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[43110] ディス・パーダ ー因果応報の戒律ー
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/12/17 10:35
【現時点において26
話までが正規のお話です。】

ディス・パーダ ー因果応報の戒律ー -

 覚醒者達が先導する帝国軍によって引き起こされた全世界の主権を争った壮絶な大戦の末、国力が疲弊し再建能力を失った多くの国々は世界統合機構として共和国連邦を樹立した。
瓦解した国々が統合されていくと、やがて大戦以前のあらゆる文明は見る影を失い始めていた。
 大戦から約二百年余りの年月が過ぎた。しかし、それだけの時を経ても平和とは無縁の世界が未だに続くばかりだった。
旧帝国や旧共和国軍の負の遺産達との紛争。共和国軍内や企業間による様々な利権を争った内戦が後を絶たない日々、そんな過酷な世界を生き抜く一人の傭兵が居た...。
彼は共和国連邦政府から非公式にとある依頼が持ちかけられ、かつてない陰謀を巡る戦いに巻き込まれる......。


カクヨムにもあります。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885028679
@nontomirenia
現在、数年前の話数の改修と新話の追加を同時に行っていっています。
多少の設定、表現変更があります。





[43110] 帝国争乱編 第1話 あの日、みたもの
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/09/17 23:26
 ―――作戦開始。

 傭兵達によって抵抗の術なく散って逝ったであろうこの施設関係者の人物たち。

それらの死体は無惨にも、そこらの通路に無秩序に散在している。

 しかし、雇われのプロの傭兵達はそんな事には気を止めず、仮に疑問を抱いても任務の遂行を優先する。
そしてこの、所属不明オブジェクトである衛星軌道要塞の内側を颯爽と駆け巡るのだ。

「―――そこだ……あれが中枢センターだ……」

「―――ここが概要にあったコントロールモジュールだ。これを引き抜いて施設解体プログラムの埋め込み作業を開始する、そこのお前とお前!通路を警戒してろ」

 忠実に与えられた任務を遂行する傭兵達だが。
 ここにいた施設職員の様子からして、プロの傭兵達でさえも、さすがに疑念の念を抱かずにはいられなかった。

 彼らは武装をしてろくに抵抗してこないどころか、警備兵の1人や2人くらい居てもおかしくはなかろうに、そんな人影すらそもそも見当たらない。
 
 感情を押し殺し、ただ彼らを始末する。

やがてしばらくすると、一人の断末魔が通路から聞こえてきた。

「―――何事だ!?」
 
 その場の傭兵達は一斉に元来た道を振り返る。

「―――どうした?!状況を報告しろ!」

 侵入口の警戒を担当していた傭兵部隊から一切の応答がない。

「くそっ、何が起きてる!?各隊通路を警戒しろ!なにか来るぞ!」

 その傭兵達の視線の先、行き当たりの通路から大柄の人影のようなものが現れる。

「―――なんだアイツは…」

 暗闇の中から現れたそれは、重装甲を思わせる装甲服と、それを包むように大柄のローブを体に羽織っていた。
 緋色に輝くフェイスアーマーから覗かせた瞳のようなそれは、まさしく人の命を容易く刈り取る死神のようだ。
 
 その手には実用性を感じさせない巨大で重厚な大鎌、その得体の知れない漆黒の人影に対し、傭兵達はその存在の推察を直ちに中止して直感する。
 
 傭兵達の下した判断は長年の傭兵稼業の経験から選定された迅速な判断だった。

「―――各個距離を取れ!間合いに近づけさせるな!」

 ローブを纏ったその漆黒の存在は、傭兵達に向けて、装甲に包まれたその手をかざす。

「―――なんだ……なにをする気……ぬぁあっ?!」

 前に出ていた数人の傭兵達の上半身が蒸発でもしたかのように消えていく、その有様に後ろの傭兵達は為すすべもなく、絶望に打ちひしがれ地面に倒れこむ。

 その場に居合わせていた一人の傭兵レオ・フレイムスは、その惨状を見届けるこの場の傭兵たちの一員として、同様に立ち尽くす事しかできなかったのだ。
 
そして最後に、その死神はレオに告げる。

「レイシスの子」と。






 ―――世界は争いの絶えない日常で混沌としていた。
 つかの間の平和は訪れず、世界のどこかで常に戦いが起きている。

 車窓の外を見れば大破した機械軍の無人兵器が散在しているし、民間人や共和国兵士の死体も見かけるのが普通というもの。
 まぁそれもそのはず、今この列車が走行しているここらの地域一体は機械軍と国境を接する共和国南部戦線【バスキア戦線】の迎撃城塞が立ち並ぶ外側の領域、未だ共和国軍による手が及んでいないのも仕方がないというもの。

 だがここはもう紛争跡地、時期的には死体処理や大破した機械軍の兵器の清掃もだいたい終わっていてもいいはずだが、この惨状を見る限りに置いてここが片付くのは当面の間まだまだ時間がかかるだろうに思えた。
 
 耳障りの悪い機械の軋み音が列車内の空気を伝わる。
 今乗っている砲塔付の列車、いわゆる装甲列車は元々軍事的利用の為に使われる予定の代物だったが、この地域での戦闘が予想以上に早く終結した為にただの一度も実戦に使われることなく、こうして民間の強靭な輸送手段となる盛大なギャグを披露している。
 
 ふと列車の車内からは興味深い会話が聞こえてくる。

「―――ふぅ、こりゃすげぇ有様だわぁ」

「―――ここまで機械軍は攻め込んできていたのかね、南部で聞いてた話とはまるで違うな」

「―――居住区もかなり被害を受けたようだしの。ここらの復旧にはしばらく時間がかかるだろうなぁ」

「―――てか、聞いたか?住民の何人かがあの機械どもに拐われたんだとよう」

「――あん?うそだろぉ?今更とっ捕まえて何しようって気なんだかね」

「―――だよなぁ、人を拐ったところで今更なにかメリットがあるとは思えないなぁ、人質にするにしても共和国政府様には通用しないことはもう分かりきってるはずだしな」

(ほう…機械軍が人拐いか。)
 今までそんな話は聞いたことがなかった。
 今更人体の解析でもしようとしてるのか?そんなはずがない。
 なぜなら機械軍は元々共和国の兵器であり、尚且つ統括プロトコルサーバーを管理していた連中だ。
 人体の弱点や有効な毒ガスなどを今更調べる必要がない。それと捕虜にするなど人間相手ならありえなくもない話だが、機械軍がそんな事を今更するとは考えにくい。
 なぜなら機械軍は共和国を独立してから数百年余りの時が流れているからだ、今になって何を人間側に求めると言うのか。

 


 ―――しばらくすると共和国第7セクター中央ステーションに到着した。砲塔列車の荷物保管室から自分の荷物を受け取ると、事前の打ち合わせにあった作戦会議センターに向かった、そこが目的地だ。
 ステーションの外に出ると街並みが見えた。いくつもの想像を絶する高層の建物が立ち並び、自分が元居た辺境と比べてその余りに発展した風景からは、まるで戦争などなかったかのような確かな平穏がそこにはあった。

 その光景はどこまでも美しくいつまでも見ていたいと思わせる程に豪奢である。これはある種のカルチャーショックとでも言えようか。
 この都市部だけでも人口は恐らく数億人はいるだろうか、このステーション自体が高層の位置にある為、下の街を一望することができた。見るとこ全てに人が居てとても賑やかだ、自分がこれまでに見てきた光景とは裏腹に人の温もりを感じる事ができる。大都市とはなんとも温かい場所だ、往々にして文化の発祥地であり、ここに人が集まりたがるのも分かる。

 しばらく歩き会議センター付近に到着すると、入口に同じ生業らしき人の集りができていた。傍から見ると随分と不衛生な印象を抱く連中だ、まぁ自分もそんな連中と同じ部類の人間ではあるのだろうが。

 施設に近づくと見張りの共和国兵士が声をかけてきた。

「正規採用の傭兵か?所属組織コードと作戦コードの提示を」

「あぁ…分かった」

 作戦参加用に事前に支給されていた端末を提出する。
 すると、その兵士は手に持った自前の大型の端末に提出した端末をはめ込んだ。

「作戦コードの認証が完了した、このまま先に進み、上層の会議室に向かえ」

「どうも。あぁそれとあの人集りはなんなんだ?俺と同業者のように見えるが?」

「ん?あぁ、あれは先日不採用になった傭兵達だ。高額な報酬故に引き下がらないんだよ、馬鹿な連中だ」

 その兵士はやれやれとした様子ではめ込んでいた端末を取り出し、それを返す。

「ふーん、そうなのか。じゃあ俺はらっきーって事かな」

 そうわざとらしく声を大きくして言うと、彼らに睨めつけながら会議室の方へと向かった。

 ―――会議室に着いた。
 会議室は広々としていた。特に座席の指定もなさそうなので、そこら辺の席にとりあえず座る。

(しかし思ったよりもステーションから距離があってけっこう疲れたな......)
 
 しばらくして作戦に参加するであろうガラの悪い傭兵達がかなり集まって来た、ようやく会議を始まりそうだ。。
 以前の打ち合わせはあったが、作戦概要はその場では話されなかった。その為作戦内容は初めて聞くことになる。

 しばらくすると、年端も行かないような風貌の少女が前の壇上に立った。

「ほう……これはなかなか……」

 作戦概要を聞きに来ていた傭兵たちが騒めく。
 二つに結んだ白髪の髪を靡かせ、少女のように幼い顔立ちはまるで子供そのもの。

(こんな女の子が何故こんなところに……)

 前に立った少女は一息おいて胸をはり、口を開く。

「初めまして諸君。私はレイシア・アルネート、少佐だ。まずはこの作戦に参加してくれた諸君等に敬意を表す。本作戦が非常に危険な任務であるのは事前に承知の通りだが、もし作戦を離脱するならば今の内だ。本作戦の概要を聞いた者は如何なる事があろうと作戦から離脱する事を許可できない、もちろんこの作戦を限られた者たちに持ち掛けたのは諸君等の実績があってこそだが、心変わりした者がいるのなら退くとしてこのタイミングを置いて他にはない」

 彼女がそう言い放つと周りが騒めく。

「少佐だと.....あれでか?」

「あの年端もいかなさそうな女の子が?軍部も落ちぶれたもんだ」

「あの見た目で随分物騒な事を言うねぇ」

 部屋のだれもが少女が弁舌するその状況に動揺しはじめるが、その場去る人物は居ない。
 まぁ当然のことだろう。
 彼らはまがりなりにも数多の戦場を生き残り、場数を踏んできた歴戦のプロフェッショナルなのだろうから、そもそも生半可な気持ちで依頼を受けてはいない。

「うむ、勇敢な諸君等に敬意を表す。では話を続ける」

 ―――その少女から作戦内容は話された。
 それは突如として現れた共和国領上空120㎞付近の衛星軌道上に停滞するように現れた所属不明の衛星光学兵器と思わしき巨大な旧世代オブジェクト。
 それが現れてから数週間が経っている。
 任務はそのオブジェクトに我々傭兵部隊はわざわざ乗り込み、その施設を無力化するという単純明快なもの。

 その大きさ故に夜間などは僅かに残った太陽の光で反射されたそれが目視でそれを見る事が出来るが、それを見た国防に無知な国民達はすっかり怯えてしまってちょっとした騒動になっている。
 先程も言ったようにあのような衛星砲とも呼べるようなオブジェクトは旧世代の遺物と化している、今となってはそのような兵器でさえも現代の国防システム【エイジスシステム】にかかればなんてこともないものだ。

 ―――作戦の全容を明かされた後も、傭兵たちは一人も離脱することなく後日の作戦開始日に備える事となった。










[43110] 第二話 世界は未知領域
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/09/17 23:26
 ーーーあれから3ヶ月程が経っただろうか。

 気づけばもう夕暮れだ。目覚めたのは約1時間くらい前。

 生活リズムが完全に乱れきっていた。

 重い体を起こし、部屋の隅に置かれた冷蔵庫に手を伸ばす。
冷えきったアルコール飲料を取り出すと、近くのシーツが無惨に剥がれたボロボロのソファーに腰を掛ける。

(そういえば、最近寝てばかりだな)

 いまのところあれが、俺の傭兵家業で最後の任務だ。
それからは何もせず、ただ呆然と日々を過ごす。素晴らしきかな新しい日常だ。
 あの作戦、生き残ったのは俺だけらしい、他の傭兵はみんな死んだとか。

 俺たちは反撃する暇もなく理不尽に殺されて、俺だけが生き残っていた。
摩訶不思議な話だ。今となっても何故生き残れたのかは分からない、確かなのは俺はあの後、与えられた施設の自壊プログラムを始動させ、他の傭兵達と共にあの黒づくめのアイツに立ち向かったという事だけだ。

そして、奴は自分が意識を失う前の最後にこう言っていた。

「レイシスの子......」

 俺がその言葉を思い出しながら口にその言葉を出すと、何の因果か玄関のドアがタイミングよく叩かれた。
品のあるノックが室内に響き渡る。

(なんか、頼んだっけな)

レオの住居は、共和国南部戦線『バスキア戦線』の更に向こう側。
共和国の経済圏からしてみれば、辺境に位置している。
宅配など、頼んだところで届くのは数か月後がザラだ、故に過去に頼んでいた発泡酒やらのネット注文が今頃届いたのかもしれない。

しかし、これだけ世の中が便利なって身の回り品の確保など不自由しない時代になっていながら、何故未だに辺境からの注文に関してだけは進捗がないのか。

いや、そうではない。進捗は確かにあった、だが同時に《《衰退も》》したのだ。
それは機械文明とのある種の決別が、今の歪なハイテクノロジー社会を生み出した。
ハイテクノロジーでありながら、どこか原始的な人類社会。
随分過去にあった人工知能による、アステロイド配送サービスなど、レオが生まれる以前にしか存在していない伝説の宅配サービスだ。

今となっては、しっかりと人の手から人の手へと、その荷物は紡がれていく。

レオはドアを外側に押して、扉をゆっくりと開ける。

「はい......どちらさま......?」

恐る恐る声を出しながら、その訪ねてきた人物を目視する。
すると、そこには軍服と軍帽を身に着け、白銀の髪を靡かせた見覚えのある『少女』がそこに立ち澄んでいた。
その少女は、こちらを軍帽をあげながら視認すると、整然と言葉を放った。

「こんにちわ、私は共和国軍参謀本部から特任で参った【レイシア・アルネート】少佐だ。貴殿は【レオ・フレイムス】......で合ってるかな?夕暮れ時にすまないが、以前の君が遂行した任務について確認したいことがあってね」

(共和国軍参謀本部だと?わざわざそんな所から......今更何用だ?)

「あっあぁ......えぇと......」

 ドアを開けきると、そこにはもう1人、ショートヘアの茶色の髪をした女性軍人が居たことに気づいた。レオは思わずその女性をまじまじと見つめる。

「―――あの、なにか?」

レオが見つめていたその女性は、そう言葉を放つ。

「あっ、いや......」

 久しぶりに女性を見たからか、つい惚けてしまっていた。
 その光景をみて、隣に居たレイシア少佐は微笑している。
レオは見覚えのある少女の方へと目を向け、頭を軽く抱えながらその少女の事を思い出す。

「えーと......たしか貴方は......」

レイシア少佐はレオと目が合うと、軍帽を両手でゆっくりと外す。

「憶えているだろうか?」

その問いに、健気さを感じ取ったレオは思わず反射で言葉を出す。

「もっ、もちろん!えぇーと、あれですね、確か【星屑作戦】の時の......」

レオは最後に共和国第7セクターに訪れた時の事を鮮明に思い出した。

「覚えていてくれたか、それは結構。ところで、中に上がらせてもらっても?」

レイシア少佐はそう言うと、ひょいと背伸びをしてレオの背後の部屋の中を少し覗こうとする。

「えっ、あっ!!!ちょっーとまってください!!!今少し片付けるんで!!!」

 そうレオはこの場に言残すと、扉を閉めすぐ様部屋に飛び戻る。
缶類の飲みかけや、いわゆる如何わしい本等をまとめてゴミ袋に突っ飲み、奥の部屋隅に放り投げた。

やがてレオは簡単に清掃を終えると、再びをその扉を開け彼女たちを招き入れた。
レイシア少佐は部屋にはいるなり、辺りを見渡す。

「かなり時間がかかったようだけど、なにか見つかったらマズいものでもあったのかな?」

レイシア少佐は、ややにやけた様子でそう言った。

「いやいや!そんなことはないですけど!ただ、人が我が家に上がるのは随分と久しぶりなものでして......とても人に見せられないほどゴチャゴチャしていただけですよ」

レオはそう言うと、レイシア少佐に連れ添っていたもう一人の女性がレオの前へと出てくる。

「―――どうやら我々が思っていたよりも元気そうですね......、あなたが最後に帰還したあの時は、会話も出来る様子ではありませんでしたから......」

その女性はそう言うと、レオは妙に勘繰り触った。レオはとっとと話を済ませようと、単刀直入に彼女たちの本題へと切り込む。

「―――それで......。俺の様子を見にきたにしても、約三ヶ月近くも期間をあけて来るって事は、どうも単純な聞き取りってわけじゃなさそうだが......?」

レオはそう言うと、レイシア少佐ともう一人のその女性は目を合わせる。

「さて、どうかな......?まずは席にでも着いてから、ゆっくり話そうじゃないか」

レイシア少佐はそう言うと、近くにあった手頃な椅子に小さな体を乗せる。
レオはそう言われると、とりあえずその場にあったテーブル椅子に座る。

「ただの『よろしくやってるかどうかの』挨拶だとでも?あなた方はわざわざ何をしにここへ来た?」

レオはあくまでも鋭く、彼女たちに問い詰める。

「ふむ、そうだね......。逆に君こそ、なにか私達に聞きたいことがあるんじゃないかな?」

レイシア少佐は軍帽をテーブルに置いて、そう話す。

「んん......?」

(心当たりがない……)

 するとレイシア少佐は意外そうな顔をする。

「ほう、君はあの作戦の事について何も思うところはなかったのか?」

 ―――忘れかけていた屈辱と絶望。そして引っ掛かる数多の出来事。
何故、今の今まで忘れていたのか。
レオは何か記憶の封印でも溶けるかのように、あの時の鮮明な記憶が蘇る。

「―――あの要塞......見かける職員は全て非戦闘員だった。武器の一つも持っていなかった、だが俺達は任務に従って抹殺した。あなた方は、あそこには非戦闘員しかいない事を知っていたのか?」

 レオはそう聞くと、一呼吸。間を空けて少佐は答えた。

「知らなかった」

レイシア少佐は短くそう答える。

「そう、か……。あそこには……、暗いローブに身を包んだ、とても大きな鎌を持った奴が急に現れたんだ……。あれに他の傭兵はみんな殺された」

 何度もフラッシュバックするあの光景はやはり信じられないものだった、あれは一個人の生命体が保有するには余りにも強大過ぎる。

「アイツは最後に俺だけを殺さずにある言葉を言い残していった……『レイシスの子』と」



[43110] 第三話 理に触れざる手
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/10/12 21:34
「―――レイシスの子.....か......」

 レイシア少佐は怪訝な顔をしながら、小声でそう復唱する。

「あれは......一体なんなんだ?培ってきた経験や知識が通じないような......、何かが生物として根本的に違う。奴と俺にある、明らかな壁......。そんな感覚を、俺はあそこで味わったんだ......」

 少佐はうつむいたまま、レオの抽象的な語りを静かに聞き届けた。

「―――あれは、この世に居てはいけない存在だ。あんなものが存在していいわけがない、あんな理不尽なことがあっていいはずがない......!あんた達はアレについては何か知っているのか!?」 

 レオの張った声に動揺する素振りもなく、一間置いてレイシア少佐が口を開いた。

「君が求めている答えを、我々は知っている」

 あんなものが本当に実在するというのか、せめて幻覚であって欲しいと、レオはそう願っていた。
 かの存在に対してまるで無力であったという印象を強く抱いていたレオは、傭兵としての矜恃を、奴が存在するだけで踏みにじられているように感じていた。

 レオはかつて、国際的な民間軍事会社である【センチュリオン・ミリタリア】の地方傭兵組織支部にて【戦略傭兵隊】に抜擢されるほどの腕前と実績を持つ、ベテランの傭兵だった。
 彼がベテランの傭兵である由縁は、その優れた身体能力もさることながら、現場での戦術レベルの思考能力に非常に長けていたからだ。
 その彼の戦術立案における大前提として、如何なる人間であろうと、例え世界一の兵士だろうと撃てば死ぬ。
 それが全てだ、それはどうしたって覆らない大原則のはずだった。

 だが、現実は。実はそうではなかった。
 レオの中の大原則は、たったひと時であっという間に全て崩れさった。
 その身に秘めていた傭兵としての絶対的な自信は、虚像の上に成り立っていたものだと知った。

 レオを支えていた哲学は、その時に崩壊したのだ。

「知っているのか......奴はなにものなんだ......?あの力は一体なんなんだ……?」

 レオは答えを急かすように話す。

「まぁ待て、まずは我々のところに来てくれないか?」

 レイシア少佐のその言葉に、レオは一瞬困惑する。
 この子は何を言っているのだろうかと。

「君が聞きたがっている話は、我々の所に来てくれさえすれば、いくらでも話してやる。その気があるならばついてくるといい」

 レイシア少佐はそう言うと席を立ち、そのままあっさりと外へ出ていった。

「いっ、一体いきなり来るなり何なんだ......?」

 レオがそう言うと、もう一人の付き添いで先程からずっと立ちっぱなしだったその女性軍人は、長らくの沈黙を破り、レオの目を見て話しをかけてきた。

「―――えーと、そういえば私の自己紹介がまだでしたね。私はミーティア・ミルクォーラム中尉です、以後よろしくお願いします」

 ミーティア中尉はそう名乗ると、レオに対して礼儀正しくお辞儀をする。

「あっ、あぁどうもこれは丁寧に......自分はレオ......レオ・フレイムスです」

 レオもそう名乗り返すと、ミーティア中尉は突如目を輝かせた様子でレオを見つめる。

「はい!それでレオさん!是非うちのところにきてくれませんか?あなたのような英雄が来たらきっと大騒ぎです!!!」

 ミーティア中尉の、先ほどとの態度の変わりようにレオは目を見開く。

「え、英雄??……それにうちのところってどこ……あっ、ちょ、ちょっと!」

 ミーティア中尉はレオの手を無理やり掴みながら外へ連れて行くなり、彼女たちが乗って来たと思われる重甲な装甲車両に、レオは押し込められた。

(おいおい......、ほとんど強制連行みたいなもんじゃないか、てか俺普段着だし......しかもこの人......見た目からは想像もつかないほどの握力だ......)

 ミーティア中尉の手を振りほどくのは困難だ。
 なにか特別な訓練でもしているのかと疑ったが、ここは変に抵抗するよりは大人しく従った方が身のためになりそうだと、レオは判断する。
 そんな思考を巡らせているうちにレオを乗せた車両は目的地も聞かされないまま、すぐに走り出した。

「あ、あの。これから一体どこへ?それに英雄って一体なんのことなんだミーティア中尉殿?あまり身に覚えがないのだが……」

 そう言うと、ミーティア中尉はすぐ様に反応する。

「あれ?知らないんですか?巷では未知の空中要塞の脅威から都市を守ってくれた英雄としてちょっと前に話題になってたんですよ!」

 ミーティア中尉はウィンクをしながらそう言うと、レオの手を遂に放す。

「え、嘘でしょ......?」

 まさかそんな事になっていたとは。

 ―――ここ三ヶ月。レオはずっと自宅に引きこもっていたというのと、ネットは映画や何かしらの動画を見るに時間を膨大に割いていたので、ここ最近のニュース等の外の情報は殆ど知りえていなかった。
 引きこもっていた理由として、例のあの星屑作戦以来、精神的に無気力状態になっていたというのもあるが、単純に外に出る必要がなかったからだ。
 あのあと事前の契約通り、莫大な報酬がレオの口座に振り込まれていた。
 レオの哲学が通用しない存在と、金には暫く困らない実情のダブルパンチにより、レオは鬱にも似た無気力状態になってしまったのだ。

 彼女たちは、俺がここ三ヶ月の間も精神的に深刻な状態だったとでも思っているのだろうか、そんなことは余りなく、確かに帰還直後の記憶はあの覚醒者野郎にかけられたプレッシャーのせいか曖昧で、精神的な異常を抱える日もあった。だがそんなものは無気力の精神状態のせいか初めの数週間で消え失せた。
 英雄だのなんだの、褒められるようなことは何もしていない。俺は唯、任務とは言え無抵抗の職員を殺して雑に生きて帰ってきただけの凡人だ。
 行ない自体は子供に出来るような事であって、俺である必要はない。

(まぁ、労ってくれていることだしそれは別にいい。しかし、まさか世間で英雄扱いされていたとは割と驚きだ。傍から見れば、俺の成し遂げたことはそれなりの偉業であるようにも見えるんだろうか?それに俺以外の選りすぐりの傭兵達が生きて帰ってこなかったことを考えれば、確かに英雄っぽくも見える)

「えぇ、ですからうちのところの子もきっと大喜びすると思うんです!あぁーもう今からでも反応が楽しみですぅ!!!」

 ミーティア中尉は一人で勝手に盛り上がっている。

「えぇと、うちのところってどこのことなんだ......、貴方達は俺をどこへ連れて行く気なんだ?」

 その問いに対して返答であるかのようにミーティア中尉は満面な笑顔をレオに見せるが、答えてはくれることはなかった。

 ふと分厚い装甲車両の網が掛かった窓から景色を見ると、この辺は既に都市部近くに来ていることが分かった。
 そこはただただ、広大に広がる住居区と格差を表すかのような高層ビル郡とメガストラクチャー。
 住居区には南部戦線から逃れてきた人たちで溢れて定員を遥かに上回っている。
 南部戦線は長らく機械軍の脅威に晒されており、機械軍が共和国を離反してから数百年が絶った。
 大きな戦争はないものの、その間もずっと紛争が続いている。
 つい最近までは、バスキア戦線の迎撃城塞に小規模の機械軍部隊が進行してきていたが、迎撃城塞が容易く撃退していた。
 今となっては、軍事力を着実に増し続けていると言われている機械軍に対して、これといった対抗策が立案される事はなく、潜在戦力を鑑みて、機械軍の現在は共和国軍と拮抗状態にあるとも言われている。
 それ故か共和国を含めた人類圏は、いまだ機械軍に取られた領域を取り返せずにそのままでいる。

 ―――共和国は東西南北の脅威に対して備えなければならなかった。
 南の機械軍アステロイド、東西のアルデラン卿国、そしてかつて世界の全てを侵略する一歩手前まで迫ったガンレイ大帝国の継承国家、北のレジオン帝国。
 卿国とアステロイドに関しては、元々自国軍自国領であったのだから、この惨状で敵国に囲まれているなど実に皮肉な話だ。

 レオはそんな事を考えていると、気づけば目的の場所についたようだった。
 場所的には第七セクター都市圏からはそんなに離れてはいないだろうが、樹木が生い茂る自然に溢れた静かな場所だ。
 車両から降り、しばらく歩くと賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。
 するとやがて、遊具で遊ぶ子供たちが視界にはいってくる。

「ここは……?」

「そうだな、児童施設に併設された我々の隠れ家みたいなところだ」

 レイシア少佐は子供たちの世話係に軽く会釈をする。
 レオはレイシア少佐の後にそのままついて行くと、今ではお目にかかることのないような形式の古い門を開け、施設の中に踏み入る。
 中は外観とはイメージのことなる近代的な内装で、ミーティア中尉は窓張り近くに椅子を引き、外の子供たちを眺められる位置に座った。
 そしてミーティア中尉にこのテーブルの近くに座るよう手招れる。
 全員が座ってからしばらくして、レイシア少佐が最初に口を開いた。

「さて、まずは【レイシス】について話すとしようか」



[43110] 第四話 決断と日々
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/06/27 21:12
 ―――少佐はレイシスと呼ばれる存在についてレオに口を開く。

「君が要塞で会った『レイシスの子』とやらと意味深な事を言い残したその人物についてだが、おそらく我々が認知している人物と同一のものだろうと考える」

「はぁ、あれは......幻じゃなかったか」

レオは愕然且つ疲弊とした様子で体の力を抜き、上体を脱力させ前傾させると、その後手を額に当てる。

「まぁそういうことになるかな、そのような存在をご存知の通り覚醒者と呼んでいる。それは一般的な呼び名だが、我々の業界ではそれをディスパーダと呼称している。もう少し詳しく言えば、それらは何らかのきっかけ、もしくは先天的に未知数の粒子である『ヘラクロリアム』を司る者達だ」

「―――前から噂に聞いていたとは言え、未だに信じられないな……あれが、とても人間に操れる力とは思えない......」

「貴殿の言う通り、たしかに人の身にとっては余りにも強大すぎる力だ。まぁだが、そこまで卑屈に考えることもない」

そういうと少佐は足を組み直す。

「なぜだ……?人の身ではとても敵わないような存在がこの世に実際に存在しているんだぞ?」

「まぁ考えてもみろ。そのような奴らが古来から跋扈していたとして、何故今になってもお前たちの間では噂レベルの存在でしかないのかをな」

少佐のその言葉に、レオはハッとさせられる。

(たしかにそうだ......。そんな超常の力を操る連中が昔から存在していたのだとしたら、今頃普通の人類は滅ぼされていてもおかしくないはずだ。いや、そもそも今こうして俺達が武器に頼って戦っていること自体おかしい……)

「簡単な話だ、遍く全てのディスパータ達が悪者とは限らないということだ。古来より正と負、両極の均衡がお互いで相殺し合うように保たれてきた」

「つまり、奴と対なる存在がいて、それに俺たちはずっと守られてきたってことか?」

「まぁ、概ねそんな感じだ」

レオはそれを聞くと、再び頭を抱える。

「そうか、それもまた信じ難い話しだが......」

レオが言葉に詰まっていると、少佐は話を切りだす。

「そこでだが、君に頼みがある。我が共和国軍独立機動部隊・レイシア隊に入隊してほしい。君のようなディスパータとの交戦経験を持つ傭兵は貴重だ。私はそういう人人材を積極的に採用している」

少佐に部隊への勧誘の話が突如持ち出される。

「おぉ、こりゃまた随分唐突な」


 ―――少佐は俺を都合のいい手ゴマか何かにしようとしているのか、目的は分からない。分からないが、自分の中の失われていた戦闘意欲的好奇心が再び叫んでいるのも事実としてある。
何故だが分からないが、少佐にその勧誘の話を持ち出された瞬間、俺の体はあのレイシス。奴との再戦を望みはじめていた。
結局どこまでいっても俺は生まれながらの戦闘民族なのだろう。

過去にレオが居た辺境の孤児院、機械軍の斥候部隊の襲撃に為す術のなかった孤児院で、幼少だったにも関わらず、大人たちが怯え隠れる中で俺は唯一抵抗し、倉庫に居た一体の軽装機械兵を傍にあったトラックに乗り込んで咄嗟にアクセルを踏み押しつぶした。
その後すぐに、通りがかりの共和国軍が駆けつけてきて、孤児院は救われた。そこで出会った共和国軍兵士との交流を経て、その姿に憧れ。俺はいつしか共和国軍の軍人を目指しはじめた。

その為に地方傭兵組織に加入してミリタリア社のプログラムである基本傭兵訓練課程をこなし、簡単な任務を着実にこなしては実績を溜めていった。
組織の推薦でそのまま共和国軍への正式採用を経て順風満帆に共和国軍人になろうした、が。
傭兵の任務をこなしていく内に、共和国が如何に腐敗し、乱立した軍閥同士での内戦が繰り返されてるかを知っていった。
何故なら斡旋される任務の内容はいつも企業紛争や軍閥の内戦に関するものばかりだったからだ、そうして俺は共和国軍人を志す事をやめた。
この時、俺は戦線から離れた内地のセクターに異動して安寧の日々を過ごすことも出来た。だが、そうはしなかった。
青年期を傭兵稼業で過ごしてきた弊害か、日々の安全な日常が退屈で仕方がなかった。自分の考えた戦術や会得した体術が有効に作用するか、そんなことばかり考えてろくな娯楽すら知らない体になってしまっていた。

 金の有り余る生活は俺には合わず、所詮自分は泥沼な戦場に己の存在価値を見出してきたどうしようもない人種、そうせざるをえなかった人間。
俺にとって戦いのない日常など、それこそが非日常ですらある。
だから、この少佐の誘い話は願ってもない話だ。
未知の世界に踏み込み、俺はその世界を見たい。新たなる戦場を。

「―――しかし大きくでたな少佐、言っとくが生き残ったって言っても、別に奴と互角に戦ったわけでもなく奮闘したわけでもない。ただ、何の間違いか奴に生かされた。それだけだ。俺にできる事と言えば、今まで通り戦うことくらいだぞ」

「それは問題ではない、これは意志の問題だ。君からは奴と再び交えたいという意思を明確に感じられる。それに、傭兵業じゃ随分色んな作戦で戦果を上げていたようじゃないか。そんな人物が来れば我々も尚更心強いよ」

 レオにとって特に断る理由もない、ないが。レオはもう少し探ろうとする。

「それで、俺が入るとしても、メリットはなんだろうか?」

「メリット?、そうだな……」

 少佐は頭を悩ませるようにしばらく間を空けてから答えた。

確かに俺は端的に言って戦いを求め、傭兵稼業をしている。だがあくまでこれは俺の為の戦いなのであって、共和国軍のような崇高な使命をもって戦いに挑む兵士とは訳が違う。これは、兵士とは区別してもらいということを示唆した問いだ。

「独立機動部隊レイシア隊は、軍とは別個の独立した私の為の部隊だ。私設部隊だから規則は緩いし、福利厚生も特段手厚いぞ。あとは......食料に困らず、寝床もあって。崩れ切った生活リズムを正すことができる。武器弾薬には困らないし、うむ、悪い話ではないだろう」

 なんとも魅力的なお誘いだ、俺が無知な人間でなければあっさり鵜呑みにしていた事だろう。はたまた、地方の人間だと馬鹿にでもされているのか。これは、聞いたところではただの国家公務員の待遇だ。

「いや......」

「ん、不満なのか?」

 不満ではないが現状のその話に乗ることのメリットと言えば、然程ない。なぜなら提示した例の殆どは既に自前で謳歌している事だ。

「それは、メリットとは呼べないでしょ」

少佐は唖然とした顔をする。

「ん。いや、問題ない。どうせろくな生活をしていないんだろう。なに、深く考えることもあるまい。新たな新生活をスタートさせると思えば、な?どうせなら充実した戦場ライフを送りたいのだろう?孤独な生活はやめて、我らと共に歩もう」

 偏見まみれの言葉を羅列し、そういって少佐は今までの落ち着いた表情からは想像のつかないような笑顔で手を差し伸べた。
となりのミーティア中尉も「さぁ」と言わんばかりに見つめてくる。

(ハニートラップにもで会っているかのようだ)

 家族の顔もろくに覚えていないし、仲間意識など要らないと思っていた。
だが、三ヶ月にも及ぶ無職期間を経て、久しぶりに組織の一員として共に歩んでみたいとも思った。
少しは俺の人生にも華が咲くなら、乗ってみるのも悪くないかもしれない。安易な考えだ、だが複雑に考えるような人生でもない。これでいい、どうせ碌な人生などでは鼻からないのだから。

「まぁそうだな......俺でいいのなら、その話に乗りますよ」

 そう言って、彼女の手を取った。

「交渉成立だ」
 
レイシア少佐は俺の手を軽く握り優しく離すと、振り返って歩き出す。

 そして。

「―――あぁ、そうだ」

「ん、なんだ?」

少佐は少女早々の眩しい笑顔でこちらに顔を向かせる。

「君の膨大な報酬金、喜んで我が部隊の資金として活用させてもらおう」

 一回立ち止まった彼女はそう言ってまた振り返って歩き出した。
 見たことのないような笑顔で。

「もしかして、俺って金目当て……?」

レオはそう言うと、ミーティア中尉が慌てて取り繕うとする。

「そ、そんなことないですよ!あなたの実績や経歴をちゃんと考査して我が部隊に迎え入れたんです!お金目当てなんてととととんでもない!!」

 ミーティア中尉は必死の形相でそう答える。

 その後、レオはこの施設に泊まることとなった。
ミーティア中尉に部屋を案内されると、そこは思っていたよりも快適な空間が広がっていた。
ダブルベッドに、小さめの個人用冷蔵庫に最新機種のホログラムTVまであった。このホログラムTV、元は軍用の作戦指令室にでも置かれていたような代物であったが、それが最近になって民間にも流れ出てきた目新しい技術だ。
網膜投影型の仕組みであり、専用のコンタクトを取り付けて実際の景色と連動した立体感のある映像を楽しむことが出来る。
軍事的な場面では、高級将官のような人物達がリスク無き現地偵察の手段としてや、兵士たちの仮想実地訓練等で使われた。

「まるでそこら辺のホテルの一室だな」

レオがそう言うと、ミーティア中尉は安心したような顔で胸に手を当てる。

「気に入っていただけたようでなによりです!では早速、業務の方明日からよろしくお願いしますねレオさん!では失礼します!」

「あっ、ああ。ではまた明日......」

 彼女はそう言うと、さっさと部屋を出て行っていった。
 
 聞きたいことはまだあったが......まぁそれはいい。
今日はいろいろ突飛な事があって流石に疲れた。早めに寝て明日の業務とやらに備えるとしよう。

レオはそんなことを考えながら、ベットに横たわった。



―――レイシア隊の隠家を周囲する謎の部隊の姿があった。

「―――作戦指令室より各隊通達。当該施設に標的の存在を観測手が確認、作戦をフェーズ2へシフト、また正面入り口は施錠されている。ブリーチングを行われたし」

「―――了解。待機中突入部隊は作戦行動を開始、施設にブリーチングで速やかに突入する」

「―――後方支援部隊、配置完了。ガンシップ待機中、次の指示を待つ」



[43110] 襲撃
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/04 22:12
「―――レイシスの子よ」

 頭の中でその言葉が永遠と鳴り響いている。

 漆黒のローブにその身を包み、人の形を彩った悪魔のようなアレが語りかけてくる。

 なんども、なんども、それだけを言っては。また消えていくのだ。

 それに対して何故だか異様に惹かれる心の鼓動が、いつか止むのを待ちながら。

 妙に魅了されているのが分かる、ただしそれは負の感情を伴いながら。

 ―――怒り、悲しみ、絶望。そして復讐心。

 だがしかし、もしかしたら。

 そこに求めていたような力の奔流が、そこにあるような気がしてならなくて。

 ただひたすら、それについて人は考えるのだ。




「―――んあ……」

 多少の頭痛を味わいながら目を覚めると、見覚えのない見新しい洒落た天井がそのぼやけた視界に見えはじめる。

「あぁ、そういえば……」

 廊下からノック音が聞こえてきた。

「―――レオさん?おめざめですかー?」

 ミーティア中尉の明るい声がドア越しに響いてくる、朝から実に心地よい声量で。

「あっ、あぁ......いま丁度おきたところですよ......えぇーと、中尉殿」

「ふふっ、そうですか!それじゃここにお召し物を置いておきますね~。支度が終わったら、ロビーの方にいらしてくださいね」

 ミーティア中尉はそれだけを言い残すと、すぐにそこを去ったようだった。
 レオはお召し物とやらを取りに、体を起こしてドアを開けに行く。するとそこには、軍服らしき物が置かれていた。

「まじか、軍服着るのか。なんだかそれっぽくなってきたな、こんな着替えまで用意してくれるとは随分親切なことで」

 今までのレオの服装と言えば、黒とか灰色。茶色の汚れの目立たない傭兵相応のカジュアルな服装をしていたばかりで、明るい色の服の格好というべきか、こういった正装には目が慣れず、これを着たところを想像したレオは、自身の見た目について不格好だろうなと感じていた。

 服を取るとまずは洗面所で顔を洗う、そこで鏡面を見上げたレオは自身の髭の伸び具合を酷く気にする。

「あちゃー、こりゃキツイな。さすがにここに身の回り品の完備とかないよな......後で髭剃りとジェル手配してもらおう、あわよくば家庭用の髭剃りレーザーカッターの最新機種だな。あれはネット広告で見たが随分便利そうだった、いやていうか普通に出る時に支度の準備をさせてくれりゃ困る事もないんだが、それくらいの要望は応えてもらわんとな」

 家庭用髭剃りレーザーカッター、通常のレーザー脱毛とは違い、単純に人体に傷がつかない出力のレーザーで毛を短くするだけのものだが、顔面をスキャンすれば自動で指定範囲を勝手に剃ってくれる優れモノだ。

 お召し物を順当に羽織っていき、最後に軍人らしい分厚いコートを羽織り終えると、レオはロビーに向かうことにした。

 ロビーにやってくると、そこには私服のレイシア少佐とミーティア中尉がふっかふかのソファーに座って待っていた。

「―――やぁ、軍服がなかなか似合ってるじゃないか」

 レイシア少佐にそう挨拶を受ける。

「どうも、ていうか少佐達は私服ですか」

「まぁ、そりゃ私達はオフだからね。でも、君もなにぶん先日と同じ服で過ごすのもアレだろ?その軍服は別に強制させてるわけじゃないよ。それは官給品だが、君に十分な支度の時間を確保させられなかったせめてもの償いという奴だ、別に後で要らなくなったら闇市場にでも転売すればいいさ。その豪華な装いは共和国セントラル努めのエリート軍人を象徴するものだ、言い値が張るかも」

 少佐はそう言うと、レオは呆れたような顔つきで少佐を見る。

「軍人が官給品横流しを容認とはね......」

「冗談だよ」

 レイシア少佐はやや不機嫌そうな表情でそう言うと、レオを近くの椅子へと手招く。
 レオは招かれるままに椅子に座ると窓に目をやる。
 少佐はレオが席に着いたことを確認すると、早速話題を切り開く。

「さて、まずは昨日の続きについてだな。簡単に説明するとだが、我が共和国にも彼らのような覚醒者をのさばらせない為の組織が当然あるわけだ。それを我々はイニシエーターと呼称し、今この時もさまざま戦地に趣き彼らと戦っている。敵国、レジオン帝国にはそんなならず者のような覚醒者による軍事組織が存在し、それらに所属している覚醒者はレイシスと呼ばれている。君が要塞で会ったという人物は、恐らくそのレジオン帝国のレイシスだろうと思う」

 少佐は一通り言い終えると、コーヒーらしきものを上品に口に運んで一口飲む。

「なるほど?戦場の裏側の世界では、超人的な覚醒者達がお互いにしのぎを削って今の今まで拮抗して繰り広げてきたと」

「裏側というほど裏側の存在でもないがね、昔ほど一般にその存在は浸透していないのだ。なにせ我々が活躍していた全盛期の時代から数百年の時も流れたし、その世界大戦全盛期の時代と現代を比べれば、今の人類は余りにも平和を享受しすぎている」

「そうか、ん......?我々......?」

 レオはその少佐の使った一人称の言葉に引っ掛かる。

「あぁ、言ってなかったな。私もそのイニシエーターの一人なんだ」

 レオはその言葉に衝撃を受けた、ただでさえ少佐は軍人をまともに務められるとは思えないような幼い容姿をしているだけでなく、人外的存在の覚醒者でもあったのだ。

「少佐はイニシエーター......だったか」

 少佐がそのイニシエーターだった、これが何を意味するのか。
 それは、目の前の少女が俺なんかとは比べ物にならない程に戦闘の場数を踏んでおり、そしてあの例のレイシスとやらの化物を何人も相手にして来たということ。そして、今この場に普通に人と接して日常を送っているのだという事。

「恐れ入ったな......、本当は身近にありふれて居たのか。覚醒者は......」

 少佐はレオの言葉に微笑しながら、再びコーヒーを一口、その口に運ぶ。

「それじゃあ、これも見せてあげよう。ディスパータの持つ武器は特殊でね、このソレイスと言う武器を我々は使うんだ」

 そういうと彼女の手のひらから一本の剣が、空間から粒子を集めて形作っていく様に虚空からそれが突如生成される。
 その剣は一級芸術品のように美しく煌めかせ、少し触れただけでも切り裂かれてしまいそうなほどに鋭い刃をしている。
 そしてその剣を構える少佐の姿は、金色の豪華な装飾に相応しく美しい。

「この剣は、イニシエーターの扱う武器の中でも最も一般的な部類の武器だ。この剣の刃は非常に鋭利で、どんなに重装甲な鎧でも容易く切り裂く。我々覚醒者に流れる力『ヘラクロリアム』の力を余す事なく発揮することができる代物なんだ」

「―――驚いたな......こりゃもはや魔法だな。ふーん、ヘラクロリアム粒子ねぇ......、教養のない俺ですら知っているごくごく有り触れた目に見えない空気みたいな物質だろ?よく分からんが、俺達が生命活動をする為にはなくてはならないものなんだとか、だがなんでそんなものが急に剣の形になったりするんだ?」

 レオは少佐の生成し顕現させたそのソレイスを見つめながら、ふと疑問を投げる。

「ヘラクロリアムは、我々の精神的観念と密接な関係にあるのだ。かつてヘラクロリアムを研究した血のつながりのない我々の先祖とも呼ぶべき覚醒者達が、何かしらの身体的特異性を持つ自らの人体について調べ上げるにつれて、同時にこの特異性が人類の迫害対象にもなりえることを悟った。そこで、自らの自衛手段として確立させるものとして、先祖達は哲学的な様々な極限的思想。正と負の両面思想に行き着いた、正と負の極限的思想は、元々ヘラクロリアムが持ち合わせていた性質である精神感情的なエネルギーとの同調に強く結びつき、やがてヘラクロリアムとの驚異的な同調によって生じたエネルギーはより高次元のものへと昇華されていった。ヘラクロリアムのそのエネルギーは、その思想に適合するようにその姿を変えていった。自己を防衛するための観念、即ち武器だ。このソレイスは、人間が元来原始的に持ち得ていた防衛観念そのものの顕現なんだ」

 少佐がそう長々しく語る姿に、見た目は人そのものだが。やはり人間とは根本的に違う生物なのかもしれないと、レオは良くも悪くもそう印象を強く受けた。

「小難しい話だが......要は原始的な防衛観念としての武器......、それが即ち当時の人にとっての一般的な剣という存在だったってわけか、だからヘラクロリアムはその覚醒者達の願いに応えるようにその身を剣に変えていったと」

「まぁ、そんなところだ。その精神は今の我々に引き継がれて、今も尚その姿を変質させている。だから、現代の今となっては剣だけとは限らず、様々なソレイスの形態が存在する。私の場合は普遍的な剣状のものだったというわけさ」

 そういって少佐は、ソレイスを手の中に収めるようにその剣は姿を消していった。

「―――まぁ、我々の武器がソレイスだけとも限らんがな」

 少佐はそう言うと、鋭い目つきでレオを見つめる。

「まぁそれはさておいて、本題に入るとしようか」

 少佐がそう言うと、ミーティア中尉が軍隊専用モデルのモバイル端末を取り出し、それをレオに手渡す。

「―――北方のヌレイ戦線から独立機動部隊宛てに救援要請が来ています。まずレオさんは着任後初任務として、北方に居る我がレイシア隊の本体と合流し、ヌレイ戦線にて合流して頂きます。その後我が独立機動部隊は、その機動性を活かす形で前線のアンバラル条約機構共和国軍参加し、前線の共和国軍を支援致します」

 ミーティア中尉が簡単に作戦の説明を終えると、初回からいきなりごってごての戦場に派遣される事について思わずレオは苦い顔をする。

「うわ......すごいな。初任務から早速前線行きとはね......さすがですねぇ......いやぁこれじゃあ先が思いやられる......」

 レオはその作戦要項が書かれた端末のディスプレイを見て唸る。

「れっ、レオさんならきっと大丈夫です!なんたって英雄の傭兵さんなんですから......!」

 彼女は笑顔でそう言い放つ。

「あはは......、まぁ独立機動部隊?とかいう大層な名前なだけの事はあるって感じか......、具体的な運用は全く知りませんけど、身に染みて味わうしかなさそうだ」

 傭兵業は企業紛争や軍閥闘争でよく起用されるその性質上、がっつりとした国単位での正規兵同士の戦場には余り参加する機会はない。というか、紛争はあれど軍戦略単位での戦闘が行われることは近代に入ってからは滅多になくなった。
 なので今回の戦線での任務とやらもそこまでエネルギーを消費するモノではないと思うが、如何せんほぼ未経験の地。腕前には自信があるとはいえ、正規兵を侮らないようにしなければならない。



 ミーティア中尉による初の作戦説明の会議は終わり、さっそく三日後には戦線に向けて出撃することになった。
 初任務から戦場送りとは鬼畜極まるが、これも自分が選んだ道だ。
 当然、最後までやり通す。
 出撃の間までは特にやることもないので、ブランクの穴埋めをすべく、リハビリでもして過ごすことにした。

「しっかし広いなぁここは......ここが隠れ屋ねぇ。それに、児童施設と併設とは、なんというか。色々な思惑を感じれてなんだか、悪趣味だ」

 この施設の外回りに取り付けられているバルコニーからは、第7セクター、ステーションの巨大な建造物が見える。
 下部構造には共和国全土へとアクセスするいくつもの列車の路線が張り巡らされていて、一日中輸送列車が稼働しつづけ都市を騒音で満たしている。
 上部構造には空港ターミナル、軍の空軍施設も併設で存在していて、そこから放たれ活発に出入りする航空機の航行灯がどこからでも拝められる。
 かつての共和国領から流入した数億人にも及ぶ下町セクターの巨住民。
 あそこはいつも賑やかだ、こんなところに戦火の火が灯ることなんて事はきっとあってはならないのだろう。


 ―――各都市には人口の流入限度が決められ、それ以上の人数が入ろうとすると規制がかかり、その都市にそれ以上の民間人が入ることができなくなる。そのためここセクターが管轄する区画に逃げ込めなかった、レオのような人々は戦線の外側に住み着くしかなくなる。
 なので、付近の戦線から逃れてくる民間人の中には轟音の鳴り響く迎撃城塞のすぐ外で暮らしている者もいる。
 そんな現状に中央共和国政府は関心すらもたず事実上の放置、見かねた軍の将官達は次々に企業の如く軍閥を設立し、やがてはアンバラル第三共和国のような巨大軍閥も生まれたのだ。

「秩序保全が入れ乱れるこのご時世。こんな平和そうな都市部が、いつ戦場になっても、実際おかしくはないんだな......」

 広大な都市の人工物が放つ美しき夜景を見ながら、レオは一人でそう呟く。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 謎の部隊が展開し施設を取り囲んでいる。
 本部とのやり取りからは配置の完了と、現場部隊突入の合図が待たれていた。

「―――合図をしたら突撃する。傭兵レオ・フレイムスは、発見次第最優先で確保。それ以外は排除しても構わない」

 少佐達の静寂な夜が、乱されようとしていた。



[43110] 残酷な灯り
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/12 01:48
 ―――都市の放つ壮大な人工光の夜景を後にし、レオは部屋へ向かう。

「明日からはどんな生活が始まるのやら、できればミーティアさんに直接起こしに来てもらいたいものだが」

 いい歳してくだらないことにうつつを抜かす事、それが今は何とも心地よく感じた。そんな矮小な期待を胸に秘めた時だった。

 突如、かつて聞きなれたものとよく似た大きな爆破音が施設内に響き渡る。

「......な、なんだ?!この短い爆音......ブリーチングチャージか......?音は......施設を囲むようにほぼ同時に衝撃と音が伝わってきた。まずいな、このタイミングで敵襲とはね、しかもかなり手際が良さそうだ。正規兵かねこれは......とりあえずまずは、少佐達との合流が先決か」

 爆発音が聞こえた後、すぐさま階段を駆け下りロビー階の少佐たちがいるであろう思われる所に向かった。
 ロビー階の中央廊下を挟んだ向かい側の通路へ渡ろうとしたその時、目の前を深青の弾道が横切った。

「うっわあぶねぇ、当たりそうだった......」

 壁を背にしてロビー内の状況を伺う、すると視線の先のロビー階入り口付近は、既に敵が統率の取れた様子で散開していた。
 こちらの存在に気付いている敵兵はフラッシュライトを壁越しに当ててこようとする。

「―――そこにいるのは分かっている!!!直ちに武装を解除し、ゆっくり前に出てこい!!!」

 敵の様子を見るにどうやら殺す気はまずは無さそうだが、この襲撃にはまるで心当たりはない。
 何かの間違いだろうとは思うが、かといってこのまま出て行くのは愚策中の愚策でもあるだろう。
 敵の目的が全くわからない以上、下手な真似はできそうにない。

「クソ、何人いんだこりゃ......」

「―――レオ・フレイムス!無事か!!!」
「ご無事ですか!?」

 先程渡ろうとした向かい側廊下から、少佐達の声が聞こえてる。そちらを見ると息の荒くなった少佐とミーティア中尉の姿があった。

「少佐!いったいこれはなんなんですかねぇ......!身に覚えないですけど」

「話はあとだ!まずはここから離れるぞ、地下に武器庫がある。君がいま来た道をそのまま戻って階段を更に降りろ、その先で合流できる!」

「ふぅ、了解です少佐!」

「レオさん!ご無事で!」

 敵兵の投降を呼びかける声で少佐達の声が所々掻き消される中、なんとか言われた通りの来た道を戻る。
 近くに慌ただしい敵兵と思われる足音が聞こえてくるが、意に止めないまま振り切って先程の階段をそのまま下っていく。
 すると、やがて頑丈そうな扉のついた部屋に行き着き、そこの手前には別ルートからやって来た少佐達の姿があった。

「来たか、中に入るぞ」

 そう言った少佐がIDカードのようなものをパネルに翳し扉を開ける、中は真っ暗だったが急いでその場の全員は部屋に入り込む。
 扉が閉められロックするような音が鳴り響くと、ほぼ同時に部屋の明かりが手間へから奥側へと順々に点灯していく。
 灯りに照らされたその空間の様子は、まさしく少佐が言った通りの武器と弾薬の宝庫である武器庫だった。

「武器は共和国製だが最新式のAEシリーズは取り揃えている、好みは分からんが好きなものを持っていけ」

 少佐の言う通り、ここにある武器は全て共和国正規軍の使用する武器種ばかりが揃えられていた。
 共和国軍の採用しているAEライフルAE-64は、AE弾と呼ばれるカプセル型プラズマ弾を使用する。
 このAE弾は穿孔性能が極めて高く、高性能な防御機構が存在しない軽歩兵の着用する対物理の複合アーマー程度なら容易く着弾時のプラズマ化で無効化してしまう。
 更には瞬間的に発生する熱によって空気が膨張し、その衝撃波によって臓器を壊滅ささせる事が出来てしまう。
 こんな代物が歩兵に平気で大量に持たせられている、旧時代の装甲兵器系を大量にお蔵入りさせた張本人だ。
 他にも軍規格のコンバットナイフ、マシンピストル等があり、防AE弾特殊電子線装甲チョッキなんてものもあった。
 これはVIPですら滅多に着用する事が出来ない最新型の対AE弾用チョッキであり、内部の磁器発生装置によって着弾するプラズマ弾を偏向させ威力を減衰させるものだ。ただしこの装置は精密機械である上に衝撃波は防げないので、数発撃たれれば簡単に耐久性能が限界を迎える。
 だがそうは言っても気休め程度であっても断然ないよりはましであることは確かだ、レオやミーティア中尉はそれらを一通り拝借して身に着け、装備を整える。

「さてここからのプランだが、まずは当然足がいる。ここには地下ガレージに緊急時用の装甲機動車が止めてある。それを使うしかないが......」

 少佐がそう言ってる最中に、ミーティア中尉のぼやいた声が聞こえてくる。

「子供たちがいない時でよかった......」

 ミーティア中尉は安堵の息を吐く。

「たしかに?ガキどもが居たら奴らから逃れるのはキツかったな。まぁなんでこんところに併設する形で隠し基地があるのかは聞かないでおくが」

 レオはそれに便乗して嫌味混じりの言葉を放った。

「えっ、えぇと......」

 ミーティア中尉が言葉に詰まるが、少佐が中尉の肩を叩いて彼女の前にでる。

「別に好んで我々もここに基地を構えたわけじゃない、あの子供たちは孤児だが事情が特殊なんだ。いつしか覚醒者として覚醒する可能性を秘めた潜在孤児として集められている、我々はそのついでの制御的監視者でしかない。我々に予算をあてがう上層部だって馬鹿じゃない、このご時世ではこのような基地を構える事とは、常に複合的な要因と目的や戦略が付きまとう。独立機動部隊とてその例外ではないのだ」

 ミーティア中尉を庇うように少佐がそう言うと、レオは静かに頷いた。

「で、話の続きだが。装甲機動車ならこの先のガレージにある、ただ当然敵も手を回しているだろう、つまりは道中の交戦は避けられないと考える。準備はいいか?」

 少佐がレオやミーティア中尉に目線を送り、そう聞く。

「当然」
「いけます!」

 タイミングを同じくして二人は返事をすると、少佐はガレージのある方向の扉を開ける。
 二人がガレージに続く通路へと出るのを確認し自らも出て、外側の扉に付いているスイッチを押した。
 すると扉が自動で閉じるのと同時に、武器内に突如炎が燃え盛り始める。
 武器自動廃棄システムのようだ。

 武器庫からガレージに続く通路を抜け、ガレージにつく......。だが、そこにはやはり少佐の読み通り敵兵が既に配置され、ガレージ内は占領されていた。
 その様子を恐る恐る忍び足で確認しにいった少佐とそれに付いていくレオと中尉だったが、こちらを不意に見た敵兵によってその行動が気づかれてしまう。

「見つかった!一旦遮蔽になる通路まで戻れ!!!」

 遮蔽の無いガレージへの一方通行の通路を銃弾の雨に晒されながら来た道を戻る、弾道が頬をかすりレオは九死に一生を得た。

「ちょっ!なにやってんすか少佐!?敵にバレるなんて!?」

「す、すまない。ガレージの浅い警備だった故に穏便にいけそうだと思ったんだが......」

「なにを今更穏便などと......」

 レオがそう言うと、少佐は複雑そうな感情を持ち得た表情を受かべていた。

(敵は見た感じ、少佐達と同じ共和国軍の兵士のようだ。少佐はそれに躊躇しているのか?)

「―――大人しく手を挙げてゆっくり出てこい、武装解除が認められれば命は保証する!!!」

 こちらに気づいたガレージの敵兵達は、説得力のない降伏勧告を告げてくる。

「これは出てったら間違いなく撃たれますよね......」

 ミーティア中尉も同様に複雑そうな表情をしながら、レッグホルスターから抜いた武器を構える。

「少佐、さすがにこの道じゃ蜂の巣にされる。挟み込まれる前に別ルートで脱出できないか?」

 レオは少佐に提案する。

「いや、それは無理だ。ほかに道はない」

「じゃあどうする?やるってなら足掻くが」

「いや、その心配はいらない。私が先陣を切る、中尉達は援護を頼む」

「......いけるのか?少佐」

「まぁ、見ていろ」

 少佐はそう言うと、突如右手の手の平を上向きに出す。
 レオはその光景を何事かとみるが、その動作の後すぐに空気がそこに収束するような風の流れを周囲から感じた。
 周囲のそれを目で追うと、それは少佐の先ほどの手のひらに向かって行っているのが分かった。
 そして徐々に、その風の流れは可視化されていきやがてハッキリとした像が見え始める。
 その像は両刃の細身のつるぎのような姿を見せ始め、その具体像は手のひらから切っ先へと順に具現化されていく。
 気づけば僅か数秒の内に、手品のように剣をその虚空とも言えるような場所から出現させた。
 その光景にレオは思わず目を見開く。
 少佐は、その剣を片手に掴み凄まじい速度で敵集団に突っ込んでいく。
 それに思わずレオは手を指し伸ばしそうになるが、それをミーティア中尉が手を伸ばしレオの手を静止させた。

「大丈夫ですよレオさん。少佐は強いんですから」

 ミーティア中尉がそう言ってほくそ笑む。
 敵集団に突っ込んでいった少佐は、常識では考えられないような軌道を描き、その並外れた身体能力で敵の放つ弾丸の雨の中を華麗に通り抜ける。
 弾丸はただの一発も当たることなく、その光景はまるで銃弾が少佐という存在を避けていくかのようだった。
 少佐はそうやってあっという間に次々と敵の間合いに入りると、容赦なくその剣を振りかざし、敵兵。本来であれば友軍の立場であろうその兵士を迷いなく切り捨てる。

「―――き、距離を取れ!!!間合いに入れるなぁ!!!」

 敵兵たちは少佐から距離をとり包囲しようとするが、少佐はその隙を与えなかった。
 目に追えぬ速さで剣を捻り、回転させて周りの敵を刺し込んで切り刻む。
 気づけば、少佐はガレージ内の敵をレオが息もつかせぬ間に制圧していた。

「な、なんてことだ......これが覚醒者の力なのか......?」

 決して人の身では到達することのできないその領域を、まじまじとレオは見せつけられた。
 少佐のその圧倒的な実力はレオにただ傍観する事を強制させるかのようなものだ。
 援護など、まるで必要がない。
 開いた口がふさがらないとはまさにこのことであり、改めてかつてのあの光景は幻想ではなかったとレオは確信した。

 レオはいつまでも少佐の事を唖然とするように見続けていた。
 それに気づいた少佐は思わず溜息を吐く。

「はぁ、見惚れるのもいいが......まずはこれを見てほしい」

 そういって少佐は、死んだ敵兵士のアーマーを持ち上げる。

「それは、やはり共和国軍のアーマーか......?」

 レオは持ち上げられたその見覚えのあるアーマーについて答えた。

「そうだ、我々を現在襲っているのは敵国の特殊工作部隊や傭兵、ましてやテロリストでもない、同胞たる友軍だ。申し訳ない話だが、先ほどの私は彼らを倒すことに躊躇していた。すまない」

 少佐はそう短く謝罪すると、その持ち上げたアーマーをその場に放して落とす。

「まぁ察しはついてたが、こんな秘密基地のお手本じみた急襲。ただのテロリストや傭兵なんかにできるとは思えなかったよ、やり方が明らかに俺達と違うからな。これはあまりにも上品すぎる」

 レオはそう言うと、ミーティア中尉が頷く。

「少佐、これは......いったいどういう事なんでしょう......。我々を襲うにしても少佐の存在は掴んでいたはずですし......」

 ミーティア中尉の問いかけに、少佐も顎に手をやって考えに耽る仕草をする。

「中尉、言いたいことは分かる。明らかに敵の戦力不足は否めない、だが今は詮索している時間がない。何が起きているのか分からない以上、とにかくここから出るのが先決だ」

 そういって少佐は振り返り、装甲機動車の様子を見に行く。

「やつらの工具が取りついているが......、まだ無力化される前だったようだ。動かせるぞ、中尉。運転を頼む」

「了解です少佐!」

 少佐は装甲機動車の車輪に取り付けられていたロックをその剣で手際よく破壊すると、ミーティア中尉は運転席頭上のハッチから乗り込む。
 すると装甲車の後ろのハッチが開かれレオはそのまま乗り込んだ、すると運転席の方で何やら焦る様にミーティア中尉がパネルを必死に弄る姿が見えた。

「少佐!認証が書き換えられてます!このままではシャッターが開きません!」

 どうやらガレージシャッターが応答しないようだった。

「では無理矢理にでも開けるまでだ」

 少佐はそう言って、閉じた出口に向かって手をかざす、すると少佐は何かをその手に込めるように目を閉ざした。
 次の瞬間、重厚そうなガレージシャッターに装甲車が丸々通れるくらいの円状の穴が突如空く。

「......なんでもありって感じか?」

 レオはそう言葉を漏らす。

「さすがです少佐!」

 ミーティア中尉がそう言った後、少佐はレオと同じように装甲車に急いで乗り込む。

 そして装甲車は少佐が開けた穴を通りガレージを颯爽と出た、その瞬間入れ替わるようにして出口付近の追っ手の車両を追い抜く。

「ふぅ、なんとか......」

 ミーティア中尉はそう束の間の安堵する。

「中尉、セクターターミナルに向かってくれ。今からゼンベルと連絡を取り今すぐガンシップを動かせるように連絡する」

「了解です少佐ー!!!」

 ミーティア中尉はそう言われて装甲車のギアをあげると車両は急加速し、慣性に従って少佐とレオは背を壁にぶつける。
 少佐は「やれやれ」と言いつつ、通信機器端末を胸ポケットから取り出した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ―――同刻。

「―――アウレンツ大佐!!!ご報告いたします!裏口の警戒に当たっていたフィアットC分隊が全滅、装甲機動車に乗ってターミナル方面に逃走した模様です」

 その兵士はある男、アウレンツ大佐の前でそう報告を上げる。

「―――ふぅむ、やぁはりこの程度では仕留められんか。さすがレイシア少佐と言った所かねぇ。コードCを発動する、アストレア級ガンシップで追撃しなさい。市街地区画での兵装使用を許可する、ここは徹底的に追い込まんとねぇ......」

 その男はにやけ顔でその兵士に命令を下した。
 兵士たちはその上官の命令と振る舞いに普段との違和感を感じつつも、兵士たちはただ忠実に与えられた役割をこなしていくのみだった。



[43110] 偽りの追跡者
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/12 18:21
 ―――雨音に混じりながら少女の声が聞こえてくる。
 昨日は徹夜で酒を盛ったせいか覚醒しようとすると、重たい頭痛と睡眠に常に襲われる。
 そんな風にボーッとしながらも、声がやってくる方へと耳を辛うじて傾ける。

「―――おい!!!聞こえるかゼンベル!!!おいゼンベル!!!応答しろ!!!」

 少女、いや。少佐のどなり声だ、その華奢な声音はガンシップ内に鳴り響いていく。
 少佐からの連絡だと分かると、急いで端末を焦った手つきで手に取る。

「―――んあぁ......どうしたんですかい少佐......予定時刻よりまだ随分早いですぜぇ......あっレフティア大尉みたいなおつかいとか勘弁ですよ......ふあぁ......」

「寝ぼけてる場合じゃないぞゼンベル。目的不明の共和国軍部隊の強襲を受けた、敵の所属は分からない。とりあえず緊急事態だ、ヘリをいつでも飛ばせる状態にしておけ、今そっちに向かってる」

「な、なんですと!?一体なにがあったんですかい!?」

「詳しい話は後だ、追撃されている。ターミナル上層停留所で合流だ」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「少佐、後方からガンシップ来ます!」

 ミーティア中尉はサイドミラーで後方から迫りくる近接航空支援機VTOLガンシップの存在を目視で確認する。

「フル装備のガンシップを市中によこして来るとは、随分手間をかけてくるじゃないか。このまま逃がさせてはくれなさそうだな。レオ、ハッチを開けろ。私があれを落とす」

「正気か!?ガンシップだぞ!?」

「大丈夫だ、任せろ」

 少佐からレオに向けられたその眼差しからは、日常茶飯事の如くこの程度の困難は乗り越えてきたかのように、強者特有の自信に溢れんばかりで、その姿勢はレオの身にもしみじみと感じとれる。

「まじかよ、ほらよ」

 レオはハッチを開けると、そこから少佐が身を乗り出し、走行中の装甲車の上に堂々と立つ。
 そのまま少佐はガンシップを迎え撃つ為の姿勢を構える。

「......おいおい、ほんとうに大丈夫か?いくらイニシエーターとやらといっても近代兵器のガンシップ相手には無謀なんじゃないか......」

 レオは運転席のミーティア中尉に聞こえるようにそう言う。

「大丈夫ですよレオさん、少佐の力を信じてください」

 後方よりガンシップが少佐からはっきり見える距離に現れる。
 ガンシップは武装に誘導型対地ミサイル、対人AE機関砲を標準武装としている。
 その機関砲の威力は大戦時由来の規格を受け継いでおり、対人を想定していたとは思えない火力を誇る。
 軽装甲の車両なら数十発で原型を失うに足るだろう。
 対地ミサイルもこれまた穿孔性能の高いミサイルを採用し、重装甲車両であっても直撃すれば特段対策を行っていない金属装甲には簡単に穴が空き、そのまま内部に直進したミサイルは火花を散らしながら内側の人間を焼き殺す。
 また同時に対象物体に限定して強力な電磁波を発生させる爆薬発電機を備えた電磁波爆弾との融合型でもあり、大抵の車両は直撃すれば電子機器系統の基盤が破壊され致命傷となりうる。
 大戦時代からの古典的な兵器でありながら未だ最強格の武装だ。



「―――フェーズ1、標的補足。対地ミサイルを使用する、ロックオン完了。発射」

「―――フェーズ2、発射」

 追撃に来た2機のガンシップからそれぞれミサイルが発射される。

「やばいって!当たる当たる!!!」

 レオはこちらに真っ直ぐ直進するミサイルをその視界に捉えると、思わず目をつぶった。
 しかし、何かが破壊される衝撃波が外から伝わってきた。
 慌てて後方を見るが、飛来して来ていたはずのミサイルの姿がない。

「ど、どうなった......少佐は無事か?」

 レオは急いでハッチをよじ登り、すぐに少佐の安否を確認する。
 だがそれは杞憂であった。
 そこには平然とした無傷の少佐の姿があり、改めて生物としての次元の違いを見せつけられる。

「......ミサイルはどうなった?」

「普通に弾いた。直撃でなくても付近に着弾するのはマズイからな、あとは目障りなガンシップを落とすだけ。友軍機を落とすのは少々気に障るが、まぁやらねばこちらが死ぬ」

 少佐はガンシップに向けて手をかざす。

「おい、まさか......」

 少佐が手をかざしたとき、2機のガンシップの周りの空間が歪むように辺りの光が変化する。
 歪んだ空間は綺麗な円を描き、まるで絵の中の空を丸く切り取るかのよう。
 その円によってガンシップの両脇に抱えている推進補助スラスターが綺麗に取り外され、推進力が不安定になった2機のガンシップはゆらゆらと高度を下げていく。

「その技、強すぎでは?」

「そうか?まぁ応用がかなり効くし便利ではある」

 少佐はそう言って、ハッチを通じて装甲車内に戻った。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ―――同刻。
 少佐達の隠し基地付近に臨時設置された司令部のテント内にて、アウレンツ大佐は追撃状況の各種情報をオペレーター達から受けていた。

「―――追撃にあたっていたガンシップ2機が航行不能、撃墜されました」

「―――他分隊が装甲機動車で現在追跡中、しかしこのままでは先にターミナルに到着されます」

「ほう、では現地のSUPRA隊を出動させろ。奴らは空港に待たせてるガンシップと合流してここから逃げるつもりだろう。都市から逃せばそれ以上は追えん、機体は撃墜して構わん」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「少佐!空港が見えてきました!」

「もうすぐだな、この先の要人用連絡道路を曲がってくれ」

 ターミナル上層へと続く要人連絡道路のフェンスゲートの前にやってきた。
 警備兵達が近づいてきたが、少佐達は顔が利くのかそのまま特に検査を受ける事無く通過することができた。
 通り抜けた先はいくつもの要人専用機と思わしき機体がいくつも並んであった。
 どうやら民間が使用する飛行機の区画はここからは遠く離れているようだ。
 すれ違う多くの要人やその護衛達がこっちを不信そうに目を追ってこちらをみている。
 それもそのはず、こんな厳つい軍事車両が要人エリアに踏み込んでいたら誰しも不安になるだろう。
 
 しばらくすると追撃しに来ていた先ほどのガンシップと同様の形状をした機体の前で、こちらに手を振っている大柄の男が車内から見えてきた。

「少佐!ゼンベルさんです!」

「よし、近くに止めてくれ」

 ガンシップの近くに乗ってきた車両を止め、少佐たちが降りると大男が大声で寄ってくる。

「少佐ァ!!!ご無事でぇなにより!!!ガッハハハ!」

「あぁ、なんとかな」

 むさ苦しい第一声を終えると、その大男は冷静な態度に急変し、レオの方に歩み寄ってくる。

「こちらが例の傭兵ですな?」

 そのゼンベルと呼ばれている大男に、レオは声を掛けられる。

「あっ、あぁ。俺はレオ・フレイムスだ、数日後から本格的にお世話になる予定だったんだが......」

「おお!!!レオ・フレイムス!歓迎するぞ!俺のことはゼンベルと呼んでくれぇ!!」

 いきなり静かになったと思った矢先、ゼンベルは大笑いしながら元気よく手を差し延ばしてきた。
 ゼンベルは大声通りの大柄で体格が良い大男だ。
 どうやら軍服を着ておらずかなりラフま様子で、一枚きりのシャツのような上着に作業服のようなズボン。
 傍から見ればヒゲの生やしたただのおっさんに見えるが、本当に軍人なのかは分からない。

「挨拶は終わったか?ここを離れるぞ」

「了解したぁ!!!いつでも出せるぜぇ!乗ってくれぃ!!!」

 ゼンベルはそう言って颯爽に操縦席へと着く、そして少佐とレオも乗り込むが、ミーティア中尉は搭乗しなかった。

「どうした中尉?行かないのか?」

 レオがそう聞くと、少佐が横からそれに答える。

「ミーティア中尉には、彼女なりの役目がある。私の部隊の一員でもあると同時に共和国防衛省の直轄諜報部をも兼任しているんだ。今何が起きているのか、その真相を探る為の要員は残しておかなければならない」

 レオは少佐にそう言われるが、素直には納得し難いものだった。

「いやいや!さすがにこの状況で一人置いてくのはまずいでしょ少佐!」

「―――レオさん」

 レオの言葉に被せるように、ミーティア中尉がそうレオの名を言う。

「私なら大丈夫です、少佐たちと早く行ってください」

 ミーティア中尉にそう言われ、レオは言葉を失う。

「そう、か......」

 ミーティア中尉は真剣な眼差しで、レオの手を取る。

「私には私なりの部隊での役目があります。どうか行ってください。そしてまた向こうで会いましょう。大丈夫です、どうか信じて。他の部隊のうちの子達ともよろしくやってくださいね」

 そうミーティア中尉は言い残していくとレオの手を離し、ガンシップから駆け足で離れていく。

「おーい?もういいか?早く出ねぇとマズイことになりそうだぜ」

 入ってきた通路側の出入り口から軍事車両が入ってくる。間違いなく先ほどの追っ手だろう。

「ゼンベル、発進だ」

 少佐のその号令と共に、ガンシップは勢いよく停留所から飛び出していった。
 開いた窓からは俺たちを見送る中尉が見え、彼女はこちらに軽く手を振った。

 やがて航空機発着場を出ると......。

「おい、おいおいおい待てよ!?嘘だろ......、どういうこったよありゃ......」

「どうしたんだゼンベル」

 ゼンベルの声に少佐はすぐに駆けつける。

「少佐、アレ。見てくだせぇ......、敵さんのパフォーマンスにしちゃ少々過激すぎやしませんかねぇ......」

 ゼンベルはその方向に指を指し、少佐もそれを見る。

「......ゼノフレームか?」

 黒色の独特のシルエットデザインを見せるゼノフレームが、滑走路離陸地点付近で待機していることが目視で確認できる。
 ゼノフレームは平均して全高約10メートル前後の二脚又は四脚等の多様な形態を持つ汎用型高機動戦車であり数百年前の大戦中に開発された通称・戦略決戦兵器である。
 かつてゼノフレームは、古の戦場に置いてその戦術的優位性が極めて高いことから、大戦時に大量生産された主力兵器であり、非常に猛威を振るった戦略兵器である。
 現在となっては、その運用コストが小国の国家予算が軽く蒸発するほど悲惨なことから、次なる大戦に備えるという名目でほぼ全てのゼノフレームが凍結され、仮に運用を開始するにしても二週間にわたる複雑な凍結解除作業を行わなければならない。
 そして、その弊害として長年全く使われなかったゼノフレームに関する超高度技術者が不足しはじめ、その極めて複雑な機構兵器である事からロストテクノロジーとなりつつある側面が現れ始めている。
 ゼノフレームの中にはヴァルランド砲とよばれる兵装が存在し、強力な何かしらのエネルギー弾である事は分かっている物の、着弾後の数週間にわたる致死性の高い未知の物質が拡散されている事から使用が禁止され、遂には解明されないまま今に至っているようなものまである。
 大戦時の人々の生活を犠牲にし、それで得た熱狂的な技術革新が齎した負の遺産の一つだ。

 基本武装としてプラズマキャノン砲や高度自動迎撃レーザー、対ゼノフレーム近接戦用ブレード等があるが、そのどれもが汎用的に通用しうる一線級の代物。
 仮に広域対空砲が換装されていた場合は、離脱する前にほぼ間違いなく撃墜される。

「まずいな、あれが本当に噂通り動くってんなら。ここから出るのは不可能だぜ......」

 深刻な表情をゼンベルは浮かべる。

「どうすんだ?一回もどるか?」

「......いや、このまま対空網を突っ走る。ゼンベル、頼んだぞ」

 一瞬神妙な顔を見せた少佐だったが、即座に強硬突破する手段を選んだ。

「よし!承知したぁ!!!!」

 ゼンベルが活きのいい返事をするが、状況についていけないレオはただ絶句をする。

「......ゼノフレーム。いままで封印されてたって代物が急に元気よく動作するのかね?あれは俺達をここから逃がさない為の時間稼ぎかなんかなんじゃないか?」

「当然、その可能性はあるが。事態を楽観的に捉えるのは危険だ、あれは正常に動作すという前提で決行するぞ」

「任せとけぇ少佐!要は当たらなきゃいいんだよなぁ?」

 ゼンベルは自信満々にそう言う。

「おい、さすがにそんな事は無茶だと俺でも分かるぞ。当然磁気誘導性ミサイルの一つや二つは飛んでくる。操縦云々で解決できる話だとは思えないが?」

 レオはそう言って少佐の方をみる。

「当然、私が防衛を担当するのさ」

 少佐はそう言った後、ガンシップはスラスター出力を全開にし、勢いよく空域外へ向かおうとする。
 しかし案の定、火器管制レーダーの警戒警報が鳴る。

「くるぞぉ~!!!」


 ゼノフレームは正常に起動していた、それからミサイル第1波がゼノフレームから飛来する。

「ちっ、よりによって対空特化装備かよ......!」

 ゼンベルはそう言いながら、ガンシップは全速力でゼノフレーム頭上から地面すれすれの低空で駆け抜け、ガンシップは軽快に不規則回避運動をし、発射されたミサイルをタイミングよく回避させる。
 ガンシップに当たらなかったミサイルはそのまま滑走路地面に着弾し第一波を華麗に捌く。

「撹乱チャフを使わずにこのミサイルの量を避けたのか?信じられない腕前だな」

 レオはゼンベルの航空操縦の尋常ではない腕前に関心する。

「当然、パイロットの実力を舐めるなよぉ?」

 第一波を回避すると直ちにゼノフレームからは第二波対空ミサイルが発射される。その数はおよそ倍であるため、回避行動だけでは間違いなく直撃する。

「チャフとフレアを使う!!!」

 ―――もはやこの状況は最悪だと思っていた。
 だが、今までにはなかったような強力な仲間たちと出会い、レオは最後の最後まで味方の腕を信じた。
 今までの傭兵生活から考えらないような味方を頼るという行為を、レオは無心の内に行っていたのだ。

「どうしたレオ・フレイムス!怖気付いたか?」
 
 少佐は少女らしい微笑みを浮かばせながらこちらに問うた。

「ま、まさか。楽しくなってきたところですよ」

 レオはそう全然楽しくなさそうに無表情でそう言う、実のところ心では強がっていてもこの圧倒的な緊迫感の迫る恐怖に体は抗えていなかった。

 ガンシップはミサイルの大波に飲まれそうになる。
 ゼンベルが撹乱チャフ、フレアを放出し、ミサイルの機動があらゆる方向に逸れていく、しかしその最中に更なるミサイルの追撃がゼノフレームから行われる。
 第三派だ。

「どんなに急いでも第三波からは逃れられねぇ!!!少佐ァ!後はたのんます!!!」

 少佐はゼンベルにそう言われると、ガンシップの扉に手をつける。

「出番だな。君は手すりに掴まって放り出されないようにしろ」

「えっ、それはどういう......」

 ガンシップの側面扉が少佐によって開かれる。
 強い雨風が吹き荒れている中、少佐は身を乗り出し後方から迫り来る第三波を視認する。

「さてと」

 少佐は航行中のガンシップの上部に登り、手の平から剣を顕現させる。そして第三派ミサイル群に狙いを定めるかのように剣を大きく掲げる。

「【アンセル......!】」

 その剣からは真っ白な閃光がガンシップをも包み込むとばかりに周囲に放たれる。
 その閃光は強大な剣のように切っ先を伸ばし、ミサイル群を振り払うようにその閃光は放たれた。
 それに触れたミサイル群は次々に破壊されていき、やがて第三派ミサイル群は消滅する。

 レオはそれによって視界を奪われるが、しばらくすると閃光は止み周りが徐々によく見えるようになった。
 機体には異常がなく、衝撃波も感じなかった。

「一体なんなんだ......?」

 レオがそう口にすると、心底疲弊した様子の少佐がガンシップ内に戻ってきた。

「まぁ、ちょっとした飛び道具だよ......」

 少佐はそう言うと、ガンシップ内の床に背を倒す。
 その様子を見たレオは急いで駆け寄った。

「おい少佐!大丈夫か!?」

「平気だ......、ただ。少し頑張りすぎた......」

 息の荒い少佐の様子に、レオは少佐の額に手を当てる。

「すごい熱だ......!ゼンベル!少佐の様子がおかしい!どうすればいい!?」

 少佐は意識を朦朧としていたようだった、レオは操縦席の方に向かって声を挙げる。

「ヘラクロリアムを放出しすぎたんだ!、とりあえず飲み物かなんかで体を冷やしてやれ!」

 ゼンベルが大声でそう返す。

「あぁ!分かった!」

 そう言ってレオは、救急キット近くに置かれていた小型冷蔵庫を開け、大量の冷えた缶飲料を取り出す。

「んだこれ!全部ビールかよ!?」

 そう言いながら缶を少佐の体中に当てるように配置する。

「とりあえずこれで......、にしても絵ずらが犯罪級だなこれは」

 すると、少佐は徐々に目を開ける。

「くっ......、すまない。意識を失ってしまったようだな」

 少佐はそう言うと、身体を起き上がらせる。

「おいおい、あんま無理しないでくださいよ少佐」

 レオはそう言うと、少佐は近くの缶ビールを見つめそれを手に取る。

「大丈夫だ、こう見えても私達の体はかなり丈夫だ。ちょっとしたことではどうということはない」

 少佐はそういうと立ち上がる。

「さて、ゼンベル。少し早いが、予定通りに北方戦線に向かってくれ。私は今から今回の襲撃について何が起きてるのか本部に状況を確認する」

「了解です、少佐ァ」

 こんな危機的状況を過ごしたすぐ後にも関わらず勝利の余韻に浸らない少佐を見て、どんな世界を生きてきたのか想像がつかなかった。
 価値観とか、住む世界が違うなんてものではない。
 少佐とレオとの間には明らかに壁がある。

 それは、決して超えることの出来ない生物としての隔たりなのだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ―――同刻。

「まさかあのゼノフレームの対空網から抜け出すとはねぇ~、少し予定と違うが、まぁいい。何れにしろ彼らはヌレイ戦線へと向かうだろう。面倒だがそこで直接、奴を回収できればそれでよい......。もうこの体に要はない」

 アウレンツ大佐はそう言って、司令部からは姿を暗ました。




[43110] 侵攻の兆し
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/19 19:49
 ―――セクター7の空域から飛び出た少佐達のガンシップ。
 落ち着きを取り戻したその船内では、少佐が友軍に強襲された一連の出来事について船内の通信機から上層部と連絡を取り合っていた。

「―――なるほど......我々を襲った部隊は、アウレンツ大佐のとこの連隊規模の部隊ですか......。実に信じ難い話です。今回の騒動での指揮系統は判明しているのですか?指揮官は?アウレンツ大佐が直々に指揮を?さて、彼の恨みを買った憶えはないですが......」

 船内からは少佐の更なる上官か、又はそれ以上に匹敵する関係者と思わしき人物との会話が聞こえてくる。
 少佐の反応を見ている感じでは、アウレンツ大佐とやらの独断作戦という事らしい。それにしても物騒な世の中になったものだ、今となっては軍の内部抗争など珍しくもない話になってしまったが、まさか自分自身がそれに巻き込まれる立場になるとは。

 肥大化した軍事力を持て余す利己主義な指揮官達が己の軍閥を潤わす為の下部機関となり下がり、こうして度々軍内部での抗争が勃発する。
 その度に各勢力とは利害関係が浅い地方傭兵達はよくこき使われ雇われたものだ。
 こんな欠陥だらけの悲惨な軍事態勢のまま既に数百年が経とういうのだ。
 正に世は乱世とでも言うべきか、よくこんな国が未だに成り立っているものだと心底不思議に常思う。
 だが、少佐の言う『覚醒者』なるモノたちの存在と、周辺国との取り巻く環境を考慮すれば、一見無秩序のように見えるこんな現状でも、なにかどこかで合理的な側面があったとして不思議ではない。
 まぁ結局のところ、如何に崇高な文句を垂れた所で世界の状況を高い所から見渡せない以上、複雑な世界機構を考慮できない素人見解など、何の生産性もない私的な戯言ではあるのだが。

 しばらくすると、連絡を終えた少佐は座り込んだレオの方へと静かに近づいてくる。

「......我々を襲った部隊の指揮官、アウレンツ大佐だが......彼の遺体が先ほど自宅オフィスで確認されたのだそうだ......。それも、死亡推定時刻約三日前......、作戦決行日には既に彼は生きていない。だが作戦に関わった連隊の聞き取り調査によれば大佐は現場で指揮を取られていたと言うのだ」

「―――え、えぇと、つまり......成りすまし、ということですかね......?」

 レオはそう歯切れが悪そうにそう言う。

「―――ふむ、話によれば。大佐は部下たちとの交流は深かったと聞いている、そんな慣れ親しんだ隊員相手に気づかれない変装など、そう簡単にできるものだろうか。姿や声まで似せていたとなると非常に高度な芸当だ」

「いやぁ、その。ぶっちゃけ覚醒者の能力って線はないんですか少佐、俺みたいなそっちの事情に詳しくない素人からしたら、真っ先にそれを思いついてしまうが」

「まぁ、否定はできないな......。なにせ覚醒者の中には我々の理論で体系化できない不可思議な力を持った存在の例も、私の管轄外故に噂程度だがたまに聞く事がある。だが、さすがにそうなると尚更非現実的、不可能かもしれないな」

 ―――非現実的......?俺から見れば、少佐の能力だって非現実的なモノの類のように思える。
 それを踏まえてなお不可能に近い能力というものがあるという、いくら覚醒者といってもなんでもありというわけでもないのか。

「なぜ、尚更不可能だとお思いで?少佐」

 レオはそう少佐に問う。

「なぜ?か......そうだな。我々覚醒者と言っても、その能力の殆どは似通ったものばかりで、思う程個体別による多様性は余りあるとは言えない。そんな覚醒者すら先天的に人類の中から生まれてくる確率はずっと低く、その中でも更に特殊個体が出現する可能性は極めて低い。単純に確率的な話だ、それにそんな特異存在は上層部の組織が全土に張めぐされた地域ごとのヘラクロリアム濃度を測定する監視網によってすぐに目をつけられる。そうなったら早急にイニシエーター協会に回収されるか、イレギュラー要素であればどこかへと幽閉されるか。まぁ後者のは噂程度の話で本当にそうしているかは私でも分からないのだが」

 少佐がそう話をしていると、背後の通信機が着信音の如く鳴り響く。
 それに気づいた少佐は振り返ると、再びその通信機を手に取る。

「独立機動部隊本部からか。―――はい、レイシア少佐です。閣下でしたか......。えぇ、我々は全員無事です。それより今回の件、実に不可解ですね。そちらでも調査部隊を回して頂けると助かります、我々も一人諜報要員を置いてきましたので、そちらの方で協力して頂ければと。えぇ、あぁいえ、我々はこのまま北上してアンバラル第三共和国に向かい、前線の救援要請に応えようかと」

「―――なに、それは本当か!?ならいますぐ引き返すんだ少佐」

「......?なぜですか閣下......?」

 少佐はその通信機を手に取ったまま怪訝な顔を見せる。

「―――ヌレイ戦線は帝国軍の大規模侵攻による今しがた崩壊したとの報告が入っている。ヌレイ戦線のアンバラル北部統合方面軍は現在、第3セクターまで撤退している。前線基地は既に陥落し、非常事態宣言が何れ発令されだろう。貴様たちは一度中央セクターに帰還し、再編成の命令を待つんだ」

「そ、それは、本当なのですか閣下!?......しかし......お言葉ですが閣下。我々はこのまま北部第3セクターに向かいます。向こうに部下を置いてきています故、みすみす部下たちを見殺すような真似は、できますまい」

「―――そうか、ではそうするといい。私は止めんよ、何かと戦い続きのようだが、今は幸運を祈るとしよう。くれぐれも死んでくれるなよ少佐」

「はい、閣下」

 そう言って通信が切れると、その場には静かな空気が数秒続く。少佐の表情からは重たい空気が船内に伝わり、それは直に見ていないゼンベルですらそう感じさせた。

「......少佐?なにかあったんですかぃ?」

「ふっ、あまり驚くなよゼンベル......ヌレイ戦線が崩壊したとさ」

 少佐がそう言うと、ゼンベルは言葉にならないような声を出す。

「......うぇ?......えっ???いや、えっ?へっ?少佐。いや、えっ?えええええええええええええええええええ!?!?!?!?」

 ゼンベルは急に馬鹿でかい大声を出すと同時に機体も揺れた、レオはゼンベルのその大声に思わず耳を塞ぐ。

「うるさいぞゼンベル、とにかく今は部隊と合流する為にもこのまま第三セクター、現在の帝国軍との最前線基地に向かう」

 少佐にそう言われたゼンベルは小声で謝ると、黙々と操縦桿を握り直す。

「さて、一度や二度のトラブルで終われないのがこの職業のいいところだぞレオ?とはいっても、こんなタイミングでの帝国軍による侵攻なんてな......、まさか私が生きている内に大国同士の大戦争を拝む事ができるとは、いやはや、完全に想定外だ」

 少佐はレオの方をみながらにやにやとそう語る。

「嬉しそうだな......、少佐。しっかし、まぁまさか北方の戦線が破られるなんて、ましてや世界最強の軍団規模を誇る共和国軍に限ってそんな事があろうとはねぇ......、平和ボケってやつですかねぇ?常日頃から闘争心を燃やし続けてきた帝国の咄嗟の侵攻に対応できなかったとはね、まぁ非国民の俺からしたら別にどうでもいい話って感じだが、地方傭兵時代の俺だったら仕事が増えるつって飛んで大喜びしてたかもな」

「まぁレオ、初任務からいきなり大戦争に突入した兵士などそう居るもんじゃないぞ?こんな経験滅多に出来ないんだ、せいぜい心待ちにして欲しいものだがな」

 少佐の純粋な善意なのか、少女特有の無邪気な笑顔を振りまくその姿と、そのような皮肉かどうかすら分からない言動は、レオを悉く悩ませるが、同時に静かに胸の内で覚悟を決め始めていた。

 気流に揺れる船内で不安に煽られながらも、レオ。
 そして少佐達は戦火真っ只中であろう最前線基地、少佐の部下たちが待つ、第3セクターへと向かって行った。



[43110] ヌレイ
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/19 23:04
 ―――共和国北部。アンバラル領第3セクター、その中央に聳え立つメガストラクチャーの外観が航行中のガンシップの窓から垣間見え始め、いくつかの黒煙がその先で発生しているのが見えた。
 かすかだが、現地の無数の轟音がここまで聞こえ始める。

「―――もうすぐ到着だぁ〜、降りる準備をしておけぇ」

 ゼンベルが眠そうにそう船内アナウンスをする。
 総航行時間で言えば途中立ち寄った燃料補給も合わせて実に約七時間程度。ゼンベルはぶっ続けで操縦をしていた。
 南から北まで一夜に横断したのだ、交代もせず一人で担っているというのだから相当な負担になっているはずだ。

「大丈夫かゼンベル」

 レオは操縦席側の方へとより、そう声を掛けた。

「あぁ?まぁべつに苦じゃねーが、ちょっと眠みぃな......」

 そう言って大あくびをかますゼンベルとは対照的に、少佐の方に疲れている様子はまるでなかった。昨晩あれだけのことがあったにも関わらずだ。
 むしろ、これからの戦闘により真摯に備えるかのように窓外を見つめる。
 しかし、その人間離れした様子からは、ただ疲労が少ないというより、|疲労そのものがない《・・・・・》ようにもみえた。

(単純に慣れているからあんなにピンピンしているのか、それともそういう覚醒者の体質なのか。どっちなのかねぇ)

「―――ん?どうしたレオ、私の顔になにかついているか?」

 少佐はレオから向けられていた視線にそっと気づく。

「あぁ、いや。そういえばミーティア......中尉は大丈夫だろうか?」

 レオはまるではぐらかすかのようにミーティア中尉の話題を口にする。

「ん。中尉なら大丈夫だろう。彼女とは部隊創設以来の長い付き合いだが、何かと裏工作のようなヒソヒソとした活動が得意な奴だ。今回もそれなりの情報を集めて後に合流できるだろうさ、フィジカルも強靭だしな」

「あぁ......、確かに。中尉は見た目からは想像の付かないような筋力をお持ちの様で......。その、もしかして......?」

「いや中尉は人間だ、それと彼女の前でその話は余りしない事だ。存外気にしているようだからな」

「ほう......。了解」

 乗ってきたガンシップは第3セクターの軍用ターミナルに、誘導灯を持った兵士達によって場所を案内され到着した。
 レオ達はガンシップから降り発着場を見渡すと、そこには多くの前線から撤退してきたであろう共和国軍兵士達の大量の負傷兵達が、ありとあらゆる場所に簡単なシートが引かれたその上で寝かされていた。
 この状況を見る限りではかなり悲惨な様子だ、ここの展望デッキからヌレイ戦線を一望できるはずの景色は戦闘による黒煙によってその状況を視認する事は困難。
 このセクターから少し離れた戦線側の高層ビル群のある場所では、たびたび閃光がちらついて発生し、戦闘は未だ続いていることが良く分かった。

「―――レイシア少佐お待ちしておりました。セクター管理長官が臨時司令室にてお待ちです。既に作戦会議室は開かれています、お急ぎを」

 到着した瞬間、少佐の方へ駆け寄ってきたその共和国軍兵士はそう言った。

「了解した、直ちに向かう」

 そう言った少佐の後に付いていこうとするレオとゼンベルだが、少佐は手を振りかざしてレオ達を静止させる。

「ここは私だけでいいだろう、君たちはここで他のレイシア隊を探し出して合流しておくんだ」

 少佐は簡単にそう言い残してレオ達の前から姿を消していった。

「今更だがレイシア隊ってどうなんだ?まんまじゃねぇか......」

 レオはゼンベルにそう言う。

「あぁ?どこもそんなもんだぜ。わかりやすい名前ならなんでもいいだろぉ」

「......で、そのレイシア隊。肝心の隊員は何人くらい居るんだ?」

「俺らをふくめて9人。つまりお前さんが会ってない隊員はあと5人ということになるなぁ」

「その残りの5人はどこにいるんだ?連絡は?てかまずここにいるのか?」

「分からん、まぁ多分ここにいるだろ。連絡はさっきから試してだが、ダメだ。どいつもコイツもでねぇ」

「おい、そんなんでいいのかレイシア隊......」

 残りの隊員の捜索をするにしても、このセクターと呼ばれる巨大構造物はその名の通りとてつもなく広く巨大な構造物だ。
 片っ端から探しまわるのは現実的ではない。

(とりあえず聞き込みでもするかね)



 ―――レオ達は手当たり次第に、手の空いてそうな職員や兵士に聞き込みをする。しかし、有力な目撃情報が手に入る様子はなかった。

「んあぁ、こりゃだめだなぁ」

 ゼンベルが嘆く。しばらく時間が経つと、手の空いてそうな外壁沿いの通路の警備兵達を見つけ、レオは再び声をかける。

「あの、ちょっといいか。えぇと、レイシア隊を見かけなかったか?」

「―――なんだ?レイシア隊?あのいかれビッチの所属している独立機動部隊のことだっけか?」

「い、いかれビッチ!?!?それってレイシア少佐のこ―――」

 レオがそれを言いかけるとその警備兵に口を勢いよく塞がれる。

「おいおい黙れよ!ちげーよ!!!あの女に聞かれたら殺されるぞお前!」

 そう言ってその警備兵は手をレオの口から離す。

「―――ん、すまない。早とちりしすぎた。それでなんか知ってるのか?」

「さぁな、詳しい事は分からん。だが流れてくる通信機での話じゃあ、何かしらの機動部隊が前線逃れの兵士のしんがりを務めてたっぽいような事は聞いたが、多分それかもしれないな」

「......そうか、いや十分だ。感謝する」

 レオはそう言って手を挙げて軽く会釈すると、その警備兵達から離れる。
 仲間を逃がすための時間稼ぎをしていたとするなら、まだここには居ない可能性がある。負傷兵の様子をみてもまだ撤退してきた部隊が到着してからそんなに時間が経っているとは思えない。

「おい、レオ。さっきの話だが......」

 ゼンベルはよそよそしくレオにそう話しかける。

「あぁ、俺も丁度気になってたところだ。そのいかれビッ―――」

「うおぉおい待て待て!いちいち最後までいわんくて言い!まじでアイツはおっかねぇからな、いつどこで聞き耳を立てられているかもわかんねぇからよぉ、死んでもその言葉をアイツの前で口にしちゃならんぞぉレオ」

 ゼンベルは慌てふためく様子でレオに言葉を被せる。

「あっあぁ......。そんなにおっかないのか......?俺はもう今からでも不安を感じ始めてるよ......」

「いいかレオ、その女は確かにおっかねぇが部隊の中でも戦闘能力だけはずば抜けて優秀なんだ。ただ、その。そう罵り文句を言われるだけの事は確かにあるんだなこれがぁ、まぁお前も見れば分かる......」

「そ、そうか。肝に銘じておこう......」

 レオは心に重い将来的不安を抱えながらも、話を本題に戻す。

「まっ、まぁそれでだゼンベル。肝心のレイシア隊だが、もしかするとここにはまだいないのかもしれないぞ」

「あぁ、あの警備兵の話を信じるんでありゃ、あいつらまだ戦ってるかもなぁ......」

 ゼンベルは黒煙の渦巻く戦線の方へと視線を向ける。

「少佐に指示を仰いだ方が良いかもな」

「あぁ、確かにな」

 ゼンベルは携帯通信機をその場で取り出し、少佐に連絡を図ろうとする。

 ―――しかし、その時。セクター上層階からの複数の爆破音が建物内に突如響き渡った。

「―――な、なんだっ?爆撃?!」

 その爆発音が全体に響き終えた後、すぐにセクター全体に緊急警報とオペレーターによるアナウンスが響き渡る。

「―――第二区画、及び第三区画にて帝国軍の強襲突撃機による歩兵部隊の侵入が確認されました。その他襲撃位置、共に詳細戦力は未知数。周辺区画のセクター駐屯部隊はこれを直ちに迎撃してください。民間人の避難を最優先、動けるものは直ちに負傷兵の後方輸送を迅速に開始。繰り返します……」

「強襲突撃機だとぉお!?接近に気付かねぇとはアンバラル軍も落ちたもんだなぁ?」

 ゼンベルは煽り口調でそう言葉を放つ。

「どうすんだゼンベル」

「ふーむ......、緊急事態だ。お前さんは迎撃に参加したほうがよさそうだな、言われてた通り負傷兵の後方輸送を手伝う」

「分かった、やっと俺の出番ってわけだ」

 ここでゼンベルと別行動を取ることになった。
 セクターで強襲突撃機による襲撃があったのは、上層の第二、第三区画。
 発着場のここは第七区画、民間人の避難所になっているところが第八、第九区画。
 荷物用エレベーターで上層まで上がれるが、問題は想定される敵部隊の規模だ。
 強襲突撃機、揚陸能力を保有する小型航空機での直接突撃。突撃後は施設内で部隊を展開するという力技極まった捨て身覚悟の戦術兵器だが、これがかなり厄介な代物だ。おそらく大隊規模かそれ以上の帝国兵がセクター内に既に流れ込んで来ている可能性がある。

(てか、武器はゼンベルのガンシップに置いてきてしまっている。とっくにゼンベルは出ているだろうし、武器は現場調達だな)

「おーい!ちょっと待ってくれー!」

 上層に向かうであろうと駐屯部隊にレオは声をかける。

「俺はレイシア隊......独立機動部隊の隊員だ、俺も迎撃に参加する。武器庫は近くにあるか?」

「―――レイシア隊だと?あのいかれビッチで有名なレイシア隊か!?マジかよ!おいおい助かるぜあんた!武器庫は丁度こっちだ、ついてきてくれよブラザー!」

 レオは苦笑いでその場を切り抜け、その共和国駐屯兵の後を追って航空機の貨物搬送用大型エレベーターに共に搭乗する。
 エレベーターは上昇し始めると、突然隣の共和国兵士の一人がレオに話しかけてくる。

「―――貴方、レイシア隊の人なんですか?そういえば他のレイシア隊も先ほど帰還したばかりだと言うのにもう上層に向かったって話を聞きましたよ。さすがですね独立機動部隊のエリートさん達は、憧れますね全く」

 通常はヘルメット等で兵士の中身を見る事ができず傍から見るだけでは性別などの区別がつかないが、その兵士の声音で女性の共和国軍兵士である事が分かった。彼女はそう言って部隊を褒めているようだが、妙に皮肉じみたニュアンスをも感じ取れた。

「なにっ!?それは本当か!?」

「えぇ、先ほど仲間の部隊からそう報告する内容の話を聞きましたよ」

「そうか!良かった。このまま順調に合流できるといいが......」

 貨物用エレベーターは、第四区画に設置された仮設武器・補給庫にたどり着く。

「―――よし、着いたぞブラザー。武器と弾薬はその辺にあるから好きなだけもっていってくれ。んじゃ、我々は先に向かうんで」

「分かった、感謝する。健闘を祈る」

 レオにそう言われその兵士は手を挙げて去ろうとしたが、なにかを言い忘れたのかすぐ引き返してきた。

「―――おい、例のレイシア隊。あそこに居るじゃねぇか、すげぇなブラザー。あんなのと仲良くできるなんてよ」

 その兵士の指を指す先に、5人の人影があった。その人物達は明らかに周りの兵士達とは雰囲気や装備の異なる風貌した人物達だった。
 彼らは一つの弾薬箱を取り囲み、装備を整えながら何やら談笑でもしているようだ。

「あっ、あれか......?」

「あぁ、仲良くしろよブラザー。それじゃあな」

 そう言ってその兵士は去って行った。
 レオはその兵士を見送ると、再びその五人のレイシア隊の人物達に目線を向ける。
 その五人の醸し出す風格や恰好はまさに戦場のプロを思わす......。
 ―――と、レオはそう思っていた瞬間。

 少佐と同じ、一人のある白銀髪の女性の姿が目に映った。

「あ、あの人......布面積が......!」

 確かに、その女性以外の周りの人物達は、共和国軍兵士とは異質の圧倒的なオーラを纏っていた事は確かだ。
 他の共和国軍兵士とは別規格の装備を纏っており、防具も異なっている。明らかに特殊な兵士達だ。
 しかし、その中でもずば抜けて特殊な人物の姿、全体の布面積が肌に比べて10%にも満たないようなその女性の存在は、極めて強烈にレオの脳に印象付けられてしまう。

(―――なるほどな、ゼンベルの言ってたこと。理解したぜ)
 
 軽く赤面をしたレオは目を瞑りながら、そんな風に心の中で思うと、残りのレイシア隊達と合流すべくその五人の集団へと憂えげな様子で近寄っていったのだった。



[43110] 部隊との会合
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/25 20:58
「―――あ、あのぉ......」

 レオは恐る恐る、その五人の輪に声をかける。するとその全員が示し合わせたかのようにギロリとこちらを同時に見る。

「―――んぁ?どうしたんだい兄ちゃん、なんか用か?」

 珍しい顔立ちをした男が最初に反応する。その男は改造に改造を重ねたと思われる正規品からは程遠いごっててごての改造狙撃ライフルを背負っていた。そしてその人物の両方の脚部にはシースナイフを二本装備している。
 風貌を見る限りでは明らかにスナイパー職の兵士だが、接近用のナイフを二本も装備している辺り、恐らくはマークスマン型の前衛職と考える。

「超接近型のマークスマン、と言ったところか?珍しいなあんた」

 レオはその男に対して、粋なコミュニケーションを図るべく突如そう言った。
 そう言われたその男は、君が悪そうに微妙な薄い反応をレオに返す。

「―――へぇー、すごいすごい。マドの戦闘スタイルを見抜くなんて、よくわかったね」

 その男の背後でなんとも甘い声でそう賞賛したその人物。
 白銀の髪を靡かせ、長さはセミロングといったところ。宝石のように美しい真紅の瞳に、前髪には奇妙な髪飾りをした例の『いかれビッチ』とも呼ばれるその対象と思わしき女性。雰囲気そのものはレイシア少佐と酷似しているが明確な関係性は不明、姉妹か何かだろうかとレオは思う。

「あっ、あぁ!まぁ以前にそんなスタイルのやつを見た気がしてな。すぐに死んでた気がするが......」

 レオは若干無理をして強気な態度を取って見せる。

「あっはっは!そいつは間抜けだなぁ!」

「―――ところで、君は何者なのです?」

 マドと呼ばれていた男が大笑いをしていると、すぐ隣にいたもう一人のその女性。気品ある二十代半ばと思わしきその人物がそう口を開いた。
 腰には何丁ものハンドガンや滅多にお目にかかれない軍用規格のハンドキャノン等、そんなに必要なのかというぐらい身につけている。

「すまない紹介が遅れた。レイシア隊に最近入る事になった元傭兵のレオ・フレイムスだ。少佐の方から聞いてると思うが......」

 レオはそう言うと、一同はレオをジロジロ見る、そして一瞬間を置くと「おぉ~」と言って声を合わせた。

「なるほど、君が例の少佐が言ってた傭兵さんですか......」

「あらぁ!あなたが私たちの新しいお仲間だったの!?」

 先ほどの甘い声の持ち主がグイグイとこれでもかというくらいレオに迫る。彼女の生暖かい体温による身体的接触と、真紅の瞳に見つめられ少し動揺を見せるが、彼女を優しく突き放してレオは態勢を整える。

「そ、そうだ(ちかい、ちかい......)」

「―――っつーことは、少佐やゼンベルも一緒なのか?」

 その場に居た大型の重火器を背負った大男が初めて口を開いた。見た目どうりの重火器使いといったところで、それ相応の筋肉が彼の体を強固に包んでいた。

「あぁ、ゼンベルはさっき負傷兵の輸送を手伝いに行ったところだ。少佐は臨時司令部とやらに向かわれたよ」

「なるほど、状況は分かった。少佐達との合流をしたいのは俺たちも山々だが、まずはここを守らないといけない。詳しい話やらはここを凌いだ後......といきたいが。簡単な自己紹介ぐらいは済ませておこうか。俺はルグベルク・ドナーだ、よろしくな。さっきのマークスマン野郎はマド・ササキだ」

 ルグベルクにそう紹介されたマドは「うっす」と軽くレオに会釈する。すると先ほどの真紅の瞳の女性が「はいはーい!」と急に前に出る。

「私はレフティア。こう見えても立派な戦士よ?多分薄々気づいてると思うけど、私もレイシアと同じイニシエーターなの。あとそれと、彼女はホノル・リディね。口下手だから私から紹介しておくわ!彼女とはレイシア隊創設からの仲よ」

 ホノル・リディは「よ、余計なことを......」と言いながら、いきなり話題に出され戸惑っているのかワタワタする。

「よ、よろしく......」

「どうも......」

 レオはそうホノルと軽い挨拶を交わす。彼女とレオ、お互いに年齢は近いように見えるが、彼女からは特殊な軍人らしからぬよそよそしさをレオは感じとる。その様は何だか小動物のようでもあった。

「―――さて、僕が最後に回されちゃいましたかね」

 メンバーの中で最後まで沈黙していた爽やかな青年の雰囲気を纏うその男はそう話した。見た目の装備では他の特殊な武装を身に着ける他メンバーとは違い、共和国軍の普遍的な装備一式を採用しているようだ。

「僕はフィン・ホンドーと言います。以後お見知りおきを」

「どうも、フィン。見た様子じゃ他のメンバーとは違って、奇抜じゃないんだな」

「えぇ、まぁ。これらが結局一番肌に合うんでね」

 フィン・ホンドー。彼は爽やかな笑顔でレオとの挨拶を済ます。
 一通りメンバー全員との挨拶を済ませると、ルグベルクが現在の知り得る戦況について話し始める。

「―――よーし新入りもきたところだし、軽く状況をおさらいするぞぉ。俺たちが駐留していた北部のヌレイ前線基地は、たった約十五時間前に突如として陥落した。帝国はそれまで兆候の無かった膨大な戦力でいきなり進軍しはじめ、当然なんの対策もとれてなかった我々を含むアンバラル同盟軍は撤退戦を強いられた。っつーわけでこのステーションまで退却、そして今に至る。俺達は数多くの負傷兵や遺体をここまで運ぶのを援護してきたが、どういうわけか間髪を入れずにこのセクターにまで攻撃を仕掛けてきやがった。帝国軍は本気でアンバラル領を奪いに来てるようだ、この帝国軍の膨大な戦力相手に、正直このセクター単体で守り抜くのは、本国からの援軍や救援物資が延々と到着しない限りほぼ不可能だろう。現状セクター1の駐屯軍は壊滅的状況。他のセクターからの援軍もおそらく間に合ってない。臨時司令部からはまだ通達はないが、何れまた後方のセクターまで退却し、動ける俺達は友軍撤退支援の為の遅滞戦闘に努める事になるだろう事は容易に推測できる。っつーわけでだ、できるだけ我々で下に居る民間人やら負傷兵連中が避難しきるまで時間を稼ぐ。この階層以降には帝国軍連中を一歩も踏み入れさせちゃあいけねぇ!!!」

 ルグベルクの気合いを入れた状況説明に、一同は「―――了解」という冷静的な熱量の釣り合わない返事をする。やがて戦闘準備を整えたレオはレイシア隊と共に、戦闘地区になっているセクター上層区間に向かう事となる。
 先ほど乗ってきたエレベーターは上層への通路が封鎖されているため、別の運搬用エレベーターを使う。
 少し広めの空間があるその運搬用エレベーターに、レイシア隊は多数の共和国兵と共に乗る。

 そしてやがて上昇していくエレベーターの中で、一際目立つ白銀の存在。レフティアが意図せずして視界に写りこむ。
 その余りにも戦場にそぐわない容姿と恰好は、これから共に戦う事を想像することすら罪悪感を覚えるほどのものだった。
 レイシア少佐の時もそうだったが、戦場へ赴くには余りにも彼女たちは若すぎるだろうと、そうレオは違和感を感じていた。
 だが、だとしても。
 それでも彼女たちは自分なんかよりよっぽど強くて、それでいて多くの生命を殺してきたはずだ。罪悪感を覚えるなどと、彼女達に対して失礼というものだろうか。
 一体どういう経緯で彼女たちはここにいるのか、レオにはまだ知る余地もないが。

 そんな事に気を取られている前に、レオは目先の戦いに集中する事とした。










[43110] 補給ルート
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/26 22:04
 ―――レイシア隊を乗せた運搬用エレベーターは、上層第三地区に向け上昇し続ける。エレベーターは積荷用ではあるものの、それなりに頑丈な作りになっていた。
 扉が閉じた以降、外のエレベーターを吊り上げるロープが軋む様な雑音は殆ど聞こえないほどに壁は厚い。しかし、エレベーターが上昇して行くにつれ上層の方角からは激しい戦闘の衝撃音が壁伝いに直に伝わってくる。
 エレベーターは幾度となくその衝撃によって左右に揺れ、中に閉じ込めた兵士たちの不安を掻き立てる。

(まさか俺が国家間の戦いに関わる日がやって来こようとはね......、寿命の間でもそんな事ありえねぇと思ってたぜ。まったく、何が起きるか分かったもんじゃねぇな人生っつーのは)

 まさにここは夢に見たような本物の戦場そのものと言っても過言ではない。今までの薄汚い利権を巡った根源たる人間的渇望に基づく、たかが知れた地域規模の抗争や紛争なんかじゃなく、かつて世界の覇権を巡って大戦争を繰り広げた。その後継国かつ強大な国家同士、互いの大正義を掲げた真剣真っ向勝負。
 最新鋭の兵器が使いつぶされる日常、桁違いの数の敵と、そして味方。
 その規模故に決して絶えることのない銃声、そして鳴った分だけ並ばされていくような見たことのない数の名誉死体。

(はぁ、そう考えると如何に今までの己の人生が甘ったれていた世界だったのか身にしみて分かるってもんだ、これが。本物の闘争の世界......、かつての先祖達が体験したような死に際の世界。本当に、始まるのか......。―――いま、ここから)

「「―――総員、戦闘態勢!!!」」

 かつてないほどに響き渡る銃撃音と爆発音が寸前に迫りつつ、どこからかそのような掛け声が聞こえてくる。
 それを合図にしてかルグベルクは背中に背負っていた携行用に調整された重火器、チェーンガンを正面に構え、どデカいマガジンを装填する。その面構えからは不安や恐怖を思わせない、まさに戦場のプロを想起させる。

「―――なぁレオ?」

 自分の名を呼ぶ方へ顔を向けると、マドは脚部のシースに入れていたコンバットナイフを左手で取り出した。

「せっかく隊に入ったんだ、こんなところで簡単に死んでくれるなよ?」

 マドはそう、へらへらとさせながらそう言った。

「......当然だ」

 エレベータは激しく揺れながらとうとう遂に、上層第三地区に到達する。他の共和国兵や隊の仲間は一気に身構えた。
 ここから先は正真正銘の地獄であると伝えるかのように。
 エレベーターの扉は徐々に開き始める、先ほど乗る時に扉が閉じた時よりも、開くときはとても長い時間が過ぎてるように感じる、生命の純粋接続。
 やがて扉が人一人通れる広さまで開くと、環境の音圧が切り替わる。外壁の損傷によって外の光が入り込んできており、その光は人工光なんかよりも真っ先にエレベーターの中を照らし始めた。他の共和国兵達は外へとなだれ込むかのように狭い隙間から我先にと飛び出していく。

「さてさて、お手なみ拝見といこうかな」

 マドはそう言い残すと、レオより先にエレベーターから出ていった。
 レオはこの状況に多少の興奮を憶えると、ライフルを握りしめそれに続いた。


 ―――震える地面、鳴り響く砲撃が共鳴してセクター内は、隣の仲間との声を通じての会話が困難な程に爆音に満ち溢れる。
 だが、予め渡されていた片耳に嵌めるイヤーピースタイプの無線通信機には外界のノイズを軽減する機能が備えられている、ゆえに各主要部隊間の通信、そしてルグベルクからの指示も正確に聞き取れる。

「―――ちっ、どんだけ入り込んでやがる......レイシア隊各員に通達する。敵の戦力規模は想像以上だが、この区画を一度押し返さなければ、我々の撤退の時間を稼ぐのは極めて困難だ。敵の詳細戦力は今尚不明、イニシエーターのレフティアが先陣を切る、マドとリディはレフティアの後に続け。後のものはそのまま後方から支援、まずは敵の先鋒部隊を崩すぞ!」

 レイシア隊一同の「了解」の掛け声と共に、レオはルグベルクの後に続いて既存の後方支援部隊に合流する。後方の仮拠点にはあらゆる障害物やコンテナを移動させた軽要塞が築かれていた。前に出ていた負傷兵が次々とここに運び込まれ、到着する援軍と入れ替わりに負傷兵や死体が先程とは別ルートの運搬用エレベーターに運び込まれていく。

「ルグベルク、この部隊において俺の役割は何だ?何をすればいい。前には三人だけでいいのか?」

「まぁまて、あいつらは近接戦闘に慣れた小回りの利く連中だ。戦況維持はやつらに任せ、俺達は俺達なりの役割を果たす。既に別働隊が敵の空中経由の補給線に回り込んでいる、奴らの怒号の侵攻を可能にしている補給路を破壊しにいくのが目的だ。俺たちはそれをしに行く、その為にも更にセクターの上層に上がる」

「まぁ、分かった。それは構わないが、だがどうやって上がる?」

「―――裏ルートですよ、ソレを持って付いてきてください」

 フィンに指された先には肩掛け式のランチャーが置かれていた。
 言われた通りレオはそれを抱えると、ルグベルクはランチャー二丁程を軽々しく両腕に抱える。
 そしてフィンの後を降り注ぐ銃撃戦の中で追っていくと、やがて施設内の非常階段に辿り着く。

「まさか非常階段を登っていくつもりか?」

「いやまさか、至る所の天井が既に崩落していて使えませんよ、そこ。後ろを見てください」

 少し振り向くとその先には、人為的に作られたかのような空洞が上へ回り込むように掘られていた。洞窟の壁は補強されていて、その先はどうやら上層まで繋がっているようだ。

「すげぇなこれ、いつのまにできたんだ?」

「施設科別働隊の類い稀な補強技術によるものです。彼らはその気になれば構造物に自由に独自の道を即興で作り上げられます。しかしそうは言っても応急的な補強です、道はこの揺れの中じゃあそう長くは持ちません、急ぎますよ。別働隊が先で待ってくれているはずですから」

 空洞の中は急斜面が多く、足掛けもその場限りの不自由な位置にあり非常に登りづらい。まるでクライミングでもしているかのようだ、だが建造物内での自然崩落的なクライミングなど実に斬新な体験であることは違いないので貴重な経験だ。
 登り始めて数十分が経つ頃、遂に出口と思わしきものが見えてきた。
 しかしその出口付近は飛び出たパイプや鉄線が飛び出ており、強引に登ろうとしたレオの腕は傷だらけになる。
 そうしてこうしてようやく登りあがると、敵が上層ターミナルの富裕層向け免税店エリアに築いた補給基地が見下ろせる天井作業用通路に出る。
 そしてその先には密かに息をひそめ、なにやら作業をしている別働隊の姿もあった。

「うぉまじか、ここからなら敵を一掃できるな」

「そうしたいのは山々ですが、そうもいきません。このランチャーは補給基地そのものを破壊するのではなく、補給ルートを崩すのに使います」

「よし、そうと決まれば......」

 そう言ってレオは、傭兵時代に支給品で使い慣れたその量産型ランチャーを肩に掛ける。

「待ってください!ランチャーは撃ちませんよ!こんなとこ居場所がバレたら蜂の巣ですって、使うのはその中身とランチャーに搭載された遠隔爆破機能です、残念ながらランチャーは即席爆弾の為の材料ですよ」

 フィンはそう言って背負っていたランチャーを地面に置き、手慣れた様子でランチャーを解体し始めた。ランチャーに装填されていたミサイル弾頭を取り出し、ランチャーから操作パネルを強引に引き剥がす。

「へぇ。前線で働く凄腕エンジニアって訳か」

 レオはフィンに向かってそう言う。

「まぁ役割としてはそんなとこですよ、さて。この取付用に改造したミサイル弾を所定の位置に取り付けてきてください。遠隔機能で爆破して層の地盤を部分的に崩壊させます、これで補給ルートを数か所手っ取り早く潰すのと同時に、発着している敵の輸送船の足場も限定的ですがなくしてやります」

 フィンにそう指示され、指定位置に改造されたミサイル弾を取り付けに行く。ルグベルクは主に第二地区の地盤を支える補給ルートと発着場にあたる所の支柱に取り付けに行き、レオは補給ルートの天井に当たる位置に取り付けに行った。
 全体としての構図は、補給ルートを上下で挟み込むような爆弾の配置だ。

「―――取り付け完了したぞ」

「ご苦労です、別働隊は既に退避しました。僕らもここを離れます」

 レオ達は元来た空洞を辿り後方基地に戻ると、先の別働隊と合流した。別働隊の一人が手頃なモニターを取り出すと、そこには先ほどの補給基地の様子が見れる映像が流れていた。

「有線モニターを設置しました、映像良好ですね」

「分かりました、さて。これより盛大に爆破しますよー?最新の補給部隊が向かってくる様子があったら教えてください。それに合わせて起爆しますんで」

 フィンは四つのランチャー分のパネルを無造作に合体させたような装置を取り出し、ミサイル弾を任意的に爆破させる管理画面を表示させる。
 フィンと別働隊の兵士はお互いの顔を見合わせ、その兵士はフィンに合図を出す。そしてフィンは起爆の準備を完了させる。

「なにせ即席の作戦ですからね、上手く起動できるといいですが......」

 フィンはそう言った後、改造ミサイル弾を起動するスイッチを切る。
 だが、数秒経っても爆破の衝撃が伝わってこない。

 ―――一瞬不穏な空気が流れ込み、フィンがモニターを確認しようとした次の瞬間、とある爆音が非常階段の方から盛大に鳴り響いた。
 モニターを改めて確認すると、あれほど広かった第二地区の補給ルートが瓦礫の雨に埋め尽くされていた、しばらくするとモニターの通信も徐々に途切れ始める。

「―――作戦はなんとか成功したようだな」

 安堵の息と共にルグベルクはその場で座り込み、別働隊とフィンも作戦の成功を盛大に祝い合う。
 補給ルートの大々的な崩壊と、発着場の一部崩落によって帝国軍歩兵部隊によるセクター侵攻は大幅に遅れを取ることになるだろう。
 これで駐屯軍や負傷兵達が撤退する時間を確保することができる。

 この瞬間から第三層地区で鳴り響いていた銃声は穏やかになり、敵帝国部隊の指揮系統の乱れが発生しているのか、戦闘地区では後方に引いていこうとする帝国軍部隊が散見され始める。

 ―――その時、フィンの通信機にとある報告が入ってくる。

「......なるほど、分かりました。下層の民間人の避難は概ね完了したとの報告です、そろそろ我々も撤退の準備を」

 フィンからのその報告を聞き、ルグベルクは「よしっ」と頷くとレイシア隊にも通信機で撤退準備を呼びかける。
 近くに築いていた臨時基地からも次々と共和国兵は撤退の準備に取り掛かっていく。

 ルグベルクからの撤退の呼びかけに、レフティア達と共に切り込んだホノルは「撤退ルートを塞がれて混乱した敵歩兵少数部隊の殲滅を完了次第撤退する」と応え、ルグベルクとの通信を終了する。

「おお、相変わらずおっかないねぇ。さて、先に我々は引くとするかね、すまんなぁレオ、あんまり出番なくてな」

 ルグベルクはレオの肩を軽く叩いてそう言った。

「気にしてねぇよ、出番がないのはある意味いい事だ。それに、初任務がホワイトで助かったよ」

 レオがそう答えると、ルグベルクは「がはは」と笑って見せる。その風貌はゼンベルとよく似ていた。
 驚く程静かになった前線辺りの銃撃音は、度々銃声が発せられるとはいえ戦闘の一時的な終焉と膠着を感知させられるものだった。
 レフティア達より先に撤退することになった残りのレイシア隊は、数多くの負傷兵と共にセクターを下層に向けてエレベーターで下っていく。

「レフティアさん達は大丈夫だろうか......?やはり援護しに行ったほうがいいんじゃないか?」

 レオはそう言うと、ルグベルクの軽い笑い声がエレベーター内に鳴り響く。
「何か変なことを言ったか?」といったニュアンスの目線を送ると、笑いを緩やかに止めたルグベルクが真剣な表情で見つめ返す。そして部隊のシンボルマークのようなものを胸ポケットから取り出す。

「我々はお互いの絶対的な信頼をもとに成り立っているのさ、彼女たちがこんなところで死ぬような奴らじゃないってのは我々が一番分かっている。レオ、我々が常に一番の理解者でなくてはならない。命を賭けた仲間というのはそういうものだろう?」

 ルグベルクの取り出したそのボロボロのシンボルマークからは、レイシア隊と共に戦ってきた戦場の数々が、そこからは何となく読み取れた気がした。
 絶対的信頼、それは今までのレオにはなかったものだ。

 ゼンベルや少佐と訪れた最初の区画に戻ってくると、そこにはこちらを見つけたゼンベルが「おーい!」とこちらに向け手を振ってくる。
 どうやらレイシア隊が来るのを待っていたようだ。

「うぉおいゼンベル!無事だったかよぉ!」

「うおぉ!ルグベルク!それにフィン!元気だったかぁ!?ひっさしぃなぁ!?」

 ゼンベルは彼らに近づくとフィンの肩を壊す勢いで強烈に平手で叩き、そのフィンのゼンベルを見る目つきと表情は実に険しいものとなっていた。

「まじでやめてください......」

 フィンがそのように伝えるもゼンベルは無視。
 ルグベルクとゼンベルは再び目が合うや否や、お互いに手を差し出し何か身振り手振りを繰り広げている。
 北方系出身の人々によくみられる挨拶だ。

「―――やぁ諸君、元気そうだね」

 その幼い声にルグベルクとフィンは突如背筋をただし、声のする方を振り返る。
 その先には白銀髪の美しい紅眼の少女、レイシア少佐の姿があった。
























[43110] 真祖のなれ果『ネクローシス』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/08/03 05:34
 ―――ルグベルクとフィンは少佐の方に向けて素早く敬礼すると、少佐は手で安めの合図をする。

「簡単にだが話には聞いている。君たちのおかげで友軍は順当に退却を行えているようだな、よくやってくれた。さてと、我々も後方セクターまで撤退するとしよう。戻ったらレオ・フレイムス。君の入隊祝いだ」

 ゼンベルは「よっしゃぁ!」と叫ぶと、傍のフィンはやれやれと言いたげな表情でその大男に視線を向ける。

「ゼンベルさんは何かとつけて酒が飲みたいだけでしょ......」

 フィンがそう言うと、ゼンベルはその言葉にうろたえる。フィンの言葉に更にルグベルクが便乗し、ゼンベルを追撃する。その様子を見ていたレオは、その瞬間。この部隊に対するアットホームな感情を密かに抱き始めた。

(なんだか、仲良くやれそうだな......)

 ハッキりとした根拠があるわけでもなかったが、その光景から連想される部隊員との日常にレオが加わり、和気あいあいとするような慎ましやかな妄想をする。
 今までに体験する事のなかったような欠如した環境、家族愛にも似たような絆を、この部隊に無意識に求め始めているかのよう。
 そんな妄想をしている自分に気づいたレオは恥ずかし気な様子で自分の頭を軽く叩く。

(ったく......らしくねぇな......)

 その後、レオや少佐達はその場からしばらく移動し、脱出ターミナルに指定された区画にまでやってきていた。
 付近にガサツに建てられていた幾つもある臨時通信基地に寄ると、その場の通信オペレーター達と少佐達は上層のレフティア達の戦況を知る為に情報のすり合わせを行った。

「なるほど。敵の補給・侵攻ルートを的確に塞いでくれたおかげで、突出しすぎていた敵突撃部隊の孤立化が随所に起きているのか、追手の戦力削ぎと時間を稼ぎには十分すぎる功績だな」

 少佐はテーブル上の崩落したルートにバツ印が示された地図上を指さしながら、そう言った。

「―――レフティア大尉は行き場の失った帝国軍部隊を殲滅次第撤退を開始するとおっしゃっていましたが......、どうやらこの襲撃に不自然な点があるようで、必要以上に上層に立ち止まっているようなのです」

「ん?どういうことだ?」

 そのオペレーターに少佐は追加の説明を求める。

「それが......、『レイシス』が見当たらないと......」

「......!それは、本当か......?」

 少佐は目を見開く様子で、何やら不穏な予感を得る。

「はい......、大尉に言われて襲撃以降の兵士達の通信記録をずっと解析しているのですが、今のところ推定ディスパーダ戦力の報告例が確認できないのです」

 少佐は顎に手をやりしばらく考え込む。

「......嫌な予感がする、すぐにここを発つんだ。交戦中の部隊に告げろ、遂行中の任務を放棄し直ちにこのセクターから離れるようにと、貴殿らもそれをしたら直ぐに撤退しろ」

「―――了解」

 少佐はそう言い残すと、すぐにその場から離れる。そしてそれにレオは訳も分からない様子でただ追従した。

「ゼンベル、船の準備は?」

「いつでも飛べまっせぇー!」

「よし、お前達は先に行け。私はレフティア達に加勢しにいく」

 少佐はそう言ってレオ達から離れようとする、ルグベルクやフィンは特に異論を唱える様子もない。
 レオは「ちょっと待ってくれ!」と少佐に言い放つ。

「いっ、いったいどういうことなんだ......?なぜ俺達を追いやるような事を急に言い始めるんだ......?さっぱりわからないですよ......。少佐」

 レオはそう言うと少佐は無言でレオを一瞬振り返る、すると隣に居たフィンがレオの肩に手を置く。

「レオさん、さっきの通信基地で言ってた通り。帝国軍のディスパーダ戦力、レイシス部隊がここに来ていないということはですね、このセクターの攻略が敵の主目的でないという事なんですよ。敵は我々を何かしらの謀略に陥れようとしている可能性がある......」

「―――そうだ。我々やレフティアが友軍が撤退する為の遅滞戦闘を行うこと自体が今逆手に取られている可能性がある。私は今そう判断した、それだけの事だ。レオ」

 少佐はそうフィンに被せるようにレオに言う。

「へっ......、まじかよ少佐。俺は戦うためにここに来たんだと思ったんだけどな......、今の俺は、なんだか介護でもされてるような気分だぜ......」

 ―――レオはそう言うと、少佐は特に何も言い返すことなくその場から離れていく、そしてレオ達は大人しく少佐の指示に従った。
 
 大勢の共和国軍兵達が次々と兵員輸送用ガンシップを使い、このセクターから飛び立っていくのが見える。
 今回の戦いだけで何万人にも及ぶ兵士が死んだのだろうか、突如として侵攻してきた帝国軍に迎え撃った兵士たちは、レオが見てきた様な金に目の無い傭兵部隊とは比べ物にならないような勇敢な者達ばかりに感じる。
 士気。それ自体は傭兵のそれとは桁違いだろう、ましてや負傷した兵の為に命を張るなど、かつての傭兵時代には考えもしないような行為。
 よくもまぁお国の大義の為にここまで尽くせるものだと、次々とセクターから飛び立っていくガンシップを見ながらレオはそう感心する。
 戦場は人を狂わせるのだろう、過酷な兵士の生き様からは美しさすら感じる。

 ―――しかし、なんということか。
 現実とは残酷で理不尽、滅びの象徴は突然とやってくるのだ。

 ゼンベルのガンシップに乗り込もうとした直前、それらはやって来た。



「―――な、なんだ!?何が起こった!」

 ルグベルクはそう声を挙げた。

 レオ達やその場に残存している共和国兵達の視線は、壮絶な落下音が発生したいくつかの運搬用エレベーターの方へと一斉に向けられた。
 上層から降下中であったであろうエレベーターリフトは、最終地点であるこの区画の床に見る影もなく打ち付けられるように粉砕され、その場に居合わせていたであろう共和国兵達の無惨な姿がそこにあった。

「な、なんだぁ!?ワイヤーをやられたのかぁ?」

 ゼンベルはそう言う。

「封鎖されていたはずの直通エレベーターまでリフトが落下してきている......。何層にも渡る封鎖壁があるはずだ、ワイヤーが仮にちぎれても、ここまで落ちてくることは、ありえないぞ......」

 ルグベルクはそう言い頭を唸らせ、その場から少し先の少佐は落下現場を睨み続けながら沈黙を続ける。
 事態の真相は瓦礫と煙の中から黒いローブを纏った人物が歩いて現れると、同時に全てが判明する。
 その人物から放たれる常軌を逸した殺気は、少佐を委縮させた。
 黒いローブの下には金色の豪華な装飾のなされたフルプレートに、規格外の大きさの大剣を片手で構え、ずっしりと重い足運びでこちらの方に着実に向かってくる。
 その姿を見たレオは、あの星屑作戦で出会ったレイシスとの既視感を得る。しかし、あの禍々しい雰囲気はあの時のとはまるで別物だ。

「―――おいおい、なんだありゃ......。一人でやったってのかぁ......?」

 強固な肉体を持つゼンベルやルグベルクでさえ体は硬直し、その場でたち尽くしていた。
 しかし、何とかしてルグベルクとフィンはその敵性存在を一点に見つめ続け、いつでも交戦できる姿勢を辛うじて取る。
 そして二人は少佐の方へと駆け足で近づいていく。
 そして、それに遅れを取りつつもレオも続いた。

「この尋常ならざる殺気に重圧感。明らかにただのレイシスじゃねぇな......」

「どうします......?やつ一人なら少佐と連携すれば何とか倒せるのでは?少佐?少佐......?」

 ルグベルクとフィンは思考を巡らせ具体的な案を少佐に提示しようとするが、少佐の様子がおかしい事に二人は気づく。

「どうだ少佐?いけるか......?」

 ルグベルクが話かけるも少佐からは返事が帰ってこなかった。様子を伺い顔を覗いてみると、視線の先は大剣を構えたその存在の遥か後方に向けられていた。

「まさか......まだ、なにかいるのか少佐......」

「―――三人だ、合わせて三人......。奴の後方に後、同じようなのが二人いる......」

 ルグベルクは目を細め、言われた通りその後方に目をやると、別々のリフトからやってくるその存在に気づいた。
 上層へ行くための三つの別々のエレベーターの扉手前、遂にリフト落下時に発生した崩落の煙の中から金色の装飾が施されたフルプレートが更に二体、ゆっくりと姿を現した。一人は剣を二本背負っており、もう片方はガントレットのような装備を両手に填めていた。
 それぞれの装備は非常に酷似しているが、明確に頭部に辺る装備の造形に違いがあった。

「......ま、まじかよ。あんなのが三体も......、それに上層からって、レフティアさん達はどうなって......」

 レオがそう言うと、少佐は彼にむけて軽く手を挙げる。

「落ち着けレオ・フレイムス。今はもはやそんな事を考えてる暇はない、私が時間を稼ぐ。その間に君たちは速やかに離脱してくれ、何分持つかは分からないが」

「まっ、まってくれ!あんたの腕ならあんな奴等容易いだろ?ここは協力して奴等を倒すことが先決じゃないのか?」

 ―――レオはそう会話を続けようとした瞬間。

「―――レオ!!!よ゙げろ゙ぉ゙ー゙!!!」

 ルグベルクのそんな声が聞こえてくる、しかし体は不思議と動かない。
 それが人の身では察知することのできない程の速さだったからなのか、気づいた時には、既に巨大な人影が背後にそびえ立っていた。
 振り返ろうとすると、真っ先にその視界にはこちらを掴もうとする手甲に包まれた手に平がこちらに寸前に迫っていた。
 しかし、次の行動で片方に握り締めていた大剣を突如、レオを目掛けて振り下ろそうとしてくる、明らかにそれが生身で避けられる速度でないことをレオは直感した。

「―――これは......やばい......」

 死を覚悟したその瞬間、自らの間合いに少佐が現れている事に気づいた。その振り下ろされていた大剣は、少佐の方へと向けられて振り下ろされていたものだった。

「貴様!真っ先にレオを狙ったな。この私がいるにも関わらずな!」

 間合いに入り込んだ少佐はソレイスを瞬時に生成すると振り下ろされた大剣を受け止めた。刃と刃がぶつかり合う瞬間の現実離れした凄まじい衝撃によって、その存在の間合いの外にレオは吹き飛ばされる。

「うぉおおあぁああ!!!」

 ルグベルク達がいる方へ吹き飛ばされ、背中から地面に着地する。するとすぐにフィンが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですかレオさん?」

「いてててぇ……いやぁ、痛いなぁこれは。久しぶりに死に直面した感触を味わったよ......、しっかしあいつらなにもんだよ、やっぱレイシスか?」

「レイシスであることは、まぁ間違いないでしょう。しかし......、どうも僕らが今まで見てきたのとはまるで格が違うように見受けられます。あの少佐ですら手こずっている様ですし、我々が今出て行ったところで足でまといでしょう、あのような存在と対峙する為の戦術は我々にはありません」

 フルプレートのその存在が大きく振りかぶった大剣は、凄まじい連撃速度で少佐を圧倒する。最後の一撃と言わんばかりに放たれたひと振りは、少佐をレオの方へ吹き飛ばした。

「大丈夫か少佐!?」

 レオはそう声を掛ける。

「はぁ、はぁ......。まずいなこれは、私一人では、手に負えない......」

「そんな......」

 そう言った瞬間、背後から何やら大勢の足音が近づいて来る。
 振り返ると撤退していたはずの共和国兵達が現場の異変に気づいたのか、再び発着場に舞い戻って来ていた。
 救急キットを持ってきた複数の衛生兵がレオの軽い手傷の処置を迅速にし始め、少佐には色の異なる救急キットが渡された。
 その中から少佐は注射器のようなものを取ると、それを首に注射する。

 異彩を放つレイシス、フルプレート三人の存在に気づいた他の共和国兵達はそれを包囲するように陣形を取る。

「待て......それはお前たちが歯が立つような敵じゃない」

 少佐のかすれた言葉はその兵士たちには届かなかった。



「―――動くな!貴様らは取り囲まれている!武装を放棄しろ!」

 そう警告する共和国兵に、そのレイシスは聞く耳を持たなかった。すぐさま大剣を振り回し、辺りの共和国兵を真っ二つに両断していく。
 それに対抗するように共和国兵は一斉射撃を開始するが、それは不可視の障壁によって寸前で弾かれていく。

「―――なんだこいつはぁ!?障壁が硬すぎる!」
「―――馬鹿な!?AE弾だぞ!?この一斉射撃に耐え得るレイシスなどいないはず......!」

 次に、二本の剣を構えるレイシスに対し、取り囲んだ四人の共和国工兵は背負ってきた拘束用ワイヤー射出機をそのレイシスに目掛け射出する。
 そのワイヤーはレイシスの腕に絡みつき、身動きを封じようと試みる。

「―――腕を封じた!!!グレランをお見舞いしろ!」
「―――飛び散れこの怪物がぁ!」

 共和国兵によって放たれた数発のグレネードは双剣のレイシスに全弾命中し、ワイヤーがゆるんだ。

「―――やったのか!?」

 ルグベルクはその光景を見てそう言うが、希望的観測は容赦なくその思惑を外す。爆煙が晴れると、依然としてその双剣のレイシスそこに立っていた。
 まるで水風船でもぶつけられたかのように平然としている。

「―――ば、ばかな……」

 瞬時にそれぞれの工兵の間合いを詰めた双剣のレイシスによって、グレネードランチャーを放った兵士の首が先に地に落ち、やがて一秒足らずで取り囲んでいた共和国兵士達は全滅した。



「―――クソッ!なんでだ!?なんで銃が使えない!?」

 ガントレットを填めたレイシスに対し、取り囲んでいた共和国兵達はトリガーを引くが、ライフルが正常に作動しない。
 銃口をかのレイシスに向けた途端、ライフルはその機能を消失した。

「―――こうなったら接近戦だ!いくぞ!!!」

 銃を放棄した数人の兵士がコンバットナイフを片手に奴に突っ込んでいくが、軽く受け流されガントレットの一撃を食らった兵士の胴体は見る影も無く大破していく。
 大破した肉片が付近に飛び散ると、戦意を消失した他の兵士達は使えなくなった銃を捨てその場から逃げようとするが、それを拒む様に地面が盛り上がり、ドーム状に地面の壁が現れ、その兵士達を自らを丸ごとドーム内に閉じ込めた。
 そのドーム内からは無数の兵士達の悲鳴が鳴り響く、しばらくするとガントレットのレイシスは、ドームの中から壁を引き裂割くように血まみれの姿で再び姿を現した。
 彼らを襲撃した共和国兵達があらかた片付けられ、場に一定の落ち着きが見られ始めると、突如。
 大剣のレイシスは、少佐達の方を見ながらその剣を地に突き刺し両手を柄頭に乗せる。

「―――我々は皇帝陛下直属の近衛騎士団『ネクローシス』である、取引に応じる気はあるか、そこのイニシエーターよ」

 籠ったように禍々しく加工されたような声で、そのレイシスは少佐に突然取引を持ちかける。
 それを聞いた少佐は、驚愕したような表情をする。

「レイシスが......、イニシエーターと取引だと......?」

「―――そうだ。貴様が現在庇っているそこの男。レオ・フレイムスをこちらに差し出すのだ、さすればこの場に居る遍く全ての命を保証してやろう。捕虜にすることもない、そのまま去るが良い」

 そのレイシスはそのように少佐に手を差し伸べながらそう言うと、レオの周囲では張り詰めたような空気が流れ始めた。



















[43110] なれ果『ネクローシス』②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/08/16 21:26
「―――何を言っているんだ貴様......?連れて行ってどうするっていうんだ......?彼は唯の新兵だぞ......?」

 少佐はそう返答する。

「―――この場で議論をする気はない、取引に応じるどうか。それだけだ、そのものを差し出すか、もしくは遍く死か。だが、我々とてなるべく事を穏便に済ませたい。賢明な判断を貴殿らに期待する」

「ふざけた事まぁぺらぺらと平然に要求できるものだな『ネクローシス』とやら......!!!」

 怪我の処置をする共和国兵を退け、中途半端に巻かれた包帯をぶら下げながら少佐は立ち上がる。

 ―――共和国兵がぞんざいに扱われながらも処置の続きを試みようとするが。

「もういい!下がってろ!お前たちもだ!さっさとこの場を離脱しろ!!!!これで分かっただろう、足でまといだ。お前たちが寄って集って勝てるような敵じゃない」

「―――しかし......」

 そう言い寄ってくる共和国兵を「これは命令だぞ、次また言わせるようなら切る」と少佐は言い放つ。

「おい、いつまでいるつもりだ。命令だと言ったはずだが......?」

 少佐の背後に立ち続ける四人の部下は、その場から微動だに動こうとしなかった。それどころか交戦の意思を示すように武器を構え始める。

「―――まぁ、所詮僕たちは正規兵とかじゃなくて、少佐の私設部隊ですから。上官の命令に従う義務は......まぁあまりありません。よね......ですよね......?皆さん?」

 フィンはそう言った。

「その通りだァ!何が何でもここから離れないぜぇ!俺たちは最後まで少佐と共に戦う!!!」

 そう言ってゼンベルは近くの共和国兵からライフルを奪うように取り、構えた。

「落ちぶれた元第一師団候補生の俺を拾ってくれた少佐には、まだまだ恩を返し切れてないですしねぇ......。ここで逃げてちゃあ、これから先も隊長には何もお返しはできませんでしょうよ」

 ルグベルクは少佐にそう頑固たる恩人への意思を見せつけた。少佐はこれ以上言っても聞かないと悟ったのか、何も言い返すことなく微笑み返した。

「馬鹿な奴らだ、上官の命令を聞かない部隊などあるものか。これはまた部隊採用基準を見直す必要があるな」

 少佐はそう言った。

「さて、レオ・フレイムス。君は別にここで我らと共に戦う義務も義理もない、他の部下達は頑固野郎共で私の命令をちっとも聞こうとしないが......。優秀な君は違うな?レオ」

「少佐も随分酷いことを言ってくれる......。入隊して日の浅い新人とは言え、俺も立派な部隊の仲間だ。そうだろう?少佐。たしかに初任務からこれはちとキッツイものがあるがぁ、だが。最後まで皆と戦わせてほしい。俺はこの戦いで、今までの傭兵稼業にはなかった絆のようなものを、やっと感じ始める事が出来ている気がするんだ.....。いさせてくれよ、少佐」

「......いい決意だな。私が見込んだだけのことはある。そうだな、いずれにせよ出し惜しみしてられるような状況ではない事は確かか。奴らはどういうわけか君を差し出せと言っている、まるで意味や目的が分からないが。まぁ細かい事はあとでいい、倒してしまえばそれまでなのだから......なぁネクローシスとやら?......今は目前の脅威に全力を持って対処する......!!」

 少佐は取引を持ち掛けてきた中央の大剣を持った敵、その人物だけを一点に見つめながら答える。
 レイシア隊の結束が今ここに極まると、大剣のレイシスはこちらの答えを察したかのように、地に突き刺した大剣をゆっくりと引き抜く。

「―――どうやら答えは決まったようだ。愚かな者達だ。イニシエーターが一人、そしてその他有象無象の非力な人間ごときが本当にこの状況を覆せると思っているのか?では仕方ない。お望みどうり、勇敢で非力な諸君等を称え。この場を一瞬で終わらせてやろうか」

 大剣のレイシスがそう言う。
 しかし、背後の双剣とガントレットのレイシスには特に動く気配がなかった。どうやら大剣のレイシスが一人でこの場の共和国軍全員を相手取るつもりのようだ。

「―――さぁ、かかってくるといい」

 大剣の矛先をこちらに真っ直ぐ向ける、その重圧に思わず怯みそうになるが体を何とか持ち直す。

「一人でやる気かァ?アイツ。大した自信だなァ......」

「ついでに傲慢です、後悔させてやりましょう」

 ゼンベルとフィンはそう言った。

「どういう訳か後ろの二人は動かないようだ......これは好都合だな。いいかレオ。私が近接戦を仕掛ける、それで何とか奴の弱点を探り隙を狙う。先の戦闘から考察するに、奴の展開する空間障壁が尋常ではない強度を誇っている事は確かだ、そのライフルに取り付けられているグレネードランチャーを近接戦を仕掛けている途中の私の合図で、適当に打ち込んでみて欲しい。それで障壁に隙がないか伺う、フィンとルグベルクは奴が自由に動けないように奴の予測退路に弾幕を張れ、大して意味はないかもしれんが......。背後に隙がないという事が分かるのならそれでいい。ゼンベルは落ちてるワイヤーガンを再利用できるようにし、これも私の合図で打てるようにしろ。物理的な手法も選択肢に入れる。ではいくぞ、各自作戦行動開始!!」

 各自の「了解!!」の合図と共に少佐は目にも止まらぬ速さで真っ先に大剣のソレイスに正面から突っ込む。
 そのまま少佐のソレイスを瞬時に腹部へ突き刺そうとするが、その図体からは想像がつかないような速度で大剣を振り回し少佐の刺突をいなす。

「―――しっかし......貴様の体は一体どうなってるんだ......?こんな質量のある大剣をよく片手で振り回せる......」

「―――なに。ちょっとした訓練を積んだけだ」

「へぇ......それがちょっと......ねぇ!!」

 少佐は自身の小柄な体を活かし、小回りの利いたソレイスは絶え間なく上段、中段、下段の突きをランダムに繰り返す。そうやって奴の防御の動きを上下に徐々に大きくさせることで隙を作ろうと試みる。
 だがしかし、奴は体の中心軸をほとんど動かさずに、大剣を持った片手だけで少佐の剣戟を凌いでいた。

「このままではらちがあかない......。なにかアクションが必要だ......。フィン!!ルグベルク!!」

 ルグベルクの放つ改造チェーンガンとフィンの大容量マガジンライフルの弾の嵐が、その大剣のレイシスに注がれる。
 しかし、先程と見た光景と同様に銃撃は本体に着弾する前に一定の距離で寸前に弾かれる。

「クソ、通常兵器が通用しない......!こいつはもはや反則なんてもんじゃない......完全に打つ手なしだぞ......」

「あれだけの銃撃をを防ぐなんて、一体どんなからくりですかね?如何に強度な障壁だろうと、無限の耐久力があるわけではないはず......」

 フィンとゼンベルは、その状況に唖然すると共に絶望感に襲われる。

「奴に通常兵器は意味を成さないことが改めて分かったが......、だからと言って果たしてどうしたものか......。仕方ない、思いつく限りのことをするしかない!!ゼンベルいけるか!?」

「こっちは準備万端ですぜェ!!」

「よし、合図を待て。レオ!!ランチャーを二発ぶち込め!!」

 そう言われたレオはすぐさまランチャーでグレネードを二発発射する。
 そのままグレネードは大剣のレイシスに直撃し、爆煙がそのレイシスを包み込む。爆発のよるダメージなど鼻から期待せず、レイシスの視界を奪う目的で少佐はグレネードランチャーを使用した。そして少佐は爆煙が巻き上がると共にその方を目掛けて再び突っ込む。

「―――ゼンベル!ワイヤーを私に目掛けて射出しろ!」

「了解でっせぇ!!」

 ゼンベルの放ったワイヤーは少佐に直撃しそうになる。

「離すなよゼンベル!!」

 そう言うと少佐はワイヤーをソレイスで絡め取りレイシスの足元に滑り込む。
 少佐は小さな体で奴の全身を駆け巡り、ソレイスに括りつけたワイヤーで全身の関節を括り付けるように物理的に拘束する。

「さぁ貴様がどの程度の化け物っぷりなのか......私に見せてくれ!!」

 少佐はそう言うとそのレイシスからは少し距離を取る。
 そして周りの兵士や部隊員達はその光景に目を疑う、あの豪腕っぷりを披露していた大剣のレイシスは、その得物を振りかざせず、物の見事に動けずにいるのだ。

「遂に奴の動きが......止まった!?」

(奴の障壁は何のことはない、強力な慣性に反応する我々の物と殆ど同様のもの。特殊なものでないと分かればこちらのものだ......!!)

「―――レオ!ゼロ距離だ!!」

 少佐はそうレオの方に向かってそう言い放った、それを聞いたレオはすぐに少佐の意図を汲み取りその大剣のレイシスに急速に接近する。
 そして手元のグレネードランチャーの付いたライフルの先を、レオは奴の腹部に強引に押し当てる。

「―――これならどうだ!!」

 レオはそう言いながら直に数発発射する。そのグレネードランチャーによって辺は更なる爆煙に包みこまれ、レオや少佐の姿も見えなくなった。少佐はともかくとして、さすがにあの距離で発生した爆風ではレオ無傷では済まないと、誰しもがそう思った。そして......その爆煙が晴れ始めると、少佐がレオを自身の空間障壁で庇う姿が見え始め、両者共に深手を負っている様子はなかった。
 しかし、更にその先の光景に不気味なものが現れる。人型をなぞるように煙が残されたのだ。

「......どうなってんだこれは?」

 レオはそう言うと、少佐から返答がやってくる。

「......簡単な話だ。奴の不可視の障壁は二重壁だ......。そして外側の障壁は内側からの力にも対応している」

「えぇと......?」

 レオは少佐のその説明に、軽く首を傾げる。

「そのままの意味だ、奴は二重の空間障壁をどうやってか展開している......。我々がいま近距離で突き破ったと思ったほんの一部の外側障壁の更に奥には別の障壁が、それが奴の体を形どる様に用意されていた。そして爆煙は収束する外側の障壁と内側の障壁によって逃げ場をなくし、このように煙が人型を形作った」

「―――ご名答」

 障壁に閉じ込められていた煙が一気に吹き出し、大剣のレイシスが再びその姿を現した。

「―――しかし惜しい。実に惜しい。あと一歩足らなかった、仕組みを暴くまではよかったものの、結局それ以上はどうする事もできない。弱者の限界だ」

 煙が完全に晴れると、その身に届いていたはずの他の数発のグレネード弾は寸前に止められ宙に浮いているのが見えた。
 内側からの障壁の圧力と外側からの障壁の圧力により、そのグレネード弾はつまみあげられているかのように宙に浮かされていた。

「馬鹿な......、こんな芸当が......」

「―――さて、お遊びもここまでとしよう。中々楽しませてくれた、【シュベルテン】、奴らの武器を封じろ」

 大剣のレイシスはそう言って後方の双剣のレイシスに手を挙げて合図を送ると、途端に周囲の部隊員達の銃は重量を増し、誤作動を起こしたかのようにトリガーが引けなくなる。

「どっ、どうなってんだ一体!?チェーンガンが急に作動しなく......!?」

「僕のライフルも......反応しませんね」

 フィンとルグベルクはこの謎の現象に動揺を隠せずにいる。

「【シュベルク】、レオ・フレイムス以外の有象無象を跪かせるのだ」

 再びその大剣のレイシスはそうガントレットのレイシスに合図を送ると、レオ・フレイムス以外の隊員や兵士達は突如地に崩れ落ちるように手をつけはじめる。その様子は、見るからに動くことも喋ることもままならないようだった。
 困窮に渦巻く中、少佐はただこうして跪くだけにはいくまいと思考を全力で巡らせた。

「―――どうすればいい......!?何が出来る!?なにかほかには!!レフティアは......レフティアはどうした!?本当にやられてしまったのか!?あとは!?あとは何が!?考えろ、考えるんだ!!」

 考えてる暇も迷ってる暇もない。弱者はただ非力にあがらい、戦う。それしかないのだ。

 少佐は、シュベルクによって跪かせられていた強力な重力から足を破損させ、いさましい叫び声をあげながら抜け出した。
 そのまま大剣のレイシスを目掛け渾身の一撃をくらわそうと己のソレイスを振るう。しかし、その間合いに双剣のレイシス【シュベルテン】が現れた。その双剣を手前に構え、強力な電磁波を発生させるとパルスエネルギーを作り出しはじめる。
 そのエネルギーは球状に収縮し、眩い閃光を帯び始める。

「―――彼方へと消え去るがいい、イニシエーター」

 その閃光はやがて破壊力を伴い、レイシア少佐を包み込むようにしてその閃光は放たれた。

「―――あぁ......私は終に、部下の一人も守ることができずに敗北したのか」

 視界は閃光に包まれ、何も見えなくなった。パルスエネルギーにより全身は重度の火傷に覆われ、様々な身体障害が発生し始める。
 そんな状況に少佐は為すすべもなく、ただ破壊力を伴った閃光によって吹き飛ばされていく。
 部下たちやレオ・フレイムスの、レイシアという少佐の名を叫ぶ声が聞こえてくる。
 そんな事にすら気が回らない程、少佐の意識は思考が焼き切れるように遠くなっていく。

 やがて、少佐は閃光の中で目を閉ざしていった。










































[43110] 休憩
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/08/22 22:41

「―――んっ……あぁ……ここはぁ……」

 見慣れない天井。瞼越しに感じる眩しさは、かつて目を閉じる直前に浴びた攻撃性を帯びた光とは違う、緩やかに空間を照らす室内の照明達。
 そんな当たり前の現象にすら穏やかに感じる程、目覚めて身が感じる光には新鮮さが伴っている。

「―――あら、やっとお目覚めになったわね。うちのお姫様が」

 少佐は重たいまぶたをゆっくりと開ける。
 その視界から入り込んできた光は随分久しぶりに浴びるような気がしていた。
 背中側からは柔らかくもふもふとした感触、それは少佐の身の両脇には包み込まれるように配置され、それは少佐が見たことのない動物を模った手作りらしき人形。
 室内を見渡し、少佐はベッドの上で寝かされていた事を始めて自覚する。
 少佐はその場で顔上げると、心配そうにレフティアが上から顔を覗き込んでくる。

「大丈夫?レイシア。まだ痛むところとか、ある?」

 そう慈愛に満ちた口調でレフティアは少佐に言葉を投げ掛ける。

「あっ、あぁ。大丈夫だ......それより......」

「分かってるわ。二週間よ、レイシア。貴方が寝ていたのは。ここ、セントラルの中央病院でね」

 予め察していたのか、聞こうとした内容は事前にレフティアが答えてしまった。まるで少佐が目覚めて最初に発する言葉の内容を事前に知っていたかのように。
 少佐とレフティア、部隊創設以前からの長い付き合いなだけあって、ある程度の性は理解している。

「中央だと......!?そこまでのこのこと引き返してきたのか......私は......」

 少佐は前線に友軍達を置いて、先に自らが安全なセントラルにまで移送されてきたことに深い哀傷を憶える。

「レイシア、貴方がそのような反応する事は分かっていたわ。どうせ味方を見捨ててきたとでも思って自分を責めているいるのでしょうけど、私達独立機動部隊は何れにせよ危機事態のプロトコルに従って中央に招集される事は自明だったし、いつまでも前線をうろついてはいられなかったわ。それにねレイシア、あなたは大量のパルス放射能を浴びて身体に深刻な障害を負ったのよ。そんな傷、如何にディスパーダといえども自然治癒ではどれほどの時間がかかるかも分からない、これを早急に癒せるのはセントラルの医療設備くらいのもの。だからこうして僅か二週間程で貴方は目覚める事が出来た、これは合理的な判断よ、貴方が悔やむ事なんて何もないわ」

 レフティアはそう少佐に畳み掛けるかのように言い放つ。

「......そうか。確かにレフティアの言う通りかもしれん。だが、現に私の実力が至らず、かのレイシス共を退けなかったことは事実として受け止めなければならない事だろう......?レフティア。それにレオ......、そうだ。レオはどうなった......!?他の者は!?」

 閃光に包まれる以前の記憶が少佐の中で徐々に蘇り始める。
 強大過ぎる力を持ったレイシスと繰り広げた死闘は、今でも尚鮮明に頭に刻み込められている。
 鮮明になっていく記憶と共に、結果に危惧する感情も強まり始めていく。

「みんなは......まぁ無事よ。今頃ゼンベル辺りは昼間っから飲んだくれてるでしょうね......。でも、その。レオくんの事は......ごめんなさい。奴らに連れ去られてしまったわ......、私は間に合わなかった」

 レフティアは遺憾の表情で、病室の窓を見つめながらそう言った。
 その光景を見た少佐は、思わず子供じみた悔しさを抱き拳を握りしめる。
 なぜ彼女が謝るのか、彼女はなぜそんな顔をするのか。今回の責任は全て私にあるというのに、まるで彼女は少佐にとっての保護者だ。ただ非力な私が、彼を救えなかった。それが全てであるはずなのに。

「全て私の責任だ。非力な私のせいでレオは連れ去られた」

「......あなただけの責任ではないわ、あの時。私達も逸早くあの場から撤退していれば、こんな事にはならなかった。あの『ネクローシス』とかいう鎌持ちの不気味な奴さえ倒せていれば......!!」

 レフティアは怒りを募らせた様子で手を振りかざしながらそう言った。

「レフティア達の元にも現れていたのか......。道理でな。あのレイシス共、一体なにものなんだ......今までのレイシス連中とは明らかに別口だった。レフティアですら手をこまねいていたなると......」

「新たな『枢爵』、もしくはそれに準ずるオールド級の者の可能性が極めて高いわね......。あの莫大なヘラクロリアム濃度に加え、イニシエーターであるレイシアを大きくを凌駕する身体能力。そしてあれだけの火力を叩きこまれても平然としていられる程の高硬度な防壁能力。どう考えてもただのレイシス連中じゃない事はたしかね」

「しかしもっとも問題なのは、枢爵クラスのレイシスともあろうものが何故わざわざ前線へ赴き、元々ただの雇われであったレオをさらったのかだ。これが全く分からない、なぜあの場にレオが来ることを知っていたんだ?奴らにとってレオは、一体どういう存在だというんだ?」

 ―――その時、病室のドアがノックされ少佐とレフティアの会話は中断される。「失礼しまーす、入りますよー」と聞き覚えのある声が聞こえてくると、その声の持ち主が室内に入ってくる。

「―――少佐!!お目覚めになられたんですねー!よかったぁ!!」

 それまで物静かで物々しかった室内は、彼女によって一気に賑やかさが足されていく。

「中尉......。君も来ていたのか......」

「えっ!なんでちょっと嫌そうなんですか!?!?」

 ミーティア中尉は強いショックを受けた様子で、しくしくと近くの席に着く。

 ミーティア中尉が持ってきたカゴの中には毛玉のようなものが何種類か入っていた。その後、少佐は自らの腕に横たわる可愛らしい動物の人形に目を向けると、ミーティア中尉が持ち運んできたその毛玉が、何の為に運ばれたものなのかを瞬時に理解した。すると、少佐は笑みを浮かべる。

「ふふ、この人形。レフティアの仕業だな?相変わらずだな全く、中尉もレフティアにまんまと加担するんじゃない」

 少佐はそういって傍の人形を手に持ち上げる。

「えぇ?いいじゃないですかぁ!やっぱ少佐にはこういうメルヘンチックな雰囲気がお似合いなんですよぉ!」

 ミーティア中尉はそう言って、毛玉を両手で持ち上げて自らの顔の前に並べるような仕草を取った。

「どうレイシア?結構練習したのよ。手を傷だらけにしながらね?まぁ直ぐに治っちゃうからよくある不器用な女の努力的の一面は見せられないんだけど!まぁそれにしても、レイシアはやっぱり可愛い物がよく似合うわね!というより、レイシア《《ちゃん》》が人形みたいだから、なのかなぁー?」

 レフティアはそうからかうように人形を手に持って少佐に近づける。

「よしてくれ、もうそんな年じゃないよ。私は」

 冗談をほのめかすレフティアを少佐は軽くあしらう。
 そしてミーティア中尉はクスクスと笑いながら「本当にお人形さんみたいですよ少佐~!」と少佐の頬をモチモチと触ってくる。
 少佐は深いため息をつきながら、顔を伏せてしまう。

「まっ軽い挨拶はこの辺にして。それで、ミーティアちゃん。『ネクローシス』について何か情報は集まったかしら?」

 レフティアが話題を切り替え、室内には再び物々しい空気が舞い降り始めた。

「あぁ......。それなんですがレフティアさん......。すみません、大した情報は仕入れられませんでした......。ですが、基本的な情報と興味深い話はありました。情報源は枢騎士団高級幹部の身辺に潜伏している密偵からのですので、信頼性はあると思います」

「続けて」とレフティアは話を続けさせる。

「『ネクローシス』。表向きは皇帝直属の近衛騎士隊にして、枢騎士団屈指の精鋭部隊。のようなのですが、彼らは選抜されたエリート騎士というわけでもないらしく、組織内に何の前触れもなく突然現れたのだとか......。それでいて上位枢爵の隷下組織でもある事から、他の枢騎士団は彼らの扱いを元に物議を醸しているようで......、軍内で対立が起きているなんて話もあるそうです」

 ミーティア中尉はそう手元の端末の資料を見ながら一通り言い終えると、少佐達の方に視線を向ける。

「ほう......。ぽっと出の上司に反感を抱き仲間割れとね。レイシスらしいじゃないか、それが本当ならとっとおっ始めて、早々に自滅してもらいたいところなんだがな」

 少佐はそう言うと、訛った体をほぐすようにベッドから上体を起こす。

「ほかには?何かあった?」

 レフティアはミーティア中尉に追加の情報を求めた。

「すみません、これ以上は探っても情報は出てきませんでした。レオくんに関しても何も出来ず終いです......申し訳ありません」

 ミーティア中尉が深く頭を下げると、少佐は慌ててその頭を上げさせる。

「よせよせ!!この政治状況で敵方から情報を早急に手に入れられただけでも十分な成果だ。見事な手腕だミーティア中尉、よくやった」

 そう評価されたミーティア中尉だったが、特に喜ぶ様子を見せることもなく短い返事を小声で少佐に返した。

「さて、どうしたものか......。私も個別でなんとか探るとしよう、他のイニシエーター達なら奴らとの遭遇事例があるやもしれない。早急に手を打たなければ―――」

 そう言って少佐はベッドから立ちあがり、コート掛けにかかっていた制服を着ようとする。

「だーめっ!」

 しかしそれをレフティアがそれを阻止し、レフティアは少佐をベットに押し戻した。

「な、何をするレフティア......」

「またまたぁー、そーやって病み上がりなのにすぐ動こうとする。それもうキーンシ、身体の傷は癒えても心の傷までもが癒えているとは限らないのよ!」

「しかしだなぁ......」

「焦る気持ちも分かるけど、奴らがレオくんをわざわざ拐うってことは目的はどうあれ殺すつもりはまだないってことでしょ?それなら今はとにかくレイシアは療養が最優先!ゆっくり休んでね、勝手にフラフラしたら承知しないからね?いい?少佐といえど女の子なんだからね?体には気を使うこと!」

「あっ、あぁ。はい......」



(こうなったらもうレフティアには逆らえんな......。無理やり出ていこうにも彼女に敵うはずもない......)

 レフティアは私と同じイニシエーター、この身がいつしか成長を止めてからは戦場であろうとずっと彼女と一緒だった。
 共に戦い、共に助け......いや、助けられているのは一方的に常に私のほうだ。いつだってレフティアが私を救ってきた。
 私ができないことは全てレフティアがこなしてきた。今となっても実力で言えばレフティアは私の数倍、いや数十倍の差はあるだろうか。
 それほど彼女と私には明確な能力の差があった。しかし無欠のように思えた彼女でさえもマネジメント能力や学問においては何故か私の方が協会からの評価が高く、暫定階級では私が先に越す事になってしまった。
 これは決して彼女がそういった能力がないからだというわけではない、何といえばいいのか。彼女は少し、我々の知る倫理からは外れた所にいるのだ。
 実力は確かだが、指揮官には向いていない。そういった側面においてはお互いに同じ部隊に所属する事で補完しあっているとも言えるかもしれない、少し奢りがすぎるかもしれないが。
 そんな彼女に私はいつまでも借りを返せずにいる。
 非力で無力な自分を思い返す度たまらなく自分が憎くなる、誰よりも強くならなければと、日々自分に言い聞かせてきた。
 そしていつしか、彼女のこうした勝手に逆らえるその日まで、粛々と己の無力と付き合っていくのだ。

「あっそうだ!体調がよくなったら、久しぶりにホノルも誘ってさぁ!女子組だけでショッピングに行きましょ!気分転換も大事ってね!」

 レフティアは華麗にウィンクをキメながらそう少佐に言い放った、あのウィンクからは何が何でも少佐を連れて行くという信念が明確に伝わってくるようだった。

 こういうレフティアの圧倒的な熱量に圧倒される少佐は時々、どちらが上官なのか分からなくなってしまうのだ。





























[43110] レジオン帝国『ブリュッケン』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/09/12 20:07
 ―――この倦怠感に伴う吐き気、鎮静剤の影響か。
レオは体を動かそうとするが、手が思うように動かない。
朝を迎える時のような瞼の重さ、視界を徐々に確保していくとやがて周囲の状況が把握できるようになってくる。
薄暗い部屋の中、先に自らの身体の状況を確認すると、その手首は椅子に拘束具で固定されていた。

「―――やぁ少年、体の方は大丈夫そうかねぇ」

 その渋い声のする主の方へと凝った首で重々しく向くと、想像通りの葉巻を吸う中年真っ只中の風貌の男が少し距離を置いて目の前に座っていた。
その男をよく見ると、羽織っている軍服仕立てのようなコートには様々な勲章の様な物がわんさか飾られていて、そこそこ上位の将官であることが直感的に分かる。
さらにその男の背後には見覚えのある装甲服を着込んだ二人の兵士が立っていた。とある軍旗を肩部に刻まれたその装甲服は、紛れもなく先のセクターでの戦闘でレイシア隊と弾丸を交わした敵のシルエットそのもの。

帝国軍兵だ。

「......へっ、俺を捕まえた割には随分好待遇なんだな。それにここ、居心地がよすぎて実家に帰って来たのかと思ったよ」

 レオは呑気そうにそう言うと、目の前の男は特に反応することなく一服する。
そして背後の兵士が持っていた灰皿に葉巻を擦り付け、まじまじとレオを見つめた。

「先に誤解を解いておくが、別に君をこれから拷問に掛ける気もなければ、殺す気もこっちにはない」

「そうかよ、で。何が目的だ?なんだって俺を攫う必要があったんだ?だれかと勘違いしてんじゃねぇーのか。おれは傭兵上がりのぺーぺーなんだぞ」

レオはそういうと、その男は深い呼吸を行った。

「それは......、ちょうど我々も知りたいと思っていたところだ」

男はレオの目を見ながらそう言った。

「......はぁ?」

レオはその男の意図が読めずに困惑していると、その男の背後の扉から突然ノックもなしに三人目の帝国軍兵士がずけずけと入りこんでくる、気が知れてる間柄なのか目の前の上官と思わしき男はそれに特に気にするそぶりもない。

「―――大佐、憲兵隊がここを嗅ぎつけました。すぐこちらに向かってきています」 

 やや周りに聞こえる程度の声量で、その男に耳打ちをした。

「ふむ。やれやれだぁ、護送車の偽装がもうバレたのかよ。勘の鋭いやつらにある程度見張らされてたかねぇー」

その男は頭を抱えながらそう言う。

「何が何だか分からないが......、どうにもあんた等からは敵意を感じられない。それにその憲兵隊とやら。俺にワザと聞こえるように言ったのかどうか知らんが、それに取っ捕まるのは、あんたらに捕まってる以上に悪い事になる気がするな、どうせ俺に出来る事は何もない。俺を帰す気があるなら素直に協力するが?」

レオはそう言うと、目の前の男は目を緩やかに見開く。

「おや、話が早くて助かるよ。だがまずはこっから移動しないとなぁ。君の為にもねぇ」

 その男が立ち上がると背後の兵士二人はレオの方に寄ってくる。
レオの手首の手錠にそれぞれの兵士が手を掛け丁寧にそれが外されると、レオからは速やかに離れていく。そしてレオは手首を労りながら立ち上がった。

「裏に車両を用意してある、それでここからとんずらする。付いてこい少年」

 言われるがままにこの部屋を出て、寂れた廊下をその男の背を追ってしばらく歩く。
すると広けた空間に差し込んで来た陽光を浴びると共に出た、そこには多数の船舶の機材や備品が散在しておかれている様子が見られる。ここは民間の造船施設の様だ、先ほどの部屋はその施設の一室に過ぎなかった。
この空間を過ぎていき、やがて施設の外へと出た。
そこで最初にレオの目に映りこんだ光景は、まさに絶景の街並みであった。

思わずこの光景にレオは息を呑んでしまった。

―――レジオン帝国首都『ブリュッケン』。長い年月をかけて形成された伝統と風格と調和のある街並みがこの都市の各地に残されていた。共和国が良好な景観や環境を求めるよりも経済性が優先されているのに対し、レジオン帝国は古来より伝わる古き良き伝統を受け継いだ古風な街並み。帝国は景観法が施行されてから何百年と経つものの、この街並みの調和は巨大な芸術品放つ威光そのものだ。強固な近代建築と古風建築のハイブリットが生み出す活気は、共和国の持つ発展した経済活動による利便性だけを追求されたそれとは違う方向性のものが宿っていた。

大都市でありながら街と共に人があるように。

レオは目の前の巨大湖の向こう側に広がる古風な街並みに気を取られ、足が立ち止まっていた。
先程まで目の前に居た男は少し離れたところで車両に手を掛け、もう既に乗り込もうとしている。

「―――大佐......、憲兵隊はもう武力行使は辞さない様子です。お気をつけて」

「あぁ。後は頼んだぞ」

その男と兵士がそのように簡単に会話を終えると、男は一瞬レオを探すようなそぶりをして、後ろの方で立ち止まっていたレオの方へと振り向く。

「うぉーい!なにそこでボーッとしてやがる。さっさと乗っておくれや」

その男の呼ぶ声に気づいたレオは、車両の方に近寄りそのまま乗り込んだ。
後部座席にレオが乗り込んだことを確認したその男は、そのまま車両にエンジンをかけるとハンドルに手をやり走らせた。

しばらくして窓を見つめるレオの顔を男はバックミラーで確認すると、口を開いた。

「少年よ、ここの街並みにでも見惚れたかねぇ?」

その男にそう言われたレオは、男の方に目をやると素直に首を縦に振る。

「あぁ......。その、確認だが......ここは帝国......なんだよな?」

「......そうだ、ここは首都の『ブリュッケン』。ようこそ少年、帝国へ」

その男はそう言うと車両の速度を上げる。
 勢いよく加速した事によってレオは背中をシートに軽く打つ。

「もうちょっとお気遣いのできる運転をしてくれると助かるよ」

「すまないねぇ少年、今は呑気に観光してる場合じゃないもんでねぇ」

 そう言うその男はバックミラーを見ている、それにつられてレオも後部窓の方を振り返ると、荷台の付いた軍用車両の様な車両が後方から三台迫ってきていた。
しかしその搭乗者の風貌は明らかに帝国兵のそれではなく、スーツのようなものを着ている人物達だった。

「あの挙動はどう見ても追っかけれてるって感じか?あれが憲兵隊?どうみても素行の悪そうな連中だが......」

「あぁその通り、やつらは憲兵隊ではない。だが我々を襲撃しようとしている。少年、その座席の下に武器が格納されてる、そいつを使って撃退してくれや」

「マジかよ、まぁ撃ち合いは望むどころだが」

 レオは座ってた席から一旦退き座席のカバーを取り外す。するとその中には数丁の帝国軍正式採用の銃火器やそのマガジンが複数収納されていた。

「これか。だがいいのか?おっさん、あいつら撃っちゃって。一応味方なんじゃねぇのか?」

レオはそう言いながら銃器を組み立て、マガジンを付ける。

「もう味方じゃない、それに奴らは手先のマフィアだ。直接関与したくない諜報部連長が良く使う手口だ。多少殺したところで問題はない。あぁそれと、俺はおっさんじゃなくてアイザック、アイザック・エンゲルト・バッハ大佐だ。覚えとけぇ少年」

「わったぁよおっさん」

「ちっ、クソガキが」

 アイザックがそう言うが、レオはそんなこと気にも止めずにライフルを構える。

「やれやれ、こんな映画の素人の真似事みたいなことしたくなかったが......窓、開けるぞ」

 窓を限界まで引き下げ、レオは窓の外に上半身を乗り出す。ライフルに取り付けた等倍サイトを覗き込み、ひどい揺れの中で追っ手の車両の運転席に狙いを定める。

「当たるか......なっ」

 あの車両の窓は防弾機能を施しているのだろうかと疑問を残したままレオは引き金を引く。放たれた一発のプラズマ弾は狙いを定めた弾道をなぞりそのまま窓ガラスを分解させ運転席に命中する。
運転手を射抜かれた先頭に横転した。それに続いていた二台の車両は、横転する車両に巻き込まれることなくそれを避けてこちらを追ってくる。

「おぉ、当たった。おいおっさん、取り敢えず一台は始末したぞ」

レオは等倍サイトを覗き込んだままアイザックにそう言う。

「ほう?なかなかいい腕前だな。さぞここに来る前までは優秀な部隊に所属してたのだろうな少年」

「まぁ......そうだな。優秀な部隊に数日だけ居たな」

そう言うとレオは次の車両に狙いを定める。しかし車両は工場地帯を抜け市街地の方へとそろそろ差し掛かろうとしていた。

「市街地にはいるぞぉ、間違っても民間人にあてんなよ」

「マジかよ、さすがに自信ねぇな」

レオはそう言うと一旦車両の中に引き戻る。

 しかし、追っ手の車両から身を乗り出した黒服達がこちらに目掛けて軽粒子マシンガンを乱射し始める、その弾道が車体を擦り、道中の一般人に被弾する。

「おいおいマジかよあいつら!!街中だってのに!!」

「あの黒服仮面の薄気味悪い奴らはあの『エターブ』だ、目的の為なら何でもやる。取り敢えず人気のない方へいくが、お前ならパパっとさっきみたいに撃ち抜けるんじゃねぇのか」

「馬鹿言え、さっきのは緩やかに動く的を丁寧に当てただけだ。こんなに動き回られて正確に撃てるわけもねぇ、やろうと思えばこっちも乱射だ。だがおっさん達が命を賭して守って来た国民に弾が当たらない保証はねぇ、良いのならやるが?お前達にとって人々の命がその程度の価値しかないならな」

レオはそう言うと、アイザックは目を細める。

「ほう、なかなか言うな少年。んじゃ運悪く弾があたらんよー祈りながら頭引っ込めてろ」

 そして都市はずれの別の工業地帯の方まで再びやってくる。
アイザックの運転によって追っ手からの距離は大分離したはずだったが、相変わらず二台の追っ手が追っかけてきている、しかし見失っているようで真っ直ぐこちらにはやって来ない。

「うーし、じゃ。そこらで少し待ち伏せすっかな」

 倉庫近くの暗い細道にアイザックは車両を止める。

「待ち伏せって言ったって、一体どうすんだ?この車を盾にでもして交戦する気か?あんま無茶したくねーんだが」

「ふーん、まぁ見てろ」

アイザックはそう言うと、レオの方へと手のひらが見えるように掲げる。
その手はまるで拳銃でも握るかのように形を取ると、突然紅い光りがその手から漏れ出す。やがてアイザックは、大型サイズの拳銃をその手に顕現させた。

それを見たレオは、絶句し目を見開いた。

「おっさん......レイシスか......」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「―――奴らはどこにいったぁ!?」

「―――さがせぇ!まだ近くにいるはずだ!」

「―――報告します!『印』が逃走に使用していたと思われる車両を発見しました!近くの倉庫に逃げ込んだようで」

「―――よーし、分かった。ほかの搜索に当たってる戦力をこちらに全て回せ!『印』を直ちに確保し、連れ去った連中は皆殺しにするのだ!」





















































[43110] アルフォール&セドリック
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2023/12/11 04:43
「―――これ、持ってみるか?」

 レオ達は付近の倉庫の中に身を寄せるように侵入すると、アイザックは躊躇なく己のソレイスをレオに手渡す。

「……うぉ…これは、銃……なのか?」

 レオがそう言うと、アイザックは顔を縦に無言で振る。
 そしてレオはその手渡された銃型ソレイスをまじまじと手中で観察した、一般に使うようなプラズマ弾方式やイオンバーストライフルとはまるで異なる類似モデルの思い当たらない線形的で美しく重厚なフォルムをした銃だ。

「……って、おっも!てかオッサン……、あんた覚醒者だったんだな……」

「まぁな、ところで少年。お前はなにができる奴なんだ?」

「……えっ?」

 アイザックに突如としてそう聞かれ、レオは困惑する。

「なにがって、なんだ……?俺は元傭兵だ。さっきも見てただろ、俺は対人戦闘専門の傭兵だよ」

 レオはそう言うとアイザックは首を少々傾げる。

「いや、そうじゃない。おまえの正体はなんだと聞いている」

「えっ、はっ?……おかしなことを言うおっさんだな」

「それはこちらのセリフなのだが」

「いやいや、待ってくれ。話が見えてこないぞ、おっさんは一体何を俺に聞いてるんだ」

 アイザックとレオがそう問答を繰り返していたその瞬間、閉じられていた倉庫の隔壁が突如としてこじ開けられる。

「「この辺りに隠れているはずだ!!!くまなく探せ!!!」」

 先ほど市中でレオ達を追いかけ回していた黒服仮面の連中、エターヴの人員がゾロゾロとこの倉庫内に入り込んでくる。
 それに合わせてレオとアイザックも物陰に身を隠す。

「あーあぁ、もう目星をついてるのか。やっぱ案の定鼻の利く連中と手を組みやがってるな、一度ここで撃退するのがよさそうだなぁ」

 アイザックは敵が侵入してくる傍らでそう言いながら頭をポリポリとかく。

「ど、どうすんだ?追っかけてきてた時より数が多くないか!?」

 レオは敵の手勢をみて身を引き目に身構える。

「......?なにを怖気付いてるんだ?そりゃおめえ。皆殺しだろうがよ」

「いやぁ、即決……」

 (そうだった、彼らと俺のような常人とでは戦闘志向に大きな差異がある。今ここで普段の思考を持ち込むべきではなかった。通常これ程の人数差があれば即座に身を引いているところなのだが......かといってこちら側に覚醒者がいるにしても、これほどの敵をはたして本当に相手取るなんて可能なのか......ましてやおっさんだぞ?)

 レオはアイザックの方へと無理だというアイコンタクトを送る。

「なんだぁ?」

 しかしアイザックはレオの意図を汲み取らない。

「……おっさんはそれでも大丈夫なんだろうが、こちとらアンタらと違って生身なんだよ。無茶言われても困る」

「生身だぁ?まぁいい、とりあえずお前の力を見せてみろ」

「力……って、それはもちろん俺の戦闘技能のことを言ってるんだよな……?」

「なにをすっとぼけてやがる、お前にはあるんだろ。枢爵に目を付けられる程のなにかがよぉ」

 アイザックは穿ったような言い方でそう言う、レオはそれに対してまるで理解が追い付かない様子でいる。

「―――すまないが、あんたが何を言ってるのか少しも理解できない……」

「少年......。その反応は、マジな奴なのか?ったく……」

 アイザックは腕を鳴しながら、レオに渡した銃型のソレイスに指を指した。するとレオの手元の銃型ソレイスは謎の光に包まれながら形態を少し変化させる。

「それで普通に敵を狙って撃て、誰でも使えるように最適化してやった。ある程度の自衛システムも組み込んだ、それを使ってる間ならとりあえず多少の戦いで死ぬことはなかろう。んじゃ、俺はお先に失礼するよっ。敵の注意を引いてやる、その間に俺を援護でもしてなぁ。あと、間違っても俺を狙うなよ」

 そう言うとアイザックは颯爽と敵の包囲陣形にと向かって身を乗り出し、レオをあっという間に置いてけぼりにした。

「あっ、っておい!そんなザックリした仕様説明があるかよ!!」

 アイザックはレオの嘆きに目もくれず、こちらの居所にまだ気づいていない敵集団に対して、ソレイスどころか武器も持たずにアイザックは走り込んでいった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「―――隊長、先遣部隊の三個小隊がアイザック大佐とb-22地区第二倉庫にて接敵。現在交戦中、どうやら『印』と行動を供にしているようです」

「―――そうか、付近の包囲網の戦力も全てそちらに回せ。もうすぐで例の『尋問枢騎官』が到着するはずだ。それまで奴の足止めをしろ、時間を稼げ。それさえすれば俺達の仕事は終いだよ」






「ふぁ〜」

 アイザックは軽粒子弾の嵐の中を退屈そうに立ち尽くしていた。

「―――ちっ、ダメだ。まるで銃が効かねぇ!!!」

「―――落ち着けぇい!これは想定通りだ!奴はレイシス、マニュアル通りでいくぞ!包囲陣形をとれ!!!」

 黒服仮面の兵士たちは、アイザックを取り囲み隙を伺っている。

「なんだぁ?もうおしまいかぁ?お前たちじゃ話にならないだろうがよ、早く増援とやらを連れてきなぁ、いるんだろぉ?お前たちはそのための時間稼ぎなんだろうが、心配しなくても逃げたりしねぇよ。久しぶりに暴れてぇからな!」

「―――なにっ!?どこいった!?」

 目の前にいたはずの男をエタ―ヴの手下達は一瞬の内に見失う、包囲していたにも関わらず男を見失った黒服仮面たちは必死に周りを見渡した。

「―――マヌケだなぁ!」

 手下達は一斉にその場で見上げると、上空に男が舞い上がっていた。
 その男のあまりの速さにその場から消えたように見えたが、アイザックはただ真上に飛び上がっただけなのだ。

「―――上だぁ!!撃てぇ!!」

「だぁから効かないっての学習しねぇなぁ......」

 アイザックは瞬時に一人の手下の背後に周り込み、豪腕な手刀でその体を容易く切り裂く。

「―――ひっ、ひぃ……い、無理だぁ!!にげろぉ!!」

 黒服仮面の手下たちは銃を投げ捨てその場から退散しようとするが、両手で銃型ソレイスを構えていたレオ・フレイムスがそれを逃さなかった。

「取り敢えず普通に使ってみるか、っておぉなんだこりゃあ!!目前にサイトが現れやがった、すっっっげぇ......。目視で捉えた敵をそのまま自動でロッキングしてくれてるわけか、便利だなこれ。俺もこういう高度なサイトシステム欲しいな」

 逃げゆく黒服仮面を全員標的に収めたレオは銃型ソレイスのトリガーを引いた。

 ―――すると、放たれた一発の弾丸らしき飛来物は標的の数だけ分散していき、直線上に飛び放っていった。その様は一見ショットガンバレットのようにも見える。

 結果は、百発百中。恐るべき精度で狙った敵は全て地に伏していった。

「すげぇ......オッサンの銃型ソレイスすげーわ......」

 感動の余りに声が漏れ出る。



(俺のソレイスを使わせても、特に変な様子は見受けられない。コイツには一体なにが秘められてるというのだ、枢爵共よ)



 数十人の敵を殺害し、これ以上敵がいないのを確認するとレオはアイザックの元に駆け寄る。

「......で、こっからどうすんだオッサン。今の奴らはまだ先遣隊だろ、これからもっと数が増える」

「まぁ落ち着け少年。まずこの都市一体から敵の追手を振り切って逃げるにはなぁ、先にある面倒な二人の人物をどうにかしないと、どの道逃げ切れないんだよねぇ」

 アイザックはそう言いながら、胸元から葉巻を取り出し倉庫の外へと出ていく。

「......具体的にはどうするんだ?」

「ここで待つんだよぉ。わざわざこっちが赴かなくても、勝手にあちらから出迎えに来てくれる」

 そう言った後、アイザックは咥えた葉巻に火をつけ深く煙を吸った。

「......だ、だが。いくらなんでもこのままじゃや状況は不利になっていく一方だろ!!」

「―――来たねぇ」

 アイザックはレオの言葉に被せるようにそう言い放ったその瞬間、突如周囲を照らしていた陽光が遮られた。
 ここに来た時には快晴だったはずと、レオは陽光を遮った存在を確認すべく空を見上げた。

 陽光を遮り、周囲の闇を生み出したその正体は、アイザックとレオが見上げると同時に直ぐに判明した。
 空に浮遊する巨大な質量をもった人工物体、その正体は旧時代の産物。全長約300mの一隻の帝国軍元主力兵器、【エアー級空中戦艦】だった。

「あれがここでお目にかかれるとは、随分大掛かりだな......」

 レオがそう呟いた後、目を細めると戦艦から落下する小さな人影が二つ見えた。
 その影は次第に大きくなり、やがて人影がはっきり見え始めた頃。それは超速で目の前に落下し、あたり一面の車両や構造物を軽く吹き飛ばしたが、アイザックの背に隠れるように居たレオはその暴風の影響を受けずに済んでいた。



「―――いやぁ、慣れないですねぇこれは相変わらず」

「―――そうだな、これを使うのはもう勘弁だ。久しぶりに玉ひゅんがキツイぜ」

 聞こえてきた声と共に落下した付近の砂埃が晴れると、空中戦艦からの落下物の正体が暴かれ、そこからは二人の人影がその姿を遂に露わにした。

「おぉ、久しいじゃねーかアルフォール、そしてセドリック。よぉ」

「―――あ、アイザック大佐。お久しぶりです、お会いしたかったですよ。セドリックもすごく先生に会いたがってました」

 細身、高身長、蒼眼。金髪の長髪で髪を結んだ凡そイケメンの持ちうる理想像であろう全ての要素を兼ね備えた方のやつをアイザックはアルフォールと呼んだ。

「―――別に会いたがってねーだろうがよ!!アル!!。でも、まぁ。先生とは一度本気で戦ってみたかったんだけどな、なぁ?アイザック先生???」

 もうひとりの粗い口調をした方がセドリック。褐色の肌に青みがかった黒髪の男、印象は悪い男だが見てくれは隣のアルフォールと遜色のないレベルだ。
 どうやらディスパータなる連中は揃いも揃って美男美女の集まりらしい、アイザックとかいうオッサンもよくよく見れば渋い顔をしたロマンスグレーって感じだ。これには何か因果でもあるのだろうかとレオはそう心の中で思う。

「先生だなんてよしてくれやぁ、久しぶりに言われると照れるだろうがよ馬鹿垂れ共」

 アイザックはそう言うとアルフォールは軽く微笑む。

「......んで、先生。そっちの後ろの奴は新しい弟子か何かですかぁ?先生のソレイスなんか持たせて連れ回しちゃって......、先輩弟子の身としては少々複雑な気分ですよ」

「そうだよなぁアル、まずは筋を通して貰わないとなぁ先生?」

 セドリックとアルフォールは同調してアイザックに挑発じみた口調でそう言う。

(先輩弟子だと......?こいつら、元々このおっさんの弟子だったやつらか)

「やれやれ困った弟子達だ、ここは先生の顔の免じて黙って見逃してくれると助かるんだがなぁ、ここは一つ。見て見ぬふりをしてはもらえないかねぇ?」

 アイザックは師弟繋がりの関係を利用して穏便に済ませようとしているのか、隣からその表情を鑑みるに戦意が見受けられなかった。

「それはできねぇ相談だなぁ先生」

 セドリックは一息つく余地もなく即答した。

「アイザック大佐、何も僕たちだって争うために来たんじゃありません。大人しく後ろに居る『印』を引き渡してください、そうすれば僕たちは事を構えずに済みます。先生だって僕たちと本気で殺し合いなどしたくないでしょう」

 アルフォールは、アイザックと同様に穏便に済ませたがっているようだ。しかし、その眼から戦意は消え去っていなかった。返答次第では容赦はしない、といった意志を明確に感じ取れる。

「はぁ、残念だねぇ......少年。下がっていなさい」

 アイザックは今までとはまるで別人のような口調でそう言って前に出る。そのような振る舞いは、まるで一人の立派な教育者のようにも思えた。
 彼らがアイザックと敵対しても尚、彼らがアイザックに対して一定の礼節を弁えているのには納得する風貌だ。

「おっさん......こいつはいいのか?」

 レオはアイザックから渡された銃型ソレイスを見せる。

「んなもんなくても素手であいつらは倒せる、それに。それは念のためお前が持っていた方がいい。あいつらがお前を直接狙ってこないとも限らないからな」

 そう言ってアイザックは袖を丁寧に捲る。

「......わ、分かった。化け共の相手を任せるぞ。おっさん、いや。アイザック......」

「へっ、やっとおっさんお呼ばわりをやめたか。やっぱいざって時頼れる人間ってのは痺れるかねぇ」

「ま、そんなとこだ」

 アイザックはアルフォールとセドリックを前にしてソレイスも持たずに彼らに立ちはだかる。それに対してセドリックは明らかに怪訝そうな表情をする。

「先生には随分舐められたもんだなぁ、そんなことして後悔するぜぇ先生」

「残念です、僕たちは本気なのですよアイザック大佐。例え丸腰だろうと手は抜きません。尋問枢騎官として職務を全うします、お覚悟を」

 セドリックとアルフォールはソレイスを目に見えぬ速さで顕現させると、一秒も経たぬうちにアイザックの懐にに入り込んだ。そして各々のソレイスを一心にアイザックに対して振るう。

 レオは覚醒者による別次元の戦いの光景を、ただ臆病に銃を構えながら彼らを射程に捉えつつも傍観する事しかできなかった。























[43110] 諸刃の力
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/02/20 13:00
 「一体、今……何が起きたんだ?」

 レオの目はその一連の動作を捉えきることができなかった。明らかに無防備であったアイザックに確殺の一撃を加えたはずのアルフォールとセドリックのソレイスは、アイザックの素手で雨粒を振り払うかのようにあっけなく受け流されてしまった。慣性を受け流された二人は、そのまま減衰することなくアイザックの後方に軽く吹き飛ぶ。

「―――ちっ、なんだァ!!いまのはよぉ!」

 己のソレイスを軽くあしらわれた事に腹を立てたのか、セドリックは大声を荒げながら再びアイザックに真正面から切り込もうとする。

「やれやれ、全く。お前は相変わらずだなぁ」

 アイザックに再び向けられ猛攻する切っ先は寸前にしてその動作を急激に停止させ、間合いを詰めながらアイザックの周りを急速周回する。

「ほう、少しは頭を使うようになったかセドリック。えらいぞぉ~」

 アイザックはそう言いながら自身の周囲を駆け回るセドリックに注視し続ける。

(ちっ、一々口調がムカつく奴だぜ。だが、それがアイツのレイシス連中に対する戦略なのは俺も知っている。散々やられたことだ、俺でも分かっている。レイシスはキレやすいからな、俺の動きを単調にしようと考えているんだろうが、さすがにもうその手には乗せられねぇよ!)

 アイザックはセドリックへの注視を一旦やめて動きを見せないアルフォールの方へと一瞬目線をやると、その隙を見たセドリックは突如急速周回を気づかれない位置で静穏にやめる。セドリックが足を止めたその位置はドンピシャでアイザックの背後であり、死角だ。そのまま周回によって得ていた加速エネルギーを切っ先に伝達させ、アイザックの背後に目掛けて常人では到底視認することのきない速度で地に一足ついて刺突を繰り出す。

「......セドリックよぉ、お前はまだ真理に気づいていないのか」

 背後をついていたはずの渾身のセドリックの一撃はアイザックの素手で軽く受け止められその剣を素手で掴まれていた。ただ一つのかすり傷もなく。

「―――クソがっ!いみわかんねぇ......」

 セドリックがそう言った後、アイザックは掴んでいたソレイスを離す。そしてセドリックはアルフォールのいる位置まで瞬時に身を引いた。

「―――相変わらずお強いですね先生、さすがの『オールド』というだけある。無駄に長生きしてるわけじゃないんですね。しかし、先生。バカのセドリックはともかくとして、そうやって僕のことも侮らないで欲しいですねぇ』

「あっ!?!?アルてめ......!」

 アルフォールはセドリックの反応に気にする素振りを見せずそのまま話を続ける。

「先生、かつてあなたは僕に言いました。力の根源を負の感情に頼り、恩恵を得るレイシス。それは何とも愚かで、邪の道であると。レイシスの力など所詮見かけだけの紛い物に過ぎぬと。しかし、僕はあの時より学び、そして理解しました。純粋な力の前に人道や倫理など無意味であることを。先生?だとしたら聖なる倫理は弱気人々や愛する人を救えるのですか?先生、あなたは間違っている。やはり力だけがこの世の真理であり、その拠り所に善悪などない。それを僕が証明しますよ」

 アルフォールの顕現させたソレイスは美しい金銀色の施しを受けた槍状のシンプルなソレイス。その美しさはレイシア少佐のソレイスを初見で見た時と同じほどの衝撃を受ける。あれほど精密で美しいものが人体から生成される歪な現象に、未だレオは慣れる事ができない。
 そして、アルフォールは負の感情を象徴するかのように空中で腕を振ると、その軌跡に沿って可視化された漆黒のベールが現れる。
 やがてそのベールは膨張するとアルフォール自信と槍のソレイスを丸ごと飲み込んだ。

「......はぁ、アルフォールよ。お前はセドリックよりバカだ、その力を使うくらいなら無知である事の方が余程幸せな生き様だ。お前達は不幸な生命体だ、そいつに心を売るなアルフォール、その力は真理ではない」

「お、おい......。アル、その黒いの......それはどういう......?そんなの聞いてないぞ......」

 セドリックは変貌しはじめるアルフォールに対して疑念と恐怖心を抱きながら少し距離を取った。ベールに包み込まれたアルフォールは黒き繭の中でもがき苦しみながら、やがてその殻を破る。

「黙れよ、先生......。真理が何かは自身で決める事だろ......なぁ......はっはっは」

 先ほどの清楚な青年のイメージからかけ離れた言動や獣じみた動作は、その力の狂気を伺うことができた。アルフォールは黒い繭から槍を引きずりだし、正面に突きたて、アルフォールは静かに苦し紛れに言い放つ。

「―――我が道を、切り開いてくれ......」

 その冷徹な呼び声と共に周囲に纏っていた漆黒のベールは一気に空間に離散し、アルフォールの体に対してまるで包帯を誰かの手によって巻かれるかのように糸状に巻きついていく。その包帯状の帯には読解不可能な象形文字列が下半身から上半身にかけて刻まれ、槍のソレイスにもそれが巻きつきはじめる。

 やがて謎の形態変化を遂げたアルフォール。その風貌はまるで病院に入院している重病患者のようだ。しかし、それまで旺盛であったはずのアルフォールはその場から一歩も動かずに居た。というより動けずに居たという方が適切なのだろうか。その力を完璧にコントロールできていないようである事は素人目のレオにもあからさまだった。

「『レナトゥス・コード』か......。アルフォールよ、一体何がおめぇをそこまでさせたんだ。教会の連中は一体何をお前に吹き込んだ......」

 アルフォールのもがき苦しみ変わり果てた姿を見て、アイザックは頭を抱える。

「......いいかアルフォールよ。その術を使うには、余りにもお前は優しすぎるのだ。お前の捨てきれない人情の分だけ、その禁忌の術はお前に代償を払わせる。愚かな弟子よ、道を踏み外したな......。はぁ、なんと不甲斐ないことか」

 アイザックはアルフォールに聞こえてるかも分からない言葉を連ね、その隙間にレオは銃型のソレイスをアルフォール方へと向けながらアイザックに静かに駆け寄った。

「おっ、おい!これどういう状況だよ......。よく分からんがいまのうちに逃げれるんじゃないか?あいつらから」

「ふ~む......」

 レオのその言葉に、悩ましいような太い唸り声をあげながら応えるとアイザックは変貌したアルフォールを見据えながら腕を組んで立ち尽くす。

「―――なぁ……嘘だろアル……なんだよその黒いのはよぉ……なんで何も言ってくれなかったんだ……アル……」

 セドリックは言葉を失っていた、彼にとってアルフォールのしたことは余りにも予想外の出来事であったようだ。

「......お、おいアイザック。マジでどうすんだ?俺にはこの状況があんたらの身内ノリ過ぎてとてもじゃないが飲み込めねぇよ、俺の勘が正しけりゃ今が絶好の逃げ時だと思うんだがねぇ……。弟子が心配で動けねぇってんなら俺一人でこの場を引かせもらうが?」

 レオは冷や汗をかきながらアイザックへそう言って銃のソレイスをアルフォール達へと絶えず向け続ける。何かを永遠と悩み込むアイザックだったが、突如として腕組を外した。

「そうだな、じゃ。逃げっか」

「......いいんだな?同情するわけじゃないが、一応あいつらアンタの元弟子とかなんだろ?見るにかなり苦しそうだが」

 アイザックは答えを詰まらせ。強く握り拳を作り、そして手のひらに跡を残すと踏ん切りがついたように脱力させる。

(オールドでありながら、俺もまだまだ甘い......。)

「はぁ......まぁ、あれはほっといてもまだ大丈夫な段階だ。空撃ちとでも言うべきか、アイツにはあれを使うだけの器量が元来備わっていない......。それ故にあれを発動させた代償をその身をもって償わなければならん。あの尋常ならざるであろう苦しみはその代償だ、しばらくは動けんだろうが、それをもって反省することを師として俺は期待するのみだ」

「あぁ、わかったよ。じゃあずらかるぞアイザック」

 変貌の代償で苦しもがくアルフォールと、それに寄り添うように見守り続けるセドリック。念のためレオは銃口を彼らに最後まで向け続けるが、アイザックが彼らに背を向けてもその者達が追撃してくる様子はなかった。

 そのままアルフォールとセドリックの帰還を待ち続ける空中戦艦を背にして、その影を浴びながらアイザックとレオは倉庫区画を後にした。その後、エターヴの増援はせっせと倉庫区画包囲網を構築していたが、それがアイザックの手によって不毛な労力と化す事は想像に難くない。しかし、されどエターヴは卿国の支援下にある訓練されたテロ組織とされる。訪れた時に乗車した車両に乗り込んで、そのまま数ある包囲線を突っ走って逃走するのはさすがに難しい。

 ―――はずだが、それでもアイザック達は車両に乗り込んでは堂々と。張めぐされた包囲線でエターヴの警告通り丁寧に降車をし、真正面からエターヴをそのまましばき倒していく。はなから彼らに対してエターヴの包囲線など殆ど意味をなさない。そうしてアイザック等はそのままブリュッケン都市郊外へと脱出するのだった。




[43110] いにしえの呪縛
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/02/20 15:10
 ―――都市部の倉庫街から車両で随分離れた。ブリュッケン都市圏からは既に外れている頃だろう。
アイザックがレオを乗せてしばらくが経った頃、静穏の車内が続く中、レオはアイザックにふと言葉を切り出した。

「―――なぁ、差し支えなければ"先生"に是非教えて頂きたいんだが。さっきのあんたの弟子?アルフォールとか呼ばれた奴。あいつの身になにが起きてたんだ?堂々と俺達の前に現れた割には、なんかその。変な力でも使ったのか勝手に自滅していって外野の俺は置いてけぼりな訳だが」

レオのその問いにアイザックはしばらく黙り込むが、道路の夜間街灯が数度アイザックの顔を照らし過ぎた頃。アイザックから冷ややかな空気感と共に言葉が放たれる。

「......アイツは我々が最も禁忌とする心理の深層領域。レナトゥスに足を踏み入れた」

「―――れ、レナトゥス......?」

レオはその聞きなれない発音の単語に対して首を傾げる。

「ま、要するに性格の捻じ曲がった奴しか使えねぇ裏技みてぇーなもののことだな」

レオにそれ以上踏み入れさせまいとするような、簡単な物言いでアイザックは答えた。

「ふーむ、そんなものがあるのか。あんたらも大変だな」

レオの簡素な反応にアイザックは眉をひそめる。

「ほう、聞く割にはあんまり興味がなさそうだな」

アイザックのその言葉にレオは一間おいて口をゆっくり開いた。

「......まぁな。あんたもそんなに深堀して語るつもりもなさそうだし、なによりあんたらは複雑すぎる。いっちまえばめんどーな生き物だ。興味がないというよりは、関わりたくないのかもな」

「ふっ。まぁ間違っちゃあいないその見方は」

アイザックは少し笑ってそう言いながらハンドルを横にきり、郊外の森の方へと車両の進路を変える。

「お前さんの言う通り。俺達『覚醒者』......ディスパーダは複雑でめんどくさい生き物だ。特に我々のような『レイシス』わな。お前も知ってるかもしれねぇが、レイシスっつーのは負の感情を根源として力を顕現させている。故に、生物としては余りに好戦的すぎる種族なんだよ。憎悪や絶望、嫉妬のような強力な感情がそのまま力に直結する。そんな世界だ。だが、そういったものを糧にする種族だからと言って、当人が必ずしもその感情を吐き出し続けることが出来る人間性とは限らないわけだ。お前さんがさっきみたあの光景は、そんなような奴が負の深層領域に無理やり踏み入れた者の末路というわけだ。その領域に踏み入れたものは己に苦痛という名の呪刻印を刻みこみ、その生物的ストレスによって個体としての次の段階への進化を試みる。通常の人間では到底その苦痛ゆえに到達することの出来ない深層領域『レナトゥス・コード』へと至る為の秘儀。と言ったところだ。だがあれでは器量が足りず不完全形態となっていた、あらなら本格的な精神汚染が始まる前に外装が剥がれて元に戻るだけだ」

アイザックはアルフォールの行なったレナトゥス深層領域に関してそう物悲しい様子でそう語った。

「んーまぁ、なるほど?要するに、あのアルフォールとかいう心優しき人物はあんたに勝つために無理して自爆した。そういうわけだな」

「ま、そういう認識で問題ねぇよ」

そう放った言葉を最後に、再び車内に静寂が訪れる。


 森の山の方に入った車両はとある一軒のボロ屋の前に停められた。辺はすっかり暗くなり、ブリュッケンから放たれる都市光の明かりだけが周囲の情報を照らしてくれる。夜の帝国都市は、まさしく景観法によって維持されたアンティークにふさわしい都市全体の造形美を誇る。まるで何千年も前から構造物だけが時を歩のを止めたかのような光景に再びレオは目を奪われる。

「綺麗な都市だ」

「だろ」

「街灯りはこんなにも暖かいのに、よそでは血みどろの戦争をしているなんて何とも歪な感じがするな」

「ハハァ、感想が思想家のそれだな。とりあえず車は捨てて、こっから徒歩でサッサっとクライネちゃんとの合流地点に向かうぞぉー」

「......クライネちゃん?」


 ボロ屋前に車両を乗り捨ててから、山を下り道沿いに出る。ここら一体は森だらけだが小さな住宅街でもあり、交通量もそこそこあるため隠密性は低い。
 道沿いの外れの道路でしばらく立っているとアイザックが「おっ、きたきたぁ」と言うと、一台の変哲もない一般車両が目前に停まった。すると勢いよく運転席のドアが開かれ、そこから一人の女性が飛び出すように現れた。

「―――ちょっとたぁ~いさぁ!!探しましたよぉ!!なんで予定時刻の合流地点にいないんですかぁ!?」

 そうアイザックに対して声を荒げたその人物は、服装はコートとワンピースの服を重ね合わせたような物を着ていた。クールな雰囲気で端正な顔立ちの女性であった。

「ごめんごめん、クライネちゃんの怒ってる顔が見たくてさぁ!ついつい、ね?」

「う~っわ、キモいです大佐」

「いや嘘嘘冗談だって!そんなに怒んないでよクライネちゃん......ちょっと厄介な連中に絡まれちゃったんだよ。仕方ねぇだろぉ~?」

「はぁ、もうそういうのいいんで早くお二人方お乗りください」

 クライネと呼ばれていた人物が乗ってきた車両に、アイザックとレオは乗り込むとクライネは颯爽と車両を出発させた。

「......えっと、彼女は?」

レオは車内の後部座席、隣席するアイザックにそう尋ねた。

「ん?あっ~クライネちゃんはねぇ―――」

「あっ!自分で言うので結構であります大佐!」

アイザックが説明をしようとしたところにクライネは食いつくかのように遮って自身の口から自己紹介を行う。

「私は元『ヒットマンの英雄小隊』直属。帝国中央作戦局第一課所属のオペレーターを努めていました!『クライネ』と申します!以後宜しくお願い致します。レオさん!」

「ど、どうも」

(『ヒットマンの英雄小隊』......聞き覚えがあるな)

レオはクライネとの簡単な挨拶を終えた。

「あのぉ、それで大佐。ここまでに乗って来た車両はどうされたのでしょうか」

「いやぁ、いつもんとこに置いてきたよ」

「えぇぇぇ!?またウチで回収させる気ですかぁ!?護送車の時といい動かせる工作部隊にも限りがあるんですから雑に指定ポイントを使用しないでくださいよ!」

「悪いねぇクライネちゃん。ま、結果オーライということでね」

「はぁ......!」

クライネは大きなため息をあからさまについてみせた。

 クライネとアイザックの会話から察するに、裏でつながった協力関係なのだろう。どうやらクライネは非正規的に実働部隊を動かすことのできる役職に居るらしく、アイザックのむちゃぶりの散々付き合わされてきたようだ。クライネがアイザックとの会話の中でアイザックに関するありとあらゆる愚痴を吐き終わると、レオは本題に切り込む事にした。

「随分仲がよろしいようで何よりだが。まず俺は今後どうあんたらに扱われるのかお聞きしてもよろしいですかねアイザック大佐殿」

「ま、それは追々に話す。いまは別にどうこうするつもりはねぇから安心しなぁレオ」

「はぁ、まぁ少なくとも敵対的な理由で俺を捕まえにきたって感じではなさそうだな。今はあんたらの指示に従うとするよ、なにせ俺は囚われのしがない傭兵なんだからな」

 レオはそう言って眠りにでもつくかのように両手を頭の後ろに回して瞼を閉じた。

「......あぁ、そうしな」

アイザックはそう、怪訝な表情でレオを横目で見流しながらそう言った。




[43110] 瀟洒なカフェテリア
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/05/01 20:14
 ―――しかし、これはどういうことなのだろうか。

 気づけば俺は、少し洒落なお店で見かける様なウェイトレススーツを着用し、いわゆるカフエテリア等と言われる珈琲やお茶の類を提供するお店の中で客からのとある命令を待って立ち竦んでいた。
 客の注文を聞き、そのオーダーを持って厨房へ伝える。つい前日まであらゆる国内の紛争地帯に趣き、人を何人と殺してきたと言うのに我ながら呑気なものだ。気づけば共和国独立機動部隊に入り、その後の任務では敵に拐われて、拐われたと思ったら今度はまた拐われた。そして、よくわからないままここに配属されたわけだ。

「―――俺は一体こんなとこでなにしてんだ……」

 冷静に思いつめてみると数日のうちに盛大なイベントが起きすぎているのだ。感情の整理が追いつかない。そんなことを思いながらも、今はとにかくやったこともない目の前のサービス業務に務めることにした。気を取り直した途端、さっそく客席の方からオーダーの要請が来る。それに応じてレオは馳せ参じた。

「えー、あー。えっと、お。お待たせしました。注文どうぞ」

「あの、すみませーん。コレとコレ。一つずつくださーい。あっ、氷少なめクリームましましで、あぁあとお水もらえます?」

その若い客人達はメニュー表を指で示しながらオーダーを完了させ、目の前に空のコップを差し出してきた。よほど喉が渇いていたのか、来客時にお出ししたお冷は既に中身が消失していた。

「えーっと、ご注文を承りましたぁ。あぁ、あと、お代わり用のお水はセルフってやつなんで、向こう側でご自分でお取りくださいマセ」

かったるい敬語を気力を保ちながらそう話す。

「はぁ?なにこの店員、そんくらい持ってきてくれたっていいじゃん、ねぇ?」

 その少女はそう蔑むような目つきで、こちらを下から上と舐めかかったような視線を流してそう言った。最近の若者というのは、異国の地とはいえ見ないうちに随分とガラが悪くなったものだ。

「そ、そうですよぉー、そんくらい良いじゃないですかー?」

 先に悪態をついた少女の向かい側に座っていたもう一人の少女が、上目遣いでこちらを見て重ねてそう言った。少女たちは同じ制服を着ており、恐らく御学友だろう。
年頃の子っていうのはこういう洒落たお店が好みがちで、憧れを抱く物ってのは一応知っている。なぜなら嫌でもよくネットのトレンドになるからだ。だが、映えを気にする余りに人使いが粗いとなっては如何なものだろうと、そんなことは少女だからといって許される行為なのだろうか?そんな扱いを受ける道理はこちら側にはないはずだが、サービス業というのはこういうものなのだろうか。俺が世間知らず過ぎるだけで、これが当たり前のことなのか。その真偽はこの場では分かりかねる。

「ちょっと、お兄さーん?聴いてるぅー?」

「えっ、あぁーすみません。では、いまお持ち致しますね」

 普段はこういった社会経験がないのでつい考え込んでしまった。
俺が生まれてこの方、接客どころかまともに社会的に関わった事すらなかったのだ。常識や価値観が多少異なっているのは重々分かっていたつもりだが、ここまで差異があったとは思わなんだ。接客の対応と、まともに生きることの辛さに改めて思い知らされた様だった。結局のところ、自分にないスキルを問われる場所であったり、戦場かそうでないかに限らず辛いという感情そのものは等しく平等なのだと思う。どっちが辛くてどっちが辛くないなんていう主観に頼った話はあまり意味がないのかもしれない。しかしあの子達、なぜかさっきから上目遣でこちらを見ている気がする、冷たく接してくると思えば次はあぁいう視線を送ってくる。一体どういう情緒なのだろうか。

「おいアイザック、オーダーだ」

 厨房のキッチン前にその風貌に似つかわしくないアイザックの姿がある。その服装は高級レストランなんかでよく居そうなコック・コートとスカーフを首に巻いており、見た目だけは一流だ。

「おい!料理長ってよべっつってんだろうが。ぶち飛ばすぞ」

「おっと、悪りぃな。こっちの国では冷凍食を解凍するだけの奴を料理長と呼ぶんだったな。以後気をつけますよ、ウィーシェフ?」

 アイザックは呆れたような視線を向けながら頭を抱えた。

「もーちょっと二人とも〜、話してないで手を動かしてくださいよぉ。ていうか結局私が下準備して用意してるじゃないですかぁ〜」

 厨房からでてきたクライネは先程オーダーした物をアイザックと言い合ってる内に手慣れた仕草で作ってくれていた。
 クライネは最初に会った時とは髪型が変わっており、サイドで編んだ三つ編みを後ろで一つにするように髪を纏めていた。

「おお!クライネちゃんさすがだねぇ〜、じゃあこれ運んでってもらえるかな新入りくん」

 クライネは用意してくれた二つのドリンクをお盆の上に乗せ、レオの目の前にそれを差し出した。
 クライネからお盆を手渡しで受け取り、レオは先程のオーダーをした少女たちの席へとお水と共に運んでいく。


「お待たせしました」

 注文の品を少女達の前に速やかに置くと注文の確認をせずにその場を早急に離脱した。なるべくこれ以上なにも言われたくないし、言わせないためだ。



「───あのぉ、ちょっと店員のお兄さーん?あれー?ちょっとー!?」

「あ、行っちゃった……」

「あれ絶対聞こえないフリしてたよね、ちょっと鹹かっただけなのに」

 いじけるように目の前に置かれた体に悪そうなクリームマシマシドリンクを手に取り、あの店員に聞こえるように音を立てながら啜ったが、先ほどの店員は少したりともこちらを気にする素振りを見せない。

「あぁーあぁーやっちゃったねぇ」

 一緒にお店に来ている目の前の女の子はイザベルタ・マリアンナ。アンナは私と同じ『ラス・アルダイナ帝国学院』の生徒で同級生である。アンナは私を茶化す様にそう言うと、目の前の飲み物を手に取った。

「えぇーいまのダメぇ???」

「ちょっとアプローチが過激すぎるんじゃないかなぁレナちゃん。今のを付き合った私がいうのもアレだけど、どこでそんな特殊プレイみたいな方法覚えて来たわけぇ?」

「ちょっと!特殊プレイって変な言い方しないでよっ!そんな如何わしいものじゃないって!おかしいなぁ……えーとねぇ……」

 呆れ混じりにそう言うアンナを前に、私は携帯していた今時女子必須と謳われる人気女性用雑誌を手にとってそれを見せる、そしてこれで先程のアプローチを知ったことを話した。

「ええ!?その最後のコラムのところのやつ間に受けちゃったわけぇ!?そりゃーないよぉーレナちゃーん……」

「えぇ……でもぉアンナ。あれには最近の男性は草食系とかいうから、ヤンキーの如く食らいついていけーってコレに書いてあったんだよぉ?そしたら男性は喜ぶって、それにこれいつもみんなが持ってる奴じゃん!」

 アンナは雑誌を手に取り中身をペラペラと眺める。すると「はぁー」というため息を捲るたびに吐き、呆れたような目線をこちらに飛ばしてきた。

「あのねぇレナちゃん、全ての男性がここに書かれてるように単純ってわけじゃないのよー。それにこれって最初に相手を選んでるじゃない、ほら」

 アンナの指し示すところを注目すると、そこには『M系男子攻略編』と小さくページの見切りに書かれていた。

「え、えむ系……?ねぇアンナ、これってどういう……」

「意味もわからず読んでたの!?これだからお嬢様は……分からないならいいわよ」

 アンナはすぐさま雑誌を閉じて雑誌を私の方返すと、疲れきったかのように飲み物に手をかける。

「ふぅ、いいこと。レナストロ・ヴェローナ、よーくお聞きなさいな」

「どうしたのアンナ、急にフルネームで呼ぶなんて……」

 アンナは「シーッ」と私の唇を抑えながらどこから取り出したのかメガネを出すとそれを自らに装着した、普段はかけないのに。

「たしかに並大抵の男ならあのわけのわからんテクでも落とせるかもしれないよ?えぇ、そうとも、というかレナちゃん自体超絶可愛いからそんなのあまり関係ないと思うんだけどね」

「えっー?」

「おっほん、まぁそれは置いといて。私が分析する限りだと、あれは中々厄介よ。てかレナちゃんを前にしてあの冷め切った態度は普通ありえないわ、並大抵の普通の男性ならね。あの男、尋常ではないわね」

「アンナ、さすがにそれは褒めす……ひゃっ!!」

 私の言葉を遮る様にアンナは机を軽く叩くと、鋭い目つきで私を見た。

「あのねレナちゃん、今ここでお決まりの『そんなことないよー、レナちゃんはかわいいよー』って言ってあげてもイイんだけどね、そんなことに時間を割いてる暇は、な・い・の!」

「ご、ごめんアンナ。それじゃあ私、これからどうするべきなのかな。印象最悪だと思うし……、でもあの人……やっぱり気になるし……」

 俯く私をアンナは肩を叩き、笑顔で言い放った。

「うん、諦めればいいと思うよ」

「アンナぁぁぁぁーーー!!」



 先ほどの少女達は帰り、その後何人かの接客を終えると、お店は閉店時間を迎えていた。朝から動きっぱなしだったが、やっと一息つくことができる。更衣室のベンチに座り込み、凝り固まった体を伸ばした。

「はぁ疲れた」

「こんなことで一々弱音を吐くな、これからしばらくはこれが日常なんだからよ」

 更衣室に帰ってきていたアイザックはそう言った。

「そうはいってもな、接客なんて初めてなんだよこっちは!いきなりこんなことに付き合わせられる身にもなってくれ」

 そう言ってレオはアイザックに支給された私服に着替え終えると、閉店後の定例ミーティングに参加すべくスタッフルームに向かうことにした。











[43110] 目に映る偽りの安寧
Name: のんとみれにあ◆93341667 ID:c0f89988
Date: 2023/11/28 18:10
 

 ―――レオは表での業務を終えると、定例ミーティングの行われるクライネの居る部屋へ赴いた。そこで現在のレオ達を巡る状況の説明を受ける。これは度々行われていた。この場の外に出る機会の少ない者にとって唯一の情報源だ。

「―――では定例ミーティング始めます。状況を再確認致します。現在、帝国は共和国との開戦から凡そ157時間が経過。戦力差を考えれば数に劣る帝国軍の殆ど、特にここ都市ブリュッケンを中心とした付近の駐屯軍が前線に回される頃合となります、それに伴い指揮系統の上位機関のリソースは前方に回され、後方国内の諜報能力が著しく低下します。具体的に言うならば、貴重な戦力であるレイシス、尋問枢騎官等を駆り出している現状であり、レイシスの諜報感知から逃れやすいのはむしろ相手拠点のど真ん中であるというのが今我々がここでこうしてることへの説明です。事前に開戦する事を知っていた我々はこの隙を活かす為に特殊なコーティングを施した拠点を都市内に数個築きました。その内の一つがここというわけです、ここなら感応に優れた尋問枢騎官に見つかることもなく、あなたを匿うことができるというわけですね。まぁその辺の話はいつも通りですが、外の戦況は以前説明した時と比べてたった数刻で大きな変化を遂げました」

 クライネによってテーブルに広げられた帝国本土付近の戦況地図には、帝国軍拠点の部隊配置や、数多の防衛ライン。推測される戦力規模を示した地図が広げられていた。そして、今後の侵攻計画の予定までが記されていた。

「こんなものまであるんだな」

 レオは関心した素振りでそう言い放つ。

「まぁこれは地図に書かれた私的なメモみたいなものですけど、英雄小隊諜報部から得た確実な情報です、今後もリアルタイムで情勢を把握しつつ我々も対応していくつもりです」

 ―――英雄小隊、たしか先日にも彼女はそのようなことを言っていた。『ヒットマンの英雄小隊』直属のなんたらとか。

「ところでその、英雄小隊というのはなんなんだ?」

 クライネはその発言に面食らったかのような表情をし、瞳孔を開かせレオを見る。

「......え?ご存知ないんですか?あの英雄小隊ですよ?ドラマ化もされて世界的に配信されていたやつです!!!ほら、『愛の小隊』の元ネタになった帝国軍部隊ですよ!」

 クライネは机がバシバシ叩きながらそう言った。

「あっあぁ......悪いがそっち方面の情報には疎くてな、あまりそういうのは見てないんだわ......」

 レオはクライネの熱量に気圧され、目線を彼女から外す。

「まぁ......そうだったのですか。えっと、まぁ。簡単に言うと、英雄小隊というのは過去に暗躍したとされる部隊の由来でそう名付けられ、帝国枢騎士評議会からは独立した部隊でもあり、レイシスの少数精鋭部隊として活躍していた有名な部隊なんですよ!とまぁ名前に小隊ってついてはいるんですけど、全然規模は大隊くらいはありましたね。それで私はその直属の支援オペレーターだったというわけなんです」

 自慢げに語るクライネだが、その語り方に少々の疑問を覚えた。クライネの言い方ではまるで部隊が今では存在してないか、既にオペレーターをやめているかのような言い方だ。

「だった、というのは?その部隊に所属していなければ情報なんて手に入らないだろう」

 クライネはそう言われて、恥ずかしげな態度をとる。

「えぇ、まぁその......表向きには帝国軍最強を謳われた部隊ではあったんですけどぉ......その......お恥ずかしながら......先の開戦時に共和国のイニシエーター部隊に早々と全滅させられてしまったんですよねっ!それにともなって組織は解体の後に再編成されて、私は諜報本部務めになる予定だったんですけど、なんの因果か大佐のもとに配属されちゃってて......。でも英雄小隊諜報部の秘匿回線はまだ機能しているんですよね。それで外部の色の付けられていない生の情報を手に入れられる訳です。国内で流される情報はその情報操作によって、例え軍人であっても歪曲された情報を渡されています。とてもこの戦況的事実を脚色なしで国民や兵士達の耳に届ける事等できませんから......」

 クライネは机に広げられた地図を眺め、指で自軍の配置をなぞりながらそう言った。

「―――なるほど。まぁ見る限りの現状の大体のことは分かったよ。どう考えても今回の戦争、帝国軍の惨敗だ。様々なアンバラル領の軍事的要所に侵攻を繰り返してはいるが、どれもこれも最初だけ。すぐバックアップの共和国軍に奪還され殲滅させられている。とても仕掛けた側の戦果とは思えないな、そもそもなぜ帝国軍はこんな無茶な軍事作戦を展開しているんだ......?それにこの地図上で見る限りの作戦単位上、一見同程度の戦力比に見えるが、帝国軍一個師団と共和国軍一個師団とでは文字通り戦力の桁が違うだろ......あんた達の上層部は正気なのか?」

 レオにそう言われたクライネは、そっと何かを考える素振りで顎に手を当てると、すぐさま元に戻す。

「私たちにもまだ上の思惑などについて詳しいことはあまり分かってません......なぜこのような侵攻作戦を展開し始めたのか、それを扇動する枢爵達はなぜ狂い始めたのか、私達には何も分からない。しかしまぁそれは追々わかることです。とりあえず、今日はもう疲れたでしょう?いったんミーティングは終わりにしましょう。もしまだ気になるようなら大佐にでもまた聞くといいです。今の我々の中でもっとも上層部と近いコネクションを持つ存在ですから」

 そう言ってクライネは天井に向けて腕をグッと伸ばした。











[43110] 一人の考古学者として
Name: のんとみれにあ◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/11/28 18:16
 ―――夕暮れ時。様々な車両や人々が行き交うかつての懐かしい街道を眺めながら、約束の場所へ向かう一人の人物がいた。その彼女にとって、この場所に訪れるのは数年振りの帰郷となる。


「おぉ!ひっさしぶりだなぁー!わが学びの地よ!私はもどってきたぞー!......っていっても、強引にスケージュルを開けて来たわけだし、少しはゆっくりしていきたいけど、そういう訳にもいかないかな」

 彼女はそう呟きながら、腕の時計を見る。


 ―――ここはかつて私が通っていた学び舎。ラス・アルダイナ帝国学院がある街、そして帝国の首都であるブリュッケンだ。ここには随分久しぶりに来ることになる、帝国本土自体は何度も踏み入れているけど、如何せん首都にはアイツ等が多い。
 あまりアイツ等に目立ちたくもなかったので、積極的にここへ足を運ぶことは普段からない。アイツ等というのは主に尋問枢騎官の事だ。だが、今日は学院時代にお世話になっていた歴史科の教授と会う約束をしている。それに、アイツ等はお国が戦争状態の今なら首都近郊には殆ど居なくなる。先生とお話をするには絶好の機会であるという訳だ。

「たしか中央公園のセンタークロックタワー......のよく見える街灯の近くのはず......あっみつけた、ディーク教授!」

 待ち合わせ場所の街灯に立っていた一人のご老人、見覚えのある風貌に学院時代にもずっと被っていたハンチング帽。間違いなくその人物であった。

「おぉクロナくん、しばらくだねぇ。元気してたかい」

 ディーク教授はそう言ってハンチング帽を脱いで上品に一礼する。

「はい教授、おかげさまで」

 彼女、クロナも同様に挨拶を返す。

「あぁそうかい、それにしても......」

 教授が目を細め、自分の全身を舐めるように見渡すと、何かを納得したかのように満足げな顔を作っていた。

「随分見ないうちに綺麗になったものだねぇ、それに少し背も伸びたかな」

 教授のその発言に、露骨にクロナは気持ち悪がる様子を見せる。

「背は......伸びてないですね、後その視線の後から放たれるその発言は少し気持ち悪いですよ教授。もしかして普段からそんなことばっか生徒に言ってるんじゃないでしょうね?」

 クロナはしかめっ面で教授を見つめる。

「いやいや、すまない」と教授は帽子を深く被し直すと、うしろに振り返って前に歩き出した。

「もちろん冗談じゃよ、ナイスバディになったものだと関心していただけじゃ」

「ちょっと......」

 その発言を残し歩き出した教授に、多少の腹立ちを抱きながらクロナは教授の背を追いかけた。



 ―――教授と並んでしばらく歩いていると、かつての学院がある近くの街道までやってきていた。見慣れた制服を着た生徒たちが学院から出てくるのを懐かしみながら眺めていると、このまま少し学院の方にも寄りたいとも心の内側で抱く。しかし、そんな時間は当然、今の自分にはないことを自身に言い聞かせ、そろそろ本題を持ち出す事とした。

「さて、教授。私がここに来たのは郷愁に浸る為ではありません。教授に少し見てもらいたいものがあるのですが......ってまぁここらで立ち話ではあれですし、どこかお店でも入りましょうか」

「うむ、そうだな」

 すると教授は腕を高く上げ、一つの方向に指を示した。

「なら、この先にあるカフェテリアにでもどうかね。どうやらそこのお店は我が学院生徒達の間でも好評のようでね。最近できたらしくての、僕も少し気になっていたんだ」

「えぇ、お誂え向きですね。ではそこにしましょうか」


 そう言って訪れたそのお店の名前は『タロット』。外の看板は控えめに飾られていた。教授と共に店内へ入ると、そこはアンティークを模様したような古い味わいのある帝国風土らしい室内だった。歴史的な物に趣を置くこの国では、実に風情のあったお店であるといえる。少し奥へ行き、教授の腰でも労わる名目で席選びにふかふかのソファーにでもしようとしたが、よく見るとどうやら学院の生徒の先客がいるようなので出入口付近の窓側の席に座ることにした。

「さて、何を頼もうかと思ったけど。結局僕は甘いものは好まないからね、普段飲んでるものとそう変わらないものを頼むことになりそうだよ」

「あら、じゃあなんでわざわざここへ来ようと思ったんですか?」

「あはは、いやぁね。やっぱり雰囲気っていうのは大事なんだと僕は思うんだ、自室で飲む珈琲とこういったお店で飲む珈琲とでは格別なものがあると思ってね」

「ふーん、そういうもんですか」

「......というのは建前でね、本当は若い子に人気のお店にくれば、若い子をたくさん眺められるからいいよねって思うわけだよね」

「はいキモイですねと」

「冗談じゃが」

 そんな問答を繰り広げ、席についてしばらくすると一人の店員がメニューを持ってやってきた。

「いらっしゃいませー、ご来店ありがとうございますー、こちらメニューとなっております。ご注文がお決まり次第お声がけください、ではごゆっくりどうぞー」

 こなれた風に接客をこなす店員、少し態度が気になるが妙に体つきがよく、腕に傷が多いように思える。よく見れば顔にも数多の極細の傷が見え、明らかにここらの者でないことは容易に推察することができる。戦場上がりの......恐らく元傭兵か、軍人あたり。いや、待って。それよりもっと気掛かることが......。このお店......。

「どうしたねクロナくん」

「あっ、いえ。お店の雰囲気に少し見惚れてしまっていたようです」

「うーむ、気になるかね?あの男のことが」

「......ッ!」

 考えていたことを見事に言い当てられてしまい、動揺のあまりに椅子から落ちそうになったが体制を立て直した。この色ボケ教授はすぐに勘違いをするので直ちに訂正しなければならない。

「いえいえいえ!ち、違いますよ!そういうんじゃないですよ!」

「あぁ大丈夫大丈夫、ただこの店が好評なのには、ここの店員に秘密があると僕は思うのさ。あのいかにも戦いから帰ってきたかのような風貌というかね、見事にうちの学生たちの心を射抜いてしまっているようでねぇ」

「......えぇ、まぁ。確かに。このような繁盛した区画では珍しいタイプの男性ですね、ねんていうか。あぁいうアウトローな雰囲気を放つ人ってここらであまり見かけませんし」

 あの店員。たしかにこの辺りで平和に慣れ親しみ、ここに住まう者たちからすれば変わり映えした人物に映るのだろう。顔は比較的端正で、体格も筋肉質。あれで異性から人気が出ないとういうのは少々無理があるという程か。
 だが、私は知っているのだ。あぁいう顔つきがいい者たちが歩んできたあまりにも過酷で残酷な道のりというものを。
 顔つきがいいというのは少々語弊があるか、あの男は常に周りを警戒しているのだ、そして世間をあまり理解していないような。そんな感じ、幼少の時から染みついたものなのであろう。戦いの中を生き抜いてきた者の証明、実に人の目には凛々しく映るのだ。
 そして。きっと彼は、この国の外からきたはず。それももっと辺境で、平和とは無縁な原始に住まう、そのような場所から。

「さて、注文はどうするかねぇ。んー、ここはやっぱり若い者受けがいいのかゴージャスなものが多いねぇ。僕は無難なブラックにしよう。クロナくんはどうするかね?ここはひとつ僕のおごりだ、なんでも頼んでくれていいよ」

 ディーク教授はそう笑顔で腕を振るうと、クロナは瞳を輝かせる。

「あら、本当ですか?ではお言葉に甘えて、んーそうですねぇ。じゃあこのとびっきりゴージャス盛りなスペシャルトリアーテグランデセットでも頼みましょうかしら」

「おぉ?おぉ。高いとこ突いてくるねぇクロナくん」

 しばらくして、お互いに注文したものがテーブルに出ると、いよいよ本題に移るために私は何枚もの写真が挟まったファイルを教授に手渡した。

「ディーク教授、見てもらいたいものはこれです」

「うむ、では拝見させてもらおうかの」

 教授は受け取ったファイルを手に取り、一枚ずつそのファイルに挟まれていた写真を確認していく。

「これは......うむ......」

 教授は驚きながらも興味深々な様子でファイルを次々とめくっていく。やがて見終えると付けていた眼鏡をはずし、顎に手をやり少し悩む素振りをみせた。

「こんなもの......見たこともないねぇ。クロナくん、これは一体どこで?」

「はい、これらはアルデラン卿国領土南西に位置する場所。ギリア領域付近、ヴァイロン平原にて発見された遺物です。そこに写っている遺物とされるものは、年代測定では凡そ8000年程前のギリア災害の時期と一致するのですが、この世界のかつての救世文明と照らし合わせても該当しうるものは存在しませんでした......やはり、これは未知の文明の遺物と考えてもいいでしょう」

「......周囲の地質調査、遺物の構成元素の分析はどうだった」

「この遺物の構成元素についてですが、我々の知っている物質とはどうやら異なった物のようではあることは分かっています。我々の知るところの鉄物質に近いようですが、どうにもこの遺物には不純物が多すぎるようで、正確には何とも。もしかすると我々の知らない未知の物質が含まれているのかもしれませんが、スキャナーがこの遺物から放たれる特有の磁気によって故障してしまうので、今のところは何も分からないというのが正直な話です」

 教授はその後も写真を再びいくつか見続けると、一つの写真を私にも見えるように指で指しながらこちらに差し出してきた。

「この形状はどうだ、何に用いられていたと考える?」

「これは恐らく武器の類......間違いなく武器としての剣のようなものだとは思いますが、我々の知る文明の物とは違い、刃が外側にしか取り付けられていないようですね。刺突や切り裂く事に重点を置いた形状ではあるようですが、柄が長く湾刀です。これ程特徴的で美しい武器があらゆる機関の書物に記録として残っていないのは、むしろ不自然です」

「ほう......」

 その後も教授は未知文明の遺物達に夢中になっていた。テーブルに差し出された珈琲が冷めきるほどに。

「もしかしたら教授ならと思いましたが......」

 クロナはそう言って飲み者を手に取り、その余りに豪華で膨張した飲み物のクリームで教授の顔を自らの視線から遮った。

「いやぁすまないねぇ、これは全くの未知だ。私の手に余るものだったよ、力になれずにすまないねぇ......」

「......いえいえ、それなら大丈夫です。より未知の遺物に関して興味がそそられます」

 教授は手に取っていたファイルをそっと閉じるとくたびれた様子でこちらに差し出し、クロナにファイルを返還した。

「はぁ、すっかり珈琲も冷めてしまったようだね。いやぁ面白いものを見せてくれてどうもありがとうクロナくん」

「ご満足いただけたようで何よりですよ、さて。私もそろそろ時間ですね、このファイルのコピーは後程教授の方に送らせて頂きます。ではこの辺でお開きとしましょうか」

「あぁ、そうだね。感謝するよ、しかしクロナくん。あれだけのモノをよくまぁ一人で平らげたねぇ、飲み物ていうかスイーツだよねこれ」

「えぇ、まぁ。これくらいは別腹ですのよ教授」


 ―――気づけばすっかり外は暗くなり、店内には私と教授とだけになっていた。席を立ち、お店の出口に構えられたキャッシュレジスターの前まで行く。教授はおごると言っていたが、さすがに悪い気がしたので私がキャッシュカードを出そうとしたところ、教授に手で制止された。

「いや、いいんだよクロナくん。お礼料、にしては安すぎるものだが気にせんでくれ。ここはひとつ、この老人にいい顔をさせておくれや」

「......そうですか、では再々。お言葉に甘えて」

 支払いを終えると、教授は先に外に出て扉を開けて待っていてくれた。だが、まだ私は気掛かることがあったため、その扉を潜らなかった。

「教授、すみません。私、もうちょっとゆっくりしようかなって」

 そう言われた教授は意外そうな顔をする。

「む?おや、そうかね?クロナくんってそんな食いしん坊キャラだったけね、気づかなくてすまないねぇ......」

「えっえぇ、まぁそんなところです」

 クロナは苦笑いをしながらそう答えた。

「まぁ、今回は久しぶりに会えてよかったよクロナくん、ではまたそのうちにね。じゃっ、お先に失礼するよ~」

 教授は開けていてくれた扉から手を放し、やがてその扉はひそかに閉まっていく。物静かな店内から教授を見えなくなるまで見送った。

「―――さて」

 私は両手をポケットに勢いよく突っ込みながら店内に向けて勢いよく振り向いた。振り向いた先には先ほど注文を承ってくれた男性と、調理室に居る一人の壮年の男性。そしてもう一人のウエイトレスの女性がこちらを険しい眼差しでこちらを見つめながら、ただ佇んでいた。

 私がこの店内に訪れた時から抱いていたある違和感が、ここにはあった。それは、この場がヘラクロリアム粒子の感応が極端に阻害されている空間であるということ。そして、その空間のせいで私は彼を誤認していたのだ。
 先程のウェイトレスの男、この場に似つかわしくないその男からはヘラクロリアム粒子の残存性を微塵も感じ取れなかったのだ。それは余りにもありえないことだ。
 この世の万物には全て、必ず有機体の構成要素として必ずヘラクロリアム粒子のエネルギーが《《観測する限り》》の構成要件とされているからだ。つまりこの場にいる彼は、この世の生物ではないか、あるいは何か他のからくりがあるのか。なんにしても彼以外からはこの空間で合っても微量に感応することが出来る。
 この空間に、異様な彼の存在。最近の枢爵共の行動と辻褄を合わして考えるのなら、彼は最近巷を騒がせている『特異点』そのものだろうと私は推測した。
 この場においてその特異点という大層な名称は、果たしてただのコードなのか。それとも文字通りの存在なのか。それはまだ分からないけれど。だが、明らかに彼を意図的に匿う為の場所なのだろうと、直観的にも私はそう感じるのだ。ここは一つ。カマをかけてみるとしよう。

 そして、私は勢いよく振り返った。


















[43110] セラフィール『人類史上世界最強のディスパーダ』
Name: のんとみれにあ◆2901f8c9 ID:4b424fe2
Date: 2023/11/28 18:19
「―――ひょっとして……ですけど。最近、枢爵の老人方を騒がせている噂の”特異点”とやらって、貴方のこと……ですよね?」

 彼女はそう厨房の方へ向かって言い放った。
 どう反応するのが正解か分からず、思わず苦い顔をしながらアイザックの方を見てしまった。
 その様は図星であることを彼女に対して明確に指《さし》示してしまう。

 アイザックやクライネと目が合うが、アイザックはその事に対して特に動揺するような様子はなかった。

「―――はて、なにを仰っているのか私目には分かり兼ねますな」

 アイザックはそうとぼけてみせるが、彼女は全てを見通し、全てを知っているかのような不快かつ毅然とした態度を、この場の人間に対して終始変えることは無かった。

「……まぁいいでしょう、私も驚きましたから。まさか偶然入ったお店で帝国中が血眼になって探し出そうとしてる存在と、まさかまさか遭遇するなんて。それでついでに、オールドレイシス、“アイザック・エンゲルト・バッハ”大佐にもお会い出来るとは……あれ、たしか今は失踪中ですよね?しかも懸賞金付きの。あら、私ったら見つけてしまいました。あれあれ、これはどうしましょうね〜」

 彼女はそう挑発的な物言いで言うと、アイザックはそれに応えるように厨房カウンターの板をコンコンとノックする。

「茶番はいい、要件を言いな」

 アイザックはそう冷静に彼女の言動をいなした。

 彼女はどういう訳か俺たちの状況を見通しているようだった。
 あらゆる誤魔化しは彼女の前では意味を成さない、そう言われているかのような威圧感だ。
 それにアイザックの事だ、いきなりこの場で戦闘になる事も十分ありえるだろう。

 ―――レオはそう考え、体を無意識に引き締める。
 その様子を見たクロナは慌てて両手を前の方で振る。

「いやいやいや!!、そんなに警戒しないでくださいよ。私はあなた方の敵ではありませんよ、ほんとうに……まぁ味方という訳でもありませんが」

「―――で、何が目的だ」

 アイザックは更に鋭い口調で彼女に先ほど投げかけた趣旨と同様の言葉で問いかける。

「いやぁまぁ......目的というか。さっきも言ったでしょう、偶然だって。それに本当にあなた方の敵ではない、なにせ私は帝国連中とは心底仲が悪いのですから、仮にあなた方とこの場でこれから敵対したとしても、あなた方に関することで帝国に協力する気はないのですよ」

 彼女は両手をあげ、まるで降参でもしているかのような仕草でそう言い終えると、アイザックは胸ポケットにしまっていたタバコを取り出し、それを一服した後長い溜息を吐いた。。

「ふぅ……、目的がないんだったらよ、なんでわざわざ突っかかってきたんだかねぇ?本当に用が無いだったらよぉ、いちいち関わらずにとっととこの場から去れば良かった話じゃねぇの。俺たちは今ナイーブなんだよ。ちょっかいをだすのはやめてくれんかねぇ~」

 アイザックは普段の調子を取り戻してそう言った。

「まぁ......それもその通りですね。ただ、ちょっと。噂の”特異点”とやらが気になっちゃいまして、あ、いや。卿国関連組織の方では”印”、共和国関係では“座標”でしたか?まぁなんでもいいですが、それにしても随分若い方なんですね。てっきりオールド系列の方かと思ってましたが......とまぁ、そんな感じの興味本位からで、まだ気になることがありましてね......そこの彼。特異点からは、全くヘラクロリアムの残滓を感じられないのですよ。どういう事なんでしょう?このカフェテリア......この施設にはある程度外部からのヘラクロリアム感応を阻害する仕掛けがあるようですが、どうやら今私が目の前で目撃している現象はこの設備とは関係なさそうです。なにせ、この私を前にし、今まで一度としてヘラクロリアムの残存性を隠し遂せた者など存在しないのだから。それがましてやあなた方レイシスのような凶悪なエネルギーを用いるもの達なら猶更......彼のような特異体質の人間を使って、枢騎士評議会は何をしようと言うのでしょう?」

 彼女の言葉の羅列からは真意を汲み取る事は難しく、レオはアイザックの方へ(どうにかしてくれ)という意味を込めた熱い目線を送る。

「......おーいアイザック、ちょっと解説してくれよ」

 レオにそう言われたアイザックは頭をポリポリと掻きながら、厨房から彼女の方へとゆっくりとした歩みで近づく。

「随分高飛車でお喋りなお嬢ちゃんだぜまったく......」

 アイザックが彼女に近づく間でも、興味津々な目付きで彼女はこちらを眺めてくる。その様子からは、彼女の言う通り全く敵意は感じられなかった。

「お、おい。アイザック......丸腰の相手に手を出すのはさすがに......」

「わーってるよ、そんなことは......」

 アイザックは彼女を目前にすると、突然言葉を詰まらせ、冷や汗でもかいてるかのように酷く動揺した様態を突如見せ始める。

「ど、どうしたんだよアイザック!?」

 アイザックは右手で口元を隠し、軽く顔面を床の方へとうつ伏せた。明らかにアイザックが動揺を隠せずにいることに、レオとクライネは絶望感をヒシヒシと一帯に漂わせる。まだ何もされていない、しかしこの中で一番の強者であるはずのアイザックが見せたその姿は、レオとクライネに絶望を与えるには十分過ぎた行動だった。

「――――――あぁ、全く。これは本当に、最悪だな......。戦闘すらさせてくれる暇もないやもなぁ......、まさかとは思ったが、そのまさかか......このようなところでお目にかかれるとはな......」

 アイザックは口元を震えさせながら、そう言った。

「......どういうことなんだ?アイザック」

 レオはそう恐る恐るアイザックに問いかける。

「いいかレオ......今俺たちの目の前に立っているこの存在は......ディスパーダ最上階級......『セラフィール・ディスパーダ』だ......。かつての枠組みでは彼女をオールドやマスタリード、プレデイト級。といったような古来の既存クラスで推し量ることが出来なかったイニシエーター協会は、彼女専用の新たな最上級の枠組みをわざわざ設けさせ、唯一のセラフィール級ディスパーダとして彼女を認定し、最上階級に君臨させ......」

 レオはアイザックのその説明に、首を軽く傾げながら口を挟む。

「えーっと......ようするに?」

「......要するにだ。今、目前に相対してるこの存在は、”人類史上世界最強のディスパーダ”ってことなんだよ。レオ」





[43110] 第23話 独立機動部隊総会議
Name: のんど◆2901f8c9 ID:4b424fe2
Date: 2023/11/29 18:16
 ―――同刻。共和国第一セクター中央都市セントラル・イニシエーター協会第二議会館執務室にて。

 共和国軍イニシエーター協会直轄独立機動部隊『レイシア隊』は、拉致された隊員レオ・フレイムスの捜索、及び奪還を目的とした作戦行動要項を上層部に申請。その形式上の承認をただ待つのみとなっていた。

「―――申請してからもう1週間が経つわ、上層部お抱えの事務連中は一体何をモタモタしているのよ!!」

 レフティアは執務室に置かれたソファーに、だらしなく横たわりながらそう言った。

「まぁそう急いても仕方がないだろう、状況が状況だ。帝国軍の侵攻に合わせて各省庁や軍閥との国内における戦備調整やらで膨大な手続きの対応に追われているのだろう。一端の独立部隊の申請書など、未だ目を通してすらいないかもしれない......おっ、この最新型の軽装甲機動車X-A改良型って奴いいな。今まで使って奴は最近の戦闘でも使って損耗が激しかったからなぁ......今度セーフハウスに配備してもらえるか取り合ってみようかな」

 レイシアはそう怒りを露わにするレフティアを静するように、てきとーな地方軍閥向け軍事雑誌を読み漁りながらそう言った。

「......でもレイシア?さすがにこれ以上は私待てないわよ、レオくんの安否。相手の意向はわからないけれど、楽観的に汲み取って推察したとしても、レオくんの生存に期待するのはそろそろ現実的でなくなってきたもの。この間に合わせるかのような帝国軍の侵攻に、あの奇妙なレイシス達の出現......いろいろタイミングが最悪過ぎるのよ......」

 ―――奇妙なレイシス、すなわち先日の『ネクローシス』と名乗っていた連中の事だ。今までに敵対し、この目で見てきたどの下っ端レイシスとも異なる、明らかに異質で強力なネガヘラクロリアムの加護を持ったレイシス達だ。
 ネクローシスの名を冠する通りに生者の面影を見せず、純粋な負の力の集合体のような重厚的なヘラクロリアムをその身に宿していた。
 これは憶測の域を出るものでは無いが、肉体的な質量を持っているのかすら怪しい連中であった。一例として、我々ディスパーダの中には『死傷特殊戦士』と呼ばれる、あえて自らの身体を損傷させ意図的にその部位のヘラクロリアムによる再生活動を阻害し、その分のリソースを別の部位に分配し特定の加護を強めるという行いをする者達がいる。そのようなディスパーダは特に局地戦地域においてよく見られる行為であり、実際に数人の死傷特殊に会った事はあるが、ネクローシスの纏っていたあれらの感じは、それらに近い印象を受ける。
 とはいえ実際にソレイスを交えた身としては、そもそもあれらは我らとは根本的に異なる仕組みで駆動しているかのようにすら思えたのだ。
 例えるなら、そう。まるでゾンビだ。
 肉体はとうに果てているのにも関わらず、生命活動から由来しない干渉で強制的に動かしているかのような、見えない糸で引かれた操り人形のような。そんな違和感だ。
 まぁあくまでフィーリングでそう感じたというだけであって、実際のところ重装甲に覆われたやつらの正体など皆目見当もつかないのだが。

「―――ふむ、そうだな。少将閣下殿にもう一度承認を早めてもらうよう改めて請うてみよう。まぁ私としては最終手段としてこの隊の独立性を利用し、承認を待たずに我々単独で動いてしまっても構わない......と普段ならそう考えるが、今のこの戦時下に置いて連邦議会の意向を無視するような蛮勇を振るうような試みは出来ればしたくはないな。それに私とレフティアに限ってはイニシエーター協会と連邦政府が取り決めた緊急事態条項に従って共和国部隊に暫定的に再編される可能性も大いにある。別の部隊を任される可能性がある以上、この現状では下手に動けまいよ」

「......それもそうね、その場合。レイシア隊は私達抜きで帝国に向かってもらうことになるわけね......。まぁそれは絶対無理よねぇ」

 言わずもがな。これは決してイニシエータの力がなければそんな部隊など敵地ではただの人間なぞ戦力にならない、というような意味ではもちろんない。独立機動部隊が独立機動足りえるのは、イニシエーター協会の強力なバックアップがあってこそであるからだ。例えば、帝国国内への侵入ルートや、それに要する共和国軍特務機体の手配。現地における情報部隊の支援など、これらは全てイニシエーターが所属する独立機動部隊においてはイニシエーター協会の支援がなければ為し得る事ができないものばかりだ。そしてこれらの作戦行動の権限は全てイニシエーターに付与されるものであり、部隊そのものには何ら権限は存在しない。
 むしろ存在してはならないということになっている。共和国軍、とりわけ第一セクターの中央共和国軍はイニシエーターに対して主体的な行動規範を求めており、イニシエーターが独自の指揮系統で部隊運用することを好ましく思っていないからだ。しかし、これに関しては実に用意周到な心掛けでもあると思う。
 これらは彼らなりのイニシエーターに対するリスクヘッジなのだろう、ゆえに作戦概要を承認する協会と、更にその申請を管理、審査する共和国政府側はイニシエーターが同行しない独立機動部隊の作戦行動は基本的に承認しない。つまりは無理な話であるという訳だ。

「......やはり承認を待たず、部隊単独で動いてしまうか?」

 レイシアはそっと雑誌を棚に戻して静かにそう言う。

「うーん、確かにこのまま上層があえてこの案件を先送りにしているのなら、時間の無駄だしね。その閣下といえど連邦議会の意向には楯突けないのでしょうし」

 レフティアはそう言いながら腕を組んで困り顔で天井を見上げると、何かを思い出しかのように腕組みを崩し、寝そべっていたソファーに体を起こして座る。

「......そういえばミルちゃんは今どこにいるのかしら」

「あぁ中尉か、中尉なら今は国防省作戦局で我々を襲撃したアウレンツ大佐の件について追ってもらっている。この後の独立機動部隊総会議にも私に同伴して出席する予定だ、あと数刻もすれば何れここにも来るだろう」

「ふーん......なるほどね」

 レフティアは何やら悪巧みを企む子供のような表情で考え込んでいる。

「よし!ねぇレイシア?ミルちゃんを会議が終わったら少〜し借りたいんだけど〜、どうかな?!」

 レフティアは勢い余ってソファーを立ち上がり、レイシアの両手をぎゅっと掴む。

「ど、どうかなって。一体何がだ、本人が了承するなら別に問題はないとは思うが、特別私に確認することでもないだろう、まぁ一応聞くがそれはどのくらいだ」

 レフティアは言いにくそうに口をすぼめて視線を逸らす。

「そのぉ......、まぁ。半年......?くらいかな?上手くいけばだけど......」

「―――はっ、半年!?」

 レフティアがそれを口にした時、私は思わず頭を抱えた。
 レフティアが何を考えているのかは長年付き添っている身として、ここからは容易に想像することが出来る。

「―――はぁ、レフティア。概ね中尉を帝国内に仕込ませるつもりなのだろうが。それは我らにとっても中尉にとっても危険過ぎる行動だ。ただでさえ戦時下なのだ、想定できる状況は通常とは異なる。それに共和国軍の作戦局が中尉を黙ってそのような事に使わせてはくれまいよ?」

「もちろん、そんなの分かってる。だからレイシアにこうしてお願いしてるの」

 レフティアはその時、普段の陽気な雰囲気とは違う冷気のような威圧を漂わせた。レフティアが私にこのような態度を取るのは珍しい事だ。

「はぁ、あんまり無理頼みできる立場でもないんだがなぁ......」

「うんうん、てことでよろしくねレイシア!さて私もそろそろレオ君救出計画!本格的に行動に移していくわよー!」

「やれやれ......無茶をする気だな。これは」

 こうして上機嫌なご様子でレフティアは、議会館の執務室に私を置いて出て行いくと、その後私はすぐに試案を巡らせる。
 作戦局にミーティア中尉長期不滞在の言い訳か、中尉はたしかに我が独立機動部隊の一員ではあるが、同時に作戦局諜報課にも所属している人材だ。ミーティア中尉に関していろいろと勝手に連れまわすのは私とて実に難しい。

 中尉は元々作戦局の人間ではなかったが、レイシア隊での対外情報戦における仕事ぶりを買われ作戦局にスカウトされた。
 当初中尉は拒否したのだが、部隊内の協議により、こちらは中尉を人材提供する代わりに、作戦局で展開される各方面の軍事作戦ロードマップ等概要を、他の独立機動部隊よりもより詳細な情報で提供して貰えることになっている。
 これにより、共和国軍の主要な軍団の軍事行動を先読みし、今日に至るまで様々な作戦行動を難なく遂行してきたという経緯がある。
 共和国軍とて一枚岩の組織ではない。様々な軍閥が台頭し、多くの紛争、内戦を軍閥同士で現在に至るまで引き越してきた。そのような国内軍事体制の中で正確な情報を手に入れるのは極めて困難であり、身内間ですら情報戦を繰り広げなければならない。特に軍閥に属さない独立機動部隊のような立場にとっては、より中尉のような情報戦に長けた存在は貴重なのだ。そしてそれは防衛省作戦局も同様という訳だ。


 ―――レフティアが議会館から去ってからしばらくが経つと、レイシアの居る執務室に軽く息を切らしたミーティア中尉がやってくる。室内に入ったミーティア中尉は、執務室を見渡し、やがてレイシア少佐を見つけると、彼女の元へと急いで駆け付けた。

「―――はぁ、少佐~お待たせしました~!」

 ミーティア中尉は息を切らしながら、少佐の前に現れた。

「ん、きたか中尉。そろそろ時間だな、では会議室に向かうとしよう」

「はい!少佐!」

 向かう会議室はこの議会館の最上階にあり、この議会館において最も広く、多くの人数を収容できる大会議室だ。
 一部ガラス張りになった天井を囲むように円卓の席が並べられる。ここはよく中央共和国軍に付随するイニシエーター関連部隊や師団長クラスの定例会議に使われる。
 今回開催されるのは独立機動部隊総会議であり、主な議題は戦時下における連邦評議会の要請による独立機動部隊武力行使権の自主凍結、及びそれに伴う部隊の臨時的解体と共和国軍への編成について話合われる予定だ。

 ―――数時間に及んで会議は進行し、やがて大まかな戦時下における独立機動部隊の方向性が、隊長間での書面による合意形成にて決定された。

「んっーーーはぁ。.....ま、おおよそ予想通りの内容だった」

 レイシア少佐はそう背と腕を伸ばしながら言葉を漏らした。

「少佐殿~。今回あまり口を挟まなかったみたいですけど、大丈夫なんですか?」

 ミーティア中尉はそう耳打ちするように言う。

「あぁ......まぁ私がなにを言ったところで覆せることは少なかろう、部隊の再編制は、やむなし。今後我々は独立機動部隊としての性質を失う事となる。バックアップはもう期待できないな」

「バックアップ......?少佐。これから何かレオさんに関しての行動を起こそうとお考えですか?」

 ミーティア中尉はその言葉に引っかかると、つかさず真剣な面持ちでレイシア少佐にそう問う。

「まぁな、正確には私ではなくレフティアが何かをしたがっているようでね。彼女のことだ、なにか妙案があるのだろう。ミーティア中尉、彼女を手伝ってあげてはくれないか?」

 レイシア少佐はミーティア中尉の方へと顔を向け、視線を合わせてそう言った。

「ははぁん、なるほど。そのバックアップを私が請け負うというわけですか......、これは色々と一悶着ありそうですね......」

 ミーティア中尉はそういって眼鏡をくいっと持ち上げる。

「......しかし少佐、どのみち独立機動部隊の武力行使権はいずれ凍結されますよね。どのようにして部隊を運用するおつもりですか?勝手に部隊を動かせばいくら少佐といえど上層部からのお咎めを避けることは難しいのでは......」

 ミーティア中尉は不安げな表情で、席の前の方を向きながらそう言った。

「あぁ、だから部隊を”完全私設化”することにした」

 レイシア少佐のその言葉に、ミーティア中尉は思わず身を固めた。

「えっ......?えっ???それって......たぶん反逆ざ.....」

 レイシア少佐はミーティア中尉の口元を手で優しく抑える。

「まぁ待て、中尉。いまは部隊をのことは気にしなくていい、それは私に任せておけ。中尉はレフティアに協力し、彼女の思惑をサポートしてあげるんだ。やってくるか、中尉」

 レイシア少佐はそういって彼女に儚げな視線を送った。

「えぇ、まぁそれは......、構わないのですが、作戦局がどう反応するか......」

「彼らには対外活動時に収集したアンバラル第三共和国辺りの機密情報でもリークさせて私が黙らせておく、どの道しばらくは私の部隊を全面的には動かせないが、中尉達の必要に応じて、その時までに如何なる手段を用いても何とか部隊を動かせるよう手配をしておく。それまでにレフティアと共に事に当たってくれ、中尉」

「―――了解致しました、少佐......あのぉ、それはいいとして......」

「どうした中尉、やはり何か引っ掛かることでも?」

「いえ......あの。おトイレに行ってもよろしいでしょうか......」

 ミーティア中尉のあまりにも気が抜けた発言に、思わずレイシア少佐は唖然とする。

「......はっ、あっ。いや、そ、そんなことわざわざ私に聞くんじゃない!!勝手にいけばよかろう!」

「す、すみません!実は議会館に来る前からずっと、あの我慢してまして......!タイミングを見計らっていたのですが、少佐が何やら思わせぶりな話をし始めるし......なかなか切り出せず......!」

「分かった!分かったからさっさと済ませて来い!」

 涙目になり始めたミーティア中尉を見て、少佐は席を立ち慌ててそう言い放った。その行動により周囲から一瞬の間視線を集める。

「申し訳ありません!直ちに済ませて参ります!!失礼いたします!!」

 ミーティア中尉はそういうと豪速で会議室から去っていった。その様子を見送ったレイシア少佐は大きなため息をついて再び席につくと、周囲の視線は緩やかに消失する。

「はぁ......、全く。中尉は極めて優秀な人物ではあるが、意外と気が抜けている奴でもある......。だがまぁしかし、おかげで私も思わず気を緩めることが出来た。正直中尉やレフティア達を向こう側に送り出すのには迷いがあったが、中尉は私の話に素直に同調していた。過酷な使命を言い渡しているのに等しいはずなのだがな......彼女の潔さにはどうにも調子を狂わさられる。はぁ......どうにか思考の中にある迷いの突っ張りを跳ね除けられそうだ......。―――早速行動を起こすとしよう」

 レイシア少佐は小声の独り言を終え会議室を去ると、大会議室外廊下沿いの化粧室の前でミーティア中尉の帰還をその場で密かに待つ事とした。


























[43110] 中尉の決断
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2023/12/02 20:16
 ―――化粧室から出てきたミーティア中尉を、レイシア少佐は廊下で迎える。

「―――まったく......君というやつは......」

 呆れ気味にレイシア少佐は、頭を抱えながらそう言った。

「あっはっはぁー、すみません少佐ぁ......」

 すごい量の汗でもかいたのか、ミル中尉は疲労した様子を見せる。よほど切迫した状態だったのだろう。

「はぁ、まぁいい。話の続きをしよう......場所をプライベートハウスに移すぞ」

 レイシア少佐は略帽を軽く手直ししながら、そう言って廊下を歩きだす。

「あっ、はい!」

 それにミーティア中尉は慌てて彼女の後ろへと続いた。

 レイシア少佐等はやがて議会館を出ると、イニシエーター協会管轄区の兵舎エリアへと訪れる。そこには数多の独立機動部隊等が身を寄せるプライベートハウスエリアが存在し、規模に応じたプライベートハウスが割り当てられる。概ね、共和国中央セクターにおける拠点のような場所であり、この場所を通じて協会や共和国軍は独立機動部隊に様々な要請を行い、兵站関係の支援物資も指定がない限りここへと運び込まれる。

 レイシア隊に割り当てられている比較的中規模サイズなプライベートハウスに、レイシア少佐とミーティア中尉は帰還すると、リビングには普段通りにだらしなくソファーに横たわるレフティアの姿がそこにあった。

「お、帰ってきた帰ってきた~やっほー!ミルちゃんとレイシアァ~~~」

 レフティアはソファーから大きく身を乗り出すようにして手を振りながら二人を迎える。

「なんだ、急に議会館から居なくなったと思えばここに戻っていたのか、どうりでこのハウスから怪訝な粒子の乱れが感じ取れるわけだ」

 レイシア少佐はそう言いながら上着のコートを脱ぎ、近くのポールハンガーにそれを掛けると、レフティアの座るソファーから低いテーブルを挟んだ向かい側の席へと腰を掛けた。

「まぁね~、私のワクワク感が伝染しちゃってたか~。まぁちょっと野暮用を済ませてからここに帰ってきたんだけど、多分レイシア達もくると思ったから、先にここで待ってたわよー」

「ワクワク......ですか?」

 ミーティア中尉はそう言いながら、リビングに訪れてから特に着崩すこともなく、背筋を伸ばしながら姿勢正しくレイシア少佐の隣へと座った。

「そっ、ワクワク。ワクワク任務だよ~。さてミーティア・ミル・クォーラム中尉。君に重大な任務を言い渡します‼」

 レフティアは調子づいたような大きな声をあげながら、人差し指を天井に向けて決めポーズを取りながらそう言い放った。

「はっ、はい!なんでしょうか⁉」

 ミーティア中尉はその威勢に思わず気圧され、その場で勢いよく起立してしまう。

「―――これより!帝国領へと潜入し!レオ・フレイムスくんドキドキ救出作戦を実行しま~す!参加メンツは~?私とミルちゃんの二人でーす‼いぇ~い!どんどんどん!ぱふぱふぱふ~!」

 レフティアはそう言ってミーティア中尉を置き去りにするような盛り上がりを見せつける。

「りょ、了解です......その命。謹んで拝命致します」

 ミーティア中尉は少し言葉を詰まらせながら、レフティアに対して敬礼をする。

「......して、作戦期間は如何程なのでしょうか」

 ミーティア中尉は恐る恐るした様子でそうレフティアに問う。

「理想は半年以内、場合によってはそれ以上......かな」

 レフティアの代わりにレイシア少佐がそう答える。

「......半年ですか......戦時下において、しかも協会の支援がない中での潜入任務ってわけですね。これは中々骨が折れそうですね......」

 私は恐れを包み隠すこともせずに、率直な不安を発露する。

「あら?珍しいわね。諜報任務がお得意のミルちゃんがこの手の任務で嫌そうにするなんて、いえ。嫌というよりも、怯えていると言った方がいいのかしら?」

 レフティアは再びソファーへと座り込むと、足を組み直してそうミーティア中尉に鋭い視線でそう指摘する。

「―――えぇ......まぁその、正直に言ってしまいますと。今回の場合って戦時下じゃないですか、そういうのって私初めてですし......。それにレオさんの救出が主な計画なわけですけど、帝国側の思惑を全く把握出来ないまま行くことになると思うので、なんというか。今までに感じたことのない恐怖や懸念のようなものを感じるんです......。協会の助けも受けられないとなると......私......その......すみませんレフティアさん、うまく伝えられそうにありません」

 ミーティア中尉は今その身が感知する恐怖にも似た何かを言い表せるような言葉を持ち合わせてはいなかった。
 その言葉を聞き、レイシア少佐とレフティアは顔を見合わせる。

「―――中尉。無理強いするつもりはない、私とレフティアは貴官の判断を尊重する......だから―――」

「いえ、そうではありません」

 ミーティア中尉はレイシア少佐の言葉を遮った。

「あくまで今の話は指摘に応じて私が率直に感じ取った感情の言語化を試みたまでの事です。ですが、それは私の望みとは異なります、私はレオくんを救いたい。そして、このかつて経験したことのないような任務をやり遂げ、少佐のご期待にお応えしたい。それが私の本懐です。己の体が発する警鐘など、こんなのは私の意思とは反するただの生理的な現象です。任務を拒否する理由足りえません、是非この任務を全うさせていただきたく存じます」

 ミーティア中尉はレイシア少佐の方へと全身を向け、力強くそう言い放った。

 ―――少佐の言葉は、願ってもない言葉のはずだった、今の私は最高に気分が悪い。今にでも辞退したいと心のどこかで本当はそう思っている。なぜなら、明らかにこの状況を取り巻くあらゆる情報は不足しているし、あくまで私の評価された能力というのは、協会や作戦局の強力なバックアップを前提とした立ち回りにおいて、たまたまピースが上手く当てはまってきたというだけの話。
 私は1から100の情報を知るのは得意だが、0から1を知ることは不得意な人間なのだ。見せかけだけの能力しかないことを誰よりも自覚している。ゆえに、特に今回のような事前の情報が不足している任務の場合、私は実際不向きな人材なのだ、しかし、それでも―――。
 私は少佐から承った強力な使命感をも同時に感じ取っていた。
 私は、この任務を遂行できないかもしれない不確かな未来そのものに恐怖している、けれど、任務を受けて失敗する未来よりも。
 できたかもしれない可能性を残したまま、任務を放棄することの方が私にとってが遥かに苦渋な行いだ。私は未来に可能性を残さない恐怖には従わない。故に、任務の拒絶など、最初からありえない。

「―――了解した、ではレフティア。こっちの事はしばらく私に任せるといい」

「おっけー隊長!!じゃあミルちゃん!!今から30時間後に出発するわよー!詳しい作戦内容は移動してるときにね!!」

 レフティアはウキウキとした様子でソファーから勢いよく再び立ち上がると、その衝撃の余波がレイシア少佐達の体に伝わった。

「......そういえば帝国領に行くのは分かったのですが、移動方法は何でしょう?戦時下だとセクターターミナルは恐らく機能しないでしょうし、どのように手配いたしましょうか」

 ミーティア中尉の口からそれを聞いたレフティアは、待ってましたと言わんばかりに彼女向けて指を振る。

「ちっちっち!その必要はな~し、なぜなら既に私が手配したからであります!じゃあここでミルちゃんに問題でーす!どんな時にでも国境渡れちゃう~便利な乗り物ってな~んだ??」

 そんな乗り物があるのかとミーティア中尉は軽く考えて見せると、直ぐに彼女はそのようなことが可能なとある組織の存在について思い出す。

「―――いや、まさか......『センチュリオン・ミリタリア』ですか......!」

「わぉ!大あったりー!!!!!!」

「はぁ......なんとも......レフティアさんらしいお考えです......」

 ミーティア中尉は呆れ気味にも、感心する様子でそう言った。

 センチュリオン・ミリタリア。それは第二級戦術武装を保有することを共和国政府に正式に認可を受けた民間軍事会社であり、他国政府がその働きに免じて国境を越えて活動することを黙認している組織である。主に紛争地帯の救護活動や戦争跡地の遺体捜索など多様な人道的支援を行う企業だ。

「でもレフティアさん......それってちょっとマズすぎるのではないですか?いくらなんでも民間企業を利用するなんて、それにもし、そのことが公にでもなりにしたら部隊の存続所ではないような......」

 レフティアは少々顔が引きつるような表情を作るが、すぐに普段の笑顔に戻る。

「だ、大丈夫よぉ!別に表立って協力するってわけじゃないしー、ていうか私たちが乗り込むこと自体知らないしぃー!」

 ―――まさかとは思ったけど、そのまさか。この人、アポなしで勝手にセンチュリオン・ミリタリアの機体に乗り込むつもりなんだ。

「はぁ、まぁ大体察しはつきます。とりあえず何があっても大抵のことは、レフティアさんが居てくれれば何とかなりそうではあるので心配はいりませんね」

「で、でしょー!!!」

 素直に頼られるのが嬉しかったレフティアは、照れくさそうににそう言った。

「......ということでレイシア少佐、我々もしばらくは別行動、ですね」

「あぁ、しばらく苦労をかける。アウレンツ大佐の件は私の方で一旦引き継ぐ、今回の任務に全力で事に当たってほしい。レオ・フレイムスが無事帰還を果たしたのなら、改めて隊の皆でも集めて、迷惑をかけられら腹いせに派手な新人歓迎会で虐めてやるとしよう。それでは諸君。健闘を祈る」

「―――了解!!」
「―――えぇ!もちろん」

 こうして、ミーティア中尉とレフティアはレイシア少佐の元を離れ、潜入任務を実施すべく敵国の地へと赴く事となった。
 









[43110] 特異。
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2023/12/12 06:20
 「―――世界......最強......?ははっ......そんな冗談みたいな話......ある......かよ......」

 レオはアイザックの語った内容を鵜呑みにし、彼女の方へと再び視線を向けると、先ほどまでの彼女から受けていた印象とはまるで異なる像がそこに見え始めた。
 体の闘争本当はいつしか逃走本能へと置き換わる。
 微粒子レベルで感じとれるような、圧倒的な無力感。あのアイザックですら口元を震わすような存在、それが今。
 彼らの前に立ちはだかっている。彼女の意思で、この場の運命、全てが定まる。そんな予感をレオに思わせる。

 彼女はアイザックとレオの一連の会話を経て、怪訝な表情を彼らに示した。
 
「......おっと、なにか怒らせちまったかね......?」

 アイザックは冷や汗を掻きながら様子を疑う様にそう言うと、彼女は一間をおいて深い溜息を吐いた。

「はぁ......、いえ。そういう化け物にでも出くわしたかのような言い草。昔から好かなかったもので。それに、世界最強だなんて......、そんな恥ずかしい呼び名では呼ばれたくありませんでした。いや、ほんとに。どうかお願いですから、私の事は以後『クロナ』とお呼びください」

 クロナはそっぽを向きながらそう言った。

「そうかい......んで、”世界最強のディ”―――」

 アイザックがクロナの言葉に構うことなくそう言いかけた瞬間、テーブルから下げられカウンターに置かれていた珈琲用の小さなカップが、突如。クロナによって予備動作なしに放たれた何かによって勢いよく小皿ごと砕け散る。

「はぁ......あの。私は別にこんな典型的で短期そうな小物がしそうなこと。したいわけじゃないんです......が!?!?!?」

 彼女はそう言いかけてる間に、アイザックの銃型ソレイスによってつかさず一撃の反撃を受ける。アイザックの放った高圧粒子弾はクロナの寸前で障壁に相殺されるかのように打ち消され、その後。アイザックがソレイスを持っていた右側の腕が刹那の瞬間にクロナの放つ自動的なカウンターによって切断される。
 そして、アイザックの右腕は木目の床に転がり落ち、手に持っていた銃型のソレイスは床に衝突すると同時に消失する。
 アイザックは左手で己のその傷口を塞ぎ、大量の血を流しながら苦しんだ様子で座り込んだ。

 クロナはその一連のアイザックの行動を見て、彼のとったその行動の異常性に、思わず我が目を疑う。

(―――え?うそでしょ?なぜ......?コイツ今、私に反撃を......?このタイミングで?なんで......?わたしは......傷つけるつもりなんてなかったのに......)

 クロナはアイザック大佐に対して傷害を与えてしまったことに、呵責に苛まれた。

「―――ちっ、やはりダメか......。いまのは最大出力だったはずなんだがな、傷一つねぇどころか、Sフィールドにすら損傷は......なさそうだな。爪痕を残せず......こりゃお手上げだなぁ。いやぁ、参った参った......」

「ちょ、ちょっとー!!なんでぇ!?なんでいま反撃したんですか!?今のは大佐が明らかにおちょくる様な真似したのが悪いのにぃ‼さいてぇーです!!」

 クライネはそうアイザック大佐に向かって叫んだ。それに対してアイザック大佐は「まぁまぁ」と言いながら事なきを得ようとする。

「......彼女の言う通りです。人をおちょくっといて反撃してくるなんて、本当にいい度胸です。私を前にしてそのような行動出た人物は、無知蒙昧な連中を覗けば貴方が初めてですよ。ですが、貴方のような。仮にも帝国連中の高官が、考えもなしにこのような行動を取るとは考えにくい。様子を見るからに、この中の誰よりも私を知り、恐れる人物が私に攻撃を仕掛けるなど、普通に考えて意味不明。安易な挑発に乗った私も私ですが、貴方の行動にはまるで理解が出来ません、一体どういうおつもりなのですか。アイザック大佐、私と本気で事を構えたいと......?」

 クロナは自らの腕を抑え、儚げな様子でそのように言った。クロナは己の好奇心から取った行動が、彼らに対し余計な警戒心を抱かせてしまったという事について深く自省した。

「お、おい!大丈夫か⁉アイザック⁉」

 目の前で起きた一連の風景に呆気にとられたレオはすぐに意識を戻すと、そういってアイザック大佐の元に駆け寄った。

「あぁ......平気だぁ。この程度の損傷、すぐに治る。いちいち慌てるこたぁない」

 アイザック大佐はそう言って転がり落ちた自らの右腕を左手で拾い上げると、それの切断面同士をくっつけ始めた。
 本当に平気なのかとレオはクライネの方を見るが、彼女に慌てるような様子はなく、むしろ平常の様子だった。それを鑑みるに、このような事態はディスパーダやそれに付き従う者たちにとって日常茶飯事的なものなのだろうと、レオは新たな認識を得る。

「ふぅ......、よし。くっ付いたなぁ」

 アイザック大佐はそういって右腕をぐるぐると振り回す。

「―――では改め、クロナ殿?貴殿の疑問にお答えするとしよう。どの道我々では貴殿を実力でどうこうすることは不可能だ。そこで、本当に我々の敵でないのなら、私が反撃したところで?格上の貴方様が過剰な防衛反応をお示しになることはなだろうと、私目は考えたのですよ。故にこうして、まだ私は貴殿の前で息をすることを許されている。ということは、貴殿に本格的な敵意はないと判断できる。これで我々は、ようやく貴殿が敵対的な存在でないと身をもって知ることが出来た。これで信頼関係が気づけましたなぁークロナ殿」

 アイザック大佐はほくそ笑みながらたそう言い終えると、クロナは大きなため息をつく。

「......なんと愚かなことを......やはり貴方もレイシスの端くれというわけですか。考えや発想、思想そのものがレイシスの持つ負の感情性を彷彿とさせられる。まぁ分かっていた事ですが、あなた方がそういうやり方ばかりをする属性というのはね。だから私は貴方方が嫌いなんですよ......まぁなんにせよ。これで私に敵対心がないことは知ってもらえたとのことで、なによりです。......それと、大佐の腕を損傷させてしまったこと、誠に申し訳ありません。これは私の周囲に展開された、見えない刃である”刃空片”に予め組み込まれた反撃機能のようなもので、思わず発動させてしまったようです。どのような形であれ、私はあなた方の身を傷つけるつもりなどありませんでした。ご容赦を......」

 クロナはそういってアイザック大佐の方に向けて綺麗なお辞儀をする。

「それで......少しは私とお話に付き合ってくれる気にはなったのでしょうか?」

 クロナはそういうと、アイザック大佐は静かに頷いた。するとクロナは目を輝かせるように前のめりになると、レオ達の方へと近づき、近くのテーブル席へと座った。アイザック大佐もそれに付き合うように向かい席と座る。その背後ではクライネが割れたカップと小皿の掃除を粛々と行っていた。

「ずばり......彼をどうしようと考えているんですか?あなた方は」

 クロナはアイザック大佐にそう問うた。

「―――簡潔に言わせてもらえれば、枢騎士評議会......というよりは四大枢爵の連中が、レオの何かしらの特性......『特異性』とやらを軍事転用しようと企んでいるようでな。それを阻止するために俺達は途中で彼を保護した、まぁ現状我々においてはそれ以上の目的を持ち得ていない」

 アイザック大佐はそう語ると、クロナはふむふむと頷く。

「―――俺の、特異性だと?」

 レオはそう疑問を差し挟んだ。

「そうだ。枢爵共が漏洩した作戦データには一部そういう繰り返された記載があったんだが、それ以上の詳細は我々も知らん。解読する前に解析班が全員抹消されたからな。で、お前に何か特殊な素養でもあるのかと最初は思ったが。俺が知る限りではそうでもなさそうなんでな。すまんが特異性とやらの詳細は俺達にも分からん。ただハッキリしているのは、一連の作戦計画が発動してから近衛騎士団『ネクローシス』とかいう連中が陰で蠢き始めた、そいつらに何か関連してるのかもしれんが......」

 そう言ってアイザック大佐は顎に手を当てると、何かを思い出したかのようにクロナの方へと視線を向ける。

「そういえば......あんたはさっき"残滓"がどうのこうのと言っていたな。それはどういう意味だ?言っていたように、ここにはヘラクロリアム感応を阻害する為の設備が備わっているから感じられなくて当然だと思うが......?」

 アイザック大佐にそう言われたクロナは、腕を組んで口を開いた。

「言葉通りの意味ですよ。彼にはヘラクロリアムの"残滓"がない。それは、このカフェに備わった感応阻害機能に関係なく、彼そのものにヘラクロリアムは宿っていないんです」

 それを聞いたアイザック大佐とクライネは驚愕した表情を見せる。

「い、いや。さすがにそれはありえないだろ。それは特異性云々の前にこの星の生命として破綻している。ヘラクロリアムは遍く生命活動の根幹に関わる存在だ。それに俺は尋問枢騎官程ではないにしろ、コイツからは人並みのヘラクロリアムを普通に感じ取れているぞ」

 アイザック大佐はレオの方を親指で指すようにしながらそう言った。

「―――まぁ、貴方方程度の感応能力では表面上からはそうとしか受け取れない事は確かでしょうね。それは仮に尋問枢騎官であっても、恐らく彼から感じ取れる感応には然程差異はない。一般的な覚醒者の感応能力では、彼の真髄。即ち""を特異性"を計る事はできないでしょう、今の彼を正確に言い換えるなら......そう。"生きたふりをした屍"と言ったところでしょうか?」

 クロナは微笑みながらそう言った。

「馬鹿馬鹿しいな......」

 アイザック大佐は思わずそう言葉を漏らす。

「まぁ何を言った所で今の貴方達に理解されるとは思っていません......、見えている世界が違いますから。あっ、別に嫌味などではありませんよ、事実ですから。私は特別感応力に自信があるので。そもそも彼の正体を知りたいのなら、然るべき高度検査設備のある場所でもなければ無理な話ですよ」

 クロナにそう言われたアイザック大佐は、舌打ちをして彼女の言動に反応し、以後黙り込む。
 一連の会話についていけなかったレオは、その隙をついて話題を差し挟む。

「......特異がなんだか知らねぇけどよ。生憎な事に俺は今までの長い傭兵業の間、自分に特別な何かを感じたことはなかったぞ?そんなに秘められた何かがあるってんなら、あんた達覚醒者みたいにブンブンと武器を振り回したいものだね、それにあんた達みたいに傷の治りが早い訳でもない。救急キットやらの人様の英知の産物がなきゃ、とっくの前にどこかの戦場で死んでたろうし。俺個人としては至って普通の用途不明の人間様だと思うんだけど」

 レオはそう言うと、クロナは「確かに......それを一先ず特異性だとして、奴らは何に利用しようというのか......ふむぅ」と言いながら考え込むように額を下に向ける。

「......とまぁそれはさておいてだ。結局その『ネクローシス』とかいう連中は何なんだ。ヌレイで遭遇した時に同行していた俺の部隊は、奴らとの戦いで相当苦戦させられていたが......」

「―――あぁ、そりゃそうだろうな。我々の調査でも奴らネクローシスは並のレイシスとは常軌を逸した実力を誇ることが分かっている。しかし等級は不明、完全にぽっと出の連中だ。データもなく正体は分からんが、恐らくは何かしらの強化改造を施した元枢騎士辺りだろうと推測している。だが用いるソレイスは完全に特殊でな、当人とソレイスの放つ色相が一致しないどころか、極めて超高圧高密度のネガヘラクロリアムが感知された。我々の世界でこれらが意味する事は、そのソレイスの古さを意味する。そして古ければ古いほどより個体として強固になる。ざっと年代換算にして、最低でも二千年以上も前からそのソレイスが存在してなければありえない代物だ。オールド級を遥かに凌駕しているんだよぉアレらは......」

 アイザック大佐はそう言い終えると、クロナはなにやら険しそうな表情を見せ始める。

「......そのぉ、ネクローシスとかいう奴ら使ってたソレイスって......多分『黒滅の四騎士』の遺物でしょ......こう、かなりおっきい感じの。四種類あるやつ」

 クロナはそう小声気味に言いながら、大剣の素振りをするようなジェスチャーを披露する。

「―――ほぅ?妙だな。なぜ、嘗ての『黒滅の四騎士』の遺物だと貴女は断言できるんだね?」
「いやぁ。それはもう......その遺物は私達の発掘隊が入手したものですもの。それはもう心当たりしかありません」

 それを聞いたアイザックは眉をしかめる。

「......というと?あんた達が奴らに与えたのか?あれを?」

 そう言われたクロナはまさかと言いたげな身振りで否定する。

「いやいや、そうではないですよ......これは情けない話ですが、つい最近。ギリア領域で発掘した遺物が移送中に待ち伏せられていた帝国軍に奪われてしまったのですよ。まさかアレをソレイスとして再起動させるとは......帝国もなかなかやるようですね」
「......いや感心している場合ではないんだがな、あんた達のせいだったか。枢爵共を調子付けさせたのは、おかげで何かをしでかそうと躍起になっておいでだぞうちの御老人方は。何かのピースがハマったかのように国内での動きが活発になりやがったしな。丁度第三共和国への侵攻を始めたのも、ネクローシスが発足されてから直ぐに評議会で枢爵の意向だけで大規模軍事作戦が可決された。もう無茶苦茶だ」

 アイザック大佐は心底呆れたような様子でそうクロナに言葉を放った。

「ちょっと大佐......」

 クライネはアイザック大佐を叱るかのように声を掛けた。

「いえ、まぁ......、そこは我々の不手際です。それについては素直に謝罪致します。そうですね......あまり帝国のいざこざに関与したくないのですが、不干渉のあまりにこのまま帝国が共和国の軍勢に滅ぼされても困りますし、何かしらの対応を我々の方でも検討させて頂きますよ、アイザック大佐」
「へぇ......?あんたが直々に枢爵共を片付けてくれればそれで済む話なんだがなぁ?」
「―――ふふっ、さすがにそれは出来ませんよ。私にも立場というものがあるので、それに......私は争いを好まないので」

 クロナはそう言うと、その場で席から離れた。

「さて、少し長居し過ぎました。ご迷惑をお掛けしてすみませんね、お開きにしましょう。機会があればまたお邪魔させて頂きます、このお店。普通に美味しいので」

 クロナがそういうと、奥側に居たクライネは照れたような様子を見せる。

「あんたみたいな大物、次からはしっかりとアポイントを取って欲しいものだな」

 アイザック大佐はそう言いうと、それを聞いたクロナは鼻で少し笑った後、颯爽と店内から去ろうとする。それをアイザック大佐やレオ達は、固唾を飲んだ様子で彼女を最後まで見送った。






[43110] ツァイトベルン時計台
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2023/12/17 10:35
 ―――帝国首都ブリュッケンには、中央区にレイシス教会の大聖堂が存在する。レオとクライネは、アイザック大佐から言い渡されたとある任務を引き受け、大聖堂を取り囲むように均等に配置された3つの巨大建造物の一つの時計台【第一ツァイトベルン時計台】に向けて足を運んでいた。
 その任務とは、禁書指定エリアに赴き、アイザック大佐指定の電子データを専用チップで抜き取ってくるというものだった。

 レイシス教会。教会とは言われているが、宗教的な側面は殆ど存在しないと言っても良い。あるのは力のみを追い求める純粋経典的な信念だ。だが名目上国教的な性質を持ち合わせ、他国の国際認識上は実際そうなっている。
 しかし、共和国領内で軍閥や企業ばかりを相手にしてきたレオにとっては、こういった北方方面の一般的知識は完全に蚊帳の外の情報でもあったことから、帝国領でレオが目にする光景や情報は目新しい新鮮さそのものだった。
 このオンラインネットワーク全盛の御時世、本来であれば嫌でも他国情勢関係の話など勝手に情報として伝わってくるものだが、レオがいた辺境の地域では当該区域の検閲関係で知れる情報にも限りがあった。
 まさしくこの地においては、レオの知識は赤子も同然と言える。

 たかだか時計台であるはずのこの構造物が、なぜがこれだけのスケールを誇るのか。理由は、その付属された図書施設にある。この建築物の大半は開架式の図書空間であり、そこは由緒正しい国民で賑わう公共スペースでもある。特に学院育ちの多いブリュッケンの人間は極めて読書家な気質があり、この場はある種の洒落た娯楽施設とも言え、それ故に人で溢れかえる事からもこれだけのスペースが必要なのだ。

 街から時計台に続く道は、時計台を囲むように存在している人工湖を越えるために四方から巨大な架け橋が掛かっている。そしてその橋を丁度渡ろうとする二人の姿があった。

「―――でっかい橋だな、それに往来も滅茶苦茶多い。あの時計台の麓にテーマパークでもあるってのか?」

 レオは背伸びをしながらそう言って、冷えた白い息を吐く。

「そうですねー、大半は慎ましやかな図書施設なんですけども。この辺りは勤勉な国民が多いですからね。あぁーいう場所は特に人気なんですよーあぁさむっ」

 レオの隣に並んで歩くクライネは、濃淡のある黒髪を靡かせながら関心のない物言いでそう言う。
 その後彼女は、両手を口元に当てて息を吐きかけ手を温めた。

「勤勉......ねぇ......」
「......何か言いたそうですね?」

 余韻のある発言をするレオに対し、クライネは深堀るようにそう言った。

「いや、別に。ただ、そんなにエリート気質な国民を抱えておきながら何故このお国のお偉いさんは戦争をおっぱじめてしまうのかなってね、不思議に思っただけさ」
「......レオさんの疑問はごもっともですね。私達も同じ感想をこの国に対して抱いていますよ」
「ほぅ?」
「それはさておいて、そろそろ目的地に着きますよ」

 何気ないやり取りを終えて橋をしばらく渡った後、時計台のある麓の人工島に十分ほどで辿り着く。入り口はオープンな作りになっており、辺り一面様々な箇所でガラスが使われ、そのガラス越しに本棚が陳列している様子や読書を勤しむ人々が窺えるといった開放的な空間となっている。

「思ってたより静かな場所って訳でもないんだな」

 中央の建物の方へと向かうレオ達の進路の前に、子供たちが駆け巡ってそれを一時的に遮る。お堅い図書施設、というよりはまるで憩いの場である公園のような印象をレオは受ける。

「ところで......なんでアイザックは俺にこの任務を引き受けさせたんだろうか。俺って一応あんたらの保護対象なんじゃないの、こんな迂闊に外をうろついてもいいのかねぇ」
「......さぁ、大佐の事です。何かお考えがあるんでしょう。それに、この辺りは尋問枢騎官の予定巡回航路からも外れていますし、そこまで警戒する事はありませんよ。まぁただの人手不足かもしれませんけど」
「そ、そうか。そういうもんか」

 クライネは、レオの質問に素っ気なくそう答えた。

 時計台の中へ入り、中の階段を二人は上がっていく。
 やがて上層の方に着くと、オープンに陳列していた本棚達は消え、代わりに電子コンソールが陳列し始めた。
 窓ガラスもなくなり、日の光が入り込まなくなると、上方の方に進むに連れて、部屋は全体的に暗くなっていく。明らかに読み物をするには最悪の環境だ。
 そして気づけば人気は完全に失せはじめ、物静かな空間が広がり始める。

 上層階に辿り着き、奥の方に進むと頑丈なコンソールが付いた両開きドアが現れる。
 しかしここまでに警備員らしき面影が見当たらなかったことから、レオは状況に疑心を抱き始める。

(妙だな......、重要な禁書指定エリアのはずなのに、警備員が一人も見張ってないなんてことあるのか?)

 そんな疑問を遮るようにレオはクライネに声を掛けられる。

「―――いいですかレオさん、ここから先は例の禁書指定エリアです。手筈通りお願い致します。入室記録と監視ドローンカメラはこちらで偽装しておきますが、室内を管理しているセキュリティシステムの強制再起動が15分置きにやってきます。その段階で施した偽装工作は一時的に無効化されるので、長居は不可能です。システム改竄ログの形跡が発見されれば、直ぐにでも治安維持部隊が急行してきますので、室内作業はざっと10分内で済ませてください」
「......あぁ、まぁ予め指定してもらってた端末にこれ。ぶっさすだけだしな。なんの難しいことはない。余裕だ」

 レオはそう言いながら渡されていたデータを抽出するための専用チップを取り出す。

 「そうですか、ではやりましょうか。私はこれから管理室に向かいますね」

 クライネはそう言うと、壁に穴をあけるための道具と思われるリペアツールのようなものを鞄から取り出しゴーグルを顔に取りつけた。

「レオさんはここで待って、扉が開くまでの間待機しててください。管理室は無人ではありますが、認証を通さなければ入室できないので、壁に穴をあけてちょっと入ってきます」

 クライネはそう言うと、荷物をまるごと持って元来た道を走って戻っていった。

「そこは物理で解決するんだ......」

 そして、クライネが去ってから約5分後。門が開かれる。

「よし、やるか」



 ―――門が開かれ、禁書指定エリアの中に入る。
 中はドローンタイプの監視カメラがいくつも浮遊していて、青白く光るデータサーバーと思わしき無機質な物体が大量に陳列していた。
 クライネの話によれば、映像系のセキュリティは偽装されているので、一先ずドローンのことは気にしなく良い。

 更に室内の奥側に進み、この専用チップが刺さりそうな場所を探していると、やがてぽつんと孤立したサーバー管理ターミナルと思わしき機械を見つける。

「分かりやすいな」

 レオはその端末の元へと赴き、すぐにICチップを指定のハブに突き刺した。あとは自動で抽出してくれる。

 ハブに接続させてから約5分が経過しようとした頃、突如クライネから耳元の通信機に連絡が入った。

「―――ん?クライネさんか?まだ時間的余裕はあると思うが」

 レオはそう言うが、すぐにはクライネからの返事がなかった。その間を不思議に思えたレオは、つかさずクライネに呼びかけようとした。だがその時、クライネの声が通信機に入り始める。

「......レオさん、かなりまずいことになりました......」
「......どういうことだ?」
「2つの生態反応がそちらに向かっています......」

 クライネからそう連絡を受け、携帯していたAEタイプのピストルを取り出し、近くのサーバーに身を隠してすぐさま入り口の方を警戒する。

「警備兵か?どうする?始末すればいいのか?」

「......いえ、それは......」

 クライネの歯に衣着せぬ言葉に、レオの脳内では嫌な予感が巡り始める。

「......クライネさん......」

 その通信からしばらく間が空いて、クライネは震え声で返事を返す。

「2つの生態反応は......警備兵などではなく......。"レイシス"です......」





























[43110] ツァイトベルン時計台②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/04/17 16:15
突如クライネから告げられた二人のレイシスが近づいているという情報に、ただでさえ恐怖と不安を退けて出向いた場所にて積み重なった試練。レオにとってはたまったものではなかったが、あふれ出しそうになる不平不満を押し込めて冷静さを欠かさず行動を起こした。

「クライネさん......、あとどれくらいでこっちに来そうだ?というか何故バレてるんだ?そもそもバレてるのかこれー?」

 レオはクライネに状況把握を急がせ、タブレット型の端末を胸に抱えて部屋内に身を隠せる場所を捜索した。

「レオさん......、モニターで観測する限りでは、2名のレイシスは武器を抜きながらもう扉の前まで来ています。レオさん......交戦、可能ですか?あの2人と......」

 通信越しに震え声でクライネはそう伝えてきた。それを聞いたレオはどうにか身を隠してやり過ごせないかと室内を見渡すが、そんな場所はなく。一番隅の陳列されたデータサーバーに身を隠しても見つかるのは時間の問題であることは明白であった。

「ちっ......」

 しばらく間を空けるが、交戦以外の手段を思いつくことはできなかった。

「レオさん......」

 クライネが何かを言いかける前にレオは口を開いた。

「クライネさん、今から敵勢力と交戦する。仲間を呼べるならそうしてほしい、正直俺一人じゃ何分持つかどうか......」

「了解です、すぐに大佐に救援を要請します。ヘラクロリアムの加護があらんことを、通信アウト」



 クライネさんとの通信は途切れ、ついに真の意味で敵陣の中に孤立した。頼れるのは自分とそこそこの投擲武器、後はアイザックから借りているこの銃型のソレイスとやらだ。
 そもそも彼らは俺を守るためのメンツじゃなかったのかと不思議に思う、こんな状況に陥っている時点でアイザック達の目論見は叶わさそうだという私見はさておき、レイシスとの戦闘だが。
 正直まったくの未知数である、レイシスとの戦闘経験がないわけではないがその経験はこの場では役に立たない。
 知っていることといえば、大抵の通常武器では彼らには太刀打ちできないことと、能力に関して言えばそれに関する知識を持ち得ていない。現状では情報不足で戦略も練ることはできないが、やれることをやるしかない。

 まずは奇襲することだ。効くかもわからないクラスター閃光弾で五感を奪い、二人同時に一気に仕留めてしまう、というのが理想だが。
 奴らの能力の推測をする、恐らくは防御系......いわゆる絶対障壁は持っていると考えるべきだろう。これはレイシア少佐が保有していたものと同質であると考える、少佐の戦いぶりを見ればわかるがアノ能力は殆ど完全無欠の能力といっても差し支えないだろう。あれを打ち破れるのはこの手元にあるアイザックのソレイスくらいだろう、多分こいつなら障壁は破壊できるはず。まぁ障壁は仮になかったとしてもそれはそれで方を付けるだけだが。



 2人分の足音が微かに聞こえ、そしてついに禁じられし書庫の扉は開かれる。黒いローブを羽織りフェイスマスクをつけ武装したレイシスと、それに比べ背の低い小柄な体系の髪が腰まで下ろされた金髪で豪華な金色の装飾が施された少女のようなレイシスが姿を現した。

 その瞬間、極めて強力な閃光がいくつも宙を舞い、何度も光源を発光させ踏み入った2人のレイシスを取り囲むように閃光が襲った。
 とっさのことに顔をローブで覆い隠す2人のレイシスだが、その瞬間をレオは見逃さなかった。
 方角を確認したレオは、傍らのレイシスに向けて空間に衝撃を振動させるほどの一発の淡い銃撃を放った。

 その銃弾を目撃した瞬間、レイシスの少女はマスクの下の儚げな表情を悲壮な形相へと変貌させた。

「ファルファー!下がってぇー!!!」

 1人の少女の声が叫ばれるが、その声が隣のレイシスに届こうとする頃には既に鈍い落下音が室内を響き渡らせる。
 やがて光で満ちていた空間が平静を取り戻すと、扉に踏み入れていた一人のレイシスが出口方向に吹き飛ばされるように上向きに倒れこんでいた。

「ファルファ!!私の声が聞こえる!?」

 その傍らのレイシスより豪勢な装飾を施した一人の少女はファルファと呼ばれるそのレイシスにレオのことなど無視して駆け寄っていた。

「ザラ様......申し訳ありません、一生の不覚......」

 倒れこんだその男は苦し紛れに差し出された少女の手を取る、血にまみれた五体満足の得体は銃撃をまともに喰らっていれば即死に近かったのであろう、その姿は明らかにたった一撃で戦闘不能状態に陥った事を物語っていた。ファルファと呼ばれいた男はレオの見立て通りの絶対障壁の持ち主であったようだが、それ以上にアイザックのソレイスは強力な破壊力を誇る代物であったようだ。

「まじ、かよ......。たった一撃であのレイシスを......」

 頼りがいのなさそうな外見をしたこのソレイスに絶大な信頼を抱いた瞬間であった。

「ファルファ......ここでじっとしていて」

 ファルファに駆け寄っていた少女は繋いでいたその手を放すと、視線をレオにゆっくりと向けた、敵意を丁寧に伝えるように。

「あなたが何者なのかは知りませんが、あなたは私の大切な人を傷つけた。あなたとここで戦う理由はこれで十分過ぎるものです。何か弁明はありますか?そこのお方」

 レオに目の前に立ちはだかる少女はレオに問うた。

「弁明だって?ふざけたことをぬかしやがるお嬢ちゃんだ。俺はただ今を生きるために全力を尽くした、ただそれだけの事だ」

 レオは少女の問いに答えると、銃口を少女に向ける。

「左様ですか」

 少女はそう短く一言だけ答えると、帯刀していた如クライネから告げられた二人のレイシスが近づいているという情報に、ただでさえ恐怖と不安を退けて出向いた場所にて積み重なった試練。レオにとってはたまったものではなかったが、あふれ出しそうになる不平不満を押し込めて冷静さを欠かさず行動を起こした。

「クライネさん......、あとどれくらいでこっちに来そうだ?というか何故バレてるんだ?そもそもバレてるのかこれー?」

 レオはクライネに状況把握を急がせ、タブレット型の端末を胸に抱えて部屋内に身を隠せる場所を捜索した。

「レオさん......、モニターで観測する限りでは、2名のレイシスは武器を抜きながらもう扉の前まで来ています。レオさん......交戦、可能ですか?あの2人と......」

 通信越しに震え声でクライネはそう伝えてきた。それを聞いたレオはどうにか身を隠してやり過ごせないかと室内を見渡すが、そんな場所はなく。一番隅の陳列されたデータサーバーに身を隠しても見つかるのは時間の問題であることは明白であった。

「ちっ......」

 しばらく間を空けるが、交戦以外の手段を思いつくことはできなかった。

「レオさん......」

 クライネが何かを言いかける前にレオは口を開いた。

「クライネさん、今から敵勢力と交戦する。仲間を呼べるならそうしてほしい、正直俺一人じゃ何分持つかどうか......」

「了解です、すぐに大佐に救援を要請します。ヘラクロリアムの加護があらんことを、通信アウト」



 クライネさんとの通信は途切れ、ついに真の意味で敵陣の中に孤立した。頼れるのは自分とそこそこの投擲武器、後はアイザックから借りているこの銃型のソレイスとやらだ。
 そもそも彼らは俺を守るためのメンツじゃなかったのかと不思議に思う、こんな状況に陥っている時点でアイザック達の目論見は叶わさそうだという私見はさておき、レイシスとの戦闘だが。
 正直まったくの未知数である、レイシスとの戦闘経験がないわけではないがその経験はこの場では役に立たない。
 知っていることといえば、大抵の通常武器では彼らには太刀打ちできないことと、能力に関して言えばそれに関する知識を持ち得ていない。現状では情報不足で戦略も練ることはできないが、やれることをやるしかない。

 まずは奇襲することだ。効くかもわからないクラスター閃光弾で五感を奪い、二人同時に一気に仕留めてしまう、というのが理想だが。
 奴らの能力の推測をする、恐らくは防御系......いわゆる絶対障壁は持っていると考えるべきだろう。これはレイシア少佐が保有していたものと同質であると考える、少佐の戦いぶりを見ればわかるがアノ能力は殆ど完全無欠の能力といっても差し支えないだろう。あれを打ち破れるのはこの手元にあるアイザックのソレイスくらいだろう、多分こいつなら障壁は破壊できるはず。まぁ障壁は仮になかったとしてもそれはそれで方を付けるだけだが。



 2人分の足音が微かに聞こえ、そしてついに禁じられし書庫の扉は開かれる。黒いローブを羽織りフェイスマスクをつけ武装したレイシスと、それに比べ背の低い小柄な体系の髪が腰まで下ろされた金髪で豪華な金色の装飾が施された少女のようなレイシスが姿を現した。

 その瞬間、極めて強力な閃光がいくつも宙を舞い、何度も光源を発光させ踏み入った2人のレイシスを取り囲むように閃光が襲った。
 とっさのことに顔をローブで覆い隠す2人のレイシスだが、その瞬間をレオは見逃さなかった。
 方角を確認したレオは、傍らのレイシスに向けて空間に衝撃を振動させるほどの一発の淡い銃撃を放った。

 その銃弾を目撃した瞬間、レイシスの少女はマスクの下の儚げな表情を悲壮な形相へと変貌させた。

「ファルファー!下がってぇー!!!」

 1人の少女の声が叫ばれるが、その声が隣のレイシスに届こうとする頃には既に鈍い落下音が室内を響き渡らせる。
 やがて光で満ちていた空間が平静を取り戻すと、扉に踏み入れていた一人のレイシスが出口方向に吹き飛ばされるように上向きに倒れこんでいた。

「ファルファ!!私の声が聞こえる!?」

 その傍らのレイシスより豪勢な装飾を施した一人の少女はファルファと呼ばれるそのレイシスにレオのことなど無視して駆け寄っていた。

「ザラ様......申し訳ありません、一生の不覚......」

 倒れこんだその男は苦し紛れに差し出された少女の手を取る、血にまみれた五体満足の得体は銃撃をまともに喰らっていれば即死に近かったのであろう、その姿は明らかにたった一撃で戦闘不能状態に陥った事を物語っていた。ファルファと呼ばれいた男はレオの見立て通りの絶対障壁の持ち主であったようだが、それ以上にアイザックのソレイスは強力な破壊力を誇る代物であったようだ。

「まじ、かよ......。たった一撃であのレイシスを......」

 頼りがいのなさそうな外見をしたこのソレイスに絶大な信頼を抱いた瞬間であった。

「ファルファ......ここでじっとしていて」

 ファルファに駆け寄っていた少女は繋いでいたその手を放すと、視線をレオにゆっくりと向けた、敵意を丁寧に伝えるように。

「あなたが何者なのかは知りませんが、あなたは私の大切な人を傷つけた。あなたとここで戦う理由はこれで十分過ぎるものです。何か弁明はありますか?そこのお方」

 レオに目の前に立ちはだかる少女はレオに問うた。

「弁明だって?ふざけたことをぬかしやがるお嬢ちゃんだ。俺はただ今を生きるために全力を尽くした、ただそれだけの事だ」

 レオは少女の問いに答えると、銃口を少女に向ける。

「左様ですか、別に私はあなたの行動を否定しませんよ。今を生きるこの時代ではそれが正しき行いなのかもしれませんし、ただ......」

 少女はそう答えると、携帯していた二本の莢から剣型の武器を両手で交差しながら抜き出した。

「人の恨みだけは買わない事ですね。レイロード、ダグネス・ザラ。推して参る」




[43110] ツァイトベルン時計台③
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/04/17 16:15
ダグネス・ザラが構えた二本の深紅に輝く刀身はレオを真っ正面に捉え、そのまま走り込んでくる。

「真っ正面からとはなんて親切な、いい的だぜお嬢さん......!!!」

 レオは真っ正面に突っ込んでくるダグネスに向けて三発の弾を放物線上に放つ、その後の回避行動を予測、回避予測地点に照準を構える。

「そんなものじゃ私に届きませんよ」

 初弾に放った三つの弾はダグネスの半径約1.5m以内に近づくと直ちに白煙を上げて消失した、これは当初の見立て通り彼女もまた絶対障壁とやらの能力を保有していることは明確だった。

「だろうな......!じゃあコイツならどうかな!」

 レオは先ほどもう一人のレイシスを開幕一撃で戦闘不能にさせたものと同じ質量を込めた弾を発射する。
 弾速は初弾よりも早く加速し、常人の反射神経ではまず回避不可能な速度でダグネスに向かって接近する。

「よくわからんが、このチャージタイプの一撃ならさっきのレイシスの壁は突破できた、あの嬢ちゃんも同じタイプなら通用するはずだとは思うが......」

 直撃した弾は爆風を引き起こしレオをよろめかせた。

「はぁ、危ないですね」

 その漏れた吐息が背後から聞こえると、レオは死を悟るような感覚に襲われるがそれを押し殺しすぐさま振り向き銃を向けた、しかし体はある違和感を覚える。そっと下に目を向けると自分の体が背後から深紅の剣で貫かれていた。それを認識した脳は徐々に痛みを増幅し、やがてレオは激痛に見舞われ声にならない叫び声が空間に鳴り響くと、レオは地面にひれ伏した。

「ぐうぅ......、確かに後ろから声が聞こえたはずだが......、幻聴でも聴かせられたのか......?」

「いいえ、そんな小細工した覚えはありませんね。私からしたらあなたが勝手に振り向いたのでその隙を突いたまで、それにあんな攻撃は一度目のでとっくに見切っています。確かにあなたのそれは絶対障壁とも呼ばれるディスパーダの防壁をいとも簡単に破壊できる代物なのでしょう、しかしあなたの放ったエネルギー体にはある脆弱性があった。まとまりのない力の奔流は側を不安定にさせてあげるだけでバラバラになる、どこかで見たようなソレイスに似てますがそれはまず置いときます」

 ダグネスは引き抜いていた剣を莢に収め、そのまま話を続けた。

「お見受けしたところ、あなたはこちら側の戦いに慣れていない。というか何も知らないようですね、それか知らされていないのか?あなたのバックの組織が何者なのかは知りませんが、こんなところに忍びにくる以上は我々に関する知識はあったはずですが」



 確かに少女の言う通りだ、アイザック達が彼女らの存在を知らなかったわけがない。ワザと俺をここに仕向けたのか?だとしたら目的はなんなんだ?クライネはこのことを知っていたのか......?
 はぁ、分からないことだらけだ。俺の意思などまるで関係ない、介在する思惑だけが俺を突き動かしている。まさに傀儡人形か......、俺はただのそこそこ稼ぐはしくれ傭兵だったんだがなぁ......、ハードル上がりすぎぃ...。

 レオは静かに目を閉じるとそのまま意識を失った。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「レオ・フレイムス、レイシス一名を戦闘不能にさせるもレイロードとの戦闘に敗北。その後意識を消失、反応は見られず。どうしますかアイザック大佐」

「そうか、分かったよクライネちゃん。彼にはまだ早かったということだなぁ、待機ポイントから現場に急行する、レオを回収のち本部に帰投する」






























[43110] ツァイトベルン時計台④
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/04/17 16:16
「気を失いましたか」

 ダグネス・ザラはレオに近寄ると、伏せていた上体を上向きになるように蹴り上げる。

「我が同胞に銃口を向けておきながら良くそんな風に気を失っていられますよね、はぁまぁそれはさておきファルファの状態は深刻ですがコイツの息の根を止めて撤収する時間は充分にあるはず」

 ダグネスは莢に収めていたソレイスを片方だけ引き抜き、正確にレオの喉元を捉える。

「周りに乗せられでもして思い上がったのかは知りませんが、よく調べもせずにこんなところにきてなんて無様なんですかあなたは。来世は慎重な性格に恵まれれると良いですね」

 ダグネスがその切っ先でレオの喉元が貫こうとした、しかしダグネスはある違和感に気づく。ダグネスは先ほど自らの剣で貫いたレオの胸部に注視する。

「......?コイツ。出血をしていない......?そんな馬鹿な、人工ソレイスの切っ先から放たれている熱量で臓器の二つや三つは既に潰れ、あたり一面が既に血の海になっていてもおかしくはないはずです......コイツ人間ではないのか!?」

 危機を察したダグネスは速やかにレオから十分な距離を取る、するとその後玄関口からある重い足音が響いてくる。振り向くとそこには見覚えのある男が立っていた。

「やぁー!ザラちゃんひっさしぶりぃー!大きくなったねぇ」

 そこにはレイシス教会屈指のオールドであるアイザック大佐が居た、ダグネスにとって彼は特に思い入れのある仲柄ではない為、フレンドリーな接し方に嫌悪感を抱く。

「あなたは、たしかオールドの。最近話題になっていましたね、教会を裏切ったんでしたっけ?すると、そこの彼もあなたと関係がありそうですね?彼が使っていたソレイスは確かあなたのでしたよね」

 アイザックは『さぁ?』と言わんばかりに両手を横に広げる。

「おぉ、おぉ。一応そこまでは知っていてはくれたんだねぇ?おじさん嬉しいなぁ。だけどさぁ?君みたいな女の子を相手に力を振るうのは気が引けちゃうんだよなぁ、大人しくそこで倒れてる重症のファルファくん連れて今は引いてくれない?」

 とぼけた発言をするアイザックに対しダグネスは憤怒にも似たような感情を抱く。

「あまり調子のいいことばっかり言わない方が身のためですよアイザック大佐、現に私は仲間を一人やられていて気が狂いそうな想いなんですよ、それにアイザック大佐?あなたこそレイロードと事を交えるのが怖いんじゃないんですか?」

 挑発じみた発言をアイザックに言い放つ。

「お、威勢がいいねぇ。オールドだからって舐めれちゃこまるよぉ?お嬢さん。しょうがないねぇ、ここは少し分からせるしかありませんな」

 アイザックはそういうと直ぐに片手を上げる、上方ダクトでアイザックの合図を待っていたクライネがダグネスに向かってAEスナイパーライフル弾で斉射する。

「これは!?上方にスナイパー!?」

 狙撃に気づいたダグネスは後方に高速で後退して狙撃をかわすと、再び武器を両手に携え構える。

「君の能力は知っているよ~ザラちゃん。君は近接空間防壁と絶対知覚を小柄な体を使って自由自在に動き回り使いこなす刺突剣士だ。それに俺のソレイスの防壁破壊能力も知っていれば今の狙撃も防壁には任せられずによけるしかないよねぇ?」

 本来であればソレイスは他人には使えず、本人のみが使えるものがこうして第三者の手に渡っている辺り、ダグネスは上方に居た狙撃手もまたアイザックの武器を使えり可能性も捨てきることはできなかった。

「ちっ、厄介な。ブラフだったとしてもあまりに厄介極まれりな状況です、あのスナイパーが持っている武器があなたのそれと同等の能力を保有しているとしたら戦術的に私が討たれるのも時間の問題と言ったとこでしょうか」

 ダグネスは思案を巡らせるが、考える暇も与えられることなくスナイパーからの狙撃の雨を浴びてまともにアイザックに近づけずにいた。

「やはりスナイパーがやっかいですね、先にお前から始末します」

 ダグネスはサーバー棚を蹴り上げスナイパーめがけて中高く飛びあげた。

「それはさせないねぇザラちゃん?」

 突如空中のダグネスの目の前にアイザックが現れると、アイザックはその拳を振り下ろし対応できなかったダグネスは展開されていた防壁ごと地面に叩きつけられる。

「うぐぅ......、ソレイスも持たずに私に近づいてくるとは、思い切りのいいことをする」

「俺を差し置いておけるとでも思ったのかい?つれないねぇ」

 地面に着地したアイザックはつかさずそのままダグネスに目掛けて突っ込む。
 構えられていた右手がストレートにダグネスの腹部目掛けて放たれたが、ダグネスはそれを華麗にくぐり抜けてかわすと右手に持ったソレイスで右手を切り下そうと振りおとす。
 当然それに気づいたアイザックは手は引っ込めぬまま体ごとダグネスに体当たりをした。
 振り下ろすよりも早く体当たりされたダグネスは体制を崩しそのまま吹き飛ばされる。

(ぐっ、まずい!スナイパーの斉射二秒前、体制を戻して回避、そのままアイザックに反撃をする!)

 ダグネスの読み通りスナイパーのクライネは体制が崩れた瞬間を見逃さなかった。
 三発のAE弾が放たれたがその弾道を絶対知覚領域で読み取れるダグネスは狙撃の弾をかわしながらアイザックに接近する。

(未だにアイザックがソレイスを使わないのはやはり複製して持てているわけではないのか、それとも油断させるための罠ですかね)

 アイザックに間合いを詰めたダグネスは高度な姿勢を繰り広げながら、アイザックの周りを跳ねまわり斬撃を繰り出す。
 アイザックは防壁を展開するも、ダグネスの繰り出す斬撃に圧倒されて生身が傷つけられていく。
 アイザックの展開できる空間防壁はダグネスが常時周囲に展開するものとは違い、部位的な物であるため斬撃を受け流すので手詰まりで反撃の余地がなかった。

「うぅ、こりゃきついねー......、クライネちゃんもこれじゃあ援護は難しそうだなぁ。しゃーねぇ、使うしかねぇかこりゃ」

 アイザックはついに潜めていたソレイスを片手に生成し、連射射撃で間合いに詰めていたダグネスを追い払う。

「強がり発言ではなかったですか、これは一気に形勢不利になりましたね」

 ダグネスはアイザックから距離を取るがすぐさま斬りかかろうとアイザックにめがけて走り込む。
 アイザックは走り込んできたダグネスを容赦なく撃ち込もうとするが、ダグネスはアイザックに一撃だけ加えるとそのまま玄関口の方向に走り抜けていった。

「アイザック大佐。あなた方が何を企んでいるか知りませんが、次に見かけるようであれば皆殺しですよ」

 ダグネスはそれだけを言い残すと、横たわってたレイシスを速やかに回収しこの場から去っていった。

「はいはい肝に銘じておくよぉ、ったくおっかねぇ。ご老体にはあの手の敵はキツイぜまったく、クライネちゃんも無理言ってごめんねぇありがとねー」

 天井から垂らされたロープをつたってクライネはアイザック達の下に降りた。

「いえいえ、騙しの通じる相手がどうかは不安でしたが。上手くいってよかったですよ大佐、しかし本当にソレイスを扱えるんですねレオさんは、一体どうなっているのでしょうか?一定距離以上を離れても消滅せず、再びだせば元の持ち主の元へ新しいものが作られるなんて......前代未聞の出来事でちょっと放心してしまいますね」

 クライネは気絶しているレオの元へ駆け寄った。

「この傷で出血なし、さらには眠るように気絶したかと思えば......これは本当に寝ているっぽいですね......、これは今一度レオくんの体を検査する必要がありそうですよ大佐」

「そうだなぁ、レオには大分無理させた。起きたら十分休ませて、それからだな。とりあえず軍警察に目を付けられる前に今日のところはこれで撤収する」

 アイザックはレオの体を持ちあげて担ぎ上げると、クライネと共にツァイトベルンを後にした。







[43110] 真実の裏側
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/04/17 16:17
「今回は随分と無理な手に出ましたね大佐」



 時計台の一件を終えたアイザックとクライネは隠れ蓑であるカフェテリアに戻ると、レオを地下にある救護室に運び込み最低限の手当てを施すと、しばらくレオの様子をすぐに声を掛けられる位置で伺っていた。



「ふむ、仕方かなかったとはいえ俺のソレイスに関する非人道的な実験をさせてしまったことは事実だしな、レオが目覚めたら謝罪せねばな。それで殺されても文句は言わんよ、その時は頼むよクライネちゃん」



 アイザックは後悔にも似たような表情でレオの傷ついた体を見回した。



「あらあら、私を巻き込んでおいてとんでもないことを言いますね大佐、その責任はこの作戦が無事に終わるまで果たしてもらいますよ。死ぬならその後にしてくださいねぇ~」



「あはは~手厳しい~」



 クライネは軽蔑の眼差しでアイザックの近くにあったカップにお手製のコーヒーを差し入れる。



「ありがとうねぇクライネちゃん、さーてそろそろ状況を整理するとしようかね」



 アイザックはそういうと腕に装着されていた端末から、付近の情報がまとまったロードマップのホロを空中に展開する。



「うーん、やっぱ当初の想定していたよりかなり深刻なことになってそうだよねぇ。一体この特異点に関する計画にどこまでの人間が関わっているのか、我々はあまり把握出来ていない、レイシス教会の中でも上位幹部にあたるレイロード階級の人達にすら彼の存在は知らされていないみたいだよね。あくまでネクローシスに関することまでか」



 アイザックは腕を組み、クライネに目線で意見を求める素振りをする。



「ですねぇ、この特異点、座標、印に関わっている勢力。今の所判明しているのはそれぞれ別の呼称を用いている三つの勢力ですね、恐らくはレイシス教会の中枢、それとマフィアのエターブですが、裏には恐らく彼らを実効支配できる別の組織が関わっているのでしょう、それにあと一つは......」



「共和国政府、レオを意図的にこちら側に接触させた張本人達だ」



 クライネは怪訝そうな表情で、そのワードに反応する。



「共和国政府......、彼らが裏で手を取り合っていると?」



「それだけはないと思いたいがね、帝国と共和国の開戦したタイミングに合わせて事は動き出し始めたようにも思える。まぁとにかくレオの特異性もこうして確認できたわけだが、中枢の目的がわからんな。レオを使ってどうするつもりなんだ?」



 アイザックは己に何度か問いかけると、クライネが何かを思い出すかのように口を開く。



「ちょっと早いですが、レジスタンスに引き戻りましょう大佐、計画を早めるべきです。明日にでもこの国は中枢に滅ぼされてしまうやもしれません」



 クライネの提案にアイザックは驚きを露わにするが、一理あると見るや顎に手を当て思案を巡らせた。



「ふむ......、あまり急かすのも良くはないとは思うがな......。レオが今こちらの手にある以上は大きくはでてこないと思うがね?」



 アイザックは具体的な知見をクライネに問う。



「確かにそうですが、中枢は既にネクローシスという武器を手にしています。こうしている今も奴らは着々と精鋭を従えて準備を円滑に整えているはず。その最後のパーツにレオさんが必要なのだとしたらもはやこうしてもいられませんよ」



 自体を憂慮し重く受け止めているクライネは、言動に不安を漏らしていた。



「ふむ、一理あるかもねぇ……。よし、計画を早めちゃおうクライネちゃん。レオに関してもこのままここで保護しておくわけにもいかないしねぇ」



「はい、大佐」



 2人の会話が区切りよく終えると、ベットの上に横たわっていたレオの右手がピクリと微動する。



「ん、ここは……」



 状況を理解出来ていないレオはベットの上であたふたと周りを見渡し、アイザックとクライネの存在を確認すると、ここは何やらと辺りを模索する。



「俺は、たしか……レイシスと戦って……それで……」



 気を失う前の記憶を着々と思い出したレオは、自分の体をみて異様な状態であることに気づくと、クライネ達に向けて視線を飛ばした。



「あの傷は、致命傷のはずだった。まず生きていることそのものがおかしい……、あの致命傷をどうやって……?」



 クライネはレオがこちらに視線を飛ばし、状況に誤解を覚えていることを察すると、レオの傍に近寄った。



「レオさん……、あなたにまず言わなければならない事と、謝罪をすべき事が幾つか私達にはあります。まずその傷ですが、私が施したものは応急処置程度のもの、本来致命傷で会った傷の殆どは臓器を始めレオさん自身が修復してしまったようなんです」



 クライネが告げた事実に、レオは混迷するが、やがて今まで自分が歩んできた、あまりに都合のいい、上手く行き過ぎていた傭兵人生に照らし合わせていると、直ぐに冷静さを取り戻していった。



「あぁ……、ははっ、なるほどな……、通りでねぇ……」



 その言葉を聞いたクライネは疑問の表情を浮かべる。



「というと、やはり今までに何か心当たりが?その特別な力について」



 クライネの問に、レオは静かに頷いた。



「今まで何回か、そういう事はあったんだ、よくあんな状況で俺は生き残れてたなぁってな、あん時の俺にはちっとも気づかなかった事だが、今となっては全てが繋がったような気分だよ……」



「というと?具体的にはどんな?」



 クライネは、レオの未知の能力の真髄を鑑みえると見るや、調子の上がった様子でレオに話の続きを促そうとするが、レオは『その前に』と言いながらベットから起き上がる。



「俺がそれを語る前に、まずはクライネさん、アイザックのおっさん。あんた達の全てを俺は知りたい、それを教えてくれるなら俺はあんた達に全面協力するぜ」



 アイザックとクライネは、その突然の提案に困惑する様子を見せるが、2人が目線を交すとすぐ様に意思は固まった様だった。



「分かったよレオ、俺達は正直お前を見くびっていた様だ、たかだが知れている傭兵とな。だが、レオ。全面協力では対等な条件とは言えないなぁ、こっちは全てを話すんだ。そうだなぁ。では我等が目的を達成するまででいい、貴殿は我がアイザック・エルゲードバッハ大佐の忠実な部下として、改めてレジスタンス軍に編入隊するってならいいぞ」



「そう来たか〜!!!」



 思わずレオは、声を張り上げた。








[43110] 新たなる目的
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/04/17 16:17
「改めて言おう、レオ・フレイムス。我々の目的、ズバリそれは......」

 アイザックはワザとらしく一息を置いた。

「それは......?」

 アイザックの語りの続きをいまかと待つレオは相槌を打つ。

「現帝国の崩壊、及びレイシス教会の再編だ」

 アイザックは言葉の続きをためらうかのように間を空けたが、ついにその真髄をレオに語った。

「帝国の崩壊......?国を滅ぼしたいのか......?」

 あまりの計画の壮大さに、レオは息を呑む。

「まぁ、無理もないですよね。本来であればもっと順序を踏んでいくところでしたけど」

 アイザックの背後にいたクライネが口を静かに開く。

「そして、それらを踏まえて。今回の我々の任務は特異点、つまりはレオ・フレイムスさんの威力検証と保護が主な目的ってとこです」

 レオは聞き入れた内容に理解の姿勢を示すと、体の態勢を組み直す。

「それで先日のアレが威力検証......なわけか?あの子供にボコされて保護どろこじゃなくなるところだったろ?」

 レオは多少憤りを見せるも、クライネは平常に言葉を返す。

「えぇ、まぁ。それは順序の問題です、我々はあなたが何者なのかを確かめる必要も同時にありました、正直に言うならば、それで死ぬようならそれまでと割り切っていましたよ。ですが、何も知らされていないレイロードとの戦闘で死ぬような存在を、わざわざ教会が標的に設定するとも考えにくいですけどねそもそも」

「ほほう、手厳しいねぇ」

 レオはギャップを感じつつも、笑ってクライネの話を聞き入れる。

「まぁそういうこったレオ、お前には俺たちの情勢に巻き込んじまって悪りぃとは思ってるが、改めてお前に全面的な協力を要請する」

 アイザックの真摯な眼差しは、これまでに見せたことのないものだった。それだけアイザック達の抱えている計画は彼らにとって相当重要なものなのであろう。

「どうするレオ?」

 アイザックは腕を組みながらこちらを向くと、返事を請うた。

「ま、良くも悪くもあんた達は命の恩人。アイザックの介入がなければ今頃は教会に捕まって何をされていたかも分からない、それに俺を平穏な生業からわざわざひっ捕まえてどうする気なのかも問いただしたいしな。いつまでもこんな所で匿ってもらうのも格好が悪りぃ、いいぜぇアイザック。あんた達の悪巧みに、真っ正面から乗り掛かってやるよ!」

 レオはアイザックに向けて腕を差し出した、それを受けたアイザックは快い様子で腕をぶつけた。




[43110] 帝国へ向かう白色の戦士
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/04/22 21:20
「ちょっとー!ミルちゃーん!おっそーい!!!」

 日がすっかり沈み込み、人々の活気がすっかり落ち込んだ共和国第7中央ステーション。普段は別区画へ移動するために旧装甲列車や航空機が盛んに行き来が行われてるが、夜間は交通量が激減するために環境音が静かに陥る。そんな中、レフティアの茶化した音色を交えた大声がステーション内に鳴り響いていた。
 その声に驚いた周囲の人々が、何事かと私服に着替えたレフティアとミル中尉に視線を集めていた。

「ちょ!ちょっとー!レフティアさん!声が!声がデカいですよ......!確かに若干遅刻したのは詫びますけども......!紛い物なりにも機密作戦の行動中なんでしょう......!?」

 ミル中尉はレフティアに注意を諭すと、レフティアは自らの口に必死に手を当てる。

「あら!そうね、取り乱していたわ。ごめんなさいねミルちゃん、ついワクワクしちゃって......」

 レフティアは申し訳なさそうにソワソワと自分の手を絡める。

「ワクワクって......、これから敵地に行くって時になんて浮かれたことを......。それよりも、例のPMCとはちゃんと裏はとれてるんですかー?土壇場交渉とかやめてくだいよぉ?」

「そ、それはさすがにないわよ!ちゃんと事前交渉して連絡してあるっての!さぁ、行きましょ行きましょ」

 合流を終えたクライネとレフティアは、レオ・フレイムスを救うべく、帝国へ向かう民間軍事会社センチュリオン・ミリタリアの輸送機へと足を運んでいった。



 レフティアと一歩遅く肩を並べて歩いていたミル中尉は、レフティアにこの作戦についてのとある疑問を問いかけた。

「ところでレフティアさん、よくこんな時にPMCの輸送機を手配できましたよね、どういうコネなんですか?」

「え?んーそうね、まぁ昔ちょっと向こう方のお偉いさんの命助けちゃったみたいな感じかな、それ以来は何かあったら連絡くれって言われてたのよね」

 レフティアは少々気分の沈んだ表情を浮かべながらそのことを語った。

「そうなんですね、まぁ何があったのかは聞きませんけど」

「それは、助かるわね」

 レフティアはミル中尉を見て笑みを浮かべると、そのまま搭乗エリアへと向かった。

 共和国第七中央ステーション、帝国との開戦が繰り広げられて以来、多くの地方に滞在していた民間人達が後方へ後方へと疎開していった。
 ヌレイ戦線に配置されていた北部第三ステーションは帝国の猛攻によって陥落し、現在は引き下げられた戦線を囲むように第四、第五、第六ステーションが前哨基地として機能している。
 ここ、第七ステーションでは既に民間の大移動は落ち着きを迎え、ステーション内の大多数の人間は軍関係者や勤務者に限られていた。
 代わりに、後方から送られてくる補給物資を前線に送り届けるための中間地点の役割を担い、大量の物資を前線に運ぶべく多数の民間仕様の装甲列車、ガンシップが日夜往来していた。

「国民の避難が終わっても、ここは夜も騒がしいままよね」

 予定地の搭乗エリアに向かう途中、レフティアは装甲列車に積み荷作業を行う作業員達を横目で見流す。

「まぁ、そうですね。前線維持には何よりも大事な補給を担っているわけですからね、手を休めている暇などないのでしょう。手を休めれば休めるだけ前線で死者が増えますから。それに彼らもまさか、彼らの代でまた帝国と戦争することになるなんて、思ってもいなかったでしょうし、良くも悪くも柔軟な働きができないのでしょうね」

 ミル中尉の言葉を片耳に入れると、作業場から視線を放した。

「戦争って、良くないわねほんと。戦うのは、私たちみたいな人外だけで十分だわ」

 レフティアのその呟きは、哀しみを帯びながらミル中尉に放たれた。

「それは......、違うと思います」

 ミル中尉の言葉に、思わずレフティアはその足を止める。ミル中尉に向けられたその視線は、真意を問う眼差しであった。
 ミル中尉はその眼差しに少々動揺するも、すぐに平静を取り戻す。

「わ、私は......、事の責任を、あなた達だけに背負わせたくありません、多分それはこの国が成り立ってから今に至るまで、多くの人間が平和を願い、一丸となって見届けてきたんだと思います......。いくらレフティアさん達がどんなに強くたって、レフティアさん達に守られなければ何もできないほど人間は弱いわけじゃない......、とか思っちゃったりします......、だからもう少し、私たちに頼って欲しいです」

 レフティアはミル中尉の言葉に一驚するも、笑みを浮かべる。

「あら、ミルちゃん。そんなことが言える子だったとは思わなかったわ!関心よ関心、たしかにあなたの言う通りね!私たちは、なにもかもを背負い過ぎたのよ、その言葉......」

 ミル中尉は安堵の表情で再び歩き出した。

「デュナミスの連中に聞かせてやりたいわね......」

 一間を空けて、レフティアは小声で囁く。

「今なんか言いましたか?」

「いいえ!さぁ行くわよ、予定の搭乗エリアはもうすぐそこよ」

 ミル中尉はレフティアの最後の言葉に特に気を止めることなく、先に駆け出したレフティアの後を追った。



 予定の搭乗エリアに着くと、二人の目の前には扉の閉じた航空機まるまる一機納まりそうな隔壁と、一人の作業服を着た人影があった。

「あの人が、そうですかね......?服がぴちぴちですけど......」

「きっと間違いないわね、あのマッチョよ」

 二人はその人影に近づくと、その人影はこちらを見るや軽く会釈をする。

「聞いてた通り、べっぴんなお嬢さん二人だな?待ってたぜあんたらをよ」

 口を開き作業服を着たその男は、格好はステーションの作業員そのものではあるものの、その男の体つきが明らかに先ほど見た作業員達とは風格を逸していた。

「ふーん、あなたがミリタリアの回し者ってわけね?その作業服、カモフラにしてはあなたには随分無理がありそうよ?」

 即席で用意したのか、その男の作業服は明らかにサイズが体格と一致しておらず、ぴちぴちに張り詰めていた。

「あーん?そうかねぇ、体にぴっちりしてるのがいいんだがなぁ!」

「おっと、あえてそれを着ていたというわけね......」

 ピチピチのその男は一通りのやりとりを終えると、二人を隔壁に手招く。

「さーて、仕事の話だァ!あんたらを帝国を連れていく機体はこの中だぁ、あくまでこの機体は輸送機って体だ、座席はねぇから尻を痛めんようになぁ!ガッハッハッ!」

 ミル中尉は思わず自らのお尻に手を当てる。

「クッション持ってくればよかった......」

 二人は手招かれたまま、隔壁の側面に立つと中へ入るための出入口が現れる。中に入ると、そこにはセンチュリオン・ミリタリア社の国際輸送機が格納されていた。

「んーで、フリーパスのこいつに乗って行くのはいいが、契約によれば到着先の保証まではされてない用だがァ、これは何かの間違いでもないよなァ?いくらコイツでも検査位は受けるぞ?厳重のやつな。どうするつもだ~アンタらは?」

 多国籍企業センチュリオン・ミリタリア社の輸送機は、人道上の救護活動や遺体捜索をするに辺り、その活動を認め円滑に行われるために、帝国は黙認ではあるもののフリーパスで一部の国境を渡ることのできる権利をミリタリア社に与えている。しかし、円滑に行われていたのは戦前までの話であり、戦時下では状況は異なる。
 いくら人道的支援活動の為とはいえ、国を唯一安全に行き来出来るミリタリア社の輸送機は、厳重な保安検査の対象である。如何なる輸送機も国境検査を避けることは出来ない。

「それについてはノーコメントよ、上手くやるわ。当然あなた達にも迷惑は掛からない」

「だといいけどよォ、もしなんかあったら機密とはいえ、関わってる以上は干されるのは明白なんだァ、くれぐれもヘマはしないでくれよォ」

「もちろんです!」

 具体的な手段を知らされていないミル中尉が自信満々に答えた。



 レフティアとミル中尉が先に搭乗し、最後に作業服を着た男が乗ると機体のハッチを内側から閉め始めた。

「あなたも来るのね。そういえば、あなたの名前はなんていうのかしら?」

 レフティアは作業服の男に名前を聞くと、長い髪を纏めそのまま地べたに腰を下ろした。

「俺か?俺はブルズアイだ、短い旅だがよろしくなお嬢さん方」

「へー、ブルズアイさん?よろしくね。私はーーー」

 レフティアが名前を語ろうとすると、ブルズアイは『待った待った』と手を振る。

「いざって時の事を考えるとよォ、知らない方がいいってやつじゃねぇかい?名前は教えてもらわんくていいぜェ、俺はそんなに口が堅いタイプじゃねぇんだ」

 レフティアはそう言われると、名前を語ることはミル中尉共に語ることはなかった。

「それもそうね、あなたも護衛監視役に選ばれただけのミリタリア社の社員さんだものね」

「そういうこったァ」

 レフティア達を乗せたミリタリア社の輸送機は、しばらくして格納庫から出ると、離陸レーンの順番待ちに誘導され、ガンシップの隊列の後ろに回されていた。

「ブルズアイ殿!ちょっと操縦室に来てもらえませんかー!」

 機内アナウンスを通してブルズアイは、ミリタリア社のパイロットに呼び出された。

「おぉ、なんだァ。なんかトラブルかねェ」

 そう言いながら地べたから立つと、ブルズアイは操縦室へ向かった。すると、微振動していた機内は静まり返る。

「何か、嫌な予感がしますね」

 ミル中尉は懸念を呈すると、レフティアの様子を伺った。

「えぇ、妙に外が殺気立っているわ」

「何かあったんでしょうか?」

「外の彼らにとって日常と異なる事とすれば、それはきっと私たちの存在のせいよね。高度に効率化された補給線を止めるという事は、よっぽどの事だし」

 レフティアは『ヨイショ』と立ち上がると、ブルズアイが向かった操縦室に足を運ぶ。
 ミル中尉もそれにレフティアに続き地べたから立ち上がった。

「機体が止まってるようだけど、なにかあったの?」

 操縦室に入ったレフティアはブルズアイと二人のパイロットに声を掛ける。

「おぉ、ちょうど呼ぼうと思ってたとこだぜェ。つい数分前この事だ、秘匿通信でこの機体は管制から静止勧告を受けている。それと前の機体を見ろぉ、本来であれば俺らは輸送航空団に紛れて離陸するはずなんだが、軍のガンシップが並んでやがる、後ろもだぁ」

「まさか、バレたのでしょうか......?」

 ミル中尉は不穏な表情を浮かべると、それはレフティアに伝達した。

「その、まさかっぽいわね......」

 しばらくして前方から武装した集団、約14名が輸送機に近づいてくるのが操縦室から窺えた。

「前方から国境警備隊が検閲を理由に本機に接近してきています、ハッチを開けますか?」

 操縦室のパイロットはブルズアイに指示を仰いだ。

「待て、開けるな。管制と繋げろ」

「いいえ、開けてもらえますかパイロットさん」

 レフティアはブルズアイの言葉を遮りパイロットに話しかける。その横でブルズアイは驚愕する。

「アンタ正気か?調べられりゃ間違いなく全員捕まるぞォ?なんか妙案でもあんのかァ?」

「えぇ、ここは立場の使い所ね」

 レフティアは真っ先に後方のハッチへと向かう。

「えっ、まっ待ってくださいレフティアさん!」

 ミル中尉は思わずレフティアの腕を掴んだ。

「あっごめんなさい。でもやはり先に管制と話をした方がいいんじゃ......?」

 掴んでいた腕を放すと、申し訳なさそうに顔を下に向ける。

「無駄よ、これは国境警備隊の独断専行。直接話をつけるわ、ハッチを開けるようパイロットさんに伝えて」

 レフティアはそういうとミル中尉を置いてハッチから出ていこうとする。

「んん、どうする嬢ちゃん?」

「ハッチ、お願いします。でないと機体に穴が開きます」

 ミル中尉の言葉を聞いたブルズアイはパイロットにハッチ解放の指示をする。



 輸送機のハッチが開き、レフティアは完全に開ききった輸送機のハッチ上に威風堂々と仁王立ちすると、こちらに銃口を向ける武装した国境警備隊14名と面と向かって対峙する。

「一体、何用!!!」

 レフティアは警備隊に向けて、空間に響き渡るような大声でプレッシャーを放った.....。

















[43110] 帝国へ向かう灰色の悪魔
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/05/17 17:59
レフティアが、近寄る警備隊に放った第一声は、瞬く間に周囲の人間の耳に轟いていった。



「先に名乗っておくけど、私はレフティア。イニシエーターよ?まぁそれは知ってるわよね。けど、わーざわざ!こんなとこで足を止めさせるなんて、いい度胸してるじゃないあなた達、それなりの理由がなければ~?あなた達をまとめて懲戒処分に処すこともできるのよ?」



 レフティアは挑発めいた口調で国境警備隊に投げかける、それを聞いた警備隊達は一瞬戸惑い、お互いの顔を見合わせる仕草をみせるも、警備隊達は直ちに冷静さを取り戻した。

 すると、警備隊長と思わしき周りとは服装のことなった人物が一歩前に現れる。



「えぇ、存じておりますレフティア殿。しかしお言葉ではありますが、なぜこのような民間の貨物機に貴女のような方が搭乗して居られるのでしょう?この貨物機の行く先は、リストでは帝国本土に向かうことになっておりますね。しかしレフティア殿、独立起動部隊総会議の決定を、いやはやお忘れではありませんかな?そう、確か貴女はレイシア隊とやらのご所属であったはずですねぇ、臨時解体中の今となっては評議会の意向を無視して勝手な行動はできますまい?」



 レフティアは言葉を詰まらせるが思慮を巡らせる。



「いいえ、私は特務で帝国に向かうのよ。ましてや部隊とは関係ないわ、いいかしら?この特務は急用を要する案件です、直ちに拘束を解除しなさい。これは上官命令よ?」



 レフティアの言葉を持ってしても、警備隊は武装を緩めることはなかった。



「ふむ、いけませんなぁレフティア殿。いくら上官命令といえど、我々も仕事ですので」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 一方、ミル中尉とブルズアイはレフティアを貨物室の中から静観していた。



「これはマズいことになりましたね......、上官命令も聞かないなんて、しかもあの警備隊の人達。あのレフティアさんの前でも堂々としてるし、一体この輸送機の何を悟られたのでしょうか?」



 ミル中尉は震え声でうずくまるような姿勢を取っていた。



「あーん?というか何でもいいがこれって俺たち面倒ごとに巻き込まれてるじゃねーかよ、約束と違うじゃねぇか!がっはっは!」



「ははっ、全く冗談じゃねぇよな......」



 ブルズアイの笑い声に、同じく静観していたパイロット二名は思わず苦笑する。



「と、とにかく!ここはレフティアさんが上手く切り抜けてくれるはずです。信じましょう」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 包囲網を形成していた警備隊は、武器を向けながらレフティアへ徐々に距離を詰めていく。

 彼らに元からレフティアの話を聞く気など更々なかったようであった。



(まずったわねぇ......もう......こればっかりは仕方ないか......)



 数人の警備隊はレフティアをすり抜け、輸送機内へと入り込んでいく。警備隊は無抵抗のミル中尉とミリタリア社のパイロット二名、護衛監視役のブルズアイを機外に連れ出し、拘束した。



「レフティアさん......」



 ミル中尉がレフティアに助けを求めるような音色で、彼女の名を呼んだ。やがて残りの警備隊はレフティアを包囲し、拘束しようとする。

 すると、突如。レフティアは己のソレイスを発現させた。それを見る周りの者たちは、その余りに美しい刀剣に一瞬の間見惚れていた。



「ごめんなさいね警備隊の皆さん、恨むなら。あなた達の上司を恨んでね」



 ソレイスを携えたレフティアは、均一な弧を描くように、その場で体をくねらせる。気づけば、白く輝きを放っていたはずのソレイスは、深紅に染まり、レフティアの周りには、無惨に儚く散りゆくように数人の警備隊が地に伏せていった。



「な、なっ......!?しょっ、正気かッ!貴様!!!」



 先ほどからレフティアと問答を繰り返していた警備隊員は、あまりの事態に膝をふるわせて、腰に携帯していた拳銃をレフティアに突き出すように向ける。



「き、貴様ッ!気は確かなのか!!!警備隊、対ディスパーダ戦闘用意!!!」



 その掛け声が放たれると、ミル中尉等を拘束していた警備隊はその場を離れ、前方の警備隊と合流を果たした。

 警備隊はレフティアに対し一定間隔で距離を取りながら陣形を組み始める。



「対ディスパーダ戦闘......?あら、貴方。ディスパーダと戦った事はないのね」



 警備隊は輸送機を背にするレフティアを、完全包囲すると隊長と思わしき男の指示を待っていた。



「各員、当該するイニシエーターを無力化せよ!!!」



 警備隊は装備していたAEライフルでレフティアに向け、一斉射撃を開始する。その瞬間、レフティアはわずか一歩で中央の警備員の間合いに入り込む。

 レフティアは手にしていたソレイスを振り下ろし、後方の数人を巻き込みながら同時に五人の警備員を斬り殺す。

 側方に三名ずついた警備隊も続けて射撃するが、レフティアの余りの移動速度に照準が追い付かない。

 また一人、また一人、警備員はバラバラに斬り殺されていく。



 気づけば、輸送機の入り口には血の溜池が出来ていた。



 警備隊の中でも、特に事情を知っていそうな先ほどの問答を繰り返した男を、レフティアはあえて軽症で済むように仕留めていた。



「さて、なんでウチらのとこわざわざ目に付けてやってきたのか説明してもらおうかしら」



 レフティアはその男の髪を掴み、顔を引き寄せると感情的な装いで男を尋問する。



「邪魔をした以上は、どっちみち生かさないけど、とっとと答えてくれるなら楽に殺してあげるわよ?」



 男は口から血を吹き出すなり、まともに喋れるような状態ではないようだった。



「あら?手加減ミスったかしら?喋れないなら......」



「まっ、マテ......」



 レフティアがソレイスを振り下ろそうとした瞬間、男は口を開く。



「わ、我々は......誰からの指示もうけていない......、本当、だ......。私は、ただ職務を遂行しただけだ......、保安検査の安全性をタカメルために......、私らの隊は抜き打ちでよく輸送機の検査を、していたんだ......その一環で軍用機に不自然に紛れ込む民間機を見つけたんだ......、そこでリストを編集し離陸時間を遅らせた......、それだけだ......!ホントウに......」



 男は全ての力を捻りだしたかのように経緯を語った。



「ふーん、そう?あなた、センシティブだったのね。あなたのその勘の良さが今回の不幸を招いたわ、運が悪かったのね......なにもかも」



 レフティアは再びソレイスを振り上げる。



「マッ!まってくれぇ!私には娘がいるんだ......!み、見逃してくれぇ......!たのむぅ!!!」



 男性にしては甲高い声で、その男は最期を感じたのか必死に命乞いを繰り返す。



「レフティアさん!いくらなんでもやりすぎです!その人も、他の警備隊の人たちも。同じ共和国の同胞でしょう!!!同じ国を憂う味方のはずです......!その人の命、本当に奪わなければだめですか?」



 ミル中尉は、その男の情を買ってしまったのだ。人として、生まれ持って持つ当たり前の感情、そして慈悲。

 しかし、それをレフティアに求めるには、余りにも無謀で無知な訴えであった。



 ミル中尉の言葉に安堵したのか、先ほどまで喚いていたその男は急に静まり返る。

 レフティアは、ミル中尉の言葉を聞き届けると振り上げていたソレイスを静かに下ろした。



「レフティアさん......!」



 ミル中尉は、レフティアの矛を納めることが出来たのだと、わずかながら安心感と感嘆な思いを抱いた。

 すると、ソレイスを納めたレフティアはミル中尉の前に聳え立つかのように立つ。



「ミルちゃん?そんな甘い考えじゃ、大事な人なんて、守れないわよ?」



 ミル中尉の目の前から去っていくレフティアの影から、男の体が伺え始めた。

 レフティアが完全に目の前から消え去り輸送機に向かうと、ミル中尉はその光景の残忍さに、腰を地面に落としてしまった。



「どう、して......」



 ミル中尉が涙ぐんだ視線の先には。



 その男の頭部が無くなった肉体が、綺麗に地に朽ちていたのだった。









ディス・パーダ ー因果応報の旋律ー



[43110] 悪魔に何を抱くか
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/05/19 15:48
 私はレフティアさんの残虐な一面を、片鱗は見れど真に受けて見るのは初めてだった。
 レフティアさんが手を掛けた彼ら、国境警備隊の皆さんは戦友であり、共に国を憂う人達のはずだった。
 警備隊総勢十四名の命は、たった一人の圧倒的強者の手によって容易く屠られてしまった、この世界はどこまで行ってもやはり合理的なのだと、改めて感じざるを得なかった。

 レフティアさんは、先の警備隊の一人に向かってとある言葉を投げかけていた。

『あなた、センシティブだったのね』

 あの言葉がどういう意味だったのか、当時は分からなかったけど、今思えばある結論に至れることが分かった。
 センシティブというのは内面的なものを指していたのではない、レフティアさん言っていたのは、あの男は直観という形で感じ取れる体の器官が、より感度良く機能したのだろうということ。
 要は、嫌な予感の的中率が高い人間なのだと。レフティアさんが曰く、それはヘラクロリアムが関係しているのだと以前にも私はそういう事を言われたことがあった。
 時にヘラクロリアム粒子は、人間の感情に強く作用し、また反応を引き起こす。今回の場合、ヘラクロリアム適合者であるレフティアさんの接近を、かの男は感知したと言ったところなのだろうか。
 いずれにせよ、私にはディスパーダという存在に未だ完全な理解を得られていないことが明確に判明した。

 特にレフティアさんという人物に対しては、あらゆる疑念が拭えずにいる。伊達に数百年の時を生きているわけではないのだろう、私はこの人の過去を、そしてディスパーダという存在をより知らなければならないと確信した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 十四名の警備隊を殺害した後、こちらの様子を遠くから窺っていた管制塔室内の職員達は慌てふためいていた。

「た、大変だ......!輸送機の確認しにいった警備隊が皆殺しにされたぞ......、ど、どうする......?」

 隣の同僚に判断を促した。

「知らねぇよ!こんな時にぃ!厄介毎は御免だわ、上に連絡だけして後はノータッチだよ、それに仕事がまだまだ山積みだ」

 その管制塔職員の男は直ちにターミナルの離陸シーケンスを再開させようとする。

「まぁ、待て。とりあえず上に連絡いれて判断を聞こう......」

 後ろにいた職人が据え置きの電話機に手を掛ける。

「えぇ、こちら第四管制塔。緊急事態発生、不審な輸送機に向かった警備隊が輸送機から現れた人物によって全滅させられた。HQに対応を請う」

「こちら本部、要請を承認する。現時点で追撃及びターミナルシークエンス停止は不要、戦時中につき緊急事態条項を適用、離陸した当該する航空機をセーフゾーンにて撃墜する」

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 警備隊の死体を道路の端に寄せ集め、ミル中尉とミリタリア社の傭兵達は再び輸送機内に出戻った。

「結構派手にやりましたし、さすがに管制官には気づかれてると思ってましたけど、どうやらシークエンスを再開したみたいですね」

「そのようだなぁ、なんだぁ共和国って国は目の前で仲間が死んでても我関せずってのが多いのかねぇ?」

 ブルズアイは最初に座っていた位置に再び立ち戻ると、ミル中尉と同タイミングで座り込んだ。

「まぁ仕方がない事ですよ、国内事情ってやつですね。彼らの気持ちを汲み取るのも、共和国に生きる軍人としての責務でしょう」

 ミル中尉は自分たちから若干距離を取って地べたに座っているレフティアを見ながら暗澹の息を吐く。

「んあ、国内事情っつーのはあれだよな?国内紛争がヒドイって話の奴だろん?権威を持て余した老人共が暴走してるだのなんだのってな、俺ら傭兵はよくそれに振り回されてるしなぁ。なるほどな、そう考えるとアイツらの塩対応も納得がいくってわけだ?頭いいなアイツら!がっはっは!」

「えぇ、まぁ概ねその通りですよね。このご時世の中ではいつどこで権力者が絡んでくるのかわかりませんからね、下手なことをすれば社会的に抹殺されると。ある程度の役職に就いた者なら誰でも保守的にもなりますよ、別に頭がいいわけじゃないです、あくまで生物学的直観としての正しい行為でしかない。こんな状況が国家創立以来数百年も続いている......、その結果が、かの『卿国』を産みだしたきっかけですから。強大な共和国連保制度であるにも関わらず自治権を握りしめた腐敗した軍部が......っと、すみません余計なこと、喋り過ぎました。つい......」

 思わず口が回ってしまったミル中尉は、本格的に職務に就いてから密かに抱いていた思い、それがミル中尉の器から溢れ出していた。ミル中尉が強く願う理想の世界と、正義感から作り出された重い、想いが露呈した。

「がっはっは!なーに、随分面白い話をしてくれるじゃねぇーか嬢ちゃん、なぁそうだなぁ。正直驚いたぜ、まだ嬢ちゃんみたいな人間がちゃーんと共和国軍にもいるんだなってな!俺たちならず者や国を捨てた連中にはそんなこと、なーんも分からんが、国が好きだってのはよく伝わってくる。さて、そろそろ離陸だろうよ、何かに捕まっておけ」

 ブルズアイはその場から立ち上がると、レフティアに軽い会釈をしながら前を通り、そのまま操縦室の方へと向かって行った。

「はぁ、ブルズアイさんみたいな人も、居るんだなぁー。私って、本当に何も知らないんだ......」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 前方の軍用機が全て離陸を終え、順番が回り輸送機はいよいよ離陸準備に差し掛かっていた。
 パイロット達は離陸準備に取り掛かる。

「よーし、上がるぞー。管制塔から何か来てるかー?」

 操縦室に入ったブルズアイは、パイロット達に指示を出し始める。

「いえ、今のところは通常のシークエンスを正常に続行中。このまま手順に従い離陸可能です」

「よーし、離陸準備開始」

 輸送機は道路を進行し開けた屋外へ出ると、航空機を射出するためのカタパルトが姿を現し、輸送機はカタパルト上まで移動した。
 すると、突如通信機から管制塔の機会音声のアナウンスが流れ始める。

「機体のカタパルトへの接続を確認---機体認証開始---センチュリオン・ミリタリアCM-1011輸送機を承認---カタパルトシステム正常---推力正常----進路に障害物はありません、発信シークエンスを開始してください」

「こちらCM-1011輸送機、発進開始」

 パイロットが管制塔のアナウンスに応答すると、機体は急速に発進する。出口付近に差し掛かると、輸送機は正常に離陸した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「こちら在第七中央ステーション第一航空防衛隊より本部へ連絡、指令概要にあった当該する航空機がステーションを離陸した。これより指令に従い撃墜に向かう、セーフゾーンにて撃墜するため対領空侵犯措置を適用し、当機はカタパルトの優先権を得たい。オーバー」

「こちら本部、要請を承認する。アウト」



 指令を受けた二機の戦闘機が、ステーションから緊急発進していく。それをステーションの傍らから覗き見ていた一人の人物『レイシア少佐』の姿がそこにはあった。

「やはり飛んでしまったか、友軍機を落とすのは心苦しいが、仕方あるまい。私なりにレフティア達をサポートしてやるか」

 レイシア少佐は手首に装着されたウェアラブルデバイスを、顔付近に持ち上げるとデバイスが起動する。

「私だ、ゼノフレームを頼む」

 レイシア少佐の掛け声と共に、ステーションの倉庫内に保管されていた長らく運用されることのなかった埃被りのゼノフレームが起動した。
 その起動と共に倉庫のハッチが徐々に開き始めると、一体のゼノフレームは倉庫の外へと出る。
 それを目視した第一管制塔は、あまりの事態に動揺する。

「......おい!?なんでだ!保管庫からゼノフレームが出てきているぞ!!!すぐに戻せ!!!」

 第一管制塔の向かい側に作られていたゼノフレーム保管庫から現れたゼノフレームは、自前の武装を展開する。
 ゼノフレームは元々対空戦闘に特化している兵器だ、これに搭載されている二問のAE高射砲は、出撃したばかりの二機の戦闘機を自動照準で直ちに捉えていた。
 すると、ゼノフレームは間髪入れずに高射砲を戦闘機に目掛けて連続で発射する。

 ステーションから離れたばかりの二機の戦闘機達は、背後に気を取られる暇もなく藻屑となって空へ散って逝った。

「これが、私達なりのやり方だよ。未だ見えざる黒幕さん」






[43110] 第35話 再会の時を望んで
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/06/12 22:11
「……?今なんか爆発音みたいなの聞こえませんでしたか?」

 ミル中尉は激しく揺れる機体の中で、屈む姿勢を取りながら外に耳を傾けていた。

「あーん?荷物が擦れた音だろうん」

 それに応えた大男のブルズアイは、そんな音に気にもかけていなかった。

「んー?近くで戦闘でもあったのでしょうか」

「がっはっは!もしかしたら戦闘機の一機や二機くらい追っかけて来てんじゃねぇか!」

 ブルズアイは冗談交じりの口調で言うと、大声の笑い声を機内に鳴り響かせた。

「え、縁起でもないことを……」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ミル中尉とレフティアを乗せた民間の輸送機は、無事に帝国へと旅立った。
 この輸送機の目的地は、帝国首都ブリュッケンにある多国籍企業オート・パラダイム社の保有する空港である。
 オート・パラダイム社とは国を股にかける多国籍企業の製薬会社であるが、その技術力の高さから製薬に留まらずありとあらゆる電化製品の生産・開発も行う一流の国際企業だ。

 センチュリオン・ミリタリアとも提携を取っており、国家間を超える医療物資のやり取りはセンチュリオン・ミリタリアの持つ最大の側面、条約によって保証された輸送手段を利用している。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

(ちょっと、ちょっとだけやりすぎ。だった......かもしれないわね......)

 レフティアは第七セクター(第七中央ステーション)で自ら繰り広げた惨劇を思い返していた。

(私が殺害した国境警備隊十四名、計画の邪魔者とはいえど同じ国に住まう戦友達である事には変わりない、余りに残酷すぎるやり方だったのではないかと。
 きっと彼女、ミルちゃんはそう思っているのでしょうね、でもそれはとても甘い考え方なのよ。
 不老の肉体を持つ多くのディスパーダにとって、その価値観はあまりにも古すぎる。
 例えば、今まで敵に情けをかけて息の根を止めてこなかったとする、そしたらどう?それだけ多くの人間が恨みつらみを募らせある一つの執念をもった群衆が誕生する。
 その連鎖が、余りにも長い時を生きるディスパーダにとっては、それはとても恐ろしいものなのよ。私は百年以上前にそれを体験した、あれ程おぞましい出来事はなかった。力を持たない愚かな群衆が、圧倒的力量差のある敵に向かって突っ込んでくるなんて、それこそ地獄よ。だって、その地獄を作りあげるのは強者としての私自身なのだか。そんな運命は二度と御免よ)

 レフティアは離陸してしばらくミル中尉達から離れて地べたに座っていたが、ようやくと重い腰を上げ、ミル中尉の方へと静かに足を運ばせた。
 近づいてくるレフティアに、ミル中尉は緊張を隠さずにはいられず、思わず顔を両腕で集めた膝にうずくまらせた。
 傍にいたブルズアイは、それを見ると空気を察するようにその場から離れた。

「ねぇ、ミルちゃん。怒ってるの......?」

「どうでしょう、レフティアさんなら分かるんじゃないですか?私の内心のことなんて」

 ミル中尉はその気もないのに、つい嫌気な態度を取る。それは自己正義と背反する結果からなのかは本人も理解してはいなかった。

「ふふっ、そうねぇー。んー、どうやらちょっと嫌われちゃったみたいね。まぁ当然よね、ミルちゃんは何も悪くないもの。すべてはこんなやり方しか知らない、無力なわたしのせい、よね」

「そっ、そんなことは......」

 いつも活気なレフティアが見せる涼しげな態度にミル中尉は思わず戸惑いを露わにする。レフティアがミル中尉の傍に座り、しばらく間を空けるとミル中尉は口を先に開いた。

「あっ、あの。レフティアさんの事が嫌いになったとか、多分そういう事じゃないと思うんです」

 口を開いたミル中尉を、レフティアは何を言われても動じないような儚い眼差しで見つめていた。

「なんというか、その。怖かったんです、多分。私はレフティアさんの過去の事なんて殆ど知らないし、今までレフティアさんが乗り越えてきた試練など私の知るところでないとも思います。
 だからきっとそこには、今までレフティアさんが歩んできたキャリアが、その卓越した価値観を作っているんですよね。
 尊敬します......、私はどうあっても情けをかけてしまうと思いますし、そういう意味では全てレフティアさんが合理的だと思います......」

「あらあら!何を言われるのかと思いきや、随分重い言いこなしをしたものねぇ。ふふっ、ミルちゃんが言うほど私は崇高な考え方を持っているわけではないのよ、なんというか。教訓というべきかしらね、私だって怖いのよ人間がね。時にかけた情けが味方を殺す因子になる事もある。私はただそれが嫌だった。ほんとそれだけよ」

「そう、ですか......」

「そうよ」

 レフティアは薄暗い輸送機の貨物室で、ミル中尉にライトアップで照らされた怪しげな微笑みを贈った。

 ―――――――――――――――――――――――――――――

「―――当機はまもなく国境線を越えて帝国領に侵入、約一時間後にはブリュッケンのオート・パラダイム社の空港に着陸します。お二方スタンバイをお願いします」

 突如流れた機内アナウンスを聞き、この機体がもう帝国のすぐそばまで来ていることをミル中尉は知ると、ある素朴な疑問が思い浮かぶ。

「ところでレフティアさん、帝国に向かってここまで来ているのはいいんですけど、空港に着いたとしてそこからどうやって空港の外に出るんです?いくら条約に保護されている機体とは言っても、さすがに厳重な機体検査は免れないと思いますよ?」

 レフティアはその疑問に対して、きょとんとした表情でミル中尉の方を向く。

「え、そんなの決まってるじゃないの」

 レフティアはおもむろに予め輸送機に仕込んでいたと思われるバッグからゴーグルを二つ取り出した。

「え、そっ、そんなまさか。あ、ありえない!そんなありえない!!!レフティアさん!!!なんですかそれはっ!もしかしてそれって......!?」

「何って、これからエアボーンするんだけど?」

 ミル中尉はその言葉を聞くと、深く絶望したのか泣くように膝を崩した。

「きーてないですよー!そんなのぉー!!!」

 ―――――――――――――――――――――――

 帝国領の遥か上空の空で、輸送機のハッチが大音量のブザーを響かせながら徐々に開き始めていった。
 隙間から流れ込む大気が室内のベルトで強固に固定されており
 貨物を激しく揺らす。

「じゃあそろそろ行くわよーミルちゃんー?大丈夫だって私も何回か飛んでるし、それに結構たのしいわよ?」

 ミル中尉はレフティアの背後で酷く震えながら何やら泣き喚いていた。

「いやホント勘弁ですマジでマジでマジでしぬしぬしぬぅホントヤバいですって―――」

 手すりに掴みながらそれを見ていたブルズアイは、思わず大声で笑いあげる。

「がっはっは!最後まで面白れぇー嬢ちゃんたちだなぁおい!さぁいったいった、あんま長いしてっと軍の奴らに気づかれんぞー?」

 ブルズアイは、レフティアとミル中尉達に向けて大きく手を振っていた。

「あらぁごめんさいね、もう行くわ。短い間だったけどあなた達には世話になったわ。こんな無茶振りに付き合ってくれてありがとうねー!上司さんにもそう伝えといてねぇー!それじゃあまた、因果の巡りがあらんことを!」

 その言葉を最後に、ついにレフティアとミル中尉は遥か上空の輸送機から同時に飛び降りた。
 その瞬間、ミル中尉のゴーグルの中にはとある液体で溢れかえっていた事はレフティアとミル中尉だけの秘密となった。
















[43110] 第36話 枢機士評議会①
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/06/22 19:18
ツァイトベルンの一件を経たレイロードのダグネス・ザラ。彼女は首都にあるレイシス教会の本拠地。
 アンビュランス要塞へと帰還を果たしていた。
 負傷した自分の部下であるファルファの元へと赴く最中、ある細い影の男が話を慌ただしい様子で掛けてくる。



「ザラ様!御身にお怪我はありませんでしたか!?」

 騒々しい物言いで声を上げるこの人物は、私が側近に仕えさせる部下二人の内の一人、ベルゴリオだ。
 見た目は細身だが、過去に何人のもイニシエーターを屠ってきた実力者の一人だ。そして同時に私を年齢と見た目の偏見で見ることのない数少ない理解者でもある。彼らに対しては、私は慣れない上官としての威厳を飾っている。

「あぁ、私は無事だが。それよりファルファが意識不明の重体だ」

 ベルゴリオはそれを聞くと、あからさまな様相で怪訝な表情をする。

「チッ、あの役立たずが!ザラ様の護衛役でありながら何たる無様を......!やはり私もお供させていただければ良かったのですが......」

「よせ、ファルファは身を呈して私を不意打ちから防いでくれたんだ。十分以上の働きをしたし責められる言われもなかろう。余り言い過ぎるなよベルゴリオ」

 ベルゴリオのファルファへの不甲斐なさを怒る様は見ていられないので、制することにした。私の言葉を聞いたベルゴリオはそれ以上彼に対して責める発言を自制するように静かになった。

「失礼致しましたザラ様......それで例の要請は、やはり罠だったと?」

 ベルゴリオは改めて畏まる姿勢を取ると、私と共にファルファの元へと足を運ばせる。

「あぁ、完全にハメられた。あの書庫には最初一人の男が立っていたんだ、一見すると普通の一般人のように見えたが、ソレイスを持っていた。それでファルファは扉を開けた瞬間、私に目掛けて直進してきていた眩い光線が庇ったファルファに直撃したんだ」

 ベルゴリオは考え込むような仕草で腕を組みローブを羽ばたかせながら顎を上げる。

「ふむ、それはおかしいですな。あの無......じゃなくてファルファには、中距離空間障壁があったはずです。それを一撃で貫いたというのですか?いくらソレイスと言えど、それほどの性能を持ち得たソレイスなど限りがあるでしょう。それに現在は戦時下です、そんな戦力を遊ばせている余裕など、我が軍はもちろんのこと、かの共和国軍にもありませんでしょう?」

 ベルゴリオの疑問は最もだ、ただそんな状況すら納得のしうるモノを私は見てしまったわけだ。

「あぁ、だがあの場にはアイザック大佐も居た。あと奴の部下と思われる女性が一人。それであの男が持っていたソレイス、あれは完全にアイザック大佐の持っていたものと同一のものだ」

 それはありえない、とベルゴリオは言って退けた。

「確かにそれなら破壊力の説明は付くでしょうが、そもそもの原則として、ソレイスは所有者以外の人間には扱えないはずです。ザラ様の扱ってらっしゃる人工ソレイスとは訳が違いますよ?」

「それはもちろん分かっている、だが私の目が確かならば。あれは二つあった......ことになるな、そう。まるで奴がソレイスを複製させたかのようだ......」

 しばらく歩いたベルゴリオと私はファルファの病室にたどり着き、軽くノックをしてから扉を開け、中へと足を静かに運び入れる。
 すると部屋に置かれていた堅そうなベッドにファルファは横たわっていた、私たちの存在に気づいたファルファはその場からすぐさまに上体を起こし、足をベッドから出して体を立たせようとしていた。

「よせファルファ、そこで寝ていてくれ」

「―――しっ、しかし......」

 ファルファは申し訳なそうに酷く戸惑うが、再びベッドへと体を下ろした。

「申し開きもございませんぬザラ様、私が不甲斐ない余りに御身に怪我を負わすなど......」

 ファルファが酷くうなだれる様子を見たベルゴリオは、嫌悪な視線で何かを言いたげであったが、私が視線で諭すとベルゴリオは顔をゆっくりと下へと向けた。
 再びファルファの方を見ると、酷く体を震えさせていたのが見えた。

「いいんだファルファ、あまり思いつめないでほしい。これは余りにイレギュラーな事態だ。仕方ないだろう、私もこの状況はよく分かってないが。とにかくこの特命の真意を上に伺う必要があるだろう。果たして我々はダシに使われたのかをな」

 ファルファは震えは止まり、落ち着きを見せると口を開く。

「はい、ありがとうございます......。それで、上に真意を伺うと申されましたが、私の推察だと今回の件、ネクローシス絡みではないのかと睨んでおります。となると、特命を課したのはやはり......四大枢爵の何れかではないかと」

 ファルファの推察を聞き、私も最初はそう考えた。枢機士の連中が最近遠方より捉えた重要人物の特異点やら印を移送中に逃がしたと騒ぎ立てていたが、その特異点とやらが私たちが対峙したあの男なのではないかと簡単な推察が立つ。しかし、だからといって奴の捕獲命令なのであれば、何故私たちに赴かせたのか。これが不可解だ。

「ファルファ、お前の推察はもっともに思えるが、それでは余りに疑問に率直すぎる」

 背後にいたベルゴリオは、ファルファに向かって口を開く。

「どういうことだベルゴリオ?」

「そもそも今回のこの特命、四大枢爵の御方々が下したものと限らんだろ?確かに普段からこういった特命は枢機士評議会は介さずに枢爵だけで下されるのが多いが、他にも同様の権限を持っているオールドレイシスの線についても十分に考慮せねばならん、こんなに分かりやすいことはない。対峙したアイザック大佐、奴が特命を出した可能性は極めて高い」

 ベルゴリオの意見にファルファは唸る様子を見せるが、実際私も大方そうだと思っている。
 今回の特命を枢爵と結び付けるにしても、そこには特異点にご熱心であったということでしか私たちは関連性を知らない。

「ふむ、私もこの特命は枢爵が出したものではないと思う。だがアイザック大佐が自らを攻撃させるような特命を出して一体なんのつもりなのかの方が余程分からないのではあるけど」

 確かに特命には現地へ赴けという以外、なんの文言もなかったが。戦闘にならないとは限らないという事はアイザック大佐も重々承知のはずである。

「だが彼が特異点とやらを庇ったのはなぜだ......まさか!」

 私の頭にはある一つの回答が得られていた。

「ワザと特異点に私たちを、接触させたのか......?」

 ベルゴリオとファルファは、私の発言に困惑を隠せずにいる。

「しかしそうだとして一体なんの為に......?」

 ベルゴリオは疑問を投げかけてくる。

「アイザック大佐が、移送中の特異点を奪った張本人なのかもしれません。彼は特異点を使って何か実験をしているのでは......?それで我々と接触させたなら筋は通る気はしますが」

 ファルファは、ベルゴリオの問いに答えるように返した。

「ともかくだ、これから枢機士評議会が招集される。そこで私たちの仮設が正しいのか探りを入れてみるとしよう。これで何も得られないようなら大佐に直接お会いするまでだ」

 ファルファはとベルゴリオはそれに頷くと、私はベルゴリオを連れて枢機士評議会へと向かった。









[43110] 第37話 枢機士評議会②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/06/28 23:33
私とベルゴリオは枢機士評議会が定例的に開かれる会場へと足を運んでいた。会場はファルファが居た病棟からはそう遠くはない、ここアンビュランス要塞はレイシス教会の本拠点でありながら多機能かつ効率的に設計された側面がある、なので大抵の移動は手短に済ます事ができる。
 大通りの方へでると、会場へと向かうレイシスの人並が一本道で合流されていく。

 聳え立つ門を潜り抜けた先には、長細い円卓状とそれを囲む十二の座席が置かれている。
 その座席に座れるのは、十二のレイシス枢機士団各々の最高指揮官。
 十二人の枢機士団長のみである。
 枢機士評議会はこうして彼らを招集し、皇帝の最高顧問組織として意見を取り決め皇帝に提示する。
 それが承認されれば、晴れて帝国の最高意思決定となる。
 のだが、この意思決定プロセスにはある問題があり、それが一部を除く枢機士団長にとって大きな悩みの種でもある。
 それは、第一から第四の枢機士団の最高指揮官で構成される上位組織、四大枢爵の存在だ......。

「これはこれは!幼く美しき第十一枢機士団の団長殿ではありませんかー?またお会いできて幸栄ですよザラ殿」

 席の座り際に話を掛けてきたのはある黒髪の男、彼は第七枢機士団の団長であるリディックだ。彼は人当たりはいいが、偽りの表情である事は誰の目にも明らかだ。その上、裏の読めない奴でもある、印象としては別に悪い人ではない感じだが、いちいち幼いことを強調してくるのはムカつく要素だ。

「お久しぶりですねリディック殿、噂は聞き及んでいますよ。かのヌレイ戦線崩落の先駆けになられたのだとか?」

「いえいえ~、それは誇張されすぎですよ。あの戦いでは英雄小隊を死なせてしまったのですからね、あまりいい戦果とは言えませんよ。おっと、そろそろ始まりますね、ではザラ殿。またの機会に」

 リディック団長は爽やかな笑顔を披露すると、速やかに指定の席をと向かって行った。
 しばらくすると、四大枢爵が入室して着席するのと同時に、名ばかりの協議が開始された。最初の一声はいつもの第一枢機士団長からだ。

「栄光ある十二の枢機士達よ、緊急の招集に応じでここに馳せ参じた事に深く感謝する。まずは現状の戦況を第七枢機士団のリディック団長に報告してもらう、それでは頼む」

 そう言われたリディック団長は、速やかに座席から起立する。

「ご報告致します。我が帝国第七、及び第九、第十枢機士団はヌレイ戦線の崩壊後、共和国セクター1、セクター2まで侵攻し、それらを陥落させたのちに現在はセクター3への侵攻に備えて三個枢機士団は軍備を整えています。しかし、共和国軍側も第三セクターに戦力を集中させており、推定される戦力は約数百個師団規模、恐らくは統合方面軍に総再編するものと見込まれます。更には後方セクターからの後方支援も受けるものと見られ、侵攻する際には史上最大規模の総力戦になるとの戦略会議室からの知見も付け加え、ここに提言致します。そして先のヌレイ戦線でヒットマンの英雄小隊は全滅した為、専属の作戦局は解散致しました。報告を終了します」

 リディック団長は発言を終えると速やかに着席する、今の報告を受けてもこの会議室の雰囲気はあまりいいものとは言えなかった。
 特に、私を含む八人の団長は。

「うむ、ご苦労リディック団長。まずはヒットマンの英雄小隊が全滅したとの報告、改めて心を痛めるものだ。だが彼らの死は無駄にはしない、我々が新たに創設した皇帝陛下の近衛部隊『ネクローシス』が彼らの仇を討つであろう!」

 帝国最高戦力の第一枢機士団団長にして、枢機士評議会議長のガイウォンがそう言うと四大枢爵を除く他の枢機士による御世辞に塗れた間の抜けた拍手が会場内の空間に響き渡った。

「しかし議長、貴殿のご自慢の部隊を持ってしてもさすがに百、いや三百個師団はくだらない途方もない大軍を相手にするのは現実的に不可能でありましょう?共和国連邦議会の連中は、機械軍の脅威もある中でこちらの想定を遥かに上回る戦力をこちらに傾注させてきました。かの第三セクターをこのまま陥落させる為に戦力を差し向けるのは些か不毛というものでしょう」

 そう声を上げたのは第九枢機士団の団長、イデラだ。彼は議会の中ではいつも反対論者的に立ち回る男だ。

「では、何か代案はあるのかね?イデラ団長」

 イデラの進言に突っかかったのは第二枢機士団の団長、四大枢爵のハレク。

「代案ですと?もちろんありますとも。こんな馬鹿げた軍事作戦は直ちに凍結し、前線の枢機士団を引き揚げさせるのです。かの国の要塞を二つも落とせばそれで十分かと、次は大規模攻勢に備えて守りを固めるべきです」

「愚かな、まだそんなことを言うてるのか貴様は!」

 ハレクとイデラの言い合いはしばらくの間続き、そしてあらかた近況の会議がなされると、ある気になる話が飛び掛かった。それは第三枢機士団の団長、ゼーブから放たれたものだった。

「そういえば、最近レナトゥスコードに試みたレイシスが居たとか聞きましたなぁ、アルフォール......でしたかな?さすがあの略奪の嫌疑がかけられているアイザックの旧弟子であるな。なにをしでかすか分かったもんじゃない、それに例の特異点も取り逃がす始末。未熟なやつらよのう」

 アイザック大佐の旧弟子......と。どうやら最近彼らの間で接敵があったらしいが、話の感じでは四大枢爵の連中には、どうやら私がアイザック大佐とツァイトベルンで会っていることは知られていないようだ。
 それにアイザック大佐が略奪って、もしかして例の特異点の事か......?
 ダメだ、情報が足りない。枢爵と私たちとでは十分な情報共有がなされておらず、殆ど彼らの独断即決で物事が進んでしまっている。
 今はなかなか、きな臭いことになっているようだ。

 私の隣に座っている女性の第十二枢機士団団長、レフィーエに私は質問を投げ掛ける。

「レフィーエ団長、少しいいですか?」

「あら、どうしたのザラちゃん?」

 レフィーエは気さくに返事を返す。

「あの、さっきのアルフォールって人はその後どうなったのですか?」

「ええとねぇ、彼は確かレナトゥスコードの反動で全治一か月くらいの怪我を負ったらしいわよ?だから今は入院中とかなんじゃない、今は一緒にいたセドリックくんが面倒を見てるんじゃなかったかしらね」

 その時、現場にいたのはアルフォールともう一人、セドリックという人物か。まずはセドリックという人物に接触してアイザック大佐の情報を集めてみるか。

「なるほど、ありがとうございますレフィーエ団長」

「お安い御用よ」


 ――――――――――――――――――――――――

 長い会議が終わった、といっても私は殆ど会議に参加していたわけではないが。
 連れのベルゴリオを連れ共に会場の外へと出た。

「ザラ様、なぜ先ほどの会議で特命の件を伺らなかったのですか?」

 ベルゴリオは外へ出た瞬間に私に疑問を投げた。

「ふむ、話を大人しく聞いてた感じではだが。この特命の事は枢爵達は認知していなさそうだった、それにあの人たちは特異点を奪ったと思われてるアイザック大佐をかなり目の敵にしているようだ。気に食わない連中の為にワザワザ下手に関わるものではないと判断した、それにこれは私の思い込みかもしれないけど、アイザック大佐は私たちをおびき寄せるようにあえて餌を巻いた気がする」

 ザラの言葉にベルゴリオは動揺する様子を見せる。

「おびき寄せたと......?なんの為に、目的は?」

「さぁ、それは分からない。あの時特異点の力でも試す為に、実験台に選ばれたと考えるのが自然なのかもしれない。だとしたらかなり癪だけど、今はとにかくセドリックに会いに行く。彼からアイザック大佐に関する情報が得られるかもしれない、ベルゴリオはアイザック大佐に関する資料を集めてくれる?」

「承知いたしましたザラ様、直ちに」

 ベルゴリオはそう言うとすぐさまこの場から離れていった、そして私はセドリックという人物に接触するために再び病棟へと足を運んだ。







[43110] 第38話 枢機士評議会③
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2020/06/29 16:56
私はかつてのアイザック大佐の弟子、アルフォールという人物が入院しているという部屋まで足を運んだ。
 ノックをするが、中からは反応がない。
 一声掛けて恐る恐る扉を開けると、そこにはベッドに横たわる美しい金色の髪をした青年が横たわっていた。
 傍まで近づくが、ピタリとも動く気配がない。まるで死んでいるかのように静かだが、彼の生命反応を示す電子機器の表示系は彼がまだ生きていることを証明している。

「セドリック殿はいないのですか」

 病室を見渡しても彼の気配はない、聞いた話では彼が介護をしていると聞いたが。
 肝心のアルフォールとは話せそうにないので、出直そうと部屋から出ようとすると外から扉がゆっくり開かれる。
 その扉から入ってきたのはアルフォールとは対照的な見た目をした黒髪の男性だった。その男は私の存在に気づくと、入った手前で立ち止まった。

「―――ん?、その独特な礼服はレイロード......?あなたは、これはダグネス・ザラ様。なぜ閣下がこのようなところに?」

 そういうと、至って落ち着いてた身のこなしで彼はアルフォールの傍に行き、置かれていた五色の花が入った花瓶の手入れをし始めた

「突然押しかけて申し訳ありません、少しアルフォール殿かセドリック殿にあるお話を聞かせて頂きたく参りました。貴殿は、セドリック殿でよろしいですか?」

 黒髪の男は花瓶をもとの位置に戻すと、近くに置かれていた椅子に座り込む。

「はい、そうです」

 セドリックは短く返事を返した。

「セドリック殿、貴方は先日の件でアイザック大佐と対峙していましたよね?それは元々彼を追っていたのですか?」

「いや、そうじゃないです。俺たちは元々空中強襲揚陸艦の非常勤の艦長補佐で、都市圏巡回中にアンビュランス要塞からある通信が入ってきたんっすよ。それが移送中の重要人物、通称『印』が強奪されたという連絡で、近くに居た俺たちが即応で対応しにいったら、たまたまそこにアイザック大佐が何故か奴を庇っていたというわけです。なんでそんな事をあの人がしてたのかまでは俺らにも分からんすよ」

 セドリックはまるで何度も同じことを説明してきたかのように、流暢に当時の状況を語ってくれた。

「なるほど、状況はよく分かりました。それを踏まえて少し気になってることが」

「なんです?」

 私は度々、特異点を聞くたび呼び名が所々で異なっている事を気になっていた。

「なぜ、その例特異点やらは印やらと呼び名が異なっているのですか?」

「あぁ、それは彼を探している勢力がそれぞれに別の呼称を用いているってだけですよ。例えば『印』なら、いわゆる卿国の傀儡組織って言われてるエターブの連中がそう呼んでますし、特異点なら主に我々が使っていますしね。まぁ連絡を受けた時は要塞の連中は『印』と呼んでましたけどね、恐らくはエターブ経由の仕入情報だったって事なのでしょうけど」

『エターブ』。最近世間を騒がせていた過激組織だ、たしか帝国に潜むかの卿国の傀儡組織だとか噂程度のそんな話は以前から聞いていたけど、もしそれが本当ならこの案件は卿国絡みの話でもあるということになる。

「傀儡組織の噂、それが本当なら特異点は世界中から追われる身の人物だって事になりますね。世界勢力が必死に特異点を追い求めてるなんて、何者なんですかね特異点というのは......」

「さぁ、俺も分かりませんよそんなこと......」

 セドリックは心底興味なさそうに受け答えると、涼しげな眼差しで横たわるアルフォールに目線を向ける。

「そういえば、彼。アルフォール殿は例の“禁忌術”を?」

 セドリックは静かに頷く。

「神人へと至る道と言われ、憧れられてきたレナトゥスコード。あれを産みだした古代のレイシス達は何とも罪深い、あれができるのは現時点でも枢爵達くらいのものです」

 アルフォールの体は、酷く焼けただれたような皮膚に纏う黒い流体の物質が揺らめいていて、近づくことすら躊躇する禍々しい装いをしている。
 レナトゥスコードの達成者、すなわち神人化はこれが全身を纏り尽くすというのだから恐ろしい話である。
 原則としてヘラクロリアム適合者であるディスパーダ達は、“古ければ古いほど”より強力な性質を示す事が分かっている。
 しかしそんな中のオールド達でも神人化に至れるのは極わずか、それが枢爵達だ。
 ハッキリ言って規格外の存在にしかお目のかからぬ領域なのだ。

「そんな事はアルにも分かってたことっすよ。目先の敵が今の自分では到底敵わないとかそんなことを思ったんでしょうねコイツは、普段からコイツは合理的に判断する奴だったけど、そんなコイツも先生の前では非力なんです......、ただ、それだけの事だったはずなのに」

 セドリックは酷く落ち込むように顔を下に向ける、アルフォール殿と現場に一緒にいた彼もまた同じように、彼が言うようなことを反復するように思っていたことなのだろう。
 これ以上彼達から聞けるようなことは余りなさそうだ。

「ふむ......いや、長居してすみませんでした、そろそろお暇とさせて頂きます。アルフォール殿が目覚めたら、挨拶を申し伝えておいてください。それでは......」

 私は軽い会釈をした後、静かに病室から退室した。

「ふむ、彼らは旧師弟と言えど先の件では特に意図ある接触ではない、と」

 アンビュランス要塞を後にした私は、後のベルゴリオとの待ち合わせ場所であるレイシス教会の公邸へと向かった。

 公邸で無事ベルゴリオと合流すると、先に彼から口が開かれた。

「―――アイザック大佐についてなのですが、大佐は例の強奪事件以来消息を絶たれているようですね。指揮下にあった旅団は現在は運用を停止中、代替の者が来るまで待機しているようではあるのですが......不可解なことにこちらも例の時期と同時期に旅団も消息が絶たれているようです」

 ベルゴリオから告げられた事実に、私は思わす驚愕する。

「なんだと......!?旅団規模の人員が姿を消したのか?少なくとも五千人はいるぞ......、一体どこに消えたんだ。外国にでも逃亡したのか?」

 ベルゴリオは一息置くと、「それはありえないでしょう」と言って退けた。

「どうやって姿を眩ますにしても、国外にあの規模の人間が移動すれば入国管理局の包囲網にどうあがいても止まります。あまり現実的ではないのですが、恐らくは帝国内のどこかに潜んでいるのではないかと。しかしそんな施設をどうやって用意するのかって話でもありますが」

 ベルゴリオから得られた情報を整理して見えてくることは、アイザック大佐は特異点をも利用し何かを企んでいるのだろうと言う事だ。
 しかもそれは大佐個人だけでなく、旅団......いやそれ以上の規模で進行している。

「大佐は、この非常時にクーデターでも引き起こす気なのか?」

「まぁその気であるなら、むしろこのタイミングの方が都合がいいのかもれませんが......」

 そもそも今回の共和国との開戦は、四大枢爵によって引き起こされたといっても過言でないものだった。
 枢機士評議会が事前に開かれてたとは言え、反対する我々の意見を押しのけ、四大枢爵達のみで初期の軍事作戦は強行された。
 当然帝国の大半の最高戦力を占有している彼らに敵うはずもなく。
 彼らの言い分はただの一文、ただひたすらに“世界統一の為に”と。このままではいけないという思いは同じだが、しかし......。

「ベルゴリオ、彼らを見つけよう。彼らを見つけて、何を企んでいるのか私も聞きたい」

「それは本気ですかザラ様?その事が枢爵に知れればどうなるか分かりませぬぞ」

 ベルゴリオは真摯な眼差しで私に強い目線を注いだ、しかしその目線からはどうにも反抗の意思がないように思えた。彼も心のそこからまるで、私の行いを肯定したいかのように。

「あぁ、やるぞ。だがベルゴリオ。お前や枢機士団にまで迷惑はかけたくない。もし、重大な決断が迫られるその時が来たら、どうか私は見捨ててほしい」

 私のその言葉に、ベルゴリオは緩やかに微笑み返す。

「ふふふっ、それはありえないですよ。ダグネス・ザラ様」






















[43110] 特異性
Name: のんとみれにあ◆35f2648f ID:00bef74a
Date: 2023/11/28 18:13
「なぁなぁ、これ今どこ向かってんだ?」

 レオはアイザック達と共に、人目の着かない薄暗い裏路地を目的地も分からないまま、都市の中を随分歩き続けていた。

「ん?秘密基地だよ」

 アイザックは一瞬振り向いてそう答える。

「秘密基地?あのおしゃれなカフェテリアは違うのかー?」

「違いますよレオさん、あれは何重にも掛けたダミーの一つです。私たちはこれから本当のアジトに向かうんです。私たち抵抗者の最初で最後の砦に」

 クライネは重々しい物言いで答えた。

 レオはあのカフェテリアでの出来事をふと思い返す、実に短い期間ではあったが色んな人物達と触れ合えたことに新鮮さを覚えていた。
 特に、あの例の訪問者クロナに関してはすごい美人だったのを感動していたのを思い出した。

「じゃあ、あのカフェテリアはどうなるんだ?」

 レオは頭の後ろに腕を組みながら空を見上げる。

「とうぜん廃業だ、廃業。スタッフには悪いけどな、最初はいい計画だと思ったんだがな、どうもレオの入れるコーヒー並みに甘かったらしい。計画が何段階もすっ飛んだよ」

 アイザックはだるそうな口調で言うと大きなため息をつく、レオは苦笑いで返した。


 しばらくの間歩いたレオ達は、首都の中心からかなり離れた大通りの広場まで出ていった。

「レオはクライネちゃんとここで少し待っててくれや、本部連中と少し話してくる」

 アイザックがレオ達を置いて広場から離れていった後、なにやら遠くの方から誰かの綺麗な歌声がここまで聞こえてきていた。

「なんか向こうの方でライブでもやってんのか?」

 歌声が響き渡ってくる方向に視線を向けると、明るい光と人だかりが出来ているのが見えた。

「少し見に行っても?」

 レオが人だかりに指を指す、クライネは指の刺された方向に視線をやると少し驚いたような様子で直視する。

「えぇ、まぁ。私もちょっと気になりましたし付いていきますよ」

 レオとクライネは人だかりが出来ている歌声がやってくる方へと足を運ぶと、中央の小さなステージ上に一人の少女が居るのが見えた。銀色に輝く長い髪と、可憐な体つきを思わず目を凝らして見てしまった。

「彼女は帝国の誇る歌姫、エクイラ様です。あなたもどこかの衛星放送で見たことがあるのでは?彼女の人気は国境を越えていますから」

「あぁ、まぁ確かに。彼女の事は知ってる、こんなところでお目にかかれるとはツイてるな」

 レオは嬉しそうに彼女の方を見ながらそう言った。

「さて、そろそろ戻りましょうか。心配しなくてもまたエクイラ様に生で会えますよ」

「マジでか、まだここらへんでライブしてんのかな」

 レオは先に行ったクライネを追うように振り向いたその瞬間、一瞬だけエクイラと目があったような気がしていた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 アイザックと合流すると、先ほどの広場からそう遠くないある建物の中へと入る。
 中には帝国軍の兵士と思わしき軍服を着た二人の人物が立っていた。

「アイザック大佐、お待ちしておりました。こちらです」

 兵士の手招くままに、従業員用と思われるのエレベーターへと乗せられる。ここがなんの建物なのかは分からないが、確実にアイザックの言っていた秘密基地へと向かっているのだろうと直感した。

 かなり深く下がっていくと、エレベーターはついに止まり扉が開かれた。
 開いた先には通路が続いていて、そこには一人の男性が居た。

「やぁ、諸君。待っていたよ、ようこそ我が最初で最後の砦・対アンビュランス要塞へ」

 その男は両手を大きく広げ歓迎していた。

「おぉ、メイン中佐。久しぶりだなぁ?」

「アイザック大佐、待ちかねてましたよ。それにクライネさんも。そちらの人が例の“特異点”の方ですか?」

 メイン中佐はぐいぐいとこちらへ近づいてくると、俺の体を下から上へと隅々まで見回した。

「あ、あぁ。どうも......ええと......」

「あぁ、すまない!見た感じ普通の青年だと思ってね。おっと、自己紹介が遅れた。私はメイン・オルテ。一応中佐でここの戦闘部の統括係だ、よろしく頼むよレオくん。さて、君に関してだが。君に会いたがっている人物が居るから、是非会ってほしい、主に君の特異性についての事だよ」

 メイン中佐がそういうと、俺は静かに返事をした。

「ありがとうレオくん!それじゃあクライネさんと共に彼の研究室へと向かって欲しい、場所は部下に案内させよう。それとアイザック大佐、メイ・ファンス少将が作戦室でお待ちですので至急向かっていただきたい」

「あぁ、分かってる。すぐに向かう、それじゃレオ、クライネちゃんまた後でな」

 アイザックはメイン中佐共に作戦室へと向かうと、俺たちに会いたがっている人物が居るという研究室へと案内された。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 案内されたエレベーターに乗って地下へと更に潜っていくのが振動で分かった。
 自分の背後にいるクライネに話を掛ける。

「その会いたがっている人物っていうのは、研究室に居る辺り博士とかそんなところか?」

「えぇ、ドクター・メルセデスです。ヘラクロリアムの応用生物工学等を研究なされています。帝国にとって偉大な方です」

「ほう?そんな人がレジスタンスと協力的だとは心強いこったな」

 エレベーターの揺れが止まり扉が開くと、一本の廊下が続いていた。

「さぁこちらです」

 メイン中佐の部下に招かれるままついていくと、廊下続きの正面の部屋の中に入った。

 部屋の中はそれ程広くなく、想像していたものよりは簡易な設備だった。
 部屋の隅の方にはデスクに座って画面を見つめている一人の初老に差し掛かっているであろう男性が居た。

「ドクター・メルセデス。例のお方がお見えになりましたよ」

「おぉ、来たか!どれどれ」

 こちらの存在に気づいたメルセデスはレオに近づくきじろじろと眺めると、なにやら幾つかの機器を持ち運んできた。
 するとすぐさまレオの体に触れようとする。

「ちょ、ちょっと待ってくださいドクター・メルセデス!さすがにいきなりそれは!」

 クライネがメルセデスとの間に割って制止してくれた。

「うーん?話は通してないのかね?」

「えぇまぁ彼はまだドクターの事も詳しくは知りません」

「ふむ、そうかそうかすまないねぇ。では気を取り直して自己紹介?するか。私はメルセデスだ、以上。ではそこのベッドに横になってくれたまえよ」

「おいおいドクター・メルセデスさん、俺を実験動物か何かと勘違いしてんじゃないだろうな?」

「ん?何を言うかね。例を見ない貴重なサンプルでしょうよ」

 メルセデスは両手を使って奇怪な動きを披露する。

「いやぁ参ったこれは、クライネさん大丈夫かー?これ。解体されちゃったりしない?」

「いえ、今日はまだ顔合わせだけの予定です。はぁ、いいですかドクター・メルセデス。確かに我々は貴方に彼の検査と解析を依頼しましたが、くれぐれも丁重にお願い致します。彼に何か施すときは必ず我々を通してくださいいいですか?ドクター・メルセデスいいですね?」

「あぁあぁそれは重々承知のうえよ、大佐の報告の通りなら彼は我々にとって未知の存在。粗末にはしないさぁ、だが我々には時間がなかろう?すぐにでも彼の解析をしたいのだがね?どうだろうかレオ・フレイムスくん?君とて自分の謎と向き合いたいだろーん???」

 またもや奇怪な動きをしながら急接近するメルセデス、レオはあることを確信する。

(あ、この人いわゆる変人なんだろうな)


「あぁ、まぁそれはそうだが。検査って痛くないよな???」

 ――――――――――――――――――――――――――――

 レオは検査室に設置されたカプセル状の入れ物に軽装で入りこむ。

「いやぁレオ君早期検査ありがとねー。調べることはたくさんある早速始めよう!粒子検査照射準備、180秒に設定。各自用意ね」

 メルセデスの指示のもと周りのスタッフはてんやわんやしている。

「あのぉメルセデスさん?痛くないですよねこの検査」

「あぁもちろんまだ痛くないさぁ、まずは君のヘラクロリアム濃度を調べるだけだ」

「ま、まだ?ってそれ痛くなる......」

「照射開始!!!」

 レオの声にかぶせるように号令が出された。

 しばらくすると、メルセデスは感歎の嘆きを空間に響き渡らせる。

「すっばらしい!すごいゼロだゼロ!!!ヘラクロリアム濃度!!!ぜーろぉぱーーーー!!!」

 カプセル内に居るレオはメルセデスの嬉しそうな叫び声に若干の恐怖心を抱く。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

「で、どうだったんですか俺の体は?」

 カプセルから出たレオは軽装から普段着に着替えていた。

「まさしくこれは前代未聞!!!この検査結果のおかげで残りの検査は全て意味を成さない!パーだ!パー!予定は組み直し!素晴らしい!!!」

「はっはっは、ご期待に添えてなによりだ」

 クライネは検査結果を見るためにデスクの画面に顔を近づける。

「そんな......、ありえない。だとしたら彼はどうやって今もこうして生命活動を全うしているのですか......?」

「なんかヘラクロリアムってのが体にないとまずいのか?」

「......ヘラクロリアムと人体はこの世で最も普遍的な共生関係です。ヘラクロリアムを有さない生物などこの世には存在しない、それが常識でした。」

「クライネくんの言うとーーーーり!ヘラクロリアムと生命活動は表裏一体の関係、だと言わているものの実際ヘラクロリアムを有さない生物が発見された事例は確認されておらん。つまり有さない生物は生きては行けないというのが通説になってるわけだ、裏付けにも生命活動を停止した個体からはヘラクロリアムは確認されておらぬ。つまりレオくん、全時代に渡っても君は世紀の大発見というわけだ!」

 メルセデスの周りのスタッフには動揺や感動するもの等様々な感情が渦めいていた。

「なるほど?まぁこの手の話はよく分からないが何やらすごい事になっているというのは分かったよ」

「ところで君、アイザック大佐のソレイス。出せるんだろ?披露してくれたまへ」

「いやあれは借り物だよ。さっき荷物と一緒に置いてきちまったから持ってくるわ」

 席から立ち上がるレオをメルセデスは肩を掴んで引き留める。

「そうではない、“生成”させろと言っている」

「―――一体何を言ってるんだ?生成......?あれは借り物だぞ?」

 肩を掴まれたレオは再び席へと戻る。

「いいや、まずはやってみるといい。君は自分の力の特異性を理解すべきだろう」

「そうは言われても、どうやるんだ?」

「簡単だ簡単、手の平に記憶から呼び起こすだけでよい。あとは周りのヘラクロリアムが勝手に導いてくれる、力の根源は常に己の中にある。ヘラクロリアムが通るためのレールを用意してやるだけでいいのだ、さぁ思い出せ」

 目を閉じると、レオは言われた通りに記憶からアイザックに渡されたソレイスを呼び起こす。すると、呼び覚まされた精神は手の平に形状、質量、温度を再現する。

「これは......」

 目の前の光景にクライネは思わず声を出す。

「素晴らしい......、一体どうなっておるのだ。なぜ周囲のヘラクロリアムは、彼の意思に付き従うのだ......?」

 目を見開いたレオは、眼前で行われる現象に目を疑った。

 レオの手のひらには、アイザックの銃型ソレイスの姿があった。

「これ......俺がやったのか......?」

「えぇ、間違いなく。レオさんがソレイスを生成しました。しかも、アイザック大佐のものをです」

 レオは思い出したかのように席を急に立つ。

「俺がさっき荷物と一緒に置いてきたソレイス!あれはどうなってるんだ!?」

 荷物を置いた場所に掛けたレオはアイザックから借りたソレイスを探し出す。

 すると、レオは恐る恐ると荷物の中からゆっくりと腕を持ちあげる。
 それを見たこの空間に居る全ての人間は、その異様な光景にメルセデスでさえ言葉を失った。

『全く同じ見た目をしたソレイスが......もう一つここにある』








[43110] 不死性
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/07/13 00:57

「ほぁああああ、これはすごいぃ!すごいなんてものじゃない!レオくん。君の力は他人のソレイスを複製するものだったのか!!!」

 メルセデスは歓喜のあまりに涙を流していた。

「なんだ、そんなに珍しいものなのか?これ」

「あぁあぁ!もちろんだとも!君のような特殊な力を持っている生き物は私が知る限り君を除き16人しか知らん!」

「少ないんだか多いんだか微妙なとこだなそれ......」

 突然、扉の方からノックをする音が聞こえてきた。

「―――博士、エクイラが参りました」

 なんとも上品な聞き覚えのある声質が空間を満たしていった。

「おぉ!きたかエクイラ様。どうぞお入りください」

 あのメルセデスですら一度かしこまるような人物、扉が開きその人物が入ってくる。上品な佇まいに合わせてあまりに美しく白銀に輝く長い髪。あまりに端正な顔立ちは見るものを狂わしてしまうような印象を改めて抱く、その人物は先ほど地上でライブを行っていたあの張本人だった。

「あっ、あなたは......!本当にあの......エクイラ、様......」

 少々照れくささを覚えつつも、人生で初めて人を様付けで呼んだ。

「ふふふ......そんなに畏まらなくても大丈夫ですわレオ様。どうぞエクイラとお呼びください、そういえば先ほどステージに見に来てくださっていましたね、ありがとうございます」

「いえいえそんな。あっ、じゃあエクイラ......さん。えーと、俺の事を知ってるんですか?」

 初々しさが抜けないまま話をつづけた。

「えぇそれはもうちょっとした話題になっていましたから、博士も大層プレゼントを待つ子どものようにレオ様を待っていたのですよ」

 エクイラは口に手を当てながら優しく微笑んだ。

「ところでエクイラさんが何故このようなところに?」

「エクイラ様はここレジスタンスの総司令官補佐で居られるのですよ」

 背後にいたクライネが答えた。

「まじか」

「えぇ、それと私《わたくし》も博士の研究に協力していますの。私の力が少しでもこの組織においてお役に立てればと思いまして」

「へぇ研究に協力を......って力?エクイラさんにも何か特殊な能力が?」

「えぇ、大変不幸な恩寵ですわ」

 エクイラは寂しげな眼差しでそれを言った。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 エクイラが実験室へと入っていく様子を傍から見守っていた。

「なぁメルセデス、彼女には一体どんな力があるんだ?もしかしてあんたが言ってた16人のうちの一人なのか?」

「うむ、そうだ。エクイラ様のディスパーダとしての力はいわば世界との拒絶とでもいうべきか。ディスパーダとしては珍しく一切の攻撃能力を有さない、そして原理不明の展開性のある干渉不可領域を限定的に身の回りに常に張り巡らせておる、少なくとも現地点では彼女に有効な兵器や能力は存在していないと言えよう。それに実験で分かったことだが、エクイラ様に如何様の武器を持たせても彼女の干渉不可領域がそれを使うことを許さない。あの力は何やら意志のようなものを持っていてコントロールができない。更に言えばどうやら生存に必要なエネルギーは彼女の内側だけの世界で完結しているようなのだ、つまりは仮にこの星がなくなろうとも生きているというわけだ。素晴らしい力であろう?」

 メルセデスは満面の笑みでこちらに顔を向けた。

「あぁ、まぁ要するに聞いてる限りでは単純に無敵ってこったろ?そんなすげー力なのにエクイラさんはなんであんなに......、なんというか寂しそうなんだ?」

「それはレオ君、のちにきみが直接聞いてやるといいだろう。君の噂が広がってからだろうか、なにも君の到着を待ちかねていたのは私だけではない、エクイラ様も同じくそうなのだ。エクイラ様は君に何か可能性を感じておられる、少しだけ寄りそってあげてくれたまへよ」

 メルセデスの語り口調は先ほどまでの狂気に満ちていた面影が消え去り、まるで家族か何かのようにエクイラを大事に思っているよう様子だった。

「ところでレオ君、君は自分の不死性といわゆるディスパーダの不死性との違い。理解しているかね?」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 一通りの検診を終えたのか、エクイラが実験室から出てくる。

「それでは、私は今日はこの辺で失礼致しますわ博士。レオ様もこの度はお疲れ様です、レオ様のご協力に総司令官様に代わって感謝の意をここに捧げます。今度機会がありましたら是非レオ様の事について個別にお伺いしたいですわ。それでは」

「あぁこちらこそ!それじゃあ」

 エクイラは最後まで上品な佇まいを崩さずに、何人かの護衛を連れて研究室から退出していった。

「あのエクイラさんから個別のお誘いもらっちゃったよ!やばくねクライネさん?」

「えぇ、ある意味やばいですねレオさん。あまりそう言うことは言い振らすものじゃないですよ、エクイラ様は多くの者に慕われております故、その関係を揺るがすような立ち振る舞いだけはしなようにお願いしますねレオさん」

 クライネは鋭い目つきで釘を刺すような目線をレオに贈る、それを感じ取ったレオは得体のしれない恐怖に襲われる事となった。

「なんだなんだねいちゃいちゃタイムは終わったのかね?」

 メルセデスは心底あきれた様子で言う。

「ちげぇよ!」
「違いますよ」

 二人は同じタイミングでメルセデスの言葉を否定する。

「あぁあぁ仲がいいね君たちはねぇ、さてさてレオ君さっきの話の続きだがね?改めて聞くが君は自分の不死性が如何様にして特異的であるのか理解しているのかね?」

「―――いいや、あんまり」

「ふむ、そうだわな。では簡単に説明してやろう」

 メルセデスはそういうと奥に置かれていた電子ボードを勢いよく引っ張ってくる。
 そこには二人の人間の図が描かれる。

「まず、こっちが君。んでこっちが一般的なディスパーダとして事象を整理して比較する。君は最後に自分が死んだときの事を覚えているかね?」

「あぁ、それは覚えている。確かツァイトベルン時計台のときの事だろ?あんときに俺はレイロードとか名乗ってた少女に刺されて死んだ多分」

「だが、当時の君にとってそれは気を失った時と大して差がなかったんじゃないかね?」

「えーと、というと?」

 メルセデスは電子ボードに何やらを書き込むと、そこには一方の人体図の周りに複数の人間を配置し目線代わりの矢印を周囲の人間の頭部から線を引いていた。

「では質問を変えよう、そもそも君は何故自分が死んだと思ったのだね?」

「それは、明らかに致命傷を負ったからと......、いや。というより周りの人間に死んだと聞かされたからか?」

「その通---り!!!」

 メルセデスは大声で叫ぶ。

「君は死という体験を第三者の観測を経て初めて実感したのだ!でなければ君は実際には死んだと感じなかったかもしれない。そして、君の不死性というのは......死んで初めて自覚できるものだということなんだ!それが他のディスパーダと比べても全く異質であるという点なのだ」

 メルセデスは再び電子ボードに向かい、もう一方の人体図に何やらを書き込む。

「通常ディスパーダというのはね、こうやって人体に損傷を背負うとすぐ様に人体再生が開始される」

 そういいながら電子ボードでディスパーダの人体損傷を表現する。

「ディスパーダはいわゆる不死性を持つが、重傷を負うと回復が間に合わずに死亡するケースがある。特にココ、首を刈り取られてしまっては復活はかなり難しいねぇ復活するケースもあるが充分なヘラクロリアム濃度がなければ不可能だ。基本的に切断された部位は、近くに切断された先の本体があれば引き寄せるように繋げようとする。余りに遠すぎものは一から新しく作られる、しかしその場合は濃度によってはかなり時間がかかるのだ。そもそも再生が追い付かない場合は、出血過多によって死亡する。これが一般的なディスパーダの死因だわな、生命を維持できないレベルにまで損傷すると再生が止まってしまい、ヘラクロリアムが体内から離散する。要するにだ」

 メルセデスは大きな文字を描くと最後に電子ボードを手で叩きつける。

「ディスパーダは、再生よりも体へのダメージが上まる場合に死亡する!そしてレオ君!君はね、いくら傷ついても《《死なないんだよ》》」










[43110] 第41話 不死性②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/07/25 00:17
「いくら傷ついても死なない......?」

 レオは博士の言葉にピンと来ない様子で首をかしげる。

「そうだ、君は死をもって初めて再生する! まったく異質の構造なのだ。まぁ今はそれだけのことを理解しておれば十分であろう。だがそれだけの事しか分かっていないにしろ、お前さんを枢騎士の連中がどのように利用するつもりだったのか私にもわからんがな。たしかに君は特質的だがその力の性質は殆ど謎。それをあの連中が知っているとも到底思えない、誰かの入れ知恵かもしくは『黒滅の預言書』のいいなりか......」

 博士のはたまた聞きなれない言葉の連なりにレオは頭を抱える。

「はぁ、預言書......、まったくついていけねぇ。そろそろ終わりにしてもいいか?さすがに疲れたぜ......」

 レオはぐったりした様子で椅子に深くもたれかかる。

「ふむ、まぁよかろう。クライネ、彼を帰してやってくれ」

「分かりましたメルセデス博士、さぁレオさん行きましょうか」

 レオはクライネに連れられては博士の研究室を後にした。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 レオはクライネの後を追うように要塞内の廊下を辿っていた、博士の話を思い返しながら怪訝な表情で静かに歩き続ける。
 クライネと会話一つせずに、気づけばある扉の前にレオは立っていた。

「さぁレオさん、一応ここがレオさんの部屋です。幸運な事にこの部屋は以前までエクイラ様が利用されていた部屋ですよ。よかったですね」

 クライネは冷たい口調と目線でレオに言葉を放つ。

「別にそんな趣味はねぇよ、でもちょっと嬉しいかも」

「キモッ......」

 クライネはより冷淡な目つきでレオを見る。

「はぁ、なぁクライネさん。あの博士が言ってた預言書? ってのはなんなんだ?」

「うーん、そうですね。ちょっと散歩でもしながらお話しましょうか」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 クライネとレオは微妙な距離を置きながら要塞内を巡っていた。

「あんまり閉鎖的なとこが多いから実感がわかないけど、この基地って結構広い感じなのか?あとなんか要塞......にしてはなんというか不格好な内装だよな」

「まぁ規模自体はそこそこ、大体2000人くらいは収容できますね。ここ対アンビュランス要塞はその名の通りアンビュランス要塞を陥落させる為だけに設計された攻撃要塞で、ここを構成するパーツは本来前線へ送られるはずだった仮設構造物の流用で構成されています。故に見ての通り内装もいびつで機能性も無視されていますしね、閉鎖的な空間が多いのもそのためです」

 レオは廊下内に露出した複雑に絡み合った巨大なケーブルを眺めながら廊下を歩む。しばらく歩くと巨大な窓ガラスが表れ、その向こう側の光景を露わにしていた。

「これは......なんだ?砲台か?」

「あれはAE高射砲です、いまは地下に格納されています」

「すっげぇな......」

 レオとクライネは一通り要塞を巡ると、一息つくようにスタッフルームへ向かう。複数の平凡なデザインで座り心地の悪そうなソファが丸い机を囲むように置かれて、二人はそれに向かい合うように腰を掛けた。

「それじゃあ、本題ですね。預言書の事でしたったけ?」

「あぁ、それって何なんだ?」

「正確には『黒滅の預言書』、ですね。まぁまずは簡単に言うとちょっと歴史の話にはなりますけど、はるか昔。黒滅の四騎士と呼ばれた始まりのレイシスが居ました。古代の始祖と呼ばれたそのもの達は三人の男性とリーダーである一人の女性によって構成されていました。災害をもたらすもの『アベル・ウルドゥルガン』、道徳を与えるもの『ヴェイサムル・エラゴ』、闘争を呼び覚ますもの『ガルデネーデ・アメスフィラ』、そしてリーダーである勝敗を支配するもの『アーマネス・ネクロウルカン』。彼らがもたらした大帝国思想であるレイシスオーダー。それが書き記された書物の事がその黒滅の預言書の事です。枢機士団の中では預言書が神聖化され、枢爵達の指針になっています。悪く言えばそれの言いなりと言ったとこですね、彼らはレイシスオーダーに囚われた哀れな老人たちです」

「なるほど、それが俺をつけ狙う理由かもしれないってことか......。今の話を聞いて、なんだかアイザック達の動機も分かるような気がしてきたよ」

 数秒の沈黙が続くと、再びレオは口を開く。

「クライネさんは......」

「えっ?」

「クライネさんは何でこの組織に参加したんだ?アイザックの言いなりってわけでもなさそうに見えるから」

「そう、ですね......。私はただ、この国がいつまでも美しくあれば、それでいいと思ったから......ですかね! ちょっとかっこつけちゃいましたけど」

「ふふ、なんだよそれ」

 レオとクライネはお互いに静かに笑いながら、その場で二人は別れてレオは部屋へと戻った。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 レオはクライネに教えられていた部屋の前まで戻ってきていた。

「はぁ、やっと落ち着きが得られるなぁ。あのエクイラさんが使ってたってんだから楽しみでしょうがねぇ! 」

 レオは昂った様子で勢いよく扉を開け、真っ暗な部屋の中へと入る。

「えーと、灯りは灯りはっと......。どこにあんだ?」

 レオが入り切ってからしばらくすると、背後の扉が突然勢いよく閉められた。

「――えっ?なにこれ......」

 レオは一人真っ暗な部屋も空間へと取り残された。

「お待ちしておりましたわレオ様」

 上品な美声が部屋の中に鳴り響くと、灯りはつけられた。するとそこにはベットの上に座った軽装のドレスのような服に身を包んだエクイラが目の前に現れた。

「エっ......えっ! エクイラさん!? こんなところで一体なにしてるんですか!?」

「レオ様を待っておりましたの、以前私が使わせて頂いた部屋をレオ様がお使いになさるということで軽いご挨拶とお願いをと思いまして」

 エクイラはベットから立ち上がると、レオに急接近する。

「でもレオ様ったら全然この部屋に来ないものですから! ちょっとサプライズをと思いまして......うふふ。申し訳ありません戯れが過ぎましたお許しを......」

 エクイラはドレスを軽く持ちあがて頭を深く下げる。

「あぁいやそんな、その......むしろあなたのような人にこんなサプライズを頂けるなんてね......あはは。挨拶はともかくとして、そのお願いっていうのは?」

 レオは若干照れた様子でエクイラに聞く。

「それは......また機会を改めてお話をしますわ、こう言ってはあれですけれど少々待ちくたびれてしまって......。今はそういう機会では無い気がしますの。またお会いしましょレオ様」

 エクイラはそういうと部屋の外へと向かっていく。

「それではレオ様。ご機嫌用」

 エクイラは廊下に出ると、いつのまにか外で待っていたボディガードのような人たちと共にこの場を去っていった。

「なんだが不思議な人、だった。ていうかさっき後ろで扉閉めたのあの周りの人達だったのか......」

 エクイラの言う願いとは何なのか、レオはそれを脳内に巡らせながら柔らかい生地のベッドにゆっくりと身を預けた。





















[43110] 第42話 力の自覚①
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:20
レオはふと目を覚ませて体を起こすと、少量の汗が寝具のシーツに滲んでいることに気づく。

「はぁ、外に比べて意外と暑いんだなここ」

 レオは体を起すと普段着に着替え終え、そのまま廊下の方へと出る。
 廊下は相変わらずの歪な構造と見た目で見る側の不安感を煽っている、そのまま廊下を辿り人声のする方へと導かれる。
 導かれるままに着いた先は、昨晩利用したスタッフルームだった。
 スタッフルームには数十人ほどの機械等を扱う際の作業着と思われる服を着た人たちが各々のスタイルで自由に過ごしていた。

「思ったよりも人気はあるんだな」

 立ち尽くしていたレオに作業着を着た一人の男が近づいてくる。

「やぁ御目覚めかな」

 その男は首に巻いたタオルで汗を拭きながら軽やかな口調で話しかけてくる。

「えぇまぁ、えっとあなたは......あっ」

 その男の身なりが以前と様変わりしていた為にレオはしばらく気づけなかった。

「あれ、メイン......中佐?昨日の?こんなところで何を?けっこういいご身分そうに見えたんですが......」

 その男は何かを納得したかのように手を叩く。

「なるほど、聞いてたよりもフランクな少年だね! がっはっは! いや失礼、そうだな、まずは改めてちゃんとした自己紹介か」

 その男、メイン中佐はかしこまる用に背筋をただす。

「改めて、私はメイン・オルテ中佐。前にも言った通り戦闘部の統括係だ、まぁここでは三番目くらいに偉いよ~。それとここは常にエンジニア系は人手不足、だから私も普段はこうして作業に加わるね、まっ難しい事はよくわからないからさ、あんまり手の込んだことはしてないがね」

 メイン中佐がそういうと、それを聞いた周りの作業着を着た人たちで軽く笑いが巻き起こる。

「結構慕われてそうですねメイン中佐、こういう組織なのになかなかアットホームじゃないですか」

「まぁね、ここにいる者たちは須らくして真の愛国者達だ。枢騎士共のお堅い雰囲気にはみんなもうゴメンなのさ」

 メイン中佐は作業員たちの顔をゆっくりと見渡す。

「さて、レオ君はアイザック大佐に会いに行ってくれ。君の今後について話すそうだよ」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 レオはメイン中佐に言われてアイザック大佐が居るとされる作戦室へと向かう。要塞内は基本的にエレベーターで移動し、階層ごとにそれぞれの役割が大ざっぱに分けられていた。
 そしてその作戦室は、この要塞の最深部にあった。

 数分掛けて目的地に着いたエレベーターから外へ踏み出ると、その空間をぎっしり敷き詰めるように配置された精密機器達の電子光がその姿を現した。
 上層とは打って変わった秩序的な光景は、この要塞の存在意義を感じさせる様だった。
 奥の方まで進むと、電子版を取り囲む人影の中にアイザック大佐の姿が見えた。

 アイザック大佐はレオに気づくと周りにいた人たちを解散させる。

「来たかレオ、ちょっとついてこい」

 レオはアイザックの後を追いながら作戦室の更に奥の方へと向かう。

「いいかレオ、これから向かう場所はここの大半の者にも知られていない極秘の特訓場だ。まぁ特訓場っつても本来はディスパーダとかを幽閉するときに使う場所だがな」

「おいおいそりゃどういうこったよ、今更俺が怖くなったのかぁ?隔離するとかそういう俺にとっては精神修行みたいな話じゃないだろうな?」

「ちげーよ、いいか?お前は未知数の力を確かに持っていてそれは恐るべきものだ。だがな、今のお前じゃ戦力にもならん。なんせレイロードの一匹も相手できないんだからなぁ。だから、お前の予測のつかない事象にもいざって時の為の設備がある場所を特訓場にするってわけだ。まぁディスパーダ用の幽閉施設だ、滅多な事じゃ壊れねぇとは思うから安心しな」

「いや、俺は施設がぶっ壊れそうになるような状況ってのを聞いてまず自分の身を案じてるけど?何をさせるつもりだアイザック?」

「なに、簡単だよ。戦って戦って、奴に勝て。ただし期限は一週間以内だ、それを過ぎるようなら悪いがお前を幽閉させてもらう」

「なっ、なんだよそれ......」

「まぁお前がどっちに転んでも俺たちのクーデターが成功すりゃ無事に解放してやるよ、今後を退屈せずに過ごせるかどうかはお前次第だ」

 アイザック大佐とレオはこちら側と向こう側を仕切る巨大な隔壁の前に立っていた。アイザック大佐が手を上げると、頑丈に閉じられていた隔壁は徐々に開かれていく。
 開かれた先にはある程度の広々とした空間が広がっており、そしてその中央にはかつての見覚えのある一人の少女と黒い重厚なローブ纏った見知らないもう一人の人影が表れる。

「あッ......、あいつってあん時の......」

 隔壁が完全に開かれると、レオは確信する。そこにはかつてレオと対峙したレイシスの姿があった。一人は見覚えのない細見の男だが、黒いベースに豪華な金修飾された重厚なローブを羽織る金髪赤眼の少女。
 間違えようがない、あの少女こそが自分自身を殺した張本人、そして見紛うことなきレイロードだ。



 ――――二日前。


 ダグネスはベルゴリオと共に第11枢機士団専用の自室でアイザック大佐と消えた旅団について資料の精査と調査を続けていた。

「ベルゴリオ、例の旅団について何か分かったか?」

 深く椅子に座りこむダグネスは地に届かない足をぶらつかせながらベルゴリオに問いかける。

「それが、やはりある日を境にしてから旅団及びアイザック大佐に関する一切の情報がないようなのです。ですが、一つ奇妙な事を見つけました」

「ほう?それはどんなだ?」

 ベルゴリオは一つの資料をダグネスの前に差し出す。

「これは、ラス・アルダイナ学院の周辺地図か?しかもそれの飲食店の分布など......、何か意味があるのか?」

「はい、実はスケジュールの飛び入りで先日この学院の方へ教会に関する講演を開く機会がありまして訪れていたのですが。学院近くの最近出来たという洒落たカフェテリアが女子生徒の間で話題になってましたので私の方で私的に調べて......」

「おいおいこんな時になんの話だベルゴリオ、前から言ってるが私に流行を興じる趣味はないといっているだろう! 」

「いえ、今回はそれとは別で。いや、でも確かにザラ様には近頃の少女らしい営みに興じて頂きたいところですが今回はそれとは別です。実はこの店、出来てから数週間以内に廃業しているのです、しかもその時期は丁度ファルファとザラ様が時計台で例の男と接敵していた時期と当たります。これは私の勘ではあるのですが、もしかするとこの店。やつらの隠れ蓑だった可能性はありませんか?」

 ダグネスは渡された資料を手に取るとまじまじと見つめる。

「隠れ蓑だと?しかしよりによってカフェテリアとはな。偶然じゃないのか?よりによって接客業でもあるじゃないか、隠れ蓑にしては隠れきれてないように思えるが?」

「そこは私も引っかかるところなのですが、もしかするとあえて隠しきってないのかもしれません」

 ベルゴリオは顎に手をやりながら下に俯く。

「ほう、するとなんだ。まるで誰かに居所を見つけてほしいみたいじゃないか」

 ダグネスは背もたれにのたれかかるように背伸びをする。

「はいその通りです。ザラ様に対する意図不明の特命に合わせて飛び入りの講演会、そして共通するそれぞれの事柄の時期の一致、アイザック大佐に関して何も情報が得られない以上は十分調査してみる価値はあるようには思えますが、いかがでしょうか?」

「ふむ、確かに一理ある。ここまで情報が出揃わない中での一見間柄のなさそうな事柄同士の時期の一致......、赴いてみるか。その廃業した例のカフェテリアとやらに」






[43110] 第43話 力の自覚②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:21
「――――ここですザラ様、中はすっかり片付けられているようですな」

 ベルゴリオとダグネスは例のアルダイナ学院近くにある最近廃業したカフェテリアへとプライベートで視察に訪れていた。

「ふむ、外からは特段変わった様子はないな。作業は完全に終了している、既にほかのテナント待ちと言ったところか」

 ダグネスはその店の中へと足を踏み入れると、ベルゴリオもそれに続く。

「何かわかるかベルゴリオ?」

「いえ......もう少し奥の方を見てみましょう」

「分かった、私は上の方を見てみる」

 ベルゴリオは調理室として使われていた思われる部屋の更に奥、恐らくは更衣室だったであろう場所へと踏み入れる。

「うーむ、何もない。残留したヘラクロリアム粒子の気配もない、後処理を済ましたのかそれとも本当に無関係であったか......」

 やや落胆するベルゴリオに上の階からベルゴリオを呼ぶダグネスの落ち着いた声が聞こえてきた、その声にベルゴリオは早急に駆けつける。

「いかがなさいましたかザラ様? 」

「あぁ、少しこの部屋を見てくれ。この店はすっかり片付けられていたはずだが......、何故かこのテーブルだけこの空間に孤独に残されている。どういうことだと思う? 」

 ダグネスが言うその机は傍から見れば特に変哲もない普通の机のように見えた、その机はその部屋の中央でポツンと存在していた。

「はぁ、単に片付け忘れ......ということでもなさそうですか。あえてこの机はここに残されていると考えるべきですかな? とりあえず調べてみましょうか」

 ベルゴリオがその机を調べると、一角に凹みがあるのを確認する。

「これは......、引き出しか? こんなところに」

「どうやら訳ありそうな机だな、よし開けてみよう」

「はい」

 ベルゴリオがその引き出しのような構造をした凹みに指を引っかけて、一気に引いた。すると、その何も入れられていなかった引き出しからベルゴリオはその五感に伝わった情報に思わず手を放す。

「これは......残留したヘラクロリアム粒子......。しかもかなり最近、いや数秒前!  まだ近くに張本人がいる可能性があります! ザラ様警戒を! 」

 ベルゴリオがそういうとダグネスは姿勢を低くして態勢を構える。

「あぁ、ヘラクロリアムのこの感じ......。あの時のと同質だが......すまない、私は奴の気配を感じられない......。お前はどうだ?」

「はい、私目にも。一体どうなって......」

 二人が残留したヘラクロリアム粒子に困惑する中、部屋のすぐ外からある男の重い声が中の二人へと響き渡る。

「やぁどうもどうもお二人さん、よくここまで来てくれましたなぁ」

 その男はダグネス等が追い求めていたその男、アイザック大佐そのものであった。

「アイザック大佐......、我らはまたもや貴殿等の手のひらで踊らされていたというのか? 」

「馬鹿な、どうやってヘラクロリアムの気配を消している! 」

 ベルゴリオとダグネスは即座にアイザック大佐に対して武器を構える。

「まぁそんなとこですかな第11枢機士団長のダグネス・ザラ殿。あぁ最初に言っておくが敵意はないですよ、そんなに構えないで頂きたいお二方。あーあとこの部屋は特別性でしてね、ちょっとしたサプライズですよ。そもそもこの建造物事態、我々が長年に渡ってカモフラージュさせた拠点のその一つ。諜報部と連携して完成させた完全なる都市の死角、いざとなればレイシスだろうとイニシエーターだろうともここで幽閉できる代物だ。外部のヘラクロリアムを察知できないのも納得だろう?」

 アイザック大佐は壁にもたれながら軽快な態度で話す、突如姿を現したアイザックにベルゴリオとダグネスは戸惑うが、二人は冷静を少しづつ取り戻す。

「よくもまぁそんなペラペラと......。敵意がないのは分かりましたが.、なぜこんなにも諄い真似を?それほどの事までして我々になんの用ですか?アイザック大佐、貴方の目的はなんなのです! よりによってオールド・レイシスでもあろうものがクーデターを画策しているとでも言うのですか? 」

 ベルゴリオはやや感情的にその言葉をアイザック大佐へとぶつける。

「なら一つ聞くが、お前たちは今の帝国がこのままでいいと本気でそう思っているのか? 俺達はこの国が滅びずに済む為には内側から自らに切り開く以外手段はないと思っている。外部の共和国や卿国、そして人類の敵である機械軍アステロイドに対抗し生き残るためには枢爵共が勝手に切望した世界統一レイシスオーダーそのものをまずは完膚なきまでに撃滅させなければならない! 今おっぱじめてる共和国とのこの戦争も誰も望みもしないのに勝手にたかだか数人の老人の意見で始めやがった、今の帝国があの共和国に本気で勝てると上の老人共は本気でそう思ってるんだ。あんたら枢騎士がそんなこと一番わかってるはずだ、戦って死ぬのはいずれお前たちの部下だぞ。このまま戦争を続ければレイシスそのもの、そして偉大で誇りある我らが帝国が歴史から姿を消すことになる! それだけは避けなければならんのだ、そこで我々は枢騎士の中でも比較だって反レイシスオーダー思想派であると思われるものをリスト化しこちら側に引き入れようとしている。その中でも特に重要な人物、それが貴方だダグネス・ザラ。枢騎士団長の中では我々にとって貴殿しか頼り先がない、どうか知恵ち力を貸していただきたい」

 アイザック大佐は一息ついたかのように、肩を落とす。

「ふむ、随分大層な意義をお持ちのようでアイザック大佐。よりによって私が頼り先とは驚きだ、だが私が一体何を知っているというのだ?正直ここまでの事ができる貴方たちにこれ以上の戦力は過剰とまで私は見るが? 確かに私は枢爵共を気に入ってはないが、これ以上国を混乱に陥れる必要性も私は感じない。ましてや仲間同士で殺し合うなど、それでは肥大化し軍事力を持て余した共和国の現状と同じではないか。例え国が滅びの道を歩もうとも、それでも内戦などすべきではない。ほかの方法は考えつかなかったのか?アイザック大佐」

 ダグネスは悲観の眼差しでアイザック大佐をじっと見つめる、それを受け取ったアイザック大佐は深いため息をつきながら二人との距離を縮める。

「我々は、長きに渡って既得権益層の守旧派と政治的手段をもってあらゆる形で意思決定機関の改善をしようと戦ってきた。だがついに史上最大の大戦終結から200年経った沈黙も、今では破られてしまった。今、帝国は栄光を手放さなければならない時にまで追い込まれてしまっている。長すぎる安寧の時が深すぎる根を世界中に伸ばしてしまったのだ、レイシスオーダーは聖域化されもはや枢騎士評議会を撃滅する以外に道は残されていない......」

 アイザック大佐はダグネスの紅の眼に語り掛けるように語った。ダグネスは感銘を受けた様子で表を下へ向ける。

「アイザック大佐、貴方方のその計画は現状以上に混乱を招くものでないと断言できるのか......?」

 ダグネスは静かな口調でアイザック大佐に問う。

「我々に協力して頂けるのなら、全てを話す。俺はこの計画と抵抗がこの国を変革し最小限の犠牲で事無きを得る事を保証する。今は我々を信用するか、そうでないかで決めてほしい」

 ベルゴリオはダグネスの傍らで何かをダグネスに語り掛けようとするも、言葉が出ずに表情が困窮する。

「なぁベルゴリオ、お前はどう思う?どうしたいと思うのだ?」

 ダグネスはこの問いの答えのヒントを、ベルゴリオに求めるようでもあった。

「私は......。私は......」

 ベルゴリオはかつてダグネスに見せたことが無いほど言葉に困った。しかし、ある忠誠が導いた決心が定まるのにそう時間はかからなかった。突如片膝を地につけて、頭を垂れる。

「ザラ様。例え他の枢騎士が、評議会が、帝国が貴方の敵になろうとも。私はザラ様にお供させていただく所存であります、私はこの枢騎士団に忠誠を捧げ、そしてそれはザラ様にも捧げたものです。いかなるザラ様の行ないに対しても、私だけでなく多くの同じくする枢騎士達は貴方に付き従うでしょう」

 ベルゴリオの言葉にダグネスはただ「そうか」と一言で答えた。

「では、私の答えはこれだアイザック大佐! 」

 ダグネスはアイザック大佐に向けて余りに若く儚い怒号とも呼べるような少女の声で、第11枢騎士団長ダグネス・ザラは意思を告げる。

「これより我々第11枢機士団は現時刻をもってレジオン帝国軍、及び枢騎士評議会を離脱する! 」










[43110] 第44話 力の自覚③
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:21
「――――ってことだなぁ」

 と、アイザックは目の前にレイシスが存在する経緯について簡易的にレオに語る。

「いやいや、唐突すぎないか!? だいたいそうは言っても本当に信用できるのか!? 」

 レオは怒鳴りつけるかのように声を張る。

「あぁ、まぁな。俺たちの計画は奴がもたらしてくれた情報のおかげで殆どの確率で成し遂げられるだろうよ。そんでレオ、お前は保険だ。お前を計画に戦略的に組み込みたいところなのだが......」

 アイザックは一息置いてから語った。

「如何せん実力が足らないと見た、あぁーもちろんお前は一般戦力では優秀な人材だが俺たちのような覚醒者同士の戦い。すなわちディスパーダ戦では正直言って雑魚なんだよ」

「ざ、雑魚って......。だがそうは言っても一人はあんたの銃を借りてぶっ倒してただろうが、あれは評価されねぇの?」

「評価はしてるさ、ただお前が倒したのは急襲という限定的状況かつ奴の下っ端であり。その殆どは俺のソレイスのおかげだろう?お前がお前自身で戦略的にレイシス......いーやレイロードクラスは軽くあしらうくらいじゃねぇとこの計画にはついていけん。ただでさえ我々は本軍とは圧倒的に物量差があるんだからよ」

 アイザックはそういうとこの場を立ち去ろうと背を向ける。

「ま、せいぜい頑張りぃな。俺はお前に賭ける、力を自覚せよ」

 背を向けながら離れていくアイザックは片手を上げて軽い別れの挨拶をすると、巨大な隔壁の外へと姿を消していった。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 改めてその場には三人の人影だけが残されていた。しばらくの沈黙後、先に口を開いたのはレイロードの少女、ダグネスだった。

「ご機嫌用、レオ・フレイムス。先日の一件ではお世話になったな。私の部下をよくもまぁあんな重症体にしてくれたものだ」

 レオは話しかけられると口先を震わせながら思わず身構える。

「おいおい?そんなに怖がらないでくれたまえよ、こんな子供相手に......さ。別に君を殺そうってわけじゃないんだ、まぁ殺せないらしいんだが。死にはするのか?まぁいいが、確かに私の大事な部下を痛めつけてくれたのは未だ許せずにいるのも事実ではある、しかし君側の事情もこれでも十分把握したつもりだ。しっかしまぁ、拉致から労働と忙しい日々日々を過ごしたものだな......。だからレオ・フレイムス、ここはひとまず一時休戦といこうじゃないか」

 ダグネスは片目を閉じ口元に人差し指を当てながら無邪気な表情でそう言った。

「一時......休戦?まぁそれはいいが、俺はお前を倒せるようになれと言われてるんでね、とりあえず手合わせ願うぜ。子供相手に手を出すっつうのも癪だが、レイロードっていうんだから手は抜けねぇな。なんせあんたは俺を一度殺してるんだからなぁ?」

 レオの挑発めいた発言に反応してか、ダグネスの隣にいた長身の男が身を一歩前へと出す。

「黙っていれば偉そうにザラ様に話しかけよって......! 口には気を付けるのだな小童が。ザラ様、私が先にアイツのお相手を務めてもよろしいでしょうか?」

「かまわないが......、あまり油断するなよ。あれでも一応ファルファを倒している。ソレイスには十分警戒しろ」

「承知いたしましたザラ様」

 その長身の男はダグネスから了解を得ると、レオから3メートルはなれた地点まで近づく、するとすぐ様に前方上の空間から独特の形状をしたソレイスを生成し始める。ダグネスは長身の男を見送ると、戦いを静観するように最も壁に近い後方まで下がった。

「小僧、私は名をベルゴリオと言う。ザラ様と獲物を交える前にまず私を倒せてからゆくがいい。事を構える決心はついたかね? 」

 レオは密かにアイザックのソレイスを複製し始めながら答える。

「あぁもちろん、だけどアンタは彼女より弱いんだろ?俺に瞬殺されないように気を付けるこったな」

「口先だけはオールド級の小童だ、その自信に見合うだけの実力を見せてみろ! 」

 ベルゴリオはそう言うと、瞬時にレオとの間に距離を詰めながらソレイスを上向きから一太刀振るう。
 しかし、レオはそれを見切るように一歩身を引きながらその一太刀を寸前でかわした。

「ほう?初撃はかわしたか。だが......!」

 ベルゴリオは振り切ったソレイスを今度はそのまま空中で逆手に切り替え、二撃目へと軽やかに繋げた。
 その転じた斬撃にレオはそのまま対応できずに胴体を切り裂かれる。

「ぐぅああああ!!!!......ぐぅ。くそぉ......クソいてぇ......」

 レオは処置しなければ確実に死に至るような出血をしながら、そのまま自らの血の海へと倒れる。
 もがき苦しむ姿のレオをみながらベルゴリオは倒れ込んだレオに近寄る。そしてそのまま苦しむ姿を目から背けるように静かに急所へとソレイスを刺し込む。

「ふむ、一見ここまでは普通の人間が無謀にもレイシスに立ち向かって死んだだけの構図だが......。果たして話は本当か?アイザック」

 ダグネスは目の前で繰り広げられた光景に、アイザックから聞かされていた彼の特異性について一瞬懐疑的になるも、その疑いが晴れるのにそう時間はかからなかった。

 レオがベルゴリオの手によってとどめを刺されてから数秒後、レオの地に伏していた血肉は異様な光景と変化を徐々にと周りに見せつける。
 絶え間なく流れ続けていた血は、時を逆行するかのように体内へと戻りながら注がれていき、レオの肌色はその元の血の通った姿を再びに露わにする。
 辺り一帯の血の海がなくなり、傷口が塞がられると再びレオの意識は覚醒する。

「そ、そんな......。あの話が本当だったとは......」

 ベルゴリオは声を震わせながら目の前の光景に驚愕する。

「なんと残酷な......、こんなことが起こってしまっていいのか。死んでから初めてやっと生に復帰する事が出来るなど、あまりに残酷すぎる。これは彼の精神がどこまで持つか分からないぞ、アイザック大佐」

 レオは意識が覚醒しきると、再びその地に足をつきながら立ち上がる。

「ふぅ、えーと今のが殺された? って感覚であってるのか? なんかめっちゃ苦しかった気がするけど、感覚が遠い昔だったかのようにぼんやりするなぁ~なんか。まぁいいか、じゃ俺がアンタを倒せるまで何度でも付き合ってもらうぜベルゴリオ? さん。期間は一週間しか残されてないんだからな! 」

「お前......本当に分かっているのか......」

 ベルゴリオはレオには聞き取りにくい小声で呟く。

「え?なんて?」

 レオは聞き取れないその小声に聞き返す。

「お前、お前は本当に今置かれている運命の過酷さに気づいているのか?」

 ベルゴリオのその言葉に、場にはしばしの沈黙が残る。

「過酷さ......?そりゃあまぁ何度も死ぬのは大変だが......」

 ベルゴリオはレオのあまりにも拍子抜けた様子に絶句する。

「どういう原理でお前がそういう状況になったのかは知らん。ただお前のその状況は言い換えてしまえば、生身の普通の人間でありながら覚醒者と戦いそして死による救済が訪ずれぬまま苦しみを繰り返す。要は私たちに比べて大きなハンデをお前は背負っているといいたいのだ、お前の死をトリガーとする遅効性の再生能力はただ単に死を先延ばしにしているだけとも取れる、お前はヘラクロリアムに恩恵を受けられず生身で我々のような覚醒者と渡りぬかなかればならない。そのことの残酷さを、お前は分かっているのかと私は問いたい」

 ベルゴリオのその言葉に、レオは考え込むような仕草でその問いを思考の中で模索する。

「ま、確かにあんたらのように身体能力は人間の限界止まりなのかもしれない。けどこれでも一応はソレイスは使えるんだぜ、数うちゃあそのうちあんたも倒せるかもしれないだろ? 今の俺にはそれだけで十分だ、無限に強くなれる可能性が残されいるなら、最後まで戦い抜く。知りたいことを知るには力がいるんだベルゴリオさん。そんなことあんた達の方がよっぽど分かってるだろ?」

 ベルゴリオはその言葉に深く頷くと、再びソレイスを構えた。

「よかろう。貴公がただの蛮勇でこの場にいるのではない事を知った、我々が国を作り替える過程には申し分のない存在だ。存分に挑んでくるがよいレオ・フレイムス。何度でも殺してやる」

 またもや間合いを詰めようとするベルゴリオに、レオはついに複製したソレイスを空間に再び顕現させるのだった。







[43110] 第45話 力の自覚④
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:22
幽閉施設を監視するモニタールームから、レオとレイシス達を眺める複数人の監視人と二人の将官の姿がそこにはあった。

「―――アイザック、本当に彼が僅か一週間で枢騎士を倒せるまでの成長ができるとおもっているのですか?しかもただの枢騎士でなく、枢騎士団の団長クラスを相手にして」

 艶めかしい女性の問いかけが、アイザックに囁かれる。

「はい少将、彼が我らの希望です。彼が真の力の覚醒に目覚める事ができたのなら、唯一懸念の種であるネクロ―シスの対抗策となるでしょう。その為にも彼の早急な覚醒が必要です」

 アイザックに相応しくない堅苦しい口調を纏わせた言葉の羅列が事の重要性を主張する。

「ふふ、あなたがそんな言い方をするなんてね。よっぽどの事なんですね大佐、予備コードの有用性は認めましょう。しかし、貴方の言葉を信じるという事だけで彼に一週間丸々投資し続けるのはやはり無理があります。アンビュランス要塞撃滅作戦施行予定日まで後二週間しかありません、彼の過程において四日以内に成長因子を感じられない場合は即座に私の独断で幽閉します。それでもよろしいですね大佐......?」

 少将の大人びた口調と微笑みが重圧なプレッシャーを生み出し、アイザックの表情を引きつらせる。

「マジですか少将......、ここはよしみという事でもうちょっと猶予が欲しいんですがね」

 アイザックのその言葉に少将はため息をつく。

「駄目ね、貴方も分かってることだと思うけど。例のレイシスのお嬢さんから得た情報では第二のエイジスシステム機構の事もある。要塞内に解除プロトコルを仕込むのにも一週間は掛かる見通しよ、その作業は要塞全体のマンパワーを注いてフェイズ移行する。その為にもイレギュラー要素は抹消しなければならないわ」

「ふぅ相変わらず手厳しいねぇ、メイ・ファンス少将?」

「あら、それは一体誰のせいかしらねぇ。アイザック大佐......?」

 メイ少将がアイザック大佐の口調を真似るかのように言い返した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――――幽閉施設にて一日が経った頃。

「私はもう何回貴公を切り殺したのか覚えていないよ......、50回以上は死んだかね?」

 ベルゴリオは、地面の血の海に触れ伏したレオを眺めつつ剣の汚れを拭き取りながら整然と立ち尽くしていた。

「ぐうぅ......」

 血の海がレオの体内に逆流していく異様な光景を何十回も繰り返しながら、この訓練という名の殺し合いは行われていた。

「わっかんねぇ......、何をどうしたらお前に勝てるんだ。一ミリもわからねぇ......」

 レオは何度も交える戦いの結果を悔み嘆きながら再び立ち上がる。

(ここまで何度もぶっ刺されて分かったことって言えば、まずは傭兵時代のノウハウはまるで通用しない。つまりはゼロの状態から全く別の戦略を組み立てなきゃいけないって事だ、だがそれだけじゃない。その上で速度も腕力も全てが規格外の人外を相手にして尚勝てと言われてるわけだ。現状俺にはこの複製できるソレイスの銃しか明確な対抗手段がない、不意打ちが通用しないこの状況で俺が見いだせる活路とはなんなんだ......)

 一方でレイロードの少女ダグネスはベルゴリオとレオの戦いを傍らに、何時ぞやに置かれていた円形の机と脚の長い椅子に座り、足を揺らしながら書籍と少量の菓子を嗜んでいた。

「ふむ、巷の同年代で人気のある本とのことでしたけど私にはあまり理解できない話ですね......」

 ダグネスは一人でぶつぶつと呟きながらその書籍を一旦閉じる。

「おーいアンタ!!!なに人が死にまくってる傍でそんな一人パーティ開催してんだ!どんな神経してんだよ!?なんかアドバイスの一つや二つでもないのかよ!?」

 突然レオから話かけられたダグネスは書籍を落としそうになるも、間一髪のところで拾い上げる。

「おっと......えっ?あ、あぁ。アドバイス、アドバイスか。駆け出しの覚醒者に対してならまだしも仮初めの人間相手にアドバイスなんてしたことないからな。どうせこちら側の理論なんて常人には理解できんだろうし......」

 ダグネスはその書籍をはたきながら机の上に置くと、考えるような仕草で天井を向く。

「でも、そうだなぁ。君も無策に挑んで勝てぬ相手って事くらいは身をもって十分理解しただろう?まぁ策を講じても勝てる相手ではないけど、単純に戦略やテクニックで解決が出来ない事もある。まず必要なのは純粋な力の奔流だ、己の力の性質を再認識して見つめ直す。そうして力の使い方を解析してみろ、まぁ今の君伝えられる事はそのくらいのものだ。次のアドバイスはベルゴリオを倒せるようになってからだな」

 そういうとダグネスは、少量の菓子を口に頬張ると再び書籍を手に取る。

「己の力の性質を......再認識して見つめ直す......」

 レオは座り込むと、自ら複製した銃のソレイスを向きを度々変えながら見つめる。
 その様子を見たベルゴリオは戸惑いながらも剣状のソレイスを虚空に納めた。

「ふん、まぁそうやってしばらくは見つめ直しておくがいい」

 ベルゴリオはそういうとダグネスの方へと足を運んでいき、ダグネスの向かい側に立つ。

「ん、その椅子使っていいぞベルゴリオ。その為に用意したものだ」

「はっ、ご厚意に感謝致します。失礼致します」

 ベルゴリオは席を引いて着席する。

「ふーむ、浮かない顔をしているなベルゴリオ。そんなに奴が信用ならないか?」

「はい、確かに通常の人間にしては基礎能力は高いのでしょうがあそこからディスパーダとして覚醒するなど皆目見当もつきません。アイザック大佐の言葉を素直に信じていいものなのやら......、このまま撃滅作戦施行日まで奴を切り刻み続けても私は一向に構いませんが、ザラ様のお時間をお使いになられてまでお付き合い頂く程の事なのかと疑問を覚えます」

「そうか、別に私も構わないがね。どうせならついでに奇跡でも拝めて行こうかってくらい軽い気持ちでここにいる、正直期待はしていないさ。この国を変えるにはどんな無茶振りでもそれに縋らないといけないくらい要素は必要な気もする、ただ......それだけだ」

 ベルゴリオとダグネスは俯くレオを眺めながら、そのままその日の訓練を終えた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 あれから部屋に戻ったレオはベッドの上で仰向けに横になると、ふと今日一日の出来事をを思い返す。

「そういや俺、今日ずっとあの幽閉施設で殺され続けてて外の景色を一度も見てないんだな」

 しばらく横になっていると、部屋のインターホーンが鳴った。ベッドが起き上がり、重い足運びで玄関の方へと向かう。
 鍵の掛からない扉を開けると、そこにはクライネの姿があった。

「クライネさん、なんか用か?」

「レオさん、ひとまずはお疲れ様でした。幽閉施設の出来事で聞きたいことがあるので、その。いいですか......?」

「あっ、あぁ。もちろん、どうぞ」

 レオはクライネを部屋に通そうとするも、クライネは中に入ろうとはしなかった。

「あっ、いえ。その......、良ければ外に出ませんか?」

「外ってのは、地上の事か?」

「はい、監視スタッフから聞いた話だとレオさん施設でかなり壮絶な経験をされたでしょうし。気分転換が必要かと思いまして」

 レオは丁度今日一日外の景色を見ていない事に思いはせていた事もあって、その提案に快く応じた。

 時間的には夕方程なので軽く服を着こみ着替えを終えると、クライネと共にメインエレベーターの方へと足を運ぶ。

「外はどんぐらい寒いですかねクライネさん?」

 そう聞かれたクライネは手元の端末で外の気温を調べる。

「結構寒いですね、まぁやはり北の帝国という事もあってこの時期はどこも寒いですけどね。レオさんは慣れてないでしょうからちょっと大変かもしれませんが」

 クライネは薄笑いしながらそう言った。

「はは、それは確かに」



 メインエレベーターに乗って地上へと上がっていくと例の建物の中へと着く、エレベーター内から出ていくと手前の入り口には来たときは別の見張りが二人立っていた。
 特にコミュニケーションを交わすこともなく、目線だけで片方の見張りが建物の扉を解錠する行動を取った。

 外へ出ると、空はうっすらと明るいが寒い風が吹き込んでいる。

「うぅ、寒い。だけど、久しぶりに外の光を見てなんだかホッとするよ」

「ふふ、それは良かったです。それじゃあ裏道の方を少し歩きましょうか」

 広場の方から外れた道をクライネと共に歩いていると、先にクライネの方から口を開く。

「それじゃあレオさん、ドクターメルセデスから預かった質問シートがあるので答えられるものがあったらそれから教えてください。えっとまずは、死ぬことを繰り返えしていく内に何か精神的な変化は起きましたか?」

「そうだな、多分死ぬという事に慣れてしまったかもしれない。恐怖心というか、そういうのが少し薄れているかもしれないな」

 レオのその答えを聞くと、クライネは手元の端末に指を弾くような動作で文字を入力していく。

「なるほど、痛みに対する感覚はどうですか?なにか後遺症などは?」

 その質問を聞いたレオは、手を自分の胸に当てて何かを探るように手をゆっくりと回す。

「痛みはとても慣れるものじゃない。慣れる気もしないけど、なんだろうか。あのレイシス、ベルゴリオって呼ばれてたレイシス。あいつの殺し方がスマートっていうか、安らかな死って感じなんだよな、痛い時間が少なくて、気づけば痛みが消えてて傷が消えている。もし相手が雑な殺し方をするレイシスだった今こうして歩けてすらいない気がするよ......。俺は一度死なないと傷を癒せないから、敵によっては本当に辛い目にあいそうだ全く」

「なるほど。ドクターメルセデスも精神面へのダメージを懸念なされていましたが、思っていたよりは余裕そうですねレオさん」

「ふぅ、それはどうかな。ぶっちゃけこれを一週間続けるってのはめっちゃしんどい、今すぐにでも逃げ出したいくらいだよ」

 レオは軽快な口調でそういうと、大きく背伸びをする。

「とてもそういう風には見えないですけどね。でも、レオさんのその特殊な再生能力をもってしても心の傷は癒せないわけですか、あまり深入りしないようにしてくださいねレオさん。心が壊れてしまったら元も子ありませんから」

 クライネは質問シートを一通り終えたのか、端末をコートのポケットにゆっくりと仕舞う。

「さてレオさん、お腹すいてませんか?何か食べていきません?」

 クライネは手を自分の後ろへ回すと意気揚々とした表情でレオを見つめる。

「えっ?いや、別にいいけどセキュリティーは大丈夫なのか?あんま出歩くのはまずいんじゃ......」

「それは大丈夫ですよ、ここ一帯の管轄は既に我々のものですから。コソコソするよう事は何もありません、そこら中に設置されたカメラもここを監視する衛星も既に我々の支配領域です。なにせこの下には要塞が埋まっているわけですからね、一帯そのものがちょっとした軍事施設ですから」

 それを聞いたレオはその用意周到さに少しを体を震わせる。

「じゃあ行きましょうか、近くにおススメの店があるんですよ」

 クライネに連れられてお店に向かおうとしたその時、背後から見覚えのあるプレッシャーをレオは咄嗟に感じ取った。

「どこに、行くんですって?レオ君」

 その聞き覚えのある声にレオは思わず振り向くと、そこには見覚えのある白銀の髪を靡かせ、布面積の少ない恰好をした佳麗な女性がそこには立っていた。

「れ、レフティアさん!?」











[43110] 第46話 力の自覚⑤
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:22
声をかけてきたその佳麗な女性は、鋭い視線をこちらに突き刺してくる。

「随分楽しそうにしていたのねー、ねぇ?レ・オ・君?」

「レフティアさん......、何故ここに......?」

 レフティアは右手で軽く髪を靡かせると、そのままこちらにゆっくりとした歩みで近寄ってくる。

「なぜって......?そうね、君をここで見つけたのは偶々。本当の用事はその後ろの子の組織にあったんだけど、でも。その必要は今無くなったけどね」

 レフティアはクライネをじっと見つめるが、肝心のクライネは一言も発さずレフティアを前にそのまま静止していた。

「にしてもレオ君、前とは少し雰囲気変わったかな?なんていうか、少し強くなった?」

 レフティアの物理的な距離感の近さに慣れないレオは、レフティアから少し距離を取ると息を落ち着かせる。

「えぇ、まぁ......。色々あって......」

「ふーん、そうなんだ?まぁいいや。とにかく帰るわよレオ君、貴方が無事なら隊のみんなも安心するわ。ミーティアちゃんもここには居ないけど一緒に来てるのよ?貴方を救うためにね」

 レフティアに腕を掴まれて勢いにそのまま連れ去られてしまいそうな瞬間、クライネがレオの反対側の腕を掴む。

「まっ、待ってください!あなたがどこの誰かは存じませんが、彼は我が組織の被保護下に置かれています!おいそれと彼をこのまま引き渡すことは出来ません!!!」

 レフティアの圧倒的な実力者としての格圧に当てられたクライネは言葉と体を震わせながらも、レフティアに立ちはだかる。

「ふーん、貴方見た目のわりに結構勇敢なのね。でも勘違いしてるわよ、レオ君は元々こちらの共和国軍独立機動部隊の一員なの。勝手に連れ去っておいて道理の分からない事を言うのはやめてほしいわね」

 レフティアがそう言った直後、レオはレフティアの手を優しく振りほどく。

「すまないレフティアさん、今は状況が変わったんだ。俺はまだそっちには戻れない」

「どういうことなのよレオ君?」

「確かに俺は攫われたが、でもそれを救い出してくれたのは彼女たちの組織なんだ。そして彼らは俺のこの訳の分からない力の本質を気づかせようとしてくれている、このままじゃ帰れないんだ。なぜ俺が狙われたのかもわからなきゃ、今もどっても意味がない!」

「ふーん?まぁそうは言っても私は共和国を出るのに何人かの同胞の命を奪ってここに来てるから『はいそうですか』って言って引き下がるわけにもいかないのよね。まぁいいわ、元々ここにはレジスタンスの外交ルートをつたって来たわけだし本来の用事を為す事にしようかしらね」

「レフティアさんは元々何をしに此処へ......?」

「もちろんそれはレオ君の手がかりを掴む為なんだけど、建前はレジスタンスへ向けた共和国の外交官?って感じかしらね。共和国軍の極秘介入ってネタでミリタリア社を通じてミーティアちゃんが上手く関係者を釣ってくれた、私自身は一ミリもレジスタンスなんかに興味ないし、この事を共和国は認知すらしてないけど。まぁ帝国の抵抗勢力なら何か知ってるかもしれないと思ってここに来たんだけど、まさかの当の本人がレジスタンスの協力者になっていたとは思わなかったわね......」

 レフティアがそういうと、レオの腕を掴んでいたクライネは前のめりにレオの前に出る。

「という事は。も、もしかして貴方が例の共和国の協力者だったということですか!?何れここに来ることは聞いてはいましたが、まさかレオさんの奪還が目的だったなんて......。」

 レフティアは呆れたような様子でため息を吐く。

「まっ、そうね。本当は微塵も貴方たちの事なんで考えていなかったのだけど、でもレオ君の言葉を聞いて確かにそれも一理あるとは思ったわ。なんで帝国、いや恐らくは枢騎士団の思惑なのだろうけど。枢騎士団がレオ君を狙ったのか、レオ君の力とは何なのか。それを確かめる必要がありそうと私は今判断した。つまりは、当初の予定通り貴方達の話を聞いてやろうと思ったのよ、レオ君の力とやらも込み込みでね?詳しい話聞きたいし」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 レフティアとの意図しない邂逅により、レオとクライネの食事会の予定は急遽変更された。レオはレフティア、クライネと共に再び地下要塞へと出戻るのであった。

 レフティアは要塞職員に事前の話があった通りに滞りなく出迎えられると、そのままドクターメルセデスの研究室へとレオ等と共に向かった。

「へっー!まさかレオ君にそーんな力があったなんて驚きねぇ!でも根源はヘラクロリアムに依存していないなんて、これは確かに気になる逸材よねぇ。なんでこんなことになってるのか貴方にはわかっているの?えーと、むせるです?博士」

 とぼけた様子でレフティアはメルセデスの名前を間違える。

「ゴホッ、いえ。メルセデスですぞレフティア殿。しかしまぁ、まさか貴方がここに来るとは思ってもいませんでしたなぁ。敵ながら貴方の戦果はこちら側にまで伝わってくる、例のネクローシスとの戦闘ですら対等に渡り合っていたのだとか、あの黒滅の四騎士の武具を不完全とは言え引きつぐ者たちを相手にしながら」

「馬鹿言うんじゃないわよ博士さん?本来の四騎士達はあんな出来損ない達とは遠くかけ離れた能力差だったわ」

 メルセデスは何度か咳払いすると、レフティア達に背を向ける。

「ふむ、ところで先ほどの貴方の問いだが。レオ君の力に関しては我々の知見では全くもっての未知数、少なくとも我々の保有するデータでは彼をはかり知ることは出来ない。なにせヘラクロリアムを有さない生物なんてまるでピースの欠けたパズルのようなものなのだからね。ただ確かなのは、彼の力は我々人類が目指すとこの真の不死性に最も近いと言えよう」

 レフティアは軽くうなずくと、レオの方を見ながらメルセデスに同調するような態度を示す。

「確かにね、私たちディスパーダは言ってしまえば単純に死ににくいってだけで実際は死ぬ。でもレオ君の場合は如何なるダメージを負っても原則的に死ぬことはない。それが恵まれたことであるのかは別にしてね、もしかすると回数制限みたいなのもあるのかもしれないけど、それを確認する術はないしね」

 メルセデスとレフティアが折り入った話を続けると、ノック音が室内に数回響き渡る。しばらくすると、アイザックともう一人の勲章を付けたアイザックと同齢程の女性が研究室に入ってくる。
 その女性の軍服はアイザックと比べても余りに豪勢で、その人物を知らない者ですらその人物が如何なる立場の人間なのか直感で理解する事が出来た。

「レオさん、それとイニシエーターの使者であるレフティアさん。初めまして、私はここレジスタンスの総司令官を務めています。メイ・ファンス少将です、以後お見知りおきを」

 艶めかしい気品のある声質がレオに動揺を与えつつも、イメージとはかけ離れたその人物に若干の親近感を覚えていた。

(こんな人がレジスタンスの総司令官だなんて、想像もつかなかったな)

「どうもー総司令官さん?会って早々悪いんだけど共和国の極秘介入ってのは全くのガセネタなのよね!本当はそこのレオ君を連れ戻しに来ただけなんだけど、どうやったらすんなり引き渡してくれるのかしら?」

 その言葉にメイ・ファンス少将は特に驚く様子もなく、落ち着いた態度でレフティアの問いに答える。

「あら、そうでしたか。確かに極秘介入な割には随分柄の悪い使者だなと思っていたところですよ。強者故の傲慢、余りに滲み出ている。レフティアさん、貴方の場合はそれもまた美徳として成立する実力の持ち主なのでしょうね」

「なーにをゴチャゴチャ言ってるのかわからないけど、あんま訳の分かんない事言うんだったら実力行使もいとわないわよ?」

 メイ・ファンス少将とレフティアの生み出す歪んだ空気感に、周りの者は耐え難い緊張感を覚えていた。
 特にメルセデスは何かを守るかのように壁に張り付く。

「あのぉ、少将とレフティア殿。お仲が良いのは宜しいがこの研究室でおっぱじめるのだけはご遠慮頂きたいところですな......」

 メイ・ファンス少将は笑いを堪えるかのように口元を抑える。

「ふふふ、いや失礼。レフティアさん、貴方は本当に面白い方ですね。まぁとりあえずこの場で争うのは私どもとしても本意ではありません、それに私では逆立ちしたって貴方には敵いっこないものね。隣のアイザックですらそれは難しい、まぁまずはお話をしましょうレフティアさん?私たちの計画と、レオ君の扱いについて。ね?」

 メイ・ファンス少将とレフティアのやり取りにアイザックは苦笑しながらその場を密かに過ごした。



[43110] 第47話 力の自覚⑥
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:23
その後、レフティアはメイ・ファンス少将自らによって司令室へと導かれると、用意されていたソファにそのまま腰を掛けた。
 その部屋にいるのはアイザックとレオを合わせた四人だけで、クライネは表で待機する事となった。

「で、あなた達はレオ君をどうしよっての?」

 メイ・ファンス少将が人数分の茶を入れている最中、レフティアは大柄な態度でおもてなしに応じた。

「そうね、ハッキリ言ってしまえば彼を私たちの戦力として採用したい。という事かしらね、枢騎士団の思惑が定かではない以上は私たちも彼を簡単には手放せない。けど彼には枢騎士団と対峙する意思があるようだし、彼をここに閉じ込めておくのではなく枢騎士団に対する戦略的カードとして起用しようと、そう思ったのよ」

 メイ・ファンス少将は席に着くと、各々の手前に淹れた茶を腕を伸ばしながら差し出していく。
 そしてそのまま茶を受け取ったアイザックは口を開く。

「まぁあくまでもこのことに関してはレオの自由意志だ、現時点ではレオに戦略的価値はない。その気がないのなら事が済むまで保護させてもらうし終われば元々すぐ解放するつもりだった。だがこちらの認識ではレオの意思は我々と共闘する事を選んだとそう捉えているが、彼女と出会ってそのことに変化はあるのか?レオ」

 アイザックは静かにレオへと視線を送る。

「あぁ、そうだな......。レフティアさん、正直俺はレフティアさん達が俺を助けに来てるなんて思っちゃいなかったんだ。でもこうして来てくれていたことに凄く感謝している、だけどレフティアさん。今俺はこっから離れる事なんて出来ない。俺のこの力の事と枢騎士団が俺を攫った狙い、それが分かるまでは戻るつもりはない」

 レオはレフティアに顔を合わせながら視線を合わす、それを聞いたレフティアは気だるげそうに背伸びをすると足を組む。

「なるほどねぇー、肝心の当人がそういうスタンスなら私たちもここで強引に連れ帰っても意味はないものねぇー。はぁーそうねー、分かった!じゃあ私たちも貴方のやりたいことに協力させてもらうわ!」

 レフティアのその言葉にこの部屋にいるレフティア以外の者たちは驚愕した。

「なっ、それは本気なのですかレフティアさん」

 メイ・ファンス少将は思わず言葉を詰まらせる。

「えぇそうよ?そっちにとって願ってもない話なんじゃない?って言っても本音はせっかく遥々ここに来たってのに何もしないで帰るのは退屈だからなんだけど、てか帰ってもまた面倒事がありそうだしね。それにレオ君の力の事、すごく気になるし別にいいでしょう?」

「まぁ......。俺としては有難い話だが......」

 レオは向かい側の席の方を伺う、するとアイザックとメイ・ファンス少将はお互いに顔を合わせると、何かに納得したかのように頷く。

「えぇ、それが穏便に済む方法だという事なのならこちらとしても幸栄の限りですよレフティアさん。ただしこちら側に就く以上は概ねの行動守秘義務を課す事になるけれど、よろしいかしらね?」

「えぇ、どうぞ。あと計画リークの話だけど、その事なら一応は可能よ。具体的な事は私の仲間がそれを実行できる、貴方たちの計画次第では共和国軍を介入させる隙を作ってあげる事も可能かもしれないわね。まぁ全ては貴方たちの計画とやらが上手く言った後の話だけど」

 レフティアは満足気に意気揚々と話す。

「とりあえず詳しい話はまた後の機会にしましょうレフティアさん、貴方の協力のおかげで我々の計画がより確実なものとなりますでしょう。感謝致しますわ」

 メイ・ファンス少将は深々と行儀の通った礼をする。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 メイ・ファンス少将等との話を終えたレオとレフティアは陽気に話し合いながら司令室から出ると、表で待っていたクライネと会う。

「その様子だと、話は穏便に済んだようですね......。良かったです」

 クライネは安堵の表情でレオとレフティアを迎える。

「あぁ、何とかな。レフティアさんの理解あってのおかげだ、ここで改めて礼を言いますレフティアさん」

「もーやめてよそういうの、結局私の気まぐれ事なんだから感謝されるような覚えはないわよ。それよりさぁ......!」

 突然レフティアはクライネとレオの手を取ると、それを自らの方へと優しく引きずりこんだ。

「二人はどこまでやったのよ?」

 その質問にレオとクライネは一瞬思考が追い付かずに間が空くも、直ぐに戸惑いを隠せぬ様子でクライネはあたふたする。

「なっ!ななななっ!意味深な事を聞くのやめてください!!!」

 クライネは思わずレフティアの手を振りほどくと、少し距離を置いた。

「わーお!冗談だって!そんなに警戒しなくてもいいのに、貴方って結構ピュアな子だったのね~、可愛くて無垢そうな子ってすごくちょっかい出したくなっちゃう......!」

 レフティアは何やら不思議な手つきでクライネに近づこうとする。

「もう!本当にからかうのはやめてください!!!」

 そういうとクライネはレオとレフティアのいるその場から勢いよく去って行った。

「あらら~、からかいがいのありそうな子ね~」

「はぁ、レフティアさん。そういうのは程々に頼みますよ、彼女も暇じゃないんですから」

 レオは呆れ交じりにため息をつく、その様子にレフティアは軽くじゃれながら笑い過ごす。

「ふふ、それじゃあレオ君。そろそろ君の力とやらを拝ませに行かせてもらおうかなー?普段はどこでやってるのよ?」

「えーと、ここの一番深い所に幽閉施設がって、そこで」

「幽閉施設......、そんなものまでここにあるのね」

 レオとレフティアは中央エレベーターへと続く廊下へと出た、そしてその廊下の要塞施設内部が垣間見える窓からはレオとクライネがいつしか見た光景がレフティアの目に映る。

(ディスパーダを閉じ込めておく幽閉施設なんて並みのそこらの組織じゃ到底用意のできない代物......、それに、あれは......巡航ミサイル、AE高射砲?一体何門あるのかしら、本軍に見つからずにこれだけの兵装を格納しているなんて只者の組織じゃないわねここ。首都一個丸々滅ぼせるほどの火力、本気で枢騎士団を相手取るその気迫が良くわかるわね)

 レオとレフティアは中央エレベーターに乗ると、幽閉施設へ向かう中央エレベーターは真っすぐ深層へと動き出した。

 エレベーターは幽閉施設へと着き、レオとレフティアは降りると巨大な門へと差し掛かる。

「この先が幽閉施設、そして俺が越えなくてはならない二人のレイシスが俺を待ち受けている」

 レオはレフティアにそう言うと、徐々に開かれていく巨大な門の前で整然と立ち尽くす、それを後ろから眺めるレフティアはどこか期待に胸を弾ませながらレオの背中を見ていた。

 門が完全に開かれレオとレフティアは冷たい空気の中へと入っていく。
 二人の人影がレフティアの瞳に映り込む。そして同時にレオとは別の存在の気配に、二人のレイシスは凄まじい警戒心でレフティアを捉えていた。

「そちらの可憐な女性はどなたかなレオ殿?」

 ベルゴリオは瞬時に顕現させたソレイスを片手にレフティアを注視し続けるが、レイシスの少女ダグネスの方は特に警戒する様子もなく席に着いている、だがしっかりと右手で腰のソレイスに軽く手を掛けている事は分かる。

「まぁ待て、警戒するのは分かるがこの人は協力者だ。敵じゃない」

 レオはベルゴリオに説得を試みるも一向に警戒を解く気配はない。

「先ほどから妙に空間のヘラクロリアムがざわつくと思えば、貴様がその原因か。それにこのトゥルヘラクロリアムの気配、間違いようがない。我らと対を為す存在イニシエーター、それも只のイニシエーターではあるまいな。相当の手練れと見る、何用でここに参ったのかイニシエーターよ」

 ベルゴリオが武器を構えるも、その様子をレフティアはソレイスを顕現させる事もなく無防備ともいえる状態で只々不気味な笑顔で見ているだけだった。



[43110] 第48話 力の自覚⑦
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:23
ルゴリオとレフティアの視線の対立に、レオは静止を試みようともその因縁の関係に踏み込む余地はなかった。

「レイシス......、ね。お望みなら死なない程度には相手してあげてもいいけど、まずあんたじゃ相手にならない事くらい分かるわよね?」

「チッ、なめよってからにぃ!」

 ベルゴリオは思わず自らの獲物を振り上げ間合いを詰めようとする。

「やめるんだベルゴリオ」

 ダグネスは直前まで読んでいた本を閉じると、ベルゴリオにソレイスを納めるよう身振で諭す。

「はっ」

 ベルゴリオは短くそう答えると潔くソレイスを納めた、その表情は葛藤の様子を見せる事無く清々しい。

「悪かったねイニシエーターのお方、でもいきなりで私たちも驚いているんだ。これまたぶっ飛んだお客が来た、とね?」

 ダグネスは席から立ち上がると、そのままレフティアの方へとベルゴリオの前を過ぎて近寄っていく。

「あら?別に良かったのよ?戦いは嫌いじゃないもの」

 レフティアは挑発めいた言動でそう言う。

「ふふ、冗談はよしてくれよ。君はソレイスにすら手を掛けていないじゃないか、仮に私たち二人を相手取っても素手で勝てる自信があるんだろう?そんなおっかない態度を取る人にわざわざ戦いを吹っ掛けたくはない。当然私としても負ける気は毛頭ないが、お互いに技量を見誤るほど浅はかではないはずだ。その挑発に乗るつもりはないよ」

 レフティアはダグネスの発言に対して面食らった様な表情をする。

「あら!驚いたわ、そっちの突っ立ってる奴とは違ってあなたは随分落ち着ているのね、感情バカのレイシス共の中でもこんなのが居るなんて驚きよ」

「うむ、確かに君の言う通り。私たちは負の感情を源にしている以上はそう思われててもおかしくはない。自分で言うのもあれだが、その中でも私のようなものは少数派だろう」

 ダグネスはレフティアと相対しても平然としていた、その様子にレオは多少の安堵を得る。

「へぇ、本当にすごいと思うわ。だってこんなあなた達レイシスのお仲間を何人殺してきたかも分からない存在を前にじっとしてられるなんてね、いきなり協力者だって出てきて納得できる方がおかしいって思うのに。まぁでも貴方みたいなその幼さに加えてその豪勢な礼装と相応の達観者って訳ね、少しレイシスというものを見直したわ。勿体ない人材ね」

「イニシエーター様からご褒めの言葉を預かり幸栄の至りだが、残念ながら与太話をしている時間は我らにはないはずだ。そこの彼の覚醒を急がなければね、私たちにとっても。彼の目的にとってもね」

 レフティアはその言葉に素直に頷くと、レオの方を向く。

「そうね、じゃあまずは見せてもらうとしますか」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その後、ベルゴリオとレオは普段通りの手合わせを行った。しかしその光景は依然と然程代わり映えはなく、一方的にレオが刺殺されては再生を繰り返す光景が永遠と繰り返されていた。

「えぇ......、こんな古臭いやり方でずっとやってたの?どう考えても並よりちょっといいくらいの身体能力の人間がディスパーダ相手に敵うわけないじゃない、あほなの?」

 レフティアはレオに厳しい言葉を投げかける。

「いや、そうは言ってもこれ以外に何か効率のいい方法でもあるってんですか......」

「知らないわよ、でも無茶振りもいいところね。よくこんなのを続けさてるわね上の連中も、レオ君。その死に続けられるメンタルだけは一線級よ」

「ははは、それはどうも」

 レオはその場に座り込むと、対面していたベルゴリオは矛を納め姿勢正しく立ち戻る。

(くっ、俺はこのまま一太刀も浴びせられない無能のままなのか......?アイザックのソレイス、その模造品ではここまでが限界。所詮は初見殺しの出来損ないに過ぎない、ベルゴリオのような相手を前にはもっと実践的な力が必要だ。だが、俺の体術や身体能力では到底上まる事はない、何か。何かないのか)

 レオは具体的な解決策も見当たらないまま、呆然と時が過ぎていった。

「今日はここまでだな」

 ベルゴリオはそういうとレオの前から去って行った。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 幽閉施設を後にしたレオは、レフティアと共に自室へと戻っていた。
 レフティアが堅いベッドの上に座り、向かい側のイスにレオは座ると先にレオが口を開く。

「そういえばミーティアさんは今どこでなにを?」

「ミーティアちゃん?彼女なら平気よ、特設の拠点で今は少し仕事してもらってるから」

「そう、ですか」

 レオはどこかソワソワとした様子で、気まずそうに座っている。

「それでねレオ君」

 呼びかけられたレオは、それに短く返事をする。

「アドバイスってわけじゃないんだけど、私たちディスパーダっていうのは所謂感情を拠り所にしてヘラクロリアムの振る舞いを変質させているの。例えばレイシスならネガヘラクロリアム、イニシエーターならトゥルヘラクロリアムと言った感じで正に真反対のエネルギーをぶつけ合ってる。ヘラクロリアムの加護を受けて私たちは様々な力を発現させている、つまりはもしかするとレオ君の今に足りてないのは拠り所とする感情の部分なんじゃないのかなって思うの。なんていうのかな、レオ君の今の強靭なその精神性が反って力の源流と相反しているのかもしれない、現状のレオ君そのものはヘラクロリアムに依存してないとは言え、その手に携えているのは正しく私たち覚醒者のもの。ヘラクロリアムをソレイスから自らへの体内へと逆流させてみてれば、もしかするとレオ君の体と親和性が後天的に生まれるかもしれない。でも普通の人間がディスパーダになった例なんて一部を除いて私は見たことないから何とも言えないけどね」

「なっ、なるほど」

 レオは頭を抱えながらも、レフティアの言葉に必死にしがみつこうとしていた。レオにとって嘗てないほどの活路であったからだ。

 レフティアはベッドから立ち上がると部屋の玄関の方へと足を運ぶ。

「それじゃ、私はここの司令官さんに纏まった話をしたらここからはとりあえず去るわね。共和国軍へリークさせる情報の信頼付けには私が必要だから、それじゃレオ君も頑張ってね。上手くいけば近いうちにまた会うことになるだろうし、その時レオ君がすごーく強くなってる事に期待して待ってるね」

 そういうとレフティアは爽やかな笑顔を見せながらレオの前から去って行った。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次の日の幽閉施設にて、レオは以前とは違う顔持ちでこの時を臨んでいた。
 ベルゴリオはその事に気づきつつも、特に気にすることもなくいつも通りに顕現させていたソレイスを構える。

「それじゃ、やるぞ」

 レオはそういうと、アイザックの銃型のソレイス二丁を両手に顕現させる。その次の瞬間、ベルゴリオは瞬時にレオの間合いに詰める。
 ここまでは変わりのない展開だった、しかしレオは依然として両手にソレイスを携えたまま棒立ちでベルゴリオの鋭利な一突きを受けいれていた。
 ベルゴリオはその事に戸惑うもそのまま深くレオの胸を貫く。

「何をしている、遂に自暴自棄になったか」

 ベルゴリオがレオの耳元でそう囁くと、レオは薄ら笑いで応える。

「ぐっ、いーや。俺は自分の力を誤解していたんだ」

 苦し紛れの表情で、レオは両手のソレイスを自らの体を貫くベルゴリオのソレイスに添えるように当てる。

「こういう事だったのか、レフティアさん!」

 すると、レオの当てた銃型の二丁のソレイスは突然ベルゴリオのソレイスと同じ外見へと急速に変質する。

「これは!?なぜ私のソレイス!どういうことだ!?」

「この体を貫くソレイスそのものの感覚が伝わってくる......、ヘラクロリアムを体内に取り込むようなこの感覚......、そしてこの感覚が俺の模倣するソレイスを選択する......、これがこの力の正体だったのか......!」

 レオは両手に変質させたソレイスで、そのままベルゴリオの腕を勢いよく切り落とす。
 それに為す術なくベルゴリオは大きく後ろに仰け反ると、何とか右足で態勢が崩れるのを踏み耐える。

「ぐうぅ......、まさかそんな使い方をしてくるとはな......これは一本取られたな」

 ベルゴリオは切り落とされた腕を左手で拾うと、そのまま傷口に当てて固定し小煙をあげながら元通りに再生させる。レオの胸に突き残されたベルゴリオのソレイスは、そこから一度姿を瞬時に消すと再びベルゴリオの手元へと顕現する。

「貴公には今までなかったヘラクロリアの源流の巡りを感じる、私のソレイスを通してヘラクロリアムを体内に吸収させたのか。面白いことを考える」

 その様子をみていたダグネスも、思わず目を見張る。

(彼の力は複製に纏わるものだと思っていましたが、本来の性質は吸収と発現。しかも顕現に関しては原則としてソレイス一対である所を彼はベルゴリオのソレイスと同質量の物を二本同時に顕現させている、アイザックの銃型ソレイスはヘラクロリアム密度的に模造の粗悪品、総量を持ってしてもその複製には納得がいってましたが......。いやはや正当な質量を持ったソレイスを顕現させている彼は今、ヘラクロリアムの加護を得たのですね)

「さぁ、ベルゴリオさん。改めて手合わせを頼むぜ」

 レオは二本のソレイスを構えて足を踏み込み、ベルゴリオと真正面から対峙する。

「あぁ来い、お前に齎された真髄を私に見せてみろ」

 そう言うと、同じタイミングで両者は互いの間合いに踏み込み互いのソレイスを激しく交じり合わせ、空間を嘗てないほどに震撼させるのだった。






[43110] 第49話 力の自覚⑧
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:24
レオは嘗てないほどの身体能力の向上に思わず心を躍らせていた、ヘラクロリアムの加護から染みる圧倒的な力の奔流と膨大なエネルギー、まるで神にでもなったかのような気分でレオは刃を震わせる。

「すごい!すごいぞこれは!これがお前たちが見ていてた光景なのか!?」

 一度ヘラクロリアムと融和し始めたレオの体は以前の生身の人間の体のそれとは大きく変質していた、ソレイス硬度も身体速度も唯一対峙していたベルゴリオだけがその歴然の差を感じ取っていた。

「くっ、速いな。だが......!」

 しかし、レオのベルゴリオを遥かに上回る身体速度だけではベルゴリオを圧倒するには至らなかった。
 レオの乱雑な斬撃にベルゴリオはそれを見切ると、斬撃をかわしながら鋭い一撃を再び胸部へと突きつける。

「馬鹿め、その身体能力を持て余してよって隙だらけだ!」

 しかし、その一撃は以前の様にレオの体を突き抜けることはなかった。

「なっ!?我が一撃が!?」

 ベルゴリオのソレイスはレオの体を突き抜く以前に傷をつけることすら敵わない。

「あ、ありえん......。コイツ一体何者なのだ......?」

 レオは瞬時に呆然と立ち尽くすベルゴリオの両腕を二本のソレイスで容易く切り裂く、腕を失ったベルゴリオは抵抗する様子もなく地に落ちた腕と己のソレイスを眺めながら後ろに身を引いていく。

 すると、入れ替わるようにレイシスの少女ダグネスは紅に発光するソレイスを展開しながらレオへと瞬時に間合いを詰める。

「次は私の番だ」

 そう短く告げると、レオの首元にダグネスのソレイスが寸前に添えられる。レオの首はその一撃で確実に持ってかれたと誰しもが思った。

 しかし、レオはその一撃を口元でソレイスを受け止めてしまう。するとそのまま口にくわえたソレイスを噛み砕く。

「コイツッ!?ありえない!人工的なソレイスとは言え例え高級な覚醒者であろうともソレイス噛み砕くなんて不可能だ!」

 レオは噛み砕いたソレイスを捕食するかのような様子を見せる。

「お前、食っているのか、私のソレイスを」

 しかし気づけばレオからは理性の欠如が見え始めその問いにすら反応する様子がない、まるで本能の赴く獣のように高慢であった。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 幽閉施設で起きている様子をモニター越しで眺めるアイザックは一つの推論を独り言の如く唱える。

「彼の能力はヘラクロリアムの捕食、そしてその能力の発現か。そしてそうやって取り込んだヘラクロリアムの性質に応じて肉体や精神が変化しているのか?ダグネスの純粋なネガヘラクロリアム体である紅玉の人工ソレイス・イレミヨンを口径から吸収したことでよりレイシス側へと近づいた。しかもそれは、レイシスの誰よりもレイシスらしい、より暴力的で感情的、そしてより高慢なレイシス......」

 それを静かに聞いていたメイ・ファンス少将は、アイザックに言葉をつづけるように静かに言う。

「並みのレイシスですら辿り着けない人的感情のマイナス領域、より肉体は闘争に特化し、その硬度はダグネスの一撃すら防いだ。これは、とんでもない逸材を引き連れてきたものね、アイザック......」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「目が怖いな君、もしかして我でも忘れているのか?力の奔流に流されているようではまだま......」

 ダグネスが言葉を言い切る前に、レオのソレイスがダグネスの体を上下に両断するかの如く振りかざす。
 その一撃に瞬時に反応して見せたダグネスはレオから再び大きく距離を取る。

「まずいなこれは......」

「ダグネス様、助太刀いたします!」

 ベルゴリオは切断された腕が完全に再生しきった様子で千切れた袖を震わせながらダグネスを守るかのようにソレイスを構えながら前へ踏み出る。

「あぁ助かる、イレミヨンを片方失った私だけでは手が余るところだ。私がゼロ距離で奴の頭部に枢光《ヘイテンロア》を撃つ、何とか私が奴の間合いに踏み込めるように隙を作ってくれ!」

「承知!」

 ベルゴリオは戸惑う事もなくレオに向かって突き進む、そのまま足を狙うように姿勢低く踏み込むもレオは浅く飛び上がると落下する勢いでベルゴリオに向けて右手のソレイスを振り下ろす。

 ベルゴリオはそれを寸前でかわすも振り下ろされた勢いで左方へ吹き飛んでしまう、吹き飛ばされたベルゴリオは空中でレオに瞬時に詰められると、レオは体を回転しながら刃をしならせてベルゴリオの四肢を瞬時に奪う。

 そして次の一撃がベルゴリオの首元を狙っていることを見たダグネスは、させるかと言わんばかりにレオの体を横から蹴り飛ばす。

「ダメだ、ベルゴリオの空間障壁がまるで歯が立ってない。私一人で奴を抑えるしか......!」

 ダグネスは積極的にレオの間合いに踏み込むと乱雑な斬撃を受け流しながら、ゼロ距離で枢光を打ち込む隙を探す。

 しかし、レオの殺人的な重い一撃をいつまでも受け流せる程ダグネスには余裕があるわけではなかった。

「いつまでもこんな防戦一方のやり合いをしても先に尽きるのはこっちの方だ......、何か起点はないか......」

 すると突然、レオの右手側のソレイスは変質させて銃型のモノへとその姿を変えた。

「コイツ......!ソレイスの変質も自在だったのか......!?」

 レオの左手側のソレイスによってダグネスのソレイスが弾かれると、右手の銃型ソレイスに対してダグネスは完全に無防備の状態となってしまう。

「マズイ......!やられるッ......!」

 ダグネスがそう思い込んだ瞬間、幽閉施設の設備が瞬時に稼働する。あたり一帯が壁面に埋め込まれていた照射装置によってレオだけが赤く照らされると、レオは苦しむ様子を見せながら動きを止めて、手に携えていたソレイスが消失する。

 その隙を逃さなかったダグネスはレオの頭部に片手を被せるように腕をもっていく、その手は先ほどの照射装置によって放たれていた紅く眩い光よりも、より強力に輝かせ丸く球状にそのエネルギーは形作られる。

「―――枢光《ヘイテンロア》」

 ダグネスの放った冷徹な一撃によって、レオの頭部は跡形もなく消し炭となった。

 頭部を失ったレオの肉体は、安らかに地へ落ちた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「申し訳ありませんダグネス様......」

 ベルゴリオは満身創痍の面目ない様子でダグネスに頭を下げる。

「よせ、私とてギリギリだった。まさか彼があそこまでのポテンシャルを秘めていたとは思わなんだ。まさに奇跡だ」

 しばらく後、レオの消し炭となっていた頭部はやがて再生されていくもその場で目覚めることはなかった。後に幽閉施設へとアイザックと共に入ってきた救護班によってレオは特殊治療室へと運ばれていく。

「あなた方のご協力には感謝する、レオの秘められた力を引き出してくれたことにな。以後レオの体には我々と同じ負のエネルギーが定着した状態、完全に一つのディスパーダ......、いやレイシスとして目覚めた。目覚めてからは多少の経過観察と感情の均衡を保たせたのちに本格的に戦略利用する、戦闘部の皆にも伝えておいてくれよ。これからの戦場を共にする仲間にとしてな」

 アイザックは煙草を吹かしながらダグネス達にそういい告げると、救護班の後を追うように去ろうとする。

「ふふ、せいぜい感情面だけはちゃんと抑制してくれよ。お偉い方の爺さんみたいなコミュニケーションされたらこっちも溜まったもんじゃないからね」

 アイザックの去り際にダグネスはそう言うと、アイザックは特段反応する様子もなくその場を去って行った。






[43110] 第50話 力の自覚⑨
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:24
レオ・フレイムスの覚醒者としての芽が出始めた頃、アンビュランス要塞撃滅作戦施行日まで殆ど時間は残されていなかった。
 メイ・ファンス少将を始めとするレジスタンスの高官等は、着々と各々の立場を利用し計画の準備を着実に整えていく、ある者は前線に送られるはずだった兵器の横流しを、ある者はアンビュランス要塞の警備配置、当日の枢爵クラスのスケジュールを把握する者。
 計画は意志ある者たちによってより確実性の高いものへとなっていった。

 特設作戦司令室にて、メイ・ファンス少将は計画の進捗状況を確認する。

「メイン中佐、ダグネス枢騎士団長の第十一枢騎士団の戦闘部への編成は現在どうなっていますか?」

 メイ・ファンス少将は手元の通信機で状況の確認を取る。

「いやぁ彼らのダグネス団長に対する忠誠心はすごいもんですよ、国に逆らうって時に離脱希望者がたったの四割程!よく鍛えられてますねぇ、枢騎士団そのものは後方待機中なので枢騎士掃討作戦第二段階、特化スーツ装備付きで配備できそうです。我らが率いる三個戦闘団が要塞南西方面から進行、順次掃討の後、第十一枢騎士団がブリュッケン第二駐屯地から第一段階の飽和攻撃完了後に要塞跡地を同時に挟撃予定、現在は駐屯地との独自ルートを連携を密に構築しています」

「了解、そのまま続行してください。次、システム班に繋げて下さい」

 メイ・ファンス少将の指示を聞いた付近のオペレーターが、通信機のチャンネルをシステム班に繋げる。

「第二のエイジスシステム機構の対応はどうなっていますか?」

「はい、こちらの算出ではどうにも外部からの操作では第二エイジスシステムまでは無効に出来ません、第一エイジスシステムとは違ってこちらは有効範囲がアンビュランス要塞主要部を対象にかなり限定的に作用してます。やはりセキュリティルーム及びサーバーの直接占拠が急務かと」

「なるほど、検討します。作業を続行してください」

「分かりました」

 システム班の言葉を最後に通信は終了する。するとメイ・ファンス少将はため息をつきながら司令官専用座席に腰を下ろす。

「アイザック、貴方の情報がなければ作戦は完全に破綻していたとこですね。感謝します」

 司令官専用座席の後ろに立っていたアイザックは軽く相槌を打つ。

「比較的中枢に居た俺やクライネですら不確かな情報としか認識出来ませんでしたが、まさか本当に二段構えの構造になっていたとは、保身に関しては枢爵の連中も用意周到な事だ。わざわざ目星つけて枢騎士団長に接触し引き入れた甲斐があったってものですよ」

「えぇ、本当に。それで今の前線の状況はどうなっているのですか?」

「愚かな帝国軍は追加の枢騎士団を以てしても未だ第三セクターを攻め落とせずにぐだぐだと戦力を消耗しながら攻めあぐねていますよ、共和国軍が未だ大規模攻勢に転じてない事が温情にすら感じる程に」

「それはもちろん多国籍企業絡みでしょうけどね、帝国は各地に世界中の大企業の支社やファクトリーがあるもの。上手い事利用しているわよねぇ~、にしても風呂敷を広げ過ぎたのねぇ......、あれだけの広大な戦線を三つの枢騎士団だけで維持できるはずもないのにそんな事すら今の枢爵達には理解できてないのね。機械軍と卿国に睨みを利かせる為の地方部隊に動員が掛けられるのも時間の問題......、はぁ枢爵共は一体何を企んでいるというのかしら、まさか本気で共和国を討つ気でいるんじゃないでしょうね」

 メイ・ファンス少将は無自覚に崩れた口調になっていた。

「あぁ、未だ我々の諜報網を以てしても枢爵の目的は把握できていない。レオの事も分からず終いだ、結局奪還時以降は捜索部隊の気配も殆どない。ネクローシスもだ、エターブ絡みの組織も今は沈黙している。ここまで水面下で動いているというのも妙だ......、何か背後にもっと強大な組織でもあるかのような......」

「まぁ目的が何であれ我々には彼を利用せずにこの作戦を遂行出来るほどの戦力の余裕はない、使えるものは何でも利用しなければ。まずはこの国を私たちの手で取り戻す。全てそれからなのよアイザック、もう私たちには時間がないわ」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 幽閉施設にて。
 あれから傷を癒し意識を取り戻したレオは、レオに興味津々なドクターメルセデスの執着から何とか逃れながら再び幽閉施設へと訪れ、レイシスの少女ダグネスと再び剣を交わしていた。

「大分腕を上げたね君、もうベルゴリオでは相手出来ないほどだ。覚醒者としての体は随分馴染んできたのか?」

 ダグネスがそう聞く。

「あぁ、今まで足りなかった何かがすっぽりと埋まった気分だ。見える世界も以前とはまるで違う、体も知覚も何もかも」

「ふーん、精神面の方も大分安定しているようだ。これはかのドクターメルセデスのおかげかな?」

 メルセデスのその名を聞いて瞬間、レオの体は一瞬微動する。

「あっ、あぁまぁな......。メルセデスが作ったヘラクロリアム中和剤のおかげで大分安定はしている......、だけど明らか必要以上に体を調べてこようとするのは本当に勘弁してもらいたいところだね......」

 レオは研究室での出来事を思い出しながら、メルセデスへ恐怖心を抱く。

「まぁあの手の優秀な科学者にはそういう変態が多いものだよ」

(私もそうだったなぁー、今よりもっと幼い頃はよく見ず知らずの科学者に囲まれていた。でも私がソレイスを顕現させることが出来ないと知るとすぐ様どっかに去って行ったけど)

 ダグネスは、ふと自信の過去を振り返えながらそう答える。

「そういえば、私のこの人工ソレイス、イレミヨンは彼の研究グループが発明し先人から受け継いできたものだったはず。私のようなレイシスの出来損ないにとっては有難い存在だ」

 ダグネスは手元のイレミヨンを静かに眺めながらそう言う。

「そうなのか、すごいんだなあの人。その、差し支えなければ教えてほしいんだが、人工ソレイスってのは......?」

「うん?その名の通りだよ、私が使うこれは人工的に作られたソレイス。私は生まれつきレイシスとしての才覚に恵まれていながら、ソレイスを顕現させる事のできない出来損ないなのさ」

 ダグネスはイレミヨンをレオに向けて大きく振って見せる。

「ソレイスを、顕現出来ない......?そんな事あるのか。体はヘラクロリアムに適応してても、ソレイスを顕現出来るかは別問題......、俺の境遇と少し似てるんだな」

「似てる......?何がだ?」

「お前は体は適応しててもソレイスを顕現出来なかった。そして俺はソレイスを顕現できても体は適応出来てなかった、ほら反対だけど似てるだろ俺達?」

 レオは軽い笑顔でそう言ってみせると、ダグネスは思わず笑いだしそうになるも微笑して堪える。

「ぷっ、ふふふふ。なんだそれは皮肉かー?だとしても結局君は体も武器も手に入れられて、私は未だ出来損ないのままだ。私たちは、似てないよ。それに君の場合そもそも順序がおかしい、ヘラクロリアムの加護あってのソレイスだ。君が覚醒者にとっての特異点であることは違いないさ」

 そう言うとダグネスは2本のイレミヨンを構える。

「だけど、君はソレイスの扱いがまだまだだ。ベルゴリオくらいのレイシスを雑に倒せたとしても私と同じ地位を有する者にその刃は届かない。もっと剣技を高めなければならないね、奇しくも君は私と同じ二刀流、体に教えられることは沢山ある」

「あぁもちろんだ、もう一度ご教授頼むぜ。ダグネスさん、いや。師匠......かな?」

 レオもダグネスと同じように二本の剣を構える、そしてまた再び二人はソレイスを交わし合うと、その日の幽閉施設でのマンツーマンの訓練は無事に終わった。








[43110] 第51話 世界に愛され歪まれる少女
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/02 13:25
レイシスの少女、ダクネスとのその日の稽古を終えたレオは地下要塞の自室でゆっくりと身を休めていた。

「俺は、以前とはまるで変わっちまったみたいだ」

 レオはどこか自分が自分でないような感覚に苛まれていた、急激に変革した己の肉体や特異な力に精神的な領域が置き去りになっているようだった。
 特に負の領域であるレイシス側の力はとても精神面に多大なマイナスの影響を及ぼす、中和剤のおかげでレオは精神を安定させているが本来ネガヘラクロリアムを極度に取り込んだレオの精神は極めて不安定のものであるはずだったとドクター・メルセデスは言った。

 そんな思いに耽る一時に、レオの自室に数回のノック音が響き渡る。

「ん?クライネさんかな。またメルセデスの診断書か何かだろ」

 レオは気だるげそうにベットから上体を起こし、そのまま立ち上がると訪問してきた人物に会いに玄関の方へと向かう。
 ドアを開けると、そこにはエクイラの姿があった。

「えっ......?エクイラさん!?」

「御機嫌ようレオ様、少しお時間の方は宜しいでしょうか?」

「えっ、あぁもちろん。どうぞ......」

 レオは固い身動きで中へとエクイラを手招きをする、他に人がいないか辺りを見るもどうやら今回は付き添いのような人物はいないようだった。
 エクイラが部屋に入りきると、そのままレオは丁寧にドアを閉める、中へ通されたエクイラは迷う様子無くレオが寝ていたベッドに上品に座り込む。

「えーと、そう言えば前に話したいことがあるとか言ってましたよね......その件のこと、ですかね......?」

 レオは部屋の中で立ったままエクイラに話を振る。

「えぇ、そうですわ。その前にどうぞこちらの方に」

 エクイラは優しい手振りで自らの横に座るようレオを誘うが、レオはそれに強く動揺する。

「あぁいやそういうのはさすがにマズイっていうか......」

「あら、どうしてですの?」

「いやぁ......、それはまぁ......。そのエクイラさんは有名人ですから......、スキャンダル的なあれやこれはマズいでしょう......」

 レオの言葉に思わずエクイラは上品に手を口に当てて微笑む。

「そんな事を気にしてくださるなんて、レオ様は優しいですね。でもここは見ての通りの閉ざされたような狭き世界です、どうか私の願いを聞き入れてはくださいませんか......?」

 エクイラは上目遣いのような表情でレオを見つめる、それに対してレオは照れた様子で思わずエクイラに背を向けて目線を逸らす。
 すると、レオは参った様子で大人しくエクイラの隣にゆっくりと少しだけ空間を設けながらベッドに座る。

「ありがとうございますレオ様」

 エクイラは隣に座ったレオに朗らかな笑顔を向ける。

「えぇ、まぁこれくらいは......。それで肝心の話って......」

 エクイラは静かに頷くと、エクイラのドレスの様な変わった洋服の懐辺りから何かを取り出す。

「え、これって......」

 レオはエクイラが取り出したソレに対して、息を呑みながらそれを見た。取り出されたソレは帝国軍の標準装備に採用されているAEハンドガンだ。

「少し、見ててください」

 エクイラはそう言うと、そのハンドガンを自らの頭部に向ける。

「えっ、エクイラさん......一体何をして......」

 エクイラはそのままトリガーに指を掛けると、躊躇する様子もなくその引き金をあっさり引いた。
 しかし、その瞬間。エクイラが持っていたそのハンドガンは内部からエネルギーが暴発し、眩い光を辺りに照らしながら破損した。
 その光景を眩い光に阻まれつつも熟視を続けていたレオにすら、何が起こったのかは理解できなかった。

「一体何が......?銃が勝手に......?」

 エクイラは破損した銃を膝元に置くと、儚げな様子で正面に視線を向ける。

「私は、生まれた時からこの方一度も体に傷が出来た事がありませんの。自分でこのように傷つくことすら許されず、勝手に物が自己崩壊を引き起こすのです」

 エクイラは視線を膝元に置かれた破損したハンドガンに向けるとそれを優しく撫でる。

「そんな事が......。で、でもエクイラさん、さすがに今のはこっちが死ぬほど驚くのでマジで勘弁してもらいたいところですね......」

「ふふ、ごめんなさい。私のこの恩寵の使い道、こんなことにしか思いつかないものですから......」

「そんなこと!詳しい事はよくわからんですけど、でも要するに今のところ無敵ってことですよね?とても凄い事なんじゃ......?」

 レオが軽い口調でそういうと、エクイラは俯く。

「いいえ、そうではありませんの。私のこの恩寵は誰の役にも立つことはありません、誰かを守ることも出来なければ、誰かを気づける事も出来ない。本当に唯、私が私でいる為だけの力、純粋に私という存在を守る為の力。どこまでも独り善がりで孤独な恩寵なのです。そしてそんな巡りあわせの中で私が抱いてしまった唯一つの願い。きっとレオ様になら叶えてもらえるかもしれないと思ったのです」


「そのただ一つの願い、というのは......?」

 レオは固唾を飲みながらそれを問うと、エクイラはレオに近づき手を取ると顔を近づけながら答える。

「―――レオ様、私を、殺してください。いつの日か」

 レオはその囁かれた言葉に思わず絶句する、なぜ彼女のような人がそんな思いをしなくてはならないのか。なぜそのような願望を持つようになってしまったのか、巡り巡る思いがレオの中で乱れ打つ。

「なぜ......そのような事を......。仮に俺にそんな力があってもそんな事......」

「私は怖いのです、親しき者たちを置いて、いつしか私一人しかこの世界にいなくなってしまうんじゃないかって。私はこの力が嫌いです、私しか生き残る事が出来ないから、誰も守れず、愛しい人すら我が身で未来に繋げることすら叶わず。そして、更に私の体は老衰がどんどん緩やかになっていっているとドクター・メルセデスに言われました。このまま行けば、やがては本当に不死に成り兼ねない、と。そんな事になってしまったら......私は......」

 エクイラの話にはレオにとって同情する余地はなかった、難解な境遇である事に加えここでその話を否定すべきか肯定するべきなのか。つい最近まで唯の人であったレオにはその答えを導き出すことは出来なかった。

「俺には、なぜ貴方がそこまで自分に絶望してしまってるのか分かりません。エクイラさんのその願いに応えることが、果たして本当にエクイラさんにとって救いになることなのかも。でも貴方がその力で生きてくれたおかげで、俺はこうして貴方の透き通るくらい綺麗な声を聴いて、そして貴方の歌を心待ちにしている人たちがいる。それだけで、そうやって貴方が居るだけで十分なんじゃないかって。俺が拙い言葉で言えるのはこれくらいだけど、俺はエクイラさんの願いの為に殺す方法を探すより、貴方が生きていたいと思えるものを探したい」

 レオがそう言うと、エクイラの膝元に数滴の液体の粒がにポツポツと不規則に置かれた鉄の塊へと降り注がれた。それはレオが初めて見た女性の涙だった。

「まさか、そんな事を言ってくださる方が居るなんて......、ごめんなさい。思わず感極まってしまって......、本当にごめんなさい。はしたない姿をお見せしてしまって」

 エクイラは流れ落ちた涙を裾のポケットから取り出したハンカチで優しく拭き取る。

「い、いえ......」

 レオは、自分の発言をふと思い返すと余りに飾ったような言い回しにある種の羞恥心のようなものを覚えていた。

(うっ、エクイラさんの前だからってさすがにかっこつけすぎてしまった......!恥ずか死ぬ......)

「レオ様、ありがとうございます。その言葉に私の濁った心の中が少し和らいだ気がします。でもそんな事を言われしまっては尚更......」

 エクイラはそう言うと、レオの腕に抱きつくかのように腕を絡める。そして恍惚つした表情で彼女は言う。

「一層、レオ様に殺していただきたくなりましたわ」

(まじかー)

 エクイラはレオから離れてベッドから立ち上がると、近くの机に破損したハンドガンと先ほど涙を吹くのに使ったハンカチを添える。

「これらはレオ様にお預け致します、これからはレジスタンス全体がいよいよ忙しくなりますでしょうから、そんな傍らでもこれで私の事を思い出して頂ければこのエクイラは嬉しいです。いつか私を殺せる方法が見つかった時は、これをお返しに来てくださいね。では私はそろそろこの辺りで失礼いたしますわ」

 レオはエクイラを玄関前まで送り届ける。

「それではまた何れ会う日までご機嫌用、レオ様」

 笑顔でレオにそう言って背を向けると、エクイラはどこかへと帰っていった。去って行くエクイラを見届けるとレオは自室へと戻り机に置かれていた破損したハンドガンとハンカチに目をやる。

「『いつか私を殺せる方法が見つかった時は、これをお返しに来てくださいね』か、そんな日が来ないことを俺は願いますよエクイラさん」

 そして再びレオはベッドに着くと、目を閉じてその日を終えた。





















































[43110] 第52話 アンバラル第三共和国軍・セクター3
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/05 20:48
 前触れもなく始まった帝国軍のヌレイ戦線大規模侵攻、意図しない戦線の崩壊によって帝国国境付近、アンバラル第三共和国領の数個のセクターは既に帝国軍によって陥落させられていた。
 陥落したセクターの都市防衛軍はセクター3まで撤退を余儀なくされると、セクター3ではギルゼ・ルラード中将の指揮のもと、北部統合方面軍に再編成された。
 セクター3の頂上付近にある臨時作戦司令室には、ギルゼ・ルラード中将と共和国統合方面軍総括指揮官であるムハド少将の姿があった。
 アンバラルはいくつか派生した中の筆頭軍閥であり共和国本土とは内戦関係にあったが、アンバラル条約機構を元に現在は停戦している。
 ギルゼ中将はシガーを一服すると、柔軟なソファーに腰を下ろす。一方でムハド少将は立ち続けたまま、セクター3地区のビル群を一望できる司令室の窓から景観を眺めていた。

「ふはぁー、前線の状況は?」

 ギルゼ中将がムハド少将に投げかける。

「思ってたよりは酷くないぞ、構築した防衛ラインは以前堅牢だぁ。帝国軍の陸上戦力はその場で足ふみしている、こちらも各地の戦力が整えばセクター奪還も近かろう。結局、帝国の奇襲的な侵攻とはいえ奪われたセクターはたったの二つだぁ。当初ここは地政学的にも防衛ラインを築くのは難しいとも思ったが、如何せん奴らは兵の動かし方が下手らしい。数百年ぶりの大戦争の再来かと肝を冷やしたが、昔と比べればこの程度では唯の紛争だぁ。《《我々》》の出番はないかもなぁ」

 ムハド少将は振り返ると、ギルゼ中将の対面に置かれたソファーに着いて机に置かれていたワインに颯爽と手を出す。

「ふっ、我々と言っても。お前たちの軍が一方的に、だろう?どうせこの戦いは殆どアンバラルが負担する事になる。お前は統合戦条約に従ってここに赴いているに過ぎない、気楽でいいなお前達は」

「ふははっ、随分な言い様じゃないかぁ。立場は違えど元は同じ領土の仲間じゃないかー。こんな時くらい因縁は忘れて、目の前の敵に共に立ち向かう姿勢を目指すのが賢明だと思うがねぇ」

「その言葉をそっくり卿国や機械軍の連中にも言ってやれ」

 その返答にムハド少将はワインを飲みながら鼻で笑う。ギルゼ中将は一息つくと、手元の端末に目をやる。

「しかし帝国軍の狙いが分からんな、報告ではかなりの損害と死傷者を出していると聞いているが......。我々が攻勢に転じない事を良いことにつけあがっておるのか」

「さぁな、あの枢騎士共の事だ。どうせ内部議会で上層部が暴走しているんだろうよ、古いものを大切にしすぎるのがあの国の大きな弱点だぁ。あのままでは自ずと滅びるのも時間の問題よ」

 会話を一通り終えた直後、司令室に一人のアンバラル兵が入ってくる。すると、その兵士はギルゼ中将の方へと駆け寄った。

「中将、失礼いたします」

「なんだね」

「―――はい、それが先程帝国方面からやってきたミリタリア社の輸送機からレフティアと名乗るイニシエーターが中将に面会を求めておりまして......、如何いたしましょうか?追い払いますか?」

「ん、レフティアか。また面倒な話を持ってきたんじゃなかろうな......。まぁよい、私のオフィスに通せ」

「―――了解」

 そう言うと、その兵士は直ちにその場から退出する。

「ということだムハド少将、すまんが私は席を離れるぞ」

「あぁ、ごゆっくり」


 臨時作戦指令室から離れたギルゼ中将は自室のオフィスへと向かった、部屋に入り自分の席に着こうとすると、その席が突然こちらに振り返る。
 ギルゼ中将はそれに驚くが、そこには既にレフティアの姿があり自分の椅子に座り込んでいた。

「レフティアか......、来るのが早いな。会うのは久しぶりだな」

 ギルゼ中将はそう言うと、手前に乱雑に置かれていた簡素な椅子に腰を掛ける。

「えぇ、こうして会うのは久しぶりねギルゼ中将。少し老けたかしら?」

「あぁ、それはもう少し所ではないがね。にしても君はまだそんな露出魔のような恰好を続けておったのかね、いい加減懲りないのか」

「何よ、若き肉体を長く堪能し謳歌するのは私たちの特権じゃない?どうせ将来は老いた時間を若き時の何倍も過ごさなきゃいけないんだから今だけなのよ!!!なのよ!!!」

 レフティアは突如席から勢いよく飛び立つように立って、両手を振り挙げる。

「はぁ、もう良い。それで、こんな所にわざわざ戯言を話す為にやってきた訳じゃなかろうよ。それに帝国方面からミリタリア社の輸送機でやってきたという話じゃないか、今の時期は君たちの活動は確か制限されていたはずだがね?ミリタリア社が私的に君に関わっているのだとしたら、重大なコンプライアンス違反だな」

「そんなことはどうでもいいのよ中将、だってもうじき今の帝国は終わるんだもの」

 レフティアのその言葉に、ギルゼ中将は顔をしかめる。

「どういうことだね、レフティア」

「そのまんまの意味よ」

 レフティアはそう言うと、机にレジスタンスの作戦要綱が取りまとめられた重圧な資料を叩きつける。
 その資料を手に取るためにギルゼ中将は席から立って机に近寄る。そして手に取ると、その作戦名を読み挙げる。

「アンビュランス要塞撃滅作戦......だと。内部に反乱組織が結成されていたのか!?こちらの諜報機関でも実態は掴めていなかったが......、まさか本当にあったとは。大物を釣ってきたなレフティアよ、これを精査するのに時間をくれ」

「ダメよ、分析を待っている時間なんてない」

「何だと?」

「その作戦が実行されるまでもう数日しかない、今ギルゼ中将に問われているのはこの作戦が上手くいくことを信じた上で私の話に乗るかどうかというだけよ」

「無茶を言うな、私の独断でアンバラル軍は動かせんよ」

「無茶は百も承知、けどこの話を逃したらあなた達アンバラル第三共和国が一方的に損害を引き受けたまま終戦を迎えて私の本国に併合の隙を与えることになる。これは威厳を示すチャンスなのよギルゼ中将」

 ギルゼ中将はその場で頭を抱えながら再び席に着く。

「君はどっちの味方なんだレフティア、本国の共和国か?我々アンバラルか?」

「どっちでもないわよ、私は唯の帝国......いやレイシスの敵ってだけ」

「ふむ、そうか......。そういう奴か、それで君の考えを教えてくれるかねレフティア」

「あら、素直に聞いてくれるのね」

「あぁ、旧知の好だ。一通りは聞いてやる」

「そうね、そもそもこの話はあなた達にとっては低リスクハイリターンでしかないわ。だって大概の仕事はレジスタンスの人たちが終わらせてしまうもの、あなた達の仕事は簡単。撃滅作戦施行後、即ち枢騎士団が壊滅してアンビュランスを失った帝都ブリュッケンの政治機能を司る議事堂と中枢組織関連施設の直接制圧。これで今の戦争が損害も少なく早期に終わる、仮にレジスタンスの作戦が上手くいかなかったとしてもあなた達はいつも通りにしてればいいだけだしね?簡単でしょ」

 レフティアは自慢げにその考えを語る。

「聞こえはいいが、都市部の直接占拠だなんてどうすれば可能だっていうんだ?地上ルートからの都市進行なんて論外だぞ」

「ふふ、アンビュランス要塞撃滅作戦要綱にはエイジスシステムと固定レーダーの無効工作まで含まれているの。空の監視網を司っているレーダーが無効化されれば《《空》》はガラ空きよ」

「《《空》》だと......?まさか、空挺部隊を使えというのか?」

「その通り、しかも大規模なやつをね」

「ほう、なかなか面白い。幸いにも退屈そうに控えている余剰戦力はふんだんにある、臨時編成でならギリギリ間に合いそうだな。これはいい......これはいいぞ......、アンバラル独立以来最大の大規模作戦だ!これが上手くいけば帝国や共和国に対しても一定の影響力を我々が保有する事が出来る、素晴らしい。乗ったぞレフティア!」

「話に乗ってくれて助かるわギルゼ中将、共にこの戦いを終わらせるとしましょう」

 レフティアはギルゼ中将に対して右手を差し出すと、ギルゼ中将もそれに応じて握手を交わした。





[43110] 第53話 セラフ財団の謀反・クロナの失脚
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/05 20:49
 ―――セラフ財団本部、秘匿財団委員会にて。

 クロナ、真の名はリ・イリーナセラフ・オレリア。彼女が当主を務めるセラフ財団は世界有数の多国籍企業である製薬会社【オート・パラダイム】や軍需産業を営む民間軍事会社【センチュリオン・ミリタリア】を傘下に抑える組織である。しかし、表向きには彼女は考古学者であり学会では若いながら有名で、自ら率いる表向きは発掘隊チームである精鋭揃いの私設警備部隊【オレリアンクレイツ】を用いて世界中のあらゆる遺跡や遺物を発掘してきた。
 彼女が直接的に財団事業に殆ど関わることはなかったが、度々私的利用で財団権力を振りかざすことは多々あった。
 そういった事の積み重ねが、彼女が財団委員会からの不評を募らせていく事の原因になっていった。

「ここ最近のクロナ様の行動には目を見張るものがありますぞ、そろそろ我々も彼女の処遇について再検討するときがやってきたのだ」

 そう言い放ったのは財団委員会の副委員長であり、セラフ財団副当主である男、セリマンだった。

「セリマンの言う通りだ、いくら先代から引き継いできたものとは言え我々が彼女の元にいつまでもついていく合理的な理由などない!」

「そうだ、排斥だ!」

「当主権限を解体し、委員会に分配することで真の財団運営がなされるのだ!」

「帝国側とのギリア領域でのいざこざも結局後始末もせぬままあの方は、まったく......」

 他の委員会メンバーもセリマンの意見に賛同していく中、一人の委員会メンバーの女性は流れを遮った。

「さて、それはどうだろうかセリマン」

 センチュリオン・ミリタリアの代表者グゥリア・グレイスは委員会の意見の流れに歯止めをかけるかのような発言をする。

「どういうことだねグレイス代表?何が言いたい」

 セリマンは威圧するような態度と口調でグレイスに問う。

「いや、概ねあなた達の意見に賛同はできる。あのお嬢様にこの組織が適切に運用なされるかは疑問を感じざるを得ない。しかしだ、彼女を排斥した先に今以上の未来があるとも私は思えない」

「なるほど?グレイス代表は我々委員会が信用に値しないといいたいわけか」

「そうではないさ、私が言いたいのは当主権限の存在が組織の秩序を辛うじて保たれている一つの要因ではないのかと提唱しているのだ。彼女の人柄があってこその今があるとも否定は出来んだろう、我々が強大な覇権国家の壁を超えてこうしてまとまれているのは訳がある。そうは思わんかな」

 そのグレイスの発言にただ一人、首を縦に振る人物がいた。オート・パラダイム社代表のクレージュ・ミラーだ。

「確かに確かに、グレイス代表の意見は魅力的だ。当主権限という財団や関連企業の殆どの決定権を保有するような権力がこれだけ一極集中していても組織の秩序は保たれている、これに手を加えるなんて私も疑問を呈するね。それともそれ以上の理由をもってして当主を排斥したい理由でもあるのかねぇ」

 クレージュ・ミラーの発言に委員会は静まり返る。しかし、セリマンはそんな雰囲気の中でも血相一つ変えない様子でほくそ笑んでいた。

「ふっ、これはこれは大企業代表お二方の意見を伺えて幸栄の限りだ。しかし時間もあまりない事だ、ではここは奥ゆかしく多数決といきますかの。現財団当主、クロナ様の排斥に賛同する者は挙手を」

 そうセリマンの投げかけに財団委員会十二人のメンバーの内、二名を除いて全員挙手をした。

(なるほど、私の関知しないところですっかりセリマンに染まっていた訳かこの委員会メンバー共は。私が危惧するよりも早かったですよ先代様)

 グレイスはそう小声でぼやく。

(あちゃー、やはり当主利権に目が眩んでいたか。権限が分割されれば二流企業の代表者共は制約なき解放された経済活動ができる、我々と本気で対等する気でいる様だな。この調子じゃあ誰が何を授かるかは既に調整済みか)

 ミラーは内面でそう語った。

「おや、お二方を除いては概ね賛同されているご様子。大企業の代表者の意見を無下にするわけではありませんが、ここは財団委員会の方針として舵を取らせて頂く。これより現当主、真名リ・イリーナセラフ・オレリア改めクロナの排斥案を委員会過半数の賛成を以て可決とする。現時刻を以てして当主権限を解体、及び隷下組織の凍結とクロナの拘束、そして私設警備部隊オレリアンクレイツの殲滅を施行する」

 セリマンがそう言うと、会議室内には盛大な拍手が鳴り響いた。


 ―――オート・パラダイム社CEOオフィスにて。
 一方クロナは帝国領にあるオート・パラダイム社本部、CEOオフィスに数人のオレリアンクレイツの隊員を連れて訪れていた。

「グレイス遅いわねぇ、速くギリア領域に行く為の輸送機手配してもらいたいのに。ミリタリアは戦時中でどこも空きはないし、ディーク先生に早く遺物の実物を見てもらいたいのに......。はぁそういえば帝国の調査隊に奪われた四騎士の遺物もいつ取り戻そう......、あんまり実力行使的な手段はとりたくない、よねぇ」

 クロナはそう囁きながらオフィスの椅子をぐるぐる回しながら贅沢に座りこなす、しかしその時。
 オフィスの外の様子が少し騒がしい事にクロナは気づく。

「ん、なんだろう。なんか物騒な感じねー」

 クロナは他人行儀な様子でそう言うとそのオフィスの窓から外を覗く、すると外には数両の装甲車が停まっていて、周辺の社員が騒めついているのが伺えた。

「なにか不審者でもいたのですかね」

「裏切り者でもいたんじゃないですか?」

 オレリアンクロイツの隊員達が冗談めいた口調でそう言い合う。

「ふーん......」

 興味が薄そうな様子でクロナはオフィス内に視線を戻すと、壁を一つ挟んだ向こう側の社内から先ほどの外であったような騒めきが伝わってくる。

「うーん、なんかこれ。私の方に近づいてきてない?」

 困り顔でクロナがそう言うと、オレリアンクロイツの隊員の一人がライフルを構えてオフィスから出てオフィス外の様子を伺いに行く。すると、大量の武器が摺れる音や重厚な歩行音が迫ってくると共にその隊員は戻ってくる。

「クロナ様、武装した財団の私兵がこちらに近づいてきています。いかがなさいますか?」

「えぇ!?なんで?」

「クロナ様時間がありません、もうすぐそこまで迫っております」

「待って待って!争いはなしなし!まずは話をしてみましょ!」

 そういうとクロナはオフィスの外へと自ら出ていくと、オレリアンクレイツの隊員もそれに付き従いオフィスから出ていく。
 オフィスから出た先は数十人の武装した財団私兵に取り囲まれていて、周りにいた社員はいなくなっていた。

「クロナ様、委員会当局より貴方に拘束命令が出ています。このまま我々と同行してください」

 財団の私兵がそう言うと、オレリアンクレイツの隊員はライフルを構える。
 それに合わせて財団の私兵もお互いに突きつけ合うかの様に銃を構えるが、クロナがそれを手振りで静止する。

「待って待って、なんでなの?理由は?」

「委員会はクロナ様の当主権限を解体し、またその隷下組織の凍結も可決されたからです。このまま同行願います」

 財団の私兵に言い渡されたその内容に、クロナは頭を痛めたかのように手を頭にやる。

「なんてこと......、これじゃあ......、これじゃあ......」

 クロナが言葉を溜める中、財団の私兵はクロナを急かすように触れようとする。

「これじゃあ......、これからどうやって世界中を飛び回ればいいって言うの!?!?」

 クロナのその言葉に財団の私兵は思わずその場で硬直する。

「はっ、はぁ。とにかく委員会からは貴方を可及的速やかに拘束するよう命じられています。今すぐ同行願えますか」

「嫌よ」

「えっ、しっ、しかし。拒否されるというのならこちらもこの場での実力行使もやむを得ません、どうかお考え直しください」

 財団の私兵はそう言うとライフルの銃口をクロナへと向ける。

「嫌なものは嫌、そんなもの。私へ向けても何の解決にもならない」

 クロナのその言葉に財団の私兵は鼻で笑うと、無理やりクロナを連れて行こうと手をクロナの腕に掛けようとする。

「―――本当に、愚かね」

 財団の私兵がクロナに触れようとした瞬間、その財団の私兵の腕は突然姿を暗ましたかのように消える。

「えっ......?」

 財団の私兵が気づいた頃には消えていた部位の腕は血しぶきの円を描きながら宙を舞っていた。

「ぐああああああああああああ!!!」

 腕を吹き飛ばされた私兵の絶叫を掻き消すかのように、財団の私兵達が一斉にクロナへ向けてライフルを絶え間なく撃ちだす。
 しかし、その全ての銃撃はクロナに対して効果的ではなかった。クロナの寸前で不可視の障壁に阻まれたエネルギー弾は空中で硝煙を発生させていた。それはまるで蒸発のような現象だった。

「ど、どういう事だ!聞いてないぞこんなのは!」

「覚醒者だったのか!?」

「ど、どうする!?俺達の武装じゃあ覚醒者はやれない....」

 財団の私兵達が慌てふためく中、クロナは固有障壁である【刀空片】を一帯に展開する。
 大気の層で形成される刃はあらゆる場所に張り巡らされ、無数に作り出される。そしてその刃達が財団の私兵達を次々と突き刺していくと、断末魔が響き渡る。
 かつて人が居た生活感の温かみのあったその空間は、やがて赤く黒く染まっていった。
 その場にいたクロナを綺麗に避けるように飛び血は広がっていて、オレリアンクレイツの隊員達は飛び血で酷く汚れていた。

「あっ、ごめん。服、すごく汚しちゃったね」

 クロナは申し訳なさそうに隊員達に顔を向ける。

「いえ、それよりも財団委員会への対応はどういたしましょう?」

 オレリアンクレイツの隊員達は汚れに気にする素振りもなく、クロナの指示を忠実に待つ。

「そうね、オレリアンクレイツの本隊に委員会を捕縛するよう通達してください」

「―――了解」



 ―――クロナより勅命を受けたオレリアンクレイツの本隊は、すぐさまに委員会の設置されている財団施設本部へと急行していた。

「―――オレリアンクレイツ総員傾注。クロナ様の勅命により、これより財団施設本部へと赴きクロナ様を欺いた財団委員会共を捕縛する。この指令を阻まれるような事態が発生した際は各自の裁量での無差別武力行使が認められている、速やかに指令を遂行せよ」

 財団施設本部の閉ざされた門を強行突破し、敷地内へとオレリアンクレイツは侵入した。
 施設内の警備兵を度々無力化しながらオレリアンクレイツは施設内の丁度中央付近に位置する委員会会議室を目指した。
 会議室の扉前まで来たオレリアンクレイツは、合図を以て突入する。
 しかし、そこには委員会メンバーどころか誰一人して人の気配はなかった。

「どういう事だ?なぜ誰もいない」

「委員会メンバーはここで定例会議を開いているはずだが......」

 会議室内の隅々を隈なく確認するもやはり人のいた形跡はなかった。
 しばらくすると、外を見張っていた隊員から連絡が入る。

「―――大変だ隊長......。こっちに来てくれ」

 言われるがまま駆け足で入り口の方まで戻ると、そこには前触れもなく現れた財団私兵とセンチュリオン・ミリタリアによる混成一個大隊規模の部隊が施設を包囲するかのように展開されていた。
 クロナ自らの選りすぐり精鋭部隊相手とは言え、現総隊員30名に対する戦力としては過剰とも言えるようなものだった。
 目視で確認できるだけでもミリタリア社製戦車4両にミリタリア社製ガンシップが3機、対人武装しか施してないオレリアンクレイツにとっては絶望という言葉でも言い表せないほどの窮地だった。
 そして降伏勧告もないまま敵は施設もろとも遠慮することなくオレリアンクレイツに対して射撃し始める。
 それに対して何とか遮蔽に身を隠して応戦するオレリアンクレイツ。攻撃が始まった時点で既に数人の隊員が死亡した。

「鼻っから待ち伏せで俺達を皆殺しにするつもりだったのか財団は......」

「へへっ、まぁこう考えりゃいいんですよ。こうでもしなきゃ俺達を倒せるとは思えなかったって、これはもう実質俺達の勝ちみたいなものですよ隊長」

「あぁ、そうだな。これは所謂、勝負に負けて戦いに勝つ。ってやつかねぇ......、とまぁどの道俺達はここで最後の足掻きを奴らにお見舞いすることになる。一個大隊用意して正解だったってことを財団のビジネス畜生共に教えてやろうや......。いくぞぉ!おまえらぁ!!!クロナ様の指令は果たせそうにないが、今まで散々無茶振りに付き合って来たんだ!たまには失敗したっていいよなぁ!最後くらい華々しく飾ろうや」

 隊長のその声掛けをオレリアンクレイツの通信チャネルに向けて言うと、それを最後に通信が切断される。オレリアンクレイツは雄たけびを上げながら敵の地上戦力へと突撃していった。


 ―――その後、現場到着後連絡のないオレリアンクレイツを案じたクロナは共にしていた数人のオレリアンクレイツと共に財団施設へと足を運んだ。
 足を運ぶ途中見かけた財団施設から立ち上がる複数の黒煙が見えたが、通常の歩兵戦力で引きこせるような規模のものではない光景だった。

 財団施設に辿り着き、破れた門を通過したその先には。
 およそ半壊したと見られるミリタリア社と財団私兵、混成一個大隊の姿があった、ガンシップは全て撃墜され、戦車車両の何台かは撃破又は破損されて行動不能になっていた。
 遺体の回収作業を財団私兵達が行っていた辺りを見ると、自ずとオレリアンクレイツは全滅したのだと直ぐに分かった。
 クロナは近くにあったオレリアンクレイツの制服を着た遺体に近づき、通信機を拾い上げる。
 その通信機を開くと、隊長が最後の通信として残していた物がチャネルに残されており、クロナはそれを再生した。

「うん、確かに。財団はこの規模の部隊を用意して正解だったみたい、この光景をみれば一目瞭然だよ。たった30名の部隊が約500人近く居た一個大隊とタメ張ったわけだからね、君たちは私の誇りです」

 クロナはそう言うと、無数の刃空片を展開する。
 不可視の刃はこの場のあらゆる敵対勢力を目掛けて、豪速に放たれた。やがてこの場には静寂が訪れた。

「我々はこれからどういたしますか?クロナ様」

「そうだね、しばらく卿国にある別荘にでも行って大人しくしてようかな。世の中色々ときな臭いし、落ち着いてからまた現実と向き合えばいいよ」

「―――分かりました」

 クロナ率いるオレリアンクレイツ総勢32名の内、30名がミリタリア社と財団私兵による混成一個大隊との戦闘によって戦死。
 そして、生き残りの隊員二名とクロナは卿国の別荘へと赴いた。

 ―――秘匿財団委員会にて。

「ば、ばかな!?一個大隊だぞ!?全滅なわけあるか!生き残りはおらんのか!?」

 セリマンは会議室内で受話器を用いて先の殲滅作戦の報告を受けていた。

「いやはや、恐れ入ったね。選りすぐりとは聞いていたが、たかだか数十人の部隊に内の兵士がやられちゃうなんてね。それに話によればクロナ様が世界に唯一一人の【セラフィール級ディスパーダ】、噂の人類最強とも臆されるような覚醒者だったとは知る余地もなかったよね。そりゃどれだけ並みの兵を積んでも敵わないよね、彼女自身が今まで好き勝手やってこれた理由も納得だよ」

 クレージュ・ミラー代表はそう言うと大きなため息をつく。セリマンがそれに合わせるかのように受話器を机に叩きつける。

「呑気なことを言ってる場合かミラー代表!!!我々はクロナによって滅ぼされるのやもしれんのだぞ!!!」

「知ったことですか、我々は事を見誤った。滅ぼされるのが摂理ってやつでしょうよ。内は製薬会社なんでね、荒っぽい事は分かり兼ねる」

 クレージュ・ミラーは机に上に足を組むと素っ気ない態度を取る。

「ちっ!グレイス代表!なにか考えはないのか!?」

 セリマンに急に話を振られたグレイスは呆然した様子だった。

「なにか。とは?」

「ぬううッ!貴官の組織にクロナに対抗しうる物はないのかと聞いておる!!!」

 そう聞かれたグレイスは即答する。

「ある」

「なんだと!?それは本当か!?それは何だ!?」

 セリマンが凄い剣幕をグレイスに向ける。

「企業DP。秘匿のディスパーダ傭兵部隊を使う、覚醒者に対抗するにはやはり覚醒者しかない。我々の領域で解決できる次元はとっくに超えている」

「だ、だが並みの雇われディスパーダ程度では話にならんのではないか!?」

「当然だ、我々が雇うのは唯のディスパーダではない」

 グレイスがそう言った瞬間、クレージュ・ミラーの表情が曇る。

「グレイス代表、まさかアイツを雇う気か......?」

「そのまさかだ」

 グレイス代表の発言内容に、クレージュ・ミラー以外の代表者達はついていけずに黙々とする。

「それは一体何なんだね、グレイス代表」

 セリマンはその存在の答えを急かした。

「デュナミス評議会にすらその身を捕えるのが容易ではない究極の人外未知領域達、セラフィールに次ぐ階級である【エンプレセス】。その【第九人外終局】だ」



















[43110] 第54話 アンビュランス要塞撃滅作戦・第一段階
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/05 20:49
「―――という事でね、一応ツテがあるアンバラルの指揮官さんに計画の話は通したわよ。でも正直、本当に介入してくるかどうかは確約できないからね?そこんところよろしくメイ・ファンスさん」

 対アンビュランス要塞作戦指令室にて、メイ・ファンス少将はレフティアと通信機を用いて連絡を取り合っていた。

「―――えぇ、分かってますよレフティアさん。後ろ盾の儚い希望があるだけでもありがたい。特に我々のようなほんのひと時しか存在しない矮小な組織にとってはね」

「―――ふーん、まぁいいけど。私はこれで一旦身を引くわ、後はあなた達次第ね。幸運を祈ってるわぁーレオ君によろしくー」

 レフティアがそう言うと一方的に通信が切断される。

「やれやれ、お転婆なお嬢さんだこと」

「しかし確約されない援軍に期待してこの作戦に臨まなければならないとは何とも嘆かわしい話だな」

 メイ・ファンスの傍にいたアイザック大佐はそう言う。

「仕方ないですよアイザック大佐、いつの時代も国を変革するのに必要なのはほんの一握りの蛮勇たる者達の存在。後先考える者が本物の変革を起こすことはない、私たちには後ろ盾があろうとなかろうと鼻から関係ない。これは国に向けての壮大なメッセージなのですから」

「そんなもんですかねぇ」

 アイザックは俯きながらそう答える。

「ところで、レオ君の戦闘部の編成は如何ほどになりましたか?」

 メイ・ファンスはアイザックにそう聞く。

「彼はヘレゲレン少佐が率いる第三戦闘部に編成しました。当初の予定通りに残党狩りに参加させますよ、訓練の成果を見るに彼くらいの力になれば枢騎士団長クラスを相手にしても問題なさそうですしねぇ」

「そうですか」

 メイ・ファンス少将はそう短く答える。


 ―――同刻、地下要塞幽閉施設にて。
 ダグネスによってレオは引き続き対ディスパーダ用の戦闘訓練を行っていた。

「随分身のこなしがそれらしくなってきたじゃないか、もはや大抵のレイシスでは君には敵わんな。やはり君の肉体はヘラクリアムとの驚異的な親和性を誇っている事は間違いなさそうだ」

「そうか?これなら何とかあんた達に迷惑をかけずに済みそうだな......」

 レオはそう言うとその場で座り込み体力を養う。すると、幽閉施設の入り口からベルゴリオが現れる。

「ダグネス様、そろそろです」

「ん、もうそんな時間か。やれやれ、訓練はもうお終いだ。作戦が始まる、私たちはしばらくここからお暇させて頂くよ」

 ダグネスはそう言うと、人工ソレイスであるイレミヨンを収めて入り口の方へと向かう。

「そうか......あの。ダグネスさん!」

 レオの呼びかけにダグネスはゆっくり顔だけ振り向ける。

「えっと、俺を鍛えてくれて助かった。その、感謝してる。ベルゴリオあんたにもだ、あんた達がいなけれゃ俺はずっとこの世界じゃ役立たずだったかもしれない......」

 レオは若干照れたような様子でそう言った。

「なんだ貴様急に気持ち悪い事を言いよって」

 ベルゴリオがそう言う。

「なっ!?感謝してるって言ってるだけだろうがよ!?」

 レオはそう言うと、ダグネスはそれを見て微笑む。

「ふふ、感謝されるいわれはないぞ。遅かれ早かれお前はその領域に達していただろう、私達は唯。君の成長の傍らに居ただけだ」

 ダグネスはそう言うとレオを残してその場から去って行った。



「ベルゴリオ、彼をどう思う?」

 作戦指令室へと向かう道中、ダグネスはベルゴリオにそう問う。

「はっ、彼は我々の常識からは逸脱しています。正直後天的なディスパーダ類というよりは、もっと別の何かのように感じました」

「そうだな、彼は我々とは根本的に本質を違えている気がしてならない。彼の存在がこ作戦において裏目に出ないことを祈るよ」

 ダグネス達は作戦指令室と着くと、メイン中佐が撃滅作戦第一段階のブリーフィングを行っていた。
 その内容は、撃滅作戦を本格的に始動させるための前段階、アンビュランス要塞防空システムであるエイジスシステムの期日無効化である。
 その為にはエイジスシステムを管理している要塞内のセキュリティルーム直接占拠を極秘裏に実行する事が急務であった。
 その為のレジスタンスのエンジニアチームと、ダグネス率いる第十一枢騎士団が主な役割を担う事になる。

「エンジニアチームは当日入れ替わりのセキュリティスタッフを控室で制圧、その後扮装してセキュリティルームに侵入してもらう。偽造IDを使って認証を潜り抜けてセキュリティルームに入る。その後は直ちに室内の全スタッフを排除して作業に取り掛かる、作戦時間は入室後六時間以内だ。第十一枢騎士団はアンビュランス要塞の固定レーダーを無効化するための工作を行う、場所は全部で八か所ある。こちらも期日無効化だ、悟られないようにな。では各自配置につけ」

 メイン中佐が第一段階のブリーフィングを一通り行うと、満を持してダグネス達やエンジニアチームは行動を開始する。



 エンジニアチームはアンビュランス要塞へと向かい、入り口でのID認証を潜り抜けてセキュリティルームスタッフが利用する控え室へと訪れる。
 そこには当日入れ替わり予定のセキュリティスタッフ達が居た、エンジニアチームは予定通りに手際よく隠密にスタッフを消音性のハンドガンで無力化していく。
 遺体はそのままロッカーに隠し、エンジニアチームはセキュリティスタッフに扮装するとそのままセキュリティルームへと向かう。

 ダグネスが率いる枢騎士団の高官達はその身分を利用し、難なくと厳重なセキュリティの敷かれる固定レーダー区画へと踏み込む。

 エンジニアチームはセキュリティルームに到着すると、そこで警備兵による再ID認証を受ける。
 ID認証を無事すり抜けると、セキュリティルームへの入り口が開かれる。
 エンジニアチームはセキュリティルームに入って扉が完全に閉め切るのを確認すると、それぞれに対応した持ち場へと向かい既存のセキュリティスタッフを全員速やかに排除した。
 そしてエンジニアチームはエイジスシステムの無効化工作を開始する。

 一方、ダグネスはファルファを要塞内病棟から近くの駐屯基地に移送する為に数人の枢騎士を連れてファルファの病室へと訪れていた。

「ファルファ、話は聞いているな?」

「はい、ザラ様。ついに始まろうとしているのですね、革命が」

「そうだ、ではファルファを頼む」

 ダグネスがそう言うと、周りの枢騎士達は軽くダグネスに向かってお辞儀をする。その後、枢騎士達の手によってファルファは第十一枢騎士団管轄の駐屯基地へと運ばれた。

「一通りの事は済んだ、後は......」

 ダグネスはセドリックとアルフォールの事をその境遇から気にかけていた、真に改革された帝国で彼らには生きていて欲しいとそう思っていた。
 そう思っていた矢先、廊下の方からある男の声がした。

「その方を連れてどこへ行こうとしている」

 廊下の方へ向かうと、ファルファを移送しようとしていた枢騎士達がレイシスであるセドリックに呼び止められていた。

「ファルファ様には第十一枢騎士団駐屯基地への移送命令が出されています」

 枢騎士達の一人がそう言うと、セドリックは怪訝そうに表情をする。

「ふむ、おかしいな。なぜこのタイミングで移送を?」

「それは......命令受けている過ぎませんので我らにはわかりかねます故......」

 枢騎士達が言葉を詰まらせる様子を見てセドリックは不信に思う。そのままセドリックの傍を通過しようとする。
 そして再びセドリックは呼び止める。

「待て、確認を取らせてもらう。その方はまだ完治して居られない、駐屯基地の設備でどうこうなるとも思えない、何かの間違いだろう」

 セドリックがそう言うと、枢騎士達は足を止めてしまう。

「いや、確認などしなく良い。私がそう直々に命じたのだ、行け」

 病室から出てきたダグネスがそう言うと枢騎士達はすぐ様にその場から去った。

「どういう事ですか、ダグネス様。彼はまだ万全ではないでしょう?どうしてこのような事を......?」

「セドリック、そうではないのだ。そうでは......」

「ダグネス様、一体どうなされたというのですか?貴方だけは他の枢騎士団長とは違うと思っていましたが、どうやらそうではなかったようで」

 ダグネスは様々な葛藤で思いつめていた。

「私は......、私は......。くっ、やはりセドリック。君のようなレイシスを見殺しにすることは出来ない......」

 ダグネスのその言葉にセドリックは困惑する様子を見せる。

「見殺し......?一体何の話を......?」

「私と共に来いセドリック、詳しい話は出来ないが......。とにかくここに居てはいけないのだ!どうか私の言葉を信じてほしい!!!」

「さっきから何を妙な事を言っておられる!すみませんが尋問枢騎官として貴方をここで拘束させて頂く!一連の行動、看過できるものではない」

 セドリックはソレイスを顕現させて矛先をダグネスへと向ける。

「くっ、センシティブって奴か......。気取られ過ぎた、これだからヘラクロリアム感応者は嫌なんだ」

 尋問枢騎官は枢騎士の中でも特にヘラクロリアム感応に優れた者がなれるセンシティブ能力が備わった者たちで構成されており、主な役割は枢騎士やレイシスの秩序保安である。普段はエアー級空中戦艦などに在中し、国中を巡ってその優れたヘラクロリアム感応を使って、不穏な動きをしているレイシスやその他覚醒者を取り締まっている。

 ダグネスは腰に据えた片方のイレミヨンを取り出しブレードを展開する。
 そして、セドリックは密かにエアー級空母に在住する対ディスパーダ戦に特化した帝国軍特殊部隊『ラーク』に腕に取り付けられた緊急救援要請用装置で救援要請をすると、セドリックはダグネスに勢いよく切りかかる。

 ダグネスがそれを難なく受け止め鍔迫り合いになる。

「セドリック、分かっているだろう。君では私に勝てない事くらい」

「もちろん分かってますよダグネス様!身の程くらい、ねぇ!!!」

 セドリックは勢いよくダグネスのソレイスを押し放つと、一旦距離を取る。

「ですから、俺は時間稼ぎです。とても俺一人で貴方を捕まえる事は出来ないのでね」

「まさか......、『ラーク』か......!随分面倒な連中を呼んでくれたなセドリック......」

 セドリックとダグネスはそのまま剣戟を交わし続け、いくつかの病室を破壊しながらそのまま外へと身をお互いに放り出す。
 身を放り出した先は病棟区画のあまり人目のつかない雨の降り注ぐ中庭だった。
 セドリックは辛うじてダグネスと剣戟を交わし続けるが、体中の腱を狙われたセドリックは体制を崩しそのまま膝を着く。

「クソ......」

「セドリック、本当に今の帝国に未来があると思うのか?傀儡皇帝を担ぎ上げ、枢爵の支配制度の言いなり。このままではこの国はいずれ滅びてしまう。今の戦争でさえそれを代弁するかのような勝算のない虚勢の戦争だ!本当に国を憂い命をとして戦う帝国軍人や枢騎士達がこれでは報われない!これからもだ!私は変えたいんだセドリック、君はどう思うんだこの国を、枢騎士を!」

 セドリックはダグネスのその言葉に静かに耳を傾け、しばらく沈黙する。

「貴方の言う通りですよダグネス、確かにこの帝国に未来はない。だからといってどうればいいっていうんですか!?帝国主義を掲げ、独裁体制の体裁が取られてしまったこの国でどうやって我々のような存在が強大な枢爵に立ち向かえるというのですか!?」

「だからこそ、革命を起こすんだよセドリック。我々にはその用意がある、だから私を信じて欲しいんだセドリック、禁忌術に身を滅ぼしてしまったアルフォールの為にも」

 ダグネスはセドリックに手を差し伸べる。

「ダグネス......様......」

 しかしその時、突如上空にガンシップが現れダグネスを二基のサーチライトで照らす。ラぺリングで降下してきた兵士にダグネス達は囲まれた。

「―――ラークか!」

 対ディスパーダ戦に特化した兵装を身につける特殊部隊であるラークは、ダグネス程の実力者であっても戦いは困難を極める。
 スタンダードのAEポイント弾とは異なり、ヘラクロリアム組成を反転させてしまう消滅性の高い特殊なAEポイント弾を使用する。
 この為、ディスパーダの特性である人体再生系が損なわれるのでディスパーダにとっては治癒困難の致命傷となる。
 それだけでなく、防具も最新鋭であり大抵の物を切り裂くソレイスの斬撃であっても一定の防御能力を有する。

「―――要請者、尋問枢騎官セドリック及び、第十一枢騎士団長ダグネス・ザラを確認。指示を待つ」

「尋問枢騎官セドリック状況を説明しろ」

 駆け付けたラーク隊の隊長はセドリックに説明を要求する、そしてラーク隊は銃口をダグネスに向けたまま隊長の指示を待っていた。

「......いや、誤要請だ。俺の勘違いだった」

「なんだと......?そんな馬鹿な話があるか!病棟施設が損壊しているのを確認している、尋問枢騎官セドリック及び、第十一枢騎士団長ダグネス・ザラをこの場で拘束する」

 ラーク隊の隊長はラーク隊に指示を出すと、ディスパーダ用拘束具を取り出しセドリックとダグネスに拘束具を掛けようとする。
 しかし、セドリックは拘束具を振り払い持ち前のソレイスでその隊員二名の首を跳ねた。

「―――セドリック!!!」

 ダグネスがそう彼の名前を叫ぶと、その刹那。セドリックはダグネスの方へ振り向く。

「ダグネス様、アルフォールを。アルを頼みます」

 刹那にその言葉をダグネスへ放つと、セドリックはラーク隊から銃撃を受ける。
 セドリックは中距離空間障壁を展開しそれを一時的に防ぐが、弾幕によって直ぐに破られ左肩部に命中し、左腕が吹き飛ぶ。
 そしてその隙を見逃すまいとラーク隊の隊長は、人工ソレイス・イレミヨンを取り出しセドリックの首を狙う。
 しかし、それに反応したセドリックは何とか態勢を取り戻し鍔迫り合うとそのまま隊長を吹き飛ばす。
 再び銃撃を受けそうになったセドリックは、空間障壁を再展開しつつソレイスを空中のガンシップに目掛け投擲する。
 投擲したソレイスはガンシップの操作系に命中し、制御を失ったガンシップは地上のラーク隊を何人か巻き沿いにして墜落した。
 一瞬安堵するセドリック、その瞬間背後からイレミヨンによって刺突される。

「この裏切り者が......!高くつくぞセドリック!」

 刺突したイレミヨンをセドリックの体から足を使って抜くと、隊長はハンドガンを取り出しセドリックの頭部に狙いを定める。
 しかしその瞬間、瞬時に距離を詰めたダグネスが隊長の腕を装甲の薄い関節を狙って切り落とすと、そのまま流れるように心臓部位を狙い、体内を巡るヘラクロリアムを腕に一時的に一極集中させる、それによって生み出される一撃は装甲を容易く貫いた。
 心臓を貫かれたラーク隊の隊長は、そのまま倒れ込み絶命する。

 ダグネスはセドリックに駆け寄る、セドリックの体は酷く損傷し特殊なAEポイント弾で破損した肩部は未だ再生がなされない。これは損傷付近のヘラクロリアム組成が反転してしまっている為に再生機能系が一時的に麻痺しているからだ。
 その間に流れた大量の出血が、セドリックの生命活動を保つための必要量を大幅に失われてしまった。
 故にセドリックの生存は絶望的であった。

「セドリック、意識はまだあるか?」

「えぇ、まぁ。でも......ボーっとしちゃって......。もう俺は無理です、流れた血が多すぎる......、体が再生を始める前に俺の命は無くなる......。ダグネス様、どうかアルを......、未来ある国へ連れて行ってやってください......」

 セドリックはそう言うと、首飾りのような形見をダグネスに渡してそのまま眠るように死んでいった。
 ダグネスはそれを受け取り、握りしめる。

「セドリック、貴方の思いは無駄にしません」

 ダグネスはそう言うと、その場から立ち上がる。イレミヨンを手に持ちながらラーク隊のまだ息のある負傷兵の元へと向かう、ラーク隊の負傷兵に止めを刺し周りながらそのまま通信機を用いてベルゴリオに連絡を取る。

「ベルゴリオ、病棟で入院中の尋問枢騎官アルフォールの移送もファルファと同様に頼む」

「―――はっ、仰せの通りに」

 ベルゴリオはその通信を、通信の向こう側から聞こえてくる何やら助けを乞う声を聴きながらダグネスの指示を受ける。
 ラーク隊の負傷兵に止めを刺し終えたダグネスは第十一枢騎士団駐屯基地へと速やかに帰還した。















[43110] 第55話 アンビュランス要塞撃滅作戦・第二段階『総攻撃』及び第三段階『残党掃討作戦』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/05 20:50
 第二区に存在する対アンビュランス地下要塞、作戦指令室にて。

「―――エンジニアチーム工作完了、固定レーダー停止コード確認、固定レーダー及びエイジスシステム停止予定時刻まで残り300秒ジャスト」

「―――全施設員第一種戦闘態勢に移行、三個戦闘部既定位置にて配置完了、第十一枢騎士団は駐屯基地で待機中、作戦指令室からの指示を待っています」

「―――要塞全設備、砲撃システム、オールグリーン全て異常なし。付近の民間人の避難完了、いつでも行けます」

 次々と告げられる要塞システム、実行部隊に関する報告をレジスタンス総司令官であるメイ・ファンス少将は黙々とそれを受ける。
 作戦指令室にはメイ・ファンス少将の他にアイザック大佐、エクイラ副総司令官、メイン・オルテ中佐、ドクター・メルセデスの姿がそこにあった。

「ついに、始まるのですね......」

 エクイラはそう言う。

「えぇ!ここから沢山の命が失われますぞぉ!!!」

 メルセデスは興奮気味にそう言った。

「残酷だが、これも因果応報だ。なぁ、枢爵よ。お前達が奪ってきた命の数に比べたら、これくらい当然の報いだろうよ」

 アイザック大佐はそう言う。

「戦闘部諸君、幸運を祈る」

 メイン・オルテ中佐はそう言った。

「我々レジスタンスがこれまでに積み上げてきたのは今この時、この瞬間の為。この作戦によって全ての同士はこの時をもって報われる。では革命を、始めます。対要塞攻撃システム機動、全AE火砲、長距離ミサイル展開、標的。『アンビュランス要塞』」

 メイ・ファンス少将はそう言いながらアンビュランス要塞が大画面に映し出されたモニタ―に向かって指をさす。

「エイジスシステム無効化時刻をもって『アンビュランス要塞撃滅作戦』第二段階を施行します」

「―――エイジスシステム期日無効化時刻、テストレーザー発射」

 作戦指令室のオペレーターがそういうと数秒の間が空く。

「―――テストレーザー有効、エイジスシステム無効化確認!」

「全砲門解放、砲撃開始!!!」


 その頃、アンビュランス要塞では定例枢騎士評議会会議に出席するために各枢騎士団の団長が集められ、枢爵もまた会議室へと向かっていた。
 他の枢爵と共に会議室へ向かう道中、第一枢機士団長である枢爵ガイウォンは自らに迫る危機を瞬時に悟った、そしてそれは他の枢爵も同様に感じ取っていた。

「な、なんじゃぁこれは......これはいかん」

「ここに危機が迫っておる、どこからか仕掛けてくるぞ」

 ガイウォンの言葉に第二枢騎士団長、枢爵ハレクはそう言う。

「膨大な光が見える......」

 第四枢騎士団長、枢爵ラゴフォンはそう言った。

「マズイのう、ここはもうダメだ!直ぐに指揮系統を地下シェルターに緊急移行させるのだ!早く!儀式を早める、ネクローシスも向かわせるのだ」

 第三枢騎士団長、枢爵ゼーブは側近の部下にそう伝えると、枢爵達は瞬時に悟った生命の危機から逃れるべく他の枢機士団に危機を知らせる事もなく地下シェルターへと避難した。

 地下要塞からのAE火砲、長距離ミサイルによる飽和攻撃第一波が始まった。アンビュランス要塞付近に常駐していたエアー級空中戦艦が突如大きな飛来音と爆発音と共に墜落していく。
 その様子を見た刹那、アンビュランス要塞に居る全ての帝国軍人達はこの地に迫る危機の予兆を知り一斉に雨降る夜空を見上げるも、幾千に輝く星々とは違う輝きに帝国軍人達はその光景に目を見開く。
 その正体を知るも、絶望に浸る暇もなく、アンビュランス要塞は直ちに火の海と化す。

 第一波の時点で何百発と打ち込まれたアンビュランス要塞は、辛うじてその見る影を保っていた。辺り一面に首都住まいの軍人達にとっては見たこともないような遺体の数、そして響き渡る悲鳴の数々がアンビュランス要塞を死の地へと成り立たせていた。
 その中でも人一倍の生命力を誇る枢騎士団長達でさえ、大半の枢騎士は死に絶えていた。大半の死因は決まって出血死である、如何なる屈強な戦士でも不意に喰らった火砲による攻撃を防ぐ手立て等存在しない。
 第一波が終わると、生き残った帝国軍人達は負傷兵の移送と臨時司令部の設置を急いだ。
 しかし瞬く間に第二の光の雨が、その間に降り注ごうとしていた。


 戦闘部の既定位置から第一波の砲撃の様子を見ていたレオや戦闘部の枢騎士達は、その余りの光景に言葉を失っていた。

「これが......、俺達のやっていることなのか......」

「想像以上だな......、これならあの枢爵もさすがに死んでるだろうよ」

 レオの背後で戦闘部のレイシス達はそう囁いていた。



「―――第一波完了、続いて第二派装填」

「間髪いれずに、再生と逃げる隙を与えないでください」

 メイ・ファンス少将は、まじまじと正面に映し出された燃え盛るアンビュランス要塞を見ながらそう指示を伝える。

「これで枢爵、やりきれるといいんだけどねぇ......」

 アイザック大佐は腕を組みながら、メイ・ファンス少将と同じように正面のモニターを見つめる。

「いやぁー!いくら枢爵といえどAE火砲をもろに喰らっちゃあ生きてはいないでしょう!それこそ生き残れるのはレオ・フレイムス、彼くらいの特異点でないとねぇ!」

 ドクター・メルセデスは調子の良い口調でそう言う。

「何事もなくこのまま終われれば良いのですが......」

 エクイラがそう言うと、アイザック達はエクイラに冷たい目線を送る。

 地下要塞からの飽和攻撃による一通りの波状攻撃を終えると、アンビュランス要塞はかつての立派な建造物群の見る影も無くなっていた。
 その様子を見たメイ・ファンス少将はアンビュランス要塞撃滅作戦・最終段階である第三段階に移行しようとしていた。

「第三段階、最終フェーズへ移行。残党掃討作戦を開始、戦闘部は第十一枢騎士団と挟撃に当たり残党及び枢爵達の遺体を捜索してください」

「―――了解、最終フェーズへ移行。戦闘部、及び第十一枢騎士団へ通達、残党掃討作戦開始。可能な限り枢爵の遺体を捜索せよ」

「―――こちら戦闘部、了解。作戦行動を開始する」

「―――第十一枢騎士団、こちらも了解した。挟撃にあたる」

 第十一枢騎士団長、ダグネス・ザラ直々に通信の連絡を終えると、戦闘部とアンビュランス要塞後方に位置する駐屯基地からの挟撃による残党掃討作戦が開始された。

 レジスタンス三個戦闘部は南東方向より侵攻し、ダグネス率いる第十一枢騎士団は北西方面からアンビュランス要塞残党を挟撃する。

「ぐうぅ......、誰か......。誰か居らんか......、クソ......」

 周りの部下は全滅し、その中で唯一人生き残っていたのは第七枢機士団長のリディックだった。
 リディック団長は地面を這いながら、周囲に人影を探す。すると、見覚えのあるローブをした集団をその瞳にぼやけながらも捕えた。

「おぉ......!助けが来たか......!おーいこっちだ!手を貸してくれ出血が酷いのだ......、傷が塞ぎきらん......!」

 振絞った声でその集団に呼びかける、するとその集団はリディックにすぐさま駆け寄ってくる。
 その集団の一人がこちらまで十分に近ずくと、リディックは手を差し伸べる。
 しかし、差し伸べた手は突然その者の紅いブレードによって切り落とされた。

「な、なぜ......?」

 リディックは目をしっかりと見開くと、そこに立っていたのは第十一枢機士団長、ダグネス・ザラ。今、自分の腕を切り落とした張本人だ。

「ど、どうしてだあああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「すまないリディック殿、確かに貴殿は議会の中でも穏健派だったな。しかし、ヌレイ戦線を崩壊させヒットマンの英雄小隊を死なせた張本人でもあるか。貴殿の事は別に嫌いではなかったが、何れにせよ覇権主義的思想持つ貴殿等にはこれから先の時代を生きるにはそぐわない、これから良き時代を繋ぐためにも貴殿等にはここで滅んで頂く」

 そう言うとダグネスはイレミヨンをリディック団長の首へと当てる。

「ははっ、そうかい......。我々は淘汰されるべき存在......ってか」

 リディック団長は、周りの遺体に止めを刺して確認し周るダグネスの部下たちを見ながら、そう言った。

「余程この国を恨んだ連中が糸を引いているようだな......、一歩間違えればダグネス。お前も滅ぼされる側だったのではないかね......?」

 リディック団長は息を切らしながらダグネスに問う。

「私達はそもそも最初から滅ぼされる側だった、だからそれを変える為に貴殿等を滅ぼすことを選んだ。ただ、それだけのこと」

 リディック団長はダグネスのその言葉に笑って返すと、ダグネスはそのままリディック団長の首を刎ねた。
 その後も掃討作戦はしばらく続き、戦闘部も生き残った瀕死の枢機士団長と対峙していた。

「なぜ貴方達......、祖国を裏切るの......どうしてなの......」

 対峙する戦闘部に向かってそう言うのは第十二枢機士団長、レフィーエ団長だった。そしてその隣には第九枢機士団長、イデラの姿もあった。二人とも瀕死の様子で戦闘部と剣を交えようとしていた。

「俺達は別に裏切ってなどいない、先に裏切ったのはそちらなのだ。レフィーエ団長」

 そう言うのは第二戦闘部の隊長、ヘレゲレンだ。

「過去の栄光を求める事が、お前達にとっては滑稽だったとも言いたいのか?」

 第九枢機士団長、イデラ団長はそう言う。

「そうだ、過去の遺物に囚われた枢爵に貴方等もそれぞれの立場に違いがあろうとしても姿勢は一貫している。帝国主義の思想はここで途絶えさせなければならない、負担を強いられている同士を解放するのだ」

 ヘレゲレンがそう言うと、数十人のレイシスが顕現させたソレイスで一斉にレフィーエ団長に切りかかる、しかしレフィーエ団長に対して比較的軽症で余力のあるイデラ団長は枢光《ヘイテンロア》で数人のレイシスを葬る、そのままヘレゲレンの隙を見たレフィーエ団長は首を刈り取ろうとするが、それは駆け付けたレオによって寸前に阻止される。

「へぇ!?あんた何者よ!?」

 そう言ってレフィーエ団長はレオをソレイスで押し離す。

「いつのまに私の間合いに......、こんなレイシス見た事ないのだけど?」

「レフィーエ団長に同様、もしかして彼が例の......?」

 レフィーエ団長とイデラ団長はレオを警戒しながらその正体を探ろうとする。

「なんだっていいさそんな事、俺は枢機士団長とかいうのを倒しに来ただけだからな。小難しい話はなしだ」

 レオはそう言うと、二本の剣状ソレイスを展開させる。そして、そのままイデラ団長の方へと突っ走る。

「お前が何者なのかは知らんが、あまり我々を舐めるなよ」

 イデラ団長はそう言うと、向かってくるレオに対して枢光を放つ。しかし、レオはそれを容易く避けるとそのままイデラの腕を切り落とす。
 間合いに入り込まれたイデラはレオを蹴り飛ばしなんとか距離を放そうとするが、レオが投擲したソレイスによってイデラは体ごと壁に突き刺さされ身動きを封じられる。
 その後レフィーエ団長は、逆にレオに対して仕掛ける。あえて、間合いに入り剣術の質で勝負しようとするがレオはレフィーエに対して距離を瞬時に取ってしまう。
 するとレオは、空いた手の方からアイザックのソレイスを顕現させると、そのまま高出力でレフィーエに向かって銃を放つ。
 ただでさえ瀕死の身であったレフィーエは、これをよける瞬発力もなくそのまま心臓を撃ち抜かれた。
 レフィーエはそのまま、地面に倒れ込み絶命した。

「いやはや、見事。多芸だな貴様......。枢光も避けられるとはな......」

 壁に突き刺されたまま身動きの取れなくなっていたイデラは、レオに向けてそう言った。

「いや、あんた達は確かに強かった。あんた達が瀕死の状態じゃなかったら、きっと俺達はあんた達を倒せなかったんだ。そのためのこの作戦なんだな.....」

 レオは先ほど行われた第一段階の飽和攻撃の光景を思い出しながら、そう言った。

「ふっ、過程がどうあれ結果的に我らが敗北したのであれば、それまでの事だ。申し開きのしようもあるまい、大人しく朽ちるとしよう......」

 イデラ団長はそう言うと、静かに息を引きとった。
 戦闘部と第十一枢騎士団の挟撃掃討作戦により、アンビュランス要塞の大半の帝国兵は駆逐された。
 残すのは、枢爵に関わる者たちとなったが、依然としてその者たちの発見報告はもたらされなかった。

「―――作戦指令室へ通達......、枢爵の遺体が、どこにも見当たりません!!!」

「な、なんですって......」

 その通達を受けたメイ・ファンス少将は思わず言葉を見失う。そして地下要塞の作戦指令室には、不穏な雰囲気が漂い始めていた。













[43110] 第56話 黒滅の四騎士『アーマネス・ネクロウルカン』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/07/31 00:02
 レジスタンスによる撃滅作戦の要塞総攻撃から逃れた枢爵とネクローシス達は、枢爵に関わるもの達しか知らない地下シェルターへとその身を寄せていた。
 指揮系統を緊急移行させ、そこを臨時司令部とした枢爵達は敵の攻撃拠点の捜索を試みようとしていた。

「えぇい......、どこからじゃ!どこから撃ってきておるのだ!」

 枢爵ガイウォンは通信オペレーターに怒声で問う。

「――はっ......、それが付近のレーダーは全て無効化されていて詳細な状況は不明です。外部との通信チャネルも不安定で連絡が着きません、しかし観測によるおおよその攻撃地点は判明。第二区画中央市街地東南方面ポイント752-232地点と推定、勢力不明。共和国からの声明も確認されず」

「第二区じゃと......?あそこに何がある......?」

「分からんがこれだけの火力兵器を用意できる組織はそういない、共和国軍の線が薄いとすれば恐らくはどっかの枢機士団によるクーデターと見るべきだろうな。兵器は前線送りの横流しだろうて」

 枢爵ハレクはガイウォンにそう返す。

「ここを起点に安全保障業務提携を発動する、センチュリオン・ミリタリアに緊急用の直通回線で救援要請じゃ急げ。他動ける者に片っ端からあたれい」

 枢爵ゼーブはオペレーター達にそう指示すると、オペレーター達は即座に作業を開始する。

「我らの定例会議を見計らって一気にここを落とすとはな、エイジスシステムを無効化させる用意周到ぶりに加え、第二のエイジスシステムの事まで知っているとなると奴らの狙いは本格的な国盗りのようじゃな、ハレクの言う通りこれは枢機士団によるクーデターで間違いないのう」

 枢爵ラゴフォンはハレクの言葉に賛同するようにそう言った。

「となると、奴らは我らを殺害する事が真の目的だろう。我らの生存が気づかれるのは時間の問題じゃ、何か他に手を打ってくる前に我らは儀式を早急に執り行なわなければなるまい。依り代が足りぬが、この際致し方あるまい。我らは地下祭壇へ向かうぞ」

 ガイウォンはそう言うと、他の枢爵とネクローシス達を連れて地下シェルターである臨時司令部を去り、さらなる地下にある儀式祭壇へと向かった。


 ―――レジスタンス、地下要塞にて。
 枢爵の遺体を発見できない事態に、メイ・ファンス少将は頭を悩ませていた。

「そんな、計画に穴はないはず......。ですよねアイザック大佐......」

 メイ・ファンス少将はうろたえながら視線をアイザック大佐に向ける。
 アイザック大佐はそれを受けると一息置いて応える。

「えぇ、我々は枢爵のスケジュールを完璧に把握していた。間違いなくこの日あそこに枢爵達は居たはずですよ、遺体が見当たらないとなると木端微塵になるまで体が吹き飛んだのか、それともまだ見つけられていないのかどちらかの線しかない」

「あの枢爵が木端微塵に体を吹き飛ばされたと考えるのは難しいでしょう!通常は空間障壁が働いてある程度の原型は留められているはずでしょうからねぇ......!」

 ドクター・メルセデスはアイザック大佐の考察における前者を否定する。

「―――メイ司令......、戦闘部が作戦司令室の指示を待っています......」

 作戦司令室のオペレーターがメイ・ファンス少将にそう言うが、メイ・ファンス少将は頭を抱えながらしばらく沈黙する。

「......そのまま枢爵の捜索を続行、引き続き残党掃討作戦を継続してください。追って指示を出します」

「―――了解、そのように伝えます」

 オペレーター達とメイ・ファンス少将がやり取りを終えた瞬間、傍にいた副司令官であるエクイラは何やらを感じとったかのように表情をはっとさせる。

「......た、大変です!ここに危機が迫ってます!!!」

「なんですって!?」

 エクイラの言葉にメイ・ファンス少将が反応すると同時に、要塞内に警報が響き渡る。

「―――識別、北西方向よりミリタリア社の航空戦闘団が攻撃編隊で接近中、帝国空軍の爆撃機も確認!要塞領空内に数秒以内に侵入します!」

「航空戦闘団!?このタイミングで......?」

 レジスタンスの予想をはるかに上回った展開に、作戦司令室にいた幹部達は言葉を失っていた。しかし、そんな中でもメイ・ファンス少将は冷静に立ち振る舞い、判断を下す。

「コードRED警報発令、短距離防空システム作動、戦闘機全機発進」

「―――了解、コードRED警報発令中。AE高射砲全門解放、戦闘機全機発進、航空機を須らく撃墜せよ」

 ミリタリア社の航空戦闘団が領空内に侵入してから、わずか数秒で攻防戦が開始される。
 帝国空軍の爆撃機による衝撃波が、作戦司令室にまで響き渡る。

「状況を報告してください」

 メイ・ファンス少将はオペレーター達に状況を問う。

「―――第三エリア帯水層、及び付近の上層通路破損。運搬通路壊滅」

「―――同エリアの地対空ランチャーが破壊されました」

「妙だな、あそこには何もない」

 オペレーター達の報告を聞いたアイザック大佐は敵の標的がおかしい事に気づく。

「―――第三エリア、更に数十機の爆撃編隊が接近中」

「えぇ、敵は見えてるものしか狙ってきていない。つまりこちらの正確な情報は向こうには知られていない......。まともにやりあってはこちらが持ちません、全ての高射砲を格納してください。戦闘機には戦域から離脱するように伝えて、ここで爆撃編隊をやり過ごします。こっちは十層の特殊装甲に守られた要塞です、間違ってもここが墜とされる事はない」

 メイ・ファンス少将がそう言うと、全ての高射砲は格納された。
 こうして地下要塞には爆撃の衝撃波に怯える長い夜が訪れようとしていた。



 ―――撃滅作戦施行後、アンビュランス要塞にて。
 残党掃討作戦を続行するよう命じられた戦闘部は、引き続き枢爵の遺体の捜索と残党掃討を続けていた。

「お、おい......。あれ、レジスタンスの拠点が攻撃されてるんじゃないか......!?」

「あぁ......、だが中央エリアのある所からは少し外れてるな」

 爆撃で燃え盛る第二区エリア見ていたレイシス達はそう言った。

「なぁ、隊長さん......拠点は無事なのか?けっこうヤバそうだが」

 レオ・フレイムスは第二戦闘部の隊長であるヘレゲレンにそう聞いた。

「地下要塞は十層にも及ぶ特殊装甲に覆われている、大概の攻撃に対しては無類の防御力を誇る。あぁ見えて堅牢な要塞だ、しかしそうは言ってもあれだけの爆撃に晒されれば、さすがに長くは持たんだろう。命運は我々に掛かっている、枢爵を探すぞレオ」

 ヘレゲレンがそう言った直後、ヘレゲレンの元に通信が入る。

「―――隊長、見取り図には存在しない地下空間へ通づる入り口を探知機で発見しました。しかし、入り口は頑丈な作りでこちらの装備では突破出来ません」

「なんだと!?分かったすぐそちらに向かう」

 ヘレゲレンはすぐさま入り口を見つけたレイシス達の方へと、周りの数人のレイシスを連れ走り出す。そしてレオもそれに続いた。

 報告にあった入り口に辿り着くと、そこには全戦闘部のレイシスや一般歩兵達が終結していた。
 到着したヘレゲレンに向かって、一人のレイシスが既に終結していた戦闘部集団の前へと踏み出る。
 その人物は第一戦闘部の隊長であるロベリアであった。

「ヘレゲレン、私達はもうこの崩落した要塞内をどこもかしこも探し尽くした。だが、どこにも枢爵の一人のその一欠けらすら見つけられなかった。後はここだけなんだ......ヘレゲレン......」

 ロベリア隊長はヘレゲレン隊長に、緊迫した様子でそう言う。

「それが本当なら、枢爵達は一人残らずこの下で生き残っている可能性が高い......。とすると、枢爵共に真っ向勝負ってわけか......」

「覚悟なら決まっている、ここでやらねば全てが水泡に帰す」

 ヘレゲレンの言葉にそう返したのは、第三戦闘部の隊長であるリョージスだ。

「あぁ、もちろんだ。やるぞ......殲滅戦だ」

 ヘレゲレンがそう言うと、それを聞いたロベリア隊長は無言で頷き、右手を手前に差し出すとそのまま入り口の方へと向ける。
 すると、そのままロベリアが入り口を蹴りつけると、まるで丸く切り取られたかのように頑丈な入り口に、円状に穴が出来た。

 穴が開けられた先には、薄暗く灯りが灯され地下へと階段が延々と続いていた。
 ヘレゲレンは穴が開けられたと同時に、真っ先に飛び込む。他のレイシスや一般歩兵達もそれに続いた、そしてレオもまた共に飛び込んだ。

 しばらく下り続けると、やがて再び扉が現れた。地上の入り口の時と同様に、ロベリアがその扉を破壊し突入する。
 突入した先には作戦司令室のような空間が広がっており、そこには作業中の第一枢機士団の腕章をつけたオペレーター達が居た。
 その突入に気づいたオペレーター達は、ハンドガンを取り出し突入してきた戦闘部に応戦するもあっという間に制圧されてしまう。

 戦闘部の隊長たちは辺りを見渡すも枢爵の姿を見つけられなかった。

「ここにも居ないのか......?」

「いえ隊長、更に地下に続く通路があるようです」

 そう言った戦闘部の一般歩兵は、この部屋に置かれていた見取り図な様なものをヘレゲレンに見せる。

「これは......、アンビュランス要塞の地下にこんな大空間が?これを知るのは枢爵達だけってわけか。間違いなくここに枢爵達はいるはずだ、ここに行くぞ。何人かはここに残り、この部屋で行われた情報を収集して本部に連絡しろ。恐らく先ほど見えた爆撃機もここから要請されたものだろうからな」

 ヘレゲレンはそう言うと、何人かの一般歩兵を残し、更なる地下に存在する謎の大空間へとレオと戦闘部は向かう。


 ―――アンビュランス要塞、地下儀式祭壇にて。
 儀式祭壇の置かれたその大空間はまるで何かの聖堂のように、複雑な文様が刻まれた重厚な柱が祭壇に向けて平行に立ち並ぶ。
 その祭壇には、多くの布に覆われた四つの巨大な棺のような物が置かれ、それを崇めるかのように枢騎士達は整然といくつかの列を成す。
 そして枢爵の一人、ガイウォンは黒滅の預言書と呼ばれるその本を中央の棺に向けてかざし、何やら不可解な言葉を連ねる。
 それと同時に、ネクローシスの一人であるレノーカスはその棺に近づき自ら装備していた大剣をその棺の前で両手で掲げた。

 しかしその瞬間、「全員動くな!妙な動きをすれば撃つ」といった声がこの地下空間に響き渡る。
 それを聞いた枢爵やネクローシス達はその場から振り返ると、儀式祭壇と列を成していた枢騎士達を包囲するように一階と二階から、戦闘部のレイシスと一般歩兵達が周りを取り囲み銃口やソレイスを枢爵達に一斉に向けた。

「ふはははは!!!貴様たちか、帝国に刃向かう愚か者たちは?お前達のやり口には実に恐れ入ったぞい、ふーむ。だが貴様らは枢機士団ではないようだが、一体誰の手引きなのかね?」

 枢爵ハレクは戦闘部にそう問う。

「無駄話をする気はない!そのまま大人しく手を頭の後ろに回して後ろを向け!」

「馬鹿が」

 ヘレゲレンの言葉に、枢爵ゼーブはそう返す。
 するとレオはヘレゲレンの前へと出る。

「よぉ、枢爵さん方。俺が誰か分かるのか?」

「おい待てレオ」

 レオのその発言にヘレゲレンはレオを止めようとするも、レオの表情を見てレオに触れる寸前でそれをやめた。

 レオを見た枢爵達は少し動揺した様子でお互いに顔を見合わせる。

「レイシス......の子か。まさか反乱分子に捕えられていたとはのぉ、だがもう遅いぞレイシスの子よ。儀式はもう始まっておる、貴様の処遇は後に我らが主、ネクロウルカン様がお決めになる」

 枢爵ラゴフォンはそう言った。

「そのレイシスの子っていうのは何なんだ!?なぜ俺はお前たちに攫われた!?答えろ!」

「お前は依り代だったのだレイシスの子よ。我らが偉大なる始祖、黒滅の四騎士『アーマネス・ネクロウルカン』様のな。だが全てはもう遅い、不完全な状態での復活は避けられぬ。やれい!!!レノーカス!!!」

 枢爵ガイウォンがそう言うと、棺の前に立っていたレノーカスはその両手に持っていた大剣を棺に突き刺した。
 それを見たヘレゲレンは射撃の号令を出すも、棺から放たれた衝撃波によって戦闘部のレイシスや一般歩兵達は勢いよく後方へ吹き飛ばされ陣形が崩れた。

 大剣を突き刺したレノーカスは、禍々しい光を放ちながら棺から伸びる黒帯状のものに巻きつかれていき、やがて完全にレノーカスをその帯が取り込むとレノーカスの形状を変質させていく。
 その光景を見たレオは、依り代とはどういうことなのかを直感的に理解した。

 その禍々しい光が徐々に落ち着き、レノーカスの形状の変質が終わると、やがて帯の塊の中からまるでそれを喰い破るかのように荒々しく破壊され、そしてその人影が遂に姿を現した。
 その中から姿を現したそれは、以前のレノーカスの姿とは似ても似つかない全く別の人物像だった。
 美しい光沢を放ちながら腰まで緩やかに伸びたこがね色の毛髪と紅い瞳を覗かせ、そしてそのあまりに端麗な顔立ちは見る者を揺るがせた。
 そしてそれに似つかわしくない鎧と大剣を身に着けたそれは、正しく黒滅の四騎士『アーマネス・ネクロウルカン』の顕現であった。


「はぁ......、我らが始祖、ネクロウルカン様。この時をどれほど待ち望んだ事でしょう......」

 枢爵ガイウォンがそう言うと、他の枢爵やネクローシス、周りの枢騎士達はただただネクロウルカンに対して静かに膝まつく、ネクロウルカンの言葉をただ待っている。
 そしてその光景にレオや戦闘部は、立ち尽くすばかりだった。

「余は......、はぁダルイ......、体が、重い......。ここは、どこだ......」

「ここは地下の儀式......ぐぁっ‼」

 枢爵ガイウォンの言葉を遮り、ネクロウルカンはガイウォンの心臓を右手で貫く。そのままガイウォンの体を持ち上げると、ガイウォンの体はみるみるうちにしおれていく。

「足りぬ......、足りぬ......」

 ネクロウルカンはそう言いながら、ガイウォンの体をどこかにと投げ捨てる。

「なっ!?一体なにを!?」

 枢爵ハレクはそう言うと、ソレイスを顕現させその矛先をネクロウルカンに向ける。

「預言書と違うではないか!我らは共に世界を制すもののはずだ!」

 ネクロウルカンはハレクの言葉に聞く耳を持つ様子もなく、ネクロウルカンはハレクを見ると次は左手でハレクの心臓を貫いた。
 それを見た枢爵ゼーブと、ラゴフォンは即座にソレイスを顕現。ネクロウルカンに同時に斬りかかる。
 ネクロウルカンはハレクの体から左手を引き抜き、それぞれの手で二人の枢爵の一撃を受け止める。

「なっ!?馬鹿な」

「ぬうぅ......、まだ力は不完全なはず......」

 枢爵ゼーブとラゴフォンは、その一撃を容易く手で受け止められた現実に声を唸らせる。
 すると、ゼーブとラゴフォンはネクロウルカンから跳躍して距離を取ると、それぞれのソレイスを突然自らの胸に突き刺した。

「「レナトゥス!」」

 二人の枢爵は同時にそう言うと、その突き刺した部位から黒い帯状のものが溢れ始め枢爵達の体を包み始める。

「あいつら急に何を!?」

 レオがそう言う。

「あれは......、レナトゥス・コードの禁術。まさか本当に会得していたとはな......」

 ヘレゲレンは目を見開きながらそう言った。

「レナトゥス・コード......、あの光景は以前見たことがある。アルフォールとかいう奴のとそっくりだ......。だが、これは......まるで質量が違う......」

 二人の枢爵の体を包み込んだ黒い帯は、やがて衣服のような形態をとり始め、裾の部位はまるでスカートのように伸びる。
 黒い帯に巻かれたその姿は、まるで包帯を巻いた病人のようだ。二人の枢爵の背の左側からは禍々しい光が弧を描いてまるで片翼の翼のように放出されていた。
 その放出された禍々しい光に触れた周りの物体は、見る見るうちにその姿を粒子状に変質させていく。

 レナトゥスをやり遂げた枢爵の姿を見ても尚、ネクロウルカンはそれに動揺する様子はなかった。
 しかし、備え付けられた大剣を手にしてその刀身を右肩に掛ける。
 ゼーブは目に終えぬ速度で間合いを瞬時に詰め、ネクロウルカンの首を狙いに行くもネクロウルカンによって逆に首を大剣で跳ね飛ばされる。
 頭部を失ったゼーブの体を左手で掴むと、そのまま何かを吸収されるかのようにかつてゼーブの体であったそれはあからさまに萎れていく。
 ラゴフォンは左背から放たれていた禍々しい光を自らの体の前に出し、それを両手で溜めこむかのように構える。

「枢光《《ヘイテンロア》》!」

 高質量の禍々しい光の集合体がネクロウルカンに向けて放たれる、しかしそれを避ける様子もなく真っ向からそれに激しい衝撃波と土煙を撒き散らしながら直撃する。

「えぇぃ......、さすがにやれたじゃろて......」

 しかし土煙が晴れると、そこには傷一つ負った様子のないネクロウルカンがそこに立っていた。

「ば、馬鹿な......」

 ラゴフォンがそう言った直後、ネクロウルカンから放たれた枢光によって上半身が消し飛び、ラゴフォンの下半身はそのまま地に落ちた。

「あの枢爵を......あんなにいともたやすく葬るなんて......」

 第一戦闘部隊長のロベリアは、声を震わせながらそう言う。

「余の良き腕慣らしとなった、感謝するぞ我らが同胞レイシスよ」

 ネクロウルカンは先ほど見せていたたどたどしい口調からは一見変わって流暢に話すようになっていた。

「この時代の枢爵はどこにおるか」

 ネクロウルカンは枢騎士達にそう聞く。するとネクローシスであるテイラー・クアンテラがネクロウルカンの前に出る。

「ネクロウルカン様、この時代の枢爵は先ほど貴方様が戯れられた四人のレイシスで御座います」

「なんだと?この脆弱なもの達が枢爵を務めていたのか。まぁ良い、預言書通りに事を運ばせておったようだな、だが余がこの時代に身を保持させ続けるには余りに多くの人間が生き過ぎ、そしてネガヘラクロリアムが枯渇している。余を不完全な状態で呼び覚ましよって、本当に我が子らは面倒のかかるやつばかりだ」

 ネクロウルカンは歩き始める、列を成した枢騎士達はそれを祝福するように膝を着き頭を垂れ、ネクロウルカンの行く道を示すかのように列を成す。
 残ったネクローシス達はそのままネクロウルカンに付き従う。

「奴をこっから先にいかせるなぁぁぁ!撃てぇぇぇ!!!」

 ヘレゲレンは祭壇内に響き渡る声量でそう言うと、一斉にネクロウルカンに向けて発砲される。
 しかしその攻撃はネクロウルカンに届くことなく、全てネクロウルカンの作り出す空間障壁によって弾かれる。
 そしてネクロウルカンは歩きながら右手を出し、そのまま何かを握りつぶすかのような動作をすると、レオを含む戦闘部全員がもがき苦しみながら地にひれ伏す。
 そしてレイシスを除く他の一般兵はそのまま地に触れしたまま動くことはなかった。

「グぅ......、心臓を潰された......」

 ヘレゲレンはそう言うと、ソレイスを再び構える。

「余の糧となるのだ、余に敵意を持つ愚かな子供たちよ」

 ネクロウルカンはそう言うと、今度は左を出し何かを切りつけるような動作をする。
 すると、レオやレイシス達の心臓部に突然槍のような物で貫かれる。それに貫かれたレイシス達は、まるで魂が抜け落ちたかのように体が崩れ落ちる。そして地にひれ伏したレイシス達は二度と、そこから立ち上がることはなかった。ネクロウルカンはレイシス達の屍を通り過ぎていく。

 しかし、誰も立ち上がらぬその中でただ一人立ち上がれるものが居た。

「いってぇな......、これ......。あんたの力一体どうなってんだよ」

 ネクロウルカンは歩みを止め、レオの方を振り返る。

「貴様、どうなっている。余の勝敗を制す槍を受けてなぜ生きている」

「さぁな......そんなのは俺にも分からねぇよ。分かってんのはお前をここで何としてでも倒すってことだけだ......!」

「ふむ、いや待て。貴様、レイシスの子か。なぜここに居る」

「だから知らねえ......ってなんだこれは!?」

 レオの体が鎖のような物で足から巻きつけられ、レオの身動きが封じられた。

「貴様、興味深いな。死がトリガーになっているのか、こいつを連れていけ」

 ネクロウルカンはそう命じると、ネクローシス達がレオを取り押さえる。

 そして、ネクロウルカンとネクローシス達はレジスタンスによって浄化された地上へと歩み始めた。




































[43110] 第57話 第9人外終局
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/05 20:51
 ―――同刻、レジスタンス地下要塞にて。

「―――第四波、引いていきます」

「―――第三エリア壊滅」

 地下要塞のオペレーター達がメイ・ファンス少将に戦況を伝える。

「やっと切らしましたね......、これでしばらくは空襲はないはず。攻撃システムに念の為再起動をお願いします」

 メイ・ファンス少将が安堵を着いたその瞬間、再び警報が要塞内に鳴り響く。

「またなの!?」

「―――第五波接近中、しかし帝国空軍の爆撃機は確認されず」

「構成は?」

「―――13機の輸送機のみです、その内1機はミリタリア社製。軌道ルートでは地下要塞直上付近を通過します」

「狙いは何......?」

 帝国空軍の輸送機達が地下要塞直上に差し掛かる頃、12機の輸送機後部ハッチが解放される。

「―――ハッチを解放した輸送機から何かがこちらに向かって降下してきます!識別します。―――識別、ミューター『パプラヴァノア』確認!群体です」

「これは一体どういう冗談ですか帝国軍、ミューターまで持ってきているなんてさすがに.....。意地でもここを探し当てに来るってわけですか......」

「打ちひしがれてる場合じゃないですよメイ・ファンス少将、奴らは装甲を簡単にすり抜けてくる。戦闘部は全部出払ってんだ、早く上の連中に武装するよう指示を出すんだ急げ!俺は上に行って奴らを対処する」

「え、えぇ分かってますアイザック大佐。緊急用のアナウンスを口頭で繰り返し流してください」

 アイザック大佐がメイ・ファンス少将に荒げた口調でそう言うとすぐ様に上層へと向かい、メイ・ファンス少将は近くのオペレーターに口頭アナウンスと室内人数分の武器を持ってくるよう指示を出す。

「―――緊急事態発生、全施設員は直ちに武装して襲来するミューターに備えてください。繰り返します―――」

 レジスタンス達は想定になかった事態に見舞われ、緊急放送で要塞内にアナウンスを響き渡らせる。



「パプラヴァノアだってよ、ったく俺たちは戦わずに済むと思ったんだがなぁ」

「パプラヴァノアってあの異邦生物兵器か?名前は聞いたことあるが実際に見んのは今回で初めてになりそうだわ」

「そいつらって唯の生き物じゃねぇーんだろ?銃でちゃんと殺せんだろうなぁ?」

 要塞内の設備メンテナンスを行っていた上層の作業員達は、各自の控室に赴き武装を整える。そしてそこには不安を隠せぬ様子でクライネの姿もあった。

「おーいおめぇら、グチグチ言ってんじゃねぇ。奴らは素早いぞ、タイミングを見誤ったら喰われっからな」

 作業員の控室に突如姿を現したのはアイザック大佐だった。

「た、大佐!」

 クライネは少し心緩引た様子でそう言う。

「いいかぁー?奴らは普段影の中に身を隠していやがる。影に向かって撃っても壁を傷つけるだけで何の意味もねぇ、実体を得て出てきたタイミングをしっかり狙わんと奴らにダメージが入らんからな」

『了解!!!』

 クライネや作業員一同は声を合わせて了承する。



 武装を整え控室を出ると、アイザック達は銃を構え陣形を維持しながら上層で最後に通信のあったメイン通路へと向かう。その通路は爆撃の衝撃波によってか電灯が不安定に灯らせている。

「他の上層の奴らと連絡着くか?」

「いえ......、通信がこの先で途絶えています」

 クライネが通信の確認をするも、応答がくる様子はなかった。

「チッ......、地面に警戒しろ。不自然な影に注意するんだ」

 アイザック大佐はそう言いながら、メイン通路をゆっくりと前進する。

「大佐......!この先でいま何かが蠢きました......」

 クライネは前進方向に指をさしながら、アイザック大佐に伝える。

「ライトで照らせ」

 アイザック大佐にそう言われたクライネは、その方向へと灯りを向ける。

 その瞬間、大量のパプラヴァノアの群体が姿を現す。大きく開いた口に四つの耳と四つの目をつけ、生物としては不気味な構造を取っており。またその姿は影のように漆黒だった。

「ひいぃぃぃ......!」

「怯むんじゃねぇ!撃ちまくれぇ!!!」

 クライネは腰を抜かしそうになるも、何とか態勢を整える。
 作業員達も応戦するも、すぐに影に姿を隠してしまうパプラヴァノアに有効打が打てずに居た。
 アイザック大佐は自前のソレイスで手早くパプラヴァノアを処理していく、核を破壊されたパプラヴァノアは塵のように影の中へと姿を消す。
 しかし、足元をすくわれた作業員達は次々にパプラヴァノアによって飲み込まれていく。

「クソ、数が多い......!ここじゃ抑えきれん......!」

 アイザック大佐は胸元から通信機を取り出す。

「おいメイ・ファンス!ここじゃこいつらを抑えきれん!そっちに奴らが行くぞ!!!」

「―――えぇ、分かったわアイザック。こっちはこっちでなんとかする」

 そう言ってメイ・ファンス少将は通信機を切る。



「ここにパプラヴァノアが来ます、備えて」

 メイ・ファンス少将がそう言うと、室内のエクイラを除く全ての人間が銃を構える。
 やがて、しばらくすると作戦司令室と中央エレベーターを繋ぐ通路から警備兵の悲鳴が聞こえてくる。
 それを聞いた作戦司令室の人間は一斉に通路側の入り口に銃口を向ける。

 悲鳴が止んで一間置くと、直ぐに扉の隙間からパプラヴァノアの影が雪崩こ込むように作戦司令室内に侵入してくる。
 その瞬間一斉に撃ち始めた、その中でも唯一人。何もできずに佇む人影がある。

「こんな時ですら......、私は何の役にも立たない......」

 エクイラは周りがパプラヴァノアと交戦する中、只々その場で立ち尽くす。銃を持てば自壊し、その身を盾にする事も儘ならない。
 エクイラは、その身の権能を盾のように振舞おうとする可能性があると、自らその権能によって足の自由が利かなくなってしまう。
 それによって只々、彼女は立ち尽くし彼らを見守る事しか出来ない。

 唯一匹のパプラヴァノアもエクイラに襲い掛かることはなかった。それは、彼女に近づく事が出来ないと本能で理解しているからなのかもしれない。

 メイ・ファンス少将は何体かのパプラヴァノアをハンドガンで仕留めるも、数の暴力によってその身に鋭利な一裂きによって致命傷を負う。

「メイ・ファンス少将!!!」

 そう言いながらメイン中佐は周りのパプラヴァノアを撃ち殺し、駆け寄る。

「今手当を......!」

「......中佐......うしろ......」

 その瞬間、更に数体のパプラヴァノアがメイン中佐達に襲い掛かる。
 しかし、それは瞬く間にある男によって跳ね除けられる。

「他のミューター共はここに来た奴らで最後だったか、何とかここにいる連中だけで凌げたが......遅くなっちまったなぁ......。すまないメイ・ファンス少将......」

 それは上層に居た武装したクライネや作業員達を連れたアイザック大佐だった。どうやら他のパプラヴァノアは全て倒されたようだ。

「そんな少将......」

 クライネはメイ・ファンス少将の様態を見て唖然とする。

「ぐっ......、現時刻を以て権限をエクイラ副総司令官に委譲します......。後は任せました、エクイラさん......」

「はい......。拝命致します。必ずすべてを成し遂げます」

 エクイラはメイ・ファンス少将に近づき手を取る。

「ドクター・メルセデス......。メイン中佐......。後の組織の事、お願い致します......」

 メイ・ファンス少将はドクター・メルセデスとメイン中佐にそう告げると彼らは静かに頷く、そして緩やかな視線でアイザック大佐に顔を向ける。

「はぁ......アイザック......、貴方とはすべてが終わった後にでもゆっくりお茶がしたかったわ......。その似合わない髭について......もっと議論を......」

 メイ・ファンス少将は何かを言いかけながら、瞳から涙を一滴流すとそのまま穏やかに息を引き取る。

「メイ......。全てはお前の思想から始まった事だ......、お前の思想に賛同したエクイラ様や俺達がこうしてここに集えたのは全てお前のおかげだ......。ありがとう......メイ・ファンス......」

 アイザックはそう言いながらメイ・ファンス少将の手を取り、自らの額に優しく当てた。



 ―――レジスタンス地下要塞直上。高高度上空のミリタリア社製輸送機にて。

「―――パプラヴァノアの斥候が全滅、パプラヴァノアの死亡時データを元に地形情報及び地下施設の構造を解析中......解析完了、詳細な地形データを送信。イナバ様の出撃許可を確認、後部ハッチ解放」

 地下要塞直上で待機していた唯一機の輸送機、その後部ハッチが開かれ凄まじい強風が機内に流れ込み、機内後部に居た唯一人の少女の装束を強風が煽る立てる。
 そしてその少女は後部ハッチが完全に開き切ると同時に、腰に据えた刀に手を添えながら飛び降りた。
 そしてやがて彼女は、要塞直上に到達しようとする頃。鞘からその黄金に輝く刀身を短く引き抜き、そしてまたそれを納めると、彼女は周囲を刀身から発せられた銀色の眩い光によって包み込まれる。


 ―――作戦司令室にいたレジスタンス達は、メイ・ファンス少将の損失に悲観する暇もなく再び警報が要塞内に鳴り響く。
 その警報を聞いたエクイラは、かつてメイ・ファンス少将が組織を取りまとめていた指令席のポジションに足を運ぶ。

「状況を報告してください」

 エクイラは、そこで初めて代替指揮官としての職務を遂行する。

「―――はい。領空内の高高度上空より急速にこちらに接近する熱源体を感知......。恐らく人型......約九十秒後に直上に到達」

「こんな時に生身の人間が降ってくるとでも?対象のヘラクロリアム濃度を測定しろ」

 メイン中佐はそのオペレーターに指示を出す。

「測定開始......、そ、測定不能!?数値オールゼロ!!!」

「な!?そんな馬鹿な話があるか!もう一度やり直せ!」

 メイン中佐がそう言った瞬間、要塞内にこれまでになかったような桁違いの凄まじい爆撃音と衝撃波が襲う。

「い、今のはなんだ!?なにが起きてる!」

 アイザック大佐がそう言う。

「―――要塞直上の三層分の特殊装甲が全て昇華しています!し、信じられない......」

「あ、ありえん......そんな真似ができるのは......」

 ドクター・メルセデスは戦慄した様子でそう言う。

 そして再び先ほどよりも一回り大きく凄まじい爆発音と衝撃波が伝わる。

「今のは......?」

「―――六層分の特殊装甲全て昇華......、あと四層のみです......」

「特殊装甲がやられれば要塞が丸見えになっちまう!何人か連れて俺が直接出向く」

「......いや。よした方が良い、分かるだろ......?」

 ドクター・メルセデスはアイザック大佐を呼び止める。

「言いたいことは分かってんだよメルセデス、だが......。行くしかねぇだろ......」

 アイザック大佐はそう言うと中央エレベーターで特殊装甲第一層へと向かう。
 そしてエレベーターに乗っている最中にも再び爆撃音と衝撃波が発生する。

 やがて特殊装甲第一層に辿り着くと、肩に雨粒がぶつかり弾かれる。上を見るとその層から先の上には大きな穴が開けられそこにはかつてあった特殊装甲の面影は存在していなかった。

 中央付近を見るとそこには剣状の鍔《つば》の部位に手を添え、白い可憐な装束に身を纏った少女の姿があった。長く白銀に輝く髪を左右に二つに纏めあげ、その姿はイニシエーター圏の女性ディスパーダに見られる外見的特徴と似ていたが、その本質は全くの別物であるとアイザック大佐は悟る。
 その少女は閉じていた瞳を開け、こちらを紅い瞳で特に言葉を発する事もなく見つめてくる。

「これ、お嬢ちゃんの仕業なのか......?」

 アイザック大佐は震えだしそうになる声を堪えていつもの調子でその少女に言葉をかける。

「......あなたは?」

 その少女は儚い声音でそう返す。

「俺はここに住んでるおじさん......、って言ったところかねぇ。お嬢ちゃんがどんな立場の人間なのは分からねぇがこれ以上住まいを破壊するのはやめて欲しいんだがなぁ......?」

「ごめんなさい、私は仕事でここにいます。無駄な殺生は致しません、どうかそのまま降伏してください」

「それは絶対に出来ない相談......だ!」

 アイザック大佐は銃型のソレイスをその少女へと向ける、それに合わせて周りの武装した作業員もその少女へと銃口を向ける。

「では、仕方がありませんね」

 その少女はそう言うと、その剣の鍔の部位から手を放す。アイザック大佐はその動作と同時にソレイスで射撃する。
 そのエネルギー弾が彼女の胸部に命中しようとしたその瞬間、そのエネルギー弾は彼女の素手によって容易く振り払われた。

「ふーむ......、そこらのAEポイント弾とは訳が違うんだがな......」

 周りの武装した作業員が次々とその少女へと撃ちこむ、少女は迫りくる弾を素手で払いながら急速に作業員へ接近し、そのまま素手で体を斬りつける。
 あっという間に作業員全員が峰打《みねう》ちで無効化されると、アイザック大佐の方へとその少女が顔を振り向かせる。
 すると、振り向いた先にアイザックの銃が至近距離で少女に向けられていた。

「フルチャージ弾だ、この距離じゃさすがにキツイだろ」

 引き金を引き、それが放たれる。しかしそれと同時にその少女は腰に据えていた剣状の武器に手をかけていた。
 彼女は瞬時にそれを引くと、刀身から放たれた銀色の眩い閃光がその周囲を包み込む。

「なっ......!嘘だろ......」

 この膨大なエネルギーの奔流に撃ち負けたアイザック大佐の放ったチャージ弾は消失し、アイザック大佐は手足を吹き飛ばされる。

「やられちまったか......」

 その放たれた力の勢いでそのまま第一層特殊装甲に穴が空き、少女はそのままアイザック大佐を放ってそのまま降下する。
 立ちはだかるレジスタンスの作業員を度々無力化し、やがてエレベーターのメインシャフト経由で作戦指令室へと辿り着く。

 メイン中佐やオペレーター達がその少女に向けて発砲するも、手早く素手による峰打ちで無力化される。
 やがてその要塞内で立っているのはドクター・メルセデスとエクイラ、そしてその少女の三人だけとなった。

「ふふ......やはりその尋常ではない身のこなしとその衣装......。かのオールド・レイシスであるアイザック大佐ですら足止めする事も叶わない......。あなたが、あのエンプレセス第九の人外終局......、ツクヨノ=イナバ......!なぜ貴方程の方が帝国軍などに手を貸しておられるのだ」

「私を存じ上げているのですね。別に深い意味はありませんよ。ただ仕事でここに来てるだけですので、ちょっとお金に困っていましてね。そんな事より......」

 イナバはエクイラの方へと視線を移す。

「先ほどから貴方に異様な力の気配を感じますね、この世界特有のヘラクロリアムとかというのとはどうやら違うようですし。少し試してみますか」

 そういうとイナバはその剣に手を掛け、刀身を引き抜き膨大なエネルギーの奔流をエクイラへと真っ正面からぶつける。
 しかし、光が晴れるとそこにはエクイラを含む一定周囲の物体が無傷のまま姿を現し、エクイラの一定周囲外の物体は消滅していた。

「ふむ、小手調べとは言え無傷ですか」

「おやめくださいイナバ様、私達は貴方に敵意はありません」

 エクイラはイナバにそう言う。

「そうですか、でも私はあなたのその力に興味が御座いますね......。他の皆様には申し訳ありませんが、しかしこの衝動止めるに困難。どれほどまでに私の技に耐えられるのか試してみましょう......」

「そんな......」

 イナバは柄に手を添え、ゆっくりと刀身を引き抜く。たちまち黄金の刀身から銀色の閃光が放たれるが先程までに使われていたものとは様子が異なった。
 そして完全に刀身が切っ先まで引き出され、膨大な銀色の閃光が更に強さを増していく。
 そしてそれをイナバは再び鞘へと刀身を勢いよく差し戻そうとする。

「顕藝《けんげい》......」

「―――イナバ様、撤退命令です。直ちににご帰還ください、我社はこの戦域から撤退します」

 イナバがそう言いかけた瞬間、イナバの動きが止まる。どうやら耳元の通信機に連絡が入ったようだ。

「そうですか......、共和国が......。分かりました」

 イナバはそう言うと、銀色の閃光が緩やかに止んでそのままゆっくりと刀身を鞘へ引き戻す。

「残念です、腕慣らしに丁度いい相手が現れたと思ったのですが......。仕方がないですね、何れまたお会い出来る日が来ることを心から願っています。それでは」

 イナバはそう言うと、跳躍してその場から姿を消した。
するとその後、作戦指令室の周囲モニターにノイズのような物が走り出す。

「―――通信が一時的にジャック、これは……。オート・パラダイム社の代表者から通信が入っているようです......」

イナバによって負傷させられていた一人のオペレーターが、地面から這い上がるように傷を押さえながら席に着いてそう言う。

「代表者......ですか?」

エクイラがそう言うと、通信機からノイズ混じりの落ち着いた女性の音声が流れる。

「―――君達が何を求めていたのか、倒頭我々には理解する事は出来なかった。均衡を打ち壊す事になんの意味があるというのか、しかし。我々にはもう君たちを止められない、行くがいい。君達が為したことを世界に示し、そしてそれを見届けるがいい」

通信機からその音声が流れ終わる。

「―――通信は以上です......」

そういうとそのオペレーターは再び地面に倒れ込む。

「ボロボロですね、私達」

「えぇ......」

 エクイラはそのオペレーターに駆け寄り、ドクター・メルセデスは辺りのイナバによって倒されたオペレーター達の傷の具合を見る。

「全て、みねうちか......」

 メルセデスはそう囁く。

 エクイラとメルセデスは正面モニターの方を見る、昇り始めた朝日に当てられ浄土と化したアンビュランス要塞、そしてその上空を取り囲むように共和国軍の大規模航空団の姿がそこにあった。

「本当に来てくださいましたわね。共和国軍の皆様......、感謝いたします」

 エクイラはそう言いながら、メルセデスと共に負傷人の処置にあたった。














[43110] 第58話 第三共和国軍、襲来。
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/05 20:51
 ―――アンビュランス要塞、地下儀式祭壇でネクローシスによって捕らえられたレオ・フレイムスはアーマネス・ネクロウルカンに連れられて地上へと赴こうとしていた。
 道中のレジスタンス戦闘部の隊員が行く手を何度も阻むも、その命はアーマネス・ネクロウルカンによる『勝敗を制す槍』によって残酷なまでに容易く葬られていく。
 彼女の存在は不完全体であるにも関わらず、もはや人間の行使できる様々な力を以てしても到底敵う事が出来ないと思わせてしまう程に圧倒的であった。
 もはや人の力では彼女の歩みを遅らせることも出来ない。

 やがて地上へ出ると、ネクロウルカンは久方ぶりに浴びる眩い陽光に手をかざす。そして徐々にそれに目が慣れていくと、ネクロウルカンは地上で自らを取り囲む様に待ち受けていたその存在達に気づく。

「―――そこから動くなレイシス!お前達は完全に包囲されている、無駄な抵抗をする事なく投降せよ!」

 薄暗く煙のような物を纏う異様な雰囲気を放った共和国軍兵士が、ネクロウルカンにそう告げる。
 そしてその兵士たちの周りには第十一枢騎士団の面々の姿があった。

「なんだ......、彼女から放たれているネガヘラクロリアムの濃度は......。枢爵クラスを全部合わせても到底及ばない......」

 ダグネス・ザラはネクロウルカンを見て畏敬の念を抱き、傍にいたベルゴリオは言葉を失う様子でそれを見る。

「ふーん?あれが裏ボスかなぁー?何者なのかは知らないけど、とっとと終わらせちゃおうよ。それに私が前に取り逃がした鎌持ちのネクローシスとかも居るし!これを機に一気にあの時の借りを返させて貰うよー!レオ君もなんかちゃっかり奴らに捕まっちゃってるし」

 ネクローシスによって捕えられているレオの方へと指を伸ばし、調子よくそう言ったのは第三共和国軍の空挺部隊と共にやって来ていたレフティアだ。

「あぁそうだなレフティア、レオの顔を見るのも少し久しいな。だがあの時のネクローシス連中とは数が合わないようだが。うむ、あの真ん中の奴があの時大剣を振りかざしていた奴の正体なのか......?」

 そう言うのはレフティアと同様に空挺部隊と共に訪れていたレイシア隊の隊長、レイシア少佐だ。
 そしてレイシア少佐の周りには、レイシア隊に所属する部隊員の顔ぶれがあった。

「攫われちまってどんな面してやがるんだろうなぁと思ったらー、随分元気そうじゃねぇかレオ、また捕まっちまってるみたいだがな」

 そう言ったのは重火器を背負った大男のルグベルク・ドナーだ。

「ったく面倒をかけさせやがってよ」

 そう言ったその男はスナイパーライフルを背負ったマド・ササキ、銃口をネクロウルカンへと向けている。

「それで、あのレイシス達に僕たちは一度負けているわけですけど何か勝算はあるんですかね......」

「さぁね......。話に寄ればレジスタンスの攻撃の地点で大抵のレイシス達は倒されているはずだったと思うんだけどね」

 フィン・ホンド―は怖気着いたような様子を見せ、ホノル・リリィも同様の様子を見せる。



 ネクローシスによって捕まれているレオは、共和国軍やレイシア隊の面々を見て安堵すると同時に大きな懸念を抱く。
 それは先ほどのネクロウルカンの力を見て、とても現状の共和国軍の通常戦力でどうこうなるとは思えなかったからだ。
 イニシエーターと思わしき人物を見ても、レフティアやレイシア少佐を含めて十数人わずかと言ったところだった。
 それにダグネス・ザラが率いる枢機士団を合わせても、ネクロウルカンという存在の前では如何なる戦力も心もとない物のように思えていた。

 しばらくすると、数人のイニシエーターがネクロウルカンを拘束しようと近づいてくる。
 レオは近づいてくるイニシエーターに対し大声で警告しようとしたその瞬間、そのイニシエーター達は地下祭壇で見た時と同様の現象がその身に起きていた。
 どこからか現れた謎の槍のような物に心臓部位を貫かれ、そのイニシエーター達は瞬く間に地に倒れ込む。

 そしてそれがまるで合図でもあるかのように、ネクローシス達は共和国軍に対し牙を剥き次々と薄暗く煙のような物を纏った共和国軍兵をなぎ倒していく。
 その共和国軍兵達はネクローシスによる一撃を受けると、まるで塵にでもなったかのように姿をたちまちと消していく。
 どうやらその現象は何れかのネクローシスによって成されている物の様ではなかった。

「レヴェナス・デュプリケートされた空挺兵がどんどんやられていってますよ!?」

 フィンがそういうと、レイシア少佐はソレイスを顕現させてそれを構える。

「彼らがここに戻ってくるまでに少し時間がかかるな、私たちもやるぞ!あの双剣のフルプレート野郎にリベンジといこうか」

 レイシア少佐は笑みを浮かべながら双剣のネクローシス、シュベルテン・ハウグステンを見る。
 それに合わせるかのようにレイシア隊の面々も武器を構える。

「レイシア達にあれは任せるわ、私もあの鎌持ちネクローシスに再戦を申し込んでくるから!」

 レフティアはそう言った。

「じゃあ我々はあのガントレットを嵌めたネクローシスのお相手でもするか」

 レフティアの言葉に続くように、ダグネス・ザラはそう言って二本のイレミヨンを引き抜いた。



 ネクロウルカンはネクローシス達が戦いに身を投じる中、地形操作を操作でもするかのようにガレキの塊から玉座のような席を作り出し、周りをかつて枢爵の部下であった枢騎士達に囲まれながらそこに腰を下ろした。
 レオはネクロウルカンによって生み出された謎の鎖状の物によって身動きを制限され、ネクロウルカンの座るすぐ傍まで枢騎士によって連れていかれると、その場で膝を着かさせられる。

「力が足りぬ、奴らが余に死を献上しネガヘラクロリアムを蓄えられるのをここで待つ」

 ネクロウルカンは右手で頬をつきながらそう言った。











[43110] 第59話 デュナミス評議会
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/10/05 20:51
 ―――共和国領中央セクター・セントラル、デュナミス評議会堂にて。
 そこにはイニシエーター最高意思決定機関、デュナミス評議会のメンバーが集っていた。

「危惧すべき、事が起きた」

 最初にそう言ったのはデュナミス評議会の議長、年相応の白い髭を生やしその瞳はどこか生気のない様な印象を周りに抱かせる。

「えぇ、かの力はこの世界にはまだ危険すぎますな」

 議長の隣の席に座るその男、ケノゥタル・シフトはそう言った。

「エンプレセスに指定した第九の人外終局ツクヨノ=イナバが、帝国首都ブリュッケンでその力を行使した事が観測された。直ちにESM特務機関を招集する」

「ネクロウルカンについてはどうすんだじぃさん?ほっといていいのかー?対処するなら俺にやらせてほしいんだけどなぁ。始祖とやらの力を味わってみてぇな......」

 そう言ったのは後ろの髪を一つに結んだ金髪の男、デイマン・ヴォーガンだ。

「許可しない、ネクロウルカンの対応は全てミナーヴァに一任する。ベルセクスを除く他の物はエンプレセスに対処する」

「んー?ベルセクスに何させんだ?」

 デイマンは、全身を鎧に包み頭部の十字バイザーから放つ紅い光を放つその存在ベルセクス・ディーアナイトに視線を向ける。

「今回の戦争を枢騎士評議会と結託して引き起こし、レイシスオーダーに加担した。衛星事件やネクローシスの一見、全て奴が糸を引いていた。そのサイード・ボルトアの粛清」

「あの男は卿国に亡命しようとしている、その前に仕留めなければな」

 黒いサングラスをした金髪オールバックのその男、オリバード・タノ・ハインケインはそう言う。
 しばらくすると、室内に司法機関の制服を着た女性が入ってくる。

「マギよ、第九人外終局ツクヨノ=イナバの収容の特命を言い渡す」

「分かりました議長、直ちに行動を開始します」

 そう言い渡されたマギは、速やかに室内から退出する。

「ではミナーヴァよ、ネクロウルカンを任せる」

「はい」

 そう短く返答した女性は議長席の反対側に席を置き、白銀髪の長髪で禍々しい紅眼の瞳を持っていた。
 頭にはティアラのような装飾品があり、靴は履いていない。しかし一見するとまるで一国の女王のような風貌をしているその人物はミナーヴァ・テレサテレスだ。

 こうしてデュナミス評議会は行動を開始する。









[43110] 第60話 【第一部・帝国争乱編完】決戦、ネクロウルカン
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/07/01 21:14
 レフティアは鎌を装備したネクローシスの一人、テイラー・クアンテラと再会し再戦を果たす。

「あん時は取り逃しちゃったけど、今回はちゃんと殺してあげるからね!」

 レフティアはテイラーに接近戦を颯爽と仕掛ける。

「愚かな娘だ、あの方を見てまだ我々に勝てる気でいるのか」

「親玉の事なんて今は気にしてないわよ、今はとにかくあんたに夢中なの」

 テイラーはその剛腕で強大な鎌を振りかざし、レフティアの剣戟を全て受け払う。
 そして蹴りでレフティアを突き放す。

「あんたのその鎌、それってどう見ても唯のレイシスの持てるソレイスじゃないわよねぇ......。四騎士の遺物って奴なのかしら?貴方ってきっとあの親玉にとっては捨て駒なんでしょ、よくついていけるわよね」

 するとテイラーは鎌を振りかざすのを止める。

「我々には......。生まれ時から何もなかったのだ、家族も友人も愛も知らない。我々が知っているのは負の感情を司るレイシスであるという事のみ。全てを持たずに生まれヘラクロリアムの加護に恵まれた我々に成せることはレイシス教会に尽くす事だけだ、それが例えこの先自己の破滅しかなかろうとも我々にはこの他に生きる術を知らない。否、不可能なのだ。もう後戻りは出来ぬ、今は唯貴様と同じように目の前の事に全力を尽くす事だけだ」

 テイラーはそう言うと鎌を再び構え、次はテイラーからレフティアに仕掛ける。

「出来損ないの癖に信念だけは一流ね、だけど」

 レフティアは至近距離で振られた鎌を右に回り込むように回避すると、テイラーの鎌の持ち手をソレイスで切断する。

「所詮は二流ねネクローシス、貴方達はその遺物の純粋な力に振り回されて肝心な使い方を知らない。鬱陶しいから雑魚は消えなさい」

 レフティアはそう言うとテイラーの首を豪快に刎ねる、テイラーが瞬時に展開した空間障壁すらレフティアの腕力によって打ち砕かれた。
 テイラーはそのまま地面に体から黒い煙を散らせながら地面に倒れた。



 ダグネス率いる第十一枢騎士団は、ガントレットを装備したネクローシスの一人。シュベルク・ドッチェランテと対峙していた。
 シュベルクのガントレットの力、ガルネーデ・アメスフィラの『闘争を呼び覚ますもの』によって銃火器系統を封印された通常歩兵は枢騎士達の戦いをただ眺めていた。

 シュベルクの繰り出す地形操作によって足元が緩み、シュベルクの方向へと倒れ込む用に態勢を崩された枢騎士達がシュベルクの拳によって頭部を粉砕されていく。

「こいつは地形を操れるのか......。想定外だな」

 ダグネスはシュベルクから一定距離を置いて様子を伺う。

「ダグネス様、これでは近づこうにも埒が明きません!」

 ベルゴリオがダグネスにそう言った瞬間、ダグネスは周囲がドーム状に変形した地形によってドーム内に閉じ込められる。

「ダグネス様......!」

 しかし、ダグネスは枢光を使ってドーム内から穴をあけて脱出しようとする。ドームを破壊しその放たれた枢光はシュベルクに向けられていたが、そのガントレットによって枢光はダグネスに反射されダグネスの左腕を吹き飛ばす。

「ぐぅぅぅぅぅ......!!!」

 ダグネスは気を失いそうになる前に瞬時に右手のイレミヨンを投げ捨てポーチから取り出した簡易止血剤で吹き飛ばされた左腕部位を止血する。

「しばらくダグネス様は動けない!我々で奴を止める!」

 ベルゴリオはそう言って周りの枢騎士達に呼びかけると、枢騎士達は再びシュベルクに対して接近戦を仕掛ける。
 地形を歪まされ上手く踏み込めずにいたベルゴリオだが、周りの枢騎士がシュベルクの気を引いている内に何とか瞬時に懐に踏み込む。
 そのまま足を狙い斬りかかるも、投げつけられた枢騎士の遺体によってベルゴリオは跳ね飛ばされる。
 しかしシュベルクのその動作で左側に隙が生じ、その隙を見計らった数人の枢騎士が斬りつけて遂にシュベルクの体に傷を負わせる。
 シュベルクはそれを左で振り払うも、足にしがみついていた枢騎士がソレイスを左足に突き刺しそのままシュベルクの左足を持っていく。

 それによって大転倒したシュベルクは、地面に背をつけた。そのまま枢騎士達によって両腕、右足を地面に突き刺され身動きを封じられようとしたがシュベルクはそれでも上体を起こし枢騎士達を振り払おうとする。
 しかし、それを傷を癒したダグネスが胸部を踏みつけ再びシュベルクの背を地につけさせる。

「お前ひとりの力でどうにかなるほど我々は甘くないぞ......」

 ダグネスはそう言うと、右手をシュベルクの頭部にかざし至近距離で枢光を放つ。
 頭部を失ったシュベルクの体からは力が抜けていき、やがて黒い煙を周囲に散らせて再び起き上がることはなかった。


 一方レイシア隊は、双剣のネクローシス、シュベルテン・ハウグステンと対峙していた。
 シュベルテンは双剣から高質量のエネルギー体をレイシア少佐に向けて放出する。

「いくぞ少佐!」

 しかし、それはルグベルクがレイシア少佐の正面に投擲した展開型シールドによって防がれる。

「逃がさねぇよぉ」

 マドがつかさず中距離射程で接近するレイシア少佐を援護しながらシュベルテンに対ディスパーダ用徹甲を撃ちこむ。

 その威力は絶大で撃ちこまれる事にシュベルクの上体が仰け反り、ガラスが割れるかのように空間障壁が破壊される。
 シュベルテンは磁場を展開し、銃火器を無効化しようとするもレイシア少佐がその隙を与えない。
 シュベルテンは集中砲火を受けないように動きまわるが、包囲するように陣形をとったレイシア隊の前では苦戦を強いられていた。

「ぬぅぅ、あの時とは違うな......」

「当然だ、タネが分かれば貴様らなど所詮大したことはない」

 包囲戦で孤立したライフルマンのフィンやホノルを各個撃破しようと詰める。

「「うわこっち来た!」」

 しかしそれは、常にシュベルクを追い掛け回すレイシア少佐がそれを許さない。
 やがてレイシア隊の対ディスパーダ包囲戦術によって、シュベルテンは対応しきれずに次々とその身に銃撃を被弾する。

「これでも喰らいなぁ!!!」

 ルグベルクは背負っていたAEチェーンガンを構え、それをシュベルテンに乱射する。
 空間障壁を消耗していたシュベルテンはそれを双剣で何とか防ぎながらも、双剣に覆われなかった体の部位に凄まじい損傷を負い、やがて双剣をその両手から手放してしまう。

 そしてマドがシュベルテンの頭部に徹甲弾を撃ちこみ、頭部を失った体は黒い煙を同様に辺りに散らせながら地面にひれ伏していった。



「すげぇ......。これならこいつにも......」

 レオは拘束されている傍らでレイシア隊やレフティア、ダグネス達の繰り広げた戦闘を鑑み、ネクロウルカンに対して多少の勝算を感じていた。

「ふん、役立たず共め」

 ネクロウルカンはそう言うと大剣を担ぐ、そしてネクロウルカンの前には見渡す限りの敵対者、第三共和国軍空挺部隊やレイシア隊、第十一枢騎士団等の筆頭戦力が終結していた。
 しかしそんな光景を目の当たりにしても尚、ネクロウルカンに動揺する気配はない。その傲慢な姿は正しく伝説に謡われる黒滅の四騎士そのものの人物像だ。
 彼女に付き従っていた第一枢騎士団の枢騎士達は気づけばいつの間にかその場から姿を消していた。
 今となってはこの領域で唯一人、彼女は一名で構成された帝国孤軍であった。

「掛かってくるがいい奴隷共、貴様達が如何にこの世界でつけあがった存在なのか余が直々に教えてやろう......」

 そう言った瞬間、ネクロウルカンは空挺部隊によって一斉射撃を受ける。しかしネクロウルカンが周囲に張り巡らせた堅牢な空間障壁は一切のダメージを色褪せない。
 マドが放った徹甲弾ですらあらぬ方向へ跳弾する。

「マジかよ......」

 するとネクロウルカンは地下祭壇で行った時と同じ、何かを握り潰すような動作を右手で行おうする。

「あれはマズイ......!!!みんな逃げ......!」

 レオのその言葉がレイシア隊に届こうとすると同時に、その悲劇はレオが想定したよりも悲惨に引き起こされる。

 ネクロウルカンを前にした全ての生き物たちは、例外なく平等に、そして時でも止まったかのようにその動きを足並みを揃えて止んだ。
 次々に言葉を発することなく味方が倒れ込んでいくその様子に、レオは絶句する。

 しかし、そんな中でも立ち上がる者の姿はあった。
 その者たちは全て、《《ディスパーダ》》に限られて。
 レオは地下祭壇の時と同様に繰り広げられたそれに対し、唯深く絶望する事しか出来なかった。

 立ち上がる戦力比に置いて僅かなディスパーダ達、身に起こった現象に血反吐を吐きながら必死に理解を努めようとする。
 レイシア少佐は、周りに倒れ込んだまま動かなくなった戦友達の亡骸を見て言葉を失っている。

「うっ......。まさか僅か一瞬の内に全ての人間を殺害したっていうの......?」

 レフティアは体を自分の血で汚しながら辺りの遺体に視線を回し、立ち上がってそう言う。

 共和国陣営はレフティアやレイシア少佐、数人のイニシエーター達。そしてこの場にいるレジスタンス陣営はダグネスやベルゴリオ、数十人の枢騎士達を残して全滅した。

「あ、ありえない......。こんな力が存在していいわけがない......」

「力を行使している次元が違う......我々には到底認知できない領域です......」

 傷を癒し立ち上がったダグネスとベルゴリオは辺り一面を見ながらそう言う。

 そしてやがてネクロウルカンは左手を差し出す。

「やめてくれネクロウルカン!!!これ以上殺す必要はないだろ!!!」

 レオは何度も何度も彼女に呼びかける、そして左手を振りかざそうとした瞬間。ネクロウルカンはレオに対して口を開く。

「余にとって死とは増幅されし負のヘラクロリアム、即ち力の糧だ。余にとって殺すに越したことはないのだ」

 ネクロウルカンの間合いに詰め寄る枢騎士やイニシエーター、レオの声を聞き何としてもネクロウルカンのその動作を阻止しようとするも空間障壁を突破できない。
 そしてネクロウルカンの左手が振り下ろされると、「勝敗を制す槍」が発動する。

「他愛ない......」



 レフティアやレイシア少佐、ダグネス達が惨めに槍で貫かれている。
 その光景に見かねたレオは、深層心理の深くへと意識が落ち銷魂する。やがてそれにすり替わるかのように別の意識がレオの中で開花した。
 ネクロウルカンは背後で発生したレオのネガヘラクロリアムの変化に瞬時に気づく。

「貴様、一体......。ネガヘラクロリアムが増幅されていく......」

 突然レオは鎖の中でその体の形状を変質させる。
 白く禍々しい羽のような物が生え、腕がその上段に増設するかのように異質な液状の形態変化で増えると、やがて四本の腕を持った。その手にはそれぞれ剣のソレイス二本を下段に、アイザックの銃型ソレイスを上段に二丁持っていた。
 顔には白い液状の物質で覆われ、あたかも仮面のように構成される。そして全身が白い液状のもので包まれていく。

 その形態変化の過程で鎖は浸食し破壊され、かつてレオだったそれはネクロウルカンの拘束から解放される。

「過去に余が生きた1700年間の間をどれだけ遡っても、お前のような奴は過見たことが無い。ガルデネーデですらお前を知らないだろう、素晴らしい......。正しくレイシスの子、それは異邦の力だ。ヘラクロリアムとは全く異質の力......。そしてそれはネガヘラクロリアムを増幅させる作用を持つ。余はそれを追い求めてきたのだ、貴様は一体何者なのだ?」

 ネクロウルカンの言葉は、レオには届かない。レオは四本の手に持っていたソレイスをその場で投げ捨てる、そしてネクローシス達が装備していた武器を引き寄せてそれぞれに装備する。
 双剣を下段の腕に持ち、上段の腕にガントレットを装備すると右手で鎌を持つ。
 すると紅い閃光を放ちながらレオはネクロウルカンに急接近し、鎌で堅牢であった空間障壁を容易く切り裂く。
 その斬撃が身体にまで到達したネクロウルカンは、一気にレオから距離を取る。

「余のSフィールドを破るだと......」

 しかし距離を取ったはずのネクロウルカンの背後に、レオは瞬時に現れる。

「貴様......!空間を超越しているのか......!」

 レオは下段の双剣でネクロウルカンの両腕を切り落とし、ガントレットで地面に叩きつける。
 そのまま追撃するように鎌をネクロウルカンが叩きつけられた地点に振り下ろすも、既に再生を果たしていたネクロウルカンが大剣でそれを受け止める。
 レオと凄まじい音速を超えた斬撃を繰り広げるが、ネクロウルカンはやがて圧倒されて再び両腕を失い再生が追い付かずに傷口が塞がらなかった。

「貴様......。くっ、ネガヘラクロリアムが足りぬが仕方あるまい......、大剣を解放する」

 そう言うと、ネクロウルカンは再生を右腕に集中させ大剣を拾い空中に高く飛翔する。
 そしてその大剣を自らの胸部に突き刺す。

「レナトゥス!」

 その瞬間、濃紫に輝く稲妻が周囲を焼きつくし、やがて黒い布状の物が体を包み込む。そしてそれをレオは何をする事もなくそれを静観する。

 やがて稲妻が落ち着き、黒い布状の塊からネクロウルカンはその姿を現す。
 濃紫に輝く光子の輪を背に形成し、破損していた鎧の見る影もなく威厳を宿した全く別の鎧に作り替えられていた。
 そしてネクロウルカンは要塞区画そのものを消し炭にしてしまう威力を持った枢光をレオに放とうとする。

 しかし突然、共和国首都方角から淡い光を覗かせた正体不明の光線がネクロウルカンに直撃して貫かれる。

「なっ......!?」

 ネクロウルカンは身に起こったことに理解が及ばず、そのまま行動不能になる。その絶好の隙を見たレオは瞬時にネクロウルカンの正面に移動すると、首を大きく振りかざした鎌で刈り取った。

 ネクロウルカンの体はそのまま墜落し、やがて黒い煙を上げながら依り代と共に消滅した。




 ミナーヴァが華奢な指を遥か彼方の大空、ブリュッケンの空へと向けると。蒼い輝きを放つ淡い光線を放つ。

「ミナーヴァ、本当に良かったの?」

 綺麗に整えられたもにあげと美しい光沢を持った黒髪のその女性、デュナミス評議会メンバーであるブライトレア・キシズカに話をかけられる。
 ブライトレアは柱に背を預けながらミナーヴァを見守っていた。

「はい、私の助力はこの程度で問題ないでしょう」

 浮遊するように身を常に浮かせるミナーヴァは、あらゆる動きがまるで水中を漂うに儚く、そして美しかった。




 レフティアは目を覚ます、胸元に貫かれて居たはずの槍の姿はなく傷口も塞がっていた。そして辺りを見渡すとレイシア少佐やダグネスの傷も治されていたが意識は失ったままであった、儚い希望を抱きながらレイシア隊のメンバーであり、創設以来の仲であったホノルの元へと駆け寄るも、傷が治された様子はなかった。

 どうやら傷が治っていたのは、直近に倒されていたディスパーダのみのようだった。
 すると、要塞跡地の中央にこの世の生き物とは思えない造形をした生物をレフティアは発見する。
 レフティアは思わず身構えるが、その生物から放たれる気配に見覚えがあった。

「まさか......。レオ君なの?」

 レフティアはそれに駆け寄り、レオに触れようとする。
 すると、レオは凄まい速さで振り返ると鎌をレフティアへ向けて振りかざそうとする。
 レフティアはレオが繰り出す異次元的なその速さに反応する暇もなく、そのまま切り裂かれようとしていた。

 しかし、寸前に何者かが現れそれを阻止した。

「レオ君......。君は頑張った、少し休んだ方がいい」

 現れたのはクロナだった、クロナはそう言うとレオの額を人差し指で優しく突く。すると、見る見るうちにレオの体を覆っていた白い液状の物質は剥がれ落ち、レオの顔が現れた。
 そのまま上半身が露わになる頃、そのままレオはクロナに倒れこみ、クロナはそれを優しく体で受け止める。

 レフティアはその様子を見て、クロナに問う。

「もしかして貴方が私達を治して......?」

「正確には違うけど大体そう、でも私の力を以てしても多くは救えなかった。あの黒滅の四騎士の力で命を止められすぎると槍を消しても命は戻ってこない。私が救えたのは直近で槍を受けた者たちだけ。ごめんなさい」

 クロナはそう言うと、レオをレフティアの膝元へと置く。

「一応デュナミスのお姫様にも感謝しておかないとね」

 そう言いながらクロナは、共和国首都のある方角へと顔を向けた。



 ―――中枢機関を失った帝国はこの争乱「レジオン戦役」を経て戦争は終結した。
 第三共和国の助力で、傀儡であった皇帝をレジスタンスによる新政府機関が解任し、代わりに即位したエクイラが新皇女となった。
 枢騎士評議会は組織形態をそのままに枢爵位を廃止、完全議会制に移行した枢騎士評議会にアイザック・エルゲートバッハは議長として就任する。
 第三共和国によって帝国は主権を保護され、遂に帝国と共和国による因縁の戦いに終止符が打たれた。



「それじゃあ......、セントラルに帰りますか......」

「えーやだやだ!ミルちゃん、絶対私達公安に捕まるって!」

「いや、そうとも限らんかも知れないぞ。戦争終結に貢献した重要人物としてだな......」

「いやいや!私の場合やっちゃってるから、国境警備隊の人達殺しちゃってるから!!!」

「それは......。私も擁護する術を知らない」

「はい......でも私達って結構友軍から攻撃された事ありましたし......。このご時世じゃあなんとも......」

「まぁなるようになれだろう、いずれにせよレイシア隊は壊滅してしまっているしゼンベルもセーフハウスで待っている。昏睡状態ではあるがレオを連れ帰り、目覚めたら正式な入隊祝いをするとしよう」

「賛成!!!」

「賛成です!」


【第一部・帝国争乱編完】








[43110] 第61話 アステロイド領域編・祝福されしエンプレセス達  人外の楽園
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/11/08 13:28
「―――ん......、ここは......」

 快適な睡眠を取れていた時のような心地よい倦怠感からレオは目覚めると、徐々に光が瞳刺し込み始めやがて天井の景色が脳裏に映し出される。

 ドーム状の高い天井、そのドームに張り巡らされるかのように備え付けられた見覚えのある機械設備達。
 それは確か、かつてレジスタンスの地下要塞にあった幽閉施設。
 そこに置かれていた機械と非常に酷似している、レオはかつてそれで身動きを封じられていた事があった。

 下半身には何やら暖かい感触、まるで布団の中にでもいるかのような居心地の良さ。
 レオは視線を下半身の方に向けると机がある。
 正確には机に布団のような物が被せられており、その布団の中に足を突っ込んだような状態だ。
 レオは布団のような机に下半身を入れた状態で横たわっていたのだ、そしてその机にはそれを取り囲むかのように独特な装いをした数人の女性達がくつろぐ姿がある。レオから見て左側の位置に居るその中でも飛び切りに幼い姿をし、獣の耳でも生やしたかのような少女が目覚めたレオを何やら珍しがる様子でジロジロと眺めてくる。

「お目覚めかの?」

 何かの聞き間違いだろうか、年老いた口調でその少女はレオに話しかけてきた。

「ふーむ、生の男を見るのは実に数百年ぶりじゃのう。お主は外で一体何をしでかしてきたのじゃー?んー?」

 この状況と光景に頭の理解が追い付かないレオは、一先ず情報を集めて整理することにした。

「えっ、えーと......、まずここは一体どこなんだ?」

 その話しかけてきた少女はニッコリと笑みを浮かべる。

「ここは楽園じゃよ、ワシらの楽園、ワシたちの為の楽園」

「楽園......?俺はとうとう死んじまったってのか!?」

「あーそういうんじゃなくての、普通にここがそう言う名称の建物って事じゃわ」

「建物......」

 直近の記憶を探ろうとするレオだが、最近の記憶を殆ど保持していないが為。ここにはどうやって訪れたのか分からず終いでいた。

「うーん分からん何も思い出せない」

 レオは視線をその少女の頭部に移す。

「ところで......」

「んー?なんじゃー?」

 その少女は体を机に少し登らせ、レオの方へと前のめりになる。

「その頭に付けてる獣か何かの耳みたいな奴、それ本物なのか......?」

「本物じゃよ?触ってみるかのー?」

 その少女はそう言って獣の耳をレオへと近づける。

「えーとじゃあ、少しだけ......」

 レオはその耳に軽く触れると、その耳はピクっと震える。

「わぁ......、本物っぽい......」

「本物じゃわ、まぁ外ではワシのような者は珍しかろう。信じられないのも無理はないのぉ」

 その少女はそう言うと、机の上に置かれた飲み物を手に取る。

「あんたは一体......その、何者なんだ?俺がなんでここに居るのか知っているのか?」

「ふーむ......。異邦生物、聞いたことぐらいはあるじゃろ?ワシはその中の一種だと思ってくれればええの」

 異邦生物。確かそれは西側にある卿国領、そこにあるギリア領域とやらを通じてこの世界にやってくる生き物だというくらいは聞いたことはある。
 軍事転用されている事もあるらしいが実際にそういった生き物は見たことが無い、それ故に迷信のようなものだとレオは思っていた。

「そしてお主がここに居る理由、それは知らぬ。お主がここに現れたのは数日前のことじゃ、目覚めて気づいたらそこにお主がほっぽり出されておっての。寒かろうと思い枠を一つ潰してこのコタツに入れてやったんじゃ」

「そう、か......。コタツ......?とりあえずそれはありがとう、えーと......」

 レオはこの机に布団を掛けたかのような家具をコタツという呼ぶことを知る。

「ワシの名はセツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ。セツギンでええぞ」

「じゃあセツギンさん、改めてありがとう」

「ふむふむ、礼には及ばんのじゃ。なんならこっちがお主に礼を言いたいくらじゃからの」

 セツギンはレオの体を舐めまわすかのように視線を巡らせる。

「......?それはどういう?」

「なにせここは見ての通り、だっっらしない女だらけのむっっさくるしい環境でのぉ。ワシとしては飽き飽きしていた所だったのじゃ、誰かが来るたび女ばかり。最近きたお主の一個前の奴も女じゃったわ」

 そう言われコタツに入った他の二人の女性を見る、どちらも気力のない様子で雑誌やら眺めながら菓子を食べ散らかした跡がある。
 レオの反対側に位置する女性は二本の形状の異なる槍を抱きつくように抱え、右側にいる女性は大きな豪華な装飾が施された盾を傍に置いていた。

「だからのぉ......、久方ぶりに会う生の男、ワシにとってはここ最近でなによりの目の保養。いや、数百年ぶりの癒しなのじゃ......。それにのぉお主、若くて意外とかいらしぃ顔をしとる......」

 セツギンはそういうと徐々にレオとの距離を埋め始める。

「あのちょっと、セツギンさん???」

 肩と肩が触れそうになる瞬間、その間に突如一人の黒い装束を纏った少女が割り込みレオの席の左側に強引に入り込んでくる。

「やぁやぁやぁ!君が新人さん!?初めまして!!!」

 その少女は非常にご機嫌且つ明るい様子でレオに話しかける。

「あの、ちょっと......。狭いですけど......」

「んー?だって仕方ないだろう。他は埋まっちゃってるし、それに彼女たちはおっかないんだー。迂闊に近ずくと殺されちゃうかもしれないから気を付けてね、あ僕はブラックエマ―って言うんだ。フルネームはライヴァラリー・ブラックエマ―シェン!まぁ馬鹿みたいに長いからエマって呼んでね。元々は西側諸国の旧剣聖だよ!分かるかな?卿国なんだけど、まぁいいやそれで君はなんて名前なの?」

 テンポよく素早く話すその少女エマは、目を輝かせながら興味津々な様子でレオと接する。

「えーと......、名前はレオ・フレイムスって言うんだが......」

「ほうレオくん!これからよろしくねー!」

 エマがそう言い終えると、セツギンはやれやれと言わんばかりの表情をする。

「おいエマよ、ワシが先に話しておったんじゃぞ節度を弁えよ。まだ名前もちゃんと聞いておらぬわ」

「うるさいなぁ婆さん~、名前なら今聞いたからもういいでしょ。それにそっちこそ節操なさすぎなんだよーキツイよーそういうの!ほらーそんな怖い顔するから彼も引いてるよーやだねーこわいねー!向こうで僕と二人きりでお話ししよっか!若い人は若い人同士でやっぱつるまないとねーん!」

「お主なぁ......!!!」

 セツギンはエマの後ろから襲い掛かり、二人は取っ組み合いをする。そしてその光景を目の前にしても、やはり他の二人の女性達は興味どころか反応も示さず。
 飲料が飛び掛かろうと軽く拭き取る程度で無関心を貫く。

「この小娘......!お主はここで一回分からせておく必要がありそうじゃなぁ!!!」

「望むところだよコスプレおばあちゃん!!!」

 セツギンは複数の尻尾のような物を威嚇するように大きく広げてみせ、エマは腰に添えられた剣のグリップに手を掛ける。

「ちょっ!ちょっとやめてくれよこんなところで!」

 レオは二人の仲介に入る、しかしその時どこからか重厚な数人の足音がこちらに近づいてくる音が聞こえてくる。
 足音がする方向を一斉に全員が見ると、そこには二人の重鎧兵士を連れ左目に紋様の入った眼帯をした明るい髪色の人物が入ってくる。

「皆さんこんにちわ、レオ君。やっと目を覚ましたんですね、賑やかな様子でしたね、仲良くやっているようで良かった。おや、でもこの様子じゃあレオ君の取り合いになっちゃってたのかな?男冥利に尽きるねーレオ君、この状況は言うならそう。緑一点とでもいうんでしょうかね?」

 左目眼帯を身に着けたその人物の凛々しい立ち振る舞いから一瞬性別が判明しなかったが、透き通った高音と儚げな挙動、驚く程に体のラインが整った見た目から女性であることが一息ついて分かった。

「ここになんのようじゃーマギ」

「ふふふ、セツギンさん、今回はレオ君に少しお話がありましてね。お二方に申し訳ないですけど、少しお借りしてもよろしいですか?」

「やだ!!!」

 マギの言葉にエマは一間置くこともなく拒絶の言葉を投げかける。

「うーん......困りましたね、実に不本意ですが実力行使もやむを得ませんよね」

 マギがそう言うと後方に居た重装兵士が前に出る。銃を構え、そして銃口をエマに向ける。更に天井の機械達が起動したのか動作音が室内に鳴り響く。

「やめておくのじゃエマよ、ここで暴れたところでそんなにいい事なんてないのじゃぞ」

 セツギンはエマを諭すように言葉をかける。

「そんな事は一々言われなくても分かるっての!僕はただあの女が誰よりもいけ好かないってだけ」

 エマはそう言うと、別の部屋へと颯爽と姿を消した。

「良かった、平和的に解決できて。それじゃあレオ君、行きましょうか」

「え、あっ......。はい......」

 レオはそう言うとコタツから離れ、二人の重装兵士に挟まれながらマギの後を追う。セツギン特に何かすることもなくコタツに戻り、レオの背を見送った。



 マギに連れられ扉の前に着く、マギがそれを開けると勢いの強い風が隙間から張り込みレオの体を緩やかに冷却する。
 その扉から外に一歩踏み出るとテラスのような場所に出る、夕暮れ時であった。
 そこから覗かせた光景は辺境のセクターより遥かに発展した無数に光り輝く高層ビル群達。
 そしてレオがいるこの建物自体がかなり高層な建物である事を外の景色から理解する。
 かつての星屑作戦参加の為に訪れた時よりも、心に深く刻まれるような強い感動を抱く。

「では、ここからは私とレオ君で行くからあなた達はここで待っていて」

 マギは後ろを振り向いて付き添いの重装兵士にそう告げる。

「しかしマギ司令、彼はあまりに危険すぎます」

「大丈夫、私が見ているから」

 マギはそう言うとレオに近づいてくる。

「じゃあレオ君、少し散歩でもしましょうか」

 そう言うとレオの先を歩むマギ、レオは少し間隔を開けて風景を眺めながら彼女についていく。
 やがてマギは足を止め、テラスの柵に軽く腕を掛け景色を眺める。

「どう?綺麗でしょう。ここは私のお気に入りです、やはり巨大な人工物というのは何とも形容し難い美しさがありますね」

「あの、ここって......?」

「ここがどこかという事?ここは共和国中央セクター、セントラル区。正《まさ》しく共和国の中心だよ」

 マギは大きく手を広げて見せてそう言った。

「その実は俺、最近の記憶が全くなくて......。最後に覚えてるのは......、帝国の首都にあるアンビュランス要塞、そこで確か敵のヤバい奴に捕まってしまって、そこからの記憶が殆ど飛んでて何で俺がここに居るのかも分からないんです。帝国はあの後どうなったんですか?」

「帝国はあの後、枢爵位が廃止されて完全議会制へと移行した。その議長にアイザック・エルゲート・バッハが就任、そして新政府機関が発足した。新たに皇帝としてエクイラ陛下が即位なされた。とまぁ大きなニュースで言ったらそんな感じかな、どうかな?彼らレジスタンスとはお知り合いでしょ?」

「そう、ですね......。とにかく計画自体は成功したのか、それは良かった......。ダグネスやベルゴリオ、メイ少将やクライネさん。そしてエクイラさん......、レジスタンスの人たちは今頃国づくりに励んでるのかねぇ......」

 レオは一先ず安心した様子でレジスタンスの面々を思い出す。

「それでレオ君、私は君にお願い事があるんだ」

 マギはそう言うと、携帯型ディスプレイ端末をレオに差し出す。

「レオ君、再びレイシア隊と共に自由を謳歌したいならこの任務を是非受諾してほしい」

 そう言われ、それを受け取ったレオは画面に顔を覗かせる。

「『アステロイド領域辺境調査』、だと......?」

 レオはマギの顔を伺うように視線を戻すと、マギは優しい笑みを浮かべていた。








[43110] 第62話 人外の楽園②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/11/08 13:28



「―――これはどういう事なんだ?依頼なのか?」

「えぇ、適任だと思って。貴方の帝国での活躍は私も聞き及んでいてね、かの黒滅の四騎士と謡われた者の蘇り、そのリーダーのネクロウルカンの対応をアンバラル軍やレジスタンスが多大な被害を被った中、君が一人で倒したんでしょう?」

 レオは心当たりのない事を言われて頭を軽く抱えた。

「......いや、そんな記憶はない......。でも俺がやったてのは否定出来る気もしない......」

 レオは自分の力の特異性とかつて幽閉施設で起きた精神的暴走、その経験が妙にレオ自信を辛うじて納得させる。

「記憶......がないのかな?でもあれは疑いようもない。間違いなく君だよ、でなきゃ君を上層部があんな『楽園』に入れておくはずがない」

「『楽園』......、ってさっきの場所か」

「君がさっき楽し気に会話していたあの子たち、何者だと思う?」

「その口ぶりから察するに普通でないことは確かか、多分俺みたいに特異的な人達なんだろ。見てる感じ明らかに普通ではなかったしな......」

「その通り、彼女たちは通常の枠には収まらないカテゴリーエラーの人外終局たち、通称『エンプレセス』。特に親し気に話していたあの二人はとんでもない化け物だよ、『第七人外終局指定、ライヴァラリー・ブラックエマ―シェン』。かつて百年ほど前に卿国の筆頭騎士、剣聖としてその名を轟かせてていた。『第八人外終局指定、セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ』彼女に至っては自ら楽園に収容されにきたしね、何れもこの世の理から完全に逸脱している。エクイラ皇帝陛下や君たちレジスタンスの基地を壊滅させた人物と同類の存在だ」

「エンプレセス......?あのエクイラさんもそうなのか......、それに基地が壊滅ってどういう......?初耳だが」

「おや?知らなかったんだ。君がアンビュランス要塞にカチコミにいってる間にレジスタンス基地はたった一人の人物に壊滅させられている。上層部はどうやらその人物をエンプレセスと認識していたようだけど詳しい話は私のところにまでは降りてこないんだ」

 マギはそう言うと手元の端末ディスプレイにレジスタンス地下要塞跡地の画像を表示させてレオに見せる。

「そんな!?こんな事って......!あそこにはアイザックが居たはずだ......。アイザックがやられたってのか?でも先の話を聞く限りでは死んではないみたいだが......」

 レオは懐疑的な目つきでマギを見る。

「話によればその人物による殺害は発生しなかったようでね。全てみねうちで済ませているようなんだ、つまりそれだけ歴然とした実力差がそこにあったってことになる」

「全く冗談じゃないぜ、そんな化け物がのうのうとやってきてたことに誰も気づかなかったってのか?」

「詳しい事はまだ私も分からなくてね、なにせ上層部のあのあわってぷりときたら完全に想定外だったと言わざるをえないだろうし。あの様子じゃあ黒滅の四騎士の復活なんてまるで視野になかったように思えたよ、実際その事に関しては殆ど動いてないだろうしね。まぁそれはともかくとして......」

 マギはレオの目線に急に合わせると、レオは少し驚くようにして仰け反る。

「どうするレオ君?君は彼女たちのように不安定で未知的かつコントロールの難しい存在ではあるが貴重な戦力であることは違いないんだ。どうだろうか?ここは一つ我々に従属しない?もしそれを承諾するというなら今後一生をあの楽園で過ごさなくて済むし、以前とまでは行かずともある程度の自由は認めてあげれるけど?」

 レオはマギにそう提示されると、沈黙を保ったまま選択肢を巡らせる。

「ちなみに今収容されている子たちの大半は従属しない選択肢をとったか、意志の疎通が出来なかった者たちだよ。一旦保留にして考えに耽るのも手かもね?」

 そう言われると、レオの中である二つ程の疑問が浮かび上がる。

「率直な疑問だが、なぜ従属しない者をあーやって生かしているんだ?こんな大掛かりな施設まで作って生かす理由はなんだ?」

 そう聞かれたマギは驚いたような顔をする。

「ほう?君は私達が彼女たちをいつでも殺せる力を保有していると思ってるんだ?」

「え、違うのかよ」

「うーん、でも君にも分かり切ってる事じゃない?その問いは簡単。単純に殺せないから、それは大抵が不死身だからというのもあるけど、それはオマケの理由でしかない。不死身なだけだったら他にも色々やりようはあるからね、ハッキリ言うと今の状態って奇跡的なんだ。今の平穏は彼女たちの気まぐれでしかない、彼女たちはその気になればここから出ていけるだろうし。まぁ実際は動向をデュナミス評議会が監視しているから難しいとは思うけど」

 マギはそう言うと建物を見上げて更に上空にある施設、デュナミス評議会本庁を見る。

「なるほどな、それともう一つ肝心な事だが。そもそもなぜ俺にやらせる必要があるんだ?優秀な戦力だったら他にも山程いるんだろ?」

「この任務は君たちのような優秀な部隊でないと務まらないんだ、並大抵のそこらのイニシエーター部隊じゃ手に余る」

「ん......?《《たち》》?」

 レオのその反応に対してマギは首を傾ける、しばらくすると思い出したかのように手を叩く。

「あぁそうそう、ちなみにレイシア隊は既に承諾しているよ、後は君の一存で事が進むか決まる。後レフティア?といったかな。彼女には国境警備隊殺害の嫌疑がかけられていてね、本来なら彼女は即刻幽閉されるところだけど、君たちの帝国争乱時の戦果も考慮されて君が承諾すればその件は不問とすることになってるよ」

「えーなんですかそれ......何やってんですかレフティアさん......」

 レオは溜息を軽くつくと頭を抱える。

「はぁ......。レイシア隊が絡んでるなら話は早いです......、承諾しますよその話......」

「話が早くて助かるねー。それじゃあ悪いけどあと数日間だけあの収容施設に居てくれない?そこから出すのに法務上の手続きが少しかかるんだ」

「そう、なんですか。分かりました」

「んー?なんだが満更でもなさそうな様子だね?」

「いやいやそんな事ないですって......!」

 レオはそう言うと兵士二人に連れられて『楽園』へと戻っていく、そしてその後ろ姿をマギは柔らかい笑みを浮かべながら見送っていた。



[43110] 第63話 人外の楽園③
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/11/23 02:47
ミステリアスな雰囲気を醸し出すマギとのやり取りを終え、レオは再び『楽園』と呼称された幽閉施設へと出戻っていた。

 彼女との会話を経て、レオはマギに対してどこかその優しさのような包容力のような物とは裏腹にどこまでも冷徹で残酷な一面も感じ取っていた。

(あの人と話す時のあの妙な緊張感はなんなのだろうか、まだどんな人なのか分からないがまぁでも悪い人ではないだろう。それに、綺麗な人だった......)



 相変わらず幽閉施設の中の様子は以前変わりなくダラダラと生気を感じさせない少女たちが過ごしている、その中ただ一人。

 セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメだけはレオに待ち焦がれた眼差しを熱烈に送る。セツギンはレオに手招きするように手を振り、例のコタツへと誘う。



「あやつとなんの話をしておったんじゃ?」



 セツギンはそう聞くと、手元の茶を丁寧に啜る。



「あぁ、実はここを数日で出してもらえることになってな。ある依頼をこなすことを条件に......」



 レオはコタツに肘をつけ顔を手で支え、どことなく辺りをなんとなく見渡す。



「ほう?それはまた急な話じゃの。いきなりやってきたと思うたら今度は急にいなくなってしまうとな?マギがお主をここにわざわざ収容させた意図が見えてこん」



 セツギンは腕を組みながらそう言う、レオはその事に特に気を掛ける事もなく静かに沈黙する。

 考えてもどうせ分からないと言わんばかりに。



「ふーむ、ところでお主。なにができるじゃ?」



 セツギンはレオに強く関心を寄せ、興味津々な表情でレオに問う。



「あー、それは......」



 レオは今一度、自分に何が出来るのかを整理するように思考を巡らす。

 そしてセツギンに対し、ベルゴリオのソレイスや、アイザックの銃タイプのソレイスをそれぞれ手の平で顕現させるとそれを披露する。

 そしてこれらはオリジナルの複製物であり、オリジナルと同じ能力を遜色なく発揮できる事や、何度も呼び出せること、そして新たに複製物を増やせる事も教える。



「ふむ、なんじゃそれだけか?確かに原則としてディスパーダ共はソレイスと使い手それぞれ一対としての関係を持っておると聞くが、それにしても地味じゃのー。それが周りが騒ぐ特異性だとでもいうのかの?」



「いや、特異性とやらに関してはその能力が本題じゃない。多分、不死性の方だと思ってるんだ......」



「不死性じゃと?なんじゃそれは。お主死なんのか?今どき死なん奴などその辺にゴロゴロおるじゃろが」



「いや、俺の場合は本当に死ねないんだ。普通とは違う、俺に再生能力はない」



「ふむ?再生能力がないならそのまま朽ちるだけではないか」



 ギンセツは心底不思議そうな表情で指を頭に当てながら、レオの話を聞き入れる。



「俺の場合は、その......。死んで初めて生き返ることが出来る、その時に今まで背負っていた傷や怪我が綺麗さっぱり治ってるんだ......。俺はこの数十年間の間それに気づくことはなかった、普通は死なないもんな。人間って......、死ななきゃ気づけないなんてな......」



 ギンセツはそれを聞くと、多少驚いた様子でレオを見る。



「......ふむ、なるほどの。どうりで......お主が世界中が求めた真の不死者なのか」



 セツギンはレオにどこか懐かしみさを抱くように思い老ける、そして全てに合点がいったのかどこか澄んだ顔つきで虚空を見つめる。

(しかし、なぜこやつが選ばれたのかの。特に変わり種と言った印象もなかったが、それに例の複製能力とやら、まさかとは思うが......)



「まぁ事情はよー分かったわ、というかお主。せっかくの複製能力で出せるのがそれだけっていうのはちと味気が無さすぎるのではないかー?もっと他にあるじゃろ?面白いもん」



「いやそうは言われても......、本当にこれだけ......。いや、なにか引っ掛かるな」



 レオは確かに記憶にある限りの物は出したはずだった、しかしその違和感は拭えずに体にこびり付いている。

 記憶にないはずの重量や形態を体は記憶しているような、レオはそれの再現に無意識に挑んでいた。

 両手を前に何かを支えるかのように差し出す。

 すると、あっさりとその正体をレオは目の前に顕現させてしまった。

 人の手には余りに巨大なそれは現れた瞬間、質量を持つとレオの手の支えを無視して大きな音を立てて机上に落下する。

 コタツの周りに居た少女たちはセツギンを含め驚愕した様子でそれに視線を集めた。



 大きな鎌だ、どこかで見たような禍々しいという言葉では言い表せない程の壮厳な雰囲気を醸し出す巨大鎌。

 レオは確かにこれをどこかで目にしたことが確実にあった、それは徐々に蘇る記憶の末に解明する。



「―――黒滅の四騎士の、武器だ......」



 レオはそう囁くと、辺りには沈黙した空気が漂う。

 しかしそれは束の間。二本の槍を抱くようにうずくまっていた一人の少女、イズ・ラフェイルは凄まじい剣幕でそれが現れた瞬間、レオに敵対心を剥き出しにする。



「―――よん......きし......。四騎士......!、四騎士だあああ!!四騎士がいるうっっ!!」



 イズ・ラフェイルは突如そう叫ぶと、一心不乱に二本の槍を以てレオを串刺しせんとばかりに急接近する。

 レオはそれの余りの速さに反応しきれず、身を無防備に曝け出していたままだった。



 しかし、イズ・ラフェイルの行動に逸早く悟ったセツギンは瞬時に自らの武器である異様な装飾が施された妖剣を右手で虚空から取り出し、レオの前にその身を挺す。

 矛先がレオに向かった片方の槍をその妖剣で防ぐと、もう一方の槍は左手でそれを掴み鍔迫り合うような状態に陥る。



「四騎士ー!!四騎士がなんでいる!!なぜまだ生きているっっ!!」



「な、なにを言って......」



 レオは庇うセツギンの後ろで気を取られ、状況に理解が追い付かずにいた。



「......おやおやイズよ。なんじゃいきなり物騒じゃの、物言わぬ風してその動揺っぷり......。ワシの知る今までのお主がまるで嘘のようじゃなー?」



 鍔迫り合う中、セツギンはイズ・ラフェイルに対して言葉を投げかけるが、それを聞き入れてる様子はまるでなく、唸りながらその視線は全てレオに注がれていた。



「ほう、まるでワシには眼中にないって感じかのう?マギ共には悪いが聞き合分けがない小娘には少し痛い目を見せる必要がありそうじゃの」



 セツギンはそう言うと妖剣に火にも似た、ただならぬ青紫色のエネルギー体がその剣を燃やすが如く、纏うように現れ辺りを紫に照らす。

 しかしその瞬間、イズ・ラフェイルは急に力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちる。

 セツギンはそれを疑うように視線で追うが、イズ・ラフェイルの背後にいつのまにか現れていたエマの姿を捉えると、安堵した様子で妖剣を手中に収める。

 エマは剣の柄でイズ・ラフェイルの首裏を打撃し気絶させたようだった。



「ちょっとー、なんなの急に騒がしくしてー珍しいじゃーん?何やったのさセツギンはさーん?」



 エマはこの状況に特段驚く様子もなくこの場に現れた。



「知らぬわ、そ奴がいきなりレオに襲い掛かったのじゃ。今のいままで抜け殻のような奴じゃったのにこんなことをして来るとは思わなんだ」



 エマはイズ・ラフェイルの視線の先にあった物に目を向ける。



「確かに、イズさんの行動には僕もビックリだ。どうやらレオ君が持ってるその武器にイズさんは深い思い入れがあるみたいだよー?その鎌って何なのかな?」



 エマはレオに問うように投げかける。



「これは、黒滅の四騎士の持っていた武器だ......」



「あーなるほどね」



「何がなるほどなのじゃ勝手に納得するんじゃない、何か知っているなら説明せい」



 セツギンはそう言いながら自らの服を軽く整え叩くと、元座っていた位置に再び座りなおした。



「んーそうだねー。詳しい事はさすがに知らないんだけど、ざっくり言うとイズさんはかつての大戦時、どこかの小国義勇軍の大将として共和国戦線に参加していたんだよ。その時に黒滅の四騎士の内の一人と戦って戦死したと言われていたんだ、だからそう言う事絡みなんじゃないかなってねー。噂じゃあ何かの呪いをかけられているのだとか~」



 エマは軽快なジェスチャーをしながらそう話す。



「ほう、それでレオの出したそれに反応したってわけかの。やれやれ、何て未練たらたらの重っ苦しい奴じゃ、ったく面倒くさい女じゃのーまた目覚めて暴れたりしなければいいんだがの。ほれ、お主。めんどーになる前にその鎌を仕舞っておけ」



 レオはセツギンにそう言われると、すぐ様に鎌を虚空の中へと収めた。

 こんな事が起きても外の人間が一切踏み込んでこない状況に、レオは異様なモノを感じ取っていた。

 この中で起きることにここを管理する外の人間は関心がないのか、それとも為す術など元よりないから見守る事しかないのかは分からない。



「こんな所で横たわれても迷惑じゃの、さっさとその辺で寝かせてくるのじゃ」



 セツギンが誰に向けて放った言葉なのかは分からなかったが、それはセツギンの背後から現れた存在によってすぐに理解させられる事となった。

 セツギンの背後が青紫色の炎で急に燃え滾り、そこから燃え続けたような球体が現れる。

 その中からはその炎で形作られたかのような工程で、中型生物サイズの生物が二体その姿を現した。

 セツギンから生えている耳によく似たものと同様の耳をしており、また毛並みがあり非常によく整われていた。

 尻尾のような物が複数本生えていて、いずれも非常に毛深い。牙は口内からははみ出しており余りに鋭く尖っていたが、見た目そのものは非常に愛くるしささえ覚えるものだった。

 それらはレオにとってはまるで見たこのないような生き物であったが、不思議と抵抗感はまるでなかった。



 その生物たちがイズ・ラフェイルの元へ駆け寄ると肩部付近の裾の左右をそれぞれが引っ張り合ってそこから運び出し、埋まっていたコタツのスペースが開けられた。

 役目を終えたその生物達はその場で先ほどと同様の炎で燃え上がるとその姿を虚空へと消した。



「今のって、セツギンさんのペット的な......?」



「ペットではないのう、こやつらは【ヨウコ】と言う。ワシの権能で使役できる召喚使遣しょうかんしけんじゃ。お主たちにとっては何れもこの世のものではないから親しみなどないだろうがまぁお前達のとこで言う異邦生物じゃよ」



 セツギンはそう言うと、机上に置かれていた茶に手を伸ばしそれを再び手に取る。

 イズ・ラフェイルが居たコタツのスペースが開くと、そこにエマが滑り込むかのように入り込む。



「ふふーん、ねぇレオくん。僕たちの話を少ししてあげようか?人外終局と呼ばれるエンプレセスについて、ね?」



 エマは両手で頬をつきながらレオにそう言った、右も左も分からないレオにとってはこれとない情報を得る機会だ、これを逃す手立てはない。



「それは......いいのか?もちろん俺としては有難い話だが......」



「もっちろーん!僕としては君に知って欲しいんだー色々なこと、理解者とか共感者が少しでも増えてくれることが僕のささやかな願いだよー」



 エマはそう言って眩しい笑顔をレオに向ける、見た目の黒一色の装いからは感じ取れないような人としての純粋さがエマの言動や仕草からは感じ取られたような気がした。



「分かった、それじゃあお願いする」



「おっけー!んーそうだねぇー。じゃあここに居るエンプレセス達の話からしようかな。現在確認されている限りのエンプレセス達は全員で十人!その内ここに収容されているのはさっきの【第三人外終局イズ・ラフェイル】、そしてそこの同じコタツに入ってるだらっとしてる子が【第五人外終局イージス・デネレイ】、そして【第七人外終局ライヴァラリ―・ブラックエマーシェン】こと僕、そして最後にこのコタツの持主こと【第八人外終局セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ】の計四名だよー!」



 そう言って彼女は左手の指で四の数を示す。



 エマは現在収容されているエンプレセス達について丁寧に教えてくれた。

 エマの話に寄れば、まず現在収容されていない残りの六人のエンプレセス達は確認されて以降消息不明か、収容に失敗し収容行為そのものが保留になっているという事。

 そして、そもそもエンプレセスとは何なのか。

 それは人類世界に仇なす存在としてデュナミス評議会によって判断され、リスト化された存在の事をそう呼んでいるらしい、そしてこの収容施設はデュナミス評議会本庁直下に置かれ直接的な管理体制にあるとの事。

 いざという時にデュナミス評議会が直々に対処する為なのだろうが、さぞデュナミス評議会とやらに所属する者達は余程自分たちの腕に自信があるのだろう。

 世界の脅威とも呼べるような存在を一か所に集中して管理しようだなんて傲慢さすら感じさせる。



 エマは自分たちがどのような経緯で収容されたのかについても簡単にだが語ってくれた。

 イズ・ラフェイルは黒滅の四騎士との戦闘で戦死したと思われていたのだが、約200年の時を経て彼女が生存している事が確認された。

 発見された場所はギリア領域と呼ばれる卿国内に位置する立ち入り禁止区域。

 しかし発見当時、彼女の体は当時の肉体から一切の劣化なくその肉体は保たれていたいう、原因は不明。

 そして発見時にはまだ覚醒しておらず例の二本の槍を抱え、そのままここセントラルへと運ばれた。

 その二本の槍は記録資料によれば彼女元来の武器ではなかったようだ。

 しかし、運ばれた彼女は何に呼応したのか突然覚醒すると、首都をまるごと滅ぼしかねない莫大なエネルギーをその槍から放出したのだと言う。

 だがこれは、その槍を彼女から離したことが原因で彼女の元に戻すことで安定状態なりその莫大なエネルギー放出は収束した。

 未だこの現象を解明できない評議会は彼女をエンプレセスに認定し収容したという。



 イージス・デネレイ。彼女に関しては通常の共和国イニシエーターとして協会に所属していたが、彼女の生み出すソレイスの能力が極めて特異的であるとされ、またその能力も危険性が高いとの事から、忠実に仕えていた戦士であったにも関わらずデュナミス評議会によって収容されてしまったのだとか。

 そのせいかまるで外の事象に興味を示さないのだと言う、具体的な能力は本人からは聞き出せずエマですら知らないようだ。



 ライヴァラリ―・ブラックエマーシェン。自称エマは卿国育ちの旧剣聖だと言う、百年ほど前のかつては卿国の筆頭騎士としてその名を轟かせていたらしい。

 そしてある時卿国を離れひっそりと傭兵稼業に勤しみ、あの【星屑作戦】にも参加しようとしていたのだと言うが、それをすっぽかした挙句の果てにマギによって捕まってしまい今に至るのだと言う。

 具体的な彼女の能力については語ってはくれなかった。



 そして最後にセツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ、彼女は自らここに来たのだと言う。理由や目的もエマには分からないようで、またその事をセツギンの口から語られることはなかった。



 そうして何気ない思っていたよりも普通の数日が過ぎる頃、遂に翌朝ここから出る事となった。



 翌朝。

 準備と恰好を整えたレオは出入口付近で待っているマギの元へと向かう。



「もう、行くのかの?」



 多少寂しそうな声音でレオの背後からセツギンは声をかけてきた。



「あぁ、色々ありがとうなセツギンさん。イズさんに襲われた時も守ってくれたりして、あのまま放っておいても俺なら死ぬことはなかったけど」



「馬鹿言え、あんなことがってせっかくの男と口も利けんくなったらワシが困るからのう。共益じゃ、共益。それにあの後もワシらの距離が縮まったのかモフモフ達と共に添い寝もしてくれたことだしのう?」



 セツギンは恍惚とした表情でそう言う。



「いやいやアレはセツギンさんが勝手に......!」



「おいおい興が削がれるような事を言うでないはお主、ほんの冗談じゃよ」



「はぁ、全く......」



 セツギンと軽いやり取りを終えると、そこに寝間着を着たエマが非常に眠たそうな様子で現れる。



「―――ん、じゃあねレオくん。またどこかで会えるといいね......」



「あぁ、エマさんもありがとうな色々と」



「ん」



 エマはふわふわとした口調でそう言い残し、颯爽と別室へと姿を消してしまった。



「それじゃあセツギンさん、またどこかで」



 レオはセツギンにそう言って振り向くと、出入口の方へと歩みだした。



「ふむ、達者でのぉ。あっそうじゃ」



 セツギンがそう言うとレオはセツギンの方に再び振り向く。



「お主、マギには用心するんじゃぞ。見かけはいいかもしれんが惑わされぬようにの」



「あぁ、分かったよ」




 セツギンやエマ達とのやり取りを終えたレオは、出口付近で待機していた重装兵士たちに連れられ屋外テラスに向かった。

 そこで珈琲を片手に、壮大な街並みを嗜む左目に眼帯をした女性が座っていた。

 旭光が差し込みその女性のシルエットを幻想的に演出させる、やがてその女性はレオの存在に気づくとその洒落た椅子から立ち上がる。



「来たね、じゃあ行こうか」



 レオはマギと会い、レイシア隊と合流すべくとあるセーフハウスへと向かい楽園を後にした。






[43110] 第64話 サイード・ボルトア【負の謀略】
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/07/31 20:55
 ―――夜中の曇天から降り注がれた雨粒は、ある走行中の車両に激しくその身をぶつける。
 ある髭面のインテリ風な眼鏡を付けた一人の中年男【サイード・ボルトア】とその側近護衛役二人を乗せた軽装甲車は、アンバラル領セクター3に向けて走り出していた。
 セクター3に向かっている理由は一つ、それは卿国領に最も近い共和国の航空プラットフォームだからだ。ここ以外に共和国から卿国に迅速にアクセス出来る場所は存在しない。

 サイード・ボルトアはデュナミス評議会に所属するメンバーの一人だ、だがそれは帝国が共和国との凡そ戦争とも呼べないような戦いで敗戦するまでの間の話である。
 より正確には、嘗て彼はデュナミス評議会の栄誉ある評議員だった。
 今ではもう、その身はデュナミス評議会に追われる立場と化してしまった。
 それもその筈だ。
 ―――彼はデュナミス評議会を、祖国である共和国を裏切ったのだから。


「―――強い雨が、降っているな」

 サイード・ボルトアは側近の護衛達に向けてそう言葉を漏らす。

「はっ、ですが卿国首都ラストバレーまでのフライトには影響はないようです。あの......恐れながら閣下が危惧されるような事は何もないと私目は存じ上げます。現地関係者の手筈は済んでいますし、セクター3での航空機の手配も完了しています。閣下は速やかに共和国領から離れることが出来るでしょう」

(これだ、彼らは優秀な側近立ちではあるがいつも私の言動を深読みしすぎる。お前達が思っている程私は優秀な人間などではないというのに)

「そうか」

 サイード・ボルトアはそう単調に返答する。

(私は、一体どこで道を間違ったというのだろう)

 サイード・ボルトアは、共和国やデュナミス評議会そのもののあり方に不信感を抱いていた。
 この数百年の間、彼はデュナミス評議会に尽くしてきた。しかしそれは、いつまでも果たされなかった世界統一を、共和国が遂行してくれると信じていたからだ。
 終わりのない戦いをただただ静観するデュナミス評議会の姿勢は、サイード・ボルトアを背信へと導いた。
 彼らには世界平和に対する執念はない、少なくとも大帝国思想レイシスオーダーに勝るほどの物ではなかったと、彼はそう思った。
 大帝国思想レイシスオーダー、それは帝国が掲げる武力による強制的世界統一。来たるべき第三次元世界の侵攻に備えてこの星の民は統一されなくてはならないという思想だ。
 レイシスもイニシエーターも最終的に目指す場所は同じで、要はどちらの勢力が世界を統一するのかの違いでしかないが、共和国に失望していたサイードにとっては離反する理由には余りに十分だった。

 黒滅の四騎士の復活、その計画を枢爵に知らされた時にはサイード・ボルトアの謀略は始まっていた。
 黒滅の四騎士の復活に何よりもなくてはならないのが、膨大な負のエネルギーとベース。そしてギリア領域に封印された四騎士の遺物達、そしてこの遺物の覚醒。これは枢爵達の方で回収し覚醒もネクローシスと呼ばれる依り代擬きが行う手はずとなっている。
 問題なのはやはりベースや負のエネルギーの確保だろう、より具体的にはベースとなるヘラクロリアム適合体、及び生命の大量絶滅が必要なのだ。
 人口が増えて多くの人間の生命活動に必要なヘラクロリアムが少なからずいきわたる様になると、当然ながら濃度が低下して良質なディスパーダは生み出せなくなる。その為の帝国による強引な戦争だった。
 戦争を引き起こした張本人である枢爵達にとってこの戦争の勝敗など実はどうでもよく、全て四騎士の為の壮大な茶番だったのだ。
 そしてベースを探し出すだけなら簡単だが、能力が発現した時点で共和国内ではイニシエーター協会に直ぐ手を付けられてしまう。
 帝国の場合は既にヘラクロリアム濃度が余りに希薄でレイシスを生み出すための強力な負のエネルギーが存在しなかった、そこでサイード・ボルトアの出番がやってきた。

 足跡のつかないベースを探し出す為には、既存の人間たちの中から見出す手段しかない。原則としてディスパーダは先天的な存在だが、時に後天的に発現する場合もなくはないのだ。
 だがそれらは普通のディスパーダとは違い、トランスディスパーダと呼ばれる。
 何かしらの要因で突然変異的になったそれらが通常のディスパーダと決定的に違う点は持続的な形態維持が出来るかどうかで分かれる。
 それまで普通の人間の姿だったトランスディスパーダは、覚醒化すると外見に著しい変化が現れる。
 イニシエータータイプの一般的な毛髪の銀髪化現象や瞳の赤色化など、通常のイニシエーターに近い外見になるが、トランスディスパーダ状態が解除されると元の外見に戻るなどの復元性が存在していたりする。
 要はそういう人間を、現存する膨大な人類の中から探し出さなくてはならなかった。しかも共和国に目を付けられず、居なくなっても問題にならない人材を。
 そこでサイード・ボルトアが取った計画が、【スターダスト作戦】であった。

 サイード・ボルトアは四騎士に適合しうるベースを捜索するにあたってある簡単な仮説を立てていた、基本的に共和国市民としてトランスディスパーダである事を隠しながら通常の生活を営むのは極めて困難だ。
 なぜなら彼らにその能力を制御する術はないからだ、力の使い方を知らない者達は自然と協会に察知されて駒に加えられてしまう。
 だが、協会に察知されずにその能力を秘匿的に行使できる集団が実は唯一存在する。それは―――傭兵だ。
 この国で傭兵稼業に就くものは揃って共和国建国時の弊害で生まれた地方無国籍者が多い、共和国の国民データベースには存在しない人々だ。
 共和国連邦政府や協会は無国籍者を実質見放しているのだが、それは仕方ない話で膨大な共和国国民を抱えるので精一杯なのだ。
 無国籍者である以上は通常の生活を送るのは厳しい、無国籍であることで他の国に合法的に入国・在留することができず、身分証明書もない。医療・教育・財産的権利へのアクセスだけでなく移動の自由もない。
 そういった人間の行き着く先が傭兵稼業なのだ、特に国際傭兵組織としては民間軍事会社であるセンチュリオン・ミリタリアが余りにも有名だ。
 彼らが国際的に活動できる主たる理由として人道的な無国籍者への救済という意図もある程だ。
 こういった環境ならば協会に見過ごされた覚醒者としての逸材が存在していて、またその力を秘匿しながら荒稼ぎをしている優秀な傭兵がいてもおかしくはないと考えた。
 そこでサイード・ボルトアは優秀な傭兵達を集めた架空の極秘作戦であるスターダスト作戦を立案しでっち上げた。
 レイシスを装ったサイードが搭乗した国籍不明の衛星砲要塞を帝国軍の極秘裏の協力を元に帝国軌道上にパーツごとに打ち上げ宇宙空間で建造した。
 そして、業績の優秀な傭兵を集めた一団をそこへ向かわせたのだ。
 ちなみにこの衛星砲要塞はおよそ衛星砲や要塞としての能力は皆無であり、外観だけの完全に空に浮かぶ巨大な宇宙ゴミオブジェクトだった。
 その中に駐在していた職員は軍関係者でも何でもない無関係の無国籍者達だ。

 ―――そしてサイード・ボルトアの思惑は、見事に的中したのだ。
 レオ・フレイムスだ、彼が現れた。
 サイードが彼を要塞内で見つけた時、ヘラクロリアム適応体を見極めることの出来るサイードの眼はその潜在的適性を見事に見抜いていた。
 当初彼を見た時のサイードは、レオの体内には通常あるはずのヘラクロリアムの極性が無い事に違和感を覚えていた。
 その事が、ある過去に行われた計画との点を結びつける。
 それは、かつて卿国で行われていた新たな筆頭戦力としての剣聖素体を生み出すための召喚儀式であるレリクシーズ計画の事だ。
 だがその計画は失敗しており、異邦から召喚されたとされる剣聖素体は長らく行方不明とされていた。
 だが、その素体の特徴としてヘラクロリアムを必要としない生体構造が挙げられていたことをサイードは思い出す。天運がサイードに巡ってきた瞬間だった。
 まさしく、その剣聖素体とは目の前のレオ・フレイムスの事だったのだ。

 衛星砲要塞を傭兵達に用意させた自滅プログラムで始末させ、円満に作戦を完了させるとレオ・フレイムス以外の適応能力のない傭兵を結果的には全て抹殺する事となり素体は一体分確保する事ができた。
 サイードの足跡が宇宙の塵の中へと消えていく中、サイードの計画は次の段階へと移行した。
 容易くレオを気絶させ要塞から回収したサイードは、彼を共和国基地へと英雄として脱出用ポッドで帰還させた。
 サイードは、レオをより自然な形で帝国に送り届けなければならなかった。その理由はただ一つ、ミナーヴァ・テレサテレスの均衡を見通す監視網に触れない為だ。急激な力の移譲やヘラクロリアムの均衡が乱れると彼女に感知されてしまう。
 彼女の強力なセンシティブ能力の前ではより慎重に対処しなければならない、もし感知されてしまえばこの計画は破綻すると同時にサイードも粛清されてしまうだろうからだ。

 より回りくどく、より慎重に、そして自然にレオ・フレイムスを枢爵達の元へと送り届ける。
 その為にサイードは独立機動部隊であるレイシア隊やアウレンツ大佐を利用し、均衡に触れない形で覚醒させないまま、レオをその部隊の構成員として枢爵達の隷下部隊であるネクローシスの元へと誘導し結果として引き渡す事に成功した。
 だが、サイードの天運は突如として散る事となる。
 帝国レジスタンスの存在だ、全てレジスタンスのせいでサイード計画は狂ってしまった。
 確かにレジスタンスの存在はサイードも知っていた、側近の調査でもその戦力は国政をひっくり返すには全く至らないとも判断されていた。
 だが、実際には違ったのだ。その戦力は物の見事に偽装されていたものであり、偽の情報をレジスタンス達によって掴まされていた。
 何故そんなことが起きてしまったのか、答えは明確だ。帝国情報局の一部の人間が既に枢騎士団の味方ではなかったからだ。
 時は既に遅し、帝国は既に内部で穏やかな分裂が起こり始めていた。サイードに出来ることはもう何も残ってはいなかった。
 計画は破綻したのだ、枢爵達は全滅し黒滅の四騎士も完全には至らずに終局を迎えた。
 今となっては、完全にサイードは共和国の敵としてデュナミス評議会の粛清対象だ。

 だが、サイードにまだ希望は残されている。
 アルデラン連邦卿国・卿国王聖師団、事実上の卿国トップである総団長ソプラテス大卿はサイードの亡命を歓迎し共和国の目につかない様に準備を整えてくれていた。
 後はサイード・ボルトアが、この共和国の地を去るのみとなっていた。

「共和国を捨て、帝国も捨てた。だが私には卿国でまだ果たすことの出来る義務がある、こんな所で終わるわけにはいかん。卿国が我々の最後の砦だ」

 サイードのその言葉に側近の護衛二人は静かに首を縦に振る。
 やがてサイード等を乗せた軽装甲車はアンバラル領セクター3へと到着し、用意された航空機のある発着場へと向かう。
 その発着場のある場所はセクター3の中でもかなりの高層に位置する場所で、普段身の丈の高い身分を持つ人々が頻繁に利用するような場所だ。
 下層の錆びれた一般ターミナルとは大きく違い、そこには豪華で高級近代的装飾が施されている。
 上層のターミナルを抜け、サイードはいよいよとその開けた発着場へと辿り着く。
 ―――だが航空機に乗り込もうとしたその時、サイードは容赦のない現実と向き合う事となった。

 その集団の中で、サイードだけがその存在に瞬時に気づくことが出来た。サイードが雨に濡れながらゆっくり振り返るのと合わせて護衛役二人も後ろを振り返る。
 その目線はその場所よりやや高所の方に向けられ、その視線の先には一つの大きな漆黒のシルエットが航空障害灯を背にその眼に紅く映し出される。
 大きな大剣のようなものを背負い、バイザーの十字状のヘルメットからは紅い光りを放つ。
 その存在は、サイードを戦慄させた。

「よりにもよってお前なのか......、クソっ!!デュナミス評議会めぇ......!!」

 サイードは拳を強く握りしめると、その拳の中からは血液が地面に向けて溢れ出す。

「―――閣下、ここは我々が」

 護衛役二人がサイードへの進路を塞ぐように前へ出ると、各々ソレイスを顕現させる。
 しかし、その漆黒のシルエットが突如として姿を暗ますと、気づけば護衛役二人をすり抜けてサイード・ボルトアの前へと立っている。

「―――なっ......!」

 護衛役二人の首は言葉を発する暇もなくその存在によって打ち取られると、その胴体は無残に地面に転がり込む。

「うーん......、イニシエーター協会の中でも最上級クラス。特級勲章をも授賞した選りすぐり護衛役二人のプレデイトイニシエーターを難なく瞬殺......か、足止めにもならんとは思わなかったが、さすがにこれは少々......、堪える......なっ!!」

 サイードはそう言うと、右手を素早く前に出しアンセルと呼ばれる枢光《ヘイテンロア》とは逆属性に位置する性質を持った技を、水滴を飛ばすかのように繰り出しその漆黒の存在に直撃する。
 直撃したそれは衝撃でやや仰け反りながら後退すると、サイードとその存在の間に多少の距離が出来る。
 アンセルが直撃した箇所は多少の煙をあげたままで、装甲が融解した様子が見られない。この高エネルギー放射の直撃に耐えうる金属系統の個体物質はこの世には存在しないはずであるが、装甲に何かしら特殊な仕掛けがある事は確かだろうとサイードは考える。

「ベルセクス・ディーアナイト......か、口の利けない奴をよこして来るとは和解も理解も元よりする気なしと来たか。やりやすくて助かるよ全く」

 そう言うと、サイードは豪華な上着をその場で脱ぎ捨てシャツの袖を捲る。
 サイードはベルセクスに関する情報を殆ど知りえてなかった、戦闘力やその正体は同じ評議会のメンバーであっても計り知れるものではない。

「ここが私の、正念場というやつか」

 サイードはそう言うと、地面に手を当て異邦錬成術と呼ばれる【ミナーヴァ・テレサテレスの権能である世界書庫】から盗み出した、この世界には元来存在しない術式を呼び込むための更なる準術式を展開する。
 術式の円模様がその地に刻まれるその様は絵本の中のおとぎ話のようで、空間がその術式に同調し始める。
 刻まれた術式は空間中に満たされたヘラクロリアム粒子に働きかけ、それに応えるようにヘラクロリアム粒子はマテリアルの保存法則を超越する。
 ベルセクスはその動作に気づくとサイードとの間合いを詰めて容赦のない斬撃を繰り出す。

「そうやって勢いだけの馬鹿みたいに突っ込んで来てくれると信じてたよ」

 サイードが展開した術式の中から鋭利な無数の成形炸薬効果を持った超高音速の円錐状の槍がベルセクスを貫こうとする。
 先のアンセルによる高エネルギー放射ではベルセクスの装甲を貫けない事から、何かしらのヘラクロリアム粒子の原動力とするエネルギー攻撃に対して特化的に防御する事の出来る機構があると推測する。
 なので、ここは古典的物理の強い穿孔力であの装甲に穴をあける事にした。
 しかしその無数の刃達は爆音と爆発をまき散らしながらも、ベルセクスの動きを一瞬止めたのみに留まり、重大なダメージを与えるには成りえなかった。

「ちっ、私が知る限り最硬度のマテリアルで錬成したはずだが......さすがに硬い、いや柔らかい?金属やセラミック系統の複合装甲とは少し違うな、装甲の弾性が与えられる圧力に合わせて柔軟に変形しているのかなソレ。いっかい距離を取るかぁ」

 無数の槍達は次々とベルセクスの装甲の前に爆発させながら刃折れしていく。
 サイードが両手から錬成術によるソレイスを生成すると、無数の槍のトラップから抜け出したベルセクスとの斬り合いに場面は発展する。
 ベルセクスが振るう大剣から放たれる高出力エネルギーの斬撃をサイードは二度交わして接近する。
 サイードとベルセクスの一つ一つの剣戟によって生じる尋常ではない別次元の衝撃波が、周りのプラットフォームの設備や地盤を崩壊させていく。
 傍にあったサイードを乗せるはずだった航空機はあっという間に押しつぶされて粉々になり、パイロット達の肉体は人であった事を忘れているような有様であった。

 上層ターミナル内では爆音の警報が鳴り響き、人々は我先にとエレベーターや階段に飛び込み下層へと下り始める。
 サイードは様々な錬成術で様々な近代兵器を試すように錬成する、成形炸薬で貫けなかった装甲を、今度は磁界によって収束させたプラズマ弾を電磁加速で発射する、共和国軍主力戦車主砲の電磁加速プラズマ砲を生み出しながら、臨機応変にベルセクスの重厚装甲を物理的に軟化させひずみを蓄積させる。
 サイードが行使可能な物質圏内で有効なダメージを与える為には、ベルセクスの装甲を何としてでも削ぐことが先決となる。
 ベルセクスは大剣を振り回しながら向こう見ずに動き回る。
 猛烈な勢いだけで突き進むその姿からはまるで理性など感じられず、サイードは猛獣の相手をさせられているかのようであった。
 そして、ベルセクスの繰り出す一撃一撃が全てサイードにとっては致命傷となり得るもので、真っ向から斬り合うには余りにリスクが大きすぎる。
 錬成した火砲でベルセクスの立地面を破壊しながら、ベルセクスの突進ルートを歪めさせ、ギリギリの隙でベルセクスの一撃を交わす。
 ベルセクスが繰り出す剣戟は大剣で出していいような速度ではない、風の抵抗をも無視するその様は、まるで本当に物理法則でも無視しているかのような錯覚をサイードに憶えさせる。
 大剣を振りかざした後の鋭利な突風がサイードの肌に細やかな傷をつけるが、サイードは持ち前の再生能力でそれを瞬時に再生する。

 サイードはデュナミス評議会メンバーの中では余り戦闘タイプに属す方ではない、単純な実力で言えば最下位クラスであろうともサイードは自覚していた。
 だがそれを補うように彼はミナーヴァが所有する世界書庫から異邦錬成術を習得し、そのおかげで現にベルセクスとの純粋な戦闘を辛うじて繰り広げることが出来ている。
 
 数十分に及ぶ剣戟のさなか、セクター3の上層ターミナルは衝撃波で見る影もなくすっかり崩壊しきっていた。
 足場を崩し、落下しながらサイードとベルセクスは戦闘を足場のない空中でも繰り広げる。
 戦闘による衝撃でセクター3上層部分は倒壊一歩手前にまで迫っていた。

「そろそろ頃合いかねっ!!」

 サイードはそう言うと横目で巨大な貯水タンクの存在を近くに確認する。目をハッとさせると再び錬成術を展開し、巨大な四角い格子状の構造物を第一壁から第十壁までの何重にも折り重ねた壁を作り出し、その檻の中にベルセクスを閉じ込め、その中央に錬成の過程で破損させた貯水タンクの水を入り組んだ経路から注ぎこむ。

「―――これで燃え尽きろ馬鹿たれがっ!!」

 そう言うと内部からは紅い光が漏れ出し、突如内部は灼熱地獄と変貌し始める。まさしく火葬とも呼ぶべきか、核融合実験炉のようなその格子オブジェクトは、有限領域内で万象がプラズマと化す極めて複雑な構造体となった。
その一億度以上の業火の熱でベルセクスの複合装甲を分解させる算段。
 内部のプラズマを閉じ込めて置くための外側の格子、これをプラズマによって融解させない為の試作型磁力線格子が、内部の漏れ出すプラズマで融解しそうになるとそれが合図となり、サイードは巨大な磁力加速プラズマ砲四門を格子周囲に錬成し、その格子オブジェクトを空間から打ち消すように丸ごと吹き飛ばす。

 その壮絶な轟音は夜空の彼方にまで響き渡り、サイードの耳からは緩やかな血が流れる。

「如何なる不死性存在であっても肉片すら失えば復活する術などないはずだ......」

 サイードは吹き飛ばされた跡地をみて安堵し、ボロボロになった地面に崩れるように座り込む。
 セクター3は辛うじて建造物としての構造を保っている、奇跡であると言えるほどの有様だ。

「さすがに......、本当に......堪えたなこれは......」

 人類の英知をも結集しえたかのような究極の錬成術による未知の即席科学兵器、ミナーヴァの世界書庫から盗み出した技術とは言え、これほどまでに実用性を伴う錬成が出来たことはサイードの頭脳を持ってしたとしても奇跡に他ならない。
 
 しかし、安堵に浸る時間など束の間の出来事だった、煙が晴れ吹き飛していたと思っていた跡地からは目を疑う光景がサイードの目に映る。

 全身から紅光を放つその異形は、ベルセクスの装甲に包まれていた真の姿を露わにする。

「ははっ、ありえねーよさすがに。おめぇの中身、人......ですらなかったかよぉ......」

 禍々しい流体のようなその姿は何とも形容し難い姿をしていた。
 敢えて言うならば悪魔の姿だ、羽のような背の突起物に、尻尾のような仕草をも見せる流体。その異形に降り注ぐ雨粒達は次々と蒸発していき、周囲に煙を発生させる。
 単眼のような風貌を見せる顔面は明らかにこの世の生物ではない事を見せつけていた。

「ふっ、なるほど。これが例のクリムゾン高エネルギー結合体、ヘラクロリアムフォトンの亜種か......。私が全身全霊をもってはぎ取った貴様の重装甲は、その高エネルギー結合体の入れ物を壊したに過ぎないという事か......」

 ベルセクスは唸り声のようなものを響き渡らせながら、右手から槍のような物を生成する。
 その槍はサイードに向けてすぐさま投擲され、サイードはそれをソレイスで弾き飛ばそうとする。
 しかしその槍はサイードのソレイスをまるで熱した鉄棒でチョコレートにでも当てるかのように、サイードのソレイスを融解させる。
 それに驚く暇もなくサイードはその槍によって胸部を貫通し、胸元に巨大な穴が生じる。
 槍が突き抜けて到達した先に巨大な高層ビルがいくつもあったが、その構造物にも同様に巨大な風穴を残していく。

「ば、馬鹿な......ありえん。理を超越しすぎている......!」

 瀕死の様子のサイードの傷口に、再生が行われている様子はなかった。

「体内は滅茶苦茶だ......、これは......」

 ベルセクスは膝を着くサイードに近づくと、再び槍を右手で作り出し、その槍で雑草を薙ぎ払うようにサイードの首を軽く刎ねる。
 サイードの首を失った胴体はやがて地面へと崩れ落ち、とんだ首はどこへやらと飛んでいく。
 それがまるできっかけだったかのように首の皮一枚で保たれていた巨大構造物であるセクター3上層部分は、耐えかねた苦しみから解放されるがの如く流れるように倒壊していく。
 この倒壊によって生じた民間人の死傷者数など見当もつかない程に。
 ベルセクスによるサイード・ボルトアの粛清劇は、アンバラル領治安維持部隊が駆け付ける頃には既に収束した。
 彼らの戦いは、僅か数十分に及ぶ戦闘でセクター3に大きな爪痕を残していった。































[43110] 第65話 新生
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/06/21 23:18
「―――昨日未明、アンバラル領第三セクターにて大規模な複数の爆発が発生。付近の高層建造物にも同様の被害有りとの報告が上がっています、肝心の第三セクター上層構造は完全に倒壊しているものと思われ、対テロ研究専門家の見解では死傷者数は凡そ数万人規模とのことですが現地の詳細は未だ不明です。アンバラル領自治政府は治安維持部隊による災害救助活動と並行して外患テロ組織との関連の調査を現在進行中との声明が出ています、目撃者の情報によれば深夜に『眩い光りが上層付近で幾つかちらつくの見た』との目撃証言が数件あり、現在この件についても治安維持部隊が独自調査を―――」

 レイシア少佐管轄のセーフハウス内で、レイシア隊の運転手兼操縦士のゼンベルはだらっとした様子でリビングのソファーにくつろぎながら、液晶テレビから流れる民間ニュースを視聴していた。

「うぉ、おっかねぇーの。テロだってよ少佐ァ~、死傷者数数万って大事じゃねーか!!」

 ゼンベルははしゃぎながらリビング内の端側にあるテーブルに、慎ましやかに紅茶を据えて座っていたレイシア少佐にそう話しかける。

「ふむ......、テロ、か。テロ組織の犯行にしては少々規模が大きすぎる気はするが、あの大規模建造物の上層を木端微塵に吹き飛ばす爆発物など、一体どっから調達できるというのだか。それに映像を見るに、爆発物で吹き飛んだと言うよりは支柱が壊されて支えきれなくなった上層が倒壊してきたように見える」

「え、でも支柱って確か......」

 レイシア少佐の見解に、向かい側に座っていたミーティア中尉は疑問調で言葉を漏らす。

「―――非公開技術のナノマテリアル、超強度鋼管が使用されているはずだ。それに、こういう時に備えて支柱には予め戦艦級の重装甲を表面に張り付けていると聞く、通常戦力の軍隊ですらセクター3を木端微塵に吹き飛ばすのは容易ではないはずだ」

 そう言うと、レイシアは紅茶を一服する。

「となると、答えは一つしかないわよね!」

 レイシアの真横の席を陣取っていたレフティアは人差し指を顔に当て、そう高らかに言う。

「ま、そんなの覚醒者しかいないわなぁ。おっそろしいことをしでかしてくれるぜ全く......」

ゼンベルはそう呆れた様子で言う。

「まぁ......もちろんそんな『覚醒者』がこれだけの規模の被害を生み出したなんて情報が出回れば、地元の民衆はパニックを引き起こしますし表立った情報は出てこないのでしょうけどね......」

ミーティア中尉はそう言う。

「しかしそうは言っても、少し気掛かりだ。覚醒者のテロ集団などとはそう滅多にいるもんじゃない、大抵はセンシティブ感応者に目を付けられてイニシエーターかレイシスに半ば強引に更生させられるか始末される」

 レイシアは顎に右手を当てて顔を少し俯かせる。

「んじゃ公式のディスパーダ部隊よる仕業ってこと?仮にそうだとしてもそれだけの部隊を動かす勢力や目的に見当がつかないけど」

 レフティアのその言葉にこの場の一同は思考を巡って沈黙する。

「んま、いまとなっちゃよそ派閥のよその国の事件ですからなぁ。俺達が直々に動くわけじゃねぇーしあんま深く考えても仕方がねぇーでしょうよ」

 やや乱暴な物言いでゼンベルはその場を制す。

「それもそうね、あっちはあっちでりぃぱぶりっく騎士団様とやらも拵えているわけだしぃ~仕事してもらわないとねぇ」

『リパブリック騎士団』。
 それはデュナミス評議会の管轄から独立したイニシエーター協会の派閥組織、リパブリック騎士団が事実上のアンバラル最高戦力だ。
 大共和国思想を崇高に捉えており、共和国の再編成を最終的に望んでいる組織である。
 強大になり過ぎた軍閥の跋扈する共和国腐敗体制の原因は、持て余すほどの軍事力にあると考えており、軍規律の根本的な再構築を狙っている。

 アンバラル第三共和国軍に助勢してもらった身としては複雑な心境を持ちつつも、レフティアはゼンベルの意見に賛同すると手元に置かれた雑誌を再び読みふけ、レイシアは再び瞑想するように一服し、ミーティアはその場を空虚に過ごす。
 しばらくすると、セーフハウスの玄関ベルが鳴らされる。

「おっと、いよいよお出ましだ」

 レイシアはそう言うと、ゼンベルが「よいっしょ」と言いながらテレビの電源を切って立ち上がりベルの鳴らされた玄関へと向かう。

「レオくんに会うのが、少し怖い」

 レフティアはレイシアにそう囁き、レイシアの肩に頭を傾ける。

「なんだ?らしくないな。何か後ろめたいことでもあったか?」

 レイシアは憂慮した口調でそう言うが、レフティアは多少の微笑みを保ちながらそのまま沈黙して上目の目線で応えた。
 レフティアはあの日みたレオ・フレイムスという男の悍ましい特異性を周りには話してはいなかった、ここではレフティアだけがあの刹那に見た光景を知っていた。

「ほいほいどちらさまかねぇ~?」

 ゼンベルは惚けた様子で、玄関前のモニター越しに映る重装甲を纏った兵士たちに向かってそう言う。

「―――こちらは司法機関直属ESM特務機関だ。先述の件の事だ、とっとと中にいれろ」

「ほいさほいさ、お疲れ様ですなぁ」

 強圧的な態度で話す特務機関の兵士たちに軽口でも叩くがの如く、ゼンベルはそう言いながら玄関口を解錠する。
 すると重装兵士二人が先陣を切るかのように先に室内に入り込んでくると、その後に続いてレオ・フレイムスの姿がゼンベル達の目に入り込んでくる。

「よっーレオ!!会うのは少し久しぶりじゃねーか?元気そうで良かったぜ」

 ゼンベルは陽気な態度で手を大きく広げて見せると、レオに右手拳を差し出す。

「あぁゼンベルか、久しぶりだな。お前ってそんなに暑苦しい奴だったっけな」

 レオはそう言うと差し出された拳に応えるように、自信の手を同様に拳の形を使って差し出して拳と拳を軽くぶつける。

「やぁレオ」
「おかえりレオくん」

 レイシアとレフティアはそれぞれ殆ど同時にレオに声をかけた。

「少佐にレフティアさん......その、盛大に迷惑をかけてしまったみたいで......、記憶が曖昧ではっきりした事は何も言えないだが本当に、その。すみませんでした」

 レオは軽く頭を下げる、しかし何事かと言わんばかりの表情をレイシア隊の面々はする。

「おいおい、そういうのはやめてくれたまえよレオ。我々は仲間を見捨てないし助けるのは当然だ、例えそれが祖国への背信行為だったとしてもな」

 レフティアがそう言うと、レオは頭をあげる。

「久しぶりですねレオさん!意識不明のレオさんを見た時は冷や汗が出ましたけど、どうやら大丈夫そうで良かったです!」

 ミーティアはレイシアの後ろから現れるように姿を出すとそう言った。

「ミーティアさん、いやほんと申し訳ない......」

「それで......いきなり聞くのも申し訳ないんですが......その、アンビュランス要塞での出来事、本当に覚えていないのでしょうか?」

 ミーティアはレオにそう聞くと、少し間をおいてレオは唸るように答える。

「くっ......、すまないやはり思いだせない......。曖昧とは言ったがまるですっぽり抜け落ちているかのように記憶がないんだ」

 記憶がない事は紛れもない真実だが、何があったのかはマギに聞かされていた通りの心当たりはある、しかし確信はなかった。
 あのアンビュランス要塞の一件、黒滅の四騎士ネクロウルカンを倒したなどとはやはり到底信じる事は出来ない。
 レオにはかつて負のヘラクロリアムを急速に体内に取り込み順応させた結果として負の精神暴走を引き起こした事があった、もしその延長線上でその出来事があったとしたならと考えもした。
 だがあの時は多少は記憶があったし、何より自分の実力が根本的に飛躍したというわけでもなかったはずだ。
 でももし暴走していたとしたら?もしそうだとしても彼女たちの以前と変わりない何事もなかったかのようなレオへの態度には疑問が残るばかりだ。

(マギの言葉は本当に正しいのか?)

「そう、ですか......」

 ミーティアは声の調子を落としてそう返す。

「まぁ何はともあれ、だ。またこうしてレイシア隊が集えた事を祝福しよう。数は減ってしまったが散っていった仲間の分まで我々は先に進む。新生レイシア隊。再始動だな」

 レイシアがそう言うと、レイシア隊の面々は一斉に軽く掛け声を挙げる。

「いやぁ、いいですね。感動の再開、あぁ水を差して申し訳ないですね」

 その透き通った声と軽い拍手にレイシア隊は一斉に静まり、声の主の方向へと視線を移す。

「ちょっと、あんたが来るってのは聞いてないけど。どういう風の吹き回しよ?」

 レフティアがレオを通りすぎて前へ出ると、マギの真正面に聳え立つ。

「―――貴様、そこから離れろ」

 レフティア向けて二人の重装兵士が銃を向けるが、マギがそれを手振りで制する。

「まぁまぁレフティア大尉、そんなに警戒心を剥き出しにしなくともちゃんと説明致します」

 マギの冷静さを重んじた姿勢に、レフティアは大人しく身を引いた。

「でっ?」

 レフティアはリビングのソファに勢いよく腰を掛けると、短くそう言ってマギに迅速な説明を要求する。

「はい、事前に話していた通り。あなた方レイシア隊に『アステロイド領域辺境調査』の依頼を出しました。晴れてレオ君にも承諾して頂いたという事で早速、バスキア戦線方面最南端セクター32に向かってもらいましょう」

「依頼内容の詳細は?」

 レイシアがマギにそう聞く。

「詳細は向こうに着いてからお話します、その時に現地の第72師団とのブリーフィングも行います」

「ふざけるのも大概にしてほしいわね?さすがに情報がなさすぎるわよ。私達を何に利用しようっての?」

 レフティアはイラついた態度でマギにそう言う。

「別に不満があるなら降りてもらっても構いませんよ?ただせっかく不問となったあなたの国境警備隊同胞殺しの嫌疑を取り消してもらいたいならですが。他の方も同様に、この独立機動部隊レイシア隊にはそもそも様々な反逆罪の疑いが協会から掛かっていたんです。我々との司法取引に応じたのならこちら側に大人しく従って頂こう、では。行きますよレイシア隊」

 マギがそう言うと、重装兵士二人は振り返ってマギより先に外へと出る。そしてマギも振り返って外へ出ようとする、しかし何かを言い忘れたかのように再び振り返る。

「あっそうそう。これは付け加えなんですが。私も付いていきますのでよろしくお願いいたしますね」

 マギはそう言い残すとセーフハウスの外へと出ていく。

「うげぇ、聞いてない......。あの得体のしれない女が一緒とか!!」

 レフティアはうげぇっとした表情でそう言う。

「まぁ、私達にはどうしようもないですから......」

 ミーティアはレフティアにそう返す。

「文句を垂れていても仕方ない、行くぞ」

 レイシアがそう言うと、ミーティアやゼンベルは彼女に続いて外へと出ていく。
 室内にはレフティアとレオが取り残された。

「ねぇ、レオ君。幻滅した?私に。聞いたんでしょあの女から、言っとくけど事実よ」

 レフティアはトーンダウンした口調でレオに向けてそう言う。

「えっ、えぇまぁ。正直な話、俺はなんとも思ってませんよ」

「えっ?そうなの?」

「きっとレフティアさんなりの理屈があってそうなったんですよね多分、まぁあんま難しい事は言えないんですが所詮俺にとってはどこまでも他人事なんですよ。誰かの正義が誰かにとっての悪だなんて今に始まった話じゃない、そんな事いちいち気にしてちゃこの稼業はやってらんないでしょ。俺は絶対的な正義とか倫理観みたいなのは持たないようにしてんです、そんなもの国や時代でコロコロ変わるから。だからレフティアさんや隊のみんなが何しようと俺は全て受け入れる、俺を受け入れた時と同じように」

 レオはそう言いきると、多少照れくさそうにしてレフティアから目線を逸らす。

「ふーん?」

 レフティアは興味深そうにレオに顔をまじまじと見つめる。

「なっ、なんですか。なにか変な事でも言っちゃいましたかね......」

「いや、別に?なんだかカッコいい事言ってるなぁと思ってね?」

 レフティアにそう言われると、レオは顔を手で隠す。

「はぁ、柄じゃねぇ......」

「ふふふ、まぁまぁ」

 レフティアはまるで赤子をあやすかのようにそう言った。

「まっでも、私もレオ君みたいに全てをありのまま受け入れる事にするわ!なるべくね」

 レフティアは脳裏に焼き付く自分を大鎌で切り殺そうと暴走したレオの姿を思い浮かべながら、軽快な口調でそう言った。

「それじゃあ~行きましょうか!」

 レフティアはそう言うと、レオの手を引きながらセーフハウスの外へと姿を消していった。





























[43110] 第66話 民間用南部戦線仕様第301装甲列車
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/12/20 00:34
―――セーフハウスから放れ、マギ達に連れられたレイシア隊は中央セクター、セントラル交通網の中心へと司法機関仕様の装甲機動車二両に別れてやってきていた。
 南部方面の中で現在の共和国支配領域内最南端に位置するセクター32。
 当然、中央セクターからはかなり離れているのでレオは必然と軍用機か何か、それこそゼンベルの操縦で航空路を辿るものだろうと考えていた。
 しかしマギ達の運転で連れらた中央セクター内の恐らく下層に位置するこの場所は、とても空輸に関する機能を持った場所のようには思えなかった。
 どちらかと言えば周辺は鉄道網関連の役割を持った施設が混在しているし、明らかにここはその事に関連しているとレオは察した。

 装甲機動車から降りたレイシア隊は、そのまま大多数の民間人が利用する一般ターミナルへと足を運んだ。
 そしてホームへ到着すると、マギ達はとある列車の乗車口手前でその歩みを緩やかに止めた。

「さてそれじゃあ、レイシア隊の皆々様。これに乗車して頂いて南部戦線の旅へと共に出発する事と致しましょうか」

 マギが華やかな身の振りでそう言うと、レオを除くレイシア隊の面々は特段リアクションを取ることもなく黙々とその列車に乗り込んでいく。

「え、これって装甲列車......ですよね。ちょっと待ってマギさん?空から行かないんすか......?現状最南端のセクターに行くんですよね......?」

「そうだよ、確かに軍用輸送機とかで行く方が早いには早いだろうけど、とにかく行ってみればその理由も分かるよ」

 マギは微笑みながらそう言うと、「さぁ」と言ってレオの手を取る。
 そのまま列車の中に駆け込むように乗り込むと、それにマギの護衛役重装兵士二人もそれに続いた。
 レイシア隊の乗り込んだその列車は『民間用南部戦線仕様第301装甲列車』、中央からセクター32までの経路を運行する装甲列車シリーズの一つだ。

 席は二手に分かれてレイシア隊とレオは別々の車両、レイシア隊は一般車両へ。マギ達は監視の名目でレオと車両貸し切りの同席となる......。
 はずだったが、レフティアの強い要望によって重装兵士二人を物理的に押し切りレオとマギの席にレフティアも同席する運びとなった。
 レオの隣にマギが座り、そのレオの正面にレフティアといった配置だ。

「あら?残念、貴方もここに座るつもりなんですか?」

「当然でしょこのメギツネさん?」

「メギ......ツネ......?」

 頭に疑問符が浮かんだかのように顔をかしげるマギとレフティアがそう言い合う中、レオは唯黙ってそれを静観する。

(今の俺にできることは、何もねぇよ......)

 乗車後しばらくしてから車内アナウンスが鳴り響く。
 発車の案内に伴って装甲列車は動き出し、遂にセクター32へと向けて装甲列車は出発する。

 出発してからしばらく数時間後、レオの席周りの空気感はひたすらに沈黙を極めていた、その空間にはささやかに装甲列車が鳴らす騒音だけが残っている。
 マギは頬をつき車窓をゆらりと眺め、レフティアはレオの側に気を向けることもなく、持ちこんだ何かしらの雑誌に読みふける。
 マギの護衛達は貸し切った車両の前後の出入り口をそれぞれが分かれて警備している、ずっと立ちっぱなしのはずだがそこに疲労の様子はなく、護衛達は向かい合い装甲に包まれた手を使って何かしらのジェスチャーゲームをして時間を潰しているのがレオの席から伺える。

(意外とフランクな連中なんだな)

 そしてその空気に斬り込むように列車出発後、最初にマギがその口をゆっくりと開いた。

「そういえば~、彼女たちと交流してみてどうだった?」

 マギはそう言うと、レオの方にゆっくりと顔を向ける。

「え、彼女たちってのは......」

 レオはマギにそう聞かれ一瞬戸惑ったが、すぐにその意図を理解する。

「それって『楽園』の事......、ですかね」

「そうだよ」

 マギはにこやかに即答する。

「いやぁ......。どうもこうも......」

 レオが回答に手間取っていると、案の定レフティアが雑誌を勢いよく畳んで話に割り込んでくる。

「ちょっと、何よ彼女たちって!?それに楽園?なんの話よレオくん?」

 レフティアは前のめりでマギにガンを飛ばしながらレオにそう問いただす。それにレオは慌てながら応える。

「あーいや実はなんというか!帝国の一件後俺が意識を失って目覚めたら『楽園』ってそう呼ばれてる施設に気づいたら居たんですよ!えっとていうかその前にマギさん!これって極秘情報とかじゃないんですか!?いいんですかね話して!?」

「もちろん極秘だよ?」

「えぇ!?!?いやちょっとこのタイミングで極秘機密漏洩とかで捕まるのは勘弁ですよマギさん!?」

「極秘中の極秘だけどいいよ話してもらって、私が保証する」

 マギがそう言うと、レオは息を整えて目を逸らしながらレフティアの方を向く。

「えーとですね......、その『楽園』って場所に目が覚めて気づいたら居て。それでマギさんの言った彼女たちっていうのはそこに居た子達の話なんですよ......」

 レオが簡潔にそう説明すると、レフティアは「ふーん」と言いながら席に戻る。

「私達が帝国から帰ってきた途端、あんた達司法機関の部隊に取り囲まれてレオ君をどこへやらと連行していったと思ったらそんな所に連れ込んでたわけね......、それに何。彼女たちって?そこには女の子しかいなかったってわけ?レオ君は、その子たちと、和気あいあいな日々を過ごしてその感想を今そこの女に聞かれてるって状況認識でいいのかしら?」

 レフティアは妙に憤った口調でそういう。

「いやぁまぁ和気あいあいって訳じゃないですけど......、多分そういう感じで合ってます......」

「はぁ......、まぁでも当然ただ単にキャバクラしてたってわけじゃないでしょ。レオ君をそこに放りこんで何かを観察していたというのが大筋よねきっと、で、何者なわけその子たちは?」

 レフティアがそう聞くと、レオは「それは......」とマギに視線を流す。そしてそれに応えるようにマギが口を開く。

「『人外終局者=エンプレセス』、だよ」

「えん......ぷれせす?何なのよそれは」

「そこに居るレオくんと同じような存在、そう云わば特異点とも呼ぶべきその存在の総称のようなものだね。私たちはその存在を楽園にまとめて収容しているんだ」

「何よ、それ。レオ君みたいなのが他にも居るって言うわけ......?本当に実在するの......?」

 レフティアはレオに向けてそう言った。

「あっ、あぁ。確かにあの人たちは軒並み普通じゃなかった......、何というか個性的過ぎると言うか......」

 そしてレオは楽園で出会った少女たちの事やエクイラ、そしてレジスタンス地下要塞を単騎で壊滅させたその存在をレフティアに話した。

「旧剣聖ブラックエマ―シェンに、イージス・デネレイ、そしてイズ・ラフェイル......。どれも過去に名を馳せた英雄達ね......まだ生きていたなんて到底信じられないけどその人達がレオ君と同じ特異点的存在だったなんて......、それにあの最近即位したエクイラとかいう皇帝陛下も......。例のあの地下要塞が襲撃されてレジスタンス諸共壊滅したという話は後に聞いた話だけど、あのエクイラって子は元々そこの副司令官なのよね?当然あの時にそこに居たはずだけど、今あぁして生きているという事は......。そういう事なのね......」

 レフティアは驚愕した様子でレオの話を聞き入れた。

「でも、そのセツギン......?という名前は聞いたことがないわね。それに余りその名前の語感は聞きなれてるものじゃない......、どこの国の由来なのかしら......」

「その事に関してなんだけど、私たちの調査でも彼女がどこから由来した人物なのか全くの不明なんだよね。今私達が収容している中で最も謎の多い人物だよセツギンは」

 レフティアのボソッと出た疑問にマギが答える。

「うーん、まっ話は少し分かったけど。でもレオ君。よくそんな連中と数日も歩調を合わせていられたわね」

 レフティアはレオにそう聞く。

「まぁ話して見れば案外普通でしたけどね、約二名は余り口が利けませんでしたけど......」

 レオがそう言うと、マギは再び車窓に目を向けた。

「なるほどね、彼自身と彼女たちとの間に関わりは無かったんだ」

 マギはそう小声で窓を見つめながら囁いた。

 ―――中央セクターから出発して約10時間が経つ頃、装甲列車がトンネルに差し掛かるといよいよレイシア隊とマギ達は、南部戦線領域へと足を踏み入れようとしていた。



[43110] 番外 ややこしい名称の軽く設定整理等
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2021/12/21 01:00
【アンバラル第3共和国】
卿国、帝国、共和国全てと国境を接しておりその全てと敵対関係にあります。
アンバラル第3共和国は通常の共和国とは区別されます、元々は広義共和国内で最大の軍事派閥でしたが共和国軍からイニシエーター協会分離派筆頭のリパブリック騎士団の先導により独立しました。
先の戦役では第3共和国を筆頭としてアンバラル統合戦条約の元に共和国軍が加勢しています。
リパブリック騎士団が最高戦力です。

【アルデラン連邦卿国】
通称卿国と称されるこの国家は連邦宗教国家です。
各々の国々では共和国や帝国に対抗する勢力には不足するため連邦を結成し。また国交も緩く領土も結合姿勢を示しています。
主な代表国家として以下の四国があります。

エグゼクトゥア第6聖帝卿国
連邦の事実上の最高指導者であるソプラテス大卿の出身地です。
軍人のみで構成される特殊な国家であり、かつて卿国を発足した旧共和国軍第751師団の継承国家です。
アルデラン連邦卿国における筆頭戦力となっています。

ロカ独立国
ロカ教徒の国家であり、生産業が盛んで連邦内の内需を担当し、軍需工場も担っていますがこちらが主な産業です。

メニュラ正道王国
メニュラ教徒の国家、卿国国民の実に6割を占めますが特に役割があるわけではありません。

アーデバント王国
アーデバント教徒の王国です。
ギリア領域はアーデバント領にあり、第三共和国と最も近い地域です。

首都
セロビオス自治区
かつて大戦が起こるよりも前、多くの国々の代表が参加する連合組織として存在していたセロビオス評議会でしたが、レイロードによって滅ぼされました。
その再興を目的とする組織の自治区で、比較的平和主義思想の団体です。
旧セロビオス議事堂跡地があり、ここに連邦卿国の首都としてラストバレーがあります。

【ESM特務機関】
共和国司法省直轄の緊急治安維持特務機関です。
コードネーム『マギ』を名乗るこの女性は、ESM特務機関予備隊第一課一係法務総隊長を務める司法書士です。
更に、彼女は司法省最高戦力の極秘特務機動部隊【ナイン・アーク】の総司令官を務めています。


ちなみにちゃんと国税局があります。
【共和国財務省】
司法機関に次ぐ国家権力を保有しているとされています。

国税局隷下強制執行機動団
追徴課税に応じなかった軍閥組織や大企業に対して実力行使で徴収する為の部隊が用意されています。

税務署直轄強制執行機動団
個人や団体、小規模企業の強制徴収を担当します。



[43110] 第67話 バスキア戦線
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/01/04 02:57
レイシア等を乗せた装甲列車は、機械軍の侵攻を妨げるようにバスキア南部戦線の手前に沿った形で建設された、高さ約200mにも及ぶ多重層装甲壁が連なった対機械軍バスキア迎撃城塞に近づいていた。
 列車はトンネルを抜けると同時に、車外からの連続した轟音が車両に鳴り響き凄まじいその振動を車内に伝導させる。

「なっ、なんだ!?戦闘か......!?」

 レオはその突然起きたあまりの事柄に平静を崩す、また傍にいたレフティアもその轟音に驚いたのか窓の外を急いで確認するも閃光で目が眩む。
 そして視界が回復した頃にもう一度その目で外を確認する。

「えっ、うそでしょ......?」

 窓の外に広がる景色に、レオとレフティアは釘付けになる。

「迎撃城塞が、稼働しているの......?えっえっ待って、これどういう事?機械軍がそこまで攻めてきてるの!?」

 レフティア達からは離れた車両のレイシア隊の面々も同様に、車窓に唖然と釘付けとなっていた。

 その数多の轟音の正体は、迎撃城塞から放たれているものだった。
 凡そ無数に可能な限り搭載された対空、対地、迫撃砲等のあらゆる武装が施されたこの迎撃城塞は圧倒的な防御力を誇り、この広大な南部戦線全体を機械軍の侵攻から防衛している。
 この迎撃城塞が大戦時に建設されて以来、機械軍による共和国領の侵攻を許した事例は過去存在しない。

「迎撃城塞が稼働しているところなんて初めて見たぞ......、機械軍の活動は大人しいって聞いてたんだが......、マジで俺達これからあの迎撃城塞の向こう側に行くのかよマギさん!?」

 レオは力が抜けたかのように席に腰を落としてマギの方に目をやる。

「そうだよ?」

 マギは首を傾げて不思議そうな表情でそう返す。

「いや「そうだよ?」じゃないっすよこれ!南部戦線が今こんな事になってるなんて言わなかったでしょ!」

「そうよそうよ!それにこんな状況セントラルでも聞かなかったけど!」

 レオとレフティアは必死な様子でマギに訴えるが、その訴えはマギには微塵も届いてはいない。

「うーん、まぁそれはタイミングが悪かったとしか言えないかな?だって機械軍の攻勢が激化したのはつい最近の話なんだから。正確には帝国との戦争終盤辺りだったかな?その内共和国中で話題になるよ、それにこんな軍勢はここ数百年の間で一番の規模だろうしね......、南部統合方面軍の臨時編成も完全でない今、中央への情報伝達も軍閥が連帯してないせいでかなり遅滞しているし仕方がないんじゃないかな?」

 マギはそう説明するが、レオとレフティアから怪訝な表情は晴れない。

「いや!!!仕方ないにしても今行く必要ないでしょ今!?現在もっぱら戦線は大戦争中なんですよ!?」

 レオはそう軽く声を張る。

「ふーむ、まぁ悪いけど君たちがいくら文句を言った所で意味ないからさ。今は大人しく無事にここを抜けられることを祈ろうよ?」

 マギはそう冷静沈着に笑顔で返答し、レオとレフティアはその返答に何とも言えなぬ恐怖感を心の底に抱いた。

((ま、まじかこの人......、正気じゃない))

 装甲列車はやがて迎撃城塞の列車通過用の出入り口を通ってそのまま城塞内を通過、遂に現在進行形で火砲が飛び交う城塞の外側へと出た。

「―――この度は共和国軍民間装甲列車第301便をご利用いただきありがとうございます。当列車はまもなく火力支援指定エリアを通過いたします、戦闘自体プロトコルに従い当列車は独自走行に可変後、列車火砲を側面展開致します、列車火砲の反動によって車内が大きく揺れる可能性がありますので座席にお座りになり、手すり等に捕まって衝撃に備えていただくようお願い申し上げます。繰り込しお伝えします―――」

 車内アナウンスが数回繰り込えされると、装甲列車は独自走行する為の変形を部分的に行う。
 その理由は、迎撃城塞を通過する際のこの区間にレールが設置されていないためだ。装甲列車はその輸送性能、火力性能の高さなどから非常に火力支援に優れるが、旧来の弱点として線路が破壊されてしまうと走行不可能となってしまっていた。
 その為近代の装甲列車は限定的ではあるが自走の出来る仕組みを装甲列車に取り入れて、ある程度の弱点を克服している。
 レールのない区間に入ると減速せずにそのまま直線距離から突入し、先頭車両から射出された無限軌道レールを使用して超速度で走行する。
 射出されたレールは最後尾の車両に回収され、そのまま先頭車両にレールを戻していく。
 この仕組みの利点は線路のない場所でも速度を維持しつつ走行できる事だが、レール運搬の構造上直線移動しか行うことが出来なくなる。
 しかし、この走行方法での目的は推定された戦闘地域を如何に安定して鉄道網を構築させるかという一点のみに集約されている為に、無線路状態での走行は画期的だったと言える。

 列車が戦線に出ると、迎撃城塞の目前には旧共和国市街が広大に広がっている様子が見えてくる。
 街中の至る所で硝煙があがり、列車運行通路の寸前で城塞駐屯軍と機械軍『スプラミュッタ』との攻防戦が繰り広げられている。

 装甲列車による火力支援が始まった。
 車内は大きく揺れて後続の車両からは戦線の現状を知らない民間人の悲鳴が幾らか聞こえてくる。
 バスキア戦線に突入してから数分後、列車の進行方向から見て左方向から機械軍のガンシップ数十機が列車上空を通過して城塞方面に向かっていくが、その内のガンシップ一機が列車の走行速度に合わせて列車直上に列車砲の死角となる位置でホバリングする。
 装甲列車に搭載された対空砲はガンシップに狙いを定めるも、ガンシップの護衛機である【ツードローンV】によって無力化される。

「お、おい!機械軍のガンシップが上に張り付いてるぞ!」

 外の様子を見ていたレオがそれを伝えると、レフティアは立ち上がりソレイスを顕現させた。

「まさかとは思うけど白兵戦でも仕掛けてくるつもりじゃないでしょうね......」

 ソレイスを構えたレフティアは列車の屋根上に注意を向ける。
 通常機械軍のガンシップには、飛行タイプの軽武装小型無人機【ツードローン】を四機、重装備タイプ【ツードローンV】二機、そして非殺傷兵器である対人光学拡散砲を搭載したソルジャータイプ【NアサルトⅡ】を二十四体を積載しており、乗り込まれれば非常に厄介な戦力だ。

「まぁまぁ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

 ピリピリした空気感が張り詰める中、ただ一人マギだけは非常に落ち着いた様子で車窓を眺めていた。
 マギはこちら側に向かってくる上空の共和国軍主力戦闘機アタックファイターAF-66Aに目を向けていた。

 マギがまさにそう言った瞬間、白兵戦を仕掛けようとしていた機械軍のガンシップは寸前で彼方からやってきた共和国軍戦闘機のAEバルカン砲よって撃ち落され、護衛機のツードローンV諸共粉々の残骸となり、列車上を逸れて街中へと墜落していった。

「ほらね、友軍は信頼する者だよ」

 マギはレオ達に顔を向けて大袈裟だと言わんばかりに微笑する。
 その様子を見たレオとレフティアは顔を見合わせて、大人しく席に着く。

 しばらくして装甲列車は直線距離道路から通常軌道のレールへ戻り、激戦区のバスキア戦線を何とか無事に潜り抜けた。
 その頃、レオ達は安堵の声を挙げる。

「ふぅ......、激戦区は何とか抜けたか」

 レオは額にかいた汗を腕で軽く拭く。

「えぇ、そうね......。今頃ミルちゃん達が阿鼻叫喚してなきゃいいけど......」

 一方、その頃のレイシア少佐達は少佐を除いて軽くパニック状態となっていたが、少佐がそれを宥める形で事無きを得ていた。
 そして、列車はバスキア戦線を抜けた最初の途中駅であるセクター31管轄領の装甲列車用補給駅に停車した。



[43110] 第68話 野蛮で、それでいて優しい生き物
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/01/10 23:57
レオ一行を乗せた装甲列車はバスキア戦線の激戦区間を抜けた後、列車が消費した弾薬分の補給や損傷個所の修復作業の為にセクター31管轄領の補給基地へと訪れる。

(列車用の補給基地か?こういうところに来るのは初めてだな)

 レオは退屈そうに車窓の外に目をやると、そこにはレオの想像とは違った光景が広がっていた。
 補給基地というからにはさぞお堅い場所なのだろうと偏見を持っていたが、外の様子はまるで公共スペースかのように一般の民間人と思われる人々がそこそこ跋扈している。
 基地というよりは普通に列車のステーションだ。

「さーてと」

 マギは背伸びを予備動作にして席から立ち上がる。

「ここにはしばらく列車は止まって動かないし、気分転換にでも基地内を見て回ってきたらどうですか君達?あぁっと、そうそう。ここ、喫茶店ありますよ。それじゃあ私はちょっと外回りをしてきます、そこの彼女の傍にずっと居るのには落ち着いていられませんからね。監視はつけませんご自由に」

 マギはそう言うと、例の護衛達を連れて車両を後にする。

「ったくいちいちムカつくやつねほんと」

 レフティアはマギが居なくなったタイミングで舌打ちをしてそう言う。

「レフティアさん、マギさんへの敵対心すごいっすね......」

 レオはそう言うと、レフティアは深くため息をつく。

「まじでアイツ外側からじゃ何考えてんだがよく分からないから、レオくんも気をつけてよ。見た目に騙されて丸め込まれてでもしたらほんと目も当てらんない」

「いやぁ、それはもう......」

 レオは言葉を濁すようにそう言う。

「まぁいいわ、とりあえず出ましょ。癪だけど喫茶店とやらも気になるし、それにミルちゃんの事だし多分レイシア達も居るんじゃないかしらね」

 レフティアはそう言って立ち上がると、レオもそれに続いて列車を出る事にした。
 列車を出て活気づいたホームに出る、そこでレオはこの基地が人々で活気づいている理由に気づいた。
 この装甲列車を停車しているゾーンはそのまま通常の区間列車ホームに突貫的に付設するような形で建造されていて、普通に人々の通り道として使用されているからであった。
 もはやこの補給基地は通常の駅と一体となって運用されているようで、軍事的な理由による立ち入り禁止区域も特には見当たらない。
 一応これでも共和国軍管轄のようだが、他に比べてこの地域の人々や軍閥はこういったことにはかなり緩いようだ。
 付近に見かける和国軍兵士も、本来なら規律で常に装着義務のあるはずの装甲ヘルメットを抱えてラフに過ごしている者もそこそこ居て談笑の声が聞こえてくる。

(激戦区から離れてるにしても戦線そのものとはかなり近いはずだが......ここはなんだか穏やかだし、大きな括りで同じ共和国民といっても、やはり一丸ではないって事か)

 ホーム内の階段をそのまま上ると、上がった視線の先には何やら出し物を購入しているゼンベルに遭遇する。

「あっ、ゼンベルじゃーん!」

 レフティアはそう言うと、ゼンベルの方に駆け寄っていく。その光景にレフティアの露出的な格好が相まって周りの人々の視線を集めてしまう。

(いやめっちゃ視線集めるし目立つなこの人、この景色に少し慣れてた俺もアレだが改めて見てもあの格好はやはりどうかしているな)

「おーうレフティアか、今あそこの店に持込む用の弁当を買ってたところだぜ。少佐達は先に入ったぞー俺らも行こうぜぇ」

 ゼンベルがそう言って指をさした先は、喫茶店のような風貌をした店だった。恐らくマギが言っていたものだろう。

「よし、じゃあ行こう!」

 そう言って、三人はその喫茶店へと入っていく。
 中にはそこそこの人が居たが、物静かな雰囲気のお店だった。
 少し奥まで進むと、レイシア少佐とミル中尉が居るテーブルをレフティアは見つける。

「あっ!レイシアにミルちゃーん!やほーセントラル振り~!」

「レフティアさんにレオさん、どうもでーす!」

「あぁ、無事そうだな」

 レフティアの声掛けに調子よく反応するミル中尉、レイシアは冷静に反応する。

「見たところ奴の監視はいないようだが、彼女に許可されたのか?」

 レイシアはレオに目線を合わせてそう聞く。

「いやぁ、なんか『監視はつけませんご自由に』とか言ってましたけど......」

「ふむ、そうか。我々が逃げ出さないと、そう確信しているのか何だかは知らんが。我々を扱き扱える自信はあるようだ彼女は。まぁ今は、とりあえずリラックスするとしようか。想定外の先の戦闘に巻き込まれた事だしな」

 レイシアはそう言うと、事前に頼んであったドリンクティーを一口飲む。

「全くですよね......、マギさんはこの事を知っていたのでしょうか......」

 ミル中尉はそう言って、ため息をつく。

「さぁな、まっなんにせよこうして俺達は無事だしよー。別に慣れっこだからいいが、他の乗ってた民間人が気の毒だぜ」

 ゼンベルは弁当に食らいつきながらそう喋る。

「俺達が列車に乗る時、俺がマギさんに「なんで空からいかないんだ?」って聞いたんだが、マギさんは「行けば分かる」って言ってたんだ。多分この戦線の状況を知っていての事だと思うが......」

レオはそう応える。

「そうでしたか......。あっゼンベルさんのその民間人の話なんですけど......。先ほど降車していた人たちの顔色はそれはもう酷い物でしたね......駅の詰所の方にもさっき人だかりが出来てましたし、今頃はクレームの嵐でしょうね......」

 ミル中尉は引きつった笑顔でそう言う。

「まったく。まだ統合軍として再編成されていない突貫的なものだったとは言え、南部側の軍閥もそこまで堕ちてるとはな。この様子じゃあまともに戦線の状況など中央には伝わってなかろう」

 レイシア少佐の話した内容はマギが道中に話していたものと同様であり、レオは共和国軍の杜撰な有様を身に染みて感じとっていた。

「まっ、想定外の事態とは言え装甲列車は運搬だけを目的とした乗り物じゃねぇしな。そのまま戦闘地域に突入するのはある意味あたりめぇの話だ、文句言ってもしゃーないわなぁ」

「ははは......、手厳しい......」

 ゼンベルの言葉にミル中尉はそう言った。

「それよりよぉ、レオ。俺は帝国で起きてたことに関われなかったがよ......、お前が生きていたことが何よりうれしいぜ俺は。飲み仲間も逝っちまった事だしなぁ、またむさくるしい男一人の部隊生活が始まっちまうんじゃないかって不安だったんだぜ?お前が来たときは同士が増えたとおもって内心うれしかったんだがよ......、すぐに数を合わせるように仲間が消えていっちまいやがって全く......」

 ゼンベルは腕で目を擦り体を震わせ、涙ぐんだ様子でそう言う。

「あの、本当にすみませんレフティアさん......。やっぱりここに居ない部隊の人って......、その......」

 レオは小声で、レフティアの耳元でそう言う。

「あぁ、そっか。記憶が曖昧なんだっけレオくん?みんな死んだわ、あの時」

 レフティアも同様に、ゼンベル達に聞こえない声量でレオにそう答える。

「その、すみません。捕まった後の記憶が微塵も蘇らなくて本当に、その......」

 レオは言葉選びに困っていると、レフティアがレオの頭を優しく撫でる。

「いいのよ別に。短い付き合いだとかそんな事は関係なくね、気にする事ないわよ。」

「はい......」

 レオは、レフティアの言葉に慰まれてばかりいる己に不甲斐なさを抱いた。それからレフティアは通常のトーンに戻して旧レイシア隊メンバーの事について少し語った。

「ホノルはレイシア隊発足以来の付き合いだったわ、それからゼンベルやルグベルク、マド、フィンって増えてった。どいつも優秀な共和国軍兵士だった、まぁうちが受け入れてたのは特殊部隊のなり下がりみたいなのとかばっかだったんだけどね、型にはまらなかっただけで、実戦での彼らのサポートは卓越していたわ。覚醒者相手でも臆する事のない勇敢な兵士たち......、いなくなってしまったのは本当に残念ね......。今回のはいくらなんでも、相手が悪かった。ただ、それだけ。あっレオ君?今自分のせいでとかまた思ったでしょ?」

 そう言われてレオは飛び退くように体を震わす。

「えぇ!?あぁいや、まぁそれが事実というか......」

「はぁ......、めんどーねーほんと、誰もが当然覚悟している事だし、どんな結果だったとしても誰もレオ君を責めようだなんてそんな発想すらしないわ。傲慢な思考で自分を責めるのは、やめだよレオ君」

「はっ、はい......」

 レフティアの言葉はレオの胸の内に迫る罪悪感を緩和するように、レオの心情に染みわたらせる。

「そうだぞぉーレオ、これからはお前が飲み仲間になってくれりゃいいんだからな!」

 満面の笑みでゼンベルはそう言う。

「ゼンベルさんの飲み友は大変でしょうけど......、でもレオさんは部隊の一員なんです!助けられて当然なんですよ!」

 ミル中尉は情に満ちた表情と声音でそう言った。

「我々は言ってしまえば運命共同体のようなもの、我々が困っていたら今度はレオ。君が我々を救って欲しい」

 レイシア少佐はそう言った。

(仲間を失って辛いのは少佐達の方のはずなのに、こんな時にまで少佐達は俺に責任を感じさせないように慰まてくれている......。はぁ、本当に俺という人間はどこまでも情けないな......)

「はい。少佐」

 レオは芯の通った声で、少佐の言葉に答えた。



 ―――その後、一通り基地内を巡り気休んだレイシア隊は列車へと戻り、レオとレフティアは元居た座席へと戻っていた。
 レフティアはしばらく無言で座っていると、突然口を開いて車窓の外に広がる人々の群勢を眺めながらレオに話を掛ける。

「ねぇレオ君、人間って生き物は不思議だわ。彼らは私たちのように頑丈ではないのにどうあっても戦いに関わろうとしてくる。本当は人間が戦う必要なんてないのにね、戦いなんて野蛮な事は私達に任せておけばいいのに、彼らは時にそういった合理性を欠如して命を私達に預けてくるの。かよわい体で少しでも私たちの力になろうとしてくれてる、ゼンベル達みたいにね。野蛮で、それでいて優しい生き物ね。人間って」

 レオは返す言葉を思いつけずに、レフティアの言葉にそのまま無言で頷いた。

「そういえば、レオ君。黒髪ロングの美女に心当たりはない?多分最近会ってると思うんだけど、レオ君のこと知ってそうな」

 レフティアは話題を急転換させた。
 それに対して驚きつつも、レオはその人物にピンポイントで心当たりを抱いていた。

「えっ、それって......。多分《《クロナ》》さんの事ですかね......?」

「クロナ?ふーん。彼女、クロナって名前なのね。もしかして噂のセラフィールって彼女の事なのかしら。レオ君はクロナとは親しいの?」

「いやぁ全然、ほんの少し向こうで顔を合わせた程度で特には......。でも会った時向こうは俺の存在に気づいていたみたいなんですけど―――」

「―――やぁ、お邪魔したかな。なんのお話をしているんですか?」

 レオとレフティアの会話に、突然マギが割りこんで来る。
 レオが回答に困っているとレフティア「べっつに~」と言ってその場を難無く流した。

 マギが戻ってきたタイミングで丁度良く出発アナウンスが鳴り響く、やがて補給と修理を終えた装甲列車は再びセクター32へと向けて再出発をする。



[43110] 第69話 君は神を信じるの?
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/01/27 20:02
補給基地を後にしセクター32へと向かう民間用南部戦線仕様第301装甲列車。
 より正確にはセクター32のバスキア南部戦線迎撃城塞を超えた更に向こう側、『アステロイド領域辺境調査』によれば第5前哨基地がレイシア隊の最終目的地とされていた。
 機械軍との戦況が激化している事を聞き戦戦恐恐をもやまれぬ思いをした一行だが、その主たる理由はセクター32管轄領を半分に区切るように敷かれた迎撃城塞のせいだ。
 つまりは迎撃城塞の防衛圏外に出ていく必要がある為に、戦況の悪化はレイシア隊にとっては敏感に反応せざるをえないものだったという事だ。

「ねぇあんた、ほんとに現地は大丈夫なんでしょうね?行って更地でした~なんて笑えないわよマジ」

 レフティアはマギにあたりの強い口調でそう言う。

「大丈夫ですよ、《《今のところは》》。もし何かあれば即座に向こうから連絡が来ますから、少なくとも先のような状況ではないはずです」

 マギは悪魔でも冷静な態度でそう答えながら、手元の端末を振る。

「なっ、今のところってあんたねぇ......。こんな上司をもった部下たちが気の毒で仕方がないわ。てか、薄々気づいてたけど、この案件ぜっーたい機械軍絡みよね、この状況から普通に鑑みて。それ以外の理由であんな辺境に要なんてないもの」

「あんな辺境だなんて、まぁ失礼ですね。全体で見れば海に面した温暖気候のいい綺麗な場所なんですよ?リゾート開発の候補にも挙がってたくらいなんですから」

「そりゃ機械軍との戦線を接してなきゃ素晴らしきリゾート地になってたでしょうね!だから今は辺境なんでしょうが!あんた自分の上っ面の作戦計画書にもそう書いてたでしょうが《《辺境調査》》って!」

「うーん、まぁ体裁上仕方なくそういう命名にしましたが。辺境というと人が居ない感じの整備されていないようなネガティブなイメージがあるではないですか、でもあそこは本当に綺麗な場所なんですよ。海もとても透き通って綺麗ですしね。逆に何より、人混みが少ない事の方が意外と個人的には高評価です、機械軍に脅かされているリスクを取っても是非訪れてもらいたい場所ですね。海岸線に広がる砂浜もきめ細やかで―――」

「なんて能天気なやつなの......」

 レフティアは呆れ顔で大きなため息をつきながらそう言った。
 それを傍から見ていたレオは特にリアクションを取ることもなく静観する。

 思えば、レオは今までに機械軍というものを間近で見たことはなかった。
 テレビや情報機関の端末で見かける事はあったが、その実情に関しては素人だ。それもそのはず、レオが傭兵稼業で主にやってきた事と言えば頻発する対立軍閥組織のいざこざに介入する事ばかり。
 大抵は表立って行動したくない軍閥に代わって代理に紛争をしていたようなもので、交戦経験のある肝心の敵対勢力と言えば同業の傭兵団や民間軍事会社センチュリオン・ミリタリアの派遣部隊、企業系私設部隊などだ。
たまに共和国軍も相手することがあったがそれは必要に迫られての戦闘だった。
 原則として、傭兵界隈の間では軍との戦闘は事前の契約で禁止されている、もしくは非推奨の場合が多い。
 その理由は簡単だ、単純にキリがないからだ。
 物資も人手でも傭兵は元来軍に敵う存在ではない、クライアント側の立場としても軍隊と事を交えるのには莫大な出資が必要になる。
 一時期レオがミリタリア社の依頼斡旋で参加していた強盗紛いの地方銀行強襲作戦には、レオを含めた数十人規模の複数の傭兵チームが参加していたが、たかだが数人の別チームに対して、暇を持て余していた地方軍閥の二個大隊が一線に投入され壊滅させられるなんて事件もあった。
 当然その時は最小の被害で作戦は即刻中断となり、後続のレオはそもそも強襲に加わらずに済んだがそういうケースがある事を考えると傭兵如きが軍を刺激するのは得策ではない。

「まっ、せいぜい最悪の事態にならない事を祈りますよー」

 レオはさらっとそう言うと、マギはレオの言ったあるワードに反応する。

「祈る......?君は神を信じるの?」

「えっ、なんですか突然」

「どうなの?」

 レオは身を乗り出したマギにそう言い寄られる。
 レフティアはその光景に思わずソレイスを顕現させようとするが、寸前の理性でそれを保留して様子を伺う。

「い、いやぁ......。どっちかというと......正直、信じてないよりっすねぇ......」

 レオは取り繕うことなくそう言うと、マギは身を引く。

「そっか......」

 マギはもの寂しそうな表情でそう言う。

「ねぇ、君はこの世界が出来過ぎているとは思った事ない?」

 マギは肘置きを使って頬をつきながらレオを真っ直ぐな視線で見つめる、まるでレオの中の何かを探っているのかのように。

「えっ、えーと......。あんまり......」

「じゃあさ、君がある宝くじを買いに行くとする、三分の一程度で当たるくじを買いに行くたびに毎回当たっていたらどう思う?」

 マギは突然レオに例え話を持ちかける。

「それはまぁ不思議というか、ありえないというか......」

「そう、例え確率が三分一程度でも全部を引いて当たる確率は0,0017%。理論上はありうるけど現実では奇跡に等しい現象でしょう?でもそんな奇跡が実際に起きてたらどうだろう?純粋にたまたま十回当てられたと考えるよりは、なにか原因があってその結果が必然と考える方がよっぽど自然じゃない?」

「えーと......?要するになにか理由があってそれが引きおこされるってことっすかね......?その例えの場合はなにか細工がしてあったとか......?」

「まさにその通り、奇跡に等しい現象が起きた時。人はその裏の必然性に気づいていないだけで因果は存在する、それがこの世界において普通の事なんだ。大抵の場合奇跡は必然であった可能性が大きいと思うんだよね。この世界を定めた絶対的不変の数十ある物理定数が存在する、例えば君がいま手元にあるその水、もし原子の核力が今よりもほんの少し強かったら水は存在しなくなるし、逆に少しでも弱かったら私達を照らす太陽はその熱を生み出すことができなくなり、生命は存在しなくなる。その定数が今の値とほんの少しちがっていただけでこの世のありとあらゆる安定した存在は破滅するんだ。これはまさに、奇跡だとは思わない?あまりにもこの世界は私たちにとって都合が良すぎるんだ」

「わっ、わぁ......」

 マギの熱弁とした語りにレオは呆気に取られる。

「要するに、都合が良すぎるから神は居る。あんたはそういいたいわけ?」

 レフティアはレオとマギの会話に割り込むようにそう言う。

「えぇ、でもまぁ別に本気でいるとは私も思ってません。ただそう考えるのが自然というだけ、でも神はいなくても管理者は居ると思ってるんです、この私達の世界を定義した何者かをね......」

 マギは両手を合わせながら視線をその両手に落とす。

「ははっ......、壮大過ぎると言うかなんというか......いきなり面白い事を言う人ですねマギさん......」

「ふーん、でもその話興味深いわね?でもそれってただの私たちのエゴ、この世界に適応できた存在が勝手に自分たちに都合のいい世界なんだと思ってるだけなんじゃない?」

 レフティアが以外にもマギの話に食らいつき、レオはそれに驚愕する。

「そう、まさしく!あくまで思考バイアスだと言いたいんですね、それも一理あります」

「えーと、何を言ってるのか全然分からんのですけど......」

 レオは聞きなれない単語にパンクしそうになる。

「うーん、そうだね。アンケートで例えると分かりやすいかな?例えば西方に存在するアルデラン連邦卿国構成国家。エクゼクトゥア第六聖帝卿国、国民が軍人だけで構成されている特殊国家で有名な軍事国家があるでしょう?その国のアンケートで軍人であるか聞いてみてもそれは当然100%軍人なわけだ、しかし全世界の割合でみればその国民達はわずか数パーセントの存在でしかない、故にアンケートに答えた人間が全員軍人であるのは奇跡的な確率だが、その国でアンケートを取ったのだから奇跡でもなんでもないというわけだね」

「あぁ、なるほど......」

「ところで、あんたはそんなことをレオに聞いてどうするってのよ?学を期待してふっかけてるわけでもないだろうけど」

 レフティアはそうマギに聞く。

「神の存在を疑ってほしいんですよ、君にその得体の知れない力を与えた物が何者なのか。気になりませんか?」

 マギはレオに目線を向けてそう言うと、その言葉にレオは激しく共感する。

(力って......それって例の......あれのことも含めて言ってるのかしら......)

 レフティアはマギのその言葉に引っ掛かりを覚え、黒滅の四騎士と対峙していた時のレオの姿を思い浮かべる。

「それは確かに......そうだ......」

(もっともだ。そもそも何故俺にこんな力が......)

「なるほど?レオ君の力は偶然でも奇跡でも何でもなく、あれを与えた当事者がいて何もかも必然であったと。そう言ってるのねあんたは」

 レフティアは横柄な態度でそう言う。

「えぇ、レフティア。貴方も彼の力を片鱗を見た当事者のはずですよね、私は疑わずには居られないんですよ。彼の事にしろ、エンプレセスの事にしろ。私はその全てを疑っている。いつかその存在に共に会い、答えを見つける事が出来るといいですよね」

 マギはレオに対してゆっくりと前のめりに、そして滑らかに目線を合わせ、満面の笑顔でそう言う。

 そして、レオは静かに頷く。

(マギさんの今言った力の片鱗とやら......、それは俺の知っている限りの特異的な能力の事だけを指して言ってるのではきっとないのだろう。恐らくは例の記憶が抜けている部分の話と直結している事かもしれない......。そしてそれはマギさんの語り口によれば、あの場では少なくともレフティアさんはその事を見ていた可能性がある......?)

 レオはその事に関してとっさにレフティアに問おうとするが、今この場にはまだ信頼性に懸念のあるマギが居る事を思い出す。
一体どこまで彼女がその事について知っているのかは未知数ではあるが、仮に聞いたところでレフティアが見ていたその情報が、マギにとって有益になるのは念のため避けておきたい。
その事を考慮してレオは機会を窺う事とした。



[43110] 第70話 第5前哨基地
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/02/01 19:35
マギと付き人の兵士数人、及びレイシア隊はセクター32ステーションへと満を持して到着する。
 ここセクター32の上層階からは付近に構想建造物が少ない事から遠くの景色を眺める事ができ、そこからは海岸に接したレジスト海や軍港を眺める事が出来る。
この向こう側のレジスト海中央部には越境医軍と呼ばれる勢力が支配する人工島の基地が存在しており、大勢力圏として共和国、帝国、卿国何れにも所属してない独自の技術体系を確立した卿国からの独立勢力だ。
 このレジスト海を越えた更に向こう側には卿国領のアーリー大陸があり、アーリー大陸の一部には医軍のポリスが複数存在する。
そしてここからはアステロイド支配領域はここからその姿を拝める事が出来る。
 といっても前哨基地よりその先はほとんどジャングル化している為これといったランドマークがあるわけでもなく、ただつまらない緑色の景色とバスキア戦線の大陸隅々まで続く迎撃城塞の眺めを楽しむことができるばかりだ。
 セクター32の下町はセントラル程にはないにしても、独自の経済体制が整えられているだけの事はあり程よく発展しているのが窺える。
 人盛りもあり、ここで暮らしていこうと思えばそんなに不自由な思いはしないで済むだろう。

 装甲列車はステーションに到着し、ここが列車の最終目的地である為に降車を促すアナウンスが車内にもたらされる。

「んー!やっとついたわね......、お尻が痛いわ」

 レフティアはそう言いながら足を伸ばすように席から立つ。

「はぁ、やっとか」

 レオは待ちくたびれた様子で背伸びをする。

「それじゃあ皆さん、降りますよ」

 マギはそう言うと付き添いの兵士たちと共に先に降車する。
 それに続くようにレフティアも降りていき、最後にレオが列車から降車した。

 レオが降車したその瞬間、レオは何者かに背中をぶつけられ前に仰け反る。

「うぉ!なっ、なんだ~?」

 レオはすぐさま振り返るとそこには、毛髪が薄く杖を携え見慣れない服装をした一人の年配男性のご老人が居た。
 しかしその風貌からはどことなく威厳をも感じ取ることが出来た。

「おおっと、こりゃすまないねぇ」

「あっ、いやぁ別に平気だが......ってじいさん。目が悪いのか......?」

 レオはその年配男性の瞳を覗き込む。
 その年配男性の目は外からだと殆ど白目部分しか見えず瞳を見る事が出来なかった、いわゆる白目をむいたような状態に近い。

「いやいや、心配ご無用。少し足を滑らせてしまったねぇ、悪いねぇ~」

「いやこっちこそ気が付かず悪かった、怪我はない......よな?」

「あぁ、本当に大丈夫さぁ。お気になさらず」

「そうか、ならいいんだが......」

 そのご老人と些細な出来事から少々の会話を交えると、先に行っていたレフティアからレオを呼ぶ声が聞こえてくる。

「ちょっと~!レオ君~はやく~!!!」

「あっ、はーい!今行きますからー!それじゃあじいさん体に気をつけてな」

 レオは老人にそう言うと、呼ばれた方向へと走って向かっていく。
 そしてその姿を何かの考えにふけながら老人は、ただ無言でその背を見つめていた。



 ステーション前の駐車場にはレイシア隊を乗せる為のトラック系の軍事車両が用意されていた。

「っておーい、もしかしてコイツの運転おれかよぉここまできてか?車両は手配されてんのにドライバーの調達はしなかったのかぁ?」

 ゼンベルは嘆くようにそう言う。

「まぁまぁ、前哨基地まではそんなに遠くはない。レイシア隊運転手の責務を果たしてくれたまえよ」

 レイシア少佐がゼンベルをそうなだめる。

「すみませんね、運転。お願いしてもいいですか?」

「おっ、おう......まぁ嫌いなわけじゃないからな......」

 マギがゼンベルにそう言うと、ゼンベルは多少照れくさそうに運転席へと向かう。
 その様子を見ていたレフティアはその場で舌打ちをし、傍にいたレオはそれに恐怖心を抱く。

 ゼンベルの運転でレイシア隊を乗せた車両は第五前哨基地へと向かう。
 途中渋滞に巻き込まれるも、陸の端まで続いていた迎撃城塞を超え、やがて数時間すると前哨基地のゲート前に車両は停車する。
 するとゲートに駐留している共和国軍兵士が車両に近づいてくる。

「―――こんばんわ、お名前をどうぞ」

「ゼンベル少尉だ。『アステロイド領域辺境調査』の任でここに来た」

「―――今確認致します、CPへ連絡。作戦計画『アステロイド領域辺境調査』の照合要請。―――作戦コード-053の承認を確認、確認が取れましたこのままどうぞお通りください少尉。車両はそこを曲がったところの停止線があるところに停めてください、後で担当の者が車両を回収致します」

 ゲートの兵士にそう言われると、ゲートが開かれ車両はそのまま基地内に進入し所定の停止線にゼンベルは車両を止めた。
 レオ達は車両から降りると、照らされた日差しに思わず手で日光を遮る。

「うーわっむし暑!!!」

「頭がくらくらするような暑さですね......」

 レフティアがそう言うとミル中尉はそれに同調する。

「ステーションで降りた時より更に暑く感じるなここ......、風景も相まって」

 レオはタンクトップ姿の兵士たちを眺めながらそう言う。

「いやはやこんなに暑いとこの軍服はさすがに少々キツイな......、レフティアは大丈夫そうだが」

 レイシア少佐はそう言うと上着の軍服を脱いで片手でコートを持つ。

「まぁまずは皆さんいきなり顔合わせをするのもあれですから、今から宿舎でラフな格好に着替えてきてもらって構いませんよ。ここでは見ての通り、皆さん自由な格好をしてらっしゃいますから」

 マギはそう提案する。

「それではお言葉に甘えさせていただくとしよう、数十分後に宿舎前で集合だ」

 レイシア少佐がそう言うと各々が宿舎へと向かっていくが、マギや付き添いの兵士は宿舎の方には向かわなかった。

「あれ、マギさん達はどうするんすか」

 レオはマギにそう聞く。

「私達?私は先にここの師団長ダンボリス准将と打ち合わせを始めておきますよ、私としてどちらかというとあなた方に依頼をさせてもらってる立場だから、下準備はちゃんと済ませておかないとね」

「そう、っすか。それじゃお先に」

「えぇ」

 レオはこの場を後にし宿舎の方へと向かう。



 宿舎で着替えを終えたレイシア隊は宿舎前へと集合する、各自の格好はかなりのラフな格好に代わっていた。
 あらかじめ簡単に用意されていた服に着替えたゼンベルやレオは通常の軍服のズボンに簡単なシャツ一枚。
 女性陣はレフティアは相変わらずとしてミル中尉やレイシア少佐はタンクトップ姿に変わっており、レイシア少佐はそこから更にノースリーブパーカーを着込んでいる。

「おっ?おっ?これはこれは」

 レフティアがレイシア少佐やミル中尉の体を舐めまわすように視線を巡らせる。

「これはぁ......んー、攻めたね」

「えぇ!?だってここの女性隊員さん皆おんなじような格好してたし行けると思ったんですよ!?あーもうそう言われると恥ずかしくなってきましたよ!!!」

「ふふー、それにレイシアもそういうの躊躇なくやるタイプだとは思わなかったよぉ~?このこの」

 レフティアはレイシアに腕で軽くつつく。

「うぉーい、やめろ。あまりからかうなレフティア。別にそんなんではない」

「えぇ~?」

 レフティア達のその絡みにレオとゼンベルは目を背ける。

「なーゼンベル、正直思ってたんだがこの部隊。俺達のような男性陣にとっては色々とキツいものがあるよな?いやいい意味で」

「んあ?何を今更。俺には少佐たちとはそういうノリじゃ合わせられんからなぁ、女所帯っていうのも考え物だぜ」

「いやぁーそうじゃなくてだな。ぶっちゃけあれだろ、結構刺激的だろあの人たち。なんかそういうトラブルなかったのかよ今まで」

「あ?色恋沙汰ってか?いやぁ別になかったと思うがなー」

「ゼンベル自身はどうなんだ?」

「おらぁーあんまそういうんじゃねぇな。仕事には余り私情を持ち込みたくねぇタイプだめんどうだしな、そういう目でみたこたぁねぇ」

「ほう、そういうもんか」

 そう言ってレオは基地内を何となく見渡していると、目を一瞬疑うような光景を視界に映す。

「ん?えっ?おいゼンベル、あれ」

「んあ?なんだ、っておい。リゾート開発はまだされてなかったはずだがなぁ」

 レオが指し示したその先には、グランドでパラソルを開きビーチベッドで水着を着ながら日光浴をしている一人の銀髪の女性が居た。

「仮にもここは前哨基地だよなぁ?呑気なもんだぜ前線の連中わぁ」

「いやぁさすがにラフ過ぎんだろ......」

 レオ達の視線に気づいたのか、その女性は掛けていたサングラスを指で落としてレオ達の方を見る。
 するとビーチベッドから起き上がり、レオ達の方へと近づいてくる。

「おいなんか近づいてきてんぞ、どうすんだよゼンベル!」

「いやぁどうもこうも何もやましいこたぁしてねぇしな......」

 その女性に背を向けてレオとゼンベルは軽い言い合いをする。

「ねぇ、あんた達が例のレイシア隊って奴なわけ?」

 そのぶっきらぼうな話し方をする女性の方を振り向くと、そのサングラスを外した女性は思っていたよりは小柄で女性というよりは少女に近い印象を受ける。そしてギラギラと輝く銀髪に所々赤いメッシュが取り入れられている。
 その少女の掛声にレイシア隊一同はその少女の方に視線を集める。

「あぁ、まぁそうだが。あんたの方は?」

「わたし?わたしはロップ・ステイツ、中尉でこれでも一応イニシエーターだよ~。あぁそうか、そろそろ時間か。ジェディに言われてたんよね、あんた達を作戦会議室に案内しろってさ。そんじゃあ行こうか。ついてきて~」

 ロップ中尉は腕のキラキラな時計を見ながらそう言う。

「あ、あぁ......。分かった」

 レオはレイシア少佐の方へと目線を向けると、レイシア少佐は何とも言えない表情でそのまま無言でレオに視線を返す。
 そしてそのままレイシア隊はロップ中尉の後を追う。

「あの子、多分セクター32配属の子よね」

 レフティアはレイシア少佐の方に向かってそう言う。

「多分そうだな、何故彼女がここに駆り出されているのかは分からんが」

 レイシア少佐がそう言うと、ミル中尉がレイシア少佐の傍に寄ってくる。

「ロップ中尉って見た目的にはけっこう少佐と年齢が近そうな感じがするんですけど、どうなんです?」

「うーむ、どうだろうな。私達は例え外見年齢が似通っていたとしても同じ時間を歩んでいたとは限らない、私たちの肉体的な成長や老化速度は保有するヘラクロリアムに依存し、またその性質においても変わってくる。今のところ何とも言えんな」

「なるほど、そうでしたか......」


 レイシア隊はロップ中尉に案内されるがまま付いていっていると、やがてテントが大量に置かれた巨大なキャンプ場にやってきていた。そしてその中でも一際大きいテントの前に着く。

「ここ、こんなか作戦会議室になってるよぉ~。そんじゃあはいろっか、多分みんま揃ってる」

 ロップ中尉が先にテントに入り、レイシア隊もそれに続いて入ると中はいくつものハイテク機器で埋め尽くされ、更に通信職種の軍人で賑わっている。
 奥には作戦ボードと手前中央には長方形のテーブルが置かれ、テントの外見とは裏腹にまさしく一線級の作戦会議室と呼べる場所だった。
 その作戦ボードの手前にはマギの姿があり、他の上級幹部らしき人物と会話をしている様子が見て取れる。

 マギはレイシア隊の存在に気づくと、手招きでテーブルの方に来るよう促して来る。
 レイシア隊が席に着くのを確認するとマギはダンボリス准将の方を見る。

「さて、レイシア隊諸君もお待ちかねの事ですし、さっそく作戦概要に入っていくとしましょう。ではダンボリス准将、ブリーフィングを開始してください」

「承知致しました。各旅団長は直ちに集合せよ、そこのオペレーター、このボードを動かしてくれ」

 ダンボリス准将は手でボードを叩くとボードが起動し、気づけば周りには指揮官クラスと思わしき人物たちやオペレーター達が集まってきていた。

「それでは作戦概要に入る前に、事の経緯を改め説明する」



[43110] 第71話 ブリーフィング
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/02/14 22:36
「―――二週間前、第72師団隷下第14旅団所属のアルファ中隊が旧33セクターのアステロイド領域の定例偵察任務中に突如一斉にシグナルを消失。我々は幾つかのアルファ中隊捜索部隊を派遣したが、その捜索部隊の何れもある一定のこのアステロイド支配領域から同時に全て消息を失っている。原因は不明、その消息を失った区間は通信環境が依然として劣悪でありこちら側からは詳細な通信記録を回収できていない。この案件は我々の手に負えない緊急の事態と判断し、中央イニシエーター協会に即応の救援要請を出した。そこで先日イニシエーター中央派遣部隊が到着したわけだが、消息を絶ったアルファ中隊や捜索部隊の通信記録を直接回収に向かわせるも、失敗した......。イニシエーター中央派遣部隊までもが行方不明になった。今ここに居るオペレーター達は元々は中央派遣部隊の専属オペレーターだった者達だ、バイタル記録に関しての詳細は後に専属オペレーター達から説明してもらう」

 ダンボリス准将は作戦計画立案以前の経緯を簡潔にレイシア隊に説明する。

「失踪した部隊の捜索に向かわせた部隊までもが行方不明、更には即応のイニシエーター部隊までもが消息を絶つとは。まさしく木乃伊取りが木乃伊になるって言葉がここまで当てはまる状況もそうないな......」

 レイシア少佐は頭を抱えた様子でそう言う。

「イニシエーター部隊が壊滅......?したという認識でいいのでしょうか。となるとイニシエーター消失は協会においてもかなりの重大案件のはずですよね......。しかも尚更中央のイニシエーター部隊となるとエリートのはずですし......」

 ミル中尉はそう投げかける。

「そう、だから貴方達は呼ばれた」

 ミル中尉の投げかけにマギはそう返す。

「そういう聞こえはいいけどさぁ、厄介者を新たな使い捨て要員として左遷させただけのようにも思えてくるのよねー」

 レフティアはそう気だるげな話し方でマギに返す。

「いやいや、だとしたらそれはそれで別の人材を用意してますよ。あなた方を威力偵察で使い捨てるような勿体ない真似、私には出来ません」

 マギはきっぱりとそう言葉を返し、レイシア隊はマギを引いた目つきで見る。

「で、肝心の派遣されたイニシエーター部隊の戦力は如何程でしょうか」

 レイシア少佐がダンボリス准将に目を合わせてそう問う。

「うむ、即応で派遣されたイニシエーター部隊の構成はプレデイト級イニシエーターであるベスタティーヌ中佐が率いるマスタリード級3名、セシル級5名。協会直属護衛隊一個中隊だ」

 ダンボリス准将の話したその部隊の構成内容にレイシア少佐は多少の驚きを見せる。

「高級の護衛隊一個中隊にプレデイト級が率いるイニシエーター部隊ともなると、なかなかの戦力だ。彼らがその戦力で仮にも壊滅したとはとても考えにくいが......」

 レイシア少佐のその言葉にダンボリス准将の傍にいたオペレーターの一人が前へ出てくる。

「―――いえ、それが......」

 そのオペレーターはそう言うと、手元のタブレットを操作しボードにバイタル信号の可視化データを表示させる。

「非常に申し上げにくいのですが......、その......。部隊は壊滅したと思われます......」

 オペレーターがそう言うと、ボードからバイタル信号の記録と戦域マップが表示されながら途切れ途切れの音声記録が流れ始める。
 だが音声はノイズが酷く殆ど聞き取れるものではないが、バイタル信号消失のタイミングで流れる悲鳴と思わしきものだけは何となくと聞き取ることは出来る。

「ある地域を境に急激にバイタル信号が連続的に途絶し、また一定間隔を開けてまた途絶していっています。これは仮想的にマップ上にバイタル信号を元に陣形を再現したものです、シミュレーションで撤退陣形を想定し消失した護衛隊のバイタル信号の記録を照合すると、部隊が撤退戦を強いられていた確率は凡そ88%という試算です」

 オペレーターはボードに表示された仮想の陣形に指を指しながらそう説明する。

「なるほど、その凡そ一定間隔で信号が消失していってるのはイニシエーター部隊の『しんがり』が倒されるのを繰り返しているという見方か。とすると全く敵に歯が立っていないという事だが......」

 レイシア少佐は頭を悩ませる。

「うーん?その団集団から幾つか離れている点滅した信号はなんなんだ?撤退している集団?からはどんどん置いてかれているように見えるが」

レオはボードを見て、散財しているまとまりのないイメージ映像化されたバイタル信号についてそう話す。

「あぁ......これは......。おそらく対人光学拡散砲の影響かと......」

レオの問いにオペレーターの1人が口を開く。

「対人光学拡散砲......?」

レオにとってその言葉は聞き慣れのない単語だった。

「機械軍種別、オルドアステロイドの後継機。スプラミュッタ・NアサルトII型の標準装備です。生物系をより残虐的に損傷させることに重きを置いた装備群の一つで、殺害を目的としていません。その為ボード上の様にその兵器の影響による負傷兵を回収できない本隊がまるで散在した兵士を置き去りにしているように映るのです。通常は衛生チームが回収するのですが......この状況下ではそれすら機能していないという事を表しています」

ミル中尉がそう答える。

「そうだとしても、現状でイニシエーターが対抗できない機械種なんて聞いたことがないわよね。ていうか少なくともここ数百年はそんなことはあり得なかったはずだけど?新型の機械種ってことかしら?にしてもプレデイト級が撤退戦を強いられているなんて余程の敵という事になるけど」

 レフティアはレイシア少佐の言葉に被せるようにそう言う。

「あ、あのー......」

 一人が発したその声に場の人物たちは一斉にその者へと視線を向ける、その声の主はレオだった。

「どうしたのレオ君」

 一番最初にレフティアが反応する。

「いやぁその、無知で申し訳ないんですがその『ぷれでいと?』だの『ますたりーど?』だのってなんなんですか......?」

 レオは恥ずかし気な様子でそう質問する。

「え?そんな事?」

「はい......」

 レフティアにそう返されるとレオは頭を軽く下げる。

「まぁそうか、知らなくて当然ではあるな。この際丁度いいから軽く説明しておくが、我々イニシエーターにも軍隊階級とは別に独自の階級が設けられている。『プレデイト級イニシエーター』はその中でも最上級のクラスで、要はエリートだ。その下にオールド特殊クラス、『マスタリード級』、『セシル級』と続いている」

 レイシア少佐はレオにそう簡潔に説明する。

「な、なるほど......。いまいちどんぐらいすごいのか想像がつかないですけど......」

「物差しがなければ当然実感などわかんだろう、私やレフティアを階級で言うのなら私は『セシル級』にあたり、レフティアは『マスタリード級』に相当する」

「えっ、レイシア少佐でセシル級......、レフティアさんでマスタリード級って......。プレデイト級バケモンじゃないすか!!!」

「まぁ概ねその通りだ、レフティアはともかくとして私なんかより遥かに実力のある持ち主連中だ。だから尚更私はこの事態に納得がいかないのだ」

 レイシア少佐の説明に、レオはレイシア少佐やレフティアを上まる強者の存在など到底信じ難いものであったが辛うじてそういうものだと理解する。

「あっちなみにあたしも少佐とおんなじセシル級だよ~、そこのジェディ捜索隊長もセシル級~」

 ロップ中尉はジェディ隊長と呼称する人物の方に指を指しながら話に割り込む。

「YO!よろくしなぁ!!!れいしあ隊しょくぅん~!!!」

「えっ、そうなのか......」

 そのジェディと呼ばれた人物のあまりに場のテンションと剥離したその様子にレオは目を白黒させる。

「ん?なんだと。彼が捜索隊の隊長なのですか?」

 レイシア少佐は驚きを隠せない様子でダンボリス准将にそう聞く。

「えっ、あぁまぁそうだが......。ジェディ大尉は元々この戦域の地政学調査官だ。彼以上に適任の人物はいない」

「ちょちょちょ!『なんだと』ってそれぇひどすぎんよぉレイシア少佐ぁ!俺はYO!これでも立派なイニシエーターの戦士なんだけどぅーなぁ!」

 ジェディは謎に満ちた決めポーズをしながらレイシア少佐にそう言う。

「あはは......、なんかこの辺のイニシエーターさんって何ていうか......あたまがおか......こ、個性的......なんですね!」

 ミル中尉は顔を引きつらせながらそう言う。

「およおよリゾート気分のビキニ娘にお調子者の捜索隊長がお仲間とはなぁ、心強いぜぇーまったくよぉ」

 ゼンベルはあくびをしながらそう言う。
 するとダンボリス准将は咳ばらいをして話を戻す。

「とにかく、要は今回の作戦はアルファ中隊の捜索、及びアルファ中隊捜索部隊の捜索、そしてアルファ中隊捜索部隊を捜索していたイニシエーター部隊の捜索。という事になる」

「いや、ややこしいなおい」

 レオは思わず突っ込み言葉を口にする。

「だが先ほどもレイシア少佐が言ってくれていたように、プレデイト級までもが仮にやられたとなると我々は相当な覚悟を以てして今回の作戦に挑まなければならない。その為の捜索部隊の編成はこちらで数日内に完了させる予定だ」

「あら、まだ終わってないんだ」

 レフティアはそう言う。

「申し訳ないが、こちらも師団内選りすぐりのメンツを選出して都合をやり繰りしている最中でな。また、中隊規模以上は作戦行動に支障きたす恐れがある事から小隊単位での作戦任務とする」

「ふーん、まぁでも別に要らないんじゃない?この際人間の部隊なんて」

 レフティアはそう言うと、場に凍てついた空気が滞る。

「まぁ、そう言うな。いざ交戦となればレイシア隊諸君が表立って戦う事になるだろうが、それで簡単に壊滅させられては困るのでな。レイシア隊捜索部隊の編制なぞ私はしたくはない。我が軍閥、ポルトリード軍会のメンツも保たねばならない。すまないが最善のバックアップは取らせてもらう」

「ふーん」

 ダンボリス准将の言葉に、レフティアはいなすような反応を示す。

「それでは作戦計画『アステロイド領域辺境調査』のブリーフィングは以上とする、なお本作戦は名目上はただの辺境調査となっている、中央イニシエーター部隊の消失は協会との協議の結果、現段階では大っぴらの事案にはしないとの事だ。留意するように、ではレイシア隊諸君は軍備を整え次の指示を待て。あとミーティア・ミルクォーラム中尉は本作戦おもって指揮系統のオペレーター部隊に臨時配属とする。では改め―――」

 ダンボリス准将がそう言い閉めようとしたその瞬間、テントの外から一人の共和国軍兵士が息が上がった様子で駆け込んでくる。

「―――ダンボリス准将!!!緊急のご報告です!!!」

「どうした、呼吸を整えて報告せよ」

「はっ!南部統合方面軍参謀本部より統括指揮官ガルガン・エスタール大将閣下が第5前哨基地にお見えになられました!」

 その兵士の言葉に場の多くの人間の顔に動揺が走る。
 その中でも特にマギは、不愉快そうな表情でその報告を聞いていた。

「むぅ?何かの悪い冗談か?」

「いえ!!!もうすぐおそばに......!!!」

「―――おっ、いたな。マギよ、ワシが貴様の邪魔をわざわざしにきてやったぞい」

 共和国軍兵士が報告を告げたそのわずか後、その兵士の背後から物々しい気配を放ち大量の勲章を身に着けた一人の人物がテント内に堂々と進入してくる。
 それに続くように護衛のイニシエーターと思わしき二人の人物が、先ほどの人物に負けず劣らない重厚な装飾や勲章が施された様子で場に姿を現した。



[43110] 第72話共和国南部統合方面軍統括指揮官ガルガン・エスタール大将
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/02/15 21:56
『―――あら閣下、閣下は《《こんなところ》》でのさばってていいようなお方でしたでしょうか......?、バスキアの方は大丈夫なんですか?』

 マギは明らかにその人物を挑発する言い草でそう言う。

「貴様に心配されるほど共和国軍は落ちぶれてなどおらんよ」

 その大層豪傑そうな人物は、あのマギの言葉を軽く遇らう。

「えっ......誰このおっさん......」

 レオはおもわずその言葉を口から漏らす。

「「えっ、マジ?」」

 ロップ中尉とジェディ大尉は口を揃えてそう言う。

「あっ、やべ......!」

「お、おまえ......」

 レオはその己の失言に気づきを口を塞ぐ。
 レイシア少佐やその他付近の人物達はレオの漏らしたその言葉に絶句する、いやそれ以上の言葉が見つからない様子で唖然とする。

「こ、この御方は共和国南部統合方面軍統括指揮官......ガルガン・エスタール大将であらせられるぞ......」

 ダンボリス准将は丁寧にレオへそう説明する。

「た、大将!?さ、流石に分かるぞ......めちゃくちゃ偉い人じゃねぇか......、なんでこんなところに......」

 ダンボリス准将は「それは私が一番知りたいよ」と内心でそう呟く。

「なんと無礼な......!」

 エスタール大将のそば付きの護衛と思われる豪華なロープを着たその男性がそう言うと、ソレイスを顕現しかける。

「よせレストレンド大佐、其奴のことなどどうでもよい。ワシが用があるのはそこの司法機関の女だけじゃ」

「し、失礼致しました......」

 レストレンド大佐はソレイスを収め、マギは何のことやらと言わんばかりの仕草をする。
 エスタール大将に宥められるレストレンド大佐を見るもう1人のそば付き護衛と思われるその女性は、レストレンド大佐を冷ややかな目つきで見つめる。
 その目線にレストレンド大佐は唾を呑む。

「うお......こわぁ......」

 レオはそう言うと、隣のレイシア少佐がため息をつく。

「はぁ、レオ。あまり彼らを刺激するんじゃない......。言っとくが彼らを相手取れる自信は私にはないからな」

「えっ、それはどういう......」

「やれやれ、いいか?あのそば付きの護衛の身につけているあのロープやいかにもな勲章達、彼らこそ正真正銘のプレデイト級イニシエーター。協会筆頭戦力だ、それがこの場に二人もいる」

「えぇ......まじですか。てことは......」

「そういうことだ、少なくとも私が逆立ちしたってなかなか敵う連中じゃない。今は大人しくしておけ」

 レオはそう言われると静かに頷く。


「さぁ、マギよ。ワシがここに何を言いにきたのか、分かるかのぉ?」

 エスタール大将はそう言うと、空席となっていた椅子に堂々と座り込む。すると付近に座っていた指揮官やオペレーター達は颯爽と退席する。

「えぇ、まぁ。不倶戴天のよしみですから......」

「ガーはっはっ!き〜らわれてるのぅ。マギの背後の連中にも一応釘を刺しておくがの、ワシの目の届くところで司法権限を振り撒きながら余りに好き勝手荒らされるのは困るのだよ、諸君」

「はて、好き勝手?ですか。こちらとしてはそんな覚えはないですが、作戦計画書は上層部をきちんと通過していますし」

「ふーむ?ほんとかの〜?」

 エスタール大将はそう言うと、もう一方のそば付きの護衛の女性が書類を取り出して前に出ると、それを机上に提出する。

「ご苦労フィービリスト大佐」

 その女性、フィービリスト大佐は静かに頷いて身を引く。

「それは?」

 マギはそう問いかける。

「もっちろんそれは貴様が言う上層部とやらに提出していた偽りの計画書類じゃが?分ーっかっているのだよー鼻から貴様らの目的がこんな辺境調査などという有り体の物ではないことなどのぅ。こちらの調べで議事録は改竄されているものだと判明しておる、貴様らが司法取引した新世代麻薬カルテル【ロサ・カリオサス】と関係を持つ汚職議員共は普通に白状しよったぞ?痕跡からして承認者は記載通りの連邦評議会ではないのぅ?んー?貴様らが司法機関が領外で軍事作戦を展開するには連邦評議会の正式な承認手続きが必要なのは知っておるが、さすがに詰めが甘いんじゃないのかのぅーマギよ、ちなみに取引に応じた議員共はワシが粛清したぞ。感謝するがいい、貴様らの代わりに国益を損じる売国奴どもを片付けてやったのだからのぅ!」

 エスタール大将は一人で高笑いをする。

「ほう、そうですか。それは何ともまぁ無茶をなさる、彼らを粛清して一体どれだけの国内反抗勢力を買う事になるのやら皆目見当もつきません」

「ワシはそんなものには屈しないぞぉ?貴様が巻いたタネなど全て真正面から踏みつぶしてやる。それが貴様ら司法機関の些細な邪魔になれてるのなら尚の事結構じゃ!!!」

 エスタール大将は机を勢いよく右拳で叩きつけ、満面の笑みをマギに見せつける。それから少し落ち着きを見せると、席に座り直す。

「んでな、実際のところどうじゃ?デュナミス評議会が絡んでいるのではないのかのぅ?」

 マギはその言葉に無言を貫く。

「ふーむ、まぁ間違いなく裏では別の計画が動いておるのじゃろうが......、先に言っておくぞマギよ。ワシは貴様らの真の作戦計画のことなど知らん、それだけはいくら調べても手掛かりは掴めなかったからのぅ。だぁから忠告じゃあマギ、バスキア戦線の情勢を脅かすような真似だけはするんじゃないぞぉ?ワシらは散々貴様らの機関に振り回されてもううんざりしているのだ......。この地でなにかしでかそうものなら、我が全軍を以て貴様らを撃滅するからの。覚えておくのじゃ、この場の他の連中にも警告しておくぞ」

「ふむ、そうですか。遠路はるばるご忠告痛み要ります、閣下」

 マギは動揺を見せる様子もなくただ冷静にお辞儀をする。

「相変わらずいけ好かない奴じゃあ貴様は。もうよい、戻るぞ」

 エスタール大将がそう言うと、そば付きの護衛達は堂々たる声音で返事をする。
 そしてエスタール大将が最初にテント内から出ていくと、護衛達も大人しくそれに続いた。



「一体どうなってんだよこりゃ」

「いやぁあの護衛の女の人、めっちゃ綺麗てか上品な感じの人だったわね。なんというかあの冷徹な目線、なかなかいいわね」

 第一声にそう言ったのはレオ、それに続いてレフティアがそう言った。

「説明、できるのかマギ」

 レイシア少佐はマギにそう問う。

「無理です、とにかく今は作戦に集中なさってください。今回の件は、本作戦に特段影響があるわけではないですからご安心を」

「いやいや、他の連中にも釘刺さされてただろぉがよ......。下手したら皆殺しらしいぃぜぇ?」

 ゼンベルはマギにそう返す、その言葉に第72師団の主要メンバー達は動揺を隠さずにはいられなかった。
 その様子を見たマギは一考する。

「ふむ、もし仮にそのような事があれば我々司法省直轄ESM特務機関が当該軍閥を保護します。なのでご安心を、この作戦計画は評議会からの正式な命令です」

「―――評議会ってのは、どっちの事ですか......?連邦評議会ですか、デュナミス評議会ですか。貴方はどちらに従っておられるのだ......?」

 ダンボリス准将はマギにそう問う。

「ふむ、ここでは建前上連邦評議会という事にしなければ我々は領外では活動出来なくなりますので、便宜上連邦評議会という事になりますね。先ほどエスタール大将閣下を仰っていた事が事実ならこの作戦計画を承認した議員連盟はもはや存在しない事になりますが、この計画は既に発動しています。何れにせよこちらの貴重な手勢が奪われている状態で今更引き返すことは出来ません、ご協力お願い致しますね。准将」

 マギは鋭い目線を准将へ送る。

「くっ......、なんにしても我々は師団の仲間をあの領域から見つけ出さねばなりません。変に戦線を刺激する事はないはずですが、各隊は肝に銘じておくように。改めてブリーフィングは解散とする......」

 ダンボリス准将のその言葉を以てして、ブリーフィングは終了した。
























[43110] 第73話 ロサ・カリオサス暗殺用私設特殊部隊
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/06/21 11:15
ガルガン・エスタール大将は、バスキア南部戦線統合本部への帰路に就く。
 セクター32までは通常運用の装甲列車を利用し、マギの部隊が到着するタイミングに合わせて訪れていた。

「ふう、遂にあの女に鬱憤をぶちまけてやったぞぉ。中々あやつらに直接会える機会なんてないからのぅ、スケジュールゴリ押しで来た甲斐があったというもんじゃな」

 エスタールは満足気な表情で、ずっしりと列車の一般席に座り込む。
 普通、エスタールのような上級将官がこのような装甲列車を利用する際には特別車両の用意がある物に乗車するのが基本的だが、エスタールは豪奢な待遇というもの嫌う人物であるが故に。
 しかし側近の者たちにとってはセキュリティ面での配慮に悩まされる事もあり、常時プレデイト級イニシエーターの護衛があるとは言ってもその人柄には少々困らされるものがある。

「閣下、あの女......マギという人物は一体何者なのでしょうか?公式な記録では彼女は正規の試験を通過した一般司法書士のようなのですが......」

 そう資料を見つめ対面席からエスタールに話しかけるのは、傍付きであるプレデイト級イニシエーター、レストレンド大佐だ。

「ワシにもわからぬ、ただ分かるのはのぅ。取るに足らんただの司法書士のはずが常に中央戦略部門に横やりを入れる中心人物になっていると言う事実だ。バスキア戦線の情勢も本来ならば可及的に北部統合方面軍が合流するはずじゃったが、全くムハドめぇ何の手違いかもはや終息し存在しないはずのヌレイ戦線の状況維持に努めておる始末じゃ。探りを入れてみればなんのこと、お門違いの司法省の連中が介入して国内の軍事戦力を意図的に集中させんようにしとると来た、今は何とか迎撃城塞が持ちこたえておるが、要塞を稼働させるための人員や物資は着実に消費していっておる。補給物資の流通が司法機関の連中の手によって絞られておる以上、アステロイド領域への反攻作戦は中々厳しいのぅ」

 エスタールは腕を組みながらそう言う。

「やはり司法機関は、我々がこの戦いで大きく戦力を削ぐことに期待をしているのでしょうか......?」

「ワシにはそうとしか思えんがの、司法機関......いや、中央全体の連中は南部統合方面軍を全面的に警戒しておるようじゃ。アンバラル第三共和国の二の舞を踏むんじゃないのかと躍起になっておる」

 エスタールはやれやれとした様子でそう言う。

「―――確かに閣下ならば、アンバラルのように共和国からの独立も果たせるでしょう。閣下を議長に据えたアルファレセプト議会には十分な軍閥勢力が結集していますし、この機に試されてみては?」

 そう首を傾げながら口を開いたのは、同じく傍付きの護衛であるフィービリスト大佐だ。

「冗談を言うでないフィービリスト大佐、これ以上共和国が大きく分裂する事はあってはならん。ワシは独立する為に南部統合方面軍をまとめておるのではないわ。それにワシにはそもそも人望などあらん、国税局に幅を利かせて言う事を聞かせてるに過ぎん」

 南部軍閥に関しては、中央国税局に顔が利く為に独立軍閥税などの国から課せられる軍閥組織への税制面や、特別軍事補助金等で優遇させている事から南部軍閥諸々にとっては彼には頭の上がらない人物なのだ。
彼なしでは、今頃いくつかの地方弱小軍閥はとっくに強制執行機動団によって滅ぼされ、新たに中央からくる政府隷下の政府軍に陣取られて取って代わられていただろう。
そうなると経済的自己利潤を求める地方セクターにとっても、南部戦線を指揮するエスタール大将にとっても余り良い話ではない。
南部戦線の現状打破の姿勢を構えるエスタール大将と、積極的現状維持を唱える政府側とは所詮相まみえないのだから。
だがそうは言っても、南部側の経済状況としては戦線の影響もあってエネルギー供給不安が常に叫ばれる。戦線を維持するための大半のエネルギーは比較的戦地とは無縁な共和国東部から送られてくるが、レジオン戦役の事もありエネルギー価格や兵器関連価格は急騰した。
北の情勢がどう変化するも分からず、更に財政状況を圧迫する一方で弱小軍閥を庇い続けるのも時間の問題である、早急に戦線の現状打破を目指し、再び共和国南部全体の経済活性を取り戻さなければならない。
また、アステロイド領域にある潜在的な有効活用出来る資源や土地がある事も考えると、この使命は一刻も早く遂げられなければならないのだ。

「左様でございましたか、私《わたくし》はてっきりこの軍閥をまとめあげる勢いで、そのまま共和国全土を制してしまうものと思っていましたわ」

「無茶を言うな......、お前が野心家なのは知っておるが、そこまでワシに期待されても困るのぅ」

 エスタールは呆れ顔でそう言うと、フィービリスト大佐はほくそ笑む。

「さて、最寄駅までにはどれくらいで着くのかのぅ......」

 エスタールはスマート端末のデジタル表示された時計を見る。

「セクター29までは凡そ半日かかる見込みです。閣下」

 レストレンド大佐はそう答える。

「ふむそうか、ではワシは少し居眠りをかますとするかのぅ」

 エスタールはそう言うと、自前のアイマスクで目を覆う。

「はい、閣下。ごゆっくりお休みになられてください」

「すまんの」

 そうしてエスタールは一眠りに就いた。



 ―――同刻。

 ロサ・カリオサスの私兵達が集結し、組織が調達した共和国軍ガンシップでエスタールが乗車してる装甲列車に接近していた。

「よーし、いいかぁてめぇら!!!手段はとわねぇから乗り込んだらとっととエスタールとかいう大物大将様をぶーち殺せ。護衛だろうがなんだろうか皆殺しにしろ、失敗したやつに帰る場所なんてねぇからな、必ず殺して首を持ってこい」

「―――隊長、目標を目視で確認。降下準備、作戦段階ステージ2に移行。高度を維持しながら目標車両に並走」

「よーし、時は来たぁ!!!いくぞおめぇら、武器を持てぇい!!!」

 その指揮官がそう号令すると、ガンシップのハッチが解放し、その目前には装甲列車の屋根上が垣間見える。

「―――LSNG第一、第二分隊作戦行動を開始。GO!GO!GO!」

「よしいけぇ!!!」

 私兵達は次々とガンシップから降下し、車両の屋根上に乗り込んでいく。
 一方、乗務員室では連絡の取れない並走中のガンシップに対して通信を延々と試みていた。

「―――こちらは第107号、上空並走中のガンシップに所属部隊と接近目的を問う。繰り返す、上空並走中のガンシップに所属部隊と接近目的を問う。ちっ、どうなってやがる何故あのガンシップは回線を空けない?本部に連絡しろ」

 その乗務員がそう言った瞬間、突如防弾性の強化窓ガラスが安易に割られ私兵達が突撃をし、操縦室内に侵入する。

「―――な、なんだ貴様ら―――」

 乗務員達は私兵に撃ち殺されると、その私兵は指揮官に宛てて通信を飛ばす。

「―――操縦室制圧、これより列車を停車させます」

「うし、よくやった。これより目標の車両を前後で挟撃する、タイミングを合わせろよ?遭遇した人間は全て射殺しろ」

 指揮官にそう言われると、操縦室を襲撃したチームは目標車両へと迅速に向かう。

 ―――

「―――閣下!閣下!ったくこれだから民間用は困るってあれほど......、起きろボケ老人!!」

 フィービリスト大佐はそう声を荒げて椅子を蹴り飛ばすと、エスタールが座っていた席は破壊され、エスタールは横に倒れる。

「おっ、おい貴様!いまなんと―――」

 レストレンド大佐は聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたが、フィービリスト大佐の取る行動に動揺する余りに言葉が口から出ない。

「うぉおお!?!?なっ、なんじゃあ!?」

「閣下、襲撃です。この列車に既に乗り込んで来たようで、敵は我々の感知に察知される事なくこちらに近づいてきています。イニシエーターの感知から逃れることの出来るステルス装備で来てるとなると、敵は完全装備の特殊部隊でしょう。それに先ほど先頭車両の方から爆発音が、もうじきこの列車は止まります。このままでは包囲されて危険です、我らの後にお続きください」

 フィービリスト大佐がそう言うと、エスタールは状況を理解した様子で立ち上がる。

「なるほどの、とにかく分かった。急ぐとするかの」

 エスタールはそう言ってフィービリスト大佐に続くと、レストレンド大佐は特に口を開くことなくそのまま後に続く。

 フィービリスト大佐が列車後方の方に進んでいくと、敵と思わしき全身装備の私兵が民間人を虐殺している場面に遭遇する。
 私兵達は突然車両に入ってきたフィービリスト大佐達に気づくと一斉に銃を向ける。

「―――エンゲージ!」

 私兵達はエスタールの方に向けて発砲する。しかしそれらの攻撃は全てフィービリスト大佐の近距離空間障壁・Sフィールドによって防がれる。
 フィービリスト大佐は発砲した私兵7名をそのまま接近して顕現させた剣状のソレイスで迅速に難なく切り捨てる。



「―――隊長、目標と遭遇した分隊との連絡が途絶。第二分隊急行中」

「なに!?イニシエーターの護衛がいるとは聞いてたが、推定戦力を見誤ってたってんじゃねぇだろうなぁ!?」

「―――後続の第二分隊、現在交戦中」



 レストレンド大佐は先頭車両から来た私兵と交戦する。

「運が悪かったな。装備は上等の様だが、これで倒せるのは精々マスタリードクラスだぞ」

 レストレンド大佐はそう言うと、あっというまに私兵の第二分隊をソレイスも使わずに壊滅させる。

「油断は禁物ですレストレンド大佐、とにかくこの列車から放れましょう。大量の敵意がこちらに近づいて来ています、恐らく援軍です。救難シグナルは出しました、近くの森を進ん先にランデブーポイントを設定、急ぎましょう」

「ふむ」

 エスタールはそう短く返事をすると、フィービリスト大佐に続いて装甲列車外に出る。そして、そのまま線路沿いの森に向かって駆ける。

 その森側へ逃げる人影を見つけた私兵達が乗るガンシップは、すぐさまにその影を追いかける。

「ちっ、逃がさんぞぉ!手ぶらで帰ったら俺の家族の首がねぇだろうが!攻撃準備ぃ!!!」

 私兵達の隊長の合図でガンシップは攻撃態勢に移行するも、それに気づいたレストレンド大佐はガンシップに対して手をかざし、中距離空間障壁の応用技でガンシップのエンジン部分を切り抜くように破損させると容易くガンシップを墜落させる。

「とりあえず追ってのガンシップは片付けておきました、現存戦力は恐らくあれで全部でしょう」

 レストレンド大佐はそう言う。

「ご苦労ご苦労。連中、恐らくはロサ・カリオサスの私兵......。例の私用の暗殺部隊......LSNGって奴じゃろうな。こんなに早く動き出して来るとは思ってなかったわい。メンツを保つためなら本当になんでもしよるんじゃのう」

「しかし、犯罪組織のくせしてなんですかあの武装。我々はともかくとして普通のイニシエーターでしたら余裕で殺せる武装でしたよあれは......、もうちょっとした軍隊です」

 レストレンド大佐達はエスタールの走行速度に合わせて走りながらそう言葉を交わす。

「あれは恐らく議員共から横流して手に入れたものじゃろうな、ワシが思っていたよりこれはぁ......なかなか根深い問題のようじゃ......」

「それより閣下、足腰は平気ですか?背負いましょうか?」

 フィービリスト大佐はエスタールにそう言う。

「フィービリスト大佐......、ワシを余り侮るでないぞ......。見ての通り常人よりは機敏に走れとるじゃろうが!!!」

 エスタールはそう言うと、速度あげてフィービリスト大佐を追い越す。

「あらあら」

 フィービリスト大佐はそう言ってエスタールを追い越さないように追いかける。

「ふーむ......、情緒がわからぬ......」

 レストレンド大佐はそうぼやいてフィービリスト大佐の背中を追う。


 ―――一方、LSNGの隊長は。

「―――は?見失った......?」

 墜落の中一人だけ生き残った私兵達の隊長は筆舌に尽くしがたい表情でそう言葉を繰り出す。
 ガンシップは地上に墜落し、その後増援で駆け付けていた部隊と合流した。
 念のため列車内の乗車していた民間人や乗務員を虐殺し、付近の森林を隈なく捜索するもエスタール大将の姿を見つける事は出来なかった。

「―――申し訳ありません、付近の森に逃走したものと思われるのですが......。もう既に一帯の地域からは逃亡したものと......」

 そう報告した私兵は、突然隊長が取り出したハンドガンによって頭を撃ちぬかれる。
 ―――かのように思えたがその私兵の装備したヘルメットの防御性能がそのハンドガンの貫通力よりも上まっていたが為に弾かれ、その私兵はよろめくに留まる。
 その様子を見た周りの私兵達は手元の作業を一旦止めて、銃を握る。

「ちっ、かてぇな。いまのでしんどけよお前。てか、ふざけるなよぉ......?いまからでも捜索再開しろ!!!全員だ!!!この場の全員が目標を見つけるか死ぬまで探し続けろぉボケが!!!はやくいけ!何をしている!!!いまここでぶちころされてぇのか!!そもそもなんで先鋒の分隊はあっけなくやられてんだぁー!?役立たず共がぁ!!!最新鋭の装備を与えられていてなんだぁ?この体たらくわよぉ!?ボスが看過するわけねぇだろ!!!責任はお前らに取らすからなぁ!?覚えとけよクズ共!!!」

 かつて隊長とそう呼ばれていた男はどこからか湧いた恐怖心からか、興奮してそう声を荒げる。その己の過ぎた声の余りに、背後から近づくその者の存在に気づくことが出来ない。
 その者が隊長の後頭部に密かにAEライフルを近づけると、問答無用で隊長を躊躇いなく初撃で射殺する。

「はぁ、俺達を軍隊か何かかと勘違いしやがって。調子に乗りすぎだ隊長さん。―――LSNG第一中隊、先鋒部隊壊滅、目標消失。作戦に失敗した。これより現場の後処理を行う」

 隊長を射殺したその私兵がそう言うと、他の私兵達は無言で頷き乗客や乗務員、装備を回収した私兵の死体や隊長の死体を黙々と焼却していった。

LSNG、彼らは優秀な私兵達ではあるが、間違っても軍隊のような規律ある兵士ではない。
それを見誤り、彼らを変に刺激したその者の末路は言わずもがな。




[43110] 第74話 つかのまの飲み
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/03/30 01:07
ダンボリス准将による様々なハプニングに富んだてんやわんやなブリーフィングは終了し、作戦実施日に備えてレイシア隊各自は自由に自室に籠るなり自主鍛錬するなりする事となった。

「何となく俺は用意されてた部屋に戻ってきちまったけど、どうすっかな」

 レオはブリーフィング解散後、特になにか用事があるわけでもなくそのまま用意されていたゲスト部屋に直行していた。

「自主鍛錬......でもすればいいのかぁ?少し試して見るか」

 そう言うとレオは寝転がっていたベッドから立ち上がり、腕を手前に伸ばして手のひらを面に上げる。

「あの時のように......」

 レオは楽園での出来事を思い出す。

 ―――そして目を閉じ、体を巡る暗黒とも言えるような負の潮流を感じ取る。
 これが恐らく負のヘラクロリアムと呼ばれる存在なのだ。
 この体に流れる負の粒子は人の持つ感情に極めて敏感に反応し、レオは多少のどこからか湧いた理不尽に慎んだ怒りを手のひらに乗せる。

 するとそれはついに顕現を始める。

 ベルゴリオの剣状のソレイス、そしてアイザックの銃型のソレイスをそれぞれ顕現させ、それを近くの机上にそっと置く。

「この辺はもう簡単に出せるけど......、これってしばらく放置したらどうなるんだ......?そういえばこの状態でもう一度ソレイスを出せるのか?」

 そう疑問を覚えたレオは早速それを試す。

 そうすると、それぞれ二個目の複製は出来たが、三個目以降は顕現させることは出来なかった。

「二つは出るが三つめはどうやっても出ないな、どういう仕組みなんだ......?あの時のメルセデスの説明では、俺のこの能力をソレイスを複製させる特異的なものだと言ってはいたが、単純に複製させているだけなら三個目だって問題なく複製出来るはずだ。しかしそれはできない、それとあまり気にしていなかったがこの複製ソレイスをここに放置した場合、俺はこのソレイスを他の場所で個数二個の複製制限を超えてソレイスを顕現させられるのか?メルセデスの研究室で試していた時は顕現させたものを維持せずにそのまま顕現状態を解除していたし、いま試しておかないとな......」

 レオはそう言って出かける準備をし、部屋から出ようと扉を勢いよく開ける。

「―――いったぁああ!!!」

 するとその扉を開けた途端、その扉は何者かと衝突し、その衝突音は廊下に鳴り響く。

「えっ、なに。誰」

 レオはそう言って扉の先を覗くと、そこには頭部を扉に激突させ、頭を抱え地面でもだえ苦しむ捜索部隊の隊長ジェディ大尉とロップ中尉の姿がそこにあった。

「えっ、えっとあんたぁ確か......ジェディ大尉?それとロップ中尉......?」

「どもども~」

 ロップ中尉はレオに手を振って爽やかな挨拶を送る。

「あぁどーも......、てかお二人さん俺の部屋までなにしてんの、何か用ですか」

 そう言うと、ジェディ大尉は「いたた~」と言いながら頭に手を当て立ち上がる。

「い、いやぁ!ちょっと隙を伺ってたつぅ~かぁ!てかレオ君いまひま!?」

 ハイテンションで話をするジェディ大尉にレオはやや顔を引きつらせる。

「あっ、いやこれから少し用事が......」

「だっよね!!!暇だよねぇ!ほ~らロップさんやっぱ暇だってよぉ俺の言ってた通りじゃんYO!!!んじゃさぁゼンベルのッ旦那も誘ってからさぁ~!、ちょっと飲み行こうぜぇ~?下町にいいとこあっから、姉ちゃんとかいるしいるし!!!」

「はぁ!?お、おい待ってくれ話を最後まで聞......」

「いぇーい、けってー!」

 ロップ中尉はそう言うとレオの腕にしがみつく。

「うあ!ちょ!ちかっ!!!」

「んじゃレオくぅーん基地正門前で集合っつーことで、よっろぉ~!」

「よろー」

 ジュディ大尉とロップ中尉が嵐のように訪れ去って行った。

「まじか......、これ作戦実施前......だよな?このタイミングの飲みって、少佐達に怒られたりしねぇかな......」

 そう言いながらレオは、多少の期待感を胸に基地前の集合場所へと足を運ぶことにした。



 ―――レオは第五前哨基地正門前に立って待っていると、空はすっかりと暗くなって辺りは街灯で照らされる時間帯となっていた。
 他にも色々な軍関係者と思わしき人々がここで待ち合わせ、どこかへと出かけていく様子を見る事が出来る。
 正門前では前哨基地とは思えない明るい雰囲気を醸し出していた。

「とてもあのブリーフィングの後に見られるような光景とは思えないな」

 レオはそう思いながら立ち尽くしていると、正門側からジュディ大尉達とゼンベルの姿が見えてくる。

「おっ、レオくぅ~んお待たせぇ~!」

 ジュディ大尉はレオの姿が見えるとそうレオに声をかける。

「やっほーレオくん、ミル中尉も誘ったんだけど他のオペレーター達と打ち合わせがあってこれないんだってーざんねーん」

「そ、そうなんですか。えーとレイシア少佐とかレフティアさんは何か言ってました......?」

「んー?あぁ無理無理、あれは話かけられないよーぜったいむりぃ」

 ロップ中尉は両手の指でバツの形を作ってそう言う。

「そ、そうですか......」

 レオは冷や汗をかきながらそう言う。

「んじゃとりまこれで全員っつーことで、いくべいくべー!!!」

「おーう」

 ジェディ大尉はそう言って先陣を切り、ロップ中尉は気だるげそうな雰囲気の掛け声を出す。

「おーうレオ、飲みだってよぉ?最高だぜぇ、ご無沙汰だったからな」

「おいゼンベル、そんなこと言ってる場合か?少佐達に怒られないか?」

「あー?んなことで怒られねぇよ多分な、とにかく今は店にいってからこまけぇことは考えようぜ」

「店に行ってから考えるんじゃ色々と手遅れになるだろうが......、んーまぁいいけどよ。俺も少しリフレッシュしたかったところだ。ゼンベルの言う通り、こまけぇことは後で考えるとするか」

 レオはそう言うと、ジュディ大尉の隊列に乗り気で加わった。


 レオ達はセクター32付近に位置する下町の繁華街とされる場所の方まで徒歩で訪れるが、その繁華街は繁華街という割には穏やかな静けさに包まれていた。
 うるさすぎず、静かすぎない。そんな雰囲気の場所。

「なんだ、繁華街って感じじゃあ全然ねぇのな」

 ゼンベルは街を一目見てそう言い放つ。

「そりゃあYO、ここら一帯は一応危険地帯に区分されてるしぃ?人自体、はなからそんないないっての!がち都会のセントラル組からしたらちとものたりねぇかなぁー?」

「んやそんなことはねぇけどよ、こんなとこにもちゃんと店はしっかりあるんだな」

「誰しもがみんな安全な内地の方に行けるわけじゃないからねー、辺境と言われようともみんなここで生きていく為に市場はそれなりに形成してるんだよー」

 ロップ中尉がそう言うと、ゼンベルは気まずそうな顔をする。

「ほ、ほらぁついたYO!!!ここが行きつけの飲み屋ってわけ!とっとと入りやしょう!!!」

 ジュディ大尉が空気感を強引に自らの間合いに引き戻し、一同はお店の中へと入っていく。

「YO!お邪魔するよぉ!!!」

「ジェディさん!いつもありがとうございまーす!」

 入店すると、お店の若い店員がこなれた様子でジュディ一同をお出迎えをする。
 お店の中はまるで大衆酒場という言葉がドンピシャに似合う雰囲気で、そこそこの人々で賑わっている。

 ジュディ達はカウンター側の席に案内され、横で一列になるように座り込む。

「さぁさぁぐぐっと飲んじゃってYO!初回はおれっちのおごりだからさ!」

 ジェディはそう言うとメニューを全員に手渡しで渡す。

「やったーだいすきージェディ」

 ロップ中尉は棒読みな声でそう言う。

「ちょちょちょー!ロップちゃんはちがうって!」

「えっ!」

「いやまじ勘弁だからさぁー、ロップちゃんのは出費えぐいてほんまきつい節制して節制ー」

「うわひどーい」

 ロップ中尉はジェディの言葉にまるでそう言われると分かりきっていた様子でそう反応する。

「んじゃま、最初はふつうにジョッキっしょ!すんませーんこっちにジョッキぷりーず!四つでぇー!」

「―――はーい」

 ジェディがそう店員に注文をすると、店員はすぐに返事をする。

「なぁジェディさん、さっき来るとき姉ちゃんいるって言ってたけどよ、もしかして姉ちゃんってあの若い店員さんのことか?一人しかいなくね?」

「ん?そうだけどぅ?なかなかいけてんだろぉ?」

「あぁ、まぁそうだが......。思ってたのと違うな......」

「ん?なんだレオ。お前年上好きなのか」

 ゼンベルがいきなり口を挟む。

「そういうわけじゃねぇけどよ......」

「がっはっは!年上好きなら俺達の部隊なんてもとより最適じゃねぇか!なにせ年上の女の比率が半端じゃねぇ!なにせその年の差、数にして......」

 ゼンベルがそう言いかけたところで「はい、そういうこと言わなーい」と頬をロップ中尉に引っ張られる。

「いっっった!なにすんだ!」

「私達そういうのけっこう気にしてるんだから、やめてよねー」

「んあ?あぁ、そうか。す、すまん」

 ゼンベルがロップ中尉に謝ったタイミングで「お待ちどう様でーす」とジョッキが各自のテーブル上にそれぞれ置かれていく。

「うおおっ!来たなぁー!」

 ゼンベルはたいそう嬉しそうにそう言う。

「んじゃ、とりま捜索部隊結成記念でぇ~かんぱぁ~い!!!」

「「「かんぱーい!!!」」」

 ジェディの乾杯の一声に合わせて、一同はジョッキを勢いよくぶつけ合う。



 ―――店に訪れ数時間が経つ。

「うーし、そんじゃそろそろ次の店。いくんべぇ」

 ジェディ大尉は決め顔でそう言うとレオは顔を引きつらせる。

「んん......いやぁさすがにこれ以上は......」

「あぁ?なーにいってんだレオ、まだまだここからだろぉ?」

 ゼンベルはそう言う。

「いやぁでも......」

(部屋に放置してたソレイスの事が気になるしな......)

「―――やぁ君達、見ない顔だねぇどこから来たのー?」

 レオの背後からその男は急に話しかけてくる、その体格は勇ましく、シャツ一枚で腹筋を露出させたかなりのイケイケ男だ。

「おや、イケメン登場」

 ロップ中尉はそういうとその男は「どうもー」と手を振る。

「今、ちょっと別の店行くみたいな話聞こえてきたんだけど、よかったらさぁ俺のお気に入りの店のとこ行かない?マジいいところあっからさぁ!どうよ?」

「あーいや実は......」

「よし、その話のるべ!」

 レオがその誘いを断る前にジェディがその提案に乗っかってしまう。

「いいじゃんいいじゃん?人数は多い方が、いいべぇ?」

「いやそうじゃなくて......」

「まぁいいじゃねぇかレオ、俺達にとって飲み会なんざいつだって出来るってわけじゃねぇんだからよ。いまのうちしか楽しめねぇよ?」

「まぁそうだが......」

「よし、決まりだな!店前で待ってから」

 その男はそう言うと、この場を去った。

「なんていうか、正門前の待ち合わせをしている軍人達もそうだが、この地域の人々はなんだか陽気な人が多いんだな」

 レオがそういうとロップ中尉が反応する。

「んーそうかもねー、こんくらい軽いノリじゃないとこの辺じゃ生きづらいってのもあると思うけど」

 そう言ってロップ中尉はジョッキに残っていた最後の中身を一気に飲み干す。

「さて、行きますかー」

 ロップ中尉は笑顔でそう言うと、レオは思わず頷いた。

「いまのうち、か」

 ゼンベルの言葉に改めて内心押されるような形で、レオは大人しくジェディ達についていく事にした。


 店を出ると、あの男が言っていた通り店前で待っていた。

「―――お、来た来た!それじゃ早速いこうか!俺の名前はキラーテだ、よろしくな!あんた達は???」

「おれっちはジェディ、んでこっちがロップちゃんで~、このでかいのがゼンベルさん、そんで奥のが......」

「レオッち!」

 ロップ中尉はジェディ大尉の言葉に言い被せるようにそう言う。

「うぉ!いいねぇレオッちだ!!!」

 ジェディ大尉はロップ中尉のそれを難なく採用する。

「えっ、なに......。レオっち?なんだその『ち』って......」

 レオはその呼び名に困惑していると、横でゼンベルがからかうように笑う。

「おうおうレオかわいそうになぁ、キショい名前つけられてやんの!」

「いやキショくないから、かわいいから」

 ロップ中尉が割と冷徹なトーンでそう言うと、ゼンベルは「あっ、すまん......」とすぐにそう言い放った。

「ふーん、レオっち。ねぇ......」

 キラーテはそう言うと鋭い眼光でレオを見つめる。

 そう遠くない場所までキラーテと何気ないこの地域にまつわる会話を交わしながらしばらく歩いていると、心なしかあまり人気のないところにまで来ていた。
 キラーテは見えてきたある店に指を指す。

「そこだよ」

 とキラーテは短くそう言う。しかしレオは、その店からどことなく湧いた違和感を感じ取っていた。
 周辺に物理的な人けのなさというべきか、人なら誰しもが持つヘラクロリアムの名残りのようなものがこの店からはそれがまるで感じ取れないのだ。だが店からは確かに人の声はするし、人影のような物も見える。

「うーし楽しみだべぇー!二次会すたーとぉ!!!」

「いぇーい」

 しかしヘラクロリアムへの敏感さで言えばジェディ大尉やロップ中尉の方がはるかにレオより感度では優れているはず、しかしこの二人がこの違和感に気づく気配はない。

「気のせい......なのか......」とそう違和感をレオは片付けようとする。

 キラーテはレオがゼンベルと共に店の方に入っていこうとするのを確認すると、手中から即座に銀に煌めくソレイスである短剣を、即座に顕現させそれを振り上げる、そしてそのままレオのうなじをめがけて勢いよくそれを振り下ろそうとする。

「―――こんにちわ、五人仲良く今から飲み会ですか?いいですね、とても」

 キラーテは背後から聞こえてきた予想外のその声掛けに思わず振り下ろすのをやめ、その人物の方に目線を慌てるように振り向ける。
 ジェディ大尉達やレオもその聞き覚えのある声の主の方へと一斉に視線を移す。

「ま、マギさん......!?」

 その予想外の人物の登場にレオは思わず名前を叫ぶ。

「マ、ギ......?」

 キラーテはそう小声で漏らす。
そしてキラーテは恐る恐る振り返り、マギの方を向く。そしてそれをマギはただひたすらにキラーテの顔を、澄んだ右の瞳で見つめ返す。



[43110] 第75話 エイヴンズサーヴァント
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/04/06 01:58
 ―――突然の遭遇にレオは慌てて取り繕うように口を開く。

「あ、あのぅマギさん......!これはちがくてですねぇ......!」

 レオが情けなく隠せもしない飲み現場を必死に手をふって言い訳を考えようとするが、それを悉くジェディ大尉が打ち砕く。

「あっ、ちっすマギすぁん!いまから一軒前で仲良くなったキラーテさんに押しの店紹介してもらうとこでぇすYO!マギさんもどぅーですか???」

 ジェディ大尉がそう言うと、隣にいたロップ中尉は何とも言えないような表情でジェディ大尉をじっと見る。
 ゼンベルはマギの登場に特に気を止める事無く、店に入る事だけに集中して浮かれた顔をその場で堂々と表す。

「あら?そうなんですかジェディ大尉。それはさぞ楽しそうですね、でもその予定は今すぐ取り消す事を推奨しますよ。ねぇ?【エイヴンズサーヴァント】の、キラーテさん?」

 マギは満面の笑みでそう言うと、レオ達は状況を理解できずに動揺する。

「えっと......、えいヴん......?ど、どういうことですかマギさん......?」

 レオがそう言うと、キラーテが遂に口を開く。

「ふーん......、俺としたことが。やっちまったみてぇだな、これ。釣りか......?」

 キラーテは冷ややかな目線をレオに送ってそう言うと、レオは足を一歩引いて現在のまずいであろう状況をなんとなく瞬時に察する。

(どうするか、とりあえず全員やるしかねぇかな)

 キラーテは内心でそう悟ると再び右手をゆっくりと振り上げる。

「待ってくださいキラーテさん、こちらとしても手荒な真似は望むところではありません。ただ、貴方の主の居場所を教えて頂ければいいのです。どうですか?貴方も望んでエイヴンズサーヴァントなどになったわけではないのでしょう?彼女に義理はないでしょう」

 マギがそういうと、キラーテは振り上げていた右手をゆっくりと下ろす。

「いうわけないでしょ、美人さん?」

 ―――一間置いてそう言うと、キラーテは尋常ではない速度で再び腕を振り上げ瞬時にソレイスの短刀を顕現させる。
 その瞬間を一目瞬時に観測したジェディ大尉とロップ中尉は、先ほどまで浮かれたような様子からがらりと顔つきと雰囲気を変えて、それぞれ条件反射的にソレイスを展開するとレオに瞬間的に駆け寄る。

 キラーテはレオを標的に短刀を振り下ろそうとしている。
 それは通常であれば人間の運動神経では到底反応することの出来ない速さの領域だが、ヘラクロリアムの恩恵を得たレオはその振り下ろされようとしている鋭利な短刀の一刀をしっかりと認識する事が出来る。

 認識し、反応するレオはキラーテの短刀と長い腕のしななやかなで長い間合いからから瞬時に数歩で離れ、ジュディ大尉とロップ中尉と入れ替わるように立ち位置を変更する。

「コイツ......!動けるのか......!?」

 キラーテはレオの身体能力に驚愕していると、それに浸る隙もなくジュディ大尉とロップ中尉のそれぞれの洗練されたソレイスの一撃が胴体に目掛けて刺し込まれてくる。

 しかしキラーテはジェディ大尉のソレイスを左足でソレイスの側面を突くように容易く薙ぎ払い、ジュディ大尉をソレイスごと近くの建物まで吹き飛ばすと、次に短刀でロップ中尉の一撃を受ける。
 吹き飛ばされたジェディ大尉は即座に意識を失い手元からソレイスが消失する。

(動き早すぎ......どうなってるのこの人......こんなの並大抵の覚醒者どころじゃない......)

 ロップ中尉は内心でそう言うと、なんとか数撃を凌ぎそのまま一旦レオの位置まで距離を取ろうとするが、その瞬間にキラーテに右手を掴まれキラーテの方に引っ張られる。

「えぇっー!?」

 ロップ中尉は驚く様子でそう声をあげると、キラーテとロップ中尉の顔がかなり近づく。

「悪いんだけど、すこし眠ってて欲しいんだお姉さん」

 キラーテはロップ中尉にそう囁くと、短刀の頭側で勢いよくロップ中尉の腹部を打撃する。
 その衝撃のショックでロップ中尉はジュディ大尉動揺に気絶させられてしまう。

 気絶させられたロップ中尉の体をキラーテは丁寧に地面に寝かせると、顔をあげてレオを睨み、マギのほうを向く。
 そして刹那の一連の出来事で起きた打撃音と店の喧騒が幻影でも見ていたかのように消え失せると、ようやくゼンベルは後ろを振り返る。

「えっ、てっ、なっ!?なんだぁ!?何が起きたぁ!?」

 ゼンベルは慌てて銃を出そうとするが、腰に手を当てて丸腰であることに気づく。

「うあっ、やっばぇな。おいレオ!俺達丸腰だぜ......」

 ゼンベルはレオの方をみてそう言う。

「わりぃなゼンベル、丸腰なのはお前だけだぜ」

 レオはそういうとベリゴリオのソレイスを右手に顕現させる。
 それを見たゼンベルは開いた口が塞がらないと言った様子でレオを見る。その反応に気づいたレオは「あ、あとで話す......」と短く言う。

 しかし、キラーテはソレイスを展開させたレオに気を取られる様子もなく一直線にマギの方へと突進をする。

(あのレオとかいう標的は測量するに身体能力は並みの覚醒者以上の力量はあるようだが、肝心のヘラクロリアムがあまりに乏しい。奴一人と周りの雑魚なら簡単に処理できるとは思うが、問題はこの女だ。なぜ俺がエイヴンズサーヴァントであることを知っている、現れたタイミングといいこいつを放っておくのは余りに危険だ)

 キラーテは突進させた勢いに任せて、そのまま短刀をマギの体にねじ込む様に腕を大きく振って切り込もうとする。

「―――あなたでは、お話になりませんよ」

 マギは短くそう言うと、斬りかかってきたきキラーテを容易く地面に組み伏せる。
 地面に勢いよく叩きつけられたキラーテは目を見開いた様子でマギをあおりで横目で見る。

「あっ......、ありえない......。俺がこんなに簡単に押さえつけられるなんて......。ははっ、あんた一体なにもんだよ......」

 キラーテにそう問われたマギは細やかな笑顔を作る。

「唯のしがない一般司法書士ですよ」

 その問いにキラーテは呆れた様子で声を漏らす。

「んなわけねぇ......」

 キラーテをマギが押さえつける様子を傍でみていたレオは口を開く。

「マ、マギさん......!えぇと、なにか手伝い要ります......?」

 レオはそう言ってマギに近づこうとする。

「君はそこを動かないで」

 マギはレオの方を見て一言冷静にそう言うと、その一瞬の隙を見たキラーテがマギの組み伏せを解いてマギを突き放す。
 すると、キラーテのソレイスがやがて閃光を帯び始めるとそれが空間に放射され、その短剣から生み出したその幻影は閃光弾のような効果を生み出す。
 その瞬間にキラーテはその場から勢いよく飛び上がり、ここから立ち去ろうとする。

 ふとキラーテが元居た場所を空中から見ると、閃光の中でも平気でこちらを見つめるマギの姿がそこにあり、軽く恐怖感をキラーテは抱く。

「なっ......!?あの女はやべぇ......!!!」

 そう言ってそのままキラーテは人離れした脚力でそのまま飛び去ろうとするが、マギがそれをただ黙って逃しはしなかった。
 マギは左目に巻かれていた眼帯を上にずらすと、そこからは崇光な朱色の輝きが宝石のように放ち始め、その瞳には形容し難い紋様が刻まれている。
 その瞳に捕えられたキラーテは、背中に軽い火傷のようなものが出来上がる。

「っ......!あっつぅ......」

 しかしキラーテは特段にそれに気を止める事無く、速やかにこの繁華街の地を去って行った。
 そしてマギは眼帯を元の位置に戻し、ジュディ大尉やロップ中尉の元へ近寄る。

「えーと、うん。特に外見に目立った損傷はなさそうだね。大尉は頸動脈洞、中尉は内臓へのダメージで迷走神経の過緊張を引きこされたみたい。まぁ君達は丈夫だしすぐに意識を取り戻すとは思うけど......。あっ。悪いけど二人を基地まで運んでくれますか?」

 マギはレオとゼンベルに目線を向けてそう言う。

「はっ、はい。分かりました......」

 レオは顕現させていたソレイスの展開を解く。

「なんか、すげーもんいっぱい見た気がするなぁ」

 ゼンベルはいつもの調子でそう言うと、ジェディ大尉のそばによって「やれやれ、もうパーティは終わりかぁ」と言いながら彼を背負う。
 そして必然的にレオはロップ中尉を背負う事となる。

「わりぃゼンベル、なんかまた厄介事に付きまとわれてるみたいだ俺」

 ロップ中尉を背負ったレオは、そうゼンベルに言う。

「あぁん?どうともおもってねぇよ今更な、レオのそのソレイスの事だってそんなに驚いちゃねぇが、詳しい話は一回戻ってからだなぁ」

 ゼンベルはレオにそう返すと「あぁ」とレオは返す。
 レオとゼンベルは二人を背負ったまま、マギに
 ついていきながら余り人気のない道を通っていくと、やがて大通りの方へと出る。

「そこの道路の道端まで運んでもらえればいいから、後は連絡して基地の人が迎えに来るので。えぇと、君たちはどうしますか?」

 レオとゼンベルはマギにそう問われ、一瞬脳裏に飲み直しの単語が過ったが、マギの真意を捉えられないその言葉の声音に怯えたレオとゼンベルは声を揃って言った。

「「帰らせていただきます......」」














[43110] 第76話 マギの瞳
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/05/11 16:53
―――レオとゼンベルは意識を失ったジェディ大尉やロップ中尉を迎えに来た二両のうちの移送車両に乗せ、それを追従する形でマギ等と共にもう一両の車両に乗り、第五前哨基地へと帰る順路へと至る。

「なんか送ってもらってすんません......」

 レオは車両の中でマギがセントラルから連れてきた傍付きの兵士である運転手に向かってそう言う。

「―――いいえ、お気になさらず」

 そう運転手は冷ややかな態度でそう答えた。

「それにしても、災難でしたね。せっかくの飲み会が台無しです」

 助手席に座っていたマギは窓の外を眺め、なにかを追うように顔を微動させながらそう言う。

「えぇ、まぁ......。結果的にはあいつを逃がしちゃいましたし、マギさんも来てくれたって言うのに面目たちませんね、ははっ......」

 レオはそういうと後部座席のレオに隣に座っていたゼンベルは渋い顔をする。

「んー......、だがよぉ。ジェディ大尉とロップ中尉、少なくとも二人のイニシエーターがいたってのにあの細マッチョ野郎に一ミリも敵わなかったってのはどうよ......。それにマギさん、あんたが急に現れたのも、おらぁ気になるなぁ?そしてあんたぁ、間違いなく尋常ではない実力の持ち主......だろ?イニシエーター二人係でどうもできなかった奴を、あんたは単騎で、しかも素手で組み伏せやがった。そんなあんたが奴をみすみす逃したとは到底おもえねぇ......」

 ゼンベルは怪訝そうな雰囲気を醸し出しながらマギに向かってそう言う。

「おいゼンベル......」

 レオはゼンベルに何かを言いかけるが、ゼンベルのその問いかけは至って的確なものであり、そしてその疑問はレオにも共通して持ち得ていたものだ。
 このわずかな沈黙の後、レオはマギから回答が来ることにかすかな期待を設ける。

「ゼンベル少尉、あなたの疑問は的確です。まず最初にネタ晴らしを言っておくと、今回の私達の本命はついさっきの彼の方で、実はアステロイド領域捜索部隊失踪云々にはあまり関心がありません。もちろんアステロイド領域辺境調査の任務そのもは存在していますが、それが真の目的ではない。私達の目的は単純明快、第二の人外終局者『ラス・エイヴン』を捉え、またそれを楽園に収容すること。それが私達がここに足を運ぶ理由、そして君たちが会ったあの男、キラーテ・ペリデスはその従者たるエイヴンズサーヴァントの一人です。それと、私が彼をわざと逃がしたように見えると言いたいようですねゼンベル少尉、実際その通りです。彼には私が接触し、直接発信機のようなものを仕掛けさせて頂きました。彼にアジトを案内してもらうために」

 意外にも淡々と説明するマギの話に、レオとゼンベルは多少驚きながらも大人しく傾注する。

「よくわからねぇけど、とりあえず踊らされてるってのは分かります......。それにエイヴンズサーヴァント......?ってのは?」

 レオはそう聞く。

「第二人外終局者ラス・エイヴン固有の特異的な能力によって生み出されたディスパーダの事を総称してそう呼びます」

「ディスパーダを、生み出す......!?」

「そんな事が可能なのかねぇ......?話にしか聞いたことがねぇが、ディスパーダ。いわゆる覚醒者ってのは全て先天的なものなんだろぉ?」

 ゼンベルがそう問う。

「えぇ、基本的な認識としてはそれが正しいですよ、ただし。やはり例外というものが世の中にはある、そこの彼のようにね」

 マギは助手席から振り返ってレオの方を見る。

「正確には、彼女がディスパーダを生み出すと言うのは適切ではないかもしれませんね。ディスパーダと言っても、一般人をディスパーダに一時的にしか変身させる事のできないトランスディスパーダタイプのもので、永続的なものではない。トランスディスパーダタイプの変異者なら実はそこそこ後天的なものとして世の中で発見されてはいます、公にはなってないだけでね。ただ、それらと比べても彼女の作りだすトランスディスパーダは特殊でね。今私達が分かっているのは、彼女自身のヘラクロリアムをその人物に分け与えてトランスディスパーダにしているということです。そうして作りだされたトランスディスパーダは並みのディスパーダ等と比べても強力な力を得る特殊な個体である事から、私達はエイヴンズサーヴァントと呼称する事にしました。それが彼、キラーテの正体」

 マギが一通りそう言うと、ゼンベルはうねり声を上げながら前のめりになっていた姿勢を席に体勢を預けるように戻す。

「ふむ、あんたの目的や奴の正体は分かった。だがなぜ奴はレオを狙う?」

 ゼンベルはマギにそう問う。

「簡単な話です。彼女、エイヴンは色欲魔であり、共和国全土から後天的なディスパーダの潜在能力を秘めた人々、特に美青年を攫っては自らの僕とする趣味をお持ちの方です。そしてそれらの攫う仕事をエイヴンズサーヴァントが担っているんですよ、共和国各地に出没するエイヴンズサーヴァントの出現傾向から本体の居場所を暫定的に割り出した結果、どうやらセクター32付近のバスキア戦線の外側に彼女が身を置いているであろうという試算が我が機関で立ち上がったのです......」

「で、なんでレオが狙われるんだ?美青年と呼べるようななりじゃねぇだろ」

 ゼンベルはマギに鋭く切り込む様に問い詰める。

「まっ、まぁそうだがそう言われると傷つくな......」

 レオはゼンベルのその言葉にふてくされたかのように肘を窓の淵に掛ける。

「ふむ、そうですか?容姿としてはそこまで悪い方ではないと、個人的には思いますけどね。確かに美青年?とはややカテゴリーが違うような感じではありますが。まぁその問いの答えも簡単です、私達が彼女と取引をしている共和国内部の通商ルートを使って君の情報をリーク、つまり売ったからです」

 マギはそう爽やかな物言いでそう言いきると、レオとゼンベルは思わず固まる。

「えっ、あっ。は?売った?俺、売られてたのか?」

「あぁ、勘違いしないでください、私達が情報を渡す前から彼女はあなたに目を付けていたようでしてね。どうやら共和国軍の内通者、おそらくはアンバラル勢力ですが、彼らを通じてあなたのことを知ったエイヴンがあなたをほしがったようで、あくまで私達はその情報を仕入れて逆にこれを利用して彼女の居場所を割り出してやろうと思ったまで。私達がリークさせたのは君達レイシア隊が任務でセクター32に向かうというところだけで、それ以上は特に何もしてませんよ」

 レオはそれを聞くと、複雑な感情をマギに対して抱きながらもひとまずは心の安寧を得る。

「ほう、そうかい。しっかしまぁ、よくあの瞬間、あの男に発信機なんてものつけられたなぁ?あんたほんと何者なんだぁ?」

 ゼンベルはマギにそう聞くと、マギは一間置いて答える。

「ただの司法書士ですよ」

 マギはそう言った後、何かを追うように再び窓の外に顔を向ける。

(ふーん、そんなところに居たんですね。ラス・エイヴン......)

 マギの視線は、旧セクター33方面の樹海へと向けられていた。











[43110] 第77話 消失する遺物の力
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/05/11 16:52
 ―――レジオン戦役の一件以来、財団を追放された元財団当主リ・イリーナセラフ・オレリアことクロナは、卿国のアーデバント王国領ギリア領域の近くに構えた別荘に、壊滅したクロナ直属部隊オレリアンクロイツの生き残りと共に事実上の活動拠点としてここに居所を移していた。

 ただっ広い平原の中にぽつんと建てられたその別荘の周りには、これ以外に建造物などなく、ここから一番近い都市でさえ気軽に通えるほどの距離にはない。
 だが立地としては申し分ない場所のはずであるが、ここに人気がないのには大きな理由がある。

 それはもちろん、ギリア領域の存在だ。

 未踏査領域に指定されるギリア領域は、その由来未知の遺物の巣窟である事から全世界の歴史研究者や考古学者たちによる圧倒的な支持のもと世界の共有財産であるとされ、当該領域はギリア領域不可侵条約によって保全されている。
 故にいかなる国家によっても侵害されず、また個人によるギリア領域への干渉もギリア領域保全委員会の承認がなければその領域に踏み込むことすら許されない。

 しかしそんな中でも若いながらにその手の界隈では有名であったクロナは、普段考古学者として活動し、自らの発掘隊チーム【オレリアンクロイツ】を率いて様々な道の遺物を発掘してきた、黒滅の四騎士の遺物の発見と回収も本来は彼女たちによる手柄であった。

 そんな彼女の考古学的活動の功績が評価され、彼女はギリア領域保全委員会から特別調査部隊のお墨付きを手に入れていた。
 それ故に彼女はこうしてギリア領域の付近に別荘を公的に構え、意図せずして不可侵条約に身の回りの安全を保障されたこの地に戻る事が出きたのだ。

 かのセラフ財団の力を以てしても、全世界の考古学的叡智が結集する多国籍独立機関を侵害する事は出来ず、クロナを始末したい財団は、ギリア領域の外側から指をくわえて彼女を眺める事しかできない。

 昼頃に爽やかな目覚めを迎えたクロナは、ベッドから起き上がり軽く着替えを済ませる。
 リビングに向かうと、そこには執事役に徹したオレリアンクロイツ調査班の一人が居た。
 キッチンに居た彼はクロナに気づくと、無言でコーヒーを淹れはじめる。
 クロナはそれを見ると、リビングの用意された巨大なソファに腰を掛け、ホログラムディスプレイモニターに電源を入れる。

「そういえば、例の成年から回収した四騎士の遺物......あれはどうなった?」

 クロナはその男にそう言葉を投げ掛ける。

「クロナ様......、まずそのことよりも昼頃に起床されるその習慣、どうにかした方がよろしいかと思われます......」

 その男はそう言いながら、淹れたコーヒーをクロナの前に持ってくる。

「んー、無理」

 クロナはそう短く返事をすると、その男は頭を抱えながらキッチンに戻る。

「それで?どうなったの?解析は進んでるの?」

 クロナは畳みかけるようにその男に言葉を投げ掛ける。

「いや......それが......」

 その男は言葉に詰まっていると、クロナはようやくその男の方に目線を向ける。

「......?どういうこと?遺物のヘラクロリアム組成パターンを浮かび上がらせるだけなら時間は掛かれどそんなに難しい解析ではないはずだけど......」

 クロナはそう話すと、置かれていたコーヒーを一口飲む。

「そうですなぁ......実際に研究室に見てもらいに来た方が早いでしょう。そちらの方が私が口で言うよりも説得力があるというもの」

 その男はそう言うと、クロナは何やら思慮を巡らせる様子でいる。
 すると、クロナは手元に置かれていたコーヒーをいきなり一気に口にした。

「そうね、見てみましょうか」

 クロナはそう言うと、颯爽にそこから立ち上がり自室へと向かう。
 そこで軽く白衣に着替え身だしなみを整えたクロナは、別荘の地下に建設された研究施設へと通づるエレベーターにへと向かう。

 エレベーター前には先の男がクロナの到着を待っていた。
 その男は、クロナが到着するとエレベーターの扉を開け、共に例の成年から回収した四騎士の遺物が待つ地下研究施設へと向かった。

 クロナは地下研究室に着くと、数人の地下に居た調査班がモニターを睨みながら何やらを話し合って場面を見つける、それにクロナは駆け寄った。

「で、どうだったっていうの。解析の結果は?あっ、一先ず長時間の解析お疲れ様でした、休みながらでいいので教えてください」

 クロナはそう言うと、その調査班の人たちは丁寧に頭を下げて付近の椅子に腰を掛ける。

「クロナ様、まずはこれをご覧ください。各四騎士達の得物たる遺物のヘラクロリアム組成図です」

 調査班の人物がそう言うと、正面の大きなモニターに四つの四騎士達のソレイスの設計図面のようなものがそれぞれ映し出される。

「うーん......なんて複雑な組成体系なの......。さすがは古の英雄達と言うべきかしら、並みのソレイスとは訳が違うようね。よくここまで複雑な組成体系を持つソレイスを練り上げたものね」

 クロナは映し出されたその組成体系を眺め、深く感心する様子を見せた。

「えぇ......一つ一つがまるで巨大企業のオペレーティングシステムソースコードそのものですよ、人が一生をかけても全容を理解できるかどうか......」

 調査班の一人が感心と絶望にも似た感情を複合させながら、それを言葉に乗せてそう言う。

「これを眺めるだけでもすごいけど、別に何かまだあるんでしょ?」

 クロナはそう言うと、モニターの操作を担当していた調査班の一人は無言で頷き、映像を切り替え始める。

「以前、我々が遺物を回収した際には、四騎士達の遺物には古のヘラクロリアムの力が凍結して保存されていることが分かっていました。しかし......体系図を掘り起こす過程でそのヘラクロリアム濃度を計測したところ......」

 各遺物のヘラクロリアム濃度を示す映像が映し出されると、クロナは目を見開く。

「濃度ゼロ......?本当に全て、ゼロなの......?」

 クロナは多少声を震わせる様子で調査班にそう聞く。

「はい......、この四騎士達の全ての遺物からは、既にヘラクロリアムの恩恵が失われています......」

 調査班の一人がそう言うと、クロナは思わず近くの机に腰を付かせる。

「そんな......、組成体系が分かった所で、彼らのヘラクロリアムがそこに保存されてなければ、こんなのはただの武器の形をした無機物の集合体......。これじゃあレプリカ......ね」

 クロナはそう言って肩を落とすが、調査班の一人が口を開く。

「確かに彼らのヘラクロリアムがなければ、この組成体系の一部分でさえ実行することはできません......。ですが、ある大きな前提的な疑問点が残ります......」

 調査班の一人がそう言うと、クロナはその疑問が何であるか分かっていたかのような様子で「うん、分かってます」と言う。

「であれば、なぜこのソレイス達は今も尚その姿を保っていられるのか?って事よね」

「はい。普通、ソレイスは顕現化させた当人の手元から一定時間放れれば、組成の情報が伝わらなくなり、いずれそのままでは空間に離散、帰《き》すはずです。四騎士達の遺物の場合は、それは彼らのヘラクロリアムが凍結した形で保存されていた事によって、こうして顕現を保っていたはずなのです。では、なぜその恩恵を失ったはずの四騎士達の遺物は今もこうしてその姿を顕現させているのでしょうか?」

 それを聞いたクロナは、顎に手をやって少しの間考え込む。

「これらのソレイスの顕現プロセスが特別に私達の知る法則から逸脱しているのか、もしくは......何者かによってその法則が歪められているのか......。後者となると......」

 クロナは何かが紐付いたかのように、顔をピンと天井に向ける。

「この遺物達の最後の接触者......。帝国との紛争を終結に導いたその一人、例の特異点と呼ばれていたあの成年......レオくん。あの子が干渉したせいで遺物達本来の法則が乱されたってことなのかしら......?彼の能力に関しては、未だ私は知り得てないけど、よくある人外終局者のいつものやつかと思ってたら......どうやら、ちと違うようね......。正直侮っていたわね、彼の可能性を」

 クロナがそう語ると、付近の調査班の数人はそれに頷く。

「我々も、この不可解な現象には彼が関わっている可能性が高いと考えます。これは推察ですが、もしかすると何らかの作用で、接触時に彼の中に四騎士達のヘラクロリアムが移譲してしまっているのやもしれません。彼に関する調査が必要でしょう」

 調査班の一人がそう言うと、クロナは頷く。

「そうね、そうなんだけど......」

 クロナは歯切れの悪い様子でそう言う。

「肝心の彼の場所、見張りを念のため付けさせていたのだけど、途中から姿をくらませたようでね.....。共和国の中央セクターに連れてかれているというのは分かるんだけど......、まぁ大して注視してたわけでもないから見張りは引かせちゃったし......、今からまた探し出すにも人手がね......」

 かつて32名の精鋭隊員が居たオレリアンクロイツは、今となっては数名程度の小規模採掘隊に過ぎなかった。

「では、彼が最近レジスタンスで共闘したと言う何人かの人物に接触してみましょう。何か手がかりを得られるやもしれませぬ、まぁその人物たちの大半は今となっては帝国の重鎮の立場にあるようですが」

 調査班の執事役に徹していた男がそう言う。

「うん、それが良さそう。それなら私も少しだけ彼らとは面識があるからね、レオくんの話を持ち出せば少しはこちらに聞く耳をもつでしょう。なんだって彼らにとって、レオ君は救世主なんだから」

 クロナはそういうと、改めてモニターのディスプレイに映し出された遺物達の組成体系図を眺めた。





[43110] 第78話 新皇帝エクイラ
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/07/07 18:42
第79話 新皇帝エクイラ
 ―――帝国の新皇帝エクイラは、枢騎士評議会の崩壊後。

 旧アンビュランス要塞枢騎士評議会会議室跡地に新設された帝城、その謁見の間においてしばらくその身を置き、豪華に彩られた席で皇帝の業務を日々こなしていた。

 反共和国による反皇帝派への対応、帝国領西部に集まりつつある新レジスタンス軍誕生の兆し、新議会発足後の議会メンバー承認の儀と数時間おきに始まる定例枢騎士会議、軍組織再編成による軍費増大、それに伴う各種予算案の承認......。覇権思想教育改革から共和国同調路線の為の政府改革、センチュリオン・ミリタリア社と枢爵との間に交わされていた極秘安全保障業務提携の全貌解明、新政府樹立後の皇帝の仕事に休まる時などなかった。



「―――ふぅ、取り敢えずこの書類は片付きましたわ。ところでアイザック議長、ドクター・メルセデスはいつ頃ここにおいでになられるのでしょう。尋問枢騎官の運用の取り決めを早めに終わらせてしまいたいのですが......」



 尋問枢騎官、それは枢騎士の中でも特にヘラクロリアム感応に優れたもの(センシティブ)が成る事の出来る、枢騎士の枠からは独立した帝国全土の覚醒者、特にレイシスの秩序保安を行う者たちだ。

 レイシスは負の感情の利用するその性質から、野放の訓練されていない自然発生的レイシスは暴力的かつ残虐極まりない人格者である事が殆どであり、秩序保全の為に放っておく事が出来ない。

 レイシスは生まれた時から特別な訓練もないままでいると、カロマ性レイシスと呼ばれるものに変質する可能性があり、通常のレイシスよりも残忍かつ暴力的になる。

 この組織がなかった以前に、帝国内から最高司祭・破君主グスタファによってカロマ大教団と呼ばれるカルト組織を誕生させてしまった事から、その反省として設立されたもの。



 また、幼少期に覚醒した子供たちを帝国全土から発見し、強制的に教会に徴兵する役割も担っていた。

 ここでメルセデスの提言により、強制徴兵は廃止して新たに教会内部での覚醒した子供たちの為の専用の教育機関を設立する案が出された。

 覇権的思想が染みこんだ国民性を急には変えることは出来ない、徐々に、単に戦争の為の道具としての扱いを取りやめていく、最初の一歩として。

 その教育プログラムを担うのは感応に優れた尋問枢騎官であるとし、その具体的な施策をこの後行う予定だった。



「―――彼ならもう直ぐ来るでしょ、ファッションに手間取ってんですよ、あのボンボン頭のね、まぁああいう天才肌に遅刻癖はつきものというものです、皇帝陛下」



 エクイラの近くで同時に書類仕事を行っている新議長アイザック大佐はそう言った。



「ぼんぼん頭......?ふむ、あれはファッションだったのですね。私とした事が、なぜそこまで気が回らなかったのでしょう。深く反省致しますわ......」



 エクイラはアイザック大佐からの言葉を素直に受け止める気に病んでいると、黙々と再び手を動かした。

 それをみたアイザック大佐は何かを言いかけたが、下手の事は言うまいと口閉じる。



 すると、謁見の間に数回のノックが掲げられた旗を揺さぶる様に広く響き渡る。



「―――皇帝陛下!只今ドクター・メルセデスがご到着されました」



 謁見の間の巨大な扉の外から、近衛兵の声が内部に響く。



「分かりました、入室を許可します。お通しになってください」



 エクイラはそう言うと、それを聞いた近くに居る傍付きの護衛枢騎士は扉の方に向かい、その内容を近衛兵に伝える。

 そして扉が緩やかに開かれると、一人の白衣を着た人物が謁見の間に入ってくる。



「―――これはこれはエクイラ皇帝陛下殿......。この度は遅くなり申し訳ございません。それにしても相変わらず謁見の間で働きづめとは......熱心ですなぁ」



 メルセデスは軽快な口調でそう言うと、エクイラは微笑み返す。



「ふふふ、ここで公務を行った方が効率が良いのですよドクター・メルセデス。一々何かある度にこの場に足を運ぶのも、些か面倒でございましたから」



「いやぁなるほどなるほど!時に人は儀礼なんかよりも合理的であるべきですものなぁ~!いやぁ帝国の新時代を象徴するグッドライフワークですぞ~陛下!」



 エクイラはメルセデスのその言葉に苦笑いで返すと、メルセデスは「なるほどなるほど」と謎に連呼しながら、用意されていた席に勢いよく着く。

 傍にいた護衛の枢騎士は「無礼な」と言葉を漏らす。



「では早速ですが陛下、この度は教育プログラムの施策案をいくつか―――」



 メルセデスがそう言葉を続けていると、突如銃声が帝城の外から鳴り響き、メルセデスの言葉を横切った。



「――――な、なんだ!?何事だ!?」



 アイザック大佐はその場で立ち上がり、近くの護衛の枢騎士に状況の確認を取るよう目線で伝えた。



「ふむ?戦闘ですかな?」



 メルセデスは顎に手をやりながらそう言う。



「馬鹿な、ここは帝城だぞ!どこの命知らずがここまで攻めてくるって言うんだよ」



 アイザック大佐はそう大声で言うと、エクイラはその場で俯く。



「反皇帝派、でしょうか......。だとしたら、武力で政権を勝ち取った私達が今更彼らを糾弾する等とは、出来るはずもありません......」



「陛下......」



 アイザック大佐はエクイラに掛ける言葉が思い当たらず、そのまま静止する。





「―――おい止まれ!ここをどこだと心得ている!」



 帝城の敷地に我が物顔で侵入し、帝城臨時警備隊に囲まれた一人の女性の姿が前広場にあった。警備隊からの呼びかけを聞かないその女性は警備隊からの発砲を堂々と受ける。

 しかし、その銃撃は彼女に着弾する寸前に目に見えぬ何かに弾かれており、彼女に通常兵器が通用しない事を警備隊達は粛々と感じつつも、彼女の歩みを止める為の抵抗を続ける。



「―――まぁまぁそう興奮しないでください兵士の皆さん。ちょっとここのお偉いさんに用事があるだけなんですから」



 彼女がそう言ってる間にも、警備隊からの携行対戦車ロケット弾の攻撃を受け、彼女の姿は煙に包まれる。



「ちょっと、煙いのはやめて欲しいんですけど」



 その女性は煙を手で振り払い、複数のロケット弾の攻撃を受けても尚、無傷の姿がそこにあった。

 警備隊は彼女が何らかの覚醒者で、近距離空間障壁・Sフィールドで攻撃を防いでいると算段を立てるが。

 仮にそうだとしても限度がある、通常のレイシスやイニシエーターですら通常兵器の集中砲火は危険だというのに、彼女には一切動じる様子はない。



「―――ラークに応援要請、緊急事態だ。覚醒者単独の襲撃、我々では足止めすら敵わない......」



 隊長識別のカラーリングを施した装備を着込んだ警備隊長は、通信機で中央本部に連絡を取りそう伝えると、歩みを止めない彼女の前に立つ。



「どいてくれる?争いは好きじゃないのよ」



 彼女はそう言うと、警備隊長は苦悶の表情をし、無言で道を譲る。



「―――クソが......」



 彼女が傍を通り過ぎると、警備隊長はつかさず振り向き、彼女の後頭部に目掛けて数発の射撃を行う。だが、案の定それは全て障壁に防がれる、遂には警備隊長はその銃をゆっくり下ろして、その場をただ静観するに留めた。



 彼女はやがて帝城内に侵入し、大廊下の真ん中を堂々と歩いて何かを探すように奥を目指す。

 すると、彼女の進路の先に一人の少女の人影が現れる。



「あら?こんなところに女の子が」



 彼女はそう言うと、彼女の前に立ちはだかった少女の人影、旧第十一枢騎士団・団長ダグネス・ザラは人工ソレイス、イレミヨンを無言で両手に構える。



「―――貴方の目的は何ですか」



 ダグネスはそう短く彼女に聞く。



「やっと話の分かりそうなのが出てきてくれたわねー、はぁ。レジスタンスの面子に話したいことがあって会いに来たのよ、今って国のお偉いさんになってるんでしょ?アイザック議長?とか。だからここに来たのよ、でも入り口のところの兵士さん全然話を聞いてくれなくってさぁ、困っちゃって」



 彼女はやれやれとした仕草でそう言う。



「レジスタンスの面子?おや、奇遇ですね。私もレジスタンスに加担したその一人ですよ、聞きたいことがあるなら戦う前に簡単に答えてあげますが」



「えぇ、戦うのは確定......?」



 ダグネスのその受け答えに、彼女は心底落胆する。



「うーん、全くどいつもこいつも......まぁいいわ。そんなに戦いたいなら、ちょっとだけ戦ってあげるわ。貴方は、そうね。いわゆる団長クラス?って奴かしら、少しは張り合えそうね、それじゃ。かかってきなさいよ」



 彼女はそう言うと、素手でダグネスを挑発する。



「これはまた随分、舐められたものです......ねっ!!!」



 ダグネスはそう言うと、イレミヨンを交差するように持ち構えて高速で彼女に突進する。

 ダグネスはそのまま両刀で彼女を勢いよく慣性のまま斬りつける。

 すると、彼女の周囲に張り巡されていた空間障壁・Sフィールドが、ガラスが砕ける時のようなバキバキとした音を鳴らしながら、振るわれたイレミヨンによって破壊されていく。



「おっと、さすが。これは破れるのね」



 彼女はそう言うと、ダグネスから瞬間移動にも似た跳躍で距離を一瞬で取る。



「なんですか......、今の。私が間合いを詰めた時よりも遥かに早い速度で遠ざかりましたね......」



「さぁ、なんでしょうね。私も余り力とかをひけらかすつもりもないから、ちゃっちゃっと終わらせちゃおうかな?」



 ―――彼女がそう言った瞬間。

 ダグネスは既に彼女の背後に回って取り、イレミヨンの朱光に輝く切っ先を、彼女の首元の寸前までに迫らせていた。



「―――取った......!」



 ダグネスはそう確信し、刃を振り切ろうとした瞬間、手元に伝わる違和感に気づく。



「ば、馬鹿なっ......!Sフィールドは破られているのに......!なんで......!」



 ダグネスのイレミヨンの切っ先は、彼女の首元で振り切れずにそのまま首元に接触を続けていた。ダグネスがいくら力を込めてぷるぷると腕を震わせても、それ以上切っ先が首元より先に振り切れる事はない。



「まだだっ!押し切る!!!枢光《ヘイテンロア》!!!」



 ダグネスは右手のイレミヨンを投げ捨て、彼女の首元に人差し指を当てると、そう叫ぶ。

 すると、彼女の人差し指からは朱色の閃光が急激に漏れ始め、辺りを閃光で照らすと、大出量の高エネルギーネガヘラクロリアム粒子を放つ。



 ダグネスが放った先の壁は、放出された熱量で融解した壁の中から露わになる躯体が見え始め、帝城の側面には大きな壁が空く。



「―――やったか......?」



 ダグネスは煙に包まれた人差し指の先を覗くと、煙の中から手が伸びてきてダグネスの人差し指を掴む。



 ダグネスはそれに対して少女相応の悲鳴をあげると、中から現れたその彼女に口を抑えられる。



「惜しい、ね。貴方のその実力があれば、普通に戦っていく分には当分困らないでしょうね、その調子で励みなさい。小さな団長さん」



 彼女はそう言うと、ダグネスを放し、振り向いて大廊下の先へと再び歩み出した。



 ダグネスはその彼女の、傷一つない後ろ姿を、ただただ眺め続け。



 少女はその場で脱力するように立ち尽くした。



「―――どう......なってるんだ......」



 ダグネスは自らの手元とイレミヨンを見つめ、そう言葉を漏らした。






このエピソードの文字数4,567文字






[43110] 新皇帝エクイラ②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2022/07/07 18:42
 ―――彼女は再び帝城の大廊下を歩だす。

 かつて訪れたラス・アルダイナ帝国学院の近く、あのカフェテリアで出会った中年のオールド・レイシス、アイザック・エンゲルト・バッハ大佐のヘラクロリアム刻まれた固有の識別子のようなものをこの帝城から感じ取る。

「ふむふむ?ここらにるのは確かのはずなんだけど......。さすがに新設の帝城というわけね、対ディスパーダ用の感応索敵を妨害する幽閉用の特殊防壁。あれね、今のところはかすかに感じ取れるあたり複合型の技術と言ったところかしら。幽閉防壁の実用性は未だ固定装置的な運用しか出来ないはずなのだけど、一体だれがこんな革新的な入れ知恵しているのやら......」

 彼女はそんなことをぼやきながら、てきとーに大廊下をふらつく。
 そんなふらつく無防備極まりない侵入者たる彼女を追うものは、今のところ誰一人していない。
 これは決して帝城外の警備隊が彼女を追うことを本気で諦めたからではない。
 単純に帝城内を担当する警備衛視部隊の採用が、帝国政府機関の再編成に伴って間に合ってないからだ。
 表の臨時的な警備を担当する警備部隊は警察権を保有する帝国司法管轄組織である為、帝城内には踏み込めない。彼らは非常事態プロトコルに従って対覚醒者戦能力を持つ特殊部隊ラークの到着まで待機し、本部の慣習的な中央集権型指示系統による命令を彼らはひたすら待ち続けている。

 彼女が大廊下を彷徨う内に、進行方向から帝城内の騒ぎに駆け付けた一人の枢騎士と遭遇する。
 彼女はその枢騎士と目が合うと、その枢騎士に軽く手を振って会釈をする。

「どうも~枢騎士さん、実は私いま迷ってまして、ちょっと道を教えてほしんだけど、いいですか?」

 彼女は軽快な口調でそう話掛けるが、枢騎士は一言も言葉を発さない。

「対話する気はない......ことかな?はぁこれだからレイシスは......」

 彼女がそうため息交じりでそう言うと、その枢騎士は無言で上下に刃の付いた両剣型のソレイスを顕現させた。

「んー、ねぇ分かってるでしょ?たぶん私には勝てないってこと、時間の無駄だと思いますよ」

 彼女がそう言っても、その枢騎士は一歩も引く気を見せないまま、両剣型のソレイスを両手で構えたまま、ただ彼女の前で立ち尽くす。

「へぇ......凄いね。あなたの表情はその仮面で隠されてよくは分からないけど、今まで見てきたレイシスとは、なんとなく少し違う気がする。自信があるのね」

 彼女はそう言うと、その枢騎士に向かって指を向け、挑発するように手を仰ぐと自信に張り巡らせていた空間障壁Sフィールドを解く。

「ふふ、いいね。ここには面白い人が多い、いいよ。かかってきっ―――」

 彼女が言葉を言い切る直前に、その枢騎士は右手の人差し指から枢光を彼女に目掛けて放つ。
 一帯が煙に包まれるも、その枢騎士は所構わずに両剣型ソレイスを回転させながら振り回して煙の中に突進し、切り刻むように連撃を加える。
 しかし、攻撃を仕掛けたその場所に彼女はおらず、枢騎士は探すように首を後ろへ向けると、彼女の右手による手刀が目前に迫っていた。

 枢騎士は寸前でそれを見切ると、手刀をよけ、彼女の腕下の空間に上体をめり込ませる。そしてつかさず両剣による振り上げのカウンター攻撃を行う。
 彼女は手刀を見切られたことに多少驚いたような顔をすると、余った方の左手でカウンターをしようとする両剣の切っ先を掴み、枢騎士の攻撃を阻止する。

 両剣を掴まれた枢騎士は、掴んでいる彼女を蹴りで突き飛ばし態勢を整える。
 すると枢騎士は、すぐにポーチから複数の閃光爆弾を取り出し彼女に目掛けてそれを放り投げる。

「閃光弾とは小賢しいじゃない」

 彼女はそう言うと、放り投げられた閃光弾は強烈な閃光を放ち、瞬く間に彼女の視界を奪う。
 枢騎士は専用の閃光を防ぐバイザーで、彼女が顔を俯かせて視界を奪われてることを確認すると、迅速に間合いを詰めて再び攻勢をかける。

 しかし、彼女はそれを見計らったかのように顔をあげ、寸前で彼女と目が合った枢騎士は怯んだようにいっきに態勢を崩す。
 それに対して彼女はつかさず手刀による追撃を行い、それを辛うじて枢騎士は回避し続ける。
 両剣で追撃の隙を見て咄嗟に反撃するも、手刀でいとも簡単に振り払われてしまう。

 しばらくそうした攻防戦が続くと、枢騎士が一気に勢いづけた渾身の一突きを大地を踏みしめ、彼女にめがけて与えようとする。
 だがそれすら、彼女は簡単に右手の指先で上方に弾いてしまい、枢騎士の手から遂にその両剣が離れ、そのソレイスは宙を舞う。

 ソレイスが弾き飛ばされた事によって大きく仰け反る様に態勢を崩した枢騎士の胸部装甲に、彼女は優しく左手を翳す。

 すると、その手付きの儚さとは見合わない、巨大質量の鋭い切っ先がその手中から突如顕現し始める。
 その切っ先は枢騎士の上体を徐々に貫いていき、やがて彼女はそれを放つように射出させると、手中のそこから巨大質量のロングソードが全貌を露わにした。
 そのロングソードは形こそは人が持つための武器の形を取っているが、その実は人が握るにしては余りにも重厚且つ巨大で困難なものであった。

 枢騎士はその射出されたロングソードごと上体が持ってかれていくと、大廊下側面の壁に貼り付け状にされる。

 彼女は貼り付けにされた枢騎士の体からその手を触れずして、ロングソードは勝手に自我を持つかのようにゆっくりと引き抜かれる。
 引き抜かれたロングソードは彼女の周囲で浮遊して停滞し、枢騎士は地に体を落とす。
 どうやら彼女はその武器を触れずして自律的に操る事が出来るようであり、その姿を横目でかすかに見た枢騎士は、自身が積み上げてきた常識をあっという間に覆されてしまい、思わず苦笑する。

「―――へっ、マジ......かよ......」

 枢騎士はそう言い残して意識を失った。




「さて、少しやり過ぎましたね。戦いは好きじゃないっていうのに.....はぁ。えっと、この人が来た方向に向かっていけばとりあえずは良さそうね」

 彼女はそう言いながらその巨大ロングソードの顕現を解くと、意識を失った枢騎士の体に触れる。

「うーん、気を失ってるみたいだけど......大丈夫そうね」

 そう言って彼女は大廊下の続きを、一人の枢騎士がやってきた方向に歩み始め、やがては巨大な扉の付いた部屋の前の円状の空間にまでたどり着く。
 扉の前には近衛兵二人が立っているが、そんなものには気にも留めない様子で彼女は扉を押して開けようとする。
 近衛兵たちは素手で彼女を捕まえようとするが、空間障壁に阻まれて近づく事が出来ない。

 そして近衛兵達はその場で何も出来ないまま、遂に扉は彼女の手によって開かれてしまった。



 ―――彼女はその空間、謁見の間に踏み込んだ。
 すると、左右に配置された議席に座るアイザック大佐やドクター・メルセデス。そしてそれらに挟まる様に中央に配置された豪華な玉座に君臨する皇帝エクイラと邂逅する。
 最初に口を開いたのはアイザック大佐だった。

「―――き、貴様は......あの時のセラフィール級......、なぜこんな所に......」

 アイザック大佐はそう言うと、ドクター・メルセデスは怪訝そうな顔をアイザック大佐に見せる。

「あら、アイザック大佐。私の事はクロナとお呼びくださいとお願いしたはずですが......?」

「そうだったかな......、クロナ」

 アイザック大佐とクロナは簡単にやり取りを終えると、クロナはドクター・メルセデスの方へと視線を向ける。
 すると目が合ったドクター・メルセデスは度し難いと言わんばかりの様子で、ため息をつく。

「はぁ......クロナ......。なぜ私にアポを取らないのだ。こんな事をすれば大事になるのは明白であっただろう......」

 メルセデスはそう言うと、クロナは微笑む。

「久しぶりねメルセデス?だってさぁ、貴方のようなマッドサイエンティストがまさかこんな中枢機関に関わってるとは思わないでしょ?それに知ってると思うけど、私は財団を追放されてるの、貴方へのコネはもう使えなくてね」

 クロナはそう言うと、メルセデスはやれやれとした挙動で再び大きなため息をつく。

「―――貴方方は、彼女とお知り合いなのですね」

 エクイラはそう言うと、アイザック大佐は唸りながら軽く頷く。

「まぁ、なんというか......。会ったのは一度だけ、レジスタンスの作戦を開始する前に彼女の方からの接触があった。特に影響のあるものではなかったが、メルセデスの方は分かりませんな」

 アイザック大佐はそう言うと。メルセデスの方を見る。

「い、いやぁ......。私は......」

「彼は元私の調査隊【オレリアンクロイツ】のメンバーなんですよ、皇帝陛下。ドクター・メルセデスは我々の元を離れてからはそちらの研究機関の方に移ったようですが」

 クロナはそう言うと、エクイラは驚いたような表情をする。

「まぁ、そうでしたか。では、この場で初見なのは私だけなのですね」

「えぇ、これはどうも皇帝エクイラ様......。お初にお目にかかります、私は元セラフ財団当主、クロナ・ハー・ドールシアンと申します。以後お見知りおきを......陛下」

 クロナはそう丁寧にお辞儀をすると、エクイラは特に挨拶に反応することなく、クロナの背後の方に目をやる。

「外の警備隊の皆さんはどうなされたのでしょう、それにこの帝城には何人かの枢騎士達も常駐していますし、素人目の私にもとても無傷でここまで来れるとは思いませんが」

 エクイラはそう言うと、アイザック大佐がクロナより先に口を開く。

「陛下、彼女は既存のエンプレセスカテゴリーからは逸脱した存在、セラフィール級ディスパーダです。セラフィール級とは、型に嵌める事が出来ない彼女の為だけに共和国のデュナミス評議会が用意した彼女の為の識別階級です」

 アイザック大佐はそう言うと銃型のソレイスを顕現させ、クロナに向ける。

「あのデュナミス評議会ですら、彼女の対応には手を余らせる。彼女は知る人ぞ知る世界の中で唯一人、ディスパーダ最強にして人類最強と謳われる存在。それが今我々の目の前にいる存在、彼女です」

 アイザック大佐のその説明を聞いたエクイラは、急激に目を輝かせる。

「そ、それは!?本当ですか!!く、クロナ様!?」

 エクイラは声を張ってそう言う。

「......へ、陛下?」

 アイザック大佐はエクイラの取り乱した様子に困惑する。

「ふーん、そうですね......。外野がどうこう決めつけたものなんぞに興味はありませんが、まぁそんな風な認識で合っているとは思いますよ。最強かどうかは、さすがに分かりませんけど。ただ戦いに苦労したことはないというだけです。あぁ、別に誇りたいわけじゃないですよ、そもそも戦いは嫌いです。実力行使は手段の一つに過ぎないのですから。それに皇帝陛下?私はちゃんと最大限の外交努力をいつだってしています」

 クロナがそう言うと、ドクター・メルセデスはしかめっ面をして、謁見の間の巨大なステンドグラスで出来た窓の向こう側に視線を向ける。

「......であれば、この騒動は何かね?」

「えぇ?」

 メルセデスのその言葉にクロナは恍けたような返事をする。

 すると、突如。玉座周りの壁に張り巡らされたステンドグラスが勢いよく割られ始める。
 アイザック大佐は後ろを振り向くと、その視線の先にはVTOLガンシップからラぺリングで突入し始める帝国軍特殊部隊ラークの姿があった。
 ラークの兵士たちはガンシップの騒音と共に突入し終えると、迅速に皇帝エクイラの保護とクロナの包囲を行う。

「―――アルファチーム突入完了。ご無事ですか陛下、こちらへ」

 ラークの兵士達はエクイラを取り囲むようにフォーメーションを取ると、突入部隊の全ての銃口はクロナへと向けられる。

「待った待った!大袈裟すぎるって!かつてのレジスタンスであるアイザック大佐達に話があるだけなんだけど!ほんとに!!!」

 クロナはそう手を上げて訴える。

「銃を下ろしてください」

 エクイラは囲んでいたラークの兵士を優しく退け前に出る。
 そう声を掛けられた兵士は、周りにハンドサインで合図を送ると、他の兵士達は素直にクロナに向けられていたその銃を下ろす。

「用件は、何なのですか?クロナ様」

「やっと本題に入れそうね......はぁ。かつての貴方達の仲間の一人。例の特異点、レオ・フレイムスの現在の行方について聞きたいのよ。皇帝陛下」

 クロナがレオのその名を口にすると、アイザック大佐とメルセデスはその名が彼女が放たれたことに、衝撃を受けるように目を見合わせた。

「レオ様......」

 エクイラはぼそっとそう言いうと、一連の帝城の騒ぎは落ち着きを見せ始めた。


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