例えばいつもの帰り道。
鼻歌でも歌いながらのんびりと歩いている時に、突然見知らぬ人間に襲い掛かられたとしよう。
その瞬間に普通の人間は何も考える事はできない。
ただ、衝撃を感じるだけで、うずくまれでもすればいい方だ。襲い掛かる理不尽をやり過ごす事しかできない。
その上、財布から金でも抜取られでもしたとしたら、殴られたところはズキズキと痛み、治療に使うべき金も無くなっている。
警察には何度も事情を聞かれ、忘れてしまいたい屈辱をよみがえらされる。
そうした経験をした後にもう一度鼻歌を歌いながらのんびりと帰ることができるだろうか?
その場所を通るたびに痛みは甦り、二度と心安らぐ思いで同じ道を通ることはできないだろう。
大げさな言い方をすれば理不尽に暴力を振るわれた人間は、昨日と同じ明日が来ることを信じられなくなる。
暴力の度合い、振るわれた人間の心の強さ。そう言ったものに左右されはするがだからといってなくなるものでもない。
そして、そう言った行為は直接的な暴力だけではない。レイプ、痴漢、セクハラ。
人によって捉え方はそれぞれだが、本人とってはいずれも大問題だ。心の傷など他人に見えるものではない。
今日もまた一人、そうした悲しみを抱えたまま一人家路につく小さな影があった。
「あんまり気にしちゃだめよ」
無理だよ。
「だいたいあんな程度で大げさなのよ」
あんなに嫌だったのになんでそんなことを言うの。
「けっ、誰にも相手にされないみたいだから俺がかまってやったのに、馬鹿じゃねえ」
別にあなたなんかにかまって欲しくない。
それに嫌な思いをしたのは私なのに、なんで傷ついたような顔をしているの?
取り留めのない思考に捕らわれて影は歩みを止めてしまった。
「真くん、唯子・・・・・・」
ため息ともにこぼれた言葉は誰にも聞かれること無く消えていった。
野々村小鳥はそんな自分の様子に気づき、小さく首を振ると前を向いて歩き出した。
その足取りはお世辞にも元気がいいとはいえなかったが・・・・・・。
ことの起こりは2週間ほど前にさかのぼる。
小鳥の職場で忘年会が開かれた。あまり酒には強くない小鳥はできたら参加したくなかった。
だが、「部内の親睦を図るため全員参加」とのお題目で強制的に出席させられることになった。
もともと人見知りの激しいタイプではあるが、今の職場ではそれなりに折り合いをつけてやってきたつもりだった。
ただ、その日はいつもと少し違っていた。
最近の業績がよかったせいなのか、いつもよりみんなのピッチが早かった。
だんだんと大きくなる声。ときおり混じる奇声。
何か言えば笑いが起こり、怒声のような大きさでくだらない事を言い合う。
そんな躁状態の雰囲気になじめなかった小鳥は、早々に切り替えたウーロン茶を飲みながら、早く終わることを願っていた。
だが、宴はいまや絶好調で、終わる気配を見せなかった。まだ、この時間が続くことを思い小鳥は思わずため息をついた。
「お~い、野々村君。何をため息なんかついてるんだね? だめだよ、もっと盛り上がらないと」
ヤニ臭い息を吐きながら部長が顔を近づけてくる。無闇に声の大きいこの部長が小鳥は苦手だった。
「は、はい」
「いいかね、そんなことでは社会人は勤まらんよ。大体君は・・・・・・」
「部長、そんなことよりグラスが空いてますよ」
そう言いながら小鳥と部長の間に一人の若手社員が割り込んでくる。その手には如才なくビール瓶が握られ、すかさず部長のグラスに中身を注いでいた。
本人は助けているつもりなのだろうが、なれなれしく小鳥の肩に置いた手が台無しにしていた。
微かに震える小鳥の体を見て目を丸くした彼はちょとおどけたように言う。
「なんだ野々村さん震えているじゃない。寒いのならボクが暖めてあげるよ」
そう言うと彼は小鳥の体を包み込むように抱きしめた。
本人としては軽い冗談だったのかもしれない。
もしかしたら気があったのかもしれない。
だが、それは誰にとっても予想外の結果を導き出した。
「ひやあっ」
小さな、それでも心底の恐怖がこもった声ともに小鳥が飛び上がったのだ。
さいわいな事にさして力を込めていたわけではないので双方に怪我は無かったが,先ほどまであれほど騒がしかった店内が静まり返っていた。
「あ、あれ、どうしたの。軽い冗談じゃない。そんなに嫌がられると俺も傷ついちゃうなあ・・・・・・」
冗談めかした口調だが、泳いだ目と震える手が如実に内心をあらわしている。
だが、誰も口を挟むものも無く彼の声は尻すぼみに消えていった。
結局、その後は忘年会を続ける空気でもなくなり、早々にお開きになった。
結果的に小鳥の希望は適った。だが彼女にとっても不本意な成り行きだった。
それから2週間たったが、小鳥の周りは微妙な緊張感に包まれていた。
どことなく腫れ物に触るような感じなのだ。ちょっとした事で大騒ぎするのではないか?
そんな空気が漂っていた。
その上、ここ2,3日は彼女のいないところで陰口が叩かれるようになってきた。
「もてない女の自意識過剰」
「ちょっと作りすぎじゃないあれ」
「あれだよあいつきっとレズなんだぜ。だから男に触られたくないんだよ」
時に小鳥に聞こえるように悪意ある声が会社の中で囁かれるようになった。
そして今日の帰り際に例の社員が他の若手と話しているのを聞いてしまったのだ。
「けっ、誰にも相手にされないみたいだから俺がかまってやったのに、馬鹿じゃねえ」
なぜ、自分がそんな事を言われなければならないのか?
逃げるように立ち去る小鳥の脳裏にはそんな疑問が渦巻いて消えなかった。
その後は仕事もろくに手につかず、おかげで普段よりも大分遅い時間に会社を出る羽目になった。
遅い時間の駅前は妙に寂しげで、今の気分とあいまって小鳥の気持ちをさらに暗くする。
それから家へと足を向けたのだが、そのまま帰りたくなくていつもとは違う道を歩く事にしてみた。
とぼとぼと歩きながら小鳥はコートのポケットから携帯を取り出した。
「真くん、唯子・・・・・・」
ディスプレイを眺めながら、二人の親友の名前をつぶやく。だが、結局もう一度ポケットに押し込んだ。
二人に電話をすればどちらもきっと喜んでくれるだろう。そして、今の自分の声から何が起こったのかを心配してしまう。
それが小鳥には心苦しかった。二人はとても大事な友人で、だからこそ縋りたくなくて、それで薄情だと怒られるとしても今の自分を知られたくなかった。
自分の道をきちんと歩んでいる友人にみっともないところは見せたくない。
それは小鳥の最低限のプライドだった。自分の弱さを理解はしていても、譲れない最後の一線だった。
「もっと強くならなきゃ・・・・・・」
つぶやく言葉はその内容とは裏腹にひどく弱弱しかった。
考え事をしながら歩いているうちにいつの間にか臨海公園にたどり着いていた。
家のある方とはずいぶん離れているが、ここまで来たのならついでに海を見ていこう、そう思い公園に足を踏み入れようとした。
「あまり奥に行くのは止めた方がいいですよ」
「ひっ」
闇の中から突然かけられた声に小鳥は思わず全身をすくませた。
そして恐る恐る声のした方に顔を向けた。
「驚かせてしまって申し訳ありません」
そういって頭を下げる黒ずくめの男を見て小鳥はますます体をこわばらせる。
男の人・・・・・・。
彼がどういう人で、どんな目的で声をかけてきたのかは分からない。
だが、相手が男であるというだけで小鳥には恐怖の対象だった。
この間の他人からみれば些細な経験が、小鳥にはぬぐいがたい男性に対する恐怖と不信感を植え付けていた。
ましてこの闇の中、街灯が作る頼りない光の下には小鳥と男しかいない。
自分が陥ったシチュエーションに気づき小鳥は愕然とした。
怖い
「 、 、 」
何か言おうと口をパクパクとさせるが言葉が出てこない。
小鳥は自分の弱さが恨めしかった。
それでも、未だ姿も判然としない影から目をそらさなかった。いや、そらせなかった。
すると、この上もなく丁寧に彼は頭を下げた。その板についたしぐさに小鳥はますます混乱する。
礼はわきまえてはいるが場はわきまえていない。
「重ねて申し訳ありません。こんな暗がりで俺のような奴に声をかけられて、さぞ驚かれた事でしょう」
彼は顔をあげ小鳥を正面から見つめる。
その瞳に宿ったどこまでも真摯な光に、小鳥はやっと落ち着きを取り戻した。
私のこと心配してくれてるんだ。
やはり緊張はほぐれないが、それでも相手の事を見る余裕ができた。
上から下まで全身黒尽くめな姿はやはり怪しい。
ただ、おびえる小鳥を気遣わしげに見る表情はどこまでも生真面目だった。
そして小鳥はいまさらながらに彼の容姿を確認し、別の意味で動揺してしまう。
女性的な雰囲気が濃かった真一郎とは違い、彼の容姿は男性的で、鋭い印象を与える。
例えて言うなら日本刀。それも鞘に納まった刀を思わせる落ち着いた雰囲気。
だが、その容貌は驚くほど整っていた。
一瞬思考の停止した小鳥を見て彼はほんの少し眉をひそめる。
そして秀麗な顔にぎこちない笑みをうかべて話し続ける。
「ですが、ここから先に行かれるのは止めた方がいいです」
その笑みを見て小鳥は誰かに似ているなと思った。さして考える事もなく答えは出た。
自分に似ているのだ。
会社にいるときの笑いたくないのに笑っている自分の顔に。
無理をさせているのかな?
そう思ったらつい頭を下げていた。
「ごめんなさい」
「なんで、あなたが頭を下げるんですか」
「な、なんでもないです・・・・・・」
思わず苦笑した彼は、それでも先ほどよりは自然な表情をしていた。
「それで私に何か用ですが?」
語尾はまだ震えているが、小鳥は自分から話しかけることができた。
彼はほんの少しだけ苦笑を深くする。
「俺の用件はもうお伝えしましたよ。野々村小鳥さん」
「な、なんで、私の名前を・・・・・・」
彼の言葉に再び恐慌状態に陥りそうになる小鳥。
もしかしてストーカーとかなのかな。
とても女の子にもてそうなのに、何で私なんかを?
小鳥の思考が妙な方向に行きそうになる前に黒ずくめが再び話しかける。
「何でといわれましても、常連の方の名前を覚えておくのは客商売の基本だと思うのですが」
「客商売?」
「はい。見覚えが無いかも知れませんが、翠屋の店長の息子で高町恭也といいます」
そういって頭を下げるしぐさには確かに見覚えがあった。
だが、小鳥が通いつめていたのは学生時代の事だ。もし、その時名前を知ったとしても今まで覚えているものだろうか。
「あなたと相川真一郎さん、それと鷹城先生はよく目立っていましたから」
「鷹城先生?」
「はい。うちの妹分の担任の先生です」
思いがけず聞いた名前に思わず小鳥の顔がほころぶ。
確かにあの二人はよく目立つ。彼がそのせいで自分のことを覚えていても不思議ではないだろう。
でも、ちょっと残念かな。
「なかでも、あなたが一番印象に残っています」
「嘘っ」
小鳥は悲鳴のような声をあげる。
私がそんな風に誰かの印象に残る事なんてない。
この人はなんでこんな嘘をつくの。
私はそんなに軽く見えるの?
ちょっと優しい言葉をかければすぐになびいてしまうような、物欲しげな女に見えるの?
男の人なんて皆同じだ。
忘年会の時に抱きしめられた恐怖と屈辱が甦り、目じりの端に涙が浮かんでくるのを感じた。
泣きたくない。
でも、・・・・・・。
「俺が知る限りでは、あなたほど熱心にうちのシュークリームを食べていた方はいません」
「えっ」
シュークリーム?
小鳥の脳裏に懐かしい思い出が甦る。
翠屋のシュークリームの味にほれ込み、真一郎たちと食べ続けた日々。
私はあの味を・・・・・・。
「どうです、再現できるようになりましたか?」
ああそうだ。どうして忘れていたんだろう。
思いもよらぬ恭也の言葉に小鳥が泣き笑いのような表情で固まる。そんな小鳥の様子を恭也は優しげに見つめる。
「母も楽しみにしていました。いつか味見をさせてもらえないか、などと言ってました」
「店長さんがそんな事を・・・・・・」
「もっとも、まだまだ負けないとも言ってましたが。だから、また食べに来てください。あれでも日々精進しているので」
そう語りかけられ、小鳥の中でずっと押しとどめられた何かが切れる。
あの日からこらえ続けてきた涙が次々とあふれてきた。
「ど、どうされたんですか」
相変わらず表情は乏しいが、確かに慌てている恭也を見て悪いなとは思うが涙は止まらなかった。
無言でぽろぽろと涙を流す小鳥を恭也は入り口に一番近いベンチへと連れて行った。
それでも泣き止まない小鳥を見て少し考えると「ちょっと待っていてください」そう告げてどこかへ姿を消した。
いればいたで恐怖を感じていたのに、いなくなると急に寂しくなり小鳥は辺りを見渡した。
見れば公園のちょうど反対側のところに騒々しい集団が陣取っていた。
そういえば最近、深夜になると暴走族が出没すると聞いた覚えがあった。
「大丈夫ですよ。距離もありますし静かにしていれば気づかれません」
いつの間にか戻って来ていた恭也が声をかける。小鳥は思わず身をすくめた。
そのようすに気づかぬ振りをして、恭也は自販機で買ってきた紅茶の缶を小鳥に差し出した。
「驚かせてしまったお詫びです」
「あ、え、ありがとう」
いまいち頭のうまく回らない小鳥は思わず受け取ってしまった。そして、別段疑問も感じず口をつけた。
意外と美味しい。
小鳥は普段あまりこういったものは飲まないが、思いのほか美味しく感じた。半分ぐらいは冷えた体を温めてくれたおかげではあるが。
そこで、ふと気づくと思わず立ち上がった。
「そうだ、お金払うよ」
「お静かに。奴らに気づかれますよ」
「う、うん」
恭也になだめられ小鳥はしぶしぶベンチに腰を下ろす。
「まあ、気づかれたとしてもなんとでも対処はできますが」
「高町君は強いんだね・・・・・・」
武装しているわけではないが10数人はいる凶暴そうな男達を見て、こともなげに言ってのける恭也。小鳥はその強さがうらやましかった。
恭也はそんな小鳥の様子をひどく真剣な様子で眺めていた。
「強くなければだめですか?」
そして、そう聞いてきた。
心底不思議そうな恭也の様子に小鳥は腹を立てていた。
この人に私の気持ちは分からない・・・・・・。
そう思ったはずなのに気がつけばぽつぽつと自分の気持ちを語りだしていた。
自分がセクハラにあったこと。
それなのに会社で変な噂が立っていること。
そしてどちらにもきちんとした対応ができなかった事。
時に引っかかりながら、小鳥は自分の思いを語った。
自分が強ければ、どの場面でも困る事などなかった。小鳥はそうつぶやくと両手で持った缶をじっと眺めていた。
たまに相槌を打つぐらいで黙って聞いていた恭也は、しばらく考え込んでいたが短く、しかしはっきりとした口調で小鳥に問いかける。
「俺は誰もが強くなくてもいいと思います」
自分の思いが通じていないことに呆然とする小鳥に恭也は寂しげに笑いかける。その表情にこめられた何かは激昂しかけていた小鳥を落ち着けるのに充分だった。
「確かに俺はあなたより強い。これは仮定の話ではなく厳然とした事実です」
小鳥は黙ってうなずく。
高町恭也と野々村小鳥の強さを比べるなど仮定としても意味がない。同じ条件で戦えば100回が1000回でも恭也が勝つだろう。
「でも、それは歪な事です。戦うための力を得るために日々鍛えている俺たちはそれ以外に解決の方法を知らない」
意味を図りかねた小鳥が小首をかしげる。恭也はそのしぐさを気に留めず話し続ける。
「例えば自分の進むべき道に敵がいたとしましょう」
「うん」
「目的地にたどり着くことから言えば、必ずしも敵を倒す必要はないんです」
そう、別に戦って敵を倒す必要などない。迂回路を探してもいい。交渉で避けてもいい。金を握らせるのもありだろう。
「でも、そういう時に戦って打倒すると言う選択肢が真っ先に出るのが俺たちなんです」
だってその為に鍛えているのだから。
「だから歪なんです。人が猿から分かれて生きてきた証“知恵”を戦うためにしか使わないんですから」
「知恵・・・・・・」
「そうです。どんな獣より弱い人間が生き抜くための力。本当に必要な力です」
小鳥は恭也の言葉を聞いて考え込む。
恭也の言っている事はただの気休めに過ぎないような気もする。だが、恭也の真摯な態度を見ると、そういって切って捨てるのは躊躇われた。
「私はどうしたらいいと思う」
「ずるい言い方ですが、それは野々村さんがご自分で考えるべきです。あなたにはあなたのやり方があるはずですから」
「そんなもの私にあるのかな・・・・・・」
「ええ必ず」
断言する恭也の表情をそっとうかがう。そこには嘘をついているような気配は微塵もない。
「私にもよく分からないけど、探してみるね。自分らしいやり方を」
しばらく考えた後、小鳥はそういって笑いかけた。
全てが吹っ切れたわけではない。だが、通りすがりに会った自分のために真剣に考えてくれた恭也の気持ちを無にしたくなかった。
「ええ、それがいいと思います」
そういって今度は寂しげな様子を見せずに恭也が笑う。
それを見て小鳥は少し嬉しくなった。自分の言葉が恭也を笑顔にしたのならそれは誇ってもいいような気がした。
「それではもう遅いですし帰りませんか?」
「うん。そうだね」
明日も仕事なのだ。あまり遅くなるのもまずいだろう。
「それでは近くまでお送りします」
「えっ、悪いよそんな」
「こんな時間に女性を一人で帰すわけにはいきません」
恭也の勢いに負け、結局二人で夜道を歩き出す。
お互い口下手なため、歩いている間は特に会話もなかった。
でも、小鳥には楽しい時間だった、
家の前まで送ってもらうのは色々とためらわれるので、一つ手前の角で小鳥は足を止める。
「もう、この辺で大丈夫だよ。私の家すぐそこだから」
小鳥の言葉にしばし考え込んでいた恭也だが「そうですか」と一言だけ返す。
そして、一礼して踵を返す。
その姿があまりにもあっさりして見えたので小鳥は思わず声をかけてしまった。
「あの、高町君」
「なんですか」
「あ、えと、えと・・・・・・」
恭也は律義に振返ったが、何も考えずに声をかけた小鳥は言葉に詰まってしまった。
本当はお礼を言いたかった。だが、気恥ずかしくて素直に言えず、見当はずれな事を聞いてしまう。
「高町君はこれからも強さを求めるの?」
小鳥にとっては対して意味のある質問ではなかった。
だが、恭也は今日見た中で最も真剣な表情でうなずいた
「それが俺の選んだやり方です」
そう言うと今度こそ小鳥に背を向け歩き出した。
小鳥はその後姿を見送りながら恭也に言われた事を考える。
自分らしいやり方なんてわからない。というより考えた事もなかった。
でも、自分には頼りになる友達がいる。
「真くん、唯子」
ほんの数時間前に同じ事をつぶやいた時とは違う弾むような口調。
二人に相談してみよう。
そして彼のことも話そう。
そうだ、久しぶりに三人で翠屋に行ってみよう。そしてあのシュークリームを食べて、お話しよう。
いつの間にか小鳥は笑みをうかべていた。そして、浮き立った気持ちのまま玄関を開ける。
きっと明日は楽しい事が待っている。いや、自分の手で楽しくするんだ。小鳥はそう思っていた。
そして,これはその為の最初の一歩。
「あのね、真くん・・・・・・」
その日、小鳥の部屋からは楽しげな声が遅くまで聞こえていた。
このSSは第1作目を書いた後思いのほか感想を多くいただいた喜びのままに書き上げた2作目のSSになります。
これを書く前に二つ決めていたことがありました。
恭也ととらハ1ヒロインとの交流を書くこと。
独立した形ではなく連作短編にすること。
創元推理文庫とかに良くある個々の話は独立しているのにシリーズを通してみると仕掛けがある。そんな話を書こうと思ったのですが、手に余るので早々にあきらめました。
その代り一つのテーマに沿ってそれぞれの話を組み立てよう。それが今回のタイトルにある「きっと誰かが見ていてくれる」です。
最初に発表した時はテーマは隠していて一連の話が書きあがった時点で公表させていただきました。
いまさら隠してもしょうがないので今回は最初からタイトルにしました。
残りの話も順次投稿していくので完結までお付き合いいただければと思います。