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[43686] ブラッククロニクル・ホワイトアポカリプス
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d10f212d
Date: 2021/01/31 01:43
世界はかつて17の大国に分散し、戦争を繰り返していた。
中でもルーゼン王国は八咫の影に隠れる小国であった。だがカイセス王に代位の後は変遷を迎えて急激に勢力を伸ばし、現在は大国の仲間入りを果たしていた。
巨大1大帝国により統一平和を目指すカイセス皇。
不倶戴天の敵リクラフィア共和国との同盟によって軍事力を捨て平和を目指す次女、手柄に嫉妬して王権を取り戻したい父親。
家族を始め、大国との戦争に奔走していく。
だが、問題はそれだけではなく……。

現在書き直しをしています。



[43686] 序 ヤキュヌバキににて
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d10f212d
Date: 2020/11/24 13:16
手入れの行き届いた石畳を、豪華な服に帽子を被った中年男性が走っていた。息は切れ、走り慣れていないのは出た腹と不格好さから明らか。それでも必死な形相で全力疾走し、角を曲がった。

「にげっ」

膝を支えに一休みした男性が呟いて顔を上げ、絶句した。目の前には数多、白い目が目立つ人々が座っていたのだ。

「逃げ……」

見せ物小屋の客のように期待感いっぱいに、目を異様に爛々とさせる彼らは簡単に、彼を安心から絶望へ突き落とした。

「おかえりなさい」

その言葉に男性は右を向いた。
挨拶した者は右手に握った黒いナイフを一閃させる。

「……た」

蓑虫のように宙づりにされた服装がよく似た男性が痙攣し、その首からはもったいないくらいに命をふき出した。

「たすけ」

揺れる3脚に目を引かれ、惨状を目の当たりにしてしてしまった男性は過呼吸でも無いのに息が乱れ、乾いた喉からかすれた声が漏れた。

「助けてぇ」

3度目、自分だけは助かりたい、とわかるような悲痛な叫び。

「俺らの子供を殺しておいて、死んで謝れ!」
「拷問された、息子の痛みを思い知れ!」
「俺達を少しも助けなかったくせに!」
「石を投げろ!」

嬉々とした表情は、目を怒りに燃やし歯をむき出した鬼の形相になった。頬骨が張り苦労のにじみ出る皺の観客達は、堅い手から礫を放つ。

「ぁぁあああ!」

中から1つが色白の額に当たり、男性は赤ん坊のように張って逃げ出した。

「どうせ逃げても戻ってくるからさ。もう十分、人生楽しんだろ? 民の分までな。今度は民を楽しませないと」

その足は、体は、言葉を発する大剣が伸ばした無数の白い手によって押さえつけられた。

「列に戻ってください。吊せば気絶できますから」

振り返った者は黒子のような覆いをつけ、茶色くなったエプロンを着けていた。

「もっと苦しめ、悲しめ! 私達みたいに!」
「おとうさんをかえせ!」

赤ん坊を抱えた母親が吐き捨て、子供が叫ぶ。それをきっかけに加虐を求めるシュプレヒコールが始め、一斉に親指を下に向ける。

「あなたもダメみたいですね。とても痛いですよ」

静かに言うともう動かなくなった男性の股間にナイフを突き立て、一閃。

「×××」

男性は悲鳴を上げ、観客の大歓声がそれを打ち消す。
やることは人間が動物にやっていることは変わらなかった。
ほどなく彼もその後に続いた。だが、観客唯一の武装、農具で滅多打ちにされなかっただけ彼はましだった。

真っ赤になった外堀で洗い、町を照らす、職人が作ったとしか思えないたくさんの街灯に死体の風防を取り付ける。

「今回のことはなんとお礼をして良いか。自由にしてもらえるばかりか、仇まで打たせてもろうて」
「自由になっただけでは、皆、悔しさを持て余すでしょう。家族というのは、そういうものでないかと思って」

その1つを見上げている鴉男の側に老人が寄り、若いリーダーが控えていた。他では子供が涙に塗れた手に手に石を持ち、怒りを穿った。

「ありがたや、ありがたや。年寄りにはお礼をいうことしかできんでの」
「いいえ、あなた方が味方になってくれただけで、随分楽になりました。逃げ道をふさげたのも大きかったです」
「お礼を言われるほど事じゃあない。民を虐げた報いじゃ、皆そう思うとる」
「今から終了を手紙で伝えます。じきカイセス皇がいらっしゃるでしょう。皆さんで歓迎してください」

老人とリーダーが任せろと言わんばかりに力強くうなづいた。



[43686] 朝議、忍び寄る気配
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d10f212d
Date: 2020/11/24 20:22
衛兵が付いた、神秘的な広間に側近の声が響く。

「カイセス・ゲイルス・ルーゼン皇帝、御入室!」

窓から入り込む朝日で輝く国章を筆頭に、集まった臣下、あるいは省ごとの旗印が集合していた。
臣下はもれなく腰を折ってひれ伏し、部屋の最奥、階段で高台となかった玉座の傍に控えた側近までもがひれ伏す。玉座の後方にある廊下から鈴の音色が入り、隔離するカーテンが護衛に捲られる。間もなく杖を突く音が代頭し、宝石を削り出した文字通りの玉座に腰かける。

「支臣4名、専属3名、大臣14名、補佐14名。朝議の招集に応えております」

檻の国章と向かい合う玉座に左腕で頬杖を突いた皇が右手を上げる仕草で了承する。

「これより朝議を始める。面を上げよ!」

臣下が頂くのは27歳の若々しい皇、豊かな金の短髪に王冠は無く、緑の目は自信に満ち足りていた。体には白の一枚布を巻き、あせた灰色のサンダルは太い繊維で編み込まれていた。

「て」
「帝軍大臣、我の帝国に危機が迫っている。見立てはどうだ?」

定期報告と口を開きかけた側近を遮る、皇直々の質問。大臣の列から、国章を槍襖で守った旗印を背にした大臣が赤絨毯へ進み出た。

「まだ猶予はありますが、こちらも支臣を動かす必要がございます。リクラフィア共和国が、3000からなる軍隊を連れて緩衝地帯、エハッドバスユに向かっております。ただ、まだ国内のため緩衝地帯に到着するまでには4日あります。しかしながら、その間に傭兵などを加えて軍勢は4000程度に増えると心得ます。それに中にはリシールが3人混じっているとのことです」
(エハッドバスユの先はどちらも、海に面したラーエルダイアとリルエノラだったか。どっちも貿易で人がにぎわっていたな)

支臣の1人、アディヴェム・ジーンの脳裏を賑やかな町の情景が駆け抜けていく。想像もできない異国の服が行き交う道路、値切り交渉をする商人、サイコロ賭博に一喜一憂する男達、異文化のるつぼとも言える町。

「厚労大臣、守衛大臣、財庫大臣!」

人々のシルエットが入った緑十字、槍を持った兵士のヒューマンチェーン、片側の扉が開いた金庫と金貨。該当する大臣が帝軍大臣に並んで会釈をする。

「まずは臣民を逃がし、帝国軍団で攻撃に備える。厚労大臣は先行して触れて回り、帳を使って財産と家族形成を確認し必要なら書き足させろ。おそらく言わずとも逃げ出そう、守衛大臣は2町は当然、周辺の衛兵に指示して、逃げ出しの手伝いと道中の安全確保に動け。そして帝軍大臣、当然だが2つの港町を敵にくれてやる気はない。すみやかに現地の帝国軍と皇帝騎士団を動かして港防衛にあたらせろ。海路を使われるかもしれない、場合によっては港は木っ端微塵になるほど破壊してもかまわん。時を稼げ! 間に合えば出来たての皇帝騎士団と輩も回す。最後に財庫大臣、おそらく必要ないだろうが、一番かかるとすれば修復費用だろう。見積もりを出せ」
「仰せのままに」

皇が矢継ぎ早に指示を与えると大臣が下がり、補佐が朝議の間を去っていく。

「レドヴィア、ァリウス、アディヴェム」

玉座を守るように、下り階段の踊り場の両端で向かい合う女性が呼びかけに応じる。

「はい」

廊下に面した鞘に差した剣に両手を置き、燃えるマグマを彷彿とさせる色合いの鎧。騎士然としたレドヴィア・エレナス・シャンセータ。

「ん?」

金の杖を突き、黒で揃えられた三角帽にも服にも蕾を思わせる帯がとぐろを巻く。魔女然としたァリウス・リチュール。

「レドヴィアとアディヴェムでリシールの足止めとする。レドヴィアを指揮官、アディヴェムを補佐とする。レドヴィアは輩を率いて帝国軍団と合流し前線で戦闘しつつ指揮、アディヴェムは横で待機だ。レドヴィアはリシールを倒し、敵を殲滅しろ。レドヴィアが致命傷か、もしくは放置すれば死ぬ事態以外は救助も、指揮の代行もアディヴェムはするな」

皇の言葉にほとんどの大臣が目元をほころばせる。

「やっていいのは進軍を戸惑わせる程度の迎撃だ。ァリウスは魔法で送れ」
「了解しました」
「わかったわ」

レドヴィアとアディヴェムは左手を胸に当て会釈し、ァリウスは手で帽子のつばを掴んで杖で床を突く。

「時間は十分ある、各人抜かりなく備えろ。それでも敵は先手を行く。これで応急的にこの話は解決だ」
「外渉大臣、申し上げたき事がございます」

国章の顔持つ人が空白の顔の人と向き合った旗印から進み出る。

「私の力が足りず、共和国の進軍を止められなかったこと、ご容赦ください」
「赦す。帝国はあの国に輸出している物は無い。悔しいことだが、植民地の犠牲の上に成り立っているあの集合国家に、交渉材料を……弱点を持っていないのだからな」

深々と頭を下げる大臣への返礼は進むごとに怒りが露わになった。

「ああ本当に、悔しいな! 帝国が、これだけの力を持ちながら。ぬけぬと、民を困らせているような、あんな野蛮な国家1つ。なんともできないことだ!」
「……失礼を申し上げます。殲滅をも辞さないことを交渉材料にすべきかと存じます」

願い出る様に礼をしたまま固まる大臣の言葉に皇の右眉がはねる。臣下の半分が嫌そうな、何か言いたそうな表情を浮かべた。

「それをするには民が足りない。共和国は広大だ。殲滅したところで支配する民がいないのではあれば、共和国が、共和国以外の国になり替わるだけの話だ。根本的に変わっていない。昔とは事情が逆なのだ」
「承知いたしました。では戻らせていただきます」

元の位置に戻ってはじめて、大臣は顔を上げた。

「交整大臣、道路の整備について報告がございます」

都市のマークを繋いだラインのサークルから大臣が進み出る。

「ルーゼン帝国に従う、40ヶ国との交易道路を整備し終えました。次はいかがなさいますか?」
「では津波対策に、港町を空中に持ち上げる計画を進めよ」
「かしこまりました」

祭壇に乗った玉石の冠をバッジにした大臣がすれ違う。

「皇佐大臣、令器を探すアディヴェム・ジーンの旅に疑問を投げたくございます」
「続きを聞かせよ」
「アディヴェム・ジーンは1年間、南東方面を中心に捜索しております。が、令器を持つ者を発見できておりません。重ねて言うなら、6年前にイーヴィ・カンセを発見したのも帝都内。ラーゼベッセを危険に晒してまで、支臣の1人を外に出すのは人材と資金の無駄だと存じます。交換に自由を捨てたのですから止めておくべきです」

白髪と白髭を生やし、顔の多少赤い大臣が頭を傾ける。そこへ反対意見がとんでくる。

「異議があります」

朝議の13人を空から見張る目を胸にとめた大臣が歩を運び、皇佐大臣に並ぶ。

「監査大臣、無駄ではないと存じます。アディヴェム様は衛兵も軍も配置されない村にも足を運び、襲い掛かる山賊や魔獣を殲滅し、手助けを待っていたのでは手遅れになるような事態も回避しております。手法については問題がありますが、地方では噂が広がり、山賊や魔獣の被害も前より少なくなっております」
「今のところ変更する気は無い。アディヴェムはそうやって帝国に忠誠している。下がれ」

監査大臣が一礼し、皇佐大臣も倣って引き下がる。

「生活大臣、魔性石についてお話があります」

金貨で作られた折れ線グラフの旗印。

「出回る魔性石が少なくなり高騰を招いております。鉱山から切り出す許可をいただきたくございます」

皇は間をあけて返事した。

「高騰を理由に許可を与えることはできない。ナイフと同じで、場合によっては致命的な脅威になりうる」
「かしこまりました。では国外から買い付け、しばし賄います」
「そうしろ」

それ以上大臣が声を上げることは無く、側近が先へ進めた。

「ではレギオンについて話す」

大臣が狼狽えてどよめいた。

「侵略もされいない段階で、帝国は動揺しない」
「輩の募集はレドヴィア10名、ァリウス、イーヴィは0名、ァディヴェム2名。応募者はレドヴィア11.2倍、アディヴェムは等倍となっております」

皇が言うとざわめく大臣を無視して側近が告げる。その人数にアディヴェムは困惑した。

(心当たりは無いが……、物好きもいたものだ。隕石でも降るんじゃないか?)
「レドヴィアは5倍に調節しております」
「皇帝騎士団は通常通りか?」

皇が確認を取り、側近が頷く。

「はい、仰せの通り100名です。レギオンの始まりは例年通り、日時計が12時を差した頃です」

定期報告に移って政治が始まり、大臣同士、あるいは皇との論争になった。
それも鐘の音が7時を知らせると終わりを迎える。

「時間か。では皆、仕事にかかれ。帝国万歳」
「帝国万歳!」

挨拶をするように軽く右手を上げた皇に続いて臣下が唱和する。皇は柄頭に真っ黒な石の嵌った杖を握って立ち上がり、玉座を去った。

(批判は意外と少なかった)
「手形をお忘れにならないように」

出口で注意喚起する衛兵から手形を受け取る。アディヴェムは自身の名前と、専属であるマキニヤ・ミスティエルが彫られた手形を仕舞い、自らの殿へ帰った。



[43686] フィアセラ・トーディス・ルーゼン
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d10f212d
Date: 2020/11/25 03:34
「窮屈ではないですか、ご主人」
「窮屈だよ。なにしろ移動が制限される。がまあ仕方ない、レギオンには顔を出さないといけない」

殿の執務室、大仰な机についたアディヴェムの前にはメイドが1名立っていた。

「シャーナ、何か変わったことは?」
「ついさっき、フィアセラ様の親衛隊がお一人、お越しになりました。昨晩なぜあいさつに来なかったのか、と皇女様がおっしゃっているそうです」

留守を守っていた最初のメイド、選任メイドであるシャーナ・ティスルは真顔のまま、事務的に報告する。淡々とした彼女は中性的な顔立ちも相まって、不愛想な印象を与える。がなにより印象に残るのは、濃淡のみで変化する黒一色のメイド服だ。

「暇になったのは夜だ。約束も無しに行けば失礼にあたるだろう」

執務室の扉が音をたてて開き、渦中の人物が進んできた。

「おはよう! 勝手に心配していると思って、私の方から来てやったぞ!」

美麗なウェーブの青い髪は乱雑に切られ、睨んでいるかのような澄んだ目、真紅の口紅。着ている服と言えばドレスなどとは程遠い軍服。

「……おはようございます。フィア様」
「そんな他人行儀はやめろと言っただろう!」

腰の剣を外して右へ、マントを外して左へ、後方の親衛隊に渡すとフィアセラ・トーディス・ルーゼンは左手を肩の位置まで上げる。親衛隊は部屋を出ていき、シャーナが手近な椅子を用意する。

「しかし、礼儀ですし。皇族なんですよ」
「それが私を怒らせるなら、その礼儀は無礼だろ? そこに座れ、ここはお前の城だ」

フィアセラは自然な動きで左側で待っていたシャーナから椅子をもぎ取り、背もたれをアディヴェムに向けて座り込んだ。

「フィアさ」
「フィアだ! 私をそう呼べ。公式の場以外はな」

噛みついてきそうな勢いでフィアセラが言い、アディヴェムは折れるしかなかった。

「ふぃあ、その座り方はちょっと、貴族はそんな座り方をしない」

パンツスタイルとは言え、健康そうな太ももを見せつけ股を開く姿は上品とはとても言えなかった。それでもフィアセラはしてやったりと笑った。

「心配するな、私と結婚する夫はそんなことで離婚できん」
「そういうものでは無いことは理解できるけど」
「なんだ、うれしくないのか?」
「まあうれしい」

顔が完全に隠れるフードでは言葉の真意はわからず、刺繍された金色の4つ目相手では目線も追えない。

「この話はここまでだ。まずはお帰りだ」
「ただいま」
「うん。私は明日、バカ父を諭しにヤイメンに向かわねばならん。無事を祈っておいてくれ」

返事に満足したらしい表情のフィアセラは急に真面目な表情で、それこそ睨むように眼光を光らせる。

「しかし血を分けた娘に手を上げる父親がいるのか? 愛のあまりに他の男に渡さないとばかり、仕舞い込むなら理解できるが」
「それは支配したい言い訳に、愛を気取ってるだけだ。それにまともな親が息子に退位を迫ると思うか。もはや王道すら踏み外している。その嫉妬狂いの父親がどうだ、平和ボケした妹とタッグを組んでる。愚かさが香ばしいだろ?」
「なんならこれ、お貸ししましょうか?」

アディヴェムが出したのは、斜線の仕切りを中心に互いにそっぽ向いた白黒の蛇のバッジ。

「いらん。お前が作ってくれた鎧が有るからな。いざとなったら家族の首を手土産に、這ってでも帰ってくる」
(貴女は本当にやりそうだから笑えないんだよなあ)
「用はこれだけだ。見送ってくれ」

アディヴェムが立ち上がり、生え揃った羽の量に翼と錯覚しそうなほど黒いコートが揺れる。フィアセラが椅子を適当にどけ、シャーナが扉を開けて廊下に出ていた2名に声をかける。

「お前は部下を貰うそうだがそれは本意なのか?」
「(確かニーマの歳が) 3年後なら本意だが、今回は違う。皇様が気の赴くままに」

大黒柱が定期的に並ぶ廊下を進みつつ、フィアセラは身支度を整える。

「弟ならやりそうなことだ。で、採るのか」
「わかりませんが、丁寧に下調べもしてあるのでしょう? よく考えます」
「まあいい」

つまらなそうなフィアスは日差しの下に出ると振り返った。

「アディヴェム、私の事を良く祈るのだぞ。朝一番に、お前が祈っている神に祈れ。無事にお帰しくださいと、私達が五体満足に帰って来るまで続けろ。私との約束だ、絶対守れよ」
「誠心誠意、祈りを捧げますから。どうぞご武運を」
「では頼むぞ」
(信心深いお人だ)

去ってい行くフィアセラをアディヴェムは慇懃な礼で玄関先から見送る。



[43686] 知識の蛇
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d10f212d
Date: 2020/11/26 15:50
「行ってしまわれました」

アディヴェムは顔を上げ、フィアセラは皇城に消えているのを確認する。

「なぜわかるんだ」

的確に伝えてくるシャーナの耳にアメジストのイヤリングが太陽で煌やいていた。

「歩数です。これからどうしますか」
「食堂が開くにはまだ日が低い。調べものがある、書斎だ」
「私は射場で練習しています」

玄関に入って書斎の前で別れる。
扉を開ければそこは書斎などという小さい部屋でなく、図書館といって過言無いほど広い部屋。それも天井が無い、と錯覚を与えるような奇妙な部屋だ。

「ただいま、俺の宝物達」

カンカン、コツコツ、踏んだ床が擬音語の波を広げる。アディヴェムはコートを脱いで近くのハンガーにかけ、ホルダーに戻す。背負った大剣が落ちる。

「ヴェムがスカートなんて、しかもフリルが付いているのを履いているなんて知ったら、みんな驚くわね」

ドシャ。
秘書兼護衛を務めるマキニヤが人懐っこく笑う。彼女の2重になった光彩を始め、頭の4本角が只者では無いのを物語っていた。

「女装っぽいしな」
「ズボンも履いてるだろ。相殺できない?」

紫のフリルが付いた黒のロングスカート姿に、牙の冠を頂く黒い大蛇が笑うように唇を持ち上げる。

「私は驚いたわ」
「辛味に苦味を足したら、相殺できる?」

白い大蛇が鎌首をもたげた。

「お義母さんのお下がりだから仕方ないね」

話題を終わらせると波打つ黒蛇の本棚から1つ、鱗を取り外す。両手サイズの六角形に大きくなって字が表示され、白い蛇が咥えて支えればアディヴェムにも意味のある文章へ変わった。

(これは戻して)

景色から取り出した本を鱗の本棚に戻すと、題名の隊列に加わった。

(次はこれだ)

属性教典と周りより大きく示された本を取り出した。

「ありがとう、クロニクル」

アディヴェムは鱗を蛇に戻し、勢いをつけて跳び上がる。海の中の様に勢いよく、部屋の中空、光源となっている玉を跳び越える。その一線を過ぎると今度はそちらが床の様に、天井に跳び降りた。

「早かったな」

正反対の白い床で読書を楽しんでいた黒蛇が意外そうに呟く。

「戦争史を振り返りたかったんだ」

様々な言語の文字列を中心へ吸い込む床を歩き、白蛇から鱗を取る。

「読んでて楽しい?」
「どうだろう? ミスティーにとっては、俺にとっての化粧のハウトゥ本かも。戦闘機、戦車、空母、銃、ミサイル、爆弾。大臣じゃない俺から見ても、どれも魅力的な武装だ」
「でもどれも魔法から比べれば見劣りするものよ。暗殺に使えそうなのはあるけど……。それにいくつかの攻撃方法は魔法で再現できるし」
「オレ達より便利な武装があるのか?」

アディヴェムは称賛を酷評されるが顔色を変えずに次のページをめくった。

「返す言葉も無い。これはどうだ?」
「ダメね。撃たれた土地まで死ぬし、放射線が残留する。破壊と死をばら撒くだけの不出来な兵器。それに敵以外を殺すのは、本望じゃないでしょ?」
「うん。ルーゼン帝国と知って敵対するのは、人間くらいだからね」

歴史に残る名だたる兵器を見送り、ページの下大半をうめる青く輝く半円と、白い輝きが点在する黒いページが現れる。

「この宇宙ってのはとても綺麗だ。こんな風景を見たのは海以来だ」
「思い出すね」
「8歳の時に行ったきり、海には行ってないわね」
「連れ去られたんだろ? クラウン・ホワイトに」

覗き込んだマキニヤの表情が曇る。それは蛇とのやり取りに原因があった。

「鮫の女王様だよ。鯱と戦争してて、助けを求められた。他意は無い」
「そう、なら良かった」

アディヴェムは別の本を読みだす。

「兵器、武器、宝器、才器、令器」
「魔素の基本階級だけど、どうしたの?」
「これって正確じゃないと思うんだ。兵器は一般人レベル、武装も同程度の魔性石を含んだ物。武器は矛を止められるほど強い人程度、魔性石も同等。宝器は遺跡で見つかった物だけ。才器は生まれつき、文字通り才能、だから物には付けられない。令器は先天・後天性問わず、ってなってる」
「最終的には、空の魔性石に触った時の輝き次第、でしょ?」

見本答案が正しいか確認するかのような物言いに、聴いているマキニヤの方が困惑していた。

「だけどドラゴンを始め、魔族を分類する規格は無い。あくまで人間中心だ」
「それもそうね」
「それが当たり前だと思ってるから、誰も考えない。なんのために彼らは存在する? 少なくともドラゴン種は何も食べない。命を他に依存しない、完成された存在だ。なら人間より繁栄したっていいはずだ、でも天使より姿を見ない」
「もうわかってるだろ? 散々遺跡を調べさせたんだから」

黒蛇が本から目を逸らさずにつまらなそうに言った。

「魔称地帯の魔獣にとって大事なのは、均衡だ。ある種が看過できないほど繁栄すれば絶滅させ、別の種にチャンスを与える。前人類はお手々繋いで仲良く繁栄したが、権利を主張するばかりで義務を果たさなかった。数の管理を怠って、他の命の、犠牲者達の権利を無視した。だから魔称地帯から出て行って、いとも容易く絶滅させた。あいつらを動かすのは犠牲者達の総意だ、滅ぼすまでは止まれない。過去の惨物を見ればわかるだろう」
「わかるよ、アポカリプス。人間の怨念など鼻で笑うようなすごいのがある」

本を戻し、2匹の蛇が一本の大剣に戻る。

「本なんてどこでも読める。ウィンクルムには行かないのか?」
「今晩行くことにする。都に出たいだろ」
「じゃあシャーナのところへ行く?」
「そうしよう。見ているのも楽しい」

アディヴェムはマキニヤと手を繋いで書斎を出ていく。



[43686] 銃か剣か
Name: 994◆1e4bbd63 ID:25990ee9
Date: 2020/11/26 20:56
殿の1部屋、廊下の様に長い部屋。
奥にはいくつも人の上半身を模した的が、不規則な、統一性の無い動きで煽っていた。その中心となっている腹に文字が撃ち込まれ、燃え上がる。
メイド姿のままのシャーナは攻撃する度、浅い息は引き金を軽く引く指に合わせて止まる。次々的に命中させていく彼女に変化は無く、飾り気も無く、道端の石ころでも蹴るように無邪気に、前進し始めた的の動きを奪っていく。

(×××x、×××x)

変化があるとすれば頭の中、的は魔性石の板から生身の人になっていた。

(だから?)

有効打を与えれば当然、血が飛び、内臓が地面に垂れ、悲鳴を上げる。苦悶を浮かべ、手足が落ち、呻き、仲間を求める。運を天に任せ、必死に命乞いしている姿は、攻撃している方まで後ろめたくなるような惨状だった。

(太古の軍人は仲間の事を、家族、って言ってたらしいよ、軍は家とも。家族以上に大事な命が有るのか?)

引きずられる皮膚から骨が見え、ちぎれた筋肉、踊る血管、血のシャワー。人に見せるために脚色されたものではない、生々しい生を感じさせる死体。それでも足を止めずにシャーナに迫り、鉄臭くなるどころか、返り血さえ浴びせ始める。

(ご主人ならそう仰って、攻撃を戸惑わないでしょうね)

血を見ようが内臓を見ようが、もはや眉さえひそめない名医の様に、慣れた動きでシャーナは死体を量産していた。返り血を浴びた彼女は溶けた赤蝋燭の様だ。

「さすがシャーナだ。最後まで手を止めなかったね」
「ご主人、見ていたのですか」

手袋のせいで音色の悪い拍手をアディヴェムが送り、死体の行軍は目の前で止まった的に戻る。

「至近距離ならその銃と剣、どっちが強いと思う?」
「……ご主人どうです?」

シャーナが逡巡すると質問を返してきた。

「俺は銃が強いと思う。平等の条件ならね。片方が抜いてる、とか不平等な条件にするなら、じゃあ寝込みを襲った、って条件でもいいはずだ。あの距離は狙わないと的には当てられない」

クロニクルが手を伸ばして的を取り、シャーナが銃を構える。

「中間の距離でもまだ狙う必要がある。でも」

クロニクルが銃口の先端、接触するほどの距離まで的を持ってくる。

「この距離なら狙う必要などない。引き金を引けさえすれば、たとえ赤ん坊でもいい。俺がシアーを調整するなり、引き金を引かなくても撃てるように工夫する。だが剣はそうはいかない」
「しかし、死に物狂いの敵は一発程度では止まりません」
「だからホローポイント弾だ。当たれば内蔵がミンチになる。最悪でも相打ちにはなる。作ってみた」

シャーナが右へ懸念を向け、アディヴェムがマガジンを1つ差し出す。露出した弾丸の先端は窪みが付けられていた。

「射出には魔法を使う。当たったら弾丸が砕けて内臓に突き刺さる。仮に、もしそっちで止まらなくても、魔性石が魔死病で殺す」
「保障できますか?」
「旅の途中、寄った所の死刑囚で試した。試験に100人、完成後に100人、計200人。だんだん効率良くなっていった。今は工場生産してる」
「わかりました。8発、ですか」

念入りに確認を終えたシャーナは窓から数える。マガジンを切り替え、早速一発。

「砕けませんよ」
「殺せるのは生物だけ。物体は貫通する」

的に穴が空き、シャーナは不満を漏らす。だが無表情の目は新しいおもちゃを貰った子供の様に輝いていた。

「そうですか。なら慣れなければいけません。あるだけ出してください」
「そうくると思って800発ほど、ラインから取ってきた」

木箱を長机に置きアディヴェムは離れようとすると、シャーナは引き留める。

「弾が撃てないならご主人はどうします? ここぞという時ではない、でも対処しなければいけない。という条件ならどう闘いますか?」
「銃身握ってハンマーみたいに殴り殺せばいい。剣だって殺撃がある。銃だからって撃って殺さないといけない義務は無い。水を無くすなら火じゃなくても、土を被せたり、固めて運び去ってもいい、電気分解でもいい。大事なのは柔軟性だ、竹と同じく」
「考えることは同じですか」
「シャーナは俺の優秀なメイドだから。あとは任せる」

アディヴェムが去り、シャーナは練習を始める。

(力が入ってしまいますね。うれしくて)



[43686] No7.Chariot
Name: 994◆1e4bbd63 ID:25990ee9
Date: 2020/11/27 20:03
「これはこれはアディヴェム様、マキニヤ様もご機嫌麗しく」

大仰なセリフから慇懃な礼を想像できる。実際は首も腰も無いため、腕を頭の下にもっていく礼だ。

「社長、頼んだものできてる?」
「当然でございます。どうぞこちらへ」

金属とも陶器ともとれる頭に腕を生やした社長は宙に浮いて、滑るように宇宙色の部屋を移動する。

「まずはこれ、中距離対応型カタールでございます。剣、バックラー、銃を統合しております。銃口は刃と同軸に固定されているので、切っ先を向けた方向にしか撃てません。どうぞ腕を入れてみてください」

通常のカタールに盾を付けたためやや大型になった、文字の浮いた真っ黒なカタールにアディヴェムが腕を通す。他の指は滑らかな谷に収まるのに、丁度人差し指のところだけは谷が浅い。

「使ってみたい。的を持ってくれ」
「おやすい御用で」

30mほど離れて社長は、波打つ円を描く的の板を頭上に掲げる。

「いいですか、対象の少し左へ切っ先を向けるのです。あ、お見事」

的の中心から1円分右に着弾する。

「悪くなさそうだ。弾は交換できるか?」

黒い長机に戻し、別の武器に手を伸ばす。

「できます。尻に突っ込めばいいんですよ。そんなことしなくても、エレメンタルソードとして機能しますから、間合いに入ることを許しませんよ」
「なるほど、でこっちはどうだ?」
「削岩ドリルビットをたくさん付けました。どれか1つが刃こぼれしたところで大したことありません。なにしろ刃ほどデリケートでもありませんし、交換前提に作ってます」

サザエの殻を3つ集結させたようなビットが無数、刃の代わりに生えたバックソード。切っ先さえビットに変えられたそれに、到底切る姿は想像できない。

「摩擦で切断すると言うより、スパイクに引っかけて引きちぎるという方が正しい表現な気がします。あ、ちゃんと回転するんですよ、ロマンがあるでしょう」

アディヴェムが右手でスイッチを押すとビットと支えが高速回転し音を立てる。

「こいつに巻き込まれたら間違いなく使い物になりませんよ。アディヴェム様は祭りに使うブドウジュース作りのお手伝いか、それとも魔獣の肉でも叩きにいくんですか?」
「肉叩きか、的確な表現だ。だが叩く目標は都市だ。うまくいったら大型化して、建造中のクロセルに装備させる」
「なるほど。ですが都市サイズの温泉というのは、源泉が枯渇しそうですね」

笑い出しそうな声色の社長は、机にメモを取った。

「なにか変わったことはあるか?」
「昨日の今日では変わりませんよ。トリニティファクトリーのラインは順調すぎて、モニターはいつも同じ風景なんですよ。スティアさんからまわしてもらう外の様子の方がよっぽど変化があります。こうやって突発的な仕事があるとうれしいくらいで……。そういえばなぜ、人間に弾を作らせたのです? ここで作った方が正確確実情報漏洩も無い。これ以上無い安全なのに、なぜ金を払ってまで外に出したんです?」

絶対に答えてほしいとばかりに近づき、真円の目でアディヴェムを見据える。表情の読みとれないガラスの目では疑っているのかも不明だ。

「信頼の証明、が理由だ。戦争が続く限りは軍人の時代だ。では平和になったらどうだ、カイセス皇の念願叶った統一平和だ。戦争はしばらく無い、賊も衛兵で事足りる。そうなると次は、金を支配する商人の時代だ。マクスはやり手だ、今つながっておけばいざという時、伝手を貸してくれるかもしれない」
「お言葉ですがアディヴェム様。帝国が貴方を解任するとは思えません。よっぽど恩知らずの暗君でなけば、功績がそれを許さない」
「俺はいいんだ、世界を旅するのが夢だから。どこに行っても帝国なら、大臣だって文句は言わない。皇だって同行したがるはずだ」
「直接統治、ですか。なら部下の方ですか、考えているのは」

考えるように社長は顔の下に拳を当てる。

「それにな、必ず盗もうとする奴がいるものだ。大体は楽して金がほしい有象無象の連中だ。だが、使命をおびた奴だって中にはいるだろう。じゃあそいつに指示している奴はどの国の役職付きだ?」
「そちらが本音ですか、合点がいきました。ですがひどい話だ。囮の本音を信頼でラッピングする。最後には部下まで押しつけられて」

社長は演技ががった、大げさな動作で顔を押さえてみせる。

「マクスはそれでも受け取るよ。その先を読んでいるから」
「商人はそういうものでしょう。でないとやっていられません」
「ところで生産量はどうだ?」
「呆れかえるほど順調です。見に行きましょう」

アディヴェムが机の武器を風景に入れ始めると、社長は離れて別の武器を取り出す。

「肉叩きを作っている時に思いつきました」
「わかった」

ビットを先端に取り付けたカタールを受け取り、部屋を出る。

三位一体を司る、基地、兵士、武器と名付けられた工場。
規格化された内部は、生産ラインである一本の柱を中心に、完成品を移動させて格納する作業が絶え間なく続いていた。その行き先と言えば、工場をつなぐ、今アディヴェム達が移動している廊下の下だ。

「他の駒兵は順調ですが、キングはやはり時間がかかりますね。全長2kmというのは長すぎますし、修理、生産、格納、住居。高機能と言えば聞こえは良いですが、失ったときのリスクは震えるものがあります。魔性石で建造しないのであれば、私はラインを動かさないですよ」
「俺の家族に昔、葉巻が好きだったやつがいる。勇猛果敢で強かったんだが、毒を受けたせいで左足は太ももから下、左手は薬指と小指を失った。看護するのが嫌だったのか、妻には逃げられた、離婚だ。葉巻を吸うようになったのはそれからだ。まるで抜け殻だったよ、死を待つだけだった」

透明な廊下の下では人型が訓練をし、できあがった武器が次々にコンテナへ納められ、積み上げられていった。

「ああ、マグナさんの話しですか。おかげでヨルムンガンド計画を実行できましたし、エイル計画、フェニックス計画を発足できました。アディヴェム様には都合良かったのでは?」
「確かに、あればかりは囚人で実験するのは危険だった。だが戦争さえなければ、性根がどうであれ一度は愛した女性のはずだ。逃げられる事は無かった」
「恋は病ですよ、まともじゃありませんね。まだ政略結婚の方が理性が残っています。それより大事なのは、戦争はまだまだ続きそうってことですよ。大国は残り8ヶ国、それも八咫と冒険社が黙っていれば、という話ならではですけど」

社長は大きくかぶり振る。長い廊下は突然、その終着地点の扉に達する。

「あなたの仰りたい事はわかります。巨大建造物で威嚇、あとは外交交渉で譲歩させ、同盟を組む。これなら戦争は起きませんし、兵士もその親も、うれし涙くらいでしょう、涙を流すのは。タダ」

社長は最後をあからさまに強調する。

「最近私はこう思うんです。動物園の猿の方が、まだ理性的だと」

前置きして、今まで前を見ていた社長が左を見る。

「体が大きく、力が強い者がリーダーになり、周りはそれに従う。彼らを動かしている理屈の1つです。人間はどうです? 皆口々に感情論をぶん回して、正義を悪に装い、責任が発生すれば言い訳して逃げる。挙句の果てには、時期も時間も場所も、相手も歳もお構いなしにズッコンバッコン。発情期がある動物の方がよっぽど、節操というものがある。そんな人間が、途方も無い力を手にして、平和に邁進できますかね? 責任のせの字でも、負おうとしますかね? ただ文句を言っておしまい、という姿しか私には想定できません。貴方もそうとしか想像できないから、わざわざ安全装置を拵えて、黙ってサインに渡してしまうのでしょう? 失敗作に落ちぶれた人間に、それ以上、他の生物の生きる権利を侵害させないために」
「そうだ。人の傲慢を挫けるのは恐怖しかない。だからキングが必要だ」

アディヴェムが扉を開け、工場へ入る。
迷宮の様に終わりも見えない、途方も無く長い巨大工場。天井に埋め込まれた生産ラインからあちこちに部品が配送され、中央に戻されて区画単位で組付けられる。

「形、という段階は90%ほど完成しております。残り10%も間もなく終わるでしょう」
「計画通りか。これからブランドをして、テストして、補正する。初陣までは時間が有る、順調順調」

丘のような弧を描く巨大な尻尾、背負われた8個の道路、右側に見える3本脚、外装を取り付けられている最中のそれがいかに長く巨大か、落下防止柵越しに見てもよくわかる光景だ。

「使わないことが一番だとは思うんですがねえ」
「それはその通りだ。なにしろ誰も泣かなくて済む。口喧嘩で終わらせてくれるのが一番いい」
「お帰りになりますか?」
「帰ろう」

社長が出口に案内すると最初の部屋に戻る。

「その内客が来る。皇様だ」
「視察ですね、畏まりました。備えておきます」

社長は出迎えたように礼をしてアディヴェム達を送り出した。



[43686] God children
Name: 994◆1e4bbd63 ID:409f0297
Date: 2020/11/29 03:49
「よっこらしょっと」
「お年寄りみたい」

マキニヤが引いた椅子に腰かけるアディヴェムは、ため息代わりに声を漏らした。

「なあこれ、本当に読まないといけないのか?」

両腕を広げてもまだ余る机の上には、巻かれた竹簡が山と盛られていた。それでも足りずに机の前で箱に詰まっている。

「それがお仕事だから」
「よくまあこれだけ……交整省やら生活省やらは仕事をしてるのか?」

脳裏にはまだいくつか旗印が浮かび、大臣の顔が消える。マキニヤはアディヴェムの左右と後ろにいくつもの箱を用意する。

「どこもヴェムが行った所でしょ。なら、しかたないんじゃない」
「街灯を死体で飾り付ける男だぞ? なんだお礼の手紙だ」

概要に書かれた文字を読んだアディヴェムは渡し、マキニヤがそれを仕分ける。何度か繰り返していると扉が叩かれる。

「はい、どうぞ!」
「朝食のお時間です。ちゃんと目を通しているのですね」
「仕事くらいする。役所仕事はまだ手が足りない。放っておいたら民が死ぬぞ。後で片付けよう」

立ち上がるとマキニヤも頷いて続いて部屋を後にする。

「マスター、待ってた」
「お待たせ、スティア」

真珠のイヤリングを煌かせスティア・ストライプが玄関で待っていた。

「なにか異常はあった?」
「無い。いつもどおり」

玄関を出るとシャーナが鍵を閉め、扉は厳重にロックされた。

「施錠は完了だ」

念入りに確認して、3人と共に皇城ラーゼに入る。廊下でさえ招かれた客が皇族の権力を容易に確信できるほど、想像を絶する絢爛豪華なものだ。

(食堂って)
「こちらになります」

シャーナが分かれ道を先導し、大きな木の扉を押してレストランに入る。

「いらっしゃいませ」

絵画をおさめる額縁の天井や壁、控えめに灯りを反射する磨かれた清潔な床、影が現れる場所に困りそうないくつものシャンデリア。準備に奔走していたメイドが声をかける。

「いらっしゃいませ」
「おはようございます」

挨拶すると左奥へ座り食事を頼もうかとしたところ。

「おはようございます」
「……ァリウス様は無視を止めないのですね」
「しでかしてきた過去の報復を食らってるに過ぎない。差別されて平等だ」

慇懃にあいさつするメイドを通り過ぎ、ァリウスはアディヴェムの方へ歩を進める。

「隣、空けてくれる?」

アディヴェムは椅子をずらして場所を開ける。

「そっちは嫌。右に避けて」
「じゃあミスティーに右に来てもらう」
「むー」

マキニヤにアディヴェムがひっつき、ァリウスがふくれっ面で不満を露わにするが、渋々、空いた椅子に腰かける。

「なにか欲しい人は?」

アディヴェムがメイドを呼び注文を頼む。

「追加で、皮を剥かないリンゴを3つ欲しい。以上だ」
「畏まりました」

メイドが伝えると清潔感のある厨房がせわしなく動き始める。

「もう忘れちゃったかと思ってたわ」
「お義母さんはリンゴを愛食しているのくらいは覚えてるよ」

ややあってメイドがリンゴを持ってきてアディヴェムは2つを取って皿ごとァリウスに回す。

「おいしい」
「ジューシー」

2匹の蛇がリンゴを丸呑みにし、メイドから朝食が提供された。
分厚いフワフワのフレンチトースト、ミント、イチゴ、大盛りのホイップ。コーヒー。メイプルシロップとミルクのピッチャー。
おかわり自由な朝食を摂り始め、アディヴェムはただ1人、本を読んで過ごす。
卵の優しい香りにシロップの甘い香りが加わり、ミントとコーヒーが引き締める。イチゴをほお張れば果汁が甘味に奥行きを付ける。そのおいしさが伝わる咀嚼音を切り裂いて、鎧の女性が現れる。

「今日も良い香りがしますね、レドヴィア様」
「そうだな」

専属ヤイパ・ローアルを連れたレドヴィアは席に着くなり、男性が逃げ出しそうなほど太い筋肉質の腕を上げてメイドを呼ぶ。

「ここは段差があるからね」
「ありがとうございます」

次に、支臣の1人イーヴィ・カンセが専属ノーガ・キティウスを連れて入る。

(今攻撃されると一網打尽だ)

戦々恐々としている間に食事が終わり、レストランを後にする。その去り際、入れ違いになった帝軍大臣が会釈をしてアディヴェムに道を譲った。



[43686] Because we are Legion,colony. 我らはレギオン、群団であるが故に。
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d184e793
Date: 2020/12/02 14:41
食事から帰り、仕分けの仕事に戻る。まだ仕分けすら終わらないというのに、時間だけが刻一刻と過ぎて日は高くなった。

「ご主人、お時間でございます」
「わかった。準備する」

アディヴェムは外していた武装を身につけ始める。
刃の黒いバックソードを左腰へ、柄が3本突き出た盾を右腰へ、それにクロニクルとアポカリプスがひっついた大剣、ユニヴァースを背に浮かせる。

「ご主人、ァリウス様です」
「支度を終えたところだ」

アディヴェムは出ようとしたところでァリウスと出くわし、そのまま抱きしめられる。

「もう大きくなって。お母さんと呼んで頂戴」
「お義母さん」

懐かしむ様な口振りのァリウスの要求にアディヴェムが応える。

「そっちじゃないわぁ。一緒にお風呂も、お布団にも入ったでしょう?」
「(どうやって聴き分けてるんだ) 小さい頃はね」

不満を剥き出しにする彼女を抱きしめ返し、アディヴェムは離れる。

(機嫌が悪くなるかと思ったけど。どうやら嫁姑戦争は勃発しそうにないな)
「ああでも、そんな事より今はレギオンよね」

ァリウスは強引に腕を絡ませ外へ引っ張っていき、マキニヤがそれを追いかける。施錠が終わるとァリウスが魔法を使って5人は移動した。
移動先であるコロシアムは、二重螺旋に囲まれた円錐状で、今天井が開き始めたところだった。

「さあ行きましょ」
「やっぱり人が多いのかな?」
「どうでもいいわ」

舌を伸ばした2匹のカメレオンの門を潜り、真っ黒な廊下を抜けて観客席に出る。

「いらっしゃいませ」

旗印が刺繍された豪華な椅子の後ろから、4人のメイドが挨拶する。
天幕で弱められた太陽に照らされるグラウンドを間近に見られる特等席。西側の椅子にアディヴェムは腰かけ、西端で半分引かれた椅子にマキニヤが座る。

「頼めば飲み物はでるのかしら?」

ァリウスが言うとメイドが壁に据え付けられた棚机からルビー製のコップを手に取って、ピッチャーから飲み物を注ぐ。

「アップルティーでございます」
(なんか暇だな)

金の茨が刺繍がされた手袋を膝の上に置いて、ァリウスは差し出されたコップに無言で口を付ける。

「本でもだそうか?」
「出してくれ」

属性教典と背表紙に書かれた本を受け取り、早速読み始める。本を広げた最初こそ静かに読んでいたアディヴェムだったが、グラウンドの確認が終わり、観客席に人が集まるに比例して表情が険しくなっていった。

「お義母さん、今読んでる本には、火は水をかけると消せるから、火は水に弱いってあるけど、火は水を蒸発させるよ。それに海の上でも燃える物さえあれば火は燃え続ける。結局のところ一方的に強いとかはなくて、どっちの量が多いかで強さが決まる気がするんだけど、どう思う?」
「決めておかないと、人間はなにもできないからよ。それに頭も使わないし」
「ルールみたいなものか」
「そう。大体、魔法も魔法で作った物も、どれだけ魔素を注いで作ったかで強弱が決まるんだから、気にしてはだめよ。あまり実用的とは言えない知識ね、雑学ならいいけど」

アディヴェムは本を景色へ投げ捨て、係員が軽食を配り始めた観客席を見上げる。

「彼らは何を求めているんだろう?」
「言葉にできない色々じゃない? 騎士団候補と一緒に興奮して感動するのよ。それに皇様主催の賭けもあるから、お楽しみはこれからね」
「いらっしゃいませ」
「珍しいな。先に来ているなんて」

逆立つ板が幾つも生えた甲冑姿のレドヴィアが東端の椅子に腰かけ、ヤイパがその西隣に座る。

「気が向いたらすぐにでも来るわよ。わかってるでしょ?」
「そうだったな」

レドヴィアはァリウスに迷惑そうな表情を向け、コロシアムにラッパが鳴り響き、イーヴィとノーガが入ってヤイパの西側に陣取る。

「……そろそろ皇様がいらっしゃる」

右手に位置する東の乳白色の柵、左手に位置する西の橙色の柵が上がり、国章を掲げた皇帝騎士団が行進を始める。

「やはり帝国の国章はいいものだな」

万雷の拍手の中、皇帝騎士団は赤い柵を測ったように列は止まり、旗で屋根を作る。

「中々鍛え甲斐のありそうな連中じゃないか」

最後に北に位置する柵が上がって、候補者たちが先導されて現れる。屋根を通り抜けた旗が左右に分かれて候補者たちが露わになり、レドヴィアは聞こえるはず無い評価を下した。
ラッパの一隊が響き、コロシアムは静寂に目覚める。

「カイセス・ゲイルス・ルーゼン皇帝! ご入場!」

年寄りの、お世辞でも声量が足りていると口にすれば侮辱にさえ当たるような声は、はためきに隠れながら集まった民に伝わった。その孤独とも静寂とも取れる静けさを滑車の音が駆け抜け、コロシアムに廊下が下ろされる。
2階の大臣が総立ちになり、右手を振ってカイセス皇が現れる。

「帝国万歳! カイセス皇帝万歳! 勝利万歳! 自由万歳!」

観客・大臣は声を張り上げ、手を叩き、足を踏んで、コロシアムを揺るがす勢いで皇を歓迎する。皇が手すりを放した左手を加えて声援に応じ、より一層の言葉を献上する。

「帝国に栄光あれ! カイセス皇帝に栄光あれ! 未来に栄光あれ! 臣民に栄光あれ!」

シュプレヒコールの波は皇が手を握った瞬間に止み、静けさを取り戻した。

「聞け! 祝福されるべき我が帝国臣民よ」

両手を広げた皇は苦労しない声で宣言を始める。

「我は最近思い出すのだ、乗り越えてきた万難を! ハッスマ、ストイレア、ユセイド、ヤキュヌバキニ、コンティウラ、ソレイユ。ギゼア、アストロンド。どれも赤子の手を捻るように簡単に、王国など滅ぼすことのできる、できた大国だった。だがどうだ? ルーゼン王国は逆にうち倒し、ここまで繁栄した! ある者は言う! 相手の運が悪かった。いや、帝国の運が良かった。勝ちを拾っただけ、次は負ける。相手が侮って手を抜いた、本気を出していなかった」

皇は一度止め、ややあって絞った声で再開する。

「……これは真実か?」

臣民は答えないが、皇自身が否定を宣言する。

「これは嘘だ! 偽りだ! 帝国は! 勝利するのを約束されていたのだ! 一体だれに!? 神だ! 神に導かれているのだ。ではなぜ!? 自由だ! 帝国に自由を広げろと仰っているのだ。臣民に不自由を強いる他国を打倒し、開放しろと仰っているのだ。学を奪い、動物同然に扱っている他国にお怒りになっているのだ。帝国にこれを代行しろと役目をお与えくださったのだ!」

皇は叫びながら空や左右、地面を指さす。

「帝国は今や折り返しだ! 残り10の大国を倒さなければならない! この大地に、帝国以外の大国を無くさなければならい。私達はそれまで勝ち続ける運命にあるのだ! それ以外は真実にはなりえないのだ。決して敵を侮らず! 自惚れず! 目的を見失わず! これをやり遂げることができるのは帝国だけだ! 帝国ならばできる! 我らならできる! できて当然だ! 皆で栄華の道を突き進もう!」

皇が両手を力強く上げれば、臣民は自信に溢れて右手を上げる。

「帝国万歳!!」

圧迫感すら覚える合唱は皇が席に座り直すまで続き、側近が出て宣言を行うまで続いた。

「最初にカイセス・ゲイルス・ルーゼン皇帝のお言葉を頂戴する」
「力ある152名の者よ。まずはここまでこれた事を祝おう! 我は確信している、ここにいる諸君らは名を残すのに匹敵する兵達だと。されど今一度見せてほしい、諸君らの力を、意思を、器をだ。それがさらに帝国を強固にする。栄華と繁栄の先頭に加わりたい者は死力を尽くし、止められない情熱を猛々しく放つがいい! ここにレギオン開始の宣言する! チャンスはここに、今ここにある。取り逃がす理由は無い! 諸君らの全力を期待する!」

思い思いの恰好で騎士団・輩候補の拍手喝采でレギオンは幕を開けた。



[43686] 人生を賭ける価値は?
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d6628bf3
Date: 2020/12/02 14:58
「では皇帝騎士団候補は25人の4組に別れ、合図まで待機」

側近が言い終わるとラッパが吹かれ、順送りに帰っていく。

「あの様な規律と統制こそ、軍隊にふさわしい」
「やり過ぎると柔軟性が失われるけど」
「お互いさまというやつだな」

レドヴィアに横槍を突っ込んだアディヴェムはヤイパの怒りの反撃を貰う。沈黙のままでも怒りがわかるのは、彼女が眉を吊り上げ目を見開いているからだ。

「どうぞ支臣様、予定表でござます」

メイドは物静かに1人に1巻ずつ竹簡を渡していく。

「輩を募集された支臣様への釣書です」
「レドヴィア様に渡す前に私を通して!」

メイドが箱をレドヴィアの足元へ置くとヤイパがヒステリックに叫んで顰蹙を買う。今度はレドヴィアが迷惑そうな目線を向けられた。

レギオン目次

開会宣言

1日目、12時より開催
 皇帝騎士団候補
    1回目 剣士戦
    2回目 弓士戦
    3回目 槍士戦
    4回目 騎馬戦

2日目、10時より開催
 輩候補(レドヴィア・エレナス・シャンセータ)
   レドヴィア及びヤイパ、アディヴェム及びマキニヤによる実演戦闘
    レドヴィア候補同士によるリーグ戦
    
3日目、10時より開催
 輩候補(レドヴィア・エレナス・シャンセータ、アディヴェム・ジーン)
    レドヴィア候補同士によるリーグ戦
   アディヴェム及びマキニヤ、ァリウス及びフィアスによる実演戦闘
    アディヴェム候補同士によるリーグ戦
   ァリウス及びフィアス、イーヴィ及びノーガによる実演戦闘

閉会宣言

「(俺が必要なのは早くても2日目か。今日はどうでもいいな) 帰」

それは予定表を読み始めていたアディヴェムの耳を右から左に抜け、腰を浮かしかけたところでマキニヤから封蝋のされた巻紙を2つ突き出される。

「なにこれ?」
「応募者のアピール文だって」
(丁度ならわらざわざ先行する必要……)

表とその1つを交換し、青く染色までされた紙の赤封蝋を砕く。その名前を見てアディヴェムには疑問が芽生えた。

(あれ、ニーマって成人してたっけ?)

そしてそれをすぐに口走った。釣書に描かれた顔は疑わしさを被るのに十分、幼さとあどけなさが同居している無邪気なもの。

「輩って年齢制限有ったっけ」
「無いわ。ヴェムが断らない限りね」
「ニーマっていうのね。どんな子だったの? 詳しく教えて」

隙を突いて覗き込んだァリウスが上目遣いに、厳しさを潜ませる。

「信心深い良い娘だったよ、ただちょっと甘えん坊かな。よく食べるしよく動く、健康的で気力体力共に強い。孤児院のファスターに預ける少し前に、力に気が付いた」
「たくさん知ってるんだねぇ!」

ァリウスとイーヴィの目は座り、特にイーヴィは粘りつくような声で高く指摘する。

「部下になる人間について知ってるのは良い事だと思うぞ。大体、イーヴィだってアディヴェムの事はよく知ってるだろう?」
「そうだけど。……短所はないの?」
「あるよ。寝るときに抱き付かれるんだ。離れてくれないから俺も横にならないとダメだし、しないと泣くこともあったから困らされた」

ァリウスが素早く顔の欄に手をかざし、ニーマの外見を露わにする。ニーマ・レタリアンスは石畳で健気に咲く一輪の花を思わせ、溶け残りの雪の様な儚い印象の少女だった。

「この見てくれで! そんなの短所にならないよ!」
「ひ!」

眉や目を吊り上げたイーヴィが裏声交じりに絶叫し、どこ吹く風のシャーナを除いたメイドを壁へ追い立てる。

「私もそういう小さい子を輩にするのはとても! 気が引くな」
「でもレドヴィア、確かにこの子の本心よ。愛してるって」

反応を見せないのは4人だけ。それ以外は騎士道によって、母性によって、あるいは予想だにしない奇襲によって、目元が痙攣し始めていた。

「その愛って家族愛でしょ、恋とは愛の種類が違う。仮に本当だったとしても、小さい娘が父親に、将来お父さんのお嫁さんになる、ってお遊戯の延長で言ってるだけに過ぎない。大体、俺の愛称を知ってる? お義兄ちゃんだよ。まさしく家族愛だという証拠だ」

普通であれば納得する言葉だったが、3人の目は瞳孔を広げ、いよいよ狙いを定めた。それを救ったのはラッパの一吹き。候補者が北からグラウンドへ流れ込み、話している場合ではなくなった。

「俺は帰るよ。まだ手紙に目を通してない」
「なぜ見ていかない。お前が動かす部下になるかもしれない者達だ。相手だって残念がる」
「むしろ逆、しかも俺は殴られましたよ。なら内定している彼らに割くだけ、時間の損だ」

レドヴィアは何か言おうと口を開きかけたが、渋々という感じで押し黙った。それと反比例してヤイパの睨みは増々熱を持った。アディヴェムは針の筵の中、3人を連れて門を出ていき、クロニクルが殿へと道を作る。

「ごめんね、巻き込んで。昼を食べ損ねた」
「いいえ、弱き者に興味はありません。私はそれより昼は、今から皇城へ行けば大丈夫です」
「マスターが正しいと思う。でもお昼は食べたい」
「ヴェム、そんなに気を遣わないで」

3人はアディヴェムを励まし、皇城へ足を向ける。オパールの薔薇に水晶を隙間無く被せた廊下、宝石床を切り取った廊下を進む。

「あらアディヴェム様、大丈夫なんですか?」
「まあ俺は必要ないでしょうから」

葡萄模様の扉の先、カウンターに頬杖を突いていたメイドが、いかに暇かを物語るレストラン。出窓から入る太陽も手伝って穏やかさが溢れるのだが、活気が無いのがもったいないくらいだ。

「でも支臣様がいらっしゃらないのは、やる気が落ちるんじゃないんですかあ?」

椅子から降りたメイドは注文するよりも早く、厨房へ合図を送る。

「さあ? そんな連中なら、俺を殴らないでしょう」
「あ、聞かせてくださいよその話。どうもあなたの話だけ、吟遊詩人でも歌わないんです。墓まで持って行きますから」

アディヴェムもそれを確認すると座り、メイドは興味深げに目を光らせてやってくる。

「食欲の無くなる話です。ダイエットをしているなら構いませんが」
「その話、私も同行していた時期では?」
「私は平気」
「ヴェムのやり方なら体験したから」
(止めてくれよ)

様子を伺ったがアディヴェムの期待に反して、3人は促してしまう。仕方なく椅子を指さすとメイドが卓に加わる。

「あれはコンティウラ連合国のヤークバルド城攻めを命じられたときの話。丁度そのころ、俺は最も効率よく戦術的に勝つ方法を考えていた時期です。答は簡単だった、城を人間の屠殺場に見立てれば良かったんです」

厨房から刻む音や焼けるにおいが漂ってきた。明るく朗らかなメイドの表情は曇り始める。

「ついでにゾンビ対策も考えていて、実験場にはこれ以上は無いわけです。皇帝騎士団が待ってたけど、俺は作戦結構時間に城の敵全員に転移魔法をかけて、完全に無力化しました。顎の上下、首、肩、腕、指の第2間接? 股関節、膝、足首からそれぞれ転移させた。やられた方は当然死にました、その自覚すらないまま」
「すごい光景でしょうね。さすがにそれは」

金髪の眉を寄せて気持ち悪そうなメイドは、うへえと言わんばかりに声を曇らせた。

「時間丁度に合流して踏み込んだ皇帝騎士団が見たのは血の海と、綺麗に切断されたバラバラ死体。その時は半分くらい、気絶してましたよ。やはり貴族というのは、民とは違って脆い」
「そりゃそうですよ、使用人にやらせてしまうんですから。血だって見ませんよ」
「その城攻めは始まる前から、終わっていたわけです。残りは血と死体処理だけだったので、指示を出していたら殴られたわけです。あんたは人でなしだ、指揮官としても失格だ。と叫ばれてしまいましたよ」

メイドは虚を突かれたように目が点になっていた。

「できたから運んでいってくれ」

シェフが叫び、叫んでおきながら自ら持ってきていた。

「お待ちどうさま」
「ありがとうございます」
「でも、親としてはありがたいけどねえ。大事な我が子が危険な目に遭うのを考えれば、ちゃんと毎日帰してくれる方に預けたくなる」

皿の1つを運んできた中年のシェフまで椅子を持ってきて、話に参加した。
ボイル牛タンとアスパラのサラダ、パンが入ったキノコのスープ、トナカイ肉のステーキ、コーヒーのクリームフラッペ、ジンジャーパンが今日のランチメニュー。

「そこは若気の至りというやつですよ。全員、手柄を立てようと必死ですからね」

塩と香辛料でボイルされた牛タンは臭みが無く、独特な触感で柔らかく、シンプル故に素材の旨味が物を言う。

「まあ気持ちはわかる。俺らも散々無茶をやった。でも無茶の程度が違うだろう。貴族にとって、そんなに名誉は大事なのかい?」

スープは濃厚なクリーム仕立てで、キノコの香りに負けず劣らず、パンの触感もアクセントになる。

「どうなんです? 名誉というより偽善じゃないですか。私は敵である人の事も、こんなに考えてる。えらい! って優越感に浸ってるんでしょう」

アディヴェムが声色を変えるとメイドとシェフがそろって笑う。

「まあたしかにな。貴族は変なところにプライドがあるから」

シェフは腕組みをして頷く。

「どうなったんです、その人は。支臣様を殴ってカイセス皇はどうなされたんです」
「懲戒免職ですよ。彼女はもう結婚相手も来ないでしょう。貴族もそんな事で皇に睨まれたくはない」
「止めなかったのですか?」

シェフの代わりにメイドが、ここでは終わりではないですよという風に尋ねる。

「止めませんでしたよ。規則通りでしたので、理由が無いわけです。それに家を取り潰させないためにも、彼女は責任を果たす必要があった」
「え、でも1発でもダメなんですか?」

その不注意はすぐさまメイドに熱視線を呼び寄せた。それも本物の殺意が混じった、まさしく炎そのもののオーラを噴き出した3人だ。

「アディーはモテるな」

ハハハと笑ってシェフがアディヴェムの肩を組む。その背には冷や汗でびっしょりだ。

「顎が取れるほど力強く殴られたら、あなたどう思いますか?」
「それは嫌ですよ。痛いし腹も立ちます」
「じゃあ俺も変わりませんよ。それに彼女は代替案を出したわけじゃありません、ただ批判しただけだ。そしてリスク計算をど返しし、騎士道こそ正義と過信した」

半目半口でメイドは頷き、3人は食事に戻った。

「1年の収穫はどうだった?」
「0人でした。少なくとも俺が旅してまわった場所には、支臣足りえる令器持ちはいませんでした」
「そいつは残念だったな。まあ公告もしてないから予想はしてたけど」

役所の掲示されるお触れを思い出すシェフとメイドは視線を上に持ち上げる。

「まあ村じゃあな……」
「村こそ狙い目なんですよ。都会は切磋琢磨してますし、すぐ応募に来るでしょう。でも田舎はそうもいかない。シャーマンと片付けられたり、妬みを恐れて逆に隠してしまう」
「田舎ならでは、って感じか。それでも居ないとなると帝国は厳しいな。周りは10も20もいるのに、こっちはたったの4人だ。運を天に任せるしかないのねえ」
「まずは計算ですよ。人口比率からすればあと5人くらい眠っているはずです」

おっという感じでシェフはアディヴェムを見て、それからデザートを取りに厨房へ戻った。そして代わりにメイドが顔に疑問を張り付けた。

「なんでわかるんです?」
「私も混ぜてくれよ!」

叫び声でアディヴェムは口を開くのを止め、スパイスケーキがミントに飾り付けられて運ばれた。

「役所に行って訊けばいいんですよ、総人口くらい教えてくれます。共和国の人口がざっと100億、帝国も同数だ。なら5人くらいいてもおかしくないって感じですね」
「それでも足りない。各個撃破されたら」
「そうはなりません。よっぽど隣国と仲良くしていなければ、がら空きの背中なんて見せたりしません」

アディヴェムが言うとシェフが唸り、かぶりを振った。

「料理人にはわからん世界だ」
「ご主人、食べ終わりました」

ハンカチで口をふいたシャーナがシェフを褒める。

「今日もとても美味しかったです」
「それは良かった。また来て欲しい」



[43686] BackGround Leaders 背景の主役達
Name: 994◆1e4bbd63 ID:d6628bf3
Date: 2020/12/02 22:08
〈それでは試合の勝敗について説明します。お互いの剣につけられた色でより広く、相手の鎧を染めた方が勝ちとします。ただし剣の直接打撃に限り、投擲などを行った場合は退場とします〉
「なあ俺ら勝てるのかな?」

赤い柵に片手を引っ掻けていた男は心配そうに振り返った。

「さあな。それより鎧着けろよ。今さら騒いだって仕方ない」

別の男が淡々と腕に甲冑を着ける。彼らの周りには盾や鎧があり、合ったのを見繕うだけだった。

「あんた、よくそんなのでここまでこれたねえ。玉付いてるのかい? さっさと準備しな」

挑発的に笑みを浮かべた女性が兜を探しに奥へ消え、渋々周りにかけてある鎧を着こみ始めた。

「確かにその男の言う通りかもしれない。バラバラに挑んでいたのではやられる。団結しなくては」
「あんたが司令塔をやろうって?」
「誰か! 立候補する奴いるか? ……なんだお前もしないのか。なら決まりだ。俺はグリフィス、グリフィス・ランダー。こっちだ、作戦を説明する」

髭面のグリフィスが乱暴に言うと、机の砂を指でなぞって簡単にグラウンドを描く。

「相手は軍隊だ。まずは陣形を組んでくると思う。俺達は25人、相手は東か西、あるいは両方から25人だ」
「もしバラバラに来たら?」
「その時は俺達の本領発揮だ。なあそうだろう」

覗き込んだ男の質問に、なに当たり前のこと言っているんだとグリフィスは淡々と返し、周りも賛同した。

「前提は俺達と数は同じだって事と、交渉はできないってことだ」
「なら一生懸命やるしかないね」
「その通り。もし横の陣ならば2つ隊を分ける。正面で受け止めて注意を引く部隊と、裏に回って攻撃する舞台だ。だが、縦の陣が問題だ。これは飛び越えるしかない。大盾を持って視界を隠し、肩を飛び越えて盾で押しつぶす」
「ならあたしがやってやろうじゃないか。あたしはローラって言うんだ。他にやろうって勇猛果敢な男はいないかい? それとも女に度胸負けする連中かい?」

目元以外隠してしまう兜を取った女性は慧眼不遜に言った。

「そこまで言われて黙ってられるか。腕っぷしなら男の方が強い」

集まっていた男達が何人か、少なくとも壁を作るのに困らない人数が笑って盾を持ち替えた。

「とにかく壁に気を付けろ、剣が触れ無くなったら負けだ」

ラッパが吹き男達は木剣を握ってグラウンドへ繰り出し、その矢先だ。

「ちょっと、よくそんなのでここまで来れたね」

怯えていた男から胸鎧が落ち、ローラが苦言を呈して睨みつけた。そんなことは観客席からは飛ぶ大歓声からすれば羽音同然、エールを浴びる候補者達が満面の笑みを浮かべる。

「負けるな―!」
「勇姿を見せてくれー!」
「賭けてるんだからなー!」

応援か怪しい声の中、2つの門が上がった。待機所の奥から足踏みが始まり、統一された鎧姿、異様な圧力感を醸す黄列が晴天の下に姿を現した。2方向から迫った行軍が、最後の踵の音ま揃えて歩を止める。
一瞬の静寂、大盾が地面を叩く。
皇帝騎士団は端を繋ぎ隙間から剣を突き出す。

「はじめ!」

側近が叫びゴングが叩かれる。
候補者はしかし体が動かせなかった。それどころか声援さえ聞こえていなかった。黒い要塞から受ける強烈な威圧と視線が彼らを釘づけにし、汗を滴らせていた。だからこそ、彼らも後ろの男が走り出したのに気付かなった。
その男はただ一人、剣だけ携えて要塞に向かって全力疾走していた、しかも攻撃してくる壁に。
候補者達はあまりの無謀さに目を見開き口を開けたが声は出なかった。
皇帝騎士団は盾の間を広げて剣を突き出した。
剣山、それが適当と言える攻撃は決して当たることは無い、臆病な男は心身を翻し、彼らを跳び越えていた。
着地と同時に膝裏に後ろ蹴りをお見舞いし、立ち上がるついでに急所を踏みつける。剣を両手で握りしめ、振り返る相手の側頭部をこん棒よろしく殴りつけた。
騎士は地面に卒倒し、男が声を上げる。

「うおおぉぉぉ!」

10人合唱ほどの大声、それは鼓舞というより勝鬨だ。両腕を上げ騎士団の耳を劈き、勝利を呼び込む。

「うおぉぉ!」

完全な空白を制したのは候補者だった。突撃し、人が変わったように攻撃的になった男を助ける。
騎士団とて対応せざるを得なかった。攻撃する手を緩めない候補者が回り込みの兆候を見せ、1人を狙っている余裕などなかった。

「押せえ!」
「退くな!」

ローラが最前線で声を張り上げる。騎士団が持っていた有利は吹き飛び、男はがら空きの背後を攻撃し、面白いように彼らを青いインクで染め上げた。

「あっちはなにをやっている」

西側とて同じことだった。側面攻撃を仕掛けようとしたとこへ狂気じみた突撃を貰い、攻守がまるで反転したのだ。助けたくても何人かが引き倒されては押し返せなかった。
最前線同士がぶつかり合い、むしろ押されていさえいた。
とうとう騎士団は押し返せず、勢いにのって勝利の女神を掴んだ候補者が勝利した。

「あんた、見直したよ。まさかあんなに勇気があるやつだって思わなくてね」
「あ、どうも」

ローラと握手をする男は、出ていくまでの臆病そうな風体に戻っていた。

「ありがとう。名前を聞いておきたい」
「全員交代だ。さっさと鎧を脱いで待機しておけ」

グリフィスも訪ねたが、兵士に急かされては急ぐしかなかった



[43686] 集合家族
Name: 994◆1e4bbd63 ID:3621ea51
Date: 2021/02/01 02:33
食事から戻ったアディヴェムは手紙の束を仕分けしていた。まだ概要の部分で分けられるほど数は多く、ようやく頂部分が崩れた程度。しかし手が止まっているのを見たマキニヤは思わず声をかけた。

「どうしたの?」
「ニーマの事が気になって」

脳裏によぎる最後に別れた時のニーマの顔を払って手紙を渡した。

「気になるなら行ってくればいいじゃない。これくらいやっておくから」
「しかし……いやたのむ」

気を利かせたマキニヤは受け取った手紙を籠に入れ、アディヴェムは少々悩んだ後腰を浮かせる。代わりに彼女が手紙を整理し、クロニクルが虫に分かれて景色を食い広げた。

「ブラザーは中々来ないな、早く会いたいもんだ」
「お兄ちゃんはいつも忙しい。それにまだ紙を見ていないのかも。でも絶対くる」

コロシアムから道路を挟んだ隣ににある専用寮、屋外に設けられたラウンジで、ニーマと褐色の顔にサングラスをした男が飲み干したカップを前に話し合っていた。

「それにブラッド、今日はまだあなたの出番じゃない」
「釣書くらいそろそろ目を通して……」

格子を作る木の床は階段を上るアディヴェムの足音をよく伝え、数多並んだ3人掛け丸テーブルの1つに腰かけたニーマが聞きつけて振り返り、シュアブラッド・フランドワークスが顔を右にずらす。

「お兄ちゃん!」
「おかえり」

ニーマが椅子を倒し幕天井の影から飛び出してアディヴェムに抱き付き、ブラッドは笑顔で右手を出す。

「ただいま。ニーマ、ブラッド、はるばるよく来てくれた。元気だったか」
「ご覧の通りだ」

アディヴェムはニーマの背中に左手を回し、右手で笑顔がこぼれたブラッドの硬い手と握手する。

「どうだいブラザー、村を襲う賊は減ったかい」
「減らしてはいるが、その分増えているような気さえする」

返事にシュアブラッドの右眉が納得していないように上がり、ニーマが踵を下ろして少し離れる。

「どういうことだい? だってさ、おかしいだろう、変わらないってのは」
「この立場になって、人間とたくさん係るようになってわかった。程度はどうあれ、賊の様な考え、つまり楽して生きてやろうという、極めて自己中心の感情は誰の心にでもある。間違いなく俺の中にもある。もっと根本的な解決が必要だ」
「それはこまったもんだねぇ」

その軽い口調とは対照的にブラッドは右手を握り込み、腕の筋肉が隆起する。それは問題の大きさを噛みしめて力が及ばず悔しいか、あるい問題の大きさ故挑戦心がくすぐられているからは定かではない。

「本当に困ったものだ。ファスタ―にいつも孤児が運ばれるのは悲しい事だ」
「それでもワタシはうれしい。他のだれでもない、ワタシをすくい出してくれた」
「もう少し早ければ、ニーマをファスタ―に預けずに済んだと思うとな」

首を振って否定するニーマにブラッドは言葉を重ねる。

「そりゃブラザー1人が背負うことじゃないよ。手が足らないってやつさ、それに帝国以外から流れてくるらしいじゃないか」
「難民から賊が生まれるのは防ぎようはない、彼らも生きるのに必死だ。だが名も知らないとはいえ、死んでいった帝国臣民を考えるとやはり時期尚早ではないかと思う。それはそうとブラッドも俺に出してくれたのか?」
「いいや、オレが出したのはレドヴィア様の方だ。ニーマと闘っても勝負が見えてるからな」

閉じた唇を下げてブラッドはおどけて見せ、ニーマが笑う。ただアディヴェムは風景に潜む違和感に襲われた。2人の背後に佇んだ女性のコーヒーカップ、湯気のたち方が異様なのだ。

(この状況でそんなに湯気がでるものなのか? 冬ならわかるが……)

訝しんでいると黄色い瞳と目が合い、机の下から霜がアディヴェムへ蛇行してやってきた。

「ブラザー、この違和感はニーマと同じだ」
「令器か (誘いに乗っていいだろう。ラーゼベッセの中は安全だ)」

確信めいて囁いたブラッドが警戒の表情で頷けば、言葉にせずとも緊張しているのがわかった。アディヴェムは足元の蛇に促されて、彼女の元に赴いた。

「相席、いいですか?」
「大歓迎です。アディヴェム様」
(魔人か? それにしては特徴が無い)

大胆に腹部を開けた空色のハイネック、ロンググローブ、白いマント。魔人によくみられる露出の高い恰好に、特徴である角や長い耳を探すが見つけられずに訝しむ。

(注目させるのが狙いか、戦場では今の隙で首が飛んだかもしれない)

その違和感は絨毯から椅子に移動し、腰かけた瞬間に危険性に変わっていた。

「わたくしはイージス・フェサー・ハインドと申します。お察しの通り、皇佐大臣の五女です。質問2、3いいですか」
「大丈夫の範囲なら」

通常であれば驚くような名前であるが、アディヴェムはそれどころかすかさず釘をさし、イージスは気にしたそぶりも見せず嫌がるどころかむしろ笑顔で了承する。

「勿論。最初の質問なのですが、なぜヤキュヌバキニの街灯を死体で飾り付けたのですか」
「その話、オレ達も聞かせてもらっていいかな?」

ブラッドが割り込んで入り、ニーマも強引に座ろうとする。2人の表情は危機迫り、あるいは怒りが表立っている。

「いや待て、了承が必要だ」
「私はかまいません。どうぞ腰かけてください」
「ありがとうございます」

椅子の背を掴んでいた2人は一瞬躊躇いを見せたが、イージスの言葉に改めて席に着く。

「目的からお話しましょう、戦争しないためですよ。戦争を防ぐためには恐怖で抑止するしかありません。口先三寸で平和になれるほど、人間は善意ではない、むしろ悪意に満ち溢れています。ですから我々軍人は、いえ、軍人だからこそ戦争は嫌なのです。命を賭けて責任を全うし、悪ければ死ぬ。妻や子、親さえ置いてけぼりにして、死んだ自分の代わりに誰が面倒を見てくれるのです? ヤキュヌバキニはそういう事もあってあの惨状になったのです」
「では苦しめようというあなたの意志は無かった。そういうことでしょうか」

一見責めるような言葉も、話しに似つかない憧れと喜びが先走る輝く目を見れば、イージスが抱いている感情が正反対なのは一目瞭然だ。

「不利益を被ったヤキュヌバキの民が、苦しめたいというのはわかります。心が救われるでしょう、殺された者達の弔いにもなるでしょう。だからその場にいた者の総意を汲み取ったのです。民が感謝して、帝国の政治を受け入れやすくするために。苦しめて、俺になんの利益をもたらすのでしょう?」
「た、確かに有りませんね。2つ目です、強姦の冤罪で牢屋に入れられたのに、なぜ従えたのですか。しかも刑期を終えてから冤罪が公告された。あなたはその間に王国を救っているのに、なのにもう一度牢屋に戻ることを甘んじて受け入れた。恩赦など綺麗事では無い、無罪放免が妥当、むしろ謝罪さえ要求できたのに、私には従ったあなたが信じられない」

その彼女が突如、上品に整えられた眉を歪めて訴えかけ、ニーマもブラッドも初めて聞かされた事実に驚きを隠せない。

「悪法でも法は法なので、従ったまでのことですよ。あの時の法は王でしたからね、仕方ないのです。ですがあれは、人の悪意の縮図を見せられましたよ。許可したカイセス王、公告や俺を縛に付かせるよう進言した王佐大臣と生活大臣、それに言いがかりをつけた側室、関係者はこの4人。俺から見れば皆共犯だ。だが責任を取ったのは……、責任を取らされたのは側室だけです。あとの3人は、文字通り彼女の首を切って知らんぷり、素晴らしいカーニバルでしたよ。そんな彼らが口にした善意は現実の前に身を潜めたのです。それがわかっただけでも、牢屋で93日過ごした価値はありましたよ」

算数の式の答えが合っていたというような口振りで淡々と話すアディヴェムに対し、3人は不可解そうな表情を向けていた。

「腹は立たないのですか? 仕事をしたら散々罵倒され解雇された、そのような状況なのに」
「王は少なくとも、民に対して責任を負いましたからね。それに俺は支臣を辞めてよくなったです、信用せず、いざというときに庇ってくれないんですから。仮に共和国から誘いを受けて、乗って行っても仕方ないわけです。原因は彼ら自身が作った。このようにリターンの方が多かったわけです、喜ぶのが普通でしょう」
「その際は本当に父が」
「謝らなくて良いんですよ、あなたが負うべき責任ではない。さあ最後の質問をどうぞ」

頭を下げかけたイージスは促されるまま最後の質問に移る。

「私は、どうでしょう? 部下に加えたくなるような人間でしょうか、傍に居てもいいような?」

ブラッドはやれやれといった感じの苦笑をして、ニーマは単純な怒りで俊敏に眉を突っぱねた。

「応募しましたか? 今年は2名も募集をかけたのですよ」
「それが輩に応募した後に気付いたので……」
「(ではもう1人は一体誰だ?) それは勿体ない、あなたの力は支臣に匹敵する。ならば部下ではなく、同僚という形で居れますからね」
「本当に?」

イージスの表情が晴れ、ニーマが視線で突き刺す。あたりが白みブラッドが根を上げる。

「ここを離れさせてもらうよ。寒いから」
「わかった」

離れた席は雪で濡れ、イージスの紅茶に薄い氷が張った。

「本当ですよ。輩では……いや、生かせるかもしれない。あなたには家柄が有る、彼らも喜んで従」
「私は父とは違う人間です!」

ニーマは勿論、ブラッドが振り返るほどの大声を出した彼女は、怒りからしまったという表情へ豹変した。代わりの紅茶が入ったポットがひび割れ、配膳をしていた女性が慌てる。


「ならばあなたは、自身の力で勝ち取るのが本望でしょう。支臣の試験を受けてみては?」
「それは、父でも力が及ばないのでしょうか?」

拍子抜けするほどアディヴェムは言葉をつづけ、イージスは面食らいながらコンプレックスを口にした。

「支臣になるには3つの方法があります。1つ目は試験、魔性石を握って器量を測り、支臣と決闘方式で選別する方法。2つ目は戦場で、敵国の令器持ちを殺す方法。3つ目は皇が直接任命してしまう方法。このうち1と2つ目の方法は理由がはっきりしていますし、大臣であろうとも及びません。支臣も推薦はできますが、最後に頼りになるのは自分の力なのです。俺は2つ目でしたが、今は試験が妥当でしょうね」

説明するにつれてイージスの疑心暗鬼が薄れていき、力強く頷き始めていた。

「今日の内に出しておきます。ありがとうございました」
「ではまた今度」

イージスの白髪がカーテンを作って立ち上がり、去り際にもう一度礼を欠かさず去っていった。

「(成功しそうな人だ) 戻ろう」

アディヴェムが立ち上がるとニーマも伴って最初の机に戻るものの、また別の問題がやってきた。

「女のひとぉ」
「なんの御用でしょう? なにか頼んだ覚えはありませんが」

トレーも持たず、注文も無いのに近づくウェイトレスの姿は奇異だった。まして暗い表情ではなおさら。

「私の母を助けてください! 魔死病になってしまったんです」
(冒険者なのか?)

今にも泣きそうな眉の下、優しい真紅の目で見つめてくる彼女はあまりに身長が高く、その場の誰もが、もしくは誰でも頭を並べるのには苦労しそうだった。

(発症したなら遅かれ早かれ死ぬな)

アディヴェムの脳裏を過ぎ去っていくのは、四肢を切断された虹色の断面を晒す自称天使。その長髪を持って引きずる自分。鬱蒼とした森の闇に負けずに葉っぱを発光させる植物を通り抜け、さらに巨大化した植物が生える奥へ進むと彼女はひと際大きく叫んだ。

「家はどこです? 見ないと何とも言えません」

アディヴェムが女性に近づくと、ニーマが手を伸ばしそうなほど残念そうに見送る。

「どうぞ手を。クロニクル、開けてくれ」

アディヴェムが手を伸ばすと戸惑っていた女性が手を乗せる。開けた風景はラーゼベッセの外壁が近くに見える、赤く塗られた小さな木造家屋。色褪せた家は絵画にしたくなるほどの寮と比べれば、貧富が雲泥の差となって現れていた。

「あの、こんな簡単に使ってもいいのですか? 支臣様でも街中では魔素の消費が激しいと思うのですが」
「敵の心臓に剣とばしたりとか、背後から奇襲したりとか、相手の半身だけとばしたりとか、まあわりとポンポン使ってますよ。それより、家にお邪魔しますよ」

疑惑と心配が混じった女性の視線は、塗られたニスが所々剥がれ、皮も浮いた扉へ向けられる。

「ただいま」

屈んで玄関を抜け、緑や白が模様を作る絨毯を進み、キッチンと背中合わせのテーブル一式があるリビングを真っ直ぐ抜け、扉の並んだ廊下を鳴らして最奥の部屋に入る。

(2つずつ? ……とても丁寧に扱っているようだ)
「おかあさん、帰ったよ」

返事の代わりに咳き込みと、張り付けた布を強引に引きはがす音が生臭い部屋から廊下へ吹き抜けていく。

(これは中々、重症だな)

戦場で、森で、屠殺所で、台所で、散々に溢れかえったあまりに染みついていそうな臭いに、アディヴェムは彼女で隠された惨状を想像する。事実、大っぴらになった目の前のベッドには、赤茶けた枕に頭を預け、赤茶色の布団に挟まれた母親は皮膚に始まり、目と鼻、口から血を流していた。

「治せますか?」
「治せます。剣で刺すので見てくれは悪いですが (とはいえ、お義母さん用に作った剣だからあんまり見せたくないけど。まあいいか……)」

西に傾き始めた太陽の光に照らされ、風が吹き込む部屋のベッドは病院でさえ見ることのない量の血が固まり、今も継ぎ足されていた。

「終われ、エントロピー」

真っ黒な霧が詰まった鞘に閉じ込められた剣が現れる。鏃に似た鞘の中央から大量の歯車が回る剣身がのぞき、左手で握った柄まで歯車模様のエントロピーを引っ張り出す。

「それで本当に治るんですか?」
「治ります。魔死病は致死量近くまで魔素が体に入って発症するもの、血を流すのは魔素を出そうとする体の対処療法。なら魔性石に吸い出させれば完治します」

アディヴェムはベッドに近づきエントロピーを母親近に突き刺す。女性が見守る中、エントロピーを構築する歯車に彫られた0~9の数字のいずれかが、あちこちで無秩序に光り、流れていた血が呆気なく消える。

(この寝具は洗ってももう使えないだろう)

歯車がさらに不順序に光って布団から血が抜け、アディヴェムはエントロピーを宙に浮いたままの鞘に戻す。

「これで終わりです」
「おかあさん!」
(母親が窮地から助かったら、こういう反応をすればいいのか……)

女性は状況に追い付いていないように驚く母親に抱き付き、やがて泣き出した。

「では俺は帰ります」
「なにかお礼を!」

観察を終えてアディヴェムは下がり、叫んだ後に驚くほど咄嗟の言葉にいつもの返事をする。

「仕事なのでお礼はいりません」
「それでもなにか!」
(そう言われても……。そういえば、男性の気配を感じなかったな。妻が病気になれば飛んでくるはずだが)

食器や椅子の数、部屋の様子、廊下の傷つき、絨毯のすり減り具合、どれも数が丁度で使われ方も丁寧だったのをアディヴェムは思い返す。

「答える前に2つ質問させてください」

食い下がる女性にアディヴェムは疑問を確認していく。

「お父さんはお仕事ですか?」
「私がまだ小さいころ、魔人に父は殺されました。天使、そう名乗った彼女達は、天国の兵士にすると言って殺したそうです」
「まだ帝国が小さく、徴兵で男手に困っていた時の話しです」

母親も加わるとベッドから上半身を起き上げると、女性は振り向いてそれを手伝う。

「それからというもの、私が魔称地帯の入口近くで魔植を探し、娘はウェイトレスの仕事を」
「(一歩間違えば死ぬかもしれないのによくやる。いや、半歩間違えたから魔死病を発症したのか) それでも彼女に彼氏がいれば、金銭的にも助けてくれるのでは?」
「女に見下ろされるのを許せる男がいますか? 男の人が好きなのは儚く、弱く、かわいさ溢れる、思わず守ってあげたくなるような女の子。私には夢みたいな話です」
「僕は好きですよ、背が高い女の人。強そうだし、頼もしい、それに包容力がありそうに見える」

自嘲の笑みを浮かべていた女性は、アディヴェムの返事に訊き返してきそうなほど目を点にして固まった。

「なのでお礼は、俺のメイドになるというのはどうでしょう? 人が増えるのでちょうど人が欲しいわけです。もちろんあなたは住みこみで、お母さんも一緒に住んでください。服は俺が作ったのがありますし、食事と給金は帝国が準備するのでご心配なく」
「なぜ私も?」
「俺が敵なら、あなたを真っ先に人質に取るからですよ。脅迫材料に」
「は……」
「返事は急がなくても大丈夫です。許可が下りれば、明日の午前中から募集をかけることになるので、良かったら応募してください。……すみません、戻らないといけないのでお願いします」

風景が開くとアディヴェムは手を差し伸べ、女性が母親にあいさつをして寮に戻る。

「本当にありがとうございました」
「これが仕事ですから。また縁があったら」

アディヴェムは女性に背を向け、ブラッドとニーマに近づく。

「ニーマ、一緒に居られるまでもう少しだ。試験もがんばれ」
「うん。お兄ちゃんも、お仕事がんばってね」
「ブラッド、一緒にいられないのは残念ではあるが、戦いは粘り強い方が勝つ、あきらめるな」
「ああ心に止めとく」

手を振ってアディヴェムは執務室に戻った。


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