「無理…私にこんなの無理だ…!」
散らかした化粧品の中から口紅を手に取り、蓋を外す。艶めいた薄桃色の中身を伸ばした。
震える手で唇へと近づける。
そこで止まった。
たった数mmの間が、とてつもなく分厚い壁になっていた。心の中で憧れの自分と今の自分を遠く離す壁だった。
止まった口紅を下げ、顔を出していた中身を折って床に落とした。
たったちょっとの間が苦しくて、元々嫌いだった自分をさらに嫌に感じた。
「行ってきます」
なにも手をかけない素顔のまま、恋果は家を出た。
_隠したくても隠せない_
_大嫌いなのに_
_こんなんじゃ楽しい恋なんて_
いつまでも嫌いな自分のまま止まった時を、自身の手では動かせずここまで来ていた。
恋を知っていてもそれは実ることがなかった。
実ってもそれは凄く苦くて、小さい私には美味しくなくて。
これは私がなりたい私になって、新しくてやっぱり酸っぱい恋を知る、ちょっとしたお話だ。