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[43444] MONSTER × HUNTER × HUNTER〈オリ主〉
Name: 融電社◆f1c5a480 ID:dddad5af
Date: 2020/01/17 16:55
 俺はなぁ、今日は実に、実に気分が良いんだ。
 
 そこは薄暗く、埃を被った木箱や紐でまとめられた鋼材などが整然と並ぶ……ひと気のない倉庫か、どこか火の落ちた工場を思わせた。
 そして、耳を傾けてみれば。どこか楽しげで、明瞭な男の声が響き、それとは別にくぐもった呻く様な洗い呼吸音が聞こえてきた。
 ほかにも人の気配が三人程……いや四人、四人いる。
 
「ん? なんで気分が良いかって? 聞きたい? 聞きたい? よろしい! 特別に――お前だけに――教えてやろうじゃあないか」
 
 鼻歌を口ずさみ男は話を続ける、実に楽しげに。
 
 
「さぁてさて、逸る気持ちは理解できるがぁまずは! ある不幸な不幸な男達の話から始めてみっか」
 




 
 そう、あれは良く晴れた日。気に食わないチンピラ五人を相手にストリート・ファイトをかまして全員をTKOした後のことだった。正確には二人を黄金の左ストレートで沈め、三人を右フック、ハイキック、真空飛び膝蹴りをブチ込み、まだまだ元気な仮称トミー君に秒間一六発を誇る猛ラッシュをかました訳だ。ジャスト二分。
 楽しく拳で語り合った俺は仲良くなったそいつらから、ちょっとした――しめて5万7000J――安くはない謝礼を受け取り馴染みの酒場『WHITE・FLAG』で朝まで飲み明かそうと意気揚々と扉を開き、強盗に出会った。あなどるなかれ、ここはヨークシンシティ、銃と金さえあれば神でも買える強欲の街。こうした事も毎度の事だ。
 
 広々とした艶やかワックスが塗られた板張りのフロアにシックな丸テーブルが10台ほど、1台につき4台のこれまた床と同色の椅子が並べられ、静かに客の到来を待っていた。
 過ぎ去った歴史を感じさせる年代もののカウンターに押しかけたのは礼儀と礼節を重んじる紳士では無く。一夜で使いつくすであろう現ナマを求め、散弾銃と拳銃片手に恐喝する六人の無頼漢であるわけだが。
 
「ま、待て、撃つな、撃たないでくれ」
 今まさに白旗をあげ命を乞う店主シツェフ・モーガン52歳。禿げ上がった頭部と突き出た腹がチャームポイントだ、ご愁傷様。墓参りにゃあ行ってやるぜ。
 
 入口からカウンターまで三十歩ほど、そこにジャケットを着こんだ強盗犯が三人、リーダーっぽい男が拳銃を店主のこめかみに押し付けていてもう一人も散弾銃を構えていた。俺が入ってきた入口付近に三人、一人は安物のバタフライナイフを俺に向け、合計十四個の目玉が新しき訪問客である俺に向けられた。おおっと、やべぇぜ。
 
「なんだ、てめぇ?」
  前々から計画していた強盗計画。入店から出店まで五分以内で終わらせる所で、少々問題が起きた。
 奇妙な風体の男であった。
 程よい整髪料が効いたやや癖のある茶色の短髪、幾分か少年のあどけなさを残した精悍な顔つきと、野性味とそれにともなう残虐性を表したかの様な、渦巻いた緑眼。オーダーメイドなのか胸元に金の刺繍を施した白いスーツと、胸元からのぞく赤いYシャツ、新品の白ネクタイが律儀に己を主張していた。
 気味の悪い笑顔を貼り付けながら、男は怯えた素振りすら見せていない。
 両手を上に掲げ男は語る。
 
「お――――っと、待った待った待った、撃たないでくれよ! 強盗さんよぅ? 俺は何処にでもいる一般人的な一般人でたまたま、お前らと出会ったワケだが初対面の人間をいきなり殺しちまうってのは酷でぇとおもうんだがなぁ。つまりは、あれだ、命ばかりはお助けをってぇやつだ、まぁ助けてくれや」
 はたから見れば、運悪く強盗に出くわした可笑しな男と思うだろう。
「兄貴ぃ、どうしやす?」
 命乞いをする人間はとてもとても殺しにくいものだ、情の一つや二つ持っている人間ならば躊躇する所ではある。が、強盗の判断やいかに?
「さっさと、片付けろ」
 即断である。お仕事の最中ならば真っ当な判断と言えよう、目撃者は少なければ少ないほど良いのだから。
 そうなると困るのは俺様だ。天に召され愛しの母上に感動のご対面といくわけにゃあいかないのだ。
「ちょ、待て待て、撃つ前にこれを貰っとけ」
 スーツの男はそう言うやいなや、懐から取り出した物を掲げて見せた。
 細長い茶色の皮財布であった。
 「これで考え直しちゃくれねェかい?」
 買収とは悪くはない話ではあるが、強盗犯の考えは毛程も変わらなかった。財布を受け取り、殺すとしよう。
 
「投げて寄越せ、考えてやってもいいぞ」
 彼の判断は実に冷酷で、正しい――強盗をする上でだが――判断を下した。
 ああ、投げるぞと、一番近くにいた俺に安物のナイフを持つ男に、財布を――命を――投げた。
 くるくると回転しながら高い放物線を描きつつ迫る皮財布。男の視線はそちらへ向き左手を伸ばした。
 
 肝心なのは踏み込みである、どんな強力な攻撃もそれがなくては単なる打撃にしかならない。
 その点、白服の男は運が良いと言えた、足元はワックスが塗膜されたオーク材の床。「暴力」を伝えうる起点となるには、彼にとって十分すぎるものである。
 
 強靭な脚力で4メートルの距離を0.02秒で詰め、足元から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へと伝えられた運動エネルギーを右拳に乗せ、身体を捻りあげながら射出された拳はもはや弾丸。狙い――胸。
 彼の肉体はそんな殺人的な打撃をを受ける事を想定して創られてはいない――神の設計ミスによるもの――あわれな強盗犯トミー君二世は文字通り宙を舞った。右ストレートをもろに受け胸骨ごと心臓をつぶされたトミーは天へと召され、安物ナイフを取り落す。
 勢いを殺さず、回転運動を加えた肉体は宙に静止する凶器を手に取り、そのまま投擲の体勢へと移行。
 手首のスナップを効かし、込められた狂気はカウンター前の呆けた顔した散弾銃男の元へ飛来、届け。この思い。
 かすり、と小気味の良い音を立てて突き立てられた刃物は額を割り、前頭葉に致命的なダメージを与えた。最期にトミー三世が見たものとは? 一面に咲き誇る花畑かそれとも三途の川か。
 回る身体を制御しつつ、驚愕の表情を露わにする一人の男に目標を定め、放たれた裏拳一閃。完璧な角度で顎骨に強力極まりない打撃を加えられたならば、意識を保つ事は不可能である。膝から崩れ落ちる彼はトミー四世17歳。
 
「ッてめ……」
 瞬く間に三人が戦闘不能となり、焦るリーダー。慌てて銃を向けるが、時すでに遅く、眼前に覆い被さる黒い影。
 殴り飛ばされた、宙かける男。そう彼トミー二世(故)だ。
 母なる地球が生み出す重力に従い自由落下を始め、体重67.2キロの砲弾と化した彼を――止めることなどできない。
 そして、前代未聞の正面衝突事故を引き起こしたのだ。
 
 かかっ。そんな笑い声がした。
 
 簡単な仕事の筈だった。
 何処の組に所属しているのか知れない、妙に客の出入りが多い古びた酒場を襲い金を奪う。
 二、三回下見をして間取りやテーブルや椅子の位置を確認し、どの時間帯にどの程度の客足があるかを直接この目で確かめたのは、俺だ。手早くできると踏んだのだが、この様だ。
 日頃の悪事のツケを、まさか神様とやらのお使いで取り立てに来たのか? あの白服の男は。
 そんな事を思い、顔面にめり込む右ストレートの痛みを感じながら、微睡の中へと落ちて行った。
 
 
「さぁてさて、不思議なこともあったもんだ。酒を飲みに来てみたら」
 くるくる 回る回る。
「強盗に出会った」
 くるくるくる、回る回る回る。
「だが、ものの数秒で」
 くるくるくるくる、回る回る回る回る。
「全員、ぶちのめしてやった」
 
 足取り軽く、一歩、二歩、三歩。歩き。そこで止まり。
 
 ―――君を除いて。
 
 すとん、と男の右手に皮財布が収まった。
 
 財布を胸元に仕舞い込み、男は言った。
 「さて、君。突っ立ってないで、続きをしようじゃないか。―――殺し合いのね」
 満面の笑みを浮かべて。
 
 不気味な男に気圧され、強盗の最後の一人は、足元に落ちた散弾銃を拾い上げるとすぐさま発砲した。
 
 滑り込むような踏み込み、銃口の内側。インファイトの間合い、当たる訳がなかった。
 
 そして。残像の残る右ストレート、痛み――――闇。 
 
 その惨劇の全容を見届けた店主モーガン氏は、怯え。顔面蒼白となりながら何か言いたげに口を開けたのだが、言葉が出てこなかった。緑の眼が此方を向いた、カウンターに近づいてくる。次に餌食なるのは自分か? と、彼は思ったが白服の男は至極真っ当なことを口にした。
 
「ホワイト・ラム。一杯」
 
酒の注文だった。

 
 



[43444] 1.バウンサー
Name: 融電社◆f1c5a480 ID:dddad5af
Date: 2020/01/16 16:27
 カウンターに置かれ、今か今かと待ち続ける一杯の酒。
 
 不意にそれを掴む右手、男の手だ。大きく広い、研磨された岩石を思わせる硬く鋭い、拳。
 
 白いスーツを小粋に着こなし、僅かな隙すらみせず、唯々椅子に腰かけ、香りを楽しんでいる。
 大人と見るには少々若く、青年と断定するには大人の老獪が滲み出る、隠された獣性が見え隠れする奇妙な男だ。
 小刻みに揺れるグラスの水面に映る、緑の眼。何が見えるのだろう、その先には。
 
 硝子の器を傾ける、流れ込む熟成された歴史。何よりも代えがたい一瞬の快楽。
 
 喉を滑らかに滑り落ちていく命の水。まさに人生を生きてゆく上で、欠かせない人間の必需品だ。
 グラスの内の黄金の海に漂うのは、純粋な水の結晶。それが緩やかに溶けてゆく様は、何とも言えぬ静粛な気分に浸れる。
 俺はこれを飲むために生まれてきのだ、と言っても大袈裟じゃあない、至福の時間だ。
 
 楽しき時は早く過ぎ去る、空になったグラスは氷を残しカウンターに置かれる。
 
 店主はなにも言わず、沈黙ともに静かに酒を注いだ。
 満たされた器に広がる小麦畑は香しい情景を思い浮かばせる。
 
 ああ。最高だ。 
 
 俺の貧弱な感性じゃ、この感情を表す言葉が、見つからない。
 
 無理矢理当てはめるならば『人生最高にして最良の日』とでも言わねばならん。
 
 全く、全く、最高だ……………少し酔ったか。
 
 
 ふと、店主を見た。何やら青い顔をしながら、電話に向かって叫んでいるようだ。
 
 「強盗が入った」「六人」「全員殺された」「白服の男」「警察を呼んでくれ」「早く早く早く早く早く早くしてくれ!」「俺も殺されそうだ」「犯人? 今、酒飲んで今俺を見てるんだよ!」「次は俺の番だ」「殺さないでくれ!」「金はやる、命ばかりは助けてくれ!」「神よ」「俺はまだ死にたくない」「人生史上最低で最悪の日だ」「畜生」「最後に娘の顔を見ておくんだった…………」
 
 馬鹿も休み休み言え。お前を殺す理由がどこにある、これっぽっちもないさ。
 今はいい気分なんだ、邪魔してもらっちゃあ困るな親父。まだ二杯も飲んじゃいねぇのにこれだから堅気はいけねぇ、しゃあねェ面倒事は嫌だ。行くか。さらばだモーガン『また』来るぜ。
 
 「親父」
 
 ひぇ、と情けない声を上げ身を強張らせる店主。
 
 「とっとけ」
 
 カウンターに置かれる一万J札五枚。
 
 男は急ぐ素振りは微塵も感じさせず、おもむろに席を立つと、悠々と出口に向かう。
 急ぐ素振りもなく、歩む。邪魔をする者などなく、邪魔をするも者などいない。もしいたとしても、始末するだけだろう。
 彼にとっては、それも楽しい楽しい暇潰しに過ぎないのだから。
足取りは軽く、今しがた6人の人間を撲殺とは思えず、口笛すら吹いている、歌うように、
 
「I'mThinker, Tur,Tur,Tur,Tur♪」

 さァて、どこへ行こうか? 何処にでもいける。何処にだっていける。

 道なき道を行き、おれが通る道が道となる。後悔? 躊躇? ないねそんなものは。
 
 俺は好きな様に生きる、そうでなきゃ人生面白くも何ともない。
 
 例え目の前で、幼い子供が餓死してようが、四肢を吹き飛ばされた兵士がのたうち回っていようが、愛国者が祖国を湛えていようが、癌に侵された重病人が世界の中心で愛を叫んでいようが、貧者の薔薇の毒に侵され腐って死のうがどうだって良い。
 俺にとっちゃあ、それだけの事。
 
 他人の不幸は、俺の幸福にはならないんだからな。
 
 見る必要はない、聞く必要はない、感傷する必要もない。
 
 お前らは、俺じゃあない。
 俺は、お前らじゃあない。
 感性も、感情も、理性も、本能も、思考も、趣味も、狂気も人によっては全く違う。
 
 俺は好きな様に生きるのさ、人間はいつか死ぬんだ。面白おかしく笑って死ぬんだ。
 
 そうとも、俺は俺だ、阻む者などなく、阻むものは、全員殺す。
 
 男の手が扉のドアノブへ手を掛けた。彼は何処へ行くのか? それは彼にも分らない、狂気と理性をが望むままに。
 
 「…………ま、待ちやがれ………………イカレ野郎」
 
 あん?
 
 
 
 
 
 首だけ振り向いた先に銃を手に,殺意を飛ばすは、怒れる男。
 全身打撲を受けた痛みを身体の底から湧き出る激情で抑え込み、これ以上ないと思われるほどの握力を発揮し拳銃を握りめていた。
 ドク・ランセルは良いやつだった。下品な洒落で場の空気を変える稀有な才能を持っていた。
 ローランは昔ながらの喧嘩友達だ、俺より喧嘩が上手く、女に良くちょっかいを出して、追いかけられていた。
 強盗計画の発案者、ロウ。俺の初めての友達だ。
 ボン・ルーと共に酒飲んで夢を語り合った事は今でも鮮明に覚えている。
 アルベルト。気弱だが気の利く、本来は巻き込むつもりはなかったが「自信を着けたい」と言って、俺に土下座までして仲間に入れてくれと頼みこんだ、すまない。
 
 てめぇは。
 
 てめぇだけは許さねぇ。

 銃向けられてんのに、にたにた、けらけら、笑いやがって。

「殺してやる、ぶち殺してやらァ!」
 
 声を荒げ、放つ咆哮。
 
 白服の男は逃げる訳でもなく手を掛けたまま、笑う。唯々笑う。笑い続けた。
 
 「最後に言い残すことはねぇか?」
 
 男は言った。
 




 お前は、俺を止められるのかい?




 完全に閉められた扉は動くはずのないものだ、動くはずなどないのに。
 みしり、と音がした。無理矢理こじ開けられた金属の悲鳴。
 この扉は外側に開くのだ、内側に開かない、その筈だ。
 強靭なフレームが捩じられる、純粋な力によって。
 はじけ飛ぶ蝶番とネジ、金属疲労をおこしへし折れるドア枠、店主の悲鳴。
 からん、と本来の役目を果たす事ができなくなった呼び鈴が落ちる。
 逆光が眩しく顔は良く見えないが、おそらく笑っているのだろう。
 彼は。
 
 
 …………冗談……だろ?
 完全に沸騰した頭が急速に冷却されていくのを、感じた。唖然とするしか彼にはできなかった。

 男は歩む、扉を片手にさも軽々と、右手に鞄を鬻げる様にして歩む。

「おメェはさぁ、今こう思ってんだろ。この俺を殺せるッて……そうなんだろ?」

 歩む。

「そりゃあ、そうだ。俺が持ってんのは唯の扉で、お前が構えてんのは銃だ」
 
 歩む。

「普通に考えれりゃあ、俺は死ぬ。だが待てよ? 万が一俺がテメェを『コレ』でブチ殺すッてェ事もない事もないだろうなぁ……おメェさんはどう思うよ? 意見を聞かせて欲しいね」

 歩む。

「なぁ」
 
 歩む。

「聞いてんの?」

 歩む。

 歩みが止まる。眼前に立つ白服が悪魔に見えた。
 かち、かちと歯の根が鳴る。手に持つ拳銃が玩具に見えるほどだ。目の前に立つ男は、一言でいうならば「異常」だろう。
 ありえない。何故。何故。何故。
 
「人生は選択の連続だ、自分の命を賭けて決めなきゃならない事がある、今がその時さ、にィちゃん」

 待て、来るな、寄るな、よせ。

「俺を殺して、生き延びるのか。それとも諦めるのか…………選びな……3秒やる」
 
 「3」
 
 此処で銃を捨てれば俺は生きられるのかも知れない、そう「かも」なんだ。こいつは選べと言った、諦めた所で俺を殺すのではなかろうかと言う思いが燻る。いや、待て待て待て、今ここで諦めてどうする? こいつは俺の友を全員殺しやがった、ここで殺してやった方が世の為になるってもんだ。だがこいつは素手で扉を引き剥がす様な化け物だ、おそらく、いや絶対に至近距離から銃を撃ちこんでもこいつは死なない様な気がする。死なねェな。どうするどうするどうする、時間はたったの三秒だ。俺の人生上最も頭が回転しているに違いない。やヴぇぞどうするんだよ俺。
 
 「2」

 とか何とか考えている内に一秒たったぜ、これが所謂走馬灯というものだろうか? 時間の流れが遅く感じるのは何故だろう? ああドク・ランセル、ローラン、ロウ、ボン・ルー、アルベルト、今俺もそっちに行くぜ?。こいつを殺してからな、はははははははっははははあはあっはは、もうどうにでもなれ、そういう事だイカレ野郎。死ね。
 
 「1」
 
 
 不意に、場違いな音が鳴り響く。それは男の白の上着から出ている。
 
 男と白服は佇むばかり。動かず、動けない。シックな店内には場違いな携帯の着信音『ゴッドファーザー』だ。
 酒場の店長モーガン氏はこれから起きる惨劇を見たくないのだろうか、カウンターの後ろに隠れてしまった。賢明な判断であろう。素人が手を出すには危険すぎる。
 唯々、闇雲に時間が過ぎていく。ふと。
 「少し、待った」
 白服の制止、それは撃つなと言う事だろうか? それもそうか、電話にでなければいけないのだから。
 左手を懐へ、弄り電話を取り出した。黒い棺に似た武骨な、飾り気のない電話だ。
 通話ボタンを押し、耳へと中てる。
 
「ハロゥボス? あァ? なんだと妖怪ババア――――解ったよ、行きゃあいいんだろ、行きゃあ」
 
 電話を切り懐へ、戻す。
 
 「残念だがヤボ用できたんでだ、おれぁ帰る」

 右手に持った扉を放り投げ、椅子と机を巻き込みばらばらに砕けた。男は至極残念そうに、息を吸い、大きく吐き出した。
 何が不服なのか、ひどく納得しかねる態度で、扉へと歩み始めた。
 
 俺は、助かったのか? 強盗犯は心底安心したかの様だ。だが未だに心底に残り続ける、憤怒の感情。今ならば殺せる、撃つべきだと思い、拳銃を白服へと向けた。
 
 白服の歩みが止まり、男は言った。振り返らずに。
 
 「続きがしたいのかい?」
 
 低い声、だが確実に男の耳に届いたはずだ。勝てる気がしない、殺せる気がしない、がちがちと鳴る歯の根が止められずに男は、銃を構えたまま、立ち続けた。
  油汗に滲む引き金が今にも滑り、今にも撃ってしまいそうだ。撃ってしまったならばそこでおれの人生は終わるのだろうか? そう考えた。死ぬのは嫌だ、と。
 
 拳銃を放り捨てる、放物線を描き、重力に従い、二回三回と回転してやがて止まる。
 
 銃のない手を見た、何もない手だ。銃を捨てたのだから在る訳がない。
 
 死にたくない、だが許したくもない、だから。
 
 何もない、だから拳を握る。硬く、硬く握り絞める。戦う為に。
 
 「勝負だ、かかって来い!!!!!」
 
 野犬の咆哮、何も持たぬ者の故の強さ、失った者の強さ、相手はバケモン、上等だ、一発入れてやる。
 
 白服が振り返る、その顔はなぜか笑わずに何故か、引き絞られた弓の如く相手を見据える。
 良い眼だと思った、戦士の眼、人間の眼、立ち向かう者の眼。久しく見ない良い眼だ。
 男は何も言わず、佇むのみだ。それは了承したという事だろうか。
  白服は佇み、男は拳を構える。

 そして、始まり、終わった。一瞬の闘争劇。
 
 強きは生き、弱きは死ぬ。これぞヨークシンの流儀。世の真理。勝者は大手を振って門を通り。空を見る。
 ヨルビアン大陸最大、最高水準の世界都市にして金融、商業、文化、ファッション、エンターテインメント。様々な分野のトップをひた走る超国家サヘルタの中枢。
 多国籍飛行船が飛び交い、あらゆる人、あらゆる人種、あらゆる民族、あらゆる主義が自分のエゴを貫く為に闘争を繰り広げる。運命がカードを撒いた、そして俺らが勝負する。
 
 俺は傭われ、戦争、戦闘、近所の夫婦喧嘩から、国際紛争までなんでもござれの風来坊。
 
 俺はフィンスキー。バウンサー〈用心棒〉フィンスキーだ。
 
 
 



[43444] 2.ドラック・ウォー
Name: 融電社◆f1c5a480 ID:dddad5af
Date: 2020/01/16 16:27

 男は歩きだす。その顔は、新しい玩具を買ってもらった子供の様に、笑っている。何が楽しいのであろうか。彼にしか理解できない事なのだろう。
 
 それか、単なる気まぐれなのかも知れない。
 
「おっと、忘れる所だ」
 くるりと、右足を軸に振り返り、カウンターへと歩み。
「モーガン」
 恐る恐ると、顔を出した店主。もはや彼は生きた心地すらしなかった、真昼間に強盗に出くわし、頭のネジの外れた男が現れ、殺人劇を披露し、挙句の果てにはドアをもぎ取られた。これ以上の悲劇はもはや、存在しないであろう。
 そんな彼を、さらなる地獄に突き落とすべく、白服の男は何をもたらすのであろうか?
 勘弁してもらいたいものである。
 
「な、何でしょう……か?」
 
 カウンターに置かれた一枚の名刺。
 
「店の修理代だ、事務所の方に話は通しておいてやるから連絡しておけ。『フィンスキーがやった』と一言いえば納得するはずだからな、ついでに改装した方が良いかもな」
 
 それじゃあなと、そんな事をしでかした張本人がその場を後にする。
 悪気のかけらも存在しない、人殺しを窓ガラスを割った程度にしか考えていないのだろうか、この男は。
 傍若無人。その言葉が最も相応しい。まさに暴君。
 
「全くもって今日は良い日だ……………最高の日だ!」
 
 後に残された店主は茫然とするばかり、店内はまさに死屍累々といった有様だ。今後経営を鑑みるには、絶望的である言わざるえないだろう、白服が残していったのは、5万Jと名刺が一枚だ。
 
 ため息を吐きつつ名刺を手に取る。こんなもの、捨ててしまえと思うが。
 
 見てしまったのだ、彼は。見なければ良かったと後に後悔する事になる。
 
 ヴァジーリオと書かれた名刺を。
 
 彼の受難は、まだ続く。
 
 
 

「とまぁ、俺の楽しい楽しい一日の始まるな訳だ…………」
 
 雑多なビルの合間を抜け歩みを進める、一人の男。
 これでも、ちょっとは名の知れたお尋ね者でね、日の当たる表通りよりは、薄暗い路地裏を突き進む方が性に合ってるんだな、俺は。生ゴミの饐えた匂いも、鉄錆の水たまりも、煙草の吸殻が散らばり、まさに社会の裏側に相応しい有様だ。
 適度に湿った空気はやや興奮気味の火照った身体にゃあ丁度いい具合だ。
 
 僅かに射す日の光は、汐らしらくも雲の間に隠れ晴天とは言い難く、分厚い雲に濾過された陽光が陰気に照らし出していた。
 古びた石畳を軽快な足取りで進み、コツ、コツと靴と石の響音が耳に心地良く、届く。
 造られて100年程だろうか、この街の過度な成長に乗り遅れた煉瓦造りの集合住宅地帯。
 最早、新しき住人は存在せず。解体される事もなく、唯々、穏やかな風化に身を任せるのみだ。
 勝手知ったる裏街道、警察や街の喧騒から逃げるにはもってこいの場所さ。
 
 こうした世界に生きている訳だ、楽しいかって? そりゃあ勿論! 
 暴れて、殺して、好き勝手。
 まぁ、堅っ苦しい『沈黙の掟』だとかの多少の、ルールは在るがね。それでも、自由を謳歌する為の僅かな不自由ってやつだな、人間は完全に自由にはなれないからな。
 
 俺様みたく分不相応に満足しなきゃあならねぇ。
 日々を生きる為の金。暇つぶしの三文小説。健康な肉体。人殺しをしてもとやかく言われる事の無い地位。
 この四つが在れば世は事も無し、世界は回り、俺様楽しってな具合だ。
 さらなる自由と快楽を求め、酒と女と合成安物麻薬に手を出し。脳が火星までブッとんだ挙句、精神病院で人生を終えた連中なら腐るほど視てきた。
 適度に満足すりゃあ良いものを、強欲は身を滅ぼすんだな。
 
 住宅街を通り過ぎ、完全に錆びついたフェンスに囲まれた倉庫街に出る、俺の目的地にご到着だ。
 P901番倉庫と名打たれた何の変哲もない、廃倉庫。
 なのに真新しいトラックが三台、駐車スペースに止められ、人の気配もちらほら。
 悪巧みをしている匂い、間違いない、情報どうりだ。
 『KEEP・OUT』の看板が、ズ太い鎖に巻かれ鋼鉄のゲートに括り付けられ、頑なにその来訪者の出入り拒む。
 ははん、閉まった扉を見ると開けてみたくなるのが人の性。
 雁字搦めにされた中央部を引いてみる。
 
 ぎしん。
 
 錆びた城門と鉄鎖が織りなす、二重奏。開くような気配など微塵も感じられない。
 考えてみよう、俺。大いなる神様から与えられた脳味噌をフル稼働し、弾き出された答えを吟味する。
 なぁに答えは至って単純明快。
 
 
 
    退いてダメなら。
 
 
 
 軽やかなステップで少々の間合いをとる。全身の筋肉を弛緩させ、準備は完了。
 重心を前へ、前へと押し進めつつ、身体を急加速。心は楽しく弾み、これから自分が齎すであろう結果に、強靭な心筋で形作られた心臓がリズムを刻む。1、2、3、前進運動を回転運動に変換。左脚を軸に腰、背骨、右足の順に回転。さらなる慣性を上乗せされ、全体重を掛けて撃ち出された、後ろ回し蹴りの威力に。
 
 鉄扉が震え。錠前が弾け飛び。千切れる鉄鎖。喜ぶ白服。
 尋常の威力ではない蹴りを受け止めた、城門。幾多の侵入者を拒み続けた鉄の塊は、一回、二回と揺らめき、倉庫の敷地側にゆっくりと倒れていった。
 轟音。立ち昇る土煙が立ち込め視界が遮られる。だがそんなものは障害にはならない、後は。
 歩みを進める、鋼鉄の門扉を踏みしめ。鎖を踏み砕き、蹂躙する。
 頬が釣りがる、獣の如く。込み上がる殺気がそれを描き出す。さぁて、お楽しみの時間がやって参りました! 主役は俺様、舞台を盛り上げる哀れな脇役共を、捻り潰してやろうじゃあないか。
 なるたけ、楽しく。
 
 
 
    ブチ殺せ。
 
 
 
 鼻腔に香るコーヒーは朝寝坊の眠気を覚ますには、安物と言えど十分な効果がある。僅かにミルクを砂糖は入れずに香りを楽しむのが、俺の密かな楽しみだ。
 倉庫の奥に存在する、警備室と名ばかりの慎ましやかな個室だが、こっそりと趣味に興じるには申し分が無い。
 簡素な椅子と木製の机に、柔らかな湯気を起てるカップが一つ、習慣雑誌を片手にコーヒーブレイクとはちょっとした贅沢といえる。
 ロランス、彼の名だ。
 撫でつけられた黒髪と緑のセーターを着込み、暖房器具がないので飲み物で身体を温めるしかないのだ。
 大好きな煙草は厳禁。大事な商品が丸焼けにでもなったら一大事だそれこそ俺の命だけじゃすまない、組織の重要な収入源となるブツ何だからな。
 ヨークシンに進出を始め、早二年。対立する組織の監視の目を潜り抜けつつ、商品の売買をするも十代位のガキばかりで当初は本当に売れるものかと半信半疑だったが、そんなものは昔の話。
 口コミで広まり、なんといっても安く、子供の小遣いでも買える値段が一番の理由だろう。大量生産による低価格を実現し、今じゃあ売れ筋ナンバーワンだ。
 そして敵も多い。
 なんといってもその理由が、その『安さ』が全ての要因だからだ、麻薬といってもその市場規模は小さい。利益を得られる奴らはさらに少ない。
 そこへ、新規参入したのがDDだ。異常極まりない安値と手軽な使い方、飲んでよし酒と併用してよしの、大人気商品。炙る必要も注射器も必要ない、手軽な栄養剤感覚で扱える。
 効き目は、幻覚、多幸感、痛覚の鈍化。チープな値段ですぐにハイになれる素敵な一品。子供から大人まで誰でもキメれる。パーティードラッグとしては破格のお値段。全世界へ流通しているがその製造元は一切不明だという、こんな訳で薬物の価格破壊が引き起こされ、警察にマフィアに敵がわんさかいるわけだ。
 
 街はずれの旧市街に拠点を構え、外から送られてくる物資を備蓄し極力外部との接触を断つことで情報漏洩を防ぐ。こうやって安心して美味いコーヒーが飲めるのだ。
 もし偶然ここを見つけた運の悪い人間が居たとしても、俺はそれ黙って見過ごす程、優しくはない。
 速やかに静かになってもらうのが一番だ。
 
 これからも、これまでも。
 
 まぁ此処に殴り込みにくる様な頭のトチ狂った大馬鹿野郎など世界を探しても存在する訳などないのだが、準備は万端だ。
 
 横目に目をやり、それを見る。丹念に整備されたAK自動小銃が主の命があるまで沈黙を続ける。それが火を吹いた事など一度もないのだが、律儀に整備をするのは習慣となっているからだろう。
 
 今日も今日とて、留守番さ、暇で暇で死にそうだ。
 
 ちらりと横目を向け、幾つもの監視モニターに目をやった。コーヒーを啜る。
 
 誰か門の前に居るようだ、白服の男。
 
 なにやら妙な笑い方をする男だ。
 
 こんな所に何の用なのだろうか………まさか情報が漏れたのだろうか。面倒は片付けるに限る、てっとり早く。
 無線機を手に取り、仲間へと連絡しようとしたその時だ。
 画面の男が動いたのは。
 
 バックステップしたかと思えば、一回転しつつ、門を蹴りやがった。ありえねぇ。
 
 ゆっくりと倒れ行く門。そして。
 
 倉庫内にも響きわたるアスファルトと鋼鉄が抱擁し合う異音、轟音、爆裂音。
 天井に付いた埃がパラパラと落ち行く中、俺は椅子から転げ落ちた、哀れにも残り少ないコーヒーがぶちまけられ、少々残念でならないのだが、今はそんな事を言っている場合では無く。すぐにでも馬鹿を殺さなくては。
 
「畜生、畜生、畜生、ど畜生! 一体どこの馬鹿だ!? あの野郎は!!」
 
 悪態を吐きつつ、埃に塗れた服に構う余裕など無く、傍らに鎮座する突撃銃を手にする。手に馴染んだ感触が安心感を与えてくれた。抗争、紛争、戦争、世界のありとあらゆる戦場に必ずと言っていいほど存在するベストセラー・アサルトライフル。
 安い、軽い、扱いやすいの三拍子揃った性能に、全米が泣いた。
 故障が極めて少なく、単純明快な機巧と少ない部品点数がそれを実現する。そのお陰で、紛争や民族浄化や革命が中小国で激増するのだが、ご愛嬌というものだろう。
 
 コッキングレバーを引き薬室へ弾薬を装填。
 
 セイフティ解除、準備はOK。湾曲弾倉に装填された30発の弾薬が、出番を待つ。
 
 戦闘開始だ。
 
 どこで一体此処どこで情報を手に入れたのかは知らないが、こいつでハチの巣にしてやるぜ。
 そうだ、今。彼奴は何処にいる?
 
 監視モニターの一つを見た。倉庫敷地前。
 
 真っ赤だ。真っ赤でなに見えない。何故? メンテナンスは昨日したばかりだ、故障の訳は無い。
 まぁいい別のを見れば済む事だ。
 
 見つけた。もう、倉庫内にいやがる、馬鹿め倉庫には、十人以上の武装した武闘派共がいたはずだ。あいつらは何をやってやがるんだ? さっさと殺しちま。
 
 よくよく見れば、白服のほかに。手足の千切れた青年やら顔面を押さえて転げまわる男と、全身を隈なく殴られもはや原型を留めていない肉の塊が映し出されているではないか。おもわず思考回路が停止してしてしまった彼だが、さらに見たくもないモノを見てしまう。。
 
 例えば、天井に突き刺さった大男や。
 
 血の海に沈む元軍人や。
 
 大金を払って雇った傭兵が脳天をカチ割られた姿や。
 
 自称世界最強のオカマが首をねじ切られている光景や
 
 そんな、安物のスプラッタ映画を思わせる画像を見て、彼は思った。今すぐ逃げるべきだと、本能が全身全霊を込めて俺にきちがいじみた警鐘を鳴らしていた。程度の悪いイタズラにあった様な感覚であった。
 
 画面の白服と眼が合った、見えるはずなど絶対にないと言うのに、何故が直接此方を覗かれているような心持ち。
 
 白服がカメラに向かって何か、言っている。はっきりと解る、音声を繋げることはできないのだが、何を言っているのかが、解る。
 
 次は、お前だ、と。
 
 「畜生」なんでこうなった? こうなったら、最後の手段、逃げるしかねぇ。なりふり構わず三十六計逃げるにしかず、そそくさとそして全力で。
 敵う相手じゃないのは勘で――いや子供でもわかった。手の中の人を殺すには十分過ぎるほどの銃器がカミソリ以下のゴミにしか見えなかった。だがないよりはマシと思い自分を奮い立たせた、まだ運はある、俺はまだ生きている、冷静になれ。
 
 脱兎のごとく駆け出し脱出扉の先、男がいた、安物のホラームービ―にでてくるような殺人鬼「ビンゴ!」と言うのと同時に、右のストレート、狙いは顎、着弾と同時に脳は揺さぶられ、シャットダウン。その場に崩れ落ちた。彼に運はなかった。
 
 俺に拷問の技術はない、必要でもないし、趣味でもない。拳にものをいわせるのが流儀だからだ。2~3人ばかり生かしておけとのご注文だから、その他は殺した〈笑〉まぁ、生き残りはは後で地獄をみるだろうが、知ったことではない。
 
 残りは、ふふん? これはこれは、宝の山が出るわ出るわ、うず高くつまれた札束の山、いやはやこれはもはや山脈だな自分の体重を遥かに超えるであろう、壁とすらいえる代物。薄っぺらいジェニー札もここまで積まれれば現実みや、ありがたみがない。
 マッチでつければ程よく燃え上がるだろう、が。これらは全て、マフィアの所有物、くすねれば手痛いおしおきが待っている。触らぬ金に祟りなしとはよく言ったもの。5~6束くすねてもバレないかな?
 
 さて、お次はコイツだ。ビニールでパッケージされたDDの錠剤の袋詰め、段ボールで山積みにされたそれは、万単位で人間をダメにするであろう悪意の結晶。ひとつばかり袋を裂き、ばら撒かれる中から一つを摘まみだす。
 
 成形されたDDと刻印されたカラフルな錠剤。若者向けに合成着色料で染められたそれは、先進国で出回っているものとしては高純度。つまりは質がいい。しかもこれは量産品ときてる、どこぞで大量に生産され、流通され、ここへ流れ着いた。
 
 大量に造れるから安くなる。安くなるから売れる。売れればさらに大量に造れる、と消費文明の悪循環にハマるわけだ。これらは全部、焼却処分されることになる、麻薬市場を破壊するような無粋なものに用はなし。
 
 興味はないと放り出し、靴底で踏み砕いた。安物は所詮、安物〈チープ〉は本物〈オリジナル〉には敵わない。洗練とは程遠い。安物の悪意を踏み潰した。
 
 携帯を取り出し、目的の番号に呼び出す。
 
 「ハローボス? ――ええ 目的の金と物資を確保。後で詳細な報告を上げますので ――ええ、はい」
 
 仕事は終了、後は酒場に繰り出し、一杯やろうぜ! なんて気分。いや、さっき飲んだばかりか。
 
 「アイ、ボス、手筈は整っております、警察に後始末を任せ、残りの仕事は片付けますので――イエスボス」
 
 通話を切り、出迎えの準備だ。おおっとそろそろ来る時間のはずだ。
 
 『YSPD』〈ヨークシン警察〉のロゴが張られた車、つまるところは警察車両だ。マフィアと警察はコインの表と裏、表向きの正義の味方と、一方は社会の敵。だがしかし、片手は固い握手で握られている。
 
 続々と現れる警察車両の群れ、中には強面≪SWAT≫がぎっしり詰まっているだろうことは、疑いようがなかった。
 黄色のロゴでSWATと書かれたロゴを胸に、続々と降車する古強者達。歴戦の風格をかもし出すのは、今まで積み上げてきた訓練と信念。アサルトライフルM4A1カービン。サブマシンガンMP5で重武装された正義の軍隊。
 
 なんでマフィアと警察がツルんでいるのかって?
 
 簡単に言えば一種の取引、表向きには動けない時には、俺らを使い。裏向きが動けない時には表向きの正義の味方が出張ってくる。持ちつ持たれつってやつだな
 
 警察は犠牲を最小限にして、ブツを差し押さえたい、だが犯人は能力者を雇ってる場合や、その豊富な資金で重武装してるときたもんだ。そこで俺らの出番。
 
 腕利きの実力者は引く手あまた、表でも裏でも、俺っちの暴力に高い値札をつけてくれる。
 
 表向きは『武力行使』ということで処理される、裏向きには『制裁』として。マフィアの面子が保たれるという仕組みだ。
 
 車から降りてきたのはトレンチコートの女刑事、≪DEA≫サヘルタ麻薬取締局、特別麻薬取締捜査官、クラリス・クラウディア・アンダーセン。若手かつ有能な刑事〈デカ〉俺の苦手なタイプ。話は上でついてるはずだが、正直、この女は性格がきつい。化粧も最低限、薄く塗られたルージュ。腰には9mmグロック。女だてらにこいつは強い、多少『使える』みたいだがな。我流の訓練だとムラっけが出やすいだが、正規の訓練を受けてるみたいだなと予測。強化系かな。性格がトゲトゲしてんだよな。
 
 「それで、収穫は?」
 
 挨拶も抜きに仕事、仕事、仕事と、口からでるのはそんな話ばかり、仕事と結婚しているような女だ。
 
 「未開封のDDが30ダースってところか? 口の利けるやつが2~3人残してあるよ」
 
 憎々しげにコートの隙間から封筒を取り出し、此方に投げてよこした。
 
 「報酬だ、受け取れ」
 
 500かそこらって厚みだなこりゃ、お駄賃としては安い部類に入る。
 冷たい輝きの視線。必要最低限の会話。憎しみの籠った視線。こいつは根っから正義漢、こういう取引が好きではない証明。
 昨今に蔓延るDDを駆逐するためにこんなダーティーな取引にも応じざるを得ないことに、腹を立てざるをえないからだ。
 
 刑事≪デカ≫の感が囁く。
 この男は生来の殺人鬼だ。暴力と血に塗れて遊ぶ、手に負えない狂犬。今この場で殺してやりたいほどに。
 だがそれができないのは、この男が有能だからだ。わたし達全員で立ち向かっても、返り討ちにするであろう。優秀な暴力担当者。企業専属の非合法戦闘員という噂は本当なのだろうか? 
 
 どこぞに雇われているかは知らない。知ろうとしても情報の壁に打ち当たる。マフィアン・コミュニティーにも顔の利く、優秀なバウンサー。殺人癖と暴れ癖さえなければ今頃は陰獣候補にさえ列挙されるほどの実力を秘めいている。最も本人には自覚も義務も持ってはいない。上に立つという忠誠心がこの男には足りていないのだ。
 突発的に人を殺し、気分で人間を撲殺する、気分屋。それだけで十数人単位で人が死ぬ。世も末だ。
 
 ≪FBI≫連邦捜査局のブラックリストにも名を連ねる、正真正銘のテロリスト。正確に言えば大量殺人鬼〈マーダー〉
 合法的に、時には非公式な殺しの依頼を引き受ける事もある。大量の人間を殺しに長けている異常者。本来の任務ならここで、殺人と暴行の現行犯逮捕するべきなのだろうが。上層部とのコネクションの繋がりがそれを覆い隠してしまう。
 本当に最悪の気分。こいつ一人を監獄に放り込めば、それだけで人の命を救えるというのに。
 
 後ろ臭い事なら山ほど、非合法すれすれな事は売るほどやった。それは何のためにか? DDという最悪の麻薬を撲滅する為だ、マフィアと手を組む他に、手は残されていなかったからだ。
 
 製造元も不明、流通経路不明、完全なるアンノウン。匿名の麻薬が出回ったのは数年ほどまえ。格安で効き目がいいをうたい文句に急速に、先進国を中心に出回り始めた新型麻薬。
 
 合衆国が誇る情報量をもってしても、探し出せない。国家規模で行われてるのは確かなはずなのに、情報がない。
 
 そしてマフィアと手を組んだのは、先代の元大統領だった。弱みを握られたのか、取引したのかは不明。たぶんその両方だと思う。孫娘がDDに手を出し、麻薬更生リハビリセンターに担ぎ込まれれば、恨みも沸くというものだろう。スキャンダル一歩手前でマフィアがマスコミ各社に圧力をかけ握り潰した。
 
 そこからは下り坂だ。
 
 互いの利益が一致したための、一時的な休戦。と、聞こえはいいが、結局のところ、癒着に過ぎない。上層部にも部下にもマフィアの袖の下がたっぷり通っていて、正義と悪の境界線は混沌としている。私が求めた正義。いまやそれは幻想に過ぎなくなっていた。
 いまやマフィアの跋扈する国へと成り下がった、我が合衆国。現大統領の選挙資金は大半が洗浄されたマフィアの薄汚れた金がその屋台骨を支えている。
 
 蛇の道は、蛇に聞けと人は言う、その通りだった。
 殺人鬼を野放しにし、麻薬狩りの手先にするアイディアはよかった。劇的とまではいかないが、その鋭い嗅覚をもってして効果をあげはじめた。そこまではよかった。ただし、『殺しても問題のない人間』を見逃す代わりにだ。簡単に言えば『生贄』であり当人にとっての『ご褒美』だった。
 
 鼻をつく血臭。
 人食いザメが残らず食い荒らしたような惨状。
 現場は≪死体置き場≫モルグよりも酷い有様だった、流血をブチ撒けた惨状は戦場でもここよりはマシだと思う程。どんなの能力を使えばこんな殺し方ができるのか想像だにできない。死体は残らず、撲殺かもしくはハチの巣だ。血に飢えた獣でもここまではやらないだろう。
 
 念を初めて覚えてた時には、自分が超人の一角に至ったとういう幻想を今でもよく覚えている、上には上が――バケモノ――がいる。目の前にいるこの男がいい例だった。
 はじめてこの男を目の当たりにした時、実力の差を痛感した。目を凝らすまでもなく、生まれついてのモンスターだった。単騎で銃武装した人間を飴でも舐めるみたいに、噛み潰し、食い破り。打ち負かし。小細工もなしに、能力者を磨り潰す。
 
 幾度なりともこの男の『討伐』が試みられたことは、ある。そのすべてが失敗に終わり、派遣されたのは星を持ったハンターが殺されてこの男は≪ブラックリスト≫入りを果たした。賞金は億を超える、怪物が生まれた。
 
 能力にも謎が多く、戦闘で生き残った者があまりにも少なく情報がない。よほど上手く立ち振る舞うのだろう。電脳サイトにさえ情報がない、不明の見本市。
 
 冗談を言うように、男は語らう。
 
 「明日のヨークシンタイムズ一面記事はこうだ! 『DEA新型麻薬を大量押収、過去最多か!? 死傷者多数』とね」
 
 この男の顔なんてもう見たくも聞きたくもない。
 
 「上では話がついている、どこへなりとも行くがいい狂犬め」
 
 「ひっでぇ言いぐさだな」どこか笑いながら。
 
 そう言って、ふらりと横を通り過ぎる。ドス黒い暴力と血の匂いを振りまきながら。隠しもせずに。
 
 武装した警官の群れが割れ、道ができる、悠々と歩いて去っていった。
 
 「――――じゃあまたなクラリス刑事♪」
 
 満面の笑み。
 手を振りながら男は去っていった。
 死体処理班にはいい迷惑だろうことは明白、完全に清掃するには一週間はかかるだろう。誰もいない倉庫街で幸いだ、あまり派手に動かれて、揉み消すには不都合だ。その点、この男は使える部類に入ってはいた。最悪な事に。
 この男はいつか、必ずわたしが、捕まえてみせる、伝説のゾルディック一家でもハンターでも手段は問わずに、こいつを監獄にブチ込んでみせる。この狂犬を。この手で。
 
 
 ■  ■  ■
 
 
 口笛吹きつつ、男はタクシーを拾い、思考に耽る。
 
 こんな仕事は2度や3度では済まないほど、請け負ったことがある。つまりはルーチンワークに近い作業。新型麻薬DDの集積所はここ以外にもまだ存在する、こうやってちまちま潰していかなければ、収入の悪化を招く事をマフィアは知っているからだ。薄利多売、それはビジネスとしては正しいが、市場からみたらDDの一人勝ちになってしまう。
 限られたパイ≪市場≫をさらに少なくしてしまうDDの跳梁跋扈はマフィアにとっては頭痛の種だ。バーゲンセールよろしく価格競争に巻き込まれ、その他の薬物、ヘロイン、コカイン、アンフェタミン、バスソルト、MDMA、ステロイドやら高価格帯の薬は負けてしまう。
 ばら撒くと言っていい値段の安さ、むしろそれが目的と言っていいいい、製造元の悪意を感じる。シンパシーと言っていい。性格が似通っているからのかもしれない、根幹の人間性が。いい具合にブッ壊れてる。
 
 情報管理も徹底している。国家規模の統制管理といっていい程、俺の感じゃあミテネ連邦あたりが匂う。後ろ臭い事をやらかすにゃあ、だだっ広い庭と、豊富な資金、働かせる人民が必要だ。人件費の安い連邦で安い麻薬の大量生産、海路を使って輸送、中継として第三諸国を経由、そして先進国へとばら撒かれるという寸法だ。
 
 だが、しかし。麻薬の撲滅なんて俺にはとんと、縁がなく、義理もない。警察と麻薬カルテルとのイタチごっこで小遣い稼ぎできれば上々だ。
 
 さて、気分を変えてみよう。どこへ行こうか? フィンスキー? 
 
 何しようか? つまり所は気分しだい。船旅でもしようか? スリルと刺激が待っている仕事。
 
 ハンターという職業をしらない奴はこの世にゃいないだろう。
 
 曰く、世界で一番儲かる仕事。曰く、世界で一番気高い仕事。曰く、世界で一番危険な仕事。ハイリスク&ハイリターンを地で行くお仕事。良い響きじゃないか? 
 世界で、一番、危険。重要なのはここだ。この部分だ。金や誇りなんざどうでもいい、そこにスリルがある事が一番重要だ。背筋がぞくっとするような、スリル。それが大事。肝心要の重要な部分。
 
 血沸き、肉躍り。心高鳴る。身悶えするような刹那的な快楽。考えるだけで。アドレナリンが噴き出る。
 
 そう何よりも、生きるうえで大事なことは。刺激。ちょっとしたスパイス。香辛料。人生を美味く、味わい深いものにしてくれるとびきりの獲物。それは人間。
 味も素っ気もない人生に、絡めるものは秘伝のソース、一垂らしで、劇的に味が変わる。それは人殺し。一線越えれば、なんということでしょう! 
 未知なる世界へウェルカム! もうつまらない世界とはオサラバだ! 人殺し超おすすめ。これホント。強食が弱肉を蹂躙するのは楽しい。実に楽しい、自分の両手でやると尚更に楽しい。
 
 人を殴っちゃいけません? いやはやそれは、弱い奴の常套句。騙されちゃいけない。この世は強い奴が支配してる。
 
 だけどまぁ、世間一般じゃ、人の命は地球よりも重いという、人生は一回切りだから大事にしないといけない。だけども真実は羽のように軽い。モラルとか真理とか神様とかがおっしゃる通りにはこの世は上手く機能していない。
 
 この世のには二通りの人間が、存在する、弱い人と、強い人だ。どっちにも長所と短所があるが。弱い肉はピーターラビットのお父さんの様に、マクレガーさんのオーブンで焼かれパイにされ、強い人が食べるというのが、この世の掟。残念なことに、慈悲はない。
 
 さて、話を上の話を要約すれば、人殺し超おすすめ。人生変わるよ?ってな具合。こんなに殺しは楽しいのになんで大半の人間は殺しをいやがるんだろうか? 不思議なもんだ。人間ってのは殺すにしろ、売り手よし買い手よし、飾ってよし食べてよしと無駄がない。臓器は今でも高価買取を実施中、足のつま先から頭のてっぺんはまで捨てるところがない。中でも『緋の目』っていうお宝が、一番の高値が付く。美術品としても一級品の部類に入り、好事家にはのどから手が出るほど欲しい一品だそうだ。
 
 話は進み、ハンターの話、俺が目指すのは人狩り専門≪マンハンター≫ 素敵なお仕事。暴力はいつだって大歓迎される御時世。
 仕事がらか、よくハンターを見かける、プロハンターって奴をだ。いやはや、奴らときたら手強いのなんのって。連中ときたら、本当に殺しにくいんだ、これが。最終的には殺したけども。おかげで賞金首になっちまった、が。落胆はしていない。より大きな目標ってやつを持てたからな。
 
 俺もハンターになってやろうって。そうなれば、わんさかっといるんだろうな、強ぇ奴らが。殺しにくい連中が。大勢。普通の人間でも十分に楽しめるが、奴らはもっと楽しめるに違いない。ゆだる頭蓋。考えるだけで沸騰してくる。
 
 おっと、その前に仕事を片付けねば。
 
 今度の仕事はなんだっけ、えーと。そう! ハッカーだかジャーナリストだがを連れてくるか殺してくる、仕事だっけな。忘れるところだった。今、思い出した。いかん、いかん。妄想に耽ると、すぐに忘れる、悪い癖だ。直さねば。
 
 目的のビルに近づきつつあった。高ぶる心拍。
 
 こういった。市街戦でこそ、銃火器が規制させる街中でこそ、能力者は本領を発揮する。俺の能力は制約も誓約もないのでつかいがってがいいのがミソだ。
 細かな制約に縛られるなんて気分が悪い、能力は自由であるべき、そして自在であるべきだ。
 
 



[43444] 3.ジャーナリスト・ハンティング
Name: 融電社◆f1c5a480 ID:dddad5af
Date: 2020/04/27 18:44
 
 ジャーナリスト・ハンティング
 
 
 真実こそが人を救う、それこそが、私の気概である。
 
 ブラインドの下ろされた薄暗い部屋、散らばった書類。散乱する書籍、業務机に載ったノートパソコンにはメモ用紙がびっしりと張られている。
 灰皿には吸い殻が山となり、一部が零れ落ちている。飲み終わったビール缶は散らかし放題。雑多な荷物は段ボール箱に詰められているが、行く先には持っていけない。捨てていくほかない。
 一件の電子メールが私の人生設計を狂わせた。仲間のひとりが決死の思いで託したのは、とある企業から盗みだした極秘資料。
 今頃は、仲間は捕まっていて、洗い浚いの情報を引き出されているだろう。
 世間一般に流せるような代物じゃないのは一目で判った。
 ただの木っ端ジャーナリス風情がもっていても価値はない、それなりの権力者がもっていてこそ役立つ情報だ。
 旅行カバン一個が、私の財産全てである。当座の資金。旅行許可証。海外渡航用ビザ。身分証明書。銃器携帯許可証。護身用の拳銃。なにも無いよりはマシだ、いざとなったら自決用にも使える。
 ここが私の仕事場だった、過去系である。いまは――――説明してる間も惜しい。
 生き延びるのが先決だ。
 私はジャーナリスト。それ相応の覚悟もあってこの仕事を選んだが、こんな事態は想像の埒外だった。
 企業から盗みだした極秘資料。これのおかげでマフィアの殺し屋に狙われるはめになった。
 携帯端末を見入る。そこには自分の顔があった。
 短髪のブロンドと碧眼。白色人種。性別、女。年齢26。家族構成、独身。私の簡易な歴史が綴られている。
 これは懸賞金サイト。人間に懸賞金をつける人間狩り専門の闇サイト。
 大概は犯罪者が載せられるはずだが、私も企業にとっての犯罪者に当てはめられたのだろう。
 私の首に賞金がかかっている。大金が。なんと7000万ジェニー。生きた心地がしない。
 
 そして、追手は、私と同じく賞金首の犯罪者。とびっきりのが来る。悪魔みたいなやつが。私を追ってくる。
 私独自の情報網で手に入れた情報によれば、マフィアに雇われた腕利き、しかも殺人鬼ときてる。私を生かして捕まえる気がないのは一目瞭然だった。
 同じ懸賞金サイトで確認した限りじゃ、殺人974件、暴行1254件しかも全件が無罪放免となっている、完全にアウトロー。私は生きた心地がしなかった。完全に警察司法とタッグを組んでる。極悪人だ。

 携帯電話を片手に私は、腹をくくって、ハンターサイトの緊急呼び出しダイアルをかけた。
 
 もはや頼れる者はハンターだけだ。
 
 
 
 ■  ■  ■
 
 
 
 ――――ここかな?
 
 標的のいるビルディングには30分ほどで着き、手間賃をタクシーの運転手に支払い、車を降りた。
 ビルを見上げる。古びて萎びたなテナントビルディング。15階建て。
 調子は良好。気分は満点。精孔にも異常なし。コキコキと首を鳴らし、体をほぐした。暖機運転は完了。いつでもスクランブル発進できる。
 
 端末を開き、懸賞金サイトで標的を確認する、若い女。ジャーナリスト。名前はエミリア・キッドマン。博識そうな風貌の白色人種。碧眼。独身。強気な目線がチャームポイント。結構かわいい。殺すにゃ惜しい。
 
 いつもだったら、凸撃して、捕まえる処だが、今日の仕事にゃ変わったオマケが付いてきた。とある会社からのご指名だそうだが、『使える』連中なのかね?
 
 ビルディング前に停まったのはライトバン、スライドドアを開き、降りてきたのは、黒スーツにサングラスの男女6人。男4人、女2人。全員が小洒落たトランクケースをひっさげている
 
 最近やり手の新興ビック・ブラザー探偵社より出向してきた6人組。全員が能力者。綺麗な纏。今回の俺の仕事の補佐要員、だが正直、女一人をとっ捕まえるのにこんな人数いるかね?
 
 耳に通信用のインカム。軍隊用の高価な代物。資金力豊富な証明書。
 
 「――――1030状況開始、捕獲行動に移る」全員が全員、同じ服装だからか、きびきびとした口調。軍隊式。
 
 こいつら昆虫みたいだなと、思った。一切の感情が無くなったかのような表情。行動。無機質さ。軍事訓練かなんかを受けているものだと予想。訓練の成果なのかもしれない。
 
 「あんたらが今回の助っ人かい?」
 
 「そうだ、ミスター・フィンスキー」女が答える。硬い口調。
 
 「OK、単刀直入に聞こう、仕事についてだ、あんた等の役割は?」
 
 「我々が後方につく、本人捕獲後の尋問、情報収集、隠蔽工作、死体処理については我々の担当となる、貴方の役割は障害の排除になる」
 
 「なるほど、好き勝手やっていいと?」
 
 「いや、今回はなるべく迅速に方をつける。隠密行動を心がけてくれ」
 
 「オーライ、早く、ね。それが雇い主のご注文か?」
 
 「そうだ、可能な限り速く、雇用主は迅速な解決をお望みだ」
 
 「んで、女は殺しても構わないんだな?」
 
 「いや、生かして捕獲が望ましい、捕獲後の処遇については我らの預かりとなる」
 
 要点を掻い摘めば、こういう事だ。
 
 なるべく静かに、迅速に、女を生かして捕らえろってな、ご注文だ。
 
 まぁ、今日の仕事の〆として軽い仕事だ、隠密行動? たまにはこういう仕事も回ってくるかと、心静まる。
 
 ではでは、仕事の開始だ。
 
 選択肢は3つ。
 
 ① 正面切って、ビルに突っ込む。
 
 ② 裏手から周り、こっそりと。
 
 ③ ド派手に能力を使い、強制確保。
 
 今回は②を選ぶ。天下の往来で能力をさらけ出すのは馬鹿のやることだ。小細工の類は好きじゃないが、必要とあらばなんとかするさ。隠密性ならば自信はある、それ向きの能力は持ってる。使い易いヤツが。
 
 念能力は大ざっぱに言って、二つの系統に分かれる。大小あれど大方はこの方式で分類できる。
 
 軽度な制約で扱いやすい、汎用的、万能性を求めた能力か、複雑な制約と重いリスクで、強力なパワーを発揮するタイプか。俺の場合は前者、ローリスク・ローリターンを追求したシンプル・イズ・ベストな能力。極めて使い易い力。
 
 能力を作り出す醍醐味は、念能力者特有のモノだ。天性の力を自分好みにカスタマイズする、一生に一度限りの贅沢。使い方次第で無能にも、無敵にもなりうるフレシキブルな力。
 
 だが弱点もある、念は肉体から出る精神エネルギー。当然、精孔から噴き出るそれは有限な資源だ。燃費=念費の悪い能力を作った日には、一時間とたたずにガス欠になり、脆い肉体をさらけ出すはめになる。それはすなわち死に繋がる。
 
 よぉく考えて能力を作らにゃ、やり直しは程度にもよるが、難易度は高い。
 
 そして、いかに念費効率の良い能力を作るかがカギとなる。だが事はそう単純じゃない、百人いれば百通りの能力があり、思いがあり、信念がある。生き様も違えば、立場も違う、人生も違う。
 
 カードゲームで言えばスリーペアでハッタリかますか、奇跡のの一手ロイヤルストレートフラッシュを決めるか、持ち札でどんな役を作るかは己の才覚次第。
 
 念は奥が深い、単純かと思えば、極めるには至難の道だ。
 
 さいわい俺には、閃きがあった。自由にして自在な汎用性と実用性を兼ね備えた、力。自分にマッチしたオーダーメイドの力。
 
 念能力の根幹は、総量でもなく、強力な念能力でもなく、想像力だと俺は考える。
 想像力に最強の能力というものは存在しないし、最弱の能力というものもまた存在しえない。要は相性の問題だ、グーはパーに勝てず、パーはチョキに勝てず、チョキはグーに勝てない。シンプルなルールに真理が隠れている。最良なのは勝負毎に最適な、戦法、戦術を繰り出すこと。
 
 そして実戦と実践が勝率を高める、相手の呼吸、経験、練度、総合力。多人数か単独か。武器は使用するか否か。リスクは取るか、安全第一でいくか。経験と勘の良さが試される。
 
 勝負にゃ多少のリスクは付き物。俺の場合は腕っぷしとタフなハートが武器、左ジャブと黄金の右ストレートでKO狙い。
 
 近接戦ならば負ける余地はなし、これが俺の得意分野ってやつ。リングの上では無敵を誇る。
 
 仕事にケリがついたなら、野蛮人の聖地、天空闘技場に足を運ぶのも悪くはない。
 
 そうやって思索のうちに裏口の非常階段を登る、錆びて崩れそうだが意外と丈夫だ。標的は最上階にいるはずだ。
 
 黒スーツ共から渡された通信用インカムを耳に当て、歯切れのいい音声が耳を突く。
 
 『標的は静止中だ、ミスター』
 
 「ビルの外にいるのによく分かるな」
 
 『監視カメラをハッキングした』
 
 なるほど、後方支援ってのは便利なもんだ。現代文明の恩恵はこんな所にも波及している。と思いつつ最上階の扉まで来た。鍵が掛かってやがる、だがしかし、備えあれば憂いなし。とはよく言ったもの。
 
 ドアノブの中心に掌を合わせ『念』を込める。1~2秒立つと、ばずんっと金属と合金がねじ飛ぶ。中心には空洞が出来ている。これは俺特有の技。何をしたかは企業秘密ってやつだ。
 
 ひらけゴマと呟くのと同時にドアが開く、埃っぽい空気が流れ込んでくる。長らく使われていないようだ、長い通路にゃ誰もいない、そうするとお嬢ちゃんは室内にいるって事だ。
 
 「どの部屋にいるかわかるか?」
 
 『207号オフィスだ』
 
 さすが仕事が早い、207号ね。淀んだ空気を切り裂きながら通路を進みつつ、部屋番号が掛かれたプレートに目を移す。
 
 205。
 
 206。
 
 207。ここだ。この部屋だ。当然鍵が掛かったドアの前で行儀よく、ノックを三回した。コン、コン、コンっと。
 
「お迎えに上がりましたよ――――お嬢ちゃん」

 返答はない。当然か。
 しゃあないなと、肩を竦めながら、ドアノブを握った。ばずんっと軽快な音を立ててノブの中心が貫通した。閂を失ったドアを開く、煙草の匂いが充満する室内にそおっと入っていった。
 暗い室内。
 ぱちりと、室内の電灯を付けた。蛍光灯が点滅しつつ付いていくと、中の様子がはっきり分かった。
 
 さほど広くはない、だが狭くもないそんな場所。
 
 書類で散らかし放題の部屋、段ボール箱は山ずみ、引っ越しでもしていたかのような惨状。そんな部屋の角。そこに彼女がいた。旅行鞄を足元に傾けさせて、旅行用のコートに身を包ませていた
 
 此方を見ている。両手で拳銃を構えて。覚悟を決めて。
 
 「――――両手を挙げなさい」俺は両の手を掲げた、なにももっていないというポージング。無手の証。距離は10メートルほど、十分射程内だ。一歩踏み入る。
 
 「……ッ、動かないで、動いたら撃つわ」
 
 虚勢を張る、銃を人に向けたのは初めてだ。だが、目の前の男を人間として扱ってよいか、悩んだ。明らかに堅気の人間ではないのは一目で判った。尋常でない気配を纏っていることも。こいつが私を追ってきた殺人鬼。
 
 ハンターが来るまでの絶望的な時間稼ぎをしなければならなくなった。9mm拳銃だけでどこまで稼げるか。
 
 視線を外さず、白服の男を見入る。武器は持っていないようだ。野獣と向き合うような気分。
 
 「あんたがエミリア・キッドマン?」まずは言葉で一手を指す。動揺を誘う。
 
 「だったら何?」警戒を怠らない。
 
 「なに、簡単な自己紹介さ、俺はフィンスキー、しがない用心棒さ」
 
 「私を殺しにきておいて、今更何を言うの?」
 
 「正確にゃ、生け捕りさ、捕まえるまでは命の保証はするさ」
 
 「その後の保証はないと?」
 
 「1分1秒でも長生きしたいだろう? 大人しくしてりゃ長生きできるさ、何しろ7000万の賞金首だからな」
 
 両手を掲げたまま。また一歩踏み込んだ。と、同時に足元へ銃弾が撃ち込まれる。硝煙の匂いが立ち込める。9㎜口径は能力者といえど当たり所が悪ければ致命傷に成りえる、サヘルタでは18歳で銃の使用・携帯許可が下りるが、女性に限れば15歳から所有できる。現代火器の面目躍如。女子供でも、人が殺せる時代だ。
 
 「私は本気よ」
 
 ヒュウと口ずさむ。剥き出しの生存本能、追い込まれた子猫ちゃんだ、だがしかし猫の扱いなら心得ている。
 
 ゆーっくり近づく、逃げ出さないように。ゆっくり、気付かれないほど遅く。スローペースに。
 
 「残りは14発だな」近づきながら、牽制する。
 
 「何ですって?」
 
 「ベレッタ92、良いチョイスだ。使い易くて装弾数は15発。一発使って、残り14発」
 
 「それが?」
 
 「残り14発で――――俺を殺せるかい?」脅迫めいた脅し、プレッシャーを与える。
 
 「試してみてもいいわ」
 
 見栄を張ったハッタリで返す、汗で手元が滑る。軽く握り直す。銃の最大射程は50m 素人が拳銃で狙い撃てる距離は10mと言われている。十分すぎるほど近いが。素人が狙えば大きく外す事もありうる。ましてや相手は殺人鬼なのだから。油断はしない。
 だが、なんだろう。この感覚は。燃え盛る焚火に近づくような気分、男の周囲だけが、他の世界と隔絶しているような、そんな不可思議な感覚。背筋が凍るような相反する嫌な気分。
 
 「どうした? 気分でも悪そうだな」さらに挑発。さらに一歩。
 
 「一体なんなの……」吐き気と、眩暈がし始める。寒気も。体が男に近づく事を拒否している、銃口がブレる。
 
 トリックにネタは単純明快、念の有無だ。一般人が念能力者と対峙すれば、『纏』で防御されていない生身の肉体は拒絶反応を引き起こす。個人差はあれと、悪意を持った念を差し向ければ、自然とこうなる。
 無力化させるのは簡単な仕事だ。
 
 がくがくと膝が笑いはじめる。体に力が入らない。
 
 俺はさらに近づく、隠しもせずに。堂々と。いつのまにか手で触れ合えるほど近くへと。顔面蒼白な顔は、やはり美人だ。そっと拳銃の銃身を握り込み、手からやさしく外してやる。抵抗らしい抵抗もなく武装解除させた。
 
 蛇のように右手が蠢き、喉元を締め上げる。頸動脈が狭まる。抵抗する間もなく、あっという間に彼女は持ち上げられていた。それも片腕で。反射的に振りほどこうとするが、すさまじい力で握られているのか全く動かすことができなかった。
 
 「…あッ、かッ」僅かな呻き声。無駄な抵抗。血流の低下した脳の酸素不足による気絶。
 
 「これで、一丁上がりだ」
 
 素人の相手は楽でいいが。少々物足りない、これも仕事だ。
 
 ん? こりゃ何だ?
 
 嬢ちゃんの懐の携帯端末からの着信音。興味がわいたので見ることにした。
 
 携帯メールにはこう書かれている。『すぐに行く、時間を稼げ』と。
 
 間に合ってないじゃないか、せせら笑った。お姫様がピンチの時に間に合わないとは、笑わせる。どこのどいつかは知らないが。
 
 そして携帯を懐を戻すと、通信機インカムに出る「終わったぜこっちは、ちゃんと生かして捕まえたぜ」
 
 『ミスター問題が発生した』
 
 「問題? どこに問題があるって?」
 
 『ビルの外――――』
 
 最後まで通信を聞くことはなかった。
 
 人間が窓ガラスをブチ破って、入って来やがったからだ。黒い古びたコートの男が。散乱する硝子。ひん曲がるブラインド・シャッター。舞い飛ぶ書類。新鮮な空気と古びた空気が攪拌される。
 
 ここは15階だぞ? どうやって――――窓の外から? 念能力か?
 
 一瞬の油断。判断の錯綜。不意を突かれた。獲物に夢中になっている隙を突かれた。右手が獲物で塞がっていて、しかも背後を取られた。俺にとって最悪のタイミング。襲撃者にとっては絶好の機会。
 
 ハンターだ、直感した。考える間もないほどに、第六感が叫んだ。
 
 乱入者は、硝子の破片をふりほどきつつ一回転し降り立つ。
 短く刈り上げた頭髪、修行僧めいた皺のよった眉間。暗い眼。身の丈高く、2m近くありそうだった、その身に合うだけの頑健な体を有していた。
 男は、何も言わず。躊躇せず。油断なく。型式不明の黒い拳銃を慣れた所作で標的に向け、引き金を絞りこんだ。玄人の所作だった。
 
 ヴンッ 
 
 瞬間。
 脇腹に見えない鉄球のようなものが着弾、いや、ほんと見えないなんてものじゃない、何もないのだ。銃ならば弾丸が当たっているはずなのに、だ。見えない衝撃が全身を震撼させていく。
 
 嬢ちゃんを取り落とし、後方へと吹き飛ばされるゆらぐ体幹、ゆさぶられる内臓。吹っ飛ばされる肉体。誰も使っていない段ボール箱に吹き飛ばされ埃が舞い上がる。
 「っか……げハッ…」
 むせぶ、着弾の寸前、『凝』が間に合ったのが幸いだが、拳銃弾を想定していたよりも、食らったダメージは大きい。ただの念弾ではないようだが、どんなカラクリだ? 
 
 放出、いや具現化系か? 特殊能力に特化した能力は具現化系の十八番≪オハコ≫ 予想外の攻撃をしてくる事で、対処を困難なものにしている。
 
 段ボールの山がクッションになって助かった。っが。そうも言ってられない。次弾がくる。態勢を立て直せねば。深く深く息を整える、内臓へ酸素を送り込み負傷から立ち直そうと必死だった。後手に回るより他になかった。
 
 次弾がくる。
 
 侵入者は再度、灯の燈っていない瞳で標的を再確認し、三度、引き金を絞り込む。独特の発射音と同時、見えない弾丸が射出される。躊躇は微塵もなかった。
 
 音もなく着弾。
 
 一発目はかろうじて交差した両腕でガードに成功。2発は腹に着弾、が、凝で防御済みだが、態勢が不十分だった所為か、さらに体が吹き飛ぶ。奥へ奥へと押し込まれるコーナーリングに押し込まれる感覚。久しくない感覚だった。
 精度の高い右ストレートを思い浮かべる打撃力。
 
 硝煙の匂いもなく、音もない。見えない弾丸、は非常に厄介だ。弾道が無く。防御しにくい攻撃手段を持っていやがる。しかも広範囲と来てる。
 
 これは相性の問題だ、噛み合っていない、ペースを主導権を握られた戦闘。この攻撃への防御手段はないと見切りを付ける。角へ、角へと押し込まれ。距離を離される、さらに遠くへと。
 
 嵐のような連打が、攻撃が止む。防御の合間から男をのぞき込む。
 
 立ったまま、片手で冷えた拳銃を構えたままの侵入者。標的=フィンスキーはまだ戦闘続行可能な状態。賞金首指定の危険な能力者。簡潔な計算の後、さらなる追撃を加える事が決定した。
 
 「セイフティ及び 非殺傷設定解除」と、呟き。両手で銃を構え直す。強い衝撃を想定した対ショック姿勢。
 
 石と石を擦ればこのような、声が作られるのか、まるで鋼のように堅固な声だった、命令と同時に拳銃が変形する、より大きな破壊を求めるかのように。肥大化し、余分な熱量を放出するべく放熱板を解放。
 
 爆発的なオーラの発露。当たればただでは済まない、一撃。
 
 この時、俺は防御するのをやめ、回避に専念した。強化系でもないかぎりあの一撃は防げそうにない。弾丸は見えないが弾道は直線的なハズだ、つまり銃口から大きく離れることができれば、あの一撃を回避できるということだ、理屈の上では、そうなる。仮に、誘導性能があったとして、その能力は多少減退するはずだ、可能性としては。だから俺は全力で。
 
 回避。
 
 引き金が落ちる。
 空気を震撼させる、爆発的な暴威。見えない弾丸は俺が想定したよりも、大きく、速かった。烈風の如く射出された、それは背後にあったモルタルの壁を貫通した。
 外壁が倒壊。粉塵が舞い飛び、アスベストがまき散らされる。その余波で俺も吹き飛ばされる。
 
 かろうじて回避に成功。ダメージは最小限に抑え込んだが、なんだあの能力、見えない弾に、さらに強力な技。未知数の能力は確実に傷を刻んだ、これぞスリルだ。待ち望んでた鉄火場。血沸き踊る、心高鳴るアドレナリンが傷の痛みをなくし、完全に火が入った状態、すなわち戦闘モードへ入った。時間間隔が短縮される。
 
 態勢を立て直す合間を、男は見逃さなかった。
 
 男は嬢ちゃんと旅行鞄を抱え上げると、今しがた自分が割った窓枠に身を躍らせた、すなわち――――空中へ。空でも飛べるっていうのかい? 
 
 砕けた硝子をさらに踏み砕きつつ、歩み、窓際から下をのぞき込む。
 
 正確には空中じゃなくビルの中ほどの横を『走って』いた。男が。その脇にには同じく黒いコートに身を包んだ、グラマラスな女。らしき人物がいた。
 女が叫ぶ。
 
 「師匠!」「要警護者を確保、撤退する」
 
 ビルの壁面を駆け下りつつ、応答。奴の追撃がないことを確認しつつ。さらに駆ける。コートがビル風でたなびく。
 
  どうやらこの15階まであの男を引き上げた、能力はあの女のおかげらしい。飛行能力? 吸着能力か何かか? こうなっては、手も足も出ない――――所がぎっちょん大間違いだ。
 
 俺も同じくをして、空中に身を投げた。
 
 
 
 ■  ■  ■
 
 
 
 地上へ着くと、女が能力を解除し。そしてジャーナリスの状態を確認した、呼吸、脈拍、正常、気絶状態ではあるが生命への影響なし。首筋に絞められたであろう赤い痣がある程度。問題無し。
 
 そこへ立ちふさがったのが六人組の黒スーツ達。誰もが同じ姿勢、誰もが同じトランクケースを携行している。機械じみた雰囲気。
 
 「ボディガード・ハンターだ、貴君らの行動は業務執行妨害にあたる」と、男がハンターライセンスを掲示。牽制する。
 
 「我々はビッグブラザー探偵社に所属している、ハンター、彼女の身柄は我々が引き受ける、渡せ」
 
 「――――断ると、言ったら?」
 
 「――――その選択肢は、存在しない」
 
 言うのと同時。六人が同じ動作を行った。
 
 トランクケースから取り出したのは軍用のサブマシンガン、P90、5.7㎜×28、特殊弾を使用する、装弾数50発 高価なのがネックで一般には普及していない代物。
 その弾丸は貫通力が高くレベルⅢ級防弾チョッキすら貫通するという。念能力者にも効果は十分に発揮される、一部の強化系能力者を除けばその威力は、平均レベルの能力者を1弾倉で完封できるほどだ。
 
 空になったトランクケースを放り出しながら、合計6丁の銃口が向けられ、即座に発砲した。即断である。周囲に空薬莢がまき散らされる。乾いた銃声が響く。安物でない高価な弾丸は油断も、驕りも、躊躇もなく発射され、火薬エネルギーの恩恵を存分に受け、それを推進力に変え、突き進み、標的に到達しようとしていた。
 現代兵器は誰が撃っても、打撃力を効率よく射出する。素人が使っても、それなりの働きをするし、玄人が使えば抜群の働きをする。
 要は、使い手の問題で、強くもなり、弱くもなりうる。安定した成果を出すにはそれなりの訓練が必要だが、この六人組はその訓練を受けている部類に入っていた。反動で身を崩すこともなければ、弾道がブレて外す事もなかったからだ。さらに言えば標的は5メートルも離れていなかった。結果を言えば、的を外す理由は何ひとつなかった
 なのにだ。
 不思議なことに二人には一発も当たらなかった、弾丸が逸れているかのように、彼女が廻らした4メートル程の『円』の外周で弾丸が逸れていく。
 
 「なんて連中!、いきなり撃つだなんて!」
 
 理屈は単純、彼女は念能力者だからだ。矛と盾。攻撃役と防御役の分担を担う、盾の役割。
 
 防御態勢を維持しながら、女ハンター=キティ・アリシントンは叫ぶ。念能力の発露はそれ相応のエネルギーを使う。このまま連射が続けばジリ貧なのは明白だった。
 
 「承知した」銃に残った最後の一発を放った。
 
 男=ハンターは瞬時に適応した。間断のない銃撃の雨の中、攻撃役の自分が行動しなくてはならない、長年の訓練の成果として条件付けされた思考がはじき出した、結果。
 右手に具現化された拳銃を六人組の中央へと向ける、非殺傷に設定された見えない弾丸は1名に直撃し。他2名を巻き込んで 吹き飛ばした。
 
 「吸気開始≪リロード≫」
 
 拳銃後部の吸入口から大量の空気を吸収、拳銃内部で圧縮し、弾丸を形成する。具現化された拳銃の能力は、空気を吸入し圧縮そして、放出するという、単純な能力だった。弾丸は無尽蔵に存在する、空気。水中では使用不可能な欠点が存在した。
 
 BLAME≪エア・ガン≫具現化系、殺傷用と非殺傷用とを切り替えることのできる能力だった。装弾数6発 射撃後にはチャージが必要、そのリスクの分、高い打撃力を実現している。
 
 吸気には6秒掛かる、戦闘中には気が遠くなるほど長く感じられる秒数だった。しかもセイフティの解除や設定を口に出して、宣言しなければならないという制約があった。能力としては使いづらくなったが、その分、出力は上昇した。
 
 その吸気の合間にも銃撃は雨のように降り注いでいた。防御役の相方がいなければ。ハチの巣にされているはずだったが、難なくやり過ごした。
 
 6秒後。
 
 「セイフティ解除、非殺傷設定」
 
 弾幕の合間を潜り抜けるように、見えない弾丸が黒スーツ達に直撃した。一人が吹き飛ばさせれビルの外壁に叩きつけられる。
 
 銃器を扱うハンターは少ない、携行弾数が限られ、何よりも銃声がするのが何よりの欠点だからだ。隠密活動には全く向いていない。
 だがその短所に目をつぶれば、自身の非力さを補うのに銃器が一番火力が高く、手っ取り早い方法のひとつだからだ。非力であっても数と物量さえあれば、非念能力者であっても能力者とでも戦う事も可能だ。だが、彼らは能力者であるにも関わらず銃器を使用している、これが何を表すのか?
 
 「我々に歯向かうのか、ハンター風情が」男の黒服が、呟く。連射の手は止めずに。雨を降らせる、弾丸の雨を。
 
 「俺はハンター、任務を全うするのみだ」胴体に狙いを付け、撃つ。一発あれば事足りた。
 
 残り一人というところで、雨が止む。弾倉が空になった煙立つ銃を向けて、女の黒服が、言った。
 
 「我々の役割は、時間稼ぎ」
 
 「後はフィンスキー、彼の役割」
 
 上空から、誰かが降ってきた。白服の男。駐車していたライトバンの上部にぶつかり、激しく損傷――――はしなかった。その手前で減速、15階から飛び降りたとは思えないほど軽やかに降り立った。
 
 服についた埃を払いつつ、襟を正し。構えをとる闘争の構え、ファイティングポーズ。
 
 「第二ラウンドだぜ、ハンターさんよ?」
 
 「なるほど、ブシドラ=アンビシャスを殺せたのはただの偶然ではないようだな」それなりの実力があり、強い。実感した。近接戦では、向こうが上手。接近を許さなければ勝機はある。
 
 
 
 



[43444] 4.ファイティング・ナウ
Name: 融電社◆f1c5a480 ID:dddad5af
Date: 2020/05/28 22:47

 
 4.ファイティング・ナウ
 
 
 ハロルド・コールドは、寡黙なハンターである。元々は民間軍事会社に勤めていた経歴を生かし、要人警護の職に就いた。
 性に合っていたと言えばそうなる、何かを守る仕事。価値のある仕事。そうだと信じてきた。
 
 彼の中には空洞があった。何をしても満たされる事のない、孔が。絶望的になにかが足りていなかった、それが何なのかは今に至ってもなお知る由もない。
 今もそうだ。冷え切っている。心身共に、だ。ついでに言えば頭もまた冷えきっていた。それは常に冷静でるという証明だった。
 魂のない身体。名の通りの≪冷え切った≫ハロルドだった。
 
 いかような修羅場。激戦区であっても、取り乱すことのない無駄な長所、そのおかげで生き延びてきた。何を成すでもなく、唯々愚鈍なまでに、生きてきたのだ。
 
 自分が何を求めているのか、それを探し出すべく、ハンターの道を選んだ。
 
 17才の時にハンター試験を受験、合格した。それ以来。空洞を満たし続けて生きてきた。
 
 そして今もまた、修羅場の真っ最中だった。
 
 左腕は気絶したジャーナリストと荷物で埋まっており、余分な重荷になっていた。左腕が使えない。戦闘中にそれは負荷であり、致命的な弱点となりうる。不利であることは承知している。だが救助者を見捨てるわけにもいかなかった。
 
 ジャーナリストは気絶しているのが幸いだった、余分な事にエネルギ―を使う必要がないのは楽でいい。
 
 標的=フィンスキー=果敢に拳を繰り出す、左のジャブ×7。すんでの所で回避、後退を重ねる。
 
 これまでの経過から分かったことがある。標的についての情報。
 
 近接戦に自信のある強化系か、変化系能力者と見受けた。今のところ『発』を使うそぶりが見受けられない、何故使わないのか? それは戦闘スタイルから分かる通りの、ボクサースタイル、近距離での戦闘に自信を持っている表れ、かつ。己の能力を解放することに躊躇している、それはつまり、一撃必殺の間合いを計っている証。
 
 それか戦闘用の能力でない可能性――――それは限りなく低い。好戦的な能力者が、好戦的な能力を作らないはずがない。
そんな確信めいた予感。
 
 使えば一撃で己を殺せるのに、使わない理由それは、こいつが戦闘中毒者だからだろう。ぎりぎりの戦いを楽しみたいそんな快楽主義者の嗜好は、こちらにとって付け入る隙になる。
 
 状況は2対1、好都合。この男を無力化すれば、状況は大きく改善する。だが現在保有する戦力では拮抗状態を維持するのが精一杯、とてもじゃないが決定打に欠ける。奥の手が必要だった。一撃で状況を打破できる必殺技が。
 疲労の蓄積が生んだ、僅かな隙。
 
 フィンスキーはその隙を逃さなかった。人間一人という荷物を抱えたままでの立ち回りは鮮やかそのものだったが、どんな戦闘巧者であっても限界は来る。
 
 躍るように、間合いを詰める。拳の間合い、念を込めた右ストレート。一流の武闘家の拳は兵器染みた威力を予感させた、ただ、それが。
 
 当たればの話、だ。会心の一撃が『逸れて』いく。何かに押し出されて行くかのように、逸れた。拳はそのまま降りぬきエネルギーを乗せた拳を回転させ態勢を立て直す。何が起こったのか。
 十中八九、念能力による阻害。その正体が掴めない、視線を僅かに逸らし、男ハンターから、グラマラスな肢体を有した女ハンターへと向ける。
 
 長年の勘が告げている。この女だ。何をしたのかは分からないが、この女の念能力だろう。先刻ビルの壁面を『走った』能力の応用で、俺の拳を逸らさせたのだ。
 
 生半可な攻撃ではフィンスキーは倒せない、非殺傷ではあるものの空気弾をまともに受けて、怯まずになお向かってくる好戦性、獰猛性。非常に厄介な事に、闘争心へ薪をくべたようなものだった
 フィンスキーは本気だった。誠心誠意を込めて、殴り掛かる。当たればどんな相手でもKOできる自信があった。
 
 キティ・アリシントンは驚愕していた。相手への耐久性についてだ。師匠の念能力で作られた空気弾は一発でも当たったならば、通常の人間なら戦闘不能になるほどの威力を持っている。それを何発も体に受けて活動している、これは通常ではありえないが、現実問題として目の前に存在する。
 
 念能力者だという前提としても、異常な事態だ。積極的に近接戦を好むことから。たぶん強化系に近い能力者なのだろうと予測、強化系能力者ならば小細工をしなくても、力押しで勝てるからだ。
 
 私がやるしかない。師匠。私がやります。片手が塞がっている状態では、あの強敵には勝てない。具現化系の師匠よりも、私の変化系の私の方が、接近戦の相性が良い。
 僅かな視線によるアイコンタクトをへて、攻守交替≪スイッチング≫白服の眼前へと躍り出る。ステップを踏みつつ、牽制の回し蹴り。
 
 白服が口笛を吹きつつ、左腕一本でガード。当たった感触はまるで大木を蹴りぬいたよう、鍛え上げられた上腕。あなどれない強敵に冷や汗が出る。
 
 牽制の左ジャブ。そして本命の右ストレート、打撃戦という相手の得意な領分に踏み込んだ。
 それは、私も同じ。近接戦は得意だ。念を覚えて8年という歳月は、確かに心身を鍛えられた、今までの修練の成果、今ここで見せる時!
 
 右手にオーラを集中させ、突き進む豪拳を『逸らす』相手の態勢が崩れた所へ、コンパクトな右膝蹴りを放った、が。相手はそれを見越したように左掌で受けて、ローキック、軸足を狙った、こちらの態勢を崩す狙い。
 
 ゴッ、と強烈な打撃音が響く。
 
オーラを込めての防御、相手のキックは強烈で骨まで響くように、軸足を震わせた。まだ我慢できる程度。能力の併用で防御しているから大丈夫だ。
 
 ワンステップからの後ろ周し蹴り、脇腹へと直撃したが『凝』で防御済み。そのまま彼は左足を抱きかかえると膝を破壊するために拳を振り上げる。
 
 これはチャンス。抱きかかえられた状態を軸に、残った右足で頭部へと蹴りを放った、上手いことに直撃した。硬い手応え。
 もろに当たった衝撃で態勢が崩れ、左足も解放。地面に両手を着き側転。態勢を立て直す。直撃してもなお白服は闘争心に陰りがでていない、たいした耐久性だ。
 
 掌底打を胸に当て、そこから裏拳へと派生、顔面へ打ちこむ。僅かにひるんだ。いける。前蹴りと同時にそこから上段蹴り、下段蹴りへと蹴り込み、鳩尾への中段突き。流れるように。
 技の継ぎ目と継ぎ目が、極わずかな隙しか生まないのは。長年の鍛錬と調練の証。よどみなく『流』を扱えるようになるのに2年の年月が掛かった。
 
 反撃のワン・トゥー、伸びきった右ストレートに関節を極めにかかる。上手くいけば、右手を封じられる。念能力者といっても体の構造は一緒、関節は脆く、人間特有の弱点となる。
 
 成功するかと思いきや、握り拳から、開手。人差し指と中指での目突き。とっさに回避する。掠めた一撃が、頬に朱を刻む。問題無し。
 
 距離を取り、仕切り直す為に後退、そこへステップ・イン、強引に距離を詰められた。拳の間合い。左のアッパーが顎を狙う。だが。僅かに届かない。能力を使った為だ。
 
 さらに後退、背後はビルの外壁だった、後退はもうできない、そこへ右のストレートに纏わせた『硬』四大行を全て駆使した大技。武闘家の拳は直線的だった、洗練された暴力、人間一人を殺すには十分過ぎるほどの力が籠っていた。
 
 選ばなければならない右か、左かへの回避を。出来なければ、あるのは死だ。
 
 右へ、全力で能力込みで回避。当たっていれば正中線を貫通するであろう振りぬかれた拳は、ビルの外壁を微塵に砕いた。外壁におびただしい亀裂が走った、凄まじい、威力。もうもうと立ち込める粉砕された外壁の砂ぼこり、はた迷惑な。
 
 防御しなくて正解だった。していたのならば、防御し切れずに大打撃を受けたであろう事は明白だった。
 
 やはり接近戦では相手が一枚上手、援護が必要だった。
 
 壁から拳を引き抜きつつ、フィンスキーは考えていた、女の能力についてだ。埃を振り払いつつ、拳を構える、重心を後ろへさげたディフェンススタイル。今までのやり取りで分かった事が2つある。
 
 おそらくは俺と同じく戦闘補助の能力と推察される。直接的な攻撃力は0に近く、火力が低い能力だと思われる。
 
 そして変化系、オーラを具現化させるのとでは違い、目に見えにくく判断がしづらい。厄介な事に、この女『流』が上手い、巧みなオーラ操作力と体術も一級品、そこらのザコとはわけが違う。
 
 これがハンター。
 
 心拍が高揚しているのが分かる、久しぶりの獲物に文字通りに胸が躍った。是が非でも倒したい。今すぐに。だがここで一旦、ヒートアップした脳を冷やす事にした。構えを半身に、腰を落とし、両足を開く、左半身を前に、右肩は後ろに下げた闘争におけるクラシックなスタイル。握り拳に力を籠める。硬く。握る。
 
 パワーは俺が上回っているが『流』の技術は女が上手。加えて、援護要員の男ハンターは余力を残している。分が悪い。
 
 冷静にならねばこの二人組は倒せない、長年の戦闘経験から出された冷徹な判断。もう、なりふりかまわず相手を仕留めようという本能がせめぎ合っていた。実に悩ましい。二人組に勝つというよりも、最優先すべきはジャーナリストの身柄。
 
 無駄な戦闘は避けるべきという、理性的な判断を却下した。この状況では交渉なんてレベルを超えて殺し合いだ。
 
 断然、二人を始末して、女の身柄を確保したほうが確実。そうするべきだ。
 
 キティの構えは開手。開かれた手。どんな攻撃だろうと『逸す』という構え。致命傷を受けずに戦う、防御重視の長期戦の構え。
 
 今のところ肉弾での攻防は、フィンスキーが身体性能において有利。
 
 身体能力では私がやや劣っているが『流』の技術では私に分がある。油断はない、アドバンテージは私の能力が見破られていないということ、と、2対1という数の有利性がある。
 
 独特の射撃音と共に、師匠の援護射撃が到達する。2発の空気弾がしたたかにフィンスキーの肉体を打った。しかし完全にガードされていた、致命打になりえなかった。
 
 見えない空気弾の弾速と威力、に適応しつつあった。致命傷になりえないのならば。恐れる必要がない。恐れる必要がなければ余裕が生まれる。それはつまり、攻略できるという筋道。
 
 女の能力が未知数であり、男の謎の攻撃は致命傷にならないのならば、俄然、狙うのは女の方だ。遠距離から狙われるよりも、接近戦の方が噛み合う。戦闘を楽しみたいという、悪癖。それがフィンスキーの数少ない弱点だった。『発』を使わないのもそのためだ、こんな上等の獲物は長く味わいたいという、思惑。簡単には壊したくないという欲。
 
 対する二人組は、この白服の能力者から脱し、救助者を安全地帯まで運ばなければいけなかった。くわえて、残る一人の襲撃者の存在がある、PDWで武装し、今まさに弾倉を交換し終えた所だ。
 狙いは男ハンター。二人の黒服が銃撃を開始する。
 
 防御するべく射線上に躍り出る、私の能力はオーラを『重力』に変える重力的日々グラビティデイズ 
 
 発射された弾丸は人体へは当たらず『逸れて』いく。何処へもたどり着けない弾丸は明後日の方へ向かっていき、地面や外壁へと吸い込まれていった。
 
 360°全周囲に小さな『円』を張り、外部からの打撃、斬撃、銃撃を逸らす、防御態勢。この体勢では攻撃ができないのが弱点だが防御に関しては無類の鉄壁を誇る。
 
 特殊弾だとしても所詮は銃弾、直線的にしか攻撃できない武器だ、エネルギーのベクトルを変えてしまえば簡単に無力化できる。数秒で全弾を打ち切り、弾丸は一発として当たることはなかった。大した防御性能だ。襲撃者はそう思い、この任務が楽ではない事に気付いた。
 ハンターは手強いといまさらながら、思った。戦闘用の能力を保有していないのは不利でしかないが、それは能力を作ったときに覚悟はしていた。それを補う為に銃火器で武装する必要があったのだから。とはいえこの状況では意味があまりなかった。
 残る手段は限られていた、総員6名のうち4名が戦闘不能。切り札の戦闘要員としてミスター・フィンスキーがいるが決め手に欠けていいて、長期戦は避けられない。
 増援を呼ぶ必要性を感じた、戦闘力に劣るのならば別の方法でカバーすれば良いだけのこと。単純な話、重火器を持ち込むことができれば能力者など恐れる必要性はなかったのだ。
 肉体を強化できようが、オーラを何かに変化させようが、所詮は人間一人が生み出すエネルギー、必ず限界は来る。それまで攻撃を続ければ良いだけの話だ。加熱した銃身から煙が立ち上り、急ぎ弾倉を交換する。
 
 「吸気開始≪リロード≫」ハロルドの宣誓。6秒間の僅かな隙。たかが6秒で何ができるのか。
 
 フィンスキーがキティへと殴り掛かる。が、当たる手前で拳が止まる。見えない壁を殴ったかのような手応え。ジャブとストレートを混ぜ合わせた殴り込み、ワン・トゥー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン。
 
 当たれば悶絶することは間違いない攻撃は、全て意味がなかった。拳だろうと銃弾だろうとその攻撃は直線的なものだ、外部からのエネルギー操作で、ベクトルを直線から曲線に変えられてしまえば、届く道理はなかった。
 
 全ての攻撃が通らない、感触は真綿が詰まったサンドバックを殴っているような感覚。これが女の念能力。謎めいた力。これだから戦闘は止められない。戦闘は良い、全てを忘れられるから。
 
 軽やかに距離を置く、単純な打撃では突破できないと見るや、見に徹する。完璧な能力なんてものは存在しない、どこかしらの欠点が存在するはずだ、
 高い防御性能を誇る『円』直径は小さいが、銃撃すら逸らす性能を持ったそれは弱点はないかのように見える。が、その分念費が悪い能力だと推察する、『円』は神経を削る能力だ、それに防御力を付加させていれば、それなりの念費がかかるだろうことは想定できた。
 
 2対1でかつ援護射撃のあるなかで、この防御を突破するのは難易度が高いように思えた。どうにかして攻略したものかと思案している最中にそれは来た。
 
 猛スピードで走りくるのは、イエローキャブ、所詮タクシーだった。≪TAXI≫のロゴを刻んだ標識。黄色と黒のツートンカラーを利かせた車体。テカテカと眩き太陽の反射をを映し出し光っていた。
 
 「待たせたな、お二人さん!」
 
 景気の良い声とともに、急停車。スリップ痕が道路に刻まれ、焼けたゴムの匂いが周囲にまき散らされる。自動で開いたドアが客を乗せようと待ち構えていた、いつでも発車できる態勢。ここに来たのは偶然ではない、あらかじめ逃走用に手配した車両だった。
 
 逃げる気かっと、そうはさせねぇ。
 
 ハロルドは車にジャーナリスを押し込み、乗せ。振り向き様にフィンスキーへ向け銃を向け。衝撃に備えるべく対ショック姿勢の構えをとる。
 
 「全弾圧縮、射出」唱え、6発全ての空気弾を打ち出す大技。極大の空気弾が打ち出された。
 
 見えない弾丸は通常弾よりも速く、大きく、視認し辛さはそのままに白服の男に直撃した。通常弾よりも攻撃力が増している。吹き飛ばされたフィンスキーは駐車してあったライトバンへ叩きつけられた「……ぐっ」呻く。今まで受けた中でも最大級の攻撃。衝撃で防弾仕様の車体が大きく凹み、フィンスキーは予め防御態勢をとっていたがその勢いは止まらずライトバンごとビルの外壁に打ち当たった。

 ハロルドの長年の経験からいって、全身を『堅』でガードしていても並みの強化系なら重症に至るレベルの攻撃だ、あの男の異様な耐久性からみるに、追撃してくる可能性は十分にあった。
 
 「師匠今です、逃げましょう!」「ああ、急ごう」
 
 両者ともにタクシーに乗り込むと同時、轟くエンジン音と共に、タクシーは走り出すべくペダルを踏み込む一瞬だけ、止まったように見えたがそれも一瞬後には、爆発手な加速と共に走り去っているだろうことは明白だった
 
 黒服はその隙を見逃さなかった、懐から取り出した回転式の拳銃に1発だけ弾を込めた、狙い、そして撃った。弾丸は素直な軌跡を描きタクシーのナンバープレートに着弾した。
 そんな攻撃にはびくともしない防弾仕様の特別仕立ての改造タクシーは気にもせずに走り去っていた。
 
 後に残るのは、四方八方の壁や地面に、出鱈目に走る弾痕と、破壊されたライトバン。周囲に散乱した空薬莢。人気のないのが幸いだった、事後処理が面倒にならなくて済む。
 
 「くそッ……取り逃がしちまったな」瓦礫となった車体から這い出る。一張羅が埃まみれだ。実にしぶとい男だった。この様子では戦闘を続行しても問題ないと見える。
 
 「無事か? ミスターフィンスキー?」
 
 「ああ、だが逃げられちまったな」
 
 「そちらは問題はない、追跡は可能だ」
 
 「へぇ、どんな手品を使ったんだい?」
 
 懐から取り出されたのは携帯端末に映し出されたのはカーナビゲーションシステムに似たものだった。
 
 「それは?」
 
 「逃げた車両に発信機を打ち込んだ、これである程度追跡できる」
 
 「オーライ、了解した、そいつを貸してもらえるかい?」
 
 携帯を投げて寄越した。
 
 「どうする気だフィンスキー」
 
 「どうするもなにも、追いかけるのさ」
 
 ちょっち、ド頭にキタぜ。このまま逃げられたまんまじゃ、腹に据えかねる。
 
 「新しい車両は手配した、が、そのまま行くのか? 走って? 不合理だな」黒服の合理的な指摘。
 
 「男にゃやらねばならなぬ時があるのさ」怒りに任せた不合理な情動に身を任せたまま。
 
 コキコキと首を鳴らし、手足の力を抜き、リラックスさせる。そして。
 
 クラウチングスタートの構え。
 
 引き絞られ、放たれる直前の弓の様に。狙い、定め。
 
 猟狗は放たれた。
 
 
 ■  ■  ■
 
 
旧市街を下りダウンタウンへと、流れていく。タクシーが一台。

 「すまないな」ハロルドが言う。
 
 「良いってことよ、これも仕事だかんね」かんら、かんらと笑う。一見するとただのタクシー運転手だが実は違う、この道十年の『逃がし屋』だった。
 ヨークシンを中心に活動し、脛に傷を持つ者から、有力者まで様々な人物を『逃がす』技を持った人材。この手の業界では数少ない信頼できる、四十代のふくよかな男だ。
 
 「この『逃し屋』ハスタックにお任せあれだぜ、」
 
 「ふぁ!? 何ここ?」目が覚めたと思ったら車の後部座席の中、少なからずパニックに陥ったジャーナリスト。
 
 「気が付いたか、俺の名はハロルド、ハンターだ」ライセンスカードを示す。
 
 ハンターライセンスカード、一握りの超人にしか発行されないそれは売れば7代遊んで暮らせるほどの価値を有していると共にそれは信頼と実績の証と言っていい代物だった。
 
 「は、ハンター? 私の依頼した護衛があなた達だって言うの?」
 
 「そうだ、緊急時につき身柄を安全な場所へ退避した」
 
 「そう、ならもう安心して良い訳?」
 
 「まだだ、まだ予断を許さない状況だ、これから安全な場所へ移動する」
 
 「おいおい、ありゃ、なんだ?」
 バックミラーに映し出される人影。走っている。時速60kmは出ているのにも関わらず。追走してくる。
 
 「まさか、奴か」銃を具現化する。吸気を開始する。
 
 「嘘みたい……まだ追ってくるなんて、しつこいにも程があるでしょ!」キティが懐から銃を取り出す。弾倉を装填し撃鉄を上げる。9㎜のグロック。
 
 「想定以上の能力者と判断――――迎撃する」充填完了。窓枠から拳銃を差し出し、撃った。
 
 突然の発砲劇にも、心躍らず。冷静沈着に回避をする。跳ねるように。確実に。
 
 能力者と言えど自動車と競争するには分が悪い、おそらく能力を併用して追撃しているのだと予測、やはりオーラを何かに変化させている。それがわかれば、あるいは。だがそんな時間もない、現状の戦力で対処するしかない。
 
 「この『逃がし屋』に挑もうなんざ十年早い、年季の違いを解らせてやりまさぁ」
 
 息まいてペダルを踏み込み、車体を加速させてゆく80、90、100kmを易々と突破した。だがしかし。違法改造されたエンジンの検討もむなしく、追跡者の追走は鳴りやむことはなく、ぐんぐんとその距離を狭めていく。一体どんな能力を使えば時速100㎞に及ぶ改造タクシーに追いつけるのであろうか。
 
 その秘密は尋常ならざる脚力と同時に 両足に纏わせたオーラに隠されていた。
 
 通常、人間の脚力では自動車に追いつけない。強化系ではないフィンスキーにそんな芸当は不可能なハズだった。
 
 不可能を可能にしているのが念能力。それは変化系に属する能力だった。オーラを強力なバネに変化させる能力! スプリンガルドバネ足ジャック
 
 発条状に変化させたオーラを両脚に巻き付け、走る事によりエネルギーを蓄積、その復元力を利用することにより、爆発的な速力を実現している。
 ビルから飛び降りた際にも、この能力が使われ、落下エネルギーを減衰させることができたのだ。この落下エネルギーはオーラに蓄積され、必要に応じて解放することができる。十分なエネルギーを蓄積できれば、後は自動的に開放することにより、全速力の自動車にも追いつけるほどの加速力を得ることができたのだ。
 
 見えない弾丸にも慣れてきた、要は射線に被らなければいいだけの話、所詮は直線的な攻撃だ。避ければいい。
 
 後は遮二無二に追っかけっこの時間。こうなったら地獄の果てまで追跡できる。久しぶりに良いダメージもらっちまった貸しは利子つけて返してやらねば。
 
 
 


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