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[39192] 【無限航路・二次】遥か未来、隣の銀河系で
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:ebbdb2fa
Date: 2014/01/05 15:08
 DSゲームの無限航路の二次です。
 原作と少しだけズレた場所でオリ主が航海する話です。
 かなりオリキャラが多めで、原作キャラが出てくるのはずっと後、独自解釈も……の三重苦ですがよろしければどうぞ。



[39192] 第一話 渚にて
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:ebbdb2fa
Date: 2014/01/10 00:42
 始まりは一隻の宇宙戦艦が撃沈された事だった。
 カルバライヤ製のその艦は海賊艦であり、随分と悪事を重ねた末に、保安艦によって粉砕されたのだった。
 海賊艦の艦長は崩壊していく艦に最後まで残り、死の寸前まで保安艦と戦って乗員が脱出艇で逃げる時間を稼いで散った。
 海賊であることはともかく、宇宙の男“0Gドッグ”としては立派な死に様と言えよう。
 
 海賊艦艦長の息子は、脱出艇から父の乗る戦艦が爆発する様を眺めていた。
 一般的なイメージとしてカルバライヤ人は良く言えば義理堅く、悪く言えば感情的だと言われている。合理的な損得よりも、血縁関係や諸々の繋がりを優先させる、と。
 しかし脱出艇から父の最後を見たそのカルバライヤ人は、これっぽっちも悲しいとも悔しいとも思わず、父の死に対してなんら心動かされなかった。
 カルバライヤ人らしくない男、クル・セルム・ジェロはその時こう思っていた。
 まぁ、こうなるわな。


「俺と一緒にまた宇宙に上がらないか?」
 父の死からまだ日も浅い十日後の夜、カシュケント自治領のある惑星の酒場で、クルはスミーという老人と共に杯を傾けていた。
 スミーはかつてのジェロ海賊団の中で最も古株で、父の右腕と言われた男である。
 老人はクルを値踏みするように見据えながら、ゆっくりと頷いた。
「応。若がその気なら、もう一暴れしてやろうじゃねえか」
「ありがとよ、爺さん」
「それじゃ早速兵隊を集めるとするか。何、一月もありゃ頭数くらいは揃えてみせらぁ」
「それなんだがよ、爺さん、機関士なんかの裏方は荒れくれで構わねぇけど、ブリッジのクルーや保安員は身なりが良い奴を集めて欲しいんだ」
「何を軟弱な事を、海賊に必要なのは外面じゃねえ、クソ度胸だ」
「それはそうなんだがな、なんつーか海賊はもう止めて、これからは真っ当に働こうと思う」
「……本気か?」
「勿論。考えてもみろ、海賊の最後なんて惨めなもんだろ。親父が死んでつくづくそう思ったよ。世間様には後ろ指を指される、お上には睨まれる、海賊同士でだって殺しあう。
 そのクセ、実入りだってそんなに良くはねぇ。俺はそんなのもう嫌なんだよ。特に銭が入って来ねえのが。これからはビジネスの時代さ」
「ビジネスって……具体的には何だよ、若」
「今考えてるのは商船や輸送船を護衛だな。そうすりゃ少なくとも政府軍や賞金稼ぎの相手はしなくていいだろ」
「なるほど……」
 スミーは白髭の生えた顎に手を当てて考えた。

 カシュケント自治領には大小マゼラン銀河を繋ぐ、交易航路マゼラニックストリームが存在する。
 銀河有数の重要航路であるこの道は、同時に銀河でも屈指の危険航路だ。
 横断中に寄港出来る惑星が少ない為、この航路を渡ろうとする船は、長い長い航路を渡りきるまでに襲い掛かる障害の数々――船を砕かんと荒れ狂う隕石嵐
容赦なく船体焼き焦がす赤色超巨星の熱、そしてピラニアのように徘徊する屈強な海賊たち――を全て独力、補給なしで乗り切らねばならない。
 今までは専ら襲う側だったが、確かに視点を変えてみると護衛しながら難航路を誘導してくれる艦の需要は確実にあるだろう。

「つまり、傭兵だな?」
「どうもその響きも気に入らねえな。もっとこう客が安心するような名前を名乗りたいんだ。
 民間軍事会社というか……これもしっくりこねえな……とにかく安心安全ってイメージを前面に押し出して活動していく予定だ」
「若が? 安心安全?」
 ふんとスミーは鼻を鳴らした。
「狼が羊の皮を被る気かよ」
「何言ってるんだ、爺さんにも羊の皮を被ってもらうぜ。これからは人前に出る時は背広だ」
「本気かよ、若」
 如何にも嫌そうにスミーが顔を顰めると、クルは面白そうに笑って追い打ちをかけた。
「若、じゃない。俺の事は社長って呼んでくれよ、スミー副社長」


 その夜からクルとスミーは慌ただしく動き始めた。やる事は山ほどある。
 兎にも角にも宇宙に出るにはまず宇宙船の確保だが、しかしこれは簡単に片付いた。
「実は今回の事は親父が死ぬ前から考えてたんだ。前々からちょっとづつ金貯めててな、小さな巡洋艦だけどもう買ってある」
「呆れたぜ、若」
 会社設立の為の数日間、クルは社長と呼べと何度もスミーに言っていたが、当のスミーはどこ吹く風で今も若と呼び続けていた。
 そう簡単に昔の関係を変えられないのは歳のせいか、それともカルバライヤ人の気質がそうさせるのか、クルは判断が付かなかったが、今では呼び名を改めさせることは諦めていた。
「じゃあ状況が状況なら頭とも戦うつもりだったのか?」
「勿論。か弱き人々を海賊共から守るのがジェロ護民会社の仕事で御座い。まぁそういう訳で船については心配しなくて構わない。それより人事の方はどうなっているかね、副社長?」
 クルがわざとらしく尊大に言うと、スミーは机の上にファイルを投げるように置いた。

「ギルドに登録されてる奴で、使えそうな奴はだいたい絞り込んだぜ。ただ最後の面接は若も同席して欲しい」
「うん、うん」とクルは満足げに頷いて、放られたファイルをパラパラとめくると、クルはその中にかつての仲間の名前と写真を見つけた。
「お、アルフにチェッコか。あいつら生きてたのか」
「らしいな。若さえ文句なけりゃ操舵と機関士を任せようと思う」
「ま、いいだろう。但し、もう山だしって訳にはいかないって事をよーく釘刺しておいてくれよ。客と揉め事を起すなってな」
「分かってるよ」
「うんうん……」
 クルはさらにファイルを流し読みしていく。
 スミー爺さんはいい仕事をして様だ、とクルは口角を上げた。こちらの要望をよく理解しつつ、短期間でこれだけクルーを絞り込めてくれるのは実に助かる。
 無論その気になればドロイドやAIを駆使して少ない乗員で空に上がる事も出来るが、そういったコントロールユニットは値が張る。
 その上その能力は人間にはどうしても劣るし、仮に戦闘で故障などした場合、手動で船が動かせないのは致命的だ。その意味でも人間のクルーは出来るだけ多い方がいい。
「うん? 事務方の候補が少ないな」
「そっちは選ぶのに難航してる。顔なじみにも声をかけてるが……」
「あ、主計は絶対に元海賊はダメだぞ。どいつもこいつも金を誤魔化して懐に入れるからな。俺が知ってる限り親父の艦でも三人はやらかしてる」
「チョロまかしたのは二人じゃなかったか?」
「三人だよ。兎に角、主計は特に真っ当な奴じゃないとダメだ」
「そうだったかな……それじゃ最初の内はまた若にやってもらう事になるかもな」
「俺もダメだ」
「なんでだ? バカが横領やらかして吊るされた後はずっと若が会計やってただろ」
「なんて言うかね、金を数えるのは好きだし、金を足し算するのもいいが、引き算があると眩暈がするんだよ。誰かにやって欲しいんだ」


 さらに数日が過ぎ、クルとスミーは部屋を借りてメインクルー達の面接を行っていた。
「次で最後か」
「はい」
 そう言いながら手元の資料を見たスミーは目を伏せながら言った。
「しかしこいつはダメだな」
 なぜ? クルがそう言う前に部屋のドアがノックされる音が響いた。
 入る様に促すと、二人の前に現れたのは、すらりと伸びた手足とスパイラルパーマの髪が印象的な長身の女だった。
「ファン・タグレップです」
 クルは反射的にヒューと口笛を吹きそうになるのを慌てて堪えた。
 力強さの宿った声と、しなやかな身のこなし。手元の写真で顔は知っていたが、実物のファンは写真よりも遥かに瑞々しく生命力が溢れているように見えたのだ。
「ヒュッ……ん、んん……簿記と行政書士資格にオペレーターの経験ありだって? 凄いね。
 これだけ資格と実務経験があって揃っていてどうして我が社を選んだのか聞いていいかな? 君なら引く手数多だろう?」
「乗っていた船が海賊に襲われた事があり、私はそれ以来海賊が許せないんです。安心安全の航海という御社の企業理念に深く共感したのが志望動機です」
「なるほど」

 あっちゃー、この子やってもうたな……と内心思いつつもなるべく平静を装って元海賊は続けた。
「君の気持ちは痛いほどよく分かる、しかしだからこそ分かると思うが……宇宙は危険に満ちている。今一度確認するが……それでも飛ぶ覚悟はあるかい?」
「言わせてもらいますが、私は宇宙船の中で生まれて育ちました。宇宙にいる方が、こうやって星の上にいる時間よりずっと長いんですよ。そんな覚悟はとうに出来ています」
 ファンのこの挑戦的な物言いは実にクルの心を動かした。なるほどこいつは生まれながらの0Gドッグ。宇宙にいるべき人間だ。肝が据わってる。
「君の働きに期待しているよ」
 クルはそう言って手元の資料に赤丸を付けた。


 面接が終わり、ファンが部屋から出て行くとスミーが強い口調で言った。
「若、あの娘はダメだぜ」
「なぜ? 何が問題なんだ? 度胸があるし、実際宇宙船で働いた経験もある。俺達の前職を嫌ってるって言うのなら、それは当然の事――」
「そんな事じゃねえ、俺達はカルバライヤ人であいつはネージリンス人だ。頭を殺したのだってネージリンスの艦だぞ」
「なんだそんな事か」

 クルは呆れた、という事を全身を使って表現した。
 クルとてカルバライヤの人間である。己が属する国への愛着とネージリンスに対する嫌悪感が全くない、と言えば嘘になる。
 しかし矛盾するようだが、クルは自身にも宿っているカルバライヤ的な衝動に対しても嫌悪感を持っていた。
 カルバライヤ人の中で育っていく中で、直情的に動くカルバライヤ人を何人も見てきたが、クルの目にはどうにもそれが
単なる軽率さと自己中心的な視点しか持っていないが為の産物しか見えなかったのだ。

 今のスミーの物言いだってそうだ。
 親父が死んだのは自業自得で、この件に関してネージリンス側に非はない。海賊艦が保安艦に落とされるのは当然の事だ。
 勿論身内を殺した相手を憎むのも当然だが……その事を関係ないネージリンス人に当てはめるのは大きな間違いだ。
 クルはこういった事で関係のないネージリンスの人間まで憎む考えが嫌いだった。
 そして、自分の中にも、その考えに賛同してしまうカルバライヤの部分がある事が大嫌いだった。
 そういった反発からクルは合理性を重んじるネージリンスの人間にある種の敬意を持っていた。憧れとも言っていい。
 感情に流されそうになる時がある度に、クルはネージリンス人のように、あるいはそれ以上に感情を押し殺し、合理的に物事を考えようと努めてきた。
 父の死を当然と受け入れられたのは、その成果だろう。

「今の内に言っておくが、ネージだ、カードゥだとか言う下らない事を言った奴は俺の艦から降りてもらう。そもそも俺達のお客様はほぼネージリンスの人間だろうよ」
「……あんな娘に財布の紐を握らせるなんて、頭がいたらなんて言うか……」
「親父は死んだし、断言するが元海賊に会計やらせるより、正義に燃えるファンお嬢にやらせた方がずっと信頼できる」
 スミーは何かを言いかけたが、クルはもうこの話は止めだ、という風に手を振ってスミーの口から言葉が出てくるのを止めると、話題を変えた。
「それより艦を見に行かないか? もうすぐモジュールの艤装が終わるはずだ」


 惑星クラーネマインの改装工廠は途方もなく巨大なスケールを誇る構造物で、その中では人間などまるで豆粒になったような錯覚に陥る。
 無数に連なる改装ドックに入渠している宇宙船は、500mを超える物も決して珍しくない。
 クルとスミーは巨大な船達を眺めながら勝手知ったる、というような調子で自動歩行道を進んで行き、ややあってクルが口を開いた。
 これが我が社の船であるぞ副社長、そう慇懃な調子でクルが一隻の巡洋艦を指差した時、スミーは思わず絶句した。
「なっ……!」
 スミーが目を丸くしてクルの方を向くと、クルは面白がるように微笑んだ。
「良い船だろ?」
「そんな……てっきり中古のリークフレア級か何かだと……」
「中古だと? 俺、長男だからだれかのお古を使うの嫌なんだよね」
「信じられん……」
 クルが指し示したのは新造されたばかりの巡洋艦だった。
 クルは船内に入る様に促すと、ピカピカの廊下を歩きながら、まだ驚きから立ち直っていないスミーを尻目にクルは得意げに船の能書きを語りだす。

「グワバ級……って言っても分かるかな? 大マゼランはネスカージャ国の正式採用モデルだ。海賊の多いネスカージャレーンで使われてるタフな船さ。
 装甲はご存じ我がカルバライヤで開発されたディゴマ装甲を採用、対空レーザー以外はあえてレーザーを装備せず実弾火力のみ。戦艦と殴りあう為の船さ。
 無骨だが何より頑丈なのが気に入ってね。マゼラニックストリームを渡るにゃ頑丈すぎて困るってことはないし、戦闘力も折り紙つきだ。半端な海賊なら簡単に蹴散らせる。
 艦名はトリビューンってのはどうだ? 良い名前だろ、皆さまの安全と航路を守る、ジェロ護民会社のトリビューン(護民官)号……」
「……金はどうした?」
「え? 何?」
「これは何年ローンだ?」
「俺はいつもニコニコ現金払いさ」
「ならどうやって買った? 新造艦なぞ買う金をどうやって工面したんだ?」

 中古で買うのと新造艦を買うのでは全く値段が異なる。
 スミーは頭を抱えた。船体だけで1万G超は掛かっているはずだ。
 しかも見た限りでは艤装にもかなり良いものを使っているようだ。
 特にエクシード・エンジンと哨戒レーダー、そして対空クラスターレーザーはカタログにしか載っていないようなコンパクトかつ高性能なハイクラスモデル。
 さらにブリッジはオペレートに関しては銀河の最先端を行くジーマ・エミュ製のものだし、小さな船なのに生意気にも艦長室――若に言わせると社長室――までわざわざ載っけてやがる……。
 ざっと見積もっただけでも、艤装だけで船体の倍以上かかっている。いや下手したら3倍か? しめて4万Gくらい?
 少しずつ貯めたと言っても、ちょっとやそっとのヘソクリなんぞで賄える額ではない。

「知るかよ、でも買えたって事は何とかしたんだろ。覚えてないや」
「若……まさか」
 スミーは疑惑の視線を向けたが、クルはそんなものどこ吹く風と言いたげに、笑みを浮かべて答えた。
「これで分かったろ? 海賊に会計やらせちゃダメだってな」



[39192] 第二話 学術調査船ビーグル号
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:ebbdb2fa
Date: 2014/01/10 00:44
 交易航路マゼラニックストリームは大小マゼラン銀河を繋ぐ唯一の道だ。
 大マゼラン側のネージリッド国、そして自治領カシュケント星系を挟んで、ネージリッドの兄弟国である小マゼランのネージリンス国へと繋がっている。
 ジェロ護民会社は、大河のように横たわるマゼラニックストリームの中継地、カシュケント星系を母港として動き出した。
 もっとも初めは護衛の依頼はなく、ひたすら貨物の運び屋としてネージリッドとネージリンスを往復する日々である。

「今月も悪くないな」
「そうですかね……」
 銭が入る事は良い事だ。心が洗われる。
 艦長室の机に座ったジェロは収支報告書に目を通して満足そうに頷いた。
 それとは対照的にむっすりとした表情を浮かべるのは、主計のファンである。
「思っていたのと違います」
「海賊が出てこないのがそんなに不満か? いい事じゃないか、ミサイルだってタダじゃないんだから」

 既にトリビューン号はマゼラニックストームを三往復していたが、幸運にも殆ど海賊に出会わなかった。というよりも出会っても海賊側の方から退いた。
 トリビューン号には可能な限り大きな貨物室が詰まれているが、それでも一度に運べる貨物量はたかが知れているし、何より外見は厳つい軍艦である。
 クルにはよく分かる。手ごわい上に襲っても旨みが少ない獲物を追うほど海賊は暇ではないのだ。そんな事をしても金の無駄である。
 巡洋艦の傑作と名高いシャンクヤード級やリークフレア級ではなく、あえて無骨なグワバ級を選んだのも、戦う前から相手の戦う気を削ぐ効果を期待したからだ。
 少なくとも自分が海賊なら絶対に戦わない。

 戦わなければ、自分も相手も余計な出費を抑えられてwin-winである。
 しかし、ファンは海賊をバッタバッタとなぎ倒す事を想像していたのか、どうも静かな航海が不満らしい。
「焦るなよ、輸送艦が隣にいれば嫌でも襲って来るんだから」
「早く護衛の仕事もしてみたいです」
「はぁ」
 コイツなかなかのじゃじゃ馬だな、とクルは溜息を吐いた。
「さっき通信で護衛の依頼があった。先方に挨拶に行くから君も来るか?」


 ジェロ護民会社に初の護衛依頼をしたの、はネージリッド国のとある大学だった。
 護衛をするのはビーグル号と言う学術調査で、開拓する惑星の大気や地質調査、人類が入植した際の環境への影響を調べる船らしい。
 契約書にサインを交し合った後、白衣を着た男性に案内されてジェロとファンは護衛の対象である船の中を歩いていた。
 シャンクヤード級巡洋艦を改装し、学術調査船へと仕立てられたビーグル号の廊下には、どことなく病院のような消毒液の匂いが染みついているように思えた。

「こちらがネージリッドの各惑星の生態系を再現したバイオスフィアドームになります」
「おお……」
 クルとファンは思わず感嘆の声を漏らした。
 広いバイオスフィアドームは内部でさらに5つのブロックに仕切られていて、その内4つではネージリッドの首星を含む4つの環境が可能な限り再現されていた。
 それぞれに灌漑用の川や池、小さな畑が存在するだけでなく、蜂や蝶と言った小さな生き物から、家畜のような大きな生き物までいるようだ。
 案内人の話によればドーム内では気温、湿度、風向きといった大気状況から各ブロックの水質まで厳密に定められ
さらに、精密なグラビティウェルのコントロールにより、4つのブロックはそれぞれ重力が違うのだと言う。
 まさに船の中にもう一つの生存圏が構築されていた。一見しただけでは船の中とは思い難い。

「星の上みたい……」
 元々シャンクヤード級は拡張の自由度が高く、持ち主によって大きく性格を変える船だが、それでもこのような性質の船はなかなか珍しい。
 大地より宇宙に居る方が落ち着く、と豪語するファンも緻密に造られた箱庭に、心なしかウキウキしているようだ。
「綺麗な花ですね」
 ファンが人工の温風に揺られている赤い花を指してそう言うと、案内人の眼鏡がきらりと光った。
「お目が高い。これはコスモコスモスという高級花です。我々の大学でこの花の新品種を作ろうという活動があり、試行錯誤を重ねている所で……この赤みを出すのにも随分苦労しました」
「へえ」
「残り一つの部屋は使われてないんですか?」
「はい、その部屋はこれから行く星の環境に設定する予定なので」
「なるほど」
「凄いですね。社長、私達の船にもバイオスフィア置きません?」
「そうだな。社長室の隣に空いてるスペースがあるからそこに作るかどうか検討しよう」
「本当に? やった!」
 クルがあまりにも真顔で言うので、ファンはクルの言葉を本気に捉えたが、やがてある事実に気が付いた。
 社長室の隣は主計室である。


 学術船を連れ立ってネージリッドの港を飛び立って10日目、カシュケントを経由し、小マゼランまで残す所5日ほどか、という時、けたたましく艦内の警報が鳴り響いた。
「レーダーに感あり、識別信号は出ていません!」
「十中八九、海賊だな。艦種は分かるかい?」
 こめかみに手を当てながら、クルはレーダー管制士に訊ねた。
「リークフレア級が二隻、約100秒後に交戦距離に到達します」
 その言葉を聞いたスミーは、瞬時に艦内放送のスイッチを入れてクルー達に檄を飛ばす。
「今日は隣でお嬢様が見てるぞ、しくじるなよ野郎ども! ナンパ野郎を歓迎してやれ!」

 やれやれ、爺さんも海賊気分が抜けねえな……と、クルは小さく肩を竦めたが、喝を入れる事に異論はなかった。
 宇宙での戦いは、恐怖との戦いである。
 たった一つの誤り、ほんの少しの不運が即座に死に繋がるという状況下で、クルー達がいかに適切かつ機敏に動けるかは勝敗を分ける大きな要素だ。
 船員が恐慌を起して身動きできません、なんて事態は洒落にならない。

「アレフ、艦をビーグル号の前に出せ。相手に手を出させるな」
「社長、敵艦のインフラトン反応が上昇……第一射が来ます!」
 そう言ったのは、主計と兼任でオペレーターをしているファンだ。心なしかその声には怯えに似た響きが混じっている。
「落ち着けよ」
 クルは事もなげに言うと、ブリッジのデスクに腰を深くおろし、足を組んで頬杖を突いた。
 0Gドッグに必要なのはクソ度胸。その中でも艦長は最も大胆不敵でなくてはならない。
 相手は物の数ではない、安心しろ、というメッセージを放つ為、クルはあえて傲岸な態度を取った。
 嘘でも虚構でも、強い艦長というイメージは味方を安心させる。
「あれは単なる脅しだ。この距離では当たらんよ。それよりも今の内に全速力で艦を前進させろ。我々は第二射が来る前に仕留める」

 クルが指示を出すとトリビューン号のエクシード・エンジンが唸りを上げ、途方もない速さで敵艦へと向かって行く。
 しかし、その距離もまた膨大だ。
 その距離故に、砲撃戦ではあらゆる行動に結果が追いつくまで、数秒から数十秒のタイムラグが存在する。
 宇宙に出て戦う者達はその数秒の間に、撃沈の恐怖と戦いつつ、相手の動きを先読みして行動しなければならない。
 クルは敵の初撃は当たらないと踏んで艦を走らせたが、その行動の正解が出るまでは8秒もかかった。
 今回はどうやら賭けに勝ったようだ。
 8秒後、敵艦の放ったレーザーがトリビューン号とビーグル号のずっと横を通り過ぎていく。
 その瞬間ファンは思わず安堵のため息を漏らした。
 その息が吐かれ終わるかどうかという内に、トリビューン号からカウンターのミサイルが放たれた。
 万全の距離で敵艦を補足したミサイルは、5秒の間星の海を縫うように進み、狙い違わず二隻のリークフレア級に命中し、その機能を永遠に失わせた。

「ガッチャ! 当たったわ! やった! やりましたよ、社長! 凄い!」
 レーダーから反応が消えた瞬間、緊張から解き放たれたファンは、思わず立ち上がって画面に向かって叫んだ。
 殆ど同時に「ザマァ見やがれ!」とスミーも大きな声で叫ぶ
 やれやれ、まだ3割くらいは海賊だな、もっとクールに仕事を遂行できればいいんだが、とクルは思ったが、口には出さずに、代わりに少し注意するだけに留めた。
「報告は簡潔に」
「はい! インフラトン反応の消失を確認。標準時間17時57分、ポイントXYZ75264にて敵艦撃墜しました!」
 妙に嬉しそうなファンの声がブリッジに響いた。
 どうもクールになれという意図は伝わらなかったらしい。
「ヴァナージを越えたらネージリンスだ。それまでは気を緩めるな」
「はい!」


 ビーグル号を伴ったトリビューン号は、無事ネージリンス領の惑星シェルネージへと到着した。
 クルは港へ着くと、報酬を受け取る為に意気揚々とビーグル号へと乗り込んだ。
 途中襲われたが、護衛対象への被弾なし、初仕事としては上出来だ。

 ところがビーグル号の中では職員たちが慌ただしくバタバタと走り回っていた。
 ビーグル号の艦長さえも額に汗を浮かべ、何やら船員たちと話し合っている。
「ああ、ジェロ社長、ご苦労様です。お陰様で無事にマゼラニックストームを越えられましたよ。ええ、料金は満額支払わせてもらいます。どうもありがとうございました」
「何かあったんですか?」
「いやあその、ヴァナージの熱が想定以上で、艦内の冷却システムが追い付かずバイオスフィアドームの方に影響が出てしまいまして……」
 その言葉を聞いて、クルはハッとした。
 しまった、その事を失念していた!

 マゼラニックストリームにおいて煌々と輝く巨大な恒星、赤色超巨星ヴァナージ。交易航路はこの恒星を掠めて飛ぶしかないのだが、その熱圏に入ったものは例外なく灼熱の炎に焼かれる。
 無論、トリビューン号は万端の準備をしているが、護衛対象の船がヴァナージの熱に耐えられるかどうかまでは気を回していなかった。
 無事に着いたとはいえ、これは失態である。
 マゼラニックストリームを越えようとして、ヴァナージの熱に飲み込まれた船は一つや二つではない。

 報酬を受け取ったものの、心に引っかかるものを感じたクルは、ビーグル号から下船する前にちょっとだけバイオスフィアドームに寄ることにした。
 ドームの中では管理者と機械の整備員らしき人間が慌ただしく行き来して、家畜たちはそれを少し迷惑そうに眺めている。
 しかし、大型の動物の方はストレスを感じる程度で済んでいたが、もっと深刻なのは植物や魚と言った小さな生物の方である。
 ドーム内を流れる川には小魚の死体がプカプカと浮かび、草木も枯れ始めているように思えた。
 特に高級花だと紹介されたコスモコスモスは、どれもよれよれとしていて、今にも干からびてしまいそうだ。

 コスモコスモスが植えられている花壇のすぐ前には、髪の薄くなり始めた老年の研究者がいて、花の状態を細かく観察していた。
 何となく罪悪感を感じていたクルは、その老学者へ声をかけた。
「……その花、立ち直りそうですか?」
「ん~応急処置はしたけれどもちょっと難しいね。一本か二本でも生き残ればめっけもんだと思うヨ」
「……申し訳ありません。こちらがもう少し気を付けていれば」
「うん? なぜ君が謝るのだね?」
「今回の航海の護衛をしていた、クル・セルム・ジェロです。配慮が足りませんでした」
「ああ、その事か。しかしどちらかと言えばこちらの船内機器のトラブルだし、それについては契約に入ってないんじゃろ?」
「それは……そうですが」
「済んだ事はしょうがないヨ。むしろ視点を変えて、普段よりも高い気温が生態系へ与えるダメージの実験をしたと思えばいい。
 失敗は成功の母、この事が何か重要な発見に繋がるかも知れんしね」
「……そう言ってもらうと、気持ちが楽になります」
「うん。まず結果を受け入れるのは科学的手法の第一歩だよ。結果を肯定し、解析し、次へと繋げる事が重要なんだな」

「ジェロウ・ガン博士!」
 クルが老学者の言葉を噛み締めていると、若い学者が汗を浮かべてドームの中へ飛び込んできた。
「ここに居たんですか? もうシャトル便が出発する時間です、急がないと乗り遅れますよ!
「ん~、もう少しここで経過を見たいんだけれどもね」
「ダメです!」
「ほんの少しだけ。バクテリアの増え方が……」
「置いて帰りますよ!」
 老学者は子供のようにグズっていたが、やがて若い学者に引きずられるように、ビーグル号から連れ出された。


「ふーむ」
 全ての手続きが終わり、トリビューン号の社長室へと戻ったクルは、老学者の言葉を咀嚼していた。
 考え込んでいると扉がノックされ、ファンが収支報告書を持って現れた。
「今回の航海分の報告書です」
「ああ。そこに置いといてくれ」
 そう言われていつもの様に机の上に書類を置いた時、ファンは机の端にコーヒーカップを模した小さな鉢がある事に気が付いた。
 鉢の中からは球状のサボテンが目玉焼きのように顔を覗かせている。
「そのサボテン、どうしたんですか?」
「ん。ビーグル号の人に貰った。目につく所に置ける植物が欲しかったんだ」
「可愛いですもんね。……もしかして本当にバイオスフィアドーム置く気ですか? 主計室は渡しませんよ?」
「そうじゃない。これは戒めだよ。今回は危なかった」
 クルは、小さなサボテンを見つめながら言った。
「無事に渡らせることが出来たとはいえ、ビーグル号は大きなダメージを負った。それどころか、一歩間違えたら途中で航行不能になっていたかも知れん。
 海賊を追い払う事もいいが、我が社の第一の使命はクライアントの命と財産を守る事だ。今回の事は教訓にしなければならない」
 ファンは小さく頷き、海賊をやっつけた事に興奮していた自分に恥じ入りながら、囁くような声で言った。
「そうですね」

「そこで考えたんだが、放熱板を売るって言うのはどうだろう?」
 クルの雰囲気が、急にパッと明るくなった。
「依頼を受けたらな、クライアントの船をチェックするんだ。マゼラニックストリームを越えられるかどうかってね。
 チェック自体は無料、だけど何か問題があったら、見積もりを取って、こっちで足りない物を用立てて、据え付けまで行う。これは有料。据え付け料金含めて貰う。
 ただ、艦内見られたくないって客もいるだろうから、細かい所は要相談になるかな……あと護送する距離によっては多少まけてもいいかな?
 例えばネージリッドからカシュケントまでだったら200Gで据え付ける、でもネージリンスまで送るのなら150Gみたいな。どう思う? 俺はイケると思うな。
 細かい所はスミー副社長とも相談しなきゃならんけど、資材関係の納入品が増えて、君の仕事が増えるかも知れないから、そのつもりで。
 これは結構大きな収入源になるかも知れないな……なんだかワクワクしてきたよ!」

 新しい計画をまくしたてるクルを見て、コイツなかなかの守銭奴だな、とファン・タグレップは呆れ顔で肩を竦めた。
 まるで自分の祖母のようだ。



[39192] 第三話 見えざる脅威
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:ebbdb2fa
Date: 2014/01/19 19:24
 思いついたアイディアはスミーとの何度かの話し合いの後、実行に移された。
 クルは坊主頭の若者を呼び出すと、早速新たな業務を申しつける。

「放熱板? いや、若大将、熱を防ぐのはAPFシールドを恒星用にもう一枚か二枚増やしゃあいいんスよ。まっそれでも不安ちゅうなら船体に対熱コーティングとか冷却材を……」
「技術的な事は任せる。お前はお客様の船を見て、マゼラニックスリームを渡りきるのに足りないものをリストアップして、スミーかファンに渡せばいいんだ。
 そうすれば、こっちでお前が書いたものを用立ててやる。そしたらお前はそれをお客様の船に取付ける。それと俺は若大将じゃなくて社長だ、チェッコ。OK?」
「了解ッス。オジキか姐御に渡しゃあいいスね?」
「全然分ってねえよ!」

 クルは普段小さな会社の社長という仮面を被って社員や顧客に接しているが、海賊時代からの部下の前では少々気が緩んでしまう。
 この時も少しだけ昔に戻って声を張り上げた。

「そういう言い方をすれば客や他の社員が不安がるだろうが。いいか、俺は給料を払いたくなくてウズウズしてるんだ。いらねえ誤解を広めた奴ァ即減給だ! 
 俺は社長! スミー爺さんは副社長! ファンは……ファンの事を今なんて言った?」
「姐御っス」
「なぜ? ファンが姐御なんだ、チェッコ君?」
「え、もうすぐファン姐……さんと社長が結婚するって聞いたっすよ? 違うんすか?」

 何言ってるんだコイツ……。
 クルは目を閉じると、部下の質問を無視して、さらに続けた。

「誰にそんな話を吹きこまれた?」
「アレフさんっす」
「よし。アレフを呼んで来い。給与に関する事で話があるってな」



 ビーグル号から送られたサボテンが花を咲かせた頃、少しは名前が売れ始めて来たかなと、クルが手ごたえを感じつつあった時。
 貨物運搬中のトリビューン号は、偶然一着の通信を拾った。
 こちらから応対に出たのはファンである。

「こちらトリビューン号のファン・タグレップ。貴官のお名前を教えていただけますか?」
「助け……」
「通信状況が悪いようです。もう一度お願いします」
「誰か助けてくれ!」
「……はい?」
「クソ、クソ! レーザーもミサイルも効かない! ば、ば、化け物だ! マヤの幽霊船が本当に……」
 その言葉は一旦、通信機の向こう側のガチャガチャという大きな音に遮られた。
「そんな、船内に……」
 辛うじて最後にその一言が聞こえたが、それきり通信はぷっつりと途絶えてしまった。
 血相を変えてファンが叫ぶ。
「大変!」



 ファンはすぐにクルへと報告し、クルは「幽霊船に襲われてる」という内容に少々疑問を感じながらも、通信が発信されたであろう地点に船を走らせた。
 そこはトリビューン号の他に星海を渡る船はなく、ゾっとするほど寂しく静かな宙域だった。
 星図によれば寄港可能な星が一つあるが、よくよく調べた所伝染病により入植が失敗し、破棄された惑星であることが判明した。
 なるほど、とクルは思った。
 確かに幽霊船とやらが出そうな場所だ。そんなものがいるのならな。

「救難信号を出した船は見つかったか?」
「インフラトン反応なし、重力波反応なし……でも本当に聞こえたんですよ」
「じゃ、ファン君が聞いたのは『死者の声』だったのかも知れんな」
「……信じてませんね、社長?」
「いや、信じてるって。ただ位置測定だって完全ではないしな、通信電波ってのは思ってるよりもずっと長い時間飛び続けるもんなんだよ。
 偶然何百年も昔に発信された会話を拾う事だってあるんだ。そういうのはノイズが酷過ぎて内容は分からないけどね。
 君が拾った通信もノイズが混じってたんだろう? もしかしたら何か月も前に送信された通信だったのかも知れん」

「むむむ」
 納得がいかない、という顔をしながらファンは顎に手を当てた。
「じゃあ、幽霊船って何ですか?」
「そこまでは知らないよ。しかし連絡をした人達を助けられなくて残念だ。こういう人命救助も社の評判に繋がっていくんだが」
 クルは操舵手のアレフに、艦を回頭させ帰るように命じた。
 痩せた中年の男は小さく頷くと、消え去りそうな声でボソリと呟く。
「マヤの幽霊船……本当にいるなら見てみたいねェ」
「何か知っているか、アレフ?」
 クルが訊ねると、アレフはずり下がった眼鏡の位置を直し、囁くように答えた。
「マヤの船……始祖文明が移民に使った伝説の船。その内のいくつかは、今も宇宙を彷徨っているらしいよ。
 フフフ、さっきの通信の話じゃないけど、何万年も昔に乗組員は全滅した空っぽの船がねェ」
「荒唐無稽な話だな、幽霊なんか……」
 クルの言葉は、割り込んできた通信によって遮られた。

「誰か、誰か! 応答してくれ、頼む!」
「……こちらトリビューン号のファン・タグレップ。貴官のお名前を教えていただけますか?」
「イザーン号のエリッヒ・リューだ! 幽霊船に襲われている!」
「すぐにそちらへ向かいます。座標を送って下さい」
 通信を終えてからファンがクルの方を向くと、クルは静かに言い直した。
「誰が何と言おうと、幽霊なんかいない」


「インフラトン反応確認、イザーン号を発見しま……!?」
 トリビューン号は再び転進して、送られた座標へと急行した。
 到着した瞬間、クル以下全ての船員は言葉を失った。あり得ない光景が広がっていた。
 イザーン号と名乗る船は、なんて事のない輸送船であった。それはいい。
 問題は、その背後に迫る超巨大宇宙船である。全長は20kmを超えるのではないか? これほど巨大な船はクルもスミーも見た事がなかった。
 いち早く衝撃から立ち直ったアレフが、歓喜の余り叫ぶ。

「ホホホォォォ! マヤの船! 伝説の方舟!」
「お、おい、レーダー何をやっていた! あんな巨大な船に気が付かなかったのか?」
「しゃ、社長、それが……今も反応がありません! レーダーに写っているのはイザーン号だけです」
 レーダー管制士の言葉を補強するかのように、ファンが続けた。
「インフラトン反応なし、重力波も確認できません! あ、今、少しだけ反応しました……」
「幽霊船と通信を繋げれるか? まず話し合いたい」
「無理です、全く応じません、っていうか全ての反応が小さすぎます、こちらからじゃ殆ど何も捉えられません」

「……どういう事だ? 豆電球を付けるだけの反応しかなくて、どうやってあれだけの船を動かす?」
「始祖文明のテクノロジーだろうねェ! それとも本当に幽霊船なのかなァ!? どっちにせよあたしゃもっと近くで見たいよ! 艦を寄せますよ社長!」
「ふざけるなバカヤロウ、また減給するぞ。牽制だけしてイザーン号が逃げられる隙を作れ! そしたら俺達もとっと逃げる!」

 クルは素早くそう命じたが、些か到着が遅かったらしい。
 トリビューン号がミサイルを撃つよりも早く、幽霊船から放たれたレーザービームがイザーン号の横っ腹を灼いた。
 船体の一部がシャボン玉の様に弾けると、超高温で熱され真っ赤に焼け焦げた金属片が、星屑のようにキラキラと輝きながらイザーン号を飾り立てていく。
 同時にイザーン号のエリッヒと名乗る男が、泣きそうな顔で画面越しに訴えてきた。
「こちら、イザーン号! エンジンがイカれた! 航海不能、た、助けてくれ!」
 
 一瞬、クルの脳裏にイザーン号を見捨てるか? という考えが浮かんだが、すぐにその考えを振り払って、自分自身に言い聞かせた。
 俺は強欲の業突張り。金も名誉も権力も、何だって欲しい。勿論、イザーン号の乗組員の命だってだ。
 それに護民会社を謳ってる俺達が、助けてって言ってる奴を捨てるなんて事は出来ねぇよな。
「乗員を救助する! ミサイル斉射後、回避機動を取りつつ、イザーン号に寄せろ!」


「接舷完了!」
「急げよ! イザーン号の乗員を運べ! 5分以上は留まっていられん!」

 放たれたミサイルは、敵の大きさからすれば些細な威力だろう、しかしそれでも、少しくらいは時間稼ぎになる……というクルの予測は見事に裏切られた。
 トリビューン号が放った12発のミサイルは、マヤの幽霊船を傷つける事なく、虚空へと消え去って行った。
 回避されたのではなく、当たらなかった訳でもない。
 幽霊船は、煙のようにミサイルを飲み込み、そのままやり過ごしてしまったのだ。傷つけるどころかミサイルは爆発すらしなかった。
 もっとも相手はこちらを窺うだけで攻撃はしてこないようだが、明らかに分の悪い勝負だ。
 しかも反応が薄すぎて誘導装置が働かない為、目視照準だけで撃ってる有り様だ。

「さっきから一体何が起こってるんだ?」
 訳が分からない。こんな事は初めてだ、とクルは頭を抱えた。
 始祖文明のテクノロジーがいかに優れているとはいえ、これは度が過ぎている。幻を相手にしているようにしか思えない。
 もしかしたら……もしかしたらこの世には、本当に幽霊や幽霊船がいるのだろうか?

「スミー副社長……そういえばラッ教とか言う宗教の信徒だったよな? 幽霊はいると思うか? いや幽霊でなくても、科学で解明できていない生命の在り方と言うか……」
「ブッ教」
 ぶっきら棒にスミーが訂正した。いつも以上に厳めしい表情をしているのは、スミーも不可解な存在の謎を解こうとしているからだろう。
「本当に幽霊ってのがいたらな、死んだ頭は、親父が死んでも線香一つあげねえ息子を怒鳴りに行くだろうよ! 若、一度でも夢枕に頭が立ったか?」
「いや、立っていない。論理的な意見、ありがとう」

 幽霊がいない事は証明されたが、疑問は振出しに戻ってしまった。
 じゃあアレは一体、どうやって攻撃をやり過ごしている?
 最初に拾った通信の船も、レーザーも実体弾も効かないと言っていたらしい。多分同じ相手にやられたのだろう。
 何かが変だ。何かを見落としている気がする。しかし違和感の正体は分からない。実に不気味で気持ちが悪い。
 クルは苛立ちながら、時計を見た。
 接舷して3分。
 奇跡的にまだこちらは被弾していなかったが、トリビューン号とてあの巨大な船の攻撃を何発耐えられるか……。
「まだか! 早くしろと救助班に伝えろ! このままじゃ共倒れだぞ! とっとと船内に押し込んでしまえ!」

 その言葉は苛立ちから自然と発せられた言葉だったが、自分の声が自分の耳に届き、さらに脳がその言葉を認識した時、クルは強烈な眩暈を感じた。
『船内』『船内』『船内!』
 その一言によって、謎のパズルが急に組み合わさったのを感じた。

 殆どレーダーに反応せず、触れる事も出来ない無敵の幽霊船。
 にも関わらず、3分間もこちらを見逃す幽霊船。

 それでも、自分の記憶違いかもしれない、と思い、殆ど逃避するようにファンに確認する。
「ファ、ファン……最初に君が拾った通信は最後に何と言っていた?」
「え、え~と、船の中で何かが起こったとか……」
「救助に向かった連中と連絡は付くか? 付くなら急いで引き返せと伝えろ! 早く!」
「……応答がありません」


「クソッ! クソッ! クソッ!」
 してやられた。
 まんまとしてやられた!

 確認を取ったその瞬間、クルは爆発した。
 これほど激怒したのは会社を興してからは初めてである。
 背広を着始めて以降の大人しいクルしか知らない社員たちは、ぎょっとして若き社長の方に視線を向けた。
 しかし、そんな事などお構いなしに、クルはもう数秒間は罵倒を続けた。
「あの野郎ども、全員クソと一緒にタンホイザに叩きこんでやる! 爺さん、ブリッジは任せたぞ」
「どこへ行く? 何か分かったのか?」
「ああ、分かったよ。幽霊の正体見たりだ、クソッタレ!」
「……正体は?」
「マヤの船はホログラムか何かだ! 基地の出入り口や隠し航路を擬装する為に、空間に映像を投影する装置の事を昔聞いたことがある!
 その映像に合わせてあいつら踊ってやがるだけだ! 本当の幽霊船はイザーン号だ!」
 クルはそれだけ言うと、肩をいからせながらブリッジから出て行った。


「半分は機関室を守れ。チェッコ達を殺させるな。社員以外の人間を見つけたら容赦するなよ」
 掻き集めた戦闘員の前でクルはそう告げた。自ら否定し、隠していたはずの本性が剥き出しになってた。
 航海者達は常に互いの協力によって、命を維持している。その仲間の死は精神を引き裂く苦痛だ。中でもカルバライヤ人のそれは、耐え難いほどの激痛である。
「残りは俺に付いてこい。幽霊狩りだ」

 戦闘員たちを引きつれたクルが最初に出会った一団は、案の定武装していた。救助に向かった者たちは、一たまりもなかっただろう。
 出会い頭のほんの僅かな空白の後、廊下を挟んで敵味方のメーザーブラスターの火線が流星群のように飛び交っていく。空気が焼かれる嫌な臭いがクルの鼻を付いた。
「抜刀! 突破口を開くぞ、α班とβ班は援護しろ」
 そう言ってクルは剣を引き抜き、三本の指を立てた。一本折り、二本折り、全ての指を折った瞬間、クルを先頭として装甲空間服に身を包んだ戦士たちがメーザーの嵐の中に身を投じていく。

 一見無謀なこの突撃は、艦内の白兵戦では有効である事が証明されている。
 携帯メーザーブラスターでは装甲空間服を貫くのにはやや照射時間がかかる。一方、超臨界流体の刀身ならば一刀の元に空間服を切断する。
 つまり身を焼かれるまでの間に、間合いに入ってしまえば、剣は銃に優るのだ。
 とはいえこれを実行するには、何よりも砲火の中に飛び込む度胸が必要だ。海賊はクソ度胸と言われる所以である。

 身を焼く痛みを感じながら、クルは全速力で廊下を疾駆した。
 海賊船で育ったクルが、白兵戦の先頭を切るのはこれが初めてではなかった。少々の火傷などではクルは止まらない。しかも、いまのクルはそれよりも遥かに辛い痛みに突き動かされていた。
 
 下手なパントマイムで俺を騙しやがった、ここまで来る燃料費と、12発のミサイルは全く無駄だ。許せん。
 乗組員だけ殺してトリビューン号をそっくり奪うつもりだったのか? 俺の艦を狙うとは、許せん。
 狙うどころか……俺の社員を殺しただと? 俺の物を奪ったのか? 絶対に許せん。制裁しなければならない。

 剣を手にした戦士たちが、高熱の降り注ぐ廊下を渡りきった瞬間、鮮血が飛び散った。もはや攻守は逆転した。


 剣の間合いの戦闘へと移行した瞬間、白兵戦は一方的な物となった。
 臆したのか、予め決めていたのか、戦いの趨勢が決定的になると、生き残った侵入者たちは素早くトリビューン号から撤退していく。
 どうやら敵の武器はだまし討ちのみらしい。

 侵入者を叩き出したクルが呼吸を荒くしながらブリッジに戻ると、一度艦全体がぐらりと揺れた。
「今の揺れは何だ?」
「イザーン号が離脱しました」
「……追え。そしてイザーン号に回線を開け。向こうと話がしたい」


 意外にもイザーン号は呼び出しに応えた。
 ただし画面に現れたのはエリッヒと名乗る男ではなく、また別の男である。恐らくこちらが本当の艦長だろう。痩せ細った犬のような、隻眼の男だった。
 クルも相手も、名乗る事や名を聞く事はせず単刀直入に話に入った。

「まんまと騙された。やってくれたな」
「……どうやって気が付いた? こちらの罠に」
「本物の幽霊から教えて貰った」
「……そりゃ敵わねえな」
「だが、俺達もただじゃ済まなかった。代償は払ってもらう」
「やってみろ、小僧」

 通信が途切れると、クルは厳とした口調で言った。
「絶対に逃がすな」
 その瞬間トリビューン号全体が、生きているかのように唸りを上げてイザーン号へと襲い掛かった。
 見る見るうちに二隻の距離は縮まり、あっと言う間にトリビューン号はイザーン号を射程に捉える様を見て、値は張ったが高いエンジンを買ってよかった、とクルは心底思った。
 やられて逃がすほど嫌な事はない。
「ミサイル!」
 クルがそう叫ぶと、情け容赦ない爆薬がトリビューン号から放たれた。イザーン号は爆発と閃光に飲み込まれて、千もの欠片へと変じていく。
 あの巨大なマヤの幽霊船も、いつの間にか煙のように消え去っていた。



 死体の処理、艦内の清掃など後始末を終えたクルは、酒場で杯を傾けながら今回の事件を反芻していた。
 トリビューン号だけで死傷者は36名……今回は、今までにないほどに人的損害が出た。
 タネが判ってしまえば大したことのない相手だっただけに口惜しい。もっと早く気づければ……。

「仲間が死んだ後は一人で深酒か。そう言う所は頭に似ているな」
 いつのまにか隣にはスミーが腰を下ろしていた。
 見透かすようなスミーの言葉にむっとして、クルは反論する。
「いや、似ていないぞ。俺は欲張りだからな、遺族に一時金を払いたくなくてムカムカしてるだけだ。次は……払わなくて済むようにする」


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