッパでは、天皇家と、徳川将軍家を、どちらもエンペラーと位置づけてます。徳川家はすでにエンペラーの座を奉還したので、明治以降、日本の皇帝といえば天皇家のみとなりました。
外国人に、朝廷と幕府の違いを明解に説明できますか皆さん。
ロシアのツァーリ、オスマン朝のスルタン、ローマ教皇なども同様。様々な国家がありますが、成り立ちも、構造も、その称号が生まれた背景も、きわめて千差万別にして彩り豊かです。日本では割とざっくり、それらに皇帝という訳語を与えてきました。中国語では、もっと細かいですが。
大航海時代、産業革命、植民地主義。つい近頃まで、西洋列強を中心とした帝国主義は、世界の領土を奪い合ってきましたが、皇帝の名のもとにという大義名分は、最近では下火です。

強大な力を持つ君主がすべての指揮権を司る、という政体は複雑化した国家運営には適していません。
専門性に特化した外交、内政、裁判、経済統制、そして軍事。これらをコントロールしながら運営していくためには、共和制がよい。
かつての帝国主義陣営は、そんな新しい段階へと移行しつつあります、が。

一周遅れた帝国主義に、今頃めざめた奴らがいます。
ドイツも今ちょっとそんな感じ。イタリアは微妙。
ソ連は、近頃領土欲は控えてますね。国家としてはまったく新しいものへの挑戦をしているんです。その動きは注視しましょう。

一周先から、カモが振り込むのを待っている。見張られている。それに気付いているかしら日本。そして、満洲。
転生者じゃなくても、気付くことは不可能ではないと思うのですが。
早く目覚めてほしいものです。



[43732] File_1935-04-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/03 00:03
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溥儀陛下、ご帰国あそばされました。
舞い上がっちゃってますねえ。
誰しもが、口には出さずとも、わかってます。
世間知らずの、お坊ちゃまなんだ。

まだ29歳だっけ。激動の中国史に翻弄され続けた、不遇な生涯の只中を生きておられてますが、それにしても世間的感覚どころか、使命感と情熱だけはお持ちでも、伴うものが足りなさすぎる。どこかの国の皇道派青年たちも一緒ですけど。
だから、コロッと、乗せられて。
舞い上がっちゃう。
やるせないですね。

さて、関東軍および支那駐屯軍。担当地区が違うだけでチームワークもばっちりな、ひとつながりの極悪党集団。ひっくるめて日本軍でいいでしょう。
かれらは、溥儀陛下の悲願であらせられる北平の紫禁城まで手に入れ、ゆくゆくは中国全土を平定し日本の忠実な傀儡であるところの溥儀陛下に治めてもらって、東洋アジアの絶対的覇者とならん、というわかりやすい野望に、ますます酔いしれます。

華北の地図を見ながら戦略予想。
北平は、河北省の省都です。長城まで満洲国領ですから、ここを陥とすのは時間の問題。
この河北省を囲む形で、山東省・山西省・チャハル省。
山西省には今も、名将・閻錫山が控えてます。北平の危機には即座に駆けつけるでしょう。
日本側は、20倍以上の兵力差で戦っても中国軍なぞ蹴散らせるという慢心があります。
たしかに、できるんでしょうが。でもだだっ広い中国でむやみに戦線を広げてから補給路を断たれてしまえば、降参するしかないですし。
それ以前に、大義名分が必要だ。

廣田外交のひとつの成果として、現在、国民政府としては排日禁止という建前ができています。法制化の動きも進んでいます。
反日運動自体は止みようもありませんし、誰もが口には出さずとも、中国人ならみんな日本人が大嫌いです。
しかし国としては、排日行為を禁じている。
日本軍も、弾圧が手ぬるいと文句をつけることはできても、反日を根拠に膺懲するぞと地方政府に即殴りかかることは、しづらくなった。

次はどんな手を仕掛けてくるものだろう?
しれっと4月から奉天副市長になってるケンカウズラ山口氏なら、各地特務の動きをかなり把握してると思いますけど、もう彼とは会いたくないんですよね。
着任早々、商埠地の外国人に立ち退きを要求してるって噂も聞いてます。
ほんとブラックな野郎になっちまったなあ。
遠藤君がまだ関東軍にいれば、特務の動きも、なにかしら聞けたんだけどなあ。

廣田外相は、そんな現地軍の動きを踏まえて、どう動くつもりだろうか。
おそらく内地・外地の陸軍含めて一番全体像が見えているのは廣田氏でしょう。時間がかかることを承知の上で、国民政府と協調して、悪性腫瘍を取り除いていく構えのはずです。期待しましょう。

お次は、石原通信。
昨年8月、第二師団長がナルヒコ王から秦中将へと交代しました。
秦シンジ。前任地は東京憲兵隊司令官。
憲兵とは軍隊内警察です。もともと独立志向が強く、組織としても少数精鋭。
ここに皇道派の大物が二年半、足場を作った。推して知るべし。閣下によると、東京管区の陸軍人はすべて憲兵隊によって皇道派か否かで色分けされているらしい。
林陸相はそれにメスを入れて、司令官と幹部を、いわゆる統制派に置きかえた。
本来の、思想じゃなくて法規に準じた機関に戻れと。
至極、もっともです。

さて仙台へ赴任した秦師団長。
ここでも皇道の大義を説き始めますが、石原が事あるごとに邪魔をします。
石原イズムも一年かけて根付いてますからね。秦も、なかなか強気で押せないみたい。
頭を下げて、石原へ、軍内の思想を統一し挙国一致の体制をつくるにはどうすればよいかと相談するに至る。
石原、答えて曰く

「そんなことで争うこと自体が軍の破滅です。派閥を根拠にしていたら統制は乱れること必至。疑心暗鬼で仕事も手につかない。全陸軍将校が虚心一体となるべきことをお考えなさい」

あっぱれであります。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/04 00:01
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到一さんから、小遣いをせびられました。
いつものことですけど、加えて今夜は、新京ヤマトホテルまで、車で送ってくれと。
永田少将のお見舞いに行くそうです。

林陸軍大臣御一行が視察で来満してるのは知ってましたが、永田さんも同行してて、しかし体調崩して今夜は一人先にホテルで休養してるらしいです。部屋は教えてもらってあるから、そこへ行くと。
永田テツザン氏といえば、陸軍省軍務局長。
たった一人で皇道派と渡り合っている、渦中の人物ではないですか。
私も同席させてもらえるなら、という条件でOKしました。
お聞きしたいことが、やまほどあります。

「佐々木よう。胃を切除したと聞いたが。すっかり元気そうだな。その子は?」
「コダマといって、俺の世話を焼いてくれている、ありがたい孫悟空だ。お前のファンだそうだ」
はじめまして。
満洲で商売をやっております。コダマです。到一さんとは八年来のお付き合いです。

「あれ?君は、会ったことあるぞ。……石原大佐と一緒にいたんじゃなかったかな、事変の前の年。関東軍で」
え?そうでしたか?おぼえて……ないけど。お会いしたことありました?
はい石原閣下とも、十年以上の腐れ縁です。私の親代わりですけどね。
事変前だと中佐だった頃かな。

「まったく、去年の春より更にやつれてるぞ。ほら、飲んで治せ」
「これでも、今は、かなりいいんだ。省内では、四六時中気を張り詰めているからな。今夜はぐっすり眠れそうだ」

皇道派にお一人で立ち向かわれていると伺っております。味方は、いないんですか?
「ブフッ。勘弁してほしいなあ。我々はそんな、敵と味方に分かれてるわけじゃない。ええと、僕のことをどこまで?」
荒木氏、小畑氏、眞崎氏、秦氏、山岡氏ら皇道派が陸軍内で青年将校たちの不満を煽っている。林陸相のもとで永田氏が、その連携を解体せしめている。という風に聞き及んでおります。

「ハア。たしかに正義派とか皇道派と呼ばれる一連の思想傾向はあるけれどもね。でも誰がそうだとハッキリ分けられるものではないし、日本のために旧弊を改革せねばならないという一意は共通なんだ。私は軍務局長として、その調整をしている。軍務局の仕事は、御存知ですか?」

陸軍人事を担当する部署?でしたかしら。

「違います。人事権はない。軍務局は、内閣と他の省部局との連携をとる部署です。たとえば参謀本部が作戦と計画を立てますが、その遂行に必要な備品調達や、役所との調整は軍務局の仕事です」

失礼いたしました。軍政ということですね。人事ってどこが担当するんでしたかしら。

「人事局は、別にあります。将官級の人事については、三長官の合意で決定されます。陸軍大臣・参謀総長・教育総監ですね」

えーと現在はそれぞれ、林銑十郎氏・カンインノミヤコトヒト親王・眞崎甚三郎氏ですよね。ここには深刻な対立は見受けられませんか?

「……そこまで御存知か。じゃあ、もう、わかってるんだ」

ええまあ。皇道派、キライなんですよ。

「フウ。宮殿下は、眞崎大将を、大変嫌われておられます。その対立の狭間で、林大臣が、宮殿下の側に就くという状況が最近は強まってきていますね」

そして眞崎氏は、仲良くつるみあう皇道派の、中核のひとり。皇族である閑院宮殿下に楯突くことは許されないから、林陸相を憎む。ですが、皇道派との対立を望んでない林氏自身へは容赦もある。そこで、裏で糸を引く黒幕は永田軍務局長だと、わかりやすい構図を描いて青年将校たちに吹き込んでいる。どうですか?

「……佐々木ぃ。なんて答えたらいいんだ、俺は」

「思ってること言っちまえ。吐き出しちまえ。コダマが分析してくれる。進むべき道が拓けるさ。安心しろ。この子の口の堅さは俺が保証する」

ナイス援護射撃です。到一さん。

その後、永田氏は徐々に、重い口を開いてくれていきます。
思ってた通り、深刻なイジメの構図が隠れてました。
日々、永田憎しの怪文書が陸軍内外に撒き散らされているそうです。
スケバン刑事かよ。大映ドラマかよ。オレンジイズニューブラックかよ。
そもそも軍隊って閉鎖的になりやすい組織なんです。日本なんて特にね。学校もしかり。
その中で軍務局は政府機関や財閥など外の世界と接する部門なので、自然と雰囲気にも差が生じてきます。
永田さんが久里浜に豪邸持ってる噂というのも、それなりの信憑性をもって流布されているようです。

私には意外だった新事実をいくつか。
荒木貞夫は、メディア受けがいいので陸相時代は広告塔として絶大な人気を誇ってましたが、すぐ飽きられたのと、結局言ってることが観念論ばかりなので、高橋是清蔵相から、要するに何がしたいのかねってあしらわれて、閣内でのステータスを失い、肺炎で辞任てのも、実際には鬱によるもの、って側面が少なからず。昔ほどの脅威ではなくなっている模様。
あとは皇道派の重鎮のひとり、小畑トシロウ。永田氏とは陸軍士官学校の同期で、若かりし頃ドイツ留学中に、薩長閥に独占されていた日本陸軍の改革をと固く誓い合った仲だそうです。それが今では不倶戴天の敵同士になってしまった。ドラマだと盛り上がるキャラづけですけどね。昨日の友は、今日の敵。

続いて陸軍内のクーデター遍歴。
満洲事変の年の3月……といえば若槻内閣の時代ですね。この頃やはり政治への不満が爆発しかけて、大きなクーデター未遂事件が起きていたそうです。通称、三月事件。
当時の軍務局長は、小磯クニアキ氏。永田さんはその下のブレーンだったそうです。

ひとつ確認させてください。小磯さんて、皇道派なんですか?

荒木陸相とコンビで語られることが多い、というかシュトラウスがこの二人をセットにしてるんですが、今ひとつ表情の見えないキャラクターです。翌年8月の大異動で石原大佐と入れ替わりに関東軍へ来た人ですが、同時に私は関東軍から閉め出されたので、よくわからずじまいです。

「小磯中将かあ。あの人は、色がないね。政治的信条は持たない、持ちたくない、考えない。事務屋だけど、計算は苦手で、何といったらいいか、荒木陸相にもいいように使われていただけだと思う」

計算が苦手、とはどういう意味ですか?

「三月事件では、大川周明博士が宇垣一茂陸軍大臣へ、首相の座を約束するからクーデターに協力してくれと持ちかけた。その仲介をしたのが小磯局長だ。宇垣大臣がおそれをなして大川氏と桜会を裏切る形で未遂に終わったんだが、私は小磯局長から、事前にそのクーデター計画書をどう思うかといって見せられた」

ええと。どこからつっこんだらいいものやら。

「私はその計画があまりにも杜撰かつ稚拙だったので、やるならこうしないとダメでしょうと作り直して、翌日提出した。小磯局長は、そんなつもりじゃなかったのにと言いながら受け取られた。あとできいた噂では、私の作った修正計画書をもとにしてクーデターの準備が進められていたらしい」

うーん。永田さんは、計算だけが得意な秀才の典型のような。

「世間には公表されていないが、陸軍内ではその事件以来、疑心暗鬼の空気が生じた。そこへ、9月の、満洲事変だ。政府も、参謀本部も、国内の全師団も大混乱に陥ってるさなか、10月にまた大規模なクーデターが計画されていて、これも、未遂に終わった」

あああ。そんなことありましたねえ。石原閣下から、首相誰がいいか考えておいてくれって言われた。十月事件も、いまだにまったく公表されてませんよね?

「翌年5月15日、今度は海軍の青年将校が中心となって犬養首相を殺害した。新政府樹立までは至らなかったが、世間に与えた影響はきわめて大きかった。青年将校の一途な思いから発したもので、しかもすぐ自首し、態度も弁舌も堂々としていたため、広範な同情さえ集めた」

そうでした。濱口首相銃撃事件の頃とは明らかに世風そのものが変わってきてます。おかしな方向に。

「その後しばらくは荒木陸相の黄金時代で、陸軍内皇道派は不満を漏らさなくなった。満洲組凱旋の好景気も手伝って、世情は一時的にせよ、安定した」

そのとき不満分子は中国へやってきて、手柄立てずにおらりょうかって暴れ回ってたんですよ。日本国内でのテロが減ったからって根本的な問題は何ひとつ片付いてないですよ。

「ところが昨年秋、またクーデター未遂事件が起きた。内部告発により首謀者を検挙したが、当人たちは濡れ衣で陰謀だと事実無根を主張し、再審理を、やや過激なやり方で訴えている。林大臣の人事も皇道派には評判が悪いし、また、一波乱起きそうな気配を感じている。ひしひしとね」

……ひとしきり語り終えた永田氏の顔色は、二時間前よりも、ずっと、穏やかになっていました。
相当たまってらしたんでしょうねえ。
誰にも、言えずに。
ひとりで、悩んで。

永田少将?内地へ戻られたら、第二師団の石原莞爾を訪ねてみてください。
仙台では今、兵営内で野菜やウサギを育て、教条よりも勤労と読書を重んじ、下士官がなんでも上官に相談できる、そんな改革を実らせています。
軍人は、戦って死ぬことばかりが華じゃない。
市民とたすけあい、その協力者となって国を支える。
そんな在りようだって、可能なはずです。
皇道派の青年たちに、こんな生き方もあるんだぞって。
不満は土にぶつけろ。畑から石を取り除き、道路を歩きやすくし、台風から人家を守れ。そんな力に変えて汗を流せと。
こんな風に導いていければどうでしょう。
石原は、たぶん力になってくれますよ。
日本内地に土地がないなら、満洲国へいらっしゃい。武器は持たずにね。私たちは、歓迎します。
今の私に考えつくのは、そんなところです。

ひとりで飲み続けてとっとと寝ちゃった到一さんを抱きかかえて、ホテルから帰りました。
私は永田さんとお会いするまで、皇道派が憎くて憎くてたまらなかったんですけど。
ふしぎと、今は、そうでもないんですね。なぜだろう。
永田さんは、皇道派にも、小僧の私にも、終始、敬語を使ってました。もしかして、その効果だろうか。

結論。
永田さんは、いい人です。



[43732] File_1935-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/12/01 00:03
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私の故郷は、日特です。
牛込の本社は以前のままですけど、最近は子会社やら系列グループも増やしてて。
宮本パパもすっかり太って、なんだかヒトカドの社長ぽくなってますよ。昔はイマイチ、頼りなかったですけどね。

日本はこれから東亜の経済発展を担うのだ。
日本特殊工業も、まだまだ大きくせねばならぬのだ。って、はりきってらっしゃいます。
フウ。なんか、おちつかない。
それでも、企業同士として。
原料を私が満洲で買い付けて。日特から製品を卸して販売して。
その他アレヤコレヤと商売上の提携をですね。打ち合わせて調整して、というコトを今、やってます。

未来を知っていなければ。
寝る間も惜しんでいくらでも手広く業態をひろげて。株や投機もやりまくって。有能な従業員を一人でも多く育てて増やして。商売の旨味を極めるのもいいよね。
日本はもっともっと積極的に支那へ介入していくべきだし、それだけの実力が、私たちには備わっている。
2600年の歴史において今こそ日本は世界に対し、最高のマウントをとれる時代を迎えているのだぞ。
そんな夢と使命感に酔いしれるなと言う方が無理かもね。とも思います。
未来を知ってさえいなければね。

宮本社長の夢を壊すのも忍びないし、私の知ってる未来にならないならば、それもまた、アリかもしれない。
でも。野心家さんたちの前では、私。
慎重すぎる、能力はあるのに欲が無さ過ぎる、もったいない、ああもったいない。
いくら言われても、照れ笑いをするだけです。
見逃してもらってます。

サノと二人きりになると、正直な自分も顔を出します。
出会って、まる11年になるのか。もう。
私はともかく、君が結婚しないのは解せない。
縁談山ほど来てるだろうに。なぜしないの?

「コダマさんのせいですよ。私も、オタのはしくれです。妻にも、オタであってほしい。そんな女性に、まだ、出会えないでいるだけです。妥協してもいいんですが、そんな結婚も望むものではないですし。いつも、悩んでしまうので、結局、お断りしてしまってます」

悪いことしちゃったかもな。
昭和20年に日本中が焼け野原になるってイメージを植え付けすぎちゃった責任も感じるなあ。
なお私もよく結婚の話を振られますけど、満洲で既にお付き合いしている日本人の娘さんがいますと適当に答えてすませてます。たしかに、ほっといてくれなんですよね、そういうの。

何はともあれ、これからの十年は、正念場。
太平洋戦争を起こさせないこと。その希望をまだ、持ち続けています。
私は石原莞爾という軍人に、21世紀の思考回路を、知らず知らずのうちに植え付けました。
その成果のひとつが、満洲事変です。あれは世界史上、画期的な国家づくりの一大実験だったはずです。
詰めが甘くて、乗っ取られちゃって、現在、ひどい偽国家になっちゃってますけど、それを取り返すプランまで含めて、日本を病魔から救うべし。

目下、日本は激しくイビツな皇道派の導きによってカルト宗教国家の道を突き進んでます。
このままでは、私の知っている通りの未来へつながっていくことは避けられないと思っています。
その道筋が、そろそろハッキリ見えてきたところです。
ここからの、軌道修正を、いかに、どう行うか。
石原にしたのと同じ手を使います。

5月に、新京で、永田さんにアドバイスしましたが、あんなライフハックを地道に繰り返していけば、手荒な手段に訴えなくても、軌道を、変えられるんじゃね?
これならば、私にだって、私ひとりでも、できるかも。
連鎖できれば、一番いい。石原閣下と永田さんが手を組み、到一さんや、浅原さんや、サノや、宮本社長も。いずれは、ケンカウズラさえ、説得できれば、きっと、大きな力になれる。
そんなことを、最近、考えるようになったんです。

話をわかってくれる人は、まだまだ、いっぱいいると思うんです。
そんな人たちと、これからもっと、もっともっと、つながりたい。
新興宗教団体を起ち上げて布教するようなマネは私にはできませんし、しませんけど、ステルス転生者だからこそできるやり方で、これからの十年間を駆け抜けたいと思います。
きっかけのひとつが、8月1日付、石原大佐への辞令でした。
仙台師団連隊長より、参謀本部作戦課長へ。中央ポストです。
石原の、満洲と仙台での実験を、いよいよ日本全土で展開する時がやってきました。

チーム石原、再起動。
私たちの、真のたたかいの、幕開けです。



[43732] File_1935-08-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/06 00:02
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8月12日。
永田さんが、殺されました。
到一さんも、私も、何をどう考えていいかわからず、とりとめもない言葉を、つぶやくのみです。
夕方の号外で、報じられたところによると。
朝、永田さんが軍務局へ出勤してまもなく、来訪者あり。
広島県福山連隊の中佐で、相澤三郎という陸軍人。
青年将校でもありません。46歳とあります。階級も、それなりの人物です。
軍刀で、いきなり、斬りつけたとか。
乱闘と思われます。同室の憲兵隊大佐も重傷。相澤も腕を怪我しているとか。
永田少将は、病院へ運ばれるも、すでに絶命。
サノから電話で聞いたところによると、内地でも相当の騒ぎになっている模様です。
単独犯ではあるけれども、五・一五に類似していると。
石原閣下は参謀本部へ初登庁後に事件を知り、すぐに護衛がつけられたそうです。
宮本社長へは当分挨拶へ行けないからと連絡したとも。
私はサノに、近々また東京へ行くから、できるだけの情報を集めておいてくれと、頼みました。

どうして?
どうして?
……



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/07 22:09
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私が考えてた以上に、永田さんの周囲は敵だらけでした。

戸山の、石原閣下宅を訪問。一時間あまり、陸軍省の内情をお聞きしてきました。
それから。サノが集めてくれた、皇道派青年将校たちが盛んに街頭で配っている、相澤を讃えるビラの数々。
これらをもとに、永田さんが殺されるまでの経緯を、整理してみます。

7月16日。眞崎甚三郎大将が、教育総監の座を外されました。
眞崎は、陸軍三長官の一角。
教育総監とは文字通り、陸軍大学校・士官学校・幼年学校を統轄する責任者。
ここに皇道派の中核的存在が、一年半、居座っていたわけです。
皇道派とは自分たちの同志であるか否かを基準に物事を決定していく集団。
陸大の卒業式は11月ですが、昨年巣立っていった将校たちは46期で51名。この数字、記憶しておきたいと思います。

天皇制とは何なのかとそもそも考えず、ただ妄信的に信仰厚い自分たちを讃えるのみ。
それを根拠に他を排撃するような連中を、当の皇族が喜ばないのは、健全です。
三長官のひとり、参謀総長・閑院宮載仁親王は皇道派を嫌い、眞崎との関係は日に日に険悪なものとなっていきました。

林銑十郎陸軍大臣は、未だに皇道派とも統制派とも、どっちつかず。
皇道派青年将校から見ても、その立場は非常に曖昧。
ですが、永田軍務局長に操られて眞崎大先生を蹴落とす側に回りやがったやつだ、という筋書きだけは、全皇道派の共通認識。
下手人・相澤三郎中佐は青年将校時代、眞崎の直接の部下だったことがあるらしく、逮捕された今も熱烈な眞崎信者であるらしい。
教育総監更迭の報に接した瞬間、永田憎しの感情がピークを越えたのでしょう。
7月末に一度、軍務局庁舎を訪問。下見をして、8月12日、覚悟を決め、凶行に及んだ。

眞崎の更迭は、林陸相から、穏便に辞任してもらえないかという言い方で切り出されたそうです。これまでも皇道派を徐々に外してきた林氏。荒木閥解体の大詰めでした。
閑院宮の後ろ盾もあって、教育総監は渡辺錠太郎大将に交代されますが、眞崎は大人しく引き退がらず。
口達者な荒木元陸相を連れてきて、陸相官邸で、林大臣を統帥権干犯だと異議申し立てします。
林も陸相を辞めるべきだ。そして荒木大将に再起願うべきだ。と、詰め寄ったみたいです。

皇道派のビラにも、官邸での模様は描かれてるのですが、なぜお前らがこの一部始終を知っているのかと。
ズブズブのリークが見てとれます。
そして、ここで荒木が持ち出した機密資料というのが。
永田少将による、三月事件クーデター計画書。

その場には永田さんもいたそうです。
まちがいなく自分の筆跡であり、小磯長官に提出したものだと、認めました。
これほどの危険人物が国を破滅させようとしている!
荒木独擅場の、クライマックス。

陸軍省で永田さんが血まみれで倒れた直後、軍務局内では、相澤を囲んで、よくやった、お前は維新を成し遂げたと、肩を抱き怪我の手当をしてやったお仲間たちが何人もいたそうです。
そんなところで、永田さんは、毎日、働いてたんだ。
どれだけ針の筵だったことでしょう。
永田さんが新京で、今日はゆっくり眠れそうだと言っていたことを、いまさら、思い出して、不甲斐ないです。

陸軍の病魔は、おそろしく、根深く、この国を、蝕んでいる。
内地へ来てみないと、この空気は、なかなか、わかるものでは、ありませんでした。
満洲も満洲だけど、日本も日本です。
日本陸軍が大量に兵と一旗組を派遣している華北も、おそらく今、とんでもないことに、なっている。

私が考えていたよりはるかに、おそろしい状況でした。
もう、一刻の猶予も、許されません。



[43732] File_1935-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/08 00:02
File_1935-09-001D_hmos.

石原閣下から、キツいお言葉を賜りました。

エヴァに乗らないなら用は無い、帰れと。

原文ママではありません。最もしっくりとくる、意訳です。

昭和といえば。スポ根か、モーレツ社員しか認めてもらえない時代。でしたかね。
残念ながら私は、じゃあ乗りませんと言って、さっさと逃げていく世代の子供なんです。
当たり前でしょアンタバカァ?って脊髄反射で答えちゃう。これが私のアイデンティティ。
そりゃ閣下も呆れるでしょうし、怒るのも当然でしょうが。
死にたがるのは、まっぴらです。

石原が三宅坂の参謀本部に着任後、まず驚いたのは、陸軍の頭脳にあたる、まさにその中枢でありネルフでありぜーレであり人類補完計画を担う参謀本部が、救いようもないポンコツ集団であったこと。
ソ連の兵力はいかほどか、と情況を求めると、金庫から和綴じの、日露戦争当時の報告書を恭しく出してきて、目の前に置かれたそうです。
正種さんが満鉄図書館でロシアの研究精度に畏れをなし、満洲辺境の再調査をさせた話もどこへやら。
現在の参謀本部最前線では、ソ連など恐るるに足らずという神話が、骨の髄まで染み渡っていらっしゃったと。

外務省から最新の資料を取り寄せた結果、すでに極東ソ連軍と在満日本軍の兵力比は3倍差以上。
満洲事変の前々年、張学良軍は北満で、ソ連にフルボッコされましたが、そのソ連軍が、満洲事変のときには、終始、不動でした。
便乗して、北満を奪ってもよかったはず。なのに頑として、一兵も、動かさなかった。
国家統制が見事なまでに完璧である。これが、石原の分析。
ソ連なんざビビってやがる皇軍に。と考えるのが参謀本部。

満洲国成立後も、ソ連の側から中東鉄路売却を提案し、最後には完全に満洲から撤退。
オセロゲームで喩えるならば、角だけ押さえて中央はすべて相手の色に染め抜いておく戦略ですかね。
土肥原たちが満洲で、華北で、サーベルがちゃつかせて中国人をいじめてる間に、国境の向こうではシベリア鉄道複線化の工事も完了。
いまやソ連は、極東へ一気に大兵団を送りこめる輸送力を整えました。
広軌で複線ですよ。
特急あじあ如きを自慢している日本人とは、視野の広さが違いすぎる。

更にはモスクワで、先月のコミンテルン大会において、中国共産党および極東方面への支援と戦力増強が今後の重要課題だと謳われたそうです。
そんな情報も、三宅坂にはそもそも届いてすら、いなかった。
こんな状況下で。
永田の死などにいつまでこだわっている気だと。
容赦ない言葉を投げつけられました。

一刻の猶予もならぬ。満洲を日本の前進基地として速やかに仕立て上げなければならぬ。そのための研究会をつくり、今後五年間で満洲の産業界を現在の2倍から5倍に発展させるべし、と大号令する石原莞爾。
お前も商売を始めたのなら、このプロジェクトに乗れ。
重工業部門の育成には適任者が少ない。コネで商工省に入れてやるから満洲でコンツェルンを作れ、と言われて。

断りました。

罵られました。
お前は昔からそうだった。頭はいいくせに、わかっているくせに。動こうとせぬ。
それでも男か。意地はないのか。
ここまで言われてなお、好きに遊んで暮らしたいならもう用は無い。二度と顔を見せるな。
そこまで、言われました。
それでも、乗りますとは、言いませんでした。
悩みは、今も、ありません。
言えないけど。
悩んでなんか、いないんです。

僕は、エヴァには、乗りません。



[43732] File_1935-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/12/01 00:07
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2595年9月における、日満華経済戦争の現況報告。
フレデリック・リースロス氏の登場により、日本の悪辣さがまたひとつ、白日のもとに晒されました。
順を追って説明します。

米国の銀買いによる経済混乱から一年が経ちます。
満洲では、先月あたりから銀価格が持ち直してきて、金と等価になったところで相場を固定し、このタイミングで金本位制へモノサシを変更する、という方向で満銀が調整中です。
ハルビンの商人たちはさっそく、これからは日本円で取引ができる、と色めき立っています。
毎月支払ってる家賃がその都度金額上がったり下がったりしてたら困るでしょう?事業計画も不安定になるし、投資も融資もリスキーでした。そんなズレの一つが、おさまるわけです。

加えて、日本とモノサシが共通化するということは、今後、日系資本がますます満洲へ入りこみやすくなります。
巨大企業群を形成し、満洲を、日本の穀倉地帯のみならず、資源と経営と軍備の一大拠点と成す。
その準備がいま急ピッチで進められているところです。
閣下としては、この波に乗らない私に肚が立ってしょうがないでしょう。わかります。
わかりますけど、乗りません。

ソ連という巨大な敵の存在と、我らが日本の無防備ぶりに愕然とした石原莞爾は、五族協和を取り戻すよりもまず、満洲を武装化すべしと覚悟を決めた。
ああお父さん。あなたはそんな人でした。強く立派なパパですよ。
ニートな息子でごめんなさい。

さて石原の思惑はそこまでですが、ここから先がエグいことになります。対華戦略です。
大日本帝国としては、中国に、満洲と同じように経済発展してもらっては、困るのです。
「日本の従順な下僕となるならば生かしておいてやるが、反抗するなら叩き伏せて首をすげ替えさせるぞ」
実際これ、支那駐屯軍司令官の多田って少将が臆面も無く言ってるんですよ。ほぼ、原文ママ。
去年まで到一さんの上官だった人なんですけどね。いい人だよって聞いてただけに、幻滅です。

もちろん南京政府からも、もっと過激な中共統一戦線からも、猛烈なバッシングが起きてます。
それを膺懲するという口実で日本軍は、前線でますます乱暴をはたらきます。
中華民国が金本位制へ移行し、経済力を持つことを、日本は望みません。
持つなら日本が占領してから。
それまではひたすら、足をひっぱる。
そんなことまで、してたんですね。してたんですよ。日本は。一丸となって。

リースロス卿は、英国の財務官僚です。
民国政府から請われ、この難局を解決するために招聘されました。

この情報が入った瞬間から、日本政府はなんとかして彼の来訪を阻止しようと画策します。
よっぽどの人物なんでしょうね。プロフェッショナルなんでしょうね。
日本の出方を知っておく必要があると判断したリースロス卿は、民国上陸より前に日本へ立ち寄ります。
廣田外相とも会談したそうです。廣田もまた、熱心に足止めをする側だったそうです。
卿は、廣田の非協力ぶりを辛辣に述べています。上海へ来てから。
現在またピンチヒッターで大蔵大臣やっている高橋是清翁だけは、リースロス卿の力を認め、期待を寄せていたそうですが、東京滞在中の面会は叶わず、とも。

はっきり言っちゃいますよ。

日本のバカども。全部バレてんだよ。お前らの浅知恵なんて。
ほんっと、先を見る目も、状況を俯瞰する視野もなく、目先のことしか考えない。
その場で脅せばすむと思って。あとで全部バラされてる。
英語ソースで読んでみろよリースロス氏のコメンタリーを。
日本語記事と比べてみなよ。
爆笑するしかないから。
日本人は理解力も情報処理能力も、リテラシーなんてカケラも持ち合わせちゃいないのが、丸わかり。

エコーチェンバーってほんと怖いですね。よくわかるサンプルです。
十年先といわず、今すぐ日本を焼き尽くして戦後に突入してもらいたい。そこまで思っちゃうトコロですよ。
やさぐれコダマは今日も荒野で叫んでいます。
冬休みとるために、運び屋稼業に奮迅しています。



[43732] File_1935-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/10 00:02
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冬が来る前に。
上海へ来ています。

満洲国内では満洲のことしかわからないし、日本の内情は日本へ行かなくちゃわからない。
中華の現状を知るのも同様なんですが、さすがに広すぎる。
日本が侵食しまくっている華北五省、共産党員が結集しているという陝西省など。現地調査したい場所を挙げだすと、キリがない。
ドイツや、モスクワにも特派員が欲しいところです。
世界戦略をリードできる国家には、そんなエキスパートが広く厚く必要なのだと。
人材資本という考え方が、身に沁みるようになってきているコダマです。

ぶっちゃけ、情報戦に抜きん出ている大国は英・ソ。
米国は、現時点ではあんまり対外路線を重視していない。ユニークな人材の層は厚いですけどね。諜報・防諜とも英国には遠く及んでないし、危機感も薄いのかな。
おっと話がそれました。
上海から往復一週間かければ、首都南京まで行けるのですが、行ければ行きたいけど、見合わせます。
さいわい、上海は中華全土、ひいては世界中の情報を手に入れる上で、つくづく圧倒的に便利な都市だと思います。
一週間ほど滞在予定。
できる限りの知識欲を満たして、その後、日本へ向かいます。

中華民国はいよいよ本格的に、金本位制へ移行する。その準備の大詰めです。
法幣という、新しい通貨へ切り替わります。
どれだけ混乱少なくスライディングできるか。
宇宙ロケット飛ばすくらいの一大事業なんでね。ハラハラしながら見守ってます。
失敗しやがれと騒いでる外野が五月蠅いんですが、あいつらは敵ですから。もちろん日本と共産党のことですよ。

上海ライフ。
朝食は、オフィス街のカフェで。
ほどほどに混んでる店で、新聞を片端から広げながら、ビジネスマンたちのお喋りに、聴き耳を立てます。
本屋で、一時間ほど雑誌を物色し、10冊程度を目安に買ってきたら、お昼時、またカフェへ。
私は、辞書と各種年鑑以外は手元に残さない主義なので、その場で二度三度読んで、頭の中に必要なところだけ刻み込みます。
メモもとりますが、整理して頭に入れるための作業してるだけなので、基本、すぐ破り捨てます。
ビジネスマンたちがいなくなったら、雑誌を古本屋へ売りに行きます。
最新号ばかりだから喜んで買ってくれます。
ついでに店主と、お喋りします。
あれやこれや、いろんな情報をダイレクトに聞き込みます。

図書館も利用しますし、考えながらひたすら散歩。丘へ登ったり、運河に釣り糸を垂らしてみたり。疲れたらホテルで仮眠。
夜になると、バーへ繰り出します。目的はやはり聴き耳。
役人や記者、商売人の会話に耳を傾け、入りこめそうだったらちょっかいを出します。
商売人という仮面は大変に都合がいい。
困ってらっしゃる方にはいつでもお手伝いさせてもらいまっせウヒウヒ、て態度だと、どこまで食い下がっても怪しまれないので。もとから怪しいので。

日本軍特務の華北工作は、情報ダダ漏れです。
裸の王様が自らの賢さを1ナノミリも疑わないんだもの。マサカウソデショな日本人ジョーク集、何冊でも書けますよ。もちろん日本語以外でね。翻訳は、させません。

日本人は今も、蒋介石こそ支那最大の黒幕で、かつて蒋介石と争った地方軍閥ならば、我々の味方に就くだろうという胸算用をして、懐柔にいそしんでるんですけど。
閻錫山とか宋哲元、孫伝芳といった、かつての反蒋闘士たちを。
いつからアップデートしてないんだよその相関図。
で、連中こんな交渉してきましたよって全部南京へ報告されてるんです。笑うしかない。

そうはいっても、そろそろ華北、とられちゃいます。
満洲国でやったまんま、傀儡政権つくって日本が援助する。
我々は国民政府の圧政から立ち上がるかれらに味方してるんだ、というシナリオです。

商売人目線でなら、私が純粋な中国人だったとしても、今のうちは日本にコビ売って、お付き合いするでしょうね。
まだ一年か二年はこの勢いも続きそうだし。
そろそろ崩れるなと思った瞬間、回収してトンズラします。
投機って、そういうモンです。
次のカモはどこだろうってね。
上海にいると、こんな発想ができるようになります。

将来は、もっとじっくり腰を据えた、まっとうな会社を起ち上げて、全人類に貢献したいものですけどねえ。
今は、無理だね。無理ですよ。



[43732] File_1935-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/11 00:02
File_1935-12-001D_hmos.

日本へ来ました。
五日もいれば、もう限界。コダマです。
相澤裁判始まるのが1月28日からだってわかったので、その頃にまた来ればいいかな。

今は、華北を見てきたい。
冀東防共自治委員会というのが、河北省東部に誕生し、国民政府から独立したと叫んでます。日本の新聞で知り得るのはそこまで。
傀儡なのはわかりきってます。支那駐屯軍が、即承認したから。わかりやすすぎて禿げる。
天津に、満鉄全額出資の本格的華北開発企業が作られてるんですよ。どす黒いでしょう。岡田内閣の承認も得たっていうんで、日本でならもう少し詳しくわかるかなと思ったのに全然記事になってない。
報道されてないのはこればかりじゃないんですけどね。
自画自賛のみに酔い痴れるカルト宗教国家におけるマスコミの使命なんてこんなものでしょ。
ああ帰りたい、大陸へ。

それでも日頃からの資料集めを、サノに頼ってます。
サノは本が捨てられない人なので、若林町に一軒家を借りて引っ越しましたが、ここがすでに足の踏み場もないほど本と工具で溢れかえってます。
もはや、私には手の届かないオタですよ。
本といっても巷に氾濫する支那西洋ヘイト本の類いは見当たりません。大正期を中心にした通俗娯楽小説コレクションと、機械工学や電気関係の資料が九割です。アカだと疑われる余地すらありません。春画をまとめて隠してある箱は見つけましたが、そっとしておきました。うむ、健全でよいぞ。
そんなサノから、天皇機関説とは何なのでしょうと、聞かれました。
私の方こそ何ソレ?だったんですが、今年の春頃から、内地を賑わせているキーワードだそうです。

ミノベ博士という学者さんの論で、日本というひとつの組織体において、天皇陛下という存在はその全体をコントロールする、いわば脳に相当する機関であると。
フム。そうじゃないんですか?何が問題なのかもわからない。
サノも、軍や警察までが激しく議論に加わってる現状についていけなくて、私だったら筋の通った説明をできるかもと、役に立ちそうな記事をまとめておいてくれたんですね。マメだね。
することないので、半日ほど検証してみました。
要約します。

現人神であらせられる天皇陛下を、部品のごとき一機関と称することがすでに不敬罪であるぞ。

極めてこじれた神学論争ですなコリャ。
国会でもそんな議論を延々やってたみたいなんですが。天皇にいちいち陛下とか、御君とか、過剰な敬語表現をつけるのを一瞬でも怠ると、そこをギャンギャン突いてくるとか。そんなどーでもいい応酬で話がひたすらねじ曲がって、暴力的に進んでいく。
形而上学にまったく興味がない私やサノには、こんな論争にもなってない非論理的な貶し合いごっこは時間の無駄。わからなくて健全です。
税金使ってやることか。おしまい。

そもそも皇道派って矛盾してるんですよ。
何かにつけて、天皇陛下はそんなこと望まれてないとか、悲しんでおられるとか、自分たちだけが陛下のお気持ちを正しく理解しているのだと吠えて相手を攻撃しますが、その天皇陛下とあなたたち、お話したことすら、ないでしょうに。
ウンコもセックスもしたことない、すべきではないアイドルをひたすら勝手に偶像化して、気にくわない相手を叩くための材料にしてるだけです。天皇を政治利用するなと政治利用してるのはあんたたち。矛盾でしょ。
男の子なら一度は通る道なんでしょうけど、早く筆おろし体験して目を覚ましちゃいな。そんなもん後生大事に守るべきものじゃねーから。アイドルはお前らのオモチャじゃねーんだから。
天皇陛下から直接言ってほしいものだけど、ここまでこじれたら出てこれるわけもないよな。それもまた、もどかしい。

ほんの4年前の満洲事変当時、皇軍というのは厳密には、近衛師団と関東軍だけだったハズ。その後も軍隊機構は変わってないハズだから、日本軍人のほとんどは皇軍名乗っちゃいけないハズなんですけどね。
そんな根本の統帥権すらウヤムヤなまま、おかしな言説ばかりが膨れあがっている。
いつからこんな、黒魔術全盛の中世に戻ってしまったんだ日本て。
日蓮救ったUFOが今いきなり飛んできても、またかって思っちゃうぞ。受け流しちゃうぞ。

石原閣下とは目下、距離を置いてますが、相澤中佐の弁護人を引き受けたそうです。
相澤からのリクエストですって。幼年学校時代の後輩からの指名ということもあり、引き受けたと。
テイちゃんから、こっそり聞きました。
そうですか。それでは来年まで、ごきげんよう。



[43732] File_1935-12-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/12 00:02
File_1935-12-002D_hmos.

北平。北京。三年半ぶりかな。
中国の数ある都市の中でも、北京はきわめて独特です。言葉もだし、せわしなさもだし。危険度も。
上海も物騒ですけど、北京はモロに政治の街ですから。
ビリビリくる、このヤバさ。住みたいとは、思いませんね。今は特に。

日本兵がもっと街中をにらみつけて回ってるかと思ってましたが、日系の主要な建物の前にしかいません。
例外といえば、北京大学などは厳重に出入りチェックされてますけど。
近頃、学生デモがきわめて過激に繰り返されてます。日本では学生デモって、戦後かなり経ってからですよね。まさに今、街の壁は至るところ、アジテーションのビラで覆われてます。日本許すな。徹底抗戦。ここまで過激なのは、西洋列強に永年踏みつけられてきた中国の歴史上でも、初めてかもしれませんね。

冷戦終わり頃になると、戦車が出てきて、中国人の政府が中国人の学生を、ここで皆殺しにするんだっけ。何度も。
と天安門広場を歩きながら考える。
それでも学生たちは、純真な怒りから、政府にNOをつきつける。
今は、日本に対して。
傀儡の、冀東政府に対しても。

怒って、憤って、当然でしょう。
自分たちがどれだけ理不尽に踏みつけられ、ウソを教えこまれて、アキラメロアキラメテ奉仕セヨと押さえつけられて生きていたかを、勉強することによって、気付くんですよ。
気付いたら、立ち上がらずにおれようか。
黙ってなんぞ、いられるか。
そんなパワーが沸騰するんです。ああ、革命だ。革命なんだ。
北京の、騒然たる現実です。来てよかった。よくわかった。

情報もまた、上海とは異なるバイアスがかかりますが、数を読むことで篩にかけていきます。
たとえば北京では、廣田弘毅は明確に悪者。
関東軍と支那駐屯軍が正面から華北を叩いてるとしたら、裏から逃げ道を塞いでるのが廣田です。南京政府はすっかり廣田に騙されている。
北京は南京が嫌いなので。北平なんて名前で、自分たちを呼びたくないので。
上海は、南京寄りなんですよね。地理的にも。地政学的にも。
地方ごとに、そんな利害関係が存在する。
誰もが納得する報道の正解なんてもの有り得ないってこと、わざわざ説明しなくちゃいけませんか?

さて。廣田三原則というのが、密約なんで日本語記事では見たことないんですけど、どうやらホンモノらしい。
私なりに解説します。
9月頃。南京政府から、自分たちの理解者であるはずの廣田外相へ、華日協調のための三原則が提案されました。

1.華日両国は、互いを独立国として尊重し合う。
2.相手への破壊行為はしない。
3.事件が起きても、外交で結着をつける。

これを廣田は日本政府へ持ち帰り、陸海軍とも相談した上で、日本からの三原則を交換条件として突き出します。

1.欧米に助けてもらうべからず。中華民国も国際連盟から脱退しなさい。
2.日本・満洲国・中華民国の関係を、円滑に保持するために努力してください。
3.赤化に対しての徹底的防衛。日本と協調し、共産勢力を排斥しましょう。

この三要求を無条件受諾するなら、先の南京政府案をあらためて協議にかけましょうと。
ゲス外交、極まれり。

ほんとに廣田は、言ったのか?
酌量するならば、永田さん惨殺事件もあって軍に逆らうことがホントの命がけになってるのかなと思わなくもない。
しかしこんな条件、出しただけで日本の負けですよ。
日本には誠意の欠片すら無いことの表明でしかない。

しかし南京政府は呑むかもしれない。
北京なら、死を賭してでも戦うかもしれない。南京の軟弱ぶりを許せないし従えない。
南京でも、行政院長への暗殺未遂が起きてるし、今は法幣のコントロールで精一杯だとしても、決して手をこまねいているわけではないんですけどね。
はっきりと日本にNOをつきつけ、日本をこそ膺懲すべきなんだけど、武力体力に劣る。
国際連盟は頼りにならない。
ソ連の水面下での勢力拡大も、いずれ一気に花開くかもしれない。
ドイツはヒトラーが軍備にメチャメチャ予算をつぎこんでるし、イタリアもアフリカへ侵攻を開始した。

そんな2695年、民国24年、康徳2年、昭和10年、グレゴリオ暦1935年が、まもなく暮れます。
私は、生きのびることが、できるのか?



[43732] File_1936-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/13 00:04
File_1936-01-001D_hmos.

新年快乐、生意顺利。コダマです。
まだ北京にいます。面白くてたまりません。
面白いなんて言うと大変失礼かもしれないんですが、でも、毎日がとっても刺激的なんです。
日本、悪辣すぎて笑っちゃう。

昨年11月。冀東防共自治委員会という仮政府が、非武装地帯内の満洲国側に誕生しました。
主席は、殷汝耕。日本で学び、日本文化をよく知り、そのため日本の力を借りることができ、国民政府からの永きにわたる圧政に抗し、満洲国のように我々も独立するぞ!と意気込み、500万市民を代表して、高らかに宣言します。
市内外では連日、地元民の抗議がすさまじい。
華北独立反対運動の代表格の一人、北京大学校長の蒋夢麟先生は、宣言を発した途端、日本軍にしょっぴかれ、北平の兵営へ連行されました。こんなことが平気でまかり通ってます。

南京政府はすでに、国家反逆罪で殷汝耕氏へ逮捕状を出してますが、非武装地帯にも拘わらず日本軍の鉄壁の防御で守られており、警察隊は踏み込めません。
現地の第29軍司令官・宋哲元氏からのSOSに基づき、南京から軍政部長・何応欽氏が派遣されます。熱河侵攻の頃、一時期日本へ協力していたことがあるので、当初は親日派を装って、日本のミナサンとの調整のために来ました、というスタンスをとってました。
どこにでも顔を出す土肥原大佐とも和やかに会談し、その有難い訓話に深く深く頷き、私ならこの混乱をまとめられるかもしれないと期待を持たせて、宋哲元氏へ会いに行きます。

12月8日、冀察政務委員会の誕生。
もうひとつの、新政府樹立です。我々も独立しちゃいましたァ、テヘッてやつですね。ますます混乱するところですけど、こちらは南京政府を後ろ盾にしてて、日本に対し新しい外交を求めてきます。逆ハックですよ。
傀儡はお前たちの専売特許じゃないんだからなって。
どうです、面白いでしょう。

冀東の方は、12月25日に本部を移転すると共に、あらためて独立政府であるぞと宣言を謳いました。

冀東政府には、とんでもない特殊な政策があるため、目下、多くの日本商人がこの政府を絶賛応援中。
通常どの国でも、輸出入には関税がかけられます。外国から輸入する方が安いけど放置していたら自国産業が壊滅してしまう、そんな場合は関税を引き上げる対策をとりますよね。
この関税収入は、国の財源としても重要なウェイトを占めるものです。
冀東政府は人材と処理能力の不足を口実に、税関を持ちません。
定額払って政府の許可証さえもらえば、商売は好きにやれと。
マトモな政府であれば、税収を基礎とする国家なら、絶対にありえない抜け道をつくりました。
ちゃっかり、日本人商人に限りという条件も付けてます。

ここに群がるケダモノども。
秦皇島から蘆台までの、すべての港には今、日本人と死にそうな苦力しかいませんけど、どこも屈強な荒くれヤクザの見本市となっています。
中国内地から華北まで運びこむのは自由なので、ありとあらゆる密輸が冀東を拠点に行われてます。
もちろん国民政府に関税も入らない。
こんな状態が一年も続けば、中国の経済は再起不能なまでに叩きつぶされるでしょう。それは日本の侵略を、より容易にするものです。すでに日本はこの戦略の画期的な効果に気付いています。
南京のリースロス氏も、とっくに気付いて警告しているはずです。さて、どう戦いますかチャイナの民よ。

なんだか、ヒトゴトみたいでごめんね。
話す機会と、話せる相手が現れたときには、私はこのレポートを語りたいと思う。
でも、今の私には、ここで本腰入れて立ち向かう準備もないし、この場で踏ん張るだけの、地盤もコネも持っていない。
私は日本人で、まずは日本を何とかしたいんだ。
そのために、これから、日本へ戻ります。
永田さん事件の裁判は、私にとって、最大の焦点なんです。ここに日本の病魔の根源が詰まっている。その正体を、見極めてやる。
これが、私の戦いなんだ。

那、再见。后会有期、北京。



[43732] File_1936-01-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/14 00:03
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コダマです。日本へ戻ってきて、いろいろ驚いてます。
1月28日から相澤裁判始まるんですが、石原参謀が弁護人やると聞いてた話が、いつの間にか雲散霧消。
私としては、永田さんを殺した犯人の弁護なんて、よりにもよって、と絶望的な気持ちでもあったので、ホッとしましたが。

理由は、はっきりしません。
参謀の仕事が忙しい。相澤に乞われてOKしたけど永田とも付き合いがあったし公正な弁護は難しい。怪文書が自宅にまで送りつけられてくるので危険を感じてやめた、等。
最後のに絡みますが、相澤裁判、これ、とんだ茶番になるかもです。

裁判は、青山南の第一師団軍事法廷内で行われます。
日本の軍事法廷って原則公開なんですよ。え、そうだったの?そういえば関東大震災のさ中に大杉栄殺害事件裁判というのがあって、あれも連日新聞が煽情的に騒ぎ立ててた記憶があります。
今も思い出すと反吐が出ます。
軍事裁判は公開といっても一般市民が誰でも容易に傍聴できるものではないですが、とりあえず新聞社が取材できるんでね。翌日には記事で読めます。
加えて、皇道派連中がすぐにビラを作って配りまくります。
それらを読んで、各パラメーターのバイアスを計算しながら、私なりの真実を求めていこうと、こういう肚づもりです。
しかしそもそもの裁判自体が公正に行われるとは限らない。最大の問題は、もっと奥深いです。

裁判長も裁判官も、検察官も弁護人も、軍事法廷の場合はすべて軍人から選出されます。
石原が相澤の弁護をやめた背景のひとつが皇道派による妨害ですが、石原みたいな暴れん坊将軍を外すだけでは片付かない。やるなら関係者全員に対してやってるでしょ。
すなわち。
すでに亡くなっている永田氏を弁護する人はいないんです。
それよりも、間違いなく殺人という大罪を犯したけれども相澤を赦してやりたい、彼は正しいことをしたのだと証明し、一日でも早く自由にさせてやりたいと、そう心から願う人の方がはるかに、まだまだ、陸軍の中では多数派なんです。

青年将校のアジビラ、日付が近づくにつれて、裁判へ向けての余裕がにじみ出てくるんです。わかりやすすぎて、ほんと、反吐が出ます。
永田さんを殺しただけではなく、その魂まで、尊厳さえ、徹底的に踏みにじり、相澤を救うために今一度、悪人となって裁かれろ。これが、三日後に迫った大イベントの真の姿かもしれないんです。
それを確かめるために、来てるんですよ私。
敢えて、最悪のシナリオを披露しました。杞憂に終わることを願ってやみません。

とはいえね、そこまで考えるからには、やはり裁判をナマで見たいんですよね。
サノに、リクエストしてる、ひみつ道具の中に、盗聴器と録音機も入れてあるんですが、モノになりそうなとこまで出来てる?て聞いてみました。
盗聴器は陸軍からも、以前から要望があって、日特ばかりじゃなく、いくつもの研究所がシノギを削って開発競争やってんですが、携帯できるサイズは、試作品でも、まだまだ難しいそうです。

そんな競争相手のひとつに、ズバリ、録音科学研究所という小さな会社があって、そこの技術顧問の人が、サノ曰く、究極のオタ野郎なんだとか。
赤坂区にある歩兵第一連隊の大尉で、山口さんていう。
サノハウスにも遊びに来たことあるそうなんで、よければ近々セッティングしてみましょうかって言われ、会ってみたいねって答えました。

サノが認めるほどのオタですか。
それだけで、気になります。



[43732] File_1936-02-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/15 00:05
File_1936-02-001E_hmos.

ようこそ。どうぞどうぞ。

「あれ、お客さんいます?」

玄関の靴に気付く山口大尉。
奥の間で、コダマさんが、読書中。簡単に紹介をします。

こちら、山口一太郎大尉。光学系・音響系・弾道系の機械いじり専門家です。

「よろしく」

こちらは、コダマさん。年は若いですが私の大師匠で、日特へ入るきっかけを与えてくれました。今は満洲で、会社を経営されてます。

「山口大尉殿。お初にお目にかかれまして光栄です」

「ム、その敬礼はドイツ式ですね。所作が美しい。私の方こそ、光栄です。お見知りおきを」

ひとまず、コダマさんは読書に戻ります。私は、山口さんと、盃を傾けながら、最近納品した軽機関銃の感想など、他愛のない世間話を始めます。
ふと、コダマさんが、反応を示します。

「失礼いたします。今、話されていた、その録音機。一台いかほどで、販売されておりますか?」

私が山口大尉に向きなおすと、コダマさんも山口大尉に視線を向けます。山口氏、少し考えてから

「私の管轄は製作までなので、価格は、わかりませんが、一台、数百円はするでしょうねえ。入札で、勝ち抜いて、納品した実績はあります。一般向けではありませんが」

「かなりの大きさと思いますが、納品するとしたらクレーンも必要でしょうか?」

「いえそこまでは。録再生機構部だけだとこのくらい。録音盤は、このくらいです」

「作動中、金属板を削る音も出ますよね。何デシベルくらい?ほう。では、秘匿作業には向きませんね」

「お詳しいようなので、正直に申しますが、盗聴などという卑劣な行為は、本来、軍人の扱うべき任務ではありません。しかし、ソ連大使館からどのような情報が本国へ送られているか、というような問題となると、黙って見過ごせぬ現実もあるわけです。国体を守るためには、我々は遅れをとってはならない。そのための一要素だとお心置き願いたい」

「承知しております。ことにソ連などは、とっくに日本に対しても盗聴網を張り巡らせておりましょう。満洲や華北では、内地よりも脅威が大きいのです。もし私どもで仲介ができるならば、販路はあります。そのつもりで、お尋ねしておりました」

面白いですね。日特の営業部では、商談は焦らず、雑談を交えながら何日もかけて、とよく言われますが、コダマさんは無駄なく単刀直入に斬り込んでいく。しかも相手の話を絶妙にすくい上げて心をつかんでいく。ほんとに、話が早い。さすが私の師匠です。

「山口大尉殿は、第一連隊所属なのですね?意外です。技術本部か、本廠付にされないのは、何故でしょう?」

「いたこともありますが、そこだと一日中、寝ても醒めても機械と戯れてばかりなので、煮詰まるのです。やはり適度に体を動かした方がいい。と言うと語弊がありますが。私にとっては、連隊は非常に居心地がいいですよ」

「わかります。私もこの、サノ氏の部屋へ来ると、落ち着くんですよね。そういう息抜きは、実にいいのです。触媒というか、頭の回転を高める潤滑油の働きをします。よくわかります」

山口大尉の顔がほころんでます。コダマさん、すっかり気に入っていただけてるようですよ。

話がいつの間にか、相澤裁判になっていました。
私は興味がないので、静かに聞き流してました。
山口大尉が帰られたあと、コダマさんは複雑な表情で考えこんでおられました。

「山口大尉は、革新派かあ。相澤に肩入れしてるし、過激派将校ともそれなりに付き合いが深い。でもそのおかげで皇道派のアジトがいくつか察しがついた。そこに盗聴器を仕掛けたかったけど、100キロ近くあるんじゃ無理だな。さて、どうしたものか」

いつの間にそこまで探り出してたんですかコダマさん。会話が速すぎて私は全然ついていけてませんでしたよ。

「え、オタ同士のミーティングってそうじゃん。そうか、オタが三人以上集まる状況ってのは、初体験か。いいんだよ、興味ない分野には入ってこなくて。それが正解」

コダマさんは、守備範囲が広すぎます。私は、まだまだ遠く、及びません。

「サノ君、至急、これだけ揃えてもらえるかな。2月25日までに、納期厳守で。使用状況のレポート、がっつり取ってくるから」

コダマさん?
あなたは一体、何をしでかそうとしてらっしゃいますか???



[43732] File_1936-02-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/16 00:04
File_1936-02-002D_hmos.

相澤裁判は、1~2日おきのペースで開廷されています。
裁判て、とにかく時間がかかるもの。特に日本はひたすら時間をかける国。そんな漠然としたイメージしか持ってませんでした。
なので、戸惑っているところもあるんですけど。
最悪の事態を想定して身構えていたのに、もっとひどい事態が到来しています。
私はすでに、この裁判が一日も早く終わってほしいと、それしか望んでいない。
耐えられません。

第一回公判の、いきなり冒頭から、特別弁護人の満井中佐が、長い長いスピーチを披露してみせたそうです。
8月12日に相澤は、憲兵に現行犯逮捕され、11月までかけて取り調べを受けました。
予審というプロセスです。これも、軍隊内で行われます。
その調書をもとに公開裁判が始められたわけですが、満井氏はこの予審調書をいきなり、全否定する。

私の目で全文を正確に検証したいところですが、そこまではアクセスできません。新聞記者たちも、深く考えないで表面的にまとめているだけです。
それを承知の上でですが、永田さんの死亡が確認された時刻だとか、証言と医師の診断書とで傷の位置が食い違うとか、矛盾が多すぎるので調書は意味を持たないとコキ下ろし、あらためて相澤君から直に話を聞こうではないかと持っていくわけです。
そして相澤は堂々と、全国の農民がいかに窮状に喘いでいるかから始まり、われらは今一度天皇陛下の赤子となりて美しい日本を取り戻さねばならない、そのための昭和維新であると、熱弁を奮う。

傍聴席には二百人ほどの皇道派が毎回ギッシリと詰め寄せてますが、深く頷き、熱いまなざしを、満井や相澤に注ぎ続ける。
私には、耐えられません。
ここまでひどいとは、思わなかった。
永田さんの御遺族には、新聞記事すら見せられない。やりきれなくて、たまりません。
石原が弁護していたら、ここまでひどくはなかった?
どうでしょう。弁護人はもう一人いるんですが、満井のことしか書かれてません。満井が裁判の流れを完全に仕切ってる。そんな印象しか受けません。

耐えられないけど、逃げちゃダメだ。
この暗黒裁判は、敵をあぶり出す、絶好の機会だと、とらえるべきなんです。
私は毎日、師団や歩兵連隊の周辺を歩きます。
軍人さんを見れば敬礼をしつつ、夜には彼らが三々五々散らばっていく光景を観察し、ターゲットを抽出します。
何日かして気付くんですが、特別級の過激派と目される人物には、私服刑事みたいなのが尾いてきます。
そんな動きが、見えてくると、私服もマークすることで、より追跡がしやすくなります。
もちろん私服にも気付かれないよう、私は闇にまぎれて動くことを常としております。
会話が聞ければもっと楽なんだけどな。盗聴は、すでに、あきらめました。
それでも、相澤先輩に続け、我々も意地を見せるべきだとの熱い咆哮が、麻布の街から途切れる瞬間はありません。

良い子と、良い兵隊は、真似しないようにね。命の保証は、いたしかねます。



[43732] File_1936-02-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/17 00:02
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2596年2月8日。コダマです。
昨日、波瀾が起きました。

これまで新聞にはほとんど登場してなかった、相澤三郎の弁護人・鵜澤フサアキ氏が東京会館にて記者会見。
この方は貴族院議員で、法学博士。軍人ではないんですね。
皇道派寄りではあるのでしょうが、それにしても、あまりにも閉鎖的で一方的、強引に過ぎる軍事法廷に、本職として、我慢ならなくなったのでしょう。
軍務局長斬殺事件問題は、きわめて根深い。今のうちに適切な処置をとって対処しておかねば、法治国家の根幹を揺るがす。
裁判に関わる誰一人敵に回してはいませんが、真相究明のために、陸軍大臣や参謀総長でも喚問し、どこにねじれがあったのかを突き止める必要がある。と言ってます。

暗にこれは、眞崎を呼べと言ってますよね。

眞崎ジンザブロー。現在は軍事参議官という身分です。
荒木サダオも軍事参議官なので、最近はいつも二人一緒にいるらしい。
皇道派のアジビラでは頻繁に出てくる眞崎大先生。
マスコミ相手は今も荒木の専売特許ですが、お調子者でボロ出しも多い荒木より親分肌で凄みがあり、青年将校たちからの支持は絶大。最高のカリスマです。
眞崎の教育総監罷免は永田が黒幕だった、というのが皇道派一同の揺るがぬ大義名分。
その究極の当事者が、どんな発言を繰り出すか。
私も、大いに拝聴したい。

6日に第五回公判が開かれ、連日の茶番劇に新鮮味もなくなってきたところへ、この燃料投下。
スケジュールは変更され、第六回は2月12日に。橋本虎之助中将を召喚予定だそうです。
トラノスケって満洲事変のとき東京から派遣されてきて、石原閣下にさんざんバカにされた人じゃなかったかな。
今回の事件に、どこまで絡んでいるのかは知りませんが、相澤のワンマンショーが延々続くよりは、有難い方向転換です。判断材料が広がるのは、私にとっても助かります。

2月4日に、54年ぶりと言われる大雪が降りました。
今日は、晴れてますけど。この豪雪、あと三週間では消えないかな。
2・26事件が起きるとしたら、いよいよか。
そんな予感が、ひしひしと。
どう考えても、今年だろうとしか思えないくらい、すべてのベクトルが、今、ここへ向かってる。
帝都、東京。
杞憂なら杞憂でいい。歴史が変わってたらそれでいい。
でも。
準備、しておきます。



[43732] File_1936-02-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/18 00:01
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いまここに、スマホがあれば、ググるのに。
この世界に生まれ出て、何万回、つぶやいたか知れない。
2596年2月24日。月曜日。コダマです。

12日の第六回公判。近衛師団長・橋本虎之助中将証人喚問の巻より、裁判は非公開となりました。
17日、第七回。林銑十郎軍事参議官が喚問されました。
故・永田軍務局長と最も親しかった前陸軍大臣として注目を集めましたが、軍機を理由にほとんどの回答を拒んだそうです。
実際のところはわかりません。裁判長や相澤、そして満井特別弁護人からも、その場でどれだけ罵られたことかも、わかりません。
新聞は、簡単な記事のみ。辛うじて、皇道派青年将校らによるアジビラで窺い知れるのみですが、非公開になったことも含めて、猛烈なる怒りの捌け口がこの回へ向けられています。

ゲスト無しの第八回、第九回を経て、明日、2月25日の第十回公判において、ついに、眞崎が登場します。
俺は林とは違う、すべてをぶちまけてやると気炎を上げているそうです。
法廷の中に、永田さんの味方はいません。味方かどうか以前に、これが死者に対する私刑手続きでしかなく、裁判とは似ても似つかない、司法の存在意義まで弄んでいる行為だと気付いてる人すら、どれだけいるのか。

法廷の外から、この危険な集団を解体させようとしてる人は、いるようです。
3月に、第一師団が満洲へ移駐することが決まっています。皇道派の主要人物が特に選出されていることを、アジビラでは烈しく統制派の陰謀だと批判しています。
満洲に住んでいる身としては、勘弁してくれと思うんですけど、東京に押し込めておくよりは、マシかもね。いっぺん大陸の空気を吸って、大人になって戻ってこい。
そんな風にも、思わなくもない。

しかし、この、皇道派が解体される前に蹶起せねばという焦りが、2・26というタイミングにつながるのだな、とも、腑に落ちるところです。
すでにパーツは揃いすぎてるんです。眞崎がトドメを刺すのでしょう。
むきだしの導火線に、盛大に火をつけるのでしょう。
だから、起きる。2・26に、起きる。
もはや、確定。

あらためて白状しますが、私は、2・26の詳細、実はまったく知りません。
スマホが無いから、ググれません。
首相とか、何人か、殺されて、警視庁や新聞社も占拠されて、一週間足らずで鎮圧されて、天皇が激オコしちゃったから首謀者全員銃殺刑。そんなザックリした遠い記憶が、いま私の知っているすべてです。
たった一人で全部をどうにかするのは無理ですが、救うならこの人、と決めている対象がいます。
現大蔵大臣・高橋是清翁。

ターゲットじゃなかったら嬉しいんですけど、おそらく、暗殺リストに入れられてる。
そう考える、根拠があります。
昨11月末。予算閣議で、陸軍の法外極まる要求金額に、高橋翁、最後まで徹底抵抗。
そのとき、このような訓話をしてみせてます。

「予算は、国民の所得に応じたものを作らねばならぬ。財政上の信用とは無形のものであるが、その信用維持こそが国家を世界と連帯させる力となる。ただ国防のみに専念して、悪性インフレを惹き起こし、その信用を破壊するが如きことがあっては、国防も決して安固とはなりえない。吾国にはこの用意と余裕がなければならぬ。なれば、これ以上は到底出せぬ」

新聞各紙は競ってこれを書き立てたのですが、多分に自分たちの日頃の鬱憤を盛って、高橋翁のお言葉だぞと必要以上の飾り立てをするわけです。

「軍部たしなめられる」みたいな大見出しを付けて。

新聞屋どもの、昔から永遠に変わらない、ゲス根性が、またしても、人の憎悪を掻き立て、その矛先を特定の対象へと誘導する。自分たちにさえ向かなきゃいいんです。そのためなら何だって利用するのがマスコミです。

高橋翁は82歳という超ご高齢ですが、今日も規則正しく、背筋を伸ばして赤坂のご自宅から車で登庁されてます。
官舎もありますが、基本、ご自宅で、家族やお孫さんたちと過ごされてます。
2月26日。私はここに貼りつくつもりでいます。
皇道派が来たら、皆殺しにしてやっても、いいですよね?
いいんです。私は正義のヒーローなんかじゃない。
この両手はとっくに血まみれです。満洲でどれだけ汚してきたと思ってんですか。なにをいまさらですよ。
汚れ仕事は汚れ仕事屋にマカセチャイナ。それでは、ご飯食べてきます。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/19 00:04
File_1936-02-005D_hmos.

2596年2月25日。火曜日。
17時前に、高橋是清翁、御帰宅されてました。
夕食始まった頃、来訪者あり。ご婦人。
邸内より、大きな笑い声。
15分ほどで、帰って行かれました。
十日ほど前にご結婚された、娘の美代子さんかな?と思ったんですが、考えたら娘さんにしては若すぎるし、そもそも82歳の是清さんの娘さんが最近結婚て?と今頃気付いたんですけど、でも門衛さんは娘さんだって言ってたよなあと軽くモヤりつつ、邸内の灯りが消えるまで、縁側下で待機。
抜け出し、外苑東通りへ。
歩兵第一連隊と第三連隊、そして第一師団司令部の三ヶ所がまとめて見渡せるポイントといえば、キューバ公使館の屋上。ここへ上がって、監視します。

2596年2月26日。水曜日。
0000。歩一と歩三で動きあり。
0030。歩一より、8名、自動車で出動。西方面へ。
0300。歩三、舎前に約200名ほどが整列。
MGいますね。機関銃隊。昔、私たちが作った、十一式軽機関銃ではないですかね。ニンマリしちゃいます。今日は、こっちからお見舞いしてやりますけど。銃には、当てたくないなあ。

先回りします。キューバ公使館より、高橋邸前まで移動。
母屋の屋根へ静かに上って、門へ向け銃を構えます。
計画はこうです。
賊が門を乗り越えるか、こじあけて入ってきたところで、機関銃で掃射。目安は、2秒から3秒。
大きな音がします。門の脇に警備巡査の詰所があり、今夜は三人います。邸内でも、みんな、起きるでしょう。
次いで、照明弾を打ち上げ。私は身を隠します。
表町署が近いし、周辺には各国の公使館がひしめいてます。すぐ人が集まります。賊が逃げ出してくれれば追いませんが、なおも計画を遂行しようとするなら、続けて撃ちます。邸内へは、入れさせません。

あわよくば、2・26事件そのものを、中途半端な形で頓挫させられます。
既に出発した部隊と、目下準備中の本隊を軍が取り押さえ、内規粛清できればそれでよし。
またぞろ相澤裁判みたいな処分をするつもりなら、そのときは、また考えます。

はやる気持ちを抑えつつ、賊の来るのを待って……いたんですが……かれら、脇目もふらずに、目の前の市電通りを、通り過ぎていく。
ん?
雪を踏む行進の足音が完全に聞こえなくなってから、道路へ出ます。誰もいません。
ムウ。ホッとするような、癪に障るような。
キューバ公使館へ戻ります。

0400。歩三から、第三陣。これも、200名ほど。
営門へ向かい始めるところまで見届けてから、さっきと同様、高橋邸へ先回り。
なかなか来ないので、交差点まで見に行きましたが、どうやら今度の隊は、東通りをまっすぐ北上していったようです。

また公使館へ戻りますと、うわあ、めっちゃ整列してる。
歩一・歩三合わせて1000名近く。さすがに、これは、警視庁か陸軍省を襲う部隊でしょう。
重機関銃隊までいます。砲身・三脚・弾倉を四人一組で持ち運ぶんですよ。
息を呑み、双眼鏡で、指揮官の顔をチェック。私服にマークされてた顔が、数名いますね。
そういえば私服警官はなんで今夜ひとりもいないんだ。夜中まで見張ってること、たまにあるんですけどね。この肝心な時に。地団駄。

大部隊は、四列縦隊を組んで、出発。
南へ向かい、大通り手前の路地を、左折して行きました。
ハハアン。
六本木警察署から見通せる道を避けたんですね。さすがにこの集団じゃあ、すぐ警戒されますよね。
0435。最後尾が出て行ってから、静寂が訪れました。

……あれ?今のでおしまい?
合計で、1500人程度。帝都制圧するにしては、あまりにも少なすぎやしないかい?
最後の五個中隊が警視庁襲撃班だとすると、0500が各部隊の一斉突撃予定時刻でしょうかね。

いま、0515。
空が白みはじめてきました。規則正しい是清さんは、そろそろ朝風呂にお入りになっておられる時刻ですな。
……この三ヶ所以外に、陸軍の基地って、あったっけ?
ハッ。

全速力で、高橋邸へ駆け出しました。
遅かった。



[43732] File_1936-02-006D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/20 00:02
File_1936-02-006D_hmos.

高橋邸は、襲撃のあとでした。
すでに人が集まっていて、警備員がバリケードを張ってます。
刺激臭。催涙弾か、嘔吐剤か。格闘があったものと思われます。
私の外見は、完全武装のままなので、近寄りません。涙をぬぐって、立ち去ります。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
自分が、赦せない。
わかってて、わかってたのに。この世界で唯一。
なんという失態だ。

すぐ近くに、近衛歩兵連隊があったんです。そこから、0500直前に出発したものと思われます。
歩一・歩三にくらべたら小っさい施設で、近衛兵といったら実戦まずやらない、礼儀挨拶だけ細かいお坊ちゃんの集まりという思い込みがありすぎて、まったく、勘定に入れてませんでした。
不覚。不覚。今すぐ自分を殴り殺してやりたい。
2・26は、始まってしまった。

雪が、降り始めています。
日の出時刻は0620ですが、今日は、太陽は拝めそうにありません。
皇居方面へ、警戒しつつ、向かいます。
すでに永田町へ通ずる道路は、封鎖中。自動車が、右往左往。
でもね。封鎖するなら、道路以外も、見張らなきゃダメだよ。
裏道知ってりゃ、簡単に、入りこめます。
機関銃は高橋邸の屋根の上に隠したまま。ひと気が無くなってから、回収します。
私は今、全身を白いスキーウェアみたいので包んでます。
当面は、拳銃とナイフだけで身を守ります。

ひとまず、目指すは、三宅坂。陸軍省と参謀本部があるところです。
0750到着。
といっても、近寄れません。
向かいのドイツ大使館へ。見張るならココ、と決めてました。
屋根の上に、昇ります。

双眼鏡を据え付け、参謀本部と、その周辺の状況を観察。
石原の車が見えます。すでに、中にいるようです。
省の正門前には、重機関銃と、多数の兵士。
職員が続々と登庁してきます。ここまで辿り着けない人も多いでしょうが、ここまで来て追い返される人もいます。

そんな中、全兵士が敬礼して出迎える御仁が現れました。
車から降りて、陸相官邸の中へ入っていきます。誰だあれ。

それなりに、人の出入りはあります。しかし、中で何が起きているかは、知りようがない。
……ここで粘っていても、得るものは、無いかな。
疲れた。眠りたい。ちょっと頭を整理させたい。
そう思ってたところに。片倉?
あれ、片倉タダシだ。
なつかしい。太ったなあ。官邸前で、兵と揉めている。そこへ、さっきの、お偉いさんが、中から出てきました。
片倉も敬礼するけど、一体どういうことですか!みたいな感じで詰め寄ってる。そこへ、中から出てきた兵が、
頭を、撃った。
騒然。片倉、拳銃で頭を撃たれました。血を流しながら、何かわめいてる。手当だ、手当。おおっと大波瀾。

撃ったのは、色白の、丸眼鏡。私はパクって呼んでます。
私服にマークされてた男の一人。さっきも大部隊の指揮官側にいました。
歩一にも歩三にもよく出入りしてましたが、いつも時間が不規則なので、特務かな。たぶん、首謀者の中でも中心的存在と思われます。
片倉は車で運ばれていきました。南無阿弥陀仏。

フウ。ほんとに、疲れてきた。もう限界。
1020。ひとまず、撤収。
体力があるうちに、安全地帯へ避難します。
情報も欲しい。号外、ラジオ、ビラ、なんでもいい。
仕切り直しターイム。



[43732] File_1936-02-007E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/21 00:03
File_1936-02-007E_hmos.

2596年2月26日。サノです。
朝、ラジオが、帝都のクーデターを告げていました。
お巡りさんが町のいたるところに立っています。

そんな中を、歩いて出勤。
会社でも、この話ばかり。首相、右大臣、ほか何名もの要人が殺され、警視庁と陸軍省が占拠されているとのこと。
高橋大蔵大臣も負傷とのことです。コダマさんが救ったのでしょうか。コダマさんは、無事でしょうか。気が気ではありません。
やがて、ラジオの放送も、止まります。
この状況では仕事にもならないので、帰れる人はすみやかに、落ち着くまでは自宅にこもっているようにとの社長命令が出て、私も午過ぎに自宅へ戻ってきました。

帰ると、コダマさんが寝てました。怪我は、無いようです。ほっとしました。
夕方になって、起き上がり、食事をとり、情報交換します。
ラジオは、未だに、沈黙のまま。
私から提供できる話といえば、このくらいです。

「封鎖されてるのは、皇居から南の一帯のみ。新議事堂をぐるっと囲む、虎ノ門から赤坂見附までのエリアに限られてる。今後、もっと外からの応援が繰り出されてこない限り、これ以上に規模が拡大することはないだろうね。この家や、日特が巻き込まれる心配は、無いと思っていいよ」

安心しました。高橋大臣、ご無事だといいですね。

「うん。そっちは過ぎたことだから、もう、いいんだ。それより、他に誰が襲われたって?」

まず、岡田首相ですね。首相官邸にて。犬養首相が殺されたのと、まったく同じように。
それから、斎藤右大臣、渡辺教育総監も即死だそうです。鈴木侍従長は重傷。牧野前右大臣は逗留中の湯河原で旅館を放火され、生死不明だと。

「神奈川の湯河原温泉?ああ、一番手に車で出て行った連中が向かったのはそこか」

ワイヤーフックの調子はいかがですか?

「とても役立ってるし、コツがつかめてきた。雪があると屋根に一発でひっかけられないから、樹が立ってればまずその枝に登ってからの二段ジャンプ。凹凸のないビルだと難しいけど、今の建物はたいがい足場があるからね。それに、屋根の上に注意する人がまずいない。こんど余裕があったら、議事堂の屋上にも挑戦してみたい」

くれぐれも、お気をつけて。服は、白いままで大丈夫ですか?

「当分は、この雪に感謝だ。日中でも夜でも、今は白が一番周囲に溶け込める。屋根の上では特にね」

他に、お要り用のものがあれば。

「明日は、周辺の聞き込みをしたいんだよね。なんやかんやと住民は生活してるし、早朝なら牛乳、納豆売り、御用聞きになりすませば、イケる気がする。歩哨なんて、まんじゅう売って歩いてたら絶対買ってくれると思うしさ」

たくましいですね。じゃあ、それっぽいもの、作っておきます。

「よろしく」



[43732] File_1936-02-008D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/22 00:01
File_1936-02-008D_hmos.

私は、その男の顔を、三葉、見たことがある。
今日だけで、ですよ。
朝起きたら戒厳令を敷かれてた、こんな日に。
気になりますでしょう。ほっとけませんよ。

最初は、朝。九段下でした。
永田町一帯は昨日未明より蹶起部隊によって封鎖されており、陸軍省、参謀本部、内務省、外務省などは通常の職員や軍人たちさえ、立ち入れなくなってます。
で、どこが代わりの司令部になってるかというと、皇居北回りの一角。
石原の車も、見ました。現在、戒厳司令部は、軍人会館というイカツい建物の中に設置されてる模様です。
その付近で、憲兵という腕章を付けた、呑気そうな三人組の男が、道端で、どうしようどうしようって、まるでコントのネタ考えてる控え室の新米芸人トリオみたいな感じで、揉めてるわけですよ。
私は、お煎にキャラメル~コーヒー牛乳はいかがっすかあ~て風情で、その傍を通りかかったんです。
甘いものに、飢えてたんでしょうなあ。それはそれは美味しそうに、めしあがってらっしゃいました。

二回目は、占拠されている参謀本部の、裏手路地。壁に寄り添って、ヒソヒソと。
これまた、どうすべえどうすべえって、思案してました。
「あれ、さっきの小僧さんじゃないか?どうやって入ってきたんだ?」
へえ。ずっと立たれてる兵隊さんに、ご苦労様です、おひとついかがですかって言ったら喜んでもらえて。この先にも歩哨さんがいて、昨日から何も食べてない筈だっておっしゃるので、さしあげてきていいですかねえ、って言ったら、通してくれたんです。けどおいら、どうやら道に迷っちまって。
「そ、そ、そうか。あの、たのむ、僕たちが、ここにいたことは、だ、誰にも、言わないでもらえるかな」
そうスか。よござんす。ところで、もしこの敷地に入ろうとされてるなら、あっちの柵の脇に樹が立ってますでしょう。そこ伝いなら、誰にも見られずに、入れると思うんですけど。あれ余計なこと言っちまったかな。どうぞご内密に。
また饅頭三つ売れたよ。私はホクホクと、封鎖エリア内部へ潜りこんでいきます。

最後は、首相官邸の裏口に並んでる総理大臣秘書官の官舎で。
福田さんて方と窓から目が合ったんで入れてもらって、暖をとっておりましたら、またまた、さっきのチョビ髭さんが、呼び鈴押して顔を覗かせてきたんでやす。
「な?え?お?君……」
まあまあとっとと入んなさい。話すなら中で。ハイホラ。
「首相、実は生きてらっしゃいます!」
ええ知ってますよ。ここで福田さんから伺いました。
福田さんからもう一度、説明していただけますか。この人に。
「昨日未明、銃声で目が覚めました。官邸はたちまち兵に占拠されました。私は、今は宮中へ行っている迫水というもう一人の秘書官と、総理の御遺体の確認を求めました。許可されて入ると、なんと寝室に横たわっていたのは、総理の義弟でいらっしゃる、松尾大佐だったのです!
中にはまだ女中が二人、どうしても総理のお側を離れたくないと留まっておりますが、彼女たちに匿われて、総理は今、奥の間で助けを求めてらっしゃいます!」
憲兵さんたちも、独自に、同じことを突き止めたってわけなんですね?

こりゃあ大変都合がよろしい。ひとつ、こんな案はいかがでしょう。

弔問者の老人を10人くらい集めていただいて、この憲兵さんが立ち会うからなんとか入れてもらえないかと懇願する。
総理には中で、来客と同じような喪服に着替えて待機しててもらう。
松尾さんは銃で惨殺されたんでしょう。つい白布をとって、ギャアッて誰かが卒倒する。
ホラ言わんこっちゃないと抱きかかえて外に出す。総理をです。速やかに車へ乗せ、病院へ連れていく。
いかがですかね?
「よしそれでいこう。すぐ手配します」
「我々も、総理にお着替えを、なんとか手渡します」
早い方がいい。じゃ、あっしはこれで。
「君はいったい、何者なんだ」
ええと?
「あ、僕は、小坂啓助といいます。麹町憲兵分隊の曹長です」
おや奇遇だ。あっしは、コサンて名前です。しがねえ通りすがりの商売人でさ。

あ。そうそう福田さん。
首相の脱出が成功しても、すぐに広めちゃダメですよ。女中さんは納棺まで残ってなきゃおかしいし、蹶起兵らを怒らせたら、まとまるもんもまとまらねえ。
首相も二日絶食されてるんだから、最低一昼夜は休養させてから、表へ出してやってあげてくださいな。
とにかく、新聞屋には一切、気取らせねえこってす。
「あ、ありがとう。ほんとによく気がつくね」
商売人が生き抜くにはね、いろいろ知恵が必要なんスよ。じゃ、おいとまします。

お煎にキャラメル、全部売り切ってしまいましたよ。まだまだ売れるぞ。もっと仕入れてこないとな。
是清さんは救えなかったけど、その失敗、これで、ひとつは、取り返せたかな。
でもトントンじゃあ、赤字なんスよ。まだまだ、稼ぎますよ。



[43732] File_1936-02-009D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/23 00:04
File_1936-02-009D_hmos.

九段の戒厳司令部から、しょぼくれた男が出てきました。
おや、なつかしい。遠藤くんではないですか。
声をかけます。コダマですよ。二年半ぶりですかね。
今は、陸大で、教官をやってるんだそうです。
歩きながら、話をします。

遠藤三郎中佐は、皇道派とか統制派とか呼ぶには中途半端な、どっちつかずですけど、日頃、学校で青年将校たちと触れあっているだけに、革新を求める気運もよくわかる。
なんとかこの一大事を平和的に解決できないかと、いても立ってもいられなくなり、司令部までやって来たんだそうです。

司令部では、石原参謀が一人、気炎を上げていたって。
手ぬるい。全国に戒厳令を敷き、直ちに逆徒を鎮圧するべし。後継内閣もすぐ組織して平穏を取り戻し、対ソ戦への準備に一日も早く立ち戻るべし。
遠藤お前もこんな所へノコノコ来てる暇があったら教え子から不満分子をあぶり出してクーデターごっこなど二度と起こさせないよう叩きこめ、と。
すっかりやりこめられて、出てきたそうです。

遠藤君が司令部で、地図をチラリと覗き見したところ、すでに第一師団管区周辺より続々と鎮圧部隊を集結させており、戦車隊や化学戦部隊までが揃いつつある状況とのこと。
オヤジさんらしいや。ほんと。まったくもう。
私も、勘当された身なので。会えば、同じように怒鳴りたおされるだけだと思います。

遠藤君の自宅は牛込台町だそうです。円タクに乗って帰ります。お邪魔します。
奥様と三人のお子さんたちに、おかまいなく静かにしてますからとお断りして、放送再開したラジオを聞きながら、最近の満洲事情などを語る。
「東郷特務、その後どうなってる?」
あいかわらずですけど、ちょっとした事故があって、今は南崗区へ移転しました。小林が仕切ってます。人体実験やりたい放題で酒池肉林ですよ。
「こんど正式に部隊認可されるみたいよ。東郷軍医正も、満洲へ戻るって」
へえ。小林に教えといてやろ。

ラジオでは、岡田首相は死亡のまま。よしよし。根拠もなく落ち着いて落ち着いてと煽り続ける報道ごっこも、いつもと変わんねえなあ。
遠藤くんは、そんなラジオに騙されて、またぞろ不安を募らせて、もう一度永田町へ行ってみようと立ち上がります。つきあいます。もうすっかり暗くなってます。

新議事堂前広場、がらーんとしてました。
原隊復帰したのかな?
帝国議事堂。これねー、私が東京へ出てきた頃からここに建設中でした。
震災で中断したりとかはありましたけど、それにしても十何年かかってんだよ。
見た目は、21世紀でもよく見慣れてた、あの、国会議事堂です。外見は完全に、あのままです。周辺にこれより高い建造物無いのが違和感でしたが、私はもう、こっちの風景に慣れました。
先週、衆議院総選挙あったんですが、今年の国会からはここが使われる予定です。
このまま、2・26が終わってくれればね。

お昼までは、ここの広場に、兵隊がひしめいてたんですよ。
そのまま立てこもってたら、鎮圧側にはいい標的ですね。
昭和20年の東京大空襲から生き延びるはずの議事堂を、昭和11年に石原がぶっ壊してたかもしれないのか。
シュールだな。

蹶起部隊総司令部になっている、陸相官邸まで来ました。
参謀本部と同じ敷地ですが、ここにはまだ兵隊がわんさか宿営してます。遠藤は、官邸へ行ってくるという。
私は民間人なので、外で待ってます。行ってらっしゃい。
戻ってきました。磯部と話してきたそうです。磯部、ここにいるのか。

磯部アサイチ。
ビラや新聞にもよく名前の出てくる男です。現在は無職のはず。仲間同士かばい合う皇道派の中にいて軍籍を剥奪されるほど凶暴って、どんなやねん。
一体どんな話を?
口が達者で言い負かされてきたけど、でも言うべきことは言ってやったと。
いやお前が何を言ったかはいいから、磯部が何て言ったかを教えてくれよ。
覚えてないってか。
ダメだこりゃ。

そこから西へ抜けます。
ドイツ大使館の窓に人影が見えます。
シュトラウスはドイツ人で、東京在住なんだよな。あれだけの諜報力持ってんだから、大使館へも出入りしてるんだろうな。案外、身元割りやすいかもな。

その道沿いに、蔵相官邸。
是清さんはここに泊まることも多かったです。今は蹶起部隊に占拠されており、歩哨がいました。
遠藤、懲りずにまた説得行ってくるって。ハイハイ。
今度は、野中って将校と話してきたそうです。こっちは、よく話を聞いてくれて、来たことを感謝してくれたそうです。いやだから、お前の情熱はいいから。
相手のことを探ってこなくちゃダメだっつってんのに。学習できねえ奴だなあ。

その先のクランクを抜ける手前に、幸楽という、デカい料亭があるんですが、山王ホテルと並んでここも蹶起部隊の根城となっているようです。
中で酒宴が盛り上がってます。一般客ではないですね。あるわけがない。
遠藤が、ブルブルと、肩を震わせています。

「維新を目指して、今も、兵が、この寒い中、宿営して、ひもじい思いに耐えているのに、上官たちは国士気取りで浮かれ騒いでやがる。こいつらの正体見たり!私は間違っていた。こんなやつらは討伐されて然るべきだ!」

やっと気付いたか。おめでとう。
ちなみに、蹶起部隊だけじゃないからな。陸軍全体、こんなだからな。華北来てみろ。君が関東軍にいた頃より、はるかにひどいことになってるから。

「俺、もう一度、戒厳司令部へ行ってくる。昼間、石原大佐に言ってきたことを、取り消してくる!」

んー。必要ないと思うし、更に迷惑なだけだと思うよ。でも行くの?いいけど。知らんけど。じゃあ、僕はここで。
こいつとこれ以上いても、得るもの何もないし。
サノハウスへ帰ります。
今日は、疲れました。明日は、休もうかな。



[43732] File_1936-02-010E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2023/02/07 22:32
File_1936-02-010E_hmos.

コダマさんが、地図をにらんで、呆れています。
「軍隊って、戦争をするための機関じゃなかったっけ」
戦争の定義にもよりますが、基本はそうだと思います。けど?
「こいつら、何なんだ。戦争のイロハもわかっちゃいない」
はあ。順序立ててお願いします。

「蹶起から二日経ったけど。
初日0500一斉に大臣たちを暗殺。何件か失敗。警視庁と陸軍省を占拠。新聞社を何軒か引っかき回して退散。そして永田町の一角を封鎖して、立てこもる。おしまい。……どうよ?」

んー。たしかに、このあと何をしたいんだろう?と思います。

「石原閣下の方がはるかに軍人だよ。すでに、鎮圧部隊が周辺を包囲してる。戦力比は10倍以上。そもそも蹶起部隊、持ち出した武器弾薬の数量まで把握されちゃってるし。一番呆れたのは、全兵士が乾パン一食分しか携行してなかったこと。長期戦どころか、半日戦うだけの準備しかしてなかったというオチ。ただの騒乱罪レベル」

身も蓋もないですが、考えられるとしたら、何でしょう?

「自分たちが国賊だと決めつけた者を排除する。そのあとは、天皇陛下が正しい国づくりを勝手にやって下さる。我々はカゴの鳥をお救いするだけ。それで万事がうまくいく。童貞の妄想だね。ああ恥ずかしい恥ずかしい」

赤穂浪士のつもりだったんですかね。仇討ちしたら、その後はお家断絶でも構わない。いさぎよく死のうと。

「それは戦争屋の発想じゃないだろ。いやしくも軍人なら戦術の専門家であるとこくらい見せろよ。おもちゃの遊び方も知らないガキじゃねえか。陸士陸大で何を教えてるんだ日本は。遠藤みたいなのが教官やってるくらいだから無理か。バカがバカしか育てられないってか。なさけねえ」

あの、ここは一軒家ですけど、さすがに、もう少し声を抑えていただけますか。

「やんなっちゃった。日本はもう終わってる」

論点がそこであれば。たしかに、クーデターにしろ革命にしろ、もう少しやりようはなかったものかと思います。戦術としてあまりにも杜撰、というのは弁護の余地もありませんが。

「すぐ目の前なのに、なぜ奴ら、皇居へ入っていかないのかって思うわけよ。行って直接、陛下に会えよ」

それは、いくらなんでも、畏れおおいでしょう。

「王手じゃん。チェックメイトじゃん。堂々と、陛下をお救いに参りましたって言えよ。言ってその場でひっぱたかれて幕を閉じろよ。赤穂浪士だったら吉良を殺す手前で足踏みしてるみたいなもんだよ。とっとと殺して、すぐ投降しろよ。周辺住民がいつまでも眠れねえよ」

……確かに、それは大事かも。このまま鎮圧されて終わったとしても、誰一人スッキリしませんね。

「王手直前まできて王手をかけず、王将様は畏れおおいのでってウロウロ周辺ばかりを攻める奴が勝てると思う?いや、そもそもそんな態度で将棋盤の前に座るなって言いたいわけ。これならわかってもらえる?」

わかりました。今、ようやくわかりました。それは、将棋を舐めてます。そんな相手との対局は、御免です。

「半日でケリをつける気で、まっすぐ皇居へ向かって、ストレートにその想いを伝えて、玉砕。これなら、見てる方だって、気持ちいいよ。よかないけど。まあ、認めるよ」

そう考えると、哀しいくらい中途半端ですね。いったいどうして、こうなってしまったのでしょうか。

「戦争のプロであるべき者が、戦争のやりかたをわかってない。戦争ができてない。ここから逆算すると、裁判ごっこや政治ごっこも同じ病根かも知れないって思う。この国は、何ひとつ、まともな教育をしてきてないんじゃないかね。いっぺん将棋から教えた方がいいかね。先輩だろうが後輩だろうが、プロだろうがアマチュアだろうが、過去の権威は関係ない。常に公平で、真剣勝負。その盤上でミスした方が負ける。誤魔化しはきかない。そんな原則からちゃんと躾けないとダメだろ」

ええと、またよくわからなくなってきましたけど。

「私も、考えがまとまらなくなってきた。もう疲れたから寝る。おやすみ」

はい。おつかれさまでした。ゆっくり休んでください。
電気、消しますね。



[43732] File_1936-02-011D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/25 00:03
File_1936-02-011D_hmos.

2596年2月28日。金曜日。
三日目の朝。永田町は弛緩してました。
すでに蹶起部隊の兵は散り散りになっており、封鎖も、してたり、してなかったり。
グダグダです。
一部の兵は西へ向かって、原隊ヘ帰り始めてます。中隊長次第のようです。

ムカつきます。こんなの、軍隊じゃない。
ほんの東へ1キロ先の、日比谷公園へ偵察に行ってみなよ。
君たちをいつでも皆殺しにできる野砲陣地が、すっかり準備を整えているから。
北なら、飯田町駅付近がお薦めだよ。戦車と装甲車がズラッと並んでるよ。
私は見に行ってないけど、東京湾には戦艦や軽巡が何艦も投錨していて、砲をこっちへ向けてるらしいよ。
陸戦隊も上がってるって。南の町民が噂していたよ。

戦争ってのはね、こうやるもんだ。
最後まで気を抜いちゃいけないし、駒が勝手に動くなんてもってのほか。
嘆かわしい。大いに嘆かわしい。
石原莞爾も、さぞや、ふがいない思いでしょうな。わが国軍に。
わかりますよ、お父さん。
はじめから、勝負にすら、なっていなかったという。
そんな周辺散策を終え、虚しさに包まれて戻ってきました。

まだ公表はされてませんけど、是清さん、亡くなられてました。
家の前で、黙禱を捧げてきました。
即死だったそうです。
財界への影響を考慮して、負傷と発表してたらしい。それは正しい報道のさせ方だ。
マスコミもね、勝手気ままに放置してちゃダメなんです。ちゃんと手綱を握ってね。
どうせウソしか書けない連中。なら、世の中のためになるウソを書かせましょうや。

さて、大局は決した。
あとは政治的結着を待つのみ。
鎮圧部隊との戦闘は起こらないと思いますよ。跳ねっ返りが暴れ出したところで、戦車まで向かわせる必要はない。一個中隊でもお釣りが来ます。
珍騒団事件は、私の中では終了。
だるい。

今度の教訓を活かすとしたら、陸軍に、ほんと、基本からの再教育を施したい。
こんなやつらでも、中国では、向かうところ敵無しかもしれない。
南京国民政府軍のデタラメぶりもひどいもんですが、それに勝ててるからって自慢にもなりゃしない。
町内のガキ大将が、俺オリンピックで金メダルとれるぜーってのぼせ上がってるみたいなもの。
言ってるだけならいいけど、ホンモノを挑発して表舞台に出てこようもんなら、国辱きわまる大醜態。
即、銃殺刑に処すべき。

ほんと、そんなレベル。



[43732] File_1936-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/26 00:03
File_1936-03-001D_hmos.

麹町憲兵分隊へやって来ました。
小坂さんて曹長さんに、お目にかかりたいのですが。
四度目の、対面です。
そろそろ満洲へ戻りますので、ご挨拶に。
これ、つまらないものですが。湯河原のお土産です。

憲兵本部内にも新聞記者詰所があります。小坂さんは首相救出で大手柄を立てたので、話を聞きたいとトイレにまで記者が貼りついてくるんだそうです。
これのせいで小坂さん相当ストレスためていて。
可能なら外でお食事でも、と許可もらって連れ出しました。
記者を撒いて、某所某料理店へ。
経費落ちないと気にしてらしたので。大丈夫です私のオゴリでいいですよ、もし、情報提供者への謝礼という名目で申請して経費で落ちたら、懐に入れちゃって家族サービスでもしてください。って言いました。

こういう恩の売り方しておくと、相手の口はいくらでも軽くなります。
元を取るどころか、私から謝礼をお出ししたいくらい、面白い話が聞けました。

憲兵さんて、怖いイメージ持ってたんですが、びっくりするくらい、陸軍の中ではヒエラルキーの最下層なんですってね。
憲兵隊へ転出といえば、何やらかしたんだっていう位、まともな奴がいないとか。
出世コースからも冥王星なみの遠さ。
首相救出したのに、金一封どころか、官報に名前が載ればいい方かもなんて。
マジすか。

こんな話も。
満洲事変の最中、内地では、関東軍とつるんでる裏切り者への摘発が進められたんですね。
名前は教えてくれませんでしたが、それ以前から素行不良で有名だった某少佐を逮捕する段階になり、小坂さんが部下を連れて、逗留先の旅館へ向かったそうです。
芸者あげてベロンベロンに酔っ払ってる少佐の前で、深々と頭を下げ、閣下どうかお車に乗って下さいませと。
さんざイヤミを浴びせられながら説得し、憲兵司令部へお連れして、そこでも憲兵がお酌して接待。
取り調べもせず、書類上は拘留ということにして、伊豆長岡の温泉へ連れていき、一週間ほど遊ばせる。
見張りの憲兵は、最低限の食事しか与えられずに、その豪遊っぷりを連日見せつけられ続け。
東京へ戻ってくると少佐、記者たちの前で堂々と、処分への不満を述べたて、後ろの、ヨレヨレの憲兵を罵倒してみせたそうです。
ナメられすぎですね。

永田さんが殺された直後、現場へ急行したのも小坂さん達。
相澤を見つけ、連行したそうです。
アジビラや新聞記事で読む限りは、相澤って弁の立つ、クールな熱血漢という印象ですが、小坂さんに言わせると、正真正銘ただの狂人。
血まみれでフラフラ歩いてた。
医者へ行きましょうと近寄っても、かまうな俺はこれから台湾へ出征なのだと強情を張る。
それ以前に陸軍省の連中、こいつを自由に逃がすつもりだったのか。
なんとか車に乗せ、憲兵司令部まで来ると、また暴れだす。
憲兵風情には一言も喋ることはないと怒鳴り散らす。

それでも小坂さんが職務上取り調べを進めると、俺は殺してなどいない、伊勢神宮の神示によって天誅が下ったのだと言い始めてきかない。
サイコパスですね。それは疑いようもないサイコパスだ。
こんな奴のワンマンショーを、10回も開催してたわけか陸軍。
国民の血税で。
それでいて、小坂さんには金一封すら、よこさないってか。

小坂さんは、まだまだ、言い足りないみたいでしたが、私も、もっともっとお聞きしたいところでしたが、また日本へ来たときは寄りますよと一旦今日はお開きとしました。
根深いなあ。日本の精神疾患。根深すぎる。
国全体が、サイコパス。もはや、すでに。
つける薬は、ありやなしや。



[43732] File_1936-03-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/27 00:02
File_1936-03-002D_hmos.

新京へ、帰ってきました。コダマです。
ひと冬ほったらかしにしてたんで、やること一杯あってゲンナリ。
到一さんの部屋もえらいことになってましたが、いいかげん自分で掃除することくらい覚えてください。
情婦囲ってもいいですから。私はあなたの奥さんじゃないので。
私だって働いてるし、考えなくちゃいけないことも、山ほどあるんですからね。

日本では、岡田首相が正式に退陣して、廣田弘毅内閣が誕生したって。
えっ廣田さんですか。
大丈夫かな。外相に専念してもらってた方がよくありませんか、まだ。
っていうか、首相・外相・逓相を兼任ですってよ。
うわあ、日本はますますオワタ。
今の私に、会社経営と休暇中の残務整理と情報収集と分析と到一さんの世話と自分の世話をいっぺんに全部やらせるみたいなもんでしょ。やってますけど。
なんで廣田さんに今、やらせるか。全部中途半端になるぞコリャ。

2・26がらみで驚いたのは、あの日の朝、満洲では、蹶起将校の親族および交友関係で何らかのつながりがある在留邦人が一斉捜索され、しばらく拘留されてたってことです。
その数、ざっと500人。
内地でも、クーデターが地方へも飛び火してないかどうかって連絡が飛びまくり、どれが正しい情報なのやらって、一日目は、かなりの混乱が起きてたようなんですけどね。
満洲での一斉検挙は、規模の大きさに加え、手際がよすぎて背筋に冷汗。
で、調べてみたら。これまた、不穏なつながりが、浮かび上がりました。

東條英機。
ついに、登場です。
ネタバレになりますが、私の知ってた世界では、彼はA級戦犯として死刑になります。
真珠湾奇襲は彼の手によって惹き起こされ、太平洋戦争が始まる。日本を泥沼の戦禍に叩きこみ、ヒトラーほどではないですけども、平和を破壊した最大級の元凶として、認知されている。そんな存在でした。
ただ、ですね。私にはまだ、腑に落ちないんですよ。

今、私が生きている、現在進行形の、未来がどうなるかわからない、この世界についての話をします。
東條英機は、目立って悪いことはしていません。少なくとも、まだ。
極論を言うなら、私が今、東條英機をこっそり暗殺すれば、日本の悲劇は回避できるのか?
答えは明白に、否です。
私は彼だけがいなくなった世界がこれからどう転がっていくのか予想がつかない。もっと悪い未来に進む可能性だってあります。転生者という最大のチート能力のメリットを失うことにもなります。
それは、もったいない。
東條英機が正真正銘の悪人で、彼をここで排除すべきだと確信がつくまでは、私は彼を、監視するのみにとどめます。

しかし。ついに、その徴候がひとつ、現れた。
東條英機は、現在、関東憲兵隊司令官です。
今回の一斉検挙は、関東憲兵隊によって行われています。確認しました。関東軍特務、満洲国警察、新京市刑事警察などは動いてません。あくまで関東憲兵隊のみに命令が発せられてます。
となると、東條の指示によるもの、と考えるのが妥当です。
ブレーンが背後にいるとしても、命令権を持つのは司令官ですからね。

日本で、小坂さんという実直かつ純朴な憲兵さんを知った驚き。麹町で見てきた場末感満ちあふれる憲兵隊本部だって、私の常識には存在しませんでした。
満洲国での憲兵は、普通に、恐怖の対象です。
非・愛国主義者を徹底的に取り締まる思想警察。憲兵ってそういうものだとしか思いこんでこなかった。
だから、内地で、ほんと驚いたんですよ。私の知っている未来と、つながらない。謎でした。

とはいえ、内地の憲兵も、徐々に、悪の組織へと変わるのでしょう。
小坂さんも、数年後には、感情を失った改造人間にされてしまうのかしら?
次回もこれについて考えます。



[43732] File_1936-03-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2023/02/07 22:36
File_1936-03-003D_hmos.

昔むかし、満洲国ができたばかりの頃のお話です。

日本軍に追い払われて、散り散りになった中国の兵隊は、満洲各地で、匪賊と呼ばれる野盗の集団と化しました。
この、神出鬼没の匪賊を退治するために、日本軍はいつまでも警戒を解くことができませんが、個々の戦闘力では上だとしても、なにせ頭数が足りません。
そこで。
本来は軍隊内の風紀取り締まりに専念するべき憲兵隊までも、治安維持を命じられて、歩兵と同じように匪賊討伐へと駆り出されます。
重火器の取り扱いに慣れてないので、担当地域は郊外よりも市内を任されます。
すなわち。
一般住民に紛れた匪賊をあぶり出すのが憲兵隊。思想戦に特化し、市民から恐れられる存在として、印象づけられる。
これが、満洲で始まった新しい、適応変異です。

満洲国には法規上、関東軍特務機関・関東憲兵隊・満洲国特務機関・満洲国憲兵隊・満洲国国家警察・市警察・刑事警察・日本領事官警察・鉄道警察と9つの警察組織が存在しますが、まったく連携をとっておらず、むしろショバの奪い合い。
住民は最悪全部にそれぞれ賄賂を差し出し見逃してもらって、何とか生計を立ててます。
一等皇民=純日本人と二等以下の市民とは、こんな形でもどんどん、どんどん、格差が拡がっていくわけです。

9つの組織のうち、力の強さワンツーで言ったら関東軍特務と関東憲兵隊ですが、当然、上位二大勢力は事あるごとに競い合います。住民には迷惑この上ありません。

当時、ハルビン市民からとてもとても怖れられていた、宮崎中佐という憲兵隊長がいました。
お前ら景気がよさそうだな、さぞや悪いことやってんだろう。と目をつけられたら、いくらでも罪状が作られるので、誰も彼もがペコペコ御機嫌をとります。
また、彼のお友達が経営する娼館には、いつも飛びきりの別嬪さんが揃っていると、評判でした。
そこの店主たちから、また欠員が出ちゃったよーと声がかかると、宮崎中佐がすぐにピチピチの素人娘をどこからともなく用意してくれるのです。
部下や上司にも格安料金で楽しませるので、宮崎中佐はお身内から大変尊敬されていました。
今日は、この宮崎中佐が職を失うまでを語りますが、残念ながら決して後味のよい終り方ではありません。
よい子は早く寝てください。

私の友人、ヴェスパ君から聞いた話です。
ヴェスパ君はハルビン在住のイタリア人ですが、奥さんと子供を人質にとられてて、関東軍特務の手先をやってます。
ヤバい仕事を山ほど押しつけられて、同朋を何人も殺してきました。そんな彼からは超一級の体験談が聞けます。
今回、2・26の体験談と交換で、教えてもらってきました。釣り合ってるのかどうか、わかりませんけどね。

大同元年4月。関東軍特務は当時まだソ連の権益だった中東鉄路の爆破工作を思いつきます。
犯人役として、ソ連に怨みを持つ白系ロシア人の仕業にするのがよい。
そこで、適当な白露人に爆破をさせてから、その場で殺すよう、ヴェスパ君に命じます。
ヴェスパ君は、段取りをつけました。

ところがその白露人が爆弾持って逃亡し、一番憎むべき対象である、満鉄列車を転覆させたんですね。400人超の死傷者が出ました。横道河子鉄橋爆破事件です。満洲に住んでた方なら、ああアレかって思い出されるでしょう。アレです。

ヴェスパ君と、その上司は土肥原特務機関長に怒鳴りつけられ、現場へ駆けつけます。
同じく宮崎中佐と200名の憲兵隊も乗り込んできました。
特務と憲兵のガチバトル勃発。
多勢に無勢。ヴェスパ君、逮捕監禁されます。
上司は、逃げました。

現場付近は、ロシア人の村だったのですが、宮崎は現地住民を取り調べと称して脅しまくり、奪えるものは奪いまくって、証拠隠滅のために放火と虐殺を始めました。
人口200ほどの無防備な村でしたから、これが一番手っ取り早いと考えたのでしょう。決断の速い男です。

その様子を聞きつけたハルビンの匪賊・張作舟なる有名人が、手勢を集めて夜中、村を包囲。
宮崎隊を殲滅しました。
ヴェスパ君は、張氏の一味から、朝が来るまで何があってもじっとしてなさい、と言われてました。
銃撃音と悲鳴を聞きながら、夜が明けて。
九死に一生を得たフリして、ハルビンへ電話をかけて、救助を求めます。
戦争ってのは、こうやるもんだ。これも一つの、お手本ですね。

張作舟は、宮崎だけは殺さず、捕虜にしました。
日本軍へ身代金を要求するためです。
抜け目ありませんね。山ほどの悪事をバラされると困る日本側は、すぐさま交渉に応じ、宮崎は回収されました。
その交渉役を務めたのも、ヴェスパ君。宮崎の目の前で、張氏の一味と渡り合う、名演技。
宮崎を殺したい人もいっぱいいるでしょうが、それは金ヅルをむざむざ放棄する悪手です。
これもまた、戦術のお手本といえるでしょう。

宮崎は帰ってからほどなく、免官されました。
生きてたら、今もどこかで悪いことしまくってると思いますけど、私もその後は知りません。
ハルビン市民はホッとしてますが、もっと小粒の悪党はまだまだ、日本軍には掃いて捨てるほどいます。
残念なことですが、めでたしめでたしでは終わってないのです。

満洲における日本憲兵の、内地とはちょっと違う進化過程の一例をお見せしました。今その司令官に就いているのが、東條英機です。
まだ、殺しませんよ。
殺したいのは、やまやまですが。



[43732] File_1936-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/29 00:02
File_1936-04-001D_hmos.

東郷さん、戻ってくるってよ。

「うん。噂は聞いてたけど、どうやらホントっぽいね」

小林くん。どうするよ。このコレクション。
生首のホルマリン漬けとか、重度阿片中毒者の内分泌器系標本とかは、研究材料で~って言い訳もできるかもだし、東郷さんも嫌いじゃないかなって思うけれどもさ。
鉄道関係は、きっと怒られちゃうよね。

「これ全部、貸倉庫に預けておくとしたら、どのくらい?」

算盤をはじきます。
成約。
毎度おおきに。

東郷は、内地で2年間、いろいろ根回ししてたみたいですね。
世界では少数民族のひとつに属する、わが大日本帝国が、その何倍何十倍何百倍もの人口と、兵力と、資源や技術開発、もちろん文化においてをや凌駕する、中国・ソ連・英・米などと戦い抜いていくためには、何が必要か。
良識持てば?
と答えたいところですが、人類史上最狂のマッド・メディシンマンを自認する東郷に、そんな発想は元からありますまい。

一兵たりと無駄にできない。
貴重な人的資源を徹底的にリカバーし、リサイクルして直しながら使う。
そのための疫病予防と医療体制。
敵に対しては、毒ガスなどの化学戦、病原体頒布などによる効率よい殺傷と、脅威排除後のすみやかなる無害化。
そういった発想が、今まで陸軍にはありませんでした。
まあ、無いわな。
外国でも決して常識じゃないと思うぞ。少なくとも、大っぴらには。

それを東郷は、上層部に認めさせて、この度、関東軍防疫部の正式発足という成果をひっさげて、仕切り直しに、戻ってきます。
陸軍省のみならず、皇室まで抱きこんでの根回しだったみたいですよ。
2・26を起こした士官たちに、今からでも爪の垢を呑ませたい。

東郷って、すごいと思います。
夢を叶えるために必要な努力を、はっきりと理解して、まっすぐに実行している。
尊敬に値する。あらためて、手強い相手だと思う。
私には、ここまでできない。正直に認めます。

尊敬に値するといえば、話はかわりますが、もう一人。
山本春彦さん。本名、浅原健三さん。通称ハルさん。
昨日も新京で会いましたが、とにかく行動力がパネえ。毎日、至るところへ出没して、いろんな人に会い、話をして、勇気を振りまいて、帰っていく。
相手の口を軽くして情報を入手する技術も、相当なレベルです。私なんてアマチュア。思い知る。

彼は偽名こそ使うけれども、自分のことを隠さないし、堂々と石原莞爾の側近ですとも告げる。
全部オープンにすることで、相手を味方に変えていく。
ステルス特性で動く私とは、陰と陽です。かなわない。永遠にかなわないと思う。思い知る。
そのハルさんから聞いた、トンデモネタをいくつか。

片倉タダシ。まだ死んでません。
弾が頭蓋骨にめりこんでて、一命をとりとめたそうです。撃ったのは磯部アサイチ。
なんと、パク=磯部でした。
びっくり。
その直前、蹶起兵たちが一斉に敬礼してた人物は、おそらく眞崎ジンザブロー。あれが眞崎だったのか。
ハルさん、眞崎とも話をしたことあるそうです。
曰く、ええかっこしい。
相手に花を持たせるって言うんでしょうか。サービス精神は旺盛。
でも誰にでもそうだから、全員が、俺のことわかってくれたと思いこむ。眞崎も、その場限りで安心する。
危険人物メーカーじゃないですか。
荒木共々、内閣からは相手にされてないそうです。まして皇室からは、なおさら。

2・26は、これまで皇道派に同情的だった市民層をも一気に陸軍嫌いへと変え、とくに襲撃を受けたアサヒ新聞社が旗頭となって論陣を張っている模様。
陸軍内でも一掃されちゃうんじゃないかな、とのハルさん予想です。
全員満洲移駐とかは、勘弁してもらいたいですが。切実に。



[43732] File_1936-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/11/30 00:02
File_1936-05-001D_hmos.

ゲオポリティク5月号。
シュトラウスことR.S氏による、2・26レポート。
増ページです。手に汗を握りながら、めくります。
英訳出るの待てないから、独日と独英の辞典をめいっぱい駆使しながら、なんとか読んでます。多少の誤訳は目をつぶれ。

日本はもとより東洋全般の文化や歴史に明るくないドイツ人へ向けての文章なので、前段にどうしても概略的な説明がみっちり必要になる上、これ以上は細かすぎるなと思われる部分はバッサリ省略されてて、舌足らずなのは、もどかしい。
日本では陸軍と海軍が仲悪くて、それが太平洋戦争敗因のひとつだってよく言われてましたが、ドイツでも海軍はちょっと浮いてる存在みたいですね。へー。おっと脱線脱線。

「1932年の5・15は海軍の若手将校が主導したものなので、決して海軍も穏和なわけではないが、今回に限っては完全に陸軍の中だけで画策された計画のようである」

そうですね。陸軍の中の、更にちっぽけな一部の過激派が、連携も考えず先走った事件でした。
初日の朝。シュトラウスは蹶起兵の検問所前まで来ますが、ドイツ大使館員という外交官身分証明書では通過させてもらえなかったそうです。シュトラウスは外交官か!
その後、なんとかして大使館へ入ったようですが、詳細は書かれてません。

「この叛乱が全国へ自動的に拡大していくだろうという過大な楽天主義を持つ首謀者将校たちは、一時の成功で満足し、それ以降はただ、待ち続けた」

ほんとだよね。3手目2二角成でもう勝った気になってるレベルの、ド素人たちでした。

「市民には、後難を怖れて激励や差し入れを贈る者が後を絶たず。翌日の新聞でも、蹶起兵は、行動的な青年将校という好意的な名称で呼ばれていた」

私は、お金、とりましたけどね。
侵略軍を市民が歓迎するのは、中国でも極々あたりまえの光景です。機嫌を損ねて得することありますか。
叛乱軍を叛乱軍と呼ばなかったのは、後日、計略だったとわかります。すでに鎮圧部隊へは出動命令が出されてました。

「2日目の夕方になると、外地からの軍隊集結がはっきりと形を表してきたが、叛乱軍の一味か、鎮圧のためなのか、市民にはわからない。大使館でも、これが鎮圧部隊だと確信を持てたのは、2日目の深夜だった」

リアルに同じ時を過ごした者として、ゾクゾクしますね。

「私たちは休みもせず、街を歩き回っていた。腕章の無い兵士が叛乱部隊なのだと見分けがついた」

私が鎮圧部隊を見て回ったのは3日目以降ですけど、シュトラウスたちは初日から巡視もしてたんだ。主語が複数形だから、チームで動いてますね。ドイツ人……いたかなあ。人はいっぱい歩いてたからな。明確には記憶してないですね。

「2月28日、08時。蹶起部隊は、叛乱者と呼ばれた。武器を引き渡し、兵営へ復帰せよ。従わねば攻撃を開始するとの最後通牒が出された。叛乱者は降伏を拒絶した」
「28日夜には戦車と歩兵が前進を始めた。ドイツ大使館は戦闘発生時最も危険な地点にあるため日本政府より避難を勧告されたが、重砲にも耐えられる地下室があるため我々は全員窓から様子を見守り続けた」

さすがドイツ。最前列の砂かぶり席で見物ですか。楽しそうだなあ。うわあめっちゃ楽しそうですやん。混ざりたかった。

「29日、08時。爆撃機が飛来し、空から紙片を撒いた。
兵に告ぐ。
1.今からでも遅くない。兵営へ帰れ。
2.抵抗すれば、射殺する。
3.君たちの家族を泣かせるな。
ここで初めて、下級兵士は、自分たちが誤った命令で国家に反逆していたことを知る。かれらは道義的に崩壊し、続々と投降した」

ややドラマチックに脚色しているのは、ご愛敬。シュトラウスも、興が乗ってきたと思われます。書いてて楽しそうですもの。わかるわかるよ。実体験者の特権だよねえ。

「主犯者将校約20名は、2名の自殺者を除き、武装解除された。年齢は23~34歳。最高階級は大尉だった。かれらの命令に従った兵のほとんどは、1月に入営したばかりの新兵だった」

結論の章に、重要な指摘があります。

「これから軍事裁判が開始される。この過程はヨーロッパでは正しい手続きだが、日本では敗北が確定した時点で自殺する方が好ましいとされるため、主犯者たちは投降することによって、ますます民衆の支持を失った」

そうなのです。太平洋戦争終結までの日本イズムにはこのルールが根強く、ほんとに根強く、あるのです。
自決による結着。
これはね、すべての、ありとあらゆる考察と反省を、放り投げる思想です。
何も引き継がず、次の素人が、また同じことを繰り返す。
そんな無限サイクルを生み出す、愚かな仕掛け。
ちゃんと指摘されてるんですよ。早く改めさせましょう。
ほんと、一刻も早く。



[43732] File_1936-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/01 00:02
File_1936-06-001D_hmos.

コダマです。康徳3年の夏。満洲は悪天候続きです。
4年前の北満大洪水には及びませんが、それでも京濱線で橋梁が流されたりして。あじあ、運休。
ベルリンへ向かう日本のオリンピック選手団が足止めを食らったりなどのトラブルで、連日賑わってますコンチクショウ。
満洲国からの五輪参加は今のところ、ありません。国としての参加資格、満たしてないもの。

建国五年目。
最初の頃は、諸外国へ国交開設希望書などを送りまくったりしてたんですが、年々日本の植民地感が強まっていくにつれ、中の人たちも、
「そのうちでいいんじゃね?」
て気になっているのか。
最近は、独り立ちへ向けての努力すら、してなさげ。
ああそうか、鄭孝胥初代総理はそれ言っちゃって馘にされたんだった。無職になっても、関東軍の監視下で軟禁生活してるという噂です。
そんな話ばっかりで、超ウンザリ。

華北では5月から、またぞろ怪しい動きが始まってます。
緩衝地帯内での、冀東・冀察2つの独立政府はあいかわらず猫パンチを繰り出し合っておりますが、すでに日本の野望はその先の、天津・北平攻略へと狙いを定めています。
支那駐屯軍は2561年、天津を拠点に創設されましたが、その議定書は清王朝との間で交わされたものを今も引き継いでいます。ここでは兵力の上限が規定されているんですね。具体的には10個中隊、2000人まで。
関東軍からも応援を回してもらってるとはいえ、こんな規模で河北省を丸ごと脅かし続けていたというのは驚きです。
それでも、国民政府の現地守備隊である第29軍の戦力では抵抗できない。
これもまた、恐るべき現実です。

廣田内閣によって、ということになっちゃいますが、現地からの度重なる増援要求に応えて、増兵が閣議決定されたのが、4月17日。
一ヶ月後、冀東政府の支配地域を経由して3000名の陸軍兵が天津と北平へ送りこまれました。二杯目三杯目のおかわりも、準備中のようです。
国民政府は条約違反を批難してますが、廣田首相も、4月から外相に就いた有田という大臣も、治安維持のためやむを得ず、と答えるばかり。
四億歩譲って治安維持が必要なら、国民政府や現地警察に任せその管轄下へ入るべきですし、日本軍が出しゃばるにしても先に相手側の了承をとるべきでしょう。そんな道理も知らないのですか。
なんて言っても始まらない。
無法者に理を説くのは無意味ですし、そんなことしてる間に押し倒され、なぶり殺されるだけの話です。
さて、どうしたものか。

南京政府としての動きなのですが。
二年近く前になりますね。江西省瑞金の共産党本部を壊滅させ、毛澤東もついにお陀仏かと思われてたんですが、どうやら生き延びてました。いつのまにやら、陝西省の延安という、砂漠の奥の奥のさいはての秘境の彼方らしいんですが、古城にこもって、そこが現在、中国共産党の一大拠点となっているそうです。
蒋介石の戦闘団は、目下そちらへ全兵力を集中させているという。

私は思う。
中国は、統一しなくてもいいんじゃないか。
無理に統一すべきじゃ、ないんじゃないか。
だって南京からは北京てほんとに、目が届かないですもん。北米大陸やロシアの国土に憧れを抱くのもわかるんですが、中国が今から同じようにはなれない。むしろ中央集権化すればするほど、地方の力が弱体化して、日本みたいな国に、端からどんどん奪われちゃう。せめて、素早い意思決定と、地元の踏ん張りを引き出すには、政府は各地に置くべきで、状況に応じて兵力などを融通しあう。こうしないと、難局は乗り切れないんじゃないですかね。どうでしょう。

もっと、こじらせてからでないと、気づいてはもらえないかしら。
人類は、まだそこまで、お互いを信じ合えるようにはなっていないのかしら。



[43732] File_1936-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/02 00:02
File_1936-07-001D_hmos.

相澤三郎、殺人罪により死刑。
磯部浅一・村中孝次・香田清貞・安藤輝三・栗原安秀、叛乱の首魁として死刑。
7月12日までに第一次判決が言い渡され、数日後には十何名かが処刑執行されたそうです。

今度の裁判は完全に非公開で、軍隊内ですべてが完結。
新聞で意味のある情報は、この結果のみ。
あとは便乗系有識者が感想文書いて紙数を埋め日銭を稼いでるだけです。

多分に、粛清というか、見せしめの色が濃い。
相澤裁判なんかより2・26の方がよっぽど世間にも後世にも正しく調べて伝え遺すべき教訓になると思うのだけど。
死刑になった志士たちは、ちゃんと自分たちの愚かさに納得してから、それだけの罪をしでかしたことを反省した上で、国家に殺されたのかしら?
迷わせると成仏できないよ?七代先まで祟られちゃうよ?
ちゃんとやったのかな裁いた側の皆さん。
だったらきちんと公開しようよ。
それをしないと、まだまだ同じ事する奴が現れるよ。

やさぐれコダマは、悶々しちゃってます。
呆れるのにも飽きました。呆き飽きです。
サノおよび、ハルさんが石原閣下その他から聞いている話などをまとめるとですね。
山口さん。ええ、あの山口一太郎大尉も、叛乱幇助の罪ということで、拘禁され、審理中なのだそうです。
前から色々やらかしてた前科もあった方のようで。うわあめっさ気になる。
さすがに幇助で銃殺刑はないと思うので、出所したら祝賀会やりましょう。
いろんなお話、うかがいたい。

実際のところ、内地では、皇道派と呼ばれていた尊皇革新主義勢力は、完全にその牙をもがれてしまったようです。
荒木・眞崎・小畑・山岡・秦といった頭目クラスは予備役へ、もしくは大幅に権限を剥奪されて降格。
あまり目立ってなかった者たちは一斉に転向宣言。組織の一員として今後は決して上には逆らいません、統帥と秩序を何よりも重んじますという。そんな同調圧力が陸軍内を支配している雰囲気です。
それもどうなんだかって思います。
根本的解決にはなってないでしょ。

これは仙台時代の石原からの受け売りですが、派閥人事ってのが、そもそもよろしくない。
与党のワッペンつけてれば仕事もらえるよっていうんなら誰でもその場でワッペンだけ付け替えます。そんな制度を野放しにしてたら、ノンポリの日和見主義者を増やすだけです。
要は、バカしか生まれない。
転向するなら、ちゃんとしろ。肚を割って議論して、自分の言葉で宣言できるようになった上で主義を枉げろ。
ハルさん。山本春彦さんが、極左政治家から、石原の同志へと転向したのにも、そんなドラマがあったそうです。

敵を味方に変えるには、心の底から変えるには、それだけのガチバトルが、魂の殴り合いが、必要みたい。
男の子の世界ですね。いいですね。
自分のことはおいといて、純粋に、あこがれます。
だから、臭いモノに蓋をする的な、ゴミだけ片付けときました的な、今度の粛清人事を見て、ただひたすら気持ち悪くなります。

皇道派を一掃?陸軍首脳の大英断?冗談でしょ。
あとに残るは、表情を持たない、案山子ばかり。
破滅へのピースが、また一つ、揃っちゃったな。

このバケモノの急所がどこなのかわかれば、一撃でトドメをさしたいんですけどね。
まだ、わかりません。どこだろう。



[43732] File_1936-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/03 00:03
File_1936-08-001D_hmos.

7月29日。山口一太郎氏に、無期禁錮刑の判決。
ほんとに?
控訴、不可。暗黒裁判法廷から、そのまま刑務所へUターン。
ここが終の住処となりぬ。
面会と差し入れは、条件つきで許されます。

以下、サノからの情報。
山口一太郎氏。すでに免官されているので、階級はありません。
その奥さんて、本庄繁氏の娘なんですって。
本庄さんといえば、満洲事変の勃発半月前、関東軍の司令官になった人。
石原たちが目の前で暴れまくってるのを、責任者なんだからと、内地からの通電にペコペコ対応し続けてくれてた、陰の功労者です。
満洲事変が終わり、内地へ戻ってからは、チヤホヤされまくり。
当時やたらとマスコミのインタビューに応じてたのは知ってましたが。その後、人当たりの善さを買われて、天皇陛下の侍従武官長、という地位に上り詰めたそうです。
びっくり。超びっくり。
息子さんの一人が満鉄に勤めてるのは知ってましたけど、山口さんが娘婿というのも、不思議な感覚です。
そんな、義理とはいえ侍従武官長の息子を、終身刑に処する陸軍も、容赦ないですね。

いや、いいことだとは思います。聖域無き断行、自体は。
だからこそ、判決理由も、予審本審公判の一部始終も、公開して、本人の反省文というか始末書でも全部つまびらかにした上で、そう処置するなら、あっぱれ、と思うんですが。多分、全然ちがいますよね。

すべてが非公開という時点で、問題解決への道を限りなく遠ざけてる。
狙ってる効果はただひとつ、見せしめ。
それってテロと何が違うんですか。
恐怖心を利用して目的を達成せんとする。この裁判もまた、2・26含む一連の暗殺と軌を一にするものでしかないし、マスコミさんたちが飯を食うために常日頃世間に振りまいているヘイトイズム垂れ流し行為となんら変わるところはないと思うのです。

癌は、摘出されてはいない。表面上、見えにくくなったにすぎない。
それは、より悪い結果をしかもたらさない一時しのぎ。どこまで気付かないフリをし続けますか。
病人自身が治療を拒んで、死ぬまで酒を飲み続けたいと望むなら放っておきますが。この病人が国だとなると、一応その一員のハシクレである私としても、黙ってはおれないですよ。

病気といえば、東郷ハジメ陸軍二等軍医正が、満洲へ戻ってきました。
小林・花田・石川・田村、以下幹部連が、おもちゃ箱を見違えるくらい片付けた本部で、お出迎え。
内地からさらに10名以上増員されて、ケータリングの量も増えました。忙しいです。

4年前の東郷って、いかにもマッドな怪しさを過剰に露出していて、私は彼を、未来を知り抜いている転生者じゃないかと疑い、相当に警戒しながら接してました。
あにはからんや。
見違えるくらい、厳かな、冗談を嫌うクールなナイスガイに変貌していて驚きました。
陸軍省、政府筋、財界、そして皇室を相手に、新しい技術をプレゼンして理解と協力を得て回ってる人は、こんな雰囲気を身につけるものなのかな、というお手本を見た気がします。

以前よりはるかに大物になって帰ってきたはずなのに、威張るどころか、新入生の女の子や、部外者の私にまで、丁寧に挨拶し、気を遣い、緊張を解こうとしてくれてるのがわかる。徹底してる。
好感持たれますよね。
この新スキルは、見習うべきかも。見習うべきなんじゃないかと思う。
最近やさぐれてばかりなので、最後にちょっと反省しました。



[43732] File_1936-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2022/12/06 01:27
File_1936-09-001D_hmos.

ヴェスパ君、いなくなっちゃったあ。
もっといろんなお話、しておけばよかったなあ。

一説によると、英国諜報部に保護されたという噂もあるので、生きてたら手記でも書いてくれるといいな。日本語訳は、永遠に出ないと思うけど。
それにしても情報ルートのひとつを失ったのは痛いです。
関東軍特務機関の内情が、以前並みに探りにくくなりました。

満洲国協和会。紆余曲折はありましたが、実情としては日帝諜報機関のひとつです。満洲に住む成年は任意で登録を強要され、そのリストは各種特務機関や憲兵隊、警察その他へ提供されます。満洲人なら常識です。
しかし。
そんな実態を本気でご存知ないのかもしれませんが、この夏入れ替わった関東軍幕僚は、協和会という組織に、ある種の幻想を抱いてやって来ています。
協和会は、五族協和を掲げる純朴たる親睦団体である。
いろいろと評判良くない満洲国のイメージを変えていくため、大いに宣伝活用するべきである。
そんな指導要領を吹き込まれて、内地から寄越されてきてるみたいなんです。

誰が吹き込んだかって?石原に決まってますでしょ。
だからハルさん、最近よく満洲へ来てたのか。
ちゃんと見てました?
石原が去る前までの協和会とは、全然違う物体ですよ。
山口重次氏もすっかり日帝色に染まっちゃってますよ。
そんな協和会を今さら平和の使徒として引っ張り上げるんですか?

こんど会ったら、ハルさんを試してみよう。
ハルさん、中国語どのくらい喋れますか?
満洲内で、漢人満人蒙古人の在住者から話を聞くことは、ありますか?
おそらく、ないでしょう。仮にあっても、かれらのカタコトの日本語を聞くくらいが限界でしょう。
それじゃ、ダメなんです。かれらが教え込まれてる日本語に、かれら自身のネイティヴな叫びと対応する語彙は存在しないんです。

美しい、上っ面だけの、日本人を喜ばせることしか求められないかれらが学ばされてきた日本語なんて、そんな偽言語です。それだけを聞けば誤解するのも致し方ありませんが、かれらの憤りはひたすら内に濃縮されていくんです。灰がダイヤモンドに変質する如く、凝り固まります。
それが、出口を求めます。
マグマが岩盤を突き破る如く、いずれ。
そんな悲劇を起こさせたいですか。ゴジラに炎を噴かせたいですか。
特撮ならば、観たいですよ。でも現実に、起こさせたいですか。
そこまでしなくちゃ、気づけませんか。

ともあれ「満洲国の根本理念と協和会の本質」なる宣言文が、9月18日、関東軍新司令官・植田謙吉大将によって発布されました。
今更。
ほんと今更になって。満洲国とは本来こんな理念を持って建国されたのじゃという、基本姿勢が、示されたわけですが。
遅すぎますよ。
加えて、建国以来ここまで歪みに歪みぬいて辿ってきた道筋については、一切、詫びも反省もないんです。そこが一番重要じゃないですか。
謝れよ。
認めろよ。
その上で立ち戻るなら話だけは聞いてやるよ。
でもね、ありえねえです。憎しみが更に倍加するだけです。

実を言うと私、宣言文、半分も進まないうちに怒り猛ったんで、最後まで読んでないです。
結局わかってないんですヤツら。
何の検証もせず、罪の自覚もすることなく、これからは改めますから仲良くしましょうぜって汚い手で握手を求めてきてるだけなんです。
マグマを吐きたいのは、私です。
満洲に生きとし生ける皆がそうだと思います。その心に、さらにツバを吐きつけてきたんです日本の連中。
ゆるせない。
早く、一斧、突きつけたい。
その喉笛に。



[43732] File_1936-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/05 00:02
File_1936-11-001D_hmos.

石原参謀が、満洲へ視察旅行中です。
石原にとっては、三年ぶりのはずですね。
大連、奉天、新京、ハルビン、吉林などまで、懐かしい土地を矢継ぎ早に見て回ってるらしいですよ。

警戒厳重。会おうと思えば会えなくもないんですが、私の方から会いたくないので、連絡もしてませんし、会ってもいません。
それでなくても一年で一番忙しいこの11月にやって来る神経が理解できん。
関東軍だって暇じゃないだろうに。まして商売人は余計に。

ハルさんにはちょっとだけ会いました。わざわざハルビンの事務所まで来てくれたので。
ほんとマメな人ですよ。ほんの10分そこらしか話せませんでしたけどね。
気になってたことを数点、確認しておきました。

ハルさんは、日本語しかわからない。
とはいっても、日本語でなら500頁の本を1ヶ月で書き上げたこともあるそうですし、教養も論理性もハッタリも、極めて高いレベルです。
しかし満洲人の心の声を直接聞く能力は持っていない。
もっと時間があれば、私たちが協力しあえれば、道は拓ける気もしますけれどね。
そんな期待は、持ちたいぞよ。

もう一つ。
私は「協和会の根本精神」を読んでブチ切れたんですが、あれは100%石原の考え通りではないそうです。
というより石原自身はアレを読んで、違う違うと、作成した関東軍にダメ出ししてるそうです。
私と同じところで怒ったのかどうかは不明ですが、ひとまず、それならば、矛を納めましょう。

忙しいのには理由があります。私は満洲大豆関連には手を出しておらず、相場もやっていないのですけどね。
東郷防疫部が、新施設を建設中なんです。
そこへ通ってます。
細々した注文が夜討ち朝駆けで入るので、ハルビンの事務所に寝起きして、対応してます。
そこは、とにかく広い敷地で、主要な建物のほか、郵便局や飛行場までつくる予定らしい。
周囲をぐるりと柵で囲い、作業員はすべて住み込み。
最寄り駅のすぐ前に、憲兵分隊の建物があり、そこへ届け出をして、目隠しをされて施設まで送ってもらう。帰る時も同様。

背陰河や南崗よりずっと厳しいセキュリティです。このあたりも東郷が直接、指揮していると思われます。
相当にヤバいので、店の者に任せられません。
私一人で全部やってます。
だから忙しいんです。
もっとも回を重ねるごとに顔パスになっていくもので、最近は憲兵分隊から、一人で行ってくれみたいな状態にもよくなりますけどね。いいのかよ。

他へ回しづらい仕事に即応できる便利屋は、東郷たちにとっても貴重なはずです。その存在価値をギリギリまで利用しつつ、余計なことは見ない聞かない。もちろん喋らない。
こんな際どい綱渡りを、ゲームのつもりでやっています。

それでもヴェスパ君のように、背中へ手が回りそうになったら、なんとかして、逃げ切りたいと思ってます。
良い子は、マネしないでね。
聞いてないか。おやすみ。



[43732] File_1936-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/06 00:02
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陝西省の西安というと、緯度だけは日本の四国地方と同じくらいですね。
内陸の山岳地帯だそうなので、12月の今は、相当に雪深いようです。
行って見てきた人の記事だと、そこまで書いてくれてある。

綏遠省の百霊廟も、緯度は新京と同じくらいなので、豪雪地帯でしょうね。
ここで、いったい、何が起きているのか。
想像力を駆使しなければ、近づくことさえ、ままなりません。

綏遠は、内蒙古に属します。
遊牧民族モンゴル人が生活を営んでいる、広大な内陸地帯のうち、ロシア寄りの北半分が外蒙古。支那寄りの南半分を内蒙古と通称します。
外蒙古はすでにかなりソ連の影響下で共産主義化してますが、内蒙古のチャハル・綏遠・寧夏はそれぞれ中華民国の一部として、国民政府に所属する省長を戴いてます。

今回はモンゴル族内での人種や、宗教的な区分はひとまず無視します。地理的条件のみで考えます。
数年前から民族自治が叫ばれ始め、内蒙古ではモンゴル人の歴史や文化を尊重し、モンゴル人自身によって統治していくべきだという要求が高まります。これに対して南京政府は、軍事と外交を除く大幅な自治権を、各省に与えてきました。
国境周辺警備および災害対応などの治安については、既存の軍にやってもらった方が早いので、現地には国民政府軍が常駐してますが、サーベルがちゃつかせて市民を脅し、強請りまくるなんてどこかの国みたいなことは、常識的に、しません。

さて、内蒙古三省のうち、満洲国熱河省および中華民国河北省に隣接するチャハル省は、すでに日本軍から相当の圧力をかけられ、政府としての機能を果たせない状態まで侵食されています。日本軍は次なる標的として、おひとつ隣の綏遠省にやってきました。
11月中旬、軍事衝突が起きます。現地の国民政府軍が、日本軍の火器で武装したモンゴル人戦闘団から、攻撃を受けました。
三者それぞれのコメントは以下のとおり。

戦闘団「私たちも満洲国のように独立したい!日本が武器を貸してくれるって!政治指導もしてくれるって!国民政府、いらない!」
日本「はっはっは、がんばりたまえ東亜の子よ」
南京政府「ふざけんな」

戦闘は一週間ほどで終結しました。北平や天津を出発する日本軍からの補給ルートが、絶たれたため。
前線に備蓄された、日本から提供された食糧や防寒具は、すべて国民政府軍が押収しました。

南京政府「ごくろうさま。よく戦ってくれた」
現地国民政府軍「なんのこれしき。ごちそうさま」
モンゴル戦闘団「ごめんなさい。もうしません」
現地一般市民「まったく日本人のやつらは」
日本政府「この度の事件は純粋なる支那の国内問題であり、吾国の関知するところではありません」

その翌月には、もっと不思議な、西安事変が現在進行中ですが、ちょっと休憩もらっていいですか。
次回、張学良リターンズ。そして蒋介石、絶体絶命。



[43732] File_1936-12-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/07 00:03
File_1936-12-002D_hmos.

陝西省、西安。
満洲にも西安て炭鉱があります。張作霖殺しの黒幕として軍を去ったコーモトがひょっこり戻って働いてたところですけど、微妙に因縁がなくもないですね。
陝西省は、山西省よりもっと西。四川省よりは東です。中国の、けっこう内奥。
ここに現在、蒋介石・行政院長兼軍事委員長が、監禁されています。

下手人は張学良。
いつのまにか帰国しており、旧・東北軍の兵を束ねて、西安の守りに就いてました。
ここは毛澤東率いる中国共産党の最終拠点への、前線基地です。蒋介石は宿敵・共産党を今度こそ息の根止めるべしと、最後の大鉈を振るおうとした。まさにその時です。
学良くん、裏切りました。
蒋介石を捕縛して、彼の頑固さを咎めました。

「東北を奪われて五年。国辱は続いている。前線の兵士は血にまみれて戦っているというのに、あなたは日本と戦うどころか、連中を宥め、民衆には抵抗することを禁じる。私は共産党との戦いを命じられているが、かれらは同朋ですよ。ここで血を流すべきではない。戦うなら、ともに手を取り、日本と戦うべきです。反省してください」

彼をここまで追いつめさせちゃった歴史の一部始終を私は見てましたから、これを聞いて複雑な感情も去来します。
ですが南京でも華北でも、地元の満洲においてさえ、学良へのブーイングがすさまじいこと。
彼は裏切りの常習犯ですからね。
6年前に蒋を反省させたならヒーローだったんでしょうが、なぜ今このタイミングで、またしても国を危うくさせる騒ぎを起こすかと。
ほんと、空気の読めないオッドマンです。一生治らないかもなあ。

日本による謀略説を述べてる人もいます。南京にも特務いますからね、そいつらの差し金じゃないかと。ありえなくはない。
しかし今回、どう転んでも一番得をするのは中共です。
学良と中共はすでに通じているのか?
そして、蒋を逃がすにしろ殺すにしろ、その後の展開をどう運んでいったら誰が一番喜ぶのか?
日本が絡んでないとしたら、日本はこの後、どう動くだろう。動くべきだろう。
すでにいろんなロールプレイングが各媒体で試みられているんですけどね。こんな忙しいときに。

私の考えるグッドエンディングを一案だけ。
学良くんにはきちんと罰を与えるとして、これを機に蒋も一度、毛澤東と話し合ってみてはどうか。

昔、共産党に殺されかけたというトラウマは知ってますが、いつまでも頑固一徹でいるのは政治家にとっては致命傷です。
国府軍は今のままでは日本軍に勝てない。列強の力も頼れない。なら、限定的でいいから中共と手を組めばいかがか。
実際、手強いですよ共産のゲリラ戦法と教育水準は。さんざん思い知ってるでしょ?
押して押し倒すだけしか能の無い日本軍の前にかれらをぶつけてやりなさい。きっと面白いことが起きます。
どうですかね。そこまで柔軟になれるかしら。

とはいえ。
12月20日現在、密室でいろいろ話し合いをしてるんでしょうが、動きが見えない。西安は、遠い。
ちなみに日本の廣田内閣は、我関セズを貫いてます。支那の内政には不干渉、とかホザいてます。
いつもさんざん干渉してるのは、じゃあ何なんだ。

いつもの逃げ口上ですよね。状況よくわからなくてコメント出来ないんでしょう。
で、私、思ったんです。これ日本マジ絡んでないわと。
わかりやすいですよね。今後は、日本が即コメントしてきたら、すでに原稿があったんだと考えましょう。
よって、西安は無関係でしょうけど、綏遠は、完全に日本の謀略でした。ケテーイ。
それにしても、どうなりますやら。



[43732] File_1936-12-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/08 00:04
File_1936-12-003D_hmos.

メリークリスマス。
私は良い子じゃないので、サンタさんは今年も来てくれませんでした。
南京には、蒋介石が帰ってきました。とりあえず、おかえりなさい。ちょうど、二週間ですか。監禁されてから。
世界中が見守ってたんですよ。どうなることかと。

いまだ真偽の見境つかない、いろんな情報が飛び交っているので、レポートは落ち着いてきてからにします。
それでも、現時点で想像できる、今後の展開を黙々と模索。
張学良が一緒についてきて、南京で即逮捕され判決待ち。ってのはコレ、マジなんですかね。
お咎め無しなわけないだろ。君のしたことは立派な反逆罪だからね。獄中でじっくり反省したまい。

学良配下の旧・東北軍は西安に残ってますが、かれらが学良以外の新司令官に従うとは思えません。学良が中共とつながってたっていうのもどうやら疑いないところなので、手下どもは延安の共産党に合流するんじゃないでしょうか。
蒋が共産党への憎悪をこれまで以上に爆発させたとしても、こうなると、殲滅は難しいでしょう。
合流しないにしても、東北軍を今のまま国府軍下で配置につけることは危険です。戦力として期待できない。
共産党からしたら、蒋を黙って南京へ帰すわけもありません。必ず、何らかの条件をつけたはずです。弱みを握るとかして。その条件とは、何だろう。

孫中山先生の時代に、国共合作というのがありましたが、あれを、蒋ができるとは、思えないんですよね。日本と戦うために内戦を一旦終結させるくらいが関の山かと。
あるいは、いったん蒋が政府から下野する。しかし蒋に代わって国府軍を統帥できる人材がいるかといえば、正直おぼつかない。
もし中共が蒋を殺してたら、それは日本の思う壺でもあったわけです。それをしなかった中共はほんと、切り札の使い方をわかってると思う。どこかの不干渉国と違って。

中国軍の現状について、ちょっと整理しておきますか。
国民政府の黎明期。支那国家にとっては、大英帝国を筆頭とする西洋列強を排除することが最大の課題でした。
当時は日本が軍事顧問や武器提供の一部を担ってましたが、張作霖や段祺瑞といった北京政府側へもガッツリ支援をしていたので、孫先生は新興国家ソ連に助けを求めたわけです。
ソ連は国民政府軍をまたたくまに精鋭の戦闘集団へと改革します。
そして政府そのものも乗っ取ろうとしますが、孫先生が亡くなって、一度コミンテルンへ殺されかけた蒋介石が徹底的に共産系を排除。そのまま蒋が権力を掌握し、現在の南京政府へとつながっていくわけです。

南京を首都にしたのと同時に、蒋は国府軍の軍事指導をドイツに求めます。
日本イラネ、です。
というか日本はそんな流れを一切学習する気配もなく、今に至るまで、支那人なんて黙って自分たちのあとをついてきて飯つくって洗濯してやりたい時にやらせて外で遊んできても文句も言わず笑顔で亭主を立てて暮らせ、という態度を貫いているわけです。DVも年々烈しくなる一方です。
脱線しましたね。

爾来八年間、国民政府軍に戦術指導をしてきたのはドイツですが、目に見えた成果が出ているかというと、正直、ありません。
具体的情報が得にくいので、あくまでミリオタのはしくれとして、大雑把に解説します。
WW1で敗戦したドイツはマイナスからの再出発を強いられました。その逆境がヒトラーという英雄の擡頭を生み、近年になって軍事力の拡大に国費を注ぎ込めるようにまでなってやっと、自己肯定感に火が灯された段階です。
共産主義は極右と相容れる思想ではなく、ヒトラーは今のところ、ユダヤ人よりもコミュニストへの悪口を声高に叫んでいます。
共産主義を徹底的に嫌う蒋介石とはこの点でウマが合うと思うのですが、そうはいってもドイツの対外支援はまだまだ余力に乏しく、中華民国への影響力は限定的。
加えて、反共という点では日本も相当に極右陣営です。日独は防共協定を結んでいます。これも、ドイツが国民政府への支援に本腰を入れることを鈍らせる理由のひとつといえるでしょう。

なんだか今日は、話が飛びすぎましたね。
飛ぶといえば、サンタさんはそろそろ、プレゼントの配り方、変えた方がいいかもですよ。
これからの時代、なにか飛んでるぞと発見されたら、それはほぼ、偵察機か爆撃機です。
撃ち落とされても、文句はいえません。ご自愛くださりませ。



[43732] File_1937-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/09 00:02
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康徳4年。あけまして……おめでたくもありませんね。
さすがにお正月は休みます。中国ではお正月といったらグレゴリオ暦でいうところの2月が本番ですけど、ちゃっかり両方祝います。
いいことです。休みましょう。

大晦日に学良くんは十年の禁固刑を宣告されたと、ラジオで言ってました。
軽い、と思いますけど、どうなんだろ。
実際、ヌルすぎる!殺すべし!って論調もこれからワンサカ出てくると思います。しかし今後、中共と交渉することを考えたら、切り札としてとっておくべしという意味も含めて、殺さない選択は賢明です。
お天道様の下を歩かせないのであれば、いいんじゃないですか。

蒋委員長解放に際し、やはり共産党から条件が付されていたようですが、この内容については項目数さえ4つから8つまで各種とりどりの説が飛び交ってます。
即時内戦停止、というのは共通してますが、あとは春節明けの国民会議で決議される由。

到一さん、どう思いますか?これからの展開予想。

「決裂六割、合作四割。決裂の場合は延安への最終総攻撃が開始されるだろう。合作が成立すれば、軍を編制しなおして、北支防衛へ全力を向ける形になるだろう。それでも、日本に刃向かうことは、できまいな」

合作の見込みは、やや薄ですか。
国民党が共産党と力を合わせたとしても、いまの日本には、抵抗すら難しいですか。

「蒋が頂点にいる限り、支那は日本とは戦わない」

ムム?どういうことかしらん。

「仮に、西安で蒋が殺されていたとする。国民政府がこれまで頑なに反共だったのは、蒋がいたからこそだ。誰が行政院長や軍事委員長を継ぐにしても、中共との宥和は進むだろう。
共産党はあっという間に国民政府を乗っ取る。
そして共産戦術で、日本と戦う。
実はこれが、最悪の可能性だった。しかし蒋は逃がされた。これは中共にとって大きな失敗だったと思うんだがね」

共産軍兵士との戦闘って、そういえば日本は一度も経験したことないですよね。

「蒋は何度も掃共戦を指揮してきたが、そのたびに武器も食糧も敵に奪われた。共産軍に対し火力重視の陣地戦は不向きだが、今の日本軍は同じ轍を踏むことになると思う。備えができてない」

あー。日本だって、ついこないだ、綏遠に運びこんだ燃料と食糧ぜんぶ奪われたばかりですしね。
共産軍相手じゃなくても、そもそも広大な中国大陸を戦い抜く兵站能力を計算できるのかしらってレベルですけど。

兵站。
食糧・生活用品の補給や、火器・車輌などの整備・修理・補充。広義には、負傷兵の後方搬送なども含む、前線から備蓄拠点までの支援態勢を言います。
それらを準備し、維持するまで含めての、重要な概念です。
これを考えないで、先へ先へと進軍していくと、兵站線を分断されただけで、詰むわけですな。

作戦参謀は常に地図を見て、死に駒が発生しないよう気を配らんとあかんものなんですが、実はこの考え方が、日本軍も中国軍も、実際、おそろしいほど下手クソです。
2・26でも、立てこもると自分たちで計画しといたクセに食糧持っていかなかったてのは、尉官クラスですら兵站を学んでいなかったということでしょう。
将棋にも無いですもんね、そんなパラメーター。
21世紀のストラテジーゲーム、どれでも一本やってごらんなさい。身につくから。兵站、マジ最重要項目だから。
安全地帯まで確実に戻れる範囲より先に進んじゃいけないから。

ちなみに。
日本陸軍には、徴発っていう日課がありましてね。
朝、当番兵が宿営地周辺の村を歩き回って、米でも野菜でも、家畜でも鍋でもなんでも、堂々と奪っていって部隊へ持ち帰るんです。
満洲でも演習と称して日常の光景です。一年前、華北でもやってるのを見てきました。
それが当り前だから、作戦立案時にも補給態勢なんて二の次、三の次へと追いやられるんです。
そもそも考えないんです。
現地デ何トカ為ベシなんです。
これもまた、日本軍が外地で嫌われまくる、大きな理由のひとつです。
日本だけじゃない気もしますけどね。実際、中国軍なんか、兵すら現地調達だったりするんで。

しかしね。
まともに戦争やるつもりなら、現地でなんとかしようなんて極力、考えるべきではない。
予想外のファクターは可能な限り排除しておくべき。むしろ突発的な問題が発生しても現場でリカバーできるだけの冗長性を持たせたい。
それが21世紀のリスクマネジメントってもんです。
これが常識となってくれるのはいったいいつからなのか。
人類はまだまだ失敗を繰り返さないとコレに気付けないというのだろうか。噫々々。

またまた脱線しました。
そういえば到一さん。さっきの話に戻りますけど。
蒋が頂点にいる限り、支那は日本と戦わない?について、もう少し詳しく。

「蒋は、支那人が日本を留学先に選んでいた、最後の世代だ。日本への憧れと、友人を持ち、日本の強さ恐ろしさを、よく知っている。叩きこまれている。だから、日本には、こわくて手を出せないんだ。
おかげで日本としては、助かっている面もある。いまの支那で育った新しい世代には、この神通力は効かなかろう。
ここのところは、参謀本部も、ちゃんと考えておいてくれないと困るところだがね。これからは」

昭和と平成の政治家はアメリカに絶対逆らえなかった。あれと同じようなもんかな。
中国の若者が、すでに蒋をこそ国辱の元凶と憤っている理由が、まさにそれなんですね。

かわいそうな、蒋。



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Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/18 22:04
File_1937-02-001D_hmos.

鍋の美味しい季節ですね。コダマです。
2月2日、日本ではまた内閣がチェンジしました。廣田内閣、倒れました。

理由が、よくわかりません。
寺内寿一陸軍大臣が国会で、ある議員から、侮辱されたと。
その議員は毅然と、どこが侮辱なのか具体的に説明してもらえますか?と。
寺内、説明もせず、衆議院解散を求める。
廣田首相はじめ閣僚が説得するも収拾がつかず、ご迷惑をおかけするので私たちの方が解散しますと言って、
辞職。

子供か。
いえ、子供に失礼でした。ごめんなさい。
ごめんなさいも言えないなんて。こいつらは一体、何者なんだ。

外から見てると日本て不思議な国なんですが、すでに幾度も見てきたように、首長がコロコロ代わります。
天皇陛下については、明治憲政以降一世一代ですが、明治45年、大正15年、昭和がいま12年目ですから、検証できるほどの歴史は積んでないですね。
行政府はこの70年間で、32回も組織されました。後継の林銑十郎内閣が、33代目です。
いったいどんなシステムなのか。
これが、本日のテーマです。

国家にはいろんな形態がありますが、首相と大統領を両立させる政府も多いですね。立法府、裁判所、国民および皇帝や国王とどんな関係にあるのかなども、本当に様々です。
なので、日本だけが特別に不思議なわけではありませんよ。
ただ、よく出来ているから我国もこれをお手本としよう、と思ってもらえるかどうかという基準で考えると、日本の政治形態は、どこも真似したがらないユニークさです。比類無き、駄っサンプルです。

基本から。
日本では、首相は、天皇陛下から任命されます。
ここだけでも、その表現は正確でないとか、その意味でならこの文言を使うべしとか、煩瑣きわまる皇室用語を振り回したがる輩が山ほど出てきて、いつぞやの神学論争と同じ泥沼にはまります。限りある時間と精神力を1ミリも無駄にしたくない私は、可能な限り、省略できる要素は斬り捨てます。
だまってききやがれ。いいな。

首相=総理大臣は、天皇が任命します。国民が直接選ぶことはありません。
天皇陛下が一存で決められるわけでもなく、元老とか侍従官とか内大臣とかが推薦し、会議して決定した上で天皇に伝えられ、大命降下となります。
この過程については完全にブラックボックスだし、発表されるのは大命を受けた候補者が承諾し、内閣を組織し終えてからとなるので、国民のほとんどは、ここまでの段階では責任の持ちようがありません。

ひどい首相が現れて、国民に責任が問われるとしたら、その後からです。
選挙によって国民の代表者となった国会議員を通じて、内閣に質問し、行政に誤りがあれば軌道修正を求めます。
決してヤジることが議員の仕事なのではありません。そんな下品な振る舞いはマスコミだけでじゅうぶんだ。
おっと話がそれました。

行政の実務は、役所のお仕事です。
全国に様々な役所があり、公務員が働いてます。かれら公務員を監督する中枢が、行政府すなわち内閣ということですね。
外交政策まで含めた、日本というひとつの国家を束ねる行政官のトップが、首相です。
その上位に天皇陛下がいらっしゃって、首相は天皇陛下の御心に沿った政治を為すべし、という建前はありますけど、建前にすぎません。天皇へは、決定事項のうちでも良いニュースしか知らされない、というのが衆目の一致する常識です。
以上の組織体系が、大日本帝国の大枠となります。
美濃部博士の天皇機関説も、おおよそこんな話をしてるだけなんですが、天皇、と敬称略しただけで何が飛んでくるか知れないご時世ですからね。うっかりモノも言えない。
さあ、そのうちマグマが噴き出しますよ。というのを私は心配してるんです。

そろそろ締めに入ります。あ、鍋もですけど内閣の話もね。

閣議、すなわち閣僚会議では、全会一致が原則なんです。
意見が統一できない内閣は辞職するってキマリがあって、これのために、日本では内閣がすぐ替わるんですね。
仲良し小好しであればよい。それだけ守れ。喧嘩をしたら即別れろ。
愚かなルールだと思います。

おしまい。ごちそうさまでした!



[43732] File_1937-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/11 00:02
File_1937-03-001D_hmos.

陸軍の人事異動って、今も8月が最大ですけど、今年は3月1日付でも、けっこうな異動が発令されました。
到一さんから官報見せてもらって、思うところをいくつか。

おったまげたのは、片倉タダシ。
2・26で死んだと思ってたら、奇跡的に一命を取り留めてた。
ハルさんが見舞いに行ったら、号泣されたそうです。面会者第一号だったらしくて。
ハルさん、行動力半端なさすぎなくない?
その片倉が、関東軍の参謀として、海を渡ってきます。
わざわざ会おうとは思いませんが、どっかで見かけたら、こっそり尾けて、背後で聴き耳でも立ててやりましょう。

板垣征四郎中将。関東軍参謀長でしたが、内地へ転任。第五師団長として。広島ですね。
到一さんは生まれは若狭だけど、ずっと広島へ住んでたんでしたっけ。あの辺は雪、降らないんですってね。

石原莞爾は、ついに少将へ昇進。配属は替わらず、陸軍省参謀本部・第一部長。

東條英機中将。
板垣さんの後任として、関東憲兵隊長から関東軍参謀長へスライド。参謀長か。
軍事作戦を想定・立案し、実際に戦闘が始まった際は、兵站の管理も担当します。そのセクションの、責任者ですね。
いま、何を考えているのだろう。
会ったこともないし、この世界では顔写真も見たことないんですよね。スマホがあればググるのに。ああ、また、つぶやいちゃった。

南京では、三中全大会が終わりました。国民政府における国民会議=国会です。
共産党との連帯はありえない、ってあらら、言っちゃったよ。蒋介石、ひるみません。
ただし、元に戻ったわけではないです。内戦はひとまず停止中。共産軍と国府軍とではドクトリンが違いすぎるので、これを統合するにはどうすべきか、という研究は始められているようです。
規模からいっても国府軍の方が圧倒的に上なので、共産兵でもしがらみを捨て去って国府軍へ完全に帰順するなら、転入を認める。という風に言ってます。
これまでは、ひとたびアカのレッテルを貼られたら即、国家反逆罪でしたからね。これでも相当に緩和されたんですよ。

アカの脅威って、日本でも反共アレルギーは、私が幼い頃から根強く、ありました。
私が容共なのは、東西冷戦すら終わって何十年も経った、未来より、来てるからにすぎません。
この時代の日本では、共産主義は、未知なる怪異であり新興宗教。正しい知識を得ることすら困難です。
いや、知ろうとしないから、いつまでも、怖い怖いと言い続ける。

対米戦が始まると、ローマ文字も、カタカナ語すら市民生活から消し去ろうとする連中だから、無理もないけど。
愚かですよ、ほんとに。

目の前の敵が何を喋っているのかがわからない。
相手はこちらの会話を辞書無しで理解できるのに。
これって、自分だけ目隠しして鬼ごっこするみたいなもんです。
バカでしょ。ねえ、ほんとにバカでしょ?

私には、理解できないんですよ。戦う相手の情報を知ろうとしないなんて。前世でもバカだなあって思ってたけど、この世界に27年生きてて、まだ思うもの。
日本人、ほんとバカばっか。

アメリカと戦って、もし万に一つの奇蹟が100万回発生して、日本が勝ったとする。
アメリカを占領しましょう。一億余のアメリカ人を日本人に従わせましょう。
日本語で?
この時点で、どれだけのコストをかけるつもりなのやら。
開戦前から英語を学んで、一日も早くモノにしておけば?制圧後すぐ向こうで商売始める準備をしておけば?
道路標識も役所のシステムも、既存のものをそのまま使えば?
軌道に乗るまでは可能な限り出費を抑えなくちゃ。
これが自然な発想だと思うんだけど。
その程度の算数を理解できる民族だったら、中国侵略するにしたって、もう少し手際よくやってるだろと思います。

大戦中、日本の暗号はすべて筒抜けだったそうです。
おそらく今すでに、英米と戦うつもりもないうちから、日本はしっかり見張られていて、おマヌケぶりをさらし続けています。
資源がなかったからだとか、技術で先を越されたからなんて、負けた理由に入らない。
バカのくせして俺天才、俺にできないことは他のやつにもできるわけがない、だからほら俺にみんなペコペコしてる、なんてのぼせ上がってるボンボンが、徹底的に資産調査をされている。そんなモラトリアムなんですよ、今。
このまま史実通りになっちゃうのかな。
なっちゃうんだろうなあ。

仮想戦記。私も、いくつか観てたし、読んだりしたし、アメリカ人の作家ですらWW2で日本が勝つ物語を書いてたのを知ってます。
あの時のあれさえ間違わなければ、たったそれだけで日本は勝ててたのにってね。
そんなファンタジーは、日本では根深い需要があるんです。そうだろうねって思います。だって、絶対ありえないから。リアルじゃないほど喜ばれるジャンルだから。

私も、つい数年前までは、まだなんとか本気で、歴史を変えたい、世界大戦を起こさせない方法があるんじゃないかって、夢みたいなこと、考えたりしてたんですよ、一応。
そろそろね、あきらめました。
バカは、死ななきゃ、なおらない。
むしろ、とっとと始めてさっさと終わらせて、早く楽になりたいとさえ思う。
やさぐれすぎてて、ごめんなさい。日本人は、まだあと8年くらい、お粗末な人殺しをし続けます。それを私は、止められません。ごめんなさい。
もう、涙すら、出てこない。



[43732] File_1937-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/12 00:02
File_1937-04-001D_hmos.

ハルさんが、ハルビンへ現れました。
前回は、石原閣下と来たんでしたっけ。11月だったから、五ヶ月ぶりですかね。
今回も、アポ無しですが、時間的、体力的、精神力にも余裕があったので、事務所の奥の間で、しばし語らいました。

「石原さんは、君のことを心配してるよ。今からでも、満業に入って五ヶ年計画に参加してくれるなら、それなりのポストを用意するって。どうだろう。考えてもらえるなら、返事は早い方が、いいんだけどな」

あー。その話でしたら、お断りします。
大企業で他人様と一緒に何かをしていくのって、私にはどうしても性に合わないんですよ。
石原閣下に、お気持ちは嬉しいです、日本へ戻った際は顔を見せますとだけ、伝えていただければ幸いです。

「そうかあ。もったいない話だと思うんだけどねえ。その通り伝えちゃうけど、ほんとにいいんだね?」

ハルさんて、気持ちの良い割り切り方がほんと、上手いんですよね。かまいません。よろしくお願いします。
ところで、去年はゆっくりお話できなかったですが、現在の満洲国協和会について、石原閣下はどのように考えておられるんでしょうか?

「協和会かあ。石原さんにとっては今も、事変前夜の青年同盟の印象が強すぎるんだと思う。あのときのままに戻したいんだろうけど、正直、無理だよね。現状を認めた上で、どうしていくかと考えるとすれば、やはり現場に任せるべきじゃないかな」

正論ですね。11月に石原閣下は山口重次氏にも会ってるんでしたっけ?

「奉天では山口さんに案内してもらったって聞いたよ。山口さんは、奉天を大阪みたいな活気ある街にしようとしてる。五ヶ年計画の予算を奉天にも回してもらえるようにって話をしきりにされたみたいだけどね」

オトナの商談だなあ。ダイナミックで、よいことですね。

協和会が来月、張作霖の霊柩安葬を執り行うって。満洲中が驚いてます。
爆殺された当時も大騒ぎになりましたけど、学良も次は自分が狙われるからって、ちゃんとした葬式は挙げてなかったんですよ。
古参の満洲人は、感動しています。これも、協和会の変革のあらわれでしょうかね。

「甘粕さんが考えついたみたいだね。面白いことに、彼は石原さんと会ったことないはずなのに、たぶん協和会の本質を一番よく理解している。辻くんなんて、全然わかってないけどねえ」

甘粕正彦。満洲国の警務司長。警察のトップです。
もと憲兵。いろいろと悪い噂しか聞きませんが、最近、協和会の総務部長も兼任するようになったと聞いてます。
ハルさんの意外な好評価に戸惑いました。

「甘粕さんは、大杉栄殺しのレッテルを一生、背負う宿命なんだろうけど、会うと全然印象変わるよ。コダマ君とは、特に気が合うと思う。よかったら紹介しようか?」

いえいえいえ恐ろしいこと言わないでください。協和会も警察も嫌いですから。ごめんこうむります。

辻政信という大尉は、昨年4月から、関東軍に所属してるそうです。
いわゆる銀時計組。陸士を主席で卒業した、非常に頭のきれる男なんですって。
関東軍で、資料庫にしまいこまれていた満洲事変当時の書類をむさぼり読んで、石原を神と讃えるまでになり、新京と東京を何度も往復して「満洲国の根本精神と協和会の本質」を執筆した張本人。
なんかちょっとオタの匂いを感じるプロフィールですけど、そこまでして書き上げた本質宣言が、石原からは違う違うと言われ、今またハルさんからも、全然わかってないと酷評されてるわけですよね。私も、途中で、叩きつけました。
秀才にありがちな、独りよがりでしょうか。えーと、辻くんにも私は会わなくていいです。ごちそうさま。

「協和会は、議会を持たない。これはとてもすばらしいことなんだよ。協和会が全満洲人の心を掴む団体となって五族の意思をひとつにできるなら、僕はこのやり方を日本へ移植しようと思っていてね。その頃には石原さんが首相になってるはずだ。そしてソ連を叩き、東亜を平定したところで、アメリカと向き合う。ヨーロッパはドイツが統一してるだろう。三点平衡は世界を最も安定させる術式なんだ。そのための一助をコダマ君にお願いしに来たんだけどねえ。やっぱダメかな」

……ん?ちょっと意識がとんでる間に、モノスゴイ話をされてましたか?石原が首相に?とか。

「廣田さんも宇垣さんも潰した。まもなく林さんも消えるでしょ。もうちょっと回して、一内閣につき一つの政策を実現させていって、そろそろというところで、板垣さんに首相をやってもらったら、ソ連との戦争だ。石原さんには最後にご登場いただくけど、それまでは、護衛付きで参謀に専念してもらう。これが僕たちの計画だよ。ここまで明かしたんだ。どうかな。君ならわかってくれると見込んでの、最後のお願いです」

……ちょっとちょっとちょい待ってください。話についていけません。
計画?なにをしでかそうとしてますか?
とととととととんでもないことに私を巻き込むおつもりでしたか?

私の理解した限りにおいて。チーム石原は、次は日本を乗っ取るつもりらしい。
廣田さんがバンザイしたあと、次の総理には宇垣さんが決まってたんですって。
大命も下って、礼装に着替えて宮中へ参内に行く、その手前で引きずり下ろして、やめさせたと。
なぜなら、宇垣は自分たちのいうことに従わないから。
予定外の邪魔な因子は速やかに排除すべし、だからと。
そして、元陸軍大臣で、石原軍団に相当な弱みを握られてる、林銑十郎氏を首相にすべく工作した。
まだ二ヶ月しか経ってませんけど、林くんは用が済んだから、もう辞めていいよと。

そらおそろしくなる話に、二度目の人生で二番目のピンチを感じました。
なんとか、YESと答えるのだけは回避しましたが、ハルさんが次に来るとき、私は消されるかもしれません。
秘密を知りすぎちゃった男になってしまいましたから。
小林に、毒でも分けてもらっとこう。
自分に使うか、ハルさんに使うかは、土壇場で考えることにして。とりあえず。

……歴史はまた、とんでもない方向へ、変わろうとしていますか?
私は、モンスターをつくってしまったのでしょうか?
石原莞爾という、おそるべき、怪物を。



[43732] File_1937-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/13 00:34
File_1937-06-001D_hmos.

ハルさんの予言どおり、林内閣はたったの4ヶ月で倒れました。
予言というか、倒したんでしょ。
どういうことかと、公開ソースを手掛かりに、分析します。

2596年3月9日、廣田弘毅内閣誕生。2・26で倒れた岡田内閣の、後継です。
外相は当初、首相が兼任してましたが、1ヶ月後に有田八郎氏が就任。
中国語記事によるとこの有田、きわめてガラの悪いチンピラだということです。
日本語でも大した業績は報じられてません。西安事変にも、外相のくせにノーコメントでした。

陸相・寺内寿一。昔むかし、日本がシベリア出兵おっぱじめたときの首相の、息子です。
良くいえば、サラブレッド。実態はどうやら、甘やかされすぎたボンボン。
国会で難癖つけられたと騒ぎ、自らの内閣を潰した世間知らずです。
これも石原のシナリオだったのか。だとすると、またどこかで出てくるかもしれませんね。寺内。覚えておこう。

2597年2月2日。一年も経たず、行政府刷新。次の首相は、林銑十郎翁です。
私の記憶にこの人が最初に登場するのは、満洲事変。
あのとき、朝鮮軍司令官でした。タネさんが、満洲へ応援に行かねば!と鴨緑江を勝手に渡るのを、止めなかった責任者です。
二年後、荒木サダオの代打として陸軍大臣になりました。永田軍務局長とタッグを組んで、陸軍内に浸透していた皇道派を解体しはじめますが、頑強な抵抗に遭い、永田さんが惨殺されたあとで大臣を辞めます。

改めて確認すると、林内閣って、ヒドいんですよ。
大臣は13ポストあるんですが、8人しかいない。やたら兼任なんです。
林総理は、外務と文部大臣を兼ねてました。
外相は途中で、佐藤さんて方に替わってますけど、それにしても、ヒドい。
じっくり考えて決定を下す余裕も無いでしょうし、役所もハンコ待ちの行列がいつまでも減らないでしょう。
4ヶ月でチェンジというのは早すぎますが、内閣の権限で国会を解散させ、1ヶ月後の総選挙でますます現内閣への反対票が増える結果となったため、辞職に追い込まれたという顛末だったようです。

ヒドいヒドい。と嗤ってすませたいところですが、これがぜんぶ石原軍団の計画とするならば、その背後に潜む狙いを、見極めなくてはなりません。
とはいっても林内閣、ほんと仕事らしい仕事してないんですよね。予算通したくらいか。
林銑十郎が石原莞爾の言いなりなのであれば、もっと長く続けさせて、使いようもあったように思うのですが。そうはいってもこの陣容では、続きようもないかあ。
林が、逃げ出したのかもしれません。やってられんわってね。

6月4日。その後継として誕生したのが、近衛内閣。

総理大臣、近衛フミマロ。
貴族ですね。軍歴は無いようです。石原とどういう繋がりがあるのかは不明。

外務大臣に廣田さん返り咲き。
すでに南京政府からの期待度も地を這ってますが、石原にとっては利用しやすい人物なのかどうなのか。敵か味方かも、正直もはや、わかりません。

陸軍大臣、杉山ハジメ。
名前はよく見る人ですが、ピンときませんね。

以上です。知らない名前ばかりだし、所信表明なんて新聞屋向けには誰だって当たり障りのないことしか言いませんし求められませんから、判断がつきません。
何かおかしなことをし始めたら、気をつけます。それまでは、経過観察。

内地の情報は、とくに政治と軍部の動向についてはこれまでハルさんを頼ってたところあるんですが、今後はちょっと気をつけなくちゃいけない。
となると、到一さんか、小林をうまく使って探ることになりますけど、かれらも日本の内情を私以上に知ってはいないし、知りたいことをダイレクトに突っ込めないんですよねえ。
困ったなあ。どうしたものだろう。

日本にいるジャーナリストといえばシュトラウスしか思い浮かびません。彼だけは日本の行く末を正確に見抜いていると思うのですが、ドイツ人向けにはそこまで書きません。日本人には言っても無駄だから言わないでしょう。
せめてファンレターを書きます。匿名で。
もっと語ってほしい。あなたの分析を読みたいと。そんな、エールを。



[43732] File_1937-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/14 00:08
File_1937-07-001D_hmos.

ドンパチ始まりました。ついに、やらかしましたよ。
現場は、北京です。北平市、豊台。
日本軍と、国民政府第29軍との、軍事衝突です。
市政庁である、宛平県城は砲撃を受け、すでに占領されていると思われます。

表面上、満洲事変に酷似しています。
仮に、日本側が無実で、中国側の謀略工作だったとするなら、余計疑いを持たれぬために戦闘なんてしないで現状保存を優先させるべきでしょうに。
見事なまでに、現場を踏み荒らして、いい気になって暴れまくってます。
アホどもめ!
アホだからしょうがないんですが。情報の断片が入ってくるたびに、6年前の記憶がまざまざとよみがえる。完璧なデジャヴです。
北平市が制圧されるのは時間の問題として、支那方面軍はどこまでやる気だ?北支全土か?石原の仕業か?現地に来てるのか?まさかな。

状況を整理します。
廣田内閣が5月から、上限2000人の支那方面軍に総計6000人ほどの増援を勝手に送りこんで、南京や北平から猛抗議を浴びせられてました。
北平を中心に、抗日運動がますます過激となる一方、現地日本軍は更にとめどないお代わりを要求し続ける。
豊台とは、北平の南部にある鉄道拠点です。日本はここに勝手に兵営をつくりました。もちろん北京議定書に完全に違反してます。
さらに、すぐ周辺に飛行場まで作ろうとして、アコギな土地買収を開始。
目的は、在住者と北平政府の頑固な抵抗を挑発すること。夜間の行軍や砲撃演習を遠慮なく繰り返すという嫌がらせも、二ヶ月間、延々と続けていました。

正直、いつかやらかすかもな、という噂はあったんです。
先月、満洲東部の、ソ連との国境付近で、ちょっと派手めな軍事衝突があったんですが、あれも予行演習だったのかも、と今更思わなくもない。
そして民国26年7月7日。七夕さまの夜に、まあお日柄もよく始めちゃいやがった訳です、北京事変。
いや事変ですまないだろ今度は。

現地へ行きたいのは山々ですが、当面はハルビンで、ラジオと号外、商売フレンズからの情報を掻き集めます。
南崗へも一度、行ってきましたが、小林たち祝杯をあげてました。
日本軍内では、当り前ですけど、中国側から攻めてきたのを懲らしめてるんだって信じこんでて疑いません。ムタグチさんがんばれーって現地の連隊長へのエールを叫んで盛り上がってました。
新聞記事以上の詳細は伝わってないみたいだったので、配達終わったらすぐ帰りました。

満洲事変と異なる状況が、ひとつあります。
満洲では、石原の用意周到な作戦計画のもと、多門中将率いる移駐第二師団は攻撃対象を張学良麾下の軍事施設に限定しました。学良軍の拠点はすべて把握していたので、日本軍の方が圧倒的に兵力数少ないくせに、脇目も振らず突入し、敵は逃げるにまかせました。
当時は国民政府軍全体に、日本軍が向かってきたら逃げるべしという訓令が徹底されていたんですね。
武器を持ちだして匪賊化する兵もいっぱいいましたけど、本格的な戦闘というのは、チチハルでの馬占山との戦いくらいでしか、実はやってないんですよ。
これは軍事作戦として見た場合の、満洲事変の大きな特徴であり、極めて重要なポイントだと思っています。

北平では現在、国府軍の頑強なる抵抗が続けられています。
深夜に戦端が開かれたのは満洲事変と同じですが、第29軍はすぐさま武器をもって応戦。
ラジオから発せられた地点を結ぶと、マルコ・ポーロ橋から龍王廟にかけ、永定河沿いに陣を張って、効果的な防衛戦を展開している模様。
成長したなあ、中国軍。

増兵されているとはいえ、たかだか8000人程度の支那駐屯軍が一人残らず出動中だとしても、戦う意志を持った数万人の第29軍兵士を屈伏させられるかというと、日本側も無駄のない陣形を構えて攻撃せねばなりません。
が、はたして日本軍にそんなドクトリンがあるのだろうか。反語です。
石原莞爾が、北平まで来て直接指揮してると仮定しても、彼に北平の土地勘があるか。
満洲をくまなく見て回り、住民と共に暮らした三年間あっての満洲事変。それと同じことを、内地にずっといた今の石原にできるとは思えません。
北平の地理に通じた現地参謀たちがいて、そいつらにやらせているとしても。
ちゃんと連携が取れているなら、まだ準備不足だと、石原、言うと思うんですよね。

以上の分析から、推察します。
今回の軍事衝突は、「満洲事変に憧れた劣化コピーたちによる杜撰な計画の所産」である。
先人の業績の、上っ面だけなぞろうとした模倣犯が、すでに変化、いや進化したドクトリンを持つ中国軍に、手ひどいしっぺ返しを食らっているわけです。

加えて、民間人の被害も相当に出ています。
満洲事変でも、兵だけでなく民間人にも死傷者は出ました。あのとき私は、青年同盟の人たちと、奉天市内で救護所つくって被害状況とりまとめて名簿作って申請出して、交代で瓦礫の処理もしたんですね毎日。
日本憎しの人たちとも、赦してはもらえなくとも、テーブルを囲む程度のお付き合いは続けてきました。
それもまた、満洲事変を最終的に成功させた、大きなポイントだったと思っています。

でも、まだ、わからない。石原はいま、どこで何をやっている?
内地にいて、北京のバカ共を止めたいなら、参謀本部にいるんだからすぐに手が打てるはずです。打ってない?
満洲事変とは状況が違うけれども、これもまた石原の計画に沿ったなにかであるなら、この先があるはずです。それは何か?
わかるまで、動けない。もどかしい。つらい。



[43732] File_1937-07-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/15 00:20
File_1937-07-002D_hmos.

北京の紛争、続いてます。
中国語では、慣例で七・七事変という呼称が定着しつつありますけど、7月11日に日本でも、名称が閣議決定されました。
北支事変。

つっこんでおきましょう。まず、戦争ではない。
事件と言うには規模が大きすぎるし、双方とも宣戦布告はしていない。よって事変と見做す。
北支、と規模を明言していますね。宛平県城、紫禁城まで占拠し北平市を制圧するところまでで終わらせるつもりはないよ、と仄めかしてます。
近衛内閣は、内地より三個師団・朝鮮より一個師団・満洲より二個旅団を派遣する決定を下しており、すみやかに華北すべてを奪っちゃえという肚づもりが、手に取るようにわかります。

対する国民政府は、軍事部長の何応欽氏を呼び出して北平防衛の任に就かせましたが、四川から南京へ戻ってくるまでに3日かかったって。
ほんともう。政治中枢を南京に一極集中させるのやめましょうよ。
南京が首都であること自体は構いませんけど、主要都市ごとに即応政府つくっとかないと、すべてが手遅れになってしまう。だから日本なんて小猿にナメられるんですよ。つけこまれるんですよ。それでこのザマですよ。
いいかげん目を覚ませどっちも。

北平市内では、宛平県城は陥ちましたけど、第29軍は紫禁城を防衛ラインとして、なおも抗戦中。
日本側は、相手がここまで粘ると思ってなかったのか、弾切れで膠着状態です。巨大都市ですから、食糧はいくらでも徴発できるでしょう。やってると思います。奪い放題に奪ってると思います。やってないわけないでしょう。

満洲事変との比較でいうと、国際連盟は動くかな。
まだ、具体的情報はありません。欧州では今ドイツとイタリアが調子に乗ってますから、東洋にまで調査団を送る余裕も、ないかもしれない。
4月にも、ゲルニカ爆撃があったばかりです。
ドイツ空軍が、スペイン北部の町を襲いました。沿岸一帯は重工業が盛んで、戦略的にも重要だったみたいなんですが、目標とされた町は人口5000人程度で、軍需施設はおろか対空陣地など皆無。
ここに、爆撃機と戦闘機が空を覆うほど現れ、焼夷弾と機銃掃射で破壊の限りを尽くしたそうです。

私が読んだのは英語ソースのみ。
スペインで内戦中の、一方の側を支援するための作戦とドイツは説明してるらしいですが、いわゆる無差別都市爆撃という新戦術の実験だったように考えられてます。
あと8年すると日本中がアメリカにこれをされることになります。技術の進歩って、容赦なく伝播するものですね。
もうウルトラみたいな暗号解読機の開発も始まってるんでしょうねえ。ENIACとか。
山口一太郎さんとかをさ、そっちの道へ役立てればよかったろうにね。日本陸軍さんよ。

ゲルニカは、ピカソが怒りをふりしぼって巨大な壁画に描きました。翌5月のパリ万博で公開されたそうです。
だから21世紀人の私も、名前くらいは知ってたんですね。
何度も言ってますけど、その程度の歴オタでした。ドルニエかな、ハインケルかな。そんな名前は知ってても、ゲルニカとは何かまでは、考えたことなかった。そんな残酷な事実があったのですね。
深く、恥じ入ります。もう二度と、忘れません。

いまの日本に、欧米の最前線軍事技術がどんなレベルか教えてやれば、思いとどまるかな。
無理でしょうね。中国軍に勝ってるくらいで無敵神話に酔い痴れてますけどね。
ドイツと同盟結んでる限り、ヨーロッパは任せておけばいいとか、その程度の落としどころで安心しきるだけでしょう。
本気で死ななきゃ治らないか。

あと8年。長すぎます。
もう私は、生きているのさえ、嫌になってるんだよ。
まだまだ、こんな日本人を見てなくちゃいけないのか。あと8年も、あるのか。
耐えられないよ。コールドスリープしたいよ。
この世界から、早く抜け出すには、どうすればいいか。
考えました。
そのための準備を、始めます。



[43732] File_1937-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/16 00:03
File_1937-08-001D_hmos.

七・七事変より、1ヶ月経ちました。
終わる気配、ナッシング。むしろ、泥沼です。

日本、引き際の見極めはついてますか?検討くらいしてますか?
落としどころは、見えてますか?
それがわからないで戦争してる、なんてことは、まさか、近代国家ならありえないですよね?

7月末に、北平が陥落しました。
北平市長・奉徳純氏と第29軍は夜陰に紛れて脱出。
日本軍はすでに市周辺の拠点を制圧しているので、ここがひとつの区切りではあったんです。

その翌未明。冀東防共自治政府領土内、通州で、事件が発生。

満洲国と河北省との境界に作られた、非武装地帯。一昨年の暮れ、ここにあからさまな日本傀儡政権が誕生。
その中心地では、顧問という名の利権屋どもとその家族が、一等市民として高級住宅街に住みついてました。

7月29日払暁。冀東政府保安隊、約三千名が行動を起こします。
第29軍が撤退した今、東南西北を日本兵に囲まれている状況下。
逃げ場を失った中国人たちの心中をお察しください。
保安隊の先導で領土内の中国人は脱出を図りますが、その際に日本人顧問とその家族を百名ほど殺しました。
冀東政府首班の殷汝耕も引っ捕らえて連れていこうとしましたが、彼だけは日本軍に奪い返されたそうです。
いっぱい秘密を知っているでしょうからね。日本軍も、必死でしたでしょう。

この事件を最初に広報したのは、日本側です。
支那人により、我が国民が斯くも無惨なる骸を晒したり。犠牲者は非武装の民間人であるぞ。犯行現場は支那国内の独立自治体内であるぞ。これが支那人の本性である!我々はあらためて毅然と、支那を膺懲せねばならないのである!と。
北平市内ではすでに五千人を超えるとみられる支那人の御遺体がカラスの餌になってますけどね。
膺懲するなら、公平にやりましょう。

ともあれ、通州での一件は、日本国内をさらに好戦ムードへと掻き立てた模様です。
支那人を一人残らず殺すべし、と息巻いてる人が、いっぱいいるみたいですね。
それ以前に、日本人を一人残らず殺したい人が、中国大陸だけで、どれだけいるだろうと考えてみたんですが。
実はそんなに、いないかも。
支那の民は生来、とっても平和を尊ぶ人々なので。

だって中国大陸の住人が、日本の領土へ攻めていったのって、656年前の元寇が最後なんですよ。
日本はそれ以降、大きな侵略行為だけでも、11回やってます。満洲事変が9度目です。
どっちが好戦的種族かなんて、考えるまでもないでしょう。



[43732] File_1937-08-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/17 00:03
File_1937-08-002D_hmos.

民国26年8月13日、金曜日。
日本軍、上海市街地へ武力突入を開始。
朝一番の砲撃と共に、陸戦隊が掃蕩を始めた模様。

上海は海軍のショバなので、編制とか司令官とか充分なデータを私は持ち合わせないのですが。
これが偶発的な事変でも、中国側からの挑発行為によるものでもないことは、いくらでも傍証を挙げられます。

当日中に近衛内閣が、上海へも二個師団派遣を決定しているのが、根拠のひとつ。
だから今日の日本語新聞には、第二次上海事変勃発と、増派の閣議決定が、ひとつながりで載ってます。

それ以前に、8月1日の辞令で到一さんにも帰国指示出てましてね。
再編の上、支那戦線へ投じられるところまでは確定。
つまり日本は、事変を事変で収束させるつもりはさらさらなく、むしろますます戦域を拡大させる工作を今もシャカリキにやっていることが、明白なんです。

上海攻撃も、五年前とそっくり。三番煎じです。
満洲事変だって、関東軍が失敗してたら、ただの叛乱罪だった。
海軍は最初から何も知らされてないので、当時、満洲では何やってんだと遠巻きに見てましたが、年明け早々、首謀者の石原たちがなんと天皇陛下からお褒めの感状いただいちゃった。
その直後に上海へ殴り込みをかけました。

私はそのとき上海へ、バカンスに行ってて襲われたんですよ。
いまだに、あれを上回る死線をかいくぐったことはありません。日本兵の恐ろしさ、容赦なさを、殺される側から味わった、貴重な体験です。
今にして思えばね。

今度もまた、陸軍だけに旨い汁は吸わせねえって、海軍が欲を掻いたんでしょう。
猿真似のサルマネだから気楽なもんでね。七・七事変直後から、呉淞沖に大艦隊を終結させて、「上陸した水兵が中国人から侮辱された」とか、「居留民はこんな差別を受けている」とか、次から次へとイチャモンを積み上げてました。
そして、満を持しての、8・13というわけです。
しかしここで注目すべき点がひとつ。

三番煎じのサルマネ共が、
五年前の上海事変をただなぞればよいと考えているとしたら、
華北を蹂躙してる陸猿ども以上に滑稽です。

あの頃と今とでは、上海の防衛態勢も桁違いに進化してるんですよ。
それをどこまで理解しているか。陸軍と同程度にアホなのかどうか。
これを検証する機会になると思います。現地の方々には、申し訳ありませんけど。

五年前、上海では国民政府軍の常駐を禁止するという屈辱的な条約を日本は結ばせましたが、それはむしろ上海における、共産勢力の浸透を援けてきました。
かれらの情報網とゲリラ戦術が、市街地で発揮される。これも、日本軍には未知の体験でしょう。
いや、世界史的にも、かなり目新しい形の戦場ではないでしょうか。

上海特有のクリーク=運河ですね。これも五年経った今では市街地内外に、迷路のように張り巡らされています。
渡河に手間取っている部隊は、対岸からの狙撃には格好の獲物となる。
共産軍は一撃必殺の狙撃手育成に世界一熱心ですから。
こんなミリオタ目線で、最新の上海地図を見ながら、私は考えるんです。
日本、いったいどれほどの損害を出すだろうかってね。

支那なんて三週間で降参させてみせるよ、って流行語が今日も新聞に踊ってますが、前は二週間だったのが、ちょっとずつ延びてます。
見ててごらんなさい。日本人なんかに、中国は永遠に征服できやしません。
地図を見るだけで、わかること。
おまえらの脳味噌なんて、その程度。



[43732] File_1937-08-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/18 00:02
File_1937-08-003D_hmos.

到一さんを、新京駅で、お見送り。

内地を経由して、北支那方面軍および上海派遣軍に編入される軍人さんが、いっぱい乗り込みます。
家族の方や、婦人会、在郷会の方々でホームも駅舎内外もごった返してます。
万歳三唱の声量合戦が繰り広げられています。
これは伝染しちゃうなあ。「露営の歌」も、大人気ですよ。
殺すと言わず、手柄と言う。
いいですね。オブラートに包めば、なんだって美味しく食べられる。

東宮カネオ少佐も一緒に内地へ戻るそうです。

「コダマか!久しぶりだな!あいかわらず小さいな!駄々っ子のお守りやってんだってな!早く嫁さんもらって独り立ちしろ!俺が戻ってきたらチャムスへ来い、鴨鍋食わせてやる。旨いぞ!」

相も変わらぬニンニクまみれのオヤジ臭。
チャムスというのは東宮が担当してた、だだっ広い開拓地ですね。
匪賊は根絶済みだからと、胸を張ってます。カモって鳥のカモですか?てつい聞いちゃうとこでした。いや鳥だって殺され食われるために生存してるわけじゃないですけどね。

佐々木到一少将が満洲国軍政部最高顧問になったとき、旧知の仲だと東宮を部下に指名したらしいんですが、あまりに意見というか性格が合わなくて、それ以来「最高~顧問は~駄々っ子だァ~」というのが東宮の口癖になってるっていうのは、到一さんからしょっちゅう聞かされてました。
私はその駄々っ子の、さらにお守りだそうです。いいんですけどね。

「とはいうもののな。我々皇軍たるもの、陛下に死んでこいと言わるる、これ以上の幸せはあるまいて。ようやく、軍人の本分に戻れてわしゃ幸せだ。なので、戻ってこんつもりだ。満洲の前途はお前らにまかせる。いい国にしてくれ。頼むぞ」

シンミリいい話ふうにまとめようとしてますけど、クソクラエです。

到一さんから、西竹一騎兵大尉へ、特別に、紹介していただきました。
身は細いのに、力強い掌でした。この世界の日本人男性には似つかわしくないイケメンでもあり、ロサンゼルスオリンピック馬術障害飛び金メダリストという箔も付いて、迂闊に外を出歩けないほどのトップアイドルです。
昨年末から満洲へ来られてたのは知ってましたし、新聞のインタビューも何度か受けられてましたが、いざ対面しますと、月並みな応援の言葉しか、出ませんね。
馬と走るなら内地より大陸の方がずっと良いよ、と笑ってらっしゃいました。
西大尉はおそらく、戦争なんて、人殺しなんて、心底やりたくないけど軍隊に入っちゃった人なんだろうなという印象でした。到一さんや東宮、私なんかは敵を殺すことに躊躇ありませんが、西さんからは、そんな臭みを感じません。

これは誰にも言えないネタバレですけど、私は西隊長の最期を知ってるんです。

ええ。西さんて、21世紀でも女の子たちの憧れなんですよ。映画にもなってます。必ずイケメンが配役されます。イケメンじゃないと成り立たないので。
だからね、余計、せつなかったです。
涙をこらえるのがやっとで、ほとんどお話、しませんでした。

そんな西大尉も、内地へ戻り、これから戦地を駆け巡ります。戦後まで生き延びられたら、満洲でも北海道でも、ずっと馬たちと走り続けていられたのだろうになあって。
そんなことをね、考えてました。

さて。到一さんの面倒を見なくてよくなったところで、私は、晴れて自由の身です。
責任を伴ってこその自由ですよね。もちろんわかってます。
東京レアメタル。第2ステージ、発動です。

東郷部隊とのお付き合いは続けます。ずっと一人でやってきましたが、半自動化しました。ハルビンで注文を受け付け、担当が中継地点の倉庫へ搬入します。それより先は、あちらにまかせ、関知させないことにします。
私も時々戻って、各セクションを点検して、様子伺いに行きますけど。出来得る限り何も知らない、何の権限もない社員だけで、帳簿上は清廉潔白きわまりない、そんなシステムを構築しました。
放置プレイで経験値稼がせながら、社長は上海へ行ってきます。
名目は、営業活動。新規開拓。

やっぱりね。自分の目で見てこないと、わかんないんで。



[43732] File_1937-08-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:794707dd
Date: 2021/12/19 00:02
File_1937-08-004D_hmos.

上海、もっとボロボロになってると思ってました。

日本陸軍の増援は、日本語記事では二個師団ですか。
ざっくり、1万5000人。
すでに上海へ到着してますが、上海中心市街地へは、入ってきてません。
案の定、北部の郊外で手こずってます。

呉淞砲台はすでに奪われたようですが、最前線は、𣪘行鎮まで迫ってきているとの情報も。
呉淞クリーク越えたのか、やるな。
その先の走馬塘クリークは、越えられるかな?

日本軍がいま攻めている地域は、道路よりクリークの方が総距離長いんじゃないかってくらい、攻撃側には難所なんです。
渡河作戦に特化した工兵隊がいなければ、軍隊行動なんて、ままならない。
日本の城でも、堀や水路を活用する例はありますけどね。ただ、スケールが違います。

そこで日本軍を堰き止めている間に、市の中心地区では国府軍と市民が、昼夜貫徹で防空壕や砲陣地をつくってます。
共同租界は英国軍が、仏租界はフランス兵が、もちろん日本人居留地である虹口には日本海軍が防衛ラインを固めてますが、それ以外の街路は悉く、すでに戦場です。
市民は、戦う覚悟を決めています。
ムメファーツなんて言葉、もう、死語です。
五年間で、こんなに変わりましたよ、上海。

仮に上海が陥落して、それをもって南京政府に降伏を迫れるかといったら、無理ですね。
日本人にもう少し知恵があれば、いったん退いて戦略を立て直すくらいの学習能力を示してもらいたいところなんですが。
更なる増援が到着しても、同じ方向からいつまでも力尽くで押し続ける公算は、大です。

現首相・近衛文麿の正体も、見えてきました。
さすが石原。こんな手駒があれば林首相、いらないですね。すぐ取り替えたくなります。
決断が、早いんですよ。
しかも、陸海軍の要求に、すぐさま応える。
貴族だから、おそらく皇室への根回しも軍閥よりよっぽど手際よい。
それを裏から操っているのが石原というカラクリです。

これは、ますますもって、本気ですね。
本気で、中国を一気に、手に入れようとしてるんですね。
ほんとに、あなたって人は、いつも皆を驚かせる。
今度は、誰のためですか。私じゃありませんよね。
ハルさん?近衛?私の知らない誰か?まあ、いいです。
誰を驚かせるつもりでも。そんなことはどうでもいい。

今の私は、今のあなたの計画とは、まったく関わりがない。
私は、私の信念に基づいて、就くべき側の味方に就きます。
自分の意志に基づいて。自由と責任とを掲げて。
私が石原莞爾というモンスターをつくりだしてしまったのなら、私の手であなたを殺します。

さて情報蒐集と、目標の確認ができたところで、私はいったん上海を去ります。
コレラが流行り始めてるんでね。市行政がてんやわんやしてて、感染が拡大中。
対策してこなかったので、これ以上の長居はしません。
東京レアメタル経由で、防疫部と日特に、電報を打っておこうと思います。菌だから、濾過器である程度、予防できるはず。派遣軍に持たせるべし!ってね。
私の活動資金を稼ぐためでもありますが。

次の営業回り先は、華北です。



[43732] File_1937-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/20 00:02
File_1937-09-001D_hmos.

行きはよいよい、帰りはこわい。
上海からの出港は避け、陸路で華北へ向かいます。

といっても、南京~徐州ルートも危険なので、南昌~長沙~漢口~石家荘~保定、というとんでもない遠回りをしました。二週間かかりました。
この間に、戦線は拡大の一途。

北平は占領され、第29軍は、私が今いるこの保定に陣を構えてます。
保定は、北平・天津に次ぐ大都市ですが、上海に比べると、防衛要地としては未熟。
いずれ日本軍が攻めこんできたら、占領されるでしょう。
次は石家荘まで逃げるのかな?

蒋介石は、全国民へ向けて放送しています。
奇襲による一点集中で目的を達するのは日本のお家芸だが、我々は今は兵力を温存して退却するしかない。
しかしひとたび持久戦へ持ちこめば、日本はすぐに息切れする。
そこまで、追いこむのだ。
鯨を飲みくだすことがいかに難しいかを、和寇へ教えてやるのだ。と。

たしかに地図を見れば、呆然とする距離なんですよ。北平からここまで、直線距離でも160km。
今年の夏、この辺一帯がひどい水害に見舞われたので、街中でも水はけが悪く、まるで湿地帯のようです。
逃げる中国兵もつらいでしょうが、土地勘のない日本軍は更に難儀するでしょう。トラップにも気をつけなきゃいけませんしね。
そして、補給は、届くのかと。

中華人民にとって憂慮すべきは、飛行機です。
日本、いつのまにこんな航空戦力持ってたんだろう。上海でも海軍機が飛び回ってましたし、すでに南京・漢口へも空爆が始まってるそうです。
偵察、そして、爆撃。精度は決して高くないですが、対抗手段を持ち得ない中国の軍隊にとっては致命的な脅威です。
北平市豊台に飛行場がつくられると、そこから今以上に飛んでくるでしょうね。
こちらにも対空砲が欲しいところですが、命中率を考えると、大して当てにもできますまい。
空襲警報と防空壕が、日常風景となるわけです。

保定は、情報の集積地としては極めて便が悪く、大衆向けの中国語ソースしか得られないのがストレスなんですけど、気になるネタとしては、共産党に動きがありました。
西安以降、縮まるようで縮まらなかった国府と共産の関係ですが、日本との本格戦闘勃発により、なりふりかまっていられなくなったみたいです。

共産軍のままであっても「蒋軍事委員長の命令に絶対服従し、国家のためにその身を捧ぐ」という、国民政府軍と同列の宣誓をさせた上で、数個師団相当の兵力が、山西省に配備されたようですね。
一個師団あたりの兵員数も、日本の十倍くらいなのかな。正確な数字を求めるのは無駄なんで、踏み込みませんが。
面白いのは、共産党を受け入れてくれたお礼にといって、コミンテルン経由でソ連から中国への武器供与が既に始められているという噂。
とにかく火力が不足している中国にとって、この申し出はどれだけ魅力的なことか。
ということは?共産党の発言力が、これから、いやが上にも高まりますよね。

行きはよいよい、帰りはこわい。
帰り道は、確かめておきましょうね。私は遠回りでも、確実な方を選びます。
それが、生き残る鍵だと思います。



[43732] File_1937-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/21 00:02
File_1937-09-002D_hmos.

保定に、そこまで長居をするつもりじゃあなかったんですが。
日本軍の斥候が喋ってるのを、たまたま盗み聴きしましてね。

自分たちの旅団長が、ひどい野郎なんだよ。
徴発厳禁だなんて。腹が減ってしょうがないよ。
強姦も禁止だって。俺たちが年がら年中やってるみたいじゃないか。
上官にも容赦なく楯突く人らしいから、不祥事起こして早く飛ばされてくれないかな。
前は満洲人だけの部隊で、最高顧問なんてやってたらしいぜ、だって。
おい、到一さんじゃねえか。

普通だったら、知人とは顔を合わせる前にトンズラするんですが。
ちょっと思いついたことがあり、日本軍が、保定へ攻めこむのを待ってました。
それなりの戦闘を経て、9月24日に保定城は、制圧されました。

いつものことですが、保定市民も日本軍を大歓迎します。日の丸を掲げて、盛大にもてなします。
連中の機嫌を損ねまいと、死にものぐるいです。
日本人がいなくなったあとでの、かれらの泣きじゃくりぶり。これから同朋に裏切りを責められ、粛清の対象にされることも覚悟せねばならない。そんな姿も、お見せしたいところですが。
日本人の前では、しませんから。
見せても、もらえないですから。
悲しいけどこれ、戦争なのよね。

さて、日本人なのか中国人なのか、便衣隊なのか一市民なのか、何の目的があって近寄ってくるのか。そんな得体の知れないチビスケが、占領地でノコノコ旅団長へのアポイントメントなんて、普通はとれないと思います。
コツがあるんですよ。
明瞭な日本語で、
「第30旅団長、佐々木到一少将にお取り次ぎ願いたい。コダマといえばわかります。特務です」
これだけ告げたら、完全監視下で、何時間でも、神妙にただひたすら待つ。
本人まで伝わりさえすれば、あとはスピーディーです。別室に案内され、佐々木少将から直々に、一体どういうことなんだと軽く小一時間お説教されますけれども。
ここで旅団長謹製の特別許可証さえ、いただければ、私の行動範囲は格段に広がるって寸法です。

ついでに、いろんな情報も引き出しました。
北支那方面軍は、さらに南下を続ける予定ですが、ここでまた再編制されるらしい。
上海が手こずっていて、そちらに一部が回されるそうです。
同時に、一気に首都・南京まで攻めこむ計画も、進められている気配ですね。
なぜならば。
支那が謝らないからだと。
勝ち目などないにも拘わらず、蒋介石は徹底抗戦を謳い、支那全土を戦火に巻き込もうとしている。かくなる上は、我ら誉れ高き皇軍が南京政府に鉄槌を下し、支那の民を誤謬から解放せしめん。
そんな大義名分からだそうです。
アホか。

到一さんも、困ったものだねという口調でしたが、だからって逆らえるわけもありませんよね。
たかが少将。たかが、いち旅団長。
サラリーマンは従わなきゃいけません。
軍人だから、反抗は即、処罰対象。
上に行くほど、バカしかいなくなる、そんな組織で。

さて、どうしましょう。困ってばかりもいられません。
ところで私は軍人ではないので、到一さんに庇ってもらえるなら、その強みを活かせると思うのですけどね。
何かお入り用のものはないですか?
食糧。衣料品。薬品。衛生用品。軍手でも靴下でも。
満洲で準備して、大連からの船便に軍用品として紛れ込ませられれば、中央へ申請するよりもずっと早く届きますよ。
旅団長権限で、どこまで可能でしょうか?

あるいは、現地でも、力尽くで徴発して回るよりは、私が出向いて交渉しましょう。
それなりの費用を払って、分けてもらえるように取りはからいましょう。
強奪よりはいくらかでも、後味いいと思うんですけどね?

そんな感じで、私は佐々木旅団長付の便利屋ボーイという、アバウトでファジイなポジションを手に入れました。

実はそんなに突飛なことでもないんですよ。
戦時でなければ、日本の将官クラスは官舎や自宅に中国人ボーイや女中の五人十人は普段から雇っているものですし、戦地でも、村人を徴発して、荷物運びやらせたり、死体を埋める穴掘らせたり、洗濯やら豚の解体やらの労役に供するなんてのはごく普通の光景です。
だから私が部隊内に寝場所をもらって、佐々木少将の従卒=お世話係として働いていても、特別、不審に思われることは、実は、ないんです。

そもそもが間違いまくっているがゆえに。私はそれを利用します。
思えば、満洲事変の参謀室にただ座ってたあの時が一番、奇妙な光景でした。あれは、今でも、ねーよって思う。
日本人の、セキュリティの甘さにも、困ったものだね。ヤレヤレ。



[43732] File_1937-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/22 00:02
File_1937-10-001D_hmos.

奉天から先は、満鉄です。

単線から複線になり、同じ車輌なのに揺れが驚くほどおさまります。ちょっと誇らしい。
兵隊を満載した列車を、工兵隊が動かします。
時刻表に忠実な満鉄路線のダイヤにすら割って入り、必要がない限り止まりません。

保定から大連まで、丸四日間の旅程。
すし詰めの兵たちは立ったまま眠り、時折、中継駅に着くと外へ出て、排泄と、伸びをします。
各駅で地元の国防婦人会の皆さんが待ち構え、甘味やらお手紙やら入った慰問袋を、がむしゃらに手渡してくれます。

国を挙げてのイベントなんだなあ、戦争って。
オリンピックと違うのは、リアルタイムな実況が許されないことくらいですかね。負けたら国賊と罵られるのは、同じですもんね。

到一さんと私たちは、満洲で点呼と補給を二日で済ませた後、船で南京へ向かいます。
上海はまだ戦闘中ですが、その脇をすり抜けて、揚子江を遡上します。

すでに日本軍の戦死者は、1万人を超えているそうです。
てことは中国人を10万人以上殺してるという解釈でいいですか。
支那は三ヶ月で片付ける、というフレーズを最後に、この流行語も廃れたようです。
かくなる上は一気に首都を陥としましょう。なるほどね。
あまりにも計画の立て方が粗雑ですね。

南京かあ。私たちが最初に出会った街ですよね、到一さん。ちょうど10年、経ちましたね。

「あの頃は人口30万だったのが、今は80万だそうだ。首都になってからは城内外にもどんどん建物がつくられて、全然みちがえるほどだというぞ」

じゃあ昔の土地勘は活かせませんね。
佐々木少将は最新の地図を持っておられますか?

「お前になら、見せておいた方が、むしろ、よかろうな。作戦用の地図だが、これだ」

ほほお。
……え、これだけですか?
10万分の1、かな。城内はグレー一色ですね。
紫金山に、玄武湖に、下関港にと。門が二十ほどあって、と。
城外の要塞が、十ヶ所くらい。佐々木支隊は、北東から攻める、と。
城内地図……なんて、なさそうですね。ここには。
方面司令部には、さすがに……あればいいけど。なさそう、かな。

まして、本国に、東京の参謀本部に、どこまで現地の情報が蓄えられているのかなあと、想像するだに恐ろしい。
2・26の包囲網がいくつ入るかな、くらいの規模の城塞都市ですよ南京は。
城内へ入ってからが大変なことくらいは覚悟しておきたいんですが、かつては支那通の第一人者だった到一さんですらが、城を囲んで門を破るところまでしか想定してなさそうなのは、解せません。

たかが旅団長。
作戦の全体像まで教えられてはいないでしょう。
しかし、生き残りたいなら、自分が命じられた業務だけではなく、その先の、上層部の方針ですとか取引先の心の中まで想像できなくては、ただの飼い殺しで終わるまでですよ。

少なくともこの作戦、どこがゴールなのだろうか、くらいの疑問は持っていただきたいものなんですけどねえ。

蒋介石が両手を上げて降伏、これからは日帝の意のままに慎ましくひれ伏しますと言う。そんなエンディングをただ、夢見てますか?見てそうだなあ。
7000万の日本人が、耳を塞いだまま、日本語で、そんな念仏を唱えてそうだなあ。内地でも外地でも。

井の中の蛙は、永遠に井戸の中で生きててほしいです。
外に出るなら、それなりの準備をしてから出ましょう。
準備とは、まず、知ることです。
空の青さと、おのれの小っぽけさを。



[43732] File_1937-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/23 00:46
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六日間、洋上にいました。

大連出港が11月12日、上陸が17日ですから、合ってますね。
平時の観光でも、三日はかかるか。
揚子江って、流れが速いので、落ちたら、同じ船に助けてもらうなんて不可能ですし、波に呑まれてすぐ溺れ死にます。
つまり上海から南京までは、その逆の旅程に比べて、時間もかかるし船賃も高いのです。
さらに加えて、日本の軍艦がひしめきあってます。砲音もやみません。

噂では、いよいよ四行倉庫が陥ちたそうです。中国の四大銀行が共同で所有する、6階建ての団地みたいなビルが上海市の端に建ってて、そこが最後の砦になってたみたいなんですね。
この時代の野砲や重砲ではびくともしません。
支那兵はそこからも撤退して、共同租界へ逃げこんだそうです。
英国軍に守られた共同租界は、いま、難民キャンプと化しているみたいですね。

お察しの通り、到一さんに張りついてる今の私は、中国語と英語の情報にアクセスできないのですが、その代わり、日本陸軍作戦の一端を直接知り得るポジションを有しています。

今のこの状況で、南京へ一般人が赴くのは無理。
これからますます、情報源を新聞屋どもに依存していると生き残れない時代に突入するのがわかっているんでね。自分から動いていくしかない。
でも別に日本人の味方をするつもりはないし、正直、日本が大嫌いです。
そんな私が生き残ろうと考えているのです。到一さんを、利用してでも。

滸浦鎮という陣地に上陸。
日中も対岸が見えないほどの靄で、順番待ちしてる間に陽が落ちました。
兵たちと共に、藁の中へもぐって寝ます。
翌日より行軍開始。南京まで200km。
荷物は自分と到一さんの分だけなんで、兵たちに比べたら楽なものです。
と言いたいですけど、足下は悪いし、時々、森の中から銃撃をお見舞いされます。
いやあ、戦場だなあ。

比較的、エグくない話をいくつか。
兵には、一人一日、1.4合の米しか支給されません。あとは徴発でまかなえ、です。
日本軍が行進すると、沿道の農民は一斉に万歳三唱をはじめます。
果物やお菓子を、奪われる前に提供してくれ、ご機嫌をとります。
行軍が見えなくなるまで、万歳が続きます。
それでも、前の村より貢ぎ物が少ないぞとか、そろそろ肉が食いたいなあとか、あとは、地雷などの罠が仕掛けられてそうだったり、難所で荷運びが必要となると農夫を徴発して歩かせたりとかね。
だんだん加減を忘れていくもので。
拒否ればその場で殴る蹴るも日常です。
小銃で撃ち殺して、上官から怒られる奴もいます。弾がもったいないですからね。

南京が近くなってくると、国府軍によって、橋が焼き落とされてることも多くなります。
工兵隊が、ロープでつながった戸板を対岸まで渡します。
この上を這って一人ずつ進むのですが、バランスを崩すとひっくり返って水中に落ちます。行軍のスピードが一気に低下しますし、絶好の銃撃チャンスでもありますので周辺を広く警戒します。
まあ、撃たれるのは最初に渡るヤツだけなんですけどね。

標準装備の中には、ガスマスクもあります。戦死者のぶんは余るので、私もひとつ、もらいました。
どこかの村で、演習もしました。家を一軒、徴発して、ミドリ筒っていう嘔吐剤を充満させます。
ガスマスクを自分で装着して、その家に5分間、順番で、閉じこめられるんですね。
皆、かなり真剣ですよ。これ、使うときがくるのかなあ。
視界が極端に狭くなるので銃撃戦の最中には却って命取りになると思うんですよね。
化学戦には東郷部隊が絡んでるはずなので、生きて帰れたら、こういう現場からの声も反映させてやりたいものです。

そんな平和な日常も、そろそろ終わる頃ですか。さすがに、歩き疲れました。
到一さんが、方面軍司令部での会議から戻ってきました。
集結予定日は、12月2日。
私たちは丹陽にいます。
南京まで、あと80km。



[43732] File_1937-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/24 00:02
File_1937-12-001D_hmos.

コダマです。寒いですね。
雪は降ってませんけど、毎朝、霜が張っていて、寒風ふきすさびます。つらいです。
いま、東流鎮という陣地を奪取すべく戦闘中。今日はここで宿営かな。
陣地の中で眠りたいので、なんとか日が暮れるまでに占領したいものですねえ。

日本軍はすでに、ぐるっと南京城を包囲してます。
城の門は固く閉ざされ、市民の大半は逃げ出してると、思いたい。
中に立てこもってる兵は約10万との司令部想定。
兵站の旅程と費用概算もまともに計算できない人たちによる数字ですから、どれほど正確かわかりませんが。

先月のうちに、南京から重慶への、遷都が発表されまして。
国民政府の機能は大方、移されてます。
蒋介石も、すでに南京にはいない、との噂。

四川省重慶といったらここから1400kmほど西ですが、どうするつもりですか日本軍。
そこまで、いえ、どこまで追いかけますか。
楽観主義的視野狭窄ぶりにそろそろ気付きませんか。
これ以上の持久戦に耐えきれますか。
ギブアップしませんか。しませんよね。

仮に城内に現役兵が20万人控えてたとしても、日本軍なら南京城までは、陥落させられるでしょう。
そこをひとまずのゴールとして、何らかの政治的結着に持っていければ良しですが。
でも中央にそこまでの知恵と思考力があったら、そもそもここまで勢いだけで来てないですもんね。
今はすべてが腑に落ちて、やるせないです。

本日は城内に、空からビラを撒いてるそうです。
日軍百万は南京城を包囲しあり。今後の交戦は百害あって一利なし。明日の正午までに城を開放して協定の準備をすべし。回答なければ攻略を開始せん。
すなわち、明日ノ正午ニ一斉攻撃開始スルカラナ、ですね。

余裕をもって、装備の点検と、腹ごしらえをしておきたい。
あいかわらず食糧は徴発に頼るしかなく、割り切ってしまえば毎日それなりのカロリーは摂取できてます。
やむをえません。ここで私が餓死するわけにはいかない。
空腹は敵ですし、痩せ我慢も敵なのです。

毎日、司令部より作戦命令が届きます。
やっぱり、ここまで来て、地図は最初のものをそのまま使ってます。
何ヶ所も書き直されてて、すでにぐちゃぐちゃですが。
斥候が偵察してきてくれた、詳細な地形や敵の配備状況のデータを補完しつつ、フォーメーションを考えておきます。とにかく、無駄のない動きをしないといけませんからね。
私はそんな、佐々木旅団付参謀みたいな役割を、いつのまにやら自然に担ってます。

紫金山には、孫中山先生の柩が北京から移されていて、中華民国のモニュメントとなっています。
この丘に設置された陣地を無力化するには、空爆と重砲で叩いたのちに歩兵が乗りこむべきなんですが、お墓も壊れます。
壊していいですか?これが、本日のハイライトでした。

蒋介石を倒すことには躊躇しない到一さんでも、中山先生への敬慕は、ひとかたならぬものがあるようです。
中山陵へは、攻撃するべからず。
極力、墓へは、傷をつけないよう攻略するべし。
という超めんどくさいクリア条件が追加されました。
では、佐々木支隊だけ別働隊として太平門方面へ向かわせ、中山陵陣地に背後から接近する。
かなり危険なミッションになっちゃいますけど、構いませんか?
佐々木少将は、俺が行く、と言ってます。部下たちが、尊敬のまなざしで応え、自分たちも全力を尽くしますと、力強く宣言します。

美しいような。そんな風に思っちゃいけないような。
明日に備えて、本日はしっかり、休んでおかなくちゃ、ですかね。



[43732] File_1937-12-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2022/12/06 01:33
File_1937-12-002D_hmos.

12月10日。天気晴朗なるも、風冷たし。視界は良好。
0400起床。俘虜に作らせた飯を、各自飯盒に詰める。
0900より、盛大な砲撃と共に我々も前進開始。
1200。南京城からの特使は我軍の指定した場所に現れず。
よって、回答無しとみなし総攻撃へと移行せん。

これ、原稿準備してあったでしょ。だいたい、砲撃し続けてる場所へ出てこれるかバカタレ。

我が佐々木旅団は三手に分かれ、紫金山北側より展開。突撃を開始します。
私のポジションは、前線より一歩退いた指揮所陣地。
第一線は、馬円南方高地から仙鶴門西北高地まで到達した模様です。
伝令がひっきりなしにやってきて、到一さんや連隊長へ状況を伝え、新たな指示を受けて、また駆け出していきます。

私は作戦にはタッチしませんが、かれらに水を一献すすめながら、現場でいま必要なものを聞きます。
上官たちは、勝敗的な情報しか、もっといえば威勢の良い報告しか求めないものなので、下着の替えが欲しいとか、飯が凍ってて箸が折れたとか、メガネ割れちゃいましたとか、そんな恥ずかしいことは言えないものです。
私もそれに全部いちいち応えることは不可能ですけど、困ってることはとりあえず言ってくれと伝えてます。

「ここで死んだら、せっかく頼んでたのに悪いな」って踏ん張れるかもしれないし。
そう思うだけで狂気の一線を越える手前で我に返れるかもしれないじゃないですか。
パニック障害おこしてる兵、けっこういるみたいなんです。
そりゃそうでしょう。
目の前で戦友の血しぶき見て冷静でいられる猛者がどれだけいますか。
即死ならまだ割り切れます。仲間の悲鳴をすぐ脇で聞きながら射撃を続けなくちゃならない。照準合わせるには集中力が必要なんです。
神経がもちませんよ。

南京城は、堅牢です。この調子では、まだ数日かかるでしょう。
食糧、ないんです。
明日以降は、前線を維持するだけで精一杯です。
国防婦人会のおっかさん達をここへ連れてきてほしいくらいですよ。
も少し後方で旅館ひとつ接収して、終日弁当作りして、前線へ届けまくる。
必要ですってそんな態勢。
考えてもいねーか。入城すれば鯛や平目の舞い踊りが待ってるとでも思ってるか。珍騒団青年将校と同じレベルだろ。まったく、呆れます。

12月11日。本日も晴天なり。
昨夜は仙鶴門鎮まで前進。じりじりと城へは迫ってきています。
城の南側では大激戦が繰り広げられているようです。早く片付けてもらえないかな。

戦場雑感。
ここへの道中、多くの村落で歓待を受けてきましたが、だいたいどこも、老人男性しかいませんでした。
青年・子供・ご婦人は、皆無。
家捜しして見つけ出したんでクーニャンしちゃった、なんて話も何件か聞いてますけど。日本軍来たら隠しますよ、そりゃ。
だから特に、若者がいないことを、疑問にも思ってなかったんですが。

南京城総進撃で昨日から何千人という中国兵を殺している私たちですけど。
ここでは敵兵の多くが、年端もいかぬ少年たちです。
壮年・老年の兵士がいない、と言った方が正確かな。銃を持ってない子たちもいて、集団で突っ込んできて、手当たり次第のエモノで殴りかかってくる場合も。
そんなワイルドでエキサイティングな襲撃に対して、機関銃隊はほんと頼りになるよねと、しみじみ思い知らされる。

思うに、南京周辺、かなり広い範囲で、若い男の子は軒並み、徴兵されてんじゃないですかね。国民政府軍に。
そして、いよいよ日本軍の一斉攻撃だぞって段になり、武器も持たされずに死守を命じられて、放り出される。
太平洋戦争末期の日本軍だけの専売特許じゃないんですね。先人がいたんだ。
それにしても、むごたらしい。
私なら、そんな命令出す老人どもの方へ飛びかかってやりたい。
どうせ死ぬならその前に、自分自身にとっていちばん憎い奴を殺したい。
いずれにせよ、早く終わらせちゃわないとな。
そう思うばかりです。



[43732] File_1937-12-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/26 00:02
File_1937-12-003D_hmos.

12月12日。
天気図的には快晴と思われます。
立ちこめる煙で青空は拝めません。
砲音を感じるたび、頭上を仰ぐのですが、すでに空耳なんだか本物なんだかわからない程、聴覚の損傷著しいです。
比較的安全圏である指揮所ですらこれです。
前線の兵たちのダメージを思いやります。
思いやるけど、私は行かない。ゆるせ。

到一さんたちも、不眠不休が堪えてきて、意識朦朧としているのが見てとれます。
早く終わんねえかなあって皆思ってます。
戦線は徐々に前進してまして、午前中、指揮所を銀孔山へ移動しました。
昨日補充された、応援の砲兵三個中隊の貢献が大きいですね。10センチ加農砲の射程は1万メートル届きますからね。

敵は太平山方向へ退却を始めました。
しかしこれを追うと、背後から烏龍山砲台、左手から岔路口野砲に狙われる格好になるわけです。
城に近づくにつれ、地雷の密度も濃くなります。
逃げたと思わせて敵の一部は側面から回りこんできたりもするわけです。
これらを総合して作戦を指揮するのです。
長考は、許されません。
大変だなあと思います。自分ではやりたくないお仕事ですねコレも。

新聞屋が目障りなんですよ。
指揮所より更に後方でくっちゃべってて時々邪魔しにくるのがまずウザい。
勝手に前線へ出かけていって、見晴らしのいい所から写真を撮ろうとする。
お前らが勝手に死ぬのは大歓迎だが、高い姿勢は敵弾を吸収するのだぞ。周囲の兵が損害を被るのだ。
どれだけ作戦を妨害してるか自覚しろチンカス共め。
遊びたいなら地雷原で踊ってこい。
見事アタリを踏んでくれたら感謝しながらお前の屍踏んでいくから。
骨は拾わんがフィルムは拾って届けてやる。
命よりフィルムが大事だろう?そうだろうなプロだもんなあ。
次の人生では、もっとまっとうな道を歩めよ。

戦場カメラマンだった三船さん、どうしてるかなー。
こんどのお正月には、久々に会いに行きたいですね。
それまでには帰りたいけど、無理かなあ。

とかいいながら、本日はじわりじわりと、紫金山への包囲を狭めていってたんですね。
山の中、敵が陣地をつくりやすい地点はどこか。
こうなると、到一さんの土地勘が戦局を大きく左右する要素となります。

1830。紫金山が炎に包まれました。
見事、火薬庫へ砲弾が命中したようです。
城の南側からもよく見えたと思います。
敵味方双方に与える心理的効果は、はかりしれますまい。
中山先生の柩は無事かな。
到一さんも、すでに考えないことにしてるみたいですけどね。
それでいいと思うんです。
まだ生きてる人の方を大切にしましょう。落ち着いたら、あらためて、弔いましょう。

さて、いよいよ太平門へ攻めこみますか?と思ってたら、到一さんは西の下関港への進撃を下命してました。
城門突破はどうせ南側の連中がやる。
それより下関から脱出を試みる兵が大勢いるはずだ。
そこを塞げ。塞ぎきれなければ撃ちまくれ。との説明です。
なるほど。

大局は、決しましたかね。
すみません、それでは先に、休息をいただきます。
砲撃音を子守唄にして。ムニャ。



[43732] File_1937-12-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/27 00:02
File_1937-12-004D_hmos.

12月13日。
正午近くに起こされました。
指揮所、移動するそうです。

10時頃、味方の誤射で重砲がすぐ近くに落ちたそうです。
それでも起きなかったんだからよほど疲れてたんだろうと言われて、ちょっと恥ずかしい。
到一さんは、寝てないんですか?
と聞いたら、明け方に一時間ほど仮眠したから元気だって。
タフだなー、52歳。

すでに中山門と光華門から日本軍入城。
武装解除と掃蕩を始めているそうです。
しかし私たちのいる紫金山および下関港方面には残党がまだまだ大勢いて、全方位、ちっとも気が抜けない。
すみません。そんな緊張感もなく寝てました。

「それからな、東宮が、戦死したそうだ」

ほう。
今朝方、師団司令部から来た伝令さんが、関東軍のもと部下だったそうで。
杭州のクリーク渡河中に銃弾を浴びまくって。
ちょうど一ヶ月くらい前だとか。
男らしい死に様だったそうです。そうですか。さぞかし本望でしょう。
そんなことより私たちは生き抜かねば。

14時頃、和平門まで辿りつきました。
なんと、すでに、城壁沿いに、旭日旗が掲げられてます。
ズラッと。
驚くべき光景。
新聞屋どもの群れが門前で大ハシャギ。お前らの手柄じゃねえからな。
ほんと、殺し尽くしても飽き足りねえ連中だよ。

到一さんの目に、涙が。
重慶へ遷都されてるから、まだまだ終わりじゃないんですけど、それでも一応、支那の首都を、日本軍が、占領したわけです。史上初めて。
日清・日露をはるかに超える、快挙・快進撃。
日本の歴史に刻みこまれる大いなる会戦に、自分たちは参加したのだ。
軍人として、こんな誉れが二度とあろうか。
言われてみると、たしかに。

私のいた世界では、日清・日露は成功例ですけど、南京といえば大虐殺でした。
歴史が、ここでも、変わったのかな。
大虐殺……してるといえば、したけど。
でも他所でやってきたことと、大して違わないレベルにも思うんですよね。
まあ、よしとしましょう。
私は見た。来た。そして、勝った。

兵たちが、城壁に登り、旭日旗を二段重ねで、万歳三唱。
私は下で、カメラマンたちの後ろで、モヤモヤと考えごとをしながら、それを眺めてました。
うしろの方では、まだまだ兵隊が、不意に襲撃してくる敗残兵たちに備えて、厳戒態勢を崩していません。
万歳はしたけど、入城許可はまだ下りておらず。
佐々木旅団と増加部隊は、城外でまだ数日の残敵掃蕩を命じられています。
山の中にはいくらでも隠れる場所がありますし、実際、隠れてます。銃を持つ熊の群れです。
熊も必死ですけど、悪いのは私たちですけど、わかっちゃいるけど、殺さなくちゃいけないの。ごめんね。

下関方面では特に、敗残兵か避難民かよくわからない群衆の波がひしめいていて、その渦の中からいきなり手榴弾が飛んできたりするそうなので、各方面から応援もらって鎮圧してるそうです。
到一さんもこれからそちらへ向かうそうですが、それでも今夜はようやく、ゆっくり眠れるだろうなと笑ってました。
ええ、休みましょう。
休んでください。
おつかれさまでした。



[43732] File_1937-12-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/28 00:02
File_1937-12-005D_hmos.

12月14日。
城内へ入りました。

外周30kmを超える一大城郭ですし、城内だからといって地雷や落とし穴の危険がないとは限らない。
なので自動車数台で巡察です。
地図をつくるならこいつが一番早い、と到一さんに同行を命じられました。光栄です。

十年前、サノと二人で走り回った、なつかしい街、南京。

当時の面影はまったくなく、道路も建物もおそろしく変わり果ててました。
その上、空爆と防空壕と放火掠奪の跡で、道が道じゃなくなってる。
難民もいたるところに徘徊しまくってて、精神的につらい一日でした。

到一さんは、住んでたこともあるので、なおさら感慨深いはずですが、おくびにも出さず、運転手や私に、次から次へと方向を指示します。
あの頃も頼もしかったけど、今また、惚れなおしてます。その横顔に。

民国26年。南京が首都になってから十年。
国民政府が4億の民から搾取に搾取を重ねて大きくした街。
蒋介石は抗日一極を掲げて英米独と接近し、西洋の資本を導入したが、利益は役人たちが独占した。その末路を今、我々は見ているのだ。
これからは日本が、支那を導き、アジアを征し、東洋文化を正しく発展させていくんだよ。

到一さんは、そんな風に語ります。
つっこみたい所はありますけど、たしかに一面は事実ですし、まだウォージャンキーも抜けてないのかな。
無粋な茶々は入れますまい。

城内、ほぼ、どまんなかに、高級住宅街と官庁街が連なっていますが、ここには残留西洋人が安全地帯を設置し、難民をかくまってます。
バリケードの外側しか見て回りませんでしたが、敗残兵もいっぱい隠れてるでしょうね。
黄色い腕章外すだけで民間人と区別つかなくなりますし、武器だってどこにでも隠せます。
どうすればよいか、というのは重要課題のひとつですね。

安全地帯の中にある金陵大学には、一千人を超える若い娘さんだけが避難しており、アメリカ人のシスターが男性難民たちからも徹底的に、彼女たちを守っているそうです。
この情報を知ったときの、車中の男どもの下卑た笑いには本気で殺意が漲りましたが、これも最重要課題のひとつに入れておきましょう。
地図には書き込みませんでした。

拠点へ戻ってくると、師団司令部より命令が届いてました。
3日後に、中支那方面軍司令官一行が来て入城式を行うので、それまでに城内の掃蕩を完了すべし。
無理だ!の大合唱。
ようやくまともに交信できるようになった無線で司令部へ確認をとります。
師団長も激オコらしい。できるわけがない。
けど、延期は認められなかったそうです。

なれば、やるしかない。まあ、そういうものでしょうね。
大変だ。どうしましょう。
私は城内地図の清書をすべく、デスクワークに没頭しながら、到一さんたちが現場へ指示を出していくのを、聞くとはなしに聞いていました。
武器を捨て、投降する兵も続々と出ています。城内外で数万人規模。
日本兵一人につき百名を越える俘虜。
見張ってるうちに「やっちまおうぜ」と殴りかかられない方が不思議です。
ひとたび乱闘が始まれば、機関銃が火を噴きます。
虐殺ですか。
虐殺ですね。
「俘虜はとるな」うわあ、この解釈は難しい。
そうはいっても、殺し尽くすのも不可能です。
完全無抵抗の俘虜だけだとしても、どこに収容するべきか。
調書をとる。食事をとらせる。四日前から停電している城内で夜間見張り続けること。すべて、無理なんです。
どうすりゃいいのか。

入城式には、上海派遣軍の司令官、朝香宮中将も来られるそうですよ。皇族です。
恥ずかしいところはお見せできません。
が、それ以前に、地雷が残っていたり、式典中に爆弾でも投げ込まれた場合、到一さんにまで粛清人事が及ぶ可能性もあります。
ここまでがんばってきたのにそれかよ。

さて、準備万端怠りなくするには、何をどうしたらよろしいものでしょうか。
……詰んだ、か、な?



[43732] File_1937-12-006D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/29 00:02
File_1937-12-006D_hmos.

制限時間:2昼夜。コンティニュー不可。
完勝条件(できれば):南京城内外全域の完全掃蕩。
勝利条件(必須):中山門からの入城式予定区域周辺のドレスアップ。
ミッション報酬(完勝時):昇級もあるかもよ。
ミッション報酬(勝利時):よろこばれるでしょう。
ミッション報酬(未達時):粛清必至。

朝香宮殿下から
「式中の防空態勢は警戒厳だが、それ以外は無理せぬよう。できれば諸外国へも日時を知らせ、可能であればご参列いただきたい」
とのお言葉があったそうです。
そんな世迷い言抜かしてる暇があったらせめて1ヶ月は延期してくれるよう参謀本部へ掛けあっていただきたいものですが誰一人そんなこと言えるわけもなく。
私たちは、疑わしきものをターミネートし、デリートし、クリーンナップまでしなくちゃならないのです。
悩む余裕も、泣いてる暇すら、無いのです。

私も、駆り出されました。
旅団には、中国語を話せる者は、ほとんどいません。
情報を持ってそうな俘虜は、運がよければ、司令所へ連れて来られます。
私が通訳し、城内外でまだ食糧や物資などが掠奪されてない場所ですとか、残党の隠れ家ですとか、いろいろ、聞き出すわけですね。

数をこなさなくてはいけませんから、容赦なく殴りつける係も脇にいるんですが。
君はにらみつけてるだけでいい、その横で私が優しく語りかけるのが、一番早く情報を引き出せるから。
そう言い含めて、我慢させます。
目の前で拷問ショーなんて見たくないもの。
私が欲しいのは情報だけです。提供者には、できればお礼も差し上げたいし、せめて生かして帰してあげたいんですが。
そこまでは見届けられない。
ごめんね。ほんとごめんね。

それにしても国府軍、思ってた以上に内情は悲惨でした。
多くの少年兵は、半年くらい前から、拉夫され南京へ連れて来られ、俸給も支払われず、毎日拷問のような訓練と共に、日本への憎しみを叩き込まれて今に至る。
そして、死んでこいと突き飛ばされる。
かれらの心は憎悪ではち切れんばかりです。
いえ、はち切れすぎてます。
仮に、いま、魔法で日本軍が一瞬のうちにデリートされて、世界に平和が訪れたとしても、いったいこの子たちの心のケアに、どれほどの時間と、コストと、周囲の人たちの忍耐が必要なのだろうかと考えたら、絶望的な気持ちにしかなりません。

五人目くらいまでは、少年たちに罵倒されながら私だけボロボロと泣いてたりもしたんですが、だんだん慣れてくると、無表情で尋問できるようになってくるのも、いいんだか悪いんだか。
能率は上がってます。
拷問係くん、眠いなら向こうで寝てていいよ。

休憩もらって、外に出ると、また別の少年兵を、数名で殴る蹴るしてました。
うちの兵たちもストレスまみれなんでしょうけど、見苦しい。
聞けばかなり反抗的な態度だったそうで。
ただ殺すだけでは虫がおさまらないと。
あのねえ。あなたたちは、いやしくも、皇軍兵士でしょう。
それが正義と文化を誇る日本軍人のすることですか。
彼はほら、ここを撃ってひと思いに殺せと、自分の喉を指さしている。
せめてこれ以上苦しませず、とどめをさしてあげなさい。それが武士道というものでしょう。
ああもう。やりきれないなあ。

夜、到一さんから聞いた話。
私の尋問で、ある倉庫が手つかずだとわかり、こじ開けさせたら、南京米がギッシリと備蓄されていたそうなんですね。ネズミまみれで強烈な臭いを放ってたけど。
それを報告したら、この米が尽きるまでは後方からの糧食補給を停止されたそうです。

ひとおもいにころせえええええ!!!



[43732] File_1937-12-008D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/30 00:02
File_1937-12-008D_hmos.

2597年
12月17日。南京城入城式。
12月18日。戦没者慰霊祭。
その後、中支那方面軍司令官の松井大将ら一行は、城内外各所を視察し、22日の朝、下関港より帰って行きました。

その日の夜。到一さんから
「師団長が、お前に会いたいそうだ。来てくれ」
はああああ?一体何でございましょうか。
もったいぶらず言います。最高の一夜でした。

中島ケサゴ中将。
第16師団のボスです。
7月までは内地で、憲兵司令官をしてたそうです。
その前は、陸軍習志野学校の校長先生。化学戦専門の研究機関です。
2・26でも催涙ガス弾抱えて鎮圧に参加。結局使わなかったけど、一時間おきに風向き計測したりとか、準備整えてたそうですよ。
更にその前は、砲兵隊にいて、弾道計算など今でも得意。
根はオタなんでしょう。
階級だけを欲しがる上級将校とは格が違います。おしゃべりも、弾むこと弾むこと。
最高!

中島師団長は、南京城内軍官学校の校長官舎を、自分用の住居にしてました。
蒋介石の別荘のひとつ、ですね。
到一さんはこの建物の豪華さもまた、蒋の民衆搾取のひとつと言ってましたが、いや日本の内地にだってこの程度の別荘持ってる人いっぱいいませんかね。知らんけど。
何ヶ月ぶりかの、足を伸ばせるお風呂に入らせていただき。
新品のタオルを、真っ黒な雑巾に変えちゃって。
その後、三人だけで酒宴です。
そりゃもう楽しかったですよ。

三昼夜続いた攻城戦の最初から最後まで、砲兵観測手の場所を動かさなくてすむような地点を割り出して、到一さんに進言したんでしたが、それがケサゴさんの耳に入ったみたいですね。

「観測手は単に砲撃のためだけではなく、全軍の指揮を左右する基準点となるものだ。その重要性を、軍人でもないのに理解しているとは驚きだ」
そう激賞されました。ウフフ、エヘヘ、こそばゆい。

ケサゴさんは、軍人にあるまじき上官批判も平気でする方のようで、到一さんや私とも通ずるところ大。
もちろん外では鉄面皮をかぶってますが、ひとたび相手が同志とわかれば、いくらでもリミッターが外れます。
外れますよ普段ストレスためこんでますから。
一気にほとばしっちゃうのですファイヤアアアア。

この度の入城式を早くしろとせっついた張本人は、松井大将だったみたいですね。
方面軍司令部は南京城より東方20km手前の、湯水鎮に置かれてたそうなんですが、ここは温泉地で、ぽかぽかあったまりながら、新聞記者たちに約束しちゃったそうなんですよ。
頭にきますね。
私も帰る前に入っていきたいです温泉。

戦闘終了後五日間だけ、オエライさん方は南京城にいたわけですけど、連日、翌日に案内する場所の徹底的なお掃除を、私たちはずっと、していました。
今もしています。
焼却と、揚子江に流したのは半々くらい、ですかね。
下関港まわりの死体も、今朝までに全部片付けたし。
ああ、肩の荷がおりた。
明日からはゆっくりやろうねと。
そこまでしたのに。
司令官からは、きついお叱りが。

我々には知る由もありませんが、英語系報道で、すでに南京攻略戦の模様がルポルタージュされているそうです。

中国語記事が過激なのはいつものことで、特別問題視はされてないようなんですが、なんでも下関港から九十九死に一生を得て脱出した米国人記者が、日本軍の容赦ない暴虐ぶりを壮絶な筆致で書き立てているらしい。
まあ事実ですから。それは正しい報道でしょう。
加えて、揚子江沖でアメリカの軍艦を日本の砲撃で沈めちゃったりもしてるそうです。そっちは私たち関与してないですけど、ルーズヴェルト大統領が裕仁天皇へ損害賠償を請求みたいな話になってるらしくて。
ああアメリカは今のところ中立国ですからね。
払うべきなんじゃないですか?

四日間の巡視は、多分に、そんな外国語報道を牽制するための査察という目的を、有していたようです。

松井大将は「時間の許す限り見て回ったが、皇軍の名に恥じる行為など無かった」と、中央へはそう報告するということでしたが、くれぐれも儂の顔に泥を塗るなよという意味のことも、ケサゴさんに釘を刺して去って行ったそうです。
泥と血にまみれてるのはむしろ私たちと、なにより御遺体の方々なんですけど。

やらせておいて、よくも言えたもんだな。
だから清掃もあれだけ徹底的にさせられたのか。ちょっと納得もしました。

そもそも松井さん。あんた司令官で、新聞記者とも仲いいんだったら、そっちの方にも手を打ちなさいよ。
あんたが巡回してる最中も、作業中の兵士に生首掲げさせて写真撮ってる新聞屋いたよ。
あんなやつらを放置しといて、我々にだけ泥をかぶらせようってですか。
まあ私が司令官でもそうするかな。するしかないかな。
そういうもんですかね。

さらに肚の立つ話。南京城内一番乗りは第9師団の連隊だったらしいんですが、かれらは戦功を賞賛され、すぐに杭州の掃討戦へと向かったそうです。
我々第16師団は南京に留まり、まだまだお掃除続けろとのこと。
武勲を追加するチャンスはありません。むしろ、大虐殺の責任を最終的に押しつけられる役回り。

ケサゴさんが心から、上司におべっか遣う師団長だったら、あるいは逆だったかもしれませんが、やっぱり上層部からは快く思われていない人なのかな、と察せられなくもない。
正直者は、出世できない世の倣い。
三人会は、いつしか壮絶なヤケ酒会となっていました。

最高に、有意義な一夜でした。
日本軍が、どれだけ腐った組織かということを、心底あらためてよく理解できたんですから。

ぜんぶ暴露してやるからな。おぼえてろ。



[43732] File_1938-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2021/12/31 00:01
File_1938-01-001D_hmos.

呪われた街、南京。
鳥辺野の一千倍以上の広さと、血塗られた歴史を持つ都。
その上この1ヶ月で、どれほどの怨念を、焼き、埋め、犯し、流してしまったのだろう。
償うことなど、叶わない。安らかになんて、思うことすらおこがましい。
それでも、謝ります。
ごめんなさい。

兵たちは、やさぐれていく一方です。
無理もありません。鹵獲品でまかなえと、すべての補給を止められ、いつ帰れるのかもわからない。
難民たちに物乞いをされれば、これみよがしに、蹴りつけます。
隠れ場所になりそうな建物は片端から焼かれます。

元日から、娼館ができました。日が暮れるまで、長蛇の列です。徴発は、多少は減った模様です。
雪も降り始めました。
難民たちは、着の身着のまま、身を寄せ合って眠ります。日本兵はかれらに立ち小便を浴びせかけます。
建物の中に隠れれば、暴行の危険が増し、運が悪ければ眠ってる間に、暖をとるための火を放たれます。
もはや、皇軍たるものという魔法の呪文すら、馬耳東風。
馬のほうが従順です。怒らせたら、私だって殴られます。

新聞屋どもは、ひっきりなしに、お客さんを連れてきます。
内地では、一大キャンペーンが行われているらしい。
映画スターや芥川賞作家とかが来て、特設観光コースを見て回ります。
昨日はスカート穿いたおばちゃんが、ひたすら写真を撮っていました。

難民たちの中から、ごく一部の綺麗どころが、食事と服を与えられ、化粧して、お客を出迎えます。
国民政府から解放してくれた日本の兵隊さんありがとうと。
泣きじゃくりながら、感謝の想いを伝えます。
消費期限がくれば、安全区へ戻されますが、日本人の手先となった者を同胞たちが迎え入れるわけがありません。
かれらは選ばれた瞬間に、帰る場所すら失うのです。
それでも、一秒でも永く生きようと思えば、涙を流すしかない。
呪われた涙を。

私の心も、すっかり渇ききった頃、第16師団へ、転地の指令が下りました。
到一さんは、華北へ。
ケサゴさんは、上海だそうです。

おつかれ、さまでした。

私は、いったん到一さんと別れます。
満洲へ、戻ります。
人間に、戻れるかどうかは、知りません。



[43732] File_1938-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2022/01/01 00:02
File_1938-02-001D_hmos.

いまはむかし。
浦島は、亀を助けず、殺させました。
それがいけなかったのでしょうか。
竜宮城も、玉手箱も、すっ飛ばして、別世界へ、来てしまいました。
これが罰なのでしょうか。生命をもてあそんだばかりに。

そんな冗談が言えるくらいには、まだ、正常かしら。そうでありたい。

南京では、新聞にも、ラジオにも、まともに触れられませんでした。
ハルビンでは、私のいない間の新聞と雑誌、すべて保管させておいたんですが、今も、まともに読めません。
ひどすぎて。

英米が、日本を応援してる。

夢でしょこれ。ありえない。筋が通らない。何のまちがいだ。
南京大虐殺は、起きてない。
起きてないどころか、日本軍は解放者として感謝されてる。
重慶の国民政府も、南京が奪われたことは認めてるけど、虐殺の被害は訴えてない。
日本語媒体だけじゃないんですよ。だから恐ろしいんです。
私は、また転生したのか?いつの間に?
ここは何てディストピアだ?

康徳5年3月11日。金曜日。
満洲へ戻って、二週間経ちますが、いまだに、足が地についてない気分です。
ハルビンの医科大病院で検査も受けましたが、とくに異常は見られず。
21世紀なら絶対PTSD認定だと思うんですけどねえ。

これでも、少し、考えが整理ついてきたんです。
日本は、中国と係争中です。
ドイツは、どちらとも軍事同盟を結んでいるため、中立です。
英米は、国民政府に対し安全保障の義務はなく、むしろドイツとの緊張を高めたくないために、中立を宣言しています。
空前絶後の国難を迎えた国民政府に、唯一手を差し延べる大国があります。
ソ連です。

実のところ、私たちがまだ攻城戦をしてた段階で、ソ連の空軍がやってきたらどうしよう、という心配はしてたんです。
航続距離の問題もあるし、実現性は薄かったんですが、一説には保有機数一千とも言われるソ連航空隊が本格参戦したら、日本陸海軍なんて反日で全滅しますよ。
スターリンだって、今が蒋に恩を売る絶好の機会であることはわかっていたはずです。
その真の狙いが、たとえ、日本をダシにした全中国の乗っ取りにあったとしても。
可能であれば、やったはず。

ソ連から、銃の提供は、迅速に行われたようです。
南京までは届かなかったようですが、おそらく今、重慶や杭州、華北などではチェコ製小銃からモシン・ナガンへの交代が急ピッチで進んでいるはず。
ソ連の浸透は、英米独を硬化させました。
反共。
列強に、日本擁護の考えが生まれた理由はこれです。

直接、国民政府へ味方しても、コストの面でソ連製には勝てない。
国府軍には、高度な武器を使いこなして戦う力も無い。
だったらむしろ、日本へ経済援助さえしてやって、国民政府を共産もろとも倒させよう。
そのあとで日本だけを倒す方が、問題は簡単になる。
ソ連だっておそらく出世払いだろうから、今のうちにどんどん中国へ貢がせておけ。
これで、どうですか。
腑に落ちませんか。
私がPTSDに罹っていることも、腑に落ちてくれますか。

毎日、毎日、死体を焼く臭いと、何を食ってきたんだかわからない犬の肉と。
見ておかねばいけない。でも見たくない。見ても何も感じなくなっているけど、それでも見てきた。いろんな光景を。
毎日、毎日、見てきたはずなのに。

それが、ぼんやりとした夢のようにしか思い出せなくなっている今の自分は何者なのか、よくわからないんです。

康徳5年3月11日。金曜日。
まだ、仕事には戻れません。
活字も頭に入らないので、とにかく散歩をします。
疲れ切って、眠りたいんです。
でも、なかなかね。
疲れ切るのも、むつかしい。

でも、見てこなかったら、もっと、信じられなかったでしょうからね。
私は、見たんだ。間違いなく見て、触れて、考えた。毎日。この体で。
なかったことに、されてたまるか。
記録は、遺してます。何があっても奪われぬよう、これだけは、守り抜くつもりです。



[43732] File_1938-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2022/01/02 00:03
File_1938-03-001D_hmos.

石原莞爾の話をします。
クソ坊主です。妄言宗教屋です。
肩書きは軍人ですが、すでに脳ミソ腐ってます。
劣化し果てた老害です。
お前が元凶か今すぐ死ね。

「近衛が儂の傀儡?馬鹿を言うな。あんな高飛車なタヌキが儂の言うことなんか聞くわけもなかろう」

知りませんよ。近衛フミマロがどんな人物かなんて。
でも石原イズムを体現してどんどん中国を占領してるじゃないですか。同じ穴のムジナでしょ?

「あのなあ、儂は事変勃発からずっと、不拡大、早期終熄を主張しておるのだ。今の日本にはソ連と戦うため一兵でも貴重だ。支那の戦争にかかずらってる余裕など、ない」

だから満洲へ左遷させられたってですか?
へー。てことは世界を三分割して石原首相を誕生させるって大計画は破綻したわけですか。
ざまあ。

「すでに北京へも協和会ができておる。支那人は純真だ。満洲のように、宣撫で占領すればいいのだ。一兵も使わずとも、支那は平定できる」

脳クサレ、深刻ですね。
内地ってそんなに悪い食べ物しかないんですか?
日本を歓迎してる中国人なんて一人たりといやしませんよ。
あなたが一番、チャイナを冒瀆しています。
とっとと兵隊に帰還命令を出して一緒に帰りやがれ。
関東軍参謀副長にその権限が無いなら参謀長と司令官を説得してとっとと退却する。それが唯一無二のあなたのお仕事ですはい結論出たすぐ動く!ほら!

「杉山も東條も馬鹿一徹の頑固者だが、コダマ、お前もすっかり話のわからんイッコモンになっちまったなあ。それじゃいかんぞ。人の話はちゃんと聴くものだ」

お前こそ人の話をちゃんと聴け。こっちへ来ても国柱会の取り巻きに囲まれて本屋の二階で説教たれてるだけじゃないか関東軍参謀副長として元三宅坂参謀本部第一部長としての実のある話がひとつでもあるなら聴いてやるけどさっきから愚にもつかない言い訳と愚痴ばかりだから時間の無駄だってわかって切り上げようとしてるんですもう帰りますさようなら。

私のぶんだけ払って出ました。ほんと時間の無駄だった。

まとめます。
私がハルビンを去った昨年秋、入れ違いで新京へ来たそうです石原。正真正銘の左遷らしい。
2・26での鎮圧作戦指揮までは評価されたそうですが、その後、満洲への経済投資にかこつけて、ヤバい利権団体をしこたま作る。裏金まみれを批判され、参謀本部内での評判が悪くなる。
七・七事変後は北京や上海での作戦立案中、他部署にまで横から場違いな口出しばかりするので壊滅的に邪魔者扱いされ、9月に辞令が下る。
そんなの満洲へ送りつけるな陸軍省。お前らも死ね。

こっちへ来ても、すでに外れたタガは戻らず、東條英機参謀長をイラつかせることばっか繰り返してるそうです。
小林たちの間でも話題になってるほど。
軍人である以前に社会人不適格。
無秩序無軌道無節操のカタナシです。
その愚痴を若手ファンに聞いてもらって、金までとる。
どこまでも、どこまでも情けない。
いま殺す価値も無い。割に合いません。
そのうち何かの罪をかぶせて殺します。
せめてその程度の役に立て。

北京に協和会をつくったと言ってましたが、正しくは中華民国新民会というそうです。
内地にも東亜連盟という団体をつくって、ハルさんは今、そこの東京事務局長をやっているとか。
参謀本部と連携とれない協和組織に何ができるんだろうと寒い感想しか持ち得ませんが。
せいぜいがんばってください、ハルさん。

近衛フミマロ。
今日聞いた印象によってですが、前世で、親戚に似た人がいました。
管理職なんですが、部下に細かな注文は言わない。
ただし完璧な青写真に仕上げてから持ってこさせる。
ハンコ押して、あとは好きなようにやらせる。
成功したら、ニコニコと、お前の手柄だと取り立ててやる。
当人は、最高に理想的な上司だと思いこんでいたはずです。
説教大好きなオッサンで、いつも自画自賛してました。うざかった。
普段は何一つ、定食屋でメニューから選ぶことすら、決められない人だった。
持ってこられたものをただ食べて、褒めるだけ。それしかできない人だった。
近衛もそんな感じで、事変勃発直後、二週間で片付けますと言い切った参謀本部が持ってくる計画案に、ホイホイと許可を与えてたようなんですね。
すぐ泥沼です。

数字を確かめず、検証能力も持たず、情熱と瞳の真剣さだけで人を判断するお人好し。
有象無象の詐欺師にとっていいカモです。
首相になんかさせちゃダメですよ。
一番ヤバい、バカ殿でしょ。

今日は、日頃の鬱憤を叩きつけるサンドバッグに巡り逢えました。
たまには他人を、思いっきり罵るのも、悪くないものです。
とりあえず、元気が出ます。
うん、大事。



[43732] File_1938-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2022/01/03 00:02
File_1938-04-001D_hmos.

春めいてきました。黄砂で、頭が痛いです。
東郷部隊新施設の工事が本格的になってきました。
資材搬入のために線路引いて、貨物駅までつくって。
人夫さんも増えました。苦力は全員、住み込みです。日本人も多くなり、ケータリングも、受注増。
もう少し手を抜いてもいいと思うんですけどね。でも、秘密基地だしな。

PTSDも気付いたら忘れてたくらい、忙しい日々を過ごしています。
それでも完成まであと一年かかるって。どんだけ広いねんな。
南崗はすでに手狭。背陰河の中馬城が再稼働してます。
防疫部大忙しで、日特も本社を品川へ移して増産に増産を重ねているとか。
ゆとらせろよちくしょう。

私が上海から連絡入れたせいだけでもなく、外地での日本軍の作戦が広域化、長期化するに及んで、疫病への対策はもちろん、水質調査、水源確保といった問題がクローズアップされている。
東郷軍医大佐がその重要性をガンガンと中央へ進言し予算と人材を分捕ってなおかつ実績もつくるものだから、関東軍防疫部は三宅坂の参本よりも重要な戦略拠点だと、認識されているみたいですよ。

中の人たちは、自分たちがいま世界で最先端の軍医学研究機関に所属していることを鼓舞され、大いなる自信をつけています。
金払いの良さにもそれは表れていて、まあ、いいことですよね。実に、いい。

南京でもたっぷり味わいましたけど、中国大陸って、清水の流れてる川ってのが非常に珍しいんです。
揚子江は濁流だし、黄河は文字通り黄色いです。土砂が混じりすぎる。
それでも、飲料水も洗濯も入浴も全部それを使う。
クリークの水をそのまま飲むのも、日本人が驚くことのひとつです。飲めない奴は日本人だ殺せ、という識別符にもなる。
でも中国の人だって、飲むなら安全な水の方がいいに決まってる。

脱線しましたが、日本は最近になってようやく、こんな水事情についても考えるようになりました。
侵略戦争のため、というきっかけではありますけど、日本が技術の粋を集めてこの問題に取り組んでいることは、私、応援したいんですよ。
水質調査と、浄水化。

目下、チャイナ各地から、病原体が含まれている可能性のある水や植物、虫や死体の一部など、いろんなものがここへ運びこまれ、研究されています。
私はいよいよとなったら、この資料だけは持ち出して、チャイナの人に手渡したい。
私の、ささやかな夢のひとつです。脱線おわり。

辻政信の話を、今日は、したいと思ってたんでした。
聞いたことある名前だけど誰だっけ、と考えたら、協和会がらみでハルさんから聞いた秀才バカでした。会っちゃったよ。関東軍の参謀です。階級は、この春より、少佐。
話をしてみると、そこまで悪い奴でもなかったですが。

彼が関東軍に配属されたとき、満洲事変当時の作戦資料は全部、鍵付きの倉庫にしまい込まれてたんですね。

事変の翌夏、関東軍幕僚は総入れ替え。新任は、内地から来た人ばかりでした。
石原たちにコケにされまくってた参謀エリートたちにとっては、恨み辛みの記録です。
よく焼き棄てられなかったものだと思います。
これを、辻だけが、後世に残さねばと、ひもといてくれた。ありがとう。
そして石原へ心酔した挙句、満洲国を良い国にするため一生を捧ぐと誓う。うん、気持はありがとう。

しかし、どうも、その情熱には、何というか、童貞の一途さみたいな、痛々しい香りがプンプン漂ってるんだよねえ。

ほんとに童貞かもしれない。しりたくないけど。
そんな辻くんなんだけど、目下の悩みは、最愛の師・石原が、どうにもこうにも気まぐれすぎて、共通の上司である東條英機中将との関係がこじれまくってること。
なんとかしたいそうです。そうか、純真な悩みだね。

石原から私のことは聞いていて、あのコダマさんですか!って興奮されちゃったよ。
そういうの、うぜえから、やめてくれ。



[43732] File_1938-04-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:f772d847
Date: 2022/01/04 00:02
File_1938-04-002D_hmos.

辻はいつも、新京からハルビンまで、飛行機でやって来ます。
デハヴィランド社のプスモスという、三人乗り小型機です。民間でも連絡用にそこそこ使われているらしい。
待たずに移動できるっていいな。
私も一機、欲しくなっちゃうな。

それにしても、辻から聞く石原の奇行は、ひどすぎます。
上司である東條中将を、上等兵呼ばわりする。誰の前でも。
「ああコイツ憲兵ですから難しいことはわかりませんので」と自分だけ納得して、役所相手の会議でも、飽きたところで打ち切る。
出勤が不規則。連絡がつかない。
石原の副長室へはいつも得体の知れない浪人が協和会を名乗って訪問しに来る。
石原在室時は誰でも迎え入れ、廊下にまで響く声でいつまでも笑い合っている。
そのくせ、関東軍婦人会などへの交友費はバッサリと打ち切る。おしゃべりと着物の品評会に機密費など使えるか、と突っぱねる。

まわりの人は、注意しないんですか?
とくに東條参謀長は直属の上司だから、監督・指導する責任があるように思いますが。

辻や片倉はもちろん。1月頃に遠藤も視察で来て、石原には注意してるんですって。
でも大先輩だし、満洲国建国の父として軍内外での発言力も大きいし、何より口が達者だから言い負かされてしまうと。
東條さんも相当頭にきてるはずだけど、体面を重んじる方だからじっと耐えていらっしゃるのだと。

司令官は誰でしたっけ。関東軍の。
植田さん?
記憶にあるような、ないような。その人は?
ああ、おじいちゃんなんですか。
触らぬ神に祟りなし主義ですか。
お前が祟られてしまえオカザリ。

これが将棋ならね。どんなに過去名人だったとしても、今の実力がすべて。
相手を罵ったり、盤を引っ繰り返したりしても、勝負は引っ繰り返らない。
明白に、勝負がつくんですけどね。
公正なルールを保てない組織は、腐ってこうなる。見本のような姿ですね。

強いていうなら、石原を説得しようなんて、考えなさんな。
ルールも決めずに話し合いを始めて、相手にわからせようとして、皆叩かれてるんでしょ?
それ、ただの喧嘩ですから。時間の無駄です。

石原が時間通り出勤してこない、連絡とれないっていうんなら、そこだけ突けばいいんですよ。
軍人が、まして参謀が、それじゃダメでしょ。
一発でクビでしょ。免官でしょ。戦闘中なら敵前逃亡で即銃殺でもおかしかない。
さっさと断行してしまいなさい。
職務不履行、人材不適格。罪状は必要にして十分です。
なぜそんなことがわからないかな、辻くん。

まだわかんないようなので、そこでやめました。
お前も含めて、陸軍て、愚か者しかいないよな。まとめてくたばっちまえ。
そんなことより、プスモスが欲しい。
みつもり、とりよせよう。
航空管制とか、駐機場確保とか、許可が必要なら、根回ししよう。
いてもたってもいられねえや。
じゃ、またね。



[43732] File_1938-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/05 00:02
File_1938-05-001D_hmos.

5月26日、近衛フミマロが内閣を刷新しました。

え、それってアリなんだ。
廣田さんのときは、寺内陸相ひとりのワガママで、内閣全体がフルチェンジしましたけど、陸相だけを交換するって、あの時点でもできたんじゃないですか?
できないんだ。今回の近衛は、うまく裏技を使ったらしいですよ。さすがタヌキ。
皮肉なことに、退陣させられる大臣の一人は、廣田外相です。

1月、私がまだ南京に閉じこめられてた時、近衛が、世界史上に残るアホな発言しやがってたんですよ。
「我国は、国民政府を相手にせず」

普通は、国交断絶して、大使を本国へ戻らせて、その後で宣戦布告というプロセスで、戦争を始めます。
七・七事変以降、いまだ日本もチャイナも、これは戦争ではないという曖昧な形で軍隊をぶつけ合っておりますが、北京・南京を占領したとはいっても、現在の首都は重慶であり、国民政府は存続しています。
相手もなしで、どこで、どう終わらせるつもりなのか?この状況を。

傀儡政権を立ててから、そこと講和条約を結び、それから国民政府を切り捨てるなら、わかる。
しかし、4ヶ月経って、いまだにチャイナを代表する政府は、重慶国民政府だけです。
他に満洲国と、冀東防共自治政府から発展させた中華民国臨時政府というのがいま北京にできてますけど、後者は国家代表としての体を為してません。
何も考えずに、勢いだけで発言しちゃったのがモロバレなわけですけど、その責任を廣田外相に押しつけて放り出す近衛。まったく、大した政治屋です。

そして代わりに据えた外相が、宇垣一茂。
え?
さらに、文部大臣として、荒木貞夫の名前が突然。
なにを考えてるんだ?

実はもう一人、陸軍出身者が登場する予定ですが、間に合わなかったみたいです。でもほぼ確定なので、言っちゃいましょう。
陸軍大臣が、いま杉山ハジメさん留任中ですけど、まもなく板垣征四郎に交代します。
徐州の前線で師団長やってるのをわざわざ呼び戻してるみたいですよ。
そして、板垣新陸相付の政務次官となるために、東條英機中将が、内地へ戻ります。
急に決まったことらしくて、関東軍はざわざわしています。

あまりといえばあまりのデタラメ人事に、何が起きたんだと思考も追いつきませんけど、一応、考えてみましょう。
いやだめだ、笑うしかない。
首相になりたい功名心だけでマスコミにチヤホヤされることしか頭にない宇垣が、対華政策を引き継ぎ。
竹槍さえあれば世界を征す皇軍幻想の生みの親、荒木が教育官庁のトップ。
石原莞爾のフォローを脇でソツなくこなしていた板垣さんが、その石原に憎さ百倍の東條さんをブレーンにしながらの陸軍統帥。

ただでさえ、この陸軍関係者大量雇用は異様ですし、かれらの支離滅裂で脳天気な企画書にノリと勢いで許可を出すだけの無責任男、近衛公爵が日本の命運を握る。
さすがに終わりでしょう。日本は。
これ以上にひどい政府、想像するのも難しい。

どこがどうしたら、こうなったんでしょう。



[43732] File_1938-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/06 00:01
File_1938-06-001D_hmos.

プスモス、買っちゃいました。

払い下げですけどね。
整備済みと言われましたが、自分で可能な限り、メンテしました。
そっちの方が、お金かかった。

それでも不安でたまらないので、辻くんを頼ります。
陸軍航空隊の整備所でチェックしてもらいました。
その流れで、テスト飛行も、本職のパイロットさんにお手伝いいただけることに。
レアケースだとは思いますけど、持つべきものはコネですね。

どこへ行こうかって言われたので、牡丹江の東京城をリクエスト。
なかなか遠くて、会社をつくる前に一度しか行ったことないんですが、今は相当大きな町になってるって。
東京城っていう遺跡があって、ここから社名もらったんですよ、みたいな由来を語りながら、辻くんと私を乗せたプスモスは、大空へ羽ばたきます。

飛行中、また石原の話になったんですが、東條さんの代わりの参謀長がまだ着任してなくて、石原参謀副長が代理でトップ権限を任されているのに、やっぱり時間通り登庁してこなくて、いつもフラフラ、どこかでクダを巻いているんだそうです。
先月も、秩父宮が内地から視察に来てて。あれ懐かしい名前。
石原は、関東軍の誰にも知らせず北京まで迎えに行って、そこから一緒に新京入り。秩父宮は石原と古い付き合いなので、道中さんざん東條参謀長の悪口を聞かされ、新京でいきなり当人へ、お叱りの言葉を述べられたと。

バカしかいないんですか。もはや、日本には。一人残らず。
双方の言い分を聞いた上での調停ならまだしも。
東條さんは、それでも、怒らなかったそうです。
いつかキレるぞ、かわいそうに。

さて二時間ほどで牡丹江市に着陸。
やっぱ速いなあ、飛行機。
見違えるほど、大きな街になってました。いまや、10万人都市。
ただ、インフラ整備が追いつかなくて、上下水道、道路、それから治安など、行政の問題は山積みだそうです。
たしかに道も悪くて、ここから東京城まで、日帰りじゃ難しいかな。
帰りに、上空から眺めるだけにしましょう。また改めて、来ることにして。
お布施も、そのときに。

辻は、牡丹江の特務へ顔を出してくると言ってました。私は同行する筋合いもないので、待ち合わせの時間だけ決めて、別行動。
牡丹江省は、お隣の間島省と並んで、朝鮮からの入植者が大半を占めるので、街にはハングルが多いかなと思ってたら、日本語ばかりだったので、正直ゲンナリ。
これでは、文化は、育たないよ。

辻を半時間あまり、飛行場で待ちます。が、戻って来ない。
特務ならここかな、とアタリをつけて電話したら、ビンゴ。なんだか、大事件が起きてるそうで、先に帰ってくれと言われました。
大事件?なんだろうね、いったい。

辻くんは帰るときも関東軍のプスモスを呼ぶだろうけど、それも手間だから、パイロットさんに、もう一時間だけ待ってみようかと言い、その間に私は情報蒐集のため、省庁めぐりを始めます。
なんでもいいんです。広く浅く、いろんなデータを持っておけば、あとから突然結びついたりする。
地方新聞の地域ニュースに目を通しておくだけでも、有益なんです。

その程度のつもりでいたのに、まさかの山口重次氏と邂逅。
三年ぶり?奉天副市長だったはずでは。
今は牡丹江省の次長だそうです。
ナンバー2がお好きなのかな。
10分ほど、ロビーで語らいました。

昨秋、石原が関東軍へ来て、協和会を猛批判。
山口重次は石原の側について、正しい協和会のあり方とは、ていう新・本質宣言を2万部印刷。
配ろうとした矢先に全部焼却処分されるとか、そんな不毛な政治争いを起こしてたそうです。
石原は孤立する一方ですし、山口重次も連座の形で左遷。
それで牡丹江省へやって来たと。
でもオレが牡丹江省への国家予算割り当てを一千万円まで引き上げさせたんだとか、最後はいつものオレオレ自慢でした。ああよかったね。

予算の額面が増えたところで、その金はぜんぶ日本企業が奪い合うだけだろ。
なんて野暮なこと口にはしません。僕ももうオトナなんで。
辻は、戻ってきてました。新京へ帰投します。
聞ける範囲で、事件について教えてもらいました。

ソ連からの亡命者を、身柄確保したそうです。間島省の、朝鮮軍が。

ややこしいことに、この地域って、満洲国領ですけど、朝鮮軍と朝鮮警察が治安維持を管轄してるんですね。
その亡命者、大物らしくて。朝鮮軍司令部から東京の参本へ報告すると、すぐに日本へ連れて来いと。
ただちに京城へ移送したそうです。

これを現地の関東軍特務が、新京の司令部へ報告したところ、参謀長代理の石原が、ブチ切れた。
我が満洲国へ亡命してきたソ連人を、朝鮮と日本がグルになってかっさらうとは、何事かと。
そりゃもう、烈火のごとく。

辻くんは、その取りなしを、一所懸命、してたそうです。
おつかれさま。
いいかげん、そんな老害、追い払った方が、よくないかい?
山口重次と仲いいみたいだから、牡丹江へとか、どうだい。



[43732] File_1938-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/07 00:06
File_1938-06-002D_hmos.

満洲中の日系新聞に、昨日の亡命事件が華々しくスクープされています。
全紙一斉だから、スクープとはいわないか。
内容も大差なく。
一律に日本陸軍中央の権力主義を批判しているので、石原からのリークをただ載せただけ、という御用記事なのが、素人目にもわかります。

いいんですかね、これ。ばらしちゃって。
バカ殿のご乱心にしても、国益に反すること甚だしい。
今後、ソ連からの亡命者は、満洲も朝鮮も選ばなくなりますよ。
まだ国内にいる家族・親類・友人も即、逮捕されるでしょうし。
国境で行方不明にとか、できればこちらで死体ひとつすり替えてあげてね。
恩を売って情報をもらいやすくするとか。諜報戦の基本でしょうが。
そんなことすらわからないほど、耄碌したかよ石原は。
なさけない。

ついでだから、満洲の新聞事情について語ります。
満洲国ができたばかりの頃は、100紙以上の媒体が乱立してました。
多くは不定期刊行。一枚の裏表だけとか。
中国語系だと、青臭い作文練習みたいな評論も多かったです。
でも、勢いあって面白かった。パルプフィクションて、こうじゃないとね。
そんな活字を毎日、浴びるように読みながら、私は中国語を学んだんです。

満洲にも、チャイナ本土にも、全国紙と呼べるものはありません。
良くも悪くも現地に行かなければ、その土地のことはわからない。
どれもこれも偏ってますし、互いに猛烈な批判をし合います。
それらを読んで、自分なりに一本の筋道を立てる。

正解なんて、ありません。あるわけないんです。
あったらどんなにつまらないことか。
今、新聞は、どれもこれも、同じことしか、書いてません。
つまらない時代が来ちゃいました。すでに、自由は、死んでます。
ゾンビが風にそよいでる世界です。

私が、華北、上海、そして南京と、自分で動くことの必要性にもがき始めたのは、このことに恐怖したからです。

このまま息の根まで止められていく。
切実に、それを、感じ取りました。
あと七年を、どうやって、生き延びよう。

正解なんて、ありません。あったら、知りたいですが。
それは、自分で、戦って、手に入れるしかないものじゃないでしょうかね。
座したまま、愚かなままで死にたい人は、死んでくれ。
それも、自由です。
私は他人様の自由を尊重します。
しかし、私は、死にたくないんですよ。
脱線しましたが、戻さなくていいかな。

徐州を征した日本軍は、西へ西へと、突進中。
漢口の手前で堤防が決壊したらしく、安徽省一帯が今、大洪水に見舞われているそうです。
双方、相手の破壊工作あるいは空襲の誤爆によるものと主張してますが、チャイナにとっては多くの町村が水没し、日本軍としては歩兵を大幅に南へ迂回させなければならなくなりと、誰にとってもいいことはひとつもありません。

そろそろ帰る頃合いだよ、日本の皆さん。
まだ行くの?そんな薄着で風邪ひかないかい?
現地でなんとかするからいい?そうかい。
どうぞ、ご自由に。



[43732] File_1938-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/08 00:02
File_1938-07-001D_hmos.

7月13日。亡命してから、ちょうど一ヶ月。
東京の、山王ホテルで、リュシコフ氏の公式記者会見。
石原がバラしちゃったもんだから。何らかの発表は、必要だったんでしょう。

ゲンリヒ・サモノロビッチ・リュシコフ。
新聞記事によると、ソ連内務人民委員部の極東担当長官。
これが正確かどうかを、確かめる手段が私にはありません。
正確でなければ、むしろソ連を油断させる材料になる。そんな可能性も考えます。発表そのものが大きなリスクなので、はたしてどこまでの先読みができているか。
なんて、考えるだけ虚しいか。

ソ連ノ非人道的ナ扱イニ抗シテ国ヲ捨テマシタ。日本ハスバラシイ、良イ国。コレカラモヨロシク。

反ソキャンペーンに使おうとしてるんでしょうけど。あくまで、内地の日本人に向けて。
日本の印象とか、至極つまらない話しか書いてない新聞は心底どうでもよくて。

それより面白いのはさっき辻くんから聞いたばかりの、石原の武勇伝。

7月15日。国境でソ連軍が砲撃を始めたってさ。
現地の関東軍と朝鮮軍は、すわ開戦か、ソ連との戦争かと、大慌てしたんだそうですが。
たまたま司令部にいた石原参謀副長が、国境守備隊に指示を出した。
たちまちソ連軍は静かになったそうです。

私が地図を広げて黙っていると、辻くんが解説を始めてくれました。
私は何も言ってませんよ。
相手が喋りたくなるような雰囲気をつくっただけです。
チョロい相手だよ。

簡単に言うと。石原は国境に沿って広く守らせるのではなく、一千人程度しかない国境守備隊の全兵力に、対岸のウラジオストック一点突破の陣形を構えさせた。
これを見てソ連は恐れをなしたと、辻は目を輝かせて石原を讃美するのですが。
それもまた、浅い読みだな。
陸大では何を教えてるんだ。

ソ連は、日本軍の動きをよく見ていて、これに即、対応した。
という事実にまずは気付こうよ。
ソ連が本気で攻める気だったら、すでに渡河を完了してる歩兵が、砲撃やんだ直後に飛び出してるよ。
それがなかった時点で、今回の砲撃は、ただの威嚇だ。

リュシコフ騒ぎでメンツを傷つけられたソ連が、がおーっと吠えてみせただけだよ。
日本軍はキョドってることだけでも恥ずかしいよ。
対ソ戦で警戒すべきは戦車と爆撃機の保有数なんだけど、現場である豆満江一帯は、砂州が広がり湿度が高くて、視界が悪い。
ソ連の強みを活かしにくいこの地点から、わざわざ仕掛けてくるとは考えにくい。
今回は、やはり、ただのパフォーマンスだと思うけどね。

なんてね。思いましたけど、言ってませんから。
辻くんには、ありがとう、君の言う通りだねって感心したフリをして見せました。
今後とも情報もらいたい相手ですから。仲良くしてます。

ところで、東條さんの後任参謀長も、そろそろ着任して一ヶ月くらいになるそうです。
磯谷さん。
2・26の現場では、軍務局長だったんですって。
だから戒厳司令部で、石原の指揮ぶりを見ていた。
作戦参謀としての実力は認める。
しかしどうにも性格がよろしくない。
勝手に決めるが、説明をしない。どういうことかと質問すると、そんなこともわからないのかと馬鹿にするけれど、結局説明はしない。だから反感を持たれる。
アカとつきあってる。
よからぬ友人にいつも囲まれている。
満洲へ飛ばされて、ますますひどくなっちまった。
と、言ってるそうです。

まあ、今の石原は、どんな人とも仲良くなんてしないでしょうからね。
私の会社内だったら、ペナルティ課して締め上げてますよ。とっくに。
なぜ、軍隊だとそれができないんだ。
非効率甚だしい組織だな、まったく。



[43732] File_1938-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/09 00:02
File_1938-08-001D_hmos.

二週間前、辻と会って、石原の武勇伝を聞きました。
その後、日本軍、同じ場所で、ソ連へ戦闘を仕掛け、今や2000人ほどの死傷者を出してボロ負け。
意味がわかりません。バカなの?

7月15日。ソ連、豆満江対岸で砲撃開始。
石原参謀副長、陣形を指揮して戦闘を回避する。
そこまではよかった。しかしその後。
また、どこへともなくフラフラと、布教の旅に出る。

関東軍では、ソ連など腰抜けの集まりだと鼻息荒くなり、一週間も経たないうちに、豆満江国境付近の将軍峯という標高800mほどの丘に我々の旗を立てようという遠足計画を立ち上げ、実行に移す。
あの辺、だだっ広くて地図も曖昧なんですが、将軍峯というのはソ連の地図では、ソ連領ということになってるのかもしれません。

7月19日。
内地の近衛文麿内閣も、リュシコフと石原についての報告をもとに「ソ連も膺懲してやらんといかんな」と緊急時の即時武力行使容認を決定・発表してたので、それに基づき正々堂々と日本軍遠足隊、将軍峯において相手に銃をぶっ放す。
以下説明するまでもないので略。

辻は2000人と言ってましたが、実際はもっと多いらしい。
生還者は何割?もし1万人出してたら1万人死んでたってことじゃないの?と突っついてやりたかったけど、言いませんでした。
圧倒的な砲撃と空爆から逃げ散る日本兵に対し、東京からは一歩も退くべからずとの大号令というおまけ付き。
かわいそうだねえ。しくしく。

東京レアメタルでも葬儀屋部門始めるかな。
これから寝る暇もなくなるくらい繁盛すること間違いないからな。
最近、悩まなくなりました。
おかげで心身ともに健康です。

余談ですが、リュシコフより2週間前にも、ソ連軍からの亡命者があったそうです。外蒙から華北へ。
リュシコフは情報部員でしたが、こちらは、前線の作戦参謀。
若くて、軍用自動車で国境を越えてきたとか。エネルギッシュですね。

石原がやらかしたリーク以来、関東軍へは特に情報が集まらなくなっているみたいなので、辻も、それ以上の詳細は知りません。

実際のところ、ソ連の内部も相当に、ブラックなのだろうとは思います。
それにしても亡命先に日本を選びたくて選んでるのでもないだろうにとも思うのです。



[43732] File_1938-08-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/10 00:02
File_1938-08-002D_hmos.

石原莞爾、帰国するそうです。
8月17日付で既に退役願いを植田司令官へ出しているとのこと。
え、退役?陸軍やめちゃう?
そりゃめでたい。とっとと追い出しましょう。
あとはカスミを食ってどこへなりと。二度と戻ってくるんじゃありませんよ。
って言えばいいのに。
なにをグズグズ。

東條さんは、何を言われても、耐えに耐え忍びに忍ぶ、それはそれでどうかと思う辛抱強い参謀長でしたが、後任の磯谷さんは石原に容赦なくダメ出しをするので、石原も嫌気がさしたんだそうです。
元凶は自分のくせに。
問題は、内地に引き取り手がないんだって。
いやだから陸軍自体から放逐しなさいよ。本人もそれを望んでるんじゃないの。
単純な話をどうしてまっすぐ通せないかな日本人って。ほんと理解できません。

今年は中国戦線および対ソ戦の問題が山積みで、夏の恒例人事異動はありません。
ただ、不定期な配置換えは随時くるだろう、とのことでした。
ちなみに到一さんは、先月までは河北省の石家荘にいました。最前線ではないので、ちょっとだけ安心ですが、警備地域でだって安全とはいえませんからね。
くれぐれも、お大事に。

17号の話でもしましょうか。
これまで何度か話題にしてた、東郷部隊の新拠点の、通称です。

まだ完成にはほど遠いですけど、一部操業しています。
とにかく、広い。
駅の前には、ブラフとしてつくられた商店街。そこを抜けると憲兵分隊と警察署にお出迎えされます。
その先に、建設中の航空基地。
管制塔や官舎が立ち並ぶ先に、立派な滑走路一本。
関東軍専用で、一般の人はここへすら来れません。

17号基地は、さらにもっと、その先につくられています。
もはや、完全に町。
背陰河も広かったですが、更に桁違い。
専用の鉄道まで引いてますし、先ほどの航空基地とはまた別に専用の飛行場まで持ってます。
本物の航空基地で目くらましかよ。

数千人を収容できる職員用官舎に加えて小学校や神社まで。
職員はここから一切出ずに生活できるよう、あらゆる設備を整えてます。
敷地中央には、三階建ての研究棟と、男女別被験者棟。
廊下側だけに鍵のついた小部屋がいっぱい。
すべてにトイレも付いています。全室ワンルームの監獄です。
中央棟の屋上には、夜間逃亡監視用にサーチライトまで付ける予定。アルカトラズか。行ったことないけど。

その一帯に存在していた50ほどの村を、つぶして建設したそうです。
住人は強制的に、建設作業に従事させられています。
おそらく、このまま永遠に、外界へは出られません。

まともな神経持ってたら、耐えられない光景ですけど、こんなことは、過去にも何度かありました。
私は悩むことをやめたので、黙々と、ケータリングを運びに通ってます。
実際、儲かってるので、やめられません。
ただし。
私は生き延びて、今見ているこの光景を、後世に伝えます。
伝え終えてから、悪党として裁かれます。
赦されようなどとは、思っちゃいません。
すべてを、ありのままに。
しっかり、見ておきます。
それまでは、死なないように、しなくちゃね。



[43732] File_1938-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/11 00:02
File_1938-10-001D_hmos.

10月25日。漢口に、旭日旗が揚がったそうです。
私の読みも当てになりませんね。兜を脱ぎます。
日本、強い。

このままだと、本気で中国大陸を征服してしまうかもしれません。
そのあとソ連がおいしくいただいちゃうかどうかは別問題ですが。
北平あらため北京。天津。青島。上海。南京。広州。漢口。
中華を代表する七大都市がすべて占領されました。
香港も大都市ですが、英国領なので圏外です。

とくに広州占領で驚きました。
日本が上陸用舟艇を大量発注してるって噂は満洲中で知れ渡ってたんですが。
台湾から出発して、三個師団を奇襲上陸させたらしい。
広州湾にカレーやノルマンディーのような要塞はないはずなので、実際ほとんど侵略側には損害なく、広州は陥ちました。

兵站能力はハナから考えてないでしょうし、それのせいで私も苦い思いを味わいましたが、「現地で奪え」をデフォルト思考にすれば、たしかに、攻撃力だけで作戦は迅速に立案も遂行もできちゃうんですよね。
モラルを捨てちゃえば、怖いものなんてなくなる。
そして実際それは、国府軍や中国共産党も、昔から自国の同朋に対してずっとやってきた方法論だったという、残酷な事実。
南京が陥落したあと、ドイツは満洲国を承認し、国民政府への軍事顧問派遣契約を破棄して、中国から引き揚げさせてます。
もう、先が無いと見られているのでしょう。商売でも、よくあることです。

チャイナは一度、消滅するかもしれない。
日本の栄光が永遠に続かないことは今も確信してますけど、それでも、このまま日本は、アジアを本当に征服してしまうかもしれない。
それでも、チャイナの民にとっては、大清帝国や国民政府が統一してた時代と、それほど大した違いはないのかもしれない。
やりきれないディストピアですが、そんな未来が実現する可能性も、見えてきました。

日本内地でも、好景気がバブルってます。
上海、南京への観光ツアーが予約待ちで大渋滞。
最近は満洲旅行の新鮮味が薄れて、大連や新京のホテル街が客室埋まらなくて殺気立ってる。
私は、昭和20年までやり過ごせば、という人生プランを立ててたんですが、歴史が変わってしまうなら、今から商売替えすべき?
なんてね。言ってみただけです。

17号でね、奴隷以下の人たち見てると、こんなことさせてる国が正しいわけないと思いますし、そんな国は滅びてしまえって理性を取り戻すんです。
我に返って、迷いを断ち切ります。

しかし、憂鬱だ。ここまで狂った世界が、いつまで続くんだろう。
東亜はこんな感じですけど、西洋はどうか。
いま勢いのあるのは、ドイツです。ヒトラーの、ナチス・ドイツ。
WW1による敗北で多額の賠償責任を課せられ、荒廃した大地から20年かけて不死鳥のごとく甦ったドイツ帝国。

ドイツ人が勤勉であることに異論はありませんが、この奇跡的復興はドイツ人だけの力で成しえたものではありません。
戦勝国である英仏米伊その他は、終戦後まっ先にドイツへ投資をしてるんですよ。
復興すべき土地には、いくらでも儲け話が生まれます。仕事が山のようにあり、敗戦国民は自分たちの戦犯世代を呪いながら、安い賃金でも文句言わず働く。
その圧力がドイツに集中した結果、たったの20年でドイツは強国の一角として再生できたのです。

賠償金を満額受取っても、まだまだ儲けが出ているうちは、諸外国からの投資は潤沢に続けられます。
その頃にはドイツに、自分たちが生まれる直前まで国土とされていた外地への憧憬を抱く、若い世代が溢れかえる。
そんなベビーブーマーたちが、エネルギーの捌け口を求めるという必然的状況は、因果律として理解できる。

来年でしたっけ。
そろそろ、なんですよね。



[43732] File_1939-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/12 00:02
File_1939-01-001D_hmos.

リュシコフ将軍。
ええほら、昨夏、ソ連から亡命してきた。
東京で、参謀本部ロシア班がいろいろ情報を引き出そうと、聴取を繰り返してたようなんですが。
その真偽を確かめるための手段が無いことに、はたと困り果てる。
だって、ソ連大使館の協力を仰ぐわけにはいきませんものね。

そこで、ドイツ大使館に相談したところ
「ソ連情報部員の尋問であれば是非私たちも協力したい」と快諾された由。
かれらはすぐさま本国へ連絡し、ドイツ情報部の腕利きを来日させる手筈をとる。
この時点で、実力差を思い知らされますね。
その腕利きさんが、10月頃に到着し、一ヶ月くらいかけて、数百ページに及ぶ大レポートをまとめ上げたそうです。

今度はこのドイツ語を翻訳し検証できる人材がいない。
この時点でも、以下同文。
で、ドイツ大使館の人にこっそり頼んで、そのレポートを要約してもらい、日本語の解説まで作ってもらったそうです。
年明けて、これをそのまんま、公式報告書として、関係各所へ配る。
そののち「リュシコフ将軍の身柄は関東軍に預けるから対ソ防衛の軍事顧問として、うまくやってくれ」と
丸投げ。

関東軍にロシア語できる人、どのくらいいるんですか?
聞くだけ野暮ですよね。
リュシコフさんに日本語覚えてもらう方が早いですよね。
それが日本のインテリジェンス。

以上の話は、辻から聞きました。
でも辻によると、リュシコフは本人が言うほど大した人物ではないので、ソ連の機密も実はさほど知ってないそうです。
極東方面軍だけで航空機2000、戦車1000はさすがに盛りすぎだ。実際はその1/3くらいだろうと、ドイツ人も言っている。
ですって。
そのドイツ語の報告書、手に入りませんかね?

「なに、ドイツ語読めるの?お前」

できれば最初の分厚い方を見てみたいです。それだけの文量あれば、リュシコフがどれほどの人物かの判断もつきましょう。
デタラメ言ってたら矛盾しまくってるはずです。
要約では意味ないんです。もちろん隅から隅まで読むつもりはないですけど、気付いたことがあればお教えできます。
リュシコフを使いこなす上で、辻さんにも得になることでしょ?

「すごい奴だなお前。よし、中央へかけあってみる。届き次第、知らせる」

ありがとうございます。
みたいなやりとり後、早速届きました。
参本でも持て余してたらしい。複写する手間もかけたくないからと、タイプ打ちの原本のまま送られてきました。
一次史料だぞ。中央に置いとかないのかよ。

さすがに持ち出せないので、辻の権限で関東軍司令部へお邪魔して、手持ちのドイツ語辞書と首っ引きで、二日かけて読破しました。
関東軍へは、当たり障りのないレポートを提出しておきました。
たいへん喜ばれ、辻の株も上がったことでしょう。

私にも、大きな収穫がありました。

来日したドイツ情報部員は、グレイリング氏という武官ですが、リュシコフの生まれ育ちから、ロシア・ソ連時代通しての遍歴、スターリンとの確執など、詳細に聞き出してます。
肝腎なことは二度三度と繰り返してますが、矛盾は見られません。ソ連兵力に関する情報も、正確と思われます。

これを要約・日本語訳したのは、ドイツ大使館付文書課嘱託で著作家兼新聞記者の、リチャード・ソルジュ氏。
なぜか、真逆の結論になってます。
リュシコフ氏の発言は大袈裟すぎる、ソ連はそこまで強大な国力は持ち得ないと、日本を安心させる内容になってます。
しかし文書内での矛盾は無く、グレイリング氏の文章と比較すると、シュトラウスの2・26レポートを読んだときの雰囲気に近いものを感じます。
イニシャルは、R.S。

ビンゴ、かな?



[43732] File_1939-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/13 00:03
File_1939-03-001D_hmos.

エニグマと、戯れてます。コダマです。
WW2で、ドイツ軍が使ってた暗号機。エニグマ。

連合軍はこれの解読に成功するも、そのことをひたかくしにし、ドイツの暗号通信を全て傍受していながら、極重要なミッション以外では現場に伝えることをせず、味方を攻撃にさらし続けました。
その犠牲のおかげで、ドイツ軍は終戦までエニグマに頼り続けた。
WW2の勝敗を決した一因とされています。
以上は、私が21世紀人だから知ってることです。

エニグマが買えると聞いてビックリしました。ちょっと古い型だけど、ホンモノよ。
見た目はタイプライター。
3枚のローターで三文字の鍵語をつくり、文章を普通に打ちます。同じ文字数ですが、暗号で出力されます。
解読モードにして、ローターを同じ文字列に設定して、さっきの暗号文をそのまま打つと、原文が出力されて出てきます。
子供が夢中になること間違いないオモチャです。私も今、大ハマリ。

鍵語が同じなら必ず同じ暗号文が出てきます。
AAAをSOSに換える鍵語は何か、とかね。考えちゃう。
たとえば素の英文で一番多く使われる文字はE。一番少ないのはZ。Qの次にはほぼUが続きますが、暗号文中の出現頻度には反映されない。
鍵語をメモしておかないと、私自身、復元不可能です。
実はこれが大きな問題。
どこに確実にメモするか。ずっと同じでも危険です。
なんかコレ、インターネット時代のパスワード管理問題とも通ずるのな。奥深いなあ。

ドイツ軍はローター4枚型を採用し、なおかつ鍵語変更のうえ二重三重に暗号化してるって噂ですけどね。それを解読しちゃったんだ連合軍。ガチバトルにもほどがある。
こんな数学戦争くりひろげてるうちにコンピュータが生まれたのねというのも納得しちゃいます。

私のエニグマには、ドイツ語特有のウムラウトキーは無く、配列もZが最上列にあったりとか、21世紀で見慣れてるのと違ってて難儀するんですが、それにしてもタイプライターで文書が作れるって便利だ。
ローマ文字とアラビア数字。世界を征する共通言語に最もふさわしい簡便さ。
これもまた、モノサシです。チャンポンなのがまた、いいじゃありませんか。

日本語のタイプライターは作れません。中国語のも、ありません。
コンピュータが発明され、漢字変換という超高度なプログラミングと膨大なフォントが作られて、初めて、日本人や中国人は手書きから解放されるのです。
これもまた、君たちに西洋人との戦争なんて無理だからやめときなって思う根拠のひとつです。
もっとも、中国人は英語学んで英語で打つんですけどね。日本人にはその発想すら無い。

脱線します。
東洋文化における漢字の影響力と、それを民族王朝がどれだけ移り変わっても継承維持蓄積しつづけてきたチャイナ文化圏の偉大さは、明白だと思うんです。
そしてそれと付き合ってきた周辺諸国の対応がこれまた実に面白くて。
ざっくりでも語りたい。

日本は1300年くらい前、ようやく日本海を渡りきれる船を造れるようになってから、盛んに大陸へ遣使を往復させ、文化と技術の習得に勤しみます。
かれらにも、そんな殊勝な時代があったんですよ。
漢語に触れることが学問の第一歩とされ、インドで生まれた仏教も日本へどんどん輸入しました。
日蓮宗も、もとは仏教です。それが今、親を絞め殺そうとしてるわけですから、御先祖様ゴータマ・シッダールタもシルクロードの西の涯にてどれほどお嘆きであられましょうぞ。

歳月を重ねるうち、若い世代は新しい言語を必要とするようになります。
小うるさいオヤジさんたちの説教とリンクしてる、カタクルシイお勉強言葉はダサいのです。
そんなのじゃ私たちの恋バナはエキサイトしないんです。
それでは数ある支流の中から、私が興味を感じてやまないものを三つ、ご紹介します。

ハングル。
朝鮮では、漢字をやめました。中央と地続き、いわば三世代四世代同居してる末の世代って、ストレスまみれなんでしょうね。完全に新しいものを編み出したのです。子音と母音の組み合わせで一文字を構成する、アルファベット体系。構造が合理的なので、アジア諸言語の中ではもっとも修得が容易なのが良いです。普及はしてませんがハングルのタイプライターなら既にあります。

日本語。
音韻に沿って漢字を簡略化したカタカナと、より丸みを持たせたひらがなが作られました。漢字も引き続き使います。カタカナとひらがなは一対一対応してるので本来一方は不必要なのですが、日本人はわざわざ活版も全種類作って細かなニュアンスで使い分けます。シンプルさとは対極の価値観なので世界言語には向きませんし、他人に押しつけるなんてもっての外だと強く主張しますが、とことん複雑なストラテジー好きなマニアには挑戦意慾を掻き立てられる言語かもしれません。

チュノム。
仏領インドシナでは、本場中国よりも多彩な漢字が生み出されました。漢字と漢字を合体させた新語をさらに混ぜ合わせるとか複雑怪奇。私も正直読めませんが、グラフィカルなので西洋人には人気です。チュノムの文書って枠線の中に収まらないのでまるでタイポグラフィを鑑賞してる錯覚に陥るんですけど、これも極めて神秘的な体験です。やはり世界言語には向きませんが、筆記言語の創造性について考える一助となるでしょう。

でも西洋のアルファベットだって、コンピュータ言語に比べたら全然シンプルではありません。
コンピュータ言語とは、0と1の二文字だけがひたすら並ぶ究極の暗号。
でも、二進法のまま読み理解し書いて従わせるなんて芸当、少なくとも私はまっぴら御免です。
コンピュータの前では、人類なんて一人残らず効率悪いアーティスト。
とろいし。究極のろくでなしに過ぎません。
その中で更に優劣つけるのは馬鹿馬鹿しい。
機械は、こんな私たちに、文句もいわず尽くしてくれて、やがて全生活を支えてくれるまでになる。
なんてありがたいことだろう。
大いに、ありがたがろう。

こんなこと考えながら、私はエニグマと戯れることに夢中なのです。
今日も無駄話いっぱいしちゃったな。
オタだもの。いつものことですよ。いいよね?



[43732] File_1939-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/14 00:02
File_1939-06-001D_hmos.

17号で小林とくっちゃべってたら、辻が来ました。
お仕事の話みたいなので、席を外そうと思ったら、いろいろ物入りだと。
近々大きな軍事作戦を予定しているらしい。
儲け話なら、乗りますぜ。

昨年あたりから、満ソ国境いたるところで銃声が絶えないのですが。
目下、緊張が高まっているのは北方、ハイラル一帯。
満洲国、ソ連、そして外蒙古の国境が重なってる地域です。

5月に国境で満洲国軍と外蒙古軍の騎馬隊同士が交戦し始める。
満洲国軍には日本軍という黒幕がついてて、外蒙古軍にもソ連という屈強な親分さんが控えていらっしゃる。
すでに双方、爆撃機や戦車まで繰り出す本格的抗争へと発展しているところ。

辻の言う「物事の是非も知らぬ毛深い赤匪ども」は6月19日、満洲国内の町、カンジャル廟へ爆撃機隊を飛来させ、関東軍の倉庫を攻撃して、ガソリン缶500個を炎上させるなど、大被害をもたらした。
ゆるせぬ。
ここで一撃、目に物見せて思い知らせてやらねばならぬ。
だそうな。

ハイラルには熊本から第23師団が移駐しており、これにチチハルの第7師団、公主嶺の戦車団、ハルビンの第12飛行団などを協力させて、国境であるハルハ河一帯のソ連陣地を一週間ほどで掃蕩してくる予定だとのこと。
にぎやかな遠足になりそうですね。
当地では深刻な水不足を心配せねばならない。
水源はハルハ河と、それに合流するホルステン河。
大小さまざまな湖が砂漠の中に点在しますが、鹹水湖が多く淡水湖はごく僅か。
なので防疫部へは給水態勢を要請。
私はサイダーなど飲料水の大量発注を承りました。

「砂漠で水だけでは死にますよ。塩分が失われていくので。日中は暑くなりますが夜もかなり冷えますから夏でも防寒対策を忘れずに」
小林の指導を辻は感心して書き留めます。
私の方で準備できるものは揃えましょう。ハイラルでは現地調達も無理でしょうからね。
第一、目的地には人が住んでないらしい。
徴発に頼る日本軍のドクトリンは通用しません。

みたいな話を詳細に詰めていくと、辻が深刻な顔をし始めまして。
ここまで大規模なピクニックの幹事をしたことはなかったらしい。
あれも足りないこれも足りない、それを運ぶ車も足りない。
だめな男だな、つくづく。

見るに見かねて、私がついてってやることにしました。
きっちり経費は請求しますけど、ハイラルの師団司令部か特務に一人、社員を置いて中継させ、私が現地から足りないものを連絡するので都度納入させ、輸送は軍の輜重隊に任せる。
出発は十日後です。
それまでに現地の詳細な地図もください、とお願いして、帰りました。

ハルハ河。
全長200kmあまり。南から北へ向かい、ボイル湖という淡水湖が終着点。
その先には、何度か行ったことのある、満洲里駅。
ソ連との国境で、満洲国の最果てです。あの辺か。
鉄道駅では、ハロン・アルシャンが最も近いのかな。そこから、満洲国領ハルハ廟までが、直線距離でざっと200km。
ここを歩き回るわけか。
まさかね。自動車でしょう。
でも歩兵は歩くよな。歩かされるよな。
砂漠かあ。
くれぐれも、はぐれないようにね。

第23師団。新設だ。
私が石原莞爾に拾われた頃、陸軍は近衛師団と18個の師団を保有していました。
七・七事変からの大陸出征以降、深刻な兵員不足に陥って。
金沢・仙台・熊本などで師団が新たに編成され、装備だけ持って外地で訓練しつつ警備をしている。
どうやらそのひとつです。
多分に、新米どもの戦闘実地訓練を兼ねたイベントということでしょう。

あとは、ソ連がいかほどの戦力を展開しているのか。
これが不安材料の最たるものですが、辻の話では、シベリア鉄道ではボルジャというのが最寄り駅。
ハルハまで750kmあるそうです。遠いからソ連部隊の応援は間に合わないと。
外蒙領内にタムスクという空軍基地があるそうですが、こちらは事前に叩くと言ってました。

そうですか。くれぐれもよろしくね。



[43732] File_1939-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/15 00:02
File_1939-06-002D_hmos.

6月28日。ハイラルの第23師団司令部で打合せ。事務員を一人置かせてもらう。
6月29日。将軍廟へ。歩兵第26連隊・根上さんとの連絡体制を整える。
辻と、その他参謀連が、新京より到着。小雨の中、ハルハ河畔まで向かいます。

すでに帰りたいコダマです。
八甲田山の二の舞になりますよ、この遠足。
今から37年前の真冬、青森県の連隊で、雪山へ行軍演習に出かけた200名の中隊が全滅してるんですが。
同じことが、これから15000名規模で起きます。
交戦しなくても、野垂れ死に。あまりにも無謀。

主力である5個大隊の皆さん、六日前にフル装備で250kmの行軍へ旅立ちました。
これから私たち合流しますけど、中継点で休憩させる時間なんて設けないそうです。
むしろ雨続きで道が非常にぬかるんでて予定より遅れているため、ギリギリ到着できるかどうかだって。

さらにハイラルで23師の装備一覧を知って、むせました。
三八式とか四一式とか、明治時代の野砲山砲押しつけられて、それを馬に牽かせてるんです。
馬賊相手にゃこれで十分というつもりなんでしょうか。私たちこれからソ連の戦車と戦うはずでは?
馬たちも今、現地へ向けて過酷な行軍の真っ最中。

師団長は小松原さんといって、人は好さそうですが、それだけなタイプ。指揮官経験値はルーキー。
そして鈴木という情報参謀がコイツをヨイショするだけのお調子者。グダグダです。
意外だったのは、辻に対する高評価。
23師は関東軍指揮下ではないので、本来その作戦になど口出しできない関係なのですが。
上司である関東軍参謀副長の矢野少将までが、階級も年齢もずっと下の辻少佐に大きな信頼を寄せているのがわかる。

なんでかなと思ったら、どうやら満洲歴は辻が一番長いのと、なにかとしゃしゃり出て手伝い、恩を売ってることで、獲ち得たイニシアチブみたいです。
ええ?辻くらいの仕事なら誰だってできるだろ他の連中はこんなこともしないのか。東京レアメタルでは雇わないよこんなレベルじゃって呆れるところもあるんですけどブツブツ。
まあ他人様の企業体質に口出しするものじゃありませんし。
だからこそ辻の紹介もあって私が今こんなポジションにいられる意味ではありがたいとも思うし。
結局のところ商売相手すなわちカモの、それぞれのキャラクターが掴みやすいのは、いいことですね、と。
お馬さんはかわいそうだと思うんだけれども。

歩兵第26連隊の根上さんは、そんな中でもきわめて話のわかる、いい方でした。
連隊長の須見大佐も直前まで一緒にいらっしゃいましたが、歩26は自動車部隊なので機関銃など積んだ約200台の装甲車およびトラックで我々と一緒にハルハ河へと向かいます。
構成としては、7師から23師へ貸出された応援部隊です。7師の本拠はチチハルなんですが、23師よりはずっといい装備をもらってるらしい。力強い機動力です。

事前に地図を見ました。
満洲国ができてから七年間。地道な測量のおかげで南京よりは詳細です。航空写真をもとに図案化してます。
縮尺は10万分の1。
方眼で区切られてますが、一辺が4kmですか。それでも目印になるものは、まばら。

ハルハ河東側の荒野は概ね標高500から700m。
733バルシャガル高地とか742ノロ高地とか、書き込みされてますが、相互の高低差は極めて小さいので、おそらくだだっ広い平原ということになります。
外蒙領なので地図上には書き込まれてないんですが、ハルハ河は西岸の方が標高が大きいとのこと。
つまり、西から東は丸見え。
これはきわめて要注意案件ですね。
夜のうちに渡河して、西岸コマツ台までを占領するという計画なんですが、より迅速さが求められます。
明るくなってからでは、直接攻撃の的になります。

明るくなってからといえば、これも重要。
日没は21時、夜明けは04時。
北緯50度ですからね。内陸性気候のため炎天下では摂氏40度近くに達することもあるとか。
これは、ますます、早期完了&すみやかな撤収が必須ですね。
アクシデントが発生したら、即時離脱。
これを全軍に、徹底させなくては。

でもそれって、日本人が最も不得手とする要領なんだよなあ。
私はいち軍属であって軍人じゃないので、指揮系統には含まれませんから、いの一番に逃げますけどね。
それでも早く帰りたい。今すぐにでも。



[43732] File_1939-06-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/16 00:02
File_1939-06-003D_hmos.

6月30日。雨、ときどき曇り。
ハルハ河東岸、フイ高地が我々の集結予定地なのですが、その付近で外蒙古軍との小戦闘があったそうで。
現在、5kmほど後方で待機中。
道らしき道があるとはいえ、一度ぬかるみにはまると大渋滞。

辻くらいですか。幕僚参謀連で、出てきて確認するのは。
あとは車に乗ったまま。歩兵のことなど意に介さず、接待出張気分でいる高級将校ばかりなり。
私がいる前で作戦の話なんてできないだろうって?
してますよ、遠慮なく。

しかし、なっちゃいない。口出ししたくてたまりません。
辻はします。すぐ仕切ります。場の空気を支配します。
その声にうなずく幕僚はますます思考しなくなります。
暗算が必要なときは私に聞くので答えてやります。辻は説明を終えると師団長や上級参謀に承認だけ求めます。
フムヨカロウと返ってきます。
この繰り返しです。
バカがますますバカになり、責任者が無責任者に為り果てるスパイラルあざなえる縄の如し。

耐えられないので、歩26のトラックのひとつへ、移らせてもらいました。
23師は九州勢が大半ですが、歩26は7師の部隊なので北海道、旭川が原隊です。
もとは漁師だった人が多いみたい。外地へ来てから海魚が恋しくてたまらないそうです。
そんな話をとりとめもなく、語らいました。

ここまでの、地勢情報。
荒野です。本日はモヤがかかってますが、四方八方、地平線。
草地はそこそこありますが、せいぜい50cm程度の高さしかなく、ギリギリ身を隠せるくらいですね。
しかし我々は緑地に紛れ込む迷彩服は持っていない。
敵が砲で襲撃してくる場合は、草地を狙え!という判断になりましょう。

航空隊が4日前、外蒙領内のソ連空軍基地を奇襲したそうです。
大戦果だったとか。
夜明けとともに100機近くで空爆開始。敵機のほとんどを地上で粉砕し、上がってきた戦闘機も、上空で待ち構えていた九七式が一機ずつ狙い撃ち。
だから敵航空機の心配はするに及ばぬとのお達しです。

制空権をとったのか。
今からの地上戦闘を考える上ではありがたい条件ですけど。
それだけの情報ではまだまだ不安だらけですよ。

カンジャル廟空爆への報復としては、あまりにやりすぎ。
ソ連からしても、日本側が何かしたからこそのカンジャル攻撃だと思うのですが、あいかわらず日本陸軍は、満洲国内でも中国本土でも、現地外交部と一切連絡をとらず行動してるらしい。
相手国領内の空軍基地を宣戦布告あるいは準ずる口実もなく攻撃し徹底的に破壊するという行為は、国際法上完全にアウトです。
テロですよ?わかってないだろ。
心配するなどころじゃない。即ソ連と全面戦争開始するだけの覚悟と準備と計画をもって、それをしたのですか?
してないだろ。
辻が言い出して、ヨッシャヨッシャと司令官が承認。そんなとこでしょ。

東京の参謀本部にも、報告すらしてないかもしれない。
私が内地の責任者であれば、即刻「関東軍司令部を爆撃」してからソ連へ詫びをいれますね。
謝罪をします。
今回の事件に関わったすべての将官を逮捕し、ソ連と協働で裁判にかけます。
国際法廷です。
そこまでしないと、納得してもらえないでしょう。

しかし純国内問題である2・26の後始末さえ臭い物に蓋で終わらせた日本に、はたしてどこまでできるかな。
できなかろうな。
みんなグルだろとなっちゃいますし、かばい合ってるからには自分だけは知らなかったなんて通用しない。
グルでしょう。グルなんだよ。まとめて地獄へ堕ちな。
閻魔大王も、いい加減にしろやって、思うだろうけど。

地勢情報に戻ります。
私はひとつ、大きな、大きな勘違いをしていたことに気付いています。

いま我々が集結地として目指してる、フイ高地。
全員が高地と呼んでます。
標高721m。下二桁を和読みして、フイ。
名前からして、盛り上がった台地だと、わかりやすい地形だと、思いこんでしまうとアウトです。

ここまでの道中、758高地や769高地を通過しましたが、控えめにいって、ちょっと盛り上がったお皿がのっかっているだけでした。
測量して、地図をつくる上ではそれでも数少ない目印となるものでしょうが、径20kmの広大な荒れ地の只中で目標にできるかといったら無理無理。

一度はぐれたら、二度と帰る方向さえ分からないかもしれない。
方位磁石は支給されてますが、それを無くし、今日のように太陽も見えなければ、大海原に浮かぶ迷子同然。
狼の群れと出くわす前に、人里へ戻れたらいいね。何百キロか彼方にあるはず。
そんなサバイバル遠足ですよ。

往復分の燃料と水、食糧だけでは片道切符どころじゃない。
余裕が、どれほど必要か。
ギリギリになってからでは、帰るにも帰れません。
なぜそんな計算すら、しようとも思わないのかな。
ふしぎだなあ。



[43732] File_1939-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/21 22:38
File_1939-07-001D_hmos.

7月1日。フイ高地に陣地構築中。
予想通り、ちょっとした小高い……段丘?
ハルハ河畔まで、最短距離で、6km。

やっと将軍廟まで辿り着いた歩兵連隊が、休む間もなくこちらへ向かっているそうです。
あと30km。おつかれさま。
そもそもは7月1日未明に渡河開始予定だったんです。
どんだけ甘い見通しでスケジュール管理やってやがんのかなって。
呆れますでしょ。顔には出しませんが。

「すべて順調です」が口癖の鈴木23師参謀は、天候不良による作戦延期という、幕僚を誰一人傷つけない口実を考案して、小松原師団長たちを安心させました。
辻はじっとしてるのが嫌いな男らしく、関東軍のプスモスを呼びつけて、前線の視察に出かけました。
そうかプスモスで帰るという手もあったな。
制空権を握れてるってことは、こんなにも安心材料なんですねえ。僕だけ今すぐ帰ろうかな。

宿営準備しながら、新たなる脅威が生まれました。
虫です。チチハルで赤痢に罹った記憶が甦ります。
ハイラルより更に奥地のこの辺りでは、虫はますます巨大化。
指より長いサイズの蚊が群がるんですよ。蝿も。
その他、見たことない羽虫が恐れを知らずたかってきます。数も半端ない。
飲料水を、淡水湖や、水たまりから採ってくるつもりでいましたが、これもまた巨大なボウフラが泳ぎまくってて、つらい。
私は改良型濾過器を自分用に持ってきてますが、23師でも7師でも、全兵に支給されてはいないようで、次回があるとしたら、必須装備に加えるべきですね。
すみやかに、納品させていただきますよ。

兵にはサイダーが2壜ずつ支給されてますが、皆、とっくに飲みきってます。
壜は捨てずに、砂とガソリンを詰めて火焔壜にするんですって。エコロジー?んなわけないか。
それにしてもサイダーだって、まだまだ欲しいですよね。
遠足終わるまでに間に合わないかもだけど、至急、追加で発注あげます。

あらかじめ現地入りして、敵情視察していた斥候隊の報告によると。
ハルハ河とホルステン河の合流点を、川又と呼びます。この川又から南の方にソ連の軍橋がいくつか架かっており、ここから敵は東岸へ戦車や装甲車を送りこみ、陣地をつくっていると。

川又より北、すなわち下流へ向かうにつれ、河幅が広くなり、流れも急になるため、我々のいるフイ高地付近になると、橋はありません。
我軍工兵隊が橋を架け、西岸へ渡り、敵陣地を占領して旗を立てて帰る。
その地点と決行日は、辻が帰ってきてから、おそらく進言するまま承認され、実行に移されるでしょう。
明日は晴れるやらどうやら。
しかし食糧も水も大して持ってきてないわけですから、早ければ今夜からでも雨天決行となりますかしら。

私としては、ホルステン河の北岸にすでに配置されている敵戦車陣が気がかりです。
直線距離で河からフイ高地まで30km。
10km手前から砲撃を開始するとして、半時間もかからずに来ちゃいますよ。備えはできてますか?
ハロン・アルシャンから走破してきた安岡戦車隊70輛がフイ高地南東8kmに陣取っており、敵戦車はかれらが蹴散らす、と参謀どもは至って呑気なのですが。
私、念のため、斥候隊の軍曹にこっそり聞きました。
敵戦車の砲身、どのくらいの長さだった?って。

もちろん斥候隊は、至近距離まで行って見てはいませんから、きわめてざっくりですけど。
横を向いた状態で、砲塔または車体に対してどのくらいの長さか。これだけでも判断材料にはなります。
うちの八九式や九七式のよりも長ければ、射程距離および初速と貫通力がより稼げるということになります。

実は、考えるまでもないことではあるんです。
日本の戦車は、中国人を驚かせるくらいの目的しか持っていない。
騎兵と戦うにはそれでも充分なんです。歩兵に直協するためスピードも出さなくていい。
内地で設計されてますから、鉄道の軌間と一緒で、発想が最初からミニチュアなんです。
かわいくて小回りがきけば、いいんです。

ソ連で求められる戦車のスペックは、ケタが何倍も違います。
世界地図見ただけでわかること。だだっ広い国境を守るだけでも高速性と、走破力と、おびただしい数量も要求される。
航続距離に比して燃料タンクも大きくなくてはならない。仮想敵国をドイツとすれば対戦車戦が前提です。火力もだし、装甲厚も、一騎当千の能力がなければ国なんて守れない。
対するミニカー70輛か。一時間もかかるまいな。

本気で、帰らなくちゃって気になってきました。一刻も早く。



[43732] File_1939-07-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/18 00:04
File_1939-07-002D_hmos.

ああ。なぜ昨日のうちに私はここを去らなかったのだろう。

7月2日。
夜明けと共に、ハルハ河対岸より砲撃を受ける。
我々の側から敵の砲台は見えないそうです。
私も自分の目で見てきたわけではないですが、河幅80m。その先が、急勾配を登っていくような地勢であると。

幅80mですか?
50mと聞いてましたが。
連日の雨で水嵩が増し、流れも速くなっているとか。
ガッデム。
さらに敵に見つかってしもうとるじゃないですか。ガッデム小松原師団長。
帰りましょう。
さあとっとと帰りましょう。作戦は失敗です。遠足は終了です。

なお河東、我々のいる側でも、南の方から敵が迫ってきているそうです。
斥候の報告では、200から300の機影が陣を構えてこちらを睨みつけていると。
我軍、安岡戦車隊も、陣形整えて待機中とのことですけど。
戦うより、我々の逃げ道を確保してほしい。

師団司令部は、喧々囂々の会議中。
いまさら何を話し合ってるんだ。
将軍廟から徒歩行軍してきた一個連隊約8000名が4kmほど東で迷子になっているらしい。
すぐこちらへ走ってきて戦闘準備をしろと怒鳴ってる。
帰らせてやれよ!

こんな状態でお昼を過ぎ、雨も強くなってきました。
双方とも、砲撃がまばらになってきています。
ビビってとっとと帰れや、と思ってくれてるのだったらいいけど。
あちらさんだって、無用な流血は望まないと、信じたい。
いや、無理か。航空基地を破壊されて怒りまくってるだろうしな。

西からの砲撃は、司令部までは届かないのか。威嚇のために外してるのか。判断は難しいです。
今の射程がかれらの限界だと勝手な当て推量で部隊を展開させる作戦立案し始めた奴がいます。
辻です。
これだから秀才くんは。

夕方になって、作戦が決定されました。
敵は追ってこないと思います。黙って、見逃してもらいましょう。
じゃ、ないのかよお。

「この豪雨は、天啓である。
敵も、我々が撤退すると侮ってかかっているだろう。その虚を突く。
今夜、西岸ハラ台地への最短距離に渡河点を設け、夜明けまでに全部隊を対岸へ集結させる。
払暁、一気に攻撃を敢行。
自動車部隊はすみやかにハラ台地南へ回りこんで敵を背後から脅かす。前面より歩兵と戦車隊が突撃。
敵は一昨日、このフイ高地より一目散に逃げ出したごとく、一瞬で消えるであろう。
深追いはしない。
ハラ台さえ占拠すれば、次いで東岸の機甲部隊陣地を掃蕩し、主力は凱旋する。
以上!」

お気楽でバカタレな辻に、皆ニコニコと賛成。

冷静に、ツッこみます。お前いま、「~であるだろう」って何回口にした?
我々が一兵も失わず、パーフェクトにノーミスクリアすることを前提に、かつ敵さんが最大限こちらの希望通りに動いてくれることも期待する。それは最も理想的な展開だよね。ひとまず、プランAとしよう。
敵が、日本は豪雨に乗じて攻めてくるだろうと想定して布陣していたら、という仮定でプランBを考えておこうじゃない。考えてる?
後半ぜんぜん違ってくるよね。

CもDも。Zまでいっても足りないよ。
将棋ですらその程度、一手ごとにやるんだよ。どこまで先読みしてる?
もひとつ言ってたか。何だっけ?忘れた。
今夜以降の天候だって、不確定要素だよね。
ちなみに手前どもの兵は一週間以上歩き続けてて水も食糧も尽きてるんだが。そのパラメーターは入れてあるかな?
まちがってたと気付いたときに、データを修正する程度の余白は、つくってあるかな?

お利巧さんだね、辻くんは。
まったく、おりこうさんだ。
どうしてこんなバカがのさばっていられるのか、理解に苦しむのだけれども。
斯くして、地獄のピクニック深夜編が、スタートしたわけですよ。

なお私は、口を出す立場でもありませんし、今日のはとくに、作戦が決まったあとで知らされたので、意見や感想を述べる機会などありゃしませんでした。
本来、参謀作戦会議に部外者がいてはおかしいので、当然といえば当然ですが。満洲事変は例外として、南京でも、ほんとにヤバい状況の時は、私は閉め出されてたんですよ。

これは、ひとつのバロメーターかも、とも思います。
余裕がなくなって、無理をしている。それを首謀者たちが自覚している。そのときに、私は外される。
これは、白と黒を見分ける、有意のフラグかなと思うところ。
今回は、敵からの砲撃一日目にして、もうそこまでのパニックに達したということです。
も少し、サンプルを集めてみたいですけどね。

暗くなるまで、激しい稲光が轟いていたんですが、22時頃突然やんで、月が出ました。
これとては、吉兆なりや、凶なりや。



[43732] File_1939-07-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/19 00:02
File_1939-07-003D_hmos.

7月3日。晴天。
04時頃、砲音で目覚めました。
フイ高地の師団司令部から、ハルハ河へ向かって歩きます。自分なりの、完全武装をした上で。

途中、歩26の自動車部隊が固まって、待機してました。
計画では、すでに橋を渡り、敵陣地の背後へ回り込んで戦っているはずではなかったですか?
ここで、アクシデントを知ります。
アクシデントが起きないわけないとは思ってたんですが、一つ二つじゃないどころか、その破綻ぶりに驚きました。

2日、20時。
まだ雷雨烈しく、空が鈍く白んでいるうちに、工兵隊が架橋資材を積んで、ハルハ河へ向け出発。
河岸へ着き、架橋開始。
闇夜が訪れてくれてますが、無灯火で作業します。
しばらくして、河なのに流れてないことに気付く。
そこは湖でした。
止み始めてる雨の中、鉄舟をトラックに積み直す。
敵の攻撃を避けるため、トラックは岸より500m手前へ停車させてます。上げ下ろしだけで相当の時間と体力を消耗します。
やっと本物のハルハ河へ到着したのは03時頃。
歩兵と自動車部隊は渡河点でずっと待機しており、やっと現れた工兵隊の作業を静粛に静粛に、手伝います。
河幅は50mと出発前に聞いていたので、資材もその分しか準備してきてません。
対岸までの距離を測り直し、それをもとに再計算。
結果、橋の横幅は軍用トラック一輛をやっと通せるギリギリ。
強度も不足するわけで。車輌は全装備を下ろして通過し、対岸で積み直すことを余儀なくされます。

攻撃開始までにある程度の装甲車、戦車を西岸へ渡しておくことが前提だった作戦はとっくに崩壊していますが、これを現場でずっと指揮していた辻政信が、案ずるに足らぬと止めさせません。

そして夜明けを迎え、舟で渡った先発隊数百名が西岸にいるだけの状態で、敵に発見され、砲撃が始まりました。
歩26の自動車部隊は、密集していては標的になるからと、3大隊のうち2個を3km後方へ下がらせ、第一大隊のみが、現地で応戦中ということです。
何をやってるんだまったく。

渡河点まで走ります。
兵と車と馬と野砲でごった返してました。
敵の砲も、なかなか当たらないようです。
観測手が立てそうな場所もないから、大雑把に撃ちまくっているのでしょう。
しかし射程の長さと破壊力はある。
すでにお亡くなりになられている兵もそちこち。全身を虫にたかられてます。うわあ。

河の向こうは、緑地に続き急峻な坂道。そして地平線。
架橋と並行して、舟で渡っていく歩兵が駆け上っていきます。
すでに西岸の丘を越えてすぐの陣地は確保したとか。勝ってるのか。
いやこれ勝ってない。どう考えても無謀の極み。
このまま押し切る気なのはわかるがそれは果たして正しいのか。
正しいわけないんだけど、すでに止めようのない段階です。
辻はどこだあのバカ。あっち岸で旗でも振ってやがんのか。

私も及ばずながら、お手伝い。
資材をバケツリレーの要領で手渡したり、ナットで締め付ける間押さえてたり。
近くに着弾しないことを祈りながら。

0640。橋が完成。
兵は一列になって渡ります。皆、一秒でも早く対岸へ渡りたいらしい。なんでだよ。わけがわかんねえ。
歩26の須見連隊長は、トラックから砲や機関銃を下ろさせてます。どこかで割り込んで向こう岸へ渡りたいのですが、主力である23師の兵隊たちに先を譲ってくれと言える雰囲気でもありません。

仕切るべき将校がいません。師団司令部で寝てやがるのでは。
唯一いるはずの辻は、おそらく向こう岸です。ああもう。グダグダ。
対岸から走ってくる伝令がいます。無線電信、設置してないのかよ。
叫んでます。
向こうには、戦車がいるらしい。
砲兵を優先させろ、歩兵は火焔壜を準備しろ、と言ってます。
おいおい、肉弾戦かよ。

そのおかげで、ちょっとずつ、歩26の自動車が橋を渡らせてもらえる隙間ができました。

車が一輛、通る間は、橋に他のものは乗れません。
それほど、強度がヤワいのです。
落とされたら、あるいは、落ちちゃったら、どうするんだろう。
流れは、速い。北海道出身の漁師さんでも、泳いで渡りきるのはゆるくないぞと言ってます。
私は確実に溺死しますね。
なので、対岸へは絶対に、渡りません。
ああもうどこだよ責任者、出てこい!



[43732] File_1939-07-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/20 00:02
File_1939-07-004D_hmos.

09時。責任者たちが現れました。
兵たちが意気盛んに橋を渡り、西岸で猛撃を加え続けているという報告を聞いて、小松原師団長とその取り巻きどもは、たいへんにゴキゲンです。

コマツ台と名付けられた敵陣地へ、第一線が辿り着いたらしい。
敵は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていると。
ならばすぐにでも旗を立てようと、師団長を乗せた黒いビュイックは橋を渡っていきました。
兵たちは敬礼して見送り、続いて我も我もと先を争って対岸へ駆けていきます。

こんなカルト教徒どもの集団が襲いかかってきたら、さすがのソ連兵でも逃げ出すのか。と納得はしてしまう。
それにしては、砲撃のペースは落ちてない。
むしろ頻度が上がっているようにさえ思う。
これは、冷静に、見極めるべきところですね。
着弾してからでは遅いのです。

空から目を離さず、最大限の五感を研ぎすませ、方位角と弾数、それから射撃間隔を、頭の中のスプレッドシートへ、入力していきます。
南の方からも、砲声と、煙が見えます。
安岡戦車隊が交戦しているのでしょう。
おかげで、フイ高地から渡河点までの範囲への砲撃はありません。西岸に警戒を集中できます。

集計してたら、どこからともなく、偉そうな人がやってきました。
星一つ。少将か。
ここの専任将校は誰か、と怒鳴ってます。
須見大佐が、おそらく自分でしょう、と名乗り出ます。

「小松原師団長は西岸で司令部設営中であります!小林少将はじめ歩兵連隊長、砲兵連隊長もすでに西岸へ渡り、交戦中であります!」
「貴官の隊はこれだけか!」
「第一大隊は八割が渡河完了しております!第二、第三大隊を後方3km地点で待機させております!」
「諒解した!ひとまずここの交通整理をせよ!まるで縁日だ!てんでばらばらで、見苦しい!」
「全力を尽くしますが!第23師団の兵は!私の指示を聞いてくれませんよ!」

東京から派遣されてきた、参謀本部作戦部長だったそうです。
フイ高地の司令部にまだ参謀たちがいるので、そちらへと向かっていきました。
また関東軍が勝手にコトをおっぱじめたと聞いて、飛んできたらしい。ごくろうさまでございます。
早く止めさせてください。せつに願います。

朝から何度も、伝令が河西から逆走してきて、フイ高地の司令部へ駆けていきます。
無線がまったく機能してないらしい。
それとも、砲音のせいで通話できないのか。東岸ですら、至近距離でも大声で話さないと伝わらない状況で、耳鳴りがひどいんですけど。
敵砲兵の無力化には、まだまだ、遠い実感。

丘の向こうはいったいどうなってるんだ。
負傷兵の後方搬送も徐々に増えてきています。応急手当を買って出て、その間に情報を聞き出します。

黒塗りビュイック、すでに吹っ飛ばされたみたいですよ。狙い撃ちらしい。
目立つからな。
残念ながら、師団長は御無事のようです。
丘のすぐ先に観測所を設けてるらしいんですが、そこへ隠れて、指揮を立て直してるらしい。
撤退しろよ。

負傷兵たちから話を聞くうち、どうやら実態がつかめてきました。
おかしいと思ったんですよ。渡河点からコマツ台まで、直線でも15kmある。
戦いながら、2時間ちょいで占領なんて、やはり、ありえなかった。

案の定、今度も全然まちがえてて。
コマツ台よりはるか手前の陣地を占領し、浮かれたところに、猛爆くらって、死体の山。
広い平原。身を隠す場所もない。
なくもないけど、隠れられそうな場所には砲弾が集中する。
鉄兜で穴を掘り、身を潜める。
不眠不休の兵たちは、この強烈な日射しの中、戦車と装甲車に追い回されてる。

07時頃には、「一撃必殺火焔壜攻撃」が発明されたそうです。

火焔壜自体は、5月にドンパチやったとき、敵戦車へきわめて有効と認められたそうなんですが。
ていうか5月にも戦車と戦ってたんかい。
そのときはマッチで火をつけてから、ぶつけてたそうなんですね。
今日は、着火させず、ガソリン詰めただけの壜をぶつけさえすれば、戦車が瞬時に燃え上がるぞというのが、新発明だということです。
車体がそれだけ熱せられてるということなんでしょうか。

敵乗員がハッチから、火だるまになって出てくるところを、小銃で狙い撃つ。
このコンビネーションが最高!
なんだそうです。
もちろん、失敗して履帯に轢きつぶされる兵もいますが、そのとき火炎壜を踏ませられれば、やはり炎上する、と。

燃え続ける戦車は時々、弾薬や燃料に引火させて大爆発を起こすそうです。
これが皇軍兵士のアドレナリンをも燃えに燃え上がらせ、我も我もとバーサーカーに変えていくのだ。
というフローチャート。
狂ってるぞきみたち。
いいかげんにしなさいよ。
ああもう本気で帰らなきゃと思ってたところに。
敵飛行機が現れ、
銃撃してきました。

制空権が、破られた?



[43732] File_1939-07-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/21 00:03
File_1939-07-005D_hmos.

日本軍機は、朝から飛んでたんです。
やっとの晴天。視界良好。敵飛行機は、いない前提。
フイ高地から東向きには無線が使えてるので、払暁進撃とともに、本部へ空爆支援を要請してたのでしょう。
それは、ある程度の戦果を出してたはずだと思います。
だから、14時頃、いきなり空から機銃掃射されたときは、一瞬わけがわかりませんでした。

馬一頭、ガソリン一缶被弾。その他跳弾と破片で、兵数名負傷。
下手糞め。
おかげで、たすかりました。
外蒙タムスク空軍基地大襲撃は、6月27日と聞いてます。
今日は、7月3日。
一週間で、復旧したか。
それまでに遠足は終わってるつもりだったのにね。
無計画無責任のツケが、もう回ってきちゃったよ。

午前中にくらべると、渡河点へ向けての砲撃は、格段に減ってます。
でも音は減ってない。
おそらく、西岸に入りこんだ日本兵をつぶす方に集中してるのでしょう。
南の地平線にも光跡が見えます。ハルハ河上流、川又より南側へはもっと大きな敵陣地が作られてますが、そちらの砲も西岸の日本兵へ向けて撃ち始めてるのかな。
20kmくらいあったはず。
よく飛ぶなあ。
もちろん日本の砲では、その4分の1も届きません。

私ですら、見くびりすぎてました。
すでに、ソ連は、ここまでの火力を、こんな辺境にすら準備してた。
調子こいた小猿が一人2本の即席火焔壜持って遠足に来たくらいでは、内地サイズのクソバエほどの脅威ですらありませんよ。

蝿といえば。
朝の砲撃でやられた死体がまだいくつか放置されてるんですけど。
すでにびっしり、蛆が這ってます。
口とか目とかがとくにヤバい。
こうなると衛生兵でも、回収しようとしません。
私だって、近寄るのも、見るのさえ、御免です。
サノなんか、もし来てたら、またひきこもりになっちゃう。

16時頃。日没が21時だからまだ全然昼間なんですけど。
西岸へ様子を見に行っていた須見大佐が、戻ってきました。
23師の主力連隊は、すでに撤退を試みているらしい。
あの。そもそもさらに進撃する選択肢はゼロでしょ?
でもあっちには、辻がいるのか。
まだまだいけるとか、言い出しそうだな。言ってるな。
それはそれとして。
須見大佐の歩26は、23師の直接指揮下にありません。
あくまでお手伝いです。
関東軍からの命令には従うべきですが、渡河点へ誰一人見に来ようともしない、こんな状況では、須見大佐が毅然と命令を出すべきです。
撤退しましょう。
でも、ここで問題が。

午前中渡河した第一大隊は、当初の作戦に基づき、コマツ台へ側面から回りこんで背後から攻撃する指令を受けてました。
かれらはまだ最前線で戦っており、連絡がつかない。
その、安達少佐以下、530名の兵と80台のトラックを、救出しなくてはならない。
至極もっともです。さて、どうしましょう。
夜を待つしか、ありませんかね。

……少し、休息をとりませんか。
何かいい知恵でも、うかぶかもしれない。



[43732] File_1939-07-006D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/22 00:03
File_1939-07-006D_hmos.

陽が落ちました。砲声が止みました。
しかし、敵も味方も、眠れるわけではないのです。
ソ連軍は、走行不能となった戦車の回収を始めました。

歩兵と装甲車で周辺を最大限に警戒しつつ、照明弾を打ち上げ、牽引車で引っ張っていきます。
戦車は、ソ連でも一台一台が貴重でしょうし、何より敵に奪われ性能を調べられることは国家の命運を握る死活問題。
我軍は、安岡戦車隊は、同じことをやってるのかしら?
ホルステン河北辺でも、今日は大いなる戦車戦が繰り広げられていたはずです。

渡河点まで敵軍が来ていないところをみると、安岡隊、全滅はしていないと思いますけど。
どれだけの被害が出てるだろうと、考えただけで泣けてくる。
一方、負けるわけないことが大前提の日本陸軍に、戦車の回収部隊がどれだけ準備されているだろうなんて。
考えるだけ野暮ってものじゃないでしょうか。ねえ?

須見連隊から、有志の兵が、安達大隊の捜索に出発します。
私も、混ぜてもらいました。何かの、お役に、立てるなら。
途中、撤退する23師の兵と、何度も行き交いました。
誰も彼もが、音も立てず、散開しながら、前方の影は敵か味方かと、疑心暗鬼になってます。
でも次第に、ソ連兵は単独行動はしないみたいだということがわかってきます。
かれらはガッチリしたフォーメーションを組んで、今夜は戦場の清掃と、損害状況を分析することに徹しているようだ。そう判断しました。
極めて統制の行き届いた組織力。
完成度の高さを思い知りますね。
しからば、我々は我々の目的をすみやかに達しましょう。安達大隊を、連れ帰る。猿には、それが、精一杯。

しかし、です。広すぎる。
地面は砲撃の穴だらけ。
時折、異臭が鼻をつきます。
ここでも、遺体にはすぐ虫が這い回る。
蝿は夜中でも我々を追い回します。
絶望的な気持になります。

コマツ台へ近づくにつれ、銃声が聞こえます。
ソ連兵は単独行動はしないといっても、集団で偵察なり地雷敷設とかはするでしょう。
そこで日本兵を見つけたら、撃ちますよね。逆も然りです。

そんなわけで、盛大な砲撃はありませんけど、戦闘音は、時折、あちらこちらから、聞こえてきます。
実は、この音が、手掛かりなのです。
歩26に配備されている機関銃は、九六式ですが、ソ連のはカン高い音がするので、区別がつくんです。
とくに周囲が静かな今、我々は音を頼りに進みます。

0230頃、一人の伝令を発見。第一大隊の准尉でした。
安達大隊長は戦死。近藤大尉が代理をつとめ、前線でなおも奮戦中。補充と補給を求む。
負傷しています。誰か同行した方がよさそうです。
私は限界を感じてたので、つきそって一緒に戻らせてもらう許可を得ました。
あとは捜索隊の皆さんへお任せして。ひと足先に、西岸端の、須見指揮所へとUターン。

この准尉さん。
伝令として後方へ向かう途中、ソ連戦車一輛を見つけ、這い上がってハッチを開け、手榴弾を放りこんで破壊。
そのときに足を挫いたんだそうです。
おめでとう。でも、あまり無茶しなさんな。

指揮所で須見大佐は、彼の生還と、大隊との連絡がついたことを喜び、それと共に、安達少佐の死を悼みました。
私もこれで一安心。みなさんが戻ってくるまで、ちょっと横にならせていただきます。
起きたらすぐ橋を渡って帰るんだ。

これ以上、一秒だっていてやるか。



[43732] File_1939-07-007D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/23 00:02
File_1939-07-007D_hmos.

7月4日。今日も、砲音で、目が覚めました。
すでにお日様は輝いてらっしゃいます。
快晴か。昨日より暑くなりそうだ。
昨夜の捜索隊が戻ってきていないと聞いて、びっくり。
寝てる間に、いろんなことが起きてました。

昨日16時、全師団への転戦命令下る。

「我々は西岸における初期の目的を達せり。続いて東岸にて安岡戦車隊と連携し敵戦力の完全なる駆逐を目指さんとす」

アホぬかせ。
アホぬかせアホぬかせアホぬかせ。
この命令書は、今朝になって須見大佐の手許に届きました。
それに対し。
第一大隊がまだ戦場に残っていること、本日中の撤退は望むべくもないこと、今夜再度救出を試みるまでの戦力確保と、弾薬・糧食およびサイダーの補給を懇願する旨の伝令を、東岸フイ高地へ戻っている小松原師団長へ向け派遣。
ただいま回答待ち。

23師主力部隊1万名の歩兵も続々撤退中ですが、砲撃に遮られ、戻るに戻れず。
敵戦車も肉弾攻撃を警戒して、今日は近寄ってこなくなりました。
橋を落とされたら逃げ道なくなりますから、その手前までは押すな走るなの大乱闘。
工兵隊がなんとか踏ん張って、一列ずつゆっくり渡らせてます。
そこへ、昨日よりはるかに多数の敵爆撃機が襲ってきます。
日本の戦闘機と、東岸の砲兵たちが、とにかく橋だけはと死守してますが、そんな状況なので私も戻るに戻れません。

須見大佐は、明け方のうちに西岸へ渡らせた自動車部隊第二大隊を指揮し、なんとか今日一日、第一大隊への攻撃をこちらに反らせるための陽動作戦を敢行中。
といってもトラックの屋根に軽機を据え付けただけの、ソ連陣地から見たらウザいカトンボ以上の何物でもない微々たる標的が、ガソリン残量すら気にしながら走りまくっているだけです。
タイヤが砲弾の穴にでも嵌まった瞬間、狙い撃ちが始まります。
なかなか当たらないものですね。それが救いですけど、救われてなんかねえ。

須見大佐の焦燥ぶりを見るに見かねて、私も一緒に考えました。
日本軍と比べて、といったら相手に失礼ですが。
ソ連は徹底的に、昨日の反省を活かして今日の戦術を立てています。

日本の歩兵は肉弾戦を仕掛けてくる。ガソリン壜で戦車を倒しにくる。
だから決して、近寄らせるな。
当たらなくていいから弾幕も絶やすな。遠くから、撃ちまくれ。
やつらはやがて、去っていく。我々の仕事は、防衛だ。

師団司令部は、こんなメッセージも読み取れてないんですよね。
いや、上がバカ揃いだってのはわかってることだしいいんですが、私は、それより、最下層の兵たちがアドレナリン全開でまだまだ戦おうとしているこの異様な熱意にも、気圧されてます。
ちょっとおまえたち。冷静になれ。
なぜ死にたがる。
その働きに見合うだけの俸給をもらっているのか?
誰得なのか、算盤をはじいてみなさい。
だめだ、きいちゃいねえ。

16時頃、辻が現れました。
なんだお前ここにいたのかと、目で笑われましたけど。それはさておき須見大佐に告げる。

「西岸で粘っているのは貴様だけだ。とっとと戻れ。橋は爆破する。敵に使われるわけにはいかんのでな」

須見大佐は。
今夜日没後に捜索隊を出し、可能な限り連れて帰りたい。明朝までには橋を渡る。そのあとで爆破し、自分は東岸の戦線に加わる。
そう約束し、辻に諒解させました。

階級が何より絶対視されるといわれる軍隊において、大佐と少佐が完全に逆ではないのかと思う一幕でした。
今日ほど、辻を呪わしく思ったことはありません。
おまえ何様だ。
辻様だろうな。
司令部へどんな報告をすることやら。

そういえば司令部、爆撃で吹っ飛ばされたそうです。
ソ連、橋の攻撃が難しくてそっちへ向かったか。
制空権完全に逆転じゃんか。
小松原まだ生きてるそうです。悪運強すぎだろ。
ああ、こんな連中ばっか見てると、一刻も早く戦死したい兵の気持もわからなくもないな。
わかりたくもありませんでした。



[43732] File_1939-07-008D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/25 21:21
File_1939-07-008D_hmos.

7月4日。日没後、第二大隊が出発します。
今夜はきわめて危険も大きいため、私は指揮所で記録係のお手伝いです。

日中の戦闘で、歩26より53名の死者が出ました。骨は拾えません。
仮に第一大隊および昨夜の捜索隊が全滅していれば、さらに600名の死を追加せねばなりません。
今夜の捜索隊は、何があっても03時までには帰還するという約束です。
戻ってこなくても、私たちは指揮所を撤収して、東岸へと渡ります。

「政治も正義もわからねえが俺は仲間を守るために戦ってるんだ」
みたいなオタメゴカシはハリウッド映画のおきまり台詞ですけど。
それを正当化できるのであれば。
組織はただ末端をいじめさえすればいい。
下層民は勝手に互いをかばい合い、逃げることを恥じ、地獄を這うことを美徳と喜びながら燃え尽きる。
実際、21世紀では、これを倫理道徳とするのが会社経営の基本ですらある。
愚かなことです。する方もされる方も自分自身の首を絞めてるんだって自覚は持ちましょうよ。
それは、間違いすぎた考え方です。

何を言いたいかというとですね。
私を今、ここから去れなくしてるのは、単に須見さん達をこのまま見放しては帰れないなっていう、どうでもいい情のためだけです。
帰っちゃっていいんですけど、絶対しこりが残るんですよね。
辻とかは、さっさと死ねばいいんですけど、須見さんの隊は救って帰りたい。
区切りをつけてから帰らないと、私の中で永遠にモヤモヤが続くに違いないから。

戦場になんか、来るもんじゃないな。
情が移っちゃうような状況には、今後はできる限り、近寄るまい。
そんなことを今、考えちゃってます。

まだまだ、始まってすらいない、末期戦。ほんと、今のうちから既にこれかよって。
呆れてるんです。
今度のようなグダグダが、数年後には日本全国民に広がり、アジア全土を火の海にして大規模展開していくわけでしょ?
身も心も、もちませんてば。
バカバカしすぎて、つきあってられない。心の底から、懲りました。

ウトウトしてたら、帰還者が。

あとから続々と、戻ってくるようです。よかった、合流できたんだ。
点呼だけとって、どんどん橋の方へ誘導します。
600名のうち、どれほどが生き残っているかは、まだ、全然わかりません。

兵たちは鉄兜でひたすら塹壕を掘りつづけ、地中に潜んで飲まず食わずの二日間を戦い抜いたそうです。
やっと辿りついた指揮所で、ハルハ河から汲んできた水を、いくらでも飲み干します。
いくらかは、涙となって出ちゃいます。もったいない。

こんな人たちに、さあ明日からは東岸で戦ってねなんて、辻は言うけど私には言えませんよ。
せめて、ここで、水くらいは、好きなだけ、飲んでくださいな。

今夜の捜索隊は、重武装して出かけました。
体力衰弱著しい第一大隊の兵を救出する班と、おとり攻撃を仕掛ける班とに分かれましたが、今なお双方から戦死者が出ているらしい。

初日に運びこんだ重機関銃などは解体しても担ぐ余力がなく、埋めてきたとか。
死んだ戦友の形見を何か持ち帰らねばと暗闇で耳をそぎ落としてきたとか。
聞いてもないのに語りたがるこんなおじさんばかりヤメロっつってんだよさっさと水飲んで橋を渡ってけ。

そろそろ東の空が白くなってきた頃、我々も撤収しました。

まだ、こちらへ向かってる兵、いるかもなんですけど、もう待てない。
振り返らずに、渡橋します。
橋はすでに爆薬を仕掛け終え、工兵連隊長の合図を待つばかりでした。
解体にも時間がかかるので、やむを得ずと。
この資材を失ったら、当分の間、渡河作戦は立案できなくなる、切腹ものだと言ってます。
それ、考え方が間違いすぎてますから。

80m超の橋を爆破したにしては、ショボい音でしたが、振り返りません。確認は、工兵連隊長がしてください。
私は、須見大佐と、トラックに乗ります。
ここで、須見さんから、お別れを言われました。

「コダマくん、ありがとう。君がいてくれたことで、どれだけ自分たちは勇気づけられたかわからない。私が辻を殴らなかったのも、君が傍にいてくれたからこそだ。だが、もう、帰るべき潮時だ。我々はこれから、東岸で敵戦車の前面に出させられるだろう。わかってる。23師団の盾にさせられるのさ。撤退命令に抗してるから、理由もじゅうぶんにある。だから、君はもう、とどまるな。今までありがとう。僕たちのぶんまで、生きてくれ」

もったいないのに。水分も塩分も。涙が止まってくれないんですよ。ちくしょう。
わずかな時間、できるかぎり、同乗の皆さんからの、郷里への遺言を、預かりました。
出発時1500名いた連隊の、ほんのひとにぎりにも満たない数名ぶんではありますけど、これ以上の伝言は覚えきれませんし持ちきれませんし兵たちに里心つけちゃうのもよろしくないので、挨拶もそこそこに、民間人コダマはいつのまにか姿を消します。

フイ高地にあった司令部は電信設備もろとも吹っ飛んだので、ハイラルへの連絡便が頼りです。それに乗せてもらって、戦場を去りました。
涙はすっかり乾きました。なんで今ころ。



[43732] File_1939-07-009D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/25 21:23
File_1939-07-009D_hmos.

南京が、ピークだと、思ってたんですけどね。
甘すぎました。今後はもっと自重します。用心します。
軍人と、商売人は皆、詐欺師。どれだけ疑っても、疑り過ぎることはない。
あらためて肝に銘じます。

ハルビンで精密検査を受けながら、会社の仕事を片付けながら、新聞を斜め読みしてます。
タムスク空爆と、それに続く師団の快進撃。これでもかと連日盛り上げに盛り上げてた新聞屋が、突如沈黙。
忘れた頃に脈絡無く、大勝利にて戦闘終結。という感じで締めくくられてます。

マスコミは詐欺師以前に人間以下ですから論外として。
従軍記者、まだ何人も現地にいるはずなんですけどね。
どう発表したものか、辻たちと頭をひねり続けてたんでしょう。
口実探しも、記事も、いいから。一刻も早く降参して撤兵し、須見さんたちを原隊ヘ戻し休養させてあげてほしい。
しかし、戦闘はまだまだ続いています。
ハイラルに残してきてるスタッフから、サイダーとガソリンの発注が、毎日、きてますもの。
その他にも、物資が、いくらでも必要と。

高橋是清さんというストッパーがいなくなってから、軍事予算はいまや天井知らずで跳ね上がり続けてます。
だからいくら掛け売りしても、踏み倒される心配は当面、無いんですが。
というより商売人としてはまだまだいくらでも戦争しとくんなはれって言うべき状況であるわけなんですけども。
このバブルに乗って浮かれていられるほど私も大人じゃないんだなあまだまだ。

たとえば昭和17年頃の南方戦線なんて、がっつり稼ぐには最高だと思います。
けど、行く気ありません。まっぴら御免です。
南京は、まだ、攻めて勝つ側だったから、いまのうちにこの目で見ておこうと思っただけです。
むしろ今しかない、と、あの時は考えた。
ハルハ河は、計算外でした。今後はもっと、慎重に動きます。

とはいえ、新聞しか読んでなければ、ハルハ河だって勝ち戦。
行って商売のネタを探してこよう、という気にならない者こそおかしい。
売りたい奴は山ほどいる。関東軍への接待攻勢は、アポをとるのさえ大変と聞きます。
私は特別枠なんで、せずにすんでますけど。

石原が参謀副長やってた時、軍の交際費をバッサリと断ち切りました。
庶民にはウケがよいかもしれませんが、大局的にはダメなやり方です。
これの何が間違いかというと、必然的に軍人は交際費を癒着企業やマスコミに頼るようになるから。
より依存度が強まって、弱みを握られるんです。
健全化に向かわせたいなら、一件一件をつぶさに調べてこれはOKこれはNGときちんと指導していくプロセスが必要。もちろん明示されたルールに従ってという大原則ありきです。
役職にかかわらず違反者には適切な罰を。
放逐するにしても、負債を完全に清算させた上で、お別れをする。

石原は、デタラメに横着して、しかも自分の好き嫌いを基準にして、勝手な正義感で独裁をしたんです。
そこをわかってた人間がどれだけいたかな。
いないことが、日本の病理です。
いまその連鎖が積み重なって、目の前に現出しているわけですよ。

これを矯正するのに、いったいどれだけのコストと時間をかけなくてはならないのか、と途方に暮れる私の耳元で。

「あと6年戦争やらせて日本をボロボロにさせちゃえば、そのあとで若い世代が本気で改革をするよ」

という、悪魔のささやきがきこえてくるという次第です。

腑に落ちちゃうんですけど、いいのか?本当に、合っているか?
どこかに論理破綻は無いか?これが完全解か?え、どうなんだ?



[43732] File_1939-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/26 00:05
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1939年8月23日。
ソ連と、ドイツが、不戦条約を結びました。
英米紙ですら、予想外だったようです。世界情勢が、ガラリと変わりました。
私も、うろ覚えで知ってはいましたけど、いざその瞬間を迎えて、思考を整理するのに苦労してます。

首相と大統領を合体させ、総統という最強権力を手にしたアドルフ・ヒトラーが率いるドイツ帝国は、圧倒的軍事力を背景にラインラント非武装地帯、オーストリア、チェコスロヴァキアを併合し、ドイツ色に染めていきます。
次に狙われるのは、広大な沃野を持つポーランド。
今までドイツの経済振興を後押ししていた英仏も、さすがにこれ以上の膨張は阻止せねばと、牽制する構えを見せ始めます。
やっとですよ、やっと。

特にフランスは、ドイツ・イタリア・スペインという枢軸軍事同盟国家に三方を囲まれてますから、これ以上ドイツの脅威が大きくなることには切実に反対です。
反対はするんですが、フランス人は元来まとまって何かをすることが苦手な国民性なので、現実的に軍事力でドイツへ睨みをきかせられるとしたら、英ソが頼り。
その一翼であるソ連が、ドイツと手を結んだわけです。

これまで反共を国家再建のための最重要課題の一つに掲げていたナチス党と、ですよ。
それはもう、世界中が、驚いているわけです。
西安事件のような一幕でもあったんでしょうか。ともあれ、これで来月、ポーランドがドイツに電撃戦で蹂躙される布石は打たれました。
ソ連は、ドイツを止めません。

ソ連にとって反対側、極東方面では、なんとびっくりまだ日本軍が戦っています。
橋を架け、爆破してから、はや2ヶ月。
新聞記事にはなりませんが、サイダーの大量発注は続いてますし、実はここ17号基地にいると、戦局もある程度わかります。
須見さん、さすがにもう生きておられないだろうなあ。

それはともかく。
ドイツとの戦争が当面無いとわかれば、ソ連は西部方面の軍を、シベ鉄で東へ送りこむことができるでしょう。
日本は最後の一兵まであきらめないつもりなのか。
そうですよ。その通り。
あいつら逃げることは恥だと教えこまれてて本気で最後の一兵まで戦いますから。
トドメをさしてやってください、ソ連さん。
私は、充分稼いだんで、もう結構です。

私がハルビンへ戻ってきたのと入れ違いで、東郷とスタッフたちが現地へ向かったんです。
戦線はホルステン河流域まで後退してましたが、日本軍、モグラのように地中へこもってソ連の戦車としぶとく戦い続けていたらしい。
東郷たちは、我々が生命線としていたハルハ河には赤痢菌がウヨウヨしてるから飲まないようにと進言し、給水と医療態勢を指導して戻ってきて、それ以降本格的に荒地で持久戦を維持するための研究と専門部隊創設の仕事に奮闘しています。

そっちからの受注も増えて今も忙しいんですけどね。
これじゃ、ますます、終わりそうにないじゃないか。



[43732] File_1939-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/27 00:01
File_1939-09-001D_hmos.

9月1日。
ドイツ軍、ポーランドを侵犯。

国境手前にあったラジオ局が、ポーランド人過激派組織に占拠され、反ドイツのアジテーション放送をガナり始めた。それを鎮圧するために全軍を出撃させた。
という口実です。
日本と、大して、やってること変わんないなあ。

8月末まで一週間かけて国境付近に大集結させていたドイツ陸軍機甲師団が、一気に、首都ワルシャワまで突撃を開始。
もちろん、ゲルニカで経験を積んだ空軍も全力で参加していることでしょう。
ポーランドは、独ソ不可侵条約が締結された翌々日には、英仏との安全保障条約を更新し、ドイツへの牽制を求めてました。
この条約を根拠として、9月3日、英仏がドイツに対して、宣戦を布告。

第二次世界大戦。
とうとう、開幕。

時を同じくして、ハルハ河では、第23師団が完全に壊滅したという、噂を聞きました。
うん、そうなると思ってた。おつかれさま。
須見さん、来世では平和な時代に生まれてください。日本人じゃない方がいいですよ。

宣戦布告。
今度のは、戦争、なんですよね。
ふしぎな気分だ。
日本軍と中国軍は、何年間も戦い続けてます。
日本軍とソ連軍も、さっきまで戦ってました。
それらは戦争ではない。
言葉の綾みたいなものですけど。事変だったり、事件だったり。
はっきり、戦争と銘打たれて始まった欧州のコレは、今までのと、何が違うのか。
まだ、ピンときません。

おそらく、人類の大半は、いま始まったばかりの戦争が、世界中を巻きこんでこれから6年間も続くなんて、考えてないでしょうし、信じたくもないでしょうし、知れば、なんとか止めたいと、思うはず。

戦争を、止めたい。未然に。
起こしちゃ、ダメだ。
そんな風に、私も、考えていたことが、あったような。
いえ、ありました。
この点は、はっきりさせよう。

一度目も二度目でも、人生において現実の戦火にまみれたことのなかった私は、戦争というものを、ひたすら悪の象徴だと、すべての人を不幸にするものだと、考え、おそれていました。
まちがいなく。数年前までは、そうでした。
今は、違います。
外地での戦争なんて、最大の商機。
しかも私は、これからの、だいたいの流れを知っているし、同時代人より一生分上乗せした知識と経験を持っているんです。
これを最大限、活かさなくちゃ、おかしいだろ。

結果論ですが、軍人になってなくて、よかった。
コネだけを作っておいて外側にいて正解だった。
これが私のチートです。
めいっぱい、活用して、生き抜きます。

ところで、今後はどこで情報を得たらよいものか。
英語系の新聞も、これからは報道規制が格段に強まるでしょうけど、可能な限り、拾わなくては。
上海は、日本の占領下になって以来、新京並みにつまらない街になっちゃってます。共同租界はまだブリテンが治安維持してるので、そこそこ自由ですけど、私は西洋人には化けられないので、情報蒐集にも、おのずと限界があります。

香港へは、実は、行ったことがないんですけど。
あそこは、完全に英国領なので、足を拡げる甲斐はあるかも。
商売しに来ましたって、歩き回って来ようかな。
ちょっと、検討してみます。



[43732] File_1939-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/28 00:03
File_1939-09-002D_hmos.

9月7日。
陸軍の大々々人事異動が発令されました。
17号基地には、広いレクリエーションルームがあるんですが、そこで皆で大盛り上がり。
ケータリング追加しましょうか?
お酒あるかって?
ありますよ、こっそりね。

何から話しましょう。
関東軍の幕僚連中は総入れ替えです。
辻も、南京へ転出です。
牢屋じゃないのかよ。二度と表へ出しちゃダメだろ。

内示が出た直後、辻、17号へ来てたんですが。
反省のカケラもありませんでした。
コダマは意気地なしの臆病者だから一週間で尻尾まいて逃げ帰ったけど俺はずっと前線で指揮していたのだ。どうだ偉いだろう。
そんな風に、鼻息を荒げて。
今回の懲罰人事への不満を吠え立てます。

「我方の被害も甚大であったが!
我等はその何倍もの敵を駆逐し、一歩も退かず、徒手空拳でもひるまず、戦い抜いてきた。
しかし!
中央はまともな支援もせず、弾薬も糧食も送ってこず。
それでも我々は夏が過ぎいよいよ反撃の好機到来と一大攻勢を予定していたところに突然、撤退せよとの大命。
戦場には尚幾千の屍が眠っているのに収容さえも許さぬという。
敵は共匪ではない!血も通わぬ中央の御意見番どもである!
あまりにも無念!
断腸切々たる思いである!」

はいはい。出かける前に石原の爪でもしゃぶってこい。サヨナラ。

そして。
須見さんが、生きてました。
しばらく、関東軍付として養生するみたいです。
粛清人事の対象ではない。
落ち着いたら居場所を確認して、会いに行きましょう。
とっておきのお酒、準備しておかなくちゃ。

到一さんは、内地へ戻ります。
第10師団長として。姫路ですね。
ちょっと複雑なんですが、10師は武漢方面へ出征してました。今回、帰還します。
その長に到一さんが就いて、一緒に日本へ。
何はともあれ、しばらく戦線からは離れられますね。

よくわからない人事としては、石原。
第16師団長。
こちらは京都なので、姫路とは近い。
それより、なんで長なんですか。
もはや事変は起こさないでしょうけど、資料室か下足番でいいじゃないですか。
到一さんと並べるなよ。ぷんすかぷん。

中島ケサゴ中将は、先に内地へ戻ってます。東京にいるはず。
到一さんとケサゴさんには、会いに行きましょう。

んー板垣征四郎の名前も見えますけど。
支那派遣軍総参謀長?
陸相辞めたんですかね。
それはいいとして、遠藤三郎。
関東軍参謀副長になるそうです。はー。
2・26以来、会ってませんが。
ま、挨拶だけ、しに行きますか。

そんな感じです!
おちなし。



[43732] File_1939-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/29 00:25
File_1939-10-001D_hmos.

須見新一郎大佐は
戦死した部下ひとりひとりの遺族に宛てて
その勇敢さへの感謝を伝え
にも拘わらず彼を死なせてしまったことへの心からの詫び状を
来る日も来る日も
思い出せるうちにと
したため続けておられました。

それは、それは心労を要するにあまりある日々であるため
私がお邪魔したことを、喜ばれました。
今日くらい、気晴らしをしてください。

ケサゴさんだったら、ここで思いっきり、辻の外道っぷりを吐きまくるんでしょうけどね。
須見さんは、大人です。
哀しいくらい、自制される方です。

第七師団はえぬきの
最も優秀なる精鋭たちを
あんな愚かな作戦で
むざむざ失わせてしまった責任は自分にあると。
どこまでも、どこまでも
悔悟されてますけど。

少なくとも私は、須見さんに帰れと言ってもらえたから、今、ここにこうして、生きています。

須見さんは、人も生かしてるんですよ。
それだけでも、辻とは大違いです。比べるのもおかしいですけど。
でも、あのくらい、図太くったって、いいと思うんです。
ほんとに悪い奴は、悩まないし、死にもしないものです。
この理屈、自分に返ってくるからそろそろやめますけど。

みたいな話で緊張をほぐしていくと
私がいなくなってからの戦線は、想像をちょっぴり超えていたことが、わかりました。

安岡戦車隊は、予想どおり、ソ連にとって敵ではなかったそうです。
火力も、射程もですが。相手の弾は、かすっただけでも九七式の装甲を貫く。
こちらの弾は、はじかれる。
まるで装甲の表面を滑っていくかのごとく。
傾斜装甲?
もう登場してるのかな。

須見さんも、戦車同士の接近戦を間近で見てはいないので確認はできませんが、ミリオタならば初級知識。
ソ連の戦車は、丸っこくて、車体に角度がついていて、被弾の衝撃を反らすんです。
車内容積が減り、図体そのものも大きくなりますが、ギリギリまでケチることを美徳とする日本の発想より、よっぽど戦争というものを理解しています。

なおかつ、日本ではそんな工芸棺桶すら一台一台がきわめて貴重であり、何より無敵神話に疵がつくからという理由で、西岸放棄から三日後には、残存戦車隊に帰還命令が出されたそうです。
あとは歩兵と砲兵のみで戦えという。
撤兵、ではないんですね。あくまで戦え、なんですよね。
どういう思考回路なのだか。

その後約二ヶ月にわたり
東岸で穴を掘り
サイダーをちびちび飲んでは火焔壜を作って投げつけ
時々進んで大きく退がる。
そんな一進十退を飲まず食わずで続け
戦線が徐々に徐々に東へ
ホルステン河上流のノモンハン集落までにじりよっていったところで
本国からの停戦命令。

「司令部?さらにさらに東へ先に逃げていた。
八月になると師団長以下、いつ行ってもウイスキーをあけていた。
辻も、腰に提げてる水筒の中身は酒だからな。一杯飲ませてもらった。
辻はでも、ほとんどいなかったぞ。
いればうるさいからすぐ分かるし、何より師団長たちが、辻がいないと何をしたらいいかわからないから、いつも機嫌が悪いんだ」

蝿男の話はもういいです。それより、須見さんは、どうして、助かったのですか?
お別れするとき、最前線で盾にされると覚悟されてましたよね。そうは、ならなかったんですよね?

「されたことはされたよ。だが、兵たちもすっかり嫌気がさしててね。戦力にならなかった。
切腹しろと言われたが、のらりくらりと逃げているうち側面援護に回されて、配置としては第23師団主力が前面に出る格好になった。
おかげで、八月末の大攻勢でも、我々の陣地にはほとんど弾が飛んでこなかった。
人生、わからんものだな」

須見さん。
卑怯者から、卑怯者と罵られたなら、賢いという意味だと、誇りましょう。
威張って、笑い返してやりましょう。
生きている限り。
お手紙、がんばってください。でも、自分を責めるのは、ほどほどに。



[43732] File_1939-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/30 00:06
File_1939-11-001D_hmos.

コダマです。
三年半ぶりに日本へ行ってきました。

西から東へ回ります。まずは、兵庫県姫路市の、第10師団。
師団長・佐々木到一中将へ、ご挨拶。

師団長というのは実はお飾り役職なので、内地にいる限り、戦闘にも訓練にも、直接関与はしないものなんですね。
県知事や市長と一緒に、公式行事に正装で参列したりなどのお仕事が主体です。
それでも管内の陸軍人が現役・退役含め、何か粗相をやらかすと、責任を問われます。
この不祥事も、昨今きわめて複雑で頭の痛いことになっているという愚痴を聞いてきました。

昔……私が日特に寝泊まりするようになって、震災が起きて、宇垣大臣が軍縮やってたのは、16年ほど前です。
あの頃までさかのぼれば、日本の軍人て、今ほど威張ってなかったんですよ。
政治家や財閥のほうがずっと権威を持っていた。
それが、満洲事変から、劇的に変わった。
軍人がものすごく、威張るようになった。

マスコミが急にチヤホヤするようになって。志願者がどっと押し寄せて。
でも入ってみると、イジメだらけのつまらない世界。
溜まりまくった若者の不満は、テロの流行を生んだ。
そっちは2・26以降の粛清で表面上はおとなしくなってますけど、到一さんが内地へ戻って直面してるのは、退役軍人の、品行の悪さ。
いやもう、泣けてきます。

出征もせず出世もせず
つい最近まで粛々と軍隊で薄給に甘んじてたジジイどもが
定年退職後ヒマを持て余し
家族へのDVに、若者へのとめどない説教に
ボケたまま軍刀振り回して町をほっつき歩き
市民へ金をせびっては飲みまくる。

こんな狂態が、毎日、何件も、苦情として、到一さんのもとへ寄せられているそうです。
そんな話を聞いていたら、ますます石原へも会いたくなくなったので、予定通り京都をすっ飛ばして、東京へ。

品川へ移転した、日本特殊工業株式会社へ初参詣。
宮本社長もでっぷり太って、貫禄ついて、私にもとめどないお説教が長いこと長いこと。
ええ今後とも東京レアメタルをよろしくお願いいたしますねペコリ。

サノは、まだ牛込に住んでます。
自転車で品川まで通ってます。本が多すぎて引っ越せないのだそうです。
いいけど、いずれ全部焼けちゃうんだから。今のうちに疎開なりなんなり考えておいた方がいいよ?
考えてはいるようです。
サノも所属している探偵小説愛好倶楽部の先輩で、池袋に邸宅を構えている大人物がいて、そこの地下室に、貴重なものは預けているらしい。

日本では、中国侵略作戦がなかなか終わらないため、物資と兵員の払底が深刻になり、その解決策として、全国民へ向け「ぜいたくは敵だ」キャンペーンを展開しているのです。
経済学も知らないみたいですね。
いまだに、満洲国には地下資源が豊富にあると思ってる内地人も、多いんだろうな。
無いから今きみたちこんなに困ってるんでしょうに。
そんな三段論法も組み立てられないか。
ううむ、全国民総白痴化の根は深い。

こんな事情もあって、娯楽小説というものは最高のぜいたく品ですからして、昨今、持ってるだけでも大変肩身が狭いものなのだそうです。
大変だねえ。どうしたらいいものだろうね。
ちょっと考えておくから、時間をおくれよ。

続いて、三宅坂の参謀本部へ。
さすがにここは警戒厳重でしたが、いろんなコネを持っているので悠々とお邪魔します。
中島ケサゴ中将への面会を希望したのですが、10月3日付で予備役となり、郷里の大分へ戻られていると。ありゃ。

麹町の憲兵分隊へも行きました。
小坂さんはまだ在籍されてましたが、内偵中とかで外回りしてると。
お土産だけ置いてきました。ごきげんよう。

最後に、満洲国協和会東京事務所へ向かいます。
ハルさんが、事務局長をしてるはず。
山本春彦さん?浅原健三さん?どんな名前でやってるか分からなかったので、微妙に探りを入れる形で、アポをとろうとしたのですが。
結論から言いますと
昨年暮れ、憲兵隊に連れ去られて
その後、行方知れず。

……なんてこった。



[43732] File_1939-11-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/01/31 00:02
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大分へ、向かいました。
プスモスなら、5時間で着けるのにな。いらだたしい。

石原なら何か知ってるかも、と一瞬思ったんですが。
知ってれば子飼いの協和会へも何らかの情報は入っているはず。
てことは、知らなさそう。
タダでは教えてもくれますまい。
それより憲兵隊の側から攻めましょう。
軍曹の小坂さんよりは、もと憲兵司令官だったケサゴさんの方が上層部の動きにも詳しいはず。
そんな算盤をはじきました。

中島ケサゴ元中将は、地元・八幡村の名士なので、探すまでもありませんでした。
南京でお世話になったコダマですと告げると、すぐに会ってくれました。
つもる話もそこそこに、憲兵隊のことを質問します。
知り合いがパクられたんです。と正直に言いました。

ケサゴさんが憲兵司令官だったのは、2・26後の約一年。
その頃と今とでは、組織も、業務も、方針も、何もかもが一変したそうで。
なおかつ
「自分、そこそこ出世はしたけど、ホラ、とくにエラい人たちに評判よくないから。
退役した身で情報照会をゴリ押しするのも、難しいものがあってね……」
と謝られました。

いえいえ。ご迷惑かかるようなお願いは、いたしませんとも。
それでも、貴重な知見をたっぷりと得ることは、できました。
流れとしては、こうです。

2597年6月、近衛内閣が誕生。
ノリノリウェーイな企画書には次々と許可を出す超ボンクラ首相です。
7月、北京で事変が発生。
二週間で片付けるという陸軍の青写真を信じて即、日本中から師団を派兵。
地図の上だけ見れば、日本は破竹の勢いで中国本土の奥へ奥へと浸透中。
勝ってます勝ってますからと追加支援を求められ、近衛は次々、手形を切る。
12月、日本軍は南京を占領。
列強が中国を見離し、日本へ貸し付けを始めます。
近衛は借金まみれになればなるほど、ウハウハに。
オレタチサイコーって熱狂バブルに酔い痴れます。

しかし日本軍は、攻めこむ先を最初から破壊し焼き尽くすドクトリンしか持ってない上、資源があったとしても、それを採掘し精製加工し産業へつなげていくまでの時間と知識と労力が必要なことを理解していません。

財界人がその費用計算に明け暮れている隙に、陸軍は近衛に、ここまでの手柄を見せつけて、もっと!もっと!とイケイケゴーゴー節を踊りつづけます。
2598年5月。近衛、内閣を改造。
陸軍の目立ちたがり屋を、続々と大臣にしました。
政府一丸となって総力を挙げ、全国民に最低限度の生活必需品以外を望むべからずイデオロギーを喧伝。
民間から鉄など金属類の無償供出まで求めます。

経済の基本をわかってない。金融もか。
国の中心にいる、誰ひとりとして。
末期症状、きわまれり。

さて、ここで、東條さんが登場します。
陸軍大臣・板垣征四郎の、政務次官という補佐役として。
石原がさんざんご迷惑をおかけしました。私は無関係ですけど、ごめんなさい。
ところで、日本の内地における憲兵隊は、陸軍大臣の直隷なんですね。
そりゃ陸軍内の不祥事を調べ摘発するのが仕事だから、監査対象から独立してなくちゃおかしい。
東條さんは満洲で憲兵司令官だったこともありますから、憲兵の扱い方は心得てます。
そこで。

日本へ戻ってきた石原莞爾を、憲兵京都分隊に、徹底的にマークさせた。

そこへ、ハルさんが、足繁く通う。
石原は、アカと、つきあってるぞ。
つかまえた。
……なるほどです。

それから一年近く、帰ってきてないわけか。
情報統制も厳しいですし、訴えも起こせないようです。
石原がどれだけわめきちらそうとも、むしろ、わめきちらしてるだろうけど、マトモな人ほど、相手にはしてくれないわな。

ひとまずここまでの状況は理解した。
いろんな憂鬱を抱えて、中島邸を去る。
予定押しちゃったけど、次は、香港です。



[43732] File_1939-11-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/01 00:02
File_1939-11-003D_hmos.

香港を、駆け足で見て回りました。

英国領、香港。
この世界では、香港島は英国の永久領土とされており、その周辺地域が西暦1898年7月1日から99年間の期限で租借ということになっています。
私のいた前世では、香港島まで含めたまるごと、1997年くらいに中華人民共和国へ返還されたように思ってたんですが、途中でいろいろあったのかなあ。

前世今世合わせて、香港へ来たの初めてなんですよ。
風景の比較もできません。摩天楼などありません。
上海へ初めて行ったときと同じようなギャップを感じてます。
でもそれはそれとして、現在の香港を純粋に、目に焼き付けます。

九龍半島の先、深圳川が国境です。河幅、約20メートル。
浅めですが、増水するとかなりの水嵩になるとか。
現在、チャイナとの連絡鉄道は運行していません。
難民が続々山を越えて流入しており、街中に浮浪者があふれています。

英国人街は隔離されており、10階建てのビルも見えます。
その外では治安も警備も、インド兵らしき官憲に委ねられています。
半島からは岬が二つ突き出ており、その東側に悪魔山という、標高200メートルほどの丘があります。
対岸の香港島ヴィクトリア市街まで見渡せるので、観測哨設置にはここが最適。
なんですけど、香港島にはいたるところ英軍要塞がひしめいているため、丘へ登った瞬間に撃たれることでしょう。

ってなんで攻略をついつい考えちゃうんでしょうか。私は商売人のふりをして情報蒐集目的でここへ来ているだけなのに。
とはいえ、街に入れない以上、うろつき回るだけでもリスキーですね。
いまから香港に足場をつくるのは難しい。

見切りをつけて、上海へ向かいました。

上海も、いまや日本の占領地。ロクなことになってないと思います。
英国領の共同租界が難民であふれているのも、香港と同じ光景です。
それでもこの目で見て、歩き、以前からの取引先に挨拶をして回ります。
虹口の日本人街は拡張され、新しい店や住居、工場なども増えてました。

そこに、なぜかハルさんがいたんですよ。

幽霊か、幻覚か。
ポーカーフェイスを装う余裕もありませんでした。不意打ちですもの。
彼も、同様に硬直状態。ある日突然二人黙るの。

「ここでは岡藤ヨシオで通してるから、今後はその名前だけで呼んでくれ」

わかりました。
オカフジさん。
フジさん、ね。

周囲に気を配りながら
フジさんは
商品を説明する風を装って
私に
ここまでの経緯を語ってくれました。

12月に京都で検挙されたフジさん、今年の5月まで、留置場に拘留されていました。
憲兵は、石原も共産主義者として検挙するシナリオを描いていたようなんですけれど、東條次官が根回ししているとはいっても主権限者たる陸軍大臣は板垣さんです。
板垣は石原をかばう。
そんな組んず解れつで、ひたすら拘留が長引いた。

フジさんは半年間、尋問官と毎日おしゃべりしてるうちに、すっかり彼を味方につけてしまう。
最終的に国外追放というウヤムヤな処分が下ったあと、上海で商売を始めたいと言ったら、準備資金を予算から出してくれた。
その尋問官、陸軍の払い下げ物資を安く手に入れられるよう計らってくれるまでして。
それで今、ミリタリーショップを経営してるところなのだそうです。

「商売って、面白いものだね」

なんて楽しそうに語るフジさんに、私こそ眉をひそめちゃいましたよ。
ただ、監視の目は厳しいそうです。
私はあくまで一般客として今日こうして来てますが、フジさんが昔の知り合いと連絡をとることは堅く禁じられているらしい。
フーム。
じゃあ、東京レアメタルと業務提携しませんか。
担当の営業をつけて、毎週往復させますから、口頭でも通信でも何でも、連絡を取り合いましょう。
商売上の相談とかお困りごとがあれば、力になります。
どうでしょうか?

二つ返事で、まとまりました。
今日はここまで。
そのうちフジさんから、もっといろんなこと聞きます。



[43732] File_1939-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/02 00:02
File_1939-12-001D_hmos.

12月。
日本陸軍第17号軍事基地が、ついに完成。

外周約5km。
その上さらに広大な立入禁止区域に囲まれ、駅へ向かう途中に偽装用航空基地まで鎮座。
せっかくだからそこも使おうという計画はあるみたいですが。
ハルハ河の大敗以来、満洲には貴重な戦力を回してもらえなくなりましたからね。

新京からのお客様も、17号内の飛行場をもっぱら使用します。
施設に近くて便利なんですよね、こっちの方が。
日本内地のスケールでは想像すら及ばないであろう、この巨大で近代的なニュータウンを一目見ようと連日、陸軍関係のお偉方が視察に訪れ、南京城観光ルートさながらの接待を受け、感心して帰っていきます。

今日は、遠藤三郎が来てました。
現在の肩書きは、関東軍参謀副長。階級は、少将。

君なら辻を叱って、止めさせられたかな。
無理だろうな。
最後まで俺の話を聞いてくれたからきっと分かってくれたはずだと、勝手に思いこんで、すぐ安心しちゃうんだろうな。
今日も、そんな感じでしたし。

七年前の夏、東郷が初めて満洲へ来たときの担当が、遠藤でした。
ここまで大きくなった陸軍衛生研究班の成長に感極まるのは、まあ、わかる。
しかし参謀なら作戦指揮する上でもっと見るべき点、聞くべき点は、それこそ山ほどあるだろうに。
お膳立てされた説明をただ聞いて感心するだけ。質問もしない。
くだらないジョークで寒々しい笑いをとるのがせいぜい。
私にも、通り一遍の説教垂れて帰りやがりました。

まともに相手する気にもなれません。
日頃どれだけ脳細胞を使わずに生きているんだろうか。
早く死ねばいいのにね。前途ある若者の道をふさぐな。
そんな呪詛しか出ませんて。

予想はしてたんですが、工事が完了した時点で、もともとこの地に住んでいて労役夫として徴発された住民たちは、生かしておけない存在です。
さりとて、すでに限界以上に酷使されてますから人体実験するにもデータをとりにくい。
すみやかなる殺処分を求められます。
求められました。
実行されました。
そのための設備もあるんです。ここには。

実験体として使うには、なるべく均一の体格で、年齢や肉質も偏りが少ない、ある程度まとまった数量の個体群が必要となります。
私も背陰河時代、山東人苦力を細かい指定に従ってスカウトし、連れ去ってきた前科がありましたね。
今は、ハルビン日本総領事館がその業務を担当してます。
庁舎の地下室が牢獄になってて、収容力は300人超だとか。
ストックされた囚人のデータは17号へ送られ、発注がくれば指定番号の被験体を移送する。
きわめて、システマティックです。
事実、ここは、研究機関としては、きわめて先進的で、合理的で、居心地がよい.
日本人らしからぬアイデアに満ちあふれてる。
ほれぼれするほど理想的なアカデミズムのテーマパークなんですね。
それは、認めたい。
途轍もなく複雑な感情が渦巻くことも認めますが。

そこで、私は思う。

この施設は、すばらしい。ここで研究を続けよう。
いま大陸に住んでいる日本人を全員、強制連行し、一人残らず被験体として使っていいことにして。
ここの管理は、真剣に医学を人類すべてのために役立てたい人たちだけに、任せるべきだ。

これが最適解じゃないかな。

日本軍人はどれもこれも画一的で似たり寄ったりだから、被験体にも最適です。
番号つけてタグつけて。人類に医学が必要である限り、種としての存続は約束される。
日本人は最高だと、初めてやっと、褒められるんだぞ。
誇りましょうよ。



[43732] File_1940-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/03 00:02
File_1940-01-001D_hmos.

1940年1月26日。
本日、日米通商航海条約が失効します。
更新は、されないでしょう。
半年間、なりゆきをうかがってましたが、日本は何ら手を打つ気配なし。
長考するならまだしも、居眠りしてやがんなって。
ハルビンの商売仲間たちも、だいたい同意見でした。賭けが成立しません。

米国視点で世界地図を見渡せば。
右岸の先ではドイツが、左岸の果てでは日本が、傍若無人な弱い者いじめを得意気にやってます。
かつて世界の覇者だった大英帝国も、
旧世界大戦直後には秩序の担い手を期待されていた国際連盟も、
今やその権威は、張り子の虎に等しい。

米国は実戦経験が乏しい。
戦争するとなれば英国に味方するのは当然としても、海を渡り攻撃を仕掛けるには、コストがかかりすぎる。
同じ理由でドイツや日本がアメリカまで攻めてくることもあるまい。
保守系米国民の大多数が参戦に消極的なのも、むべなるかな。

米国民?
言い得て妙。
いま、アメリカは移民ラッシュです。ヨーロッパから続々と。
アメリカはかれらに、積極的に市民権を与えています。

ドイツ帝国領から逃れてきたユダヤ難民は、特に多いでしょう。
実は二年くらい前から、ハルビンへも、ユダヤ系が大量に流入してます。
満洲でも、日本人以外は住みづらい地域がほとんどなので、ハルビンあたりへ移住先が集中する。
かつての白系ロシア人の境遇に近いところもあり、ひとごとと思えないのか、一部では強固に連帯もします。
私も最近は、ジューさんばっかり雇用してますよ。イデッシュも、かれらに教えてもらうようになりました。

ユダヤ人は、ビジネスパートナーに最高です。
かれら個々は出生地を共有しませんから、そのぶん宗教による結束が強いのですが、その教えの一つに「汝姦淫するなかれ」があります。
皆に守らせます。
でも素敵な女の子を見かけた途端、すかさず「汝の隣人を愛せよ」を採択する。意気揚々と。
法律とはそもそも何なのか。という命題さえ考えさせられちゃう。
目的が明確なら、神の法さえ徹底的に利用すべし。
素晴らしいバイタリティ。
私はそんなことも学びました。かれらから。

ドイツも、よりによって、ユダヤ人を排斥するなんてバカだなあ。
かれらを味方につけることこそが、世界を征する近道であるのに。
その発想法まで追い払い、全部アメリカに取られちゃってる。この手札の差は、計り知れませんよ。

そんな大量の移民に支えられた、民主主義の国アメリカが、日和見の中立主義に閉じこもり続けていられるわけもなく、参戦の準備を着々と進めています。左右両翼を見据えて。

ソ連もドイツも二正面作戦を巧みに回避しましたが、アメリカはどうする。
ドイツはチェコスロヴァキアを占領したことで鉱山資源と重工業生産力を手中に収めました。手強い相手です。
対独戦に及べば、長期化は避けられないでしょう。

日本は?
未だに家内制手工業で焼き畑農業続けてる、虫ケラ連中です。
とりあえずこっちは原料の供給を止めてやれば音を上げるか。
そこで、四半世紀続けてきた通商条約を、止めちゃいました。
半年も猶予をくれたのに、日本は、座して期限を迎えました。

我々商人は、買いだめに走りましたよ。日本の政府は何もしないって知ってるんでね。
さて、次は何で儲けようかな。
内地では、新世紀を祝ってるらしいんですけどね。
我々には、浮かれてる暇などありません。一分一秒を惜しんで戦ってます。

半年もあれば、絶対的な差がつくのは、当然でしょう。



[43732] File_1940-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/04 00:02
File_1940-04-001D_hmos.

3月30日。
汪精衛氏を首長とする政府が南京で誕生しました。
いつもの、傀儡政権です。

私たちが南京を陥落させてから、2年以上経つんです。
占領前から日本はこれを準備しておくべきでした。今回はとりわけ時間がかかりました。
こんな体たらくを、日本の諺では、泥棒を捕まえてから縄を綯う、と言います。
綯ってる側こそが、そもそも泥棒ですけどね。

南京国民政府。
また新しい通貨を作るらしいという噂もあって、まともでない投資家すら、二の足を踏む。
群がるのは、特別待遇を約束された日系政商からの派遣員。そして、かれらからなんとか仕事をもらおうとする、奴隷であることしか求められない現地民たち。
国家としての基礎が、まったく、できていない。

私たちが満洲国を作ったとき。
憲法の必要性はじめ、立法・行政・銀行・警察・裁判所・軍隊などがどのように機能して国民を満足させるのかという議論をさんざんしたことを、思い出してます。
結果的に我々は敗北したのですが、あの経験は大きかった。
「国家とは何か」
論じられますもの。私。

それはいったんおいといて。
ヨーロッパ戦線では、ソ連軍がポーランドへ、東側から侵入。
ドイツと分け合う形で、占領下に置きました。
ソ連軍はそこから北上し、バルト三国およびスカンジナヴィア半島の諸政府へ圧力をかけ、拒絶したフィンランドへは武力制裁を執行。

国際連盟は直ちにソ連を除名しましたが、それは何らの効果ももたらさないばかりか、ソ連をより自由にし、調停の機会をむざむざ放棄しただけ。

今やソ連はのびのびと、国際世論に遠慮することなく、周辺諸国への侵略に全力を注ぎこめる状況です。
日本からも、当分、軍事行為など仕掛けてこないでしょうからね。
英仏は、宣戦布告以降、いまだ国外の戦線に軍を出動させていません。
フランスにおいては、それどころか自国の防衛準備で手一杯でしょう。

ドイツの対英戦略としては、すでに海上の通商破壊活動が、絶大な効果を上げています。
Uボート。
ドイツはヴェルサイユ条約で水上艦の保有トン数に大幅な制限を課されました。
そのため現在でも、イギリスと正面から戦えるだけの軍鑑を保有していません。
しかし、準備はしていました。潜水艦なら、条約に抵触しないという抜け道で。

どのくらい建造されているかはさっぱり不明ですが、すでに相当な数でしょう。
大西洋の連合国側商船は、水中の狼たちに発見され次第、魚雷をぶちこまれる。
島国イギリスにとって、この海上封鎖は大打撃。
今のところ中立国であるアメリカの商船は、攻撃対象から除外される建前ですが、戦闘区域内へ入ってくる以上は、危険を承知だと見做される。
狼はテリトリーを守り、味方でなければ堂々と攻撃をする。
先に宣戦したのは英仏なので。ドイツの方が強気になれる。

開戦から、七ヶ月。
驚くほど、連合国の進捗は鈍いです。
英仏国民には、今も、戦意の盛り上がりが乏しい。アメリカも、然りですが。
もちろん、声を荒げてドイツへの徹底的制裁を主張する人たちは、いますよ。
ただその論調からは、正義感やイデオロギーを感じとることしかできなくて。
コストに兵力、戦略などを検討してる風に思えないところを、疑問視します。

市民には、他国のための戦争に介入したくないという利己的感情が当然あります。
かれらの意見も吐き出させ、そこからいかに時間を無駄にせず、最大多数の合意に持っていけるか。
そもそも、国を挙げての戦争に、民間の支持が得られなくては、100の力が10にも1にもなりかねない。
これを手際よく意思統一することは、総力戦で勝利するための必須条項でもあるのです。

長々と述べましたが、実を言うと、現状において、英仏は、ドイツの敵ではありません。
枢軸国は、決定が素早い。加えて、反対勢力を叩きつぶすことに、まったく躊躇がない。
対して、手間をかけるだけかけて、妥協まみれの決定に陥りやすいのが民主主義国家群。
国内に種々雑多な意見を抱えており、敵対国家に利権を持つ様々な勢力にも囲まれてる。

これが、いつ、どこでどう、逆転するのか。
だから、六年もかかるのか。六年かけたから、勝ったのか。
私はこれを、見届けたい。
見極めたいと、思います。

南京政府が、劣化コピーに劣化コピーを重ねた挙句の失敗国家であることは現時点でも明白。
それのどこがどう間違っているのかも、これから、つぶさに検証できるでしょう。
二年目。まだまだ、先は長い。
縄はしこたま綯ってあります。
いつでもこい。



[43732] File_1940-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/05 00:03
File_1940-05-001D_hmos.

4月に、ドイツも、スカンジナヴィアへ。
バルト三国とフィンランドはソ連にまかせ、デンマークから北上してノルウェーへと攻めこみます。
英仏からの派遣軍と戦端を開くものの、意気揚々たるドイツ軍は、あっさりとこれを撃退する。

独軍、ますます自信をつけ、西方へ転じ、低地諸国を蹂躙。
ベルギー、オランダ、ルクセンブルクが白旗を揚げました。

ストラテジーゲームでは、この辺は全然余裕なんです。
7TPが、Ⅲ号Eに、敵うわけがない。
シュトゥーカの燃料切れだけを気にしつつ、最短日数クリアを目標とするのが常道でした。
我ながらよく覚えてる。やりこんだからな。ドイツ軍で。
ドイツ軍以外でこの時期をプレイするゲームなんて、目にした記憶もありませんけど。

オランダの降伏は、5月15日。
それに先立って、日本に動きがありました。
オランダは、東インド諸島を植民地にしています。蘭印と呼ばれます。
日本政府はオランダ本国が降伏間近いと見るや、蘭印政府へ、今後も引き続き戦略物資の対日輸出を継続することを確約させるという先手を打ったのです。
日本にしては珍しくマトモな戦略してるなと、感心しました。

実は今年の1月、また内閣が交代してたんです。
現在の首相は、米内光政。もと海軍大将。
海軍閥だからか。と、ちょっぴり納得。

陸軍は中国内奥へ深く細く入りこみ、いつまでも終わらせられないし、資源も持ち帰ってきてくれない。
そうしてるうちに、アメリカから対日輸出を止められた。
油をどうする。
鉄をどうする。
「じゃあ自分たちでできるところから、とってこよう」
海軍は、南方へと転出しました。
陸軍中心の内閣では、ここまで考えが回らなかったでしょうね。

海軍は、たしか、ミッドウェイまでは、戦意旺盛なはずです。
日本は終戦ギリギリまで、大勝利を報道し続けていた、と21世紀では言われてましたけれど。
ミッドウェイまでは、普通に、勝利を勝利と書いてたのかな。
真相を知った状態で、リアルタイムにそれを読めるのかしら。
これ、正直ちょっとワクワクドキドキする体験なんですよね。

ただ、日本語新聞て、今でさえ呆れるほど、数字も有意な内容も、記事中に書かないので。
情況説明は漠然と。あとは兵士や上官の談話を、いつまでも。全紙、横並びでソレなので。
検閲される前から、記者が固有名詞を伏字や黒塗りして原稿書く風習も、ずっと以前から。
どうせ載らない情報だから、取材もしない。ものわかりのいい人しか、出世もしない業界。
だから、徹底的に嘘しか書かないようになるといっても、大した変化は無いかもしれない。
それでも、どんな風に内容が変化していくのだろうというのは、興味尽きないところです。

欧州事情に戻ります。次の戦場は、フランスです。
フランスは、ドイツとの国境に沿ってマジノ線という長大な地下要塞をつくっており、ここに兵力を集中させていました。
しかしドイツ軍は、制圧したベルギーから、アルデンヌの森を突っ切って、パリへ突撃する。
WW2のかなり早い段階で、フランスは降伏するんです。

イギリスは、単独で枢軸国と対峙する状況に追いこまれる。
ヴィシーにつくられる傀儡政権は、ドイツへの忠誠を示すため、積極的に対英戦の先鋒をつとめる。
ドーヴァー海峡越しに、かつての友軍基地から続々と敵機がロンドンへ向け、飛んでくる。

でもイギリスは、耐え抜くのです。
レーダーという新兵器を駆使して。

さて、この世界では、どうなるか。



[43732] File_1940-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/06 00:02
File_1940-06-001D_hmos.

6月10日。イタリアとアルバニアが参戦。もちろん、ドイツに味方して。
6月14日。ドイツ軍がパリへ入城。22日、降伏文書に調印をさせる。

フランスが、陥ちました。
一ヶ月しか、もたなかった。

ドイツの勝ち誇りぶりが、今までにないほど、強烈です。
ダンケルクからの大規模撤退も報じられてますが、イギリスは言葉を濁してます。当然か。
ゲッベルス大臣率いるプロパガンダ省は、対仏勝利の記事をたちまち東洋にまで拡散。
日本の世論はもちろん、チャイナにおいても、これからはドイツを推すべしとするムードが支配的になりました。

そんなドイツの報道で、ということを百も承知で、電撃戦の詳細を知ります。
一般教養的には、高速機甲師団による蹂躙、という印象でした。
ゲームでは、急降下爆撃機による支援も大きかった。
実際は、もっと複雑な戦術だったようです。まず、戦車隊各機は無線で連携を取り合ってた。
歩兵、砲兵との協調も密で、互いの長所と短所を柔軟にカバーし合いながら進軍した。
マジノ線に兵力のほとんどを配備していたフランス軍が、完全に出し抜かれたことも大きな敗因ですが、それを適確に把握し、セダンやカレーなどで効果的に連合軍を包囲したドイツ軍の計画性と機動力は、おそるべき練度です。
ドイツはますます投資先を求める連中を惹きつける。マジで、ヤバすぎます。

そして日本は、ちゃっかり今度も、フランス敗北をチャンスと捉え、すかさず仏領インドシナへ圧力をかける。
この半島は特に重慶国民政府への輸送ルートにもなっていたため、幹線道路を強引に、封鎖しました。
海軍は陸軍をピストン輸送。援護、補給、後送までフォローアップ。
コンビネーション、ばっちりじゃんか。きみたち、こんなに仲よかったっけ?

蘭印も、仏印も、本国が消滅したため、現地政府が自力で日本との交渉を迫られたはずです。
今後、このような動きは、アジア諸国へ、波及していくものだろうか?

たとえばインドでは、これまで超然たる主人だと教えこまれていた英国が消滅した場合のことを考え始めるネイティブが、すでにいると思います。
緩衝国として戦略上中立を許されているシャムあらためタイ王国を除けば、アジアとオセアニアの諸国はだいたい欧米どこかの列強に主権を握られた従属地ばかり。日本もちゃっかり混じって、ニューギニアや台湾などを領有しています。

次に訪れる流れを視野に入れておきましょう。アジア諸国の独立気運。

私は、21世紀で見慣れていた、ベトナムやフィリピン、インドネシア、シンガポールなどの主権国家群を思い出しながら、現在の地図を見ているんですが、それは、明るい未来です。
世界中の国境が再編される、これからの数年で、いくつもの新国家が誕生する。
世界秩序がガタガタに壊れてきた今この時だからこそ、動き始めるものがある。
それくらいはせめて、前向きに考えたい。精神衛生上、大いに推奨したくもなります。

もちろん、最小限の破壊と殺戮で、最大の効果が達成できれば、それに越したことはありませんけど。
しかし、そんな、うまい話もないでしょうね。
独立にも、血と涙は、つきものです。



[43732] File_1940-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/07 00:02
File_1940-07-001D_hmos.

満洲でも、4月から、徴兵制が始まっています。
ああ戦時下なんだ、という緊張感が一気に高まる。
満洲は人種差別が極めて烈しい国のひとつですが、その偏りも、より顕著に可視化されます。

ちなみに、日本人は、徴用した人員が持つ各スキルを最大限に活かそうなんて思考回路をそもそも持ちません。
掻き集めたら一律、二等兵にして単純労働で遣い潰す。
ベルトコンベアに放りこむだけです。
こんなだから戦争に勝てないんだよ。
永遠のゼロ・生産性。

日本内地でも動員は始まっているのですが、今はまだ、大人が対象です。
一方、17号基地へは、今春から続々、ティーンエイジャーの男の子たちが送りこまれてきてます。
小林も、何人か受け持っているかな。
作業手伝わせて、勉強させて。宿舎での当番表とか作って、団体行動。
陸軍幼年学校とか、ボーイスカウトみたいな雰囲気です。
みんな食べ盛りで、よいことだ。

大人が払底しているわけではありません。
東郷は千葉県の郷里からスタッフを大勢、17号へ連れてきてますが、人手はまだまだ足りない。
補充するなら、若いほど素直だし、覚えも早いということで、特に低年齢層を要請したらしい。
この子供スカウトには、日特も絡んでます。
中学出の就職組を中心に募集をかけ、ある程度修養させてから、満洲へ送りこむ。そんなプログラムがシステム化されているらしい。
サノも、いろんなことやらされて大変だね。

アメリカが、ますます戦争への介入を強めてます。
7月2日、国防強化促進法が成立。
四十種以上に及ぶ戦略軍需物資の輸出には、大統領の許可を必要とする。
ただし英国にだけは無制限。
英国は対独戦線で現在きわめて旗色が悪い。アジアの戦争にはもはや介入できないという宣言まで出すほど。
日本はこれもチャンスと捉え、英領ビルマへ圧力をかける。重慶政府への物資輸送を停止させました。

ひとつの可能性を考えます。
ヒトラーとスターリンが、今すぐ、これ以上の領土欲を、すべて停止させたら、どうなるか。
実は、ある意味、最悪です。
欧州地図が独ソ二強のイニシアティヴによって、現状のまま固定される。
イギリスに対しては包囲をし続け、時間をかけてその体力を奪ってゆく。
アメリカは、今年秋から大統領選挙でルーズヴェルトは二期目だから次で代わるでしょう。
新大統領が決まったら、懐柔して、枢軸国家との不戦条約を結ばせる。
東洋は日本にとらせておく。そのための援助と見返りは準備しておく。
中国は、見殺し。
ね。最悪でしょう?

……いや。ソ連が中国を、見離さないかな。中国共産党を、ですけど。
でも結局日本とソ連とで中国を分割して、その国境策定で揉め始めるだろう。
戦わせておけ、とドイツは考える。
そしてソ連が弱ってくるまで、様子をうかがう。なんなら、日本へ援助して、ソ連を弱らせる。
日本なら、一番最後に軽くひとひねりすれば、それで終わりだから。

我ながら、とても厭な想像をしちゃいました。
これが最悪だろうか。もっと最悪を想像できますかね。誰にとっての最悪かにもよりますが。
どんな世界でも、誰かにとってはチャンス到来。
そのことだけは、忘れないこと。



[43732] File_1940-07-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/12/06 01:37
File_1940-07-002D_hmos.

7月22日。近衛文麿が、日本国首相に、返り咲きました。
なんでやねん?
米内内閣を倒したのは、陸軍です。これがまた、日本ならではの茶番劇なのですが。

陸軍大臣・畑俊六が辞表を提出。
米内首相が交代の陸相を求めたが、陸軍が人選を拒んだ。
内閣不成立により、総辞職。

……どうしてこんな糞システムを後生大事に守り続けているのか。心底、理解できません。
したくもありません。
日本人は、まともに機能する政治システムを、つくれない上に、それがおかしいってことを理解すらできない、本当にどうしようもない、アホンダラ揃いなんですけど、それにしても、あまりにも。

陸軍にとっては、御しやすいのか、よりによって、また近衛。農林大臣兼任です。
ああ、以前にも同じような状況を見た。林内閣だったかな。誰もなり手がなくて。やたら兼ね役。
今回は、外務と拓務を松岡洋右が担当。
陸軍大臣は、東條英機。
以下割愛。

その三日後、ルーズヴェルト大統領が、先日の国防強化推進法に、禁輸品目を追加しました。
その中に含まれていたのが、スクラップ・アイアン。
鉄屑です。遂にこれまで、というべきか。
鉄鉱石から精製するのに比べ純度は劣りますが、これも貴重な鉄資源。
日本は鉄の輸入を、大きくアメリカに依存しています。
すでに詰みじゃないですか。
謝るなら今のうち。真人間へ、戻りましょう。

こんな状況下、用事があって、上海へ行ってきました。
岡藤洋行へも顔を出し、店主と雑談を交わします。

「鉄が無くて兵器がつくれなくなると、僕も仕入れに困るなあ。何かいい手はないかねえ」

いい手?侵略やめればいいだけです。
中国本土にも鉄の採れる産地はあると思いますが、まずは調査をしなくては。
ちなみに日本が荒らしまくった土地では、大量の弾丸が放棄されており、生き残った子供たちが、家や畑や死骸にめり込んだ鉄を集めて、生活費を稼いでます。
かれらの方がよっぽど資源の大切さをわかってる。
学びましょう。教えを乞うべきです。頭を下げて。

「どうかな、この値付け。支那人にならってさ。とりあえず高めにつけといて、買いそうだったら下げていくんだけど、コダマ君だったらもっと要領のいい値段をつける?」

それでいいんじゃないですか。価格は問題じゃない。
それよりも鑑識眼を身につけましょう。
ホンモノかニセモノかを判断し、根拠を合理的に説明できる技術をです。
これを養わない以上、何をやったところで付け焼き刃。
玄人として信頼されるようになれば、相談したい人の方から、頼ってきますよ。
それが、はじめの一歩。フジさんなら、お手のものでしょ。

「東條さんが陸軍大臣になったから、また憲兵隊が力を奮うようになるだろうなあ。僕への監視も強まるかもしれない。コダマ君は大丈夫だろうけど、僕は少し、大人しくしてるよ」

ああ、それは気付かなかった。
そうだな、日本国内の憲兵隊の動きも監視しておくか。
ツテはある。
私信の検閲については対策済みですが、私は特に、17号管内の郵便局から日特のサノへ向けて、図面や請求書の類いを送りあってるので、その中に暗号を混ぜることで大幅にリスク回避ができています。
エニグマは使いません。
あれだと暗号文にしか見えない暗号文になっちゃうので、より危険。
検閲される媒体では、暗号を暗号だと思わせちゃ、いけないんです。
これも暗号学の基本です。

私は、石原が度重なる粗相をして以来、東條さんを悪く思えなくなっちゃったんですが、フジさんは、東條を怨んでるんじゃないか。
半年も幽閉され、犯罪者として国外追放させた元凶だから。
そう思ってた。
でも、意外すぎるエピソードが返ってきました。

「僕、東條さんには感謝してるんだよ。石原さんと二人三脚でずっとやってきたけど、さすがにもう、ダメだから。あの人。
何もかも一からやり直したいなあって悶々としてたところに、こんな生まれ変わりの機会を与えてくれたんだから。今の待遇は、願ったり叶ったりどころじゃない。
それに6年前、東條さんが陸士の幹事やってた時に、皇道派の眞崎が教育総監に就いたよね。
自分は絶対ニラまれてる、と脅えてた東條さんを、根回しして満洲の関東軍へ送り出したのは僕なんだ。
あのとき東條さん、泣きじゃくりながら僕の手を握ってお礼言ってくれてね。
だから東條さんは、石原は憎くても、僕のことはそんなに嫌ってないはずだよ」

……フジさんは、あの東條に、そんな恩まで売っていたのか。
どこまでも、パネえお人だわ。



[43732] File_1940-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/09 20:16
File_1940-09-001D_hmos.

近衛フミマロってほんと、わかりやすすぎる、クズですよね。
本日、2600年9月27日。日独伊三国同盟が調印されます。
明日の日本語新聞を読むまでもありません。
日本のインテリジェンスはダダ漏れなので、経緯まで含めて全部知れ渡ってます。

ドイツとイタリアは軍事同盟を結んでおり、6月のフランス降伏に乗じてイタリアも対英戦に参加。
ドイツがグレートブリテンを屈伏させるまでの間に、イタリアも地中海とアフリカにローマ帝国を再来させようと、バーゲンラッシュさながらに精鋭師団を送りこんでいます。

これに日本も乗っかろう、というのが今回の三国同盟。
日本側にはメリットが大きく、ドイツがロンドンを占領した暁には、アジア地域の英国領土へ押しかける口実を得られる。
現地軍を武装解除させ財産を没収。行政なども掌握して、好き放題するつもりですね。

日本からヨーロッパへ軍隊を送る余裕は無いので、直接の参戦まではしないでしょうが、ドイツにとっては非常に目障りなアメリカも、日本の持ったカードによって太平洋側の戦力を削れないとなると、イギリスへの支援を充分に行えなくなります。
というわけで独伊にとっても、一応、メリットのある提携です。

アメリカは、日本への圧力を徐々に強めてきました。
戦略物資の輸入を止められた日本は、南洋の国々から、それらを調達しようと考えます。
鉄に石油に、食糧まで。
米内内閣でも、陸軍と海軍のコンビネーションは鮮やかでしたが、近衛内閣では、これに更なる援軍が加えられます。

外務大臣・松岡洋右。
強引に相手を追い詰める舌鋒は健在のようです。
なんでも外相就任直後、各国に駐在している大使・公使を一斉に交代させ、中央の命令に即時右ならえする人材だけで、固めたとか。
日独伊三国同盟に先んじて、在フランス大使を脅しつけ、仏領インドシナの空港を日本が自由に使えるようにさせたりしたことも、タイムズやトリビューン読んでれば常識。
実に仕事のできる男だよ、まったく。

アメリカはチャイナの国民政府へ追加支援を表明しましたが、その声明の中に、
「日本によるインティミデイション」
という、見慣れない単語が出てきました。
辞書によると、脅迫とか恫喝。
松岡はいったい米国にどのような言葉で挨拶をしてるんだろうかって、不安になります。
もちろんフランスにも中国にも、もしかするとドイツにさえ、インティミデイトしてるかもしれない。
ちなみにドイツ語だとアインシュヒタンです。

この流れの先に、来年暮れ、日米開戦がやって来るのか。
早朝、ハワイを奇襲。そのあと宣戦布告を通達するはず。
ドレスコードも知らない蛮族ニッポンからの、事はじめ。

見たくもないけど、もはや、どう変えようもないからなあ。
仮に、変えるとしても。
日本がこれまで中国に流させてきただけの血を、日本人にも、流させてからでないと、釣り合わない。

見届けましょう、釣り合うまで。



[43732] File_1940-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/10 00:03
File_1940-11-001D_hmos.

1940年11月5日。
全世界注目、アメリカ合衆国大統領選挙の結果が出ました。
フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト氏が、米国史上初の連続三選を達成。

八年前、その名が登場したときにも色々なことを考えたように思いますが、8月からの選挙戦をずっと見てきた今また、語りたいことがあります。

民主党。移民の受け入れに積極的で、多様性と扶助を尊重する。
共和党。荒野を切り拓いてきた力を尊び、独立心に重きを置く。
この二大政党から一名ずつの候補者を出し、全有権者の直接投票でリーダーを決めるのがアメリカです。
二期務めてきたルーズヴェルト氏は民主党。挑戦者ウェンデル・ルイス・ウィルキー氏は共和党。

実はウィルキー氏の方が、対独戦については強硬派だったんです。
イギリスの危機を救うため、すぐに参戦し、軍隊を送るべきだと。
ルーズヴェルト氏はもう少し慎重ですが、いずれにしても、モンロー主義で孤立外交という選択肢はすでにUSAにはありません。
枢軸国家どもを、膺懲しなくてはならない。
それを、どう行うか。という段階なんです。

世界中からの難民が、近年、大勢、アメリカでグリーン・カードを得ています。
かれらにとってルーズヴェルト氏は最大の恩人。
その勢力は投票結果に反映されました。
圧勝でしたもの。わかりやすい。

ただウィルキー氏も面白い人で、去年まで民主党員だったそうです。転向者ですね。
ルーズヴェルト人気には勝てないとわかってて共和党から立候補者が出なかったのか。当て馬にされたのか。勘繰ることはできますけど、何らかの形で再登場していただきたい人物です。
演説で、ルーズヴェルト氏を褒めちぎってるんですよ。こんな選挙、見たことない。
党に忠誠を尽くすなんて発想など毛頭無い。喜んで敵役を演じ、米国の世論をまとめることを心掛けた。
すばらしい。こんな人と、商売をしたい。

さてドイツはいよいよ、イギリスを倒した次には、アメリカとの戦争を準備しておかねばならなくなってきました。
日本が当て馬にすらならないことはわかっているはずですから、対英戦で全力を使い切るわけにはいきません。
ネタバレですけどソ連と戦う予定だってあるんだから。
その順序も考えなくちゃいけない。これは大きなアップセット。

アメリカの強みは、生産力と、その資源。
ことに食糧の自給率と輸出能力は端倪すべからざる規模です。
英国本土を陥としたところでドイツが得られるのは束の間の安心くらい。前線のドイツ兵は、廃墟と難民の群れを前に、自らもまた、ひもじい思いに耐えているはずですよ。
豊かな国は、尚更、敵に回さず味方につけるべきでしょうに。
あるいは、水と油が手を取り合って競い合うアメリカをお手本に、自らもそうなればいいのに。なんて思ったりもするのですが。
難しいかな。難しいでしょうね。

ドイツ帝国のイデオロギーは、アーリア人による排他的純潔至上主義。多民族国家とは相容れません。

しかし、不可能では、ないはずですよ。
穢れを知らない者ほど脆いものはないからです。
それに気付けば、よいだけだから。



[43732] File_1940-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/11 01:09
File_1940-12-001D_hmos.

メリークリスマス。コダマです。

17号基地には、二千人ほどの日本人職員が住んでます。
なんでも揃った町で、むしろ許可なく出ちゃいけない。
昔のSFによくあったな、こういうの。エリア51とか。

ああ私には昔ですけど、これから何十年か掛かって生み出される小説のジャンルです、えすえふ。
老後にゆっくり追いかけるのが、私の夢さ。
なんなら自分で書いてやる。
そしてファン大会でもてはやされ、アシモフやハインラインと肩組んで、ピース写真なんか撮ってもらう。

こんな妄想してると止まらないので、止めます。

17号では、内地から送りこまれてる少年隊が、町民の1/3くらいを占めてます。
かれらはせっせと、故郷への仕送りをしてますよ。
満洲と日本人と、そして東郷軍医大佐の素晴らしさを心から讃えまくる、感動的なお手紙をつけてね。

さて、クリスマスです。
大人たちだって、せいいっぱい働いてくれてる子供たちへの、感謝の気持ちは伝えたい。
なら盛大にクリスマスを祝ったらどうでしょう。
えっ英米のお祭りじゃないかですって?
ばかをおっしゃい。
起源は北欧ですし、ドイツ人だってイタリア人だって、クリスマスは祝うものです。
世界文化です。

と言ったら一気に話が進みましてね。
私もたんまり儲けさせていただきました。
クリスマスって、すばらしい。

私もサンタに扮して、余興をしました。
普段から私、背も低いし、階級も持ってないのにウロチョロしてるんで、ガキどもになめられてるんですよね。
もみくちゃにされましたけど、目をつけてた子たちとも、更に距離を縮められたのをもって、収穫ありといたしましょう。
転んでも、ただで起きるか。コダマです。

どんな風にスカウトされたのか、本人たちから聞きました。
日本全国津々浦々にエージェントがいて、学業優秀で素行もしっかりしてる子を見つけては、身元調査してから、接触するみたいですね。
きちんと親へも話をつけて。東京へ連れてきて、数ヶ月研修させて、満洲へ送る。
陸軍さんのやってることだし、仕送りと手紙で更に安心。
最近は、買われる側からの売り込みも激しいそうですよ。
同じ売るなら、高く売れるうちに、手放してしまいましょう。それは、正論ですね。
いずれ、赤紙きて、とられちゃうんだから。なおさらね。

陸軍軍医学校は今、牛込区にあるんですが、実は、旧・日特本社の、すぐ向かいです。
サノの借家からも、近いです。軍医学校も手狭なので、日特が社屋を一部、研修と宿泊用に提供してるとか。
私の昔住んでた地下室も使っちゃっていいですかと聞かれたので、もう戻らないからいいよって答えました。

少年たちは、満洲へ来て、各部署に割り振られ、働きます。
病原体やら、毒ガスとか、危険なものも扱ってるので、担当区域外へは絶対、出ちゃいけない。
これが原則です。
子供たちはきわめて素直で、いいつけを守るのでね。特にトラブルも起きてません。
むしろ、日本の大人たちに見習わせたい。
こんな風に働けと。
まったく。

子供といえば、そうだ。三船さん家のトシロウくんが、今年徴兵されて、いまは公主嶺で、航空隊に配属されています。
実家が写真屋なので知識と技術があるからって、偵察部隊で航空写真の現像などを担当しています。
背も伸びてね。すっかりたくましくなってました。

そのコネで、プスモスの整備をお願いして、ついでに飛行場使用許可も出してもらって。
ありがたい限り。持つべきものは、コネだなあ。
お礼に、こんどのお年玉は、モーレツにフンパツしちゃうつもりです。



[43732] File_1941-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/12 00:02
File_1941-01-001D_hmos.

新年明け早々、ルーズヴェルト大統領が、レンドリース法案を合衆国議会へ提出しました。
これから下院と上院で審議されます。早ければ来月にも、スタートするでしょう。

レンドリース・アクツ。武器貸与法。
WW2でミリオタが驚喜する瞬間です。
これによって、連合国側の兵器開発が混じり合うんです。
進化発展が加速し、革新的発明が連続的に爆発します。カンブリア紀のはじまりです。

レンドリース法自体は、シンプルです。
アメリカは、参戦はしないが、友邦に武器を貸し与える。実質無料で。
とにかく、勝ってくれ。それしか望まない。

食糧や、生活必需品と違い、軍事技術には高度な機密が伴います。
だからソ連も、破壊された戦車の回収を、必死でしてました。
その重要性を軽視している日本は、まぎれもなく後進国です。
外貨獲得のために輸出する場合でも、最新版は売ってくれないもの。それが普通。
むしろ、時代が進み、技術が上がるほど、最新鋭兵器の貸与なんて、通常はありえないことになっていくものです。

アメリカが今、これをするのは、一つにはまだ軍隊に外地で戦争する準備が整っておらず、戦闘レベルで惨敗する危険を承知しているから。
精巧を誇るドイツ軍の各種兵装に立ち向かうだけの技術も、持っていない。
しかし、生産力だけなら、負けない。
それでもよければ放出する。使ってくれ。
そして、どこをどう改良すればいいのかを教えてくれ。我々はそれを学ぶ。
そして、ドイツと戦える武器をつくれるようになった暁には、作戦にも参加する。
いかがだろうか。

当面は、イギリスへの援助です。
今は、ソ連は敵側なので対象外ですが、独ソ戦が始まってからは、ソ連へも技術が渡ります。
四年間に渡ってソ連と米国がいかに兵器開発で協力し合ったかという内実が明かされるのは21世紀を迎えてからですけど、これこそ超絶に面白い物語なんですよ。
私はいま、その最初の瞬間に立ち会っている。
感無量です。
今日は涙もろいぜ。

対日同盟を結んでいる重慶国民政府へのレンドリースも、早晩、行われるはずです。
米国は国民政府への支持と全面的協力を表明し、昨年までに5000万ドル近い融資を行っていますが、年末さらに1億ドルの追加支援を発表しました。武器と資材の物納という形で、提供しています。

仏印とビルマからの援蒋ルートは日本が止めさせたはずですが、今はどこから輸送しているのだろう。
揚子江経由も不可能なので、陸路でどうにかしてるはずですが。
しかし中国は兵器開発史においてこの機会を活かすことはできず、国産戦車開発なども、戦後から始まることになります。
やむを得ません。
だって日本が中国の産業を徹底的に破壊して回ってるんだもの。
レンドリース効果が限定的になるのは致し方ありませんよね。

中国には、ふんばってほしい。もう少しだけ。
それは英米のみならず、私の強い思いでもあります。
私は満洲に育てられました。中国大陸がふるさとです。言い切ります。
血塗られたこの大地には、私にとって悲喜こもごも、語り尽くしても尽くせないほどの、愛憎と愛着がある。
果たさなくてはならない、道義と責任もある。
だから、この流れを加速させます。

その先にはきっと、ツァラトゥストラとデイジー・デイジーの融合する夜明けが来るはずだから。



[43732] File_1941-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/12/06 01:44
File_1941-03-001D_hmos.

レンドリース法は、3月11日に成立しました。
時間がかかったのは、ドイツが息切れしてるからです。
ロンドン市内は空襲で壊滅状態ですが、それでも、市民の士気は異様なまでに高い。戦時内閣首相ウィンストン・チャーチル卿も絶対ドイツに屈しないだろうなと思わされる迫力で声明を出し続けています。

米大統領ルーズヴェルトが、これを全力で支援する。
レンドリース、しなくてもよいのでは?という慎重論も、出ちゃいますかね。
しかし、可決された以上、始まります。
ドイツは、戦略を考え直さなくてはなりません。

考えるほどの脳ミソも持ってないだろう、もはやなつかしき母国の民はどうか。
首相はまだ、近衛です。
1月に、国会で演説をしてます。
「すぐに終わると思ってた日支事変が予想外に長引いてしまった。支那は力だけでは屈伏できない。かれらを心から改めさせるには、まだまだ時間がかかりそうだ。この責任はすべて自分がとるから、もうしばらく首相を続けさせてほしい」

私は、思うのですが、近衛よりも、これに拍手をしてる国民が一番おかしい。
近衛がしてるのは、弁解です。
借りた金が返せないから、もう少し待ってくれ。これと同じレベルの泣き言。
ここで黙って帰る借金取りは、無能です。
追い払った近衛の方がしたたかである。勝敗は、言わずもがな。

返済計画、聞きましょうよ。
期日とペナルティを、決めましょうよ。
その上で、監視しつづけましょうよ。
こんなこともわからずに金なんか貸すなよ。と思うんですけどね。

そして、昨年秋から重慶を攻めようとしてるんですが、すでに大規模な損害を出してるんです日本軍。
日本語新聞はもちろん、日本が占領地で発刊してる中国語媒体でも、一切書かれてませんけど。
この話題について、私のソースは主に、最近各地に拠点をつくりまくってる、中国共産党系の皆さん。
私の納得してる範囲で説明します。

蒋介石軍が何度も毛澤東らの中共軍に敗れた。あれと同じことを今、日本軍が国府軍に対してやっています。
正確には、国府軍を囮にして、中共がうまいことやってる、かな。
日本軍はひたすら前へ進む。罠にはまる。えんえん、その繰り返し。
残念なのは、日本軍を敗走させても、大してお宝を持ってないことだそうです。
いま日本軍、前線で中国軍から奪ったチェコ銃が標準装備なんですって。
食糧も持ってるわけないしねえ。帰るぶんくらいは残しておきなさいよねえ。

情報ダダ漏れなんでこれも言っちゃいますけど、来月あたり、日ソ中立条約というのが締結される模様です。
独ソが不可侵条約結んでて、日独伊も三国軍事同盟結んでるんで、問題ないよね?て多分その程度の発想なんだろうなあ。
その理屈でいったら、世界中の全国家はお友達じゃないですか。戦争も事変も、起きるわけがないんです。

すでにある条約の中身と矛盾しないかソレ、てことを検証しないとね。
ドイツが怒るの、目に見えてます。ていうか既に怒ってるんですけど。
わが祖国だった島に住んでる裸のサル共、気付いても、いないよなあ。



[43732] File_1941-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/14 00:05
File_1941-04-001D_hmos.

到一さんが、帰ってきます。
帰って、でいいのか。定年退職して、満洲へ永住します。

第10師団は昨年、姫路からまるごと満洲チャムスへ移駐してきて、到一さんも師団長だから来てたんです。
後任への引き継ぎを2月までですませ、いったん東京へ。
いろいろ用事を片付けたら、晴れて、大連の新居へ。奥様と一緒に、住み始めるという段取りです。

おつかれさまでした。
これからは、ゆっくり、過ごしてください。
私も、時々、遊びに行きます。

そんな便りを読みながら、心は欧州戦線へ。
ドイツを中心とした、いわゆる枢軸国勢力ですが、日独伊のほか、ハンガリーやルーマニアも加わってます。
3月に入ってからブルガリアとユーゴも加入。

無理矢理でしょうか?
無理矢理でしょうね。
というのも、ユーゴスラヴィア王国については枢軸条約締結の三日後にクーデターで条約が破棄されているからです。
その結果、ドイツ軍に侵攻する口実を与え、2週間かからず新政府軍隊は鎮圧されました。
現在、参加した枢軸諸国による、支配地域の奪い合いが行われています。
むごい。

ギリシアや、アフリカのエチオピアなどへも戦火が拡がっています。
「第二次世界大戦」という呼称も使われ始めました。
「第一次」と呼ばれるようになった20年前の大戦は、参戦国がいずれも疲弊の極みに達した果てに、モスクワとベルリンで革命が起き、いったい誰が誰と戦ってるんだ?と収拾がつかなくなってからやっと、終結しています。
今度はどうなる?

すでに、全人類が滅亡するまで止まらないだろうと予測してる人もいます。山ほど、います。
小説でもどうよそれ、みたいな結末で、そこで思考停止する自称知識人の多いこと多いこと。
要約すれば一行で片付く。それで気がすんじゃう方は、どうぞ、さようなら。
私は過程を気にしたい。
何がどうなったとき、終わるのか?
終わらせるためには、何が必要か?

各プレイヤーは、相互に干渉し合いながら、生存戦略を模索して行動します。
自らの行動は他者の戦略に影響を与えます。
協力、敵対、連合、離反。
これらは、すでに、これからも、めまぐるしく変化します。
中立を保ち続けられるのは、力を持つ者だけです。
その力をもって、行動に出るプレイヤーもいます。
このゲームの終局はどこか。
均衡は、存在するか?
するんです、どこかで。必ず。

その均衡を、平和と呼ぶ人もいますが、間違いです。平和すなわち争いのない状態がゴールなら、生命すべてが死んだ後にしか、ありえません。残念ながらナンセンス。
ヒントは、先の世界大戦。
あのとき、日本は、ヨーロッパに物資を売りまくり、ドイツが敗色濃厚になってから宣戦布告。東洋の権益を分捕りました。
実に小利口でした。
完全なる勝ち組だった。
そこから、学べばよかったのに。
今回は、世界中から、カモられる側に立ってます。

愚かですが、愚かなりに考えて、かれらは行動します。いちプレイヤーとして。
私も私なりの考えで、行動します。いちプレイヤーですから。最適解を求めて。
私の目標なんて、ささやかなものです。
せいぜい、儲けましょう。利用できるものは利用して。
そんな風に行動するプレイヤーが、有象無象、いっぱいいるんですよ。

世界中の商売人が、人類滅亡なんて、起こさせません。起こさせるわけがない。
誰かと誰かは最後まで勝ち残り、均衡点で握手する。
参加する以上、油断は禁物。
最後の最後まで、気を抜けない。
思考停止したら、そこで終わる。
ゲームだと思って、真剣に、戦い抜きましょう。



[43732] File_1941-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/15 00:03
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ルーズヴェルト大統領による、毎週末のラジオ演説「炉辺談話」。

プロパガンダといえば、プロパガンダなんでしょうけど。
アメリカ以外でもやってくれればいいのに、と思います。
ハルビンまで聞こえてこないだけで、他の地域でも、やってる自治体等、あるかも知れませんが。
国家元首が全国民へ、ストレートに語りかける。
新聞屋の口を通さないだけで、こんなにも率直で、力強いメッセージになるものなんだなあって。
思い知らされてます。

戦争中の、いかなる国家も、すべての情報を封じはしません。
自軍の戦果は大々的に喧伝したいし、敵の愚かさは罵りたい。
国民に伝えるべき事務連絡だって、時局柄、増えます。
戦時法もどんどん更新されますし。報道や広報はいつだって、大事なインフラ。
宣伝活動は、商売人だって政治家だって、常日頃やってることですから。
大いにやるべきだし。
やらせてほしいし。
やるからには、マスコミを野放しにして好き放題書かせるなんて、言語道断。

5月14日付の炉辺談話が、大統領の健康上の理由で、お休みとなりました。
再開は二週間後の予定です。ちょっと、ザワッとします。
ルーズヴェルトは、終戦目前で病死する。それを知ってるからこそですが。
いま、59歳。まだまだお若い。
チャーチルやスターリンよりも年下です。とくに持病がある話も聞かない。
なんで死んだんだろう。
これも、見守りたい案件です。できるだけ永生きしていただきたいのだけど。

国民に伝えるべき事務連絡といえばですが。
日本がソ連と中立条約を結んでから一ヶ月経ちますけど、いまだに日本語では、これの全文が読めない。
新聞も雑誌も、松岡外相よくやったと、無批判に同調する追従者の感想文をだらだら掲示しているだけ。
ドイツはソ連とも日本とも、明確に距離をとりつつあります。
そこまで承知で、浮かれ騒ぐだけに邁進したいなら、大したもの。
誰を騙して誰に得させて、その先に何を期待しているというのだろうか。
私は日本マスコミの深謀遠慮に想像をめぐらせる暇など持ちませんので、これ以上リソースは割かない。

アメリカがレンドリースを中国にも適用、と正式に発表したことも、日本では記事にするまでもない話題みたいですね。これは重大事だと思うのだがなあ。

中国兵がすぐにアメリカの戦車や航空機を乗りこなせるとは思わないけど、米軍兵器の仕様は、日本のよりは、扱いやすいと思いますよ。
対策は立ててますか?敵が今までにない火力で応戦してきたら、一目散に逃げられますか?
これこそ周知徹底しておくべきことではないのかなあ。
そこにリソースを割かないと、兵はいくらでも死にますよ。
ああ帰りの費用を計算しなくてよくなるから楽?なるほど考え方次第ですね。
その発想はありませんでした。

ドイツは、イギリスの占領を、いったん諦めて、ソ連と開戦する準備に入っています。
21世紀では、これがヒトラーつまずきのはじまりと言われてたものですが、そうでもなかったんじゃないかなと、今の私は思うんです。
イギリスはよく抵抗するが、それでもボロボロだ。
ドイツも、地上軍はまだ温存してますが、空軍と海軍に相当なダメージを蒙りました。

ベルリンからモスクワまでは、地図上では2000km。ワルシャワからなら、1300km。
ドイツ機甲部隊の電撃作戦は、ここまで栄光を重ねています。
片や、コメディリリーフなソ連軍。対フィンランド戦では、圧倒的兵力差にもかかわらず散々に翻弄され武器も食糧も鹵獲されまくってる有様。
冬が来るまでにモスクワを占領し、ソ連の工業力まで手に入れてから、再度イギリスを倒そう。
これ、極めて妥当な戦略に見えるんです。
細かなデータ持ってないからどこかに落とし穴ありそうなんですが、私でも魅力的なプランに思える。
モスクワまでの電撃戦、やっちゃいたくなる。

対ソ開戦が無謀で成功率ゼロだとこの時点で言えるものなら、ぜひその根拠を聞きたい。
どんなもんでっしゃろ。



[43732] File_1941-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/16 00:02
File_1941-06-001D_hmos.

ルーズヴェルト大統領、おかえりなさい。
5月27日、二週間ぶりのラジオ出演。やわらかな声で、米国民に直接、メッセージを伝える。
大事ですね、こういう姿勢。

ただ、内容はヘヴィでした。国家非常事態宣言を発令。
いよいよ、総動員体制へと移行です。
同時に、30億ドル超の軍備拡張を議会が承認しました。大日本帝国の国家予算の何百倍だいってね。
まだ開戦してないのが救いですが、ほんとにこの状況でパールハーバー奇襲やっちゃうのかな日本。
わけがわかりませんよ。
商売人には理解不能ですし、ギャンブラーだって、まともならやらない。
カルト宗教、まじやば。

ところで独ソ開戦も近いはずなんですけど、まだ動きは見えません。見えてちゃダメでしょ。水面下ではどうなんでしょうねえ。
私もあれから二週間ほど、対ソ開戦に穴がないか、考えてみました。

1.ドイツ陸軍兵のコンディションに、問題はないですか?
連戦連勝の機甲師団が、弾薬と燃料に余裕を持っていることは信用します。現在は占領地の治安維持を主任務としてるはずですけど、この業務はかなり精神に負担をかけますので、兵士たちをちゃんと休ませてあげてるかどうかが心配です。
日本軍がいい反面教師になると思いますよ。

2.食糧は、余裕ありますか?
目下、とくに西欧での食糧不足はドイツですら深刻な状況にあり、仮に占領地からあるだけ搾り取って準備するとしても、背後に相当の余裕を持つソ連と渡り合うことは無理でしょう。
持久戦は即、死につながる。
そして、失敗して撤退した場合、ドイツは二度とソ連を味方につけられません。最悪の二正面作戦が始まります。
このリスク、私なら絶対に避けます。
よって、対ソ戦はせめてもう一年延期。次の夏にまた考えましょう。

3.モスクワまでの地図は、最新ですか?
地図上では現在の国境からモスクワまで、最短で1000km弱。
ソ連に近代兵器がなければ、たしかに一ヶ月程度で制圧できそうな気もします。
しかし兵器生産力において現状ソ連はアメリカをさえ凌ぎます。理由のひとつは、共産主義。
艦艇・戦車・航空機など、製造過程が複雑重層化するにつれ、資本主義体制下では中間業者が数多く必要になり、コストを押し上げます。
共産主義体制下ではこれを大幅にカットできる。
一点ごとの質ではドイツとは雲泥の差かもしれない。しかし、ソ連の広い国境を考えたら、量を最優先する戦略は極めて正論なのですよ。
なおかつ、ロシア人は地図を扱う天才であることをお忘れなく。
ハルハ河より戻ってからですが、ハルビンのロシア人から面白い話を聞きました。かれらの測量の基本は、天体観測なんです。
星をモノサシに、大地と何万年もつきあってきた。
納得しちゃいました。ロシア人が人類で初めて宇宙へ到達した理由もわかった。
太古からの歴史を持つモチベーション。
かなわないよ。

えー。以上の理由をもって、私はドイツのソ連侵攻って大失策だったんじゃないかな論者へと転向した次第であります。

ヒトラーくん、対ソ開戦を思いとどまるなら今のうちだよ。
必要にして充分な根拠は示せたと思うんだが。どうだろう。
それでもやるなら、君は、カルト教祖以外の何者でもない。
東洋のお猿さんたちと同類だね。残念なことだ。



[43732] File_1941-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/17 00:03
File_1941-06-002D_hmos.

1941年6月22日。ドイツ、ソ連へ侵攻開始。
とうとう、やっちゃいましたか。
世界中が、ざわめいております。

特に日本のあわてふためきぶりがひどい。
対策会議を招集するのにも何日か、かかる見込みです。本気で寝耳に水だったんだな。
もすこし緊張感をもって仕事してろよ。

アメリカはすぐに、ソ連を対独戦線の味方に引き入れようと明快なメッセージを出しました。
ドイツの動きを監視・把握していただけでなく、その先を見据えた計画を即座に発動させる。
外交のあるべき姿です。
こんな最高のお手本がすぐ海の向かいにあるというのに。
などとつぶやくのにも飽きました。
飽きるのに飽きるのも何度目だか。

それにしても、米国からソ連へのラブコールは、東西冷戦で核の刃を突きつけ合う時代を知っている身からすると、実に大らかな意思表明すぎて、私は動揺を禁じ得ない。ナチス・ドイツという巨悪を前にしているという特別な状況はあれど。
米ソは共に、多民族国家で広大な領土を持ち、基礎科学と教育を重視し、これに多大なる投資をしている。
共通項は多いんですね。
タイミング的にも、ここでソ連が米国と同盟を結ばない理由はまったくない。

強いて苦言を呈すなら、今日までの二年間、ソ連はドイツとグルになって北欧や東欧諸国を蹂躙してきた。
そのことに対しての道義は果たされるのか、という問題は提議できるでしょう。

実際、ソ連はこれから連合国の一員として、よりますます領土拡大を実現しますし、終戦後から半世紀にわたって続く世界分割とその傷痕は、21世紀まで、もしかしたらもっと先まで、人類を苦しめ続ける悪夢の端緒となるものです。
しかし今、そこまで論じてしまうことは、私の手に余ります。

もっといい手があったかもしれない。
そう考える人がいるなら、ぜひ、この世界に転生してきて、それを為してください。
あるいは、あなたが今いるその世界において、その場でできる最善を、尽くしていただいてもよい。
私には、ソ連を連合国の一員に迎える、これ以上に理想的な解を、ひとまず今は、思いつけません。

共通の敵は、純粋アーリア人のみを正統な人類と定義する、ドイツ帝国。
ばかおっしゃい。生物学的に無茶苦茶だ。
遺伝子配列のどこからどこまでを純粋などと言うつもりか。
そんなオカルト宗教に支配されてたまるか。
だから、枢軸を倒すんです。まず。
そのあとのことは、そのあとで考えましょう。

ところで。
私は、私の知っている歴史どおりに物事が進むとは限らないという可能性を常に心掛けるようにしています。
もし、ドイツがモスクワを占領しちゃったら、どうしよう?

ウクライナの穀倉地帯と、コーカサスの大油田。
ドイツは真っ先に、この二地点を押さえるべく進軍するでしょう。
モスクワ以東には膨大な備蓄もあるとはいえ、ドイツが勢いをつけて戦術においてソ連を翻弄すれば、首都制圧が成功することは、ありえます。
国民政府と同じく、ソ連指導部も奥地へ遷都して、抗戦を続けるでしょうが。
世界大戦の行方は、またわからなくなりますね。更なる長期化もするでしょう。

そのときは、またその時点で考えます。
未来のことだから確実にはわからない。
そんなことは、あたりまえなのだ。



[43732] File_1941-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/18 00:14
File_1941-07-001D_hmos.

17号基地でも、独ソ開戦後、いろいろ情報が飛び交ってます。
日独伊三国同盟を口実に、日本もソ連へ攻めこむべきだ、という論調があります。
内地の外相松岡が、吠えてんですけど。
その場合は満洲から出動。となりますし、防疫給水部にも出動要請がかかります。
今のところ、正式な命令は下りてきてないようですが、現場では、前もって準備をしています。

満洲には、ろくな兵力残ってないですよ。
タイラント松岡は、張鼓峰やハルハ河での大敗北を御存知なのかどうか?
外相が、知らないなんて、ありえないだろ。そう言いたいところですが。
相手の気持ちを思いやり、聞きたくないであろう話はしない。それが日本イズムを貫く倫理なので。
松岡には、誰も伝えてないと、私は判断しています。

7月より、関東軍特別演習、略して関特演が実施されるのは、以前から決まってました。
9月18日が満洲事変10周年という節目なので、その式典の一環として。
内地から2個師団が送りこまれ、演習が終わっても、そのまま満洲へ駐留する予定。
要は、守備兵にさえ事欠くところへの戦力補充なんですけど。
連戦連敗の大失策が、内密にされているわけだからこそ、あくまで演習、という名目でなんとか派兵をしてもらう。
ばかばかしいですね。何から何まで、取り繕うことばかりで。

ほかにも、大本営がですね。
「ソ連との開戦を事前に日本へ伝えてなかったのは日独伊三国同盟付属協定への違反行為である」
と、ドイツへ抗議することを決定した、とわざわざ発表してたりするんですが。
これはどういう種類のジョークなのかな。笑い所が、わからない。

東郷ハジメ軍医少将が、内地へ戻されるという噂も出ています。早ければ来月。
これについては小林が
「南方へも、防疫給水部つくるみたい。その陣頭指揮をとるための準備から、始めるようよ。1~2年は戻ってこないんじゃないかな?」
と展望を語ります。
仕事にこだわりの深いボスがいなくなってくれるのは、嬉しいよね。顔に出てるから、気をつけなよ。
新しく来る部長が、ほどほどにゆるい人だといいね。

南方戦線。本格化するかしら。どう思う?

「さすがに、事情を知ってる人が全力で止めると思う。南方の資源を押さえることは必要だけど、派兵は最低限にしないと。満洲へ来る2個師団も、たぶん動員されたばかりの人たちだから、教育に3年はもらいたいなあ。
ソ連はドイツと戦ってる間、日本へは攻めてこないはずだし、3年後にまだ生きてたら、日本も攻めていって、外蒙からシベリアくらいまで、分捕れるかもね」

南方展開するとしたら、海軍が中心になると思うんだけど。
東郷さんて、海軍とも連携して防疫を担当するのかしら?

「なんとも言えない。うちは関東軍か中央を通してしか命令も試料も来ないけど、その報告が海軍へ渡るとしたら、中央を経由してになると思うから、結局、ここではわからない」

まあ、そういうものか。
良くも悪くも17号は、陸軍管轄の研究施設。
機密のカタマリだからこそ、独立性も閉鎖性も高い。
海軍の情報も、ここで入手できればと期待したけど、難しそうね。

帰る前に、少年たちと遊んでいきます。
一期生の羽柴荘二くん。二期生の桂正一くん。三期生の相川泰二くん。
夏らしく怪談話で盛り上がってました。
かれらの宿舎は、中央棟から近いので、夜になると、狼男が月に向かって吠えてるかのような、哀しい叫び声が聞こえてくることがあるそうです。

「あれは、たぶん支那語だよ。満洲の狼男だからね」

ああ、そうだね。
意味はわからない方が、いいかもしれないね。

「コダマさん、ぼく、狼男じゃないけど、宝石泥棒を捕まえたことあるんだよ」

え?羽柴くんが?どういうこと?くわしくききたい。

聞きました。
陸軍軍医学校にスカウトされて、牛込で研修受けていたある日。
闇夜に乗じて、強盗に及んだ犯人が近くまで逃げてきて、警官隊が探し回っていたそうです。
すぐ先の戸山ガ原に、新しく作られた陸軍の射撃場があり、少年たちは音を鳴らしながら、犯人をその建物へ追い詰めていき、見事、御用となった次第。
無茶するなあ。
そんな危険なこと、もうしちゃだめだよ。

「でも研修で、平井先生から、包囲殲滅戦の授業受けたばかりだったから、実践してみたくて。みんなでね」

ああ。サノの探偵小説同好会の重鎮で、軍医局の請負で全国にスカウト網ひろげて、集めてきた少年たちを日特へ送りこんで、ボロ儲けしてるっていう、平井さんか。
講師もやってたのか。まったく、ヨロズ屋の鑑だな。

でも、もう、しちゃだめだよ。
17号基地で、見てはいけないものを見ちゃったら、二度と、帰れなくなるからね?



[43732] File_1941-07-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/19 00:05
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アメリカの報道記者さんが理解に苦しんでいるようなので、私が解説します。
7月16日。近衛内閣が総辞職しました。
政治的空白期間を一日おいて、7月18日。
ふたたび、近衛内閣が誕生しました。
いったい、何のこっちゃですよね。

いままでの極悪非道三昧を反省して、心を入れ替えました。新しく生まれ変わった私を、どうぞよろしくね♪
まさかそんなつもりじゃないよね?
いいえ、そんなつもりです。
日本人は真顔で言うんですよ。
それですむと思ってんですよ。
理解できない方が健全です。

近衛は、過去にも廣田外相に責任をなすりつけて、内閣を改造した前科がありますが、今回も同じです。
松岡外相が、勝手にいろいろ暴走したという。
自分は悪くないから、また首相をやるという。
後任の外相は豊田さんという方ですが、よく知りません。
松岡ほどの手腕は求められてないと思いますけど、近衛が求める外交路線に変化はありません。

松岡はたしかにアクの強すぎる個性とパワーを特徴としていましたが、やらせ放題にさせていた近衛の責任が問われないというのが不思議でならない。
日本の内閣は、仲良くしていることが、存続する唯一の条件です。
外相が暴走したというなら、その責任は当然、首相にもある。
実際、暴走でもなんでもない。松岡は、近衛の掲げる東亜新秩序構想に沿った外交しかしてませんよ。脅迫と恫喝をもって強引にやってたというだけで。

ドイツが一年前、パリを占領し、フランスを傀儡国家として支配したとき、便乗好きの日本は、仏印=フランス領インドシナへ進駐しました。
そのときの占領範囲は北半分だけだったのですが、今月に入って、残りの南東部へも侵略の手を広げた。
ヴィシー市のフランス政府へ通告を送りつけ、サイゴンへ海軍を上陸させたそうです。
ただちに、米英蘭ソおよび、独伊からさえ、猛烈な抗議。
これはまずいと、二日後、松岡をスケープゴートにしての、内閣再編。

仏印完全占領の狙いは、一番は資源を根こそぎ奪うことでしょうが。
タイ王国を挟んでさらに西へは英領ビルマ、そしてインドが控えてます。
ゆくゆくは半島全土を支配して国民政府への輸送ルートも絶ちたい。そんな野心を、ストレートに吐露したんでしょう。何も考えず。

批判されている点を理解できてない証拠に、新内閣になっても、仏印占領作戦は継続してるままなんです。
視野狭窄も甚だしいし、見え透いた茶番で誤魔化しきれると思ってる浅薄ぶりにも呆れますが。
なぜ国民も、こんな道化を放っておく?
任命した天皇と側近たち。あんたらも同類だよ。
国内の新聞に書くなと言えばそれで万事解決か。
いったいどこまで愚かなんだい。



[43732] File_1941-07-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/20 00:16
File_1941-07-003D_hmos.

アメリカが、在米日系資産の凍結を決定。
今までにない、強硬な圧力。
合衆国における、日本企業の経済活動を封じこめました。

イギリスとオランダも、ただちに同様の措置をとる姿勢を表明。
同時に、これもアメリカに倣って、対日通商条約の破棄も検討中と。
一気に包囲網が狭まりました。

近衛の、ただ小狡いだけの浅知恵ぶりが、みなさんのハートに火をつけちゃったんですね。

かなり前から、とくに英首相チャーチルが、ルーズヴェルトの対日制裁は甘すぎると公言してたのですが、私も同感でした。
でも、責めないでいただきたい。大統領は、慎重派なんです。
日本は抵抗をあきらめて矛を納めるだろう。
その程度の分別は持っているだろうと、期待をかけて下さってたんです。
残念ながら、持ってませんでした。
それでも、力でわからせようなんて、まだ考えてません。ちょっとキツめに締め上げるだけです。
さて、分別は、生まれるかな?
生まれてほしいものだと思いますよ、私だって。

外相が交代して、一週間経ちます。特に面白い動きはありません。
近衛が日米首脳会談を希望していると盛んにアピールしてるようですが、何か芸でも見せたいのでしょうか。
大統領はお忙しいのです。身の程をわきまえなさい。
芸なら周りのご機嫌取りが、いくらでも拍手してくれるでしょうに。

ゴシップレベルですけど、駐米大使が英語しゃべれないってのは本当なのかどうなのか。
日本ならありえるけどなあ。そんな話題しかないんですよ。
やさぐれる一方です。

国家による、資産凍結。
実はこれ、私も真剣に考えておかなくちゃいけない問題なんですよね。
ジューくんやルースキエくんたちとも相談してますよ。めいめいで、試行錯誤もしています。
みんな切実なんですから。近衛くんも、少しは学びなさい。

明るいニュースも、なくはないです。上海の岡藤さんが、さいきん、中国人になりました。
今後は、江道恩先生とお呼びします。
あの人はほんと、やる気になったらとことんやる。できる。驚きました。
中国語、いま、かなり話せるようです。
岡藤洋行は債権ごと知人に譲り、自宅も引越し。
なんでも、中国人ギャング団同士の抗争に首を突っ込んで、片方の親玉の命を救ったんだそうです。

「俺は日本人だけど、お尋ね者で、二度と戻らない」
って身振り手振りで語り合ってるうちにすっかり信頼され、たちまち幹部になり、もう日本名も捨てちゃったよと。
中国語で、お手紙もらいました。

その系列で亜東銀行の支配人になったので、預金しないか、融資いらないかという営業攻勢を受けてるところです。
乗りましょう。
私も、今後の資産保全について本気で考えなくちゃってところだったので、一部回します。
日系の銀行には一銭も預けたくないのでね。
本命はスイス銀行だけど、満洲からはアクセスしようがないし。
国際金融市場のモノサシは今もポンドからドルへと移行中ですが、日本籍で登記している以上、ドルも危険です。
それを今度の一件で、思い知りました。

是清さんが何十年もかけて築いてきた、国際社会への信用が、いま、完全に消え失せてます。
まことに、やるかたなし。



[43732] File_1941-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/21 00:02
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近衛が外相すげかえて、しれっと生まれ変わったフリしてまた首相に舞い戻ってきたのが、7月18日。
一週間後、アメリカが仏印進駐への対日制裁として米国内の日系資産凍結を発表。
三日後に日本海軍、サイゴンの占領を終え、居座りました。
翌日には英米が、日本へ経済断交を通告。
そして。
8月1日。米国、石油の対日輸出を完全に停止。
待ったなしです。即時決定。

ここまでされて、まだわからないのかな、日本。

将棋用語では、必至というのですが、王手王手の連続でどんどん追い詰められているのに、いつまでも粘って逃げ続ける。
いちおう、将棋では、アリなんです。
最後まで、あきらめない。
王手かける側が、何かミスをすれば。その一手で相手に逆王手をかけることができる状況ならば。
逃げることは戦術です。恥じゃない。

しかし、現実の政治で、王手返しどころか成駒も無しで、ひたすら悪足掻きを続けるだけの姿は、ただ愚かしく見すぼらしくみじめったらしい、ゲスの所業です。

米国務省は、日本の石油備蓄量を約1200万トンと見積もり、慎ましく暮らせば一年半はもつだろうと、具体的数字を挙げて説明しています。
これに比べ、米国ヒドイヒドイと感情論だけでわめき続ける日本語新聞なんて、視界に入るだけでも不快なものです。
くどいようですが、今はまだ日本はどことも戦争中じゃない建前ですよ。
モラトリアムなのに。周りの大人達がまだ言葉で指摘してくれてる段階なのに。
計算ひとつまともにできない。
どれだけ日頃からオツムのレベルが低いんだって話です。

謝り方も、学び方も知らないなんて。正真正銘のバカなのね。
この後、石油を求め更に南方へと侵略の手を拡げてゆくのね。
目的地を滅茶苦茶に破壊してから乗りこんで「獲ルモノ何モ得ズ」とほざき続ける陸軍より、まだ海軍には多少の知恵はありそうですが、所詮五十歩百歩だと証明されるのに一年もかかりません。
ここまでの経緯を見続けてきましたから。弁護する余地も無い。
自転車操業まっしぐら。私の知る皇国史が繰り返されるのなら。
あきらめなさい。君たちには国家の運営なんて、過ぎた道楽よ。

一方、独ソ戦は、意外と流れが速いです。ドイツ軍、猛撃中。
ツァイトゥンクもプラウダも、ロイターも、欧州の戦局をつぶさには報道してくれません。プロパガンダするにしても、きわめて神経を遣っています。
活字とラジオだけで読み解くのは、私には無理ですね。
ジューさんやルースキエさんたちの知恵を借りても、混濁する情報に筋道を立てられない。もどかしいです。

ちなみに17号の小林は、モスクワが陥落する可能性をゼロだと言い切ってます。
理由。ロシアの鉄道は、広軌だから。
モスクワに近づけば近づくほど、ソ連軍の輸送能力は、桁違いに重厚化します。
ドイツの軍用列車はポーランドから先へ進めない。トラックや装甲車に積み替えする手間がかかる。列車の輸送力には敵わない。
これだけで勝敗は決すると。
さすが鉄オタ。よどみない。

ヨーロッパ事情はわかりませんが、アメリカでは日本に関する研究書が売れているようです。新聞広告も増量中。
実に正しい。
片や日本では、ローマ字全般からカタカナまで街頭から根絶。
アメリカっぽければ何でも排除。使うと刑事罰みたいですよ。
なるほど、これが、民度の差か。

いったい何を考えて生きているんだろうこいつら。
こんな愚痴がいつまでも止められない。
もう寝よう。



[43732] File_1941-08-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/22 00:01
File_1941-08-002D_hmos.

平和であるうちに。シミュレーションをしてみましょう。

日本は、人口7000万の国民を原資とする一帝国です。
カルト指導者層に率いられ、テロリズムを美徳だと賞讃しています。
事実ですが、認めたくない人は架空の設定だと思ってもらって結構ですよ。

かれらは、西の大陸にある国家Cと係争中。
その戦闘継続に必要な物資の大部分を、東の大陸にある、A国からの輸入に依存していました。
年間需要、生産力、何が造れて何は造れない。そんな情報はすべてA国の取引台帳を見ればわかります。
加えて情報の暗号化技術も大幅に遅れており、日本の有線無線通信はすべてA国へ筒抜けの状態。

C国と同盟を結んだA国は、日本へ警告。一向に聞く耳を持たないので、経済制裁を実行しました。
日本はA国を怨みます。理不尽で傲慢な、悪の権化だと罵ります。
国を挙げてエコーチェンバー。自分たちこそ一方的に被害者であると声高らかに叫びます。

ゲームをここから始めるとして。
武力行使のみを有効な手段とし、戦略を考えてみましょう。
本来、戦略といったら政治的外交的工作も連携するものなんですが、日本にはその能力がありません。
A国は戦略的思考能力およびそれを実行する手段を持っています。
A国側から差し出された講和条約に調印することは、可能です。

それでは。レディ・プレイヤー・ワン。

奇襲は日本のお家芸。
これは世界中に知れ渡ってます。
警戒されてるってだけで奇襲の効果は半減しますが、それ以外のドクトリンを持たないから、これに頼ります。

どこを襲いましょう?

ハワイ諸島、オアフ島。
ここにはA国海軍太平洋艦隊の一大基地があります。
東京からは直線距離で片道6000km。
A国本土の西海岸までは、さらに4000km。
オアフ島を無傷で手に入れ、鉄壁の防衛線を敷くことができれば、形勢はかなり有利になるでしょう。

占領を維持するための食糧・燃料・弾薬は、ハワイ諸島ではまかなえないため、後方からの兵站線も死守しなくてはなりませんが、そのためにはインドシナ・フィリピン・ニューギニア・オーストラリアなどの連合国軍を無力化しておく準備も求められます。

広すぎる海域。日本海軍全艦艇を展開してもカバーしきれないし、本国も無防備にはできません。

戦争の長期化は論外としても、最大何ヶ月耐えればいいのか?
これは作戦立案上、大きな課題です。
A国に、一日も早く講和条件を出さなくてはと焦らせる脅迫が、できなくてはならない。
そんな切り札、持ってるか?
A国の首都は東海岸。大陸横断するなら更に4000kmの進軍が必要です。
万に一つの奇蹟が1000万回発生しても、無理なんじゃないでしょうか。

なぜ、できると考えた?

そもそも、アメリカに、決断を迫られるようなアキレス腱てあるのかしら。
日本には、天皇という機関中枢がありますから、その御神体さえ突けばいいんですが。それに相当する国体の象徴って、なんだ?
大統領を人質にとったとしても、おそらく米国の各州政府は屈伏なんかしない。
合衆国という政治形態の強固さを、考えさせられますね。

こんな議論を戦わせることも、今や内地では不可能なんだろうなあ。
アメリカという国について、どこから説明しなくちゃいけないんだろう。
日本国民の深刻な白痴化は、そんなレベルの基礎知識すら失わせているはずです。
健全な肉体と精神を育むための、最低限度の栄養にも事欠いているみたいだものなあ。

貧困は犯罪者を生むといいますが、日本人のオツムの貧困化は誰のせいか。
少なくとも今世、ここ30年ほど見てきた限りでは、当人たち自身でしょう。
今もせっせと、自分たちで作った檻の中で、憎悪を育むことに一心不乱みたいですが。
認めたくない人は架空の設定だと思ってもらって結構ですよ。

さて。私はゆっくり美味しくご飯を食べて、よく眠ることにします。おやすみ。



[43732] File_1941-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/23 00:07
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9月中旬頃より、重慶攻略最終決戦が予定されています。
日本が準備する兵力は10万人以上だとか。
今の質なら30万人は必要じゃないのかな。

満洲からも続々と移動が始まっています。
大作戦だから隠しようもないんですが、そもそも南京政府筋から、情報がダダ漏れ。

整理しておきましょう。
蒋介石が実権を握る中華民国国民政府は、4年前に、南京から重慶へ遷都しました。
かつての敵・共産軍まで取り込んで、日本との徹底抗戦を宣言し、持久戦で耐え抜いてます。

昨年春、日本は南京に、愛日主義者・汪精衛を元首とする傀儡政権を樹立させました。
こちらを唯一正統なる中華民国国民政府であるとして、せっせと友好条約など発表したりしてますが。
そもそも汪政権など、マトモな諸外国は相手にもしない。
国家としての最低基準すら満たしてないオママゴトで、そのひどさは満州国より何倍も杜撰な劣化コピー。

西洋列強はいまや総力挙げて、蒋介石を支援する連合勢力を形成するに至ってます。ソ連さえも。
独ソ戦が始まってからは、資本主義か共産主義かというイデオロギーも棚上げになりました。
一丸となって枢軸と戦おう。
こうして、むしろ敵か味方かが非常にわかりやすい国際情勢が生まれています。

日本という国を知れば知るほど、対米戦を開始するのは時間の問題。
どう料理しちゃおうかな、と笑えるほど楽な仕事ではありませんが、世界中が、日本参戦とその後のシナリオを検討し始めています。自分たちの切実なる思い以外の要素を考えようともしていないのは日本だけです。

いえ、日本国内にもいました。
シュトラウスが、ドイツ語で考察しています。
「英米蘭印の経済封鎖に抵抗する日本」と題して。

経済封鎖の完成にはソ連も積極的に加わるべきである、という観点がユニークですね。
日ソ中立条約がまだ有効とはいえ、今のソ連に、日本へ戦略物資を融通する余裕なんてあるわけないんですが。
重慶を片付けさえすれば、日本は対米戦へ集中できる。
だから、日本はまず、国府との対戦を終わらせるべき。
封鎖を完成されるのと、どちらが早いか。
そんな展開予想を、淡々と述べています。

内容からして、この原稿、日本の検閲は受けていない。
でも、ドイツの検閲を受けているなら、ソ連は敵で日本は同盟国なのだから、この論述が活字になっているのは、奇妙なんですよね。
シュトラウス、ソ連びいきです。私は確信する。
かといって、共産主義者ではない。ナチス信者では、もっとない。
孤高の、無頼漢じゃないのかな。
群れることが嫌いな人だと思う。

今も東京に住んでいるのは間違いないんですが、さぞや、息苦しい生活を強いられているだろうと察します。
情報交換、したいんですよ。
お互いに、得るものは大きいはずです。
コンタクトを考えています。

シュトラウス=R.S=リヒャルト・ゾルゲ氏だとすると、
ドイツ大使館旧館の文化課に自室を持っていて、
青いダットサンを乗り回している。
自宅は麻布区永坂町。
運転は荒っぽいらしく、3年前アメリカ大使館の外壁に激突し、骨折して入院。
いまも片足を引きずっているそうです。

以上、平井さんの探偵事務所に調べてもらいました。あの、何でも屋の平井先生です。
来月、日本へ行く予定してます。そのときに、つかまえましょう。



[43732] File_1941-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/24 00:22
File_1941-09-002D_hmos.

夏が終わりかけてます。今年の冬は、早めにやって来るかも。
雪が降り始める前に、モスクワを陥とせるかどうか。
ドイツ軍、正念場です。

ウクライナは、占領されました。キエフも壊滅したとか。
ソ連の被害は甚大で、すでに死者は100万人を越えているという予測も。
かつての日本軍は、日本兵1千人と戦うには中国兵1万人が必要だと胸算用しました。今のドイツも、ソ連に対しては同じような計算式を組み立てているでしょう。
数字の罠ですね。
そんな公式つかってると、資本金の限界を見誤ります。
ライバルに売上差で20倍負けてても、まだまだ逆転できると思っちゃう。
アメリカだって対ベトナム戦以降は同じ轍を踏み続けることになるので、なかなか根深い問題だなあ、と思うんですけど。

ギャンブルは、負けきるまで終わらないものです。
止められないんです。気づけないんです。
勝ちたいなら、儲けたいなら、ビジネスをやらなくちゃいけない。その区別をつけましょう。
戦争とは、ビジネスであらねばならない。
ビジネスをわからない人間が戦争に手を出してはならない。
出してもいいけど、カモられます。我々が、いくらでも、カモります。
最近、そんな風に割り切ることを覚えました。コダマです。

重慶への遠足は、すでにギャンブルですらない。
あいかわらず、日本兵は徒歩です。燃料ケチって、航空も戦車も、姿だけ見せたらすぐ引っこませてるようです。
重慶も、モスクワも、仮に占領したところで敵政府はすぐ奥地へ逃げるのがわかりきってる。
日本も、ドイツも、そこまで考えて戦略を立案しているのだろうか。

首都へ到達できるかどうかを危ぶんでる時点でアウトです。
退路を断ってから、包囲して王手をかけないと。
それだけの余裕もないなら、そもそも始めちゃダメです。
将棋でもチェスでもいいけど、もっとゲームを真剣にやりましょう。学べることは、たくさんあります。
わざわざ無一文にならなくたって、リアルで身ぐるみ剥がれる前に、覚えられるのに。
高い授業料ですね。
カモりますけど。容赦なく。

上海の江先生は最近、圍棋を始めたそうです。日本だと囲碁ですね。
毎晩、マフィアの人たちに揉まれながら、中国語と一緒に覚えてるみたいですよ。
楽しそうで、なによりです。
その江先生からの又聞きですが、内地の憲兵隊が最近、とみに尖鋭化しているとの噂。

本来、陸軍人を対象に素行調査し、内偵し、検挙する。
それが憲兵の役割ですが。
兵務局という、陸軍管轄の軍隊内監視機関が、2・26後に、つくられました。
現在はこちらが軍隊内の綱紀粛正を担当。
憲兵のお仕事を完全に奪っちゃった格好です。

あぶれた憲兵が何をしているかというと。
一般市民を監視してます。
主に、思想犯やスパイを洗い出している。
警察とは連携せず、軍人目線で、軍機に抵触する民間人を、しょっぴく。
内地も剣呑になってきたもんだ。おちおちスパイ小説も読めやしません。

同種の警察組織が今や十以上ひしめいてる満洲にくらべたら、まだまだユルい段階ですけど。
それでも昨年、陸軍大臣となった東條さんの肝煎りで、予算も実績も、うなぎ登りなんだそうです。
江先生からは、くれぐれも、用心するよう言われました。
気をつけます。
用事がすんだら、すぐ帰ります。



[43732] File_1941-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/25 00:03
File_1941-10-001D_hmos.

日本へ着いたら、近衛内閣が総辞職したところでした。
発表によると、中国からの撤兵に東條陸相が頑強に反対し、閣内で意見統一できなかったため。
今度も、閣僚の暴走ってことにしたいみたいですね。
七・七事変から一貫して中国戦線にこだわり、それに従う者しか集めなかったのは他ならぬ近衛でしょうに。
そんなことはさておき。

日特本社で用事をすませ、サノと一緒に麻布区龍土町の明智探偵事務所を訪問します。
オーナーの平井氏とは初対面です。お噂はかねがね。
かねてより内偵を依頼していた、リヒャルト・ゾルゲ氏と会見したい。
できれば、今日中に。
可能でしょうか?

「急ですねえ。お待ちください。……ゾルゲ氏は、今朝、オートバイで横浜駅へ向かったところまで、確認がとれています。夜に自宅へ帰ってきたところを、ではいかがですか?」

長坂町のゾルゲ氏宅は、憲兵に見張られていたりはしませんか?
見ず知らずの私が訪問するのは、非常に怪しまれると思います。
できれば、帰宅前に、外で接触したいのですが。

「なるほど。では、横浜からの帰り道で捕まえましょう。青いダットサンに乗ったドイツ人は、目立ちますからね。さて、どの道を通ってくるか……」

横浜方面から戻ってくるとなると、鶴見川と多摩川を越えますから、主要な橋に歩哨を置きましょう。
サノ、無線機は何台準備できる?
平井さん、今すぐ人手を集めてもらえますか。

「面白い。戸山にいる少年たちに野外実習だと号令をかけましょう。網を張らせて、見つけ次第連絡させます」

話が早くてたすかります。サノ、社用車も使わせてくれ。
鶴見川上の観測点は、新・旧京浜国道と、鶴見川橋、森永橋。この4ヶ所でいいと思います。
多摩川を越えられると道が複雑になる。私は六郷付近で待機します。

平井氏の文芸仲間たちも協力してくれ、たちまち横浜に私設捜索網が展開されました。

夕暮れがせまってきた頃、動きあり。
横浜駅前を、青いダットサンが、走り抜けたそうです。
子安、生麦、そして第一京浜国道を通過。よし、まっすぐ東京へ向かってきてるな。
私も、借りたバイクで六郷橋へ向かいます。

きた。
シュトラウスだ。
さあ、つかまえるよ。

橋を渡ったところで、傷だらけのダットサンと併走。
ゾルゲ氏、いぶかしそうにこちらを見ます。
妙な取り合わせですよね。でも私はどう見ても、憲兵ではないでしょう?
おちついて、止まってくれと、合図をします。

バイクを道路の脇に寄せ、ロシア語訛りを交えたドイツ語で、自己紹介。
イッヒ・ヴェーアディッヒ・ツム・エァステン・タフン・マァル。
はじめまして、ゾルゲ先生。
私の名は、エヴゲーニイ・オネーギン。
あなたのお手伝いをしたくて、ハルビンから来ました。
二人きりで話せる時間をください。10分でいい。

……どうかな?
ゾルゲ氏は、表情を変えません。七秒ほど、時が止まりました。

「目的を、きかせてもらえるかな。私は監視されている。あなたにも、害が及ぶ」
混じりけのない、ドイツ語でした。私は答えます。
私は、未来を知る。戦争が起きる。あなたの知恵が欲しい。私も提供できる。力を合わせよう。

どうかな。
さらに十秒ほど、静止した夕闇の中で、ゾルゲ氏と私は、立ち尽くす。
「数寄屋橋のローマイヤは、わかるか」
わかります。ドイツ料理店。あなたはそこへよく通っている。
「30分後に会おう。同じ道は走るな」
オーケイ。

ゾルゲ氏は、商売もできそうな人です。話が早い。ヴンダーバー!

チーム平井に解散命令とお礼を告げ、通信機を渡して、私はローマイヤへ向かいます。
尾行は、されてなさそうですけどね。
目立つバイクは、むしろ隠れ蓑です。これもチームへ返して、私は円タクを拾います。

いざ、数寄屋。



[43732] File_1941-10-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/26 00:02
File_1941-10-002D_hmos.

ドイツ料理の店、ローマイヤ。奥の小部屋へ、通されました。
ゾルゲ氏は、さきほどよりもずっと厳しい眼差しで、私を観察しています。

「オネーギンと呼べばいいかな?その意味は察しよう。ハルビンということは、反コミュニズムかね?」

ロビンと呼んでください。
ただの商売人です。自由と責任を愛し、束縛と無能を嫌います。
ゲオポリティクを愛読してました。ファンレターを送ったこともあります。
お会いしたかった。あなたが今、苦しい立場でいることを理解しています。

「ソヴィエトと、ドイツの行く末を、どう予測する?」

ドイツは勝てません。
十日前に初雪が降りました。進攻は停滞します。包囲殲滅されます。
ソ連の国土と兵力を甘く見積もりすぎたヒトラーの限界です。

「それでもドイツは簡単に白旗を揚げまい。あと何年かかるだろう?」

まもなく、日本がアメリカを攻撃。アメリカは参戦し、東洋にも欧州にも軍隊を送りこみます。
形勢は完全に逆転しますが、それでも1945年頃まではかかるだろうと思っています。
すべての枢軸国が武装解除されるには。

ゾルゲ氏は動揺を隠せないようです。
ごめんね、フェアじゃなくて。

それにしても、ハンサム。
ずっと憧れていた、世界屈指のアナリストが、私を解析しようと灰色の脳細胞をフル回転させてます。
こんな緊張感、将棋でも味わったことない。

「……組織とのつながりはあるのかね?君は、その……コミンテルンか、第四本部か、どちらかと関係しているか?」

ゾルゲ氏、ミスを犯しました。
専門的な固有名詞を自分から口にしてはダメです。そこは私から言わせるよう仕向けるべきでした。
この勝負、もらった。

コミンテルンとは、ソヴィエト連邦の国外戦略部門ですよね。
第四本部とは、モスクワの国防組織ですか?
私は共産党員ではないので、違いをよく知りません。

ゾルゲ氏、また黙考。約15秒。
「私は、第四本部所属だ。コミンテルンとは、1928年に別れた……」
言っちゃったよ。ソ連のスパイだって。
いいのかな。狼狽が激しすぎます。
思考回路がショートしちゃったか。
プレッシャーかけすぎたかな。
泣かれたらどうしよう。

うつろな表情で、ブツブツと、つぶやき始めました。
「……1928年……上海……1931年……満洲……1932年……あっ!?」
ん?
「ロビン君、きみは、1932年の1月、上海事変の二週間ほど前、崑山路のサロンで内山書店の常連たちと、騒いでなかったかね」
……え、ええええええええええ!???

ちょっとまてちょっとまて。
あたまはクラクラおめめはグルグル。私が不意打ちをくらいました。
思い出せ。思い出す。
10ねんくらいまえか?
上海事変?
満洲事変の直後……あっ!
ああああああああああっ。

ええ?あの、私の生涯最悪の、酒の席でのアヤマチを、なぜゾルゲ氏が知ってる???
石化した私に、ゾルゲ氏も呼吸を整えながら、説明してくれます。

「思い出したよ。あの頃、私たちの諜報団は上海を拠点に情報網を張り巡らせていた。ふしぎな少年がいると噂になって、君が帰るまで追跡していた。アメリカ出身の同志が、フェリックス・ザ・キャットという名前を君につけた。そんなマンガが流行ってたんだ。そうだ、君は……あのときの、フェリックスだ!」

ががががががががががあああん。
だれかたすけて。
……そそそそそそれは、おそらく私です。
は、はずかしすぎる。
国際諜報団からマークされるくらいヤバいこと喋っちゃってたのか?
おそろしい。それから10年もよく生きていられたな。
なんで????

「10分過ぎたが、もっと喋りたいね。私はビールを頼むが、君はどうする?」

ファスブラウゼをいただけますか。
アルコールが入ってなければ何でもいいです……。

ふう。
あのう。ゾルゲ先生。私って、目立ちます?
自分では完璧な変装して、バレないようバレないよう、うろつき回って聴き耳を立ててるつもりなんですけど。
以前にも、別な国際探偵団に見つかって、今日と同じような返り討ちに遭ったことあるんです。
何がまずいんでしょう?

「ああ……だって、そんな見た目小学生くらいの子が各国語の新聞雑誌を読みふけってたり、常に尾行を気にしながら小路をクネクネ選んで歩いてたり、自分たちの背後で息を殺してたりしたら、気にならないわけがないよ。
でも、スパイなら誰しも通る道だ。
それに今日の私の捕まえ方と挨拶の仕方は、玄人裸足だった。自信を持っていい。
ところでいったい何歳なんだ君は」

なんかそれこの先も永遠に言われそうな質問なんだよなあ。
ナイショにさせてください。
せめてそのくらいの秘密は持たせて。乙女心がすりきれそう。

とりあえず、距離が縮まったところで、教えてもらっていいですか。
コミンテルンと、第四本部って、何が違うんですか?

「コミンテルンは、赴任先で、政治指導をする。現地で軍隊を組織し、戦術戦略をソヴィエト流に教育する。モスクワへの兵器や物資の要請も担当する。ノルマがある。要は、仕事がきつい」

はい。第四本部は?

「モスクワ政府と赤軍に従属する。諜報が主任務だから、現地の政府や軍隊と交渉する必要がない。調査と分析と執筆に専念できる。だから私は、第四本部に身を移した」

ゾルゲさんは、研究がしたかったんだ。
なんでまた日本へ?と思ったんですけど、それも興味本位ですか。

「東洋人を理解することは難しい。誰もやりたがらない。じゃあ、やってみようかと思った。特に日本は興味深かった。最初はそうだったね。今はもう、イヤになった。帰りたい、モスクワへ」

開戦前に脱出したほうがいいですよ。日本はもう、破滅へ向けて一直線です。

「分かってはいるが、代わりがいないからモスクワからの許可は絶対に出ない。それに、金もない」

金なら私がいくらでも用立てられます。ハルビンへ来ません?
私が、匿います。モスクワからはお尋ね者になっちゃうでしょうから、終戦までには、どこかへ亡命しましょう。
スイスなんて、どうですか。
これからの世界を、もっとずっと良くするために、私はゾルゲさんと一緒に考えたい。
いろんなこと、教わりたいんです。

ゾルゲさん、
大粒の涙を、
流し始めました。

たぶん、こんな対話ができる相手、今まで、いなかったんだろうな。
いないでしょうね。私にもいない。
私だって、今夜、ここまで語ったの、初めてです。
持てる知力を、全身から出し切りました。
やっと、本物の同志を、つかまえた。
そんな……

押したおされました。
くちびるを、うばわれました。
激しい、激しすぎる、キスでした。
骨が砕けるかと思うほどの力で、抱きすくめられました。
ええチビですよ。のしかかられて、抵抗なんてできるわけ、、
できません。
されるがまま。
彼の気がすむまで、
泣かせてあげました。

数日中に、ご自宅の資料を整理、処分し、諜報団を解散させ、満洲へ来てもらえるよう、手筈を決めて。
危険なようであれば、平井氏の自宅の地下へ、しばらく隠れててもらいましょう。
平井さんには、あとで話をつけておきます。
それでは、私は明日、先にハルビンへ戻ります。
待ってます、シュトラウス。
私の、シュトラウス。



[43732] File_1941-10-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/27 00:02
File_1941-10-003D_hmos.

10月18日早朝。
私がシュトラウスと別れた、数時間後。
麻布区永坂町の自宅で、リヒャルト・ゾルゲ氏、特高警察に逮捕される。

特高警察?
逮捕?
警察が憲兵を出し抜いた?

ゾルゲ諜報団のメンバー数名も同時刻に各自宅にて一斉逮捕されたらしい。
号外は出てません。警察は、周辺住宅へ箝口令を敷いて回ってるそうです。
内閣チェンジのタイミングを狙って決行された、という説を唱える者あり。
ゾルゲ氏は大物。新内閣に替わった途端にゴーサインが出るかも知れない。警察の威信をかけて憲兵より先にやれ、という縄張り争いか。
しゃらくさい。

遅かった。またしても。
どうしていつも、一歩、間に合わないんだ。
すぐに明智探偵事務所へ行き、状況確認と、対策を検討。
シュトラウスが拷問を受ける可能性があるなら今すぐ手持ちの武器で拘置所を襲撃し救出するつもりでしたが、それは問題を大きくさせすぎるからやめてくれと平井氏から説得されました。

可能な限り調べてもらったところでは、この摘発は、「逮捕」なんです。
つまり、裁判所が逮捕状を出している。
容疑は、国防保安法・軍機保護法・軍用資源秘密保護法・治安維持法などへの違反。
憲兵だったら、「検挙」です。これは疑わしきだけですぐ拘束できる。
逮捕であるということは、それだけの調査と準備が時間をかけて行われていたことを意味します。

接触の仕方によっては私も危なかったし、昨日協力してくれた皆さんにも、今からでも累が及ぶ可能性はある。
なので、不用意に動かないでくれとのお達しでした。
襲撃が成功しても、失敗しても、やらかす以上は、平井氏たちは今後もこれまでも、私との一切の関係を否定するし拒絶するぞと。
もっともです。
平井さんにすべてをお願いすることにして、私はいったん満洲へ戻ります。
なんてこった!
なんてこった!!
なんてこった!!!

戻る途中で、新内閣発足の号外に接しました。
東條英機、ついに首相へ。

前内閣を辞職させたのは、陸相の東條が、支那からの撤兵を頑として拒んだからだ、というのが近衛フミマロの言い分です。
今までさんざん陸軍を手懐けていた近衛。この一手で突如として平和主義者へと転向。
ますますもってなり手のない、しかし一刻も遊んでる暇などないはずの、日本という国の事態収拾担当責任者として、天皇に指名されたのです、東條氏。

ここまで国を傾かせた近衛のぶんまで責任を背負わされるのも不憫ですが、連合国との交渉において、彼が現役の陸軍大将であることは、手札を更に減らします。
いいんですか?
なぜこんな人事しかできない国なんだと、いまさらながら、おそろしいです。
日米開戦、してないのに。今ならまだ、引き返せるのに。

シュトラウスとサノを、内地から脱出させたあとなら、開戦したいなら勝手にしやがれって、思ってたのに。
不覚でした。ここでつまづくとは。
タイムリミットは、あと、ひと月半。
だめだ。今は考えがまとまりません。
くやしくて、くやしくて、たまらない。
私の敵は私です。一番ゆるせないのは自分です。



[43732] File_1941-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/02/28 00:01
File_1941-11-001D_hmos.

ゾルゲ氏の逮捕は、関係者の間で、どえらい騒ぎになっている模様です。

まず、ドイツ大使館が猛抗議。
PGsという、ナチス党員の中でも特にヒトラー総統への忠誠を認められた者しか、今はドイツ大使館へ入ることすらできないのに、その一員であるゾルゲ氏が、ソ連のスパイであるとは何事かと。
日本警察に対して即時解放と賠償を求めたそうです。

しかしすでにゾルゲ諜報団が十数名、芋蔓式に逮捕されており、その取り調べで自信を深めた特高警察および日本政府は、あなた方も騙されていたのですぞと駐日ドイツ大使へ説明。

それよりも、諜報団一味が近衛内閣の顧問や満鉄内部へも浸透していたことがわかって、更に逮捕者数十人。尋問と裏付け調査にも、相当の時間がかかる見通し。

事態が大きすぎる上、首魁のゾルゲ氏は日本語ペラペラとはいえ、彼のボキャブラリーに頼りきって尋問するのも間の抜けた話だし、今回はドイツ大使館に応援を求めるのも筋違い。
大学のドイツ語教授を通訳に就かせて、慎重に情報を聞き出しているそうです。
平井探偵はこの教授に接触し、拘置所内の情報を得ています。

ゾルゲ氏は風貌に威厳があり、堂々と礼儀正しい。
他の逮捕者の身も細かく案じるなど、特高がこれまで扱ってきた共産主義者とはまるで違っていて、一目置かれている。
拷問も行われていない。
ただ食糧事情と衛生面で満足な状態にないことがつらそうだ、とのこと。

ゾルゲ氏への差し入れは可能ですか?
ドイツ大使館の誰かを通して、私の系列会社から食糧や毛布、煙草や本などを送らせます。
どれだけピンハネされようが、かまいません。
ゾルゲ氏を生かしておく限り自分たちはこのオコボレにあずかれる。そう思わせられるだけで、彼の安全はより高まります。
状況だけ、逐一知らせてください。

その教授から聞き出せば、拘置所内の間取りや、ゾルゲ氏がどこの房に寝ているかもわかるはずですが、それを私に知らせるときっと実力で奪還に来るだろうと思われてか、平井氏は私に肝腎なことを教えません。
ちっ。君のような勘のいい探偵は嫌いだよ。

さらに計画を歪める要素も発生。
サノが、海軍に徴兵されました。
すでに日特へはいません。召集令状がきて、翌日には出頭せねばならなかったため、アパートもそのまま。
蔵書はすべて、平井氏預かりとなりました。
どこへ行かされるのやら見当もつきませんが、サノはもう、この世にいないものと考えます。
楽しかったよ、ありがとう。
来世で会おうぜ、ベイビー。

満洲各地で、関東軍からの転出も続々と。
いちいちお別れ会するし、歓楽街が客足減って悲鳴あげてるんで、わかりやすい。かれらの防諜なんて、ほんと、おままごとの一種です。
重慶戦へ補充されるか、それとも、南方か。
選べるなら南方希望する人、多いだろうな。

17号でも、熱帯地方特有の病原体や、水利事情の研究が急に盛んになりました。
ほんと、わかりやすい。
連合国もとっくに、日本がこれから始めることを承知しています。
イギリスは、最新鋭高速戦艦プリンス・オブ・ウェールズを東洋艦隊へ配置転換させ、シンガポールへ向かわせました。
マレー半島の先に浮かぶシンガポール島には、英軍の巨大な要塞が造られており、ここを拠点に、石油など資源の宝庫である蘭印の島々一帯を防衛します。

蘭印ボルネオ島と日本との間にはフィリピン諸島が横たわっており、ここにはアメリカが、最新鋭の空軍基地を建設中でした。
もう完成してるかな?
そして米太平洋艦隊最大の基地は、ハワイの真珠湾です。
今から、これらが戦場となります。

やらなくていいんだよ。歴史通り、しなくちゃいけないなんて誰も言ってないからね。
私はまだ、希望は捨ててないよ。



[43732] File_1941-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/01 00:02
File_1941-12-001D_hmos.

嵐の前の静けさです。
ほんと、おちつかない。
12月8日、でしたよね。真珠湾奇襲。

開戦を前提に、仲間うちでシミュレーションを語り合ってるのですが。
弊社の従業員で、開戦日を自信たっぷりに言い当てた人がいます。
ハワイを攻撃するなら、現地時間で12月7日の朝だろうと。
それはなぜ?

「日曜日だから」

日曜日はみんな、お休みするからですか?

「そうです。アメリカはプロテスタントの国。必ず休みます。戦争中でない限り」

ハワイと日本の時差は19時間30分。
私の記憶している、12月8日未明は日本時間。東京が04時00分のときハワイは7日の08時30分であるはず。

宣戦布告前に奇襲開始しちゃったなんて大失態も語り継がれてますが、いつものことです。
日本は夜中に奇襲から始める。バカの一つ覚えでそれしか知らない民族です。
おそらく彼女の推論通りになります。
予言が見事に当たったら、私は驚いてみせ、彼女にご褒美をあげよう。
何が欲しいか聞いて、それを叶えるよう、努力します。

上司や経営者が、勝手に昇進だのボーナスだの、良かれと思ったものを押しつけるべきではありません。
私をそんな日本人と一緒にしないでください。日本人経営者はこんなことすらわからないから、会社を伸ばせないんだと思ってます。
はい脱線しました。
3パラグラフ、戻ります。

それにしても12月7日、日曜の朝、アメリカ人は皆ゆっくり寝ているだろうから襲おう、と考えてこのタイミングを選ぶのだとすると、存外、日本人は、あなどれないかもしれないぞ。
でも21世紀でそんな話、聞いたことないですが。偶然かな。どうなんだろう。
まあいいや。どっちみち、ゲスなことには変わりない。

地下室で、壁一面の地図を見ながら、考えます。
今年に入ってから、太平洋の島々の多くは防衛が強化され、要塞や飛行場・軍港が、整備されたり新設されたりしています。
100%、日本のせいです。
日本が仏印へ進駐したからです。
あいつら、容赦なく南下してくるぞって。

当然の帰結ですが、民間人が入手できるような地図には、軍事施設は載りません。
詳細な地図そのものが、現在は流通しません。これも当然です。
なので、古くていいから精確な地図をできるだけ多種多様に集めまくり、自分で合成させてつくるんですね。
私が必要とする、目的に沿った、地図を。

東京レアメタルは、古紙回収部門を持っています。
古新聞、古雑誌、古文書。紙ならなんでも買い取ります。
専門チームが選り分けて、私が最終チェックします。
複雑な歴史を持つ、ここハルビンは、お宝の山に溢れてます。ことさらに。

21世紀のストラテジーゲームってね。
特に、日本人による、日本人向けの、日本軍の栄光を回顧あるいは宣撫するためのゲームでは、適当にプレイしても日本軍が勝つんです。
そういう主旨でつくられてるし、そうじゃなきゃ売れないんです。

しかし、これから始まるゲームは、リアルな地勢と、気まぐれな天候と、人間同士の知力・体力・時の運が試される、足掛け五年のガチバトル。
それを私は、持てる限りのチート能力を駆使して追いかけ、分析してみるつもりです。

ほんとは、シュトラウスと、これをやりたかった。
嵐よ。
さあ来い。待ちかねたぞ。



[43732] File_1941-12-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/02 00:02
File_1941-12-002D_hmos.

1941年12月7日、日曜日。
11:30。英領マレー・コタバル海岸へ日本軍上陸開始。現地は深夜。
13:00。タイ領パタニへ日本軍上陸開始。
13:18。米領ハワイ、オアフ島。パールハーバー基地へ日本軍機襲来。現地は朝8時すぎ。
13:34。ハワイの現地ラジオ局が、放送中にコメントを出す。
14:05。ワシントンDC駐在のノムラ日本大使、国務省前に現れる。
14:10。ハワイのラジオ局KGMBが通常放送中断。実況開始。
14:12。タイ領シンゴラへ日本軍上陸開始。
14:20。ハル国務長官、ノムラ日本大使よりタイプライター原稿を手渡される。
17:00。仏領インドシナから国境を越え、タイ領内へ日本軍が侵攻。
18:00。英領香港へ日本軍空爆を開始。
20:00。タイ領バンドンへ日本軍上陸。
21:40。タイ領パタニが日本軍に占領される。タイ軍は降伏。
22:00。香港へ英華国境を越え日本軍陸上部隊侵入開始。
23:35。フィリピン・ルソン島の米軍基地へ日本軍空襲開始。
12月8日、月曜日。
12:30。フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト米大統領、議会と国民へ向けて対日宣戦布告演説。

英語ソースが中心ゆえ、ワシントンDC時刻で統一しています。
パールハーバー奇襲により、2000人以上の死者と、1000人以上の負傷者が生まれ、停泊中の戦艦アリゾナを含む多数の艦艇が撃沈されました。

現地ラジオ第一報と共に、アメリカ本土へもニュースは伝わっており、30分後に到着したノムラ大使は車から降りるところを、待ち構えていた記者団に撮影されています。
ハル国務長官に手渡したという文書は14条項からなり、その一部はただちに公表されましたが、宣戦布告ではありません。

「このままでは話し合いで解決することは不可能です」
と締めくくられた、恫喝とすら言えない、怨み節の口述筆記みたいなものです。

アメリカは、日本の殺人行為に対し、断固たる意志をもって宣戦布告しました。
この瞬間をもって、太平洋戦争の、はじまりです。

一方日本の新聞はというと、真珠湾奇襲大成功!と勇ましい筆致で自画自賛に酔い痴れてます。
いつものことですが、メモるほどの内容が含まれません。せめて時刻くらい書け。

感想。
もっとちゃんとやれ。
日本軍はパールハーバー奇襲後、引き揚げていったそうです。
占領しないの?え、何しに来たの?
ただの冷やかしですか。それでも2000人を殺した。問答無用に。
テロですね。世界同時多発テロ。
しかも、エンペラーが承認した、国家事業。
どこまでも、すくいがたい。

パールハーバーと同日中にタイ・マレー・香港も襲撃されています。
タイは中立国のはずですが、味方につけと脅しているのでしょうか。
狙いはその先の英領ビルマ、そしてインドかな。タイ国内を通って行かせろと。
それにしても、タイ軍との戦闘もしてます。
たしかに仏印がタイとの国境で揉めてるところに、仏印側へ進駐していた日本軍がしゃしゃり出るようになったという事件も前から起きていたみたいですが。
政治交渉するという思考回路も持ってないんだ。
暴力を振るうことしか能が無い。
重ね重ね、すくいがたい。

はっきりさせておきましょう。
日本は、少なくとも大正期以降は一度も、まともに戦争をしたことのない国です。
できないんです。
ここに至ってなお、国際法規に準じた戦争の始め方を知らない。
「宣戦布告」を御存知ない。

だらだらと、けじめなく、目的も決めず、どんなプロセスで、何を得たくて、どこがゴールか、ひとつたりと、自分自身で考えたこともなく、うぬぼれ散らしてきただけの、アニマル以下。

とりあえず、ひっぱたいてやりましょう。
それでわかる連中だとも思ってないけどね!



[43732] File_1941-12-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/03 00:01
File_1941-12-003D_hmos.

プリンス・オブ・ウェールズ。
大英帝国が誇る、今年就役したばかりの高速戦艦。
マレー沖にて、日本海軍航空隊の集中爆撃により、大破。
沈没。

ええ。知ってました。
ごめんね、フェアじゃなくて。

イギリスの落胆ぶりは当然として、アメリカも、ソ連も、ドイツも、驚愕しています。
日本だって、驚いてます。
熱狂の坩堝です。
真珠湾で米国を叩きのめして二日後に、英国の出鼻も挫いたんだから。
日本産ストラテジーでは数少ない、貴重な、盛り上がる序盤戦中でも最高の、クライマックス。
思えば私も、何百回となく、沈めたものです。
ごめんね、ウェールズ。レパルスも。

日本人が浮かれるのは無理もないし、せいぜい今のうちにハシャいどきな。
西洋文明恐るるに足らず。まあ、思っちゃうよね。浮き足立っちゃうよね。
そして、まさしくここが、英国と日本の結末を決める分岐点となるのです。

巨艦の威容だけでは、相手の士気を挫くことはできない。
対空装備あるいは航空戦力を持たない戦艦単独では、負ける。
ウェールズとレパルスの犠牲によって、イギリスはこのことを学びます。

日本は、この勝利を、分析できなかった。
攻守逆で同じ状況に陥ったらどうなるのか。
考えさえ、しなかった。
ただ喜び、酔い痴れた。
気づきもせず。学びもせず。緊張感すら持たず。
だから、二度目の勝利はなかった。
これが、マレー沖の教訓です。

翌日、ドイツが、三国同盟を理由に、対米宣戦布告。
日本への期待が一気に高まったことを示します。
太平洋で日本が暴れれば暴れるだけ、英米は欧州戦線から兵力を割かねばならない。
すでに冬。モスクワ周辺は真っ白でしょう。
ドイツもそろそろ、計画の失敗に気付いて焦り始めたか。
そんな風にも思います。
冷静に考えて、ドイツには、ここで新たな敵を増やす必要も、余裕も、無いんだもの。
自ら戦線を拡大させるなんて。浮き足だってやっちゃった、完全なる悪手ですよ。

私は、段階が進むにつれ、情報が得にくくなることを覚悟してたんですけど、やっぱり、そうでもないみたい。
どの国も、戦時下だからこそ、国民へ伝えるべきことが山ほど生まれる。
むしろ平時よりはるかに、本音とお国柄が出るものです。わかりやすい。
日本の新聞も、私は今、全紙手に入る限り集めて、読んでいます。

自己弁護に終始する。客観性に欠ける。真実とかけ離れすぎてる。
もちろんわかってます。こんなの報道ではありません。昔からです。将来もです。
犯罪者の手記なんだから。当然です。
そう理解して読めば、新聞ほどカルトの本質がよくわかる文献はありません。

同じ事件を報道し、分析し、解説を加えてくれる米国紙の力も借りてですが。
でも、米国紙だけでも不十分なのです。
真相へは、一方だけでは辿り着けない。
犯人はどこを見てるのか。何を気にしているのか。
その答えは日本語を読んで初めて、わかるのです。
だから、熟読します。

じっくりと、あぶり出しましょう。
時間は、まだある。



[43732] File_1941-12-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/04 00:03
File_1941-12-004D_hmos.

香港島と、シンガポールの共通点。
どちらも、島全体が要塞都市で、軍事基地とその関連施設しか、存在しないといってよい。

海峡を挟んだ半島からの補給が途絶えた瞬間、死に至ります。
とくに給水路が生命線となります。

日本はパールハーバーと同日、イギリス領であるこの2島へも奇襲を開始しました。
海上からではリスクが高すぎるため、半島側から侵攻。
香港では、九龍半島の英華国境から。
シンガポールでは、マレー半島のタイ国境側から。陸軍を上陸させて。
どちらも、半島の南端までを押さえれば、島はすぐ降伏する。そう目論んでいるようです。
陸海軍のコンビネーションもばっちりですしね。
正解じゃないですか?

香港では、九龍城門貯水池で比較的大きな戦闘があったようですが、英軍の抵抗はさほど強力ではありません。
日本軍が半島を制圧するのは、時間の問題ですね。

マレーでも、英軍は敗走に次ぐ敗走。
それを日本軍の車輌部隊が、恐るべき勢いで猛追撃しているとのこと。
ウェールズ撃沈の余韻もあって、日本はますます、英米の時代は終わりだと、気炎を上げています。
無理もありません。

現地の英兵は、生きた心地もしないだろうなあ。
もっとも、守備隊の八割はインド兵らしいですが。
インド人だって、日本人は怖いに違いない。
得意絶頂、勝ち誇る悪鬼の群れ。
笑いながら戦車にさえ突っ込んでいくバケモノですから。並の妖怪じゃない。

上海の共同租界も、日本の占領地となりました。
これまでは英軍が守ってたんですが、ここへも日本軍が容赦ない攻撃をしかけてる。
難民の中から指名手配犯を根こそぎあぶり出そうと、片端から捕まえては拷問し、留置場へ詰め込んでいるらしい。
江先生の身も危険です。しばらくは連絡とれなくなります。
どうぞ御無事で。

序盤は、やむなしか。
日本軍は陸海の総力を挙げて襲いかかってきた。
英米は、それを受け止めきれるほどの兵力を、最前線にまでは準備してなかった。
してるわけないし。
かれらを見くびっていた。あなどっていた。
そんな反省も、今頃、本気でしているでしょう。

でもまだ、そんな段階です。
たかだか、始まって一週間。
東洋戦線は西洋列強にとってアウェイだし、本腰入れる相手は今でもやはり、ドイツなんです。

しかし日本も、なかなかやるもんですな。
そこは、素直に、認めましょう。



[43732] File_1941-12-005D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/05 00:02
File_1941-12-005D_hmos.

香港に、白旗あがる、クリスマス。

半島制圧は一週間かからなかったのですが、その後、香港島は水を止められ、備蓄と雨水が頼りという状況に陥りました。
いつもなら陽気に騒げるクリスマス。
さすがにもうウンザリだと、ヤング総督、ウィスキーグラスを傾けながら、降伏宣言。

しかし日本軍、島民を解放するどころか、なけなしの食糧まで奪い始め、もう何も獲るものないじゃないかと、腹いせの暴行に及ぶ。そんな占領政策を敷きます。
南京と同じように。
入城式も、28日に挙行したみたいですよ。
あのときと同じ光景を想像しちゃうなあ。

防疫給水部の隊員が一名、香港作戦に派遣されていましたが、砲撃で亡くなりました。
おかげで、17号基地では、しめっぽいクリスマス。
東郷さんいないから、いつもの弔辞は聞けません。

「君の英霊、天に忠す。ああ明なるかな、聖なるかな」

東郷さんの口癖です。
みんな覚えちゃって。挨拶代わりに交わします。
そんな17号で得た情報ですが、香港攻略兵団は正月休みも返上して即転戦。重慶へ向かわされるらしい。
かわいそうに。

気をつけた方がいいですよ。
現場感覚を持たない上層部が主導権を握る組織で、ヘタに景気のいい成績なんて打ち立てると、現場へは際限なく、どんどんキツいノルマが与えられます。
モット稼ゲ。マダマダ稼ゲ。
今ヲ逃スナ。ギョメイギョジ。
末端は、死ぬまで生活費にも事欠きながら、いくらでも掃いて棄てられる。
タガのゆるんだ組織や国の末路は、こうなるものです。
21世紀でも普遍な、永遠の、摂理だよ。

といってもまだまだ対米戦なんて序盤だし、ほんの先っぽなんですけどね。
末端さんは、こんなの絶対おかしいよって、いつになったら叫び出すのか。
それとも、そこが桃源郷なのかな?
アドレナリンにまみれすぎて、壁の向こうは鬼ばかりと、見ようともせずに信じこんじゃうのかな?
言い足りないけど、ここらへんにしといてあげるか。

マレー戦線も、シンガポールへ向けて、破竹の勢いで南下中。
そっちにも防疫給水部が参加してます。ゴム林のジャングルがひたすら続く中を、戦車とトラックと自転車で、大競走やってるそうな。
その先頭を走ってるのが、辻らしい。
あのバカ。南方へ行ってやがんのか。

その他、タイへ上陸した部隊が西へ突き抜けビルマへ侵入したとか。
フィリピンの米軍基地へも空爆後、すでに上陸を開始しているとか。

まるで蟻塚をぶっ壊した直後のような有様です。
迎え撃つ側からしたら、逃げるだけでも精一杯。
今の日本軍は蟻や蝿やイナゴの群れにそっくり。
決して見くびっちゃいけませんけど。
どこから潰していけばいいものやら。

餌をちらつかせて集める?
誘蛾灯に引きつけて殺す?
通り道にワナをしかける?
巣に毒を持ち帰らせ死滅させる?

いろんな手段を、連合軍はいま、知恵を出し合って考えているところだと思います。
私も、混ざりたいくらいですが。
駆除する側の戦略も見たいので。
ああ、蟻なるかな。蝿なるかな。



[43732] File_1942-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/06 00:02
File_1942-01-001D_hmos.

12月8日開戦以降の詳報が、徐々に、集まってきています。
いくらハルビンでも、特ダネは、街頭では売ってませんよ。
情報屋から買うんです。

コツはね。値踏みしちゃいけない。
価値ある情報には高く払うよって姿勢は、愚か者の往く道です。私も昔、たどりましたが。
それをやると、偏った情報しか集まらなくなるんです。
私を喜ばせるためのネタが捏造されて、持ち込まれる。
諜報戦は、欲してるものを見抜かれた時点で負けだということを知りましょう。

私は、グラムで買います。ガラクタでも他より高く買うから持ってこいと言います。
中身は見ずに払います。その場で時間はかけません。
こうすると、ナマのまま、ひたすら量が集まります。
その後で、選別する作業を、じっくりとやるんです。

1942年1月を迎えました。
日本軍、着々と占領範囲を拡大中。
ハワイからは攻撃後、すぐ引き揚げてますが、それだけのためによくもあれだけ遠距離をはるばる渡ってきたもんだ。
今更ながら、驚きます。
その後はもっと近場から、グアム島・ウェーキー島・ルソン島などへ上陸し占領。
この3地点は、アメリカの基地を叩くのが目的です。

とくにルソン島は、フィリピンの首都であり、対日防衛拠点の要でした。
ダグラス・マッカーサー極東米陸軍司令官は、市民にも兵にも、侵略者へ抵抗をしないよう呼びかけてから、バターン半島へと退避。
日本軍はあっさりと、無防備都市マニラへ入城。支配下に置きました。

ニューブリテンやボルネオなどへも日本軍は侵攻しています。
ニューブリテン島は、オーストラリアが、国際連盟から委任される形で統治をしていました。
東部の都市ラバウルには戦略拠点飛行場があって、日本軍はここを占領して利用するつもりです。
オーストラリアはイギリスと連帯しており、連合国として参戦していますから、日本にとっては敵国。
攻撃する口実は、ばっちりですね。

ボルネオは蘭印に属する最大の島で、タラカンやバリクパパンなどの油田を擁します。
石油、金属、敵の基地、そして食糧庫。これらが日本にとって、優先順位の高い攻略目標。
日本軍の矛先は、わかりやすい損得勘定によって選ばれている。それ自体は当然なのですが。
いくらなんでも、欲張りすぎじゃないかな。
占領・防衛に必要な人員をどれだけ残すか、計算した上でやってますか?
反語です。

整理していて、気付くこと。
連合軍は、日本軍が来ると、すぐ逃げてます。
主に日本海軍の航空隊が派手に戦果を上げてますが、地上では戦闘、ほとんど行われていません。今のところは。

日本語新聞ではこの状況を、英米はこんなにも腰抜けで戦意に乏しい連中だったのかと、得意満面で書き立てます。
無理もないかもしれないですね、英語が読めなければ。
実際、読んでないようだし。

英語紙に載っていた、きわめて簡潔なインタビューを紹介します。
「なぜ日本軍に奪われるとわかってるのに、施設を破壊して去らないのか?」
「だって、また戻ってきて使うもの」

すでにドクトリンが違いすぎる。
英米は、無駄なことをしていないだけです。
単純戦力比で敵わないとわかったら、とっとと逃げる。
食糧?弾薬?敵は貧しいんだ。そのくらい、くれてやれ。
盗賊に追われたら小銭をばらまきながら逃げる要領と同じだ。
そんなことより人材資源の保全を優先しろ。

ちなみにバターンには、昨夏つくられた最新鋭の要塞があるみたいです。
市街戦やるより、そっちにこもって戦う方が、よっぽど効率いいですね。
その程度の情報なら隠すまでもないんだって。
この余裕っぷり。

勝ち誇る盗賊団の浮かれぶりが、ほんと痛々しい。
気づかないか。考えないのか。
だからチンケな犯罪しかできないんだな。
困ったものだね。



[43732] File_1942-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/07 00:04
File_1942-02-001D_hmos.

マレー半島まっすぐ縦断。
日本軍、2ヶ月で1000kmのジャングルを駆け抜ける。
ばっかじゃなかろか。

このスピードには英米も動揺しています。
英兵が逃げる、その更に先を、チハ車が爆走してたりとか。
日本兵は走り疲れたらゴムの実を食って寝転がり、起きるとまた走り出すとか。
クトゥルフ神話が、山ほど生まれてるんですよ。今、ここで。

マレー南端ジョホールバルへ辿り着いた日本軍が、対岸のシンガポールへ容赦ない攻撃を開始したのが、現地時間で2月9日。
そこから一週間も経たずして、東洋艦隊の一大拠点シンガポール要塞は、陥落しました。
香港島より、短時間で。
まさか日本がここまでやるとは。

ビルマ、フィリピンでも日本軍は勢いづいてます。
まったく。兵站を考えない侵略者は、強いです。
まるで大海嘯だ。

戦略的にやってるとはいえ、ひとまず英米の駐屯軍は、基地も物資も無傷で日本軍に明け渡し続け、退却を重ねています。

その戦況は本国へ逐一報告され、対日戦へ特化した戦術論が官民まきこんで盛んに議論されてますが、さすがに今日明日で増援を届けられるものではありません。
冬のヨーロッパ戦線はしばらく膠着するでしょうから、対独戦はもうしばらくソ連に引き留めておいてもらうことにして。太平洋へも、もっと戦力を割かねば。

連合軍はいま、基本戦略の転換を迫られているところです。

連合国共同宣言に調印した26ヶ国のうち、英米ソ中をビッグ4と呼びますが、主導権争いも熾烈なようです。
これもですね。そんな情報、戦時中にはまったく世間に出てこないだろうと思ってたら、意外とそうでもない。
たとえば今月、蒋介石はインドを訪問し、イギリス総督府とインド国民議会、それぞれの要人と会談しています。
その意義と、メッセージは、広く世界に知らしめるべきものなのです。

インドは古代文明の栄えた歴史ある大地ですが、チャイナ同様、支配民族もめまぐるしい変遷をたどり、直近180年ほどはイギリスの植民地でした。
蒋は当然、自分たちの苦闘の歴史と重ね合わせてインドの独立派に共鳴していますが、いまも重慶への支援に全力を尽くしてくれている英国の機嫌を損ねるわけにもいかない。
二律背反する立場を背負い、英印の調停役を買って出たわけですが、国内外で支持を集める宗教家のマハートマー・ガーンディー氏との会談をセッティングするにあたっては、チャーチル首相から全力で圧力をかけられたようなんですね。
それでも、対話した。

しかし蒋は、正論は言うけれども共に銃をとって闘おうとはしてくれないガーンディー氏へ、激しい失望もしたみたいです。
21日に発表された「インド民衆に告げる」という声明には、そんな苦悩のあとが痛切に滲み出ている。
面白く読みました。

ええ、面白いです。
私はとっくに、心配するのをやめたので。
この、各国のエゴがむきだしでぶつかり合うバトルロイヤルが、いま、面白すぎてしょうがないんです。

いいぞ、もっとやれ。

夜毎、神話が生まれ、たどりつくその先には、何が見えるだろうか。
この森の彼方から響く声は、大地を開き、闇にとけだし、きっと何かを映すだろう。



[43732] File_1942-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/08 00:01
File_1942-03-001D_hmos.

日本海軍の主戦場は、いま、ジャワ島周辺です。
シンガポールの南。蘭印ことオランダ領東インド諸島の一角。
この植民地領の首都バタヴィアは、ジャワ島西部にあります。

欧州の経済大国オランダは、ドイツに占領されました。
その亡命政府がロンドンに存続しており、本国外領地は、この亡命オランダ政府の傘下に含まれる関係です。
よって日本は蘭印を敵国とみなし、攻撃して占領する。
蘭印は石油やボーキサイトの産出地なので、優先順位の高い作戦となります。

蘭軍はジャワ・ボルネオ・スマトラ各島に基地を持ってましたが、さすがに英軍よりは弱いです。
そして、ウェールズ沈没とシンガポール陥落で一気に戦力減となった英海軍東洋艦隊の助けも期待できなくなった2月。日本軍はこの海域で、連合国の艦船を見つけては追い回しています。

ここでも、連合軍の戦術は基本、逃げるに徹している模様。
軽巡や重巡が幾艦か、沈められています。
はっきり報道されているのは、アメリカの重巡洋艦ヒューストン。3月1日、バタヴィア沖にて、撃沈。

増援が来るまでは、ヘタな手出しはケガのもと。
日本からは、今以上の増援を出してくる余裕はないんだから、もうちょっと疲れさせてから、一気に反撃するのがよい。
今は、耐えるときだよ。

日本は、侵略にあたって、「アジアの主権を白人支配から取り戻すのだ」という大義名分を唱えます。
南京占領の際も、「蒋介石の国民政府がいかに人民を苦しめていたか」というシナリオでした。
基本路線はずっと同じですね。
仏領インドシナでも、グアムでも、ニューブリテンでも、占領と同時にそれを謳うのですが、蘭印ではちょっと雰囲気が違う。
なんだか、日本軍、現地民から、歓迎されてる?
こんな巧言令色を、現地民は、信じこんじゃう?
本当かしらん。

あくまで私の感想というか、印象ですが。
オランダによる統治は、現地ではよっぽど、過酷だったのかもしれません。
蘭軍の兵士たちは、ここへ戻ってくるつもりがないのか、油田や基地の施設を破壊してから撤退しています。
英米とはドクトリンを共通化させていないのですね。
スマトラ島のパレンバンという採油場では、現地作業員たちがこの命令に従わず、通常操業状態のまま、日本兵を出迎えたとか。そんな話が載ってるんです。
歓迎される日本軍か。ヤラセ無しで。
ごめんなさい。
想像できない。

もっとも、すぐに、日本人の正体、バレると思うんですけどねえ。
今までよりもっとひどい働かせ方で、油を奪っていくだけだから。
そのために来てるんだから。
日本のみなさんは。

一方で、陸軍が本命視していた重慶攻略作戦は、今度もまた、大失敗。
重慶よりずっと手前の陣地を抜けられず、そこで日本兵たちは砲弾の的になっているそうです。
国府側が大宣伝しています。

そこに悲壮感は無い。
心から、嘲嗤ってる。
つられて、私も笑う。
笑えばいいと思うよ。

日本軍の基本路線はずっと同じです。
何度来ても同じところで罠に落ちる。
二周目以降は、コメディでしかない。
国府軍から歓迎される道化たち。
なかなか、想像できませんよね。



[43732] File_1942-03-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/09 00:04
File_1942-03-002D_hmos.

3月8日、ビルマの首都ラングーンが陥ちました。
無血占領です。英軍はここでも抵抗せず、早々と撤退。
ビルマでも、日本は現地民の熱狂的歓迎を受けているようですね。

商機じゃないかよ、ニッポン。
もったいないなあ。
実にもったいない。

困っている人が、そこには、いたわけですよ。
何世代にもわたって、ずっと踏みつけられて。
抵抗するだけの力も知恵も、勇気すら、奪い尽くされて、生きていたわけです。
この世界は、こういうものなんだと。
それ以外の人生を、想像すらしてなかったところへ、突如、白馬の王子様が現れたんです。

ヒーローになってあげればいいじゃないですか。
相手の瞳にはフィルターがかかってて、その幻想で、魅力は何倍も上乗せされてるんです。
なぜ、このアドバンテージを、めいっぱい活用しないのか。
なぜ、そんな相手にすら、出会い頭にレイプする如き発想しか、持ち得ないのか。
それ以外の哲学を持たずに今の今まで生きてきたのか、おんどれら。
なさけねえなあ。

今更ですけどね。
つぶやいてしまいました。

フィリピンでは、マニラからバターンへ向けて、アメリカ軍が追いこまれてます。
司令官はダグラス・マッカーサー。
21世紀でも有名人です。でも、よく知りませんでした。
1942年現在、米国内においても、賛否両論烈しい人物です。
タイムスは讃え、ヘラルドは貶す。

アメリカのいいところは、各紙主張を明確にする姿勢。
各新聞社は、自分たちの調べてきた情報をもとに、推論を組み立て、記事にして発表します。
どうしてこう考えるに至ったかまで書くから説得力がある。
時々、政府をヒヤリとさせます。
口裏合わせてないからこそ、バトルもしょっちゅうです。
他紙はまったく逆の結論に至ることもあります。ここでもバトルが勃発します。
毎日がディベート。
うらやましい文化です。

さて、マッカーサー氏。
父の代からフィリピンに縁があり、7年前に米陸軍参謀総長の任期を満了してからはフィリピンへ移住。
フィリピン人による国軍の建設と、その強化に尽力します。到一さんに似てるとこありますね。
日本が南方へ食指を伸ばし始めてからは、対日防衛戦線の旗頭となり、米軍所属へ復帰。
本国へ交渉し、ルソン島のクラーク飛行場に最新鋭の重爆撃機を多数配備させ、開戦したら即、日本中の紙製家屋を焼き尽くしてやると豪語していたそうです。

しかし、日本による世界同時多発テロ初日、フィリピンも空爆され、準備した爆撃機隊は出撃せぬまま、ほぼ壊滅。
上陸した日本軍に対しマニラを明け渡して撤退したまではともかく、バターン要塞には食糧も弾薬も備蓄しておらず、抵抗戦を兵にまかせて自分はコレヒドール島に渡り籠もったまま出てこない。
なので米国内からもマッカーサーはポンコツだと激しく叩きまくる声が一定数あります。

すごいですよね。戦争中でもこんな議論とスッパ抜き。
読めば読むほど、考えさせられる。

日本の新聞も、考えさせられはしますよ。
読めば読むほど、不思議でならない。
なぜ、歓迎してくれてるビルマ人たちから、すぐさま何もかも取り上げようとするんだろうこいつら。
シンデレラも小公女セーラも、以前の方がましだったと、どれだけ嘆くことだろう。



[43732] File_1942-03-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/10 00:02
File_1942-03-003D_hmos.

フィリピン自治領ルソン島、バターン。
それは、末期戦のシンボル。

戦時中の情報統制下でも平気で公開議論する合衆国民。
そもそもそれ以前に、最渦中人物であるダグラス・マッカーサーが、米軍最高司令官であるフランクリン・ルーズヴェルト大統領に楯突いてます。いいのか?
タフな国だなあ、アメリカ。
強いですよ。底力が厚い。

私なりに整理します。
12月の開戦前まで、フィリピン駐留の極東軍は、日本本土を一斉爆撃する戦略に沿って、かなりの兵力を結集させていました。
でも対空・対艦の備えは充分ではありませんでした。
ここへ、日本軍は200機近い戦闘機で殴りこみをかけ、米航空戦隊をほぼ無力化します。
次いで、上陸作戦。
これを想定していなかった米軍は、物資も内陸まで運びきっておらず、片端から鹵獲されます。
首都マニラを非武装化して、奥地のバターン要塞まで撤退。
大都市を戦場にさせず無傷で明け渡したことは評価したいですが、都市内に貯蔵されていた物資も根こそぎ日本に奪われます。

ところが、防衛拠点バターンには、弾も、食糧も、薬も、備蓄してなかった。
そこへ米兵、フィリピン兵、そして難民が詰めかけ、身動きもとれない籠城戦が始まります。
マッカーサーは司令部を、更に離れたコレヒドール島へ置き、本国への支援を求め続けます。
怒れるダグラス。その生メッセージは本国の新聞に書き立てられ、米国民の魂を揺さぶり、「大統領なにをしているんだ」と、この状況を招いた張本人を勘違いさせているのです。
あーららら。

ダグラス君。きみ、日本軍なめてたでしょ。
ここまで大惨敗してる元凶はあなたでしょ。

1月8日の時点で、米国は極東軍司令部をオーストラリアへ移す決定を下し、マッカーサーたちへもそちらへ合流せよと指令を出したそうなんですが、フィリピンとオーストラリアの間にはオランダ領東インドの島々がひしめいており、日本軍は油田を持つ島から順に占領作戦邁進中です。
敵がうじゃうじゃいる海域。3000kmの逃避行。
「船もないのに」とマッカーサーは吠えました。
結局どうにかして脱出しオーストラリアへ着いた頃には、バターン要塞周辺は死体の名産地と化していた。

聞くところによると、日本だって相手をなめてかかってて、マニラ占領後に多くの部隊が他へ転出させられたので、そこから先の進軍がかなり遅くなっているようです。
戦域拡げすぎてるからなあ。
時間をかければかけるだけ、二兎も三兎も追おうとするだけ、利益が減るのは経済では常識のはずなんだけどな。
というわけで、
まだバターン死の行進は、起きてません。

バターンといえば、死の行進。
これも名前だけ知ってた故事ですが、察しはつきます。
飢えと病気に加え、
司令官に見捨てられたという決定的な戦意喪失をむきだしにして降伏した捕虜たちが、
収容所まで、着のみ着のままで何十キロも歩かせられて、
大半が、死んでしまうんでしょう?

ぜんぶ日本が悪いんだ。そもそもあいつらのせいなんだ。
それはたしかに、そうだと思う。
日本兵は自分たちが捕虜に対してしていることを、自分たちもされると思ってるから、捕虜になるくらいなら自殺する、というプログラムを意識下に刻み込まれて、成長します。
ハーグ条約およびジュネーヴ条約に基づいた処置を常識とする連合国兵士にとっては、降伏後にまさかこんな地獄が待っているなんて、信じられなかろうと思います。

未開民族との戦争には、想像を絶する覚悟をすら、求められるのですね。
いいか、敵には近寄るな。
姿を見る前に、焼き払え。
徹底的に、駆逐するべし。
逃げてもやつらは追ってくる。終わりを知らない。
終わらせられるのは、こちらだけだ。
我々の主導で、終わらせよう。
時間もかけるな。すみやかに、ひといきに。
日本軍を相手にするなら、今後はこのくらいの覚悟を、求めたいですね。



[43732] File_1942-03-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/11 00:02
File_1942-03-004D_hmos.

フィリピン人は、日本軍を歓迎しません。
蘭印や英領ビルマとは異なる対応が必要です。
東京の大本営は、この違いを、そもそも把握できているのだろうか。

地図だけ見れば、フィリピンは小さな島々です。
アメリカの基地だらけなので早々に叩く必要はあった。それが成功したことはおめでとう。
次は蘭印だ。広いし、資源もいっぱいあるから重要だ。住民にも歓迎されているぞ。
フィリピンよりそっちへ向かえと、兵員を大量に転出させたわけか。
なるほど、おりこうさんだ。

私だって、アメリカの地政学誌でつい最近知ったことなので、偉そうなことはいえませんけど。
1934年。フィリピン独立法が、米議会で承認されました。
1944年7月4日をもって、フィリピン共和国は独立国家となります。
円満なる子別れです。
アメリカ合衆国の独立記念日とお揃いにして、毎年一緒に祝おうねなんて、粋すぎるプログラムじゃないですか。
こんなこと考えた人を、尊敬せずにはいられません。
そこへ突如、横から殴りかかってきた日本人が、どれだけ憎たらしいことか。
軽蔑せずにはいられません。

ロサンゼルスで、こんな事件が起きました。
カリフォルニア州マーチ飛行場から出撃した米軍爆撃機隊を、日本軍機の空襲か!と早合点した住民が大騒ぎ。
落ち着いて、落ち着いて。日本は、そこまで飛べる飛行機も基地も、持ってませんから。
「でも、そういえば日本軍はなぜパールハーバーを襲撃後、占領しなかったのか?」
そうですよね。一部の識者は、ふたたびこの問題を議論し始めます。

ハワイ基地から飛び立てたとしても、米本土を爆撃する作戦は、かなり無謀。
末期になれば日本人なら片道飛行でやっちゃうかもしれませんが、まだ、さすがにそれは。
とはいえ、なぜ?とは私も気になっていたところです。
4ヶ月、戦況を追ううちに、ある仮説を思いつきました。
検証はしてないので、あくまで想像です。それでもよければ。

ハワイ作戦は、日本「海軍」が主体となり立案した作戦だった。
マレーでは、シンガポールを直接海から攻めるのが困難だったため陸路から侵攻しましたが、上陸部隊は「陸軍」でした。
これを援護する形で「海軍」は洋上を哨戒。プリンス・オブ・ウェールズを沈めます。
蘭印でも、「海軍」は洋上を担当。
「占領」は「陸軍」の管轄と、はっきり役割が分かれています。

役割分担自体は、アメリカも同様です。
陸軍と海軍は本来、統制が別体系なので、戦時には統合府が設置され、全体を見通し、連携をとります。
米国では統合参謀本部、日本の場合は大本営と呼ばれるものが、これです。

日本陸軍は、台湾から広州湾を攻めたときのような、小規模の上陸用船艇を大量配備した実績はありますが、大海原を渡るような輸送船団をそもそも持っていません。
そして、海軍は陸戦隊こそ有してはいても、上陸後駐留し現地政府と交渉しながら長期的に軍政へ関与し維持していくという業務がそもそも念頭に無いのです。

ハワイ作戦は、相手を「ただやっつけるだけ」が目的だった。
陸軍脳では、不思議に感じますが、海軍発想ならばあれで完璧だったわけです。
そもそも、占領するなんて発想自体が、なかった。
陸軍は、意見しなかったんだろうか。深く考えず、主導する側の方針にただ従ったのだろうか。

現状、意外なほど日本の陸海軍は見事なコンビネーションを見せつけています。
フィリピンから蘭印への、陸軍兵団の移送なども、海軍がやってくれてますし。
しかしどこかに穴があけば、その原因の診断と摘出をかれらは討論できるかな。
そして、これだけ無闇に戦域を拡げてしまえば、早晩、どこかに穴があきます。

日本陸海軍の強い信頼関係は、どんなトラブルも乗り越え続けていくでしょう。
期待せずには、いられません。



[43732] File_1942-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/12 00:02
File_1942-04-001D_hmos.

4月早々、日本軍は二つの戦果を打ち立てました。

まずフィリピンのバターン要塞を占領。
衰弱した捕虜が何万人も投降し、口々にマッカーサー司令官とルーズヴェルト大統領を罵っているみたいです。
米紙によると、残存兵力は米比混成軍36000名。
その一割がコレヒドール島へ脱出し、なお抵抗を続けている模様。

もうひとつはインド洋。イギリス海軍またもや惨敗。
重巡コーンウォール、ドーセットシャー、軽空母ハーミーズほか。
タンカーや輸送船も、多数、日本海軍最強を誇る南雲機動艦隊により、沈められたそうです。

その翌日、インドと英国の独立会談が、決裂という形で幕を閉じました。
アメリカがフィリピン独立に積極的だったのと対称的に、イギリスは一度手に入れた植民地への執着が烈しすぎるので、無理だろうとは思ってましたけど。
インド国民の抗日意識を高める意味でも、何らかの譲歩はすべきじゃなかったのかな。
しなくても日本などひねりつぶしてみせると、チャーチルは自信を持っているのかな。
まあ、チャーチルだものね。あの首相の性格を考えたら、無理もないだろうなと思う。

バターンについては、防疫部が出動してまして、ここにも辻がいたらしい。あのバカ、やばい所に居すぎだ。

そろそろ、雪も降らなくなってきたでしょうか。ソ連では。
ドイツ、今年はどう出てくるか。
ソ連でも異常な寒波と言われるほどの冬将軍は、モスクワまで30kmに迫っていたドイツ軍を徹底的に打ちのめしました。

大西洋、地中海、そしてアフリカと全方位で戦線を維持しなければならないドイツに対し、ソ連は冬の間にアメリカからの援助も糧にして、圧倒的な軍事大国へと成長を遂げています。
戦時統制を口実に、反対派の粛清もこの機会にやりたい放題のスターリン。
もはや、すでに、ドイツもアメリカも、利用される側へと立場を変えつつある状況にも、見えましょう。

ただ正直、独ソ戦の実情は、よくわからないのです。

ソ連とドイツの新聞や雑誌も手に入れてはいるのですが、報道される内容が違いすぎる。
ソ連領の地名と人名を整理するだけでも大変だし、検証が容易でない。
西洋人がアジアの戦局を報道だけで理解するのにも限界がありましょうが、同様の呪縛にはまっています。
東部戦線の概況は、クルスクで大戦車戦が始まるまで、お休みします。

目下、もう一つ注目してるのが、北アフリカ戦線。
一年ほど前から、エルヴィン・ロンメル将軍の名が登場してます。
独紙より英紙での方が扱いが大きい。
どれだけ恐れられているかが見てとれます。

地中海に面した、北アフリカ一帯。
スエズ運河を含む北東端のエジプト王国は独立国ですが、永年開発を援助してきたイギリスの影響力が強大です。
西に国境を接するリビアは、イタリア領。
ムッソリーニはこちらからエジプトの英軍基地を襲わせますが、弱くて勝負にならない。
ここへドイツからロンメル軍団が派遣されました。形勢は逆転します。

兵力差では枢軸側が圧倒的に不利。にも拘わらず、砂漠の戦車戦という新境地を世界の誰よりも早く開拓し、一切の無駄が許されない戦場で、高い士気を維持し続けているのです。

敵さえ認める快挙なのに独紙での扱いが低い理由のひとつは、ロンメル氏がナチ党員でないこと。
ドイツ国防軍の生え抜きで、徹底的な実務派。歩兵学校教官時代につくった講義テキストが、スイス陸軍でも教科書に使われているという逸話だって、あるほどですが。
ヒトラーが最重要視している独ソ戦には抜擢されず、捨て駒的にアフリカを任された。
ヒトラーの人事も、おべっか序列ですかね。
しかし、ここで、ロンメルの名が伝説となるのですから、油断なりませんね。

ちなみにあと数年したら、ヒトラー暗殺未遂事件が起きます。
ロンメルは首謀者のひとりとして処刑されます。
すでに、ヒトラーの戦略眼には迷走ぶりが甚だしい。
ロンメル氏はそれを、とっくに見抜いているものと察します。

無理と知りつつ、私がスカウトしたい人ナンバーワンなんですけどね。
史実では、暗殺計画が失敗し、自宅で療養していたロンメル氏のもとへゲシュタポが来ます。
私はそこへ先回りして、ロンメル氏を、家族とともに連れ出す。
私はすべて知ってますから。と言いくるめて拉致する。
そんなシナリオを、想像しちゃったりするんです。

言ってみただけです。ドイツへも、行きません。
今からなんて、怖くてとても、行けません。



[43732] File_1942-04-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/13 00:03
File_1942-04-002D_hmos.

日本時間4月18日。お午過ぎ。
本州へ、米軍爆撃機隊が初襲来。
日本中が、怒りに沸き立っています。どこまで恥知らずなのか米国はと。

「日本軍は、真珠湾でもグアムやフィリピンでも、米軍基地しか攻撃対象にしていない。
アジアの国々では解放者として現地民から熱狂的な歓迎を受けている。
正々堂々と聖戦をしている日本に対し、米国は我が領土へ忍びこみ、一般住宅を破壊し、無辜の民間人を殺戮した。
300戸近い家屋に被害を与え、500名以上の死傷者を出した。
これは明白なる国際法違反である。断固、猛省を促すべし」

正気で書いてますかね、これ。
まあいいや、日本人は我が身だけがかわいい民族なんです。
自分たちがどれだけ他国を踏み荒らし、殺戮を重ね、恥知らずの限りを尽くして今なお罪を犯し続けているのかなんて、そもそも考えたことすら、ないのでしょう。

それはさておき、この空襲に関しては、もっと精確な情報が知りたかった。
なので、10日ほどかけて、より詳細な資料を集めました。
フィリピンのクラーク空港が使えない今、米軍機はどこから飛んできたのか?
最新鋭機の航続距離と爆弾搭載量は、どれほどなのか?
この諸元は、今後の対日作戦に関わってくる、重要な数値なんです。

うろたえてる暇なんかないんですよ。米軍はとうとう本州を射程圏内におさめた。
日本軍機にはワシントンDC爆撃はおろか、カリフォルニア到達すら不可能です。
決定的なリーチの差。
気にならなければ軍人失格。
私は軍人じゃないけど気になる。知りたい。

結論から。
ミッチェル16機が空母ホーネットより発進。
4時間の飛行後、東京・千葉・神奈川・名古屋・神戸などへ爆弾を投下。
すぐさま西へ進路をとり、浙江省の麗水飛行場へ着陸する予定が、ほとんど燃料切れで墜落。
総員80名中70名が脱出に成功し、生還しました。

イノチガケですね。
非常識すぎる長距離飛行で結果的にミッチェルすべて失う。損害、大きすぎだ。
米紙ではこれも賛否両論。しかし日を追うにつれて、この作戦を成功に導いたドリトル隊の勇気を讃えようという論調が、主流になりつつあるようです。
やっと日本へ一矢報いた。その感動に水を差すのは、確かに、野暮ってもんですよね。

ミッチェル爆撃機。
いわゆるフォートレス系の重爆ではなく、攻撃機に近い。爆弾もそんなに積めません。
空母搭載できるサイズであることと、航続距離の長さを理由に採用されたみたいです。
それにしても概算4000kmの飛行。ゾッとする。
増槽、どれだけ積んでたんだろう。
護衛機もついてなかったようです。
無謀にもほどがある。

日本人が、本土攻撃されることを露ほども想像してない連中で、よかったですね。
もし零戦一機でも出てきたら、洋上で全滅してたかもしれない。
日本人は愚かですが、侮ってはいけません。
やつらは、蜂です。
一撃必殺。死を恐れず向かってきます。
そんな巣へ、ノコノコ飛びこんでいくなんて。

二度としないでくださいよ。



[43732] File_1942-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/14 00:02
File_1942-05-001D_hmos.

5月に入り、日本軍の白星が続いています。

まず、ビルマでは。
首都ラングーンから北上し、エナンジョン油田の占領、および援蒋ルートの拠点であるラシオを制圧。
そして最後に、中部の大都市マンダレーを占領するに至りました。

ラシオから雲南へ至るビルマルートを止められたことで、重慶政府の抵抗力はガタ落ちとなります。
その重要性ゆえ、この戦線へは中国兵が多数、動員されていました。
しかし英印中軍はここでも基本、早々と退却しており、マンダレーも無血入城に近かったようです。
ビルマ人の反英義勇軍が1万人以上も日本軍のお伴に集まってきて、それはそれは楽しい遠足だったみたいですよ。

さらに北上すると、ミッチーナという英軍の一大飛行場があるんですが、さすがにここは取らせまいな。
激戦になるとすると、日本軍はビルマ兵を盾に使うだろうか。
使い方次第ですが、そのときかな。ビルマの民が気付くのは。
化けの皮が剥がれる日は、近い?

次いで、フィリピンのコレヒドール島が陥落しました。
オーストラリアのメルボルンで熱烈な歓迎を受けたマッカーサー司令官は、必ず戻ると宣言し、態勢の立て直しを図っています。
バターン、そしてコレヒドールへ置き去りにされた兵たちは、さぞや、やるせなかろうな。

日本海軍の主力機動部隊である南雲艦隊は、現在、ニューギニア近海にいます。
米軍にとっては最も警戒すべき対象であり、早めに叩いておきたい大駒ですね。

南雲艦隊。
日本にとっては生命線ともいえる存在。
すなわち。
南雲がいるから勝てるのではない。
一艦たりと失うことは許されない。
だからこそ、補給も、休養も、モチベーションも大事。
万全のバックアップを整えて、全国民が総力を挙げて、守るべき存在のはずですよ。
わかってるかな?
できているかな?

ともあれ、今回も勝ってます。しかし、やや、コンディションに翳りがみえる。
米紙はそれをきちんと分析しています。
日本はニューギニア島南東の要塞都市ポートモレスビーを、攻略開始しました。
連合軍も、さすがにこの港は、明け渡すわけにいかない。
米豪艦隊は集結。空母を中心に日本艦隊を迎え撃ちます。
日本では、大戦果が報じられました。
五日間に及ぶ海戦で、サラトガ、ヨークタウン、戦艦カリフォルニアなど6艦を撃沈せり、と。

米紙によれば沈没したのはレキシントン。
サラトガもレキシントン級空母ですが、ニューギニア沖には、今いない。
ヨークタウンは大破したものの、後方の基地へ帰り着いたそうです。

日本側の損失は、どちらの発表を見てもはっきりしませんが、この頃たしか翔鶴が戦闘不能になったはず。
航空隊の被害も大きく、モレスビー再攻略は不可能となりました。
そして、日本には、修理する余裕が、ありません。

着実に、死期は近づいています。



[43732] File_1942-05-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/15 00:02
File_1942-05-002D_hmos.

リヒャルト・ゾルゲ氏。
ドイツ人。ナチス党員。
実は、共産党員でソ連のスパイ。
近衛内閣の側近まで混じった大規模諜報組織の中心人物。
膨大な情報を暗号電信によりモスクワへ送り続けていた。
昨年10月、逮捕。
5月16日。司法省がようやく公表。

平井さん。情況どうなってますか?

「拷問は、されていない。断言する。禁煙を強いられているのが非常につらいようだが。食事も、一般の服役囚と同様のものが与えられている。各国語で交わされている諜報団全員の尋問内容を照合しながらなので、裁判開始も、まだまだ、先になる見込みだ」

引き続き、お願いします。差し入れは、送り続けます。
事件発表による、市井の反応はどうですか?

「情報統制が一層きびしくなった。誰の隣人にも、アカがいるぞと。容易に口を開くことすらはばかられる。私への連絡も、今後は手紙のみにしてくれ。この通信、暗号化と複合化に手間がかかりすぎる。長時間電気を使ってるだけでも疑いを招きかねない」

わかりました。おやすみなさい。

拘置所内の方が、却って安全かな。
空襲は、これからも、増えていくだろうし。脱出させるなら、確実でなければならない。
平井氏がもう少し、協力的であってくれたらなあ。

プラウダは、記事にしてません。するわけないか。
ツァイトゥンク紙では、いつだったか、「日本では西洋人ジャーナリストの生命が危うい」という記事の中に、名前がありました。

ゾルゲ氏逮捕直後、日本警察へ猛抗議してくれてた駐日ドイツ大使が、今は免職となって、北京に暮らしてるらしい。
その人物に会えば、逮捕前のシュトラウスがどんな人だったのか、みたいな話も聞けるでしょうが、リスクの方が高いので接触しません。
ああ。戦時中だ。
まったくもって、戦時中だよ。

日本は、先月の本土空襲への制裁を理由に、近々、威信をかけた大攻勢をアメリカに対して計画中ですってよ。
これも、各方面から噂となって伝わってきています。
いいのか。こんなダダ漏れで。
南雲の動きさえ監視していれば、そこが目標だとわかっちゃうけどね。

ネタバレをひとつ。
戦艦大和、すでに就役しています。
人類史上最強にして最後の、巨大戦艦。

諸元は、記憶してません。
この世界でも、戦後まで一般の人は知りません。
日本政府は、この大和の存在さえ知らしめれば、米国のみならず世界の総てをひざまづかせられると、ありったけの期待だけをかけ、終戦間際まで後方で温存し続けます。
けっきょく大和は一度も活躍の場を与えられないまま、ジリ貧のどんづまりになってから、米航空隊の猛爆にさらされ、一方的にやられちゃって、沈みます。

戦後、ヤマトは、その正体が知れ渡るとともに、夢と希望の象徴となって、アニメやゲームの人気者になりますが、同時に日本人の永遠の愚かさを象徴する存在とも言えるのです。
戦争というものを、まるでわかってないんだねと。
アメリカは、英仏がドイツに宣戦布告した直後から、艦載機を100機収容できる巨大空母エセックス級を計画し、大戦中に完成させ、太平洋へも送り出しました。
まったくもって、かなうわけないと、思いませんか。
そもそもの、考え方が。

ひざまづくなら、今のうちだよ。
早い方が、傷も軽いよ。



[43732] File_1942-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/16 00:02
File_1942-06-001D_hmos.

きました、ミッドウェイ。

目安として。東京からパールハーバーまでは、直線で6500km。
東京からミッドウェイまでは、4000kmです。
泳いで行くには、ちょっと遠いですね。
6月4日。この海域で、日米の大規模海戦が始まりました。

今回は、考察が楽です。日本は記事にしない。できない。
米紙は、これまでの鬱憤を晴らす大チャンスですから、詳細にレポート合戦。
インタビューしまくり。讃えまくり。そして、今後の展望をいくらでも語りまくって、盛り上げます。

南雲艦隊、総進撃。
迎え撃つのは、太平洋に残存する、米軍全航空母艦たち。
すなわち、エンタープライズ、ホーネット、そして応急修理で駆けつける、生きていたのね!ヨークタウン。
ほか、ニューオリンズ、アストリア、ミネアポリスなど重巡洋艦や駆逐艦の皆さん。
南雲の旗艦は、空母赤城。ほか、次世代艦である加賀。ちょっと古い蒼龍と飛龍。
この4空母を主力として、重巡や駆逐艦が展開します。

米軍の航空機は、ミッドウェイ島上の基地からも飛び立ちます。
日本側から見て、攻撃対象は、敵艦、航空機、そして地上部隊および滑走路含む施設、ということになりますね。

ゲームであれば、戦闘機と爆撃機の比率、各弾数や航続距離に合わせて、フォーメーションを組む必要があります。
日本は、補給や武装交換を、艦上でしか行えない。
ローテーションを厳密に決めておかねば、燃料切れで墜落の連鎖も起こりかねません。
着艦失敗で炎上、なんてのも絶対に避けたいトラブルです。
今までも、やってきたんだから、できますよね?
練度はバッチリ。
華麗なコンビネーションを見せつけましょう。
ハットトリック決めましょう。
ジェットストリームアタックで翻弄しましょう。
流れるシュートで皆殺し。
レディ・ゴー!

南雲はやはり、手強かった。物量でも、米艦隊より勝っていた。
いきなり襲いかかってくる。ためらいがない。殺し慣れている。
しかし、
隙が生まれた。

急降下爆撃機ドーントレスの一隊が、加賀甲板へ到達。
連続して、爆弾投下。
3発が命中。

別の隊が、蒼龍へも、襲いかかる。
爆撃と機銃掃射。
甲板の艦上機が吹き飛ばされ、煙突付近では大爆発。

両艦より奥に、赤城。
2分後。3機が辿りつく。
換装中の零戦に爆弾が命中。誘爆か。大きな火柱が上がる。

わずか5分。
南雲艦隊、総崩れ。

以降、日本軍機は還る場所を失い、続々と墜落。
離れた海域を守っていた飛龍も、追撃され、炎上。
翌日までに、日本四大空母は、すべて海の藻屑となれり。

傷だらけのヨークタウンは、この海戦で、とうとう、スクラップ寸前までのダメージを受けた模様です。
それでも、これは連合軍太平洋艦隊の、輝かしい大勝利といってよいでしょう。
さあ、反撃のときだ!



[43732] File_1942-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/17 00:03
File_1942-06-002D_hmos.

ミッドウェイを境に、日本の新聞がめっきり、つまらなくなりました。
え。以前は面白かったですよ。
図に乗り放題で勝ち誇ってたから。
あけすけだったから。
犯罪者の自覚無き自慢話って最高ですよ。心から楽しんでました。
急に口が重くなっちまいやがって。
ああ、つまんない。

とはいうものの、無理もないです。
今後の作戦がぜんぶ成立しなくなり、一から練り直さなくてはいけなくなった。
もう、戦えないんです。だから、ネタもない。
なければ作りゃいいんですけど、過去との整合性を考えなくちゃいけない。
今までもデタラメだったんだから、整合性なんて気にしなくても。
ダメなの?
そう。変なとこにこだわるんだね。

それにつけても、戦域、ムチャクチャです。

中国大陸方面。
重慶手前の長沙周辺で日本陸軍、湯水のごとく戦費をふりしぼってます。
つぎこめばつぎこむだけ、いくらでも大地に吸い取られる。
しかし。援蒋ルートはつぶしたはずなのだ。
もうひと息だからと、なけなしの金をはたいてはたいて尚、あきらめません。

ビルマ戦線。
ラシオ及びミッチーナは日本軍の手に陥ちました。
アッサムから昆明に至る輸送路は使えなくなり、重慶政府の抵抗力はガタ落ち。
困ったぞ。そこで
「やむをえない。ヒマラヤ山脈越えで輸送機を飛ばそう」
と連合軍は考える。
松本清張先生もびっくりだ。
しかも
行きは物資を満載し、帰りは重慶から動員兵を連れてきて英軍の拠点で教育を施し、両側から日本軍を叩くんだって。
重慶は、ヒマラヤ越えを志願する若者であふれかえってる。
ビルマ人が味方してくれなくなれば、日本軍は絶望的に孤立しますが、ちゃんと地元の支持を得る努力をしていれば、そんな心配もないかもね。

南方戦線。
マレー・シンガポール・マリアナ諸島・東インド諸島は今のところ安泰。
戦火もおさまり、日本は現地からの貢ぎものをホクホク顔で、せしめています。
ここで毅然と気持だけを受け取り、真の解放者として現地民のための事業に着手すれば、また今後の展開も違ってくると思うんですけどね。
心根が賤しいのを隠そうともしない態度もむしろ、あっぱれです。
なるようになるでしょう。

驚いたのは、太平洋の北の果て。
日本からだとカムチャツカ半島を越えた先のアリューシャン列島。
ここのアッツ島・キスカ島にも日本軍は上陸して、陣地をつくってしまったそうです。
領土としてはアメリカ合衆国アラスカ州に属するので、日本、ついにアメリカ本土の一部を占領したことになります。ハワイには、上陸してないですからね。今回が史上初。

カモる側さえうろたえさせる、このイケイケゴーゴーぶり。
それにしても、外周を拡げすぎです。
本土を護る気、ナッシングかよ。
抗議したから、内地への空襲は二度とされないと思いこんでるのか?
並のカルトじゃないですね。

視線を、南方最前線へ戻します。
オーストラリアまで攻めこむには、ニューブリテン島ラバウルからだと、ちと遠い。
そこでニューギニア島のポートモレスビーを攻略しようとして一度失敗しています。
しかし、一度や二度の失敗で懲りる日本軍ではない。
陸軍内で、大号令がかかってるんです。
岬の反対側から上陸して、山を越えてモレスビーに攻めこむ?
そんな大作戦を計画してるみたいですね。

ニューギニア島内には数々の高山がひしめいてますが、モレスビーを反対側から攻めるとなると、スタンレー山脈越えかしら。
私の地図では、最低標高2000m級の山道を、200km以上。
クネクネ曲がってることを考慮して、正味400kmは歩くことになるでしょう。
カルタゴ軍のアルプス山脈越えに比べたら楽な遠足ですけど、それでも一ヶ月は見ておくべきかな。

私だったら、やらせません。
来るとしたらここ、て丸わかりですもの。
二千年前、もっと大規模に同じことをして、ローマ帝国を16年間も震え上がらせた名将ハンニバル。
西洋の兵法書で、この戦いに言及してないものは存在しない。
それくらい戦術論の定石とされるエポックです。さんざん研究され尽くしてます。
地図を見た瞬間に、教科書通りだ!と連想しない欧米軍人なんて、いないと思いますから。
敵さんが揃って注視する舞台へ、まんまと飛びこむ愚は、冒せません。

それでもやるなら、早いうちに登山用具を人員ぶん、発注してきてよさそうなものですけどね。
発注きてる?きてないよね。ありがとう。
まさかね。着のみ着のままで雪山越えなんてね。
まさかね、そんな。
でも、日本軍だからなあ。
並のカルトじゃないからなあ。



[43732] File_1942-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/18 00:02
File_1942-07-001D_hmos.

6月に、リビアのトブルクでイギリス軍が壊滅。
魔術師ロンメルの名がまた一段と輝きを帯びました。

いよいよドイツ、エジプトへ攻めこむぞ。
と英独紙それぞれのベクトルで書き立てますが、たぶんロンメルは動きません。
補給こないもの。
名将は、確実に負けるとわかってる戦いはしないものです。

チャーチル首相は進退を問われ、議会に不信任決議が出されました。
票数475対25で続投採決。
わかってましたけどね。チャーチル降ろして、じゃあ誰なら勝てるんだって話です。
動議を出す側も、も少し考えなさいよ。

しかしこの過程で交わされた議論は面白かった。
英国流のアイロニーをもって「どうしてドイツはこんなにも強いのか」という分析をしてるのですが。
戦車を発明したのはイギリスで、戦術を生みだしたのはフランスだ。
それを完璧に分析しえたドイツ人が最終的に使いこなしたわけだぞ。
みたいな。
日本人も、独創性はカケラもないくせに要領の良さと手先の器用さで世界市場に喰いこんでいくと、戦後の一時期、言われるようになりますが。
民族ごとにそれぞれの得意分野って、たしかにあると思いますよね。
それぞれの長所を、うまいこと組み合わせれば、最強じゃん?
まずは小さいチームでいいから。息が合えばね。

それはそれとして、チャーチルはルーズヴェルトに更なる支援を懇請しました。
太平洋戦線への割り当てが、また、心許なくなります。
マッカーサーが、怒っています。
もっと怒ってるというか、泣きじゃくってるのは、重慶政府ですね。
自分たちを見捨てないでくれと。
同時に英米中の間における軋轢も、いろいろと表面化してきました。

新たなるキーパーソンは、ジョセフ・スティルウェル連合軍中華方面参謀長。
本人みずからマスコミの前に立ち、力強いストーリーに仕立てて語りたがる。
リーダーシップありきなのはマッカーサーと同様で、アメリカ人らしいなあとは思う。
一方で国府側の声明が、チクリチクリと、スティルウェルへの不満をにじませてます。
これが最近、けっこう露骨になってきた。

国民政府にいわせれば、スティルウェルは在華歴も長く、中国語に堪能だけれども、中国人をバカにしていて、とくに蒋介石主席への見下しぶりがひどい。
重慶向けに送られた品々を私物化するばかりでなく、作戦指揮を独断専行で決定し、国府への通達をしないことすらある。
スティルウェルもスティルウェルで、事あるごとに反論してますが、確かに中国人を見下している。
これは人事の失敗じゃないかなあ。レイシストを対象地域に派遣しちゃいけないだろ。

とはいえ連合軍として統帥を一元化するならば、長を決め、権限を与えねばならない。
国府側の本音は、作戦指揮を自分たちで仕切り、米英はそれに援助をしてくれるだけでいてほしい。というのがあからさまなのですが。
さすがに、それはない。
純粋に軍事的な評価をするなら、国民政府には指揮などまかせられません。
そこは、わかってもらいたいかな。

国民政府も、一枚岩ではありえない。
でも蒋政権が長く続いたせいで、皆がそれに合わせているのが実情です。
元来、中国人は、きわめて個人主義の強いアイデンティティを形成しながら社会の一員となる過程を踏んで、成長するものです。
まとまらない民族なんです。
それが強さでもあり、弱さでもある。
軍隊になると弱い。
けれども強烈な個性の家長を中心とした家族経営となると無類の強さを発揮する。
そこは、それぞれの得意分野という範疇で、ひとまず理解しておきたい、と思う。

ただ、スティルウェルだって、せめて蒋へもう少しリップサービスすればいいのにと思います。
無駄に敵をつくる必要もない。今の国府なら、蒋ひとり味方につければ他の者は逆らいません。
そこを疎かにするから、重慶政府の全員から怨まれて、批判を一身に浴びる。

こんなところから、隙が生まれますよ。
日本人は、相手の隙を突くの上手いですからね。
ゆめゆめ、油断めされるな。



[43732] File_1942-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/19 20:50
File_1942-08-001D_hmos.

ガダルカナル。ああガダルカナル。ガダルカナル。
米紙報道で、ついにその名が。ガダルカナル。

8月7日。米海兵隊が総力をもって、上陸開始。
日本軍が、この島に飛行場を建設中でした。
不意を突いたようです。守備も疎かだった。
かれらは散り散りになって、奥地のジャングルへと、逃げこんだ。
完成間近だった空港は、数日あれば穴を塞いで、連合軍基地として使用可能だそうです。
作戦は大成功。日本に、またも一矢報いました。ラッキー・ストライク!

ガダルカナル。
ソロモン諸島の中でも、大きめの島。
開戦前のごく少ない文献による説明では、中央域はほとんどが密林に覆われ、海岸周辺のわずかな平地に住民が素朴に暮らしているだけでした。
まさに、平和な楽園だった。
はずなのに。ガダルカナル。

21世紀の日本では、ガダルカナルといえば激戦地。筆頭に挙がる名前です。
飢餓とマラリアで亡くなった兵も多かったらしい。
地獄の消耗戦というイメージだけを持ってました。
いつものごとく、それ以上の知識を持ちません。おはずかしい。

米国視点で上陸直後の記事を読む限りでは、きわめて単純な印象しか受けません。
やっと築いたマイルストーンなので、扱いはそれなりですが。
海兵隊はただちにこのあとオーストラリア司令部のマッカーサーと協働して、モレスビー、そしてラバウルへと進撃します。
ニューブリテン島のラバウルに日本軍の一大基地があり、守りも堅い。本命はここなのです。
ガダルカナルは、ラバウル攻略のための航空拠点としてはきわめて重要ですが、市街地は無いので、占領工作は不要。
最低限の守備隊さえ残しておけばよい。
はずでした。

しかし、密林に隠れ潜む日本兵が、いつ寝首を掻きにくるかわからない。
この脅威は、軽視できない。
島全体を焼き払わねば安眠できない?
いろんな意味で、それはやめてほしい。
殺人トトロが棲む森も、いざとなったら森林資源を焼き尽くすことを躊躇しないアメリカも、どっちも御免です。
不要不急な破壊活動は、可能な限り、自粛していただきたいものです。
念を押すけど、どっちにもだぞ。

ドクトリンの違いといえば、米軍では、航空作戦の戦域を半径300マイルとし、その範囲を超えることのないように計画を立てているそうです。
ドリトル隊の空襲では無茶をしすぎましたが、おそらくその反省から生まれた教義でしょう。
ガダルカナルからラバウルまでは約1000km=620マイル。なので、間に最低二つは基地を確保してからの総攻撃となる予定。
上陸作戦には一度に全力を投入する。これも基本です。

一方、日本軍は、カタログスペック上の最大航続距離を頼りに計画を立てます。
兵の命をどれだけ軽んじようと、良心の呵責など持ちません。
第一陣は全滅覚悟のため、第二陣、第三陣と常に予備隊を温存することも定石となります。
兵たちにはハングリーパワーを求めます。ゆえに、常に飢えさせておくことも忘れません。
何度全滅させられても、次から次へと新手を繰り出すことで、相手を精神的にも弱らせる。
敵にも味方にも、搾りきるまでハラスメントを極めるべし。
これが、日本のしつこさです。

私は日本軍を見て、蜂だの蟻だの蝿だのと、よく昆虫に喩えてきましたが。
まさに昆虫並みの思考だと。最近ますます、そう思います。
本人たちも望んでいるなら、虫として扱ってあげるべきか。
知恵の実なんて欲しくもない。そう生きたいと、願うなら。
いいでしょう。森へ還り、永遠に地を這って過ごしやがれ。



[43732] File_1942-08-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/20 00:03
File_1942-08-002D_hmos.

小林は鉄オタですが、船にはあまり興味ないようです。ま、陸軍人だしね。
17号基地に来てます。ざわざわしてる。何があったのかな。

ニューギニア島の山登り。始めちゃってたみたいです。
パサブアからモレスビーまでのスタンレー山脈越え。
二週間分の食糧と、持てるだけの弾薬を背負って。
その食糧も尽きた頃、マラリアが流行。
体力なくなってる兵からバタバタと倒れる。至急薬送れ。
シキュウクスリオクレ。

マラリアって、具体的にどんな症状出るんですか?

「下痢から始まる。血が混じりだす。初期段階では赤痢と判別しにくい。顔や体に浮腫ができて、肌の色が薄くなっていくとマラリア。消化器官から栄養が吸収されなくなり、急激にやせ細る。40℃近い高熱を周期的に発し、痺れるような悪寒が全身を包みこむ」

特効薬は、あるの?

「昔からあるのは、キニーネ。他には、バグノン、アクリナミン、アンチマラリエンとか。でも媒介者によって反応も違うからね。鳥マラリアはアルカリに弱いけど、猿マラリアはそうでもない」

軍医さんて、同行してるのかな。その山越え隊には。

「南海支隊、って書いてあったけど。最近の編成は新法則の名前が色々つけられていくから、よくわからなくてね。師団以上だったら衛生班がいるはずなんだけど。発令は、大本営の作戦課戦力班から来てる。班長、辻さんだって」

また辻か。全部こいつのせいか。

「オーストラリア軍の待ち伏せも手強いらしくて。しかも撃ってすぐ引っ込む戦法で、消耗戦に追い込まれてるみたい。だから、貴重な薬を送っても無駄じゃないかと、部長たちも揉めてたりする」

そんなことなら、偽薬でいいじゃん。金平糖でも瓶に詰めてさ、とにかく送って、仕事はしたことにする。本物の薬は、使うべきところで使う。

「おお!今すぐ部長に教えてこよう」

いいのかな。ゆるすぎないか、お前ら。

これとは別に、ガダルカナル島の怪談てのも、聞いてきました。
日本がつくった飛行場は米軍に奪われ、あちらさんはヘンダーソン飛行場と名付けてさっそく我が物顔に運用開始してます。
ガ島に飛行場をつくってたことを、17号の誰ひとり知らないので、海軍の作戦だと思うんですね。
私も、なぜ知っていると聞かれると、英語紙読みあさってることを白状しなくちゃいけないので、面倒だから言ってませんけど。

とにかく敵が上陸したというので、陸軍からナントカ支隊というのが派遣され、夜間にガ島へ上陸したそうです。
その後、音沙汰無し。

通信機器の故障と思われるが、それにしても敵の航空機は飛び続けてるし、洋上の護りも堅い。
援軍を出すべきではなかろうか。とモレスビー攻略隊の予備から一部をガ島へ回したそうです。
洋上でかなりの損害を被ったようですが、それでも上陸は成功。しかしこの隊も、消息を絶つ。

次に白羽の矢を立てられたのが、ジャワ島に駐留中の第二師団。

満洲事変で活躍し、その後、石原莞爾がじっくりと育て上げた、仙台の、あの、第二師団ですか?
今度こそ、米軍を駆逐し、飛行場を取り返し、先発隊も救出してくれよな、だそうです。
ゆるすぎないか、お前ら。



[43732] File_1942-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/21 00:02
File_1942-09-001D_hmos.

さすがにもう、私の知ってる人は、誰も居るまいな。

加えて
最近動員されたばかりで
生まれた時からアホなマスコミの唱える日本サイコー論だけを摂取して育てられた
良質のブロイラー君たちばかりで
構成されているのだろうな。

「死んでこい」
それだけを教えられた、人の形をした、もののけども。
そう思うことにして。
余計な情は、持ちますまい。

そもそもね。制海権と制空権を取られてるんでしょ。
そこへ地上部隊のみを一個師団送りこむ?
正気じゃないでしょ。
何をさせたいんだ?
ねえ。ほんとに。
いったい、何を考えているの?あなたたち。

師団なので、今度は、軍医がいます。何らかの報告が、17号へも届くと思います。
来たら読みたいんだけどね。
何かを思いつけるかもしれないし。
と、小林に耳打ちしておきました。
知りたいけど、何もできないだろうから知りたくもない。
複雑です。

海軍も、なけなしの戦力で、ソロモン諸島沖での戦闘を幾度も繰り広げています。
ミッドウェイで一度に主力空母と航空隊を失ったとはいえ、空母自体はまだ何艦かあるし、新造艦も出撃させてる。
どんなに質を低下させようと
フル動員で納品し
即席栽培の兵員乗せて
現場で覚えろと放り投げる。
昆虫だから、あきらめない。死ぬまで、戦い続ける。
厄介な生物だな。あんたたちって。まったく。

米紙報道を丹念に読みます。
米国民は人間であり、学習能力があります。
一回一回の戦闘から学んだことを共有し、知識と経験を蓄積してゆきます。
それができるからこそ、人間。
うらやましい。

これまで、米海軍は、夜間での戦闘を極度に避けてきた感があります。
陸上でも海上でも、日本軍は、夜に行動するもの。
これも世界中に知れ渡ってますが、警戒と防衛は怠らずとも、夜間には米軍て基本、動かないものだったんですね。
それが、どうも、ここ数週間で変化してきました。

いつの間にか太平洋に進出していた、空母サラトガはじめ、米軍も戦力の増強を着実に行っています。
欧州が優先されているだけで、決して対日戦を軽視しているわけではありません。
そして、ほぼ間違いなく、新手の艦にはレーダーが装備されています。
これがあれば、夜間戦闘における練度の差は、克服できる。
日中と同じ、適確な指示が出せる。
その変化を、戦況が物語っています。

成長する。
人間は、パラダイムを進化させられる生物種です。その差は大きい。
昆虫だって必死に生きているのは認めますが、はたして君たちは人間に勝てるのか。
そんな思考能力すら、持ち得ないか。
見たいけど、見たくもない。そんな戦いが、進行中です。



[43732] File_1942-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/22 00:02
File_1942-10-001D_hmos.

米軍視点による、ガダルカナル島の現況。

東西85マイル、南北28マイル。面積2500平方マイル。
珊瑚礁と熱帯雨林の島。
毎日、盛大なスコール。
北辺中央よりやや西に、ルンガ河が注ぐ。そのほとりに、平地あり。

日本軍が約3000名の要員を送りこみ、飛行場を建設中だった。
ここに海兵隊一万名余で上陸を敢行。施設ごと奪取。
滑走路より2~3マイルほど、全周囲に幾重もの鉄条網を張り巡らせ、昼夜厳戒態勢で堅守。

日本兵はジャングルの奥深くに潜み、なお島の西側より幾度となく増援部隊を上陸させ、基地奪還を目論む。
連合国の兵は大部が戦闘に疲れ、マラリア蚊に悩まされているが、警戒を一秒たりと緩めることは許されない。
弾薬と、生活物資の、更なる補給を求む。

日本側視点では。
第二師団、長谷川軍医少尉の報告より。

ガダルカナルの密森は、生命を寄せつけない。
巨木同士が太陽の光を奪い合い、空を覆い隠すため、真昼でも常夜の闇である。
足下はどこもかしこも、腐木と落葉の堆積で、底知れぬ湿地と化している。
工兵隊が道を作るため樹を伐ろうとすれば、腐った幹からたちまち地響きを立てて倒れ、兵の頭上へ覆い被さる。
川は湿地の底を流れており、水の補給もままならない。

海岸付近には椰子の実、バナナ、パパイヤが豊富で、牛や馬もいたが、森へ分け入れば分け入るほど、昆虫すら見られぬ闇の世界が、果てしなく続いてゆく。
二酸化炭素の濃度が高いのであろう。悪気流の充満が生命の活力を根こそぎ奪っていく。
蚊と蝿は、いる。
ガ島蝿は、チクチクと刺してくる。
マラリアに罹った者を寝かせておくと、吐息に吸い寄せられ、顔中に群がり、ありとあらゆる粘膜に卵を産みつける。
薬は、ない。
あっても、どのみち、栄養失調で回復は見込めまい。
野戦病院とは、名ばかり。ここは……

しらふでは、読めませんね。飲んだら、余計に読めませんが。

原文は、もっと抑制されています。
仮にも軍の上層部への、嘆願を圧し殺した、報告書ですから。
心のままにクソドアホウと書くわけにもいかんでしょう。
ケサゴさんなら、書くかもだけど。

第二師団は、基地攻撃を正面から行うのは不可能とみて
アウステン山をぐるっと迂回し
飛行場の背後から突くため、ジャングルの中へ中へと、踏み入ってるのだそう。
この作戦を考えたのは、またしても、辻らしい。

その基地は、ジャングルから見て反対側まで、ぐるっと鉄条網で囲われてるってよ。
なんて情報、持ってないか。

君たちはなぜ、歯を食いしばり、ただ命令に従い、歩き続けるのか。そんなにしてまで。



[43732] File_1942-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/11/19 20:07
File_1942-11-001D_hmos.

「第二師団は
ジャワから内地へ帰還が決まり、土産物を買いこんでいたところへ、急遽
ガダルカナル島への転戦を命じられた。

ゆえに、士気が低かった。

米兵は、基地に籠もっている。動作は萎縮している。
上陸した部隊の大半も船へ戻り、次の進攻へ備えているという。
今や、ルンガ飛行場の奪還に、さして困難など無いはずである。

道無きジャングルの中で
方位磁石も狂うなどと理由をつけ
前線の隊長が方向を幾たびも迷い
貴重な時間を無駄にした結果
総攻撃の足並みが揃わなかった。

洋上ではヨークタウン級の空母をまた一艦撃沈するなど海軍が大きな戦果を挙げたものの
陸軍第二師団はなにひとつ朗報をもたらすことなく
就中、第29連隊に至っては飛行場手前の鉄条網を越える寸前で一斉掃射され壊滅するなど

何という恥さらしか。

こんなところで米軍を増長させるわけにはいかぬ。
ガダルカナルはオーストラリアを攻めるにおいての最前線拠点となる。
もとより、我々日本人がつくった飛行場である。
これ以上の遅滞が許されぬことは、論を待たぬ。

増援、二個師団を派遣する。
先遣した尊い犠牲者の回収も行うこと。
今度こそ身を引き締め、有終の美を飾るべし」

クソドアホウでも甘すぎるよね。ぜんぜん、足りない。
つける薬を思いつけない。
全滅した第29連隊は、アウステン山を迂回して、最も長距離を行軍させられたチームです。
長谷川軍医たちも作戦が完全に失敗したあと撤退し、ジャングルを戻っていったようなんですが、その途中でも傷病兵がどんどん、亡くなっているとか。

やるせない。
言葉もない。
ただただ、無念。やりきれません。

現場がちゃんと言ってるのに、何故、上層部に、こう伝わるのか。
またも破滅しかありえないとわかっている命令が発動され、伝言ゲームの失敗が明らかなのもわかってて、なぜ、それに対して、抗えないのか。
おかしいでしょ。
回路として、欠陥があるでしょ。そこから逆算しろよ。
いったい誰得なんだと言ってんです。敵しか得してません。
戦争じゃない。ビジネスでもない。ゲームですらない。こんなの。
ああ、やりきれない。

「ところで、コダマ。山下中将て、知ってる?」

え?ああ、ごめん、誰?

「山下中将。マレー作戦を指揮して、シンガポールで英軍司令官に全面降伏のイエス・ノーを迫ったって大英雄」

……知らない。その人が、何か?

「コダマに会いたがってるみたい」

ほぇ?

先日、17号基地へ、視察に来たんだそうです。その山下中将。
彼は、牡丹江に新設された第一方面軍の司令官として、満洲に駐屯してるらしい。
対ソ戦の準備か?
まさか。これ以上戦線を拡大するつもりか。
どこまで脳ミソ腐ってんだ、大本営。
ともあれ。その山下中将。帰り際、私の名を出し、いつ来れば会えるだろうかと聞いてきたらしい。

「来るのは月に5~6回でしょうか。不定期ですが、出入り業者なので連絡はつけられます。呼びましょうか?」
と、ここのボス北野部長が言うと

「いや、いい。なるべく本人には知らせないでくれ。構わん、また来るから」
と、言われたとか。

ふうん。それをこっそり教えてくれたわけだね。ありがとう、小林。
しかし、何だ?まったく心当たりがないぞ。

「辻中佐から噂を聞いたんじゃない?そのくらいしか、思いつかないな」
だとすると、ロクな噂じゃなかろうね。知らんぷりしとくか。

小林から見て、山下中将は、どんな感じの人だった?

「デカい。烈しい。怖い人。ここはほら、研究員ばっかりだし、その家族や、幼児たちもいるし、少年隊も、そこから正規職員になったのも、いろいろいるじゃん。軍人なのに規律がなっとらん!て巡回しながらずっと怒鳴ってた。またいつ抜き打ちで来るやらって皆ビクビクしてる。コダマも、気をつけてね」
うへえ。ますます本気で、一生、会いたくないぞ。そんな奴。

いったい私に、何をさせるつもりだ。しかも、内密にだと?
ヤバいな。ハルビンのアジトも、警戒レベルをもう一段、上げておこう。



[43732] File_1942-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/24 00:02
File_1942-12-001D_hmos.

12月。
日本軍はまだ、ガダルカナルをあきらめない。

上陸地点は、いまや、島のごく西端に限られ、そこへもやっと、辿りつければいい方と。
海岸沿いの椰子の木も、すでに根こそぎ薙ぎ倒され
蟹やトカゲを見つけては生で喰う。
体力温存のため、できる限り横になったまま、毎日ひたすら補給と援軍を待ち続ける。
その補給物資も
夜中に沖合でドラム缶を投下し
すぐさま上陸部隊が小舟で拾いにいくという
か細い綱渡りでまかなっている状況のようです。

増援の二個師団は、半数以上、洋上で失われたらしい。

ここまでする日本軍に、むしろ米軍が驚いていて、海上警戒網も解くことができず、次の進軍計画になかなか移れないでいるという。
基地周辺のジャングルを
どれだけ爆撃し、焼き払っても
その直後偵察に行くと、生きた日本兵が飛び出てきて
襲いかかってくるんだそうです。

かれらの生命力と闘志は、いかなる原理に基づけば説明可能なのか。

日本兵を人類と思うなかれ。
名状しがたき太古の邪悪なるニンジャの末裔かも知れぬ。
そんなコズミックホラーが、今日も滾々と沸き出でて、止まる気配がありません。

ごく一部の日本軍将兵が、島を脱出しています。
重傷者優先ではなく
有力者の身内であったりとか
状況を報告できる、監督的立場にいる者らを
引き揚げさせているというのが、実情のようですが。

名参謀と名高い辻も、11月はじめに帰還命令がきて、すでに島から離れた模様。

責任者のひとりとして重い処分を求めたいところですが
それよりもまずガ島での戦闘を終わらせて
捕虜でもなんでもいいから
生存者を救う手立てを講じてほしいのだが。
なぜそうならない。

そんなことしてる間に、米軍は、状況打破のため大幅な人事異動を発表。
従来のやり方では、対日戦に充分な効果を認められない。
異なるプランを持つ者に、指揮を代わらせてみよう。
敵を攪乱させられるかもしれないし、失敗しても我々の持つデータは増える。
なんという柔軟性。

かれらに、教えてあげたい。
日本軍では、どんなベテラン指揮官でも、一度失敗したら切腹が基本です。
引き継ぎ?しません。
反省?もっとしません。
驚くでしょうね。
それでどうやって、軍隊を維持していけるのかと。
私も不思議でなりません。
理解しようとも、思いませんが。

たしかに、日本兵とは、人の形をした、人類ではないなにものか、なのかもしれない。
どこをどう彷徨って、ここへ来た?
早く、お星へ、帰りなさい。



[43732] File_1943-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/25 00:02
File_1943-01-001D_hmos.

康徳10年。民国32年。皇紀2603年。西暦1943年。
あけましておめでとう。

戦況が悪くなってきたゆえに、年末年始も自粛ムード。
昨年は、開戦直後だったし、香港陥落などの勢いもあり、情報蒐集を兼ねて17号へも挨拶回りしたんですけど。
今冬は、敬遠しました。
山下トモユキ中将と鉢合わせなんかしても、たまらないからね。

サノから年賀状きてます。
あいつ、海軍に召集されて、ラバウルへ行ってたんですが、マラリアか何かに罹って、半年で戻ってきたんです。
よかったね、早いうちで。
この先、戻れるなんて、よくよく、ありえないことだからね。

内地で、入院・退院して、今は戊種判定をもらって日特に復帰。勤労中。
理想的な生き延び方だね、と思わなくもない。
ちなみに平井探偵も、阿片の喫いすぎか何かを装って、うまく兵役免除してるみたいです。
あの人は何でもできそうだから、もとより心配してません。
ゾルゲ諜報団の裁判経過も、詳細に報告してもらってます。
まだまだ、長引きそう。

ソ連。
元首のヨシフ・スターリンと、外相のヴャチェスラフ・モロトフ。
かれらの存在感が、最近きわめて強烈です。
独ソ戦は三年目に突入。
膨大な犠牲者を出してドイツ軍の猛攻を一身に引き受けているという大義名分が、ソ連には、ある。
もう一つの主戦場、北アフリカと地中海で、イギリスも全力で戦っていますが、血みどろのインパクトでは東部戦線にはとても敵わない。

英米。米ソ。ソ英。
連合国首脳会談は、昨年、何度も世界各地で行われ、その都度、声明が発表されてますが。
それぞれの背景も合わせて辿っていくと、一番手札を持っているプレイヤーがソ連であることを、否が応でも痛感させられます。

チャーチルは、蒋介石さえ霞むほどの、反共トップランナー。
ドイツに屈することはあっても、共産主義者を人として認めることはありえない。
ついでにアジア人も認めない。
そんなわかりやすいアイコンです。
英国人全体が、まだまだアジア人全般を見下しているという現実もありますが、連合国ビッグ4の一角を占める中華民国国民政府に対しても、実を言えばビッグ4としたいのは中国と、米国のみ。
チャーチルの頭の中に、中国は同格の国家として存在しません。

ルーズヴェルトは、連合国すべてに笑顔で手をつながせ、枢軸国を一掃した暁には、その基本理念のまま、世界全体を恒久平和へ導いていきたいという、きわめて理想主義的な未来像を思い描いています。
中国にはことさら同情的で、永年、欧州列強と日本とに踏みにじられてきた歴史を顧みて、全チャイニーズが人間らしく振る舞えるようアメリカは全力を尽くそう、と約束しています。

チャーチルとしては、英国が最厚遇されているとはいえ、ルーズヴェルトがソ連や中国へも資源・人材・軍事技術などを惜しげもなくバラまいてる気前の良さが、それはもう、腹立たしくてたまりません。
しかし今は、その力に頼らねば戦えない。
皮肉をチクチクきかせながら、感謝するのが精一杯です。

蒋介石は、ルーズヴェルトのことをどう思っているのでしょう。
最高の恩人です。世界で初めて、自分たちの苦しみに同情してくれた、四千年に一度の救世主。
ファーストレディーの宋美齢が米議会で講演をするためワシントンDCへ旅立ちました。到着直後に精密検査を受けた結果、いろんな病気や後遺症が見つかった。なら、まずは数ヶ月入院と療養に専念して、それから、と。
そこまで気を遣ってくれる、アメリカ合衆国に、不満など、あるわけがありません。

でも。ただひとつ、注意することがあります。
ルーズヴェルトは、共産主義というものを、実はよくわかっていないのです。

「それは、せいぜい、経済のシステム的な区別であって、西洋人か東洋人かほどの違いも無いものじゃないかね」
「今のソ連には、共産主義による世界統一などという野心は、すでに無いよ。スターリンが私に断言した。枢軸さえ倒せば、我々はもっと、お互いの国民を豊かにするために協力し合えるだろう」
「中国政府には、これまでも多大な援助をしてきたが、君は、毛澤東たち共産党系からの要望には応じないでくれとスティルウェル中将に申し入れているそうだね。私たちにはその区別はつかない。中国人同士の問題は、君たち自身で解決してもらえないかな。仲良くやってくれたまえ」

斯様に、それぞれの思惑が噛み合ってないことを、各声明から感じ取るわけですが。
今のところ、全体像を最もよく把握しており、なおかつプレイヤーの一人として行動権を有しているのが、ソ連です。
スターリンとモロトフの息がぴったり合っているところが、これまた実に、堅い。

オッズが変わってきましたよ。
最後まで立っていられるのは、誰か?



[43732] File_1943-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:2b7ccdc4
Date: 2022/03/26 00:02
File_1943-02-001D_hmos.

地図を見ています。
戦線は、今後、どう動いてゆくか。

日本はニューブリテン島ラバウルに一大要塞を築いています。ここが最大の前進基地。
ほか、ソロモン諸島ではニュージョージア島・ボーゲンビル島・ブカ島などに飛行場をつくり、常にどこかから飛び立っては全域を偵察し、敵洋上艦・航空隊・地上基地などとも交戦しています。
ニューギニア島のポートモレスビーは、攻略できませんでした。
日本の登山隊は撤退し、上陸拠点にしていたブナ基地へ戻ってきたところを、連合軍の待ち伏せによって、大半が失われた模様です。

米軍は、長考モードに入りました。
報道各紙も、めいめい予想を始めています。
これらのいずれかが、予告なく、ある日突然、実行されることになります。
それまで大いに、シンキング・タイム。

ラバウルを叩かないことには、まだ戦力に余裕のない連合軍は、思いきった行動をとれません。
でも、ラバウルを敢えて叩かないという選択肢も、あるんです。
敵を兵糧攻めにし、出撃した部隊をチマチマ潰すことで、時間はかかるけれども味方側の犠牲を可能な限り抑えられるなら、それは大いにアリでしょう。
時間をかけることで不利に陥るのは、圧倒的に日本だからです。

合衆国本土では、早くやれ派もいるんですけど、現場の声の方が強い。
日本と一番ちがうところですね。
現地で得た教訓こそが、もっとも重要視されている。

ガダルカナルの衝撃は、今なお、最大の争点。
普通だったら、あきらめる。
あきらめない日本兵は、普通じゃない。
人類の常識は通用しないぞ。

ソロモン諸島を北上するにあたり、ほとんどの島には熱帯雨林のジャングルが存在します。
日本の基地を見つけたとして。
島と基地の大きさを基準にして上陸部隊を派遣してたら、その都度、全滅するだろう。
森を完全に焼き払っても、日本兵は地中深く隠れていて、夜中に突如、襲いかかってくるぞ。
たった一人でさえ。

国際法を蹂躙する以前に、そもそも読んですらいないだろう日本軍が、BC兵器まで持ちだしてきたら?
そんな議論さえ、されてるんですよ。
中国大陸ではやつら、何年も前から使っている。
準備さえ整えば、南方でも使わない理由など、ない。
現場でも、超切実な問題です。

どうしたらよいものやら。
どうすれば、未来へ禍根を残さぬような、理想的な終結へと、導けるものだろう。

私も必死に考えながら、今日も、地図を見ています。



[43732] File_1943-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/03/27 00:02
File_1943-03-001D_hmos.

もはや、枢軸国に、勝利の可能性は、ありません。
1943年春の段階で、です。
私は、言い切っちゃいます。

ここから、王手をかけるまでが、長いんだよなあ。
という、ウンザリするような、現実のプロセスを、呪います。
あと二年。
今からは、連合軍参戦国同士の、戦後における利益分配が主要テーマとなります。
新たなるステージへの、突入です。

イタリアは既にレームダック。
国内ではムッソリーニ首相への不満が隠されなくなってきてる模様。こいつが全部悪いんですと。
今にも降伏しそうな勢いですが、駐留しているドイツ軍がまだまだ睨みをきかせていて、手強い。

北アフリカ戦線は、11月に英米軍の大上陸作戦が実行され、ロンメル元帥は夥しい地雷を敷設してから軍団を逃げ延びさせました。
しかしこの独断撤退にヒトラーが激怒。
ロンメル解任に及びます。
おいおい。じゃあ誰なら勝てるというのか。
ドイツが北アフリカへ戻る機会は、永遠に失われました。

対ソ戦でも、ドイツはこの冬、決定的な敗北を刻みます。
スターリングラード攻防戦。
大都市を占領したドイツ軍ですが、その街をまるごと包囲される。降伏勧告を受けた軍団長は、投降。
これにもヒトラー大激怒。
しかし、怒ってどうなる。
私がその軍団長なら、二度とドイツへは戻れないと、この瞬間に腹をくくります。
だからソ連に全面協力を誓う。
ヒトラーと、二度と会わずにすむために知恵を絞ることにします。イノチガケで。
怒る前に、そのくらいの算盤は、はじきましょうよ。

とはいえ、撤退や降伏を決断できるほど冷静な幹部はむしろ例外でしょう。
ナチスもまた、カルト宗教です。ヒトラー総統が生きている限り、兵たちは、迷うことも悩むこともなく、生命活動が停止する瞬間まで、敵を殺すことに邁進するよう教えこまれているはずです。
連合軍は、そんな抵抗を排除しながら、ベルリンまで到達しなくてはならない。
それが、ゲームを終わらせる唯一の条件なのだとしたら。

さて日本。もとよりこっちがカルト国家としては先輩です。
ねじれ曲がってきた歴史が長いだけに、どうすれば終わらせられるのか、勝利条件は複雑。
エンペラーに降伏宣言させれば済む話なのか?
ドイツと異なるのは、「狂った絶対権力者が忠実な働きアリたちに号令を出して戦争を始めさせた」というシナリオがつくれないことです。
現実問題、おそらく天皇は、何も知らされてない。

無学ではないと思います。
しかし、情報が与えられなさすぎていて、判断も、決済も、指導もできず、何をすべきかを示せない。
ただのアイドル。ただのオカザリ。
そんな中枢を、今次大戦の元凶だと、はたして言ってよいものか。

とはいえ、日本陸海軍指揮系統の頂点は名実ともに天皇大権であり、昭和時代すなわち今日までの16年間、日本が起こした対外戦闘行為は総てヒロヒト天皇が承認した上で行われたことです。
満洲事変だけは半年経ってからの事後承認ですが、それまで含めて、すべてです。
この責任は、重すぎます。
知らなかったですまされては、たまりません。



[43732] File_1943-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/03/28 00:02
File_1943-04-001D_hmos.

東條英機総理大臣が訪満中。
あちこち視察し、溥儀皇帝とも会見。
新聞に写真が載ってますが、夥しい数の章飾を、隙間も無いほど、胸にぶら下げ。
枢軸諸国から授与された勲章が多いみたいです。
さぞや重くて歩きづらいだろうと思いますが。
御苦労様です。

2月に大将へ昇進した山下司令官も、一緒について回っているみたいなので。
今日はゆっくり17号で、小林とくっちゃべっていられます。
とはいえ、ここの管理職の何人かが、私が来るたび山下大将へ通報しているという噂も聞きます。
やだねえ。そんなわかりやすいスパイ使ってる人とは、ますます話が合わなさそう。

ガダルカナル島から、約1万人の生存者が救出されたとのこと。
巡洋艦や駆逐艦が遠方で敵艦隊を引きつけている間に、島の西端から三日かけてピストン輸送したらしい。

それだけ聞くと、ダンケルクみたいな感動譚になりそうなもんじゃないですか。

しかし、ガ島へは総勢4万人近くを送りこんでおいて、地上戦闘はほんの数回。
航空隊や艦艇の被害も甚大で、それでも結局、飛行場を奪還できなかった。
そもそも大本営として、国民へ向け発表できるニュースではないんです。

なおかつ、内地へ帰してもらえるのは、救出された中でも、ほんの一握り。
ラバウルやボーゲンビル島などの野戦病院で療養したら、また戦わされるらしい。
島を出られても、結局、死期がほんのちょっと延ばされるだけという、やりきれなさを倍増させるお話でした。

ラバウルも、決して住みやすい基地ではないようですね。
海軍が軍事拠点とするために拡張した町で、マニラのような繁華街は無いみたいです。
そして今や、ラバウルでもマラリアが大流行。
東京と満洲で、防疫給水部がその研究と対策にせっつかれまくってます。

マラリアの流行地といえばもう一つ。
最近17号でクローズアップされているのが、ビルマ北方フーコン渓谷。

援蒋ルートを空輸に切り替えた連合軍が、その機動力をフル活用し始めました。
北部ビルマの日本軍は包囲されつつあり、日本側もこれに対抗してビルマ方面軍を新編。
決戦の準備中です。
新陣地をつくるにあたり、フーコンが選ばれました。

ビルマを統治したイギリスが、この地域だけは測地すら断念したほどの、秘境。
野獣の棲息する未開のジャングル。それが、フーコン。

ここに派遣された日本軍調査隊の報告では、ガダルカナルの密林とよく似てます。
違いをいえば、カチン族という、先住民の部落があること。
外国人を極度に警戒し、森の至るところから現れて、小刀を手に襲いかかってくるのだという。

なんとか、はぐれ者の老人を味方につけて案内してもらい、岩山に陣地をつくったものの、マラリア患者が続出して、軍隊としての機能を保てない。
このことを「陸軍式に」報告すると、上層部はマコトニケッコウヨキニハカラエと大満足。
緑豊かな未開地なら食糧もいっぱいあるだろうからと、早々に補給も打ち切ったそうです。

偽薬すら送らなくていいなら、楽じゃん?
と思ってたら、医学者の発想は違った。

その土地固有の病気なら、自生する動植物、とりわけ住民の体内には抗体ができているはずで、その成分を特定すれば、薬がつくれるのだと。
だからまずはサンプルを集めたい。
持ってこれるものはなんでもいいから、いじらないで17号へ送り届けてほしいというわけですな。

それを陸軍式伝言ゲームで要請するのは、これまた骨が折れそうですね。



[43732] File_1943-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/03/29 00:02
File_1943-05-001D_hmos.

万国の労働者、団結せよ。
今となってはなつかしい。
世界各地の共産主義者に結束を呼びかけ、労働者の労働者による労働者のための社会をつくるべしと、共産党宣言とともに始まったスローガンです。

1943年5月。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は
国外の共産主義運動を指導・連帯させる機関だった第三インターナショナル
通称、コミンテルンを
一斉解散すると発表しました。

枢軸国との戦いで連合国の一員となったソ連には、もはや共産主義も資本主義もないのだ。
ルーズヴェルトは自らの主張が完全に受け入れられ、スターリンが迅速な決断を下したことに、満面の笑み。
チャーチルは、かれらがそんな従順であるわけがないと、警戒を緩めません。むしろ猜疑心を強めている印象を隠さない。
さて、真実に近いのはどちらか。

私のいた21世紀には、コミンテルンは、ありませんでした。
どこかで消えるか、改組されるんだろうなと思ってましたが、このタイミングは意外でしたよ。
もしかすると私の知る歴史とは違うのか。

スパイ映画でお馴染みのカーゲーベーも今はまだ無いようですが、NKVDがその前身ということになるのかしら。
ともあれ、コミンテルンは、無くなります。
レンドリースが更に加速します。
米ソの友好関係は当分、安泰。

でもソ連は依然、情報統制の厳しいお国柄なので、アメリカがその内実に気付く頃には、核の時代が到来していることになります。
ルーズヴェルトも亡くなってますが、知らずにすんだことは幸せだったかも。
遺された子らは、たまりませんが。

ところで。私の住んでいるハルビンは、共産主義革命後に国を追われたロシア人貴族たちによって、栄えた街です。
なので従来、反共精神が根強く、そのため満州国成立後も、日本が極端には同化政策を押しつけなかった。
現地にまかせておけと放任されていました。
他の土地よりは比較的、ですけど。

今でも、ハルビン市民は反共だという固定観念に沿って書かれてる文書は、多いです。
でも正直、ハルビンで生まれ育った若者は、コミュニズムへの憧れが半端なく強いですよ。
親の世代への拒絶反応。
それから自分たちが身をもって体験している、日本人からの差別虐待。
これらが
見たこともない祖国ロシアへの憧れや
枢軸国家に立ち向かっている、仲間たちへの共鳴を
掻き立てずにはおかないのです。
もちろん、おくびにも出せません。だから表面しか見ない人にはわからない。

ハルビンには、中共、藍衣社、英米独の諜報屋、その他どこに属してるんだかわからないゴロツキ連中、数知れず。
有象無象の闇団体が掃いて捨てるほど隠れてますが、コミンテルンはその最大手でした。
表向き解散しますが、山ほどの機密を抱えている連中をスターリンが自由にさせるはずもない。
看板だけ替えさせるか。もっと地下に潜らせるか。
そんな動向も、注目していきたいと思っています。

スターリン、やり手ですからね。
ルーズヴェルトを手玉にとるくらい、造作もない。
見ててこっちがヒヤヒヤします。

そして、更に外側から様子を窺い、一心に爪を研いでいるのが、中国共産党。
いずれ、蒋介石を大陸から追い払う。先行きを知っているから、ドキドキしますよ。

コミンテルンが消える。
大転換点。何が始まるのか。
ハルビンは今日も、静かです。



[43732] File_1943-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/03/30 00:02
File_1943-06-001D_hmos.

ニューブリテン島、ラバウル。
日本軍南方戦線、最重要拠点。

港は入江の中にあり、波おだやか。
平地は広く、飛行場に適している。
そんな条件の良い土地なら、どうしてこれまで都市がつくられなかったのだろう?と訝しみました。
火山が頻繁に噴火して、その都度、町を破壊させていたかららしい。
でも突如現れた日本軍にとっては、ただただ絶景の未開拓地が広がっていたわけです。
たちまち、大規模な要塞をつくりあげた。
そこを、連合軍は攻めあぐねています。

陸軍からは第八方面軍が司令部を置いており、野戦病院と衛生班も大所帯。
そこからの報告が届いたよ、と小林から連絡もらったので、いそいそと17号へ出かけました。
たばかったな、小林。

小林の部屋で待っていると、荒々しいノックの音。
現れたのは、巨漢の三ツ星。
……こいつか。こいつが……

山下トモユキ。
シンガポールの征服者。
現在、満洲第一方面軍司令官。
軍規にうるさく、徴用員にも容赦しない。挨拶をしないだけで雷が落ちる。
そう、さんざん少年たちから聞いてます。

咄嗟に立ち上がり、敬礼しました。
軍人さんになら誰へも普段からやってますよ、風に。

「コダマくんか。ああ、いい。君は軍人ではなかろう。楽にしてくれたまえ」

……んん?
ちょっと、戸惑う。
しかし噂にきく山下大将以外にありえない。

「30分ほど、話をしたい。つきあってもらえるかね」

断れるわけありません。
一緒に部屋を出ます。
お付きの武官に囲まれて、中央棟の外へ。
どこへ……七棟?まさか。ここは。
人体実験用被験者の監房ですよ。

入る。
逃げられない。
すでに準備されていたと思しき一室へ。
廊下の手前で、大将は部下たちを制止する。

「わしがきっかり30分で戻ってこなければ、入ってこい。それまでは、ここで見張っとれ」

入念にボディチェックをされます。武器持ってなくてよかった。今日に限って。ついてた。
いや、ついてない。
ここで何をされるんだ私は。これから。30分?

あとについて、部屋へ入ります。椅子がふたつ。テーブルなし。
セッティング済みというわけですね。
殺風景な部屋ですが、山下は、壁をあちこち叩いて、何かを確かめています。盗聴器でも仕込まれてないか、という風に。
……何なんだろう。
約2分。
安心したのか、私の向かいの椅子に腰を下ろす。
じろじろと、眺め回されます。

「これから言う名前に、心当たりがあれば、教えてくれたまえ」

……スパイ容疑で尋問ですか。ヤレヤレ。

「アルフレッド・テスタ」

……知りません。

「アーサー・ドブ」

まったく心当たりありません。

「ツェザル・コウスカ」

……ラテンぽい響きですかね。さっぱり。

「ヴィルヘルム・クロッパー」

……わかんない。何の嫌疑をかけられてるんだ?

「アリスター・ウェインライト」

アメリカ人ぽいのがきた。しかし、わからん。

「ドナルド・トランプ」

ど……え?



[43732] File_1943-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/03/31 00:02
File_1943-06-002D_hmos.

ばれた。
気取られた。
一瞬、身がすくんだ。

「アメリカが生みだした、史上最低の大統領。だったかな?」

山下さん。あなたは……

「21世紀はじめ頃だと思ったが。知っていたら、教えてくれまいか」

その通りです。2020年頃のはずです。
山下さんは、いつの時代から来られたんですか?

「まあまあ、急くな。こちらこそ、21世紀の話を聞きたい。わしはよく知らんのでな」

そう言われたって……私も前世ではとくに政治にも歴史にも興味なかったですよ。
一度目の人生って、そんなものでしょ?
それより山下さんが生まれた時代を知りたい。

「西暦でいえば23世紀かな。U.C.0203の生まれだ。コロニーで生まれ、死んだ。その記憶を有したまま、58年前、高知に生まれた」

スケールでかすぎる。宇宙人かよ。
……ん?
もしかして、私よりも、第二次大戦や冷戦については、ご存知ない?

「知らんのだ。今まで会った中では、君が一番、古い時代から来ている。この戦争は、どうなるんだ?」

……まてまてまてまて。
おちついて考えよう。相手は陸軍大将だぞ、現役の。
あと2年で日本は無条件降伏しますなんて、言っちゃっていいものか?
冷静になれ。
危険は避けろ。

……私の知っている歴史とは、すでに大きく、違う道へ進んでしまってるんです。
私にも、この戦争がどうなっていくかは、わかりません。
ちなみに私のいた世界では、日本は敗北しました。まだ、2年ほど、続きますけど。

「そうか……なら、今度こそ、勝てるといいな。この調子で押し切って、英米が講和を申し出てくれれば、いけそうだがな」

おやおやおや?
山下大将も、浮かれてる側の人ですか。
意外と、甘いようで。

「辻から聞いて、もしやと思った。ここで二番目に背の低い男だと教えられたのだが、君より小さい子もいっぱいいるな」

奴のいた頃は、少年隊、いませんでしたからね。
一番でなければいいです。小林に抜かれることはないから。
辻め、いつか殺す。

それにしても、自分以外に転生者を見たの、山下さんが初めてです。
他にも、いたんですね?何人くらい、いらっしゃるんですか?

「2・26で皆、処刑されてしもうたから、もう、わし一人だ。日本を滅亡から救える同志にまた巡りあえて、わしが今、どんなに嬉しく思っているか、わかってもらえるかな」

日本……滅亡?

確認させてください。
山下さんのいた前世では、日本は、滅亡してるんですか?
いつ、どんな風に?

「宇宙世紀が始まる百年ほど前の戦争で、何発も核爆弾を落とされ、国家としては消滅した。その後は国際連合の管理地域となり、加盟国の共同核実験場となったという。わしには日本人の血が十何分の一か混じっていたので多少の知識はあるが、それでこの程度だ。スペースノイドにとって地球の中世紀史は、大して興味も無いものなのでな」

私の前世とも、相当違っているようですね。
ますます、わからなくなってきたぞ。
山下さん、まもなくタイムリミットです。またじっくりお話したい。場を改めましょう。

「牡丹江の司令部へ来てもらえればありがたい。連絡をもらえれば、都合をつけよう」

今日はありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。



[43732] File_1943-06-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/01 00:05
File_1943-06-003D_hmos.

「逆らえるわけないじゃん。ごめんな」
小林め。お前もいつかお仕置きだ。

ラバウル・レポートが頭に入らないぞ。こんちくしょう。
しかし持ち出して読むわけにもいかないので、がんばって頭に詰めこみます。

ラバウルを下北半島の首根っ子だとすると、ちょうど青森県に相当する一帯に、17師と38師が広大な開拓地を造成中。
自給自足をモットーとし、内地からの補給に頼らず拠点防衛できるよう、本格的な日本人村をつくりあげてるらしい。

ふと思ったのですが、東に浮かぶボーゲンビル島へは、ガダルカナルから救出された第二師団が今も大勢、療養中のはず。
第二師団には石原莞爾が畑づくりを仕込んだ。
案外そのノウハウがこんなところで、ラバウル部隊へ継承されているのかもしれない。
石原もさぞや、誇らしかろう。浮かばれよう。
まだ死んでないと思うけど。

ニューブリテン島には、男も女も上半身裸で暮らす、純朴な現地民がいるらしいのですが、日本兵たちが昼夜働きづめでどんどん村を大きくしていく光景に、ただただ驚くばかりとか。
ミツバチの巣作りでも眺めてる感覚かな。それはビックリするだろうな。

よし、ラバウルはここまでと。

山下大将は、転生者だった。
しかも、私のいた未来とは違う世界線から来たらしい。
日本は滅亡している?
この戦争で、かな。
21世紀では計算が合わない。彼の言ってた数字が正確なら、20世紀中の戦争によって、となる。
2・26の蹶起将校にも、転生者が何人か、いたのか。
考えもしなかった。

そして、生き残りは、山下さんと、私だけ。我々の知る限りでは。

滅亡から救うために、と言っていた。
だから山下さん、軍人になったんだ。
太平洋戦争を、勝利に導くつもりか。

……その発想も、なかったよ。ここから、可能なのか?

私は、
日本が敗れて
冷戦が始まって
アメリカの傘の下で日本はしたたかに復活する、
それしか無いと思ってた。
そうなる前提で、日米開戦を、待っていた。

異なる時間線が存在した。それだけでも、大きな衝撃だ。

この世界の未来はどうなる?
どうなるっていうか、変えられる?
しかし……勝たせていいのか?
今の日本に、このまま。

それは、厭だ。

絶対にそれだけはダメだ。日本軍を、一掃しなくちゃいけない。
中国から、完全に撤退させるべき。これだけは絶対に譲れない。

そもそも。
勝てないでしょう。
どう考えても、日本はここから転落の一途。

政治力もない。マスコミに踊らされる阿呆な国民ばかり。
人のフリ見て我がフリ直す前にそもそも周囲を見もしない。
こんなやつらを、勝たせてどうする。
滅べよ。むしろそう思う。

しかし……複雑な心境ですなあ。
近いうち、牡丹江へ、会いに行こう。
じっくり話して、それから更に考えよう。

小林、ラバウル・レポートありがとう。
また続報来たら教えてくれ。ボーゲンビル島の状況も知りたいな。

「コダマ、もし山下大将が対ソ戦の準備をしてるなら、広軌を侮るなかれって、事前にちゃんと言っておいてくれよな」

あ、ああ。そうだな。くれぐれも、釘はさしておくよ。



[43732] File_1943-06-004D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/02 00:02
File_1943-06-004D_hmos.

6月末。牡丹江の第一方面軍司令部へ。
司令官・山下大将と、3時間ほど、サシで歓談してきました。
濃ゆい話ばかりで、疲れ果てました。山下さんも同じだと思います。

山下さんが前世で生まれ育ったスペースコロニーでは、あらゆる贅沢が許されませんでした。
地上では想像もつかないほど、衣食住、すべてにわたって。
盗んだバイクで走り出し、夜の校舎窓ガラス壊して回る。そんな不良が一人現れれば、居住区の全員が即死する。
全住民が身を寄せ合い、支え合い、教え合い、厳格に決まりを守って、やっと生活を維持できる。
小さな、小さな共同体。
それが宇宙で暮らすということ。
戦争なんて、そもそも論外。

連想したのは、深海魚の世界。
極限に順応した生態系。陽光は届かず、低温で高圧。
酸素も餌も乏しくて、身を寄せる場もなければ配偶者を見つけることさえ容易ではない。

その環境に特化した生物種は、浅海へ上がった途端に死んでしまいます。
宇宙人にとって、地表へ降り立つのは、まさにそれ。
重力との戦いに挑むことを、かれらは根本的に考えません。
外交官でもなければ地球史に興味すら持たないのは当然です。

山下さんは、今の世界に生まれ落ちたとき、まず重力を感じ、それに抗して身体を動かせることに、とても驚いたそうです。
自分の足で大地に立ち、どこまでも歩いていける。
そのときの感動を、今でも噛みしめながら生きているのだと。

私なんかより、はるかに大きなギャップだ。
しかも、数百年前に滅亡したと言われていた、祖国ニッポンへの転生。
かけがえのない、この国を、守りたい。
第二の人生をその一念に捧げようと決めたのは、必然だったでしょう。

しかし。

その大いなる夢のための一歩が、2・26だったと言われると、私は首を傾げざるをえない。
私は2・26を現場で見てました。
そして、こいつら軍人としてあまりにも幼稚すぎると、アッサリ見切りをつけた。
今も、首謀者どもの脳天気な日本改造計画には、欠陥だらけで手の施しようもなかったと思ってる。

犯罪者たちを処罰した連中も同程度の浅知恵しかなく、あの事件が何だったのか正しく検証できなかったことで、日本はますます愚か者国家への道をひた走るに至ったのだというのが、私の結論です。

私も、ほんの100年前の日本の歴史を大して知りもせず前世を過ごしてきたことを反省するので、偉そうなこと言えませんけど。
もしかすると23世紀人は
21世紀人より、もっとずっと、考える能力を退化させていて
周囲が肯定する常識を、お行儀よく摂取するだけしかできず
日本ハ素晴ラシイ国ダッタンダヨネと念仏のごとく唱え続け
その呪縛から抜け出せないのでは?
という疑念を、山下さんとじっくり話したことで、ますます強めました。
こじらせ続けて数百年。
カルト宗教、煮詰まっちゃうでしょ。
言ってませんけどね。
さすがに。
気の毒で。

そんな山下大将の、対ソ戦略が、これまた、なっちゃいない。
東京から指令が下り次第、ハバロフスクから攻めこむ予定で
方面軍では、兵へ常時、厳霜烈日な猛訓練を課してるんです。
私には優しいですが、普段は噂通り、容赦無い司令官ですよ。
くわばらくわばら。

リュシコフ亡命のあとで石原がソ連を牽制したような
あんな頭脳戦を想定しているかというと
そもそも大将はその一件を御存知ないという。
戦績として分析する以前に記録すらしていない。あまりにもダメすぎる。
当然、現在のソ連兵力についても、日本は軍も外務省も、正確な情報を得る手段を持っていない。

ハルハ河の戦いについては
報告を読み、マレーで一緒だったときに辻から詳しく聞いたとのことですが
辻に言わせると
「大本営が撤退命令さえ出さなければソ連が講和を求めるまで耐え抜いた。だから次は負けぬ」
そんな彼の力説に深く共感し、次こそはその手で粘り勝ちに持ちこもうという基本姿勢のようです。
山下大将。あなたそれでも軍人ですか。

辻って、どんな人物ですか?山下さんから見て。

「最初は、軽薄で、尊大で、いけ好かん奴だと思った。しかし自ら最前線で指揮を執り、兵を鼓舞し、不可能を可能にする。あの行動力は、まさしく傑物やき。問題は多いぞ。組織の長としては不適格だ。だが、あんな奴が前線に百人もおれば、英米もソ連も日本の敵ではなかろう。それはシンガポールで証明した。辻はいま陸大の教官におさまっとるが、優秀な将校を育ててもらって、対ソ戦開始の暁には、ここで参謀に就いてもらいたいと思うとる」

辻が百人、ですか。すでに何体か、コピーロボットいそうですけどね。
それは血を吐きながら死ぬまで走り続ける、孤独なマラソン大会です。
少なくとも私は、そんな国を生き延びさせたいとは思いません。
過去未来永劫。



[43732] File_1943-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/03 00:02
File_1943-07-001D_hmos.

牡丹江から帰ってまもなく、南方で大事件が起こりました。
米軍、反攻開始です。本格的に。
ついに、きた。

7月10日までに私の手元に集まった情報でまとめますと。
ガダルカナル島より西方、レンドーヴァ島。
ニューギニア島東部、ナッソー湾。
および、対岸ウッドラック諸島。
これらへの上陸作戦が、6月30日、一斉に始められた模様です。

前日、一日中雨続きで、日本側の海上哨戒が甘くなっていた。その隙を突いた。
天候を巧みに利用する。戦術の王道ですね。
同時に、ボーゲンビル島やコロンバンガラ島の日本軍陣地へも、盛大な砲撃を開始。
戦闘機・艦爆機入り乱れる派手な空中戦も繰り広げられている模様です。

日本のうろたえぶりは、数日遅れで記事にしていることを見ても明らかですが。
日付も場所も曖昧で、敵をバンバンやっつけましたという内容だけのファンファーレ。
ごくろうさん。泣き顔が目に浮かびますよ。

特筆すべきは、米艦が夜間戦闘を「仕掛けて」き始めたこと。
従来は、あり得ませんでした。
これが意味するところは。
レーダーの運用が、いよいよ軌道に乗ってきた。

電波により、敵の位置を正確に把握し、無線でフォーメーションを指揮する。
暗闇では絶対的なアドバンテージ。
もちろん日中でも有利です。
弾幕の火煙。背後も見えない。そんな三次元無双のさなか、レーダーには、影が映る。
これまでも迎撃は重ねてきましたが、いよいよ機は熟したと、見たのでしょう。
用意周到、全力投入。
ほんとに、スポーツの極意をわかってる。

日本軍が聞いたら驚くであろうこと、もうひとつ。
レンドーヴァ島上陸担当は、第3艦隊。
海軍勢です。
ニューギニア島上陸は、マッカーサー指揮する第7艦隊。
陸軍勢です。
共同作戦では方針に折り合いがつかないので、だったら別々にやるがよいと統合参謀本部が許可を出した。
日付だけを統一して、二頭態勢で実行されました。

実はこれが初めてでもありません。
連合軍太平洋方面はアメリカ・イギリス・オランダ・フィリピン・オーストラリアなどの混成ですが、各軍の指揮系統や戦法・護るべきものの優先順位・言語まで含めて、あらゆるものがまちまちです。
これをいきなり、最大派に全員合わせろといっても、無理でしょう。
ならば各軍の力量と、達成可能性に応じた作戦を割り振り、報連相だけ共通化して、部隊ごとに任せる。
連合軍はこのノウハウも、着実に熟練させつつあります。

日本の陸軍と海軍は、思ってたほど仲悪くもないようですが、今だって、よく知らない相手への依存度が高すぎる。
これでは、家計に余裕がなくなっていくにつれ、責任のなすりつけ合いと、相互不信が募っていくことは、避けられません。
これから、ますます、残念な方向へ突き進んでいくことは、疑いないでしょう。

ラバウル防衛線は、何ヶ月で、いえ何週間で、突破されるでしょうか。
固唾を飲んで、見守りたいと思います。



[43732] File_1943-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/04 00:02
File_1943-08-001D_hmos.

慎重すぎやしないか、米軍。
6月末の華々しい上陸作戦で度肝を抜かれましたが、その後、動きが停滞。

日々激しい航空戦が繰り広げられてるのは、承知してます。
倒すより、倒されるな。
深追いせず、敵を消耗させろ。
それはわかるんですが。
進展無くて、フラストレーションがたまり始めちゃいます。

レンドーヴァ島はあっさり陥落したのですが、お隣のニュージョージア島では、日本兵がジャングルに潜り始めた。
ガダルカナルの二の舞を恐れる連合軍は、防衛線を緩められないみたい。
日本の基本戦術がこれ一辺倒ならば、ひたすら、厭な相手だ。
爆撃では人間は吹っ飛ばせても、ゴキブリは殺せない。
まさに、そんな感じ。

心の中の悪魔が
毒ガス使っちゃえよと囁きますが
日本軍が敵に使うことはあっても
連合軍はジュネーヴ議定書を遵守しますから。
してください。
お願いします。
小林も、くれぐれも、使うなよ。
研究だけにとどめておけよ。

ガ島では、日本軍からとりあげたヘンダーソン飛行場の隣に新たな爆撃機用滑走路をつくって、今や300機以上の航空機がひしめいているみたいですよ。
それでいて、ラバウルまでにあと幾つの島があるのか。
一歩一歩進めていくと、東京へ到達するまでに100年はかかりそう。
新たなるドクトリンが求められますね。

日本も、ガダルカナルの反省からか、今回、早めの撤収を心掛けているようです。
諸島中の各部隊が、続々とラバウルへ戻されてる。
耕作地では人手が充分まかなえて、内地よりも食糧事情は豊か。
とくに食用カタツムリの繁殖がめざましく、蛋白質には事欠かない。
兵たちの士気は開戦当初よりも旺盛で、異様な熱気に満ち満ちているとか。

しかしさすがに、畑で兵器と弾薬はつくれない。
内地から急造で送り届けられてるみたいですが、零戦も艦爆も、連日未帰還機を出し続けている。
兵站って重要なのかも。なんて、そろそろ、気付き始めたかな。まだかな。

大陸では。
7月、日本の傀儡である、自由インド臨時政府がシンガポールに誕生。
8月にはビルマ国の独立が宣言され、パーモー代表が意気揚々と、英米への宣戦を布告。
重慶・南京では特に進展無し。
蒋とスティルウェル、あいかわらず、仲良く喧嘩してます。
一点だけ、ふたりの意見に一致が見られます。太平洋での連合軍の活躍が、面白くないみたい。
南方側から日本を爆撃できるようになると、中国内の戦略飛行場の存在意義が無くなってしまうじゃないか。
だから進撃をそこでやめて物資を大陸へ回してほしいと、切実に叫んでいます。
このときだけは相手を妨害しません。なんとも、ほほえましい。

南京といえば、辻がまた戻ってきます。大佐に昇進して。
支那派遣軍参謀だってさ。次は何をやらかすつもりかな。
満洲では、山下大将が、ハバロフスク攻略のためにソ連軍警備艇のニセモノをつくらせてるらしい。
と、現地の業者から聞きました。
特務の入れ知恵みたいですが、奇襲作戦の域を出てないよなあ。

イタリアでは、ムッソリーニ首相が辞任。いよいよ、降伏も間近いかな。

こんな平和なひとときのあとには、きっと、ドカンと大ニュースがくるものでしょう。
お手柔らかに、願いますぞ。



[43732] File_1943-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/05 00:02
File_1943-09-001D_hmos.

米軍は、チョビチョビ、ソロモン諸島を攻略しています。

こんなインタビューを読みました。
「野球と同じで、守備の薄いところへ打つんだよ」
日本の駆逐艦や戦闘機は、単騎ではおそろしく獰猛で、決して侮ってはならない。
しかし確実に数は減ってきており、疲れもたまってきている。
狙ったところへ打つ技術があるなら、外野のいない方面へ飛ばせばいいよ。
もてあそばれちゃってますね。

日本軍は、取られた陣地の奪還に固執する。という習性も指摘されてましたよ。
飛んで火に入る夏の虫?
まんまじゃないか。あまりにも。
7月からは、日本が航空機の昼間出撃を中止したようだという噂も聞きます。
もはや、夜襲でしか勝機はないと?
まだまだ日中は暑いから疲労を重ねるな、なのか?
敵さんはレーダーで、こちらの動きを読んでます。
視認に頼る日本軍は、夜の方がむしろ不利ですよ。
昔の常識を信じ抜く以外の発想ができないのかな。
それにも気付いてないのかな。ヒヤヒヤしますね。

ラバウルの軍医さん日誌でも、気になる件りがありました。

a.「早朝、敵影を見て隠れる。攻撃がないと、ほっとする」
それ、偵察機です。
写真撮って、攻撃ポイントばっちり研究してますよ。
逃がしちゃアカン奴です。わかってないか。

b.「夕刻、飛行機が帰還してきた。近づくにつれ、翼の形が違うことに気付く。敵機だ!あわてて伏せる。弾はそれた。たすかった」
近づくまで、敵か味方かわからない時点で、ハンデ背負いすぎでしょ。
もはや、基礎工学力でどれほどの差をつけられているのかという話です。
まだまだ精神力だけで戦うおつもりなんですか?
勝てると思ってらっしゃるのですか?
辻が百人いたら、むしろもっと早く結着がつくんじゃあるまいか。
そんなことさえ、考えます。

欧州では、9月8日、イタリア降伏が発表されました。
しかしイタリア全土には防衛を任じられたドイツ軍が進駐しており、かれらは依然、戦闘中です。
ドイツ兵は、イタリア国民を護るためにそこにいるわけではない。むしろ敵に奪われるくらいなら都市も物資も破壊する。それでも撤退命令が下ることはないでしょう。
これはイタリアの住民にとって、参戦中よりつらい段階かもしれないです。

大局的な進展が、ひとつありました。
連合国は、枢軸国に対して、一律に、無条件降伏を求めるという原則を決めたみたいです。
なにぶんいろんな利害関係の絡み合った多数の国々を巻きこんでる世界大戦。
有象無象の傀儡政権もできてますし、その中の一国と一国が勝手に和平工作して、さらに混乱を増すことは、まかりならん。

たしかに、もっともです。
そこで、枢軸国に対し、降伏において、一切の弁明を認めさせぬという単純明快なルールがつくられました。
罪を一部のファシストに帰し、国王ヴィットリオ・エマヌエーレ三世以下国民は悪くなかったんです、みたいな理屈は通用させないよ、という一律公平な処遇ですね。

なるほど、これは考えたな。
まずはイタリアの、これからに注目しましょう。



[43732] File_1943-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/06 00:02
File_1943-09-002D_hmos.

平井さんですか。コダマです。

「ああ、おはよう。早いねえ。何事かな?」

昨日の件です。おわかりでしょ?

「報道はされてないはずだがね」

今週中に、そちらへ行きます。準備しておいてください。

「即日、差し戻しを請求してる。再調査にも、時間がかかる。いま、その報告を書いて、送ろうとしていたところだよ。これを読んでから、判断してもらえないかな」

行きますよ。そちらで読ませてください。

「事を起こされると、こちらも、困るからね。協力、しないよ。それでもいいなら、来たまえ」

……差し戻し中、なんですね?わかりました。報告書、送ってください。

「今日中に、発送します。じゃ、くれぐれも、穏便にね。よろしく」

くそっ。
あの探偵が本気で妨害してくるとなると危険すぎる。
肝腎のゾルゲ氏は人質同然です。

9月29日、東京地方裁判所が、ゾルゲ氏に死刑を宣告しました。

差し戻しとは、控訴のことでしょう。再審理。
ここまでも長かったですが、棄却されてないなら、まだ時間は稼げる。
とはいえ。
巣鴨の拘置所に収監されていることまではわかってますが、やたら広いし、何棟もある。
それ以上の情報を教えてもらえない。

平井氏を味方につけない限り、力尽くでの奪還は、ハイリスク。

シュトラウスを、脱獄させる。
平井氏にその片棒を担がせるのは至難の業です。
これまでも、通訳や看守を抱きこんで探ってもらってたので、派手な騒ぎを起こせば彼自身へ真っ先に疑いがかかるからでしょう。
それはわかります。
わかりますが、しかし。

死刑か。

ひとまず、報告を待ちます。
平井氏に手伝ってもらえるなら、脱獄計画も容易くなるはず。
なんとか味方につけ、誰にも迷惑のかからないシナリオを考えましょう。

内地へは、もはや日特との商談を装って行くのすら困難が伴います。
食料品はすべて配給。ガソリンも規制されてるので、軍用車以外は走ってないとか。
言論統制も昂じていて、書店にはヘイト本以外置けない。
それすら入荷せず、廃業する店が後を絶たない。

中国人やロシア人相手ならここで賄賂がものをいうのですが、日本人は賄賂だけでは靡かない。厄介なところです。
日本人とのビジネスって、戦争するのと同じくらい、きわめて面倒くさい。
多けりゃいいもんじゃないんです。
そいつがいくら欲しがってるのか。
要領を得ない会話を通して見定めなくちゃ成立しない。
相手の自尊心をくすぐり、そのプライドを傷つけない絶妙な匙加減の金品を受け取らせることができて、初めて具体的な交渉が始まる。
ハルビンにはハルビンのレートがあり、内地には内地の呼吸があるでしょう。
機嫌を損ねたらゲームオーバー。
昔からそうでしたが、今はもっとややこしくなっている。
異分子を排除するメカニズムに忠実、かつ偏執的すぎる。
アレルギー反応を過敏に惹き起こしやすい民族性が、閉鎖性を強めることで、極限まで尖鋭化している。

平井氏とバトルしてるうちに、そんなイメージを抱くようになりました。
清潔好きも、やりすぎは毒だぞ日本人。
ハグくらいしろ。



[43732] File_1943-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/07 00:01
File_1943-10-001D_hmos.

東京の大本営が、英断を下しました。
ラバウル、見捨てるってさ。

正確には、戦略的任務解除。
そう書いてありますね。
放棄、なら二字ですむのに。
紙もインクも、もったいないでしょ。
ぜいたくは、敵なんでしょう?

「従軍看護婦ほか非戦闘員は、今のうちに帰還を許してもらえないか」と現地司令官より内地へ打診されているらしいです。許されてないってことですね。
17号基地でも、現地へ派遣されている防疫給水部員は還してもらえるのかどうかと、気を揉んでいます。
「本土への侵攻を一日でも遅らせるためにラバウルを切り捨てる」判断なら、非戦闘員でも肉の盾にできるでしょうから、還させないかな。
再利用可能な負傷兵を最大限活用するためにも、野戦病院は必要ですし。
血も涙も通ってない日本製の計算機は、瞬時に答えを、弾くでしょう。

ガダルカナルからボーゲンビルへ救出された連隊の大部分が、フーコンへ転送されてるんですよ。
内地へ戻せば「大東亜の共栄を掲げた聖戦」の真実が露呈するから、帰国などさせない。
「日本軍がジャングルでの抵抗戦に世界一強いということを、その経験を巧みに生かして、再び証明してくれ」
そんな天の配剤が為されました。
大本営の計算機は素晴らしいですね。私のエニグマより優秀かもしれない。

ところで連合国太平洋方面軍。
ハルゼー提督のソロモン攻略チームと
マッカーサー将軍のニューギニア部隊のほかに
新手がもう一陣、現れました。
スプルアンス提督率いる、中部太平洋艦隊。
最新鋭空母エセックスを中心に、真珠湾より満を持しての出撃です。

大海原を西へ進み、9月中にギルバート諸島へ到着。
東京からの直線距離は約5000km。
開戦直後、小規模のイギリス陣地を攻撃した日本軍は、ここに守備隊を置いていました。
方角的には、ここからソロモン諸島へ合流する形になるのかな。
中部艦隊はミッドウェイ以降、本格的な戦闘から遠ざかっていたため、偵察など後方支援から徐々に慣らして参加させていくようです。
どこまでも慎重すぎるアメリカ軍。
いいことではありますけど。
北のアリューシャン列島からは、すでに日本軍を完全に追い払ってしまったそうです。
そっちまでは、二度と攻めては来ますまい。

平井氏の報告を読みました。
ゾルゲ氏は皇国の神威を揺るがした大スパイ網の首魁であるから、極刑に処せざるを得ない。
ゆえに死刑を宣告されるのは必然であった。
しかし、執行はされない。
できない。
日ソ中立条約はまだ有効であるとはいえ、ソ連は日本にとって、今も最大の仮想敵国のひとつである。
そして同盟国ドイツがソ連を倒せる見込みは、現状、限りなく薄くなった。
よって日本はいずれ、ソ連とも、戦わねばならぬ。
このとき、ゾルゲ氏の持つ情報がどれだけ日本軍の作戦立案に有益であるかは明白である。
だから、それまでは生かさざるを得ない。

なるほど。言われてみれば、もっともですね。
リュシコフ氏の場合は自発的な亡命でしたが、彼もまだ、生かされてるみたいですしね。
平井氏が監視する上でも、ゾルゲ氏が巣鴨に居続けるままの方が、都合がいいそうです。
チャンスがあれば安全に脱獄させたい。という私の意図は、汲み取っていだだけてます。

でも終戦までには、何があろうと絶対に、連れ出しますけどね。



[43732] File_1943-11-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/08 00:02
File_1943-11-001D_hmos.

今回は、大将に乞われて、私の元いた20世紀について、語ってきました。

第二次世界大戦は、1945年に終結します。
日本は、滅びませんが、無条件降伏を受け入れました。
それより早く、ドイツも敗北。ヒトラーは、地下壕で自決します。

アメリカでは、ルーズヴェルト大統領が突然死。
トルーマン副大統領が代理となって国を導いていきますが、ソ連との対立が激しく深まります。
世界は資本主義国家群と共産主義国家群に大きく二分されるに至り、世界各地でその代理戦争が繰り広げられる時代へと突入。
ドイツや朝鮮は国内に国境線が敷かれ、まったく異なるイデオロギーで生まれ育つ世代がそれぞれに誕生し、成長していきます。
いずれも、再統一までの道は、おそろしく困難でした。

日本は、ほぼ全土がアメリカの占領地となり、その傘の下で、すばやい復興を遂げます。
イデオロギー的には完全な隷属といってよい。
天皇制は存続し、元号も続いていきますが、皇帝としての権威はまったく無くなります。
国民の生活は、表面的には豊かになり、一時は経済大国と呼ばれる地位にまで、のし上がります。
けれども、政治力はおそろしく貧弱なまま。
今だって、大して違いませんけどね。

「軍隊は、一時完全になくなる。しかし自衛隊という名で復活し、日本人みずから祖国を守るという大義は保たれる。東亜の秩序を保障し主導するのが米国であったとしても、日本はかれらと敵対しておらず、むしろ良好な関係を保ち続けている。その上、国民は経済的に豊かで、贅沢を許されているのであろう?
……これは、わしには、願ってもないほど、非常に理想的な戦後のように、思える。
おぬしが何を不満と考えるのか、いまいち、わからんのだが?」

自衛隊は、軍隊なのか、ニセ軍隊なのか。
国そのものも、独立国家なのか、米国の傀儡なのか。
何もかもがウヤムヤなまま、既成事実だけを積み上げていくウソツキ体質。
それが、日本の伝統的精神とまで言われるほど定着してしまうことに、ですかね。

もっとも私だって、まだ、判然とは説明できないです。
前世では、いま山下さんが仰ったように、日本はいい国なんだよねと思って生きてましたよ。
でも、この時代に30年以上生きてきた今は、そんな過去の自分にも、軽蔑しか抱けないんです。
未来は、この先まだまだ、変えられます。
山下さんや私の知る未来よりも良い解答があるならば、良い方へ導きたい。
そのために、私の知識は、ひとつの叩き台になるはずです。
でも、難しいですね。

「ひとまず、あと二年か。そこまでは踏ん張らねば、だな。
わしは絶対にこの戦争、勝ちたいのだ。勝ってみせる。
今はそれだけを考えよう。悔いは残さぬようにだ。君もな」

複雑な気分でした。
この世界は、すでに何度か、上書きされているのだ。
私は、何者かの意思によって、なんらかの使命を帯びて、転生させられたのか?
その何者かは、まだまだ納得せず、プレイヤーにループをさせ続けているのか?
私は何かを為すべきなのか?
どう生きるべきなのか?
いろんなことを、モヤモヤ、モヤモヤ。
まるで思春期の悩みです。

……そうだ。
私には、転生したばかりの頃、ひとつの夢がありました。

「戦後まで生きのびれたら、ゲームをつくって引きこもりたい」

それでも、いいかな。
真剣に遊べる、真剣に学べるゲームを。
すべての子供たちと、老人たちに、与えてやりたい。
全身全霊を懸けて正々堂々と戦う必要をまっすぐ思い知ることのできるゲームを。
私になら、つくれるかもしれない。
つくって、引きこもりたい。

それまで、生きのびようか。



[43732] File_1943-12-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/09 00:02
File_1943-12-001D_hmos.

10月から11月にかけて
モスクワ・カイロ・テヘランなどで
連合国間の重要会談が次々と開催されてました。
戦時中ゆえ、
終了して全員帰国してから
実はここでやってましたと
情報解禁とともに声明が発表されるものです。

たとえば英米中首脳によるカイロ会談は、11月22日から五日間行われ、12月1日に報道。
日本へも、無条件降伏を要求する。
満洲や台湾などは中国へ返還させる。
等々を決議し、三国で署名をしたそうです。

テヘラン会談はその翌週
英米ソによって行われていますが
プラウダが、カイロよりも先にこれを発表しました。
どこよりも早く一番手に報道するインパクトを、非常によくわかっているソ連。
その狙いの一つが米国から主導権を奪うことであるのも、隠さなくなってきた。

ビッグ4といえば「英米ソ中」ですが、今もソ連は中国を外させたがっている。
国力も
世界視野も
大戦への貢献度も
中国だけが著しく劣っているからと。
かれらのおねだりを聞いている時間すら惜しいと、口撃は露骨です。

チャーチルも、この点でだけはソ連に賛同。
「ドイツを倒してからなら、日本との開戦を約束しよう」とスターリンが言えば
「そうとも!先ずはドイツだな」と加勢します。

ルーズヴェルトとしては
蒋を味方につけることで英ソへの交渉力を高めたいし
戦後の中国市場を一手に握る胸算用も大きいでしょう。
早くケリをつけたい太平洋戦線を有利にするためにも、ソ連に対しては、北から日本を脅かすことを求めたい。

太平洋といえば、ギルバート諸島へ向かったエセックス級たちが、意外と苦戦していました。
すでに制圧は完了してますが、タラワ島やマキン島で、米軍かなりの損害を出した模様です。
攻める側の新兵比率が高かったという理由も大きそうですが
日本軍の陣地のつくり方も極めて効率的で
珊瑚礁の特殊性をうまく利用し
米上陸部隊はその罠に、次々、ハマってしまったと。
最後には物量でねじ伏せたものの
物量だけで過信するなかれ、ですね。

日本人が白兵戦・肉弾戦になると異様にしつこく手強いということは、前線の兵士には恐怖とともに知られてきています。

そもそも、ロクなものも食べてないのに、どうして何日も走り回れるのだろう、とか。
いくつかの戦場では、最後に全員が、丸腰で、敵陣へ一斉突撃して果てる。
日本語ではバンザイ玉砕といいますが、これも宗教なのか教育なのか。はたまた動物行動学的な習性なのか。科学者を悩ませています。
私にもわかりません。私はそんなこと、しませんので。

科学といえば。
私のいりびたってる17号基地では、マラリアをはじめとする伝染病の対策研究が、この一年で大きく進展しました。
各地で軍医さんや衛生班員がボウフラのサンプルを集めてる。それらが続々と送られてきます。
レポートも、まとめなくていいから気付いたことをとにかく書いて、すぐ送れと命じてます。私もそのコツをアドバイスしました。
まとめようとすると、大事なヒントが捨てられちゃうんです。
ゴミの中にこそ、真理はある。無分別でいいから、量をくれ。
それを黄金に変えるのが、私たちのポジションです。

従来マラリアに効くといわれていたキニーネですが。
経済封鎖とともに南米からの輸入が途絶えて以来、日本の研究者は代替薬の開発に取り組みました。
ニューブリテン島に自生する、シマソケイの樹皮が対マラリア有効成分を含むことが発見され、ラバウル部隊に採取をお願いし、現地でシマソケイ丸の加工までやってもらっています。
これがフーコンでも効果あるかどうかも、試験中。
いろんなことを、やってるんです。

しかしそもそも従事者全員が栄養失調なので、まともなデータがとれない。
早くケリをつけたいものです。



[43732] File_1944-01-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/10 00:01
File_1944-01-001D_hmos.

メリークリスマス・アンド・ハッピーニューイヤー。コダマです。

ボーゲンビル島西岸トロキナに、米軍が飛行場を完成させました。
ラバウルまでは片道400km弱。連日の爆撃が可能になります。さっそく、やってます。
それでもなお、ラバウルには概算300以上の日本軍機が残存しており、予断許すまじ。
慎重さを崩さない、総司令官ニミッツ提督。
まだまだ、時間は、かかりそうですね。

ビルマ戦線が、思った以上に深刻です。
日本軍は、本命の大攻勢を春頃予定で準備中。
そんな情報もダダ漏れなのはいつものことなんですけど。
すでに戦端が開かれている地域があります。
魔境、フーコン。

私も誤解してました。日本語で渓谷なんていうから、只見か千曲川みたいな絶景さえ想像してたんですが。
そもそも規模が違う。
南北150kmに及ぶ大密林。谷底は幅100m前後の低地が続く。盆地と言った方が正解かも。
ヒマラヤ山脈からの冷たい風が吹きすさび、夏の雨季には腰まで水浸しになるそうです。

現地で特に恐れられているのは、桑の木によく似た、一見何の変哲もない広葉樹。
触れるだけで火傷のように爛れるそうです。
古参兵のほとんどは、これで尻を拭いてエライ目に遭ったと。
ほか、吸血性の山蛭も多く、死体に群がり丸々と太っていく。
マラリア以外にもアメーバ赤痢とチブスが流行している模様。
後方の野戦病院で軍医さんは一日平均200名を診察してますが、ビタカン注射したらすぐ前線へ戻すそうです。
ガダルカナルからの転送組も、こっちの方がキツいとこぼす。そんなフーコン。おそるべし。

11月より、フーコン盆地の北端から連合軍が侵入。
陣地を構え、そこより先へ連日、空爆を行っているようです。
ここでまた一つ、見過ごせない報告を読みました。

「ペスト流行ニ付、通行禁止。防疫給水」
こんな看板が立っていて、ロープが張ってある。
前線の日本兵は迂回して進みます。
何日かして、防疫給水部の課員が初めてそこを訪れた。
「誰がこんな看板を?」
やっと偽物だとわかる。
連合軍が、その奥で、悠々と陣地を拵えていた。

中国戦線でも、南方でも、ガダルカナルのジャングルにさえ
連合軍が日本語で書かれたビラを撒くのは結構前から常態化してるんですが
もったいないことに現物が、なかなか手に入りません。

21世紀の機械翻訳でもここまで流暢じゃないと思わせる完璧な日本語。
その師団の出身地の風物詩まで織り交ぜた美しい文章で、兵たちに投降を呼びかける。
そんなビラが、あちこちの戦線で、せっせと作られてるんです。

当然これは捕虜となった裏切者が鬼畜米英に脅され書かされたものに違いない。と、兵は拾っても読むことすら許可されず、ますます連合軍の非人道的心理戦術を呪って突撃していくという、負の連鎖も生んじゃってるみたいなんですけどね。
同じ事をやり返そうにも、日本人はもはや、アルファベットの文字数すら忘れちゃってるでしょう。

小林くん。ありがとう。
今日もいっぱい、いろんな報告書をこっそり読ませてくれて。有意義だったよ。
でも、君は、平気なのかい?
同朋が、こんなにも、バカやってるのって。
君だって、わかってるだろう?
僕は割り切ってるからいいけど。
同じ日本陸軍人としての君の率直な心境は、どうなんだい?

なんて、聞けるわけもないのでした。おやすみ。



[43732] File_1944-02-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/11 00:02
File_1944-02-001D_hmos.

アメリカの地政学雑誌に、興味深い意見が載ってます。

戦争批判、といわれれば戦争批判かもしれない。
でも検閲はクリアしてるんですよね。
NGワードだけを探し出して、そこだけ黒塗りする。ネチネチといじめるための材料にする。そんなルーチンで検閲する、某国のレベルとは比べられませんが。
その某国との戦いを現地で、ナマで味わっている、アメリカ人従軍記者の、心に生じた疑問の数々です。

連合軍兵士は、日本人捕虜をとりたがらない。
「丸裸にしてさえ、油断ならない」という理由ももちろんあります。
普段から常軌を逸した民族ですけど、叫びながら、踊りながら、繁みの中から飛び出てきたとして、気が狂ってるのか、演技なのか、その背後に別の兵が隠れているのか、わかるわけがない。

見つけ次第、動かなくなるまで、殺す。
死体の山にも、何が潜んでいるかわからないから、何度でも念入りに掃射して、早めに焼き尽くす。
洞窟の中など、腐臭もひどいし、絶対入らないそうです。
上官は調べろと言いますが、「生存者無し」と報告して、火焔放射を徹底的にやって、終わりです。
時折、中で爆発が起きたり、火だるまの獣が飛び出してくるそうです。
「ほらみろ。偵察のつもりで入ってたら殺されていたぞ」
そんな教訓を、兵たちは、実地で学びます。

将校クラスは、捕虜を欲しがる。
階級が高いのや、とりわけ英語を少しでも解せる日本兵は、とても貴重。
そこで「捕虜一人につき二週間の休暇を与える」と指令を出すと、どの部隊もすぐに山ほど連れてくるそうです。
収容しきれなくなると、指令を停止する。
その途端、また「生存者無し」報告ばかりになる。
当然ですよね。
どこに何の問題があるのでしょう。

でも記者は「それでいいのか?私たちも日本兵並みに人間性を失ってきてないか?」と苦悶する。
ウブですねえ。
連合国内でも序列は厳しいから、最前線へやられるのは
まず貧困層出身の者。
黒人やヒスパニッシュなどの非白人系。
そして
同族の犯罪に対して「断固戦います」と合衆国への忠誠を証明するために志願した
日系人たち。
これもまた、当然の話。

日本兵へ告ぐビラは、かれらが作ってるみたいですね。
裏切者といえば裏切者かもしれません。
しかし本気で心の底から
「日本人よ、一日も早くこんな戦争をやめてくれ、頼むから武装解除して投降してくれ」という思いは、切なるものがあるでしょう。
それをたしかめたいので、ビラのオリジナルを欲しいなあとずっと願っているんですけど。
さすがにハルビンまで、17号基地へさえ、そんなものはなかなか、届かないんですね。
残念です。

日本兵に殺された連合軍兵士の遺体を見つけると、腿や尻の肉を抉り取られてることが、よくあるそうです。
敵陣地を襲った日本兵は真っ先に食糧を奪っていくのがよく知られた習性ですが
敵兵士をも
食糧にするべきものとしか見ていないのではないか。
戦友のそんな遺体を見てしまうと、捕虜にするのさえ赦せない。
殺さねば気がすまない。
そんな感情が湧き起こるのも当然ですし
そう思うのは、むしろ人間性を持っているからこそじゃないかと思いますよ。

もっとも、早く終わってくれるなら、私もそれは、願います。
珊瑚礁に森林。鉱物に鍾乳洞。本物の虫たちや、けものたち。
その他ありとあらゆる貴重な天然資源が破壊されていくのを、見るに堪えないから。



[43732] File_1944-03-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/12 00:02
File_1944-03-001D_hmos.

ギルバート諸島を制圧した中部太平洋艦隊は、西へ向かいました。
ソロモン諸島攻略中の第3艦隊はほぼ、ラバウルの封鎖を完成させており、そちらを支援する必要もなくなったみたいです。

ギルバートからフィリピンまでの中間に、マリアナ諸島があります。
地球上で最も深い海溝を有し、陸地としてはグアム・サイパン・テニアンなどの群島が浮かぶ海域です。
その手前に、トラック諸島。
日本はWW1でドイツからこの島々の領有権を奪い、南洋庁を設置して、統治しました。
国際連盟脱退後は、基地として本格的に武装化。
太平洋戦争初期には、海軍の最大級拠点として重要な役割を担わせていたのです。

その割に、2日間で、制圧完了。
軍施設は猛爆撃によって徹底的に破壊され、再起不能。
すぐ次へ行くからと、占領も不要。上陸せず。
いさぎよい。
たまにはこんなカタルシスも、いいものですね。

そう呟きたくなるほどに、ソロモンとニューギニア方面では、ひとつひとつの手筋にひどく時間がかかっていて、もどかしいこと、この上ない。

たぶんいま、東京上空はガラ空きですよ。
対空高射砲などはそこそこ配備されているでしょうけど、ラバウルもフィリピンもすっ飛ばして、いきなり東京攻めてもらうって選択肢は、ないものかしらん。
連合軍にも、犠牲はある程度、出ましょう。
しかし
順序通り追い詰めていけば
それだけ東京へ達した時に
防御地点は一極集中します。
そうなってからとどめをさすことは、犠牲を、より大きくさせませんか。

ベルリンでは、この論法は難しいかもしれません。
内陸都市ですし、防御態勢も恐るべき強度でしょう。
遠方に上陸拠点をつくってから、陸軍が兵站を維持しながら、進んでいかなくてはならない。
幸い、英米とソ連とで挟み撃ちにできそうな地理条件です。
退路を断って、東西から包囲していく。
しかし、相当な犠牲も出る。まちがいなく。
それでも、これしかないようにも思う。

日本は、防衛戦の思考もデタラメです。近衛師団さえ外地へ出払ってるんですから。
それでもまだまだ男手を掻き集めまくって、マリアナ・フィリピン・ビルマ・長沙へ、兵力を注ぎ足し続けている。
このタイミングで
東京湾からサクッと入りこむことは
検討の余地大アリだと思うんですけど
どんなものかなあ。

イタリアでも
進駐ドイツ軍と上陸連合軍との戦闘のほか
イタリア国民が大勢
レジスタンスを組織して
地下から抵抗戦を繰り広げてるんですね。
時間をかけて首都まで攻めると、最後はそんなカオスな市街戦になります。
南京の悪夢がよみがえる。

殲滅戦ならカオス不可避でも
フラッグ戦なら
相手のすべてを奪い尽くしこちらまで血みどろになる必要は
無いでしょう。
状況に応じて、より容易に結着をつける条件さえ整えられるなら、コストを最小限に抑える戦争のやり方というのも、あるはずです。
やり方というより、終わらせ方というべきか。

ええい、まだるっこしい。
正直に、本音を言うとですね。

いま、アメリカの軍需産業は世界一、景気がいいわけです。当然ですね。
そして、日本や満洲では、空手形も多いし、よくても軍票での支払いが日常的になってきた。紙クズですよ。
この先まだまだ、これが続いた挙句に敗戦てのが、もう、耐えられんのです。
負けは決まってんだから、とっとと終わらせやがれ。

ウォール街では耳を貸してもらえない声だと思います。
だから、日本へ求めたい。
とっとと白旗あげてくれ。



[43732] File_1944-04-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/13 00:02
File_1944-04-001D_hmos.

東條英機さんは、独裁者です。
日米開戦時、大日本帝国で首相をやってました。

その内閣では
陸軍大臣と内務大臣も兼任し
閣僚を入れ替える際一時的に、外務大臣・文部大臣・商工大臣も兼任したことがあります。
半年前、戦時体制強化のため省庁を再編。
生産拠点を統轄する軍需省がつくられ、その大臣も務めます。

和暦2604年4月現在、総理大臣・陸軍大臣・軍需大臣の3ポストを兼任しているんです。
すでに独裁者として充分な貫禄ですけど、2月からは更に陸軍参謀総長まで兼任。

日本陸軍の最高幹部に位置する、陸軍大臣・参謀総長・教育総監。
この三長官のうち二つを、東條さんが独占しているわけです。
東條さんには多数派がすぐわかるため、決定は迅速です。
教育総監の山田さんが求めなければ、会議を開く時間すら節約することも可能。
一瞬の迷いが生死を分かつ大戦争の真っ最中ですから、この人事はきわめて合理的といえます。

独裁のためには、国民会議というシステムも弊害。
皇国民の代表が相談をするのはよいが、内閣の遂行を邪魔してはならぬ。
勝利のために行動していることは自明であり、議員諸君は追認するだけでよい。
願わくばそれを正しく国民へ広めるべく努力し、非国民をつくらないために善処すべし。

世界中に例はありますし、満州国協和会の方が先輩ですが、日本でも、既存政党を統合した一国一党公事結社が、2600年に作られました。大政翼賛会といいます。
ただし。
これをつくったのは、東條さんではありません。
そろそろ本題に入りましょう。

犯人は、あなたです。近衛フミマロさん。

2597年の初組閣直後、七・七事変が起きました。真相は今なお謎ですが、その究明に手をつけることもなく、コノママ支那ヲ獲ッチャイマショウという口車に、あなたは、乗った。
その後は最前列で踊り続け、擦り寄ってくる陸軍人と新聞屋にいくらでも地位と予算と免状を与え続け、中国から奪えるだけ奪い尽くすまで、途中一年半のブランクを除いて、その地位を守り続けた。

大政翼賛会も
国家総動員法も
大東亜新秩序建設も
日独伊三国同盟も
日ソ中立条約も
仏印進駐して、アメリカに制裁をされ続けても、止めなかったのも。
ぜーんぶ、あなたの作品ですよ。

中国から獲れるものもなくなり、米国から最後通牒を突きつけられ、そろそろ潮時とみるや、東條陸相に責任を押しつけて、首相を放棄。
彼に引き継がせた内閣が開戦へと踏み切り、旗色が悪くなってきた今また
「戦争責任者は軍国主義の権化・東條英機である」と
満面の笑みを湛えながら、政治工作をし始めましたね。

惚れ惚れするほど、美しい。
あなたの華麗な立ち回りには、敬意を表します。
まさに稀代の怪盗だ。ルパンも、ファントマも、二十面相だって、あなたには到底かなわない。

近衛氏はしたたかにどこまでも逃げおおせるでしょうから、ひとまず放っておきましょう。
さて、東條さん。
うまくハメられましたね。
そして今まさに、絶体絶命の崖っぷちに立たされている。

あなたにも、非が無いわけではない。必要以上に権力を持ちすぎたし、子飼いの憲兵隊にも仕事をさせすぎた。
でも、他人のぶんまで背負い込む筋合いは、ないと思います。
そろそろ、好きになさっては、いかがでしょう。
降伏すべきです。
今のうちに。

すべてを詳らかにして、何が起きていたのか、何が間違っていたのかを、第三者に審判してもらいましょう。
選択の余地があるうちに。

そう。今のうちに。



[43732] File_1944-05-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/14 00:02
File_1944-05-001D_hmos.

マリアナ諸島とフィリピンの中間に、パラオ諸島があります。
その中に、ペリリュー島。ここも、激戦地になるはずですね。

トラックとマリアナで手痛い打撃を蒙った日本海軍は現在、パラオに集結して防衛態勢を構築中。
すでに米軍もパラオへの攻撃を開始していますが、まだ遠すぎるとあってか、散発的。
ラバウルへは、補給路を断つのみにして、総攻撃はしないことに決めたみたいです。
とはいえ、油断させておいていきなり始めちゃうのもアメリカのやり方ですから、油断はならない。

日本の艦隊は四散してるし、航空隊も激減し、パイロットの質も低下してきている。
素質や経験値ではなく、不眠不休で集中力も維持できなかろう、という意味でです。
そんなのをマウンドに上がらせんなよって思います。
選手を消耗品にしちゃあいけない。

独断と偏見ですが、最近とみに、マッカーサーが、うざい。
本人、まだオーストラリアの司令部にいます。
第7艦隊を任されていて、ニューギニア島の北面を、東から西へ向けて攻略中。
規則正しい間隔で、日本の飛行場がある基地に襲いかかっては、取り上げる。
という陸軍式発想を、海軍勢から冷やかされてたりは、まあいいんですが。
ことあるごとに
「フィリピンまでもうすぐだ、待っててくれよ」と決め台詞。
うざい。

たしかに、ルソン島のクラーク基地を日本軍に使わせ続けることは脅威です。
でも、叩くべきか?
激戦は避けられますまい。

ラバウルと同じように、迂回すべきでしょう。
まっすぐ北上すれば、日本本土。
パラオにそれなりの守備隊を残し
レーダーで監視を怠らず
本土からの補給線さえ止めておけば
地上の敵は何もできない。

すでに日本は、蘭印の石油を本土へ送るタンカーにすら事欠き、戦争継続能力を失っています。
余力など無い。
クラーク基地だけあっても、その格納庫を満たせるだけの飛行隊を持ってませんし、つくれません。
ちびちび本国から急造品を配備したにせよ、燃料と弾薬をケチってケチって戦うことを強いられる。

大規模攻勢など、日本には不可能です。
油断はなりませんが、限度を過剰に見積もる必要は無い。
それでもマッカーサーは、フィリピンへの上陸作戦に、こだわる。

あのですね。
ルソン、コレヒドール、ミンドロ、パナイ、サマール、レイテ、セブ、ネグロス、ミンダナオ。
フィリピンの島々には、日本兵、まだまだ大勢、いるんですよ。
連合軍の捕虜も、もとから住んでいたフィリピン人だって、みんな、残されてます。

そこへ攻撃なんかしてごらんなさい。
オープンシティ宣言して撤退なんて、日本が、するわけないでしょう。
フィリピン人を盾にして、一兵残らず地面に潜って戦い抜きます。
やつらがそんな連中だって、今までいっぱい見てきたでしょう。
あ、見てないか。
司令部から外へ出たことなかったか。ダグラス君は。

それでも。
君が本当にフィリピンを愛しているなら、そこを戦場にしていいのか。
ほんとに、いいのか?
いいというなら、誰のためにだ。それはいったい。

誰か止めてあげてください。



[43732] File_1944-06-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/15 03:02
File_1944-06-001D_hmos.

D-デイ。
こんな時期でしたっけ。
映画で観た印象的なその場面は、たしかにいつも、生暖かそうな、曇り空だった。

史上最大の作戦。
1944年6月6日。
連合軍、大挙して、フランス本土へ上陸開始。

これもまた、英米紙がインタビュー合戦です。
成功してよかった。
2年の準備が報われた。
初日だけで数万の連合軍兵士が亡くなった。
かれらに名誉と祝福を。
黙禱。

ドイツは裏を掻かれたようです。
連合軍が上陸の機会を狙い続けていることは、わかっていた。
アメリカは大量の揚陸艇を建造し続けている。それをどこで、いつ、使うつもりか。
2年前のディエップでは完全に蹴散らしたが、同じだけの防衛線を張る余裕など、ドイツには、もはや無い。

上陸最適地として、ドーバー対岸のカレーが本命視されていたようです。
しかし最終的に選ばれたのは、400kmも離れた、ノルマンディー。

この付近の防衛を指揮していたのが名将ロンメルというのがまた、皮肉。
新月の夜は特に警戒されていた。
だが悪天候で波も高く、上陸はあるまいと判断され、ロンメルは報告のため本国へ戻っていたそうです。
その情報も、漏れていたのかもしれません。

激戦区オマハ・ビーチを含む5ヶ所の揚陸点に、連合軍が殺到。
ドイツ陣地の背後にも、パラシュート部隊を投入。
ロンメル軍団は果敢な抵抗を繰り広げますが、押し切られる。
上陸拠点は確保されました。
ドイツにとってはとうとう本格的な二正面作戦が始まります。
スターリンは、アングロサクソンがようやく約束を守ったと、得意満面。

ドイツと日本のコメントは極めて似ています。
「かかったな。さあさあ我が領土へどんどん入ってくるがいい。いくらでも送りこんでくるがよい。そのうち退路をちょん切るぞ。袋のネズミは悶えて死ぬのだ。うわーっはっはっ」
意訳です。どう読んでも負けフラグ全開の悪党台詞。
対ソ戦では立場が逆だったので、同じイメージが浮かんでも書けなかったでしょうね。
構成作家さんの溜飲も、少しは下がったかな。
綺麗事に満ち満ちた、正義漢じみた台詞ばかり書いてちゃ、さすがに飽きますものね。

考えたら
こんな大作戦を準備してたんだから
太平洋への補充が後回しにされてても
しょうがなかったかもしれない。

これからは、どうかな。
上陸用船艇は余剰分が回されてくるかな。マッカーサーが欲しがってるし。
航空機はどこでもあるだけ欲しいでしょうが、ヨーロッパでは陸上基地が主体だろうから、空母に搭載できる小型サイズは太平洋へ回してもらえるかなとか。
そんな開発合戦も、今がタケナワかと思います。

連合国の軍需産業は、日特よりよっぽど働きがいがありそうだよ、サノくん。



[43732] File_1944-06-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/16 00:03
File_1944-06-002D_hmos.

6月16日。またも、日本へ空襲が。
福岡県、八幡製鉄所が狙われたそうです。

スーパーフォートレス。
B29。
ついに、きた。
出発基地は、四川省成都。
日没後、数十機が飛び立ち、九割以上が無傷で帰還。

重慶では、爆竹を鳴らし、盛大な祝賀ムードに沸き返る。
ワシントンDCでは議会の最中に速報が届き、歓声が上がる。
東京では、空襲されたことは認めたものの「被害皆無であり斯様に我国の制空は鉄壁である」と国民へ力強いアピール。

爆撃は深夜で、八幡では意外にも灯火管制が敷かれていた模様。
敵爆撃機は山や海に焼夷弾を放棄して遁走、と日本の新聞は書いてます。
命中弾が少なかったのは事実らしい。さすがに被害ゼロはなかろうけど。

広漢飛行場から八幡までだと、往復で5000km。
3000マイル飛べる爆撃が可能になったということですね。
護衛機はついていたのかな。ついてても、あんまり無理はせんときいよ。
サイパンから東京までの方が近いんですよ。直線距離で、往復2800マイル。
制空権とられたら、いよいよ来ます。
B29が。本州へ。

これは大本営も、本腰入れて防衛しないと、えらいことになります。
えらいことになる前に、降伏できれば合格ですが。
陸軍大臣と総理大臣を兼任してる東條さんなら、可能なはずです。
可能なんですよ。あなたにしかできない。
わかってますか。決めちゃいなさい。もう、詰んでるんですから。
わかってらっしゃるはずでしょう?

実はそのサイパンへ、前日、連合軍の上陸が開始されたんです。
洋上でも、艦隊決戦が展開中。
米軍は、中部太平洋艦隊あらため第5艦隊のみで侵攻。
かたや日本はここを最終防衛線と、ソロモンからも艦を掻き集めての布陣。
いさぎよく全滅しちまいませんか。
世界平和のためです。
本国へ、あきらめをつけさせるんだ。
その前に、現場判断で諦められれば、一番いいのですが。

あらためて、地図を見る。
成都から福岡までの往復が可能なら、距離的にはハルビンも爆撃圏内です。
ここには日本陸軍航空隊の基地があるから、いきなり飛んでは来ないと思うけど。
しかし実情、満洲の戦闘機はほとんど南方へ送られてしまってて、ロクな戦力がありません。
山下大将も嘆いています。これでは対ソ戦どころではないと。
それでもいつ、やれと指令が来るや知れない。
無理ですよ。
抗命しましょう。
その準備を整えておくべきです。
今のうちに。できるうちに。

抗命といえば。
ビルマ戦線でも、そんな事例があったらしい。
フーコンは雨季に入ってて、濁流の中を逃げ回ってる有様のようですが。
主戦線はインド領内、インパール。
3月にここへ三個師団が派遣され、日本軍は攻勢を仕掛けた。
が、手前の山岳地帯で猛爆にさらされ、作戦続行不能に。
もちろん司令部から撤退許可など出るわけもありませんが、現地判断で師団長たち直々に、退却を開始。

美談でもなくて、一番の飲んだくれが頭にきて帰り始め、他も続々従ったというのが実態みたいですが。
ともあれ、いのちだいじにという天命に随って、兵たちは一目散に引き返した。
下界での慣例、軍規違反に基づき、後方へ戻れば処罰を受けます。
これも当然ではありますが、抗命したんだから抗弁もしましょう。
敵に向かうと同じくらいの気合いでもって。

しかしこれで助かったと思うのも早計です。
方面軍司令官は各師団長を、もっと素直な部下と交代させることによって、作戦続行を指示。
下位の兵は前線へ戻され、ふたたび交戦中とのこと。
こうなると、抗命するとしても、どこへ逃げるべきかという問題になりますね。
あらかじめ、確実な退却路を用意しておかねばならないなと考えさせられます。

考えましょう。考えておくんです。
今のうちに。できるうちにね。



[43732] File_1944-07-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/17 00:03
File_1944-07-001D_hmos.

インパール作戦が、正式に、中止となったそうです。
やや遅すぎた嫌いもありますが、まあ、おめでとう。

17号の小林が、この知らせに動揺しています。
インパール攻勢と同時に大本営が決定した
もう一つの作戦も
中止になってしまわないかと
心配をしているんです。
ああ、大陸打通作戦のことね。

日本はシンガポール・蘭印・タイ・仏印を征服しており、中華民国領では華北から華中までを占領しています。
先月、長沙がとうとう陥落しました。
ここから更に南進し
仏印から北進する部隊と合流させ
中国大陸を縦断する鉄道をつなぎ合わせようという、壮大な計画です。

シンガポールから釜山までの、2500kmを、日本の管理する鉄道が走り抜く。
シベリア鉄道の何分の一かの距離ではあるけど、うむ、それはそれなりに、心躍らざるをえない夢のようには、聞こえるね。
敗戦一直線の今
このタイミングで
そんな道楽イベントに国力つぎこむ余裕なんてないだろと
口には出さないけど
言っておく。

よしんば打通して。
どこで空襲やゲリラの標的になるかと思えば、記念列車に乗る気にゃなれぬ。
満洲事変から何年かかったと思ってますか。沿線から匪賊の心配がなくなるまで。
それでも小林には
認めたくない数々の戦況報告が溢れる中
最後に残った
たったひとつの
すがりつきたい
道しるべ、なのかもしれない。

ちなみに打通作戦の兵站を担当しているのが、これまた辻政信で、小林は春頃から彼と連絡をとって、進捗を聞いていたんだそうです。
ところがインパール中止で方面軍の再編が生じ、辻は今月より華中からビルマへ飛ばされます。
辻がいなくて打通が叶うのかと、小林は狼狽してるわけです。
百人の辻を欲する者がここにもいたか。

南方では、ついにサイパンが陥落しました。
最後は、バンザイ玉砕だったらしい。
軍人だけでなく
居住してた軍属や民間人まで含めて一万人が
追い詰められて島北端の岬で崖から飛び降り
あるいは敵陣へ丸腰で突撃するという
自発的な全滅によって
戦闘を終結させたと。

日本人は自業自得でよかろうけど
連れていかれて同じことさせられた現地民と
最後まで投降を呼びかけ総攻撃を命じなかったゆえに、敢闘精神の欠如を咎められ、解任された米陸軍師団長に
申し訳なく思います。
もちろん、そんな日本人のしつこさを見過ぎてPTSDに苛まれているであろう連合軍前線兵士の皆さんにも、どうか、無事帰国して平穏な日常を取り戻していただきたいと、心より願ってやみません。

米軍は、サイパンの飛行場を、すぐに使い始めるでしょう。
来ますよ。本土空襲がはじまります。
もう、待ちません。
シュトラウスを、脱獄させます。
平井氏に疑いが向かない形で、むしろ、平井氏にもメリットのある計画を、考えます。
私は辻など頼りません。
要りませんよ、あんな脳筋。



[43732] File_1944-07-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/18 00:01
File_1944-07-002D_hmos.

東條さんが、内閣を辞職させました。
サイパンが陥落した今、もはや自分の力では戦局を覆せないと。
おい、ちがうだろ。

開戦者の務めとして
終戦させてから
ケリをつけたあとで
交渉をまとめる能力を持つ適切な人物に引き継ぐのが、責任のとり方というものだろう。

裏では、近衛の根回し工作も、いろいろあったみたいですけどね。
五日ほどの、政治空白期間を経て、新首相が決まりました。

小磯クニアキ。
陸軍大将。また陸軍か!
65歳。定年退職してましたが、担ぎ出されました。
明らかに、なり手がなくて、ババを引いた人事です。
近衛も、このタイミングで舞い戻ってくるわけがない。
しかし、どす黒い脳細胞で、シナリオは描いているはずです。みっちりと。
何を狙っていやがるのか。

推理フェイズ、開始。

停戦する、という考えは無いようです。天皇にも。
まだまだ戦う。
まず、そこからして、正気じゃない。国全体が。
小磯は、何かをやらされる。
今まで以上の決定的な敗北か。
そのあとで停戦交渉役と入れ替わる。
あくまで時間稼ぎ。でしょうな。
むしろ首相は誰でもいい。死期の迫った老人であるほどよい。
背後から差し出される原稿をただ読み上げる能力さえあれば。
そして罪を被ってこの世を去るまで余計な口を開かなければ。
それだけの、簡単な、お仕事です。

フム。小磯についてはこの辺で。
では、背後のチームが、いったい何をしたいかです。
決定的敗北として格好がつく戦闘は、どこがベストか?
フィリピン、でしょうねえ。

マッカーサーがここへノコノコやってくれば、です。
大激戦。サイパンの何倍もの、無辜の血が流されるでしょう。
日本人だけ死ねばいいのに。
それは望めぬとして。
フィリピン人、米兵、市街や農村にも甚大な被害を出した上で、フィリピンは、陥落する。
そこで、停戦交渉を開始する。
私の発想だなんて思われては心外も甚だしいですが、ひとまずこれをA案とする。

フィリピンが崩壊する前に、東京空襲は確実に始まります。
その被害の大きさによっては、日本はもっと早く白旗を揚げるかもしれません。
連合軍がフィリピンを迂回したらどうするか。
地上拠点をつくるとしたら、沖縄・硫黄島・小笠原諸島にひとまず上陸するでしょうね。
どれかを選ぶか、あるいは同時に。
第3・第5・第7艦隊がそれぞれを担当すればよい。
フィリピン方面から来る襲撃が不安であれば、どれか一つを外せばいい。
マッカーサーだけ置いていきましょう。
上陸したければ君だけ好きにやっていいからと、後方を守備させる。
メインの海軍勢でいよいよ本土へ侵攻する。
占領した各島の飛行場と、空母から
本州・四国・九州へ、連日攻撃。
上陸はしない方針で、しばらくの間、締め上げる。
日本はどこかで音を上げます。
雑ですが、これがB案。

これ以外の可能性、なにがあるかな。
中国・ビルマ戦線で状況が劇的に動くとは、思えないんですよねえ。

私のいた前世では、AでもBでもない展開が起きてしまうんですが。
こんな、アッサリとは、いかないんですよ。
まだまだ降伏しないっていう、最悪手が選ばれます。
それは、さすがに、勘弁してほしいので、変えなくては。

変えるぞ。変えいでか。変えてみせようホトトギス。
そろそろ、店も畳みどきですよ。ああ忙しい忙しい。



[43732] File_1944-07-003D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/19 00:02
File_1944-07-003D_hmos.

7月29日未明。
満洲へ、B29が初襲来。
大連郊外・鞍山の製鉄所が標的でした。
規模は、おそらく、6月の福岡空襲と同じくらい。

前回より精度が向上してます。
本命となる9基の溶鉱炉は無事でしたが、コークス炉のいくつかが破壊され、なお炎上中。
ラジオでは被害軽微と必死に叫んでいますが、死者100人は出てますね。
もちろん、関東軍も方面軍も、大騒ぎ。

6月の時点で
「ああうちじゃなくてよかった」と感謝しながら
同じ目に遭う想定で対策してなきゃダメなんだがな。

新京の関東軍司令部って、防空態勢皆無で。
庭にタコツボが2~3個つくられてる程度なんですよね、今も。
これから、満洲全土で本格的な防空壕づくりが始まるでしょう。
17号基地はもとより地図に載ってないし、軍飛行場が併設されてるので、狙われるのはまだ先と思いますけど、そっちでも大騒ぎしてるでしょうね。

17号相手に、最後にひと稼ぎ、しておくかな。うーん、切り上げ時が難しいな。
交渉次第ですが、私にまで今後軍票で支払うと抜かしやがったら、在庫一掃するまでのおつきあいです。
グッド・バイ。

平井さんへの交渉も、考えています。
ゾルゲ氏だけでなく、巣鴨拘置所の囚人を大勢、脱獄させるプランを立てました。

ニンジャを一人、潜入させます。
私がやります。夜中にこっそり。
厨房の位置を正確に把握しておいて、そこへ放火する。
敵襲でないとわかれば、ひとまず、囚人たちの避難が開始されるでしょう。
庭にでも、整列させるかしら。
ゾルゲ氏は、暗闇でも身長が高いから、すぐわかる。
事前に、ゾルゲ氏に伝えておく必要は、ありません。
私は彼の存在を確認したら、塀の外のチームへ、合図を送る。
外壁の、何ヶ所かへ、前もって、爆薬をセットしておきます。
これを、時間差で、起爆させる。
大混乱が起きますが、看守には暴動を止め切れません。
囚人たちは散り散りに、手近な穴から、逃げ出すでしょう。

私はゾルゲ氏へ駆け寄り、一緒に脱出します。
ひとまずは、平井邸へ匿ってもらい、時期をみて、国外へ逃亡する。
どうですかね。これで平井氏を納得させられるといいんだが。

サイパンに続いて、グアムやテニアンへも上陸が始まっています。
まだ抵抗が続いてますが、来月中にはすべて玉砕で幕を閉じるでしょう。
マリアナ諸島が安泰となれば、ただちに本土空襲の準備が始められるはず。
その前に硫黄島の日本軍飛行場も潰しておかねばなりませんが。
制空権をとり次第、やつらは、来る。
日本の都市を残らず灰にしてやるぜと、うずうずしてましょう。

私の知ってる、最大の東京空襲は、来年3月のはず。
ですが、そんなに待ちません。
一日でも早く。今年中には、日本を去ります。
さらば我が故郷。愚かな、穢れに満ちた国よ。
生まれかわれたら、今度こそ、まっとうに生きていくんだぞ。
グッド・バイ。



[43732] File_1944-08-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/20 00:03
File_1944-08-001D_hmos.

8月15日といえば、終戦の日。
あと一年と、なりました。
まだ一年も、つづくのか。

神様にとっては何周目のループなのか知りませんけど、さて、このタームでは、いつになるやら。
どう、終わるやら?

そろそろパリが、解放されそうです。
連合軍が、ドイツ戦車を撃ち負かしながら、すぐ手前まで来ています。
ノルマンディーからパリって、電車なら5~6時間くらいで着けそうな距離なんですけどね。
平和になったら、2ヶ月かけてえっちらおっちら、その戦跡を辿る旅なんて、あこがれます。
将来の夢に加えましょう。孫を連れて、しみじみ語りながらとかね。
最高のバカンスでしょ。

ルーズヴェルト大統領が、来年からも続投、確実です。
四期目。前代未聞。
先月の民主党大会で、不在にもかかわらず圧倒的票数で指名され、本人も受諾。
対する共和党は、トマス・デューイ氏を候補者に押し出して、戦わせます。
マッカーサーにも声がかかったけど、今それどころじゃない、と断ったって。
勝敗は見えてますが
仮に逆転が起きるとしたら?
という米紙の考察が面白い。

「もし投票の始まる11月より前に、欧州戦線も太平洋戦線も終結したら、ルーズヴェルトは敗れるだろう」

面白いでしょ。
この戦争が終わったら、アメリカ全土で軍需産業に携わってる国民および、永住権を欲しがってる世界中からの難民が、失業します。戦地から兵隊も戻ってくる。
これ以上の移民は受け入れてほしくない。
自分たちの生活を守らなくてはならない。

言い方を換えれば、ルーズヴェルトは政治的都合により戦争の早期終結を選択できない。
もう少し引き延ばさねばならない。いつまで?
四期目が始まる3月までは続けるか?
いや、まだだ。戦後新体制への里程標をつくってからでないと、国民の不安が爆発します。
これからの国家戦略を組み立て、発表できるようになってから、戦争を終わらせましょう。
それまでは、消化試合を続けていなくちゃね。

もっともです。もっともすぎます。
日本を降伏させ、賠償金をとればよい話ではない。
日本はこれから米国によって開発され、大いなる市場となるべきだが、いかんせん国土が狭い。
朝鮮や台湾そして満洲は中国へ返還させるとして、そう、中国も米国資本によって開発せねばならない。
本命は中国です。蒋介石とも復興プランを練らねばなあ。それまでは、日本を、殺せない。
勝手に白旗を揚げられては、困るのだ。

こうなると私のシナリオも揺らぎますね。
日本にはとっとと降伏してもらいたかったのだが、それはアメリカの国益に反するのか。

日本由来の産業を今のうちにすべて破壊しておき
そこへ解放者として威風堂々と乗りこむ。
戦犯は処罰しますが、労働力として有望な層なら保護して施しを与える。
名実ともにアメリカの忠実な下僕として再教育する。
無産階級は強制的に解体しましょう。政府は傀儡で必要にして充分。
米国資本の誘致には積極的な優遇措置をとり、すみやかに社会基盤を確立。
いっそ、51番目の州として自治権を認めてあげるのはどうか。
広大な海域含めて領土も経済圏も拡張できるし、中国やソ連との距離も縮まる。
米国は今日までの五年間、多大なる貢献をしてきた。この程度の見返りを求める権利は、あるでしょう。

フム。いいんじゃないですかね。
日本が中国でさんざんやってきた征服理論もこれに近かったので。
世界諸国の反応はともかく、日本人には抗弁する資格ありません。
戦犯追及はスケープゴートですが、国民だって阿呆で強欲な愚か者ばかりです。情けをかける余地も無い。

常識的な罰として、これからは益虫として、役立てましょう。
それを円滑に運ぶためなら、女王蟻も役に立つから、残しておきますか。

完璧だな。



[43732] File_1944-09-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/21 02:59
File_1944-09-001D_hmos.

平井さん。調べてほしい件があります。
9月4日。上海から、江道恩氏を憲兵が東京へ移送しました。
東條元首相暗殺事件の関係者として、という理由らしいです。
よろしく。

巣鴨計画は、平井氏も賛成してくれて、順調に進捗中。ただ、困ったオマケがつきました。
国外逃亡なら、俺も連れていけと。

平井氏一人ですか?ご家族も?蔵書も?山ほど貯めこんでるっていう国宝たちも?
無理ですよ。

「だよねえ。どうしよう。俺だって、もう、こんな国イヤだ」

手間のかかるオヤジだなあ。
あなたと、奥様と、息子さんだけであれば、なんとか。
お宝は、深い深い防空壕を掘って、隠しときなさい。
ほとぼりが冷めたら戻ってきて、取り出しなさい。

サノも連れ出さなきゃなんないのに、と思ってたら、固辞されました。
あいつ、結婚したんですよ。子供も生まれてます。
そのせいかどうか知らないけど、日本人として、日本で死にたいと。
日本のしてきたことを是としてるわけではないようだけど、他国へ移住してまで生き続けたいという意思も無いみたい。
生まれ育った祖国が、こうなってしまったことを認めた上で、その運命に随って、最後まで、共に過ごした同朋たちと、暮らしていきたいと。
ふうん。いいよ。それが君の望む道なら。

ともかく平井氏、防空壕が完成するまで、巣鴨計画は延期させてくれと。
手間のかかるオヤジだなあ!!!
そんな夏の終わりに、江先生が、しょっぴかれました。
日本の憲兵隊にはバレてたみたいです。
というか、金もってるし、裏街道で生きてるうちに、上海の憲兵隊も手懐けてたらしい。
何人もの憲兵を小遣い与えて子分扱い。顎でこき使ってた。隠してなどいなかった。
だからまあ、どこかから手が回ったってことなんでしょうねえ。

容疑は、東條英機暗殺計画。
7月の、ヒトラー暗殺未遂事件ほどの派手さはなくとも、日本でも同じようなコト考えてた人達はいたみたいで。
詳細は不明ですが、江先生なら何かしら絡んでても不思議じゃないか。
東條さんは内閣総辞職したその日のうちに首相官邸を引き払い、都内の自宅にこもって家庭菜園に没頭中。
完璧な世捨て人になっちゃったみたいですが、いいのか。それが許されちゃう国なのか日本って。
不逮捕特権がここまで完璧に遂行されている光景は不気味ですらあります。

辞めるといえば、東京レアメタル。
創業12年。苦楽をともにしてきたなあ。
解散はさせるんですが、直前までは、通常営業。
辞めると知れたら諜報活動に支障をきたします。連絡網は私の生命線ですからね。
ギリギリのギリギリまで、維持してなくちゃいけない。

気がつくと従業員も1000人くらい抱えちゃってたんですが、全員分の退職金は、準備できないな。ごめんね。
でも私なりに、できる限り、あなたたちが、いつでも独り立ちできるよう、意識して、教えてきたつもりです。
渡る世間は鬼ばかり。それでも、持てる力を出し切って。チームを組めるなら組んで。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
勇気ヲワスレズ
媚ビルコトナク
生き抜いて、くれるといいな。もちろん、強制も、しません。

江先生も。内地へ送られて、無事ですむとも思えないし。
お世話になりました。もっといっぱい、お話、したかったですね。
本名、なんだっけ。もう、あんまり覚えてないや。
でも、あなたは、ホンモノでした。かけがえのない、ホンモノでした。ありがとう。
また、来世でお目にかかりましょう。



[43732] File_1944-09-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/22 00:02
File_1944-09-002D_hmos.

8月20日。福岡・八幡への空襲、リベンジ。
9月8日。大連・鞍山へも空襲、リベンジ。

八幡は確証がとれてませんが、鞍山では100機以上が飛来し、前回よりも甚大な被害が出ています。
間隔が狭まってきていることも要注目。これでも、序の口です。
まだまだ、威力偵察といってよい。
新聞はいつまで強がりを言っていられるかな。

すでに従業員の大半である中国人が大勢、家を捨てて逃げ出しており、溶鉱炉が無事でも操業が回らない状態。
南方への補給どころではありません。防空壕の方が先。
対空防御?高射砲のひとつもあれば、爆撃機の大編隊なんてよこしませんよ。無いから、来てるんです。
空戦隊を朝鮮などへおびき出した上でね。
そんな戦術教義もみるみるレベルアップしてます。
かれらは一戦ごとに成長を積み重ねてるんですよ。
まるで、進化だ。
さよなら、人類。
いらっしゃい、ニュータイプ。

そんな情報を集めているうちに。
9月15日。ペリリュー島への上陸が始まったらしいとの、第一報。
とうとう、やっちゃうのか。

陽動であれば
さすがだなと思いますが
三日ほど前から猛烈に砲撃を加えたうえでの上陸なので
おそらく
本格的な作戦でしょう。

長引くんですよね。ペリリュー。
そして、そこから800kmも西へ向かえば、もう、フィリピンです。
マッカーサーが戻りたがっている、フィリピン。

首都マニラ、および、日本軍が奪ったクラーク飛行場を目指すならば、島々を縦断して進むことになり、フィリピン全土は血みどろの戦場となります。
実際、これからいくつもの島で、日本軍は粘り強い抵抗を見せ、その悲惨さはガダルカナルやサイパンに負けず劣らず、語り継がれることとなります。あくまで、私の知っていた世界では、ですが。

地図を見れば、フィリピンへ寄り道する必要は、ないんです。
まっすぐ北上すればいい。マニラの日本機は向かって来るだけの航続距離を持ってない。
なのに、なぜ、こだわるのか。
マッカーサーが戻りたがっているから。ただそれだけです。

こっちへ来ないでくれ、疫病神。
あなたはフィリピンを愛していたのじゃなかったのか。
だったら来るな。今なら間に合う。思いとどまってくれ。
どれだけの血と、資源と、美しい風景が、無駄に消えるか。
考えたら、とても耐えられない。でも、やっちゃうのか。
大統領選までの時間稼ぎなら、他所でもできるでしょ。
日本の土地で、やればいいじゃないの。
ねえ、お願いだから。

最後に、平井探偵からの、報告です。
江先生の本名は、浅原さんでした。ああ、そうだっけ。
浅原氏……言い慣れないので、江先生で通します。江先生は、代々木の陸軍刑務所へ拘留中。
永田さん殺害犯・相澤にダラダラ弁論させていた、あの青山の第一師団法廷にて、東條暗殺未遂事件の審理に、時々呼び出されているそうです。
とりあえず、まだ、殺されてはいない模様。
それ以上の報告はいいので、防空壕掘りに戻ってくださいと言いました。ありがとう。ぺこり。

江先生まで助け出す余裕はないので、ごめんなさいね。
やっぱり来世でお会いしましょう。覚えてたら、一発くらい殴られてあげます。
どうか、それで、ごかんべんを。



[43732] File_1944-10-001D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/23 00:02
File_1944-10-001D_hmos.

山下大将、そろそろ、マニラへ着いてるかしら。
お別れ、言えませんでしたね。
来世で……て、山下さんの場合、三度目の人生になるのか。
あるのか?
いや、考えたくないから、やめておこう。

何度も何度も転生させられる。それは永遠の罰か。
神か悪魔か火の鳥か。あるいは、輪廻の蛇のしわざか。
なったらなったで考えよう。でも、望まないよ。
人生なんて、そんな、何度もなぞるもんじゃない。

第一方面軍司令官山下大将に、突如、南方行きの辞令が。
新京の溥儀皇帝に挨拶するのがやっとで、すぐ東京へ。それから、ルソンへ。
道中、あわてて書いたと思われるお手紙が一通、私のもとへ届きました。
とはいえ、そんな状況ですから、私たちの秘密に触れる内容を書けるはずもなく。
「戻ってくる」と。ただ、それだけ。
そうですね。あなたとは、今世のうちに、また、会いたい。

でも、よりにもよって、フィリピンですか。
土地勘のない司令官をいきなり派遣して、どうなるもんでもあるまいに。
大本営に、策も手駒も無いのはわかってますが、少しでも知恵があれば。

今日にでも降伏することで、アメリカの鼻をあかしてやることができるんですよ?

くやしがらせてやれますよ。
それでどうなるもんでも無いけど。
いいね!のひとつくらいは、付くんじゃないでしょうか。
まだ足掻くのか。みっともない。
ディスライクしか付けられない。

フィリピンを、太平洋の連合軍全艦隊が包囲しつつあるんですが。
その先の、台湾沖でですね。
日本が大戦果を上げたそうです。
この海域にいた空母15から20艦を、航空隊が全滅させ、洋上から敵の姿を消し去ったと。

どう考えてもありえないし、仮に20艦を撃沈させてても、第3・5・7艦隊を合わせてすでに500艦以上が投入されているので、勝って兜の緒を締めよ、以外の祝電打てません。
なのに、日本中がこのニュースに沸き返り、天皇からも勅語を賜るとか言っちゃってて、ますます後には退けない流れになっちゃってる。

舞い上がっちゃってますね。嘘つきさんたち。
嘘つきしかいない村に、数人の正直者が隠れているかもしれない。助けるべきか否か?
正直者が賢いとは限りません。賢ければ自力で脱出してるでしょう。
嘘つきに擬態して身を潜めてる正直者なんて、ただの愚か者です。
助ける義理も、そもそも区別する意味すら、ありません。

沖縄、それから台湾へも、空襲がありました。
そろそろ、本格的に都市が狙われ始めてます。無差別爆撃、ということです。
もともと、正確に爆弾を落とすというのは難しいんですよ。夜間で無灯火なら尚更です。
やられる側も、ここが軍事拠点ですよなんて公表してるわけがないから、爆撃という戦術が存在し、それ自体が禁止されない以上、無差別であることに制限を設けるのは不可能です。

だからって対空防御されてなさそうな住宅地を敢えて狙って蹂躙することへは、議論の余地もありましょうし、人によっては良心の呵責だって覚えましょう。

もっとも、これとて、日本には抗弁する資格が無い。さんざんやってきてるんだから。
この戦争が終わったら、あらためて、国際法の整備を求めていきたいところです。
爆撃とは、どうあるべきか。どこまでOKで、どこからがNGか。
その線引きを、最新の技術レベルを踏まえて議論し、ルールを決めていただきたい。
それまでは、無差別爆撃でも、容認するしかないですね。

むしろ民間人の皆さんへ伝えたい。
国民を、ただ見殺しにする、あなたがた自身の政府を、とっとと倒すべきですよ。
現政府と運命を共にする限り、あなた方も、同類なんです。
良心の呵責?
日本人に対してそんなもの、抱きません。
あたりまえでしょ。



[43732] File_1944-10-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/24 00:11
File_1944-10-002D_hmos.

「私は帰ってきた」
ダグラス・マッカーサーが
実にヤラセくさい写真を撮らせながら
レイテ島レッドビーチへ上陸してから数日間のうちに
日本は大和型二番艦・戦艦武蔵ほか
なけなしの海軍戦力を
ほぼ総てといっていいほど
失ったようです。

東條さんはサイパン陥落を理由に辞職しましたが、小磯さんも、辞めるにはいい口実でしょう。
降伏してから交代するか、ジョーカーを次の首相へ引き渡すか、見ものですけど。
近衛はまだ、出てきそうにないですね。

マニラにいる山下さんが、大本営に逆らって、早々と降伏する展開もアリだと思います。
ドイツのパウルス元帥が、スターリングラードでソ連へ投降したように。
そして、終戦工作に尽力する。
無条件降伏は受け入れるけれども、焼け野原からの復興にはさせない。
責任あった将校と、近衛フミマロと、マスコミ共は、戦犯として裁く。
その道しるべを、我々が指し示す。
よくないですか。

山下さん。戦うばかりが華じゃない。こんな勝ち方だって、ありますよ。
ほんとの悪を倒すべきです。軍人冥利に尽きましょう。

タイミング的には、今しかないとも思うのです。

マッカーサー上陸と同じ日に、スティルウェル氏が中国を去りました。
2年ほど前から、「あの」ウェンデル・ウィルキー氏含め何人もの米大統領特使が重慶へ派遣され、蒋とスティルウェルの諍いの調停に奔走してたんです。
この度、スティルウェルの解任に至ったことは、米政府が、より蒋介石への肩入れを強めた決定打といえます。

スティルウェルの主張。

「蒋介石は支援物資をもらうだけもらって、放蕩三昧。
はえぬきの国民政府軍は華中で敗走を続けているのに対し、ビルマで訓練された中国人動員兵はメキメキ強くなって日本兵を駆逐している。
すでに蒋介石と側近たちは、この米軍式中国軍に対しても、共産党系の八路軍や新四軍に対してと同じくらい、警戒を強めるようになった。
蒋は対日戦終了後ただちに国内の反対派を徹底排除するつもりでいるが、日本の脅威がなくなると同時に、蒋政権の求心力も崩壊する。
米国はこれ以上、蒋介石個人への肩入れを、すべきでないと進言する」

非常に、よくわかってますね。見事な分析だと思う。
しかし、このスティルウェルが、罷免された。

日本が無条件降伏して
中国大陸内および台湾や南方の領土をすべて放棄した途端に
その利権をめぐって、蒋介石と毛澤東の戦いが、盛大に開幕するでしょう。

今ならまだ、連合国からの支援は、蒋政権が掌握します。
毛澤東を、追い詰めることができます。
毛澤東、別に嫌いではないんですけど、ここまで徹底的に物陰から様子を窺ってる睨みの鋭さは要警戒。
それに、蒋はなんだかんだ言って、日本を死ぬまで追い込むマネはしません。
彼に中国を束ねてもらっておく方が、日本にとっても、好条件ですよ。
スティルウェルという、お目付役がいなくなった今、条件は揃ったと見るのですけどね。
どうかなあ。

ところでシュトラウス脱獄のXデーは、1月1日に決まりました。
お正月は、さすがに、尋問なども、お休みするでしょう。看守も少なくなるはずです。
私も、仕事納めのタイミングで、満洲を離れられる。好都合。
戦局次第ですが、ひとまず国外へ、逃げ出します。
行き先候補はいくつか準備してますが、シュトラウスの意見も聞きたい。
げっそりやつれてるはずだから、一週間くらいは、平井邸で、お雑煮食べながら、静養ですね。



[43732] File_1944-11-001E_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/25 00:01
File_1944-11-001E_hmos.

灰皿がいっぱい。
平井先生。落ち着かないのは分かりますけど、喫いすぎですよ。

「最悪、私は、殺されるかもね。何発か、殴られるのは、覚悟してますが……」

お通夜のような、朝でした。

ピンポンと、ベルの音。雨の静寂を、突き破ります。
文代さんが、出てくれましたが、私たちに、すぐ玄関へ来てくださいと。

「車を待たせてます。すぐ行きましょう」
平井先生は、躊躇して、お留守番。
私は、コダマさんと、軍用車へ、乗りました。

無言のまま、巣鴨の東京拘置所へ向かいます。
「ありがとうございました。石井中将へよろしくお伝えください」
車を帰らせ、受付をして、場内へ入ります。

昨日、ゾルゲ氏の死刑が執行されました。
霊安室には、二つの棺。ゾルゲ氏は寝棺で、もうひとりの尾崎氏は、座棺です。
尾崎氏のご遺族と、新聞社や満鉄関係の方々が十数名来られていて、引き取りの手続きをされています。
我々も、尾崎氏の関係者を装って入場しましたが、コダマさんは、ゾルゲ氏の寝姿を、じっと、見つめたままです。

新聞で見た、まるでノスフェラトゥのようなリヒャルト・ゾルゲ氏が、横たわっている。
首には、索状痕。背広を着て、ネクタイ無し。
この格好のまま、処刑されたのでしょうかね。
コダマさんは、無表情です。
「もういい。帰ろう」

「すまないが、一人で戻ってくれ。今日は、平井さんのところへは、寄らない」
はあ……コダマさんは、どちらへ?
「一人になりたい。じゃあな。ありがとう」
傘をさしたコダマさんは、すぐに見えなくなりました。

探偵事務所に夜までいましたが、コダマさんからの連絡は、ありませんでした。



[43732] File_1945-03-001G_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/28 07:28
File_1945-03-001G_hmos.

親愛なる、リチャード博士。

お久しぶりです。仕事の方は、順調ですか?
私は、あいかわらずです。どこからも、お誘いがありません。
「彼は、なんでもすぐ人に話してしまうだろう」
そう思われているみたいですね。その通りです。だから、何も知らないのがいいでしょう。

さて。君に、会わせたい人物がいます。
シャオ君。チャイナ生まれだそうです。
1月に、命からがら、ワシントンへ辿り着いたらしい。コロンビア川が流れてる方のです。

祖国で、そうとう恐ろしい目に遭ったらしく、記憶を失っています。
しかし、脳の働きは常人を遙かに凌ぎます。
もともと科学者の素養があり、チャイナでも何らかの仕事をしていたらしい。
あまり詮索はしていません。思い出させようとすると、つらそうだからです。

ワシントン、カリフォルニア、ウィスコンシン、それからシカゴ、デトロイト、ニューヨークへと。
彷徨いながら、北米大陸を、ヒッチハイクで横断してきた。
英語も、がむしゃらで覚えたのでしょう。いろんな訛りが混じり合っています。

ここへ来る直前は、ベル研究所にいたそうです。
そこへも、どこかからの紹介状を持ってきて、入れてもらったらしい。
たちまち、工程に問題箇所を見つけ、適確に解決法を提案したという。
三日後、重役に呼ばれて面談。高給を提示され、正社員化を薦められる。
しかしシャオ君は、条件を子細に検討した上で、辞退を告げました。

「自分の能力を最大限に活かすには、より軍事に直結したこちらのプロジェクトに参加する方が国策にも適うと思う。お願いです、紹介状を書いていただけませんか」

こうして、プリンストンへ来たわけです。
デウォルフ博士が、私に会わせたいと、連れてきました。
私も、たちまち、シャオ君の聡明さに魅了されました。
彼と、統一場理論について語り始めかけた、そのときです。

「博士、私もこのテーマに無限の興味を抱くのですが、いまは戦争中です。まずは、この非常事態を終わらせることを優先させましょう。先程、事務局でニューメキシコ州の仕事を紹介していただいて、今その手続きを待っているところなのです。早ければ、今夜にでも出発します。戦争が終わったら、また、ここで、お会いしたい。その時に、あらためて、じっくり研究してみたいです」

私も齢をとったものだ。若者のエネルギーとスピードには、ついていけないと思い知りましたよ。
そこで、君のことを思い出しました。
ニューメキシコといえば、たしか君が行った先だ。奥さんの事情があるから、そこから移ってはいないと思う。
君は、シャオ君ときっと仲良くなれると思います。
彼にとって最良の人生を見出す力になってあげてほしい。

それでは、お元気で。
アルバートより。
3月9日、1945年。



[43732] File_1945-03-002H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/27 00:02
File_1945-03-002H_hmos.

寮へ戻ると、来客を告げられた。

東洋人。色白の、リトルボーイだ。
17歳くらいだという。見た目は、もっと幼そうだが。
アル博士からの紹介状を手渡される。

これ、もらっていいか?

博士の直筆の手紙なんて、めったに見られるものじゃない。
実を言うと、一度ゼミで会ったことしかないんだ。
あの時は緊張した。
世界一の有名人にこんなもの書かせるお前はいったい何者なんだ。
手を震わせながら、ポケットにしまう。

サンタフェのドロシーさんからもらったニックネームは、クァール。
本名のシャオとは、チャイナ語で小さいという意味だそうだ。
あっちでも、おチビさんだったのかな。

僕の名はリチャード。リッキーと呼んでくれ。

ここでは皆、ドロシーネームの身分証を持っているが、覚えきれないからMPの前以外では本名で呼び合っている。
君は、新参者だから、クァールで統一したほうがいいかな。

クァールは正午頃にサンタフェから軍用車で送られてきて、手続きをすませ、男子寮をひと部屋あてがわれた。
技術区での面接は明日だが、今日はすることないから、町を散策。
仕事が決まるまで、保育園を手伝ってほしいと言われてるので、明日も行くって。
ちょっとまて。
話が見えない。くわしく。

歩いてたら、保育園の門の脇で、2歳くらいの子供と、目が合った。
近づいて、手品を見せた。
他の子供も群がってきて、大騒ぎになった。
職員さんに、中へ招かれ、子供たちにもみくちゃにされながら、話をするうち、人手が足りなさすぎて困っているからと、お願いされた。
ふむ。話は見えた。
器用なやつだな。

僕の仕事ではないし、時間外なんだがと思いつつ、テストしてみたくなった。

πを200桁くらいまで、eも100桁くらいまで、言わせてみる。
正確だ。
でも、こんなのは誰だって知ってることだし、意味がわからなくても暗記は可能だからな。
そこで、1÷243を暗算してみてくれ、と言った。

ここまで、クァールはずっと、無表情だった。
初めて、変化が訪れた。

小数点以下10桁まで、5秒ほど。
目が輝きだす。
だんだん、計算のペースがゆっくりしてくる。
噛みしめて、味わっているかのようだ。
20桁目で、苦味にあたったような顔になる。
25桁までいくと、もう興味を失った顔に変わり、スピードが上がってきた。

もういいよ。
目を合わせて、ニヤッとした。
彼も、僕のことを、こいつ面白いと思ってくれたみたいだ。
使える。
こいつは、まるで、コンピュータだ。ああ、機械の方のね。

うちのチームに欲しいなあ。
なんとか、根回しをしよう。
他の誰かに会わせたくない。とられちゃう。
とくにエンリコなんて、絶対欲しがる。
それはそれで面白そうだが。
いやダメだ。僕のものだ。

アル博士、あなたの気持がわかります。
この少年のことを、誰かに話したくてたまらなかったんでしょう。僕もです。
スタンリーの病気も治せるかな。いや、ますますこじらせるかも。
僕だって、気をつけねば。



[43732] File_1945-03-003H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/28 00:40
File_1945-03-003H_hmos.

アラモゴルド陸軍航空基地。
最寄りの町は、サンタフェ。ニューメキシコ州。
基地の奥に、サイトYと呼ばれる町がある。
サンタフェで買える地図にも載ってない。
ここに住んでる人にしか知られてない町だ。

2年前。僕がここへ来たときは、ただの強制収容所だった。
ペンより重いものなど持ったこともない科学者たちが、レンガを運び、コンクリートをかき混ぜ、工兵隊と一緒になって、実験室や集積所を建築しながら住み始めた。
偽名の身分証と、白や黄色の通行許可証を、肌身離さず持ち歩く。
裏山へハイキングに行くのすら、MPがついて回る。
手紙は行きも戻りも検閲され、どこの家にも電話はない。
ひどい町だ。その目的は、ただひとつ。
人類がまだ生み出したことのない、新しい生命を誕生させること。

当初の予想では、半年あれば完成できると思われていたらしい。
東洋の小さな皇国が、合衆国に殴りかかってきたばかりの頃だ。
我々が参入した以上、大戦は1年で結着する。そう言われてた。
もう4年目に突入した。
ヨーロッパの開戦からだと、6年になる。

新生命計画も、次から次へと問題が発生し、人と予算がどんどん注ぎこまれて、とんでもない規模に膨れあがってしまった。
サイトYは、全国に散らばる関連施設の一角にすぎない。
それでもここだけで5000人ほどの居住者を抱えこんでいる。
なのにまだまだ、赤ん坊は産まれる気配すらない。

議会では、戦時機密とはいえあまりにも巨額な使途不明金の詳細と説明を求める運動が起きているという。
近く正式に提出されそうだけど、陸軍が徹底的につぶそうとしている。
そのためにも早く造れと、僕たちにも圧力がかかってる。
日曜日は必ず休むなんて何事か。なんて、よく槍玉にあげられる。

サイトYのボス、ジュリアス博士は日曜日どころか24時間365日の一瞬たりと休んでないはずなんだけど。
それでも僕たちの週休一日を、全力で、確保してくれてる。
過剰労務は効率を落とし、ミスを生み、取り返しのつかない失敗を惹き起こす。
だから必ず休めという。
ありがたい。たしかに、その通りだと思う。

僕たちは決して怠けているわけではないし、第三帝国が先に赤ん坊を完成させて、連合王国や共和国連邦へ向けて使用するようなことがあってはならない。
その覚悟は軍人や政治家にも負けない。
いやそれ以上だと、胸を張って言える。

僕のチームは、計算を担当している。
各セクションからよこされる、複雑きわまりない数式の解を求める作業だ。
そのためのマーチャント計算機というのがあったのだけど、今から見ればトロすぎた。

前任者のスタンリーが、複数個の計算機を並列処理させて流れ作業化するというアイデアを思いついた。
僕も協力して、IBMに発注し、自分たちで組み立てて、試行錯誤してみたら、思った以上にうまくいった。
納品のペースが速くなって、みんなから喜ばれた。

機械が増えたぶん人手も必要になり、軍に申請を出した。
軍は、全国の高校に募集をかけ、とくに数学の成績が良い子たちを送りこんでくれた。
今、僕のチームでは、その子たちが働いてくれてる。
ここにクァールを混ぜこもうという、魂胆さ。

見た目は一人だけ小学生が混じってるみたいになるけど、この子が一番すごいんだぜ。



[43732] File_1945-04-001H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/29 00:03
File_1945-04-001H_hmos.

クァールが、僕たちの機械に名前をつけた。
HAL1663。

IBMの一歩先を行くんだぜ宣言。
1663というのはサイトYへの郵便物を預かる私書箱の番号だ。
この数字にピンとくれば、関係者だと、将来でも、わかるでしょうと。
かっこいいねと、満場一致で決まった。

クァールをチームに入れて、正解だった。能率がさらに上がった。
HAL1663を構成する機械たちは、ひとつひとつがパンチカードで結果をはじき出す。これを次の機械へと手渡していくのだが、入力は人間がやるために、時々、ミスが起きる。
気付いたところで、カードを並べ、間違えたところまで戻って計算し直すのだけれど、これにものすごく時間をとられていたわけだ。

「機械ごとにカードの色を変えることは、可能ですか?」

迂闊だった。時刻さえ手書きしてれば充分だと思っていたよ。
これなら視覚的にも見分けがつきやすいし、もっといい効果は、殺風景な作業室が、おもちゃ屋みたいにカラフルになったことだ。

高校生たちの士気を上げるヒントも、クァールから提案された。
いくら数学の素質があるといっても、
何十万ドルもする最先端の機械を動かせる特権を享受してるといっても、
毎日何時間も数字とパンチの穴とばかり格闘してたんじゃ、疲れてしまう。
レコードもラジオも飽きてきちゃうし、隔離された町の中では面白い話題もそうそう起きるもんじゃない。

「せめて、かれらに、僕たちはこんな作戦に協力してるんだぞって教えてあげるくらいは、できないものでしょうか?」

上司のアルブレヒトに、掛け合ってみた。
さらに所長のジュリアス博士から、陸軍のレスリー准将まで話が届いたみたいだ。
結局、こんなシナリオがつくられた。

「昨年9月より、第三帝国はV2ロケットという、新型の兵器を投入し始めた。
この巨大な弾丸は、帝国領内から発射され、ロンドンまで届き、とてつもない破壊力を持つ。
爆撃と違うのは、制空権が鉄壁でも、防衛できないことだ。捕捉したときには、手遅れなのだ。
敵はすでに数百発、V2を発射している。ロンドンは瓦礫だらけで、住民も政府も、遠くへ疎開している。
我々は、これに対抗する兵器を開発中だ。
合衆国本土から、ベルリンを狙っている。
いま君たちが日夜とりくんでいるのは、そのための計算である。
重要なのは、他の地域、とくに連合国の兵や住民に被害を与えてはならないということ。
そのためには完璧な計算が求められる。
今はここまでしか明かせないが、君たちの肩に、世界の平和がかかっているのだ。
くれぐれも、気を抜かず、仕事に尽力してくれたまえ」

大西洋越えはさすがに無理がありませんか。巡洋艦からの発射のほうが信憑性ありませんか。
そう指摘したけど、それでは海軍の仕事になってしまうではないかと却下された。

この大嘘の効果は絶大で、高校生たちは以前よりずっと作業に熱中するようになった。
海を越えていくロケット、という壮大なイメージも、却って良かったのかもしれない。
クァールだけは、あいかわらず冷静なままだ。

心配が、ひとつだけある。
スタンリーは馘になった。
それというのも、HALを設計したあと、その改良欲がいつまでも頭を離れなかったのだ。
寝食を惜しんで計算室に入り浸り、人と接することを極度に面倒臭がるようにもなった。
計算依頼は溜まる一方となり、職務怠慢と断罪され、後任に僕が選ばれたわけだ。
気持は痛いほどわかる。
僕だって、コンピュータで遊ぶ誘惑に抗う努力は並大抵じゃない。
クァールも、そうなってしまわないかと、注意しながら、様子を見ている。

その心配は無用なようだが、これはこれで、不思議でならない。
どうして、君のような数学マニアが、それほどまでに、沈着冷静でいられる?

まさか、君自身が、未来から来た、HALをも超える計算機だから、なんてことは、ないよね?



[43732] File_1945-04-002H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/04/30 00:02
File_1945-04-002H_hmos.

大統領が、急死した。
午後のニュースで伝えられたが、皆、茫然となり、仕事が手につかない。
ジュリアスが終業を宣言した。

噂よりずいぶん病気が進行していたらしい。
報道ではひた隠しにされていたけど、大統領は常に車椅子の人だった。
だから、チャーチルやスターリンとの会談でも、全員が座ってる写真しか存在しない。
不自然だろう?でも、皆がこの秘密を大切に共有していた。
それが、連合国の結束を強めた一要因でもあったと、僕は考えている。

第三帝国では、先に日付が更新するから、13日の金曜日だった。
ゲッベルスめ、いよいよ占星術師を頼りだしたか。なんてジョークを聞いた。
構わない。オカルトに縋りたいなら縋ればよい。
僕たちの赤ん坊は、占星術では実現しない。
どんな検証にも堪えられる、完璧な数理の先にしか、この子の誕生は有り得ないのだ。
帝国に、正々堂々、科学で打ち勝つ。
それが僕たちの、確固たる使命だ。

でも、今日は、たしかに、仕事に身が入らない。
休もう。しっかり休んで、泣き尽くしておこう。
これも仕事だ。

日曜日に追悼集会をするというので、今週は会いに行けなくなっちゃったよと、妻に手紙を書いた。
アルバカーキで入院しているんだ。名前は、プッツィー。
結婚して、3年になる。
結核だと判明してから、4年。
つきあいはじめてからは、12年。

クァールに聞いたが、チャイナでは、暦が12年で一巡するんだそうだ。
12種の動物が一年ずつ担当する。今年は鶏なんだってさ。
もう一周するまでには、
戦争もとっくに終わっていて、
君は完全な健康を手に入れて、
そして、僕たちの子供も生まれているだろう。何人もね。
そんな日が、待ち遠しいよ。

子供といえば、サイトYでは毎月10人くらい子供が産まれてる。
町民の平均年齢は25歳と言われてるけど、今はもっと下がってるんじゃないかな。
実際、カップルはすぐできる。
娯楽が少ないし、配給のサックなんてすぐ使い切るし。
診療所だって無料だから、産むなと言う方が無理なんだ。

科学者、技術者、軍人たち。それを支える民間業の皆さんも、家族を連れて引っ越してきてるから。
ロースクールは3ヶ所にあったはずだけど、託児所は今、いくつあるんだろう。
おそろしいことになっているだろうな。
クァールは今日もあちこちへ手伝いに行ってるみたいだから、今度聞いてみよう。

彼も、年齢的に、やりたい盛りだと思うんだけど。
ガールフレンド、いるのかな。わからないな。
そういう話題を無表情で徹底的に躱すからな、彼は。

クァールが現れて、もう、ひと月近く経つ。
ロボットなんじゃないか。という思いが、日増しに強くなる。

コロンビア大学のアイザックという秀才が、ユニークな提言をしていた。
人間そっくりのロボット召使いをつくれば、現在ある人間用の道具をそのまま使わせることができる。
合理的に、最もコストをかけずに、人間を労働から解き放つ方法だから、そんなロボットをつくろう。

理論的には面白いが、実際につくるとなると難題の連鎖だ。
僕たちが直面してる工程より複雑、かつ困難かもしれない。
問題のひとつは動力源だが。
クァールが食事を摂っているところは何度か見ているから、彼は人間だと思う。

むしろ、ジュリアスが何も食べてないようだ。
今日もげっそりやつれていた。
とても心配だ。



[43732] File_1945-04-003H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/01 00:02
File_1945-04-003H_hmos.

異様な静けさで、目が醒めた。
季節はずれの、雪が積もってた。
ここは標高7200フィートの台地だから、冬の寒さも辛いのだけど。
それにしたって、エイプリルだぞ。

大統領追悼音楽会へ向かう途中、子供たちと雪合戦をしてるクァールを見かけた。

今日のジュリアスは、落ちついていた。
準備されていた原稿を、厳かに読み上げて、式を無事、終えた。

副大統領だったハリー氏が、第33代大統領へ昇格。
僕たちのプロジェクトが中止になる、なんてことはよもやあるまいが。
今もまだ新大統領は、
赤ん坊について何ひとつ知らされてないという、
もっぱらの噂だ。

急な引き継ぎでそれどころじゃないという、優先順位の問題も、もちろんある。
しかし、いざ説明し、これまでの経緯を納得してもらい、
更なる予算と人材確保を了解してもらうとなると、
これがどれだけの困難であるか。
途方に暮れざるをえない。

規模縮小は、ありえる。
サイトYは最終組立工場だから、ここが無くなるのは最後のほうになるだろうが。
原料をつくっている、テネシーとワシントンのどちらかを潰し、一本化せよという意見は、強まるだろう。

カリフォルニアでの遠心分離実験は、とっくに打ち切られてていいはずなんだが。
オーランド博士が、しぶとく粘ってる。
僕たちはとっくに見限ってるんだけどね。

赤ん坊は、二種類つくられてるんだ。

そのどちらが正解になるのか、僕たちの誰一人、まだわからない。
それぞれに問題を抱えてる。
サイトYでは両方の設計を、今も並行して進めている。
どちらが先に届いても、すぐ組み立てに入れるように。
あとから考えれば、採用されなかった方はムダだろう。
しかし。
遅れることこそ取り返しがつかない、という大原則にしたがって、僕たちは、最善を尽くしている。
一本化するのは、もっと見切りがついてからだ。
いま決められちゃ、たまらない。

ウラニウムという金属がある。

原子量では、天然資源で最大だ。ものすごく重いってことだ。
中性子という、ものすごく小さな石をぶつけると、このウラニウムは二つに割れる。
その際に、大きなエネルギーを放出する。

ついでに余分な中性子も飛び散るから、
ビリヤードのようにうまくウラニウムを配置しておいて、
次々と玉衝きさせていければ、
一つの仕掛けで莫大なエネルギーを生み出すことができる。

ウラニウム原子を一個割るだけなら、マッチに火が付く程度の力でしかない。
でも、1ポンド集めて並べて、次々に割らせていければどうだろう。
町ひとつ、吹っ飛ばせるだけの爆弾がつくれちゃうよね。
これが、そもそもの、アイデアだ。

原子核分裂によるエネルギーの解放が初めて実測されたのは、1938年、第三帝国でだ。
その頃すでに、ナチスはユダヤ人狩りを始めていた。
逃げ出せる人は国外へ逃げ出した。
合衆国へも、大勢来た。

ウラニウムはそれまで、黄色の染料くらいにしか使い道がないと、一般には思われていた。
ほどなく第三帝国は、チェコスロヴァキアを併合する。
このとき、ただちにウラニウム鉱山を接収して出荷を禁じさせるという措置をとった。
世界中の物理学者は、瞬時に、帝国が何を企んでいるか、気付いた。

かれらを刺激しないよう。
情報を与えないよう。
僕たちが知っているということすら、知られないよう。
それからの原子物理学研究は、極秘裡に行われるようになる。

合衆国内ではコロンビア大学がこの分野で先頭を走っており、
分裂を起こすのは天然ウラニウムの中にほんの0.7%しか含まれない、ウラン235のみであることを突き止めた。
爆弾用のウラン1ポンドを集めるには、143ポンドのウラニウム原石が必要ということだ。
しかもこのウラン235を精製するためには、想像を絶するレベルの工業技術力も、求められる。

戦争が始まり、いよいよ第三帝国がウラニウム爆弾を開発している危険が強まった。
連合王国も対抗すべく猛烈に研究を進めたが、戦局の悪化に伴い続けられなくなる。
合衆国が、その計画を引き継いだ。

原理はわかってる。
あとは、造るだけだ。敵よりも先に。
かれらはすでに持っているかもしれない。
最後の手段として隠しているだけかもしれない。
そんな迫りくる恐怖と戦いながらの毎日だったと、最初期から携わってきた先輩たちは、言っている。

1945年4月15日。
もはや、第三帝国の命運は尽きようとしている。
V2ロケットは1000発近く発射されていると聞くが、未だにウラニウム爆弾は使われる兆しが無い。
やつらは赤ん坊を誕生させられなかったようだ。
わかるよ。
僕たちだって未だに、ほんとにこんなものが完成できるのかと、半信半疑でいるんだもの。

ジュリアスが、僕たちに、こんな冗談を言ったことがある。

「この計画は、失敗すると思う。
関係者は、天文学的な国家予算を食いつぶした責任をとらされる。
科学者チームの全責任は、私ひとりで負う。どんな罰も、引き受ける。
諸君にお願いしたいことは、ひとつだけだ。
私の言い訳が立つようにしてくれ」

失敗しても、全力を尽くした証は立ててくれ、の意味にもとれる。
ちがいますよね。
失敗なんて。いま決められちゃ、たまらない。
誕生させます。
その日まで、全力を、尽くすのみです。



[43732] File_1945-04-004H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/02 00:02
File_1945-04-004H_hmos.

アルバカーキまで、片道100マイル。

来て一年ほどは、軍用車でMPに途中まで送ってもらってから、ヒッチハイクしていた。
男子寮の隣人・クラウスが中古車を手に入れたので、借りられるときは借りている。
今日も借りた。クァールも連れていく。

案の定、途中でキャブの底から変な音がし始めた。
クァールが、下へ潜って直してくれた。
すごいな。本当にできるんだ。

「リッキーも、得意でしょ?機械いじり。基本は一緒ですよ」

ラジオや、通信機までならな。自動車は、さすがにな。
チャイナで覚えたのか?運転も出来るのかい?

「ビュイックは大きすぎて足が届きません。運転免許も、こっちへ来てからは、とってません」

真面目に答えられた。ごめんなさい。

アルバカーキへ着く。
僕が妻の見舞いをしている間、クァールはカーショップで点検に付き添っててくれるという。
頼りになる。ほんと、たすかる。

プッツィーは、戦争が終わったら僕たちがニューヨークへ戻れるのかどうかと聞いてきた。

まだ、わからない。帝国が降伏しても、まだ皇国が残ってるし、そっちはまだまだ終わる見込みが無さそうだよ、と答えた。

「そちらも片付いたら、チャイナへも、行ってみたいなあ」

そのときは、ぜひ、クァールにガイドをしてもらおう。
ここでの面会許可はもらえないし、基地では写真も撮れないけど。
こんな顔なんだぜ、とスケッチしてみせた。

「17歳ということは、ジョーンの一つ下じゃない?兄から見て、お似合いだと思う?」

それはどうかなあ。正直、わからないけど、一度会わせてはみたいと思う。
君とジョーンも、もう三年会ってないよね。あいつも最近はすっかり、色気づいちゃって……

二週間ぶんの保養をしたところで、クァールを迎えに行く。
頼まれものの買物もすませて、また100マイルの道を戻る。
帰り道、車は一度もトラブルを起こさなかった。奇蹟だ。
道中、聞かれるがままに、現状の、計画全体における進捗を話す。

テネシー州では、ウラン235の抽出を行っている。
弗素と化合させたガス状にしてから分離するのだけど、このガスが危険きわまりない毒物で、有機物に触れたとたん燃え出すし、ガラスや金属などもたちまち腐食させてしまう。
ニッケルにだけは反応しないが、容器やパイプをすべてニッケルで造ろうとすると、今の何十倍ものコストが、更にかかる。

ワシントン州で試みられているのはプルトニウムの製造。
核分裂しない方のウラニウムから、プルトニウムという新元素をつくることができる。
このうちプルトニウム239と呼ばれる原子を使うことで、ウラン235よりも一割ほど強力な爆弾にすることができる。
抽出も、ウラン235に比べたら容易だ。現在は、こちらの方が有望視されている。

ところが連鎖反応を起こして臨界まで導くのが大変で、ウラン型よりプルトニウム型の方が制御するのは難しい。
反応部を完全な球形にして、その全表面に、100万分の1秒以内で同じ圧力を加えなければならないという、極限的アクロバットが求められる。
幸いこれは、ジョニイ博士の画期的アイデアで、なんとか実現できそうだ。そのための計算を、つい最近まで僕たちは、やっていたところなんだよ。

「じゃあ、先に完成しそうなのは、プルトニウム型なんですね?」

そういうことだ、クァール。赤ん坊の顔を拝める日は近いぞ!



[43732] File_1945-05-001H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/03 00:01
File_1945-05-001H_hmos.

ジュリアスの訪問を、歓迎しない町民はいない。
レスリー准将もよく勝手に入ってくるが、雲泥の差だ。ここまで嫌われる人も、なかなか、いない。

ジュリアスは、用があってもなくても、あればそれを済ませたあとで必ず、全員の顔を見渡しながら、
「何か困っていることはないかね?」と聞いてきてくれるのだ。
しかも、言いたいことがあるけど言えない、モジモジしてる人を見つけるのが得意ときてる。
そして、自分から話しかけて、一緒に考えてくれる。
こんなボス、そうそう、いない。

僕のチームの高校生たちが、あこがれのジュリアスを間近で見て、目を輝かせてる。
その前を横切って、ジュリアスはクァールに、握手を求めた。

「いつも子供たちと遊んでくれてありがとう。トニのところへも、よく行ってくれてるそうだね。君のおかげで、町が幸せになっている。心から、感謝しています」

クァールは、誰に対しても変わらぬ、アルカイックスマイルで応える。
まったく。どこまでも、肚のうちを読ませない小僧だよ。

ジュリアスには、子供が二人いる。
ピーターくん、2歳。
妹のトニちゃんは、昨年末に産まれたばかり。

ピーターくんとお母さんのキティは、先月、ピッツバーグへ里帰りに、出て行った。
トニちゃんは、キティの旧知であるところの、パットさんの家にいる。
パットさんが流産したばかりなので、代わりにトニを抱いててあげて、と預けたのだ。
お医者さんも、パットさんの心を癒やすために良いことですねと、薦めてくれた。
多忙のパパはかまってあげられないし、キティにとっても、二人連れていくのは大変だろう。

表面上は、完全解といえると思う。

他人の家庭問題に、無闇に立ち入るべきではないが、夜、クァールに聞いてみた。
ほんとに完全解なんだろうか?
クァールの目からは、どう見えてる?

「何が問題ですか?」

そう言われると、答えに詰まるな。
キティの評判は、あまり、よろしくない。
ジュリアスと結婚するために妊娠して、三番目の夫と別れるために合衆国いち離婚手続きが簡単なリノへ転居して6週間過ごし、再婚後すぐにピーターを出産した。
派手好きで、気まぐれで。所長の妻だから当然町の実権も握り放題だ。
マダムたちと連れだって昼間から飲み歩いているという話もよく聞く。
とすると
勘繰るところもいろいろ
出てくるじゃないか。

「そういう噂は、聞き飽きてるんです。ストレスもたまりますよ、彼女の身になってみれば。しばらく町を離れることは、当人にも、町の皆さんにも、ジュリアス所長にとっても、いいことじゃないですか?」

聞き飽きてるか。
そうか。
子供たちの数だけ、ママさんもいるわけだからな。
君はどこでも、黙って聞いてるんだろうな。

「それに、ピーターくんは、ママのことも、パパのことも、大好きなんです。それなのに、ママの機嫌が激しく変わりやすいことも敏感に察知していて、甘えることも、泣くことすらも、しないんです。実の母親を、条件反射で恐れてしまうんです。その距離が、少しでも、縮まって戻ってきてくれるといいなあ、くらいは考えますけど」

……深いな。
精神分析医か君は。小児科の。

「ジュリアス所長については、責任を背負う覚悟と、その能力が強すぎます。プロジェクト全体に、世界のためにも必要な存在ですが、ひたすら自分を追い詰めてます。
そんな所長の負担を軽くしてあげるためには、一日でも早く、このプロジェクトを完了させて、休息してもらうこと。
その終わらせ方も、大団円であって初めて、解放できるんです。
私も、末端ながら、微力を尽くしたい」

うん。なんだか、ごめんなさい。そこまで考えたこと、なかったね僕。

「リッキー。答えられる範囲で、教えてください。
今日やってた計算。爆風の影響が及ぶ範囲の予測、ですよね。
もう最終段階にきていると判断していいんですか」

ああ……うむ……その通りだ。
本物で実験を、するみたいだよ。

プルトニウム型は、どうにも、仕掛けが精密すぎる。
設計上は完璧を尽くしたが、製品がその通り動いてくれる保証はない。
そのためのテストがどうしても必要だ、と
ジュリアスが陸軍を組み伏せたらしい。

「貴重かつ高価なプルトニウム239を、ただの実験に使う余裕があるのか」
これが、テスト不要論派の、主たる言い分だ。

「敵地に落として、爆発しなかったらどうします。
かれらは、不発弾となった最高機密を、完全な状態で、手に入れます。調べます。
ドイツでも、日本でも、瞬時に理解するでしょう。しかも我々がそれを回収することは、絶対に不可能。
問題箇所を修復し、我々に対して使ってきたら、どうするんですか」

ジュリアスは、議論に勝った。
だから、爆発させてみるって。
準備でき次第。
ここで。



[43732] File_1945-05-002H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/04 00:04
File_1945-05-002H_hmos.

ヒトラーが自殺し、第三帝国は崩壊し、降伏文書が調印された。
ロンドンに、パリに、ローマに、ワルシャワに、そして、ベルリンに。
夜、ふたたび、街の灯がともった。
戦争は、終わったんだ。

僕たちは、祝杯をあげた。
でも、仕事は、休まなかった。
アルバカーキより更に更に南の先にある砂漠で、ある爆破実験が行われた。
その解析に、追われている。

TNT火薬、100トン。
ピンとこないよね。こんな質量。
ここへ来て以来、初めて扱う小ささかも。
来たるべき、プルトニウムの本番と比較するための、サンプルづくりだ。
TNTの破壊力を基準として、その何千倍の規模になるかを測定する。
つまり、単位をつくるわけだ。慎重にデータ化する必要がある。

最近になって、ウラン235の生産量が、急に上がってきた。
弗化ウラニウムのガスに腐食されない材質は、ただひとつ、ニッケルのみ。
ガスに触れる容器やパイプをすべてニッケル製にしようとすると、膨大なコストがかかる。
なら表面だけニッケルでコーティングをすればよい。
ここまでは、誰でも思いつく。

しかし、ニッケルでコーティングというのがそもそも難しいのだ。
ちょっとでも気泡が入って、表面に凸凹ができていると、そこに圧力が集中して、メッキが剥がれ、破裂する原因となる。
一ヶ所でも破裂した途端、工場内は汚染され、材料も、機械も、その場の全作業員の生命もが、失われてしまう。

この問題を、ある町工場が、解決した。
そこに至るまでには、涙ぐましい物語が、あったらしい。

レスリー准将が、この工場を、設備・特許・経営者ごと、買収。
周辺の土地も取得し、工場を中心としたコンベア・システムをつくる。
テネシー州のウラン235工場を分解し、ニッケル工場へピストン輸送。
ニッケルメッキを施した部品をテネシー州で再組み立てする。

それでも、かかった費用は、すべてをニッケル製にする当初の見積もりの、2%で済んだらしい。
ピンとこなさすぎるよね。
僕にはそんな金額を扱う機会は永遠に無いだろう。
ギガだのテラだのペタだのと。天文学でさえ、こんな単位系はそうそう、使わないと思うよ。

ともかく、こうしてウラン235がじゃんじゃん作られるようになってくると、ウラニウム爆弾の方が構造は単純だから、プルトニウム型よりも早く完成するかもしれない。
レースの行方が、またわからなくなってきた。
計算の仕事も、追加に次ぐ追加でね。
だから、休む暇も無い。

クァールは時々、歌を口ずさんで、皆をリズムで誘導する。
人を気持よく動かす機微を熟知しているかのようだ。
まったく、心得てやがる。
僕も、ドラムを叩きたくなる。
けど、僕はいつも、ついついノリすぎちゃうから、控えてる。

「リッキー、賭けをしましょう。この計算が今日中に終わらなければ、1ニッケル」

たったの5セントで人の心を操ってしまうクァール。
まったく。



[43732] File_1945-06-001H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/05 00:02
File_1945-06-001H_hmos.

クラウスのビュイックが、また調子悪くなってきた。

クァールに言わせると、クラウスの、自動車に対する愛の無さは、度しがたいらしい。
それでも物理学者としては優秀だし、誠実さにかけてはジュリアスの信頼も厚い。
しかし、興味の無いことにはとことん、興味を持たない。社交も苦手だ。
クルマも欲しくて買ったはいいが、それ以上のものではなかったようだ。
僕にはありがたいが、もったいない。

クルマの扱い方を見れば、そいつの、女性への接し方がわかる、なんて言われる。
そんなつもりでクラウスを眺めていると、確かに、挨拶以上の会話になると、ぎこちない。
クァールはどうだろう。今の理屈なら、女の扱いも手際よいことになるが。
スタンリー。クラウス。クァール。
似たもの同士の気もするのだが、何かが決定的に違う。
なんだろう。わからん。

対極は、エンリコだ。
サイトYで、いや世界で最もやんちゃな物理学者、エンリコ。

彼の仕事はもう、終わったようなものなので、最近はしょっちゅう、愛車を乗り回しては、川で鱒釣りに明け暮れている。
クァールを誘うことも、頻繁だ。
やっぱり、とられてしまった。
こっちの仕事が、そのたびに遅延する。

クァールから聞く、エンリコの人となりは、味わい深い。

中性子で核分裂を起こせることを実証しようとする物理学者は、世界中に、それなりにいた。
エンリコも、イタリア王国時代、ありとあらゆる原子に中性子をぶつけて遊んでいたそうだ。
しかし、発見者にはなれなかった。
ドイツの素人学者に先を越された。

でも本人は、平然と言ってのける。

「もし自分たちが発見してたら、ファシストにとられてた。枢軸国のための兵器をつくらされていた。
だから、成功しなくてよかったんだ。
しかも、試行錯誤してきた山ほどの失敗データを自分は持っている。
一度きりのまぐれ当たりより、こちらの方がはるかに重要だ。
何だって賭けてやる。連中が、我々に追いつけるわけがない」

そう得意気に言う。
奥さんがユダヤ人だったから、エンリコ一家は、早々と国外へ逃げた。
合衆国へ渡り、コロンビア大学で、数々の業績を打ち立てた。

もちろん、プロジェクトが始められたとき、エンリコは核物理研究の第一人者として、真っ先に召集された。
シカゴ大学へ集められ、そこで、連合国では史上初の臨界実験を成功させる。
どこにも発表されてないが、完全な制御下で、連鎖反応を最後まで導いた。
しかも計測値が、ことごとく、事前予想に一致していたという。
エンリコの名声は、世間に知られることなく、不動のものとなった。

しかし合衆国にとって、彼の祖国は、敵である。
家族の生活にも、屈辱的な制約がつきまとう。
エンリコは、合衆国国籍を手に入れ、忠誠を誓った。
英語を習得し、ユーモアで反論し、数限りない偏見と、中傷とも、闘い抜いてきた。
その果てに、今、ようやく、釣りを愉しむ自由を手に入れたんだ。

のんびり遊んでいるわけでもない。
実験を、我々一同、現地で見学する予定だが、爆心地から半径5マイル以内の観測機器はすべて吹っ飛ばされると、エンリコは予想している。
そこで装甲板を全面鉛でコーティングした特注戦車を準備させ、それに乗って当日のうちに爆心地跡を調査したいそうだ。
なぜかクァールは戦車にも詳しい。
二人して、陸軍へ要請する改造戦車の仕様書を作成しているということなんだが。
そろそろ戻ってきてほしいものだ。

エンリコは、生まれ育った王国への愛着を、完全に断ち切ったのだろうか。
僕には、その感覚がわからない。
故郷と訣別するって、いったいどんな気持なんだろう。

ニールス博士は、今月中にも、故郷のデンマークへ帰ると言っている。皆、それぞれだな。
サイトYも、実験が終わったら、解散されるだろう。
僕たちも、ロングアイランドへ帰る。
クァールは、どうするつもりかな。
アル博士と、エンリコとで、綱引きが始まれば、僕の出る幕は、なさそうだ。

ジュリアスが言っている。
実験が成功し、その結果を公表すれば、日本も戦意を喪失し、白旗を揚げるだろう。
それ以後、戦争を起こそうなんて国は、なくなる。
すべての国家が、戦争そのものを回避する手段を考えざるを得なくなる。
私たちの赤ん坊は、世界に永遠の平和をもたらした象徴として、記憶される。

大団円は、まもなくだよ。皆さん。



[43732] File_1945-06-002H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/06 00:01
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プッツィーのパパから、電報を、もらった。
早退して、クラウスに車を借りた。
クァールにも、ついてきてもらった。

途中、二回もパンクした。
泣きそうになった。
けど、こらえた。

病院へ着くと、プッツィーのパパに、抱きしめられた。
自分はこれ以上耐えられない。帰る。あとをよろしく頼む。
そう、頼まれた。

すでに、プッツィーは、意識が無かった。
21時22分。
彼女は、天に召された。

カーショップは、もう、閉店している。おそるおそる、運転した。
帰りも、一度、エンストした。
クァールに、直してもらった。
沈黙に、耐えきれなくて、僕の方から、口を開いた。

ふしぎなんだ。
全然、泣けない。悲しく、ないのかな。

「無理して泣くことはないですよ。心が信じてない、とか。説明はつきます」

そうか。そうかもね。
全然、ピンときてない。

「私も、大切なひとを失いましたが、一度も、泣いてません。
だって毎日、夢で会ってますもの。今日はこんなことがあったよ、なんて、おしゃべりしてます。
淋しくもないのに、泣く理由なんて、無いです」

ロボットでも、夢を見るのか。
我思う。ゆえに、彼女はここにいる。のか。

……むかし、昔、ずっと昔。
プッツィーとも、そんな話を、したっけ……

出会ったとき、僕は15歳、彼女は13歳だった。
長い髪を梳く仕草がとても美しかった。
プッツィーは人気者だった。手の届く存在ではなかった。
新聞部の部長になって、先生たちからも一目置かれていた。
僕はといえば、生意気な研究マニアで、屁理屈をこね回しては先生たちを困らせて、得意がる、要注意人物だった。

あるとき、宿題の相談をされた。
デカルトについてだった。テキストを読んだ僕は、その場で必死に考えて、これは問題文がおかしい、論理的に成立してないものを、さらに混ぜ返してるだけだと、放課後までえんえん語り出した。
夜、死にたくなるほど後悔した。

次の日、彼女は、僕の言ったことを彼女なりの言葉にして、教室で論じ立て、先生をやりこめたらしい。
それから、頻繁に話しかけてくれるようになった。
いつしか、つきあってた。

僕が大学の寮へ入ってからも、よく家へ遊びに来て。
母とは料理を、父とは写生を。妹にはピアノを教えてくれて。僕よりも家族の一員だった。
結婚は決めてたけど、プリンストンの安月給じゃカッコがつかない。
迷っているうちに、持病の貧血が、実は結核だと判明した。
ニュージャージーで入院することになり、僕が車で送った。
その途中、役所へ寄って、籍を入れた。

プロジェクトへの参加を求められたとき、ニューメキシコに幽閉されるのなら行けませんと断った。
ジュリアスが、アルバカーキの病院に掛け合ってくれ、何から何まで手続きをしてくれた。
毎週面会に行くための外出許可証も、すんなりと出してくれた。もう、いらなくなるけど。

ふしぎだな。まだ泣けない。
夜中すぎに、サイトYへ帰り着いた。
眠らなくちゃ。疲れた。

プッツィーは、夢に出てきてくれるだろうか。



[43732] File_1945-07-001H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/07 00:02
File_1945-07-001H_hmos.

1ヶ月、いったい何をしてたっけ。

妻が死んだ。
翌朝、普通に出勤して、仕事をしていたら、上司に呼ばれて、怒られた。
休みをもらった。
実家へ帰った。

葬儀をして、そのあと、ゴロゴロしてた。
母と何度か、買い物に行って、食事して。
それ以外に、何かしてたかな。
記憶にない。

電報が来た。
「7月15日、出産予定」
あわてて、出発した。

到着したのは、15日の夜だったけど、雷雨に見舞われてて、実験は延期されているそうだ。

上司の自宅へ顔を出す。サンドイッチをつくってもらった。
まもなくバスが出るという。
乗る。クラウスの隣に座る。
この1ヶ月のあらましを聞いてるうちに、だんだん記憶が戻ってくる。

反対側の隣席には、レナードという、ニューヨーク・タイムスの特派員が座った。
すでに主要なメンバーへはインタビューを終えているらしい。科学担当だそうだが、それにしては基本を理解していない。
揺れる車内で、いちいちメモをとっている。
努力家なのは認めるが、その程度のお勉強は家でしてきてもらいたいものだ。
彼の書く記事は間違いだらけだろう。
その原稿を添削する人はいるのだろうか?二度手間じゃないか。
僕の口は重くなっていく。
無口な少年の姿を思い浮かべる。
今日は会ってない。バスにも乗っていない。会いたいな。

泥濘地の走りづらさはひどいものだった。
ベースキャンプへ到着すると、このプロジェクトに関わっている物理学者が各州から集まっていて、さながら同窓会だった。
爆発が大気中の窒素に連鎖して、我々全員ここで死んだら、科学は100年あと戻りするぞ。と誰かが大声で囃し立てている。
軍人の何人かが本気にして顔を引きつらせていた。
レナードもメモをとっている。さぞや面白おかしく書くだろう。
残念ながら、そんな非科学的な事態は発生しない。

ワシントン・チームの友人から、プルトニウム製造工場ではすべてが遠隔操作なのだと聞く。
僕たちのHALに手足はないが、ワシントンでは人間が意のままに操るロボット・アームの技術が、究極的に発達しているらしい。
ドッキングさせたら面白いものが生まれそうだね、と話す。
1月に停電が起きたそうだが、日本軍の風船爆弾が太平洋を渡って辿りつき、工場内の電線に接触したのが原因だという。幸い、爆弾は搭載されてなかったそうだ。
安全装置が適切に作動することがわかって皆喜んだ、と前向きなオチがつく。

明け方には晴れてきそうとの連絡が入り、いよいよ決行と発表される。
僕たちは、ベースキャンプよりも更に離れた、爆心地から20マイル地点の観測所へ向かう。遠すぎやしないか。
着く頃には、雨も上がり始めてきた。

通信機の調子が悪いというので、見に行く。外は寒い。
修理していると、背後の闇から蛙の大合唱が聞こえてきた。窪地の水溜まりで、盛大な交尾ショーだ。
君たちも、産めよ殖やせよ。
通信は回復した。

カウントダウンが始まる。
皆、夜明け前の、東の地平線を見つめる。
05時30分。
白い光がきらめいた。
上へ上へと伸びてゆく。
どんどん昇ってゆく。
時間を計るのを忘れていた。
チリチリと、熱波を感じる。
続いて、音が届く。
オギャアオギャアと泣いている。
次に、爆風が襲ってきた。ちょっとした嵐だ。
ついに生まれた。生まれたんだ。
新しい生命が。
僕たちの手で。

ベースキャンプは、大混乱してるようだ。軍人たちには、衝撃が大きすぎたらしい。
エンリコは、計算通りだと、小躍りしてることだろう。
20マイル地点の僕たちは、一部を残して、サイトYへ引き揚げることになった。
僕も、帰らせてもらう。
数日後には、データが出せるだろう。
それを公表すれば、日本は降伏する。
戦争は、永遠に、終わるんだ。

レナード記者は、浮かれすぎで、うるさかった。
「原子爆弾にくらべたら、太陽の輝きなんて、一本のロウソクにも及ばないね!」
君は、保育園から、やり直したまえ。



[43732] File_1945-07-002H_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/08 00:02
File_1945-07-002H_hmos.

サイトYでは、熱狂で出迎えられた。
町じゅうの人が、高台で、雨の中夜通し、南の空を見つめていたそうだ。
200マイル先でも、はっきりと、光と雲が見えたんだって。これには僕も驚いた。

もみくちゃになりながら、独身寮の通りへ辿りつく。
クァールは、群衆の中にいなかった。
まさか、まだ寝てるなんてことはあるまいに……と思いつつ、部屋まで行く。

ドアは開いた。中は、もぬけの殻だった。
……引っ越したのか、な?
ひとまず、僕の部屋へ戻る。昨夜、荷物だけ置いてきたきりだ。

クァールに、道路で出会った。

「おはよう、リッキー」

ああ。変わって……ないか?あれ、どうだろう。
妙な違和感がある。

やあ。クァール。
いま君の部屋へ行ってきたんだが、引っ越した?

「実験成功して、よかったですね。僕の仕事も、ようやく、終わりました」

違和感が膨張する。
なにかが、おかしい。

計算の仕事は、まだまだ終わってないよ。
これから、データを集計する必要がある。

君には、いてもらわなければ……

クァール?

君は、今まで、どこにいたんだ?

町じゅうが、そわそわしていた。特別な、夜だった。
昨夜、科学者たちは、一人残らず、ここを離れていた。
技術区は、ほぼ無人だった。
MPは立っていただろう。
しかし、君なら、容易に、忍びこめるだろう。

君と出会った日のことを、思い出そう。

ここは、君にとって、そんなに、居心地のいい場所だったかい?
アル博士とのおしゃべりを中断するほどの君だ。もっと行きたい場所があれば、すぐ移ったんじゃないか。
でも、4ヶ月もここで過ごした。
町のみんなに愛されて。天才たちと語らって。
おそらく今、この地上で誰よりも、原子爆弾についての知識を持っているのは、君かもしれない。
そして……
何かを盗み出すなら、昨夜は絶好の、チャンス到来だった。

いなくなるつもりかい?
なにをするつもりだい?
答えてくれないか。クァール。いや、シャオ。
底知れぬ闇が、瞳の奥から、僕を見つめていた。
はっと我に返ったとき、シャオの姿は、消えていた。

うしろから、肩をたたかれる。
「リッキー!早く来い。お前が来ないと、パーティーが盛り上がらねえ!」
引きずられるように、フラー・ロッジへ連れていかれた。
わけもわからず泣きじゃくりながら、僕はドラムを叩いた。



[43732] File_1945-08-001I_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/09 00:02
File_1945-08-001I_hmos.

起こされた。
熱い珈琲を手渡される。
生きかえる。
08時00分。ヤク島上空。合流地点だ。

ホプキンズ中佐の機が、まだ現れず。15分、空中待機した。
もう出発しなくてはならないが、どうしたものかと機長たちが揉めていると聞かされる。
またトラブルか。次から次へと。
統率力がなくて、ほんと困る。

前回のように、日本のレーダーに捕捉されている気配は、なさそうだが。
いくら敵のは精度が低いといっても、油断ならない。

モニターチェックが一段落したとき、バーンズ中尉より、妙な相談をされた。
爆弾倉に、今日もグレムリンがいるらしい。
前回と同じやつでしょうか?という。

前回と今回と、両方に乗っているのは自分だけだからな。それは、私にしか判断できまい。
よし、行ってみよう。

今回の爆弾は、前回のよりも大きくて、まんまるい。
いろいろなタイプがあるのだろう。爆撃機やレーダー装置と、同じようにな。
耳をすませる。
人のいる気配は感じない。

三日前のグレムリンは、小さな子供の姿だったという。目撃者は一人だけ。
手の空いた者で隈無く探し回ったが、幻だと断定された。
きっと、我々の守り神さと結論した。

実際、作戦は完璧な成功をおさめた。
今回も、同じ子なら、成就を祈願せねばならん。くれぐれも、丁重にな。
手を合わせ、祈りを捧げる。
すると、声がした。

「そのポーズ、おもしろい。あなた、どこの人?」

おどろいた。どこから聞こえてくる?英語だ。子供の声だ。

私は、ジェイコブ・ビーザー中尉。ボルティモアの出身だ。
このポーズは、日本式だと教わった。
我々の神が味方してくれるのは当たり前だけど、相手の神様に怨まれても困るからね。
だから、戦場では、そこの流儀に合わせるようにしている。

「あなた、立派。わたし、ファットマン02。よろしく」

なんと。今度のヤツは、知能を持っているのか?
科学者の連中め。いったいどこまで突っ走るつもりだ。

あー……ファットマン。よろしく頼む。我々に勝利を、もたらしてくれ。

「ヤー。リトルボーイ01に負けない仕事します。私、どこで、落とされるの?」

答えていいものか、しばし、悩んだ。
が、この子も兵器である以上、覚悟はできているのだろうし、むしろ正直に伝えるべきが正義であろうと、判断する。

候補地は二つあるが、観測機からの連絡によって、決定される。私に言えるのは、ここま……

「小倉、あるいは、長崎。未定。了解。今日は、雲が、多い。少し、心配」

……こんな、いたいけな爆弾に、そこまで知恵をつけることはないじゃないか。
なにを考えてるんだ、司令部は。

「私が、最後の、爆弾?日本、降伏する?どう思いますか?」

心をえぐられる質問だ。
月曜日までは正直、誰もが、一回きりのミッションだと考えていた。
テニアン基地まで戻ってきたとき、日本はまったく懲りるそぶりもないと聞いて、愕然とした。

さいわい爆弾は二つあったので、ダメ押しでもう一発落とすことが決まったが、1回目の搭載機は点検と整備で使えない。
予備含めたローテとはいえ、人員もごっそり入れ替わり、ベストメンバーではなくなった。

今日は離陸前からゴタゴタしてたし、今も、護衛機が合流できてない有様だ。
もし、これで終わらなかったら、どうすればいいんだろう。
どうすれば、終わらせられるというのだ?

「私の弟、2週間後、生まれる。まだまだ、つくられます。だから、いつかは、終わります。信じます」

うむ……そうだな。
いつかは、終わるか。終わるまで、戦い抜けばな。

「電池、少ない。もう、休みます。中尉、ありがとう。お仕事、がんばってください。グッドラック」

こちらこそ、ありがとう。グッド・ラック!

狭い爆弾倉から這い出して、バーンズ中尉に、教えてやった。
私たちには、やはり、勝利の女神がついている。でも、たった今、お休みになられた。
時間まで、そっとしておこう。
我々は、我々のベストを尽くすことに、専念しよう。
その前に、熱い珈琲をもう一杯、もらえるかな。



[43732] File_1945-08-002D_hmos.
Name: ひねもす◆b6b470a6 ID:45414c96
Date: 2022/05/10 00:02
File_1945-08-002D_hmos.

8月15日。コダマ暦35年。
思えば遠くへ来たもんだ。
テニアンで、ラジオ・トーキョー聞いてます。

「罹災した戦友たちよ。
君たちの遣りどころのない憤懣、癒やしがたい痛苦は、よく判る。
君たちは闘った。しかし敵の爆撃は、予想をはるかに絶する酷薄なものであった。
敵は常に新しい攻撃方法を考えてくる。
我々もそれに対する戦法を探求しなければならぬ。
強くたくましい戦友愛で、我々はしっかり手を握り合おう。日本の都市が焦土、灰燼と化すとも、断乎として敵空襲に雄々しく立ち向かおう。
我々が苦しいときは、敵もまた、苦しいのです。
ポツダム宣言は、カイロ会談の焼き直しに過ぎません。政府としては重大な価値あるものとは認めず黙殺し、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍びつつ、戦争完遂に邁進する決意であります ((拍手))」

現在の首相は、スズキさんだそうです。
四天王か四十七士か、百鬼夜行か。その何番目かも、知らんけど。
まだまだ、つづくんだってさ。みなさん。
かれらにわからせるには、新型爆弾が、あと何発必要でしょうか。
4発?47発?100発?それでも足りない?
さあねえ。わかりません。

ソ連も、宣戦布告しました。満洲はいま、戦地です。
生命以外、なにもかも奪われ尽くした人々が、ソ連にも、中国にも、大勢います。
かれらは日本から、奪えるだけ、奪い返すでしょう。
今のうちに。生きているうちに。
なにも、かもね。

私の帰る家は、ありません。
帰りたい街角も、身を寄せる場所すら、すでに無い。

生きていてもいいですか。
なんてね。誰の許可がいるんだ。
生きていきますよ。今までどおり。
愚か者を、おちょくりながら。邪魔する奴を、蹴散らしながら。
知恵と力をふりしぼり。
勇気をわすれず。
媚びることなく。
時が止まり、美しい、あばよなんて世迷い言、つい叫びそうになる
その瞬間まで。

そうとも。
あたしは、生き抜いてやるんだ。













(おしまい)


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