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[4010] 中身がおっさんな武(R15)
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/09/16 21:28
<< はじめに >>

本作は、テスト板にて1~5話を掲載した後、Muv-Luv板に移行しております。
1~5話はテスト版に比べて基本的な流れは変わってませんが、所々修正を入れてますので、テスト版をご覧になった方にも、ご一読いただけると幸いです。
6話以降がMuv-Luv板での初投稿となります。

下記の事項をよくご覧になった上、本作をお読みいただけるようお願いします。

<< 本作品の設定 >>

・オルタ再構成です。方針は“ラブ&ハードボイルド”です。
・アンリミ世界でほとんどのキャラとやりまくった武がオルタ世界で活躍します。
・武最強設定です。偉そうです。動じません。媚びません。悩みません。部下に敬語なんて使いません。よって、原作の武の面影はありません
・展開はほぼテンプレに沿います。
・各女性キャラの性癖は勝手に設定しましたが、傾向はちょっとだけ原作に沿います。
・直接的な性描写はありませんが、間接的な描写(15禁相当)はあります。
・オルタに出演する、顔とフルネーム付き女性キャラ(京塚志津江臨時曹長を除く)は、本作内のアンリミ世界、またはオルタ世界で、武によってえらいことになっています。
・この作品では、多少強引な所はあっても、誰がなんと言おうと強姦はありません

<< 注意事項 >> ※※ 必ずお読みください ※※
下記に該当する方は、気分を害する可能性が高いので、読むのをお控えください。

・伊隅大尉は前島正樹(君いた主人公)と結ばれるべき、と考える方
・速瀬中尉、涼宮姉妹は、鳴海孝之(君のぞ主人公)に操を立てるべき、と考える方
・宗像中尉は、故郷の純愛相手と結ばれるべき、と考える方
・篁中尉は、ユウヤ・ブリッジス(トータルイクリプス主人公)と結ばれるべき、と考える方
・キャラに理想と異なる設定をされるのが許せない方(例:みちるはMじゃない!)

また、性描写(武がおっさん状態のとき)は基本的にギャグパートですので、お気軽にお読みください。

<< 18禁描写について >> ※※ 必ずお読みください ※※
8話までの内容については、本サイトの管理人様に15禁判定を頂戴しておりますので、不毛な議論を誘うような書込みはお控えください。

その上で本作を18禁だと主張なさる方は、下記を明記して感想板へ書込みをお願いします。
下記の指定が無い場合は、申し訳ありませんがスルーさせていただきます。

・何話のどこが抵触するのか(例:4話冒頭の夕呼の回想シーン)
・その判断基準は何を基にしたのか(主観以外の提示を願いします)

本文からのコピペは嫌がらせと判断して、削除依頼を出すことがあります。
(既に1名、他の読者様のご依頼により、全書込み削除処分となりました)
また、判断基準が主観のみの方については、長々と書かれましても一考するつもりはありませんので、ご了承ください。

<< ご意見の書き込みについて >>
上記の注意書きを読んだ上で、強姦、18禁移行、原作カップル崩壊など、設定や注意書きの内容に反するご意見がございましたら、「前書きを読んだ」という趣旨の文を含めて、書き込みください。
その趣旨が読み取れない場合は、前書きを読んでいないものとして、ご意見をスルーさせていただきます。

※もちろん、その他の気軽なつっこみ、感想、質問、ミスや矛盾のご指摘などは、その限りではありません。



[4010] 第1話 おっさんの価値
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/15 02:42
【第1話 おっさんの価値】

<< 白銀武 >>

10月22日 午前 柊町 白銀武の部屋

「――夢?」

見慣れないがどこか懐かしい天井。
鏡を見ると、若返った自分がいた。

「これは――20年前と同じ。いや」

体の動きに違和感はない。いや、むしろ力が漲っている。
鍛えられた身体はそのままに、若返ったようだ。

「この制服は、白陵柊の制服……。ということは」

思い出されるのはいつかの夕呼の言葉。



『もしかしたら、アンタはまた、あの日に戻るかもしれない』



「さすがだよ、夕呼。結果を伝えられないのが残念だけど」

俺はさっそく、00ユニット完成の鍵となる、最も重要な数式を思い出す。

「よし、数式は覚えているな。夕呼のスパルタも役に立ったか」

懐かしい自分の部屋を見渡す。ゲームガイは──まあ一応もっていくか。夕呼の暇つぶしになるだろう。

「では、早速いきますか」



…………………………



<< 香月夕呼 >>

10月22日 午前 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

「それで、どういうことかしら?」

私は、目の前にいる不審な男――白銀武と名乗った若い男を尋問している。
電話口でそこいらの人間が知りようも無いキーワードを述べたのだ。
計画の進行が滞っているこの大事なときに、見逃せない存在だ。
保険として、隣室にいる社にリーディングさせているから、後で確認すればこの男の素性も明らかになる。

「ええ、少々長くなりますが、俺の話を聞いてください。まずはじめに――」

それから、白銀武は滔々と、自らの体験を語った。

――BETAのいない世界で、学生として平和に暮らしていたこと。
――ある日目覚めたらBETAのいる世界だったこと。
――なぜか2001年10月22日にさかのぼっていたこと。
――第207衛士訓練小隊に、訓練兵として入隊したこと。
――総戦技評価演習に合格したこと。
――2001年12月24日にオルタネイティヴ4が凍結されたこと。

「なんですって!?」

語り終わるまで口をはさまずに置こうとおもったが、つい声を上げてしまった。この男の話が事実とは限らないというのに。
しかし――因果律量子論。私独自の新理論を知っていたことと、白銀の話す、実際にこれから起こっても不思議でないその内容から、その話を事実として聞いている自分がいることに気付いた。

「続けます」

私の反応にかまわず、目の前の男は話を続けた。

――オルタネイティヴ5に移行され、夕呼は辺境の、ある研究施設に左遷されたこと。
――数年後、移民船団が無事地球を発ったこと。
――その後、米軍中心のG弾による作戦で、ソ連領の甲26号と甲25号……エヴェンスクとヴェルホヤンスクのハイヴが落とせたこと。
――次の甲23号……オリョクミンスクハイヴ攻略時に、G弾の攻撃が無効となり、逆に大打撃を受けたこと。
――オルタネイティヴ5が凍結され、オルタネイティヴ4に再移行したこと。

そこで、白銀は一旦話を途切った。

「とんでもない話ね」

与太話としては筋が通っており、一般人が知りえない重要機密ばかりで、とても妄想と一蹴できるものではなかった。

「ええ。しかし、ここからが本番ですよ」

――オルタネイティヴ4の再移行時、度重なる出撃で功績を立て、白銀は中佐になっていたこと。
――横浜基地司令となった香月“准将”に召還されたこと。
――かねてより武が考案していた新概念をもとに新型OS、XM3を開発したこと。それにより衛士の生還率が飛躍的に伸びたこと。
――そして、その功績で武が大佐となった頃から恋人として付き合い始め

「ちょ、ちょ、待ちなさいよ!!」
「なんですか?もうちょっと続くんですが」

「このあたしがアンタみたいなガキとですって!?ありえないわ!」
「ああ、確かに現時点ではそうでしょうね。ですが、そのとき俺は30過ぎ、貴女は40過ぎ。年をとって判断基準が変わるのは、そうおかしい事じゃないでしょう」

「……そりゃそうだけど、なんだか納得しがたいわね……」
「この辺の話は“前の”世界のあなたから伝言もあるので、後でしますよ。で、話を戻しますが──」

伝言?気になったがここはおとなしく白銀の話を聞くことにする。

――00ユニット開発に再度行き詰まっていたが、武が“元の”世界の夕呼が、ひょんなことから新理論に辿り着いたことを思い出したこと。
――元の世界の夕呼から新理論を入手し、00ユニットが完成したこと。
――その後の佐渡島ハイヴ侵攻時に、00ユニットによるリーディングで、BETAの特性やハイヴの情報を得ると共に、ハイヴが情報収集機能を持ち、ODLを介して、BETAに人類の情報が漏れた事が判明したこと。
──“事故”により、00ユニットが機能停止し、再起動しなかったこと。
──そうこうしているうちに、これまでにない数のBETAが押し寄せたこと。
――その戦いの中、BETAの海に飲まれ、自らのS-11の爆発とともに最後を迎えたこと。
――目を覚ませば、“この”世界の2001年10月22日に戻っていたこと。

「以上です。質問の前に、俺が言ったことが正しいかどうか、霞に確認してもらえますか?」

これほどの情報をもつ相手だ。社の事を知っていてもおかしくはない。

「そう、そこまでわかってるのね。ちょっと待ちなさい」



…………………………



「少なくとも、アンタがそう思っているのは間違いないわね」
「では、今後のことを話しましょうか」

「確か訓練部隊だったわね。今回もそれでいきましょう」
「いきなり任官は難しいですか?訓練兵よりは使い勝手良いはずですが」

「士官が突然増えれば、いろいろ目をつけられやすいから、訓練兵の方がいいと思ったのだけど」
「それなんですが……、“前の”世界では冥夜――御剣訓練兵の、護衛の斯衛にいきなり目をつけられてデータ改ざんがバレましたから、身分隠しという点ではあまり意味がないですよ」

城内省か。確かに御剣は重要人物。そのそばに身元不明な男が現れれば警戒もするか。城内省のデータベースはさすがにすぐには手は出せない。

私が迷っていると、白銀が提案してきた。

「“前の”世界のこの頃の俺は、ひ弱なもやし君だったから、訓練兵になるしかなかったでしょうけど、今回は違います――未来の情報の提供、00ユニットの数式の提供、新OSの理論の提供。それぞれ2階級特進ではすまないほどの情報です。身元を保証していただく借りもありますから、それぞれ1階級で大尉ってところでいかがですか?」

このような物言いは嫌いじゃない。

確かに白銀の言うことが本当なら、私にとって、とてつもない利益が生まれる。
ギブアンドテイクで、自らの提供する情報と階級を天秤にかけ、貸し借りなしにしようというつもりか。

たかが士官一人の身分保証。安い買い物だ。自分の頬がつい緩むのがわかった。

「へぇ、報酬の前渡しってわけ?でも、それが役に立たなかった場合はどうするの?」
「まあ、ありえませんが、どれかひとつでも役に立たなかった場合、俺をいかように“処分”してくださって結構ですよ」
「そう。覚悟はあるってことね」

私の腹は決まった。



<< 白銀武 >>

「じゃ、少佐として登録しとくわ。今の所これがアンタにやれる限界よ。──それと、条件を追加するわ。さっき言った情報提供に加え、あたしの忠実な手足として働くこと」

与えるとなったら、出し惜しみせず思い切るのが、いかにも夕呼らしい。
夕呼の手足となるのは前提事項だった。この条件は貸し借り無しにするための口実だろう。

「なるほど、了解しました。ところで……その“働き”ってのは、夜のご奉仕も含まれるので?」
「──ハァ!?」

驚いた顔をしている。本当は俺もこのときの夕呼に言うのは抵抗がある。が、“前の”世界の夕呼に強く言われていたことだ。腹をくくって続ける。

「いえ、もしまた世界を繰り返した場合ってことで“前の”夕呼から言われたことなんですが、その……あなたを抱くように、とのことです」
「……そのワケは?」

真顔だ。怖い。──ここで殺されるかもしれない。
もしそうなって次にループしたら、絶対にこの事は言わないでおこう、と内心で誓う。

「まあその、我々のアレの相性がかなり良かったようでして、もっと若いときから使っておけばよかった、とよく言ってましたし、俺との夜のお付き合いでストレスが大分発散できたようなので、若い頃の自分にも味わわせたかった、と」

微妙な表情をしている。
この頃の夕呼って、結構表情豊かなんだな……。

俺は何が起ころうとも、眉ひとつ動かさなかった恋人を思い出した。
――無論、プライベートな時間ではそうでもなかったが。

「ま、そのことはおいおい考えてください。今、若僧の俺に食指が動かないのもわかりますし」

この話題は一旦終わらせる。

「で、さっそく――」
「その前に。アンタが言うほどの実力かどうか、シミュレーターで実際に見させてもらうわ」

「わかりました。嘘はついていないにしろ、俺が自分で凄腕の大佐だったと思い込んでる可能性がありますしね。――でも、戦術機が上手い事と、指揮能力があるのは別ですよ?」

シミュレーターで腕を証明するのはたやすい。が、勘違いしないように、ここは一言。

「わ、わかってるわよそれくらい。アンタがまずは衛士として役に立つかどうかチェックするってんの!」

慌てたように言う。それが少しほほえましくて、ふとわらうと、

「やりにくいわねアンタ。食えないったらありゃしない」

と、渋い顔で言われてしまった。

「すみません。でも俺としちゃ楽しいですよ。“前の”時は、俺がガキな上に焦ってて気付きませんでしたが、結構顔に出るんですね、『夕呼先生』」
「うるさい」

やはり、この頃の夕呼はかわいい。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

10月22日 夕刻 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

再度社に確認したところ、白銀の言うことはやはり事実――少なくともそう思い込んでいるとのこと。記憶に洗脳の形跡もみられなかった。

白銀の名前を伏せ、ピアティフにハイヴ想定でシミュレーターを起動させる。
シミュレーターを準備する間、白銀に新理論の数式を紙に書かせた。

――その時の私の感情は、“歓喜”の一言に尽きるだろう。年甲斐も無くはしゃいでしまった。
白銀にキスの嵐をして――逆に舌を入れられた。
調子に乗るなと怒鳴ったものの、私が本気で怒ってるわけじゃないのを悟ったのか、飄々としていた。

そして――白銀には試すとは言ったものの、私はモニターに映るこの奇妙な男が、優れた実力を持っているのは確かだろうと考えていた。

が。

――不知火単機で最下層到達。

予想より遥かに上。こんなことを出来る人間が世界にいるだろうか。“前の”世界での経歴は腕前に関しては、誇張ではないようだ。これなら白銀の言う、新OSとやらにも期待していいだろう。

――それに、先ほどのキスも恋人と言うだけあってなかなか巧みだった。
さて、せっかくの“私”からの厚意だ。今は気分が良い。相性が良いというのが本当かどうか、試してやろう。



[4010] 第2話 おっさんの想い
Name: つぇ◆8db1726c ID:e2c5b61d
Date: 2008/10/01 01:04
【第2話 おっさんの想い】

<< おっさん >>

10月23日 午前 国連軍横浜基地 廊下

夕呼を失神に追い込んだのは久しぶりだ。

年をとった夕呼も良かったが、若い夕呼は格別だ。
ムキになって挑んでくるもんだから、おっさん、つい全力でやっちまったぜ、ハハハ。
「本気でやってゴメン。次は手加減する」と書いたメモを残したが、夕呼はどう反応するかな?

……しかし、予想はしてたが、やりたい盛りの18才ボディの力はすごい。
かつて“底なし”の異名を取り、滅多に打ち止めになることはなかった俺だが……まるで俺の中で無限に精液が作成されているようだった。

この有り余る精力は、夕呼を相手するだけでは解消しきれないだろう。なんとかしなくては。
手ごろな所では、ピアティフ中尉か、神宮司軍曹か。

そうそう、結局、俺の経歴は、死んだと思われていたところを夕呼に拾われ、BETAの情報をもっていたので存在を秘匿されていたことにした。
ある程度の年齢が経ち、衛士適正が高いことがわかったので、ある衛士を教官として任官。
その後、腹心として極秘任務に従事し、功績を立て少佐となっていた、ということとなった。

我ながら突っ込み所は満載だが、この経歴に登場する教官や仲間の衛士は全員KIA認定されている為、証言を取りようがない。
経歴作り程度に時間をかけてられないし、身分を盾に機密といっておけば大抵はうやむやにできるだろう。
俺に経歴の事で突っ込んでくるのは“あの人”くらいだろうし。

しかし、前回と違い、スタート時点の階級が高いことでやれることは多いはずだ。
まあ、夕呼にも言ったが、根を詰めるのも良くない。ボチボチやらせてもらおう。

さて、まずは純夏と霞に挨拶をしておこうか。



…………………………



10月23日 午前 国連軍横浜基地 脳みそ部屋

「──社霞です」

でた、ウサミミ。

「ああ、白銀武だ。霞――と呼んでいいかな?」

「……はい、かまいません」

さすがに若い。大人になりつつあるが、まだまだ子供だ。しかし改めてみると、やはり超がつく美少女。
――フフ、赤くなった。照れてる。カワイイ。

「霞、リーディングされても俺は一向にかまわんのだが、お前にとっては俺の思考内容は、刺激が強すぎるだろう。なにせ“前の”霞とはかなり色々あったんでな」

教育上の問題もある。お子様に見せるにはちょっとハードすぎる。

「ああ、だからといってリーディングするなとはいわないが、俺が何を思い浮かべても文句は言わんでくれよ?“前の”霞との思い出は、俺の記憶からはとても消せないし、消したくないから」

ウサミミがピクリ。
俺はこの霞が何をコンプレックスとし、何を欲しているのかを知っている。
“前の”霞とは違う存在。だが同じ存在。いとおしく思うのは両方ともだ。

「……はい、わかりました」
「俺でよければ、“前の”霞とも違う、お前だけの思い出、一緒に作ろう。まあ、どうするにせよお前の自由だ」
「……はい」

まだ俺の話を消化しきれてないのだろうが、とりあえず、否定はされていないようだ。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

10月23日 午前 国連軍横浜基地 白銀武自室前

私は緊張していた。

親友であり、上司でもある夕呼から連絡があったのだ。
内容はいつものように唐突で、要点だけだった。

「今日凄腕の衛士が着任したから、挨拶してきなさい。以後、彼から指示に従ってちょうだい。――ああ、性的な命令には拒否権があるから」

と、夕呼らしい一言を加えて。

新任の少佐の部屋の扉をノックする。

「どうぞ」
「白銀少佐でいらっしゃいますか。神宮司まりも軍曹であります。第207衛士訓練小隊の教官を務めております」

「本日付けで着任した、白銀武少佐だ。軍曹、よろしく頼む」
「は!よろしくお願いします!」

第一印象は、違和感。夕呼によれば38才の少佐のはず。

それだけ見ればこのご時世、さほど珍しい例でもない。凄腕の衛士と言う割には遅いほうかもしれない。私も20代で中尉にまで成ったのだ。
教官職を選ばず、教導部隊に所属していれば、大尉、うまくすれば少佐にもなっていただろう。

……しかし、彼はどうみても10代後半だ。38才というのは、いつものようにからかわれたようだ。

「ところで、俺の任務内容は聞いてるか?」
「は、訓練兵の教練にご助力いただけると、香月副司令より伺っております」

「それだけか?」
「?……はい。少佐の指示に従うようにと言われておりますが……」

「もう一つは聞いてなかったようだな。――あいかわらず『夕呼先生』は人が悪い」

苦笑を浮かべて白銀少佐は続けた。
新型OSを作るので、第207衛士訓練小隊を、既存OSの操作経験のない衛士のサンプルとすること。
私が訓練兵に指導できるよう、新型OSのテストパイロットを兼ねて、白銀少佐から指導を受けること。

「新OS、ですか……」

上官の説明に怪訝な顔を浮かべてしまった私に対して、少佐は新OSについての説明を加えた。



…………………………



──なるほど、今までにない概念だ。役に立つかどうかわからないが、興味がわくのは確かだ。
なにより、あの夕呼と、彼女が認める衛士である少佐が作るのだ。
少なくとも、つまらないものにはならないだろう。

「了解しました。光栄です、少佐。ところで、一つ伺ってもよろしいでしょうか」
「なんだ?」

「副司令からは、38才と伺ったのですが、失礼ですが、20才を超えてるようには見えませんが」
「ああ、確かに――俺は38才だ」

逆の言葉を聞けると思っていた私は、言葉を無くした。
それを見ておかしかったのか、少佐は噴き出した。

「ははは、まあ、戸籍上は18才だ。だが、副司令のおっしゃった38才というのも間違ってはいない」
「……どういうことでしょう?」

「それは、内緒ということにしておこう。いい男には謎が多いものだよ、軍曹」

と、片目をつむった。随分様になったウインクだ。――なるほど、あの夕呼と波長が会いそうな人だ。



…………………………



<< おっさん >>

10月23日 午後 国連軍横浜基地 グラウンド

「小隊集合!」

まりもにグラウンドまで案内してもらい、訓練兵を集めさせる。

「207小隊集合しましたッ!」

「よし……では、お前たちに紹介しよう。こちらは、本日付けでこの横浜基地に着任なさった、白銀武少佐だ」

「白銀武だ。神宮司軍曹とともに貴様等の訓練指導にあたることになる。よろしく頼む」
「「「「よろしくお願いします!」」」」

「白銀少佐のご担当は戦術機の教導だ。よって、貴様等の指導を行うのは、まだ先の話だ。本来、貴様等のような訓練兵が教導を受けられる方ではないが、今回、あるプロジェクトの一環で、貴様等にその栄誉が与えられた。少佐のご期待に添えるよう、精進しろよ!」
「「「「はい!」」」」

「では、順番に自己紹介をしろ」

「榊千鶴訓練兵であります。207B分隊長を務めております!」

緊張のためかかなり強張っている。
このお堅さと、“あの時”のギャップが一番すごいのが、この委員長だ。
真正のハードMで、ソフトSの俺は合わせるのに苦労したものだ。
最終的には「大丈夫か、コイツ?」というほどのプレイを強要された。
性癖に目覚めてからは、絶えずどこかに縄か鞭、蝋燭による低温やけどの跡をもっていたが、服を着ても見える場所には絶対作らなかったのが、完璧主義(笑)の委員長らしかった。
ここだけの話、“前の”世界での直接死因は、BETAの不意打ちなのは確かだが、その前夜のプレイも一因だろうと確信している。

「御剣冥夜訓練兵であります。分隊副隊長を務めております」

冥夜はさすがに相手の立場に萎縮はしない。堂々たるものだ。
“前の”世界では俺の初めての相手であり、思い入れも深い。あの見事な髪を最初にティッシュ代わりにした時は随分しばかれたものだが、数回も続けると「これが良いのであろう?」自分から拭ってきたのは驚いた記憶がある。
コイツは何より従順だ。嫌がりはするが、俺のリクエストを拒むことはない。皆琉神威の鞘を入れようとした時も、泣きはしたものの、受け入れた。──アレは興奮した。
あまりにその反応が気に入ったので、繰り返すうち鞘の先端が変色してしまったのは、良い思い出だ。
彼女が死んだ後、形見として皆琉神威を貰いうけたが──、あの染みを見るたび、俺は涙をこらえるのに努力が必要になったものだ。

「彩峰慧訓練兵であります」

不思議少女彩峰。
いったん懐いてしまえば超甘々な女。一番性に対して積極的で、ご奉仕が好きなのはいいのだが、独占欲が異常に強く、複数プレイ時には、ベストポジションをなかなか譲らないので困ったものだった。
また、他の女に比べて、かなりキスが好きな奴で、ある時など5時間連続でキスされた。まあ、こっちも嫌いではないのだが、すぐ目がイってしまうので、引き離すのにえらく苦労する。コイツに何リットル唾液を飲まれたのか飲まされたのか、もはや考えるのもバカバカしいくらいだ。
しかしやはり特筆すべきは、このけしからん乳だろう。コイツは自分の武器をよくわかっていて、効果的に使うことを知っていた。
ふと気づけば彩峰の乳を揉んでいた、という事が何度あったことか。当時大尉だった俺は、部下に「た、大尉ぃ……い、今揉んでますぜ」と指摘されて気づくことも珍しくなかった。
まったく、場所くらい選べというのに。馬鹿だがカワイイ奴だった。

「た、珠瀬壬姫訓練兵であります!」

やはり一番ガチガチだ。
そういえば、この頃のたまは霞と同い年くらいにしか見えないな。
コイツの長所はなんといってもあの締め付けだろう。狙撃の腕もそうだが、締めについても極東一なのではないかと個人的に思っている。あの締め付けに比べれば狙撃の腕の凄さなど、微々たる物だ。
また、軽いのでアクロバティックなプレイが楽しめる、貴重な女でもある。入れたまま回転する“たまスクリュー”はコイツしか使い手がいない。アレをやられると、この俺がわずか30秒で達してしまう。
──つまり、コイツが上に乗った場合、俺の勝ちは無くなる。恐るべき女だ。

「最後に、今は入院中ですが、鎧衣美琴訓練兵がおります」

美琴か。あいつはエロに関しては最も特筆すべき女だ。
あいつは最も“チャレンジャー”だった。自分の体にコンプレックスがある反動か、耳に入れたあらゆるプレイを試そうとするのだ。
一度、入るはずがないのに「愛があるから大丈夫」とか言って、俺の手首を入れようとして、入院する羽目になったのも今では懐かしい思い出だ。
しかし病室プレイという珍しいシチュを作るあたり、転んでもただではおきないやつだ。
また、特殊なプレイを周囲に広めるという、パンドラの箱をいくつも開けた女だ。委員長のハードMも、美琴が始めなければ目覚めることは無かったはず。
飲尿プレイなど、誰もそのケがなかったはずなのに「ボクとだけのプレイだね♪」の台詞がまずかった。いや、今となっては良かったのかな?
今では飲ませることに興奮を覚えるたちになってしまったが、やはり一線を越えてしまった感があるのは否めない。
ただし、スカだけは俺の魂にかけて死守したが。

「――以上5名となります」

俺の思い出をさえぎるように、軍曹が締めくくった。



<< 神宮司まりも >>

白銀少佐は訓練兵の自己紹介の間、じっと真剣に、見定めるように、確認するように訓練兵を見つめていた。
さきほどまでは、実験として、どこか軽い気持ちで教練に加わるのではないかと不安もあったが、その心配はないようだ。

私は多くの衛士を見てきたからわかる。──これは、何か、大きなものを背負った目だ。

「先ほど軍曹が言った通り、貴様等はあるプロジェクトの対象として候補に上がっている。本来、貴様等に会うのはまだ先だったが、今日わざわざ顔を見せたのは、貴様等が総戦技評価演習に失格する可能性が高いので、計画に不安を感じたからである」

ざわ……と空気が張り詰める。
この発言には私も驚いた。本人たちの前で、“失格する可能性が高い”とはっきりと明言するとは。

「……少佐、発言よろしいでしょうか」

榊がたまらず、声を上げた。

「よろしい。発言したまえ」
「理由をお伺いしてよろしいでしょうか」

「ふむ、それを答える前に答えてもらおう。前回の演習は半年前だが、要因の分析、問題の把握、対策の検討とその解決は?」
「……いえ、解決に至っておりません」

榊がうつむく。他の連中も悔しげに、またはいたたまれずにうつむく。
何度か検討を試みたのは知っている。が、結局榊と彩峰のいさかいで、うやむやになっていたのも知っている。

「同じ問題を抱えたまま、同じような状況に遭遇した場合、同じ失敗をする可能性が高い。俺がこう考えるのは不自然か?」
「……いえ」

「そういうことだ」



…………………………



気の毒なほど落ちこんだ教え子達を訓練に戻した。
その走り込みを続けるさまを眺めながら、白銀少佐が私に声をかけた。

「軍曹」
「はい」

「命令だ。鎧衣が退院次第、総戦技評価演習を開始する。それまでに奴等を“使い物”になるようにしておけ」
「了解しました!」

私は姿勢を正し、敬礼をした。
そんな私に少佐は苦笑を浮かべて続けた。

「とはいえ、短期間でさっき言った問題が根本解決するとは思えないから、最悪、演習に合格できる程度でいい。戦術機指導がはじまれば、俺がなんとかする」
「戦術機指導までお待ちになるので?」

打つ手があるなら今やってみては?と言外に含ませる。

「まずは軍曹に任せる。軍曹ほどの教官と、あれだけの能力と素質で不合格になるようなら、衛士として使えん。任官させない方がマシだ」

こちらの計画も多少修正の必要が出るが、それは大した問題ではない、と少佐は付け加えた。



<< 白銀武 >>

俺が“前の”世界のように介入すれば、彼女達が合格する可能性は高い。
衛士になったあかつきには、また命がけで、優れた能力を開花させ、BETAと戦うのだろう。

頼もしい仲間となる素質を持った奴等ではあるが、俺はあえてあれ以上の介入は避けた。

不合格となり、衛士になれなかったら――彼女達の意思には反するだろうが、平穏に暮らせるのではないか――その気持ちがあった。

だから、彼女達の意志の強さ、そして、神宮司まりもという優れた指導者に運命をまかせたのだ。

――俺はBETAには負けない。だから、衛士になれなかったら幸せにすごしてほしい。そのための世界は俺が作る。

――それでもなお、衛士になりたいのなら――自分たちで成し遂げてみせろ。



[4010] 第3話 鉄壁のおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/01 01:04
【第3話 鉄壁のおっさん】

<< 白銀武 >>

10月23日 午後 国連軍横浜基地 屋上

屋上から町の風景を眺めていると、白い3人を引き連れた赤い人が現れた。

「白銀武少佐、ですな」

タイミングが前回よりも早い。前回はたしか戦術機の前で――そう、武御雷が搬入されるときに顔を会わせるはずだが。
まあ、同じ怪しげな男でも、訓練兵が加わるより、佐官がいきなり現れる方が目立つ分、警戒も早いわな。

「ええ。そういうあなたは?」

無論、名前は知っているが、この人とは“初対面”だ。
うかつに名前を呼ぶヘマはしない。

「死人がなぜここにいる?」

俺からの質問は無視し、鋭い目線とともに、月詠中尉は続けた。
あの3バカも、中尉の背後から厳しい表情で俺を見ている。

「――ぶしつけだな。俺が死んでるように見えるとは、その目は飾りか?」

おかえしとばかりに聞き返す。

「……とぼけないでもらおう。返答次第によっては――」
「貴様等に答える義務はない。そして答えるつもりもない」

殺気を放つ月詠中尉。

「俺に関することは国連軍の機密であり、帝国軍の、それも斯衛とはいえ一介の中尉に話せることではない。居候は居候らしく、護衛は護衛らしく、おとなしく御剣訓練兵に張り付いておくといい――俺が刺客なら、護衛のいない今を狙うがね」
「なっ……!」

あからさまな怒気を放つ月詠中尉。狙い通り。

「中尉。俺はこれでも多忙でね。そちらと違って将軍の縁者とはいえ、たかだか訓練兵一人にかまけておられんよ。貴様等の大事な“アレ”については総戦技演習に合格するまで接触するつもりはない。俺を“アレ”に近づけたくないのなら、それまでに除隊させておくんだな」

これは本当だ。今は冥夜にかまっている暇はない。新OSの開発、未来の対策、それと夜の特殊任務(コレ一番重要ね)。俺にはやるべきことが多い。
また、訓練兵に手を出すのは任官してからと決めている。任官できなければ……運命にまかせよう。

「貴様!」「冥夜様を“アレ”などと!」「無礼ですわ!」

激昂する3バカ。まあ当然だろう。

「“アレ”を特別扱いしろとの命令は受けていない。よって、他の訓練兵と同等に扱うだけだ。だいたい無礼というが、貴様等、自分自身の発言内容が、国連軍少佐に対するものとしてふさわしいと思っているのか?――それとも、斯衛“小学校”の時間割に、礼節の科目はないのかな?」

「くっ!貴様ぁ――」

いい感じでキてる。
だが、いくら怪しいとはいえ、斯衛が副司令直属の俺に危害を加えた場合、どのような問題になるか想像できないほど、この女は馬鹿じゃない。
威嚇する獣でも、檻に入っていれば怖がる必要はない。たとえ檻を破り、襲い掛かって来たとしても──今の彼女では俺には勝てない。

しかし――俺が少佐でも訓練兵でも詰問方法が変わらないとは、ある意味すごい女だ。誰であろうと冥夜に危害は加えさせないということか。

「さっさと下がれ。現時点で貴様等に話す事など何もない」

その言葉に、斯衛四人は俺を睨む。それはもう睨む。
“前の”真那の顔は優しげな笑みしか覚えていないので、この殺す気の睨み顔は懐かしい。

「……いくぞ」

3バカを連れて去ろうとしたが、ここで聞いておかないと、今後口をすべらせそうな事を抑えておかねばならない。

「待て、まだ名前を聞いてない。教えてくれんのなら、次は“赤いおねーちゃん”とでも呼ぶぞ?」
「……月詠真那中尉だ」

一瞬だけ足を止め、振り向かずに答えて、去って行った。



<< おっさん >>

とりあえず、想定通りにいい感じに怒らせたようだ。
俺への憎しみが強いほど、それが反転したときのデレっぷりはすごい。それが月詠真那という女だ。

一旦惚れると、真那は冥夜以上に従順で、盲目的だ。
冥夜の形見の皆琉神威の鞘を押し込んでやると、敬愛する亡き主人との繋がりを感じて、狂喜していた。あれだけ喜ばれたのだから、“前の”冥夜も草葉の陰で満足したことだろう。良い供養になったはずだ。

また、ときどき出会った頃の事を話題に上げると、10年以上昔のことを「あ、あの時は……申し訳ありませんでした」と捨て犬のようにすがり、大抵のプレイを、機嫌を取るように受け入れた。
そんな“前の”真那を考えると、今回の真那の態度――事が及んだ時、どれほどの表情を見せてくれるのか、ゾクゾクする。

「ククク……」

そう遠くない未来に思いをはせ、俺は愉悦の声を抑え切れなかった。
――しかし、3バカはやっぱり、4Pしかさせてくれんのだろうなぁ……。



…………………………



<< 月詠真那 >>

奴の経歴はどう見ても捏造したもの。いったいどこから突っ込むべきか迷うほど穴だらけだ。
城内省のデータベースでは死亡扱いのまま。
怪しさ極まりない男を見極めようと威嚇を交えて反応を見てみたが……つかめない男だった。

単なる刺客ではないようだが、最後の殺気を受けても、悠然と受け流していた。いや、微笑さえ浮かべていた。
あれはこちらが手を出せないと確信していただけではない。
隙だらけのように見えて、隙のない姿勢。
こちらを見透かすような目。
あの若さであれほどの堂々たる態度。
奴の述べた内容も、口惜しい事この上ないが、正論だった。

……今わかるのは、奴が油断ならぬ男だということだけだった。

「小細工が通じる相手とは思えんが……どう手を打ったものか……」
「「「……真那さま~……」」」

いかん、部下の前で弱気を出してしまった。

「警護に戻る。奴に対しては交代で目を光らせておけ。動きがあればすぐに知らせろ。単独で当たってはならんぞ。それと……情報省に奴の経歴を委細もらさず洗うよう、指示しておけ」
「「「了解!」」」



…………………………



<< 彩峰慧 >>

「ククク……」「あ……」

昨日と同じく、言葉少なく過ごした昼食を終え、いたたまれずに屋上に来ると、新任の少佐がいた。――笑っていた?

「ん?おお、彩峰か。偶然だな」

敬礼。答礼を待ち、手を下ろす。
少佐と話すのは気まずい。私たちはまだ何も問題を解決していない。いや、まだ話題にさえ上げることができない。

「失礼します……」

そう言って踵を返そうとすると、止められた。

「まあ待て、俺は今から戻るところだ。ここは譲るよ」

少佐は階下へと続く扉を開けようとした。
ここで放っておけばよかったのかもしれないが、私の中でくすぶっていた何かが少佐を呼び止めてしまった。

「待って」
「……彩峰。そこは『お待ちください』だ。上官にその物言い、殴り倒されても文句は言えんぞ」
「……申し訳ありません」

私は丁寧な物言いが得意ではないが、苦手というほど苦手でもない。
少佐が同じ年ごろであることから、つい出てしまった。若くとも上官であることを忘れてはいけない。

「で、なんだ?」

呼び止めるつもりはなかったが、やってしまった以上、聞きたかったことを尋ねる。

「先ほどの、お話のことです」
「先ほどといっても色々ある。質問の内容は明確にしろ」

「……私たちが、演習に不合格となる可能性が高いとおっしゃった理由についてです」
「ふむ。俺の発言に、わかりにくいところでもあったか?」

「いえ……」

私は、自分の考えを述べた――。



…………………………



「貴様の話を要約すると、自分は悪くない、悪いのは榊だ、ということか?」

顔が“かぁっ”と赤くなるのが分かった。
たしかにそう要約されてしまうとそうなのだが、いかにも子供っぽい言い訳のようになってしまったからだ。
違うとも言えず、私は返答に窮した。

「ふむ……貴様等の問題は神宮司軍曹に任せてあるのだが……まあいい。おい彩峰。貴様、神宮司軍曹に恨みでもあるのか?」
「?――いいえ?」

わけがわからない。

「では、貴様と神宮司軍曹、軍に関する知識、経験、技術において、どちらが優れていると思う?」
「――軍曹です」

比較するまでもなく、当然のことだ。
格闘技術だけはなんとか超えるものの、いざ“戦い”となると足元にも及ばない。総合力で差がありすぎるのだ。
無論、いつかは越えてみせるという意志はある。

「しかし、貴様は2つの点で軍曹を侮辱している。まず第1に、軍曹が貴様等の中で、最も指揮官特性があると認めた榊を、貴様が認めていないこと。すなわち、軍曹の判断を認めていないということだ」
「!……」

言葉がでない。

「第2。貴様が“上官の命令は絶対”という軍の原則を真っ向から否定していること。貴様がダダっ子のように振舞えば、その教官である神宮司軍曹はこう思われる――軍の掟の初歩を、教え子にろくに浸透させることのできない無能だ――とな」
「ちがう!わたしはそんなつもり――」

最後までいえなかった。頬に衝撃が走り、身体がよろめく。少佐が私を殴りつけたからだ。

「そこは『はい、そうではありません』だ、彩峰。殴り倒されても文句は言えないと、さっき教えてやったばかりだろう?」

悔しさで視界が歪みそうだった。

「それと、貴様は榊を無能というが……お前の力はそれほど大層なものか?格闘能力が高いとのことだが、俺が“撫でて”やっただけでそのざまでは、知れたものだ」
「今のは……不意打ちでしたので……」

私の誇り。格闘なら負けない。こんな地位だけの“若僧”に……

「……訓練に付き合っていただければ……本気をお見せします」
「ほう?俺との訓練を希望するか」

「……ぜひ、お願いします」
「戦技教練は俺の職務範囲ではない。──それを押し込むのだから、それなりの見返りをもらおう」

見返り?はぐらかして逃げる気だろう?

「なんでしょうか」
「もし俺に一撃でも入れられれば、先ほどの発言を、謝罪も付けて撤回しよう。もし一撃も入れられなければ――お前のおっぱいを俺の気が済むまで揉ませろ。この条件でどうだ?」

──は?――――――今、なんと言ったのだこの男は?

「聞こえなかったのか?お前のおっぱいを――」
「――いえ、聞こえました。その条件で結構です」

おっぱいおっぱいと――こいつはただのスケベ野郎だ。
絶対に後悔させてやる。後遺症なんて知ったことか。病院でのたうちまわらせてやる!

……このとき私は思考がマヒしていたのだろう。なぜあんな条件を飲んでしまったのか……
しかし、事が終わった後、拒否すればよかった、とも思えなかったのが、余計に腹立たしかった。



…………………………



<< おっさん >>

「ちょっとサービスしすぎたかな」

介入するつもりはなかったが、偶然会って会話するうち、ヒントを与えてしまった。
しかし、彩峰とて馬鹿ではない。あの程度の原則論は理解している。その上でなお委員長が認められないのだから、根が深いのだ。
あの程度で持論を曲げるようなら、まりもも苦労しない。

「しかし彩峰のやつ……あいかわらずいいモンもってやがる」

さきほどの感触を思い出す。彩峰と最後に関係を持ったのは、主観時間で、彼女が死んだ10年前となる。それ以降、あの胸を超える女にはお目にかかれなかった。
そのため、若かりし頃の感触を確認したい誘惑に抗えなかったのだ。

小一時間揉んだことになるが――いつの間にか頬を赤らめ、息が荒くなってきた彩峰を見て、あわてて止める羽目になった。

自分に誓ったのだ。訓練兵のうちは手を出さないと。

――今回のは、手を出したうちには入らないよな?



[4010] 第4話 多忙なるおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/15 02:42
【第4話 多忙なるおっさん】

<< 香月夕呼 >>

10月25日 午前 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

社に呼びにいかせた白銀を待つ間、ふと数日前の事を思い出す。
あの残されたメモを見て、私は屈辱を覚え――なかった。不思議なことに。

散々好き勝手に嬲られ、失神どころか失禁までさせられたというのに。
体中、いたるところに精液を――二つの大事な穴(後ろは初めてだった)には溢れさせられ、髪の毛も顔も、パックをしたようにカピカピ。そうじゃない所を探すほうが難しいありさまだった。
いつ飲んだか飲まされたのか、よく覚えていなかったが、胃にも大量に入っているのがわかった。
誰かが見れば、複数人――それも最低10人以上にレイプされたとしか思わないだろう。

起床後、正気を取り戻した後、シャワーで洗い流し、なんとか汚れと臭いを取ったが、大変だった。
しかし、ここ最近感じていた体の芯にある疲れが――キレイになくなっているのがわかった。
あれだけ好き勝手されたのに、筋肉痛も無い――まあ、一部、擦過傷らしき痛みがかすかにあるが。
どうやら“優しく”蹂躙してくれたようだ。
なるほど、ストレス解消という点では、かなり効果が高い。

「アンタ、本当に人間?」

次の日、あまりの精液の量に、戯れにそう聞いてみた。

「――はは、若返った分、有り余っていたようで、力の加減が効きませんでした。――でも、その質問は昨日のシミュレーターの際に聞けると思ってましたが」

昨日の余韻など微塵も残さず――愚かな男にありがちな、“一度寝たら俺の女”という雰囲気は無かった。
昨日の行為で調子に乗って、馴れ馴れしい口調で呼んで来たら一喝してやろうと思っていたが、そこは、さすが“前の”私が恋人としていただけのことはある、といったところか。
公私の区別はキッチリやるようだ。

「戦術機なんかより、昨晩のアンタの方が異常よ」
「自分でもそう思うので、否定できませんね。まあ、次は抑えますよ」

“次”があるのが当然というように、白銀は答えた。

「そう願いたいものね。まさかこの年でオモラシさせられるとはね」
「だから、手加減しますってば」

お互い、苦笑と皮肉を交じえた。



…………………………



「XM3ができたわ。プロトタイプだけど」

私の部屋に入った白銀に、開口一番。

「っ!――早いですね。開発を始めたの、昨日でしょ?」

白銀の驚く顔は、初めて見たような気がする。

「“前の”世界で作った時より設備も要員も充実してるし、アンタの中で完成系が出来上がってたからね」
「そりゃそうでしょうが、──凄いな」

にっこり微笑む白銀。一瞬、見とれる。
――この私を、一晩寝ただけでこうまで変えてしまうとは……白銀と寝るのは早すぎたかもしれない。
しかし、私の意地にかけて、頬を赤らめるような初心な反応は見せてあげない。

「ピアティフと社を貸すから、調整を進めなさい。まりもは訓練部隊の教練時間以外は空けてあるから、調整して適当にやるといいわ。――ああ、社は今日は眠らせてあげなさい。プロトタイプ作るのに徹夜だったんだから」
「了解。A-01への顔合わせはいつにしましょうか?」

「アンタの好きにしなさい」
「では、明日中に使える形にしておきますので、明後日に顔合わせと、XM3の座学、シミュレーターでの演習を行えるようお願いします」

白銀は当然ながらA-01の事も知ってた。
“前の”世界でオルタネイティヴ4の再移行時に、今のメンバーで残っていたのは伊隅、速瀬、涼宮姉妹の4名。他は戦死。

A-01部隊はオルタネイティヴ4の凍結時に、各地に分散され、警備などの閑職に回されたそうだ。
白銀たち207小隊は、彼女らのバックの力もあってか、分散はされなかったようだが、アラスカのユーコン基地に飛ばされた。
そして、いつしかアラスカ方面にBETAが集中し、武勲を立てる機会を多く与えられたものの、白銀以外は皆戦死。

「飛ばされた所が逆なら、俺が伊隅達に敬語を使ってたでしょうよ」

とは白銀の言だ。それは贔屓目もあるだろうが、伊隅たちの力を認めている事は間違いない。
白銀の部下として申し分の無い働きをしたそうだ。

「2日後ね、手配しとくわ」

そう、確かに私はピアティフを貸すといったが――“ああいう”使い方までされるとは思いもよらなかった。
このとき、私もまだ白銀武という男を把握しきれていなかったのだ。



…………………………



<< イリーナ・ピアティフ >>

10月25日 午前 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

先日現れた謎の青年、白銀武。
香月副司令は、どう見ても10代後半の彼に、少佐の地位を与えた。
衛兵とのやりとりから、副司令の元へ行くまでに見聞きした事を考えると、彼は無階級だったはずだ。

それに、その時のシミュレーターでの驚愕の結果。
指の震えを隠すのに、表情を保つのに必死だった。
文官出身だが、それがどういう意味を持つことかくらい、十分に理解している。

私は、香月夕呼という女性の凄さを知っている――つもりだ。

あの年齢にして、年配の政治家、高官と互角以上にやりあう知力と胆力。
どこまで先を見ているのか、深遠な思考は、何人も測ることは適わない。

彼女は、どれだけの異才を目にしても、せいぜい「まあまあね」という感想を口にするだけだ。
私の知る限り、衛士として最も完成された伊隅大尉。
その大尉を育て上げ、自身も衛士として優れた能力をもつ、神宮司軍曹。
どちらも「まあまあ優秀な衛士ね」と評価されたことを覚えている。

――その彼女から「凄腕」という評価を与えられることは――そういうことなのだろう。

驚異的な速さでプロトタイプのバグ修正と、データパターンを積み重ねる。
10時間以上、ほとんど連続でシミュレーターに乗っても平然としている。これだけとっても異常だ。
そして、2日目も早々に、作業が完了した。

「これで基本形は完成だな。さすがはピアティフ中尉。感謝する」
「ありがとうございます。ですが、私の力など微々たるものです。基本プログラムは社の手ですし、白銀少佐の発想と操縦技術が大きいでしょう」

謙遜ではなく、本心からそう思う。私が昨日の作業で音を上げなければ――というよりも、少佐が私の疲労に気付いて、作業を切り上げてくれたのだが――昨日の内に作業は終わっていたはずだ。

しかし、私は少佐の真の凄さを、この後思い知らされることになる。

「では、時間が余ったな。副司令への報告前に、一服入れないか?」

少佐の提案に、私はうなずいた。

――そして、どうして“そう”なったか経緯はよく覚えていない。
ただ、彼がとても優しく――時折、野獣のように――私は8時間もの間、延々と蹂躙され続けたのは確かだ。

数日後、私と白銀少佐の関係に気付いた副司令に、緊張とともにこの2日間の出来事を正直に話すと、責めるでもなく、

「アイツ、最初からそのつもりで2日もとったのね」

とおかしそうに笑っていた。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

10月27日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

私は今、香月副司令と、新任の白銀少佐――先ほど他のメンバーに先立って紹介された――の隣に立っている。

「白銀武少佐だ。よろしく頼む」

今日は新プロジェクト――新OS、XM3の慣熟訓練が始まる日。副司令からは2日前に聞いていた。
なんでも、このプロジェクトの主担当となるのは、これまで存在を極秘にしていた副司令の腹心との事だ。私以外にそのような衛士がいたとは驚きだったが、その人物を見た時、さらに驚かされた。

「よろしくお願いします!」×9

私を除くA-01の9名が、幾分の驚きの表情とともに敬礼する。
私も彼女達と同じ表情をしていたはずだ。

「どうせ聞かれるだろうからあらかじめ言っておくが、俺の戸籍年齢は18才、精神年齢は38才だ」

さっきもそう言っていたが……若僧と思ってあなどるなよ――と、そう言いたいのだろう。
これが技術士官であれば、香月副司令の例もあるので、驚きは少なかっただろうが――衛士。
つまり、我々と同じ畑の人間ということだ。

「俺の担当は新型OS、XM3を貴様等に教導すること。あと、香月副司令の夜伽だ」

――え?よとぎ?って、もしかして、アレのこと?え?

「ちょおっと!何言ってんのよ!」
「おや、何ですか副司令?」

「何ですかじゃないっての!まったくこのエロオヤジが……」
「まあ、数日もすればすぐわかる事です。詮索されるよりはいいでしょう」

「くっ……このっ」

顔を赤くして、怒るに怒れない副司令。“あの”副司令が……信じられない。
私はこの光景を一生忘れないだろう――香月副司令があしらわれて、照れているなど。

こんな反応をするという事は、先ほどの言葉は本当か。
さっきの副司令の反応もそうだが、その事実に皆固まっている。

「――まあいいわ、あとは任せるから、いいようにやんなさい」

この切り替えの速さは、さすがと言わざるを得ない。
さっさと部屋から出て行ってしまった。



<< おっさん >>

「では、任されたので、ここからは俺が仕切らせてもらおう。まず――A-01の自己紹介といこうか。伊隅大尉は先ほど聞いたので結構だ」

伊隅みちる。凛々しいのはこの頃から変わらない。
ギャップが凄いのは委員長と同じだ。というか、このタイプはみなMなのだろうか。
同じMでも、委員長を剛のMとすれば、みちるは柔のMだ。
ハードなプレイで身体的苦痛を与えないと満足しない委員長と違い、言葉責め、鼻フック、アソコの匂いの評価など、精神的屈辱で快感を得るタイプで、ソフトSの俺と非常に相性が良い。
「メスブタ」と囁けばすぐに気をやってしまうので、扱いやすかった反面、顔に唾を吐きかけられて(洋画でケンカを売るときによくやるアレだ)罵倒されるのを好む性癖は、俺もちょっと引いたものだ。
あんまり何度もせがむので、一度やってあげたのがまずかった。拒否すると、やるまで不機嫌な状態が続くようになった。──まあ、大した労力も使わないお手軽プレイなので、すぐに俺も慣れてしまったが。

みちるはかつての思い人への後ろめたさから、自分から迫ってくることはなかったのだが――横浜基地についてから、夜のスケジュール調整は彼女に任せていたが――ほんの少しずつ、自分の割合を増やしているのが微笑ましかった。
それを指摘すると真っ赤になってうつむいたのがあまりに萌えたので、その場で始めてしまったのはまあ笑い話だ。

今回もぜひ確保したい相手だが、彼女の思い人は、今ごろはまだ生きているはずだ。
死んでからもなお思い続けていた相手なのだから、今、彼女が俺になびくことはないだろう。
また、“前の”世界に比べ、XM3と00ユニットの完成が10年も早いので、あの男が戦死しない可能性はそれなりにあるはず。“この”世界では関係を断念することも考慮しておこう。

「速瀬水月中尉であります!A-01の副隊長を務めております」
「涼宮遙中尉です。A-01の戦域管制の担当です」

この2人も懐かしい顔だ。
水月は、普段の言動とは裏腹に、2人きりの時は甘えたがりとなる。
――これは水月に限らないが、彼女や真那のように普段勇ましい女は、大抵2人きりの時は反転する。
水月は水泳が得意ということから、風呂場プレイをよくしたものだ。水泳と風呂は関係ないはずだが、このあたり俺もどう繋がったのか覚えていない。
またあの髪を、体を洗うタオル代わりに使わせてもらうとしよう。

遙は結構芯が強く、なんだかんだでいつも彼女の思い通りのプレイになっていたな。
このあたり、なんだかんだで結局俺のリクエストを受け入れる水月とは違う所だ。
遙を使って好き勝手にやったはずなのに、今考えると、そうなるよう誘導されていた感がある。
侮れない女だ。今回は警戒しておこう。

ちなみに、この2人は、よく並べてバックから突いたものだ。
みちる用の鼻フック(ちなみに委員長の形見だ)をつけさせ、よりブタの真似をした方を突いてやる、というルールにすると、2人して競ってどんどんブタになっていった。
そのあまりの熱っぷりに我慢できず噴き出したが、その直後、鼻フックをしたままの2人から、袋叩きにされた苦い思い出もある──しかし、アレはぜひ、今回も試したい。

「宗像美冴中尉であります」
「風間祷子少尉です。よろしくお願いします」

こいつらは新顔だな。どちらもなかなかそそる。顔、体、共に申し分ない。

宗像は…(分析)…ちょっと手ごわそうだな。後回しにしよう。
ただ、隙がないわけではなさそうだ。一度壁を突破すればどうとでもなる相手だ。

風間は…(分析)…ふむ、こちらは意外と壁は薄そうだ。2時間弱といったところか。
こいつはおそらく、俺の好きな、なんでも受け入れるタイプだ。優先度を上げておこう。

「涼宮茜少尉であります」

おおう、久しぶりだな茜。
こいつは特に特徴は無いのだが、オールマイティになんでもこなすタイプだ――もちろん、戦術機ではなく、アッチの事だ。
抜きん出たところがないのを本人は気にしているが、俺から言わせてもらえば、なんでも出来るので、空き時間、手持ち無沙汰になったときはよく茜を使ったものだ。累計使用時間は最長かもしれない。
「お前って、特徴ないよな」とボソっと漏らすと、一生懸命俺を喜ばそうと、色々とガンバるのがとてもカワイイやつだった。
意外と姉妹プレイに抵抗があったので、今回もまた苦労するだろうが――まあ、それも楽しみのうちだ。


「柏木晴子少尉であります」
「つ、築地多恵少尉であります」
そして、高原、麻倉と、自己紹介が続いた。

この4人は“元の”世界以来だな。
柏木は同じクラスだったが、他の3人は茜と同じクラスだったか。ラクロスで見覚えがある。
柏木、築地は彩峰ほどではないが、なかなかいいモンもっているな。機会を見つけて揉んでおこう。
高原、麻倉も顔、スタイルともに申し分ない。

――これはまいったな、どいつから手をつけたものだろうか。



<< 伊隅みちる >>

自己紹介の間、少佐は真剣な表情で、我々を見ていた。
その目は、何かの決意を秘めていた。彼もまた、色々なものを背負っているのだろう。

「――では、XM3の座学を行なうが、それに先立って何か質問はあるか?」

「先ほどの38才というのは、どういう意味でしょうか?」

皆に先立って、速瀬が質問する。これは皆が気になっていた点だろう。

「そのままだ。まあ、細かいことは気にするな」

意味あり気なことをいったくせに、あっさり流された。
上官にこういわれると、これ以上は突っ込めない。

「あのぉ、ヨトギってなんですか?」

これは築地だ。夜伽の意味を知る人間――築地以外全員知ってるようだ――は「オイオイ」という表情だ。意味わかんなくても、あのやりとりで察しなさいよ……。

「ん?知らんのか。夜のアレのお相手だよ。ありていに言えば、セックスの相手だ。セックス。まあ俺の場合は夜とは限らないんだが」

築地はやっと理解したのか、赤面してうつむいた。バカめ。
――しかし、真顔でセックス発言とは。少なくともお上品な坊ちゃんではないようだ。

「俺は副司令のお相手ではあるが、恋人ではなく、独占されているわけでもない。よって――貴様等も溜まったらいつでも来い、スッキリさせてやる」

にやりと笑う少佐に、皆一様に引いている。
任務上、このような人物と会う機会はなかったので戸惑っているのだろう。
少佐は、我々がどう反応するか、楽しむようにニヤニヤと眺めている。

だが、香月副司令の言葉で振り回されることの多い我々は、このような時回復も早い。
さっそく、不敵なことでは群を抜く宗像が発言した。

「速瀬中尉。中尉が最も溜まっていると思われるので、この際お世話になってはどうです?」

いつものように速瀬に振った。この後の流れは容易に想像が付く。

「はあ?何言ってんのよ。あんたこそ、気持ちよければいいっていつも言ってんじゃない」
「私は適度に発散してますので――速瀬中尉は白銀少佐と気が合うのでは?なにせ速瀬中尉は戦闘に性的快感を感じる、一種の変態ですから」
「な、宗像ぁ!」「って、築地が言ってました」「築地ぃ!」「うそぉ!?」

いつものやり取りで、他のメンバーも膠着が解けたようだ。
その反応に満足したのか、白銀少佐が笑い声を上げた。
さっきの宗像の発言は、少佐のことも変態呼ばわりしたようなものだが、気にもとめていない。
その程度でヘソを曲げるような器量ではないようだ。

「はっはっは、いいなお前ら。気に入ったぞ。――しかし速瀬、戦闘なんかで満足するのは不毛だ。俺が矯正してやろう。今晩来るか?」
「い、いいえ!結構です!」

少佐とて本気で言ってないだろうが、速瀬の慌てた反応を楽しんでいる。

「それは残念。さて、おしゃべりはこのへんにしとこうか。座学をはじめよう」

内容は無茶苦茶だが、良い感じで空気がほぐれたようだ。
シモネタで緊張をほぐす軍人は、そう珍しい存在ではない。
A-01にはいないタイプだったが、これが彼のやり方なのだろう。



[4010] 第5話 無敵のおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/15 02:42
【第5話 無敵のおっさん】

<< 伊隅みちる >>

10月27日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

「――以上がXM3の特性だ。質問はあるか?」

白銀少佐によるXM3の講習。
彼の話は流れるようで、とてもわかりやすい。

「即応性の向上と、先行入力による動作膠着の省略は想像しやすいのですが、コンボとキャンセルの有効性について――」
「うむ、そこは各々の特性によって異なるが――」
「なるほど、では――」

A-01のメンバーの不明点を解消する形で講習が進む。

「さて、概念は頭に叩き込んだな。では、これより実際の操作映像を見せる。地上戦闘とハイヴ戦闘の、2パターン用意してある」



…………………………



「すごい……!」
「どうやってるの……」
「うそ!?そこで跳ぶの?」

白銀少佐の不知火単機による操作例。
講習内容からその効果に期待はしていたが、これほどとは……。
我々の常識をひっくり返すその機動に、私も含めて皆、驚くことしかできない。

――そして、映像が終わり、白銀少佐が締めくくる。

「この映像と操作ログはいつでも見れるようにしておく。全員シミュレーターを使って慣熟訓練に入れ。2日後どれくらいの腕になったかテストをするので、それまでに慣れておけよ。仕様の詳細が気になったら、ピアティフ中尉に聞くといい。その他、疑問などがあれば、伊隅がまとめて持って来い」
「了解!」×10

テストか。精鋭を名乗る以上、恥ずかしいところは見せられない。これは気を引き締めていかなければ。

「ああ、テストといっても心配するな。このOSはどんなヘタクソでもエース級に戦えるように作られている。横浜基地最強である貴様等にできない訳がない」

これは、どう考えてもプレッシャーだろう。2日後までに上手くなっておけ、ということだ。



…………………………



10月27日 昼 国連軍横浜基地 PX

講習が終わった時点で丁度昼時だったので、全員で昼食を取ることとなった。
少佐は講習が終わると、他の用件で出て行ってしまった。彼も多忙なようだ。

「しっかし、白銀少佐って若い割に、なんてゆーか、話すことがちょっとオヤジくさいよね」
「精神年齢38才ってのは、うまく言ったものよね~」
「ちょ、ちょっと失礼よ、晴子、麻倉」

あはは、と笑い合う柏木と麻倉。それをたしなめる涼宮。
この中で外の空気を知っているのは私だけだ。丁度いい機会だから、教えておこう。

「お前たち、前線ではああいう会話は珍しくないぞ。むしろ軍の中では私たちがお上品すぎるだろう。よそに比べれば、宗像ですら可愛いものだぞ」
「へぇ~、そうなんですか?」

高原が聞き返す。

「ああ。前線では生死がかかっているせいか、性に関しては乱れてるというか、大らかというか……まあ、男もだいぶ減って、今はその傾向も下がりつつあるようだが、男女にかかわらず、誰それがいつ誰とやったとか、誰それの具合はどうのという会話は当たり前のように飛び交っているぞ」

へぇ~と、驚いたように声を上げる新任の5名。
速瀬達、先任には以前教えてあるので、いまさら驚きはしない。

「少佐の発言は上品と言いがたいが、あの程度の会話を流せないようでは、他部隊からの、良いからかいの的だぞ」

――しかし、あの若さで、前線の――それも佐官らしい空気をまとうというのは並大抵ではないだろう。
いったいどういう経験をつめば、あのような貫禄が出せるのか。
ただのスケベが副司令の目にかなうわけはない。
言動に惑わされず、彼の本質を見誤らないようにしなければ。

「しかし大尉、“宗像ですら”といわれるのは少々不本意なのですが――」
「何を言ってる。自分の普段の言動を省みてみろ」

という宗像と私のやりとりで、いったん解散となった。



…………………………



<< 風間祷子 >>

10月27日 昼 国連軍横浜基地 廊下

食事も終わり、午後の訓練再開まで楽譜を読もうと、自室へ向かう途中、ピアティフ中尉と白銀少佐を見かけた。

「あ、あの、少佐、今晩のご予定は……」
「や、イリーナ。悪いが夜は駄目だ。……だが、今から行こうと思っていた所だ。どうする?」
「そ、そうですか、じゃ、じゃあ部屋までご一緒に……」

今日、白銀少佐には驚かされっぱなしだったが――また言葉を無くす羽目になった。
彼の発言内容から、お相手は副司令だけではないだろうと思ってはいたが、ピアティフ中尉とまで関係しているとは……。

ピアティフ中尉は副司令直属という立場から、よく話す機会はあるのだが、毅然とした冷静な人だと思っていた。
それが、こうまで変わるものか。――これは、恋する乙女そのものの表情だ。

「白銀少佐――優秀なのは確かですけど、どうにもつかめない人ですわね――」

この時私は、後日、ピアティフ中尉と同じ表情をしているのを美冴さんに指摘されることになろうとは、想像すらしていなかった。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

10月29日 午前 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

講習より2日後。
我々はシミュレーター室へ集合した。

「白銀少佐、準備がととのいました」
「よし、では模擬演習をはじめる。まずは、お遊びだ。俺と貴様等全員で市街戦だ」

どういう形式でやるか色々予想はしていたが、少佐対全員とは。
お遊びとはいうが、どういうつもりだろう。

「1対9ですが、よろしいので?」
「いいんだ、お遊びだから。――とはいえ、貴様等の勝ちは明白だ。戦死したやつは、罰としておっぱいを揉ませてもらうぞ」

「――はぁ!?」×9
「では、各員シミュレーターに搭乗しろ」

おっぱい……か。なんというか、破天荒な人だ。

「ちょ、ちょっと、ま「涼宮」――大尉?」

慌てて少佐を引き止めようとする茜を止める。

一昨日言ったばかりでは、まだ少佐の冗談を流せないか。――いや、柏木だけはわかっているようだ。
いくら上官が絶対の軍でも、罰で部下の胸を揉むなど、軍規違反もいいところだ。

――しかし、ここは少佐に乗らせてもらうとしよう。

「フ、少佐のおっしゃることもごもっともだ。これほどの戦力差で落とされるようなマヌケは少佐の慰み者がお似合いだろう」
「た、大尉まで」

「速瀬中尉、揉まれたいからといって、わざと落とされないでくださいよ?」
「な、なんですってぇ!んなわきゃないでしょうが!」

宗像と速瀬だ。いつもながら、いいタイミングで会話を入れてくれる。
私たちの話が落ち着き始めたところで、

「オラァ、さっさと搭乗せんかぁ!」

と、すでに着座していた白銀少佐から怒声が響いた。これまたなんとも良いタイミングだ。見計らっていたのだろう。
このあたりの機微、彼を年下と思わない方がよさそうだ。

「は!ただちに!――全員、搭乗しろ!」

全員の準備完了を確認し、少佐が口を開いた。

「ようし、では状況開始。好きなように攻めて来い。――速瀬、柏木、築地!」
「「「はい!」」」

「お前等は良いモンもってるから、ずいぶん揉み甲斐がありそうだ。優先的に狙ってやるから気をつけろよぉ!」
「「は……はぁ」」

さすがの速瀬、柏木も頬が赤い。築地などは真っ赤になって「はわわ」と、どこかの軍師のような台詞を繰り返していた。



……………



ありのままに言おう。
気付いたら全滅していた。

少佐の模範映像と1日半の慣熟訓練で、完璧とは言わないまでも、部隊としては数倍の戦力を発揮できるようになった――と自負していた。

少佐の不知火は、右腕部を失い、銃弾は尽き、いたるところに損傷マークがついている。残る装備はナイフ1本のみ。――しかし、悠然と立っていた。

「よく動けるようになってるじゃないか。これほど追い込まれるとは思わなかった。さすがはヴァルキリーの名を冠するだけはある」

少佐は自信があったようだ。“貴様等が勝つのは明白”と言っておいて……人が悪い。

「よし、全員着替えてブリーフィングルームに集まれ。涼宮中尉、映像と全員分の操作ログをまとめておくように」
「りょ、了解」

その後、ブリーフィングルームに集められ、少佐は各人の短所を指摘しながら、また、長所をほめながら、XM3の理解を深められるよう注釈を入れながら、的確な助言を与えた。
その間、いつもの軽口、シモネタ発言は一切なかった。A-01のメンバーも軽口を一切挟まない――いや、挟めない。

私を含め、全員が理解したのだ。――この男が、コネなど関係なく、少佐という地位にふさわしい操縦技術と戦術眼を兼ね備えた男なのだと。
決して侮っていたわけではない。模範映像とその操作ログから、凄まじいほどの練度であることはわかっていたが……対峙してみるまで、わからないものだ。

予想より遥かに上を行かれたと思ったとき――私は体の中心に痺れに似た何かを感じた。
と同時に、私は思い人である“あの男”に、なぜか後ろめたい感情を覚えた……。

「――以上で全員だな。何か質問はあるか?……無いようなら――」
「はい」

「なんだ、宗像?」
「罰ゲームの順番はどうなさるのでしょうか?」

にやりと笑みをうかべて宗像が発言した。
ブリーフィングが終了したので重くなった空気を変えようとしたのだろう。
少佐は同じくにやりとしながら、

「そうだなぁ、ま、今回は貸しにしといてやる。全員分は腕が疲れそうだしな」

と言った。何人か(特に築地が)ほっと安堵しているようだ。
──あれ?風間もほっとしてる……?──アイツはこの程度の冗談と本気の区別はつく奴だと思っていたが。

「では、私が代表して罰をうけましょうか?」

え?柏木?

「晴子、何言ってんのよ!?」
「いやー、負けた上に借りを作るのもしゃくだし、みんなの分を私が肩代わりすれば、少佐の腕も疲れないかなって――ふに!」

いつのまにか、少佐が柏木の正面に立ち、真顔で、確認するように胸を揉んでいた。
その間、約10秒ほどだろうか。皆、固まっていた。無論、私も思考停止状態だった。

「――ふむ、思ったとおり、なかなか良いおっぱいだな、貴様。その勇気とおっぱいに免じて、これでチャラにしといてやる。では、解散!」

そういって、さっさと出て行こうとする少佐。

「け、敬礼!」

少佐が扉から出て行く寸前で、かろうじて間に合った。少佐は振り返らず、片手を挙げてそれに答えた。

少佐が消えた途端、柏木はへたり込んだ。

「や、やられたぁ~、まさかいきなり来るとは」
「はは、からかおうとしたか、柏木?逆にやられてしまったようだな」
「大尉~……」

10代の男性なら普通は赤面するのだろうが――少佐を侮ったな。
アレは柏木程度がからかえるようなタマではない。

「ま、いいか、半分本気だったし」

え?

「晴子、何言ってんのよ!?」

茜、さっきと同じ台詞だ。他の新任3人にいたっては、さっきから彫像と化している。

「いやー、少佐なら、まあいいかなって。性格はちょっと――いや、かなりオヤジだけど、顔も頭もいいし」
「ふむ、あの若さで地位も能力も備え、副司令との強いコネもある、と。確かにめったにいない優良物件だ。なかなか目ざといじゃないか、柏木」

柏木の言葉に、宗像が感心したように言葉をかけた。
それにしても、柏木は精神的タフさでは、新任の中で抜きん出ているようだ。

白銀少佐が現れてから、彼女達の色んな面が見えてきた。今のところ、色々と良い方向に事態を動かしているようだが、次は何をして我々を驚かせるつもりなのか。
一人の衛士として、また、一人の人間として、私は少佐に興味が湧いていた。



…………………………



<< 社霞 >>

10月29日 夕刻 国連軍横浜基地 脳みそ部屋

隣にいる香月博士の作業のお手伝いをしていて、私は白銀さんが横浜基地に来てからの事を思いました。

博士は変わりました。それはとても良い方向に変わったと思います。
何しろ、これまで最も博士を悩ませていた問題が、あっさりと解決したのですから。
あとは、タイミングの問題だけと博士は言っていました。

ピアティフ中尉も、随分表情が優しくなりました。

それ自体はいいのですが――白銀さんは私を見るたび、“前の”私を思い浮かべます。初対面のとき、白銀さんが何を思い浮かべても文句は言わないと約束しましたが……やはり恥ずかしいのです。

白銀さんの思い浮かべるのは大人になった私の……裸です。
『私』は、とても幸せそうに微笑んでいるから、『私』にとってそれは良いことなのでしょう。
でも――あんな、トイレに流すはずのものを飲むなんて。
けれど、『私』は嫌がるそぶりはまったくありません。それどころか、『私』からせがんでいました。

白銀さんは、“前の”私だけではなく“この”私のことも大事に思ってくれています。
美少女と思ってくれるのは、照れますが、――嬉しいです。
けど、「今でも口なら」「無理すれば入るかな?」とか思われるのは――すこし抵抗があります。

数年後の私はかなり、その、みだらになるようです。
しかし、あの心の底からの微笑み。こんな私でも、いつかあのように笑うことができるのでしょうか。
白銀さんのそばにいれば……。
あんな風に笑うことができるなら、私は、白銀さんと──

その時、2発の銃声が聞こえました。



…………………………



<< 白銀武 >>

10月29日 夕刻 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

A-01との訓練後、一人で食事を終えた俺は、状況報告のため、夕呼の部屋へと向かっていた。

「副司令、白銀です――ん?」

ロックが開いている?電灯は――消えている。
不審に思った俺は、幾分の緊張と警戒とともに、ゆっくりと部屋に入った。

「シロガネタケルかな?」

言い終わる前に、すでに俺の銃口は、不審者へと向けられている。

「動くな。ポケットから手を出して官姓名を名乗れ――手はゆっくりと上げろよ」
「これは唐突だな。あやしいものではないよ」

「聞いたことにだけ答えろ」
「やれやれ、ずいぶんせっかち(パン!パン!)ぐぉ!」

腹に2発。
当然、相手は言い終えることは出来なかった。

「……ううう……」

うずくまる不審者。

「ほう、防弾か。ただのコートじゃないな」

防弾コートとは珍しい。男は死にはしなかったが、衝撃でうずくまっている。

「――い、いきなり撃つとは、ひどいな、シロガネタケル……」
「2度、警告したぞ」

そういいつつ、俺は、照準を不審者の額に合わせている。
ここまで来れる不審者に対して油断するほど、俺はお人よしじゃない。

この部屋に入室可能な人物は、あらかじめ夕呼に確認してある。
誰かに連れてこられたのだとしたら、電灯が消えてるというのがおかしい。
この侵入者の稚気による演出かもしれないが、油断から命を失う羽目になっては、わざわざ“戻った”甲斐がない。
さらに、相手はポケットに手を入れていた。その状態で発砲できる銃はいくらでもある。
殺されて後悔する事もできなくなるのと、殺して後始末に悩むのとどっちがマシか、比べるまでもない。

「ちょっと!何事!?――アンタ、鎧衣?」

銃声に驚いたのか、夕呼と霞が慌てた様子で入ってきた。

「副司令のお知り合いでしたか?すみません、警告を無視したので撃ってしまいました」

会話は続けるが、鎧衣と呼ばれた男(──ん?鎧衣?)から銃口と目をそらさない。
また、夕呼にあやまりはしたが、内心、悪いとは思っていない。
警告を無視しても、俺が撃たないと勝手に判断したコイツがマヌケなだけだ。

「かまわないわ。こんな所まで勝手に入ってくる不審者は、撃たれても文句は言えないでしょ──白銀、もういいわよ。不本意だけど、一応知ってる奴だから」

その言葉で、俺はようやく銃をしまう。
やはり、この男は無許可で侵入したようだ。
夕呼は楽しそうで、爽快といった感じだ。知り合いではあるが、あまり心証は良くないらしい。

「――これは、手厳しいですな」

鎧衣と呼ばれた男は立ち上がった。まだ痛むだろうに、我慢強いことだ。

「で、何しにきたのよ」
「死んだ男が現れたとの報告を受けましたので、確認と、その他もろもろで」

「へぇ。で、コイツのこと、どう思ったの?」
「油断ならないというのは確かですな。撃たれるのは予想外でしたが、こちらの落ち度なので、気にしなくても結構だよ、シロガネタケル」

気にするつもりは毛ほどもなかったが、あちらも目に険はない。
さっきはマヌケ振りを見せたが、ここまで誰にも気付かれずに侵入できるほどの男だ。ただの中年ではないだろう。

「鎧衣さんとおっしゃいましたか。副司令とお話があるようでしたら、俺は席を外しますよ。――霞、行こうか」



<< おっさん >>

10月29日 夕刻 国連軍横浜基地 廊下

鎧衣ってことは――美琴の親父さんだな。
たしか、情報省だったはず。“前の”世界じゃ会うこともなかったが――なるほど、マイペースな所は美琴の父親なだけはある。
夕呼と何を話すつもりか知らないが、俺の耳に入れたほうが良いなら、あとで夕呼が伝えてくるだろう。

さて、時間が空いてしまったが、どうしようか。
午前は中途半端に揉んで不完全燃焼だったから、またイリーナを使わせてもらおうか。

そういえば、柏木。アイツもいいモンもっているな。
彩峰には大きさで劣るものの、もみ心地は上々だ。
“前の”世界で関係を持っていない中では、風間を最初にしようと思っていたが……柏木か。
クラスメイトの時は、何考えているかよくわからないやつだったが、この世界でも飄々としたものだ。ああいう女がどう乱れるか、興味深い。優先度を上げておこう。

──と、思考が一段落したところで、隣で歩く霞のことを考える。
そういえば、最近、霞にも避けられなくなった。
つい、“前の”世界の霞を思い浮かべてしまって、そのたびに顔を真っ赤にしてたからな。

それにしても、赤くなるのは当然リーディングしてるからだろうが、リーディングしなければ赤面せずに済むのに、なぜ続けるのか。――フ、決まってる。興味があるからだ。
――ふむ。予定よりかなり早いが、霞がその気なら仕方ないな。

その時、霞はビクッと身体を奮わせた。

「霞?大人になってみるか?イヤならいいんだぞ」

霞は、逃げ出――さない。これが答えだろう。
大丈夫、これ以上ないってほど、優しくしてやるさ。



[4010] 第6話 おっさんと教官と恋愛原子核
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/10 01:17
【第6話 おっさんと教官と恋愛原子核】

<< 神宮司まりも >>

10月30日 夕刻 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

白銀少佐発案による新OS、XM3の慣熟訓練を始めて、はや2日が経った。
今日も訓練兵の教練が終わった後、私は少佐からXM3の指導を受けている。

日を追うごとに、このOSの凄さを実感する。そして、これを発案したという白銀少佐に畏怖を覚えた。
これが普及すれば、間違いなく歴史を変えるだろう。

彼は、完璧なほど軍人だ。特に、公私の切り分けが徹底している。
一人前の軍人ならば当たり前の事だが、彼は18才だ。休憩時間のくだけた雰囲気と、訓練中の厳しい雰囲気。
一回り近くも若いが、いつも私の方が子供に感じる。精神年齢38才──本当に信じてしまいそうになる。

訓練の時、少佐の姿勢に甘いところは一切無い。
私とて、教え子から鬼や狂犬と例えられた事がある。──変な表現になるが、教練の厳しさには自信がある。
その私から見ても、厳しい。厳しいが、理不尽な厳しさではない。
教官職である私には、わかる。これは彼の優しさだ。──どんなに恨まれようと、生き延びる術を叩き込む、という。

──あの子たちが、戦術機指導を受けるときは、白銀少佐を随分恨むかもしない。
できれば、あの子たちが、少佐の真意に気付いてほしいのだが、少佐はおそらく私と同じ考えを持っているだろう。
『たとえ恨まれても、教え子が長生きしてくれれば、それで満足だ』と。
それくらいは、あえて言葉を交わさなくてもわかる。

私はふと、この人を育てたのはどんな教官だったのだろう、と興味が湧いた。さぞ優秀な教官に教練を受けたはずだろう。
休憩時間にそのことを訊ねると、少佐は誇らしげに語った。

「――ああ、最高の教官だったよ。厳しかったが、それ以上に優しかった。無論、軍人として優しい言葉はめったにくれなかったが……落ち込んだ時にくれた優しい言葉と眼差しは、今でも忘れられない。俺の理想だな。俺はいつも、教官役をするときは、“あの人”ならばこうする、と思ってやってるんだ」

白銀少佐は、休憩時間も私的な話題を避ける。しかし、彼は恩師のことを語るとき、いつになく饒舌だった。
これほどの衛士にそこまで言わしめる教官が、どのような人物か知りたかったが、「すまないが、それも機密だ」と言うだけで、年上の女性という事以外は教えて貰えなかった。

白銀少佐に軍人としての基礎を叩き込んだ女性教官。名も知らぬ彼女の事を語るとき、少佐の顔はいつになく優しかった。
嫉妬――そう、私は白銀少佐ほどの衛士から、心からの尊敬と、優しい顔を向けさせるその教官に、嫉妬していた。
会ってまだ1週間。色っぽい会話など1度もしてないはずなのに。年下なのに。――なにより、夕呼と付き合っている相手だというのに。

初恋の人物に、恋人が居ると知ったときと同じ種類の、だが、遥かに強い感情に、私は押しつぶされるような気持ちになった。
そして、この日以降、私は白銀少佐の教官について訊ねることは無かった――。











いや、正確には訊ねたいと思わなくなったというべきだろう。

この日の訓練後、何だかんだで何故か白銀少佐を私の自室に招くことになり――人生初の、嵐のような、甘美な体験をした。
決していい匂いのはずがないのに、顔中にこびりついた白い液体は拭い取るべき代物のはずなのに――私はその空気と感触に浸り、行為の余韻を味わっていた。

──親友にどう報告したものか、と頭の片隅で考えながら。



…………………………



<< 白銀武 >>

10月30日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

「ああ、またやられた!もう、難しいわね、これ!」

珍しい光景。
夕呼の部屋に入ると、夕呼がゲームガイで遊んでいた。

「何のゲームやってるんです?」
「この、バルジャーノンてやつ」
「……副司令は反射神経が皆無なんですから、他のにすればいいのに。パズルなんてどうですか?」

夕呼と、アクション・シューティングは水と油だ。
見ると、1面の序盤で全滅していた。

「うっさいわね、ゲームの時くらい、頭使いたくないのよ」
「ま、役立ってるようで何よりです。持ってきた甲斐がありました」

夕呼の暇つぶしにでも、と持って来たゲームガイだったが、つぶせる暇ができたようだ。
新理論の数式により、量子電導脳は既に完成目処が立っていた。これで00ユニットの完成は秒読み段階だったが、1点問題が残っていた。
ODL、反応炉を介したBETAへの情報流出。これをなんとかする必要があった。

「そうやってるってことは、解決目処が立ちましたか?」
「まあね。バッフワイト素子を利用した、単純なものだけどね」

「それでは、00ユニットの最終調整に入るんですか?」
「いえ、まだよ」

夕呼が言うには、理論的には大丈夫なはずだが、反応炉は、未だ不明点が多い。何かの手段でBETAに情報が流出すれば、“前の”世界の二の舞になる、とのことだ。

「では――00ユニットの起動は作戦直前ですか?」
「そうよ。XM3で、“前の”世界よりもいくらか時間が稼げるわ。アレも第4計画の成果の一つだしね。甲21号目標――佐渡島ハイヴ攻略の目処が立ったら、00ユニットの起動、調整に入るわ」

00ユニットを安定稼動させるまでの手順は“前の”世界で判明している。
また、“前の”世界で人類の敗北を致命的にした、00ユニットの機能停止を防ぐ方法についても、把握している。
夕呼に詳しく聞かれなかったので、今の所、俺だけしか知らないが。

「その前に、新潟のBETAを相手する必要があるけどね」

新潟BETA上陸は11月11日。1のゾロ目なので、よく覚えていた事象だ。
俺は、“前の”世界の出来事は、余すところなく伝えている。
大局を見た政治レベルの話は、夕呼の方が適役だ。
俺は手足として、夕呼の決定した方針を成功させるべく、必要な事を実行するだけだ。

「では、それまでは駒を少しでも使えるようにしますか。――てことで、いいんですよね?」
「ええ、期待してるわよ」
「了解」

夕呼の期待の言葉は、なかなか珍しい。とりあえず、事態は順調といったところだろう。



<< 香月夕呼 >>

「ところで、その駒たちはどう?伊隅たちを随分“こてんぱん”にしたみたいだけど」

白銀とは別のルートで、伊隅とまりもから、報告は受けてる。

A-01は、隊員同士で意見を出し合ったり演習したりで切磋琢磨できるのに比べ、まりもは一人という理由から、白銀はまりもを直接指導し、伊隅の方は定期的に質問をまとめて持ってこさせる、というやり方を取った。

伊隅によると、白銀は早くもA-01の連中から、親しみをもたれつつ畏敬されるという、なかなか良い関係を構築しつつあるそうだ。
まりもの方は、伊隅たちに比べて触れ合う時間が長いせいか、かなり心酔しているようだ。報告時の言葉の端々で、それが現れている。

――カリスマと言うものが白銀にはある。

まず、公私の切り分けがはっきりしている。私と何度も身体を重ねていながら、最中の時以外は名前で呼ぶことはない。
私はいちいち気にしていないが、コイツの毅然とした態度は、A-01やまりものような正統派の軍人は好感を持つだろう。技術士官の私には出来ない芸当だ(というより、するつもりはない)。

女ばかりの中に男ひとりという状況は、普通の男なら幾分抵抗があるだろうが、コイツの場合は心配するだけ無駄だろう。A-01の連中は綺麗どころが揃っているから、むしろ喜んでいるに違いない。

「ちょっと遊んだだけです。しかし、やはり筋がいいですね。“前の”世界で戦死してた奴等も、かなり期待できます。“前の”世界でも残っててくれれば、随分助かったんですが」

そう言って苦笑する。“前の”世界では、エース級はどんどん死んで行き、気付けば白銀が最先任。部隊のほとんどは新兵という、悲惨な戦いだったようだ。
その中で、トップエースとして君臨しつづける白銀は、自然とそれなりの振る舞いをするようになったとのことだ。
曰く、「俺の一挙手一投足に、新兵どもはすぐ影響されますからね。毛ほども動揺の色を見せないようになるには、結構かかりました。香月“准将”の振る舞いを参考にしましたが、彼女が若い頃から持ってた自然な振る舞いを、俺は年取ってからやっと出来るようになったので、あまり誉められたものではないですが」

その後、まりもの教練状況の報告を聞き、一通り用事が終わったので、私は白銀が入室したときから訊ねたかったことを聞くことにした。

「ところで、ピアティフと社――まで手を出すとは思わなかったけど、今日はどっちを相手してきたの?」

白銀からかすかに漂う精臭。一戦交えてきたことは容易に推測が立った。

「ああ、神宮司軍曹です」

しれっと答えやがった。

「まりも!?――まあ、時間の問題とは思ってたけど、……いや、アンタにしちゃ遅かった方かしらね」

まりもは惚れっぽいような、惚れっぽくないような訳のわからない所がある。
まりもの報告で、初日から白銀に随分関心を持っていたのは察せたので、そのうち、まりもの方から白銀を誘う可能性もある、と踏んでいたが。

「ええ。彼女なら大丈夫と思ったのですが、念の為、訓練に影響が出ないようにしようかと。お近づきになるのは、ひよっこ共が任官してからにしようと思っていましたからね」
「じゃ、どうして今なの?」
「まず、俺に好意を持った事が予想外でした。あえて、色っぽい話は無しで、事務的な話ばかりしてたんですが。それと、俺の教官への嫉妬です。“前の”まりもを少々誉めすぎたようで」

なるほど。自分に嫉妬したわけか。この点、私はまりもの心境を理解できる。
しかし、私と異なるのは、白銀の相手が“自分”だということを知っているかどうかだ。
まりもも、白銀を鍛えたのが“自分”だと知れば、嫉妬心も薄れたろうが――まりもには悪いが、親友とはいえ、白銀の秘密は私と社以外、情報を拡散させるつもりはない。

「それで、なにやら陰に篭りそうだったので、やむを得なく、ね」
「なーにがやむを得なく、よ、このエロオヤジが。――まあ、約束守ってるのならいいわ」

女性関係において白銀との約束はただ1つ。

『女性関係で揉め事は起さない事』

これを守る限り、白銀が誰に手を出そうと、私は関知しない。
“夜伽”をさせてはいるが、白銀を恋人としたわけではない。ここは、最初にハッキリさせておいた。
“前の”私は、白銀をずいぶん好きなようにさせていたらしい。
“前の”私が認めていた事を、“この”私が認めない、というのは自分に負けたような気になるので、基本的に、私も白銀の行動に目を瞑ることにした。

今の白銀を見ていると信じられないが、こんなケダモノでも昔は御剣一筋の頃があったらしい。
なんでもアラスカへ飛ばされたとき、ナントカ中尉の誘惑──その同僚から「悪いことは言わねぇ、アイツだけはやめとけ」という忠告を貰ったにもかかわらず──に、つい乗ってしまい、その晩「地獄を見た」とのことだ。
そしてその折、白銀は、頭の中で“種”のようなものが割れたのを感じた。
以来、白銀は人が変わったようにお盛んになった──と。

白銀が変化前後の自分の状態を自覚しているのも興味深いが、やりたい放題やっておいて、大きな問題にならないのを不思議に思った“前の”私は、次のような仮説を立てたそうだ。

『白銀の内包する恋愛原子核(我ながらいいネーミングだ)が、極度の性的抑圧に起因する“種割れ”により恋愛原子核崩壊をおこし、それを中心として怪しげな波長──これを恋愛放射線と名付ける──を発するようになった。恋愛放射線の作用として、白銀への好意の増幅、本人及び周囲の人間の倫理観に影響を与えることが推測される』

仮説だらけで立証しようもないが、なるほど、私らしい説だ。
まあ結局、この仮説が正しかろうが間違っていようが、白銀が複数の女性に手を出し、今の所、白銀の相手全員がそれを受け入れているという事実は変えようが無い。

「しっかし、あんたってつくづく規格外よね。──まあいいわ、来なさい」
「了解」

これから白銀の重要な任務の1つ、“夜伽”の時間だ。
暇つぶしの考察は今度にしよう。



…………………………



<< おっさん >>

10月30日 深夜 横浜基地 おっさんの巣

「ふう」

ベッドに横になり、ため息をつく。
今日は予定より早かったが、まりもを抱くことになった。

まりもの性癖はある意味王道で──精液好きだ。

まあ、その性癖自体、珍しくはない。イリーナや霞も同じで、嫌いという女は今までいなかった。
まりもは、特に激しいのを好む訳でもなく、多くの女の中で最もノーマルと言えるだろう。

しかし、まりものおそるべき点は、その底なし加減にある。持久力が半端ではないのだ。
どれだけ失神させてもすぐ回復して迫ってくる、ゾンビのような女だ。

一晩で何人も相手するのが当たり前の俺だったが、まりもを相手する時は余力が無くなるため、調整役のみちるが、スケジュールを組むのによく困っていた。
かといって大恩ある相手に回数を減らせ、とも言えず、よく俺に泣きついてきたものだ。

そういう理由もあって、まりもとの関係は後回しにしようと思っていたのだが、俺も若返ったせいで、はるかにパワーアップしている。俺の記憶にあるまりもであれば大した脅威にはならないだろう。
丁度、イリーナだけではもたなくなってきたところだ。

まりもはあの年の割に初めてだった(“前の”世界もそうだった)ので、今日の所は抑えておいたが、徐々に彼女のタフさを発揮してくれるだろう。
霞は、まだまだ開発中だ。当分、気を使って相手しなければならない。

夕呼の場合、こちらが“夜伽”をする立場だ。第一優先は夕呼の満足感。それが契約だ。初日は好き勝手してしまったが、以降、俺は自分を抑えてる。──ソフトSの俺は、発散するべき所が必要なのだ。

まりもに関しては整理がついたので、次は00ユニット──純夏の事を考えよう。

“前の”世界の、00ユニットとして目覚めた純夏は、当初は錯乱状態だった。
宥めても抱きしめてもなかなか効果が出ず、対処に困ったが、夕呼の「とりあえず、抱けば?」という勧めに従ってみると──あっさり安定した。

純夏の外見は、BETAに解体された当時の14歳の体だったが、俺は38才。親子ほど年が離れてしまったが「タケルちゃんはどんな姿でもタケルちゃんだよ♪」と受け入れてくれた時は、207小隊の連中が死んだ時以来の、久しぶりの涙を流した。
38才の中年が14歳の少女の腹に、顔をうずめて号泣する姿は、さぞ滑稽だったろう。
純夏は、自分こそが受け入れてもらえるか心配だったようだが、リーディングで俺の内心を読んで、そこはすぐに解決したそうだ。

しかし、リーディングによる問題が残った。

俺は多くの女性と関係したが、遊びで関係を持ったことなど一度もなく、また、全員の事を覚えている。
純夏は、その彼女たちとの間に起こった事を、リーディングにより全て理解してしまったのだ。

皆琉神威とドッキングする冥夜、鞭打たれる委員長、尿を飲む美琴、回るたま、唾棄&罵倒のみちる、ブタごっこの水月と遙。はたから見れば、とても愛などという単語は出てこないだろう。──しかし、俺は、間違いなく彼女たちを愛していたと、胸を張って言える。

純夏は嫉妬したが、俺の純粋な愛を理解した純夏は、怒ることはなかった。
──が、代わりとして、彼女たちに行った全てのプレイを要求した。

俺は必死で止めた。手首なんて入るはずがない、と。鞭や蝋燭なんて素質がなければ痛いだけだ、と。“たまスクリュー”は、たまにしかできないから“たまスクリュー”なのだ、と。それ以外なら尿でも鼻フックでも、なんでもやってやるから、と。

しかし、もともと頑固なところがある純夏は、強引に全てを実行に移し──全てをやり遂げた。

00ユニットは人間の体を忠実に再現しているとはいうものの、いくらか丈夫に作られている。
しかし、俺の記憶にある全てのプレイは、その耐久力を大きく超えていた。最後のプレイを気力でやり遂げた後、純夏は満足そうな顔で機能停止し──その目を二度と開くことはなく──俺は絶叫した。



「ぅすみかあああああああああああああああああああああ──!」



そのときの自分は、どうなったか覚えていない。気付けば、病室で夕呼と霞に看病されていた。



──純夏、今度はソフトSMまでにしような……。

まだ脳みそ状態の純夏に届くはずもないその言葉は、ただ俺の中で響くだけだった。

──しかし、こんな理由で人類が滅びたと知ったら、夕呼に怒られるかもしれないな……。

かすかな不安とともに、俺はひと時の眠りについた。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

10月31日 午前 国連軍横浜基地 グラウンド

「──以上です。それと、予定通り、明日、鎧衣訓練兵が退院し、午後の座学から訓練に参加します」
「そうか」

私は、いつかのように走る訓練兵を眺める白銀少佐に、訓練兵の状況と、鎧衣が予定通り退院することを報告していた。
その横顔を見つめながら、私はついさっきのやりとりを思い出す──



…………………………



結局、昨晩は夕呼の元へ行けなかったが、悩んだ末、今朝ようやく報告に行く決心がついた。
懺悔するように話す私を途中で遮り、

「ああ、いいわよ、別に」

となんでもないように返された。
夕呼と白銀少佐は、別に付き合っているわけではないらしい。
ということは、白銀少佐はいったい──と、悩みかけたが、

「細かいこと気にしないの。白銀のそういう所、悩んでも無駄もいいとこよ。好きなんでしょ?今はそれだけでいいんじゃない?」

といわれてしまい、幾分の抵抗感があったが、考え込むのをやめたのだ。
あまりあれこれ追求して、少佐から見捨てられるのが怖いという気持ちがあったのも否めない。

そして、いつものように訓練兵に持久走をさせているとき、白銀少佐がグラウンドに現れた。
少佐が訓練兵の前に来るのは、初日の顔合わせ以来だ。

「あ、白銀少佐……」

会った際、どう話しかけたものかまとまっていなかった私は、予想外の再開に、つい、甘い声をかけてしまった。

「軍曹。今は職務中だ。区別がつけられないようでは困る」
「は!申し訳ありません!」

背筋を伸ばし、謝罪と敬礼。
どう話かけようか、だと?──お手本が目の前にいたというのに、なんという失態だ……。



…………………………



「では、3日後──11月3日に総戦技評価演習を開始する。副司令には俺から言っておく。訓練兵には、本日の座学の時間に伝えておくように」
「了解しました」

少佐は、そうしめくくった。

軍人として、この人にはかなわない。
しかし、せめて見捨てられないよう、自分なりに努力しよう。女としても衛士としても。
今は、この人のそばにいられる。

──このとき、私は充実感と幸福感を感じていた。



[4010] 第7話 おっさんは閻魔大王
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/01 01:05
【第7話 おっさんは閻魔大王】

<< 御剣冥夜 >>

11月3日 午前 南の島 海岸

いよいよ、総合戦闘技術評価演習が始まる。

本来、予定ではあと1ヶ月近くあったはずだが、鎧衣が退院する前日、神宮司教官から、演習の日程が早まったことを伝えられた。

その際、榊は食い下がったが、教官からは「上からの命令だ」と返されたのみだった。
本来、榊のその態度は訓練兵にあるまじき態度であり、懲罰を与えられても当然だったであろうが、神宮司教官は我々に同情したのか、榊の反論については何も言わなかった。
鎧衣は、翌日の退院直後にその事を伝えられ、大層驚いていた。

私は、数日前に着任した白銀少佐の事を思い浮かべた。
少佐を見たのは、着任時の挨拶──我々の問題を浮き彫りにした、“あの”発言の時と、教官から演習の前倒しを伝えられた直前、グラウンドで少佐と教官が話していたのを遠目に見た、2回だけだ。
グラウンドで見たことが、この推測に直結するわけがないのだが、何故か私は、この前倒しの一因に、少佐が関連していると見ている。

ふと、月詠の忠告を思い出す。
あの月詠が随分警戒しており、“決して一人では近づかないように”と忠告してきた。
私は、まだ白銀少佐と直接会話はしていないが、あの目──邪悪な所は無かったように思える。
私は、幼少より多くの人物を見てきたので、人を見る目はそこそこあると、自負している。
その私の勘では、白銀少佐に害意は感じられなかった。

我等訓練兵の中で、白銀少佐と言葉を交したのは、着任初日に“あの”やりとりをした榊と、次の日、偶然屋上で会ったという彩峰のみだ。

あの日、いつもより重い雰囲気に耐えかねたように、屋上へ向かった彩峰は、午後の訓練で集合したとき、様子が変だった。
どこか抜けたような雰囲気。PXから出て行く時は、張り詰めた雰囲気だったが……。
何かあったのかを訊ねると、屋上で白銀少佐に会ったという。彩峰は多くは語らず、

「ずいぶん、揉まれた」

としか言わなかった。それまで見覚えのなかった、彩峰の服の擦過の跡を鑑みると、おそらく少佐と腕試しとなったのであろう。
負けん気の強い彩峰が挑んだのか、どこか不敵な所があった少佐が挑発したのか、あるいはその両方か。

しかし、我等の中で、最も格闘に長けた彩峰が“もまれた”ということは、少佐はそれほどの実力を持っているということだ。
あの若さで少佐というからには、技術士官だろうと思っていたのだが、その点、私の推測は外れたようだ。
(その後、月詠から我等と同じ年齢と聞いた時は、言葉がなかった)

それから時折、何か考え込む彩峰を見ることになり──彩峰は、榊へ反発することが少なくなった。
しかし、彩峰が内心、快く思っていないのは、皆も分かるほど表情に出ていた。
当然、榊もそれを察して不快感を示したが、表面上、指示には従うので何も言えなかった。

結局、初日に言われた少佐の問題提起について触れることなく、また、神宮司教官の懸命な指導──あきらかに“あの”日以来、命令や連携に関する注意点が多くなった──の甲斐もなく、問題を抱えたまま、我等は鎧衣の退院と、演習開始日を迎えることになってしまった。

不安はあるが、我等はこの演習に合格せねば──おそらく衛士としての道は断念せざるを得まい。
着任以来、ところどころに白銀少佐の影が感じられるが、この演習に不合格となれば、その繋がりは断たれる事になるであろう。
その予感は、私の中で確信に近いものがあった。

どのような懸念材料があろうと、合格したいという気持ちは皆も一致しているはずだ。
今はその意志を信じて、我等は進むしかないのだ。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

11月4日 午後 南の島 待機所

昨日、教え子達は命令書を受け、3チームに分かれて任務を開始した。
その状況を島中に設置してある監視機器類でチェックしながら、夕呼の事、白銀少佐の事、教え子達の事を考えていた。

夕呼──香月副司令は、白銀少佐が着任なさる数日前、この演習の事を話したとき、「南の島なら、息抜きに私も行こうかしらね」と言っていたので、その事を確認しようと思ったのだ。



…………………………



「やっぱ行かない」
「どうして?水着やビーチセットとか注文させたじゃない」

水着、サングラス、ビーチサンダル、チェア、パラソルなど、夕呼が楽しむ為の道具を全て、私は注文させられていた。──PXの担当職員に、白い目で見られながら。

「白銀が行かないらしいからね。溜まったら困るでしょ?」

平然と言った。

「もう、そんな理由で──」
「もともと、悩み事を紛らわすために行こうと思ってただけだからね~。ま、今はその悩み事も解決したし、ここには“ストレス解消機”があるしね」

白銀少佐をそんな風に例えるなんて、いかにも夕呼らしいが、悩み事があったとは驚きだ。
親友たる私にも言ってなかったということは、機密に関することだろう。

「まあ、あの道具類は貸したげるから、アンタは一人寂しく南の島でバカンスしてなさいな」
「もう、しようが無いわね……」

だが、寂しいというのは的を射てる。
近くにいない事を想像しただけで、喪失感を感じる存在。──白銀少佐はすでに私の中で大きな部分を占めている。

「まあ、出張前にたっぷり抱いて貰っときなさい」

あからさまな夕呼の台詞に、私は返答に窮した。

夕呼に言われなくても、そうするつもりだったからだ。



…………………………



結局、教え子達の問題を解決することはできなかった。

なんと、不甲斐ないことか。

確かに少佐は、最悪、演習に合格できるだけでいいと言った。
だが私は、きっと少佐にいいところを見せたかったのだろう。その気持ちが強く、かえって空回りしていた。
どういう訳か、いつも諍いの発端となる彩峰が大人しくしているので、あの子達の言い争いを見ることはなかったが──確実に、問題は内包したままだ。

彩峰が最近のように、この演習の間大人しくしていれば、おそらく演習は合格できる。
問題を先送りにして、少佐に任せることになってしまうが──最早どうしようもない。
後は基地帰還後、少佐と話して決めるしかない。

その少佐は、出発の前日、私の願いに答えてくれた。
「当分会えないから」といって、たっぷりと“餞別”をくれた。
その“餞別”は、私の膣内にまだたっぷり残っている。

少佐は“餞別”は冗談で言ったのだろうが、少佐が自室に戻った後、私はテープで厳重に蓋をし、零れないようにした。

避妊はしているので、残念ながら子供はできないだろうが、少佐を常に感じられる。
さすがに、このまま帰るとひどい匂いで少佐に呆れられそうなので、帰還前に、剥がして洗うつもりだが、それまではこのままにするつもりだ。

私が惹かれた少佐の軍人としてのふるまいは、プライベートになると一変した。
大人のように優しく、若者のように野獣。
そんな2人きりの時に見せる少佐の別の顔を知って、私はますます彼を好きになった。

その中で気付いた自分の性癖──変態さに、落ち込みそうにもなったが「そういうまりもが良いんだ」の一言で胸が温かくなった私は、きっと単純なのだろう。

──少佐は今、何をしているのだろうか。また夕呼かピアティフ中尉を抱いているのだろうか──それとも新しい女?

監視カメラで、野生化した彩峰がヘビを食べているのを確認しつつ──私は暖かい軍用スープを飲みながら、白銀少佐のことばかり考えていた。



…………………………



<< 涼宮遙 >>

11月4日 午後 国連軍横浜基地 シミュレーター管制室

「速瀬、先行入力が遅い!何のためのキャンセルだと思ってる!これで2度目だぞ!」
「申し訳ありません!」

「高原、麻倉、築地!またビビリすぎだ!」
「「申し訳ありません!」」「す、すみませ~ん」

「築地ぃぃぃ!!」
「は、はいぃぃ!」

「その腑抜けた返事は止めろと何度言わすか!いい加減殺すぞ!」
「も、もうしわけありません!」

白銀少佐の怒声が響き渡る。全員、ここまで怒鳴られるのは、訓練兵時代以来のことだろう。
幸いにも、CPという立場から怒鳴られることのない私だが、少佐の怒声が出るたび、私はどきりとさせられる。
直接怒鳴られている本人たちの心境は、いかばかりだろうか。

怒鳴られるのは全員だが、新任の5人の度合いがやはり高い。
昨日と同じく、すでに築地少尉の目には涙が浮かんでいる。

白銀少佐が我々の訓練に参加する、と連絡を受けたのは昨日のことだ。
それまでは他の用件があった為、少佐が私たちの訓練を見る機会はなかった。
しかし、最近数日予定が空いたので、その間私達の訓練を見る、ということで昨日から参加していただいている。

やはり、ピアティフ中尉のサポートがあったとはいえ、自分達であれこれ考えるのと、発案者に直接見てもらうのとでは大きな差がある。
怒鳴られながらではあるが、隊員達の動きがどんどん良くなっているのが顕著に現れている。

少佐は全員の操作を同時に見ながら、一つの操作ミスも見逃さない。
また、怒鳴りながらでも、その間に起こった他の隊員のミスも見逃さない。

また、少佐はよく怒鳴るのだが、1回目は淡々と指摘するに留まる。
2度目に同じことを繰り返すと、怒鳴るのだ。
──さらに、その怒鳴りを恐れて臆病な操作を見たとき、この人は最も強く怒鳴る。

「──よし、20分休憩とする。全員機体を降りて、体を休めておけ」
「了解!」×9

「涼宮中尉は、次の設定が終わってから休憩に入れ」
「了解!」

私にその命令を下した後、少佐は伊隅大尉にのみ回線を開いた。

「伊隅、築地をフォローしておけ。だいぶ凹んだだろう」
「わかりました」

鈍い私は、少佐はただ厳しいだけではない、という事が、1日目はわからなかった。
昨晩、少佐に指導をゆるめてもらうよう、直訴に行った記憶は、今でも恥ずかしく、忘れたく思う。
──いや、結果としては良かったのだろう。その事があったから、今の私がいるのだから。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

11月4日 午後 国連軍横浜基地 PX

PXで椅子に座ると、こらえきれずに、しゃくりあげながら泣き出した築地を宥める。
皆も泣き出した築地に同情的だ。心境は同じようなものだからだろう。

白銀少佐直々の訓練も、はや2日目。
──白銀少佐は、閻魔だ。

昨日の、訓練開始前の事を思い浮かべる。



…………………………



あの白銀少佐の指導を受けられると聞いて、隊員も皆、どこか楽しみにしていた。

「今度はどんなセクハラ発言するんだろうね」
「晴子~、あんた、もしかして期待してんの?」
「前はおっぱいだったから、今度はお尻かな?」
「いやいや、もしかしたら***かもよ~~!!」
「はわわ、高原さんえっちだべ!」

柏木の発言を皮切りに、茜のからかい、麻倉、高原の悪乗り、築地の謎の方言で、ヤダー、キャハハと、のん気にも笑いあっていた新任5人。
先任連中も私も、それを楽しげに見ていた。

そんな、のどかな雰囲気は、少佐がシミュレーターデッキに現れて一変した。
あの演習の際の、貫禄はあるが、くだけた空気は欠片も纏っていない、冷徹な目をした“戦士”がそこにいた。

私の方をちらりとも見ず、

「号令」

と短く声を発した。

「け、敬礼!」

慌てて言った私に、隊員が皆続く。少佐の完璧な答礼を待ち、手を下ろす。

「これよりXM3慣熟訓練を始める。涼宮中尉は管制室、その他はただちにシミュレーターに搭乗せよ」
「了解!」×10

白銀少佐は、特別な事は何も言っていない。声を荒げたわけではない。睨んでいたわけでもない。
だが、全員、いつもより機敏に配置についた。
彼は、空気だけで、我々がそうなるようにしたのだ。



…………………………



きっとまた、あの破天荒な発言で我々を驚かせるのだろう、と皆が思っていた。
あの時と何が違うのか。

──訓練と演習、座学の違い。

その時、我々の恩師たる、神宮司教官を思い出した。
神宮司教官は、訓練の時は我々を殴り、罵倒し、これでもかというくらいしごいたが、座学の時はそれほどでもなかった。──厳しいことに代わりなかったが。

訓練時の厳しさには意味がある。
厳しさを耐え抜いた事は、自信に繋がる。実戦では、多数のBETAと向き合う為、凄まじいプレッシャーが衛士にかかるのだ。
私は、あの訓練を耐え抜いた。だからBETAなどには負けない──そう思って、多くの衛士は発奮するのだ。

だが、訓練兵の頃は、神宮司教官を鬼かと思うほど恐ろく感じたが……少佐の迫力は、それ以上だ。──ゆえに、閻魔。

淡々とこちらを指摘するときは、ごく普通だ。
しかし、2度目の指摘は、雷鳴のような一喝と共に行なわれる。
それは、私ですら心胆に響くのだ。新任ごときでは、失禁していてもおかしくはない。
──年下と思わない方が良い、と何度もいい聞かせてたつもりだったが、どこかで侮っていたのかもしれない。

そう考えた後、私は、まだ管制室にいるだろう、涼宮の事を思い出した。

あいつは大丈夫だろうか。我々はこうして休憩しているが、この間にも涼宮は次の訓練の準備をしているはずだ。
疲労度合いは我々の方が大きいとはいえ、今日は昼食時以外、涼宮を見ていない。

2回前の休憩の時、心配になって涼宮の様子を見に行ったら、

「伊隅大尉!私は大丈夫です!大尉は今、体を休める義務があります!私にかまわず、休憩してください!」

と、逆にえらい勢いで怒られて、管制室にすら入れて貰えなかった。
涼宮は、怒ったときでも淡々と話すやつだったのだが……。
きっと、同じくずっと篭りきりの白銀少佐と一緒にいて、その姿勢を見習うようになったのだろう。

「涼宮のやつも、少佐に感化されたか──」

成長した部下を誇らしく思う反面、私は少し寂しさを感じた。



…………………………


<< 涼宮遙 >>

11月4日 午後 国連軍横浜基地 シミュレーター管制室

「──少佐、次の想定パターンの設定、完了しました!」

よし、なんとか3分で終わった。あと17分もある!

「さすがに早いな。では、休憩に入れ」

その言葉に、私は立ち上がり、









「はい、では、休憩に入りますので──よろしくお願いします」

そういって、私はスラックスを脱いだ。直す時間がもったいないので、昨晩のように上半身は脱がない。

「俺はかまわんが、いいのか?今日は昼食時以外、一度もここから出てないじゃないか」

朝から、1時間ごとに20分の休憩を入れているが、今日はずっと篭りっきりだ。
一応、空調が効いているこの管制室だが、私達の性交臭を換気しきれていない。

「私には、これが一番の休憩です。それともまた、口でしましょうか?」

少佐はため息をふぅっとついたあと、苦笑をして答えてくれた。

「──しようのないやつだ。じゃあ“遙”、後ろを向いて壁に手をつけ」
「はい!」

公私が切り替わると、少佐──いや、武さんは名前で呼んでくれる。
こうして、私達の休憩時間が、また始まる。



…………………………



<< おっさん >>

休憩時間も残り1分を切った。いそいそとスラックスを直し、髪を整える遙を見ながら、俺は思った。

──遙が最初とは、意外だったな。

予定ではA-01の連中に手を出すのは、もう少し先と考えていたのだが……なかなか思い通りにはいかないものだ。

しかし、今回の場合、誰がどう考えても責任は遙にあるだろう。

昨晩、遙は俺の部屋に訪ねてきた。
教練があまりに厳しいため、訓練終了後、新任5人は皆泣いてしまい、伊隅ですら空気が重かった。操縦に差し支えも出ているので、もう少しだけ言葉をゆるくしてはどうだろう、と提言しに来たのだ。

しかし、俺は、訓練方針を妥協するつもりは無い。
BETAのプレッシャーは想像を絶する。訓練でいくら言葉を厳しくしても怒鳴っても、死にはしないのだ。
実際、“前の”世界でも、俺の厳しさに助けられた、と何人もの衛士が、帰還後に俺を訪ねてきて、そのたびに俺は、報われた気分になったものだ。

俺が方針を曲げる気が無いのがわかると、遙はしぶしぶ諦め、敬礼して帰ろうとしたが──振返った際、彼女の柔らかな髪の毛がふわっと広がり、女性特有の甘い匂いが、俺の鼻腔を刺激した。──これがまずかった。

実はこの数時間前、俺は霞につかまり、“特訓”をせがまれたのだ。
訓練が終わるのを待ち構えていた霞は、俺の手を引き、脳みそ部屋へと連れていった。
そして、返事もまたずに俺のベルトを外し、スラックスを下ろし、ここ最近、毎日昼食後にやっている“特訓”を開始した。

霞は、リーディングにより、“前の”自分が俺としたプレイをほとんど見ている。そして、優秀な頭脳を持つ霞は、全てを鮮明に覚えていた。
霞の初めてはすでにいただいたが、さすがにまだ早すぎたせいか、2回目を出来る状態ではなかった。
“前の”霞との記憶の多くは、口を使ったものだったせいか、その練習をしたいと強く言い張る霞に、仕方なく色々出して上げるようになったのだ。
白い方より、黄色い方が、量は多いが飲みやすい、と感想を漏らしたのは“前の”霞と同じだった。
白いのも黄色いのも飲む趣味のない俺は、やはり“前の”霞に答えた時と同様、頭を撫でながら「そうか」としか答えられなかった。

初めてをいただいた翌日から、霞は徐々に上達してはいるものの、やはりまだ稚拙だ。
これがイリーナならいつものように勝手に動いて、彼女の喉を突きまくるのだが、霞では──数年後はともかく──ちょっと可哀想だ。
リーディングにより“お手本”を得ていて、また俺の思考を読んでるだけあって、この年にしては上出来すぎるのだが、いかんせん持久力がない。

こういう時はまりもの出番なのだが、出張中のため、イリーナの所へ行こうか、と思っていたときに、遙がやって来たというわけだ。
つまり、俺のヤる気MAXの時に──そう、まるでコップの水が、あと一滴で表面張力で零れるのを耐えてるような状態の俺に──最後の一滴を加えてしまった悪い奴が、遙なのだ。

そして俺のスイッチが入り、遙は「た、たかゆきくん……!」と言いながらも、数回もすればその名を呼ぶ事もなくなり──身も心も俺のモノになった。

まあ、予定と違ったが、遙はブタごっこにも、姉妹プレイにも必要な“キー”だ。
ここで入手できたのは、かえって僥倖だったかもしれん。

とりあえず、どちらにせよ──鼻フックは調達しておこう。

シミュレーターのシートに着座し、俺の開始の声を待つA-01の連中を見ながら、俺はそう思った。



[4010] 第8話 おっさんの卒業式と入学式
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/01 01:05
【第8話 おっさんの卒業式と入学式】

<< 香月夕呼 >>

11月4日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

──白銀武は、異常だ。

わかっていたことだが、改めて考えてみると常軌を逸している。
まず、わかりやすいのはあの精力。

昨晩、涼宮姉をいただいたらしいが、この2週間で私を含めると5人の女を落とした事になる。
私が白銀を呼ぶペースは大体2日に1回、決まって夜。白銀は昼でも良いと言っていたが、お互いの時間が合わないので、夜にするのが習慣となった。
昼休みはたいてい社を使い、夕方や休憩時間、私が呼ばない夜は、まりも、社、ピアティフ、そして新入りの涼宮の中から、気が向いた女と相手をしている。
やりたい放題もいい所だが、その数の相手をこなせるその精力……しかも、いつも相手の方が参って終了しているのだから、まだまだ余裕があるのだろう。

射精回数が人間の範疇ではないのは、たしかに異常だ。
アイツは“無限の精液”と冗談めかしていたが、あの鍛えられた体とあいまって、恐ろしいほどの性交力だ。
底を見てやろうと、何度か気合を入れて挑んでみたが、いつも、私が疲れ果てて失神することになっていた。
(その度に失禁させられるので、挑むのはもう諦めた)

しかし、もっと異常なのは、周りへの影響だ。
ピアティフ、社、まりも、涼宮姉──いくら男が少ないご時世とはいえ、皆、それほど軽い女じゃない。
しかも、調査によれば涼宮姉には、死んでもなお思っている相手がいたはず。
それが、白銀がその気になった時、あっさりアイツの手に落ちている。撃墜率はこれまで100%だ。

“前の”私が立てた仮説を思い出した。

──恋愛放射線

あの時は聞き流したが、考えてみるとぞっとする効果だ。
第一の効果。好意の増幅。たとえば、白銀を少しでも好ましいと思ったら、あっという間に恋心に発展する。
第二の効果。倫理観への影響。たとえば、白銀が他の女に手を出しても、当たり前と思うようになる。

性に疎く、人とのふれあいに憧れを持っていた社はともかく、ピアティフ、まりも、涼宮姉。
みな、独占欲が無くなったわけではないようだが、『白銀少佐ならしかたない』と、心に決着をつけているのは──まるで洗脳だ。
そして、この私も……“こんなふうに”物分りの良い女だっただろうか?
私は理論的、理性的に生きる女だ。たしかに恋人ではないから、白銀の女付き合いに口出しはしないだろうが、いくら気持ちがいいとはいえ、そんな相手と何度も寝るだろうか。けど、私もすでに変えられているとすれば……。

──しかし、そういった能力を総称して、人は“魅力”というのかもしれない。
人に影響を与えるほど、そしてあっという間に恋に落ちてしまうほど、魅力的。
そう言ってしまえば、それほど異常でない現象に見える。

私とて、ストレス解消として白銀を呼んではいるが、実のところ、最初の1回目でストレスはほとんど無くなっている。
その後も呼んでいるのは……あえて言う必要もないだろう。

──何にせよ、私が“落ちる”のも、時間の問題かしらね……。

そう思いながらも、これから“夜伽”にくる白銀を楽しみに待っている。
それは、ごまかしようのない事実だった。



…………………………



<< 速瀬水月 >>

11月5日 昼 国連軍横浜基地 PX

「今日もやっと半分終わったねー」

白銀“教官”の訓練が始まって、3日目。
昼食時間の今、私たちは束の間の安息を味わってる。

「はぁ~~~~~」

椅子に座ると同時に、大きなため息をつく築地。
一昨日、昨日と、泣きじゃくるほどショックだったようだけど、3日目にしてようやく涙は出なくなったみたいだ。
とはいえ、それで白銀少佐のプレッシャーが少なくなったわけじゃない。

「築地、あんたもだいぶ慣れてきたわね」
「はい……でもまだ恐いです」
「そうだな……しかし、それで操縦に影響が出ると、余計に怒るからな、あの人は」

宗像も、嘆息している。
初日は恐怖と悔しさで、“あの”宗像が涙ぐむという、かなり珍しい光景を見れた。
しかし、からかう気にはならなかった。──全員、お互い様だったから。
さすがに、伊隅大尉だけはそんなそぶりを見せなかったけど、それでも表情はずっと硬い。

だらしなく椅子に背をあずけ、体を弛緩させ、深呼吸をする。
──この訓練中は、体もそうだけど、なにより心が一番疲れる。

そこへ、遙がやってきた。

「あ、お姉ちゃん。終わったの?」
「ううん、まだ。でも、昼食はみんなと一緒に取れって、白銀少佐が」

遙は昨日から休憩無しで頑張ってる。
白銀少佐も、この訓練中、皆との接点が少なくなった遙に気を使ってくれたのだろう。
新任連中は余裕が無いから気付いていないかもしれないけど、こういう気遣いも多々見えるから、白銀少佐を厳しすぎるから、という理由で恨む気にはなれないのだ。

でも、やけに元気そうね、遙……疲れてないのかな?
そう思った私に先んじて、伊隅大尉が口を開いた。

「涼宮、疲れてないのか?お前、昨日からずっとだろう。私から少佐に言っておこうか?」

遙の疲労を最も心配している伊隅大尉だったから、そう訊ねたのだろう。

「大尉、何度も言いますが、あれは私からお願いして、やらせてもらっているんです。少佐は気遣って下さっていますから、心配いりませんよ?」

にっこり笑った遙だったが、なぜか久々に黒いオーラを出していた。
「余計なことはしないでね……でないと、剥ぐわよ?」という妙に具体的な雰囲気を感じたけど──き、気のせいよね?

「そ、そうか。まあ、無理はするなよ」

大尉も不穏な空気を感じたのか、大尉はあっさり引き下がった。

「でもさー、お姉ちゃんはいいよね~、少佐に怒鳴られる事ないから「茜ぇ!」」

自分達より元気そうな──どことなく肌つやもいい遙が少しカンに触ったようで、軽くイヤミを言おうとした茜を、私は怒鳴りつけた。

何気なく出た言葉だったろうけど、遙は衛士になる道を、断念せざるを得なかったのだ。
その言葉は、少なくとも事情を知る私達は言ってはいけない。
私の一喝で、茜もすぐ自分の失言に気付いたのだろう。

「ご、ごめん、お姉ちゃん……」
「あはは、いいのよ、茜。少佐の怒鳴りじゃしようがないよ。隣で聞いてるだけでも、恐いもん」

遙は気にしないで、というように笑った。



…………………………



11月5日 午後 国連軍横浜基地 シミュレーター管制室前

訓練後、私は強化装備のまま、遙の作業が終わるのを待っていた。
昼間、茜に言われて気にしていないようだったけど、やはり少し心配になったのだ。
そうしているうちに、管制室の扉が開いた。

「あれ?水月、着替えに行かないの?」
「ええ、昼間の事、大丈夫かなって」
「昼間?──ああ、あれ?もう、全然気にしてないよ。私も今まで忘れてたもん」

その顔に、嘘はなさそうだ。私の思い過ごしか。
あの時、遙はずっとにこにこ笑っていた。
疲れてるはずなのに、あんなに朗らかに笑える、というのが少し違和感を感じたのだけれど、単に機嫌が良かっただけか。

「そう、なら、よかった──あれ?」
「どうしたの、水月?」

遙から漂う、かすかな異臭。
なにか記憶にあるような……。

「ううん、なんでもない」

──気のせいだろう。私は着替えをするべく、遙と別れた。



…………………………



11月5日 夜 国連軍横浜基地 速瀬水月自室

さて、これから眠ろうかという時、天啓がひらめいた。

「あーーーー!」

あれは、そうだ!──精液の匂いだ!
一度だけ、嗅いだ覚えがある。

まだ訓練兵の頃、私は何かの用事で孝之を訪ねたときがあった。
驚かせてやろうと、いきなりドアを開けると──なんと、孝之が自慰中だった。

しかも、どうやって手に入れたのか、私と遙の下着をオカズにしていて、丁度その下着に放出していた所だった。
それを見た瞬間、私はカっとなり──気付けばそこには、肉塊と血の海があった。

『なんで両方よ!オカズくらい、どちらかにしなさいよ!どこまで優柔不断なのよ!』

と、今思うと、私はちょっとズレた突っ込みをした。
孝之が戦死したとき、オカズくらいあげればよかったと後悔したが、そのときの私は怒りに震えていた。
当然、下着は没収して焼却処分したのだけど、そのとき思わず(誓って、意図的ではない)鼻についた匂いが──あのとき、遙から、したということは──“白銀少佐”?

「まさか……うそでしょ……遙?」

私はベッドから飛び降り、遙の部屋へ走った。そして扉を開けようとしたとき、

「──もうやだぁ~、武さんてば」

あはは、と遙の楽しげな声が聞こえた。
久しぶりに聞く、その遙の声にも驚かされたが、その内容にはもっと驚かされた。

……今、遙、『武さん』って……

その後、私は、呆然としたまま、扉の向こうの、楽しげな遙の笑い声を聞いた。
そして、その笑い声は、しばらくして──遙のくぐもった、押し殺すような、耐えるような快楽の声に変わった。
遙の口から出たとは思えないとんでもない単語やブタの鳴き真似が時折聞こえ、ひときわ甲高い嬌声を上げたあと沈黙──そしてまた、先ほどの耐えるような声。
それが5回以上続いた。それ以上は数える気になれなかった。

──私は何時間、そこで呆然としていたのだろう。
目の前の扉が開くまで、私は馬鹿のように、そこに立っていた。



<< おっさん >>

11月5日 夜 国連軍横浜基地 涼宮遙自室

「じゃあ、おやすみなさい、たけ──いえ、白銀少佐。また明日よろしくお願いします」
「ああ、ゆっくり休め。涼宮中尉」

遙と一戦……ではなく、?戦(←覚えていない)交えて、大分スッキリした。
来たるべくブタごっこの為のリハーサルも行ったことで、遙の従順度も測れた。

その事に満足を感じ、上機嫌で自室へ戻ろうと扉を開けると、そこに水月がいた。

「おや?」

水月はアホ面としか表現のしようがない顔で、そこに立っていた。

「速瀬、涼宮に用事か?」
「──な、な、な、な」
「な?」
「なんでアンタがここにいんのよーーーーー!!!!!」

……『アンタ』?

二十歳そこそこの小娘の発言に、ほんのちょっとカチンときた俺は、必殺の右を、水月の鼻面に、ノーモーションでお見舞い「待ってください!少佐!」しようと思ったのだが……必死な様子の遙に、拳を止めることになった。そのとき、俺の鉄拳は水月の鼻先、約1センチ。

冷静に戻る。──やばかった。彩峰の時と違い、殺す気のパンチを当てる所だった。
……行為後の俺は、余韻がなくなるまで、普段より短気、凶暴になってしまうのだ。

“前の”世界では、基地でこういう噂が流れたものだ。

『ヤッた直後の白銀少佐(注:当時の階級)にケンカを売るくらいなら、生身で闘士級とタイマン張った方がマシだ』

この表現は大げさに過ぎるが、闘士級というやや影の薄いBETAを使う所が、良い感じにリアリティを出しており、俺は最初に言い出した奴に、妙に感心したものだ。

確か、あの噂が流れるきっかけは、たしか──アラスカで、ユウ……なんとかっていう、俺と同じくらいの年齢の、うだつの上がらない中尉をボコボコにした時だったか。
部下ではなく、しかも男だったので、所属も名前も覚えてないが、俺が篁唯依──アイツは良かった──を寝取ったとかどうのとかでキレて、殴りかかってきたのだ。
バカが、あれは合意の上だというのに……日本のわびさびがわからないメリケン野郎は、これだから困る。
まあ、少し強引に迫ったのは確かだが、えらく美人の日本人だったんで、つい、な。ハハ。

とまあ、その不幸な男をどうやって料理したかは忘却の彼方だが、そのときの俺は、他の連中の目にやけに恐ろしく映ったそうだ。

──おっと、思考が飛び過ぎた、話を戻そう。まだブタごっこもしてないのに、もう少しで水月の鼻を折るところだったんだ。

「失礼よ、速瀬中尉!早く少佐に謝罪しなさい!!」

遙は聡い。自分が大げさに怒ることで、俺を冷静にさせると同時に、それ以上怒るに怒れない雰囲気にしてしまった。
一瞬でそれを思いつくとは、──この頃の遙も、判断力は大したものだ。

「……申し訳ありませんでした」

気が入っていない。
まだ混乱しているようで、遙の勢いにとりあえず、言葉が出たという感だ。

「まあいいだろう。涼宮に免じて無かったことにしてやる。速瀬、コイツの機転に感謝しておけ」

遙に助けられたのは、俺も同じだ。
水月に対しても、一瞬我を忘れた事で、少しばつが悪かったので、悪役のような捨て台詞を残し、その場を離れた。
敬礼はなかったが、今回は特別に気にしない。

──しかし、せっかくの余韻が台無しになった。イリーナで口直しといくか。



<< 速瀬水月 >>

拳が、見えなかった。
遙が止めなければ──止めてくれなければ、まちがいなく──

「水月、いつから居たの?」

遙はさっきのやりとりには触れず、私が今、一番答え辛いことを聞いてきた。
遙からは、訓練後に嗅いだ時より、はるかに強烈な“アレ”の匂いがする。
ところどころ、髪や、顔にも跡が残っているので、遙を正視できない。ベッドの方も、すごい惨状だった。
結局私は、遙の問いに答えることなく、壁を注視するしかなかった。

「答えないってことは、だいぶ前みたいね……しようがないなあ、水月は」

後半は、苦笑い。

「……どうして?」
「なにが?」
「孝之のこと、決着つけるっていったじゃない!」

私は、叫ぶように遙に迫った。──が、“アレ”の跡が目に入ったため、すぐ目を逸らした。

「うーん、それはね──」



…………………………



「はあ、もういいわ。遙がそこまで納得してるんじゃ、どうしようもないわ」

遙は、孝之のことを忘れたわけじゃなかった。
少佐も、

想っていた男がいるなら忘れちゃだめだ。
その想いがあるから、今のお前があるんだ。
お前に愛する男が他にいたところで気にはしない。
死んだ男も、遙が死ぬまで貞操を守っても嬉しくはないはず──そんな狭量な男に惚れたのか?
お前は自分の心に正直になって、幸せになれ。それが一番のそいつへの供養だ。

と、要約すれば、そんなこと言ったらしい──本当はもっと遙の惚気が入り混じった、ぐだぐだとした鬱陶しい説明だったけど。

「でも、やっぱ18才のセリフじゃないわね……」
「少佐は38才だよ、水月」

遙は、ふふふ、と笑った後、真面目な顔に切り替えた。

「でもね、水月。さっきの事、いつかちゃんと謝っといた方がいいよ?」
「や、やっぱそうよね……」

白銀少佐と遙が、関係を持った。だから、私が少佐を怒る──筋違いも甚だしい。

遙がレイプされたならともかく、先ほどのやり取りは、誰がどう見ても合意の上だと判断するだろう。
少佐が、副司令と関係していたり、他にも女が居そうであっても、肝心の遙が納得しているのだ。
強いて言えば、少佐の不実さを遙の友人として怒った、ということだが……それも苦しい。遙は私の被保護者じゃないのだから。
冷静にさっきの出来事を整理すると、冷や汗と脂汗がでてきた。

「や、やばいなー、明日、顔合わせ辛いよ……」
「水月、少佐はそんなこと気にする人じゃないよ」
「え?」

その後、いかに白銀少佐が面白くて、やさしくて、たくましくて、激しくて、上手で、大きくて、回数をこなせて、ソフトSだから時々いじめてきて──、というピンクな話を延々聞かされ、私はまた、うんざりする羽目になった。
さっきの口説かれた時の描写よりも性的になったため、また、部屋中に篭る匂いもあいまって、私は1人赤面することになった。
遙の話に興奮してるわけじゃない──はず。

遙は平然としていた。──シモネタ、平気な子じゃなかったはずなのに……少佐の影響?

しかし、白銀少佐は『なかったことにする』と一旦言った以上、それを翻すような人ではない、と言うことは伝わったので、私はなんとか平常心を取り戻した。

……私が怒った本当の理由は自分でも分かっている。
私は遙がとられたようで悔しかったんだ。
先に一歩進んでしまった遙が羨ましかったんだ。

それを再確認し、寂しい気持ちになったが、親友が前に進んだのは祝福すべきだろう。

「ちょっとまだ整理がつかないけど、遙が幸せそうなら、親友として祝福するわ」
「ありがと、水月」

ふふ、と笑った遙は、これまでに見たことのない色気を放っていた。
そんな変わり様に、さらに寂しい気持ちになったが、それを吹っ切るように、私は遙に、白銀少佐が去ってから最初に言うべきだった事を言った。

「──さっきは助けてくれてありがと。今度きちんと少佐に謝ることにするわ」
「そう、よかった」

そうして一段落ついた後、私の中に少しモヤモヤ感が生まれたのだが……それはすぐに判明した。
──そう、私がここに来た理由だ!

「遙!」
「な、なに?」

「アンタ、休憩時間、ずっと管制室に篭ってたわね。アレってまさか?」
「ずっと作業してたよ?白銀少佐は、公私の区別に厳しいから」

私の勢いに一瞬戸惑ったものの、すぐに立て直した遙は、真顔で返事をした。
──さすがに胆力は並の衛士よりもある。しかぁーし!

「でも、休憩時間は基本、プライベートな時間よね。それに、今日アンタから精液の匂いがしたんだけど?……今この部屋に充満してるのと、同じのがね!」
「そ、それは──」

どもる遙。

「それは?」
「そ……れ……は…………」

目が泳ぐ遙。

「…………」
「…………」

たらりと汗を流す遙。

「…………」
「…………みんなには、内緒にしておいてくれる?」

えへへっと言って私を拝む遙。
私は、その頭にキツめの拳骨を一発お見舞いしておいた。



…………………………



翌日の少佐は、遙の言った通り、何事もなかったように、これまで通り厳しかった。
遙も気にしたそぶりはなく、1人だけ不安になって損をした気分になった。

しかし、やはりその日も、遙と少佐は、昼食時以外は管制室から出てこなかった。
私が止めるのも聞かず、遙を心配して管制室まで言って、逆に遙に怒鳴られて、やや肩を落とし、寂しそうにPXに戻ってくる懲りない伊隅大尉を横目で見て──私は中で何が起こっているか、大尉に教えてあげたくて仕方がなかった。



…………………………



<< 白銀武 >>

11月7日 夕刻 国連軍横浜基地 シミュレーター管制室前

訓練中、イリーナが訪ねて来たので、後を遙に任せて、管制室を出た。
そこで、夕呼からの伝達事項を聞いた。

「そうか。合格したか」

──第207衛士訓練小隊、総戦技評価演習、合格。

5人の運命が今、方向性を持ったように感じ、俺は数秒目を瞑り、“前の”世界で死んだ仲間達を想った。

──大丈夫だ。俺は俺の持てる全力を持って“お前達”を鍛えてやる。恨まれるかもしれないが、誰よりも死から遠い衛士に育ててやる。それが俺なりの“お前達”への感謝の証だ。だから、“お前達”は、安心して眠ってくれ──

1つの覚悟が決まり、目を開ける。

「ピアティフ中尉、連絡ご苦労。では、明日11月8日に、戦術機適性検査。11月9日より、シミュレーター訓練のスケジュールを入れておけ。使用号機はXM3対応型7台だ。場所はどこでもいい。手配しておけ」
「了解」

さて、次はA-01の連中に、これからの事を伝えなければならない。管制室に戻ろう。
あいつ等とは一旦お別れだ。

「涼宮、全員を──」



…………………………



<< 伊隅みちる >>

11月7日 夕刻 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

「敬礼!」

少佐の入室と同時に、いつものやり取り。

その後、少佐は我々をじっくりと眺め──微笑んだ!?
意表を突かれた行動に、全員、唖然としている。

「只今をもって、XM3慣熟訓練を修了とする。皆、この5日間、よく耐えてくれた」

耳を疑う。──少佐からの、ねぎらいの言葉。
今までの鋭く、斬るような口調ではなく、優しい、包み込むような口調。
──このような声が出せる人だったのか。

「俺は明日より、別の任務がある。貴様等とのXM3慣熟訓練はこれまでだ。あとは貴様等自身の手で、貴様等なりの戦い方というものを打ち立てていくといい。そのための土台は、今回の訓練で作り上げた──それは貴様等自身の大きな財産だ。誇るといい」

突然の、訓練終了の伝達。そして、これ以上ないという恐怖やプレッシャーを与えた存在からの、暖かい言葉。
予想もしなかった展開だったが、それを実感して、じわじわと感動の念が湧き上がる。

──やばい、涙腺が……!

「訓練中には色々言ったが、貴様等は間違いなく、この基地最強の部隊だ。俺が言うんだから間違いない。──今後、戦いの中でBETAにビビりそうになったら、BETAを俺と思ってトリガーを引け。さぞかし、力が入ることだろう」

にやりと、いつかの白銀少佐の、いたずらっ気のある笑み。

──ちょ、それ以上はやめて。涙がこぼれそう……部下の前だ、耐えろみちる!

「新任の5人、前へ出ろ」

その言葉に、あわてて前に出る5人。
見ると、全員涙をこぼしていた。──耐え切った私は、少し勝った気になった。

そして一人一人に少佐は、それぞれが訓練の中で見せた良い所を褒め称え、それを生かすよう助言を与えていった。
その度、言われた当人は鼻をすすっている。

少佐の話す内容は、私ですら気付かなかった事もあり──少佐がどれだけ真剣に我々を見ていてくれたのかが伝わった。
築地など、

「A-01の中で一番伸びたのはお前だよ。よく頑張ったな」

の一言で、

「は、はいぃ、ぅぐぅーー!」

奇妙な声で耐えようとしたものの、こらえきれず嗚咽とともに泣き出した。

だが、それは3日前までの築地が流していた、恐怖とやるせなさからの涙ではなく、嬉しさからの涙。
一番怒鳴られたのは築地だ。私から見ても、築地は良く耐えたと思う。感動もひとしおだろう。
──ただ、鼻水くらい拭った方がいいと思うが。

「やれやれ、ただの訓練終了の伝達なのに、まるで任官式みたいになってしまったな」
「新任にとっては、第二の任官式みたいなものでしょう。白銀“教官”」

なんとか涙を収め、調子を取り戻した私は、そう答えた。
少佐は、フ、と、軽い笑みをもって返した。

「ところで白銀少佐、我々にはお言葉はいただけないので?我々としても、久々に任官式の気分を味わいたいのですが」

宗像は涙目ではあったが、堪えていた。──やるわね、宗像。

「貴様等先任連中は、泣きそうにないから、やらんよ」
「それは残念。しかし、速瀬中尉などはわかりませんよ?」

確かに、速瀬だけは、新任並みにないている。築地からもらい泣きしたようだ。

「う、うるさい、わよ、むなかたぁ(グスッ)」

アイツもいい感じで肩から力が抜けたな。副隊長に任じてからは、“副隊長はこうあるべし”という責任感が過剰気味になっていたからな。涼宮も、そんな速瀬に──ん?困惑してる?

「まあ、お望みなら、先任連中はベッドの中で泣かせてやる。希望者は申し出ろ。可愛がってやるぞ?」

少佐のセクハラ発言が懐かしく、泣いている連中も含めて全員で笑いあった。──築地、鼻水拭けってば。

しかし、とても良い気分だ。こんな気持ちは、A-01を結成してから初めてではないだろうか。
その気分を与えてくれた、このすばらしい衛士に指導を受けたことは、我々の誇りとしよう。

「では、これで解散とする」
「ありがとうございました!」ました…」×10

合図はなかったが、全員、同時に謝意を告げることができ──なかった。涼宮だけ少し遅れた。さっきからなんだアイツの態度は。少しは空気を読みなさいよ!

内心、ややいらついた私をよそに、満足気に微笑んだ少佐は、扉を出た。









その直後、ひょいと覗き込むように首を出して──

「ああそうそう、次は俺との“連携”訓練をするからな?日程は涼宮中尉に伝えてあるから、聞いておくように」

そのとき、時が、止まった。



…………………………



「遙ぁ!アンタ、知ってたんならいいなさいよ!泣いて損したでしょーが!」
「まったくです。涼宮中尉が腹黒いということが、今回証明されましたね」
「お人が悪いですわ……本当に」
「お姉ちゃん、ひどいよ!」

茜以外の新任4人も、言葉には出さないが、ジト目で見ている。──無論、私もだ。

「い、言い出せる雰囲気じゃなかったんだよ~~」

涼宮だけが事情を知っていたと言うことで、今、皆にネチネチ責められて、小さくなっている。
だが私は、表面とは裏腹に、いっぱい食わされたというのに、爽快な気分でもあった。

すでに、昨日までの全員の重苦しい雰囲気は、払拭されていた。
まったく……最後まで、破天荒な人だ。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

11月8日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

念願の、衛士の装備たる強化装備を着用する事ができたことに、私は喜びと、幾分の恥ずかしさを感じている。
いよいよ、BETAに対抗するための武器──戦術機に関わることができる。

そう、我等207小隊は、総戦技評価演習を合格した。
あのときの喜びは、今でも鮮明だ。あの瞬間を思い起こすたび、私はこれからもやっていけそうな希望を感じるのだ。
──ある一点を除いては。



…………………………



それは、苦難の道であった。
懸念であった鎧衣の体力低下も、あの者の卓越したサバイバル能力にとっては、軽いハンディキャップにしかならなかったようだ。
3チームに分かれた際、鎧衣は単独で目標地点へ向かったが、見事、目標地点を破壊した。
さすがに、日を追うにつれ、疲労度は高くなったが、彩峰のフォローで事なきを得た。
彩峰と榊の相互不信も、この演習の間、爆発はしなかった。

そうして互いに協力しつつ我々は進行し、回収ポイント到着したが、司令部の嫌がらせのようなポイントの変更指示。
皆、残り日数と疲労で絶望するかに思えたが、珠瀬や鎧衣の、無理やり出した元気な声を皮切りに、なんとか足を動かし、ようやく新たな回収ポイントにたどり着いた我等を、神宮司教官が迎えてくれた。

そして、それぞれの失策を指摘した後、教官が合格を言い渡したとき、我等は歓喜の声を上げた。
そのときは皆、気持ちが一致していたに違いない。
私も含めて、皆一様に涙を浮かべていた。

──だが、神宮司教官は、喜び合っている我々を、しばらくぼうっと見た後、人が変わったように鋭い声を発した。

「だが……いつまで待たせる気だ!」

その突然の豹変に、我等は冷や水を浴びせられ、誰も言葉を発することが出来なかった。

よく見ると、教官は苛々していた。
どこか焦点もあわず、息遣いも荒く、体も小刻みに震えている。

これは、……何かの禁断症状?
たしか、麻薬中毒者が似たような状態であった。
だが、神宮司教官ほどのお方が、そのような物に手を出すなど、考えられぬ。
一体どうしたというのであろうか……。

数秒後、教官は、はっと気付いたようにこちらを見、

「あ、いや、すまん。……お前達のせいではないな。さっきの言葉は気にするな」

と言ったものの、辛そうな様子の教官を見ていられなかった我等は、楽しみにしていた海水浴も断り、帰還を早めに切り上げた。

その後も基地に到着するまで、教官は何かを耐えるようであった。
我等はそれを、遠巻きに見る事しかできなかった。

時折、

「は、はやく……はやく帰って、──るに、アレを……」

とブツブツ呟く教官に、私は麻薬中毒の疑念を払拭することができなかった。



…………………………



そして、本日。強化装備を着た我等の前には、その神宮司教官がいる。
いつもの表情だが、穏やかな雰囲気になっている。そう、まるで中毒患者が麻薬を摂取した直後のような……

──いや!違うに決まっている!私という者は、恩師に対し、なんと失礼なことを考えるのだ!

神宮司教官の変わりように、私は疑念を振り払いきれなかったのだが、その思考から逃げるように、余計な事を考えるのをやめることにした。

その神宮司教官は、“あの”白銀少佐のそばに控えるように立っていた。

今、この場の空気を支配しているのはこの方だ。
着任時の挨拶の時とは比較にならない、圧倒するような威圧感。
私の師匠と同種の空気。──この方は、やはり“武人”だ。

「まずは、総戦技評価演習合格、おめでとう」
「ありがとうございます!」×5

その後、数十秒、我等を真剣な目でじっくりと眺めた後、少佐はにやりと獰猛な笑みを浮かべて、やっと口を開いた。

「──訓練兵諸君。地獄へ、ようこそ」

このときの少佐の言葉と表情は、我等全員、一生忘れることができなかった。



[4010] 第9話 おっさん中毒
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/01 01:05
【第9話 おっさん中毒】

<< 榊千鶴 >>

11月8日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

張り詰めた空気の中、白銀少佐の鮮烈な挨拶が続いている。

「俺の年齢は、貴様等と同じく、18だ」

──驚いた。
まさか、私達と同じ年で、そこまでの地位に……一体、どういうカラクリだろう。

「だが、俺は貴様等の、近所のお兄さんでも、幼馴染の友達でもなんでもない。間違っても、どこかの馬鹿みたいに、馴れ馴れしい口なんぞ叩くなよ」

ピクっと彩峰が反応したのがわかった。
──まさか、“あの”日、屋上に行ったとき?

「──しかし貴様等も物好きなことだなぁ。徴兵免除があるというのに、わざわざ戦場に出たがるなど」

そうやって、ニヤニヤとこちらを見る。……嫌な感じだ。
私は、私の目的があって軍に入隊したんだ。みんなだって……彩峰だってそう。
いくら上官とはいえ、その事を馬鹿にはされたくない。
そんな思いをよそに、白銀少佐は、顔を真剣な表情に戻して話を続けた。

「いいか、戦術機はもちろん、武器、弾薬、食糧、それらの維持費、職員の給与──あらゆるものにコストがある。そして、半人前の貴様等は、そのコストを食うだけのお荷物そのものだ」

軍は命ですらコストで計られる。
確かに、戦場に出ることもない、戦術機にも乗れない今の私達は、軍にとってはコストを消費するだけのお荷物だろう。
けど、任官した暁には──それを返すだけの覚悟はある。みんなも想いは同じはずだ。

「よって、一人前の扱いをされると思うな。将軍の縁者や高官の娘だというが、そんなものが教練に考慮されると思うなよ!──貴様等は平等に“価値がない”のだからな」

“無価値”──か。
私達の事を、こんなにはっきり面と向かって言われたのは初めてだ。みんなもお互い不干渉にして、触れなかったことだというのに。
少佐の言葉は、いちいち私に──私達に突き刺さる。

「特に……御剣!」
「は!」
「貴様には番犬がいるな?上層部の決定だから、遠巻きに見るのは特別に許可してやる。だが、訓練中に口出ししようものなら、容赦なくブチのめす、と伝えておけ。貴様も番犬どもの助けなど期待するなよ」
「少佐!私はそのような──」

──!
御剣が発言途中で殴られた。倒れはしなかったが、よろめいている。手を軽く振っただけに見えたのに。
番犬とは、あの時折見かける斯衛のことだろう。神宮司教官もこれまで触れなかったことを、こんなにはっきり言われるとは。
──しかし、こうまで言われると、自分達が他の訓練兵よりもだいぶ違うというのが、いやがおうにも理解させられる。

「半人前の貴様等に許された返事は『はい』だけだ。次は“撫で”るだけじゃすまん。俺に2度、同じ事は言わせるなよ?」

あれで“撫で”る?
神宮司教官も教練には厳しい人だったけど、この人は、神宮司教官にない種類の厳しさがある。
総戦技評価演習前に、日程の前倒しを、神宮司教官にくってかかってしまったが、あれが白銀少佐なら、私は間違いなく“撫で”られていただろう。──想像して、身震いがした。

「返事はどうした?」
「はい!」×5

よろめいた御剣も含めて、返事をした──いや、少佐に返事を“させられた”。

「貴様らに誤解の無い様にいっておくが──俺は貴様等が“嫌い”だ。手心を加えられるなどと、都合のいい期待はしない事だ」

全員、息を呑む。
自分の耳を疑ったが──徐々に自分達が何を言われたのかを理解し、唖然とした。
上官から「嫌い」と言われることなど、想像もしていなかったことだ。

「最後に、貴様等に1つだけ、俺のお勧めの方法を教えておいてやる。訓練がキツくなったら、貴様等の“保護者”に、『訓練が辛いので助けてください』と泣きつくといい。まあ、今夜すぐにでもかまわんが、貴様等は徴兵されてここにいるわけではないのだから、すぐに安全な所で、のんびり生活ができるだろう」

少佐は最後まで容赦がなく──我々の退路を断った。
私達はみんな、これからの戦術機訓練に淡い期待をもっていたけれど、それを木っ端微塵に砕かれた気がした。

こうして、私達全員の心に大きなくさびを打ち込んだ、私達と白銀少佐の2度目の対面は終わった。



…………………………



<< 白銀武 >>

11月8日 夕方 国連軍横浜基地 PX

訓練兵の適正検査も終わり、丁度夕食時になったので、PXでまりもと一緒に夕食を取りつつ、今後の話をすることにした。
私的な時間でもあるので、お互い、あまり硬くはならない。まりもも雰囲気がやわらかい。

「少佐はどこかで、教官職の経験が?」
「ああ。詳しくは言えないが、だいぶ前にな。とはいえ、期間は短かったんだが」

まりもが出張していた5日間、A-01の連中を相手にした“リハビリ”で、だいぶ教官としての勘を取り戻した。
これなら、207小隊に、俺なりの教導が行なえるだろう。

「あの子達、だいぶ参っているようです。あれだけ直接的に言われたことはありませんでしたから」
「だろうな、今はそれでいい──いずれは誰かに言われることだ」

“前の”世界でアラスカに飛ばされた後、あいつ等はその経歴から、まわりに随分色々言われたものだ。
陰湿な嫌味は当たり前、特に冥夜は将軍に瓜二つだ。その縁者ということで、“ちょっかい”をかけられることも多かった。
オルタネイティヴ5移行前にそのような“ちょっかい”が無かったのは、バックの力というより、夕呼の保護下にあったというのが大きい。
それが無くなった後、あいつ等は、嫉妬、嫌味、はたまた直接的な暴力にさえ、さらされることになった。

昇進するにつれ、そんな馬鹿共は少なくなったが、皆無にはならなかった。
あいつ等も、嫌味などは「それがどうした」と返せるようにもなっていたが、当初は嫌味な上官にネチネチ言われて、影で涙することも珍しくなかった。

今回は、オルタネイティヴ5に移行する可能性は低いから、そんな機会は無いかもしれない。
だが、物事はどう推移するかわからない。
俺は、今後、馬鹿どもから言われる事をこの時期に言い尽くし、あいつ等の心に耐性をつけさせようと思った。
今なら、俺以外でキツい事を言う人間はいない。多数より1人に言われた方がまだ負担は軽いだろうし、周りが全員敵のように感じたアラスカ時代に比べ、心理的圧迫ははるかに小さいだろう。

「しかし、御剣のことは、斯衛が何か言ってきませんか?」
「大事に育てたいなら自分達でやれ、とでも言ってやるさ。軍曹に何か言ってきたら俺に回せ」

まりもはそれに了解した後、自省するようにため息をついた。

「──私は、平等に扱ってるつもりだったのですが」
「仕方ない。上から考慮しろって言われてたんだろう?軍曹はよくやったほうだよ」

入隊時の段階で、彼女らは、個室を与えられることを始めとして、多岐に渡って配慮するよう、通達があった。
そのように言われて、通常の訓練兵に対するように、殴る蹴るなどはなかなか出来ないだろう。
まりもが彼女らの事情を知り、幾分同情的になったのもあるだろうが、俺はまりもを不公平な人間だとは思わなかった。
いや、まりもでなければ、軍人としてスポイルされていた可能性もある。

「そう言っていただけると救われます。ところで明日からの動作演習ですが──」
「ああ、俺は参加しない。大して見るところもないだろうからな」
「わかりました。いつからご参加なさいますか?」
「連携訓練からだ。日程は訓練兵の進捗次第だな。日々の進み具合を見て判断するから、日報を提出しろ」
「了解」



<< おっさん >>

「ところで、症状は落ち着いたか?」
「はい……お手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした」

まりもは恥ずかし気にうつむいた。

「いや、気にしなくていい。俺も楽しんだことだし」

まりものゾンビのような回復力、耐久力が印象に強かったため、失念していたことがある。

──精液中毒。

精液が好きというある意味王道的な性癖だが──その執着心──といっていいのかわからないが、それが他の女よりもとびぬけているのだ。
“前の”世界では、禁断症状が出る前に行為を持つよう、みちるがスケジュールを組んでいたので、すっかり忘れていたのだが、“前の”まりもは、3日くらい経過すると、禁断症状が出ていた。
『精液中毒』という字面だけみると、誰がどう見てもギャグなのだが、まりもにとってはかなり深刻な症状だ。

一度、俺が長期、といっても1週間もかからなかったのだが、その作戦に出たとき、その禁断症状が起こった。
周りは麻薬中毒と思ったのだが、検査をしても当然、麻薬の陽性反応は出ない。
さんざん検査した挙句、軍医には、俺への愛情過多の為に起こった心因性のものと診断された。

俺の精液を味わうか嗅ぐかすると落ち着くのだが、心理的なものだから他の男では駄目なようだ。
まりも自身、「他の男ので代用するくらいなら死んだほうがマシ」と、覚悟を決めていた。

こんな症状が出るほど、俺を愛しているということで、健気には感じたのだが、やっかいなことに変わりない。
何かあった時の為に、コンドームに貯めた精液をいくつかストックするようになったのだが、それを嬉し気に見せられたときは、さすがの俺もどん引きしたものだ。
無論、そんな表情をしたら泣くのは明白なので「そんなに、おもってくれて、うれしいよ、まりも」とやっとの事で口に出したが。

──そういえば、まりもを診断した軍医、グラマーな美女だったのに、なぜか俺のセンサーが反応しなかったのが印象に強い。確か、ホ……なんとかマナミだったか。苗字は忘れたが、名前は真那と同じようなものだったので覚えている。

少し話がそれた。

帰還したまりもは、足をふらつかせながら俺の部屋を訪ねてきた。
久々に、霞と本番をしようと、部屋を出る直前だったが、そんな状態のまりもを放置できるわけがない。
あわてて部屋に入れた直後、まりもに文字通り“襲われた”。
逆レイプされたようなものだが、まりもの症状はすぐに察したので、

──たまには襲われるのもなかなかイイじゃないか

と考えながら、抵抗もせず、狂犬のようになったまりもに身を任せた。
“前の”経験上、まりもが満足すれば収まることはわかっている。
そして、口への射精を5度、強要され、尿意を催しても離してくれなかったので、結局それも飲まれてしまった。
まあ、飲ませるの好きだからいいんだが。

症状の治まったまりもは安心したように、そのまま眠りについたが、今度は俺の方が納まらない。
眠った状態のまりもとするのも乙なものだと思い、軍用ズボンを脱がし、下着をずらした時──俺は噴いた。

『テープ』──それ以上は語るまい。

俺は、まりもの下着とズボンを元通りに戻し、見なかった事にした。大人の対応というやつだ。

しかし、さすがに、自分の中にある5日前の“餞別”を摂取する気にはならなかったらしい。
“前の”世界のまりもなら、すでにイってしまっていたから、迷わず手をつけただろうが……。

今回は初回だったので、5日目で禁断症状が出た。
今後、行為を重ねるにつれ、症状が出るまでの期間は短く、また執着心も増して行くのだろう。
そして、ふと疑問が湧いた。

──あいつ、俺が先に死んだらどうなるのかな……。

症状が止まるか、俺の後を追うか、他の男に走るか。
症状が止まればそれでいい。
2番目は、まりもは衛士の心得を、芯まで浸透させているから大丈夫とは思うが、まりもにとって俺は特別だから、可能性はある。
3番目は……

想像したくないので、眠ったまりもを優しく見つめながら、それ以上考えるのを止めた。
俺が死ななければいいことだ。



…………………………



<< 白銀武 >>

11月9日 午前 国連軍横浜基地 16番整備格納庫

「白銀少佐、吹雪5機、搬入作業完了しました!」
「おー、ご苦労さん。では、機体チェックに移ってくれ。ああ、部品数の確認もな」
「了解!」

今俺は、訓練兵の使う吹雪5機の搬入作業にあたり、整備兵に指示を出している。
なぜ俺がこんなことしているかと言うと、夕呼の「今ヒマでしょ?」の一言で押し付けられたのだ。

207小隊の訓練には、当面の間はまりもに任せてある。

A-01との連携訓練は、まだ先だ。
XM3の慣熟訓練は終わったが、明後日11月11日の、新潟BETA迎撃まであまり日がないので、変にこれまでの編成を崩すよりは、みちる主体で作戦に当たらせたほうが良いと判断した。連携訓練はその後に予定している。

そういう経緯で、この数日、時間が空いた俺は、イリーナをサポートに借り、こうして機体搬入作業を指揮している。

吹雪に続いて、横浜基地では珍しいシルエットが目に入った。
見るものが見ればすぐにわかる。整備兵も、めったにお目にかかれない機体を見て、興味津々だ。

「武御雷だな」
「ええ、将軍殿下ご依頼の機体ですね」
「まあ、殿下の気持ちはわかるが、やはりなあ──うちで、これを訓練兵に使わす訳にはいかんというのに」

そこへ、目立つ斯衛の赤と白──月詠真那と3バカが近づいてきた。

「白銀少佐」
「やあ、月詠中尉」

“この”世界の真那と3バカと、初めて敬礼を交す。
昨日の訓練兵との対面で、冥夜に『伝えろ』と言ったので、番犬うんぬんの話も聞いただろう。──いや、冥夜の性格だと、“番犬”のくだりだけは省いた可能性があるな。

真那や3バカが内心何を思っているのか、大体想像はつくが、前回の邂逅と異なり、今は正式な立会いだ。
うずまいてるだろう殺気をおくびにも出さない。──真那もそうだが、3バカの精神力も馬鹿にはできない。

「武御雷の受入れ、感謝します」
「一機置くくらい、別にかまわんさ。殿下のお気持ちも、僭越だが理解はできる──しかし、御剣への注目は当然増してしまうが、いいのかな?」
「──殿下直々のご要望でしたので」

真那に言っても仕方が無いことだった。今回の事を打診してきたのは“斯衛”そのものだ。
斯衛だって、この機体を冥夜に使わせられないのは理解してるだろう。しかし、殿下がめったに言わない我侭だ。これくらいは叶えてやってもいいと思ったのだろう。

「まあ、うちの整備兵も、珍しい紫の武御雷を見れて喜んでる。この基地は日本人が多いから、士気の上がるやつもいるだろう。デメリットばかりではないさ」
「そう言っていただけると、こちらとしても助かります」
「では、受入は以上で──ん?」

たまが、武御雷の足に抱きつこうとしているのに気付いた。

「珠瀬!」
「は、はい!──あ、少佐!」

207小隊全員が、俺の存在に気付き、あわてて敬礼をする。
軽く答礼を返してやり、たしなめる。

「武御雷はここに置くことにはなったが、管轄は斯衛の方々にある。むやみに触るな!」
「は、はい!申し訳ありません!」

かなり、しゃちほこばっている。
昨日、強烈な台詞を吐いた人物からの叱責と、“前の”世界であったような、真那の手の甲ではたかれる──どちらがマシか微妙なところか。
どちらにせよ、俺がここにいる以上、たまを止めなければならない。

「すまんな、月詠中尉。うちの訓練兵が粗相をした」
「いえ、ご配慮痛み入ります」

「月詠──中尉」

冥夜が、複雑そうな顔でそこにいた。

「冥夜様!私どもにそのようなお言葉遣い、おやめ下さい!」

そして、真那の総戦技評価演習の祝いの言葉──表情は祝ってなかったが──や、真那が、冥夜がここに居る事を快く思っていないこと、それに対する冥夜の意思、武御雷の使用を願う真那、それを断る冥夜のやり取りが続いた。

「──勝手にするがよい」

せめて、ここに置くことの許しを願った真那に返した、冥夜のその言葉で、真那はひとまずは満足したようだ。

「白銀少佐、では、これにて」
「ああ」

月詠中尉と3バカと敬礼を交し、残ったのは俺、と207の連中。
こいつ等にここで言うことは何もないので、まりもの座学に向かわせたが、冥夜だけが途中で引き返して戻ってきた。

「どうした、御剣」
「白銀少佐は……ご存知なのですね」

冥夜におびえや警戒は無い。殴りつけ、嫌いだと明言した相手に対して、ごく自然な態度だ。

──やはり、たいしたものだ、こいつは。器量は、18の頃の俺とは比べ物にならない。
甘ったれの若僧だった俺が、よくこんな凄い女と付き合えたものだ。
かつての冥夜との蜜月時代を思い出し、涙腺に刺激を感じたが、それを堪える。

「まあな。──貴様も複雑だろう。殿下の厚意とはいえ、こいつを貴様に使わせる訳にもいかんが、置くくらいはしてやるさ」
「少佐……」

冥夜は、俺の態度をどう判断したらいいものか迷っているふうだ。
こいつと長々と離すとボロが出るかもしれない。さっさと別れよう。
最後に一言を加える。

「ああ、もし武御雷の事で何か貴様に言ってくるやつがいたら、機密と言え。詳細が聞きたければ白銀の所に来い、と伝えろ。いいな」
「はい!」

──非情に徹すると言っておいて、俺もまだまだだな。──いや、冥夜が特別だからか…。



…………………………



<< おっさん >>

11月9日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣

機体チェックが忙しく、結局“前の”世界であった、嫌味な少尉2名による、冥夜への詰問には居合わせられなかったが、丁度そこにいた霞によると、至極あっさりしたものだったらしい。
少尉が詰問し、冥夜が俺の言った通り“機密”と“白銀少佐”の名前を出すと、少尉2名はそれ以上ちょっかいをかけることもできなかったようだ。

俺が助言しなくても真那がなんとかしただろうが、詰問されていた時の冥夜のあのやるせないような顔を思い出すと、俺の助言でそれが解消されたのなら、良いかと思う。

まあ、それを俺が言うのはおこがましいとも思う。ここのところ、最もアイツを傷つけてるのは俺だろう。
アイツ等と関係できる可能性が減ってしまうのは残念だが、再び関係を持ちたいからといって、覚悟を曲げるわけにはいかない。

そこまで考えた所で、扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」
「速瀬です。お時間、よろしいでしょうか?」
「ああ、どうした、こんな時間に?」
「あの~……」

ふむ、これは──たぶん、アレだな。“前の”世界でもあった。
俺は黙って水月を見る。水月は入ったときからうつむいたままだ。

「……あの~、溜まったらいつでも来いって、おっしゃいましたよね……」
「ああ、スッキリしたくなったか?」
「はい……もしよろしければ、お相手お願いします……」

そう、以前、遙を“キー”と言った理由がこれだ。

“前の”世界では、遙は水月に、それはもう延々と赤裸々に、俺との行為を連日、細部に渡って説明したらしい。
俺との約束が無い夜は特に酷く、女盛りで経験のない水月を、悶々とさせるには十分過ぎた。
死んだ想い人への想いについても、同じ立場のはずの遙がちゃんと心を整理して、新しい楽しみを見つけたことや、遙がそれだけ心酔するくらいならという気持ち、親友と同じ位置にいたいという気持ちもあり、その悶々度が最高潮に達したとき──水月は自ら俺に身をゆだねた。

──ある意味、遙による洗脳のようなものかもしれない。

だが、俺は“前の”世界も含めて、遙には何の指示もしていない。
水月に話す事を禁止もしてないから、そのうちこうなるだろうとは思ってはいた。
しかし、今回はまだ若いから、それほど早くは欲求不満にならないと思っていたが……いや、若さゆえ、だろうか。

水月は初めてのはずだ。
これが明日なら、翌日の出撃に影響が出るといけないので、断ったかもしれないが、お互い間が良いことだ。
俺としても水月の、すばらしいバランスを誇る肢体をみすみす見逃すほど、阿呆ではない。

「いいだろう、では、こちらに──」

こうして、今夜の饗宴が始まった。



[4010] 第10話 おっさんの苦悩
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/01 01:05
【第10話 おっさんの苦悩】

<< 速瀬水月 >>

11月10日 早朝 国連軍横浜基地 白銀武自室

早朝、股間にいくばくかの痛みを感じながら、私は今、白銀少佐の腕を枕にし、鍛えられた体に寄り添うように寝ていた。お互い、服は着ていない。
少佐はまだ眠っている。

私の大事な所からは、少佐が出した大量のモノがあふれている。それは、私の初めての証も混じっていて、薄いピンク色になっていた。
肌にも髪にも、ところどころ付着してしまっているけど、不思議と嫌な気持ちはなく、むしろ暖かい気持ちになった。

思い出すのは昨日の夜の出来事。私は色々な“初めて”を少佐に奪われた。いや、これは私からお願いしたことだ。“捧げた”という言い方が正しいだろう。
感じるのは、充実感と、何か悪いものが体から抜けたような爽快感。『スッキリさせてやる』というのは嘘じゃなかった。

──遙の言ったことは間違いじゃないわね……。

さすがに遙の言うとおり、かなり上手で、痛みも想像したほどじゃなかった。

けど、遙から聞いた内容とはだいぶ違った。
初めてにもかかわらず、何度も何度も何度も何度も何度も何度もしたのは普通じゃないだろうけど、少佐は少佐なりに手加減してくれたと思う。
正直、遙のようにアレを飲まされたり、ブタの真似をさせられるのも覚悟していたのだけど……。
少し抵抗はあったが、美味しくないのに美味しく感じたり、いじめられてるのにうれしい、という、遙の説明による、わけのわからない感覚に、興味があったのは確かだ。

──そういうのは、次の機会ってことかしらね。

やや不安なものの、“次”を楽しみに思う気持ちと同時に、孝之の事が思い起される。
将来の約束も、告白もできなかったけど、彼を裏切ってしまったという気持ちはある。
本当は、この色々な“初めて”を孝之に捧げたかったという想いもある。

──私と遙の下着をオカズにしてたということは、彼も、私達2人のことを、憎からず思っていたのは確かだろう。
けど、どんなに想っても孝之は生き返らない。
心に区切りをつけて、新しい恋でも探すのが建設的なのはわかってるけど、私も遙も、その気にはなれなかった。

そして、遙が変わった。それも、とても良いほうに。
やわらかい笑顔が特徴の遙だけど、孝之が死んでから、陰りがあった。──それは、私もそうなのだろうけど──それが、少佐と付き合いだしてから、本当に綺麗に笑うようになった。

今回の事は、遙の勧めでもあった。
私も遙と同じようになりたいと、どこか願うようになっていたけど、遙も私に、同じ位置にいて欲しいという気持ちがあったようだ。

──孝之が好きなのは変わらない。けど、白銀少佐……武さんが好きなのも確か。

初めての対面、セクハラ発言、XM3の発案、卓越した操縦技術、教官としての顔、訓練修了時の包み込むような笑顔、その直後のからかい、遙との情事、暴言を吐いた私への攻撃……。
どれをとっても驚かされる。さまざまな顔を見せる少佐に、私はいつしか惹かれていたのは確かだろう。

A-01の他の隊員も、少なからずそう思っているはずだ。
女所帯で、存在すら秘匿される我が部隊においては、男と恋愛するなんて困難極まりない。
そんな所に、こんな強烈な男が現れたのだ。

──遙に、私。次は誰?あと何人“こう”なるのかな……。

それは予想ではなく、確信だった。
伊隅大尉は、幼馴染の男の人がいるし、宗像も故郷に男を残しているから、可能性は低いとして、残りは誰が“こう”なってもおかしくない。

特に、柏木と築地は、だいぶ好意を持っている様子だったから、時間の問題の気がする。──ただ、私のように自分から“お願い”するかといえば疑問だけど。
遙のように少佐から口説かれるという場合もあるので、伊隅大尉と宗像を除いて、次の女には誰がなってもおかしくない。

いや、あの二人だって、この人に本気で口説かれたら怪しいものだ。

いつの間にかしようもないこと考えていた事に気付き、A-01の事を考えるのをやめる。
今は、この何かと凄い男を独占しているのだ。余計なことを考えていてはもったいない。

そういって、体を寄せて胸板に顔をうずめると、頭をなでられた。
思わず顔を向けると、少佐が起きて微笑んでいた。これまでにない、優しい笑顔だった。訓練修了の時の微笑みとも違う。──私のうぬぼれではなく、愛情が込められているのがわかった。

──やば……たまんないわね、これ……。

深みにはまっていくのを心地よく思い、頬が赤くなるのを感じたが、お互い何も言わず、起床時間まで、かたく抱擁を続けた。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

11月10日 午前 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

「帝国軍に、なんとか最優先命令を出せたわ」
「それは良かった。欲を言えば帝国軍にも準備期間を与えられると良かったのですが」

「しようがないわ。余裕を持たせたら、正規のルートからの命令じゃない事がバレるもの」
「ですね。まあ、その分、A-01は準備万全です。今回は問題ないでしょう」

今回、新潟に上陸するBETAを帝国軍が迎撃するのに紛れて、A-01にはBETAを捕獲させる予定だ。
困難な作戦だけど、この短期間で、A-01はかなり部隊としての戦力が上がったという。
白銀も成功率は高いと見ている。

「で、結局アンタはA-01に随伴しないのね?」
「ええ。伊隅主体の作戦で問題ないでしょうし、そのために俺との連携訓練を延期していましたからね」

「わかったわ。じゃあ、今回アンタはどうするの?」
「留守番も何ですので、影からこっそり付いて行きます」

その答えが若干腑に落ちなかったので、理由を問いただす。

「随分面倒な真似するのね?一緒に行けばいいじゃない」
「ただでさえBETAのプレッシャーがあるのに、“鬼教官”の俺がウロチョロしてたら気が散りますよ。俺なしでヴァルキリーズがどれくらい戦えるのかを見たいというのもありますし。まあ、危なくなったら助けに入りますよ」
「そう。よくわかんないけど、作戦行動の詳細は任せるわ。好きにしなさい」

白銀の能力を認識した私は、軍事面に関して、頻繁に助言を求めるようになっていた。何しろ、外見からは想像もつかないが、歴戦の大佐級の男なのだ。

腹心の伊隅にもその能力はあるだろうが、彼女に与えられる情報は限られている。
私は、部下の中では伊隅を最も信頼しているけど、それでもオルタネイティヴの根幹となる情報を、全て与えていいものではない。

そこへ、この白銀だ。
コイツは最初からほとんどの事情を知っている。最初はその事に、憤りや鬱陶しさを感じたものだが、今ではそれがうまい具合に働いている。
事情通の人間が腹心に居ると居ないのとでは、だいぶ違う。
この私といえど、無謬ではない。自分の判断だけでは、どうしても隙が出る。白銀の反応を見て修正することもあれば、白銀の助言で気付くこともある。

衛士として、白銀は、最強の駒だ。
将棋で例えれば、歩と王将だけで戦っている所に、飛車が手に入ったようなものだ。
けど、飛車は使い勝手は良くても、それだけだ。一局の戦いは変えられても、大局を変えうるものではない。

ところが、この飛車は軍事面に関して一言を持っている。他の歩を、金銀に変える力もある。
そのことで王将たる私は、他に神経や頭脳を回せる。これは、思いのほか大きかった。

伊隅達にとっては、駒としての白銀が眩しく見えるだろうが、私にとっては副次的なものにすぎない。
大局を見た助言は、一介の駒にはできないのだ。

結局、突然現れたこの奇妙な男は、一ヶ月も経たないうちに、かなり貴重なブレーンとして、私の傍らに収まってしまったことになる。──白銀の思い通りにされているようで、若干の忌々しさは残るが。

「──で、昨晩は誰?そろそろ新顔を落とす頃かしら」

方針が一通り決まったことで、戯れに聞いてみた。
白銀が入室した際、石鹸の匂いがした。つまり、体を洗う必要があったということだ。
コイツがここにくるたび、匂いで詮索しているようで、尋ねることに少々抵抗感もあったが、この鬼畜が他の女をどう落としてるのかという興味がまさった。
白銀も“私”と長い付き合いのせいか、私が嫉妬や下世話な話題をしたくて聞いてるのではないと分かっているので、素直に答えてくれる。こういう、余計な説明が不要なのは、やりやすい。

「速瀬ですよ」
「それはまた、意外──いえ、涼宮姉が落ちたんだものね。不思議ではないか」

同じような想いを抱いていた涼宮姉が落ちたから、速瀬も──というほど単純ではないのだろうけど、私は速瀬が落ちたことが、自然なように感じた。

「で、次はA-01の誰か狙ってるの?それとも207?」
「今のところ、特に狙ってるとかはありませんね」

その場の流れにまかせる、という事だろうか。

「207の連中は、任官後だっけね」
「それですが……アイツ等は、“この”世界では諦める事も考慮しています」
「あら、いいの?アンタ、随分あの子達にこだわってたじゃない」

“前の”世界での初めての相手と、訓練兵の頃から苦楽をともにした同期の戦友。白銀がかなり執着を持っているのは、これまでに交わした会話から明らかだ。

「そりゃ、ありますよ。アイツ等は俺にとって特別ですから──でも、だからといってアイツ等への態度を変えるわけにはいきません」
「そう」

特別な事情なだけに、今までが、幾分甘めの指導になっていた207訓練小隊に、白銀が厳しく指導をするつもりなのは、以前、私が許可を与えたので知っている。

情が深く、情を大切にする男だけど、情に左右されて大局を見誤る男ではない、と思ったのはそれを聞いてからだ。
コイツは、私と同類──目的のためなら、最悪、親友のまりもですら切り捨てるつもりの私と、同じ感覚を持っている。
無論、泣きも悲しみもするだろうが、最悪の場合は御剣や鑑、自分自身ですら、切り捨てる覚悟はあるだろう。

──人類にとって、より良い未来を得る為に。

その事を理解して、私は高い性交力や、優れた戦略・戦術眼をもつからではなく、感覚として同類のものを感じたからこそ、“前の”私は白銀を恋人としたのだ、とようやく気付いた。

「じゃ、伊隅への作戦伝達、よろしくね」
「了解──ところで、作戦内容以外、伊隅にはどこまで開示していいんですか?」

「うまいこと、ぼかしなさい」
「了解」

白銀は、私の適当な命令にも、戸惑いもせず受け入れる。

──このあたりの余裕さは伊隅にない所ね。

日を追うごとに白銀への執着心が高まっているのを感じながら、面会を切り上げた。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

11月10日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

明日の作戦を今日説明されるというのは、唐突ではあるが、今までの経験上、珍しくはないので、驚きはしない。

それよりも私は、白銀少佐から作戦説明を受けているという事自体に、思いを馳せていた。
白銀少佐が我々の前に現れるまでは、副司令から直接説明があった。今日の説明を見るに、今後、軍事行動に関しては少佐に任せたという意志表示だろう。

副司令直属の中で、軍事面に関しては私がトップだと思っていた。事実はどうあれ、私にとってはぽっと出の上官が沸いて出たようなものだ。少しは嫉妬や、忸怩たる思いがあるのが普通だが……そんな感情は私の中になかった。

初対面以来、この人の凄さを見せ付けられすぎたのだ。上に立って当然、という風格と能力が、白銀少佐にはある。だから、この説明を受ける時も、むしろこの人が上司となることに安心感さえ感じたものだが──その内容には驚かされた。

「それは、BETAの行動を予測したということですか!?」
「ああ。どうやったかは俺も知らん。ただ、副司令の新理論による測定らしい。確率はそう高くない。当たればもうけもの、という感じだな。予測可能なのも今回一度きりらしい」

結局よくわからないことがわかったが、うまくぼかされた気もする。
だとしても、それは副司令がそのように判断したのだ。聞き返すような馬鹿な真似はしない。

「BETAが来なければそのまま帰還すればいい。無駄金を使ったことで、各方面に釈明するのは副司令だ。実戦部隊としては可能性は低かろうが“必ず来る”ということを想定して作戦を立てる。いいな?」
「了解」
「で、今回の作戦の目的だが──」

そして、白銀少佐から作戦の目的を聞き、どのようにそれを遂行するか、すり合わせを行った。
──というよりも、少佐の話す内容に隙は無く、私はほとんど相槌を打つだけだったのだが。

「以上でいいな。では、隊員への伝達後、出撃準備に取り掛かれ。補給物資とBETA捕獲用の装備、BETA輸送トラックの手配は俺からピアティフ中尉に伝えておく」
「了解」



…………………………



「──以上が今回の作戦だ。何か質問はあるか?」

少佐と別れた私は、集合させたA-01の面々に、先ほど少佐と詰めた作戦内容を説明した。
皆、驚きの顔は隠せない。また、新任連中は初陣となるため、顔が緊張で強張っている。

「大尉」
「なんだ、速瀬?」

さっそく速瀬が口火を切った。おそらく速瀬は、私も驚いた“あの事”を聞いてくるだろう。

「今回、白銀少佐は出撃なさらないのですか?」

おい、最初の質問がそれか?
普通そこは、BETAの行動予測の事を驚くのがスジだろう。BETAの行動を予測したんだぞ?
……まあ、とりあえず、返答はしてやる。

「ああ、少佐は『連携訓練してないやつがウロウロしてても邪魔なだけだろう』とおっしゃっていた。今回は見送りとのことだ。──他に質問は?」

──さあ、次はBETAの行動予測の事を聞くんだろう?

私のその予測に反して、速瀬がなぜか落ち込むような表情をした。

「はあ、そうですか……」
「おや、速瀬中尉、白銀少佐がいなくて寂しいのですか?」
「ば!んな……」

宗像のからかいに「んなわきゃないでしょーが!」という台詞を予想したが……そこには顔を真っ赤にするだけの速瀬がいた。

全員、驚愕。

きっかけを作った宗像でさえ、二の句が継げない。

──あれ?なんで涼宮だけ「やれやれ」って顔してるの?

「ん、んー、んなわけないでしょ?(ニッコリ)」

速瀬はわざとらしく返したが、これはどうみても……明星作戦で戦死した鳴海少尉の事を想っていたはずだが、吹っ切れたということか?
しかし、“あの”白銀少佐だぞ?──いや、まあ、悪くはない──のか?

他のみんなも同じような心境だったのだろう。その後、誰も速瀬と白銀少佐の事には触れなかった。
ただ一人、訳知り顔の涼宮が気になったが、何も言えず、全員、出撃準備にとりかかった。

──結局、誰もBETAの行動予測の事を質問してこなかった。

もし聞いてきたら“Need To Know”の事を話してやろうと思っていた私は、肩透かしされた気分になり、少し寂しさを感じた。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

11月10日 夜 国連軍横浜基地 御剣冥夜自室

私は寝台に身を伏せて、今日の戦術機動作演習の事を思い起こす。

──白銀少佐は、今日も来られなかった。

一昨日、強烈な言葉と共に、我等の前に再び姿を現した、同い年の上官。
他の者たちは、昨日、今日と、その姿が見えないことに安堵していた。
それに気付いた神宮司教官は、何もおっしゃらなかったが、その目は厳しかった。

あの者たちはまだ、沈んでいる。やはり上官からの“嫌い”宣言は相当、心に堪えたようだ。
それだけではなく、我等が不干渉としていた事を、ああもあからさまに指摘した。あの者たちは、あまりの予想外の少佐の態度に、反感すら起こらないようだ。
これからの訓練の過酷さを想像し、滅入ってしまっている。

だが、あの者たちには言っていないが、私には、白銀少佐がただ嫌味を言う為に、あのような事を言ったとは思えなかった。
確かに私にとってもあの言葉は堪えたのだが──すべてもっともな事であった。
我等が優遇されているのは確か。あの言葉は、普通に考えれば、これまでにあってしかるべき言葉だ。
反論した私を殴ったのも、むしろ、あのような対応を今までされなかったのが不思議なくらいだ。──その理由は明白なのだが。

無論、私の考えすぎかもしれぬ。だが、あの眼。
迫力はあったが、最初に感じたときと同様、悪意は見えなかった。

また、私の疑念を最も強くしたのは、昨日の武御雷の件。どう考えても、私に火の粉がかからないようにしてくれたとしか思えぬ。……考えれば考えるほど、白銀少佐の言動は腑に落ちぬのだ。

──あの方の本心が知りたい。

あの方は、いずれ我等の訓練指導に当たられるはず。
そうすれば、あの方の本心が、わかる時が来るのであろうか。

──少佐は今、何を考え、何をしていらっしゃるのか。

誰も答えようの無い問いは、私の中でむなしく消えていった。



…………………………



<< おっさん >>

11月10日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣

俺の隣では、裸の霞が、穏やかな顔で眠っている。

昨日、俺が霞の元に行く意思があったのをリーディングで読み取り、今か今かと待っている時に、速瀬が横からかっさらってしまった。そのため、昨晩の霞は悶々とした状態だったらしい。

そういう訳で、霞は、今日いち早く俺のもとに来たというわけだ。

霞は徐々に慣らした甲斐あって、だいぶこなれてきた。これなら実用に耐えうるだろう。
毎日のお口の特訓も効いている。こっちに関しては現『メンバー』の中ではピカイチだ。
まだ当分、教えないでおこうと思っていた、俺の後ろの穴へも、率先して奉仕してきた。
若いので少し心配だったが、さすがは天才少女。そつなくこなす。

『メンバー』も増えて来たので、そろそろスケジュール管理をする女が必要になってきた。俺の精力は無限だが、時間は有限なのだ。
“前の”世界でのスケジュール担当は初代は委員長、2代目はみちる。──委員長が戦死したとき、その重要性がいやというほど実感したものだ。
『メンバー』の中で最も公正だった2人でさえ、やや自分の割合を増やす傾向があった。彩峰などに任せてしまえば、自分一色のスケジュールを組むに違いない。今のメンバーでは、誰にまかせるべきか……。
霞、イリーナ、まりも、遙、水月。──だめだ、どいつもアッチに関しては自分本位なやつらばかりだ。兵はいても将がいない。
夕呼がやってくれるわけもない。お願いしたら、きっと解剖される。

──仕方ない、当面のスケジュールは自分で決めるしかないようだ。

俺は舌打ちとともに、今の状況を呪った。
そして、もう一つの懸念事項を思い浮かべる。

昨晩は予定より早く水月を入手した。それ自体は問題ない。
遙と水月、これでブタごっこをする駒は揃ったのだから。









だが──肝心の鼻フックがないのだ。

夕食後、PXの職員に訊ねたら、「はあ……おいてませんが」と、怪訝な顔をされただけだった。
聞けば、取り寄せも出来ないらしい。全く、融通の利かないことだ。
しかも、ボールギャグ、ローター、バイブ、他に色々使いたかった道具も、ほとんどが駄目だった。
目隠しや拘束用の縄は、他のもので代用できるし、クスコは医療器具だから置いてあったのだが。

あと一歩というときに、俺の前に立ちはだかった大きな壁。

──ああ、そうか、夕呼はこのような気持ちだったのか。

夕呼も、手のひらサイズの並列回路が完成しないばかりに、00ユニットの目処が立たないという状況で苦悩していた。俺は、今やっと、あの時の夕呼の心境を、真の意味で理解したのだ。
長い間、こんな苦悩を抱えて研究を続ける夕呼のプレッシャーは相当なものだったろう。
俺は、今は恋人未満である彼女の凄さを、改めて再確認させられた気分になった。

だが、“前の”夕呼は最後まで諦めなかった。俺も諦めるのはまだ早い。何か手はあるはずだ。



…………………………



思いつかない、だめだ。──クソ!アラスカのPXには売ってあったというのに──……あれ?

「そうか、アラスカに行けばいいんだ」

ここに売ってないなら、売っている所に行けばいい。
こんな簡単なことに気付かないなんて、俺も焦りで血の巡りが悪くなっていたらしい。

アラスカのユーコン基地のPXには、鼻フックはもちろん、鞭や木馬、さまざまな道具があったので、アダルト・ハードSMコーナーは、委員長御用達だった。──今回はハードSMは避けるつもりだから、鞭と木馬は不要だが。
横浜基地に無いのは、同じ国連基地とはいえ、お国柄というやつだろうか。

となると、残る問題は出張の口実。
アラスカといえば、篁唯依──不知火弐型。

そう、不知火弐型。アレは丁度良い出張理由になる。
アレの機動力は、俺の操作感と抜群に相性が良い。俺としても、使える戦術機を入手できるというのはありがたい。この理由であれば、夕呼も疑わないだろう。
そして、あの篁唯依──もしかしたら、あの女もこの時期に手に入れることができるかもしれない。

「まさに、一石三鳥の作戦……ククク」

俺は、高揚する気持ちを抑えつつ、アラスカ出張を今後の予定に組み込むことを決めた。



[4010] 第11話 はじめてのおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/01 01:06
【第11話 はじめてのおっさん】

<< 柏木晴子 >>

11月11日 朝 新潟県 日本海沿岸部

帝国軍の攻撃で大半が殲滅されたとはいえ、初めて見る実際のBETAのプレッシャーは、私の想像してた以上に大きかった。

──迫りくる死の恐怖。

体がすくむのを実感すると同時に、白銀少佐の怒号が思い出された。

『ビビるな!』

……恐怖で、プレッシャーで、体がすくむだって?そんなもの、私が──私達が何度経験したと思っている!

もちろん、少佐のプレッシャーとBETAのプレッシャーは、質が違う。
完全にBETAへの恐怖が無くなったわけじゃない。
でも、……動く。私は、戦える。

私はこのときやっと、少佐はこういう時の為に厳しくしたのが理解できた。

XM3の慣熟訓練を思い出すと、その内容はやや理不尽とも思える叱責が、多々あった。

──なぜ、そんなことをする必要があるのか。
──今、その指摘が必要なのか。

そう言いたい時もたくさんあったけど、上官の大尉も中尉たちも何も言わないのだ。それを、新任の私が逆らったら、大尉たちの顔をつぶすことになる。そう思って、言いたいことも飲み込んだ。
あまりの悔しさとやるせなさに、訓練中だというのに涙が出た。──それは、他の皆も同じだったけど。

最初の対面から2日後のテストで、胸を揉まれた。強烈な、不思議な印象を残した人だった。
その後、直々に訓練してもらえると聞き、内心、楽しみだった。
そして、それを打ち砕くような訓練内容。その夜は茜と悪口を言い合ったりもした。

今思うと、そんな風に少佐を悪し様に言ったことが馬鹿みたいに思える。
きっと先任達は少佐の意図に気付いてたから、何も言わなかったのだろう。

訓練修了後の少佐の言葉が思い起こされる。

『BETAを俺と思ってトリガーを引け』

──って、ふふ、そんなのできないって。

少佐の『任官式』を思い出し、不思議と、落ち着くのがわかった。

「ほう、これから戦闘だというのに笑えるとは、えらく余裕があるじゃないか、柏木?」

私に笑みを見たのか、伊隅大尉が、通信越しに声をかけてきた。
きっと、初陣となる私たち新任組に、注意を払ってくれていたのだろう。

「いやー、これくらい、白銀少佐の怒鳴りに比べれば、と思いまして」
「ふ、そうだな……おい、貴様等、白銀少佐のありがたいお言葉を覚えているだろう。全員、BETAを少佐と思って、思う存分撃ちまくれよ!」
「了解!」×8

あの日の少佐の言葉を借りて、伊隅大尉が全員に発破をかけた。
私は──どきりとした。一瞬、大尉に私の思考が読み取られたかと思った。

皆は、戦場ゆえに硬い表情だったけど、それでも、笑みを浮かべていた。
きっと、あの『任官式』を思い出したのだろう。

ここで、深呼吸を一つ。

訓練通りに体が動かせそうだ。
少佐がほめてくれた私の、周囲を見る力と状況判断力。
それを駆使して、仲間を支援し、BETAを駆逐する。それが、私のするべきこと。

「さあ、来るぞ。作戦変更はなし。貴様等、ひるむなよ!」
「了解!」×8



…………………………



──よし、いける!

陽動役の速瀬中尉率いるB小隊に近づこうとするBETAに、A、C小隊の仲間が次々と麻酔弾を撃つ。
そのたびに、BETAが崩れ落ちて行くのが目視できた。

今は、戦闘を開始してから30分が経過したところだ。『死の8分』はとうに越えた。

「よし!捕獲はこの辺でいいだろう。A小隊、順番に実弾装備に交換しろ。終わり次第、C小隊と交代だ」

伊隅大尉のその声に、安堵の息をもらす。とりあえず、第一段階はクリアだ。

さて、私も実弾装備に「柏木ぃ!!」──え?

宗像中尉の叫びに、自分が気を抜いていた事に気付いたけど、その時すでに、A小隊の陽動にかからなかったらしい要撃級が3体、私に向かってその凶悪な腕を振り上げていた。



──だめだ、死ぬ……馬鹿だな私は。レーダーをちゃんと見ていれば、すぐ気付いたはずなのに……。



刹那のうちにそう思ったとき、私は、なぜか白銀少佐の顔を思い浮かべていた。



──その直後、3体の要撃級の頭部に血の花が2つずつ咲き、BETA3体は崩れ落ちるように倒れた。

援護?どこから?──これは、36mm弾?

「ぼうっとするな柏木!戦闘中だぞ!」

宗像中尉の叱咤に、ようやく我に返る。

「は、はい!」

そして自分が死ぬところだったことをやっと理解し、冷や汗が滝のように出るのを感じた。



…………………………



その後、全機の実弾装備への交換が終わり、体勢を整えた3小隊の連携によって、残りのBETAを大方殲滅したところで、ようやく伊隅大尉が声をかけてきた。

「“お父さん”が見守っていてくれてよかったな、柏木」

大尉がにやりと笑った。

はっとして、レーダーを縮小マップに切り替えると、私達からかなり離れた所に、味方の識別マークが表示された。──それが誰か確認するまでもない。

──あんな遠くから、正確に……もう!格好つけすぎだっての!

「貴様等、これ以上少佐に情けない所を見せるなよ!」
「了解!」×8

──まいったなー、ちょっと憧れてただけなんだけど……でも、こんなベタな惚れ方、私らしくなくていいかもね。

……今日、この後、無事に帰れたら……

私は、ひとつの決意を心にしまいこみ、残り少なくなった敵に集中する。



…………………………



<< 白銀武 >>

「ヒヤヒヤさせる」

87式支援突撃砲は久しぶりだったが、腕は鈍っていない。
とっさの長距離連続射撃だったが、なんとか6発とも命中したようだ。
全盛期のたまならば、この距離でも一発で仕留めることができただろうが、劣化版である俺は弾数で補う必要があるのだ。

俺がA-01に随伴しなかった理由。
連携訓練不足というのももちろんあるし、A-01だけでどれだけ戦えるかを見たかったのも本当だが、なにより、新任5人のフォローに専念したかったからだ。
みちるには俺がA-01の後をつける事を伝えてあったが、戦闘に集中させるため、他の隊員には秘密にしていた。

初陣というのは、予想もつかないことが起こる。
散々訓練して、新兵の中で最も優秀だと思われてた奴がBETAの前で恐慌に陥ったり、ヘボな成績の奴が、肝が据わって最も戦功を上げることなど、珍しいことではなかった。

“前の”世界では立場上、こういう方法で新人をフォローする機会はなかったが、今回の作戦では余裕がある。

「夕呼は何も言わなかったけど、見透かしてたかもしれないなー」

随伴しない理由を明確にしなかったのに「よくわかんないけど、まかせる」といった夕呼を思い、嘆息する。
彼女の思考の鋭さは尋常じゃない。俺の意図を読んでいて、見逃された可能性は高い。

『大佐は新兵に甘すぎますよ』

そう苦言したのは、“前の”世界の七瀬凛だったか。

今回、柏木一人を救ったが、全体で見れば帝国軍には多くの戦死者が出ている。
俺には人類を救うという意志はあるが、全ての人間を救えると思うほど、大層な人間ではない。
俺は作戦上、必要とあれば部下に“死ね”と命令しなければいけない立場だ。
いざというとき、そう命令する相手だからこそ、俺は恨まれても厳しく鍛えるし、救える時は可能な限り救うのだ。

「──しかし、柏木か。気が緩むのは築地あたりだろうと思ったが、わからんものだな。まあ、今回のは全員いい教訓になったろう」

初陣で気をつけなければならないのは『死の8分』を越えることもそうだが、気の緩みというのもある。

“前の”世界では、XM3によって『死の8分』で死ぬ衛士は圧倒的に少なくなったものの、逆に調子に乗ってやられる奴が増えた。隊長クラスでさえ引き際を見誤ることもあり、指揮官としてはその対応に苦心したものだ。
もちろん、総数としては死者は大幅に減っているので、XM3の優秀性には、誰も疑問をもたなかったのだが。

5日間徹底的に鍛えた様子から、A-01の技量ならこの程度のBETAなら圧倒できると判断していたが、『死の8分』を乗り越えた後を、俺は危惧していた。そして、案の定だ。

「柏木は、周りは良く見えてるが、肝心の自分に注意がおろそかな所があるな。──帰ったら叱ってやるか」

そして、BETAを殲滅し終えたA-01を確認し、みちるに“ある”命令を与えた。



…………………………



<< おっさん >>

みちるが俺の命令を受け、行動開始を確認したところで、さっきの俺の狙撃について思いを馳せる。

今までほとんど実戦で使う事がなかった、遠距離狙撃。

俺の戦闘スタイルは前衛向きだ。狙撃の腕はそこそこあればいいと思い、“前の”世界ではあまり熱心に練習はしなかったが、それでも少しずつ積み重ねていたので、いつしか狙撃手としても結構な腕前になっていた。

ある日、もう一息で壁を超えられそうな事に悩んでいたら、

「たけるさんは、技量は十分なんだけど、もうちょっと集中力を鍛えたらどうかなぁ~」

と、たまから助言を貰った。
俺とて、前線でBETAの海をくぐりきる程度に集中力はあるのだが、狙撃に必要な集中力は若干性質が異なる。

周りの情報を遮断し、一点を見据える集中力。

戦場で、本当に周りの情報を遮断してしまうのは自殺行為なので、これは例えだが、要は感覚を広げる集中力と、一点に収束させる集中力は違うということだ。
前衛や隊長クラスに求められるのは前者が必要だが、たまのようなスナイパーには後者が必要。

では、その力をどう鍛えるべきかを尋ねると、たまにはすでに考えがあったらしく、次のような方法を提案してきた。

『“たまスクリュー”をかけられつつ、万葉集を朗読する』

今思うと、これはアイツの戯れだったのかもしれない。
快楽にさらされながらも文字に集中する。これを成し遂げれば、俺には一流の狙撃手並の集中力が手に入る、というのが、たまの主張だった。
ちなみに万葉集は、たまの蔵書のうち、最も堅苦しいから選んだだけで他意はない。

もちろん、本気でたまに締められるとあっという間に終わって訓練にならないので、やや緩めた状態でやってもらったが、それでもその訓練は、想像を絶するつらさだった。

来る日も来る日もたまは俺の上で回り、俺は万葉集を朗読する。はたから見ればふざけてるとしか思えないだろうが、それでも俺たちは一生懸命だった。

ある日、ようやく最後まで読みきったときは、お互い涙を浮かべて抱き合い、喜びを分かち合ったものだ。

こうして俺は、たまに次ぐ狙撃力と、万葉集をそらんじることができるほどの知識を手に入れたのだが、前衛という立場から今まで使う事があまりなかった。

そして、あれから主観で10年以上経った今日、ようやくそれが役に立つ時が来たのだ。

「──たま、お前との特訓が、柏木を救ったぞ……」

俺は、操縦席に深く身を預け、“前の”世界のたまに向けた言葉が届くように願った。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

11月11日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

ピアティフが白銀から『任務達成。これより帰還する』の短い通信を受けたのは昼前。

夕方、横浜基地に帰還後、事後処理を終えた白銀が入室してきた。

「副司令、報告書をお持ちしました」
「ご苦労さま」

敬礼とともに、報告書を受けとる。

私が何度言っても、正式に報告をする時は敬礼をやめないので、いい加減私もあきらめた。
それ以外での面会などは私の言う通り省略するので、芯から軍人の白銀にとっては、これが妥協点なのだろう。
まったく、女性関係は緩すぎるくせに、こういう所は堅苦しい。

「──へえ、戦死者無しとは、珍しいわね。今までは出撃のたびに誰か死んでたんだけどね」
「副司令の作戦がいつもキツいからでしょう」
「ふん」

他愛もないやり取り。この程度は皮肉にも思わない。

「にしても、戦死者が無いにこしたことはないわ。で、肝心のBETAは──それぞれ、目標数は達してるわね。要塞級はさすがにゼロ、と。──あら、捕獲作業後にずいぶん暴れたのね」

予定に無かった、捕獲後のA-01の行動記録とその戦果を見て、少し驚いた。

「作戦行動中、帝国軍の連中がやけに興味津々で監視していましたからね。伊隅にそうするよう命じました」

軍行動において白銀は無駄なことはしない。ということは……。

「──XM3の値段を吊り上げる布石かしら?」
「ご明察。俺の権限の範疇で動かしました。申請する暇がなかったので、事後承認という形になりましたが」
「いいわよ、任せるって言ったの私なんだから。──よくやったわね」

報告書の戦果が誇張でなければ──白銀がそのような小細工はしないこと位は理解していたが──、帝国軍は、わずか1個中隊がもたらした光景に、さぞ驚いたことだろう。あわてて上層部に連絡しているのが目に浮かぶようだ。

「ありがとうございます。とはいえ、今回俺がやったのは遠くから6発撃って、伊隅に暴れるよう命じただけですがね」

6発、ね。どうせ隊員を助ける為にでも撃ったんだろう。でなければ、6発というのは中途半端に少なすぎる。
また、白銀は謙遜するが、“6発撃って、暴れるよう命じただけ”で済ませられるように、A-01の戦力を上げたのは、白銀の力だ。
けど、口に出して誉めて、謙遜するというような無駄なやりとりは私達の間には起こらない。
この程度は言わなくてもわかる程度には、私とコイツは通じ合っているので、話題を変えることにした。

「そう。ところでアンタ、今晩の予定はあるの?空いてるなら相手しなさいよ」

今夜は約束はしてないが、白銀が臨機応変に適確な対応をしたのが、幾分私を機嫌良くさせたので“そう”いう気分になった。
最後の失禁以来、白銀にはセーブさせ続けている。たまには私を好きにさせてやろう。

「空いてますが、およしになった方が良いかと」
「なぜ?」

「実戦後は、俺は少々、たかぶる性質でして。今日は手加減ができそうにありません」
「そう。ならやめとくわ」

最初からそのつもりだったので、かまわない気分だったのだけれど、安く見られたくはないので今回は引いて置く。

「じゃ、どうすんの?」
「ピアティフ中尉か神宮司軍曹にお願いしますよ。涼宮でもいいんですが、アイツは今日の出撃と事後処理で疲れてるでしょうし」
「あ、そ」

あの2人なら喜んで嬲られるはず。速瀬はまだ慣れてないだからだろう。
社を候補に上げないのは、このケダモノの最後の良心だろうか。



…………………………



<< 涼宮遙 >>

11月11日 夜 国連軍横浜基地 廊下

「あれ?水月?」
「あ!遙……」

今日の出撃の事後処理も終わり、さあ、いざ、というところで水月とばったり。
この廊下の先で心当たりがあるのは、白銀少佐くらいしかない。
さすがに親友。お互い、考えることは同じみたい。

「水月も?」
「うん、えへへ」

水月はちょっと照れたように笑った。
水月も変わったなぁ。水月は私がいい方に変わったというけど、水月だって相当なものだ。
──けど、それとこれとは別。

「ねえ、水月。一昨日は譲ったんだから、今日は譲ってくれるよね?」
「なーに言ってんのよ、遙は今までさんざん相手してもらったんでしょ?私はまだ1回よ?」
「……回数は関係ないじゃない」

そんなこと言い出したら、当分私の番が来なくなる。その理屈はとうてい認められない。

その時、視界に人影が見えたので、あわてて廊下の角に身を隠した。もちろん、水月も引っ張りこむ。

「ちょっと、遙、何──あれ?柏木?」

キョロキョロとあたりを見回しながら、コソコソとこちらへ向かってくる柏木少尉がいた。
そして、死角に身を隠した私たちに気付かず通り過ぎ、白銀少佐の扉の前に立ち──続けた。

時間にしてどれくらいだったろうか。その後、意を決したように、ノック。
中に居た少佐が扉を開き、いくつか言葉を交わした後──2人して中に入っていった。

「あーらま、柏木に先越されちゃったか」
「そうみたいだね」
「ま、戦場でアレやられちゃね。しゃーない、今回は先輩として譲ってあげますか」

柏木少尉が白銀少佐に淡い憧れを抱いていたのには、なんとなく気付いていた。
その相手に、今日のように命を助けられたら、クラっとくるだろう。

「あーあ、残念だなあ。明日は香月副司令あたりが予約してそうだし」
「アンタは、訓練日の休憩時間にさんざん出来るんだからいいじゃない」
「夜と昼じゃだいぶ違うんだけどなあ」

と暢気な会話を続け、それぞれ自室に戻った。



…………………………



<< おっさん >>

11月11日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣

柏木は感情が読みづらい所があるから、どうやって落とそうと思ってたが……。

助けられたから惚れたわけじゃない、と言ってたから、それなりに好感は持ってたということか。
俺の何が柏木をそうさせたのかよくわからないが、そんなことは些細なことだ。

重要なのは、優先度を高めにしていた柏木──いや、晴子が、タナボタ的に俺の手に落ちたという事実。

「ふっ……これも日頃の行いのたまものだな……」

俺がつい漏らした言葉に反応したのか、

「どーしたの?た、たけるさん」

晴子が後ろから抱き付いてきた。背中に直接当たる2つの感触が心地良い。柔らかい中にある硬いものの感触から、晴子にまだ余韻が残っているのがわかった。
晴子には“こういう”時間の時は名前で呼んでいいと言ったから、自然に名前を呼ぼうとしたのだろうが……失敗してやがる。
おほほ、ほほえましいのう。

「どもるくらいなら言うなよ」
「い、言い慣れてないだけだよ。そのうち、ね」

「そうか。──で、痛みはもうないのか?」
「いやー、体中痛いよ。でも、アソコはあんまり痛くない、かも」

と、晴子は、俺の精液でどろどろになった自分の股間を見て、答えた。

普段強気なタイプはこれまで相手した連中に多かったが、晴子のように飄々としたタイプは初めてだ。

だが、普段とは裏腹に、アッチの反応は可愛いものだった。
この種のギャップは新鮮だったので、我ながら異様に燃えた。それはもう燃えた。さらに、夕呼を失禁させるほど野獣化していたのだ。かなり乱暴に扱ってしまった。
また、目を閉じて懸命に耐える姿が、ことさら俺を燃え上がらせて、その様は、殆どレイプみたいなモノだっただろう。……いや、誰がどう見ても、レイプ以外の何者でもないと判断したはずだ。柏木がもう少し悲鳴を上げていれば、強姦魔一名の出来上がりだ。

──余談だが、本当のレイプは俺の趣味ではないが、擬似レイプはなかなか飽きない、好きなプレイのひとつなんだぜ?

そういえば、初めての相手にこれほど乱暴にしたのは、これが最初かもしれない。
幸い、訓練のせいか柏木はほとんど血もでず、大事な所は、それほど痛くはなかったようだ。
経験上、激しい運動が必要な軍人は、初めてでも痛みが少ない場合がよくあるから、晴子もそうなのだろう。

だが、乱暴にしたとはいえ、希望したのはコイツだ。
俺は今日、たかぶっていて優しくできないから明日にしろ、と言ったのだが、晴子は今日が良いといって聞かなかった。
乱暴にしていいなら相手してやる、と言うと、迷わず乗ってきたので、まあそこまで言うならと、遠慮なくいただいたわけだ。

この態度を見ると、乱暴にした事は、晴子は怒ってはいないようだ。合意の上での事なので、俺に非などないから当然だが。
よって、俺も気にしない。

さて、状況整理に一区切りついたので、とりあえず──

「んじゃ、あらためて、やるか」
「いいけど……次はちょっとだけ、やさしくしてくれるとうれしーなー、なんて……」
「まかせろ」

俺も幾分冷静になった。さっき乱暴にした分、今度は念入りに快楽攻めにしてやろう。──失禁するほどな。フフ……。

そして夜通し、俺の部屋に晴子の嬌声が響いた。



[4010] 第12話 おっさんは嫌われもの
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/09/25 03:18
【第12話 おっさんは嫌われもの】

<< 彩峰慧 >>

11月12日 夕方 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

白銀少佐の訓練は厳しい。

屋上での印象から、やわな男じゃないとは思っていたけど、2度目の対面から人が変わったように厳しかった。
本当にこの人が、あの日、わたしの胸を真顔で小一時間も揉んだ人と同じ人物なのか、今でも疑わしい。

このご時世、軍に男女の区別はない。
世間ではともかく、女を殴る男は、軍では珍しくないと聞いたけど、実際に目の当たりにするのはこの人が初めてだ。

今まで私たちは、神宮司教官から厳しく叱咤されたことはあっても、直接暴力をふるわれたことは殆どなかった。
あっても本気ではなく、頭への拳骨や、蹴りを腰やお尻など、ダメージのない所に当てる程度だった。

神宮司教官の恐さは、心理的なものが大きかった。

だから、平手とはいえ、このように本気で顔を殴る上官は、正直怖い。
格闘訓練とは別。これは、一方的に“殴られなければならない”のだ。避けたり反撃したりは問題外。

殴る人が弱ければまだいい。でも、今、私たちの前にいる白銀少佐は、私たちよりもはるかに鍛えて練り上げた体から、容赦なくその腕を振るう。

──そして、おびえる私たちを前に、少佐はその表情を微塵も動かすことなく──もう何度目になるかも覚えていない──その掌を、頬に叩きつけたところだ。



──神宮司教官の。



…………………………



(数時間前)

<< 榊千鶴 >>

11月12日 午後 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

「全員、シミュレーターから降りろ」

やはりか──という気持ちがあった。

今日から、シミュレーターでの連携訓練が始まった。
いつか教練に来るだろうと思っていた白銀少佐は、この日から参加することになった。そのことを、午前の座学の後、神宮司教官から伝えられた。
今度は何を言われるのかと、内心身構えてた私達を無視するかのように、少佐は淡々と今日の演習内容を説明し、シミュレーターへの搭乗を命じた。

最初に行なわせたのは、私と彩峰の連携。
今までは5人ということもあり、私と彩峰が直接組まないと言うやり方で、私達の不和をごまかしてきたが、直接2人で組むと、案の定、彩峰の先行に私が怒ることで、演習中にもかかわらず、言い争いになった。

──結局、目も当てられない結果に終わり、白銀少佐にシミュレーターから降りるような指示を受けたのだ。

これから、きっと殴られるのだろう、と覚悟を決める。

「神宮司」
「は!」

私の思惑とは異なり、白銀少佐は私達を一瞥もせず、神宮司教官を呼んだ。
呼ばれた教官は、少佐の前で新兵がするように、背筋を伸ばしている。

「訓練兵について、俺の命令を覚えていたら復唱してみろ」
「はい、『総戦技演習までに、使い物になるようにせよ』とのご命令でした!」

「貴様、こいつらが戦術機を駆るにふさわしいと判断したのか?」
「はい、規定の水準は満たしていると判断しました!」

「今、こいつらのゴタゴタで珠瀬が死んだな。味方殺しを前線に送る気か?」
「はい、そうではありません!戦力足りうると判断しました!」

「では、配属先の部隊に、チームワークの“いろは”を教えてもらうつもりだったのか?」
「はい、そうではありません!自分は、連携の大事さを常に教導しております!」

「では、貴様はそれを訓練兵に浸透させられない程度の無能だということか、神宮司?」
「はい、申し訳ありません!」

──想像もしなかった展開に──何も考えられなかった。

神宮司教官が、白銀少佐に詰問されている。
睨みつけるでもなく、淡々とした少佐の言葉に、教官がやや上を向き、きびきびと答える形で。

「手を後ろに組んで、歯を食いしばれ」

少佐のその言葉に、思わず息を呑む。──まさか!?
指示通りにした神宮司教官は、その直後、少佐に平手で殴られた。

御剣とは違い、てのひらだったけど、それが、御剣を“撫で”た時よりも、はるかに威力があるのだけはわかった。
──格闘訓練の時、あの彩峰の攻撃が当たっても、全くひるまないほどタフな教官が、よろめいたのだ。

「ご指導、ありがたくあります!」

神宮司教官は、足をふらつかせながらも、すぐに気をつけをし、礼の言葉を口にした。──口の端は血が滲んでいた。

「よし。では全員、シミュレーターに搭乗しろ」

少佐は何事もなかったのように、次の指示を出した。

「お待ちください!」「俺は命令をしたんだぞ?」

御剣がたまらず発した制止の言葉に、白銀少佐は、間を置かず命令の催促で返した。
けど、これは……!

「非は我等にあります。ならば、我等を殴るのが筋ではありませんか!」

私も同意見だ。殴られるのは嫌だけど、教官が代わりに殴られるなんて耐えられない!

少佐は黙って御剣をじっと見て、



「神宮司」



──ふたたび、教官の名前をを呼んだ。

「は!」
「貴様、コイツ等に、上官の命令に従うようには教えていないのか?」
「はい、少佐。そうではありません!軍における初歩として教導しております!」
「そうか。──手を後ろに組んで歯を食いしばれ」

なッ──!

そして、また少佐の平手が、教官に叩きつけられる。

「全員、シミュレーターに搭乗しろ」

さっきと同じ言葉──いや、命令を、少佐は口にした。

皆、あわてて搭乗した。
それは、これまでの訓練生活の中でもっとも機敏だったと思うほどの動作だった。



…………………………



「全員、シミュレーターから降りろ」

まただ……。こんな精神状態で、連携なんてうまくいくはずがない。
私と彩峰だけでなく、全員、動作がバラバラだった。
もう、どうしたらいいのかわからず、気付けばまた彩峰と怒鳴り合うことになっていた。

そんなとき、御剣の声が耳に届いた。

「珠瀬、何をしている!」
「い、いやです!降りたら……教官が……神宮司教官が……」

珠瀬はシミュレーターに篭ってしまっていた。
彼女の気持ちはわかる。珠瀬の性格なら無理も無いけど、──でも!

「愚か者!そなたがそのような態度をとれば、余計に神宮司教官が責められるというのが、まだわからぬのか!」
「うう~……」

そうだ。これは 珠瀬の命令無視になる。そしたら、また教官が……。
泣きながら、半ば御剣に引きずられるように出てきた珠瀬。

「神宮司」
「は!」

そしてまた、同じやりとり。
──今度は、2発。

何も言わなかったが、全員が理解した。
私と彩峰のいさかいと、珠瀬の命令無視で1発ずつ──。








けど、少佐はそれで終わらせてくれなかった。
立ち上がろうとした教官の腹を──そのつま先で蹴り上げた。衝撃に再びうずくまる教官。

──お願い、もう、やめて……!

「訓練ごときで泣きじゃくるような惰弱が、目が飛び出るほど高価な戦術機と、釣り合うと思うのか?」
「──はい、も゛うしワけ、ありません……ご指導、ありガたくあります……!」

さすがにすぐに立つことができず、呼吸も苦しい様子だったけど、教官はくぐもった声で答えた。



…………………………



この日、神宮司教官は、もう何回殴られたか、蹴られたかわからない。

私たちは全員、声が漏れないよう、嗚咽を無理やりかみ殺し、ただ無言で涙を流すことしかできなかった。
──声を漏らせば、また教官が殴られるからだ。

「よし。これで本日の演習は終了とする。一同解散!──おい貴様等、誰かそこの能無しを医務室へ放り込んでおけ」

──言われるまでもない!

少佐の終了の言葉と同時に、崩れ落ちた神宮司教官に、全員でかけよった。



…………………………



<< 珠瀬壬姫 >>

11月12日 夕方 国連軍横浜基地 PX

「なによ、あれ!無茶苦茶よ!」
「本当だよ!あんなやり方ってないよ!」

神宮司教官を医務室へ運んだ後、衛生兵の方に、やんわりと追い出された。
その後、PXに着くなり、榊さんが怒鳴った。鎧衣さんもそれに同調する。

気持ちは私も同じだ。あの後、涙はおさまったけど──その後にきたのは怒りの感情。

「榊、鎧衣、よせ」
「冥夜さん!」「御剣!貴方、なんとも思わないの!?」

「──腹立たしいのは私も同じだ」
「なら!「ここでわめいて、どうなるものでもあるまい!」」

榊さんの言葉にかぶせるように、御剣さんが一喝した。

「少佐の意図は明白だ。我等の不始末を教官に被せ、見せしめにしておられるのであろう」

それは、みんなわかったこと。いくら私達が、軍人として無様だったからといって、ひどい……!

「──だが、少佐は間違った事は、ひとつも言ってはおらぬ」
「「──え?」」

その言葉に、榊さんと鎧衣さんの怒気が抜ける。

「総戦技演習に受かっておきながら、入隊直後の新兵でもやらないような仲間割れ」

榊さんと彩峰さんが苦い顔をする。

「上官命令を無視──これは私にも言えることであるが」

私のこと。──しかも私は、泣いてしまった。あんな、駄駄っ子のように……。

「それと、榊と彩峰のいさかいについても、2人を特定していなかった。──あれは、我等全員を指していたのであろう。不和を放置したという点では、皆、同じようなものだからな」

──私も、気付いてはいた。気付きたくなかったけど……榊さんと彩峰さんのケンカの時は、いつも私達3人は遠巻きから止めるだけだった。少佐が神宮司教官を責めながらも、間接的にその事を言っているのは、みんな気付いたと思う。

「そのことで神宮司教官を責めるのも……まことに悔しいが、間違ってはおらぬ」
「どうして?」

これまで無表情で黙っていた彩峰さんが、初めて口を開いた。

「最初に、少佐が教官に、命令を復唱させたであろう。神宮司教官は、我等を使い物にしろと命令されていた。それがこの無様な結果──。また、我等の管轄は神宮司教官にある。ゆえに、我等の不始末は、神宮司教官の不始末となるのは、組織的に見て当然のこと。それに我等は──白銀少佐の直属ではない。白銀少佐は、部下がやらかした失態に対して、部下に責任を取らせた──ただそれだけだ」

理屈で言えばそうかもしれない。でも、私は……

「あんなやり方、好きになれません……」
「壬姫さん!?」

無意識に、声に出ていた。
鎧衣さんが驚いていた。私も──人を嫌うような発言をした自分に驚いた。

「私とてあのようなやり方は好かぬ。だが、軍とは好き嫌いでどうこうなるものではあるまい。今わかるのは、我等がここで愚痴ったところで、明日、教官が同じ目に遭うことは避けられぬということだけだ」

みんな、その言葉にうつむくしかなかった。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

11月12日 夕方 国連軍横浜基地 医務室

「傷はどうだ、軍曹。──ああ、起きるな。そのままでいい」

眼を覚ますと、私が伏せていた寝台のそばに、白銀少佐がいた。

訓練終了後、気力で立っていた私は、崩れ落ちるように失神した。
少佐から、平手や蹴りをさんざん受けたせいだが、始まる前は失神するとは思わなかった。──予想以上に効いたのだ。

白銀少佐は、体格はそれほど目立ったものはないが、力の使い方が上手い。
この人とは格闘訓練はしていないが、彩峰を軽くあしらった事や今回の事で、格闘においても遙かに上の実力があることが、理解できた。
本当に──なんでも出来る人だ。

医務室へはあの子たちが運んでくれたのを、ぼんやりと覚えている。あの子たちはここにいない。
少佐は後から来る手はずだったので、訓練前に穂村という衛生兵に、もしこのような状況になったら、医務室から追い出すようにお願いしていたからだ。
──もしもの時を考慮してだったが、その布石は役に立ったようだ。

「さすがに少々痛みますが、問題ありません」
「そうか」

少佐は謝らない。当然だ。これは私が志願したことだし、謝られても、私は対処に困るだけだ。
少佐はこのような時、自分が楽になるだけの言葉は吐かない。──強い人だ。

「これであの子たちが真剣に考えてくれれば、安いものです」
「──そうか」

少佐は先ほどと同じ言葉を発した。けど、込められた感情はさっきよりも多かったように感じた。
──そして、私たちは、無言で見つめ合っていた。おそらく少佐も、この“作戦”を提案したときのことを考えているのだろう。



…………………………



「小細工のたぐいだが──」

数日前、連携訓練の目処がたったところで、少佐が私に命令ではなく、提案をしてきた。
その内容──あの子達がわずかな不始末でも起したら、私を叱責するという──を聞き、確かにあの子達には有効であるように思えた。

「単なる嫌われ教官であれば、ただ喜ばすだけだが、叱られるのが軍曹であれば、アイツ等も少しは必死になるだろう。きっと、今までのように、うやむやで終わらせることはないはずだ」

たしかに、私とあの子たちの関係を考えれば、有効な方法だと思う。──しかし、足りない。

「提案してもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「叱責だけではなく、軍隊式の“修正”も付け加えるべきではないでしょうか」

言葉だけは生ぬるい。少佐はなんだかんだで甘いところがあるから、これは私から言い出さなければならないだろう。
──それに、これは、私が受けるべき罰だという気持ちもあった。結局、私は少佐の期待に応えられなかったのだから……。

私の提案に少佐は少し考え込み、答えた。

「──そのやり方は、俺も考えないでもなかったが……やるからには手加減できないぞ?」

手加減がわからないほどあの子達は素人じゃない。徹底的にやるからこそ効果があるのだ。

「かまいません」
「跡が残るかもしれないぞ?」
「そのときは、──貰ってくださいますか?」

ルール違反で叱られるのは承知で、ほんの少しだけ“私”の部分を出してしまう。

「何を言ってる?」

呆れたような少佐のその言葉に、一瞬、心が凍りつくかと思った。──が、

「“まりも”、お前はもう、俺が貰っている。今さら傷が残る程度で手放してもらえるとは、思わんことだ」
「は……はい……」

続けて発せられたその言葉で、涙で視界がぼやけた。

その言葉の内容も、とても嬉しかったが、この、完璧なほど公私に厳しい人が、勤務中なのに名前を呼んだ。
私のために少しだけ、自らに課した掟を、曲げてくれたのだ……。

──本当に、この程度の怪我など、安すぎる──

私は、頬にひとすじ、涙が伝わるのを感じた。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

11月13日 午前 国連軍横浜基地 教習室

昨日、さんざんに殴られた神宮司教官は、午前の座学をいつも通り進めている。
腫れ上がった頬に張ってある湿布が痛々しい。

教官は、昨日少佐に指摘された点については、一言も触れなかった。

──それが、一番堪えた。

自分たちで考え、解決しろということだろう。

それに、昨日のことは、何度も教官から指摘を受けたことだ。
いまさら繰り返して言うこともない、という含みもあるだろう。

──早急に、なんとかしなければ……!

私はいつしか、これまでにない必死さで、対策を考えていた。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

11月13日 夜 国連軍横浜基地 神宮司まりも自室

今日の展開も、昨日と大した違いはなかった。
あの子達が失態を犯し、少佐が私を殴り、あの子達はやるせなさに涙を流す。

昨日と違う点は、全員、泣きながらも怒りの目で少佐を見ていたことだ。──昨日は驚きがまさっていたのだろう。

失態を犯すのは同じだったが、必死でなんとかしようとしてるのはわかった。この様子だと、予想より早く解決するかもしれない。──それは嬉しいことだが、残念な気持ちもある。

「まりも、まだ痛むか?」
「少しね。でも、大丈夫よ。これくらい、私の訓練兵時代は日常茶飯事だったんだから」

少佐──武は、昨日から連日、夜は私の元へ来てくれている。
解決するまではここに通うつもりと聞いて、私は少し(本当に、ほんの少しのはずだ)、あの子達の問題解決は当分先でいい、と思ってしまった。

「口の傷、また切れてしまったな」
「平気だって──あっ」

──ぺろっと口の端の傷を舐められた。

これだ。彼は、2人きりになると、あっという間に私を骨抜きにする。
彼が夕呼とも関係を持ち、他に何人も女がいるのも知っているが、そんな事は些事と思うようになっていた。

「武、今日も──優しくお願い」
「ああ」

こうなると、私達が交わす言葉は短くなる。

昨日、今日と相手をしてもらっているが、昼間の行動を償うかのように、優しく抱いてくれる。
いつものちょっと野性的な抱き方も好きだけど、これもまた別の次元で、格別に良い。

ふと、『厳しく殴った後、優しく抱く。それがヤクザの手口なんだって』と、昔、夕呼から聞いたことを思い出した。

図らずとも、今の状況がそうだが――この落差、結構クるわね……。

「武……」

そして、私はこの若い上官に、全てをゆだねた。



…………………………



<< おっさん >>

昨日と同様、優しさMAXモードで、まりもを何度もイかせてやった。今、まりもは、安心した子供のように、眠りについている。手慰みに、そのおっぱいを左手で適当に揉みながら、今日の事を考える。

まともにあたるとゾンビな女だが、こういう搦め手から攻めると、性欲以外の部分が満足するのか、あっさり落ちることがわかった。──精液に拘るところは変わらなかったが。

“前の”世界では気付かなかったまりもの弱点を、今回の作戦で気付けたのは僥倖だ。

──もはや、まりもは俺の敵ではない。今後、スケジュールで苦労することもないだろう。意図しなかったが、これは207の問題解決と優劣つけがたい戦果だ。

「ふっ……一昨日の柏木の事といい、俺の行いはよっぽど良いようだな」

207といえば、アイツ等にはずいぶん嫌われたようだ。今日のアイツ等の目は怒りに満ちていた。──同時に、必死さが見てとれた。
たしかに、まりもの言うとおり、予想より早く解決に向かうとは思う。叱責だけよりは、よほど効果があったようだ。

「だが、少々早まったかもしれんなぁ」

効果が高い分、嫌われ方も大きかったようだ。あれは憎しみに近いものがある。

まりもの覚悟に押される形で、提案に乗ってしまった所はあったが……いや、起こったことをぐだぐだ言っても仕方がない。アイツらを一流の衛士にすることが第一優先。それは元々考えていたことだ。

「まあ、厳しくしておいて好かれようなどと、ムシの良い事は考えちゃいない。せいぜい憎んでみるがいいさ……」

むしろ、俺は教官など嫌われてナンボだと思っている。まりものように、敬愛されつつ畏怖される存在が稀有なのではないだろうか。

寂しさが全く無いといえばウソになるが、アイツ等は、怒りを力に変えることができるやつらだ。その力で、きっと、俺を見返すことが出来るだろう。

ふと、まだぐっすり眠りこけているまりもを見て、昨日からの行為の最中に感じた、小さな違和感を思い出した。

「目がいつも以上にイってしまってたが……変な趣味に目覚めたんじゃないよな?」

いくばくかの不安を感じつつ、俺はまりものおっぱいを揉むのをやめ、そこに顔をうずめて、寝ることにした。









そしてその不安は、翌日に的中する。

行為中に、照れながら「武……私の顔、ちょっと強めにぶってみてくれる?」というまりもの発言に背筋が凍るとともに、開けてはいけない扉を開いてしまったことを理解させられるのは、また別の話になる。



[4010] 第13話 暴露のおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:e2c5b61d
Date: 2008/09/19 02:02
【第13話 暴露のおっさん】

<< 涼宮茜 >>

11月14日 昼 国連軍横浜基地 PX

昼食が終わって、A-01の皆は、めいめいに話をしている。
お姉ちゃんだけは、まださっきの訓練の事後処理をしているけど、先に食べるようにとのことだった。
いつもの事なので、みんなも気にしなくなっていた。

丁度、私と話す相手がいない状態になったので、最近気になっていることを考えてみる。

まず──多恵が、変わった。

白銀少佐の訓練と、先日の初陣を経て、彼女は本当に変わったと思う。以前の多恵と、どこが違うのか。

まず、以前はことあるごとに、私にくっついて来た多恵だけど、あまりベタベタしなくなった。
そのことに若干寂しさもあるけれど、今の方が友人として良い関係になっていると思う。

もっと大きい変化が、戦術機に乗ったときの変わりようだ。
XM3の慣熟訓練で、散々に白銀少佐から指摘──というほど生易しいものではなかったけど──を受けて、落ち着きが無いのが治った。

初陣のときも立派なものだった。

迫り来るBETAに慌てふためく事もなく、うわつきもせず落ち着いていた。
技量が格段に上がったわけでもないのに、冷静に対処していた分、私達新任5人の中で最も戦果を上げていた。
そのことは、作戦後のデブリーフィングで、伊隅大尉にも誉められていた。

もっとも、戦術機を降りてしまえば、いつも通りの多恵なのだけど……上手くスイッチを切り替えてる、という表現がぴったり来るかもしれない。

──やっぱり、白銀少佐の影響なんだろうな。

かつて、神宮司軍曹も伊隅大尉も、多恵の落ち着きの無さを修正しようとしていたけど、結局は匙を投げた。
というよりも、落ち着きの無さが、多恵のトリッキーな動きに繋がっていたし、作戦行動に影響が出るほど害でもなく、むしろムードメーカーとしての役割を果たしていた所があったので、さほど本気で修正しようとはしていなかったのだ。

それが、白銀少佐に徹底的に修正されて、一皮向けたというか、衛士としての格が上がったように思える。

もちろん、同じ経験を経た私たちも、同じく成長はした。
けど、他の隊員に比べると、ややお荷物の感があった多恵が、堂々と肩を並べるくらいに成長したのは確かだ。

──成長した多恵も偉いけど……やっぱりそれを見越して徹底的にやった白銀少佐が凄いよね……

白銀武少佐。いきなり現れた、同い年で、単機で私達A-01全員を下すほどの凄腕衛士。
XM3を考案した頭脳といい、堂々としたその貫禄といい、とても同い年とは思えない。

これが、ただの腕の良い衛士だったら、ライバル心も沸いたかもしれないけど、ここまで差があると、そんなものは欠片も起こらない。
それは伊隅大尉も含めて、全員の一致した考えだと思う。

何より、それを決定的にしたのは、あの『任官式』。
訓練で泣かされたことに恨みも抱いたけど、あの『任官式』で、私のちょっとした劣等感──前衛向きでないこと──を言い当てられたことだ。

『前衛向きでないことはお前の長所だ。突出したのが無いんじゃない。弱点が無いんだ。お前には苦手な距離が無い。指揮官としては、何でも出来るお前のような存在が、一番頼りになるんだ』

その言葉で、私は速瀬中尉への憧れが、少し歪んだ価値観を生んでいたことに気付いた。
自分でも気付いていなかったその気持ちを言い当てられて、しかもそれを振り払ってくれたのだ。……多恵ほど号泣はしなかったものの、涙はせき止められなかった。

その多恵は、2日前に連携訓練が始まってから、時折少佐をじっと見つめるようになった。

──あれはやっぱり、速瀬中尉と同じく……あれよね。

速瀬中尉は、白銀少佐に想いを寄せている。──明言はしてないけど、“あの”時の反応が明白すぎて、誰もわざわざ確認する気は起きなかった。

──晴子の言った通り、性格がオヤジなのを除けば、顔も頭もいいし、凄い人なのもわかるけど……。

副司令のお相手をしていて、他にも女が居そうな男性を好きになるということは、私の理解の外──のはずだ。
恋愛は自由だけど、速瀬中尉も多恵も、その事は気にならないのだろうか。
晴子も、なんとなく白銀少佐に気があるような雰囲気だし……。

と、そう考え込んでいるうちに、お姉ちゃんがやってきて、珍しく、最初に晴子に声をかけた。

「柏木少尉」
「はい」

お姉ちゃんは、ヒソヒソ話をするように声を小さくして話を続けた。

「──なんだけど、どうする?」
「はい!行きます行きます!──あ、ゴメン茜、食器片付けといて!」

よく聞き取れなかったけど、何かを尋ねられた晴子は、顔をぱっと輝かせて、私の返事を待たず、さっさとどこかへ急ぎ足で行ってしまった。

──な、なに?いったい……。

「ぶーぶー」
「拗ねないの。昨日は水月だったでしょ」

速瀬中尉は何か知っている様子だけど……。
そういえば、昨日は速瀬中尉があんな風にいそいそとどこかへ行って、晴子がちょっと拗ねていたような……?

「ね、お姉ちゃん、さっきのって、何?」
「あ、うん、えーとね……白銀少佐の“お手伝い”よ」

“お手伝い”って、なんだろう?──しかも、お姉ちゃんじゃなくて晴子に?
……非常に気になる。聞きたいけど……なぜか聞いちゃいけない気もする。

どうしようか迷っていると、訳知り顔の速瀬中尉が口を開いた。

「遙ぁ、いちいち誤魔化さなくてもいいんじゃない?どうせすぐバレるし、少佐は隠せとは言ってないでしょ?」
「あはは、まあ、そうなんだけどね。……あまり開けっぴろげには言い辛いというか」

まだ抵抗のありそうなお姉ちゃんに、宗像中尉が催促した。

「涼宮中尉、速瀬中尉がそこまで言ってしまえば、我々としても気になって落ち着かないのですが……」

そうだそうだ。皆もウンウン頷いている。
その言葉で、意を決したのか、お姉ちゃんは爽やかな笑顔とともに答えた。

「そうだね……えっとね──実は私達、白銀少佐とお付き合いしてるの」



……



……



……



「えええええええええーーーーー!!」×7



PXに響く悲鳴の声。

そりゃ、全員、驚くしかないだろう。──伊隅大尉、宗像中尉、風間少尉が揃って口をあんぐりと開けて呆然としている様は、私は一生忘れられないと思う。

「ちょ、ま、お前達、いつのまに!?」「お、お2人ともですか!?」

いち早く正気を取り戻した伊隅大尉と宗像中尉が、揃って2人に詰め寄った。

「はいはい、落ち着いてください。聞きたいことがあったら答えますから。あと、2人じゃなくて3人です。柏木もですから」

速瀬中尉の言葉が耳に入り、さきほどの衝撃で処理速度が低下した脳が、その言葉を理解しようと働く。



……



……



……



「えええええええええーーーーー!!」×7



PXに再び金切り声の合唱が響いた。

──う、うそ……あの晴子が?何を言っていいか──混乱がおさまらないよ……!

「ちょ、ちょっと待て涼宮!じゃあ、さっき柏木が少佐に呼ばれたのは、まさか……?」
「さっき言った通り、“お手伝い”です。──性的な意味で、ですが」

お姉ちゃんのその言葉で、今度は悲鳴は起こらなかったが──当のお姉ちゃんと速瀬中尉を除いて、全員真っ赤だ。

──宗像中尉まで顔を赤くしていたのが、後から考えるとかなり意外に思えた。



…………………………



その後、なんとか落ち着いた私達は、3人が白銀少佐と付き合うまでのいきさつを聞いた。
お姉ちゃんは、ほんのちょっと強引に口説かれたらしいけど、速瀬中尉と晴子は自分から行ったというのを聞いて、また驚かされた。

「そ、そうか──しかし、すごいな、お前達。なんというか……」
「まー、私も最初は“こう”なるとは思ってなかったんですけどね」
「確かに『溜まったらいつでも来い』とは言われましたが、実際にするとは……」

そりゃそうだろう。あの軽口を、まにうける人間がこの世に──2人いたか。
そのとき、聞き捨てならない呟きが、隣から聞こえた。

「──そか、行ってもいいんだ……」
「え!?た、多恵!?」
「──え、何?茜ちゃん」
「あんた、今……」
「あれ?わ、わ、私、今、こ、声に出してた?」

自分が、とんでもない事を口に出してたことに気付き、わたわたと慌てふためく多恵。
もう、私、さっきから驚きっぱなしでどうしたらええねん。

「おおー、築地ぃ、アンタもその気?行け行け、人生観変わるわよぉー?」
「少佐は初めての時は“比較的”やさしいから、安心していいよ?あ、でも当分夜は埋まってるそうだから、急ぐなら──」

平然として多恵に声をかけ、会話を続ける事が出来たのは、速瀬中尉とお姉ちゃんだけだった。

──もう……誰も突っ込めなかった。



…………………………



その後、昼休憩が終わる直前に戻って来た晴子は、やけにスッキリした表情で、上機嫌だった。髪にわずかに付着した白いモノは、多分みんなが想像しているアレなんだろうけど、指摘できるわけがない。

皆が注目してる事に怪訝な顔をした晴子は、お姉ちゃんから事情を話されて、「ま、いっか。隠す手間が省けるし」とあっさりしていた。髪の白いモノはお姉ちゃんに指摘されて、「あれま」と言っただけで、慌てることなく拭き取っていた。

──おかしい。

私はお姉ちゃんと速瀬中尉と晴子を良く知っている。
以前ならこんなことはありえなかった。

鳴海孝之という人のことを、あっさり整理しているのもそうだし、いくら隠し事の無い我が部隊とはいえ、あんな性的な話題を赤面もせず、堂々と話すような3人だっただろうか。

──まさか、催眠術──洗脳?

私の考えすぎかもしれない。この3人が、そういう性格だったのを、私が見誤っていたというのも考えられる。
現に、不自然な所はなく、ちょっとムカつくほど明るい程度だ。──そこが、ちょっと羨ましくもあるけど。

それでも、私はこの時から、以前よりも笑顔が多くなった3人と、白銀少佐を疑惑の目で見るようになった。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

11月14日 夜 国連軍横浜基地 御剣冥夜自室

私は、白銀少佐という人物を、見損なっていた。

言動とは裏腹に、内心ではきっと我々のことを思ってあのような態度を取っているのだ、という思いがあった。
だが、この連日のやりよう──私とは、到底相容れぬ人物だ。

軍人として、白銀少佐の言動は、全て正しい。だが、ただそれだけでは、民をないがしろにする今の軍のありよう、そのものではないか!

──月詠の言葉は正しかったか。

その結論に達したとき、一抹の寂しさを覚えた。勝手に期待して、勝手に失望するなど、少佐にとっては片腹痛いことであろうが……。

──いかん、集中せねば。戦術機のマニュアルを読んでいたというのに、いつのまにか少佐の事を考えていた。

──ん?

支給されてより、何度も読んだマニュアルだったが、違和感を感じた。

──これは……少し違う?

実際に操作した戦術機の挙動と、マニュアルで記載されている内容に差異があることに気付いた。
我々が、神宮司教官から散々頭に叩き込まれた、先行入力、キャンセル、コンボの事など、一言も書かれていないのだ。

──どういうことであろうか……明朝、皆に話してみようか。



…………………………



11月15日 朝 国連軍横浜基地 PX

「あなたもそう思ったの?」

朝食時間に、昨晩、気になった点を話してみると、榊からそのような返答が返ってきた。

「そなたも気付いていたか」
「ええ……私も毎晩マニュアルを読んでるのだけれど、なんであんなに散々言われてるような事が、載っていないのか不思議に思っていたわ。神宮司教官に聞こうかと思ってたけど、最近色々あったから、話しそびれちゃってて」

他の者にも話を向けると、鎧衣や珠瀬、彩峰も、同じような気持ちを持っていたようだ。
話に聞いていたより性能がいいとか、戦術機であんな動きをするとは思わなかった、など、応用課程に入る頃から、演習内容に違和感を感じていたようだ。

私もその点は同じだが、戦術機とはそのようなものなのだと、強引に納得させていた。
実際、マニュアルに記載されていないというだけだから、榊も放置していたのであろう。

──しかし、何か、引っかかる。

「榊、我等の思い過ごしやもしれぬが、代表してそなたが教官に質問してみてくれぬか?」
「ええ、わかったわ」



…………………………



11月15日 午前 国連軍横浜基地 教習室

「ほう?気付いたか」

座学で一区切り付いた後の質疑の時間、さきほどの疑問を榊が尋ねると、にやりと楽しげに笑みを浮かべて、神宮司教官はそう返した。その反応を見て、我等の疑念が正しかったことを理解した。

「上からは、貴様等が自分達で気付いたら、話してもいいと言われているから、説明してやろう。……以前、話してやった事があっただろう。あるプロジェクトで、貴様等がその対象に選ばれたと」

──そう、白銀少佐との初対面のときだ。少佐が我々に教導するのも、その一環だと。──その後の少佐の発言があまりに衝撃的だったので、プロジェクトの事は情けないことに失念していたが。

そして、神宮司教官から、プロジェクトの内容を説明された。

それは、これまでの概念を覆す新OS、XM3の開発。
テストケースとして、我等が対象になったという。
我等は、既存OSに触れた事がない。つまり、戦術機の操作に先入観の無い衛士のサンプルとして、時期的、場所的、人材的の観点から、うってつけであったということだ。

「このXM3が普及した暁には、衛士の戦死率は大幅に下がると、上層部は確信している。かくいう私もそのテストケースの1人で、貴様等に先立って慣熟訓練を受けたが……それは間違いない、と自信を持って言える」

まるで、夢のような話だ。死者が、減る。──BETAによって散らされる命が減る。
それは、世界中の誰もが願ってやまないことであろう。

「貴様等がさっき言った、マニュアルとの差異。それがそのままXM3の特徴となっている。既存のOSは、先行入力、キャンセル、コンボはなく、動作の即応性も大きく下まわる。──想像してみろ。実際に乗った貴様等には、それだけでXM3の有効性が理解できるだろう」

先行入力、キャンセル、コンボ。
基本動作を教導された後、その3つはしつこいくらい教え込まれた。
これらが無い状態で戦うなど……手足に重りをつけて格闘戦をしろというようなものだ。

──なんと、すばらしいOSを開発したのだ……。

私は、感動的な思いに、体が震えた。──と同時に、製作者への興味が湧いた。

「教官。質問、よろしいでしょうか」
「何だ?御剣」
「このXM3……やはり、香月博士が開発なさったのでしょうか」

この横浜基地の存在意義を考えると、そうとしか思えぬ。
香月博士は色々と噂もある方だが、あの方が天才的頭脳をもつことは、疑うべくも無い。

「その通りだが、それだけでは説明不足だな。開発担当は確かに博士だが──新概念については白銀少佐が発案なさった」

──なんと!

……心臓が大きく脈打ったのがわかった。

他の者からも、息を呑む音が聞こえた。

「また、少佐がなさったのは発案だけではない。動作パターンの初期設定は、全て白銀少佐ご自身でなされた。つまり、貴様等が応用課程に入ってから行っている機動は、白銀少佐が発想し、登録した機動を再現“させてもらった”結果だ。──怒りを糧に精進するのはいいが、見るべき物を見損なうような真似はするなよ」

教官は、意味深な言葉を付け足し、この話題は終了となった。

──わからぬ……あのような、世界に影響を与えるような素晴らしい発想が出来る方が、なぜ……

──私は、どう判断したら良いのだ……私は、どう判断したいのだ……。

この日より、再び私は毎晩、白銀少佐の事で悩むことになった。



…………………………



<< おっさん >>

11月15日 夜 国連軍横浜基地 神宮司まりも自室

ここ最近の日課となったように、まりもの部屋で裸でベッドに寝そべる。

午前はA-01との連携訓練、午後は207の戦術機教導という訓練漬けの毎日で、少し疲労がある。──俺の場合、ちょっと疲れ気味の方が精力が過多になってしまう。巷で言うところの“疲れ勃ち”の一種だろう。

特に、当面はまりもを優しく抱かなければならないので、どこかでソフトSとしての鬱憤を発散しなければならなかった。
一昨日の昼休みに水月、昨日の昼休みは晴子、今日の昼休みはイリーナ、そして連携訓練の合間の休憩は遙、と、あの4人をバックからさんざん嬲っているので、落ち着いてはいる。

──明日は水月にしようか。いや、霞がそろそろ使えるな。一軍としてローテーションに入れよう。

夜に全力を出せないのはやや不満だが、俺の腕枕で寄り添うように、抱きつくまりもの感触は心地良いので、まあいいかと、寛大な気持ちになる。
また、こういう体勢は、まるで自分がジゴロになったようで、少し乙な気分だ。俺は嗜まないが、これでタバコがあれば典型的なジゴロの行為後のシーンだろう。

それにしても、昨晩のまりもの爆弾発言──顔を強く張れとの言葉には、肝を冷やされた。
聞いてみると、痛み自体に快感を得たわけではなく、優しさとのギャップにハマったらしい。“前の”委員長のように、真性のハードMに目覚めたわけではなさそうだが、俺がまりもを痛めつけるという点は変わらないので、何の慰めにもならない。
昨日、今日と「肘に違和感が」と言ってごまかしたが、いつまでも断りきれるものではない。どうしたものだろうか……。

内心で一人ごちた後、思考から逃げるように、今日の訓練の感想を話すことにした。まりもは腕枕に乗せたままだ。

「アイツ等も、ようやくまともになってきたな」
「ええ、あの子達も、自分達がなんとかしなければ、と、全員でかなり話し込んだみたいね。PXで怒鳴り声も聞こえたし、榊と彩峰は殴り合いまでしたようです」

私的な時間ではあるが、任務の話なので、まりもも中途半端な口調になっているが、そこは気にしない。

「いい傾向だ。上っ面だけじゃ真の仲間意識は生まれない。まだ解決というには程遠いが、まりもが体を張った成果が出てきたな」
「ええ、まったく」

解決に向かっているのは良いとして、今日気になった事を確認することにした。

「ところで、アイツ等の目から、少し険が取れていたんだが……何か言ったのか?」
「……ええ、既存OSとの差異に気付いたので、XM3の説明をしました。──武が発案したことも」
「余計なことを──わざとか?」
「ごめんなさい。武があんなに睨まれるのが……私も同罪だと言うのに、武だけが責められてるのが……」
「それで、俺を見直させたって?確かに、口止めはしてなかったが──まあ、その程度なら明日には戻ってるだろう。気にするな」

まりもは情に厚い。それを嫌というほど知ってるから、今回の先走りは咎めはしなかった。それに、口止めしなかった俺にも非はある。
アイツ等も、今日はOSの発案者ということに驚いただけだろう。明日になれば気持ちも落ち着いて、またキツい眼で刺すように睨んでくると思う。大勢に影響はないはずだ。

207の話題も終わったことで、空気を変えようと、まりもが口を開いた。

「ところで、私がA-01に入ることですけど、伊隅大尉たちは混乱しないでしょうか」
「ま、最初はするだろうが、尊敬する恩師と肩を並べて戦えるんだ。きっと上手くいくさ」
「そうだと、いいのだけど……」

アラスカ行きは、先日夕呼に話して承認は貰ったが、1つ、条件を追加しなければならなかった。──禁断症状を持つまりもをアラスカに連れて行く必要があったのだ。

アラスカでは何日かかるかわからないし、予想外の展開も有りうる。“前の”世界のようにストックを大量に与えておくという考えもあるが──あれはどん引きする光景だったので、極力見たくは無い。

となると、まりもが教導官のままでは、アラスカに連れて行く口実がなかったのだが、207の任官と同時にA-01に入れてしまえば良い、と閃いたのは、夕呼にアラスカ行きを説明しているときだった。
夕呼も、207の後には、素体候補者がいないということで、まりもという優秀な衛士を遊ばせておく気はなかったらしい。
そこで、まりもの症状を話し、アラスカへ連れて行けるように頼んだのだ。

──まりもの禁断症状を話したときの夕呼は、それはもう、見ものだった。

飲んでいたコーヒーモドキを──わざとそのタイミングで、真顔で話したのだが──鼻から吹き出し、よだれをたらしながら爆笑した。
顔を真っ赤にして、腹を抱えて椅子から転げ落ち、それでも笑い続け、息が苦しくなっても収まらず──俺は慌ててかけよって背中をさすってやった。

そこでつい若気の至りで、耳元で「精液中毒」とささやくと、また笑いの発作が出るのが微笑ましくて──「あたし、精液がないと発作が出ちゃうの」「疲れた時でも、精液があれば、元気ハツラツ!」など、戯言を繰り返して30分ほど、夕呼で楽しんでしまった。

結局、夕呼が酸欠でチアノーゼを起こした(おまけに失禁もしていた)ため、医務室へ運ばれる羽目になったのだが、その後、調子を取り戻した夕呼にボコボコにされた。──まあ、貧弱な夕呼なので大したダメージにはならなかったが、「こんなことで人類を終わらせる気!?」という夕呼の言葉には、少々ドキリとさせられた。

何せ“前の”世界では、不可抗力でどうしようもなかったとはいえ、人類滅亡の引き金を引いたのは俺と純夏だからだ。
あれが、俺たちが最善を尽くした結果であり、他にどんな道もなかったとしても、それは変わらない事実だ。
なので、“前の”世界の事情は、霞には黙っててもらうよう、強くお願いしておいた。夕呼に余計な心労を与えてはいけないからだ。──誓って保身の為ではない。霞が少し呆れてるように見えたのは、気のせいだろう。

──話が脱線したが、そのような経緯でまりものA-01編入と、アラスカ行きは決定した。

これで、あとは207の連中が任官すれば、準備は整う。
そうすればアラスカで、アダルトな道具と、篁唯依と……えっと────そう、不知火弐型を手に入れることができるはずだ。

「何、考えてるの?」

考え込んだ俺が気になったのか、まりもが尋ねてきた。

「ん?ああ、未来のことさ。少し、希望が見えてきたかもしれないってね──さて、そろそろ寝ようか」
「そう……そうね。きっと、人類は……」

何か、まりもと想いがズレているような気がしたが、まあいい。

こうして、俺たちは穏やかな気持ちで朝を迎える事になった。



[4010] 第14話 地獄のおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/05 22:21
【第14話 地獄のおっさん】

<< 鎧衣美琴 >>

11月17日 午後 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

「全員、シミュレーターから降りろ」

訓練中、いつものように、白銀少佐がボクたち全員を呼び集めた。

「──ふん」

ここで、昨日までなら神宮司教官を呼びつけるのだけど、いつもとは様子が違った。
少佐は鼻を鳴らした後、じっくりとこちらを睨め回し、

「御剣」

──冥夜さんを、呼んだ。

「は!」
「長刀に頼りすぎだ。貴様が剣を得意としているのはわかっている。だが、長刀が突撃砲より遠くまで届くわけもない。──同じ指摘は2度目だな」
「は!申し訳ありません!」
「ヘッドセットを外して、歯を食いしばれ」

──そして、いつも神宮司教官が食らっていたあの痛そうな平手が、鋭い音とともに、冥夜さんの頬に叩きつけられた。
冥夜さんはたたらを踏んだものの、よろめいただけで耐え、体勢を直して、教官がしていた行動をなぞった。

「ご指導、ありがたくあります!」



──やっと……認められた。



ようやく、神宮司教官への責めがなくなったんだ。

その後、ボクを含めて全員、何かしらの指摘を受け、同じように平手を受け、同じように礼をした。

──殴られる覚悟はしていたけど、少佐の平手は想像以上の衝撃だった。

膝が笑うのを必死で堪える。──これは、芯に来る。
まるで、衝撃が全て無駄なく、体にとどまったような感覚。

──壬姫さん、よくこれに耐えられたなぁ。

でも、神宮司教官は、これを連日、一人で数え切れないほど受けていたんだ。

それにボクだって、ただ叩かれるだけじゃない。キッと睨みつけるのを忘れない。

──はっきり“嫌い”と言われたけど……ボクだって大嫌いだ!

少佐がそんなことにひるむ人じゃないことはわかっていたけれど、これがボクたちに出来る精一杯の抵抗だ。

そんなボクたちを見て、少佐は、久々に見る不敵な笑みを浮かべて、神宮司教官に話しかけた。

「ちょっとはマシな面構えになってきたじゃないか。神宮司軍曹」
「は!ありがとうございます!」

少佐が、久しぶりに教官を呼び捨てにしなかった。
訓練開始以来、「神宮司」としか言わなかったのに……。

「では、20分の休憩とする。各自、体を休めておけ」
「はい!」×5

そして神宮司教官を連れて、少佐はこの場を去った。



…………………………



<< 彩峰慧 >>

「やったね!」
「ええ、やっと──長かったわね」
「ホントです!」

少佐と教官が見えなくなった直後、鎧衣、榊、珠瀬が、喜びの声を上げた。
御剣は黙っているけど、その表情は明るい。
私も同じような表情をしているだろう。

みんな、ひどく殴られた後だというのに、とても誇らし気。

──私たちは、あの日から、とことん話し合った。

少佐との屋上でのやりとりを思い出すと、やはり私は神宮司教官を蔑ろにし、その面子を潰していたのだろう。
あの時、少佐はヒントをくれていたのに、目の前で教官が殴られるまで気付かないなんて、自分の鈍さが嫌になりもした。

結局、あの時少佐の言った言葉──私たちの不始末は神宮司教官に及ぶ、ということは身をもって理解したし、教官を正とするならば、榊を無能と断じる私が誤っていることになる。

私はまず、そこから意識を変えることから始めて、みんなで話合い、時には罵りあいながらも、お互いの事を話した。
榊とは、殴り合いまでしたけど、お互いの入隊した動機も含めて、自分だけで抱えていた想いまで打ち明け、気が合う、合わないは別として、そんなに嫌なヤツでもなかったんだと分かった。

それでも、完全にしこりが無くなったわけじゃないけど、そのやりとりを経て、私は榊を認め、榊は私を認め、他の3人は、人事のように傍観せず、という、白銀少佐が訓練初日に指摘した内容を、逆にした状態に近づいたと思う。

結局、少佐からは、最初に答えを貰っていたことに気付き、また少し落ち込んだのだけど。

私が考え込んだ様子が気になったのか、御剣が話しかけてきた。

「彩峰、気になる事でもあるのか?」
「別に──いえ、結局、少佐の言った通りになっただけだな、と思った」
「──そうだな」

最初は御剣に問われて、はぐらかそうとしたけど、思い直して口に出してみることにした。こういう所から、自分を変えなくては。

「御剣も、気になる事あるの?」
「うむ。少佐のやり方には今でも賛同しかねるが……結果だけ見れば、我等の仲は以前とは比べ物にならぬほどに改善している。おもはゆい言い方になるが、上辺だけではなく、本当の仲間になりつつある、というべきだろう」
「そう……だね」
「私自身、はっきりとした考えがあるわけではないのだが──XM3の発案したことといい、少佐には、我等では計れぬ考えがあるのでは、という思いがあるのだ」

それは、私もそう思う時がある。
そう同意しようと思った時、鎧衣が間に割って入った。

「冥夜さん、考えすぎだよ!少佐は鬼だよ、鬼!あの平手、容赦なさすぎ!もう、顎が外れるかと思ったよ」

鎧衣が、怒ったように愚痴った──いや、本当に怒っているのだろう。

鎧衣はこんなふうに、しょっちゅう少佐への敵意を口に出す。

珠瀬は、あまり口に出さない分、鎧衣よりも敵意は強いかもしれない。

榊も同じような感情は持っているだろうけど、アイツの場合は恐れの思いが強そう。

御剣は、以前はずいぶん迷いがあったけど、最近ははっきりと隔意をあらわにしていた──けど、XM3の話を聞いてから、また迷っているふうだ。
感情を決めかねているように見える。

私も──同じだ。好きか嫌いかでいえば嫌いなのだけど……。いつかの屋上での出来事が引っかかる。
もしかしたら、少佐は、御剣の言うように……。

その御剣は、鎧衣に対して苦笑し、たしなめの言葉を口にしていた。

「鎧衣、神宮司教官はあれを連日、一身に受けておられたのだ。一発程度で根を上げておっては、また教官の顔を潰すことになろう」
「そ、そうだよね!……よーし、いくらでもこーい!」
「わ、わたしは、そこまで開き直れないかなぁ……」

話題を勝手に変えることなど珍しくなかった鎧衣は、みんなの話をよく聞くようになった。
珠瀬も、私たちのやり取りを見ているだけではなく、前よりも思ったことを良く口に出すようになった。

──榊と目が合い、言葉は交わさないものの、ふ、と笑いあう。

やっぱり、私も含めて皆、変わった。






……私たちはきっと、浮かれていたのだろう。この時やっと、スタート地点に立っただけだというのに。

昨日に比べて、私と榊、お互いが少し譲り合った結果、まだぎこちなさはあるものの、格段に連携は上手くいった。
少佐が神宮司教官を責めなくなったのは、おそらく連携が上手くいったからじゃなくて、私と榊の変化を読み取ったからだろう。──これは確信に近い。

そして、平手で張られたはしたけど、この時はみんな、これから良い方向に向かう、という希望を持っていた。

けど、この休憩が終わった直後の訓練で、その考えは木っ端微塵に砕かれた。

少佐の事を好きか嫌いかだのを考えていた自分が暢気すぎて馬鹿みたいに思える。

総戦技演習合格後の、少佐の言葉──『地獄へ、ようこそ』が、比喩でもなんでもなく、まさに言葉通りだったと、思い知らされるというのに──。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

11月17日 午後 国連軍横浜基地 教導官控室

訓練の合間の休憩時間。
この時間は、少し穏やかな雰囲気で、白銀少佐と過ごせる。

「全員、泣いているようですね」
「そのつもりでやってるからな。泣いてもらわないと、こちらの立場がない」

「あの子達も、ようやくこれから、という所に出鼻をくじかれたようなものですから、堪えたようですね」
「そうだな。だが、最低水準を満たしただけで浮かれてもらっては困る。これからが本番だ」

白銀少佐の教導は、今日やっと始まったと言える。
これまでは、単なる前ふりにすぎず、少佐の教導を受ける資格を得るための“儀式”のようなものだろう。
──少佐の怒号も罵倒も暴力も、あの子達に向かうことは無かったのだから。

けど、これであの子達も前に進み始めたといえる。
そのことに、嬉しい気持ちと同時に、寂しい思いがよぎる。
少佐を独占できていた夜は終わったという事を実感してしまったから……。

結局、少佐は、夜の行為中、私をぶってはくれなかった。
あの痛みと優しさのギャップ……想像しただけでゾクソクする。
けど、「肘の痛み」というあからさまな理由を言われてしまっては、それ以上せがむ事もできない。

──でも、諦められない。
……やはり、地道にお願いしてみよう。アレは、とてもイイのだから……。



……いけない、いつのまにか夜の事を考えていた。

あの子達は、泣き声を漏らすとまた私が殴られると思ったのか、声が出ないよう、歯を食いしばっていた。
少佐はすでに私を殴るつもりは無いけど、あれだけやられて嗚咽を漏らさないのは上出来だろう。
しかし、あの御剣が悔しげに涙を流すなんて、今までの訓練でもあっただろうか?

──遠巻きに見てるだろう斯衛の護衛の様子は、見なくても容易に想像はついた。

私も、白銀少佐直々に教導を受けたから、その厳しさは理解していたつもりだった。
聞けば、A-01の隊員達も、私と同じように扱ったらしい。

伊隅大尉には、定期的に訓練兵の状況を報告書で上げている。
その裏で、彼女が白銀少佐によってしごかれていたという事実は、私を少し驚かせた。

私と同様、正規兵なので暴力は控えたそうだけど、「伊隅以外は泣かせたぞ」と、おかしそうに話していた。

たまに見せる、こういういたずらっ気のある顔が、この人の不思議な魅力のひとつだと思う。
完璧なほど軍人なのに、どことなく子供のような所も持っていて──まあ、私はだいぶ先入観があるから、少佐のどんな面を見ても好意に繋げてしまいそうなのだけど。

ちなみに私は、少佐の内心を見透かしていたから、怒鳴り甲斐が無かった、と残念そうに評された。

しかし、横浜基地最精鋭たるA-01の連中を泣かせるほどの教導を受け、さらに加えて、殴る蹴るをされるのだ。
訓練兵のあの子達が、泣かない方がむしろ不思議というものだ。

あの子達に対する白銀少佐は、本当に容赦が無い。私がやられた平手など、生ぬるいものだ。
髪をつかんで引きずり倒すわ、倒れた所を蹴りつけるわ──。
器用なもので、痛みは強くても、後を引くような攻撃をしない所が、少佐がずいぶん人を殴り慣れている事を表していた。

少佐の口から吐かれる言葉は、もっと凄まじい。

私が訓練兵時代に師事した、あの鬼教官並みか、それ以上の口汚さだった。
あの鬼教官からは、とても“お上品”な、性的な言葉でよく揶揄されたものだが、あの時の私の感情を思い起こすと、今のあの子達の心境は手に取るようにわかる。
もちろん、慣れてしまえばクソッタレと思えるのだけど、それまでは、さぞ心に突き刺さることだろう。

私に訓練指導した時の白銀少佐は暴力も用いず、口調は厳しくとも、卑猥な表現は無かった。あれが少佐の、衛士向けの指導なのだろう。

けど、訓練兵向けの指導は……私が彼女たちでなくて良かった。とだけ、言っておこう。

「──でも、きっと任官する頃には感謝するようになると思います」
「そうか?まあ、そのへんはどうでもいい。言っただろう?俺は教官など、嫌われてナンボだと思ってると」
「そうでしたね」

口では少佐に同意したが、私は、この人に教導されて、感謝しない衛士はいないだろうと思う。
あの子達も、今は恨む事しかできないだろうけど、聡明なあの子達のことだ。
いつかわかってくれる時がくるはず。
白銀少佐は、私のような存在こそが稀有だと言ってくれるが、少佐も間違いなく……。

「さて、そろそろアイツ等が戻って来る頃だ。またいじめてやるか」
「了解」

ともに、バインダーを片手に控室を出る。

そして、あの子達にとっての地獄が再開する──。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

11月17日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

最近、まりもの機嫌が随分良かった。
顔の湿布が痛々しかったけど、それ以上に幸せなそうな表情をしていた。
理由は分かりきっているから、何も言わなかった。

「でもまあ、アンタもたいしたものね。あの狂犬と言われたまりもが、まるで愛玩犬みたい」
「副司令に比べれば、神宮司軍曹は大して狂ってませんでしたよ」
「あら、言うわね」

不敵に笑いあう。私にこうまでズケズケ言う人間は、軍に所属して以来、滅多にお目にかかれなかった。
加えて、白銀に裏はないから、このような言葉の応酬は心地良い。

「前に聞いたけど、訓練兵に随分激しくやってるみたいね。噂はここまで聞こえてるわよ、若いのが、狂犬と訓練兵をえらく厳しく躾けてるってね」
「若いのじゃなくて副司令の“色小姓”でしょ?」

「あら、それも知ってたの」
「そりゃまあ、聞こえるように言ってくる奴もいますからね」

どこでどう聞きつけたのか、それとも単なる邪推なのか、私が白銀を囲って、その代償に地位を与えた、という噂が、まことしやかに流れているようだ。──ほぼ正鵠を射ているのだが。

「聞こえるように言った奴は?黙っていてやるほど、お人よしじゃないでしょ?」
「もちろん、ちゃんと“修正”してやってますよ。いちいちキレるほどガキではありませんが、若僧だろうがなんだろうが、上官は上官って事を教えてやらないと、そいつの為になりませんから」

と、楽しげに笑う。

あの滅多な男にもひけを取らないまりもが、白銀の格闘能力が、自分よりもはるかに上だと評したのだ。修正された相手も、さぞ災難だっただろう。

そんな白銀の言う“厳しさ”というのが気になったので、今日、訓練風景を監視カメラで見てみたが、まあ前時代的な事をやっていた。

あれこそが軍隊というのを頭ではわかっていたし、まりもの訓練兵時代の事も聞いていたから、さほど驚きはしなかったけど、今までに比べれば、207の連中にとっては天国から地獄に突き落とされたように感じただろう。

女好きのコイツが、よくまりもや207の連中に手をあげられるな、と不思議に思ったが、軍人として振舞うときは、自然と出来るらしい。

ただ、厳しいとはいっても、白銀に言わせれば、陸軍の歩兵部隊などに比べれば、まだぬるいとのことだ。
あそこでは、徹底的に理不尽な命令を遂行させられる、と。

歩兵部隊になんて所属したこともないくせに、と思ったら、どうやら“前の”世界で意外な事に、あの10月22日、白銀を応対した衛兵たちと仲良くなった際、どういう指導を受けていたかなど、教わった事があるらしい。

「けどまあ、アンタがあそこまで“普通”に扱うとは思わなかったわね。──護衛の斯衛が凄い顔してたけど」

監視カメラから見た護衛の連中の表情は、“憤怒”の一言に尽きる。

「何か、文句でも言ってきましたか?」
「アンタの言った通り、なんにも反応ないわ」

もし言って来たら、白銀に言われたとおり「文句があるなら自分でやれば?」と言ってやろうと思っていたのだけど、当の斯衛は静観している。

「でしょうね。連中にとっては御剣は大事な存在でしょうが、御剣の望みも知っている。これで上に報告して、あちらで引き取り、という沙汰になったら、それこそ御剣の意に沿わないことですからね」

護衛としては、さっさとこんな所から連れ出したいだろうけど、御剣本人が望んでここに居て、衛士になろうと努力しているのだ。
殺傷されるわけでもないのに、御剣の訓練を邪魔すれば、不興を買うどころでは済まないだろう。

「それに──俺は何ひとつ、間違った事はしていませんよ」

よその訓練内容にケチをつけるなど、軍人としての常識が無い事を、公言するようなもの。
月詠中尉ほどの真っ当な軍人ならば、そのような事はしない、というのが白銀の予測であり、それは正しかったようだ。

「まあ、私としてもゴタゴタがおきないならそれに越した事はないわ」
「ですね。──ところで、珠瀬事務次官の来訪は決まりましたか?」

訓練の話が落ち着いたので、白銀から話題を変えてきた。

「ええ、5日後の11月22日よ。HSSTの警戒命令は、当日の朝に出す手はずは着いたわ」
「それは重畳」

“前の”世界では、もう少し先の話だったらしいけど、BETAと違って人の行動には随分影響がでているようだ。

珠瀬の大化けと、HSST打ち落としにも興味があったけれど、白銀は、この事件が無くても、珠瀬は十分成長できる、と確信していた。
それに、犯す必要のないリスクを負うことはない。
そのような理由で、事前に食い止めることはだいぶ前から決めていたことだ。

しかし、こんな軍人然としたやつが、私の教え子だった世界があるとは……まさに縁とは奇なものだ。

白銀は、硬い奴と思わせる時もあれば、思わぬ稚気を出すときもあって、実につかみにくい男だ。

現に、私は3日前に笑い殺されかけた。あのまりもが、精──だめだ、思い出すと頬肉と腹筋が震える。やめておこう。
結局、あれ以来、まりもの顔を正視することができないでいる。発作が収まったら、その内からかってやろう。

……けど、私とて、あまり彼女を笑える立場ではなかった。

訓練兵の代わりにまりもを責めるから、その代わり夜にケアをしたい、という提案をあっさり受け入れた私だったが──舐めていた。

3日目くらいから、精神的に、少し張り詰めて行くのがわかった。

その事を自覚したとき、──ああ、やっぱり、と諦めの思いがあった。

多少、悔しい思いもあったけど、恋愛放射線の話を聞いたときから、ある程度覚悟はしていたし、それもいいか、という思いもあった。

後は、いつ白銀に打ち明けるか、だけど……まあ、慌てる事もない。
私にとってはこの時間を過ごす事こそが大事であり、名目などは、恋人だろうが色小姓だろうが、どうでもいい。
今は久しぶりの白銀を堪能するべきだろう。

「ずいぶんご無沙汰だったんだから、今日はサービスなさいよね」
「おまかせあれ」



…………………………



<< おっさん >>

11月17日 深夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣

行為中の夕呼の反応が、だいぶ変わった。

今までは例外を除き、こちらが奉仕するだけだったが、本気モードじゃなかったのに口でしてくれるとは驚いた。
まだ恋人ではないが、行為の内容は、今までに比べてずいぶん熱の入ったもので、“前の”夕呼との内容に近づいている。
この調子なら、恋人として認めて貰えるのは、──そう遠くないかな?

恋人といえば、今日の昼休憩の、遙と過ごした時間が思い出される。

「築地がねぇ……」

遙をバックから突いてる最中、その口から伝えられた内容には、随分驚かされた。

築地が夜に、俺の相手をしたがっている、と。

驚きのあまり、つい出してしまったのがちょっと照れくさかったので、驚かせた罰として、遙に飲尿デビューをさせた。──表情からするとたいした罰になってなかったんだが、まあ、それはいい。

築地は、自分では恥ずかしくて直接俺に言えないから、遙経由でお願いしたようだ。
今日は夕呼が予約済みだったので、明日の晩、相手をする約束をした。

築地のスタイルはそそるものがあったが、その性格から、A-01の中では、最も色っぽい話にはならなさそうだったので、優先度は最低にしておいたのだが……どう話がころぶか、わからないものだ。

俺は、送ってくる秋波は、だいたいわかる。──18の頃の俺は、アホみたいに鈍くて、それで随分損をしていた。

その事は、“前の”世界で、207全員と関係を持った時、彼女達が抱えていた俺への想いを聞いて、やっと知った。
若い頃に、その類の視線に敏感になっていれば、訓練兵の頃からウハウハだったはず……クソ!あの頃の俺を殴りたい……!

──落ち着こう。ともかく、いろいろな修羅場を経て、俺は自分への好意くらいは察することが出来るようになったし、大抵の女──特に“前の”世界で関係していた女なら、口説き落とす自信もある。
38年の人生経験は伊達ではないのだ。

そして、築地は感情が顔に出るタイプだから、俺への好意には気付いたのだが……いきなり自分からお願いしてくるとまでは、さすがに思わなかった。

いや、遙たちが俺との関係を、A-01の皆に打ち明けたと言っていたから、また洗脳もどきの会話をしたのかもしれないな。

それにしても、何もしていないのに次々とターゲットに惚れられるとは、俺には神の加護でもあるのではないだろうか。

──いや、むしろ俺が神……?

……ハハ、他愛もないことを考えてしまった。

今はただ、一歩一歩前に進むことだけを考えよう。
慢心していると、どこでどう足元をすくわれるか、わからないからな。

まずは──すでにチェックメイト状態の築地を、着実にいただく!

天然系は今までの相手にも居たが、築地はどこかタイプが違う。柏木もそうだったが、未経験のタイプは燃えるものがある。
そう思うと、明日の事が楽しみで仕方なくなってきた。

──やっべ、オラ、ワクワクしてきたぞ……!

明日の昼は、ローテーションからいえば水月だったが、ここは元気を溜めて、全て築地にぶつけてみるとしよう。

「築地、楽しみに待っているがいい。貴様の人生観、俺が変えてやる……ククク……!」

自分の鼻息が荒くなっているのを実感しながら、俺は湧き上がる高揚感をおさえきれなかった。



…………………………



(少し前)

<< 涼宮茜 >>

11月17日 深夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣の近く

考えれば考えるほど、白銀少佐が怪しくなり、今夜は目が冴えてしまった。
気分転換に散歩でも、と思ったけど、考えていた内容のせいか、いつしか白銀少佐の部屋に近づいていた。

──あ、少佐だ……。

見ると、こころもち上機嫌そうな白銀少佐が、自室に戻って行ったところだった。
なんというタイミングの良さ。

──誰かといやらしい事をしてきたんだろうか。香月副司令?それとも、A-01の誰かかな。

多恵は、少佐と明日約束できたと嬉しそうにしていた。
もう、待ちきれないといった感じで、お姉ちゃんと速瀬中尉と晴子から、ほほえましく激励されていた。
──激励というか、もう猥談だったけど。

他の隊員はどうしてたかって?──反応に困っていたに決まっている……。

昼の記憶を掘り起こしながら自問自答しているうちに、いつのまにか、白銀少佐の部屋の前まで来ていた。

……ここまで来たって、少佐と話すべきかどうか、何を話したいかも決めてない。

出直そうと、踵を返したそのとき──

「築地……てやる……ククク……!」

部屋の中から、“邪悪”としか表現しようの無い声が聞こえてきた。
途切れ途切れだったけど、多恵の名前と、不気味な笑い声だけは確かに聞いた。

──や、やばいよ、あの人。絶対、多恵に、何かする気だ!……いえ、もうされてるかも。

熱に浮かされたような多恵の顔は、すでにお姉ちゃん達と同類になっていた。もう手遅れだろう。

──白銀少佐。軍人として、衛士としてはかなわない。それは認めるわ。
でも、女の子をみんな思い通りにしようたって、そうはいかないんだからね!

そうだ。まだ、正気の人たちと相談すれば、いい対策が浮かぶかも!

麻倉と高原はだめ。昼食時、多恵と晴子の会話に興味津々だったし、白銀少佐に、恋じゃなくても好意を持っているのは間違いない。7割方、汚染されているようなものだ。

まだ大丈夫そうなのは、私と、伊隅大尉と、宗像中尉と、風間少尉……10人いて、たったこれだけ!?

──あー、もう!まずは、伊隅大尉に……!

私は焦燥感に駆られ、深夜というのも忘れて、伊隅大尉の部屋へ突撃した。









……どうして、私はこの時、宗像中尉か風間少尉の所に行かなかったのだろう。この後に起きる悲劇を知っていたら、私は────。



[4010] 第15話 おっさんの空しさ
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/27 01:51
【第15話 おっさんの空しさ】

<< 伊隅みちる >>

11月17日 深夜 国連軍横浜基地 伊隅みちる自室

──今、私の全身に満ちている感情は何と表現したらいいだろうか。

怒り?

悲しみ?

驚き?

羞恥?

後悔?



──その全てだ。



私の前には、涼宮茜が呆然と立っている。

まるで時が止まったように、微動だにしない。



私は──









……裸だった。それも下半身だけ。手は大事な所に当てている。

そう、私の──“マスターベーション”の最中に、コイツ──涼宮茜が突然、ノックもせずに乱入してきたのだ。



なぜ……なぜ私は今日に限って……せめて毛布をかけていれば……。



…………………………



(数十分前)

2日前、涼宮と速瀬と柏木が少佐と付き合っていて、築地もそれを希望しているという事が明らかになって以来、我が部隊では猥談が増えた。──それも、異様に。

とはいっても、少佐の相手+希望者の4人が中心となり、興味深げな麻倉と高原が聞き入っているというスタイルは変わらず、私と宗像、風間、茜の4人は、置いてきぼり状態だった。

いや、宗像は聞き手として、合いの手を入れては居るが……無理をしている感がある。
「アイツ、本当は経験ないんじゃ?」と、新任連中は感づき始めているだろう。

速瀬は、シモネタが平気になり、今までの恨みをはらすかのように、宗像をからかっている。
宗像もさすがというべきか、処女(のはずだ)のくせに、そうそうやり込められはしないが、やはり圧倒的経験値を持つ速瀬にはかなわない。
実戦経験者と知識豊富な処女では、性格補正が入ったとしても、相手にはならないようだ。

──根は純な癖に、あんなキャラ作りをするからだ、まったく。

いや、宗像の事などどうでもいい。

実は休憩時間に涼宮が少佐とヤっていると聞いて、殴りたくなったが──次の準備をしていたのは本当らしかったので、殴るに殴れなかったのも、まあいいだろう。

本題は……確かに私は以前、白銀少佐のシモネタに反応する新任連中に「あんな会話は前線では当たり前だ」と言ったが──言ってしまったのだが………………いくらなんでも、生々しすぎるってーの!

少佐は基本的に優しいとか、キスが巧いとか、たまに野獣になるとか、何度イったかとか、大きいから圧迫されてイイとか、どこに出されたとか、アレを飲んだとか、後ろの穴を舐めさせられたとか、あんなモノまで飲まされたとか、それは私はまだとか、意外と平気だったとか、風呂で髪をタオルにされたとか、ブタの鳴き真似をさせられたとか、初めてなのにガンガン突かれたとか、初回で後ろも奪われたとか、髪を執拗にベトベトにされたとか、目隠しは興奮したとか、実はいじめられるのが快感になってきたとか、すでに縛られたとか、最近複数プレイを要求されて迷っているとか……。

徐々に過激になっていった、その内容。──全て、鮮明に耳に残ってしまっている。

正直、処女の私にはついていけなかった。聞くだけで精一杯だ。

築地、麻倉、高原は、赤面しつつ、太ももをもじもじとすり合わせていたが、あんなに聞き入れるアイツらが少し羨ましかった。

──私だって、さっさと経験したい気持ちはある。

けど、相手は正樹と決めている。これは私の人生の誓いだ。
正樹とは何の約束も、告白もしていないし、そもそも女として意識されていない。
しかし──これだけは譲れない。

それにしてもだ。私ももう2(ピー)才。さすがにムラムラ来る時もある。
そういうときは、夜、自分で慰めるのが習慣になっていた。

さらに、今回は昼の生々しい猥談にあてられたのだ。
誰にも迷惑はかけないのだから、自分で鎮めることは、ごく普通のはずだ。

そして、いつものように始めたのだが……最中に私の脳裏に浮かんでいたのは、なぜか白銀少佐だった。

いや、それだけなら、昼の会話のせいでイメージが強かったせいだといえるだろう。
それに、白銀少佐は尊敬できる方だし、まあ──正直、相当いい男だと思う。

衛士としての凄さ、厳しさもそうだし、年下とは微塵も感じさせないほどの包容力は、まるで自分が子供になったように感じる時がある。
正樹という存在がいなければ、私は今ごろ、彼に懸想していた可能性は高い。

けど、少佐をオカズにするにしろ、普通ならあの『任官式』の時の優しげな微笑を浮かべるのが普通だろう。

なのに、私はなぜか──少佐の怒鳴っている顔を思い浮かべていた。

なぜだ?……自分がわからない。──私は、普通のはずだ。

気を取り直して、今度はちゃんと正樹でイこうと思い、──さあ盛り上がってきたぞ!というとき──「伊隅大尉!」という叫びとともに、涼宮が乱入してきたのだ。



…………………………



現実逃避はここまでにしよう。今は……。

「涼宮……貴様……」
「た、大尉……」

回想から戻った私が、声を発したのを機に、涼宮が再起動した。

「い、今何時だと思っている……」

「──え?突っ込む所、そこ?」

……このアホ毛が!
私の思惑を無視した台詞を吐きやがった。
しかも、混乱しているせいか、タメ口。

「今、何時だと思っている!!」
「は、はい!えっと──ふたさんごーまるであります!」
「ならば、さっさと寝ろ!」
「りょ、了解!」

声を荒げて繰り返すと、アホ毛は、私が無かった事にしようとしているのを、やっと理解したようだ。

だが、念を押す必要がある。
駆け足で戻ろうとするアホ毛を、冷たい声で呼び止める。

「──待て」
「は、はい!」

「今、見た事……誰かに話したら……わかっているな?」
「も、もちろんであります!」

「よし、ならば……行けぇ!!」

アホ毛は、来たときよりも速く去っていった。

BETAに対する以上の殺気を、これ以上ないというほど込めて脅したから、あのアホ毛も馬鹿な真似はしないだろう。

実際、アレを隊員に言いふらされたら……隊長としての私は終わりだ。



そこでやっと、私はずっと自慰中のポーズで固まっていた事に気付き──そのマヌケさにまた落ち込むことになった。



…………………………



<< おっさん >>

11月17日 深夜 国連軍横浜基地 廊下

俺は、懐の銃をいつでも抜けるように、警戒しつつ廊下をさまよっていた。

さきほど、何者かが俺の部屋の前から駆け去って行ったのを、察知したのだ。

自室にいるときの俺は、若干気が緩むようだ。
軍人モード全開の時ならば、部屋の前に誰かが潜んでいれば、すぐに気付くのだが……。

曲者の駆け出した方向は、かすかに聞こえた足音から見当をつけて来たのだが、もう逃げてしまった可能性は高い。

──オルタネイティヴ5推進派の手の者か……?

夕呼に報告しようかどうか迷っているとき──走る茜が、角から曲がってきたのが見えた。なにやら、必死の形相だ。

「涼宮、こんな時間に何をしている?」
「ひっ!!」

俺を見て「ひっ」は無いだろうと思ったが、流してやる。
まあ、夜中にいきなり恐い上官と出会ったら、驚くのも当然だという気もするし。

「し、白銀少佐……」
「俺は何をしている、と聞いたんだが?」
「いえ、ちょ、ちょっと散歩を……」

目が泳いでる。挙動不振すぎる。うそ臭い。足も震えている。
それに、あれだけ必死に走っていて散歩はないだろう。

「正直に言え」
「う、うそじゃありません!」

「──正直に言え」

威圧する空気とともに、言葉を繰り返す。
訓練時の恐怖を思い出したのか、茜は気をつけをして、ペラっと口を割った。

「い、伊隅大尉の所に伺っておりました!」
「ほう?伊隅の部屋は、たしかにこの先だったが……なぜそれを隠す必要がある?」
「そ、それは……………………申し上げられません……」

今度は良い言い訳が思いつかなかったようだ。
しかし、この空気で言えないということは、よほど都合が悪い事があるとみえる。

──では、誘導尋問開始。

「ほう?それは、貴様にとって、都合が悪い事だからか?それとも……伊隅の都合かな?」

“伊隅”の部分で微かに頬肉がヒクついた。つまり……。

「たとえば……伊隅の都合が悪くなるような事を見聞きした、とか?」

またゆれた。動揺しているせいか、相当分かりやすい。
“前の”世界であった、オルタネイティヴ5推進派の残党を相手にするよりは、よほど楽だ。

──むほほ、オラ、なんだか楽しくなってきたぞ!

よし、どんどん揺さぶりをかけてやろう。



…………………………



(数分後)

「──で、貴様は伊隅がオナニーしている所を見てしまった、と」
「お!オナ……て」
「何かと思えばつまらん。てっきりスパイか何かと思ったぞ」

まあ、スパイなどと、微塵も思っていなかったのだが、好奇心で尋問しました、じゃさすがに怒るだろう。

「ス、スパイだなんてそんな!」
「ああ、それは俺の勘違いだった。しかし、オナニーくらいで大げさなやつだな」

まったく、オナニーくらいで何をそんなにムキになるかな。
俺なんて、女に見られると興奮して……おっと。

考えてみれば、この頃のみちるはまだ処女だから、そういう初心な所はあるだろう。
遙たちの会話に比べれば、笑い話にもならないというのに……まあそこがあいつの可愛い所でもあるのだが。

“前の”世界でも、あいつのオナニー方法は下半身裸で、毛布も何もかけない状態でやるのが通常のスタイルだったな。
誰か来た時に困るから、せめて何かかけておけと、良く注意したものだが、気が乗らないといって聞かなかった。

まあ、幸いそんな場面に遭遇するのは俺だけだったから、問題にはならなかったが。
──いや、あいつは俺が来るのを見越してやっていた節もあるな。なにせMだから。

ところで、俺が最後にオナニーしたのはいつだっけ?

裸で大股開きさせたみちるに、俺が一人で慰めてぶっかける、という、じらしプレイなら結構あったのだが、それを除けば……冥夜と付き合う前か?

……おお、もう20年近くしていないな。

「お、お願いします!皆には黙っていてください!私がバラしたなんて大尉に知れたら、私は──」
「どうなるのかな?」

クク、相当テンパってる。
大したことでもない内容に必死になる茜がおかしかった。

「私は──う、うう……」

涙目になったが──それくらいでひるむほど、俺はガキではない。
ガキではないが、俺はまだ、遊びたいのだ。

「よし、では交換条件だ」
「こうかんじょうけん……?」

涙目のまま、わずかに首をかしげる茜。

──やば、カワイイぞこいつ……!流石は“前の”世界での、白銀武累積使用時間最長記録保持者だ。無意識にツボを心得てやがる……!

「黙っていてやる代わりに、朝までお前を自由にさせてもらおうか」
「──!」

茜の、血の気が引いた音が、聞こえた気がした。






(10秒経過)






──て、おいおい、普通、即答で断るだろ、こんな条件……そんなに伊隅が怖かったのか?

「……わかりま「冗談だ、涼宮」──え!?」

茜が了承の言葉を口にしようとしたので、慌てて遮った。
やれやれ、もう少し遊びたかったが仕方がない。

「俺は、脅迫で無理やり女を落とすほど、鬼畜じゃないぞ」
「……」

──そんなに意外そうな顔をするなよ。

さっきの尋問で、俺の部屋の前に居たのがコイツで、俺の事を、女を洗脳して好き放題していると疑っていたから、という理由も聞いたから、確かにコイツが意外に思うのも無理は無いが。

……正直、そんな風に疑われたのはちょっとショックだった。──誰が女を好き放題しているというのだ。まったく!

「俺は合意の上でしか関係を持つつもりは無い。オナニーくらいで大騒ぎする貴様等の心境は理解できんが、伊隅には黙っててやるし、他言もしない。だから今日はもう、安心して眠れ」
「……」

まだ、呆然としてる。
まあ、今夜は特別だ。礼儀云々はいうまい。

そこで、あくびをかみ殺し、自分が相当眠いことを自覚した。
さっき気を張っていた分、揺り返しで睡眠欲が強くなったようだ。

「じゃあな、おやすみ、茜」

もはや茜の事も、どうでもよくなってきたので、返事を待たずにとっとと去ることにした。



“前の”世界の茜を思い出したせいか、強い睡魔のせいか。

軍人モードではなくなっていたせいもあるだろう。

このとき、俺は無意識に茜を名前で呼んでいた──らしい。



…………………………



<< 涼宮茜 >>

11月18日 早朝 国連軍横浜基地 涼宮茜自室

──少佐、私の事、“茜”って……。

私は、気が抜けたまま、いつのまにか自分の部屋に戻っていた。
ベッドの上で寝転んではいるが、眠れない。

今、頭にあるのは、伊隅大尉の、お、おな……自慰行為ではなく、その後の白銀少佐とのやりとり。

白銀少佐は、お姉ちゃん達恋人を、人前で名前を呼ぶことは決してない。
2人きりの時は別だそうで、ずいぶん徹底していることだ、と思った。

──そんな人が、私を名前で……どういうことだろう。

その事も不思議だったけど、今は、もっと強い考えが頭を占めている。

──私の、勘違いだったのだろうか。

少佐の出した、交換条件。
私の思っていた通りの人物なら、あそこで引くはずがない。

私は気が動転していたし、伊隅大尉に殺されるくらいなら、白銀少佐に身を預けても──という考えがあったのは事実だ。

冷静になれば、伊隅大尉が私を殺すわけがないと、わかることなのに。──あ、でも半殺しくらいはありえる。

正気になってみれば、自分がどれだけ異常な思考をしていたかが分かる。
それに……

──何やってたんだろう、私……恩人に向かって……。

あの作戦後のデブリーフィングで、伊隅大尉が、今まで見たことのないような、本当に嬉しそうな笑顔で言っていたじゃないか。

「出撃で、隊員に戦死者が出なかったのは、初めてだ」

と。
それは、どうして成し遂げられた?

少佐がXM3を発案してくれたから──私たちを鍛えてくれたおかげじゃない?

あの作戦は、本来なら、晴子に限らず、戦死者無しで達成できるほど甘くはなかった。
XM3と、少佐の訓練無しという条件を想定すると、とても楽観視はできない。
もちろん、それらが無ければ作戦内容も変わっていたかもしれないから、無意味な仮定なのも理解しているけど。

それに、あの人は晴子の命の恩人だ。
晴子は、少佐の援護がなければ、間違いなく戦死していた。

伊隅大尉以外には内緒でついてきてくれていたのには驚いたけど……その事を大尉から告げられた時の、みんなの安心したような顔は、今でも鮮明だ。──私も同じ顔をしていたはずだ。

あの後の追加任務で、少佐の前で格好悪いところは見せられない、と、みんな発奮したことが、大きな戦果が出せた一因だと思っている。

少佐が私たちにもたらしてくれた様々な事を思うと、どうして少佐の事をあんなに悪く考えていたのかが不思議になってくる。

──結局、私は、嫉妬していたんだ。

お姉ちゃん、速瀬中尉、晴子、多恵……私の親しい人がみんな、少佐に取られていくようで。
私だけ、仲間はずれになった気分で。

──みんな、楽しそうにしていただけなのに。みんな、合意の上だと言っていたのに。

それに、私が白銀少佐を疑っていたと、口を割ったときの少佐の顔……ほんの一瞬で、殆ど表情は動かなかったけど、あれが傷つけられた表情だったのは確かだ。

教え子から嫌われてでも徹底的に鍛える方針──これは、伊隅大尉が推測した事で、私も、作戦後にその推測は正しいだろうと思った。
嫌われるのは覚悟の上だろうけど、そうまでして鍛えた相手に、女の子を無理やり──と、そんな風に疑われたなら。

──私ならどう思うだろうか……。

自分が……恥ずかしい。自分の恩知らずぶりが。自分の狭量ぶりが。自分の──馬鹿さ加減が。

いつのまにか私の心は“後悔”一色になっていた。

そして、涙を流している事に気付いた時、すでに私は嗚咽を漏らしていた。

「うっ、うっ、ごめんなさい、白銀少佐……ごめんなさい……ごめんなさい……」

──そして、起床時間になる頃、ようやく涙が止まるまで、私はここには居ない少佐に、ずっと泣きながら謝り続けた。

その間、私の脳裏には少佐の「おやすみ、茜」の言葉と、少し眠たげな顔がずっと浮かんでいた。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

11月18日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

今日の訓練は、2チームに別れての実機演習を行なった。
白銀少佐が入るとバランスが大きく崩れるので、少佐は涼宮とともに、指揮車から指示を出していた。

現在は演習後のデブリーフィングの時間だ。
いつものように、少佐が壇上で隊員の演習時の行動について指摘している。
全員、真剣な表情をして聞き入っている。

ふと、視界の端の茜が気になった。

──訓練前、私は、何気ないふりで茜の様子を窺ったが、茜は朝まで泣きはらしたような顔をしていた。
その事を他の隊員に聞かれても、「なんでもないから、大丈夫」と笑顔で答えていた。

──少し、脅しすぎたのだろうか。

脅しを入れたのは確かだが、茜があそこまで泣くほど恐かったのだろうか、と少々の後悔の念が湧いた。

その茜は演習前に「大尉、昨日はいきなり押しかけてすみませんでした!」と、まぶたを腫らしてはいるものの、スッキリした表情で謝罪してきた。

結局、茜の心境はよくわからなかったが、昨夜の“不幸な事故”は、これでカタがついたと思ってよさそうだ。

──それにしてもアイツらの動き、良くなったわね……。

少佐の指摘であらためて考えると、涼宮、速瀬、柏木の3人が、どんどん能力を向上させているのが明らかだった。
休憩時間は延々と猥談を続ける3人だったが、いざ訓練となると、甘い雰囲気は欠片もまとわない。

──どうみても、白銀少佐が模範になってるのよね……。

速瀬は隙が無くなってきたし、柏木も冷静に周囲を把握する力が増したようだ。
涼宮も、指揮能力は元々高かったが、状況に応じて的確に指示や情報を出す能力が、格段に向上している。

3人は、それぞれの長所を伸ばし、短所はあっても、長所や、仲間の力を利用して上手く補っている。
全員に共通しているのは、精神的に落ち着きが見られるという所だ。

──これじゃ、いくら猥談を続けられても、責められないわね。

こうまで結果を出されると、少佐と付き合う事がメリットになっている事は疑いない。
きっと今晩、あのメンバーに加入する築地もそうなるのだろう。

むしろ、私も含めて、他の隊員の方が、気持ちの切り替えが上手くいっていないような感がある。

しかし、「他の者の気が散るからやめろ」とは言いづらい。
猥談“ごとき”で、訓練に影響が出る方が悪いのは明白だし、そもそも猥談を許可するような事を最初に言ったのは私だ。

──いいなぁ。私も──いやいや!何を考えていた私は!

「伊隅!何ぼうっとしている!」
「は、は!申し訳ありません!」

「隊長たる貴様がその調子では困るな」
「──以後、気をつけます!」

気がそぞろになっていたのを白銀少佐に怒鳴られて、快感にも似た痺れが体を走ったが──気のせいだ。
その事は深く考えないようにし、気を取り直して落ち着く。

白銀少佐は、慣熟訓練の時とは違い、最初の対面の際の雰囲気で、訓練をするようになった。
確かに先ほどのように気を抜いていたり、馬鹿なミスをすれば怒られはするが、慣熟訓練の時とは大違いだ。

連携訓練開始時は、また閻魔のように怒鳴られるのだろうと身構えていた私たちは、再び肩透かしをされた思いがあった。

私たちの意表をつくために、そのように振舞っているわけはないだろうが、全員、不思議に思っていたので、今日のデブリーフィング後、解散前に尋ねてみることにした。

──すると。



「ああ、あの時は貴様等はまだ“教え子”だったからな。“仲間”との訓練では必要以上に怒鳴りはしないさ」



その言葉を聞いて……『任官式』の時のように、涙腺が緩んだ。

“仲間”──と。

我々は守られる存在ではなく、肩を並べる存在だと、背中を預ける存在だと、憧れの衛士から言われたのだ。

これが嬉しくなくて、何が嬉しいというのだ……!

どう口を開こうか迷っていると、速瀬が先んじた。

「少佐ぁー、全員涙目です。あまり泣かさないでください」
「そんなつもりは無かったんだがな」

「少佐の場合、そのつもりが無いから、たちが悪いんです」
「ふむ、では、今後気をつけよう」

こういう時は、いつもは宗像が口火を切る役だったが、今回は珍しく速瀬だった。
付き合いが発覚してから、勤務中における、少佐とその恋人3人の会話の割合は増えたものの、そこに甘い雰囲気はないので、惚気に当てられることは無かった。

──なるほど、徹底している。

ここで、柏木と涼宮が、口を開いた。

「うーん、私は、白銀少佐はそのままでいいと思いますよ」
「そうだよね」
「わ、私だってそうよ!少佐に変われとまでは言ってませんからね」
「わかった、わかった」

──どう見ても、部下に慕われる上官という以上には見えない。……これじゃ、本当に何も言えないな。

「伊隅、どうした?今日は調子が悪いようだが」
「は!いえ、気がたるんでいただけです。お気を使わせてすみません」

ため息をついたのが目立ったのだろうか、少佐に気を使わせてしまった。
その少佐は、いつものニヤリとした笑みで、続けた。

「伊隅、もしかして溜まっているのか?いつでも来いと言っただろう。今日は築地の番だから、明日来るか?」
「い、いいえ!結構です!」

私は、少佐が雰囲気を変えようとした事に気付いていながら、普通に返せなかった。

──しまった、これじゃ以前の速瀬と同じ反応じゃない……。

そんな私を、一瞬いぶかしげに見た少佐だったが、それ以上は触れなかった。

「それは残念、では、これで解さ「少佐!」──ん?」

話も終わり、時間も良いところだったので、少佐が解散を告げようとしたのを遮ったのは……






涼宮──茜。



「では、明日、私が伺ってもよろしいでしょうか」



………………………………え?



「──本気か?」
「はい」

「わかった、では明日の夕食後、来るといい」
「はいッ!」



私たちの目の前で……涼宮茜が……自ら……。



そして、あらためて解散を告げた少佐が去った後、既存メンバー+予定者が、茜にわっと駆け寄った。

「茜ぇ~、アンタも覚悟決めたんだー」
「思い切ったね、茜。歓迎するよ」
「みんなの前とはやるねー。でも、良く頑張った!」
「茜ちゃん……すごかったよ!」

速瀬、涼宮、柏木、築地から順番に声をかけられて、茜は嬉しそうに笑顔で答えた。

「みんな……うん!」

新しいメンバーが加入(予定)となったのに、明るい表情だ。
──自分の割り当てが少なくなる事は、あまり気にしていないのかな?

茜は涙ぐんでいて、高原、麻倉も微笑みながら、「よかったね」などと声をかけている。



そこで宗像が近づいてきて、私に小声で話し掛けて来た。

「伊隅大尉。一見、感動の場面なのですが……その……内容が……」

それは、私も思っていた事だ。が。

「宗像。やめておけ……ここでは私たちが異常なのだ」
「……そうですわね」

同意の言葉を口にしたのは、いつのまにか近くにいた風間だった。

私、宗像、風間。

これからこの3人は、少数派として、ますます休憩時間に肩身が狭くなるのだろう。

それは予想ではなく、確信だった。



…………………………



<< おっさん >>

11月18日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣

──ここ連日、驚かされてばかりだな。

茜がやけにスッキリした表情で、相手をお願いしてきた。
晴子、築地に続いて、か。何の連鎖反応だろうか。

たしかに昨晩の茜は可愛くて、そろそろだと思ったが……あの変わり様は、昨晩の邂逅しか心当たりがない。
あれの何が茜の琴線に触れたのかはわからないが、まあ、俺は結果主義者だ。そのあたりは気にしない。
茜が自ら俺の手に入ってきた事は、大歓迎だ。

だが、晴子を入手したあたりから生まれ始めた空虚感は、茜に至って相当強くなっていることを、感じずにはいられなかった。

元来、俺はハンターなのだ。

──口説く楽しみってものもあるんだけどなあ……。

あまりその気の無い相手を、ほんのちょっと強引に口説き、わけのわからない内に相思相愛に持ち込む、という俺の手練手管。

“前の”夕呼に『恋愛の突撃前衛長(ストーム・バンガード・ワン)』と賞賛されたこの力。

“この”世界で使った相手は、イリーナと遙の2名。
夕呼は別として、まりもはいつのまにか俺に惚れてたし、あとは自分からお願いしてきたようなものだ。
また、イリーナは俺への傾倒が少し見えていたから、真の意味で俺の手腕を発揮できたのは、遙だけだろう。

戦果がこれでは、せっかくの力も宝の持ち腐れだ。

──どいつもこいつも、人の気も知らないで……まったく。

過去の戦歴を思い起すと、“前の”世界で、最も達成感があったのは、──篁唯依だ。

基本的に恋人がいる相手は放置する主義の俺だが、あの女はその方針を捨てるほどの価値があった。
恋人が生きて傍にいたのと、その硬い性格もあって、“前の”世界では、最も手ごわかった相手だった。

──この空しさ……“この”世界でも、あの女にぶつけてやろう。

茜のように、間を置くと勝手に惚れる可能性も捨てきれないから──勝負は初日だ!

現時点で、あのメリケン野郎と付き合っていようがいまいが、関係ない。
“前の”世界でアイツが揺れるポイントは、把握している。
攻略法を知っているので、正確にいえばハントにはならないが──それでも今の空しさよりはマシだ。

「さてさて、唯依タンには何をしてやろうか……ククク……」



「あれー、たけるさん、起きてたんですかー?」

楽しみのあまり、つい漏らした言葉に、浅い眠りについてた全裸の築地──いや、多恵が、むにゃむにゃと目をこすりながら起きた。

「ああ、まあな。眠いなら寝てていいんだぞ」
「もったいないから、もう少し起きてます」
「好きにしろ」

多恵は、思った以上だった。抱き心地も上々だったが、──初めての癖に、全部やった所が凄かった。
遙と水月と晴子から色々な話を聞いて、全部試したかったようだ。

いちいち「***はしないんですか?」と聞いてくるので、「んじゃ、やっとくか」てな具合で、物理的に無理なプレイ以外は全部やった。

だが──数多くの女を抱いた俺だが、初めてで飲尿までしたのはコイツだけだ。おそらく今後もいまい。

最近では、小便の為にトイレに行く機会はめっきり少なくなっていたが、“前の”世界のように、トイレが皆無になるのはそう遠くないようだ。──理由は言うまでもないだろう。

しかし、破瓜の痛みもまだあろうに、このあたりのチャレンジ精神は、“前の”美琴に通じるものがある。
このタイプは、調子に乗らせるとパンドラの箱を開けてしまうから、気をつけてやらねばならない。
正直、ハードSMは、もう“前の”世界で懲りたのだ。──委員長のように戦死されても困るし。

いきなり色々なプレイをこなした多恵だったが、調教する手間が省けたので、良いといえば良いのだが……その楽しみを奪われた感もある。
なんというか、RPGでいきなり呪文を全部覚えた状態からスタートしたような感覚、と言えばわかるだろうか。

この点についても、若干の空しさを感じてしまった。

まあ、あまり贅沢は言うまい。好奇心が旺盛なのは悪い事ではない。
コイツなら、アラスカで入手予定の道具にも、きっと喜んで対応するだろう。

──そうだ、アラスカで入手する道具。全て篁唯依で試用するのもアリだな……

また思考の海に沈み始めた俺に、多恵が声をかけてきた。

「あのー」
「ん?」
「もっかい、しません?」
「かまわんが、今度はお前が上だ。さっき教えた通りにやってみろ。──ああ、ちゃんと舌は使えよ」
「はーい」

嬉し気に、笑顔でのしかかって来た多恵に身を任せながら、明日の茜はどう調理しようか、と楽しく悩む俺だった。



[4010] 第16話 スパルタン・おっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:44
【第16話 スパルタン・おっさん】

<< 珠瀬壬姫 >>

11月20日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

今日は、久々に、市街地での実機演習だった。
内容は、私たちの吹雪5機対、白銀少佐の撃震1機。

全機、XM3を搭載しているものの、さすがにスペックの劣る撃震相手で1対5なら勝てるだろうと思い、演習前まではみんなで袋叩きにしてやろう、と意気込んでいたのだけど……結果は惨敗。

今日の演習内容は前日に言われていたから、榊さんを中心として入念に作戦を練り、万全の体制で当たったつもりだったのだけど、こっちの手を全て読んでいるかのように、打つ手打つ手がことごとくかわされてしまった。

私の役割──長距離からの射撃も、最後まで射線を取ることすらできなかった。

私は射線を取る事に躍起になり、いつしか周りの状況が見えなくなってしまい、気付けば他のみんながやられていた。
その後、私は少佐にさんざん追い回され、やっと距離をとったと思った時──少佐の“長距離からの射撃”で大破させられてしまった。

結局、わざと泳がされて、格が違うという所を見せ付けられただけだった。

その少佐は、今、壇上で淡々と私たちの行動評価を行っている。

「作戦自体はオーソドックスだが、及第をやろう。おおかたゲジマユの作戦だろうが、奇をてらわない分、隙の無いフォーメーションだ。跳躍、射撃、近接などの、個々の詳細の動作もまあ、それなりに使えていたから、技術的には特に言うことは無い。貴様等自身、課題はわかっているようだしな」

白銀少佐は、一応、褒める所は褒めてくれる。
けど、ここでいい気になるような暢気さは、すでに私たちの中にはない。

「……だが、問題はその技術の運用だ!」

──そらきた。

ここから、少佐は人が変わったかのように吼える。

「オチムシャ、長刀でカタを付けようとしたのはかまわん。だが、突撃砲で仕留める気がないのが見え見えだ!剣に頼りすぎるなと、いつも言ってるだろうが!」

ここで、御剣さんへ平手打ち。──というような生易しいものじゃないだろう。あの威力は。

もう、少佐はいちいち「歯を食いしばれ」とは言わなくなった。
代わりに3日前の“本格”訓練開始時に、「いつでも殴られると思っておけ」との、ありがたいお言葉をもらっている。

「ご指導、ありがたくあります!」

という、御剣さんの礼を気にしたふうもなく、少佐は次に、私に向かった。

「チンクシャ、貴様は逆に長距離射撃に拘りすぎだ。貴様の技量がいくら優れていようと、撃たせなければどうと言うことは無い。それに貴様、距離をとれば勝てると思い、油断したな。狙撃手ならば集中力を欠かすな!」

そして、おなじみの衝撃。

──いッたーーーー!

「ご指導、ありがたくあります!」

──罵声にはだいぶ慣れたけど、この痛さには本当、慣れないなぁ……。

「カマオはオチムシャがやられて動揺しすぎだ。アイツは撃墜される直前、わざと俺の射線に割り込んで時間を稼いだというのに、うろたえた挙句の撃墜など、アイツは無駄死にもいいところだろうが!」

鎧衣さんの頬から乾いた音が鳴り、鎧衣さんは皆に倣って礼を言った。



──白銀少佐は、“本格”訓練開始時から、私たちを名前で呼ばなくなった。

榊さんは『ゲジマユ』、御剣さんは『オチムシャ』、彩峰さんは『デカパイ』、鎧衣さんは『カマオ』、……そして私は『チンクシャ』……。

「貴様等は俺が名を呼ぶにも値しない。俺がTACネームを付けてやる」ということらしい。

この、“TACネーム”。御剣さん以外は、身体的特徴を悪意をもって表現したものだけど、私や彩峰さんはともかく、榊さんと鎧衣さんのはひどい。

榊さんは特徴ある眉毛だけど、ゲジマユなんて表現をされるほどじゃない。

鎧衣さんは確かに中性的だけど、どう見ても女の子なのに、オカマさんを意味する呼び方だなんて……。

御剣さんの呼び名は「武士や侍では上等すぎる。将軍の縁者がここまで落ちたのだから、貴様には落ち武者で十分だろう」という理由でつけられた。

──ある意味、これが一番ひどいあだ名かもしれない。

こんな悪意しか感じないような、ひどい呼び方をするなんて、最初は本当に傷ついて、呼ばれるだけで涙が出そうになった。

今は、気にならなくなったわけじゃないけど、「勝手に言っていれば?」と達観する気持ちが強い。
こんなものは、開き直ってしまえば大したダメージにはならないと気付いたのは、一昨日、皆で話し合ったとき。

けど、こんな呼ばれ方をされると、私たちが嫌われているというのを、嫌でも実感させられる。

これまで、厳しい教官の噂はいろいろ聞いたことがあるけど、こんなやり方は聞いた事がない。
白銀少佐は教官のように振舞うけど、正確には教官でなく、単なるプロジェクトの一貫で私たちを指導しているそうだから、こんな事も許されるのでは、と榊さんが言っていたけど……。

──そのとき、榊さんと彩峰さんを呼びつける白銀少佐の声で、私の思考は遮られた。

「おい、デカパイ、ゲジマユ」
「「はい!」」

「貴様等については、まあ前よりはマシだ。だが、いちいち直前に、意見を言い合っていて、とっさに動けるかよ!」

少佐の手が2度ぶれ、鋭い音が2度鳴った。
いつもながら、あの平手の速さには、感心してしまう。

「「ご指導、ありがたくあります!」」

2人に対しては、少佐はさらに続けた。

「貴様等2人のソリが合わんのは、誰でも知っている……。だがなぁ、ソリが合おうが合うまいが、うまくやるんだよ!」

今度はお腹に蹴り……!
さすがに立っていられず、尻餅をついた2人だったけど、もう慣れたもので、すぐに立ち上がった。

「「はい、申し訳ありません!」」

「貴様等、ソープ嬢にでもなって、色んな男をもてなす事を覚えたらどうだ?ちょっとは人に合わせるコツがわかるかもしれんぞ。特に、デカパイ、貴様の無駄にデカイおっぱいは、いい客寄せになるだろう」
「「はい!ご指導ありがたくあります!」」

2人はそういうしかない。──殴られるから。
……私たちに許された返事は『はい』だけ。これは芯まで浸透させられた。

「いいか、配属先に気の合う奴だけが居ると思うなよ。嫌な奴でも背中をまかせる。それが軍人というものであり、貴様等が食わせてもらっている国民の皆様に対する、最低限の義務だ!」

意地悪な罵倒の後は、非の打ち所の無いような正論。

でも、榊さんと彩峰さんの仲が改善し始めたときに言うなんて、……もっと早く言ってくれればいいのに、と思うのは私の我侭だろうか。
こういう意地悪な所も、私たちが嫌われているんだな、と感じるところだ。

「逆に、気が合う奴でも、そいつが敵で、命令があればトリガーを引く。それが貴様等の義務だ。撃つべきかどうか、撃っていいのかどうか、などと考える権利は貴様等には無い!その事を考えるのは指揮官の仕事だ!貴様等に許される事は、『どうやって撃つか』を考えることだけだ!──それが、軍と言う所だ。わかったか!」
「はい!」×5

「よし、では──解散の前に、チンクシャ。貴様に朗報がある」
「は、はい!なんでしょうか」

「貴様の親父殿が、明後日、この横浜基地に視察に来られるそうだ。泣きつくいい機会だ。逃がすんじゃないぞ?」
「は……ぁ」

はい、と答えようとしたけど、そう答えてしまえば「逃げます」と言ってるようなものなので、結局、中途半端な返事になってしまった。
正直、パパが来ることは、昨日届いた手紙で知っていたけど、少佐から言われるとは思わなかった。

「──ふん。では、解散だ」

私の内心を察したのか、少佐はそれ以上、何も言わず、いつものように、つまらなさそうに鼻を鳴らして、教官とともにブリーフィングルームから退出した。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

「ふうーーーーーー」×5

全員、少佐と教官が視界から消えたとたん、大きなため息。



「今日も、容赦なかったね……」

数十秒の沈黙の後、鎧衣が沈んだ声で感想を漏らした。

「そうね……というか、いつもより厳しかった気がするわ」

心もち、平手と蹴りの威力が高かったような。──といっても、誤差の範囲でしょうけど。

「でも、今日は誰も泣かなかったね!」

それはみんな思っていたかもしれないけど、泣く、泣かないの話は言い出しにくかった。
そんな話題をあっさり口にする所は、鎧衣らしい。

「泣くといえば……この間の御剣には、貴重なモノを見せてもらったわね」
「榊!──それを言うでない……」

御剣は、やや憮然とした。

これまで、どんなに厳しい訓練でも、つらさの涙は流さなかった御剣が、嗚咽を漏らしながら泣いた。
神宮司軍曹が殴られ続けたときは流石に涙を見せたけど、その時も私たちのように嗚咽はもらさず、少佐をきつく睨んでいた。

驚きもあったけど、私には、彼女も泣く事があるのか、と安心した気持ちが強かった。

精神的な強さでは、御剣は私たちより相当上だと思っていたから……どこか超然とした所に、なんとなく壁のようなものを感じていた御剣だったけど、あれから、みんなの彼女に対する親近感が増したように思える。

「御剣が、泣いてた……」
「彩峰!そなた!」
「まあまあ、泣いたのはみんな同じでしょ?」
「ですよねー。私は笑えません」

彩峰のからかいに、慌てる御剣をなだめる鎧衣と、苦笑いをする珠瀬。

──今となっては、泣いた事も、いい笑い話になったのかしら?



泣き話が落ち着いたところで、鎧衣が話題を変えてきた。

「でもさ、あの“TACネーム”だけは、なんとかしてほしいよね……」

──プッ

鎧衣のTACネーム『カマオ』を思い出し、軽く噴いてしまった。

「あー!ひどいよ、千鶴さん!」
「ご、ごめんなさい……」

──だって、いくらなんでもおかま……

「榊のも、結構笑える……まゆげ」
「なっ!彩峰、あなただって、『デカパイ』じゃない!」
「私は大丈夫……自信、あるから」

──クッ!こいつ……!

「強がるでない。その分、そなたは少佐によく揶揄されておろうが」
「……うん。あれは、結構ひどい……」

『デカパイ』の呼称自体は気にしてなさそうな彩峰も、セクハラ発言が多い分、どっこいだろう。

「壬姫さんはいいよね!ボクと変わってほしいよ……」
「私のも、そんなにいいとは思えませんけど……」

珠瀬の“TACネーム”は『チンクシャ』。
まあ、私たち4人に比べれば可愛いと言えなくもないけど……変わりたいとまでは思わないわね。

「御剣のは──まあ、たいがいよね」

御剣が泣いてしまったのも、“TACネーム”の由来をわざわざ意地悪に教えられた事にも起因しているだろう。
加えて、殿下との関係を、色々と嫌味をまぜて揶揄されたのだ。

「ああ、不覚を見せてしまったが、……事実は事実だ。あのように言われる事を想定していなかった。私の思慮が足りなかったようだ」
「あんなの、予想できるほうがおかしいですよ!良くあれだけ悪口を考えられますよねー!」

珠瀬が憤慨したように、御剣を弁護する。
私も同感で、他の面々もうなずいている。
珠瀬に限らず、少佐の御剣への意地悪さは、皆、思うところがあったようだ。

「そうだよねー。もうボクたちに対して考え付く悪口、全部言われたような気がするよ」

“TACネーム”や、セクハラ発言などやさしいものだ。
今日のデブリーフィングでは珍しく言われなかったけど、私たちの政治的立場をあからさまに言われるのが、一番堪える。

──徴兵免除を返上?えらいもんだな、おい!
──悔しいか?権力者のパパに泣きついてもいいんだぞ!
──いいねぇ、逃げ場のある人間は、適当にやっても生きていけるからなぁ!

と、その口から出る言葉は、下衆そのものだった。

確かに衛士としての能力が高いことは認める。でも、その品性は──最低だ。

また、ひどいのは言葉だけじゃない。
この間などは、髪の毛を捕まれて、床に転がされて、踏みつけ、蹴られた。

……あんなもの、指導なんてものじゃない。
でも、軍の規定では──なんて理屈が通じる相手でもない。

少佐が言ってたように、親に泣き付けばなんとかなるかもしれない。
でもそれは、──それだけは、意地でもできないことだ。

──絶対……負けてなるものですか!

昨日までは泣かされたけど、今日は全員、不敵な態度は取れたと思う。
どういうわけか、神宮司教官が殴られていた時もそうだけど、「目つきが気に入らない」と言って殴りはしないから、私たちのできる精一杯の抵抗ができた。──ささやかなものだけど。

不幸中の幸いというか、白銀少佐の言うことや教えてくれる内容は、どれも勉強になる。
戦術機の操作についても、──あれ以上の人間がいるとは、とても想像ができないほどだ。
また、その年齢に似合わない、豊富な経験談や、的確な判断基準は、指揮官を目指す私にとって、大きな糧になっている。

内容が意外に充実しているのは、上層部から突っ込まれたときに暴力の言い訳ができないからだろう。
密度を濃くしているといえば、対外的にも一応、言い訳がたつのだから。

──まったく、なんて姑息な男……。

まあ、とにもかくにも、お互いの泣いた所を指摘したり、“TACネーム”のからかいあいなどで笑えるだけ、私たちは段々タフになっているのだろうとは思う。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

11月20日 昼 国連軍横浜基地 廊下

白銀少佐が午前から207の訓練に参加することは珍しく、久しぶりに一緒に昼食を取る事になった。

PXへの通路を2人で歩きながら、私はさっきの少佐の言葉を思い出していた。

──『ソリが合おうが合うまいが、うまくやれ』か……。

奇しくも、訓練兵時代に私が言われたことと同じだ。

ソリが合わないから、別の奴と組ませてくれ、などと言う兵は使い物にならない。
まったくの正論であり、あの子達は口先だけではなく、心で理解しなければならない事だ。

けど、なぜ今の時期だったのかが少し気になったので、白銀少佐に、もっと前にそれとなく伝えても良かったのでは、と訊いてみた。

「ああ、それも考えたが……“本当に上辺だけ”合わせるような気がしてな」

……私と、あの男もそうだった。いがみ合って罰を受けるよりは、と、最低限必要な会話だけをし、それ以外は、お互い無視をするようになった。
それは、総戦技評価演習の際に、やっと解消したが。

「なるほど、それで、解消の兆しが見えた今、ですか」
「まあな。杞憂かもしれなかったが」

「いえ、私は、少佐の判断を支持します」
「そうか」

白銀少佐は、訓練兵をぞんざいに扱っているように見えるが、その実、よく細かいところまで気を使っている。
私をしごきに参加させず、あの子達のフォロー役としているのも、その1つだ。

今のところ、あの子達は、少佐のしごきに対する反発心を、うまくやる気に換えているようだけど、一歩間違えたら、どん底に落ち込みそうな訓練内容だ。
このあたりの少佐の匙加減は、絶妙というべきだろう。

それと……あの子達には、少し申し訳ないという気持ちがある。

以前、XM3の事を説明しすぎたために、白銀少佐に向かう険しさが、若干弱くなってしまった。

そこで、少佐が「軌道修正をする」と言って始めたのが──あの“TACネーム”。
あんな呼び方をされて「実は、私たちの事を考えてくれている?」などと思うお気楽者がいたら、見てみたいものだ。

──私だったら、なんて“TACネーム”をつけられるのかしら?

と、つい益体もないことを考えてしまった。

「でも、私もさすがに4日目で慣れてくるとは思いませんでした」

今日のあの子達は、あの罵倒や暴力に対して、内心はともかく堂々と返事をするようになっていた。
あの子達の心が日々強くなっているのが顕著に現れていて、喜びを禁じえない。

「ああ、俺たちの予想を超えてくるとは、なかなかのものだ。──だが、まだまだこれからだよ」

そういって、いたずらっ気のあるあの顔を浮かべた。

──この顔に弱いのよね、私……。

……私の“女”の部分が刺激されてしまった。

昼にこちらから誘ったことは無いけど、少し勇気を出して、声をかけることにした。

「少佐、あの「白銀少佐!」」

──やられた。この声は……。



<< おっさん >>

「どうした?ピアティフ中尉」
「あの──昼食後のご予定は、おありでしょうか」
「いや、大丈夫だ」

恐る恐るといったイリーナだったが、俺の返事に、顔を輝かせた。

「では、──よろしいでしょうか?」

具体的には言わないが、内容はわかりきっている。

「ああ、だが、午前の演習で汗をかいたから、シャワーを浴びてから行くよ」
「いえ、かまいません」

「いや、でも汗臭「かまいません、浴びずに来てください」──わ、わかった」
「はい!――では、お待ちしています」

そして目を少し血走らせて怖くなったイリーナは、いそいそと早歩きで去っていった。

――匂いフェチは“前の”世界と同じ、か。

たいがいのプレイは素直にやらせてくれる、使い勝手の良いイリーナだが、玉にキズなのが、あの“匂いに異様に拘る”事だ。

まりもの精液好きにも一部通じる所はあるが、イリーナの場合、精液に限らない。
股間や肛門は慣れてるからいいとして、脇や足の指の間など、「いや、ちょっとそこはカンベン」って所まで嗅いでくるので、さすがの俺も頬を染めてしまう。
そんな俺を見て「えへへー」とニヤニヤするイリーナを見るたび、

──俺って、実はちょっとMなところもあるんだよな……。

と実感させられるのだ。

“前の”世界では、俺は加齢臭が気になる年だったから、イリーナのおかげで体臭には気を使うようになった。

他の女は、加齢臭などしない、と言ってくれてたのだが、あまりにイリーナがくんくん嗅ぐので、不安は残ったままだった。
しかし、俺が若くなった今でもそうするということは、加齢臭は俺の気にしすぎだったようだ。

──それにしても、だんだん傾向がひどくなってきたな……。

最近、俺が行為前にシャワーを浴びると、あらかさまに不機嫌な顔をするようになってきた。
年を経た後の趣味だろうと思っていたが、どうやらイリーナのは先天的嗜好らしい。



そのとき、まりもがちょっと不機嫌そうな顔をしているのに気付いた。

──さすがに目の前で他の女と約束するのは無神経だったな。

「軍曹、明日の俺の昼は軍曹にやるから、そう拗ねないでくれ」
「──は!お、お恥ずかしい所をお見せしました」

「いいさ。そういう所も気に入っているんだ」
「あ……ありがとうございます」

セックスは濃いくせに、こんな言葉で照れるまりもがちょっと可愛かったので、その頭をなんとなく撫でてみた。

──だが、そろそろ、時間調整が大変になってきたな……。

昨晩、茜も正式に『メンバー』に加入したことで、ますますスケジューリングが厳しくなってしまった。

こう言うと茜を疎んでるように聞こえるかもしれないが、茜の加入には拍子抜けしたものの、姉妹プレイの駒が揃ったことで、断然、嬉しさの方が優る。

もちろん茜自身の価値も大きい。
イリーナのような変なクセがない分、使い勝手が良いので、今後は重宝することだろう。

はやく色々仕込みたかったが、昨日は茜の開通式だったので、水月と同様、かなり手加減をしておいた。
その分、今はやや欲求不満気味だ。

──俺自身、そのつもりはなかったが、もしかしたら無意識に207の連中に強めに当たってしまったかも……いや、俺に限ってそれはないはずだ。

話を戻すと、やはり、今のような状態となっては、スケジュール係が必要だ。こう大勢だと不公平だと感じる女が出てくるだろう。

──晴子と多恵に、試しに予定表を組ませてみるか。

“前の”世界で関係していなかったあの2人なら、もしかしたら、委員長やみちるまでとはいわずとも、うまく調整係になれるかもしれない。

まあ、多恵はあの性格だから望み薄だろうが、晴子はもしかしたら、スケジューラーの素質があるかもしれない。

──と、その前に、昼食後にイリーナを嬲らなければいけないな。……まったく、アレが乾く間もないとはこの事だ。

照れながらも、おとなしく頭を撫でられるまりもを微笑ましく見ながら、俺は自室で待っているイリーナをどう陵辱しようか想像し、アレに血が滾ってくるのを感じていた。



…………………………



<< 月詠真那 >>

11月20日 昼 国連軍横浜基地 PX

──人が視線で殺せたならば。

訓練兵に厳しくするのは、衛士を目指すならば当たり前のこと。

それはいい。

このご時世だ。帝国軍においても、軍規に反するとはいえ、直接的な暴力をふるって訓練兵を従わせる教導官は、いくらでもいる。
白銀少佐の訓練内容も、多少行き過ぎではあるが、帝国軍のやり方とさほど代わり映えはしない。

だが、冥夜様をあのように『オチムシャ』などと屈辱的な呼称で呼びつけ、よりにもよって、な、な、な、泣かせるなど……!

冥夜様とて、無現鬼道流の過酷な修練を経たお方だ。
これまでの訓練でも、あの男が現れるまで、くやし涙などは見たことがない。

よほど、精神的に堪えること──おそらくは、殿下の身辺の事を触れたか。でなくては、冥夜様が泣くはずが無い。

……拳を握る手が震える。

そのとき、神代が進言してきた。

「真那様……あの男の始末をお命じください!」

怒りの表情。
見ると、他の2名も同じ表情だ。

──こやつ等も私と同じ心境か。その事には喜びを覚える。しかし……。

「ならん。私とて思いは同じだ。だが、冥夜様のご意思だ。それに……貴様等では敵うまい」

あの物腰ゆえ、初対面の時から“できる”とは思っていた。
殴るときのあの手の速さと、揺らぐ事のない腰の重心でわかる。
あれは我流のようだったが、相当修羅場をくぐっている。

──あのような手錬が、今まで世に隠れていたとはな……。

だが、奴の身体能力の高さとは別に、ひとつ解せない事があった。

冥夜様への嫌悪をはっきりとさせたらしいが、──それならそれでやりようがあるはずだ。
あのように馬鹿正直に、衛士としての訓練を与える必要はない。

衛士としてスポイルさせたいのであれば、適当に教えていればいいのだ。
それこそ、我等“背景”が最初に申し出た要望と一致する。

好悪は別にして、仕事はきっちりする性分なのか。
殴る事の言い訳として、教えるべきことは教えているのか。

それとも──本当に、心身ともに鍛えるため、か?

第207衛士訓練小隊の面々は、いずれも重要人物の縁者。
わざわざ嫌われる事を言って、覚えを悪くすることの利点は無い。

いや、むしろあの男ならば、表面は良くしておき、裏でほくそえむ程度の腹芸はできるだろう。
面と向かって嫌いだ、などと子供のような事を言って満足するような男には見えない。

しかし、あの男が、まことに冥夜様達を成長させるつもりだとすれば、説明がつく。

──だが、そうまでして、あの男に何の得があるというのだ?

使い勝手の良い駒として育てるにしては、207小隊の面々は政治的に難がありすぎる。

あの“魔女”の思惑のひとつという可能性もあるが……。

「……しばらく様子を見る」
「「「真那様!?」」」

「あの男の教練は、やりすぎです!」
「冥夜様のお顔に傷でも残ったら!
「とても許せませんわ!」

「私は、様子を見る、と言ったぞ」
「「「……」」」

異議をとなえた3人を睨め付けると、揃ってしゅんとなった。

「あれだけでは、まだ手は出せん。あの程度で抗議などしようものなら、帝国軍、いや、斯衛の訓練はよほどヌルいのだと公言するようなものだ」

あの男もそれを見越している部分はあるだろう。──まったく、忌々しい。

「だがもし、あの男が訓練の範疇を超え、冥夜様に害をなそうものなら……私の一命に代えても、あの男──白銀武は、生かしてはおかぬ。……その時はお前達も付き合え」
「「「了解!」」」

──それは、我々の覚悟と、誓い。

願わくば、この誓いを果たさねばならぬような男ではない事を……。



[4010] 第17話 おっさんとおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/09/29 01:06
【第17話 おっさんとおっさん】

<< 涼宮茜 >>

11月22日 朝 国連軍横浜基地 PX

「おはよう、茜」
「おっはよ」
「おはよー」

「あ、おはよう。晴子、麻倉、高原」

PXで朝食を取り始めた所で、晴子、麻倉、高原が声をかけてきた。

昼食はだいたい一緒にとるA-01部隊だけど、朝は身だしなみに個人差があるので、まちまちだ。
時間によっては誰とも会話せずに朝食を終える事も、珍しいことじゃない。

めいめいに食事を取り始めたところで、麻倉が誰にともなく話しかけてきた。

「確か、今日は白銀少佐は、訓練に来られないんだっけ」
「他の任務だって言ってたね」

晴子が答えた。麻倉も、確認のためもあるだろうけど、話題のきっかけとして口に出しただけだろう。

「残念ね。少佐がいると、訓練が楽しいんだけどな」

この言葉は高原だったけど、それは、私も同感だ。他の2人も、うなずいて同意している。

白銀少佐が私たちを“仲間”として認めてくれてからの訓練は、落ち着くというか──そう、安心感がある。

厳しくなくなったわけじゃないのだけど、セクハラ発言を混ぜつつの指揮で、たまに笑いを取ったりで、伊隅大尉もよく苦笑を誘われている。
おそらく、あれが白銀少佐の本当の姿なのだと、私は確信している。──幾分、“夜の”少佐に近いから。

少佐がそう振舞える所まで到達できた事に、全員が誇らしい気持ちを持っていて、気力が充実しているのがわかる。

「やっぱ最下層まで戦死者ゼロってのは気持ちいいもんねー」
「少佐がいないと、大体、誰かが死んじゃうもんね」

晴子の発言に、私が補足した。単機で最下層に到達できる人だから、当然といえば当然だろう。

少佐の指揮の元で、毎回良好な結果に終わるのは、少佐個人の戦闘力によるものも大きいけど、やっぱり的確な指揮あってのものだろう。
断じて、伊隅大尉が無能というのではないのだけれど……白銀少佐は、格が違う。

自らは苛烈な戦闘状態にありながら、周りと部下の動きを、本当に良く把握している。
戦闘中、どんなパターンでBETAが追加で押し寄せてきても、即座に指示を出してくる。

以前も凄い人だとは思っていたけど、この連携訓練を経て、それまでの認識は浅かったのだな、と思い知らされた。
伊隅大尉は、悔しがるでもなく、そんな凄い人が上司として着任してくれた事を、本当に喜んでいた。

でも、白銀少佐は何かと忙しい人だ。
今回のように一緒に訓練できない事もよくあり、そもそも、実戦で編隊を組めるかどうかも、少佐の都合で変わるらしい。
だから、少佐無しの連携訓練も、少佐が不在の時に、集中してやっているのだけど……やはり、あの人がいるといないとでは天地の差がある。

「でもさー、麻倉と高原はどうすんの?少佐の事、結構好きでしょ?」

私が考え込んでいると、晴子が話題を変えてきた。……確かに晴子が言ったことは、私も気になっていた。
実際、多恵の次は私ではなく、この2人のどちらかだろうと、数日前までは思っていたから。

「あー。うーん。そうなんだけどね……」
「なんか、他の面子見てると気が引けるというか……」
「そうそう!副司令とか、速瀬中尉、涼宮中尉って、かなり美女ぞろいじゃない?茜と晴子と多恵にしたって、美少女の部類だしさ」
「私たちじゃ、見劣りしちゃうかなーって……」

麻倉と高原が、交互に意外な事を言い出した。

「なーに言ってんのよ。私を美少女の中に入れるのは誉め過ぎだけどさ。あんた達だって器量良しじゃない」
「そうだよ!2人は可愛いよ!」

晴子が呆れたように言ったのに、私もフォローを入れる。
おためごかしではなく、本心から思っていることだ。この2人は、十分、綺麗で、可愛いと思う。

「アハ、ありがと……でもそれだけじゃなくて、風間少尉が、なんだか引いてるのも気になっちゃってね」
「なんだか最近、伊隅大尉と宗像中尉も、居心地悪そうだしね」

たしかに、数日前の私の感情を思えば、痛いほどわかる。

──あれは……結構寂しい。

2人は特に風間少尉に懐いているから、白銀少佐と関係して、少尉を完全に除外してしまうのは、少し抵抗があるのだろう。
──でも、数日前の私から見れば、この2人も、とっくにどっぷりな感じがしたんだけどね……。

「まあ、覚悟が決まらないなら、焦らなくてもいいんじゃない?」

あわてて少佐のお世話になることはない。
こういう事は、良く考えてから決断すべきだと思ったので、そう言っておいた。
──私は、ちゃんと考えたよね……?

「私もそう思うよ。──ああ、そうそう、もしその気になったら私に言ってね──今度から私、少佐のお相手の調整係になったから」
「「「え!?」」」

晴子の発言に、……びっくり。
驚いてる私たちを尻目に、少し鼻を高くして、晴子は説明を続けた。

「少佐もお相手が増えて、時間調整が大変みたいだから、私が任命されたのだ」

「柏木の事だから、どうせタダじゃないんでしょ?」
「お?わかってるねー、麻倉クン。実は少しだけ、私の割合を増やしてもいいって事を条件にしてもらったのよね」

──うッ……いいな。少佐も私に言ってくれればいいのに。

「なんで私じゃなくて晴子よ……」
「さあね?でも、聞いたら、『他のやつらは自分ばっかり予定に入れそうだ』だってさ。──あ、なぜか多恵も候補だったよ」

──なんで多恵?有りえない!私は、試されるまでもなく却下なのに。……指揮官適正の高さは関係ないのかな。
まあ、お姉ちゃんも速瀬中尉も候補外だったんだから、と納得するしかない、か……。

「んで、少佐はお試しで、私と多恵に予定表を提出させたのよね。で、あの子は自分ばっかり予定に入れたのを提出しちゃって、少佐に目の前で、それをビリビリ破り捨てられてさ。──その時の多恵ったら『はわわ』とか言って半ベソかきながら、破れた予定表かき集めてんの!」
「「「あはははは!」」」

晴子は言い終わるとおかしそうに笑い、私たちは、うろたえる多恵の様子が容易に想像できて、同時に噴き出していた。

「んでまあ、私の予定表は合格だったから、正式に調整係に任命されて、少佐のお相手を教えてもらったんだけどさ……A-01の他には、副司令を除いて3人いるみたい」
「へー、意外ね。もっといるかと思ったけど」

あの“テクニック”からすると、相当な数が居そうな感じがしたのだけど、想像よりは少なかった。
──世間一般でみれば、それでも“異常”の一言で、統一見解が出されそうだけど。

「それが、驚きの内容でさ。1人はまだ秘密らしいんだけど、他の2人はピアティフ中尉と、なんとあの──“社霞”」
「「「えっ!!?」」」

や、社ってあの──小さい子よね……今、いくつだろう?

「ピアティフ中尉はともかく、社って、あの……」
「確かにかなりの美少女だけど……少佐って、守備範囲、広いのね……」
「これなら、私たちも……ねぇ?」
「そうだね……」

私が反応に困っていると、少し自信をつけたように、麻倉と高原が言葉を交わした。

晴子は、私たちの反応に悪戯心が満足したのか、次の話題を振ってきた。

「と・こ・ろ・でぇー。昨日の逢瀬はどうだった?茜」
「あ──うん、えっと……色々教えられたよ」

いきなり聞かれてどうしようか迷ったけど、こういう事はいちいち隠し事しないのが我が部隊の方針だ。
伊隅大尉にも、シモネタなんて前線部隊では当たり前だと言われたから、私たちもこんな会話を平然とこなせなくてはならない。
まだ若干恥ずかしさは残るけど、これで2回目の事だし、キッパリ話す事にした。

1回目──初めての夜の記憶は、私の一生の宝物だ。
速瀬中尉の体験談は聞いていたけど、想像通り──いや、それ以上の幸せな時間だった。

「速瀬中尉のコース」をお願いしたから、少佐は何度も何度も何度も何度も何度も何度も私を抱いたけれど、それは優しいもので、私は一晩中、幸福感に浸る事ができた。

あまりに幸せすぎて、行為後に抱きしめられて涙が出てしまったのだけど、武さんはそのまま何も言わず、優しく抱きしめ続けてくれて、それが余計に嬉しくて、さらに泣いてしまった。

その事を話したとき、速瀬中尉はウンウンと納得したように頷き、お姉ちゃんと晴子と多恵は、羨ましそうにしていた。
後者の3人は、そんなロマンチックな余韻に浸る間は無かったらしい。──お姉ちゃん以外は、自業自得だと思うけど。

そして、私にとって2回目のお相手となったのが、昨晩の事。

「へぇー、色々教えられたって?具体的には?」
「……えっと、手と口の使い方」

「少佐、喜んでたでしょ?」
「うん。えへへ。素質あるって言われた」

晴子に言われて、少佐のあの嬉しそうな顔を思い出すと、思わず笑みがこぼれた。

「今回は、色々教えてください」と言った時の武さんの表情は、まさに“パァッ”という表現がぴったりの、輝くような笑顔だった。
──その時の顔は、いつもの大人びた顔ではなく、18才の年相応の少年の顔に見えて、思わずドキリとした。

あの少佐に、あんな顔されちゃったら、頑張ろうという気になるのは、自然な事だろう。

そして、色々教えてもらって、お姉ちゃんの言っていた、美味しくないのに美味しい、という奇妙な感覚も理解できた。
次は、いじめられているのにうれしい感覚、かな?

その後、晴子たち3人に、どこをどう舐めたとか、何回飲んだとかの話を聞かれて、初体験の時と同様、行為の内容を赤裸々に話すことになった。

──けど、私もよく平気でこういう話ができるようになったよね……やっぱり少佐の影響だろうな。

そう思ったとき、晴子が腰に手を当てて、胸をそらして道化っぽく言った。

「まあ、その程度じゃ少佐のお相手としては、まだまだね。精進しなさいな」
「フン、見てなさい、すぐ追いついてやるから」

なんだか先輩面で、勝ち誇ったような晴子が少しおかしくて、張り合うように返してやった。
もちろん、これは言うまでもなく冗談のやりとりだけど、追いついてやるというのは本心でもある。

──そのとき、眠たげな多恵の声が聞こえた。

「ふぁーあ、みんな、おはよー。早いねー」

──考えてみれば、初日に全部こなしたこの子には、当分敵わないなあ……。

晴子も同じ思いだったのか、2人で苦笑し合った。



…………………………



<< 白銀武 >>

11月22日 午後 国連軍横浜基地 応接室

今日は、珠瀬事務次官の視察日だ。
ちょうど今、事務次官と、横浜基地司令と副司令の面会が終わったとの連絡があり、これから俺とまりもが、訓練兵たちの元へ案内することになっている。

応接室に入室してすぐ、ラダビノッド司令と目が合う。

准将とはこれで2度目の顔合わせとなる。最初に紹介されたのは、確か、ここに来た翌日──10月23日だったか。

あの時はずいぶん怪訝な顔をされてしまった。
──当然だろう。いきなり「外で活動させていた腹心を呼び寄せた」として、若すぎる少佐を紹介されたのだから。

だが、裁量権の多くを夕呼に与えているとはいえ、いきなり沸いた少佐に問いただしもせず、普通に挨拶をするだけで終わらせたところ、この人も只者ではない。

そして、准将と夕呼に向き合う形で座っている紳士──珠瀬事務次官に敬礼をする。

「白銀武少佐であります」
「神宮司まりも軍曹であります」

「事務次官を務めております。珠瀬玄丞斎です」

そう言って、立ち上がった事務次官と握手を交わした。

「では、当基地をご案内いたします、では、司令、副司令、失礼いたします」

基地司令と夕呼に、まりもとともに敬礼。

ラダビノッド司令だけは答礼をしてくれたが、夕呼は──まあ今さらだ。



…………………………



PXまでの道すがら、事務次官と会話を続ける。

「白銀少佐は、あるプロジェクトで、うちの娘達を鍛えていると聞いたが?」
「ええ、臨時の教導官として、神宮司軍曹とともに、ご息女の指導にあたっております」

本来ならば、まりもがこの役をしていたはずだが、俺も一緒に教導している手前、顔を出さないわけにはいかない。
これほどの権力者との接触は、月詠中尉あたりを刺激しそうだから、なるべく避けたかったが──今回は、体面上、そうも言っていられなかった。

「そうか……娘が迷惑をかけていないかね?」
「それは、答えにくいご質問ですね」

“No”なら嘘をつくことになる。──訓練兵に手がかからない訳が無いのだから。
だが、“Yes”と答えると事務次官に対して礼を失することになる。

「いや、すまない。これは私の質問が意地悪だったね」
「いえ、お気になさらず。──ですが、少なくとも小官は迷惑とは思っておりません。ご息女は優れた素質をお持ちです。きっと良い衛士になるでしょう」
「──そうかね」

リップサービスも混じっているが、これは俺の本心だ。
その言葉に、事務次官は目尻に皺をつくり、笑みを浮かべた。

──やはり、いい父親だな。

事務次官は、それ以上、訓練については触れてこなかった。

たまが手紙で泣きつくとは思えなかったから、訓練内容を知っているわけではないだろう。
それでも、娘がどう扱われてるくらいは、内心気になって仕方がないだろうに。

そしてその後、他愛もない会話を続けているうちに、PXに着いた。



11月22日 午後 国連軍横浜基地 PX

207小隊の教官は、あくまでまりもだから、ここから後の会話は、彼女に任せる手はずになっている。

「事務次官、ここが横浜基地衛士訓練学校の食堂になります」
「ほう」
「ご紹介します。彼女らが第207衛士訓練小隊の訓練兵です」

207小隊の連中は、あらかじめ、ここに揃っているように命令していた。

俺を見て、緊張に顔を強張らせて、敬礼する5人。──いい感じに恐れられてるね、俺。

「諸君の双肩に人類の未来が懸かっている。宜しく頼むよ?」
「──はッ!!」×5

ここからは、207小隊の連中に任せるので、珠瀬事務次官に別れを告げる。

「では、小官らは、これで失礼させていただきます。ここから先は、珠瀬訓練兵がご案内差し上げますので」
「ああ、ありがとう、白銀少佐、神宮司軍曹」

敬礼をした後、まりもがたまに案内を促した。

「珠瀬訓練兵!」
「あ!は、はいっ!どうぞこちらへ!」

「うんうん、頼もしいなあ……でもパパは甘えてもらえないの、ちょぉっと寂しいぞぉ……」
「パ、パパァ……うう……で、でも私は訓練兵なのでっ!!」

「そうか……うむ、頼もしいな……パパは嬉しいぞお!!」
「ででででは、こ、こちらへ!」

「うむ……パパ、今日はたまの小隊長っぷり、いっぱい見させてもらうぞお」

──分隊長だってば、おっさん……。

たまに会った途端、“前の”世界と同じく、たまパパの親馬鹿への変貌ぶりを微笑ましく思いながら、まりもと共にPXを後にした。




…………………………



<< おっさん >>

たまに任じた案内役は、本来、委員長の役割だったが、昨日の昼休み、まりもの部屋へ冥夜が訪ねて来て、神妙な顔で「事務次官の案内を珠瀬にやらせてほしい」とお願いしてきた。

それを聞いて、俺はピンと来た。──『一日分隊長』だ。

“前の”世界と同様、父親に対して“分隊長として”手紙を書いて、あわてて皆に相談した結果なんだろうが、俺無しでもその結論に達するとは驚きだ。
おそらく、発案は美琴か彩峰だろう。

まりもに頼みに来た冥夜の表情は、玉砕覚悟と言った感じだった。

そりゃそうだ。その内容は、身分詐称させてくれと言っているに等しい。
俺に頼むのではなく、まりもの所へ来たのも、依頼内容とアイツ等の心境からすれば当然だろう。

また、代表として委員長じゃなく冥夜が来たのは……たしか“前”も委員長は乗り気じゃなかった。代わりに冥夜というわけだ。

で、なぜ俺が、その場面を見ていたかのように説明できるかというと……









俺もその場にいたからだ。しかも、まりもと合体しながら。



一昨日、まりもの目の前でイリーナと約束してしまった代わりに、昨日の昼に相手する約束をしていた。
そして、当然のように、この昼のまりもは一秒を惜しむかのようにハッスルしまくりで、何回戦目かのクライマックスを迎えようとしたとき、──扉をノックする音が聞こえた。

ノックの音に続き、「御剣です」という言葉が聞こえて、ヤバい!と思ったが、騎上位のまりもは夢中で、狂犬のように止まらない。

まりもの嬌声が返事に聞こえたのか、──冥夜は扉を開けてしまった。

そのとき、俺にできた事は、まくっていたまりものワイシャツを下ろして、はだけていた乳房を隠し、毛布で俺の体が冥夜の視界に入らないようにすることだけだった。

まりもは、俺の慌てた動作と、冥夜の姿が視界に入ったところで、ようやく正気に戻ったようだ。

「み、御剣──!?」
「──は?」
「いや………………なんの用だ」

一瞬で状況を悟り、俺がギリギリで冥夜の視界に入っていないのを確認して、“教官”の顔に戻ったまりもは、賞賛に値するだろう。
──まあ欲を言えば、ノックの音くらいは聞き取ってほしかったのだが。

「………………お休みの所、申し訳ありません」
「いや、少し仮眠をとっていただけだ。気にするな」

運が良いことに、昼休みという短い時間を惜しんだまりもは、下半身は全脱ぎだったが、上半身は上着を脱いだだけだった。
また、今は下半身を毛布でくるんでいるので、はた目には、自室で昼寝をしていて、ちょうど身を起したようにも見えるだろう。

この時点で気付かれなかったのは、依頼内容が依頼内容なため、冥夜がうつむいて話をしていたのと、彼女が精液の匂いなど嗅いだ事が無く、その手の知識に相当疎かった事が要因だろう。

そして、快楽に耐えつつ、冥夜の依頼内容をどうしたものか悩んでいるまりもに、「早くOKしちまえ」と伝えようとしたのだが……伝達手段がなかった。

そこで閃いた俺は、冥夜にバレない程度に腰を突いて、モールス信号で俺の意思を伝えたのだが、なかなか気付いてくれなくて、何度も何度も繰り返すうち……我慢できずに発射してしまった。何せ、さっきはいい所だったのだ。

発射時にまりもが思わず発した「んッ!」の声が了解の返事に聞こえたのか、冥夜は「ご配慮、ありがとうございます!」と礼を言って、さっさと退出してくれて、なんとか事なきを得たので、結果オーライだろう。

……その後、「あの状況でモールスなんて気付くわけないでしょう!」と、拗ねたように、まりもから叱られてしまった。──いい判断だと思ったのだが。

──けど、あれ、冥夜じゃなきゃ絶対、俺たちの行為に気付いていたよな……。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

11月22日 夕方 国連軍横浜基地 珠瀬壬姫自室前

珠瀬事務次官との会合は、慌しくはあるが、楽しいひと時でもあった。

彩峰は、威たけだけしくなった珠瀬──というより、錯乱した珠瀬に命令され、榊は融通が利かない頑固者と表現され、鎧衣は胸を揶揄されて逃げてしまい、私は何も触れられなかったが──それだけに、手紙の内容がひどいという事だけは伝わった。

事務次官が帰られる際に言われた言葉で、分隊長の件はもとよりご存知であり、我等はからかわれただけだと知り、──全員、ため息をついた。

その後、気を取り直して、珠瀬にそれぞれ軽い折檻を与え、榊、彩峰、鎧衣が自室に戻り、今に至る。

「御剣さん、どうかしたんですか?」
「少し、そなたに聞きたい事があってな。……白銀少佐の事は、手紙には書かなかったのか?」
「……ええ。ありのままに書くと、泣き付いたことになっちゃいますから……それは負けです。あんな嫌な人の思い通りにはしたくありません」
「そうか……」

事務次官は、訓練内容には触れず、終始笑っておられた。
白銀少佐のやりようをご存知であれば、そうもしていられないはずだと思い、珠瀬に確認するために、ここに残ったのだが──珠瀬は相当、少佐に含むところがあるようだ。

少佐のあの振る舞いであれば、それも無理は無い。






──だが、私は珠瀬とは逆の思いがあった。

今日、白銀少佐がいらしたときは、肝が冷えたが……PXからの去り際、珠瀬と事務次官のやりとりを見て、微笑ましげに笑った。

──その事が、私の疑念を、確信に変えた。

昨日、神宮司教官の元へ赴いた時の事を思い起こすと、今でも赤面してしまうが……あの時、ドアを開けた際に一瞬見えた光景。

あれは、紛れも無く裸の白銀少佐。
また、私を見て正気に戻るまでの短い間だったが、上気して顔を紅潮させ、髪と服を乱していた教官のお顔は、いつもとは別人のようだった。

……あのような状況で、男女が絡み合ってする事など、性に疎い私でも、わかる。

あれは、間違いなく男女の──“まぐわい”。

さらに、部屋に充満していた、あの匂いは、覚えがある。……『栗の花』だ。

幼少の頃、月詠に聞いたことがある。──男性のせ、せ、精液の匂いは、栗の花の香りに似ているそうだ──と。
その事を聞き、初夏になる頃、2人でこっそり栗の花の香りを嗅ぎに、栗の林へ散策に行ったのは、懐かしい思い出だ。

その事もあって、少佐と教官の状況を察した私は、すぐに扉を開けたことを後悔したが、そこでいきなり踵を返してしまうのも抵抗があった。
幸いお2人は、とっさに何事もなかったように振舞い始めたので、気付かぬふりをすることにしたが……私は、必死だった。

目線を上げればボロが出るのは間違いなかったので、無礼を承知でずっとうつむいていた。
最後は神宮司教官の発した、悲鳴のような言葉を、勝手に了解と受け取り、逃げるように去ってしまった……。

──まあ、そのような詳細は置いておく。……つまり、神宮司教官と白銀少佐は男女の仲だということだ。

ならば、数日前までの、少佐による教官への折檻は、おそらく狂言……。

そもそもが、腑に落ちなかったのだ。

我等を嫌いといいながら、教える内容はどれも間違いはなく、密度の濃い充実したもの。──これを榊などは「対外的な言い訳のため」と吐き捨てるが、ただの言い訳ならば、あれほど真摯な指摘をする必要はあるまい。

また、神宮司教官の、白銀少佐に対する目。……あれは、敬愛や思慕、信頼のまなざし。
神宮司軍曹にあれほどの暴力を加えたというのに、あの神宮司教官がそのような目をする、という違和感。
また、神宮司教官がそのような目をする相手が、ただ嫌いというだけで格下の者をいびるような人物、という違和感。

それに“TACネーム”には少々──いや、かなり堪えたが、あの言動が我等の心を鍛えるためだとすればどうだろう。

神宮司教官への折檻だけが引っかかっていたが、あれが、我等をまとめるための、お2人の芝居なら……すべてが繋がるのだ。

結果だけを見ると、我等の結束は白銀少佐に教導される前とは比較にならぬほど強固になり、今では出自の事を揶揄されようが「それがどうした」と考えられるようになっている。──以前であれば、いちいち落ち込んでいたであろう。

この推測が、私の“そうであってほしい”という願望が入っているのは否めぬ。

が、白銀少佐が下衆な人物とすると、様々な矛盾が出てくるのだ。

よって、私は結論を下す。──やはり、あの方は、最初の印象通りの人物なのだ、と。

少佐と教官にそこまでの芝居をさせねばならなかった、我等の不甲斐なさには恥じ入るばかりであるが……この推測は、皆には黙っている事が、白銀少佐のご意志に、わずかでもむくいるための道であろう。

私もそのつもりで、今後もせいぜい少佐を睨ませてもらおう。

だが、あの方は聡い方だ。
私が本心に気付いた事に気取られぬよう、視線は緩めぬように、気をつけねばなるまい。

他の者たちには申し訳ないが、我等が少佐の手を離れたとき、打ち明ければよい……。






──しかし。

少佐が、私の思った通りの人物であることを喜ぶべきであろうに……なぜ私は、心にぽっかり穴が開いたような、寂寥感が湧くのであろうか。

……なぜ私は、教官と少佐が睦み会っているのを思い起こすと、悲しいような気持ちになるのであろうか……。



[4010] 第18話 おっさんの真意
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/09/29 01:06
【第18話 おっさんの真意】

<< 柏木晴子 >>

11月23日 昼 国連軍横浜基地 廊下

「柏木少尉!」
「あ、ピアティフ中尉」

昼食後、自室でゆっくりしようと思った所で、ピアティフ中尉に呼び止められた。
珍しいこともあるものだ。

とりあえず、敬礼──っと。

「あの……、白銀少佐からお聞きしたのだけれど、柏木少尉が調整係だと……」
「ああ、はい。そうですが、何か?」

「そう。……いえ、確認しただけよ」
「そうですか」

「──ところで……」
「はい?」

「柏木少尉は、今何か欲しいものとか、困っていることとか、無いかしら?」

──きた。

調整係の事を聞いてきた時から、こうなるだろうとアタリはついていたけどね。

「えーと、中尉。申し訳ありませんが、『強制でも懐柔でも、スケジュールに口出しする奴がいたら、割合を減らせ』と少佐から命令されておりますので──もちろん、純粋な贈り物であれば、喜んで受け取りますが」
「あ、そう。あはは……うん、聞いてみただけだから。気にしないでね」

明らかに動揺したピアティフ中尉は、そう言って、早足で逃げるように行ってしまった。

──少佐の言った通りか。何でもお見通しね。

白銀少佐の“予言”通り、昨日は訓練の合間に、涼宮中尉と速瀬中尉と茜が便宜を図るようにお願いしてきたけど、さっきピアティフ中尉に向けた言葉を言うと、揃って同じ反応をしていた。
多恵は、私が任命された時に一緒に居たので、今更言ってくるほど抜けてはいないけど……目線で催促してくるのは鬱陶しい。

もう一人、秘密の人物“X”がいるのだけど、この人だけは、間隔を3日以上空けてはいけない、と厳命されている。

その時私は、つい、この人だけ特別扱いか、と思って、寂しげな顔をしてしまったようだ。

白銀少佐はそれを悟り、詳しくは言えないけど、この人は特別な理由があるためで、少佐は気持ちの上で“X”を私たちより上に置いているわけではない、と言ってくれたので、安心はできた。

──特別な理由……少佐に3日相手してもらえないと、寂しくて死ぬ、とか?まさか、ウサギじゃあるまいし……。それに、私だって、時間が空けば寂しいんだけどね。

まあ、普通に予定を組めば3日も空くことなんてまず無いのだけど、突然の出撃で予定が狂うことは十分ありえる。
その時に、この事を忘れず配慮すればいいだろう。

スケジュールを作っていて、他の人の体験談を思い出して、気付いた事がある。

どうも少佐は、私をちょっと乱暴に扱うのが好きなようだ。

少佐がソフトSという事も知っているし、“その時”の大きさで、少佐が普通にするより興奮しているのがわかるから、私も悪い気はしないんだけど……他の人達の話から判断すると、私への“乱暴率”が、ちょっと高めなのが気になった。

もちろん、私がお願いすれば、優しくしてくれるのだけど……どうせなら少佐に喜んで欲しいから、最近では好きにしてもらっている。

私が嫌いだから乱暴に扱っているのではない事は確かだけど、なぜだろうか。
直接聞いても、「たまたまそういう気分だ」と言って、はぐらかされたから、教えてくれる気はないようだし。

──まあ、いっか、別に嫌なわけじゃないし、私に興奮してくれるなら、それはそれで良い事よね。

と、自分に納得させた時、見覚えのある、小さな人影が前を歩いているのに気付いた。

──あれは、社。……確か、今日の昼の予定は、彼女の番ね。今から少佐の所に行くとこか。……同じ『メンバー』だし、挨拶くらいしておこう。

「おーい、やーしろー」
「こんにちは、柏木少尉」
「はい、こんにち……わ……?」

──この子、こんなに綺麗な子だったっけ?

私の声に振り返り、挨拶をしてきた社は、一瞬、別人かと思うほど、前とは印象が違った。
なんというか、前はお人形さんのような感じがしたけど……生気が出たというか……。

そのときなぜか、社がピクリとして、うれしそう──という表現がぴったり来る微笑みを浮かべた。

──くッ!か、かわいい……これじゃ、少佐が一軍扱いするのも、わかる気がするわ……。

しかも、この子の侮れない所は、この可愛い外見だけじゃなくて、お口のテクニックが『メンバー』の中でもナンバーワンな所だ。

少佐が「9番、ピッチャー(先発)、霞」と、よくわからないけど、なんだか凄そうな例えをしていたのが印象深かった。

社は、胸は流石にぺちゃんこだけど、それは時間が解決することだし……この子が成長したら、どう少なく見積もっても、超が付く美人になりそうよね……ちょっと凹むなぁ……。

ちなみに他の面々は忘れたけど、私は「6番、キャッチャー、晴子」と、これまた微妙な表現で、どう反応するべきか、わからなかった。

──っと、貴重な時間を邪魔したら悪いわね。

「じゃね、社。こんど、お口のテクニック教えてね」

別れ際の軽口のつもりだったけど、社は真に受けてしまったのか、

「はい。──では、今から、一緒にいきますか?」

と答え、私を驚かせた。

「え!?い、いやぁ、でも、悪いわよ」
「私は、かまいません。白銀さんなら、絶対よろこびますし」

確かに、少佐からは複数プレイをせがまれていて、A-01の仲間と一緒というのに抵抗があったから、返答を伸ばしていたけど……社なら、面識が少ない分、抵抗が少ないわね……少佐が喜ぶ顔も見たいし……思いきって、行っちゃおうかな?

「んじゃ、お言葉に甘えて──行こっか」
「はい」



…………………………



<< おっさん >>

11月23日 午後 国連軍横浜基地 廊下

晴子は、よく俺を驚かせる。

新潟出撃の夜、俺の部屋を訪ねて来たのもそうだし、調整係に任命した時もそう。

俺の予想以上の、かなりフェアといえる予定表を作った事にも驚いたが、任命した時の交換条件として、少しだけ、自分の割合を増やしていいか、とあらかじめ断って来たのだ。

委員長にしろ、みちるにしろ、こっそり増やしていたのだが……堂々と交換条件として出して来た時は、感心の気持ちが強かった。
晴子はダメ元のつもりで言って来たのだろうが、俺としては、埋もれていた人材を見つけたような喜びがあったので、快くOKしてやった。──もちろん、他の『メンバー』との差が出過ぎないように、と念は押したが。

性格的には、今まで会った女の中では、アイツが一番調整役として向いてるかもしれない。

──そして、今日の昼休み。

社と共に部屋に来て、「お口のお勉強」と称して、返事を渋っていたはずの複数プレイを申し出てくれたのだ。

前と後ろの同時口撃は、さすがの俺も、声に出てしまった。
その事に興奮した2人が、配置を交代しつつ一生懸命奉仕をしてきて、また声に出してしまって……と、恍惚の時間をすごした。

──やはり、複数は良い。“王”になったような気持ちが味わえるからな。

その口撃で何度出したか忘れたが、満足感を貰ったご褒美として、2人並べて後ろから交互に、いつも以上にガンガン突いて、何度もイかせてやったが……ちょっとやりすぎたかもしれない。
午後の職務に影響しなければいいのだが。

晴子はちょっと足がガクガクしていたが……霞は平気そうだ。

晴子は無自覚だろうが、こっちがガンガン責める時は、初めての夜と同じく、耐えるように目と口をギュっと閉じるので、相当興奮してしまうのだ。ソフトSの俺にとっては、あれはたまらん仕草だ。
なお、この事を晴子に言って、意識的にやられてしまっては興ざめなので、アイツには言わないでおくつもりだ。

よって、晴子がお願いしてこない限りは、ちょっと乱暴に扱う事に決めている。

──しかし、俺もいい女を手に入れたものだ。

そこまで考えた所で、隣で歩く霞に声をかけた。
今は、一緒に夕呼との待ち合わせ場所へ向かって、歩いていたところだったのだ。

「霞、さっきはちょっと興奮してしまってやりすぎたが……大丈夫か?」
「はい、平気です。興奮してくれて、嬉しかったです」

霞は小さいのに、こっち方面ではかなりタフだ。鍛えてる晴子でも足にきていたのに……何かコツでもあるのだろうか。

「ところで、どういう風の吹き回しだ?柏木を連れてくるなんて」
「口の使い方を教えて欲しいと、言われました」

確かに口使いそのものも、相当巧みになった霞だが、リーディングで俺のして欲しい所を的確に攻められるからこその、『お口のナンバーワン』だ。
晴子に教えて、大して変わるはずもないはずだが……。

俺の不審を読み取ったらしく、霞は続けた。

「それに、私の事を、綺麗になったと、表情が豊かになったと、“思って”くれました」

なるほど。それで嬉しくなって、感謝の気持ちで、俺との時間を共有したということか。

まあ、俺としても念願の複数プレイを体験できた。
しかも、晴子+霞は、想定したことがなかったからサプライズな組み合わせで、なかなかの連携だったから、俺からも感謝したいくらいだ。

──確か、コイツらをピッチャーとキャッチャーに例えた事があったが……奇しくも、良いバッテリーとなったか。

「だから、俺が言ったろ?お前はどんどん綺麗になってるって。これで、信じたろう」
「──はい」

俺や夕呼、イリーナのように、近しい相手から言われても、それが本心から出ているとはいえ、身内びいきという不安があった。
それが、ほとんど会話したことのない晴子からも同じ印象を持たれたことで、やっと自分の変化を評価する気になったようだ。

「よしよし、それでいい。──さて、到着だ」



<< 香月夕呼 >>

11月23日 午後 国連軍横浜基地 実験室

「副司令、お待たせしました」
「女を待たせるもんじゃないわよ。──こっちよ」

時間ぴったりではあるが、この会話は、まあお約束だ。
部屋の中の、保存用カプセルの1つへ向かう。

「これが、00ユニットのボディよ。アンタの要望を取り入れたバージョンだけど──どうかしら?」

保存溶液に満たされたカプセルの中には、00ユニット──鑑純夏に“なる予定”の裸体が、眠るように横たわっている。

20年前の、BETAのいない“元の”世界の記憶をたぐったのか、白銀は懐かしそうな表情を浮かべ、短く答えた。

「完璧です」

白銀が、00ユニットについて出した要望は2点。

──18才時点の体にすることと、内部の耐久力を上げること。

18才の体というのは、わからなくもない。

BETAに解体された当時の鑑は14才だったから、そのつもりでボディを仕上げていたのだけど、彼女にとって、最も親しい存在の白銀が18才の体なのだ。最愛の幼馴染と同年代でいたいという思いはあるだろう。

それに、“前の”世界と同じ現象が起こるのならば、“別世界の鑑”からの記憶流入により、鑑にとって最も馴染む体は18才時点のものだろう。
そのため、“前の”世界では、体が若すぎるという違和感があったようだ。

耐久力の向上については良く分からない所がある。

“前の”世界での00ユニット停止は、耐久力が“事故”で与えられたダメージを下回ったために起こったらしい。

元々、何かあっては困るので、本人が違和感を感じない程度に耐久力を持たせてはいたが、白銀はその3倍の耐久値を要求してきた。

耐久力を上げる事自体は、難しくはないのだけど、違和感が大きすぎて「自分が人間ではない」という思いが強くなってしまうのが懸念だった。
が、白銀が「純夏は、それくらいでストレスを感じるほど、ヤワなタマじゃないですよ。それに、俺が支えます」とまあ、自信満々だったので、その言葉を信じてみることにした。

その“事故”が少し気になったので聞いてみたところ、どうもハンガーで、落下してきた設備をモロに受けて、内臓パーツが大きな損傷を起こし、その痛みで量子電導脳への負荷が限界値を超えてしまったらしい。

有りえるような、有りえないような、どことなく腑に落ちない内容だったので、念のため、社にリーディングさせて見たけど、白銀の言葉に間違いはないそうなので、一応、納得はした。

──でも、やっぱり、何か引っかかるのよね。

事故自体、今回は気を使うから大丈夫だそうだけど、万一同じような状況になった時のために耐久力を上げておく、というのが白銀のリスク回避策だ。

まあ、その事はいいだろう。
この間、ふと気付いて、いつか聞いてみようと思っていた事を尋ねてみよう。

「この間、ふと思ったんだけどね。アラスカ出張、アンタが行く必要あるの?通信で『弐型よこせ』って指示するんじゃだめなの?」

部屋が暗くてよく分からなかったが、白銀が一瞬、頬をヒクつかせた気がした。

「──まあ、確かにそれでも弐型は来るでしょうが、あちらさんにしてみれば、精魂込めて仕上げた弐型を通信一つで、それも中隊分ごっそり掻っ攫われれば、いい気はしないでしょう。帝国軍の──巌谷中佐でしたか。あの人の心証だって相当悪くなり、それはひいては、帝国軍全体からの反感に繋がります。責任のある立場の者が、礼を尽くして行くのとそうでないのとでは、随分印象が違いますよ」
「そういうことなら、アンタが行くしかないわね。あたしはそんな面倒な所行くつもりはないから」

私は、利用できればそれでいいと思っているため、あまり気にしていなかった帝国軍との協調だけど、白銀はずいぶん気にしているから、その説明も十分納得いくはずなのだけど……なんで引っかかるのかしら?

“前の”事故が気になる事といい、どうも私の体調でも悪いのかもしれない。白銀に夜の相手をさせてから、心身ともに良好なはずなんだけど……。

「でしょうね──で、その出張前に巌谷中佐と面会するのは良いとして……207の任官は、あちらさん、まだ首を縦に振りませんか」
「ええ──相変わらず、返事は『ノー』の一辺倒よ」

アラスカ出張の時期──207訓練部隊の任官後というのは、まりもの為のようなものだ。

精液中──ぷッ!……だめだ、まだ笑いの発作がおさまらない。──あのやっかいな症状を持つまりものため、207の任官後に予定しているアラスカ出張だけど、肝心の207の“背景”が、任官にストップを掛けている。

鎧衣と珠瀬の父親はそうでもないのだけど、榊の父親と御剣家が、特に強硬に反対をしているのだ。

「あちらさんが、連中が大事で、そうするのはわかりますが……肝心の本人達にとってみれば、いい迷惑でしょうにね」
「でしょうね。あの子達も、うすうすは気付いてるんじゃない?」
「間違いなく、気付いているはずです。“前の”世界で、そのあたりは聞きましたから」

──なるほど、それは確かな情報だ。

「それにしても、佐渡島奪還作戦の目処も立たないし、そのせいで00ユニットも起動できないしで、今の所、打つ手がないわね──XM3のトライアルの時期、早めてみる?」
「このまま事態が推移すれば、その手しかないですね」

帝国軍への協力要請は、度々の催促にも『鋭意準備中』との返答だけで、あまり良い傾向ではない上に、00ユニットが乗る予定のXG-70──凄乃皇についても、米国がなかなか良い返事を出さない。

このまま時が過ぎれば、第4計画の凍結が待っているので、その兆候が出る前に、XM3をお披露目する必要がある。

新潟でA-01が派手にやってくれたから、帝国軍からの問い合わせはひっきりなしだから、お披露目自体は成功の可能性が高い──いや、“前の”世界での実績を考えると、間違いなく成功するだろう。

それまでに、何か、大きな動きがあればいいのだけど──、そういえば。

「それで思い出したけど、天元山の不法帰還者への対応は、本当に強制撤去でいいのね?」
「ええ、訓練兵には命令遵守を徹底的に仕込んでいますから、アイツ等を行かせても大丈夫と思いますが……万が一、“また”吹雪を失う事があっては、目も当てられません」

“前の”世界の不法帰還者への対応内容とその結果を聞いて、コイツにも、随分甘っちょろい事を言う時期があったのだなと、驚いたものだ。

──白銀は、コスト意識が異様に高い。

“前の”世界での顛末を聞いたから無理もないが、人命や設備についての無駄は一切許さないという、今の白銀の主義からすれば、1人の老婆の為に、2体の吹雪を損失したという事実は、相当な悔恨となっているようだ。

私としても、戦いが得意なだけの、馬鹿な猪を恋人にするのは願い下げだ。

また、トライアルでは、捕獲したBETAを使って、真相を知れば外道と謗られるのは間違いない事を仕組んでいるが、その計画を知った時も「良い案だと思います」と、眉一つ動かさなかった。──そして、その反応は私の期待通りだった。

その事もあって、やはりコイツは私の隣を張れる男だ、との思いを強くしたものだ。

「じゃあ、トライアルの準備だけは進めておくけど、訓練兵の準備はいいのよね?」
「ええ、どこの部隊のエースにも負けませんよ。A-01に入っても即戦力です」

従来の、総戦技演習から任官までに要する時間にはまだまだ足りないけど、あの子達はすでに実戦で即戦力になれるほどに仕上がっていると、報告は受けている。
まあ、任官ができなくても、実戦想定の訓練は続けられるから、あの連中にはこのまま衛士として白銀に磨かれてもらおう。

しかし、この短期間で仕上げるとは……白銀の力か、XM3の力か。──間違いなく、両方だろうが。

私はマクロの観点でしか見ていなかったから、XM3そのものの効力はさほど重要視していなかったけど、ミクロの改善がマクロに影響することもあるのだと気付かされ、感心させられたものだ。

考えが落ち着いたとき、体が冷えているのに気付いた。ここは、冷房が強めだった。

「冷えてきたわね。おしゃべりの続きは、執務室でやりましょ」



…………………………



11月23日 午後 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

……執務室の扉のロックが解除されていて、点けたままだったはずの、室内の電灯が消えていた。

その事を認識し終わる前に、白銀が、私と社を背後にかばうような位置に飛び出て、いつのまにか手にした銃を、部屋の人影に向けていた。

私を守る背中を頼もしく思い、頬が緩むのと同時に、私は人影の正体に気付いていた。

──こんな真似をするのはアイツね。……毎度、芸が無いこと。

「久しぶりだね、シロガネタケル」
「お久しぶりです。確か──鎧衣さん、でしたっけ?」
「ああ、そうだよ。──だから、その銃をしまってくれないか。また撃たれるのは勘弁して欲しいのだがね」

鎧衣の父親を忘れてるはずもないのに、「でしたっけ?」と言う白銀も役者だが、前回の教訓からか、鎧衣がすでに両手を上げているのには、笑いを誘った。

「──だそうですが、副司令、いかがなさいます?」

白銀は鎧衣の言葉を聞いても、銃と目線をそらさず、私の意向を聞いてきた。
私の顔を立てているのもあるだろうけど──いい性格をしている。

「しまってあげなさい。──礼儀のなってない不審者は、撃たれたほうが良いかもしれないけどね」
「いや、これは手厳しい」

前回と同じ台詞だ。……この男も、何考えているかよくわからないわね。有能なのは間違いないのだけど。

「しかし、香月博士は、ますますお美しくなられましたね。恋でもなさっているのですかな?」
「まあ、当たらずとも遠からずね」

「ほう、それは興味深い。若い愛人と随分お盛んとの噂は本当でしたかな?──ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、社霞……ちゃん?」

鎧衣は、そう言って、白銀をチラリと見たが、当の白銀は表情を微塵も動かさない。
そして、いつのまにか、社は白銀の後ろにぴったりくっついていた。

「想像にまかせるわ」

そう返したとき、白銀が前回のように、気を利かせてきた。

「副司令、俺は席を外しましょうか?」
「いいわ、ここに居なさい。彼も、そんなに長く居ないでしょうし」
「ははは、これはつれないですな」

「そんな事はいいから、さっさと本題に入りなさい」
「XG-70の件ですよ。……ご興味ない?」

さっきもその話をしていたから、興味なくはないけど……。

続けて、鎧衣は米国のXG-70についての状況を説明したが、あの国がいらないはずのガラクタを出し渋っているのは分かりきっていることだ。
つまらない前フリはさっさと切り上げさせよう。

「そろそろ本題に入ったらどう?つまらない話はもうウンザリ」
「おや……つまらなかったですか?」
「ええ、面白くないわ。さっさと本題に入ってちょうだい」

そして、鎧衣は帝国軍の一部に不穏な動きがあり、戦略研究会なる勉強会が結成されてる事。

もし事が起これば、政治的、軍事的空白が出来る可能性があり、オルタネイティヴ計画を秘密裏に誘致した現政権が倒れた場合、国益を最優先する国家や反オルタネイティヴ勢力や、国連内部の別勢力も黙っては居ないだろうという事。

さらに、国益最優先の国の諜報機関が動いているという事を説明した。

……確かに驚きの情報だけど、これが本題じゃないことは確かだろう。
こんなものは、わざわざ鎧衣自らが、出張って説明しなくても済む話なのだから。

「あたしは、本題に入れと言ったのだけど」

私の再三の催促に対する返事はなく、鎧衣は唐突に話題を変えてきた。

「ここ最近、奇妙な命令が何度か発令されてましてね。正規のルートからではない最優先命令が、帝国軍内と国連軍に1度ずつ発令されたんです」

──気付いたか。まあ、その可能性もあるとは思ってはいたけど……。

「1度目は11月10日。帝国陸軍総司令部宛。2度目は昨日の朝、国連の宇宙総軍北米司令部宛でね。穏やかじゃないですな……自軍のHSSTを見張れとは」

どう凌ごうかと、内心対策を練っているこちらにかまわず、鎧衣は続けた。

「しかも、座標まで的確に指示が出されていた。そのポイントで国連軍のHSSTを監視しろと。万が一、不穏な動きを察知した場合は、撃墜も厭わず……とも。ああ、恐ろしい」
「ずいぶん物騒な命令を出したヤツがいたものね」

わざとらしく体を奮わせた鎧衣に、惚けるように合いの手を入れてやった。

「おかげでエドワーズは一時、大混乱に陥ったらしいですなぁ……メンツが大事なお国柄……そりゃぁ、ガラクタでも出し渋りたくなるでしょうよ。昨日の件、何かの予防措置のような気がするんですがねぇ……いったい何が起ころうとしていたんです?」

ここまで言うのであれば、相当裏が取れているのだろうけど、──真相は明かせない。
明かしたとしても、信じるわけがないし……白銀という重要な駒を失う可能性を作るわけにもいかない。

「……まるで、あたしが関係しているみたいな言い方ね?」
「……香月博士の外に、そんな真似が出来る者は……そういないでしょう?」

「よしてちょうだい。いくらあたしでも、何もかも予測できるワケじゃないわ」
「ほう……では先日のBETA上陸の際……彼らの動きを正確に予想し的確な部隊の増強を指示できたのはなぜです?」

「さあ?指示した人間に聞いてよ」
「神の御業か悪魔の力か……そのどちらかでも、手にされたのですかな?初めは社霞かと疑ったが……死んだはずの男がここにいる。もしかしたら、君が関係しているのかな?シロガネタケル」



「──もしそうだとしたら、どうします?」



ここで、今まで沈黙を守っていた白銀が口を開いた。この状況を楽しんでいるふうにも見える。
この鎧衣もそうだけど……動じない奴らね。

「さて、どうしたものかな?おとなしく尋問されてくれるような男じゃないだろう?」
「そりゃあもちろん。──ですが、ひとつだけ忠告しておきますよ」

「ほう、何かね?」
「真相を知った所で、意味はありません」

「なぜそう言いきれるのかな?」
「これは俺の“予想”にすぎませんが、“たまたま”狙い済ましたかのように事態が推移したような“偶然”は、今後発生しないと“思います”。よって、真相を知った所で、今後、何かに役立つわけじゃない。好奇心が満足するだけの事を調べるより、他の事に注力なさったほうがよろしいかと愚考しますよ」

なるほど、こう惚ける気ね。……ならば、私も白銀に合わせますか。

「白銀の言う通りよ。仕事熱心なのは結構だけど……少し脇道に逸れすぎじゃない?あなたにお願いしたのは、仲介と調停だったはずだけど?」

「おっと、これは失礼……なにぶん飼い主想いなもので」
「どうしても知りたいなら、人に聞く前に自分で調べたらどう?それが仕事でしょう?」
「これは耳が痛い……ではご忠告に従って、自力でひと調べしていきますか」

潮時と思い、ピアティフに通信を入れる。

「──あたしだけど……鎧衣課長がお帰りよ。エントランスまで送って差し上げなさい」
「やれやれ……本当に嫌われたものですな。では、この辺で失礼するとしましょう」

そこで白銀が、鎧衣に声をかけた。

「鎧衣さん。娘さんには、会っていかないので?」
「……そうだ、忘れていた。かの娘の動向を探る名目でやってきたのでした」
「……どっちの?」

忘れていたなどと、どこまでも惚ける男だ。
娘とは、御剣冥夜か、鎧衣美琴か。おそらく前者だろうが……。

「この場合、どちらが面白いと思いますか?」
「……さあね」

そんなもの、私の知ったことじゃない。鬱陶しい男だ。

「では、さらばだ。またの機会に会おう、シロガネタケル。──それと、これはお土産だよ」

そう言って鎧衣が置いていったのは……手のひらサイズの、真鍮製のモアイ像か──くだらない。

「白銀、これ、処分しといて」
「じゃあ、俺がいただいておきますよ」

なんだか、むしゃくしゃする。
ああいう腹の探り合いは、ストレスが溜まる。特に、今回はこちらが不利な状況だったから、なおさらだ。

──こういうときは、コイツしかない。

「社、今日の仕事は終わりにするから、休みなさい。──白銀、夜まで相手しなさい」
「はい」「了解」



…………………………



<< おっさん >>

11月23日 夕方 国連軍横浜基地 香月夕呼自室

スッキリしたような顔で失神した全裸の夕呼に、シーツをかけてやる。

いつもながら、“本気”で相手した後の夕呼は、『レイプ被害者、1名』としか表現できない有様だ。
まったく、夕呼には思い入れが強いとはいえ、我ながらよくこれだけの量を発射できるものだ。

──しかし、今日は驚かされっぱなしの一日だった。

昼間の晴子といい、純夏のボディの前でアラスカ行きの必要性を問われたときといい、鎧衣のおっさんが現れたことといい、夕呼が珍しく仕事を切り上げて、行為に走ったことといい……。

アラスカ行きを問われた時は、正直、やばかった。

咄嗟に、もっともらしい言い訳が出せたが、部屋が暗くて顔がひきつったのを悟られなかったのは、僥倖というしかない。
たしかにああいう突っ込みは考慮しておいてしかるべきことだ。俺もうかつな事だ……。

鎧衣のおっさんの突っ込みはそれなりに鋭かったが、夕呼が指令を出したことは突き止められても、なぜ予想ができたか、までは、神でもない身には不可能だろう。
あまり嗅ぎ回られても鬱陶しいが、あれで、もしかしたら調査の手はゆるむかもしれない、と思うのは、あのおっさんを侮りすぎかな?

しかし、あのおっさんが来てくれたおかげで、夕呼が「なんでもしていいから、スッキリさせなさい」と、半ばヤケ気味にやらせてくれたのだ。



──それに、このモアイも、あのおっさんには感謝しなきゃな……。

俺の手の上にはしっとり濡れたモアイ像があった。

このモアイ……何に使ったかは説明するまでもないだろうが……ちょうどいいサイズと形状だったのだ。
神の啓示のように、夕呼に「なんでもしていい」と言われたので、早速試しに使ってみた。

ゴツゴツはしていても尖っていないから痛くないし、この鼻の部分がスポットにひっかかって、どえらい効果をもたらした。

──このモアイ……凄ぇよ。マジで使える……!

と、若い頃の口調で感心してしまった。

アラスカでは電動式バイブ『撃震』を購入予定だったが、形状だけであれを凌ぐ効果とは……鎧衣のおっさんの慧眼、おそるべし。

さっそく、俺が来るのを部屋で待っているはずの水月にも使ってあげよう。きっと喜ぶに違いない。

「水月、まってろよー。今、新境地を味わわせてやるからな……ククク……」

俺は、モアイ像をもてあそびながら、水月の部屋へと、スキップしながら向かった。



[4010] 第19話 苦肉のおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/01 01:06
【第19話 苦肉のおっさん】

<< 鎧衣美琴 >>

12月3日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

「──マオ!こら、カマオ!聞いてるのか!」
「は、はい!」

気付けば、いつもの、白銀少佐の怒声が響いていた。

──まずい……いつの間にか、考え事に夢中になっちゃったみたいだ。

「上官の講義中に考え事とは、偉くなったものだな!」
「も、申し訳ありません!」

「さすがに兵役免除資格を持つお方は、少佐ごときの話では聞く気にもならんと見える。男のまたぐらの事でも考えてたか?」

──たしかに、少佐の講義中に考え事をしてたボクが悪いけど……いつも以上にネチネチしてくる。

ボクの睨みも、相変わらず全く気にした様子もなく、少佐は壇上から降りてきてボクに近づき、いつも以上に絡んできた。

──イライラする……。

もう慣れたはずなのに、ニヤニヤしながら発せられる少佐の言葉が、ボクの心を少しずつえぐっていく。

そして、最後に何を言われたかよく覚えていないけど、──その言葉を聞いたとき……ボクの中で何かが切れた。



「うわあああああ!」



ボクは、少佐に殴りかかり、少佐の顔面を殴りつけていた。

──という説明は後からみんなから教えて貰って、知った。その時は無我夢中だった。

少佐に打撃を与えた直後、視界が回転し、背中に衝撃を感じる。

一瞬、息が詰まった所で、ボクは正気に戻った。

見上げると、倒れたボクの襟を掴んでいる少佐が目に入った。
どうやら殴った直後、投げ技で床に叩き付けられたようだけど──とてもキレの良い投げだったと、これも後から教わった。

そして、……少佐の口の端には、血が滲んでいた。

自分が何をしでかしたかを理解して──『殺される』と、そう思った。

でも、少佐は面白そうに笑みを浮かべて、口の端を舌でひと舐めした後、

「体格の割には、腰の入ったなかなかの打撃だ。だが、その後がお粗末すぎるな」

そう言って、ボクの襟を放し……何事も無かったように、壇上へ戻り、講義を再開した。

「説明に戻るぞ。先ほども言ったように、貴様等もまあまあ動けるようにはなった。だが、戦場では射撃、格闘、戦闘指揮……目に見えて華々しいこれらの要素の他にも、S11の設置、武器弾薬の補給など、精密さを要求される行動も同じように重要だ。特に、ハイヴ内では工作系の技術の有無で、部隊の命運が分けられる事も珍しくはない。目立つ事ばかりに気を取られず、そのあたりも心しておけ!」
「はい!」×4

ボクは、まだ呆けていて、返事をしそこなった。

「その辺の技術は、カマオが得意としているだろう。お互いの得意分野は共有し合っておけよ」
「はい!」×4

「では、これで解散とする」
「敬礼!」

千鶴さんの号令による敬礼は、ボクも何とか合わせることができた。



…………………………



白銀少佐と神宮司教官が退出した直後、壬姫さん、千鶴さん、慧さんが話しかけてきた。

「鎧衣さん!どうしたんですか、いったい」
「少佐に殴りかかるなんて……血の気が引いたわよ!」
「鎧衣……やるね」

「あはは、いやー、なんだか、キレちゃったみたい……だね」

ばつが悪くなったボクは、誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

「銃殺されてもおかしくなかったわよ?……どういう風の吹き回しかしらね」
「あの人に出来ることは、嫌味と暴力くらいなんですよ。“政治的圧力”が怖いから銃殺なんてできませんよ」

千鶴さんの言葉には冷や汗が出たけど、その言葉には、壬姫さんが、最近よく見るようになった憮然とした表情で答えた。

──でも、少佐にとっては、これ幸いと懲罰を加えるチャンスだったのに……ボクは投げられただけだった。

「しかし鎧衣よ。確かにいつも以上に少佐は嫌味を言っておられたが、何度も言われた事ばかりではないか。それがあのような暴挙に出るなど……何か悩みでもあったのではないか?」

冥夜さんに言われて、ドキリとした。
言葉にしようかどうか、迷ったけど……ボクらは生死を共にする『仲間』だ。思い切って打ち明けてみよう。

「実は、最近ね。……ちょっと劣等感感じちゃっててさ。千鶴さんは戦闘指揮、冥夜さんと慧さんは近接、壬姫さんは狙撃。それぞれ、凄い長所があるけど、ボクの得意分野って、戦術機では活かせてなくて……」
「最近、たまに考え込んでいたのは、そのせいだったんですか……」

壬姫さんには、バレていた。
……他のみんなも頷いているから、全員に気付かれていたみたいだ。

「しかし、少佐も仰っていたではないか。そなたは精密作業に関しては群を抜いておる。我等のような特性がなくとも、気に病む事はあるまい」
「そうよ。それに、戦闘技術だけでいえば、私と大差ないじゃない」
「そうですよ!鎧衣さんには鎧衣さんのいい所があります」
「鎧衣……気にしない」

4人に言われて、心のモヤが払われたように感じた。

「そうだね。みんな、ありがとう……スッキリしたよ!」

ボクは、4人に感謝で返した。

──もっと早く、打ち明ければ良かったなあ……。

この時、ボクは無意識に、考えるのを避けていたのだろう。

本当は、白銀少佐の言葉を聞いたとき、ボクの劣等感は消えていた、という事を。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

12月3日 夜 国連軍横浜基地 グラウンド

就寝前、日課としている夜の走り込みをしながら、私は今日の訓練内容の事を考えていた。

──やはり、白銀少佐は、我等の事を大事に考えておられる。

あの方は、我等が気付かなかった鎧衣の悩みを正確に把握していた。

乱暴なやり方ではあったが、助言を得た鎧衣は、肩の力が抜けたようだった。
その感謝は、少佐ではなく我等に向かっていたが、誰もそれを不審に思っていないようだ。

鎧衣からの打撃も、わざと受けていた。
なにしろ少佐は、鎧衣の拳を当たる直前まで“見て”いたのだから、それは間違いない。

──しかし、少佐も大変だ。あのように振舞わねば、いちいち助言もできぬとは。

少佐が言葉通り『苦肉の策』を取った心境を思うと、苦笑が出る。

ああして殴らせた事で、鎧衣の気も少しは晴れたであろうし、その事実が強烈すぎで、“少佐が助言した”という事にはあまり目を向けられてはいない。

10日ほど前、少佐の真意を確信して以来、どれだけ細部に渡って少佐が我々の事を気遣っているのかが、よくわかった。
大事な助言を行なう時は、ああして強めの“いじめ”と同時にする。──今回は、これまで以上に強かったが。

そして、負けん気の強い面々の207小隊は、全員、なにくそと思い、同じ指摘はされないように奮起する。

そういった配慮に気付くたび、私は睨む視線が緩んでしまうのを、多大な労を持って防がねばならなかった。

それとは別に、神宮司教官の、少佐を見る“あの”まなざしを見るたび……心が冷えるのが分かった。

なぜ、そう思うのか最初はわからなかったが……いや、意識的にそう考えるのを避けていたのであろう。



──私は、白銀少佐に懸想している。



私は自らの本心に気付いたとき、絶望を感じた。

神宮司教官という、女性としても素晴らしい相手がいる男性に、想いを寄せるなど……。

諦めるべき想いであるとは理性で理解はしているが、自分の心には嘘をつけぬ。
それどころか、日々高まって行くその想いは、私を戸惑わせるばかりだった。

──どうしたものか……時間が解決するのであろうか。



…………………………



迷いながらも走り続けていたその時、グラウンドの端にある物資用の物置から、かすかに女性の悲鳴が聞こえた気がした。

──気のせい?……いや、何かあっては一大事だ。

足音を消し、物置に近づくと……やはり、聞こえる。何かを叩きつけているような音が、絶えず響いている。

私は警戒心を最大にし、気配を消して、物置からゆっくり顔を覗かせ…………愕然とした。






少佐が、壁に両手をついた女性──明らかに神宮司教官とは違う──を、背後からのしかかるように……腰を叩きつけていた。
ふたりとも、下半身には何も纏っておらず……何をしているかは一目瞭然だった。

あまりの事実に、私は全身が麻痺したように、……まばたきすらできなかった。

時折、女性が小声で発する「嫌ぁ……」「孝之くん、助けて……」という言葉。

それに対する白銀少佐の「感じてるくせに、この変態女」「死んだ男に助けを呼んでも無駄だ」などの下品な言葉。

たまに見せる、女性の臀部への平手や、髪を強引に引っ張り、繋がったまま後ろを向かせて口に乱暴に吸い付く行為。

──その他諸々を一部始終見せつけられた。

女性が乱暴に扱われ、助けを求めていたというのに……止めるべきだというのに……私は、動けなかった。

そして、少佐がうめき声を上げ、ふたりの動作が止まり……少佐が満足気なため息をついた時……私はようやく動く事ができた。

「何をなさっているのです!!」

「う、うわっ!」
「だ、誰!?」

白銀少佐と女性は、心底驚愕したような声を発し、繋がったままこちらを見た。

「め……オチムシャ?」

少佐は、すぐにこちらを認識したようだ。

「これは……明らかな強姦ですぞ!少佐ともあろう方が……なぜ……!」

詰問してるうち、足が震え出し、涙が滲み出すのを感じた。
それを、拳をこれ以上無いというほど強く握りしめて、耐える。

──私は、このような下衆に想いを……!なんという愚か者なのだ、私は……!

「あー、いや、これはだな……」
「誤解よ。えっと……オチムシャ、さん?」

返答に迷ったふうの少佐の代わりに、女性が答えた。その落ち着いた様子に、私は少し気を抜かれた。

「まずは、落ち着いて話をしましょう……少し向こうを向いていてくれるかな?」

女性がそう言った後、ふたりはようやく離れ──私は堂々と下半身をあらわにした、少佐の……濡れたアレを、直視してしまい、慌てて回れ右をした。

──少しは隠すそぶりをしてくれれば良いものを……しかし、少佐が手にしていたものは……モアイ像?



…………………………



(数分後)

「──では、おふたりの合意の上、という事に間違いはありませぬか」
「そうだ」「ええ、そうよ」

私は、どのような表情をしていたのであろう。
顔が赤くなっているのは確かだろうが、このふたりが、その……。

『たまには外というのも新鮮かも』→『どうせなら面白いシチュエーションで』→『レイプごっこが場所に合ってて良いかも」

という飛躍理論で、あのような行為をしていたと聞き(しかも発案は女性の方だという)、情けない気持ちになった。

「ならば、私から言う事はありませぬ。……お邪魔をして申し訳ありませんでした」

──本当は言いたい事は山ほどあった。

特に、神宮司教官との事を詰問したかったが……それを聞いてしまうと、“あの”日、私が行為に気付いていた事を知らさねばならなくなるので、それはできなかった。

「いや、俺たちがうかつだった。貴様の行動は正当なものだ。詫びるのはこちらの方だ。すまなかったな」
「ごめんなさいね、オチムシャ訓練兵」

「いえ、謝罪には及びません。では、失礼します」

白銀少佐と、中尉の階級章を付けた女性に敬礼し、私はその場所を後にした。

──中尉の呼び方は気になったが……私は名乗っていないし、悪気は無さそうなので指摘はしなかった。



…………………………



拍子抜けしてしまった私は、鍛錬を切り上げて、自室に戻る事にした。
グラウンドを歩いていると、赤い人影が近くまで来ていることに気付いた。

「冥夜様、何かございましたか?」

私が、一周走るのに時間をかけたのを不審に思ったのであろう。
月詠と神代、戎、巴が心配気な顔をしていた。

まだ、物置の影には白銀少佐とあの中尉がいるはずだが、おそらく我等が消えてから、戻るつもりであろう。
それとも、また続きをやるのであろうか。……いや、まさか、それはあるまい。

「いや……そこの物陰で、一組の男女が逢引をしておった。邪魔をしてしまったから、それ以上、触れるでない」
「はっ」

月詠の安心した表情を確認し、宿舎へと向かった。

──しかし、神宮司教官という方がありながら、あの優し気な女性と関係を持つとは……教官は、この事をご存知なのであろうか。

複数の女性と付き合っていて、女性の方がそれを納得するという状況など、寡聞にして知らぬ。
おそらく、神宮司教官には黙って、あの中尉と関係を持ち……あの中尉も、神宮司教官の事はご存知無いであろう。

軍人としては、尊敬の対象である白銀少佐。だが、男女関係においては、……不実なお人のようだ。

同じく尊敬する神宮司教官が、恋人に騙されている。しかし、それを私が報告するのは……僭越であろう。
私の倫理観からすれば許せない事であり、教官に黙っている事に申し訳ない気持ちもあるが、このような色恋沙汰は、私が出る幕ではなかろう。

此度の事は衝撃的ではあったが、だからと言って軍人としての白銀少佐の評価に影響する事はない。
だが、男性としてみた場合の白銀少佐は……どうであろうか。

あの方が複数の女性と付き合えるならば、私も…………なッ……!私は今、何を考えていた……!?

「冥夜様、どうかなさいましたか?」
「な、なんでもない!戻るぞ!」
「は、はぁ……」

一瞬沸いた想いと、私の表情の急変が気になった月詠から逃げるように、私は部屋へと急いだ。



…………………………



<< おっさん >>

「驚いたな……人が近付いているのに気付かないとは……すまなかったな、遙」
「いえ、私もちょっと……夢中になっていましたから」

冥夜だと知ったときは、つい名前で呼びそうになった。

青姦は結構興奮するので好きなシチュエーションだが、部屋よりも格段に見られるリスクが高いから、あまり頻繁にはしなかったのだが……久々にやった時に限ってこれとは、俺もついていない。

「しかしお前、鳴海少尉の名前を呼ぶとは思わなかったぞ」
「えへへ、その方が“役”に入り込めそうだったから……でも、大きくなってましたから、興奮したでしょう?」
「あー……まあな」

鳴海少尉に悪い気はしたが、興奮したのは確かだ。
彼の事は、遙の中で区切りは付いているようだが、あの最中に名前を呼べるなど、遙の中でどう整理しているのかは、俺には理解不能だ。

そして、遙が思い出したように話かけてきた。

「あ、そうだ、麻倉少尉と高原少尉のこと、聞いてますか?」
「──ん?ああ、今日、本人達から直接告白されたぞ。思い切った事を考えたもんだ──確か予定は……明後日だな」

今日、遙の部屋に行こうとしていた時、麻倉と高原が部屋を訪ねて来た。

曰く──ふたり一緒に相手をしてほしい、と。

その時俺は、つくづくA-01の連中は俺を驚かせるものだと思ったものだ。

感心な事に、晴子にはすでに手回しをして、時間調整を手配済みらしい。
俺も、処女ふたりの同時開通は経験がなかったから、期待感が高い。

もっとも、ふたりとも『水月・茜コース』を希望していたから、俺の性欲が満たされることはないだろうが、初めてのパターンは新鮮味があり、精神的には満足できるだろう。

複数プレイ自体は、最近では珍しくない。
霞と晴子の同時プレイを聞きつけたのか、『メンバー』全員が次々と良い返事を返してきて、最近では短時間の小休憩以外では、今日の遙のような単独プレイの方が少ないくらいだ。

なぜ流行りだしたかというと、俺の反応が良いというのもあるだろうが、スケジュール上、同時にすれば一緒にいられる時間も2倍になる、というところに着目したようだ。

同時プレイは、3人ではまだそれほどこなしていないが、2人では、大方の組み合わせは経験済みだ。
2人の組み合わせで、まだこなしていないのは、茜+遙と、まりも+イリーナ以外、というところか。

茜は“前の”世界と同じく、実の姉とは抵抗があるようだが、それをどう崩すのかを楽しんでいる。

まりもとの関係は、まだ機密に抵触するし、サプライズとして用意してあるから、イリーナとだけ組ませたが……あのふたり、お互いの性癖を『異常よ!』と言い合ったのが笑えた。
その言い合いは、なぜこの良さがわからないのか、という討論にまでなり、本格化する前に押し倒して、うやむやにしたが……あれは、放っておけば殴り合いまでになったかもしれない。

夕呼は『メンバー』でないので組み合わせ対象外だが「まりもとなら面白いかも」と、興味を示している。
まりもの方は抵抗がありそうだが、夕呼には『禁断症状』という切り札を与えてしまっているから、夕呼がその気になれば断る事はできないだろう。

──教えてはいけない相手に、教えてはいけない情報を与えてしまったかもしれない。

心に冷や汗をかいたとき、遙がルーキー2名の話を続けた。

「あのふたり、昨日やっと風間少尉に相談して、叱られたらしいですよ?」
「へえ、どうやって?」

「何でもっとはやく言わないのか、ですって。逆に風間少尉が落ち込んだので、大変でした」
「まあ、自分に気を使われて躊躇されたんじゃ、風間の性格ならそうなるだろうな」

麻倉、高原からは、前から好意の視線を感じていたが、どうもふんぎりがつかない様子だった。
その理由は、茜経由で聞いたが、俺としては動くつもりはなかった。

他の『メンバー』の面子に気後れしていたという理由については、あのふたりの容姿は十分に美少女の範疇だから、全く問題ではなかった。
その理由を聞いたときは「そんな事気にしてるなら、さっさと口説いてやろう」とおかしく思ったものだ。

だが、疎外感を感じているらしき風間達に気を使っている、という理由では、手を出しにくい。

風間を含めて全員、さっさと落とせば済む話ではあるが、俺は他の男に想いを寄せている相手は、よほどの理由が無い限り、自分から手を出す事はしない。
まあ、その匙加減は、俺のその時の気持ち次第ではあるのだが、風間を落としてしまうと、みちると宗像がますます肩身が狭くなるだろうから、どうしたものか迷っていたのだ。

やや足りなくはあるが、現『メンバー』でも十分ローテーションが回せているので、それほど必要性を感じなかったのもあり、これまで放置しているうちに、麻倉と高原の方から動いた、という訳だ。

「あのふたりは、ずいぶん期待していましたから、優しくしてあげてくださいね」
「ああ、そのつもりだ」

その時、遙が何かに気付き、



「──あ、武さん、『左近』が落ちてますよ」



と言って、しゃがみ込んだ。

「おっと、着替えた時に落としてしまったか」

そういって、遙から手渡されたモアイ像──『左近』についた砂を払った。

当初はこれをモアイ、モアイと呼んではいたが、多恵が「せっかくだから、お名前つけてあげましょう」と言い出したので、贈り主をリスペクトする意味を込めて、俺が『左近』と名付けたのだ。

以来、『メンバー』全員からも、このモアイは『左近』として親しまれてはいる。
最初は「左近をもっと動かしてください!」とか言われると、少しげんなりさせられたが、最近では慣れたもので、気にならなくなった。

鎧衣のおっさんを名前で呼ぶ事などないだろうから、俺たちにとっての『左近』はこのモアイだ。
夕呼だけは、その呼び方を嫌ってはいるが……まあ、彼女からしてみれば当然かもしれない。

砂を払い終わり、俺が『左近』を胸ポケットにしまうと、

「では、そろそろ続きをしましょう」

と、当たり前のように遙は言った。

──やはり、こいつは貪欲だ。

“前の”世界では遙の思い通りになっていた気がしたので、これまで様子を窺っていたのだが……コイツは腹黒いのではなく、単なる“天然”だということが判明した。

性に対して貪欲なくせに、それをあまり表に出さないから、俺も妙に操作されている感があったのだが、気付いてしまえば可愛いものだ。

「ああ、いいぞ。俺も1回程度じゃ、不完全燃焼もいい所だしな」

そして、先ほどの出来事を教訓とし、今度は周囲の気配に気をつけながら、満足するまで行為を続けた。



[4010] 第20話 おっさんへの反乱
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/03 02:35
【第20話 おっさんへの反乱】

<< 白銀武 >>

12月4日 昼 国連軍横浜基地 PX

「ここ、座らせてもらうぞ」

207小隊の連中が、全員昼食を終えたのを見計らって、合成サバ味噌定食を持って近付いた。

「け、敬礼!」

顔を硬直させ、起立して敬礼をする5人に、盆を片手に持ち直し、答礼を返す。

「着席して楽にしろ。今は昼休みだ」

言うと同時に、“前の”世界での、俺の指定席に座る。

──この席も、久しぶりだな……。

20年ぶりに座るPXの席と、そこから見る207訓練部隊の眺めは、やはり懐かしかった。

その面々は、予想通り、反応に迷っているようだが、それにかまわず、飯を頬張りながら、話をする。

「全員、なぜ来たのか、という顔をしてるな」

図星を当てられて、さらに戸惑う5人。

「いい機会だから確認しておこうと思ってな。テレビを見てみろ」

といって、親指でテレビの方向を指し示す。
丁度、不法帰還者のニュースをやっていた。もちろん、この時間に広報の報道があるのは確認済みだ。

「帝国陸軍災害派遣部隊による不法帰還者の救出作戦で、14名全員を無事に保護──ゲジマユ、この報道をどう思う?」

「は、はい。……無事に保護とはいうものの……今の帝国軍に、人道的な救助活動をする余裕はないかと。また、噴火警報も出ていないのに未明に救助作戦が行なわれたことから……寝しなを急襲して、拉致したものと推測します」

「妥当な考えだ。オチムシャ、不満がありそうな顔だな。言ってみろ。──ああ、今は休憩中だから反論も許可する。各自、思うところがあれば忌憚のない意見を言ってよろしい」

俺の投げた餌に飛びつくように、冥夜が口を開いた。

「申し上げます。彼らは、元々その地に住んでいた者達です。軍の行いは、非道というべきでしょう」
「では、不法帰還者たちは、命を失ってもいいと?」

「助ける事自体は私も賛同です。ですが、強制退去はあくまで政府や軍の都合を優先した結果に過ぎませぬ」
「では、貴様はどうすれば良かったと思う?」

「リスクを承知で戻ったのです。避難するかしないかの選択は、彼らにゆだねるべきでありましょう」
「救助に向かった兵士の命も、危険に晒されるが?」

「帝国軍人は国民の生命財産を守るために在ります。そのために危険を冒すのは当然かと」
「帝国軍人も、その多くは徴兵された国民だが、そうひとくくりにするのはひどくないか?」

「……いえ、私が言いたいのは、誰もが国のためと言いながら、力なき者に負担を強い、力ある者が力の使いどころを弁えていないという事です!」

──だんだん熱くなってきたな。そろそろ、本題に入ろうか。

「ひとつ、教えてやる。不法帰還者の強制退去を提案したのは、この俺だ」

さすがにこの事は想像もしてなかっただろう。5人は息を飲んだ。

「なッ!……ならば、少佐は、民に犠牲を強いてでも──」
「まあ待て。本音を言えば、俺も貴様の方針に賛成で、死にたがりを無理して助ける必要はないと考えている。だが、国民の生命財産の保護は条文に謳われていることだから、議会が退去すべしと結論付けたのもわかる」

「……ならば、なにゆえの強制退去でしょうか」

「議会は退去の方針を取った。そういう前提であれば、俺は最もリスクとコストが低い方法で事に当たるべきと考えた。よって、迅速な退去を優先するよう提案し、それが採用された」
「それでは、少佐にとって、帰還者たちの意思は考慮に値しないということですか!」

俺はその問いには答えず、話題を変えた。

「……帰還者のひとりに、ある老婆がいる。夫も息子もBETAとの戦いで失い、天涯孤独の身だ。……オチムシャ、これをどう思う?」
「……痛ましいことだと思います。なればこそ、そのような方に、これ以上の負担は強いるべきではありません!」

「だが、その婆さんのような境遇など、このご時世、掃いて捨てるほどいるぞ。俺の知っている最も悲惨な例だと、最愛の幼馴染を目の前でBETAにバラバラにされたあげく、自らもじっくり念入りに、隅々まで解体された、という14才の女の子がいる。もちろん、その家族も同様の運命だ。命があるだけ、婆さんは幸せと思わないか?」

もちろん、純夏の事だが……こういう表現をすると、アイツ、本当に悲惨な人生を歩んだんだな……。

「たっ……たしかにその子は、悲運と言わざるを得ません……。ですが、それは比較すべきものではないでしょう」

純夏の悲惨さに一瞬怯んだ冥夜だったが、すぐに反論した。さすがに頭の回転は速い。

「そうだな。俺も、他人の不幸の度合を比較するのはおこがましいと思う。……なら、老婆の境遇に同情して、他の要素より優先するというのも、同様におこがましい事だとは思わないか?」
「それは、極論というものです!」

前ふりはこんなものでいいだろう。これからが俺が確認したいことだ。
……これまでの反応から見ると、だいたい想像はつくから、少し陰鬱になるが……。

「ならば、もし貴様があそこに派遣され、住民を退去させよとの命令を受けた場合、どうする?」
「説得はします。ですが、無理強いはできかねます」

「強制的な退去を命令されてもか?」
「……左様です」

「その結果、噴火によって吹雪を失う事になる場合も考えられる。それでもか?」
「…………左様です」



思わず、ため息が出た。

……予想通りではあっても、やはり失望は禁じえない。

「そうか…………反論を許可したのだから、貴様の結論については何も言わん」

冥夜は叱責されると思ったのだろうか、少し拍子抜けしたように見える。

「俺の考えでは、吹雪1機と貴様と老婆の感傷……到底釣り合うものではない。貴様と同じく、何と言われようと、その考えは変わらん。それでもなお、貴様の理想を押し通したいのであれば……俺より偉くなることだ。貴様にはそのツテがあるだろう?」

その言葉に、冥夜は口を引き締めた。

「……いえ、私は──」
「最後に言っておく。実際に俺の命令に反抗する時は──銃殺覚悟でやれ。それは他の4名も同様だ」

そう言って、全員と順番に目を合わせる。……たまが、ピクリとした。

──コイツ、俺が銃殺まではすまいとでも思っていたのか?……舐められたものだ。

「俺の引き金は、貴様等の“背景”から圧力がかかるよりも速く引けるということを、心に刻んでおけ」

返事と敬礼を待たず、俺は食器をもってその場を立ち去った。



…………………………



言い過ぎたか……いや、あれでも言いたい事の半分以下だ。

冥夜のそれは、理想論だ。原則論と現実と正論で交えれば、論破する事など、たやすい。
だが、それをした所でアイツが持論を変えるほど“やわらかく”ない事も、良く知っている。



──俺は、冥夜に期待しすぎたのかもしれない。



“前の”世界での出来事から、冥夜があのような主張を持っていることは明白だった。

だからこそ、『人命もコストの一つ』という軍の考えや、命令の重さをとことん叩き込んだつもりだったが……実戦を知らない者に、そして、悲惨な戦況を目の当たりにしていない者に、コストについて、真の意味で理解させるのは不可能な事なのかもしれない。……もっとも、夕呼のようなリアリストは別だが。

俺とて、18の頃は、冥夜以上に甘い所があったのだから、偉そうなことは言えない。
今の俺の思考が、“前の”世界でさんざん、悲惨な実戦を得たゆえのものだということも分かっている。

──それでも……もしかしたら、アイツ等ならば、と……。

吹雪の価値にしてもそうだ。

“前の”世界では営倉入り8日“程度”で済んだが、あれが冥夜でなければ。
また、俺が“夕呼先生”にとっての貴重なサンプルでなければ、2人揃って銃殺モノだっただろう。

いや、それ自体はいい。あの時は俺も納得していたし、甘いなりの覚悟もあった。

だが、“前の”世界で、「今、この時にあの吹雪があれば──」と、何度も思った事を考えると、あの2体の吹雪の潰し方は、痛恨の記憶だ。

BETAとの戦いで、アイツ等の気持ちが揺れることはないだろうが、情勢は“前の”世界とは大きく違っている。
この間、鎧衣課長が言っていたように、きな臭い動きも活発になっているようだから、人に銃を向けなければいけない場合もあるかもしれない。

──万が一の時は、恐怖で縛るしかないかもしれないな。

銃殺をちらつかせて従わせるなど、下策もいいところだが……それで躊躇われて死ぬような状況であれば、手段は選べない。
アイツ等が、ある程度俺の思考に同調してくれれば、そんな事も起きないだろうが、現段階で、冥夜にその事を認識させる事には失敗したわけで。

もし、それでもアイツ等が致命的な事をしでかした場合。

“政治的圧力”があるうちは、それを理由に言い訳はできるが……それがなくなった時、俺は、アイツ等を殺さなければならないだろう。

──頼むから、そんな事させないでくれよ……。

自分の思考がどんどん沈んで行くのがわかった。

―─いかん、気持ちを切り替えなければ。

だいたい、今時点、そんな状況が迫っているわけでもないのだ。

午後の訓練に影響しないように、気をつけるとしよう。



…………………………



<< 彩峰慧 >>

12月4日 夕方 国連軍横浜基地 屋上

──いた。

白銀少佐が席を立った後、沈んだ様子の御剣は、珠瀬たちの「あんな人の言うことは気にするな」という趣旨の励ましに、作り笑いで返していた。

午後の訓練の白銀少佐は、昼の事がなかったように、完全にいつも通りだった。

何も言われなかったことで、よけいに考え込んだ御剣は、夕食後、少しひとりにしてほしい、と言って、席を離れた。

私は、確かめたいことと、言いたいことがあったので、屋上へ向かった御剣の後を追った。

「彩峰か……」

ひとりになりたかったのを邪魔したのは悪いと思ったけど、御剣は私をちらりと見ただけで拒絶せず、町の方を向いたまま、ぽつりと漏らした。

「──私は、白銀少佐に……失望されたのかもしれない」

寂しげなその様子は、まるで捨てられた犬のように見える。

「……訓練の時と違って、演技じゃなかったもんね」

その言葉に、御剣は、勢いよく振り返った。

「そなたも、気付いておったのか……!」
「薄々……。でも、今の御剣の反応で、確信した」
「くッ……カマをかけられたということか。私としたことが……」

いつもの御剣なら引っかからなかったかもしれないけど、今の御剣なら……と思って追いかけてきた。

「だが、私から見ても少佐の振舞いは完璧に近いと思っていた。そなた、よく気付いたな」
「少佐の言動だけじゃ無理。気付いたのは、御剣と神宮司教官のおかげ」
「神宮司教官はわかるが……私、か?」

確かに御剣は、訓練中では私たちに合わせていて、不自然な所はなかった。

でも、休憩中、私たちが口にする少佐への悪態を、快く思っていないのは表情でわかるし、御剣が、時たま神宮司教官を見ていたのが気になって、教官を見ると──白銀少佐を見る目が穏やか過ぎるのが気になった。
昨日、少佐が鎧衣の打撃を、わざと受けたのも、そう。

それでも、私の考えすぎだという気持ちの方が圧倒的に強かったのだけど……むしろ、さっきの御剣の返事に、内心驚いたくらいだ。

その事を話すと、御剣は諦めたように、溜息をついた。

「私に鎧衣の打撃が見えたのだから、そなたに見えていても不思議ではないか」
「動体視力では、負けませんよ」

ふふ、と笑う。

「そうか……不覚だ。白銀少佐に気取られまいとするあまり、他がおろそかになっていたとは」
「まだまだですな」

とはいえ、私は最近まで、気付くことすらできなかったのだから、偉そうな事はいえない。

「御剣は、いつ気付いたの?」
「……私が確信を持ったのは、10日ほど前だ。理由は、少佐の私的な事にかかわるゆえ、明かせぬが……偶然、知りえる機会を得た、とだけ言っておこう」

その理由は気になったけど、言えないというものを無理に聞くつもりはない。

──でも10日も早く、か。

「そう。……御剣は、あのお芝居、どう思った?」
「ああ、私が思うに──」

御剣の言うことを要約すると、少佐は憎まれ役となって、私たちの心身ともに鍛えるつもりで、教官と一芝居打った、ということだった。

御剣の推測は、私がなんとなく感じていた事より、だいぶ理論的で、言われて見て思い当たる事も多々あり、おかげで私の考えもはっきりとした。

思えば、あの屋上のとき……いや、最初の対面からそのつもりだったんだろう。

……少佐の想いを知って、まぶたが熱くなった。

「彩峰、わかっているとは思うが、少佐のお心を無にするでないぞ」
「わかってる。表情を隠すのは、御剣より得意」
「フ……そうだったな」

これで、確認したかった事は解決した。

けど、まだ言いたかったことが残っている。

「……御剣。今日の昼の話に戻すけど」
「う……む。なんだ」

さすがの御剣も、ばつが悪そうな顔をした。

「御剣は私の父さんの事、知っているかもしれないけど──」

私は光州作戦で父さんが取った行動の為に、軍に大きな被害が出てしまい、敵前逃亡という不名誉な罪で処刑されたこと。
その行為のおかげで助かった人たちから感謝されていて、今もなお支持する人がいるということを話した。

「……そうか」
「父さんは、助けた人たちに感謝されたけど、軍としては命令違反で投獄された。御剣の回答に似てる」
「……うむ」

「白銀少佐はたぶん、父さんの事は味方殺しと判断すると思うし、父さんはきっと……処刑覚悟でやったと思う」
「そうであろうな」

「父さんが正しかったのか、間違っていたのか、ずっと判断がつかなかったけど……人間としては正しくて、軍人としては──兵を束ねる将としては、間違っていたのだと思う」

「私が少佐を失望させてしまったのは、軍人としての回答を出さなかったから、か」
「たぶん……ね」

少佐は、考え自体は御剣と同じと言った。だから、非情なだけではないのだろう。
けど、非情になるべきときは、非情になれる人。

──人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである

それは、父さんの残した、この言葉に通じる所があるように思える。

「だが、私は……」
「御剣が今すぐ、変われるとは思わないけど、そんな少佐だから……最後に言ったように、最悪、私たちでも銃殺されると思う」
「……」

「銃殺と秤にかけるような時は来ないかもしれない。でも、その時が来たら、御剣が守りたいものと、目の前の守りたいものを比べて、結論を出すべきだと思う」
「そうだな……心しておこう」

腹を割って話した時に聞いた、御剣の守りたいもの……『この星、この国の民、そして日本という国』……。

大層な望みだと思った。──同時に、御剣らしい、とも思った。

でも……その望みが大きいからこそ、いつかは小を捨てて大を取るような非情な決断を下さなければならない時が来ると思う。
父さんは、目の前の悲劇が我慢できなくて、他の悲劇を起こしてしまった。

「彩峰、少し楽になった。──そなたに感謝を」
「どういたしまして」

御剣に言ったことは、私にも言えることだけど……私は、銃殺よりも、白銀少佐に失望されたくはない、という思いが強かった。



…………………………



<< おっさん >>

12月5日 朝 国連軍横浜基地 おっさんの巣

……目を覚ますと、そこは肉の山だった。

ぼやける頭でそれを見て、

──ああ、昨日は、“この”世界では初の、5Pだったな……。

と昨晩の記憶を呼び起した。



…………………………



昨晩は、茜、晴子、多恵、霞の、『メンバー』の中でも年少4人組と同時プレイだった。

今日は、麻倉と高原が予定に割り込んだから、その分、昨日まとめてということで、4人同時にやることにしたのだ。

同時プレイの時に、霞と多恵は使える。

霞と多恵は性的に物怖じしないから、誰がパートナーでも平然と行為ができる。
それに張り合う形で、若干抵抗があっても、複数が平気になる。……良い例が茜だろう。

特に、霞には、「あんな小さい子に負けてなるものか」という気持ちが湧くらしいから、霞は最も優れた触媒といえよう。

で、昨晩の話に戻るが、なかなか貴重な体験を得た。

多恵の「大勢なので、王様ごっこしましょう!」という声を皮切りに「「賛成!」」という茜と晴子の合意と、霞の無言の頷きで、股間、肛門、乳首、唇と、4箇所へのキス&舐め舐め攻撃により、俺は昼間の出来事で溜まったモヤモヤが抜けていくのを感じた。

──まさに……『王』。

元来、調子に乗りやすい性質の俺は、

「おお、それそれ、よいぞ、霞よ」
「これ、茜。もそっとこっちへこい」
「うほほ、多恵め、ういやつ」
「晴子や、もそっと余のケツを舐めい」

など、バカ殿のように振舞い、楽しい一時を過ごす事ができた。
アイツらも合わせて「光栄です」「いやーん、陛下」「王様、セクハラですぅ」「しようがない方ですわ」などとノリ良く返してくれた。

これが年長組なら、ここまでバカは出来なかったかもしれないが、俺も、昼間の落ち込みを払いたい気持ちがあったので、“前の”世界を含めても、ここまで開き直ってした事はない、というほど楽しんだ。



だが……全身を舐められているとき、霞が俺の匂いを嗅ぎだしたあたりで、雲行きが怪しくなった。

今考えると、きっとイリーナの影響に違いない。
アイツはどうも、自分の匂い趣味が異常でないと認識させたいのか、複数プレイのときに、“匂いの良さ”をその時のパートナーに、理論立ててこんこんと説明するのだ。
「べ、べつに私が異常ってわけじゃないんだからね!」と言いたげな、ツンデレとも少し違うその様子は、とても微笑ましい。

そして、霞がクンクンし出したのに多恵が便乗し、残りの二人がそれに続いて、全身を嗅がれ出したとき、思わず、

「ちょ、そこ、やめて、嗅がないで」

と、素で言ってしまったのがまずかった。

全員そろって、『ニヤリ』として、匂いの感想を言ったり、肌を舐めて味の評価をしたり、霞なんかは俺の肛門に指を突っ込んだあと、その匂いを嗅いで「ちょっと、においます」と言ったり……そりゃ、どんな男だって赤面するだろ?

まあ、その反応で、アイツ等の何かがキレてしまったらしい。……その後は、まさに『逆レイプ』だった。まりもの発作の時など、比べ物にならない。

いつも乱暴にされている反動か、晴子が異常に興奮していて……他の3人も似たようなものだった。

まあ、気持ちいいからいいか、と、どこか諦観して、されるがままだったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
四つん這いにされて責められていた時、多恵が無邪気に発した台詞は、俺を凍らせるに十分すぎた。



「左近さん入りまーす」



その言葉の意味を理解したとき……俺は、悪党に恋人を人質に取られた、哀れな村人のような気持ちで、心から懇願した。

「お、おい!それだけはやめてくれ!他の事なら何でもするから!」

俺の懇願に、嫌らしく、ニヤニヤとした笑みを浮かべた4人は、じゃあ、かわりに言うことを聞けということで、いつも俺が行っている屈辱的な行為……ブタの泣きまねや、四つん這いでのご奉仕や、飲尿──これは、さすがに断ったのだが、左近をプラプラさせながら、別人のような冷たい目で見下ろし「いつも私たちに飲ませてるくせに……」と、吐き捨てた晴子には、それ以上拒否の言葉は向けられなかった。

結局、その他もろもろの屈辱的行為──中には、俺のM性を刺激したものもあったが──を一通り受け、俺は嗚咽を漏らしながら、横たわった。



──汚された……あんなこと、“前の”純夏にもされたことないのに……。



そんな俺を見て、晴子がにっこり笑ってこう言った。

「じゃあ、私たちは満足したから、今度は武さんが好きにしていいよ」

きょとんとした俺に、多恵、茜、霞が続けた。

「武さん、なんだか落ち込んでいたらしいから」
「えへへー、いい気分転換になったでしょ?」
「がんばりました」

どうやら、内心で落ち込んでいる俺のため、霞がサプライズを発案したらしい。
俺に少しM性がある事は、霞にリーディングで把握されてしまっていたから、きっと俺が喜ぶだろうと思い、あらかじめ他の3人に手回しした、とのことだ。

とはいえ、ここまで悪乗りするつもりはなく、イリーナのように匂いを嗅いで赤面させる程度にするつもりだったが、想像より、はるかに興奮してしまい、収まりがつかなくなったそうだ。

「なーんだ、そういうことだったのか、おっさん、驚いちまったよ」

「そうそう」
「楽しんでもらえましたか?」
「えへへー、新鮮だったでしょ?」
「がんばりました」

晴子、多恵、茜、霞──はさっきと同じ台詞だったが、その言葉の後、「あははは」と、皆で笑い合った。

一・件・落・着♪










「……なわけねーだろ!」

その後の俺は、強姦魔……いや、強姦魔王というべきだろう。

晴子の言葉通り、さんざん好きにさせてもらい、全員仲良く、失神させた。

尻へのスパンキングもいつもの3倍は強くやり、壊れてしまえ!というほど突いたのだが、俺の調教でM性がだいぶ付いたためか、全員、満足そうな表情だった。

結局、これも想定のうちだったのかもしれない。──最後まで掌の上か。



…………………………



回想を終え、思わず「ふっ」と、クールでダンディな笑みを浮かべたとき、多恵が猫のように「んーーー!」と伸びをして、目を覚ました。

「ふぁーあ………あ、武さん起きてたんですか?おはようございます」
「おう、おはよう。俺もついさっき起きたところだよ」

大きなあくびをして、挨拶をしてきた多恵に返してやる。

「時間は……ありゃ、寝すぎた。朝のラブは無理そうですねぇ」
「昨日さんざんしただろうが」
「それは、別腹というかぁー」

夜を過ごした次の朝は、時間的余裕があれば行為に及ぶのが常だが、昨晩はハッスルしすぎたのか、俺も含めて全員、眠りがいつもより深かったようだ。

「俺もやりたいのは山々だが、今度だ。……いいかげん、おっぱいくらい隠せ。そろそろコイツらも起こすぞ」
「はーい」

多恵が答えたその時──



『防衛基準体制2発令。全戦闘部隊は完全武装にて待機せよ。繰り返す、防衛基準体制2発令。全戦闘部隊は……』



[4010] 第21話 おっさんの覚悟
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:44
【第21話 おっさんの覚悟】

<< 白銀武 >>

12月5日 午前 国連軍横浜基地 中央作戦司令室

「──ラダビノッド司令……それは、どういうことですかな?」
「これは日本帝国の国内問題です。我々国連が帝国政府の要請も無しに干渉することでは……」

防衛体制発令時には、この作戦司令室に集合することになっている。
入室すると、ラダビノッド司令、夕呼、……そして、珠瀬事務次官が、口論中だった。

──ん?あれは……鎧衣課長、か。

壁際に鎧衣課長がひっそりとたたずんでいた。
気配を消しているが……たまたま目に入らなければ、俺も気付かなかっただろう。大した隠形だ。

あちらも、こっちに気付いたようで、人差し指を立てて口にあてた。

──黙ってろってか。

大方、また忍び込んだか。……本来なら問いただすべきだろうが、そんな状況ではないな。

鎧衣課長に倣って、この口論が終わるまで待つとするか。



…………………………



要するに、帝都でクーデターが発生し、それを見越していた様子の米軍艦隊は、すでに相模湾沖に展開していて、反クーデターの増援部隊を横浜基地に進駐させたいと主張している。

だが横浜基地としては、日本政府の要請、あるいは安保理の決議無しではそれは不可能だ、ということだ。

──まあ、俺も横浜基地所属であるし、“前の”世界のG弾戦略や、アラスカでの出来事から、米軍は嫌いな部類だ。夕呼の心情に同意だな。



その後、夕呼と珠瀬事務次官の、米軍の意図を巡った論争に発展し、ちょっとキレた様子の夕呼が米国の方針を非難。
対して珠瀬事務次官は、国連が米国の意向を無視するようなら、単独でもG弾の使用を辞さないだろうという見解を述べる。

「ご安心ください、事務次官。オルタネイティヴ5の発動も、米国の独断専行も許しませんから」
「……大した自身ですな。未だ具体的な成果が出ていないというのに、何があなたにそう言わせるのか……」

「虚勢と取るかそうでないかは、お任せしますわ」
「その判断は私のするところではなさそうだ……仕方ない……一旦、退散するとしますか」

夕呼の発言は、虚勢ではない。現状では、“最悪でも”00ユニットの起動は可能なのだから。
慢心が禁物であることは百も承知だが、この時点においてオルタネイティヴ4が凍結される事はありえない。

「安全保障理事会の正式な決定さえあれば、我が横浜基地はいつでも米軍を受け入れます」
「では、後ほど……すぐに戻ってきます」

ラダビノッド司令の言葉に、珠瀬事務次官は、そういって早足で退室していった。

──さて、そろそろ顔を見せよう……したところで、司令と夕呼が会話を続け、出るタイミングを逃してしまった。



その会話は対して長くはなかったが「安保理の決議が時間の問題だ」とういう所は気に留めておいた。

「私は発令室に戻る……博士、後は宜しく」
「はい」

──やっと終わったか。

そこで、鎧衣のおっさんが動き出して……俺の方に向かって来た。

「こんなところで何をしている、白銀武」
「あなたと同じですよ、鎧衣課長」

その会話に、夕呼はやっと俺達に気がついたようだ。

「あんた達、いつの間に……」
「鎧衣課長はそうでもないようですが、俺は堂々と入りましたよ?お話に夢中の様子でしたので、鎧衣課長に倣って、傍聴させていただきました」
「あっそ。……鎧衣、あなたはなんでここに……いえ、やっぱりいいわ」

夕呼は、相手をするのが面倒になった様子で、質問を途中で止めた。
理由など、情報収集に決まっている。



そして、鎧衣課長は、決起部隊の動向について情報を教えて──いや、勝手に喋った。

決起軍の手際──短時間で、おおよそ考えつく主要施設を制圧するとは、なかなか有能だ。

米国と、オルタネイティヴ5推進派が裏で糸を引いていると聞き、なるほどと思った。
その2つの勢力の相性が良いのは“前の”世界で体験済みなのだから。

──しかし、鎧衣課長……ここまで色んな陣営に渡りをつけて、大丈夫か?

「程々にしておいてちょうだい。利用価値の高い駒に、急にいなくなられるのは困るわ」

夕呼も、鎧衣課長の性格は気に入らなくても、能力は認めている。
俺としても、美琴の親父さんだから、あまり死んで欲しくはない。気をつけて欲しいものだが……。

「おお!博士に必要とされるとは何たる名誉!羨ましいだろう白銀武?」
「ええ、本当に羨ましい!俺もあやかりたいものです」
「ばーか」

夕呼の突っ込みは──たぶん俺たち2人に向けられたのだろう。

「では、今度はこちらが質問する番です」
「あなたが勝手に話したんじゃない」
「先程、珠瀬事務次官に随分と勇ましい事を言っておられましたね……ここに来て順調、というわけですか?オルタネイティヴ計画は」

美琴の父親らしく、自分の言いたい事だけ言って……俺を見た。

「白銀武のおかげ……といったところですか?」
「程々にしなさいって、さっき忠告しなかったかしら?便利な駒が他人の都合で無くなるのは困るけど、自分の都合で無くなるのは……割と納得できるモノよ?」

「おお怖い……つれないですなあ、私は博士のために粉骨砕身しているというのに」
「よく言うわ……自分の目的のためでしょう?」
「ええ、もちろん……商売柄、目的遂行のためには手段を選びません。それはあなたも同じでしょう……香月博士」

雰囲気が変わった。……これがこの人の本気か……侮っていたつもりはないが、考えを改める必要があるな。

「たとえそれが、将軍家所縁の者だろうが、首相の娘であろうが……実の娘であったとしても……犠牲は厭いませんよ」
「……」

「そして、都合の悪いものは……始末するだけですよ」

俺も含めて、と言いたげな目だな。

「鎧衣さん」
「なんだね?白銀武」

「俺も、副司令も言われるまでもありません。犠牲は嫌いですが……無駄にはしませんよ」
「ほう……これは、言いたい事を先に言われてしまったな」

俺の言葉で、鎧衣課長の雰囲気が戻った。

「……さて、お喋りが過ぎたようだ。私はそろそろお暇するとしようか。白銀武。これをやろう」

人型の像……上半身だけ鳥。これ、何ていうんだっけか。

「ムー大陸のお土産だ。君を守ってくれる。持っているといい」

……うーむ。さすがにこの形状じゃ……。

「捨てると呪われるよ。気をつけろ……おや、そのイースター島土産、気に入ってくれたようだね。まあ、チリ本土で買ったんだがね?」

俺の胸ポケットから、ちらりと見える『左近』に目を付けたようだ。

「ええ、かなりの逸品をいただきました。俺の“仲間たち”も、コイツを気に入ってますよ」
「それは何よりだ。贈った甲斐があるというもの──おや、博士。何かおかしい事でも?」

「い、いえ……プッ……なんでもないわ……くくくっ……」

行為中に『左近』と呼ぶと嫌がる夕呼も、さすがにおかしいらしい。
しかし、最近の夕呼はよく笑う。精神的に余裕が出てきたせいだろう。

「この年になっても、乙女心はよくわかりませんな……では、これにて」

さすがに年の功で、その話題に触れない方が良いと直感で判断したのか、鎧衣課長はこの場を後にした。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

12月5日 午前 国連軍横浜基地 廊下

白銀を連れて、執務室へと向かうすがら、方針を打ち合わせる。

「あんたなら、この状況、どうする?」
「……どの道、出動と米軍受け入れが避けられないのならば、これを奇貨として、米軍はせいぜいこき使って、現政権に恩を売ります。上手く立ち回れば、手詰まりだった状況が良い具合に進められるかもしれません」

さすがに、私の考えと同じだ。

「で、クーデターの首謀者は、沙霧尚哉って奴らしんだけど……アンタ、記憶にある?」
「!……沙霧、ですか……」

「あら、珍しいわね、アンタがそこまで驚くなんて」
「“前の”世界では、アラスカ時代、帝国から奴が派遣されて来た時に知己を得ました。肩を並べて戦ったのは一度だけでしたが、戦術機の腕も、指揮能力も相当なものでした。学んだ事も多かったんですが……参ったな」

白銀はそう言って、後頭部を掻いた。

それから聞いた話だと、白銀の印象では、沙霧には幾分、近視眼的な所があったようで、世界よりも日本という国を重視する言動が目立ったそうだ。

もっとも、日本人のほとんどはそういう人間だから、沙霧を近視眼的と断ずるのは不公平かもしれない。
私や白銀、珠瀬事務次官、鎧衣……国の枠組みを重視しない人物の方が、この国では異端なのだろう。

──それにしても、この白銀が凄腕と認める男か……。

「なら、今回のクーデター鎮圧、長引く可能性は?」
「いえ、それはないでしょう。いかな沙霧とはいえ、手が不足しています。緒戦はいいようにやられるでしょうが、帝国軍は各防衛線から戦力を確保できます。また、当基地の部隊と米軍が出れば、鎮圧は時間の問題かと」

私の推測とも一致する。
BETAに対する防衛線を空けるなんて、正気の沙汰ではないけど……BETAより国家主権が大事な現政権なら、そうするだろう。
白銀も内心、馬鹿馬鹿しい考えだと思ってはいても、このあたりは冷静に判断できるようだ。

「将軍の確保が失敗して、連中から直命が発せられた場合、帝国軍が動けなくなるかもしれないけど……その時はどうするの?」
「確保失敗は痛いですが、君側の奸を討つといって、奴らがやったことをやり返してやれば済みます。直命は考慮に値しません」

私の思考を読んでいるのか、本当にそう思っているのか。
白銀は、おもしろいように私の考えを答えてくる。頼もしい事だ。

「沙霧ってのは、それくらいの計算が出来ないほど、馬鹿なの?」
「まさか。この決起は……礎になる覚悟かもしれません。無論、新政権確立に手を抜きはしないでしょう。でなければ、一緒に起った部下や同志に申し開きできないでしょうから」

……なるほどね。
決起が失敗しても、日本人に心意気を見せつけることで、国民の意識改革はできる、か。

「アンタ、この基地の増援部隊率いてみる?師団くらいなら経験あるでしょ」
「やめときますよ。“色小姓”がいきなり指揮をとったところで、まともに命令を聞くとは思えません。まあ、大軍なら大軍の、小軍なら小軍の戦いがありますよ」

私も本気で言ったわけじゃないけど……白銀の指揮というものを一度見てみたいと思った。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月5日 午前 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

「クーデター、とは……」

副司令と白銀少佐から、今回の事件の経緯を聞いて、私は驚きを隠せなかった。

──このご時世に、暢気なことだが、帝都……か。姉妹たちは大丈夫だろうか。

「それで、我々はどう動くのでしょう」
「こちらの協力者の手引きで、将軍が帝都から抜け道を通って脱出することになるから、その保護と、この基地までの警護。塔ヶ島と、帝都臨海部の離城のどちらかに出るそうよ」

……状況に応じて、行きやすい方に行くということか。

「ならば部隊を分ける必要がありますが……塔ヶ島はずいぶん離れていますね」
「いえ、A-01は帝都臨海部に行ってもらうわ。塔ヶ島には、まりもと207訓練部隊に向かわせるわ」

「……訓練部隊を、ですか」

──確かに、帝都には決起軍が居座っているから、帝都方面に向うのは、戦力的に見てA-01が向かうしかない。
塔ヶ島には訓練部隊……不安はあるが、神宮司軍曹がおられることだし、距離的に見て、塔ヶ島に殿下が来られる可能性は低い。

「で、白銀だけど……どうする?事が起こればA-01は激戦になるだろうから、そっちに行く?」

白銀少佐の行動は、まだ決まってなかったらしい。
さっきの話を聞いて、それは私も気にかかることだった。

「いえ、そうしたいのは山々ですが……消去法で塔ヶ島に行かざるを得ませんね」
「どういうこと?」
「ええ、それは──」

少佐が言うには、可能性は低いとはいえ、万が一、塔ヶ島に殿下が現れ、決起軍の標的となった場合、神宮司軍曹と訓練兵では荷が重いとのことだ。

神宮司軍曹の実力は折り紙つきだが、人間相手が初の実戦になる訓練兵では、さすがの軍曹も対応に苦心するだろう。

また、最高位が軍曹の部隊では、米軍ないしどこかの味方部隊の現役衛士が一人でも合流する事になった場合、その衛士が最上位となり、主導権を握られてしまう。

帝国軍にしても、米軍が進駐している横浜基地部隊の訓練部隊と知れば、どのような態度に出るかわからない。

その場合、わけ有り揃いの訓練部隊にとっては、よろしくない事態に発展する可能性があるが、少佐が同行すれば、そのリスクも軽減できる、とのことだ。

──なるほど、よく考えている。

「A-01の方は、白銀が抜けても問題ない?」
「ええ、そのために、少佐抜きでの連携も仕込んでいます」
「じゃ、部隊分けは決まりね。次は──」

部隊行動の方針については、あっさり決まった。

帝都臨海部に殿下が来られれば、A-01はそのまま横浜基地へ向けて進行。訓練部隊は帰還。
塔ヶ島に来られれば、訓練部隊は横浜基地へ進行、A-01は訓練部隊の支援に向かう。

まあ、状況的に、これ以外の方針など取りようがないのだから、当然だ。

「それと、伊隅。殿下が乗られる事を想定して、搭乗させる機体に、予備の強化装備1着と、固定用ハーネスを多めに積んでおけ。強化装備は、207の御剣のサイズで丁度合うはずだ。ああ、スコポラミンの確認も忘れるな」
「了解」

言われるまで気付かなかった。
将軍を酔い殺しては、面目が立たないどころじゃない。

「さすが、気がきくわね」
「本当は複座型の機体があれば良いんですがね。それでも、何も無しよりはだいぶ違うでしょう」

「そうね。それじゃ、伊隅はA-01への説明と出撃準備にかかりなさい。白銀はまりもと207の方、よろしくね」

「──あ、副司令、お待ちください」
「なに?」
「少佐から、A-01の連中に出撃前の訓示をいただきたいのですが」

全員、人間相手の実戦は初めてだ。
同行できない不安はあるだろうが、少佐の言葉があれば、少しは助けになるかもしれない。

恋人連中はもちろん、私や宗像、風間にしたって、この人を尊敬しているのは変わりないのだから。

……それに、もう会えなくなる可能性もある。
帝都側は激戦区になる可能性が高いから、何人か死んでもおかしくない。

少佐は、無言で副司令をちらりと見て、返事を窺った。

「白銀、アンタのハーレムよ。励ましてやんなさい」
「了解。──伊隅、出撃準備が整ったら、全員を待機所に集めろ」
「は!ありがとうございます!」

ハーレム、か。
……まあ、確かにほとんどそんなようなものね。



…………………………



<< 月詠真那 >>

12月5日 午後 国連軍横浜基地 16番整備格納庫

207部隊が出撃するとの連絡を受け、随伴を申し出るべく、はじめはあの魔女の所へ向かったが、

「207は白銀に任せてるから、アイツに言ってくれる?」

と、けんもほろろに追い払われてしまった。
格納庫で出撃準備を整えていると聞いたので、ここまで来たが──幸い、すぐに見つけられた。

声をかけ、振り向かれた時、冥夜様への仕打ちを思い出し、その顔面を殴りつけたい衝動が湧いたが──それを押さえつける。
殺気は漏れていないはずだ。

「香月博士より、こちらと伺いしました。207訓練部隊が出撃するとのことですが、我々も随伴させていただきたい」
「ふむ……」

「武御雷が4機。戦力としては申し分ないと存じますが」
「確かに、な……だが、指揮系統を混乱させられては困る。部下として、臨時的に俺の指揮下に入るならば許可してやる」

この男の立場からすると、妥当な要求だが……私の一存では、返答してよい事ではない。
だが、今の帝都の混乱状況から、出撃までに上から許可を得ることは難しいだろう。

──仕方あるまい。冥夜様の元を離れるよりは……。

「承知しました」
「ほう?」

「どうかなさいましたか?」
「いや……即答で受けるとは思わなかった。軍法会議にかけられても知らんぞ?」

「それは、少佐の関知する所ではございません」

──私の去就など、毛ほども気にならないだろうに。わざわざ口にするとは、嫌な男だ。

「ふ、そうだな……まあ、対外的には、ただの協力扱いにしてやる。命令に従う事は口約束でかまわんが……誓ってもらおうか」
「何に対して、でしょうか?」

「無論、貴様の大事なものにだ。殿下でも、御剣でも、武御雷にでも、剣にでも、だ」
「では、その全てに誓って、白銀少佐の命令に従う事をお約束します。……ただし、軍規に反する行動や、帝国に不利益となる行動においては、その限りではありません」
「当然だな──もし、約束を違えた場合だが」

──舐められたものだ。私が……殿下や冥夜様に誓って交わした約束を、反故にするとでも思うのか!

「そのような想定は必要ありませんが……そのときは、我らの命で「いや」──は?」

私の言葉を遮り、この男は嫌らしくニヤニヤしだした。

「約束を違えた場合、貴様と3名の少尉全員、俺の慰み者になってもらおう。──ありていに言えば、好きなだけセックスさせろ、ということだ」
「な、なあ!」

──な、なんだコイツは……!?

「なんだ、約束できんのか?なら──」
「し、承知した!その時は、す、す、好きになされよ!……では、準備があるので失礼する!」

私は、目の前の理解不能な男から逃げるように、部下たちの元へと向かった。

──なんだ、あの下衆な条件は。いくらなんでも予想外だぞ!……あれが……容赦なく訓練兵をしごいていたあの厳格な男……か?

「ああ、言っておくが、貴様等のうち、誰か一人でも逆らったら、全員ヤられるんだから、ちゃんと言い聞かせておけよー」

私の背中にかけられたその言葉を聞き、私は不満気な顔をした部下たちに、殺気を交えて言い聞かせることになった。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

12月5日 夕方 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

「──以上が我々の任務内容だ」

白銀少佐に指揮を取っていただくのは心強いが、いきなりの実戦が人間相手となる訓練兵を連れて行くのは、不安が禁じえない。

あの子達の技量が、いかに並の衛士よりも上回るとしても、対人実戦となれば、勝手が違う。
特に、榊……クーデターに父親が殺害されたと聞いて、動揺していたけど……。

「少佐、質問があります……実際に武力による挑発や攻撃があった場合、防衛行動は認められるのでしょうか?」

その榊が、分隊長らしい質問をした。……気丈なことだ。

「この作戦は国連と臨時政府が決定したもので、殿下の御裁可をいただいたものではありません。帝国軍が、我々を『侵略者』とみなす危険性があります」
「……たとえ米軍のゴリ押しがあったとはいえ、この作戦は国連軍として正式なものだ。それに手を出す阿呆が帝国にいるかどうかわからんが……その場合は、反撃を許可する」

微妙な問題なのだけど……その場合、全責任は少佐が負うということか。
……味方の命を大事にする、少佐らしい言い切りだ。

「さて、貴様等に言っておく。──今回は特別に出撃拒否権を与える。出撃したくない者は申し出ろ」

何を言い出すかと思えば……前代未聞な……。

「時間がないから、締切は30秒後だ。それを過ぎれば貴様等全員の生殺与奪は、俺に握られるということだ。数えるぞ──」

そんな短時間で、そんな重大な決心ができるわけもなく、少佐は腕時計を見ながら秒読みを始め、……それはさえぎられる事なく終わった。

「──2、1、0。……只今をもって、貴様等は俺の指揮下に置かれた。以降、命令に対する反抗は厳罰を持って当たるからそのつもりでいろ」
「はい!」×5

なるほど。これは、あの子達に少しでも「自分で選んだ」という意識を付けさせるためだろう。

……少佐のことだから、万が一申し出ていれば、迷いなく置いて行っただろうけど。

「あらかじめ言っておくが、我々の担当区域で、“敵”とまみえる可能性は低い。……だが、皆無というわけではない。万が一、接敵した場合、当然戦闘になる事を、心構えておけ」
「はい!」×5

「……人間相手で混乱してるだろう、迷いもあるだろう。相手の主義主張に思う所もあるだろう。だが、そんなものは帰還後に考えろ。貴様達がトリガーを引くのをためらえば、敵がトリガーを引き、味方が死ぬ。いいか、躊躇いが味方を殺すのだ。今のやつらはBETAと同じ、仲間を殺そうとする敵だ。それでもなお、迷いが捨てきれない時は、申し出るように。――味方殺しはいない方がマシだから、俺がその場で殺してやる」

訓練兵に向けたその言葉は、いつもの怒声ではなく……静かな口調。
すさまじい程の覚悟が伝わる。

──これは……その時には、本気で殺す気だ。

私は、これほどの覚悟を決められるだろうか……。

「実際に接敵しなければそれでよし。だが、いざという時にうろたえられては困る。それまでに答えは出しておけよ……敵を殺すか、俺に殺されるかを。貴様等にはその2択しかないのだという事は、心に刻んでおけ。……わかったか!」
「はい!」×5

勢いのよい返事はしみ込んだ反射行動だろう。

状況に流されるような気分では、戦力にならない。
たとえ脅しであれ、強制であれ、自らが“戦う”気にならなければ、生き延びる事は難しい。

これで、あの子達の迷いが軽減されればいいのだけど……。

「では、各員、30分以内に火器管制装置の調整を済ませ、ハンガー前に集合せよ。以上、解散!」



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月5日 夕方 国連軍横浜基地 出撃要員待機所

「敬礼!」

出撃準備を終えて、さほど待つこともなく、白銀少佐がいらっしゃった。
少佐は珍しく壇上には行かず、我々の目の前に立った。

「待たせたな。今回は、帝都のバカタレが“おいた”をしたせいで、出撃となったわけだが……全員、人が相手だからといって、気を許すなよ。各員の奮闘を期待する」
「はい!」×10

「伊隅」
「は!」

「俺は伊隅みちるという衛士の能力を高く評価している。今回、貴様には負担をかけるが、隊のまとめを頼むぞ」
「はい!ありがとうございます!」

──初めて個人的に褒められた……ちょっと、これ、嬉しすぎるんですけど……。

私が一番前に立っていてよかった。出撃前に、部下に涙ぐんだ所など、見せられない。

「速瀬」
「はい!」

「俺は、こと戦闘能力において、貴様ほどの才能はそうそう見たことがない。突撃前衛長として、戦術機のお手本を、“反乱軍”のクソガキどもに見せつけてやれ」
「はい!ありがとうございます!」

──なんか、私より褒められてるような……。恋人だから贔屓してるわけじゃないとは思うけどさぁ……。

内心憮然とした私に気付くわけもなく、少佐は全員、一人一人に激励の言葉をかけてくださった。

全員、少佐からの期待と評価に対して喜び、それが奮起につながっているようだ。

──やはり、訓示をお願いしてよかった。

しかし、恋人に対するような甘い言葉は、一切無い。

こんなときくらいは、誰も非難しないと思うが……融通の利かない人だ。
まあ、そこが少佐の尊敬できる所でもあるのだけど。

「以上だ。では、全員──」
「「あ、あの!」」

麻倉と高原が同時に声を上げた。

「どうした?」
「えっと、その……」「あー、うー……」

呼び止めたはいいが、何と話していいかわからないようだ。

少佐も、アイツ等が声を上げた意図はわかっているようだが、少佐の方針から、私的な言葉はかけられない。
かといって、切って捨てるのも酷なのだろう。さすがの白銀少佐もやや困った雰囲気だ。

──やれやれ、私が叱られるかもしれないが……言ってやるか。

「少佐。少佐の方針は理解しておりますが……この2人は、今夜の記念すべき予定が狂ったのです。何か言ってやってもらえませんか?」

数秒、沈黙を守った少佐は、仕方がないな、という感じで嘆息した。

「この作戦が終わったら、念入りにかわいがってやる。無事に帰ってこいよ」
「「はい!」」

──まあ、これくらいが少佐の妥協点だろう。



…………………………



<< おっさん >>

12月5日 夜 神奈川県 箱根新道跡

俺とまりもが搭乗する不知火2機と、訓練兵の吹雪5機、斯衛の武御雷4機が歩くことで発する振動音が、断続的に響く中、俺は今日の作戦について考えていた。

あれだけ脅しつけたものの……全員、親近者がこの事件の渦中にいる207には、まだ不安が残る。

冥夜は、帝都の殿下が気になるだろうし、そもそも心情的には沙霧達に近いものがあるはずだ。

彩峰は……仲間の父親を、自分の昔馴染みが殺したのだ。心境は複雑だろう。

委員長は、気丈に振舞ってはいるが、父親が無残に殺された事で、動揺は隠し切れていない。

たまは、父親が今回の国連介入に関わっている事は、当然、推測する。……そして、それが多くの日本人に反感を買うことも。

美琴は自分の父親が何をしているか明確には知らないだろうが、たしか“前の”世界では、薄々気が付いていたと独白していたから、心境的には、たまと似たようなものだろう。

──純粋な戦闘力では、A-01にもひけは取らないんだがな……どうしてこう、それ以外の要素がこうも足を引っ張るかね……

全員、素質と能力に恵まれた207。
だが、政治的背景や、精神的甘さ──そして、今回、最も大きいのが実戦経験の無さ。

伊隅や先任に日ごろ薫陶を受け、戦いに対する甘さが無くなった元207A小隊の連中との差は大きい。

207Aといえば、今晩は麻倉、高原の同時開通を楽しみにしていたというのに……どのようにいただくか、何時間かけて何通り候補を考えて、決めたと思っている……!

──クソ、沙霧め……よりによって今日とは……せめて明日にしろというのに!

いつのまにか、俺は歯軋りをして、操縦桿を固く握り締めていた。

今回、やっかい事を起こした沙霧は、夕呼に語ったように、“前の”世界では知らない仲ではなかった。

唾を飛ばして持論を暑苦しく語ったり、俺の女性関係について説教してくるのは閉口したが、まあ、嫌な男ではなかった。
そのアイツは……この頃は、さらに直情的なようだ。

伊隅との打ち合わせ時に流れた、声明放送。そのガキくささに、夕呼が鼻で笑ったが、俺もつられそうだった。
どうやら、不法帰還者の扱いが不満だったようだが……まあ、あれが“この”世界での模範的日本人なのだろう。

自ら礎になっても、という覚悟は感心だが、被害を出しすぎだ。

これからさらに失われる衛士の命や、戦術機の数を想像すると、──やばい、めまいが起きそうだ。

BETA戦以外で、衛士が死ぬなど……。

──“前の”沙霧は、BETAに殺されたが……今度は、人の手にかかるか。

沙霧の死に様は、奴の部下から聞いた。
らしくないほど精彩を欠いた沙霧は、それまでの奮闘が信じられないほど、あっさりと要撃級の餌食となったそうだが、──その要因は、明らかだった。

俺は“その時”まで知らなかったのだが、沙霧は彩峰と旧知の仲で、出撃の前日、沙霧は彩峰を訪ねて来た時があった。

そして扉を開けて「やあ、慧」と言った直後、笑顔のまま固まった。



……ちょうど俺と彩峰が、全裸で繋がっているところだったのだ。



まあ、まりもとの行為中に冥夜が入室した時と同様、彩峰のあえぎ声を了解に取ってしまったんだな、これが。……やっぱ、鍵、要るよな。

沙霧が扉を開けたとき、俺たちは駅弁スタイルで、扉を背にしていたのは彩峰。
彩峰は行為に夢中で、沙霧が入ってきたのに気付かなかった。

驚いて、俺の唇が離れたことに不満な顔をし、俺が「まて」と言う前に、俺の口をふさいで舌をからめてきたので、沙霧の事を伝えられなかった。
一緒にいる時は、唇を貪ってないと不機嫌になる彩峰だから、仕方がないのだが……このときはちょっと勘弁してほしかった。

行為を続ける俺たち──彩峰を見た沙霧は、何か悟りきったような微笑みを浮かべ、ゆっくりと、音を立てないよう、扉をしめた。

その後、駅弁スタイルのまま数度、彩峰の中に発射してようやく落ち着いたところで、奴の来訪を伝えたのだが、

「そういえば、今日打ち明けたい事がある、って伝言があった」

と、少し頬を赤くして言ったので、額にチョップしておいた。

──それが、沙霧の訃報を受ける前日のこと。

数日後、彩峰に対する遺書が届いたとき、俺は一瞬、邪悪な心が沸き立った。

何しろ、後ろからでほとんど見えなかったとはいえ、彩峰の裸──特に、尻の穴を見れられた事は間違いないのだ。
俺たちの結合部は、角度的に大丈夫なはずだ……と思うが。

奴は、さも傷ついたような顔をしていたが、冷静に考えてみれば、被害者は俺たちの方なのだ。

篁唯依の元恋人の、メリケン野郎以上に、ボコボコにしてやるつもりだったが──戦死されてしまってはどうしようもない。

腹いせに、遺書を読ませながら、彩峰をバックから突いてやろうかと思ったが……さすがにそれはやりすぎだ。
どのような死に様であれ、アイツは衛士として立派に戦って死んだのだ。
であれば、その死は冒涜するべきではない。

よって、心の広い俺は、彩峰の菊穴は、沙霧への冥土の土産として、許してやることにした。



だというのに……最後に見た沙霧の微笑み。

その顔が、数日の間夢に出てきて、俺は夜中に目を覚まさせられることになった。
その夢は毎回、彩峰とした後の睡眠時なのだから、沙霧の呪いに間違いない。

俺はその度に、呪いを鎮めるため、寝ている彩峰を「悪霊退散、悪霊退散」と言いながら犯さざるを得なかった。
そうすると、なぜかその後は夢に沙霧が出ないのだ。



そしてその沙霧は……“前の”世界の逆恨みというべき“呪い”と、“この”世界で俺の大望を邪魔した罪は重い。
もはや、“この”世界で奴を生き延びさせる理由はない。

この戦いで、直接対峙する機会があるかどうかわからないが、その時は──

「残念だが……お前を殺すしかなさそうだよ、沙霧……」



[4010] 第22話 おっさんと将軍
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/24 02:06
【第22話 おっさんと将軍】

<< 御剣冥夜 >>

12月5日 深夜 神奈川県 塔ヶ島離城

──静かだ……。

モニターに映る、穏やかで美しい雪景色を眺めながら、私は思いにふける。

ここまでの移動中、帝都城を包囲していた歩兵部隊の一部が、斯衛軍部隊に発砲。
それにより、帝都で戦闘が始まってしまったとの連絡があった。

戦闘は激化する一方で、帝都におわす殿下を思うと、身が裂かれそうな気持ちになる。
訓練兵の身故、仕方が無いとはいえ、殿下の元に駆けつけたいという想いは募るばかりだ。

今日の朝方、横浜基地を包囲する帝国軍を確認しに外に出た際、月詠にキツい言葉をかけてしまったが……月詠とて、思いは同じであろう。あの者には悪い事をしてしまった。
その月詠等、第19独立警護小隊が随伴として来る事を聞いたときは、意外だった。

──あの白銀少佐がお認めになるとは。

女性関係にはかなり大らかな白銀少佐も、こと軍関係については厳しい。
指揮系統を乱すような事を認めた事を不審に思ったが、月詠からは、少佐の命令に従うという約束で、許可を得たという。

ただの口約束で、そのような重大な決定をする間柄ではないはずだが……何かあったのであろうか。

いや、それを今考えても仕方のない事だ。

それよりも、最も重大なのは、……我等の事だ。

皆、此度の事件で動揺の色は隠せなかった。
私とて……父君を無残に殺害された榊には申し訳ないが、決起軍の言い分には共感する所があった。
正直、出撃と聞いた時は、まともに動けるのだろうか、という思いがあった。

そして、ブリーフィングの際に発せられた、少佐のお言葉と覚悟……我等全員の動揺などお見通しだ、と言わんばかりのその内容に、恥じ入るばかりだった。

──また、あのような事を“言わせて”しまった……。

我等が精神的に一人前であれば、少佐はあのような──いざとなれば我等をも殺す、という覚悟を決めさせる必要もなかったのだ。

少佐のお言葉がなければ、『戦いの最中に迷い事は禁物』という初歩的な事すら、抜けていたであろう。
無現鬼道流の我が師にも、叩き込まれた事だというのに……。



──ゆえに、私は……此度の任務で、万が一、接敵するような事態になれば……全力をもって“敵”を討つ!



……そうせねば、今度こそ私は、白銀少佐に愛想を尽かされるであろう。

それは、軍人として──ひとりの女として、耐えがたい事だ。

いや、それだけではない。
少佐の仰った通り、仲間が討たれるやもしれぬのだ。
私が討たれた場合、同時に私の──この星、この国の民、そして日本という国を守りたい、という夢も失われる。

そして、少佐が我等の誰かを手にかけた場合……少佐にその罪を背負わせる事になるであろう。

その少佐にとっては、此度の決起軍のやりようなど、到底許せるものではないはずだ。

口を酸っぱくして発せられる言葉……『コスト』。
軍の全ては、BETAを殲滅する為に、最も効率良く消費せねばならない。
それは戦術機しかり、物資食糧、そして人命……。

その主義から真っ向に逆らう決起軍のやりよう。
我等の前では毛ほども表情に出さぬが、腸が煮え繰り返っている事は、想像に難くない。

軍の合理性に理がある事は、私も理解している。
だが、少佐の凄まじいのは、その合理性に反するものであれば、自らの私情すら殺すであろう所だ。
“敵”の心情まで慮り、揺れ動く私の弱さとは、大分違う……。

私は、そこまで完全に情を切り捨てる事はできぬ。
これまでのBETAとの戦いで、日本という国がなぜまとまり続けられたか。
それは、国民の心のよりどころとして、将軍殿下が在り続けたからだ。
決起軍にしても、その思いが強いゆえに、此度の暴挙に出たのだ。

だが、作戦上、少佐の仰る事が正しいのは自明の理。
これも少佐のお言葉だが、感傷や同情は、帰還後にすればよいのだ。

それを覚悟した私は、ブリーフィング後の短い時間だったが、全員の説得に努めた。
結果、なんとか全員、覚悟を決めねば全てを失う、という事はわかってくれたようだ。

特に、彩峰が少佐の本心を知っており、私と気持ちを同じくしていた事は、救われた。
ブリーフィング前に事情を聞いて驚いたが、彩峰とて、自らの知己が榊の父親を殺害したことで、相当気を揉んでいたというのに……。

“敵”への覚悟は決まったが、やはり、忘れる事のできないのは、殿下のこと。
帝都で心を痛めておられるであろう、殿下の心情を考えることは、今はお許しいただこう。

──せめて、心は共にありたいのだ。



…………………………



<< おっさん >>

12月6日 未明 神奈川県 塔ヶ島離城

万が一、将軍がここに来た場合を考えて、脱出口くらいは確認しておこうと思ったのが先ほどの事で、不知火を降りた直後、後悔した。

──こんなに広いんじゃ、時間がかかりすぎるな……。

俺も眠気で、少し頭が鈍っていたらしい。
結局、不知火を降りる時の言い訳──眠気覚ましに外に出る、という言葉を、真実にすることになった。

さて、そろそろ戻るか、と思ったとき、背後で、枯れ枝を踏み折った音が聞こえ、俺の警戒心を呼び覚ました。

思考が覚醒する。

どうやら、眠気覚ましには、冷気よりもこちらが効いたようだ。

そこまで考えた時、俺はすでに物陰に身を寄せ、銃をいつでも撃てるようにしていた。

通信で連絡を入れておこう。……今、哨戒中なのは冥夜だ。

「00より02──」



…………………………



遠隔制御で、不知火の暗視モニターにリンクすると……こちらには気付いていない様子で、2名が移動中。
武装は無いように見える。
油断は禁物だが、民間人の可能性が高い。

──これは、『当たり』かな?しかし、片方が護衛なら武装しているはずだが……。

まあ、確かめてみればすむ。

「止まれ。両手を頭の後ろにつけて、ゆっくりとこちらを向け」
「なッ!──銃を向けるとは何事です!」

「ここは民間人立ち入り禁止区域だ。姓名と住所を言いたまえ」
「ひかえなさい無礼者!」

この物言い、おそらく将軍の側近。武装をしてないのは、侍従だからか。
となると後ろの女性はもちろん……。

「ここは今、わが軍の哨戒区域である。何人であれ、身元確認が出来なければ銃を下げることはできない。繰り返すが、姓名と住所を言いたまえ」
「おまえは帝国軍ではないのですね?答えなさい!」

気の強い人だね、まったく。
まあ、俺の方も、察しがついていながら言ってるんだから意地が悪いといえばそうなんだが。

部下たちには、今回の本当の目的は伏せているのだから、殿下だと気付いている事はまだ言えない。
だから、さっさと名乗って欲しいんだが……。

侍従の問いには答えず、冥夜とたまに通信を入れる。

「00より各機──不法帰還者と思わしき2名を確保」
「02了解……05狙撃態勢を維持」
「05了解」

「CPはどうした?」
「戦況に変化があったらしく、CPは現在、対応を最優先処理中です」

──帝都にまた動きがあったのか?……とすれば、“この”事関連以外にはないだろう。

「答えなさいと言っているでしょう!」

──ちっ。うるさいおばさん──いや、顔立ちは結構……もう10年若ければ、口説いてやってもいい。

誰もが忘れてるようだが、俺の精神年齢は38才。

ここの所若い女しか相手してはいないが、“前の”世界ではそれはもう、色々な女の相手をしたものだ。

何せ、俺は軍の方針もあったため、『英雄』扱いだったから、男不足な状態では、「恋人とまではいかなくても、せめて一晩」というお願いは数え切れなかった。
特に、俺のようなナイスミドルな男は皆無に近く、衛士のほとんどが10代前半から半ばなのに、やや年配の女性からのお願いが多く、中には、“この”世界での食堂のおばちゃんよりも年かさの人もいた。

また、口コミが口コミを読んで、「俺に抱かれると戦死しづらい」という噂まで流れて、スケジュール係のみちるがパニックになった事すらあった。
実際、いつの間にかみちるが、俺に抱かれた女の戦死率の統計を取った所……なんと通常の戦死率の3割以下だった。
これが知れると、本当に体が持たなくなるだろうという事で、機密扱いになったが、XM3よりも効果的なあの結果は、俺も驚いた。

──食堂のおばちゃんも、もうちょっと痩せて女ッ気でも出してくれればなぁ。

“お願い”は数多くても、俺だって勃つ相手とそうでない相手がある。
妙齢でもダメな時はダメだし、勃つ時は50代でも勃つ。

そしてその俺の判断基準からすると、この人は……「アリ」だ。

だが、こちらから言い寄るほどではない。
向こうから、どうしてもとお願いしてくれば、抱いてやらなくも無い、という所だが……まあ、あり得ないな。

──おっと、話を続けるのを忘れていた。

「答える必要は無い。さっさとこちらの言う通りにしたまえ」
「くっ……おのれ、無礼者!」



「──おやめなさい」



どちらも引かない様子に耐えかねたのか、もう片方の人物から、記憶よりも若い声で、制止の言葉がかかった。

進み出たのは……もちろん、日本国将軍、──煌武院悠陽。



──来たキタきた北きーたーーーーーーーーーーー!

侍従と話している時から、鼓動が高鳴っていたのだが……本人を見て、俺の中で歓喜が爆発した。

A-01の方に出るだろうと思っていたが、こっちに“来てくれる”とは、俺には本当に神の加護でもあるのではないだろうか。

……いや、やはり俺こそが神に違いない。

正直、“この”世界ではどうやって悠陽に会おうか、考え付かなかったのだ。
だから、本当は確率の高そうなA-01側に、行きたくて行きたくて仕方がなかったのだが……軍人としての方針を守って良かった。

「黒い強化装備は国連軍衛士の証……」
「殿下!このような無礼者に!」

悠陽の顔を視認できたので、銃は下げる。

「小官は職務に従ったまで。はじめから将軍殿下であると仰られていれば、それなりの対応をさせていただきました。名乗りもせずただ銃を下ろせ、と言われて下ろすようでは、軍人ではありません」

本当は舐められるのが嫌、というのもあったのだが、それを言うと怒り狂うだろうから、相手の失点を突く。

──まあ悠陽になら舐められても――上手だったなぁ、“前の”の悠陽は。

悠陽の、誰よりも丁寧な口使いを思い出し、股間に熱が集まるのを感じた。

悠陽と関係を持ったのは、残念ながら冥夜の死後だったので、双子プレイは叶わなかった。

もちろん、真那と同じく、冥夜の形見の皆琉神威の鞘を押し込んでやったが、喜びの反応は真那以上だった。
あれもきっと、冥夜の良い供養になったはずだ。

従順性は冥夜と同レベルの悠陽だが、幾分、積極性が強かった。
当然、色々な事をさせたが、あの光景を斯衛が見たら、憤死する者が続出するだろう。

実際、護衛の月詠真耶(紛らわしいが、真那の従姉妹の方だ)が一度、悠陽の悲鳴──ではなくて嬌声なのだが、それが気になって、俺と悠陽の行為を見てしまった事があり、真っ最中だと言うのに、般若の面相をした月詠真耶に、「きさまぁ!殿下のお口を便所代わりにするなど!」と、言って斬りかかられたことが合った。

なんとか取り押さえたが、怒りで人が殺せるのかと思うくらい怒っていたので、仕方なく悠陽の協力を得て、『強引に口説く』しかなかった。

その結果、真耶も俺たちの愛をわかってくれて、以降は俺に従順になり、同じように使わせてもらう事になったのは、別の話だ。

――おっと、また思考が暴走してしまった。俺の悪い癖だ。



<< 白銀武 >>

「その者の申す通りです。先に身分を明かさねば、斯衛とて銃を下げまい。そなたの落ち度である」
「う……殿下が、そう仰るのであれば……」

さすがに悠陽は筋がわかっている。──いや、俺だって本当に、名乗ってくれれば銃を下ろしたんだぜ?

侍従が下がると同時に、たまから注意の喚起があり、これまで気配を殺していた人影から言葉が発せられた。

「少佐!気をつけてください!」「やあ、白銀武」

「おや、鎧衣課長、いらっしゃったので」

「気付いていたくせによく言う。侍従長をいじめるのはそれくらいにして、話を進めないかね──ああ、その前に、これを何とかしてもらえると有り難いのだが」
「結構似合ってますけどね、そのレーザーポイント──00より05……照準を外せ。一応、味方だ」
「……05了解」

鎧衣課長の額から、たまが合わせていたレーザーポイントが消える。

「はっはっはっ……36mmチェーンガンで照準されると、さすがに生きた心地がしないねぇ……」
「課長にとっては、慣れたものでしょう?俺の知る限り3度目ですよ」
「そのうち2度は君だね。さすがに36mmは、このコートでも防げないからねぇ」

「鎧衣……この者、そなたの知り合いですか?」
「はい、白銀と申しまして……無礼な変わり者ですが、平にご容赦を」

「ご挨拶が遅れました。国連軍横浜基地所属、白銀武少佐であります」
「煌武院悠陽です。白銀、よしなに……それより鎧衣」

「そうでした……白銀武、HQはどこかね?」
「小田原西インター跡です。……ああ、CPは旧関所跡ですので、横浜基地へは小官の不知火にご同乗ください」

「なるほど、そういう手はずか。──畏れながら殿下、どうかこの者とご一緒ください。多少窮屈ではございましょうが、緊急事態ゆえ、ご容赦の程を……」
「わかりました……白銀、面倒をかけます」
「──鎧衣課長!何をお考えです!?」

ここで黙っていた侍従長が声を荒げたが、鎧衣課長から、この状況下では戦術機のコクピットが最も安全だと言う事を説明され、渋々引き下がった。

「では殿下、よろしいですか?」
「はい、そなたに任せます」

「侍従長、あなたは指揮戦闘車に」
「わかりました。白銀とやら……殿下をしっかりとお守りするのですよ?」

「全力を尽くします」

鎧衣課長は、ひと仕事残っているといって、行動は共にしないようだ。
悠陽は、そんな鎧衣課長の身を案じ、課長は、臣下同士が殺しあっている事に心を痛めている様子の悠陽を、励ます。

「私は直ちに帝都に舞い戻り、微力ながら事態の収拾に努めます」
「頼みましたよ」

「では──「少佐」──失礼、通信が入りました。──どうした?」

会話が落ち着いた所で、行動を促そうと思ったが、CPを兼ねていたまりもから秘匿通信が入った。

まりもから伝えられたのは、城内省が将軍殿下の帝都脱出を決定し、殿下はすでに脱出したとのこと。
目的地は関東圏の鎮守府、および城郭。攪乱のため、囮も同時に脱出したらしい。
そしてその情報が何者かにリークされ、クーデター側は各地の城へ部隊を移動させつつあり、その結果、帝都の戦闘はほぼ終息。
現在は、帝国軍、斯衛軍、国連軍が移動中の敵を追撃中だそうだ。

「──なるほど。わかった。各機に連絡し、全機準戦闘態勢に移行させて待機させろ」
「了解」

一息、嘆息して、鎧衣課長に向き、少し殺気を込めて、軽く睨む。

「殿下の脱出が敵にリークされたようですが……もしかして、あなたの仕業ですか?」

この人が関わっておきながら、脱出と同時に敵に情報が渡るなど、いくらなんでも杜撰すぎる。

「そうだ。決起部隊が帝都城で戦闘を始めなければ完璧だったんだがね」
「へぇ……」

疑惑が確信に変わり、苛立ちが増す。

──目的はわかるが……やってくれる……!

「よいのです白銀……私が命じました」
「……理由を聞いても?」
「殿下は、帝都の民をこれ以上戦火に晒さぬ為に、自ら囮役を買って出られたのだ」

まあ、そんなこったろうと思ったが……せめて、リークのタイミングをもう少し後にしてくれれば、基地到達も容易だったんだが。
距離的に見て、決起軍に補足される可能性はかなり高くなってしまった。

……まあ、動いてしまった事態を嘆いても仕方がない。

「ならば、今は一秒も惜しい。ただちにご搭乗ください。強化装備をお持ちしましたので、先に不知火のコクピットでお着替えください」
「わかりました」

悠陽の着替えを待つ間、鎧衣課長と会話を続ける。

「準備がいいな」
「どうも。リークについても、もう少し早く言って下されば、少しは手を打てたのですがね」
「すまないな。こちらとしても、もう少し後にするつもりだったのだが……」

帝都の戦闘激化のきっかけを作った、歩兵部隊。
日本でどうしても内戦を起こしたい連中の意を汲む者が、そこに紛れていたらしい。

「あちらさんも、なかなか芸が細かいですね。まだ何手か打ってくるでしょうが……」
「そのために私は行くのだ」

──なるほど、ね。

その後、悠陽が着替え終わり、不知火のコクピットから降りてきた。

「白銀、待たせました」

「それでは殿下……」
「どうかご無事で」
「そなたたちも気をつけて……」

殿下へ一時の別れを告げる課長と侍従長。
悠陽の臣下想いな所を久々に見て、心が暖かくなったが、頭は冷え切っていた。
まずは状況確認と……脱出ルートの選定だ。直接横浜基地へ向かうルートは抑えられているだろう。

「では殿下。参りましょう──00からCP……最優先処理だ」

まりもへ秘匿回線を入れ、俺は悠陽とともに、不知火のコクピットへと向かった。



…………………………



<< 煌武院悠陽 >>

「厳しい状況ですね……私が不甲斐ないばかりに」

白銀の厚意で、ヘッドセットを通した映像と音声による情報を得て、ため息がでた。
私を抱えるように着座した白銀は、次々と、きびきびと僚機に指示を出している。

我等が置かれた状況は、芳しくない。

決起軍は既に帝国厚木基地を落としたらしく、明神ヶ岳山中では、帝国軍と交戦中であり、決起軍主力は東名高速自動車跡と、小田原厚木道路跡の2手から進撃中。

そのため、我等は横浜基地へ直接向かう事は叶わず、熱海新道跡より伊豆スカイライン跡に入り、南下せざるを得なくなった。

白浜海岸で横須賀基地所属の艦隊と合流し、海路にて横浜基地へ帰還というその脱出経路は、現状では最良のものであろう。

「──作戦は以上だ。臨時政府が国連軍受け入れに際し提示した絶対条件は、殿下の安全な保護。つまり、本作戦の最優先目標は、煌武院殿下を無事に横浜基地へお連れする事。よって、00の安全を最優先とする。なお、支援車輌部隊は攪乱任務のため、熱海峠から135号線に向かう」

私の身を最優先……当然の事ではあるが、そのために、幾多の兵が命を落とすことを考えると、気が重い。

鎧衣には、私が囮役になるよう、はからわせたものの……この状況を見ると、それが正しかったのかどうか、疑わしくなる。
たしかに帝都の騒乱は落ち着いたが、それ以外の場所では、戦闘は激化してしまっている。
私が帝都を抜けたことで、決起軍に、それまで以上の必死さを煽ってしまったようだ。

あのとき、情報のリークを知った白銀は、怒りをあらわにしていたが……これを予測しての事か。
おそらく鎧衣もこの事が分かっていたから、渋っていたのであろう。

──私は帝都の民を想い、囮となったが……結果、より多くの悲劇を生んでしまったのやもしれぬ。

「──各自の奮闘に期待する。以上!」

通信が終わったのを見計らい、白銀に声をかける。

「本当に……面倒をかけます……」

私の選択が、この状況を困難にしてしまった事も含めて、謝罪した。

「横浜基地へは、無事にお連れします。少々揺れますが、豪華客船に乗ったつもりでいてください」

そう言って、白銀は幾分明るい声で、伊達男のように片目を瞑った。
部下に対する時とは随分違うその様子に、私は少し心がほぐれた気がした。
同時に、外見は私とさほど変わらぬ年に見える白銀に、どことなく、記憶には殆どないはずの、父親のようなものを感じた。

「──207戦術機甲小隊……全機発進!」



[4010] 第23話 おっさん、逃げる
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:44
【第23話 おっさん、逃げる】

<< 煌武院悠陽 >>

12月6日 未明 神奈川県 伊豆スカイライン跡 山伏峠付近

現在、207機甲小隊は、速度を維持し、伊豆スカイライン跡沿いに冷川料金所跡へと向かっている。
ここを抜ければ、決起軍はこちらに追いつく事は叶わぬ。

追撃してくる決起軍の進撃速度も相当なもので、事態は逼迫しているはずだと言うのに……この不知火のコクピット内では、私と白銀の、場違いというべき穏やかな会話が交わされている。

「──と、いうわけなんですよ。ひどいでしょ?」
「ふふふ、面白い男ですね、そなたは」

白銀武と名乗った国連軍の少佐。
逃亡中であるというのに、私はこの者との会話に夢中になっていた。

若いと思っていたが、驚くことに、私と同い年という。
斯衛では、武家の子弟であればそう珍しく無いのだが、国連軍では異質といえよう。

この者の過去ははぐらかされたが、上司である香月博士の要求がいかに無茶か、年上の部下たちがいかに生意気で反抗的か、そしてそれを従わせるのにいかに苦心しているか、など、面白おかしく話してくれ、はしたなくも声を上げて笑い転げてしまった。

会話がひとしきり落ち着いたところで、通信で月詠の名前を聞いた時から、聞いてみたかったことを尋ねてみることにした。

「ところで、月詠中尉が随伴しているということは……そなたの部隊にも武御雷が配備されているはずなのですが……」

私の言葉の意図がわからなかったようで、白銀は不思議そうな顔をした。

「冥夜が……御剣冥夜がこの部隊にいるのでしょう?」
「ええ。おりますよ」

「ではなぜ、武御雷が見あたらないのですか?」
「ああ、それはそうですよ。御剣は国連の訓練兵です。武御雷の使用などという特別扱いは許可できません。それに、アイツ自身、そのつもりはないようです」

考えてみればすぐわかる事だったというのに……国連軍にも、面子と方針がある。
だが、その事を恥じるよりも、あの者自身にそのつもりがない、という点が、私の心を重くした。

「……あの者は今まで1度たりと、私の贈り物を素直に受けてくれたことがないそうです」
「……御剣なりに、気を使っているのでしょう。お心遣いを嬉しく思っていることは間違いありません」
「そうですか……」

白銀の励ましに幾分心が軽くなった。

その後、あの者の近況として、いかに訓練に前向きに励んでいるかを教えて貰い、私もあの者が壮健であることに安堵した。



白銀は、会話をしつつも、操縦桿を忙しげに動かし続けてる。
その動作に違和感を感じた私は、差し出がましいとは思いつつも、好奇心を押さえられなかった。

「白銀、軍機に触れない程度でかまわないのですが……」
「なんでしょう?」

「この不知火、やけに鋭い動きしますが、そなたの腕だけでもないように見えます」
「ああ、それは、新概念のOSを積んでるんですよ」

「新概念?」
「ええ、XM3といいまして──」

白銀発案の新概念を組み込んだ理論であることと、オルタネイティヴ計画の副産物であることが白銀の口から伝えられた。
そして、白銀はこちらの内心に反して、気前良くXM3についての情報を教えてくれた。
……いや、この程度は知っておいて欲しい、というような口ぶりであった。

「……なるほど、あの鬼才と、そなたとの合作ですか」

“魔女”との異名をとる香月夕呼博士。
色々と良くない噂もあるが、その能力を疑うものはおらぬ。
このような素晴らしいOSの開発に携わったのであるから、かの者もまた、人類の為に働く一人の有志なのである事には違いない。

「そのうちお披露目する予定ですし、帝国にもいくつか渡します。その時は、よろしければ殿下もお確かめください」
「ええ、是非に」

私は、本心から、そう思った。

この年齢で少佐であり、これまでの振舞いから、白銀がその地位に劣らぬ優れた指揮官であり、衛士であることはうかがえた。
その白銀が、あの鬼才とともに作り出したOSなのだ。無益なものであるはずもない。

その後白銀は、時折部下に指示を出しながらも、私との会話を止めることはなかった。
なんとも器用な事であるが、会話しながらでも、その目線は一定せず、状況把握はぬかりない様子。

乗り物酔いは、会話をすることで、紛らわせることができる。
白銀の会話は、それを意図したものであり……きっと、私の緊張を紛らわせるためでもあろう。

事実、不知火に乗るまで私にかかっていた重石のような感覚は、相当軽減されている。
私は、内心でそっと、白銀の配慮に感謝した。

しかし、この白銀。
私にこれほど親しげに話す人間は、亡き両親・祖父を除き、これまでおらなんだ。
さりとて、無礼というわけでもなく……私はこの者をどう見ればよいか、いまだに決めかねている。

少なくとも私は、酔いの事とは別に、この者と話を続けたい、という誘惑に抗えなかった。

いつしか、搭乗時よりも互いの顔が近くなっていた事に気付き、頬が熱を持ったのを感じたが……私は距離を取る気にはなれなかった。

──なんであろうか、この感覚は。とても心地よい、だが少し切ない感じは……。

「……本当に不思議な男ですね……そなたは……」

私は、脈絡もなく、そのような事を呟いていた。





しかし、ひとつ気になっていることがある。

忙しい様子の白銀に聞くのは心苦しくもあり、聞いてはならぬことのように思えるのであるが……。

搭乗してよりずっと感じている、私の臀部に当たる、この熱く硬いモノは、いったい……。



<< おっさん >>

会話の様子からすると、悠陽の調子は良さそうだ。

その事には安心したが……少し困った事に、俺のマグナムがさっきからずっと、いきりっぱなしなのだ。

そりゃそうだ。悠陽のケツが乗ってるんだ。
ここで勃たない男は、オカマか不能しかあり得ない。

幸い、悠陽は当たっている事を何も言ってこないが、言われたとしても「正直、すまん」としかいえない。
“前の”世界で、俺とするまで、男の勃起を見たこともなかった悠陽だから、まあ、大丈夫だろう。

どうせわからないなら、と、腰を動かしてやろうと思ったが……後で斯衛にでも尋ねられると、俺の命がヤバイ。
悠陽にはそういった、天然で俺を殺しかけた事が何度かあるのだ。

斯衛の紅蓮大将の目の前で、先日は俺のアレでお腹いっぱいになりました、とか、今日は縛る予定は?とか……。
あのおかげで、鬼の形相の紅蓮大将に、無現鬼道流のかわし方を無理やり教わる羽目になった。……技を伝授されたわけではないのがポイントだ。
無理やり習わされたのは、結果的に役には立ったが……あの修練は、“前の”世界で、一番死を感じた時だった。

まあ、そんなこんなで、いきりたったブツのせいで、目の前の悠陽をひん剥きたくて仕方が無かったのだが……。

──あせるな、まだ時間はある。

自分にそう言い聞かせて、心だけは、なんとか落ち着かせていた。

だが、帰還までにヤってしまうのはさすがに難しいだろうが、そのきっかけくらいは作っておく必要がある。
なにしろ、悠陽と会うチャンスなんて滅多にないのだ。

コイツを落とすのは、そう難しくはなく、弱いセリフも分かっている。
それに、俺に落とされる為に生まれた、といっても過言ではないほど、俺とはかなり波長が合うのだ。
まあ、冥夜と双子なのだから、それは不思議ではないが。

──問題は、いつ仕掛けるかのタイミングだな……。

「──4時方向より機影多数接近!稜線の向こうからいきなり!」

……一瞬、内心を読まれて、怒られたのかと思ったが、監視を担当させていた美琴からの報告だった。

快適なドライブはここまでのようだ。
気持ちを切り替えよう。



<< 白銀武 >>

──追撃が速すぎるな。

帝国軍の部隊が、こうも短時間で抜けられるのは意外だった。
それだけ、追撃部隊の練度が高いという事だろう。

だが、今の脱出ルートなら、幾分余裕があったはず……。
まだこちらに補足されていない決起部隊がいるのかもしれない。

──さすがは沙霧。奴もそうそう、礎になる気は無いということか。

「国連軍及び斯衛部隊の指揮官に告ぐ。我に攻撃の意図あらず。繰り返す。攻撃の意図あらず。直ちに停止されたし」

──停止できるわけないだろうが、まったく……。

追撃部隊から、オープンチャンネルで通信があったが、無視。
沙霧は、悠陽もろとも俺たちを撃墜して、国連と米軍の非を謳うような男ではないから、うかつに撃ってこないはず。
ここは突っ切るしかない。

「──貴官らの行為は、我が日本国主権の重大なる侵害である」

追撃部隊からの再度の警告が聞こえた時──前方より機影多数!……一瞬、肝が冷える。

──いや、ブリップマークが小さい。この反応は、確か……

「00より各機。前方の機影は味方だ。速度を落とさず、そのまますれ違うぞ」
「了解!」×10

「こちらは米国陸軍第66戦術機甲大隊──いいぞ、そのまま行け!」
「ここは任せろ!」

すれ違いざまの、米軍機とのやりとり。
気に食わない奴らでも、この状況ではなんとも頼もしいのだから、俺も勝手なものだ。

「207リーダー了解。よろしく頼む」
「作戦に変更はない。安心して行け」

「207各機、陣形を維持し最大戦闘速度!」
「了解!」×10

さっきの米軍部隊には、ラプターが混じっていた。
さすがにあれは、たやすくは抜けないはずだ。

──この進行速度であれば、冷川料金所跡は、こちらが先に抜けられそうだが……次の手はあるのか、沙霧?

すれ違って間もなく、別の米軍機から通信が入った。

「──207戦術機甲小隊に告ぐ。私は米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官、ウォーケン少佐だ」

いかにも軍人という感じの男の顔が、網膜に投影される。

──その部隊名……さっきの部隊の本隊か。

「現在、我がA中隊が時間を稼いでいるが、彼我の戦力差を考えれば楽観できる状況ではない。我々は亀石峠で諸君らの到着を待つ。到着次第、補給作業を開始する。可及的速やかに合流せよ──以上だ」

必要最小限の情報のみ通達。相手の実直さがうかがえる。

「207リーダー了解。──00より各機。亀石峠まで連続噴射跳躍で行く。各機500刻みでリンク。タイミングは00に同調」
「了解」×10

補給はありがたい。そろそろ悠陽にも休憩させたい所だった。

会話を続けて悠陽の気を紛らわせていたとはいえ、フィードバック情報が蓄積されていない強化装備では、限度がある。



…………………………



12月6日 未明 神奈川県 伊豆スカイライン跡 亀石峠

亀石峠に到着後、すぐに米軍の指示に従い、順番に補給を行う。
補給中、米軍大隊の隊長機から通信が入った。

「こちらは、アルフレッド・ウォーケン少佐だ」
「こちら国連軍横浜基地所属、白銀武少佐だ。助力に感謝する。ウォーケン少佐」

怪訝な顔をされた。──まあ、こんな若僧が出れば、驚くわな。

「これが我々の任務だ。感謝は不要だ。……ところで、以後はこちらの指揮下に入ってもらいたいのだが」

あちらは大隊、こっちは混成の中隊だから妥当な申し出だが、指揮権を渡してしまうのは、少々困る。

「いや、すまないがそれはできない。このような場合、米軍の指揮下に入ることは禁じられている。ここは斯衛と同様、随伴となるか、こちらの指揮下に入ってもらうしかないのだが、どうする?」

禁じられている、というか、夕呼のお墨付きを貰っているだけだが、まるっきり嘘でもない。

殿下の身柄を預けるわけにもいかないし、日本のいざこざで米軍機を損耗したくないからといって、こちらの面子を捨て石にされても困る。
まあ、そんな姑息な事をするような男には見えなかったが、人間、見た目ではわからないものだ。リスクは減らしておくに限る。

「……了解した。では、協力部隊として随伴させてもらう」

あちらも、使いつぶされるのは御免だろう。
ウォーケン少佐の返答は、俺の予想通りだった。

「これからの行動だが、我々は予定通り――」

ウォーケン少佐と、現状の整理と脱出ルートの説明を行う。
向こうとしてもすでに予測を立てていたのだろう。大して驚きもせず、素直に受け入れた。

短い打ち合わせの結果、米軍機が両翼と最後部を固めるという隊形で落ち着いた。

これで、最悪でも冷川料金所跡は先に抜けられるはず。

だが、脱出の成功が見えてきたというのに……俺の心は、晴れなかった。

──何か、見落としているような……。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

12月6日 明け方 神奈川県 伊豆スカイライン跡 沢口付近

想像以上の追撃部隊の速さに、こちらの行動もあわせて修正する必要が出たものの、今の状況は明るい。
緊張がないわけでもないだろうに、最初から全く自然体を通した白銀少佐は、さすがと言える。

訓練兵たちも、緊張は隠せないものの、落ち着いてはいる。
最後まであの状態を保てれば良いのだけれど……。

「噂のラプターの実物を初めて拝見したが、なかなか精悍だな、ウォーケン少佐」
「ふ、こちらこそ、武御雷、不知火、吹雪と、日本の誇る3名機を拝めて光栄だよ。白銀少佐」

オープンチャンネルで交わされる、隊長同士の軽口。
白銀少佐が米軍にあまり良い感情を持っていないことは知っているから、この会話は、部下達に聞かせるためのものだろう。

こちらは、米軍に当然含みがあり、米軍の衛士は、この情勢で、クーデターを起こした日本という国を快く思っていないだろうから、このやりとりで、協力しあう部隊の殺伐とした空気を、わずかでも和らげようとしているのだろう。

クーデターの事には触れず、当たり障りのないやりとりが続いていたとき、少佐が話題を変えた。

「ところでウォーケン少佐。万が一敵部隊が追いついた時には、貴官にはきつい作業を担当していただく事になる。その時は、いい物をやるから、死ぬんじゃないぞ?」
「ほう?いいもの、とは?」



「……将軍殿下が今着用なさっている、強化装備だ」



ブフォーーーーーー!

「し、少佐!」「ふ、不敬ですぞ!」

噴いた直後、月詠中尉と同時に突っ込んでいた。

「な、なにを、ば、馬鹿なことを――」

ウォーケン少佐は表情を変えてはいなかったが……頬が赤い。眼だけが横を向いている。

──この人も……結構、複雑な人のようだ。

「現在、殿下がご着用の強化装備は、国連軍が貸与しているものだ。当然ながら横浜基地に着けば我々に返却される。それを、日米友好の証として協力部隊に進呈しよう。……殿下は良い匂いがするぞ~、ウォーケン少佐!」

白銀少佐は、殿下の頭付近をくんかくんか、と匂いを嗅ぐしぐさをして──『ニコっ』と表現するのが最も適切だろう。
なんとも素敵な、つい笑みを誘われそうな、心からの笑顔だった。……その台詞さえなければ、だが。

そして、言われた当のウォーケン少佐は、先ほどと目線と表情は変わらず……いや、鼻の穴が広がっている。鼻息も少し荒い。

──思ったより親しみやすい人なのかもしれない。……私は遠慮するが。

白銀節は相変わらずのようだけど……こんな少佐を初めて見る訓練兵と斯衛は固まっている。

──緊張は解れたみたいだけど……ちょっと抜けすぎじゃない?

それよりも驚きなのが、

「し、白銀、困ります。そのような事……」

と、照れてはいるが、少佐にくんかくんかされて、……どうみても嬉しそうな殿下の様子。

――殿下ですらこの短時間に……私だってくんかくんかされたいのに……いや、後半は無しね。

その様子に、殿下が『メンバー』の一員となる日は、そう遠くないだろうと思った。



全員の緊張が抜けたその時、──上空に機体反応!

──友軍機……帝国軍671航空輸送隊?厚木基地所属部隊……。

少佐に警戒を怠らないよう言い渡されていなければ、気付くのが遅かったかもしれない。
不審に思ったが、ひとまず全機に通信を入れ、注意を促す。

「作戦参加は聞いていないが……」

ウォーケン少佐が怪訝な声を上げる。
そして、月詠中尉が、はっとしたように叫んだ。

「──空挺作戦!」
「なに!?」

驚きの声を上げたのはウォーケン少佐だったが、私も──全員、同じ思いだっただろう。

──まさか!空からなんて……!

囲まれる!敵影マーカーが、私たちを囲むように、どんどん増え──



「うろたえるな!」



心が泡立ち始めてすぐ……白銀少佐の声が轟いた。

「よく見ろ。敵の配置はまばらだ。まだ包囲が完成されたわけではない。敵の態勢が整わないうちに、このまま12時方向へ最大戦速で強襲、突破する。00と06のエレメントを中心に、右翼を斯衛小隊、左翼は207小隊。ウォーケン少佐は、麾下の戦力をもって後方の追撃機に当たっていただきたい」

少佐は、落ち着いた声で、すぐさま対応策を提示した。
その声を聞くうち、こちらもなんとか落ち着きを取り戻せた。

しかし……輸送機を確認して数秒。なんという決断の早さ。
いや、警戒を促されていたのだから、この場合も想定していたのかもしれない。

それにしても、米軍を迷うことなく盾に、とは。
確かにこの状況、今回の米軍の行動目的からすると正しいのだろうが……敵の練度によっては、使い捨てになるというのに。

「ハンター1了解。我々はそのために来たのだからな。しかしトップは大丈夫か?」

このあたり、さすがに大隊を率いるだけあって、いち早く反応したのはウォーケン少佐だった。
彼も、この状況ならそれしかないと判断したのだろう。

トップは白銀少佐と私。自信はある。
少佐とのエレメントは体が覚えこんでいる。
正面のあの程度の敵など、数の内にも入らない。

「ああ、真正面はたった2機だ。問題ない。まあ、こっちを気にせず、後ろからの客をもてなす事に専念してくれ」
「ふ、了解」

「月詠中尉、右翼は若干数が多いが頼むぞ」
「──承知」

「“榊”、207は貴様に任せる。上手く使えよ」
「り、了解!」

榊が戸惑ったのは、久しぶりに少佐から名前で呼ばれたからだろう。
今だけは一人前扱い、という短いサインだ。

各隊長に指示を出し終え、少佐は訓練兵全員に向けて、声をかけた。

「訓練兵に告ぐ。ここが正念場だ。何を失い、何を手に入れるか、それは貴様等の覚悟次第だ。その吹雪には、俺と副司令、神宮司軍曹、そして貴様達自身が育て上げた最高のOSが積んである。これまでの練成がお前たちを守るだろう。自信を持って、今やれることをやれ。いいな?」
「了解!」×5

今まであの子達にはかけたことのない、穏やかな、落ち着く声。
訓練兵の目から、動揺の色が消える。

「合図と同時に、各機、最大戦闘速度──」

決起軍の降下が目視できた。

──そして戦いが、始まる。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月6日 明け方 神奈川県 箱根周辺

周辺に散らばる、凄惨な光景──決起軍の残骸を見ながら、数時間ぶりに、一息つく。

「ヴァルキリー・マムより各機。周辺の敵影、ありません」
「残敵無しか。あらかた食ったな──各機、被害状況を報告しろ」

全員から報告を受ける。

築地機が何発か被弾したものの、行動に影響はない様子だ。

「ここでだいぶ遮断できましたね」
「そうだな」

風間に返答し、数時間前、副司令より任務変更の通達を受けた時の事を思い出した。

煌武院殿下を、白銀少佐の部隊が保護した、という所までは想定内だったが、その情報が敵にリークされたという所にはヒヤリとした。
そして、我々は207部隊へ殺到する増援部隊を箱根手前で遮断すべく、急行する事になったのだ。

これまでにない過酷な戦力差だったが、XM3の機動を生かした連携の前には、決起軍は次々とその屍を晒す事になった。
彼らはきっと、少佐と初めて戦った時の私たちと、同じ気持ちだっただろう。
だが、憐憫はあっても、後悔はない。

「随分、気合が入っていましたね、速瀬中尉。自分の男は自分が守る、といったところですか?」
「まーねー。ここで踏ん張った分、あっちの負担が減るもんねぇ」
「内助の功、というやつですね。健気なことで」

雰囲気を変えるかのような、速瀬と宗像のやりとり。
全員、人間相手に怯むことなくよく戦ったが、やはり人を殺したという罪悪感はある。
率先してこういう会話をしてくれるのだから、猥談で押され気味とはいえ、やはり宗像の存在はありがたい。

「宗像中尉。自分“たち”の男です。間違えないようにしてくださいよ」
「そうそう!」
「そうです!」

柏木が割って入り、涼宮茜と築地が同意する。

──ホント、ハーレムよね……。



その時、涼宮の硬い声が割って入った。

「──ヴァルキリー・マムより各機。5時方向より機影多数、接近中!」

すぐさまレーダーを確認し、モニターを望遠モードにする。

──露軍迷彩の不知火。これは……富士教導団、か。

「おやおや、教導部隊まであちらの一味でしたか」

宗像が呆れたような口調で嘆息した。
私も同意見だ。これほどの部隊が決起軍に与しているとは……。

あれ以上の部隊は考えられない。
恐らく、敵の切り札だろうが……我々が最も手ごわいと見て、その札をこっちに切ってきたか。

どうやら頑張り過ぎたようだが、まあいい。
それだけ我々が戦況に影響を与えている、ということだ。

気持ちを入替え、全員に発破をかける。

「貴様等、相手は教導のエリートだ。だが、こちらも香月副司令直属の特殊部隊。肩書きでは負けてはいないぞ!」

「相手にとって不足はありません!」
「人の恋路を邪魔するやつは──ってやつですよ!」

高原と麻倉が、真っ先に威勢の良い台詞を吐いた。
速瀬が言いたかったようだが……台詞を奪われて、苦笑いしている。

──ふ、頼もしいことだ。

「よーし、良い気合だ。こっちにはXM3というアドバンテージがあるんだ。各機、動きを止めるなよ!」
「了解!」×8

そして、この夜、A-01にとって最も苛烈となる戦闘の幕が開けた。



[4010] 第24話 おっさんの戦い
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/13 01:49
【第24話 おっさんの戦い】

<< 沙霧尚哉 >>

12月6日 明け方 神奈川県 伊豆スカイライン跡 沢口付近

輸送機からの降下中、同志達が、殿下を保護したと思わしき部隊を包囲する様を見ながら、私は彼らに対し、警告の通信を入れた。

「国連軍指揮官に告ぐ。私は、本土防衛軍、帝国守備第1戦術機甲連隊所属の、沙霧尚哉である。直ちに戦闘行動を中止──なにぃ!」

包囲が完成したと思いきや……彼らはそのまま進行方向へ急行し……強引に、包囲を“食い破った”。

なんだ、こいつらは……我々は包囲したはずだ。

……いや、違う。包囲する前に、降下直前の油断を突かれ、各個撃破されてしまったのだ。

箱根手前で国連軍の精鋭により、追撃が絶望的に思えたとき、私は天啓ともいうべき閃き──陥落させた厚木基地からの、輸送機を用いた空挺作戦を思いついた。
だが、それを思いついたことで、慢心してしまったようだ。

馬鹿正直に円形に囲む必要はなかった。
敵の進行方向は明白なのだ。追い越して、そこに陣を構えて足止めをすれば、後続の部隊と挟撃できたというのに……。

自らの失策を悔やむが、時すでに遅し。

先行と足止めの2部隊に分かれた敵を追うためには、こちらも2手に分けるしかない。

しかも、先行部隊に対しては、下策なれど、戦力を逐次投入するしかないのだ。
一旦陣形を組み直したい所だが、その隙に距離をとられ、もはや追いつく術を失った我々にとっては、“詰み”になるだろう。

「隊を2手に分ける。A、B中隊と私は、先頭の不知火を止める。他は米軍機を片付けろ!」

同志に指示を出し、自らは先行部隊へと向けて、乗機を最大戦闘速度まで上げる。

……結局、一手で覆したはずの状況が、ただの一手で、再び追い詰められてしまった。

それに、あの先頭の不知火。
その僚機の支援も見事な手際だが、すり抜けざまの一瞬で、同志2機のエレメントを撃墜──。

「……なんという手練」

同志が落とされたというのに、私は思わず賞賛の声を上げていた。

決起軍の面々は、いずれも劣らぬ精鋭。
それを、こうもあっさりと……。

最も警戒すべきは、最新鋭機のラプターを含む米軍部隊だと思っていたが、先頭を駆けるあの不知火こそ、最も注意すべき敵だ。

そして、左翼の吹雪の小隊……まるで……そう、スズメバチが獲物に群がるような攻めは、箱根で凄まじい程の強さを見せつけた不知火の中隊と、明らかに同系統だ。
訓練機の吹雪──おそらく、搭乗者は訓練兵だというのに──次々と同志が屠られていく。

私の脳裏に、ひとつの情報が浮かんだ。

先日の新潟BETA上陸に際し、既存概念を覆す機動を取る中隊がいた、という噂は、耳に挟んでいた。
情報によれば、その部隊は横浜基地の部隊ということも。

箱根の不知火中隊がそうだと思っていたが……こちらにもいたようだ。

──私もいよいよ、覚悟を決めねばならんか。……よろしい、本懐である。

ここが、決起成否の分水嶺と腹をすえ、私はこれからの戦いに、心を切り替える──。



<< 月詠真那 >>

空挺降下を悟った時、私は完全にしてやられた、と思った。

戦術機の空挺……ましてや危険空域での航空機使用などあり得ないという、硬直化した思考の隙をつかれたのだ。

しかし、それを逆手にとる白銀少佐の迅速な判断で、我々は、逆に敵の意表をつけたようだ。

少佐の意図通り、敵の包囲はいびつな状態となり、後方の大部分は米軍に足止めをされている。
こちらの先頭を取ろうと、順次足止めにかかってくる決起軍を各個撃破しながら、私は白銀少佐に対する感嘆の思いを抑えられなかった。

かねてより、動じぬ男であると思っていたが、あの様な突然の事態に、ああも冷静に対処されては、格の違いを見せ付けられたようだった。

その判断力もさることながら……。

──なるほど、一流の衛士だ。それも、かなりのもの。

白銀少佐の不知火が描く、一分の無駄もない軌道と、的確な攻撃。
右翼の戦闘に専念すべきなのはわかっているが、演武のようなその機動に、つい魅せられそうになる。

──あの若さで少佐なのは、“魔女”の贔屓だけではない、か。

それに、さきほどからの訓練部隊の動き……噂の新OSの力もあるだろうが、なんとも見事な連携。
戦術的に有利な状況とはいえ、決起軍を圧倒している。

確かに、冥夜様をはじめ、他の面々も能力的に優れていることは把握していたが、初の実戦でこれほど戦えるとは。

──我々も、負けてはおれぬ。

「貴様等、我々も良いところを見せねば、わざわざ随伴した甲斐がないぞ!各自、奮闘せよ!」
「了解!」×3



<< 御剣冥夜 >>

──珠瀬の切れが良い。

207小隊を少佐より任された榊が取った戦法は、珠瀬を中心に据えたもの。

前衛たる私と彩峰が、陽動ないし接近戦を挑み、敵の行動の隙を作り、そこを珠瀬が射撃で落とす。
榊と鎧衣は、その支援に徹しているが、全員に共通するのは“動く”こと。

少佐からは『このOSは動いてナンボ』というお言葉を良く聞かされる。
確かに、XM3の真価は、その機動性にある。

今回とった戦法も、その機動性を生かした、訓練で行なっている連携パターンのひとつで、演習で白銀少佐と神宮司教官のエレメントを最も苦しめた戦法であった。
榊の選択も、この事に由縁しているであろう。

珠瀬は、高速機動を取りながらの精密射撃、という、最も負担が高い作業をこなさなければならぬが、ここ最近の珠瀬の射撃技術は神がかっている。
全員、その事に対して疑いはなかった。

こと射撃技術に関しては、珠瀬は白銀少佐をも凌駕する。
そんな珠瀬であるが、この技術は少佐に無理やり仕込まれたようなものだ。
「貴様ならやれるはずだ!やれ!」と、脅しつけられながらも、珠瀬は少佐の期待通り、習得してしまったのだ。

だが、本土防衛軍は精鋭。
いささか不安もあったのだが……それはすぐに払われた。

「少佐と教官に比べれば、止まって見えるね!」
「鎧衣、油断は禁物よ!」

内心では私も鎧衣に同意だったが、榊の申した通り、慢心は禁物。
演習では、白銀少佐の擬態で、よく油断“させられて”、痛い目を見る事が多々あったのだ。
慢心が最も怖い敵だという事は、我等の心胆に染みている。

しかし、このXM3の力と、さんざん少佐に鍛え上げられた我等の技量は、正規軍を圧倒できるほどになっていたようだ。
演習ではいつも凹まされていたので実感はなかったのだが、こうも拍子抜けだと、心が浮かれて沸き立ちそうになる。

そんな、自らを戒める意図も含め、全員に向けて言葉を発した。

「相手は正規軍だ。追い込まれればどう出るかわからぬぞ。榊、次の手が接近中だ。作戦は継続でよいのか?」
「ええ、そうね。珠瀬、まだいける?」
「はい!次、右の機体から仕留めます!援護お願いします!」
「鎧衣、サポートお願い!彩峰と御剣は──わかってるわね?」
「「「了解!」」」



<< 煌武院悠陽 >>

白銀とその僚機たる06の連携は、見事の一言に尽きる。
囮と攻撃役を絶えず入れ替えながら、次々に襲ってくる決起軍を蹴散らすかのごとく、あっさりと撃墜する。

包囲を破ってから、戦いながらの進行だというのに、その速度自体は殆ど落ちていなかったが、さすがに一直線で進行するわけにもいかぬゆえ、徐々に追いつかれ始めていた。

そして、決起軍の首謀者たる沙霧が、白銀へと問いかけてきた。

「先頭の不知火の衛士に問う!その戦い方、貴様も日本人だろう。その卓越した能力をもつ貴様が、なぜ米国の手先となり、この帝国を腐らせる逆賊共に与するのだ!」
「……」

「貴様も他者に隷属する事を良しとする日和見主義者か!?」
「……」

「どうした、答えろ!答えて見せろォォッ!」
「……」

「……日本は全人類への奉仕という大義に(プチッ)」

白銀は、沙霧の問いかけに一切返答をせず、オープンチャンネルを切った。

「00より各機、オープンチャンネルを切れ。我々の意思を乱そうとする敵の策略だ。以後、専用チャンネルで通信しろ」
「り、了解」×10

「し、白銀……良いのですか?」

戦闘のさなかだというのに、あまりに平然と、沙霧の言葉を遮断した白銀に、問うてしまった。

「今は殺し合いの真っ最中です。敵のたわごとに耳を傾ける余力はありません」

と言いつつも、白銀はとても余力がありそうに、淀みのない操縦で決起軍の機体に銃弾を浴びせていた。

──いや、違う。部下が惑わないように、ですね……。

白銀の言動はいちいち私を驚かせるが、その内容は、全て理があるものだ。
何者にも惑わされない意志。それが、この白銀の強さのひとつ……。

しかし、討たれる決起軍を見るたび、私の心は落ち込んで行く。

──本来ならば、人類の仇敵、BETAに向けるべき力が、このような形で……。

そのやり場のない思いは、白銀が発した言葉で中断させられた。

「殿下、沙霧が追いついて来たようです。流石に早い……ん?――そんなに話がしたいか」

そう言って、切っていたオープンチャンネルを開いた。
白銀の言葉から、沙霧が通信要求信号を送っていた事が窺えた。

「オープンチャンネルを切るとは、見事なほど徹底しているな。貴官の名は、教えては貰えんのか?」
「国連軍横浜基地所属、白銀武少佐だ。戦場で無駄話とは余裕だな、沙霧大尉」

「我々の大義を無駄話と……いや、語るまい。貴官とは相容れぬということがわかった」
「それでいい。ごたくは生き残ったら好きに述べるがいい」

「ああ、そうさせてもらう――いざ、参る!」

沙霧の咆哮と同時に、両者の機体が目まぐるしく入れ替わる。

白銀と沙霧の不知火が交差──沙霧の繰り出す長刀と白銀の放つ銃弾が、互いの機体を掠りそうになる。

沙霧が使うは長刀のみ。
白銀は突撃砲と長刀を、巧みに使い分けながら、幾たびか交差が繰り返された。

「00より06。次の交差タイミングで支援射撃だ」
「了解」

沙霧との一騎打ちかと思いきや、僚機に援護射撃の指示を出す白銀。

一瞬呆けてしまったが、それが私の感傷にすぎない事をさとり、恥じる。

これまでの言動から、白銀が“実”を何より優先する事はわかっていた。
そのような感傷に捉われるはずもないのだ。

「少佐!邪魔が入りました!」
「チッ──こちらの性格はお見通しか。06、そいつは任せる!」
「了解……すみません!」

されど、沙霧も支援機に06への妨害を命じていたようだ。
してやったりという声で通信が入る。

「せっかくの晴れ舞台だ。無粋は困るな、白銀少佐!」
「やってくれるな、沙霧。だが、まさか卑怯とはいうまいね?」

「それこそまさかだ。貴官の方針は理解した。貴官は全く正しい。……だが、正しいゆえに、私とは相容れぬのだ!」
「そういうことだ」

高速機動で、めまぐるしく銃撃と剣戟を繰り広げ、戦闘をしながらも、会話を続けるふたりの衛士。

──どちらも、見事な武人よ……ああ、この者たちが協力しあえれば、どれほどBETAを殲滅することができたであろうか……どれほど、他の兵に対しての範となったであろうか……。

もはや叶わぬ光景を夢想し、私は悔恨で涙が出そうになった。

──私が、不甲斐無いばかりに……。

悲しみにくれそうになったとき、白銀が頭上から言葉をかけてきた。

「殿下、この事態は貴方のせいじゃない。人は何事も、自分のできる範囲でしか、できないものです」
「し、白銀……」

簡潔な言葉であったが……私は救われた思いがした。

「この動きじゃ足りない――悠陽、ハーネスを外して俺に正面からしがみつけ……早く!」
「は、はい」

表情の変わった白銀にせかされて、慌てて言う通りにした。

白銀の物言いは、無礼とするべきところだったが……そうする気持ちは湧かなかった。
悠陽、と最後に名前で呼ばれたのは、今は亡き祖父以来だろうか。

「眼をつぶって俺に強くしがみつけ、いや、もっと――そうだ」

……私は、不思議と素直に従っていた。

「心配するな、お前を無事基地まで届けるのが俺の仕事だ。30秒ほど我慢していろ」



──お前。お前。お前……



その言葉を反芻し、えもしれぬ恍惚感に浸りそうになる。

「……いくぞ」

私が呆けそうになり、白銀が静かに声を発するやいなや、これまでにないGが、様々な方向から私の体を襲った。



…………………………



そして、白銀の申した30秒より、だいぶ短かったように思えたが、

「もういいですよ、殿下」

という白銀の優しげな声で目を開くと──沙霧の不知火が崩れ落ちる所だった。



<< 月詠真那 >>

──なんだ、今の機動は……!

背筋が凍りつく……。

新型OSの力もあるだろうが、それまでの動きも凄まじいものだった。

一切の無駄を省き、効率的に敵を屠る機動。
我ら斯衛の流儀に近いその動作は、美しいとすら思えた。
だが、それは理解の範疇でもあった。それが……

──なぜ、ただの不知火であのような機動ができる。

それまでの無駄のない動きに比べ、今の機動は……無駄だらけに見える。
だが、一見無駄に見えるその動きは、全て陽動に繋がっている。

飛び上がったかと思えば逆方向に噴射し、強引に着地、……したかと思ううちに水平噴射。
直線的軌道をとったと思えば次は曲線。
まさに、変幻自在と表現すべきその軌道は、私の常識を覆すに十分すぎた。

精強で名高い沙霧大尉が、いいように翻弄され──ごくあっさりと、沙霧大尉の機体を──コクピット部から機関部にかけて、白銀少佐の刃が切り裂いた。

……今ならばわかる。これがあの男の本領だ。あの動きは……207小隊の動きと同系統だ。

──逆だ。白銀少佐が、“オリジナル”ということだろう。

それまでの動きは推進剤や、各関節部品の損耗を極限まで節約したものだ。
それは、私にとって理想の機動に思えたというのに。

──あれで、手加減していたというのか……

衛士として遥か高みにいるということを、私は理解し、そして、このとき私は…………尊敬してしまった。




「見事だ、白銀少佐。……悔いはない。……この国の…………いや、世界の未来を頼む」

まだ息があったらしき沙霧大尉から、通信があった。

沙霧大尉も、今の攻防で何かしら感じたのだろう。
その声は、悟りきったような、穏やかな声。

「……ああ。お前のやったことは俺の主義に真っ向から反するが……少なくとも、無駄にはしない。安心して冥府へ逝け」

白銀少佐の台詞は内容は乱暴だったが……沙霧大尉に合わせるかのような、優しい声だった。

「……感謝する」

簡潔な、沙霧大尉の謝意。



そして、機関部が限界に達し……沙霧大尉の体は、その乗機とともに、爆発に飲み込まれた。

──沙霧大尉……貴官等の所行が、人々の心に潔癖や徳義を目覚めさせただろう。……この国は、きっと、救われる。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

沙霧大尉が討たれた事で、決起軍は降伏。
その扱いは、後続で追いついた帝国軍の支援部隊に任せる事となった。

どうやら沙霧大尉は、自分に何かあった場合に備え、あらかじめ指示を出していたらしい。

これで、このクーデターも終息に向かうことだろう。

現在は、煌武院殿下が、白銀少佐の本気の機動で消耗してしまったため、休憩中となっている。

念のため、米軍機数機に周辺警戒を任せ、他は全員、機体から降り、新鮮な空気を吸っているところだ。

「結局、決起軍の夢は一晩で潰えたか……だが、だいぶ死んだろうな」
「ええ、こちらに死者が無い事が幸いです。米軍部隊は半壊してしまいましたが」

だが、白銀少佐の迅速な判断で機先を制していなければ、誰かが死んでいてもおかしくない状況だったのだ。
戦死者は痛ましいが、これ以上は贅沢というものだろう。

少佐と話をしていると、噂をすれば──という訳でもないだろうが、ウォーケン少佐が近づいてきた。
隣には、見慣れない女性衛士を連れている。

その衛士は、イルマ・テスレフ少尉と名乗った。

──淡い金髪の美人……まずい、少佐が好きそう。……まあでも、さすがにもうすぐお別れだから、心配しすぎよね。

一瞬湧いた警戒心を、かき消す。

「ウォーケン少佐、無事でなにより。おかげで、あとは“乗客”を目的地へ運ぶだけだ」
「いや、貴官の助言がなければもっとやられていた。感謝の言葉もない」

戦闘開始前に白銀少佐からウォーケン少佐に向けた助言。

『距離を保ち、射撃に徹する』という作戦。
短い内容だったが、意図はすぐに伝わった。

米軍は、近接格闘戦は重視していないと聞く。対して、帝国軍はみっちりと近接を行う。

これはお国柄といってしまえばそれまでだが、米軍は火力主義・物量主義ともいえる戦法を得意としている。
いかなラプターとはいえ、懐に潜り込まれてしまえば、性能の劣る不知火でも、互角以上に持ち込まれることは想像にかたくない。

結果、白銀少佐の助言を受け入れたウォーケン少佐の指揮により、米軍部隊が優勢に戦況を進められたものの、結果的にその数は半減していた。
決起軍の錬度の凄まじさが窺える。

「なんの、的確に運用したのは貴官自身だ。感謝は不要だよ」
「貴官が言うなら、そういう事にしておこう」

ウォーケン少佐は、笑みを浮かべてそう答えた。

「しかし、生きて帰らないと思ったから、思い切った賞品を出したんだがなあ」
「はっはっは、それは計算外だったな」

白銀少佐がとんでもないことを言って、内心焦ったが、ウォーケン少佐は、気にした様子もなく、笑い飛ばした。
このふたり、ずいぶんウマが合うようだ。

──いいなぁ、こういうのって。

「まあ、冗談はこれまでにしておこう。私が本気で、殿下の強化装備を欲しがっていると思っている輩が何人かいるようだからな……まったく、あれは場を和ますための芝居だというのに」

ウォーケン少佐は、やれやれ、というふうに、いかにも米国人らしく肩をすくめた仕草と、キザな表情で締めくくった。

あの後、部下から何か言われたのだろうか。それとも対外的にまずいと思ったのだろうか。
しかし、あれは本気としか見えなかった。
むしろ、さっきの台詞がちょっと説明臭く、それこそお芝居のように見えた。

そう思うのは私の穿ちすぎか……いや、隣のテスレフ少尉も、も疑わしげな目をしている。

──まさか……この会話を聞かせるために、テスレフ少尉を連れてきた、とか……?

だとすると、この人もなかなか可愛い所があるのかもしれない。……私は遠慮するが。

「そうなのか?なら、俺がもらっておくよ」
「……」

白銀少佐のその言葉に、ウォーケン少佐は複雑そうな顔をした。

──やっぱりね……。

テスレフ少尉と目が合い、お互い苦笑を交わすことになった。

私は、この人とウマが合うかもしれない。



…………………………



<< おっさん >>

──まずい。

ウォーケン少佐との対話後、207の連中の所にまりもを向かわせたのだが、少し後悔をした。

──呼び戻すか……いや、だめだ。アイツらには、ケアが必要だ。

何しろ、実戦で人を殺したのだ。
まだ、戦闘直後で高揚感があるかもしれないし、余計な事は帰還後に考えろとはいったものの、ここで落ち込んでしまう可能性はある。

俺では逆効果かもしれないから、ここはまりもでないと駄目だろう。



しかし……この俺のいきりたったマグナムは、今や暴発寸前だ。

悠陽が乗っていただけでもまずいのに、最後に正面から抱きつかせたのだ。

まあ、沙霧がてこずらせてくれたおかげで、どさくさで悠陽を一番揺らす台詞「お前」と言えたので、それ自体は良い。
これで悠陽は陥落寸前だから、悠陽攻略面では上々の成果だ。

だが、戦闘後のたかぶりも相まって、もう本当にやばい事になっている。

──今なら京塚のおばちゃんでも押し倒してしまうかもしれない……。

こんな状態で、再出発時に悠陽が乗ったら、間違いなくひん剥いてしまう。

──仕方がない、20年ぶりのオナニーでもするか……。

そして、雑木林の中に入り、強化装備を脱ごうとしたところで、



「ハァイ、ミスターシロガネ。ちょっとお時間、よろしいかしら?」



──生贄、発見。



[4010] 第25話 夜明けのおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/13 01:49
【第25話 夜明けのおっさん】

<< イルマ・テスレフ >>

12月6日 明け方 神奈川県 伊豆スカイライン跡 沢口付近

「ハァイ、ミスターシロガネ。ちょっとお時間、よろしいかしら?」

“標的”が都合良くひとりになっていたのを確認し、明るく声をかける。

こちらを向いた国連軍の指揮官、白銀武少佐は、一瞬、目をぎらつかせた……のは気のせいか。きょとんとした顔をしている。

日本人は、私たちから見れば、実年齢以上に年少に見えるけど、それを差し引いても、この若き指揮官は……少年と表現するしかない。

通信で見たときや、さっきの対話とは、ちょっと様子が違う、ような気も……。
あの時は、若さに似合わない毅然とした態度で、堂々とウォーケン少佐とやり合っていたはず。

「あ、テスレフ少尉、どうかしたかい?」

私に気付くと、にっこりと笑って、私に微笑みかけてきた。
透明感のある、とても素敵な笑顔……一瞬、どきりとする。

「ええ、貴方の指揮と戦術機の操縦、凄かったから。良かったら話を聞かせてもらおうかなって」
「ええっ!そ、そんなぁ……誉めすぎだよ……」

頬を赤らめ、慌てて首を振る少年。

──あら、かわいいじゃない……。

階級を感じさせないくだけた態度に、丁寧な言葉で話す事は、私の頭からすっかり抜けていた。
私は、彼の軍人とは思えない幼い反応に、今は難民キャンプにいるはずの妹の事を思い出していた。

「そんなことないわよ、米国にも、あれほどの腕前の衛士はいないわ」
「……」

照れくさそうに、そっぽを向いて、人差し指で頬を掻いている。

──男には平気でも、女には弱いってことかしらね。……ふふ、チョロそうね。



…………………………



(数分後)

「私もね、まさか人間相手の作戦に駆り出されるなんて、思ってもみなかったわ」
「そうだね。俺もだよ」
「日本には1度来てみたいと思ってたんだけど……こんな形で、それが叶うなんてね」

このタケル──さきほど、お互い、名前で呼ぶようにした──は、とても純情な少年で、会話をする時、こちらを正視できないようだ。
私と目が合うと、慌てたようにうつむく。

使命感半分、好奇心半分だったけど、この会話の間、私はこの初心な少年をからかっていて、……次第に調子に乗り、大胆になっていた。

「ね、タケル……私、強い人って好きなの……」

そっと身を寄せて、タケルの腕に胸を押し当てる。

「だ、だめだよ、イルマ……まずいよ……」

言葉とは裏腹に、とても意識してるのが、手にとるようにわかる。

──ふふ、本当、チョロいもんね。

しかし……本当に疼いてきてしまった。
それに、この子……相当私の好み。この反応からして、童貞に違いない。
そこまでするつもりはなかったけど……“食べて”しまおうか。
その方が情報も聞き出せやすくなりそうだし……これも任務のうちよね、うん。

短い逡巡の後、あっさりと方針が決まった。

「ね、お姉さんがイイコト教えてあげよっか?」
「イイコトって、な、なに……?」

興味津々な様子。

「強化装備脱いだら、教えてあげる。……ほら、私も脱ぐから。ね?」

ふふ、と笑って、ゆっくりと脱ぎ始めると、タケルも恥ずかしそうにしながら、その強化装備を脱ぎ始めた。

そして、お互い裸になり、股間を隠してもじもじとするタケルの唇に、そっと口を合わせようとしたとき……



タケルが獰猛な笑みを浮かべ……その瞳が、ギラリ、と、ピンクに光ったような気がした。



…………………………



(数十分後)

<< おっさん >>

「06より00──少佐、煌武院殿下が、全将兵にお話があるそうです。お越しいただけますか」

強化装備を着終え、ヘッドセットをつけてすぐ、まりもから通信が入った。

──ナイスタイミング。あぶないあぶない。

「了解。すぐ向かう」

通信が切れた後、俺は裸で横たわってる凄惨な状態になったイルマを見下ろして言った。

「イルマ。お前も早く用意しろ。将軍殿下がお呼びだ」
「ハァ、ハァ……ま、まって、お願い、もう少し……」

息も荒く、涙目ですがりつくイルマを見て、俺は満足感を覚えていた。

──ふ、チョロいもんだ。

馬鹿なイルマが、俺が臨界点の時にひょっこり顔を出した時は、襲い掛かりそうになったが、そこで止まれるのが、この俺、白銀武だ。

強化装備を破くプレイは“前の”世界で冥夜とよくやったので、襲う事自体は簡単だったが、後で言い訳ができない。
一瞬の分析で、イルマにショタっ気があるのがわかったので、俺の演技力で自分から脱がせるように持っていった、というわけだ。
まあ、ここまで上手く行くとは思っておらず、駄目そうなら無理やり──いや、強引に口説いてしまおうと思っていたのだが、杞憂だったようだ。

もちろん、あんな演技は俺の好みではない。
なにせ俺は38才。いいおっさんが純情少年のフリなど……誰かに見られたら恥ずかしさで、そいつを殺すか犯すかしてしまいそうだ。
(言うまでもないが、殺すのは男で、犯すのは女だ)

まあ、それだけ俺が切羽詰っていて、四の五の言ってられなかったということだ。

──しかし、やはり俺は神……もう、そうとしか思えない。

作戦行動中になるので、一応、イルマを嬲る口実を作っておこうと思い、「スパイ容疑で尋問する」と適当に口走ったのだが、コイツは「どうしてそれを!」と焦った顔で答えたのだ。
結局俺は、意図せず、スパイを炙りだした事に成功したのだ。これが神の御業でなくて何だというのだ。

スパイとわかれば遠慮は要らない。
結果、擬似ではなく、真の尋問プレイ(初体験だったので、新鮮でかなり興奮した)により、この女が米国諜報機関の諜報員のひとりである事をつきとめた。
任務内容は、この事態が米国に利益になるよう仕向けるというもので、もし沙霧が殿下と和解に向かっていれば、妨害工作でもしたかもしれない。

俺に近付いたのは、新型OSの情報収集という諜報員としての立場だけではなく、俺個人への好奇心が沸いた、という半々の理由だったらしい。
元々、色仕掛けも考慮して俺にちょっかいをかけてきた事を聞き出し、強化服パージ作戦があまりにあっさり行き過ぎた事が腑に落ちた。

まあ、そのような情報を、よだれを垂らして、アヘ顔をしたイルマから、余すところ無く聞き出せたので、俺のこの行為も許されるだろう。……許されるよな?

しかし、この女も運が良いのか悪いのか。
もうさっきまでのイルマは、この世にいない。新生イルマ、誕生おめでという!というわけだ。

「タケル、お願い。もう少し、一緒に……」
「時間だ。……まあ、これっきりというわけじゃないさ。次に会うことがあれば相手してやる」

これっきりかどうかは、この女次第だ。
俺としても、これほど良い女は手元に置いておきたいが、立場というものがある。

イルマは戦災難民からの志願兵で、難民キャンプで苦しい生活を送っている家族が居る。
おいそれと米軍──特に、諜報機関を抜けるなどできないだろう。

だが、お互い生き続けていれば、またどこかで会えるはずだ。

「……わかったわ……私の事、忘れないでね」
「お前が忘れない間は、覚えておくよ」

お前次第だ、という意を含ませて、やや乱暴に答えてみた。

「そう、なら安心ね。……しばらく会えない分、キスしてくれない?」

そんな答えでも、イルマは満足そうだった。
俺は微笑みをもって返答とし、リクエスト通り、イルマの口内をたっぷりといたぶった。



…………………………



<< 月詠真那 >>

「殿下……この度は拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極に存じます。私は、当任務部隊の指揮をしております。米国合衆国陸軍、第66戦術機甲大隊所属、アルフレッド・ウォーケン少佐であります」

休憩により、消耗から回復した殿下が、全衛士を集めよ、と仰った時は、何をなさるのだろうかと思ったが……。

「ウォーケン少佐、此度の我が国に対する米軍の尽力、日本国将軍として心より謝意を表します」
「──!?」

殿下が、ウォーケン少佐に頭を下げたことに、全員、驚愕……いや、殿下を挟んで私の反対側にいる白銀少佐だけは面白そうな表情をしている。

──まったく、本当に動じない男だ。

「おぉ……」「なんと畏れ多い……殿下、そのような……」

米軍将兵も、将軍が頭を下げるなど慮外の事だっただろう。驚きと、畏れの言葉を口にしていた。

そして殿下は、米軍将兵の献身と協力に、同じく謝意を伝えた後、米軍衛士ひとりひとりに話をしたいと仰せられたが、

「畏れながら殿下、そのお言葉を賜っただけで十分です」

と、ウォーケン少佐はそれには及ばないと断った。
彼は、合衆国軍人としての立場から、与えられた任務に全身全霊を傾けただけと言う。ねぎらいの言葉は、任務達成──残るは基地までお連れすることだけだったが──の際に、賜りたい、と殊勝に申し出た。

──なるほど、“日米友好の証”の時は、呆れ返ったが……この者もまた、国に忠誠を誓う武人、ということか。

それに、白銀少佐の助言を適切に運用し、絶望的にも見えた、精鋭たる決起軍の足止めを、やってのけたのだ。
あの一件で評価を下げるのは、いささか早計だろう。

憎き米軍のひとり……それも、おそらくこの地位から、他の米軍衛士と違って、生粋の米国人であろう。
殿下がそのような輩に頭を下げられたのは、腹立たしい事だったが……私も少し、白銀少佐を見習うべきかもしれない。

ウォーケン少佐との会話を終えた殿下は、次に、その白銀少佐をお呼びになった。

「白銀少佐。此度の国連軍の尽力、日本国将軍として心よりの謝意を表します。訓練部隊を率いての作戦遂行、まことに難儀でした」
「はっ──身に余る光栄にございます」

「して、かの者たちがそなたの部隊の衛士ですね」
「はっ──第207衛士訓練部隊所属の5名と、その教導官。いずれも日本国籍を持つ者であります」

そして殿下は、訓練兵の身でありながら見事に戦った事に対して賞賛し、

「我が国の此度の混乱、すべてこの悠陽の力不足に端を発する事。同じ日本人として……国を預かる者として、心よりお詫びします」
「──!」

米軍将兵にしたように……その頭を下げられた。

──白銀少佐を呼んだときに思ったが……やはりこちらが本命か。

この時私は、殿下が本当に言葉をおかけになりたかったのが誰かを、察した。

訓練兵は、当然ながら、全員戸惑っている。
その戸惑いも消えぬうちに、殿下はひとりひとりに近付き、各々とお言葉を交わされた。

榊訓練兵には、榊首相がいかに傑出した政治家であったかという事と、その大人物を死なせてしまったことに対する謝罪を。

珠瀬訓練兵には、珠瀬事務次官が、この厳しい情勢の中、その努力によって日本に大きな公益をもたしらしている事と、此度の騒動で、重責を負わせてしまった事への謝罪を。

鎧衣訓練兵には、父親の仕事で随分助けられており、その土産話で心労が拭えているという事と、この事態でただでさえ会う機会が少ない親子を、益々遠ざけてしまった事への謝罪を。

彩峰訓練兵には、父親の事は直接触れなかったものの、その教えが常に殿下のお心にあるという事と、訓練兵の身で過酷な任務に従事する事態になった事への謝罪を。

そして……。

「そなたのお名前は?」
「……御剣冥夜訓練兵であります。殿下……ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」

私の思いと裏腹に、殿下は、訓練兵に重責を与えてしまった事に対する謝罪──あたりさわりのないお言葉をかけていたが、それに続くお言葉は、私の想像の外だった。

「ところでそなたは、本当に私に似ていますね……そう、影武者が務まるくらいに」
「──!」

「で、殿下、それは──うっ」

不敬であったが、思わず割って入ろうとした私を、いつの間にか隣に来ていた白銀少佐が制し、小声でささやいた。

「月詠中尉……しばらく黙って見ていろ。殿下と、御剣のためだ」
「し、承知しました……」

戦闘中のように真剣な顔の白銀少佐に気圧され、頷かざるを得なかった。

殿下は、返答に窮した冥夜様に、言葉を重ねる。

「御剣訓練兵。そなた、衛士になりたいですか?」
「……はっ。非才、卑小の身なれど、この私の力……人類の為に役立てとうございます」

「そうですか……その想い、叶う事を願います」
「……畏れ多いお言葉にございます」

冥夜様は、返答を吟味しながら答えておられる。
私も、段々と殿下の意図を理解していたが……なんとも大胆な事をなさる。

──いや、さっきの様子……白銀少佐の差し金か?

「私に良く似たそなたに、これを授けます。手をお出しなさい」
「……こ、これは……!」
「此度の騒動で持ち出せた唯一のものですが……ある者との絆の証です。そなたに持っていてほしいのです」

殿下から渡された人形を見て、冥夜様は言葉を無くしておられたが……

「……お、畏れ多い事ですが……ありがたく、頂戴致します……」

搾り出すような声で、受け取った。
震えているのは、涙を堪えていらっしゃるからだろう。



…………………………



記憶に残る会合を解散し、各自、再出発の準備にとりかかった。

殿下のお世話と、出立準備を部下達に任せ、……私は白銀少佐に、声をかけた。

「白銀少佐。さきほどの殿下のお言葉。少佐の進言でしょうか?」
「いや、あれは殿下ご自身がお考えになった事だ。全員をねぎらいたいと仰っていたからな」

「……冥夜様の事も?」
「……空を舞いたがっている鳳を、鳥かごで囲い続けるというのは、不憫と思わないか?」

直接的ではなかったが、その意図は明白だった。
やはり、冥夜様へのお言葉は、この人が提案したようだ。

多くの米軍衛士の前で、ああもあからさまな言葉。──冥夜様の政治的価値は失われたも同然。

あの会合で、冥夜様の枷は外れ、ご念願の任官は現実的なものとなった。
そうなれば、私の護衛任務も……おそらくは無くなるはず。

冥夜様のご意志が叶えられる事は、臣下として喜ぶべき事だ。
しかし、多くの時を共にした主君から遠ざかる事は、心に大きな隙間が空いたように感じる……。

「月詠中尉には、寂しい思いをさせてしまうな……すまない」

私を見透かすような言葉と、本当に申し訳なさそうな表情に、驚愕させられた。
以前は、その顔を見ると、殴りつけたくなる衝動に駆られたが……今は毛ほども、そのような気持ちは起きなかった。

「いえ、それが冥夜様の願いですゆえ……ところで白銀少佐、先の戦い、お見事な指揮でした」

敵視していた男に同情されるという雰囲気にいたたまれなくなり、私は話題を変えた。
先の戦いの事で、この人と話したかったのは、本当の事だ。

私が賞賛の言葉をかけたのが、相当意外だったのか、白銀少佐は僅かに眉を上げた。

「俺は、俺がやれることをやっただけだ」

ふ、と不敵に笑う顔に、思わず見ほれ、つい柄にも無く、言葉が紡がれた。

作戦中の迅速な判断や、新OSの力、訓練兵、米軍の戦い振りは、お互い評価を交わし合い、話が弾んだ。

「月詠中尉の小隊も、相当なものだ。3名の連携も見事だし、練度としては最高峰だろう」

己より遙か上を行く衛士からの賞賛は気恥ずかしく、その気持ちを誤魔化すかのように、沙霧大尉との一騎打ちに、話を及ばせた。

──いや、及ばせてしまった。

「沙霧大尉も悔いはなかったようです。……見事な最後でした」
「奴もやれることはやった、という事だろう」

方針の違いはあれど、あれは、沙霧大尉は彼なりに最善を尽した結果だ。
私の心情は沙霧大尉に近く、白銀少佐とは一線を画するが……少佐のやりようが正しい事も、またわかる。

白銀少佐の方もそう思っているから、お互い、その主張の是非については触れなかった。

「ところで、中尉……」
「……何か?」

言葉を途切れさせた少佐に、先を促したが──






「俺は、『オープンチャンネルを切れ』と言ったはずだが、なぜ沙霧の最後の言葉を知っている?」






──し、しまったァ……!

あの時、沙霧大尉の演説が気になって、もう少し後で切ろうと思っていたのを、すっかり忘れていた。
いや、本当に切ろうと思ってたのだぞ!それが、白銀少佐との会話が始まって、聞き入ってしまって……。

「い、いえ、あれは、その……」
「ふむ。回答に困る、ということは、殿下から聞いたわけでもないようだな」

──ああっ!その手があったか!…………だが、後の祭りだ……。

「えーっと、俺の記憶では、『命令違反の時は4人とも俺のモノ』だったよな?確か……何に誓ったっけ?」

明確に覚えているくせに、わざとらしく思い出すように聞いてきた。
このネチネチと回りくどい言い方。まるで、嫌味な中年男のようだ……。

──くっ……万事休す、か……。

「……二言はありませぬ。約束はお守りします。ですが……此度の事は私の不始末。私一人の身で、どうかご容赦願えませんか……」

頭を下げて、心からお願いした。

部下たちには、不満を無理やり抑えさせ、少佐の命令には従うよう、厳命した。
そして、3名とも、白銀少佐の指示を守り通した。
私の失態のために、あ奴らまでいいようにさせては、あまりに不憫すぎる。

──だが……ああ、私の純潔を、このような馬鹿げた仕儀で失うはめになろうとは……。



「冗談だ、月詠中尉」

悲壮な覚悟を決めた私に、おかしそうに、白銀少佐が言葉をかけた。

「貴様なら真に受けるだろうと思っていたが……からかいすぎたな。許せ」
「は?いえ、しかし……」

「月詠中尉が欲しいのは本当だ。だが、女を口説く時は堂々とやるのが俺の信条だ。今回の話はなかった事にしよう」
「う……」

欲しいと言われた事に羞恥が沸き、約束を反故にしてくれた事に安堵し……わずかに、寂しい思いがした。



…………………………



あの後すぐに、神代が参り、出発の準備が出来た事を告げた。
そして今は、武御雷に搭乗している。

私は、出発の号令を待ちながら、白銀少佐の事を考えていた。

──色々な顔をもつ男……どれが本性だ?……あるいは全てか。

私の恫喝にも動じぬ、飄々とした態度。
訓練兵に対する毅然とした厳格な態度。
私と交わした“約束”や、“日米友好の証”を提示した時の、下衆な態度。

ウォーケン少佐に対しての会話は、芝居も入っていただろう。
あまりの内容につい突っ込んでしまったが、あの下衆な提案で、米軍を含め、全員の力が抜けた。

本来であれば不敬罪を問いたいところだが、殿下にあのような顔をされては、野暮というものだ。
逆に、私が空気を読めと叱責され、それでしまいになるのがオチだろう。

だが、どの顔が本性にせよ、聡明な殿下が、短時間であれほど心を許しているのだ。
まだ結論を出すには早計かもしれないが……経歴は怪しくとも、その本性は善良と思ってよさそうだ。

──少佐は私が欲しいと言ったが……狂言か?悪い気はしなかったが……はッ!いや、違うぞ!……そ、そうだ、私は軍人として彼の者のありように感嘆しているだけなのだ!

私の好みは、そう、もう少し華奢な年少の──あの鎧衣訓練兵が男であれば完璧だったのだが――異なるのだ!

そのはずだ、が、しかし……。

「207戦術機甲小隊、全機発進」
「了解」×6

白銀少佐の声で、我に返る。

まだ、この作戦が終了したわけではない。
思い悩むのは帰ってからだ。

「19独立小隊、我等も続くぞ」
「了解」×3



…………………………



<< 煌武院悠陽 >>

12月6日 午前 神奈川県 白浜海岸付近

「もうすぐ、白浜海岸です。そこに着けば、あとは海路で横浜基地に向かうだけです」
「そうですか……」

白銀のその言葉で、この不知火から降りなければならない事に……この頼もしく、強靭な体に包まれなくなる事に、寂しさを覚えた。
甘美な時間も、残り少なくなったようだ。

私はすでに、この白銀に、……特別な感情を抱いている事を自覚していた。

突然現れた、不思議な雰囲気を持つ男、白銀武。
自らの想いを悟った時は……それが、当然のようにも感じた。運命的な出会いとは、この事であろう。

白銀からは、色々なものを貰ったように思える。
特に、あの者との絆を確認できたことは、まことに感謝に絶えぬ。

あの人形……あの者を良く知る白銀から手渡して貰おうと思ったが、直接渡した方が良い、と返された。
今まで、贈り物を素直に受け取って貰った事がないことに不安を覚えたが、

「それは、今まで誰かを通していたからでしょう。皆の前で直接手渡すのを断れば、殿下の顔を潰してしまいます。そんな不敬をする奴じゃありませんよ」

白銀のその言葉は、素直に信じる事ができた。
そして、休憩後に全将兵をねぎらいたいという事を伝えると、白銀は、あの者の枷を外して欲しいと、所望した。

確かに、あの者の立場は不憫だ。影武者という立場を余儀なくされ、任官もままならぬ。
私としても、叶えてやりたいが、それを成す力が──といい終わらぬうち、白銀は「なら、枷を外さざるを得ない状況にすればいい」と言い、将兵たちとの会合で、私がすべきことを述べた。
それに、今回の出来事で将軍家──つまり、私の権限が大きくなり、それくらいの融通は利かせられるだろう、という事も付け加えた。

結果は……あの者が私を恨んでなどいないという事と、人形を受け取ってくれた事で、私は感無量だった。

「白銀、ご苦労でした。……そなたの働きに何か報いたいのですが」

白銀は、本当によくやってくれた。
私にできることであれば、何でも叶えてやりたい。

「それには及びませんよ。ウォーケン少佐の台詞じゃありませんが、俺も任務に従ったまでです。……強化装備は残念ですがね」
「もう、それはよいというのに」

謝意は受け取ってもらえなかったが、寂し気な私を紛らわせるかのように、おどけた言葉を加えた。
まこと、気遣いの男だ。

「ああ、そうだ、殿下。僭越ながら、2つ所望したい事がありました」
「なんでしょう?」

「あの時は、どさくさで勝手に呼んでしまいましたが、ふたりきりのときは、殿下をお名前で呼ぶことをお許しいただきたいのです」
「!……ええ、かまいません」

あの後、白銀は『殿下』で通したが、名前で呼ばれるのは、嬉しい事だ。
この者の親し気な話しようは、私にとって、大変心地良い。
周囲に人がいないのであれば、なおさら問題は無いであろう。

「ありがとうございます。……まあ、これから先、使うことは無いかもしれませんが」
「先は無い、とは……もう会えないのですか?」

……会うつもりはないのか、とは訊けなかった。

「俺は一介の衛士です。それも国連所属の。俺から謁見を希望した所で叶いません。……悠陽が呼ぶのなら別ですけどね」

──そうか。私から理由をつけて呼べば……。

そう、新型OSの事でも、此度の礼についてでも、理由などいくらでもあろう。
閉じかけた白銀との未来が開いたように思え、心が軽くなった。

「BETAに対抗するには、政治的な問題を踏まえても、帝国軍へのXM3の普及は必要です。お披露目の後になるでしょうが、悠陽からのお口添えがあれば、円滑に進むでしょう」
「そうですね。それは、私の望みでもあります……して、もうひとつの所望とは?」



「目をつぶってくれ」

……色恋に疎い私とて、これが何を意味しているのかくらいは、わかる。

「……はい……」

高鳴る心を抑え、言われるまま目を閉じ、……おとがいを逸らし、白銀を受け入れやすいようにした。

そして、私の唇と白銀の唇がふれあい──心が歓喜でいっぱいになった。









──と思ったのも束の間、白銀の舌が私の口内で暴れまわり、白銀の手で、私の全身──とても言葉に出来ない所まで蹂躙された。

それは白浜海岸に到着するまで続き……私は何度も、自分を失い天に上るという、初めての体験を強いられた。

……こうして、私は白銀という、強い──それも、生涯外れないほどの枷を、かけられてしまったのだった。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

12月6日 午後 国連軍横浜基地 軍港

殿下を帝国軍に正式に引渡し、休憩時、ウォーケン少佐が申し出た通り、米軍衛士に殿下からの労いのお言葉があった。
我々にも、改めて労いをいただいた事で、この過酷な任務も終わりを迎えようとしていた。

「白銀少佐、短い間だが世話になった」
「こちらの台詞だ。ウォーケン少佐」

米軍は、すでに出港準備が完了していたが、最後にウォーケン少佐が挨拶に来た。

白銀少佐が個人としてのウォーケン少佐を気に入っている事はわかっていた。
あちらも、若くとも地位に劣らぬ力を持った白銀少佐に感心した様子で、また、その会話からも、好意を持っているのは窺えた。
お互いの国に思うことはあっても、良いコンビだと私も思っている。
だから、別れの挨拶に来たのは、意外ではなかった。

「お互い、大変な任務だったな」
「ああ。貴官らがいなければ、間違いなくこちらの誰かが死んでいた。盾となって死んだ米軍衛士には、貧乏くじを引かせてしまったな」

彼らには彼らの目的があったとしても、危うい所を助けられたのは事実。
そして、米国へ五体満足で帰れる第66戦術機甲大隊の隊員は、日本に上陸した際の、半数以下。
他の部隊を入れれば、米国の損害は相当なものだ。

「まあ、これもめぐり合わせだ。……気のいい奴等だったんだが」

ウォーケン少佐は、一見、平然としているが、私もかつて、部下を全員失った身だ。
その気持ちは、痛いほどよくわかる。

そして、目を瞑った白銀少佐が返したのは、ただ一言。

「――――――そうか……」

短いが、鎮痛な気持ちが伝わる。

名も顔も知らない衛士が、自分たちの身代わりに死んだ。
その事を後悔してはいない。謝罪もしない。してはならない。
我々は互いに、最善を尽くしたのだから。

だからこそ……黙祷で追悼とするのだ。



数十秒の沈黙の後、ウォーケン少佐が空気を変えるように、明るい口調で言葉を発した。

「ところで、貴官は言うまでもなく、彼らは訓練兵とは思えない働きだった。新OS、訓練兵の素質、貴官らの練成。いずれも素晴らしい。この世界に生きる人間として頼もしく思う」
「嬉しい評価だ。……この世界は政治的しがらみが多い。新OSの米軍への普及はすぐにとはいかないだろうが、いずれは世界中に普及させたい。俺は……いや、俺たちは、そのためにXM3を作ったんだからな。その日を楽しみにしていてくれ」

「ああ、楽しみにしている。その時までは生き抜いてやるさ」
「そうしてくれ。……それと、今度はBETA相手に肩を並べたいものだな」

「まったくだ。……では、名残惜しいが、さらばだ」
「さらばだ」

笑みと握手を交わし、敬礼。



「ああ、ところで例の強化装備だが……」

白銀少佐の思い出したような台詞に、ウォーケン少佐が固まる。



「斯衛の赤服がさっさと持って行ってしまった。すまん」



「――――――そうか……」

さっきの白銀少佐と同じ表情で、同じ台詞。
鎮痛な気持ちも、同じく伝わったが……道化にしか見えないのは、私の偏見ではないだろう。



…………………………



<< おっさん >>

まりもを、事後処理をしている207の連中の所に向かわせ、俺は先に帰還していたA-01の連中の元へと歩いていた。

「今回の任務も、これで終了か……長かったような、短かったような……」

クーデター発生時は、かなり腹に据えかねたが、多くの衛士と戦術機を失った事に目を瞑れば、そう悪くない結果だ。

今回の事件で、将軍家の権威は高まる。そして、こちらに──特に俺に、好意的な悠陽がいるのだ。
207の任官の枷も無くなったし、停滞していた様々な事象が、大きく動き出すのは間違いないだろう。

そして……悠陽と真那のフラグが立った事は、大きい収穫だ。
これは沙霧に心から感謝する。

悠陽は99.9%落ちている。
強化装備を脱がすわけにもいかなかったから、Bまでしかできなかったが、その分、念入りに仕込んでおいた。
そのうちお呼びがかかった時に、開通してやろう。

真那は、命令違反で、約束通りモノにしてやろうとも思ったが、アイツに言った通り、あんなやり方は俺の主義に反する。
それに、真那が作戦後から、俺に好意を持ち始めていることは察せたから、あそこは退いて、好感度アップに努めるのが良策だろう。
昨日までこっちを殺気をビンビン飛ばしていたほど嫌っていたのだから、その効果は大きいはず。
つまり、「不良が良い事すると、すごく良い事したように見える」作戦だ。

……ああ、ついでにイルマ。
アイツは外国人の割にかなり良かったが、当分会えないのは、仕方が無い。
外国女は大味が多いから、敬遠する事が多いが、ピアティフやイルマなど、俺の感性に会う外国女は例外で、貴重なのだ。
最後のやりとりから、スパイの癖に、相当情が深いのが分かったし、とりあえず俺のモノにはなったようだから、アイツにその気があれば、しがらみをなんとかして会いに来るだろう。

「政戦関係、女関係……どちらも、これから忙しくなるな……」

とりあえず、目先の事後処理が大変だ。
事務処理はもちろん、207の連中のケア、A-01……まずは、夕呼に報告かな。



……その時、ポケットの通信機が、呼び出し音を鳴らした。


「白銀だ」
「伊隅です。……高原と麻倉が、意識を取り戻しました」
「そうか……これからすぐ向かう」



[4010] 第26話 おっさんのカウンセリング
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:44
【第26話 おっさんのカウンセリング】

<< 御剣冥夜 >>

12月6日 午後 国連軍横浜基地 16番整備格納庫

私は、此度の戦いで私の手足となって戦ってくれた吹雪を見上げ、感慨にふけっていた。

殿下の手ずから授かった人形を手に持ち、心に思うのは殿下の事と……白銀少佐の事。

過酷な任務を、ひとりも失う事なく達成できた事は、XM3と白銀少佐の厳しい練成と、覚悟を決めさせられたあのお言葉。
そうでなくては、我等ごとき訓練兵が、百戦錬磨の正規軍を相手取り、初の実戦で圧倒できるわけがないのだ。

もはや、私に白銀少佐を疑う気持ちは微塵も無い。
彩峰も同じような気持ちである事は直接聞いたが、他の3名が相変わらず心を開かぬのは、残念な事ではある。
無論、それが少佐の意図したことだと分かってはいるのだが……。

その時、覚えのある気配が、背後より近付いて来た。

「冥夜様。失礼致します」
「失礼致します」×3
「そなたらか。どうした」

月詠から此度の戦いを労われた後、聞かされた事は、殿下との会合によって私の影武者としての価値が無くなった為、月詠は近々、警護任務から外されるだろうという推測だった。
……それは、私も思っていたことだ。

「そうであろうな……これまでよく仕えてくれた。……そなたらに感謝を」
「勿体無いお言葉でございます……」

うやうやしく頭を垂れる4名。
訓練兵の身でこのように扱われる事を疎ましくも思ったが、最後やもしれぬと思うと、貴重に思える。……私も勝手な事だ。

「それと、冥夜様に申し上げたい事がございます」
「なんだ?」

頭を上げた月詠から聞かされた内容は、殿下の、あのあからさまな暴露が、白銀少佐の提言によるものという事だった。

「そうか……少佐は、そこまで私の事を……」

更に、我等訓練兵への仕打ちは、真に我等の事を思い、あえてあのような態度を取っているのでは、と口にした。

「それは、私も気付いていた。……そうか、そなたも気付いておったのだな」
「冥夜様も、ご存知でしたか……」

月詠がなぜ今になって、わざわざ私にその事を伝えたのを不思議に思ったが、「借りを少しでも返したい」という事だった。
詳細は触れなかったが、此度の作戦中、私の預かり知らぬところで、何ぞやり取りがあったらしい。

ついでという訳ではないが、殿下のお傍に控えていた月詠に、尋ねたかった事を聞いてみた。

「ところで、その……殿下のあのご様子は……やはり、白銀少佐と……?」
「は……殿下は、我々の前では気の無い素振りをなさっておいででしたが、……白銀少佐にご執心なのは間違いないかと」

月詠は、困惑するように答えた。

──確かに、せめて心は共にありたいと願ったが……こんな所まで共にするつもりはなかったのだが……。

次に月詠に向けた疑問は、答えを期待したものではなく、つい内心を口にしたものだった。

「月詠……私は、白銀少佐を厳格な方だと思っていたのだが……随分、異なる顔を持っておられるようだ。どう判断したらよいのであろう?」

此度の戦でみせた“日米友好の証”は、慮外の事だった。
たしかにあれで、米軍との緊張感はなくなったが……。

沢口での休憩では、207の誰も、あの振る舞いには触れなかった。
聞いて、今までの何かが壊れるのが怖いのか……私もその気持ちはある。
神宮司教官におそるおそる尋ねて見た所、「あ、あれね。あはは……まあ、気にするな」と、結局回答はいただけなかった。

「私も、判断がつきかねます。ですが、どれが本性という訳でもないように思えます」
「そうか……」

私は、月詠の知らぬ、白銀少佐の顔を、もうひとつ知っている。
神宮司教官と女性中尉との、逢瀬。

その事は、殿下は当然ご存知ないであろう。
殿下は、私以上に大事に育てられた方だ。男女の知識など皆無に違いない。

──もし、殿下が少佐の“あの”顔を知りえたとき……いったい、どうなるのであろうか。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月6日 午後 国連軍横浜基地 医務室前

「少佐、お疲れ様です」

白銀少佐を医務室の前で出迎え、敬礼。
少佐は近くまで駆け足で来たようで、少し息が荒かった。

「ふたりの容態は?」
「意識ははっきりしています。……自分がどういう状態なのかも、理解はしています」
「そうか……」

箱根手前の激戦で、富士教導団の精鋭を退けはできたものの、高原と麻倉がコクピットに被弾し、重傷を負った。
結果、麻倉は左足を失い、高原は右足を失った。

戦闘後に止血処理を施した後、基地帰還まで気力で保っていたふたりだったが、帰還後すぐ気を失い、手術室へ直行することになった。
軍医の診断では、命に別状は無いが、衛士に復帰するのは恐らく無理との事だった。

白銀少佐がノックの後、扉を開けると、寝台に横たわった朝倉と高原が、こちらに視線を向けた。

「「白銀少佐……」」

ふたりとも不安そうな顔だったが、白銀少佐は、入室するやいなや、明るい声で言葉をかけた。

「おー!貴様等、元気そうだな。しかし、ふたりとも片足ずつとは、狙ったのか?そんな所までお揃いにしなくてもいいだろうに」

といって、ぷっと噴き出した後、笑い声をあげた。

あっけにとられていた私と怪我人のふたりだったが、

「ひどーい!これでも重傷ですよ!」
「狙うわけありませんよ!」

と、麻倉と高原が怒ったように少佐を責め出した。
目覚めた時から、落ち込みを隠せなかったふたりだったが、とにかく元気な声は出せるみたいだ。

「はは、すまんすまん。で、状況は理解しているか?」
「「はい……」」

そして、麻倉と高原は、交互に、軍医から聞いた診断内容と、疑似生体移植による再生手術で普通の生活はできること、傷跡は残らないだろうということ、軍務は可能だが、衛士としての復帰は難しいことを説明した。

「そうか。衛士としては残念だったが、涼宮のようにCPとしての道もある。何より、貴様等はA-01という、存在そのものが秘匿される部隊の隊員なんだ。復帰後もこきつかわれるだろうから、今のうちに養生しておけ」
「「はい」」

幾分元気に返事をしたふたりだったが、うかない色は消えない。

私も同じ女だから、このふたりが、何を一番気にかけてるかくらいは想像できる。

「少佐……横から失礼します。ふたりが訊きたいのは、少佐のお相手に関する事かと……そうだろう?」

最後は麻倉と高原に向けると、ふたりはうなずき、おそるおそる口に出した。

「今晩の約束……守れなくてすみません」
「私たち、……キズモノになっちゃいましたし……やっぱり、あの事は無し、ですよね……」

白銀少佐はその問いには答えず、私を振り返り、宣言した。

「伊隅……今から俺は休憩時間だ。いいな」
「は?……は、はい」

「あのな、麻倉、高原……俺は結構独占欲が強くてな。お前らは、予約した時点で俺の女だ。予定は延期になったが、怪我くらいでガタガタ言ってるんじゃない。治ったら、じらせた分、覚悟しておけよ?」

その言葉に、ふたりとも徐々にこわばっていた顔が、解けていった。
そして、少佐は、「これは手付けだ」優しく言って、2人の名前を、おそらく初めて呼び……寝台に横たわる2人と唇を触れ合わせた。

……私はそれが、何か神聖な儀式のように思えた。

ふたりが頬を赤くして、ぽうっとしてるのを見て、羨ましさを禁じえなかったが。

麻倉と高原は調子を取り戻し、少佐に、教導部隊相手にいかに奮闘したかを、元気良く語った。
それは、さきほどまでの落ち込みが想像できないほどの饒舌さだった。

「麻倉ったら、ここに戻る間、『処女のまま死んでたまるかぁ!』って言ってたんですよ?」
「ちょ、高原!あんただって、同じような事言ってたでしょ!?」

「そこまで想ってもらえると、俺としても嬉しいねぇ」

とまあ、いちゃいちゃしてる所までは微笑ましかった。

私は……ここで退室しなかった事を深く後悔する。

「少佐ぁ、もうちょっと手付欲しいなー」と、麻倉が言い、少佐は「しょうがないな」といって……舌を絡めあう口付けを、じっくりねっとり行なった。
そして、「あの、私も……」と言った高原に同じ行為を行い、もう少し、とねだるふたりに、交互に口付けを繰り返した。

言葉では、部下たちの生々しい行為の内容を聞いていたが、実際に見るのとでは桁が違った。

目の前で延々と繰り広げられる物凄い口付けと、胸を執拗にまさぐったり、尖った所を摘んだりする少佐の手と、ふたりの嬌声で、私の頭はぐちゃぐちゃになっていった。
さすがに大事なところは傷に近いせいか、触れなかったが。

結局、ふたりが何度か痙攣して満足したところで、「続きは次の面会だ」という少佐の台詞で、この面会は流れとなった。

少佐が退室前に振り返り、私を見て意外そうな顔をしたのは、とっくに退室していると思ったからだろう。



──気が利かなくてすみませんねぇ。



…………………………



12月6日 午後 国連軍横浜基地 廊下

さっきの事は頭から追い払い、少佐と互いの作戦行動の詳細を話し合う。
概要はすでに通信で伝えてある。

少佐の行動詳細を聞いて、どちらも激戦だった事がわかったが、決起軍の空挺作戦を聞いた時は、冷や汗が出た。

「あっさり退いたのが少し意外だったのですが、空挺作戦とは……思いが及びませんでした」
「俺も思いつかなかった。あれを考え付く人間の方がどうかしている。貴様はよくやったよ」
「は……ですが、XM3をいただいておきながら、高原と麻倉を失いました」

戦死とは比べられないほどマシだが、軍事的にみて、戦力減という点は同じ。
白銀少佐が指揮を取っていれば、あの状況でも全員無事で帰還できただろう、と思うのは、私だけではないはずだ。

「多数の富士教導団を相手取り、損害は重傷者2名のみ。それ以上は贅沢というものだ。悔やむより、部下の働きを誇ってやれ」
「はい」

この人は過度な慰めはしないが、その内容は簡潔でも、心に響く。
私はいつから、この声を聞いていると落ち着くようになったのだろうか……。

そして、その後の行動内容で、少佐の能力に改めて敬意を抱き、訓練兵の働きにも感心させられた。
これなら、任官後にも即戦力だろう。

「反省会はこのへんでいいだろう。今後の話をしよう。……各自のメンタル面はどうだ?」
「全員、麻倉と高原の診断内容を聞いた時は残念そうでしたが、涼宮の例もあるので、落ち着いています。……やっかいなのが、風間です」

「風間が?意外だな、どうした?」
「麻倉と高原の負傷の要因のひとつとして、風間が2名をフォローしきれなかった事もあります。無論、さばける限界を超えていたためであり、奴の責任ではないのですが。一見、平常に見えますが、根は深いと感じました」

風間は私と同じく、責任感が強すぎるきらいがある。自分を責めているという事は確かだ。
特に、あのふたりとは仲が良かったのだ。心にかかる負担は大きいだろう。

「理屈ではわかっていても、心が追いつかないか。……わかった。風間は俺がフォローする。似たような奴をケアしたことがあるからな。夕食後、風間に自室で待っているよう、伝えておけ」
「か、風間の自室でありますか……」
「ああ、こういう事は本音を出せて落ち着ける場所がいい。食堂じゃ人がいるし、ブリーフィングルームは堅苦しいしな。自室が一番だ」

──たしかに、理屈ではそうだけど、しかし……。

少佐は、私の不安を見透かしたようにニヤリとした。

「心配するな。俺は無理強いしたり、傷心につけこむほど、ケダモノじゃないぞ」
「も、申し訳ありません。……では、風間の件はお任せします」

私は半ばヤケクソ気味に、少佐に後を任せた。






翌朝、寝不足は隠せないが、やけに肌つやと機嫌の良い風間を見る事ができた。
そして、『メンバー』の面々と一緒に、猥談に加わっていた。……いや、その中心になっていた。



――もはや、何も言うまい。



…………………………



<< 珠瀬壬姫 >>

12月7日 午前 国連軍横浜基地 珠瀬壬姫自室

──気が入らない……。

理由はわかっている。私は、自分の手で……人の命を奪った。
もちろん、それは私だけじゃない。
でも、私は、みんなよりたくさん……殺した。

榊さんが、私の射撃を中心とした、あの戦法を選択したのは妥当だと、頭では理解している。
あれは、私たちの組んだ連携の中でも、最も有効だったと、私も思うから。

でも……『なんで、私ばかりにさせたの?』という気持ちが消えない。……消えてくれない。

作戦中は、白銀少佐に言われた通り、余計な事は考えず、ただ戦う事だけを考えていた。
それは今でも正しいと思うし、決起軍の人たちは強かった。
全力でかからなければ、207の誰かが死んでいたかもしれない。

でも、昨晩はうなされて、ろくに眠れなかった。
今も、顔も知らない人が、恨めしそうに見ているような……。

昨日の帰還後も、今朝も、神宮司教官やみんなに何か言われたような気もするけど、内容は覚えていない。



その時、扉をノックする音がした。

「どうぞ」

どうでもいいような気持ちで答え、扉を開けたのは……私がこの世で一番嫌いな人。

「……何か、御用でしょうか、少佐」
「神宮司軍曹が、貴様を気にしていたのでな……人を殺したのがそんなに気になるか?」
「ッ!……あたりまえです……」

少佐の問いに、吐き捨てるように答えた。
自分がこんな声を出せるのかと少し驚いた。……でも。

──文句があるならどうぞ。殴りたいなら、殴ればいい。……どうでもいい。

「貴様が気にする理由がいまいちわからないな。なぜ気になるんだ?」
「……人を殺して、平気な人はいません!」

本当にわからない、といったふうに、少佐が言ったのが癇に障った。
つい、口調が荒くなる。

「貴様は、命令に従っただけだろうが」
「そう、そうです……あなたの命令です……!あなたが……!」

そうだ……この人の命令で、私は殺したんだ。
この人が出撃命令を出さなければ……。
包囲された時、素直に降伏していれば……。

悔しさか、悲しさか、罪悪感か。
涙が溢れて止まらなかった。

「そうだ。貴様の手を汚させたのは、俺がそう命じたからだ。……で、それがどうかしたのか?」

少佐が言い終わるやいなや、私は、その頬を力いっぱい平手打ちしていた。
自分のした事に、一瞬、理性が警告を出したけど……少佐が私を見て、ふ、と見下したように口の端を上げたことで、その理性も吹き飛んだ。

──いつもいつも、馬鹿にして!

それから後は、よく覚えていないけど、私は泣き喚きながら何度も少佐を平手打ちした。
叩きながら、今まで抑えていた思いが溢れ、罵倒の言葉も口にしていた。
「バカ」「嫌い」「人でなし」「権力の犬」「最低男」……思いつく限りの言葉を。

そして、語彙の尽きた私は、少佐の硬い胸板を、ぽかぽかと子供のように両手で叩いていた。

──この人がいなければ、私も、みんなも……えっ?

少佐に頭を抱かれた、と気付くのは、少し時間がかかった。

「“珠瀬”……貴様は大バカ者だ。軍行動においては、責任はそれを命じた者だけが負う。命じられた者ではない。──俺にわかるのは、貴様が俺の命令を忠実に実行し、それを果たしたということだけだ。……“俺の命令を”だ」

──この口調……包囲を突破する時の言葉と同じ……。

少佐の言葉が染み渡り……私は、少佐の胸にすがりついて、また子供のように泣きじゃくっていた。



私はそのまま、いつのまにか眠ってしまい、次に気付いたのは、寝台の上だった。

眠る前のやりとりが、呆けた頭に思い出される。

泣いた事、何度も平手打ちした事、罵倒した事、抱きしめられたこと、泣きじゃくったこと。
……眠った後、少佐が寝台に寝かせてくれただろうということ。

どれも、焦るか騒ぐか赤面するかしそうな事だけど、そんな気が起こらない。他人事のように思える。

──もしかして私、慰められたの、かな……。

罪悪感は消えていないけど……だいぶ心が軽くなったのは、自覚できた。



私が、この時の少佐の対応を、素直に受け止められるのは、少し先の話になる。



…………………………



<< おっさん >>

12月7日 午前 国連軍横浜基地 廊下

まりもから、207の連中の様子を聞き、たまが危ういと聞いて来てみれば、案の定だった。
自分でわかっているのかどうか、……明るい笑顔が特徴のたまの面影は、そこにはなかった。

他の面々は、たまほどではなかったようで、まりもがうまくフォローしたようだ。

美琴がMPに事情聴取された時は、一瞬焦りもしたが、まあ、親父のやったことを考えれば、仕方が無い。
事情を知らないのだから、一晩で開放されたようだし、後は引かないだろう。

たまも、まりもか専門のカウンセラーに任せていれば何とかなっただろうが、たまが不憫で、少しおせっかいを焼いてしまった。

「しかし、たまの奴、遠慮なく殴ってくれたもんだな……」

打撃の軽いたまでも、さすがにああも連打されると、結構効く。
罵倒の言葉も景気良く出ていたが……その中で、『チョップ君』と言われたのは、さすがに凹んだ。

“前の”世界と同じく、どうせ委員長あたりが言い出したんだろうが、あの時と違って、今回は悪意100%だ。
まあ、俺もアイツ等に酷い“TACネーム”を付けたんだから、お互い様だろうが。

“前の”世界とのアイツ等との距離の違いを思い、さらに凹んだ。

たまは、その卓越した素質とは裏腹に、最も軍人向きでない性格をしている。
『やらなければやられる』というのが頭でわかっていても、心が割り切れないのは、新兵によくあるケースだ。

BETAへ対する時ならまだしも、優しさが人一倍あるたまは、今回の事は尾を引くかもしれない。
俺に恨みを向ける事で、なんとか調子を取り戻せればいいのだが。

「祷子とは、似ているようで少し異なるケースだな」

祷子の場合は、罪悪感の向き先が異なるので、幾分扱いやすかった。

昨晩は祷子のケアに努めたが、……祷子の髪は思ったとおり、手触りも相当良かった。
だから、つい、初めてなのに髪の毛プレイをしてしまった。まあ怒っていなかったからいいだろう。
ああいう綺麗な黒髪は、精液が映える。『天使の輪』を作れた時は、達成感があった。

そして、予想通り、その体も良い具合だった。
開通は優しくしてあげたのだが、段々調子に乗ってしまい、ついハッスルしてしまった。
初心者にはキツい内容までしてしまったが、祷子も平気なようだったので、左近まで投入してしまった。少し反省。

「しかし……みちるにどう言い訳したものかな」

手は出さないで置くと宣言したものの、俺の状態がまずかった。
昨日は、イルマで一度発散したものの、その後の悠陽への念入りな仕込みで、こっちが不完全燃焼だったのに加え、高原と麻倉に前戯を施したのだ。
その後、誰かを相手にすればよかったのだろうが……。

つい、「衛士の追悼は、そいつがやりたかったことを、やってやることだ」と言って、口説き初めてしまった。
まあ、ふたりは衛士としては死んだようなものだから、間違ってはいないはずだ。

そんなこんなで、戸惑う祷子を「まあまあ、いいからいいから」と有耶無耶のうちに裸にしてしまった。
祷子も、俺の事はどちらかというと好意をもっていたようだから、昨晩のは、相思相愛のいきつく先というべきだろう。

「よし。ここは、おばちゃんの流儀を使わせてもらうか」

たしか、京塚のおばちゃんも、死んだ衛士の好物を食わせるのが流儀だった。
俺もそれに習っただけだ。ここは「なんだ、文句はあるのか」という態度がベターとみた。

方針が決まったところで、自室の近くまで来ていた事に気付いたが、俺の部屋の前には、おなじみの面子が並んでいた。

「おや、どうした?」

遙、水月、晴子、多恵、茜、祷子、霞。
ほとんどの『メンバー』が揃っている。

遙が口火を切った。

「白銀少佐……風間少尉にカウンセリングをしたとお伺いしたのですが」
「お、おう……」

──まさか、『メンバー』追加を責める気か?

と思ったが、後に続いた展開は予想外だった。

「私たちも、人間相手に戦って、結構思うところあるんですよねー」
「風間少尉だけでは不公平です!」
「ここはひとつ、私たちにもカウンセリングをお願いします」

と、水月、茜、晴子がたたみかけてきて、他の面子は無言で頷き、圧力をかけてきている。

なるほど、そういうことなら問題無い。
しかし、全員だと時間が……っと、良い考えが浮かんだ。

「全員まとめてならカウンセリングしてやる。ああ、涼宮少尉は、姉と一緒は嫌だったな。どうする?」
「うー……こ、この際、仕方ありません」

仲間外れよりはマシと思ったか。
ここで姉妹プレイの抵抗感を薄めておくのはいい機会だ。
一度経験してしまえば、後はなし崩しでいけるし。

「風間は初めてでこんな大勢で、いいのか?」
「……ええ、新参なので、勉強させてもらおうかと思います」

さすがに2日目だけあって、他の面子ほど平然とはしておらず、頬が赤いが、なかなか殊勝な心がけだ。

──いや、羞恥のある内にみんなの前で嬲ってみるのも面白い。

「よろしい。では部屋に入ろうか」
「はい」×7



──あれ?そういえば、霞はなぜ?



…………………………



<< 香月夕呼 >>

12月7日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

「白銀です」
「入りなさい」

白銀が入室直後、“女”の匂いが部屋に充満した。

「アンタ、何て匂いさせてんのよ……。他の男とすれ違ったら、嫉妬で射殺されるわよ?」
「はは、すみません。……全員にカウンセリングを要求されまして」

さすがに申し訳なさそうな白銀から事の顛末を聞いて、その精力にまた呆れた。

「8Pって……。本当、底なしねぇ……」
「いや、お恥ずかしい」

恥ずかしげもなく、答えた。
しかも8P後は、まりもとピアティフに捕まり、また同時にカウンセリングをする羽目になったそうだ。

「てことは、今日一日で『メンバー』全員とやっちゃったわけ」
「必要な事後処理です」

──確かに、出撃翌日ということで、今日は休養日にさせていたけど……まさか一日中セックスするとはね……。

まあ、コイツの女関係を今更言ったところで仕方がない。
本題に入る事にする。

「まあいいわ。……207訓練小隊、任官できるようになったわよ」
「やはり、枷がなくなりましたか。では、トライアルも?」

「ええ。任官は明後日の12月9日。トライアルはその翌日よ」
「さすが、手配が早いですね」

相変わらずの動じない態度と、打てば響くようなやり取りは、やはり心地良い。

「予定通り主役は207で、俺たちは裏方でいいですね?」
「それがね……アンタとまりも、ふたりでエレメント組んで出てくれない?」

不思議そうな顔をした白銀に、説明を付け加えてやる。

白銀がクーデターとの戦いで派手にやった事で、帝国軍と米軍が、XM3の発案者である白銀の情報を嗅ぎまわっている。
XM3の効果は、A-01が1個中隊で、帝国では最強レベルの富士教導団を撃退した事や、訓練兵が決起軍を圧倒した事からも、容易に想像がついたはずだ。
先日の新潟BETA上陸の時のも影響しているだろう。

白銀がここまで注目された以上、ある程度露出させないと納得しないだろうし、どうせならそれを利用して良い看板になってもらおうと判断したのだ。

「そういう事なら仕方ないですね。あまり目立つのは好みではないんですが……」

英雄扱いは“前の”世界でこりごりということだろう。
『性に合わない」という言葉は良く聞いた。

「もう目立ってるわよ。あれだけ派手にやったんだから、諦めなさい」
「まあ、これも運命ですかね」

そう言って嘆息したが、性に合わない英雄でも、コイツはそれらしく振舞うだろう。
いや、すでに自然とそのように振舞っているのは自覚していないのだろうか。
それに、これまでの白銀の業績は、目を見張るものがある。英雄扱いも妥当な所だろう。

今回の任務達成にしてもそうだ。
鎧衣の情報リークにより、決起軍に狙われる事になった時は、正直、補足は時間の問題と思ったけど、米軍と麾下の戦力を上手く運用し、首謀者の沙霧を討ち取った。
結果、殿下を米軍の手にも渡すことなく、麾下の戦力も失わず……満点と言えるだろう。
おまけに将軍殿下も、こちらに“友好的”になったようだし。

その後の処理は鎧衣が上手くやったようで、次の政権は将軍を中心とした、米国の意向が反映されにくい政権となりそうだ。
結局、米国のやったことは日本の結束を強めてしまったわけで、その思惑とはだいぶ外れたはずだ。
多くの人命と物資を失って、ご苦労な事だ。

「で、新OSとは別件で、将軍殿下からアンタの招聘要請が来てるわよ。今回の奮闘に対する礼と、戦術機指導依頼ですって。……殿下とも随分よろしくやったみたいねぇ。スケベ」

そういってからかったが、平然としている。

「殿下と“親密”になったのは、下心だけじゃないですよ。副司令は帝国首脳部から随分怪しまれてますからね。俺がパイプ役になっておいたほうが、後々動きやすかろうとも思いましてね」
「ふーん。そっちは気にしてなかったけど、……確かにそうね」
「XM3は、佐渡島侵攻前に、帝国軍にある程度普及させておきたいですからね」

また、白銀は、万が一、国連軍が私達を切った時の受け入れ先として、帝国軍の心証を良くしておきたいと付け加えた。

確かに、“前の”私の、オルタネイティヴ5移行後の苦労を思い出すと、白銀の対応も容認すべきだろう。
辺境基地で自分よりはるかに無能な技術者の下で、雑用を散々させられたそうだ。
セクハラもかなりされた……と、“前の”私は白銀に散々愚痴ったらしい。

「じゃあ、帝国軍との折衝は任せるわ。……でも、将軍以外には嫌われてるかもよ。ぽっと出の怪しげな男が、敬愛する主君と仲良くしてたら、そりゃ嫉妬されるでしょうね」
「トップさえ抑えておけば、些細な事ですよ。ここでもそうでしょう?」
「……確かにね」

私を押さえてるからこそ、白銀はこの基地内で自由を闊歩できる。
逆をいえば、私が白銀の生命線を押さえてるともいえるのだが……白銀は微塵も遠慮がない。

「それに、女性兵限定で、すぐ誤解はとけますよ」
「ばーか」

冗談に聞こえないのがコイツの恐ろしい所だ。

「では、お話も終わりのようですので……カウンセリングの仕上げとして、副司令はいかがですか?」
「…………来なさい」

その誘いには返答せず、寝室へ足を向ける。

──そういえば、白銀から“夜伽”を申し出てきたのは初めてかもしれない。



[4010] 第27話 おっさん、解禁
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:45
【第27話 おっさん、解禁】

<< 風間祷子 >>

12月8日 朝 国連軍横浜基地 PX

「おはよう、祷子」
「おはようございます、美冴さん」

いつもの席で朝食を採ろうとした所で、美冴さんがトレイを持ってやってきた。
今日は、時間が丁度合ったようだ。

「昨日、祷子の部屋に寄ったんだが……白銀少佐か?」
「ああ、いらしてたんですか」

どうやら、私たちが“集団カウンセリング”をしている時に、部屋を訪ねて来たようだ。
隠す事ではないので(というか、すぐバレる事なので)昨日あった事を、詳細は伏せて話した。

「そ、そうか……2回目で複数……しかも8人でとは……祷子も結構大胆だな」

さすがの美冴さんも、少し引いている。
私も、初めての翌日にあれはどうかと思ったのだけれど、他の皆に誘われてしまい、断る事ができなかった。
もちろん、興味があったのもあるけど……それはもう少し先の事だと思っていた。

昨日の事を思い出すと、今でも顔が火照る。

まさか、いきなり私ひとりが裸になって、布で目隠しと轡をされて、大股開きの状態で縛られて、大事な所を評価されてしまうとは……あんな事、想像できるわけがない。
白銀少佐が、縛る事に相当手馴れているのが呆れたけど、他の皆も面白そうに手伝うものだから、抵抗する暇もなく、あっというまにあんな状態にされていた。

確かに、最初に服を脱いだのは、自分でやった事だから、私に責任がないわけではない。

でも……突撃前衛長らしく、速瀬中尉が「と・う・こ!と・う・こ!」と音頭を取り出して、他の皆がすぐに合いの手を入れて、場は大盛り上がり。
そんな雰囲気に逆らうことなど、とても出来ず……つい、脱いでしまったのだ。

──ああ、空気を読んでしまう自分が憎い。

縛られた後は、少佐が、形、匂い、味の評価などを、いやらしさの欠片も無い、研究者のような口調で評価するものだから、皆も「ふんふん、なるほど」と相槌を打ち……私は消えてしまいたかった。

轡はともかく、目隠しは優しさなのかもしれない。
あんな事されている時に、誰かと目が合ったら、羞恥で死んでしまいそうだ。

評価がひとしきり終わると「では、耐えた被験者にご褒美だ」という少佐の声が聞こえ、その直後私を襲ったのは……凄まじいほどの快楽。
初めての時より、圧倒的なその感覚に、私は数分で失神してしまった。

次に目を開いたとき、白銀少佐の姿はなく、全員、満足げに眠っていて、私は拘束を解かれていた。

案の定、私の髪の毛は少佐のアレで重くなっていた。

──髪を気に入ってくれたのは嬉しいんだけど……

洗うのが大変なので、少し控えてほしいのだけど、少佐に、あの子供のような喜々とした表情をされると、……きっと、次も断れないだろう。

どうも私は、ああいう事については、押しに弱いようだ。
昨日の事もそうだし、初めての夜も、気持ちが有耶無耶なうちに抱かれてしまった。

「いいよな?な?」という少佐の言葉には逆らえず、いつのまにか脱がされていて、色んな事をされてしまった。
もちろん、最初は優しかったのだけど、「次、これいいよな?」と言われると、断れず……これまで皆から聞いた、上級者向けと思われる事まで及んだ。



元々、白銀少佐は尊敬できる方だと思っていたし、男性としても魅力的に感じていた事は確か。
でも、『メンバー』の一員になりたい、とまでは思わなかったのだけれど……。

以前、ピアティフ中尉と少佐のやりとりを見たときは、こんな事になるとは露ほども思っていなかった。
昨日、恋する乙女の顔をしている、と美冴さんに指摘されたから、私もあの時のピアティフ中尉と同じ顔をしていたのだろう。

最初に口説かれた時の事を思うと、今でも首をかしげてしまうけど、少佐と別れるつもりはないのだから、現状、私があの人を好きな事は間違いない。
それに、麻倉少尉と高原少尉の事で、沈んでいた心が軽くなったというのも、また間違いない事なのだから。

一応、自分の気持ちに結論を出したところで、美冴さんに言おうと思っていた事を思い出した。
ただでさえ肩身が狭かったのに、ある意味、裏切った形になってしまったのだ。

「美冴さん、ごめんなさい。伊隅大尉とふたりだけにしてしまいました」
「……いや、祷子が幸せなら言うことはないさ」

と、苦笑された。美冴さんならこう答えるとは思っていた。
幸せ……たしかに、幸せといえば幸せな気分だけれど、この、少し感じる寂しさは……。

──そうか、美冴さんと一緒じゃないのが、寂しいんだ。

プライベートな時間は、大抵ふたりで行動していた私と美冴さん。

今後は、私は白銀少佐と一緒に過ごす時間が増えるだろう。
美冴さんも、そちらを優先しろ、と言ってくれている。
それは私にとって嬉しい事だけど、やはり、美冴さんをひとりにしてしまう事は、少し後ろめたい。

──あ、そうだ。美冴さんも、仲間になってくれれば……。

ふと思いついた事だけれど、意外と良い考えかもしれない。
一度経験してしまえば、根は純情な美冴さんが、皆との話に無理をする必要もなく、自然にふるまえるだろう。

問題は……故郷に残した美冴さんの想い人。
あの男性への純な想いを邪魔するのは忍びないけど……『遠くの親類より近くの他人』ということわざもあるし……。

……私は、もしかしたら、道連れが欲しかったのかもしれない。
もしくは、年下の子たちに一番新参扱いされるのが、嫌だったのかもしれない。
最初は冗談のような考えだったはずなのに、いつしか私は、美冴さんを仲間に引きずり込む方法を、真剣に考えていた。

「どうした、祷子?」
「いえ、なんでもありませんわ」

いつのまにか顔を凝視していた私に、美冴さんがこちらを窺ったけど、にっこり笑って誤魔化した。

──今度、白銀少佐に相談してみましょうか。良い案が浮かぶかもしれません。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

12月9日 午前 国連軍横浜基地 講堂

本日の午前9時丁度に、講堂集合の指令を受けたのは、昨日の事。
今までになかったその呼び出しに、妙に気持ちが落ち着かなかったが……時間になって始まったのは、思いもかけぬ、第207衛士訓練小隊解隊式と、衛士徽章授与。
今朝からの落ち着かぬ心は、無意識にこの事を予想していたからやもしれぬ。

ラダビノッド司令が、訓示の中で、殿下より賜った御祝辞を述べられた時は、まぶたが熱くなる思いだった。

御祝辞の最後のお言葉──『わが心は、いかなる時もそなた達とともに有ります』──は、おそらく私に向けられたもの。
そう思うのは、傲慢であろうか……。

そして、神宮司教官の解散の号令で、──我等は訓練兵ではなくなった。

本当は、この晴れの日に、白銀少佐にいらしていただきたかったが……。
あの方の姿が最後まで見えなかった事が残念だった。

「……私たち……私たち……とうとう……」
「そうよ……国連軍の衛士に……なったのよ……」

珠瀬と榊は、感に堪えぬといった声だった。
涼宮ら、207A分隊が先に任官した事で、この半年、焦りがなかったとはいえぬ。
喜びもひとしおであろう。

「……皆……良く耐えたな……」

私の声も……榊らと同様だった。
耐えたと言ったのは、訓練だけではなく、先日の決起軍との戦いについても、意を含めた。
全員、心に思うところはあれど、それを押して、戦い抜いたのだ。

「冥夜さんだって……みんながんばったよ!ねえ?」
「……鎧衣……」

鎧衣の言葉が、素直にありがたかった。

「そうですよ……みんなで……みんなで力を合わせたから……」
「……そうだね」

続けられた珠瀬と彩峰の言葉で、また心が震えた。
あの激戦も……この者達と共にあったからこそ、最後までやり通せたのだ。

「……みんな……ありがとう……」

榊を口火に、皆で、心からの礼を言い合う。

彩峰と榊……犬猿の仲だったふたりも、良い戦友となった。
普段は憎まれ口を叩くふたりも、今ばかりは素直になっている。
私も、素直に今の心境を口にしよう。

「私からも言わせて欲しい……そなた達に心よりの感謝を……」



…………………………



講堂の外には、神宮司教官……いや、神宮司“軍曹”が待っていた。

この方にも、色々お世話になった。
戦術機の訓練課程からは、白銀少佐からの教導が多くを占めたが、それでもこの方には、言葉で言い表せぬほど、軍人として大事な事を教わったのだ。

榊が、今までのように丁寧な言葉で語りかけてしまい、やんわりと注意された。
その口調からも、我等と軍曹の立場の違い……軍というものを意識させられる。

だが、白銀少佐はあの若さで堂々と、年上の米軍少佐や、沙霧大尉とやり合っていたのだ。
あの姿を範とせねばなるまい。

──榊の次は、私の番だ。

「貴官の練成に心より感謝する……」
「ご昇進おめでとうございます少尉殿!」

「貴官の教えと、栄えある207衛士訓練小隊の名を汚さぬよう、戦場においても精進し、人類の楯となる所存だ」
「はッ。身に余る光栄です。武運長久をお祈りしております」

「どうか……どうか、ご壮健であれ」
「は……ありがとうございます」

“上官”として態度を取れたと思うが……私は、涙を堪えるのに精一杯だった。

その後の面々も、榊と似たようなものであった。

鎧衣が“教官”と言ってしまい、訂正された。

彩峰は言葉を失い、ひとすじの涙を流し、軍曹は、ありがとうございます、と答えた。

珠瀬は泣き出してしまい、軍曹に、お気持ちは十分戴きました、と言われてしまった。



何度も思うが……ここに、白銀少佐がいらっしゃったら……様々な事に対する礼を言えたのだが。

……いや、あの方の事だ。きっと、自分がしゃしゃり出て、我等の気分を台無しにはしたくない、と思っての事であろう。

あの方ならば、きっと、影で我等の任官を喜んでくれているはずだ……。



…………………………



12月9日 夕方 国連軍横浜基地 PX

夕食は一緒にしよう、という珠瀬の提案には、無論、同意した。
明日からは、我等“だけ”で食事を採るのも最後なのだ。

そう……解散式直後は、明日から皆、別々の部隊だと覚悟をしていたのだが、全員揃って、明日の12月10日午前0時をもって、横浜基地司令部直轄の特殊任務部隊、A-01部隊に配属、と、神宮司軍曹より伝達された。
ただし、明日は装備性能評価演習に参加することとなっているので、その終了を待って、正式配属ということになる。
それまでは仮配属ということだ。

装備性能評価演習というものが気になったが、榊が質問した所、詳しくは明日のブリーフィングで行なうので、概要のみ説明されたが……要は、XM3のお披露目だった。

我々は、この演習に参加するために、A207小隊として臨時編成される事になり、榊が臨時指揮官として任じられた。
……つまり、今まで通りだ。

肩透かしの気分であったが、もうしばらくこの面々と肩を並べられる事は、素直に嬉しい。

テーブルに並ぶのは、京塚臨時曹長のご好意で、通常より豪華な夕食であり、飲み物もつけてくださった。
私たちの晴れの門出だ。ささやかではあるが、このくらいは良かろう。

そして、雑談から誰が音頭を取るかの話になったが、彩峰と鎧衣がふざけあって話が進まなかったので、私が買って出ることにした。

「埒が明かんな。僭越ながらこの私が音頭を取ろう」
「そうね。御剣、お願い」

「では、我等の門出を祝して……乾杯!」
「乾杯!」×4

めいめいに、訓練の思い出を話し出した。
彩峰と榊のいがみ合いも、今では懐かしい。

クーデターの事も、口に出してみたが、皆、自らの戦いを誇らしく思っているようで、気に病む様子はなかった。
落ち込みのひどかった珠瀬も、すっかり調子を取り戻している。
きっと、神宮司軍曹あたりが世話をしてくださったのだろう。

話題は、総戦技演習前の話もあったが、やはり印象に強いのは、念願の戦術機に乗れるようになってからのことだ。
約一月ほどになる、白銀少佐からの教練は、心に強烈に残っている。
おそらく、今後もそれが消えることはあるまい。
この思い出話で、白銀少佐の事が語られるのは当然であろう。

だが、……その内容には、やはり眉をひそめてしまう。
せいせいするだの、あの顔は二度と見たくないなど……。
珠瀬は珍しく黙っている。最後くらいは、という心境であろうか。

よって、悪口は榊と鎧衣が中心になっているが、彩峰も話に乗っている。
あの者も、少佐への敬意は持っているはずだが……よく平然と芝居ができるものだ。

私は……もう限界だ。
少佐の本意を語るのは、直接お礼を申し上げてからにしようと思っておったのだが……。

──そろそろ、打ち明けても良かろう。

「すまぬが、皆「御剣、ちょっと来て……」」

姿勢を正して話しかけたとき、彩峰に遮られ、腕を取られて物陰に連れ込まれた。
皆に聞かれたくない様子だったので、小声で話す。

「なんだというのだ、彩峰?」
「白銀少佐のこと……話すつもり?」

「そうだが……」
「黙ってて」

──どういうことだ?時が来れば、少佐の本意を話すということは、以前伝えたはずだが……。

不審な顔をした私に、彩峰は続けた。

「ライバルは、少ない方がいい」

──ライバル?何の…………はッ!

「そなた……まさか、少佐の事を……」
「……ぽ」
「……擬音を口にするでない」

道化じみた彩峰だったが、頬が赤いところから見て、本音であろう。
確かに、今思うと、ふたりで少佐の事を語るときは、彩峰からはどことなく熱い物を感じた気がする。

「御剣も、同じはず」
「うっ……」

意外……ではないか。
私がうすうす彩峰の気持ちを感じていたように、彩峰が私の気持ちを悟っていてもおかしくはない。

「だが、このまま少佐を誤解させておいては……」
「ヒントはたくさんあった。気付かない方が悪い。そもそも、少佐はそんなこと望んでない」

──む。それはたしかに、一理あるのだが……。



結局、彩峰の言葉に確たる反論もできず、皆には、彩峰がもっともらしく誤魔化して、納めてしまった。

──だが、彩峰よ……白銀少佐は、複数の方と、関係を……。

白銀少佐の裏の顔を、彩峰に教えるべきかどうか、私は悩むことになった。



…………………………



<< おっさん >>

12月9日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

珍しく、まりもとふたりで夕呼の部屋に呼ばれたと思ったら、

「これ、昨日渡すつもりだったけど、忘れていたわ」

と、それぞれ辞令書を手渡された。

内容は……12月9日午前0時をもって、俺が中佐への昇進。12月10日午前0時をもって、まりもが大尉への昇進。

──って、俺のはもう過ぎてるじゃねーか!

内容の割に適当な渡し方だったが、まりもはともかく、俺の昇進は当分無いと思っていただけに、内心の突っ込みとは別に、意外な気持ちだった。

「気前の良いことですねぇ」
「いきなり大尉ですか……」

まりもは戸惑っているが、教官になる前は中尉だったのだから、それほど大きな昇進とは思わない。

「訓練兵が、先日の貢献を買われて昇進したからね。白銀はその隊長だったし、殿下直々のお礼の御言葉もあったから、ラダビノッド司令も認めたわ。まりもは……ついでかしらね」
「ついでって……ふぅ」

まりもは、呆れたように──諦めたように、溜息をついた。……気持ちはわかる。

「それに、将軍殿下の所に行ったり、アラスカに行くにしても、箔があったほうがいいでしょ」

俺としては、どうでもよかったが……まあ、くれるというものを断るほど無欲でもない。
俺の階級など、しょせん夕呼の庇護あってのものだし、夕呼の言った通り、階級はあるに越したことはないのだ。

「では、謹んで拝命します。……一個中隊に中佐ってのは、階級が勝ちすぎてる気もしますがね」
「一言多い」
「これは失礼」

昇進についての話は終わり、夕呼は、日程が迫ってきたアラスカ出張に言及した。

「アラスカ行きの前に、帝国軍の巌谷中佐と会っておきなさい。アポイントは取ってるから」
「了解」

──もしかしたら、向こうの階級に合わせてくれたのかな?

「なんか、渋い声していたそうだから、ご機嫌とっておきなさいねー」

夕呼の事だから、本当に「弐型よこせ」としか言ってないのかもしれない。
これは、大変そうだ……。

そして、一通り事務的な会話が終わった後、夕呼はニヤニヤしてまりもを向き、爆弾を投下した。



「まりもも大変よねぇ……“発作”のせいで、白銀について行かなきゃならないんだから」



──なっ!……そのカードをここで切るのか……!

夕呼自身、笑いの発作のせいで、口に出せなかったはずだが……ようやく克服したか。
……いや、これを言うために、ふたり揃って呼んだに違いない。

「ちゅうさぁ~……よりによって~……夕呼に言うなんてぇ~……」
「すまん……」

アラスカ出張の理由を、言わないわけにもいかなかったんだ……という台詞は、口に出せなかった。
泣きべそをかきながら、俺を恨みがましく見るまりもには、何を言っても無駄だと思ったから、俺は、珍しく本心から謝った。

そして夕呼は相変わらず容赦がなく、以前、俺が夕呼をチアノーゼに追い込んだ言葉の数々……「あたし、精液がないと発作が出ちゃうの」「疲れた時でも、精液があれば、元気ハツラツ!」などの台詞を一言一句間違わずに、再現した。

──なんという、無駄な記憶力だ……!

夕呼のからかいと笑い声が響く度に、まりもの目が潤み、その表情は悲壮になっていく。

もちろん、その目はこちらを恨めしげに見ているが……俺は目を合わすことができず、ケタケタと笑い転げる夕呼を見るしかなかった。

──仕方がない。顔をぶってやることで、ご機嫌を取るしかない……。

俺は、この一月の間、まりもから地道にお願いされていた“あの”禁断の行為を、ついに解禁せざるを得ないと、覚悟を決めた……。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

12月10日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

ブリーフィングルームで待つ私たちの前に現れたのは、予想通り、神宮司……大尉!?

階級章を見て唖然としたが、とにかく号令を出した。

「け、敬礼!」

神宮司──大尉も、昨日の今日で、さすがにばつが悪そうだ。

「驚いているだろうが……本日付けで大尉に任命された。お前たちには、上下を混乱させてすまないが、これも軍の一面だ。納得しろ」
「は、はい」×5

大尉ということは、もう教官はしないということだろう。
まあ、私たちも、神宮司大尉に偉そうな口調など難しかったから、ありがたいといえばありがたい。

──あれ?でも、大尉の頬……ちょっと腫れているような……。

以前、白銀少佐から平手打ちされていた時のようだ。

──誰かとケンカ……?白銀少佐かしら。

でも、機嫌はかなり良さそうだし。
入室する前、確かに鼻歌を歌っていたのが聞こえた。
どういう事だろうか……。

戸惑う私たちにかまわず、大尉は、微笑みを浮かべたまま、昨日、概要だけ伝えられた評価演習の詳細を説明した。

「次世代OSのトライアル……ですか」

評価方法は、すべてXM3を搭載した機体で行なう。
旧OS搭載機との単純比較でない事は、私たちに緊張感をもたらした。

しかし、XM3搭載機同士の戦いを経験しているのは、私たちだけ。
実戦経験があるのも、そうだ。
……負けること自体、あってはならない。

連携実測については、旧OSを搭載した撃震で編成された仮想敵部隊を相手取る。
いずれも出撃20回以上の熟練衛士。……緊張感が高まる。

さらに、XM3搭載機は機数制限がある。
通常、1小隊は4機編成だけど、XM3搭載機の部隊は3機編成。

「A207小隊は2分されるが、貴様等は5名。よって、3名と2名に分割する。内訳は、貴様等に一任する」

3名でもハンディがあるというのに、2名……!
しかも、私たちと戦う時には、仮想敵部隊は、他のXM3搭載機と戦った後だ。
つまり、XM3搭載機と戦い慣れたエース達を相手に、半数の機体で挑むということになる。

戦力バランスから行くと、片方に珠瀬が入ることは間違いない。
高機動中の射撃を習得してからの珠瀬は、1対1じゃ、誰も手に負えないほどなのだから。
あとは、前衛を一人……御剣か、彩峰。
甲乙つけがたいけど、機体制御なら、彩峰に若干、分がある。

「本日の演習を持って、白銀“中佐”主導のプロジェクトは完了となる。最後の仕上げだ、気を抜くなよ」
「はい」×5

返事をした直後、大尉の発言内容が引っかかった。

──白銀………“中佐”?……あの人も、昇進したということか……。

「以前説明した通り、貴様等は、既存OSを知らない衛士のサンプルだ。任官したての新人が、このXM3でどれだけ戦えるかという事を、証明しろ。そして、XM3の熟練者がどれほど戦えるかは……白銀中佐と私が証明する」

──神宮司大尉も出られるのか。

白銀──中佐との連携の凄さは、体に染み込んでいる。主役はあちらということだろう。

そして、戦う順番は、私たちの分割小隊がそれぞれ2度戦った後、中佐のエレメントが仮想敵部隊“2個”小隊を相手取る。
その後、A207小隊5機と、仮想敵部隊2個小隊とが戦う、というものだった。

「中佐の腕前は貴様等も知っての通りだ。言ってみれば、貴様等は引き立て役に近いものがあるが……それに甘んじるなよ。貴様等の役割も、このトライアルでは重要な位置をしめているのだからな!」
「はい!」×5

「大トリは貴様等だ。XM3の“群体”が、どれほどの効果を発揮するか、ノロマな機体に乗ったエースどもに見せつけてやれ!」
「はい!」×5



…………………………



神宮司大尉が去った後、打ち合わせを行なったが、私の考えた部隊の分け方は、すんなり合意された。
全員、似たような構成はすでに頭にあったらしい。

「でも、白銀しょ──中佐も、昇進していたとはねー」
「我等も、先の任務の貢献で昇進したのだ。指揮官たる白銀中佐が昇進してもおかしくはなかろう」

鎧衣の感想に、御剣が答えた。

確かに、あの時の指揮ぶりは、凄かった。
包囲直後の指示の早さと的確さは、震えが走ったほどだ。
あの能力だけは、素直に敬服する。

──それに、殿下にも、覚えがよくなったようだし……。

あの“日米友好の証”の事を考えると、何か、幻想が壊れそうになる。

──あれは、演技よ。演技。そうにきまっているわ!

そう。あの時、帰還までに口利きをお願いして、昇進にこぎつけた可能性もあるのだ。

……いや、その為に、世間知らずの殿下に馴れ馴れしく近付いたに違いない。
そうすれば、あのひょうきんな振る舞いも、納得できる。

まったく、あの性根が腐った男の考えそうなことだ……。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

12月10日 午前 国連軍横浜基地 14番整備格納庫

「神宮司大尉、おつかれさん」
「中佐……」

格納庫に着くと、中佐から声をかけられた。
あたりにはふたりしかいないが、もちろん、型通り敬礼をする。

「連中、どうだった?」
「さすがに昨日の今日で上官に戻ってしまいましたから、戸惑っていました」
「だろうな」

予想通りで納得した中佐に、気になっていた事を訊ねる。

「あの子たちに、声をかけなくていいんですか?」

手塩にかけて育てた教え子が任官したというのに、この人は珠瀬をケアした後、誰とも顔を合わせていないのだ。

「任官仕立ての良い気分の所を、俺の顔を見せて、損なわせなくてもいいだろう。どうせ、そのうち嫌でも顔を合わせるんだしな」

聞けば、このトライアルの間も、顔を見せるつもりはないらしく、次に会うのは、アラスカから帰って来た時だそうだ。
後の事は、伊隅大尉にまかせてあり、部隊の空気に慣れさせておく期間としては丁度いいだろう、とのことだ。

──でも、配属後の自分の上司が白銀中佐と知ったら、随分驚くでしょうね……。

確かに、冷却期間としては良いかもしれない。
あの子たちも、実戦部隊の空気に触れて冷静になれば、この人から貰った色々な事に気付くかもしれない。

「それじゃ、まずはみなさんの奮闘を拝見しますか」
「はい」

私たちの出番は、午後の実戦の一度だけだ。その時までは、あの子達の活躍ぶりを見せてもらおう。



[4010] 第28話 おっさんの原点
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/11/15 03:09
【第28話 おっさんの原点】

<< おっさん >>

12月10日 午前 国連軍横浜基地 管制室

トライアルで実施する測定のうち、機体の反応測定と、機動制御による負荷の変化測定は、……正直つまらない。

今日初めてXM3に触れる連中の操縦に興味が無い訳ではないが、それも何例か見れば飽きるし、A207小隊がどれくらい動けるかは、すでに把握していることだ。
結局、今日の本命は、連携実測なのだ。

そういう理由もあり、トライアルの様子を少し見た後は、まりもの編入を、A-01の皆に説明することになっていた。
これを逃がすと、次の機会はアラスカから帰ってきた後になるのだ。

──しかし、アイツ等の顔は見ものだったなぁ。

「くくっ……」
「中佐、どうかなさいましたか?」

思い出し笑いが堪えきれなかった所を、まりもに見咎められた。

「いや、さっきの紹介を思い出していた」
「はぁ……」

まりもは、諦めたように、ため息を付いた。
最近、夕呼の行動に対するような反応を、俺にもするようになってきたが、……俺も同類ということだろうか。

まりもの編入はみちるには伝えてあったが、その他は全員、まりもの顔を見て一様に驚いていた。
だが、慕っている恩師なのだ。すぐに調子を取り戻した後は、歓迎の言葉とともに、まりもを取り囲んだ。

盛り上がりの頃合を見て、まりもが『メンバー』の謎の人物の正体だと伝えたとき……全員、俺の期待以上の反応をしてくれた。
アイツ等はいちいち驚いてくれるから、こちらとしてもからかい甲斐がある。

鬼教官としての印象と、自分達の同類というギャップに、整理がつかなかったのだろう。
茜は「ど、どうしよう、お姉ちゃん」と、何故か相談していたし、水月と晴子は「シェー」を崩したようなポーズで固まり、遙と祷子は、目の焦点が合わず、現実逃避しているようだった。
多恵は、……アホみたいになっていた。

しかし隊員の中でも最も見るべきは、みちると宗像の表情。
なにしろ、頼りになる『仲間』が増えたと思ったら、それも『メンバー』の一員だったのだ。
ふたり並べて『悲壮感』というタイトルを付けたくなったくらいだった。

──だが、いたずらが過ぎたかもな。“午後の任務”に影響しなきゃいいが……。

今回起きる“事故”を知っているのは、夕呼と俺だけだ。
BETAの代謝機能低下処置装置への工作も、夕呼が直接やる手はずだが、イリーナは、夕呼のそばにいるから気付くかもしれない。

まあ、みちるとて、お飾りでA-01を率いているわけじゃない。
事が起きれば頭を切り替えるだろう。

それはともかく、宗像といえば、昨日、祷子から相談された事が思い出される。

内容は、宗像を『メンバー』に加えたいが、どうしたらいいだろうか、というものだった。
とはいえ祷子も、宗像の純情を守ってあげたいという気持ちも同じ位あるようで、板ばさみになっているようだ。

その振舞いに比べて、宗像が意外と純情ということは、最初の対面での分析でわかっていた。
隊内のバランスを考えて、みちる、祷子とともに放置していたが、祷子の脱落により、残り2名。
こうなったら、みちるも宗像も落としてしまうのがアイツ等のためと思い、まず宗像から落とす覚悟を決めていたのだが……宗像に、故郷に恋人っぽい男がいると聞いて、逆に引いてしまった。

知らなければ、遠慮なく落とす所なのだが、俺は寝取りが好きなわけではないのだ。
とりあえず祷子には余計なことをするなと言っておいたが、今日で207の連中もA-01に入隊するから、バランスは取れるだろう。

だが……宗像ほどの女を手つかずというのは、あまりに惜しい気もする。
正直、今の若いみちるとも、やりたくてたまらない時があるのだが、彼女の気持ちは知っているし、“前の”世界ではさんざんお世話になったから、今回はみちるの想い人に譲ろうと、今では思っている。

みちるの想いは相当強いが、宗像はどうだろうか。落とすべきか、放置すべきか……。

一度、本人と話してみて、決めよう。



…………………………



<< 白銀武 >>

12月10日 午後 国連軍横浜基地 管制室

午前のトライアルの評価を確認し、予想通りの結果に安心した。

──小隊評価はどちらもA、個人評価も全員、90後半……ま、当然だな。

他の先任を押さえつけて、上位5人を独占したのは当然だったが、彩峰とたまのエレメントがA評価という結果は凄い。
どいつも、任官したてのヒヨッコの動きに、さぞ驚いたことだろう。

「クーデターの時の、中佐の行動を参考にしたようですね」
「ああ、おそらく榊の案だろう」

1戦目の連携実測を見て、まりもも俺と同じ結論を出したようだ。
静から動への急激な変化で意表を突くのは、クーデター事件で、沙霧に対してとった俺の戦法だ。

他の先任は、XM3に慣れていないから、高機動とはいえ、しょせん既存の動きの延長。仮想敵部隊の熟練衛士なら、だいたい予想は立てられる。
そういう理由で、他の先任連中は、どの部隊も仮想敵部隊を打ち破る事はできなかったのだ。

A207は、序盤、他の先任部隊と同じような機動で仮想敵部隊に当たっていたが、相手が包囲しかけて油断した所を、“従来”の動きに切り替え、一気に片を付けた。
初めて見るその機動に、仮想敵部隊は、わけがわからないまま撃墜されたようだった。
A小隊、B小隊とも、同じような展開だった。

「しかし、2戦目はよくやりましたね」
「ああ、さすがに今度は、誰かやられると思ったんだがな」

2戦目は、互いの相手を入れ替えて行う。
意表を突けた1戦目に対して、今度は手の内の片鱗を見せた後だ。
苦戦は予想されたが、A207は最初から全開の動きで翻弄し、追い詰めた挙句、全機を仕留めた。
1戦目では受身で行動を取っていたが、今度は最初から最後まで、先手を取り続けていた。

こう表現すると、いとも簡単に終わったようだが、実際は、仮想敵部隊もその作戦は読んでいて、ヒヤリとした所も相当あったのだが……結果を見れば圧勝といえるだろう。
何しろ、A207小隊は、誰も撃墜判定をされていないのだ。

「機体とOSで差があるとはいえ、こうも成果を出してくれると、嬉しいものだな」
「ええ、まったくです」

まりもと感想を言い合ったところで、場内アナウンスが流れた。

『第4整備班は、A207C小隊の機体点検作業を開始せよ……繰り返す、第4整備班は──』

「さて、俺たちも準備しようか」
「はい。教え子に負けてはいられませんね」



…………………………



<< 神宮司まりも >>

不知火に搭乗せんと、格納庫を歩いていると、階下に教え子達の姿が見えた。
評価結果を映した大型ディスプレイを前に、見知らぬ衛士たちと話をしているようだった。

一瞬、絡まれているのかと心配したが、その衛士たちは、あの子たちの肩をばしばしと叩いている。
笑い声がここまで聞こえる事から、おそらく、あの子達の健闘を称えているのだろう。

その様子に気付いていない白銀中佐に、言葉をかけた。

「中佐。あそこであの子達と話しているのが、仮想敵部隊の衛士のようですよ」
「……へえ、あれが歴戦のエース達か。さすがにいい面構え……ッ!」

──えッ!?

仮想敵部隊の衛士を見た中佐の瞳が一瞬、ピンク色に煌いた気がした。

私は、自分の目を疑った。中佐が……怯えていたからだ。

私は、白銀中佐のこのような姿など、初めて見た。
体は震え、脂汗も吹き出ている。

「中佐!大丈夫ですか!?」」
「……あ、ああ……問題無い……少し待ってくれ」

体をよろめかせたので、思わず支えたが、中佐は私の声で、少し正気に戻ったようだ。
あんな連中に萎縮するほど、可愛げがある人じゃないはずだけど……。

「神宮司大尉、行こうか」
「はっ……」

少しして、平常通りとなった中佐は何も言わず、私を先へと促した。
中佐の態度が、触れるなと言っていたから、何も言葉が出なかった。

──いったい、何があったというの……?

中佐の状態が心配だったけど、これから私たちの連携実測なのだ。

今は平然としてるし、この人が戦えるというなら、戦える状態なのだ。
さっきの事も、必要があれば、教えてくれるだろう。

とにかく、次は2対8という戦力差なのだ。気を引き締めなければならない。



…………………………



<< インドラ・サーダン・ミュン >>

12月10日 午後 国連軍横浜基地 第二演習場

「うそでしょ……」

2個小隊。8機の撃震……いずれも熟練。
それが、2機の不知火に、まるで子供扱い。
こちらの攻撃はかすりもせず、まるでからかうように翻弄され、全機撃墜。

「XM3の発案者、シロガネタケル中佐……か……」

支援に徹した相方も相当なものだったが……なんとまあ、すごい衛士がいたものだ。

新任連中にたて続けにやられた時は、悔しさもあったが、OSの凄さが素直に評価できた。
何せ、新任が、他の先任を差し置いて、あたし達を仕留めたのだ。
操縦技術そのものも、たいしたものだった。

その新任連中から聞いて、あの不知火に乗るのが、連中の教官たちだと聞いていたから、油断はしていなかった。
新任連中の動きを踏まえて作戦を立て、さすがに今度はいたぶってやれるだろうと思ったというのに。

──あたしらは、やっぱり体の良いかませ犬だってわけかい……。

この任務を聞いた時から、それが目的だろうと思ってはいたが、上層部の思い通りになってたまるかと発奮し、XM3搭載機の機動にてこずらされながら、なんとかやられずにここまで来たものの……。
新任の小隊……しかも、片方は2機の部隊に立て続けにやられ、今度は2対8という圧倒差でも、やられてしまった。

──ここまでやられちゃ、認めないわけにはいかないね。

嘆息したところで、同僚から声がかかる。

「おい、ミュン、そろそろ戻るぜぇ」
「わかったわよ」

機体をハンガーに向かわせると、見れば、あの不知火も戻っているところだった。
それを見て、搭乗者に会ってみたい、と思った。

──確か、見た目は若僧でも、中身は猛獣だから気をつけろってメガネの子が教えてくれたねぇ……。

“副司令の色小姓”という悪い噂が、基地内ではあったけど、……これは間違いなく“本物”だ。
舐めた態度は控えた方がいいだろう。

──けど、あのメガネの子、“素質”ありそうだったわねぇ……。



…………………………



<< おっさん >>

12月10日 午後 国連軍横浜基地 第14番格納庫

「シロガネ中佐ですかい?」

コクピットから降りて、まりもと管制室へ向かう所で、北欧系の、白人の大男に呼び止められた。
さっき207の連中と話していた、仮想敵部隊の衛士のひとりだ。

「大尉、先に行ってろ」
「は……」

何が目的か知らないが、まりもが居る必要はない。
大男の後ろには、3名の中尉がいたが、その中でも俺の意識を捕らえるのは、当然……

──インドラ・サーダン・ミュン中尉……!

忘れもしない。……忘れられるものか。
俺を一度、“殺した”女……。

そう……俺はかつて、冥夜一筋だった。
来る日も来る日もアイツだけとやりまくり、それは、アラスカに飛ばされた後も続いていた。
強化装備を破るプレイなどはしたが、皆琉神威の鞘をアソコに突っ込むなんて、想像すらしなかった。

夕呼には、俺が“変わった”経緯を話したことがあったが、実は俺もだいたいの内容しか覚えていなかった。
詳細な所はぼやけていたのだが……ミュンの顔を見て、そのおぼろげな記憶が鮮明になる。

ある日、名は忘れたが、腕の良い整備兵と気が合い、基地内のバーで一緒に酒を飲んでいたところ、この女が「あら、結構かわいい顔してるじゃないか。暇ならどうだい?」と、俺を誘ってきたのだ。
その時、この隣のドレッドの男は「悪い事はいわねぇ、こいつだけはやめとけ」と、止めてくれた。
だが、結構美人顔で、その野性的魅力とアルコールの勢いで、俺は、つい誘われるまま行ってしまい……。

俺の精力が常人よりも高かった事も災いしたのだろう。
ノリに乗ったミュンは、何度も何度も俺を嬲り、絞り続けた。
最初はもちろん、気持ちが良かったのだが……後半はもう、その気持ちよさが苦痛になっていた。本当の苦痛もあった。

思えば、俺のちょっとしたM気質は、その時、培われたものかもしれない。
S気質も、あの時にやられた事を、女たちにやり返したい、という無意識な思いから発生したのかもしれない。

そして、あの“王への反乱”の夜に、多恵が俺に『左近』を入れようとしたとき、なぜあんなに恐怖を感じたのかを、思い出してしまった。



──ミュンの『撃震』が、俺の……尻に……。



そう……あれがとどめとなり、俺の頭の中にある、“種”としか表現できないピンクの何かが割れたのを感じ……俺は生まれ変わったのだ。

その夜を境に俺は豹変し、記憶が曖昧になったせいもあり、自分で買ったものだと思い込んでいたが、“前の”世界で俺が愛用していた『撃震』は、行為の後「記念にやるよ」と、ミュンに貰ったものだ。

失われていた記憶と、俺のトラウマを認識できたが、……今の俺のこの感情は、何だろうか。
仇敵に会った時の恐怖か、それとも恩人に会えた喜びだろうか。

自分の気持ちがわからなかったが、とにかく因縁の中尉と、今、対峙している。

「へえ……あなたが……シロガネ中佐?」
「この人が?とてもあの不知火の衛士には見えないね」

ヨーロッパ系の白人美女の中尉が口を開き、ミュンがそれに続いた。
白人美女に食指が動く所だが……俺は今、“接敵中”だ。

「あの隊の男はこの人だけだ。間違いない」
「オイオイ、見た目だけで判断すりゃ、おまえなんてメスゴリラだろ。とても戦術機を動かせるようには見えねえけどな?」

大男が念を押した後、ドレッドヘアの浅黒い肌の男が茶々を入れる。

──ああ、“あの夜”も、こんな雰囲気だったな。

そして、ミュンとドレッドの男が憎まれ口を叩き合い、それを他のふたりが笑うという、“じゃれあい”を続けた。

──呼び止めておいてこの態度……舐めてるんだろうなぁ。

「おい、用件があるならさっさと言え……くだらんおしゃべりをいつまで見せるつもりだ?」

少し声を落とし、中尉共の注意をこちらに向ける。
これで態度を改めないようなら、少々“本気”を見せるしかないが……。

「失礼しました!」×4

予想に反して、4名とも、背筋を伸ばして気を付けをした。

以前、俺に聞こえるように色小姓呼ばわりした奴は、一度警告をしても平然としていたから“修正”してやったが、……さすがに熟練衛士となると、弁えるところは弁えるか。

「あのOS、シロガネ中佐が考えたと聞きましてね」
「そうだが?」

ミュンの言葉に、何を聞くのかと不審に思ったところで、全員が一歩近付き、俺の警戒心を高めたが──

「やってくれましたねぇ!」
「中佐の脳みそは最高ですよ!」
「全く……どこからあんなOSの発想が出てくるんですかねぇ」
「あれが採用されたら、とんでもねえ騒ぎになりますぜ?特に最前線では」

大男、ミュン、白人女、ドレッドが満面の笑みで親しげに肩を組んだり、手を握ってきたりした。

「気に入ってくれたようだな」
「そりゃあ、あんな動き見せられちゃねぇ。中佐の技術も圧倒されましたが、あのOSの凄さは、新任にやられた時から実感してましたよ!」

俺の言葉には、ミュンが答えた。
新型OS搭載機に乗ってなくても、それくらいは評価してくれたようだ。

やはり、“前の”世界で経験済みとはいえ、こうやって賛同の意をもらえると、嬉しいものがある。
この反応こそ、このトライアルで俺が望んだものなのだから。

その後、連中は操縦について詳しく質問してきたので、操縦記録は公開してるから後で確認しろ、と言っておいた。
口で言うより、見たほうが早いからだ。

そこで、次の準備のアナウンスが場内に響き、短い会合はお流れとなった。

「溜まったらいつでも来てくださいよ。スッキリさせてあげますよ」

別れ際、ミュンがそう言って、ウインクをして、通りすぎようとしたところで、……俺は、覚悟を決めた。



「では、今晩お願いしようか。丁度溜まってるところだ」




──俺は……俺は、この女を越えなければならないんだ……!

4人とも、想像もしなかっただろう俺の言葉に愕然としている。
言った当のミュンも、本当にお願いするとは思っていなかったのだろう。

「ち、中佐ぁ、本気ですか……悪い事は言いません。こいつだけは止めといたほうが「アンタは黙ってな……」」

ドレッドが俺を止めようとしたが、ミュンが制止した。

──ああ、このドレッド、“前の”世界では、本当に、俺の為に止めてくれたんだよな。

あの時は、もしかしたらミュンに気があるんじゃ?と邪推してしまったが、ドレッドの優しさに内心感謝し、ミュンと会話を続ける。

「どうした?いつでも良いんじゃなかったのか?」
「もちろん、あたしが言い出した事ですから、……満足させますよ」
「俺も、伊達に“色小姓”とは噂されてはいないぞ。気持ち良ーく、天国にいかせてやろう」

周りで引いている3人を放置し、俺たちはフフ、と火花を散らし合った。

俺の性交力は、あの時とは比べ物にならない。特に、テクニックは、大人と赤ん坊の差がある。
戦力比から言って、俺が負ける要素はないが……精神面に不安がある。
トラウマとは恐ろしいものだ。だが……。

──大丈夫だ。いざとなったら、俺には『左近』がある。鎧衣課長……俺を守ってくれ。

俺は、胸ポケットの『左近』にそっと手を当てながら、クーデター以降、姿を見せない鎧衣課長に祈った。



…………………………



<< 白銀武 >>

仮想敵部隊の連中と別れた後、夕呼が話し掛けてきた。

「ずいぶんと、気負ってるわね。顔がこわばっているわよ?」
「副司令……トライアルをご覧にいらしたんですか?」

ここに来るとは思っていなかったが……顔のこわばりを指摘されて、意識して表情を緩める。

「評価結果、見たわよ。厳しい条件でA評価とは畏れ入ったわね」
「OS発案者として看板掲げるんですから、それくらいはね」

確かに厳しい条件だったが、自信はあった。
熟練衛士とはいえ、A-01より格段に優っているわけではない。
シミュレーターでA-01全員を相手取ったときに比べれば、条件は随分と緩いのだ。

夕呼は、XM3が他の小隊にも受けがよく、評価は上々で、このトライアルが上手く言っている事を話し、最後に、意味ありげな台詞を吐いた。

「気を付けなさいよ?何が起きるかわからないのが世の中なんだから」
「重々、承知してますよ」
「そう。がんばってね」

そういって夕呼は去ったが、この後に起こる事を暗に言っていたのは明白だ。
俺に念を押しにくるとは……さすがの夕呼も、見た目ほど、内心は平然としていないのかもしれない。

俺とて、夕呼の考えには同意したものの、この“事故”で出るであろう犠牲を考えると、気が重い。
無論、それを表に出すようなヘマはしない。事情を知らないまりもに悟られては困る。

せめて、早期鎮圧に努めよう。──我ながら、偽善も甚だしい事だが。



…………………………



12月10日 午後 国連軍横浜基地 管制室

最後の大トリ、A207小隊5機と、仮想敵部隊2個小隊との連携実測。

観覧している者が、これまでのXM3の効果を見て、A207小隊の勝利を予測しているのか、その逆を予測しているのかはわからない。
少なくとも俺は、クーデター事件や先ほどまでの戦いぶりから、前者だと踏んでいて、その予想通り、序盤からA207小隊が優勢だった。

そして、状況が大きく動きを見せようとしたとき──警報音が鳴り響いた。

──コード991……来たか!

『HQより各部隊へ。防衛基準態勢1へ移行。繰り返す、防衛基準態勢1へ移行』

警報音の後に続いたのは、HQからの通達。
慌てているだろうA207の連中に指示を出そうと、データリンクに割り込むと──

「みんな、落ち着いて!まずは、実弾装備と交換する必要があるわ!ハンガーまで後退するわよ!」

委員長が、硬い声ながらも、全員に指示を出していた。

──はは、凄ぇよ、委員長……

俺の周囲で慌てふためいている連中よりは、よほど肝が座っている。

感心したところで、別の声が割り込んだ。

「そうだ、新任共。ここはあたし達が維持する。貴様の小隊は37番ハンガーまで後退、突撃砲をありったけもってこい」

仮想敵部隊の衛士が、委員長の方針に加え、詳しい指示を出した。

──この声……さっきの白人女か。

「しかし、中尉殿も一緒に後退──」
「バカ、こいつらを足止めする奴が必要だろうが。基地が無茶苦茶になるぞ。問答の時間が惜しい。さっさと行け!」

「……了解。──01より各機、隊形三角弐型。背面の警戒を強化しつつ、ハンガーへ全速移動。武装を入手次第、エリア3に搬送する」
「了解!」×4

XM3と吹雪の組み合わせの方が足が速いから、あの白人女の判断は妥当なものだ。
委員長もそれをすぐ悟り、了解したのだろう。

さて、俺たちもすぐに出なければ。
ミュンにもリベンジしなきゃならないから、ここで死んでもらっては困る。

そこへ、整備班に実弾装備への換装指示を出し終わったまりもが、戻って来た。

「大尉。換装終了次第、出るぞ。搭乗しておけ」
「了解」

まりもの表情は、実戦の緊張はあるものの、──教え子の成長を見れた嬉しさもあった。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

12月10日 午後 国連軍横浜基地 第二演習場

BETAがいきなり出たときは、本当に驚いた。
予想もしない状況に、うろたえる所だったけど……脳裏に浮かんだのは、決起軍に包囲されかけた時の、白銀中佐の姿。

落ち着くように指示を出し、後退を指示できたのは、自分でも驚きだ。
本当なら、上位者たる仮想敵部隊の指揮下に入り、指示を仰ぐべきだったのだろうけど、……とにかく人に落ち着く指示を出した事で、自分の心も幾分静まった。

仮想敵部隊の人たちを残して行くのは気がかりだったけれど、中尉が言ったとおり、問答している時間があったら、武器を取りに行った方がマシだった。
それに、足の速いこちらが行った方が、当然、武器も早く確保できるのだ。

──白銀中佐なら、さっさと足止めを任せて、迅速に行動したでしょうね……えッ!?

レーダーに突然表示されたBETAのマーカー群。
すでに目視できる距離だ。ここは──

「全機散開ッ!全速退避!各自ハンガーを目指して!」
「了解!」×4

とにかく、武器がなければ始まらないのだ。

散開してBETAを回避して抜けようとした時、──銃撃音とともに、BETAの頭部にいくつもの血花が咲いた。
すぐさまレーダーを確認。

──白銀中佐と神宮司大尉の不知火!

さすがに行動が早い。
警報からさほど時間が経っていないのに、もう実弾装備に交換して出てきたのか。

「00より各機。落ち着いて武器を取りに戻れ。仮想敵部隊の連中も、心配するな」
「了解!」×5

中佐と大尉のエレメントとすれ違い、レーダーを見ると、すでにBETAのマーカーが減り始めていた。

普段は嫌っておきながら、こういう時は頼りにするなんて、自分でも少し勝手だとは思うけれど……私の心は、落ち着いていた。



[4010] 第29話 おっさんVersion2.0
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/27 01:52
【第29話 おっさんVersion2.0】

<< 伊隅みちる >>

12月11日 午前 国連軍横浜基地 廊下

緊張の色が隠せない様子の、新任5名の少尉を引き連れて歩く今、──私の胸は期待感に溢れている。

今日はこの新任5名の配属日。この日をどれだけ待ち焦がれたことか……。

本来の予定では、配属は昨日のトライアルの後だったが、突如の“事故”とその事後処理で、それどころではなくなり、今日へと延期せざるを得なかった。
都合よく我々が“待機状態”だったことから、正直、あの事故には作為的な物を感じたが……それを聞くのは越権行為だ。

副司令は──おそらく、白銀中佐も、必要があって、ああしたのだろう。その目的もだいたい推測は着く。
多くの衛士や兵士が命を散らした事は痛ましく思うが……私も、香月副司令と志を共にするひとりだ。
今さら“その程度”の犠牲でどうこうなる間柄でもない。

それはさておき、訓練報告書と、クーデターでの働きと、昨日のトライアルの結果から、この5名が即戦力に値する能力を持っている事はわかっている。
白銀中佐と、神宮司大尉からも、お墨付きもいただいている。
過酷な任務が当たり前の我が部隊にとっては、大きな助けとなるはずだ。
だが、そんなことよりも……。

──宗像の奴も、相当楽しみにしているはず……。

そう、能力もありがたいが、なにより、中佐の“手付かず”の要員が追加される、という点が、この際貴重なのだ。
風間が“落ちて”以来の空気といったら、それはもう……。

宗像も私も、肩身が狭くなるのは想定していた。
連中が幸せそうなら、喜んでそれに甘んじようという思いもあり、宗像と苦笑を交し合い、覚悟を決めたはずだ。

だが、予想に反して、あいつ等『メンバー』共は、こちらに気を使って、しきりに話をふって来るようになった。
……特に、我々の心境を最も知る、風間が。

だが、「髪にかけられるのは、大尉はどう思います?」と言われても、私には「ああ、どうだろうな」としか答えようがない。
処女の私にどんな答えを期待しているのだろうか、アイツは。
頼むからそっとしておいて欲しかったが、『猥談は当たり前』と言った張本人がそんな事も言えず……。
その点、宗像は、まがりなりにもきちんと会話を続けられるのだから、羨ましいことだ。

そして、私が最も参るのは、そんな風に話をふられることで、アイツらの経験談を自分に置き換えてしまい、以前よりも悶々とするようになり……白銀中佐のオカズ率が高くなってしまったことだ。
終わった後、自己嫌悪するというのに、脳裏に浮かぶものは仕方がない。
というよりも、むしろ白銀中佐を思う方が興奮するような気も……いやいや、まさか、それは気のせいだろう。

──だが……そんな日々も今日で終わりだ……!

昨日の神宮司大尉の紹介の後、新任5名が、中佐の“手付かず”であるという事は、しつこいくらい念を押して確認した。
中佐の言では「それどころか、かなり嫌われているはず」と苦笑していた。

その時始めて、中佐の訓練内容を聞き、耳を疑ったのだが、隣の神宮司大尉が気の毒そうに頷いているので、信じざるを得なかった。
そして、我々以上に過酷な訓練を経た新任たちに、敬意すら感じた。

──中佐に言われてるが……ひと波乱あるだろうな……。

白銀中佐は全員に、

「新任連中は俺を嫌うだけの理由がある。誤解を解く必要はない。どのような意図であれ、傷つけた事実は変わらないからな。まあ、笑って流してやれ」

と、中佐の本意を口にする事を禁じた。
全員、その事は了解したが……私や宗像はともかく、他の面々が辛抱できるだろうか。

私ですら、中佐が悪しざまに言われている事を想像するだけで、腹立たしい気持ちが湧くのだ。
恋人であるアイツらならば、どれほど腸が煮えくり返ることだろうか……。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

12月11日 午前 神奈川県 多摩川付近

今日から、アラスカへの出張。
といっても、出発は夜になるので、その前に不知火弐型の、日米共同開発計画──『XFJ計画』の提案者でもあり、責任者である、巌谷榮二中佐との面会を行った後、将軍殿下への拝謁を行う。

そして、夜の便でアラスカへ出立、というハードスケジュールで気が重いが、これもあの子たちに良い機体を持って帰る為だ。
それに、当分の間は白銀中佐とふたりきり……という事実は、私の心を浮き立たせるのに十分だった。

軍用ジープを運転しながら、助手席のリクライニングを倒して寛いでいる白銀中佐を、横目で見る。

──やっぱり、どこか雰囲気が変わったわね……。

昨晩は、インドラ中尉という仮想敵部隊のひとりと、お相手をしたそうだけど、よほど良い相手だったのか、中佐は朝から上機嫌だった。
今も、口笛や鼻歌が、時折聞こえてくる。

「随分上機嫌のようですが……インドラ中尉はそれほど良かったんですか?」

好奇心でつい口に出た言葉だったが、嫉妬深い女の皮肉の台詞、そのものだった。
焦って発言を撤回したくなったが、中佐は気にした様子もなく答えた。

「ああ、良かったというか……トラウマを克服できたのが嬉しくてね」

──トラウマ?

不思議な顔をした私に、中佐は続けて説明した。

なんでも昔、性的に抑圧された相手がいて、インドラ中尉はその人にそっくりだったという。
そして、昨晩の一戦で、その相手と同様、凄まじい性交力を誇るインドラ中尉を“調伏”した事で、そのトラウマもすっかり無くなったようだ。

──なるほど、それで昨日、あんなに怯えたのか。

しかし、中佐の昔というと……幼児虐待の目にでもあったのだろうか……。

「こいつのおかげかもな……」

中佐はそう言って、愛おしげに胸ポケットに手を当てた。
そこに何が入っているのかは、『メンバー』ならば誰でもわかる。

「『左近』を使ったんですか」
「いや、使わなかったが、心がくじけそうな時、いざと言うときはコイツがあると思うと、立ち直れたよ」

「そうですか……良いお守りになったようですね」
「ああ」

トラウマがあるとはいえ、『底なし』の中佐を手こずらせるとは……世の中には凄い女性がいるものだ。

結局、インドラ中尉は『メンバー』には入らないそうだ。
そんな枠に収まるような女性ではないとの事だが、あの女性もなかなかスケールの大きい人らしい。

上機嫌の理由はわかったものの、もう一つ気になる点があった。
それは、恥ずかしくてとても中佐には聞けない内容で──

──なんで、こんなに魅力的に見えるのだろうか……。

白銀中佐が、どことなく神々しいオーラを放っているように見えるのは、気のせいだろうか。
昨日までは、我ながら、この人に相当ハマっている事を自覚していたけれど、公私の区別はつけていられた。

しかし、隣で運転していて……今、抱きつきたくてたまらない。
トラウマを克服した事がきっかけだろうか。それほど、今の中佐は、フェロモンを発散している。
私の思い込みかもしれないが、朝、中佐を見たときから私が発情状態なのは事実だ。

──だめ、もう我慢の限界……。

まだ、禁断症状にはかなり余裕があるというのに……いえ、これは、精液なんかじゃない。
中佐の存在そのものにあてられた。そうとしか言いようがない。

「白銀中佐……そろそろ休憩を取ってもよろしいですか?帝都に入ると、あまり休憩も取れないでしょうし」
「ん?…………ああ、いいぞ。このあたりなら、人影もないし……な」

私の目論見などお見通しと言わんばかりの台詞だったが、その表情はとても涼やかで優しくて、それが私をまた痺れさせて……車を止めたらすぐ、この人を無茶苦茶に犯してやろうと決めた。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

12月11日 昼 国連軍横浜基地 PX

ブリーフィングルームでA-01の先任と顔合わせをし、見知った顔を見たときは、驚き半分、予想的中で納得が半分であった。

我等、元207Bが全員A-01に配属したのだから、先に任官した元207Aの面々がいる事は予想していたが……“あの”夜、白銀中佐と逢引をしていた女性中尉がいらっしゃったのを見て、さすがに驚いた。

あちらも気付いたようで、「あら、あなた、オチムシャ──少尉?」と呼ばれた時は、複雑な心境だった。

その後の自己紹介で誤解は解けたが……やはり、“あの”夜から、この方は私の事をずっと『オチムシャ』という名前だと思っていたのであろう。
白銀中佐も、名前くらい訂正してくだされば良いのに、と思ったのは私の贅沢であろうか。
いや、そもそもそんな名前がある訳がないのに……この方は相当、『天然』のようだが、涼宮茜の姉上であると知って、似ない姉妹もいるのだな、と感じたものだ。

また、元207Aの中で見知った顔が無い事が気になったが、高原と麻倉は、先のクーデター事件で重傷を負い、衛士としての道を断たれたとの事だった。
気の毒に思ったが、CPとして復帰を目指していると聞き、彼女らの不屈の意思に敬意を抱いた。

一通り紹介が終わった後、現隊長である伊隅大尉が、しばらくすれば副隊長となり、隊長にはあの白銀中佐が任じられ、神宮司大尉と共に隊の一員となるだろう、と仰った。
それを聞いて、思わず彩峰と目を合わせ、笑みを浮かべた。

懐かしい顔との再会と、もう会えないのかと思っていた想い人の下で戦える事で、私は逸る気持ちを抑えられなかった。
おそらく彩峰もそうであろう。いつもは表情を隠す彩峰も、その顔を弛めていた。

他の3名は、やはりというべきか、──露骨に嫌そうな表情を浮かべたが、その時、先任全員の表情が強張ったのを、私は確かに感じた。
その時から、嫌な予感はしていたのだが……それは的中し、今、目の前では、榊と涼宮の口論が繰り広げられている。

「あの人の能力は認めるわ。でも、人格が最低だって言ってるのよ!」
「だーかーら!中佐の事、何も知らないくせに決めつけないでって言ってるの!」
「十分すぎるくらい知ってるわよ!」

PXで、和気あいあいと昼食を取ったまでは良かった。
だが、食後に鎧衣が「またあの顔を見るなんて、気が滅入るよねー」と言い出し、榊と珠瀬がそれに乗ったあたりから、雲行きが怪しくなった。
先任連中は、「へぇ、そうなんだー」と、一応、笑みを浮かべながら相槌を打っていたが、榊らも、親友との再会で浮かれていたのであろう。
いつもよりも饒舌に、かつ悪しざまに中佐を罵っていた。

そして、涼宮が「いいかげんにして!」と榊を怒鳴り付け、──榊も引かずに、現在の口論と発展した次第だ。

伊隅大尉と宗像中尉が止めようとしているが、他の先任は我関せずといったふうだ。
だが、気持ちは涼宮と同じのようで、涼宮の言葉に合わせて頷いているし、顔は無表情でも額の青筋は隠せない。

「貴様等、いい加減にしろ!」

口論が加熱した所で、それまでは窘める程度だった宗像中尉が、怒声を発した。
そして、落ち着いた声で諭すように、言葉を続けた。

「新任ども……貴様等がどのような扱いを受けていたかは聞いている。そう思うのも無理もないとも思う。……だが、私も含めて全員、白銀中佐の事は、隊長としてふさわしい方だと思い、尊敬している。気持ちまで変えろとは言わないが、少なくとも、我々の前で悪し様に言うのはやめてくれないかな?」

その言葉は真剣な思いが含まれており、私の心に刺さった。
そして、この方たちは“素の白銀中佐”を知っておられるのか、という、いくばくかの嫉妬心を自覚した。

宗像中尉は、次に先任の方を向いて言った。

「涼宮、お前も白銀中佐から、口を出すなと言われただろうが。……速瀬中尉も涼宮中尉も、年長として、その態度は困りますね」
「すみません」「ごめん」「ごめんなさい……」

言われた涼宮と、速瀬中尉、涼宮中尉が反省したように謝罪し、風間少尉と柏木と築地も続けて謝った。

そして宗像中尉は、どうせすぐわかる事だろうから言っておく、と前置きしてから、次のように発言した。

「新任連中も、こちらの面々が面白くないと感じるのは仕方がない事だから、堪えてくれ。……何せ、私と伊隅大尉を除いて全員、白銀中佐の恋人なのだからな」



…………………………



(数分後)

<< 彩峰慧 >>

「──やみね、彩峰!」
何分かの空白の時間の後、誰か──たぶん、柏木──に体を揺すられて、正気に戻った。
周りを見ると、他の4人も、それぞれ体を揺すられていた。

──えっと、今、何話してたんだっけ……。

そうだ……白銀中佐が、この人“たち”と恋人同士だっていう……。

驚くべき事なのに、なぜかぼやっとした頭で、状況が冷静に判断できた。
人間、驚きも通り越すと、逆に落ち着くのかもしれない。

確かに、いきなり屋上で私の胸を揉みまくった人だから、訓練時に見せた厳格な顔だけじゃないとは思っていたけれど……えーと……いち、にい、さん──

「6人……も?」

私がおそるおそる声を出すと、柏木が楽しそうに答えた。

「正式な恋人は、11人だね。入院中の麻倉と高原と、あとはピアティフ中尉と神宮司大尉と社。香月副司令とは、一応、体だけの関係らしいけど、それを入れれば12人かな?」



…………………………



(数分後)

「──やみね、彩峰!」
何分かの空白の時間の後、誰か──たぶん、柏木──に体を揺すられて、正気に戻った。
周りを見ると、他の4人も、それぞれ体を揺すられていた。

──えっと、今、何話してたんだっけ……あれ?さっきもこんな事、あったような……。

まだ混乱から回復しないうちに、御剣が聞き逃せない事を言った。

「ふ、ふたりでは無かったのか……」
「……どういうこと?」
「あ、いや、その……」

しまったという顔をした御剣を問い詰めると、どうやら、神宮司大尉と、涼宮中尉との関係は気付いていたらしい。
その言葉を聞いて、涼宮中尉がぺろっと舌を出していた。

そんな重大な事を私に黙っていた事は、ちょっと面白くなかったけど、……御剣の気持ちもわからなくはない。
それよりも、御剣は、中佐が複数の女性と付き合っているのを知っていて、なお想いを寄せていたということになる。

──私は……どうだろうか。

しかし、その恋人たちのラインナップが凄まじい。
上は香月副司令と、神宮司大尉。下は社……あの子いくつだっけ……?
神宮司大尉が、白銀中佐を敬愛しているのはわかっていたけど、すでに男女の仲だったとは……うかつ。
“副司令の色小姓”、という不名誉なあだ名も、単なる噂だと思っていた。
あの能力と厳しさを見せつけられれば、単なる邪推としか思えなかったからだ。

「でも……そんな手当たり次第な人と付き合うなんて……」
「なによ、恋愛は自由でしょ?お互い納得してるんだから、いいじゃない」

榊が窘めの言葉を口にしたけど、涼宮は堂々たるものだ。

──お互い、納得ならば、か……。

私の胸を一時間も揉み続けたくらいだ。
少なくとも、女として見てくれると思うけど、私は……この想いを貫くべきだろうか。

──だめ、整理がつかない。……中佐が帰ってきたときに、本人を見て考えよう。

とにかく、ライバルがどうの、という段階ではないことは確かだ。
今さらだけど、後で他の3人にも、白銀中佐の本意を教えてあげよう。

──いや、御剣に話してもらおう……榊がうるさそうだから。

そしてその後、涼宮中尉がどういう場面を御剣に見られたのか、という話になり──

物陰でレイプごっこをしていて、少佐が一度出した瞬間に御剣が詰問してきて、誤解を解いた後、気を配って再開して、見られた事でお互い興奮度が高まり、何度もやっちゃったそうだ。
あそこで感じた中佐の大きさとか、台詞とか、感じた所や、何度中に出されたり、顔にかけられ、飲まされたか、など──その具体的な、凄まじいほどハードな内容に私たち新任5人はいたたまれず、これ以上ないというほど、赤面することになった。



そんな私たちに、伊隅大尉と宗像中尉が、肩をぽん、と叩き、優しい表情で微笑んだ。



その瞬間、私たち5人が、この部隊に心から歓迎された事を実感した。



…………………………



<< 巌谷榮二 >>

12月11日 午後 帝国軍本部基地 応接室

「すばらしい……」

私は、目の前で泰然と座る、若き国連軍中佐の話を聞き終え、感嘆の念を禁じえなかった。



何日か前に、あの横浜の“魔女”から「XM3やるから弐型を中隊分よこせ」という無礼極まりない要望──というよりも、命令があった時は、殺意すら芽生えたものだ。
その名代として、アラスカ出張前にこちらに挨拶をと、面会を申し込まれたのが先日の事。

どのような輩を寄こしたのか見極めてやろうと思ったが、この白銀中佐を見た時は、さらに怒りが燃え上がった。
隣の、副官の神宮司まりも大尉はともかく──

──このような若僧を、己の名代としてよこすなど……馬鹿にしたものだ。

確かに、試製99型電磁投射砲のコア技術については横浜から大きな借りがあるし、オルタネイティヴ計画に必要なものと言われれば、協力を謳っている帝国としては、差し出すしかない。
さらに、煌武院殿下から直々に、良きにはからうよう厳命されている以上、帝国軍人としては逆らう事などできようもない。

前線で、命をかけて戦う衛士のためを思い、不知火弐型の開発計画を立てたのだから、強く要望される事は本望であるのだが……初の支給が、よりによって国連軍の横浜基地という事実は、私の自尊心を大きく損なうものだった。

こう言っては何だが、私は自分の狂相に自信がある。
10代の若僧など、睨みひとつで萎縮させられるのだが……私の威圧もどこ吹く風と、この若者は会話の間、終始動じることなく、また、私の──今思えば幼稚極まりない──厭味にも眉ひとつ動かさず、不知火弐型が、年内に行われる佐渡島奪還作戦でどうしても必要という事や、代替として帝国軍に供与される新型OS──XM3がそれに見合う対価として十分である事を、こんこんと説明した。
そして最後に、私の部下が、心血を注いで開発した弐型を、かっさらう形になって申し訳ない、と頭を下げられた時は……自らの狭量さに気付き、恥じ入る心を顔に出さないようにするのに、努力を要した。

また、XM3の効果を、発案者である白銀中佐から、昨日のトライアルの映像をもって説明された時は、……全身に震えが走った。

横浜基地が新型OSを開発したという噂は、先日の新潟BETA上陸の時から囁かれていたが、既存のOSとて、多くの衛士がその貴重な命を散らしながら、練り上げたものだ。
昨日今日作った代物が、そう大きく変わるはずもないと、たかをくくっていたのだが……その画期的な概念と効果のほどを見たときは、そのような気持は微塵も残っていなかった。

白銀中佐から提供された映像には、事故によって解放されたBETAに対する不知火の動きも撮られていて、このOSが、BETAに対しても極めて有効であることは認めざるを得なかった。

だが、なにより、すばらしいと私が思ったのは、白銀中佐のその意志だ。

これほどの代物を、戦術機中隊分と引き換えにするなど、釣り合いが取れぬことだ。
他にも、佐渡島奪還作戦での帝国軍の協力が、対価として要望されていたのだが……佐渡島ハイヴ攻略への渇望は、国連軍よりも、むしろ帝国軍の方が強い。代償というには値しないだろう。

この男は、その価値をわかった上で、佐渡島奪還作戦で失われる衛士の命が惜しい、と。
政治的な問題よりも、その方が遥かに重要な事だ、と。……まっすぐな目で私に向かって言ったのだ。

──なるほど。聡明な煌武院殿下が、執着なさるだけの事はある。

煌武院殿下が、先のクーデター事件で、この白銀中佐の、優れた指揮と操縦により、危うい所を脱し、それがきっかけで男女の仲への進展した、という噂がほのめかされていた。
本日の便宜をはからう指示を聞いた時は、その噂が真実であり、男女の間柄に疎い殿下が、妙な輩にたぶらかされたか、と残念な気持ちがあったのだが……。

不知火弐型は当初の想定よりも優れたポテンシャルを叩きだした。
その結果は、私に満足を感じさせるものだったが、しょせんは不知火の発展型。全衛士に行き渡らせる事などはできない。

だが、このXM3は、それなりの筺体と調整が必要とはいえ、全ての衛士に与える事が可能だ。
量産におけるコスト面でも、比べるべくもない。

そのような奇跡とも思えるOSを惜しみなく提供する白銀中佐と、たかだか一個中隊分の不知火弐型を惜しむ私……胸に湧いた敗北感は、小さいものではなかったが、同時に清々しいものがあった。

私とて、海外の技術を採り入れることで、純国産にこだわって袋小路に陥った帝国軍の体質を変えたいと思い、計画を立ち上げたというのに……横浜への隔意に惑わされ、その理念を失っていたかもしれぬ。
弐型を提供する相手が、帝国軍であろうと国連軍であろうと、何をかまうことがあるだろうか。

「重ねて言うが、すばらしい。白銀中佐……不知火弐型、喜んで提供しましょう」
「御配慮、ありがとうございます。巌谷中佐」

お互い、笑顔で握手を交わす。
この時、今朝までくすぶっていた黒い気持ちは、すっかり晴れていた。

まだ会って間もないが、この男が、不知火弐型に並々ならぬ熱意を持っている事はわかった。
私としても、これほどの衛士に、弐型を評価してもらえるというのは、鼻が高い。

この男を、わざわざ遠地のアラスカへ出向かせる事を申し訳なく思い、こちらでなんとかしてやろうと申し出たが、

「いえ、これは、私が直接行かなければならないのです!」

と、真摯な態度で断った。
その目には、凄まじい程の決意があった。

おそらく、現地のテストパイロットに、できる限りの礼を尽くしたいということだろう。
なんとも……すばらしい男だ。

私が男に惚れ込むなど、いつ以来だろうか。
最近ではアルゴス小隊のユウヤ・ブリッジスに見込みを感じていたのだが……やや視界が狭い所が気になっていた。
年齢では、あちらが若干上だが、その器量にはだいぶ差があるようだ。
この男には……そう、神々しさすら感じる。煌武院殿下と並んでも見劣りしないほどに。

あの“魔女”が、これほど善良な男を腹心にしているとは驚きだが……いや、もしかしたら、“魔女”本人もそれほど悪い人物ではないのかもしれない。

──そうだ、“あの子”にも、会って貰った方がいいな。

会わせるつもりはなかったが、このような好男子であれば、話は別だ。
白銀中佐と神宮司大尉に、一時退室の断りを入れ、室外で通信を入れる。

「──ああ、私だ。すまないが、応接室へ来てくれないか」



…………………………



<< 篁唯依 >>

12月11日 午後 帝国軍本部基地 廊下

──まったく、なんだというのだろうか。

叔父様──巌谷中佐の予定外の呼び出しに、私は不満を感じていた。

今日は、横浜基地から、不知火弐型の受取担当者が挨拶に来ている事は知っている。

その事を苦々しく説明した中佐と同じく、私も国連軍の要請は気に食わなかった。
あれは、私とアルゴス試験小隊が全力を注いで練り上げた機体だ。

弐型の量産体制も整いつつあり、ある程度の機体数は揃っている。
それは、帝国軍の精鋭に渡されるべく組まれていたものだが……横浜基地に横から攫われる事になったのだ。面白いはずがない。
今日の相手も、会う必要などない、と、最初から呼ばれなかったのだ。

だが、通信の巌谷中佐の声は、明るかった。
おそらくは、横浜の魔女の名代が、存外気に入ったので、会わせようと思ったのだろう。
ここ最近は無かったことだが、あの方は、良い男性がいれば、私に会わせようとするのが困った所だ。

──だが、中佐が気に入ったからといって、私には……。

まだ強烈な気持ちではないが、ほのかな想いは私の中に芽生えている。
魔女の名代が、予想に反して好男子だったとしても、紹介などは大きなお世話なのだが……。

しかも、この呼び出しのせいで、入院中の、私の元部下との面会を切り上げなければならなかったのだ。

本来、私はこの基地にいる予定はなかった。
だが、先のクーデター発生の知らせを受け、殿下や帝都、元部下の様子が気になり、クーデター発生後、すぐにアラスカから飛んで来たのだが……翌朝には鎮圧されていたので、私は無駄足になったといえるだろう。

私の古巣の白い牙中隊も、鎮圧軍として出撃し、幸い死者は出なかったものの、負傷者が幾人か出た。
また、混乱の帝都では、人の手が足りぬ状態であったので、私は巌谷中佐の手伝いとして、忙しい時間を過ごし、ユーコン基地とも連絡を取る暇がなかった。

アラスカを発つ時の……あの、ブリッジス少尉の顔を思い出すと、気が沈む。

始めの出会いは最悪だったものの、最近では良い雰囲気になり、彼を男性として意識し始めていた。向こうもそうだろう。
時間を経て、ようやく分かり合え、彼の、日本人への偏見も無くなってきたかという時に、先のクーデターだ。
苦々しげに吐き捨てた彼の顔が、今でも脳裏に焼き付いている。

『このご時世にクーデターだって?なんて幼稚な国だ!』

確かに、彼ら米国人から見るとそうだろう。
だが、決起軍の言い分も、私にはわかる。……いや、多くの日本人は、殿下をないがしろにする政府を快く思っていなかっただろう。
そのような、日本人の心境を説明したところで、頭に血が上った彼が聞き入れるとは思わなかったので、黙って出発したが……見送る時の彼の顔には、失望感があった。

たぶん……いや、間違いなく、彼を捨てて日本へ戻った父親と私を、重ねていたのだろう。
アラスカに戻って話しをすれば、きっとわかってもらえると思ってはいるものの、あの失望の顔がよぎり……もう、こっちは大丈夫だという、現隊長の雨宮の言葉を貰っても、戻る勇気が出なかった。

そのままずるずると今まできたのだが……ともかく、上官が会えと言うのであれば、会わねばならない。

これから会う人物が、私の人生を大きく変える男とは露とも思わず、私は扉をノックして声を上げた。

「篁唯依中尉、お呼びにより参上しました」



[4010] 第30話 おっさんの謁見
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/27 01:52
【第30話 おっさんの謁見】

<< おっさん >>

12月11日 午後 帝国軍本部基地 応接室

唯依が入室した後、彼女への説明は、主に巌谷中佐がやってくれたので、手間が省けたのはいい。

──だが、危ない所だった……。

目の前にいる獲物を前に、俺は背中に冷や汗を感じた。

危うく、唯依と入れ違いになる所だったのだ。
まさか、クーデターを機に、帝都に来ていたとは……。

雰囲気からすると、この面会には急遽呼ばれたようだから、もし巌谷中佐の機嫌を損ねていれば、アラスカ出張の第2の目的達成が不可能になっていただろう。

巌谷中佐に厭味をネチネチ言われた時は、殴りたい気持ちを堪え、想像でボコボコにするだけに留めたが……真摯に対応をして良かった。
俺の説明が終わると、うってかわって友好的になったから、あれは夕呼が作った借りと思って我慢しよう。
好感度を高めすぎたせいか、余計なお世話でアラスカ行きを妨害されそうになったのは危なかったが。

「……なるほど。そういう事であれば、喜んでご協力致します」
「ありがとう、中尉」

入室時は険しい顔をしていた唯依だったが、説明が進むにつれてその険も失せ、穏やかな表情になっていた。
あっさり信じるとは、よほど巌谷中佐を信頼していると見える。──まあ、父親代わりのようなものらしいから、当然か。

その巌谷中佐は、さらに喜ばしい事を言ってくれた。

「篁中尉。良い機会だ。貴様も白銀中佐と一緒にアラスカへ戻ってはどうだ。急な話だが、帝都でやり残した事もあるまい」
「……はい。案内役、喜んでお引受けします」

言葉とは裏腹に、唯依に少し抵抗感があるように見える。
同行が嫌というようには思えないから、何か戻りたくない理由でもあるのだろうか。

「篁中尉。開発主任たる貴様とここで会えたのも何かの縁だろう。アラスカまでよろしく頼む」
「はっ。よろしくお願いします」

そして、出発のスケジュールを打ち合わせ、唯依は俺たちと一緒の便で、ユーコン基地へ飛ぶ事になった。
幸い、彼女は大して私物を持って行くつもりはなく、準備時間も不要とのことで、いつでも出発できるそうだ。
また、この後に控えている悠陽への謁見についても、斯衛の一員だから都合が良いと言って、巌谷中佐が、唯依に案内役を命じた。

その後、XFJ計画の詳細データを提供され、弐型開発の推移の説明を受けた。
なかなか波乱万丈の開発だったようで、興味深かった。

資料をぱらぱらとめくっていると、見覚えのある名前が目に入った。

「ユウヤ・ブリッジス少尉……」

思い出した。たしかに、こんな名前だった。
コイツが、担当衛士だったとは。

男の名前を思い出したからといって嬉しいわけではないが、記憶が戻って、少しすっきりした。
だが、俺が思わずブリッジスの名前を口にした時、唯依がうかない顔をしたのを、俺は見逃さなかった。

もしかしたら、ブリッジスとうまく行っていないのかもしれない。
だとすれば、予想よりもあっさり落とせるだろう。もう少し探りを入れておくか。

「政治的理由があるとはいえ、弐型開発に米国人を担当させなければならなかったとは……ご苦労なさったでしょう」
「ほう、お気付きでしたか」

巌谷中佐と唯依が、驚きの表情を浮かべたが、これは大した推理じゃない。

「それくらいはわかります。米国人と日本人では、戦術機の思想が全く異なります。むしろ、米国人は接近戦を好む傾向のある帝国軍人を馬鹿にする風潮すらあります。トップガンのエリートとはいえ、わざわざ米軍衛士を担当させる理由は、政治的なもの以外には思いつきません」
「全く、仰る通り。最善の手段を取れなかった事は、我々としても歯がゆかったのです。ですが、彼もなかなかの衛士でして、良い結果を残してくれました」
「そのようですね」

俺は結果を重視する主義だ。
ブリッジスが帝国軍衛士の思想を理解し、弐型の完成度を高めた事については評価するが……やはり無駄なコストがかかったと言えるだろう。
例えば、唯依あたりが直接やれば、もっと早期に完成目処が立ったはずなのだ。

だが、そのあたりの仮定は、目の前のふたりも承知の事だろうからわざわざ口にはしない。
政治的理由で、最善手を取れない事については、俺も人の事は言えないのだから。

さて、ブリッジスの話題をふってみたが、唯依の反応は……戸惑いが見える。

やはり、あまりうまくいっていないようだ。
俺の分析で、唯依がまだ処女なのは、すでに分かっている。

──“前の”世界ではブリッジスに持っていかれていたが、今度は……ククク。



…………………………



<< 神宮司まりも >>

12月11日 夕方 帝都城 控え室

「はぁ~」
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや、……なんでもない」

思わず出た溜息を、篁中尉に見とがめられ、誤魔化した。
私も、すっかり溜息癖がついてしまったようだ。

殿下との謁見は、クーデター事件の時よりも緊張した。なにせ、今回は正式な使者としてだ。
もちろん、私が白銀中佐のおまけであるのは承知しているが、それでも──いや、それだからこそ、背筋を正さずにはいられなかった。

高座に座す煌武院殿下は、先日のような、市井の女性のようないでたちではなく、煌びやかな衣を纏い、白銀中佐とはまた違った神々しさをかもし出していた。

だが、周りの斯衛の目は……冷たかった。
間違いなく、殿下と懇意にしている、白銀中佐への隔意の表われだ。

先の事件で、殿下をお運びしたのは、我々国連軍。
もちろん、その他の戦場で、帝国軍が奮戦したのは確かだが、直接お救いしたのが国連軍だという事実は、斯衛の誇りを刺激するには十分だろう。
それに加えて、巌谷中佐の言では、殿下はしきりに白銀中佐の名前を口に出すようになったとのことだ。
斯衛が面白く思わないのは当然だ。

とはいえ、私まで睨むのは勘弁してほしかったのだが……まあ、国連軍に所属する日本人は、ここではあまり好まれない。仕方がないだろう。

あの針のむしろの中で平然とできる白銀中佐は、今更だが、いい性格をしている。
私がかつて訓練兵だった頃から勇名を馳せていた、紅蓮醍三郎大将の、殺気を込めた睨みもあったというのに……。

私は、表向き平常を保つのに努力が必要だったが、あの人のそれは、“素”だ。
これまでの、短くも濃い付き合いで、それはわかっている。

中佐があまりに平然としているからだろうか。
紅蓮大将は、しまいには、面白いモノを見た、といいたげな表情を浮かべていた。試されたのかもしれない。



だが、私が溜息をついた理由は、そんな事ではない。

謁見も始まり、型通りのやりとりが続いた後、殿下が「では、内密な話がありますゆえ……」と仰り、人払い──ではなく、中佐を連れて、いずこへと去っていった。
……あっけに取られた斯衛と私をその場に残して。

内密な話と仰ったものの、その目的は私にはわかる。なぜなら──

──殿下のあの目……完全にイってたわね……。

殿下が中佐を見る目は、完全に据わっていた。
おそらく、今朝の私も同じような目をしていたはずだ。

その時、篁中尉が不思議な事を聞いてきた。

「ところで、神宮司大尉……白銀中佐は、殿下に何か、粗相でもされたのでしょうか?」
「質問の意図がわからないが……」
「殿下のお顔が、厳しくあられました。あのような目は、今まで見たことがありません……」

──ああ、知らない人には、そう見えたのね……。

確かに、殿下のお顔は、話を続けているうちに、だんだん強張っていった。
傍から見れば、白銀中佐の振る舞いが、お気に障ったように見える。

道理で、殿下と中佐が去った後、それまで厳しかった斯衛の目が、少し同情的になったわけだ。

この人も斯衛も、ふたりが今ごろ何をしているか……正確に把握しているのは、私と、殿下について行った、月詠中尉にそっくりな護衛だけだろう。

「中佐が粗相をしたはずはない。おそらく、今後の作戦の事を思われて、覚悟がお顔に表われただけだろうと思う」

正確な情報など教えられるわけがないので、適当に返事をしておいた。
少々気の毒だが、斯衛も含めて、真相は知らない方が心の健康を保てるだろう。
男の斯衛など、血の涙を流しそうだ。

「そうですか……しかし、白銀中佐とは……」

気持ちを決めかねている様子の篁中尉だったが、──この人が中佐の標的になった事は、すぐに分かった。
一見、普通に話していた白銀中佐だけど、その目の輝きまでは消せない。

今更メンバーが増えた所で嫉妬するほど、浅い付き合いではないし、そんな感覚はもう麻痺しきっている。
独占したい気持ちはなくはないけど、逆にこちらの身がもたなくなるのは、メンバー全員の共通認識だろう。

どうせその気になった中佐が、落とせない女はいないのだ(と信じている)。
ここはアシストをした方が、中佐の受けがいいはずだ。

──そうすれば……またぶってくれるかもしれないし。

中佐は、私に借りを作らないと、あの行為はしてくれないようだ。
先日、夕呼に“発作”の事でからかわれたときは、暴露した中佐を恨んだけれど、念願の、あの行為をしてくれたので、逆に夕呼に感謝したくらいだ。
だから、ここで点数稼ぎをして、中佐に迫る。彼も、そこまでする私のお願いを断らないはずだ。

──ああ、本当、私って尽くす女……。

そうと決まれば──

「殿下と中佐の“会議”は、まだ時間がかかるだろうから、説明しておこう。白銀中佐というお人は──」



…………………………



<< おっさん >>

12月11日 夕方 帝都城 煌武院悠陽自室

悠陽の乱れた髪を撫でてやりながら、俺は至福を感じていた。
悠陽自身の魅力もさることながら、この国の政威大将軍を好き勝手できるというこの征服感は、他の女では味わえない。

謁見で型通りの挨拶をしたのも束の間、悠陽に私室まで連れて行かれた時は、何事かと思った。
さすがに、護衛の月詠真耶はついて来たが、それも、自室前に待機を命じられたとき、──俺はやっと悠陽の状態に気付いた。

その後は──まあ、言うまでもないが、念願の開通式だ。
悠陽の状態のせいか、当初の想定よりも、粗いものになってしまったが、悠陽が満足そうだから良いだろう。

だが、今日は本当に謁見だけのつもりだったし、悠陽の強引な誘いも、公務中だから抵抗があったのだが……断ると殺られる、と思ったので、事に及ばざるを得なかった。
まあ、帝国軍との折衝は俺の役目だ。これも公務の内、と自分に言い訳をすることにした。

部屋に入る前の、真耶の氷のような視線が、なかなかそそったが……あの様子だと、“前の”世界と同じ展開になるかもしれない。
さっきも、悠陽の凄い嬌声が聞こえていたはずだ。
外に出たとたん、斬りかかられてもおかしくはない。油断しないでおこ──ムッ!

「こほ、こほっ」
「あ、すまん」

せき込む悠陽の背中をさすってやる。

「……いえ、平気です。未熟な所をお見せしました」
「初めてなんだから、無理して飲まなくていいのに」
「私は他の者より時間的に不利ですから……これしきの事で遅れを取りたくはありません」

悠陽のこういう健気な所は、犯したくなるほど可愛い。

丁度一区切りついたので、気になっていた事を聞いてみる。

「なあ、悠陽……俺、何か変わったか?」

帝都への道中、車を停車した途端、まりもが狂犬化したのは、ちょっと引いた。
最近、女に襲われる事が多くなったから、慣れたものなのだが、「愛してる!」と叫びながら、涙を流して腰を振るまりもには、頭がイってしまったのかと思った。
何度か発射を強要されて、休憩というには少し長い時間を過ごした後、落ちついたまりもが恥ずかしそうに謝罪を入れてきた。
加えて、俺が異様に魅力的に思えたせいだ、と、八つ当たり的な言い訳もされたが。

「ええ……正直、武殿を見た瞬間、胸が高鳴って、気が狂うかと思いました。ますます、男ぶりが増されたかと」
「そうか……」

悠陽への“仕込み”はクーデターの時にしていたが、ここまで我を忘れるほどではないはず。
おそらく、まりもと同じ現象だろう。
しかし、いったい何が変わったのか……。

「では、いまひとたび……よろしいですね?」
「おう……」

──変わった事と言えば、トラウマを克服したこと位なんだが……確かにミュンとの激戦は、俺の人生に残る一戦だった。


…………………………



最初はお互い様子見といった感じで、キス、愛撫までは甘い雰囲気だったが……挿入すると、ミュンは不敵に笑った。

それからはもう上になったり下になったり、もう凄かった。
ミュンは俺の上を取ると得意げになり、俺を締め上げた。なかなかの刺激だったが、たまの締めに叶う訳がない。

下から突き上げてやり、奴の力が弛んだ隙をついて、くるっと体勢を入れ替えて、俺の最も得意とする体位……すなわち、バック。

それでもミュンの顔には余裕があった。
たしかにこの女なら、この体勢からでも逆転できるほどの技巧を持っている。

──だが、侮るなよ……“あの夜”から、俺がどれほどの経験を積んだ思っている!

気迫を込める俺。だが、敵もさるもの。不利な態勢からでも俺の性感帯を刺激してくる。なんて器用な奴。

それに、“前の”記憶では、これほどタフじゃなかったはずだが、……どうやら手加減されていたようだ。
考えてみれば、“前の”俺は、セックスの回数だけはいっちょまえの、純情君。
ミュンが本気を出すには値しなかったのか。

ミュンの繰り出す快楽に、何度か放出してしまったが、あちらも何度か気をやっていた。
状況は互角といったところで、まだまだ終わりが見えなかった。

敵の強大さにくじけそうになったが……その時、目に入ったのは、脱ぎ捨てた俺の上着の胸ポケットの、お守り。

──そうだ。いざとなればアレがある。あれは、俺と恋人たちの絆だ。鎧衣課長のためにも、ここは負けられない。

そして俺は、……祈った。

──みんな、ほんのちょっとずつでいい。俺に、力を分けてくれ!

冥夜、彩峰、美琴、たま、委員長、唯依、イリーナ、夕呼、霞、まりも、遙、水月、茜、みちる、3バカ、真那、悠陽、真耶、凛……そして、純夏。

“前の”世界で、俺を愛してくれた女たちを順番に思い出しながら、腰を降り続けた。
その次は、“この”世界での恋人たちを。
それが一巡すると、また“前の”世界の恋人たちの事を、繰り返し、思い続けた。

何度ミュンに出したのか忘れるくらい、気の遠くなるような時間が過ぎ、何も考えられなくなった時──俺は、最も大事な事を思い出した。

──何を勘違いしていたんだ、俺は。女は……心を込めて愛するべき存在なのに。

思えば、最近の俺は、テクニックや回数に囚われていた。
もちろん、俺なりに愛していたつもりだったが。
いや、つもりになっていただけだ。俺は、基本的な事を疎かにしていたようだ。

──ミュンだって……ほら。

気持ちがすっと楽になり、今度は“心”を込めて行為を続けると……ミュンの反応が変わった。
余裕の笑みが一変し、焦りの表情が浮かぶ。
マジで感じてしまって、抑えられない顔だ。

また、ミュンは、本気の喘ぎ声が出るのをかみ殺していた。
可愛い反応もできるんじゃないかと思い、さらに“愛”を込めて唇を合わせると……趨勢は決まった。



既に空は明るくなってきていたので、気絶したミュンにシーツをかけてやり、俺自身は脱ぎすてた服に着替えたのだが……ミュンが、気を失いながらも、なかなか俺の手を離さなかったのには、笑みを誘われた。

ミュンの部屋を出ると、あのドレッド中尉があくびをかみ殺しながら廊下を歩いていた。
彼は見かけによらず健康的で、外へラジオ体操をしに行く所だったらしい。

ドレッドは、ピンピンしている俺を見つけて、呆然と呟いた。

「中佐……ミュンに……勝ったんですかい……」
「勝ち負けじゃない。ただ、……愛し合っただけさ」

そう言って踵を返したが、彼の目には、トライアルの時よりも、強い尊敬の念があった。



…………………………



──あれで、恋愛放射線の効果でも上がったか?

“前の”夕呼の仮説だと、好意を持たない相手には効き目がないそうだから、帝都城に入ってからの家臣団や、月詠真耶の冷たい視線も、説明がつく。
ゼロに何をかけてもゼロというわけだ。

男には効かなかったはずだが、今日の巌谷中佐を見ると、女ほどじゃなくてもそれなりに効果はあるのかもしれない。
まあ、巌谷中佐のあれは、単に俺の意志に感銘を受けただけかもしれないが。

だがこの能力も、メリットはあってもデメリットは──ムッ!

「こほ、こほっ」
「おいおい、無理するなってば」

再びせき込んだ悠陽の背中をさすってやる。

「うう……面目ありません。思ったよりも多くて。……ですが武殿、お出しになる時は、一声かけてくださると助かるのですが……」
「わかった、次はそうする」

申し訳なさそうな顔の悠陽は、犯したくなるほど可愛かったから、その願いは快く了承した。

だが、つい“前の”悠陽のつもりで身を任せてしまったのは反省するべきだろう。
少し慣れれば、出る前兆はすぐわかるそうだが、初日で無宣言発射は、さすがの悠陽もキツかったようだ。

「では、今一度、挑んでもよろしいですか?」
「いや。俺もそうしたい所だが、そろそろ出ないと、夜の便に間に合わなくなる」

横浜基地へは、そこそこかかる。
名残惜しいが、今日の所はお別れだ。

「それなら、心配ご無用です。帝都の基地から、私の専用機を飛ばさせましょう」
「いや、それは公私混同だ。受け入れられないな」

しゅんとなった悠陽は、犯したくなるほど可愛かったが、これは譲れない。

だが、悠陽はすぐに、何か閃いたような顔をした。

「武殿。斯衛の篁が、ご一緒するとのことでしたが」
「ああ、それがどうした?」
「ならば、帝国軍が航空機を用立てても問題はないでしょう。それに、此度の“取引”、XM3の対価としては不知火弐型では不足です。せめてもの心尽くしとして、ユーコン基地までの足を提供したく思います」

そうきたか。
悠陽にそこまで言われて、国連軍中佐として拒否すれば、礼を失するな。

「畏れ多い事ですが、ありがたく頂戴しましょう。では、お気のすむようになさいませ、殿下」
「もう……ふたりの時は、その言葉遣いはおやめくださいな……」

拗ねたような悠陽の仕草が、犯したくなるほど可愛かったが、今は悠陽のお勉強タイムだ。

熱心な悠陽は、もうコツを覚えたようで、結構な上達ぶりだ。

──だが、やはり冥夜と並べて突いてみたいよなぁ……。

悠陽を見ていると、一度はあきらめかけた欲望が呼び覚まされた。

──俺もパワーアップしたみたいだし。なんとか、冥夜を俺に、好意をもつようにできないかな……。

そうすれば、この姉妹も堂々と?会えるだろうし、ふたりの仲も急速に良くなるだろう。
誰にとってもハッピーエンドだ。

ついでに、真那と真耶の従姉妹プレイにまた発展できるかもしれないし、4人揃えて5Pというのも壮観だろう。

夢が膨らむことだ──ムムッ!




…………………………



<< 神宮司まりも >>

12月11日 夕方 帝都城 控え室

「そうですか……そんな凄い方だったとは……」

白銀中佐の女関係以外の事をつらつらと述べ終わると、篁中尉は感極まったような吐息をついた。

実際、女関係と機密に関する事を伏せただけで、述べた内容は全て事実だ。
女関係で物凄いマイナスイメージがあるから気付かなかったが、説明していて、感心し直したくらいだ。

女関係にしても……いざ付き合ってしまえば、そのおかげでとても良い時間を過ごせるのだから、私たちメンバーにとってはマイナスとも言い切れない。
それに、これくらいの欠点がある方が、人間として好ましいと思う……と感じるのは、もう頭の芯まで汚染されているのかもしれない。本望なのだけど。

それはともかく、篁中尉は、白銀中佐に対して、大きな敬意を持ったようだ。
その功績だけではなく、男性としての魅力や、懐の深さにも言及しながら説明し、衛士としてではなく、人間として凄い人だというように話を持って行ったつもりだ。
なかなかに順調の様子だけど、いまいち男性の部分では食い付きが悪い。
頬を赤らめるくらいにはできるかと思ったけど……まあ、私はアシストだ。この辺の底上げだけでも、十分貢献しただろう。

しかし、この篁中尉──今の『メンバー』にはいないタイプ。

年の頃は、月詠中尉より少し下くらいだろうか。
凛とした仕草は、斯衛である所以か、由緒ある武家の出自によるものか……月詠中尉と共通した部分がある。

また、日本人形を思わせるような、奇麗な髪は、癖のある私にとっては羨ましい。
胸は……若干私の方があるかな?
白銀中佐は胸の大小にこだわりはないから、比較しても仕方がないのだけど。

この人が乱れる姿というのも、なかなか興味深い。

他のメンバーは、色んな組み合わせをして楽しんでいるようだが、私は複数プレイはまだピアティフ中尉としか経験がない。
あれも最初は恥ずかしかったが、慣れてしまうとなかなかに楽しいものだ。

ピアティフ中尉とは、最初は口論になったけど……どちらが異常かなんて、些細なことだった。
彼女の言う通り、匂いというのも良い着眼点だ。あれは確かにクセになりそうだ。

私はレズッ気はないけれど、他人の乱れ姿やテクニックは勉強になるし、中佐の感じる姿を客観的に見れて良い。
特に、ピアティフ中尉が、においを嗅いで中佐を照れさせた時は、目から鱗が落ちたものだ。

──そうだ、この人を落とすのを手伝う代わりに、混ぜてもらおう。

いつも夕呼にいじられる私だ。
たまには、私だって……この初心そうな人なら、私でも──

私の思惑に気付くそぶりもなく、篁中尉は暢気な言葉を口にした。

「しかし、殿下と白銀中佐のお話は、ずいぶんかかりますね」
「そうだな……きっと話が“白熱”しているのだろう」



…………………………



<< 月詠真耶 >>

12月11日 夕方 帝都城 煌武院悠陽自室前

背後から、ギシギシと寝台が軋む音と、殿下のみだらなお声が、ようやく止んだのが、少し前。
終わったかと安堵したのも束の間、それからは、殿下の“ご奉仕のお勉強”の時間が始まった。

そして今、3度目の奉仕をしている所だったが……今度こそ、私にとって悪夢のような時間が終わったようだ。

殿下のお部屋の扉は、有事の際、控えの者が気付きやすいように、やや薄造りになっており、室内の音が良く聞こえる。
こうして扉を背に立ち、耳をすますだけで、中の会話は丸聞こえなのだ。



殿下が厳しいお顔で、あの男を連れてこの部屋へ入られた時は、折檻でもなさるのかと、意外な思いだった。
「何が聞こえても入ってはならぬ」と厳命されたゆえ、私は殿下があの男を殺しかねないと、不安になったが……同時にいい気味だった。

あのような得体の知れぬ、経歴不詳の男に、殿下がご執心という噂は、──紛れも無い真実だ。
常にお傍に控える私は、殿下が時折呆けたように虚空を見つめ、「武殿……」と呟くのを何度も見たのだ。

従姉妹の真那によれば、経歴は怪しくとも、本性は善良、との報告を受けたが、真那の判断など当てにはできぬ。
たった一晩で、殿下があのように変わられるなど、あの男が何かしでかしたに違いない、と思ったが……侍医の診断では、全くの正常。
その診断は私にとって信じたくない事であり、……あの夜、囮の為に殿下のお傍を離れた事を、深く後悔した。

そして、此度の謁見時、飄々とこちらの殺気を受け流すあの男の姿を見て、さらに忌々しさをかきたてられたが……段々と殿下のお顔が変わられる様子を見て、やっと正気に戻ってくださった、と思った。

殿下があの男を連れて入室した時も、死因をどう捏造しようかと考えていたが……その後に聞こえたやりとりは、信じられないものだった。

よりにもよって、殿下から、あの男におねだりをして、貞操を捧げるとは……!
むしろ、あの男の方が抵抗をしていたほどで、殿下の強引さに、あの男も渋々という様子で了承し、その後は──思い出したくも無い。

そして、調子にのったあの男──いや、もう“下衆”でよかろう。

あの下衆は、従順な殿下に対して調子に乗り、「次はこの格好だ」「ここ舐めろよ」「もっと腰を振れ」など、無礼極まりない言葉で、殿下を良いように扱ったのだ。

何度、扉を蹴破って、この刀であの下衆に斬りつけたいと思ったことか……!

だが、全ては殿下のご意志。
なにより、あの下衆の指示を聞くたび、殿下は「はい」と嬉しそうに答えた事が、私の足をここに留めた。

口惜しいが……確かに殿下は、これまでで最も、お幸せそうだったのだ……。



あれから、時間にしてどれくらい経っただろうか。

両手を見ると、爪が掌に食い込んでいて、血がうっすらと出ていた。私も、良く耐えたものだ。

ようやく、一息つけた私だったが、不安は消えない。
今日、終わったからといって、この問題が解決したわけではないのだから。

──しかし……あの男が“謁見”に来るたび、私はこの地獄に耐えねばならないのだろうか……。

先行きが暗くなった私に、さらに追い討ちがかかった。

「武殿。もう一度、させてくださいな」
「またか?……ま、いいけど」

次までに、耳栓を用意しておこうと決意した。



[4010] 第31話 空のおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/10/30 01:31
【第31話 空のおっさん】

<< 鎧衣美琴 >>

12月11日 夜 国連軍横浜基地 PX

今日の昼食後に、宗像中尉と晴子さんから明かされた事実は、クーデターの時以上に、ボクたちを驚かさせた。

あの内容を、きちんと理解して心が落ち着くまで、時間が必要だった。
午後の、伊隅大尉による座学の間、みんなその事で注意が散漫になり、全員、叱責されてしまった。
大尉は、仕方が無いな、というふうにため息を混じえていたけど……。

夕食後、やっと落ち着いたところで、冥夜さんが、またもや驚愕の事実を説明した。
それは……白銀中佐の“本意”について。

「そんな……」

千鶴さんは、信じたくない、と言いたげだった。ボクも同じ心境……。

「誰から聞いたわけでもないが、私と彩峰はそう確信している。それに、もし、中佐がそなたらが思っているような人物であれば、神宮司大尉や、A-01の先任があれほどまで敬意を持つであろうか?」

A-01の先任の前で、ボクが中佐を悪しざまに言ったのは、思い込みがあったからだ。
──先任たちも、ボクたちと同じように、白銀中佐を嫌っているはずだ、という……。

茜さんが怒り出した時、ボクはやっと、他の人たちも怒りを抑えているという事に気付いた。
なぜ茜さんがあれだけ怒ったのか、あの時は理解できなかったけど、今ならわかる。
誰でも、目の前で恋人の悪口を言われたら、ああなるのが当然だから。

白銀中佐に大勢の恋人がいる、という常識外な事は、なんとか納得できたものの、冥夜さんが話した“推測”を受け入れるのには、抵抗があった。
でも、その内容は、非の打ちどころがなく……ボクは、反論できなかった。

──確かに、全部説明はつくけど……。

頭では、わかっているけど、納得したくないという思いが消えない。
理由もわかっている。ボクは散々、悪しざまに……陰口を叩いたから。

その時、千鶴さんがもの凄い事を口にした。

「──洗脳……そうよ!洗脳したに決まってるわ!」
「……滅多な事を言うものではない」

冥夜さんは唖然としたけど、すぐに眉をひそめて嗜めの言葉を口にした。

「だって、それしか考えられないもの!みんな、複数と付き合っているのに平然として。茜だって、あんな不潔な事、堂々と言える子じゃなかったわ!」
「そうかもしれぬが、涼宮らが任官してから月日は経っている。あの程度の話でひるむようでは、前線ではやっていけぬと、伊隅大尉が仰ったそうではないか。皆、実戦部隊の空気で、精神的に揉まれたのであろう」

ボクも、千鶴さんの言う通り、元207Aの面々はみんな変わったと思うけど、冥夜さんの言う事の方が筋が通っている。

千鶴さんは、めげずに別方向からの可能性を示唆した。

「……そういえば、総戦技演習の後、南の島から帰ってくるとき、神宮司大尉が禁断症状みたいになっていた時があったわよね?白銀中佐が麻薬でも使って中毒にして、言う事を聞かせてるとすれば、筋が通らない?」

──よく覚えてるなぁ……でも、いくらなんでも強引すぎるよ。

「……確かに、あの時の大尉の振舞いは、中毒患者のそれに近かったが……体調が悪かっただけとも考えられる。それに、伊隅大尉と宗像中尉は、中佐と男女関係にはない。そなたの言う通り、麻薬か何かで洗脳しているのであれば、あのおふたり程の女性を、白銀中佐が手を付けずにおく理由があるまい」

すらすらと千鶴さんの矛盾点を突く冥夜さん。
“全員”なら、千鶴さんの推測も、可能性としては考えられただろうけど、あれだけ美人のふたりを放置するはずがない。

「うっ……それは、好みじゃないとか……」
「榊は頑固だね……」

なおも強引な推測を口にしようとする千鶴さんに、これまで冥夜さんに説明を任せていた慧さんが、呆れたように言葉を発した。

でも、認めたくない気持ちはよくわかる。
ボクだって、千鶴さんの反論が正しい方が、よほど気が楽だもの。

さらに、冥夜さんは、ボクたち軍人は定期的な健康診断で状態をチェックされているから、麻薬中毒者ならすぐに教導官から外されるだろうという事や、麻薬に侵されている割には、精神的に落ち着きすぎているという点を突いた。

そこに至って、千鶴さんも、自分の説に矛盾点がありすぎるという事を理解し、自説を撤回した。

洗脳説が決着すると、壬姫さんが冥夜さんに問いかけた。

「でも、御剣さんも彩峰さんも、どうして今まで黙ってたんですか?任官したときにでも教えてくれれば……」
「む、それは、だな「こんなふうになると思ったし、おめでたい日に口論したくなかった。後は、言うタイミングが無かっただけ。白銀中佐が隊長というのは今日知ったから、部隊の雰囲気のためにも、今、話した方が良いと思った」……という訳だ」

冥夜さんが言い淀んだ所を、慧さんが強引にフォローしたように見えた。
もっともらしい理由だけど、いつになく慧さんが饒舌だった。少し、気になる。

「ともかく、白銀中佐はそなたらが考えているようなお人ではない。……陰口を叩いていた事なら気にするでない。中佐はそれくらいは想定しておられるだろう」

後半の言葉で、ボクが納得したくなかった理由を当てられて、どきりとした。
千鶴さんも、同じだったようで、ばつが悪いような苦い顔をした。
壬姫さんは、──重い雰囲気で告白をした。

「私、陰口どころか……直接言っちゃいました……」

クーデター後の訪問時に、壬姫さんは、それまで陰で口にしていた言葉を“全て”言い放ったらしい。
ということは、白銀中佐は、ボクたち“全員”が、陰でそんな事を言っていると思った可能性は高い。……冷や汗が出る。

「ま、まことか……まあ、中佐はそれも織り込みで、珠瀬の元へ赴いたのであろう。き、気に病む事は無い」

冥夜さんも慧さんも、ボクと同じ推測をしたようで、焦りの色が見える。
今にして思えば、冥夜さんは殆ど悪口を言った事がなかった。
やってもいないことをやったと思われるのは、心外だろう。

「でも……だからといって、すぐ好意なんて持てないわ。あの人が、私たちにした事がなくなるわけじゃないもの」

千鶴さんは、落ち着きはしたようだけど、まだ納得できない様子だった。
確かに、あれだけ暴力や罵声を奮っておいて、実はボクたちのためだった、と言われてすぐ敬意を持てるものじゃない。

「そなたらに、好意を持つよう強要するつもりはない。中佐とて、そのような事は望んでおられぬゆえ、先任の方々に口出し無用と言い伝えてあったようであるし」

確かに宗像中尉は、茜さんに『白銀中佐から、口を出すなと言われただろう』と言ったけど、そういう事だったのか。

「なら、私たちにどうしろって言うの?」
「何も。ただ、理解してほしかっただけだ。中佐は憎まれ役を買って出られたのだ。親の心子知らずというが、いつまでも知らぬままでは、恩師に対して申し訳なかろう」
「……わかったわ。でも、白銀中佐が複数の女性と付き合っている事には変わりないし、私はそんな不実な人を、素直に尊敬できるほど、お人よしじゃないの」

千鶴さんはそう締めくくり、その点については冥夜さんと慧さんも擁護する気にはならないようで、複雑そうな表情で頷いただけだった。
壬姫さんも千鶴さんと同じ意見の様子だった。

──ボクは……どうだろう。

少なくとも、悪しざまに言うつもりは、もう無くなった。
先任の人たちを怒らせたくないし、ボク自身、中佐の事を考えても、それほど嫌な気持ちにはならない。
今度会う時は、先入観無しで中佐の事を見てみよう。

──でも、複数の人とか……みんな、どんな気分なんだろう。

みんながみんな、納得の上で付き合ってるそうだし、頭がおかしくなったふうにも見えなかった。
茜さんも晴子さんも多恵さんも、色気が出て女らしくなった。
そういえば、霞さんも、最近そんな感じだ。

──ボクも恋愛すれば、女らしくなるのかなぁ……。



…………………………



<< 篁唯依 >>

12月12日 未明 太平洋上空 将軍専用輸送機内

「あ……」

目を覚ますと、頬にひきつったような違和感を感じた。これは、たしか──

──そうか、顔にかけられたな……あ、髪にもたくさん……。

乾いた精による感触は、少々不快だったが……これは、中佐──いや、武殿が満足してくださった事の証明だ。その事は、私の心を満たした。

喉にも、嚥下しきれなかった分が残っている感覚があったので、唾液を呑み込み、一緒に胃へと送り込む。
そして時計を見て、日付が変わっている事に気付いた。

──昨日は、なんと目まぐるしい日だったのだろう……。

アラスカへは、いずれは戻らなければならないことだったのだ。
予想外の帰還ではあったが、不知火弐型の提供は、巌谷中佐が仰った通り、ちょうど良い機会だったのだろう。

それはいい。
だが、その足が、殿下の専用機というのは、一介の斯衛中尉ごときには畏れ多い事、甚だしかった。
煌武院殿下がご即位後、この機体は使われた事がないそうだから、殿下すら使用していないものを私が使う事になる。
搭乗時には、タラップを登る事すら躊躇われたものだ。

殿下用の待機室で寛ぐ事も、抵抗があったが、平然とソファに腰を下した白銀中佐に薦められては、倣うしかなかった。
本当は、隣の控え室に残りたかったのだが。

私の気後れは別として、さすがに殿下ご専用機は豪奢で、只の軍用機と違って防音も整っており、今寝そべっている大きな寝台や、小さいがシャワー室もあった。
よって、さきほどの私のはしたない声も、操縦席にまでは漏れてはいないはずだが……。

扉がきちんと閉じてある事を確認し、私は“この状態”に至った経緯を思い起こしていた。

白銀中佐と神宮司大尉とともに、アラスカでの予定を一通り打ち合わせた後、神宮司大尉が、朝の運転で疲労が溜まったので、先に休んで良いかと申し出た。
それが、事の始まりだった。

白銀中佐とふたりきりになるのは、正直、緊張した。
殿下とも懇意な方で、数々の功績を上げた方。
XM3ひとつ取っても、英雄と呼ばれるに値するというのに……先のクーデターでの奮戦、トライアルの結果と、その後のBETAとの戦い。
軍人として、感嘆を禁じえない。

また、人間としても尊敬できる方である事は、神宮司大尉からの口伝で、存じていた。
殿下と白銀中佐の対談が終わるまでの会話で、大尉自身、敬意に値する人物である事はわかった。
その大尉や、信頼する巌谷中佐があれほど買っているのだ。その性根は疑い様がない。

そんな私の緊張感をほぐすように、白銀中佐は優しくも温かい言葉をかけてくださり……まるで、亡き父を思わせるような包容力を感じた。
その時私は、ブリッジス少尉がいたというのに、中佐に“男性”を意識してしまったのだ。

それから、どういう経緯を辿ったのかは覚えていないが……中佐と和気あいあいと話しているうちに、甘い雰囲気になり、中佐の唇が近づいてきて……それを拒む気は起らなかった。
その後、お互い、いつの間にか全裸になっていて、中佐の「いいか?」という問いに、確かに「はい」と答えた。それは間違いない。

今思うと、浅慮ともいえる判断だったが、その時はなぜかそれが正しい事のように思えたのだ。
いや?今でも、それが正しい事に違いないのに……なんだろうか、この感覚は。

そして私は、これまで守ってきた純潔を、ごくあっさりと、まだ会って半日程度の武殿に捧げてしまったのだが……喜びはあれど、後悔はない。

──しかし……ブリッジス少尉になんと言ったものか。

愛の言葉を交わしたわけではなく、まともに手を握ってもいなかったが、彼を裏切ってしまった気持ちはある。
だが、彼への仄かな想いは……白銀中佐に、一気に塗りつぶされたように、すっかり消えていた。

……そうだ。いい雰囲気だったというのも、私の勘違いかもしれない。
今となっては、あんなままごとのような付き合いで恋人など……米国人の彼にとっては、ちゃんちゃらおかしいことだろう。

第一、私たちは、ふたりきりの時にもかかわらず、お互い、「篁中尉」「ブリッジス少尉」としか呼んだことがないのだ。
ブリッジス少尉も、上司と部下として、必要なコミュニケーションを取っていただけだろう。
米国人特有の馴れ馴れしさを、私はきっと、好意と勘違いしていたのだ。

誰かを愛するとは、きっと……今のような気持ちを指すのだろう。

──ん?

一瞬、かすかに、胸に痛みが走った気がしたが……気のせいか。

その武殿は今、私の乳首を吸いながら眠っている。
なんとも器用な事だが、武殿の顔を見ていると、穏やかな気持ちになる。
父親を感じさせたり、野獣を感じさせたり、子供を感じさせたり……不思議な……だが、魅力的な人。

最初に会った時はそれほどでもなかったのに、今ではこの人に、神聖さも感じている。
私などが、この人に抱かれてもいいのだろうか、と何度も思うほどに。

──あ、こぼれる……もったいない。

笑みを浮かべたせいで、力が弛んでしまったようだ。
締め方はさっき教わった。力を込めて精の流出を防ぐ。
ずっとこのままでいるわけにはいかないが……もう少しこの感触を味わっていたいのだ。

──だが……男女の交わりが、あのように激しいものだったとは。

元副官の雨宮少尉から聞いた、男女の睦み事の内容は、もう少し穏やかなものだった。
確かに、痛みと幸福感はあったが……どうやら私の聞いた内容は、単なる序章だったようだ。

その後の行為は、とても凄い内容で……おそらく、雨宮は気を使って、さわりだけにしてくれたのだろう。
いや、もしかしたら、雨宮もあまり知識がなかったのかもしれない。

正直、舐めたり飲んだりは、少し抵抗があったのだが、武殿と神宮司大尉の「え?なんでやらないの?」と言いたげな顔で、あわてて平然な顔を繕わねばならなかった。
まったく、恥ずかしい……こんな事なら、もっと作法を詳しく聞いておけばよかった。

そう、神宮司大尉……今、この人も、中佐の背中にすがるようにくっついて眠っている。

大尉が、私の喘ぎ声が大きいせいで目が覚めた、と仰って(防音の扉なのに、聞こえたという事は、私の声がよほど大きかったのだろう)、当たり前のような顔で睦み事に参加してきた時は、さすがに戸惑ったが……武殿も当然のように受け入れたので、やはり私が世間知らずなのだろう。

いろいろな体勢──内臓まで見えるのではないかと思うくらいの大股開きや、上に乗って狂ったように腰を振ったり、武殿の後ろの穴に舌を這わせたり……自分では誤魔化したつもりだが、おふたりには、私の無知を気付かれたような気がする。
おふたりとも、私を笑うような事はせず、微笑んでおられたが……気を使わせてしまい、不甲斐無いことだ。

それにしても、このふたりが恋人同士とは思わなかった。
私がこういう事には鈍いせいもあるだろうが、大尉が参加してくるまでは、彼らは完璧に上司と部下だったのだ。
だからこそ、大尉が平然と参加してきた時にはかなり驚いたのだが……いや、そんな事より、他にも11人の恋人がいて、その中には煌武院殿下まで含まれていると聞いた時には、卒倒しそうになった。

国連軍へ出向中とはいえ、斯衛としての心……殿下への忠誠心は、毛ほども失われていない。
だからこそ、クーデターの際には、迷わず帝都へ急行したのだ。
その私が、殿下の想い人と、このような関係になるとは……畏れ多い事だ。畏れ多いことだが……私も末席に加わることを、許していただきたい。

私の倫理観からすれば、白銀中佐を不実な方と言って責めるはずなのだが……この無邪気な顔を見てると、不思議とその気は失せた。

ともかく、中佐にこれ以上恥ずかしい所は見せたくない。
聞くは一時の恥、という。笑われるかもしれないが、次回までに、神宮司大尉に、作法について教えを乞うておこう。

そして私は、中佐の髪を優しく撫でつけ、初めて感じる恍惚感に浸りながら、再び眠りについた。



…………………………



<< ユウヤ・ブリッジス >>

12月12日 朝 国連軍ユーコン基地 ブリーフィングルーム

「おーす、ユウヤ、早いな」
「ああ……」

誰よりも早く、この部屋に来ていたオレに、同僚のヴァレリオ・ジアコーザが声をかけてきた。

「おいおい、景気の悪い顔だな。……眠れなかったのか?」
「ああ……」

「お前の気持ちも、わからなくはないがねぇ。……あのタイプ94。シロガネタケル中佐だっけか。世の中には凄え衛士がいたもンだなぁ」
「ああ……」

「……お前、さっきからそればっかじゃねえか」

ヴァレリオが呆れたような顔をした。

昨日、日本の横浜基地から公開された、新OSのスペックと特徴、……そして、トライアルの記録と映像を見て、オレ達アルゴス試験小隊の全員が、言葉を失った。
それだけ、その映像内容は衝撃的だった。合成かと疑うほどに。

公開情報には、XM3の発案者のプロフィールも含まれていた。
それを見た時には、若くとも優秀な技術者がいるものだと感心したのだが……あのタイプ94──不知火の機動を見て、頭をハンマーで殴られたような衝撃が走った。

同じ衛士が、あれを発案したという事実は、オレのプライドを刺激した。
我ながらつまらない意地だとも感じるが、オレは衛士としての腕ひとつで、これまでやってきたのだ。
誰にも負けたくないという気持ちは、ある。

あの年齢で中佐というのは、どこの軍でも珍しい存在だろうが、ソビエトのジャール大隊には、年端もいかない少年少女が、一人前に戦っていたくらいだ。
そういう事もあるだろうと思った程度だ。

衝撃と敗北感を感じたのは、その奇抜な発想力と──純粋な、戦術機の操縦技術。
あれが、“そこそこ出来る”程度なら、張り合う所だが……そんな気も起こらない程、圧倒的だった。
あのタリサですら、難しい顔をして自室に引っ込んでしまったくらいだ。

その凄腕が作ったXM3は、横浜基地ではすでに全機体に搭載され、量産体制も整っている。
次第に、他の地域の国連基地へと普及を始める予定だが、それに先んじて、帝国軍へ提供されるそうだ。

その事情は、オレに多少の失望感を与えた。
どうせ、同じ日本人だから、という理由だろう。閉鎖的なあの国の人間らしい。

日本人への感情はさておき、XM3に触れてみたいという欲求はある。
ここは同じ国連基地だし、機体テストが盛んだから、この基地には早めに提供されると思うが……そう簡単にはいかないのが“政治”だと、オレにもわかる。

……だが、昨晩眠れなかったのはそんな理由じゃない。

真夜中、なぜか胸がちくりとして、目が覚めた。
いいようの無い不安感がオレを苛んだが、すぐに失せた。
そして、その後をオレを襲ったのは……悲しみ。

その理由も何もわからないが、……ただ、オレは悲しかった。涙すら出そうになった。なぜだ……。

思考の迷路に迷い込んでしまったが、ヴァレリオが気分を変えるように言葉を発した。

「ユウヤ。今日来る予定の、弐型をとりにくる担当者な……どうやら、そのシロガネ中佐らしいぜ」
「本当か!」
「お?やっと違う返事をしたねぇ」

日本人は気に入らないが、シロガネ中佐には興味がある。
XM3の概念を発案した男……。

だが、次にヴァレリオが続けた言葉は、オレを沈黙させた。

「それと、一緒に“お姫様”も帰ってくるそうだぜ」
「……」

──彼女が帰ってくるのか。

彼女との最後の別れは、今でも後悔がよぎる。
彼女は将軍家に仕える、斯衛の一員だ。その彼女が、日本で異変が起き、将軍の安否が不明という状況で、どうして帰国せずにいられようか。
あの時のオレは……ガキそのものだった。

確かに、オレの日本に対する悪感情は無くなったわけじゃない。
今でも、このご時世にクーデターなどで、革命ごっこをやらかした気持ちは、到底理解できない。

だが、その感情を彼女にぶつける事はなかった。
あの時の彼女の寂し気な目が、今でも頭に残っている。

彼女が帰って来たら、まずは謝るべきか。──だが、何に対して?

雰囲気は悪くなったが、彼女と口論したわけじゃない。
彼女の祖国を悪く言った事なら、オレは悪いとは思ってはいない。
別れ際も、ただ、オレたちは見つめ合っただけだ。

しかし……それが、致命的な溝を作ってしまったようにも思える。

──どうすりゃいいんだ……。

頭を抱えたくなったが、その悩みは中断させられた。
チョビ──タリサ・マナンダルが勢いの良い声で、ヴァレリオに話しかけたからだ。

「VG!さっきの話、本当か!?」
「おう、タリサにステラ。いつの間に来てたんだ?」
「ついさっきよ」

タリサの問いを無視したヴァレリオに答えたのは、相変わらず無表情のステラ・ブレーメル。
当初、コイツを冷血女と思ったのは、懐かしい思い出だ。

「おいVG!答えろってば!」
「ああ、お姫様がご帰還だってのは本当だ」

「違う、その前だ!」
「シロガネ中佐か?確かに来るらしい。昨晩、イブラヒムの旦那が教えてくれたぜ」

「そっか……へへへ~」
「なーに考えてやがる?」

「別にぃ~」

ヴァレリオとタリサの会話で、オレの調子も少し戻って来たので、口を挟むことにした。

「どうせ、腕試しだろ?お前の考える事は単純だ」
「ぐ……」

タリサは言葉を失う。
コイツの習性は、よく分かっている。腕の良い衛士がいれば、挑まずにはおられない。……オレも人の事はいえないが。

だが、オレは挑む気ににもならなかったが、コイツもタフな精神だ。
……いや、ここに来ると分かったからか。
オレも、ここにシロガネ中佐が来ると聞いて、挑んでみたい気持ちは湧いたのだ。

「つっても、ここにはシロガネ中佐の使える機体が無いけどな」
「弐型があるだろ。それを取りに来たんだから。試運転ついでに相手してもらばいいじゃねーか」

「けど、OSは既存のものだぜ?」
「新OSしか使えないってわけじゃないだろ」

「そりゃ、そうだろうが……ま、お願いするくらいはいいンじゃねーか?」

ヴァレリオは、珍しく理論的なチョビが面倒臭くなったように、そう締めくくった。

そして、アルゴス試験小隊指揮官、イブラヒム・ドーゥル中尉が入室した。

全員、起立して敬礼。

「ジアコーザ少尉から聞いたかもしれないが、横浜基地から、白銀武中佐がいらっしゃる。全員、失礼のないように」
「はっ」×4

「特に、ブリッジス少尉。言動には気をつけろよ。年は若いが、軍紀には厳しい方のようだからな」
「はっ……」

オレにわざわざ念を押したのは、オレの日本嫌いが知れ渡っているからだろう。

しかし、軍紀に厳しい、か。篁中尉と同じ、堅苦しいタイプなのか。

オレよりも年下という事にはこだわりはない。この世界は階級が全てだ。
だが、堅苦しい日本人男性……。
たったそれだけの情報だったが、オレと母親を捨てて、日本へ帰国した父親が重なった。

「しかし中尉。わざわざ念を押すなんて、やけに慎重ですね」
「上層部も、気を使っているということだ。白銀中佐はXM3開発プロジェクトの主担当で、横浜基地副司令の名代でもある。加えて、日本国将軍が、専用機を直々に用立てるくらい、懇意だそうだしな」

ヴァレリオのもっともな疑問に、ドーゥル中尉が事情を説明した。

なるほど、XM3の効果はあの公開情報だけではっきりしている。
実用的な面から言えば、喉から手が出るほど欲しいだろう。
また、あれだけ公開したのだから、XM3がブラフの可能性は低いが、ゼロではない。
入手して確認するまでは、どの勢力もうかつに刺激したくないだろう。慎重になるのも当然といえる。

それに、横浜基地の副司令といえば、噂は耳に挟んでいる。
横浜を実質的に掌握している女で、その智謀は並ぶ者がいない、とも。
その名代で、将軍と懇意……これほどのVIPの来訪は珍しい。

「やれやれ。んじゃま、きちんと接待しますかね」
「貴様等が、VIPに気を使うのが不向きなのは承知しているが、白銀中佐の能力は知っての通りだ。得るものもあるだろう」
「へーい、楽しみにしてましょ」

全く楽しみじゃなさそうにヴァレリオは答えた。
ステラは……いつもながら、無表情だ。

──これで、接待ねぇ……まあ、篁中尉と同じタイプなら、普通に上官扱いしてれば文句は出ないだろう。

「中尉殿!」

タリサが元気よく声をあげ、先ほどの“腕試し”についての許可を求めたが、それはあっさり許可された。
元々、試運転は予定に組まれていたし、仮想敵が必要だった。
それはオレにさせるつもりだったようだが、タリサに変更されただけのことだ。

──オレも、志願すればよかったかな……。



…………………………



<< おっさん >>

12月12日 朝 アラスカ上空 将軍専用輸送機内

「白銀中佐、もうじき到着との事です」
「ああ、ありがとう」

この機の副操縦士から報告を受けた唯依が、知らせてくれた。

結局、アラスカ到着までに唯依を落としてしまった。
どこであろうとこだわりはないから、それはいいんだが……

──なぜ、よりによって唯依の時に。

フライト前、唯依の好感度が何故か高かったのが不審だったが、まりもが、アシストをしておいた、と、得意気にこっそり打ち明けてきた。
俺の真意に気付いていた事については驚いたが、褒めてやりたくもあった。
唯依陥落の支援を自発的にやったその心意気も、頭をなでてやりたくなった。

だが──昨晩は散々楽しんでおいてなんだが──唯依は、ひとりで落としたかったのだ。
アラスカに着いたら、すぐにでも落としてやろうと決意していたのに、悠陽の専用機提供と、まりもの支援で、ついノリでやってしまった。

まあ、俺は、必要以上の後悔はしない主義だ。
まりもと一緒に唯依の慣らしをしたのは面白かったし、これも良い記念と思おう。

──しかし……見え透いた真似を……。

一見、健気に見えるまりもだが、無償でやったわけではないのは明らかだ。
彼女の目が、「あのプレイ、やってくれるよね?」と言っていた。
だが余計なお世話とはいえ、今回のまりもの功績なら仕方ない。それくらいの譲歩は必要だろう。

結局、俺のハント欲求は中途半端になってしまったが、なあに、アラスカにも他に女はいるだろう。
外国人が多いだろうが、ユーコン基地は、横浜以上に色んな人種がいる。
俺好みの女も居るだろうから、見つけたらさっさと口説いてやろう。
願わくば、霞、イリーナ、イルマレベルの女が居る事を……。

──ん?

何かソファが狭く感じたが、いつのまにか、唯依がぴったりと俺の横に座っていた。
他に座る所はたくさんあるというのに、だ。

──このさりげない甘えと、口に出さない奥ゆかしさ……ムフフ、これこれ。

俺の微笑みで、少しだけ離れたソファに座るまりもが、唯依の位置に気付いた。
立ち上がって、何をするかと思えば……窓の外を見て「奇麗な雪景色……」とつぶやき、数秒後、俺の隣──唯依の反対側に座った。

──何、その小芝居……クク。

さり気無さを装ったつもりだろうが、バレバレもいい所だ。
黙って座り直した方がよっぽどマシだろうに。

唯依も笑いを必死で堪えていて、まりもは恥ずかしそうだった。

──まったく、可愛い奴らだ。



…………………………



<< クリスカ・ビャーチェノワ >>

12月12日 朝 国連軍ユーコン基地 ソ連基地施設付近

飛行音が聞こえたので、ふと空を見上げれば、一機の輸送機と飛行機雲。
記憶にない機体だが、翼には、太陽を表すマークがあった。

──日本帝国所属機。……タカムラ?

私の日本人の知己といえば、タカムラくらいだ。
確か、彼女の祖国でクーデターがあった時に帰国して以来、そのままとの事だったが……この基地に戻って来たのだろうか。

隣のイーニァも同じように空を見上げていたが、ぼそりと言葉を呟いた。

「かみさま……」
「……神?イーニァ、あれはただの、日本の輸送機よ?」

元々無宗教の国民が多くを占める祖国だが、私たちもその例に漏れない。
イーニァだって、そのような曖昧な存在を、信じてなどいないはずだが……。

「つよくて、あたたかい……おひさまみたい」

あの機体と、翼の日の丸を表現したのだろうか。
よくわからなかったけれど、イーニァが眩しそうに微笑んでいたので、私は深く考えるのをやめた。



[4010] 第32話 おっさんの悲願
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/05 22:21
【第32話 おっさんの悲願】

<< ユウヤ・ブリッジス >>

12月12日 午前 国連軍ユーコン基地 戦術機格納庫

「おい、あれじゃねーか?」

談話中、ヴァレリオが顎で方角を指したので、その方向を追うと、ドゥール中尉と、国連の軍装を着た、見慣れない男女、そして──篁中尉が、こちらに向かって歩いている所だった。

ドーゥル中尉が先導し、国連の男性──こちらが白銀中佐だろう。それに、国連の女性と篁中尉が従っているような形だ。
白銀中佐らしき男と、篁中尉との距離が妙に近いのが気になったが……。

その時、タリサが気の抜けたように言葉を発した。

「あれが?まだガキじゃねーか」
「東洋人は若く見えるからなぁ。でもお前、人の事言えるかよ」
「シッ。聞こえるわよ……」

彼らとの距離が近づいていたので、ステラがヴァレリオを諌めた。
すでに、顔の造詣がわかる距離だ。

タリサが言った通り、確かに、想像よりも若い。
公開プロフィールには顔まで載ってなかったが、軍装を着ていなければ、とても将校には見えない。──その鋭い眼光を除けば、だが。

そのさまは、かつて篁中尉が来た時を彷彿とさせる。
あの時は、中尉を日本人形のようだと、悪く思ったものだが……あの男にも、妙な先入観は持たないほうが良いかもしれない。



…………………………



<< 篁唯依 >>

「白銀武中佐だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」×4

国際色豊かなアルゴス小隊の面々を前に、敬礼と答礼を交わし合った後、ドーゥル中尉が隊員の紹介を始めた。

「ご紹介します。彼らが、XFJ計画を担当した、アルゴス試験小隊の衛士たちです」

そして、ユウヤ・ブリッジス、タリサ・マナンダル、ヴァレリオ・ジアコーザ、ステラ・ブレーメルが順番に、名前と出身だけの、簡単な自己紹介をした。

私は、ブリッジス少尉を見ても、以前のように心が波立つ事は無かった。
折を見て、白銀中佐とお付き合いを始めたことを伝えよう。
祝福してもらえる程度には、ブリッジス少尉と親密になったはずだ。

ブリッジス少尉を含め、テストパイロットたちは皆、きちんと背筋を伸ばして、礼儀を守っている。
昨日、神宮司大尉から、白銀中佐は軍紀についてはとても厳しいと聞き、通信でドーゥル中尉に気を付けるようお願いしていた事が、きちんと伝わっているようだ。
最も、あの時は、彼の私生活が、あれほど大らかとは思わなかったが。

私的な時間は、呼び捨てだろうがあだ名だろうが、どんな口調でも咎めない白銀中佐も、職務になると一切その色を見せず、神宮司大尉でも、油断すれば容赦なく拳を振るわれかねないそうだ。
道理で、昨晩の睦み事まで、ふたりの関係に気付かないはずだ。

だが、職務中の白銀中佐も、ただ厳格なだけでない事は、さっきのユーコン基地司令とのやりとりで分かった。

タラップを降り、出迎えの兵士に連れられて、基地司令室へ挨拶に行った際、司令は横浜の情報を聞き出そうと、あれこれ話を振ってきたが、中佐はのらりくらりとかわしてしまい、結局、何も言質を与えなかった。
司令の口ぶりだと、聞きたい事はXM3の事だけでもなかったようだが……それは、私の知るべき事ではないのかもしれない。

何しろ、中佐は“あの”香月博士の腹心だ。恋人にも言えない機密を、山ほど抱えているのは想像に難くない。
今思ってみれば、私をやや強引に挨拶に同行させたのも、ユーコン基地司令の口を制限させるためだったのだろう。

巌谷中佐に対しては真摯に応対したそうだから、相手によっては腹芸もこなせるということだ。
あばたもえくぼ、というやつかもしれないが、自分のこ、こ、恋人──が、このような懐の深い人物である事が、おもはゆく思えた。

また、今朝起きて顔を会わせてみて思ったが、昨晩、中佐に神聖さを感じたのは、やはり私の勘違いではなかった。
特別な行為だったからこその、錯覚だとも思ったのが……。

中佐を見ると、我ながらはしたないというか、なんというか……彼に抱きつきたい衝動にかられる。

さきほど、恥を忍んで、神宮司大尉に小声で相談したところ、大尉も殿下も同じだと聞き、仲間がいることに安心した。
彼女からは、「中佐をあまり見ないことがコツ」と教わったので、その通りにしようとしているが……これが、なかなか難しい。
なにしろ、視界に納めていないと、不安になるのに、見てはならないのだ。二律背反もいいところだ。

ただ、「目は絶対に合わせるな」という絶対条件だけは守っている。
あまりに必死な様子だったので、もし合わせたらどうなるかを聞いたが……“狂う”そうだ。
神宮司大尉と殿下は、幸いにも、すぐにふたりきりになれる状況だったから良いものの、今、狂ってしまったらかなりまずいことになる。
今晩までは、なんとか耐えよう。

自分がこれほど男性に執着するようになるとは、昨日までの私からは想像もつかないだろう。
しかし、今のこの充実感……何物にも代え難い。

「諸君らの成果たる不知火弐型を、我が部隊で使える事を光栄に思う。代表して、礼を言わせてもらおう」

白銀中佐のその言葉で、互いの紹介は終わった。

中佐は、少し雰囲気を弛めて、ブリッジス少尉に話しかけた。
これから、軽く歓談しようというつもりだろう。

「ブリッジス少尉は、名前が日本人のようだが、ハーフなのかな?」

──あ、まずい!



<< 白銀武 >>

唯依とブリッジスは、まだ恋人というには程遠い状態だと聞いたから、今回は、この男といがみ合う理由はない。
俺としては、“前の”世界のわだかまりを捨てて、“この”世界では、日本繋がりで仲良くしようと思っての台詞だ。
唯依とねんごろになるくらいだし、米国軍人には珍しく、日本贔屓と思っていたのだが……相手の反応は予想外だった。

ブリッジスは、眉間に皺を寄せて、明らかに不機嫌そうになり、不審気なまりもを除いて全員、あちゃあ、というように天を仰いだ。
どうやら俺は、ここでは周知の地雷を踏んでしまったようだ。

「ええ、ハーフです。それが、どうかしたんですか?」
「日米の協力の象徴たる不知火弐型を、日米のハーフのブリッジス少尉が担当する。なかなか面白い組み合わせだと思ったのでな。他意は無い」
「そうですか。なら、もういいでしょう」

父親か母親かわからないが、日本人の親に、含む所があるらしい。
余計な言葉で不機嫌にしたのは俺がうかつだったかもしれないが、それをここまで感情に出すこともあるまいに。

俺は、仕方のないやつだ、と思い、鼻で小さく溜息をついたが、それがカンに触ったらしく、ブリッジスは挑むように言葉を続けた。

──ああ、もう、難しい奴だな。

「確かに、オレの血の半分は日本人です。誇りになんて到底思えませんがね」
「そうか」

理由を聞いて欲しそうな口ぶりだったが、面倒だったので相槌を打っただけにした。
正直、男の愚痴など聞きたくないので、会話を打ち切りたかったのだが──自らその理由を口にした。

ブリッジスは、先のクーデターについて言及してきた。
このご時世に、世界中の前線では年端もいかない少年少女の衛士や兵士が命を散らしているというのに、内戦ごっこで貴重な人命や物資を消費するなど、幼稚もいいところだ、と。

「貴様の言いたいことはわかったが、鎮圧したのもまた日本人だ。ひとくくりにしなくてもよかろう」
「クーデターなどが起こる土壌がある事が、問題なんですよ!」

なるほど、一理ある。

俺とて、あの事件の損失を考えると、今でもめまいがしそうになるくらいだ。
その点だけを見れば、俺もブリッジスに賛同したい。

だが、コイツ程度では知る由もないだろうが、クーデター発生の要因には、米国の工作によるものが大きいのだ。
決起軍にしても、米国の影響をなんとかしたいという、憂国の想いがあってのものだ。
亡くなった沙霧や多くの衛士たちも、米国人のコイツにだけは言われたくないだろう。

それに、日本の立場からすれば、米国に対しては、山ほど──というには足らないほど、言いたいことがある。

米国の安保条約の一方的な破棄と、極東戦線から撤退した時の無責任さ。
その理由を、日本の重大な条約違反によるものとした、強引すぎるこじつけ。
そのくせ、極東の覇権への未練。多岐に渡る工作の数々……。

まあ、なんであれ、結局コイツは日本と、そこに住む日本人が嫌いなのだろう。
それでよく唯依と恋仲になれたとは思うが、そのおかげで“この”世界では出会ってだいぶ経つのに、ままごとのような関係なのだろう。
コイツの偏見には、むしろ感謝するべきか。

だが、ブリッジスを論破したところで自説を曲げるとは思えないし、第一、オセロの駒を指して、黒か白か言い合ってるようなものだ。
いちいち口論するのも、それこそコストの無駄だと思ったので、白旗を上げる事にした。

「そう言われれば、返す言葉がないな。少尉の言う通りだ」
「……言いたいことがあるなら、仰ってはどうですか?」

なぜか、コイツは突っかかってきた

──もう、どないせいっちゅーねん。

「ブリッジス、よさんか」
「おい、ユウヤ、やめとけって」

さすがにうんざりしてきたが、ここにきてようやく、ドーゥル中尉と、ジアコーザ少尉が諌めた。
俺から振った話題だったから、今まで口を挟まなかったようだが、ブリッジスが熱くなり過ぎたのを見て、まずいと思ったらしい。

しかし、なぜ初対面なのに、コイツは俺にここまで突っかかって来るのだ。

俺が地雷を踏んだからといっても、悪意が無かったことくらいは、雰囲気でわかるだろう。明らかに行き過ぎだ。
それに、“前の”世界とは違って、まだ唯依との関係はバレて…………あれ?






唯依が、ぴったりと、俺の傍に立っていた。






──これか。

ほとんど触れ合わんばかりの距離で、副官のまりもよりも、近い所にいる。

唯依が平然とした顔でいることから、これが彼女の無意識の癖だという事はすぐ分かった。
“前の”世界でも同じような習性があったが……こんなに早くなるとは。
微笑ましい癖なのだが、今はさすがにまずい。

──そりゃ、ムカつくわなぁ……。

恋人ではなくても、女として意識していた唯依が、俺にぴったりくっついている。
今の時点で、これほど唯依に傾倒しているとは思わなかったが、その点には、同情を感じる。だが──

「言えないんですか?それとも、横浜の英雄様は、オレのような一介の少尉ごときとは口も聞けないんですか?」

それとこれとは話は別だ。ここまで言わせて置いては、俺の沽券に関わる。

さて、と思い、後ろ手に組んでいた腕を解き、右拳を意識した時、





──ブリッジスが吹っ飛んだ。







横から見事な右ストレートを放ったのは、当然ながら俺ではなく、……神宮司まりも。

「出向とはいえ、貴様も国連軍の一員だろうが!上官に対してその態度……その程度で済んだ事を幸せに思え!」

まりものこういう凛々しい怒声を聞くのは、もしかしたら“この”世界では初めてかもしれない。
なにしろ、まりもが主として訓練をする時には俺はおらず、俺が主となった時には、まりもは控えていたのだから。
まあ、それはともかく。

「大尉は優しいな」
「……悪態ひとつで入院というのは、さすがに不憫ですので」

まりもが殴ったのは、俺の剣呑な気配を察したからだろう。
その意図はわかったが、俺としては、入院させるほど殴るつもりはなかった。
というより、まりもの攻撃の方が、俺が打とうとしていたパンチよりよほど強かったんだが……。

あ、まりものこめかみがヒクついている。……俺が嘲られて頭に来たということか。
可愛く思うが、悪態ひとつで脳震盪で失神というのは、さすがにブリッジスが不憫だった。

「白銀中佐。部下が、とんだ失礼を──」

ドーゥル中尉が、そのいかめしいヒゲ面を、申し訳なさそうに下げた。
日本式の謝罪は、こちらに配慮してのものだろう。顔に似合わず細かいことだ。

さっき、目の端でこの男が動いたのが見えた。
この男もブリッジスを殴ろうとしたようだが、まりもに先を越されたせいで、振り上げた拳を開き、頭を掻いて誤魔化したのが、少し笑いを誘った。
気付いたのは俺だけのようだが。

「いや、若い時にはよくある事だ。彼はすでに“修正”を受けた。気にするな」
「はっ……ありがとうございます」

妙な表情をされたが、この中で、最も若い俺が言う台詞じゃなかった事に気付く。
時々、自分が18才の外見という事を忘れてしまうのは、反省点だろう。

それにしても、初顔合わせがこれでは……前途多難なことだ。



…………………………



<< ユウヤ・ブリッジス >>

12月12日 午前 国連軍ユーコン基地 医務室

目を覚ますと、ステラが開口一番、症状を伝えた。

「脳震盪だそうよ」
「そうか……」

「後遺症は、なさそう?」
「少しフラつくが、大丈夫だ」

「そう、良かったわ。……でも、あなたらしくなかったわね。──いえ、まるで、篁中尉がここに来た当初の頃みたいだったわよ」

返す言葉が無かったので、強引だが、別の事を訊ねる。

「他の連中はどうした?」
「白銀中佐は予定通り、弐型の性能チェック。タリサとヴァレリオが、まだお相手してる頃かしらね」

あのふたりを同時に相手、か。
確かに、映像では2機で8機の熟練衛士を相手取り、圧倒的勝利を納めていた。
機体の差はあれ、2機程度なら、丁度良い運動ということか。

──しかし、不意を打たれたとはいえ、女にのされるとはな……。

まだ少し痛みが残る、殴られた頬をさする。

──あの大尉……ジングウジと言ったか。良いパンチしてやがる。

気を失う直前、彼女の言葉は頭に入った。
大人しそうな優しい面持ちの女性だったが、その性格は烈火のようだ。

「白銀中佐に殴られたら、それくらいじゃ済まない所だったらしいわよ。神宮司大尉は、あなたを助けてくれたみたい。──ブラフかどうかわからないけどね」
「そうか……」

そのあたりはどちらでもいい。
オレが恥をさらした事には変わりないのだから。

数分後、医務室のドアが開き、閑静な医務室に、ヴァレリオの騒がしい声が響いた。

「おう!目が覚めたか、若者よ」
「あら、早かったのね。演習、どうだった?」

オレも興味があった事だ。
ステラの問いには、タリサが答えた。

「いやぁ、盛大にやられちまった。手も足も出ねぇ。まるでバッタだ。全然動きが読めねえよ」

タリサの言うバッタの動きとは、映像のアレか。オレはハチのような印象を受けたが、たしかにそういう表現もしっくりくる。
だが、負けず嫌いのタリサが、悔しそうでもなく、感心したように興奮している事が意外だった。

「公開映像の、タイプ94での動きも凄かったが、ありゃ、弐型に乗せたら手がつけられねぇな。XM3があったら、どれだけの動きを見せることやら」

ヴァレリオもタリサと似たようなものだった。
このふたりもテストパイロットになるくらいだから、腕の程も相当優秀で、その自負もある。
それが、こうも嬉しそうに負けた事を話すとは……よほど気持ちよくやられたのだろう。

──白銀中佐の弐型での機動、オレも見たかったな……。

オレは、完成まで、弐型とずっと一身同体でやってきた。
日本製の機体という事に抵抗感はまだあるが、これまで触れた機体の中で最も愛着は強い。
それを、確実にオレより上手く使いこなす男……その事実は、オレの心を、多少落ち込ませた。

──これが、寝取られ感ってやつかな……ハハ。

そう内心で自嘲した時、ステラが再度問いかけた。

「白銀中佐たちは?」
「今頃、弐型で演習場飛び回ってるぜ。タフなこった」

そうヴァレリオが答えたが、実戦演習の直後に、機動性のチェック。
それだけ、実戦演習に余力があったということだろう。

若き英雄の力を見るまでもなく実感させられ、嘆息したところで、タリサが、心配気な顔で声をかけてきた。

「なあ、ユウヤ~。シロガネ中佐は結構話せる人だったぞ。高慢ちきなガキを想像してたけど、全然そんな事無かったし」
「おお、お姫様がぴったりくっついてたから、お前の気持ちもわかるけどよ。別にあのふたりがデキてるわけでもないだろうに。どっちかってーと、お前の方が、大人にあしらわれて、逆ギレしたガキみてぇだったぞ」
「言うな……自分でもわかってる」

ヴァレリオに言われるまでもなく、白銀中佐には、何も落ち度はなかった。勝手にオレがつっかかっただけだ。
理由も、ヴァレリオの言った通りだ。

篁中尉が、まるで寄り添うように立っていたこともそうだが、何を言っても冷静に対応されてしまい、頭に血が昇って、引っ込みがつかなくなってしまったのだ。

それに、思い起こせば、篁中尉の顔は、男女を匂わせるどころか、終始硬い表情だった。
むしろ、白銀中佐を見ないように避けていたふしさえあった。
たまたま、立ち位置が近かっただけだというのに……自分でも、あれほどオレの心がざわついた事の説明がつかなかった。

「午後のチェックが終わった後、中佐殿を飲みに誘ってるんだ。ユウヤも来いよ。さっさと謝っておけって」
「そうだな。そうするか……」

ヴァレリオの誘いはありがたかった。
オレとしても、中佐に無礼を働いたままというのは気まずい。

少し、頭を冷やそう。



…………………………



<< 涼宮茜 >>

12月12日 昼 国連軍横浜基地 PX

「千鶴~。まだ言ってるの?」
「だって……」

親友のしつこさに、呆れ声が出てしまった。

昨日、険悪になってしまった雰囲気は、お互い様ということで根は残っていなかった。
新任の5人も、私たち先任も、部隊の同僚として、改めて友誼を深めていたというのに、落ちついたところで千鶴が、白銀中佐の“12股”について苦言を弄してきたのだ。

「千鶴の価値観からすれば、受け入れられないのはわかるけどね」

実際、私も──今でも羞恥ものだけど、洗脳疑惑を持った事は確かなのだ。
私よりも堅い倫理観を持つ千鶴なら、当然の反応とも言えるけど──

「なら、どうして……」
「そりゃ、好きだからに決まってるじゃない。何度も言わせないでよ」

と、さっきからこれの繰り返しだ。
千鶴は、どうも私たちが、白銀中佐にたぶらかされているとしか思えないようだ。
当たってる所もあるのだけど、私は自分から志願したと、何度も言っているのに。

どうしたものか困った時、晴子が苦笑を浮かべて助け舟を出してきた。

「まあまあふたりとも。榊もさ、そんなの、私たちにしてみれば今更な事なんだよね。榊に加われって言ってるんじゃないんだから、そんな目くじら立てないでよ」
「加わるわけないでしょ!」

ほんの軽口なのに、千鶴は赤くなって、ムキになって言い返した。

「榊少尉。現実問題として、私たちひとりだけでは、中佐をお相手しきれないの。もし、中佐が一途になったとしたら……三日くらいで“壊れる”かもしれないわね」
「ああ、いえてる。底なしだもんね、中佐」

風間少尉が実際の問題を挙げて諭そうとし、速瀬中尉がそれに同意した。
私も──いや、メンバー全員同意している。
一人占めしたい気持ちはあるけど、中佐が本気モードになった場合、私は三日も耐えられないような気がする。

最近、複数プレイが多くなったのは、一緒に居る時間が増えていいのもあるけど、一対一よりも体が楽だからだ。
中佐が受身の時はいい。
でも、中佐が本気で攻める場合、気持ちはいいし、精神的にも充実するのだけど、……結構後を引くのだ。
それが、連日となると──想像しただけで背筋が震える。

あの人には、12人で丁度いい──というか、もう少し居てくれた方が良いような気がする。
麻倉と高原、早く復帰してくれないかな……。

「そうなると、一緒に行った神宮司大尉、ひとりで大丈夫かなぁ?」
「さすがに中佐も自省するでしょ」
「いやいや、中佐のことだから、今頃2、3人確保してるかもしれませんよ?」

お姉ちゃんと速瀬中尉のやりとりに、晴子が冗談ぽく応じた。
でも、晴子の言葉が単なる冗談にならないのが、中佐の凄いところだ。
アラスカにも美人はいるだろうし、横浜の英雄として訪問する白銀中佐に、色目を使う女性だっているだろう。

この時は、まさかアラスカに着くまでに、2人確保するとまでは誰も想像しておらず、後にその事実を聞いて、予想の遥か斜め上を突き抜ける中佐に、改めて呆れたような関心したような感情を持ったのは別の話だ。

話が逸れたところで、宗像中尉が、赤くなったままの千鶴に、少し真面目に話しかけた。

「なあ、榊。お前の倫理感は正しいと思うが、こと中佐に関しては割り切った方が楽だぞ。それに、祷子が言った問題はともかく、中佐が一途になった場合、何人も失恋する者が出る。不憫とは思わないか?」
「う……」

千鶴が黙りこみ、場の空気が、少し重くなった。

──しようがないなぁ……。

「わかったわよ、千鶴。じゃあ、中佐と別れる」
「ちょ、茜!?」「茜ちゃん!?」

晴子と多恵が驚きの──いや、みんな驚いてしまっている。

──まあまあ、もうちょっと続きがあるのですよ。

「でも、条件があるわ。別れるのは、それ聞いてくれたらね」
「条件って?」
「中佐より頼りになって、私を愛してくれて、格好良くて優しくて強くて頭が良くて面白くて、セックスが上手な男の人紹介して」

その言葉で、みんな──といっても、千鶴と珠瀬と鎧衣と多恵の4人を除いてだけど──、私の意図を理解して笑みを浮かべた。

「そんなの!世の中、いくらでも──」

千鶴は続きを言えなかった。
中佐を嫌ってる千鶴でも、それらの条件を全部、白銀中佐以上に満たす男性なんて、そういない事がわかったらしい。

「茜ちゃん!そんなのいるわけないですよ!」

──いや、そんな本気で突っ込まないでよ。

多恵は、本気で憤慨して、何言ってるの、と言いたげな顔だった。
この子らしいといえば、らしいのだけど、もうちょっと空気読んでよ。

でも……先任と同じ反応をしなかった千鶴と珠瀬と鎧衣は、中佐を嫌っているからで、多恵はよくわかっていなかったからだろうけど、御剣と彩峰が、先任と同じ反応をした、ということは……このふたりは、中佐に隔意はないのだろうか。

「茜ぇ~、良いこと言うわね。そんな男がこの世にいたら、私だって乗り換えるわ」
「でも、他はともかく、白銀中佐よりセックスが上手かどうかなんて、榊少尉には判断できないんじゃない?」

私の疑問をよそに、速瀬中尉が乗ってきたけど、それに続いたお姉ちゃんが、また、天然らしいことを言った。

「そんなの、中佐に一度抱かれてみればわかるじゃない」
「あ、なるほど」

速瀬中尉は、にしし、という表現がぴったり来るように笑い、お姉ちゃんは……本当、天然で笑える。

「よぉーし、榊。この調整係の晴子さんに任せなさい。中佐が戻ったら、一番にセッティングしてあげるから」
「ちょっと!冗談じゃないわよ!」
「えー、晴さん、それずるいです……」

晴子の冗談に、またムキになる千鶴と、相変わらず真に受ける多恵。

なるほど……以前、伊隅大尉が言っていた『あの程度の会話を流せないようでは、良いからかいの的』とはこういう事なのか、と実感できた。
お姉ちゃんと多恵は、ちょっと別枠な感じだけど。

「でもさ、案外、千鶴みたいなタイプが一番いやらしいかもしれないよ?」
「茜!やめてってば!」

結局、その後もムキになった千鶴がからかわれ続けたけど、私の最後の軽口は、案外当たっているような気がした。

──ま、これで千鶴も当分、中佐の“不実”については口を出さないでしょ。

落ちついたところで、私はこの日、何度目になるかも覚えていない事を、また頭に浮かべてしまった。

──白銀中佐、今頃何してるのかなぁ……。



…………………………



<< おっさん >>

12月12日 昼 国連軍ユーコン基地 PX アダルトコーナー

「あはは!うわぁ~い!」

宝の山を前に、俺は思わず、アホな子供のように、歓喜の声を上げていた。

カウンターの担当職員が怪訝な顔でこっちを窺ったので、あわてて口を閉じる。
だが、ニヤける顔が抑えられない。

まりもと唯依は置いて来て良かった。とてもじゃないが、こんな姿は見せられない。

さっそく、陳列棚を物色すると──お、あったあった。まずは、コイツ──鼻フックぅ~!

──ああ、やっと念願が叶った。

天を仰ぎ、大きく安堵の溜息をつく。

なにしろ、このために、ここまで来たといっても過言じゃないのだ。
アラスカ行きを決意してから、なんと、長かったことか。

よし、予備も含めて多めに買っておこう。

そして、ギャグやローターなど、欲しかった道具を次々に買い物カゴに入れた後、俺のお気に入りの大空寺シリーズを探す。

まず、電動式バイブの『撃震』。
こいつは、普通のバイブに比べてトルクがある。また、名前の由来の通り、なかなか頑丈に出来ており、実用本位の外国人にも受けがいい逸品だ。
グリップエンドにある、撃震頭部のフィギュアがイカス。
『左近』があるから、コイツはサブ的な扱いになるだろうが、それでも思い入れのある品だ。
愛おしげに眺めた後、買い物かごに入れる。

こっちは、ローションの『海神』。
中身は普通のローションとそう変わらないのだが、ビンの形が秀逸だ。
水中稼動状態の、あの丸っこい形と同じなのだ。
お土産に人数分買っておこう。

他の大空寺シリーズは、懐かしのハードSMコーナーにあったはず。
必要はないが、見るだけ見てみよう。

そういえば、委員長とデートするときは、新作をあさりに、良くここに連れてこられたっけ。
俺は数度で飽きたが、ここに来るときの委員長の笑顔はとても綺麗だった。

お?これは、鞭の『陽炎』じゃないか。
鞭の先が蜃気楼のようにぶれるという触れ込みだが、ネーミングに無理矢理感があって良い。
『撃震』と同じく、グリップエンドのヘッドに付けられた、陽炎の頭部フィギュアが映える。

隣には、ロウソクの『不知火』。これはそのまんまだな。
普通のSM用の蝋燭なんだが、精巧な彫り物によって、不知火を無理矢理円筒形に詰め込んだような形状になっている。

陽炎と不知火は、“前の”世界では、美琴が買ってきたが、最後はほとんど委員長専用だった。
思い出に買っておこうかとも思ったが、今回はハードSM厳禁だ。
間違って、ハードMの扉が半開きのまりもや、チャレンジャーの多恵に見つかってはまずいので、買うのはやめておこう。

この浣腸セットの『吹雪』は、何が吹雪かよくわからないが、まあなんとなくわからないでもない。
お腹が冷えると腹を下すから、そのあたりからイメージしたのだろう。
注射器の形が、吹雪を無理矢理円筒形に詰め込んだような形状だが、頭部はピストン部分にあるので、最後まで押し込んで初めて、吹雪が完成する。
これは、“前の”世界では、美琴が買ってきた物を一度も使う事なく、そのままダストシュートに放りこんだっけ。
あれほどスカは嫌だと言ったのに、買ってくるんだもんな、アイツ……。

そして、このコーナーで一際目立つのは、三角木馬の『竹御雷』。
しかも“前の”委員長が後生大事に持っていた、赤だ。

大空寺シリーズの中で、これだけ一文字変えているのは、さすがに、日本人としての良心が咎めたのだろう。

これは文字通り、竹製の木馬だが、馬の頭の変わりに、武御雷そっくりの頭部がセットされている。
その精巧さは、まさに、職人芸。
ボディ部も、単なる三角ではなく、武御雷のパーツをあしらった造りになっている。

カラーは、もちろん斯衛の色に準じて用意されているが、紫だけは無い。理由は──名前を一文字変えたのと同じだろう。
委員長は、赤でないとダメだと拘っていたが、何か運命的な縁でも感じたのかもしれない。

だが、この色のおかげで出血に気付かず、翌日の出撃で精彩を欠いたことが、死因の一つとなったのだ。
俺にとっては、この赤の竹御雷は、思い出の品でもあり、委員長の仇でもあり、彼女の形見でもある。複雑な心境だ。

以上の大空寺の職人によるシリーズは、日本では発禁処分を受けてしまった製品で、今回のように輸出品を買うしか、入手手段が無い。
世界中に愛好家もいるのだが、実用本位の外国人に対しては、売れ行きが悪いようで、買うのは大体日本人らしい。
彼らにとっては、SMの道具は、単なる道具。芸術品のような細工がしてあったところで意味がないと考える。
そのあたり、日本人の美的感覚が異常なのかもしれないが。

おっと、大分時間を食ってしまった。そろそろレジに持っていこうか。

しかし、竹御雷は、オブジェとしても秀逸だ。横浜基地の自室に飾りたいところだが……。
いや、やはり、まりもと多恵が危ない。
惜しいが、これは、美しい思い出だけに留めておこう。

そして俺は、レジで支払いを済ませ、このために持ってきた大きなボストンバッグに詰め直し、上機嫌でPXを出た。

──よーし、さっそく今晩、唯依に使ってみるぞ!



[4010] 第33話 おっさんのイメージ
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/05 22:21
【第33話 おっさんのイメージ】

<< 伊隅みちる >>

12月12日 午後 国連軍横浜基地 第二演習場

「うーむ、これは……」

増強要員を加えたA-01の初の実機訓練は、市街地での模擬戦闘とした。
白銀中佐からも、一度、先任と新任でやりあってみろ、と言われていたし、新任の歓迎会代わりに丁度良いと思ってのことだ。

ただし、人数に偏りがあるので、私は新任のCPにまわり、先任は速瀬に指揮をとらせた。
また、新任には先任の不知火を与え、先任には、予備機の撃震を用意した。

現在、白銀中佐らが不知火弐型を手配してくださっているが、それに先立って、新任たちに高出力機の特性に慣れさせる事と、先任たちには、不知火の優秀性を再確認させる良い機会だという意図もあった。

昨日の新入り連中は、初めてのシミュレーターによるハイヴ戦実習で、かなりの好成績だったから、良い戦いになるだろうと予想はしていた。

そして、新任5名の不知火対、先任6名の撃震との戦いが今終わったところなのだが──

「私も入れば良かったかな?」
「ええ……それで丁度バランスが取れたかもしれませんね」

この指揮車両に同乗している涼宮が、同意の言葉を口にした。

レーダーで生き残っているマーカーは、ふたつ。
どちらも新任──珠瀬と榊の機体だ。

まあ、検討は後だ。

「状況終了。全機帰投後、着替えてブリーフィングルームに集合しろ」



…………………………



12月12日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

新任がもたらした想像以上の結果に、褒め称えたり謙遜したり悔しがったりで、室内はざわついたが、それを制して、検討を始めることにした。

「まず、新任は機体の機動力の差を生かして、徹底的に動き回ったのは良い判断だったな」
「ええ。撃震も良い機体だとは思いますが、XM3搭載の不知火に全力で動かれると、追いきれませんね」

私の評価に、速瀬が少し残念そうに答えた。

新任たちは、最初はなれない様子だったが、すぐに機体の性能差というアドバンテージを最大限に活用するようになった。
人数で劣る新任が取るべき、妥当な戦法だっただろう。
先任はその動きに徐々に隊形を乱され、一機ずつ仕留められてしまった。

だが、機体の性能差以外にも、先任が負けたのには理由がある。

私を抜いた6人の形での連携は、今回が初めてだったということ。
対して、新任はずっと、今の5人の形で訓練をしていた。
小隊としては中途半端な数だが、これだけ完成している小隊を、編成し直すのが惜しい程だった。

もうひとつ、大きな理由としては──白銀中佐と何度も対峙した、という点だろう。

中佐と、我々先任との訓練では、BETA戦想定で一緒に戦う事が殆どで、対人想定でやりあう時は、白銀中佐はバランスを取るため抜けていたが、新任は、主に戦術機同士の演習ばかりで、相手は毎度、白銀中佐と神宮司大尉。
中佐達に比べれば、先任部隊はまだ与しやすい方だろう。
加えて、トライアルで多数の熟練衛士を圧倒した事で自信もついたようで、動きに迷いが無かった。

「なるほど。確かに私たちは、中佐相手に戦った事は殆どありませんね」

検討後、宗像がそう漏らした。

「でも、榊たちの動きって、なんとなく私たちより白銀中佐っぽいよね」
「あ、私もそう思った」

柏木と涼宮茜が、新任の動きに対する感想を口にした。
他の者も同じような思いのようだ。

「新任は、既存OSの先入観が無いからな。加えて、中佐の動きばかり見ていれば、自然と近くなるというものだ」

私のその説明で、皆納得したようだ。

即戦力足りうる隊員が5人も加入した事で、少し浮かれていたせいか、私は口数が多くなっていた。

「それにしても、白銀中佐と神宮司大尉からは、貴様等についてはお墨付きをもらっていたが……私は過小評価していたようだな」
「……お墨付き、ですか?」

私の言葉に、榊が意外そうに聞き返した。

「ああ。中佐達は、貴様等をえらく買っておられるぞ」
「伊隅大尉。何と仰られたか、お聞きしてもよろしいでしょうか」

御剣が、ずい、と進み出て私に迫った。──私は、少し、引いた。
見れば、他の新任も、興味津津でこちらを窺っている。

「しかし、こういうのは、ご本人から聞いた方がありがたみがあるのだが……」

別に教えてもかまわないのだが、又聞きでは感動も半減だろう。
クーデターの時の出撃前の訓示……あれは痺れた。
いつになるかわからないが、彼女等も、同じ感動を味わわせてやりたい。

「ぜひ、聞かせてください」

彩峰が、ずい、と進み出て、御剣に並んだ。──私は、また、少し引いた。

「伊隅大尉。私も、中佐がどういう評価をされたか、知りたいですね。皆もそうでしょ?」

と、速瀬が他の先任に尋ねると、一様にうなずいている。

──仕方ない、口に出した私が悪い。

「わかった、わかった。ではまず、誰から「はい」……彩峰から行こうか」

彩峰が、言い切る前に手を上げた。
そのタイミングの良さと強引さに少し感心したが、私は、中佐からの評価を、私見を混じえず、忠実に再現してやった。

それぞれの長所、欠点、特徴……特に、長所については各々、この基地でもトップクラスという事を。

各々の評価を伝え終わる度、全員が照れて紅潮するのが微笑ましかった。
クーデターの時の中佐も、我々を見て、このような気持ちだったのだろうか。

「へぇ~、みんな、凄いね!」
「でも、珠瀬と榊だけ、ちょっとひいき……」

全員の評価が終わると、涼宮茜が感心の言葉を漏らしたが、彩峰が少し不満気だった。

確かに、比べてみると、その2名の評価は大げさにも思える。
本当は、他の3人にしても、私から見れば相当な評価なのだが……新任のくせに、贅沢なやつだ。
私に対する評価など、もっと言葉が少なかったというのに。

榊の指揮能力は、「中隊レベルならすぐにでも任せられる」、と言うことだった。
中佐は、過度な世辞は語らない人だから、嘘の評価ではないと思ってはいたが、今日の動きを見て、それが妥当なものだと実感させられた。

榊は私に似たタイプのようで、攻守のバランスが良く、状況を冷静に的確に判断する姿は、昼間、先任にシモネタでからかわれた時とは、別人のようだった。

今日の演習にしても、判断ミスは殆どなく、唯一のミスは、先任にうまく突出“させられた”彩峰を援護すべく、御剣と鎧衣を回した所だろう。
気持ちはわかるが、あの状況なら、彩峰は切り捨てるのが正解だ。
非情なようだが、死に体となった彩峰を助けるために、結果、3機ともやられてしまっては、割に合わない。
しかし、2対4という不利な状態からでも、なんとか勝ってしまった点は、逆境にも強い事を示している。
もう少し割り切りが出来れば、私を凌ぐ指揮官となるかもしれない。

そして、珠瀬。
奴の射撃技術にいたっては、「世界を見ても並ぶ者がいない」、という評価だった。
さすがに大げさにすぎるだろうと思ったが……実物を見せられて、震えが走った。

先任で最も優れた射撃技術を持つ柏木も、相当なものだ。
特に、白銀中佐と付き合いだしてからは、その精密さに磨きがかかった。

何度考えても馬鹿馬鹿しく、呆れ返る“特訓”──柏木に万葉集を朗読させながら、白銀中佐がバックから突く──を始めてから、集中力が向上したらしい。
風間も、同じ訓練を始めたそうで、さらに頼もしい存在になるだろう。──全く、馬鹿馬鹿しいことこの上ないが。

だが、珠瀬の技術はさらにそれを上回り、高機動状態からでも針の穴を通すように当ててくる。
中佐の“特訓”とは別の意味で、その非常識さに呆れたものだ。

他の3人も、これほどではなかったが、その長所だけを見れば、A-01の中でもトップという事だ。
今日の演習では、鎧衣の特性は生かせる場が無かったが、奴のそれは実戦で映えるものだ。頼りになるだろう。

「私の知る限り、白銀中佐は最高の衛士だ。その方に、これだけの高評価をもらっているということは、大いに誇っていい」

私はそう締めくくり、今日の訓練を終了とした。



…………………………



<< ユウヤ・ブリッジス >>

12月12日 夕方 国連軍ユーコン基地 繁華街

どうやらオレは、勘違いしていたようだ。

「わはは!お前、面白いな、チョビ!」
「チョビはやめてくれよ……」

目の前でバカ騒ぎして、タリサをからかっているのは、日中、毅然とした態度で通した男のはずだ。
堅苦しい飲み会になると思いきや、彼は昼間とはうって変わって明るく、ヴァレリオ並の調子の良さだった。

「中佐殿、話せますねぇ!」

右隣にいるヴィンセントが、白銀中佐のグラスに酒を注いだ。

このヴィンセント・ローウェル軍曹は、オレと一緒に米軍からここに出向した男で、アルゴス小隊の担当整備兵だ。
どうやら、オレが神宮司大尉にのされた後、弐型の調整に付き合い、白銀中佐の知識と操縦技術、メカニック目線での的確な意見で、感銘を受けたようで、この飲み会に率先して参加してきた。

ヴィンセントが感心するほどの見識だそうだが、本当に、なんでも出来る男のようだ。
オレとてメカ知識を軽視しているわけではないが、ヴィンセントからは「お前も中佐を見習え」と苦言を労されたのは、少々痛かった。

ちなみに、篁中尉と、オレを殴った神宮司大尉はこの場にはいない。

本気か冗談かわからないが、中佐が言うには、神宮司大尉は酒乱の気があるらしいので、置いてきたそうだ。
篁中尉は、その神宮司大尉と話があるそうで、断ってきた。
何かの“講習”と言っていたが、きっと、この基地に関することだろう。

篁中尉が帰還してから、彼女とはまだ一度も言葉を交わしていない。
この場で篁中尉との気まずさを解消したかったが、仕方が無い。
明日あたり、時間がとれればいいのだが……。

「おい、ブリッジス。暗くなってないで、貴様も楽しまんか」
「は、はい」

オレが暗くなったのを察して、白銀中佐が、向かいに座るオレのグラスに酒を注いだ。

「そうだぞ、ユウヤ。中佐殿は気にしなくていいと仰ったんだ」

オレの肩を、ぽんと叩いたヴァレリオの言った通り、飲み会の前に、中佐に暴言を謝罪したところ、苦笑いされて手をひらひらとされ、気にするなと伝えられた。
むしろ、昏倒してしまったオレの体調を気遣ってくれたほどだ。
階級云々で、偉そうにされることは覚悟していたが……年下に大人の態度で応じられると、ますます自分のガキさ加減が恥ずかしくなった。

もっとも、さっきオレが暗くなったのは、篁中尉の事を考えての事だったが、余計な事だったので口にはしなかった。

「ところで、中佐殿はコッチもイケる口で?」

白銀中佐の左隣に座るヴァレリオが、小指を立てて、ニヤニヤして訊ねた。
一瞬、そんな失礼な質問をして大丈夫か、と思ったが──

「レディの前で話す話題じゃないな。それなりだ、とだけ言っておこう。後は、想像に任せるさ」

と、同じくニヤリとして返した。
どうやら中佐は、女関連でもヴァレリオと同類らしい。

そのヴァレリオは、とても楽しそうで、昨日、ドーゥル中尉に気を使うように言われて、面倒臭そうにしていた時とは大違いだ。

「ステラはともかく、タリサのこたぁ気にしなくて良いでしょ」
「うるせぇ」

ヴァレリオのからかいは、オレたちにとってはいつものやりとりだったが、中佐は珍しそうだった。

「なんだ?マナンダルは、ここじゃそんな扱いなのか?良い女なのに、勿体ない奴らだな」
「え?──わわっ」

そう言って手を伸ばし、わしゃわしゃとタリサのクセっ毛頭を乱暴に撫でた。
タリサは、そんな扱いを今までされたことがないのか、反応に戸惑っている。

「おや、中佐殿は、タリサのようなのが好みですか?」
「あら、それは残念」

ヴィンセントの意外そうな言葉に、ステラがわざとらしく手に頬を当てて、言葉を漏らした。
ステラも上機嫌のようだ。

「そりゃ早計だ。ふたりとも、ここで押し倒したいくらいの美人だよ」
「「おおー」」

そういって、中佐はウインクをひとつして、ヴィンセントとヴァレリオの歓声を誘った。
米国人のような気障なしぐさだが、随分、さまになっている。

「み、見る目あるじゃないですか」
「ふふ、お上手ですね」

タリサはともかく、ステラの頬が赤いのは酒のせいだろうが、どちらも横浜の天才衛士にこうまで言われて悪い気はしないらしい。

そして、その後も賑やかな話が続いた。

会話は、オレたちの出会いから今までにあった出来事や、白銀中佐の横浜基地での生活──ヴァレリオとヴィンセントの、女性関係への質問は、はぐらかされたが──が主な内容だった。

今朝の騒動のきっかけとなったクーデターや日米関係については、意図してかそうでないのか、白銀中佐は一切口にしなかった。
オレも、わざわざ場の雰囲気を壊したくはなかった。

不問にされたとはいえ、一方的につっかかってしまった後ろめたさは消えなかったが、中佐の気さくな言葉に、徐々に気持ちがほぐれていき、いつしかオレの頬も緩んでいた。

そして、何度目になるか、中佐の空いたグラスに、ヴィンセントが酒を注ぎ直した。

「まーまー、飲んでください。今日は中佐殿の接待ですので、ご遠慮なく」

ヴィンセントのその言葉に、白銀中佐の顔から笑顔が消え、目が鋭くなった。

「“接待”だと?貴様等……」

中佐の発する冷たい雰囲気に、全員が静まり返る。

──なんだ、何が悪かったんだ?

接待という言葉が嫌いなのか、賄賂的なものを感じて、生真面目な部分が刺激されたのか。
オレには、もっともな理由が思い当たらなかった。
皆も、中佐がどうして不機嫌になったのか、理解に困っている様子だった。


……だが。






「接待だというのなら、マナンダルとブレーメルを左右におかんか!美女で囲んで酒を注いで接待。それが日本式だ!なんでムサい男を侍らせて喜ばなきゃならんのだ!だいいち、この距離じゃおっぱいが揉めないだろうが!」






──ああ、オレの日本人のイメージが……厳格で、融通がきかなくて、閉鎖的で……






ちなみに白銀中佐は、席を入替えた後、本当にふたりのバストを揉んだ。それも、しっかりと。

その後、いち早く反応したタリサから頬をスパンクされたが、彼は本当に楽しそうだった。



…………………………



<< 珠瀬壬姫 >>

12月12日 夕方 国連軍横浜基地 珠瀬壬姫自室

寝台に寝そべり、体の力を弛緩させ、大きく一息吐いた後、今日のデブリーフィングの事を思い出す。

──私のこと、あんなに評価してくれてるとは思わなかったな……。

何度も何度も「ヘタクソ」と言われ、殴られ蹴られしたというのに、あんなに褒めてくれていたとは意外だった。
先任の人たちも、無理矢理習得させられた私の技術を、称えてくれる。

御剣さんの説明を聞いてから、中佐に対してそれほど嫌悪感は湧かなくなったけど、好きか嫌いかで言えば、まだ嫌いだ。
そんな人からでも、評価されて気持ちが浮き立ったのは、自分でも現金だと思う。

──白銀中佐、かぁ……。

昼間の涼宮さんの言葉が頭に残っている。

最初は意味がわからなかったけれど、ああして良い所を列挙されると、自分が嫌っている理由が、よくわからなくなった。

──確か……頼りになって、愛してくれて、格好良くて、優しくて、強くて、頭が良くて、面白くて、せ、せ、せっくすが上手──だったよね。

深い意味はなく、寝る前の、他愛も無い想像にすぎなかったけど、順番に考えてみることにした。

『頼りになる』……うん。確かに。
クーデターで包囲されかけた時は、くじけそうな心を奮い立たせられた。
トライアルの時も、武器をとりに戻る時の言葉で、心が落ち着いた。
パパ以外であれほど頼りになる男の人は、いなかった。
もっとも、国連軍に入隊してから、白銀中佐以外の男性とは、ほとんど話をしていないのだけれど。

『愛』……よくわからない。次。

『格好良い』……みんなには口が裂けても言えなかったことだけど、実は、結構好みの顔立ちをしているとは思っていた。
客観的に見ても、絶世ではなくても、十分、2枚目といえると思う。

『優しい』……数日前なら、完全否定したけれど、御剣さんの“推測”からすると、やっぱり優しいのだろう。
クーデター後の時も、黙って私に殴られて、罵声を受けて、抱きしめて──あっ!

──うわぁ~……私、凄いことしちゃってる……。

今更の事だといのに、顔が熱くなった。
今まで考えないようにしていたけど……あれは恥ずかしい。
確かにあの時、とても安心して、心が楽になって…………深みにはまりそうだから、考えるのはやめよう。

『強い』『頭がいい』……この2点は、今更言うまでもなく、骨身に染みている。

『面白い』……よくわからない。でも、米軍のウォーケン少佐とのやりとりの、“日米友好の証”。
あの時の事を、先任の人たちに話したら、それが“素”の中佐だと、伊隅大尉におかしそうに言われた。
今でも半信半疑だけど、大尉の言葉を正とすると、少なくとも硬いだけの人じゃない。
“恋人たち”も皆、私的な時間の中佐はまた別人だ、という事だから、私たちに見せた顔は、ほんの一部にすぎないのだろう。

『せっくすが上手』……これもよくわからない。
でも、あれだけ色々な女の子が、全員満足しているということは、……そうなのだろう。

順番に考えると、涼宮さんの言葉はだいたい正しいように思える。
けど、良い所だけだと公平な評価にならない。欠点を探してみよう。

まっ先に思い浮かぶのは、『12股』……これは言うまでもない。
色々な女の子に手を出すなんて、本当に最低だ。

でも、私の恋人としては致命的だけど、全員知っていて、誰も傷ついていないという事は、──うーん。やっぱり理解できない。

あとは……『私たちをいじめた』ということ。
でも、これは御剣さんの説明で、私たちのためを思っての仕打ちということは理解した。
まだ釈然としない気持ちはあるけど、いつまでも拘っているのは恩知らずだという事は、私も分かっている。

他には…………………………あれ?



……無い?



──じゃあ、私、どうしてこんなに嫌ってるんだろう。

生理的に受け付けない……わけじゃない。そんな人を格好良いとは思わない。

理由としては『12股』くらいだけど……当事者じゃない私が、それだけを理由にずっと毛嫌いするのも変な気もするし……。



頭が混乱しかけた時、扉がノックされた。

「壬姫さん。ボクだけど……」
「鎧衣さん?どうぞ」

部屋に招き入れて、用件を聞くと、鎧衣さんは、珍しくおどおどして話し始めた。

「えっとね、お昼の、茜さんの言葉を思い出してたんだけど──」

驚くことに、鎧衣さんも一人になって、涼宮さんの言葉を思い出していて、考えを整理したらしい。
その結論も、さっきの私と同じらしく、どうしたら良いか迷って、私を訪ねてきたとのこと。
私もその事を打ち明けると、ふたりとも同じ結論に達したのがおかしくて、思わず笑い合った。

「結局さ、ボクらがしっかりしていれば、中佐もあんな事しなくて済んだんだよね……」

軽い笑いが収まった後、ぽつりと漏らした鎧衣さんの言葉に、はっとさせられた。

今思えば、私たちは軍人として、技術以前の所で、甘かった。
中佐が来た時の私たちは、上辺だけの仲間意識、命令遵守もろくに守れない、すぐに泣きだす程度の心の弱さ……。
そんな弱さがあったからこそ、中佐は殴ったり、射殺を匂わせたりしなければならなかった。

御剣さんの説明の中にも、そういった指摘はあったけど、幼稚な抵抗心から、その言葉を本当に理解しようとしていなかった。

自分で考えて、今、それがやっと実感できたように思える。

こんな感じを、憑き物が落ちた、というのだろう。
改めて、白銀中佐を恩師として、尊敬の念を抱ける気がした。

でも──

「でも、さすがに12股かけてる人を、男の人として好きにはなれないですよね~」

私は、鎧衣さんの笑顔と、「だよね~」という同意の声を期待したのだけど──



「あー、うん。そうだね……」



──鎧衣さん、どうして頬が赤いの……?



[4010] 第34話 おっさんの誤解
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/11/08 02:03
【第34話 おっさんの誤解】

<< ステラ・ブレーメル >>

12月12日 夜 国連軍ユーコン基地 通路

賑やかな“接待”も終わり、白銀中佐は仮宿舎へと戻って行った。
他の3人は、もう少し飲みたいようだったので、私は先に上がらせてもらい、先に戻った白銀中佐を探していた。

──あ、いた。

それほど時間もかけず、通路脇に、しゃがみ込んでいる白銀中佐を見つけた。
別れ際、足取りがふらついていたから、念のため追ってみたが、案の定だったようだ。
さっそく駆け寄り、声をかける。

「中佐殿……大丈夫ですか?」
「ああ、ブレーメル少尉か。少し飲み過ぎた。みっともない所をみせてしまったな」

顔は赤いが、滑舌がはっきりしているのに安堵し、ミネラルウォーターのボトルを差し出した。

「どうぞ」
「ありがとう。……ブレーメルは優しいな。思った通りだ」

「あら、冷たい女とよく言われるのですけど」
「少し見る目があれば、わかることさ」

お世辞か本心か。初対面で優しいと思われていたのは初めてだ。
私がそう振舞っているせいもあるけど、大抵の男は近寄りがたいものを感じるというのに。

「他の連中と飲み直すんじゃないのか?」
「私は先に上がらせてもらいました。中佐殿がこうなってるような気がしまして」
「やれやれ、お見通しだったか」

中佐は苦笑を浮かべて、ボトルを勢いよく傾けて、喉を鳴らした。
その間に、中佐の隣に腰を下ろす。
断りを入れないで上官に並んで座るのは、無礼になるけど、この程度の事は、今は気にしない人だとわかっている。

ボトルを半分ほど飲んだ中佐が、大きく息を吐いたところで、伝えたかった事を口にした。

「気を使っていただいて、ありがとうございます」
「……何のことだ?」

「わざと道化を演じてくださった事です」
「……」

「おかげで、ユウヤも気を取り直しました。他の者も、少しあったわだかまりが無くなりましたし」
「……少し、わざとらしすぎたかな?」

私が確信を持って話していることから、中佐は惚けるのをやめたようだ。
冷静に見ていれば、ユウヤへの言葉がやけに多い事は明らかだった。──それも、ユウヤが黙り込んだ時に限って。

他にも、いつもより調子に乗ったVGとヴィンセントの、タリサへのからかいの度が過ぎそうになった時に、さり気なくフォローを入れたり、話題から外れそうになった私に声をかけたり……その細やかさに気付いた時は、感心するよりも呆れてしまった。

「ほんの少し。私は、洞察力と判断力には定評がありますので」
「そこまでわかっているなら、気付かぬふりをしてくれても良いだろうに」

拗ねたような、困ったような顔をする白銀中佐は、少し、年相応に見えた。

「あれで全員に隠し通せたと思われると、面白くありませんので。ユーコンにも、物が見える人間が居るということを知っておいて欲しかったんですよ」
「降参」

短く答えて手を挙げた中佐のやわらかな微笑みは、私よりもだいぶ年上のように思えた。
まるで、子供に対して、大人がとるような──。

ふと、さっきのやりとりを脳内で変換すると、「気付いたよ、私えらい?」「ああ、えらいぞ」……少し、恥ずかしくなり、思わず顔をそむけた。

「だが、全部演技じゃないぞ?俺なりに楽しんだしな。少し大げさにしただけだ」
「それなら、安心しました」

接待しておいて、気を使われただけで終わったら、私たちは立つ瀬がないし、私とタリサの胸をあんなに揉んだのだから、つまらなかったと言われれば腹が立つ。

あの時は、中佐の豹変に一瞬戸惑ったけれど、席替え要求直後のニヤリとした笑みで、すぐに冗談とわかり、皆で笑ったものだ。
しかし、単なる冗談でも無かったようで、VGが「は、ただちに!」と言ってきびきび席替えをした後、彼はそれまで以上に上機嫌だった。

その時私は、私とタリサを侍らせたくらいで浮かれる中佐を、少し可愛いと思ってしまった。
タリサはタリサで、美女扱いが新鮮で嬉しかったのか、肩を抱かれて馴れ馴れしそうにされても、されるがままにしていたが……胸を揉まれては別だ。
まさかの行動に、全員、唖然とさせられたが、中佐の「ふむ、どちらもなかなか味があっていい」という、妙に真面目な評価に、正気に戻ると同時に、タリサが中佐に平手を食らわせた。
血の気が引きそうになったが、叩かれた当の本人は「すまん、すまん」と笑っていたから、私の心配損だった。

公開プロフィールを見たときから、年齢にそぐわぬ地位と能力をカサに着た人物を想像していたけど、良い方向にイメージが崩れた。
細かな心遣いは、私にとって好ましいし、スケベな所も、まあ男の本性はあんなものだろう。
VGも似たようなものだし、暗い所がないから、ムッツリ系のユウヤよりは良い。

「色々ありましたが、私も楽しかったです。ありがとうございました」

胸を揉んだ事は別として、中佐がこちらに合わせてくれた事に対して、あらためてお礼を言うと、中佐はまた、あのニヤリと笑みを浮かべて、自分の唇を人差し指でトントンと指して言った。

「礼なら、言葉より、行動で示してほしいな」

こういう所は、かつて私のバスローブ姿程度で戸惑ったユウヤとは違うところだ。
この基地に出向してきた頃のユウヤが、今の白銀中佐と丁度同じ年頃だから、つい比べてしまう。

「神宮司大尉と、篁中尉に恨まれますよ?」

私は、中佐の軽口には、そう答えた。

ユウヤを殴った時の神宮司大尉の顔……敬愛する上司をコケにされて、忠実な部下として怒ったというよりも、女として怒ったように見えた。

それに、篁中尉。
ニブチンの男どもや、ネンネのタリサは気付いていないようだけれど、あれは、白銀中佐に気がある素振りだ。
私には、避けているというより、つい目で追ってしまうのを自制しているようにしか見えない。
おそらく、日本に帰国している間に色々あったのだろう。

これは女の勘だが、ふたりとも、中佐とすでに、男女の仲ではないかと睨んでいる。
ユウヤにとってはかわいそうな結果だと思うけど、こればっかりは巡り合わせだ。

その白銀中佐は、私に図星を当てられて、あわてるかと思いきや、平然と言った。

「ふたりとも、それくらいで怒るほど狭量じゃないさ」

──日本人男性は、奥手だと聞いたけど……この人は例外のようね。

いつもなら軽くかわす所だし、中佐も本気で言ってるわけじゃないだろうけど……まあ、キスくらい、たまにはいいか。

「本当は、そんなに安くないんですよ?」
「それも、わかっている」



そして、お互い目をつむって、軽く触れ合うだけのキスをした。



「それじゃ、お大事に」
「ああ、ごちそうさま」

そう言い交わし、まだ少しふらつく中佐と別れ、私は自分の宿舎へと足を向けた。

ごちそうさまといったのは、接待の事か、水の事か、キスの事か。
たぶん、最後の事だろう。

軽い言動なのに、軽さを感じさせないのは、何故だろうか。
VGなどと違って、プライベートとの区分けをはっきりしているからか。軽さの中にも真剣さが見えるからか。
いずれにせよ、得な性格をしている。

──でも、あの人、あんなに良い男だったかしら?

飲み会が始まった頃は、ただの2枚目にしか見えなかったはず。
見た目が変わったはずも無いのに、自分の心境の変化が不思議だった。

中佐がまぶしく見えたのは、月明かりのせいだろう。
そして、自分の脈拍が上がっているのは、きっとお酒のせい……。



<< おっさん >>

まだ足元がしっかりしない。

──まずい……やっぱり飲み過ぎだな。情けない。

そういえば、酒を飲んだのは“前の”世界以来だ。
もしかして、アルコール耐性も、若い時の状態なのかもしれない。
こっちも強いままなら良かったのに……今後は酒量に気を付けよう。

しかし、ブレーメルに悟られるとは思わなかったが、なかなか鋭い女だ。
今日の様子を見るに、ブレーメルは、結構好感触だ。キスは儲けものだった。
マナンダルは、まだまだお子様だが、勢いでやってしまえばどうとでもなるタイプだ。
ふたりとも、結構なハイスペックだから、帰るまでに落としておきたい。

幸い、アルゴス小隊の男どもは、どちらにも手を出していないようだが……あんないい女を何で放置してるのだろうか。
俺が奴らなら、入隊した日に口説くところだ。

──ま、とりあえず、今晩は唯依と道具プレイだ。

と、気を取り直して、道具を取りに宿舎に戻ろうとしたとき。

小さな人影が、物陰からひょっこり顔を出し、俺に微笑んできた。

──おや、こんな所に、白人美少女……ソ連軍の、少尉か。

まあ、美少女といっても、俺の外見年齢と同じか、それ以上だが、月明りに輝く美しい銀髪と、邪気がなさそうな顔は、どこか霞を思わせる雰囲気で、美少女と形容したくなった。
俺は上機嫌だったので、とりあえず微笑み返したが、美少女の口から出た言葉は、俺を一瞬ひるませた。

「かみさま?」
「神?まあ、そうだが……白銀武という名前があるぞ」

なんのつもりで聞いてきたかわからないが、一応、そう答えておいた。
ある意味、俺は神だから、間違いではない。
だが、誰に言ったわけでもないのに、どうやって知ったのだろうか。

「たける……?」

馴れ馴れしい呼び方だが、無邪気な様子に、咎める気は失せた。
上目遣いが、なかなかそそる女だ。

「少尉。貴様の名は?こんな所で何をしている?」
「イーニァ。たけるにあいにきたの」

こちらの質問に答えるのはいいが、姓も言えというのに。礼儀のなっていない奴だ。
しかし、俺に会いに来ただと?……横浜絡みの事しかないか。
この様子だと、公開したXM3の情報が興味を引いて、衛士として質問したくなったというのが妥当な線だが。
いや、人は見た目じゃわからん。スパイという可能性もある。

ふと、クーデターの時のイルマが、思い出された。
あの女も、俺から情報を聞き出すため、好意的に近付いてきた。
無垢そうだからといって、油断しない方がいいだろう。

色々な憶測をしながら、イーニァと名乗った少女を見ると、目をきらきらさせて、こっちをじっと見ている。──と思ったら、たたた、と俺に駆け寄って、ぎゅっと俺に抱きついてきた。
反射条件で抱き返したが、イーニァは、そのまま俺を見上げて、少し潤んだ目で言った。

「……たける、すき」

嬉しい言葉だったが、あまりにも嘘くさい。

「ん~?唐突だな。どこかで会ったことあったか?」

俺の問いに、首を横に振るイーニァ。
しかし、その目は、昨日のまりもや悠陽、唯依のような状態だ。

だが、いくら神たる俺でも、一言も言葉を交わさずに女を惚れさせるなど、できるわけがない。
非現実的な状況がうさんくさすぎて、俺の中でスパイ説が濃厚になった。

それに、女を使って標的を籠絡するのは、陳腐だが、有効な作戦だ。
もちろん、俺にとってみれば、イルマのように返り討ちに合うのがオチだが。

「イーニァ、すぱいじゃないよ」
「そうかそうか。まあ、どっちでもいい」

俺の顔色から、疑念を読んだのは上出来だ。
しかし、このイーニァ。スパイにしては無邪気すぎる。
意表を突いてるから、それだけ見れば成功といえるが、登場後の展開がお粗末だ。

「俺の宿舎は、すぐそこだ。俺が好きなら、イイことしようぜ。フヒヒ」
「イイこと?」
「そりゃもう、とっても気持ちいい事だ。たくさん、優しく愛してあげるぞ。フヒヒ」

アルコールで調子に乗っていた所もあったが、多少演技を含めて、下品に振舞ってみた。
普通の女なら、絶対どん引きする。スパイなら、乗ってくる。

「やさしい……あいする…………いいよ」

イーニァは、俺の言葉をかみしめるようにした後、了解した。
スパイの確率、99パーセント。
まあ、とりあえず、引っかかったふりをして、いただこう。話はそれからだ。

「……すぱいじゃないのに」
「どっちでもいいって。いいから行こうぜ」

口を尖らせて拗ねたイーニァをせかす。

──しかし、随分と察しがいいな、こいつ。酔いのせいで、顔に出てるのか?

まあ、スパイどうかは、やればはっきりすることだ。
スパイなら、逆にたらし込んで、情報を聞き出す。
万一スパイじゃないなら……疑ったおわびに、心を込めて、いっぱい愛してあげよう。
どちらにせよ、これほどの上玉、黙って帰すほど、俺は聖人君子ではない。
唯依は少し待たせてしまうが、まあその分、念入りにサービスする事で許してもらおう。

「いっぱい……あい………ふふふ」

前半部分の言葉が気になったが、イーニァは、とても嬉しそうに、ふたたび俺に抱きついた。
柔らかな感触に、下半身の高揚を感じた時──



闖入者が現れた。



「誰だ、貴様!イーニァから離れろ!」

声とシルエットから、女性であることだけは分かった。
その女は、鋭い声を上げると同時に、俺に銃口を向けていた。

「いきなり銃を向けるとは、穏やかじゃないな。名を聞く時は、自分から名乗れ」

階級章からすると、この女も少尉だ。俺の反応は至極まっとうなもの。
俺の階級章が見えないわけでもないだろうに、その女は、銃口を下げず、さらに声を荒げた。

「イーニァから離れろと言っている!この変態が!」

──なッ!よりによって、変態だと!?この躾の悪いメスガキが!

俺が本当に変態なら、まだ納得もできる。
だが、俺はちょっぴり変わったプレイが好きな、ごくノーマルな平均的男性のはずだ。
変態などという悪評でも着いたら、亡き両親に顔向けできない。──“元の”世界ではピンピンしてるだろうが。

と、思ったが、今の自分の状態を顧みる。

そういえば、アルコールに加えて、イーニァの誘惑で、息が荒くなっている。しかも、俺のマグナムはすでに臨戦体勢。
はたから見れば、変態がハァハァしながら、無垢な少女に言い寄ったようにも見えなくもない。……というか、それにしか見えないだろう。

抱きついているのはイーニァの方なのだが、撃たれてはかなわないので、イーニァの手をそっと振りほどいた。
女は、俺に銃を向けたまま、イーニァの手を引っ張り、後ろ手にかばった。

その時、嫌な予想が閃いた。

──まさか……変態に仕立て上げて、俺と横浜基地を……!

何をやっている、俺は。典型的な美人局じゃないか。
オルタネイティヴ4の最高責任者の腹心が、このような不始末。
MPに逮捕でもされたら、世界中にその不名誉をばらまける。
どの勢力が画策したか知らないが、相当な貸しを作れるだろう。

──まさか、俺の名誉という点を突いてくるとは……やられた。

その時、女の背後にいたイーニァが、暢気な声を上げた。

「クリスカ、へんたいじゃなくて、たけるだよ」

闖入者は、クリスカという名前のようだ。
クリスカは、髪といい、顔立ちといい、イーニァと姉妹のように見えるが、雰囲気はえらく違う。
顔も同じく秀麗だが、それよりも目を引くのは……けしからん程のおっぱいだ。
ブレーメルもなかなかのモノだったが、コイツは彩峰といい勝負しそうだ。

それはともかく、イーニァが騒ぎ立てないのは、もしかしたらスパイというのは、俺の考えすぎなのかもしれない。
この様子だと、まだうやむやにできる余地はありそうだ。

「貴様……イーニァに何をした!?」
「何もしとらん」

これからイイことしようかと思っただけだ。

「これからイイことするところだったの」

──畜生!やっぱり美人局か!

「き、貴様ぁ……よくも、イーニァを……」

体と一緒に、けしからんおっぱいをぷるぷると震わせて、凄まじい殺気を込めてこちらを睨むクリスカ。

言い訳の余地は無くなった。
こうなったら覚悟を決めるしかない。……口封じをさせてもらう。

何しろ、俺の肩には、恋人たちと、A-01の連中と、横浜基地と、人類──最近すっかり忘れていたが──の、未来がかかっているのだ。

──こんなところで、こんな理由で、つまずいてたまるかよ!!

心の内の叫びだったが、それはまさしく、未来への咆哮。

アルコールになんぞ、酔っている場合ではない。
体に力がみなぎる。──いや、みなぎらせる。
ふらついていた足は、すでに回復していた。

「あ……つよくて……きれい……おひさまだ」

イーニァが俺を見てうっとりとした表情で、またわけの分からない事を口にした。
今までの様子からすると、イーニァは、美人局の計画を詳しく知らされていないのかもしれない。
俺が不利な立場になるよう、仕向けられてはいるようだが。

ともかく、こいつらの役割の詮索はあとだ。
今は、俺の全力をもって、この障害を排除する。

──よし、最初から全開でいく。頼むぜ『左近』!

胸ポケットに手を当て、頼もしい相棒の存在を確認する。

騒ぐくらいなら、イーニァはとっくに騒いでいるだろう。
まずは、危険な空気をまとっている、このクリスカという女だ。
ブスなら目を瞑って、冥夜あたりの奇麗どころを想像しながらやる所だが、このレベルなら全く問題無い。というかむしろ率先してやりたい。
まず、あの煩い口を塞ぐ必要があるな。幸い、周りに人気はない。

「な、なんだ、何をする!」
「すぐにわかる」

「近付くな!この銃が見えないのか!?」
「ああ、見えるぞ」

撃つつもりなら、とっくに撃ってるはず。
油断はしていないが、このエリアでソ連軍が国連軍人に発砲する不味さくらいは、どんなアホでも理解できるだろう。
もし引き金を引く気配を見せれば──その時はその時だ。

──なぁに、大丈夫だよぉ。痛くしないから。フヒヒ。

「クリスカ、だいじょうぶだって」
「イーニァ?なに言って──きゃっ」

背後のイーニァをチラ見したクリスカの隙を、俺は見逃さなかった。









そして、アラスカの地で、2つの花が散った。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

12月12日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

「そう、いい調子のようね」
「はい」

伊隅から報告された、A-01の新任士官の予想以上の実力に、私は満足を覚えた。

新任が相当使えるということは、白銀からの“前の”世界での経験や、“この”世界での教練報告、トライアルの結果から確信していたから、妥当な結果ともいえるが。

「でも、新任5人は白銀を嫌ってるんだっけ?アイツが戻って来ても、うまくやれそう?」
「中佐への隔意はあるようですが、好き嫌いで腕が鈍るなどという、幼稚な性根は残っておりません」

その回答は私を安心させた。
指揮官を嫌っていようがいまいが、兵は忠実に命令をこなせばいいのだ。
彩峰と榊のいさかいを治めた経過は、報告で知っている。
前線で好き嫌いを持ち出すようなら、とても使えない所だったが、白銀がうまく矯正してくれたようだ。

それだけでなく、戦力の底上げは、やはりありがたい。
近々予定している佐渡島奪還作戦では、A-01には、00ユニットを守り切る実力があれば良かった。
ハイヴ突入は帝国軍にさせるつもりだったけど、A-01を──状況によっては凄乃皇も──を突入させるのも良いかもしれない。
この戦力で、白銀に指揮を取らせれば、持ち駒をあまり減らせず落とせる可能性はあるし、私の直属部隊がハイヴを落とせば、“その次”の作戦への発言力も大きくなる。
実戦指揮官の白銀に最終判断は任せるが、ここは、欲をかいても良い所に思える。アイツが帰還したら、相談してみよう。

丁度良い機会だったので、伊隅には、ハイヴ突入の事は伏せて、近々、佐渡島に対して、大規模な反攻作戦が発動されることを伝える事にした。

「なんと、いよいよですか……」
「白銀には、もうすぐ仕上がる新兵器の“調整”作業があるから、それの目途がついたら詳しい日程は決めるわ。アンタはそのつもりで、部隊の練度を上げておきなさい」
「はっ」

本当は、BETAの指揮系統と、学習能力の問題があるから、一気にオリジナルハイヴを落としたい所だけど、さすがに何の実績も根拠も無しに、いきなり人類最大の戦力を、最も危険な場所へは投入させてくれない。

それに、オリジナルハイヴの情報がわからないままではリスクが大きい。
リーディングによって、佐渡島のハイヴからでも、オリジナルハイヴの構造を取得可能な事は、“前の”世界の白銀の経験から分かっている。
迂遠だが、佐渡島から落として、オリジナルハイヴの侵攻ルートを明確にした方がリスクが少ないのだ。

「しかし、白銀中佐の作業ですか……。僭越ですが、中佐のご負担が大きいように思います。我々にも、何かお手伝いが出来る事があれば、お申し付けください」
「ああ、無理無理。その調整は、白銀しか出来ないから」

伊隅の進言は珍しく、意外だったが、確かに白銀は最近多忙で、これからもっと忙しくなる。
A-01の訓練に、00ユニットの調整、XM3関連。
特に、XM3関連は殆ど任せてあり、横浜基地内の他の将校への説明や、帝国軍や、国連各基地への提供手続きなどは、ピアティフを手伝わせるとしても、相当忙しくなるだろう。

そして、00ユニット──鑑純夏の“調整”は、白銀にしかできない。
鑑が心を開くだろう唯一の存在が、あの鬼畜だし、調整といってもヤるだけなのだ。

XM3関連の方は手伝えなくもないけど、白銀以外のA-01の存在は非公開だから、顔を晒す役割を、伊隅たちに任せることはできない。
いっそ全員公開してしまうのも手だが、裏で自由に使える部隊を手放すのは惜しい。

そもそも、白銀には今でも女とやりまくれる程、元気が有り余っているのだ。
いや、むしろ、女たちから元気を吸い取っているようにも見える。

「そうですか……」

伊隅は、手伝いを出来る余地がないことが、残念そうだった。

しかし、まりも、ピアティフ、伊隅、……そして、私といい、かなり年上の女をこうまで心酔させるとは、白銀も大したものだ。
精神年齢が、本当に38と知ってる私ならともかく、まりもや伊隅は相手の若さが気にならないのだろうか。

ふと、伊隅の反応が少し気になったので、何気なく問うてみた。

「ねえ、伊隅。えらく残念そうだけど、アンタ、白銀に気でもあるの?」
「はぁ!?……いえ、私は上官として尊敬しているだけです。男性として見た事は、一切ありません」

伊隅は、最初はドキリとしたようだけど、すぐにキッパリと否定した。
けど、あの白銀と数か月、間近で接して、男性を意識しないなんてあり得るのだろうか。
想い人のいる伊隅といえど、少しの好意を恋愛感情に増幅させてしまう白銀だ。
完全否定する伊隅に少し違和感を感じたので、からかい半分で言葉を続けた。

「ホントにぃ?あやしいわねえ」
「あり得ません!」

「……冗談よ。ムキにならないの」
「……失礼しました」

──ほんの軽口だったのだけど、あの冷静な伊隅が声を荒げるとは……これは、結構脈がありそうね。

白銀の話では、伊隅には想いを寄せる男がいるから、言い寄っていないそうだけど、これなら、ちょっと押せばあっさり転がるような気がする。
あの男に教えてなどやらないが。

しかし、昨日の朝、帝都への出立前の挨拶に来た白銀……なんとか自制したけれど、あやうく寝室に連れ込む所だった。
この私ですら、そうなのだ。白銀に思いを寄せる女が、アイツを見たら、どうなることやら。

事実、一緒に行ったまりもは、今日の通信報告でちらりと聞いた所、昨日の昼に狂犬化したそうだ。
通信でのまりもは恥ずかしそうだったけど、気持ちはわかるので笑う気になれなかった。

ハーレムのメンバーは、まりもと同じような状態になる事は疑いないけど、少なくとも好意を持っている伊隅と宗像の反応が、私の興味を引いた。

──でも、白銀のあの様子なら……A-01の総ハーレム化も、遠くないかもね……。



…………………………



<< 篁唯依 >>

12月12日 深夜 国連軍ユーコン基地 篁唯依自室

白銀中佐は、今晩は私と一緒に過ごすと、確かに仰った。
神宮司大尉は、アラスカにいる間は、私に譲ってくれるとのことで、今晩は私一人がお相手をする。
なにしろ、中佐のアラスカ出張が終われば、私は当分会う機会がないのだ。
ここは、大尉のご厚意に、素直に甘えることにした。

中佐が飲み会に参加している間、大尉から睦み事の作法についてご教授いただいた。
その内容は、昨晩の体験よりも激しいものだった。

道具類については、私は知識も経験も無いが、それについても教えてもらった。
どうやら中佐は、あまりその類の道具をお持ちではないらしい。
大尉の、『左近』なる道具への執着ぶりが、少し気にかかったが、なるほど、と思っただけだった。

また、『愛する人に、痛めつけられてから優しくされる事の、落差の快感』というのも興味があったが、大尉の説明では、白銀中佐は、私的な時間に女性に手を上げるのを好まれぬ、という事なので、私は遠慮しようと思う。

神宮司大尉は、特に、中佐の精液を大事にするよう、しつこく念を押してきた。
饒舌に説明する彼女の理屈はよく分からなかったが、それが作法ならそうしようと思った。
まったく理解できない感覚というわけでもないし。

さらに、中佐を喜ばせるための様々な手法を教わった。
口や手の使い方を始めとして、犬のように匂いを嗅いだり、唾液でも精でも尿でも、出されるものは極力飲んだり。

唾液や精はともかく、さすがに尿については幾分抵抗があったが、他のメンバーが当たり前のようにやっている事を、私ができないようでは、恥ずかしい。
中佐が喜ぶのであれば、私も喜んで受け入れよう。
それに、訓練兵のときに、サバイバルで虫や蛇を生で食ったことを思えば、愛する人の尿など、大したものではない。

そのように、神宮司大尉による、実に為になる講習を終えた私は、シャワーも浴びて、歯を磨いて、下着も新しいのに替え、胸をときめかせて時間を待っていた。
鏡を何度も見て、おかしい所が無いかを確認したり、枝毛を気にしたり、口の臭いを確認したりしながら、私は色々と考えていた。

第一声は何と言って迎えようか。「いらっしゃいませ」は変だし、「今宵はよろしくお願いします」だと、私ががっついているようだし。

などと、どうでも良いような事を。



だが…………来ないのだ。



飲み会が盛り上がって、遅くなったのかとも思ったが、ブレーメル少尉もマナンダル少尉も、すでに自室に戻っていた。
中佐はとっくに帰ったとの事だったが、男性用宿舎にまで押しかけることなどできない。
互いの宿舎では、異性の連れ込みは別段禁止されていないが、私からあちらに行くのは躊躇われた。
だから、今夜も私の部屋でとお願いしたのだが……。

──もう日が変わりそうだというのに……どうして、来てくださらないのだ。

もしかして、私が何か、気に障る事をしてしまったのだろうか。
それとも、もう私に飽きたのだろうか……まさか!そんな方ではない。
昨晩も、私を抱きながら何度も言っていたではないか。「うひょお!唯依タン最高!」と。
もしかしたら、これが大尉の仰っていた、焦らしプレイというやつなのかもしれない。

そうは思いつつも、最悪な想像を考えてしまい、涙が出そうになった。

時間とともに、落ち込みがひどくなっていくのを実感して、どれくらい経っただろうか。



待ちに待った、扉を叩く音。



すぐさま寝台から飛び降り、私から扉を開くと、そこにいたのは、期待通りの凛々しい姿。

私に尻尾があれば、まるで主人に会った時の忠犬のように、ぶんぶんと振っていたことだろう。

「たける……どの……」

あれだけ考えていたのに、迎えの言葉は何も出て来ず、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。

「や。遅れてすまない。“不幸な誤解”のせいで、ごたごたしてしまってな」

あまり申し訳なさそうにも見えなかったが、遅れた事を咎める気は全く無かった。
それどころか、武殿と目を合わせた私は、来てくれた事への歓喜と興奮で、胸がいっぱいになった。

──ああ、この人になら、何をされてもいい。

これが、神宮司大尉の言っていた“狂う”ということか。
武殿の“不幸な誤解”と、漂う甘い匂いが少し気になったが、そんなものは後回しだ。正気に戻ってからでいい。

内心で、早く、早く、と思う私をよそに、武殿は「今日はいいものを持って来たんだ」と言って、大きなバッグから、様々な道具を取り出して、寝台に並べた。
雰囲気で、睦み事に使う道具だという事はわかったが、全て、神宮司大尉の講習には無かったものだ。

不安気な私に気付かぬ様子の武殿は、ひとつひとつ、どういう道具なのかを無邪気な笑顔で語り出した。

──だ、大丈夫だ。私は、この人になら、何をされても…………いいのか?



[4010] 第35話 おっさんの別れ
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/11/11 01:00
【第35話 おっさんの別れ】

<< クリスカ・ビャーチェノワ >>

12月13日 早朝 国連軍ユーコン基地 通路

国連軍の男性用宿舎から、人に見つからないようになんとか“脱出”し、少し離れたところでようやく緊張を解き、イーニァとともに、自分の宿舎へと足を向けた。

イーニァは、歩きながら、うーん、と伸びをし、無邪気な笑みを浮かべて、明るい口調で言葉を発した。

「きのうはきもちよかったね、クリスカ」

私は、こちらを見るイーニァに視線を向けず、前を向いたまま答えた。

「……そんな事ないわ。痛かっただけよ」
「えー?でも、きのうは、きもちいい、ってなんどもいってたよ?」
「あ、あれは……そう言わなければ、もっと酷いことをされるからよ……」

あの時の私は、感覚が麻痺していたに違いない。
現に今は、少し痛みが残っていて、まだモノが挟まったような感覚だ。
イーニァも同じみたいだけど、その痛みと違和感が嬉しいようで、さっきから何度も愛おしげに、下腹をさすっていた。

私の答えに、イーニァは、そうかなあ、とつぶやいた後、首をかしげて訊いてきた。

「クリスカ、たけるのこときらいなの?」
「嫌いに決まっているわ。あんな変態」

「でも、クリスカ、じぶんから、きすしてたよ?」
「あ、あれは……隙があったら、舌を噛み切ってやろうと思ったのよ」

「でも、クリスカ、じぶんから、くわえてたよ?」
「そ、それもよ……アレを噛み千切ろうと思ったの。隙が無かったのよ」

「じゃあ、よだれたらして、もっともっと、っていってたのは?」
「そ、それは……あの男を油断させるための演技よ……失敗だったけど」

私は、イーニァの立て続けの問いに、しどろもどろになりながら答えた。

……そうだ。

とっさに出た言葉だったけど、私は、きっとそんな理由で、あんな痴態を見せたに違いない。
でなければ、この私が、あの男に奴隷のように、すがりつくわけがないのだ。

それに、あのサコンと呼んでいた、ふざけたモアイ像。
あれには、媚薬か何かを仕込んでいたに違いない。
でなければ、この私が、あんなに狂ったように乱れるわけがないのだ。

「クリスカ、じぶんにうそつくの、よくないよ」
「嘘なんて……ついてないわ」

「いじっぱりだね」
「……」

意地など張っていない。
あんな経緯で、あの男──白銀武に、恋愛感情を持つわけがないのだ。

昨日の事は、夢だと思いたい。
あのような成り行きで、わたしたちの貞操が奪われたと思うと、情けなくなる。

確かに、イーニァから白銀に抱きついて、それに私が銃を向けてしまったのだから、どう見てもこちらに非がある。
スパイか美人局かと思った、と言う理由は、あの男の立場からすれば、無理もないとも思うが……もう少し、やりようがあっただろうに。

白銀の正体に気付いた時の、私の感情はなんといったら良いだろうか。

国連軍が公表した、新OSの発案者にして、若き天才衛士の存在は、私の心を泡立たせたが、あの男がそれだと気付いた時は、すでに私は裸にされて縛られ、ぼーるぎゃぐという、あやしげなものを噛まされて、ろーたーという卵型の物体で“尋問”されていたのだ

イーニァは抵抗するどころか、「きもちよさそうだから、わたしもやってみたい」と言って、率先して同じ格好になった。──私は、気持ちよくなど、なかったというのに。

私は最初は抵抗していたものの、イーニァの様子を見て、もう、全てを流れに任せてしまおう、と自棄になってしまったような気がする。
後は、合意したような覚えは一応あるが、うやむやのうちに、イーニァと一緒に何度も抱かれてしまった。

しかし、横浜の英雄があのような破廉恥な変態だとは、我が軍の上層部は、だれも想像していないだろう。
XM3の情報が公表されてから、我が祖国だけではなく、世界中の衛士があの男に注目している。
腹いせに、本性を暴露してやろうかという気持ちもあったが、暴露すれば、私はともかく、イーニァの行動も、バレる可能性がある。とても、口外などできない。
それに──

「クリスカ、たけるがこまること、しちゃだめだよ……」
「……大丈夫よ。そんな事しないから」

泣きそうな顔になったイーニァの頭を撫でて、微笑みかける。
そう。イーニァの、白銀への傾倒ぶりは、もうどうしようもない。
この子を悲しませるような事は、私にはできない。

私の言葉と思いに、イーニァは安堵の笑みを浮かべた。

そして、このイーニァの他にも、困らせたくない人間が、もうひとりいる。

昨日の行為の中、イーニァがカスミという名前を口にした。
白銀が、私たちに、その名を持つ少女の面影を重ねたようで、イーニァがそれを読み取り、誰かと訊ねたのだ。
白銀は薄々感付いていたようだが、その言葉で、私たちの出自を確信したらしい。

白銀がオルタネイティヴ計画の中枢にいる事は驚きだったが、そのカスミという少女の存在は、私たちを戸惑わせ、喜ばせた。
カスミは存在そのものが重要機密なので、あの男の口も重かったが、イーニァに隠すのは無駄だと思ったようで、誰にも口外しないことを前提に、カスミの事を教えてくれた。

カスミは、私たちより後の世代に生まれた存在。つまり、私たちの妹のようなものだ。
その子にまで手を出していると知った時は、白銀のケダモノぶりに呆れ果て、怒りが湧いたが、異国の地でひとり、任務に励むその子を、悲しませるわけにはいかない。

「ねえ、クリスカ。いつか、にっぽんにいこうね」
「そうね……」

私がカスミの事を考えていたのを読んだのだろう。
日本にいるカスミに、いつか会ってみたいのは、私も同じなので、本心から賛同した。

白銀への報復には諦めがついたので、気分を変えて、昨晩から気になっていた事を、イーニァに訊ねてみることにした。

「ねえ、イーニァ。ユウヤ・ブリッジスが好きなんじゃなかったの?」
「ユウヤはすきだけど、おともだち。たけるはこいびと」
「そうなの……」

この子は、ユウヤ・ブリッジスをずいぶん慕っていたから、もしかして恋愛感情を持っているのかとも思ったけど、私の見当違いだったようだ。

「クリスカ、きょうは、たけるのところ、いかないの?」

私が目を覚ましたとき、あの男の手による置手紙があった。
曰く、「誤解した分、今日はたっぷりサービスする。気が向いたら来い」とのことだった。

正直、全く行く気はなかったが、イーニァはひとりでも行くだろう。
だが、この子をひとりにしては、あの変態に何をされるかわからない。
ついて行って、ちゃんと監視しなければ。

「…………行くわ」

断じて、私があの男に抱かれたいからでは、ない。



…………………………



<< 篁唯依 >>

12月13日 朝 国連軍ユーコン基地 篁唯依自室

「ん……」

窓から差し込む日差しに眩しさを感じ、目が覚めた。
まどろみの中、自分が、目前の鍛えられた逞しい肉体に、まるで幼い子供のようにしっかりとしがみついているのに気付く。

足を絡めて、逃がすものか、という体勢に少しの羞恥を覚えたが、どうせこの部屋にはふたりきりなのだ。
開き直って、さっきよりも密着度を上げる。

幸福感で、自然と顔がにやけるのがわかった。

それが刺激になったのか、私が抱きついている人──武殿が目を覚ましてしまった。

「ふぁ~あ」
「あ、すみません……起こしてしまいました」

あくびをした武殿の姿は、私の笑みをさそったが、安眠を妨げてしまった事が申し訳なかった。
なにしろ、ほんの数時間前まで、私たちは激しく愛し合ったのだから。

「いや、ちょっと早いが、丁度良い。おはよう、唯依」
「おはようございます、武殿。……あ、寝癖が」

挨拶を交わし合った後、武殿の髪が刎ねていたので、そっと撫でつける。
もっとも、これは、離れてしまった体を、再び密着させるための口実だ。

私の意図を見透かしているのか、そうでないのか、武殿は私を抱き寄せ、私の心は再び暖かくなった。

此度の睦み事で、武殿が道具を並べ出した時は気遅れしてしまったが、やはり私は、この人に相当のめりこんでいる。
その道具にしても、思い切って任せてしまえば、なかなか新鮮だった。──2回目にして新鮮、というのも妙な表現だが。

特に、あの『左近』……神宮司大尉が執着するのもわかる気がした。
武殿自身とは、違った快感……また、次回も味わってみたいものだ。

その時、武殿から漂う甘い残り香が、私の鼻腔をくすぐった。
私との行為でほとんど失せたが、経緯は、私の発情が一段落した後、教えてもらった。
ソ連軍の、銀髪の二人組が思い起こされる。

──誤解とはいえ、あのふたりも災難な。……いや、災難だったのはビャーチェノワ少尉だけか。

スパイ容疑で“尋問”したのは、強引な理屈だが、まあ納得できた。
が、その後、いただかなくても良かろうとは思った。
武殿に言わせれば、シェスチナ少尉は自分から迫ってきたので、仕方が無かったとの事。
ビャーチェノワ少尉はどうなのかと訊ねると、ついでのような、そうでないような、という変な説明だった。

まあ、あれほどの美人を裸にしておいて、放置するような武殿ではない事くらい、短い付き合いでも分かっている。
もっとも、武殿の所業をあれこれ言うなら、そもそも私が彼とこうしていられることも無かったのだから、いちいち咎める気は無かった。



その時、密着した部分に、熱さと硬さを感じた。
これが、男性特有の、朝の生理現象と言う事は“講習”で知ったが、あれだけ出したというのに、元気なことだ。

「武殿。お鎮めしましょうか?」
「ん。頼む」

こういうときの対応も、神宮司大尉の講習内容に含まれていた。
彼女の教え通りにしていれば、武殿が喜んでくださるのは、実証済みだ。
それに、武殿の喜びは、私の喜びでもある。



…………………………



<< ユウヤ・ブジッリス >>

12月13日 昼 国連軍ユーコン基地 屋外広場

「──え?今、なんて?」

はっきりと聞こえたはずなのに、それが信じられなくて──信じたくなくて、聞き返してしまった。

「白銀中佐と、お付き合いをしている、と言ったんだ」

はにかんだ篁中尉とは裏腹に、オレの心は、奈落の底へ突き落されたようだった。



午前の休憩時、頬をやや上気させ、照れくさそうに、昼食後に時間をとれないか、と彼女が聞いて来た時は、心が浮き立った。
男のオレから誘うべきだった、と後悔もしたが、VGとヴィンセントの冷やかしの口笛を背中に受けながら、この待ち合わせの広場に来たのだが──

オレを待っていたのは、非情な言葉だった。

「ブリッジス少尉?」
「あ、ああ、すまない。少し驚いただけだ。……よかったな、篁中尉」

怪訝な顔をした篁中尉に、なんとか、まともな返事を返せたと思う。
無理矢理作った笑い顔は、ぎこちなくないだろうか。

「ありがとう。少尉なら、そう言ってくれると思った」

篁中尉は、本当に嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、ああ、本当にオレは、仲間としてしか見てもらってなかったのだな、と、痛いほど理解させられた。

黙っていれば、また変になりそうだったので、震えそうな声を我慢し、平然を装って会話を続けたが──

「で、いつからなんだ?」
「一昨日だ」

──聞かなければ良かった……。

「そう、か……」
「ブリッジス少尉?顔色が悪いぞ?」

「今朝から、少し貧血気味なんだ……」
「そうか。なら、鉄分を取ると良い。PXに良いサプリメントが──」

彼女は何か話しているようだったが、頭に入らなった。

──オレが、もう少し早く連絡を取っていれば、状況は違ったのだろうか。

一昨日なら、せめて3日前に、連絡を取って、オレの気持ちを打ち明けていれば……いや、今更言っても仕方がないことだ。
そんな仮定は、余計、みじめになる。

そもそも、彼女は日本では名家の出。
オレは、米国人で、一介の米国軍人で、ここでは彼女の部下。
白銀中佐は、彼女と同じ日本人で、世界的に高名な英雄。しかも、XM3の効果が知れるや、早くも『人類の救世主』という大げさな噂まで立っている。
どちらが彼女にふさわしいか、明らかだろう。

それに、白銀中佐は、オレから見ても、本当に凄い男だ。
若僧のくせに、と周りに言わせないほどの貫録と器量。
毅然として、過剰に偉ぶらない所は、この基地でも評判が良い。──特に、女性から。

正直、認めたくはないが、彼女が幸せなら祝福しよう。
それが、オレの最後の意地だ。

──けど、こんなに、篁中尉が、オレの中で大きかったなんてな……。

これまでに経験した恋愛の破局などと、比べものにならないほど大きな感情は、オレを苛んだ。

──なにが、『これが、寝取られ感か』だ。馬鹿か、オレは……。

昨日、中佐がオレより上手く不知火弐型を扱った時に感じた気持ちは、今から思えば、蚊に刺された程度の事だった。
本当に、間抜けな事だ。

篁中尉は、いつのまにか、中佐との惚気話を、機嫌良さそうに話し始めていた。

オレは、作り笑いを浮かべて、その様子を眺めながら、今夜は酒に溺れよう、と思った。



…………………………



(数十分後)

12月13日 昼 国連軍ユーコン基地 ユーコン川付近

篁中尉と別れた後、ユーコン川が見える針葉樹林に足を運んだ。
ヴィンセントとヴァレリオの元へ戻るのは、少し落ちついてからにしようと思ったのだ。

しかし、そこに辿りついて、また後悔することになった。

──やれやれ、どうかしてる。

ここは、篁中尉と“デートもどき”をした時に、よく来た場所だった。
人気がなくて、良い雰囲気に何度かなったものだが、結局、キスすらできなかった。

──だめだ、また考えてしまってる……ん?

もやもやを振り払おうと頭を振った時、遠くから、きゃんきゃんという、犬の鳴き声のようなものが聞こえた。

軍用犬でも逃げ出したのだろうか。
それにしては、子犬のような甲高い鳴き声だが。

声の正体が気になったので、声の方角──川下に向って歩み始めた。
鳴き声は、ずっと続いていて、それはだんだん大きくなっていた。音源に近付いている証拠だ。

足を進めると、針葉樹の間に、人影が見えた。

──あれは……タリサ?

小柄な体躯、褐色の肌、ショートヘア。
見慣れたシルエットは、どう見ても、同僚のタリサ・マナンダルだった。

タリサが隠れて犬でも飼っているのか、と思ったが、どうやら、声を上げているのはタリサ自身のようで、針葉樹の一つに手をついて、声を上げていた。

──プッ。なんで、犬の泣き真似してんだよ、アイツ。

犬と例えられてよく怒っていたタリサが、時折、ハァハァと息をつきながら、必死な様子で鳴いていた。
今まで気付かなかったが、もしかしたら、これがアイツのストレス解消法なのかもしれない。

同僚の秘密を見つけて、からかってやろうと悪戯心が湧いた。
さっきの落ち込みを、まぎらわせそうな気持ちもあったので、音をたてないように、タリサに忍び寄った。

──おや?

ある程度近付くと、タリサの背後に人影が見えた。
さっきまでは、ちょうど木々の影になって気付かなかったようだ。

その人影は、樹に手をついたタリサに背後からのしかかっている。
見れば、ふたりとも下半身は何もつけていなかった。
タリサは、上半身は羽織っただけの状態で、小ぶりなバストがちらちら見え隠れしている。

──あ、あれは……どう考えても……ファック中……。

一瞬、レイプかとも思ったが、タリサが背後を振り返って、相手にキスをねだっていることから、その疑いはない。

だが、驚きだ。あの勝気で、まだまだガキだと思っていたタリサに、そんな相手が居たとは。

妙に感心したが、自分が覗き見状態だと気付き、慌てて踵を返そうとしたが、……タリサが唇を離したところで、相手の顔が見えた。



黒い髪。精悍な、東洋人の顔。



──白銀……武……!



その時、野性的な勘で、オレの驚愕の気配を感じたのか、タリサがこちらに視線を向け……目が合った。

「うわ!ユウヤ!?……見、見るなあ!」

タリサは正気に戻り、慌てて、はだけた上着を直し始めた。
先に素っ裸の下半身をどうにかするべきだろうと思ったが、タリサの言葉通り、視線を白銀中佐へと逸らした。

「なんだ、誰が来ているのかと思えば、ブリッジスか。良い所だったのに……空気読もうぜ?」

白銀中佐は、全く悪びれず、それどころか、オレを見て顔をしかめ、慌てるタリサとは対照的に、悠然と下着とスラックスを履き直し始めた。
その発言内容からすると、オレだとは特定はできていなかったようだが、誰かが接近しているのは、気付いていたようだ。
なのに、行為を続けたというその神経に突っ込みたかったが、それよりも、まず言いたいことがあった。

「なあ、アンタ……篁中尉とデキてるんじゃなかったのかよ」
「ああ、そうだが……それがどうかしたか?」

何を聞いてるんだ、と言いたげな表情に、──オレはキレた。



「アンタって人はぁーーーーーッ!!」



…………………………



<< おっさん >>

「お、おい、ちょっと待て。せめて履き終わるまで!」

ブリッジスの拳をかわしながら、なんとかイチモツをしまいこむ。
途中だったため、まだいきりたっているから、しまいにくかった。

しかし、なんでこんなに怒ってるんだ、こいつは。
まるで“前の”世界と同じじゃないか。今回は、寝取りには該当しないはずなのに。
元々、キレやすい奴なのだろうか?

タリサについても、レイプじゃない事くらい、傍から見ればすぐわかるだろう。

もしかしたら、気付かない内に、俺が何か、しでかしたのだろうか。
午前の機体チェックは変な様子は無かったから、昼からの行動を思い出してみよう。



唯依はブリッジスと話があり、まりもは横浜基地への報告があったので、ひとりでぼうっとしていた所、タリサに見つかり、基地の案内をしてもらう事になった。
といっても、俺はこの基地を熟知しているから、案内の必要は無いのだが、お気に入りの場所を教えてやる、というタリサの好意を断るのもなんだったので、雑談をしながら、ここまで案内されたのだ。

ここら辺りは、“前の”世界で何度か来たことがあったが、久々の壮大な針葉樹林とユーコン川を見て、「そういえば、ここでよく冥夜と青姦したなぁ」と、思い出し、ムラムラしてしまったのだ。

タリサは、友達感覚で俺に懐いてたようだが、まあ、こんな人気のない場所に連れてきたコイツが悪い。
俺の『恋愛の突撃前衛長』の能力全開で、たいした防御力のないタリサを正面突破し、あとはお察しください、という訳だ。
1回目はしおらしくしていたタリサも、2回目以降はノリノリだったので、子犬っぽいタリサに犬の泣き真似をさせてみたら面白かったので、何度もやっているうちに、ブリッジスが現れた。



──うむ。整理してみたが、やはりブリッジスが怒る要素は、微塵もない。

「おい、落ち着け。一体、何に怒っているんだ、貴様は」
「うるせぇ!クソ野郎!」

いきなりキレかかられたから、意表を突かれて戸惑ったものの、メリケンのクソガキの無礼な物言いに、沸々と怒りがわいてきた。

──あ、やばい、俺もキレそう。

そういえば、ヤった直後の俺は凶暴になるんだったな、と、頭の片隅で考えながら、ブリッジスに最後の警告を発した。

「いい加減にしろ。それ以上やるなら──」
「それはこっちの台詞だ!」

なんでお前の台詞だ、と言いたかったが、その内心の突っ込みが隙になり、胸倉をつかまれた。

と、同時に、胸ポケットの相棒が飛び出そうになったので、あわてて抑える。
俺にとっては当然のその行為が、何故かブリッジスは勘に触ったらしい。

「あ?モアイ?ふざけるな!」

何を思ったか、ブリッジスは相棒を奪い取り、目一杯、ユーコン川に向かって、オーバースローで放り投げた。

「あ」

俺は、間抜けな声を上げて、呆然とその光景を見ることしかできなかった。



(※挿入歌:Carry on)



苦しい時、俺をいつも支えてくれた、頼もしい相棒は



回転しながら、空中に、ゆるやかな放物線を描いて



雄大な流れを湛えるユーコン川に



とぷん、と、思ったよりも軽い音を立てて



永遠に、その姿を……隠してしまった。












「ブリッジズゥ!!」「ジィロガネェ!!」



…………………………



<< ユウヤ・ブリッジス >>

12月13日 午後 国連軍ユーコン基地 医務室

昨日に引き続き、ふたたび医務室のベッドで気を取り戻したオレを迎えたのは、またもやステラだった。
だが、昨日と違うのは、そこにタリサがいた事だ。

タリサは、最初は少し心配そうにしていたが、オレの思考が正常に戻ったのを確認すると、激しく罵倒し始めた。
よくも良い所を邪魔しただの、人の恋人にいきなり殴りかかるなんて何事だ、だの……。

中佐の二股が許せなかったというと、タリサは「それくらい知ってるよ!」と言って、オレを驚かせた。
そして、次の台詞で、オレに冷や水を浴びせた。

「VGだって同じことやってんじゃねーか!ユウヤのは、単なる嫉妬だろ!」

そして、頭を冷やせと言って、呆然としたオレの返答を待たず、医務室を出て行った。

扉が閉まった後、それまで黙って経緯を見ていたステラが口を開いた。

「タリサも、キツいわね……でも、あの子にしたら、せっかく出来た恋人との、初めての逢瀬を台無しにされたんだから、無理もないわ。後で謝っておきなさいな」
「あ、ああ……」

そう応えたが、オレの頭には、さっきのタリサの台詞が巡っていた。
確かに、ナンパ師を自負するヴァレリオには何にも言わないのに、あのときカッとなったのは──嫉妬に狂ったせいだ。
オレから篁中尉を奪いとっておいて、他の女とよろしくやっている中佐が許せなかった。
それを制する権利など、オレには無いというのに……。

見ず知らずの女ならともかく、戦友を汚されて黙っていられない、という理由も頭に浮かんだが……それが、とってつけた言い訳だと、自分が一番分かっている。

「にしても、随分、二枚目になったわね」
「そうか……鏡を見るのが怖いな」

歯は折れていないようだが、奥歯が少しぐらついている気がする。
顔中が熱い。きっと、顔はだいぶ腫れあがっているだろう。
鼻も、一応、折れてはいないようだ。

「白銀中佐はちょっと口を切ったくらいだけど」

ステラはいつものごとく、冷静に淡々と言ってくれるが、こういうときには落ち着くので助かる。

「だろうな。……無茶苦茶、強かった」

こっちが一発殴る間に、最低三発は殴られた気がしたし、ひとつひとつの拳が鈍器のように重く、芯に響く攻撃だった。
体格はこちらの方が若干有利なのに、相当、力の使い方が上手い証拠だ。
オレも彼も、頭に血が昇りすぎていたため、お互い防御せずに殴りあったが、無意識でもそんな攻撃ができるということは、それほど体にしみ込んだ行為だということだ。

昨日とは違って意識を向けていたから、一発でのされる事はなかったが、昨日のステラの台詞『白銀中佐に殴られていたら、あれくらいじゃ済まなかった』は、ブラフじゃなかったようだ。
おそらく、彼が少し落ちついていれば、一方的にボコボコにされただろう。

「そうね。見つけた時のあなた、死んでるかと思ったもの」

ステラは、オレが失神している間の事を説明した。

彼女は、オレが死にそうな顔をしてユーコン川の方に向かったのを見かけて、心配になって後をつけたらしい。
ドライに見えて、結構ウエットなステラらしい気遣いだ。

彼女がオレたちを見つけた時は、オレは地べたに沈んで、中佐は「ふたりとも、やめてくれよぉ……」と、泣きじゃくるタリサを抱きしめて、宥めている所だったそうだ。

「最初は、あなたがタリサに襲いかかって、中佐が助けに入ったのかと思ったわ」
「はは、よせよ」

ステラは、笑いながら言ったので冗談だろうが、オレが一方的に中佐に襲いかかったのは事実なので、少し胸が痛かった。

そして、白銀中佐は、大げさにするなという意思を示したので、3人でオレを医務室に運んだらしい。

──しかし、泣いていたのか、あのタリサが……悪いことしたな。

オレは、暢気にそんな事を考えていたが、ステラの次の言葉に、ぎくりとさせられた。

「あなたの気持ちはわかるから、私は殴りかかった事には何もいわないけど……あなた、中佐の大事なモノ、川に捨てたんですって?」
「あっ──」

あの時、胸からひょっこり顔をだしたモアイの惚けた顔が、飄々とした中佐の顔とダブり、あまりにカンに触ったので放り投げてしまった。
あのモアイ像を投げ捨てた瞬間、中佐の顔が激変したので、よほど大事なモノと言うのは分かった。

また、医務室にオレを運んだあと、篁中尉と神宮司大尉から通信が入ったので、ふたりを医務室に呼んだそうだ。
中佐に何か、野暮用があったらしい。

喧嘩の経緯をタリサが説明したとき、神宮司大尉が青ざめて「なんて事を……」と呟いた後、気を失ったオレに殴りかかろうとしたとの事だ。

「白銀中佐は、あのモアイを、戦術機に乗る時も、肌身離さず大事にしていたらしいわよ。篁中尉も、かなりムッとした顔をして、神宮司大尉を止めようとしなかったから、アレが大事なものと知っていたみたいね。私とタリサだけで、怒り狂った大尉を止めるの、大変だったんだから」

最後の所を冗談めかして言っていたのは、オレの気を使ってのことだろうが、あまり慰めにはならなかった。

「そ、そうか……」

戦術機に乗る時も持ち、周りの人間も怒り狂うほどの品……おそらく、中佐にとって、大事な人物の形見……。

「にしても、昨日といい今日といい、あなたって篁中尉の事となると、本当にみさかいが無くなるのね」
「そうだな……。オレも、自分がここまでとは思わなかった」
「そんなに大事なら、さっさと口説けば──あ、ごめんなさい」

ステラは、その言葉が追い打ちになると思ったのか、言葉を途中で止めて、謝ってきた。

「いや、オレもその通りだと思うよ」

オレは、苦笑いで返した。

しかし、昨日に続いて、今日もオレから喧嘩を吹っ掛けてしまった。どちらも、オレの言いがかりだ。
そして、昨日も今日も、中佐の温情で不問にしてもらった。

──どの面下げて、会ったものやら……。

謝罪を入れるべきなのは確かだが、あまりにばつが悪くて、気持ちの整理がつかなかった。



その時、カチャリと音を立てて、医務室の扉が開いた。



現れたのは、今、会いたくなかった人物──白銀武中佐。

まずい。まだ、心の準備ができていない。
だが、そんなオレにかまわず、中佐は短く声をかけてきた。

「起きたか」
「はい……」

中佐からは、怒りの形相は消えている。
口の端が少し赤いが、ほとんどわからない。
オレとはだいぶ違うな、とどこかで考えながら、なんとか、言うべき言葉を絞り出した。

「すみませんでした……殴りかかった事も、あのモアイの事も……大事なものだと聞きました」
「いや、俺もカっとなってやりすぎた。アレの事なら気にするな。相棒は……左近は、俺の心の中に生き続ける」

相棒、か。
おそらく、この男と肩を並べるほどの、戦友の形見なのだろう。
サコンという名前らしいが、オレはそれほどのものを……。

中佐は、フ、と、寂しげに微笑み、遠くを見るように語り出した。

「あのモアイ像の送り主には、娘がいてな。いつか、その子に返してやれればいいなと思っていたんだが……」
「……」

その言葉は、オレをさらに打ちのめした。

「おっと、貴様を責めてるわけじゃないんだ。すまない」
「いえ……」

また、気を使わせてしまった。まったく、オレってやつは……。

「しかし、貴様があそこまで怒った理由が、俺にはわからないのだが……」

嫉妬という理由を口に出すことは、あまりに情けなかったので、篁中尉とタリサが、白銀中佐にたぶらかされていると思ったから、と、最初にタリサに言った理由を語った。

「だが、ジア…………いや、確かに、貴様から見れば、俺は不実だな。殴りかかったのも、もっともなことだ」

中佐はおそらく、「ジアコーザ少尉は」と口にする所だったのだろう。
内容も、タリサの指摘と同じようなものだったはず。

同僚を貶とすつもりはないが、ヴァレリオのナンパぶりは相当なもので、昨日の酒の席でもその“戦果”を、中佐の前で誇らしげに語っていた。
不実さにおいては白銀中佐と大差無いか、それ以上だ。

中佐が言い直したのは、オレが殴りかかった理由が、嫉妬によるものと察したのだろう。
問い詰めれば、それをオレの口から言わせる事になる。だから、引いた。

──まったく、かなわないな……本当に。

明らかに、こっちが多めに殴られたが、それでも、胸の内はだいぶスッキリした。

オレはきっと、篁中尉にフラれ──るまでもなかったが、その欝憤をどこかで晴らしたかったのだろう。

「ブレーメルから聞いたと思うが、殴りかかった事は不問にする。モアイの事も、貴様がそれだけ顔を腫らしたことで、手を打とう」
「ありがとうございます」

「それと、今度、ああいう所を見かけたら、黙って回れ右するように、な?」

そう言って、中佐はオレにウインクをした。

「はは、了解」

オレは、今度見かけたら、というのは冗談だろうと思っていた。



このときは。



…………………………



<< ステラ・ブレーメル >>

12月13日 夕方 国連軍ユーコン基地 ユーコン川付近

──やっぱり、ここね。

ユウヤがモアイ像を投げ込んだ、因縁の場所に、白銀中佐はいた。
中佐は、こちらをちらりと見た後、また視線を川へと戻した。

「ブレーメル少尉か」
「はい。おひとりだとは思いませんでした」

「少し、考え事をしたくてな」
「そうですか……」

彼の恋人の、誰か一人くらいは、ここにいると思ったけど、予想に反して、誰もいなかった。

タリサがいつの間にか中佐と懇ろになっていたのは驚いたけど、昨日の様子から、意外な組み合わせとは思わなかった。
神宮司大尉と篁中尉については、予想が事実に変わっただけだ。

私の知る限り、3人と付き合っているようだけど、他にももっといるだろう。
しかし、それを不潔となじるほど私は子供ではないし、全員、良い大人なのだ。
騙されているならいざ知らず、合意の上なら、余計な口を出す筋合いは無い。

「ユウヤの事を、責めないんですね」
「奴を責めた所で、左近が戻ってくるわけじゃない。それに、俺も少々殴り過ぎたしな」

彼は、私の言葉にはそう答えた後、ぽつりと漏らした。

「これは、きっと、左近自身が望んだ事だ。この地で眠りにつきたい、とな……」

私は、答えなかった。
中佐が、それを期待していないのが分かったから。

再び静寂が周囲を支配し、どれくらい経っただろうか。
中佐が再び、言葉を口にした。

「少し、ひとりにしてくれないか」

これが、あの堂々たる英雄の声だろうか、と思うくらいの弱々しい声。
目の前の若者は、今まで見たことがないほど、小さく見えた。
私はその言葉に──

「できません」

従うことはできなかった。
明確な意思をもって、拒否の言葉を口にした。

「意地悪だな……」
「泣いている人は、置いてはいけません」

「泣いてはいないさ」
「心で、泣いていらっしゃいます……」

私は中佐の正面にまわり、優しく抱きしめた。

私は、ずるかったのかもしれない。

こうやって慰める役は、私である必要はなかった。
神宮司大尉でも、篁中尉でも、タリサでもよかったのに、……このときは、“私が”彼を慰めたかったのだ。
この人に、他にたくさん恋人がいることは、気にならなかった。

「サコンの変わりにはならないかもしれませんが……」
「ステラ……」

ファーストネームで呼ばれた位で、浮かれるなんて、私も安くなったものだけど……彼の目を見た直後に沸き上がった衝動を、抑えることはできなかった。
いや、むしろ、自らその衝動に身を委ねた。






こうして私は、自ら彼の恋人のひとりとなったのだけれど、サコンの正体を知って、顔を引き攣らせる事になるのは、かなり後の事になる。

私は、その時にはすでに、どっぷり浸かって抜けられない所にいた……。



[4010] 第36話 おっさんとアラスカ
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/11/11 01:01
【第36話 おっさんとアラスカ】

<< おっさん >>

12月13日 夜 国連軍ユーコン基地 おっさんの仮巣

「おまえらといっしょなんて、いやだ」
「なんだと、テメェ!こっちこそ、お断りだ!」

イーニァとタリサが罵り合うのを見て、俺は困惑していた。

──こいつらが、これほど仲が悪かったとは。

この場には、俺と唯依と、アラスカでの参入メンバー、計6人がいる。

不知火弐型の機体チェックが順調に終わったので、アラスカで夜を過ごすのも今夜が最後。
記念として、今夜はアラスカ組全員と“パーティ”をすることに決めていたのだが、要員の内訳は、詳しく伝えていなかった。

クリスカ、イーニァのロシア組と、ステラ、タリサのアルゴス組は、お互い、俺の相手だとは知らなかった。
もちろん、俺の方針として、全員には他に相手がいる事を知らせていたが、それが誰とまでは言っていなかった。
知った顔である可能性は考えたが、まあ会えばわかるだろうと思い、黙っていたのだが……この状態は予想外だった。

この部屋に、唯依に続いて、イーニァとクリスカが来たまでは良かった。
だが、その後、ステラとタリサがやって来て、お互い顔を合わせた途端、空気が険悪になった。
そして、イーニァがさっきのように口火を切り、今は主に、ふたりで言い合いをしている。
ステラとクリスカは、喋らないが、表情が硬い。心境は同じのようだ。

俺と同じく困惑している唯依に、ひそひそ話で事情を聞いてみると、どうも因縁があるらしい。

タリサはかつて、広報撮影の際に痛い目に遭わされ、ステラはお国絡みでロシア組を敬遠している。
かつては、アルゴス組から親睦を深める交歓会に誘ったようだが、それをロシア組がすげなく対応した事もあり、これまでその仲は改善されずに来たようだ。

どうも、クリスカとイーニァの対応が悪いせいで険悪なままのようだが、彼女らは出自が出自だけに、人見知りするきらいがある。
それに、ソ連軍の空気はちょっと堅苦しいから、西側のノリについていけない所もあるだろう。

唯依は、どちらともそれなりの仲だから、板挟みを感じているようだ。

「きゃんきゃんほえるな、いぬ。だからちょび」

霞を思わせるイーニァも、嫌いな相手には結構キツイ事を言う。
クリスカはデフォルトでキツいようだが、霞も、大きくなったらキツくなるのだろうか。
……嫌な想像をしてしまった。

「テメェ……アタシを犬扱いしていいのは、タケルだけだ!」

タリサは計算か天然か、さりげなく可愛いことを言う。
昨日の犬プレイはなかなか良かった。闖入者がいなければ、あと5発は出来たのに……。

「ねえ、たける。わたしたち、こいつらよりじょうずにできるよ?おっぱらって」

俺の心の動きを読み、タリサに負けじと可愛く媚びてくるイーニァだった。
確かに、イーニァはリーディングがあるから、霞程の精度ではないが、的確に俺の弱点を突いて来る。
初めてなのに何度も飲んでくれた事や、クリスカの痴態に影響されて、色々と買ったばかりの道具にチャレンジしてきたのは嬉しかった。

その時、ステラが挑発するように口を挟んだ。

「あら、堅物のロシア女に、中佐を満足させる行為が出来るとは思わないけど。どうせマグロなんでしょ?」

彼女がこんな議論に加わるとは意外だった。
大人なステラも、結構幼稚な所があるようだ。──まあ、それは今日の夕方の逢瀬で、分かっていた事だが。

「そんなことはない。わたしは、たけるのよわいところをぜんぶしってるし、クリスカは、きのうはたけるのうえで、ものすごい(モゴモゴ)」
「イーニァ、お願いだから言わないで……」

頬を赤くしたクリスカの手で口を防がれたため、イーニァの言葉の後半は聞こえなかったが、全員、想像はついただろう。

確かにクリスカの豹変ぶりは凄かった。
委員長やみちるに近いものがあり、ノリに乗った時の様子は淫乱そのものだ。
ここに来た時、赤い顔で「か、勘違いするなよ!イーニァが心配だから来たんだからな!」とテンプレート的な台詞を吐いたのには、感心してしまった。
願わくば、あの可愛いツンぶりは、ずっと残して欲しいものだ。

とりあえず、このままでは埒が明かないので、手をぱんぱん鳴らしながら、仲裁することにした。

「はいはい、口論はそこまで」

結局、口先だけで仲良くするとは思えないので、「どっちが上手いか勝負しろ」と言って、競わせた。

もちろん、判定など引き分けに決まっているが、行為に及んでしまえばこっちのものだ。






そして、翌朝、お互いの痴態を思い出して照れくさそうにそっぽを向く4人と、それを微笑まし気に見る唯依の姿があった。

まあ、これでアイツらも、少しは仲良くなるだろう。



…………………………



<< ステラ・ブレーメル >>

12月14日 昼 国連軍ユーコン基地 PX

「ここ、いいかしら?」
「よお、ステラ。座れよ」

VGと、まだ顔が痛々しいユウヤが、昼食後の歓談をしている所に、ドリンクを持って、割り込んだ。
VGが着席を促したけど、ユウヤは引いている。理由は明白。

「なあ、ステラ。タリサとお前、中佐とデキたんだって?」
「ええ、そうよ。ユウヤから聞いたの?」

VGの問いに、チラリとユウヤを見ながら答える。
ユウヤはピクリとした。額にうっすら汗をかいている。

「おう。最初はお姫様が中佐に掻っ攫われたと聞いて、驚いたけどよ。お前らふたりまで、中佐に食われるとは思わなかったぜ。俺もヴィンセントも耳を疑ったよ」

まあ、いきなり身近な女性が3人とも、中佐と関係を持ったとなれば、彼らが驚くのも当然だ。

また、ユウヤの顔の腫れの要因についても、呆れたような感想を持ったようで、私と同じ事──さっさと口説いておけば良かったのに──を言ったらしい。
私と違って、明るく背中を叩きながら言ったそうだから、それが彼らの優しさなのだろう。

「しかし、あのタリサが、いっぱしな女の顔するようになるとはねぇ」
「中佐がそれ程の人だって事よ」

「なるほどねぇ。まあ、あの飲み会で結構やる人だとは思ってたけど、3人共とはねぇ……」
「ついでに言わせてもらえれば、あの『紅の姉妹』も、同輩になったわよ。だから、5人ね」

「「…………はぁ!?」」

同時に驚きの声を上げるふたり。

「クリスカとイーニァが……ふたりとも、か?」
「ええ」

呆然としながらも問うてきたユウヤを肯定する。
本当は、神宮司大尉を始め、日本にいるメンバーを考えると、20人近くになるのだけれど、説明が面倒になるので言わない事にした。

「あの鉄の姉妹がか……落とすとしたら、ユウヤだろうと思っていたんだがなぁ……横浜の英雄は、女方面でも英雄か」

鉄の姉妹とは言いえて妙だ。
あの容姿だから色々と言いよる男はいたけど、鼻にもかけないと評判だった。
唯一、ユウヤにだけは親しげだったから、私もVGと同じような気持ちだった。その考えは、昨晩、覆されたけど。

「て言うか、まだアラスカに来て3日目だろ?どれだけハイペースだよ。とてもかなわねぇな……」

さすがのVGも脱帽のようだ。

そこで、ユウヤが疑問を口にした。

「そういえば、タリサは一緒じゃないのか?」
「今頃、中佐の部屋で可愛がってもらってるわよ」

「そ、そうか……ステラはいいのか?」
「私は、さっきまでたっぷりしてもらったから」

「そ、そうか……」

ユウヤは、聞かなければ良かった、というように戸惑っている。
VGも、なんとなくばつが悪そうだ。
そういえば、今までこういう艶話は、VGの体験談ばかりだったけど、私たちの話は初めてだ。

VGは一日中ヤって大丈夫かよ、と、男性からしてみれば当然の心配をしたけど、中佐の底なしぶりは凄まじい。
最大回数は数えたことがないそうだ、という事を伝えると、VGは、心から感心したように溜息をついた。

白銀中佐は仕事が早いので、ここでやるべき事は全てやった。
今は、輸送機への機体搬入を行っている所だけど、その作業に貼りついている必要はない。
むしろ邪魔になるので、ヴィンセントに任せて、合間に、時折様子を見に行っているだけだ。
横浜基地の上司に許可をもらい、今日は一日中オフ扱いで、堂々と発散している。

篁中尉は、結構自由に行動できる立場だから、休暇扱いにして、中佐に付き合うつもりだったようだ。
最後の一日を彼女に独占させるのは悔しかったので、私とタリサも、駄目元で突如の休暇申請をしたところ、ドーゥル中尉はあっさり許可をくれた。
考えてみれば、下っ端ふたりの休暇くらいでVIPの機嫌が取れるのだから、当然の判断だろう。──ドーゥル中尉に知られていたのは、少し恥ずかしい気がしたが。
ロシア娘たちは、どうやったかよくわからないが、強引に押し通したようで、今、お相手中の、タリサの後に予定している。

ちなみに、その後は篁中尉となったので、彼女にしてみれば、少しお預けを食らった形になる。
順番は適当に決めたという事だったが、おそらく焦らしプレイの一貫だろう。

昨晩の“パーティ”は、あのロシア娘たちにも可愛い所がある事がわかったし、私たちの間にあったわだかまりも、結構解消されたから、実のある夜だったけど、やはり一人ずつ愛して貰うのは違う。
思う存分、彼を味わう事ができた。顔には出さないが、まだ火照りは残っている。

さて、前置きはこの辺にして、そろそろ本題に入ろう。

「ちょっとユウヤに話があるの。VG、悪いけど席を外してくれないかしら?」
「へ?そりゃまたなんで──了解。ごゆっくり」

VGを軽く見つめると、あっさり引いてくれた。
まだ睨んでいないのに、さすがに空気の読み方はユウヤより上だ。

VGが去った後、沈黙がふたりを包んだ。
ユウヤは冷や汗をかき、そわそわとしている。

しばらく時間が経つのを待ってから、私から口を開いた。

「昨日、見てたんですって?」

私の短い問いに、ユウヤは言い淀みながらも正直に答えた。

「あー、見たといえば、見たんだが……すぐに戻ったぞ」
「見聞きしたことを言いなさい」
「そ、その……ステラが、中佐を“パパ”と「そこまで」」

どうやら、一番見られたくなかった所を見られていたようだ。

昨日の夕方は、私から中佐を押し倒した形になった。
さすがに多数の女性を満足させるだけあって、テクニックもタフさも桁が違い、私は何度も、経験した事の無かった程の快感を味わい、絶頂に達した。
私の発情が一段楽ついたところで、中佐が幼児プレイを提案してきた。

抵抗はあったけど、まあ好きな人が望むならいいか、と試しにやってあげたが……これがハマってしまった。
私は自分が母性的であると思っていたし、だからこそ年下の若者が悲しんでいる姿に、胸が締め付けられて、昨日の事に及んだのだ。

しかし、私は同時にファザコンの気質があったらしい。子供のように甘えてみると、精神的にとても高揚し、興奮した。
私の隠れていた二面性は、子供と大人の両面を持つ白銀中佐に、ピタリとマッチしたのだ。

さすがに、昨晩の“パーティ”で、幼児プレイは出来なかったが、さっきはたっぷりと堪能した。
中佐も、新鮮な行為だったのでとてもご満悦だった。それはいい。

問題は、昨日のふたりだけの恥ずかしい行為を、ユウヤが覗いていた事だ。

いや、覗いたというのは語弊がある。
あの時、──おそらくユウヤも後悔の念からだろう──殊勝にも、モアイ像を投げ入れた場所に再びやってきた。
そこで、今度は私と中佐がしている所を見てしまった。

中佐は、事が終わった後、「そういえば、ブリッジスが見ていたぞ。アイツもよくよくタイミングが悪い」と、おかしそうに言っていたが、私は笑えなかった。
どうして、その時に話してくれなかったのか、と聞くと、「こっちを見てすぐに回れ右をしたし、言うとお前が冷めそうだったし」と言う答えだった。
確かにそうなので、言い返せなかったが、私にとってはそれだけではすまない。

タリサの事があったのに、外で行為に及んでしまった私たちに非があるから、裸を見られた事は諦める。
ユウヤは、言いふらすような口の軽い男ではないけど、念を押しておかないと安心できない。

「分かってると思うけど、誰かに他言したら殺すわよ?」
「殺すって……ははは、冗談きついな、ステラ」

──ハン、冗談?

「他言したら、殺すわよ?」

繰り返し、念を押した。

「イ、イエス、マム……」

これで、とりあえずは大丈夫だろう。



…………………………



<< 宗像美冴 >>

12月14日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

訓練終了後、現小隊長の3人で、打ち合わせをしている。
議題は、部隊編成について。

伊隅大尉が言うには、白銀中佐達が、明日帰還されるそうだ。
これまでの訓練内容を鑑みて、この3人で編成案を作っておくように、との事らしい。

私は、少し悩んだものの、ひとつの構成を考えた。
新任連中はどいつも、どの役割でも一人前に果たせるものの、やはり長所を生かせる所に配置するべきだろう。

案が形になりそうになった時、速瀬中尉が最初に動いた。

「人数は中途半端ですが、4小隊体制が良いかと思います。新任連中も、分かりやすい特性ですしね」

そういって、ホワイトボードに書いた速瀬中尉の案は、

A小隊:白銀、速瀬、御剣、彩峰
B小隊:伊隅、涼宮、築地
C小隊:神宮司、榊、鎧衣
D小隊:宗像、風間、柏木、珠瀬

という物だった。

この編成だと、速瀬中尉は、単なる一隊員になってしまう。
副隊長という肩書が無くなる事には、笑って歓迎していた速瀬中尉だけれど、自ら小隊長を降りる案を出すとは意外だった。

「おおよそ、私も同意しますが……速瀬中尉を差し置いて、私が小隊長というのは、どうなのでしょう」
「そんなの、気にしないでよ。中佐は何でもできる人だけど、最強の前衛なんだから、当然、隊長、兼、突撃前衛長でしょ。私とアンタじゃ、私の方が前衛向きだし」

ごもっともな理由。しかし、少し引っかかる物を感じたので、少し確認してみる。

「この編成ですと、おそらく実力から言って、白銀中佐と組むのは速瀬中尉という事になりますね」
「あッ!そこまで考えてなかったけど、……そう言われればそうなるわねぇ」

──嘘付け。

わざとらしく掌を拳でぽんと叩く速瀬中尉に、内心で突っ込みを入れた。

咄嗟に思いついた構成にしては、スラスラと滑らかな説明。
速瀬中尉はそれくらいの思考力はある人だが、新任が入ってから、ずっとこの編成を考えていたのだろう。
いや、中佐とのエレメントだけは考えていて、この場で他の構成を組み立てたのかもしれない。
どちらにせよ、魂胆は見え透いている。

伊隅大尉も、鼻で小さくため息をついたことから、私と同じ感想を持ったようだが、速瀬中尉の言にも一理あるので、その案がどのような思惑から発生したかどうかは、突っ込まない事に決めたらしい。

ちなみに、私の考えでは、

A小隊:白銀、宗像、御剣、彩峰
B小隊:伊隅、風間、柏木、珠瀬
C小隊:神宮司、榊、鎧衣
D小隊:速瀬、涼宮、築地

という、速瀬中尉、伊隅大尉、私の位置をひとつずつずらした編成だった。

立場から言えば、白銀中佐、伊隅大尉、神宮司大尉、速瀬中尉の上位者4人が小隊長であるべきだと思ったし、隊全体の指揮を取る白銀中佐の負担を減らすため、私が前衛に入る方が最適だと思った。

正直、個人的な事を言うと、中佐とエレメントを組むのはとても気分が良い。
新任が入る前から、いろいろと配置を変えての訓練はやっていたが、あの人と組んだ時は、自分の能力が最も引き出せるような感覚になる。
聞けば、全員同じような感想だったから、中佐は、人に合わせるのが抜群に上手いのだろう。

だが、速瀬中尉があからさますぎて、私の案が出しづらくなった。
私は、個人的な思惑を除外しても、最も良い案を考えたというのに、同レベルになった気分だった。

どうしたものかと思っていると、伊隅大尉が私たちを驚かせる発言をした。



「まあ、私の案も速瀬と殆ど同じだが、少し違うな。私と速瀬の位置が逆なんだ」



「「はぁ!?」」

当然、ふたりで驚きの声を上げたが、とりあえず速瀬中尉が突っ込んでくれた。

「副隊長が、隊長と同じ小隊って、ありえないでしょう……何考えてるんですか?」
「副隊長は、神宮司大尉にお任せしようと思っている」

──オイオイ。

冗談かと思いきや、真面目な顔で言っているから、おそらく大尉は本心からそう思っているようだ。

「確かに、神宮司大尉ならそれだけの能力はありますが、先任は伊隅大尉ですよね?」
「まあ、そうなんだが、神宮司大尉よりは、私の方が前衛向きだと思うんだ。ここは適正に合わせてだな」
「どちらも、そう変わらないでしょう」
「いや、細かいようだが、神宮司大尉の動きは──」
「それなら、私の方が断然──」
「いや、やはり中佐の補佐には私が──」

どう口を挟もうか迷っている内に、速瀬中尉と伊隅大尉の問答が繰り返され、段々熱くなっていったが、終わる気配がないので、ふたりを遮った。

「まあまあ、おふた方。詳細は白銀中佐が戻ってから、判断していただきましょう。我々がここであれこれ言っていても、仕方がありませんし」
「そ、そうだな。案はまとめておいて、中佐に決めていただこう」

伊隅大尉は、熱く語ったのが少し恥ずかしいようだった。

とりあえず、議題が片付いたので、中佐の話を振ってみる。

「ところで速瀬中尉。中佐は明日、帰ってこられるようですが、良かったですね。だいぶ寂しかったのではないですか?」
「そうそう、こんなに間が空いた事無かったから、もう疼いちゃって」
「そうですか……」

速瀬中尉の平然とした答えに、本当、からかい甲斐が無くなったな、と残念な気持ちになった。
この人との会話が楽しくないわけではないが、ムキになる速瀬中尉の顔は、私や隊員をよく和ませた。
最近、和み方が違ってしまったのは、仕方がない。

その要因は、言うまでもないが、白銀中佐だ。

私の白銀中佐に対する感情は、自分でもよくわからない時がある。
少し前までは、その見境の無さっぷりを除いて、ただ、尊敬できる人だった。

だが、最近、気になる事が出来た。

私は、白銀中佐に冗談でも「今晩どうだ?」という言葉をかけられたことがないのだ。
伊隅大尉も、軽口ではあったが、個人的に誘われた事がある。
全員に向けたお誘いで、そこに私も含まれていたことはあったが、それは数に入らないだろう。
もちろん、誘われたとしても、断るに決まっているし、先日までは気にも留めなかったことだ。

それが、先日の祷子の打ち明け話から、気にかかるようになった。

祷子は、どうも寂しさから、私を『メンバー』に引き入れたいと思ったようで、中佐に相談したらしい。──大きなお世話もいい所だが。
しかし、中佐は祷子の望みを制した。つまり、私は、彼に女性として見られていないということになる。

今の中佐のお相手は、どれも美女揃い。
だが、私とて、それほど悪くないと思っているのだが、中佐はお気に召さないらしい。

速瀬中尉、柏木、築地、涼宮茜、麻倉、高原。
この6名のように、私から言えば受け入れられるだろうとは思う。

もっとも、そんな気は全く無い。
いや、全くないからこそ、気になるのだ。
私は、女として、それほど魅力が無いのだろうか、と……。



…………………………



<< ユウヤ・ブリッジス >>

12月14日 夜 国連軍ユーコン基地 滑走路

「白銀中佐、神宮司大尉に対して、敬礼!」

ドーゥル中尉の号令で、一斉に、横浜からの客人に、敬礼をする。

立場から言えば、この基地の司令や高官もここに居てしかるべきだっただろうが、そのような挨拶は、司令室で済ませたらしい。
ここにオレたちだけが居るのは、短い滞在の間、アルゴス小隊と最も付き合いがあったということで、ドーゥル中尉がわざわざ設けたらしい。

おそらく、2度に渡る、オレと中佐との喧嘩沙汰を気にしてのことだろう。
中佐は不問にするとの仰せだったが、オレの腫れた顔を気にしたドーゥル中尉に話したところ、彼は額に手をあてて、天を仰いでいた。──まあ、もっともな反応だ。
ご機嫌取りというだけではないだろうが、オレとしても、人生観を変えた男には、きちんと締めたいという思いがあったので、渡りに船だった。

「たけるぅ……」

白銀中佐と神宮司大尉の答礼が終わると、イーニァが寂しげに口を開いた。

そう。何故か、クリスカとイーニァもここに居る。

しっかり者のクリスカが居ることから、上に無断で来たという訳ではないようだ。
ドーゥル中尉も何も言わないことから、彼も承知の上だろう。

ということは、ソ連上層部も、白銀中佐に媚びるつもりで、広報の対象になるくらいの、自軍の奇麗所の参列を許可したのかもしれない。
すでにお手付きだとまでは、気付いているかどうかわからないが。

「シェスチナ少尉。白銀中佐、だ」
「あう……ごめんなさい、しろがねちゅうさ……」

この辺の徹底した所は、篁中尉からの惚気話で聞いた通りだ。
イーニァにまで徹底させるとは思わなかったが、このあたりが、彼の言葉を重くしているのだろう。

「ビャーチェノワ少尉と仲良くな。言われるまでもないだろうが」
「フン、当然だ……」

クリスカはどうも素直な感情を見せないようだが、子供が拗ねているように見えるのは、穿ちすぎだろうか。
いや、中佐が微笑み、クリスカは頬を赤くして、さらにそっぽを向いた。
やはり拗ねているのだろう。

「白銀中佐、お世話になりました」
「それはこちらの台詞だよ、ブレーメル少尉」

続いて、中佐はステラと会話をした。
大人ふたりの会話に見えるが、ステラが昨日、外で幼児──いや、これは考えるのも止めておいた方がいいだろう。

「中佐……また、会えるよな?」
「マナンダル少尉……当たり前だ。いつかはわからないが、お前たちの事は忘れないよ」

タリサの顔は、こいつもこんな顔をできるのだな、と言いたくなるほど、『女』だった。
あのガサツなお転婆に、あの顔をさせるという点だけ見ても、白銀中佐は尊敬に値する。

「白銀中佐。お疲れ様でした。弐型をよろしくお願いします」

そして、篁中尉が他人行儀な挨拶をした。
イーニァですら、馴れ馴れしい呼び方を許さなかったのだ。
当然といえば当然だろうが、彼女には、中佐の惚気話をしていた時の面影は無かった。

おそらく、心で繋がっているだろうふたりを見ると、オレの心はまだ痛むのだが……きっと、時間が解決してくれるだろう。



恋人たちへの挨拶の後、中佐は意外にも、オレたち男衆にも声をかけた。

ヴィンセントは、その腕前を見込まれ、「横浜に来ないか?」と真剣に誘われて、断りはしたものの、感激は隠せないようだった。
一流の衛士に見込まれることは、メカニックとして本望だろう。──だが、ヴィンセントまで取らないでくれ、と、思ったのは内緒だ。

ヴァレリオは「女遊びはほどほどに」という忠言をされ「中佐にはかないません」と返したが、「俺のは全部本気だ」と、さらに返された。
そしてふたりは笑い合い、握手をした。やはり根っこは同類なのだろう。

そして、オレには──

「ブリッジス少尉」
「はっ」

「短い間だったが、分かった事もある。貴様には見込がある。精進しろ」
「はっ。ありがとうございます!」

ヴィンセントの感激ぶりは笑えない。
世辞かもしれないが、他の3人の衛士は言われなかったことだ。
ここは、素直に受け取ろう。

中佐は、さらに、説教臭くなるが、と前置きして、言葉を続けた。

「視野が狭くなるから、あまり国の事を気にするな。俺たち軍人の力は、全てBETAに対して注がれるべきだ。難しい事はわかっているが、理想はそうありたいとは思わないか?」
「はっ……オレも、そう思います。……心から」

数日前なら、オレも素直にその言葉を受け入れられなかっただろう。
だが、白銀中佐の滞在で、オレの価値観は木端微塵になった。

篁中尉にしても、オレが国の事をあれこれ悩んで足踏みしていたから、取り返しがつかない状態になったのだ。
痛い教訓として、オレもこれから考えを改めようと思う。

そして、彼の言う理想。青臭いといえば青臭いが、彼はそれを実践している。
取引材料として、もっと高値を付けて良いほどのXM3を、──もちろん只ではないだろうが──、普及させることに力を入れているらしい。
そのあたりの事情を知ったのは、つい数時間前、ドーゥル中尉から聞かされた時だ。

女だけにうつつを抜かしている印象が強かったが、世界をより良い方向へ向かわせる努力を痛感し、オレは目から鱗が落ちた気分だった。
オレも、まだまだ若僧だ。まだ、再出発出来る余地はあるはずだ。
彼のように、とまでは言わないが、見込みはあると言ってくれたのだ。彼を目標として精進しよう。



そして、白銀中佐と神宮司大尉は、タラップを上り、機体の中へと姿を隠し、不知火弐型を乗せた輸送機の編隊とともに、空に上って行った。

いつしか、女性陣は全員、空を見上げて涙を流していた。
中でも、タリサとイーニァが、寄り添って慰め合っていた。
こんな姿など、想像もしなかったことだ。この光景は、中佐が残した、ささやかな置土産かもしれない。

だが、彼女達の寂しげな様子を見て、オレの中に、不謹慎な思いがよぎった。
直後、ヴィンセントがオレの内心を読んだような事を口にした。

「なんだか、根こそぎ持っていかれた気分だ」
「「……同感だ」」

オレはVGとハモった。



…………………………



<< おっさん >>

12月14日 夜 太平洋上空 将軍専用輸送機内

行きと同じく、帰りも、この快適な輸送機を使わせて貰っている。
違うのは、唯依が居ないことだ。

さすがに帰りは結構だと断ったのだが、「どうせ帰りの燃料を使うなら、同じことです」と言うことだった。
2名の操縦士は、3日間、アラスカで寛いだことだし、まあ誰も損をしていないのだから、悠陽の言葉に甘えるのも良いだろう。

ここで、今回のアラスカ出張を総括してみよう。

アラスカでは思った以上に収穫があった。

念願の鼻フックを始め、数々の大人の道具。
第一目標は達成できた。

第二目標は唯依だったが、これが最初にクリアできた。
他にも、クリスカ、イーニァ、タリサ、ステラ。
どの女も、俺の好みに一致する──まあ、好みと言っても、幅が広いのだが。

しかしながら、『左近』を失ったのは痛恨だった。
あの時は、まるで十年来の戦友を失った気分だった。

昨晩の“パーティ”は、サブからメインに昇格した『撃震』が、活躍した。
過酷な運動量だったが、さすがに耐久性には定評のある撃震だ。
買っておいて良かったが、やはり左近とは使い勝手の桁が違う。惜しい奴を失くしたものだ。

左近を手にかけたブリッジスは、あの時は本当に殺してやろうかと思ったが、俺やメンバー以外にとっては、左近はただのモアイ像。
あれだけボコボコにした理由が、「モアイ像捨てたから」じゃ、さすがに俺の立場が悪いので、大事な人の形見だととれる表現をした。

悲しかった事は確かだし、あれでブリッジスもかなり反省していたから、勘弁してやろう。
ステラも、悲しげな俺が琴線に触れたようなので、いただくストーリーを作らせてもらった。
転んでも只では起きない男。それがこの俺、白銀武だからな。
まあ、彼女に言った事はすべて本当だし、大げさに言っただけなので、もし唯依あたりから真相を知られても大丈夫なはずだ。

しかし、“この”世界でも、結局ブリッジスとは悶着が起こってしまった。

演習で戦ってみて、ブリッジスはA-01にひけを取らないほどの腕前は持っていた。
状況判断も的確で、曲者揃いのアルゴス小隊をうまくまとめており、米軍の戦い方の長所、帝国軍の戦い方の長所をそれぞれ吸収した、良い衛士だった。

“前の”世界で、いい年こいて中尉どまりだったのは、きっと唯依と懇ろだったせいだろう。
日系人とはいえ、生粋の米国人で中尉というのは余程ヘタレなのかと思っていたが、上に嫌われていたからとなれば、腕の割に地位が低い事の説明になる。
XFJ計画が完了してもアラスカに居たのは、唯依がいたから、国連軍への慰留を希望したのだろう。

そうすると、俺は結構良いことをしたのかもしれない。
これで、“この”世界では、アイツもXFJ計画が終了すれば、米軍へと戻り、出世するだろう。
顔も整っているから、多少、根暗な所に目を瞑れば、奴を好む女も多いはずだ。

そして、唯依は、“前の”世界と違って、アラスカに遺留する理由は無い。
XFJ計画もほとんど完了な状態だから、去就の希望を、巌谷中佐から聞かれていたようだ。
俺が唯依を落としていなければ、“前の”世界のようにアラスカ残留を申し出ただろうが、日本へ帰る道を選ぶという意思は、今日、本人から聞いた。
もう少し先になるだろうが、唯依との再会を楽しみにしていよう。

他の4人については、理由がつけば横浜基地へ招聘したい所だが、難しいだろう。
アルゴスのふたりは、アイツ等が転属を希望すればなんとかできるだろうが、ロシア組は組織が違うからな……。
オルタネイティヴ絡みでなんとかできるだろうか。
しかし、私情を挟みすぎる事になるし……まあ、焦っても仕方がない。基地に帰ったら、じっくり考えよう。

「たった3日なのに、随分長い時間を過ごしたように思えるな」
「それは、お盛んだったからでしょう。私も、まさか3日の出張で5人も追加なさるとは思いませんでした」
「ははは、俺も同感だ」

まりもに皮肉の色はなかったが、さすがに少し呆れているようだった。

「滞在中は寂しい思いをさせたかな?」
「いえ、思ったよりもご一緒できましたので、それほどは」

まりもとは、まとめて時間はとれなかったが、小休憩でちょくちょくやってはいた。
もちろん、アラスカの自然に包まれた青姦も、実施済みだ。
やはり、アレは開放感があって良い。

「その分、今からじっくり、してくださるのでしょう?」

そう言って、妖艶に流し目をくれたまりもに、股間が刺激された。

──うーむ。やはり、良い。

癖は強い──というか、強すぎるが、大人の妖艶さの中にも可愛い所を持つまりもは、とても魅力的だ。

「もちろん、そのつもりだ。……そういえば、その荷物はどうしたんだ?」

行為の前に、搭乗した時から気になっていた事を訊ねてみた。
来る時には、持って無かったはずだが。

「ええ、PXで良いモノを見つけたんです。あそこは、横浜と違って色々とあるんですね。お国柄でしょうか」

そう言って、まりもがバッグから取り出したモノを見て、俺は血の気が引く思いだった。



……それは、俺が購入を取りやめた、鞭の『陽炎』、蝋燭の『不知火』、浣腸具の『吹雪』……。



固まる俺をよそに、まりもは、嬉々として話し出した。

「中佐は、私に手を上げるのが駄目みたいですので、道具ごしならどうかと思いまして。それと、『竹御雷』というよく出来た置物があったので、奮発して買っちゃいました。あれはバッグに入らないので、弐型のパーツに紛れさせて──」



とりあえず、『吹雪』だけは処分させよう、と心に誓った。



[4010] 第37話 おっさんの帰姦
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/11/19 00:38
【第37話 おっさんの帰姦】

<< 神宮司まりも >>

12月15日 午前 国連軍横浜基地 廊下

夕呼の執務室へ向かうすがら、私は中佐と会話を交わしていた。

「この基地も、いい雰囲気になったな」
「ええ、やはり先日のBETA襲撃が効いたのでしょう」
「そうだな……」

中佐は、嬉しいような、悲しいような表情で答えた。
嬉しいのは基地の現状。
悲しいのは、それに費やした犠牲を思っての事だろう。

我々が乗って来た輸送機の編隊に対して、仰々しい程の警戒態勢。
先日のような“事故”が起こっても即座に対応可能だろう。

トライアルの翌日、すぐにアラスカへ発った為わからなかったが、基地全体の士気は上がり、覆っていた後方意識は無くなったようだ。

また、基地の上層部にいた、親米追随派や楽観論者達は、一掃された。
彼等は更迭され、その空いたポストに、国連軍の各戦線に居た、たたき上げの将校が着任した。

この状態こそが、夕呼が望んでいた事だろう。
あの“事故”で犠牲となった将兵の命は痛ましいが、その死は無駄にはなっていないと思う。

この基地の状態には満足したが、私個人としては、少し不満が燻っていた。

──せっかく買ったのに……。

『吹雪』は、問答無用で捨てられてしまった。
『陽炎』『不知火』『竹御雷』は、処分を免れたものの、使用厳禁と言い渡された。
中佐の気が変わらないかぎり、私の部屋の添え物となりそうだ。

まあ、中佐が本気で引いたのはわかったから、無理強いして嫌われたくない。
たまにぶってもらうことで、我慢しよう。

自分をなんとか納得させた時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「白銀中佐!」

バインダーを持ったピアティフ中尉と、社が駆け寄ってきて、中佐を直視して──はい、予想通り。

数秒、その状態を堪能させてやった後、わざと大きく咳ばらいをする。

「オホン!」

ふたりともビクっとして正気に戻った。

──まったく、あれほど伝えたのに……。

昨日、アラスカを発つ前に、通信で警告したはずなのに、やはり信じてくれなかったようだ。
夕呼にも、ちゃんと対策を伝えるよう、お願いしていたのに──いや、夕呼が言ったからこそ、彼女は信じなかったのかもしれない。

「お、おかえりなさい、中佐……」
「おかえりなさい、白銀さん……」

正気に戻ったふたりは、そう呟いたものの、目を潤ませて、顔を赤くしていた。

ふたりとも、こっちに一瞥もくれないのは、気持ちはわかるが、少し寂しい。
おかえりくらいは、私にも言ってくれても──と思った。

「ああ、ただいま。ふたりとも、これから、ハンガーか?」
「ええ、整備班に、XM3の換装と、調整の指示をしに行くところです」

中佐の問いにはピアティフ中尉が答え、社は、コク、と頷いただけだった。

「そうか、よろしく頼む」
「ええ、では、“先に”行ってますので」
「またね……」

「あ、ああ……」

そう言って、ピアティフ中尉と社は、揃って格納庫に向かったが、中佐は、少し引いていた。

──そりゃ、あんな顔向けられたらね……。

別れ際のふたりの顔は、それまでの笑みが消えて、能面のようだった。
目だけは爛々と光っているから、中佐がそうなるのも、無理はない。

──けど、私も、あんな顔してたのかしら……?

自分の状態はわからないが、煌武院殿下も、篁中尉も似たようなものだったから、たぶんそうなのだろう。

「しかし、先に行くって、何だ?ハンガーに来いって事か?」
「いえ、おそらく──」

首をかしげた中佐に、私は彼女達の意図を伝えた。



…………………………



12月15日 午前 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

夕呼の執務室に入室し、形式にのっとり、敬礼をした。

「白銀武、ただいま帰還しました」
「神宮司まりも、ただいま帰還しました」

夕呼は、手元の書類を見ながら、だるそうに答えた。

「おかえり~。はるばる、御苦労だったわね」

答礼が無いのはいつもの事。

「いえいえ、あちらさんが協力的でしたので、つつがなく終わりましたよ」
「でしょうねぇ」

XM3に関する問い合わせは、情報公開以来、世界中からひっきり無しとの事だ。
私も、ある程度想像はしていたけれど、これほどXM3に価値が出るとは思っていなかった。
一端とはいえ、プロジェクトに携わった事を誇らしく思い、それを作り上げた目の前のふたりに、改めて敬意の念を抱いた。

夕呼は、書類を見たまま手招きして、別の用紙を手渡してきた。

「はい、辞令書。今からアンタたち、正式にA-01に配属ね」
「「はっ」」

昇進以来、私たちの所属は『副司令付き』という曖昧なままだったが、これで正式に、元教え子達と肩を並べることになった。
正直言うと、白銀中佐の副官、という立場が無くなったのは、かなり惜しかったが。

「それじゃ、今後の話をしましょうか。──まりも、席を外してくれる?」
「はっ」

これから、私には聞かせられない機密レベルの話をするということだ。

「中佐。先に、ブリーフィングルームへ行っております」
「ああ、連中に弐型の説明でもしていてくれ」
「了解」

──弐型の前に、あの子達にもちゃんと忠告しないとね……無駄かもしれないけど。

そして、ふたりに敬礼をして退室したが、夕呼は最後まで手元の書類を見たままだった。
その態度に、いつもならば苦言を呈する所だけど、今日ばかりは、突っ込めなかった。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

まりもが部屋から退出するのを目で追った後、ふたたび手元の書類──どうでもいい内容が記載されている──に、目線を落とし、白銀に声をかける。

「00ユニット、起動させるわよ」
「ほぉ、いよいよですね。今日ですか?」

「そうね。……ユニットの安定はすぐに可能だったわよね?」
「ええ、その日のうちにでも」

「なら、明日にしましょう」
「わかりました」

白銀は今日は忙しい“はず”だから、時間が取れない日に起動させても意味が無い。

それに、佐渡島への侵攻作戦までは、まだ日がある。
“前の”世界の情報から、00ユニットが、凄乃皇を使いこなせるまでの時間は分かっているから、明日起動しても十分間に合う。

その後の予定は、00ユニット起動後に判明する状況によって、流動する。

理想は、この横浜基地の反応炉から、BETAの情報を得られる事と、鑑からの情報流出が阻止できる事だ。

反応炉もBETAの一種、という説を聞いた時には驚かされたけれど、“前の”世界はそれが判明した直後に00ユニットが停止してしまったから、反応炉から情報が取得できるかどうかは、定かではない。
もし情報が取得できれば、佐渡島攻略の成功確率は、飛躍的に高まる。

もっとも、あのハイヴは、“前の”世界で、白銀が一度攻略済みだし、“今回”の条件は“前回”よりも整っているから、よほどのヘマをしない限りは、上手く行くだろう。
本当は、ハイヴの構造情報が得られれば、一気にオリジナルハイヴを攻めたい所なのだけれど、先に実績を作る必要がある。
よって、まず佐渡島を攻略する方針は変わらない。

それよりも、後者の条件──鑑からの情報流出阻止──の方が、よほど重要だ。

流出阻止が可能なら、佐渡島攻略後、オリジナルハイヴに攻め入るまでの時間的余裕が出来るが、もし流出してしまうのならば、事を急ぐ必要がある。

BETAの情報伝播モデルは、オリジナルハイヴを頂点とする、箒型構造。
凄乃皇の対策が各ハイヴへ伝播されてしまう可能性があるから、最悪、佐渡島を落としてすぐ、あ号標的を視野に入れなければならない。
そうなれば、いちかばちかだ。

理論的には、情報流出は無いはずだけれど……人類の命運がかかっているだけに、楽観視は出来ない。
それに、XM3の成果で時間は稼いだとはいえ、“期限”が迫っているのは確かだから、悠長にもしていられない。
ただ、情報が流出したかどうかだけは、確実にわかるそうだから、そこだけは助かる点だ。

そのあたりの方針を白銀と再確認した後、数日間、この男に突っ込みたかった事を伝えた。

「アラスカで5人だったわね。呆れたというかなんというか……」

3日の出張だから、最高でも3人だろうとなんとなく思っていたが、さすがは予想の遥か斜め上を行く白銀だ。
5人──いや、殿下を入れれば6人。現実離れしすぎだ。

「巡り合わせというやつですよ。──その件で、少しお話があるんですが」
「なによ?」

珍しく、惚気話でもするのかと思いきや、白銀は、ソ連軍のふたりの出自について言及した。

「オルタネイティヴ3の遺産が、まだ残っていたとはね……テストパイロットにしてるって事は、ソ連も扱いに困ってるのかしら」
「俺も、そんな所だと思います」

相当な凄腕との事だが、それほどのエース級を後方で暢気にテストパイロットをさせ続けるという事は、前線に送って戦死されるのが惜しいからだろう。
それに、しょせんは単騎。一局の戦いで戦況をひっくり返すほどの存在ではないし、リーディングはスパイとして役に立てるほどの精度ではないようだから、他に使い道が無かったと見える。

「なら、こっちで引き取ろうかしら」
「いいんですか?」
「すぐにとは行かないでしょうけど、ソ連にだってXM3を渡すんだし、喜んで引き渡すと思うけどね」

XM3で買うようなものだけれど、この程度は貸しにも感じないはずだ。
元々、オルタネイティヴ4が接収してもおかしくない存在だし。

「彼女達の意向も聞いておきたいですね。片方は、同胞の為に戦術機開発に当たっているのを、誇りに思っていますので」
「それじゃ、聞いておきなさい。どのみち、当分先なんだから」
「了解」

腕が立つというなら、A-01に編入させてしまうのも手だ。
白銀が落としたなら、こちらを裏切る事も無いだろうし。

──そういう意味なら、もうふたりの方も見込があるわね。

「アラスカで手篭めにした残りの女……アルゴス小隊だっけ」
「言葉が悪いですねぇ。俺たちは、ただ愛し合っただけです」
「フン、同じ事じゃない。……まあ、いいわ。そっちも、呼びましょう」

悪態を返したが、アルゴス小隊の女も、白銀に心酔しているならば、駒として使えるはず。
同じ国連軍だから、ソ連のふたりよりも呼びやすいだろう。

「随分、気前がいいですね。よろしいので?」
「ささやかなプレゼントよ。ありがたく受けておきなさい」
「優しいですね──と、言うと思ってるんですか?」

白けたように言葉を続けた白銀を、つい見てしまいそうになったのをなんとか堪え、訊ね返す。

「あら、どういう事?」
「あからさまなんですが……まあ、いいでしょう。戦力としては確実に使える奴等ですしね」

流石に、お見通しらしい。
もっとも、この程度の口上で誤魔化せるとは、微塵も思っていなかったが。

招聘については後日、となったので、最後に“本当の厚意”を伝えた。

「A-01は全員、今日は休暇与えといたからね」
「さきほど、神宮司大尉から聞きました。流石に大げさと思いましたが」

「無駄になったって、別に気にしないわ。どの道、連中も溜まってるでしょうから、スッキリさせてあげなさい」
「なら、ありがたく頂戴します。──では、そろそろ失礼します」

白銀が扉から出る直前、念を押す。

「夜までには、終わらせなさいよ」

今晩は、私のものだから。──という意を含ませた。

「了解」

そして、白銀が出て行ったのを確認して、大きく溜息をついた。

──下着、換えなくちゃ。

まるで、さんざん愛撫を受けたような状態で、立てば垂れそうなほど濡れてしまっている。
まりもの忠告通り、目は合わせなかったというのに。

──このあたしが、ここまで……なんて男。

そして、最後まで視線を向けない私に、一言も突っ込まない白銀が、少し憎らしかった。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

12月15日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

白銀中佐と会うのも話すのも、久しぶりだ。
考えてみれば、あの人と直接顔を合わせるのは、クーデターの時以来で、トライアルの時は通信越しに話したきりだった。

それでも、そんな気があまりしないのは、ここ最近、中佐の話題ばかり聞かされていたからだろう。──生々しい惚気話とともに。

それはさておき、私は今、混乱していた。

──これ、どういう事?

私と神宮司大尉を除き、全員、頬を上気させて、ぼうっとした表情で、中佐を見ている。
というより、見とれている。

──もしかして、ああするのが、普通なのかしら?

この時私は──そんなわけがあるはずないのに──皆のようにするのが軍紀と思い、顔から気を抜き、中佐をぼんやり見てみた。
もしかしたら、見とれるほど格好良いのだろうか、と思いながら。

──うーん。別に、普通よね……恋人じゃない人も同じ雰囲気だし……なんなのかしら?

混乱しながらも、皆に合わせて、そのまま中佐を見続けていると、隣で立っていた珠瀬が頭を振って、普段の表情に戻った。
珠瀬の動作に合わせるべきかどうか迷っていると、それまで何の反応も示さなかった神宮司大尉が、大声で号令を発した。

「気を付けェ!!」

その言葉に、全員はっとなり、背筋を伸ばす。
すぐに、伊隅大尉の号令が続いた。

「敬礼!」

中佐と大尉の答礼が終わると、空気が戻った。

──今の、何だったの……?

訳がわからなかったけれど、私の困惑をよそに、伊隅大尉と白銀中佐は会話を交わす。

「出張、お疲れ様でした、白銀中佐、神宮司大尉」
「貴様も、留守番、ご苦労だったな。伊隅」
「いえ、とんでもありません」

──この人も、こんな表情を浮かべるのね……。

中佐のやわらかい笑みは、とても自然に見えた。

「おかえりなさい、中佐」

涼宮中尉を皮切りに、恋人たちが皆、中佐に近寄って声をかけた。

「私も行ってたんだけどね……」

と、いつの間にか少し離れて立っていた神宮司大尉が、苦笑いしていた。
確かに、この歓迎ぶりは、さっきの神宮司大尉に対するものとはだいぶ違う。
まあ、神宮司大尉は、歓迎する前に、『白銀中佐を直視してはいけない。特に、目を合わせてはダメ』など、妙な注意を始めてしまったせいだと思うけれど。

「お、お疲れ様でした。神宮司大尉」
「榊……ふふ、ありがとう」

わざとらしいかな、と思ったけど、大尉は、私の言葉を素直に受け取ってくれたようだ。
ああ、やっぱり、この人は他の人たちと違って──

「神宮司大尉は、別にお疲れじゃないでしょう?肌がえらく艶々してますよ」
「あら、速瀬。わかる?昨晩から、だいぶ“充電”させてもらったのよねぇ。やっぱりふたりきりだと、凄いわ。何せ──」

──同類だった。

神宮司大尉だけは、猥談に加わらないだろう、と思っていた……いや、願っていたのだけれど、それは空しく打ち砕かれた。

「全員で顔を合わせるのはこれが初めてだが、自己紹介は、今更必要ないだろう。新任連中については、これからはお仲間だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」×5

白銀中佐の改めての挨拶に、気を取り直して答えた。

中佐の雰囲気は、訓練の時とだいぶ違った。──いや、これが、先任たちが言っていた、本来の中佐の態度だろう。
少し、むず痒い気持ちがした。

「今日は、全員休暇だから、挨拶だけだ。明日から扱いてやるから、十分休んでおけよ」
「はい!」×14

中佐の扱きを思うと、また気が重くなった。
なぜか、休暇扱いになっているから、訓練の疲れを癒しておこう。

「それと、伊隅、神宮司、速瀬、宗像の4名は、夕食後、ここに集合しろ」
「了解」×4

小隊長クラスを集めるということは、ここ最近、色々と配置を変えながら試していた事から、編成についてだろう。

そして、中佐が解散を告げ、ぞろぞろと退出しようとした時、速瀬中尉の声が耳に入った。

「あ、中佐。“先に”行っていますから」

ふと、声のした方向を見ると──

「ひっ──」

私は、その光景に息を呑んだ。

速瀬中尉、涼宮中尉、風間少尉、茜、柏木、築地の6人が、能面のような顔で、中佐を凝視していたのだ。
目は異様に光を放っている。

──皆、さっきまで、笑顔だったのに……。

中佐も相当驚いたらしく、額に汗をかきながら、「お、おう……」と答えた。

明らかに腰が引けていたけど、笑う気になれなかった。
私が、あの視線を直接受けていたとしたら、腰を抜かしていただろう。
及び腰でも、一歩も動かずに返答をしただけ、中佐は尊敬に値した。

──いったい、何が起こってるのよ……。

口に出さない問いには、当然、誰も答えてくれなかった。



…………………………



<< おっさん >>

12月15日 午前 国連軍横浜基地 廊下

メンバーはともかく、“全員”が俺に秋波を送ってきたのは、どういう事だろうか。
先任が、俺の訓練の意図を伝えた?──いや、それくらいの言いつけくらいは守るだろう。

さっきからずっと考えていたが、理由が思いつかなかった。だが──

「立ったフラグは回収せねばなるまい」

どのような理由であれ、俺に気があるのなら、それがブスか男でない限りは、いただく。
それが、漢の道であり、愛の神たる俺の、とるべき行動だろう。
そしてそれが、彼女達の純粋な求愛に報いる、唯一の方法のはずだ。

みちるも宗像も、俺を男として見ているとは思っていなかったが、心に決着を着けてやるのが、情けというやつだ。
正式にターゲットへ切り替えよう。

なに、みちるの相手は、他に美女が3人もいる鬼畜野郎だし、宗像の相手は──よくわからんが、きっと他に女を作るはずだ。
世の中男不足だから、宗像が懸想するほどの男なら、女に困る事は無いはず。

元207Bも“全員”、脈がありそうだし、ここは答えてやるべきだな。──男として、かつての戦友として。
委員長がちょっと微妙な気がしたが、きっと自分の感情に戸惑っているのだろう。
最も好感度が低いのは、たまのようだし、それでも十分、すぐ落とせるレベルだ。

“前の”世界では、俺が一途君で甲斐性が無かったから、長い間寂しい思いをさせたが、今回はそんな思いはさせない。
それが、“前の”世界で散った、アイツ等に報いる道でもあるはずだ。

そうこう考えているうちに、ドアの前まで来た時、心に緊張が走った。

──いる……。

俺の部屋の中に、多数の気配がある。
扉からは、どんよりとしたオーラが漂っている。
間違いなく、この部屋にいるのは、8匹の獣だ。

──入らなきゃ、まずいだろうなぁ……。

さっきは、夕呼がくれた休暇に大げさだと思ったが、……もはや、そんな楽観はできなかった。
皆の顔を思い出すと、背筋が凍る。

ひとりひとりならまだ可愛げもあるが、それが全員となると相当怖いものがある。

引き返したくなったが、部屋の中には霞もいる。
逃げたら、もっと怖い事になるだろう。

──仕方が無い。腹をくくるか……。

と、俺は覚悟を決めて、扉を開けようとした──が、ノブに触れる直前、扉が音を立てて勢い良く開き、同時に、多数の手が、ぬっと、俺に向かって伸びてきた。

「ひっ──!」

その情景は──まさに恐怖。BETAの群れの方が、よっぽどマシだ。

手の向こうに見える恋人たちは、揃って無言で、うっすらとアルカイックスマイルを浮かべている。
目はもちろん、完全にイってしまっている。

「誰か、助け──」

条件反射のように、情けない助けを求める声が出そうになったが、あっというまに口を塞がれ、部屋に引きずり込まれ、服を剥ぎ取られ──その後の展開は言うまでもないだろう。

俺は、昼食を取ることも許されず、日が暮れるまで、狂った女達に犯され続けた。



…………………………



<< 宗像美冴 >>

12月15日 夕方 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

少し疲れた様子の白銀中佐と、肌が艶やかで上機嫌な速瀬中尉、普段通りの神宮司大尉。
そして、複雑な心境の私と、私と同じような心境と思われる伊隅大尉の5人が集まり、会議が始まった。

「こちらが、我々が考案した編成です」

まず、伊隅大尉が、白銀中佐を直視せず、発言した。──そう。目線は決して合わせてはならない。

ホワイトボード上には、我々が昨日考えた、3案。

中佐は、それを少し眺めた後、「ふむ……」と言って、一番上の案に、ペンで×印を付けた。

「とりあえず、これは、没な」
「あっ……!」

伊隅大尉が思わず声を上げる。

「ん?これ、伊隅が考えたのか?貴様も、こんな時に悪ふざけをするようになったか。だが、もうひと捻り欲しかったな」
「は、はぁ……申し訳ありません」
「「くくく……」」

私と速瀬中尉は、沸きあがる笑いを堪えた。

そりゃ、冗談と思うだろう。
神宮司大尉は、少し呆れた顔をし、伊隅大尉はしょんぼりしている。

──こんなに可愛い反応をする人だっただろうか。

そういう目で見れば、伊隅大尉もだいぶ変わったように見える。
私も……そうなのだろうか。

「大体の構想は良いな。俺も、明確な構成案が有ったわけじゃないから、明日から、この2パターンで試そう」

この場で決定する訳ではなかったようだ。
中佐が言い終えると、神宮司大尉が挙手した。

「中佐。発言よろしいでしょうか」
「言ってみろ」

それは、没にした伊隅大尉の案の、伊隅大尉と神宮司大尉の位置を入れ替えたものだった。

「私は中佐とのエレメント経験は豊富ですし、隊長役はブランクがありますので、速瀬と宗像の方が上手くやるでしょう」

もっともな説明だが、おそらく魂胆は速瀬中尉と同じ。
今更、意外には思わないし、むしろいつ言い出すのかと待っていたくらいだ。

しかし、速瀬中尉がそれにぬけぬけと返した言葉には、流石に呆れた。

「神宮司大尉なら、訓練兵を率いておられましたし、少し訓練を経れば問題無いでしょう。それに、神宮司大尉を差し置いて、中尉の私が小隊長という訳にはいきません」

──オーイ。

それは、昨日私が速瀬中尉に言った台詞と同じで、順列など気にするな、と一蹴したのは誰だっただろうか。
順列を言うなら、速瀬中尉だって小隊長になるのだが……これがダブルスタンダードというやつだろう。

速瀬中尉と神宮司大尉の口論に発展しそうになったが、中佐がいちはやく制して、まとめた。

「まあ、この部隊は特殊だから、先任、後任であまり硬く考えなくてもいいだろう。神宮司の案も加えて、とりあえず3案、試してみるさ」

結局、小隊長をお互いに押し付け、提案者は中佐のエレメントのパートナーに納まろうとする図式になっていた。
私も傍から見れば同じだが、彼女達とは意図が違う、と思っていたが……結局のところ、私も伊隅大尉も、速瀬中尉と根っこは同じだったのだろう。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月15日 夜 国連軍横浜基地 伊隅みちる自室

寝台の上で仰向けにになり、目を瞑って自分の気持ちを確認する。



──まずいな。



分かってしまった。

私は、白銀中佐が好きだ。──男性として。



午前、ブリーフィングルームで再会したとき、中佐を見て我を忘れた自分を疑った。
そして、さっきの会議で、再び認識させられた。

いつからか、わからない。
もしかしたら、初対面の時から、根付いていたような気もする。

「正樹……どうしたらいいのよ……」

思わず、情けない声が出ていた。

考えても考えても、答えが出そうに無いので、悩むのは中止した。

気分転換に、数日ぶりに自慰行為をしようと思った。
中佐と速瀬が、プンプン性交臭を振りまいていたのだから、結構ムラムラしていたのだ。

──今日は、中佐を思い浮かべたくないな……。

でも、浮かべてしまうんだろうな、と諦観し、スラックスを脱ごうとしたとき、

「宗像です。いらっしゃいますか?」

ドアを軽く叩く音と、宗像の声。

──あぶない、また見られる所だった。

「入れ。……どうした?」

少し冷や汗をかいたが、さすがにいつしかの涼宮と違い、宗像は礼儀──いや、常識を弁えている。

宗像は入室したものの、めずらしく言い淀んでいた。
その様子で、内容は察した。今日の宗像は、私と同じ態度だったから。

黙って宗像の言葉を待っていると、しばらくして、恐る恐る口を開いた。

「確認させていただきたいのですが……大尉は、中佐を?」
「……ああ。お前もだろう?」

「まさか、自分が、こうなるとは……信じられません」
「私もだ……」

お互い、他に思う男がいながら、白銀中佐に惹かれてしまった。
自分が尻軽とは思わなかったが、現にふたりの男を愛してしまっている。
これほど複雑な心境になった事は無い。

「大尉は、どうなさるおつもりですか?」
「わからない。……お前は?」
「同じです……」

答えなど、そう出せるものではない。
ただ、間違いなく思っている事を口に出した。

「私は、今、中佐に口説かれたら……おそらく逆らえん」
「私もです──まあ、私はその心配はありませんが」
「ん?どういう事だ?」

宗像は、苦笑いしながらも、自分が一度も誘われた事が無いと、口にした。

「おいおい、それなら私だって、軽口で誘われたのが、一回だけだぞ」

宗像の言葉で、私も自分の女としての自信がぐらついた。
考えてみれば、正樹にも女として意識されていないのだ、私は。

「男勝りなのが、悪いのだろうか」
「はぁ。確かに我々は、他の連中より、中性的というか、男性的ですが」

私たちと同じく、短めの髪である柏木や涼宮茜は、可愛らしさを残している。
速瀬は、男勝りという点では良い勝負だと思うが、髪型やプロポーションから、女性を強く意識させるだろう。

比べて、我々は──

「「はぁ~」」

私たちは、様々な気持ちを込めて、同時に溜息をついた。



[4010] 第38話 おっさんの誕生日プレゼント
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/10 01:18
【第38話 おっさんの誕生日プレゼント】

<< ユウヤ・ブリッジス >>

12月16日 午前 国連軍アラスカ基地 PX

オレは今、頬杖を突いて、4人の女性の“勉強”姿を眺めている。
たぶん、オレは、つまらなさそうな顔をしているはずだ。

「ワタシノナマエハ、すてら・ぶれーめるデス。ヨロシクオネガイシマス」
「ワタシノナマエハ、くりすかデス。ヨロシクオネゲイシメス」
「クリスカ。『ヨロシクオネガイシマス』だ」

クリスカの発音が変だったので、指摘を入れる。

「そ、そうか……日本語は、発音が難しいな」

その隣では、タリサとイーニァが会話している。

「フツツカモノデスガ、スエナガク、オネガイシマス」
「いーにぁハたけるヲアイシテマス」
「そんな言葉は、もっと基本を覚えてからにしろ」

まあ、言うまでもないだろうが、この4人は、いつかの訪日のために、日本語を勉強中だ。
白銀中佐が帰国した日から、勉強会を空き時間に行う事になり、今日で3日目。

本来は、篁中尉が教師役のはずだが、さきほど呼び出しを受けたので、不幸にも、そこそこ日本語が話せるオレに、代役として白羽の矢が立ったのだ。

日本語は、父親を尊敬していた頃、母から教わったし、自分でも勉強した時期があった。
それが、こんな時に生きるとは、皮肉なものだ。

「ん~。日本語って難しいなぁ。ケンジョウゴにソンケイゴにテイネイゴ。文字だって、カンジ、ヒラガナ、カタカナ……先が見えねェ」

タリサが少し凹んだ。
まあ、気持ちはわかる。

「日本語は、世界でも覚えにくい言語の上位だろうな。さしあたり、文字はヒラガナ、会話は単語を覚えれば、結構通じるだろう」
「そうか!」

陰鬱な空気から一転して、ぱぁっと顔を明るくさせたタリサだった。
実際はそんなに簡単なものではないし、オレとて、日本人と日本語で会話した事など、篁中尉とのデートもどきの時、おふざけでしたくらいだが、タリサの陰気を呼び戻すのもなんなので、黙っておいた。

それに、タリサの物覚えは意外と良いので、訪日までには結構使えるようになっているかもしれない。
いや、他の3人も、3日目にしてだいぶ単語を覚えている。
おそるべきは、恋の一念だろう。

「そんなにムキになって覚えなくてもいいンじゃねーか?中佐は英語が堪能だったし、翻訳ならヘッドセットつけりゃいいだろ」

茶々を入れたヴァレリオだったが、アイツの気持ちもわかる。
最初は、互いに疎遠だった女性連中が、仲良く勉強している姿が新鮮で微笑ましかったが、3日目になると飽きてくる。
ヴィンセントも、メカニック連中と云々、という言い訳で、あまり寄らなくなってしまった。

「バーカ、あっちに永住するかもしれねーだろ。今からやっといて損はねーの」

そのタリサの言に、ステラは軽く頷いて肯定の意を示した。
ふたりとも、大人しく“現地妻”に甘んじるつもりは無いらしい。

イーニァは無邪気に勉強しているようだが、根本は同じだろう。
クリスカは、「イーニァの付添いだ!」と吐き捨てるが、その割には一番熱心に見える。
だいたい、顔を赤くして言っても説得力がないのだが。

ヴァレリオは反論するでもなく、タリサの言を繰り返しただけだった。

「永住、ねぇ。──おっ、お姫様がお戻りだぜ」

後半の言葉に、全員が入口の方を振り向き、篁中尉の姿を確認した。
呼び出しの用件は、意外と早く終わったようだ。
彼女は、軽い足取りでこちらに近づくと、笑みを浮かべた。

「諸君、朗報だ」

そして、その口から呼び出しの内容が語られた。
それは、横浜基地の白銀中佐からの通信で、本人が転属を望むなら、あちらから招聘要請を行うとのことだった。

ヤリ捨てするような男じゃないとは思ってはいたが、こうも早く手筈を整えるとは。
それに、同じ国連軍のステラとタリサはわかるが、ソ連軍のふたりにまで影響できるとは、さすがは世界レベルの有名人。

「ただし、相当な激戦区に放りこまれる事は覚悟するように、と念を押された。時期はもう少し後になるそうだから、数日以内に去就を定めておくように、と仰っていた。どうする?」

さらに、一旦あちらに転属すれば、他の部隊に異動できるとは、考えない方が良いと付け加えた。
それほど、機密性が高い部隊に配属される、ということだ。

本来ならば、軍人としての将来を決める大事な判断なはずだが、女性連中は歯牙にも留めなかった。

「考えるまでもねェ。行くに決まってる!」
「同じく」
「クリスカ、いくよね?」
「……イーニァがそう言うなら、仕方ないわね」

クリスカの台詞だけ聞いていると、しぶしぶという風だが、顔が赤いのは今更で、誰も突っ込まなかった。

「よ~し!さっそく転属手続きしようぜ!」

タリサが飛び出ようとした。
まだ招聘されてもないのに、それは気が早すぎるだろうに。

「待ちなさい。急いで手続きしたって、転属日が早くなるわけじゃないわ」

さすがはステラ。冷静──

「それに、もう書類はあるわ。はい、タリサのぶん」
「おお、さすがステラ!」

そういって、懐から各用紙を取り出し、タリサに渡した。
タリサはすぐにペンで必要事項を書きだしたが、ステラはそれを微笑ましく見るだけ。
その手元を見ると、彼女自身の分は、すでに記入済みだった。

思わずヴァレリオと顔を合わせ、苦笑いを交わした。

「なんにせよ、この集まりも、見られなくと思うと、寂しくなるなぁ」
「そうだな……」

ヴァレリオとオレのつぶやきに、篁中尉の意外な言葉がかけられた。

「ジアコーザ少尉と、ブリッジス少尉も、希望するなら招聘するそうだが?」

ヴァレリオは少し考えた後、自らの意向を示した。

「篁中尉以外のヤマトナデシコに興味はあるけど、俺は遠慮しとくよ。日本に行ったら、白銀中佐の引き立て役にしか、なれそうにないしな」

オレも、同感だ。
これは男としての直感だが、白銀中佐は、無意識に、他の男を道化に落とす才能がある。

また、ヴァレリオは言わなかったが、彼はいずれ、イタリアの地に帰りたいと思っているだろう。
その理由を言わなかったのは、同じく祖国を失ったステラとタリサの、望郷の念を呼び起させないため。
さりげない、ヴァレリオの気遣いだろう。

「ユウヤはどうするんだ?」
「オレは、国へ帰るさ。元々、XFJ計画のために出向していたんだからな」

タリサの問いには、キッパリと返した。
国に戻ることは、篁中尉が白銀中佐と付き合っている事を思い知らされたとき、決めていた。

中佐が誘ってくれるということは、オレたち全員の腕も買ってくれたからだろう。
彼は、私的な感情だけで配属を決めるような、甘い男ではない。
その誘いは嬉しかったし、彼の元で働くのも勉強になりそうだが、日本に居れば、白銀中佐と篁中尉の仲睦まじい姿を見る事もあるだろう。
我ながら女々しいとは思うが、一緒に行けばいつまでも後ろを見てしまいそうだ。
だから、オレはヴィンセントとともに、合衆国に帰る。

「へぇ……ユウヤ、米国に戻るんだ?」

そう微笑んだステラの目は、笑っていなかった。
刺すようなプレッシャー。

──大丈夫。帰っても、『あの事』は、他言しない!

オレの内心の誓いが聞こえたのか、プレッシャーが無くなった。
本当に、恐ろしい女だ。

「タカムラ、うらやましいの?」
「あ、ああ……少し、な」

イーニァが篁中尉に訊ねたが、彼女は厭味で言ったわけではない。
中尉もそれがわかっているから、苦笑で留めたようだ。

昨日まで、帰国が決定していた篁中尉を羨んでいた4人だが、逆に彼女から羨まれる立場となった。
篁中尉は同じ日本国内に戻るとはいえ、所属組織が違うから、そうそう会えはしないだろう。
対して、他の4人は、中佐と同じ部隊に配属されるそうだから、羨むのも当然だ。

だが、わざわざ念を押して付け加える位だから、激戦区というのは嘘ではないはず。
極東の最前線たる日本にある、佐渡島ハイヴ。そこに突入することもあり得る。

「お前ら……死ぬなよ」

オレの真剣なつぶやきには、全員、微笑みで返してくれた。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

12月16日 午前 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

ヴァルキリーズ全員でのハイヴ突入想定訓練が終了し、隊長たる白銀中佐から、評価が下されている。

「──それと、新任はS11の起動タイミングが早いな。設置、起動はもっと効率的にしろ」
「はい!」×5

訓練兵時代なら罵倒と暴力が襲ってくる所だったが、これが正規兵としての扱いらしい。
あの不名誉な“TACネーム”で呼ばれなくなったのはありがたいけど、うかつな事をしでかすと、厳しい怒声が飛ぶのは同じだった。
ただ、恋人でもそれ以外でも、平等に怒鳴るので、その点はさすがというべきか。

「ハイヴ演習とS11についてはカリキュラム外だったから無理もないが、数日中には慣れておけ。──ああ、鎧衣は上出来だ。初めてで、この中で一番上手くやるとは思わなかった」
「はい、ありがとうございます!」

頬を上気させて喜ぶ鎧衣。
訓練兵のころ、その劣等感から、中佐を殴りかかった──それも、中佐の差し金らしいけど──事もあったが、その技能が活かせる状況になった。
確かに、あの時中佐が言った通り、ハイヴ内での鎧衣の危機察知能力は頼りになり、工作系の技術も活きている。

──逆に、私の指揮って活かせなくなったのよね。

当然ながら、この部隊には私よりも優れた指揮官が、少なくとも5人いる。
白銀中佐、伊隅大尉、神宮司大尉、速瀬中尉、宗像中尉。それに、茜も指揮官適正は高い。

特に、白銀中佐の指揮力の高さは、クーデターの時に実感した事だけれど、今日の訓練で、再度、思い知らされた。
一番前で一番忙しく戦っているのに、しっかりこっちのミスを見つけるほど、ひとりひとりをよく見ている。
軽口を叩く余裕もあり、同じ年だというのに、彼との差は、何十年もの開きがあるように思えた。

その中佐は、私の能力を中隊長レベルと評価してくれたけど、私に指揮役が回ってくるときは、あの人達が“いなくなる”時だ。
もちろん、そんな時はずっと来ない方が良いのだけれど、自分の特徴が失われたように感じて、以前の鎧衣の気持ちがわかった。

気持ちが沈みそうになったとき、白銀中佐から名指しで指摘があった。

「榊。隊長ではなくなったからといって、手を抜くな。小隊長でなくても、進言は出来るだろう。新任だからと言って遠慮してはならん。それは、他の者も同様だ」
「は、はい」

内心を見透かしたような、もっともな指摘。
こういう所が、一番かなわないなと思う。

「俺は午後から特殊任務がある。後は伊隅に任せてあるから、しっかりやっておけ」
「はい!」×14
「では、解散」



…………………………



12月16日 昼 国連軍横浜基地 PX

昼食は、だいたいヴァルキリーズ全員で採るのが、慣習だ。
昨日は、中佐の恋人8人が、“諸事情”でこれなかったので、15人が揃って採るのは初めてとなる。

私たち新任にとっては、中佐と食事を採る事自体が初めてだ。
幾分、緊張はあるけれど、今日の訓練を見る限り、そう堅苦しいことにはならないだろう。

実は、先任も、中佐と食事を採るのは今日が初めてと聞いて、なんとなく予想はしてたけれど……『メンバー』間で牽制が始まり、誰も着席しない。
もちろん、中佐がどこに座るのかを見計らっているのだろう。

「中佐、ここどうぞ~!」

と、築地が緊迫した空気を読まずに、あっさり抜け駆け。
牽制し合っていたメンバーは、一斉に苦い顔をしたものの、涼宮中尉だけは、静かに素早く移動して、築地の席の二つ隣にさっさと座り、残りのメンバーを、さらに苦い顔にさせた。抜け目が無い。

「おう、すまんな。じゃ、いただこう」

渦中の中佐は、緊迫した空気くらい気付いただろうに、そう言ってさっさと着席して、合成クジラの竜田揚げにかぶりついた。
立っていた面々も、それを見て頭を切り換え、席に着き、食事を始めた。
中佐は何も言っていないのに、統率のとれた事だ。

しかし、あれだけ散々いちゃいちゃしてるのに、隣で食事するだけの事に、大げさすぎる。
まあ、いちゃいちゃと言っても、彼女たちの惚気話だけだから、実情は知らないが。
私的な時間は相当甘く、中佐にも可愛い所や年相応に見える時があるとの事だが、全く想像がつかない。

食事をしながら、ふと、非メンバーの6人──伊隅大尉、宗像中尉と、元207B──を、ざっと見まわす。

──やっぱり、皆、白銀中佐に気があるのよね。

昨日の顔合わせの時の、妙な状況を一晩考えたけれど、それ以外に説明がつかない。
伊隅大尉、宗像中尉、御剣、彩峰の4人はそう意外でもなかったけど、鎧衣と珠瀬までとは。
珠瀬はやや微妙な所だけれど、やはり孤独感はある。

──わたしひとり、か。……本当、この人のどこが良いんだろう?

顔はまあ、ちょっとチョップ君に似てるけど、二枚目な方。
茜の言っていた、顔や性格や能力云々についても、わからなくはない。

しかし、あれほど大勢の女性に、平然と手を出せるというのは、何度考えても、信じられない感覚だ。
さらに、アラスカ出張の間に6人追加となったらしく、ますます呆れた。
もし、私以外が全員落ちたとしたら……22人!?

──何考えてんの、まったく。王様にでもなったつもりかしら。

ふと、中佐と目線が合いそうになり、ばつが悪くてあわてて目線をそらした。
私の白けた目線に、気付いていなければ良いのだけれど。

そこへ、伊隅大尉が発言した。

「ところで、部隊の呼称は、いつまで伊隅ヴァルキリーズなのですか?」

確かに中佐は、訓練の時「この伊隅ヴァルキリーズは──」と言っていたから、私も気になった。
中佐は、租借したものを嚥下し、答えた。

「ん~?変える予定はない。正式にはA-01だし、呼び慣れてるから伊隅ヴァルキリーズでいいじゃないか。隊規も変えないし」
「ですが、それは……」

大尉は戸惑っている。
隊長でもないのに、部隊に名前が残るのは憚られるだろう。

「抵抗があるなら、ヴァルキリーズだけにするか?」
「は、そうしていただけると」

伊隅大尉がほっとした所で、宗像中尉が皮肉な笑みをうかべて、軽口を口にした。

「いっそ、白銀ラヴァーズとか、白銀ハーレムではいかがですか?」
「はは、もし全員そうなったら、呼称をそれに変えようか」

──冗談じゃないわよ……!

中佐の発言が冗談だということはわかったけれど、思わず怒りで顔が湯だち、憤慨しそうになった。
ただ、私ひとりを残して、全員そうなるのだろうな、という気持ちもあった。

そして、食事も大方終えた時、ふと気付いた。

いつもは、メンバーの面々が、猥談に興じていたはずだけれど、この昼食時間、それが無かった。
休憩の時も、白銀中佐が居るときは控えていた。
まあ、中佐のシモネタ発言に対してのやりとりはあったが、いつもの内容に比べれば、お子様レベルの内容だ。

不審に思ったけれど、理由はすぐに想像でき、納得できた。
好きな男の前で、赤裸々にシモネタを話すのは、女として抵抗があるからだろう。
いつもは私の苦言に、「猥談くらいで引いていると、他部隊に笑われる」と言っていたくせに、いざ男の前となると、これかと呆れてしまった。

とはいえ、あの、非メンバーにとっての疎外感が無くなるのだから、白銀中佐がいるという事は、思った以上にありがたいかもしれない。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

12月16日 午後 国連軍横浜基地 実験室

「──移植率100%。これで、起動するはず」

そう言いながら、わずかな緊張とともに、量子電導脳へ接続されたケーブルを外し、00ユニット──鑑純夏の頭髪を整えてやる。

この場には、私と社と白銀の3人。
社は、少し不安気。対して、白銀は真剣な顔つきで、じっと鑑の顔をみつめていた。
その心中は、どのようなものだろうか。

この瞬間、鑑は生物学的に死んだ事になる。
一度経験した事とはいえ、大事な幼馴染がそのような状態になったというのに、悲し気な様子はない。

──っと、また見過ぎた。

無意識に白銀を見つめていたため、胸がざわついた。
昨晩の“夜伽”で、かなり発散できたため、やや薄れたものの、うさん臭い神々しさは、未だに健在だ。
どうも白銀・弐型(本人がそう呼べとの事だ)は、前よりやりづらくなった。

私とまりもの様子から判断すると、あの鬱陶しいフェロモンも、慣れればある程度平気にはなるようだ。
さすがに、昨日の状態が続けば、仕事にならないし、A-01のメンバーも戦えないだろう。
作戦までには、全員、慣れて貰わなければ困る。

「純夏さんが、起きます」

社の報告で、思考を戻す。

鑑は、まぶたをゆっくり開きはじめていた。
その目に光はなく、虚ろで何の感情も顕れていないが、モニターで状態を確認して、自然と頬が緩んだ。

──やったわ……!

私は喜びを抑えられなかった。
成功はほとんど保証されていたようなものとはいえ、念願の瞬間だ。
とうとう、長年の悲願である、00ユニットが完成したのだ。
数式を手に入れてからこの方、焦れる思いだった。

「純夏……」

白銀は鑑に呼びかけ、顔を包みこむように、彼女の頬にそっと掌を添えた。
その顔は、とてもはかなくも、優しい微笑み。
正直、鑑と変わりたいと思った。

「あ……うう……」
「へぇ……」

鑑の反応で、私は感嘆の声を上げた
目覚めたばかりで記憶が混乱して、状況も定かではなかろうに、もう反応するとは。
さすがは、世界を超えた運命の間柄。

「副司令。あとは、俺が」

そう言ってこっちを向いた白銀は、まさに“男”の表情で、思わずゾクゾクしたのを抑えつけた。
昨日抱かれてなければ、ここで押し倒すところだ。
最近では呆れる事ばかりの白銀だけれど、こうして時々、私をとろけさせる。

「ええ、よろしく。状態は常時モニターしてるけど、いいわね?」
「もちろん。──ですが、悶々としても今日は我慢してくださいよ」
「ばーか。さっさと連れて行きなさい」

ヤれば安定する、と聞いた時は馬鹿馬鹿しく思ったが、今考えてみれば、あんな虚ろな状態の女を抱いた所で、興奮する男はいないだろう。
よほど強い愛情がなくては、とてもできない事だ。

まったく、忌々しくも──愛しい男だ。



…………………………



<< おっさん >>

12月16日 夕方 国連軍横浜基地 おっさんの巣

通信で夕呼を呼び出し、ストレッチャーを持ってくるよう頼んだ。
すやすやと眠った純夏の隣に腰掛け、思いをはせる。

──こういう状態の女を抱くのも、なかなか乙なモノだったな。

いわゆるマグロ状態の純夏だったが、これはこれで興奮した。
なんとなく、睡眠薬で前後不覚にした女を、勝手に抱いているような感じがして、俺のS精神が刺激された。
愛情を込めて丁寧に愛撫して、ゆっくり優しく抱いたものの、興奮を抑えるのが大変だった。



そして、頃合いを見て、俺が取り出したのが、手作りのサンタうさぎ。──っぽい、木製のディルドー。



この日のために、木片から、コツコツとナイフとヤスリで作り上げたのだ。
“前の”世界でも一度作ったから、2回目とあって、結構奇麗に作れた。渾身の一作だ。

サイズは自分のを見ながら作ったから、結構大きいが、ちゃんとほぐしたので問題ない。
また、前回の反省を生かし、耳は柄の部分にした。
なにしろ、片方の耳が曲がっているから、前回は引っかかって、かなり痛そうだったのだ。
それでも、「これがいいの」と、“死ぬ”ときまで大事に使っていた純夏は健気だったが、ユニット停止の一因になった事は確かだろう。

今回は、ちゃんと入れる事を想定して作ったから、効果はバッチリだった。
本当は誰かで試用して、出来を確かめたかったが、これは純夏のためのプレゼント。後でアイツに知れたら、不機嫌になるから、ぶっつけ本番は仕方がなかった。
まあ、結果オーライという事で良いだろう。

そして、サンタうさぎに記憶が刺激され、徐々に反応をするようになった純夏は、最後には“生まれて”初めての絶頂を経験し、精神に負荷がかかってODLが劣化し、スリープモードに入った。

これから、夕呼や霞がODLの交換をしてくれる。
“前の”世界と同じなら、明日には、“いつもの”純夏と会えるだろう。
眠る寸前、純夏はこっちを認識して、「タケルちゃん……」と呟いて微笑んでいたから、九分九厘大丈夫だ。

時計を見ると、まだ余裕があった。
今晩は、夜通しヤるつもりだったが、“前の”世界よりも純夏の反応が早かったのは、俺のパワーアップによるものかもしれない。

その時、ノックの音がしてすぐ、「入るわよ」と、こちらの返事を待たず、扉が開いた。
もちろん、夕呼だ。

霞とともに、ストレッチャーを転がして入室した夕呼は、まっ先に純夏を見て、感心そうに口を開いた。

「あらまあ、すやすやと幸せそうに。状態も見てたけど、本当にヤるだけで安定させるとはね」
「ヤるだけとは人聞きの悪い。愛情を注入したと言ってください」
「はいはい。……まったく、こんな状態の女に興奮するとはね。アンタの鬼畜度を見誤ってたわ」

宣言した通りにやっただけなのに、なぜか忌々しそうに言われてしまった。

「何か、お気に障ることでも?」
「いーえ。見直して損しただけよ。……いつまで素っ裸でおっ立ててるのよ。さっさと服着なさい」

見慣れた状態のはずだが、そこは乙女心というやつだろう。
どの道、今の夕呼は、不機嫌だか上機嫌かよくわからないので、逆らわない方がいい。

しかし、夕呼の言った通り、純夏相手では本気も出せなかったので、不完全燃焼でいきり立っている。
ここは、誰かに──

「白銀さん、私が……」

そう言って、年に似合わぬ色っぽい顔をして、霞がふらふらと近付いてきた。

「社は駄目よ。これからメンテナンスなんだから、他をあたりなさい。女はいくらでもいるでしょう?──ああ、ピアティフも駄目だからね」

リーディングも無いはずなのに、俺たちの意図を悟った夕呼にぴしゃりと止められて、霞は不満そうに俺を──俺の股間を見つめていた。

「わかりました。俺も今日は──」

──今日?今日って、他に何かあったような。…………あ!

「では、純夏はお願いします」

そう言って、そそくさと服を着直し、俺は急ぎ足で外に出た。
霞は俺の思考を読んで、少し呆れたような、寂しそうな目で、こっちを見ていた。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

12月16日 夜 国連軍横浜基地 グラウンド

「精が出るな」
「中佐……!」

夜の走り込みをしている所、白銀中佐から声をかけられた。
慌てて敬礼する。

思わぬ会合が嬉しかったが、私は今、汗をかいてしまっている。
背中に風を感じたので、急いで風下に回った。

「どうした?」
「い、いえ──足元に何かいたようですが、勘違いでした」
「そうか」

臭い女と思われるくらいなら、変な女と思われたほうがマシだ。

だが、風下に回ったことで、以前に神宮司大尉の部屋で感じた精臭が、私の鼻をついた。
午後は特殊任務との事だったが、それが終わって、どなたかとまぐわったのであろうか。
寂しさを感じたが、それは今更の事だ。

「して、何か御用でしょうか」

──何を言っているのだ。私は……。

言った瞬間、後悔した。
用がなくとも、言葉を交わせばよいというのに。
だが、中佐は、私がすげなく言ってしまった事には気にしたふうもなく、答えてくださった。

「特に用はないが、ひとこと言いたくてな。今日は貴様の誕生日だったな。おめでとう」

想像外の言葉に、私はあっけにとられそうになったが、どうにか答えを返した。

「ありがとうございます。御存じでいらしたとは思いませなんだ」
「経歴を見た時、俺と同じ生年月日だったからな。記憶に残ってたんだ」

──同じ日?

「お互い、これでめでたく18というわけだ」
「左様でしたか。18と仰っていたので、とうに過ぎているものかと思っておりました」
「四捨五入だ。いちいち『もうすぐ18』『今年で18』とかも変だろ。それに17だとお前らより1個下みたいだ」
「ふふ、然り」

この方と、同じ年月日に生まれた事に、運命的な物を感じた私は、ずうずうしいであろうか。
と思った時、白銀中佐はふ、と笑みを浮かべて私を焦らせた。

「俺たち、運命的な関係なのかもしれないな」
「お、お戯れを……」

もしかしたら、私は、口説かれているのであろうか。であれば、このような汗を掻いている時でなくとも良いのに。夕食後に歯は磨いたから、口臭は大丈夫だと思う。最初は優しくしてくださるそうだが、場合によっては激しいというから、そっちの覚悟も──

「なあ、御剣──」
「はい!」

思考が暴走したところを中佐に遮られ、返事の声が裏返った。
羞恥を感じた私をよそに、中佐はまじめな顔で私に問うた。

「お前、護りたいもの、あるか?」

頭を切り替え、私も真剣に答える。

「は……。月並みではありますが、この星……この国の民……そして日本という国です」
「……うん。お前らしい、良い願いだ」

かみしめるように、私の答えを評してくれた。
心が浮き立つのを抑え、私も中佐に訊ね返した。

「中佐には、おありでしょうか」
「ああ、あるぞ」

「お聞きしてよろしいでしょうか」
「地球と……全人類だ」

──なんと、すばらしい……。

月明りに照らされた中佐は、神秘的な神々しさに溢れていた。
そして私は、この英雄を前に、彼に寵愛されたいという低俗な心を恥じた。

この方は、言葉だけではなく、それを実践している。
私の頼りない想いとは、比べるべくもない。

そして、その後、いくつかの言葉を交わした後、中佐は戻られてしまった。
わざわざ私に言葉をかける為に、かような時間に来てくださったのはありがたいが、一抹の寂しさを覚えた。

──やはり、私は、……あの方をあきらめられぬ。

昨日の顔合わせで、痛感したのだ。私は、白銀中佐を愛している──と。

20人近くも他に女性がいようと、それは私の想いを損なうものではなかった。──仕方のない人だ、と思うが。
彩峰なども、中佐が、他に相手がいることがわかった時から悩んでいたようだが、随分すっきりした顔をしていた。
あれは、私と同じく覚悟を決めたのであろう。

大胆な所がある彩峰の事だから、そのうち自ら中佐に言い寄ってもおかしくはない。

──だが、私は……。



…………………………



<< おっさん >>

12月16日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣

──ちょっと意地悪したかなぁ?

だが、反省はしていない。

恋人の中で優劣をつけているわけではないが、やはり冥夜は特別な存在。
アイツとは、じっくりと歯が浮くような恋愛を楽しんでから、お付き合いをしたい。
よって、フラグを立てまくる事にしたが、純夏の事で、誕生日イベントを発生させようと思っていた事を忘れていて、慌ててグラウンドに出たのだ。

誕生日の夜に、意味ありげな会話。
これで冥夜タンもメロメロって寸法だ。

“元の”世界ならともかく、“この”世界では、自分から俺に言い寄ってくるような奴じゃない。
お願いされるのも悪くないが、やはり女は自分から落とすものだ。
それが、あと一押しで落ちる状態であったとしても。

残るは、冥夜を含めて7人。皆、俺の愛を受けるべき女たち。
誰から落としたものか……今日の昼食の様子からすると、委員長もいいな。

目が合ったら、照れて視線を反らしていた。
それに、「全員がハーレムになったら」という仮定も、顔を赤くして照れていた。

そういえば、“前の”世界で、「武になら、初めての時は無理やりされたかったな」と、よく呟いていたのを思い出した。
冗談めかしてはいたが、アレはマジだった。その願いをかなえてあげるのも良いかもしれない。
ただ、あれは散々やりまくり、ドMに目覚めた後の感想だから、今、それを鵜呑みにしてやってしまうと、背後から刺される可能性がある。
委員長は、今更言うまでもなく、超が付くほどのドMだが、まだその萌芽はない。慎重に、かつ大胆に事にあたる必要がある。

さて、まだ夜も更けたばかり。
冥夜と話して、俺のマグナムは滾るばかりだ。
こういう時は、最後にやってから一番時間が経った女の所に行くのが常道だが、昨日は一斉にやったからなぁ。

──そうだ。水月と遙で、豚ごっこしなきゃ。

道具を買った事で満足して、大事な目的を忘れてどうする。手段と目的がごっちゃになっていた。

せっかく買った鼻フックや道具は、帰ってから使っていない。
昨日は犯されるがままで、出しようがなかったのだ。

道具といえば、『左近』がなくて良かったかもしれない。
あれば、多恵あたりが間違いなく俺に突っ込んでいただろう。

そこで、ある考えがひらめいた。

──アイツ……まさか、これを予期して、自らユーコン川に……?

投げ入れたのは間違いなくブリッジスの暴挙だが、何かと俺を守ってくれた左近だ。
その神通力で、ブリッジスに投げ入れさせたのかもしれない。──いや、きっとそうに違いない。

──何も、ユーコンで眠らなくてもいいのに……不器用な奴だ……。

瞼が熱くなったので、上を向いて涙があふれるのを堪えた。

──左近。今日のプレイはお前に捧げよう。

そして俺は、遙と水月と一緒に遊ぼうと、道具を抱えて部屋を出たが、少し歩いたところで出くわしたのは──






榊……千鶴。






どうやらこれが、今年の俺への誕生日プレゼントらしい。



[4010] 第39話 おっさんの再会
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:46
【第39話 おっさんの再会】

<< おっさん >>

12月17日 早朝 国連軍横浜基地 おっさんの巣

何者かにゆさゆさと体を揺すられ、俺は眠りの世界から、強引に現実へと引き戻された。
陽光の眩しさに堪えながら目を開き、俺を起こした相手に焦点を合わせる。
そいつは、俺が声を出す前に、にっこりと朗らかな笑みを浮かべて、口を開いた。

「おっはよ!タケルちゃん!」
「おーす……」

俺は、毛布にくるまったまま答えた。
時計をちらりと見ると、まだ起床にはだいぶ早い時間だ。

「もう!感動の再会なんだから、もうちょっと、こう、なんかないの!?」
「いや、再会は昨日じゃん」
「もぉ~!」

純夏らしくて安心するが、相変わらず、朝からテンション高い。
ひとまず惰眠はあきらめて、寝台に腰かけると、純夏はこちらをじろじろ舐めるように見たあと、ふたたび笑顔を浮かべて、言った。

「オジサンになったタケルちゃんも、シブくて格好良かったけど、こっちの方がしっくりくるね」
「……お前、“前の”世界の記憶があるのか?」

「うん!」
「そうか……」

“前の”世界の純夏には、“元の”世界の記憶もあった。
ということは、“この”純夏に、“前の”世界の記憶があっても不思議ではない。
それは、夕呼からも可能性を示唆され、俺も薄々想像していた事だ。

そして純夏から、昨晩、ODLの交換後に確認した事を聞いた。

まず、横浜基地の反応炉から、BETAの情報採取に成功したこと。
純夏は“前の”世界で得た情報も持っていたが、その情報は“20年後”の情報なので、あまり役には立たない。
これで、現時点での情報が得られたので、今後の作戦にも生かせるということだ。

また、純夏からの情報流出も、今のところその気配はなく、夕呼の情報プロテクト装置が効いている模様だ。

つまり、夕呼の懸念していた事項は、すべて上手く行っている。
夕呼も霞も、明け方までメンテナンスや情報整理を行っていたらしいので、今は眠っているそうだ。
さぞかし、良い夢見だろう。

安堵の溜息をついたところで、純夏が目を細めて訊ねてきた。

「ねえ、タケルちゃん。今、女性関係どうなってるの?」
「んー。面倒だ。リーディングしろ」

一から説明するのは面倒だし、純夏の事だから、いちいち茶々を入れてきそうなので、そう言ったが、意外な言葉が返ってきた。

「えー。夕呼先生に、読めないようにして貰ったからダメだよ」

バッフワイト素子か。
まあ、これだけ安定していれば、通常の生活でリーディングは無い方が良い。
“前の”世界でも、読めてしまう事が苦痛の様子だったから、もっともといえる。

結局、人数と、それぞれといつ結ばれたか、どういうプレイをしたかを、説明させられた。

「そっか。私、20人目かぁ……」
「19人目ということにしてくれ。委員長は内緒にしてくれだとさ。まだ恥ずかしいらしい」
「ふーん。珍しいね」

クリスカに近い反応だが、確かに珍しいケースだ。
昨日はほんの少し、思い切って強引に行ってみたが、最初は抵抗した“フリ”をしていたが、すぐに乱れるようになった。
さすがは、隠れたエロさでは群を抜く委員長。
だが、柏木に言わないとローテーションが組めないのだが……まあ、あの恥じらいが消えるのも時間の問題だろう。
それまでは、気が向いたらヤってくれ、ということか。

「ところでタケルちゃん、これ見て~」

そう言って純夏は、誇らしげに自分の襟元を指差した。
少尉の階級章が光っていた。

「おや。もう夕呼先生のOKが出たのか?」
「うん。大丈夫だって」

純夏は、夕呼から俺への指令を言付かっていた。
A-01への紹介と、凄乃皇・弐型の説明、シミュレータによる訓練、佐渡島侵攻作戦への概要説明を行うように、とのことだ。
丸投げしてくるとは思わなかったが、彼女は朝まで作業していたのだから責められない。

「純夏。わかっていると思うが、任務中は名前で呼ぶなよ?示しがつかないからな」
「もちろん!軍隊方式も、慣れたからね」

“前の”世界では、「タケルちゃん」と呼ぶのがなかなか抜けず、よくスリッパではたいたものだ。
本来なら拳で殴る所なのだが、量子伝導脳に悪影響が出てはいかんと思い、代替としてそうしたのだが、まわりは、その特別扱いを不公平に感じたようだ。
部下も、純夏の特殊性は承知していたので、それくらいで結束が緩む事はなかったが、きちんとできるに越したことはない。

そして純夏は、表情をひきしめて背筋を伸ばし、本人はビシッとしているつもりの敬礼をした。

「白銀中佐。鑑純夏少尉、本日をもって特殊任務部隊A-01に着任致しました!」
「貴様を歓迎する。鑑少尉」

俺も答礼したが、こっちは下着姿なので、かなり無様だ。
純夏もそれに気づき、お互いプっと笑い合った。

「あ、夕呼先生がね。午後の訓練が終わったら執務室に来いって。『覚悟しておきなさい』って言ってたけど、タケルちゃん、何かしたの?」
「覚悟?なんだろ……」

──今更、なんの覚悟だろうか?

純夏が起きる前は、夕呼も普段通りだったから、純夏が何か話した後の事だろう。
とすると、“前の”世界の情報か。

“前の”情報で、夕呼が怒ることと言えば……

……

……ま

……さ

……か。

「な、なあ、純夏……もしかして、“前の”世界でお前が“死んだ”理由、話した?」
「うん。わたしの知ってる事、時系列で全部話したから、最後のあたりで」

血の気が引いた。

「どうしたの?」
「いや……ちょっと、な……聞くな」

事情を聞きたそうな純夏だったが、空気を読んだのか、それ以上は聞いてこなかった。

──仕方がない。夕呼には“最終手段”を使おう。

まあ、夕呼も殺しはしないだろう。

純夏は、空気を換えるように、もじもじと照れくさそうに話かけてきた。

「ねえ、タケルちゃん。昨日のわたし、どうだった?」
「ああ、良かったぞ」

「でもさ、わたし、あんまり覚えてないんだよね」
「そうだな」

目覚めたばかりで虚ろだったのだから、最後のあたりしか覚えていないはずだ。

「次を、初めてのつもりでしてほしいな……その次から、なんでもしていいからさ」

しおらしく言ったその言葉には答えず、純夏を腕の中に招き入れた。

──まったく、最初からこの態度で通せばいいのに。

純夏は、俺の胸に顔をうずめて、ぽつりと呟いた。

「ただいま、タケルちゃん……」
「ああ、おかえり、純夏」

この時俺は、失われていた半身が、ようやく戻ったような気分になった。

「タケルちゃん、こんなわたしを受け入れてくれて、ありがとう……」
「バーカ。……それは、俺の台詞だ」

「タケルちゃんは、どんな姿でもタケルちゃんだよ」
「それは、俺の台詞だ。脳みそだろうが人間でなかろうが……純夏は純夏だ」

“前の”世界でも交わした言葉。

純夏は、BETAに陵辱された事や、人間ではなくなった事を気にしての言葉だろうが、俺にも引け目はある。
純夏を、生物的に死を与えた片棒を担いだ事。
何よりも……中身が、こんなにおっさんになってしまった事。



純夏はいつしか、嗚咽を漏らしていた。
俺はそんな純夏が愛しく、黙って抱きしめた。
とても人に見せられない顔をしていることを、自覚しながら……。



…………………………



<< 涼宮茜 >>

12月17日 午前 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

「あれ?千鶴、どうかしたの?」
「え、ええ。……今日は生理痛がひどくて。いつもは軽いんだけどね」

千鶴が、下腹を押さえて歩きにくそうにしていたで、何気に訊ねたのだけれど、彼女は少し狼狽したようだった。
なんとなく、破瓜の痛みに耐えてるようにも見えたので、からかってみた。

「もしかして、昨日中佐にヤられちゃったとか?」
「まさか!冗談じゃないわよ!あんな人!」

相変わらず、中佐の事は嫌っているようだ。
やれやれと思ったけど、千鶴の性格なら仕方がない。

「もう、すぐムキになるんだから……辛いなら、今日は休む?」
「いえ、そこまでするほどじゃないわ」
「無理しちゃだめだよ」

私の言葉には、千鶴は何か諦めたような笑みを浮かべた。
気にはなったけれど、伊隅大尉の号令が響いたので、千鶴との会話は中断した。

「気を付けェ!──敬礼!」

白銀中佐が、いつものごとく、さっそうと現れた。
その姿はただ歩いてるだけなのに、やっぱり凄く格好良く思えて、私の中のスイッチが、つい入りそうになるのを堪える必要があった。
今ごろ、他のメンバーも同じような思いをしているはずだ。

中佐は、後ろに、見慣れぬ少女──それも、かなり可愛い──を連れていた。
頭頂部の一房のくせっ毛に、仲間意識を感じた。

「よし……突然だが、貴様等にA-01の追加要員を紹介する。本日付で着任した、鑑純夏少尉だ」
「鑑純夏少尉です。よろしくお願いします!」

──元気が良い子。それにしても、この時期に追加要員?

伊隅大尉も聞いていなかったようで、幹部連中で目線を交わし合っているが、戸惑いの色が見えた。
こちらの困惑をよそに、中佐は説明を続けた。

「鑑は、後ほど説明する新型兵器、凄乃皇の専属衛士だ」

『新型兵器』『専属』という言葉に特殊性を感じたが、その後の説明によると、彼女は正規の訓練を経て任官したわけではないらしい。
道理で、彼女の敬礼に、少し違和感を感じたわけだ。

そして、中佐による新型兵器、凄乃皇の説明が始まった。

XG-70b凄乃皇・弐型のスペックには、唖然とさせられた。
その巨体もさることながら、宙に浮くということや、ラザフォード場と呼ばれるバリア機能、極めつけは、主砲たる、荷電粒子砲。

「こいつの主砲なら、佐渡島のハイヴ程度のモニュメントなら、1、2撃で殲滅できる。全員、その時になって呆然とするんじゃないぞ」

そう言って、中佐はニヤリと笑みを浮かべたが、誰もその笑みに反応を返す余裕はなかった。

私は、両手を組んで、震えを抑えている。

──あの、忌まわしきBETAの象徴を、殲滅……。

中佐の言葉は、冗談ではなさそうだ。
呆然どころか、そんな光景を見たら、私は、涙をこらえられるだろうか。

また、凄乃皇の制御システムがかなり複雑なものであり、操縦には特殊な能力が必要とのことだった。
そして、その特殊な能力を、人類の中で持つ人間は、鑑ただひとり。
彼女は、生まれつきその能力を持ち、これまで裏で特別な訓練を受けたそうだ。

「よって、戦場にしろ何にしろ、命令がない限りは、鑑の無事を何よりも優先しろ。各自、何かあったときの心構えはしておけ」
「はい!」×13

中佐の言葉通りならば、彼女の重要性は、替えの効く私たちとは、比べものにはならない。
しかし、何よりも、というからには、もちろん中佐よりも優先する、ということだろうけど……私には、いや、私たちには出来るだろうか。

いやな想像をしてしまい、私は思考を振り払った。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月17日 昼 国連軍横浜基地 PX

「ほぅ。鑑は、中佐の幼馴染なのか」
「はい。物心ついた時から、ずーーーーっと一緒だったんです」

見た目や言動は、どう見ても一般人の少女。
これが、あの凄まじい兵器を手足のように扱うなど、想像だにつかない。
シミュレーターでさえ、その火力や防御力を目の当たりにして、背筋に震えが走ったくらいだ。

一見しただけでも、あの兵器はそうやすやすと制御できるとは思えない。
それを成す彼女の能力の凄まじさ……中佐の幼馴染という事で、その特殊性もなぜか納得ができた。

ただ、あの超兵器は、とても実戦演習で使用はできないから、鑑とはシミュレーターでしか訓練ができないのが残念だ。

その時、速瀬の問いが、場の空気を一変させた。

「ねえ鑑。中佐の小さい頃ってどんなだったの?」

全員の耳がピクリと動いた気がした。

「本当、意地悪なんですよ、タケルちゃん。すぐ人の頭を叩くし」
「バーカ、お前がいつも抜けてるから、突っ込んでやってたんだろ?」
「ぶー」

そう言って、鑑さんの頭をぐりぐりとした中佐は、年相応に見えた。
言葉遣いにも厳格さが無くなっている。

訓練中は、他の隊員と変わらぬ扱いだったが、休憩に入った途端、彼女が特別な存在ということはすぐに分かった。
もっとも顕著なのは、休憩時間でも、我々の前では恋人の名前を呼ばない中佐が、彼女に対してだけは「純夏」と呼んでいることだ。
鑑の方も「タケルちゃん」と親しげに呼んでいる。

私は、その事実に少し胸が痛くなった。
それは中佐の恋人達も同じだったようで、微笑ましくはしていたけれど、少し寂しげに見えた。

「そうそう、柏木さん。わたしもローテーションに入れておいてね」

──まあ、そうでしょうね。

私は、驚きはしなかった。
これほどの容姿で、この中佐と長年一緒だったというのだから、手付かずという方が私は驚いただろう。

「了解。それじゃ、調整しとくね。もしかして、昨日は一晩、鑑が相手してたの?」

その柏木の問いには、鑑は中佐を窺った後、戸惑いながら答えた。

「え?──う、うん。そうだよ」

何かあるのだろうか。
榊が、一瞬動きを止めた気がしたが……まあ、アイツはこの中でも最も中佐を敬遠してるやつだ。
大方、相変わらずの中佐の節操無しに怒ったのだろう。

その後、周りから詮索の問いがいくつか投げられたが、中佐の『機密だ』という言葉に、追求の手は止められた。
わかったのは、ふたりがこの基地の近くに住んでいたという事と、その後のBETA侵攻で離れ離れになったという事くらいだ。

BETAの侵攻で離れ離れ。

この言葉だけで、ふたりが壮絶な体験をした事が伺える。
明るく振舞ってはいるが、きっと、私には想像もつかない悲劇が、このふたりを襲った事は想像に難くない。



そしてその後、中佐は、柏木と築地を引き連れて、どこかへ行ってしまった。
今さら詮索するまでもなく、お楽しみの時間だろう。

訓練の合間にも、ふらっと誰かを引連れて行ってしまい、休憩が終わると、精臭を漂わせて戻ってくる。
まさにやりたい放題で呆れる所なのだが、彼女等を、羨ましいと思っている自分がいる。

前にはそんな気持ちは微塵も無かったが、一度気付いてしまうと、自分の気持ちを持て余しそうになってしまっている。

ふと鑑の様子を見ると、諦観の色が見えたので、想い人と幼馴染、という点に共感を覚えた私は、鑑に問い掛けてみた。

「なあ、鑑。嫉妬は感じないのか?」
「うーん。それは、あります。でも、タケルちゃん、あんなでも全員に本気で向き合ってますし」

そう。
あれだけ数が多ければ、殆ど遊びのようにしか見えない中佐のご乱行ではあるが、全員が全員とも愛情をしっかりと感じ取っている事が、彼をただの女誑しと表現できない所だ。

客観的に見れば、異常な事は言うまでも無いし、榊に限らず、私の倫理観にも反する事だ。
それが当たり前と思えるならば、今ごろ正樹を、姉妹全員で迫ってどうにかしている。

他人の事だから口出しはすまいと思っていただけなのに、私もその仲に加わってもいいと思うようになるとは、……私も相当影響されてしまったらしい。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

12月17日 夕方 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

目の前には、白銀の見事な程の──土下座。

白銀は、入室した直後、こちらが口を開く間もなく、この体勢を取った。
なるほど。敗北を悟り、最も被害を抑えて撤退する方針は、潔いだろう。

「何か、言うことはないの?」
「黙っていて、申し訳ございません」
「あたしの先をとって、社に口止めしておくとは、大したものね。さすがは世界をひとつ滅ぼした英雄さん、て所かしらね」

白銀は無言で床に額をつけたまま、私の嫌味には反論しなかった。

口止めなど、つまらない小細工をしたものだ。
しかし、その小細工に全く気付かなかったのだから、私も間抜けだ。
それゆえに腹が立った。

もっとも、世界を滅ぼした、というのは大げさだとは私は思っている。
白銀と鑑から聞いた情報から推測すると、00ユニットと凄乃皇の力をもってしても、“前の”世界での人類は終わっていただろう。
この世界ではまだ残っている国も、大方滅亡させられたあげく、人的資源や物資もほとんど底をついていた。
その状況で、ハイヴ構造がわかったとしても、人類に反撃の余力はなかったはず。
よくもまあ、佐渡島のハイヴを落とせたものだと感心したくらいだ。

それに、所詮は別世界の出来事。
私の知らない“私”が、どのような死に方をしたところで、お気の毒、と思うくらいだ。

本来であれば怒るような筋ではないけれど、私をたばかったという点を見過ごしては、沽券に関わる。
そして、なお腹が立つのは、これだけ呆れ果てても、まだこの鬼畜に、うさん臭い神々しさを感じるということだ。

「まあ、いいわ。今は気分がいいから、貸しにしといてあげる」
「ありがとうございます」

いつまでも土下座させていた所で拉致があかないので、そう言って切り上げたが、実際、今、私は気分がいい。

昨晩、再び目を覚ました鑑は、本当に普通の人間のように安定していた。
白銀の言った通り、ボディ部をかなり強化したのだけれど、違和感どころか喜んでいた。──その強化も、ハードなプレイに備えてのことだろう。全く、何を考えているんだか。

一通り鑑の記憶を確認した後、反応炉へ連れて行き、リーディングさせて見ると、情報のお宝がわんさかと手に入った。
殆どは、白銀から聞いた通りの内容ではあったが。

そして、世界中のハイヴの構造情報を、優先して洗い出した。
今頃、技術部の人間は、不眠不休で歓喜しながら情報を整理していることだろう。
明日中には、シミュレーターへ反映できる見込みだ。

ただ、やはりBETAを駆逐するには、オリジナルハイヴに攻め入らなければならない。
そこに、上位存在と呼ばれるBETA──『あ号標的』と呼称する──の存在は確認できたが、その存在への接触は出来なかった。
殲滅にしろ、交渉にしろ、オリジナルハイヴへの突入は避けられない。

だが、この時点で、私のオルタネイティヴ4の目的は、ほぼ達成出来たと言っていいだろう。
もちろん、後の手を間違えれば人類の滅亡が待っているが、物事が思い通りに推移すれば、流石の私も浮かれる。──鑑の“告白”で、多少水を差されてしまったが。

そして、白銀からはまず、今日の報告をさせた。

鑑の様子はモニターで常時チェックしているから、問題がないことは把握していた。
訓練も人間関係も上々のようだ。
やはり、鑑の申告通り、接触する人間へのリーディングはできないようにしたのが良かったのだろう。

その件については満足したので、白銀に新たな指令を与えた。

「明日、帝都へ向かってちょうだい」
「おや、何か?」
「煌武院殿下──ではなくて、今回は斯衛からの要請よ」

帝国軍の準備も大方整った。
帝国軍参謀本部より、12月24日に発令される作戦──甲21号作戦も、あとは秒読み段階だ。
XM3の配備もほぼ完了し、現在は全軍をあげて慣熟訓練を行なっているようだ。

しかし本日、XM3に関して、発案者たる白銀から講習を受けたいと要望があった。

「ですが、XM3の概念や仕様は、うちの人間にもきちんと浸透させたはずですが?」
「確実を期す為に、発案者を出せということらしいわ」

白銀は、横浜基地の、普及担当の衛士や技術部の人間に、説明会を何度も開いて、XM3への問い合わせが出た時の手を打っていた。
それにも関わらず、あえて白銀の出馬要請をしてくるとは、何か別の意図があるのだろう。

思いつく事といえば、殿下との噂。
それに、タイミング的に言えば、00ユニットの完成が関係している事も考えられる。

「アンタ、嫌われてるだろうから、嫌がらせかもね。──それとも、オルタネイティヴ4の功労者への探りかしらね」
「どういうことです?」

私は、00ユニットの調整に多大な貢献を成した人間として、白銀の名を挙げた事を伝えた。

「はぁ……意図はわかりますが、最近、あからさまに俺を持ち上げますね」
「でも、事実でしょ?」

白銀なくしては00ユニットの完成も、安定化も無かった事だが、もちろん、私の手には裏がある。

功績を表立って称えることで、コイツを私の腹心として目立たせ、周囲に認知させる。
面倒な時は、白銀を私の名代として各所に向かわせれば、煩わしさは軽減される。
先日のアラスカ出張でその事を実感したので、徹底的に利用させてもらう事にしたのだ。

そして、英雄という者は、男の軍人である方が、女の科学者である私よりも世間に受け入れられやすい。
最強の衛士で、画期的なOSの発案者。そして、人類を救う鍵となる、00ユニットの開発と安定化にも貢献。
加えて、若く、容姿も優れている。これほど分かりやすい英雄像はないだろう。

さらに、白銀が賞賛をあびれば、それはすなわちオルタネイティヴ4への賞賛に繋がり、反対派への牽制となる。
一石で、何羽もの鳥が落とせる手だ。

「そりゃそうですが、こっちも忙しいんですがね……ま、一回行って満足するなら、さっさと済ませましょう。本当にわからない事があるかもしれませんし」
「じゃ、お願いね。誰か、手伝い連れて行きなさい」

「いえ、ひとりで結構です。ピアティフも霞も情報整理で忙しいでしょうし、A-01は、訓練に充てたいですしね」
「副官くらいはつけなさい。格好つかないでしょう」

体面というのもあるが、いざとなったら白銀の盾になる人間が必要だ。
白銀の存在価値は、白銀が思っているよりも重い。
こいつに何かあったら、A-01も00ユニットも使い物にならなくなる可能性は、かなり高いのだ。

もっとも、白銀より腕が立つ人間など、この基地にはいないだろうが、用心に越したことはない。
白銀もそれを察したようで、A-01から適当な人間を連れて行くことに同意した。



…………………………



<< おっさん >>

12月17日 夕方 国連軍横浜基地 廊下

最終手段の“黙って土下座”作戦が功を奏したようで、なんとか切り抜けられた。
まあ、最終手段で土下座、というのは陳腐だが、陳腐とは、よく用いられ、有効であるからそう呼ばれるのだ。
さらに、バレたタイミングがこの時期というのも効いているだろう。

夕呼の“貸し”は少々怖いが、元々、大抵の命令には従うつもりだから問題はないだろう。
だが、こっちの予想を裏切ることにかけては、世に並ぶものがいない女だ。
どのような無理難題を突き出してくることやら。

「しかし、英雄ねぇ……」

夕呼が、俺を看板として最大限に利用しようとしている事は明らかだ。
だが、夕呼の指令に従うのは、最初の“契約”の通り。
俺もそれが、彼女の立場強化に有効であることがわかるから、唯々諾々と服するが、気持ちとして引っかかるのは仕方が無い。

「まあ、これも運命か」

性分ではないからと、必要な事にひるむようなら、人類を救うという大層な願いは口には出せない。
せいぜい、夕呼の望む英雄を演じてさしあげよう。

「さて、宗像の相談事とは、何だろうか……なんつってな」

午後の訓練後、宗像が相談したいことがあると言ってきたので、彼女の自室に待たせてある。
相談事といっても、間違いなく色恋沙汰の話だろう。

まもなく宗像の部屋にたどり着き、扉をノックすると、少し硬い表情の宗像が出迎え、俺を部屋に招き入れた。

宗像は、何から話していいか、決心がつかないようだったので、こちらから切り出してやった。

「さて、何か、悩みでもあるのかな?」
「……はい」

しおらしく頷いた宗像は、やけに可愛く思えた。
普段の皮肉屋の空気を纏っていないことが、ことさらその可愛さを引き出していた。

宗像は、自嘲気味に言った。

「中佐なら、先日の私の表情で、悟られたのではないですか?」
「まあ、大体はな。貴様が俺に気があるとは思っていなかったが──故郷に、好きな男がいるんだろ?」
「……はい」

後ろめたそうに頷いた宗像を見て、

──ヤベ、興奮してきた。

スラックスのポケットに手を入れ、さりげなくブツのポジションを調整する。

「わからないんです。自分が、どうしたら良いのか……」

わからなくはないはずだ。取り得る選択肢は限られている。
だが、論理的な思考だけで方針が定まるほど、女性にとっての恋愛ごとは単純ではない。

結局のところ、宗像は、俺に決めて欲しいのだ。

だから、ここはやや強引に道を決めてやるのが、情け。
相談の結果、どうなるかくらいの覚悟は、ある程度もっているはずだ。

「お前の選択肢は、ふたつだ」
「ふたつ……?」

「そいつを忘れず俺のものになるか、そいつを忘れて俺のものになるか、だ」
「……どっちにせよ、中佐のものなんですね」

はかなげな苦笑いは、ふれれば崩れそうに思えた。

「そうだ。この部屋でふたりきりになった時、お前の運命は決まっていた事だ。諦めろ」
「大声を出せば、どうなります?」

最後の抵抗か、いつもの調子を少し取り戻したような、シニカルな笑み。

「ああ、その手があったな。無理矢理やるのは俺の趣味じゃないから、そう来られれば逃げるしかない。──やってみるか?」
「……意地の悪い人だ」

さて、据え膳を愛でるのもそろそろいいだろう。仕上げにかかろう。

宗像の両頬にそっと掌をあてて──

「まあ、とりあえず……悩むのは、事が終わってからにしろ」



宗像フラグ、回収。



[4010] 第40話 おっさんの誤解~日本編~
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/10 01:18
【第40話 おっさんの誤解~日本編~】

<< 宗像美冴 >>

12月18日 朝 国連軍横浜基地 PX

「おはようございます。大尉」
「おはよう、宗像。他の連中は、もう済ませてしまったぞ」

そう言った伊隅大尉の前には、すでに朝食の盆は無かった。
どうやら、少し遅くなってしまった私を待っていてくれたらしい。

昨晩の白銀中佐は優しかったが、何度も何度もその欲望を吐き出したことで、私は疲労を感じて突っ伏してしまった。
中佐はそれを確認した後、その日の予定通り、速瀬中尉と涼宮中尉の元へと赴こうとした。
聞きしにまさるタフさに感心しつつも、幾分かの嫉妬心と寂しさと好奇心から、少々無理をして、ついて行ってしまった。──今思えば、止めておけば良かったが。

ともかく、その無理がたたり、今朝は寝坊する所だったのだ。

「お待たせしてしまって、すみません」
「いや、気にするな。上手くいったのだろう?」

伊隅大尉には、昨日、白銀中佐と相談してみることを話していた。
結果をいつ報告しようかと思っていたが、大尉の方が気を利かせてくれたようだ。
全員に打ち明ける前に、ふたりで話がしたかったから、この場はありがたかった。
もっとも、今まで報告しなかったという事が、昨晩に何があったかを表しているのだが。

不作法ではあったが、大尉が勧めてくれたので、食事をしながら大まかに報告をした。

「そうか。中佐は、受け入れてくれたか」
「はい」

揺れたままという状態に耐えられず、思い切って中佐に内心を打ち明け、その気が無さそうであればすっぱり諦める、と決めていたが、中佐は私の迷いを察し、半ば強引に事を進めてくれた。
引き返せない一線を越えてしまった事に、幾分の寂寥感はあったが、私は満足している。

「故郷の男はどうする?」
「手紙を書こうと思います」

中佐は、あの人を想ったままで良いと言ってくれたが、私はそこまで器用な女じゃない。
それに、あの人が二股をかけるような女を受け入れる訳がない。
あの人には、手紙で恋人が出来たと伝え、未練を断ち切ることにした。

「そうか……。私は、まだそこまでの覚悟はできんな」

大尉は、少し寂しげに、残念そうにそう答えた。
年月の深さが想いの深さに比例するとは思わないが、伊隅大尉の想い人は、ものごころついた頃から、一途に想っていた相手だ。
そうそう吹っ切れるものではないだろう。

「それに、新任に疎外感は味わわせたくない。もし私から告白するにせよ、それは、他の連中が落ちてからのことだろうな」
「あっ──」

私は、白銀中佐への揺らぎで頭が一杯で、新任への配慮を忘れていた。
大尉とて、私と似たようなものだっただろうに……。

「すみません……自分の事ばかり考えていました」
「はは、私の事は気にするな。部下の幸せを見守るのも、上官の勤め……だったかな?」
「お言葉に、甘えさせて貰います」

これ以上の同情は、かえって失礼だろうからそう言ったが、先任の中でぽつんと残ってしまった大尉の事を考えると、申し訳なく思った。

伊隅大尉は、隊内の猥談を推奨した張本人。
自業自得ともいえる状態だけれど──いや、だからこそ、責任感の強い大尉は、自分が最後だ、と決めたのだ。
しかし、榊などが落ちるのを待っていたら、いつまで経っても生殺し状態だと思うのだが、それは大尉も覚悟の上だろう。

この人は以前、中佐から口説かれれば断れないだろう、と仰っていた。
私と大尉の悩みだった、女としての魅力については、「好きな男が居る女を口説く趣味はない」という中佐のポリシーを聞いて安堵した。
もっとも、「基本的に」という前置きが付くらしく、私に関して言えば、中佐はどうしようか迷っていたとのこと。
その言葉を聞いて、私の自尊心は幾分満足した。彼のポリシーを揺らがせる程度にはあったということだ。

伊隅大尉への意見も聞いてはいたが、それを言ってしまえば決意を惑わせるだけだろうから、私は何も言わなかった。
今後、伊隅大尉をどうするかは、中佐にお任せしよう。
こういう事はでしゃばるべきではないのだ。

しんみりとしてしまったので、最後に軽口で、このささやかな“同盟”の締めくくりにしようと思った。

「今度、中佐の下着でもくすねてきますので、夜の肴にでもしてください」

伊隅大尉とて、この年で自慰行為が皆無なわけもないだろう。
馬鹿を言うな、という言葉が間違いなく返ってくると思っていたのだが──

「……本当か?」

期待がこもった目でこちらを窺うさまを見て、いつまで耐えられることやら、と思った。
同時に、どうやって、中佐から下着をくすねたものやら、と頭を悩ませる事になった。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

12月18日 午前 神奈川県 多摩川付近

──まったく、どうして私が、こんな……。

今朝のブリーフィングで、中佐から開口一番、帝都出張に副官として随行するよう、命令があった。
正直、この野獣とは、二度とふたりきりになりたくは無かった。
以前の私なら食い下がった所だけれど、私は不満を表面に出すことなく、承知した。

なぜ、よりによって私なのだろうかと疑問に思い、理由を尋ねてみたところ、「特に理由はない」と教えて貰えなかった。
私だって、変われるものなら変わりたいというのに……全員の羨ましげな視線が痛かった。

数時間前の同僚の「いってらっしゃい!」という明るい言葉とは裏腹なジト目を思い出すと、随行を命じた中佐が恨めしく思えた。

その中佐は今、上機嫌で軍用車の運転をしている。
本来であれば、私が運転するのが筋だ。訓練兵時代に、少しではあるが車の運転技術は教わったし、実際、さきほどの“休憩”までは、私が運転していたのだ。
しかし、私が休憩で疲弊してしまったので、中佐が「運転を変わろう」と、私の返事もまたず、シートに座ってしまった。

──このままではいけない。

自分から動かなければ、この流れは変えようがない。
思い切って、中佐に話しかけた。

「あの……もう、こんな事は止めていただけませんか?」
「こんな事、とは?」
「さっきの休憩や、一昨日の夜の事です。私も忘れますので、中佐も忘れてください」

私の身体には、まだ“休憩”の余韻が残っている。
以前なら、想像だにしなかったこの感覚。私の身体はどうにかなってしまったようだ。……一昨日の出来事から。

一昨日の夜、彼は何か浮き浮きとした様子で、にっこり笑って私に親しげに話しかけてきた。
どんな言葉をかけられたか記憶にないけれど、なぜか私の部屋に行くことになり、入室してすぐ彼はケモノになり……私の身体の全てを、強引に奪った。
なぜか会話の中で、中佐の求めに頷いた覚えだけはあるので、後悔した所でどこにも訴えようがない。

そして、翌朝目覚めた時、私はひとりだった。
シーツの赤い染みと、股間の痛みと、私の体中にまとわりつく乾いた精液が、中佐との行為が現実だったことを証明していた。
どうやら、中佐は失神した私を置いて、自室に戻ったと推測した。
自分のうかつさに涙が出そうになり、ひどく落ち込んだものの、二度と、流されてなるものかと決意していた。

幸い、失神する直前に、他のメンバーには言わないで欲しいとの願いは聞いてくれたらしく、私との関係はまだ気付かれていない。
このまま関係を終わらせれば、何も無かったことにできる。──私の身体の変化を除いて。
しかし、中佐の返答は、私の望みとは正反対のものだった。

「却下」
「……何故です?他にも女性はいらっしゃるでしょう?」

「俺は独占欲が強いんだ」
「私は貴方が執着なさるほどの女じゃありません。“ゲジマユ”なんでしょう?」

昨日から考えていた断りの理由をつらつらと述べるが、中佐の牙城は崩せなかった。

「TACネームの事は、俺の本心じゃないさ。……それに、執着するほどの女だよ、お前は」

──くっ!このスケコマシ……!

歯の浮くような台詞とウインクに、つい顔が赤くなる。
だけど、この程度の口説き文句で、落とされてはたまらない。

「それは、他の連中に言ってやってください。中佐につけられたTACネームを気にしている者もいますので」

鎧衣と珠瀬が、つけられたTACネームをいまだに、いや、今だからこそ気にしている。
彩峰などは、かえって自信満々になってしまっているが。

「皆の気持ちはお気付きでしょう?よりどりみどりじゃないですか」

訓練において、あれだけこちらの心理を読み取った中佐の事だ。
皆の想いに全く気付かないわけがない。

「まあ、な……。丁度良いから、聞いておこうか」

中佐は案の定、肯定の意を示したが、少し考え込んだ後、私に質問をひとつしてきた。

なぜ、出張から帰って来た時、新任連中が好意的になっているのか、と。

私は、御剣と彩峰から、中佐の本意とその根拠、いつどうやって気付いたかなど、彼女達から教えて貰った事を、殆どそのまま伝えた。
中佐は、その説明で納得したようだ。

「道理で、俺を見る目が変わったわけだ。以前は、毛虫でも見るようだったってのに」

中佐は冗談交じりで笑って言ったけれど、私は少し恥ずかしかった。
それほど、あからさまな嫌悪の目で見てたのだろうか……。

「しかし、神宮司の線からバレるとはねぇ。俺も彼女もうかつだったが、それを俺に悟らせないとは、御剣も彩峰も、大した役者じゃないか」

確かに。
私と珠瀬と鎧衣も全く気付かなかったのだ。
彩峰など、中佐に気がありがなら、私たちに合わせて悪口を言っていた事になる。
彼女の神経の図太さに、改めて呆れたが、元の話からだいぶ逸れていたので、話題を戻した。

「ともかく!中佐の事を想う女性は他に大勢います。平凡な私にこだわる必要はないでしょう!」
「平凡じゃないぞ。その野暮ったい巨大三つ編みを解いて眼鏡を取れば、凄い美人だぜ?」

強引に決着を付けようとしたのだけれど、中佐はまた歯が浮くような台詞で、私を赤くさせた。
野暮ったい、という所に多少引っかかったが。

──そんなに、悪いかしら。三つ編みと眼鏡……。

「第一、必要かそうでないかで言えば、相思相愛なのに別れる必要もないな」

──はぁ?

続けて口にしたその言葉に違和感を感じたので、突っ込んで訊ねてみた。

「相思相愛とはどういうことですか?私は、中佐に特別な感情はありませんが」
「え?だが、帰って来た時──」

戸惑った中佐の説明を聞いて、私は頭痛を感じた。
まさか、出張から帰って来た時の、周りに合わせた仕草や、怒りの紅潮を見て勘違いするなんて……!
……いや、出張後の仕草は、私が悪いかもしれない。

後悔やら納得やら怒りやら情けなさが頭をぐるぐる回った。
その思いは、能天気な中佐の声によって中断させられた。

「済んだ事は仕方がない。これから好きになれ。誤解から始まる恋愛ってのはよくある話だ」
「そんな気は起こりません!」

私は、中佐の誘いは一切受け入れるつもりはなかったのだけれど、……この時、中佐の表情が変わった。
意地悪そうな表情に、冷たい目線──訓練の時とも異なる、私を蔑む目だ。

「良く言う。さっきも一昨日も、随分ノリノリだったじゃないか」
「あ、あれは……」

自分の痴態を思い出し、羞恥が湧いた。
そして中佐は、私の反応にかまわず、立て続けに言葉で追いこんできた。

「俺に好意がないなら、お前は誰にでも股を開く尻軽ということになるな?」
「本気で嫌だったなら、一昨日もさっきも、もう少し抵抗できただろう?」
「一昨日、お前が上になったとき、随分腰を振っていたが、あれは?」
「あの時、自分から舌をからめてきたのはどう説明する?」
「さっきバックから突いてやったとき、乳首をつまんでくれと、おねだりしたのは誰だったかな?」
「何も命令してないのに、舐めたり咥えたり飲んだりしたのは、何のサービスだ?」

「言わないで……」

私がやっと放った言葉は、蚊の鳴くような声だった。
そんな小さな抵抗など聞いてくれるはずもなく、この男はさらに私を追い詰めた。

「良い事を教えてやる。俺は今まで多くの女を見てきたが、お前はその中でトップクラスの淫乱女だ」

……みじめだった。
涙があふれ、視界が滲む。けど──

──どうして?こんなに意地悪されているのに……。

なぜか反抗心は起らず、体の奥底に震えが走り、下腹部が熱くなるのを感じた。

数秒の沈黙の後、中佐は表情を緩めて、ふ、と穏やかな微笑みを浮かべて、言った。

「だが、俺はそんな淫乱な“千鶴”を愛してるぞ」

──もう、わけがわからない。

何を考えていいのか、何を考えるべきか、混乱で頭がおかしくなりそうだった。
そんな私をよそに、中佐は微笑を称えたまま、運転に集中した。

そして、またしばらく放置した後、その微笑を消し、冷たい目線でチラリと私を一瞥した後、前を向いたまま……私に奉仕をするよう“命令”してきた。
私の理性は、当然、断るべきであると即決していた。が……。

──これが、最後よ……。

私は、頼りない決意を胸に、言われるまま、中佐の股に顔をうずめ、人家が見えるまで奉仕を続ける事になった。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

12月18日 午前 国連軍横浜基地 PX

「──てわけでさ。自分でさせておいて爆笑するのって、酷いと思わない?」
『あはは!』

休憩時間、速瀬中尉の昨日の報告に、笑い声を上げる中佐の恋人たち。
先日入隊した鑑もすっかり打ち解けている。

最初は戸惑ったこの凄まじい程の猥談も、だいぶ慣れた。
中佐がいらっしゃる時はなりをひそめていたが、此度の出張で不在になった途端、再開した。

昨晩は、速瀬中尉と涼宮中尉と宗像中尉のお三方が中佐のお相手だったようだ。
そこで、鼻フックなる小道具を持って、3人並んで豚の真似ごとをさせられたそうで、相変わらずの中佐の変態ぶりを知らしめている。──変態と呼ぶと本気で怒るそうなので、思うだけだが。

3人とも抵抗があったものの、少年のように目を輝かせる中佐には逆らえなかった。
初めは気のりしなかったようだが、やっているうちに白熱して羞恥心が麻痺してきたところで、中佐が堪えきれないように噴き出し、大笑いしたとのこと。

「水月だって、笑い転げる中佐を殴る蹴るしたんだから、おあいこでしょ?」
「そう仰る涼宮中尉が、最もダメージを与えていたように見えましたが」
「あはは、気のせいだよ。宗像中尉も、目立たないようにやってたよね」
「人が恥ずかしさに耐えて要望に応えたというのに、笑われたのですから、少しくらいは良いでしょう」

目立たないようにボディばかり狙った所に、お三方の怒りを感じたが、鋼のように鍛えた中佐にはあまり効果がなかったようで、少し悔しそうだった。
その後、普通に──といっても、私の常識からすれば異常なのだが──愛し合い、仲直りした、という所で、昨晩の報告が終了した。

「けど、宗像も初体験の直後に、無理して参加しなくて良かったのに」
「私は新参者ですので、祷子を見習って、率先して経験すべきかと思っただけです」

なるほど。新参者は、そう振舞うべきなのか。
私も、もし、中佐と結ばれたら……そうするべきなのか。しかし、豚の鳴きまねは少々抵抗が……。

「まあ、宗像の可愛い反応見れたからいいけどね。ありゃ貴重だわ」
「そういう速瀬中尉も、なかなかの豹変具合でしたよ」

ふふん、と不敵な笑みを交わし合うふたり。
いつものやりとりだが、宗像中尉の態度が微妙に強くなったような気が……いや、気のせいではないだろう。

ふと、それを楽しそうに眺めている鑑に、訊きたい事があったので、声をかけてみた。
鑑は、どうも我々と違い、“あの”中佐を直視できている。
それも、目を合わせて会話していたので、不思議に思っていたのだ。

「うーん。質問の意味がわからないんだけど?」
「いや、そなたは中佐を見て、何かこう……妙な気分にならぬのか?」

「好きだから、ドキドキはするよ?」
「いや、その……なんと言うか、神々しさとか、感じぬのか?」

私の言葉に、鑑は心底おかしそうに笑い声を上げた。

「あっはは!あのタケルちゃんが、神々しい?御剣さん、おっかしー!」

──わ、私が、おかしいのか?

「だ、だが、確かに数日前から……」
「タケルちゃんは、昔からあんな感じだよ?小さい頃よりは、ちょっと精神的に大人になりすぎちゃったくらいかな。変わったのは、御剣さんの方じゃない?」

そうであろうか。
確かに、出張の間に、私の想いは変わったが……それはむしろ、中佐の性の乱れ具合を知り、負の方向に変わったはず。
そんな我等の会話を聞きつけたらしく、柏木が割り込んできた。

「鑑、中佐を見て何も感じないの?」

それを皮切りに、他の隊員も同調して、私が異常でない事に安堵したが、そうなると鑑の反応が不思議だった。

「もしかして、鑑は白銀中佐の事、それほど好きじゃないのかなぁ?」

涼宮の言葉は、表情からして明らかに冗談だったが、鑑には、通じなかった。
白銀中佐の事ならムキになる事は、昨日の段階であっさり判明している。

「そんなことないよ!わたしの半分は、タケルちゃんで出来てるんだから!」

そして涼宮に、自分がどれだけ中佐を愛しているかをこんこんと言い聞かせるように説明し、それは「わ、わかったから。ゴメン」という涼宮の謝罪が三度繰り返されるまで続けられた。

「鑑少尉は幼馴染だから、特別なのかしら?」
「うーん。そうなんですかね。わたしは、よくわからないですけど」

風間少尉の推測には、鑑はそう返した。
違いの分からない鑑に尋ねても、理由など出てこないのは当然であろうが、私も風間少尉の論に賛成だ。
幼馴染ゆえ、等身大の中佐を見ているのであろう。
あの神々しさを感じれぬのは、勿体無い気もしたが、羨ましいとも思った。

「榊少尉を除いて、全員、同じような反応をしていた。白銀中佐を好きになる女性は、そうなるはずだが……特例がいたか」
「全員て、わ、わたしも、ですか……」

宗像中尉の真面目に分析に、珠瀬が落ち込んだ様子を見せた。

「ん?お前、時々中佐に見とれてるぞ?直視できないなら、私たちと同じじゃないか」
「う……そ、そうですか……」

自分の気持ちに気付いていなかったとは驚きだったが、この場に居ない榊を除いて皆、中佐に懸想していることくらいは周知の事だ。
榊以外の人間がいつ落ちるかの話題もたまに出ていた。
珠瀬は、自分は榊側と思っていたのであろうか。

──私は……いつか中佐と結ばれる時が来るのか?

あれから、度々出くわすものの、中佐は意味ありげな言葉を吐くのみで、今一歩、こちらには踏み込まれぬ。
私は、いつでも口説かれる覚悟をしているのだが、その想いをかわすかのように、中佐は毎度、穏やかな笑みとともに私を残して去るのだ。

その度、私は自分の女の部分に自信が失せてゆく。
殿下という存在がいなければ、私は、とうにどん底になっていたであろう。

殿下がメンバーのおひとりと聞いて、脂汗やら奇声やらが湧いたメンバーも、今では落ち着いたものだ。
私も、クーデターの時のご様子から、そうなってもおかしくないと、ある程度想像はしていたが、かなり驚愕した事には変わりない。
同時に、私はあの時、少し安心したのだ。私と同じ容姿である殿下を、恋人とされた事に。

少なくとも、私は白銀中佐の好みから外れていないはず。
にもかかわらず、口説かれぬという事は……もしかしたら、私の性格か振る舞いが、お気に召さぬやもしれぬ。
……築地のように、振舞ってみようか。

私がひとりで悩んでいたところ、柏木が新たな話題を振ってきた。

「話は変わりますが、神宮司大尉に聞きたかった事があるんです。3日空けちゃ駄目な理由って何ですか?」

それは、初耳だ。

「え!?……えっと、その…………」

突然の振りに、戸惑いを見せた神宮司大尉だったが、数秒後、諦めたように溜息をひとつ、ついた。

「いつか言う時が来ると思ってたし、言っておくわね…………禁断症状が出るの」
「禁断症状?一体、何の?」

全員、首を傾げたが、元207Bは私を含めて皆、顔がこわばった。
私は、先ほど口に含んだ合成玉露をそのままに、緊張していた。

──まさか、麻薬?そんな馬鹿な。

あの時、榊が勢いで口にした麻薬説が、まさか……。

固唾を飲んで見つめる我等を見て、大尉は天を仰いで、ぽつりと漏らした。



「……中佐の、精液……」



数秒間、その言葉を理解しようと努め、認識と同時に──

──ブフゥっ!

鼻から合成玉露が出た。


気管にも入ってしまい、咳き込んでしまったが、飲み物を口にしていた全員が同じ状態だったのは、幸いか。
中佐が出張中でよかった。このような姿、あの方にはとても見せられぬ……。

咳き込んだり、うつむいて笑いを堪えたりしている我等には何もいわず、神宮司大尉は症状についての説明を勝手に続けた。
築地は、一応堪える気はあるようだが、その笑い声はかなり目立っている。
伊隅大尉が、その築地の頭に拳骨をひとつくれて、神宮司大尉の説明に応えた。

「はぁ、心因性のモノですか……。しかし、なんと言ったらいいか」
「何も言わなくていいわ。副司令に比べれば、貴女たちの反応は可愛いものよ。……でも、貴女たちも、もしかしたら私と同じになっているのに、気付いていないだけかもよ?」

後半の言葉は、やや冗談めかしていたが、本気の色も見えた。

「しかし、先日のアラスカ出張の間、誰もそんな症状は出ませんでしたが?」

宗像中尉の反論には、神宮司大尉はさらに返した。

「私が前回発症したのは、5日目。出張は何日だったかしら?」

全員、否定する明確な根拠も出せず、黙り込んだ。
だが、証明するのは簡単な事で、5日ほど「中佐断ち」をすれば良いのだ。
それに気付かないわけでもあるまいに、誰もそれを言い出さないところをみると、証明するのが怖いのか、証明の為に5日も空けるのが嫌なのか。

考え込んだ全員を満足そうに見て、神宮司大尉が口調と表情を変えて、立ち上がった。

「さ、そろそろ時間です。伊隅大尉」
「は、はい。……よし、全員、シミュレーターデッキに戻るぞ」
「了解」×12

その時には、皆、すでに戦士の顔になっている。
さきほどまでの、猥談やら恋愛やらの軽い空気は欠片もない。

戦術機での扱いにおいては、先任にひけを取らぬ我等新任だが、この切替の凄さは、まだ徹底しきれない所だ。
この、なんとも頼もしい先任たちに追いつくべく、私も精進しよう。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

12月18日 午前 帝国軍本部基地 講習会場

帝都に到着した時には、白銀中佐は、いつもの毅然とした軍人の態度になっていた。
私はどうしたら良いか迷ったものの、彼と同じように、普段の軍人としての態度を取る事にした。これが正解だろう。
もっとも、口を開くと中佐の精臭が漏れそうなので、できるだけ口を閉じるようにしてはいるが。

そして、愛想のあまり良くない担当官に、広めのホールの壇上へと案内された。
講習会とは聞いていたが、これほどの大ホールだとは想像していなかった。
スクリーンには、講演者の顔がアップで映し出されるように、セッティングされていた。
この間、担当官からの説明は殆ど無く、説明資料として、XM3マニュアルは全員に配布してある、という一言だけだった。

今回の出張における私の役割は、単なる添え物で、黙って座ってればいいとの事だった。
お前が説明しろ、といわれたらどうしようかと思っていたけれど、それは杞憂で済んだ。

XM3に関しては白銀中佐が第一人者。
機密を除けば、応えられない質問などはない。
安心して見ていられるはずだったけれど……私は、段々と怒りが沸いてきた。

──何の茶番よ、これ!

「質問!登録データに関しての応用について──」

中尉階級の、服装からして斯衛の衛士が挙手し、口にした質問を聞いて、私はまたうんざりした。

──それ、さっきも別の人が言ったじゃない!

マニュアルを見ればわかるような事や、同じような質問が繰り返されている。
中佐はその度に、何ページ目に書いてある事を示すだけではなく、丁寧に回答していた。

「──以上だ。理解できたかな?」
「おお、記載に気付きませんで申し訳ない。さすがは希代の英雄。何でもそつなくこなしますなぁ」
「いやいや、さすがは煌武院殿下と噂されるお方。口の方も達者でいらっしゃる」

このように、回答の後はなにかしら皮肉や誉め殺しを付け加え、別の人間が追従する。

──これが、斯衛?帝国軍?

ホールの聴講席に座る面々は、階級もまばらで、帝国軍の将軍クラスから少尉まで、統一性が無い。
少し懐かしい月詠中尉や、3名の少尉の顔も見えた。
また、私も写真で見た事がある、紅蓮大将の姿も。

少し恰幅の良い、気難しげな帝国軍少将が次に発言した。

「しかし、このXM3、本当に効果があるのかね?コンバットプルーフされたとはいえ、横浜基地内だけのデータであるし、全軍への一斉配備は早計ではないかね?」
「それは、貴軍の上層部が決めたことですので、小官がお答えできることではありません」
「そんな事はわかっておる!だが、貴官が配備を強く推奨したのは事実だろう。その上で意見を聞きたいといっておるのだ!」

居丈高に怒鳴る少将だったが、白銀中佐は微塵も動じなかったので、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
それくらいで怯むようなタマではないのだ。

「それは、失礼しました。小官は、立証は十分であると考えております。そして、一斉配備については、それだけの理由があります。この場で私の口からは申し上げられませんので、それについては貴軍の責任者にお問い合わせください」

佐渡島奪還作戦のことに決まっているが、それをこんな場で口に出すほど中佐はうかつではない。

「フン、逃げのうまい事だ。もし誤動作でもして我が軍に損害が出たら、どうしてくれるのかね」
「それは、その時に仰ってください。……では、次の質疑に進みましょう」

少将はすげなくあしらわれて顔を赤くしたが、どすんと音を立てて腰を落とした。

さっきから聞いていれば、話題がXM3の使用以外に反れると、中佐はあしらうように話題を中断させる。
逆に、XM3の使用法に関することであれば、どのようなつまらない話題であれ、丁寧に答えている。
この講習は「XM3の使用法について」だから、文句も言えないだろう。

それからも、意地悪な質問が相次ぎ、私の胃を重くしたが、中佐は相変わらずの態度。
これが、本当に同い年かと、もう何度目になるかわからない思いがよぎった。

不審に思ったのは、誰がどんな質問や嫌味を口にしても、誰もそれを咎めようとしない事だ。
紅蓮大将の人となりは亡父から聞いているし、月詠中尉とは深い仲ではないが、その性格は大体つかめている。
くだらない質問は一喝しそうなものなのに、彼等は無表情にその質疑を見やるだけだった。

「では後ほど、音に聞こえた最強衛士の腕前、ご披露していただけますかな?不肖ながら、小官がお相手つかまつる」

私は、その斯衛の黒服を来た、自信ありげな少尉の発言を聞いて、心が躍った。
いかな斯衛とて、白銀中佐に叶うはずもない。せいぜい、打ちのめされればいいと思ったが──

「断る」
「ほう?まさか、臆病風に吹かれた訳でもありますまい?」

「今回は講習の名目で来ている。演習であれば、後日正式に要請を出してもらおうか」
「なかなか筋の通った逃げ口上。流石と申し上げましょう」

その少尉は、中佐をあからさまに蔑むように見下し、着席した。
ざわざわと私語が沸き立つ。

「この様子では、あの沙霧を討ったというのも、何かの間違いでは?」
「噂とはえてして大げさなもの。横浜の誇大広告とも考えられますな」
「実際に相手したのは、少数のBETAと、横浜の衛士です。捏造も十分可能でしょう」

殆ど、聞こえるように言っているが、中佐は、どこ吹く風と、聞き流している。
その態度が、余計に腹を立てさせるのだろうけど──

──どうして、何も言わないの?

いや、中佐のポリシーは承知している。
きっと、それが“無駄”だからだ。
この講習会自体が無駄とも言えるが、引き受けた任務だから、中佐はきっちり筋を通しているだけだ。
それ以外の事については引き受けず、話題も打ち切るのはその為だろう。

──でも、悔しい。

中佐にあしらわれて、悔しげな将校たちの様子で多少溜飲が下がるものの、私の中では苛立ちの方が圧倒的だ。
だけど、私がここで激昂してしまえば、耐えている中佐の努力を無に帰すことになる。
というか、本当に痛痒など感じていないようにも見えるが。



結局、白銀中佐は最後まで、嫌味を聞き流し、しつこいほどの質問に、根気よく、丁寧に回答した。

その姿は、彼を嫌ってるはずの私でも、涙がでそうになるほど……輝いていた。



[4010] 第41話 噂のおっさん
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/15 02:43
【第41話 噂のおっさん】

<< 月詠真那 >>

12月18日 午前 帝国軍本部基地 講習会場

──聞くに堪えん。

目前で繰り広げられる無駄な問答を聞いて、私は何度目かの溜息をついた。
紅蓮大将の、どのような問答であれ妨げてはならぬ、という命令がなければ、とうに一喝しているところだ。

紅蓮大将もお人が悪い。
元々は、白銀という怪しげな男を、殿下に近付けて良いのか、という疑問の声にすぎなかったはずだ。
下からの突き上げがあったとしても、押さえるくらいはできたであろうに、それを利用して白銀中佐を試す場を設けてしまった。

また、講習会の参加者を、わざわざ軍内で公募したことにより、希望者が殺到した。
閣下ご自身が参加者を選別し、希望理由に好意的な雰囲気を感じた者は、除外してしまった。
よって、ここにいるのは一部を除いて、殆どが白銀中佐を否定する者。

一部というのは、紅蓮閣下と同じく、白銀中佐を直接見て判断したいと言う高官や、高貴な方が含まれる。
私の隣にも、次の作戦で私が随伴するべきお方──斉御司家の御当主様がいらっしゃる。
斉御司様は、私に声をひそめて耳打ちをしてきた。

「月詠、潮時であろうな。これ以上続けても、あの者は動じまい」
「……御意に。閣下は、どう見られましたか?」

この方の評価が気になったので、話し掛けられたついでに訊ねてみた。

「ふむ……なんとも言えんな。少しは感情を見せるかと思うたが、あのように揺るがぬのであれば、本性を知り得ようもない」

確かに、あのように激昂もせず、皮肉も返すでもなく、淡々と答えられてしまっては、その人となりを判断するのも難しい。
いくらか面識のある私ですら、まだ推し量れぬほどなのだ。この場のみでの正確な判断は、誰もできないはず。
だが、少なくともこの方は、悪感情は持ってはおられぬようだ。

「殿下は聡明でいらっしゃる。妙な輩にたぶらかされるような方ではない。その殿下がお選びになった事と、あのさまだけ見ても、私には問題があるようには思えぬが……」

しかし、誰もがこの方のように、余裕を持っていられないのが現実。
殿下の聡明さは認めても、男がらみでは別だ、と考える輩がいるのも、そうだ。

「今回は、紅蓮大将も稚気を出しすぎたな。これでまた、横浜に借りを作ってしまったぞ」
「……まさしく。白銀中佐は抜け目の無い方です。あのように殊勝にしているのも、我が軍への貸しを大きくするためでしょうな」

「ふむ。そうなると、XM3を絡めるべきではなかったな。どのような者であれ、私的な所が気に入らないからといって、公的な所で言いがかりをつけるのは筋が違う」
「御意」

XM3の提供者を突然呼びつけておいて、批判的な者を集め、よってたかって言いがかりにも近い質問や嫌味を言う、か。
白銀中佐が醜態をさらすか、熱くなって応じるなりすれば、また違っただろうが、ああも冷静に対応されると、こちらの落ち度が目立つのみだ。
横浜の出方次第では、思ったよりも大事になるかもしれない。
紅蓮大将とてその点は気付いていようが、どう収めるつもりか。

「だが、私も人の事は言えないな。白銀がどう反応するか、見てみたいという好奇心があったのだから」
「……」

肯定の言葉を示せば無礼になるので、私は無言で頭を下げるに留めた。
かくいう私も、どこかで期待していたのだ。あの男が、私の予想外の行動を取る事を。

「退屈ではあるが、私もこの会合を煽った一端であるゆえ、最後まで見届けねばなるまいな」
「はっ……」

そう言って、斉御司様は、また無駄な質疑応答に集中されたので、私もそれに倣い、壇上に視線を戻した。
白銀中佐の胆の据わりようは相変わらずだったが、少し離れた所に座って俯いている榊少尉を見て、少し落胆した。

──まだまだ、未熟。

あの者を副官として連れてくるとは意外だった。
てっきり、アラスカへ連れて行ったという、神宮司大尉あたりを連れてくると思っていたのだが。
クーデターの折は、訓練兵ながら見事に隊長を務めていたが、あの場で悔しさを表情に出すとは、正直すぎる。

榊少尉に不甲斐なさを感じたものの、任官したてであれば致し方あるまいという気持ちもあった。
あの堂々たる態度の男と同じ年故に、つい比べてしまったが、……むしろよく耐えている方か。
それに比べて──

──帝国軍の面汚しどもめ……いつまでも下っ端でいるがいい。

紅蓮大将の意図を曲解し、馬鹿さ加減をさらしている面子を苦々しく思った。

それは、さきほどの少将の難癖のせいもあるだろう。
あの方は、この場には中立の立場で参加したはずで、普段は好々爺としている方だが、悪乗りするところがある。
彼の発言以降、質問もどきの内容があからさまになったのだから、馬鹿どもを勢いづかせるための、サクラになったのだろう。

良いように踊らされる者どもを滑稽に思う反面、同情する気持もある。
いきなり湧いて出た身元怪しき人物が、殿下と恋仲と噂されているのだ。心穏やかでありようもない。
私とて、横浜基地で中佐の人となりを知らなければ、今頃、従姉妹の真耶のように、殿下がたぶらかされている事を嘆いていただろう。

嫉妬……そう言ってしまえば身も蓋もないのだが、白銀中佐の存在を知って、嫉妬心を持たない男は、そういまい。

彼はすでに、色々な異名を付けられている。
好意的なものでは、「英雄」「天才衛士」「最強衛士」「人類の救世主」など、その功績や、戦術機の操作技術について評価したもの。
悪意的なのは、「色小姓」「女誑し」「色ボケ衛士」「強姦魔」などがあるが、それ以外にも女性関連での悪い噂が耐えない。
その相手がただの女性であれば、英雄色を好む、と苦笑で済ませる人間も多かろうが、そこに殿下が含まれているとなれば、話は別だ。

煌武院殿下は、若く、見目麗しい。帝国の男子であれば、その尊き存在とは別に、殿下の女性的魅力に惹かれる者も多かろう。
そして、斯衛や帝国軍であれば、その思いはことさら強い。
斯衛の中には、血筋でも実力でも、我こそが殿下の伴侶としてふさわしいと、豪語する人間すらいる。

さらに悪い事に、白銀中佐の悪い噂が、ほぼ事実に基づいていることだ。
殿下との噂が立ち始めると、すぐに情報部の身辺調査が入った。
その熱心さは、冥夜様の時の調査とは比較にならぬほどだったが、さすがに横浜基地では、噂話程度しか得られなかった。
が、先日のアラスカ出張で、何人もの女性と関係を持ったという事実が発覚し、噂の信憑性を高めた。
殿下の権威にも関わることなので、緘口令が敷かれたが、人の口に戸はたてられぬ。その乱行はたちまち知れる事となった。

また、斯衛の篁──名家の出であり、その美貌からも、男性衛士に人気があったようだ──までが、中佐のお手つきである事も、明らかになっている。
これを羨ましく思わない独身男性など、世を捨てた仙人くらいのものだろう。
隣の斉御司様ですら、羨ましい事だ、と呟いたほど。

20人も女がいるという話は、さすがに尾ひれが付きすぎだろうと思ったが、それらの寄せられた情報を初めて得た時、私は立ちくらみを感じた。
クーデターにおける言動を鑑みれば、女にだらしないことは想像していたが、その規模が遥かに大きすぎた。
色小姓という呼称は、横浜基地に居た時に聞いていた。その時は、単なる妬みによる言いがかりだろうと断じていたのだが、火の無い所に煙は立たない、の格言通りであったわけだ。

これほど節操のない男であれば、殿下と同じ容姿である冥夜様も、当然ながらその射程範囲内だろう。
危惧もしたが、殿下も冥夜様も、公人としても私人としても、すでに一人前の女性。
殿下はお立場ゆえ、難しかろうが、冥夜様には自らの伴侶くらい、ご自由に選んでいただきたい。
私がおふたりの気持ちにあれこれ言うのは、僭越というものだし、白銀中佐は女癖は悪くとも、その本質は悪ではない事は、私の中で揺るがない事実。

男女の仲など、なるようにしかならないと思っているのだが、誰しもそう諦観できる心境にはならないようだ。
また、懲りずに一人の衛士が起立し、白銀中佐へ発言した。

「そう出し惜しみせずともよろしいではないですか。英雄と名高い白銀中佐殿に、訓練をいただく栄誉を賜りたいのですが」
「何度でも言うが、演習を希望するのならば、別途要請してもらおう」
「要請すれば、受けていただけるので?」
「上から命令があれば、そうする」
「なるほど、なるほど」

そう言って、嘲るように隣の衛士と笑いあった間抜けを見て、私は心底うんざりした。
白銀中佐が群を抜いた腕利きであることは、トライアルの公開映像や、クーデターの際に沙霧大尉を討った事で、判明している。

だが、それらを否定する人間も皆無ではない。
トライアルは“やらせ”だ、と。
沙霧大尉を討てたのは、XM3の力があったからだ、と。
横浜の魔女が、体の良い神輿のために、見栄えのする従順な若僧に、地位を与えただけだ、と。

だがもし、今回、腕試しで中佐に勝ったところで、何が得られるというのか。
既存OSの機体とXM3搭載機では、相手にならぬ事は明白だから、腕試しを申し出ている者も、XM3搭載型で戦うつもりなのだろう。
しかし、白銀中佐が作りだしたOSの力をもって、白銀中佐を負かす。その滑稽さに気付かぬさまが哀れでならぬ。
例え、同じXM3搭載機を操る者に負けようと、あのOSを生み出した時点で、彼は「最強」であり「天才」であり、「英雄」なのだ。
もっとも、あの連中が中佐に勝てるとは、到底思えないが。

これ以上、くだらない質疑を見ていても不快が増すだけなので、手慰みに、手元の冊子をぱらぱらとめくる。
表紙に『XM3マニュアル』と題うってあり、右上に赤い極秘印がプリントされている。
内容は何度も読み、すでに頭に叩き込んだものではあるが、再読することにした。

表紙をめくると目次があり、前書き、XM3の概念から基本操作、応用操作など、ページを追うごとに理解が深まるような構成になっていて、技術書というよりも、論文のようだ。
確かにXM3の性質上、この方が理解しやすい。

前書きには、白銀中佐の顔写真が載っている。
正面を向いた真剣な表情で、大きな決意を感じさせる目が印象的だ。
そして、何度も考えさせられた、最後の締めの一文に目をやる。

──『このOSが、世界の衛士たちへ、一刻も早く普及される事を、切に願う』

世界。
最近では殿下もよく口にされるお言葉だが、白銀中佐に影響されての事と私は思っている。
女性関係でどのような落ち度があれ、白銀中佐が公人としては非の打ち所が無い事を、否定する余地は無い。
なぜ、それを認める事から始めないのか……。

のれんに腕押しの中佐の態度に飽きたのか、ようやく質問が絶えた。
そこではじめて、白銀中佐から言葉があった。

「では最後に。このOSによって慢心されないよう、お気をつけ下さい。調子に乗ってやられる者が出てしまえば、本末転倒ですので」

それは、腕試しを申し出た者への皮肉にも聞こえるだろうが、私はそうは思えなかった。
間違いなく、BETAに対する油断を戒めたのだ。
せっかくの忠告ではあったが、案の定、それを無碍にする者がいた。

「心配ご無用。我が軍には、そのような不心得者はおりませんので」

だが、中佐の言葉で気を引き締めたものもいたようで、我が軍も、まだまだ捨てたものではないと思わせてくれた事は、わずかながらも慰めになった。



茶番劇が終わり、他の面々が退出した後、私は檀上の白銀中佐に歩み寄った。
斉御司様の、「旧交をあたためるがよい」とのお言葉を受けての事だったが、私としても久方ぶりにこの男と会話を交わすのは望むところだったので、お勧めに従うことにした。

白銀中佐は、近付く私を見て、嬉しそうな表情をした。
ここに来て、初めて見せた感情だと気付き、私は少し、心が躍った。

「お久しゅうございます、白銀中佐」
「久しぶりだな。健勝そうで何より」

横浜基地から退去の折、挨拶をする間が無かった事を詫びたが、お互い忙しかったからな、と苦笑された。
それ以上、世間話をする間柄でもないので、先ほどの話に言及してみた。
想像はついていたが、直接聞いて見たかったのだ。

「何ゆえ、お怒りにならなかったのですか?」
「随分、期待されていたからな」

「期待、とは?」
「俺が、暴発するのを、だ」

予想通りの答えに、つい私の頬が緩んだ。

「やはり、お気づきでしたか」
「とはいえ、腹が立った事は確かだ。こっちだって忙しいというのに、呼びつけられたのがあの内容なんだからな」

正式発令されていないとはいえ、一大作戦が差し迫っている今、部隊の仕上げに注力したいのは当然のことだろう。
私がこの会を開いたわけではないのだが、申し訳なく思った。
私のその気持ちを察してか、中佐は明るい口調で続けた。

「だがまあ、殿下とお会いする機会を設けてくれたんだから、悪いことばかりではない。それと、月詠中尉と会えたのは、嬉しい誤算だった」
「お戯れを……」

このあたりの言動は、最後に会った時のままのようだ。

「戯れじゃない。前に言った事は、嘘じゃないぜ?」
「……」

軽口から一転、真剣な目で見つめてきて、私を戸惑わせた。
そういえば、私は男性に口説かれるのは、これが初めてかもしれない。

中佐のペースに引きずり込まれそうなのを感じ、話を戻すことにした。

「あのような輩もおりますが、どうか、帝国軍の全てが、中佐に隔意があるわけではない事、ご承知いただきたい」

むしろ、好意的な人間の方が多く思える。それほど、XM3が現場の人間に与えた衝撃は大きい。
特に、女性兵の中では最近の噂の種で、私も知人に中佐の人となりをよく聞かれる。
それが、余計に男性からの妬みを助長させているのだろう。

「承知した。だが、さしあたり月詠中尉に嫌われていなければ、それでいい」
「そのような言動が、よからぬ噂を呼ぶのです。お控えください」

「ははは、そうだな」
「笑い事ではありません。それに、部下のいる前で堂々と口説くのは、どうかと思いますが?」

中佐は、まるでふたりきりのように話すが、この場には榊少尉も、3人の部下もいるのだ。
神代たちは、顔を崩すような真似はしないが、口を固く結んで不機嫌そうだし、榊少尉も居心地が悪そうだ。

まったく、図太さでは私の出会った中でも一番だ。
思えば、今はこうやって和やかに話してはいるが、最初の出会いの時、私はこの人に随分噛み付いたものだ。
任務だったとはいえ、無鉄砲というか、先走り過ぎた気もする。

そこで、見計らったように野太い声が響いた。

「少し、良いかね?」
「紅蓮大将……」

一歩退き、立ち位置を譲る。
中佐は驚くでもなく、登場を予見していたかのように、敬礼をした。
紅蓮大将は中佐と向き合い、答礼を終えてすぐ、その頭を垂れた。

「此度の事は、私の一存で決めた事。申し訳なかった」
「……紅蓮閣下にそう出られては、貸しにもできませんね。頭をお上げ下さい」

斯衛のトップの謝罪を、あわてるでもなく泰然として受け入れる。この男の動じる所は、やはり見られぬようだ。
だが、その言葉からして、殊勝に出たのは、やはり貸しを作るつもりだったか。

紅蓮大将は頭を上げると、笑みを浮かべて中佐に問うた。

「気付いていたのであれば、なぜ此度の要請を受けたのだ?」
「本当に、うちの担当官の説明では不明な点がある事も考えましたので。ま、そんな質問はありませんでしたがね」

「左様か。……重ねて、詫びておこう」
「謝罪は先ほどので結構です。ですが、このような茶番は今回だけにしていただきます。小官もそれほど暇な身ではありませんので」

そう言って、すっと、目を細めた。

──紅蓮大将を、威嚇するか……。

その豪胆さに呆れつつも、これが白銀中佐だったなとも思った。

「耳が痛いな。だが、お主も良くない。せめてその乱行を隠しでもしれくれれば、騒ぎも起きなんだが」
「小官には、後ろ指を指されることなど、ひとつもありません」

──え?いや、それはどうだろうか。

自らの不実をここまで堂々とする男もそういまい。
この開き直り──ではなく、本心から思っているさまには、さすがの紅蓮大将も怯み、やや逃げるように話題を変えた。

「そ、そうかね。──さて、名残惜しいが、殿下が昼食をご一緒にとのことだ。儂が案内しよう」
「閣下直々の案内とは畏れ入ります。──で、結局“試験”には合格ですか?」

「お主の功績には敬意を表するが、私人としては最悪だ。……だが、悪人とは思えぬな。保留としておこうか」
「辛いですね」

「何をいう、これでも甘すぎるわ」

悪友同士に見えるやりとりの後、敬礼を交わし、私達は短い再会を終えた。
3人の姿が消えたのを見計らい、部下たちに声をかけた。

「白銀中佐の言動にめくじらを立てるな。いちいち反応していては、キリが無いぞ」
「「「ですが……!」」」

この者達の気持ちもわかるが、私との“約束”を反故にしてくれたのだから、少なくとも、女性に真摯に向き合う男であるのだ。
だからこそ、殿下も受け入れているに違いないのだが、それを理解しろというのも酷だろう。
部下達にはそれ以上、何も言わず、ふと思った事を訊ねてみた。

「ところでこのホール、照明が変わったか?」
「照明、ですか?」「そのような話は聞いていませんが」「どうかなさいましたか?」

「そうか……いや、なんでもない。行くぞ」
「「「は、はい……」」」

白銀中佐に、後光のようなものが見えたのだが……目の錯覚か。



…………………………



<< 月詠真耶 >>

12月18日 午後 帝都城 煌武院悠陽自室前

──聞くに堪えん!

背後で繰り広げられる凄まじい会話を聞いて、私は何度目かの溜息をついた。

会食が始まった頃は良かった。
此度の急遽の呼び出しに対する、殿下からの陳謝をあの下衆が受け入れ、佐渡島奪還作戦での流れや、戦力の配備状況の確認、という、公的な会話は、まともに進んでいた。

その後、下衆から、2日遅れながら誕生日の祝いの言葉があった。
殿下は、あの下衆と同じ誕生日と知って、「なんと、運命的な……」と感動しておられたのには苦々しく思ったが、まあ良いだろう。

今回は謁見ではなく会食であったので、周囲の人間は少なかったが、前回と同様、徐々に殿下の顔が強張って行った。
しかし、それが不興の表れだとは誰も思ってはいまい。
あの時は、あの下衆が殿下の不興を買ったのだ、と皆が噂したが、その後けろりとしてあの下衆と親しげに話すのだから、すぐに消えた淡い期待だった。

だが……まさか、2度目の逢瀬にして、ここまで仲が進んでいるとは誰も思うまい。

私の予想通り、会食が終わると、殿下はあの下衆を引連れて、自室に籠られてしまった。
そして、部屋に入るやいなや、またしても殿下から口付けをし、下衆を押し倒してしまった。──扉が閉まりきるのを待たずに始めたものだから、私もその状況を、はっきり見てしまったのだ。

悪夢のような光景を思い出し、身震いした時、下衆がまた欲望を満たしたらしく、満足気な声を上げた。

「ふぅ~。上手くなったな」
「ありがとうございます。もう一度、よろしいですね?」
「おう」

そのやり取りを聞いて、私は思わず天を仰いだ。

──もう、やめてくれぇ……。

やはり、耳栓を用意するべきだったかと後悔したが、あの下衆が殿下を害する可能性が無くなったわけではないのだ。
この状態で耳まで塞いでしまえば、護衛として役立たずどころではない。

──しかし……やはり辛い。

覚悟していた私をあざ笑うかのように、今日の地獄は、以前よりもはるかに厳しいものだった。
考えてみれば、前回の殿下は純潔を失ったばかり。あの下衆も、あれで手加減していたようだ。
今日は「本気で行くぞ」という言葉とともに始められた行為は、聞いているだけでも嵐のように荒々しく、肌と肌がぶつかりあう音がここまではっきり聞こえた。
また、普段、家臣たちにかしずかれている反動なのか、殿下は奉仕することを特に好まれるようだ。
それを良い事に、あの下衆は「やってくれ」ではなく「やれ」とまるで奴隷に対する主人のように振舞うようになった。
さらに、それを殿下が好まれる……なんたる悪循環。

政威大将軍らしからぬお振る舞いと、そう思うのは不敬だろうか。
だが、あの男と関係を持つようになってからの殿下は、以前よりも生き生きと公務に励まれ、非の打ち所がないくらいの名君ぶり。
その分、私的な時間くらい、お好きになさってほしいと思う気持ちもある。

幸いというべきか、殿下がすでに純潔を失った事を知るのは、私のみ。
侍従長などにでも知られれば、心臓麻痺で逝ってしまわれるだろう。

それに、殿下は今、確かにお幸せを感じておられる。
私さえ口を閉じていれば、丸く収まるのだ。

両の掌を見ると、せっかく治った自らの爪による傷が、再びついていた。
私はその手で、悔し涙で滲みそうな視界を何度もぬぐった。

──誰か、この地獄から私を救ってくれ……。

しかし、この願いは、すぐに叶えらる事になる。

私が泣きべそをかいていると、背後から、また下衆の声が聞こえた。

「なあ、悠陽、嫌なら良いんだけど──」

──……え?何を飲めと言ったのだ、あの下衆は。

私の戸惑いをよそに「はい、よろこんで」という殿下のお声が聞こえた。
私は自分の耳を疑い──やってはならぬ事だったが──確認の為、扉を音をたてぬように少し開き、隙間からお部屋を見て……私は硬直した。

十数秒後、すっきりしたような、暢気な下衆の声が耳に入った時──私の堪忍袋の緒が切れた。

「貴様ぁ!殿下のお口を、便所代わりにするなど!死ねぇ!!!!」

そして、私は我を忘れ、腰のものを抜きつつ乱入し、憎き下衆に斬りかかったのだが──






あの下衆──いや、あの素晴らしいお方と殿下に押さえ込まれた私は、数時間、武様の壮大な愛に触れ、全ては私の偏見と誤解であったと、気付かされる事になり──地獄から開放される事になった。



…………………………



<< 宗像美冴 >>

12月18日 午後 国連軍横浜基地 白銀武自室前

伊隅大尉が、今朝の私の冗談を真に受けた時から、白銀中佐の下着奪取に向けて策をめぐらしていた。
その好機が今日くらいであると気付いたのが、先ほどの事。鍵はかかっていないのだから、出張中にこっそり入って奪えば済むのだ。

中佐は、年中射精しているといっても過言ではない人だから、下着の換えはたくさんあるはず。
だが、万一数が減ったことがばれないように、中佐が履いていた下着のデザインを思い出し、PXでトランクスを購入した。──男性用を買うのは、かなり恥ずかしかったが。

──しかしなかなか緊張するな……。

後ろめたい行為をしようとしているためか、自分の体に硬さを感じた。
そして、周りに人気がないことを確認して、扉を空けると──



金髪の女性が、寝台に顔をうずめていた。



その人物は、扉の音に気付くと、すぐさま身を起こし、寝台から飛び降りた。

「誰!?……あら、宗像中尉?」
「ピアティフ……中尉……」

驚く私に対して、ピアティフ中尉は私の姿を認め、安心したように胸をなでおろした。

「驚いた。でも“お仲間”で良かったわ。──ああ、柏木少尉から聞いたわよ。今後ともよろしく、というべきかしらね」
「は、はぁ……よろしくお願いします」

さすがに調整係の柏木。連絡が早い。
柏木への感心は別として、ピアティフ中尉の奇行が気になったので訊ねる。

「しかし、ここで一体何を?」

その問いにピアティフ中尉は直接答えず、再び寝台に寝そべり、中佐の枕に顔をうずめた。
そして、「こうやってぇ」と言って、大きく息を吸い込み、「はぁ~~~」と、とても満足そうに、吸った空気を吐いた後、「中佐の空気を味わってたのよ」と言った。

そういえば、確かこの人は匂いに異様に拘る人と聞いていた。
納得はできたが、あまり、この人の仲間扱いはされたくないと思ってしまった。

さらに聞けば、このような事はよくやっていることらしい。
何しろ、任務中は我々に比べて、訓練などで一緒にいる時間が少ないので、少しでも多く繋がりを感じていたい、との事だ。
呆れを顔に出さないように努力が必要だったが、逆にピアティフ中尉に聞かれて私はうろたえる事になった。

「ところで、さっきから気になってたんだけど、そのパンツは何?」
「あ、いや、その……」

あまりに意外な光景で、隠すのを忘れていた。後ろ手に回したが、時すでに遅し。
どう言い訳しようかと思ったところで、ピアティフ中尉は皆まで言うなと、私を手で制した。

「そんなの、中佐に直接言えば、くれるわよ。私もいくつか貰ったし」

……さすが、というべきだろうか。
神宮司大尉と並んで、メンバー中、変態の双壁の片割れだけはある。

とはいえ、評したのは白銀中佐。彼女らも、あの人にだけは言われたくないだろう。
本人に変態と言うとなぜか怒って、罰として散々に犯されるらしいから、内心に留める。
そのくせ勝手にポジションやら打順やらを決めるのだから始末が悪い。

最近では、ふたつ名を与えるのに凝っているようだ。
『禁断』のまりも、『嗅覚』のイリーナ、『舌技』の霞、『貪欲』の遙……以下続く。
私は、どのようなふたつ名を与えられるのか──いや、それはさておき、返事をしなければ。

「いえ、直接言うのは、少し……恥ずかしくて」
「恥ずかしい?」

穏やかな表情から、うって変わって鋭い目つきになった。

「何が恥ずかしいというの?好きな人の匂いを嗅ぎたく思う事なんて、当たり前じゃない。あなた、匂いを馬鹿にするの?」

まずい。機嫌を損ねてしまった。
ピアティフ中尉の前で、匂いを否定してはならない、というのはメンバー内の規定のひとつだ。

「あ、いえ、言葉のあやです。匂いを否定するつもりはありません」
「そう?ならいいわ……でも、ここにあるものを貰っても、洗った後だから匂いは殆ど無いわよ?直接言わなきゃ、脱ぎたての貰えないじゃない」
「あ、いえ、それは衛生的に──「なんですって!?」」

まずい。逆鱗に触れてしまった。

その後私は、ピアティフ中尉の怒りが解けるまで正座させられ、こんこんと説教をくらう羽目になった。

いや、それだけなら良い。
彼女から見れば、私が趣味にケチをつけたようなものだし、聞きしにまさる変態ぶりに、引いてしまった後ろめたさもあった。
それに、私がここに来たのが伊隅大尉のためとも言えなかったので、大人しく説教を受けた。
が、「あなたも同じ趣味なんだったら──」と前置きして話すのは勘弁してほしいと思った。

いや、そこまではまだ良いだろう。
ピアティフ流の、正しい匂いの嗅ぎ方の作法を、教えられることになるとは……。



…………………………



<< おっさん >>

12月18日 夜 国連軍横浜基地 おっさんの巣

俺は自室で、今日の総括をしていた。

まず、千鶴を副官にして随伴させたのは、正直、今日の目的からすると誰でも良かったのだが、関係を内緒にしている千鶴と、一緒になる時間を与えたかったのだ。
また、悠陽とヤるつもりだから、待たされる奴がかわいそう。となると、苛められ属性があるやつ。つまり、千鶴が最適だったのだ。

それに、今回の呼び出しについては大方予想はしていたから、故・榊首相の娘の存在が、クッションになるかと思ったのだ。
紹介する暇もなかったから、結局効果は無かったが、アイツも上に登れば正論だけじゃ済まない事や、それなりの苦労があるって事を実感しただろう。良い勉強になったはずだ。

もっとも、千鶴に頼るまでもなく、大したイビリではなかった。
『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』というやつだ。雀どものさえずりにいちいち反応していては、人類の救済──最近は忘れてないぜ?──など叶うまい。
あれしきのイビリで俺のポーカーフェースを崩そうなど、甘い甘い。
もちろん、想像の中では全員、前歯を折って涙目にさせてはいたが。

とはいえ、紅蓮のおっさんとのやりとりだけは、疲れる。
あの鬱陶しい覇気を垂れ流すのは、なんとかならないのだろうか。“前の”世界で慣れていなければ俺もビビっているところだ。
ついでに貸しを作っておこうと思いきや、あの場ですぐ頭を下げられてしまっては、水に流さざるを得ない。
自分で打った悪手をすぐさまフォローするとは、相変わらず食えないおっさんだ。

真耶については、帝都に来る機会もそうそう無いので釣ってみたが、見事に引っかかってくれた。
悠陽の協力がなければ、あれほどすんなり洗脳──いやいや、愛を受け入れる事はなかっただろうが、俺の突撃前衛長の能力と、魅力100のカリスマ君主オーラにかかれば、忠誠度100の斯衛女を落とすなど、赤子の手を捻るようなもの。

罪悪感がほんの少しあるような気もしたが、悠陽も、俺の事で側近に白い目で見られているのが困る、と、こっそりぼやいたので、趣味を兼ねて一芝居打ったのだ。
やはり、側近のくせに、主にストレスを与える奴が悪い。
まあ、これであのふたりの君臣の仲も、ぐんと親密になったから、万事解決だ。
しかし、悠陽の力を借りて落としたため、少し物足りない。
自らの力でやってのけねば、一人前の神とはいえないのだ。

その後は、控え室で待たせておいた千鶴と、夜のドライブと洒落込みながら帰還した。
今更言うまでもないが、もちろん、待たせている間は、千鶴にローターを入れておいたし、帰りの道中は奉仕させながらだ。

また、帰路は陽も暮れていたので、帝都市街からさせてみた。
千鶴は待っている間に焦らされた為か、行きよりもかなり従順、というか、積極的だった。
言葉では嫌そうだったが、人気が無くなったところで、車を止めて服をはぎ取ると、案の定洪水状態だったので、また言葉でいじめながら突いてやった。

やはり、ソフトM状態の千鶴は、ごっつエロくて良い。
あいつのスイッチが入った時の苛めてオーラは、本当に凄いので、俺もついやり過ぎてしまう。
これが行き過ぎると洒落にならんので、この状態を維持させるのが当面の課題だ。

千鶴の気持ちについては、俺の誤解だったのだが、そのおかげで良い感じで歪んでる。
全員落ちたら打ち明けて良い、と言ったのは、最後のプライドだろうか。
まりもと接触させれば、えらいものが目覚めそうだから、千鶴の願いはかえって好都合。
じっくりMの素質──といっても、殆ど開眼しているが──を育ててやろう。

以上で今日の回想おしまい。現実に戻るとしよう。



「何をやっとるんだ、お前ら?」



俺のベッドの上に、変態仮面がふたり居た。



[4010] 第42話 おっさんへの届け物
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/15 02:43
【第42話 おっさんへの届け物】

<< 伊隅みちる >>

12月20日 朝 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

「(ヒソヒソ)ほら遙。変態が来たよ」
「(ヒソヒソ)やめなよ、水月。かわいそうだよ」

宗像が現れるのを見て、速瀬が意地悪く、そしてわざとらしく、本人に聞こえるような音量で涼宮に耳打ちした。
涼宮はさりげなく追い討ちをかけていた。本人に悪気がないところが、始末が悪い。
宗像は一瞬顔をしかめたが、すぐにすました顔を取り戻して、速瀬以外と挨拶を交わした。
その光景を見て、私は宗像に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

発端は一昨日の夜にさかのぼる。
その晩宗像は、白銀中佐の部屋で、ピアティフ中尉と一緒に、下着姿で、中佐のパンツを頭にかぶって悶えていた。──悶えていたというのは、白銀中佐とピアティフ中尉の主観で、宗像本人は全くそんなつもりはなかったようだが。
それが中佐にばれてしまい、昨日、不名誉なふたつ名──『変態』が宗像に与えられた。
いくらなんでも、ひどいふたつ名だと思ったが、ピアティフ中尉の『嗅覚』だとかぶるし、『変態仮面』は四文字だから、という理由で『変態』となった。白銀中佐以外、その意味はわからなかった。

以前は、「気もち良ければ良い」と変態を匂わす発言をしていた宗像も、誤解で変態扱いされるとなると、面白くないようだ。
元々アイツの振舞いは、男を寄せ付けない為の演技のようなもの。
だが、変態のフリをしていた以上、変態扱いされても嫌だとは言えない所が憐れみを誘う。

白銀中佐に「宗像の変態は、演技じゃなかったんだな」と言われても「中佐の変態ぶりには敵いません」と皮肉を返すくらいだったが、その言葉が中佐の逆鱗?に触れ、次の休憩でヘロヘロの腰砕けにされて帰ってくる事になり、他の面子から同情的な、だが、数名からは羨ましげな目にさらされる事となった。

そんな宗像は、そこまでされても私の事は漏らしていない。
宗像の義理堅さに、こみ上げるものがあったが、その心に報いる道は、貰った品を有効に使うことだろう。
おかげで、昨晩の自慰は最高に盛り上がった。あれを使う前は、宗像に感謝しつつ使うことにした。

まあ、宗像もなんやかんやで楽しそうだから、放っておいていいだろう。
連日、中佐に可愛がられてるのだから、少しくらいは我慢するべきだ。

それよりも、私は榊の動向が気になっている。
私はまだ、正樹と白銀中佐のどちらをとるか、自分の中でケリを付けたわけではない。
そもそも、どちらにも相手にされていないのだから、どちらをとる、というのはおこがましいかもしれないが。
だが、宣言した以上、最も難攻に思える榊がどうにかならないと、私の選択肢は限られてしまうのだ。

「なあ榊。お前、白銀中佐の事、なんとも思わないのか?ちょっとくらい、好きとか」
「……思うわけありません」

思い切って、明るい口調で訊いてみたが、もの凄い目で睨まれてしまった。
昨日は中佐の副官として随伴したというのに、出発した時よりも悪化しているようだ。
身近に接することで、中佐への悪感情も少しは薄れるかと期待したのだが。

「だが、帝都の講習会では、堂々としてたんだろう?お前も認めてたじゃないか」

経緯はだいたい聞いたが、実りの無い講習会だったようだ。
榊の報告では、多数の嫌味に少しも動じず、紅蓮大将にまで凄んでみせたという。
その光景を思い浮かべて、さすがは私の好きになった人だと思ったものだ。
だが、榊には何の感銘も与えられなかったらしい。

「それは、いつもの事ですから、今更何も思いません。中佐の能力は元々認めています。だいたい、その後、私を数時間放置して、殿下とその護衛とよろしくやっていたのですから、帳消しどころかマイナスです」
「そ、そうか……」

出張に行く都度、メンバーを追加する中佐だから、今度はどんな女性だろうかと皆で笑って予想していたくらいだ。
結果を聞いてもやはりという思いだったし、衝撃を受けたのは、その護衛とゆかりのある御剣くらいだろうか。顔を随分引き攣らせていた。
思えばアイツも、言動から受ける印象より、親しみやすい奴だった。鼻から玉露出すし。

それにしても、榊は私に似ていると思っていたが、お堅い所までそっくりのようだ。
私の方が年のせいか、少しは柔らかいと思うが、まだまだこの中では身持ちが堅い方だろう。
もっとも、他のメンツが異常すぎるというのもあるだろうが……苛められるのが気持ちいいなど、理解の外だ。

その時、白銀中佐が入室してきたので、私は気持ちを切り替え、声を張り上げた。

「気を付けェ!──敬礼!」
「よし。──では、本日の訓練を開始する。作戦日まで残りわずか。シミュレーションでは上手く行っているが、気を緩めるなよ」
「了解!」×14

──この凛々しさ、格好良さに何も感じないとは……榊は、不感症なのだろうか。



…………………………



<< 月詠真那 >>

12月20日 午前 帝都城 応接室

「斉御司殿には、お手数をかけますが、よしなに」
「何の。悲願の佐渡島を奪い返すのです。摂家の者が出るのは当然のこと」

「私が出られれば良かったのですが……」
「殿下には別のお働きがございましょう。此度は臣にお任せください」

この小さな応接室で、斉御司様と煌武院殿下がお打ち合わせをなさっている。──といっても形式的なもので、この場には殿下と斉御司様と、私と真耶の4名だ。
本来であれば、私と真耶はそれぞれ斉御司様と殿下の背後に立つべきであるが、他の者もおらぬゆえ、と仰られたので、畏れ多くも相席させて頂いている。
殿下と斉御司様は、御幼少のみぎりよりの仲。自然、会話の内容もくだけたものになってきたところで、斉御司様が話題を変えた。

「さて、……殿下のご身辺の事をお伺いしてよろしいですかな?」

そのお言葉で、殿下のお顔が少し硬くなられた。

「遠まわしな言い方はおよしなさい。白銀の事であろう」
「御意……」
「斉御司殿も、侍従長のように苦言を申されるか」

あの侍従長であれば、白銀中佐との仲に対して、小言は尽きないだろう。
殿下が警戒するのも無理は無いが、斉御司様の意図はそれとは異なる。

「いえ、その逆です。さっさと仲をお進めなさるべきかと」

先を促す殿下に対し、斉御司様は言葉を続けた。
妙な噂が飛び交ったり、身の程知らずが中佐に隔意をあらわにするのは、殿下との仲がまだ決定的ではないから生じていると。
事実がはっきりして白銀中佐が公式に立場を得れば、有象無象も黙るしかないのだと。

「なるほど。……しかし、白銀の意見も訊かねばなりません」
「白銀とて、殿下のお立場はわかっていましょう」

他に数人女性がいたとしても、殿下を正妻にせねば、世論が収まるはずがない。
白銀本人に別の考えがあっても、回りの女性に、殿下を差し置いて正室になる意志などはあるまい。殿下を妾になど、日本人の誰が考えうるだろうか。
だが殿下は、他の女性について遠慮がおありのようで、そうするしかないとはお分かりでも、戸惑いが見えた。
斉御司様は、他の女性の事が気になったか、それとも最初から聞くつもりだったのか。その事について問われた。

「そういえば、殿下は白銀と恋仲の者が何人いるか、御存じなのですか?私も、噂では色々聞いているのですが」
「私を含めて、21人です」

殿下はごくあっさりと、何気なくお答えになったが、それが生んだ衝撃は小さいものではなかった。

「──いや、先日22人になったのであったな、真耶」
「御意」

何故、意味ありげな目で真耶に確認されたのか気にかかったが、22人という数字に驚いて、それどころではなかった。

──20人という噂は大げさだと思っていたが……尾ひれが付いたわけではなかったのか。

驚く私たちを、悪戯が成功したかのように面白気に見て、殿下はお言葉を続けられた。

「ちなみに、予定では、30と少しで抑えるつもりと申しておりました」
「「……」」

私は、再び、斉御司様ともに言葉を失った。
30人……古代の権力者に比べれば可愛いものだろうが、現代でその数は常識外れだ。

──いや、待て。

さきほど殿下は“予定”と仰ったが……もしやその数には、私も含められているのだろうか。

「そ、それは凄いですな。体は持つのでしょうか。あの若さで腎虚など……」

斉御司様は、手布で額の汗を拭きながら冗談のように仰ったが、それが不味い振りだったことにすぐ気付かされる。
殿下は楽しげに答えられた。

「ほほ、それは杞憂というもの。白銀の精は限りがありません。先日など、許しを乞う私の、穴という穴を散々に「殿下、それ以上は」──そうであったな」

真耶に途中で遮られた為、全ては聞けなかったが、予想はたやすかった。
殿下の「白銀に注意されていたというのに、私とした事が」の御言葉を聞きながら、斉御司様と目線を交わし合い、わずかに頷き合う。

──すでに、殿下は……。

立場上、当然、真耶も承知だろうが、私の知る限り、彼女は最も白銀中佐を嫌う人物。
睦み事の間、どのような気持ちで警護していたのやら……。

黙っていた事に含みはない。当然の事だ。
殿下の相手が気に入らないからと言って、秘事を他言するようでは、側近ではない。
だが、あまりに平然と……というよりも、どことなく機嫌が良さそうに見えたのが、気になった。

「申し訳ありませんが、此度の話は内密にお願いします」
「し、承知した……このような事、言えるものか……」

真耶が澄まし顔で口にした依頼に、斉御司様は応じたが、後半の御言葉は、本音を吐露したものだろう。

その後、委細はご承知いただいたので、後日、白銀中佐と方針を定めることとなり、話は一旦落ちついた。
私は、真耶のあまりの冷静ぶりに違和感を感じていた。
控えるべきではあったが、殿下の「無礼講」の御言葉に甘え、問いを発することにした。

「真耶。お前、随分平然としているのだな。以前会った時は、白銀中佐を随分嫌っていたではないか」
「ふ……あれか。あれは、私が浅はかだっただけだ」

どういうことだと訊ねる前に、真耶はうっとりとした目で滔々と語り出した。

「あの方こそ、殿下にふさわしい唯一のお方。少し冷静になれば、あれほど神に近い方はおらぬという事は、明らかであったのに……以前の私の、何と愚かしいことか」

──ちょ、神て、おい。

私の突っ込みの言葉は、口に出す寸前で飲み込んだ。
真耶の言葉を否定すれば、私は彼女の敵とみなされる──と、武人としての本能で、そう感じたからだ。
その時、先ほどの殿下と真耶のやりとりが思い出され、その恐るべき想像に身を震わせながら、再び問うた。

「ま、まさか、先ほど22人目と答えたのは……」
「ふ……聞かれなかったので言わなんだが……そうだ、私が22人目だ」

そう言って、真耶はとても誇らしげに、胸をそらした。
殿下と並ぶのは畏れ多いが、あの方は平等に愛してくださるのだ、と嬉しそうに話す真耶を見て、私は夢でも見ているのではと疑った。

──これは……本当にあの真耶か?

これは、どう見ても洗脳ではないか。
殿下のご様子も同じく……しかし、そのような外道を行なう男ではないはず。
そんな男なら、私をとっくに嬲り者にしている。

──まさか、私も、ああするつもりなのか……?

理屈もわからず、自分が自分でなくなることを恐ろしくも思ったが、目前で、心底幸せを噛みしめている様子の殿下と真耶を見ると、それもまた良いのかもしれぬ、と思ったのも事実。
すでに、底なし沼に、片足を突っ込んでしまったように思えた。

助けを求める為ではないが、ふと隣を横目で見ると、斉御司様が、目が虚ろになって固まっていた。
五摂家随一の伊達男として評判高い、端整な面立ちに浮かぶあの涼やかな微笑みは、欠片も残っていなかった。

──そう言えば、この方は真耶に気があるのでは、と思うそぶりがあったのだが……むごい結果になってしまったか。



…………………………



<< 榊千鶴 >>

12月20日 午後 国連軍横浜基地 廊下

強化装備から軍装に着替え終え、私は、なんとか今日の訓練を無事過ごせた事に、安堵していた。
今朝の伊隅大尉の言葉には、冷静に返すつもりだったけれど、「好きじゃないのか」と言われた時は頭がカッとなりそうだった。
私をあんなに散々、好き勝手に嬲る男に好意なんて……冗談じゃない。
私の純潔をはじめ、大事なものを色々奪い、今だに縛り付けている男を思うと、苦々しい気持ちになった。

「榊」

その時、背後からかかった声は、間違えようもない。せっかく訓練が終わって解放されたと思ったのに……。
しかし、上官に呼ばれて無視するわけにはいかない。

「なんでしょう?」

無表情を作って振り向くと、予想通り白銀中佐が立っていたが、それに寄り添うように、鑑が居た。
このふたりは、一緒にいる事が多い。
新型兵器、凄乃皇の調整作業に従事しているのだから、それも当然だけれど。

中佐は、ときどき鑑と特殊訓練名目で時間を空けるから、その時は時間を空けておくように、と“命令”してきた。
私が断る可能性など、一切考慮していない事には、今更だから何も言わない。
それよりも、鑑が事情を知っている事に、私は落ち込んだ。

「内緒にしてくれるって、言ったじゃないですか……」
「他言しないと言ったのは、純夏に伝えた次の日だ。それに、お前とヤってた時間、純夏が一緒だった事にしてくれたから、誰にも追及されなかったんだぞ?」
「そ、それは……」

そんなもの、“特殊任務”で良かったじゃない、と思ったけれど、無駄そうなので反論は止めた。
もう一昨日のような事はないと思っていたのに、これからもあるということか……。
まるで、両足が膝まで、底なし沼に浸かってしまったような気分だった。

中佐は、暗くなる私を面白そうに見て、軽薄な口調で私に訊ねてきた。

「で、言いつけはちゃんと守ってるか?ん?」

出張後の言いつけで、私は寝る前に、『撃震』とかいうムカつく物体で、最低3回は自慰をするように命じられた。
絶頂と同時に、白銀中佐の名前を呼ぶように、とも。
従わないとひどいことをするぞ、と悪戯っ子のように、冗談ぽく言われたが、この変態は予想の遥か斜め上を行く男。
自慰くらいで予防できるなら安いものだと自分に言い聞かせ、しぶしぶ従ったのだ。

「……はい」
「嘘だな」

私の返事をばっさり切り捨てる。

「嘘じゃありません」
「3回やってるのは本当だが、名前は呼んでないだろ?」

確信を持っている中佐の表情を見て、私は冷や汗が流れた。

「どうして──まさか、盗聴!?」

私の問いつめには、中佐は呆れたような表情で、否定してきた。

「おいおい、そんな野暮な真似するかよ。好きな女の表情くらい読めるさ」

──くッ!

こうして時々、好きとか愛してるとかの虚言で、惑わせてくるから腹立たしい。
それにいちいち反応する私も私なのだけれど、どういうカラクリか、体をぼんやり光らせるのは止めてほしい。
お願いしても惚けられるだけだから私も触れないけれど、ピカピカと、鬱陶しいことこの上ない。

その後、再び命令を守る事を誓わされて、私はその場を解放された。



<< おっさん >>

肩を落として離れる千鶴が視界から消えた後、俺は純夏にねぎらいの言葉をかけた。

「純夏、サンキューな」
「いーえ、どういたしまして。中佐殿」

純夏は口を尖らせてそう答えた後、バッフワイト素子が組み込まれたリボンを付け直した。
千鶴の嘘の判定に、純夏に協力を願い、結果をプロジェクション能力で教えて貰ったというわけだ。

「そう拗ねるなよ。こんな使い方はこれっきりだ」

純夏は、任務でなければよほどの事が無い限り、人の心は覗きたくないと考える。
そんな純夏にリーディングさせた事に怒っていると思ったので、素直に詫びを入れた。
だが、これは千鶴育成計画に、どうしても必要な一歩なのだ。──ま、霞でも良かったんだが。

「そんな事じゃないの。……よくあんな鬼畜な事出来るね」

俺の予想とは異なり、純夏が気に入らなかったのは、千鶴への態度だったようだ。

「あれも愛情のひとつだ。深いところじゃ、喜んでたろ?」
「そうだけどさ……宗像中尉にしても、ピアティフ中尉に流されてやった事わかってて、あんな名前つけるんだから。ホント、意地悪だね」

「あれは、まあノリだ。アイツの困った様子がなかなかそそるんだ」
「ふーん……」

はっきりしない純夏の心境には見当がついたので、からかうように訊ねてみた。

「なんだ、妬いてるのか?」
「……そうだよ」

俺が白銀・弐型に進化しても、コイツには同じに見えるそうで、さすがは、半分は俺でできていると豪語する幼馴染、というところだが、その分、嫉妬心が一番強い。
といっても、昔に比べれば可愛いものだが。
“元の”世界では、ちょっと仲良くするだけで、理不尽に渾身のパンチを俺に浴びせていたくらいなのだ。
この程度ならむしろ微笑ましいが、今回のは自分の状況を棚に上げた台詞だったので、突っ込んでおく。

「ここのところ、俺を一番独占してるやつが何を言う」

嫉妬を我慢しろ、だけではすまないのが00ユニットの辛いところ。精神的負荷はODLの劣化につながる。
ゆえに、ほぼ毎日、安定作業と称してじっくり抱く必要があるのだ。
人類の命運がかかったセックスなのだが、やってる内容はいつもと変わらない。

「時間じゃなくて……榊さんに対するとき、タケルちゃん、生き生きしてるもん」
「そりゃ、しょうがない。相性の問題だ」

ソフトSたる俺は、Mッ気が強い女を相手するとき、最も真価を発揮できる。
レッドゾーンギリギリの所が一番なのだが、まりもなどは少々振りきれてしまっているので、アクセルが踏めない。
今最も“旬”なのが、千鶴なのだ。
それでも純夏が不満そうだったので、俺から振ってやることにした。

「正直に言えよ。お前も、同じようにして欲しいんだろ?」
「……タケルちゃんって……凄いね」

「なにが?」
「だって、わたしの考え全部当てちゃうんだもん。なんか、タケルちゃんが00ユニットみたいだね」

「だとすれば、純夏専用の00ユニットだな。お前以外はよくわからないからなぁ」
「うそつき……他の子のもでしょ」

それは、“前の”世界でも交わした、暖かい会話だった。



…………………………



<< 珠瀬壬姫 >>

12月18日 夕方 国連軍横浜基地 PX

2日経っても、私はまだ信じたく無い気持ちがあった。──白銀中佐を好きだという気持ちを。
でも、見惚れたりする事は、言われてみれば確かだし、寝る前に、白銀中佐に抱き締められた時の事を思い出して安眠に入るのは、ここ最近の習慣。
それを考えれば……やっぱり、認めるしかないのだろう。
何十股もかける人を好きになるとは思わなかったけれど、自分をいつまで誤魔化しても、始まらない。

認める方向に気持ちが傾いたものの、引っかかっていることがひとつ。──“チンクシャ”というTACネーム。
中佐の訓練の言動は、本心からではないと納得はできたものの、あれが引っかかって、どうも素直にみんなと同調できない。

身体的にお子様なのは自分でもわかっているし、社さんと違って、私は将来性もない。
相手として見られていなくても、仕方がないという気持ちがある。
自信満々に、近々告白すると公言する彩峰さんとは、条件が違い過ぎる。

似たような立場なため、鎧衣さんとこの事について良く話すようになった。
最近では、夜は鎧衣さんの部屋で相談し合うのが、恒例になった。──といっても、傷の舐めあいみたいなもの。
鎧衣さんが中佐に口説かれるか、中佐を口説いてくれるかできれば、私の未来も明るいのだけれど、鎧衣さんも同じような気持ちらしく、たまに探るように私の動向をうかがっている。

この煮え切らない状態は、いつか変化する時が来るのだろうか、と思いながら、私は着替え終えた後、夕食を採るべくPXへと向かった。

最近のこの時間は、白銀中佐は鑑さんと特殊任務にあたっている事を思い出し、夕食の場にあの精悍な姿が見えないだろう事に、一抹の寂しさを覚えた。



…………………………



<< 香月夕呼 >>

12月20日 夜 国連軍横浜基地 香月夕呼執務室

「──報告は以上です」
「御苦労さま。万事、順調ね」

「まあ、一度経験した事ですから。クーデターの時のような不確定要素もあるので、油断はできませんが」
「そうね」

00ユニット、帝国軍の戦力配備、訓練状況、反対派の動向。全て、この時点では順調に推移している。
佐渡島をまだ落としてもいない状況だけれど、問題はその後だ。
白銀の体験は、佐渡島を落として、その後、大陸から大多数のBETAが横浜に向けて侵攻して来た所まで。

それによると、佐渡島ハイヴの反応炉破壊後、BETAの残党は全て朝鮮半島のハイヴへ向かうそうだから、“今回”も残党が横浜に向かってくる可能性は低い。
佐渡島が落ちれば、残党はオリジナルハイヴに近い大陸方面に向かう──という、私の推測とも合致する。
もちろん、万が一の警戒はするし、備えも用意してあるが……あまり考慮しなくていいだろう。脳のリソースを割くべき事項は、他にも多くあるのだ。

「あと、アラスカの女の招聘だけど、受け入れられたわよ。年内には機体と一緒に届くわ」
「そうですか」

衛士4人と、不知火弐型2機と、複座型Su-37を1機。
さすがに斯衛の女は引き抜けないが、3機分の追加要員は心強い。

ロシアのふたりの上官には、若干渋い顔をされたけれど、こちらが「なら結構」と引こうとすると、慌てて取り繕ってきた。
あの様子では、こちらがすでにオルタネイティヴ計画を達成していることに、薄々気付いているようだ。
シミュレーターのデータに採取情報を反映したのだから、スパイに漏れてもおかしくはない。
達成の正式な通達は、佐渡島を落とした後に予定している。
オルタネイティヴ計画の成果をもって佐渡島を落とした、という事実が、反対派に留めを刺す手になるからだ。

それはともかく、私が直々に交渉してやったというのに、白銀がなんとなく嬉しくなさそうなのが気になった。

「あまり、嬉しそうじゃないのね?」
「いえ、嬉しいですよ」

「煮え切らないわね。言いなさいよ」
「……オリジナルハイヴに突っ込ませる事を考えれば、喜んでばかりいられません」

「そう──だったわね」
「まあ、戦力増強に賛同したのは俺ですから、お気になさらず」

佐渡島ハイヴや、オリジナルハイヴに突っ込むのは、すべて白銀の恋人か、そのターゲットだ。
先日、アラスカの連中を呼ぶことを決めた時は、平然としていたから気付かなかったけれど、自分の恋人を死地に追いやって喜ぶ男じゃない。
元々A-01に居た面々はともかく、207にとっても、当初は衛士になれない方が良いとまで言っていた程なのだ。

それでも私の提案を遮らなかったのは、それが今後の作戦に有効だと判断したからだろう。
クーデター以来、コイツの阿呆なところばかり目立っていたけれど、こういう男である事を、私はどこか失念していたようだ。
今更、多少の犠牲で罪悪感など感じるはずもないのだけれど、白銀の心境を推し量れなかったことが、後ろめたく思った。

そこで、白銀が神妙な顔をして、言葉を発した。

「ところで、真面目な相談なんですが……純夏の身体のパーティション、消せませんかね」
「メンテナンス機器の接続端子用だから……あれ以上は難しいわね」
「そうですか……」

もしかしたら、あれが原因で、鑑に心理的ストレスを与えているのかもしれない。
そうなのかと聞くと、白銀は首を横に振った。



「いえ、あれがあると、他の連中と一緒にできないんです。あれだと、霞とピアティフしか組み合わせられません」



「……もしかして、セックスのこと?」
「ええ。──それ以外に、何があるんですか?」

本当に、真面目に話しているつもりのようだ。

私はにっこり笑って、白銀を手招きをし、──その顔に、思いっきり拳骨を叩き付けた。
拳は痛くなったけれど、どうしてこんな男を好きになってしまったのかという情けない気持ちに比べれば、些細なものだった。



…………………………



<< 鎧衣美琴 >>

12月20日 夕方 国連軍横浜基地 鎧衣美琴自室

「良かったぁ……父さん、無事だったんだ」

音信不通だった父さんからの荷物と手紙。それを見て、ボクは長い間の不安が解消され、大きく溜息をついた。
かなりの変人だけれど、あれでも大事な父親だ。

手紙には、クーデターでごたごたして連絡をとる暇がなかったけど、無事であること。そして、今まで通り仕事に励んでいる事が記されていた。
その他、内容が突然変わるのは今更だから、なんとも思わない。むしろ、父さんらしいと、頬が緩んだ。

追伸に、白銀中佐へのお土産を渡すようにと記されていた。
どうも、以前に父さんが贈った“コレ”がいたく気に入っていたようなので、もう一つプレゼントする、とのことだ。

──何考えてるんだろ。気に入ったといっても、こんなモノふたつ貰って、喜ぶわけないのに……。

むしろ、父さんの嫌がらせと、とられてしまう可能性が高い。
それでも、中佐と話せる良い口実だと思った。
うまくすれば、ふたりきりで話せるかもしれない。──そういえば、ボクは一度も、中佐とふたりきりで話した事が無い。
とりあえず持って行ってみて、良い顔をしなかったらボクが引き取ればいいのだ。
ムー大陸のお土産の横にでも飾っておけばいいし。

方針が決まったので、贈り物をポケットにしまい、ドキドキしながら部屋を出た。
扉を出て少し歩いた所で、エレベーターから中佐が出てきたところに出くわした。
たぶん、副司令の執務室から戻ったところだろう。

「あ、白銀中佐!」
「おう、鎧衣か。どうした」
「ちょっと、中佐に用事が──あ、口が……」

中佐の口から血が出ているのを見て、ボクは焦った。

「手当しなきゃ!」
中佐が「いや、大したものじゃ──」と良いかけたのも聞かず、ボクは中佐を自室へと引っ張り込んだ。



…………………………



(数分後)

ちょっとした手当くらいはできると思って、つい連れ込んだけれど、我ながら大胆な事をしてしまった。
手当といっても、消毒して絆創膏を貼ったくらいだけれど、それでも何かしてあげられた事に、少し満足を覚えた。

そこで、中佐をまともに殴れるほどの相手が気になったので、訊ねてみると、

「気にするな。副司令と、ちょっと意見の食い違いがあってな。上官が殴るのを、避けるわけにもいかん」

という答えが返ってきた。
あの副司令が……いや、やりそうだけど、あの人と中佐が仲違いして大丈夫なのだろうか。
その不安を口にすると、中佐はあのいつもの格好良い笑みを浮かべて言った。

「部下の為に、殴られてでも上に意見を言わなければならない時がある。それが今回だっただけだ。まあ、尾を引くもんじゃないから、大丈夫だ」

部下のために……そう。この人はいつもボクたちのために、いろいろ配慮してくれていた。
今回の事も、やっぱり裏で、誰かのために動いた結果なのだろう。

「それに、非力な副司令の拳など、たかが知れている。当たり所が悪かったから血が出てしまったが、お前の一撃の方が、よほど効いたぞ?」

ボクが以前殴った時の事を思い出し、血の気が引いた。
いつかあの事は、感謝とともに謝ろうと思っていたのに……。

「あ、あの時は、すみませんでした!」
「はは、冗談が過ぎた。あれは俺が煽った結果だ。あれで謝られるなら、俺は何回、貴様に謝ればいいかわからん」

慌てて頭を下げるボクだったけれど、中佐は笑って手を振った。
最近はようやく慣れたつもりだったけれど、近くで中佐を正視したことで、顔が赤くなり、心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。

中佐への思いは、ボクの中では決定的だ。
まるで、頭のてっぺんまで、底なし沼にはまった気分。──けれど、それがとても心地良い。

話を変えるつもりもあり、ボクは父さんの無事を伝えた。中佐は嬉しそうに、良かったな、と言ってくれた。
その後は自然と父さんの話題になり、ボクの小さい頃の苦労話で、話が弾んだ。

「──そんな感じで、女の子として扱ってくれないんですよ!」
「ははは、親父さんらしいな」

好きな人とふたりきりで話すという状況に、ボクは浮かれてしまい、とても饒舌になっていた。
後で考えれば、かなり鬱陶しい話しぶりだったけれど、中佐は、そんなボクを暖かく見ながら、相槌を打ってくれた。
そして、話題が途切れたところで、中佐がボクの部屋を眺めて感想を漏らした。

「色んなものがあるなぁ。全部、親父さんの土産かな?」
「ええ。色んな場所で色んな物を買って、送ってくるんです」

少し恥ずかしかったけど、中佐が興味深そうなので、嬉しい気持ちが勝った。

「へぇ。この置物、お前も持っていたのか。俺もこの間、親父さんから貰ったぞ」

そう言って手にとったのは、ムー大陸のお土産と称して送られてきたもの。
中佐と同じものを持っている事が、ボクは嬉しくて、また頬が緩むのを感じた。

その時、中佐が何かに気付いたように笑みを消し、真剣な表情で訊ねてきた。

「な、なぁ、鎧衣……ポケットに入るくらいのモアイ像、持ってたりするか?」
「え?は、はい。持ってますよ」

丁度、渡しに行く所だったので、頷いてポケットに入れていたモアイ像を取り出すや否や、中佐はボクに詰め寄って来た。

「そ、それ!……もし良かったら、譲ってくれないか!」

珍しく──というか、初めて見る、中佐の必死な姿。
これの何が気に入ったんだろうか。ふたつ目のはずなのに……。

「頼む!俺に出来る事なら、なんでもするから!」

元々差し出すつもりだったから、もちろん異論はないのだけれど、その中佐の言葉を聞いて、ボクの心にある欲求が湧きあがった。
こんな、ふたりきりになれるチャンスなんて、もう無いかもしれない。
もし中佐にその気があれば、とっくに口説かれているはずなのに、その気配が無い。
やっぱり、ボクは対象外なんだとがっかりする気持ちがあった。
だから、とても勇気が必要だったけれど、これが最後の機会と思い、ボクは想いを口にした。

「あの……」
「なんだ?何でも言っていいぞ」
「えっと、なら……試しに、ボクなんてどうかな、って」

言葉だけ聞けば、何の事かわからないだろうけど、ボクの顔は自分でも分かるくらい、火照っている。
中佐なら、これで分かってくれるはず。でも──



「断る」



予想と、覚悟はしていたけれど……辛かった。

「あ、そうですよね……すみません、変なこと言って」

やっぱり図々しかったかと思い、泣きそうになってしまったけれど、涙を流せば中佐に余計な重荷を与える事になる。
耐えよう。せめて、中佐が部屋から出て行くまでは。

「あ、でも置物は差し上げま──あッ?」

言葉の途中で、勢いよく抱き寄せられ──耳元で優しくささやかれた。

「お前相手に試しなどはないよ。お前とは本気で付き合う」
「え!?で、でも、ボク、他の人と違って胸とか──」

人差し指の先で、口を押さえられた。
触れたところが熱い。

「“美琴”。お前にはお前の良さがある。てことで……貰うぞ?」
「……どうぞ」

悲しい涙が嬉しい涙に変わり、胸がいっぱいだったけれど、言うべき言葉は言えた。



[4010] 第43話 おっさんの恋愛
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:45
【第43話 おっさんの恋愛】

<< 鎧衣美琴 >>

12月21日 早朝 国連軍横浜基地 鎧衣美琴自室

「──あれ?」

眠りの世界から戻った時、自分が全裸であり、暖かくて弾力のある何かにしがみついている事に気付く。
一瞬驚いたけれど、それがタケルの腕であることを、すぐに認識できた。

「そっかぁ。昨日、とうとう……ふふふ」

昨晩、この大好きな人に、ボクの全てを捧げた事に思いをはせ、顔がニヤけるのを自覚した。
嬉し恥ずかしな気持ちで、タケルの身体に手をまわし、体全体を密着させようとすると──違和感。
頭を上げてその正体を確かめると──



あり得ない所から手が生えていた。



「うわっ!」

驚きと同時に身を起こすと、見覚えのある桃色の髪が目に入った。
それを見て、昨晩、気を失う直前の事を思い出し、忘れていた自分が少しバカみたいに思えた。

──そうだった。壬姫さんも一緒にしたんだっけ。

「う、う~ん…………あ、鎧衣さん」

ボクの声が刺激となり、壬姫さんが目を覚ましてしまった。
彼女は、目をこすりながら身を起こしてボクの姿を認めた。
ここでやっと気付いたけれど、お互い、いたるところに白いものがこびりついている。特に、股間が凄い事になっている。

数秒みつめあい、頬を赤くしてお互い目を逸らす。
壬姫さんも、昨晩の出来事は恥ずかしいようだ。

「壬姫さん、昨日はごめんね。びっくりしたよね」
「うん、でも……痛ッ……」
「大丈夫?……つッ……ボクも……」

下腹部を押さえて痛みを訴えた壬姫さんを窺おうとすると、ボクも股間に痛みを感じた。
昨日は行為の後半から痛みは無かったのだけれど、麻痺していただけのようだ。壬姫さんもたぶん同じだろう。

昨晩は、ボクは中佐──タケルにベッドに押し倒され、素敵な体験を味わった。
痛みはあったけれど、話に聞いていた以上に、恍惚とした時間を過ごせた。
そして、タケルの精を体で受けた後、ボクは、タケルの気が済むまで行為を続けるよう、お願いした。
タケルの無尽蔵な精力は知っていたし、彼が最初は遠慮する事は聞いていたからだ。

ボクの体は、自分でも色気が無いと思う。
タケルは、これもまたいい、と言ってくれたけれど、ボクとしてはこの体を他の人より良いとは、到底思えない。
疲れはあったけれど、その分、他の事でタケルを喜ばせたいと思い、多恵さんを見習って、出来ることは全部やろうと思った。
タケルは「さすがチャレンジャー」と、なにか納得したように、ボクの望みに応じてくれた。

でも……それが思った以上にキツかった。
舐めたり、色々飲んだりするのは、全然平気だったから、奉仕系はまだ良かった。
けれど、タケルが本気でボクを抱きはじめて、どれくらいたっただろうか。
ボクはあまりの快楽に頭が狂いそうになったけれど、自分から言い出した事だし、タケルはとても楽しそうに興奮していたので、休ませてくれとは言い出せなかった。
よだれを垂らしながら、気が遠くなりそうになった時──ボクの部屋を、ノックする音が聞こえた。

最近は毎晩、この部屋で相談会をするのが恒例だったから、間違いなく壬姫さんだと確信した。
タケルはノックを聞いて揺すっていた腰を止め、ボクの耳元で、立て込んでいるとでも言え、とささやいた。



対してボクは──扉に向かって「入って」とお願いした。



頭のどこかで、壬姫さんも悩んでいたのだから、この際──と思ったのもあるけれど、最も多くを占めていたのは、あの快楽地獄ともいえる状況から、解放されたい、という思いだった。
部屋に入って、ボクたちを見て唖然とする壬姫さんに「タケルの相手、よろしく……」という言葉を最後に、ボクの意識は無くなり、朝まで睡眠を貪る事になった。

壬姫さんからは、ボクが気を失った後の推移を聞いた。
ふたりとも、直後はお互いを伺っていたそうだ。
タケルは全裸でボクに挿入した状態だったので、ばつが悪い事、はなはだしかったらしい。
壬姫さんはさっさと帰りたかったようだけれど、よろしくと言われたので、帰るに帰れなかったらしい。
そして、タケルが調子を取り戻して、混乱が消えない様子の壬姫さんを口説き──そのまま始めてしまったとのこと。

その後、行為の内容など教え合うと、壬姫さんもボクと同じようなパターンだったようだ。
最初はゆっくり優しくしてもらい、後はタケルの好きなように任せ、それは気を失うまで続いたらしい。
半無意識とはいえ、我ながら無責任な投げっぱなしだと思ったけれど、壬姫さんも上手く行ったのならボクとしては満足だ。

「でも、もう少し、ロマンチックなのを想像してたんだけどなぁ……」

壬姫さんが苦笑いでそう言ったので、ゴメンと謝るしかなかった。
ボクの時は、理想的な口説かれ方だったけれど、壬姫さんは、他の女を抱いている最中のタケルに口説かれた。
彼女の理想からは程遠かっただろう。

「あ、いいよ。いきなりだったけど、嬉しかったのは確かだし……後悔もしてないよ」
「そ、そう?よかった……」

ボクへの配慮もあるだろうけど、壬姫さんの話す内容は、嘘じゃないように思えた。
その表情は、昨日までの、不安が混ざった苦笑いではなく、晴れ晴れとした微笑みだったから。

「でも、あれがみんなの言ってた『左近』だとは思わなかったよ……」
「あはは、鎧衣さんのお父さんからの、お土産だったんだね」

タケルのアラスカ出張の間に、メンバー全員のお気に入りの『左近』というモノが失われ、皆その事に嘆き、投げ入れたナントカ少尉に憤慨していた。
速瀬中尉などは、「もし会ったらブッ殺す!」と剣呑な言葉を吐いていたし、他の人も本気で怒っていたから、どういう代物かまでは訊けなかった。
父さんの名前と同じだな、とか、中佐の持ってたマスコット人形か何かかな、と、その時は思っただけだ。
でも、まさかあのモアイ像を、あんなふうに使っているとは……想像もつかなかった。

ボクも、当然のように『左近』を使われてしまった。
正直、父さんの名前をしたモノが入ってくるのは、かなり抵抗があった。
ちょっと抵抗したのが、中佐の興奮を煽ってしまったらしく、「ほーら、お父さんが帰ってきたぞぉ。ただいまぁ」など、意地悪な言葉とともにボクは『左近』で蹂躙されてしまった。
中佐の言葉のせいで、背徳感は強かったけれど、それがもたらした快感はもっと凄かった……あれなら、みんなが執着するのは当然だろう。

「でも鎧衣さん、『タケル』って呼ぶんだね」
「うん。タケルさんって呼んだんだけど、修正されたんだ。敬語も使うなって」
「へぇ……私も敬語はダメと言われたけど、『たけるさん』で何も言われなかったよ」
「ボクのは、その方がしっくりくるんだって。よくわからないけど、いつもの気まぐれじゃないかな」

タケルは、こういう時間は、恋人には呼びたいように呼ばせている。
タケルよりだいぶ年上の、神宮司大尉やピアティフ中尉は『武』と呼び捨てにして、それ以外は『武さん』だ。
ボクもそれに倣おうと思ったのだけれど、なぜか訂正されたのだ。
なんとなくだ、と言っていたけれど、少しタケルにとっての特別になった気分がしたので、従うことにした。
鬼の上官として、散々性根に叩き込まれた相手だから、最初はぎこちなかったけれど、今では結構しっくりきている。

そうこう話しているうちに、タケルが目を覚ました。
大きく口を開いてあくびをして、こっちを見て、──微笑みを浮かべた。

「起きてたのか。おはよう、壬姫、美琴」
「おはよう、タケル」「おはよう、たけるさん」

タケルの表情と、その呼び方で、ボクたちもやっと、念願のメンバー入りを果たしたことを実感した。

「ん?まだこんな時間か。……んじゃ、起きぬけの一戦と行くか」

タケルは、時計で時間に余裕があることを見て、散歩でもするかのように、セックスを誘ってきた。
お誘い自体は魅力的だったけれど、痛みがぶりかえしたことを伝えると、タケルは申し訳なさそうに頭を掻いた。

「そうか……すまん。ちょっと興奮して張り切りすぎた。もうちょっと労われば良かったな」

限度を忘れるほど興奮してくれた事が嬉しかったし、この痛みは勲章のようなものだ。
それを言葉にすると、タケルは優しく頭を撫でてくれた。優しい空気が部屋に満ちる。
代わりに、口でする事を申し出ようと思った時──壬姫さんが発した問いで、空気は一変した。

「でも、一晩中ここにいたけれど、良かったの?」

タケルが青ざめた。

「ど、どうしたの?タケル……」
「やべぇ……昨晩……すっぽかしちまった……」

ボクの問いに、わなわなと体を震わせながら、言葉を漏らした。

「あ、謝ればわかってくれるよ!たけるさん」
「そうだよ!誰か知らないけど、事情を話せば──」

ふたりで慰めたけれど、タケルの答えを聞いて、かける言葉を失った。



「昨日の予定は……まりもだったんだ……」
「「うわぁ……」」

それは、タケルが最も借りを作ってはいけない相手だった。



…………………………



<< 巌谷榮二 >>

12月21日 午前 帝国軍本部基地 通信室

「では、本当に良いんだね?」
「ええ。もう決めた事ですから」

通信画面に映る唯依ちゃんは、達観したような、苦笑を浮かべていた。

この子が、日本への正式な帰還を希望したのは、つい最近の事だ。
その時、白銀中佐と交際を始めたことを聞いたが、その時の私は、とても間抜け面をさらしていただろう。
確かに、好男子と思った彼を紹介したのは私だが、出会ってその日のうちに付き合い出すとまでは思っていなかった。

突然ではあったが、色恋とはそういう事もありうるのだろう、と納得はした。
白銀中佐が好ましい人物であることに、変わりはなかったのだから。

だが、白銀中佐が殿下と恋仲であり、さらに多数の恋人をもっているという噂が、その数日後に流れ出した。
最初は、殿下と懇意にしている事への妬みだろうと思ったのだが、私の信頼する人物も、確たる根拠をもって噂を肯定したのだ。

私は慌てて唯依ちゃんに連絡をとり、噂を伝えた。
彼女が騙されているのならば、到底許せる事では無いし、放置すればするほど、彼女の傷は深くなると思ったからだ。

だが、それらの事情は付き合う時に、本人から聞いていたとのこと。
その上で、彼を愛しているのだと、自信をもって答えられてしまった。

その時私は、複雑な心境だった。
不実な男を紹介した事を、亡き友に謝るべきだろうか。
それとも、唯依ちゃんを、一見して良い方向に成長させた男性に巡り合わせた事を、誇りに思うべきか。

そんな私の迷いをよそに、画面ごしに私を見る唯依ちゃんの目は、まっすぐで曇りの無いものだった。
数秒無言で見つめあい、折れたのは、私の方だった。

「わかった。彼については何も言わない。年内には戻れるように手配する。正式な配属先はまだだろうが、そっちを引き払う準備をしておきなさい」

開発が落ち着いた今、不知火弐型については、後任者でも十分──というよりも、本来であれば、もっと早期に後任者へ引き継いでいたはず。
だが、最後の調整まで見届けたいという希望があったので、それを引き延ばしていたのだ。

それがこうなった以上、早く彼女が愛する男性の近くで過ごせるよう取り計らってやろう。
他のアラスカの女性達も、横浜基地への招聘日が決まったというし、ひとり寂しく過ごさせてはかわいそうだ。
どうせ、あちらでやるべき事は無い。公私ともに、帰還すべき理由がある。

「はい。ありがとうございます。“巌谷の叔父様”」
「唯依ちゃん……」

友の忘れ形見は、肩の力が抜け、少しはくだけたようだ。
白銀中佐に対しては、まだ割り切れたわけではないが、彼女へ良い影響を与えた事は、認めざるを得ないだろう。



…………………………



<< おっさん >>

12月21日 昼 国連軍横浜基地 おっさんの巣

「ふぅ……また、まりもに借りが出来てしまったか……」

今日の訓練の間、目の下に隈を作ったまりもからの視線が痛かった。
もちろん、うずまく感情を、訓練中に態度に出すような女じゃないが、……それだけに痛かった。

昨晩の事は、先にヴァルキリーズに合流した美琴と壬姫から説明をさせたから、彼女も事情はわかってくれただろう。
しかし、予定が変わったら連絡する、というのがルールだ。俺は自分で作ったそれを破ってしまった事になる。

俺としたことが、久々の美琴と壬姫とのセックスに夢中になってしまった。
特に、壬姫は極東一の締めを持つ女。いきなりスクリューは無謀だったから後日にしたが、その締め力は相変わらずで、つい何度も何度も味わって、いつしか時間を忘れてしまっていた。
悪気はなかったのだが、だからといって明け方まで、寝ずに部屋で待っていた事実がなくなるわけじゃない。

彼女がどんな交換条件を出してくるか、容易に想像はつくが、まりもとて、俺がハードSMを本気で嫌がっていることを知ってるから、無理強いはしてこないだろう。
まあ、それは訓練後に考えよう。

──しかし、遅いな。

今日の昼の時間は、晴子が担当のはず。
いつもは連れ立って部屋に来るのだが、まりもの視線が痛かったので、先に行く、と告げて早足で逃げるようにここまできたのだ。

時間を有効に使う晴子の、珍しい遅刻を不審に思った時、扉がノックされた。

「入れ」

ようやく来たかと思い、入室を許可すると、扉が開いた。
だが、そこに立っていたのは──



「彩峰……?」
「柏木と変わってもらった」



俺の戸惑いをよそに、彩峰はつかつかとベッドの傍に来ると、しゅるしゅるとネクタイを解き、軍装を脱ぎ出した。
予想外の行動に虚を突かれたが、その行動が意味する事は明白だ。
要するに、俺は先手を打たれたのだ。

今のような時間は、メンバーには好きに呼ばせている。
彩峰の言葉遣いが、なつかしいタメ口になっているのは、自分もすでにその一員だという事をアピールしているのだろう。
そんな彩峰は可愛かったが、少々間が悪いように思えたので、俺はたしなめた。

「しかし、昼休みはそんなに長くないぞ」
「かまわない……私じゃ、嫌?」

「嫌なわけがないだろ……屋上での事は忘れたのか?嫌な女のおっぱい揉むかよ」
「覚えてた。──ずっと」

潤んだ目でじっと見つめてくる彩峰に、俺は、興奮していた。
だが、あまりにも早急すぎるように思えたので、再度、考えを直すように促した。

「する事自体に異存はないが、初めての時は、もっと時間があるときに──」

彩峰は言葉を遮るように、その両腕を俺の首に回してきた。
すでに、身に付けているのは下着だけだ。

「待ってたら、いつまでも先延ばし。今日も、神宮司大尉のフォローするんでしょう?」
「そうだが…………わかった。なら、その分濃くしてやる」

問答していれば、それだけ時間が無駄になる。
彩峰は覚悟してきている。これ以上は恥をかかせるだけだ。
記念すべき瞬間を急ぎで済ます事が勿体無く思えたが、考えてみればこの突拍子もない展開も、彩峰らしいといえばらしい。

「ありがとう……お礼に良いこと教えてあげる。私は武が好き。どうしようもないくらいに好き」
「俺もだよ。慧……」

そして俺たちは唇を重ね、体を重ね──時間を気にしつつ、激しく愛を交し合った。



…………………………



<< 柏木晴子 >>

12月21日 夕方 国連軍横浜基地 病室

「へぇ~、1日で3人も落ちたんだ。最高記録じゃない?」

私はメンバー追加の度に、見舞いを兼ねて麻倉と高原に報告に来ている。
高原が上げた声には、感心の色があった。

ひとりひとり落とすかと思えば、一気に落とす。本当、読めない人だ。
彩峰の行動には中佐も驚いていたみたいだけれど……そりゃ当然よね。

「彩峰もすごいね。その思い切りは、茜を彷彿とさせるね」
「アイツも、鎧衣と珠瀬の加入を聞いて、焦ってたからね。でも、英断だったと思うよ」

高原の感想に、私はそう答えた。
私が彩峰でも、同じようにしたかもしれない。

中佐に近々告白すると豪語していた彩峰は、本当なら数日先に予定していた。
そこへ、伏兵の鎧衣と珠瀬がふたり揃って追い抜いていったのだから、焦る気持ちは理解できる。
それに、最近の夜は、中佐は新兵器の調整作業で忙しく、夜の部は時間調整し辛くなっていたから、ずるずる延びそうな予感があったのだろう。

まあ、おかげで今日の私の出番が無くなったのだけど、他の人より多めに時間を取らせて貰っている分、今回は泣いておこう。
彼女の、一刻も早く中佐と結ばれたい、という気持ちはいじらしくもあったし。

「そか~。いいなあ、みんな楽しそうで」

麻倉が両手を枕にしてベッドに仰向けに寝そべり、不満げな声を上げた。

「まあまあ、中佐もみんなも、時々来てくれてるんでしょ?」
「そうだけど……」

麻倉の話では、中佐は来るたびに色々体を弄ったり舐めたりするものの、最後まではしてくれないみたいだ。
一通り愛撫した後、彼女らに口や手で奉仕をさせてから帰るのが、いつものことらしい。
ふたりとも、その事が若干不満のようだけれど、「退院したら」の言葉があるから、何も言えないようだ。

実は、これは中佐の狙い通りだ。
「処女のまま超淫乱化計画」と言っていたから、原隊復帰するまで、間違いなくふたりは処女のままだろう。
それを漏らせば散々に犯されるから、それは言えない事情だった。ふたりには同情するけど。

「でもさ、一回驚いたよねぇ、麻倉」
「え?……ああ、あの時ね。中佐が驚いていきなり出しちゃったから、むせて大変だったわ」

高原と麻倉の会話がわからなかったので、何の事か訊いてみた。
ある日、奉仕の最中に衛生兵が回診に来て、ばっちり見られて、説教を受けたらしい。
中佐の事だから、妙な表現になるけれど、堂々と説教されたのかと思いきや、肩を小さくして、怯えの色すら見せながら怒られていたそうだ。
珍しい……というか、想像がつかない。そんなに怖かったのだろうか。

「知ってる?穂村愛美って人なんだけど」
「もちろん。避妊薬貰う時、よくお世話になってるから」

高原の言葉で、私はいつも会う、優しげな衛生兵を思い出した。
A-01は極秘部隊だから、それに対応する軍医や衛生兵も、人選されている。
中でも、穂村衛生兵にはヴァルキリーズは全員──特に、中佐の恋人はお世話になっていて、最近の避妊薬の消費の早さを嘆かれた事があった。
中佐があの人に怯えるなど考えられないから、多分、それは中佐のおふざけだろう。
説教の後も、警戒しつつも調教は続けているのだから。

「でも、穂村さんも結構美人よね。中佐も何度か顔を会わせてるし、手を付けそうなんだけど……」
「穂村さんの方は、ちょっとは興味あるみたいよ。トライアルで中佐の名前が売れはじめた頃、どんな人ですか、って訊かれた」
「おやおや」

高原の言葉はともかく、麻倉が話した穂村衛生兵の態度は、意外じゃなかった。
女性兵の間でだいぶ騒がれているようだから、あの人が中佐に興味を持ってもおかしくはない。
しかし、食指が動かないものを勧めてもしょうがないから、周りがあれこれいうべきじゃないだろうという事で、その話は落ち着いた。

「ところで、ふたりとも、勉強ははかどってるみたいだね」
「うん。涼宮中尉が、役に立つ技術書をもって来てくれるし、順調だよ」

そう言って、麻倉が手に取ったのは、CPの教科書や、コンソール機器類の技術書。何度もめくった跡があり、多数の付箋紙が挟まれている。
CPとして活躍すべく、ふたりは一生懸命勉強しているようだ──と感心したのだけれど、成績の良し悪しで、中佐の“お見舞い”に差がつくらしいから、お互い負けずに必死でやってるとのことだ。

一瞬、呆れもしたけれど、口で頑張れと言うのは簡単だ。
中佐の出した条件なら、自分でも一生懸命覚えるだろうなと思う。
性的な欲望と、ふたりの能力向上を同時に満たす、中佐のしたたかさに感心した。

最後に足の回復状況を尋ねると、高原が、心底楽しみにしている様子で答えた。

「もう少し落ち着いたら、リハビリも始められるって」
「そう!良かったね!」

ふたりとも、疑似生体移植による再生手術で、足は揃っている。
これから過酷なリハビリが必要だろう。
涼宮中尉は両足だったから、それよりは短いだろうけど、辛い事は確かだ。
“餌”につられているとはいえ、頑張って勉強をして、前向きなふたりを、私は仲間として誇らしく思った。



…………………………



<< 鑑純夏 >>

12月21日 夜 国連軍横浜基地 実験室前

自動扉が開くと、私の一番大事な人──タケルちゃんが壁に背をあずけて、たたずんでいた。

「タケルちゃん、お待たせ」
「おう、純夏。問題無かったか?」
「うん」

ODL交換作業の間は、タケルちゃんには外で待ってもらっている。
今更だけど、交換中は体にケーブルが付いちゃうから、タケルちゃんにはあまり見せたくない。

「神宮司先生、大丈夫だった?」

ふたりで部屋へと戻るすがら、神宮司先生の事を訊いてみた。
今日は実機演習だったから凄乃皇は使えない。
私はその間、夕呼先生の情報処理のお手伝いをして、そのままODL交換に入った。
だから、午前の訓練で不穏なオーラを出していた神宮司先生がどうなったか、わからないままだったのだ。

「ああ。今夜にずらす事で勘弁してもらった……それだけじゃ済みそうにないけどな」
「あはは、先生、ハードなのが好きだもんね」
「まったく、なんであんなもの目覚めさせてしまったのやら」

神宮司先生が、変な趣味に目覚めた経緯は聞いた。
どんな世界でも、表向きは可愛らしかったり包容力があったり凛々しかったり、理想の大人の女性なのだけれど、裏の顔は狂犬だったり中毒だったりで、相当変な所が面白い。
でも、ハードなプレイが好きな神宮司先生は、私には“この”世界の記憶しかない。
私も、“前の”世界では他の人への対抗心から、頑張ってハードなプレイをしたけれど……あれを常習的にやるのは無理。
タケルちゃんが言った通り、あれは素質が必要だ。
“この”世界で、ハードプレイを経験していたらどうしようかと思ったけれど、今回は回避してくれているから、私も助かった。

「けどお前、ずいぶん物分かり良くなったな。“前の”時は、新規加入は禁止していたのに」
「そりゃ、慣れたってゆーかぁ……」
「ふーん。──で、本当のところは?」

誤魔化そうと思ったけれど、さすがにタケルちゃんには通用しないか。
本音を一部、漏らすことにした。

「私も……みんなには死んでほしくないから」
「そっか……戦死率の件か?」
「うん」

タケルちゃんが抱いた女の人は、どういう理屈か戦死率が、平均の3割以下。
本当は、これ以上増やして欲しくないし、私がお願いすれば、タケルちゃんはメンバーを増やすのを止めてくれるかもしれない。
でも、ヴァルキリーズの人たちが死ぬよりは、恋人が増える方がよほどましだ。

「まあ、こないだ言ったが、これ以上の新規加入は、“前の”世界で一緒だった連中だけだよ」
「うん、わかってる。だから、気にしないで」
「そうだな。──で、本当のところは?」

ふたたび、問われてしまった。

「他にはないよぉ~、何疑ってるの?」
「なら、言ってやる……お前、まだ俺に後ろめたく思ってるんだろ」

その言葉で、私の作り笑いはあっけなく崩れた。

タケルちゃんをこの過酷な世界に呼んだのは──私という、因果導体。
“前の”世界では、その夕呼先生の推論を聞いても、タケルちゃんは私を責めることは一切なく、優しく微笑んでくれた。
そして、今も……。

「“前”にも言ったろ?呼んでくれてよかったよ。お前がひとり寂しく脳みそ状態で過ごすなんて、耐えられない」

それは、“前の”世界でもかけてくれた言葉。

「気にするなというのは俺の台詞だ。いつまでもつまらん事に拘ってないで、今を楽しもうぜ?」
「ふふ、そうだね……ありがとう、タケルちゃん。でも、それだけじゃないの」

恋人追加を、妬きながらも認めるのは、戦死率や、後ろめたいというだけじゃない。
部下や、愛する人や、自分の戦死を経験し、人類の命運を背負って頑張っているタケルちゃんには、これくらいの楽しみがあっても良いと思ったから。

人類の命運を背負うことは、物凄く重い事のはず。
バッフワイト素子を付ける前に見えてしまった夕呼先生の心にも、相当なプレッシャーがあった。
タケルちゃんは、そのプレッシャーを、なんでもないことのように振舞ってはいるけれど、普通の人なら逃げ出すほどの重荷だ。

特に、あの平和な世界を経験したタケルちゃんがこれほどまで軍人になったのは、とてつもない修羅場をくぐったからだ。
そうさせたのは私なのだけれど、タケルちゃんが明確な意志をもって、この世界を覆う絶望に立ち向かっているのは、本当に尊敬する。
だから、私もあまり細かい所で、ぐちぐち言いたくないのだ。
タケルちゃんがこうなっちゃったのは、不可抗力的なものもあるし。

私がそのような想いを口にすると、タケルちゃんは、少し照れくさそうに「別に、そんな偉そうな事かなぁ……当たり前だろ」と、頬を掻いていた。
それは、英雄然としたいつもの姿ではなく、私の記憶に最も多い、“元の”世界のあの若いタケルちゃんだった。
これ以上続けてもタケルちゃんを困らせそうだったので、恋人要員の予定について言及した。

「ねえ、ヴァルキリーズのみんなの事。あとふたりになったけど、どうするの?」
「んー。せっかくだから、佐渡島までにはふたりを口説くよ。気休めでも戦死率は下げておきたいしな。まず、みちるだ。冥夜はもうちょっと遊びたい」

また、意地悪なことを。
最近では、傍から見ていても、御剣さんが不憫で仕方が無い。

「御剣さん、全身でいつでもどうぞって言ってるのに……」
「すまん。だが、もうちょっとだけ楽しみたいんだ。俺の言動にいちいち反応する冥夜が面白くてな」
「もう……私に謝られても……」

御剣さんと恋愛ごっこ。
タケルちゃんは、私を含めて、他の人たちじゃ味わえない感覚を堪能している。
スレすぎたタケルちゃんには、お子様のようなやりとりがとても新鮮で、興奮するらしい。
御剣さんとのやりとりの後、妙にたかぶって、私や他の人たちにそれをぶつける。いい迷惑──でもないか。

だいぶいびつだけれど、これでもタケルちゃんは御剣さんを大事に想っている。
小さい男の子が、好きな女の子に意地悪する事と同じだ。
かわいそうではあったけれど、そこまで拘られる御剣さんが、少し羨ましかった。

「でもね、タケルちゃん──あっ」

私が苦言をいいかけたとき、タケルちゃんが、突然立ち止まってあらぬところを向いたので、私もそれに倣うと……御剣さんが、呆然とした表情で、立っていた。



…………………………



(数分前)

<< 御剣冥夜 >>

12月21日 夜 国連軍横浜基地 廊下

私はいつもの走りこみを終え、自室へと戻りながら、今日の出来事を振り返っていた。

──残り、3人か……。

私と、榊と、伊隅大尉。一日で、ずいぶん寂しくなったものだ。

鎧衣と珠瀬の経緯を知った彩峰は、訓練の合間に随分考え込んでいたが、まさか昼時に思い立つとは。
彩峰の行動は、唐突ではあったが、羨ましかった。

休憩後は、少し痛そうではあったが、誇らしげでもあった。
「お先に」と私に言ったのは、皮肉ではなく、発破のつもりであろう。
だが私は、彼女のような真似は……できぬ。
ただ中佐のお誘いを待つ身を情けなくも思ったが、こればかりは性分だ。

中佐は、どういうおつもりなのだろうか。
時折交わす会話では、時折、私の髪や顔立ちを誉めたりで、女としてもそれなりに評価をいただいているようなのだが、一向に進展しない。
何がいけないのかと、毎晩悩む羽目になっている。

──殿下は、どのようになされたのであろうか。やはり、築地のように振舞うしかないのか……。

そんな折、白銀中佐と鑑の話し声が聞こえた。内容は聞き取れないが、それは段々大きくなってきていることから、歩きながらの会話のようだ。
姿はここから見えぬゆえ、そこのT字路の角にいらっしゃるのだろう。
出会ったら、どう挨拶をしようかと考えつつ、足を踏み出そうとすると──

「御剣さん、全身でいつでもどうぞって言ってるのに」
「すまん。もうちょっとだけ、楽しみたいんだ。俺の言動にいちいち反応する冥夜が面白くてな」
「もう……私に謝られても……」

──なッ!……楽しむ……だと……。

一瞬、何を言われてるのかわからなかったが、その内容を理解したとき──私は心に冷や水を浴びた気持ちになった。
「冥夜」と名で呼ばれた事が気になりはしたが、中佐が私の気持ちを知りながら、遊んでいたという言葉に比べれば些細にすぎる事だった。

これまでの、中佐とのやりとり──誕生日の折りから始まった、私的な時間に交わした数々の会話が、私の脳裏をよぎった。
毎晩、くりかえし想っていたから、全て鮮明に覚えている。
あの優しげな目や、お言葉はすべて……私をからかって遊ぶためだというのか!

「でもね、タケルちゃん──あっ」
「御剣!これは──」

私はふたりがこちらを向くまで、呆然としていた。
中佐が何か言葉をつむごうとしたが、私はその頬に、平手を力いっぱい叩きつけ──ようとしたが、その顔を見て、力が緩んでしまったので、軽く音を立てただけだった。
一瞬、大それた事をしてしまったと思ったが、すぐに怒りと悲しみの感情がそれを覆った。
そして、いたたまれず……私は逃げるように、自室へと駆け出していた。

「待ってくれ!」という、中佐の珍しく必死な声を背中に受けたが、振り返る気はしなかった。
私は幼子のように、両目から涙をこぼしながら走り──これほどもてあそばれても、中佐を想う自分が、恨めしかった……。



<< おっさん >>

12月21日 夜 国連軍横浜基地 廊下

「なんてこった……まさかバレるなんて……」
「タケルちゃん……」

冥夜を傷つけてしまった。
あの悲しそうな、憤りを含んだ目線。あの冥夜が上官にビンタを食らわすなど……よほど頭にきたのだろう。

なんて……なんて……












なんてワクワクするんだ!
そう。この波乱こそが、俺の求めていた展開!

「タケルちゃん……ひどいね。普通、楽しまないよ」
「ほう、さすが。俺の気持ちを一発で当てるとは」
「そんな楽しそうな顔してれば、まるわかりだよ。御剣さん、泣いてたよ?かわいそ~」

なんだ、顔に出ていただけか。
しかし、俺のポーカーフェイスが崩れるとは……それほど高揚しているのだろう。

「だが、こんな展開はここ数十年記憶にない。聞いたか?俺のさっきの台詞……『待ってくれ!』だぜ?しかもこう、手をのばして、すがるように……」

わざわざさっきの動作をなぞってやったというのに、純夏はしらけた目で俺を見るだけだった。
まったく、幼馴染なんだから、少しは共感してくれてもいいだろうが。

「で、どうするの?」
「もちろん、すぐにフォローするさ」

じっくりたっぷりねっとりとな。
なに、これくらいの誤解など、青い恋愛ではよくあることだ。

「すまんが、今日の“安定化作業”はパスだ。ODLは交換したばかりだから大丈夫だろ?」
「しょーがないなぁ……本当、御剣さんは特別なんだから」
「お前が一番、妬まれる立場だってのに……わかってるのか?」

拗ねた純夏はさておき、この後の予定は、誤解──でもないのだが、まずは、それをなんとかしよう。

謝る→かたくなになる冥夜→真摯な態度を見せる→揺れる冥夜→突然、お子様のようなキス→驚く冥夜→愛を一言→浮かれる冥夜→放置→不安になる冥夜→放置→超・不安になる冥夜→俺の言うことはなんでも聞く冥夜。

これだ。
最後の繋がりは少々唐突だが、プロットとしては十分だろう。
しかし、このシチュエーションはなんという──

「うは!甘酸っぺぇ!」
「声に出てるよ、タケルちゃん……」
「む。そうか」

純夏の呆れたような声で、少し冷静になる。
あまりの興奮で、つい我を忘れるところだった。

「今晩はまりもが予定してるから……今日のところは、“浮かれる冥夜”までもって行くぜ!」

俺はこのとき、精神的に10代に戻った気分だった。



[4010] 第44話 おっさんのシナリオ
Name: つぇ◆8db1726c ID:a1045c0b
Date: 2008/12/27 01:47
【第44話 おっさんのシナリオ】

<< 御剣冥夜 >>

12月22日 朝 国連軍横浜基地 御剣冥夜自室

目が覚めるや否や、私はいつになくはっきりした意識をもって身を起こした。
これほどの良い目覚めは、最近の記憶にないことだ。

さっそく寝台を降りて、備え付けの鏡の前に立ち、指先を自らの唇にそっとあてる。
昨晩の感触を思い出し、自然と口の両端が上がった。
私は、自分で自覚できほどあきらかに──浮かれていた。

昨晩、私は自室に駆け戻った後、寝台に突っ伏し、嗚咽を漏らしながら泣いた。
その激しさは、かつて訓練の折、中佐から殿下の関係を揶揄され、泣いてしまった時とは比べ物にならぬほどで、それだけに、私の中でどれほど中佐の存在が大きかったのかを思い知らされた。

心のどこかで、一晩中泣き明かすのだろうと思っていたが、泣き初めてまもなく、中佐が部屋の扉を叩き、私の返事も待たずに部屋に入ってこられた。
涙を拭くのも忘れ、反応に困った私に対し、中佐はまっすぐな瞳で私を射抜き──「すまなかった」と、謝罪の言葉を口にした。
だが、愛情をもてあそばれた事による憤りはおさまらず、私はかたくなになり、お引き取りを願ったのだ。

それからの、中佐のお言葉が思い起こされる。

『冥夜……。結果として、お前の気持ちをもてあそんでしまったことは、本当にすまなかった』

それは、まことに真剣な口調であった。

『だが、俺にとってはお前は特別な存在。ちゃんと手順を踏んで、お前とは付き合いたかったんだ』

特別な存在──そう、確かにそう仰った。
その言葉で、硬くなった私の心は弛んでいったのだ。

『お前との会話は、俺を奮わせた……愛するお前だからこそ、だ」

そう言った時の中佐の目に嘘の色は無く、微動だにしないその視線は、私を強く揺さぶった。
私は、その時の感情はどうあれ、確かに中佐を……愛していたのだ。その相手から、あれほど真剣に愛をささやかれて、平常でいられようもない。

中佐は、言葉を失った私に、ふ、と、つい見とれてしまうほどの微笑みをうかべ──その唇を、私のそれに優しく重ねた。
接触は一瞬であったが、私はそこに、強い熱を感じた。
そして、呆ける私を置いて、中佐は「またな」と言って、この部屋を出て行かれたのだ……。

──うむ?

そこまで思い起こして、ふと首をかしげた。
真摯であれば良いのだろうか、とか、結局何も変わっていないのではないか、とか──そういった疑問が浮かびそうになった。

だが、それを深く考えては妙な展開になってしまいそうだ。
愛を語られたのには違いなく、私を苛んでいた悩み──中佐にどう思われているか──が解消されたのだから、些事に拘るべきではない。
私は浮かんだ疑問を払拭すべく、蛇口を捻り、冬の冷たい水で洗顔を始めた。



…………………………



<< 鑑純夏 >>

12月22日 午前 国連軍横浜基地 シミュレーターデッキ

「おはよう、御剣さん」
「おはよう、鑑」

「昨日は──」
「ああ、みっともない所を見せてしまったな」

「ううん、それはいいんだけど、あの後──」
「うむ、中佐が訪ねてこられた」

彼女にしては珍しく、私が言い終える前に言葉を先読みし、返事をかぶせてきた。
昨晩の泣き顔の名残は一切なく、彼女は明らかに──浮かれていた。

その姿は“元の”世界で私と友情を交わした“冥夜”のようで懐かしかったけれど、浮かれる要因が明白なだけに、複雑な心境だった。
そりゃ、フォローは大事だし、御剣さんは幸せいっぱいな感じだけれど、どこか釈然としないのは、それがタケルちゃんの筋書き通りだからだろう。
どうやったかは知らないけれど、宣言通り、「浮かれる冥夜」にもっていったのだろう。

タケルちゃんは、あれで御剣さんを傷つけた事に、罪悪感や焦燥感を感じていている。困ったところは、自分がそういう感情を持つことも楽しんでいるという点だ。
確かにタケルちゃんは、口説き始めればあっという間に深い仲になるから、今回のように、恋人になるまでの課程が新鮮なのも、理屈ではわかる。
けれど……不謹慎も甚だしい。

私にしても、“この”世界でも“前の”世界でも、いきなりエッチな関係になっちゃってる。
目覚めたらバージンを失っていた、という事実に少し落ち込みは感じるけれど、私を正気に戻すためなのだから文句も言えない。
特に、「眠ったお前とヤるの、やっぱすげー興奮したわ」と、鼻息も荒く言われてしまっては……。

内心で何度目になるかの溜息をつきながら、嬉しそうに昨晩の出来事を話す御剣さんの言葉を聞き──またこっそりと溜息をつくことになった。

──お子様のようなキス、か……。

やはり、まだまだ甘酸っぱいやりとりは続くらしい。

「して、ものは相談だが……この事は、皆にも話すべきだと思うか?」
「うーん。ちゃんと結ばれてからでいいんじゃないかな」
「そうか……私もそう思っていたのだ。まだ、皆話すのは面映ゆくてな」

私に話してくれたのは、昨晩の遭遇時、私もいたからだろう。
その配慮はうれしかったけれど、この後の展開を思うと、今浮かれている御剣さんが気の毒だった。
真意は伝わらないだろうけど、私は励ましの言葉を口にした。

「ねえ、御剣さん……頑張ってね」
「ん?うむ……そなたに感謝を」

彼女に真相を教えてあげたい気持ちはある。
でも、それをしたところで事態が悪化するだけ。辛い展開の先には、間違いなく天国が待っているのだから……。
せめて、辛そうな時は私がフォローしよう。もうひとりの、フォローすべき人とともに。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月22日 昼 国連軍横浜基地 PX

「彩峰、もう痛まないのか?」
「はい……大丈夫です」

彩峰の淡々とした様子は、いつも通りだ。
なんとか調子を取り戻したらしい。

「しかし、貴様も災難だったな」
「あれは、痛かったです……理不尽……」

さきほどの光景には、目を疑った。

今日の食事の折、彩峰はちゃっかりと、中佐の隣の席を確保した。
それは、これまでの鬱憤を晴らすかのような素早さであり、いつもは誰が隣であっても頓着しない中佐が、苦笑いを浮かべるほどだった。
中佐の、可愛いやつだ、と言いたげな表情には若干のやっかみを覚えたものだが、まあそこまでは良い。

驚いたのは、食事も終わって軽い歓談を始めたとき──いつの間にか、中佐が彩峰の胸を揉んでいた事だ。
揉まれてる当の彩峰は、やや顔を上気させながら、嫌がるでもなく、むしろ彼が揉みやすいように、差し出すようにその豊満な胸を張っていた。

私を含めた全員がそれに気づき、会話が徐々に途絶えると、中佐は「どうしたんだ?」と不思議そうに訊ねられた。
速瀬が「ちゅ、中佐……今、揉んでますが……」と指摘すると、彼は、はっとして自分の手と彩峰を見た。
これまた驚いた事に、本当に無意識に揉んでいたようだ。

そして、どう動くのかと思ったら──中佐は拳骨を作り、ハーと息を吐きかけて、彩峰の頭にそれを落とした。……「場所をわきまえんか」という叱りの声とともに。

中佐はその後、悶絶して頭を抱えた彩峰と、呆然とする我々を置いてPXから去っていった。
今日の“シフト”に入っていた宗像と風間が“プライベート”な時間を過ごすべく、中佐の後を追いかけて姿を消したところで、我々は事情を彩峰に訊ねた。
中佐が殴ったということは、コイツが何かしたからだろうと思ったのだが、彩峰が言うには、ただ席を寄せて近くにいただけ、とのこと。
その時、柏木が、彩峰の主張を否定するように発言した。

「いや、あれはあきらかに彩峰の誘いだね。うまいもんだねぇ」
「どういうこと、晴子?」

涼宮の問いに、柏木は説明を加えた。

「あれは絶妙のポジショニングだったね。腕を組んだいた中佐の手に、さりげなぁ~くおっぱいを触れさせてたよね?」
「ううん、あれは偶然」

無表情でふるふると首を横に振ったが、柏木の説明とどちらに信憑性があるか──、全員の見解は一致しているだろう。

「なんだ。結局、無実とはいえないじゃないか」
「なんとなく、ああいうのもいいかなと思いましたので」

私の呆れ声に、彩峰は開き直って飄々と言ってのけた。
彩峰のふてぶてしさは以前から感じていたが、昨日のメンバー入りでそれが一層強くなったようだ。

しかし、どうしてこう、我が部隊には一癖以上あるやつらばかりなのか。
生まれも育ちも性癖も普通なのは、私くらいじゃないか。

「だとしても、百歩譲っても責任は半々だよね。逆ギレってやつかな?」

鎧衣の、誰にともなく発した疑問には、鑑が確信したように答えた。

「ううん。タケルちゃん、自分は全く悪くないと思ってるよ」
「よくわかるな、鑑」
「いえ、伊隅大尉。以前にもそういうことがあったって、本人から聞いたんです。その時も、全責任はその人にあるって主張していましたから」

鑑の苦笑しながらの種明かしに、他の面々はなーんだ、さすが中佐、ひどーい、など、めいめいの反応を返していた。
以前、そういうふうにした人物が気になり、あの状況で自分に非が全くないという中佐の思考に呆れたもしたが、それらの事以上に、鑑の事情通ぶりが印象に残った。

──幼馴染……か。

鑑は、我々の知らない白銀中佐の事を、どれだけ知っているのだろうか。
幼馴染が特別な存在だということは、私は痛いほど良くわかる。わかるだけに、鑑が羨ましいと──そう思った。それは明るく笑ってはいるが、他の者も同じだろう。

そんな中、反応の薄い人物がふたり居た。榊と御剣だ。

「おい、お前達。どうかしたのか?」

そう言いながらふたりを見れば、御剣は寂しげな雰囲気。
御剣は、おそらく私と同じ気持ちになったのだろうと思ったが、今朝は上機嫌だっただけに、その落差が気になった。

ふたりともなんでもないと答えたが、御剣の平静とした物言いに比べて、榊は何かに耐えるようにしながらであり──辛そうだった。
体調が悪そうにも見えるが、訓練中──いや、正確には、食事前まではどうもなかったはずだ。
PXに姿を見せたときから、歩きづらそうにしていたように思える。

だが結局、私が榊へむけた再度の問いには、すぐに収まる、という、榊の頑とした主張を信じるしかなかった。



…………………………



12月22日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

昼の休憩時間も終わるころ、宗像と風間が連れ立ってやってきた。
お楽しみ行為の名残か、ふたりともまだ頬が赤く、匂いも残っていることから、シャワーを浴びる暇もなかったのが窺えた。
以前は、こういう時にどう声をかけていいか困ったが、今では慣れたものだ。
中佐の精液の匂いには、まだドキドキさせられるが……実は、これもいい夜のオカズになる。

「最近、お盛んなことで結構だな」
「え、ええ……そうですね」

からかいの軽口に、宗像は私から目をそらしてしまった。
ハードなプレイでもして疲れたのかと思ったが、少々不審を感じたので問い掛けてみた。

「どうかしたのか?」
「いえ……なんでもありません」

煮え切らない様子がいまいち納得できなかった。
ちらりと風間の方を見ると、ヤツは私から逃げるように、涼宮と速瀬で交わしていた会話に加わった。

「なんだというのだ、いったい……」

今日は、おかしなことばかりだ。
この、宗像と風間のよそよそしさ。
朝は上機嫌だった御剣の落ち込み。
昼休みの間中、何かに耐えていた榊。

榊は、さきほどの言葉通り、辛そうなそぶりは一切見えなくなったが、肩を落としている。声が小さくて聞こえないが、鑑が慰めの言葉をかけているようだ。
御剣にも声をかけているから、アイツはふたりの事情を知っているようだが…。

問うてみたい気持ちはあったが、白銀中佐の入室により、それは中断せざるを得なかった。
そして私は、いつものように頭を切り替えて声を張り上げる。

「気を付けェ!」



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

12月22日 午後 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム

「以上のように、凄乃皇から発せられるラザフォード場に巻き込まれないよう、距離を一定以上──」

白銀中佐による、午前の訓練評価と、凄乃皇との連携に関しての再確認が行なわれている。
そのお言葉を聞きながら、私はしみじみと感じていた。

──何度見ても凛々しく、神々しい……。

思えば、訓練兵のころは、いつ拳がとんでくるやらと構えていたものだ。
白銀中佐をこうして男性として意識し始めてから、どれくらいになるだろうか。
今では、まるで生まれた時から、この方を想っていたようにも感じる。

白銀中佐の発する魅力に酔いながら、一方で私は気分が落ち込んでいた。
午前の訓練中も休憩時間も、白銀中佐の私に対する言動は、今までと“全く同じ”だった。
いつもと変わらぬ態度であったというのに、感じた疎外感、寂寥感は、先日までと比較にならないほど大きかった。

もちろん、話し掛ければ答えてはくださる。
しかし、あまりに何もなかったようなお振る舞いは、昨晩の事が、私の願望が生み出した幻ではないかという疑いすら持ってしまった。
私は思わず、今日何度目になるか忘れてしまうほど触れた唇に、ふたたび指先を当てていた。

その時、中佐が説明を中断し──

「御剣」

怒鳴るでもなく、普通に呼ばれただけであったが、その視線は冷たかった。

「はっ!」

起立と返事をしながら、私は自らの失態を悟った。

──講習中に、気を抜きすぎた……ぬかった。

「確かに今の説明は何度もしたがな……それが気を抜く理由になると思ってるのか?」
「申し訳ありません!」

午前のシミュレーターでは操作が忙しく、気を抜く暇はなかったが……今はこうして同じ空気を共にしたせいか、思考が飛んでしまっていた。
中佐は怒鳴らないが、それだけに怒りの程が知れた。当然だろう。
中佐は私に歩みよると、持っていた指し棒を私の右肩にぴたりと添えて──言い聞かすように言葉を紡いだ。

「俺は、貴様等が一人前になったと思ったから“TACネーム”を止めたんだ。その事を後悔させるな。……次は“修正”する」
「は……」

冷たく一瞥をくれ、中佐は壇上へと戻られた。
私は、昨晩とは別の意味で、泣きたくなった。

──私は、これほど弱い女だったのか……。

ただ、親しげに声をかけられなかっただけで、職務に影響するほど気に病むなど……。
私は、期待していたのだ。中佐がいつもより、少しだけでも“特別”なそぶりを見せてくれるのだろうと……。
中佐は、職務中は厳しいお方。あの態度こそが当然であるというのに……。



…………………………



<< 伊隅みちる >>

12月22日 夕方 国連軍横浜基地 16番整備格納庫

訓練も終わり、白銀中佐に呼ばれた通りに格納庫に来ると、溶剤の匂いが充満する中、中佐は乗機たる不知火弐型を見上げていた。

中佐は私に気付き一瞥をくれたが、すぐに不知火に視線を戻し、整備兵の作業を見守った。
私も中佐の横に立ち、彼に倣って不知火を見上げることにした。
おそらく、ふたりきりで向き合えば、私が見とれて打ち合わせにならない事を察して、こうしてくれたのだろう。
想いを悟られているだろう事が気恥ずかしかったが、それは今更だ。

中佐の不知火に意識を向ける。
その装甲のカラーリング──明るい銀一色の姿は、青色基調である他の機体と比較するまでもなく、一際目立っていた。

「予想はしていましたが……派手ですね」
「まあな。看板として使うには適しているかもしれないが、あまり良い趣味じゃないな」
「はっ……ですが、一目で中佐の機体と分かりますね」

気持ちは中佐に同意したいところだったが、香月副司令が決めた事なので、私は返答の方向を逸らした。

白銀中佐の機体色を考案したのは、香月副司令。「白銀だから、そのまま銀で良いんじゃない?」という適当さだった。
確かにイメージしやすいし、人間を相手にするわけではないのだから、色が目立っても問題はない。
そして、中佐の与えられた役割上、機体は目立つほど良い。
最初は全面、鏡のようにピカピカにしたかったらしいが、光が反射しすぎて邪魔になるという中佐のたしなめで、つや消しの銀色となった。
それでも、群を抜いて派手であることは変わりない。

「鏡面や金色にされるよりはマシと思っておこう。しかし、こんなに目立ってしまってはうかつに死ねんなぁ」

鼻で溜息をひとつつき、中佐は愚痴るように言葉を漏らした。
彼の言う通り、看板である白銀中佐が目を見張る戦果を上げれば、士気は上がる。
反面、やられてしまった時には、「あの白銀中佐がやられるほど……」となるのは明白。
士気向上という点では、斯衛の五摂家の方と役割は同じだが、中佐の場合、最も苛烈な戦場に身を置くことが前提だ。
彼にかかる期待と義務は相当なものだろう。+

「隊長が先に死なれては困りますよ」
「そうだな……」

諦観したような苦笑。
よほどの状況でなければ、指揮官の犠牲は最後にしなければならない。中佐とて、それくらいの理屈は当然ご承知だ。
ふと口に出てしまった台詞なのだろうけれど、それ自体はなんとなく嬉しかった。
このような言葉は、私的な時間に恋人たち──それも、鑑だけが向けられるのだろう思っていたからだ。
中佐は、自分が弱音を吐いた事に気付いたのか、少し表情を引き締めた。

「部隊編成について話そう。基本は速瀬の案で行くが、異存はないな?」
「はっ」

部隊編成を色々変えて試した結果、一番スムーズに運用できるのは速瀬とエレメントを組んだ時。
本音を言えば異存はなくもないのだが、仕方がない。
私はこうして副隊長として、微力ながらも支えられるのだから、他の恋人たちに比べれば恵まれている。

「ところで、御剣の様子はどうだった?」
「ひどく落ち込んでいました」

「そうか」
「今朝は明るかったのですが、今日の御剣は集中力を欠いていました。事情を聞いても言葉を濁すだけでしたが──」

「心当たりはある。御剣の事は俺に任せておけ」
「はい」

気にはなったが、多くは聞かないでおこう。

その後、榊についても言及したが、「本人が良いというなら放っておけ」との、やや突き放すような言葉が返ってきた。
中佐に気がないからといって、榊を差別する人ではないから、中佐はアイツにも思うところがあるのだろう。

その後、事務的な話題を続けた後、中佐は不知火を見上げたまま、「なあ、伊隅」と何気なく語りかけ、私も構えずになんでしょうと返すと「俺の女にならないか?」と、散歩でも誘うかのように言われた。

「そうですねぇ……」

私は相槌を打った後、中佐の言葉の内容を脳内で反芻し──理解し──混乱した。

「はぁ?え?えっと……でも……」

──もしかして、私は今、口説かれた──のか?

だが、こんな殺風景なところで事務的に、ついでのように誘われるとは……。
これまでに聞いた話では、口説かれる時は、名前で呼ばれて見つめられ、甘い雰囲気で口付けを交わすところから入るそうだ。
程度の差はあれ、その基本形を守っているのは、中佐なりのこだわりなのだろうということだった。
私もその体験談から、その光景に自分をあてはめて妄想していたというのに……。

──何故私だけが、こんなおざなりに……。

口説かれたという事実は嬉しくはあったが、がっかりした気分の方がはるかに強かった。
内心で落ち込む私をよそに、中佐は意地悪そうな笑みを浮かべて、驚愕の言葉を口にした。

「嫌なわけないよな?俺のパンツでオナニーするくらいなんだから」
「なッ!……ど、どうしてそれを……」

一瞬で、耳まで赤くなったのを感じた。

──宗像のやつだな……よくも……!

中佐がこの事実を知っていたということは、宗像がバラしたに決まっている。

──他言するような奴ではないと思っていたのに、よりによって、もっとも知られたくなかった人物にバラすとは!……ああ、穴があったら入りたい……。

信じる者に裏切られた気持ちになり、羞恥に耐えながら、私は宗像にどう報復しようか算段を始めていた。
しかしそれは、次の中佐の言葉で中断することになる。

「宗像を責めてやるなよ?アイツは限界まで頑張ったんだからな」
「……どういうことですか?」
「きっかけから話そうか。まず──」

発端は、中佐が今日の休憩時、風間と宗像といちゃつき、服を脱ぎ始めたとき、そろそろ渡したパンツを交換しなくていいのかと、と何気に尋ねたことらしい。
宗像は、真顔で無くしてしまったと言い、謝罪の言葉を口にした。……が、一瞬ひらめいた動揺の色を、敏い中佐が見逃すわけもなく──“尋問プレイ”が始まった。
風間も興味があったのか、悪乗りしたのか。率先して手伝いに加わり、宗像はしまいにはアホの子のようになり……とうとう、真相を吐かされたということだった。

「俺の尋問には、本職のスパイでも音を上げる。加えて俺には、風間のサポートと、左近という無敵の相棒がいた。本職以上に耐えた宗像は見事だった」
「う、うう……」

中佐はさらに、宗像の「らめぇ」は新鮮で可愛かったぞ、と諧謔じみた言葉を付け加えたが、それを笑うほど、今の私に余裕はなかった。
これで、宗像と風間の態度に合点がいったが……知りたくなかった。

「そこまでお前に想われているとは、光栄だったよ。よって、俺とお前は相思相愛……何も問題ないだろう?」
「た、確かに、私は……仰る通りです。……貴方が私をお望みなのも、嬉しく思います……ですが……ぶ、部下が残っているうちは、私は……私は……」

やっとの事で断りの言葉を言えたが、口説かれた時の事を、何度もシミュレートしていたからできたことだ。
だが、皆のように、ふたりきりの部屋で目を見つめられて甘く口説かれていれば──私は本当に抵抗できただろうか?
必死の思いで口にした言葉だったが、中佐は残念がるでもなく、納得した調子で言葉を返した。

「ああ、隊内に仲間外れを作るわけにはいかない、という事だろう?」
「……その通りです。今の隊内の雰囲気を作ったきっかけの私が、榊と御剣を残してなど……」

「アイツらは俺がなんとかする。気にするな」
「しかし、私への同情で口説かれているのでしたら──」

中佐が私を口説いたのは、私が夜な夜な彼の下着で自慰行為にふけっている事への同情心から。
この口説き方から、そうとしか思えなかった。

「そうじゃない」
「では、なぜこんなところで、そのようにされるのですか!?」

私もいい年だから、少女のように理想に拘るつもりはないが……いくらなんでもこれはない。
その思いから、つい厳しい口調になってしまった。

「他の連中のように口説けば、伊隅を俺のモノにすることはできただろうが……それでは少々困るんだ」
「え?」

“モノにする”という言葉に、心の奥底で何かが揺さぶられたが、後半の言葉の意図が気になった。

「お前、俺以外にも好きな男がいるだろう?」
「──!……はい」

その指摘に、心臓の鼓動が一瞬大きくなったが、部隊の皆は全員知っていることだから、中佐に伝わっていてもおかしくない。

──けど、事情は宗像も同じだったじゃない……。

その思いを読んだかのように、中佐は言葉を続けた。

「お前は宗像と違って、自分でケリをつけられる女じゃない」
「うっ……」

確かに……宗像は中佐と結ばれる時には、覚悟を決めていたというのに、私はいまだに決意できていない。
最近では中佐への想いが大きくなっていながら、正樹の存在が私の中で消え去ったわけじゃない。
どっちつかずのまま中佐に流されそうになっている──それが今の私だ。

「だから、お前を本格的に口説くのは、儀式をひとつ終えてからだ」

そして、中佐が提示した案は、驚くべき内容で──だが、納得ができるものでもあった。

「ここでの返事で全て決まるわけじゃない。その時、お前の本心を聞かせて貰いたいんだが──どうする?」

中佐のその問いに、私はたっぷりと時間を費やした後、こくりとうなずいた。



…………………………



<< 御剣冥夜 >>

12月22日 夕方 国連軍横浜基地 御剣冥夜自室

私は昨晩と同様、寝台に突っ伏していた。
涙はかろうじて出てないが、自分への情けなさに、頭がどうにかなりそうだった。

──なんという未熟……。

色恋にかまけて、訓練がおざなりになるなど……これでは、中佐が私にお手を付けられぬのは当然だ。
きっと、今日の私の振る舞いをみて、見放されたに違いない。
少々関係が進展したからといって浮かれるようでは、いざ結ばれた時……己を律するなどかなわぬと思われるだろう。私が中佐なら、そう判断する。

あんな情けない醜態をさらさなければ、今頃中佐は訪ねてきてくれたかもしれないというのに。
鑑が色々と気を使って声をかけてくれたので、あの後は幾分気を落ち着かせられたのだが、こうしてひとりになると……駄目だ。

落ち込んでも何も変わらない、という鑑の助言も、今は空しい。
生涯を賭して愛すると自らに誓った男性に、見捨てられるという恐怖。
それは、私の気をさらに落としていった。

「白銀中佐……」

私は、愛する人の名をつぶやいた。
抑えたつもりだったが、思ったよりも大きい声となって部屋に響いたのは──それだけ私が奥底で、白銀中佐を渇望しているからだろう。

当然ながら、返事を期待したものではなかったのが、「呼んだか?」という声に、私は反射的に飛び起き、振り向くと──

……いらっしゃった。

それも、私が今日ずっと期待していた、優しげな笑みをうかべた、神々しいお姿で。

「ちゅ、中佐……いつからそこに」
「さっきだ。ノックしたんだけどな。泣いてて気付かなかったのか?」

いつのまにか流れ出ていた涙をぐしぐしと袖で拭う。

「い、いえ、これは……申し訳ありません。気付きませなんだ」
「はは、ウソだ。黙って入って悪かった」

「……私も女です。着替えていたらどうなさるおつもりですか」
「ん?謝った後、押し倒す」

「また、ご冗談を」

さっきまでの落ち込みは嘘のように晴れ、いつもふたりで話す時の調子に、段々と戻っていた。

「冗談じゃないさ……そのために今日は来たんだからな」

そして、昨晩に見せた真剣な表情。
その目には確かに、私への想いが宿っていた。

「私は……見捨てられたかと思うておりました」
「俺が?お前を?馬鹿言うな」

呆れたように言われた。
やや乱暴なその言葉はとても嬉しく……私の心を暖かさで満たした。

「職務中、俺はああするしかない。わかってるだろ?」
「はい……醜態をお見せしました」

徐々に近付く距離。

「ちゃんと恋人になれば、ケジメは付けられるさ。皆そうだったんだ」
「私にも……できますでしょうか」

「それはお前の心がけ次第だ」
「確かに」

触れ合わんばかりの、互いの吐息が感じられる距離。

「色々考えるのは後だ。──冥夜、愛してるぞ」
「はい、私も、愛しております……タケル……殿……」

そして私は、想いを遂げた。



…………………………



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12月22日 夜 国連軍横浜基地 御剣冥夜自室

──万事、順調か……上手くいきすぎて怖いな。

好事魔多しという。慢心は戒めるべきだが、あまりの順調さに、俺の気持ちは高揚していた。

みちるのオナニー発覚で、あいつはすでにチェックメイト。
今日の提案を受け入れたということは、覚悟はほぼ定まったようなものだ。本人は、あれで揺れているつもりのようだが。
アラスカ出張までは、まず無理だろうと思っていたみちるとの関係……あのマゾっぷりをまた堪能できるかと思うと、自然と股間が滾る。

千鶴の調教も、良い進展を見せている。昼休の間、『撃震』を入れっぱなしにしておくように、といういいつけはちゃんと守っていたし。
あいつはいつも、エロスイッチが切れた後、興奮しまくっていた自分に落ち込むのだが……その姿がまたそそる。
“前の”世界では、開き直っていたから、ああいう初心な素振りはたまらない。

“前の”世界ではできなかったが、このドMコンビを同時に、というのも今回は可能だ。
照れ合って性癖を隠すか、張り合って折檻をねだるか──興味深いことだ。
まりもとは……リスクが高い。やめとこう。
もう少し自分というものを抑えてくれれば、3人並べてドMトリオプレイができるのだが。

そして今、俺の隣ですやすやと眠る冥夜を見る。
冥夜が、“元の”世界で、俺のベッドにもぐりこんでいた時──10月22日の事が思い出された。
世界は違うし、朝と夜の違いもあり、立場も逆だが、あれから丁度2ヶ月だ。
本音を言えば、もう一日くらい焦らしたかったのだが、ブリーフィングとはいえ訓練に影響が出てしまっては流石に放っておけない。

──これも、俺の魅力がなせる業か……なんと罪深い男だ。俺というやつは。

と、きざなナルシストっぽく、前髪をかきあげてみた。
だが、観客がいないのでむなしい行為だった。

結局、プロット通り「超・不安になる冥夜」までは持って行けなかったが、大筋は達成したし、背中が痒くなるような青臭いやりとりも十分堪能したし、こうして冥夜と結ばれたのだから、これ以上を求めるのは贅沢すぎるというものだ。

その冥夜は眠りながらも、俺の手を離さないよう、しっかりと抱え込んでいる。普段は凛々しいくせに、こう言うところが本当に可愛いやつだ。
また、“前の”時とは違って、相当な耳年増になっていたので、初めてというのに当たり前の顔で色んな行為に及んだのは、嬉しい誤算だった。
まあ、惚れた男にはとことん尽くす冥夜のことだから、頼めば何でもしてくれただろうが。
とはいえ、さすがに皆琉神威の鞘は、もう少し慣れてからにしてあげるべきだろう。

──あれ?ムラムラしてきたぞ。

冥夜を見ているうちに、俺の体内で、精液という名の弾丸がリロードされたようだ。
起こさないようにやってみるか。眠っている女とヤるのは、かなり興奮するのだ。
だが、こちらの気配の動きを感じたのか、冥夜が起きてしまったので、ふとした思いつきは実行できなくなった。

「あ、タケル殿……起きていらしたのですか」
「ああ」

冥夜は俺のすがたを見ると、可愛くはにかんだ。
本当は、冥夜にもタケルと呼ばせたかったのだが、たとえ恋人でも目上の方を呼び捨てにはできない、と言って「殿」をつけるのをやめない。
慧には必要なかったし、美琴と壬姫は比較的すんなり受け入れたんだが……まあ、人一倍厳しく躾られた冥夜なら仕方がない。日数を経れば、徐々にくだけるだろう。
ちなみに、千鶴にも言ってみたが「あなた」とか「中佐」としか言わない。デレに変わった時、アイツはどう呼ぶのだろうか。

「……また、されるのですか?」

冥夜は俺のいきり立ったマグナムを一瞥し、そう言った。
暗くてよくわからないが、間違いなく紅潮しているだろう。

「あー、そうだな……それもいいが、ちょっとイチャイチャしようぜ」

俺は、一戦の前の愛撫を兼ねて、じゃれつき始めた。
ヤるのもいいが、こうして冥夜とバカップル時間を過ごすのも悪くない。
一通り、互いの体をまさぐったりキスを交わしたりした後、冥夜がふと思いついたように問いかけてきた。

「ところで、タケル殿……なぜ、私が特別なのでしょうか。私には、貴方にそのように思われる心当たりがないのですが……」

──あ。

浮かれる冥夜を作ることに夢中で、昨晩、まずい台詞を口にしていたことに気付いた。
嘘の台詞では、敏感な冥夜に気付かれる恐れがあるので、青かろうが臭かろうが寒かろうが、思った事をすべてぶつけたのだが……やりすぎた。

「それは、な……」
「それは?」

まずいな。並行世界での絆とは言えないし。

「……一目惚れさ。着任して、初めてお前を見た瞬間──俺は恋に落ちてしまったのさ」

自分で言ってなんだが……嘘くせぇ(笑)
だいたい、「さ」で終わらす台詞の連呼ってどうよ。無理して標準語を使う関西人か、俺は。
と自分へ突っ込みながら、さて、次はどうやって誤魔化したものかと思ったのだが──



「なんと……私は……私は果報者です」



冥夜は感動して、目をウルウルさせていた。

──こ、こいつって……。

もしかして、結構嘘が通じるやつなのか?
“前の”世界では「ふふ、私に誤魔化しは通じぬぞ」とかよく言っていたから、いつのまにか俺もそうだと思い込んでいたんだが……いやいや、こういうところもある冥夜だから良いんだ。

「分かってくれたならいい。じゃあ、もう一度……な?」
「あっ……」

そして、俺にのしかかられた冥夜は、戸惑いながらも嬉しそうな表情は隠せず、それがさらに興奮を呼び──俺は、眠気が我慢できなくなるまで、冥夜を抱いた。


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