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[40808] 実際にRPGの世界に行けば多分こうなる
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2017/02/14 22:24
雑で冴えない導入編。
何でかよく分からん内に、剣と魔法のファンタジーに召喚されて魔王を倒すことになった俺。
PTは勇者(レベル5:無駄に熱い)、魔法使い(レベル:5伏線バレバレの姫)、シスター(レベル4:微笑みを欠かさない)、俺(レベル不明)の四人。
どうやら世界は邪悪なる魔王の手により、滅亡の危機に瀕しているらしい。
その魔王を倒す為には、選ばれし勇者の力を持つ者と異世界から呼ばれた人間の力が必要なんだとか。
今年25歳で、そろそろ甥っ子姪っ子達に『おじちゃん』呼ばわりされても否定できなくなりつつある派遣社員の俺が、どこまで手助けできるのかわからんが、もうやるしかないらしい。
派遣の先々で出会う新社会人達とのコミュニケーションに、世代ギャップを感じてきていた今日この頃、見た目明らかに十代後半の彼らと上手くやれるかわからないが、とにかくやるしかないらしい。
戦闘どころか喧嘩すらまともにしたことがない上に、この前久々に地元の友人と飲みに行った折、ノスタルジックな気分になって学生時代のテンションそのままに懐かしの母校の校庭にあった鉄棒で懸垂を試みた所、二回すら出来ず真面目にジム通いを考えたが、次の日になればすっかり忘れてるくらいの自己管理意識しかない俺に何が出来るか甚だ疑問だが、こうなったらやるしかないらしい。
まあ民主主義という名の社会主義に辟易していたということもあるし、モラトリアム時代に夢見ていた「いつ空から女の子が落ちてくるんだろう」「いつ俺の中の秘めたる力は覚醒するんだろう」「いつ異世界に召喚されて可愛いツンデレマスターに仕えられるんだろう」という三大願望の一つに近しい展開になっただけ良しとしよう。
招かれるベストタイミングが十年ほど遅かったが、そこは異世界だって都合があるんだ。きっと。
異世界モノ主人公が陥り易い「元の世界が懐かしいな・・・」症候群は多分大丈夫だろう。
学生時代は「こんなシケた人生でも、バカなダチがいるなら悪くねぇな・・・フッ」なんて本気で考えていたが、彼等も大人になるにつれて守るべき家族が出来、正社員の仕事があり、友人の一人や二人年単位で連絡が取れなくなっても気にならなくなるもんなんだろう。実際そうだし。
現実感なんて沸くはずもないが、とりあえず意気揚々と出発する勇者たちの後を着いていくしかなさそうだ。
さてさて、この先どんな大冒険が待ち受けているのやら。
とりあえず始まりの町から20キロ以上ある次の町へ向かう道中、平然と歩を進める勇者たちに俺はこう進言した。
「ちょ、ちょっと待った・・・そろそろ休憩しようぜ・・・?」



[40808] 初めての戦闘編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2014/12/17 04:46
中世レベルの文明世界の人々と現代社会人との体力差を思い知らされた道中、早くも心が折れかけているこちらの気などお構いなしにモンスターとエンカウントした。
敵はなんかバスケットボール大程の大きさのゼリー状生物三体。多分スライムと同義の障害だろう。
勇者の武器はオーソドックスに剣。魔法使いの武器はこれまたポピュラーに杖。シスターの武器も杖だが、魔法使いよりも丈が長く槍に近い。俺の武器は道で拾った枝。
早くも何らかの意図的な格差を感じるが、そこは被害妄想の可能性があるし開始早々空気を悪くする可能性を加味して口には出さない。環境の変化が激しい派遣で培った渡世術は異世界だろうと遺憾なく発揮されている。

勇者「くらえっ!」
勇者の攻撃。ゼリーAに12のダメージ。モンスターを倒した。

魔法使い「(長ったらしい詠唱)燃え尽きなさい!」
魔法使いの魔法。ゼリーBに25のダメージ。モンスターを倒した。

シスター「神のご加護を・・・」
シスターの祈祷。PT全員に防御力アップ。

俺(とりあえず思いっきり殴ればいいのかな)
俺の攻撃。ミス。

いきなり失敗した。いや、どう見ても攻撃が当たってるのにミスってどういうことだ。
あらかた予想してはいたが攻撃が当たってるのにダメージ1でもなくミス扱いっていうのはちょっと堪えるものがある。

勇者「おいおい何やってんだよ!攻撃する時は掛け声をするのが基本だろ!?」
俺「えっ」

出会って一日も経たないうちに、いきなりタメ口で叱責された事もちょっと堪えたが、そこは日本人特有の年功序列を意識しすぎた悪い癖なんだろう。そう、ここは俺がいた世界じゃないんだ。一緒に冒険をする仲間として堅苦しいのはお互い無しにしよう。

ゼリーCの攻撃。俺に35のダメージ。俺は力尽きた。

なんてカルチャーショックを整理しようとしてる間にやられた。
やばいこのゼリー強いよ。序盤ダメージで35ってちょっとバランスおかしいよ。
それとも俺の防御力が低すぎるのか?勇者は鎧着てるし、魔法使いも何かそれっぽいの着てるし、シスターはシスターらしく修道服だから防御力の数値はわからんが、でも多分見た目より補正が掛かってるのは間違いないだろう。それに対し俺は着の身着のままのジャージだよ。コンビニ行こうと思ってそのままだったからユニクロで調達した二着1500円のジャージだよ。懸垂できなかった時にアレ着てランニングでもするかとか思ったまま使わなかったパジャマ代わりのジャージだよ。
というか俺達のHPは幾つなんだ。ステ確認ってどこで出来るんだ。
召喚した俺を見た際、皆がちょっと残念そうに苦笑いしながら迎えてくれたのは俺のステータスを確認したが故のことで、現実を見せない為にステ確認の方法を教えてくれなかったのかなもしかして。だったらリセマラしてやり直せよ。

そんなこんなを考えている内に意識が無くなり、気が付けば俺は最初の町の教会で目覚めていた。
よくある怖い話で意識を失えば生還フラグって、こんな気分なんだろうかと見知らぬ天上を見ながら呟いた。



[40808] 初めての訓練編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2014/12/17 04:01
早くも怠惰に惰性で送っていた日々に帰りたくなった俺だが、人生というものは異世界でも甘くないらしい。
始まりの町で復活させてもらった俺は、次の日から勇者達に稽古をつけられていた。
町を出発する際、今生の別れ的な流れで見送ってくれた村人や勇者の母親の何とも言えない表情は見なかったことにして、ともかく俺は一回りは年下であろう勇者の厳しい訓練に耐えることにする。

勇者「だから気合いが足りないんだよ。こう振り下ろす時に力を籠めて『せいやーっ!!』ってやればいいんだって」

勇者が殴った訓練用のダミー人形は18のダメージを表示した。
素振りや筋トレなんかをすっ飛ばして始まった打撃訓練に、とりあえず俺も勇者に習い人形を殴る。

俺「せいやーっ!(照)」
ミス。

勇者「ダメダメダメそんなんじゃ!もっとぶつけろよ!?魔王を倒すって熱い気持ちぶつけろよ!」

うっせえなこいつ。
こちとら大声出すなんざ今時カラオケでも満足にやれねえんだぞ。酔っぱらって大熱唱してる時だって店員に「すいません、もうすこーしだけマイクの音量を下げていただいても結構ですか?」って注意されんだぞ。粉雪のサビ部分で扉開けられたらすげえ気まずいんだぞ。派遣先でこの話したら新卒採用の子に「粉雪って誰の曲っすか?」って素で聞かれたぞ畜生。

俺「せいやぁあああああ!(半ギレ)」

ダミー人形に3のダメージ。

勇者「ちっがーう!もっとこう、抉るように!ぶつけるんだよ!気持ちを!大切な人たちを護りたいっていう想いを!!」

だからわかんねえよ。そんな抽象的な指摘されても。
あと何でお前は無駄に倒置法を駆使するんだ。ストレートなのか回りくどいのかよくわからん男だ。
つーか、今の攻撃俺の初成功なんだぞ。今までずっとミスばっかでゲンナリしてたが初めてダメージ表記でて少し手応え感じたんだぞ。ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃねーかよ。
言わないけどさ。こんなんじゃ役に立たないって理解できてるから言えないけどさ!

俺「くたばれ畜生ォオオオオオオオオオオオ!!!(ヤケ)」

ダミー人形に9のダメージ。

勇者「よしそれだ!忘れんなよその想い!世界を護れるのは俺達だけなんだからな!」

その日唯一勇者に認められた攻撃は怨嗟に塗れた醜い一撃だけだった。



[40808] 初めてのステ確認編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2015/01/09 11:52
この世界に召喚されて一週間が経ち、毎日俺の訓練ばかりで一向に魔王を倒しにいかないPTにそろそろ何か言いたげな視線が向けられ始めた頃。
最初よりは大分PTメンバーとの意思疎通がマシになってきた俺は思い切って訊ねることにした。

俺「なあ、ところで俺達のステータスはどこで確認できるんだ?」

勇者「なんだ、そんなことも知らなかったのか」

魔法使い「ホントあんたってなんにも知らないのね。誰かに聞く前に調べたりしなかったの?」

シスター「まあまあお二人とも、誰かに訊ねるというのも立派な方法の一つですから。ちなみに私達のステータスや必要経験値は教会の神父様が教えてくれますよ。今から確認に行きましょうか」

勇者と魔法使いのダメ元質問板で返ってくるような毒にも薬にもならない発言はスルーするとして、どうやらステータス云々は教会で確認できるらしい。
まあ基本能力の違う俺の捗らない訓練にヤキモキしていた勇と魔である。村人の物言わぬ態度にフラストレーションも溜まっているんだろう。
教会までの道すがら、そんな事を考えながら早速神父様に訊ねてみることにした。

勇者:レベル5
HP:45
MP:12
魔力:8
知識:11
速さ:27
次のレベルまでEx19

魔法使い:レベル5
HP:21
MP:38
魔力:33
知識:22
速さ:13
次のレベルまでEx23

シスター:レベル4
HP:19
MP:35
魔力:29
知識:36
速さ:9
次のレベルまでEx3

俺:レベル25
HP:9
MP:0
魔力:0
知識:5
速さ:3
次のレベルまでEx2195

なにこれ嫌がらせ?
レベルとステータスが一切釣り合っていない上に必要経験値だけ異様に高いのは何故だ?
つーかレベルと年齢が=なのは仕様なのか?だったらこいつら歳いくつだよバグだろ。
それとも「お前は歳(レベル)の割に怠けてたからこの体たらくなんですよ」っていう世界の意思表示か何かですかい?

勇者「・・・ま、まあ人それぞれだからな。気にすんなよ」

魔法使い「そ、そうね・・・私も気にしない方がいいと思うわ」

シスター「・・・これもきっと神の与えた試練の一つなのでしょう。大丈夫、乗り越えましょう」

さっきまで俺に対して態度が刺々しかった勇者と魔法使いでさえフォローしてきくさる。
シスターに到っては天に祈るばかりでこちらを見てくれもしない。
人生にリセットボタンがないなんてことは嫌ってほどわかっちゃいるが、悪いことは言わないからこいつ等俺を置いて先に進んだほうがいいんじゃねえかな。

俺「・・・ちなみに、俺が負けたゼリーを倒せば経験値は幾つ入るんだ?」

勇者「・・・・・・3だ」

魔法使い「あ、で、でもホラ!能力アップの木の実とか魔導書とか色々あるし、もしかしたらレベルアップすればすごいステータス上がるかもしれないし!」

シスター「そうですね。装備を整えれば何とか・・・なる・・・かも・・・しれませんし、大丈夫ですよ」

自分自身の能力に絶望した時、一番心に突き刺さるのが叱責でなくて優しさなのはなんでだろう。
夕暮の帰り道、無言の俺を囲み、勇者達は現実から目を逸らすように今日の夕飯の話を始めた。



[40808] 初めての装備選び編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2014/12/17 23:21
そんなこんなで再び村を出立する日の朝がやってきた。
ほんの前日まで前触れらしきものは特に感じられなかったが、最近町人Aに何を訊ねても「ここは始まりの町です」しか言わなくなったことと無関係ではないだろう。多分。
しかしどうして俺は別世界に召喚されてまで己の無力感を思い知らされる羽目になっているんだろう。もっと早く、俺が十代の頃に召喚されていれば色々事情は違っていたんだろうか。
よくある王道的な展開の、初めは何の役にも立たず逆境と冷遇に耐えるばかりだったが失われたはずの伝説の力に覚醒するor精神的な成長を遂げる事柄を経て世界の核となるような人物に成長するといった未来がまるで見えない。
そりゃ俺だって昔はこんなネガティブ思考じゃなかったさ。
若いうちはやる気にさえなれば何でも出来るような気がしたし、時間なんて無限にあるように思えて、万能感にも似た「何があってもどうにかなるさ」という感覚は一生続くと思ってたよ。
でもそれは錯覚だったんだなって、現実を歩いていく内に気付いたんだ。
未来なんてもんは最高でも最悪でもなく予想出来ないトコに行き着くんだって体感した。
どうしようもない事にぶち当たったことも、何かが出来そうで何もできなかった時だってあった。
そんなこんなで無自覚なまま生きてきて、気が付きゃ25だよ。
テレビの中の甲子園球児達はとっくに年下になってたし、お年玉もいつの間にか貰う側からあげる側になってた。
自分が大人になったんだって実感は精々車の免許取って好きなトコに自由意志で行けるようになった時くらいだったかな。高校時代はバイトしてたから働き出しても感慨は特になかった。
どうしてこんな風になったんだ、なんてのは俺が一番聞きたい。
そりゃ努力の人じゃなかったさ。でも不運もアクシデントも障害も、それなりにはこなしてきたとは思うんだけどな。
そんな今さらどうしようもないことを、旅の荷造りをしながらぼんやり考えていた。
いかんな、どうも浮世離れ・・・というと語弊があるが、こんな場所にいきなり呼ばれたせいで現実逃避のような考えしか出てこない。
一種のピーターパン症候群なんだろうかこれは。まあ俺がネバーランドにいたらもうとっくにピーターに殺られてるんだけどさ。

勇者「さて、みんな準備は出来たか?」

魔法使い「ええ、バッチリよ。ま、元々<俺>の復活の為に戻ってきただけみたいなもんだからね」

シスター「それでも、<俺>さんの装備を整えられたことは大きいと思います。最初の出発は気持ちが逸って、少し性急過ぎたかもしれません」

シスターも言っているが、勇者達だって何もこの一週間とちょっとを無為な俺の訓練に全て費やしてたわけじゃない。
貧弱するぎるステータスの俺を形だけでもどうにかするために、装備を見繕ってくれていたのだ。
店に行ってお金だけ払えばすぐにデンと装備を貰えると思いきや、実際には寸法測ったり材質を決めたり仕上がりまでに時間が掛かったりと案外面倒だった。変なトコだけリアル仕様にするのはやめていただきたい。
というわけで、これが新調した俺の装備となる。

俺:レベル25
武:木の剣
体:ジャージ
胴:皮の鎧
腕:無し
足:あの頃流行っていたから買いに走ったボロボロのスニーカー
アクセサリ:スマホ(充電切れ)

これで神父様も教えてくれない防御力がどれ程上がったのか些か疑問ではあるが、まあ無いよりはマシであろう。この結果を大きいと言えるかは正直微妙だが。
ちなみに他の三人はといえば・・・

勇者:レベル5
武:鉄の剣
体:鎖帷子
胴:銅の鎧
腕:銅の小手
足:銅の具足
アクセサリ:形見の指輪

魔法使い:レベル5
武:マジックワンド
体:シルクの服
胴:黒のケープ
腕:マジカルグローブ
足:ライトブーツ
アクセサリ:宝石のペンダント

シスター:レベル4
武:癒しのスタッフ
体:修道着
胴:修道女のケープ
腕:銀のブレスレット
足:丈夫な修道靴
アクセサリ:聖なる十字架

やはり何らかの格差を感じるが、まあそこは気付いていない振りをするのが賢明というものだろう。
実力も発言力もない分、今は道化を演じているのが得策というものだ。
それに装備の半分以上が元々の物ということで新鮮味は全くないが、逆に動きやすくていいってもんだ。
そもそも体力の無い俺が金属製の武器や防具を装備したところで満足に動けるはずもないんだしな。
・・・でもこういう時に現実を受け入れる発言をすると逆に言い訳っぽく聞こえるのはなんでなんだろう。

勇者「よし!それじゃあ出発しようぜ!俺達四人で世界を救いにな!」

魔法使い「ええ!」

シスター「はい!」

俺「・・・」

というわけで再開するそうです。



[40808] 初めての回復魔法編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2017/02/09 02:43
内に秘めた想いを感じさせるテンションの勇者達との温度差が早くも堪えきれなくなってきた頃、ある意味いいタイミングで先日後れを取ったゼリー野郎が出現した。その数一体。

勇者「お、ちょうどいいじゃないか。<俺>、前回のリベンジを果たすチャンスだぜ!」

俺「マジでか」

そんな勇者の要らん気遣いによって俺vsゼリーのリターンマッチが実現したわけだが、さてどうしよう。
あの時はわけのわからない内に一撃でやられてしまったせいで、正直悔しいとかそういう気持ちが全然沸かないんだが、しかし曲りなりにも訓練した一週間の成果を確認するにはいい機会かもしれない。

魔法使い「ま、危ないと思ったらすぐに助けてあげるから。やるだけやってみなさいよ」

シスター「微弱とはいえ私も回復魔法は使えますから、安心してください」

回復魔法・・・ここに来てから妙に現実的な苦境だらけで忘れかけていたが、そういえばこの世界は剣と魔法のファンタジー。
以前見た魔法使いの炎にも驚いたっていえば驚いたが、こっちの世界にも火炎放射といった武器はあるわけで、感激とまでにはいかなかった。火炎放射を直接見たことがあるわけじゃないが。
これは是非とも体感してみたい。

俺「よし・・・やってみるか!」

珍しくテンションが上がった俺は意気揚々と木剣を構え、いざ戦闘開始。

俺「くらえっ!」
俺の攻撃。ゼリーに6のダメージ。

おお、やった! 前回の木の枝の時は攻撃が当たったにも係わらずミス扱いだったが、今度はちゃんとダメージを与えられたようだ。
なんだか、遠い昔に忘れていたくすぐったい様な高揚感が胸に湧き上がってくる。

ゼリーの攻撃。俺に8のダメージ。

俺「おごっほぉおおおおお・・・・・・!?」

魔法使い「ちょ、ちょっとアンタ大丈夫!?」

なにこれ体当たり痛い。マジで痛ぇ。
中学時代に教室でやってたプロレスごっこで俺がチョークスリーパーかけてた相手の肘が溝内に入った時より十倍は痛い。こんな柔かそうなゼリーしてんのに。
っていうか俺のHP9だろ確か。今の一撃で9割持ってかれてんだけど。しかも俺の攻撃よりダメージ高いじゃんゼリーのくせに。

魔法使い「このっ!」
魔法使いの攻撃。ゼリーに7のダメージ。モンスターを倒した。
PTにそれぞれ1の経験値が入った。

あ、ダメだこれ立ち直れないわ。魔法使いの杖で殴ったダメージに負けてるわ俺の攻撃。
つーかゼリーの経験値3ってタイマンで倒せば3なのかひょっとして。四人で割って四捨五入してもらっても1じゃん。

勇者「やったな<俺>!ゼリーの体力は10だから今度から後一発当てれば倒せるぞ!」

俺「俺も確定2発なんだよ!しかもゼリーと魔法使いのほうが攻撃力高い上にすっげえ痛がってんだよ今!つーかなんだよこれ超痛い!!前に35喰らった時なんて全然痛くなかったのにどうなってんだよこれ!?」

勇者「そりゃあんだけオーバーキルされれば痛みも何も感じられないだろ。あの時は即死に近い状態だったしな」

俺「即死!?俺死んでたの!?あれで!?」

魔法使い「当たり前じゃない。だからわざわざ教会で生き返らせてもらってたんだから」

俺「はあ!?」

シスター「どうどう、落ち着いてください。痛みを感じられるのも生きていられればこそですよ。尊いことじゃないですか」

ひっ!この人達怖い!死生観の概念がおかしいよ!
痛みや苦痛が尊いと感じるのも一度きりの生だからじゃないのか!?一回死んで蘇ってまた死ぬほど痛い目に遭うなんて無限地獄と同じことじゃないのさ!
少なくとも俺はこんな痛い思い二度としたくねえぞ!
そしてどうやら俺は抑えきれない痛みを受けた時叫んで紛らわせようとするタイプだったらしい!新発見!

シスター「とりあえず<俺>さんのHPを回復させますね。さあ、息を楽にして力を抜いてください」

言うが早いか、シスターが蹲る俺の背中に手を乗せて静かに詠唱を始めた。

俺「い、息を楽にって言われても内臓が・・・って、あれ?」

すると不思議なことが起こった。
背中に当てられたシスターの手から淡い光が発せられ、じんわりと温かい感覚が全身を包み込み、みるみる内に痛みが・・・。

シスターの回復魔法。俺のHPが28回復した。

シスター「――――はい、終わりました。痛みは引きましたか?」

俺「いや消えてない消えてない!相変わらずすっげえ痛い俺!!なんかそれっぽいテロップ出ただけで治ってないってこれ!」

勇者「そんなはずないだろ。しっかりHPが9に戻ってる」

俺「確かにちょっとあったかくて『アレ?』ってなったけどそれだけだって!」

魔法使い「気のせいよ気のせい。痛いと思うから痛いんだってば」

シスター「はい。魔法は成功していますし、痛くないと思えば痛くなくなるはずですよ」

俺「プラシーボ効果じゃんそれ!!だ、騙されないぞ俺は!!」

結局まともに動けるようになるまで30分掛かりました。



[40808] 初めての野宿編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2017/02/12 15:35
西の空に朱色が混ざり始めてきた頃、鬱蒼とした森を眼前に勇者が足を止めた。

勇者「よし、今日はこの辺りで休むか」

俺「でもまだ大分明るいぞ。このまま歩けば次の町まで着けるんじゃないか?」

慣れない野道で脚がガクガクし始めていたが、俺は敢えてそう進言した。
正直、ここで夜を明かすよりかは多少無理をしてでも人里の宿でベッドに倒れこみたい気分だったからだ。

魔法使い「このペースじゃ着くのは早くても夜になるわよ。この先の森には凶暴なモンスターもよく出るし、私達だけならともかくアンタを連れて今日中に森を越えるのは望み薄ね」

ちくしょう、この魔法使い言い方が刺々しい。さっきの戦闘の後しばらく悶え苦しんでいた俺の有様にすっかり幻滅してやがる。
仕方ないじゃないか。元々俺はそんなスポーツ万能タイプじゃないんだ。酔ってたとはいえ懸垂二回も出来ない不健康現代人なんだ。
むしろ、下手をしたら内臓に損傷が出かねないあの一撃を喰らっても尚『こんな物騒な世界にいられるか!俺は元の世界に帰らせてもらう!』とか言い出さないだけマシなほうだと思うぞ。

シスター「まあまあ、魔法使いさん。例え私達だけでも夜にあの森を抜けようとするのは危険です。まだ手元の見える明るい内に、夜を明かす準備をしたほうが賢明ですよ」

勇者「ま、そういうこった。じゃあ役割分担はどうする?」

魔法使い「フン・・・じゃあアタシは水でも探してこようかしら。森があるんだし、近くに川くらいあるでしょ」

不服そうに腕を組み、魔法使いがそっぽを向く。

シスター「では私は夕食の準備を。テントも張っておきますね」

勇者「なら薪拾いは俺が行くか。森には入るが、入り口くらいなら一人でも大丈夫だろ」

俺「・・・俺は何をすればいいんだ?」

控え目な問い掛けに、三人は顔を合わせて考え込み始めた。

勇者「・・・森のモンスターと遭遇したら俺一人じゃフォローし切れないかもしれないからな。魔法使いと一緒に水を探すってのはどうだ?」

魔法使い「アタシは嫌よ。こんなの連れてってもお荷物が増えるだけじゃない」

テメーこの魔法使いこの野郎。さっきから心にグサグサくるような事ばかり言い腐る。

シスター「でしたら私と一緒に夕食のお手伝いをしてくれませんか?テントを張るのも、二人いたほうが効率的ですから」

フォローありがとうシスター。どっかの魔法使いと違って、アンタはこの世界で俺の心のオアシスだよ・・・。

魔法使い「えー?アンタ料理なんて出来るの?」

俺「・・・まあ、一人暮らしで自炊はしてたからなんとか」

コイツはとことん舐め腐りおって・・・。
奥さんどころか彼女もいない独り身男の生活力をここぞとばかりに見せてくれるわ。
と言った具合に役割分担が決まったメンバーは、各々自分達の仕事へ。
勇者は暖を取る為の薪を取りに森へ、魔法使いは飲み水を確保する為に周辺の探索へ。
俺とシスターは旅具の中から必要な道具を取り出して野宿の支度に取り掛かった。

まずは保存食の野菜、玉ねぎとジャガイモの皮を剥いて食べやすい大きさにナイフで切り整える。
それらを皮袋に貯蓄していた水や干し肉と一緒に鍋で煮込みながら、シスターが小分けの袋から取り出した香辛料や塩を入れていく。
野菜を切るところまでは問題なかったものの、鍋を置く為の石積などに手こずったが、そこはシスターが丁寧にフォローしてくれた。
テントの組み立ても同じく、骨組みの結び方なんて全くわからなかったが、シスターは嫌な顔一つせずに教えてくれる。

俺「ホントすいません・・・手伝うつもりが面倒ばかりかけて・・・」

全ての準備が終わり、日が暮れかけた頃には思わず敬語である。

シスター「ふふ、気にしないでください。本や伝聞で、別世界から来た方達はこういった事に不慣れだと伺っていますから。これから覚えていけばいいんですよ」

ああ、焚火に照らされる優しい微笑みの横顔が女神に見える・・・。

シスター「それに私は元が出不精なせいか力仕事は苦手で・・・テントを張るのも旅に出る前、皆さんと練習はしたんですけど・・・だから、本当に助かったんです」

照れくさそうに笑うシスターを見て、俺は心に誓った。
正直、この世界に来て今の今まで魔王を倒す云々やその他諸々実感が沸かなかったが、こんな役立たずの俺にも隔てなく接してくれる、この華奢で心優しい彼女だけは護ろうと。
こんな情けない俺に何が出来るのかなんて分からないが、例えほんの少しでも助けになれたらと・・・そう思えたのだ。

魔法使い「あ~疲れた~。全く、水一つ探すのにこんな時間が掛かるなんて思わなかったわ」

そんな俺の内なる決意など知るはずもなく、樽桶と皮袋の水筒を一杯にしてきた魔法使いが騒がしく帰ってきた。

シスター「お疲れ様でした。もう少ししたらシチューも出来上がりますから、勇者さんが戻ってきたら皆で頂きましょう」

シスターの言葉に、魔法使いは鍋の蓋を取り、くつくつと煮えているシチューを覗き込んだ。

魔法使い「・・・ふうん、思ったよりマトモな出来じゃない。アンタでも役に立つことがあるのね。ま、大方シスターに手伝ってもらったんだろうけど」

くそ、半分以上事実なだけに否定できん。
この可愛げのない魔法使いも、少しはシスターもとい女神を見習って素直に褒めてくれないもんかね。まったく。

勇者「お、全員揃ってるな」

魔法使いが戻ってから少しして、補充分の薪を拾ってきた勇者も帰ってきた。
既に日は完全に沈んでおり、空には月が見えている。

シスター「お疲れ様でした。随分と遅かったですね」

魔法使い「ホントよ。もう少しで先に食べちゃうところだったんだから」

勇者「悪い悪い。森の中でこいつを見つけてさ。捕まえてたんだ」

やけに機嫌のいい勇者は、とっておきの土産を見せるように掴んでいる物ごと腕を上げた。

俺「ひっ!?」

魔法使い「あら、兎じゃない」

シスター「まあ」

勇者の手に握られていたもの・・・それは猫より一回りは大きい野兎。
生前は愛くるしかっただろう兎の、物言わぬ姿に俺は思わずのけ反った。

勇者「どうだ、旨そうだろ。夕食にはもう間に合わないけど、朝飯は豪勢にいこうぜ!」

俺「はあ!?そ、それ食うのかよ!?」

勇者「当たり前だろ?もしかして食ったことないのか?」

俺「ねえよ!!」

肉と言われればスーパーで売られる牛肉や豚肉の切り身を思い浮かべる俺は、突然の事態にオロオロするばかり。

魔法使い「勿体ないわねー。兎肉は美味しいのよ?」

俺「い、いや・・・美味しいとか不味いとかじゃなくてだな・・・」

勇者「まだ仕留めてからそう時間は経ってないし、血抜きもすぐ終わるだろ。シスター、頼んでいいか?」

シスター「ええ、わかりました」

俺「えっ?」

発言に対する理解が追い付いていかない俺を置いてけぼりに、シスターは勇者から手渡された兎を、先ほどまで俺と一緒に野菜を切っていた木製のまな板に乗せた。
いつもと変わらない微笑みのシスターが握ったナイフに、焚火が反射してゆらゆらと揺れている。

俺「シ、シスター・・・ちょっと待―――――」

ダンッ!

・・・・・・そこからの手順はご想像にお任せするとして、シスターによって目の前でテキパキと行われる『下拵え』を、目が逸らせないまま俺は全て見届けてしまった。手順は魚を捌くのと大体は同じだと思って頂きたい。
手頃な木の枝剥いだ皮に掛け、紐に括られた兎を吊るして一段落したシスターは、何か言いたげな俺の視線にやっと気付いたのか、頬に飛んだ返り血をそのままに振り向いた。

シスター「? <俺>さん、どうかしましたか?」

俺「・・・・・・あ・・・・・・いや・・・・・・」

何も言えず茫然とシスターを見つめることしか出来ない俺に、シスターは不思議そうな顔をして小首を傾げていたが・・・やがて頬に飛んだ血を指摘されているのだと勘違いをしたらしく、修道着のポケットから取り出したハンカチで慌てて横顔を拭って恥ずかしそうに微笑んだ。

ああ、焚火に照らされる優しげな微笑みが何か怖い・・・!

勇者「っしゃー! そんじゃメシにしようぜ!お、中々うまそうに出来てるじゃないか」

魔法使い「見た目は良いけど味はどうかしら。―――――――あ、思ったより悪くないじゃない」

シスター「ふふ、<俺>さんも頑張って手伝ってくださいましたから。おかわりもありますから、たくさん食べてくださいね」

・・・いや、分かってる分かってる。俺が悪いのさ。この世界じゃこれが普通なんだ。俺達の世界で言う魚を捌く行為と何一つ変わらないんだ。むしろ家庭的でいいじゃないか。そう、真っ直ぐ受け入れられない俺が悪いのさ。
和気藹々と始まった食卓に、俺は一人混じれず茫然と木の枝に掛けられた真っ黒な兎の目をいつまでも見つめていた。




[40808] 初めてのアイテム編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2017/02/16 13:07
時刻はまだ昼前だというのに、木々が鬱蒼と生い茂った森の中は薄暗く寒々しい。
朝方に豪勢な朝食こと野兎のシチューを平らげ、テントを片付けてからこの森に入り、もうどれくらい時間が経っただろうか。
昨晩は現代人には少々ショッキングな光景を目の当たりにしたせいで眠れるかどうか不安だったが、慣れない冒険と戦闘の疲れもあってか泥のように眠ってしまった。
多少心の整理が必要な物事を経験しても、一晩ぐっすりと寝てしまえば不思議と気分が楽になっているのだから、やはり体を動かすことは大切だなと実感する。
ただやはり俺も歳なんだろう。
運動不足の体ということもあり、疲労がまだ完全に癒えてはいない。
自分ももう若くないなと痛感するのは、この回復力の低下に一番の原因があるんじゃないだろうか。
鈍い痛みが粘りつくように残る足を鼓舞しながら勇者達の後ろを歩いていると、不意に道脇の茂みがガサガサと揺れ動いた。

勇者「! 気をつけろ、モンスターだ!」

勇者の鋭い警告にPTが身構えた瞬間、飛び出る影。

人食いオオカミA、Bが現れた!

うわ、デカい。
俺が知ってる大型犬より余裕で2回りはデカい。
いや、正直どうしたらいいんだこれは。
倒すのか? いやまあ倒さなきゃいけないんだろうけどさ。
人間の速度で狼から逃げ切ろうなんて無理な話だろうし、逃げたところで真っ先に追いつかれるのは俺だろうから戦うしかないってのは分かってるんだ。
でも俺、こう見えてもかなり動物好きなんだよホント。昔犬も猫も飼ってたし、今だって住んでるアパートがペット禁止じゃなきゃ捨て猫の一匹や二匹余裕で拾ってきてるよ。
そりゃ命があるっていったら魚や虫だってあるし、昨日倒したゼリーにだってあるんだろうさ。
でもなんていうのかな、親近感が沸く見た目だったり、体温が高くて赤い血が流れてる生き物を手にかけるっていうのはこう、理屈じゃ分かってても感情的に嫌なんだこれが。
人間特有の偽善だってわかっちゃいるさ。見てないトコで捌かれてりゃ牛肉や豚肉だって美味そうに見えるし実際美味しいんだもの。今朝の野兎だって美味しかったよ。
でもそのくらい偽善的なほうが生き易いじゃないか。

勇者「ハアッ!」

勇者の攻撃。人食いオオカミAに11のダメージ。

ああー、なんて心の整理がつかない内に戦闘が始まってしまった。
やめてくれやめてくれ。昨日といい今日といい、なんでこう都合よくダメージ描写をデフォルメしてくれないんだ。
いいじゃないか別に、そのへんリアルにしなくても。

人食い狼Aの攻撃。魔法使いに8のダメージ。

魔法使い「きゃあ!」

勇者の剣戟によって血が飛び散った狼から目を逸らし気味にしていた所で魔法使いが攻撃を喰らった。
やばい、狼速い。
鋭い爪で引き裂かれた魔法使いの額から出血してるのが見えて、純粋に心配になる。

人食い狼Bの攻撃。シスターに10のダメージ。

シスター「あぅ!?」

あっ!? シスターが噛まれた!
てめえこの野郎狼犬畜生が。
魔法使いはともかくシスターに手出ししやがったな。
さっきまで文明社会の道徳概念の矛盾に悩んでいた思考が一瞬で怒りに染まった。

魔法使い「(長ったらしい詠唱)よくもやってくれたわね・・・! 喰らいなさい!」

魔法使いの雷撃。人食い狼Aに23のダメージ。モンスターを倒した。

シスター「ここで倒れるわけにはいきません!」

シスターの祈祷。PT全員の素早さが上がった。

あ、やべ俺の番だ。
意気込んでみたはいいがどうしよう。
狼を攻撃する事に若干抵抗は無くなったものの、何したらいいんだろ。
狼のHPが幾つかは知らないが、勇者の一撃でも倒せなかったんだから俺が倒すのは不可能だろう。
でも何もしないでいるよりかはマシかな・・・?

勇者「<俺>! シスターに薬草を使うんだ!」

迷っている間に勇者から指示が飛んだ。
そうか、確かシスターのHPは19。もう一撃喰らったら死んで(?)しまうからここは大事を取って回復させようというわけだ。

俺「よし、わかった!」

早速俺は背負っていた皮の袋を地面に下ろし、ガサゴソと中を探り始めた。
薬草、薬草・・・いやそもそも薬草ってどれだ。何か似たような葉っぱばかりでわからん。

勇者「何やってんだ<俺>! 早く薬草をシスターに!」

俺「い、いや分かってはいるんだけど・・・・・・すまん薬草ってどれだ!? これか!?」

魔法使い「違うわよ! それ毒消し草でしょ!」

顔面血塗れの魔法使いに怒鳴られて色んな意味でビクッとなる。
マジか、違うのか。それっぽいのに。
俺は再びあたふたと袋の中を探す。

俺「じゃ、じゃあこれは!?」

勇者「それは麻痺を治すための満月草だろ!」

俺「え!? あ、じゃあこれ!」

シスター「そ、それは・・・今朝のシチューに使ったローリエです・・・」

くそっ、通りで見覚えあると思った。俺もよくビーフシチュー作る時に入れるわ家で。
というかシスターの声がダメージで辛そうだ!
ごめんシスター悪気はないんだ・・・! そして悪気はないけど薬草もないんだ・・・!

勇者「なにやってんだよ<俺>! 早くしないと戦闘のテンポがおかしくなっちまうだろ!?」

俺「わかってんだよチクショオオオオオオ!! っていうかテンポってなんだ!?」

魔法使い「見ればわかるでしょ! 狼だってずっと待ってくれてんだからね!?」

俺「それって待ってくれるもんなの!? だったらそのまま待たせとけや!! つーか薬草ってどんなのだ!?」

勇者「薬草は小瓶に入った粉末状のやつだ!! 常識だろ!!」

俺「知らねえよそんな常識!! いやむしろ薬草っつったら葉っぱだろ!? 毒消し草やらはそのまんまなのに変なトコでオリジナル要素出すんじゃねーよ!! ごめんシスターはいこれ!!」

キレ気味になりながらも俺はようやく見つけた薬草の小瓶をシスターにパス。
律儀に弱々しい笑顔で会釈してから受け取ったシスターは、粉状になった薬草を未だにどくどくと出血している腕に振り掛けた。

<俺>は薬草を使った。シスターのHPが30回復した。

俺「いや俺は使ってねーよ!! 今の俺はテロップにさえキレるぞ!?」

勇者「落ち着け<俺>! まだ戦闘中だぞ!」

勇者の攻撃。人食いオオカミBに13のダメージ。

魔法使い「まったく緊張感ないんだから! (長ったらしい詠唱)燃え尽きなさい!」

魔法使いの炎撃。人食いオオカミBに28のダメージ。モンスターを倒した。
PTにそれぞれ10の経験値が入った。

俺「緊張感無いも何も今気付いたらおかしいぞこれ! 行動順がシスターの魔法で繰り上がったのはいいとして、オオカミBだって今の魔法使いがブツブツ言ってる間に攻撃してくればいいじゃん! 俺が無様に薬草探してる間に攻撃されてんのが普通じゃん! なんだよこれ!?」

勇者「仕方ないだろ。そういう決まりなんだから」

俺「そういう決まりってなんだよ!? ターン制!?」

魔法使い「ターンせい・・・? なにそれ? アンタ何言ってんの?」

俺「隙だらけの間に敵が何も攻撃してこない事を一切疑問視しないお前に正気を疑われたくねえよ! あとお前顔が血塗れだからさっさと治せ!!」

シスター「まあまあ。<俺>さんもまだこの世界に来て日が浅いので、文化の違いに驚かれるのも無理はないと思います」

俺「文化・・・!? いやこれはもっと根本的な問題だと思うよシスター!?」

勇者「まあいいじゃないか。この決まりがあったお蔭で、<俺>も薬草をシスターに使うことが出来たんだから」

くそっ・・・事実その通りだから何も言えねえ・・・!


その後、何事もなかったかのように森を進む三人に、どう説得したらいいものかとしばらく悩みに悩んだが・・・その内、俺は考えるのをやめた。



[40808] 初めての探索編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2014/12/20 19:34
なんか俺が考えてたファンタジーの世界と違う気がする。
いや、現実と理想なんていつだって違うもんだけどさ。
そもそも思春期の頃にイメージしてた大冒険じゃ、俺は中途半端にくたびれたオッサン目前の年齢でなく、若々しい生気漲る十代のはずだったんだよね。
なんかこう、都合の悪い諸々の葛藤や罪悪感はスルーして活躍してるはずだったんだ本当は。
実際にはこの有様だけどさ。

そんなこんなで冒険を再開してから二日目の夕方、俺達一行は森を抜けて目的地である次の町へと到着していた。
道すがらにシスターから聞いた話だと、この町は街道に面しているということもあり、行商人や冒険者達も集うことが多く、小さいなりにも賑やかな町なんだとか。
確かに、始まりの町に比べてメインストリートの市場には活気があるし人の数も多い。

勇者「ふー、ようやく到着したな。さて、まずは町の人達から情報を仕入れようか」

俺「その前に、今晩泊まる宿を見つけたほうがいいんじゃないか? もう夕方なんだし、これだけ人がいるんだから部屋が無くなるかもしれないぞ」

大学生時代、思いつきそのままで友人達と行った旅行先の長野で、「シーズン外れてるし泊まるとこくらい余裕だろ」という楽観的思考で車中泊した羽目になった時のことを思い出し、俺は提言した。

勇者「ああ、それについては大丈夫だ。問題ない」

どっかの一番いい装備を付ける前の72通り程名前がある男みたいなことを言った勇者は、根拠の説明もしないまま歩き出した。
いいんですけどね、別に。
でもこういう旅先でいざ泊まるとこが無くなった時、無責任な発言をした本人の居た堪れなさといったら無いぞ。
長野で車中泊した時だって、そういう日に限って春だか夏だかよくわからん時期だったのに真夏並みの熱帯夜で悲惨な目にあったんだ。
友達の中で一人車のクーラーがダメなヤツがいて、そのせいで温度調整に揉めて軽く仲が険悪になったりな。
「旅行いこうぜ!」って言い出したのそいつだったんですけどね。
そんなアイツも今では家庭持ち。奥さんに息子一人の大黒柱。
出来ちゃった婚だから長続きするか怪しいよなーなんて結婚式で陰口叩かれちゃいたが、今でも円満に一家のお父さんをやっているんだから、世の中わからないもんだよ。
それに比べて、どうして俺はこんな場所で遅れてやってきた昔の念願に絶望しているんだろう・・・。

魔法使い「なに変な顔して夕日を見つめてんのよ。さっさと行くわよ」

魔法使いに肩を叩かれ、俺は勇者達の後をとぼとぼと歩き始めた。

勇者「よし、この家から始めるか」

そう言ってノックも無しに開け放ったのは、どう見ても道具屋でも武器屋でもない民家。
家の中には夕食の匂いに包まれた家庭的な情景に、俺とそう歳も変わらないであろう見た目の奥さんと男の子が一人いた。

俺「お、おい。人様の家にいきなり上り込んじゃっていいのかよ。しかもお夕飯時だぞ」

魔法使い「なに言ってんのよ。私達は『勇者一行』なのよ?」

俺「え? なんだって?」

素で聞き返した俺に構いもせず、勇者は気さくに奥さんに話しかける。
奥さんも奥さんで、旦那さんの帰りを待ちながらしていたであろう食事の支度を邪魔されたにも係わらず、笑顔で世間話なんかをしている。

奥さん「もう、うちの人ったら遅いんだから。今日は折角のご馳走なのに」

口調がどこか独白っぽく聞こえるのは俺の気のせいじゃないはずだ。
玄関先で立ち尽くす俺の横には、なんとなく気まずそうに苦笑を浮かべるシスター。
俺がシスターに事情を訊ねようと口を開きかけた時、家の奥に入って行った魔法使いが何の躊躇もなくタンスを探り始めた。

俺「おい何してんだ!」

魔法使い「何って、使えそうな道具があるか調べてるんじゃない。あ、薬草発見」

魔法使いは見つけた薬草を当たり前のように皮の袋にしまった。

俺「ふざけんな! 勝手に押し入って人ん家の物漁る勇者なんて聞いたことも・・・・・・あるか・・・。でもダメダメダメダメ! そういうのはゲームの中では許されても実際にやっちゃいけません! 今すぐ元の場所に返してらっしゃい!! 捕まるよ!?」

魔法使い「うっさいわねー、ゲームって何よ。それに勇者一行はお店以外なら、その居住者が在宅していた場合に限り、リスト内の道具なら一度きりで一つずつだけ持って行っていいって法律があんのよ。ほらこれ」

俺「法律!?」

魔法使いが気だるげに差し出してきた紙を、ひったくる様に受け取った俺は、まじまじと文面を見た。
・・・・・・確かに書いてある。
一つの民家につき一度だけ、以下のリスト内の物(薬草、毒消し草、etc)であれば民衆はいかなる場合であっても勇者一行がそれを見つけた場合、快く無償で差し出さなければならないって。
しかも宿場施設においては常に勇者一行が訪れた場合を加味し、空き部屋を一つ作っておくことだと。

俺「なんだこりゃ胸糞悪いわ! 法律で許されてれば何やってもいいのか!? そんな連中に世界を救われてもこの人達だって後味悪いじゃないのさー!!」

勇者「そんなわけないだろ。ホラ、奥さんだって笑顔で談笑してる」

奥さん「もう、うちの人ったら遅いんだから。今日は折角のご馳走なのに」

俺「さっきと同じ台詞しか言ってねえよ!! 明らかに無理してるけどお前が話しかけるから機械的に返事してるだけだって!!」

魔法使い「あ、みてみて! 小さなメダルがあったわよ!」

俺「オイコラ待て魔法使いお前! 今そのメダルどっから引っ張り出しやがった! 子ども用ベッドの下に隠してあったオモチャの宝箱から取ったろ! この子の大事な物に違いないんだから今すぐ返してあげなさい!!」

魔法使い「でもこの子だって『僕の宝物だけど、お姉ちゃん達にあげるよ』って言ってるわよ?」

俺「涙声でだよ!? 社交辞令の言葉を真面に受け取りすぎんなや!! そういった言葉の裏を汲み取って人に接することも好かれる勇者の第一条件なんじゃありませんかね!? だからそのメダルも薬草も元の場所にお戻しなさいな! さあ!!」

勇者「でも序盤に<俺>を復活させたせいで、俺達の所持金も半分になってるしなあ・・・」

俺「うっぐぅ・・・・! い、いや・・・今回は譲らねえぞ!? 半分になったお金は俺が責任取ってバイトでも何でもして戻すから!! つーかもうどうでもいいからお前ら早く外に出て正座しろオラア!! 年長者として真心と配慮の正しい付き合い方を説教してやる!!」

その後――――通りで一時間かけて説得し、なんとか分かってもらえたようです。



[40808] 初めての労働(異世界)編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2015/01/14 13:32
勇者達の探索という名の押し込み強盗を説得してから数時間後。
俺は町の酒場で目まぐるしく動き回っていた。
先の発言の責任を取るべく、臨時店員募集の張り紙を付けたこの店に申し出で、早くも有言実行という訳だ。
俺達が宿にチェックインする際、勇者はこの町には二、三日滞在する予定だと言っていたから、その間に働けば少しは借金もとい俺の復活代金の足しにはなるだろう。
今、店を切り盛りしているのは三人。
お髭がダンディーで筋骨隆々な店主であるマスターと、看板娘でありマスターの一人娘でもある中学生位の女の子。そして俺である。
規模こそ小さな酒場だが、行商が盛んな町にある為か客入りは多いようで、さっきからお客さんの注文を聞いては厨房の手伝い、配膳、僅かな時間の合間に皿洗いと息をつく暇もなかった。
大学時代に居酒屋のバイトを経験してなけりゃとっくに心が折れてたかもしれない。年末年始のシーズンといい勝負だ。
しかしなんというか、やはり働くってのはいいな。自分が人の役に立ててるっていう実感は、純粋に励みになる。最近ロクな目に遭ってなかったせいもあるが。
でもまあ、戦闘と違って怖い思いも痛い思いもしなくていいのが有難い。安全ってホント素晴らしい。
そんなギャップも相まってか、俺が久方ぶりに労働の素晴らしさを実感していると、客席から一際大きな怒号とテーブルをひっくり返すような音が聞こえた。

客A「なんだテメエ!? やんのか!? あぁ!?」

客B「上等だコラ! ここで白黒つけてやらあ!!」

恐る恐る様子を伺うと、どうやら冒険者らしき客が二人、喧嘩になっているようだ。
胸倉を掴み合う男達の足元には、賭け事にでも使っていたのだろうカードが散らばっていた。
あー、もう。ホッとした矢先にこれだよもう。勘弁してくれねえかなあ・・・。
周りのお客さん達は止めるどころか、どんどん囃し立てて煽ってるし。

マスター「やれやれ。仕方ない、ちょっと止めてくるか」

こういう事態には慣れているのか、マスターは料理をしていた手を休めて溜息を吐いた。

俺「あ、俺が行ってきますよ。注文も立て込んでるし、マスターは残りの料理お願いします」

料理はマスターか看板娘ちゃんしか作れないし、ここは俺が行くしかないだろう。

マスター「おや、そうかい? 大丈夫か?」

俺「ええ、まあ。とりあえずなだめてきます」

皿を洗っていた手を布巾で拭うと、俺は揉めている二人に近づいていった。
居酒屋なんかでバイトしてると、こういう客をあしらうこともたまにあった。
その時の要領でやれば問題ないだろ、多分。

俺「まあまあ、お客さん。とりあえず座って座って」

蹴倒されたイスを起こして促す。
こういう時、立ったまま話をしようとすると、いつまた掴み合いになるかわからない。
なるべく落ち着いた体勢に戻してからテーブルを挟んで一段落させて、水でも飲ませてお帰り頂くのが賢明だろう。

客A「うるせえ小僧! 口出しすんな!」

客B「こりゃ俺達の問題なんだ! 引っ込んでな!」


悪漢A、Bが現れた!


えっ、なにこれ戦闘開始なの?
マジでか。話しかけただけなのに? しかもまだ何も聞いてないよ?
ちょっと待ってよどうなってんのさ。イス起こしただけだぜ俺。
あと悪漢A、Bてなんだ。ただの酔っぱらった客じゃなかったのかよ。
しかも二人とも剣抜いてる剣。
居酒屋の時でも酔っぱらって別の剣抜いてブラブラさせてるヤツはいたけど、こっちのは比喩表現抜きでモノホンの剣だ。
いかん、突然の事態に混乱して下ネタのようなことを言ってしまった。
そんな場合じゃない、落ち着け。誰か男の人呼んでー。
助けを求めて視線を巡らせてみても、周りの男の人(客)は皆『盛り上がってまいりました』みたいに煽るだけで役に立ちそうもない。
ヤバい、このまま俺が二人にヤラれて教会で復活&借金プラスの運命しか見えない。
いや命の危機に瀕してるって時にお金の心配をするってのもアレだが、どうせ生き返るんだろうしさ・・・。
ハッ・・・! いかん、もう大分この世界に毒されてる感じがしたぞ今・・・!

???「困ってるみたいじゃないか。助太刀するぜ、<俺>!」

店の扉が勢いよく開くと同時に聞き覚えのある声がした。
ま、まさかこの声は・・・!

魔法使い「まったく、様子を見に来てあげたら何やってんのよアンタは」

シスター「<俺>さん、お怪我はありませんか?」

俺「み、みんな・・・!」

ヤバい、どうしよう。
今ちょっと本気でこいつ等に感動した。
あまりにタイミングが良すぎて「もしかして外で様子を伺ってたのかな」なんて感じたが、細かい疑問はこの際気にしないことにする。

悪漢A「なんだこいつ等は?」

悪漢B「めんどくせえ、コイツと一緒にやっちまえ!」

そして仲違いをしていたはずのこいつ等も、いつの間にか結託して襲い掛かってくるようだが、それも気にしないことにする。『客』が『悪漢』になってることも含めてな。

勇者「やれやれ、俺達のことを知らないとはな」

魔法使い「フン、酒場のゴロツキ風情が随分と勇敢なことね」

シスター「どうやら、この方達には少々お仕置きが必要なようですね・・・」

それぞれが何かカッコいいこと言ってるので俺も何かそれっぽいことを言おうとしたが、思い浮かばなかったので結局断念した。
今度予め考えておこう。

勇者「よし、みんないくぞ!」

勢いよく剣を抜き放った勇者が、戦闘開始の合図を告げる。


そして戦闘開始より2ターン後。
俺達全員のHPは一桁になり、PTは全滅の危機に晒されていた。

俺「なにこれ!? 登場まではカッコ良かったのになんでいきなり全滅寸前なの!?」

唯一無傷で元からHP一桁の俺は、頼もしさ一転の有様に思わずそう言わざるを得ない。

勇者「くっ・・・なんて強さなんだ・・・!」

魔法使い「まさか・・・この私の魔法が効かないなんて・・・」

シスター「ここで私達が倒れたら・・・この世界は・・・」

俺「そういう台詞はもっと終盤のそれっぽいトコで使えよ! ここまだ二つ目の町の酒場だよ!?」

膝をついて肩で息をしている三人に、思わず俺はそうツッコんでいた。

勇者「そうは言うがな・・・こいつ等多分、レベル10以上はあるぞ・・・」

俺「マジで!? でもこんなチンピラ風の相手に四人がかりでボロボロにされちゃ、勇・・・い、いやこのPTとしてどうかと思うぜ!? 何の役に立ててない分際で言うのも申し訳ないんだけどさ!!」

ここで勇者一行と口に出来なかったのは、世間に対する目を気にしてのことである。


悪漢A「へっ、口ほどにもねえ連中だな」

悪漢B「ん? よく見りゃ中々いい女連れてるじゃねえか。こりゃ儲けもんだぜ」

ああ、あかん。あかんあかんあかん。
このまま行きゃ全滅どころか俺と勇者以外『くっ!殺せ!』的な展開になること間違い無い。相手はオークでもないのに。

俺「くそっ! いくら冴えない人生っつってもこんなつまらん奴等に殺されてたまるか!あ、 つーか忘れかけてたけど俺のターンじゃん! そういえば薬草は!? こんな時に俺でも唯一役に立てそうな回復アイテムとかは!?」

勇者「宿に・・・置いてきたままだ・・・」

俺「持ち歩けよ!! 変なとこリアル仕様にすんのヤメロって言ってんだろ!?」

魔法使い「リ、リアル仕様って何よ・・・荷物だって重いんだから・・・仕方ないじゃない・・・」

俺「ああ、くそっ! なんか間違ってるのに間違ってないから何も言えない!!」

絶望して頭を抱える俺の肩に、逞しい手がポンと置かれた。
振り返ると、そこには相変わらずダンディーな髭に筋骨隆々なマスターの姿が。

俺「マ、マスター・・・」

マスター「彼等が時間を稼いでくれた間に、注文されていた料理も仕上がってね。さあ、ここからは従業員である我々が頑張ろうじゃないか」

俺「えっ」

まさか俺はこのまま連戦なのか。いやダメージも喰らってないし動けるっちゃ全然動けるんだけど、ある意味全く動けませんぜ?
それに仮にも勇者PTが手足も出なかった相手に、いくら見た目が逞しくて屈強そうなマスターが戦うって言っても・・・。

看板娘「わ、私も手伝います!」

さっきまでトレイを胸に抱いて震えていたマスターの一人娘である看板娘ちゃんも申し出てきた。
まずい。こうなったら俺とマスターだけで何とか時間を稼いで、勇者達や看板娘ちゃんを逃がすしかない。
そして誰か男の人を呼んできてもらう以外助かる道が・・・!

マスター「ふんっ!」

嘲笑を浮かべる悪漢達の元へ一歩進み出たマスターが、両腕を持ち上げてボディービルダーのようなポージングをした瞬間、ただでさえ窮屈そうだったマスターのシャツが盛大な音を立てて千切れ飛んだ。
こ、これ・・・ラピ〇タで見たアレだ・・・!
マスターのパフォーマンス(?)に圧巻される俺。
周囲の客席の野次馬達からは感嘆と称賛の雄叫びが上がっている。

悪漢A「へっ、何人来ようが同じことよ!」

悪漢B「相手になってやるぜ!」

今思ったんだけどこいつ等も結構ノリがいい性格してるかもしれない。


悪漢A、Bが現れた!

マスター「さあ、相手になろうか」

マスターの仁王立ち。マスターは立ちはだかった。

悪漢A「くらえっ!」

悪漢Aの攻撃。マスターに3のダメージ。

あ、これマスター強いわ。
さっきの戦闘で勇者に一撃で20近くのダメージ与えてた悪漢Aの剣戟を真面に受けたのに、たったの3しか喰らってない。
しかも俺と看板娘ちゃんに攻撃がいかないように庇ってくれてる。俺が女だったら惚れてるわこれ。

悪漢B「くたばっちまいな!」
悪漢Bのスラッシュ。マスターに5のダメージ。

悪漢Bの必殺技っぽい攻撃にも全く動じていない。
この人レベル幾つなんだ一体。

看板娘「おとうさん、<俺>さん、頑張って!」

看板娘のエール。
マスターの攻撃力が格段に上がった。防御力が格段に上がった。素早さが飛躍的に上がった。
マスターのHPが全快した。
俺の攻撃力がかなり上がった。防御力がかなり上がった。素早さがかなり上がった。
俺のHPが278回復した。

やだ、なにこの娘。なにこれ凄い。
俺とマスターの効き目で差があるのは、恐らく愛娘に応援されたという点の違いなんだろうが、それでもこの効果と効き方はあり得ないだろ。
嘘みたいに力が漲ってくるし、体が軽い。

マスター「ぬおりゃああああああッ!!」
マスターの鉄拳。悪漢Aに216のダメージ。悪漢Aは倒れた。

倒れたっていうより人形みたいに吹き飛びましたけど。
つーかなんだ今の攻撃は。今まで勇者達が出してたダメージが遊びみたいに思えてくる数値じゃないか。
これだけの光景を目の当たりにして、よく逃げ出さねえな悪漢Bも。ある意味すげえよ。

そしてどうやら看板娘ちゃんのエールによって素早さが上がった為、今度は俺のターンらしい。
さてどうしたものか。さっきの戦闘でも気付いてはいたんだが、今俺は武器を装備していない。
とりあえず攻撃力も上がっているようだが、ゼリーに武器有りで6しかダメージを与えられない俺が殴った所で、あの悪漢Bを倒せるんだろうか。
しかしこうなっては、もうやるしかない。

俺「くらえっ!」

俺の攻撃。悪漢Bに78のダメージ。悪漢Bを倒した。
PTにそれぞれ107の経験値が入った。

すげえよ何これ。
腰の引けた見よう見真似のパンチで、マスター程じゃないけど悪漢Bが吹っ飛んだ。
看板娘ちゃんのエールのお蔭だって分かっちゃいるが、まさか俺が敵を倒せる日がくるとは思わなんだ。ちょっと純粋に感動してしまっている。
というより何者なんだよこの二人は。もうこの二人で魔王倒して世界救えばいいじゃないのさ。
野次馬達の拍手喝采に包まれながらポーズを決めるマスター、そして恥ずかしそうにお辞儀をする看板娘ちゃんを見て、俺は心の底からそう思った。



[40808] 初めての見張り番編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2014/12/27 23:38
二番目の町で酒場のマスターと看板娘ちゃんに別れを告げてから既に二日が経っていた。
周囲は見通しの良い平原。
蒼く大きな月が、穏やかな光で遠くにそびえ立つ山々を浮かび上がらせている。
街道から少し外れた場所で、大きな岩に寄り添う様にテントを広げたPT一行は、俺とシスター作の夕食を平らげた後、こうして野宿している。
昼の気温は暖かい為ジャージ姿(+皮の鎧)でも平気だったが、夜が更けてくるとやはり少し肌寒い。
本日の見張り番を任された俺は、風邪を引かないよう焚火に追加の薪を放り入れた。
下火になりかけていた火が、渇いた薪を飲み込んで勢いを取り戻す。
しかし、こうして一人で赤々と燃える炎を見ながら体育座りなんかしていると、なんだか物思いに耽ってしまう。
俺はぼんやりと、つい先日別れたばかりのマスター達のことを思い出していた。

件の悪漢A、Bを倒した後、周囲の浮かれ騒ぎと初めて敵を倒せたという高揚感で忘れかけていたが、直後にこの世界で敵を『倒す』ということが何を意味するかを思い出した俺は、一気に顔面蒼白になった。
『まさか俺は人を・・・!?』
直感した嫌な予感を理性がそこまで言葉に変えた時、倒れていた悪漢Bがうめき声と共にヨロヨロと立ち上がり、『ち、畜生! 覚えてやがれ!』とのお約束な捨て台詞と一緒に悪漢Aを背負って逃げ出したのだった。
それでも不安だった俺は多少動揺しながらもマスターに彼等・・・主にマスターが倒した悪漢Aの安否を訊ねてみたのだが、マスターはさも当然といった表情で

マスター『何を言ってるんだ。喧嘩程度の事情で人を殺めてしまったら犯罪じゃないか』

と言った。
あまりにも素の表情でそう言われた俺は、それ以上追及することを止めた。
そう、俺が慣れればいいのさ。
この世界はきっとこう、ケースバイケースで色々なんとかしてくれるはずだ。
俺がある意味無我の境地に達している横では、さっきの戦闘の惨敗等無かったかの様に勇者達がメニューボードを見ながらテンション高めに注文を決めていた。
仮にも勇者一行を名乗っておきながらチンピラ二人に手も足も出なかった点について何かしら思うところがあって然るべきじゃないかとは感じたが、やはり俺は口には出さなかった。
言ったところで、自分の首を絞めるようなもんだからだ。
その後、俺の三日間のバイト生活は初日の戦闘騒ぎ以外は何事もなく無事に終わった。
ちなみにこれは余談だが、俺が深夜まで労働に勤しんでいる間、勇者と魔法使いは毎日酒場にやってきては魔王を倒した後の打ち上げパーティー並のテンションで飲み食いしていた。
一度、勇者が注文したエール(ビールっぽい酒)を頭からぶっかけて追い出してやろうかとも考えたが、何とか耐えた。こんなんでも一応はお客さんだ。
仕事上がりに酔い潰れた勇者と魔法使いを背負って宿に戻る道では、流石に放り出したくなったけど。
ちなみにマスターは俺の三日間の働きぶりに甚く感心した様子で、報酬のバイト代もかなり弾んでくれたようだった。
お蔭でPTの所持金は当初の三倍以上になったらしい。
どういう事か小一時間程問い詰めてやりたい気分に駆られはしたが、今度から金銭管理は俺がすると固く誓わせた事で不問に処す事にした。

マスター『困った事があったら、いつでも戻ってきてくれ。君みたいな働き者なら大歓迎だよ』

看板娘『また・・・また一緒にお店で働きましょうね! 絶対ですよ!』

町を出立する際、態々見送りにまで来てくれたマスターと看板娘ちゃんの温かい言葉は、この世界に来て初めて出来た俺の宝物だ。

俺「・・・ぐすっ」

いかんな、最後に見たマスターの笑顔と看板娘ちゃんの涙ぐんだ顔を思い出して感傷的になってしまった。
俺だって出来ることならあの町に残ってマスター達と平和な暮らしがしたいよ。
でもそれじゃ、何の為にこの世界に呼ばれたのか分からないじゃないのさ。
いや、戦闘の面で独力じゃ何一つ役に立たない俺に出来ることなんて無いに等しいんだけど・・・。
じゃあなんで、そこまで自分で分かっているのに俺は勇者達と旅を続けてるんだろう。

俺「・・・うーむ」

・・・もしかしたら、俺は何かこの世界にいる意味を欲しがっているのかもしれない。
この世界で、俺にしか出来ない特別な何かがあって欲しいという願望が。
前に勇者に言われた言葉を思い出す。
『魔王を倒すには選ばれし勇者の力を持つ者と異世界から呼ばれた人間の力が必要』なのだと。
ひょっとしたら、俺はその『何か』を『魔王を倒す』っていう目的に置き換えてるだけなんじゃないだろうか。
自分にだけしか出来ない『何か』を見つける事や成し遂げる事の難しさは、元いた世界で嫌っていうほど分かってるんだけどな・・・。
そもそもレベルも歳も25なのに、序盤雑魚モンスターのゼリー野郎でさえ互いに確定2発なんて有様の俺が、本当に魔王を倒す力になれるのか疑問だ。というか無理だ。どう考えても。
それを言っちゃあ、酒場のチンピラ相手に全滅しかけてるこのPTの先行きも結構絶望的だと思うけどさ。
不安にならないのかね? 言えた義理じゃないが、自分達の力量じゃどうしようもならない物事ってあると思うんだよね。
二番目の町の酒場であの有様じゃ、魔王を倒すなんて、とてもじゃないけどさ・・・。
それなのに、なんであの三人は諦めようとさえしないんだろう?

俺「ハァ・・・」

どうにもネガティヴな事を考えてしまう。
それはこの広大な平原に一人ぽつんと座り込んでいるからなのか、肌寒い外気のせいなのか。
そんな情けない俺を見守る様に、夜空には一切れの雲さえかかることなく蒼月が輝いていた。
なんだかポエマーな気分になってしまうな。
書く物があったら、一詩綴ってしまいそうだ。
でもあれは中1の春に親に見つかって死にたくなったから、心に思い浮かべるだけにしておこう。

夜が明けたら、俺達は北を目指す。
そこには現在も魔王と戦っている三大勢力の一つ、ロートシルト王国があるそうだ。



[40808] 初めての王国編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2014/12/31 08:50
北の街道を進み始めてから四日目の朝。
薄く霧が立ち込める峠を抜けた俺達は、目的地であるロートシルト王国・・・その城門前に到着した。

俺「うっへぇー・・・デカい壁だなあ・・・」

生まれてこの方、日本を出たことのない俺は初めて見る石造りの巨大な壁と分厚い門に圧巻されるばかりである。
壁の高さは素人の目算でも、ざっと20メートル以上はあるような気がする。

勇者「ここは城壁都市だからな。ま、初めて見る<俺>が驚くのも無理ないさ」

シスター「この壁は街一体をぐるりと囲んでいるんです。いま私達がいる南門はまだ平静ですが、物資の流入が盛んな西側や魔王の領域と面している北側は物々しい様相だと噂で耳にしたことがあります」

俺「そうなのか・・・それにしても、この光景だけ見ると魔王と事を構えてる国には見えないな」

魔法使い「・・・都市の北側は山を削って開拓された場所だから、北壁の両側は天然の城壁になってるのよ。その山にも監視塔くらいは置いてあるでしょうけど、こうまで不用心だと緊張感が足りないとしか言いようがないわね」

魔王と戦う代表勢力の一つと聞かされていたので覚悟していたのだが、道中に検問や兵士の姿も見えなかったのは、そういった理由があったらしい。

俺「へえ、詳しいんだな」

魔法使い「・・・べつに。これくらい誰でも知ってるでしょ」

どこか不機嫌そうな魔法使いはぷいっと顔を逸らした。
そうだそうだ、そういえば色々あって気にしてなかったけど、この魔法使いはどっかの姫だったんだ。
紹介文で書いたわ確か。
どうやってそれに気付いたかは機会があれば追々語るとしよう。
別に忘れてたわけじゃ、ないんだぜ?

と、なるとだ。
どうやらこのいかにもな反応を見る限り、魔法使いはここの王国のお姫様なんだろうさ。
最初の勘じゃ、魔王によって滅ぼされた亡国の姫君っぽいアレかなと思ったんだが、違ったようだ。
そんな悲劇的展開を経験した一国の王女が酒場のおっさんとエールで大酒対決とか言って正体を失うほど酔うもんかい。

勇者「よし、それじゃ早速王城に行こうか。まずは王様に会って話を聞かないとな」

なんで王様なの? という素朴な疑問はもう考えるだけ無駄なので黙って後をついていく事にする。
きっとそれも勇者一行の仕来りやなんかで決まってることなんだろうさ。
着々と経験を活かしてこの世界に順応していく俺の横では、黙り込んだ魔法使いがフードを被って顔を隠していた。
なんの事情があって勇者一行の魔法使いになったのかは知らんが、いっそ俺がバラしてやったらどうなるんだろう。
街中で「ここにこの国のお姫様がいますよー!」とかな。
やったらやったで今後の仲間関係が険悪になるから言いませんがね。へへへ。


なんて俺のゲス心が発揮されるまでもなく、魔法使いがこの国の王女だという事実は速攻でバレた。
城の門兵が「怪しい奴め! ここは通さん!」とか一悶着やってる間に別の門兵が「お、おい・・・この方は、まさか・・・!」といったテンプレ的なやり取りを経て、魔法使いは飛んできた衛兵に連れられて城の何処かへと。
俺達は麗しき姫君(笑)を誘拐した極悪人という濡れ衣を着せられて牢にぶち込まれていた。
いやー、実際に目の前でコテコテの茶番をやられると案外面白いもんだな。

衛兵『や、やはり! 貴方様は四年前に姿を消した姫様ではありませぬか!』

魔法使い『・・・っ! わ、私は・・・!』

勇者『そ、そんなまさか!?』

シスター『ま、魔法使いさんが、ロートシルト王国のお姫様だったなんて・・・』

俺『・・・』

慌てふためく周囲のやり取りの最中、俺は失笑を抑えるのに必死だった。
なんだかここ数日の間に大分慣れてきた自分がいるな。
スレてきたとも言えるが。まあそこはもう25ですから。
牢屋にブチ込まれたことは多少意外だったけど、どうせすぐに誤解も解けて出られるんだろうしさ。
牢屋の石床がちょっとゴツゴツして冷たいのが居心地悪いけど。
そんな余裕綽々な俺とは対照的に、勇者とシスターは結構ショックを受けているようだった。
薄暗い牢の中、壁に背を預けて座り込み、沈痛な面持ちで俯いている。

勇者「まさか魔法使いがこの国の王女だったなんてな」

シスター「・・・そうですね。本当に驚きました」

まあ俺もゲームやら小説やらの予備知識があったからこそ予想出来てたわけで、この世界でずっと暮らしてきた二人に気付けないのも無理はないかもしれない。

勇者「・・・今思えば、なんとなくそうじゃないかって思えることもあった気がするんだ。初めてアイツと会った時、装備してた短剣や持ってた魔導書も、そこいらの冒険者じゃ手に入らないほど上等なもんだった。アイツは拾ったんだって・・・そう言い張ってたけど」

そこはもうちょっと捻れよ魔法使い。

シスター「私も・・・いつの頃か、魔法使いさんがいつも身に着けているペンダントを見せてもらった事があったんです。見たことがないほど純度の高いクリスタルに刻印されていたロートシルト王家の紋章・・・そんなはずはないと、気にしないようにしていたのですが・・・」

いや・・・それは少し事情を聞いておくべきだったと思うよシスター。

勇者「<俺>はそんなに驚いてないみたいだな」

シスター「もしかして、気がついていたのですか?」

俺「え? あ、あー・・・」

それは勇者達と初めて会った際のこと。
突然の事態にテンパって魔法使いに『変なカッコしやがって! コスプレかよ!』ってツッコんだ事があった。
その時に魔法使いが

魔法使い『へ、変な恰好ですって!? 失礼ね! これは我が王家に伝わる代々の・・・っ!』

って答えたんだよね。
その後慌てて『な・・・なんでもないわよっ!』とか誤魔化してたけどさ。
そら分かるわ。
でも俺は大人。それも空気が読める25歳。
幾ら自分だけ分かってたからって、ここで『あんなん誰でもわかるわ! ブワハハハハ!』なんて子供っぽいコト言ったりは、しないよ。
控え目にいこう控え目に。

俺「・・・まあ、な。少しだけだけど・・・普段の立ち振る舞いとかから、なんとなくさ。そうなんじゃないかって」

おー、よしよし。
咄嗟に思いついたにしちゃ上出来な回答だ。
傲慢過ぎず、謙虚過ぎず、格好良く決めてやったぜ。

勇者「そうか・・・鋭いんだな、<俺>は」

シスター「お二人は少し仲が良くないんじゃと思っていましたけど・・・ちゃんと仲間のことを見ていたんですね、<俺>さん」

あれ、いい感じじゃないこれ?
なんかこの世界に来て初めて俺の予習効果(ゲーム)の成果が出てる気がする。

俺「いや、そんなんじゃないさ・・・」

ニヤけそうになるのを必死で堪えて言った。
台詞の後の「・・・」とかも結構いい味出してる気がするよコレ。

勇者「・・・これからどうなるんだろうな。俺達」

シスター「そうですね。それに魔法使いさんがいなくなったら、このPTは・・・」

先の見えない未来に二人が不安になっている。
だが俺には抜かりはねえぜ。この後の展開だって易々と予見できる。
まず第一に俺達の釈放はもうすぐだろう。
そんでもって偉そうなヒゲの王様が出てきて、『娘から事情は聞いた』とか言って数々の非礼を詫びるはずだ。
その隣にはドレス姿(似合いそうもねえな)の魔法使いもいたりするかもしれない。
そしてそのまま王様が俺達に激励の言葉を送って魔法使いもPT復帰して旅再開。
もしくは王様が魔法使いを引き留める→魔法使いがそれっぽい熱弁で説得or後で城を抜け出した魔法使いが俺達のピンチに颯爽と登場→結局みんなで旅再開。
みたいな展開になるわけだ。
冴えてるな今日の俺。
よし、そうと決まれば俺が二人を励まさにゃいかんぜよ。
後は調子に乗って台詞を噛まないよう心掛けるだけだ。
準備オッケー? 3、2、1、アクショーン。

俺「二人とも、心配するなよ。きっとその内、魔法使いが事情を説明して俺達を出してくれるさ。その後のことは、その時に考えよう」

シスター「・・・ええ、そうですね。<俺>さんの言う通りです。私達の仲間を・・・魔法使いさんを信じて待ちましょう」

勇者「そっか・・・そうだよな! へへ、まさか<俺>に励まされちまうとはな!」

よっしゃいいよいいよー。順調だよー。俺の株も急上昇。やったね。
前向きになった勇者とシスターに、親指を立てて頼もしい笑顔で応える。
ちょうどその時、壁に掛けられた松明だけが光源の通路からカツカツと足音が聞こえてきた。
言ってる傍から釈放を告げる使者のお出ましらしい。
やがてやってきた数人の兵士達。
代表格の近衛兵らしき男が、檻越しに告げる。

近衛兵「お前達の処分が決まった」

固唾を飲んで次の言葉を待つ二人。そして俺(演技)。
ハイハイ、どうせ釈放なんだからもったいぶらずに早く出してくれ。
あとこの兵士、仮にも姫様の仲間に随分と横柄な態度だなオイ。
誤解とは言え仮にも濡れ衣着せた挙句に牢屋にブチ込んだんだから、まず一言謝ってから丁重に扱ってくれてもいいんじゃないッスかね。
あとで魔法使いにチクるぞ。

近衛兵「今から二時間後、日が沈み始めると同時に処刑だ。精々、最後の時間を有意義に過ごすんだな」

俺「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

近衛兵「これは姫様からお前達へのお慈悲だ。この世で一番美しい陽の光を目に焼き付けてから冥土へ旅立つように、とな。そのお心に感謝するがいい」

俺「・・・いや、待った。待った待った待った待って、ちょっと待とうかおかしいよ。どういうことだよ」

兵士A「貴様ァ! 姫様をかどわかした挙句に畏れ多くも御身を穢しておきながらなんだその態度は!!」

ふらふらと鉄格子に歩み寄り、当然の質問をした俺にお付きの兵士の言われの無い叱責が飛ぶ。

俺「いや穢したってなんだよ!? エロいことか!? それエロいことしたって言ってんのか!? 全ッ然身に覚えがねえどころの話じゃねえぞ!? おい勇者お前はあ!?」

勇者「お、俺がそんなことするわけないだろ!? アイツは俺達の大切な仲間だぞ!!」

俺「だそーですけどぉおおおおおお!? つーかそもそもあんなツンツンした可愛げのない女にそんなことするわけねえだろ!! どういうことだよこりゃあ!! ちょっとあの魔法使い呼んで来い!!」

それにどうせ人としての道を踏み外すなら、あんな魔法使いより性格もスタイルもいいシスターにやりたいわ!!

兵士B「こ、この野郎ッ! その無礼な口を閉じやがれ!!」

俺「ぶっ!?」

激昂したらしい兵士Bが槍の石突きで俺の鼻っ面を強打しやがった。

勇者「お、おい!」

シスター「<俺>さん! 大丈夫ですか!?」

俺「な、なんほか・・・」

吹っ飛んだ俺を、シスターが抱き起してくれる。
畜生なにしやがるんだ兵士Bめ。
鼻っ面に一撃喰らったのなんざ、高校時代にやったサッカーの顔面シュート以来だぞ。
なんだか懐かしく感じる痛みと一緒にすげえ鼻血出てくる。
つーか俺のHP9なんだよ。下手したら処刑前に死ぬぞこら。

兵士B「今度舐めた口を叩いてみやがれ! 夕日を拝む前にここで叩き斬ってやるからな!」

近衛兵「・・・そういうことだ。少しでも長生きしたいのなら、大人しくしていることだな」

言うだけ言うと、近衛兵は踵を返して去って行った。
他の兵士に続き、兵士Bもこれ見よがしに唾を吐き捨ててから後に続く。
あいつ絶対許さん。
兵士たちが暗闇の中へ消えていった後、困惑の表情で勇者が拳を壁に叩きつけた。

勇者「くそっ! 一体どうなってんだよ!?」

シスター「魔法使いさん・・・どうして・・・」

俺「・・・・・・」

熱を持ち始めた鼻骨の痛みが、唯でさえ混乱している思考を散り散りにさせていく。
介抱してくれているシスターの柔かい太腿をぼんやりと後頭部に感じながら、俺は嫌というほど分かっているつもりだった一つの教訓を思い浮かべていた。

現実はいつも、理想とは違う形でやってくるのだ。



[40808] 黄昏の処刑場編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:7a9d3c66
Date: 2015/01/13 19:38
牢屋にやってきた衛兵が『この世で一番美しい陽の光』云々と言っていたが、確かにこの国の夕暮時は綺麗だった。
街を全方位見下ろせる高台に建てられた巨大な城の一角。
今、俺達が引き出された場所がどこなのか詳しい事は分からないが、どうやらここは城にある屋外展望台らしい。
だだっ広いだけの空間には、火の点けられていない篝火以外には何もない。
広大な街を照らしていたオレンジ色の太陽が、今日という一日を名残惜しむかのようにゆっくりと地平線に沈んでいく。
ここからでは城の本棟に遮られて見えないが、反対側では既に夜闇が空を覆い始めているだろう。
しかし夕日ってやつは、なんでこうも人の郷愁を誘うのか。
そしてもう二度と戻れないあの頃の日々を想い起すと、胸に去来するのが哀愁だけなのは何故なのか。
考えてみれば、こんなに見事な夕日をまじまじと眺めるのは随分と久しぶりな気がする。
子どもの頃は、この夕日が家に帰る呼び声代わりだったな。
なんだか無性に実家の居間が懐かしい。

兵士B「オイ貴様! 立ち止まってないで早く進め!」

ちょっと昔の思い出に浸っていたら後ろからド突かれた。
後ろ手に縛られているせいでバランスが保てず、転びそうになるのをたたらを踏んでなんとか堪える。
そう、俺達は『一国の姫君(魔法使い)を誘拐して手籠めにした』という謂れのないトンデモ罪状によって今まさに処刑されようとしていた。

処刑を宣告されてからの猶予時間なんてものは、無いも同然に過ぎてしまった。
そもそも頭の中は25年生きてきて最大の『どうしてこうなった』で一杯で、事態の整理なんてつくはずもない。
ましてや、この窮地を脱する為の方法や弁解を考える余裕など微塵も無かった。
殴られた俺がシスターに介抱されている間に、もしかしてこの後何かしらの脱出イベントがあるんじゃなんて考えもしたが、隣の牢には誰もいないし抜け道のような物も一切見つからず、結局は儚い幻想で終わってしまったのだった。

そんなこんなで突然の急展開に現実感のないまま処刑台送りである。
と言っても、この場所にギロチンや絞首台といった処刑道具は何も見当たらないが。

衛兵「ここが貴様らの死に場所だ。本来であれば正規の処刑場で断頭台に掛けられた後に晒し首とするところだが、我らが王女の御心遣いによって騎士の作法に則り、この場にて剣による打ち首を以てして断罪と処す運びとなった。罪人の血で城が穢れる事さえ厭わぬ姫様のお慈悲に感謝するがいい」

なんでそんな事で感謝せにゃならんのだ。
つーか似たような話を二時間前にもされたぞ畜生。
実際に口に出して罵りたいところではあるが、下手に騒ぐとまた殴られそうなので言えない。
黙り込んでいる俺達を侮蔑の目つきで一瞥した衛兵は、俺達を拘束している兵士達に目で指示を送ると、勇者、俺、シスターの順で一定の間隔をとって横並びにさせた。

衛兵「間もなく教戒師様がお見えになる。精々、最後に見る陽の光を目に焼き付けておくことだな」

どうやらこのまま教戒師とやらの到着まで待たされるようだ。
王道的な展開だと、この間に起死回生の一手で逃げたりするんだろうが、手が痛くなる程きつく縛られてるせいで何も出来ん。
ここで都合よく魔王軍が攻め入ってきてそれどころじゃなくなったり、空からドラゴンが強襲してきて帝国ルートか反乱軍ルートか選択出来る展開になったりしてくれたら有難いんだが・・・生憎と空にはドラゴンどころか渡り鳥さえ飛んじゃいなかった。
当て所もない考えに貴重な時間を費やしていると、俺達が入ってきた入口とは別の扉から神父らしき男がやってきた。
一言二言衛兵とやり取りをした後、俺達へ向けて長ったらしい口上を述べ始める。
映画とかで見たことのある、最後のお祈りってやつなんだろうか。
手向けの言葉を送られている間に、俺は左隣にいる勇者へ小声で話しかけた。

俺「・・・なあオイ。俺達って魔王を倒す勇者一行なんだろ? なんでこんな事になってんだ」

勇者「・・・さあな。オレにもワケが分からねえよ」

いつもは無駄に暑苦しくてテンション高めの勇者だが、さすがに表情が固い。
魔王退治の旅に出て、いきなりこんな目に遭ってるのだから当然っちゃ当然だろう。
俺もきっと、血の気の失せた顔色してんだろうな。

シスター「・・・恐らく正規の場所と手段で私達を処刑しないのは、その事が関係しているのでしょうね」

何か思い当たる節があるのか、暗い顔でシスターが囁いた。

俺「・・・というと?」

シスター「私達の持っている『勇者一行』の証明書は間違いなく本物です。それは押収した荷物を検めた彼等も分かっているでしょう」

証明書って・・・もしかして、二つ目の町で魔法使いが民家を漁ってた時に見せたアレかな。

シスター「私達は勇者一行である事を証言し、カルヴァート王国公認の証明書も持っている・・・。仮にも本物の勇者一行を処刑するのなら、それなりの温情を与えておかなければ外交上の摩擦が生じる可能性もあります」

俺「温情・・・?」

シスター「騎士の剣によって首を刎ねるのは相手の矜持と功績を認めた上で行われる処刑法です。後に追及されたとしてもある程度の言い分が成り立ちます。ただ、それにしては些か事態が性急すぎる気もしますけど・・・」

なんだそりゃ。
つまり『貴方達の心意気は認めますが、それとこれとは話が別ですよ』って訳なのか。
どっち道、俺達は死ぬんじゃないか。しかも濡れ衣で。
俺達がヒソヒソやっている内に有難いお説教が終わったのか、神父は厳かな動作で十字を切ると、衛兵に目礼をした。

衛兵「では、これより罪人の処刑を執行する。罪人は跪き、頭を垂れて己が罪の罰に備えよ」

いよいよ処刑が始まるらしい。
俺は今から死ぬのか。本当に? マジで?
死ぬってのは、こんなにも現実感の沸かないもんなんだろうか。
普段は『俺ももうこんな歳か・・・』なんて嘆いちゃいたが、いざ死ぬとなると25じゃ若すぎると感じるから不思議だ。
ああ、こんなことならもっと・・・アレだ、うん・・・有意義に日々を過ごせば良かった。
何をどうすれば有意義だったのかは、こんな状況になってもわからんままだが・・・。

シスター「・・・神よ、どうか私達の魂をお導きください」

まず先に、シスターが祈りの言葉を口にしてから膝を折った。
マジかよシスター。本当にこのまま処刑されるつもりか? 潔すぎやしませんかねそれは。
いや打開策なんて全然思い浮かばないし、時間を稼いだところで助かる当てなんか無いけどさ。

兵士B「おら! お前も早く跪け!」

茫然とシスターを見つめていたら、俺の後ろでスタンバっていた兵士Bの野郎に膝裏を蹴られた。
痛ってえなコイツ事あるごとに。何か俺に恨みでもあんのか。
なんて考えが咄嗟に出てくる程、ある意味で冷静なのだと俺は気がついた。
それはきっと、自分の運命を達観した訳でも、理不尽な死を受け入れたからでもないんだろう。
多分、処刑による死という嘘のような現実に、実感が追い付けていないだけだ。
どこか他人事のように感じている。
だからこそ、直前まで迫った理不尽な死に様に怒りも沸かないし、泣き喚くこともしない。というより出来ない。
俺は昔見た戦争映画で敵兵に捕まった捕虜が銃殺されるシーンを思い出した。
それを見た時、『俺なら絶対死に物狂いで抵抗するだろうな』という感想を抱いたもんだが、いざ実践されると無理だわこれ。
頭が混乱するばかりで体が動いてくれない。
倦怠感にも似た妙な感情が心を支配していて行動を起こす気になれない。
何もしなければ、このまま死んでしまうというのに。
俯いていた顔を上げると、相変わらず傲慢な顔つきをしている衛兵と、その両脇に控えている兵士二人が目に入った。
彼らの腰に下げられている剣を見て、なんとなく疑問が浮かぶ。
剣で斬られるってのは、どのくらい痛いんだろうか。
あのゼリー野郎の体当たりでさえ文字通り死ぬ程痛かったんだから、やっぱり痛いんだろうな。

俺「・・・・・・・・・」

死という現象を、これから体感するであろう『痛み』という明確なフィルターを通して想像したことで、遅まきながらやっと恐怖心が滲み出てきた。
そして恐怖を感じるという事は、自分が死ぬという事実を受け入れ始めた証拠なんだろう。
否応なく体が小刻みに震えてきた。
死への拒絶反応。受け入れて初めて湧き上がるという矛盾。
同じ命の危機でも、二つ目の町の酒場での騒動やモンスター相手の戦闘とはまるで恐怖感が別物だ。
自分の行動が制限されているってだけで、こうまで感じ方が違うもんなのか。
敢えて例えるなら、路上で包丁持った殺人犯に出くわすのと、密室で縛られたまま殺人犯に対面するのを比べるようなもんだろうか。
やべえ、どうしよう。怖い。
マジで死にたくねえ。このままじゃ泣くぞオイ。
本当に死ぬのか? これは一体、本日何度目の自問だろう。
まだ何も成し遂げていないまま、25年の人生に幕を下ろすのか。
昼間は呑気に皆と一緒に街を歩いていたのに、なんで死ぬんだ。
こんな事なら取っておいた冷凍庫のハーゲンダッツ食っておくんだった。
いやこれはこの世界に来て少し経った時にも思ったけどさ。
でも、なんでこんなに死にたくないと思うんだろう。
ただ漫然と平和な日々を生きてきただけなのに。いや、それだからこそなのかな。
死んだらどうなるんだ。天国か地獄に行くのか? それとも生まれ変わるのか? あるいはその両方なんだろうか。
生まれ変わるとしたら、やっぱり記憶も思い出も全部真っ白になって最初からなんだろうな。
それはなんか嫌だな。
こんな冴えない人生しか送ってないのに、死んだ後も俺は『俺』でいたいと想うのはなんでなんだ。
なんで俺は、俺は、俺は、俺は――――――――――――――――――。

勇者「・・・納得できねえ」

ある意味で走馬灯の如く取り留めのない思考の濁流に呑まれていた俺の耳に、血を吐くような勇者の声が聞こえた。
隣で黙祷していたシスターも目を開き、俺と一緒に勇者を見やる。

衛兵「なんだ? 言い残したいことでもあるのか?」

勇者「納得できねえって言ったんだよ。俺達は仲間なんだ。オレも、<俺>も、シスターも魔法使いも・・・みんなで一緒に魔王を倒すって心に誓った仲間なんだよ! そんなアイツが、俺達にこんな事をするなんて考えられねえ!!」

シスター「勇者さん・・・」

どこまでも真っ直ぐに叫ぶ勇者の言葉は、それが死の恐怖からくる虚勢などではなく、心の底からの本心なのだと、俺達に直感させた。
しかしまあ・・・この期に及んでよく魔法使いを信じられるもんだ。
それはこいつが勇者だからなのか、生来の性格なのか。
どんな状況になろうとも誰かを掛値無しに信じる事なんて、俺には到底できそうもない。

衛兵「フン、今さら貴様が何をほざこうが結果は変わらんよ。さあ、そいつも早く跪かせろ」

兵士A「はっ!」

衛兵の指示で勇者の後ろにいた兵士Aが、俺と同じように膝裏へ蹴りを入れようと足を突き出す。
その瞬間を狙い澄ましたかのように、勇者は素早く体を反転させて蹴りを避けると、そのまま兵士Aへ肩ごとぶつかっていった。

兵士A「ぐおっ!?」

強烈な体当たりを真面に喰らった兵士Aが派手にふっ飛ばされる。

衛兵「貴様ァ、乱心したか!? オイ! その男を今すぐ殺せ!!」

衛兵の命令に反応したお付きの兵士二人が抜剣し、裂帛の掛け声と共に斬りかかるも、勇者は必要最低限の動きで剣戟を躱し、一瞬の隙を突いて兵士の片割れに頭突きをお見舞いした。

モブ兵「があっ!?」

苦悶の呻き声をあげて怯むモブ兵の顔面へ、勇者はさらに追撃の飛び膝蹴りを叩き込む。
強烈な連撃に意識を奪われたモブ兵が木偶人形のように地面に沈み、彼が手にしていた剣が勢いよく俺の方へ――――――って!?

俺「ぎゃああああああああああああっ!!」

咄嗟に転がることで飛来してきた剣を避ける俺。
鈍い音を立てて石床に突き刺さった剣は、寝転がった俺の眼前すれすれの位置に。
ほっと息を吐く暇もなく、背中にドンッと衝撃が走る。

俺「ぐが!?」

兵士B「なっ!?」

俺の背中に足を引っかけた兵士Bは突然の障害物に動揺し、受け身も取れずに重装備の鎧姿のまま石床にダイブした。
ガッシャン! と食器棚でも倒したように派手な音がして、兵士Bは動かなくなる。
恐らく仲間に加勢する為、駆け出そうとしたところだったんだろう。

シスター「<俺>さん! その剣でご自分の縄を切ってください!」

背中に喰らった一発で涙目になって咳き込んでいる俺へ、シスターの小さくも鋭い声が飛んだ。
見ると、シスターの後ろにいたはずの兵士Cは既に勇者を囲んでいる兵士達の中に混じって剣を構えている。

衛兵「ええい! 両手の使えない輩一人に何を手間取っている! さっさと斬り捨てろ!!」

奴等の頭である衛兵も、勇者の思いもよらぬ奮闘に戸惑い、こちらへ注意を向けていなかった。
確かに、この窮地を脱するには今しかチャンスはないだろう。

俺「ゲホッ・・・! よ・・・よし・・・!」

痛みを堪え、這うようにして突き刺さった剣の元へとにじり寄った。
精一杯首を回して後ろを確認しながら、腰の辺りで両手を縛っている縄を擦り付ける。

俺「ぎゃあ!? ちょっと手の平切れた!!」

シスター「頑張ってください! あの人数では勇者さんも持ち堪えられません!」

刃物による鋭い痛みに怯みながらも、やっとのことで縄を切ることに成功した。
手をついて起き上がるなり、俺は未だ聞こえる争いの怒号へと視線を向ける。
後ろ手に縛られたままだというのに、勇者はまだ抵抗を続けていた。
剣を抜いている五人の兵士を相手取り、時折剣先が肌を掠めながらも、無駄なく素早い動きで回避と反撃を繰り返して翻弄している。
だがそこはやはり多勢に無勢。回避に重点を置かなければならない為、決定打を与えられずに防戦一方の様相を呈していた。
勇者の傷は増え、呼吸も荒い。シスターの言った通りこのままでは長く持ちそうにない。
っていうかあの人達、ターン制は?
これもこの世界ではケースバイケースなの?

衛兵「む!? 貴様、いつの間に縄を!?」

起き上がった俺に衛兵が気付いた。
少し離れた場所で戦闘を繰り広げている兵士達は勇者の相手に手一杯のようだが、この衛兵と俺との距離は僅かに4~5mほど。
一息に剣を抜き放った衛兵が、間合いを詰める飛び込みと共に上段からの一撃を振りかぶって突っ込んできた。

俺「ああもうちっきしょう! こうなったらやってやらああああああ!!」

余りの急展開続きに頭の方がショートした。
レベル25でHP9の俺が敵うはずもないが、もはやヤケである。
勢いよく突進してくる衛兵に対抗するべく、俺は足元に突き刺さっている剣を抜く為、右手で柄を握ると同時に駆け出した。
走り出すと同時、剣を引き抜いた勢いそのままに一撃を喰らわせてやるつもりだったのだ。

が、滑った。

先程縄を切る際に傷を負った手の平の出血が思ったより多かったらしい。
渾身の力を籠めて掴んだはずの柄は血でぬるりと滑り、すっぽ抜けた手だけが握りしめた拳の形そのままに勢いよく前へ。
驚く暇さえない。

衛兵「ごぶっ!?」

だが結果的にそれが功を奏した。
奇跡的にも、俺の攻撃を防御するつもりだったらしい衛兵の構えをすり抜けるようにして拳は下顎にクリーンヒット。
衛兵は二、三歩よろめいてから糸が切れたように崩れ落ちた。

兵士C「た、隊長!!?」

こちらの騒動に気付いた兵士達が、自分達の指揮官が倒れていることに動揺する。
そしてその致命的な隙を、勇者は見逃さなかった。

兵士C「おのれ貴様ァ! よくも隊長ぼぶ!?」

勇者の回し蹴りが兵士Cの側頭部を鮮やかに捉え、兵士Cは横倒れに。
僅かに生じた包囲の穴を抜けて、勇者がこちらに合流した。

勇者「<俺>! この手の縄を切ってくれ!」

俺「お、おう!」

思ってもみなかった結果に目を白黒させていた俺は、勇者の指示で我に返り、転がっている衛兵の剣を拾って勇者の手を縛っている縄を断ち切る。

勇者「よし! <俺>はシスターを頼む!」

言いつつ、両手が自由になった勇者は、迫り来た兵士二人を瞬く間に拳で打ち抜き昏倒させた。
次いで、残った兵士達がこちらに来ないよう自ら間合いを詰めていく。
こいつ、もしかして剣使わないほうが強いんじゃねえかな。
あまりの獅子奮迅の活躍っぷりに、俺はそう思いながらもシスターの手を切ってしまわないよう慎重に縄へ剣を当てる。

シスター「助かりました・・・<俺>さん、ありがとうございます」

縄の跡がくっきりと残る手首を摩りながら、シスターは幾分和らいだ表情で頭を下げた。

俺「いや、お礼なら勇者に・・・ともかくここから逃げよう」

シスター「はい!」

立ち上がるシスターに手を貸し、共に勇者を援護すべく走り出す。
敵は既に残り二人。
兵士達と一定の距離を保って牽制し合っていた勇者に追い付き、持っていた剣を手渡した。

勇者「よし! このまま一気に押し切るぞ!」

兵士D「くそっ! ここから先は通さん!」


ロートシルト王国兵D、Eが現れた!

俺「なんでここでいつもの戦闘開始なんだよ!? お前さっきからすげえ調子良く敵兵倒してたんだから、そのままこの二人倒しちまえばいいじゃないのさ!!」

勇者「気を抜くな<俺>! くるぞ!」

俺「ああもう! やればいいんだろ!? やれば!!」

そんなこんなで兵士D、Eを倒した俺達は、この日初めての経験値を得るのだった。



[40808] 夕闇の姫君編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:7a9d3c66
Date: 2017/02/20 00:43
夕暮の展望台。
肩で荒い息を吐いている俺達三人の目の前には、つい先ほど倒した兵士D、Eが苦痛に呻きながら倒れている。

勇者「はあ・・・はあ・・・大分手古摺ったな・・・」

そりゃいきなりターン制のバトルに戻るからな。
勇者があのままこの二人を殴り倒してりゃ手っ取り早かったんだ。
というか何でこのPTは通常(?)戦闘となると魔法使いを入れても酒場のゴロツキ相手に勝てないんだ。さっきまでの暴れっぷりを発揮すれば勇者一人で楽勝じゃないか。
と、出来る事なら声を大にして言ってやりたい気分ではあったが、生憎と俺も急な動きの連続で軽く酸欠になっていてそれどころじゃない。

シスター「ともかく・・・この場を離れましょう・・・騒ぎを聞きつけて、増援がくるかもしれません・・・」

勇者「ふう・・・そうだな。一先ず、どこかに身を隠すとしようか」

俺「あ・・・ああ・・・・・・」

早くも呼吸を整えた二人に、ぜえぜえと喘ぎながら同意する。
くそ、やはりこの回復力の差は歳のせいなのか。
こっちの世界に来て体を動かすようになってから、日増しに体力を取り戻していたつもりだったが・・・やはり激しい運動をすると堪える。というか肺にくる。

勇者「よし、取りあえずあっちの扉から――――――」

そこまで勇者が口にした時、まさしくその扉が跳ねるように勢いよく開かれた。
完全武装した槍兵が次々と押し寄せ、退却口を固めてしまう。

勇者「くそっ! もう増援が・・・!」

展望台の出入り口は全部で三ヵ所。
街を見渡せる西側を除き、南北に扉、東に城内本棟と直結した門扉があるのだが、その内の北側は完全に塞がれてしまった。

シスター「早く、こちらへ!」

状況を素早く判断したシスターが南側の扉を示した瞬間、待ち構えていたかのように南側の扉からも兵士の群れが展望台に流れ込む。
最後の希望に縋る暇さえ与えず、開放されている東側の門扉からも荒々しい足音と共に兵士達の一団が。

俺「・・・マジかよ」

未だ呼吸も荒い俺は、多少グロッキーになりつつも、そう呟かずにはいられなかった。
そういえば、勇者の大立回り前まではこの場にいたはずの教戒師の姿が見えない。
恐らく、どさくさに紛れて逃げ出した後、城内の兵士に急を報せたのだろう。
突き出した槍を前に、三方からじりじりと迫ってくる兵士達に追い詰められた俺達は、自然に展望台の淵へ淵へと。
いち早く後退した俺は、腰ほどの高さの石囲いから上半身を乗り出し、地上を見下ろす。
それはもはや、断崖絶壁と言っても過言ではない高さ。
元々街全体を望める土台に加え、その上に建てられた巨城から見下ろす光景は思わず立ち眩みそうになるほどだった。
几帳面なまでに整えて積み上げられた壁面は滑らかで、満足に手足を掛ける取っ掛かりさえ見当たらない。
そんなものがあったとして、ここを伝って下りろと言われたら死んでも断るが。

俺「・・・・・・なあ、どうする?」

遥か下の大地を眺めながら、背後の二人に問いかける。
吹き荒ぶ風鳴りに混じり、ガシャガシャと金属が擦れ合う音が次第に大きくなっていく。

シスター「・・・・・・投降しても、結果は変わりそうにありませんね」

振り返った俺は、数えるのも馬鹿らしくなる兵士達の集団を前に、今度こそ正真正銘、観念した。
二転三転しての絶望的な状況に疲労が倍加して体が動かない。
ああ、もうどうにでもしてくれ。疲れちまった。力が入らねえ。

勇者「・・・・・・・・・・・・」

壁を背に、脱力して座り込む俺の横から勇者が大きく深呼吸をする気配が伝わってきた。
未だにじり寄ってくる兵士達の槍前へ、勇者はしっかりとした足取りで一歩進み出る。

勇者「俺の名は『勇者』! 始まりの町より旅を続ける『勇者一行』の一員なり! 互いに魔王討滅を志す盟友と争いたくはないが、さりとて謂れのない罪によって裁かれるつもりも無し! 貴国が如何なる見解でこの様な不条理に及んだかは解せないが、立ち塞がるというのなら我が剣と魂に懸けて相手になろう!!」

多勢に無勢どころではないにも関わらず、勇者は真っ直ぐに剣先を突きつけ、威風堂々と言い放った。
あまりにも迷いの無い態度に、危機的状況であることも忘れ、思わず勇者の後ろ姿をへたりこんだまま見入ってしまう。
そして勇者の覚悟を耳にしたシスターもまた、同じように前へ。

シスター「私の名は『シスター』。始まりの町、名も無い教会の修道女です。未だ修業中の身と言えど、世界を救いたいと願う想いは、誰にも劣るつもりはありません。貴方達が道を阻むというならば、その決意、如何様にも御見せ致しましょう」

口調こそ静かだが、胸の内に秘めた意志の強さを感じさせる毅然とした佇まい。
武器さえ持っていないというのに、臆した気配は微塵も感じさせない。
虚勢でも、自暴自棄になったわけでもない。
世界を救うと心に決めた『勇者一行』として立ちはだかった二人に、追い詰めていたはずの兵士達は気圧された様に動きを止めてざわめいた。

俺「・・・・・・ハァ」

思わず感嘆の溜息が漏れた。
圧倒的な戦力差を前に堂々たる口振りで断言した二人の後ろ姿を見て、なんとなく得心がいったからだ。
いつもどこかズレてて、方向性があるんだか無いんだかよく分からなくて、酒場のチンピラ相手に負けても反省ゼロの、頼り無い連中ではあったが。
それでも『勇者一行』としての想いだけは、混じり気なしの本物だったんだと。
そりゃ、ちょっとやそっとの事じゃ諦めるなんてしないわな。
この場面で、この人数相手に、ここまで自分の進んだ道を信じて啖呵を切れるんだから大したもんだよ。
つーかこれ、俺も何かそれっぽい事言わないといけない流れなのかな。
正直、未だに異世界人の役割だの魔王を倒すだの言われても実感が持てないんだが・・・。
まあ、あの二人がこうまで格好よくキメてるんだ。
仕方ない、乗ってやるさ。元々空気を読むことだけは鍛えられてるんだ。
一人だけ無様に泣き喚いて、命乞いなんかしたら白けるってもんだよな。
いいさ。こうなったら最後くらい、精一杯カッコつけてやるよ。
重い腰を上げて、俺も二人へ並び立つ。

俺「えー・・・俺の名前は『俺』。元派遣社員の異世界人で、レベルは25。歳も25。正直、自分が勇者一行の一員だの魔王を倒すだのって自覚はないし、大して役にも立ってないんだが・・・・・・冴えないなりにも、人に後ろ指さされる生き方をした覚えはねえ。あんた達が濡れ衣着せたまま俺達を裁くってんなら、今までの人生―――――そのなけなしの誇りにを護るためにも、最後の最後まで抵抗させてもらう」

兵士達から見て中央に勇者、その左側にシスター、反対側に俺という立ち位置で、半分以上沈んだ夕日を背後に『勇者一行』は名乗りを上げた。
言い終えてから、自分でもよくわからない苦笑がこみ上げて口の端を歪める。
平和な国でのんびり平和ボケして生きてきた俺が、一丁前に何言ってんだかな。
でも、そんな平和に暮らしてきた人間だからこそ立派に誇れるもんもあるのさ。
横目で見ると、目が合った勇者とシスターも微かに口元を弛めている。
しかしそこに嘲笑の気配はなく、純粋に俺の言葉を信じてくれている笑みだった。
まったく、このPTは冴えない俺にはお似合いなお人好しの一行だったよ。
オマケに魔王を倒すどころか、仲間内の祖国に冤罪喰らって終わるってんだからな。情けねえ。
もしこの騒動が無いまま四人で旅を続けられてたとしても、一体どうなっていたことやら。
そう思うと急に肩の力が抜けて、苦笑が微笑に変わった。
でもまあ、俺がここで無様に取り乱さないのも、こいつ等が何一つ臆することなく、ここに立っていてくれているからなんだろうさ。
一人なら、どうしていいかわからなくて、もうとっくに泣いてた。
ある意味で頼もしい仲間と笑みを交わしてから、腹を括って前を見据える。

勇者「そうさ、俺達は不当な力に屈することは決してしない。なぜならそれこそが、俺達の立ち向かうべき敵だからだ! さあ、どこからでもかかってこい! 相手になってやる!!」

勇者の咆哮に圧倒されたのか、兵士達の戸惑いが目に見えて大きくなっていく。

近衛兵「くっ・・・! ざ、罪人の戯言に耳を貸すな! お前達、一斉に掛かれ!!」

部隊の後列から、指揮官らしき男が突撃の号令を発した。
命じられた兵士達が、刹那の逡巡をみせた後、雄叫びを上げて突進してきた。

咄嗟に身構えた俺の前で、怒号と共に押し寄せてくる兵士達が、ゆっくりと間延びした様に見え始めた。
これがよく聞く、死への前触れってやつだろうか。
浮遊感にも似た奇妙な感覚を憶えながら、ぼんやりと想像する。
あのまま元の世界で派遣社員をしながら生きていたとして・・・どんなに良い事や悪い事があったとしても。
日常からはみ出さないように、自分を殺しながら人生を歩き続けたとしても。
そうやって常に理想を否定しながら現実を歩き続けて、やがて訪れる死に方に俺は満足したのか、しなかったのか。
今となっちゃ・・・いや、それは最初から最後まで絶対に分からないままだったんだろう。
ただ、これだけは分かる。
このとんでもなくいい加減で滅茶苦茶で、子供の頃に想い描いていた展開とは全然違う、冴えない俺がいる剣と魔法のファンタジーの世界で。
この変な仲間達と一緒に、最後まで意地を張って死ぬんだとしたら。
それは間違いなく元の世界で迎えるであろう、どんな終わり方よりも珍妙で奇天烈な結末だろうと。

兵士達との距離は、既に槍の間合いに入ろうとしているところ。
槍の鋭い穂先に臆することなく、剣を構えた勇者が踏み込もうとした、その瞬間。

???「――――――待ちなさいっ!!」

凛としてよく通る声が、両者の間に生まれた爆発的な怒気をナイフのように切り裂いた。
あまりに聞き覚えのある声に、衝突寸前だった勇者と兵士達が同時に動きを止める。

シスター「い、今の声は・・・」

人垣の向こうから、誰かが声の主を制止するやり取りが聞こえる。
ざわめき立つ兵士達の群を割り、煌びやかでいながら洒脱なドレスに身を包んだそいつは、程無くして俺達の前に姿を現した。

近衛兵「い、いけません姫様! この様な者達の前に御身をお晒しになるなど・・・!」

魔法使い「黙りなさい! 一体、誰の許しを得てこんな馬鹿げた真似をしているの!? 私が戻るまで、勝手は許さないと厳しく言付けていたはずでしょう!!」

近衛兵「し、しかしこれは・・・」

魔法使い「貴方では話にならないわ。いいから、もう兵士達を下がらせなさい。全員よ。護衛の兵もいらないわ」

近衛兵「で、ですが・・・」

魔法使い「・・・私が間に合ってよかったわね。この三人がどうにかなっていたら、貴方、今頃その首は繋がっていなかったわよ?」

近衛兵「ひっ!?」

魔法使いの低い恫喝に、気の毒なほど身を竦ませた近衛兵は、慌てて兵士達に散開を命じた。
兵士達は戸惑いの様子を見せながらも、魔法使い・・・姫に一礼をしてから姿を消していく。
最後に真っ青な顔をした近衛兵が逃げるようにして城内へ戻ったのを確認すると、魔法使いはさっきまでの傲慢な振る舞いが嘘だったかのように、萎縮した表情で俺達へと向き直った。

魔法使い「・・・・・・遅くなって本当にごめんなさい。こんな目に遭わせておいて、都合のいい話だってわかってはいるんだけど・・・お願い。今は、私についてきて」

いつもの勝気な態度からは想像できないほど弱々しい口調で、ペコリと頭を下げて懇願する。
こいつと会ったら言ってやりたいことや聞きたいことが山ほどあったはずなんだが・・・。
とりあえず、まあ、なんだ・・・。

俺「・・・・・・俺達、助かったのかな?」

勇者「・・・みたいだな」

勇者の返事を聞いて、俺は思わずその場に座り込んでしまう。
もう既に半分以上沈んでしまった夕日が、四人の影を展望台に落としていた。



[40808] お姫様の憂鬱編
Name: セノ◆b8ad171c ID:7a9d3c66
Date: 2015/01/16 23:32
場所は変わって城内の一室。
ほぼ最上階に位置するこの部屋は豪華というか贅沢というか、ともかくそんな言葉がぴったりな内装だった。
床一面に敷かれた真紅のカーペット。
こんなに必要なのか? と疑問になるほどデカい姿見。
何人寝れるのかパッと見じゃ計算できないほど広い天蓋付きのベッド。
シンプルでいながら上質で使い勝手が良さそうな文机。
図書館にでも置いてあるような立派な本棚には分厚い背表紙がぎっしり。
そして、それらを配置してもスペースが余りまくりの広々とした空間を十二分に暖められる暖炉。
バルコニーへと続くクリスタルの開き戸からは、純白のティーテーブルとセットのイスが見える。
一般庶民を舐めてんのかこの国は。
俺のアパートの1LDKをなんだと思っていやがる。
それとも金持ちや権力者の部屋ってのは、みんなこんなもんなのかね。

メイド「――――はい、これで大丈夫です。血は止まっていますし、傷も深くはないので化膿する心配はないかと思いますが、明日、また包帯をお取り替え致しますのでご承知置きください」

俺「あ、はい・・・態々すいません」

部屋のインテリアに見惚れていた間に、どうやら傷の手当てが終わったようだ。
右手の包帯はキツすぎず緩すぎず、動きを阻害しないよう丁寧に巻かれていた。

メイド「いいえ、どうかお気になさらず。では姫様、わたくしはこれにて失礼致します」

魔法使い「ええ、ご苦労様」

勇者と俺の手当てを終えて退室するメイドさんを見送り、ドレス姿の魔法使いはようやく一人掛けのソファーに腰を下ろした。
同じく一人用のソファーに座っている俺の対面に魔法使い。こちらから見て左にある幅広で腕掛け付きのソファーには勇者とシスター。
趣があるガッシリとした造りのローテーブルを囲んで、俺達は再び向かい合うこととなった。

魔法使い「・・・まずは改めてごめんなさい。私のせいで、あなた達を危ない目に遭わせてしまって・・・」

危ない目どころの騒ぎじゃねーぞ!

勇者「ま、なんだかんだ魔法使いが助けてくれたお陰で俺達は無事だったんだ。気にしちゃいないさ」

シスター「ええ、そうですよ。ね、<俺>さん」

俺「そうだね」

くそっ、文句の一つでも言ってやりたいところだったのに場の雰囲気に流されて反射的に答えてしまった。
あんだけ命の危機に曝されておいて、この二人ちょっと寛容すぎるだろ。
でもこういう場面で一人だけ怒ってると、自分は心の狭い人間なんだろうかと悩んでしまうのは何故なんだ。

魔法使い「みんな・・・・・・ありがとう・・・」

ああもう、儚げな顔すんなや似合いもしない。
なんか、さっと許せない俺が悪いみたいになってくるじゃねーか。

シスター「では魔法使いさん・・・事情を聞かせてくれませんか?」

そんな俺の内心などいざ知らず、話は本題へと向かう。

魔法使い「ええ。私がこの国・・・ロートシルト王国の王族だということはもう分かっていると思うのだけれど、私の立場は第二王女。現国王である叔父様の姪にあたるの。名義上では、養子になっているから父親と呼んでも差し支えはないけれどね」

勇者「第二王女? じゃあ、処刑命令を出した王女ってのは・・・」

魔法使い「・・・多分、叔父様の実娘であるお姉様でしょうね。実際に行動していた兵士達には、どう伝わっていたのか分からないけど」

シスター「そういう事だったんですね・・・」

よかった。雰囲気に流されておいて。

そこからの魔法使いの説明を要約するとこうだ。
十年前、前国王であった魔法使いの親父さんは魔王軍との戦いで命を落とした。
その後、女王制度を認めていないこの国は後継者を親父さんの弟である叔父へ。
魔法使いが結婚出来る歳ならば色々と話は違っていたそうだが、まだ幼かったのでそれも叶わず、叔父である現王や周囲の判断によって養子に。
それに伴い本来第一王女であった魔法使いは、年上である叔父の娘に地位を譲り、第二王女へなった。
これは先代に続いて現在も王を補佐している大臣の進言によるものが大きかったのだとか。
魔王軍との争いは絶えず、戦の際には王自らが前線に赴く(危ねーな)のが習わしなので、国政は自然と補佐役である大臣が実質的な権限を持っているのだとか。
そして国の留守を任されているはずの第一王女は、大臣に言い包められて操り人形状態に。
魔王軍に対抗する為の軍事費という名目の元、重税課税徴兵とやりたい放題で民の負担も増しているらしい。

俺「そうなると、本当に俺達を処刑しようとしたのは・・・」

魔法使い「・・・大臣でしょうね。何のつもりかはわからないけど、私が前線の叔父様に事情を説明している隙を狙って勇者一行を死罪にしようなんて、相変わらず好き勝手やってるみたい」

ドレスの裾を握りしめ、悔しそうに魔法使いは俯いた。
俺達を助けに来るのが遅れたのは、そういう理由があったみたいだ。

勇者「しかし、なんだって大臣は俺達の事を始末しようとしたんだ? 話を聞く限りじゃ、少なくとも魔王を倒すっていう目的だけは一緒じゃないか」

シスター「そうですね・・・理由がわかりません」

考え込む二人を横目に、魔法使いの様子を窺う。
俯いたまま唇を噛む魔法使いは、屈辱に耐えるようにスカートを握りしめる手に力を籠めていた。
やはりというか、魔法使いには心当たりがあるようだ。
大方の予想はついてるんだが・・・俺が言っちゃってもいいもんなのかね、これは。
権力モノのドラマやら漫画で見た知識だから、外れてたら申し訳ない限りなんだが。

俺「・・・多分、その目的が原因なんじゃないか?」

しばし逡巡した後、俺はそう呟いた。
魔法使い本人の口からは言い出し辛いことだと察したからだ。

勇者「どういうことだ?」

俺「その大臣ってのは、魔王軍との戦争で王様がいないからこそ国政を自由に操れるし、国民への苛税も成り立ってるんだろ? なら、俺達が魔王を倒して争いを終わらせたら、今までみたいに好き放題やって私腹を肥やす事もできなくなるじゃないか」

実際に俺達が魔王を倒せるかどうかは邪魔されなくても怪しいとこだけどな。

シスター「まさか、仮にも一国を預かる身でありながら、そのような考えをするなんて・・」

魔法使い「・・・多分、<俺>の言ってることが正しいと思う。大臣が実権を握る様になってから、国情は荒む一方・・・父様が生きていた頃は、留守を預かっていた叔父様が国にいてくれたお陰で、そんなことはなかったのに・・・」

どうやら的を射ていたようだ。
でも何だか当たっても嬉しくないな、この推察は。

勇者「くそっ・・・! 魔王を倒さなきゃ世界が滅びるってのに、なんて奴だ・・・!」

憤る気持ちをぶつけるように、勇者は拳を手の平に叩きつける。

シスター「・・・あの、国王様はこの事を知っておられるのですか?」

魔法使い「知らないと思うわ・・・それどころか、大臣のことを疑ってすら無いと思う。叔父様は前線で兵達の指揮を執るのに精一杯で、国民の声に耳を傾けている余裕なんて無いだろうし・・・そもそも、そういった内状を王に報告するのは大臣の役目だもの」

勇者「魔法使い本人から言っても駄目なのか?」

魔法使い「それで終わるなら苦労しないわよ。お父様に代わって叔父様が前線に立つようになってから数年の間に、大臣は自分の地位と発言力をあの手この手で固めていったの。諫言を申し立てた文官達は皆、役職を剥奪されたり流刑にされたり・・・酷ければ暗殺や、逆賊の汚名を着せられて家族諸共死刑になった人達もいる。そうやって、大臣には誰も逆らえなくなって・・・」

それら全てを水面下で動き、『あくまで噂に過ぎない』程度に留めて次々と行っていったと、魔法使いは消え入りそうな声で呟いた。

魔法使い「・・・叔父様は優しい方よ。私を養子に迎えたのだって、城内で持て余されないように慮ってのことだった。私を第二王女にすることだって、最後まで反対していてくれた。今日、戦地で会った時だって、本気で私のことを心配してくれてて、叱ったり、喜んだりしてくれた・・・」

シスター「魔法使いさん・・・」

魔法使い「お姉様だって、変わられてしまう前はとても優しかった・・・王女としての立場を交換した後だって、いつもと変わらずに接してくれた・・・一緒に遊んでくれた・・・幼い頃に亡くなってしまったお母様の代わりに、夜寝る前に本を読んでくれた・・・本当の家族のように、いてくれたのに・・・」

俯いた魔法使いの瞳から、ぽたぽたと涙が落ちる。

魔法使い「私は・・・何も出来なかった・・・大臣によって変えられていくこの国を・・・お姉様を・・・ただ、見ていることしか出来なくて・・・何も・・・っ!」

魔法使いの肩が小刻みに震え、言葉が嗚咽に変わっていく。
・・・なんつーか、こいつも色々苦労してるんだな。

シスター「・・・ひとまず、今夜はもう休みましょう。今後の事は、明日改めて・・・」

立ち上がり、魔法使いの肩を抱いてシスターは言った。

勇者「・・・そうだな、そうしよう」

魔法使い「・・・ごめん、なさい・・・部屋は、ここを使って・・・ここなら、大臣が何かしてくる事もないと思うから・・・」

俺「・・・・・・」

その後、メイドさんに最低限の寝具を持ってきてもらった俺達は魔法使いの部屋で夜を明かす事となった。
広々としたベッドには魔法使いとシスター。
スペース的には十分四人で寝られるのだが、さっきの空気の後にそんな軽口を叩ける程の度胸は俺にはない。
よって、残り一つのソファーを賭けて勇者とジャンケンをした結果、敗北した俺は見事暖炉前の床に寝転がることとなった。
まあ、絨毯がふかふかしてるから十分眠れるし、いいんだけどさ。
部屋のあちこちに備え付けられていた燭台の火を消し、俺達は長かった一日の終わりを迎えるのであった。



[40808] 月夜の王国編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:7a9d3c66
Date: 2017/02/16 11:02
微かな物音が聞こえて目が覚めた。
時計がないので詳しい時間は分からないが、室内はまだ真っ暗のままだ。
夕方、あれだけ動き回った割に眠りが浅かったのは、魔法使いの暗殺云々の話を聞いて緊張していたからなのかもしれない。
上半身を起こして、室内の様子を探る。
燭台の火は全て消されたままだが、月明かりのお陰で見通しは良い。
ソファーには仰向けになって眠っている勇者が。
展望台の戦闘で一番活躍したのは勇者だったからな。
さっきの物音にも気付かない程、疲れているんだろうさ。
ベッドには天蓋から幕が掛かっていたはずだが、ほんの少しだけ開いている。
隙間から、シスターの穏やかな寝顔が見える。
シスターも勇者と同じく、夕方の戦闘(ターン制時)で回復や補助魔法を連発してたからMP的な何かがすり減っていたんだろう。
ぐっすりと眠っているようだ。
しかし、その隣で寝ているはずの魔法使いの姿は無かった。
さらに部屋を見渡すと、バルコニーへと出るクリスタル製の扉が僅かに開いている。
多分、魔法使いが外に出たんだろう。

俺「・・・・・・」

いつもなら放っておいて寝直すところだが、さっきの話を聞いたせいで少し様子が気になった。
掛けていた毛布をどかすと、二人を起こしてしまわないよう慎重に動き出す。
そっと扉を押し開けてバルコニーへ出ると、ドレスではなくレース地の寝間着姿(ネグリジェってやつか?)に着替えた魔法使いは街を眺めているようだった。
声を掛けるかどうか迷っている内に、押し開けた扉が軋み、音に反応した魔法使いが素早く振り返った。

魔法使い「・・・なんだ、アンタか。脅かさないでよ」

魔法使いの強張った面持ちから力が抜けて、呆れたような顔つきになる。

俺「あ、ああ・・・すまん」

とりあえず謝ったはいいものの、どうにも気まずい。
元から俺達は仲が良くないんだ。

魔法使い「・・・眠れないの?」

言葉に迷っていると、魔法使いが先に話し掛けてきた。

俺「まあ・・・」

後頭部を掻きながら曖昧な返事をする俺に、魔法使いは力無く微笑を浮かべた。

魔法使い「そう・・・なら、こっち来なさいよ。ここからの眺めは綺麗だから」

『さっさと寝れば?』とでも言われるかと思っていたので多少面食らったが、素直に従うことにする。
魔法使いから微妙な距離を保ち、横に並んでバルコニーの手摺に寄りかかった。

魔法使い「・・・・・・綺麗でしょ。街からじゃ無理だけど、ここからなら山の向こうに沈んでいく月もちゃんと見えるの。明るいときに見たって、壮観なんだから」

俺「・・・確かに綺麗だな」

魔法使いの言う通り、城の天辺近くから見る景色は見事なものだった。
街並みや遠くに連なる山脈まで、月明かりに照らされてはっきりと見える。
下界からでは、街を囲んでいる高い城壁のせいで月は見えても外側の景色までは見えないだろう。
しかし・・・いくら会話に困っているとはいえ、オウム返しのような感想しか答えられない自分が我ながら情けない・・・。
胸中で複雑な思いを抱きながらも、横目で魔法使いの様子を窺う。
いつもは強気で辛辣で容赦がなくて、可愛げなんて感じられなかったこいつではあるが、ヒラヒラしたレース地のネグリジェに身を包み、普段短くまとめている髪を下ろした姿で儚い表情をしていると、どことなく可憐に見えるから不思議だ。
やっぱり身嗜みってのは大事なんだなと実感する。
今のお前ならどこぞのお姫様って言われてもイケるぞきっと。
まあ実際お姫様なんですがね。

魔法使い「・・・私ね、こう見えても子供の頃はお転婆だったの」

そりゃあそうでしょうとも。
喉元まで出掛かった言葉を、寸でのところで飲み込んだ。
最近、ノータイムで空気を読んでしまうようになった自分が少し悲しい。

魔法使い「毎日毎日お稽古や作法の勉強・・・・・・お城の生活なんて窮屈で息苦しかったけど、ここからの眺めだけは子供の頃から好きだったのよ。眠れない時は、よくこうしてたわ」

俺「・・・・・・」

魔法使い「時々お城を抜け出して街へ遊びに出掛けたりして・・・ふふ、執事の爺やなんて大慌てで探しに来て・・・あの頃は何にも考えないで、今の暮らしがずっと続くんだって思ってた」

遠く、街を見つめながら話しかける魔法使いの相手は、多分俺じゃないんだろう。
こういうのは、誰でもいいのさ。
誰にだってあることだ。
誰とも会いたくない時や、誰でもいいから側にいて欲しい時が。
その誰かの代わりくらいなら、こんなちっぽけな俺にだってなれる。

魔法使い「ドレスのまま街の子供達と広場で遊んで、時々お城に帰ってくるお父様にお説教されて、大人しい性格だったお姉様に心配かけて・・・。街の人達も優しいから、お城に帰ろうとしない私に夕食をご馳走してくれたり、悪戯をした私を叱ってくれたり・・・王女だって事を気にしないで接してくれる皆が、大好きだった」

昔の日々に思いを馳せるように、魔法使いは目を瞑る。

魔法使い「・・・大臣が国を取り仕切るようになって、お姉様ともあまり会えなくなってからは、ほとんど街にいたの。街のみんなは、ますます私を温かく迎えてくれた。色んな噂も流れてたから、同情だって分かっていたけど・・・私は本当に嬉しかった。一人ぼっちじゃないんだって、救われた気がした。だから、お城から衛兵が迎えにきた時は泣きながら暴れたりなんかもしたわね」

俺「・・・そりゃ、辛かっただろうな」

その衛兵さんも含めて。

魔法使い「それから段々と大きくなって・・・色んな物事が理解できるようになってきて・・・街の皆の表情がどんどん暗くなっていく理由や・・・お城に閉じ込められてた私の頭を撫でて、『もう大丈夫ですよ』って言ってくれた文官の人達がどういう結末になったのかも知って・・・」

先刻、魔法使いに聞かされた話を思い出す。
大臣に逆らった人間がどういう末路を辿ったのか・・・。
後から知ったこととは言え、そのショックは凄まじいものだっただろう。

魔法使い「このままじゃいけないって思ったの。私にも何か・・・街の人達や、お姉様や、死んでしまったお父様達の・・・大好きなこの国を護る為に、出来ることがあるんじゃないかって・・・だから私が魔王を倒して、この世界を平和にしたら、叔父様も皆も私の言葉を聞いてくれて、元通りになるんじゃないかって・・・でも・・・」

小さくなっていった魔法使いの声は、やがて震えるものへと変わっていった。

魔法使い「・・・結局、何にもできないままこの国に戻ってきちゃった・・・それどころか、あんた達まで巻き込んで、あんな目に遭わせて・・・お城を飛び出てから・・・私、何してたんだろう・・・何も変えられない・・・あの頃となんにも変わってない・・・」

比べるべきスケールじゃないのかもしれないが、何かを成し遂げようとして出来なかった時の無力感や辛さは俺にも憶えがある。
苦しいんだよ、あれは。
もっと何か出来たんじゃないか。
あの時、ああしていれば。
なんで、どうして、そんな考えばかり頭一杯に浮かんで、結局はそれを『成そうと決めた時』の自分を殺してしまいたくなるくらいに。
今まで想い描いた理想がそのまま傷になるんだから、当然だ。
周りの人達からの想いを受け取っていれば、尚更のこと。
きっと時間が経てば、麻痺していく痛みなのかもしれない。
人間は生きている限り、どんな事にも慣れる生き物だから。
でも、ふとした拍子に思い出したりしてまた傷口が疼く。
中途半端なまま、いつまで経っても癒えることはないんだろう。
何か本気で志したものを諦めるというのは、そういうことなんじゃないだろうか。

魔法使い「あの日・・・国を飛び出した時に誓ったはずなのに・・・絶対にこの国を、明るい平和な国に戻すんだって・・・みんながまた笑って暮らせる国にするんだって・・・だけど、私は・・・」

手摺に乗せていた両腕に顔を突っ伏し、魔法使いは肩を震わせ始めた。

・・・やべえ、どうしよう。
こんな時、なんて言葉をかけたらいいんだろう。
物語の主人公なら、こういう時にバシッと励ますなり慰めるなりしてキメるんだろうさ。
なんかこう、それっぽいカッコいい台詞で魔法使いを前向きにさせるんだろう。
成功すればギャルゲーならキスシーン、発禁ゲーならベッドシーンまで行ってもおかしくないくらいのターニングポイントだろきっと。
でも生憎と俺には無理だ。
ポジション的にも超脇役だよ。
ホラー映画で仲間内から一番最初に犠牲になるやつと同じような立ち位置だよ。
それにあれだ、想像以上にヘヴィだった魔法使いの過去に驚いて何も言葉が浮かんでこねえ。
出会ってから見せてた強気な態度は、ひょっとして背負っている物の重さに潰されないよう意識してたのか?
というか、普段の勝気で明るい魔法使いと今の魔法使いのギャップでこっちも軽く動揺してんだよ畜生。
千々に乱れた心で他者の心を鎮めることが出来るか否か?
否、出来ようはずもない。
なんて言葉遊びをしてる場合じゃねえんだ。
どうする俺。どうするよ俺。
くそっ、肝心な時に限って俺の忘れ去られた古の力(中二病)は目覚めてくれない。
あん時イメトレで鍛えたキザな台詞と、雨の止んだ下校途中に傘で練習した牙突の成果はこの世界じゃ全然発揮されねーぞ。どうなってんだ。
あ、そういえばあの時の牙突、今この世界でこそ使ってみるべき技じゃないかな。
そうすりゃなんか上手いこと大ダメージ与えられるかも。
でもきっとダメなんだろうな。なんせ使い手は俺だもの。
って、そんなこと考えてる場合じゃないんだってば。
俺は一体どうすればいいんだ。
嗚呼、教えてくれ。かつて俺が制覇した数々のゲームソフト達よ。
教えてくれ。中学一年の春、親に見つかって庭で燃やした大学ノートのポエム達よ。

俺「で、でもほら、あれだ・・・これで終わりってわけじゃないだろ? 俺達の旅はまだまだこれからなんだし、今からだって、間に合うんじゃねえかな」

散々葛藤した挙句、こんな安っぽい気休めしか言えなかった。
一番情けないのは、この言葉を『気休め』程度にしか感じていないのに口に出してる自分自身なんだけどさ・・・。

魔法使い「・・・・・・そう、よね。まだ・・・私にも出来る事が・・・きっとあるわよね・・・」

でも、そんな月並みの台詞でも魔法使いは納得してくれたらしい。
顔をあげて、涙に濡れた瞳で街を見ながら、魔法使いは弱々しく微笑んだ。

俺「お、おうよ! なんてったって、俺達はこの世界で唯一魔王を倒せる『勇者一行』なんだろ? いや、俺に何が出来るかは正直疑問なんだが、それでも何かこう、精一杯やるからさ! だから、一緒に頑張ろうぜ!」

こういう時、本当は励ますよりもただ黙って好きなだけ泣かせてやったほうがいいと何かの雑誌の心理学プチ特集記事で読んだ憶えがある。
本人に選択肢が見当たらない時、励ますことは逆に追い詰めることになりかねないのだと。
でも、それが分かってるからってどうするよ。
それこそ、ドラマや映画みたいに抱きしめてみるか?
無理無理無理無理。俺にそんな度胸ないって。
つーか下手にそんなことしたら、魔法使いにここから蹴落とされそうだ。

魔法使い「うん・・・そうだよね。アンタの言う通りだわ」

そんな意気地なしな俺の後押しが効いたのか、それとも底の浅い気遣いしか出来ない俺を気遣ってくれたのか・・・。
魔法使いは指で涙を拭うと、見慣れた勝気な笑みを浮かべた。

魔法使い「あはは・・・まさかアンタにこんな事言う日が来るなんてね。らしくないわ、ホント」

そう言って嘆息する魔法使いは、もういつも通りの様子に戻った・・・ように見える。

魔法使い「でも・・・ありがと。お陰で、元気が出たから」

俺「あ、いや・・・」

どこか妙な違和感を憶えながらも、俺は曖昧に頷いた。
何かが引っかかる。
さっきまでの魔法使いの言葉や、何かを隠しているような今の態度にも。
毒にも薬にもなりそうのない俺の激励で元気が出るはずもないから、特に不思議がることでもないかもしれないんだが・・・。

魔法使い「じゃあ、私はそろそろ寝ようかしら。アンタも程々にしておかないと、風邪引いちゃうわよ」

俺「ああ・・・」

気のせいだろうか。
部屋に戻っていく魔法使いの背中が、酷くか細いものに見えた。

一人ぼっちになったバルコニーで、俺はしばらく月を眺めていた。
それっぽい台詞っていうのは、なんで事が終わった後に限って思い浮かんでくるんだろうな・・・なんてことを考えながら。

この夜が明けたら、俺達はどうするんだろうか・・・。
縋るように見つめても、月は答えてくれない。
ただ黙って、情けない俺を優しい光で照らしてくれている。



[40808] 初めての謁見編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:7a9d3c66
Date: 2015/01/22 20:32
翌日。
謁見の間にて魔法使いを除く、俺達勇者一行は整列していた。
目的は昨日の処刑騒ぎの後処理とでも言うべきか。
切欠であった今朝のやり取りを思い出し、俺は沈んだ溜息を吐いた。


俺『濡れ衣を晴らしておく?』

魔法使い『ええ、そうよ。少なくとも貴方達がこの国に居る間、これ以上無用な嫌疑を掛けられないためにもね』

勇者『それは俺達にとっても有難いが、具体的にどうするんだ?』

魔法使い『やっぱり、公の場で相手側の間違いを認めさせるのが一番だと思うの。だから・・・気が進まないとは思うんだけど、私のお姉様・・・この国の第一王女と会ってもらえないかしら』

シスター『大丈夫でしょうか? 昨日は魔法使いさんが何とか事態を収めてくれましたが、私達が直接会うとなると・・・』

俺『そうだなあ・・・また同じような騒ぎになり兼ねないし、藪蛇なんじゃないか?』

魔法使い『それについては問題ないわ。これ以上騒ぎを大きくすれば、黒幕である大臣にもリスクが及びかねないもの。あいつは絶対に身の危険を冒すことだけはしないから』

勇者『・・・そう言われると、なんだか信憑性があるな』

魔法使い『とにかく私がどうにかしてお姉様を連れてくるから、大人しく場に合わせて。恐らく大臣も来るでしょうけど、滅多な事言ったらその場で殺されかねないわ・・・だから、気持ちは分かるけど自重してね。それからもう一つ』

俺『? なんだよ?』

魔法使い『多分、大丈夫だとは思うんだけど・・・お姉様をあまり刺激しないように注意してね。その・・・色々、事情があるから・・・』

事なかれ主義には自信があるが、あんな話を聞かされて、どんな顔をしていればいいのか。
歯切れの悪かった魔法使いの忠告に気になる点もある。
気は重くなるばかりだ。

俺「・・・はぁ」

しかし・・・大臣ってどんなヤツなんだろう。
陰謀詭計の元、国民に圧政を強いて刃向う人間を謀殺するくらいなんだから、やっぱり強面の嫌なヤツなんだろうな。
その大臣に騙されて人が変わったっていう王女も、童話で見た白雪姫の母親とかそんな感じだろうか。
似たような考えをしているのか、右隣にいる勇者とシスターの表情も若干硬い。
シスターはともかく、見え透いた嫌味の一つでも言われて勇者が沸騰しないといいんだけど・・・。
そんな心配をしながらしばらく待っていると、上座を挟むように備え付けられている扉の片方が開き、初老らしき年齢の男が御付の従者と共に姿をみせた。
派手ではないが、素材や拵えが見事だと素人にも一目で分からせる厳格な印象を与える装いをしている。法衣とかいうやつだろうか。
そして問題なのは、その服を着ている当人だった。
完全に服に着せられているというか、服装が与える厳かなイメージとは似つかわしくない程に柔和そうな顔つきをしている。
日曜に公園で日向ぼっこでもしていそうな、どこにでもいるようなオジさんだ。

???「これはこれは、本日はよくぞおいで下さいました」

見た目を裏切らない温和な声で、慇懃に一礼してから歩み寄ってくる。
相好を崩し、ますます人の好い表情になる。

???「いやはや、先日は大変失礼を致しました。知らぬこととは言え、魔法使い様を送り届けようとして頂いた勇者御一行の皆様にあのような振る舞いをしてしまうとは・・・もはや弁解の余地もありません。全くもって、この私の不徳の致すところで御座います」

謝られているこっちが申し訳なるくらいに頭を下げ、男は勇者の手を取って謝罪を続ける。

勇者「ええっと・・・あの・・・あなたは・・・?」

???「おお、これは重ね重ね申し訳ありません。わたくしは、王に代わりこの国の留守を預かっている姫様を補佐させていただいております、大臣です。何卒、お見知りおきを」

大臣? このお人好し代表みたいなオジさんが?
新宿でぼったくりバーのキャッチが見かけたら十中八九カモになりそうな顔してるぞ。
勇者とシスターも意外だったらしく、静かに動揺しているのが見て取れる。

大臣「まずは改めまして、先日の件につきましては国王と姫様に代わって心よりお詫び申し上げます。言い訳をするつもりはありませんが、戦線にいらっしゃる国王よりこの国を任されている姫様も心労が溜まり、大分お疲れの御様子・・・故に、かねてより身を案じておられた妹君様を貴方がたがお連れした際、あのような思い違いをなさってしまったのでしょう・・・」

涙ながらに語る大臣の言葉に、ほんの僅かだが打算的な匂いを感じた。
もっとも、それは魔法使いから事情を聞かされていなければ見逃してしまう些細なものだったが。
なるほど・・・俺達がこの場で糾弾したとしても、そうやってさり気なく責任を魔法使いの姉貴一人に背負わせる気だったのか。
言葉遊びに近いやり取りだが、こういうのは意外と厄介なんだ。
特に社会的地位が関係してくる場で先手を打たれると、どうにも身動きが出来なくなる。
まあ、分りやすい格好して泥棒をするヤツなんていないって言うからな。
人の好いこの態度も、どこか抜けたような頼りない口調も、全部計算尽くだったなら大した狸親父だ。

大臣「なんの誠意にもなりませんが、魔法使い様に事実確認も行わず早まった行動をした兵士達にも既に厳罰を与えております。つきましては、当国から心ばかりの物ではありますが、賠償品として幾つかの――――――」

大臣の話題が生々しいものに移ろうとした時、先ほど大臣が入ってきた扉とは反対の入口が開いた。
言葉を切った大臣が振り返った先には、ドレス姿の魔法使いに連れられた女性が一人。
こちらも魔法使いと同じく、煌びやかなドレスに身を包んでいる。
歳は魔法使いよりも5つか6つ上だろう。
非常に整った顔立ちだが、暗い表情のせいでどこか病弱そうな印象を受ける。

大臣「これは姫様・・・何故このような場所に? 本日はお加減が優れないと伺っておりましたが・・・」

魔法使い「お姉様には無理を言って私がお連れしました。彼等の潔白が証明された今、目の前で直接言葉を聞いたほうがお姉様も安心できるでしょうから」

物静かだが、挑むような魔法使いの言葉に、大臣は恭しく頭を垂れた。

大臣「左様でございましたか。これはこの大臣、またしても思慮に欠けておりましたな。ささ、姫様・・・どうぞお席に」

王女「え、ええ・・・」

大臣に促された王女は、どこか居心地が悪そうに上座へ腰を下ろした。
こちらも大臣と同じく、想像していたイメージとは大分違う。
チラチラと俺達のほうを窺ってはいるものの、伏目がちに視線を落としている。
何かに怯えるようにオドオドとした様子は、とても一国の王女には見えなかった。
誤解とは言え、処刑までしようとしていた俺達に遠慮しているんだろうか。

魔法使い「お姉様、紹介するわ。彼等が私の仲間達。左からシスター、勇者、『俺』っていうの。みんな、とっても頼りになるんだから」

傍らに立つ魔法使いに促され、王女は心持ち面をあげて微笑んだ。

王女「そ、そうなの・・・大臣から話を聞いて、私はてっきり――――」

大臣「それはそうと姫様、私は彼等に何かお詫びの品をお渡しするべきだと思うのですが」

消え入りそうな口調で何かを言い掛けた王女を遮り、大臣は声高に提言した。

王女「え? ええ・・・そうね・・・私が迷惑を掛けてしまったんだもの・・・何か償いをしなくてはいけないわね・・・」

強引に会話を進めた大臣にムッとした表情を作った魔法使いではあったが、先に口を開いた王女に機を逸らされてしまい、押し黙ったようだ。

大臣「そう致しましょう。では、例の物をここに」

大臣が命ずると、小さく低頭した従者は一度謁見の間を出てからすぐに戻ってきた。
ガラス製の盆のような物を両手で持ち、その上には小さな皮袋が乗っている。
それをこのままこっちに持ってくるかと思いきや、従者は座っている王女の元へと盆を差し出した。

王女「え・・・?」

大臣「こういった品は、姫様が御手すがらお渡しすればより深く誠意をお示しになることが出来ましょう。さあ、姫様」

王女「え・・・ええ・・・わかりました・・・」

・・・なんだろう。王女の隣でなんか魔法使いが『しまった』って顔してる。
従者から盆ごと『お詫びの品』とやらを受け取った王女は、どこかぎこちない足取りで前へ。

大臣「恐れながら、勇者御一行の内どなたかお一人進み出でてくれませぬか? こういった物を受け渡すのにも、形式は大事ですので・・・」

非常に回りくどいことこの上ないが、どうやらそういうものらしい。
当然、ここは俺達の代表である勇者が行くものだとばかり考えていたのだが・・・。

勇者(・・・なあ、『俺』。すまないんだが、お前が行ってくれないか)

隣で小さく囁かれた俺は耳を疑う。

俺(はあ・・・? いや、こういうのは真ん中に立ってるヤツが行くのが普通だろ? なんで俺なんだよ)

勇者(いや、どうにもああいうタイプの女性は苦手で・・・それに、こういう場での振る舞い方なんて知らないんだ)

俺(そんなの俺だって知らねえよ)

大臣「どうか致しましたか?」

ヒソヒソやり合っている俺達に、これまた嫌なタイミングで大臣が急かしてきた。
勇者の拝むような視線に根負けし、仕方なく俺は一歩前へ。
こういう時ってどんな風にしたらいいんだ。
畏まった場での授与作法なんて小学校の習字コンクールで佳作賞もらった時以来だぞ。
あと、なんかさっきから魔法使いが王女の後ろで凄い目線を送ってきてる。
一体何のサインだ?
どうもそれを受け取るなって感じにとれるが、この場面でどうしろっつーんだ。
もう前に出ちゃったよ。
そんなことより、これって卒業証書を受け取るみたいに両手でお盆ごと貰えばいいのかな。
いやでもお盆も貰ってどうすんだよ。
かと言って上の袋だけ取るのもなんか違う気がするし・・・。
どうすりゃいいんだ。お盆は後で返せばいいのか?
悩みながらも重い足取りで王女に近付いていく。
もうそろそろ両手を延ばせばお盆に手が届きそうといった距離で、ふと違和感に気付いた。
・・・なんかお姫様が俯いて小刻みに震えてるんだけど。
どうしたんだろ、気分でも悪いのかな。

俺「あのー・・・?」

思わず足を止めて声を掛けようとした瞬間だった。

王女「いっ・・・嫌ぁああああああああああああああああああああああっ!!」

俺「!?」

絹を裂く悲鳴と共に投げつけられたお盆が顔面にクリーンヒットし、意識が暗転した。
視界が回復して最初に映ったのは、天井にある豪勢なシャンデリア。
どうやら仰向けに倒れてしまったらしい。
鼻がすげえジンジンする。
痛みを堪えてなんとか上半身を起こすと、そこには女の子座りでへたり込んでいる王女の姿が。

王女「そ、それ以上私に近寄らないで! そうやって私に乱暴するつもりでしょう!? 春本みたいに! 春本みたいに!!」

なにこの人。
いきなり発狂したぞ。
しかもなんか馴染のあるようなフレーズで馴染のないこと言ってる。

魔法使い「お、おおおお姉様! おおおおおつち落ちつち着いて!」

姉に負けず劣らず取り乱した魔法使いが慌てて制止にはいるものの、王女の暴走は止まらない。

王女「無理よ魔法使い! だってこの人ケモノのような目で私を見るんですもの! きっと持て余した獣欲そのままに私を穢す気にきまってるわ!」

事態に追い付いていけない俺の目の前で、王女はハラハラと泣きながら魔法使いに縋りついて勝手なことを喚いてる。

魔法使い「だ、大丈夫よ! アイツはヘタレで臆病でスライムゼリーにも勝てないくらい弱いから! そんな大それたことする度胸なんて無いわ!」

おい魔法使いテメー。
それフォローしてんのか? 庇ってるつもりなのか?

王女「だって大臣が言ってたもの! この国の男達はみんな長年の戦乱で王族に鬱憤を溜めこんでるって! だから隙あらば高貴な私を穢すことでその憂さを晴らそうとしているのだって!! 今だって美しい私に興奮してあんなに鼻血を!」

くそっ、こっちの路線できやがった。
大臣に言い包められてるって聞いてある程度覚悟してたが、まさかそっち方面で人間不信に陥ってたとは予想できなんだ。
つーか鬱陶しい事この上ない。
確かに王女様は美人だと思うよ?
でもいくら美人でも自分で自分を『高貴』だの『美しい』だの言ってるの聞くと殴りたくなるな。
しかもその自意識過剰をぶつけられてる対象が自分だとムカつき度合が半端じゃねーぞ。
この鼻血だってアンタにぶつけられたお盆のせいだしな。

王女「ほらっ! 施政さえ真面に出来ない私に憤ってあんな顔してる! 無能な私に暗い情欲をぶつけるつもりだわ! 一昨日読んだ小説の『今まで散々俺達の稼いだ金で好き勝手しやがって! 今夜からたっぷり働いてもらうからな!』みたいなコトをするつもりに決まってるわ!」

重症だ、この人。

王女「でも私は負けない・・・! 戦が終わりお父様がこの国にお戻りになるまで、どんな辱めにも耐えてみせる! ロートシルト王家の誇りだけは、絶対に失わないんだからぁああああああああああ!!」

余裕が無いんだかあるんだか、よく分からない上に長い捨て台詞を吐いて王女様はダッシュでご退室なされてしまった。

魔法使い「お姉様!? おねえさまあああああああああ!!?」

引き摺られるようにして、逃げ去った王女を魔法使いが追っていく。

俺「・・・・・・・・・・・・」

勇者「・・・・・・・・・・・・」

シスター「・・・・・・・・・・・」

俺は茫然と座り込んだまま、未だ垂れ続ける鼻血を拭う気力さえなかった。
周囲の兵士達は慣れているのか、ざわめくことさえしない。

大臣「・・・とまあ、姫様も国の不安定な情勢に酷く心を病んでおられるのです。重ねて礼を失する結果となってしまい申し訳ない限りなのですが、どうぞこれをお納めください・・・」

立ち直れていない俺の手に、大臣が近くに落ちていた皮袋を手渡した。
情けなく眉を下げて意気消沈している態度の大臣を見て、思う。
あれが全部、魔法使いの言った通り大臣の仕業だというのなら、このオッサン、どんな手を使ったんだろうな、と。



[40808] 暗躍者の陰謀編(閑話休題有)
Name: セノ◆0ad4d76f ID:7a9d3c66
Date: 2015/01/24 03:44
昼間だというのに殆どの窓にカーテンが閉め切られた薄暗い一室。
内装は決して豪華ではないが、それでも暖炉の上や部屋の片隅に置かれた調度品の数々は、見る者が見れば一般市民の生涯年収を費やしても手が届かない品々だと分かるだろう。
「あの者達はどうしている?」
部屋の主である大臣は、先刻、謁見の間で見せた人の好い態度など微塵も感じさせない冷たい声で従者に問い掛けた。
「既に城を出たようです。第二王女を引き留めた様子は見られないことから、恐らく例の話は聞かされているかと」
「左様か。まったく、あのじゃじゃ馬娘も手を焼かせてくれる。一体、四年間もどこを放蕩していたのやら」
ぞんざいに言い放ち、大臣は傍らのグラスにワインを注いだ。
なみなみと揺れる琥珀色の液体を一息に飲み干してから、会話を続ける。
「して、あの戦馬鹿の返事は?」
「はっ、王も此度の席には出席なさるとの事。戦線の引継ぎが終わり次第、帰還するものかと」
「ふむ・・・まあ、当然だろうな。出来ることならばそのまま戦場に縛り付けておきたいところだが、そうもいかぬ。精々、愚鈍な連中から余計な話が及ばぬよう目を光らせておけ」
「かしこまりました。王の滞在中は、こちら側の人間で周囲を固めておきましょう」
「うむ。ガーランドのドラ息子はいつ頃入国する予定だ?」
「先の連絡によりますと、四日程で到着する手筈になっております。どうやらガーランド国王も同席なさるとの報告です」
「くく・・・あのボンクラめ。自国では反王政派が日増しに力を強めているというのに、呑気なことだ」
「ガーランド王家が辛うじて権威を保っているのも、大臣様の度重なる御助力あってのもの・・・少しでも恭順の姿勢を見せようと必死なのでしょう」
「まあ、その位のほうがこちらとしてもやり易いがな・・・」
つまらなそうに鼻を鳴らし、大臣は文机の席に腰を落とした。
「それより・・・あの勇者一行の始末を急がねばならぬ。見たところ大した力も無さそうな連中ではあるが、念の為ということもある。時期が過ぎるまで、迂闊な手出しは出来ぬが・・・」
「それにつきましては、幾らでも方法は用意してございます。元より、いつ命を落としてもおかしくはない身・・・この国を出立してから程よい場所で子飼いの傭兵団にでも寝首を掻かせましょう」
「よかろう。ただし、抜かるでないぞ。仮にもあの処刑騒ぎを切り抜けた連中だ。あの腑抜けた顔をした<俺>とかいう者も、展望台では衛兵長を一撃の元に倒したと聞く。事前に調べさせた内容(ステータス)と結果が一致せぬだけに、万が一という事も有り得るからな」
「御意に」

これは魔法使いを除く勇者一行が城を去ってしばらくしてのやり取り。
暗い謀略が自分達の周囲を取り囲んでいる事など露知らず、勇者一行の三人は国の酒場で昼間から途方に暮れているのであった。


※台詞調である理由につきまして※
話の上で全然関係はないのですが、兼ねてより感想掲示板でご指摘があった『発言が台詞調なのは何ぞや?』という点についてこの場を借りてお返事したく存じます。
といのも、理由は単純で私自身がSSというものは台詞の前に人物名が書いてあるという認識があった為、一話の最後の台詞を除いて台詞調にしていました。
正直完全な誤認だったのですが、一度やってしまうと引っ込みがつかないということもあり、こうして続けている所存でございます。
ぶっちゃけ、この間章も『もし台詞調じゃなかったらこんな感じです』という一例で作ってみました。
一人称視点ではなく三人称視点なので、あまり意味はないかもしれませんが・・・。

最後に、これは完全に私事ではあるのですが、感想板での意見やご感想を投稿して頂き、誠にありがとうございます。
感想掲示板の用途とは外れていると思ったので、あえてお返事等はしていませんでしたが、諸々のお言葉は本当に励みになります。
お目汚しではありますが、これからも暇潰しにこのSSを覗いていただければ嬉しく思います。
SS投稿の主旨とは外れてしまう為、手短になりますが少しでも皆様へ感謝の気持ちが伝われば幸いです。
閑話休題、失礼いたしました。



[40808] 判断と決断編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:7a9d3c66
Date: 2017/02/06 05:50
色々とんでもなかった謁見を済ませた後、勇者、シスター、俺の三人は再び魔法使いの部屋へと戻ってきていた。

勇者「・・・凄かったな、色んな意味で」

シスター「・・・ええ、凄かったですね。色んな意味で」

俺「・・・すげえ痛かった」

やっと血の止まった鼻を撫でて労わっていると、思わずシミジミとした呟きが漏れた。

勇者「悪かったな・・・貧乏クジ引かせちまって」

俺「いや・・・さすがにああなるとは誰も予想出来ないだろ。気にすんなよ」

勇者「そうか・・・そうだな。でもすまん」

ポツポツと取り留めのない会話をしていると、やがて魔法使いがフラフラの状態で戻ってきた。
どこか足元も心許ない。

魔法使い「・・・・・・ごめん、待たせちゃったわね」

シスター「大丈夫ですか? 大分お疲れのようですが・・・」

魔法使い「ええ、まあ・・・少しお姉様を宥めていたものだから・・・」

疲弊し切った顔色で、部屋のソファーに倒れ込むようにして座る。

勇者「・・・その、なんだ。王女様の様子は?」

魔法使い「今は泣き疲れて眠ってるわ。落ち着くまでに、メイドが2,3人倒れたけど・・・」

意外とバイタリティあるな、あの人。

魔法使い「・・・悪かったわね。事前に説明しておけば良かったんだけど・・・どうしても言い出せなくて・・・」

そりゃあ、まあ・・・そうだろうよ。
少なくとも、あの暴走具合を事前に言葉にしろと言われても俺なら無理だ。
加えて実の姉妹同然に思っている相手の事だったら、尚更人に話したくはないだろう。

魔法使い「・・・・・・アンタ、鼻はもう大丈夫なの?」

俺「え? ああ・・・もう血は止まったから」

どちらかと言えば魔法使いのほうが今にも倒れそうなのだが、ここは口に出す方が逆に野暮かと思い直し、黙っていることにした。

魔法使い「その・・・悪かったわね。咄嗟だったとはいえ、あんな事まで言っちゃって」

あんな事?
・・・ああ、俺はスライムゼリー以下云々の話か。

俺「ハハ・・・まあ、事実だからな。仕方ないよ」

意識せず、乾いた笑みが漏れた。
俺の返答に言葉を詰まらせた魔法使いが、しばし逡巡するように視線を彷徨わせてから、何かを告げようとした時。

勇者「しっかし、一体全体どうやったら王女様があんな風になるんだ? 魔法使いの話を聞いた時にはもっとそれらしい相手を想像してたんだが、あの頼りなさそうな大臣にそんな大それた真似が出来るもんなのか?」

魔法使い「ぁ、えっと・・・お姉様は元から内向的で、人前に出る事も苦手だったの。だから叔父様に代わってこの国を任された時、本当に精一杯苦心されていて・・・」

魔法使いが何を言い掛けていたのかは多少気になったが、とりあえず話の内容に集中することにする。

魔法使い「大臣も、最初は他の文官達と協力してお姉様をしっかり補佐していたわ。的確な助言や政策も幾つか打ち出していたし、国民の信頼もあったと思う。でも・・・」

その政治的手腕を買われ、国王や王女に重宝されるようになっていくに比例して言動が少しずつ変わり始めたのだと、魔法使いは説明した。

魔法使い「段々と叔父様やお姉様は大臣の意見を中心的に聞くようになっていって・・・その頃から大臣がお姉様に不安を煽る様なことを言い始めたの。ありもしない暴動を国民が企てているとか、大臣に懐疑的な目を向けていた臣下をその首謀者に仕立て上げたり・・・」

効果的な嘘を吐く方法は、多少の真実を混ぜて話すことだと言う。
それと同じように、相手を洗脳する手段の一つとして意見を同調させる方法があるのだとか。
要はある程度の信頼関係を築いた上で、騙す相手の『思考』へ不安を抱くよう仕向ける。
そうすれば相手の思考はやがて『自分ならどうするか』から『あの人ならどうするだろう』に代わっていき、見解に相違が生じれば自ずと『騙す人間側の意見』に同調するようになっていく。
やがては自分自身で考えているつもりが、それは全て騙す側の意思通りとなり、気が付けば従うままになってしまうのだとか。
そうなればもう、事実はどうであろうと関係ない。
『大事なのは無理やり矯正することではなく、あくまで自分の意思で決定しているのだと錯覚させる事です』
大学で単位の為だけに履修した心理学の講義で、休題代わりに教授がそんな事を言ってたっけか。
今思い出してみればユニークな教授が多い大学だったな。

勇者「理解できねえよ。正しく国を導けるだけの力があるのに、なんでそんな真似するんだ? ましてや、今は世界滅亡の危機だってのに」

俺「まあ・・・泥棒の格好して泥棒するヤツなんていないって言うからな。大臣みたいな人間にしてみれば、世間が混乱してる今こそがある意味チャンスなんじゃないか?」

社会に出て骨身に沁みるほど解らされたのは、世の中には色んな人間がいるということだ。
私利私欲の為に平然と人を騙せる人間は大勢いる。
そういう人種は欺く能力が高ければ高い程、自然体で笑顔を向けてくる。
人は悪意を察知して跳ね除けることは出来ても、あからさまでない善意を疑う事は本当に難しい。
はっきり敵だと分かる魔王とやらの方が、よっぽどやり易いかもしれない。

シスター「何か私達に出来ることはないのでしょうか・・・?」

重苦しくなった空気の中、独白するようにシスターが言った。

勇者「モンスターや盗賊相手ならともかく・・・こういう問題は難しいな・・・」

ここで俺達が大臣の不正について糾弾するのは簡単だ。
本人に直接詰め寄る事も、街中で触れ回る事だってやろうと思えばできる。
だがそれで万事解決といけば、魔法使いも言ったように苦労はしない。
証拠が無ければ大臣を問詰めたってシラを切られるだけだろうし、昨日今日やってきた俺達の言葉を街の人達が信じるとは到底思えない。
或いは心の何処かで気付いていたとしても、住人達は今の生活を護る為に耳を塞いでしまうだろう。
俺だってあっちの立場なら、当然そうするだろうさ。
触らぬ神に祟りなし。
大臣の支配するこの国で生きている彼等にとって、その言葉は大袈裟でもなんでもない。
俺達だってヘタに動いたら、それこそ昨日の処刑騒ぎの再現なんてことになり兼ねないからな。

俺「・・・やっぱり、魔王を倒して戦争を終わらせるのが一番手っ取り早いんじゃないか? 元々俺達の目的は魔王討伐なんだし、根本的な問題解決にもなるんだからさ」

口にしてみたはいいものの、我ながら空々しいというか何というか。
このPTにそれが出来そうなら、そんなに思い悩まないんですけどね。
もし俺が傍観者の立場で、『この勇者一行が魔王を倒せるかどうか』に賭けろって言われたら、不可能の方に全財産突っ込むわ。

勇者「・・・そうだな。やるしかないか」

シスター「少し歯痒い気もしますが・・・この方法しかないのでしょうね・・・」

浮かない面持ちで勇者とシスターが同意する。
改めて方針が決まったとはいえ、気分が晴れないのは俺も一緒だ。
でも、いつまでもここで悩んでいたって仕方ないことは二人も理解しているんだろう。
問題なのは、この国の当事者である魔法使いなんだが・・・。
ちらりと当人の様子を窺うと、魔法使いは今まで見たことが無い程真剣な顔つきをしていた。
その表情にはどこか、確固たる意志というか・・・力強さを感じさせる反面、どこか悲壮な決意を滲ませている。

魔法使い「・・・その事で一つ、皆に話さなくちゃいけないことがあるの」

静かに口火を切った魔法使いは、冷静に次の言葉を言い放った。

魔法使い「――――――私、結婚するわ」

勇者「・・・・・・」

シスター「・・・・・・」

しばしの静寂の後。

俺「・・・・・・はい?」

不意打ちのような魔法使いの告白に、言葉の意味は把握出来ても理解が追いつかない一同であった。



[40808] 残されたPT編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:89d4e574
Date: 2015/04/02 00:07
メインストリートの繁華街から少し外れた通りにある一件の酒場。
明るい内は食堂も兼ねて経営しているようだが、昼時をとっくに過ぎているせいか、俺達三人以外に客の姿はなかった。
日当たりの悪い閑散とした店内には、無愛想な店長がカウンターで食器を磨く音だけが響いている。
そんな中、城を出た俺達一行は途方に暮れたまま古びた丸テーブルに座り込んでいた。

勇者「……結婚、か」

とりあえず注文したエールに口もつけず、勇者は誰に話しかけるという訳でもなく呟いた。
普段なら真昼間から酒などとんでもない事なのだが、生憎と今だけはそんな自制も働かせる気になれなかった。
シスターの目の前にはワイン。俺の前にも注文したウイスキーが手付かずのまま置かれている。
城で突然告白された魔法使いの結婚宣言に、どうにもまだ頭の整理が追いついていない。



俺『……結婚て……え? 誰が?』

魔法使いの部屋での結婚宣言を聞いた俺は、たっぷり数十秒は沈黙した後、ようやくその言葉を口にした。

魔法使い『……私がよ』

勇者『いや……それはいいんだが……いやよくないか。な、なんでまた急にそんな話になってんだ?』

我に返った勇者が、多少混乱しながらも当然の質問をする。

魔法使い『……魔王軍との戦乱が長引いた影響で、隣国のガーランドと同盟が結ばれることになったの。ロートシルトの王族である私がガーランド第一王子を夫として迎えることで、共闘の証を誓うと同時に両国の繁栄を願うって流れでしょうね』

俺『でしょうねって……まだお前がこの国に戻って三日と経ってないんだぞ?』

シスター『そう、ですね……同盟にしても、ここまで早く決められる問題ではないと思いますが……』

魔法使い『元々、話自体は進んでいたみたい。本来なら第一王女であるお姉様に持ち掛けられた提案だったけど……あの……お姉様はあんな状態だから……まあ、そこで帰ってきた放蕩王女の出番ってわけね』

それって要は王族の血筋なら誰でもいいって事なんじゃ……。
まあ、昔から政略結婚なんてどこもそんなもんだって聞くけどさ……。

勇者『なあ……改めて確認しておきたいんだが……その話、受けるつもりなのか?』

魔法使い『……ええ。そのつもりよ』

小さな声だったが、魔法使いは毅然として言い切った。

シスター『あの……魔法使いさんは、御相手であるガーランド王子を知っていらっしゃるんですか?』

魔法使い『正直、会ったこともないんだけどね。まあ、王族同士の結婚なんて昔からそんなもんだし、生前のお父様からも聞かされていたことだから。覚悟はできてるわ』

俺『…………いいのかよ、それで』

魔法使い『全部納得できているわけじゃないけどね。でも、王族として生きるのに不自由しない分、こういうトコで自由が無いのは我慢しなくちゃ』

達観するように微笑んだ魔法使いに、俺はそれ以上何も言えなくなる。

勇者『……オレ達の約束は……どうなるんだ?』

そこで初めて、魔法使いの表情にはっきりと影が差した。

魔法使い『……許してほしいとは言わないわ。でも、私は王族としてこの国に生まれ育って生きてきた。今はその役割を果たさなくちゃいけない。だから…………いえ、これは詭弁ね』

いつになく静かな口調で、魔法使いは続ける。

魔法使い『戦乱と圧政で疲弊し切っているこの国が、ガーランド王国との同盟で少しでも希望を取り戻してくれるんなら、私はそうしたいと思う。もしかしたら……いえ、恐らくは十中八九この同盟も大臣が仕組んだ謀略の一端なんでしょうけど……それなら尚更のこと、私がなんとかしなくちゃいけない。戦線で命を賭けている叔父様や、気を病んでしまったお姉様……それに、ずっとずっと私を支えてくれていた国民達を護りたい。お飾りの第二王女でなく、お姉様に代わってお父様の留守を預かるであろう次期後継者の妻としてなら……まだ何か出来ることがあるかもしれない。ううん、絶対に成し遂げてみせる』

それが魔法使いの決意。
夕暮れの展望台で勇者とシスターが口にした覚悟とは別種の、しかし勝るとも劣らない壮絶な決心。

魔法使い『……だから、ごめんなさい。私は貴方達とは行けない。もうこれ以上、私の大好きな人達が辛い目に遭っているのを見過ごしたくないの』



俺「…………」
手にしたグラスを揺らして、一向に減る気配のない褐色の液体をチャプチャプと弄ぶ。
今思えば、魔法使いはこの国にやってきて俺達と分れた時に、その話を聞かされていたんだろうな。
処刑騒ぎのあった日の夜……バルコニーで少し様子がおかしかった原因もきっと、この国に残る決心をしていたからなんだろう。
それにしても結婚……結婚かあ。
まだハタチにもなってないだろうってのに、アイツも随分と思い切ったこと考えたもんだ。
それも恋愛感情なんて皆無の強制みたいなもんだってのに。
いやでもまあ……結婚なんてのは案外そんなもんなのかな。
そりゃお互い好き合って結ばれるのが一番いいんだろうさ。
でも結婚と一言に言っても、そこに行き着くまでの過程はそれこそ色々あるわけで。
責任、世間体、立場、惰性、打算、妥協……ちょっと例を挙げてみるだけで、今の世の中、純粋な感情だけで結婚してる人間のほうが少ないような気がする。
風潮に流された物の見方かもしれないんだけどさ。
しかし……現実感が沸かなくて全然想像できないんだが、もう25なんだよなあ俺。
結婚してても全くおかしくはない年齢になってるわけだ。いつの間にか。
実際に同年代の友人達ではチラホラ結婚したなんて話も聞くし、大学時代に長野へ突発旅行に行ったメンバーの中でも実際に一人結婚しちゃってるしな。
しっかし結婚……結婚ねえ……。
繰り返すようだが、そんな未来をマジで想像できねえ。
今まで特に気にしたことも真剣に考えたことも無かったんだが、実際どうなんだ25にもなってこのザマは。
でも正味な話、強がりとかじゃなくて本気で結婚願望とか沸かないんだよな。
経済的に養えるだけの余裕がないからか? 長年の一人暮らしで家事に慣れてるからか? 移り変わりの激しい環境で異性と親交を深める暇もないからか?
それとも単に大人になりきれていないだけか? 25にもなってまだモラトリアムなのか俺は。
…………まあ、こんな風に悩んでみたって肝心の相手もいないんスけどね。
結局ここに行き着くんだよな。
それで、その内に『まあどうでもいいか』ってなるんだ。

勇者「どうすっかな……これから」

やっと一口目のエールに口をつけた勇者が、ジョッキをテーブルに置いてしみじみと呟いた。

シスター「そうですね……魔法使いさんがいなくなってしまうとなると……」

無意味な思考のループを断ち切り、俺も話に乗ることにする。

俺「まあ……あそこまで決意が固いとなると、無理強いは出来ないよな」

勇者「……ああ。自分の故郷を護りたいって気持ちは、よく分かる」

視線を虚空に彷徨わせたまま、力なく勇者が同意した。

勇者「でも、やっぱり簡単には割り切れねえよ。頭じゃ理解してるんだが、なんかこう……うまく言えねえや」

苛立ちとも消沈ともつかない口振りだった。
俯いているシスターも同じ気持ちなんだろう。
ましてやこの二人は魔法使いとの付き合いが長い分、胸の内の遣る瀬無さは俺よりずっと強いかもしれない。
勇者も言ったように、頭の中じゃ分かってはいるんだ。
目的が決まっている俺達が成すべき事は、実にシンプルなのだから。
とりあえず、魔法使いの代わりを探して旅を再開させるのが先決だ。
それから新しく加わった新メンバーと紆余曲折を経て親交を深めながら、魔王を倒す。
そうすれば世界は平和になるし、この国の抱えている根本的な問題も解決できる。
俺達だって晴れて目的を達成出来た上に、魔法使いの悩みの種だって解消される。
絵空事のような理想論だが、実に建設的じゃないか。
少なくとも、こんな場所でウダウダと悩んでいるよりはよっぽどいい。
何事も行動しなけりゃ始まらないのだし、そうと決まればすぐにでも出発したほうがいいだろう。
時は金也、早起きは三文の得とも言う。

俺「…………はぁ」

……まあ、そうやって行動できてりゃ人生苦労はしないんだが。
いつだって一番いい選択肢を頭に思い浮かべるのは簡単だ。
そうやって導き出した行動を取れないからこそ、こうして酒に逃げているわけで。
なんでなんだろうな。
万事が万事、思い通りにとは望まないが、どうして人は頭ん中で出した答えを選ぶ事さえ出来ないのか。
人生の七不思議の一つだな、こりゃ。
判然としない思考のまま、手にしていたグラスをようやく口元へ運ぼうとした時だった。
店の入り口が静かに開き、入店してきた男が俺達の席へ歩み寄ってくる。

???「……つかぬ事を伺いますが、勇者御一行の皆様ですかな?」

そう訊ねてきたのは髪も髭も真っ白になった老年の男性。
街の住人とは思えない正装姿ではあるが、口元に蓄えられた髭とモノクル越しに見える穏やかな瞳が、どこか好々爺のような印象を与える。
しかし表現した言葉とは裏腹に、白くなった髪は一部の隙もなく総髪に整えられ、ピンと背筋を伸ばした姿勢からは厳格ささえ感じさせていた。

勇者「ああ、そうだけど……あんたは?」

???「申し遅れました。わたくしは『執事』と申します。ロートシルト城にて、使用人の長兼、魔法使い様の付人を務めさせて頂いております」

俺「魔法使いの? でも俺達が城にいた時には……」

執事「少々、他用で城を出ておりました故に皆様とはお初にお目に掛かります。以後、お見知りおきください」

礼儀作法のお手本のように優雅な一礼をして、執事さんは改めて俺達と向き合った。
俺達も改めてそれぞれの自己紹介を簡単に済ませる。

シスター「それで、執事さんはどうしてこちらに……?」

執事「実は、姫様……いえ、魔法使い様の件でご相談したいことがあるのです」

勇者「魔法使いの?」

執事「はい。前置きと致しまして、私は先代国王が御存命していた頃から王城に仕えておりました。先王が戦で命を落とされる間際に、魔法使い様の今後を仰せ仕り、付人になったという事情がございます」

先王……つまり魔法使いの親父さんが直々に娘の世話を任せるくらいだから、先代にとってこの執事さんはよっぽど信頼が厚い人物だったんだろう。

執事「先王亡き後の国情は……お恥ずかしながら、既にご存じだとは思いますが、魔法使い様は祖国の荒み様に酷く心を傷めておいででした。第二王女という立場にありながら、国民と直に接しようとなさる方だったので、幸か不幸か、そういった生の声を聞く機会も多かったのでしょう。大分、御自身の立場にも葛藤されておりました」

俺「…………」

執事「そのような事もあってか……魔法使い様は、どこか御自分を粗雑に扱うところがございます。現王や実の姉のように慕っていた王女様……幼少の頃より親しくしていた民の為ならば、御自分の犠牲を惜しもうとはなさらないのです。四年前に危険を省みず城を飛び出したあの時も、恐らくはそういった想いがあったからなのでしょう。故に、此度のガーランドとの同盟条件である婚約もお受けになったものと私は考えております」

確かに、改めて言われると中々とんでもない話だ。
いくら活発でお転婆だったと言っても、一国のお姫様がたった一人で魔王を倒す旅に出るんだからな。
勇者達に出会うまでどんな苦難があったのかは知らないが、命の危険に遭った事も一つや二つじゃないだろう。
それでも挫けずに四年間も旅を続けてたんだから、大したもんだよアイツは。
実際、俺なんてゼリー野郎の体当たり喰らった瞬間に元の世界へ帰りたくなったんだし。
というか、帰れる手段があるならあの時点で速攻帰ってたわ。

執事「しかし……今回ばかりは魔法使い様のそんな優しさが仇となりかねません」

勇者「……どういうことだ?」

声を落とし、不穏な含みをもって告げた執事さんの言葉に勇者が眉を顰める。

執事「実は、今回の同盟には以前から市井の間でも黒い噂が囁かれております。他愛の無い噂話と切り捨てるのは簡単ですが……わたくしも立場上、玉石混じった情報を得る事が多々ございますので、情勢不安からくる国民の四方山話とは言い切れないのです」

シスター「……と、仰いますと?」

執事「……今現在、この国を実質的に支配している大臣が、既に魔王討伐を成し遂げた後の国勢掌握を策謀しているのではという話が出ております」

俺「魔王を倒した……後?」

執事「はい。有体に申しますと、ガーランドとの同盟によって迎えた第一王子を傀儡として後継者に置く事で、戦を終えた後も実権を握れるよう下準備をしているというのが分り易いでしょう。前線におられる現王を亡き者にしてしまえば自動的に冠位はガーランド第一王子へと譲渡されますので……」

勇者「おいおい……そこまでして、あの大臣は一体何をしたいんだよ」

執事「……敢えて恥を晒す覚悟でお話し致しますが、前線に送るはずの物資や兵器の流れに不明瞭な点があるのです。それらを統括しているのは大臣なのですが、魔王討伐を果たした後、他国への武力外交や侵略の切り札を積み上げている可能性があります。本国防衛の名目としては些か疑問が残る上に、流通経路が人為的に複雑化されておりますので……」

優秀な政治家は常に先のビジョンを持つもんだってのは聞いたことあるが……こういう場合は優秀と言ってもいいもんなのかね、こりゃ。
少なくとも俺がこの国の住民なら願い下げなんだが。

執事「……私も全ての噂を鵜呑みにするわけではありませんが、事実城内では不穏な動きをする輩が増えてきているのも確かなのです。魔法使い様は、今度の同盟によって御自身の立場を変える事で国を護ろうとしておられますが……こればかりは分が悪いでしょうな」

俺「それで俺達に魔法使いの事を?」

執事「……単刀直入に申し上げます。皆様には、此度の婚約を取り止めるよう魔法使い様を説得なさって欲しいのです。これは生死を共にした仲間であると同時に、魔王を討伐するという目的を持った御三方にしか出来ない事だと私は考えています。無論、今の内容を魔法使い様に御話頂いても結構です。もしかすると、魔法使い様は既にご存知なのかもしれませんが……」

それでも、俺達からの言葉なら届くのではないかと執事さんは言った。

執事「現王もこの縁談には当初より難色を示しておられます。よって、魔法使い様の御意志さえ変わられれば、さしてガーランドと摩擦を起こすことも無く話を終えられるかと……」

しばらく何も言えず、沈黙の時間が過ぎる。

シスター「……わかりました。なんとか魔法使いさんを説得してみます」

まず口火を切ったのはシスターだった。

勇者「そうだな……今の話を聞かされちゃ、このまま黙ってるなんて出来ないよな」

テーブルの上で拳を握りしめ、勇者も力強く同意する。

俺「…………」

執事「……<俺>様、いかがですかな」

窺う様な三人の視線を感じながら、俺は魔法使いの言葉を思い出していた。
バルコニーでの会話や、城を出る前の魔法使いが言っていたことを。
しばし、思い悩んで……一つの結論が出た。

俺「…………俺は、無理だと思うぜ」

シスター「<俺>さん……」

勇者「無理って……どういう意味だよ」

執事「…………」

俺「いや、説得をする事自体に反対してるんじゃないんだ。ただ……」

誤解を招かないよう、慎重に言葉を探りながら口にしていく。

俺「執事さんも言ってたけど、魔法使いのやつは知ってて……それでも、この国を護りたいから同盟を結ぶ道を選んだんだんじゃないかな。それはきっと、自分で考えに考え尽くして導き出した答えだと思う。だから……ええと……誰かの意見で意思を変えられるくらいなら、きっとそこまで悩んだりしないんじゃないか?」

魔法使いは、仲間と旅をして魔王を倒すっていう約束を反故にしてでも、この国に残ることを決めた。
本気で何もかもを覚悟して行動を起こす人間ってのは、そんな簡単に止められるもんじゃない。

俺「きっと頭じゃ分かってても、それでも何もせずにはいられないんだ。だから俺達と旅を続けるのも諦めて、今の自分に出来る何かを探すことにしたんだと思う。可能性が低いのは、きっとアイツが一番よく分かってる」

もしかしたらこれは、バルコニーで泣いてる魔法使いを見ていたから言えた見解だったのかもしれない。
今思えば、あの時の魔法使いはそんな風に見えたから。

俺「それでも……やるって決めちまったんだ。城を出る前にも魔法使いが言ってたけど、今のアイツにあるのは勝算が有るか無いかじゃなくて、誰が何と言おうとも絶対に何とかしてみせるって気持ちだけなんだよ」

勇者「…………」

シスター「…………」

気まずい沈黙が場を支配する。
自分なりの考えを伝えてみたはいいものの……なんともやり切れない。
ここで一発ポジティブに皆を励まして前向きにさせたり、堅実かつ具体的な作戦でも立ててみせればカッコいいんだろうが……。
どうにも悲観的というか、中途半端に達観したような意見しか言えねえ。
どうしても、やるだけやってみようって思考になれない。
説得の事だってそうだ。
成功する可能性に賭けてみようってならずに、失敗に終わってしまった時の状況と徒労を考えてしまう。
……結果的に、俺は一縷の望みさえ消してしまっただけなんじゃないだろうか。
昔はもうちょっと当たって砕けろな思考が出来たと思うんだけどな。
これも歳のせいなのかね……。
やっぱり、俺には主人公的な振る舞いも軍師的立ち位置も無理だよ。


魔法使い『―――――だから、もっと自信持ちなさいよ』


そんな負のループに陥りかけていた脳裏に、魔法使いに言われた言葉が蘇った。
魔法使いの離別を聞いた後、俺達が城を去る際に見送りに来てくれた時。
捕まった折に取り上げられた荷物が返却され、勇者とシスターが中身を確認していた間に、城門前で魔法使いと交わしたやり取りだ。
魔法使いは、二人には聞こえないよう声を落として話しかけてきた。

魔法使い『……ねえ、<俺>』

俺『え?』

魔法使い『その……アンタに言っておきたい事があるのよ』

俺『……なんでしょうか』

もしかして最後の最後に今までのヘタレな俺に対する不満や叱責かと、少々警戒してしまう。

魔法使い『……まずは改めてごめんなさい。お姉様を落ち着かせる為とはいえ、あんな酷い事言っちゃって。アンタがこのPTのために頑張ってくれてるの、私知ってたのに』

身構えていた分、発言の内容に力が抜けてしまうと同時に面食らった。
こっちが想像していたよりも、魔法使いは気に病んでいたらしい。

俺『なんだ、そんなことか。さっきも言ったけど、別にいいさ』

どんなに努力して頑張ろうが、結果が伴わなければ何の意味もない。
成果も出せずに奮励を主張したって、それは只の独りよがりだ。
それじゃ社会では通用しないんだって、嫌って程わからされてきた。

俺『実際に大した役にも立ててないんだしな。気にすんなよ、ホント』

魔法使い『……そういえばそれ、前に酒場で一騒動あった時にも言ってたわね』

俺『そうだっけか?』

魔法使い『…………。あのね、<俺>。私が言えた事じゃないんだけど、勇者は気持ちが先走って少し無鉄砲なトコがあるの。絶対に世界を救うんだって使命感が強すぎて、時々暴走しちゃうのよ』

俺『? あ、うん……』

突然話題が切り替わったことに疑問を憶えながらも、曖昧に頷いておく。

魔法使い『シスターはあの通り優しくてお人好しだから、これから先も色々と割り切れない出来事や人の醜い部分を見たら、悩んだり迷ったりしちゃうと思う。元々争い自体好きじゃないから……多分、シスターにとってこの旅は辛い道のりになるわ』

俺『…………』

魔法使い『だから……途中でいなくなる私が言うのも勝手なんだけど、あの二人を支えてあげて欲しいの。アンタなら、きっと出来るから』

俺『……レベル25なのに役立たず代表みたいな俺だぞ?』

魔法使い『確かにアンタはレベルが高い割になんで? ってくらいステータスも低いし、戦闘においては完全にお荷物だし、未だに野宿の時には狩ってきた野鳥さえ捌けないヘタレなんだけどさ』

自分で確認しといてアレなんだが、こうまでドストレートに指摘されると流石に傷つくな……。

魔法使い『でも、なんていうのかな……アンタは私達には足りない、大事な何かを持ってる気がする。それは強さとか、才能とか、そういうんじゃなくて……なんとな~く説得力があるっていうか……アンタそのものっていうか……うまくは言えないんだけど……うーん……』

伝えたい言葉が判然としないのか、魔法使いはしばらく腕を組んで唸っていたが……やがて諦めたのか、迷いの無い表情で言った。

魔法使い『でもなんか、アンタが一緒に居てくれるだけで気楽になれるのよ。肩の力が抜けるって言うか、そんなトコ。勇者もシスターも、似たように感じてると思う』

俺『……褒められたのか駄目出し喰らったのかよくわからんな』

魔法使い『あら、私は褒めたつもりなんだけどね? ロートシルトの第二王女にここまで称えられたのだから、光栄に思いなさいな』

悪戯っぽく微笑んで、魔法使いは薄い胸を張った。
あからさまな気取った言い方に、思わず脱力した笑みが浮かんでくる。

俺『へいへい。王女様のお墨付きとあっちゃ仕方ないな。やるだけやってみますよ』

魔法使い『ん、よろしい』

満足気に頷いた魔法使いは、ドレスグローブに包まれた右手をすっと差し出してきた。
線の細い小柄な右手を握り返し、軽く握手をする。

魔法使い『……あの二人の事、よろしくね。大丈夫、アンタは絶対に役立たずなんかじゃない。それはこの私が保障するわ。だから、もっと自信持ちなさいよ』


俺「…………」

あの言葉は、『最後だから』と頼りない俺を慰めるための激励だったんだろうか。
それとも……もし仮にあれが魔法使いの本心なのだとしたら、アイツは俺のどこをどう見て、ああ言えるだけの何かを感じ取ったんだろう。
俺にはわからない。

執事「……そうですな。<俺>様の言う通りなのかもしれません」

きっと初めから、執事さんもそうなのだろうという見当はついていたんだろう。
魔法使いの性格や意志の強さは、付き人をしていたという彼もよく知っているはずだから。
それでも、何もせずにはいられなかったのだ。
今も城で一人決意を固めているであろう、魔法使いと同じように。

勇者「くそっ……! 何か……何か俺達に出来ることはねえのかよ……!」

シスター「…………」

無気力感に苛まれてテーブルを叩く勇者と、城の方角を見つめるシスター。
このまま旅を続けるとして、今のままでいいんだろうか。
魔法使いの代わりを探して、新しい仲間と共に紆余曲折を経て魔王を倒す。
さっきまで考えていた『建設的な考え』とやらではあるが、今の二人を見ていると……どうしても『正しい答え』だとは思えなかった。
なら、どうすればいいんだ。

俺「…………」

考えろ。
俺達に何が出来る。
今まで頼りにしてきた『RPG(ゲーム)』の展開なんて当てにするな。
これは俺達の『現実(物語)』なんだ。

執事「……不躾なお話で皆様を困らせてしまいましたな。大変申し訳ございませんでした」

気落ちした様子で席を立ち、執事さんが一礼をする。

執事「重ねて無礼を承知で申し上げますが、どうかこの事は御他言されぬ様にお願い致します。では、私はこれにて……」

目まぐるしく思考が回転する。
この国の状況。
魔法使いの覚悟。
これから予定されている出来事。
大臣の策略。
俺達に今、出来る事。
俺の今までの人生。
経験や体験。
それら全部を使って現状を打破出来る何か。
なんとか魔法使いの婚約を……。
結婚……を……?

俺「……そういえば」

ふと、頭の中に一つの想像が浮かんだ。
それが妙に、引っかかる。

俺「……あの時も、呼ばれたんだっけか」

漠然とした取っ掛かりから指が離れないよう、あえて感じたまま口に出す。

勇者「お、おい<俺>……?」

俺「そうだ……普通はそうするはずだよな。なんせ形式だけだって言っても……いやそれなら尚更……」

シスター「……<俺>さん?」

俺は勢いよく立ち上がる。
押されたイスが音を立てて倒れた。

俺「待ってくれ執事さん! ちょっと聞きたい事が!」

今まさに店を出て行こうとしていた執事さんは、少し驚いた様に振り返った。



[40808] 人生たまには調子に乗ってみよう編
Name: セノ◆b8ad171c ID:89d4e574
Date: 2017/02/07 04:01
友人の結婚式に出席した経験から閃いた俺の作戦を聞いた執事さんは、しばしの沈黙の後、唸るように呟いた。

執事「・・・・・・なるほど、勝算はありますな」

勇者「確かに、この作戦ならいけるかもしれないな!」

さっきまでの覇気が無かった様子から一変して、目を輝かせながら勇者も同意する。

シスター「ええ、現実的かつ一石二鳥の作戦です。問題なのは当日まで、どうやって相手へ悟られないよう行動するかですが・・・大勢の協力が必要ですね」

シスターの言う通り、大前提の問題はそこだった。
ここで俺達が公けに動くわけにはいかない。

執事「そちらの手筈は私が。こう見えても仕事柄、そういった筋には幾つか心当たりはあります。大臣側にも多少動きを悟られはするでしょうが、どうにかなるでしょう」

勇者「大丈夫なのか? 下手したらアンタに危険が及ぶんじゃ・・・」

執事「いえ、御心配には及びません。大臣の暴政を快く思わない人間は城内にも多々おりますので。ただ、計画を報せる『配達人』を私自ら手配するのは大臣の警戒心を高めてしまうかもしれませんな」

俺「となると、そっちの方は俺達でどうにかしたほうがよさそうですね」

勇者「そうだな。しかし、これだけ機密性が高い依頼だと、相手は慎重に選んだほうがよさそうだ」

シスター「はい・・・私も、そういった生業を専門としている組織に頼るのが一番だと思います」

執事「・・・一つ適任の組織を知っております。私からの紹介書があれば、恐らく引き受けてくれるでしょう」

そう言うと、執事さんは懐から小さなメモ用紙を取り出してペンを走らせた。
渡された紙には番地を表すであろう数字の羅列の他に、短く『狼から渡り鳥へ』とだけ書かれている。

勇者「これは?」

執事「なに、古い馴染みとの間に取り決めた暗号のようなものです。少々物騒なスラムに拠点を構えている裏ギルドですが、勇者御一行の皆様ならば難なく辿り着けるでしょう」

やべえ、そこが一番不安だ。

執事「ただ、ここのギルドの長をやっている者は少々融通が利かない性格でして・・・報酬は完全な前払いでなければ依頼を引き受けようとしないのです。ですから後程、私どもの方から依頼に必要な金額を皆様の宿へ届けさせますので・・・」

俺「・・・・・・いや、ここは俺達と執事さんの繋がりをなるべく悟らせないほうがいいと思います。この先連絡を取り合うにも、なるべく勘付かれるようなやり取りはしないほうが無難ですよ」

勇者「そうは言っても<俺>・・・情けない話だけど、今の俺達の所持金で裏ギルドが動いてくれるとは思えないぜ?」

シスター「そうですね・・・協定に属さないギルドは皆、仕事内容からくる必然として多額の報酬を前提にしていると聞いたこともありますし・・・」

情けない顔をする勇者とシスター。
どうやら色々ありすぎて二人は忘れているようだ。

俺「おいおい。このPTの懐具合なら俺が一番よく知ってるよ」

言いつつ、俺はジャージのポケットから小さな皮袋を取り出してテーブルの上に置いた。
そう、大臣曰く『お詫びの品』を。
中に入っている宝石類の数々は、換金すればかなりの額になるだろう。

勇者「そうか! それがあったか!」

シスター「<俺>さん、さすがです!」

勇者とシスターの賞賛を受けて、徐々に高まっていたテンションがますます上がっていくのを実感した。
なんか懐かしいなこの感じ。
昔はよくこんなテンションでポエム書いてたわ。
騒ぎ始める血を意識して抑えながら、俺は注文したままほったらかしていたウィスキーを一気に煽った。
素面ではとてもじゃないが口に出来ない台詞を言う為だ。

俺「作戦は立てた。勝算もある。必要なカードは揃ってるし、チップもご丁寧に向こうが用意してくれた」

久々に飲んだ酒で咽そうになるのを必死で堪え、なんとか不敵に笑って見せた。
これも後になって思い返せば死ぬほど恥ずかしい思い出になるんだろうさ。
一時のテンションってホントに怖い。

俺「さて、ここからは勝負といこうか」

分かってても抗えないトコが特に。



[40808] 初めての裏ギルド編
Name: セノ◆b8ad171c ID:89d4e574
Date: 2017/02/11 07:41
街の酒場で執事さんと別れた俺達は早速、件の裏ギルドがあるスラムへと向かった。
この国では北西の城壁付近一帯をスラムと呼んでいるらしい。
なるほど確かに、進んでいくにつれて通りの様子も雰囲気も大分変りつつあった。
段々と人通りも減っていっているし、表に出されている店もメインストリートのような華やかさが無い。
建造物にも統一性が無くなり、道も不自然に広かったり細かったり曲がっていたりで迷いそうだ。
通りを歩く人間も油断ならない顔つきの者ばかりで、誰しもが通り過ぎ様にこちらを探るかのような目を向けてくる。
俺の世界で例えるなら裏路地でたむろしている不良(強)がそこらへんにウロウロしているようなもんである。
……正直、かなり場違い感が半端ないというか居心地が悪い。
俺とシスターはなるべく道行く人と視線を合わせないようにしながら歩くので精一杯である。
これでまだ目的地の一歩手前だというのだから、話に上ったスラムってのは一体どんな場所なんだろうか。

勇者「えーと……次はそこの分かれ道を左だな」

俺達三人の中で唯一いつも通りの調子で歩を進める勇者は、このややこしい道を危なげもなくスタスタと先導していく。

俺「……勇者お前、こんな分り難い道をよく迷いもしないで歩けるな」

勇者「ああ。まあ、こういうトコなら歩き慣れてるからな」

俺「そうなのか?」

勇者「育ちが育ちだからな。このへんの雰囲気は昔俺が暮らしてた場所に少し似てるよ」

何気ない勇者の返答に、しばし目を点にする。

俺「育ちって……お前の生まれ故郷はあの『始まりの町』なんじゃ」

勇者「ん? そういや言ってなかったか」

勇者は思い返すように顎に親指を当てた後、歩きながら話しを続ける。

勇者「俺の生まれは『リンデガルド』っていう国でな。あの町はお袋の故郷なんだ。ワケあって十二、三の頃からあそこに住むことになったんだよ」

俺「へえ……そうだったのか。てっきり勇者の故郷はあの町だと思ってたよ」

RPGとかだと大体そうだしな。

シスター「このPTの中では、あの町が故郷なのは私だけですね。当時は故郷を出て別の都市でシスター見習いをしていたので、町に来たばかりの頃の勇者さんとは面識がありませんでしたけど」

今更ながらに明かされるちょっと意外な事実に、少々驚かされた俺だった。
そもそも考えてみれば、このPTがどんな経緯で魔王退治に行こうなんて(無謀な)事になったのか、知らなかったな。
今まで俺が積極的にコミュニケーションを取ろうとしなかったってのもあるかもしれんが……今度からもう少し皆の事情も聞いてみようか。
そこら辺の情報不足で、今もこんな状況になってるような部分もあるしな。

勇者「しかし、ここら一体を仕切ってる連中はよっぽどしっかりしてるか、力があるんだな。もう大分スラムに近いってのに、こんなに治安が良いとは思わなかった」

不意に、周囲を見渡しながら勇者がポツリと言った。

俺「治安がいいって……結構殺伐とした光景だと思うんだが……」

勇者「いや、普通じゃこれだけスラムに近づけばそこらへんで殴り合いの喧嘩が起きてたり、物盗りや強盗が出るのが当たり前なんだ。スラムの住民は納税をしないから憲兵も治安維持をする義務もないし……なのに、ここらの店や民家だって荒らされた様子もない」

……確かにこの辺りは雰囲気や人相こそ悪いが、まだ直接的な騒動や事件なんかにはカチ遭ってない。
俺達は表通りからこっちに入って大分経つ。
慣れない環境にビクビクしていて見落としていたが、明らかに浮いている俺達にマスターの酒場で戦ったチンピラみたいな奴等がちょっかいの一つや二つかけてきてもおかしくはないのに。

俺「言われてみると、そうだな……」

勇者「だろ? ということは、仕切ってる連中の縄張りで問題を起こした人間はどうなるか、皆キッチリ理解してるってことさ。敵対してる相手がいれば、わざとエリア内で暴れたりするヤツもいるが……こんだけ進んで何も無いってことは、例のスラムは複数の勢力がせめぎ合ってるんじゃなくて、一つの強い勢力がまとめ上げてるってことだろうな」

おお、なんだかそう聞くと説得力のある話だ。
執事さんに『問題ないでしょう』って言われた時には、絡まれた時にどう上手くジャンプして懐の宝石類を隠し切ろうか悩んでいたが、この分なら問題なさそうじゃないか。

勇者「まあ、この辺に住んでる奴等はなんだかんだワケありだろうからな。表のルールを破ってこっちに来ちまった以上、ここの掟まで破っちまったら行く当てがなくなる。無用な争いで目立ちたくなかったから助かったぜ」

やべ、なんか勇者がそれっぽくてカッコよく見える。
酒場を出てから自信満々な勇者を見て、ここに来るまで戦闘になったらどうしようかってあれだけ不安だったのに。

勇者「っと、あれがスラムの入口だな」

内心で勇者の意外な頼もしさに唸っているところで、ようやくお目当てのスラムへ辿り着いたらしい。
大分リラックスした気持ちになれた俺は、シスターと共に勇者の指差す方を見やり―――――。

シスター「…………」

俺「…………なあ、勇者」

勇者「なんだ? 道はちゃんとあってるぞ」

俺「いや、あの……むしろこの場合は間違ってて欲しかったというか、色々間違いであってくれたら嬉しいんだけど……なにあれ」

勇者が指差した先、スラム入口に商店街のアーチの如く設置された梁に吊り下げられた何体もの骸骨らしき物体を眺めながら、俺は訊ねた。

勇者「何って……見せしめの為の骸骨だろ。ああやって掟を破ったヤツはこうなるぞって知らせてるんだよ」

俺「いや怖ぇえよ!? お前さっきここら仕切ってる奴等はしっかりしてて治安が云々言ってたじゃん!! なんであんなもんが入口にあんだよ!?」

勇者「だから、ああやって問題を起こした無法者をキッチリ絞めてるから治安がいいんだって。やらかしたヤツを一人でも見逃すと最終的に収拾がつかなくなる場合だってあるからな」

俺「お前仮にも勇者なのにそんなドライな思考でいいの!? 見ろよシスターなんて半泣きになって祈り捧げちゃってんじゃん!!」

勇者「まあ……荒事にならないのが一番だとは思うけどな。でも、こういうトコじゃいくら上がしっかりしてても定期的にああいう結果になるんだよ。仕方ないじゃないか、人間なんだから」

俺「そんなどっかの詩人みたいな台詞で割り切れねえよ!!」

勇者「そうか? マシなほうだと思うけどな。俺の居たトコなんかじゃ骸骨どころか毎日のように壊された首やら掻っ捌かれた死体なんかが縄張りの境目に打ち捨てられてて」

俺「やだもう聞きたくないそんな怖いの!! そういう重そうな境遇話はこういう状況でさらっとすんなや!! キレていいか慰めるべきかわかんなくなるから!!」

勇者の聞きたくもない具体例を遮って、膝を折って祈り続けているシスターの華奢な肩を掴んで揺する。

俺「つーかもう帰ろうこんなトコ! とりあえず一旦帰ろういいから! 後で考えよう色々! ほらシスター立って! 宿に戻りますよ!!」

勇者「おいおい落ち着けって二人とも。さっきも言ったけど、ここの連中は問題さえ起こさなけりゃ危害を加えてくるようなことは―――――――」

不意に言葉を切った勇者が、鋭い視線で周囲を見渡した。

俺「な、なんだよ。どうし……」

勇者に大分遅れて、俺もようやく気が付いた。
見れば、そこらの路地や物陰から、これまた一段と人相の悪い連中がぞろぞろと。
逃げようという思考が働く間もなく、あっという間に俺達を取り囲んでしまった。

勇者「……やれやれ、騒がしちまったかな」

小さく溜息を吐き、勇者は剣の柄に手をかける。

俺「…………」

俺は全身から冷や汗を流しつつ、まだうわ言のように祈りの言葉を捧げるシスターをどうやって逃がすべきか懸命に考えるのであった。



[40808] 初めての中ボス戦
Name: セノ◆b8ad171c ID:89d4e574
Date: 2015/06/10 19:42
目は口ほどに物を語るとよく言うが、そのコトワザの意味を、今俺は身を以て思い知っていた。
こちらを取り囲んでいる男達の数はざっと2,30人。
全員武器らしい武器も持っておらず薄汚れた格好をしているが、俺達を見る眼つきは不気味なほどギラギラとしている。
武装も人数も、処刑騒ぎの時に屋上で囲まれた兵士達以下だというのに、威圧感は比べ物にならないくらい強い。
なにか、別種のプレッシャーを感じる。
例えるなら、よく訓練された猟犬と野山の狂犬の違いとでも言うべきだろうか。

???「ほお、こりゃまた随分と珍しいお客さんじゃねえか」

一定の距離を保って俺達を包囲している人垣から、一人の男が進み出てきた。
茶髪のモヒカンにムキムキの筋肉。
粗雑なズボンとレザーベストがよく似合っているその男は、どこぞの世紀末モブヤンキーに似ている。

???「まさか、ここ最近巷を賑わせてる勇者御一行とはなあ。こいつはお会いできて光栄だ。歓迎はしねえけどよ」

こいつ……俺達のことを知ってるのか。

勇者「……アンタは?」

油断なく男を見据え、剣の柄に手をかけたまま勇者が訊ねた。

???「俺ァこいつらのまとめ役みたいなもんさ。この辺で余計なモメ事が起きないよう、取り仕切らせてもらってる。っつってもまあ、殆ど俺達が起こしてるようなもんだけどな」

まとめ役……モブボスの言葉に周囲の取り巻き達がゲラゲラと笑う。

モブボス「で、栄えある勇者様達がこんなキタネエ場所に何の御用で? 迷子になっちまったってんなら、表のほうまで案内してやろうか?」

勇者「このスラムにある裏ギルドに用があって来た。仕事を頼みたい」

モブボス「…………ああ?」

勇者の発言で、場の空気が一気に変わった。
ピリピリしつつもどこか弛緩していた空気が、一気に張り詰めたものになる。
取り巻き達のからかう様な視線も、品の無い笑い声もピタリと止んでいた。

モブボス「……おいおい、仮にもアンタ等は勇者一行だろうが。表舞台の連中が、裏ギルドなんぞに何の用があるってんだ?」

只でさえ厳つい声が、ますます重低音になってこちらに届く。
モブボスは顔こそ笑ってはいるが、眼はちっとも笑っていなかった。

勇者「悪いが、そう簡単に明かせる話じゃないんでね。大人しく通してくれるとありがたい」

モブボス「そうもいかねえな。さっきも言ったが、ここはアンタ達みたいな人間が気安く出入りしていい場所じゃねえんだよ」

逞しい腕を曲げて、モブボスは背後の入口……梁に吊り下げられた骸を親指で指し示す。

モブボス「……消えな。さもねえと、そこでぶら下がってる連中と同じ目に遭うぜ」

遊びの消えた、本気の声だった。
俺達を睨みつけるモブボス達は、返答次第では今すぐにでも襲いかかってきそうな雰囲気だ。
完全に腰が引けてしまっている俺は、まだブツブツと祈りの言葉を呟きながら座り込んでいるシスターをなんとか正気に戻そうと努力しながら、勇者達のやり取りを固唾を飲んで見守るしかない。
ここは、あいつの忠告に従って素直に退いたほうが……。

勇者「生憎とこっちも事情があるんだ。どうしても邪魔するつもりなら、力尽くでも通してもらう」

おい勇者お前。
どうしてお前はいつもそう無駄に根拠なく好戦的なんだ。
勝てるわけないじゃないのさ、この人数相手に。
確かに城でのお前は凄かったが、似たようなチンピラ二人にさえ勝てなかった前歴があるんだぞ俺達には。
しかもそん時には四人掛かりで。

モブボス「……どうやら、勇者なんて物好きな道を選ぶだけあって命知らずらしいな。いいだろう、死体にして送り返してやる」

ボキボキと指の関節を鳴らしながら、モブボスが歩み寄って来た。
モブボスの動きに合わせて、周囲のチンピラ達もジリジリと輪を狭めてきている。
おいやべえよ。やべえよ。
このままじゃ魔法使い救出作戦どころか俺達もあのぶら下がったガイコツの仲間入りだよ。
あれだけ俺達のこと買ってくれてた執事さんも絶対気まずくなるって。

勇者「……やれやれ。手荒な真似はしたくなかったんだけどな」

なあ勇者よ。
カッコつけてるとこ悪いんだが、それはむしろモブボス側の言いたい台詞じゃないんですかね。
俺がそう口にしかけた時、勇者はおもむろに腰の剣をベルトごと取り外すと、無造作に放り投げた。
俺を含むその場の全員が、勇者の行動を図りかねて動きを止める。

モブボス「あぁ……? なんのつもりだ?今更命乞いしようってか?」

勇者「言っただろ。オレ達は仕事の依頼にきたんだ。ここを荒らすのは本意じゃない」

片方の掌に勢いよく拳を打ちつけ、勇者は続けた。

勇者「その為にも、アンタ達に人死にを出すわけにもいかないんでね。だから全員、素手で相手してやるさ」

勇者さーん!?
それ負けたらカッコ悪いよ!?
それで負けたらマジですっげえカッコ悪いよホント!!
ゲームだったら確定残り一発の時点でリセットしてしばらく前のセーブポイントからやり直してレベル上げてくるくらいの啖呵だよそれ!!

モブボス「……ク、ククク……クハハハハハハ!! がぁーっはっはっはっはっはっはァ!!」

勇者の超発言に俺が内心アタフタしていると、モブボスがいきなり大爆笑した。

モブボス「ハッハッハー! おもしれえ! どうやら物好きなだけじゃなく、相当の馬鹿みたいだな!」

戸惑う周囲の取り巻き達に手で合図して下がらせると、モブボスは大股で勇者のもとへ。
もう一歩踏み込めば互いの拳が届くかという距離で立ち止まる。

モブボス「いいかおめぇら! 手ェ出すんじゃねえぞ!! この大馬鹿野郎の心意気に応じて、俺一人で相手になってやらあ!!」

獣のように犬歯を剥いた笑みを浮かべてモブボスが吼えた。
臨戦態勢に入って怒張した筋肉のせいか、それとも全身から漲る闘気のせいなのか。
さっきより図体が一回りくらいデカく見える。

勇者「へっ、そっちも人のこと言えた性格じゃないみたいだけどな」

返す勇者も不敵に笑いながら首の関節を鳴らす。

勇者「アンタが一人で来るってなら、こっちもオレ一人だ。<俺>はシスターに付いてやっててくれ」

そりゃ願っても無い提案ですがどうすんだこの先。
モブボスと勇者とじゃ体格差がありすぎる。
体重に至っては筋肉量から考えたら倍近く離れてるんじゃないか?

モブA「へっ、モブボスさんにタイマン挑むなんざ無謀なガキだぜ!」

モブB「やっちまえモブボスさん!」

勇者が負けたら一体どうなるんだ俺達。
どう考えても見逃してくれそうにないぞこの連中。
本格的にマズい……早いとこドサクサに紛れてシスターだけでも逃がさんと……。

モブボス「とことん突き抜けた馬鹿だなお前は。せいぜい俺を拍子抜けさせるんじゃねえぞ?」

勇者「させねえよ。こんなトコで立ち止まるわけにはいかないんでね」

とかなんとか考えてた間に、いよいよおっぱじまりそうな雰囲気になってしまった。
モブボスが着ているベストのポケットから銅貨を一枚取り出し、勇者に見せつける。

モブボス「コイツが地面に落ちた瞬間が合図だ。いいな?」

勇者「ああ。いつでもきな」

ニッと口元を歪めたモブボスは、親指で勢いよくコインを弾いた。
その場の誰もが真上にあがったコインを固唾を呑んで見守っていた瞬間。

モブボス「ハッハッハァ!!」

宙に浮くコインが今まさに地面へ向かい始めようとした位置で、モブボスが不意打ちで攻撃を仕掛けた。

ドゴォ!!

巨大な体躯を使って放たれたタックルを真面に喰らい、勇者が2,3メートルは吹っ飛んだ。

俺「なあ……!?」

目の前の光景に驚愕する俺を余所に、周囲のモブ達からは盛大な歓声があがる。

モブC「決まったー!モブボスさんのキラータックルだー!!」

モブD「キヒャヒャヒャヒャ!あの野郎まともに喰らいやがったぜー!」

モブE「オレらがルールなんざ護るわけねーだろマヌケが!」

マジかよ……。
なんて卑怯な奴等なんだ……。
なんかこう、俺の勝手な想像かもしれんが不良とかってこういうシチュエーションでのタイマンとかだと正々堂々真正面から戦うイメージがあったのに……。

モブF「あの攻撃を受けたらどんな野郎も一発でおしめえよ!」

モブG「さーて、あとは残りの二匹だな」

やべえ。
勇者が倒されて標的が俺達になった。
ショック受けてる場合じゃねえ、どうにかしてシスターを逃がさないと。
こんな卑劣なチンピラ共に捕まったら、俺はなんかもう諦めるしかないとしてもシスターが何されるかわからん。

俺「シ、シスターほら!早く正気に戻らないと!!こんな連中に捕まったら『くっ殺』になるよ!?オークに捕まった女騎士みたくなっちゃうって!!おおーい!!?」

シスター「――――はっ!?あ、あれ……私は一体……」

必死の呼び掛けにようやくシスターが茫然自失からステータス回復してくれたようだ。

シスター「<オレ>さん……?この状況は……」

俺「いいからシスターは早く逃げてくれ!俺がなんとかして時間を稼ぐから!!」

くそっ!
こうなったら今こそ禁断の我が秘奥義『極東式最上級謝罪形態』(と書いてドゲザと読ませたい)でこいつ等の足止めを……!

『ザワ……!』

俺が懸命にシスターを逃がそうとしていると、周囲のモブ達が急にざわめきだした。
作戦が見破られたのかとヒヤリとしたが、どうやらそうではないらしい。
モブ達の視線は、とうに決着がついたはずの戦いの場へと向けられており……。

モブボス「……ごふっ!」

倣うように目をやった瞬間、モブボスが膝から崩れ落ちて地面に片手をついた。
表情は苦悶に歪んでおり、もう片方の手で腹をおさえている。

勇者「―――――やれやれ……受け流したってのに、まさかこんなに効くとはな……」

さらに驚くことに、一発で沈んだはずの勇者がのそりと上半身を起こした。
周囲のモブ達のどよめきは益々大きくなる。

モブボス「ぐっ……読んでやがったな、テメエ……!」

勇者「いつでもこいって言っただろ? 生憎とオレも育ちは良くないんでね」

未だ何らかのダメージが残って動けない様子のモブボスとは対照的に、勇者は軽快な動作で立ち上がった。
左腕を慣らすように軽く振っている。

モブボス「……まさかテメエで後ろへ跳んでダメージを軽減させただけでなく、反撃で一撃入れてくるとはな。やってくれるじゃねえか」

勇者「そっちこそ、あれだけ完璧に流したのに大した威力だな。左腕で防いでなきゃ、本気で沈んでるとこだ」

互いの言葉に、両者は獰猛な笑みを浮かべた。

俺「…………」

……なにこれ。
何が起こったんだ一体。
今の会話から察するに、予め不意打ちを読んでた勇者がモブボスのタックルを受け流すと同時に攻撃したのか?
全然気付かなかったし見えてもいなかったぞ。
つーか、どうなってんだ勇者の強さの基準は。
兵士との戦闘でも思ったが、やっぱり剣使うより素手のほうが強いのかもしかして。
だったらあいつジョブチェンジしろよ。
モンクとか格闘家とかでいいじゃないのさ。

モブボス「くっくっく……おもしれえ。こんなにおもしれえ相手とヤるのは久しぶりだ」

強がりには聞こえない。
心の底から愉しいといった声音で呟き、モブボスも膝を起こした。

モブボス「俺ァ、勇者ってのはもっと正義漢ぶった甘っちょろい連中だと思ってたんだがな。中々どうして、捻くれた野郎がいるじゃねえか」

勇者「言っただろ?育ちが悪いんだよオレは」

僅かだが、勇者の声にも愉悦のような響きが混じり始めていた。
再び距離を詰めた二人は、似たような笑みをそのままに睨み合う。

モブボス「舐めてかかって悪かったな。今度こそ本気で叩き潰してやるよ」

勇者「上等だ。やれるもんならな」

二人を取り囲むモブ達から熱が入ったヤジと歓声が沸きあがる。

シスター「勇者さん……ああ、神よ……」

そんな中、シスターの小さな呟きが俺の耳に届いたのだった。



[40808] 勇者の死闘編
Name: セノ◆b8ad171c ID:8811e6b1
Date: 2017/02/11 07:48
周囲の熱狂した怒声がビリビリと空気を震わせる中、勇者とモブボスの戦いは続いていた。

モブボス「おうらぁあああああああッ!!」

裂帛の気合と共に放たれたモブボスの拳が勇者の髪先を掠る。
真面に喰らったら首の骨がヘシ折れそうな攻撃を紙一重で避けた勇者は、拳を振り切ったモブボスの脇腹へとカウンターのショートパンチを叩き込んだ。

モブボス「ぐっ……!」

腹部の衝撃に怯み、一瞬だけ硬直したモブボス。
その隙を見逃さず、拳を素早く引き戻した勇者は流れるような動作でモブボスの横っ面を殴り抜いた。

モブボス「ごはっ……!!」

腰の入った重い拳がクリーンヒットし、モブボスの巨体が吹っ飛ばされる。

モブボス「ッの野郎がぁあああああ!!」

追撃を加えようと距離を詰めた勇者へ、モブボスはその見た目からは想像もつかない程素早い身のこなしで体勢を立て直すと同時に蹴りを放つ。

勇者「……!」

予想外の反撃に一瞬驚いた表情を作った勇者が、回避行動の為に上半身を仰け反らせた。
直後、風の唸りさえ聞こえるほどの一撃が勇者の胸先を通り過ぎる。
寸での所で蹴りを避けた勇者は深追いせず、バックステップで距離を取った。
モブボスもまた、呼吸を整えながら勇者を睨みつけている。
二人の攻防に見入っていた周囲のチンピラ達は、我を取り戻した瞬間に絶叫とも雄叫びともつかない歓声をあげた。

モブA「ちっくしょう!あのガキやりやがるぜ!?」

モブB「へっ!まぐれだまぐれ!!」

モブC「畳んじまえモブボスさん!!」

熱狂する取り巻き達とは対照的に、円の中心にいる二人は静かに白熱していた。

勇者「……完全に顎を打ち抜いたはずなんだけどな。タフなヤツだ」

モブボス「へっ、テメエの温い拳なんざ何発喰らおうが大したこたぁねえ」

短いやり取りを交わし、示し合わせたかのように再びぶつかり合う。
見た目通りの剛力とリーチを活かして一撃必殺を狙うモブボス。
回避とカウンターを主体にして体力を削り機会を窺う勇者。
息を呑む攻防は尚も激しくなっていく。
俺はシスターを逃がす事も忘れ、ただ茫然と見守っていた。

シスター「ああ……このままでは、勇者さんが……」

激しくも膠着状態が続く中、シスターが暗く沈んだ声で呟いた。

俺「……勇者がどうかしたのか?」

物憂げな表情のシスターとは裏腹に、戦闘のペースは勇者に分があるように見えた。
というのも、勇者はモブボスの攻撃を一度も喰らっていないからだ。
唯一喰らった不意打ちのタックルも、防御が間に合った上に反撃まで入れている。
対して、モブボスは呆れるまでの打たれ強さで食い下がってはいるものの、小刻みに喰らう反撃で確実にスタミナを消耗しているように思える。
このままいけば、そう遠からず軍配は勇者に上がるはずだ。

俺「順調……そうに見えるけどな」

シスター「いえ、そうではありません……見てください、勇者さんの様子を」

言われるがまま、勇者に注目する。
その表情を確認した時、なんだか背筋に寒いものが走った。
火花が散るような激しい戦いの中で、勇者は薄っすらと笑っていたからだ。
一つ間違えば命さえ落としかねないこの戦いを、まるで楽しんでいるかのように。
目付きも明らかに変わっていて、普段の無駄に熱血で明るい勇者からは想像もつかないほどギラギラとしている。

俺「……た、確かにあの神経はわからないけど、この状況じゃ逆に頼もしいんじゃないか?」

嫌な悪寒を誤魔化そうと、俺は敢えてそう口にした。

シスター「……先ほど、勇者さんがお話しされたことを憶えていますか?」

俺「え?」

シスター「私も人伝にしか耳にしたことはありませんが……リンデガルドは古くから貴族階級による国政が基盤とされていた国で、彼等の庇護を受けられなかった者達……つまりスラムに暮らす人々の生活は、この世の地獄とも言われるほどの凄惨な環境だったようです」

言われて思い出す。
確かに勇者はそんなことを言っていた。
ここの雰囲気は、昔住んでいた場所に似ているとも。

シスター「……始まりの町で出会った頃の勇者さんは、とても暗い荒んだ目をしていました。町の人達とも打ち解けようとせず、いつも一人で平原や森に出掛けては、モンスターを相手に戦い続けて、血塗れになって戻ってくる……そんな人でした」

俺「あの(無駄に熱血でテンション高めの自信家)勇者に、そんな時期が……」

シスター「ええ……とある出来事で魔法使いさんと出会い、魔王を倒すという目標が出来てからは別人のように明るくなられたのですが……」

言葉を切り、シスターは沈痛な面持ちで勇者を見やる。

シスター「今の勇者さんを見ていると、なんだか昔の勇者さんを思い出すんです。このまま戦い続けると……もしかしたら勇者さんは……」

俺「……過去を思い出して、また変わっちまうってことか?」

俺の言葉に、シスターはこくりと頷いた。

俺「……だ、大丈夫だよシスター。仮にも世界を救おうって断言してるあの勇者が、そう簡単に―――――」

表情を曇らせているシスターを励まそうとした瞬間、勇者とモブボスの戦いに変化があった。

モブボス「おおおおおおおッ!!」

雄叫びを上げて突っ込んできたモブボスの右ストレートを躱した勇者が、カウンターのボディブローを決めた時だった。
鳩尾に深く突き刺さった拳に苦悶の表情を浮かべたものの、直後、モブボスはニヤリと笑った。

勇者「!」

モブボスの狙いに気付いた勇者が距離を取ろうと地面を蹴るが、一瞬遅い。

ドボォ!!

後退しようとした勇者の肩を掴み、モブボスは渾身の一発を、抉る様な角度で勇者の腹へ。
およそ人体からはまず聞こえないであろう、生木が折れるような不気味な音が耳に届いた。

俺「勇……ッ!!」

そこからの光景が、スローモーションのようにゆっくりと見えた。
血反吐を吐き、驚愕とダメージに目を見開いた勇者。
手応えに勝利を確信して笑みを浮かべたモブボスが、さらにトドメの一撃を再び勇者の腹に。
決して小さくはない勇者の身体が宙に弧を描く。
勇者は吹っ飛ばされたまま地面に倒れた。

シスター「勇者さん……!!」

シスターの血を吐くような呼び掛けは、沸きあがったモブ達の大怒号に飲まれてしまう。

モブD「うおっしゃあああああああああ!!入ったああああああああ!!」

モブE「これで決まりだ!!モブボスさんの勝ちだぜ!!」

モブボス「ハア……ハア……へっ、手古摺らせやがって」

血混じりの唾を吐き捨て、モブボスは肩で呼吸をしている。

俺「……お、おい……マジかよ……」

周囲の野次が段々と遠のいていく。
大の字で地面に倒れている勇者は、口の端から血を流したままぴくりとも動かない。

俺「ゆ、勇者!!」

シスター「勇者さん!!」

気が付けば、俺とシスターは勇者の元へ駆けつけていた。

モブボス「おっと……そういや仲間がいたんだったな」

倒れた勇者に呼びかけている俺達を見て、思い出したかのようにモブボスが言った。

モブボス「さて……次はテメエらの番だな」

俺「……!」

モブボスの宣言にサッと血の気が引いた。
ヤバい。どうすりゃいいんだこの状況は。
ちなみに俺の装備は未だに木の剣だ。

モブボス「……と言いてえところだが、生憎と俺ァ雑魚に興味はねえ。見逃してやるから、そこのボロ雑巾と一緒にさっさと消えな」

俺「……!!てめえ……!!」

本来なら、見逃してもらえるのかと安堵する場面だっただろう。
だが勇者を指差して嘲るように言い放ったモブボスの言葉が、何故か異様に癇に障った。
衝動的に殴りかかろうとした俺の肩を、誰かが掴んだ。
振り返ると、そこには上半身だけを起こした勇者が。

俺「お、お前――――」

大丈夫なのか、という言葉は最後まで言えなかった。
満身創痍でモブボスを見据える勇者の目付きが、あまりにも冷たいものだったからだ。

シスター「ゆ、勇者さん……!」

シスターの呼び掛けにも応えず、勇者はゆらりと立ち上がった。

モブF「お、おい!アイツ立ち上がったぞ!?」

モブG「マジかよ!?今度こそ真面に喰らったはずだぜ!?」

モブボス「ちっ……まだ生きてやがったか。しぶとい野郎だ」

動揺するモブ達とは違い、モブボスの反応は落ち着いたものだった。

モブボス「で、どうすんだ?まだ続けるつもりなら、テメエ今度こそ地獄逝きだぜ?」

モブボスの言葉にも反応を返さず、勇者は俺達から離れるように数歩進むと、特徴的な構えをとった。
体を横にして左拳を上げ、右腕は脇を締めて拳を握り、胴の向きと水平に。
足は肩幅より少し長く広げ、腰を軽く落としている。
その自然で淀みない動作が、素人の俺でも勇者がこの構えに『慣れている』のだと一目でわかった。

モブボス「……馬鹿は死ななきゃ治らねえか」

構える勇者に、モブボスは盛大な溜息を吐いた。
二、三度肩を回してから首を左右に振って関節を慣らすと、鋭い目付きで勇者を睨む。

モブボス「だったらお望み通り……今度こそあの世に送ってやるぜええええええええ!!」

怒号と共に拳を振り上げて突進してくるモブボス。
勇者は相変わらず構えをとったまま動かない。
もう一度あの攻撃を受ければ、モブボスの言葉通り今度こそ死に兼ねない。

俺「勇者!!」

咄嗟に叫んだ俺の目の前で、モブボスの拳が一切の容赦なく勇者の横頬に突き刺さろうとした、その刹那。
勇者は動いた。
首を後ろへ逸らし、鼻先スレスレの位置をモブボスの拳が通過するのとほぼ同時。

ドンッ――――!!

大重量の槌が肉を打ちつけるような音。

モブボス「ごっ……はぁ!!」

驚愕の表情を浮かべ、よろめいて後退したモブボスが血反吐を吐いた。
左胸……心臓を押さえながら、カウンターを放った姿勢で制止している勇者を睨む。

モブボス「テ、テメェ……まさか……!!」

モブボスが何か言い掛けるのを待たず、勇者が踏み込んだ。
目にも止まらぬ、とはまさにこのことで、一瞬でモブボスの懐に飛び込んだ勇者はモブボスのコメカミへ腰の回転とスピードの乗った左フックを喰らわせた。

モブボス「―――――!?」

苦悶の呻き声さえ上げられないモブボスが地面へ横倒れになるよりも早く、軸足を利用してタメを作ったミドルキックをガラ空きの横腹へ。
吸い込まれるようにして勇者の蹴りが入った瞬間、いっそ冗談のようにも聞こえる乾いた破壊音を響かせた。

モブズ「―――――――――――――――」

さっきまでの熱狂が嘘の様に、周囲の全てが静まり返った。
蹴りの衝撃とダメージで棒立ちのようになったモブボスは、既に白目を剥いている。
しかし勇者は攻撃を止めなかった。
膝を突きそうになるモブボスの髪を掴み上げ、倒れることさえ許さずにボディブローを喰らわせ、浮き上がった上体へさらに膝を叩き込む。
倒れそうになる棒を弄んでゆらゆらと揺らすように、勇者の攻撃は続いた。
肉が肉を打つ鈍い音と、鮮血が地面に飛び散る音だけがしばらく木霊していた。
血の凍るような光景に、モブボスの部下であるチンピラ達も言葉を失ったまま呆然と見入っている。

シスター「勇者さん!!もうやめてください!!」

絶叫に近い声をあげて、シスターが勇者の振りかぶった腕に飛びついた。
シスターの行動に我を取り戻した俺も、慌てて後に続く。

俺「勇者!もういい!!勝負はついてる!!」

二人掛かりで勇者を止めに掛かったが、それでも勇者を完全には止められない。
凄まじいまでの力と執念だった。
俺達のことなど目に入っていないかのように、返り血を浴びて真っ赤になった無表情でモブボスに拳を叩き込み続ける。

俺「おい!!それ以上やったら死んじまうぞ!!」

勇者「……離せ」

シスター「勇者さん……!!勇者さんっ!!」

勇者「離せって言ってんだよ……!!」

右腕にしがみ付いていたシスターを、勇者は乱暴に振り払った。
受け身も取れず、シスターは投げ出される。

シスター「あうっ……!」

俺「…………ッ!!」

地面に倒れたシスターを見て、目の前が真っ赤に染まった。
振り切れそうになる理性を懸命に抑えて、言葉を口にしていく。

俺「おい勇者……お前、いい加減に目ぇ覚ませよ」

勇者「…………」

未だにモブボスを殴ろうとしている勇者を渾身の力で羽交い絞めにしながら語りかける。

俺「……俺達がここに来たのはこんなことする為じゃないだろ。ここでお前がコイツを殺しちまったら、魔法使いはどうなるんだ?」

勇者「……!」

俺「しっかりしろよ。らしくねえぞ」

勇者「…………」

絡めた勇者の腕から徐々に力が抜けていく。
胸ぐらを掴み上げられていたモブボスの巨体が、どうっと音を立てて地面に転がった。

勇者「……俺……は……」

勇者の声にならない独白は、次の瞬間に沸き立ったモブ達の怒声に掻き消されてしまった。

モブF「ち、ちくしょう!やりやがったなこの野郎ォオオオオ!!」

モブG「かまうこたねえええええええ!フクロにしちまえ!!」

モブH「全員生かして帰すな!!」

俺「!?」

モブボス敗北のショックから立ち直ったらしき一人の雄叫びに共鳴して、怒号が沸きあがった。
殺気立ったモブ達が口々に喚きながら懐のナイフや転がっていた角材なんかを手に殺到しようとした、その時。

???「――――そこまでっ!!!」

気風のいい良く通る声が、最悪の修羅場になりかけようとしていた事態を治めた。



[40808] 初めてのホーム編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:864b176a
Date: 2017/02/11 07:59
激昂した取り巻き達が俺達へ一斉に襲い掛かろうとした最中、突如響き渡った制止の号令。
その場にいた全員が声の主を見やると、そこには両脇に用心棒らしき男を従えた女性が一人。
露出の多い踊り子風の服装から覗かせる褐色の肌。
肩まで伸びたストレートの白い髪。
意思の強そうな緑色の瞳に整った顔立ち。
歳は勇者達よりは上で、俺より少し下くらいだろう。

モブA「姐さん・・・!?」

モブB「な、なんでこんなとこに・・・」

姐さんと呼ばれた彼女はざわめくモブ達に構わず、軽い足取りで倒れ伏しているモブボスのもとへ。

姐さん「おやおや、これまた随分と派手にやられたもんじゃないか」

呆れているのか感心しているのかよく分からない笑みを浮かべながらモブボスを見下ろしている。

姐さん「ほら、いつまで寝てんだ。起きな」

勝気な印象そのままの口調で、『姐さん』とやらはモブボスの頭を蹴っ飛ばした。

俺「ちょ、ちょっと……!」

姐さん「心配しなさんなって。こんくらいでくたばる様な鍛え方しちゃいないよ」

いや、こんくらいでって……俺にはもう死に掛けてるように見えるんだが……。
と、疑問に思ったのも束の間。

モブボス「う……あ、姐さんか……?」

信じられないことに、あれ程勇者にボロボロにされたにも関わらず、喝を入れられたモブボスは呻き声を上げて目を覚ました。

姐さん「ったく、だからお遊び程度にしとけって言ったろ。ちょっかいかけてムキになった挙句がこのザマかい」

モブボス「……め、面目ねえ……」

寝転がったまま、やっとのことで答えたモブボスに、姐さんは溜息一つ。

姐さん「こいつをヤブ医者ジジィのトコへ運んでやんな。どうせロクな薬もないだろうから、必要なモンがあったら適当なヤツを街へ遣って集めてきな」

お付きA「アイサー」

テキパキと短い指示を飛ばし、お付きの男が二人掛かりでモブボスを担いで行く。
俺達はそのやり取りを呆然と見守っていたが・・・。

姐さん「さてと・・・アンタ達が噂の勇者一行だね?」

俺「えっ・・・?」

いきなり会話を振られて動揺してしまう。
モブボスの時然り、いつもなら、こういう場合は真っ先に勇者が受け答えをするんだが・・・。

勇者「・・・・・・」

あの修羅みたいな状態からは落ち着いたものの、まだ心ここにあらずといった様子で立ち尽くしている。
ここで黙っているわけにはいかないか・・・。

俺「え、ええまあ・・・一応そうですが」

とりあえず返事をしたのはいいが、萎縮してしまい敬語である。

姐さん「・・・はぁん?一目見て勇者っぽくない連中だとは思ってたけど、こりゃまた極めつけだねえ」

俺「はい?」

姐さん「ま、いいや。こんなトコで立ち話もなんだし、ついてきなよ。特別に招待してやるからさ」

俺「え、いや・・・ついてこいって言われても・・・」

モブC「ちょっ!?本気ですかい姐さん!!」

モブD「こいつらぁ余所者なんですぜ!?何かウラがあるに決まってますって!!」

姐さん「あー、うっさいなお前達は。アタシが決めたんだからいいんだよ」

詰め寄るモブ達を鬱陶しそうにあしらいながら、『姐さん』はふと声を低くして告げる。

姐さん「・・・それとも、あれか?アタシの決定に不満があるってか?んん?」

モブE「い、いやっ・・・そういうわけじゃ・・・」

鶴の一声でモブ達を黙らせた『姐さん』は、話は終わりと言わんばかりに踵を返した。

姐さん「じゃ、そーいうこった。ホラ、ついてきな」

俺達の返事も待たず、スタスタと先に歩き出す。
さっきまでのやり取りを見る分だと、あの人はこのスラムでそれなりの地位があるようだけど・・・。

俺「・・・どうする?」

シスター「え、ええと・・・どうしましょうか・・・」

勇者「・・・・・・」

暫く進んだところで、姐さんは未だに迷っている俺達を振り返り、言った。

姐さん「なにやってんのさ。アンタ達、裏ギルドに用があるんだろ?案内してやるっつってんだよ」



[40808] 初めての商談編 その1
Name: セノ◆b8ad171c ID:864b176a
Date: 2017/02/07 19:47
そんなこんなで姐さんの後ろを黙々とついていくことしばらく。
道すがら、あちこちから感じる好奇と敵意が入り混じった視線に心が折れそうになるも、ようやく目的地へ辿り着いた。

姐さん「さ、入んなよ。ここがホームだ」

シスター「ホーム・・・ですか?」

シスターが困惑するのも無理はないだろう。
目の前には煉瓦造りの古びた建物。
特筆するべき点と言えば大きさくらいで、目印の看板が下げられているわけでもない。
ここら一帯の建物と何ら変わらない、風景の一部のような場所だった。
裏ギルドの拠点と聞いて、もっとそれっぽい感じを想像してたんだけど・・・。
俺の表情から読み取ったのか、姐さんは皮肉気に頬を歪めた。

姐さん「裏ギルドなんて大層な呼ばれ方されてても、所詮は日陰者の集まりなんだ。暢気に看板飾って商売するわけにはいかないだろ?こんなもんで丁度いいんだよ」

確かに、言われてみるとそういうものなのかもしれない。
開けられた扉から中に入っても、これといってそれらしい物は見当たらなかった。
ただ、入ってすぐ右手に受付のようなカウンターがある事や割と広めに間取りされたホールなんかから察するに、どうやらここは元々宿屋か何かの施設だったようだ。

姐さん「こっちだよ」

外見と同様に年月を感じさせる木製の廊下を進み、通された一室は中々に散らかった状態だった。
奥の文机を中心に床に転がる大量の酒瓶と散らばった書類。
乱雑に書物が押し込められた本棚。
部屋の隅に無造作に積まれた紙の束は、いつからほったらかしにされているのか、傍目からも変色しているのがわかる。
接客用と思われる簡易なソファが二つ、テーブルを挟んで置かれているものの、あちこち革が破れて綿がはみ出ていた。

姐さん「ごらんの有様だが、我慢しとくれ。元々ここはアタシの仕事部屋兼私室でね。客人なんて招くのは久々なんだ」

俺「は、はあ・・・」

気兼ねする俺達を置いて、姐さんはズカズカと床の書類を踏みつけながら進んでいく。
テーブルに置かれていた酒瓶を手に取り、ソファへどっかりと腰を落とした。
シスターに引けを取らない豊満な胸が豪快に揺れる。
こんな時じゃなければ至極眼福な光景なんだが・・・状況が状況だけに目のやり場に困るな。

姐さん「遠慮しないで座んなよ。詳しい話はそれからってね」

そう勧められて俺とシスターは姐さんと卓を挟む形で向き合って座った。
ここまでの道中、一切言葉を発しようとはしなかった勇者だけが入口近くの壁に背を預けて腕を組んでいる。

姐さん「さて・・・一先ず挨拶しとこうか」

そんな勇者を気にした様子もなく、姐さんは手にした酒瓶の中身を弄ぶように揺らしながら名乗った。

姐さん「アタシは『姐さん』。一応、この裏ギルド『灰色烏』の頭をやってる。分類としては盗賊ギルドってとこかな。最近はもっぱら、盗みというより諜報活動の依頼ばかりだけどね」

シスター「ということは貴女が・・・?」

姐さん「そういうこった。気取った言い方すれば『ギルドマスター』ってやつかね」

明かされた事実に、ちょっと驚かされた。
さっきの立ち振る舞いで、それなりのポジションの人だと予想は出来たけど、まさかこの人自身がギルドマスターだとは。
執事さんが古い知人って言ってたから、もっと妙齢の人かと思ってたけどな。

姐さん「ま、アンタ達がどうしてここへ来たかは解ってるつもりだよ。こんなご時世だ、余所者の動向は入念に調べてるからね」

俺「じゃあ、俺達と執事さんが会ってたことも?」

姐さん「ああ、聞いてる。まったく、あの爺さんは昔から気苦労が絶えないねぇ」

ケラケラと笑い、姐さんは手にしていた酒瓶を豪快に煽った。
まだ大分残っていた酒瓶を一息で空にすると、無造作に放って床に転がす。

シスター「では執事さんが言っていた古い馴染みというのは、やはり貴女なのですか?」

姐さん「まあそれなりかな。でも、あの爺さんと付き合いが長かったのは先代である親父のほうでね。アタシはオマケみたいなもんさ」

ここでようやく、俺は執事さんに渡されたメモの存在を思い出した。

俺「あの、これ・・・執事さんから渡すように預かったんですけど」

姐さん「ん?・・・ああ、あの爺さんも律儀なこった」

手渡した紙を一瞥すると、姐さんは不意に目を細めた。

姐さん「・・・へえ?アンタ達も随分と見込まれたもんだねぇ」

俺「へ?」

姐さん「予め文字の角度や間隔なんかで、アタシ等に紹介された客が爺さんにとってどれだけ重要な人間か解るように取り決めがされてあんのさ。こりゃその中でも最上級の暗号だ」

そうだったのか。
あの時の酒場でも随分と俺達を買ってくれていたもんだとは思っていたが、まさかそれ程までとは。

姐さん「ま・・・アタシからすりゃ、とてもそうは見えないんだけどねえ」

と、姐さんは値踏みするかのような訝しげな眼で俺達を流し見る。
その意見には全くもって同感なんだが、ここで『ハイそうです』と答えるわけにもいくまい。

俺「ええと、それで依頼の件なんですけど・・・」

姐さん「ああ、そうだった。まあ、こっちもあの爺さんには色々と借りがある。まずは話を聞こうか」

俺「はい。依頼というのはですね―――――」




姐さん「・・・なんともまあ、大胆と言うか怖いモン知らずの発想を思いつくもんだ」

俺達が酒場で決めた作戦、そしてその実行に欠かすことの出来ない依頼内容を聞いた姐さんは、呆れたように溜息を吐いた。

姐さん「アンタ達さあ・・・それはこの国で大臣がどれだけの権力を握ってるかを知ってて言ってんのかい?」

シスター「・・・重々承知しています。それでも、私達にはその方法が一番現実的だと思ったんです」

姐さん「しくじったらタダじゃ済まないよ?今度こそ、その首と胴は繋がっちゃいないだろうさ。それはアンタ達だけじゃない。この依頼を受けたら、今まで中立のスタンスで立ち回ってきたアタシ達にまで火の粉が飛ぶんだ」

シスター「そ、それは・・・」

姐さん「ったく・・・甘っちょろい顔した連中だと思えば、そっちの坊や(勇者)みたく派手な暴れっぷりみせるし、こんな突拍子もない話を持ち掛けてくる。全くよくわからない一行だよ、ホント」

勇者「・・・・・・」

姐さん「で、このとんでもない作戦を考え付いたのはどいつだい?」

俺「・・・俺が」

姐さん「ハア・・・よりにもよってアンタかい」

俺「いやでも、報酬は用意してあるんです。これでなんとか・・・」

芳しくない反応に、拝むような心境で懐から例の皮袋を取り出した。
机に置かれた重量感のある報酬を前に、姐さんはますます失望したような目をこちらに向ける。

姐さん「・・・やれやれ。たったこれだけの事でも、アンタがどれだけ平和ボケしてるか窺い知れるってもんだね」

俺「え・・・?」

姐さん「さっきも言ったが、今この国の実質的な支配者である大臣に逆らうってのは、それだけ危険も伴うってこった。となれば、こっちが依頼を引き受けるかどうかはメリット次第になってくる。一番はこの報酬ってわけだが・・・」

言葉を切った姐さんは、皮袋をおもむろに摘み上げた。
紐の解かれた袋から中身の宝石が卓上に広がり、部屋の入口で警備をしていたお付きの二人から感嘆の呻きが漏れた。

姐さん「戦いでも商談でも、切り札ってのは先に見せるもんじゃない。ウチとしちゃ、こんな危ない話なんて聞かなかったことにしたほうがいいワケだ。オマケにここはアタシ達のホーム・・・余所者のアンタ達の始末なんて、その気になりゃどうとでもつけられる」

俺「・・・・!」

報酬である宝石と俺達を見比べる姐さんの目に、剣呑な光が宿る。
ま、まずい・・・やらかしちまったか・・・?
まさかこのまま、金目の物だけ頂いて俺達を消す気じゃ・・・。

姐さん「ふん・・・ま、あの爺さんの顔に免じて、そいつはしないから安心しなよ。報酬としても、これだけあれば文句はないさ」

俺「そ、それじゃあ・・・!」

喜びに腰を浮かしかけた俺を、姐さんが刺すような視線で諌めた。

姐さん「勘違いすんじゃないよ。今回みたいな依頼の場合、労力と対価を天秤に掛けた時、それが見合ったとなれば次に重要なのは依頼主が信用に足る力量を持ってるかどうかだ」

シスター「力量・・・ですか?」

姐さん「仮にも一国の主に喧嘩売ろうってんだ。計画の下準備を引き受けたはいいが、それで本番が失敗しましたじゃ話にならない。最悪、大臣にとっ捕まったアンタ達からこっちの協力がバレることだって十分考えられる。早い話が、アタシらに及ぶリスクってやつだね」

確かに、姐さんの言う事はもっともだ。
この作戦は今までの事情や諸々の状況から予想するに、多少なりとも荒事に及ぶ可能性が高い。
さっきの勇者がやってたケースバイケースの戦闘ならまだともかくとして、いつものターン制(?)に持ち込まれたら俺達にほぼ勝機はないだろう。
というか本当に、この世界はそこらへんをどうやって決めてんだ。
何をどうすればターン制になったりしなかったりするんだよ。
ノリか?それとも雰囲気なのか?
この部分が曖昧なせいで俺としてもその点が一番の不安要素なのだが、それについて詳しく聞こうとすると何故かこっちが正気を疑われるような目で見られるので聞くに聞けねえ。
きっとこう・・・この世界の人間が共有している超感覚的なものなんだろうけどさ。
なので俺としては不確定要素を少しでも排除する為に、出来ることならそういった展開に備えての人員も確保できればと思ってはいたんだが・・・。

姐さん「で・・・?ここまで大胆なコトをやらかそうとしてるからには、きちんと勝算はあるんだろうね?」

今までの態度とはまるで違う、完全に真剣な真顔。
姐さんの射殺すような鋭い視線に、俺の喉は意識せずに鳴った。



[40808] 初めての商談編 その2
Name: セノ◆b8ad171c ID:864b176a
Date: 2017/02/10 03:29
どうする・・・。
話が決まるかどうかってこの場面で、出来ることなら情けない泣き言は言いたくない。
ただ、ここで虚勢を張って乗り越えても姐さんの言う通り本番で失敗しましたじゃシャレにならん。
くそっ・・・なんか元いた世界での就職面接のやり取り思い出すな。

姐さん「確か・・・<俺>だったっけ?」

俺「あ、はい」

考え事の最中に名指しで話しかけられ、思わず素で返事をしてしまった。

姐さん「いかにも平和ボケしてますって面構えだけど、アンタ一体何者だい?仮にも物騒なスラムに踏み込んでるってのに挙動や立ち振る舞い方はまるっきりの素人。温室育ちのお坊ちゃんにしては身なりも貧相な上に妙だ。とても勇者一行の一員とは思えないんだけどね」

さすがは物騒なスラムに拠点を構える裏ギルドのマスター。
的確に俺の正体を見抜いている。
なんせ物理的な争い事なんて無縁だった一般人もいいとこですから。
この鋭い観察眼は、味方につければ頼りになるだろう。

俺「ええ、確かに俺は」

シスター「あ、あの!」

俺が一通りの弁解をしようとしたところで、シスターがいつになく強い口調で会話に割って入った。

シスター「<俺>さんは私達が召喚した異世界からの勇士なんです!無理矢理この世界の事情に付きあわせてしまったのに、<俺>さんは投げ出す事もしないでいつも一生懸命に私達を助けてくれています! そのような言い方はなさらないでください!」

俺「え?ちょ、シスター・・・」

正直、この国に着くまでの間もモンスターが出るたびに縮こまって防御してただけの上に、役に立った憶えと言えば精々マスターの酒場でバイトしてお金稼いだことくらいしかないんだけど・・・。

姐さん「・・・てことはその、何だ。この見るからに頼りなさそうなのが召喚されし者?過去に古の魔王を倒したと云われるグランドメンバー。数多の武器と装備を操り、未来を見通す目を持つとまで称されたくらい数々の機転を利かせて活躍したっていう、あの英雄と同じ立ち位置だって?」

え、なにそれは。
初耳も良いトコなんだけど。
俺はこの世界に召喚された時、なんかこうふわっとした感じで異世界からやってきた人間の力が必要なんだって勇者に熱弁されただけで、そんな具体的な活躍を期待されてるなんて聞かされちゃいねーぞ。
おいおい待てよ。どんだけ俺のポジション期待値高いんだよ。
それもう、なんていうか主役格である勇者でさえ喰いかねないくらいの万能キャラじゃないか。
昔呼ばれたその召喚されしってのはどんだけ優秀だったんだ。ふざけんなよ。
そんな活躍俺にしろってか?
無理に決まってるだろ何言ってんのさ。
スライムゼリーにタイマンで勝てるかどうかさえ怪しい俺がそんな目覚ましい功績立てるなんて、草野球も出来ないのにメジャーリーグでMVP選手になれって言われるくらい不可能だろ。

俺「い、いやあの・・・!俺はそんな大した人間じゃなくて」

勇者「姐さんとか言ったよな」

慌てて否定しようとした俺を遮り、今度はこれまで黙り込んでいた勇者が、怒りを滲ませた低い声で割り込んできた。

勇者「<俺>は立派な勇者一行のメンバーで、俺達の大事な仲間だ。これまでだって、何度助けられたか分からない。今の発言は撤回してもらおうか」

ええー勇者まで?
凄く熱く擁護してくれるのは、その・・・正直かなり嬉しいし、ジンとくるものがあるんだけど・・・。
謙虚とかそういうんでなく、俺が活躍して皆を助けた場面なんてあったか?
ホントさっきも言ったけど、せいぜいバイトして旅費稼いだこととか、酔い潰れた勇者と魔法使いを宿まで運んだりとかくらいしか覚えがないんだけど・・・。

姐さん「ほお・・・?随分と信頼してるじゃないか。ウチの力自慢を叩きのめしたアンタがそこまで言う程の男なのかい」

勇者「あんまり甘く見るなよ。こう見えて<俺>は、城の処刑騒ぎでも衛兵長を一撃で倒して俺達を救ってくれたんだ」

俺「え!?あれはマグレというか、本当の意味で怪我が功を奏してラッキーパンチが当たっただけなんだけど・・・」

やだ、なに。あの一件で俺はそこまで評価されてたの?
その後のターン制バトルの時なんざ、攻撃されたら即死だからひたすら勇者の後ろに隠れてシスターの援護魔法かけてもらってただけなのに?

姐さん「・・・あの衛兵長を?あいつはこの腐った体制の中でさえ武勲一筋で身を立てて、大臣の護衛頭にまで登り詰めた男だよ?そんな歴戦の戦士を、この冴えない男が一撃で倒しただって?」

んんんんんんん?ちょっと待って、おかしいだろ。
あの人そんなに凄い人だったの?
だって俺が言うのもなんだけど、見た目完全にモブのちょっと偉い人バージョンみたいな感じだったじゃん。

シスター「・・・確かに<俺>さんは一見すると平凡な方に見えます。でも、これまでずっと一緒に旅をしてきた私達には分かるんです。<俺>さんは、これまでだって何度も私達が選択に迷う度、的確な助言で正しい道を示して下さいました。この国にきて、牢に囚われた時だって・・・わ、私達の誰よりも冷静で・・・魔法使いさんの事を最後まで信じて・・・!」

いやいやいやいやいやいや、落ち着こうシスター。
あれはただの間違った予習効果的なものが発揮されて調子ぶっこいてただけで、裏ですげえ打算働かせてたし、シスターがそんな涙ながらに熱弁するような事じゃ・・・。
二人とも思い出補正激しすぎないかこれ。

勇者「それだけじゃない。<俺>は、俺達『勇者一行』にとって、何が一番大切なのかを教えてくれた、ある意味で最も英雄らしい男なんだよ」

今度こそ本当に心当たりどころか掠りもしないんですけど。

姐さん「・・・・・・聞こうか。言ってごらんよ」

勇者「魔王討伐を志した『勇者』に認められた特権である庶民からの徴収・・・<俺>はな、それを真っ向から否定したんだ。こんな行いは正しくない、こんな事をして世界を救っても、何の意味もないってな」

あーはいはいはい。二番目の町のあれね、はい。
でもそれは、こんな場で勿体ぶって語られるほどのことじゃなくて、一般常識の問題だってのはあのお説教の時にちゃんと言っといたはずなんですがね。

姐さん「・・・・・・!!」

辛うじて得心がいった俺の前では、勇者の言葉に姐さんが目を見開いて絶句していた。
・・・なんだ、この・・・まるで世界の不条理全てが覆された歴史的な場面を目撃したかのようなリアクションは。

勇者「・・・アンタもスラム暮らしならわかるだろ。人間ってのは例え、悪人だろうが聖人だろうが、自分に認められた特権を最大限駆使して生きるもんだ。強者は弱者から容赦なく奪えるモノを奪えるだけ持っていってしまう。それは、この世界に生きる人間にとって誰しもが暗黙の内に認めなきゃいけない摂理だ。俺達も、ずっとそれは仕方がないと思ってた。だけど、<俺>は身体を張って止めたんだ。それは当たり前なのかもしれないけど、正しい行いじゃない・・・いや、勇者として魔王を倒し、人々を救う道を選んだ人間なら決してやってはいけないことだってな」

そんなカッコいい台詞回しで言ったっけ?
もっと現実的に言い聞かせたような気がするんだけど。
っていうかアレってそんなシビアな行為だったのか?
それを自覚した上でやろうとしてたの?
だったら改めてもう一度説教すんぞお前。

姐さん「・・・・・・なるほどね。嘘じゃなさそうだ」

何がなるほどなのかわからないが、姐さんは深く息を吐いて、勝手に納得してしまったようだった。
あまりの急展開・・・というより、俺に対する評価の急上昇に迂闊な発言が出来ず、事態を見守ることしばらく。

姐さん「――――く、くくく・・・あっはっはっはっはっはっは!!」

突如豪快に笑い出した姐さんは、しばらく肩を震わせると、さっきまでとは別人のように明るい声で言った。

姐さん「まいったまいった。いや、失礼したね。アンタがそれほどまでの男だったなんて、見抜けやしなかったよ」

全然失礼してないです。
全部勇者とシスターの尾ひれどころか翼が生えてそうな誇張表現なんです。

姐さん「はぁ・・・アタシもまだまだだね。『人を見かけだけで判断するな。自分の目を過信した時がお前の限界だ』・・・そう先代・・・親父に言い聞かされて気張ってきたつもりだってのに、いつの間にか耄碌してたもんだ。アンタには、すっかり騙されちまってたよ」

むしろ今のほうが騙されてますよ姐さん。
この二人の言うことを真に受けたらダメだって。

姐さん「勇者とシスターだったね。アンタ達二人が言った話・・・それがこの場凌ぎの出まかせじゃないことくらいは今のアタシでもわかる。この男が勇者一行のメンバーである証明、確かに聞かせてもらったよ。本当にすまなかった」

シスター「姐さん・・・!」

姐さん「それを承知した上で改めてアンタ・・・いいや、召喚されし者<俺>に問いたい。この計画、私達が乗るに足るだけの勝算・・・確かにあるんだね?」

すみません無いです。ごめんなさい。
さっきまでの勇者とシスターの過大評価を聞いて改めて再認識しました。
俺が言うのも大概なんだけど、この二人、どっかズレてるんですよ。
正直俺へのフォローは本当に嬉しかったし、ズンとくるものもあったんだけど、喜ぶに喜べない。
だって全部誤解なんだもの。強がりとか照れ隠しでなくて。
こんな一時のテンションに流されて頷いたらどうなるよ。
破滅だよ?
そんくらい分かるよ。だってもう25歳だもん。
根拠も無いまま場の勢いに飲まれたらロクな結末にならないってのは学習済みですわ。
こうなったら恥も外聞もねえ。
計画そのものが破綻したら俺達どころか、何故か話の途中から急に目を輝かせてきた姐さん他大勢にも迷惑が掛かるんだもの。
それだけは避けねば。
言え、言うんだ俺。
俺は冗談抜きにそんな大層な人物じゃないと。
召喚されし者だとか呼ばれる資格なんざないと。
この計画も、腕の良い護衛がいなけりゃ失敗すると思いますって。
もう土下座してでもいい。勇者とシスター、それと姐さんにゴミを見る目で蔑まれようが・・・。
この計画だけは、勢いに任せて実行するわけにはいかんのや・・・!
最悪、話そのものが頓挫してしまう結果になろうとも・・・!

俺「・・・・・・あの、ちょっと落ち着いて聞いて頂きたいんですけ」

冷や汗を流しながら覚悟を決めた俺をまたまた遮るように、ノックも無しに部屋のドアが開かれた。

???「話は聞かせてもらいやした。そいつらの腕っぷしについちゃ俺が保障しますぜ」

と、横入りしてきたのはボコボコの顔になったモブボスだった。

姐さん「おや、早かったね。もういいのかい?」

モブボス「へい。姐さん一番の側近として、こんな時に暢気して寝てられませんや」

言いつつ、モブボスは多少ふらつきながらも姐さんの座っているソファの後ろへと回った。

勇者「・・・アンタ、本当にタフだな」

モブボス「俺様を誰だと思ってやがる・・・って言いたいとこだが、今回ばかりはちぃっと効いたぜ。体中が痛くて仕方ねえ」

勇者「・・・・・・」

モブボス「へっ、正々堂々勝負に勝った野郎がそんなシケたツラすんじゃねえよ。負けたこっちが情けなくなってくんだろうが」

姐さん「ああ、モブボスの言う通りさ。気にしなくていい。さっきも言ったけど、アンタ達がここに来るのは知ってたんだ。んで、こいつが噂の勇者一行ってのがどんだけのものか試したいって聞かなくてね。ま、自業自得ってやつだ」

背後のモブボスを親指で示して笑う姐さん。
そんな暴露話を誤魔化すように咳払いをしたモブボスは、それだけでも少し体に響くのか、僅かに顔を顰めつつ言った。

モブボス「と、とにかく連中の腕は確かですぜ。なんせこの勇者が認めたメンバーなんだ。一見甘っちょろいツラしてますが、実力は相当なもんでしょうよ」

姐さん「ボロ負けしたとは言え、アンタがそこまで他人を買うとは珍しいね。さっきの勝負以外に、何か思い当たる節でもあるのかい?」

姐さんの言葉を受け、モブボスは無言の視線を勇者に送った。
壁に背を預けたままの勇者は、暗い表情で俯いている。

モブボス「・・・そこに立ってる勇者って男は、俺の生まれ故郷じゃ名の通った殺し屋なんでさぁ。第七スラムの『狂犬』って言えば、あそこに生きてて知らねえヤツはいなかったでしょうよ」

殺し屋!?
勇者がスラムに住んでたってのは道すがらにちらっと聞いてたけど、殺し屋って・・・。
まさかのワードに驚愕して勇者を見やると、勇者は絞り出すように一言。

勇者「・・・俺は、そんなんじゃねえ」

姐さん「だ、そうだが・・・その話、確かな根拠があって言ってんのかい?」

モブボス「間違いねえですよ。あの頃と違ってナリはデカくなってるし、何より人相が違ってたんで初見じゃ気付きやしませんでしたがね。ただ、最後に俺をブッ倒した時に見せたあの構えは、確かに『狂犬』そのものでした。それにあの背筋が凍りつくような殺気が籠った目つきは、忘れようにも忘れらんねえ」

姐さん「ふむ?・・・しかし、ちょいと妙だね。アンタの古巣ってことは、魔王軍に滅ぼされた『リンデガルド』だろ?北方同盟が消滅したのは10年前だ。となれば、そん時の勇者はまだ子供じゃないか」

俺「え・・・?」

勇者は事情があって12歳かそこらから始まりの町に移り住んだと言っていたが、それは国が魔王に滅ぼされたからだったのか・・・。
ともあれ、リンデガルドってとこに勇者がいたのは少なくともそれまでの間だったという事になる。
物騒なスラム暮らしでちょっと暗い過去を背負ってそうな話をほんのちょろっとしてはいたが、さすがにそれは無いだろ。
この人、誰かと勘違いしてるんじゃ・・・。

モブボス「・・・あのスラムじゃ、生きる為にガキが裏の世界に足突っ込むのはそう珍しい話じゃねえ。もっとも、それはチンピラ共の使いっ走りだったり、娼館に売られたりと様々ですがね」

あぁ・・・だから重いって・・・。
というかエグい・・・。

モブボス「だがまあ、そん中でもコイツはかなり異質だったでしょうよ。どういった経緯で『そうなっちまった』のかは知りやしませんが・・・俺ァ一度だけ当時のこの男を薄汚ぇ路地裏で見た事がありやす。あの時の戦慄は、今でもハッキリと憶えてやすぜ。なんせ歳は10もいかねえようなガキが、大の大人・・・それも裏の世界で生きてる荒くれ者達を、真正面から素手で殴り殺してくってんですから」

突拍子も無いほど血生臭い話の内容に、勇者から反応はない。

姐さん「・・・・・・そうかい。噂に違わず・・・いや、それ以上にあの国の中は地獄だったみたいだねぇ」

勇者の沈黙を答えとして受け取った姐さんは、やり切れない表情で嘆息した。

モブボス「魔王軍に襲撃されてからこっち、この男の話は聞かなかったもんで、てっきりあの時にくたばったもんと思ってたんですがね・・・まさか、よりにもよってお前が『勇者』になってるとはな」

勇者「・・・・・・」

俺とシスターがなんとも言えずに勇者を見ると、勇者は悲痛な表情で黙っているだけだった。

姐さん「まあ、そこらへんの事情はわかった」

こちらの微妙な雰囲気を察してくれたのか、姐さんは場を締めるように口火を切った。

姐さん「ともあれ、勇者が見込んだアンタ達の腕は確かなんだろうさ。この計画、乗ろうじゃないか。依頼は確かに引き受けた」

俺「えっ!?」

あまりの衝撃的事実に肝心な事がすっぽ抜けていたが、いつの間にか話がまとまりかけてしまっている。
あかん、勇者の過去も軽視できるような話じゃないが、今はこっちをなんとかしなければ・・・!

俺「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺達は・・・!」

姐さん「・・・どうやら、その様子だとアンタ達にとっても寝耳に水だったみたいだね」

慌てふためく俺とは反対に、姐さんは極めて冷静だった。

姐さん「そう慌てなさんな。勇者の素性がどうであろうと、こっちの結論は変えないよ。それに人ってのは聞かれたくない過去の一つや二つ、抱えながら生きてるもんだろ。そこの勇者だけじゃなくてさ。それはアンタ達も一緒なんじゃないかい?」

あああああああ、駄目だ。冷静に勘違いしてる。
そう言う方向の話をしようとしたんじゃないのに、場の空気的に俺が言おうとしてる内容を勇者の過去に対する弁明だと思い込んで間違った気の使い方してくれてる。
さり気無く勇者のほうまでフォローしてくれてる。
違うんだって、本当にそういうんじゃないんだって。
さっきの話を聞く限りじゃ素手状態の勇者はともかくとして、普段の俺達・・・特に俺に限ってはマジでヤバいんだって見込まれたら。
次第に逃げ道を封じられていく俺は、オロオロしながらも、なんとか援護射撃を求める為、シスターにも口添えしてもらおうと彼女を見た。

シスター「・・・・・・」

なんかもうそれどころじゃない沈痛な面持ちで、シスターも場の空気を乱すことなく俯いていた。
それは勇者の知られざる過去を聞かされたが故のものだったのか、それとも姐さんの発言に対して、シスターにも何か考えに耽るだけの過去を背負っているからなのか・・・。
ともあれ、こんなシリアスな場面でも人に知られたくない過去なんて言ったら庭で燃やした中二病ポエムくらいしか咄嗟に思い浮かべられない俺は、物の見事に取り残された。

俺「・・・・・・」

勢いに流されてはいけない場面は、人生において確かにある。
しかしまた、何を差し置いても空気を読まなければいけない瞬間がある事も確かだ。
その二つのケースが同時に発生してしまった時、人はどうすればいいのか。

姐さん「・・・<俺>、そう心配そうな顔をしなくてもいいよ。これ以上踏み込んだことはアタシらも聞かない。ただ、依頼の件ははっきり承諾したと言っておく。裏ギルド『灰色烏』の名に誓ってね」

どんな選択をしたって、人は後になって後悔するものだ。
選択した後にやってきたその答えの中で、ああすればよかったと嘆く。
もう一つの選択肢の向こうにあったかもしれない、『もしも』を夢見ながら。
ただ、今回だけはそれだけじゃ済まないんだ。
俺は一度、深く息を吸って心を落ち着かせると、なるべくキリッとした真顔を心掛けて口を開いた。

俺「ええ、お願いします。作戦は、必ず俺達で成功させますから」

いや絶対無理だってこんなの。
こんな空気で言い出せるわけねえだろ。



[40808] 勇者の過去編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:864b176a
Date: 2017/02/12 11:17

姐さんの裏ギルド『灰色烏』への依頼がある意味無事に済んだ、その日の夜。
城にいる執事さんには、姐さんの方から人を遣って依頼の成功と計画実行の報告をしてくれるそうだ。

姐さん『正念場までアンタ達は迂闊に動かないほうがいいだろう。それと今日はもう遅いから、ゆっくりしていきな。汚い場所で悪いけどね』

商談も終わりホームを後にしようとした俺達へ、姐さんが気を使ってそう言ってくれた。
ついでに、大臣側の人間が俺達の周辺を嗅ぎまわっていないか街の様子を見てきてくれるらしい。

姐さん『蛇の道は蛇ってね。こういった駆け引きのノウハウなら、アタシ達の右に出るやつはこの国にいやしないさ。ま、大船に乗ったつもりで任せておきなよ』

正直何から何まで任せきりで申し訳なく感じたのだが、ここでヘタに素人判断で動くと計画そのものが露呈しかねない。
俺達三人は姐さんの厚意に甘えさせてもらい、今夜はギルドのホームで過ごす事にした。
それぞれに用意して貰えた個室も汚い場所どころか、そこらの宿よりよっぽど快適に過ごせるくらい上等な部屋だったのだが・・・。

俺「・・・やべえよ。やべえよ」

ベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めて呟く。
やっちまった。
あれだけ場の雰囲気に流されて決断しないって心構えでいたのに、とうとうやっちまった。
いやどうするよ。実際これどうすんべ?
今からでも個人的に頭下げて頼みに行くか?
でも、あの空気でああまで大見得切った以上、そんな事したら生きてここから出られないんじゃねえかな俺。
と言うか、あの会話のやり取りで姐さん自身、俺達になにか相当思う所があったみたいだ。
だって態度がまるで違うんだもの。
最初に会った時の胡散臭い人間を見る目から、完全にファミリィを見守る優しい瞳になってんだもん。
すっげえ気さくに世話してくれるし、別人みたく自然体な笑顔を見せてくれるんだものよ。
あと何気に衝撃的だったのは、この部屋に案内してくれた護衛さんが世間話ついでに聞かせてくれた姐さんの実年齢だった。
みんなに『姐さん』って呼ばれてるし、初見の時は緊張してたせいでそう感じたんだろうが、あの人あれでまだ二十歳ちょっと前なんだそうだ。
年若いせいで無用な侮りを受けるのを気にしてるから、あえて露出度の高い衣装着てそれっぽいメイクで誤魔化してるらしい。
本人には絶対に言うなよって事で教えてくれたんだが・・・道理で無邪気に笑うと「あれ?」ってなるわけだよ。
裏切れねえよ・・・あの期待は裏切れねえ・・・。
あのスタイルとルックスで、あどけない笑顔は反則だろ・・・。
駄目だ、とてもじゃないが今さら言い出せねえ。

俺「・・・どうしよう」

・・・別にカッコつけたいってわけじゃないんだ。
俺一人頭下げて、それで姐さんが納得してくれるなら喜んで土下座するよ。
ただ・・・何て言うのかなあ。
あの時、俺のこと庇ってくれた勇者やシスターの事だったり・・・。
城で別れた時の、魔法使いの言葉だったり・・・。
なんかこう、俺一人が簡単に諦めていい問題じゃないような・・・気が・・・。
するような・・・しないような・・・?
あー、ちくしょう。よくわからん。
でもそれで強がってどうするよ。
少しでも自信があるなら、俺だって賭けてみたいさ。
でも肝心の賭けの対象はその俺達だよ?
大穴どころかブラックホールだろ。

俺「・・・ちっ」

・・・ああ、くそっ。
このPTのポンコツ具合は俺が一番把握してるつもりなのに、なんだこのモヤモヤは。
根拠も実績も何も無いのに、無性にそれを認めたくない自分がいる。
自分で出した結論に自分で腹立ててどうすんだよ。

俺「・・・・・・頭冷やすか」

とてもじゃないが寝付けそうにない俺は、涼しい夜風に当たろうとホームの屋上に向かうことにした。

ホームをねぐらにしているギルドメンバー・・・昼に俺達を取り囲んでいたモブ達の喧騒を薄暗い廊下でそれぞれの扉越しに聞きながら、俺は屋上に繋がる階段へ向かった。
物置代わりにでも使われているのか、乱雑に色んな物が押し込まれている踊り場や階段を四苦八苦して通り抜け、所々板張りが剥げ落ちたドアを開ける。
と、ガランとした石畳の屋上には既に先客がいた。

俺「勇者・・・」

勇者「ん、ああ・・・<俺>か」

今にもヘシ折れそうなくらい錆びた鉄柵に腕を掛けてスラムを見下ろしていた勇者は、いつもの調子を全く感じさせない声でこちらを振り返った。

勇者「どうしたんだ?こんな時間に」

俺「いや、ちょっと眠れなくて」

勇者「そうか。俺もだよ」

そう言って、渇いた笑みを浮かべる。
ぼけっと立っているわけにもいかないので、俺も勇者の隣に並んだ。

俺「そういや、怪我とか大丈夫なのか?昼間は結構やられてただろ?」

勇者「ああ・・・まあ動けないほどじゃないさ。あの後、シスターに回復魔法もかけてもらったしな」

俺「そっか。ならよかった」

あの後とは、多分商談が成立してそれぞれの部屋に案内してもらった時のことだろう。
シスターの回復魔法に効果があるのかどうかはさておいて。
そのまま二人して黙ったまま人通りが少ないスラムの風景を眺めていると、不意に勇者が言った。

勇者「ここは本当に平和だな」

俺「・・・そうなのか?」

勇者「ああ。しばらくこうしてここにいるけど、さっきから悲鳴の一つも聞こえない。あの姐さんは、かなりのやり手だよ。よっぽど実力がなきゃ、スラムに住んでる人間はこうも上手くはまとまらないだろうさ」

俺「しっかりしてる人だったからなぁ。でもあの人、ああ見えてまだ19なんだと」

勇者「・・・マジかよ。俺と一つしか違わないのか」

俺「気にするから本人には言うなってよ。普通は逆だと思うんだけどな」

勇者「ははは、豪放そうに見えて可愛いとこあるじゃないか」

そんな他愛もない話をしてひとしきり二人で笑う。

勇者「・・・・・・」

俺「・・・・・・」

なんかこう、あれだな・・・。
随分と前のように感じるが、つい先日も同じようなシチュエーションが似たような場所であったな。
あの時の相手は魔法使いだったが・・・こうなりゃこの際だ。
知ってしまった以上、いつかは聞かなきゃいけないことなんだしな。

俺「なあ、どうして『勇者』になろうって思ったんだ?」

勇者「・・・・・・そうだなぁ。切欠は、魔法使いと会ったことだったな」

ここに最初からいたのが俺だったのなら、訊ねようとはしなかったかもしれない。
気にならない、と言ったら嘘になるが。

勇者「リンデガルドは貴族が仕切ってた国でな。今魔王軍との最前線になってるこの国よりさらに北にあったんだ」

勇者も、俺が敢えてそういう聞き方をしたのだと察しているのだろう。
全てを話してくれるようだ。

俺「北方同盟・・・だったっけ?姐さんが少し言ってたな」

勇者「ああ。他にも幾つか小国が近くにあって、魔王軍と戦う為に同盟を結んでた。その代表格がリンデガルドだが・・・まあ、その同盟自体お飾りみたいなもんだったよ」

そこからの勇者の話をまとめると・・・。
十数年前のこの世界・・・大陸最北の未開地に魔王と呼ばれる魔族が再誕し、人類へ向けての宣戦布告が行われた。
当時、その最前線に位置することとなったリンデガルドは、近辺の小国を束ねて抗戦体勢を整えた。それが北方同盟と呼ばれる連合体だったそうだ。
同時に、今俺達がいるロートシルト王国や、勇者達に『勇者一行』としての証明書を発行したカルヴァート王国にも魔王軍対抗の名目で軍事援助を申請した。
ただ支援内容は主に物資や軍事費用の要請に留まり、兵士の派遣等は全てリンデガルド側から拒否していたらしい。

勇者「舵取りしてた貴族連中には、最初から国を護ろうなんて気は無かったんだよ。堕落しきった自分達じゃ、ろくな抵抗も出来ないことは解ってたんだろうな。支援を要求した理由は、簡単に言っちまえば魔王軍が攻めてくるまでの間に私腹を肥やせるだけ肥やして、どこか余所の国へ逃げ延びた時に身持ちを崩さないよう備える為だったんだ」

事実、リンデガルドの首脳連は同盟国に戦線維持を任せ、自分達はあくまで最終防衛という大義名分の下、横流しした残りの物資を僅かに流すだけで、戦いらしい戦いには参加しなかったそうだ。
悪化していく戦況などお構いなしに、連日連夜、領主の城では名残惜しむかのように贅の限りを尽くした舞踏会が開かれていたという。

俺「自分達の国を見殺しにしてまで・・・?」

勇者「むしろ、カルヴァートや先代ロートシルト国王である魔法使いの親父さんの申し出を断り続けていたのは、そうならきゃ都合が悪いからだ。使い走りの同盟国ならともかく、下手に大国の派兵を受ければ引くに引けなくなる。内情はどうあれ自分達だけで戦った結果に国が亡びたとなれば、それなりの『手土産』さえ渡せば亡命を受け入れる国は幾つもあるだろうからな」

手土産・・・つまりは、支援物資を横流しして蓄えた不正金の事だろう。
派兵を断った事情も、争いが長引けば私財を投げ打ってでも費用を工面しなければならない上に、他国の有能な兵士達が奮戦している間に逃げれば、敗北に怯えて国を捨てたという汚名が付く。
そうなると、外交摩擦や世論を恐れて亡命を受け入れる国はかなり減るはずだ。

俺「・・・・・・これ以上ないってくらい胸糞悪い話だな」

勇者「まったくだ。そんな都合に付き合わされた北方諸国も、この国も・・・たまったもんじゃなかったろうさ」

そう言いながらも、勇者が浮かべたのは怒りではなく、どこか自嘲的な笑みだった。

勇者「・・・お袋の故郷があの始まりの町だって話はしたよな」

俺「ああ」

勇者「お袋・・・いや、俺の『本当』の母親は、貴族の館へ奉公する為にリンデガルドに入国したんだ。まだ、魔王自体が現れる前だった」

俺「・・・ちょっと待てよ。本当の?でもあの町には・・・」

俺がスライムゼリーに殺られた後、出立したその日の内に出戻った俺達を微妙な笑みで迎えてくれた勇者のお袋さんの顔を思い出す。

勇者「今じゃお袋って呼ばせてもらってるけどな。あの人は俺の叔母・・・つまり母親の妹だよ」

俺「そうだったのか・・・」

勇者「・・・父親は一度も見たことないんだ。俺が物心ついた頃には、本当のお袋と一緒にスラムで暮らしてた。奉公してた貴族の男にでも捨てられたのか、それとも治安の悪いあの街で・・・そこらへんの話は一切してくれなかったから、わかんねえまま終わっちまったけどさ」

俺「・・・・・・」

リンデガルドはどんな事情であれ、一度スラムに落ちた人間の出国を決して許可しない、と勇者は続けて言った。
少しでも自国の腐敗しきった内情を漏らさないよう、一般市民階級までの亡命者は見せしめの極刑に。
他国から訪れた人間でも、何かしら国にとって都合が悪いとなれば行方不明で処理し、直接手を下すのが不味いとなると死ぬまでスラムへと押し込める。
勇者の母親もまた、そうやって閉じ込められた一人だった。
それでも勇者の母親は、決して自分の子供を邪険に扱ったりはしなかったそうだ。
あまりにも凄惨すぎる環境の中、それでも勇者を真っ直ぐに育てようと、苦心していたらしい。
この部分は・・・あまり勇者も話そうとしなかった。

勇者「・・・・・・7歳かそこらでお袋が病気で逝っちまう前から、自分に何かあったら叔母さんの事を頼れって聞かされてたよ。いつかこの国を抜け出せたら、あの町へ行って渡してある手紙とこの指輪を見せなさいってな」

勇者は胸元のチェーンに通された指輪を掲げて見せた。
前に一度、装備品を確認した時の『形見の指輪』・・・そういう意味だったのか。

勇者「そっからはまぁ・・・あの国じゃ珍しくないオチさ。生きる為にひたすら足掻いた。盗みも強盗も・・・人も殺した」

俺「お前・・・よく生き延びられたな」

率直な感想だった。

勇者「どういうわけか、俺は格闘スキルの適性が異常に高かったんだ。最初は仕事でもなんでもなくて・・・この指輪をぶんどろうとした子悪党を、気が付いたら半殺しにしてたのが切欠だった」

・・・兵士やモブボスと戦った勇者が素手でデタラメに強かったのはそういうワケか。
その適性ってやつがこの世界でどれだけの効力があるかわからんが、子供だった勇者がそれだけやれるってんだから、相当な要素なんだろうな。

勇者「それをたまたま見てたとある勢力のボスが、面白半分で仕事をけしかけて・・・俺はそれを受けた。後は言われるままに、敵対勢力だった連中を・・・まあ、殺し屋だって言われも仕方ないよな」

諦観したような、達観したような・・・複雑な表情で自嘲する勇者に、掛けられる言葉は見当たらなかった。

勇者「そんな生活が続いてたある日、魔王軍の襲来があった。さっき説明した通り、貴族の連中は真っ先に逃げたよ。残された国民は毎日のように魔物に襲われて・・・俺達スラムの住人にしてみれば、相手が人間から化物に変わったようなもんだったけどさ」

俺「・・・それで、国から脱出してあの町へ?」

勇者「正確には憶えちゃいないが2、3年は周りの小国の幾つかを行ったり来たりしてたんだ。当時、まっさきに壊滅させられたのはリンデガルドだけで、他の旧同盟国には、まだ小規模だけど魔王軍に対抗できる勢力が残ってた。リンデガルドとの条約が無くなったことで、カルヴァートやロートシルトも直接的な支援を出すことが出来たからな」

俺「てことは・・・ひょっとして、その頃から兵士として戦ってたのか?」

勇者「・・・いいや。俺はただ生き残りたかっただけだよ。北部をうろついてる魔王軍から逃げてる間も、スラムにいた時と似たような方法で生計を立ててた。さすがに、人を殺める必要はなくなったけどな。始まりの町に向かわなかったのは、状況が混沌として身動きが取れなくなってただけさ」

俺「・・・・・・」

勇者「笑っちまうよな。そんな真似までして生き残った俺が、今じゃこうして『勇者』を名乗ってるんだから」

そう呟く勇者は、言葉とは裏腹にもはや自嘲さえ浮かべていなかった。

勇者「北部の情勢がいよいよヤバいって時に、運良く南に撤収するロートシルトの救援部隊に合流できたんだ。その部隊も、途中で魔王軍に襲われて散り散りになっちまったけど・・・俺はなんとかロートシルトの国境まで逃げ切れた。多分、モブボスや姐さんも似たような境遇でこの国に入ったはずだ。姐さんの銀髪と肌の色は、北の少数民族に見られる特徴だからな」

じゃあ、姐さんもこの国に来たのは10年前くらいってことかな。
執事さんは先代である親父さんと付き合いが長いって聞いたから、もしかしたら魔王軍が襲来する以前からの仲だったのかもしれない。

勇者「始まりの町に着いた俺を、今のお袋は温かく迎えてくれたよ。だけど、あの町でどんな風に暮らしていけばいいのか俺はわからなかったんだ」

やっと手に入れた平和な日常なのに、無性にやり切れなかったのだと勇者は吐露した。

勇者「あそこに住む人達が俺とはまるで違う生き物みたいに思えてさ・・・なんの為に生き延びたのか、どうしてあの町に来たのか・・・それさえ答えが出せなくて、俺は近場のモンスターを相手に一人で暴れ回ってた。それからしばらくして、修業に出てたシスターが町に戻ってきたんだっけな」

そこらへんの簡単な話は勇者とモブボスが戦っている最中にシスターから聞いたな。
誰とも打ち解けようとせず、暗い目をしていた・・・そう言ってたっけ。

勇者「シスターが帰ってきてからも俺は相変わらずでな。お袋だけじゃなく、シスターにも色々迷惑かけたよ。毎日ボロボロで帰ってくる俺を心配して、こっそり後をついてきてくれたり、戦闘に割って入って回復してくれたりな」

俺「はは、なんだかシスターらしいなぁ」

勇者「ああ、シスターは本当に昔から変わらない。と言っても、町に帰ってきてからのシスターしか俺は知らないんだけどさ」

そんな日々が続いた後、勇者とシスターは魔法使いに出会ったそうだ。

勇者「初めは死体だと思ったよ。道もない森の中で、身動きもしないで倒れてたからな。ちょうど、俺達が人喰い狼と戦った近くだったか」

俺「・・・あそこか。なんでまたあいつはあんなトコに」

勇者「モンスターの大群に追いかけ回されて道を外れたんだと。倒れてた理由は、ただの空腹だったけどな」

と、この話をしてから初めて勇者は純粋に微笑んだ。
たったそれだけで、勇者にとってその出会いがどれだけ大切な記憶なのか窺い知れた気がする。
自然と釣られるように、俺の頬も少し緩んだ。

勇者「魔法使いは一緒に『勇者への試練』を受けるPTメンバーを探してたんだ。森や平原を通った旅人や商人に噂されてたんだろうな。多勢のモンスター相手に一人でも勇敢に挑み続ける戦士がいるって話を真に受けて、始まりの町を目指してたそうだ」

俺「つまり、日々の鬱憤をモンスター相手に発散してたお前をか」

あえて茶化すように言うと、今度こそ勇者ははっきりと笑った。

勇者「噂話ってのは、案外そんなもんなんだろうな。あれには俺も驚いたぜ」

余韻を惜しむように間を開けた勇者は、再び静かに語りだした。

勇者「魔法使いは言ったよ。先の北方同盟の崩壊・・・それに伴う避難民救出作戦に参加して死んだ父親の代わりに、自分が魔王を倒して世界を救うんだって。その時はまさか、魔法使いがこの国のお姫様で、その親父さんが先代国王だなんて思いもしなかったけど―――――――」




[40808] 初めての回想編 その1
Name: セノ◆b8ad171c ID:864b176a
Date: 2017/03/07 12:41
「・・・だから、付いてくんなって言ってんだろ」
街道を外れて平原を歩くことしばらく。
足を止めて後ろを振り返った勇者は、ここ数日ずっと付き纏ってくる新しく加わった少女に向けて悪態を吐いた。
「アンタこそいい加減諦めて私の話を聞きなさいよ。こっちは暇じゃないんだからね?」
向かう先にある森で行き倒れていた魔法使いと名乗る少女は、活発そうな印象そのままのハキハキとした口調で叱るように言った。
「もう断っただろ。『勇者への試練』なんて興味ねえよ」
興奮気味の魔法使いとは対照的に、勇者は冷めきった目をして返す。
「じゃあ、なんでアンタはあれからも毎日毎日こんなことしてんのよ。おまけにいっつも傷だらけになるまで暴れ回って・・・昨日だって、私達がいなかったらどうなってたかわかんなかったわよ?」
「ふざけんな。足手纏いがいなかったらもっと早く片付いてた」
「ああああん!?それ誰の事言ってんのよ!!」
勇者の毒舌に、今にも噛みつかんばかりに怒りだした魔法使いの背後から遠慮がちな声が届く。
「ま、まあまあ・・・お二人とも、そのあたりで・・・」
始まりの町にある小さな教会に住むシスターは、落ち着きなく周囲を見渡しながら。
「とりあえず一度、町に戻りませんか?昨日も言いましたが、最近この辺りで凶暴なはぐれ魔獣が目撃されているらしいんです。野生のモンスターならともかく、魔王軍に使役されていた魔獣ともなると、私達では・・・」
「誰も何も、お前らの事に決まってんだろ。分かったらそこのシスターと一緒にさっさと帰れ」
「あったまきた!本気で頭に来たわよアンタ!!ほんのちょーっと強いくらいで調子乗ってくれちゃって!」
シスターの弱々しい警告は、いつものごとく二人の喧騒に掻き消されてしまった。
勇者に向けて杖を構えた魔法使いは、鼻息荒く宣言する。
「ちょっとシスター聞いたわね!?私達でこの分からず屋の格闘馬鹿に思い知らせてやるわよ!チームワークの恩恵がどれだけ重要か、その身体に叩き込みなさい!!」
「チッ・・・何が恩恵だ」
「あのぅ・・・出来れば私の話も聞いていただけると・・・嬉しいのですが・・・」
ここ数日の間ですっかりお約束になりつつある騒がしいやり取りをしながら、三人は・・・と言うより、一人森へと向かう勇者に続き、魔法使いとシスターは歩を進めるのだった。

―――――――――――――――――

「はぁ・・・はぁ・・・」
頬に飛んだ返り血を拭い、勇者は肩で荒い息をしながら死骸となったモンスター達を見下ろした。
人喰い狼。
始まりの町からそう遠くない森に生息する野生型モンスターで、個体としての脅威はそれなりの冒険者ならば難なく対処できるレベルだが、獰猛な上に群れで狩りをする習性と放牧地に度々現れて家畜を襲うことから、行商人や牧人には特に恐れられているモンスターである。
今、勇者の目の前に倒れている狼は7体。
熟練の冒険者PTでも、それなりに手を焼く数だ。
当然勇者も完全に無傷というわけではなく、あちこちに擦傷を負って血を流してはいるのだが・・・。
「あ、あんた・・・一体・・・どういう神経してんのよ・・・」
息も絶え絶えといった様子でペタンと座り込んでいる魔法使い。
その横では地面に手をついたシスターが、乱れた長い金髪を直す余裕も無く喘いでいる。
「普通・・・これだけの数に襲われたら・・・逃げるでしょ・・・」
背中越しに魔法使いの言葉を聞きながら、勇者は深呼吸を一つすると。
「・・・だから言っただろ。足手纏いは帰れってな」
かなり激しい戦闘を終えた直後だと言うのに、もう呼吸を鎮めた勇者は、相変わらず無愛想に吐き捨てた。
「ぐっ・・・!私達に、あれだけ援護してもらっておいて・・・!」
魔法使いは未だに息が苦しいのか、口調こそ強いものの、いつもの気迫がない。
「頼んでねえよ。それよりお前、狼相手にそんなザマで、よく『勇者一行』を目指すなんて無謀なこと言えたな」
「ぁんですってえ・・・!?」
「ま、魔法使いさん・・・お、落ち着いて・・・ください・・・」
ふらふらのまま勇者に掴みかかろうと立ち上がった魔法使いのローブを掴み、同じように酸欠寸前のシスターが制止した。
「チッ・・・」
不機嫌そのものの表情で舌打ちし、勇者はさらに森の奥へと進んでいく。
「あ、あの馬鹿・・・まだ傷も癒してないってのに・・・!」
勇者を止めようと、地面に杖を突いて歩き出そうとした魔法使いのローブから、シスターの手が力なく離れた。
その微かな抵抗の感触に、はっと我に返った魔法使いは、慌ててシスターの脇に屈んで肩を支える。
「ご、ごめんシスター・・・大丈夫?」
「ええ・・・戦闘でのダメージはありませんし、呼吸も、大分落ち着いてきましたから・・・」
魔法使いの助けを借りて起き上がったシスターは、多少ふらつきながらも地面に立つと、乱れた髪を簡単に整える。
「それより・・・勇者さんを追いかけましょう。今までの戦闘でかなり消耗されているはずですから、これ以上の深入りは危険です」
「そうね。まったく、あいつってば何考えてこんな無謀な真似してんのかしら」
「確かに勇者さんの目的はわかりませんし、教えてはくれませんが・・・」
でも、とシスターは勇者の去って行った森の奥を見やり。
「先ほども、今までの戦闘も・・・勇者さんは常に前衛に出て、私達に敵の攻撃が向かないよう戦ってくれています。こちらの力量不足を認めるのは悔しいですが・・・きっと勇者さんは・・・」
「・・・ふん。ああいうのはカッコつけてるって言うのよ。何よ、こっちの意見も聞かないで勝手に庇ってくれちゃって。絶対あいつ、ああいうキャラ意識してやってるわよ。普段の嫌味な言葉遣いもこっそり練習とかしてるわね。めちゃくちゃ苦手なタイプだわ」
「ふふ・・・そうかもしれませんね。勇者さんは、きっと本当は優しい方なのだと思います」
「・・・私、シスターのそういうとこ嫌いじゃないんだけど、そんなお人好しだと、いつか悪い男に引っ掛かるわよ?」
困ったように苦笑するシスターに魔法使いは溜息を吐いて。
気を取り直すように杖を構えた二人は、勇者の後を追うのだった。

――――――――――――――――

鬱蒼とした不気味な森を躊躇うことなく進んでいた勇者は、目の前の光景に思わず足を止めた。
この密度の高い森にしては珍しい開けた更地。
森を探索する冒険者にとっては格好の野営地にできるほどのスペースがあり、事実、そこには幾つかの簡易テントが設置されていた。
しかし、勇者が足を止めたのはそれだけが理由ではない。
一言で表すならば、そこは血の海だった。
夥しい量の変色した血痕。
無造作に千切られた五体。
あちこちに散乱した内臓。
割れた頭蓋から零れる脳。
もはや原形すら留めていないほどの、凄まじい破壊を受けた人間の死体が幾つも転がっている。
「・・・・・・」
魔法使い達と別れた後、あまりに濃い死臭に気付いてここまでやって来た勇者は、常人なら失神し兼ねない惨状を前にしても、顔色一つ変えずに検分を始めた。
湿気が多い森では腐乱が早い為、正確にはわからないが、どうやらここ2,3日の間に殺されたようだ。
人数は恐らく10人前後。
というのも、死体の損傷が激しすぎて数える気が起きない。
飛び交う蠅の群れを払いながら、設置されているテントの中を覗きこむ。
特に荒らされた形跡はなく、食糧や水といった貯蓄もそのままだ。
他のテントの幾つかは壊されてこそいるものの、同じく何かを盗られた様子も無かった。
そしてどうやら、残された装備や死体の側に転がる武器を見る限り、こいつらは隊商や冒険者といった集団ではなく、どうやら野盗の類らしい。
大方、自警団しかない辺境の田舎町とその一帯の行商人を手軽に襲おうとでも目論んでいたのだろう
この辺りで野盗が出たという噂は聞いていないから、この連中は森に拠点を構えたばかりだったのかもしれない。
(噂・・・)
そこまで思案したところで、勇者はシスターの言っていたはぐれ魔獣の事を思い出した。
もしかしたら・・・いや十中八九、この惨劇はその魔獣の手によるものだろう。
「まだこの近くにいるのか・・・?なら、あいつらは・・・」
思わず独白してしまった自分に苛立ちを覚える。
関係ない。あの騒がしい魔法使いと、底抜けにお人好しなシスターがどうなろうが。
ともあれ、久々に大物を相手にできそうだ。
北方諸国を逃げ回っていた頃は、魔王軍に散々煮え湯を飲まされたという遺恨もある。
もっともこれは酷く個人的な事情に基づく衝動で、亡き故郷の仇を討とうなんて気持ちはこれっぽっちも無かったが。
と、勇者が一度町に戻って本格的な準備を整えるかどうか考え始めた時だった。
「ちょっともー、なによこの悪臭は!なんでアイツはわざわざこっちのほうに来てんのよ!」
「え、ええ・・・それにしても、本当に酷い臭いですね・・・鼻が曲がりそう・・・」
騒がしいやり取りが茂みの向こうから聞こえ、杖で草木を払いながら魔法使い、そして口元を押さえたシスターが姿をみせた。
「あ、いた!ちょっとアンタふざけんじゃないわよ!どんだけ私達が探したと思ってんの!?」
「良かった、ご無事でしたか。あれからお怪我をされたり・・・は・・・」
まず最初に気付いたのはシスターだった。
目を見開いて握っていた杖を取り落すと、今まで口元を覆っていた左手の上に右手を重ね、ばっと身を翻す。
「げほっ!げほっ!うぇぇ・・・!」
「ええっ、ちょ、シス―――――」
びくびくと背中を痙攣させて嘔吐し出したシスターに驚いた魔法使いが、ここでようやく、周囲の死体に焦点を合わせ・・・そのままストンと、腰が抜けたようにヘタリ込んでしまった。
「なに、これ・・・なっ――――」
ビクンと途中で言葉を詰まらせ、魔法使いも喉をせり上がってきた吐瀉物に耐え切れず頭を垂れた。
そんな二人の真っ当な反応を目にした勇者は、どこかシラけたように口を開く。
「例の魔獣の仕業だろうな。転がってんのは多分野盗とかそういった輩だ」
「―――――――・・・・・・!」
冷静に検分の説明を始めた勇者を、涙目で口元を押さえた魔法使いが睨みつける。
どうしてそこまで平然としていられるのかと、濡れた双眸が告げていた。
「・・・別に当たり前だろ。魔獣に襲われて死ねばこうなる。それともお前は、戦場でくたばった人間がみんな眠るように安らかな死に様だとでも思ってたのか?」
「・・・ッ!!」
魔法使いの瞳に、はっきりとした憤怒の色が混じった。
周囲の状況も忘れ、魔法使いが衝動のまま勇者に殴りかかろうと立ち上がりかけた時。
「う・・・ひっく・・・うぅ・・・」
耳障りな虫の羽音しか聞こえなかったこの空間に、やがて小さな啜り泣きが混じりはじめた。
魔法使いが首を回して後ろを見ると、少し離れたところでは、シスターが地面に突っ伏して嗚咽をあげている。
それは目の前の壮絶な光景に恐怖したものだったのか、あるいは冒涜的なまでな殺され方をした人間への憐憫だったのか。
それは分からない。あるいはシスター自身も分かっていないのかもしれない。
ただ、そんなシスターの震える泣声を聞いていると、何故か魔法使いの怒りは不思議なまでに霧散してしまい、堰を切ったように涙が溢れ、止まらなくなった。
「・・・ぐすっ・・・・・・ひっ・・・」
両手でフードを被りながら顔を隠し、それでも必死に声を押し殺そうとする魔法使いと、肩を震わせて泣き続けるシスターを眺めていた勇者は・・・二人と出会ってから、初めて少し困ったように眉を下げ、乱暴に自分の頭を掻いた。
「・・・だから、付いてくるなって言ったろうが」
それからしばらく、二人が泣き止むまで、勇者はその場を離れることは無かった。



[40808] 初めての回想編 その2
Name: セノ◆b8ad171c ID:864b176a
Date: 2017/02/16 20:29
「・・・なんなのあれ。あれが本当に魔獣の仕業だって言うの?」
死臭に満ちた惨殺現場から逃げるように平原へ戻った魔法使いは、やっとの思いでそう口にした。
あの場所を離れてからずっと沈んでいるシスターは、ここに辿り着くなり膝を抱えて座り込んだまま一言も喋ろうとしない。
「間違いないだろうな」
ここまで無言で二人を先導してきた勇者は、森を遠目に短く返した。
「・・・やけにはっきり言い切るわね。狼の群れとか、マーダーベアに襲われたかもしれないじゃない」
マーダーベアとは森の悪魔と呼ばれる大型モンスターで、個体数こそ少ないものの、その戦闘力は人喰い狼の比ではない。
普段は滅多に人前へ姿を見せず、森の深層部に生息しているが、このモンスターは非常に縄張り意識が強く鼻も利く為、自身の領域を荒らした相手をどこまでも執拗に追跡するという習性がある。
最近でも大陸西部で森の秘境に群生するという万能草を求め、このモンスターの縄張りへ踏み込んでしまった調合師を追って人里に現れたマーダーベアが、複数の村人を惨殺するという事件があったばかりだ。
「あの場所には連中の内臓が散らばってたろ」
「っ・・・そ、それがなによ・・・」
勇者の言葉にあの光景を思い出したのか、魔法使いが再び口元を覆いながらも気丈に訊ね返した。
「人喰い狼に襲われたなら内臓は残らない。奴等にとってのご馳走だからな。それにあの場所はまだそこまで深い位置じゃない。連中の誰かが縄張りを荒らしたにしても、仕留めた復讐相手を必ず巣まで持ち帰るベアが死体を引き摺った跡も残っちゃいなかったからな」
「・・・・・・」
現場状況から淡々と推論を述べる勇者に、魔法使いは渋面をつくって黙り込んだ。
「何より・・・ああいう壊され方をした死体には見覚えがある」
「え・・・?」
「・・・ともかく、お前達は早く町に戻れ」
「戻れって・・・アンタは?」
返事をしないまま、勇者は再び森へ向かって歩き出した。
「ちょ・・・!まさか一人でどうにかしようとか考えてんじゃないでしょうね!?」
魔法使いは、慌てて勇者の腕を掴む。
「おい、離せ」
「バカ!アホ!魔獣がうろついてるかもしれないってのに、一人で行かせられるわけないでしょ!?」
「ハッ・・・魔王を倒すなんて息巻いてたくせに、はぐれ魔獣が出たくらいで取り乱しやがって。死体もまともに見れねえような甘ちゃん冒険者が、よく今日まで生きてこれたな」
「アンタ本物のバカなの!?死んじゃったら何にもならないじゃない!死んじゃったらどんな願いだって叶えられないし、強くなることさえ出来ないんだから!アンタだって何か一つくらい、生きてやりたいことがあるでしょ!?」
「・・・・・・」
生きて、叶えたい願い。
あれほど生に執着して逃げ延びておきながら、何一つ思い浮かばない。
こんなに平和で、争い事からかけ離れた場所に辿り着いても。
まだ繰り返している。あれだけ忌わしかった地獄の日々のような行いを。
血を流し、血を浴びることでしか自分の生を実感できないかのように。
勇者はこの時、確信した。
やはり自分は、魔法使いやシスターのような人間とは別の・・・何か異質な生き物に『成り下がって』しまったのだと。
誰に対するともつかない苛立ちが、徐々に高まっていく。
「・・・どうでもいいから、さっさと離せ」
「良くないし絶対離さない!いい加減にしないと張っ倒すわよ!?」
「テメエに関係ねえだろ。そもそも、そんな願いなんて俺には最初から無いんだよ」
「だったら見つければいいじゃない!そんな風に不貞腐れてるより、よっぽど楽しいし気楽だわ!!アンタ大切な人とか友達いないの!?自分の命って、一人で勝手に殺していいもんじゃないんだからね!?」
魔法使いのどこまでも実直な言葉に、勇者の頭がついに沸騰した。
それは実の母親を失ったあの日から、殆ど死んでいたも同然だった感情が久しぶりに思い出した激情だった。
「テメエに俺の何がわかんだよ!!俺の命をどうしようが俺の勝手だ!!これ以上邪魔するとマジで殺すぞ!?」
力任せに手を振り払った勇者に、間髪入れず魔法使いが勇者の胸ぐらを掴みあげる。
「ざっけんじゃないわよ!!聞いても言わないし自分から話そうともしないならわかるわけないでしょ!!って言うかこっちこそマジで〇〇〇〇蹴り上げてでも止めるわよ!?本気だかんね!!?」
数年ぶりに感情のまま怒鳴った勇者が思わず怯むくらいの迫力で、とんでもない啖呵を返された瞬間だった。

『グォオオオオオオオオオオ―――――!!』

腹の底まで響くような野太い咆哮が森の方角から轟き、平原の空気を震わせる。
反射的に身構えた勇者と魔法使いの背後で、よろよろとシスターも立ち上がった。
バキバキと生木がヘシ折れる音が勇者達の耳に届き始め、それが段々と近付いてくる。
やがて、森の入り口から飛び出るように三人の前に姿を見せた者の正体を、魔法使いが驚愕の表情を浮かべて口にした。
「マ、マーダーベア!?」
遠目からもはっきりと分かる巨体。
それを覆う赤茶の体毛は陽光を受けて鈍く輝き、鋭く尖る黒い鉤爪が一駆けごとに地面を削り取る。
あばれ馬の背骨をひと噛みで砕くと言われる牙の隙間から涎を垂らし、森の悪魔はその大きさに似つかわしくない速度で勇者達へと向かってきていた。
「ちょっ・・・!アンタ何が魔獣の仕業よ!!やっぱりベアだったんじゃないの!!」
「で、ではあの場にいた私達を追って・・・!?」
「・・・・・・?」
慌てふためく魔法使いとシスターを後目に、向かってくるマーダーベアを冷静に観察していた勇者は違和感に気付く。
「・・・なんだ、あの傷」
「はあ!?暢気なこと言ってないで早く――――」
訝しげに呟いた勇者と迫りくるベアを見比べていた魔法使いも、そこでようやく理解した。
森の悪魔と称されるほどのモンスターが、自身から流す血に染まった姿で『逃げている』ことに。
その原因を考える暇も無く、ベアの背後・・・森の木々が大きく揺れ動いたかと思った直後、一つの影が空へと跳躍した。
むしろ飛翔と呼べるほどの高さまで昇ったその影は、太陽を背にしながら徐々に降下していき・・・。

ドズンッ!!

あと十数メールという距離にまで勇者達へ接近していたマーダーベアを、森からたった一度の跳躍で押し潰した。
肉と骨が同時にひしゃげるグロテスクな音が、三人の耳に嫌な感触を残した後。

『―――――――――――ッッッッッ!!!!』

獲物である森の悪魔を葬った『魔獣』は、形容し難い凶咆を空へ向けて放つのだった。

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魔獣。
魔王の眷属である魔族に従属するモンスター。
元々はドラゴンやセイレーンなど、モンスターでありながら魔力を操る高度な生命体を示す言葉だったが、昨今の大陸事情では前者として広く使われている。
人類への脅威という意味では、ある種神聖視すらされている生物と並び立つほどの力を持つモンスターが、今三人の目の前に現れていた。
影のように黒い全身と長く太い尾。
人に似た体躯をしてはいるが、胴や腕は丸太のようにガッシリとしており、手足の三つ指の先にある爪はマーダーベアの2倍は長い。
前傾姿勢で蛇のように鎌首をもたげた頭は大きく、これもまた人の形状に近しいが、頭髪の代わりに揺らめくのは陽炎の如く上へ伸びた影で、頭頂部に無数のトゲが生えているような錯覚を受ける。
まるで剥き出しの骸骨に黒い皮を張りつけて拵えたのではないかと思うくらい大きく裂けた口は、悪戯をした子供への仕置話そのままに人間を丸呑み出来るだろう。
しかし、何より特徴的なのは、昼中でも変わらずに爛々と輝く目。
人で例える白目の部分は無く、ぽっかりと窪んだ丸い眼窩に血を流しこんだような赤色をしている。

『―――――――――』

魔獣は断末魔さえ上げられずに肉塊となったマーダーベアの上からのそりと身を下ろすと、その長い尻尾といい、まるで猿みたいにぎこちない前傾姿勢で立ちながら勇者達へ赤い目を向けた。
「ひっ・・・!」
「あ・・・」
たったそれだけなのに、魔法使いとシスターは竦みあがり動けなくなる。
おおよそ生物としての感情や温度を一切感じさせない異形の瞳。
人を殺戮する為だけに産み出された存在の、無機質な殺気を初めて目の当たりにした二人には無理もない結果だった。
尻尾を含まない立ち姿こそマーダーベアより小さいが、それでも優に三メートルはあるだろう巨躯で大地を踏みしめ、魔獣は一歩、また一歩と近付いてくる。
いっそ冗談のような危機的状況下で、それでも魔法使いとシスターは動けない。
本能的な恐怖で体が強張り、思考停止した脳は逃走というたった一つのシンプルな生存方法さえ判断してはくれなかった。
ただ一人、かつて魔王軍の襲来を生き延びた男を除いて。

「ふっ!!」

短く気合を発し、無造作に距離を詰めていた魔獣の顔面・・・正確には右目を狙って勇者が飛び蹴りを放った。
予想外の抵抗にも俊敏な反応をみせた魔獣は、咄嗟に頭をずらして致命傷を避け、側頭部で勇者の攻撃を受け止める。
「・・・!」
普通の人間なら間違いなく首の骨が折れていただろう威力の蹴りでも、魔獣がダメージを受けた様子は一切なかった。
それどころかぶら下げているだけで地面に着くほど長い腕を振るい、勇者への反撃に転じる。
予め可能性を予測していた勇者は、蹴りの反動を利用して大きく後ろに飛ぶと、軽業師顔負けの宙返りで体勢を整え、着地と同時に拳を構えた。
「おい、早く逃げろ!!」
魔獣から一瞬たりとも視線を逸らさず、勇者が鋭く発した指示に二人はようやく茫然自失から立ち直る。
「に、逃げろったってアンタは・・・!?」
「三人で背中見せたら一瞬であの世逝きだ!お前らが町まで着く程度の時間稼ぎはしてやる!!そしたら町の全員と東のカルバートまで助けを呼びに行ってこい!!」
魔獣もまた、完全に勇者を標的に定めたのか、魔法使いとシスターには一切関心を払わず不気味な唸り声をあげて力を溜めはじめた。
「で、でも!勇者さん一人を置いていくわけには!!」
「コイツは動きこそ速いが小回りは利かねえ!俺がうまくやりゃ勝機はある!!」
魔獣は言語を発しないが、ある程度の人語を理解出来ている節があるという。
今の発言に触発されたのか、長い腕を空に向けて掲げると、眼前の勇者へ鞭のようにしならせて振り下ろした。
まともに受ければ重鎧をも押し潰す一撃を紙一重で躱した勇者は、動作直後の隙を衝いて魔獣の懐に潜りこみ、黒い体毛に覆われた胸板へ突き上げるようにして掌底を喰らわせる。
『―――――!!』
先ほどの蹴りでは全く手応えを示さなかった魔獣が、苦悶の声らしき短い悲鳴を上げた。
しかし決定打には至っておらず、魔獣は振り下ろした腕とは反対側で、懐の勇者を抱きかかえるようにして捕らえようと試みる。
横振りの右腕をしゃがむと同時にバックステップで回避した勇者は、ギリギリの間合いを保ちつつ叫ぶ。
「行け!!こいつ相手にお前達の面倒まで見てられねえ!!」
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!アンタ一人でこんな化物倒せるわけないでしょ!?」
有効打を与えた勇者を脅威と認めたのか、警戒を高めた魔獣は迂闊に仕掛けようとしてこない。
その短い硬直を利用して、勇者は腹の底から怒鳴った。
「今度こそ本当に邪魔だって言ってんだ!!それにお前は伝説の『勇者』になって魔王を倒すんだろ!!だったらこんなとこで無駄死にしようとしないで、今自分に出来る最大限のことをやってこい!!」
「・・・・・・!!」
それは魔法使いにとって、最も効果的な説得だっただろう。
「シスターの言葉なら町の連中も素直に言う事聞くはずだ!わかったら早く行けええ!!」
勇者のありったけの大声を皮切りに、ついに魔獣が動いた。
大振りの一撃必殺を狙わず、距離を詰めて爪を振るい、手数で勇者を攻め立てる。
僅かとはいえダメージを受けた勇者の反撃を封じる為の、明らかに敵の行動パターンを学習した戦法だった。
今度こそ喋る余裕さえ無くなった勇者は、時折魔獣の爪で浅く肉を裂かれながら、それでもなんとか耐え忍んでいる。
「くっ・・・!」
今の状態で魔法使いが魔法による援護を行おうとしても、距離が近く動きも激しい魔獣と勇者を的確に狙い分けることは不可能だ。それはシスターの支援魔法も同じこと。
それどころか、魔獣の注意が自分達に向けられた時・・・勇者は確実に冷静な判断力を失って決定打を喰らうだろう。
悔し涙を堪えて歯を食い縛り、魔法使いは目の前の死闘から背を向けた。
「シスター!行くわよ!!」
「魔法使いさん!?でも・・・!!」
「私達がここにいたって出来ることなんか無いじゃない!私だって悔しくて仕方ないけど・・・けどっ!今は町の人達を逃がさないと・・・!」
「・・・・・・っ」
返事を待たず、魔法使いは町へ向かって駆け出した。
悲痛な叫びを受けたシスターは、それでももう一度だけ戦い続ける勇者を振り返り。
「勇者さん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!」
懺悔の言葉を呟きながら、魔法使いの後に続くのだった。



[40808] 初めての回想編 その3
Name: セノ◆b8ad171c ID:864b176a
Date: 2017/03/17 10:07
これでいい。
二人の気配が離れたことを悟った勇者は、心の底から安堵した。
後は二人が町に辿り着き、住民と一緒に避難するまでの時間をなるべく長く稼ぐだけだ。
それに、勝算が無いと言ったのも完全な嘘というわけではない。
「・・・・・・」
似合わないことを、と自嘲したくなる衝動を必死に押し殺す。
自分はただ、くだらない復讐心と判然としない衝動のまま魔獣と戦おうとしていたのに。
だが、魔獣が現れる直前に交わした魔法使いとの会話。
そして争いの無い町へ移って改めて本当の命の危機に直面したことで、初めて思い知らされた。
自分はずっと、死に場所を求めていただけなのだと。
なんの助けもできないまま母を死なせ、命を削ってまで自分を真っ直ぐ育てようとしてくれた尊い遺志に背き、悪事に身を落とした。
他者の物を盗み、奪い、やがて両手を血に染めてまで生き残ったというのに。
ようやくたどり着けた安住の地では、そんな薄汚い自分と他人を比べて絶望した。
それからは新しい希望を探し求める気力も無く、現実から目を逸らして暗い過去ばかり見ていた。
『仕方がない』のだと諦めて。
託された命に、奪ってしまった命に、何より自分の人生に報いようとはしなかった。
魔法使いが言う通り、本当に自分はただの大馬鹿野郎だ。
「ぐっ・・・!?」
上半身を捻って躱したはずの攻撃が、激しい動作の連続によって疲弊したせいか、コンマ半秒回避が間に合わなかった。
大分深く引っかけられた爪が勇者の胸板を抉り、鮮血が噴き出る。
それでも喰らった攻撃に逆らわず自ら地面を蹴っていたことで、横飛ばしに薙ぎ払われたものの、致命傷までには至らない。
もし勇者が少しでも体を硬直させて踏ん張っていたのなら、今の一撃で魔獣の爪先に引っ掛かった肋骨が、そのまま振り抜き様に削り取られていたかもしれなかった。
「かはッ・・・!」
横転しながら短く咳き込み、吐血した勇者が手をついて起き上がるのに要した時間は、それでも僅か1,2秒ほどだっただろう。
ほぼ満身創痍に近い状態で、それでも微塵も闘気を衰えさせず魔獣へ向き直った勇者は、そこで思わず固まった。
目の前から、忽然と魔獣の姿が消えている。
「・・・!」
その事実を視認するのとほぼ同時、本能が告げた警告に従うまま勇者は全力で身を投げ出した。

ドンッ!!

一瞬遅れで、さっきまで勇者が立っていた場所に、跳躍から急降下してきた魔獣の両脚が突き刺さる。
マーダーベアを葬ったあの攻撃だ。
危うく挽肉になる寸前だった勇者は、ギリギリの死を回避した結果に安堵する暇さえなく、距離を取って体勢を整える。
「はあ・・・はあ・・・」
必殺の好機を逃した魔獣は、相変わらずの無機質な赤い目で勇者を見据えていたが・・・。
やがて苛立ちを覚えたかの如く、手近な岩へむけて振り上げた腕を叩きつけた。
草原に所々点在する子牛程の大きさをした岩石の一つが音を立てて真っ二つに割れ、崩れ落ちた破片がザラザラと中央に小さな山を作る。
どうやら殺戮しか頭にない魔獣でも、一丁前に腹を立てることがあるらしい。
「・・・ク、クク」
そんな他愛もない事実に、勇者は思わず笑ってしまった。
しかしこれは嘲弄ではく、自嘲だ。
思えば自分も目の前の魔獣も、似たようなものだ。
生きる目的もなくただ言われるがまま人を屠り、今ではこんな場違いな辺境の地で互いに殺し合っている。
どちらも大切な物なんて何も無い、はぐれ者同士だ。
だがそれでも、こんな自分にも矜持だけはある。
それは暴力の満ちた劣悪な環境で生まれ育ち、一人残されても、誰に頼ることなくスラムを生き抜いてきた『力』に対する矜持だ。
過去の行いを悔いていながら、それを犯してきた暴力に誇りを抱くなど矛盾している。
理解してはいるのだが、生憎とそう簡単には割り切れない。
この愛憎入り混じった複雑な矜持こそが、自分を支えてきた全てなのだ。
だが、今だけはその迷いを忘れよう。
皮肉にもこの矜持を貫くことが、自分にとって初めて誰かの命を救える結果に繋がるのだから。
ならば後は、今まで積み上げてきた経験と自身の五体を信じるだけだ。
「・・・・・・ふう」
我流の呼吸法で素早く息を落ち着かせる。
勇者は、魔獣と対峙するのはこれが初めてではない。
リンデガルド崩壊後の国内では、愚かにも捨てられた玉座を求めてスラム勢力同士による略奪と抗争が激化していた。
それは断続的に襲い来る魔族を退けながら行われていた刹那の内乱だったが、重要なのは、その当時に覚えた魔獣の倒し方だ。
どのタイプの魔獣にも共通する弱点は目と心臓、そして頭。
一見すれば当たり前のような事実だが、魔獣に対してその箇所以外の攻撃はよほどの威力がなければ殆ど効果がない。
そういった意味では、ここを破壊すれば確実に殺害できる頭も除外される。
魔獣の頭蓋はかなり強靭で、普通の剣や弓ではまず破壊できない。
肉厚な斧や大重量のハンマーを何発も叩きつけて、やっとと言うレベルだ。
なのでとりあえずのセオリーとしては、まず目を狙う。
何かしらの方法で目を潰した後、暴れ狂う魔獣の隙を衝いて懐に入りこみ、鋭く丈夫な槍か何かで肋骨の下から抉るように心臓を貫くのだ。
勇者が最初に目を狙い、次に心臓へ打撃を加えたのはそういった弱点を知っていたという経緯があった。
他にも頭部にしがみ付いて長い鉄串を目に突き立て、そのまま脳を抉って殺すという手もあるにはあるが・・・これは単独でやるとまず確実に殺される。
もっとも、そのどちらもが必要な武器は勿論のこと、囮や拘束役など最低でも五人はいないと成立しない戦法であり、ガムシャラな抵抗をする魔獣の攻撃でいつも半数以上は死んでいたのだが。
この状況では泣き言さえ言えない。
「本当に・・・似た者同士お似合いだ」
暴力を誇りにする人間と、殺戮を至上とする魔獣。
どちらも自分に残されたたった一つの血生臭い価値にしがみ付くことで、己の存在意義を見出そうとしている。
「―――来いよ化物」
覚悟を決め、感傷を切り捨てた勇者の頬は獣が牙を剥くかの如く歪んだ。
圧倒的なまでの暴虐とそれを振るう折に見せる形相から、『狂犬』とまで恐れられたあの頃の自分へと完全に堕ちていく。
「俺が殺してやる」
格闘の構えを解かずに突き出した右手の指を立て、『かかってこい』と挑発する。

『――――――――!!』

勇者の狂気に共鳴するかのように雄叫びを上げた魔獣が、爪を構えて疾走した。
サイドステップで照準をずらし突進を止めさせた勇者は、続く魔獣の連撃も必要最低限の動きだけで捌き、躱していく。
まず最初に狙うのは目。
途方もない体格差から、近接戦闘で視力を奪うのが困難なのは、初撃の時に確認済みだ。
故に、魔獣の目を潰す為の小細工をさっきまでの攻防の間に用意してある。
「ッ・・・!」
紙一重の回避と防御を両立させながら、魔獣に悟られぬよう慎重に方向を誘導する。
おおよその位置まで来たところで、勇者はついに作戦を実行に移した。
「くらいな!」
勇者は左拳に隠し持っていたもの・・・胸板を斬り裂かれ吹き飛ばされた際に握っていた平原の土を、魔獣の目に投げつけた。
『―――――――!』
ひたすら攻撃に集中していた魔獣は、一瞬だけ虚を突かれたような気配を見せたものの、咄嗟に頭を伏せて反応することで勇者の目潰しを難なく防ぐ。
その僅かな隙に飛びずさり、距離を取る勇者。
魔獣は、呆気なく終わった勇者の奇策を嘲笑うかのようにゆっくりと頭を起こしたが・・・。
「こっちだマヌケ」
横合いから届いた勇者の声。
反射的にそちらを向いた魔獣の顔面に、大量の細かい砂利や粒子が勢いよく叩きつけられた。
『――――――!!?』
今度こそ回避も防御も間に合わず、赤い両眼へ真面に目潰しを喰らった魔獣が悲鳴をあげて顔を覆う。
勇者の目的は、魔獣が壊した岩の近くへ向かうこと。
平原の土は草に覆われている上に、気候の関係もあって湿っている為、隠し持つ際に握り締めた土では投げつけても塊となって分散せず、あまり効果を成さない。
その事を念頭に入れていた勇者は、魔獣の視力を奪う第一段階として、まずはここを目指した。
用心して握りこんでいた土を投げつけ、ブラフとすることで注意を引き、あとは魔獣が一瞬でも自分を視界から外した隙に移動・・・砕かれた岩石、その細かくなった大小の破片を蹴り飛ばすことで本命の目潰しとしたのだ。
「無いよりマシかと思ってたが、予想より役に立ってくれて良かったぜ。何せ、最初の材料よりよっぽど上等なモンを、テメエで用意してくれたんだからな。さすがにちょっと痛ぇけどよ」
大岩そのものは無理にせよ、魔獣によって破壊された後に出来た破片なら蹴り砕くと同時に方向性を持たせたまま飛ばせる。
その目算は当たったが、反動で勇者が足に負ったダメージも軽視はできない。
素手による投擲では飛ばす砂利の量や勢い、さらには刹那の狂いさえ許されないタイミングに間に合わないだろうと判断しての、苦肉の策ではあったが・・・とりあえず最初の目論見は成功した。
予想通り腕や尾を滅茶苦茶に振り回して暴れ狂う魔獣から十分な距離を取り、勇者は魔獣のある箇所を見据える。
二撃目に勇者が掌底を放った左胸から脇腹にかけて。
黒い皮膚と体毛がカムフラージュとなり、最初の内こそ気付かなかったが、攻防の最中に確かに見た。
かなり大きく広い古傷の跡。
恐らく、ロートシルトの防衛線を抜けた際にでも負った傷だったのだろう。
魔獣との戦いに慣れている最前線の兵士達は、当然奴等の脅威と弱点を知り尽くしており、本来は攻城兵器であるバリスタ等を向ける時も、可能な場合は極力、魔獣の心臓がある胴体上部を狙う。
打撃には特に強い耐性を誇る魔獣が、天賦の格闘適性を持っているとは言え、勇者の掌底一発であそこまで警戒心を露わにしたのは、今思えばそれも理由だったのだろう。
再生した皮膚がどれだけ脆弱化しているかは分からないが、まったく無傷の部分を狙うよりはマシなはずだ。
(さて・・・)
雄叫びを上げ、見当違いな方角へ攻撃しながら離れていく魔獣。
それでも念入りに気配を殺し、悟られぬよう勇者はゆっくりと移動する。
次に向かったのはマーダーベアの死骸。
生前は強大だったモンスターの物言わぬ姿へ近付くと、勇者は一点に狙いを定めて拳を構え、下段突きを放つ。
打ち下ろした先は、マーダーベアの太い指。
肉を潰し、脆くなった指先から一尺はある鋭く尖る黒爪を抜き取った。
破った衣服の切れ端で、持ち手となる爪の根元に粘る血を拭い去る。
これで、全ての準備は整った。
あとは古傷を目掛けてこいつを突き立て、そのまま心臓を抉るだけだ。
残る問題と言えば。
(この体で、どれだけ動けるか・・・)
骨にこそ異常はないが、岩を蹴り飛ばした右足にズキズキと響く痛みは一向に引かず、熱を持ち始めた。
他の方法は無かったにせよ、予想していた以上のダメージに勇者は顔を顰める。
それに加え、今まで蓄積していた疲労と負傷による出血も無視できない量になっていたが。
(まあ、いい。残りの体力で持久戦をしてたんじゃ、もうとっくに殺られててもおかしくなかった。どうせこの攻撃がしくじったら、反撃喰らって終わりだろうしな)
起死回生の一撃に全てを賭ける。
逃げるという選択肢は全く考えていない。
ここで退けば、憎悪に燃える魔獣は手当たり次第に勇者を追い求め、行きついた先にある町や村を襲うだろう。
勇者は静かに敵との間合いを詰めると、タイミングを見計い始めた。
魔獣の目は完全に潰れておらず、再び視力が戻るまで時間はあまり残っていない。
逸りそうになる体を、冷静に制御する。
その間ガムシャラに暴れ続ける魔獣もまた、得意の跳躍を使って逃走する気配は無かった。
それは殺戮対象の人間から逃げるという行為を、魔獣の本能が封じているからなのか、たった一人でここまで自身へ屈辱を与えた勇者に対する復讐心からなのか。
分かりはしないが、勇者にとってそれは都合が良かった。
ここでどちらかが死ねば、少なくとも自分を狙った復讐劇に巻き込まれて誰かが死ぬ事は無くなるのだから。
(――――今だ)
長い尾を振り回し、その遠心力に引っ張られるようにして大きく胴を開いた魔獣へと、勇者は怪我の影響を感じさせない速度で踏み込んだ。
同時に、魔獣の左脇腹の古傷へと握り締めていた黒爪を一気に突き立てる。
直接左胸を狙わなかったのは、身長差や肋骨による刺突の阻害を計算に入れてのことだ。

『――――――――――!!』

破れた横腹から大量のドス黒い血が溢れだし、魔獣が絶叫に近い咆哮をあげた。
「くたばれ・・・!」
勇者は魔獣の皮膚を刺し貫いた黒爪をそのまま押し込み、生温かい体内へ肩まで差し入れたところで、柄のない即席武器である黒爪が血で滑り、手元から離れてしまう。
「ちっ・・・!」
ここで未練がましい真似をしていたら、すぐに反撃を喰らう。
こうなれば素手で心臓を直接握り潰そうと、生々しすぎる感触に耐えながら右腕を動かし、さらに奥へと手を滑り入れた。
ここまで勇者の選択は正しかっただろう。
ただ一つだけの誤算だったのは・・・。
「なっ・・・・!?」
この戦いにおいて初めて、勇者は驚愕の表情を浮かべた。
「ツイてねえ・・・!コイツ『右持ち』か・・・!!」
人間と同様に、魔獣もまた種類毎の外見とは別に個体差を持つ。
北方諸国を転々としていた頃に聞いたとある噂を、勇者はまざまざと思い出した。

『弱点の心臓が左ではなく、右側に持つ魔獣が稀にいるらしい』

最もそれは、本当に数少ないケースなのだろう。
現に、今までスラムで葬ってきた魔獣の数はそれほど多くはないと言え、弱点の心臓は全て左側にあった。
今の体勢では、どう腕を伸ばしたところで右に位置する心臓を潰せそうにない。
「くそ・・・!」
元々この戦法の絶対条件は、単純明快に殺される前に仕留めるのが前提である。
いくら視力を失ったままと言え、ここまで距離を詰めてしまった以上、魔獣が反撃をするのに視覚的な情報は必要ない。
血塗れの腕を引き抜いた勇者は、寸でのところで自分を握り潰そうと掴みかかった魔獣の鉤爪を回避した。
幸いにも魔獣の視力はまだ回復していない。
今の内に距離を取り、なんとかもう一度攻略法を考え出そうとしていた勇者に向けて、薙ぎ払う魔獣の尾が迫った。
「!!」
咄嗟に後方へ跳んで躱そうとした勇者だが、痛めた右脚では満足な跳躍が出来ず、わずかに尾の先が脇腹を掠める。

バヂィッ!!

まるで鋼の鞭で打たれたかのような衝撃。
直撃は免れたにも関わらず、勇者の体は吹き飛ばされて宙を舞う。
いっそ冗談に思える距離まで転がされながら、それでもまだ勇者は生きていた。
「・・・ゴボッ」
意識を失わなかったのが奇跡に思えるほどの痛みが全身を支配している。
空を仰いで倒れたまま血ヘドを吐き、揺れ動く視界をなんとか凝らして魔獣を見る。
先ほどの反撃に手応えを感じたのか、魔獣は暴れることを止めると、荒く肩を上下させながら身動きせずに立ち尽くしている。
どうやら、このまま視力が回復するのを待つ算段らしい。
決定的な隙を晒しているようにも思えるが、魔獣の判断はある種正解だ。
なぜなら、もう勇者には今度こそ戦う力が残っていない。
「・・・ちく・・・しょう・・・」
それでもなんとか状況を打破しようと、勇者は足掻く。
ガクガクと震える足で立ちあがり、再度心臓の破壊を試みるために必要な黒爪を手に入れようと、マーダーベアの死骸へ歩き出そうと踏み出すが。
「ぐっ・・・!」
凄まじい眩暈と吐き気に膝が折れ、また大量の血を吐き出す。
どれだけ意思を働かせても、体が動かない。
手をついた地面に広がる赤い血溜りを呆然と眺めながら、勇者は直感した。
(・・・終わりか・・・)
これまで体験した、どんな死の予感よりもはっきりとした確信。
今度こそついに、かつてあれだけ恐れ、そして無意識に待ち望んでいた瞬間が訪れるのだ。
こんなものか、とは思わない。
嫌だ、とも感じない。
ただ、どこか漠然とした達観にも似た想いが、心にぽっかりとした穴をあけている。
なぜか緩やかにさえ感じる時間の中で、草原に吹く風の音がはっきりと耳に残った。
吐いた血の赤さ、風に揺れる草の緑、空の青さ、流れる白い雲のカタチまで、不思議と鮮やかに見える。
(・・・ああ、そうか)
死に直面した人間は走馬灯なるものを見ると言うが、これもまた別の形の、そういった類の現象だろうか。
自分に残された僅かな猶予の間に、刻み込もうとしている。
風景を、色を、音を、匂いを、この途方も無い苦痛まで。
いっそこの状況とは他人事とまでに思えるほど冷静に、今の自分は現世との別れを惜しんでいるのだ。
「・・・・・・」
勇者が体を撫で行くそよ風にすら温もりを憶えていると、魔獣の様子に変化があった。
目潰しでダメージを受けてから光の消えていた黒い両眼が、瞬きをするように明滅し、やがて完全に元の赤色を宿すと、首を回して周囲を探り始める。
『―――――』
そうして捉えた勇者の姿にピタリと照準を合せ、もうこちらに目を向けてさえいない勇者に、ゆっくりとした足取りで近付いていく。
まるでその姿は、敢えて時間を掛けて仕留める事で感慨を満たそうとするかのようだった。
魔獣の足音に気が付いた勇者が、そこでようやく視線を巡らす。
一歩、また一歩とやってくる『死』に、勇者は思わず渇いた笑みを浮かべた。
本当に、まったくもって似合わないことをしたものだ。
よりにもよって『狂犬』とまで怖れ、蔑まれた自分の最後が、まさか人助けのような真似事をして終わるなんて。
そう自覚はあるものの、ただ、どうしてか。
(・・・まあ、悪くないか)
少なくとも、あの頃やっていた行いよりは、よっぽど気楽で有意義だった。
あの騒がしい半人前の魔法使いに誘われた時は、微塵も興味が沸かなかったが。
もし、こんな自分が生まれ変わって、また次の人生を始められるのなら・・・。
その時の全く新しい自分がどんなに弱く、情けなくても。
叶うのならば、やってみるのもいいかもしれない。

『勇者』になって『仲間』と一緒に世界を救う・・・そんな物好きな生き方を。

ふと、頭にはそんな『理想』を熱心に語っていた騒がしい魔法使いと、お節介焼きで心配性なシスターの姿が浮かんで。
「・・・・・・ああ、くそっ」
最後の最後で生まれてしまった後悔に、思わず失笑を浮かべた時だった。

「ファイアアロー!!」

一閃の炎が矢となって飛翔し、勝利を確信して油断しきっていた魔獣の右目に直撃した。
『――――――――!!!!』
魔法による熱で眼球を焼き潰された激痛にのた打ち回り、魔獣が地べたを転がる。
「な・・・」
予想外の出来事に思わず体の痛みすら忘れ、勇者は突然の乱入者を振り向き、怒鳴った。
「馬鹿野郎!!なんで戻ってきやがった!!」
「アンタにだけは言われたくないわニヒルキャラ気取り!一人でカッコつけてたくせに、そんなになるまでやられちゃって!なにが『勝算はある』よ!ボロ負けじゃない!!」
攻撃を放った杖を構えたまま、魔法使いは負けじと大声を張り上げる。
「大体、よく考えたらあの時アタシまで逃げる必要なかったでしょ!町の人達はシスターの言うことなら聞くってんだから、アタシがいなくても平気ってことじゃない!どさくさに紛れてアタシまで逃がそうとしてんじゃないわよ!!」
「テメエ・・・ふざけんな馬鹿女!人が折角・・・!」
「余計なお世話だって言ってんの!そもそもアタシはアンタを勧誘しに来たんだから、勝手に死なれると困んのよ!!それにこんな雑魚、アタシ一人でも余裕で倒しちゃうわよ!!」
「こ、こいつ・・・!」
本当に、この魔法使いはどこまで自分勝手で馬鹿なんだろうか。
おまけに、口では威勢の良い台詞を言ってるが、明らかに虚勢なのが見え透いているほど全身が細かく震えているのが、勇者のいる位置からも丸わかりだった。
さっきの攻撃が当たったのも、あれが完全な不意打ちだったからだ。
臨戦状態の魔獣相手に、魔法による攻撃はまず成功しない。
出会い頭の時、魔法使いが怯まずに魔法を使って攻撃しようとしていたのなら、詠唱を察知した魔獣が魔法の発動よりも早く魔法使いを仕留めていたはずだ。
運よく発動まで至ったとしても、正面からの攻撃を難なく防いだ魔獣のカウンターによって、魔法使いは森の連中と同じような死体へと成り果てていただろう。
魔獣の攻撃を躱すだけの身体能力を持たない魔法使いは、一対一では絶対に勝ち目が無い。
これは何も魔法使いの未熟さばかりのことではなく、そのジョブの特性上、ウィザードクラスの魔導師だろうと魔獣とは最悪なまでに相性が悪いのだ。
「くそ・・・!」
その事実を知っていたからこそ、勇者はシスターと一緒に魔法使いも逃がした。
もっとも、あの時叫んだ言葉に嘘が無かったからこそ、魔法使いも一度は身を翻したのだが。
「ささささぁっ・・・!きき、きなっさ、来なさいな化物・・・!今度は、あああ、アタシが相手になってあげる・・・!」
台詞まで震えはじめた魔法使いは、それでも気丈に魔獣を睨みつけて魔力を高めていく。
魔獣は未だ地面に蹲ってはいるが、これは魔法使いの火力では弱点の目以外には大してダメージを受けないと理解していての回復を兼ねた防御体勢だ。
内に燃え盛る怒りがやがて痛みを凌駕した時、魔法使いの命は終わる。
「今のうちに逃げろ!!本当に殺されるぞ!!」
「だっ、だからアンタを置いていけるわけないでしょ!!ここで私も戦う!!」
「お前の魔法じゃさっきのマグレ当たりで終いだ!!そのくらい分かれよ!!」
「分かってるもんそんなこと!!」
震える膝が、今にも崩れ落ちそうになるのを必死に我慢しながら、目に涙を浮かべて、それでも魔法使いははっきりと叫んだ。
「だけど、こんなところでアンタを見捨てたら『勇者』になんて絶対なれない!『仲間』を助けもしないで逃げるような人間に、世界なんて救えっこない!!今ここで諦めるくらいなら、死んだほうがよっぽどマシだわ!!」
「・・・・・・!」
自分には、あれだけ死んだら何にもならないと偉そうに説教しておいて。
本当に、この魔法使いはどこまで身勝手で真っ直ぐなんだろうか。
死なせたくはない。ただ、そう強く思っても勇者には、どうすればこの頑固者を言い聞かせることが出来るのかまるで分からなかった。
「くそっ・・・!!」
怒りのまま拳を地面へ叩きつける。
自分の無力さを、ここまで悔しいと痛感したのは初めてだった。
やがて無情にも、のそりと身を起こした魔獣は残った左目で、震える魔法使いの姿をしっかりと見据えた。

『――――――――――!!!!』

怒髪天を衝く咆哮が大気をビリビリと震わせる。
遭遇した時とはまるで違う、はっきりとした憎悪に満ちた殺意に、魔法使いは詠唱すら出来ないまま硬直してしまう。
そして一切の傲りを感じさせない速さで、魔獣が魔法使いへと疾走した。
「やめ―――――!」
立ち上がる力さえ残っていないのに、それでも制止の声を発しようとした勇者の耳に届いた静かな詠唱。

「――――――ブラックバード・デストラクション」

声の主が事象発動の言葉を告げた瞬間、魔獣の周囲に凶悪な呻り声を響かせて黒い旋風が吹き荒れた。
『――――――!?』
生き物みたいに纏わりついて飛び回る風の刃に翻弄されて足を止めた魔獣は、その身を切り刻まれながらも爪を振るい、烏の形状に近い黒い風の刃を一つ一つ叩き落としていく。
「な、なんだ・・・あれ・・・?」
突然の事態に理解が追いついていない勇者は、呆然とその光景を眺めていた。
魔学にはあまり明るくないとは言え、あんな特殊な効果を持つ魔法なんて今まで見た事も無い。
そちらに詳しいはずの魔法使いもそれは同じらしく、魔獣の殺気に当てられたせいで及び腰になりながら、目を白黒させている。
「お二人とも、ご無事ですか!?」
切迫した呼び掛けに勇者が振り向くと、そこにはこちらへ走り寄るシスターの姿が。
ダメージで動けない勇者の側までやってきたシスターは、勇者の状態を間近にして悲痛な表情を浮かべると、すぐに跪いて回復魔法を施し始めた。
「お、おい・・・今やったの、お前なのか・・・?」
「え・・・?え、ええ・・・少し・・・奇異な魔法を・・・扱えるので・・・」
歯切れの悪いシスターに疑問を感じはしたものの、今はそれどころではなかった。
シスターの使った奇異な魔法とやらが魔獣の動きを封じているとはいえ、どうやらそんなに長くはもちそうにない。
魔獣の皮膚を傷つけられるだけでも大したものだが、あくまでそれは表面的なものに過ぎず、決定打には至らないようだ。
飛んでいる黒い刃も、魔獣の反撃で徐々に数を減らしてきている。
どうにかまともに動けるくらいに体力を回復させてもらった勇者は、立ち上がるなり魔法使いに向けて叫んだ。
「ボケッとしてねえでこっち来い!その黒いのが無くなったら瞬殺されるぞ!」
「・・・ッ!?べ、別に呆けてたわけじゃないわよ!さっきの魔法が珍しかったから見入っちゃってただけだっての!!」
勇者の声に我を取り戻した魔法使いは、毒づきながらも素直に従う。
どことなくぎこちない走り方でやってきた魔法使いに、勇者は怪訝な面持ちで訊ねた。
「・・・怪我でもしたのか?」
「へえっ!?あ、えっと・・・な、なんでもない・・・今はそんなのどうでもいいでしょ!?」
「・・・?」
不明瞭な答えに判然としなかったが、とりあえず置いておく。
「それにしても、なんでお前まで戻ってきやがった。町の連中はどうするんだよ」
「町の人達には、既に事情を説明して避難していただきました。もう心配はありません」
「ありませんって・・・死にに戻ってきたのと同じだぞ」
勇者の呆れ返った口調に、シスターは萎縮したように小さくなる。
「私は・・・その・・・どうしても、勇者さんと途中で引き返された魔法使いさんが心配で・・・ご迷惑だとは・・・理解していたのですが・・・」
「迷惑も何も、お陰で助かったわよ。あの黒い風の魔法、シスターがやってくれたんでしょ?」
「え、ええ・・・お役に立てたのなら・・・」
勇者とシスターから何故か微妙な距離を取りつつ、魔法使いが礼を述べると、謙遜とはまた別の何かを含んだ様子でシスターが頷いた。
「・・・まあいい、与太話はここまでだ」
会話の最中も魔獣から注意を逸らさず観察していた勇者が、締め括るように告げた。
もうじき、魔獣は魔法の拘束から抜け出ようとしている。
今までの三人の攻撃で結構なダメージを与えてはいるが、それでもまだ瀕死には程遠い。
「・・・ど、どうすんの?アタシはこのまま戦っても構わないけど、町の人達も避難したんだし・・・アンタが怖いってなら、逃げるの付き合ってあげてもいいわよ?」
「・・・いや、ここで仕留める。手負いの獣ほど始末が悪いもんはねえからな。それに俺達が逃げ切れたとしても、八つ当たりでどっかの人里が襲われたら寝覚めが悪い」
勇者の言葉に、魔法使いは何度か目を瞬かせた。
「・・・意外ね。アンタでもそんなこと思うんだ」
「ほっとけ、気の迷いってやつだ。それよりシスター・・・さっきの魔法はまだ撃てるのか?」
「・・・・・・申し訳ありません。あれは・・・えっと・・・魔力の消費が、著しいので・・・」
「・・・そうか」
あえて深くは言及せず、勇者は次の思考を巡らせる。
「で、でもっ!回復魔法や支援魔法なら今の私でも扱えます!何なりとお申し付けください!」
「いや、まだ必要ない」
どこか必死なシスターを一言で切って捨て、項垂れるシスターを放置した勇者は次に魔法使いへ訊ねる。
「お前、魔力を杖に移したまま維持するってアレ、出来るか?」
「もしかして、媒体への残留化のこと?出来なくはないけど・・・」
「よし・・・なら一つだけ作戦がある。大分ヤバい賭けになるけどな」



[40808] 初めての回想編 その4
Name: セノ◆0ad4d76f ID:864b176a
Date: 2017/02/21 19:22

『―――――――――――――』
執拗に周囲を飛び回っていた黒い風の刃。
ようやくその最後の一つを切り伏せた魔獣は、大きく裂けた口から蒸気にも似た息を吐きだした。
一つだけ残った目には、最初とは比べ物にならないほどギラギラとした凶悪な光が宿っている。
「おい」
無造作に掛けられた声。
魔獣が頭をもたげた先、3メートル程の距離をあけて立っている勇者の右手には、半分の長さにヘシ折られ、頭の宝飾部分が赤く輝いたマジックロッドが握られている。
「お疲れのとこ悪いが、リベンジマッチだ。付き合ってもらうぜ」
『――――――!!』
勇者の挑発を聞くなり、血塗れの魔獣は怒号を発しながら突っ込んだ。
完全に怒りで我を忘れている魔獣の大振りな攻撃を躱しながら、勇者は決定的なチャンスを待つ。
シスターの回復魔法で大分体力が戻ったとはいえ、それでも真面に攻撃を喰らったら一巻の終わりなのは変わっていない。
それに加えて体を動かし続けている今も、段々と思い出すかのようにあちこちの傷から血が流れ出し、痛みを感じ始めていた。
それでも勇者は耐えて待ち続ける。
必ずやってくるその瞬間を見逃すまいと。


『杖に残した魔力を暴発させるぅ!?』
勇者の作戦を聞いた魔法使いが、素っ頓狂な声を上げて驚いた。
『アンタそれ本気で言ってんの!?暴走した魔力の爆発に巻き込まれたら、確実に指どころか片腕くらいは吹っ飛ぶわよ!?』
『だろうな』
時間の関係もありこの場で二人に説明してはいないが、かつて勇者はスラムで抗争に明け暮れていた頃、一度だけ魔力媒体の暴走を目にしたことがある。
切欠は勇者が始末を任された敵対勢力の用心棒に、冒険者崩れの魔法使いの男がいたことだ。
チャージさせた魔力を魔法として発動させる間も無く勇者に倒されたその男の杖が、戦いが終わった後で金目の物を漁りに出てきた身内のチンピラ一人を巻き込んで爆発した。
その時は、これ見よがしに杖を掲げていたそいつの腕どころか、腹から上にかけて半身近くが消し飛んでいたが・・・。
ともあれ魔力暴走の理屈は、その一件の後で調べて知ったという経緯がある。
『けど他に方法がねえんだよ。お前が動き回る魔獣の片目を狙い撃ちできるってなら、話は別だけどな』
勇者の指摘に悔しげに黙り込む魔法使いの隣で、シスターが不安な表情をしながら口を開く。
『で、でも本当に大丈夫なのですか?籠められた魔力量や道具自体の性能にも寄りますが、術者からコントロールが離れた杖はいつ暴発するのか分かりません。失敗すれば、勇者さんの命は・・・』
『ここであいつを倒せなきゃ同じことだろ。それと、仕込みが済んだらお前達は逃げろよ。この作戦がしくじったら今度こそ打つ手がねえ』
『ア、アンタまだそんなこと言ってんの!?ホントに人の話を聞かない男ね・・・!』
『お前の火力じゃ魔獣に通用しないし、シスターの回復魔法にしたってこっちは一発貰ったらそれで終いなんだ。ここに残る意味が無いだろ。わかったらさっさと準備して杖よこせ』
『・・・ああ~~~!!もうっ!!』
突如苛立たしげに叫んだ魔法使いは両手で杖を持つと、立てた膝に向けて勢いよく叩きつけた。
『・・・・・・なにしてんだ』
頑丈な拵えのマジックロッドが華奢な魔法使いの膝蹴りで折れるはずもなく、余計なダメージを負った本人は蹲って痛がっている。
『~~~~!~~~・・・っ!』
『ま、魔法使いさん・・・?』
困惑したシスターに寄り添われながらも、魔法使いはすっと杖を勇者に差し出した。
『・・・これ、半分くらいの長さに折って。片方は私が持つから』
『はあ?』
『魔力の残留化は元々一つだった媒体を分けて共鳴させることで、ある程度の時間調節が出来るのよ。距離が遠くなるにつれて調整は難しくなっていくけど、いつボンッていくか分からない爆弾抱えて戦うより、よっぽどマシでしょ』
『で、ですが・・・共鳴するということは一方が爆発すれば・・・』
『当然、同時に爆発するわね』
さらりと言ってのけた魔法使いに、勇者が眉を寄せる。
『・・・巻き込まれたらどうすんだ?腕じゃ済まねえぞ』
『平気よ。手筈通りにいったら私が持ってる方の片割れを投げ捨てればいいんだから。それに、いざとなったらシスターの回復魔法もあるんだしね』
『魔法使いさん・・・』
『だから・・・私が魔力を制御してる間に、アンタはきっちり作戦成功させて魔獣を倒しなさいよ。それと、ちゃんと合図すること。いいわね?』
『ちっ・・・十年早ぇよ』
悪態を吐いてそっぽを向きながらも、勇者はしっかりと魔法使いから託された杖を受け取った。


全神経を研ぎ澄ませながら、勇者は慎重に機を窺い続ける。
術者から離れた媒体が魔力暴走を引き起こすのは、通常なら2~3分といったところ。
しかし今回のケースでは魔法使いが制御を行なってくれている為、タイムリミットが少しは長くなっている。
最初に想い描いていた玉砕覚悟の立ち回りより、大分落ち着いて対応できていた。
とは言え。
「・・・・・・」
勇者の右手に握られた杖の片割れから伝わる熱が、ジリジリと高くなっていく。
覚悟して持っていなければ取り落してしまいそうな熱量に、掌が焼かれ始めた。
(まだだ・・・)
それでも今は、耐えるしかない。
膝をついて目を閉じ、魔力の制御に集中しながらもう片方の杖を両手で握り締めている魔法使いを信じて。
このラストチャンスを逃したら、今度こそ完全に勝機は無くなる。
それどころか、わざわざこの死地に戻ってきたどうしようもないお人好し二人の命まで消えてしまうのだ。
(まだ・・・!)
繰り出された刺突が横頬を掠める。
重心を横に傾けた回避行動の勢いを殺さず、勇者は魔獣の潰された右目の死角へ回った。
自然、魔獣は狭まった視線で勇者を追う。
その視界の端を、すれ違うかのように影がよぎった。
『――――!?』
注意と意識を誘導しての切り返し。
一流の武道家は相手が瞬き一つする間にタメと初動を合わせることで焦点をずらし、あたかも目の前から消えたかのごとく錯覚させる事が出来るという。
それに近しいこの芸当もまた、勇者の天性の格闘センスと魔獣の負傷があって初めて成せた業だった。
「ここだ!!」
動揺した魔獣の一瞬の硬直を見逃さず、勇者は握り締めていた杖を突き出した。
目標は魔獣の左脇腹に空いた傷。
先程の攻防で勇者が狙い、一度は不運な偶然によって失敗した箇所へと、再び渾身の一撃を見舞う。
『―――――――――――!!!』
魔力暴走ギリギリまで発熱した杖で傷口を掻きまわされる激痛に、さすがの魔獣も咄嗟に反撃を行うだけの余裕がない。
杖が3分の2ほど肉に埋もれたところで、勇者は素早く手を放して飛びずさり、距離を取った。
「魔法使い!今だ!!」
戦いの場からそう遠くない岩陰に隠れていた魔法使いは、勇者の合図に目を開ける。
「ったくもう遅いわよ!先にこっちが死ぬかと思ったわ!!」
魔力共鳴に極限まで精神を削り、全身に汗を流していた魔法使いは大声で文句を言いながら、燃えるような熱さになった杖の片割れを誰もいない平地へ投げ捨てる。
が、消耗しきった体力では満足な遠投が出来ず、杖は予想した場所より大分近くに転がり落ち――――。
「ちょ・・・!」

ドドンッ!!

勇者の目の前・・・魔獣の体内と魔法使い達が隠れている岩陰のすぐ傍で、爆発音がほぼ同時に轟いた。
内部からの衝撃によって四散するかと思いきや、腹部を中心にした箇所の傷口から大量の血を撒き散らし、逆流した血液が両眼や口から勢いよく溢れ出ても、それでも魔獣は立っている。
しかし、ブスブスと嫌な焦げ臭い煙を全身から立ち上らせる巨体は全く動こうとする気配を見せず・・・やがて、大きな音を立てて地面に倒れ伏した。
ついに、人類の大敵である魔獣を勇者達が討ち取った瞬間である。
しかし、肝心の勇者にはそんな勝利の余韻に浸る暇も無く。
「はあ!?おいおいおいおいおい!!」
思っていたより大分近い位置で上がった爆炎に、魔法使い達がいるはずの岩陰へと急いだ。
血の気の失せた顔色で勇者が身を乗り出した先には、もうもうと黒煙が立ち上る爆心地の近くに倒れ伏す魔法使いと・・・彼女の上に覆いかぶさるようにして倒れているシスターの姿があった。
「魔法使い!シスター!」
勇者の呼び掛けに、反応を示した二人がゆっくりと身を起こし始める。
「うっ・・・」
「・・・あれ、シスター・・・?」
どこか虚ろな目をした魔法使いは、やがて自分がシスターに庇われたのだと悟ると、途端に顔面を蒼白にして狼狽えはじめた。
「ちょっ、シスター!?平気!?怪我してない!?」
「え、ええ・・・少し背中が熱かったですが・・・大丈夫です・・・」
「ばかっ!なんでポカやらかした私のことなんか庇ったの!?死んじゃったらどうすんのよ!!」
「いえ・・・大した力も無い私に出来ることと言えば、これくらいですから・・・」
そう言って弱々しい笑みを浮かべるシスターを、魔法使いは叱りつけようと口を開いたが・・・やがて情けない泣き顔になると、ぼろぼろと大粒の涙を零しながらシスターに抱き着いた。
「バカ!シスターもこの格闘馬鹿と同じくらい馬鹿だわ!さっきだって今だって、シスターがいなきゃ私死んでたんだから!!」
「あ、あの・・・魔法使いさん・・・」
泣きじゃくりながら自分を強く抱きしめてくる魔法使いに、シスターはおろおろと困り果てる。
「二度と・・・二度と、そんな事言わないで!命の恩人なのに・・・これじゃお礼だって言えないでしょ!?誰かの代わりにシスターが死んでもいいなんてこと、何一つだって無いんだかんね!?」
「・・・・・・!」
魔法使いの精一杯な言葉に、シスターは虚を突かれたように固まった。
どこか茫然とした双眸に、ゆっくりと涙が滲みはじめる。
「・・・ごめ・・・なさい・・・ごめん・・・なさい・・・」
「だからっ・・・なんでシスターがあやま・・・謝ってんのよぉ・・・!」
しゃくり上げる魔法使いと、嗚咽を漏らして静かに泣き出すシスター。
「・・・はぁ」
そんな二人の様子を見て、やっと終わったのだと実感した勇者は、今更ながらに襲い来た凄まじい疲労感に身を任せるまま、平原一面を覆う草の上に倒れ込むのだった。



始まりの町。
ただでさえ人口の少ない町の民家には、夜だと言うのにまったく灯りが点いておらず、まるでゴーストタウンさながらの状態だった。
シスターからはぐれ魔獣がすぐ近くに現れたとの報告を聞き及び、町の住人全員が討伐要請を兼ねた避難行動として、ここより更に東へ進んだカルバート王国へと向かったのだ。
そんな物音一つ聞こえてこない町中で、唯一明かりが漏れている民家があった。
そう大きくはない平凡な家・・・勇者が身を置いている場所だ。
魔獣を討伐した後、なんとか夕暮れまでに町へと戻ってこれた三人は、使えるだけの薬草や包帯で怪我の手当てを行なった。
無論、最初から戦い続けていた勇者の傷は多く、シスターの的確な処置や回復魔法が無ければ何かしらの後遺症が残っていたかもしれない。
町に着くなり魔法使いだけは何故か、怪我の治療よりも先に着替えを済ませていたが・・・。
包帯を巻いてない箇所のほうが少ないといった有様で、部屋着に着替えた勇者がリビングのイスに腰掛けながらテーブルに足を投げ出している。
燭台の明かりをぼんやりと眺める瞳は、明らかに気怠そうで手持無沙汰だった。
と言うのも・・・。
「ふー、やっとさっぱりした~。やっぱり疲れた後のお風呂っていいわよねぇ」
「ええ、本当に。なんだか生き返った心地がします」
湯上りの魔法使いとシスターが、タオルで髪を拭きながらやってきた。
「おい・・・風呂なら自前のトコで入れば良かっただろ。なんでわざわざここなんだよ」
「仕方ないじゃない。宿屋の主人さんが避難しちゃったから勝手に使うわけにはいかないんだし」
「すいません・・・教会の浴場は二人では広すぎる上に、その分仕度にも時間が掛かってしまうので・・・」
草原で二人して泣き合った後から、魔法使いとシスターは明らかに前より仲が良くなっていた。
あれほどの死線を一緒に潜り抜けたのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。
すっかり意気投合した二人の少女を前に、勇者は深い溜息を吐いて。
「大体、なんでお前はまた着替えてんだよ。それ、シスターの部屋着だろ?町に着くなり宿へ着替えにいったばっかだろ」
「それ以上言うと殺すわよ」
「は、はぁ?」
「・・・殺すわよ?」
「・・・・・・」
魔法使いの全身から立ち昇る黒いオーラに、勇者は思わず二の句が継げなくなる。
「ま、まあまあ勇者さん。魔法使いさんだって女の子なんですから、お風呂上りに着る物は清潔なほうがいいんですよ。ね?」
「ええ、そうねシスター。まあ私は、女の子と言うより淑女なんだけどね。どっかの行儀の悪い子供と違って」
ふふんと得意気に薄い胸を張る魔法使い。
シスターの部屋着を着ているためか、ダボダボの胸元がまた一段と哀愁を誘う。
そんな事もお構いなしにドヤ顔をしている魔法使いに、子供呼ばわりされて多少イラッとした勇者の感想が思わず口を衝いて出た。
「・・・魔獣にビビって泣くどころか、チビるようなザマでか」
「こいつ殺してやるッ!!この男絶対に殺してやるぅうううううう!!」
「ゆ、勇者さんっ!!」
さっきのやり取りで察していながらデリカシーのない男に、言葉通り殺意を抱いて掴みかかろうとする魔法使いを抑え付けながら、シスターが勇者を叱責した。

そんな騒がしいやり取りが一段落した後、簡単な食事を並べたテーブルを前に、三人は向かい合って座っていた。
「それにしても・・・アンタよく私達が戻るまで生きてたわね」
シスターお手製のジャガイモスープに浸したパンを口に運び、包帯だらけの勇者を改めて眇め見た魔法使いがシミジミと言った。
程よく焼き色の付いたベーコンをパンに挟んでがっついていた勇者は、魔法使いの指摘に手を休める。
「魔獣を相手にしたのは初めてじゃないからな。もっとも、その時は一人じゃなかったけどよ」
「と言うと・・・どこかギルドなどに所属されていたのですか?」
勇者の答えに、東部の名産品であるワインと一緒にチーズを楽しんでいたシスターが訊ねた。
その問いに、勇者は黙り込んだまま、さり気なく魔法使いの様子を盗み見る。
「? なによ」
目ざとく気付いた魔法使いが、訝しげに片方の眉を上げた。
食事の手を止めて、勇者の答えを待っている。
「・・・俺の生まれはリンデガルドだ。魔王軍が襲来した時、スラムの連中と一緒に何度か魔獣と戦った」
「・・・!」
リンデガルドという国名に明らかな反応をしたシスターが、驚いた表情で勇者を見やり・・・次いで、魔法使いの様子を横目にうかがった。
魔法使いもまた、シスターと同じく驚いた顔つきではあったものの。
「・・・そう。アンタも大変だったのね」
少しだけ同情したように呟くと、魔法使いは食事を再開させる。
「・・・それだけでいいのかよ」
「なにが?」
軽快にナイフとフォークを動かして食事を口に運ぶ魔法使いへ、勇者は憮然とした面持ちではっきりと告げる。
「俺がいたのは、あのリンデガルドだぞ?魔王軍にろくな抵抗もしないまま尻尾巻いて逃げた、あの貴族連中の国だ。お前の親父さんだって・・・俺達の国の事情に巻き込まれて死んだようなもんじゃねえか」
この時の勇者が言う魔法使いの親父さんとは、あくまで出会った時に説明された『北方諸国の避難民救出作戦に参加して死んだ父親』であり、ロートシルト先代国王のことだとは夢にも思っていない。
ともあれ、勇者の言葉を受けた魔法使いは、呆れたような半眼になる。
「あのねえ・・・そんなことだけで怒るわけないでしょ。大体、あの国の内情はアンタ一人にどうこう出来るような問題じゃなかったんだし、巻き込まれたって言うんならアンタだって被害者じゃない。そりゃ、アンタ自身がリンデガルドの貴族で、腐敗しきった環境に甘んじてた張本人ですってなれば話は別だけど」
「・・・・・・」
無理をしている様子も、我慢している風でもなく、魔法使いは自然な口調で淡々と続ける。
「・・・リンデガルドが荒れていたのは諸外国も知っていたのに、どこの国も具体策すら講じようとはしなかった。それどころか、一部の貴族と癒着して私腹を肥やすことで、内情悪化を加速させていたような人間がいたことも確かよ。私の故郷、ロートシルトでもね。あの国がああいった結末を迎えて、大勢の国民や兵士が犠牲になってしまったのは・・・単に貴族の統治が破綻していたからだけじゃなく、『自分達の安全さえ保障されればそれでいい』と考えて放置していた諸外国全ての責任ね」
魔法使いの見解に思わず言葉を失った勇者とシスターが見守る中、魔法使いは話を纏めるかのように。
「なんて、言葉にするのは簡単だけど・・・為政者が自国の平穏を第一に考えなきゃいけないのは当然の責務だし、下手に内勢干渉し過ぎても余計な諍いを起こしかねない。感情論や人道だけじゃ片付かないのが国政であり、かと言って基盤の一つである国民の世論も蔑ろに出来ない。『平和を愛するだけの王は無能と呼ばれ、国力ばかりを求める王は暴君と呼ばれる』・・・これは父の言葉ではあるけど、実際の問題として政(まつりごと)と人の欲はどうしても切り離しが難しいぶん・・・って、ちょっと。何よその顔」
いよいよ呆気に取られて魔法使いを凝視していた勇者とシスターに、当人がムッとした態度で頬を膨らませた。
「あ、いえ、その・・・随分と思慮深い視野をお持ちなのだなと、正直感心してしまいまして・・・」
「・・・お前、実はどっかいいトコのお嬢さんなのか?とてもそうには見えねえけど」
「しっ、失礼ね!!こう見えても私はれっきとした誇り高きロートシルトの・・・!」
と、そこまで言い掛けた魔法使いはハッと我に返ると、慌てて自分のワインを飲み干して、むせた。
「だ、大丈夫ですか?」
「げっほげほげほ・・・!え、ええ・・・」
シスターに背中を擦ってもらい、幾分か落ち着いた魔法使いは仕切り直すように咳払いを一つ挟んだ。
「ともかく、私のお父さま・・・~んが死んでしまった原因も、さっき言った理想論かもしれないけど、自分達とは関係ないって対策もせずに問題を見て見ぬフリをしたツケみたいなものってことよ。戦場に赴く前に、自分でも言ってたしね。それに、少なくとも父さんは自分の意思で魔王軍に蹂躙される北方諸国の人々を助けようとして殉死したわ。その選択と結果について、娘である私は遺志を継ごうって気持ちはあっても、後悔や未練は無いもの」
「・・・そうか」
魔法使いの意見を聞いて、勇者は短くそれだけを返した。
それからは黙々と食事を進め、三人が会話を弾ませることはなかった。


食事も済み、一息ついた勇者は家の外に出ていた。
手当ては済んでいるが、全身に残った傷と打撲で熱っぽくなった体を風に当てたかったからだ。
家の中で食器の後片付けを申し出たシスターと魔法使いは、今晩はこのまま勇者の家に泊まっていくつもりらしい。
正直鬱陶しいので追い出したくて堪らなかったのだが、生憎と今の勇者にその気力は残っていなかった。
部屋は分かれているし、どうせ寝る場所も一人分余っているのだからと仕方なく見過ごしている。
町の明かりが無いせいか、いつもより輝いて見える星空を眺めながらぼんやりしていると、背後で扉が開いた。
振り返ると、そこには濡れた手をヒラヒラさせて乾かしている魔法使いがいた。
「食器の片付け終わったわよ。で、私達が寝ていいベッドってどこなの?」
「・・・叔母さんのベッドを二人で使わせてもらえよ。部屋は後で案内してやる」
「叔母さん?アンタ、ここで一緒に住んでるのはお母さんじゃないの?」
「さっき俺の生まれ故郷はリンデガルドだって言っただろ。ここへは居候させてもらってんだよ」
「ふぅん・・・でもアンタと叔母さんって結構似てるっていうか、面影があるから分かんなかったわ」
魔法使いが勇者の叔母と面識があるのは、勇者をPTに誘うため毎日のように付き纏い、この家にも顔を出したことがあるからだ。
勇者は、その時の魔法使いが口癖のように言っていた『勇者一行』の話を、ふと思い出した。
「なあ・・・お前、本当にこのまま『勇者』を目指すのか?」
「当たり前じゃない。その為に仲間を探して、これまで旅をしてきたんだから」
一切の迷いを感じさせない即答だった。
「分かって言ってるのか?『勇者』になれば・・・いや、そうでなくとも旅を続ける限り、それこそ今日みたいな命の危険に何度も遭うんだぞ」
「覚悟の上よ。今回はその・・・突然でちょっとびっくりしちゃったけど、次はきっと楽勝で乗り越えてみせるわ。絶対に」
きっとなのか絶対なのか・・・自信の程こそ曖昧ではあったが、少なくとも諦めるという選択肢は無いらしい。
「・・・どうしてそこまで意地になるんだよ。死んだ親父さんのためか?」
「あら、アンタからそんな質問してくるなんて珍しいじゃない。なに?私の不屈にして高潔な精神力に感動しちゃったのかしら」
「うるせえ。いいから答えろ」
「余裕の無い男ねえ・・・まあ、いいわ」
素気ない勇者の反応に、つまらなそうに鼻を鳴らした魔法使いは、どこか遠い目をして質問に答えた。
「『勇者』になろうと思ったのは、確かに父のこともあるけど・・・それ以上に、私を今まで支えてきてくれた人達の助けになりたいって思ったからよ」
「助け・・・?」
「自分で言うのもなんだけど、私は子供の頃から色んな人間を見てきたわ。どこまでも利己的で醜い人とか、大義名分を利用して我欲に走る俗物とかをね。でも、それでも『私』が人という存在に絶望しなかったのは、同じくらい人の温かさに触れられたからでしょうね」
「・・・・・・」
「自分の境遇を嘆いていた時に、優しく私を迎え入れて認めてくれた人達に報いたい。役立たずなままでいるより、今自分に考えれる最大限の行動を選んで前に進んだほうが、よっぽど気分も楽だしね。動機としては、そんなところよ」
ここで少し照れ臭そうに微笑んだ魔法使いは、指で頬を掻きながら続ける。
「ま、捻くれ者のアンタにはちょっとわかんないかもしれないけどね。でも私はこれから先も、この信念だけは曲げるつもりは無いわ。どこまで行っても、結局私は私なわけだから。自分で選んだ道を歩き続けることが、私自身にも報いることになると思う。結局は全部自分のためね」
「・・・じゃあ、もう一つ教えろ。なんでお前は俺を誘った?俺ほどじゃないにせよ、腕が立つ冒険者なら探せば他に幾らでもいるだろ」
「アンタって・・・嫌味っぽいだけでなく、ちょっとナルシストも入ってない?」
「いいから、茶化すな」
「・・・ふん。まあ、そうね・・・確かに最初に噂で聞いてた『孤高に戦い続ける勇敢な戦士』って人物像とは大分どころか全く違ったけど・・・こればっかりは勘よ、勘」
「勘・・・?」
「さっきも言ったけど、私は色んな人間を見てきたわ。だから、ある程度の洞察力はそれなりにあるつもりなのよ。強いて言うならその眼を信じたってとこかしら」
「・・・よりにもよって、スラム育ちで正義感なんざ持ち合わせてない俺をか。そりゃまた随分と立派な節穴だな」
「あら、そうでもないしょ?」
勇者の皮肉に怒りだすかと思いきや、意外にも魔法使いはくすくすと笑った。
「だってとてもじゃないけど、アンタは『仲間』を見捨てて逃げるなんて出来そうにないもの。そのへんは見込んだ通りだったと思うんだけど」
「・・・はぁ?」
「つまりアンタは信頼できる人間だって感じたってことよ。出自や経歴がどうあれね。それに私は元々、正義とかって曖昧な言葉があんまり好きじゃないもの」
「俺が言うのもアレなんだが・・・お前、正義の味方の代表格みたいな存在を目指してんのにそれでいいのか?」
「だって正義の意味なんて、自分の立ち位置や時代によってコロコロ変わるじゃない。色々と便利な言葉だけど、私が叶えたい願いや信念を、その一言でまとめちゃうのって何か嫌なのよね」
難しい表情で腕を組んだ魔法使いは、臆す様子ひとつ見せずに自分の考えを告げる。
「少なくとも、私は私が恩返ししたいって思った人達のために戦うって決めたわけで、結果的にそれが世界を救うのに繋がるだけの話なんだけど・・・それを正義かどうかなんて悩む気もないし、例え人になんて言われようが自分の意志はそう簡単に変えられないでしょ?」
「・・・そうかい。恐れ入ったよ」
「ふふん、ようやく私の偉大さが理解できたようね」
「今の話のどっからそうくると思ったんだよ」
得意気な魔法使いを見て、バツが悪そうに舌打ちした勇者は、しばしの沈黙を挟んだ後。
「・・・世界を救う『勇者』になるのが大義名分でなく『自分の為』か・・・悪くねえ」
「え?」

「気が変わった。その話、俺も乗ってやるよ。スラム育ちのチンピラが『勇者一行』になるってのも、中々皮肉が利いてて面白そうだ」

不敵な笑みを浮かべた勇者の宣言にきょとんとした魔法使いは・・・やがて真顔のまま言った。
「・・・アンタって、やっぱり捻くれてるわよねぇ。なに、そういう台詞ってホントに練習とかしてるの?」
「・・・ぶっ飛ばすぞお前」
一気に不機嫌になった勇者に、魔法使いは声をあげて笑う。
「冗談よ冗談。でもいいの?手伝ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、ほとんど私個人の都合みたいなもんなのよ?」
「散々人に付き纏っておいて、今更だろ。それに・・・」
そこまで口にしたところで、勇者は押し黙った。
今日、平原で最期を覚悟した瞬間に出来てしまった『願い』を、切欠である魔法使いに教えるのが何となく恥ずかしかったからだ。
「何よ、急に黙りこんじゃって」
「なんでもねえよ。とにかく、まあ、なんだ」
誤魔化すようにぶっきらぼうな口調になった勇者は、ぎこちなく包帯だらけの手を差し出した。

「『勇者』だ。これからよろしくな」

そっぽを向いて、視線を合わせようとしないままそう言った勇者に、魔法使いは年相応の無邪気な笑顔を浮かべて手を取った。

「『魔法使い』よ。こちらこそ、改めてよろしくね」

こうして『勇者一行』を目指すパーティーとなった二人は、次の日に自ら同行を申し出たシスターも加え、三人で試練を受ける為に一路カルバート王国を目指すこととなる。

「・・・で、だ。パーティーを組むって決めた以上、一つ確認しときたいんだけどよ」
「ん?なになに?」
「『勇者一行』を目指すのは構わないんだが、お前、近接系統の適性はどうなんだ?ジョブを『魔法使い』にしてるとこからして、ちょっと察してる部分はあるんだが」
「・・・き、決めつけてもらっちゃ困るわね。こう見えて、『勇者』になれるだけの適性ランクはあるのよ?・・・・・・一応」
「じゃあなんで『魔法使い』なんだよ。一人旅してたなら、魔力を軸にしたジョブよりも近接系のほうが何かと便利だろ」
「そ、それは・・・べべ、別にいいでしょ!?いくらパーティーメンバーになったからって、プライバシーってもんがあるんだからね!?」
「そりゃそうだが・・・ホントにお前、『勇者』になれんのか?」
「大丈夫だってば!言っとくけど、いくら仲間でも『勇者』のポジションは譲らないからね!?アンタはどう考えたって『格闘家』じゃない!!」
「まあ、別にそこらへんの拘りは無いからいいけどよ・・・ああ、そういやお前、初めて会った森で行き倒れてる時、随分上等なナイフも持ってたもんな。近接ジョブが出来ないわけじゃないのか。あの装備はどちらかといえば『シーフ』か『アサシン』向きだったけど」
「・・・あ、あれは・・・拾ったのよ・・・」

その後、なんだかんだありながら『勇者一行への試練』を合格した三人が、伝説につたわるグランドメンバー『召喚されし者』を異世界から呼び出すのは、まだ大分先のお話しである――――。



[40808] 初めての語らい編
Name: セノ◆0ad4d76f ID:864b176a
Date: 2021/12/29 00:28
俺「・・・」



誰の話をしてたの?




勇者がなぜ『勇者』となったのか、三人の知られざる出会いを黙って聞いていた俺の感想はまずそれだった。

勇者「それで・・・試練に合格したまでは良かったんだが、魔法使いより俺のほうが『勇者』の適性が上だったんだ。俺達を『勇者一行』として公認してくれたカルバート王国側の要請もあって、結局俺が『勇者』を襲名させてもらったんだが・・・それからしばらくの間、魔法使いのやつが拗ねて大変だったな」

俺「そうか・・・」

うん・・・で、誰の話をしてたの?

出来ることなら今この瞬間にでも声を大にして言いたいところではあったが、この世界に来てから更に磨きがかかった俺の空気を読んでしまう能力がそうさせてくれない。
激しく口を衝いて出ようとする疑問を押し殺すどころか、雰囲気に合わせて哀愁を漂わせた遠い目をしている表情の筋肉を微塵も動かすまいと、全力で俺の意志に逆らっている。

俺「しかし・・・なんというか、お前にそんな過去があったなんて想像もできなかったな。正直驚いた」

勇者「ああ。俺も、まさか自分がこうなるとは想像もしてなかったよ」

こうなるどうこう以前に、今と昔のキャラが違い過ぎるだろ。
魔法使いのほうも若干そう感じたが、特にお前だよお前。
何をどうしたら、そんなやさぐれたダークヒーローみたいな立ち位置から現在みたいなヘッポコ勇者になるんだ。
イロモノ代表みたいなメンバーのくせに、なに俺がいない間にすげえ王道モノっぽい活躍してくれちゃってんだよ。
つーか、その当時の三人って今までの情報から逆算するに多分みんな14~16歳くらいだろ?
なに青春してんの?いや青春って言葉で片付けるには血塗れすぎるけども。
そして何より、なんでその後すぐに俺を呼ばなかったんだ。
そうすりゃ俺だってまだ21、2歳とかだろ?
まだ全然イケたよ。ハッキリと若いって言えた年頃だよ。
だってウマいこと時期が合えば、現役で大学生やってたもの。
多少世間とも触れて垢抜けていながらも、もっと自分に自信と希望を持ててた、ある意味で一番お得な時期だったじゃねーか。

勇者「・・・お前達には悪いことしちまったな」

俺の内心などいざ知らず、勇者は不意にそう呟いた。

俺「・・・なにが?」

身勝手な言い分だとは自覚してはいるのだが、なんとなく遣る瀬無い気分に駆られて自然と返す口調が素気なくなってしまう。

勇者「偉そうに世界を救うなんてホザいてた『勇者』がスラムの殺し屋だってんだからな。魔法使いは親父さんの遺志を継いで国民を助けるために『勇者』を目指したんだ。シスターも争い事は苦手なのに、勇気を振り絞って名乗りをあげてくれて・・・」

俺「・・・・・・」

勇者「・・・それに<俺>だって、自分のいた世界を捨ててまで俺達に付いてきてくれたってのによ。なのに、俺には何も無いんだ。世界を救うだとか、魔王を倒すとか・・・そんなの全部、『勇者』って立場になったから言ってただけでさ。お前達に吊り合うほどの信念なんて、俺には何も・・・」

・・・歳をとって一つだけ良かったと思えることがある。
それはある程度ではあるが、状況を鑑みて自分の感情を抑制できるようになったということだ。
計算高くなったとも、保身に走るようになったとも言えるが。
ただ・・・まあ、こういった時には素直にありがたいと感じる。
少なくとも今は、俺のくだらない葛藤なんかより勇者のほうをなんとかするのが先決だ。

俺「・・・あの城の展望台でさ。処刑騒ぎがあった時、自分でなんて言ったか憶えてるか?」

勇者「・・・・・・」

俺「ああ、今言ってて思い返してみたんだけど・・・お前は『大切な人』だとか『世界を救う』とかはよく言ってたけど、一度も自分を『正義』だって言った事はなかったよなぁ」

勇者「それは・・・」

俺「いや、責めてるわけじゃないよ。ただ、そうだな・・・」

言いたい事があまりにも多すぎて混乱する頭を掻きながら、俺はなんとか言葉を繋げる。

俺「あの時の屋上で、俺とシスターはもうダメだって諦めかけたけど・・・お前だけが最後の最後で魔法使いのことを信じたんだよな。正直に言うとさ、俺はすげえって思ったよ。あんな状況になって、これから死ぬかもって時に・・・仲間を信じて、ああまで自分の気持ちを言い切れるヤツなんて見たこと無かったからな」

今思えば、あの時の俺はもう最期だからと諦めていたし・・・。
その後も魔法使いの話やらバルコニーでの会話やら謁見した王女の狂乱ぶりにそれどころじゃなくなっていたけども。

俺「俺は・・・そう言えたお前が、心の底から羨ましかった。俺にはあんな真似、一生出来ないだろうなって。だから・・・少なくとも、あの時の言葉や、その後兵士達に囲まれた時に言った台詞はハリボテなんかじゃないだろ。お前がどう言おうと、俺は信じるぞ」

勇者「<俺>・・・」

俺「いいんじゃないか?それが魔王を倒すとか、世界を救うとかの理由でも。魔法使いやシスターの決意にも、何一つ恥じるようなもんじゃないだろ」

勇者「・・・<俺>の気持ちは嬉しいよ。すげえ励まされたし、そう言って貰えて少しは気が楽になった」

だけど、と勇者は続ける。

勇者「俺には最初から、『勇者』を名乗る資格は無いんだ。いつかは打ち明けないとって思ってたんだが・・・魔法使いとシスターや・・・<俺>と一緒に旅を続けていくほど、知られたくなくなっちまった。俺は・・・もう何人もこの手で・・・」

俺「そこらへんは・・・俺が簡単に意見できる問題じゃないが・・・うーん・・・」

それでも何か言えるべき言葉が無いかと模索して頭を悩ませる俺の横で、勇者はここ最近ですっかり板についてしまった自嘲を浮かべた。

勇者「・・・生きるだけなら他にも方法はあったんだ。モブボスの言ってたような、人買いに売られて・・・そんな風に自分を犠牲にする道もあった。だけど、俺はどうしても選べなかったんだよ。ただ、死にたくないってだけで他人を犠牲にして・・・そうやって力で人を捻じ伏せることに、いつからか優越感さえ抱いてたんだ。そんな俺に誰かを護る資格なんて・・・」

俺「・・・・・・俺のいた世界というか、生まれた国はホントに平和なとこでな」

唐突にそんな話題を切り出した俺に、勇者は顔をあげる。

俺「どんだけ平和かって言えば、昔のお前がその生活をしてる俺を見たら、それだけでブン殴られるようなレベルだよ。まあ、俺としてはその平和な暮らしを恥じるつもりもないし、むしろ誇りに思ってる。途方も無い犠牲と後悔の跡に築かれたもんだからな。そのこと(平和)自体でキレられたなら、俺は遠慮なく反論するね」

勇者「・・・・・・」

俺「そんな国でも大変な事や弊害は色々あるけど・・・とりあえずそれは置いといて、そこまで平和な国で生まれ育った俺に言われるのも納得いかんかもしれんが・・・もし今の俺が過去のお前の立場になったとしたらだ」

考えてもどうしようもない事かも知れない。
慰めにも、励ましにもならないかも知れない。
だけど、これは俺の本心だ。

俺「そこで生き抜ける力があったなら、俺は間違いなく暴力を振るうぞ。自分を売ってでも人を傷つけたくないだなんてきっと微塵も考えない。人を売り捌いて稼ごうとするヤツも、そのケツで楽しもうとするヤツも、同じように暴力で相手を捻じ伏せて生きようとする連中も、全部殺してでも生きようとすると思う。そいつらにも何か事情があるのかもしれんが、気にする余裕がねえ。誰に軽蔑されようが一向に構わん」

勇者「・・・お前」

俺「はっきり言って俺は殺しどころか万引きもしたことないし、したいとも思わない。けど、そうしなきゃ自分がやられるってなれば多分それどころじゃない。腹が減って死にそうになれば食い物も盗むだろうし、いきなり誰かに襲われたら殺してでも助かりたいと思う。こっちから手出ししたわけでも無いのに、自分の身を護って何が悪いんだよ」

言いたい事を言ってすっきりした俺は、鼻から長い息を吐いて締め括る。

俺「この考えが善悪かどうかなんてのは、知らんしわからん。世の中にゃ色んな考えの人がいるし、それを真っ向から否定するつもりもない。ただ、当事者と傍観者は絶対的に視点が違うってことだけはわかる。そういう意味では俺の言った内容も全く参考にならんだろうが・・・少なくとも俺は、今のお前を軽蔑も侮蔑もしないし、昔の行いを責める気もねえよ。モブボスみたいに当時のお前を見てたなら、ビビってこんな偉そうなことも言えなかったかもしれないけどな」

俺の長いうえに纏まりのない意見を聞いていた勇者は、しばらく呆然としてこっちを見ていたが・・・。
やがて、気が抜けたように肩を震わせて笑い出した。

勇者「お、<俺>は本当に不思議な男だな。肝が座ってるのかそうでないのか、ここまでよくわからないやつは初めてだよ」

俺「この際だからはっきり言うが、俺は冗談抜きでただのヘタレだぞ。今までは引くに引けなくなって付いてったら、なんか流れでどうにかなってたんだ」

ぶっちゃけた俺の言葉に、勇者は声をあげて笑った。
別にいいさ、隠してたわけでもないんだからな。

勇者「はっはっは!そ、そうかそうか。にしても、それでよくあの衛兵長を倒せたな」

俺「だからあれは本当に怪我の功名だったんだって。剣で斬りかかろうとしたら手の平の血で滑って拳が当たっただけだよ。あの後メイドさんに包帯巻いてもらってたろ」

勇者「くく・・・な、なるほどなぁ。でも運も実力の内ってやつだ。あの強者に勝ったんだから自慢になるぜ?」

俺「偶然の要素が強すぎて全然嬉しくねえよ。それに、こっちに来てから自分がツイてるなんて自覚はこれっぽっちもないぞ」

勇者「そうか?教会で見た<俺>のステータスで、ここまで生き残れてる時点で大したもんだと思うぞ?」

俺「戦闘中はいつもお前の影に隠れてるからな。そういや、お前なんで素手だとあんなに強いのに剣使ってるんだ?」

勇者「いやあ・・・仮にも『勇者』になったわけだから、やっぱ装備は剣かなってさ。どうせやるからには、せめて形だけでもって考えたんだよ」

俺「お前も大概じゃねーか。それで酒場のゴロツキ相手に負けてんだぞ」

勇者「かもなぁ。でも拳で戦う『勇者』なんて認めないって、魔法使いにも叱られたんだよ。せめていざって時だけにしろってさ」

と、ここまで腹を割って話したところで、なんだか俺までよく分からない笑いが込み上げてきた。
そのまま妙なテンションでお互いに大笑いした後、どちらともなく深呼吸をして高揚した気分を落ち着かせる。


勇者「・・・・・・そうだな。<俺>の言う通りかもしれない」

俺「さっきのことか?」

勇者「ああ。確かに俺はスラムでろくでもない生き方をしてきたけど・・・それでも仲間が・・・護りたいと思える大切な人達が出来たんだ。俺の過去には、いつか、それなりにケリをつけなくちゃいけないけど・・・今はそれでいい。その為に、俺は『勇者』として魔法使いを助けるよ」

俺「そっか・・・そうだな。とりあえず今は、囚われのお姫様を助けなくちゃな」

勇者「おう。俺達の手で、しっかり救い出してやろうぜ!」

ようやくいつもの調子に戻った勇者が、パシッと小気味の良い音を立てて拳を手の平に打ちつける。

勇者「・・・ただ、まぁ・・・それでもシスターについては少し不安だけどな。シスターの性格からして真っ向から拒絶されることはないと思うんだが・・・それでもな」

シスター・・・。
そういや勇者の話を聞いてて思ったんだが・・・これはあれだろ。
姐さんとの終盤のやり取りで見せた物憂げな表情や、魔獣に使った妙な魔法とかからして・・・。
最近似たような予備知識のせいで手痛い目に遭ったばかりだから、あんまりメタいことは言いたくはないんだけどさ・・・。
それでも絶対なにかあるって、この流れは。
確実にシスターも勇者や魔法使いに負けず劣らずの過去を背負ってるよ。
それが何なのかはわからんが、なんとなく分かるわ。
だってブラックバード・デストラクションですよ。デストラクション。
念能力的なアレだと『死を招く黒鳥』とかそれっぽい技名の横のルビだろ完全に。
もう絶対に放出系か変質系の仕業だよ。
俺も使えるなら使いたいよ。そんな大技。
ともあれ、今はそんな古(中二病)の願望などどうでもいい。

俺「・・・俺から何か言っておこうか?」

勇者「いや・・・自分の口から話すよ。魔法使いも一緒にな」

俺「・・・そうだな。それがいいかもしれない」

勇者「ただ・・・少し様子を見てきてくれると助かる。大分ショックだったみたいだからさ」

俺「ああ、そうするよ」





[40808] 本音
Name: セノ◆0ad4d76f ID:fde62510
Date: 2021/12/29 23:58
もう少し風に当たっていくと言った勇者と別れ、俺はシスターに用意された部屋の前へ来ていた。
明日、俺達三人はこのギルドホームを後にして計画実行当日までは、目立つ動きはせずに城下町で待機する手筈になっている。
当面の方針は決まっているが、勇者に頼まれたこともある。
俺自身としても、なるべく早くシスターの様子を窺ったほうがいいと思ったからだ。
部屋を訪ねる時刻としては微妙なところだが、この際しかたがない。
控え目に扉をノックして、声を掛ける。

俺「シスター、ちょっといいかな」

シスター「―――はい」

返事はすぐにあった。
どうやらまだ眠ってはいなかったようだ。
そのまま少し待っていると、カチャリと鍵を外す音が聞こえた。
開かれた扉から、シスターが顔を覗かせる。

シスター「どうぞ、<俺>さん。お入りください」

俺「ありがとう」

軽く会釈してから中に入る。
置いてある家具や間取りは、俺にあてがわれた部屋と殆ど一緒だ。

俺「こんな時間にごめんな」

シスター「いえ、お気になさらず。どうぞ座ってください」

許しを得て、俺は部屋にある机の前の椅子へ落ち着いた。
シスターは壁の燭台に火を点けてからベッドに腰を沈める。

シスター「・・・なんだか、<俺>さんをこうして部屋にお招きするのは変な感じがしますね」

俺「今まで殆ど野宿だったからなぁ。夜分に申し訳ないとは思ったんだけど」

シスター「いえ・・・私も、眠れなかったものですから」

俺「そっか・・・」

俺が部屋を訪ねた理由をシスターも勘付いているんだろう。
当たり障りのない会話の中でも、なんとなくだが分かった。

俺「さっき勇者と話してきたんだ」

シスター「・・・そうですか」

俺「いろいろ教えてくれたよ。勇者の生い立ちや、シスター達との出会いとか。二人には改めて自分から話すって言ってた」

シスター「・・・<俺>さんは」

消え入りそうな小さい声だった。
俯いて足元に視線を落としたまま、シスターは続ける。

シスター「いかが、でしたか?勇者さんと話して、その・・・」

魔法使い『シスターはあの通り優しくてお人好しだから、これから先も色々と割り切れない出来事や人の醜い部分を見たら―――』

膝の上で小刻みに震えるシスターの手を見て、俺は城での別れ際に魔法使いから聞いた言葉を思い出した。
早目に様子を見に来て正解だったかもしれない。

俺「納得できたかどうかってことかな」

コクリと伏せたままの頭が頷く。

俺「・・・・・・」

この場をやり過ごすのは簡単だ。
否定も肯定もせず、ただ一緒に悩む振りをすればいい。
大概の事なら、そうやって同調して答えを先延ばしにすれば少なくとも波風は立たない。
後は自然な流れに任せておけば、どんな結果になれども時間が解決してくれるんだろうさ。
ただ、今回ばかりはその『大概』以外の問題なのだ。
なんというかこう・・・。
いい歳して青臭いような台詞は吐きたくないのだが・・・。
仲間だからこそ、例え突き放す結果になってしまっても、はっきり意見を伝えないといけない時があるんだろう。

俺「俺は、勇者は間違ってないと思ったよ」

シスター「・・・・・・」

俺「ただ、勇者にも似たような事を言ったんだけど・・・シスターが勇者の話を聞いてどう思うかは正直わからないし、そのことについて正しい答えは最初から無いと思う。だからシスターは、自分の出した結論を信じて勇者と向き合えばいいんじゃないかな。あいつも、きっとそう望んでるよ」

シスター「・・・・・・はい」

力無く頷くシスターに、俺はそれ以上掛けるべき言葉が見つからなかった。
大体、この話には何度も言うように正しい答えなんてきっとありはしないのだ。
冷たい考えかもしれないが、あとはそれぞれで心の整理をつける他ない。

俺「ごめん。ちょっと様子を見にきたつもりだったんだけど、逆に落ち込ませるような事言っちゃったよな」

シスター「いえ、いいんです。<俺>さんのお気持ちは、素直に嬉しかったですから」

そう言って僅かに顔をあげたシスターは、弱々しく微笑んだ。
が、すぐに顔を伏せてしまう。
しばらくの間の後、シスターは消え入りそうな声で呟いた。

シスター「・・・きっと、私は」

俺「え?」

シスター「わかって・・・いたんです・・・」

嗚咽を堪えながら、それでも必死に言葉を伝えようとするシスターの涙で震えた声だった。

シスター「勇者さんがリンデガルドの出身で・・・スラムに暮らしていたと聞いた時に・・・私は・・・」

俺「・・・・・・」

シスター「それでも、私は・・・何も気付いてない振りをしてきたんです・・・仲間なのに・・・ちっとも本当の勇者さんと、向き合おうとしないで・・・っ」

瞳から零れ続ける大粒の涙を手の腹で擦るシスターの姿は、いつもの穏やかで大人びた雰囲気の面影も無く、年相応の・・・いや、それよりもっとか弱く小さな少女に見えた。
そうだよな。普段はなんかこう、自分の事ばかりに必死で見落としがちだったけどさ・・・。
なんせ勇者も魔法使いもシスターも、まだハタチにもなってないんだもんな。
全くの他人ならまだしも、近しい人間のこういった過去を現実や理想と折り合わせて受け入れるには難しい年頃のはずだ。
なのにこうして、自分の生き様というか信念というか・・・そういうものをしっかり貫こうとして生きてるってんだから、それだけで大したもんだよ。

俺「・・・」

俺がシスター達くらいの時って何してたかな。
16,7歳の頃だと高校生やってたけど・・・特に部活も勉強も励んだ憶えがないな。
というより、小銭稼ぎでバイトに精を出してた印象しかねえ。
成績だってそこそこ悪くはなかったけど、ホントに真ん中くらいの目立たない位置だったし、ともかく楽な方向で生きていたくて、当たり障りなく過ごせてればそれで良かったというか。
・・・今にして思えば、人付き合いだってそうだったのかもなあ。
お互いの意見に相違を感じても、ウザいと思うのも思われるのも面倒だったから、友達とだって本音で語り合ったりなんてしたことはなかった。
適当な時に適当な距離で接していられればそれで良かったんだろう。
少なくとも俺は、目の前のシスターみたいに誰かとの関係で悩んで涙を流したりしたこともなかった。
そんな感傷に浸ったせいかもしれない。

俺「大丈夫だよシスター。気に病む事じゃないって」

普段の俺ならどうしていいかわからず狼狽えるだけだったはずの口からは、自然とそんな台詞が出ていた。

シスター「でも・・・」

俺「ここに来る前に話をしてた勇者もなんというか、自分の過去でシスターに拒絶されることより、それを黙ってた事で俺達を騙してたんじゃないかって気にしてたんだ。一度に色んな頃があって、混乱してるかもしれないけどさ」

そう、本当にこの数日の短い間で色んな事があった。
大臣の陰謀で処刑されそうになったり、魔法使いの選択や、勇者の過去だったり。
少し前の・・・この世界に来る前の、派遣社員をしていた頃の俺だったら、きっともう『どうにでもなれ』とヤケになってたかもしれないな。
それでも、こうして今の俺がこんな事を言えるのは多分、時間にしてまだそう長くはないけれど、こいつらと一緒に旅をしたからなんだろう。

俺「勇者と魔法使いとシスターは間違いなく『仲間』だよ。短い間しか見てないけど、それだけは保障する。だから、この後どうするかはまたみんなが揃った時に、みんなで考えよう」

シスター「<俺>さん・・・」

当たり前の事しか言えていない、何のフォローにもなってないだろう俺の下手な言葉に。
それでもシスターは涙を拭ってから、安心したような笑みを浮かべてくれた。

シスター「・・そう、ですね。これからもまた、皆さんと一緒に旅を続けられますよね」

俺「ああ、そうだよ。まだこのパーティーの冒険は始まったばっかりなんだからさ」

目尻に涙を堪えながらも微笑んでくれたシスターに、逆に勇気づけられたような気分になった俺は自然と笑顔を返せた。
そうだ。この(一応)栄えある勇者一行の冒険はまだまだこれからなんだ。
つい先刻、姐さんとの話がまとまった後からは不安でどうしようもなかったけど、こうなったらもうやるしかねえ。
魔法使いの葛藤と決意を聴き、勇者の過去と苦悩を耳にして、こうしてシスターの想いも聞き入れた。
もう大穴だろうがブラックホールだろうが知ったことか。
あの時、残されたメンバー全員でやさぐれてた酒場で決めた事だ。
残された道は、勝負をするしかないんだ。
シスターに気取られないよう、静かに息を吐いて覚悟を決めた。
もう俺は迷わない。
あとは、この作戦をつつがなく完遂する為に。

土下座しに行こう。

情けないさ。
うん、そりゃあ情けねえと俺も思うわ。
無茶な依頼持ちかけて俺達でなんとかしますって豪語しといて、一日も経たないうちから頭下げてなんとかして下さいってお願いするんだから。
でもな、もうこうなっちまったら仕方ないんだよ。
こんだけ色々あって、仲間の心の内を知っておきながら、いざ本番でゲームオーバーじゃ本当にシャレにならねえ。
これは本当に心の底から本心で言うが。
そんな最悪通り越したクソみたいな結末の前じゃ、あの時空気に流されてカッコつけた俺の頭を床に擦り付ける事なんざ、どうってこねえんだ。
よし、改めて腹が決まった。
今回の作戦、あくまでも姐さん達のギルド『灰色鳥』はサポートだけの役回りだったはずだが、直接的な実行部隊にも加わってもらえるよう頼みに行こう。
例え俺の全生命力(HP9)が擦り切れても額は上げん。
教会で蘇生させてもらってでも、この先の運命を変える為なら土下座を続けるぞ。

俺「・・・じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るよ。おやすみ、シスター」

椅子から立ち上がって部屋を後にしようとした俺に返ってきたのは、就寝の挨拶ではなく。

「―――そうやって貴方は、また自分を卑下するのね」

ぞくりとするほどの冷たい囁き。
その声がシスターから発せられたものだと悟れても、何の反応も返せないほどに。
それ程までに、目の前の『彼女』から発せられる気配はいつものシスターからはかけ離れていた。
問い掛けにも似た不明瞭な言葉に返答も出来ないまま、目の前の『彼女』を見つめる。
クスクスと嘲笑うかのように歪ませた唇に指を添えて、長い金髪を靡かせて彼女はベッドから腰を上げた。

???「それに貴方は『仲間』と言うけれど、果たして『この子』のほうはどうなのかしらね? 口では当たり障りのない、お上品な事ばかりを言っているけれど。本当にそれがこの子の本心だと思うの? 私には、『否定されたくない』故の自己保身に感じるのだけれど」

シスターの姿をした彼女は、シスターと同じ声で、しかしまったくの別人と確信させるほどの気配を漂わせたままゆっくりと近づいてきた。

???「ああ、驚かせてごめんなさいね? それとも怖がらせて、かしらね。本当はこんな処で出てくるつもりはなかったのだけど、どうしてかしら。分かりきっていた事実を目の当りにして、あまりにそれらしい動揺をしてみせたこの子を、少し腹立たしく感じたみたいなの」

身動ぎさえ出来ぬまま、俺は彼女の接近を見ている事しか出来ない。
距離にしてあと一歩。
そこでようやく気が付いた。
目の色が違う。
いや、これは比喩でなく物理的な意味でだ。
いつもは透き通るのように綺麗なシスターの碧眼が、まるで血のように赤い深紅の色合いに変わっている。
これは・・・いやまさか・・・。
時間にすればついさっきの事、勇者から聞いた過去、俺の頼りない予習効果(ゲーム)の結果がつい先日裏切られたばかりなので、はっきりとは言い切れないのだが・・・。

???「あら、その反応・・・。貴方、もしかして『私』に気が付いていたの?」

こちらを蔑むような微笑を浮かべていた彼女が、少しだけ表情を変える。

???「疑念にしては態度が鈍いわね。心なしか、程度なのかしら。だとしても、この短い期間で大したものだけれど・・・へぇ・・・ふぅん・・・?」

あぁー・・・これまた昼間の姐さんの買い被りに似たような感想抱いたが・・・。
すいません、気付いたっていうか察したのはさっきです。
勇者の過去話のBBD(ブラックバードデストラクション)で、何となくこう。
というか多分当たっちまったよオイ。
どうして予感ってやつは嫌なほうにだけ的中するかな。それもこんな早く。
そんな悪いジンクスばかり当たる人生に苦悶する俺の反応をどう受け取ったのか、何故か彼女は嬉しそうに目を細めた。

???「貴方、面白いわね。本当はちょっと表に出れたついでに、適当にかき乱そうかとも思ったんだけど・・・今回は自重しておいてあげようかしら」

意味深な事言いながらニヤニヤしてるが、一体なんのこっちゃい。
まずい。どうしてこうなった。
ここ数日の急展開続きのせいで、いよいよ頭の整理が出来ねえ。
俺にはこれから床に額を擦り付けて姐さんを説得するという大役があるというのに。

???「このまま貴方が立てた計画がどうなるか、見ていてあげる。有り余る天賦の才をその過去から『否定した』パーティーが、どうやってこの大国の支配者から仲間を救うのか。是非とも披露して欲しいわね」

そりゃあ・・・あれか。この俺が姐さんにどんな土下座をかますか見物したいと。
それくらいの事なら全然気にしないんで、なんというかこう、これ以上不吉な事はもうお腹一杯なんで勘弁してもらえませんかね。
なんなら予行練習の一環として、今この場で実演してみせても―――。

???「勿論、とても愉快な見世物になるのよね? まさかこの期に及んで、助演の力を当てにした駄作を演じるつもりはないのよね? この私から見ても可能性を見出せない貴方だからこそ魅せられる逆転劇・・・とても楽しみにしているから」

いかん、なんか見透かされてる。

???「あ、一応警告しておくのだけれど・・・私を失望させたその時は、覚悟しておきなさいね? 私、肩透しを喰らうのが何より嫌いだから。最低でも、この国が地図から消えて無くなる程度のことは、ね」

今までの上機嫌な様子から一転、悪寒を覚える冷徹な眼差しにゴクリと喉が鳴る。
この国を地図から消す・・・ある意味、俺がいた世界じゃ幼稚にさえ聞こえる脅し文句も、目の前の彼女であれば容易に可能なのだろうという事実を直観で知らしめる程のオーラとでも例えるべき圧力を、確かに感じさせた。
射竦められたまま微動だに出来ない俺へと、残された一歩を踏み出そうとした彼女は、不意に立ち眩んだように俯いて頭を振った。

???「あら・・・思ったより早いわね。そんなに私を貴方と会わせたくなかったのかしら」

相変わらずの人を蔑んだ笑みに、ほんの僅か苛立ちとも焦燥とも判別がつかないものを滲ませた後、それを誤魔化すかのように彼女は明るく微笑んだ。
それは見紛うことなく、いつも周囲の人達を穏やかな気分にさせる『彼女』そのものの笑顔だったが。

「それじゃ、おやすみなさい。『期待外れの英雄』さん。またお話が出来るといいわね?」

ある種、違う存在だと頭で理解は出来ていた。
だけど。
容姿も、声も、表情さえ。全て彼女と同じだったからだろうか。
その言葉は、この世界に来てからずっと疼いていた俺の傷を深く抉った。



[40808] 重責
Name: セノ◆0ad4d76f ID:fde62510
Date: 2022/01/30 15:11
誰かがどうにかしてくれると思っていた。
いつだってそうだったからだ。
俺が何もしなくても世界は相変わらず回り続ける。
いつだってそうだったんだ。
だからだろうか。
自分がどうにかしなくちゃいけない事が起こるなんて、考えてもいなかった。
ましてやそれが、大勢の未来に大きく関わる出来事だなんて。
途方に暮れた。
本当に、どうしていいかわからない。

俺「……」

城下町、市場通り。
通行の邪魔にならないよう路傍の適当な場所に座りこんだまま、何をするでもなく、俺は通りを行きかう人の流れをぼんやりと眺めていた。



あの後、シスターと同じ微笑みで就寝の挨拶を告げた『彼女』は糸が切れたようにふらりと体を倒した。
混乱しながらも受け止めた俺の前で、『シスター』はゆっくりと目を開ける。
ほんの数舜だけ虚ろな表情をしていたシスターの焦点がゆっくりと狭まっていき。

シスター「!!」

咄嗟の行動だったんだろう。
シスターに両手で突き飛ばされた俺は、背後のドアにぶつかり大きな音を立てた。

俺「づっ……!」

無警戒なまま受けた衝撃に、思わず声が漏れる。
俺を突き飛ばした姿勢のまま肩で息をしていたシスターは、そこで我に返ったようだった。

シスター「ぁっ……!ああ……!あああ……!!」

両手で口元を覆って狼狽えた後、シスターがよろよろと歩み寄る。

シスター「ご、ごめっ……ごめんなさい……わ、私、ああっ……私……」

俺「へ、平気だよシスター。少しびっくりしただけだから……」

何とかそう答えたものの、シスターは落ち着きを取り戻す事はなかった。

シスター「ああ、あ……ちが、ちがうんです……わたし、は……わたしは……!」

こちらを気遣うために伸ばした手が、はっきりと見て取れるほど痛々しく震えている。

俺「シスター……シスター!大丈夫だ!俺は平気だから!」

シスター「ひっ……!ご、ごめんなさ……ごめんなさい……!!」

何とか落ち着かせようとして語気が強まったのが災いしたようだった。
びくりと身を竦ませて、シスターは虚ろな目をしたまま涙を流し始める。
そしてひたすら、贖罪の言葉を口にし続けた。

シスター「ごめんなさい……!ごめんなさい……!」

俺「……シスター」

俺の手を、縋りつくようにシスターが両手で握った。

シスター「ごめんなさい……!もう、もうしません……!もうしませんから……!」

俺「……」

力いっぱい握られる手の痛みも気にならなかった。
骨が軋む音が耳に伝わろうとも、そんな事よりも。

シスター「も、もう二度としません……いい子にします……いい子に……なります……だから……」

シスターに何があったのかはわからない。
正直、この世界に来てから分からないことだらけだ。
制度や法律。
そこれこそ根本的な仕組みまで。
だけど、でも。

シスター「だから……私を―――」

目の前で泣きながら震えているシスターの為に、何も出来ない。
どんな言葉をかけていいのかすら分からない自分自身が、ただひたすら。
本当に、こっちが泣きたくなるくらい情けなかった。

俺「……はぁ」

結局、あの後はしばらくして気を失ったシスターをベッドに運んだ。
あれから半日以上経っても、シスターは目覚めていない。
姐さんにはそれっぽい事情をでっち上げてシスターの介抱を頼んだ。
色々あって疲れたんだろう、てな。
姐さんはシスターの保護を快諾してくれた。

そりゃ色々あるんだろうさ。
何せこの世界は剣と魔法のファンタジー。
魔法使いや勇者だってそうだったが、シスターにも俺がいた世界の常識には当てはまらないような過去があるんだろう。
…………いや、そうじゃないな。
世界とか常識とか、そういうんじゃない。
どんな世界で、どんな場所だろうと、そこに人が生きてれば色んな事があるんだろう。
比べる事なんて出来ないくらい、人それぞれに色々な事があるんだろうな。
そう理解はしているのに。
なのに、どうしてだろう。
俺には何があるんだ。
何でなにもないんだ。
この状況をどうにか出来るだけの力も経験も。
何もないじゃないか。

俺「……はあ」

これはもう、今日何度目の溜息だろう。
こんな自虐をしている場合じゃないってのはわかってる。
姐さんへ直接的な助力を頼めなくなった以上、俺達だけでどうにかするしかない。
恐らく……というより十中八九、大臣側の勢力と戦闘になるだろう。
事前に打ち合わせをしていたならともかく、式場にいる中立の兵士達も極度の混乱状態では大臣側の指示に従ってこちらを攻撃してくるしかないだろう。
そうなったらこっちも応戦する他はない。
少なくとも、事態が鎮静化して大臣の権力が弱体化するまでは。
…………。
……………………。
無理だ。どう考えても無理だろうこれは。
国を挙げた王族同士の結婚式なんて、それこそ警備は普段の何倍も厳しい。
いざ戦闘になった時、俺達の中でまともに戦えるのは勇者ひとりだけだ。
それもターン制に持ち込まれたら勝目が無い上に、そうでない普通の戦闘でも俺達をフォローしながら厳重な警備を突破するなんて不可能だ。

俺「……どうしろってんだよ」

突破口が見えねえ。
もし俺がRPGの低レベルクリア主義者だったなら何かしら奇策が浮かんだのかもしれないが、生憎とボスやイベント戦前には念入りにレベルを上げてから挑むタイプの平凡プレイヤーだ。
そもそも何度も思っちゃいるが、この世界は俺が嗜んだゲームや漫画なんかの経験がとことん役に立たねえ。
何がどうなってそうなるか全くわからん法則性はあるし、薬草は粉末状だし、グロい描写はそのまんまだし、変なとこリアル仕様でアイテムは宿に置いてくるわで……。
改めてげんなりとしながら顔を落としていると、通りを忙しそうに行き交う人混みの中から一際活気のある声が聞こえてきた。

子供A「あー!今の当たった!絶対当たったって!」

子供B「バリアしてるから効かないし~!さっきちゃんと言ったし!」

子供A「言ってねーし!お前ズリーぞ!」

ドングリに似た木の実を投げ合いながら、楽しそうに子供達が駆け抜けていく。
周囲の通行人達は咎めるどころか、平和な光景を見守るように微笑んでいる。

俺「……子供は元気だねえ」

どんなルールなのか何となく察しはつくが、どこの世界でも子供がやる遊びは似たり寄ったりなんだろうな。
俺も昔は、近所の公園でああいう風に皆で集まって遊んでたもんだ。
拾った棒を剣に見立てて、見えない悪者に振り下ろしてた。
頭の中で発動した超凄い魔法はどんな相手も一撃で粉砕してたし、どんな強いボスにだって恐れず立ち向かっては倒していった。
『敵』なんていなかった頃の俺は、思い描くままのヒーローだったんだ。

俺「…………」

だけど無垢な理想は現実を知りながら少しずつ変わっていった。
最強の剣は道端のゴミになっていったし、悪者の姿もハッキリとした姿で存在するようになった。
そして何より、恐れを知ったんだ。
仕方ない、と立ち向かう事を諦めた。
負けてしまった『その先』を考えると、動けなくなったからだ。
……そうか。
だから俺は、選んだんだ。
負ける前に従う事を。
そうして、そうやって、理不尽に立ち向かって負けた人間になるよりも。
負けた人間を横目にして『ああはなりたくない』と。
『あれよりはまだマシだと』
そうやって自分を守って生きてきた。
何が『この世界で俺だけにしか出来ないこと』だ。
元の居場所で戦うことすら放棄していた俺が、一体何を変えられるってんだ。

『期待外れの英雄さん』

本当にその通りだよ。
これまでなら、それでも良かったさ。
用意された檻の中から誰を蔑み嘲笑おうが、俺が選択した結果だったからだ。
それがどんなに安全で、惨めな行動でもな。

俺「……だけど」

今はもう違う。
何の因果かは分からないが、知ったからだ。
曲りなりにも、この世界で生死を共にした変なやつ等の事を。
もう戦いを放棄するわけにはいかない。
もし万が一、そうやって生き延びたとしても、その先には。

俺「今度こそ」

何もない。本当に何もなくなってしまう。
ああ、そうさ。
俺は何一つ応えられていない。
だけど今度は、今度だけは。

俺「―――逃げられねえんだよ」

例え、どんな結果になったとしても。
俺は檻の中から、あいつらを笑って見下すことだけは死んでも出来ない。
それだけは出来ない。
この世界に来て、俺がたった一つだけ誇れる『仲間』だけは。

大臣側に動向を察知されるリスクを冒してでもスラムを出て、この市場に来たのは何か役立つ物が無いか探す為だ。
正直、さっきまでグジグジ落ち込んでいただけでノープランもいいところの行動だとは思うが。
それでも、やるしかないのだ。
なら、何が出来るか歩きながらでも死ぬ気で考えろ。
些細な切っ掛けも見逃さずに具体策を探り続けろ。

俺「……始めるか」

重い腰を上げて歩き出す。
雑踏に交じって、遠くそびえる『それ』を見上げた。
白を基調とした瀟洒で重厚な品格を観る者に与える王城は、まるで魔王の居城に見えた。



[40808] 断章『疑念』
Name: セノ◆0ad4d76f ID:fde62510
Date: 2022/02/23 19:49
「入国が遅れるだと?」
暖炉の薪が煌々と焚かれ、燭台の火も惜しみなく灯された執務室で大臣が眉を寄せる。
「はい」
恭しく礼をしたまま、腹心の部下である従者は先に述べた報告を肯定した。
「ガーランド側国境付近の山岳にて固有種であるロックリザードが大量発生し、ロートシルトへの入国ルートであった街道にも姿を現しているとの事です。直接的な被害はまだ出ていないようですが、通行人や商隊の妨げにもなっている故、解決まで猶予を欲しいとの連絡が特使から」
ロックリザードとはその名の通り、表皮を岩の如く硬質化させたトカゲ型のモンスターである。
全長は胴と同じほどの長さを含め2メートル前後と大きいが臆病で、普段は岩肌と同化した環境色による擬態を行い身を潜めている。
馬車で轢かなければ襲ってこない、という伝聞はロックリザードの習性と擬態の見事さを話のネタにした旅人から広まったものとされるが、その内容に虚飾はないとされるほどだ。
が、普段は温厚で戦いを好まないこのモンスターは、一定の条件下で凶暴極まりない危険な存在となる。
それは繁殖期。
元々、個体の寿命が長く雌の生体数が極端に少ないとされているロックリザードは、数年に一度、不定期に生殖の機会を迎えると示し合わせたかのように集って大きなコミュニティを形成する。
その中心部には少数の雌が陣取り、雄のロックリザード達は競うようにして他種族の人や獣に襲い掛かっては肉を喰らい、躰を鍛え上げる。
そうして体躯を著しく成長させたうえで、群れの中心の雌へとより多くの餌を運び強靭と有能を示した雄こそが子孫を残すのを許されるのだ。
普段の隠れ潜む姿が嘘のように凶暴化して獲物を襲い、生き残った雄の姿は大きく肥大すると共に、まるで食んだ血肉がそのまま皮膚に変わったかのように深紅に染まるという。
「ちっ……この肝心な時に。無能な分、御し易しとしてはいたが、こうまでとは腹立たしい」
「いかがいたしますか?こちらから支援すれば、計画の遅れは短縮できますが」
従者の提案に、大臣はしばし考え込んでいたが。
「捨ておけ。そのような些事にこちらが煩う必要もない。特使には三日だけ猶予をくれてやると伝えろ」
「よろしいのですか?挙式の遅延は王の日程にも大分影響しますが」
「構わん。すぐに遣いをやっておけ。むしろ、あの戦馬鹿にとっては朗報かもしれん。前線の状況は芳しくないようだからな。娘の為とは言え、兵達の前を離れたくないというのが本音だろうよ」
こちらにとっては、むしろ好都合だがな。
そう言って、大臣はつまらなそうに鼻を鳴らした。
ある程度の想定外など、既に予想している。
それに合わせる策も、それこそ何重にも用意した。
手元のグラスを手に取ると、何も言わずとも従者がワインを注ぐ。
何もかもが予定調和だ。
私がこの国の大臣として任命されてから……否、それ以前の、一般的に積み重ねとされる文官時代の頃からも、苦心したことなど一度としてない。
どいつもこいつも、目の前のつまらん雑事に右往左往しては、したり顔で言ったものだ。
これは大事だ。
これが国の命運を左右する。
この国難を乗り越える事こそが……何だったか?
くだらん。
あの頃、この私に向けて先達ぶった厚かましい面を向けて小言を垂れていた連中に言ってやりたい。
お前たちは一体、何を見ていたのだと。
所詮、貴様らには何一つとして見えていなかったのだ。
今こうして、私がこの席に座っていることが何よりの証左ではないか。
くだらない。
実に下らん。
この世の全て、何一つとしてこの私の手の平から零れることはない。
こうして弄ばしているワインのように。
大臣がグラスを傾け、口元に運ぼうとした時。
揺らされた液体は遠心力によって円を描き、透明な枠から飛んだ。
一瓶で家が建つと称される至極の一品が、ほんの数滴だが執務机にこぼれ落ちる。
「…………」
何ということは無い、些末な出来事ではあったが。
この男は、今日ここまでの地位を得るに至った要因は、この『胸騒ぎ』を見逃さなかったことこそが最も重大なものであると本能で悟っていた。
「……あの者達の動向は?」
少しだけ怪訝な表情をした従者は、質問の意図を即座に察して口を開く。
「例の勇者一行はスラムへ向かったようです。そこで裏ギルド『灰色烏』に接触を図ったとの報告があげられています」
「なに?」
思いもよらぬ、と例えるには浅いが。
予測していた中でも薄かった可能性の報告に、予感は動揺へと変わった。
「なんの目的で?」
ある種、冷静沈着を常としているこの男には珍しく矢継ぎ早に訊ねる。
「依頼内容は恐らくですが、情報収取のようです。今回の一件……魔法使い様の御婚約に関して情報を集めようとしたのかと」
「して、結果は?」
「成果はなかったようです。そもそもが接触しようとした時点で失敗に終わっています。ギルドへの依頼を強行しようとした勇者が、ギルドに組するスラムの住人その他に袋叩きの目に遭い、追い返されたとの報でしたが」
「……ふむ」
従者の告げた報告内容を反芻するかのように、大臣は顎を撫でた。
「ご懸念が?」
「……いや。それより先のガーランドと王への件、早急に済ませておけ」
「畏まりました」
恭しく礼をして従者が下がった後、大臣はグラスに口を付けた。
疑心暗鬼が体を成したといっても過言ではないこの男にとって、立身以前から自らに付き従う唯一の『従者』でさえ信用に足る存在ではなかった。
よって必要以上の情報や意見は求めず、自身が懸念する物事の全ては己自身で納得の行くまで思案に暮れるのは、昔からと言うより生まれ持った習性だった。
かと言って、伝えられたすべてを疑っていては埒も明かないのは理解している。
しかしまた、特定の何かに執着して詳細な情報を求めようと指示する事は、自分自身の不安や恐怖を吐露し、弱みを曝してしまうのと同義でもある。
ではあるが。
思い起こされるのは、夕暮れの処刑場。
失敗に終わった場合の事後策も用意した上で、その後の全てが順調に推移している。
だが、本来はあの時に全て終わっていたはずの存在である『勇者一行』。
それがまたしても、こうして脳裏に影を過らせている。
「……捨て置けぬな」
いつもなら一息に飲み干しているはずのワインを残し、大臣は再び従者を呼び戻す為の呼び鈴を鳴らした。



[40808] 虚勢と本願
Name: セノ◆0ad4d76f ID:fde62510
Date: 2022/03/08 15:32
差し込む夕陽に目を細め、一挙一投足に品位を持たせた初老の男が安堵の息を吐いた。
「……こちらに御出ででしたか。城の者が総出で探していますよ」
バルコニーへと続くクリスタルの扉を開いた先、黄昏の中で純白の衣装に身を包んだ少女は振り返る。
「式が延期されたせいで、ドレスの整いを改めましょうってメイド達がしつこいのよ。もう何回着付けしたかわからないっていうのに」
「格式というものがありますからな。前回用意された物は全て急拵えでしたから。あれだと、相手方に安く見られると憂慮したのでしょう」
「安くねえ。あのドレスだって、その分の費用を市政に還元すればどれだけの人が潤うか……馬子にも衣裳とはよく言ったものね」
「そう邪険に扱わないでやってはくださいませんか。あの者達は、代々姉姫様と魔法使い様に忠義を誓う者達の中から選りすぐった信用足り得る人物です。その諫言もまた、貴女様を慮って故です」
「べつにあの娘達を疑ってはいないわよ。王族同士の婚約なんて両国の意地と見栄の張り合いなのは当然だし、『その先』で私が少しでも苦労しないよう、色々気を遣ってくれてる事くらい理解してるつもりだわ。ただ、コルセットを付ける時とか『実は殺意があるんじゃないの?』ってくらいギュウギュウしてくるし、そんなの誰も気にしないでしょってとこのネイルの色合いとかで取っ組み合いの喧嘩するしで……止めても止まらないし、見てらんないのよ」
「は……はははは! そ、それはご慧眼ですな。全くもって、感服致しました」
「……馬鹿にしてない?」
「いいえ、露程も。とても良い経験を成されたようですな。今の言葉を聞けただけで、私はそう確信が持てました。いえ、それは魔法使い様が元々備えていた感性かもしれませんが」
「はぁ?」
「さらに研磨されたのでしょう。私はこの城から貴方様が姿を消してから四年間、生きた心地さえしませんでしたが……どうやらこの老体の杞憂など、値もせぬほど見事に成長なされたようだ。亡き先王もさぞかしお喜びでしょう」
「……爺や。貴方、やっぱり馬鹿にしてるでしょ」
「何故、そう思われますか?」
「…………」
幼き日々、実の父母以上に長い時間を共にし、自分を護り導いてきてくれた執事の屈託もない笑顔に、魔法使いは渋面した。
相変わらず捻くれた問答だ。答えを悟らせようとしない。
全力で城下を逃げ回り、それでも捕まっていたあの頃。
この城まで連れ帰られた私は、目の前の柔和な笑顔をする執事の爺やを前に何度も泣かされたものだ。
爺やは決して自分を頭から否定しない。
それでいて、なぜ私がそうしたのかをはっきりと口にさせる。
その上で、彼は彼なりの正否を私に告げた。
何が正しく、間違っているかは決して定かではないとして。
ずるい話だ。
なら何を信じればいいのだ。

『貴女が見て、得たままに。何においても答えとは、己が選択したものに過ぎないのです』

「相変わらず優しくないわね」
「そうでなければ務まりませんからな」
穏やかな笑みを浮かべながら、老執事は魔法使いの隣に並んだ。
「しかし意外でした。よもや魔法使い様がこのような場所に逃げ込もうとは」
「なにが?ここは私の私室なのだし、当然だと思うけど」
「そう簡単なものでしたら、貴女様が幼き頃に味わった私の心労はこうまで響いていません」
「これまた随分と含みのある言い方ね。何が言いたいのかしら」
「貴女様が全力で……いえ、本気で身を潜めようと思えば私どころか、この王国の全勢力を動員しても見つけ出すのは叶わぬでしょう。それこそ、4年前のようにですな」
「……で?」
「てっきり私は、あの方達の元へ向かったのかと」
爺やの言葉に、魔法使いは虚を突かれたと言わんばかりに目を見開いた。
「そういう事です。あの頃、貴女様が逃げた先には、いつだろうと貴女が最も信を置ける人々がいました。城下の子供達など、迎えに来た私達に本気で戦いを挑んできたものですな。いや、怪我をさせぬよう事を治めるのは本当に苦労しましたとも」
「…………」
頬を染めて苦虫を嚙み潰したような渋面になった魔法使いを横目で見やり、老執事は思わず目元を綻ばせた。
「しかし、我々は心底嬉しかったのです。自らが王族である事を隠そうともせずに城下を駆け回り、その上で関りを持った人々から好かれ、絆を結べる。それはどのような才覚にも勝る貴女様の特性です」
「さあ……どうかしらね。私にそんな人望があるとは思えないけど」
「ほう?では、彼等の行いは王族の権威や利権を求めての動機だったと仰るのですな」
「……!」
爺やの指摘に、魔法使いははっきりとした怒気を向けた。
「おや、私は貴方様の発言を理論的に訳しただけなのですが。何か齟齬がありましたかな?」
「……爺や、アンタってホント性格悪いわよ」
「ならば照れ隠しとは言え軽はずみな発言は控えるべきですな。生まれ持った地位が備わる方ならば尚更です」
「…………」
「あの頃の小さな友人達や女中達、そして貴女様が見つけ出した大切な『お仲間』も。救いたいと願っているのは王族の血を引いた者だからではなく、『貴女』だからこそなのです。謙遜も度が過ぎれば傲慢に変わります。決してお忘れなきよう」
「……はいはい。覚えておくわ」
いよいよ不貞腐れた魔法使いがそっぽを向いたのを確認して、老執事はにっこりと微笑んだ。
まだ物心もついていない頃から見守ってきたのだ。
自分が施した教育を、十二分以上に受け入れてくれたのは理解できている。
「では、そろそろお戻りになりますか。でないと、また良からぬ画策に巻き込まれたのではと血相を変えているメイド達が大臣の元へ殴り込みに行きかねません」
「はあ!?あ、貴方ね!そういう事はもっと早く言いなさいよ!」
「これくらいでなければ貴女様にとって薬になりませんからな。さあ、お早く」
「爺や!アンタ覚えておきなさいよね!!」
至極動き難そうなドレスの裾をつまんで走り去る魔法使いを見送りながら、老執事はそっと安堵の息を吐いた。
昨今の状況で些か余裕が無かったとは言え、話の流れの中でつい迂闊なことを口走ってしまったものだ。

『貴女様が見つけ出した大切な『お仲間も』――――』

普段の魔法使いならば、会話のやり取りの中にあった僅かな違和感を瞬時に察し、具体策まではともかく彼等が何をしようとしているのか考え至ったはずだ。
すなわち、『誰の為に』動くのか。
それを悟られていれば万事休すだった。
生まれ育った環境からか、魔法使いはそういった機微には酷く敏感だ。
そうなれば、間違いなく彼等の安全を第一に考え計画を止めようとしていたはずだ。
もし万が一、仮に水面下で動くそれを許容したとしても、それを踏まえた上で腹芸が出来るほど器用でも冷徹でもない。
そうなれば、あの目聡い大臣に魔法使いの動揺を見透かされて計画に支障が出ていた可能性は大いにある。
「衰えたものだな」
静かに呟き、自嘲する。
あの日、生涯唯一の主君に命ぜられて剣を手放した時から覚悟していた『老い』ではあったが。
「……お頼みしましたぞ。『勇者一行』の皆様」
歯痒い思いと共に陽は沈み。
されど見下ろす城下の灯の中で今も懸命に『仲間』を救おうとしてくれているであろう。
願いを託した者達へ、老執事は静かに語りかけた。




勇者「おい、それ本気で言ってんのか?」

姐さん「いや、アンタの力を疑るわけじゃないけど……そりゃいくらなんでも無謀ってもんじゃないか?」

シスター「……<俺>さん」

皆の言いたいことはよくわかるさ。
そりゃそうだ。
この考えに至る前の俺に、今の作戦を説明したら、そりゃ同じ反応するだろうさ。
いや、ぶん殴ってでも止めてるだろうよ。
だけど。

俺「……多分、いや絶対、これが一番勝機がある。というか、どっちにせよ同じことなんだよ」

元々俺が言い出した計画だ。
なら全部の責任は俺が負う必要がある。
いや、他の誰にも負わせたくない。
仮に他の誰かに罪を被せて生き永らえたとしても、それでどうなる。
その先の人生なんざ、何食っても旨くないし何やっても楽しくはないだろう。
それだけは絶対に断言できる。
ましてやそれが、俺を信じてくれた人達へとしたら尚更だ。
だから。

俺「今回の作戦、土壇場の『主役』は俺がやる。悪いが譲れねえ」

ああ、くそ。ちくしょう。
精一杯カッコつけたつもりだったけど、今声が震えてたかな。
あの時みたく、強い酒の一杯でも煽っておけば。
せめてこの手の震えくらいは誤魔化せてたかもしれないのにな。



[40808] 第一の分岐点
Name: セノ◆0ad4d76f ID:fde62510
Date: 2023/08/23 21:10
祝福の鐘が鳴っている。
この日、この時、この場で結ばれる男女を祝う為の音だ。
全くもって皮肉じゃないか。
一体これを誰が祝うってんだ。
祝福を受けるべき本人達、少なくともその片割れは望んじゃいないってのに。
ああ、いや。
そうだな。
本来、そんなの誰にもわからないもんか。
結果だって何だって。
あの時だって『そう』だったんだ。
少なくとも、俺が見た限りではだけど。

「なんでだろうなあ」
「どうしてだろ」
「あーあ」
「やっちまったなあ」

あいつはそう言ってた。
何一つ記憶を違えず、俺はそう聞いた。
それは、ひと月以上は先だった結婚式の招待状が届いてから何日くらい経った後だったか。
俺の奢りだなんて言わなきゃよかったって思うくらいに、普段は頼まないような値段も度数も高い酒を何杯も何杯も煽りながら。
明らかにどう聞いたって、後悔してるって有様を隠しもせずに。
そういう事情があるのは理解してるさ。
それに対して、何となくだが、どう答えればいいのかも解った。
あいつがどんな言葉を待っているのかも。
不安だったんだろうさ。いきなり向き合う事になった現実が生々し過ぎて。
でも正直白状すると、こっちも同じ気持ちだったんだ。
それは『いつかは俺もこうなるのかな』という想像に対してじゃない。
少なくともそんな具体的な未来を自分に当て嵌めて考えられなかった。
いやこう、ただ単純に、何というか。
何だかんだ言いながら、こいつとは意見の食い違いもあったし、そこそこの仲違いもしたんだけどさ。
相手の人がどんな性格かは知らないし、言葉だけの無責任な物言いだってわかっちゃいたけど。
でもそれでも、あの時は何かこう本当に単純に。
こいつとは色んな事があったけど、幸せになって欲しいなとしか。
だから俺はあの時、肩を叩いてこう言ったんだ。

『大丈夫だろ、何とかなるよ。だって――――』

…………。
あの時とは逆に、あいつは。
あいつと違って、魔法使いは俺達に言った。

『―――絶対に成し遂げてみせる』

仮にも誰からも祝福されるような立場で、弱気一つ見せないでそんな強がり言うような奴が、どんな覚悟をして何をしようが、幸せな結果になるわきゃねえだろ。
頼りない人生経験の主観だが、少なくとも俺はそう思うぞ。
ああ、もう。
昨日から体の震えが止まらない。
っていうか眠れてすらいねえ。
お陰様で、ここ最近多少は改善されちゃいたが年齢の割に不健康な肉体はガタガタだ。
姐さんや勇者とシスターからはずっと心配されてて、強がってもこのザマだってのに。
いざとなると呼吸すら浅くなってきて動悸が激しい。
暑くもないのにドロドロした汗が止まらん。本当に何の汗だこれ。
前髪から止めどなく流れてきては目に入って鬱陶しい。
でも、こんな頼りない有様でも、これだけはやらなきゃいけないんだよ。
その後の全部が、丸々失敗したとしてもな。
あーやりたくねえ。
やりたくねえやりたくねえ。
いっそこのまま逃げたい。
もう正直白状するが怖くて仕方ない。
お前ホント覚えてろよ。
普段は貸しだの借りだの、なるべく意識して持ち出さない主義だけどな。
それでも、もし万が一にこの場から俺が生きて帰れたら。

俺「ふざけんじゃねええええええええええええええええええええええ!!!!」

ああ、もうクソ。
絶対返してもらうからな。
この貸しだけは。


――――数十分前。
「とてもお綺麗ですよ」
被せたヘッドドレスから手を離して、三人いる専属メイドの一人はそう言った。
部屋の壁一面を覆うほど大きな姿見に映された私を見て、思わず失笑してしまう。
まったく、あの大きな城を着の身着のまま飛び出た放蕩娘の飾付にしては随分と大仰だ。
それでもこうして、顔を覆うレースが厚目に作られているのは助かった。
少なくともヴァージンロードを歩いている最中は、衆目に不機嫌な顔を曝さずに済む。
「本当に素敵です魔法使い様!あのゴミクソ野郎……いえ、クソ馬鹿王子の到着が遅れた間にドレスを新調して正解でしたね!」
目をキラキラさせた二人目のメイドが可愛い顔に似つかわしくない罵倒を混ぜながら鼻息荒く賞賛する。
三人目、最後の一人が同輩の振る舞いに辟易しながら嘆息しながら口を開いた。
「貴方ねぇ……。仮にもこれから神聖な婚姻の儀式なのに、そういうこと言っちゃダメでしょ。一応相手は魔法使い様の結婚相手なんだから。一応だけど。本当に一応だけど」
発言の端々に毒気を滲ませながら、心底不機嫌そうに腕を組んでいる。
「は?それじゃアンタは魔法使い様と、あのクソ馬鹿王子が結婚するのに賛成なわけ?私的には魔法使い様の晴れ姿をあのウジ虫の目に触れさせるだけで沸きあがる殺意を抑えるのに必死なくらいなんだけど?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。要は魔法使い様のお気持ちを考えなさいってことよ」
「そんなの出会い頭でアッパーカットからの顎に膝蹴り喰らわせた上で背後に回ってバックドロップ一閃したいに決まってるでしょ」
絶妙に難しい体術を要求する具体例を挙げてきたのはともかくとして、彼女達の心中も穏やかなものでないのは理解できた。
それだけで、十分に元気付けられた。
「ありがとう、貴方達。何よりの手向けだわ。任せなさい、しっかりやってくるから」
またしても取っ組み合いを始めんばかりに睨みあっていた二人のメイドは、拳闘の構えをしたまま振り向いた。
「……魔法使い様」
「あの……あの、その、あの……お辛い時はいつでも言ってくださいね。アタシ、大した事は出来ないかもですけど……」
「そんな事ない。こうして出来損ないの放蕩娘に付き添ってくれてるだけで、十分感謝してるってば」
「…………」
「あの……アタシ……うぅ……」
しょげ返った二人のメイドに、魔法使いは力の抜けた笑みを向けた。
十分だ。本当に十分だ。
この国で過ごしていた間も、城を飛び出した後も。
何一つとして成し遂げられなかった私には、本当に過ぎた待遇だ。
大丈夫、耐えられる。
『あの頃から変わらず』に、この子達がいてくれると、そう実感できただけでも。
きっと、私は―――。
「そんな事はありませんよ」
心の内を見透かされたようなタイミングで掛けられた声に、魔法使いの表情が強張る。
逆に、専属メイドの最年長でもありメイド長でもある彼女は、穏やかに微笑んだ。
「放蕩娘などと、どうか仰らないで下さいな。貴女様がこの国の未来をどれほど想っていたか、わたくし共も及ばずながら察しているつもりでございます」
全てを見透かすかのような、それでいて瞳の内に映る相手を飲み込むかのような深く黒い双眸に、魔法使いも咄嗟に返事が出来ない。
そんな主の様子に構わず、メイド長である彼女はそっと魔法使いの手を取った。
「ご安心ください。わたくし共は貴女様のお力になる為にここにいるのです。これは誰に強制されたわけでもなく、すべて私達の意志でここに在ります。ですので、どうか、そう心細いお顔をしないでくださいませ」
言葉の裏を探るのは世の常ではある。
ましてやそれが血統や利権の絡む環境であれば尚更のこと。
それでも、だからこそ。
真に重要なのは、自らが信用足り得ると判断した相手をどこまで信頼できるかだと魔法使いは直観で学習していた。
自分と他人。
全く異なるようでいて、それは合わせ鏡に等しい存在でもある。
映った相手を信じるか信じないか。
その是非を問うた後は、全て己次第。
その後を決めた自分をどこまで疑わずにいられるかなのだと。
「――――ありがとう。本当に心強いわ。これからもよろしくね?」
「はい。どうか、わたくし共にお任せください」
魔法使いの手を優しく握ったまま、メイド長は微笑んだ。

一人の人間が全ての人と解り合えないのは絶対的な事実だ。
しかし、人が一人だけで存在できない事も確実な真実でもある。


期待外れの英雄が、この世界で初めて自身で選択した物語が始まる。



[40808] 波乱の式場
Name: セノ◆0ad4d76f ID:fde62510
Date: 2023/10/01 18:06
お定まりの祝福を述べていた神父の言葉が止まる。
壇上の新郎新婦を見て、ヒソヒソとあれこれ下種な世間話をしていた来賓客達のお偉方も目を見開いていた。
シンと静まり返った広大な礼拝堂の、視線が集まるその中心。
似つかわしくも無い豪奢な礼服に身を包んだ俺は、大声を出した余韻で喉が咳き込みそうになるのを必死に堪えながら進み出た。
この挙式で何者も侵してはならない真っ赤なビロードの通り道。
その中央を大股で進む。

魔法使い「ちょっ……と……」

顔を覆っているヴェールに指を差し込み、面を開いた魔法使いが信じ難い存在を見る目で小刻みに震えている。

魔法使い「こんなところで何やってんのよ!?本当に何考えてんの!?まさか他の二人もいるんじゃないでしょうね!?」

魔法使いの必死な声は、しっかりと聞こえていたさ。
でも生憎と俺はそれどころじゃなかったんだ。
色んな感情が混ざり合ってて頭の中はグチャグチャで。
熱いのか寒いんだか、よくわからん汗がダラダラ流れて。
このまま心臓が破裂して死ぬんじゃないかってくらいに鼓動の音が耳の中に響いてて。
……あーもう。
姐さんの裏ギルドに泊めてもらった時にも散々後悔したのに。
やっちまったよ。とうとう遂にやっちまった。
分不相応な選択だけはしないって決めてたのに、行動に移しちまった。
マジで今すぐ逃げ出したい。
それか何もかも放り出してこの場で失神してしまいたい。

俺「……」

ただ何ていうか、それでもどうにか俺が次の行動に移れたのは多分、そうだなぁ。
目の前の魔法使いが必死に勇者やシスターの姿を見つけようと視線を巡らせていたり。

魔法使い「下がりなさい衛兵!!この男は私の関係者よ!!武器を納めなさい!!」

警護の衛兵が俺に殺到しようとしているのを、大声を出して必死に制止している姿を見れたからか。
勇者からこのPTが誕生した切っ掛けを聞いてた事もあるんだろうけど、素直に思ったよ。
ヘンテコな縁での成り行きで、実質期待外れのオマケみたいなポジションで呼ばれた俺だったけど、まぁ……それでも、今の自分にやれる事をやらなくちゃな。
勝算はどうあれ、それが俺達の決断なんだ。

俺「……ふう」

周囲からの慌て騒めく気配が段々と高まっていく中で、俺は最後に深呼吸をした。
震える指を握り、竦む足を前に出す。
殺気だった衛兵達が魔法使いの制止に逡巡しながらも剣先をこちらに向ける中、一歩ずつ魔法使いの元へと歩いていく。
その動きを察知した衛兵は、今度こそ迷う事無く手にした剣を構えて斬りかかろうと身構えた時。

魔法使い「やめろと言っている!!私の仲間を少しでも傷つけてみろ!!今度こそお前達を許さない!!」

本日の大騒動で、その中でも一際記憶に残されるだろう怒号を魔法使いは張り上げた。
声量だけでなく、相手の心を竦ませるような意志を感じさせる強い口調と言葉に、一度は決意を固めたはずの衛兵達でさえ一人残らず動きを止めて魔法使いを振り返る。
この中には恐らく、大臣の息が掛かった人間がいるのにも関わらずだ。
事態の成り行きに戸惑い騒めき続けていた来賓客達でさえ、黙り込んでいた。
再び静寂が訪れた聖堂で魔法使いの荒い呼吸と、歩みを再開した俺の足音だけが響く。

魔法使い「……何のつもり?」

距離にすれば本当に短いのに、とてつもなく長く感じた距離を詰めて目の前にやってきた俺へ、魔法使いは酸欠で前屈みになりながらも顔を上げる。
元に戻った顔を覆う厚いヴェール越しにでも察知できる怒気を込めてそう言った。

俺「勝手して悪いな。でも、皆で決めたんだ」

魔法使い「…………」

答えを聞いた魔法使いは視線を下げて、大きく深呼吸をした。

魔法使い「……二人の事、お願いねって言ったでしょ」

俺「ああ」

魔法使い「…………分かったって言ってくれたよね」

俺「言ったよ」

魔法使い「じゃあ……どうして……っ」

純白のドレスに身を包んだ魔法使いは、揃いで拵えたレースの手袋で俺の胸倉を掴みあげた。

魔法使い「なんでここにいんのよ!?」

勢いよく顔を上げた魔法使いからウェディングヴェールが外れて床に落ちる。
今まで見た事もないくらい切迫したその表情は、とんでもなく怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。
でもなんとなく、それだけじゃないような気もしなくもないと感じたのは、こんな無謀な事をやらかした俺の願望なんだろうか。

俺「……任されたからな」

魔法使い「は……?」

俺「お前と別れた後の勇者とシスターと一緒に、どうすればいいのかずっと悩んでた。でもどんな考えもしっくりこなくてさ。途方に暮れてたところに、ある人の申し出があってこういう計画を思いついたんだよ」

魔法使い「ある人って……。……!?」

俺の遠回しな言い方にも関わらず、顔色を変えた魔法使いを見て確信した。
特殊な環境で大勢と接しながら育った故か、やっぱりこいつは人間関係……と言うより人心においての掌握と推察が早い。
処刑騒ぎやさっきの制止でもそうだが、自分の立ち位置を把握した上で、どう指示を出せば他者が従うか逆らうかを理解しているように。
そしてもっと遠大な視点から自分の思惑に外れている人間が誰かで、それぞれが何を望んでいるのかも。

俺「まあ、その後も色んな事があって大勢の協力があったから俺が今ここにいる。悪いけど、このまま最期まで好きにやらせてもらうぞ」

魔法使い「……ふざけんじゃないわよ。こっちの気も知らないで」

真っ青な顔を震わせながら、それでも魔法使いは気丈に俺を睨みつける。
多分、魔法使いが予測した『この後』で、この計画に加担した全員がどういう末路になるかを想定したんだろう。

魔法使い「アンタ達に頼って勝算があるならとっくにそうしてる!!そうじゃないから私がこうしてるんでしょ!?何も知らないくせに余計な事してんじゃないわよ!!」

………何も知らない、ねぇ。
そりゃむしろ俺達の有様(ステータス)で絶対魔王倒すぞって意気込んでたお前らに俺が言ってやりたい台詞だわ。
本当につい、この前までだったらな。

俺「……実のとこ言うと一度お前を皆で説得しようって話が出た時、俺が蹴ったんだ。こうなるだろうから無駄だと思うぞって」

魔法使い「はあ!?」

唐突な返しに、魔法使いはいよいよ余裕の無くなった様子で詰め寄った。

俺「勇者とシスターはお前がいなくなった後、ずっと俯いてばっかでさ。さっきの提案が出た時は元気になりかけたんだけど、俺が否定したからかもな。すぐ元みたいにしょげ返っちまった」

俺よりずっと思い出深い関係の三人だ。
その時の二人の心境を想像したのか、魔法使いも思わず黙り込んだようだった。

俺「正直、今のお前を見てると真っ当な意見だったなとは実感した。だけど何でか俺も納得出来なくてさ。さっきも言ったけど、その後なんだかんだあって、ここにいるんだけど……」

魔法使い「……?」

俺「……なんつーか、まぁ、あれだ。何だかこうして今のお前の顔見たらさ」

自棄になっているだけなのかもしれない。
分をわきまえない大事をしでかして、魔法使いが言う通り勝算なんか殆ど無い。
出来れば姐さん達に援軍に来てほしかったし、実際あの夜にシスターの中にいる彼女から脅されなけりゃ結果はどうあれ土下座しに行ってたんだけどさ。
それに何より、あの時魔法使いに贈られた言葉が無けりゃ絶対にこうしちゃいなかった。
それでも。

俺「迎えに来て良かったよ。なんだか本当にそう思う」

魔法使い「……本当に……馬鹿じゃないの……アンタ」

まったくもって普段は可愛げも無くて生意気で、意地っ張りで憎まれ口ばかり叩いていたけども。
ずっとずっと強がって我慢していた魔法使いは、目の間の『仲間』にぼろぼろと泣き出した。


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