(注)
・本作は『艦これ』の二次創作です。
・独自設定を含みます。
・作者は艦これ初心者です。多少、おかしい部分があるかもしれません。ご容赦ください。
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――もう二度と、沈ませない……
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<特Ⅲ型駆逐艦3番艦 雷>
それは、たまたま私こと雷と、姉妹艦である電がお風呂に入っているときのことだった。
あ、ちなみに普通のお風呂であって、別に入渠してるわけじゃないからね。
確かに入渠の時もお風呂に入るけど、あれは意味が違うから。
まあ、それはさておき……
「ねえ、雷ちゃん? どうして電たちって、海で沈まないのですか?」
首までお湯につかりながら、突然、電がそんなことを言ってきた。
ん? 何言ってるの、この子は?
沈むだなんて、縁起でもないこと言わないでよね。
「沈まないって、そんなの提督や仲間の艦娘、それに何より私たちが一生懸命戦ってるからでしょ? 当たり前じゃない?」
「いえ! ち、違うのです! そういう意味じゃなくて!」
電はわたわたと手を振ると、突然、立ち上がった。
その拍子にいろんなところが丸見えに……って、そんなことはどうでもいいわね。
とにかく電は立ち上がったかと思うと、そのまま右足を水面に載せるように掲げて――
「これなのです」
ちゃぽん、と電の右足はお湯の中に沈んでいった。
「電たちって、海の上だと浮いていられるのです。でも、お風呂とか入渠のときは、こうやって沈んじゃうのですよね?」
「……そう言われれば、そうよね」
私も試しに立ち上がる。自分の幼児体型にちょっとだけ凹むけど……まあ、それはいいわ。
とにかく私も電のように右足を掲げると、水面に足の裏を載せてみた。
そのままゆっくりと体重をかけてみるが……
「……浮けないわね」
「……はいなのです」
ちゃぽん、と私の右足もお湯の中に沈んでゆく。
「ふーん、今更だけど確かに不思議ね」
私たち艦娘は、基本的に海の上に『浮く』ことが出来る。それこそ岸壁から大きくジャンプしたとしても、海面にちゃんと足の裏で立つことが出来るのだ。
艤装を着けていようといまいと、それは変わらない。
潜水艦型の艦娘か、あるいは……あんまり考えたくないけれど……轟沈でもしない限り、海の上に『浮いて』いられる。それが私たち『艦娘』だ。
なのに、同じ水面だというのに『お風呂』では『浮く』ことが出来ない。
確かにこれは……
「ミステリーですねっっっ!」
「わっ!」
「きゃっ!」
突如として立ち上る水柱。
その中から、まるで深海棲艦のように現れたのは……
「ども、恐縮です! 青葉です!」
「……なんでお湯の中に沈んでたのよ、あんた。っていうか、その右手にあるカメラはなによ、いったい」
「いえいえ、お気になさらずに」
カメラを背中に隠しつつ笑うのは、青葉型重巡洋艦の1番艦、青葉だった。
どうでも良いけど、変なもの撮ってたら酸素魚雷撃ち込むわよ……
「い、いやだなー、雷さん! この正義の青葉がそんな盗撮なんてするはずないじゃないですか!」
青葉はコホンと咳払いを一つ。強引に話題を変えるように、
「そ、それよりもですね、お二人のお話聞かせていただきました! 確かにミステリー! これは調査と実験が必要ですね!」
「は? 調査?」
「実験、なのです?」
「もちろんです! 謎多き我ら艦娘! その謎、是非とも解明したいじゃないですか! それとも雷さんも電さんも気にならないと?」
「べ、別にそうは言わないけど……」
確かに不思議は不思議だけど。
「なら決まりですね! さあ、さっそく行きましょう! 雷特派員! 電特派員!」
「ちょ、ちょっと今から!?」
「ま、待ってくださいなのです! 青葉さん!」
水しぶきを上げながらお風呂を飛び出してゆく青葉を、私と電は慌てて追いかける。
電のちょっとした疑問に端を発したこの『謎』が、その後、あんなことになるなんて……
さすがの私も、このときは予想だにしてなかったわね。
<天龍型軽巡洋艦1番艦 天龍>
「なにやってんだ、あいつら?」
それは、俺こと天龍様が暇をもてあまして散歩してるときのことだ。
岸壁を歩いていると、妙なものが見えた。
あれは雷に電に青葉……それと『高速修復材のバケツ』?
「さて、それでは早速実験してみましょう!」
青葉の奴が何か言ったかと思うと、なぜかバケツに足をつっこんでゆく3人。
……ホントに何やってんだ、あいつら?
「うぅ、冷たいのです……」
「ちょっと青葉、どうしてくれんのよ! 靴下までびしょ濡れになっちゃったじゃない!」
「あれー? おかしいですねぇ? 海水なら大丈夫だと思ったんですが」
「……お前ら、なんでバケツに足つっこんでるんだ?」
「あ、ども! 天龍さん!」
一人元気な様子の青葉が答える。
「いや、実はですね……」
かくかくしかじか、と説明する青葉。
「へえ、なんで俺様たちが海の上に立てるのかの実験中ってわけか」
青葉曰く、海面に立てるのなら、バケツにくんだ海水の上でも立てるんじゃないかと思い、3人で実験しているらしい。
しかし結果は……見ての通りの大失敗。
三人とも、靴下までびしょ濡れになる羽目になっちまったそうだ。
「確かに俺たち、風呂には普通に入れるのに、海の上だと沈まねーんだよな」
「仰るとおりです、天龍さん。だからきっと海水に秘密があると思ったんですが……見ての通りの有様で」
バケツに足をつっこんだまま、乾いた笑いを浮かべる青葉。
ちなみに雷と雷は早々に足を引き抜くと、びしょ濡れになった靴下を脱ぎ、絞っていた。
「うぅ、ベタベタするのです……」
「艦娘がその程度で泣くんじゃないわよ、電。……それより青葉、次はどうするのよ?」
「うーん、そうですねー……あ、そうだ、雷さん。せっかく素足なんですから、そのままちょーっと海に飛び降りてもらえますか?」
「ちょっと待ちなさい、青葉! このまま海に飛びこめっていうの!」
「いやー、だっていつも青葉たちって、海に行くときは艤装着けるじゃないですか? 素足でも浮けるのかなーと思いまして」
「それでホントに沈んだらどうすんのよ!」
「大丈夫ですよ、雷さん。ほら、そこは天龍さんが助けてくれますから。……ですよね、天龍さん?」
……おいおい、俺様まで巻き込むつもりかよ。
「ったく、しょーがねー。付き合ってやるよ」
まあ、俺様も多少は興味あるしな……
俺はぼやきつつ、岸壁から海の方へと向かってジャンプした。空中で一回転すると、足の裏から『着水』する。
当然というか、俺様の足は沈むことなくしっかりと水面の上に『立った』。
「ほらよ、雷」
雷に向かって手を伸ばす。
「もう、ちゃんと支えてよね?」
「わーってるよ」
雷はいったん岸壁に腰を下ろすと、俺の手をとった。そのまま俺の手を支えに、そろそろと海面に足を伸ばす。
そして意を決したように、岸壁から飛び降りた。
小さな雷の素足は……やはり海面に『立って』いた。
「普通だな」
「普通ですね」
「普通なのです」
当たり前と言えば当たり前の結果に、俺たちは何とも言えない気分になる。
そこで、俺はふと気づく。
雷が……震えてる……?
「そんな……まさか……」
小さく肩を震わせる雷。
見れば、雷の足下にポツポツと水滴がしたたっている。
それは……雷の目から溢れる『涙』だった。
「っく……なんで……バ、バカ……うぁ……うあああああああん!」
「お、おい! どうしたんだよ、雷!」
俺は思わず目を白黒させた。
雷と言えば、幼い性格の多い駆逐艦の中では比較的『大人びた』という印象の奴だ。
お姉さんぶって、他の駆逐艦の世話を焼いていることも多い。
そんな雷が、なぜか幼子のように泣きじゃくっていた。
「どうした、雷! 腹でも痛いのか! 青葉のバカにセクハラでもされたか!」
「ちょ、ちょっと天龍さん! 人聞きの悪いこと言わないでくださいよ!」
「だ、大丈夫なのです! 雷ちゃん!」
あまりに突然のことに、あわてふためく俺たち。
結局、雷の奴が泣きやんだのはそれからしばらく経ってからのことだった。
<青葉型重巡洋艦1番艦 青葉>
「ふ、ふん! み、みっともないとこ見せたわね!」
ぐしぐしと目元を袖でぬぐいながら、海から岸壁へと戻った雷さんが言う。
結局あの後、雷さんは15分以上泣いてました。
それはもう火のついたような勢いで。
この青葉、あんなに泣きじゃくる雷さんを見たのは初めてでした。
「あの、その……すいません、雷さん」
「……なんであんたが謝るのよ、青葉」
「だって、青葉が素足でなんて言ったせいで……」
もし、素足で海に降りたせいでああなったのだとしたら、さすがの青葉も責任を感じずにはいられません。
しかし雷さんは、フンと鼻を鳴らすと、
「……別にあんたのせいじゃないわよ、青葉。それに、その……むしろ『ありがと』って言いたいくらいだし」
「へ?」
思わず青葉はきょとんとしてしまいました。
あんなに泣きじゃくったのに……ありがと?
「あんたのおかげで気づけたっていうか、なんていうか……と、とにかく気にしないで!」
「……はあ、そうですか?」
一体全体、どういうことでしょうか?
「それで雷ちゃん、結局、どうしたの?」
青葉たち一同の内心を代弁するように、電さんが聞きます。
とにかく青葉たちが知りたいのは、あんなに雷さんが泣きじゃくった訳です。
「……わかっただけよ」
「わかった、ですか?」
「……そうよ。私たちが、なんで海の上に浮かんでいられるのかがね」
「ええ! そ、それはホントですか!」
青葉は思わず身を乗り出します。
なんと、雷さんには『どうして艦娘が海の上に浮かぶのか』の答えを見つけたようです。
「そ、それで、その理由とは?」
大スクープの予感に、鼻息が荒くなってしまいます。
しかしそれも、次に雷さんが口にした言葉を聞くまででした。
雷さんは、いろんな感情がごちゃ混ぜになった口調でこう言いました。
「――私たちが、一度、沈んじゃったからよ」
『えっ?』
雷さんの言葉に、青葉も、電さんも、天龍さんも呆然とします。
一度、沈んだから……だから、海の上に浮かんでいられる?
いったい、どういう意味でしょうか?
「あの、雷さん? それはどういう……」
「……悪いけど、私の口からはこれ以上言えないわ」
そう言ってそっぽを向く雷さん。
いつもの青葉なら、好奇心に負けて雷さんに詰め寄ったことでしょう。
でも、このときはなぜかそうしようとは思いませんでした。
とはいえ、知りたいという気持ちは間違いないですし……
おお! そうです!
「それなら、この青葉も素足で海に……」
素足で海に入って、雷さんは沈まない理由を察したようです。
ならば、青葉も同じことをすればわかるはず!
そう思い、岸壁から海に飛び降りようとしたのですが……
「やめなさいっっっっ!」
「っ!」
あまりに鋭い声に、青葉はぴたりと動きを止めました。
見れば、雷さんがこちらをジッと見つめています。
「い、雷さん?」
「……やめなさい、青葉。好奇心で知っていいようなことじゃないわよ」
雷さんは、青葉の方を真剣な瞳で見つめながら、
「別に嫌がらせで言ってるわけじゃないわよ。ただね、青葉。好奇心で知っちゃったら、貴女はたぶん自分を許せなくなるわ。だからダメ」
「雷さん……」
「それでも知りたいなら……海の上に居るときに、ちょっとだけ足下を気にするだけでいいわ。それだけで、きっと気づけるから」
――だって私たちは艦娘だから。
それだけ言うと、雷さんはクルリと踵を返しました。
最後に、チラッと海の方を一瞥して。
その横顔には、苦しさとか悲しさとかと同時に、喜びみたいな感情も溢れているようでした。
「あ、待つのです、雷ちゃん!」
「お、おい! 待てよ、雷!」
スタスタと去ってゆく雷さんのあとを、電さんと天龍さんが追いかけます。
青葉はその背中を見送りながら、ぽつりとつぶやきました。
「――青葉たちは艦娘だから、かぁ」
どうでも良いですけど……このバケツ、全部青葉が片付けるんですよね……?
<特Ⅲ型駆逐艦4番艦 電>
あれから雷ちゃんは、ちょっとだけ変わりました。
いつもは普通なのです。普通の……電にとっては、とても頼りになるお姉ちゃんです。
でも、時折ふっと居なくなるときがあります。
そういうときは、決まって海を見に行っているのです。あの岸壁に腰を下ろし、なぜかうれしそうな……でも切なそうな……表情で、何かつぶやいています。
その表情が、なんだかとても大人びていてドキッとしてしまいます。
あと、とても強くなりました。
別に装備が新しくなったわけでも、火力があがったわけでもないのです。
ただ……電には上手く言えないのですけど、とても強くなったような……そんな気がするのです。
「さ、それじゃ今日の護衛任務も張り切って行くわよ!」
「はいなのです!」
その日、電と雷ちゃん、それと天龍さん、青葉さんの4人は輸送船団の護衛任務で出撃していました。
大事な燃料を運ぶお仕事です。
この燃料は、電たち艦娘だけでなく、内地にいる人たちの生活を守るためにも必要なものです。
幸い、今回の輸送航路は比較的安全なルートなのです。あまり強い深海棲艦が出たっていう話も聞かないですし。
でも……それは大きな油断だったのです。
「輸送船団は北東に退避! 敵は青葉たちが引きつけます!」
旗艦である青葉さんが、直ちに輸送船団を退避させます。
オレンジ色の夕日を背に、障気を漂わせる深海棲艦の姿が見えます。艦種こそ、軽巡洋艦や駆逐艦のみ。
でも……その数は、電たちの倍はいるのです。
「くそっ! この海域にこんな数が出るなんて聞いてねーぞ!」
「電! 水雷戦、始めるわよ!」
「な、なのです!」
慌てて、魚雷に諸元入力を始める。
正直に言えば、電は戦うのが好きではないのです。傷つくのは痛いし、苦しいし……
それは、電が攻撃する敵も同じはずなのです。敵だって、きっと痛いし苦しいはずなのです。
「……沈んだ敵も、出来れば助けたいのです」
「電! 今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ! 魚雷、1番から4番まで発射!」
「は、はいなのです! 酸素魚雷、てぇっ!」
嫌だ……そう思いつつ、けれど電は魚雷を発射します。
航跡もほとんどひかない酸素魚雷は、簡単に回避できないのです。
雷ちゃんと電が発射した魚雷、計8本が敵駆逐艦に命中。悲鳴をあげ、2隻の駆逐艦が沈んでいきます。
その悲鳴を聞いた瞬間、電の脳裏にふとあることが蘇りました。
それは――あの日、雷ちゃんが言った言葉です。
――一度、沈んじゃった。
「あ……」
その瞬間、電の体から力が抜けていきました。
沈めるくらいなら、沈んだ方がマシ……なぜか、そんな思いが浮かんできます。
そして、その油断は紛れもなく戦場では命取りだったのです。
「電っ!」
悲鳴のような雷ちゃんの声。電はハッと顔を上げ……
「あ……」
次の瞬間、全身をものすごい衝撃が駆け抜けました。
「きゃああっ!」
吹き飛ばされ、海面を転がります。
自分が敵軽巡洋艦の砲撃の直撃を受けたのだと気づいたのは、しばらく経ってからでした。
「く、うぅ……」
あまりの痛みに、思わず涙があふれます。
見れば、右肩に大きな穴があいていました。かろうじて腕は繋がっているけれど……
でも……
(痛いの、です……苦しいの……です……)
どうして自分がこんな痛くて苦しい思いをしないといけないのか……そんな考えが溢れてきます。
見れば、他のみんなもボロボロなのです。
雷ちゃんも、天龍さんも、青葉さんも……傷ついていないところを探すのが難しいくらいです。雷ちゃんに至っては、脇腹の部分がごっそりと無くなっているほどでした。
対して敵は……まだ無傷の艦が3隻。
電はどうしようもないくらい、分かってしまいました。
「電たち……負けるのですか……」
そうつぶやいた瞬間、電の右足が突然冷たい感触に包まれました。
見れば、電の右足が足首の部分まで海に沈んでいるのです。
……ううん、右足だけじゃないのです。
いつのまにか、左の足首まで沈んでいました。そのままズブズブと足が海に沈んでいきます。
足首からふくらはぎ……膝……ふともも……
海の水は冷たくて、ベタベタしてて……でも、電は思っちゃったのです。
このまま沈んだら、もう痛くて苦しい思いはしなくていいんじゃないかな――って。
――そのときなのです。
「何やってるのよおおおおおっ、電っ!」
砲撃の音より大きな声が、響き渡りました。
この声は……雷ちゃん?
「なにあきらめようとしてるのよ! なに沈もうとしてるのよ!」
脇腹を抉られボロボロになりながら、けれど雷ちゃんは戦っていたのです。
砲撃をかわし、魚雷を撃ち……その中で電の方を睨み付け、叫びました。
「自分の真下を見なさい、電! その手を見て、その声を聞いて……それでも沈めるの、あんたは! 答えなさいよ、特Ⅲ型駆逐艦っ! 電あああああああっ!」
「電の……真下……?」
雷ちゃんの怒声に、電は自分の真下に意識を向けます。
その瞬間なのです。
『――……ない』
足下から響く…………かすかな声。
『――……沈ませない……』
大勢の人たちの…………優しい声。
『――もう……沈ませない……』
遠い記憶の中で聞いた…………力強い声。
『――もう二度と……沈ませない……!』
「っ!」
思わず息を飲む。
足下から響く数多の声。
同時に、電の目にその『姿』が飛び込んできたのです。
「あ……」
それは、見覚えのある人々の『姿』でした。
みんな、ボロボロの姿。
腕のない人もいるのです。足のない人もいるのです。血まみれの人もいるのです。
そんなボロボロの人たちが……必死になって支えているのです。
沈ませないと……
もう二度と沈ませないと……
そう叫びながら、電の足を必死に真下から支えているのです。
「あ……ああ……ああああああ…………!」
電の目から、涙が溢れてゆきます。
彼らのことを、電は知っていました。
彼らこそ、かつて電と共に戦い、そして海に沈んでいった……
――『英霊』
「―――――っ!」
思わず声が詰まりました。
切なさが、悲しさが、なにより嬉しさが電の体に満ちあふれてゆきます。
電は思わず英霊たちに向かってつぶやいていました。
「バカ……なのです……」
戦って、傷ついて、苦しんで……そして死んでいったかつての乗組員たち。
「もう……皆さんの戦争は……終わったのです……」
穏やかな眠りについているはずの魂たち。
「もう……戦わなくても……苦しまなくてもいいのですよ……」
けれど、彼らは戻ってきたのです。
「なのに……また、この海に戻ってくるなんて……」
もう二度と、電を沈ませない――その想いのために。
「ずっと……ずっと支えててくれたのですね……沈まないようにって……二度と沈まないようにって……電を……ずっと……支えてくれて……でも……電は沈んでもいいだなんて……思っちゃって……」
涙を溢れさせながら、電はグッと奥歯をかみしめました。
痛いし、苦しいし……
戦いたくなんて……ないです……
でも……それでも……
――もう二度と、電は沈ませない……!
――沈ませて……たまるかあああああああっ!!!!
「あああああああああああああああああああああああああっっ!」
英霊たちの想いが、魂が、電の体を海の上へと押し上げてゆきます。
叫び声を上げ、電は海面を踏みしめました。
英霊たちの手が、自分の足を必死に支えてくれているのが分かるのです。
だから……だから……
「電は沈まない……沈まないのですっっ!!!!!!」
電は涙で顔をグシャグシャにしながら、戦いに舞い戻りました。
自分を支えてくれる数多の英霊たちと共に……
<特Ⅲ型駆逐艦 雷>
あの絶望的な戦いから、私たちは生還した。
電も、天龍も、青葉も……そして私も。
全員、轟沈寸前の大破状態だったけれど、それでも帰還したわ。
そんな私たちを、他の艦娘や提督たちは『奇跡』って言った。
けれど、私たち4人はそうは思わなかった。
当然でしょ? だって……
「お前らが、俺たちを支えててくれたんだな……ありがとよ……」
普段の勝ち気な様子とは違う、優しい顔をした天龍が海に向かって告げる。
あの戦いから1週間。無事に入渠を終えた私たち4人は、そろってあの岸壁に並んで立っていた。
「確かに雷さんの言うとおり、好奇心で知って良いことじゃなかったですねー」
「感謝しなさいよね」
「それはもう、この青葉、心の底から感謝してますよ」
「おいおい、本当に感謝しないといけない相手は別にいるんじゃねーか。なっ、電?」
「はいなのです」
「ま、それもそうね」
私たちは揃って水面に視線を向けた。
太陽の光に照らされ、海がキラキラと光っている。この水面の下にいる『人々』のことを思うだけで、胸が熱くなりそうだった。
「でもあれですね。雷さんが真っ先に気づいたのは、素足で海面に降りたからなんですね?」
「そうよ」
青葉の問いに答えつつ、私はあのときのことを思い出す。
素足で海面に降りた瞬間に感じた、自分の足を支える『手』の感触。
私はすぐに分かった。なぜなら、その手の感触に覚えがあったからだ。
かつての自分の船体を洗ってくれた手。操舵輪を握っていた手。機銃をあつかっていた手。
遠い記憶の中だとしても、忘れるはずのない手の感触。
だからこそ、私はすぐに気づいたのだ。
――どうして、私たち艦娘が海の上に浮いていられるのかを。
「本当にバカよね……」
私は万感の思いを込め、言い放った。
「ゆっくりと眠っていればいいのに……また、この海に戻ってくるなんて……」
「でも、うれしいのです。皆さんと共に戦えるのですから」
「ええ、そうですねぇ」
「ハッ、頼もしい奴らだぜ」
私たち艦娘の戦いは、まだまだ続くのだろう。
深海棲艦の勢力は衰えるところを知らないし、新たな敵もどんどんと現れている。
けれど……それでも私たちは戦える。
提督がいて……
仲間がいて……
そして……
水底を支えてくれる、数多の英霊たちがいるから……
『共に戦う英霊たちに……敬礼!』
水平線に向かって、私たちは一斉に敬礼する。
その向こうに、笑顔で答礼をしてくれる英霊たちの姿を見た気がした。
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――水底を支えた英霊たちに捧ぐ
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(後書き)
初めまして。あるいはご無沙汰しております。
セラニアンと申します。
元々太平洋戦争は歴史として好きだったのですが、加えて『艦これ』を知り、居ても立ってもいられずに本当に久方ぶりの二次創作を書いてしまいました。
つたない作品ではありますが、何かが残れば幸いです。
それではまた、どこかでお会いできる機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
2014.3.14 セラニアン