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[39078] Universe in World(ペルソナ3×ペルソナ4)
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2014/03/08 03:25
・この小説は、ペルソナ3とペルソナ4のクロスオーバーです。

・主人公はキタロー(有里 湊)。

・4主人公の番長は鳴上 悠。

・3ポータブルのハム子は有里 公子(キタローの従姉妹で、義理の姉(年齢は同じだが誕生日の関係で姉)(事故の後キタローは彼女の家の養子になった、という設定)。

・身長、鳴上>有里。

・独自設定(身長、誕生日など)あり。

・オリジナルキャラあり。

・どうあがいても、4キャラがキタローとくっつく事は無い。 3キャラも同じく番長とくっつく事は無い。

・「pixiv(サイト)と内容がちょっと違わない?」→仕様です、ストーリーは変わらずただ言ってる事や描写が最新版になっているだけです。

・にじファンにて連載していましたがにじファン閉鎖に伴いpixivと自サイトに移り、こちらでも細々とさせていただく事にしました。

・一週間一更新とか書いてましたが全然守れてません。

・感想書いていただいてとても嬉しいです。 返信したいのですが何故かエラーになるという憂き目を見ているので返信出来てないです。

以上の事が許せる方は本編へどうぞ。
無理な方は、リターンお願いします。



[39078] 第一話、目覚める人
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/16 21:14
突如耳蓋に触れたのは音の奔流だった。
ざわざわと騒がしく、そして懐かしい。
手にはよく慣れた重みがある。
はっとして目を開けると、そこにあったのは扉。
何の変哲も無いただの扉だ。
敢えて言うならそれは横に引くタイプの、学校などによくあるような……。
「おい、聞いているのか!」
五月蝿い声がした。
隣を見ると男がこちらを睨んでいる。 特徴的に前歯が出ていて、三十も中頃くらいか。
姿勢は立っていてやや背中が曲がっているから、元は同じくらいのはずなのに低く見える。
何故か怒っているようだ。
「……聞いてますよ」
返すと男は舌打ちでもしかねない顔で一瞥。
「これだからふしだらな都会の奴は……」
……舌打ちはしなかったが嫌味は全開だ。隠すつもりも無いらしい。
「とにかく、此処が貴様の教室だ。 入ってこい」
そう言うと男はやや乱暴に扉を開けた。

教室?
扉の中では黒板、教卓、教壇、掲示板と揃っている。
窓際の机のすぐ前にはおそらく担任が座るらしい灰色の机。
そして、学生机に座る生徒達。
一様にこちらに注目している。
確かに教室だった。

……問題はそこじゃない。

今、『貴様の教室』と言った。
『貴様』?
いや気にするべきなのは呼び名ではなく。

「転校生!」
教壇に立った男は僕を呼んだ。
機嫌が悪いらしい……。
転校生、って僕の事か。
僕は大人しく教室の中に入った。
教室の中に居る生徒の視線が集まる。
「名前!」
語気が強く怒鳴るように言った。急かされているらしい。
……名前。
僕の名前は……。
「……有里 湊です」
考えるより先に口を突いて出た。
有里 湊。
……そうだ、僕の名前だ。
これが自分の名前だとはっきり言える。 間違いない。
「また転校生だが、こいつもこ爛れた都会から萎れた田舎に飛ばされてきた、落ち武者だ!くれぐれも女子は色目など使わんようにな!」
……落ち武者?
誰が? 僕が?
僕が落ち武者?
……どうでもいい。
「……なんだその目は。 貴様も腐ったミカン帳に載せてやるぞ!」
何もしていないのに怒られた。
この教師には何を言っても無駄だ。
人の話を都合良く聞き解釈するタイプだろう。

ふと、視線を感じた。
教卓の正面。教室のちょうど中心にある席に座った生徒が僕を見ていた。
椅子に座っているが座高から考えて僕よりは高いだろう。
やや灰色がかった髪の男子生徒だ。
他の生徒も同じように僕を見ているけれど、特に気になった。
何処かで会ったような気がする。
いいや、知っている……のか?
とても大事な事だったはずなのに。
「また転校生だってさ……」
「これで二人目?」
「去年の花村があるから三人目じゃない?」
「転校生かわいそー、モロキンだよ……」
小声でひそひそと会話が聞こえる。
モロ金……は、担任?
「静かにせんか! まったく、浮つきおって……――貴様の席はあそこだ」
担任が指をさしたのは窓際から二段三列目のところだった。
確か前もあの辺りだったような。……『前』?
いつの事だ?

転校には慣れている。
でも『前』の事が思い出せない。

「早く座らんか!」
「はい」
反抗する理由も無いので大人しく席に向かう。
手に持っていた鞄を机の上に置く。
鞄の中身は見慣れた筆記用具とノート、教科書。
そして。
「これ……」
教科書ではない本がある。
青く分厚い辞書。
見覚えのある表紙。
見覚えが……。

…………ある、のか?

もしかしたらどこかの本屋で読んだのかもしれない。
買った覚えは無いが。
読むのは後にしよう。
「いいか、学生は学生らしく勉強をしていれば良いのだ! たとえば巽 完二のように不良どもとつるんで集団暴走行為などに走ると、停学にしてやるからな!」
担任が怒っている。最初からずっとピリピリしていたけれど。
そういえば何故、僕は此処に居るのだろう。
この学校は?
窓から見える景色には住宅街が映っている。
此処は月光館学園ではな…………?
月光館学園?
そんなところに行った事は無い。
なのに何故出てきたのか……。
それに、此処から斜め後ろの席に座っている男子生徒。
どうしても気になる。
そちらのケは無いはずなのに。
どこか懐かしい気配がする。
分からない事だらけだ。


まず、僕は誰なんだ?




―――――――――――――




休みに入った瞬間人が寄ってきた。
最初は様子を伺っていたが、一人が寄ると一気に寄ってくる。
有里君が居た都会って東京? 前の学校はどんなところ? どうして転校したの? 有里君かっこいいねー。僕自身がよく分かっていないのに言えるわけがないじゃないか。
とにかく前の学校や住んでいた場所を答えて、理由は『親戚の事情で』と言っておいた。 容姿については適当に。
とりあえず話をする事で、僕の前に転校生してきた生徒の名前が鳴上 悠である事と、あの男子生徒であるという情報は手に入れた。
鳴上……やや珍しい名字だとは思うが、聞き覚えはない。
やはり気のせいだろうか。


それにしても『前の』学校に違和感を感じる。
しかも『二年生』。
いいや、僕は『去年』『一年生』だったのだからおかしくはないのだけど。
でも違和感がある。
僕は本当に『去年』、『一年生』だったのか?
現在二年生なのだから間違いはない。
なのに、おかしい。何かとてつもない勘違いがある。
自問自答をすればするほど分からない。
休みのたびに入れ替わり立ち替わり聞きにきて、昼前の休みには他クラスの生徒まで来たものだから仕方なく教室を離れた。
誰も居ない場所を求めて、鞄を持って屋上に向かった。

空は曇っている。
雨はまだ降らないだろう。
あまり人は居なくて、落下防止の網の向こうには町が広がっていた。
山が多くて、川が向こうに見える。
知らない場所だ。
立っていると風をよく感じる。
この場所からなら、平和になった町がよく見えた。
……何を言っているんだ僕は。
世界は色々あるけれど平和で、そんな事を僕が一々気にする必要は無いのに。
今日は疲れているのかもしれない。色々とおかしな事ばかりだ。

網から離れ、ちょうどよく腰掛けられる場所があったのでそちらに行く。
そこに腰掛け、鞄からあの本を取り出す。
全体的に不思議な青の色彩で、細かな模様がある。
そして仮面のような白と黒の模様。
ずしりと重く、どうやら栞も挟んであるようだ。
最初のページを開く。
まるで秘密基地を覗く子供のように胸が高鳴った。

『愚者』。
……愚者?
まるで図鑑のようだ。 豪快に二ページも使っている。
青い色をした、作り物の人形のようなイラストがある。
『オルフェウス』。
オルフェウス?
ギリシャ神話に出てくる人物の名前だ。 言われてみれば確かに琴を持っている。
懐かしい。
初めて見たはずなのに、懐かしいと感じる。何か、重要な事を忘れているような……そんな気さえしてくる。
ページをめくると、グロい色の目や口がついたプリンのようなものがあった。
『スライム』。
なるほど、なんとなくそう分かる。
更にページをめくっていくと、やはり同じようにイラストがあってそれぞれに『レギオン』『ジャアクフロスト』『オセ』『デカラビア』とある。
一気にページを飛ばす。
ちょうど栞のあるページへ。
本来なら何ページ目かを示す数字があるところに、『死神』とあった。
「……タナトス?」
真っ黒な、顔に獣の頭蓋骨のような白い仮面をつけた男……男? の、イラストだった。
肩から鎖が伸びて幾つもの棺桶に繋がり、反対側の肩に繋がっている。
タナトスは確か、ギリシャ神話の死を司る神。なるほど、だから『死神』なのか。
これも、懐かしい。
なんとなく昔馴染みの友人に会ったかのような懐かしさを感じる。
ただのイラストのはずなのに。

他のページを捲って気がついたのは、此処にあるのは全て『実在しない生き物』のイラストだという事だ。
ただの動物ではなく、神話関係の。
しかもギリシャ神話のみではなく古事記やケルト神話からの出典。
ジャンルは『神話』と括れるが、それにしては大雑把だ。
セタンタとクー・フーリンは同一人物のはずなのに全く違う場所にあるし、スサノオまでつけるならイザナギやアマテラスなどをつけても良いはずだ。
作者のこだわりだとしても意味が分からない。
それにこの『愚者』や『魔術師』などの、まるでタロットカードのような分類は何なのだろう。『節制』や『正義』にはおおよそ分かりやすい共通点があるのだが、他がよく分からない。
この本は一体何の本だろうか。
…………。
…………。
とんでもなく、大切な事を忘れている。
そんな気がする……。

本の最後のページには、ただ一言があった。
『宇宙(ユニバース)』。
そこから先には何も無い。
……ユニバース?
何処かで聞いたような……。
頭の中でいくつかの単語がひらめく。

宇宙。
空。
太陽。
星。
月。
影時間。
囚人服の子供。
シャドウ。
ワイルド。

…………。

月までは分かるが、その後の単語は宇宙に全く関係無い。
子供は何だろう。 名前が宇宙(そら)くんだったとか?
違う気がするけれど……。

でもこの単語には妙な引っかかりがある。「あれ、転校生じゃん」
ふと声をかけられた。
今まで本に集中していて全く気付かなかったが、屋上に人が来ていた。
思わず本を鞄の中に隠す。
そこに居たのは少し見覚えのある四人だった。
緑の服と赤い服の女子生徒二人。
茶色の髪にヘッドホンの男子生徒一人。
そして。
「……鳴上」
「?」
今年度一人目の転校生、鳴上 悠がそこに居た。




[39078] 第二話、昼の屋上に
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/16 21:36
「もしかして知り合いか?」
ヘッドホンの男子が鳴上に聞く。
鳴上は否定の意味をこめて首を振った。
……しまった、怪しまれている。
怪しまれても何も問題は無いはずだが。
でも必死に理由を探した。
「同じ転校生だって他の人から聞いたから……名前を覚えていて」
「あー、なるほど」
緑の女子が納得したように頷く。

彼らの手にはインスタント食品がある。
良い匂いだ。
此処に食べに来たのだろうか。
「もしかして此処、君たちの場所だった?」
じゃあ退くよ、と腰を浮かせるとヘッドホンの男子が「いいっていいって」と戻させた。
「俺らも此処、座っていい?」と、むしろ率先して座ってきた。
屋上は僕一人が使っても、あと一クラス分の人数が使っても余裕なスペースがあるのに。
やはり彼らも『転校生』が珍しいのだろうか。
「どうぞ」
彼らに興味があるのは、僕も同じだった。
こうやってすぐ近くまで来てなんとなく分かる。
彼らからも、鳴上 悠と同じ何かを感じる。
ただ『それ』を鳴上 悠から特に強く感じるだけで。
この感覚は何だろう。
どこか懐かしいような……。
思い出せないのがつらい。

あいつもこんな感じだったのか?

……誰だ? 『あいつ』って。

「お前、えっと……有里だっけ? 俺花村 陽介」
「私、里中 千枝。 こっちが天城 雪子ね」
「……こんにちは」
緑の女子の後ろに何処か控えめに赤い女子が立って、軽く頭を下げた。
「よろしく。 花村君、里中さん、天城さん、鳴上君」
すると花村君が変な顔をした。
「『君』なんかつけるなって」
「ああ、なんだかむず痒いから」
鳴上君も同じような顔になった。
「花村と、鳴上?」
「ああ」
……名前は覚えた。
けれど、名前を聞いても何かを思い出すという事は無い。
彼らの所持品に見覚えがあるのか?
…………特に無かった。
というより統一性が無い。
ごく普通の学生らしい格好だ。
僕は一体彼らに何を期待しているのだろう。
ずっと感じている違和感を解く鍵になるのだろうか?
「さっきなんか凄そうな本読んでたよね。 何の本?」
……やはり見られていた。
当たり前か。
でも改めて出して見せるというのは、なんだか違う気がした。
「……ドグラ・マグラ」
もうちょうど違う名前を言えば良かった。
「毒……なにそれ?」
里中さんが首を傾げる。
それに対し、鳴上君が答えた。
「ドグラ・マグラ。 夢野久作の、確か日本三大奇書のひとつ……だったな」
「当たり。 興味があったから」
本当は全然違うから、出して見せる事はできないけれど。
「そろそろ、出来たのじゃないかな」
「あっ、伸びる伸びる!」
蓋をぺろりと開けた。
そういえば昼食を取っていない。
でも全然お腹がすいていない。
体調不良というわけでもないのに。
「有里って、なんでこっちに来たんだ?」
「そうそう。 こんな時期にさ、珍しいよねー」
二人の視線がこっちに向いた。
「親戚の都合で、引っ越す事になったんだ」
その『親戚』が何処に居るのかは知らないけど。
「親戚? ってことは、鳴上君とおんなじ?」
同じ?
鳴上の方を見ると肯定するように頷いた。
「親が外国で仕事をする事になったから、叔父さんの家に」
なるほど、その叔父さんの家に来たのが今年の四月という事か。

でも『同じ』じゃない。
僕の場合は……親と一緒に引っ越しという事は無かった。
親戚から親戚への盥回しだ。
そんな事、言う必要は無いけれど。

「有里で三人目になるんだよな、転校生」
「しかも三人目も都会から」
「……確か花村も都会からの転校生、って聞いたけれど」
去年だが、都会から花村 陽介が引っ越しをしてきた。
それからの鳴上 悠で、僕。
「やっぱクラスの奴から聞いたか。 親父がこっちで仕事する事になったからな」
親に連れられて、か。
「こんな中途半端な時期に転校なんて、大変だよね」
天城さんが言う。
「でもさ、中間がこの前終わったばっかだからラッキーじゃん?」
「天城、また学年一位だったよな」
「勉強したら取れるよ」
はっきりと言った。
確かに学年一位くらいは勉強をすれば取れるけれど。
「事件とか家の事とか色々あったのによく取れるよ」
「事件?」
町を見たところ都会ではなくむしろ地方のようだが、地方の事件といえば……盗み? 強盗?
「あ、有里は最近引っ越してきたばっかだからあんまり知らないか。 最近有名だろ、連続殺人事件」
……知らない。
「テレビはあまり見ないから」
時価ネットたなかなら見るけど。
あの特徴的な音楽は忘れられそうにない。
「げ、知らねーの? かなり有名だぞ、事件……」
どうやら呆れられたようだ。
「連続で二人も吊されてるんだって」
「……吊る?」
人間を?
吊る?
殺人?
「霧の朝、テレビのアンテナや電柱に人間が吊されて殺されているんだ」
鳴上が補足する。
「死因は不明、被害者は今まで二人。 最近不倫騒動で有名だった山野アナと……小西センパイ」
花村の声のトーンが下がった。
『小西センパイ』という事は此処の三年生か、それとも卒業生か。
おそらく仲の良い知り合いなのだろう。

それにしても僕は『最近不倫騒動で有名だった山野アナ』の事も知らない。
いくらなんでも有名なニュースなら知っているはずなのに。
最後にテレビを見たのはいつだっただろう。
確か……社長がテレビであの歌を歌っていたところだったような。

「その事件と天城さん。 何か関係が?」
聞いただけでは接点が無い。
「えっ」
「あっ、それは」
何故か里中さんと花村が慌てた。
里中さんは天城さんの方を見て何かアイコンタクトを取ろうとしている。
「天城の家は天城屋旅館っていって老舗の旅館で、山野アナが最期に泊まっていたんだ」
「それで警察とか、テレビの取材がたくさんあったの」
「そうそう、そうなの。 事件ってそういう事」
里中さんが必死そうに頷いた。
何をそんなに必死になるのだろう。
何かを、隠している?
言いたい事はなんとなくよく分かったけど、それなら『事件と家』と分ける必要が無いような。
そういう事は『家の事情』に含めてしまったほうが早いような。
まあ人と人の考え方に違いがあるのは当然だから、どうでもいいか。

…………?

個人と個人でならともかく、四人全員が把握しているのは何だろう。
やはりまだ何か隠している事があるのだろうか……。

…………今日初めて会った転校生に、そんな事は喋らないか。




[39078] 第三話、単刀直入
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/16 21:40
放課後、いつもの四人で特捜本部に向かった。

ジュネス屋上のフードコート。
此処が、稲羽市連続殺人事件特捜本部。
天気はそこそこ晴れているから雨の心配は無い。
昨日雨が降ったせいで椅子が少し濡れているのが気になったが。
「――で、」
里中 千枝が最初に発言をした。
「情報、集まった?」
「ぜんぜん。 商店街の人からあんまり話聞けなかった」
お手上げ、というように花村 陽介が両手を挙げる。
陽介はジュネス稲羽支店店長の息子で、商店街にシャッターが多くなった理由の半分はジュネスに客を取られてしまった事から商店街の人々に恨まれている。
だから話を聞こうにもそのせいで聞けなかった。
「完二くん、昔はああじゃなくてすごく優しい子だったんだって。 お父さんやお母さんに似て裁縫が得意で……でも突然、ああなったって」
「裁縫が得意って変わってるな」
男が裁縫。
しかもああいう見た目で、実は陰で裁縫をしているというのはなかなか想像できない。
「もしかしたらそれかもしれない」
ずっと黙っていた鳴上が口を開く。
「『それ』?」
「前に巽 完二と喋っていた少年から、『コンプレックスがある』と聞いたんだ。 もしかしたらそれがコンプレックスなのかもしれない」
「あの見た目で……違うか、男が裁縫だから、コンプレックスとか?」
「たぶん」
だとすると、意外に根は繊細なのかもしれない。
「クマに報告するか」
「ああ。 ……これくらいしか無いけどな」




「……犯人の目的って、何だろうね」
電化製品売り場への道のりで、雪子がそっと目を伏せながら言う。
殺人まではならなかったが雪子も被害者の一人だ。
もしもあのまま『あそこ』に放置していたら、他の被害者と同じように死んでいただろう。
「さあな。 目立ちたいとか?」
「そんな理由で人を殺すなんて……」
理解出来る理由での殺人はとても少ない。
根底にどんな高尚な理由があったとしても、殺人は殺人だ。
「こういう時、時期外れの転校生が怪しかったりするんだよね」
「実は犯人の知り合いだったとか」
「分かる分かる」
「おいおい相棒までそれ言うか、つか何処の知識だよ」
「「映画」」
二人同時の返事だった。
陽介は大袈裟な溜め息を吐く。
天然なのかわざとなのか、自分より成績の良いこの友人は時々ボケる。
突っ込み要員は、陽介だけだ。
「有里は違うだろ。 なんにも知らないのがかえって怪しいけどな」
「いくらテレビ見ないからって、殺人事件すら知らないなんて」
どこのメディアも稲羽市連続殺人事件についての話題で持ちきりだ。
興味が無くても名前くらいは聞いた事があるだろう。
此処に引っ越してくるのなら、それは知っているはずなのに。
「マヨナカテレビの事も、知らないみたいだ」
昼休み、一緒に居たのでなんとなく聞いてみた。
『マヨナカテレビって知っているか?』。
反応は『学校の七不思議?』。
明らかに知らない反応だった。
「彼は白だと思う」
「ああ、あいつはただの転校生だな。 ちょっと変わってるけど」
「なんていうか、仙人みたいな? どっか違うところに居そうな感じ」
「千枝、仙人って……」
だが言い得て妙だった。
壁がある、というのではない。
どこか違う場所に居るような、たとえば人間より一段上に居るような感覚。
同じ人間のはずなのにどこかがズレている。
「変わった本読んでたよね。 毒が枕」
「ドグラ・マグラ。 ……でもあの表紙、どこかで」
ちらりと見ただけ。
彼は悠達に気がついた時、すぐに仕舞ってしまったからよくは見ていないけど。
どこかで見た事があるような……。
「ドグラ・マグラの表紙なんじゃねーの?」
「分からない。 でもどこかで似たものを見たような……」
不思議な青い色の本。
どこかで見た事がある。
だがそれが何処なのかは、悠には思い出せない。
「あ、見てテレビの前に人が居る」
電化製品、テレビのコーナーの近くに来たとき、千枝は言った。
普段は居ないところに珍しく人が居る。
「うちの生徒?」
やや猫背気味な、青い髪の生徒。
悠達が『使う』大きなテレビを、じっと見ている。
「あれ……有里じゃないか?」
噂をすれば影が差す、ではないが、噂の張本人がそこに立っていた。




――――――――――――――




困った。




放課後になって解放されたのは良いが、どこに帰るべきなのか分からない。
ホテル?
マンション?
アパート?
一軒家?
学生寮?
僕はどこに帰るべきなのだろう。
気がついたら教室の扉の前に居た。
だから何処から来たのか全く分からない。
途方に暮れてしまった。
町を歩いても何も分からないし思い出せない。
そもそも八十稲羽なんて地名も知らない。

手元にあるのは鞄、イヤホン、学生証、財布、ノート、筆記用具、謎の本、見慣れた携帯。
……全く分からない。
財布の中に入っているのもいつの間にこんなに貯めたのか十万と小銭が少し、ちょっとしたカード類。
携帯にはプロフィールがあるものの、まともに僕を証明するものは学生証しかなかった。

学生証を見る。
有里 湊。
1994年、一月三十一日生まれ…………?
1994年?
僕が生まれたのは1992年だ。
???
道をちょうど警察らしき人が歩いていたので、今が二千何年か聞いてみた。
相手には不審がられたが、なんとか答えてもらった。
今は、2011年だという。
そんなはずがない。
1992年生まれなのに2011年の段階で留年でもしない限り高校二年生になれるわけがない。
本当に今が2011年なら、僕は大学一年生。 でなくても社会人。
なのに、どうして?
どうして僕は高校二年生なんだ?
年齢も、まだ十六……。
分からない。
さっきからある違和感、この年齢の矛盾。
僕は何なんだ?
まるで一人タイムスリップをしてきたみたいじゃないか。
一人だけ違う時間を生きているような、そんな……違和感。

分からない。
分からない事だらけだ。

携帯のメール欄を開く。

最後に来たメールは、2009年。
十二月、三日。

……2009年、十二月三日?

未来だ。
未来からきている。
いいや、今が2011年だから過去になるのだけど。
でも僕からすれば未来だ。

差出人は……。
もちづき、何と読むのだろう。
あやとき?

件名は無く、本文だけ。
『ごめん』
たった一言だけ。
それ以前の受信メールは、携帯会社からのメールなどだった。

送信メールを見る。
最後のメールへの送信内容は、『僕は納得していない』。
おそらくあのメールはこれに対する返事だろう。
それ以前のメールも、数が少ない。
勉強が、試験内容が、グルメが、試合が。
……どれも身に覚えが無い。
未来の、話。
そのはずなのに、どこか心に引っかかる…………。

着信履歴を見る。
アイギス、桐条美鶴、伊織順平、伊織順平、アイギス、エリザベス、アイギス……。
妙に女性の名前ばかりだ。
この二番目の桐条とはまさか、あの桐条?
そこそこ珍しい名字だが、まさかそんな。
最後に来た電話は2010年、一月にアイギス。
アイギス?
誰だろう、外国人?

電話をかけてみようとしたが、携帯は解約されているのかネットに繋がる事は無かった。
……近くに公衆電話がある。
小銭も沢山ある。
かけてみよう。

僕はすぐに電話ボックスの中に入り小銭を入れ、一番上にある名前の『アイギス』の電話番号を入力した。

誰かに繋がってほしい。
誰かに繋がって、この意味不明な状況を教えてほしい。
ボタンを押す指に力が入る。

『――おかけになった番号は、電波の届かない場所にあるか、電源をお切りになって――』
小銭が落ちてきた。
「…………」
二年も経っていれば当たり前か。
胸に灯った希望が一気に消火された気がした。
念のために、他の番号にもかけてみる。
桐条美鶴……。
ボタンを叩く指に力が入らない。
今度は交信しているらしい音が入る。
ぷつん、と受話器を取るような音がした。
『――――ただいま留守にしております』
…………。
失望が胸に広がる。
とても、虚しくなった。
僕は何を期待しているのだろう……。
でもまた、ボタンを押さずにはいられなかった。
伊織 順平。 おそらく男。
ぷつん、とまた受話器を取るような音がする。
『――もしもし伊織です』
心臓が早くなった。
女性の、少し高い声だ。
……彼女か恋人か妻か?
なんでもいい、誰かに事情を説明してもらいたい。
『ただいま順平は留守にしています。 ファックスの人は送信して、電話の人は後から続く音に合わせて名前と用件をお願いします』
……留守番電話だった。
機械的な音声ではなかったから期待したのに。
ただの録音だった。

全身の力が抜けた気がした。
……もう希望が持てない。
持てる気がしない。
仮に、此処で用件を言ったとしてもこちらが電話ボックスだからかかってくるとは思えない。
「……有里 湊です」
それだけ言って、電話ボックスを出た。
落ちてきた小銭を拾う気にもなれなかった。

元の場所に戻る。
誰でもいいから教えてほしい。
僕は何なんだ?
どうして僕は、此処に居る?
分からない。
まったく、訳が分からない。

『――――霧が』

……?
頭の中で一瞬声がした。
空耳かもしれない。
気のせいだ。

『――――全ての人間が、シャドウに』

…………?
シャドウ?
そういえば昼もシャドウという単語が出てきたような……。

思いつく単語を全て並べてみる。
簡単だ、連想ゲームみたいなものだから。
「……月」

月。
空。
満月。
緑色。
死神。
死。
黒。
闇夜。
影時間。
一日と一日の間。
囚人服の少年。
契約。
署名。
我、いかなる……を受け入れ……。

…………。

いかなる、何を受け入れようとしたのだろう……?
思い出すにしてはあまりに酷い単語だった。
もっと現実的な単語は出てこないのか。
これじゃあファンタジーだ。
ファンタジーのようだ。
鞄の中にあった謎の本を引きずり出し、開く。
栞を引き抜く。
昼間は特に気にしなかったが、この栞はとても豪華だ。
白銀色の細工が入っている。
こんな綺麗なものは、僕のものではないと思うけれど。
でもこの本に挟まっていて、かつこの本が鞄の中にあったという事は……僕のもの?
栞なんて持った覚えが無いのに。
もしかして、誰かから借りた本とか?
誰から借りた本なんだろう……。

…………。

やる事が無くなってしまった。

僕は一人で溜め息を吐いた。
帰る場所も分からないし時間がおかしいし自分の事がよく分からないし。
おかしい事ばかり。
僕一人が、おかしい。
自分の事なのに分からない。
せめて時間の謎だけでも解きたい。
今が2009年春のはずなのに、2011年春の理由を。
この理解出来ない記憶の空白の理由を。
僕が、何故か高校二年生である理由を。

分からない事が多すぎて頭が痛い。
「――――テレビ見た?」
「見た見た!」
すぐ近くを学生が通る。
違う学校の制服だ。
「あれ、凄かったよね……。 顔怖いのになんかキモかったっていうか……ホモ、カミングアウト?」
「つーか、アレ、八高の奴だって。 ダチが八高なんだけど、どうもそこの巽 完二っていうゾクの奴らしいぜ」
「ええっ、ゾクでホモって……ヤバい、属性凄くない? これで後は小動物好きだったらチョー萌える」
「……トモちんのそういうオタッキーなとこ、俺好きだぜ」
二人はいちゃいちゃしながら通り過ぎた。

…………テレビ?
そういえば今日の昼にテレビの事を聞かれたな。
マヨナカテレビ……か。
変わった名前だ。
それに、さっき言っていた『巽 完二』。
担任がそんな名前を口走っていた。
八高が僕が所属している八十神高校の事だとすると、そのゾクらしい巽 完二くんがテレビに映って、ホモを暴露しているのか。
……恐ろしいバラエティー番組だ。
「…………」
マヨナカテレビ。
学校の七不思議の一つかと聞くと、それは違うらしい反応があった。
だとするとやっぱり番組だろう。

マヨナカテレビというのが、その巽 完二くんが映る番組だとするとイマドキの若者の中ではそれが流行っているらしい。

……テレビか。
あまりアテにはしていないけれど、情報収集も基本だな。

目の前には大型デパートがある。
名前は……JUNES、ジュネス。
聞いた事はある。
此処にも支店があるのか。




――――――――――――――




ジュネスの電化製品売り場。
やっぱり品揃えはそこそこある。
エアコンに冷蔵庫に携帯…………。

携帯が……薄くなっている。

僕の中で衝撃が走った。


ドラマでよくある。
タイムマシンに乗ってやってきた侍がテレビを見て、『箱の中に人が居る!』と驚く場面。
あの侍も……こんな気持ちだったのか。
まさにお手上げ侍だ。


……上手くなかった。



テレビではニュースが流れている。
稲羽市の連続殺人事件。
死因は不明、犯行も不明。
何故か電柱やアンテナに吊されていた。
確かに有名な話のようだ。
ニュースでは評論家が捜査が全く進展しない警察を遠回しに詰っている。
警察でも原因の分からない、謎の事件。
そういえば前にもそんな事があったような。
事件じゃなくて、病気で……。
何だっただろう。
かなり最近の出来事のような気がする……。


それにしても、テレビも随分と薄型になってきた。
昔はブラウン管のテレビを見て、中に入れるんじゃないかと思っていたけど。
こんな薄型ではそれは無理そうだ。
一番大きなテレビは、人がそのまま走って突っ込めば飛び込めそうな大きさをしている。
別の意味で入れそうだ。
今更、本当に入れるなんて思っていないけど。
画面は大きく、厚さは薄く。
随分と違う時代になった。
たった二年なのに。

「なんかお探しですか?」
突然声をかけられた。
最近『突然』声をかけられてばかりだ。
振り向くと花村が居た。
「……どうして君が此処に?」
見ると奥に昼の残り三人が立っている。
「此処、俺んちだから。 一応」
「…………ジュネスに住んでいるのか」
それは大変そうだ。
「違う違う。 ほら昼言ったろ、親父の仕事でって。 親父が此処の支店長になったんだよ」
「なるほど」
結構金持ちらしい。
そんな感じではなかったけれど。
「そういう有里は、テレビを探しに来たのか?」
鳴上がそばに来ていた。
「いや、僕は……」
カルチャーショックを受けていました。
なんて言えない。
「…………その、殺人事件の事知らないから……テレビでやってるかなって」
「なるほど」
口ではそう言いながらも何処か疑いを感じる。
一体何を疑っているのだろう。
まさか僕が殺人犯、とか?
こんな時期の転校生だから?
……嫌だ、ありえそうだ。
「なあ、有里。 素直に答えてくれ、お前本当に知らないのか?」
「何を?」
「だから、その……」
花村が口ごもる。
何故そこで困るのだろう。
「お前が事件の犯人か?」
「はっ?」
……変な声が出た。
「おい鳴上」
単刀直入な発言をした鳴上を、花村が諫めようとしている。
……本当に単刀直入だった。
もし僕がナイフを隠し持っていたら、どうするつもりだったのだろう。



[39078] 第四話、装備は鼻
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/16 21:46
「……僕が、犯人?」
単刀直入だ。
まさか、正面から聞くか?
僕が犯人だったら、反抗してナイフでも持って暴れたら、どうするつもりだったんだ?
単刀直入すぎてびっくりした。
でも残念、僕は違う。
…………自信が無いけど。
「どうして?」
「この時期に転校するから」
「………………」
そんな理由……?
たったそれだけの理由で僕は疑われているのか?
「……僕はやっていない。 人を殺すなんてできない」
今までそんな事、やった覚えが無い。
そうまでして殺したい人間なんて居ないし、居ても出来ない。
「あー、あんまり気にしなくて良いからな?」
「そうそう。 田舎ジョーク? みたいな?」
花村が里中さんと一緒になってフォローをしてくる。
良いコンビだ。
「ああ、冗談だ」
…………鳴上のキャラクターが、全く掴めない。

『おおっ、センセイの声がするクマ!』
「えっ」
今の声、どこから。
『クマ会いたかったクマよー、さっきからおかしくて……』
どこからするんだろう。
方向からして……テレビ?
「あっ、バカっ!」
花村が声を上げた。
「……今の声は?」
「俺の特技! く、クマ、寂しかったクマー!」
無理やり裏声を出す花村。
「そうそう、花村の特技! 花村こんなところでやらないでよ有里君びっくりしてるじゃん!」
「悪い悪いびっくりさせたな! クマ悪い子クマ!」
無理やり無かったことにしようと二人はへらへら笑った。
怪しい。
全然似ていない。
「えっ、花村君そんな特技あったの?」
天城さんがトドメを刺した。
驚いている。
一人よく分からなかったらしい。
「そうだクマー! そんな特技あったクマー!」
「わー面白い面白い」
……二人、とてもよく頑張っている。

『ちょっとヨースケ、全然似てないクマよ』
花村の努力が水の泡になった瞬間だった。

「まさか、テレビが喋っているとか?」
有り得ないとは思うけど。
……いや、まさかそんな。
有り得ない。
有り得ない事だ。
「……最近のテレビは、凄いな」
まさか音声を認識して喋るなんて……。
マイク機能があるのか?
キャラクターまで設定してあるとは。
時代は青い狸に向かって進んでいる。
「あ」
「……?」
二人が固まった。
……どうしたのだろう?
「……これ、テレビの機能じゃない? のか?」

すると花村は、明るく笑って田中社長のごとく喋りだした。
「――――そうそうそう! これ声を認識して喋るんだよ! 八チャンネル見たいって言ったら八チャンネルが映るし、十チャンネルが見たいって言ったら映る! 名付けてクマテレビ! 本当は俺らだけの秘密だったんだけど、な! 鳴上!」
「ハイカラだろ?」
「……だね」
二人……と言うより、花村の態度がわざとらしくて嘘に見えてきた。
『ヨースケは一体なーにを言ってるクマ?』
「頼むから黙っててくれよクマきち!」
……必死だ。
まさかこの中に、クマ的な何かがいるような気がしてきた。
こんなにおしゃべりならすぐにバレそうなんだけれど。
それに売り物なのに、人物を認識してしまって大丈夫なのか……?
「……まさかとは思うけど、中に誰か居る?」
「まっさかー! テレビの中に人が入れるわけないでしょ?」
「うん、普通考えられないよ」
今度は女子二人で言い訳を始めた。
もう言い訳にしか聞こえない。

……小さい頃に憧れた。
テレビの中に入る事。
テレビの中でヒーローみたいに活躍をする事。
夢を見るのは、もうやめたけど。

「…………」
ちょっとした好奇心。
テレビの画面に触ってみた。



……………………。



何も起こらない。
ただの硬い液晶画面だ。
一体何をやっているんだろう、僕は。
「……有り得ないか」
「だろ?」
花村の安心したような声。
僕はテレビの画面から手を離した。
人間がテレビの中へ、なんて意味が分からない。
テレビの中に異世界があったとしても、きっと良い世界でもないだろう。
でも、もしもその世界が僕の謎を解き明かしてくれるのなら。

『――けれど、あなたがそう仰るのなら』

……?

『何処までも、お手伝いさせていただきます』

頭の中でまた空耳がした。
誰だろう。
今のは女性の声だった……。 どこか懐かしい。
誰の声なのか全く思い出せないのがつらい。
もう一度、テレビの画面に触れてみた。

指先が画面に触れない。
画面があるはずなのに、画面の向こうへ通っている。

「えっ、ウソだろ!?」
「入れるの!?」
周りが驚いている。
手はもっと奥に容易に入るようだ。
この画面の大きさなら、身体全体が入るのかもしれない。
「! 人が来た!」
天城さんの声。
右側から人の気配がする。
「あぁぁこんな時に限って! 入るぞ!」
僕は、背中を誰かに押されてしまった。




――――――――――――――




幾つもの輪をくぐり抜けたような感覚がする。
目を開くとそこは、黄色の世界だった。
霧のようなものが深くてよく分からないけれど。
背後には昔懐かしのブラウン管テレビが三つ置いてあった。
「むむ? 誰クマ?」
目の前に謎の着ぐるみ。
たぶん首回りに胴体と分離出来そうなジッパーがある。
赤い服を着た、青い毛並みの……何だろう。
……クマ?
耳はそれらしいけれど。
此処のマスコットキャラクター、とか?
「センセイの仲間クマ?」
喋っている……。
口が、動いている……。
有り得ない。
こんな生き物有り得ない。
こんなにもデフォルメされたような、アニメや漫画の世界から出てきたような着ぐるみのようなものが、口を動かして動いているなんて。
有り得ない。
こんなのが生物のはずがない。
色々と間違っている。
そう、間違っているんだ。
多分これは夢だ。
「色々あったんだ」
鳴上の声。
探すと、なんとなくそれらしい姿があった。
他にも里中さん、天城さん、花村の姿もある。
一番近くに居るのは里中さんだ。
何故か眼鏡をしている。
「むむ……変わった人クマね」
着ぐるみが僕を見ている。
口がしっかりと動いている。
「あっ! もしかして、キミが犯人クマね? センセイたちが連れてきたクマね?」
「……違うけど」
「クマ、彼はただ一緒に入ってきてしまっただけなんだ」
「センセーがそう言うならそうクマね」
……何なのだろう。
この着ぐるみは。
それにこの世界……。
「この場所……世界? は、何?」
「ここはテレビの中の世界だ」
花村の声。
「もしかして俺らが一緒だったから入れたのか?」
「そうかもね……」
里中さんの声。
どうやら里中さん以外の三人も、眼鏡をしているようだった。
色や形は様々だけど。
ついさっきまでしていなかったはずなのに……。
「此処は危険だから帰った方が良い」
鳴上はそう言って僕の後ろにあるテレビを指差す。
「あそこから帰れるから」
「君たちは、帰らないのか?」
「私らは此処でやる事があんの」
……やる事?
「『危険』なのに?」
「危険だけど私らじゃなきゃ出来ないから。 有里君は危ないから帰った方が良いよ、あっでも此処の事は他の人には秘密で」
足手まとい、と言いたいらしい。
事情は全く分からないけれど彼らは僕を帰らせたいみたいだ。
「どうでもいい」
心底どうでもいい。
「僕はまだ帰らない」
この世界は謎の世界だ。
もしかしたら、僕の謎を解いてくれるかもしれない。
こんな意味不明な世界なら、きっと僕の謎を解いてくれる。
今は藁にもすがりたい。
なのに帰るなんて、絶対に出来ない。
「遊びじゃないんだぞ!? 俺らは有里の事守れるわけじゃない、下手したら死ぬ」
「でも残る。 君たちが僕を追い出しても、僕は何度でも入るから」
何を言われたって帰らない。
此処に何かある。
そんな、気がするから。
「それに僕はもう……」
僕はもう、何だろう。
何を言おうとしたのだろう。
言おうとしたのに、思い出せない。
「『もう』なんだよ」
「もう、来てしまったから。 何も知らないで帰るなんて出来ない」
連れて行ってくれないなら暴れてやるとか言いふらしてやるとか、そういう常套句を言っても構わなかったけれど。
『危険』なところにわざわざ行くのだからその危険に対抗するための準備はあるだろうし、言いふらしても『テレビの中にある世界』なんて誰も信じない。
「……分かった」
「ちょっ、鳴上君!?」
「その代わり絶対に離れない事、もし危なくなったら逃げる事」
「分かった」
許可が出た事に内心安心した。
どうして来られたかは分からないけれどこんな霧の中じゃ皆が行った後に入って、迷わない自信が無い。
こんな世界で一人で彷徨く方が危険だ。
山登りだって同じ。 専門家が居た方が良いに決まっている。
……一応、勝手に入るのは本気だったけど。
「じゃあコレ、渡しておいた方が良いクマね」
ぴょっこぴょっこと、まるで何処かの国民的アニメに出てくる子供のように意味不明な足音を立てながら着ぐるみは近付く。
手には眼鏡。
……眼鏡?

かけてみると、世界が一気にクリアになった。
霧が晴れて見える。
だから皆眼鏡をかけているのか。
黄色のよく分からない場所だと思っていたけれど、此処はまるでテレビの収録場所のようだ。
カメラは無いけど。
「――――ぷっ」
……天城さんが余所を向いてしまった。 肩が震えている。
そんなに変か……この鼻メガネ。
確かにネタとしか思えないけれど。
ネタ装備……アリだな。
「クマきち、他に何か無かったのか?」
「突然だからこれくらいしか無かったクマ。 ちゃんと作っておいたクマよ」
「なんていうか、みょーに似合ってるのが怖いっていうか、でもどっかバランスおかしいっていうか……」
「ハイカラだな」
「この眼鏡、僕は好きだよ」
ネタは好きだ。
水着で突撃するのもバス停で突撃するのも好きだ。
やった事、無いけど。



[39078] 第五話、ワイルドに寒気
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/17 23:39

「……君って、何?」
特徴的な足音を立てる。
擬音としてはピコピコとかそういうのが当てはまる、現実的に考えておかしな着ぐるみに僕は聞いた。
「中に誰か入ってる?」
「そいつの中身は空っぽだぞ」
花村が言った。
「空っぽって……何も、無い?」
鳴上と花村の頷きは肯定だった。
中に誰も居ない。 機械も無い。
骨も肉も無くて?
それは生物として成り立っているのか?
「クマは自分が何なのか分からないクマ」
見た目は着ぐるみ。
中身は無い。
そんな生物の事なんて僕は分からない。
「……分かるよ」
でも、自分が分からないというのは分かる。
僕も同じだ。
僕も自分が分からない。 自分が何故此処に居るのか、何も。
「今は分からなくてもいつか分かるから、諦めず探せば良い」
「ああ、一緒に探そう」
「センセイもミナトも、良い人だクマね」
鳴上のそれは善意と好意。
でも僕は……ただの、自己満足だ。
自分の事も分からない。 状況も意味不明。
だから、自分よりも意味不明なものを見て安心しているだけ。
良い人なんかじゃないと思う。

「着いたクマ」
辺りが曇っている。
眼鏡をかけてから霧は見えていないからこれは霧じゃなくて、湯気?
どこか蒸し暑い。
目の前の建物もまるで銭湯のような雰囲気をしている。
入り口にかけられた暖簾には『男』とだけ書かれていた。
「ここ、銭湯だよな……?」
「銭湯だな」
でも何処かおかしい。
違和感がある、というか……。
鳴上は軽く息を飲んでから、暖簾をくぐった。
僕は最後。 クマの後に続く。
そこは脱衣場のようなところだった。
『男』の暖簾をくぐったのだから男専用だろう。
さっきから暑苦しくて仕方ない。 いっそ脱ぎたいくらいに。


――僕の可愛い仔猫ちゃん……。

どこか艶めかしい音楽が辺りに響き、男らしい低音の声がする。

――ああ、なんて逞しい筋肉なんだ……。

今度は、先程のより少し高い男の声が聞こえる。
……筋肉?

――怖がる事は無いんだよ……。

最初の声。
会話がおかしい。
おかしすぎる。
背筋が、寒い。

――さ、力を抜いて……。


僕の中にあった服を脱ぎたいという欲求が静かに消えた。


「ちょ、ちょっと待て! い、行きたくねぇぞ、俺!」
花村が慌てた。
僕も男として危険を感じる。
行きたいと言った手前後には引けない。 引けないが、これは無理だ。
僕は、僕たちは開いてはいけない扉を開こうとしている。
「ねえ、本当にここに完二くん居るの?」
天城さんが言う。
クマの返事はYESだった。
「でも、なんだか様子が変なんだクマ。 中のシャドウたち、何かに怯えてるクマ」
「俺らが来たからじゃねーの?」
「センセイたちが来る時は『敵が来た』って警戒してるクマ、でもなんだか今は『怖いものが来た』って感じに怯えているんだクマ」
『怖いもの』?
それより、シャドウ?
今シャドウと言った?
「シャドウ?」
「この世界の住人で……敵、みたいなものだ。 こっちを敵だと思って攻撃してくる」
鳴上が説明をする。
手には、何処で手に入れたのか刀。
花村はクナイのようなもので、天城さんが扇子、里中さんは何も持っていない。
……武器なんだろうけど、天城さんのそれには物凄く違和感がある。
「此処の霧が晴れた時、現実に霧が立ち込める。 それまでに完二を助けださないと、」
「吊されて、死ぬ?」
頷く。
「霧が晴れるとシャドウはひどく暴れるんだクマ」
連続殺人事件の犯行場所は此処、という事か。
「という事は、君たちはその巽 完二くんを助けようと?」
「あと犯人を捕まえる。 クマと約束したからな」
「センセェ……」
クマが感極まっている。

シャドウ。
その単語はよく知っている。
きっと僕の中の謎を解いてくれるものだ。
どうしてそんなものが僕の謎を解いてくれるのか分からないけれど。
でも時間などが常識から外れてきている今、気にしてはいられなかった。

「……こんな中突っ込めっての……?」
蒸し暑さが更に上昇していそうな扉を見て、花村が嫌そうな顔をする。
僕も嫌だ。
クマは急かすように身振り手振りをした。
「わ、分かったよ。行けばいいんだろ?  ……よ、よし、覚悟決めたぞ……行こう」
花村の身体はまだ固まっている。
踏み出す一歩が重い。
僕だって、こんなつもりは無かった。


中は更に湿気と熱気に包まれていた。
まるでサウナの中に居るかのようだ。
無性に服を脱ぎたくなるほど熱い。
制服の中は汗で濡れはじめている。
「危険って、こういう事?」
時折背中に嫌なものを感じる。
振り向いても誰も居ない。

貞操という意味での危険だったなんて。
死ぬかもしれないのは貞操か。
…………どうでもよくない。
「違う、違うんだよ! 俺らがいつもやってんのは命のやり取りで、こんなアブないやり取りじゃなくって!」
「有里……今から帰っても、良いんだぞ。 男として危険だ」
二人の表情が、今にも特攻をしそうな軍人のようだった。
「自分の選択に責任は持つよ……」
本音を言うと出たい。
まさかこんな意味での危険と隣り合わせなんて思っていなかった。
でも出てしまうと、此処が何なのか、自分が一体どうしてこうなったのか、全部が閉ざされてしまうような気がした。
シャドウ。
せめてそれだけでも見ないと、来た意味が無い。
「だらしないなぁ」
「早く完二くんを助けてあげないと」
女子二人はまだ元気だった。
天城さんは僕を直視してはくれない。
僕を見るたびに勢いよく視線を背けて、肩を震わす。
多分、笑っているんだと思う。
そんなにおかしいか……鼻メガネ。
「にしても、シャドウ全然出てこないな」
廊下を歩き回り、宝箱を幾つか開けても何かが出る気配は無い。
「ずっと何かに怯えてるクマ」
「何かって、何だよ」
それはクマにも分からないらしい。
「有里に、とか?」
……僕?
「なんで……って、そっか。 確実に前と違うのは、有里君が居るって事か」
視線が僕に集まった。
「そういや、俺らが最初に入った時は鳴上が突っ込むまで俺と里中は入れなかったな。 鳴上は?」
「変な声が頭の中にした」
「……有里君、本当に犯人じゃないよね?」
やっとまともに天城さんが僕を見た。
皆の疑いの目が向いている。
「僕は犯人じゃない」
「じゃあなんで入れたんだよ。 犯人はテレビの中に入れる事を知っていて実際に入れる」
「…………声が、聞こえたから」
聞き覚えがあるはずの女性の声。
けれど思い出せない。 あれは誰の声なのか。
「むむ? センセイと同じクマ?」
「空耳だと、思ったんだけど」
僕は大切な事を忘れている。
忘れてはいけない事のはずなのに。
どうしてもそれが何なのか分からない。
「…………」
歯痒い。
分からない事が多すぎる。
周りがおかしいのか?
僕がおかしいのか?
誰も答えてくれないし、誰も教えてくれない。
もしかしたら……僕が犯人なのかもしれない。
犯罪をおかした記憶を都合よく消しただけなのかもしれない。
分からない。 何も。
それが悔しくて仕方ない。

「声が聞こえた? ……まさか本気で鳴上と『同じ』じゃないよな」
「『同じ』?」
皆が入れたのは鳴上が入ったからで、鳴上は声が聞こえたから入る事が出来た?
つまり鳴上は変わったパターンで、僕も変わったパターン?
「有里、ワイルドって知ってるか?」
「……野性的?」
「何というか…………伝達力が足りないようだ。 見たら分かる」
……とっても分かりやすい話だ。




[39078] 第六話、熱気と寒気
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/17 23:41

結局、シャドウというものが出る事も無く二回階段を登った。
二回階段を登ったという事は此処は三階。
登れば登るほどにサウナのような熱気は高まって、何処かから聞こえる声が『それ』らしい。
「その『怖いの』が有里君の事だとして、何が怖いんだろ?」
道中、里中さんが言った。
あまりにもシャドウが出ないから、皆も気楽そうな態度。
ただ男子は時々後ろに寒気を感じて勢いよく振り向く。
僕も背中が怖い。
ほとんど気にしていないのはクマぐらいだった。
「有里君、もしかして実は人間じゃないとか」
「人間じゃなかったら何だよ」
「…………シャドウより凄い何か?」
「聞くなよ……」
二人の会話はまるで漫才のようだった。
こういった会話を聞くと、なんだか懐かしい。
僕に無い記憶の中で、そういう事があったのかもしれない。
何も思い出せないのだけれど……。
「シャドウたち、ミナトが来る前から怯えてたクマ」
「なら有里の事じゃないのか」
僕に対し怯える要素は無いと思うけど……。
僕は人間だ。
人間ではない何かだと思った事も無い。
確かに、今は2009年のはずなのに2011年という謎はあるけれど。
でもそれ以前の記憶はしっかりしている。
両親が居て、十年前に二人が交通事故で死んで、親戚のところに行って。
ちゃんと覚えている。
つらい事もあったけれど、覚えている。
…………。

父さんと母さんが死んだのは、本当に交通事故だった?

…………いや、車の中に二人の死体があって、僕が運良く外に放り出されて無事だったのは事実だ。
深夜で僕は眠っていたから詳しくは知らないけれど、その状況で交通事故以外の何があるっていうんだ。

「おろ? この気配……」
木張りの廊下を歩いた先にあった扉を見て、クマは不思議そうな声をあげた。
「もしかしてカンジクンか?」
「此処に?」
先頭を歩く鳴上はノブを握り、皆と視線を交わす。
それから扉を開けた。

扉の中は相変わらずの熱気だった。
霧ではなく湿気が充満している。
でも他と確実に違うのは、そこが他より広い事。
そして、人間が一人立っていた事。
……何故か白ふんどしで。
「やっと見つけた!」
「完二!」
二人が言う。
これが?
いいや、彼が? 巽 完二?
すると突然辺りは暗くなり、同時にスポットライトが点灯した。
妖しい音楽がBGMとして流れる。
「ウッホッホ、これはこれはご注目ありがとうございます!」
振り向いた彼は、外で聞いたように『不良』そのものな出で立ちをしていた。 ふんどしだけど。
髪は染めた金髪、傷があってピアスまでしている、身体もそこそこ筋肉があるようだ。 ふんどしだけど。
顔がやや赤い。 何故かふんどしだからこそ、そのせいでその赤い理由がただの『興奮』と言い切る事が出来なかった。
「さあ、ついに潜入しちゃった、ボク完二。 あ・や・し・い・熱帯天国からお送りしています」
様子がおかしい。
元々おかしかったけど。
「まだ素敵な出会いはありません。 このアツい霧のせいなんでしょうか。 汗から立ち上る湯気のせいで、んームネがビン♂ビン♂しちゃいますねぇ」
言い方が、いやらしい。
バン! とテレビによくあるテロップらしきものが、巽 完二の真上に出てきた。
『女人禁制! 突☆入!? 愛の汗だく熱帯天国』
タイトルから既に妖しい。
これこそ深夜に流すべき内容だ。 そうかこれがマヨナカテレビか。
一体どうやって吊らしているのだろう。
わぁ、と歓声がわいた。
多分これは効果音の一種。
「ヤバい、これはヤバい。 色んな意味で」
「多分後ろを狙われ、」
「それ以上言わないでくれ!」
鳴上に遮られた。
口にすると現実になりそうだからやめておく。
「確か雪子ん時も、ノリとしてはこんなだったよね……」
「う、うそ……こんなじゃないよ」
天城さんの時?
天城さんにも似たような事が?
これの女性版、という事は。
天城さんが水着姿で……ゲイの告白だから前はレズの告白……という事?

何処かから大勢の笑い声がした。
観客が居るようだ。
テレビの中だから笑い声も欠かせない、という事だろう。
ゲイに喜ぶという事は……腐った女子が観客?
テレビ的には視聴者が正しいのだけれど。
「またこの声……てか、前より騒がしくなってない?」
「この声、もしかして……」
どうやら心当たりがあるらしい。
「被害者しか居ないのに誰の声なのか不思議だったけど、外で見てる連中って事か?」
「番組が流れている反響か?」
今この時間にこの内容を放送してしまっている事に問題を感じるのは僕だけのようだ。
今は深夜じゃなくて、まだ夕方の……六時頃?
此処に入った時は五時で、結構な時間を歩いている気がする。
この時間の視聴者は学校から帰ってきた学生がほとんど。
小学生と幼稚園児にはキツい内容だ。
「うわ……今の完二くん見られてるとしたら、こりゃ余計な伝説増えそうだね」
『ゾク』だから暴走族で、結構な『伝説』も重ねているんだと思う。
それを武勇伝と呼ぶか馬鹿と呼ぶかはまた別として、『ゲイ』は強烈だ。
……。
目の前の彼は巽 完二で、という事はゲイなのは本当の事のはずなんだけど……。
「ま、シャドウなんだけど、そんなのふつうの奴には分かんないもんな……」
……シャドウ?
「これが、シャドウ?」
人間にしか見えない。
雰囲気は少し、いやかなりおかしいけれど、人間だ。
『シャドウ』なんて言うから、てっきり人間からとても離れた姿や真っ黒な姿をしているんだと思っていたけれど……。
これは人間だ。
人間の姿をしている、『シャドウ』……。

辺りが突然ざわついた。
今までの歓声や笑い声とは全く違う。
近い場所で見えないものたちが、小声で沢山の言葉を交わしているような煩雑さだ。
何かを言っているのにそれが多すぎて分からない。
まるで波のようにざわめいている。
「シャドウたち、めっさ騒いでるクマ!」
これが、シャドウの声?

「ボクが本当に求めるモノ……見つかるんでしょうか。 んふっ」
巽 完二……のシャドウは、そう言って奥の方を向く。
「それでは、更なる愛の高みを目指してもっと奥まで、突・入! はりきって……行くぜオラアァァ!」
最後だけやたらと逞しい声で走って行ってしまった。
あれが本来の巽 完二だろうか。
走り方も、さっきとは打って変わって男らしい。
「完二くん!」
「あれはもう一人のカンジだクマ……自分をさらけ出そうとしてるクマ」
もう一人の巽 完二。
あれが本音?
自分をさらけ出すという事は、彼は本音ではそんな趣味が?
確かに誰にも言えない趣味……いや、嗜好だ。
「ユキチャンの時より危険な感じ……カンジだけに」

一瞬周りが止まった。
冷えた、というか。

「カンジと……感じ?」
天城さんが反復するように呟く。
肩が少し震えている。
「おおっ、来るか……?」
皆の視線が天城さんに集まった。

「……さむ」

クマが落ち込んだ。
膝まで突いて、かなりショックだったのだろう。
皆が冷たく走り去ってしまった。

「……クマ」
僕は落ち込んだクマに向かって話しかける。
「…………何クマ?」
ショックは大きかったようだ。
少し可哀相だから、僕もウェットに富んだ楽しい会話をして和ませてあげるとしよう。
さて何が良いか……。



「モノレールにも乗れーる」



クマが固まった。
よし、あと一押し。



「ちゃんと歩道を歩きましょう、シャドウは大変危険です」



クマは少しの沈黙を挟んだ。
今日の僕はこっちの意味で冴えている気がする。
悲しい才能だ。
自分でも怖い。



「……寒いクマ」
「…………だろ?」

選択に失敗したようだ。
クマとの悲しい絆を感じる……ような気がした。

 



[39078] 第七話、見えないもの
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/30 01:40
更に進んでもシャドウが出る事は無かった。
巽 完二のシャドウも居ない。


「こうも上手く進めると逆に不気味だよな……」
武器は持っているが出番がほとんど無い花村は大袈裟な息を吐いた。
「この辺りで一回は戦っておかないと、後ヤバいかも」
「全然居ないね、シャドウ」
湯気と熱気が充満した廊下に、僕たち以外の気配は無かった。
「いつもなら此処までに五回以上は戦っているのに……」
「楽なのは良い事だ」
鳴上はそう言って頷く。
「でも、流石にこれはおかしいな……素材も集めたいのに」

歩いても歩いても出ないシャドウ。
幾つか見つけた小さな宝箱や金色の宝箱を開けても道具があるだけ。
シャドウというのが人間の姿をしているという事は分かったけれど、僕たちの他に何かが居る様子は無かった。

「やっぱり完二くんのシャドウとは戦う事になると思うし、経験積んでおかないと」
「でも肝心のシャドウが見当たらないんじゃどうしようも無いな」
そう言いながら新しい扉をくぐる。
そこは廊下でもなく、他の部屋とも違った。 L字の部屋だ。
という事はこの部屋が階段部屋になる。
「階段あったね。 登る?」
「そうだな……」
階段の数から計算すると此処は六階。
ゴールはまだ見えない。
「体力も余裕だから、登るか」
「ああ」
階段の向こうは白く霧に包まれたように先が見えない。
何故だろう、胸がざわざわとする。
向こうに何かが居る……?
「有里、どうした?」
「……大丈夫」
向こうに何かが居る。
そんな予感がする。
これが、もしかしてシャドウ?
やっぱりシャドウは僕に関係しているのか?

階段を登る一歩一歩に力が入る。
「おっ! この感じ……」
階段を登りきった時クマが反応をした。
「もう一人のカンジに見られてるクマ!」
そこは他と変わらない一本道の廊下。
白く遮られて何も見えない。
「ハイ! そこのナイスなボーイ!」
何処かから巽 完二のシャドウの声がする。
姿は見えない。
「キミもボクと同じく更なる高みを目指しているのかい?」
多分僕に向かって言っていない。
言わないでほしい。
「違うクマ! センセイはカンジを助けに来たクマ!」
「ヒュー! ボクを求めてるって? そうなのかい? 嬉しいこと言ってくれるじゃない!」
……間違ってはいないんだと思う。
思うけど何かが違う。
根本的な、前提が違う。
「それじゃあとびっきりのモノを用意しなきゃ! 次に会う時がとても楽しみだ! じゃあ、またね!」
そう言ったきり巽 完二の声は聞こえなくなった。
「…………クマ、先に進むのがちょっと怖くなってきたぞ……」
「……大丈夫だ、俺たちも怖い」
「何を用意するつもりだアイツ……」
二人の声まで震えていた。







扉を開けるとそこにはほぼ全裸が居た。


「えっ、うわっ、えっ!?」
里中さんが変な声を出している。
思わず二回見てしまった。
そこに居たのは巽 完二と、謎の巨人だった。
全体的に暗い色をした、三メートル近くはありそうな巨人だ。
巽 完二と同じく下着をかろうじて履いている。 こちらはブーメランパンツといったところか。
顔に青い仮面。
雰囲気そのものからして、『これは人間ではない』と分かる。
ただ人間に似た形をしているだけのもの……。
「ようこそ、男のセカイへ!」
これが、シャドウ?
「突然のナイスボーイの乱入で会場もヒートアップ! ナイスカミングなボーイとの出会いを祝し、今宵は特別なステージを用意しました!!」



……あれが、シャドウ?


僕はアレに用事が、あるのか?
アレに会うために来たのか?

僕は……どうするつもりだったんだ?



「――有里、クマと下がるんだ!!」
鳴上の声が聞こえた。
目の前で巨人のシャドウと鳴上達四人が戦っている。
武器を持って、シャドウと。

危険だから後ろに下がる。
「強い敵クマ! センセー、負けるなクマー!」
クマが大きな声を出して応援している。



四対一。
シャドウとの戦い……。

何を使ってアレに勝つ?




「――ラクシャーサ!!」

桃色に似た色をした、二本の刃を持った鬼のようなものが現れた。
あれも人間ではない。

「チャージ!」
鳴上の前に現れたそれが二本の刃を振るうと、鳴上の周囲に光が集まった。
まるで力を集めるかのように。
そしてそれを済ませると最初から居なかったように消えた。
「ジライヤ!」
花村が青い何かを切った。
それに呼応するかのように、どこかカエルに似た雰囲気のある白いものが現れる。
手には手裏剣のようなものを付け、それをシャドウに向けると風が巻き起こった。
風はシャドウを中心に巻き起こり、一瞬だけシャドウはぐらつく。 しかしダメージは無いらしい、平気そうにしている。
シャドウは足を床に踏み鳴らした。
足元から光が伸び、少しの間シャドウを包む。
「リベリオンクマ! 攻撃に気をつけるクマ!」
「分かった! ――トモエ!」
里中さんが、青く光るそれを蹴って壊した。
それと同時に今度は、黄色いライダースーツに白いヘルメットを着けた女性ようなものが現れた。
薙刀を持ち回転し、その勢いのまま攻撃をする。


「アレは、何?」
横でアドバイスをするクマに、邪魔になると思いつつ話しかける。
「あれはペルソナ。 センセイたちの、戦うための力クマよ」
「ペルソナ……?」


どこかで、聞いたような……。


「センセイ! シャドウはチャージとリベリオンとタルカジャをかけてる、ヤバいクマ!」
「花村!」
「おう! ジライヤ、デカジャ!」
シャドウの周りに光が現れて、すぐに消える。


シャドウ。
ペルソナ。
それが頭の中に引っかかる。

僕はきっとそれを知っている。
でも何処で?
何処でそれを知った?

分からない。
知っているはずなのに。

知っているはずなのに、分からない。


――あの力はペルソナって呼ばれてる。

…………。

――あなたが――――怪物は『シャドウ』。 ……私たちの戦ってる敵よ。

頭の中で女子の言葉が響く。

ペルソナ。
シャドウ。
僕は……それを知っている……?

やはり何処かで聞いた単語。
でもどうして、何処で知ったのか、分からない。
僕は、シャドウに何をした?


どうして大切な事が分からないのだろう。
分からない。
答えは近くにあるはずなのに、どうして?

どうして、僕はそれを忘れている?

2009年のはずなのに2011年になっている今。
知らない場所。
聞いた事の無い学校名。
登録した覚えのない名前。
知っているはずのない単語。

全てを都合よく忘れているとしか思えない現状。

「僕は……」

大切な事のはずなのに。

「…………」

思い出せない。


――――――――――――――



鳴上が振り下ろした一撃を食らったシャドウは消滅した。
黒い靄のようになって空中を飛び霧散する。
「終わったぁ」
里中は大きく息を吐いた。
腕を押さえながらその場に座り込む。
ポケットの中から液体の入ったビンを取り出して、直接腕に塗った。
すると痛みがすぐに消えていき、疲れも消えた。
「大丈夫?」
天城が手を差し出す。
「うん、大丈夫」
その手を握り、立ち上がる。

「さっすがセンセイ! 勝てると信じてたクマ!」
「ああ」
「完二のシャドウは逃がしちまったみたいだけどな……」
戦闘が始まった時には既に居なかった。
ほとんど一瞬の出来事だ。
「きっと天城の時のように、奥に一緒に居るはずだ」
「そうだな」
二人で頷く。
おそらく前回と同じく一番奥に居るだろう。 それも本人と一緒に。

完二が普段何を抑えていたのかは分からない。
だが、あのシャドウの発言が完二にとって否定したい部分である事は間違いない。 花村や里中、天城がそうだったように。
早くしないとシャドウが暴走してしまう。

「……そういえば、出ないな」
ぽつりと鳴上は呟く。
「何が?」
「有里のシャドウ」
「そういや、そうだな」
名前を呼ばれて本人が反応した。
首を傾げて不思議そうにしている。
「僕の、シャドウ?」
「花村も里中も、自分から入ったのに、完二のように自分のシャドウが出てきた。 有里にはまだ出てきていない」
花村や里中の場合、探索中すぐに出てきた。
でも今は探索を開始して結構な時間が過ぎている。
「鳴上と天城さんは?」
「天城は完二と同じようにテレビに入れられて……鳴上は出てないな。 出たか?」
「出なかった。 あの時は、気がついたらペルソナが使えるようになっていたから」
頭の中に声が響き、次の瞬間手の中にカードがあった。
シャドウは出ていない。
「じゃあ有里も同じか、まだ出てないか、か」
「…………どんなのが出るんだろうな」
里中は『仙人』と評していたが、本当に言い得て妙だった。
同じ人間のはずなのにまるで一人だけ高い場所に居るような感覚がある。 壁を感じるというよりは空気の違いがあると言うべきか。
しかも本人があまり喋らないのもあって、下手には近寄れない。 そんな雰囲気だ。

その有里のシャドウ。
本人の雰囲気とはほとんど違う雰囲気で来るという事は、親近感がある?
親近感があって、よく喋る? 愛想が良い? 明るい? 軽い?
……あまり想像がつかない。
シャドウは抑圧された感情なのだからもっとこう、違うものだろう。
ああいうタイプが爆発したら凄いとはよく言うが。



[39078] 第八話、熱気の集会
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2013/12/30 01:42
階段を登れば登るほどに熱気湿気が増えていく。
何処かから響く巽 完二の声。

じんわりと制服の下に嫌な汗と疲労が溜まる。
真夏、なんて良いものじゃない。
湿気を含んでいるから梅雨のような嫌がらせの暑さだ。

「あっちー……」
九階にまで来て、全員の体力は限界になっていた。
「この熱さじゃ、完二助ける前にこっちが倒れるぞ」
僕はまだ楽な方。
皆は制服の下にまた服を着ているらしい。
「あ、良い事思いついた」
ぽんと里中さんは手を叩く。
自分の制服を掴んだり、扇であおいだりしていた三人とクマ、僕は里中さんを見る。

里中さんの周りに青い光が湧いて、すぐに黄色いライダー姿の女性ペルソナが現れた。

「マハブフ!」
辺り一面が氷に覆われた。
湿気も一気に凍って、そしてその場の全員が凍った。
「さむいクマー!!」
「里中さんお願いシマスヤメテクダサイ」
全身が凍るなんて南極でも有り得ない。
……たぶん。
肺が凍るのは聞いた事があるけど。
「大丈夫か鳴上、弱点くらってないよな?」
「涼しい」
「本気かよ。 有里、大丈夫か?」
「多分涼しいような気がするような予感がする」
「…………感覚がおかしくなってんだよお前らは! 里中!」
「うん、やり過ぎた」
里中さんが少し反省をした。
「………………雪子?」
天城さんが凍りついている。 動かない。
笑顔のまま固まっている。 動かない。
……これは。
「えっ、雪子? 雪子? あれ、もしかして」
「チエチャン、ワンモア!!」
クマがグッと親指を立てた。
「雪子! 雪子ぉぉぉぉ!?」


常識。
そんなもの、僕は既に捨てている。



――――――――――――――



「髪が、まだ凍ってる」
「……ゴメン」
自分の黒髪を撫でながら天城さんは言った。

階は十階。
階段を上ってすぐ目の前に大きな扉がある。
扉の近くで青い蝶が飛んでいる。
今までとは、少し違う空気をしていた。
扉の奥から何かを感じる。
「お! カンジの感じ! この扉の向こうに居るクマ!」
どうやらやっと着いた、らしい。
「行くか」
「おう! 早く助けようぜ!」
両開きになった扉は、見た目より簡単に開いた。
中は少し広い空間になっている。 何処か宴会場に似ている。
今までがサウナで、左右に湯船がある。 入りたいとも思わないけど。
「居た!」
そして二人の人間が立っている。
一人はふんどし一枚で壇上に。 一人は男子用制服を着崩し肩にかけている。
ピアスや傷跡も一致していて、顔も奇妙なほどに同じだ。 明らかに表情や雰囲気が違うけれど、双子と言っても誰も疑わないだろう。
こうやって見ていると確かにふんどしの方は異様だ。 見た目がではなく、纏う雰囲気が。
人間のものではない。
あの制服を着ている方が本物の巽 完二という事で合っていると思う。
「完二!」
花村が叫ぶ。
でも巽 完二は気付かない。
「お……オレぁ……」
むしろ何かに急かされるかのように困っていた。
「もうやめようよ、嘘つくの。 人を騙すのも自分を騙すのも、嫌いだろ?」
巽 完二のシャドウが声をかける。
まるで二人だけの世界、僕たちの存在は入っていない。
「やりたい事やりたいって言って、何が悪い?」
「それとこれとは……」
「ボクはキミの『やりたい事』だよ」
「違う!」
シャドウの発言を否定する。
『やりたい事』。
つまり……本心ではそれを望んでいる?
それとも、シャドウは心の中の願望の一つがはっきりと形を取っただけの事?
「女は嫌いだ……」
囁くような声。
「偉そうでワガママで、怒れば泣く、陰口は言う、チクる、試す、化ける。 気持ち悪いモノみたいにボクを見て、変人、変人ってさ。 で笑いながら言うんだ。 『裁縫好きなんて、気持ち悪い』『絵を描くなんて、似合わない』。 男のくせに男のくせに男のくせに…………男って何だ? 男らしいって何だ? 女は怖いよなぁ……」
……全て、今まで実際にあった事だろう。

身体が成長するにつれて人間の精神も成長する。
大人になった時『そんな事をするなんて有り得ない』と思うような事だって、小学校の時にはそんな事を思わないからやってしまう。 子供は、大人より本能的に行動する。
だから自分たちと違うものを排除しようという動物的本能も強く働くし……何より無邪気に毒を吐く。
まだ子供だから仕方ない。 そうは思うけれど、言われた側にそれなりの心の傷(トラウマ)が出来上がってしまうのは当たり前。
彼の場合『裁縫』や『絵』という分かりやすい『男なのに女の真似をしている』という要素があった。
だからこそ、色々あったのだろう。

「こっ、怖くなんかねぇ!」
それが本心なのか強がりなのかは分からない。
「男がいい……男のくせにって言わないしな。 そうさ、男がいい……」
……なるほど、だから男に走ってしまったのか。
「ざっ……けんな!!」
巽 完二の肩が怒りで震える。
「テメェ、人と同じ顔してふざけやがって……!」
「キミはボク……ボクはキミだよ、分かってるだろ?」
「ちがう……ちがうちがう!」
強く、否定する。
「テメェみてぇのがオレなもんかよ!!」
発言ではなく、シャドウ自体を。
どんなに醜悪でも惨くても、それは自分の一部。 心の中にある存在。
それはある時は心の成長を遮る壁で、ある時は……。
…………?
ある時は……?
「ふふ……ふふうふふ。 ボクはキミ、キミさァァ!!」
シャドウの気配が変わった。
青く淀む光が炎のように周囲を包む。
黒い霧がその辺りを覆い隠し、押されるように巽 完二が倒れた。
「完二くん!」
霧が晴れると同時に、巨大な姿が現れる。
半分が黒、半分が白の筋骨隆々とした男の裸。 胸の辺りに真っ赤な薔薇が何本もあって、そこから茨が伸び両腕に巻き付いている。
薔薇の本当なら首があるところから、巽 完二の上半身が生えていた。
天井から♂の形をした大きな金属の塊が二本落ちてくる。
四人は巽 完二とシャドウの間に立つ。
「我は影……真なる我……。 ボクはジブンに正直なんだよ、だからさ……」
二体、同じく半分が白、半分が黒の巨漢が現れる。 こちらは首があってダンディな……というより、濃い顔だ。
「邪魔なモンには消えてもらうよ!」

危険だ。
急いで僕とクマで巽 完二の身体を引きずって運ぶ。
どうやら気絶しているだけのようだ。

「これ……完二くんの本音なの?」
「こんなの本音じゃねぇ! タチ悪く暴走しちまってるだけだ! ジライヤ!」
花村のペルソナが現れて、風の属性を完二のシャドウに使う。
大したダメージは無いようだ。
「もうキミらには関係無い! 消えてもらうって言っただろぉ!?」
右の筋肉シャドウが里中さんと天城さんに襲いかかる。
「ブフ!」
「アギ!」
二人が咄嗟にペルソナを出してそれぞれの属性を使う。
左に居たシャドウに氷、右に居たシャドウに炎の攻撃。
「きっかないわよぉー」
……喋るのか。
走り出したシャドウは止まらない。
拳を翳して、二人を殴る。
「きゃっ」
「わっ」
勢いで二人が倒れる。
それを見下ろして、シャドウが笑った。
「だっさぁい、ぷぷー、転んじゃった」
巽 完二のシャドウも明らかに見下し。

「……なっ」
「はああ!?」
二人の何かがキレた。

二人が立ち上がって、またペルソナを出す。
同じ攻撃。
「あっふーん、熱く燃えるわぁ! 燃える燃えるわぁぁ!」
「氷柱も垂れる、イ・イ・オ・ト・コ・!」
二体のペルソナはポーズを組んで身体をくねらせる。
股間を強調。 余裕だ。
「だあああ! 腹立つぅぅぅ!!」
「何なのアレ、どうして燃えないの」
「チエチャン、ユキチャン! そのシャドウは炎属性、そっちのシャドウは氷属性は効かないクマ!」
「関係無い!!」
里中さんがシャドウに真っ直ぐ向かって蹴る。
「あはぁっ、ん。 きもちいぃぃぃ」
シャドウが恍惚とした顔だ。
背筋が寒い。
もっとやってとばかりに身体を突き出す。
しかし覚めた顔で里中さんを見た。
「――でも、アンタみたいなのじゃ全然燃えなーい」
「ふざけんなぁぁぁ!」
里中さんが止まらない。
「マハラギ!!」
天城さんが扇を翻すと同時に天城さんのペルソナが出現する。
「やぁん」
「ぶりりあーんと!」
「ボクのカラダが目当てなのねっ!」
シャドウ三体が燃える。
二体だけダメージはあるようだ。

「二人とも落ち着け!」
二人がヤケクソ状態だ。
鳴上が下で出したのとペルソナと違うものを出す。
水色の勾玉を逆さにして、顔がついている。 表情はほとんど変わらないが笑顔だ。
「メパトラ!」
二人がぴくりと止まる。
肩の力が抜けた。

「うっふん、ヒートライザ!」
「みんな、怒ったらダメだゾ!」
声の調子は艶っぽく動きも艶っぽいが、見た目は大きな筋肉。
男として気持ちが萎えてくる。
「やらせっかよ! デカジャ!」
「ああっ、ひっどーい!」
くねくねと身体をくねらせる。
怖い。
見た目で判断するのは良くないが……。
「……でも、ヤられる側もアリかも。 うふっ」
ウィンク。
鳴上と花村に精神攻撃だ。
「センセイとヨースケが毒クマ!」
「……気持ち悪ぃ」
「………………」

……。

「ほらほらぁ、ボクからヤっちゃうよ! チャージ!」
巽 完二のシャドウに光が集まる。
「かーらーのっ、電光石火!」
高速の動きで全員への攻撃。
鳴上と花村が動けない。
「っ、千枝! 完二くんのシャドウを早めに潰そう!」
「うん! 補助行くよ、タルカジャ!」
天城さんに光が集まる。
「よし、アギラオ!」
さっきよりも強い炎で巽 完二のシャドウが燃えた。
「あっついよ!!」
シャドウの怪我をした場所から黒い液体が滴る。
あれは血? シャドウの?
「よし、脳天落とし!」
里中さんのペルソナが、巽 完二のシャドウを頭上から攻撃する。
それを見て巨漢のシャドウがちっちっと指を振った。
「まだまだ甘い、ディアラマ!」
巽 完二のシャドウの傷が一気に癒えた。
血は残るが傷は無い。
「そしてもう一回の、ヒートライザ!」
「それに、デカジャ」
天城さんにかけられたタルカジャが解かれた。
巽 完二のシャドウにどんどん光が集まっていく。
白い光だ。
「立って! 立つんだクマ!」
クマは叫ぶが鳴上と花村は動けない。
ダメージが大きいようだ。
「それじゃあ皆、お待ちかね…………狂信の雷!!」
巽 完二のシャドウが力強く動き、光を放つ。
光は強烈な雷へと変わって、四人に落ちた。
「きゃああっ!」
皆の姿が光の中に消える。
眩しくて見えない。



[39078] 第九話、思い出される名前
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2014/01/17 01:39
「ふ……ふふっふぅ! 勝っちゃった!」
全員が倒れている。
さっきの雷は予想以上にダメージが大きかったようだ。
「センセイ! ヨースケ! チエチャン! ユキチャン! アワワワワ」
クマが頭を抱えている。
四人を助けようにもシャドウのすぐ足元。
一人ならなんとかなる。
でも四人全員を助ける手段が無い。
「じゃーあ、さっさと『ボク』にも消えてもらおうか」
巽 完二のシャドウが壇を降りて、こちらに向かって歩いてくる。

このままだと四人を助ける前にこっちがやられる。
どうにかしないと……。
でも、どうやって?
此処に居るのは僕とクマ、気絶した巽 完二。
巽 完二には何も出来ないしクマは怯えて動けない。
とすると動くのは僕しか居ない。
僕一人で、どうやって……。

「おっと、もう二人ナイスボーイが居たの忘れてたよ」

……前も、こんな事があったような気がする。

いつだっただろう。



あの時は確か満月の夜、屋上で……。



「キミってさぁ、なんかオカシイよねぇ。 イイオトコなのにヤなカンジ、ボクカンジ、うふふ」
僕を見下ろしシャドウが言う。
こんな時に駄洒落なんて余裕だ。
向こうが有利だから仕方ないけれど。
「邪魔だから、消えてもらうよ!」
手が伸びてくる。
このままでは死んでしまう。

でも武器が無い。
どうすれば。
どうすれば僕は……。

せめて鳴上たちのようにペルソナがあれば僕も戦えるのに。

……ペルソナ。


「有里、逃げろ!」
鳴上が起きあがった。
でも足元はまだふらふらしている。
体力も限界だ。
距離が有りすぎて何も出来ない。

足元に鞄が転がった。
いつの間にか蹴っていたようだ。
鞄が開いて、中に入っていた本が飛び出している。
教科書と、ノート、それから……あの青い本。

そういえば……。

あの本の中に書いてあった内容。
名前。
レベル。
ステータス。
スキル。

……スキル。

確か四人は、魔法のようなものを使っていた。
アギとかブフとか、デカジャとか……。
あれとよく似たものが書いてなかったか?
アギ……ディア……。
そう、覚えている。

あれは、あの本に描かれているものがペルソナ?



そうだ、あれはペルソナだ。
間違いない。
大した根拠は無い、でもそうだと思うしかない。

「有里!」
鳴上が逃げろと叫んでいる。
でも退けない。
退いたら狙われるのはクマと巽 完二だ。
会って一日も無いような人物の盾になるような立つなんて有り得ない。
でもだからって退いたら、僕は絶対に後悔する。

時間が無い。
あの本に描かれていたのがペルソナだとして……どうすれば出せる?

それに、昼休み以来ちゃんと読めてもいない。
何と書いてあった?
せめて名前だけでも思い出せないと……。
もしあの時四人が来なかったら、もっとしっかり読めていたのかもしれないのに……!

がしっと身体が大きな腕に握られた。
「つーかまえた」
身体を持ち上げられる。 巽 完二のシャドウの頭より高い場所。
「ミナト!」
クマが叫んでいる。
「どんなプレイがイイかな?」
プレイ?
プレイだって?
「どうでもいい!」
「ふぅん、キミってドライだねソコもイイけど」

そんな事はどうでもいい。
思い出せ。
何の名前があった?
このままじゃどんなプレイでも死ぬ。
早く、早くしないと……!

此処で死ぬのだけは勘弁してほしい!

僕は死なない。
死にはしない。
この訳の分からない理解も出来ないような状態で死んだら絶対に化けてでも出てやる。

生きる。
絶対に、まだ死んだりはしない……!

「――ラクシャーサ!!」
鳴上がペルソナを呼ぶ。
下で喚んだものと同じペルソナだ。
けれど鳴上のペルソナは巨漢のシャドウに阻まれた。
がっしりと抱きかかえられている。
僕は他人事のように大変だなと思った。

鳴上はそのスキに空いた手で倒れた花村たちに薬を渡している。
一瞬光が集まったかと思うと、三人は立ち上がった。

巽 完二のシャドウが僕を握る力が強くなった。
このままだと上半身と下半身がサヨナラで死ぬか、中身が潰されて死ぬか。
どちらも冗談じゃない。

大してロクな事が無かった人生。
せめて死に方くらいは、自分で選びたい。

死に方すら選ばせてもらえないなんて嫌だ。

早く、早く思い出さないと……。
思い出したからどうなるという事も無いのは分かっている。
鳴上たちのようにペルソナを喚ぶ事が出来るかも分からない。
そもそもアレがペルソナではなかった可能性だってある。
でも、どんなに可能性が低い奇跡のような事だって、やってみなきゃ分からない。
むしろデタラメにでもやらなきゃ僕が死ぬ。
まだ死ねないのに。





……『死』?





そうだ、確か……。
あの本の中には、そんな名前が無かったか?

死を連想させる名前が……。

「――――」
「ん? どうしたってゆーの? 命乞いとかしちゃう?」


……思い出せる。
そうだ、あの名前は。


どくん。
心臓が高鳴る。
ああそうだ、この感覚だ。
とても懐かしい。


そう、『死』を想う事――。


自分の心臓にナイフを刺すように。
自分の頭に弾丸を打ち込むように。

自分の中に穴を開けて強く死を意識し、精神の中に潜む『もう一人の自分』を呼び出す事。

それがペルソナの召喚だ。



「――タナトス!!」


口にした瞬間、身体の底から違う力が湧く。
『来る』。
そう感じると同時に頭の中を直接何かに撫でられたかのような痛みが走った。
身体の中に棘があるみたいだ。
責め立てられるような痛みがそして全身に走る。

霞みそうになる視界の中が黒く染まった。
直後地面に落ちる。
痛みは続くが、頭が物理的な意味で痛い。 どうやら床で頭を打ったようだ。
頭が割れそうになりながらもはっきりしていく視界。
巽 完二のシャドウの腕が僕を握ったまま地面に転がっている。 握る力はほとんど無い。
そして二の腕から続くはずの肩が無い。
いいや違う、この腕だけが地面に落ちたんだ。
そこから抜け出すと、腕は下で見たシャドウと同じく空気に溶けるように消えた。

見上げる。
巽 完二のシャドウに右腕が無い。
僕を握っていた腕だ。
黒い液体がまるて体内を流れる血のように滴っている。
「ちょっ、何なのさ!」
巽 完二のシャドウは僕を見ていなかった。
僕の上の方を見ている。



真っ黒なそれが宙に浮かんでいた。
姿はなんとなく人に似る。
肩から鎖が伸びて、それは幾つもの棺桶に繋がっている。
手には鍔の無い長刀。 黒い液体が刀身に着いている。
獣の頭蓋のような仮面。
こちらからでははっきりと正面が分からない。
でも、見た事がある。
あの本に描いてあったのと同じ姿だ。


――――それはペルソナという力……。

――――もう一つの貴方自身なのです。


頭の中で老人の声がする。
そう、これが……。


――――あの力はペルソナって呼ばれてる。


――――あなたが倒した怪物は『シャドウ』……私たちの戦ってる敵よ。


僕はこれを使って、シャドウを倒していた。
そう。 それだけは間違いない。

わけの分からない現状。
どうしてあるのか不明な知識。

でも間違いない。
僕は、確かに『これ』をしていた。
懐かしい。
とても、懐かしい。
記憶がはっきりしていないのに目の前の黒い姿を見て思う事は、頭の痛みと無性に湧き出る懐かしさだった。


頭が割れるように痛い。
頭痛が痛いなんていう冗談を本気で口にしてしまいたいくらいに頭が痛い。
全身に針が突き刺さるようだ。
こんな痛みは、二度目だ。
前も、『こう』だった。

頭の痛みに反応するようにタナトスが暴走を始めた。
『――――!!!』
声の無い叫びが聞こえる。

それと同時にタナトスが飛び上がり、巽 完二のシャドウに襲いかかった。
間に割り込んだ巨漢のシャドウを大きく袈裟切りにする。
シャドウの上半身と下半身が別れた。
もう動けなくなったシャドウの上半身に跨がると手にした長刀で切り刻みはじめる。
何度も何度も狂ったように細かく刻む。
残った破片を掴むとそれを握り潰し、また大きく叫んだ。
タナトスが動けば動くほど身体中が痛い。
気絶も出来ないのが辛い。
「ナイスガーイ!」
もう片方のシャドウが接近する。
タナトスはそちらに向かって長刀を振るう。
だが長刀はシャドウをすり抜け、落ちる。
シャドウがにぃと口に弧を描いた。

「痛くなーい!」

シャドウは元気そうだ。
タナトスは効果が無いと分かると長刀を捨て、シャドウの頭を掴む。
強い力で持ち上げ、有り得ない怪力で壁に向かって投げた。
壁や床を壊してシャドウが転がる。
まるで映画か何かのようだ。 現実離れし過ぎている。

タナトスが地面を蹴る。
ぐったりと倒れはせず、すぐに起き上がろうとするシャドウの目の前に素早く移動。
その様子はまるで首輪と鎖の無い獣のようだった。
『――――!!』
叫びが響く。
明確な声は無い。
形容のし難い声だった。
片手でシャドウの頭を掴み、その手に無色の光が集まる。

「――っ!?」
今までで一番強い痛みが襲いかかった。
重力がかかって、肺から酸素が抜けていく。
精神力が取られていくのを感じる。
タナトスに抜き取られているようだ。
立っていられない。
それだけの力も無い。
膝をついてもまだ辛い。
這って、鞄と本を回収する。
「ミ、ミナト! しっかりするクマ、ペルソナが暴走してるクマ!」
クマが身体を支えてくれた。
なんとか体勢を直す。

手のひらに零れるほど強い光が走る。
瞼の裏も焼くような強い光。

これは……。

「なんかヤバいの来るクマ!!」
「おい有里! お前ペルソナ使えたのかよ、っていうかコレヤバくね!?」
「しっかりして、有里君!」
皆が近くに集まってきた。

苦しい。 息が出来ない。
目が霞んできた。

頭の中で、あの本のページが捲られる。
そう、確かこう書いてあった。

メギドラオン。

名前を思い出すだけで、なんとなく嫌な感覚がする。

「――っ、だコレ」
巽 完二の声がする。
それと入れ替わるように僕の意識が消えた。



[39078] 第十話、変えられた過去
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2014/01/17 01:41
周囲が明るいことに気がついた。














起き上がるとそこは車の中。
さっきまで何をしていたか……。
ぼんやりとして思い出せない。

車の外は夜だった。
でも明るい。
月が、近かった。
ふつうでは有り得ないくらいに近くに月があった。
飲み込まれそうなくらいに大きな満月。
青や黒ではなく、緑色の空。

周りには何も無い。
何も無いというのは間違いか。
巨大な橋の上で車が停まっていた。

車のミラーに吊されたぬいぐるみには見覚えがある。
雪だるまが青い二股の帽子を被ったぬいぐるみだ。 確か、家の車のミラーにこれと同じものが吊されていたような……。
他にも見覚えのある青い色をしたカーコロンがある。
じゃあこれは家の……父さんの車?
でもこの車は、確か十年前に壊れて……。


後ろの方から破裂音がした。
それもただ一発じゃなく何発も。
映画でよく聞く。 マシンガンのような音。
どうしてこんなところでそんな音がするのだろう。
此処は西部劇の舞台でもスペースファンタジーの舞台でもないのに。
後部座席から後ろの窓を覗いた。
橋の上で何かが光っている。
閃光?
大きなライトのようなものが一瞬着いては消え、着いては消える。
ライトが着くたびに幾つかの濃い影が見えた。
その多くが人の形をしている中で、一つだけ人の形ではないものが見えた。
少し遠くてはっきりしないが、それはなんだか宙に浮いているように思える。

何だろう。
小さな好奇心が湧き上がった。
破裂音も閃光も段々とこちらに近付いてくる。
時々全く別の光が落ちて、人形の影の数が減っていく。
危険だと思うより先に好奇心があった。
久しぶりに感じる高揚感があった。
どきどきする。
今、あそこできっと凄い事が起きている。
それは他の何にも比べられないくらいに凄い事だ。
テレビで見るヒーローのように凄く、格好良い事が。

音と光が近付いてくる。
もうすぐそばだ。
そこにあるモノの姿が見えてくる。
そのはずなのに見えない。
見えない。
どうして。 肝心な場所のはずなのに。
そこだけ靄がかかったように見えない。

身体が勝手に動いた。
小さな手を伸ばして、車のドアを開ける。

ダメだ、やめろ。
開けたら戻れなくなる。
きっとこのまま閉じこもっているのが『正しい』。
でも身体は勝手に動く。
幼い好奇心に突き動かされ、外に出る。









――――――スに、連絡を…………。





――――――――――――――






「――あっ、気がついた」
気がつくと鳴上に肩を貸されていた。
最初の、電化製品売り場に戻っている。
同じく巽 完二も花村に肩を貸されている。 気がついているようだ。
どうやらずっと気絶していたようだ。

こんな時に昔の夢なんか見て、我ながら情けない。
あそこは確か辰巳ポートアイランドにあるムーンライトブリッジだ。
よりによって交通事故の場所の夢なんて……。
しかも、ところどころおかしい所があった。
破裂音? 閃光?
……交通事故に関係無い。
空が緑色になるとか、有り得ない。
ペルソナとかシャドウとかテレビの中の世界とか、ここまでファンタジー小説や漫画でしか起こらないような事は起こってきたけれど、流石にそこもファンタジーだとは思えない。
そこすらファンタジーだとしたら、僕は何かに憑かれているんじゃないか。

でも最後に、なんとなく浮かんだ言葉は気になる。

ス?
連絡という事は人の名前か、何かの組織の名前か。
でもいまいち思い出せない。
最後に『ス』がつく名前なんてあったか?
…………タナトス?
違うか。

「自分で立てるよ」
「そうか?」
鳴上が離れる。
自分で立つと、まだ少しふらつく。
でも立てないほどじゃない。
鳴上が鞄を渡してきた。
「……僕は、ずっと気絶していた?」
「ああ」
四人の視線が僕に向けられている。
皆の言いたい事はなんとなく分かる。
僕だって分かりたい。
「なあ、有さ」
「分からない」
先に言っておく。
「僕にも分からないんだ。 どうしてあんな……」
ペルソナなんて正直まだよく分からないものを出せたのは、奇跡みたいなものだった。
自分が持っているものを出せるのは当たり前だ。
持った覚えが無いものを出せるわけがない。
もしも持っていたとしたら、知らない間に持っていたという事だけれど。
お金じゃないんだ。 知らない間にペルソナを持ってました、なんて有り得ない。
ペルソナが心の中にあるもう一人の自分で、死を意識する事で召喚出来る……というのはなんとなく分かった。
分かったけれど、まだ理解は出来ない。
「分からないって……本気で鳴上君と同じ? って事は、もしかしなくても自由に変えられるとか?」
「……分からない」
でもその場で思い出して苦し紛れのように出した名前で成功したという事は、出来るのかもしれない。
試してみないと分からない……けれど、喚ぶたびにあんなに身体が痛くなるのはごめんだ。
「何も分からないんだ。 だから答えられる事が無い」
実は記憶ですらかなり曖昧です。 なんて言えない。
2009年までの事ははっきり思い出せるのに、それから今日に至るまでの記憶が無い。
「気がついたら持っていた、としか……」
「そうか…………。 有里。 ベルベットルームって知ってるか?」
「ベルベット?」
確か天鵞絨(ビロード)の事、だったような……。
その部屋という事は……。
「……天鵞絨たっぷりの部屋?」
青くて、部屋の中に老人と少女が居て……。
……そこはベルベットと何も関係無いか。
「知らないなら良いんだ」
鳴上はそう言って、一人で考え始めてしまった。

「……あの後、何が?」
巽 完二が起きたのは分かる。
そこから後の記憶が無い。
「お前のペルソナが暴走して、なんか……こう、凄いのが」
「そうそう。 凄いエネルギーの爆発みたいなのが起きて、私らは逃げて。 あそこ半分壊れちゃったけど」
……メギドラオンの事か。
その響きには、どうも背筋が寒くなるような思い出がある。
「それから、完二くんのシャドウと完二くんが向き合って受け入れて……ね?」
「……ッス」
ぐったりしたままの巽 完二が答える。
とても疲れているようだ。
でも『受け入れた』って……どういう意味でだろう。
それを聞いて、鳴上は言った。
「とりあえず今日は此処までにしよう。 二人とも疲れているし、明日でも話せる」
「だな。 じゃあ俺、完二を家まで送ってくわ。 こいつならどっかに倒れてたでも通用するだろうしな」
鳴上の提案に花村が頷いた。
巽 完二を半分引きずるように、花村は去っていく。
「世話になるッス」
「任せとけ」
二人の声と姿が小さくなっていく。
電化製品売り場の、オーディオのある角を曲がっていった。
「俺たちも帰ろう。 有里、送っていこうか?」
「一人で帰れるよ」
とは言ったものの、いつか目眩でも起こして倒れそうで心配になる。
だから誰か居てくれた方が安心と言えば安心だ。
だが、『帰る』場所が分からないのに、頼む事なんて出来ない。
「でも有里くんはずっと気絶していたから、無理はしない方が良いよ?」
「そうそう。 私らも最初の頃はフラフラだったしさ」
「何ならお姫様だっこでもしようか」
……天城さんと里中さんの親切は分かるけれど、鳴上のそれは何だろう。
真顔。 真顔だ。 もうちょっと良い選択肢は無かったのか……。
……わざとか。
「普通にお願いします」
「…………そうか」
何故、残念がった。
まさかとは思うけれど、さっき行った場所の影響を受けて鳴上は『そちら』の世界の住人になったんじゃ……。
そんなまさか。
何を考えているんだ。
「じゃあ俺は有里を送ってくる」
「うん、よろしくね」
「じゃあ有里くん……えっと、つらいなら無理して明日来なくても大丈夫だから」
二人はそう言って手を振り、仲良く並んで去った。

僕と鳴上。 二人で大型テレビの前に残る。

「…………」
「…………」
不思議な沈黙が続く。
鳴上は黙る。
僕も黙る。
鳴上は僕を見てじっと黙る。
周囲のテレビや天井から明るい音楽が聞こえるのに、此処だけがとても静かだ。
しばらくしてから、鳴上は口を開いた。
「有里」
「何?」
視線が真剣だ。
何が来るのだろう。
分からない。
「とりあえず、そのメガネは外そう」
「…………」
まだ着けっぱなしだった。
なるほど、だから天城さんがまたこっちを見なかったのか。
鼻メガネを外して鞄に仕舞う。
「有里」
「……何?」
今度は何だろう。
「『分からない』と言っていたが……まだ何かを隠しているんじゃないか?」
「…………どうして?」
どうして、そう思ったのだろう。
確かに僕は記憶の事を喋ってはいないけれど……。
「見た」
鳴上は僕の鞄を指差す。
「その中を」
「……」
本の事か。
「それはペルソナ全書だ。 持ち主が今までに召喚したペルソナが全て記録される本」
「……これが?」
鞄から本を取り出す。
本はずしりと重い。
これが、ペルソナ?
しかも『今までに』という事は、これに描かれたもの全てを、僕が?
「その本の、栞を挟んであるページ」
白銀の模様がある栞を挟んだページを開く。
ついさっき見たのと、同じ姿が描かれている。
タナトス。 間違いない、僕はこれを召喚した。
「有里が召喚したのはこのペルソナだ。 死神のアルカナに位置する」
そう言ってから、鳴上は辺りを見渡した。
「体調が悪いのにすまないが、場所を変えよう。 もっとじっくり、話を聞ける場所に」



[39078] 第十一話、闖入の光
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:5b3c52ae
Date: 2014/03/21 19:42
鳴上が連れて行ったのはジュネスのフードコート。
もう六時は過ぎたのか空は暗くなってきて、電灯は着いているけれど人は少ない。
「……この本」
ペルソナ全書だと言うあの謎の本を捲る鳴上。
「やっぱりペルソナ全書だ。 本当に何も知らないのか?」
「気がついたら持っていた」
鞄に入れた覚えは無い。
記憶の話をすると、色々とおかしな点があるけれど。
「鳴上もペルソナ全書を?」
大体見終わった鳴上は、本を机の上に置く。
「俺のはマーガレットさんが持って……ああ、マーガレットさんっていうのは、さっき言ったベルベットルームに居る人だ」
ベルベットルーム。
マーガレット。
……。
あまり他の単語に繋がらなかった。
聞き覚えが無い、という事だろう。
「でも俺の全書はこんなに種類は無いな。 ……空いたページが無いから、もしかして全部埋めたのか? これは」
「……おそらく」
全く分からないけれど。
「という事は、全てのコミュニティをMAXにしたのか……すごいな」
鳴上の言っている事がよく分からない。
「本当に何も覚えていないのか? こんなにペルソナを埋めるのは一日じゃ無理だ。 ペルソナの召喚にはレベルも関係しているし、コミュニティも一つMAXにするにもかなりの時間が必要だから、大体一年はかかる。 つまり有里には今一年分の記憶が無い、という事になる」
「……悪いけど鳴上、その『コミュニティ』とか『レベル』とかも分からないんだ」
だから鳴上の話に着いて行けない。
コミュニティと言う事は、何かの組合、集まりの事か。
それをMAXに……何を、どういう風に?
レベルならなんとなく分かる。 RPGによく出てくる設定だ。
でも現実の世界に持ち込む話じゃない。
鳴上は驚いたような顔をした。
僕が知らないのが意外らしい。
「えっと、コミュニティと言うのは……難しいな。 とにかく特定の誰かとの『絆』だ。 俺の場合はたとえば花村や里中だな。 絆を結び、より強い絆の力がより強いペルソナの召喚に繋がる。 この絆がとても強い信頼や愛情とかで結ばれた時がMAX状態でまた違ったペルソナが召喚出来るようになる。 コミュニティの数はペルソナのアルカナの数だ」
僕のペルソナ全書に書かれたアルカナの数を調べてみる。
愚者。
魔術師。
女教皇。
皇帝。
女帝。
法王。
恋愛。
戦車。
正義。
隠者。
運命。
剛毅。
刑死者。
死神。
節制。
悪魔。
塔。
星。
月。
太陽。
審判。
永劫。
「合計二十二個」
この名前はまるでタロットカードのようだ。
いや、アルカナと呼ぶのだからタロットカードになぞらえているのか。
「俺はまだ全てのコミュニティを出していないから、同じかは分からないけどな。 あとは……そうだ、シャドウにもアルカナがある。 愚者を抜いて、魔術師から刑死者まで」
「死神から先が無い?」
「ああ。 今のところ、愚者と死神から先のシャドウは見てないな」
つまり、シャドウには十二種類あるという事か。
十二。 確か愚者のカードは数字のゼロだから、数字としても一から十二まで。
関連付けるとしたら一月から十二月……とか?
十二のシャドウ。
満月。
十三番目のシャドウ。
「……どうして、死神は無いのだろう」
ありそうな気はするのに。
「何か理由があるんじゃないか? シャドウに……たとえば、死の概念が無いから。 愚者が『始まり』を意味するなら死神は『終わり』で、生まれるとか死ぬとかが存在しないシャドウにそのアルカナは無い、とか」
「…………」
何かが違うような気がする。
もっと違う理由があったような……。
答えが近くにあるはずなのに、どうしても出ない。
「それで、レベルの話だな。 レベルは……概念というか、気持ち的なモノ? 精神が強くなったっていうか、こう、解けなかった問題を解けた時の感覚。 難しい問題を何回も解いて、やっと理解した時にレベルが上がるような。 そんな感じで精神が強くなって、そしてより難しい問題に挑めるように、より強いペルソナを召喚出来るようになる。 だから、俺が勝手に名前を付けているだけで別にはっきりとしたものじゃないんだ」
「なるほど」
より強いペルソナを召喚するには、より強い精神が必要。
なんとなく分かる気がする。
「浴場での有里のあの感じは、初めて使って慣れないからの暴走じゃなくて、そのレベルが足りなくて使いこなせないからペルソナが暴走したんだと思う。 ……レベルが足りないと、そもそも召喚は出来ないはずなんだけどな」
もしかしたらタナトスの名前をすぐに思い出していたとしても、召喚出来なかった可能性はあったのか。

「それで話を戻すが……有里のその発言だと、コミュニティをしていた間の事を覚えていないという事になる。 二十二のコミュニティを全てMAXにするには一年くらいかかる。 いくらなんでも、一年間の事を覚えていないのはおかしいんじゃないか?」
「それは……」
自分でも分からない、としか言いようが無い。
一年どころか三年も記憶が無いのがどう考えてもおかしいのは分かってる。
だが鳴上のこの様子ではある程度納得出来る理由が無いとやめないようだ。
自分ですら納得出来ないのに、出来るわけがない。
「……言えないのか?」
「…………」
どう説明すれば分かってもらえるのだろう。
自分で全く納得出来ない状況だけど、素直に言う事は出来る。
2008年の三月から今日までの記憶が無い。
そう言うのが早い。 間違いなく事実なのだからこれ以上は言いようが無い。
……そういえば。
僕にとっての昨日は、2009年三月の二十三日。 春休み前日。
転校をする事になっていて、その転校先は、確か……。
名前がちゃんと思い出せないけど、八十神高校ではなかったのは間違いない。
「言えないんじゃないんだ。 ただ……」
「ただ?」
「自分でも納得出来ない事を鳴上に納得させられるとは思えない」
おかしい事がたくさんある。
空白の三年、ペルソナ、2009年以降の事が無い携帯。
それら全てを一発で納得する事が出来るような理由も思いつかない。
どこかのバイク乗りじゃあるまいし、何かの組織に誘拐されて改造されたから記憶が曖昧ですなんて事も無いだろう。
記憶については単純に僕が忘れているだけだとしても、携帯の履歴が2010年で終わっているというのはどうも理解出来ない。
いくらなんでも、一通もメールを受信しないというのは変だ。
ネットに繋がらないから、携帯を解約したのが2010年なのだとしたら一応納得出来なくもない。
でも何年も前に解約した携帯を持ち歩くか?
それも新しい携帯を持たず、古い携帯を。
携帯を必要としないような環境に居た覚えもない。
「とりあえず言ってみてくれないか。 その、納得出来ない事を。 力になれるかもしれない」
「…………」
言う、か。
言わないより言った方が良いのは分かる。
なんとなくだけど、鳴上は信用出来る相手だとも思える。
大した根拠は無い。
でもそう思う。
彼が…………『そう』なのだと思う。
鳴上になら話しても大丈夫な気がする。
「……実は、」
「みっなとくーん!」
遮られた。

長い黒髪を結ったスーツとヒールの女性がこっちに来る。
……今、僕の名前を呼んだ?
知らない人だ。
「此処で会うなんて、思わなかったわ」
「……あの」
誰?
「私? 今日の晩ご飯の買い物……あー! ごめんね、湊君の好みとか何も考えてなかった、ってゆーか食べ物にアレルギーある?」
腕に野菜や肉の入ったビニール袋をひっかけている。
「……無いです」
誰だろう……。
人の顔を覚えるのはそこそこに得意だけれど、この人には見覚えが無い。
多分、記憶が無い間に会った人だろう。
女性は鳴上の方を見る。
「貴方、八高の……もしかして堂島さんのところの甥っ子君?」
「はい、鳴上 悠です。 ……あの、あなたは?」
鳴上、グッジョブ。
知り合いらしい僕には聞けない。
「私? 葦流(あしながれ) 恵(めぐむ)、草の難しい葦に流れるで葦流、変な名字だけど超特徴的で覚えやすいかな? 今、湊君の保護者やってまーす!」
「保護者?」
……保護者?
確かに僕は未成年で、だから保護者が居てもおかしいところは無い。
無いのだけれど。
でも、こんな人知らない。
多分親戚になるけれど、会った事が無い。
保護者と名乗るにしては年も大して変わらないように見える。
「そ、保護者。 湊君は現在私と同じ部屋に住んでいます、よろしくね」
「…………」
……ちょっと待った。
知らない。
何も聞いてないぞ、僕は。
「どうして俺が堂島さんの甥っ子って知っているんですか?」
「そりゃあ此処田舎だもの、知らない人は余所から来てる人、引っ越しや転校生なんて珍しいわ。 それに今は事件の事があって警察はいつもより目立つから、堂島さん達刑事についての噂だってどうでもいい事もかなり流れているわよ、この前も堂島さんが道端で若い刑事さんを叱っていた、というのを今日近所の人から聞いたくらいだもの」
「なるほど」
……刑事なのか、鳴上の親戚は。
いいやそんな事より、この人は僕の親戚で同じ部屋に住んでいる?
道徳的に大丈夫なのだろうか。
「もしかして私、大切な会話の邪魔をしちゃったのかしら?」
女性は首を傾げる。
「もう終わったので大丈夫です」
そう言って鳴上は席から立ち上がった。
『続きは明日にしよう』と視線が言っている。
「そう? なんだか悪い事しちゃったわね」
「いいえ」
続きは明日。
鳴上一人になら話せると思うのに。
「じゃあ有里、明日」
「明日」
鳴上が去っていく。
振り向きはしない。
明日までにどう話すべきか、ちゃんと考えておかないと……。
それを見送った女性はにっこりと笑った。
「帰ろうか、湊君?」



[39078] 第十二話、偽られざる解
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:5b3c52ae
Date: 2014/02/19 13:11
思い返してみてもこの人に見覚えが無い。
葬式の時に居たとしてもまだ十代前半くらいか。
確かに親戚全員の顔は知らないけれど……でも年が近い人は記憶に残っていてもおかしくない。
誰だろう。
それに、こんな若い女性が、年の近い男子と同じ部屋で過ごす?
冷静に考えなくてもおかしい。
有り得なくはないけど、いくら親戚だからってするだろうか。
「湊君、私の顔そんなにおかしい?」
前を歩いている女性――葦流さんがこちらを見る。
そしてはっとし、鞄から手鏡を取り出す。
「もしかして今日のおにぎりの海苔が歯に……」
「ついてません」
もしかしたら覚えていない間に会った人かもしれない。
最後に会ったのが覚えていないくらいに昔とか……は無いか。
それくらいに昔だとこの人もまだ未成年。
そんな時に会っただけの親戚の子供を引き取るのか。
「……あの」
「なーに?」
聞くべきなのか迷う。
この人が親戚なのか親戚ではないのか、会った事があるのかないのかは置いておくとして。
仮に『保護者』を名乗る人間に聞いて良い言葉ではない。
「葦流さんは、何者ですか?」
親戚か親戚ではないのか。
会った事があるのかないのか。
それ以前にこの人は『誰』なのか。
血縁や会った過去より先にそこが気になる。
「…………」
葦流さんの表情が変わった。
聞いてはいけない事だったのか、それとも核心だったのか。
「……知りたい?」
そうしてくすりと笑う。
確実に何かを隠したり握っている人の笑みだ。
やっぱり、この人は……。
「ある時は、若いくせに巨額の金を儲ける謎の株主サマ」
…………。
「ある時は、とある有名会社に出入りをする謎のスーツ美人」
…………。
「その正体は、」
……もしかして。
僕はとんでもない勘違いをしているのではないだろうか。

「人気ベストセラー作家、ペンネームは日向 昇」
この人は多分一般人だ。

「読んだ事あるかなあ、『内なる君の残像』シリーズ……いや、無くてもいいの、うん」
「ありますよ。 読んだ事は」
確か、トンネルをくぐった少年が異世界に行くという話だったような。
でも僕が見た時にはまだ二巻しか無かった。
シリーズと呼べるくらいに出版されているのだろうか。
日向 昇という名前にも聞き覚えはある。 前は女らしい名前がコンプレックスな主人公の推理小説『四方 霧江の推理考』シリーズを書いていた。
なるほどこの人が作者なのか。 名前が男性だから男性だと思っていたが。
「本当? あるの!? 嬉しいなぁ、でも面白いかつまらないかは絶対に聞かないからね! 直接言われると、落ち込むから」
「はい」
この人は多分一般人だ。
一般人とそうではない者の区別は自分でも曖昧だけど。
「……葦流さんは若いですね」
「まあ、まだ二十歳と三歳だもの」
「どうして、僕の保護者になっても構わないと?」
二十三歳。
僕はまだ十六だから、たったの七しか違わない。
いや、僕は1993年の一月三十一日生まれだから五歳の差か。
どっちにしても近すぎる。
なにも有り得ない事ではない。 でも、少しおかしくはないか。
「あれ、湊君、言ってなかったっけ?」
一度は聞いた事だったらしい。
「私が、とっても、お金持ち、だから。 男子高校生一人引き取って豪遊してもぜーんぜん問題ナシ」
少しひどい理由だった。
「印税とかもあるけどメインは株取引ね。 たとえば桐条エレクトロニクスとか……色々なところ。 しかも私が買ったやつ、宝くじも馬券も株も全部当たるの。 すごいっしょ? 私ってば何か憑いてる? ってゆーか私が福の神? それくらいちょーリッチよ、マジで」
「それが、七歳しか違わない異性を引き取る理由に?」
とんでもないお金持ちだからって、年下の異性を引き取る理由になるのだろうか。
すると葦流さんは少し驚いたような顔をした。
でもすぐに何かをこらえながら笑う。
「大丈夫。 何故なら私は君を恋愛の対象とは見ていない」
「そういう問題ですか」
「そういう問題。 だって私、男より女を落とすのが好きだもの」
「……同性愛者ですか」
「そんなのじゃないわ、ただ女が好きなだけ」
間違いなく同性愛者だ。
「それに昔は武道もやってたし、私がどんなに扇情的で湊君が劣情を抱いて夜這いをしたとしてもはっ倒すくらいは出来る。 ね、安全でしょ?」
「……ですね」
とりあえず本人にはそういった感情は無い……と。
僕もそんな、劣情を抱くなんて事は無いと思う。
好みとかそんなものじゃなくて、今までそこまで複雑な感情は感じた事が無かったように思えるから。



――――――――――――――



「――今、湊君が考えている事を言ってあげよう。 『自称金持ちのくせにマンション住まいかよ』」
「……違います」

でも、マンションだった。
ジュネスにほど近い場所にいくつも建つマンションにある部屋の一つ401号室が葦流さんの部屋。
周りの景色には少し合わないように見えるから、結構最近出来た建物だと思う。
開けて入ると中は一人暮らしだとは到底思えないような広さだった。
玄関から伸びる廊下の両側に扉が幾つかある。
廊下の奥にリビングがあるらしい。
一人暮らしの人間が住むような場所ではない。
五人以上の家族で住むくらいの広さだ。

……さて、来たのは良いけれど僕はどうしよう。
部屋に入るべきなのかリビングに直行するべきなのか。

悩んでいると葦流さんは廊下両側にある部屋のうち一つを指差した。
「そこの洋室が湊君の部屋。 隣の扉がトイレでその向かいが風呂。 ……覚えてるよね?」
「……はい」
心配そうに聞かれてしまった。
実は全く覚えていませんとは言えない。
葦流さんはリビングに向かって歩いていく。
ふと足を止めて振り向いた。
「今日とか昨日とかは出版社行ってたけど、私は普段此処に居るから。 小説書いてるとかソファで寝転んでるとか色々だけどね。 あと、クソみたいな野郎がピンポン鳴らしてずかずか無神経に入ってきても基本放置ね放置、それ泥棒か編集の氷川のくそったれだから」
そう特定の人をくそ呼ばわりしてから、葦流さんはリビングに入っていった。
足音と荷物をテーブルに置く音。 それから「氷川のアホー」という声がする。
ソファに倒れ込むような音までした。

……。
とりあえず部屋に入ろう。
僕にあてがわれた部屋はやっぱり広かった。
およそ五坪か。
この部屋自体が端だからか大きな窓と大きなベランダがある。
窓から向こうには百万ドルの夜景、のわけがなく普通の住宅地だった。
部屋が広いのに対し、あるのはベッドと作業机とテレビ、勉強机。
全てを一纏めにすればバッグに収まるような僕の私物。
どう考えても少なすぎる。
作業机の上に鞄を置いて、ベッドの上に座った。
誰かと一緒に住むのは一年ぶりだ。
去年――2008年は全寮制の学校。
その前は伯父と伯母の家。
大した遺産があるわけでもない子供が突然転がりこんできたのだから、伯父と義理の伯母が困惑するのも仕方ない。
しかも同い年の娘、僕からすれば従姉妹の公子が居る。
気にするなと言うのが無理だ。
当時はまだ良くても年を経るごとに難しい年齢になっていく。
そして引き取る事になってしまった子供は愛想笑いすらできないような子供だった。
もしも僕が伯父と伯母の立場でも、そんな子供を扱いづらく感じると思う。
夜中に僕についての話をしていたのを何度も聞いた。
だから僕が全寮制に入ると決めた時も反対せず、むしろ賛成した。
寮はともかく『家』は一年ぶりだ。
実際は、もっと久しぶりのような気がするけれど。

今日はたくさんの事があった。
おかしな時間。 ペルソナ。 シャドウ。 テレビの中の世界。
常識では考えられないような事ばかり。
でも全て本当にあった事。
鞄の中には鳴上曰わくのペルソナ全書が入っている。
鳴上のペルソナ全書はベルベットルームに居るマーガレットという女性が持っているそうだ。
鳴上がそうだったように、僕も『そう』だったのだろうか。
僕の全書を持っていたかもしれない『誰か』。
今のこのわけの分からない状況について相談に乗ってくれる人が居るとすればその人かもしれない。

そういえば夢の中で聞いた声。
誰に話をするように言っていたのか分からない。
まるでノイズがかかったかのようにひどく不鮮明だ。
最後に『ス』がつく人だと思う。
もしかしたらただの聞き間違いで、『ウ』や『ツ』だったのかもしれないけれど。
でも『ウ』はともかく最後に『ス』や『ツ』が付くのは日本人ではほぼ無い名前だ。
という事は外国人になる。
もちろん会社名という可能性もあるのだけど。
『ス』が最後につく名前。
そんな人、居ただろうか。

ス……。
アイギス?

そうだ、携帯の履歴には『アイギス』とあった。
さっきの電話には出なかったけれど、相手の事情だってある。
学生だったらまだ授業や部活動をしていたかもしれない。
社会人だとすると、まだ仕事をしていたっておかしくはない。
でなくても地下鉄などの電話に出られない状況にあったかもしれない。
こちが公衆電話だった以上、電話を向こうからかけ直す事は不可能だ。
こちらからかけるしかない。
鞄から携帯を取り出す。
履歴には確かに『アイギス』とある。
そしてもう一つ。 『エリザベス』。
こちらにはかけていない。
だからすぐに出てくれるかもしれない。
全ては可能性だ。
でも有り得ない事じゃない。
少なくともアイギスさんには繋がったのだから、電話番号はきっと変わっていないはずだ。


僕が微かな希望に燃えているとふと、振動が起きた。



[39078] 第十三話、届けられた音
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2014/03/07 00:34

さくりと音。
拙い様子で包丁を握り野菜を切る。
白く細い指にはいくつか絆創膏が張られていた。
まだまだ慣れない手つき。
でも一歩一歩確実に刻んでいく。
手は猫のように丸め指を切ってしまわないように。 注意をして。
でも、ゆっくりでもいけない。
確実に、けれど素早く。

野菜を全て切り終わった時、口元に柔らかく笑みがこぼれた。
うれしい。
出来る事が増えていく。
楽しい事が増えていく。
それはとっても幸せな事。
今こうしている事が楽しい。
もっと良くしよう、もっと早くしよう。
そう思って努力出来る事が嬉しい。
未来を想像するのが、とても楽しい。

いつだったか、未来を想像する事を放棄していたような気がする。
未来なんてどうだっていい。
今が良ければ、それで構わない。
そう、強く思っていたような。
気のせいよりもずっと強い確信として。

けれど今はそうは思わない。
たしかに今が幸せなのはとても良い事。
でも、大切なのは『今』だけではなく、ほんの一秒でも先の『未来』により楽しくなれるようにする事。
今は間違いなく幸せで、ほんの数分先にはこの野菜たちを似ているだろう事を考えても楽しかった。

そう思えたのはきっと、あの人のおかげ。
長い間夢を見ていた。
長く永く、暗い夢。
赤く黒く青く、深く深くどこまでも深く、世界は絶望と憎悪に染まってみえた。
自分以外を敵だと思うと楽。
全てはがらくた。
どうだっていいもの。
そんな、夢。

でもあの人は、希望をくれた。
暗い暗い夢の中で光をくれた。
具体的に何があったのかは思い出せない。
もしかしたら何も無かったのかもしれない。
でもあの人は『希望』をくれた。
それは覚えてる。
あの人にまた会いたい。
『あの人』が誰だったのかも思い出せなかったけれど、強くそう思えた。



その『あの人』が、目を覚ました時に一番泣きそうな情けない顔をしていた人だと知ったのは、結構後だったけれど。



玄関の扉が開く音を聞いた。
「たっだいまー!」
「おかえり」
吉野 千鳥はそっと振り向く。
トレードマークの帽子は何故か室内でも外さない。
現在大学一年生になった伊織 順平が居た。
成績優秀な周囲の人々に勉強を教えてもらいつつ――別名地獄の勉強教室、時々処刑がクルヨ――なんとか大学に合格した。
今日も大学の授業を終え、帰ってきたのだった。
「順平、携帯忘れていったでしょ?」
千鳥の指差す先には順平の携帯電話。
着信やメールが何件かあった事を示すランプがちかちかと着いている。
「そーなんだよ! もうチドリからのラブコールすら分からないから俺っちすっごい困った」
「何回か鳴っていたわ」
そう言って、千鳥は料理を続行した。
反応が少し冷たい。
冷たいが、それくらいで愛を感じられなくなる程度の関係でもない。
順平曰わく『チドリは照れてるだけ』。
「お、そっか。 どれどれ………………ゆかりっちからか」
新着メールのところに良い意味でも悪い意味でもよく知っている名前を見つける。
高校は同じだったが大学は違う。
異性とはいえ連絡を取り合う理由は、それなりに友人関係があるからだ。
『件名:無し

 本文:バカじゃないの?



っていうかバカじゃないの? アンタが一番知ってる事でしょ』
「また言った!?」
二年ほど前にも言われたセリフだった。
懐かしいといえば懐かしい。
『チドリにプレゼントしたいんだけど女の子には何が良いのかそこんとこたのむゆかりっち』というような内容への返信がこれだ。
念のために山岸 風花にも送ったがあちらは有名大学にて医学生だ。
まだ見ていない可能性もある。
他のメールも確認する。
同じ授業を受ける友人からのメールやただの広告だった。
新着はメールだけではなく、電話まであった。
着信は一件。 番号が分からない、かけたのが誰かは知らないが留守番電話だ。
千鳥の声を吹き込んだもの特別製である。
その時の事を思い出してニヤニヤしながら、留守番電話に録音されたメッセージを再生する。
『…………』
何も聞こえない。
耳を当ててもおそらく周囲の音のようなものだけ。
「いたずらか?」
千鳥が振り向いて少し不思議そうな顔をした。
『………………はぁ』
溜め息。
溜め息である。
誰かは知らないがガッカリされたようだ。
一瞬どこかで聞いたような溜め息だったと思う。
「誰だよ、こんないたずら」
『――とです』
順平が喋ったのと同時に声。
直後にメッセージが終わった。
「は……?」
呆然とする。
今の声。
なんとなく聞き覚えがあるような気がする。
忘れてはならない声のような……。
ほんの少ししか聞こえなかったが、こんな感じの声をしている奴が何人か居なかっただろうか。

「……今、なんつった?」
慌てて再度再生ボタンを押す。
また長く沈黙。
重い溜め息。
そして。
『――――有里 湊です』
そこでメッセージは終わっていた。

「………………」
順平の手から携帯が落ちた。
大きな音を立てて床に転がる。
「……は、はぁぁっ!?」
大いに自分を疑った。
慌てて携帯を拾う。
ボタンを押す手が震えた。
「な、なな、なんで、アイツ、が、の、」
もう一度ボタンを押す。
再生内容は同じ。
溜め息と名前。
聞き覚えのある、抑揚が少なく低い声。
聞き覚えのある、でも聞くはずが無い名前。
それらがたった一人を示している。
この声もこの名前も、聞けるわけがない。
順平も、その周りに居た皆も『彼』が息を引き取るのを確認し葬式に出、『彼』の死体が焼かれたのも知っている。
間違えるはずがない。
だがこの声は。
「みな……と……?」
震える指で携帯の電話帳を呼び出す。
『有里 湊』。
忘れるわけがない。
二年前に死んでしまった友人の名前だ。
あの声もちゃんと覚えている。
「なんでアイツの……ま、待て待て待て待て待て待て!」
そう叫んで、急いで画面に違う名前を表示させる。
通話ボタンを押して耳に当てる。
呼び出し音が数回響いて、プツンと切る音。
『もしもしジュンペー?』
「たたたたいへいなんだよ! 大変なんだよ!!」
『……はぁ?』
向こう側で女子の声がする。
『もしかして、チドリに捨てられた?』
「ちげーよ! オレっちとチドリは今も昔もアツアツ……じゃねーよ! そうじゃないんだって大変なんだって!!」
『まさか……単位を落としたんじゃないでしょーね?』
「ちげーよ! ……ちげーよ!!」
『えっ、なんなの、今の間……』
「そんなのどーでもいいだろ!? 大変なんだよ! 幽霊!!」
『……………………切るよ?』
一段と低くなった声。
それを聞いた順平は見えない相手に慌てながら謝る。
「聞いてくれってゆかりっち! アイツなんだよ!」
『アイツって、誰よ』
「湊! 有里!!」
『――ッ』
携帯の向こうで息を呑む音。
『どういう事……』
「俺が聞きてーよ! 留守録にアイツの声が入ってて、で『有里 湊です』って言ってたんだよ。 多分公衆電話だけど間違いねーって、アイツの声を聞き間違えるかよ!」
『嘘……。 だって、彼は死んだじゃない』
「だから幽霊だって言ったんだよ。 俺だってなんにも分かんねーんだよ!」
『……と、とにかく、美鶴さんにも連絡するから。 遅いエイプリルフールとか、留守録消したとか言ったら、承知しないんだからね!?』
電話が切れる。
「……ゆかりさん?」
野菜を煮込みつつ千鳥が言う。
順平は「ああ」と答えるが、何処か自信はなさげだ。
「チドリは覚えてるか? チドリが目覚ました時に俺と一緒に居たヤツなんだけど」
「……?」
千鳥は首を傾げる。
一年以上も前に、ほんの一度会っただけの相手の事はいくらなんでも覚えていない。
でも、その時の事は鮮明に覚えている。
あの場に居た人と言えば……。
「順平より長くて黒い髪の……男の人?」
なんとなく、しか覚えていない。
「そうそう、そいつ。 一応死んだはず、なんだけどな……」
重い溜め息が出る。


有里 湊とは順平のクラスメイトであり友人で、大切な仲間である。
三月のあの日、屋上で眠るように息を引き取った。
病気の兆候も無く突然心臓が止まった事には先輩である桐条 美鶴が緊急で呼んだ医者も首を傾げた。
彼の急すぎる死に動揺した人は大勢居た。
見知らぬ坊さんが自分から読経を買って出たり、学校とはあまり関係の無いはずの当時別のニュースで世間を騒がせた有名人が分かり易い変装で葬式に居たりとしていたが、学内では『色んな意味で』有名人だったからそういった知り合いが居ても不思議ではないと見てみぬフリをする列席者がほとんどだったが。
学内関係者のほとんどが彼を知っていて、『色んな意味で』有名だったから密かに彼を狙っていた女子は全員が参加した。
特に彼と親しくしていた人々は分かりやすく、あるいは隠して泣いていた。 『最近丸くなった』と言われた風紀委員の小田桐すら影で唇を震わせていた。
彼がどれだけ多くの人に慕われていたのか、よく分かる。
対照的に、本来葬式の主宰であるはずの彼の親戚は、ほとんど参加していなかった。
かろうじて彼の伯父夫婦とその娘が来たくらい。
伯父夫婦とはあまり仲が良くなかったのか、あの二人はあまり悲しそうには見えなかった。
仮にも甥だというのに淡白な反応をする二人を見て怒りを示す者は順平を含め何人か居た。
だが、『湊くんは、最期は笑っていましたか?』という公子と名乗った従姉妹の言葉を聞いて、怒りをやめた。
何人かはやめざるをえなかった、とも言う。

順平は彼の死んだ後から全ての話を聞いたが、湊の人生は悲惨なものだった。
幼い頃は両親と共に平凡な暮らしをしていたが十二年前の事故で両親を亡くす。
引き取られた先は葬式にも出た伯父夫婦の元だが、葬式の様子を見るに仲は良くなかったらしい。 『昔の湊くんと感じがすごく違ってて、あまり近づけなかった』とは従姉妹の言だ。
成長し高校生になって一年過ぎた頃に、この月光館学園への転校の話が出た。
理事長が手を回したらしい。 学費免除などの話も出たから、転校を決めた。
そこから先の事は順平が知っている通りだ。
十二のシャドウを倒せば影人間は居なくなる。 そう信じて戦ったのに、それは理事長の罠だった。
居なくなるどころか、シャドウを倒す事によりとあるシャドウがより完全な力を得てしまった。
そしてそのシャドウ、デスが『完全』になった時、人間の姿を持って宣告者として順平達の前に現れて告げた。
ニュクスにより滅びが起きる、次の春は来ない。 全ては影人間となり、死と変わらない状態となる。
滅びは避けられない。
今自分を殺せば、全ての記憶を忘れて何も知らないまま滅びを迎えられる。 だから殺してほしい。
逃げる事は悪い事ではないのだから。
けれど順平達は逃げず、あの約束の夜にニュクスと戦った。 正確には、順平が友人だと信じていた宣告者の変わり果てたものだったが。
倒しても滅びは止まらない。 どうにもならないと思った時、唯一立ち上がったのが湊だった。
彼は一人でニュクスに立ち向かい、封印をした。
あの時はそれで終わりだと思った。 世界は救われたと思った。
だけど違った。
順平達は影時間の事もペルソナの事も忘れて、先輩二人の卒業式を迎えた。
その三月五日。 湊が死んだ。
ニュクスの封印をした時に全ての力を使い果たしていた。 あの日まで生きていたのが、奇跡だった。
全てを思い出した順平達が屋上に向かった時には、もう手遅れとなっていた。

湊の従姉妹の言葉を聞いて、事情を知る全員が思った。
彼は本当に幸せだったのか。
幸せに死ぬ事が出来たのか。

この事件の発端は桐条 美鶴の祖父である桐条 鴻悦が『時を操る神器』を作るために実験を行った事だ。
その実験はいつしか歪み、『滅びの招来』へと変わった。
そうして生み出される予定だったのがニュクスを呼ぶ存在のデス。
だが先程順平が電話をした相手である岳羽 ゆかりの父、岳羽 詠一郎が危険を感じ実験を途中で中止させた事によりデスは不完全な力で生まれた。
それが、十二年前の爆発事故。

研究所から居なくなったデスを追ったのが、対シャドウ用兵器の鉄の乙女アイギス達だった。
だが不完全とはいえデスは他のシャドウの何倍も強い。
何体も居たアイギス達は、たった一体となってしまった。
その一体も、敗れようとしていた。
だからアイギスは、デスをその時その場所に居た子供の中に封印した。

アイギスとデスが戦った場所は、ムーンライトブリッジ。
そこに居た子供の名前は、有里 湊。

湊は、何も知らないままデスを封印され、何も知らないまま土地を離れて十年を過ごした。
そして研究員の一人であり桐条 鴻悦の思想に同調していた理事長の幾月 修司に呼び戻され、デスを完全なものとする計画に組み込まれる事となった。
そして、完全になったデスが喚んだニュクスを湊が封印し、死んだ。

つまり。
有里 湊は結果として、大人の行動の全てを尻拭いさせられて死んだのだ。

これが本当に『幸せな最期』だったのだろうか。

しかも皆――順平は、湊を責めた。
何故自分の中にデスが居た事に気付かなかったのか、と。
宣告者から全てを告白された後の順平は精神的に追い詰められていた。
湊を責めるのは間違っている。
湊はむしろ被害者だ。
それは分かっていたはずなのに、責めた。
湊が何も言い返さないのを良い事に責めた。

そうして湊は、全ての責任を取らせれるような形で、死んでしまった。

湊の最期が幸せだったと順平には思えなかった。
幸せだったと思うのは、卑怯者に思えた。

だから。
もしも、何か理由があって湊が居るのなら。
幽霊だって何だって構わない。

謝りたかった。



[39078] 第十四話、繋がり閉じる音
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2014/03/07 00:46
「……!」
震えている。
今、手の中にある携帯が。
この携帯はネットに繋がらない。
つまり誰かと電話をするなんて、そんな事は出来ない。
出来るわけがない。
となると、目覚まし時計としての機能が動いたのだろう。
この時間――七時に何かあるとは思えないけれど。

だが、携帯の画面に映っていたのは目覚まし時計のアラームが時間を告げるというものではなかった。
人の名前が画面に映っている。
これはきっと電話だ。
ありえないはずなのに。
でも電話の相手の名前を見た時、心のどこかで確信した。
この人だ。
間違いない。
僕が話をするべき相手は、『彼女』だ。
最後に『ス』が付き、かつ信頼出来る人……。
何故電話が出来るのか、分からないけれど。
僕は通話ボタンを押す。

「もしもし」
『こんばんは』
女性の声。
高く、表情の見えない声。
そしてとても懐かしいと感じる声。
『こちら、エリザベスでございます』
まるで、エレベーターガールやデパートの店員のような口調。
『湊様。 ご無事でいらっしゃいますか』
「無事です」
彼女は『大丈夫』だ。
周りが全員敵だったとしても、彼女だけは味方なんだと分かる。
絶対に信頼しても良い人だ。
『それは大変よろしゅうございました。 このエリザベス、湊様のご無事を確認するまでずっと心穏やかでいられず、この穏やかならぬ感情を抑えるために同じ言葉ばかり呟いておりました』
心穏やか、か。
つまり荒れていたのだろうけど。
……なんだろう。
信頼出来る相手なのは分かるけど、同時に荒事を任せてはいけない気がする。
戦う相手にだけはしてはいけないような。
『メギドラオンでございます』
…………。
一気に寒気がした。
鳥肌が立っていると思う。
なんだろう、メギドラオンという単語がいけないのかも。
『流石湊様、何度呟いても壊れる事はございませんでした。 ですが湊様のご無事を確認した今、そのような事で心を慰める必要はありません』
「……何処で、やっている……のですか?」
『湊様』
声音が少し寂しげなものになった。
『……大丈夫でございます。 扉に当たる事が無いよう、置物に向けて打っております。 耐久性にかけては、湊様以上かと』
「…………置物?」
『私も弟並みに耐久性能のあるものの相手は初めてでございまして』
「弟?」
『閑話休題、むしろ完全無欠な冗談でございます』
冗談か。
冗談で良かった。
『今のは湊様に対する肝試しでした。 あれに万が一の事があれば大変な事態になります。 ええ、冗談でございます』
その『冗談』が冗談ではないことを祈るばかりだ。
『本題に入りましょう』と声が言う。

『湊様。 本当にご無事ですか?』
「…………」
やや機械的な声に、僅かに情が入ったような気がした。
『無事』って、どういう状態を『無事』と呼ぶのだろう。

『……。 湊様、私が何なのか……今、何処に居るのか、お分かりですか?』
「…………」
分からない。
この人が味方だという事ははっきりと分かるのに。
「分かりません……記憶が、無いので」
僕は話した。
記憶が無い事。
テレビの中に入った事。
ペルソナを使った事。
鳴上達の事を。





『……そうでいらっしゃいましたか』
話が終わって、エリザベスは呟くように言った。
『ならばこのエリザベス、お傍に居られない分、湊様に助言をさせていただきます』
「助言?」
『湊さ――――――こ――』
突然ノイズが入り始めた。
『な―――たが―――――――』
この肝心な時に、何故。
『――け―――――しゃ――』
ぷつん。
通話が、切れた。
「…………」
何故。
肝心なところでいつも途切れてしまう。
これではまるで…………。


………………。


…………。


……。


どうして、僕は記憶を無くしたのだろう。
頭を打った覚えは無い。
何かあったとしか思えない。
でも何があったのか、思い出せない。

こんこんと扉が叩かれた。
「湊君、良い?」
葦流さんの声だ。
「良いですよ」
僕が言うと、葦流さんは入ってきた。
髪を解いて、手に四角のものを持っている。
「湊君、携帯忘れてったでしょ」
葦流さんが持ってきたのは携帯電話だった。
「つい最近会社ごと替えたって言ってたのだから、忘れちゃダメよ忘れちゃあ」
深い藍色。
ジュネスの電化製品売り場で見たボタンが無いようなものではなく、開くタイプだ。
買った覚えは、無い。
でも今更最近の記憶に関して全く自信が持てないから、買ったのだと思う。
「でもおっかしーわよね。 今までの履歴、全部消えてるなんて。 電話帳は登録し直しとか、私はイヤだわ、ソレ」
確かに、電話帳には何も無い。
「そういえば湊君、さっきブツブツ言ってなかった?」
「気のせいだと思います」
「そう? 耳が老けたのかしら……」
まさか鳴らないはずの携帯に電話が来た、なんて言えない。
葦流さんは不思議そうに首を傾げ、部屋を出て行く。

途中で振り向いた。

「ねえ湊君。 一人を殺せば一万人を救えるって言われたら、殺せる?」
「……突然、どうしたのですか」
「新作の構想よ。 で、湊君ならどうする?」
一人を殺して一万人を救う?
そんなの、決まってる。
「他の方法を探します」
「どうして?」
「どんな理由があっても、誰かを殺せません」
一人を犠牲にして皆を救う。
それが本当の救いになるなんて、僕には思えない。
「相手が……たとえば、自分の親を殺した憎いはずの仇でも?」
もしも、僕なら。
「殺せません」
もしも僕の子供がそんな状況になったとしたら。
やっぱり悲しいんだと思う。
それに、殺したって親が生き返らない。
「……なるほどねぇ」
葦流さんは頷く。
……そういえば。
結局、あの交通事故の犯人も、分からないまま終わった。
今更怨む気にもなれないけれど、犯人は誰だったのだろう。
「じゃあさ、殺すと一万人が救われるその『一人』が君だったら?」
「死にます」
「えー?」
何故か芦流さんは呆れた。
「……湊君って、もしかしてアレか。 車にひかれそうになった子供が居たら迷いなく飛び出して自分が死ぬタイプか」
「死ぬかは分かりませんが…………」
危ない人を助けるのは当たり前の事だと思う。
「どっかの霊界探偵じゃあるまいし、普通生き返れはしないのよ? あからさまな危険にわざわざ自分から飛び込むのって、どうなの」
「どうでもいいです」
「……自分の命が?」
「はい」
自分の命を大切だとは思えない。

両親の葬式の時に『あんなに平然としているなんておかしい』『両親はあんなに酷い状態なのに一人だけ無事なのは気味が悪い』など言われた。
間違いではない。
事実、僕は葬式で泣けなかった。 ただ、『あの人達は死んだ』という感想を持っただけ。
葬式の後から僕は、死ぬ事――痛い事、怪我をする事にすらなんとも思わなくなった。
理由なんて無く、ただ『死』というものを怖いと感じなくなっていた。 両親の死を目の前で見たからなのかは分からない。
だから、もし僕が死ぬ事で誰かが救えるとしたら、きっと死ねる。
たとえ一人しか救えなかったとしても。
でも、他人が死ぬ事は嫌だった。

「……まあ、湊君の思想にケチをつけるのは今は止めるとして。 残された人は、間違いなく泣くわね」
「居ませんから。 そんな人」
そんなに深い関係になった人は居ない。
鉄面皮とか無感動とか朴念仁とか言われるけれど感動ものの映画を見れば少しは泣くし、コメディを見れば少しは笑える。
親友は居なくても話をする相手くらいは居る。
僕の死を多少悲しみはしても、葬式で泣くほどの人は居るだろうか。
……従姉妹の公子は泣きそうかな、何も無くても。 雛が孵った映像を見ただけで泣くから。
「えーっ!」
葦流さんは声をあげた。
今までとは全く違う反応だ。
「そんな……そんな悲しい事を言わないで」
信じられない、という顔をして今にも泣きそうだった。
「誰にも必要とされない生なんて無いわ。 誰か一人はきっと湊君の死を悲しんでくれたはずよ、っていうか最低でも私が悲しんであげるから。 棺桶の中に君が喜びそうなエロ本とか入れつつ泣いてあげるから! 湊君は年下好き? 年上好き? それともゲイ?」
「……どうしてそうなるんですか」
僕の性的な嗜好なんてどうでもいいの極みだ。
というか、やめてください。
「世界共通なあの世でお金が通用するとは限らないから、どうせなら性的にも使えてかつ暇つぶしになるような代物を」
「……あの世に性的なものは必要なんですか」
「あの世は大体が神様の場所だから。 どんな世界でもね、神様は総じてエロいのよ。 まあ自分の先祖を偉くするために堕落させられた神様も居るのだけどね、知ってた?」
「…………どうでもいい知識ですね」
本当にどうでもいい。
「どうでもいい知識も必要なのよ、オトナは」
むしろ芸術家がだけれど。 と葦流さんは付け加えた。




[39078] 第十五話、表装の仮面
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:bf85837b
Date: 2014/03/21 19:54
夕食後、壁にかかったカレンダーを確認するとどうやら今日は五月の十九日だったらしい。
つまり2011年の五月。

葦流さんに僕の年齢を聞くと「今年度で十七じゃないの?」だった。
ここまでおかしいと、僕がおかしくなったみたいだ。
僕は本当は1994年生まれで、何故か1992年生まれだと勘違いした。
そう考えると納得がいく。
いくのだけど。

やっぱり、問題が残る。

最近買い換えたらしい携帯。
今、目の前にある前の携帯。
前携帯の最後の着信履歴は2010年一月。
この一月から今日までの間が、何故無いのか。
別の携帯があったと考えるのが妥当だ。
でも、なら何故その携帯は無いのだろう。

去年持っていた携帯を今も持っていても不思議は無いのに。
無くした、とか?
それとも捨てた?
そもそも持っていなかった?
……。

最後は有り得ない。
持たないという状況があまり想像出来ない。
捨てた、も無いと思う。
ざっと前携帯のメール履歴を遡った限りでは、わざわざこの携帯を残しておく必要があるほどとは思えなかった。
捨てるとしたらこの携帯だと思う。
じゃあ、無くした、か。
無くしたから変えた、と考えれば納得がいく。
多分、携帯を無くしたのだろう。

とにかく今あるこの前携帯を捨てるわけにはいかない。
エリザベスさんからの連絡がいつ来るか、分からないから。

でも、何故急にノイズが走ったのか。
あんなタイミングで。
狙ったとしか思えない。

そもそもこの、前携帯で誰かと通話が出来るはずが無い。
お金は払っていないし、電波を感知しても居ない。 出来るなら最初からできたはずだ。

なのに出来たという事は何らかの方法が無い事もないという事になるが、常に圏外な状態で通話が出来たのは奇跡としか言いようが無い。
どうして出来たのだろう。
赤外線通信じゃあるまいし。
まさかエリザベスさんが実は近くに居るという事は…………無いか。
居たなら、わざわざ遠回りなんかしなくても自分から言い出すはずだ。

大体、居たとすると誰なんだ。
隣の部屋?
まさか、葦流さん?
でも葦流さんが『本名はエリザベスです』な外国人やハーフには見えない。

有り得ない。

実は意外な所に居るかもしれない、とか。
たとえば鳴上………………性別が違う!
自分で突っ込んでしまった。 少し想像してしまった、もうやめよう。

動かないはずの携帯が動いた。
という事はエリザベスさんも有り得ない場所に居るはず。
もしかするとあの世かもしれない。
ひょっとすると宇宙、月とか木星とか。
宇宙の有り得ない電波を拾って僕に…………。

…………。

…………いったい何を言っているんだ、僕は。

疲れている。

あの世とか宇宙とか、そんな発想になるなんて疲れているとしか思えない。
次にかかってきたら、聞いてみよう。



……いいや待つのはダメか。
自分から、かけてみないと。

新しい方の携帯でエリザベスさんの番号を入力する。
通話音。


『――おかけになった番号は、現在使われておりません』
……無理か。
さっきは通じていたのに。
やっぱり、トンデモ電波が流れていたのか。


エリザベスさんは何者だろう。
トンデモ電波を使えるのだから普通の人間ではない。
それに、彼女はたぶん、僕の事を知っている。
僕が知らない『僕』の事だ。
時間の事も途切れた記憶の事も、きっと知っている。
だからエリザベスさんとの連絡がはっきりつくようになれば、謎は全て解けるはず。
まずはエリザベスさんとのはっきりとした連絡方法を見つけるべきだ。

……仮に連絡がとれたとして。
またあのノイズが発生しないという可能性は低い。
でなければあんなに狙ったようなタイミングでノイズが起きるわけがない。
と、考えると。
誰かが妨害している?
エリザベスさんと話す事を、か、僕に知られてはいけない事がある、か。
エリザベスさんは今の僕の状況を知っている。
記憶が無い事。
テレビの中に入った事。
ペルソナの事。
鳴上達、ペルソナを使える人の事。
ちゃんと、全てを話したはずだ。
という事は、エリザベスさんに知られてはいけないからノイズが流れたというのは有り得ない。
エリザベスさんの言葉に被さるように流れたノイズの意味は。
僕に知られては困る事実がある、という事。

……でも、どうしてだろう。
誰が何を考えて邪魔をするのか……。
その『誰』は、何者なのか。
分からない事ばかりだ。
トンデモ電波を妨害したのだから、相手はやっぱり電波関係の何かを操作している、という事になる。
電波といえばテレビ。
あの世界に関係がある人物?

僕がペルソナを持っている事は、少なからずあの世界と関係があるはず。
という事は。

鳴上達に協力する事は、僕にとっても大きなメリットになる。
そのはずだ。





――――――――――――――





五月二十日(金)朝/晴




帰るまでの道もそうだったけれど、学校へ行く道が分からない。
マンションを出て、内心どうしようかと悩んでいると数少ない此処での知り合いの声がした。
「よっ、有里」
花村だった。
どうやら近くに住んでいるらしい。 助かった。


「お前あそこ住んでんの? あそこ高いだろ、もしかして良いとこの坊ちゃん?」
「知り合いがあそこに住んでいるから……」
「知り合い?」
花村に首を傾げられて、気がついた。
保護者だとは言っていたけれど、結局葦流さんは僕とどういう関係なんだ?
聞くのをすっかり忘れていた。
「よく分かんねけど、こっちは初めてだろ? 今度案内してやるよ」
「ありがとう」
……そういえば葦流さん、『道案内は友達とかにお願いしてね、特に商店街の辺りは』と部屋を出る前に言っていたけれど。
葦流さんも最近来た人、という事か?
でも鳴上の事を知っていて、噂話も聞いているようだから最近ではないのか。
なら、方向音痴で道案内が出来ない……とか? ジュネスからマンションへは行けたけれど。
あと何故商店街を強調したのかは不明。
商店街って具体的に何処の事を言っているのかも不明。
「なあ、有里。 昨日の事だけどさ」
「まだ誰にも話していないよ」
「うおっ、当てられた。 まあふつー、話しても信じないんだけどな」
どうやら図星だったらしい。
花村にはそう言ったけど、僕はエリザベスさんには話している。
エリザベスさんの説明をするととても長くなりそうで、かつ僕の記憶の話以上に意味不明になりそうだからしないけれど。
「お前大丈夫か? 昨日気絶したし、結構ふらふらだったろ」
「トイレに行ったら治った、今は普通」
「そうか…………って、下痢じゃねーんだから! トイレ行って治るもんでもねーよ!」
「……落ち着くと思うんだけど」
花村にはまだ分からない話だったようだ。
「はあ……トイレに行くとすげー落ち着くって言う奴は居るけど、有里はそういうタイプか」
「たまに絶好調になる」
「絶好調って、何が!? むしろナニが!?」
「……色々と」
普段絶好調である事に越した事は無いと思う。
「おおっ、トイレすげー」
花村が想像しているのは多分違う方向だと思うけど。
おそらくこう、下ネタな方向に考えているような気がする。
一々訂正するのも面倒なので放置決定。
「――なんで朝っぱらからトイレの話してんだよ、俺ら」
「…………」
まあ僕が振った話なんだけど。
それを言う必要も無い。
会話を繰り返すだけだし。
「あー、そういや、お前もペルソナ使えたのな」
「らしいね」
「『らしい』って。 もしかして本格的に鳴上と同じパターンか? まあ何もしなくてもあん中入れたんだから、そうなんだろうな。 じゃあ気がついたら出せたって事か」
「一応」
間違ってはいない。
鳴上の話と総合すると、僕はテレビの中に入る以前にもペルソナを使っていたらしい。
覚えていないけど。
でも時々、妙に頭の中に浮かぶ言葉がある。
単語だったり言葉だったり色々。
聞き覚えの無い声や単語ばかりだ。
多分、これが僕にもよく分からないペルソナに関する記憶。
……そう考えたとしてもやっぱりおかしいのは年代。
この二年間のブランクは何だろう。
前携帯のメール履歴を遡ってみてもちゃんとした事は分からなかった。
大体が知らない相手、またはただの広告メール。
内容はやれ宿題がやれテストが、などという、はっきりとした単語が無いものばかり。
そもそも僕はメールはあまり使わない。 電話の方が圧倒的に早いからだ。
だからメールのほとんどが登録サイトの広告。
知っている相手からのメールは数日に一件程度。
……そのせいで、今困っているのだけど。
まともに手がかりになりそうなのは最後のメールだけ。
それにしたってただの謝りのメールだから役に立たないけど。
大体何を納得していないんだ、あのメールの僕は。 テストの点数か、悪かったのか。
「あれさ、やっぱりお前も鳴上みたくたくさんペルソナ使えるのか? 鳴上と同じって事は、あの棺桶しょってるの以外にも出来るんだよな?」
「多分」
試した事は無い。
でも、この様子だと出来そうだ。

「そういうの良いな。 俺のペルソナ電撃には弱いんだよ、昨日の見ただろ? 場合によっては、弱点無しな奴も居るんじゃね?」
「そうだと思う」
昨日、読まないよりは絶対に良いとペルソナ全書を読んでみた。 一つ一つをじっくり眺めると時間がかかるからほぼ流し読みだったけど。 ……あるページでうっかりじっくり見てしまったけど。

流し読みをして知った様子では、確かに弱点らしいものが無いペルソナが何体か居た。
それぞれのアルカナの後半になると、むしろ無効や吸収などが目立つようになっていた。
強くなるのは何もペルソナばかりではない。

「俺のペルソナも変えられたら楽なんだけどな。 っつーか、ペルソナはもう一人の自分だろ? それがたくさん居るって、どんな状態だ?」
「……多分だけど、」
ペルソナは、何らかの事柄に向き合った時表に浮かぶ人格の事らしい。
『好きな人』に向き合った時、『嫌いな人』に向き合った時、『大切な人』に向き合った時。 多少の性格の変化は有り得てしまう。

花村達はその沢山存在する中のほんの一面が浮かびあがった。
僕と鳴上にはほとんどの面が浮かびあがった。
そういう違いだと思う。

多分、いつかは花村達もそうなるはずだ。
それがただ遅いか早いかの違いで。

「そういうもんか?」
「推測だけど」


ペルソナがその人の一面という事は。
まさか『あれ』も僕の一面なのか?
……いや、そんな、まさか。

自分で言っておいて、否定したくなった。
どういう一面なんだ、あのご立派な『あれ』は。

自分で思っているよりは性欲が有るということだろうか……。




[39078] 第十六話、ようやく始まり
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2014/03/22 00:22
五月二十日 (金) 放課後/晴





「此処が特別捜査本部だ」
「ただのジュネスだけど」
「言うなって」

鳴上と花村、里中さん、天城さんに連れられて来たのは昨日と同じジュネスのフードコートだった。
まだ日は沈んでいないから、人は多い。
缶ジュースを買ってきて開ける。
オレンジジュースを半分くらい飲んだ時に、鳴上が口を開いた。
「有里、続きを喋ってくれないか?」
「私らで良かったら相談に乗るからさ」
鳴上たちに話すべき事は、一応考えた。
やっぱり、知っている事は全部話すべきだ。
「ペルソナが使える理由は、分からない」
気がついたらそうだった。
でも、鳴上が言っていたように僕はたぶん使っていたのかもしれない。
「……多分?」
「覚えてない」
僕には2009年春から昨日までの記憶が無い。
ペルソナ全書は見た事が無い。 という事は、僕が知らない間に手に入れたのだと思う。
だからペルソナを、何故、どうやって手に入れたのか。
言う事が出来ない。 本人も分かっていないから。
おかしい事はまだある。
僕は2009年の三月は高校一年生だった。
なのに、2011年の今、高校二年生になっている。
三月ごろに別の寮制学校に転校するのが決まっていたのは覚えているけれど、それが八十神高校ではなかったのは確かだ。

話し終わった時の四人は、理解出来ないという顔をしていた。

「……それはいわゆる、記憶喪失か?」
「そうだと思う」
そうじゃなかったら何だろう。
僕がバカだという可能性しか無い。
里中さんが腕を組んで呟く。
「えっと、有里くんは二年くらい記憶が無いんだよね? でも前が一年生で今二年生だから…………ただ二年くらいの記憶がぶっ飛んでるだけで、記憶的には別におかしくはない、と」
「まさか留年とかじゃないよな?」
「した覚えは……ないけど。 病気は抱えていない」
昔から妙に身体は強かったし。
風邪なんて数年に一度くらいだ。
病院に行った事は……あったな。 でもただの怪我だ。
「成績も、留年するほど酷くはないと思う」
通知表を見る限り、上から数えた方が早かった。
「それに生徒証明証には僕の誕生年は1994年と書いてあったから留年は有り得ないと思う」
「私達と同じ年齢?」
天城さんが不思議そうに首を傾げた。
「おいおい、まさか有里は……」
花村が真剣な顔をして僕を見る。
何か思いついたのだろうか。
「タイムスリップとかじゃないよな? なんかありそうな気がしてきたぞ」
……期待して損した。
「いや、だとしても生まれた年まで変わるのはおかしいでしょ」
「それは、あれだ。 タイムスリップだから」
「……バカじゃん?」
「バカ言うなってバカって。 俺はこれでも真剣に考えているんだからな!」
「最近花村、クマに似てきたんじゃないの?」
「なるほどどうりで泡立ちが……んなわけねーだろ!」
「ぷっ、くっ、ふふ……」
天城さんが口元を抑えて笑い出した。
「千枝、花村君はクマじゃないよ……ふふっ」
笑いが止まらない。
なるほど、これが『ゲラ』というやつか。
「ただの喩えだっつーの! もう、有里くん真剣なんだから変な事言わないでよ花村」
「なんで俺!?」
……仲が良いようだ。

「……有里」
今までずっと黙って居た鳴上が、ようやく喋った。
「あの人は? 有里の保護者の……」
「葦流さん?」
「そう。 その人は年齢について、何も?」
僕は頷く。
葦流さんのあの反応は、僕が今年度十七歳になる事が当たり前のようだった。
あの人は何も知らない……と思う。
「その人がなにも言わないなら、有里の勘違いというのは?」
「どうだろう……」
葦流さんは一般人……だと思うけど。
「え、有里くん誰かと一緒に住んでるの? 親戚?」
里中さんは驚いたような僕を見る。
そんなに意外だったか。
「結構綺麗な人だった」
唯一見た事がある鳴上が答える。
確かに黙っていれば綺麗な人だとは思うけど。 黙っていればだ。
「マジで!? 芸能人だとどんな感じ? りせちー……は可愛いんだな、誰似だ?」
「誰似、か……そうだな、例えば……………………」
鳴上は黙ってしまった。
何か考えているらしい。
葦流さんが芸能人で言うと誰に似ているか、はそんなに考えるような事でもないと思うけど。
「……思いつかない」
「なんだそれ」
花村がコントのように転んだ。
「でも、なんだろう。 あの人に似ている人に何処かで会ったような……」
「都会でとか?」
都会…………。
都会でとかい?

……バカな事を言った。
無かった事にする。

「とにかく、スーツが似合う二十歳少しくらいの巨乳な人だった」
「すげぇ! 巨乳か……」
花村の視線が里中さんと天城さんの胸元へ行った。
視線は二人の胸元を往復。
「……どこ見てんの?」
「……最低」
二人の声が一段低くなった。
セクハラだ。
「大丈夫だって、まだ希望は消えてないからな! 機会はあるって」
「…………」
「…………」
二人の視線が刺々しくなった。
セクハラだ。


「……花村のアホはほっといて、有里くんと一緒に住んでる人がそうだって言うんだったら、そうなんじゃないの?」
「そう思うんだけど……」
納得がいかない。
まだ話していない事も、ある。
「たとえば里中さんの携帯の電話帳に、知らない人の名前がたくさんあったとしたら?」
「えっ……有り得ないでしょ、それ? 一人ぐらいなら、忘れてるだけであるかもしれないけど」
「でも実際にあった」
前の携帯を取り出す。
調べた限り、僕の知らない名前は一人や二人じゃ済まなかった。 なんと十人以上だ。
友近 健二、伊織 順平、アイギス、桐条 美鶴、伏見 千尋、宮本 一志などなど……。
何度考えても心当たりが無い。
「心当たりの無い名前が十人以上もあるのはおかしいと思う」
「そのうちの誰かに電話はかけたの?」
「昨日、何人か。 一人だけ繋がったけど」
繋がった、というよりかけてきた、が正しい。
「謎のノイズがはしって、切れた」
「…………はぁ? 謎のノイズってなんだよ」
花村の気持ちはよく分かる。
でも実際そうだったのだからそうとしか言いようが無い。
「しかもかけらないはずのこの携帯にかかってきた」
「ホラーじゃん!」
「ホラーだろ!」
……まあ、そうなんだけど。
「だからまともに話は出来なかった」
まともに話が出来ていれば悩みの半分以上が解決出来た気がする。
どうやってかかったのかどうして切れたのかさっぱり分からない。
「かけてきた相手は?」
「向こうは僕の事を知っているらしいけど、僕は知らない。 ……多分、ペルソナの事も知っている人だと思う」
でなかったら。
『メギドラオン』なんていう単語が出るはずが無い。
あの人のあの声で『メギドラオン』と言われると、思い出すだけでも寒気がする。

「その電話をかけてきた人は、有里の知り合いには違いないんだな?」
「だと思うけど……」
エリザベス、という名前には聞き覚えが無い。
いや、電話帳にあった名前なんだから完全に無いわけでもないのだけど。
「どういう話をしたんだ?」
「僕に記憶が無いという事や皆とテレビに入った話をして、エリザベスさん……そのかけてきた人だけど、エリザベスさんは僕に『協力する』と」
本当はたぶん八つ当たりのような事もしていたらしいけど。
たぶん、そこはあまり関係無い話。
閑話休題、と言っていたし。
「それで話をしようとしたら、ノイズがかかって電話が切れた」
間違って電源ボタンを押した、という事は無いはずだ。
「あれ、それだけ? それだとそのエリザベスって人、ペルソナには関係無いんじゃない?」
「ペルソナについて何も言わなくてかつ単語も知っていたから、使えるかはともかく知っているはずなんだけど」
「単語?」
「メギドラオンの事」
ただ口にするだけならともかくエリザベスさんが言うと寒気がするのはどうしてだろう。
「?」
四人は何の事か分からないらしかった。
頭の上にクエスチョンマークが見えた、気がする。
「昨日テレビの中でタナトス――僕のペルソナが最後に使っていた技だよ」
すると場の空気が一気に冷えた気がした。
「……ああ、アレか」
花村が顔をしかめる。
昨日確か半壊したと言っていたけど、被害はそれ以上ありそうだ。
半壊するほどの威力。 気絶した僕を抱えて階段を駆け下りた……とか?
「あれすごい技だったよね。 ブフとは全然違う感じだった」
「クマ君は『ものすごくヤバい』って言ってたけれど……確かに、ひどかった」
里中さんが興奮混じりに話すのに対し、天城さんは溜め息混じり。
なんだろう。 ものすごく罪悪感が。
「俺達、よく生きてたな」
鳴上が空を見上げながら呟いた。
どこか悟ったような口調だ。
どうしよう。
「……ごめん」
どうしてああなったのかは僕にも全く分かりません。

「いやいや、有里が謝る必要は無いんだって、うん。 あれのおかげでスパッと完二は助かったんだからな」
「私らだけじゃヤバかったから、あれは!」
「今度からは気をつけたら良いだけだよ」
「そういう事だ」
多分話す事が無くなったらしい鳴上が、メガネの弦を押すような仕草をした。
なんだろう。 皆が慰めようとしていてくれるのが分かるだけに、つらい。
別に僕がタナトスにメギドラオンをしろと言ったわけじゃない。
でも、犯人は僕みたいなものだから。
というか間違いなく僕が犯人だ。 咄嗟で他のペルソナを思い出せなかったとはいえ、大破壊技を覚えているようなペルソナを出してしまったのだから。
せめてもう少し穏やかな技を覚えていそうなペルソナを思い出せなかった僕が悪い。
他にも居たじゃないか、オルフェウスとか。
……少し不安か。

「……有里」
鳴上が真剣な顔をして僕を見る。
「もし有里が構わないって言うならだが、手伝ってくれないか? この事件の犯人を捕まえるのを。 一人でも仲間が欲しい」
鳴上の顔には『良いって言ってくれ』と書いてある。
「テレビの事を話してもきっと警察は信じてくれない。 だから、俺たちが捕まえるんだ」
皆も同じように。
この四人は連続殺人犯を捕まえようとしている。
相手がどんな人物かも分からない。 もしかしたら死ぬかもしれない戦いだ。
でも、やろうとしている。
冷静に考えればバカな事だ。

「僕で良ければ」

そして僕もバカだ。

ペルソナ。
テレビの中の世界。
僕の記憶のヒントはそこにあると思う。
協力しない理由なんて一つも無かった。




[39078] 第十七話、蒼き住人
Name: ぱっぱや暁◆83e87b2b ID:3fa72942
Date: 2014/03/31 21:56
ジュネスのフードコートを離れた鳴上 悠が向かったのは商店街だった。
未だ天気は晴れ。
ジュネスのせいで客足が途絶えたとはよく言われるが、『途絶えた』ではなく『遠退いた』が正解だろう。
確かにジュネスは品揃えが多くついそちらに足を運んでしまうのは仕方ない事だったが、鮫川を挟んだ位置にある商店街の客足が『途絶える』という事は無い様子だ。
立って見ているだけでも人通りはある。
そもそも大通りのすぐ近くなのだから、途絶える事だけは無いだろう。

鳴上が向かった先は四目内書店、ではない。
新しく出た本は既に買ってある。
ではその隣のだいだら。か。
いや違う。
いつもならテレビに入った翌日には手に入れた素材を売りに行くのだが、今回はその素材が無い。
昨日はシャドウとは会えず、素材が手に入らなかった。
戦って得るお金よりも、素材を売って得るお金の方が大きな収入源だったからこれは痛い。
より良い素材を売れば売るほどにより強い武器を買えるのだが、武器にはお金が要る。
武器を買って、四十六店でアイテムを買うとお金が無くなる。 足りないお金はバイトで稼ぐ。
素材が無いという事は買う武器も無いという事になるが、強い武器が無いのは大問題だ。
相手は強くなる一方だし今回の完二のシャドウなどはあんなのだがとても強かった。
有里が偶然にもペルソナを使えていなければ、全滅していたところだった。
だから強い武器が欲しい。
そのためには素材、お金が欲しい。
今回のテレビの中では完二を救出する事しか―― 一応それが最大の目的だけど――出来なかった。
次がどうなるか分からない以上、戦力を強化する事に問題は無い。

それにしても。 何故、シャドウが出てこなかったのか。
いつもなら最低十回は戦うのに、今回はたったの二回。 そのうち一回は完二のシャドウだったから、ほとんど一回しか戦っていないようなものだ。
シャドウが出てこなくなったのは有里が居るから、と考えるのが正解だが理由が分からない。
おそらく有里はテレビに入る以前からペルソナを使えた。
という事は条件は鳴上達と変わらない。
シャドウはペルソナを使える者を狙うはずだ。
でも、来なかった。
クマは『シャドウが怯えている』と言っていたがどういう事だろう。
有里を、怖がっていたのか。
一部を除くシャドウにまともな思考や感情があるのかは不明だが、そう考えるのが自然だ。

シャドウが有里を怖がる理由は何だろう。
本能的に怖い何かがあるのか。
確かにあんなにもペルソナを所持しているのは凄いが、それは理由になるのか。

霧が晴れるとシャドウは暴れる。
小西先輩や天城、完二の場合を考えるとテレビの中にはそれぞれ入った人の心の世界のようなものが作られる。
天城が西洋風の城だったのがまさにそれだ。
『白馬の王子様がとらわれの姫を助ける』のに相応しい場所だった。
そしてそれぞれのシャドウも、本人の心のどこかにあったものを誇張し代弁する。 つまり心の影響を受ける。
あの世界が何なのかは分からないが、心の影響を受ける世界であるのには間違いない。
だとするとシャドウが有里を怖がる理由とは、それに関係するはずだ。

だが具体的なところは分からない。
有里自身も状況をよく分かっていないようだったし、今分かる事では何も言えなかった。

とにかく有里には秘密がある。
隠しているのか覚えていないのか、どちらだろうが秘密があるだろう。

鳴上が向かったのは四目内書店でもだいだら。でもなく、その間だった。
本来ならそこはただ壁があるだけ。
でも鳴上にはそれが見えていた。

鳴上は扉を開く。
それと同時に、鳴上の意識は違う場所に居た。

静かなピアノの演奏が響く。
振動の少ない、まるで高級車のような内装となった青い車。
いつの間にか鳴上は座席に座っていた。
向かいにも座席がある。
本当ならそこに二人居るのだが。

いつもと様子が違う。
真正面に座っているはずのイゴールの姿が見当たらない


「あら……」
その隣に、静かに座っていた女性が鳴上を見る。
「これは、失礼しました。 何か、御用でしょうか?」
柔らかな金髪に陶器にも似た白い肌。
人形のような、という表現がよく似合う美貌をした青い服の女性だった。
「……と言っても、今ちょうど、主人は席を外しておりまして。 急ぎでなければ、また時を改めてお越し下さると……」
今回はイゴールは居ないらしい。
珍しいことだ。
いつ来てもあの長鼻の老人はあそこに座っているのに。
女性――マーガレットはふと首を横に振った。
「いえ、違いますね。 ここはお客様の定めと不可分の部屋……、この部屋で全く無意味な事は起こらない……この出会いにも、何か意味があるのでしょう」
「……実は、今日はマーガレットさんに話があって」
「私に、でしょうか?」
いつも微笑みを絶やさないマーガレットが少し首を傾げる。
「私でよろしければ、どんなお話でも聞かせていただきます」


「そのペルソナ全書の事です」
マーガレットが常に膝の上に乗せているペルソナ全書を指差す。
「このベルベットルームに来るのは、俺が初めてではないんですよね?」
「ええ。 貴方の前にもご客人がいらっしゃいました」
「その人達にもペルソナ全書がありましたか?」
「どの方も貴方と同じく何らかの形で契約をなされ、ワイルドの素質を持つ方、ペルソナ全書もございます」
鳴上の前にも、来た人は居る。
そしてペルソナ全書もある。
「ベルベットルームに来る以外にその全書を手に入れる方法は?」
「ございません。 主人の更に主人になるお方にはもう少し別の形でペルソナについて扱う事も出来るのでしょうが……このペルソナ全書と全く同じものは、此処でしか」
更に、あの全書を手に入れるには此処に来るしか無い。
という事は。
「俺の前に此処に来た人について、何か知っていませんか?」
「残念ながら……私は他のお客人にお会いした事は一度も。 会った事があるのは前任と主人でして」
主人――イゴールには後日会える。
もしかしたら此処を出てまた入ったら居るかもしれない。
「その前任の人は?」
するとマーガレットは、小さく溜め息を吐いてしまった。
前任について何か思うところがあるのだろう。
「前任は、突然居なくなってしまいました」
「……どうして?」
「私にも理解出来ない。 あの子が何故役目を放棄したのか……私は此処での役目があるので、テオ……弟に探させています」
……弟。
どうも人間離れして見えていたが、弟が居たようだ。
「じゃあ、他の人のペルソナ全書は前任者が持っているんですね」
「あの子は一冊だけ持ち出して行ったから、そうなるかしら」
もしも、その一冊が有里の持っているペルソナ全書だとしたら。
「マーガレットさん、俺の前に来た人の中に有里 湊という人は居ましたか?」
「ええ……二年前、前任が担当していた方よ。 もちろん主人もお会いした事があるわ」
……やっぱり。
有里は此処に来て、ペルソナの合成などを行っていた。
そして前任者からペルソナ全書を手に入れた。
どうして、どうやってかは分からないが。
「分かりました、ありがとうございます」
記憶があるのか無いのか。
嘘を言っているのか違うのか。
それは鳴上には分からない。
でも、二年前。
つまり2009年、有里は此処に来た。
そこだけは間違いない。
という事はコミュニティもその時だ。
その記憶が無いのはおかしい。
何かがあるに違いない。
有里が嘘を吐くことに何も得は無いと思われるが、だが怪しい。
「……ベルベットルームは招かれる客人の心と不可分。 景色も、住人の姿も、その時々の客人の数や定めに応じて、主に選ばれ、変わりゆく……」
マーガレットがそっと呟いた。
「私が貴方の担当になったのは意味があるはず。 貴方と話をする事で、あの子の行動が理解出来るのかしら」
「多分、出来ると思いますよ」
前任者が何故居なくなったのか。 当事者ではない鳴上には分からない。
でも、きっと理解は出来ると思う。
「フフ…今日の出会いの意味は、もしかするとその辺りなのかも知れないわね。 私には知りたい事があって、最初に迎えた客人が貴方……そして主不在の今日の出会い……」
微笑。
普段とは違い、そこに優しげな情を感じた。
「私たちはきっとどちらも特別なのよ……お互いにとってね」
マーガレットとの間に、ほのかな絆を感じる。
ふと鳴上は内に湧き上がるものを感じた。
この感覚にはよく慣れている。


『我は汝、汝は我……』
頭の中に声が響く。
『汝、新たなる絆を見いだしたり。
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、『女帝』のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん』

鳴上は女帝のコミュニティを入手した。
力が身体の中にめぐるのを感じる。


「……そうね、もっと貴方の事が知りたいわ。 貴方の類まれなるペルソナ能力を見せてもらおうかしら。 まずはスクカジャを持ったイッポンダタラから見せてちょうだい」
「えっ」
鳴上は思わず声をあげた。
それとこれとは関係が無いんじゃないか。
だがマーガレットは微笑む。
「千の言葉を使わなくてもたった一つの行動で心を震わせる事が出来るものよ。 ……ふふ、楽しみが増えたわね」
マーガレットは、そう言ってとてもとても楽しそうに笑った。


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