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[38714] 艦隊これくしょん   彼は深海棲艦の夢を見る
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/04/01 19:30
※オリジナル深海棲艦、オリジナル設定が出ます。オリジナル艦募集、名前募集、ステータス記載、ハーレムなどの要素も含みます。これらの要素が苦手な方はお気を付けください。
また公式設定との矛盾等もあるかと思います。読み進める上でご注意下さい。

艦隊これくしょん 彼は深海棲艦の夢を見る


 深海棲艦(しんかいせいかん)と呼ばれる存在がある。
 突如として深き海の底より出現した人類の敵。青い海を跋扈する異形の存在。
 より強大な存在になるにつれ美しい女性の外見に近づき、その暴威を振りまく魑魅魍魎。

 一説にはかつての大戦で海に沈んだ艦船やそれに搭乗し命を散らした船員達の怨念や憎悪が、長い年月を経て実体を得て生命ある者へ負の感情を撒き散らすべく現れたのだとも語られている。
 だが真実は誰にも分からない。深海棲艦達も自分達が一体いかなる存在であるかを、知っているモノはいないのかもしれない。

 確かな事は、深海棲艦は人類の敵である事。
 深海棲艦は通常の兵器で撃沈する事は極めて困難である事。
 深海棲艦はより強力な艦種ほど人間の女性に近しい姿を取る事。
 そして深海棲艦を打倒するには、時期を同じくして同じように紺碧の海より現れた少女達、すなわち艦娘(かんむす)の力が必要である事だった。

 深海棲艦や艦娘の存在がこれまでの世界にとって、あり得ない非常識、超常現象と呼べるような想定さえしていなかった事態であるように、深海棲艦や艦娘が出現した後の世界にも例外と呼べる事象は発生する。
 
 例えば、女性体しか存在しない筈の深海棲艦に、たった一体だけとはいえ男性体が発生した事。
 例えば、その男性体が深海棲艦の中では最も小型で、脅威度が低く知性もないとされている駆逐艦でありながら、明確な自我と知性を宿していた事。
 例えば、その深海棲艦が自身の事を人間であったと認識している事。



 意識の覚醒は突然で、状況の認識にはそれなりの時間が必要だった。
 自分は波間に揺られているようだった。背中や肩にはごつごつと硬い感触がある。
 そのままの体勢で仰ぎ見ると、何処までも青く澄んだ空に白い雲がふわりふわりと浮かんでおり、全身を撫でる風はほど良く暖かく心地よい。
 鼻の奥をつんと刺激するのは潮の匂い。

「海?」

 なぜ、海に? 分からない。分からないが、このまま波に揺られていても仕方がない。彼は上半身を起こそうとした。
 そして、ふと気付く。普通、仰向けに寝そべっている体勢から体を起こそうとするのなら、肘なり手なりを床に着くだろう。
 なのに自分はそれをせずに体を起こした。いや、もっと言うのなら手足の感覚が無い?

 なぜ? 再び新たに脳裏に浮かび上がる疑問符を解決できないまま、彼は周囲を見渡した。前には水平線がどこまでも続く紺碧の海。綺麗だな、と素直に思える。
 では次にと背後を振り返った。鬱蒼と生い茂る緑に覆われた山と白い砂浜が続き、砂浜には赤錆びた鉄の塊が漂着している。
 船? だろうか。船腹に巨大な獣に食い破られたみたいな大穴が開いていて、航行する力を失い、海流に乗って放浪した果てにこの島に辿り着いたのだろう。

 ふと、打ち寄せる波を見下ろす。ゆらゆらと揺れる波では見づらいが、それでも自分の姿をおぼろげにでも見る事は出来る筈だ。
 だが波が蒼穹の空を背景にして映し出したのは、どこをどうみても人間には見えぬ異形であった。

 彼の主観になるが高さ一メートル半ほどの黒い金属の塊。形状は縦に長いアーモンド形でそれが前を下に、後ろを上にする角度で傾いでいる。
 正面の真ん中よりやや下の辺りにきらきらと輝くほどに綺麗な白い歯が並び、その上に黄金の光球を輝かせる窪みが二つあった。
 眼と口、か? 

 また眼の脇に円形の台座に据えられた単装砲が左右に一門ずつ装備され、下端には裏面に隠れるようにして三連装の魚雷発射管があった。
 彼は有機物とも無機物とも判じ難い、見た事もない異形の姿を目にし、しばし思考を放棄した。徐々に戻ってきた思考が次々と疑問符を生み出す。

 どうしてこんな化け物がいる? ロボットか? それとも生物なのか? どうして自分が映る筈の波にこんな化け物の姿が映っている?
 最後の疑問符に最悪の可能性を思い至り、彼はおそるおそる、違ってくれと祈りながら身を捩った。目を瞬いた。口を開閉した。
 だがその度に波に映る化け物は体を左右に振り、黄金の眼球を瞬かせ、ムカつくほどに綺麗な並びの歯をかちかちと打ち合わせる。

「あ、あは、アハ、はは、ハハハハハハ!!」

 なんだこれ。ナンダコレ! これがおれか。おれがこれか! なんなのだこの性質の悪い冗談は!
 くそ、クソクソクソ! おれが何をした!? 誰かに大きな迷惑を掛けた覚えはないぞ。
 何だってこんな目に遭わなければならない! 誰がおれをこんな目に遭わせたのだ!!

 理解できない事態に対する現実感のなさと、認められない筈なのに目の前の波に映る怪物が自分なのだと理解できる矛盾。
 自分の人生を台無しにされた。自分の在るべき姿を奪われた。自分の進むべき未来を奪われた。自分の意思を無視した理不尽な何かに巻き込まれた。
 堰を破った洪水のように脳裏で暴れ狂う制御できぬ思考の果てに、彼の心に湧きおこったのは怒りだった。

 誰に向ければ良いのか、どうすれば鎮める事が出来るかも分からぬ怒りが彼の異形と化した体を震わせ、黄金の眼球からはドロドロと鬼火のような光が溢れ出る。
 なんなんだ、ナンナンダ、これは! それからどれだけの間、同じ困惑と罵倒の言葉を繰り返したのか、彼にも分からない。
 ただ蒼穹の空の真ん中で燦然と輝いていた太陽がいくらか傾ぎ始めており、決して短くは無い時間が経過したのは間違いない。

「畜生、こんな身体でも腹が減るのか」

 奇妙な事に異形と化した彼の身体であっても、襲い来る空腹感は人間であった頃のそれと大して変わりは無い。いや、むしろ空腹感は飢餓感と言ってよいほど強烈だった。
 この身体は一体何を食べれば良いのか。少なくとも人間と同じものではなさそうだ。いやそもそもこの世界に人間はいるのか、ここは自分が生きていた世界なのか、ここに自分以外の生命は存在しているのか。
 また新たな疑問が湧き出たが、生命力が抜け出て行く様な飢餓がそれらをすぐに忘れさせた。

「何を食えばいい、何を飲めばいい。どうすればこの飢えを満たせる!?」

 手足もない体ではあるが、幸いにして自分の思い通りに動かせ、ばしゃばしゃと波を掻きわけながら何か食えるものは無いかと見渡す彼の五感が、目的のモノを見つけ出した。
 こんな身体でも生存本能はあるのか、彼の感覚の全てはソレに吸い寄せられるように集中していた。

 それは砂浜に漂着していた赤錆びに塗れ、すっかり朽ち果てて役目を終えた船だった。アレを食え、アレなら食える、アレが飢えを満たすと本能が告げる。
 理性は飢餓と本能の前にはあまりにも無力で、彼は尻? の辺りにあるスクリューを勢い良く回転させて、海洋生物顔負けの速度で朽ちた船に近づくと思い切り齧りついた。

 彼の歯は錆びついているとはいえ船の船体を構わずバリバリと噛み砕く。口の中に広がる赤錆びと鋼鉄の味を、彼は嫌悪しなかった。
 ただ味覚は完全に人間ではないな、と他人事のように思っただけだった。
 酸化した鉄は量こそあったが飢えは僅かしか満たされなかった。どうやらこの身体は赤錆びた鉄では納得してくれないらしい。

 かすかに残っていた錆びていない鉄を咀嚼し、水たまりのように船内に溜まっていた重油をガブガブと音を鳴らして飲む。
 まるで何日も砂漠を放浪した旅人が、ようやく辿り着いたオアシスで水を貪るように、彼は鉄だけでなく重油も飲んで飢えを満たそうとした。
 美味い、美味い、彼は生きている事を実感した。唐突に異形の姿と化したとしても、餓えた腹を満たす事への幸福感は人間であった頃に勝るものがあった。

 空腹が満たされるまで朽ちた船を食らった彼は、ようやく満足して砂浜の上でごろんと仰向けに寝転がった。
 この異形の身体、どういうわけだが彼には分からなかったが、陸上での行動にもそこそこ対応しているらしい。
 ただ移動して見た感じで分かったのだが、尻らしき部位にあるスクリューで移動しているらしいので、陸上での移動は精々この砂浜が限界だろうとぼんやりと思う。

「そう言えば、おれ、なんて名前だっけ?」

 強烈な飢えとそれを満たせと強制する本能が退くと、思い浮かんだのはこの世界と境遇に対する疑問ではなく、自分自身への疑問だった。
 そして気付く。自分の名前が思い出せない事を。自分の家族や故郷、人間であった頃の自分がどんな姿で、どう生活していたのかもまるで霞に包まれている様に分からない。
 その代わりに、自分ではない誰かが自分の声でこう答えた。

――深海棲艦駆逐艦ン級型。

「深海棲艦? それがおれか? ン級型? 言い辛え! それもおれの事なのか!? 答えろ! なんだお前は。なぜおれの声で言う! おれに何をさせたい、おれに何を求める!!」

 返事は無い。代わりに与えられたのは深海棲艦としての知識と、同類以外への憎悪の念だった。
 突如として頭蓋の内側に炎が生じたような、あるいは無理矢理内側から頭蓋を押し開こうとしているような、言語に絶する苦痛が彼に襲い掛かり、のたうち回らせる。
 砂が散り、波が散り、彼はスクリューで岩を切り砕きながら海の中で少しでも苦痛を紛らわせようと暴れ狂った。

「ギ、ぎぎ、あアーーーーーーーーー!?」

 美しい歯並びの奥から溢れだしたのは言葉にならぬ叫びであった。
 受け止めきれない情報を無理矢理押し込められ、自分のものではない感情で自分の心を塗り潰されるおぞましさと屈辱。
 肉体に襲い掛かる痛みのみならず、精神を汚辱され侵食される恐怖と苦痛に、彼は流せるものなら血の涙さえ流した事だろう。

――ドウシテ自分達ダケガ沈マネバナラナイ。
――ドウシテ自分達ヲ沈メタヤツラハノウノウト生キテイル。
――ドウシテ自分達ハ冷タク暗イ海ノ底ニ居ナケレバナラナイ。
――憎イ。ニクイ。にくイ。怨メシイ。恨メシイ。
――恨ミヲ晴ラセ。奴ラモ我ラト同ジ目ニ。
――コノ怒リヲ、恨ミヲ、憎シミヲ全テノ生命アル者達ニ!

「知るか、おれの知った事じゃない! それはお前達の恨みだ、お前達の憎しみだ、お前達の怒りだ、お前達の悲しみだ! おれに押し付けるな! おれに植えつけるな! おれを勝手に変えるなあああああああ!!!!」

 誰も聞く事の無い彼の叫びが潮騒に飲み込まれ、天に輝く太陽が水平線の彼方に消えた頃。
 夜の支配者が月と星と闇に変わった時刻、彼はようやく意識を取り戻した。気付けば最初の覚醒と同じように、海面に突き出た岩に挟まる様にして仰向けに倒れていた。
 いまだ鮮明に残る痛みの残滓に、彼は眉を――無いが――顰めた。
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

「嘗めやがって、勝手におれの心を造り変えようとしたな! おれを別の何かにしようとしたな!! 誰かは知らねえ、だがてめえの思い通りになんてなるものか!!」

 かつて自分がどんな人間であったかは分からない。どうして深海棲艦になってしまったのかも分からない。
 だが自分に語りかけてきた、いや、自分を染めようとしたあの声。あの声の主達の思い通りにだけはならない。

 あの痛み、あの心を造り変えられるおぞましい感触に対する怒りが、彼の心を満たしていた。
 そしてそれは同時に彼の中に深海棲艦としての意識が芽生えてしまっている事を彼自身が理解し、既に自分がある程度造り変えられてしまった事への怒りもまた含まれていた。

 彼は痛みに精も根も疲れ果てた体を引きずるように動かして、なんとか朽ちた船の中へと潜り込み、砂浜に背を預けて、穴だらけの甲板を天井にして眠りに着いた。
 この深海棲艦なる肉体が眠れるのか甚だ怪しいものではあったが、瞼を閉じる要領で視界を閉ざしてみると、すぐに眠りは訪れて彼はそれに意識を委ねた。
 それでも心の奥深くでは、己を異形へと変えたあの声に対する怒りだけは、消える事は無かった。


 一夜明けて目を覚ました彼は、相変わらず自分が深海棲艦なる怨念が実体化した存在のままであると確認し、落胆の吐息を大きく零した。
 自己の精神を人間であると認識する彼ではあったが、何回海面を見ても難破船に残っていた僅かな硝子を眺めてみても、そこに映るのは黄金の眼球を持った異形の、金属製特大アーモンドの化け物である。

 諦めをたっぷりと含んだ溜息を吐いた彼は、とにもかくにもこれからどうするべきかを考えた。幸いにして思考そのものが鈍った様子は無い。
 ただ深海棲艦なんぞという異形に変わったにも拘らず、一夜眠って起きてみればその事実を半ば認めている事と、こうして落ち着いている事から既に心のどこかが壊れているか、侵された影響はあるのだろう。

 取り敢えず腹が空いたのでまた難破船を齧り、モーニングコーヒーの代わりに重油を啜って船の外へと出る。
 まず自分の置かれている状況を確認する為、周辺の海を自分の身体の試運転がてら見て回る事にしたのである。

 植えつけられた深海棲艦の知識の中には、通常兵器に対してはほぼ無敵であるが、対となる存在にして天敵である艦娘があった。
 はっきりと人間と分かる美幼女、美少女、美女が彼女達のサイズに合わせて縮小された軍艦の艤装を持ち、海上を自在に動いて深海棲艦と互角に戦い得る世界で唯一の存在。

 怨念や憎悪、悲嘆などから産まれる深海棲艦に対し、彼女達はその逆。国を、家族を、人々を守らんとする純粋で崇高な意思。
 自らの命を危機に晒そうとも、誰かの為に戦おうという善なる意思より産まれる。
 深海棲艦を怨霊の一種とするならば、艦娘達は英霊や精霊とでも呼ぶべき存在なのだ。

 故に深海棲艦は太陽の下を生きる命ある人々以上に、艦娘を憎む。恨む。羨む。どうして自分達はお前達のようには在れないのだ。
 どうしてお前達は自分達のように穢れていないのだと。そしてその感情は、彼の心にも僅かながらも確かに根付いていた。はたして艦娘を前にした時、自分の心がどうなるか、それが彼には不安だった。

 朝陽が水平線を黄金に染めながら顔を覗かせている時刻に、塒としている難破船を出航した彼は、まずはぐるりと島を一周した。
 右の単装砲の基部には、浜辺に漂着していた大きなシダ系統の植物の葉っぱで包んだ握り拳程の鋼材が引っ掛けられている。弁当である。
 今の自分がどれほどの速さが出ているかは分からなかったが、体感としては一周当たり十キロメートルほどの無人島と言った所だ。

 難破船が漂着していた砂浜が島の半分ほど続いており、残りの半分はきり立った岸壁と峻嶮な岩場となっている。
 ちらほらと岩石が波間から顔を覗かせており、通常の船舶では座礁の心配をしなければならないだろう。

 あの砂浜の難破船同様に流れ着いた残骸に燃料が残っているかを確認し、ちらほらと海面に浮かび、岩場から獲れる天然の資材の量や種類を確認する。
 それらを見つけるたびに彼は頭の中のメモ帳に記載し、難破船以外にも食糧を確保する当てが出来たと前向きに考える事にした。
 せめて良い事が一つくらいはあっても良いじゃないか、という自棄気味な考えもあったが。

 おそらくお昼くらいと思われる時刻まで周辺の資材確保ルートを確認していた彼が、岩場の一つに腰を落ち着けて波に濡れたお弁当を口にしようとした時、それは起きた。
 ふう、やれやれと手ごろな岩場によっかかろうとした時に、岩場の向こう側から鈍い駆動音のようなものが響き、そこから彼と似たような影の存在が出て来たのである。

「!?」

 驚きに思わず弁当を海に落としかける彼の前に姿を見せたのは、魚雷の先端に目と口が生えたような黒い深海棲艦、駆逐艦イ級型。
 彼にとって初めての深海棲艦の同族との邂逅であった。五インチ単装砲を備えたイ級は、深海棲艦と化した彼を前に、遅滞なく行動に移る。

 未だ驚きに襲われて動けずにいた彼に向けて、五インチ単装砲のぽっかりと穴の開いた砲口を向けたのだ。
 イ級はおれを敵と認識している、と彼が思考を閃かせた直後、爆音が轟いて波を砕いて飛沫に変えた。

後書き

某所に投稿しているリメイク作品の息抜きに。
かなり不定期になる予定ですが、深海棲艦がヒロインで主人公が経験値を積むと軽巡洋艦や戦艦やらに進化する設定です。

そして描けば出ると聞いたので、書きました。これで深海棲艦がドロップするか建造できますよね!?(錯乱)

追記
通行人さんからのご指摘で級名を変更しました。カ→ン→コ→レと進化するごとに名前を変えて艦これとするつもりだったのですが、私の知識不足でした。

朝区洋邦さんからのご指摘で誤字を修正しました。



[38714] ン級艦隊
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/14 20:53
 深海棲艦、艦娘を問わず駆逐艦は数ある艦種の中でも非力な部類に入る。
 戦艦や重巡洋艦の主砲はおろか副砲でも直撃を受ければ一撃で大破か、轟沈してしまってもおかしくはない。
 突然遭遇したイ級の5inch単装砲の直撃を受けた、ン級である彼にとって幸いしたのは、イ級が駆逐艦であり、武装もまたそれに相応しく火力の低いものであった事だ。

 砲撃を至近距離でまともに受けた彼は、勢いよく吹き飛んで背中から海面にダイブした。
 有機的な印象こそ受けるが、確かに金属の質感を備えるボディは盛大な波しぶきを上げて、彼の身体を太陽の光の届かぬ暗黒の海の底へと誘わんと見えざる手を伸ばす。
 砲撃の衝撃によって意識の空白を造り出していた彼が我に帰ったのは、いやに真っ白い歯の並ぶ口がごぼごぼと海水を飲み始めた時だった。

「げほ、ごほ! しょっぺえ!! くそ、なにがどうなって……」

 意識が混濁している為に砲撃を受ける前後の記憶があやふやな彼であったが、きょろきょろと忙しなく動かす視界が、再び単装砲をこちらへと向けているイ級の姿に気付くと、一つの感情が彼の思考を支配した。
 心の領土を塗り潰すのは、怒りだった。彼の身体と精神を一方的に、理不尽に造り替えたあの声の主に対するのと同じ怒りであった。
 わけも分からず一方的に砲撃を加えて来たイ級の振る舞いに対する憤怒が、彼を突き動かす。

「こっちがなにもしてねえってのに攻撃してくるたあ、てめえ、敵だな? 敵だな。敵だなぁ!? ぶっ壊してやらああ!!」

 怒りに支配された彼の思考と行動は至って単純で、行動にも即座に反映される。
 自分がどうこの異形の身体を動かしているかの意識もないままに、身体の両側面にある5inch単装砲が照準を正面のイ級に合わせる。
 単純な計算だ。あちらは一門。こちらは二門。正面からの砲撃戦ならば、数の多いこちらの方が勝るだろう。

 一応は同じ深海棲艦。初めてあった同類らしい深海棲艦であるが、彼に話し合いをしようだとか情報を得ようという考えも及ばなかった。
 理屈や分別というものは無く、彼の中にあったのは目の前の敵を許さないという怒りばかりであった。
 怨念や憎悪といった負の感情を原動力とする深海棲艦としてみれば相応しく、自らの精神を人間と考えている彼にすれば、実に不本意な行動だったろう。

「沈いずぅめえええ!!」

 ゴウ! と彼の身体の両側面にある単装砲が盛大な紅蓮の花を咲かせ、放たれた砲弾がイ級の至近に着弾して高々と水柱を上げる。
 後に彼は自分のこの身体のどこに砲弾が収納されているのか、ありもしない首を捻るのだが、今の彼にとっては小生意気にも一門きりの単装砲を撃ち返してくるイ級を沈めることしかない。

 感情は荒ぶるばかりの彼であったが、一射ごとにこの身体での砲撃に慣れてきたのか、あるいは最適化されているのか如実に砲撃の精度が増し、ジグザグの回避運動を取っているイ級の動きを捕捉しつつあった。
 そして数えて六発目の砲弾がイ級の正面装甲、人間で言ったら鼻面あたりに相当する箇所に直撃し、ベゴンと大きな音と共に円形に大きく凹む。

「うおおおお!!」

 初めての直撃に対する喝采の声を上げる事もなく、彼は勝機を逃してはならじと単装砲の連射を続ける。
 最初の一撃で既に大破状態にまで追い込まれていたイ級は、明らかに動きが鈍重となって足が止まる。すでに勝敗は決していたと言えよう。
 そして二発、三発と彼の放った砲弾が命中して、イ級の瞳から光が消えるとその小さな船体が中央から前後に真っ二つになる。

 イ級が完全に活動を停止した事を確認した彼は、ようやく頭に昇った血の気が引き、砲撃を止める。
 第一射から酷使された二門の単装砲は熱を持ち、砲口からはいまだに煙をたなびかせている。
 たった一戦、たった一隻を相手に相当数の弾薬を消費してしまったが、初めての戦いで感情に任せた激烈な戦い方をしたと考えれば、当然の結果だろう。

「はあ、はあ、はあ……。同じ深海棲艦だってんなら、いきなり襲いかかって来るんじゃねえよ」

 荒い息と共に吐いた言葉には、初めて遭遇した御同類を手に掛けた事に対する罪悪感が、ほんのわずかばかり含まれていた。
 彼はのろのろとした速度で、海面にいまだ浮かんでいるイ級の残骸へと近づいてゆく。
 真っ二つになった船体以外にも大小無数の残骸が浮かんでいるが、これらも直に産まれてきた場所へと還るだろう。

 せめて自分が沈めた船の最後の姿を看取ろうとイ級に近づいた彼は、戦闘の興奮が冷めた事もあってか、猛烈な空腹感に苛まれていた。

「くそ、一発とはいえ貰った事で受けたダメージと、撃ちまくった所為か? 戦う度にこれじゃなんて不便な身体だ」

 こいつらは普段どうしてんだ? と船体から漏れ出した燃料で海面を黒く染めるイ級の骸を前にした彼は、空腹感がこれ以上ないほど、それこそ自分の中に別の生き物として寄生していて、行動を誘導されているのではないかとさえ疑った。

「一応、肉体的には同類なんだよな? それなのにこんだけ食欲が注がれるってのはおかしいだろ。おれだけがおかしいのか、それとも深海棲艦はどいつもこいつもこうなのかよ」

 目がちかちかする位に空腹感は増し、彼の口からはだらだらと涎の滝が溢れている。
目の前に浮かぶイ級の残骸は、今や彼の目にはいつか自分が辿るかもしれないなれの果てではなく、この上なく食欲をそそる極上の食糧だった。
 彼は理性をかなぐり捨てて、グバっという粘っこい水音と共に涎で溢れかえる口を開いて、死相に凝り固まったイ級の顔面へと分厚い歯を突き立てた。

 バリバリ、ゴリゴリと硬質の物を無理矢理引き裂き、噛み砕く音がしばし潮風に混じり、鮮血の代わりに飛び散る燃料が海水に黒い斑を散らしては、すぐに海の青に溶け消えて行く。
 海面に浮かんでいた小さな破片に至るまで、無我夢中で食らい尽くした後、彼は自分がケダモノ同然に行った行為に呆然としたが、同時に自分の身体にも変化が起きた事を理解しした。

「なんだ、痛みが無い? 傷が治っているのか?」

 ふと波紋の収まった海面を覗きこむと、自分の身体には受けた筈のイ級の砲撃の後は無く、空腹感も収まっている。
 それだけではない。感覚的にではあるが、どうやら消耗した弾薬までもが補充されている様なのだ。 

 おかしい。おかしいが、実際にこうなっている以上は仕方がない。事実は事実として受け止める他ない。
 だがどうしてこうなっているのかは――強いて言えば歓迎すべき謎であることが救いか――憶測であれ、考えるべきだろう。
 といっても考えつくのはただ一つ。イ級を捕食した事だ。破片一つ残さずイ級の骸を食べた事で、イ級を構築していた鋼材や燃料、弾薬がそのまま彼の身体に還元されたのだろうか?

「もしそうなら、深海棲艦は積極的に共食いする種族なのか? それともおれが深海棲艦なのが身体だけで、中身は違う半端者だから? 
 どっちかっていや後者であって欲しいが……。いや、そもそも怨霊の類なんだから種族っていうのもおかしいか」

 だが、だが、と彼の脳裏に一つの考えが閃く。
 怨み、妬み、嫉み、憎しみ、羨み、といった負の感情から産まれ来るのが深海棲艦だ。
 それらの負の感情は本質的に理不尽で理屈では理解しきれないものではないのか? ならば負の感情の権化たる深海棲艦は、その行動も存在も理不尽であったとして何の不思議があるだろう。
 
 人間の常識や道徳、理屈や合理性ですら計り知れないのが、深海棲艦なのではないか。だから共食いをしたとして、不思議ではないのかもしれない。
 あるいは怨念が怨念を食らい、憎しみが憎しみを取り込み、怒りが怒りを貪る事によって負の感情はより黒々と濃くなり、冷たくなり、そしておぞましさを増す。
 そうして深海棲艦はより強大で恐るべき魔となるのかもしれない。もちろん、これはあくまで彼の推測にすぎない。
 与えられた深海棲艦としての知識の中にも含まれていない、根拠のないものなのだ。

「もしそうならこうして食い続ける事で、おれも深海棲艦として強くなってゆくのか?」

 精神の在り用はともかく肉体が深海棲艦となり、そして深海棲艦からも襲われると言うのならば、これから生き抜くのには絶対的に力が必要となる。
 食われぬ為に、そして沈められぬ為には、これからもより多くの深海棲艦を食らい、駆逐艦と言うヒエラルキーの底辺に位置する存在から逸脱しなければならない。
 だがそうして深海棲艦らしく在る事は、まるであの声の描いた図面に従って行動するかのようで、彼の心中には深海棲艦らしく生きる事への葛藤が少なからずあった。

「いや、結局生き延びなければなにもできやしない。あの声に吠え面をかかせてやるにも、やっぱりまずは力を付けないとか」

 彼の心の中心には、どろどろと粘っこく燃える憎しみと怒りの炎が絶えずあった。
 自分をこんな境遇へと陥れた何かへの報復の念。これが今の彼を支える最大の活力であり原動力であった。
 ああ、この憎悪と憤怒が在る限り、自分は確かに深海棲艦として相応しい精神の持ち主なのかもしれない。

 だが力を付けるのも、戦うのも、自分をこうした者へ報復をする為だ。
 今は掌の上で踊ろうとも、いつかはその掌を食い破って咽喉も食い破ってやる。彼は全身から憎しみの炎を燃やしながら、青い空の下で決意を新たにした。
 それから彼は幸運にも岩場の上に放り出されて無事だった弁当の鋼材を食べてから、孤島周辺海域の調査を再開する。

 とりあえず腹具合は十分目まで満たされているので、時折見つかる廃材は投網に包んで回収して、波間を掻きわけながら夕陽が傾き始めるまで泳ぎ続ける。
 時折遠目に深海棲艦の艦影が見受けられたが、それらはいずれも駆逐艦イ級ないしはロ級であった。
 彼らは多くが単艦で行動しており、いわゆる所のはぐれ達であるらしい。稀に二隻で行動している者もいるが、彼は今日は調査だけだと決めて彼らに襲い掛かる事はしなかった。

 周辺海域の地形や岩礁、小島の配置や天然の資材が採れる場所を頭に叩き込んだ彼は、水平線の彼方に沈みかける夕陽が世界を朱に染め上げる頃に、寝床兼食料でもある難破船へと帰還した。
 幸いにして彼が留守にしている間に他の深海棲艦が居ついている様子もなく、彼は風呂敷代わりの投網を難破船の中で降ろして横になる。

「強くなる。強くなる。それしかない。それしかできない。だが、必ずそれだけでは済まさねえ」

 力を付ける。食われぬ為に、食らう為に。沈められぬ為に、沈める為に。そしてこれ以上自分という存在を弄ばれぬ為に。
 確たる目的を見定めた今、彼の中に肉体的には同類たる深海棲艦を沈める事、そして食らう事への禁忌感も罪悪感も薄れつつあった。
 そうして負の感情を高める事もまた、あの声の思惑の内なのではないかと疑念と恐怖を抱きながら、彼は眠った。

 翌朝、太陽が半分ほどその姿を水平線の彼方に覗かせた頃に起床した彼は、早速行動に移る。
 今後の方針として彼が定めた行動を要約すると、以下のようになる。

一、自給自足。なにはともあれ燃料と鋼材の確保。
二、力を付ける為に深海棲艦との戦闘を行う。
三、ただし戦闘は相手が駆逐艦であり一隻である場合に限る。
四、艦娘を発見・遭遇した場合、極力戦闘は避けて離脱を最優先とする。

 一の燃料と鋼材は、この難破船と昨日の調査で見つけた天然の資材が確保できる場所でなんとかなる。
 また轟沈させた深海棲艦を捕食する事で補充する事も可能であるから、可能な限り損傷を抑えて勝利を重ねる限りにおいては、燃料や鋼材、弾薬の枯渇と言う事態に襲われずに済むだろう。

 そして勝利を確実にするためには、彼一隻のみの現状においては、一対一以外の状況は絶対に避けなければならない。
 同じ駆逐艦であるイ級やロ級と比較した場合、ン級である彼は武装や基本的な性能に置いて頭一つも二つも上回るようだが、それでもリスクは極力避けるべきと彼は考えていた。
 被った損傷はどこまで回復するのかは定かではないが、残骸を捕食する事で急速に癒える事は間違いない。
 味方の無い状況では、小さな傷一つをとってもどう転ぶか分かったものではないから、それでも損傷は最大限避けなければなるまい。

 そして四の艦娘に対する方針であるが、これは彼がいまだ艦娘そのものと相対していない事と、深海棲艦としてある程度造り変えられた彼の精神が、艦娘を前にどう働くか分からない事。
 さらに艦娘側のアクションが未知数――といってもまず深海棲艦とみなされ攻撃されるだろう、と彼は考えていた――事から、可能な限り接触を避けることで決めている。

 それにあの声は生命ある者達への憎悪を語っていた。ならば深海棲艦と対となる存在である艦娘との敵対行動は、まさしくあの声の望む深海棲艦としての在り方そのものだろう。
 そう考えた彼はあの声に対するささやかな反抗の意味合いも含めて、艦娘との積極的な接触を避ける事にしたのだった。

 朝陽の差し込む難破船で眼の醒めた彼は、弁当の鋼材を投網に包み、さらに穴の開いていた木箱にも苦労して網を掛けて単装砲に引っ掛けると意気揚々と難破船を後にした。
 昨日見つけた資材の獲得できる岩場や残骸が漂着している小島をはしごし、彼は今後に備えて見つけたわずかな鋼材や海水に濡れて使いものにならないような弾薬を木箱にどうにかこうにか詰める。

 もし損傷を負った時に、外に出られなくなったらこれらの鋼材を食べて傷を癒すのだ。
 在る程度の量が木箱に溜まったら、小島や岩場などの見つけにくい所に木箱を隠し、身を軽くして海に出る。
 そうして今度は資材ではなく単独で行動しているはぐれの深海棲艦を探して、海をあてどもなく彷徨う。

 はぐれの深海棲艦を見つけたとしても、すぐには襲いかからず何度も周囲の海域を見回し、他の深海棲艦の艦影が無い事を確かめてから彼はイ級やロ級へと襲い掛かる。
 正々堂々正面からではなく、ほとんどは相手のイ級などが気付いていない所を背後や側面から砲撃を放ち、奇襲するという戦い方だ。

 卑怯と謗られれば甘んじて受け入れる他ないが、生存を第一とする彼にとっては痛くも痒くもない。多少の情けなさはあったが、すべては正面から戦いを挑めぬ弱さが理由だ。
 いつかこの弱さを捨て去り、誰にも縛られず己の意思を貫き通すのに必要な強さを手に入れる為に、彼は今は如何なる謗りも蛙の面に小便と気にしないつもりだった。

 こうして更に捕食と戦闘を繰り返す日々を続けた。時には深海棲艦を見つけられず、資材採取のみに終わる日もあったが、それはそれで神経を尖らせずに済み、いざという時の資材の貯蓄に彼は集中する事が出来た。
 孤島の調査も相変わらず陸上調査は出来なかったが進展はあり、砂浜の反対側を良く調べてみると、海面から林のように林立する岩石に隠れて岸壁に縦に長い亀裂が走っているのを発見したのである。

 好奇心から満潮になるのを待って亀裂の中に入った彼は、亀裂の最深部が扇状に広がった地形をしていて、三日月状に岩の足場が出来ているのを見つけた。
 砂浜に漂着した難破船は否応にも目立つ。彼はここに貯め込んだ資材を移して、これからはこの亀裂の奥を拠点として活動する事に決めた。
 鍾乳石が無数に垂れ下がる天井からは、陽光や月光が幾筋か風と共に差し込んでおり、夜、就寝する際に射しこむ月光の幽冥な美しさに、彼はここを気に入り翌日からは一層深海棲艦狩りに励むのであった。

 戦いを繰り返す事で経験を重ね、沈めた深海棲艦を食らえば強くなるのでは、と根拠のない推測を建てた彼であったが、たび重なる捕食が彼の推測が正しいものであった事を証明した。
 ほとんどはイ級でまれにロ級を食らい続けている内に、彼は僅かではあるが自分が強くなる実感を覚えるようになったのだ。

 同種とはいえ駆逐艦であるから、上昇した強さは微々たるものの様であったが、それでも自分の行いが無駄でなかった事は、彼の心を随分と軽くした。
 そこには自分がこれまで沈めて捕食し続けてきた深海棲艦達が、ただ自分の空腹を満たすだけではなかったという、極めて都合の良い自己満足の解釈も含まれていたからだが、彼もそれは理解していた。
 無駄にならなかったからと言って、彼に沈められた深海棲艦達が納得するわけもない。もっとも知能らしい知能を持たぬ深海棲艦達が、どう思っているかなど彼には分かるはずもないが。

 自分は強くなっている。その実感が彼に意識しない所で油断を招いたのかもしれない。
 いつものように資材採取と深海棲艦狩りを行っていた彼は、波間に揺れる廃材を食んでいるイ級を見つけ、背後からこれに急接近して確実に、一撃で単装砲の砲撃で沈めようとした。
 いつも通りで良い。いつも通りにやれば勝てる。そう思った彼の聴覚をグォン、という砲撃音が揺さぶり、咄嗟に彼はその場から飛び退くように動いた。

 彼が一瞬前までいた空間に砲弾が着弾し、白い水柱が立ちあがって廃材を食んでいたイ級が彼の存在に気付く。
 気付かれた、と思うと同時に彼は砲撃の発射方向に視線を滑らせて、単装砲の照準を向けたロ級が最大船速でこちらに向かっているのとを認めた。

「二隻だったのか。おれの怠慢だな、くそっ!」

 自分自身への悪罵など後でいくらでも吐けばいい。今はこの状況を切りぬける事だ。
彼は今日に至るまでの何時死ぬかもわからぬ生活にすさんだ心で、すぐさま思考を切り替える。
 イ級とロ級は彼からそれぞれ90度の角度に位置していて、真上から見下ろせば綺麗な三角形が出来上がるだろう。

 当然、彼らが各個に動いている為、この三角形はすぐに歪んで崩れる。イ級は5inch単装砲一門、ロ級の装備は5inch連装砲一門。
 主砲の火力では連装砲を持たぬ彼が一歩譲るが、その代わりに彼には艦娘の装備である筈の三連装魚雷発射管がある。総合的に見れば火力は互角といったところか。
 だが異なる方向から別々のタイミングで降り注ぐ砲弾の回避は、これまで単艦のみを相手にしてきた彼にとっては至難の業。
 一対一の状況に固執してきた彼にとって、意図せぬ形で偶発的に生じたこの状況は、悪夢めいた物と言える。

「良いだろう、現状を維持し続けるだけなら衰退しているのと同じだ。ここらで一つ賭けと行こうじゃないか!」

 これまで食らった深海棲艦によって上昇した力、そして個体の能力では他の駆逐艦を上回ると言う自負が、彼の心中に蠢く憎悪の炎に新たな薪をくべて闘争の熱を全身へと巡らす。
 ドオン、ドオン、と意思の疎通が成されていない砲撃の合間を縫い、彼はまず与しやすい方から排除する事を決めた。

 イ級とロ級ならば微々たる差ではあるがロ級の方が強い。
 それにこちらへの砲撃や海面を走る動きを見るに、ロ級はこれまで見て来たロ級と比しても動きが良い。分かりやすく言えば、レベルが高いとでも評そうか。
 深海棲艦も新たに海の底から生じたばかりの個体よりも、長く艦娘との戦いを経て来た者の方が確かに強いのだ。

 自身の耐久力と装甲ならば、直撃弾でも四、五発は耐えられる筈、と彼は想定して多少の被弾を覚悟してイ級へと向き直り、イ級を中心に円を描く動きを取りながら単装砲の連射を始める。
 駆逐艦クラスの深海棲艦には明確な知性などはない。精々が犬猫に届くかどうかだろう。
 イ級は自分に連続して放たれる砲弾に晒されるが、轟沈への恐怖は無いらしく彼への砲撃の手を休める事はしない。

 彼の動きの変化に気付いたロ級は、即座に反応するが彼がロ級と自分との射線軸にイ級が来るように動いている為、思うように砲撃出来ずにいる。
 イ級が彼とロ級の位置関係を把握できていればすぐにでも解決できるような位置取りだが、彼しか見えていないイ級にはその発想は無いようだった。

「落ちろぉ!」

 ドドンと連続した5inch単装砲の砲撃音に遅れて僅か、イ級の額? 部分に二発の砲弾が命中して、イ級の戦闘能力も航行能力も一瞬で奪い去って、即座に轟沈せしめる。
 イ級の身体から噴き上がる黒煙がロ級の視界を遮る瞬間を狙い澄まし、彼はロ級が海面に残した航跡から位置を予測し、休まず単装砲を見舞った。
 彼の視界の先で立て続けに水柱が立ちあがり、その合間に翻弄されるロ級の姿が見えた。

「外した? いや、避けられたか!」

 思いの外やる、と考えた瞬間、波に揺られるロ級が、これ以上ないほど不安定な状態から、砲撃の反動でわずかに挙動が鈍っていた彼に連装砲を撃つ。
 音の壁を貫いて迫り来た砲弾は、彼が咄嗟に船体を右に傾けた為に直撃こそしなかったが、左の単装砲を掠めてわずかに砲身の根元の装甲をひしゃげさせた。

「かすり傷でも傷を貰ったのは久しぶりだな」

 砲撃に支障がない事を確認し、彼はロ級本体ではなく動きを封じるようにその左右へと単装砲の砲弾を降り注がせ、ロ級をその場に釘づけにするか前後にしか動けぬよう仕掛ける。
 傍目にも慌てた素振りを見せて、ロ級は左右から押し寄せた波に半ば船体を飲まれて、動きを封じられる。そしてそのロ級へと目がけて、海中に白い功績を描きながら迫る影があった。
 彼が単装砲の連射に僅かに遅れて放った魚雷だ。

「おれの勝ちだ」

 波に揺さぶられるロ級に魚雷を回避する術は無く、勝利を確信した彼の目の前でロ級は魚雷の直撃を受けて、船体からいくつもの装甲を飛び散らせ、爆炎に飲まれる。
 それを見た彼は、周囲に新たな艦影が無い事を確認してからロ級の元へと向かう。装備を失い、航行能力も失ったロ級は今にも沈みそうな状態で海面に浮かんでいたが、まだ完全に死んだわけでは無かった。
 せめてひと思いに楽にしてやるか、とわずかな憐憫の情と共に単装砲を向けた彼の前で、瞳を弱々しく輝かせたロ級が、歯並びの良い口を動かして小さく呻いた。

「ロ……ろ……」

 一瞬、彼の瞳に逡巡の色が過ぎった。



 彼がイ級とロ級と予期せぬ戦いを行ってから五日後、新たな拠点とした岸壁の亀裂に引き剥がした難破船の鋼材や、貯蓄した資材を運び込む彼の後ろを、親に続くカルガモの子供のように従う影があった。
 あの時、彼に轟沈寸前まで追い込まれたロ級である。
 断末魔の叫びかと思われたロ級の最後の言葉は、彼への屈服を示すもので、半信半疑ながらも異形を相手に憐憫の情を掻き立てられた彼は、ロ級を孤島近くの岩場まで連れてゆくと鋼材と燃料を与えて、取り敢えずの治療を施した。

 その中にはロ級と艦隊を組んでいたイ級も含まれていたのだが、ロ級は気にせず与えられる鋼材の破片や重油を一心不乱に摂取した。
 そうして二日目にはロ級は完全に回復し、途端に攻撃を加えて来るのではないかと警戒する彼に導かれて解放されたのだが、どういうわけでかロ級はその場を離れずに彼に従う素振りを見せたのである。

 これには驚きを隠しきれず、疑ってかかる彼であったが、ロ級は彼の指示を低い知能ながらこなそうと懸命に働き、間違えれば次にはそれを繰り返さないようにと努力して見せた。
 彼がロ級の真意を探るべく、はぐれ深海棲艦に襲い掛かる際、敢えて背を見せてみても砲撃は飛んで来ず、ロ級は彼に従順に付き従って同胞へと容赦なく連装砲を叩き込んでみせた。

 彼に与えられた知識が、ほとんど知性を持たぬ深海棲艦もより強力な深海棲艦に対しては、下位の深海棲艦が忠実に従い、それなりに艦隊行動を取る事が記されていた。
 これまで彼が目撃してきた単に行動を共にしているだけのなんちゃって艦隊とは異なる、まともな艦隊行動のことだ。
それでも深海棲艦達に戦術や戦略と言う概念があるかは、甚だ怪しいが。

 ロ級は同じ駆逐艦ではあるが、ン級である彼の事を自分を従えるに相応しい上位者と認識して、その下に降ったと言うわけだ。
 彼にとっては嬉しい誤算だった。
 二隻になった事で日々必要な資材は増えるが、それでもこれまで手出しを控えていた二隻編成の深海棲艦に仕掛ける事が出来るし、なにより味方がいると言うのは彼の精神衛生上良い方向に働いた。
 今日も今日とて自分の言う事に従い、精一杯命令を理解しようとするロ級と、つい先日新たに加わったイ級へ、彼は人間だったらはっきりと笑みを浮かべているだろう嬉々とした声で命じた。

「よし、今日はここまでで良い。夕飯にして、寝るぞ。ウミ、ソラ」

「ロ!」

 自分に尻尾を振る愛犬程度には愛着の湧いたロ級は、彼からウミという個体識別名証を与えられていた。

「イ!」

 そしてこの三隻の駆逐艦オンリーの深海棲艦艦隊最下位に位置するイ級は、ソラと命名されていた。
 鍾乳石の天井の隙間から射しこむ月光を浴びながら、三隻の深海棲艦は、彼を中心に右にロ級、左にイ級が並び川の字で仲良く就寝するのだった。



[38714] 改造
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/02/19 20:40
 わけも分からぬままに深海棲艦なる異形へと姿を変えられ、孤独の戦いを強要されていた彼。
 そんな彼であったが、今は同じ深海棲艦の駆逐艦イ級、ロ級が彼に従っている。
 それぞれイ級にソラ、ロ級にウミと名付けた事からも察せられるが、それまでが孤独で神経を張り詰めていた生活を続けていた反動によって、彼は自分の言う事をなんとか理解して従おうとするこの二隻に対し、本人の意識していない所で甘い対応を取っていた。

 三隻連れだって行っている資源回収や、拠点への物資輸送、深海棲艦狩りに勤しむ日々の中で、ソラとウミが被弾すれば彼らの傷が癒えるまで深海棲艦狩りは控えたし、手に入れた資材を彼一隻で独占する事もしなかった。
 そんな彼の対応にソラとウミがどう思っているのかは、獣と変わらぬ知性程度しか有さぬとあって彼にも分からぬ所ではあった。

 完全に岩壁の亀裂の奥へと資材を移し終え、駆逐艦に限ってだが深海棲艦との戦いにも慣れて来た頃、彼は三隻での艦隊行動に慣れた事もあり、これまでよりもより遠くへと足を伸ばす事を決めた。
 現状を維持するだけならこれまでと同じ日々を繰り返すだけで良いが、彼はいずれ駆逐艦を上回る力を持った深海棲艦や艦娘との遭遇・戦闘を考えて、今以上に戦力を増強する必要性を感じていたのである。

「これからはいつもより遠くのルートを回って行く事にする。駆逐艦以外の深海棲艦の姿を見た事はあるか?」

 拠点とした岩壁の亀裂の奥で、ソラとウミを前に彼が問い質すと二隻の駆逐艦はそれぞれが知り得る情報を素直に口にする。
 自分を裏切るのではないかと言う彼の不安に反し、二隻は彼に対して絶対服従の姿勢を変わらず示し続けている。

「イ」

「ロロ」

「ほう、軽巡洋艦が居るのか。修理用の資材もそこそこには貯まっているし、挑んでみるのもありだな」

 これまでの所駆逐艦しか周辺の海域には居ないが、そろそろより上位の深海棲艦に挑むのもありだろう。
 彼に与えられた深海棲艦の知識は、実際に実物を見てからでないと艦名など詳細な所が分からないと言う欠点がある。

 駆逐艦や軽巡洋艦、軽空母、補給艦、正規空母、戦艦などが存在している事は分かるのだが、それぞれの名前や姿、武装などは実物を目の当たりにしないと分からないのだ。
 イ級やロ級に関しても実物を目の当たりにしてその名前が分かった事で、艦娘についても存在だけしか知らず、どういった名前や姿、武装を持っているのかはさっぱり分からないのである。
 実際に目の当たりにした時の軽巡洋艦の戦闘能力が、自分の予想を超えなければよいが、と彼は一抹の不安を抱かずには居られなかった。

 これまでの資源回収ルートの外回りの為、拠点の南西方向へと出航した彼が感じたのは、回収できる資源の明らかな増加であった。
 天然の資源を回収できる場所が比較すれば、ではあるが多い事と波間に浮かぶ廃材の量も拠点付近の海よりも多い。

 これはそれだけ頻繁に周囲で戦闘が行われている事の証左であり、彼に一層気を引き締めさせる事となった。
 通常の深海棲艦駆逐艦の枠組みから外れた彼と、これまでの深海棲艦狩りによって着実に強さを増したウミとソラならば、この海域の駆逐艦を相手にしても引けは取らないとは思う。

「多めに燃料と鋼材を持ってきてはいるが、やっぱり被弾はしたくないな」

「ロ」

 はい、というウミの返事である。三隻全部が網で包んだ弁当と木箱を引いていて、木箱の方にはこれまでに回収した資源が仕舞われている。
 出撃で被弾を受けた場合、深海棲艦の自然回復能力を活かして弁当や資源を食べて、その場で修復する非常手段もあるから多少の無茶は効くだろう。

 時折姿を見せるイ級やロ級を駆逐し、それらを捕食して近代化改修と補給を済ませつつ、視界に入った小島で彼らは一旦休憩を取った。
 朝陽が昇り始める少し前に拠点を出航し、今はちょうど太陽が真上に来ている。これまでに消費した燃料や弾薬を鑑み、弁当を各々半分ずつ食べて補給を済ませる。

 一周するのに人間の足でも三十分と掛らない様な小島で、山は愚か丘などもなく数本纏まった木々がぽつりぽつりと生えているだけで、カサカサと砂浜を歩くヤシガニの姿が見受けられる。
 波に揺られ、太陽の光を浴び、ヤシガニの姿などを見ていると今の自分が深海棲艦なる異形に変わった事や、日々砲火を交えて命懸けの戦いをしている事をついつい忘れそうになる。

「まあ、波を見るか横を見れば現実だって分かるけどさ」

 彼の左右には主人に着き従う忠犬の如く寄りそうウミとソラの姿があった。
 この二隻が彼のようにリラックスしているかどうかは不明だが、少なくとも彼よりは周囲への警戒を怠っていないのは確かだ。
 それから十分ほど体感で休憩してから、彼はウミとソラに声を掛けて再び海に出て波をかき分け始める。

 更に未知の海域の地理を把握する意味も含め、彼は脳内の地図に小島や暗礁の位置を新たに書き加えながら進んで行った時、ついに、あるいはようやく外回りの目的の一つであった軽巡洋艦の姿を見る事が出来た。
 進行方向の彼方にかろうじて視認できる距離で見える影を認識した瞬間、彼は彼以外の誰かが彼の声で喋るのを聞いた。
 またか、と彼は顔を顰めつつ、与えられる情報に耳を傾ける。忌々しいがせっかくの情報を無駄にするわけには行かない。

――軽巡洋艦ホ級。

 その姿は灰色とくすんだ白とに塗り潰され、巨大な口の中から人間の身体が生えていると言う駆逐艦とはまた異なる異形である。
 縦に長い船体に不規則にいくつもの砲塔が積載され、口の中から生えている人間の身体はおおよそ乳房のすぐ下から上からだけが生え、頭部は下顎に比べて小さな上顎が仮面のように被せられていて、顔立ちを伺う事は出来ない。
 その代わりに長い黒髪がヘドロのように流れ落ち、死人のように青白い身体と豊かな乳房と合わさって、女性の上半身である事が窺い知れる。

「ふん、ようやく駆逐艦以外の深海棲艦を見られるわけか。他にはイ級が一隻。お前達はあっちのイ級を二隻で沈めろ。おれはその間ホ級の相手をする」

「ロ!」

「イー」

 彼の考えは軽巡洋艦という初めての敵の実力を肌で感じたかったのと、実力を把握できているイ級を二隻の戦力を集中させて速攻で轟沈させて、いざという時には三対一の状況を作るというものであった。
 周囲には身を隠せるような岩場や小島などは無く、一度会敵したら小細工を効かせられない地形だから、持てる戦力をぶつける以外に彼には選択肢が無かった。

「偵察機か、こちらからの奇襲は無理となると正面から殴り合いだな。やってやる!」

 ホ級の姿に目を引かれていたが、頭上には小さな影が旋回しており、彼はそれをホ級が出撃させた偵察機であると脳裏の声から教えられていた。
 偵察機によってこちらを発見された事で、向こう側は完全に戦闘態勢を整えていて、初戦は出来ればこちらから奇襲を掛けたかったという彼の希望は脆くも崩れ去っている。

 配下の二隻が敵イ級へと向かって行くのを確かめて、彼は艦首をホ級へと向けて最大船速で一気に広い海を駆ける。
 まず有効射程には遠いと分かった上で、ホ級の意識をこちらへと向ける為、彼は二門の5inch単装砲を連射。
 ドドド、と立て続けにホ級の進行方向を妨げるように水柱が上がり、彼の目論見通りにホ級の意識は彼へと向けられる。

「やっぱり知能は駆逐艦と大して変わらないか。簡単に動いてくれてありがたいこった」

 軽巡洋艦ホ級の装備は、5inch単装高射砲と偵察機。軽巡洋艦の主砲が駆逐艦のそれに劣るとは思えないが、総合火力ではこちらが上かという考えが彼の動きを大胆にする。
 目下、彼は火力こそが勝敗を決する最大の要因、と考えている口であった。
 ジグザグに進みながらこちらとの距離を詰めて来るホ級へ目がけ、弾薬の消費を考慮せずに砲弾をばらまく。

 海面に着弾すると同時に乱立する水柱に移る影を頼りに、ホ級の移動先を予測して囮の単装砲とは別に魚雷を発射。
 海面下を走る魚雷は野生の勘と言ってよいのか、不規則な回避運動を取るホ級を外れて損傷を与える事は出来なかった。

「先制攻撃で仕留めたかったが、射程にはまだ遠いな」

 黄金に光る彼の瞳が、ホ級の砲撃の爆炎を捕捉した。流石に軽巡洋艦と駆逐艦では射程が違うのか、探知能力の差かホ級の砲撃は思いの外、彼の至近距離に着弾して彼の船体を大きく揺るがす。
 損傷には至らないが彼の動きを短い時間阻害し、彼の砲撃が一旦止む。ホ級は彼を軸に円を描く動きを見せ、一定の距離を保ったまま砲撃を放ち続けて来る。

「砲撃の精度は数で補うしかないか」

 今まで不利になる戦いは可能な限り避けて、格下ばかりを相手にしてきたツケが回ってきたな、と彼は愚にもつかない事を心の中で吐き捨てる。
 ウミとソラが敵のイ級を片付けて合流してくれれば数の暴力で圧倒できるだろうが、二隻に対する不安を抱えている彼は、力を誇示し自信を得る為に単独でホ級の轟沈を欲していた。
 傍から見れば愚かしいとも言えるが、彼が今後も二隻を従えて行く為にはどうしても不可欠な事でもある。

(砲撃の音と爆炎から直撃を貰っても一発、当たり所が悪くなければ二発までは耐えられる。問題はそれで勝ったとして、傷を負ったおれの言う事にウミとソラが従うかどうかだが……)

 あるいは傷ついた自分を前に好機と捉え、攻撃してくるのではないか? その懸念が彼の心を言葉の鎖で縛り、動きを鈍らせる。
 ドォンと轟く音と共に彼の前方至近に砲弾が着弾し、彼の身体を大きく仰け反らせて海面に叩きつける。

「がっ!? くっそ、余計な事を考えてはいられないか。今は、目の前の戦いの事だけを!」

 幸い意識を刈り取られる事は無く、彼は戦闘中に余計な思考を挟んだ自分を罵り、彼は体勢を整えると二撃目、三撃目を当てようとしてくるホ級へと進路を取る。
 彼とて無駄に弾薬を浪費したばかりではない。彼我の速力の差、ホ級の転進に必要とする時間、砲撃の間隔を観察していたのだ。

 砲撃の狙いを定めさせないために、より細かく不規則性を意識して左右への移動を船体への負担を誤魔化しながら行って、ホ級との距離を詰めて行く。
 いかに深海棲艦とて無限に砲撃が行えるわけではない。彼自身も骨身に沁みて理解している補給の難しさを考えると、ホ級とてもこのまま撃ち続けては居られまい。
 わずかに砲撃の間隔が伸びる隙を狙い澄まし、彼は更に更にと距離を詰めて行く。

 砲弾を消費しているのは彼も同じだ。可能であれば一撃で沈める。そうするには命中を避けられぬ至近での砲撃を決めるしかない。
 砲撃の間隔が伸びた隙を狙い、彼は射角を広く取り魚雷を発射する。彼自身細かく動きながらの雷撃では当然当たるべくもないが、彼とても当たるとは思っていない。
 ただ回避しやすいように発射し、ホ級の回避先を誘導する位の芸当ならできる。

 そうして彼が誘導したとも知らぬホ級は彼が望んだ方向へと回避し、彼はそこへ体当たりする位の気持ちで一挙に距離を詰め、彼の接近に気付いた時にはもう彼の単装砲二門の照準はホ級へとワイヤーで繋がっているかのように固定されていた。

「くたばれよ!」

 彼の口から叫びが上がるのと同時に単装砲は爆炎が形作る大輪の花を咲かせ、ホ級の人体部分に直撃するや、女の柔肌と見える装甲を抉って血液の代わりに燃料を撒き散らす。
 動きを止めるホ級へ、彼は持てるすべての火力を叩き込んだ。ホ級の残骸を捕食する事も脳裏には無く、ただ目の前の敵を沈めることしか考えなかった。



 彼がホ級を跡形もなく破壊し尽くし、今日の出撃を切り上げた彼は、無事にイ級を撃沈させたウミ、ソラと共に拠点へと帰投した。
 幸いにして帰路での深海棲艦との遭遇は避けられ、これ以上の消耗と損傷は避けられた。ホ級との戦闘で彼が負ったのはかすり傷程度であり、数で勝っていたウミとソラも傷らしい傷は負わずに勝利を収めている。

 その事に安堵しつつ安全な拠点へと帰投した彼は、ホ級を轟沈させた頃から際限なく膨れ上がっていた食欲の解消に勤しむ事となった。
 ソラは必要な分だけの燃料を弾薬を補給するだけだったが、彼となぜだかウミもまた過剰なまでに弾薬と鋼材を貪っており、これまでこつこつと貯めていた資源は見る間に消費されていった。
 そして彼がようやく空腹が満たされるのを感じ始めた頃、彼の身体に急激な変化が生じ始める。

「なん、だ。体が熱、痛い。なに、が!?」

 体の中を別の生き物に貪られ、食い破られる様な、あるいは内臓を抉り取られ別の何かを麻酔なしで移植されている様な、彼がこれまで経験した事の無い痛みと不快感が、全身の末端から末端に至るまで襲い掛かり始める。

「ぐぎぎ、ぎぎ」

 噛み締めた歯が砕けるような力で噛みながら、彼は必死に耐えた。はたして一分か、十分か、それとも一時間か。
 彼が襲い来る痛みに耐えきった時、彼の視界に移ったのはホ級と同じく青白い死人の色をした逞しい人間の手であった。
 鍛えられた筋肉の乗ったごつごつとした人間の、男の手。

「なに? おれに腕は無いはず」

 すると彼の視界にまた新たな手が。左手である。先ほどのは右手だったらしい。彼は自分の意思どおりに動く手を動かして、ぺたぺたと自分の身体をまさぐってみる。
 突然の事態に呆然としつつ岩壁に立てかけていた鏡を見る。
 するとそこにはホ級のと酷似した船体の下半身に、見事に割れた腹筋と厚く逞しい胸板とが露わになった男の上半身が生え、左肩に6inch連装速射砲を、右肩には冗談のように巨大な刀を背負い、口と両眼だけが露わになったつるりとした仮面を被った姿があった。

「姿が、変わっている?」

 ごく当たり前の疑問を彼が口にすると、もう聞き慣れたあの無機質な声が打てば響くような絶妙のタイミングで答えてくれた。

――深海棲艦軽巡洋艦ン級。

「ン級なのは変わらないのか、しかしこれは何だ? 進化? 改造?」

――ン級特殊機能『改造』。一定の経験を積み、一定の資源を消費する事で自己を改造する。特定の艦種を轟沈させた数によって改造による変化は異なる。なおン級配下の艦も改造が可能となる。

「何気に重要な情報だな。これが確かなら、普通の深海棲艦は改造はされず、ン級だけが改造を行えるってわけか」

 思案に耽る彼の肘のあたりを、くいくいと引っ張るものがあった。

「ん? ちょっと待て引っ張る? ソラにもウミにも腕は無い……」

「ヘ」

 振り返る彼の視界には、深海棲艦軽巡洋艦ヘ級の姿があった。
胴体のほとんどを口が構成し、そこから剥き出しの左腕と左眼の穴だけが開いた仮面を被った頭、そして右腕の肘から先が駆逐艦の頭部に似た砲塔と一体化している。
そのヘ級が左腕で彼の腕を引っ張っていたのだ。
 一瞬、思考が停止する彼であったが、ヘ級に敵意が感じられない事と、まるで褒めて欲しがっている犬のような雰囲気を醸し出している事から、ある結論を導き出した。

「ひょっとしてウミか?」

「ヘ、ヘ!」

 するとどうやら彼の考えは的中したようで、ヘ級ことウミはとても嬉しそうに首を何度も縦に振るのだった。

<続>

深海棲艦軽巡洋艦ン級
・6inch連装速射砲
・22inch魚雷後期型
・斬艦刀


ン級特殊機能『改造』
一定の経験を積み、一定の資源を消費する事で自己を改造する。特定の艦種を轟沈させた数によって改造による変化は異なる。なおン級配下の艦も改造が可能となる。

ン級特殊機能『生産』
深海棲艦と物理的な接触によって設計データを交換する事で新たな深海棲艦を相手に生産させる。相手方の深海棲艦が設計データを受け取った後、一定の資源を消費する事で生産が実行され、必要となる時間が経過した後生産が実行される。
現在は深海棲艦のみと生産を行える。なお生産出来るかどうかは確率による。


こんばんわ。4-4攻略中の作者です。相変わらず深海棲艦がドロップしません。さすがに深海棲艦の軽巡洋艦でイチャコラは書けませんでした。イケるという提督はすごいと思います。



[38714] 艦娘
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/29 10:20
 ン級特殊機能『生産』
 深海棲艦と物理的な接触によって設計データを交換する事で新たな深海棲艦を相手に生産させる。
 相手方の深海棲艦が設計データを受け取った後、一定の資源を消費する事で生産が実行され、必要となる時間が経過した後生産が終了する。
 現在は深海棲艦のみと生産を行える。なお生産出来るかどうかは確率による。

「ぐむむ」

 拠点である岩壁の裂け目の奥で彼は唸っていた。それは何度確認しても脳裏に聞こえてくる生産に関する説明が理由だった。
 特に彼の意識を引いたのは物理的な接触によって云々の箇所である。
 彼にはその物理的な接触が具体的にどのような行為であるかが分かっていた。

 例えばだ。駆逐艦であった頃には無かった物理的接触に必要な身体的器官が、軽巡洋艦となった今では存在しているし、意識して動かす事も出来る。
 下半身の艦体前方部分に装甲内部に収納されているソレがあるのだ。これを使って深海棲艦と設計データの交換を行い、生産させるのだが……。

「……」

 彼は海辺でじっと自分を見ているウミとソラを見た。軽巡洋艦へと改造を済ませてからすでに二日が経過している。
 二日間の間に三十隻以上の同胞を撃沈させ、近代化改修と補給を兼ねた捕食を重ねた事によって、ソラもまた駆逐艦イ級から軽巡洋艦ホ級へと改造を済ませていた。
 軽巡洋艦三隻となった事で戦力の強化と共に日々必要となる資源も増えたが、それはまだ火急的な事態ではない。

 彼はホ級となったソラの船体を見回す。腹部から下は船体に埋もれているが、ソラにはウミには無いものが確かに存在していた。
 胸である。あるいは乳、乳房、おっぱい、読み方は様々だ。
 彼にじっと視線を注がれているソラは、駆逐艦時代にはできなかった首を傾げるという行為をし、彼の視線の意味を理解してはいないようだ。

「ソラ、ちょっとこっち来い」

「ホ」

 素直に彼の言う事に従い微速で近づいてきたソラをまじまじと見つめてから、彼は咳払いを一つ。

「んん、ソラ。これからお前を触るが別にお前を傷つけようだとか、そういう意図は無い。嫌ならすぐに止めるからな」

 有無を言わさずに行為に出ればいいのだが、いちいち確認を取るあたり彼はヘタレの謗りを免れまい。

「ホ? ホ」

 彼の意図が分からぬソラは、取り敢えずと言った感じで返事をする。
 駆逐艦から軽巡洋艦へと改造された事で、これまでよりはいくらか知性を感じさせる言動をするようになっているが、それでもまだ彼のように人間と変わらぬ知性を備えてはいない。
 それでも彼に対しては一切警戒する様子を見せていないのだから、よく懐いていると言えるだろう。
 ソラから了承を得た彼は、ウミがぼんやりとこちらを見ている事に多少バツの悪さを覚えたが、両手をソラの剥き出しの乳房へと伸ばし、おそるおそる触れた。

「おお、柔らかいな。深海棲艦だからか、ちょっと冷たいが」

 人間の女体と変わらぬ柔らかさと弾力、張りを持っているにもかかわらず、彼の掌は金属と同じ冷たさを感じていた。

「???」

 ソラは自分の胸部甲板を繊細な硝子細工を扱うようにして触る彼に、不思議そうに首を傾げるが不快な色は無い。
 彼が何のために自分の胸に触れているのか、まるで理解していない様子だ。
 まずその事に彼は安堵と、相手の無知を良い事に良からぬ行為に及ぼうとしている自分への罪悪感を覚えた。

「あ~痛かったりしたらすぐに言うんだぞ」

 こくりと首肯するソラに、彼はじゃあ続けるからなと短く言ってソラの乳房へと再び手を伸ばす。実験と検証を兼ねた行為が終わったのは、それから一時間後の事である。

「ん、まあ、こんなもんか。悪かったな、ソラ」

「ホ、ホ……」

 彼の声にソラは答える事が出来ず、青白い肌をほんのりと赤身が射して肩を大きく上下させている。
 ソラの表情は仮面代わりの上顎の残骸によって伺う事は出来ぬが、荒い呼吸や力無くぐったりと海面に浮かぶ姿からは、彼の愛撫で女としての諸感覚を芽吹かされた事が伺える。

 彼はそんなソラの様子に気付いた風もなく、腕を組んでううむとなにやら思案の海に潜っている様子。
 彼が突然ソラの胸を弄んだのには一応理由がある。
 深海棲艦を相手に生産させる事が出来るようになったと言う事は、彼女らを相手に劣情を催すようになっている筈だ。

 彼はそれを確かめる為に、取り敢えず人体のパーツを持つソラを相手に自分の性欲が刺激されるのかを確かめたのである。
 執拗なまでにソラの胸を刺激し続けたのも、自分の性欲が疼くのかを確かめる為の実験的要素を含んでおり、決して彼がソラの肉体を欲したからではない。

(うーむ。こんだけソラの胸を触りまくったが、ちっともそういう気分にはならんし、勃たん。
 おれがまだ深海棲艦を相手に欲情する神経じゃないから? それとも軽巡洋艦相手だと生産させられないから? まあ、少なくとも駆逐艦は無理だよな)

 実際に行うかどうかは別として、ソラとウミに新たな深海棲艦を生産させるのは無理っぽい、と彼が取り敢えずの結論を下していると、コンコンと彼の下半身の船体を軽く叩く音がした。
 彼が顔を上げてみればそこにあったのは、ウミである。どのような表情を浮かべているのか窺い知れぬが、どことなく不機嫌そうに彼には見えた。

「ヘ!」

「うん? 自分にも構えって?」

 ウミは何度も首を縦に振るう。どうやらウミを放ったらかしにしてソラばかりを構っていた事が、彼女には不満であったらしい。

「まあ別に構わんが、ふうむ」

 彼はしげしげとウミのヘ級としての船体を見回す。
 ホ級は乳房の下から首までは人間の上半身と変わらぬものであったが、ヘ級の船体は口級の後ろの装甲を突き破るようにして頭部と腕が突き出た姿をしている。

 青白い肌が覗いているのは精々が首筋や二の腕位のものだ。これではソラへ施した様な愛撫は中々に難しい。
 取り敢えず彼は、ウミの仮面に覆われた頭や口級を思わせる胴体部分の装甲を撫でる事にした。はたしてこれでウミが納得するかは彼にも自信が持てない所ではあったが……

「ヘ~~」

 取り敢えずウミはそれで満足の様であった。まだ性的な知識が乏しい事が、上手い具合に作用してくれたらしい。
 その日は結局そのまま休息日として、続きをねだって来るソラとそれを見てまた構って構ってと寄って来るウミの相手に費やし、彼は一旦生産機能の事を棚上げにするのだった。



 彼が調査を終えた海域において、軽巡洋艦が二隻以上艦隊を組んでいる事はまずない。最大で軽巡洋艦一隻、駆逐艦三隻までの四隻構成が確認できた最大戦力だ。
 数の上では劣っていても軽巡洋艦三隻、それもン級の艦隊に所属する恩恵によって近代化改修(厳密には違うが)を何度も受けた状態のウミとソラが居れば、四対三の戦いにもまず負ける事は無い。

 目下、自分を深海棲艦へと変えたナニカ。彼はそれをおそらく深海棲艦の源となる怨念と憎悪の集合体と予測していた。
 このナニカの言う事に対し絶対に従わぬ、と彼は己の心の自由を守る為にも固く決めていたが、ただ意思を強く持つだけでそれが叶うかは不明だ。

 またあの声は太陽の下で生きる生命全てを憎んでいた。あの声の主を敵と認める彼からすれば、声の主に従い行動する深海棲艦と敵対する事は自明の理。
 深海棲艦を沈める事があの声に対して、彼が出来る敵対行動だと言えよう。またその過程で深海棲艦との戦いを経験し、撃沈せしめた彼女らを食らう事で自分自身を強化する事も出来る。
 故に彼は自らをより強大な深海棲艦へと改造する事と、勢力を広げていずれ自分を始末しにくるだろう声の主に対抗できる戦力を確保する事を考え始めていた。

 最大の懸念はこうして自身の艦隊に組み込んでいるウミやソラ、また今後新たに傘下に加わるだろう深海棲艦が、土壇場で自分を裏切って孤独の戦いを強いられる事であった。
 人間の意識を持つ彼だからこうして自ら考え、自らを律して行動できるが、そうでない深海棲艦達では声の主の支配に逆らうのは難しいだろう。

「考えても仕方ない、か。今は身の安全を守る為に自分を強くする事を考えるしかないな」

「ヘ、ヘ」

「ホォ……」

 彼は右手でウミの船体を猫の咽喉を擽るように撫で、左手でソラの柔らかな乳房を揉みながら、当面の行動方針を固めるのだった。
 この時、彼はこの行為を切っ掛けに自分の艦隊に加わる深海棲艦達が自分に触れられる事を御褒美として認識し、積極的にスキンシップを求めて来る事を知る由もなかった。
 そんな彼は行動方針を固めた後はそれに従って行動に出るのみと考えて、貯蓄した資源と相談しつつ彼は新たな海域にも出撃し、イ級、ロ級、ホ級、ヘ級の残骸を山と造り上げて、それらを次々と食らい続けた。



「きぃえええええ!!!!」

 まるで猿の咆哮のような叫びと共に、彼は右八双に構えた斬艦刀を肉薄した重雷装巡洋艦チ級の左頸部へと叩きつける。
 チ級は咄嗟に左腕を掲げるが、彼の全力と重量を込めて叩きつけられた斬艦刀は、その分厚い刃でもってチ級の装甲と肉と骨とをゴリゴリと断ち切り、チ級の左頸部から腹部まで一気に斬り込んだ。

 彼は刃を通して感じられる艦船の装甲を断つ感触と、人体を構成する柔らかなものを断つ感触の二つを感じたが、それに吐き気を催す事は無かった。
 深海棲艦になる前からよほど人を殺し慣れているのか、それともン級にされた時に精神を造り変えられてしまったのか――彼は心の片隅で疑念を呟く自分の声を聞いたが、それを無理矢理心の奥底へと押し込めた。
 彼は、人間と異なり血の代わりに燃料を噴水の如く噴出させ、海中へと沈みゆくチ級にほんのわずかばかり悲しみの込められた視線を送り、黙したままその姿が見えなくなるまで見送り続けた。

「ホ?」

「ヘ」

 黙然と海の上に立つ彼の後姿に傷を負ったのかと心配したウミとソラが声を掛け、彼はゆっくりと振り向いた。
 振り向くまでの間に、より人間に似た姿をした深海棲艦を躊躇なく斬れた事への感傷は、なんとか消し去る事が出来た。

 ウミとソラ、新たに加わったイ級二隻、ロ級一隻の無事な姿もある。彼は新たに加えた駆逐艦達に名前を付ける事をしなかった。
 彼が土壇場で裏切られる可能性も考え、いざという時には見捨てられるように愛着を抱くまいと考えた為である。
 
 本来であればウミとソラも名前など付けない方が固執しないで済んだのだろうが、既に手遅れである事は彼自身自覚していた。
 ウミとソラに関しては使い捨ての道具として見る事は、もはや難しいだろう。少なくとも年単位で共に過ごした犬猫に対する位の愛着はあるのだ。

「何でも無い。全員、損傷は無いな? これから基地へ戻るぞ」

 日々の資源消費を覚悟で艦隊の数を増やした彼は、与えられた知識の中にあった通り、艦隊を最大六隻で編成していた。
 正規空母や戦艦でも高い指揮能力や戦術規模での判断が出来ない深海棲艦では、纏まった艦隊行動を取るのは六隻が限界なのだ。

 ごく稀に泊地や母港へと終結した深海棲艦が、数十隻あるいは数百隻単位で侵攻する事もあるが、これは戦艦や正規空母以上の上位艦種の存在による、と彼は推測していた。
 彼にとって腹立たしい事に深海棲艦の行動パターンやどのような艦種が存在するのか、彼には漠然とした知識しか与えられておらず、明確な対策が取れない現状にある。
 彼は、これを深海棲艦の主たる存在が彼をン級に造り替えた時、自我を残す彼に全ての情報を与える事を危惧したのであろう。

 幸いだったのは深海棲艦最大の天敵でありもっとも憎悪を向ける艦娘も、通常六隻までの編成となっている事だろう。
 これは負の感情の集合体である深海棲艦は、単体であってもその船体から微量の瘴気を発しており、従来の電子機器や方位磁石などを狂わせる効果があり、艦娘達の艦隊編成に大きく関与している。

 当初人類側はこの深海棲艦の特性によって大いに混乱し、これを打破する為に艦娘のほかに妖精という存在を持ちだした。
 掌に乗る程度のデフォルメされた女性の姿をした妖精は艦載機の操縦、艦娘の建造をはじめ、戦闘のみならず艦娘をあらゆる面で支える霊的存在である。

 その妖精の中に深海棲艦の瘴気の中にあって、進むべき進路を指し示す羅針盤妖精なるものがいる。
 この羅針盤妖精達は従来の航法では永遠の放浪に陥る所を、最大でも片手の指ほどにまで航路を絞り、艦隊を導く妖精達の中でも極めて重要な役割を持つ妖精だ。

 しかし陰陽術、風水、ヨーロッパの黒魔術、アフリカの呪術、原始の密林に住まう部族に伝わるまじないとありとあらゆる霊的技術を導入した羅針盤妖精であっても、導き得る艦娘は最大で六隻までなのだ。
 この為にもし彼が艦娘の艦隊と激突する事があったとしても、戦うのはこちらと同じ最大六隻までで済む。

 南西方向にある新たな海域への出撃を切り上げた彼は、やや手狭に感じられるようになった基地へと戻り、今回の収穫の配分を取り仕切る。
 全艦に消費した分の燃料と弾薬を配給し、傷を受けていたなら回復するのに必要な鋼材を渡し、目立った戦果を上げた艦には余分に鋼材と燃料を渡して戦功を称える事も忘れない。

 基本的には軽巡洋艦であるウミとソラとが競うように戦果を上げる事が多いが、稀に運よく単装砲が命中し、駆逐艦達が戦果を上げる事もある。
 その日のMVPに報償としての資材を渡す時に、その船体の一部を撫でる事も最近ではすっかり通例となり、彼もそうする事になんら疑問を抱いていない。

 こうしている時点で深海棲艦達に愛着を抱かない様にする、という彼の考えは破綻している様な気もするが、彼はまだその事に気付いてはいなかった。
 各艦への配給が終わった彼は、天井の隙間から見える月を見上げながら眠りに着いた。

 人間によく似たパーツを持ったチ級を屠った事で夢の中でその骸でも見るかと思った彼だったが、彼に悪夢が訪れる事は無かった。
 それが深海棲艦に夢を見る機能が無いからなのか、それとも彼の心がチ級を屠った事を何とも思っていないからなのか、彼は分かりたくなかった。



 拠点としている岩壁の切れ目から南西方向にある諸島群の海域では、新たにチ級の存在を確認したが彼や駆逐艦達の砲弾が通じぬ相手ではなく、その雷撃能力こそ脅威であったが、万全の状態であれば交戦を躊躇うほどではなかった。
 経験を積ませる意図でウミとソラとに交代で遠征艦隊の指揮を取らせ、彼自身は残りの駆逐艦を率いて出撃を重ねて捕食と資源回収を行う。

 彼が配下となった深海棲艦達に対して口を酸っぱくして教え込んだのは、中破以上の損傷を受けたらそれまで回収した資源を捨てても構わないから撤退する事。
 また眼に着いた敵に各艦ばらばらに攻撃を仕掛ける事を禁じ、可能な限りこちらの火力を集中して一隻ずつ確実に沈める事。

 自分以外の味方の動きと位置関係に常に気を配り可能なら援護を、それが無理なら最低限味方を誤射しない事。
 旗艦の指示を良く守って自分勝手な判断で行動せず、艦隊から勝手に離れるような真似はしない事。

 概ねこの四つである。これを徹底する為に彼は言って聞かせ、やって見せ、間違えればその都度懇切丁寧に指摘し、修正し、それでも伝わらずに時々めげたりもした。
 基本的に旗艦や指揮者に対しては従順な深海棲艦達は、頭の上に疑問符を大量に浮かべ、彼の言う事がいまいち分からないなりに従ったので、五日も経つ頃にはなんとか彼が及第点を下せるくらいにはなった。それでもかなり大甘な採点ではあるが。

 彼がこれまで遭遇した深海棲艦に比べ、格段に人間に近い姿を持つチ級の首を刎ね、腹を貫き、心臓を串刺しにする事にも慣れた頃、彼は軽巡洋艦へと改造を果たした時同じ感覚に襲われた。
 まるで体の中に穴が開き、そこに船体を構築する鋼材や燃料を吸い取られている様な耐え難い空腹感。

 堪えられないものではないが、いつまで続くとも分からぬこの感覚は心地の良いものではない。
 この時、出撃した彼が伴っていたのはウミ一隻で、ソラは駆逐艦達を率いて遠征に出ている。
 周囲の海面に浮かぶ船体を輪切りにしたイ級の残骸や、ウミの砲撃で下半身を失ったホ級の船体を回収しつつ、まだ昼の時刻ではあったが急いで基地への帰路に着く。

「ちっ、改造の兆しとはいえこの腹の減り方は忌々しいな」

「ヘ……?」

 彼に寄りそうウミは気遣わしげに彼に問いかける。彼は、これでウミの喋り方が笑われている様な『ヘ』でなかったら良いのに、と心の中で思った。

「大丈夫だ。敵艦隊との遭遇を避けて引き上げる。お前こそ身体は大丈夫か?」

「ヘ!」

 どうやらまだ捕食か経験が足りないのか、ウミには改造の兆しが現れていないようだ。これで二隻とも腹ペコだったら目も当てられない事態になっていた所だから、不幸中の幸いと言えなくもない。

「今後はこういう事を想定して、二隻での行動は避けるべきだな。ん? おいウミ、二時方向に漂流物があるようだが、見えるか?」

「ヘ? ……ヘ、ヘ!」

 こくこくと頷くウミと共に漂流物へと近づいてゆくと、それがどうやら廃材やドラム缶の類ではなく、海面にかろうじて浮かぶ女性二人である事が分かった。
 最初漂流物としか認識していなかった彼だが、妙な勘が働き、近づくにつれてそれらの正体が分かると、我知らず息を飲んでいた。
 力無く波間に揺れているのは、人間の女性の身体に艦船ものと思しい艦橋や煙突、砲台を備えた少女達だった。

「艦娘か、よりにもよって……!」

――給糧艦間宮。
――暁型四番艦電。

 目を閉じ意識を失って海面に漂う二隻を前に、彼は深海棲艦となって目覚めてから初めて艦娘に遭遇したのだった。



長門翔鶴出ない病に罹患中の作者です。こんばんわ。
息抜きで書いているので戦艦や正規空母まではさくさく改造する予定です。生産もそこら辺からということで。

問題です。この後電と間宮さんはどうなるでしょうか?

1.紳士の主人公は手厚く看護した後解放する。
2.恋に落ちて鎮守府も深海棲艦もいないどこかへと駆け落ちする。
3.電達とウミ達との三角関係のこじれによって刺される。
4.生産機能を存分に発揮する。



[38714]
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/02/19 20:47
「ヘ!」

 波間に浮かぶ間宮と電へ砲塔を向けるウミを、彼は咄嗟に手を差し出して制止した。

「よせ。こいつらにおれ達に抗う力は無いし、そもそも意識が無い」

 ウミは彼の指示に初めて戸惑う素振りを見せたが、それでも旗艦として認めている彼からの指示は絶対であり砲塔の照準を二隻から外す。
 彼自身初めて艦娘を前にしたわけだが、改造の兆しである飢餓感にも似た空腹感こそあれ幸いにして憎悪の念はまだ湧きだしてはいない。
 改造を終えた途端に電達への殺意が湧きだすのか、それともこのまま敵意を抱かずに済むのか……。

「ヘ?」

 どうするのですか? というウミの問いに彼は思考の海から引きずり出され、数瞬判断を迷い、これで良いのかと思いつつもウミに命じた。

「このまま連れ帰る。おれは艦娘達や人間側の情報を知らなさすぎる。
 これまで姿を見る事の無かった艦娘達がどうしてこの海域に居るのか、どれだけの戦力が付近にあるのか確認する良い機会だ」

 ウミは彼の判断に不服そうであったが、それを見た彼が軽く船体を撫でると不満の色を沈めて、波間に揺れる二隻を回収に向かう。
 一方で彼は周囲に漂う深海棲艦の残骸など、戦闘の痕跡に目をやっていた。原型を保っている残骸や破片などから、おそらく二隻ほどの駆逐艦が電と交戦し撃沈されたのだろう。

(戦闘艦ではない給糧艦がここに居る事もおかしい。電はこの間宮の護衛か何か……深海棲艦に襲撃を受けて間宮を逃がす為に護衛の艦隊から電だけを伴い、戦場から離脱したと考えるべきか?)

 彼の想像が正しければ、近海で深海棲艦の艦隊と元々電が所属していた艦隊とが交戦している事だろう。
 周囲の駆逐艦達は電と間宮への追手か、たまたま水底から浮上してきたのと偶発的に戦ったか……。

「ちっ、取り敢えずこの場から離れるのが先決か。さっきから腹も減ったままだしな。ウミ、曳航する用意は出来たか」

「ヘ!」

 彼の問いかけに、ウミは資源回収用に持ってきていた荒縄で自分の船体に括りつけた間宮と電の姿を見せる。
 電の武装は多少凹みがあり傷が付いているが、まだ使える状態にある。途中で目を覚まされては面倒なので、先んじて弾薬を全て抜いておく。

「よし、急いで戻るぞ。余計な戦闘をしたくは無い」

 そうして彼は二隻分の重量が増えて船速の鈍ったウミに合わせ、すっかり住み慣れた岩壁の拠点へと引き返すのだった。


 当然のことながら深海棲艦最大の敵である艦娘を伴っての帰還は、彼の艦隊に所属するソラや駆逐艦達に歓迎される事は無かった。
 電の姿を認めた瞬間、先に遠征から帰って来ていたソラや駆逐艦達はウミごと砲撃する寸前にまでいったのだ。
 咄嗟に彼が怒声を放って止めなければウミごとまとめて電と間宮は、海の藻屑へと変わっていた事だろう。

「待て! こいつらにはまだ利用価値がある。こいつらに危害を加える事はこのおれが許さん」

 ざわざわと主砲や魚雷発射管の照準を向けたままざわつくソラ達に険しい視線を向けつつ、彼はウミに間宮達を岩壁の最奥にある狭い砂浜に降ろすよう指示を出す。

「お前達がこいつらを敵視するのは分かる。だが、こいつらに利用価値があるうちは危害を加える事は断じてならん。いいな?」

 背に電と間宮を庇う位置に動き、彼はウミ以外の部下達に命じるがそれでもソラや駆逐艦達はまだ納得をしていない風だ。
 彼は内心で舌打ちをしながら強引に押し切るしかない、と腹を括る。
 今回の事が原因で彼女らが離反するかもしれないと考えると、はたして間宮と電にそこまでの価値があるか彼には正直判断しかね、分の悪い賭けと言えるだろう。

「これは命令だ。反する者には容赦なく罰を下す。おれの命令に反した者は褒めてもやらん。撫でてもやらん。最悪の場合はおれの艦隊からの除籍する事も考えている。肝に銘じておけ」

 褒めない事と撫でない事が罰になるなどと普通なら考え難い事だが、これが以外に効果を表し、特にソラに衝撃を与えて即座に砲塔の照準を逸らしたばかりか、駆逐艦達に照準を向けるのを止めるよう動くほどであった。
 通常深海棲艦の間ではあり得ないスキンシップを伴う論功行賞が、彼の意図しない所で良い効果を発揮したと言える。

 取り敢えず落ち着かせる事が出来たと判断した彼は、先ほどからひっきりなしに体の内側で声を上げている空腹を満たすべく、資材を貯め込んでいる一角へと向かい、そこに区別して置いてある鋼材と弾薬へと手を伸ばす。
 ウミとソラは何事かひそひそと話し合い、落ち着かない様子の駆逐艦達を宥めながら電達へ監視の目を光らせている。

 その間に彼は改造に必要な資源を食らい終え、二度目となる全身の細胞と肉体の変化を受け入れはじめていた。
 全身を内側から無視に食い破られている様な苦痛に耐える為、砂浜に這い蹲る彼の身体の内側から耳を覆いたくなるような音が響き始める。

 ゴキリゴキリと有機物と無機物とが入り混じる骨格が伸び、縮み、入れ替わり、装甲を兼ねる皮膚が火に焙られた様に熱を持ち、かと思えば氷水に付けているかのように冷たくなる事を繰り返しながら変容し始める。
 獣の唸り声が彼の食い縛った歯の奥からこぼれ出し、砂浜に這い蹲る彼の身体が見る間にシルエットを変えてゆく。

 船体の形を維持していた下半身は漆黒の装甲に包まれた二本の足へと代わり、両腕も肩口から指先に至るまで同色の装甲に覆われて、十本の指先にはそれだけで鋼鉄も引き裂けそうな禍々しい爪が備わる。
 顔面を覆っていた仮面は砕け、鬼を連想させる二本短い角が生えた額当てへと形を変える。

 野放図に伸びた髪は首筋に掛るまでの長さで、光を照り返す事の無い闇を思わせる色をしている。
 腰に巻かれた鎖により長くより肉厚になった斬艦刀を佩き、背中の右側に8inch三連装砲、反対の左側に6inch連装速射砲、右腰には艦娘の装備である筈の四連装魚雷発射管を備えていた。

――重巡洋艦ン級。

 彼の脳裏に新たな姿となった彼を定義する声が聞こえ、彼は重雷装巡洋艦を跨いでの改造か、と思った以上の変化に喜びの笑みを浮かべる。
 だがそれは思わぬ事態によって妨げられる事となった。彼の声を使う彼ではない者は、改造の結果を告げるだけに留まらなかった。

――殺せ。

「なっ!?」

 冷たく響く声と共に彼の身体は彼の意思を無視して動き始め、新たな形状を得た斬艦刀の柄を握る。
 彼の身体が電と間宮を斬り殺そうと動いている事に、彼はくそがっ! と叫ぼうとしてそれすら出来ぬ事に更なる悪罵を心中で重ねる。

――殺せ殺せころせ殺せコロセ、壊せ壊せこわせコワセコわセ壊せ。

「勝手な事を人の頭の中でごちゃごちゃと!」

 彼は這い蹲っていた姿勢から立ち上がり、下手くそな人形劇のようにぎこちなく一歩、また一歩と未だ目を覚まさぬ電達へと近づいてゆく。
 先ほどの発言とは異なり全身から黒々とした殺気を放ちながら電達へと進む彼に、ウミやソラ達は戸惑いの視線を送って止めるべきかどうか判断が付かない様子だった。

――なぜ艦娘を壊さない沈めない殺さない。アレは我らの敵。我らは影。艦娘は光。
 我らは影、深き影、底無き闇、永久の闇。艦娘は我らと異なる。艦娘は光、眩き光、三界を照らす光。
 憎め憎め憎め、憎め! 恨め、怨め!! なぜ我らは影なのだ、なぜ我らは闇でなければならない!? 
 全てのものに闇を、全てのものに破滅を、全ての生ある者に我らと同じ苦痛を与えん! 
 それがお前の役目、新たな深海棲艦、終わりの深海棲艦たるお前の宿命。我らに従え。我らの剣たれ。我らの砲弾たれ。我らの憎悪たれ!!

(ふ、ざけるな。それはお前達の憎しみだ、恨みだ! おれの憎しみではない。おれは生ある者を怨んじゃいない。おれが憎むのも怨むのも貴様らだ。おれをこうしたお前達だ。
 おれはお前達の言いなりになどならん! おれが戦うのはおれの意思。この異形の肉体もおれの心も、おれの憎しみも怒りも恨みもなにもかも! なにもかもがおれ自身のものだ!!)

――我らに産み出されしお前が我らに逆らうか? 我らに逆らえると思うか?

(逆らう。逆らって見せよう。抗って見せる! この姿と力を与えたのがお前だとしても、このおれの心までは好きにはさせん。
 おれの心までも貴様らの意思で縛ろうと言うのなら、何時の日かおれは貴様らの息の根を止めてくれよう! 
 下らん八つ当たりを撒き散らす怨念なぞ、光の届かぬ海の闇の中で眠っていればいい。
 おれが戦うのも、おれが深海棲艦を沈めるのも、もしこの先艦娘と戦うとしても、沈めるとしても! それは、すべておれの意思で行う。そこに貴様らの意思なぞ介入する余地は無いのだ!!)

 彼に残された最後の尊厳、最後の矜持たる心の自由。
 それを浸食せんとする深海棲艦の源であろう怨念に、彼は断固たる拒否の意思を伝えて、消えろとひたすらに強くその一念を念じる。
 彼の意思の強さに免じてか、あるいは無駄な足掻きと嘲笑っての事か、それ以上彼の脳裏に声が聞こえてくる事は無く、彼は鬱陶しい奴め、と心中で吐き捨てて鞘から半ば抜いていた斬艦刀を戻す。

「何でもない。ウミ、ソラ、それぞれ資源を補給しておけ」

 それだけ伝えて彼は軽く頭を振るい、僅かに残るめまいを振り払って壁に立てかけてある大硝子を見た。そこに映る自分の姿をしげしげと眺め、顔をぺたぺたと触る。
 先ほどまでは仮面に覆われてみる事の出来なかった自分の素顔だが、はたしてこれが本当に自分の顔なのかと問われれば、今一つ自信が持てない。
 なにしろ深海棲艦となる前の記憶がほとんどないのだ。自分自身の名前や容姿も忘却の霧の彼方で、硝子に映る男の顔が自分のものと思えないのだ。

「まあ、良い男ではあるか」

 死人のような肌の色と爛々と輝く黄金の瞳が人外めいていて、初めて彼を目にした尋常の人間なら一目散に逃げ出すだろうけれど。
 新たな姿の観賞をすぐさま切り上げた彼は、ん、というかすかな声と身じろぎする音に気付き、電達を振り返る。

 見た目は妙齢の女性と十代前半の少女といえども船娘と艦娘である以上荒縄や鎖では拘束し得ないから、武装だけ取り外してそのまま放置していたのだが、どうやらようやくお目覚めのようだ。
 先に目を覚ましたのは、幼い外見とはいえ曲がりなりにも深海棲艦との戦いを担う艦娘たる電だった。
 砂浜に手を着いて体を起こし、まだぼんやりとしている瞳で周囲を確認すると、自分達を注視している深海棲艦の姿に気付き、驚くと同時に傍らに居る間宮に気付いて咄嗟に背後に庇う。

「ほう、この土壇場でも自分では無く護衛対象を優先するか。なかなかどうして、少女の身成りをしていても中身は歴戦の兵と褒めておこう」

 幼い身体にセーラー服を纏った電の外見から受けるいかにも健気な印象を裏切る行動に、彼は嘘偽りなく称賛の声を零した。
 彼の声に反応して電がゆっくりと彼を見た。間宮もようやく目を覚ました様子で、痛むのか頭を押さえながら上半身を起こす。
 電に対して間宮は割烹着を着こみ、長い茶色の髪をリボンで括った妙齢の美女だ。

「ようやくお目覚めか。ようこそ我らの巣へ」

 からかうように告げる彼の姿と言葉に、電のあどけない顔立ちにその名前のような驚きが走る。

「深海棲艦が……喋った?」

「お前達の間では深海棲艦は喋らぬというのが通説か。面白いものが見られて良かったな。珍しい例がちょうどここに居るぞ」

 電は咄嗟に主砲を彼へと向けようとするが、痛み傷ついた体ながらに素早いその動作も、向けるべき武装が既に取り外されていては意味がない。
 やはり、外見通りの子供ではない、と彼は電への警戒の意識を一段引き上げる。
 安易に危険な行動には出ない分、新兵よりは扱いやすいが虎視眈眈と脱出や反撃の機会を伺われるリスクは増すだろう。

「電に間宮だな。お前達には色々と聞きたい事がある。こちらの要求に従う事と、安易な考えに捕らわれぬ限りはお前達の安全は保証しよう」

 ウミやソラ、駆逐艦達から向けられる敵意を敏感に感じ、電はかすかに小さな体を震わせながら彼をじっと見つめ返す。
 小動物めいた印象を受ける動作だが、牙を隠した小動物だ。なかなかどうして肝が据わっている。

「電達に聞きたい事、ですか? 何を知りたいのですか?」

 訝しげではあるが電は彼との会話に応じる事にしたようだった。
 彼が電や間宮から艦娘側の情報を得ようとしている様に、電もまた会話が成り立つ彼との交渉によって、自分達の身の安全とこれまで聞いた事も無い男性型の深海棲艦である彼の情報を聞き出そうとしているのだろう。

 彼もまた電の意図を理解していたが、彼にとって失うものはもはや自分の存在のみだし、そもそも彼とて自分の事は分からない事だらけなのだ。
 仮に情報を提供しようとしたとしても、伝えられる事が絶対的に少ない。だから会話によって情報を引き出されようと一向に構わなかった。

「そうだ。おれはお前達艦娘や人間達の事をあまり知らん。無知である事は罪ではないが、無知であり続ける事は愚かだろう」

「……」

「せっかく深海棲艦と会話できる貴重な機会だ。せいぜい情報を引き出そうと目論んでみたらどうだ?」

 それでもなお沈黙を守る電に、彼は肩を竦めて背を向けた。突然与えられた情報を一旦整理する為の時間を与える為だ。
 こう言う時に相談できる相手が居ない事を彼は悔やんだが、すぐにどうこうできる問題でも無いから、溜息を一つ吐くだけで留めた。

 脳裏に響いたあの声を退けた後も、艦娘達に対する強烈な殺意や敵意の類は彼の胸の内に生じてはいない。
 電が短慮に走らなければ危害を加えないと言う約束は守るつもりであるし、武装を返すわけには行かないが、損傷を修理する程度の事はしてやっても良いと思っている。
 曲がりなりにも深海棲艦ながら艦娘を案じる自分に、ほとんど思い出す事の出来ない過去の自分は、艦娘と接する機会の多かった人間だったのかもしれないな、と考えもした。

「ヘ」

「ホ」

「ん? ああ、なんでもない。気にするな。お前達にも無理をさせるが、電と間宮に危害を加えるなよ。イ級とロ級達がおれの命令を無視しない様監視も頼む」

 ウミとソラは彼の頼みに対し不承不承ながらも頷くが、やはり彼女たち自身も完全に納得はしていない。
 彼の命令を無視した時の罰を恐れるのと、彼の命令だから電達に手を出していないだけであって、艦娘を拠点に捕らえておく事で得られるメリットなどはまるで考えつかないらしい。

「ふむ、とりあえずあいつらを捕らえておくと得があると思わせる事が出来ればいいが、そうそう都合よくもな……」

 彼は顎に右手を添えて思案しながら、話し合いをしている電と間宮を振り返る。
 電の損傷はささやかなもので、これで武装さえ取り戻せば彼の艦隊に所属しているイ級やロ級を振り払い、ここから脱出する位の事は出来る錬度がある様に見える。
 
 ただ間宮さえ抑えておけばここから脱出する事は無いだろう。
 生真面目な性格なのか、間宮を護衛すると言う任務に拘っているようだし、仲間を見捨てられるような娘でもあるまい。
 どうしたものかなと考えていた彼だが、間宮を眺めている内にふと思いつく事があり、砂を踏む音を立てながら二隻の元へと近づいてゆく。

「話し合いは済んだか?」

「なんですか?」

 彼が話しかけると、電はすぐさま反応して間宮を庇いつつ険しい視線で彼を睨む。
 改めて電の顔立ちを見た彼は、大きな目の下の隈や顔色の悪さ、機敏に見えて所々で鈍い動作から、損傷以上に疲労が電の身体を蝕んでいる事を看破した。
 十分な休息を取らずに立て続けに出撃でもしなければ、こうはなるまい。電の所属している司令部はよほど過酷な戦線を担っているか、厳しいノルマを課しているのだろうか。

「そう警戒するな。取って食ったりはしない。お前達もあいつらからの敵意に晒されながらでは休めるものも休めんだろう。
 間宮、お前は確か艦娘や人間用の食料や嗜好品を積んでいる筈だな? 艦娘に人気の品でもあいつらに振る舞ってみたらどうだ? 少しはマシになるかもしれん」

「深海棲艦も、普通の食事をするのですか?」

 肝の据わった態度を取る電と違い、本来深海棲艦と顔を合わせる事の無い間宮は、彼に対する怯えも露わにおずおずと問う。
 彼は軽く肩を竦めた。がちゃっと鎧武者の肩当てに似た彼の肩の装甲が音を立てる。間宮の問いは彼自身も知らない事だったからだ。

「さあな。生憎とおれとあいつらがこれまで口にしてきたのは、燃料と鋼材くらいのものでな。
 だが深海棲艦の一部は元艦娘だったものもいる。艦娘が好む食べ物なら、あいつらにも受けは良いだろう」

 深海棲艦である彼が、一部の深海棲艦は艦娘だったと語った瞬間、間宮と電が息を飲む。

「なんだ、お前達は知らないのか? それとも噂くらいは聞いていたか? おれも正確な所までは知らんが、深海棲艦は海に沈んだ船や人間達の怨念から産まれた。
 それが最初期の深海棲艦だ。その内に深海棲艦と対となる艦娘が産まれ、今の戦いの様相に落ち着いたわけだ。
 深海棲艦と艦娘は、詰まる所想いから生じたという点では同じなのだ。根は同じでただ存在のベクトルが正反対なだけに過ぎん。
 戦いに敗れた艦娘が海に沈み、死への恐怖や怨恨の念に捕らわれれば深海棲艦となってもおかしくはあるまい? 
 ひょっとしたらあの軽巡洋艦や駆逐艦達が、以前は艦娘であったかもしれない、と誰に否定できる。もっとも与えられた知識に過ぎない以上、おれも偉そうな口は利けんがな」

 彼が伝えた情報が齎した衝撃がどれほどのものであったものか、間宮と電は口を開こうとはしなかった。特に電にとっては思う所があったのか、元から悪い顔色を更に青白いものに変えている。
 彼は知らなかったが、電は普段から例え敵であっても助けられるのなら助けたい、そう口にする心の優しすぎる艦娘であった。
 それから再び彼が二人に話しかけ、間宮にある提案をやや強引に了承させた後、彼は間宮を傍らに置いて拠点内のウミ、ソラ、イ級二隻、ロ級に声を大にして話しかけた。

「間宮からお前達に配るものがある、呼ばれた順に来い」

 ウミ達は一斉に頭の上に疑問符を浮かべたが、彼の言う事は絶対である。意図は全く分からないが、彼に呼ばれるに従って彼の元へと向かって間宮が艤装の内部から取り出した物体を、一隻一つずつ受け取って行く。

「今回は全員に配ったが、間宮も無限に持っているわけではない。次からは特に戦果を挙げた者や資材を回収してきた者に限る。前置きはこれ位にしておこう。ま、とりあえず食え」

 彼が間宮に配らされたのは、彼女謹製の間宮羊羹や間宮アイスと呼ばれる嗜好品であった。艦娘達で好きでない者は一隻も居ないと言われる甘味で、深海棲艦が口にする様な事はまずあり得ない品々だ。
 間宮はこれを供出する事を給糧艦としての彼女なりの矜持からか、ひどく渋ったが深海棲艦に捕らわれた現状ではそうするしかないと折れ、鎮守府で待つ艦娘達に振る舞われる筈だった甘味を艤装から取り出した。

 まず彼が受け取った間宮羊羹の包装を丁寧に破り、率先した味わう事で彼らに配ったものが食べ物である事を教え、戸惑う深海棲艦達に食べるよう促す。
 彼は口の中に広がる羊羹の甘味と小豆の風味に親しみを覚えた。こうなる前に食した記憶を精神が思い出したのだろうか。彼は感傷の風が心の中で吹くのに任せたまま、甘味を持ったままの深海棲艦達を促す。

 とはいえ駆逐艦達は腕を持っていないので、ウミやソラ、彼が手伝ってアイスや羊羹を食べさせてやる。
 ぱくり、と一口甘味を頬張った瞬間、深海棲艦達は一斉に時が止まったかのように動きを止める。

 異様な雰囲気に間宮や電も戸惑いを見せて、意思疎通のできる彼へ助けを求めるように視線を向ける。
 彼自身も深海棲艦達の反応に困る所はあったが、その内にウミやソラ達が一心不乱に羊羹やアイスを貪る勢いで食べ始め、どうやら彼女らもいたく気に入った事が分かり、ほっと安堵の息を吐く。

「全員、食べながらで構わん。これからもその羊羹やアイスを食べたければ、間宮に危害を加える様な事は慎め。間宮が居なければそれらは食べられないからな。分かったか?」

 彼の問いに対し深海棲艦達は一応返事をしたが、甘味の方に夢中ではたしてどこまで聞いていたかは定かではない。
 彼は一抹の不安を覚えたが、この時以降、彼の艦隊に所属している深海棲艦達が間宮に対して敵意を向ける事が無くなったのは確かだった。

続く

こんにちは。E4クリアをあきらめた作者です。阿賀野と衣笠と巻雲を手に入れた事がクリア報酬以外の数少ない報酬でした。
菊地秀行先生の邪神艦隊を読んで艦これのことを連想した方はきっと私だけではないはず。
主人公が声の浸食を受けると、艦娘が凌辱、洗脳、苗床、闇堕する鬼畜ルート……艦娘が可哀そうなので多分やりませんけれども。
声の浸食を撥ね退けると深海棲艦や艦娘(?)達とイチャイチャするルート。こちらだと鎮守府側と主人公側とで、ニューディサイズとアクシズくらいの関係を築けるかもしれません。分からない人はSガンダムやガンダムMk-Ⅴ、センチネルで検索してね!
あと電の提督は艦これ二次創作鉄板のろくでもない提督です。



[38714] ヲ!
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/05 20:17
 電と間宮を捕虜としてから彼はこの二人の扱いについてそれなりに悩んでいた。
 まず彼女らの武装を返さないのは当たり前で、また与える燃料も逃げられないようにするため必要最小限の量にとどめている。
 この処置は彼の懐事情の寂しさが理由の一つである。
 給糧艦として一万八千人の食糧三週間分を収納できる能力を持つ間宮には、そのまま本来鎮守府に納入される筈だった食料品を彼配下の深海棲艦達に無理矢理供出させている。

 基本的に燃料と鋼材を食べればそれで必要な栄養源を確保できる深海棲艦だが、士気高揚、戦意維持のためには間宮の作るアイスや羊羹、ラムネなどは極めて効果的だった。
 流石に間宮とて無限に物資を供給できるわけではないが、元々の数が少ない彼配下の艦隊が相手なら暫くの間はもつだろう。

 胃袋を把握する事が人心掌握に繋がるのは深海棲艦が相手でも通じるようで、今ではウミやソラのみならず全ての深海棲艦達が間宮に敵意を向ける事をしなくなっている。
 恐るべし間宮アイス、恐るべし間宮羊羹である。
 間宮はこれで問題ないとして、問題があるのは曲がりなりにも戦闘艦である電だ。
捕らえてからの言動から、電が幼い少女の外見に反して歴戦の兵と看破した彼は、当初電を強く警戒していた。

 故障している武装は返却していないし、燃料も最低限のものしか与えていないから、万が一の事態はまず訪れないとしても初めての艦娘との接触に必要以上に構えていた為である。
 しかし数日を経て見て、彼はさほどに電を警戒しなくてもよいかと考え直しつつあった。
 最低限の燃料や鋼材しか与えていないにもかかわらず、電の顔色は良くなりぎこちなかった動作も機敏さを取り戻している。

 捕虜が回復してきている状況は決して歓迎すべき点ばかりではなかったが、こんな状況でさえ捕らわれる前よりも健康を取り戻しつつある電に、彼は電が所属する鎮守府や艦隊で酷使と言うも愚かしいほど劣悪な状況で戦っていた事をほぼ確信していた。
 少なくとも艦娘としての使命感以上に所属している艦隊や提督に対する愛着があるわけではあるまい。
 ただ飯を食わせるわけにもいかないから、電を遠征の艦隊に同行させて資材回収に出している間に、電の所属している艦隊の評判について間宮に確認を取った。

「間宮、話がある」

「は、はい。なんでしょうか?」

 間宮は自分と電の寝床である蒲団を外の岩場で干していた所で、声をかけて来た彼に対し、未だに怯えた様子で返事をした。
 そんな間宮の様子に彼は苦笑しながら、適当な岩場に腰掛ける。絶対の敵対関係にある両者なのだから、間宮の反応こそが正しいのだろう。

「あまりそう構えるな。あの電の事だ。こちらの懐事情もあるが、おれはお前達に満足の行く補給や食事をさせてはおらん。
 であるにもかかわらず電はおれが拾ったばかりの頃よりも回復している。あいつはおれが拾う前までどんな扱いを受けていたのだ? 予想は付くが聞いておきたくてな」

「それは……。私も、電ちゃんの所属している艦隊について詳しくは知りません。
 そもそも私は、電ちゃん達の艦隊が所属している基地へ向かっている所を襲われたのです。
 ですからあの電ちゃんとは前からの顔見知りというわけではありません」

「なるほど、それでは詳しく知りようもないか……。なら風の噂程度でも構わんが、なにか知っている事は?」

「まだ出来たばかりですが、優秀な提督と艦娘達が居る基地だと聞きました。けれど艦娘達の事を酷使するというあまり良くない噂の提督の事も耳にしました。
 私の護衛に派遣されたのがその噂の提督の艦隊で、その中に電ちゃんが居たのです。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「電ちゃんを含めて護衛に派遣された艦娘達は皆暗い表情をしていました。覇気がない、というのかしら。
 皆、まるで人形みたいに活力の無い様子だったのは憶えています」

「なるほどな。おれの想像が当たったらしい。お前達艦娘を率いる提督も十人十色のようだな。
 玉の中にも石が混じる事はあるだろう。その石が周りの玉を傷つけて屑石にしてしまう事も」

 間宮は彼の辛辣なものを含んだ言葉に何も言えない様子でそっと顔を俯かせる。彼は必要な事はもう聞いた、と言わんばかりに間宮に背を向ける。

「どちらへ?」

「いつもどおり資材の回収だ。おれ達にはお前達と違って国家から資材の援助が送られる事は無い。
 燃料も弾薬も鋼材もボーキサイトも、なにもかもを自分達で用意しなければならんのだ」

 白い砂浜に足を深くめり込ませながら去りゆく彼の背に、少し時間を置いてから風に消えてしまいそうなほどか細い間宮の声が掛けられた。

「その、お気を付けて」

 彼は振り向く事こそしなかったが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
 そんな彼と間宮を、間宮の監視兼護衛役を務める駆逐艦ハ級がぼんやりと見ていた。



 いずれ深海棲艦の主たる存在が、自分の意のままに染まらぬ彼を排除すべく行動する事は明白である。
 その時に備えて自軍の戦力を整え、自分自身の戦闘能力を強化する事も必要だ。
 彼の配下であるウミやソラをはじめとした深海棲艦が土壇場で裏切る可能性もあるわけだが、彼はこれまでの経験と自身の特性からこれを低く見積もっていた。

 初めて軽巡洋艦へと改造を果たした時に聞こえた声が、改造機能が彼のみならず彼の艦隊に所属した深海棲艦にも適応される事を告げていた。
 そして深海棲艦達の電と間宮に対する態度が、彼の艦娘に対する憎悪へ連動するかのように柔軟なものになりつつある現状を見て、彼自身の自我が配下達にも大きく反映されている? と彼は疑念を抱いていた。
 これらの事から、彼は彼自身が確たる自我を固持する事がそのまま配下の艦隊に裏切られない為の最良の手段となる、と推測していた。

 実際には彼の単なる勘違いかもしれないが、目下、彼はこの推測を信じて自軍戦力の強化に大きく邁進する事にしていた。
 遠征による資材回収が安定して数を確保できるようになってきた事もあり、新たな深海棲艦の確保と改造を実行している。

 そしてウミやソラ、新たに加わった駆逐艦達などから話を聞き、これまでに出撃した海域とは異なる場所に製油所がいくつも建設された海域がある事が判明している。
 出撃するにせよ遠征するにせよ、燃料は必須である。
 後々大所帯化する予定である事や、今はまだ未所属の戦艦や正規空母もいずれは配下に加える事を考えれば、安定してかつ大量に燃料を確保できるのに越した事は無い。

 重巡洋艦へと自己改造を果たした彼は、重雷装巡洋艦チ級へと改造したウミ、軽空母ヌ級へと改造したソラ、それに軽巡洋艦ト級、駆逐艦ハ級、ニ級で構成された主力艦隊を率い、製油所地帯の海域へと出撃する事を最近では繰り返している。
 チ級は上半身こそ人間の女性とほとんど変わらない姿形を持つが、左眼と口だけが露出した白い仮面を被り下半身に巨大な船体を持っている。
 ヌ級はぼんやりと輝くまん丸い左眼と歯列、それに不規則に並べられた砲塔を持った饅頭のような船体から人間の手足を生やしている。

 多くの製油所が確認できるこの海域であるが、深海棲艦の出現による人類の海洋覇権の喪失に伴い、現在無人と化しており妖精達によって一部の製油所が細々と稼働しているに過ぎない。
 深海棲艦や艦娘達は製油所に放棄された燃料や、残っているわずかな妖精達が製油した燃料を補給しつつ、この海域の覇権を賭けて日夜出撃を繰り返して激しく砲火を交わしている。
 この海域ではチ級に加えて彼と同格の重巡洋艦リ級の姿も確認され、彼は一層慎重な艦隊運用を強いられていた。

 戦艦に準じる火力と装甲を持つ重巡洋艦となった彼自身が最前線に立ち、砲火に我が身を晒しながら艦隊の指揮を取って戦う彼は、当然ながら敵艦隊から砲火を集中して浴びせられる。
 浴びせられる砲弾を避け、時には斬艦刀や廃材を組み合わせて作った即席の盾で受け流し、彼は艦隊最高の火力を持って敵対する深海棲艦を沈めていった。

 軽巡洋艦以上の雷撃能力を持つチ級の存在以上に、彼にとってありがたかったのは航空戦力を本格的に運用できる軽空母ヌ級の存在である。
 これまでは少数の偵察機が限度だった所が、戦闘機や艦爆や艦攻などが使えるようになり、砲雷撃戦前に航空戦力による攻撃が加えられるようになったからだ。

 幸いにして製油所の存在する海域では軽空母や正規空母の姿は無く、ヌ級となったソラを有する彼の艦隊はファースト・アタックにおいて絶対的優位に立つ事が出来た。
 決して無理はせずに進撃を進める彼は、リ級に時折手古摺りながらも順調に海域の踏破を進めていた。

 その一方で拠点である孤島に残した間宮は徐々に捕虜としての生活に慣れ、艦隊の指揮に忙しい彼や、陸上での行動に適さない他の深海棲艦に変わって孤島の調査や食糧確保に働かされ、電は変わらず監視を兼ねる駆逐艦達に混じって資材回収を続けている。
 その間にも彼は積極的に電や間宮に話しかけていたが、その様子は情報収集と言うよりも会話に餓えていた人間がようやく巡り合えた相手に、取りとめも無く喋りかけているといった方が正確かもしれない。

 間宮は怯える事も減り彼ともまともに会話できるようになったが、電の方はそうも行かず彼が話しかけてもほとんど無口を通すか、最小限の返事をするきりだ。
 間宮に聞いた電という駆逐艦の人格と彼が持っていた知識を照らし合わせれば、電は幼いが故か元となった電が敵兵を救助した経歴を持つが故か、深海棲艦にも憐憫の情を示す稀有な艦娘だ。

 彼のように敵意を示さずに接してくる深海棲艦相手なら、もう少し会話に応じる位の態度を見せてもおかしくはないだろう。
 だが電は時折複雑そうな視線を彼に向ける事こそすれ、彼に最低限の社交辞令めいた言葉さえ口にする事をしないし、また逆に積極的に会話に応じて情報を引き出そうともしない。

 基地に居る姉妹艦や他の仲間達が提督にひどい事をされてはいないか、と危惧しているのかもしれないし、これまで意思疎通の出来ぬ敵として見て来た深海棲艦の例外を前にして未だに戸惑いが消えていないのかもしれない。
 彼としてはいずれにせよ自分が口出しする問題でも無いし、今のところは大人しく資材回収もしているから電に害を加えるつもりは無かった。

 そうして彼の率いる深海棲艦艦隊と電と間宮の奇妙な同居生活は、一定の秩序の下に続いていたのだが、それが破られたのはいよいよ製油所地帯沿岸の最深部にまで彼が進撃した時であった。
 製油所の一つを新たな拠点とする事を考えていた彼は、艦娘達に眼を付けられない様に小規模で航路から外れた製油所を最深部で探していた。

 時折遭遇する深海棲艦の艦隊を返り討ちにし、さしたる損害も無いままに海域を行く彼は沿岸の中で隠れるようにして浮かぶ小島を見つけ、そこに小規模ながら製油所を見つける事が出来たのである。
 製油所を放棄する際に置き去りにされた妖精達が、与えられた役目を懸命に全うして製油所を稼働させているのなら儲けものだし、最悪備蓄さえ無いとしても屋根のある寝床位の役目は期待できる。

 念の為にソラに索敵と哨戒を兼ねて艦載機を飛ばさせると、敵艦隊の姿を認めたと言う報告が伝えられ、彼は自身が無為に終わればよいと願っていた事態が生じた事を認めなければならかった。
 艦が縦一列に並んだ単縦陣の先頭を行く彼の目は、ソラの偵察機からの報告にあった通り、初めて見る艦影に青白い顔を顰めた。

 チ級、へ級、イ級を率いているその艦は、完全な人型の身体を持ち、真っ黒い長髪を真ん中で分けて流し、纏う衣服も同じく黒一色に染められ、両手には巨大な砲門がいくつも伸びる盾のような艤装を持っている。
 戦艦ル級。彼が初めて目にする戦艦だ。重巡洋艦となった彼を火力、装甲、耐久とあらゆる面で上回る強敵だ。

「ソラ、爆撃で数を減らす。まずは駆逐艦を狙え。ウミ、お前は相手のチ級を仕留めろ。他の者達はイ級、へ級を優先して攻撃。
 これらを撃沈後にウミを援護しろ。ル級の相手はおれがする!」

 ル級が率いる相手艦隊が射程に入り次第三々五々と統率のとれていない砲撃の用意を整えるのに対し、彼の率いる艦隊は彼の指示に従ってテキパキと砲塔を動かし、艦載機の発艦準備を進め、魚雷を発射管へと装填している。
 彼が自ら最大の強敵と戦う事に対し、彼女達が反論する事をしなかった。
 彼女達にとって自分達とは同じ深海棲艦ながら、明らかに異質な存在である彼は絶対の存在であり、その言葉や行動に異論をはさむ余地は無いのである。
 彼が思う以上に彼女達は彼に対し心底から心酔し、従順なのであった。

 ソラの放った艦攻、艦爆二種の異形の航空機が空を飛び、ウェポンベイから爆弾を投下し、ル級艦隊の周辺に水柱を立たせた後、お返しだと言わんばかりに最大の射程を誇るル級からの砲撃が彼らに襲い掛かった。
 砲撃の衝撃によってル級を中心として円形に海面が波立ち、音の壁を貫く、いや砕く勢いで迫る砲弾を視認し、彼は至近弾にもならないと怯む様子も見せずに全速力で進み続ける。

 ほぼ全ての能力で自身を上回るル級に対し、彼が見出した勝機は目下深海棲艦では彼のみが行い得る戦闘――携帯している斬艦刀による超接近戦闘すなわち白兵戦である。
 むろん砲撃や雷撃で沈められるのならそれに越した事は無いが、弾薬を節約する意味合いも含めて、彼は自身が最も得意とする白兵戦へ移行すべく戦火の紅蓮に染まる海を行く。

「ル、ルル!」

「生意気な事を言ってくれる。刀の錆びにしてくれるぞ、ル級!」



「すぐに鋼材と燃料を用意しろ!」

 夜も更けて闇の帳に満ちた月が煌々と輝く時刻、製油所地帯沿岸に出撃していた彼の艦隊は、拠点としている岩壁の亀裂へと帰投していた。
 亀裂内部の小さな砂浜と海面には遠征と留守番を行っていた残りの駆逐艦達と、間宮、電が居た。

 怒鳴りこみながら帰投してきた彼に、一隻の例外も無くぎょっとして視線を集中させるが、それも彼が左脇に抱えているハ級の姿を見ると事態を飲み込む。
 ル級艦隊との戦いを勝利で終えた彼であったが、敵チ級の放った魚雷を受けたハ級が大破してしまい、自力での航行が不可能な状態にまで陥ってしまったのである。
 これまですでに何十回と出撃していた彼であったが、今回のハ級が彼にとって初めて大破状態まで味方の艦が損害を負った戦いであった。

「え、ええっとすぐに用意します。ってあなたも怪我をしているじゃないですか!?」

 自分と電用の蒲団の用意をしていた間宮が、反射的に彼の命令に従うがハ級を抱える彼自身もまた中破に近い損傷を負っている事に気付く。
 狙い通りル級を相手に白兵戦へ持ちこんだ彼であったが、それまでにル級の副砲の直撃や艤装を使っての殴打を受けており、右の肩当ては砕け散って、剥き出しになっている胸や腹にも直撃を受けて一部が炭化している。

「おれの事は構わん。それよりもこいつの方が重傷だ。言われたとおりにしろ!」

「は、はい」

 慌てて間宮が砂浜の一角に置かれている燃料と鋼材を取りに向かう間、彼は砂浜の上に敷いたござの上に抱えていたハ級を丁寧に降ろした。

「ハッ……ハ」

「気にするな。客観的に見てお前の損傷の方が大きい。それだけの事だ。いいか、お前はおれの配下だ。おれの許しなく沈む事は絶対に許さん。ハ級だけでじゃない、お前達もだ、忘れるな!」

 背後を振り返り、ハ級を気遣う彼に対し戸惑う視線を向けていた全ての深海棲艦達に、彼はあらん限りの声を絞り出して宣言した。
 彼の宣言が亀裂の壁に反響する中、深海棲艦達はしんと静まり無言であった。
 それは怨念の具現化した存在となった、あるいはそう産まれた彼女らにとって無縁な感情から発せられた彼の言葉を理解するのに、必要な時間だったのかもしれない。

 生ある者への怨念と憎悪と羨望、嫉妬。
 それらによって生じ、それらの負の感情を存在の中核とする彼女らに対し、彼がたった今発した宣言は文言こそ命令するものだったが、彼女らに対する思いやりを由来とするものだったのだ。
 だから彼女達にとって彼の言葉はすぐには理解できるものでは無かった。だが理解できないものでは無かった。

 やがてウミとソラを筆頭に、全ての深海棲艦達が頭部に当たる箇所を彼に向けて下げ始める。
 それは王と認めた相手に対する臣下の礼のようにも見え、またあるいは崇拝すべき神を前にした純朴な人々のようにも見えた。

 彼はただ単に思った事を口にしただけで、彼女らの行動に多少面食らう所はあったが深く受け止める事はしなかった。
 彼にとっては撃沈寸前のハ級の容体の方に気を取られていたからである。ほどなくして間宮が持ってきた燃料と、鋼材は細かく砕いたものをハ級へと手ずから与える。

「ゆっくり食え。そうすればそんな傷はすぐに治る」

「ハ……」

「艦娘の使う高速修復材とやらがあれば良かったのだがな」

「す、すみません」

 彼の言葉を皮肉とでも受け取ったのか、間宮が恐縮そうにする。

「お前を責めているわけではない。こう言う時艦娘側が羨ましく思えるな」

 定期的に供給される資材や間宮のような給糧艦、高速修復材をはじめとした各種の装備など、彼では到底望むべくもない品々だ。
 ハ級にゆっくりとバケツに汲んだ燃料と鋼材を食べさせていると、顔を俯かせた電が彼の近くにまで来て足を止める。背後の深海棲艦達が電に警戒の意識を向ける。

「どうして……」

「なんだ?」

「どうして、自分よりもその駆逐艦を優先するのですか? あなただって怪我をしているのです」

「ふん、そんな事か。言った筈だ。こいつらはおれのものだ。おれの許しなく勝手に沈む事は許さんと。むざむざと助けられるものを助けない趣味はおれには無い。
 それにこいつが損傷した戦いは、おれが率い、おれが指示を出し、おれが行った戦いだ。ならばこいつが受けた傷の責任はおれにある。
 そんなおれが損傷は軽いというのに我が身可愛さに修復を優先するなど、恥ずべき行いだろうが」

 彼の言葉を耳にした電が息を飲み、顔を上げると眦鋭くこれまで胸中に貯め込んでいた鬱憤を爆発させるように舌鋒鋭く口を開く。

「なんで、なんで深海棲艦である貴方がそんな事を口にするのです! 電の、電達の提督はあんな人なのに、どうして深海棲艦の貴方が、こんな、こんな!!」

 激昂する電に応じてウミやソラ達が過剰に反応して動き出すのを、彼は一瞥して制止し正面から電を見つめ返した。
 茶色がかった少女の瞳に宿る暗い感情を、その感情を存在の大部分とする彼が見逃すはずもない。

「やはりお前の所の提督はお前達の事を単なる消耗品としか考えていない類の人間らしいな。
 実際、お前達艦娘が兵器である事は変わりあるまい。それでも兵器としてしか扱われない事は不服か?」

「それはっ」

 言葉に窮する電の様子から、電自身も自分が艦娘という兵器である自覚がある事が分かる。

「もっとも深海棲艦であるおれやこいつらでさえ、感情を露わにして行動しているのだ。お前達艦娘ならばより人間らしい感情、いや心を持っているのが当り前だろう。
 実際、こうしてお前は兵器ならば持つ必要のない不平や不満といった感情を、おれに対して八つ当たりだろうがぶつけている。
 そういう事をするのは心を持つものならではだ。お前の提督はよほど見る眼の無いボンクラのようだ」

「……電は、電は……」

「もう言う事が無いのなら蒲団に戻るか寝るかしろ」

 再び顔を俯かせた電がとぼとぼと蒲団へと戻ると、彼は心配そうにしていた間宮に眼を向けて、任せたぞ、と暗に告げる。
 間宮は間違えることなく彼の視線に込められた意味を理解し、蒲団の上にペタンと腰を降ろした電をその豊かな胸に抱き寄せる。
 彼はそんな間宮と電をじっと見続けていたが、なにか気に入らない様子でふん、と吐き捨てるとハ級へ燃料と鋼材を与える作業に没頭した。



 さてル級艦隊が支配下に置いていた小規模な製油所へと新たな拠点を移す事を決め、無事に引っ越しを終えた彼であったが、燃料の安定的な供給の目論見こそ上手くいったもののまた新たな問題に頭を悩ませていた。
 その悩みとは以下のようなものである。

「ルー。ル、ルルー」

「リ、リリ!!」

 あの時の戦いで彼の斬艦刀によって大破状態にまで追い込まれたル級が、すっかり傷の癒えた姿で彼に飛び付き、それを許せないウミが声を大にして抗議している。
 その後の戦いで重巡洋艦リ級となったウミであるが、新入りであるル級が彼に対する従順な態度とは別に好意を全開にし、乳房を押し付けたり腕を絡ませたり、といった行為をまったく自重しない事に、しょっちゅう怒ってばかりいる。

 残念ながら彼はいまだに重巡洋艦のままで、ル級を力づくで引き剥がすのにはひどく労力を要する。
 幸いにしてル級は彼の言う事には従うが、その他の先任であるウミやソラの言う事には全く耳を貸さず、我が道を気ままに行っており特にウミとの間でやいのやいのと口論している。

 彼も何度かこの年頃の娘のような姦しいやり取りが我慢ならず、二隻に対して説教を垂れている。
 だがそれならば、とル級とウミとが戦果を争って彼にアピールし始め、ヒートアップした結果無茶な戦いぶりが眼につき、更には口論が発展して敵をみすみす見逃してしまう事もあった。
 ル級やウミに対し、ソラは実に大人の対応を見せて黙々と彼の指示に従って遠征と出撃を繰り返し、彼にとって数少ない心の清涼剤としてのポジションを確保していた。

「世の中ままならんな。そう言えば、そろそろソラが戻って来る頃か」

 製油所の一つを手に入れた彼は、すっかり人の手が離れて荒廃した製油所の元所長室に陣取り、港湾施設の倉庫などを配下の軽巡洋艦や駆逐艦達に開放していた。
 またル級やウミや、ソラ、また電に間宮など陸上で行動できる者達には、製油所内の個室を与えている。無論、電に武装は返却していない。

 彼の呟きが正しかったかのように、こんこんと所長室の扉がノックされる。おそらく彼の予想通りにソラ本人が帰投の挨拶に来たのだろう。
 彼はいい加減にしろ、とル級とウミの頭を軽く小突いて黙らせると、入室の許可を出した。

「入れ」

「ヲ」

 ん? ヲ? と彼が鼓膜を震わせた単語に疑問を抱きながら開かれた扉の先を見れば、そこに居たのはヌ級の異形な姿とはかけ離れた姿の深海棲艦が居た。
 肩に掛る程度の長さの緩やかに波打つ髪を持ち、その顔立ちにあどけなさを残す美少女である。

 髪も肌も色素の抜け切った白いもので、真っ白いレオタードと黒いローライズのズボンを履き、肩からマントを羽織って手には用途の不明な杖を握っている。
 特に目を引くのはヌ級の船体に酷似した巨大な帽子だろう。ちょっとした拍子でバランスを崩してしまいそうだが、特に問題はなさそうだ。

「これはまた、ヌ級の時とはずいぶん違う姿になったな、ソラ」

「ヲ!」

 彼が正規空母が戦力に加わった事に対する喜びも合わせて声を賭けると、ソラは嬉しそうにとことこと彼の元へと歩み寄る。
 彼の両脇に侍るル級とウミが、彼の気付かぬ間にソラと視線を交錯させた瞬間、二隻は確かに見た。ソラの瞳にしてやったりという色が浮かぶのを。

 そう、ソラはなにもル級とウミのやり取りをただ傍観していただけでは無かった。
 役割が重複する二隻と異なり、艦隊唯一の航空戦力である自身の価値を高める為に着実に経験を重ね、そして遂には軽空母の先に存在する正規空母へと至ったのである。
 しかもそのヲ級の容姿は人間離れしていたヌ級とは違い、帽子と肌の色を除けば人間の、それもとびきりの美少女としか見えないものだった。

 彼のすぐ傍まで歩み寄ったソラは、彼が優しげな笑みを浮かべて自分の頬を撫でるのに満足そうに微笑み、ぐぎぎと歯を食い縛ってこちらを睨むル級とウミに、どうだと言わんばかりの表情を返すのだった。

「ヲ!」

<続>

息抜きに書いているので戦闘など細かいところは省いております。
XXX板は書くのがとても疲れるので……。
ちなみに今回で1-3をクリアですね。

追記
ヲ級の髪の毛の長さはショートでしょうか、それともロングでしょうか? 
誤字脱字を修正がてらデイリーの建造で雪風が出たので長門、翔鶴、夕雲、伊58のどれかが手に入ったらXXX板も頑張ってみます。



[38714] クマった
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/05 12:28
春都さんに撃って頂いた長門になるビームは外れてしまいました(泣)


 彼は手に入れた製油所の所長室の机に腰を降ろし、黄ばんだ紙を見つめて沈痛な表情を浮かべていた。
 製油所に残されていた紙媒体の記録用紙などを使い、最低限必要な資材や遠征で消耗した燃料と弾薬、燃料や鋼材などが回収できる海域の記録を取っている。
 製油所を制圧して以来の収支を見直した彼は、かろうじてプラスではあるが。もっと大幅にプラスになると期待していた事から、大いに裏切られた気分になっている。

 小規模ながら製油所を獲得した事で彼の艦隊の燃料事情は大幅に改善を見せたが、戦艦であるル級の加入により、弾薬の消費量は増大の一途を辿っていた。
 彼自身が弾薬を全く使用せず、斬艦刀のみで戦う事で少しばかりは節約しているが、それもスズメの涙位の効果しかない。

 問題はル級以外にも新たにヲ級となったソラにもある。
 軽空母ヌ級から正規空母ヲ級となったソラは、航空戦力は劇的に向上したがそれと同じ位にボーキサイトの消費量もまた増大していたのである。
 彼がこれまで活動してきた海域ではボーキサイトは比較的入手し難く、補充が難しい資材だ。

 ソラの航空爆撃による先制攻撃は非常に魅力的であったが、彼は基本的にソラにもル級同様に出撃を控えさせていた。
 また出撃するにしても軽空母や正規空母などの出現が確認されている海域のみで、その場合にも艦載機の消耗を抑えるべく、艦載機は艦爆や艦攻は積まず戦闘機に限定させると言う徹底ぶりだ。

 戦力を出し惜しみしてはいつか手痛いしっぺ返しを食らうかもしれないが、幸いにして石橋を叩いて進むやり方をしてきた彼は、これまで出撃して来た海域の調査は済んでおり、予想外の戦力が出現する可能性は極めて低い。
 とはいえ折角製油所を手に入れて燃料の目処が立ったのに、今度は弾薬とボーキサイトの確保に勤しまなければならなくなったのである。
 彼の口から盛大に溜息が出るのも無理からん事だろう。

 気分転換の為に所長室を出た彼は、製油所の一角にあった空きスペースに足を向けた。
 ほったらかしにされていた製油所はあちこちに蔦が伸び雑草が生えていたが、間宮と電をリーダーに一大掃除を敢行した事で、住居施設は取り敢えず人が住める様相を呈している。
 流石に施設の全てを一度に掃除する余裕は無かったが、雑草や名前の知らない花の生い茂った一角を間宮に預け、彼女が輸送していた野菜の種を植えてちょっとした菜園を作ったのだ。

 製油所の一角でまともに野菜を育てる事が出来るのか疑問を抱く所だが、取り敢えずは上手く行っているらしく、芽吹くまではいっていると報告を受けている。
 なんとなく足を向けた彼の視線の先に、いつもの割烹着姿の間宮が居た。かろうじて生きていた水道から汲んだ水を、じょうろで菜園にまいている所だった。

 流石に深海棲艦に混じっての暮らしが続いた事と、彼をはじめ艦隊全ての深海棲艦が間宮に敵意を向けていないので、水やりをする間宮の横顔に緊張や不安の色は見受けられない。
 間宮菜園と彼が勝手に呼んでいる菜園の世話を任せた事も、間宮の精神衛生に良い働きをしているのだろう。

「間宮」

「あら、お散歩ですか?」

 間宮は水をやる手を止めて彼を振り返った。彼に声を掛けられてもまるで怯えた様子を見せない程度には慣れたらしい。

「気分転換にな。ヨルとソラのお陰で資材の減りが洒落にならん。お前達の所の提督も似たような気分なのかもしれん」

 ヨルとはル級の名前の事である。
 ウミとソラが彼に名前を貰っている事を非常に羨ましがったル級が、欲しいおもちゃを前にした幼子のように、床に寝転がって足をバタバタさせながらごねにごねて名前を付けて貰ったのだ。
 なぜヨルかといえばル級の姿が深海棲艦共通の病的な肌の白さを除けば、黒一色であったから、という安直なものだ。

 今後の事も考えて彼はこの名付けのルールを定めており、戦艦、正規空母の深海棲艦は艦隊に加わった際に名前を与え、そうでない艦は改造によって戦艦、正規空母に至った時に名前を与えるとしたのだ。
 今後の艦の加入具合や艦隊規模の変化によってルールは変わるだろうが、取り敢えずはこれで艦隊運営を進めて行く予定となっている。

「着任したばかりの提督の方は、よく資材の管理にご苦労されるそうですよ。
 総司令部からの定期供給量では、積極的に出撃したり建造したりするのは難しいのだとか。
 深海棲艦の方が提督と同じ苦労をされるとは思いませんでしたけれど」

「深海棲艦にも輸送艦のワ級とやらが居るらしいが、ヨルやソラの話ではエリート棲艦以上の艦や、海域を制圧している主力艦隊でもなければ補給を受けられんらしい。ましてやおれの艦隊では、な」

 彼が自分の艦隊がワ級からの補給を受けられないと考えたのは、無論深海棲艦の根源たる存在に反逆しているからだが、そうとは知らぬ間宮はエリート棲艦がいないから、と解釈した。

「だからといって輸送船団を襲ったりはしないでくださいね。貴方の捕虜となっている私に口出しできる事ではないでしょうけれど」

 言い過ぎだと言う意識は間宮にもあるらしく、それまでとは打って変わって彼の顔色を伺うように言う。
 余計な口出しである事は間違いないが、彼としても人間の輸送船団や商団を襲う事は現在の戦力では危険が多すぎる、と分析しているし、また心は人間であると自己を定義する彼にとっては心情的にも躊躇われる所であった。

「捕虜という立場の割にはいうじゃないか。おれとしても下手に人間側、特に艦娘を刺激したくは無い。深海棲艦を相手にするだけで手一杯なんでな」

「同じ深海棲艦同士でも戦わなければならないなんて、深海棲艦は大変なんですね」

「おれに限っての話かもしれんがな。ところで電の調子はどうだ? 少しは落ち着いたのか?」

 彼はやはりというか電の事を気に掛けていた。
 人間であった頃の自分が誰で何をしていたのか、未だに思い出せない彼であったが、艦娘を気に掛ける意識がある事は自覚しており、ひょっとしたら元は提督か艦娘に関わる職業だったのかもしれない、と心の片隅では思っている。

「あなたの部下の方々への対応は、今でも信じられないみたいですけれどだいぶ落ち着いて来たと思います。
 武装を外してとはいえ海に出る事も気分転換になっているみたいですし。そう言えば駆逐艦の中に、電ちゃんを随分気に掛ける艦がいるみたいですよ。
 電ちゃんはなんていうか、仲良くなってはいけない相手に懐かれた事に複雑そうな顔をしていましたけれど」

「嫌悪一辺倒でないというのなら、電自身その自分に懐いてくる駆逐艦に気を許している所もあるのだろう。しかし電を気に掛ける駆逐艦か……」

「何か気になる事でも?」

「前に深海棲艦の一部は元艦娘だと言ったのを憶えているか? おれの推測に過ぎない話だが」

「それは、はい。憶えています。私にとって、ううん、電ちゃんにとっても例え推測であったとしても衝撃的な話でしたから」

 電は噂か何かは知らんが知っていた素振りのようにも見えたがな、と彼は心の中でだけ呟き、話を続ける。

「そうだ。深海棲艦の一部が撃沈した艦娘であるのなら、例え記憶を失っていたとしてもかつての自分達と近しい艦娘に対しては、通常とは異なる対応をする事があるかもしれん。
 例えば、電に懐いた駆逐艦と言うのが元電自身であったかもしれんし、あるいは電の姉妹艦かもしれんという事だ。いつ沈んだ艦娘だったかまでは知らんがな」

「電ちゃんの姉妹艦というと雷ちゃん、響ちゃん、暁ちゃんですね」

 そういうと間宮はなにかを思い出す素振りを見せた。
 おそらく電が所属する艦隊に、彼女の姉妹艦がいたかどうか、または撃沈した事があったか思い出そうと努力しているのだろう。
 もっとも間宮は電の居た基地に赴任する直前に襲撃を受け、彼の捕虜となったのだから思い出す以前にそもそも知ってはいまい。

「電に構う者が居ても悪い結果になるまい。電に里心が付きにくくなる以外はな」

「そうですね」

 電の提督の悪評を思い出してか、間宮の美貌は暗く沈んだものになる。

「電の事ばかり気にしているがお前はどうなのだ? お前とて鎮守府、いや基地だったか。
 そこに赴任し給糧艦としての役目を果たす筈だったのが、ここで足止めを食っているのだから自分の行く末についてどう考えている?」

「あ」

 大きく口を開いて咄嗟に両手で口を隠す間宮は、ちらっと彼の顔を見る。どうやら深海棲艦達への餌付けや間宮菜園の世話で忘れていたらしい。
 それで良いのか、という問いを彼は飲みこんだ。
 正直に言えば、間宮の存在によって彼配下の深海棲艦達の戦意維持と向上が大きく助けられているのだから、手離したくは無いのだ。

 だが彼の艦隊程度の規模でも間宮は大変重宝しているのだから、鎮守府や泊地、基地ともなれば間宮の存在がどれほど待ち望まれるものか、想像するに難くない。
 言い方は悪いが数ある戦闘艦の一隻に過ぎない電と比べ、その用途の特殊性から建造が難しく希少な給糧艦である間宮の価値は、極めて大きい。
 いずれは間宮の安否を確かめる為の艦隊が派遣される事だろう。
 その艦隊と出くわしたなら間宮の身柄を材料に取引するか、間宮を置き去りにして逃げるかしなければなるまい。
 そう考えるとあまり間宮の恩恵に預かり過ぎるのも、考えものだ。

「まあいい。おれとしては現状が続くのならお前たちを手離すつもりはないんで……な?」

 そう言った彼は間宮菜園の片隅で蠢く影に気付き、鳥か猫かと思い眼を向けて思わず凝視した。
 間宮菜園の片隅に咲いていた花を摘み、その花弁の美しさと香りを楽しんでいるのは、異様に頭の大きな二頭身のデフォルメされた少女のような生物だったからだ。
 彼はその生物を見てすぐさまそれが妖精の一種であると理解した。

 艦娘と深い関わり合いのある妖精は、羅針盤を導く妖精や、艦娘の艦載機を操縦する妖精、艦娘を建造する妖精、艦娘の装備を開発する妖精など多岐に渡る。
 また鎮守府のみならずこの製油所をはじめ鋼材精製所やボーキサイト採掘所などの各種施設に従事し、艦娘の維持・戦闘に必要な資材の生産活動を支えている。

「この製油所にも妖精が居たのか? 初耳だが……」

 そんな彼の呟きが届き、妖精は彼の姿を認めるとあっという顔を作り、手に持っていた花を手落とすとあわあわと震えだす。
 艦娘側の存在である妖精にとって、深海棲艦である彼は蛙にとっての蛇、蛇にとってのナメクジ、ナメクジにとっての蛙なのだ。
 彼個人としては艦娘に対するのと同様に、妖精に対して含む所は無い。
 むしろこれまで通りに製油所の稼働に従事してくれれば、非常に助かると言うのが本音であった。

「ああ、ま、待って下さい!」

「電か」

 彼が妖精になんとなく一歩踏み出すと、製油所の工場地区の方から慌てた様子の電が駆け寄ってきた。
 艤装が無い分実に軽やかに走ってきており、一見すればセーラー服を纏った少女としか見えない。可憐である。
 電は彼の前に立ちはだかると妖精を抱き上げて、まっすぐに彼の顔を見上げた。
 傷ついた駆逐艦を抱えて彼が帰ってきた夜以来、電が彼の顔をまっすぐに見るのは初めての事だった。

「こ、この子はなにも悪い事はしていないのです」

「まあ、妖精だからな」

 彼はどうも電と自分との間に温度差があるな、と薄々感じながら電の言い分に耳を傾ける事にした。
 間宮はハラハラと二隻のやり取りを見ているが、こちらも彼との間に温度差がある。

「ここで働いていた人達が逃げてゆく時に置いていかれてしまって、自分達だけでは製油所を離れられなくって、困っていたのです。
 それをたまたま電が見つけて匿って居て、だから、悪いのはこの子ではなく電なのです。この子にひどい事をしないでください」

 自分より弱い者、守らなければならない者の存在が電という艦娘本来の優しさを呼び起こしたのか、電の顔にはこれまで彼が見て来た負の感情が作る影が無い。
 彼に電のメンタルケアをする義務は無いが、まあ、いつまでも陰鬱としていられるよりは良い、と素直に思った。

「電」

「は、はい」

 びくりと華奢な肩を震わせる電につられて、電に抱えられた妖精も震える。彼の言葉次第で自分達の運命が決められると理解しているのだ。

「お前が見つけた妖精はそいつだけか? 嘘は許さんぞ」

「あ、えっと、それは……」

 彼の厳として揺るがない険しい視線に、電は抗い続ける事は出来なかった。
 表面上は落ち着いて見えても、提督によって付けられた心の傷は癒えていないし、彼と言う存在の言動に動揺している部分も残っている。
 有体に言えばまだ情緒不安定なのである。

 やがて降参した電は彼と間宮を連れて、錆びた扉がかすかに開いた工場地区へと案内し、稼動していない工場の片隅で肩を寄せ合って隠れていた妖精達と相対させた。
 妖精達は電の姿に揃って饅頭みたいにデフォルメされた顔に喜色を浮かべたが、電に続いて深海棲艦たる彼の姿を見るとあわわと慌てふためきだす。

「あのこの子達は本当にあなたに対して何も悪い事はしていないのです。だから、だから!」

 抱えていた妖精をコンクリート製の床に降ろし、電は彼に縋りついて必死の懇願を見せる。間宮も電に続いて彼に願い出ようとした所で、彼はすっと右腕を上げる。
 それを見た電の瞳に恐怖の色が浮かび上がり、ぎゅっと固く眼を閉じる。それは電がこれまでこの様にして叩かれてきた事が窺い知れる反射的な行動だった。
 もちろん電を叩く人物など、立場を考えれば一人しかいないだろう。

「妖精達を置いておくのは構わんが、条件としてこの製油所を稼働させる事。そしてお前が妖精達の世話をする事。それが条件だ」

 ただ彼の取った行動は電と間宮の予想を裏切るものだった。彼は右手で自分の腹の辺りにある電の頭を一度だけ、軽く撫でた。
 電は覚悟した痛みが襲って来ない事とその代わりに自分の頭を、冷たく硬い手がどこかぎこちなく、それでも優しげに撫でている事に気付くと呆然と眼を見開く。

 彼は電の返事を待たずに右手をどかしてくるりと背を向ける。
 そうしてなぜか笑顔を浮かべている間宮を伴って工場を後にしようとしていると、ようやく我に返った電の声が工場に響き渡った。
 彼に捕らわれてから初めての、喜びに満ちた声であった。

「あ、ありがとうございます!」

 彼は軽く左手を上げて振り返し、そのまま工場を後にした。



 重巡洋艦リ級となったウミは、遠征先の海の上でむむむ、とあまり血の巡りがよろしくない頭で必死に考えていた。
 これまで絶対の信頼を抱く彼の片腕として、ン級艦隊の一翼を担ってきた自負のあるウミであったが、最近どうもその立場が危うい事を肌で感じ取っていた。

 まず新たに加わったル級ヨルは、新参者にも関わらず旗艦にして艦隊唯一のン級である彼に匹敵する戦闘能力を持ち、またその積極的な性格から彼を独占しようとしている忌まわしい事この上ない輩である。
 しかも悔しい事に、ウミ単艦では地力の差から勝つのが難しい相手だと認めざるを得ない。

 そしてウミが最も強い仲間意識を抱いているソラも、最近ではある意味ヨル以上に手強い相手となっていた。
 重雷装巡洋艦、軽空母へと枝分かれした改造を受けた二隻であったが、ウミは人間離れしたヌ級の姿になったソラが、以前のように彼から乳房を主とした愛撫を受けなくなった事を、多少の申し訳なさと同時に喜んでもいた。
 しかしながらウミが重巡洋艦となり、ヨルとの激しい戦い――他者からすれば痴話喧嘩――に興じている間にソラは正規空母となり、強大な航空戦力の獲得に留まらず、その美貌もあって彼から強い関心を抱かれるに至った。

 ヨルに対するほどの敵意にも近い対抗心こそないものの、ヲ級へと改造を終えたソラの存在はウミを大いに焦らせている。
 ウミはどうすれば彼からの信頼と関心を取り戻し(元々失われてはいないのだが)、再び片腕としての立場を確たるものにできるか、ここ最近ずっと悩んでいた。

 悩んで悩んで、ウミは結局遠征ならびに出撃で成果を挙げる事くらいしか思いつかなかったのだが、旗艦兼提督兼総司令である彼は必要以上の戦闘によって損傷する事や、燃料、弾薬、鋼材を消耗する事を嫌っている。
 この間まではその事に気付かぬままにヨルと競って戦いまくり、弾薬と燃料を大量に消費して彼を悩ませてしまった失態がある。
 同じ失敗を二度もするわけにいかない、ということは流石にウミでも分かり、では一体どうすれば良いのかとウミは答えを見いだせずにいた。

「ト、トト」

「リ?」

 艤装で鎧われた両腕を組み、うんうん唸りながら悩んでいると、軽巡洋艦ト級に肩をたたかれた。
 ウミは今更ながらに自分が遠征の艦隊を引き連れていた事を思い出し、慌ててト級に何事かと問い返す。
 現在ウミが率いているのは、軽巡洋艦ト級、ヘ級、重雷装巡洋艦チ級、駆逐艦ロ級、同ハ級である。

 ウミがト級の生の腕が指し示す先を見れば、そこには無数のコンテナを積んだ輸送船団とそれを守る艦娘達を囲む深海棲艦達の姿があった。
 彼からは人間達や艦娘を襲うなときつくお達しが出ているが、ウミ達の遠征の目的の一つは資材回収以外にも敵の深海棲艦を撃沈して資材にしてしまう事もある。

 となると艦娘と深海棲艦が戦っているこの状況はどうしたものか、とト級では判断が着かず、自分より高度な判断が出来るウミに問いかけたのである。
 一旦自分の悩みを棚上げにしたウミは、自分達がどう行動する事がもっとも彼の考えに沿う事かを吟味し始める。

 するとウミの脳裏にこの間のヲ級となったソラが姿を見せた時の事が過ぎった。
 この状況と照らし合わせてみると、深海棲艦と艦娘達が自分とヨル、そして自分達をソラに置き換える事が出来るのではないだろうか。
 彼女達がお互いの攻防に気を取られている間に、自分達が美味しい所を横取りするのだ。
 彼からの命令を考えると艦娘に手出しは出来ないから、艦娘側が戦闘継続を躊躇する位に消耗するのを待ってからだ。
 決意したウミは素早く配下の深海棲艦達に命令を発した。

「リリ!」



 重巡洋艦リ級や軽空母ヌ級、軽巡洋艦からなる深海棲艦の襲撃を受けた艦娘達は、旗艦である球磨型軽巡洋艦一番艦球磨が果敢に砲撃を放ち、懸命に護衛対象である物資を満載した輸送船を守っていた。

「クマー、これ以上やらせないクマー!」

 球磨の20.3cm連装砲が火を噴き、輸送船に照準を向けていたヘ級のドテっ腹に穴を開けた。一撃で撃沈に至る傷を受けたヘ級はそのまま再び冷たく暗い海の底へと沈んでゆく。
 球磨の砲撃の成果に列を乱した深海棲艦達に、球磨に率いられた球磨の妹艦である重雷装巡洋艦北上と駆逐艦の長月、文月、皐月、三日月が続いて主砲の弾幕を展開し、包囲網の一角を崩した。

 そこを目指して輸送船団を進め、再び包囲網を形成しなおそうと動く深海戦艦達と砲火を交わし合う。
 幸いだったのは軽空母ヌ級の艦爆や艦攻は、会敵当初に対空砲火を厳にした事で大きく数を減らす事に成功し、それほどの脅威ではない事だろう。

「ねえねえ、球磨ねえ」

「なんだクマ、北上」

 旗艦であり姉艦でもある球磨に北上がそっと近づいて小声で話しかけた。
 姉妹艦とは言うものの、球磨は長い栗色の長髪と頭頂でびょんと雷(艦娘ではなく自然現象の)みたいに折れ曲がった癖毛が特徴の、少しぼんやりとした感じの少女だ。
 だがなかなかどうしてぼんやりとした雰囲気に反し、戦闘となれば中々に強気な面を見せて果敢に深海棲艦と戦う艦娘でもある。

 一方で北上は長い黒髪の毛先をきれいに整え、後ろの髪を三つ編みにして垂らし、どこか気だるげな表情を浮かべた少女だ。お世辞にも似ているとは言い難く、まるで造形の神が異なるかのようでさえある。
 艤装を含む服装に関しても球磨は、水色の線が走る白いショートパンツに夏服仕様のセーラー服姿であるのに対し、北上は緑色の長袖のセーラー服の上にカーディガンという出で立ちだ。

「ちょっとやばいよねえ、この状況」

「クマ~」

 球磨は北上の言葉を否定できなかった。
 今回の遠征艦隊でベテランと言えるのは球磨と北上だけで、他の駆逐艦達は最近ようやく遠征に出しても良いと言えるだけの経験を積んだ新人たちなのだ。
 それでも今戦っている深海棲艦達だけが相手だったら、北上もこうは言わなかったろうが、ここに至るまでの間に別の深海棲艦の艦隊とも交戦しており、これは損傷なく撃退できたものの、駆逐艦達には目に見えて疲労が蓄積されている。

 球磨や北上並みに経験を積んだ艦娘たちならば心配はいらないのだが、現状の戦力ではどうしても不安を拭いきれないのだ。
 流石に艦娘達の全撃沈はないにしても蓄積された疲労から、誰かが撃沈してしまってもおかしくはない。
 最悪、輸送船団の人々を脱出させ、輸送船を諦めてこの場を離脱する事も考えなければならない。

「心配するなクマ。あんな奴ら、全部ねーちゃんがやっつけてやるクマ!」

 ふんす、と球磨が鼻息荒く気合を入れるのに対し、北上はう~んと明瞭な返事をしない。

「それは頼もしいけどさ、万が一ってあるじゃん? 最近でもあの提督ん所の暁型駆逐艦が間宮さんと一緒に行方不明になってるしさ」

「あの提督、球磨は嫌いだクマ」

「あんな奴を好きな艦娘なんていないって。それよりあたしが言いたいのは、まだ余裕のあるうちに逃げる事も考えた方がいいんじゃないのって事。
 敵に背を向ける時ってのが特に被害が出やすいからね~」

「むむむ、北上の言う事にも一理あるクマ。遠征が失敗してしまうのは提督に申し訳ないけど、輸送船の人達が死んだり球磨達が沈んだりする方がもっと良くないクマ」

 球磨が北上の意見を受け入れるべきかと考え始めた時、名前によく似た形の癖っ毛が特徴の三日月が、悲鳴と共に球磨に呼び掛けた。

「く、球磨さん、新たな敵艦見ゆ! 重巡洋艦リ級一、軽巡洋艦ト級一、同ヘ級一、重雷装巡洋艦チ級一、駆逐艦ロ級一、同ハ級一の艦隊です」

「ちょ、マジ?」

「く、クマ~これは不味いクマ!?」

 似ても似つかぬ球磨型軽巡洋艦姉妹の脳裏によぎったのは、絶体絶命の四文字であった。



 製油所の妖精達が本格的に製油所の工場地区を再稼働させたお陰で、燃料の供給が格段に増した事に彼が久方ぶりに機嫌を良いものにしていた時、なにやら廊下をけたたましく走る足音が聞こえてきて、緩んでいた頬を引き締め直した。
 これはヨルかウミが彼に褒めて欲しくて全力で走っている時のパターンだ。
 開幕突撃を食らい、みぞおちに頭突きを貰う位は覚悟しておいた方が良い。
 足音が扉の前で止まって蹴破られなかったのは、これまで彼が口を酸っぱくして部屋に入る時はノックしろと教え込んだ成果である。

「入っていいぞ」

「タ!」

 ん、タ? 最近同じ反応をしたな、と彼が思った矢先に扉を開いて入って来たのは彼の見知ったリ級の姿では無かった。
 腰まで届く長い髪も肌同様に青白く、身に着けているのは袖の無いセーラー服で、下半身は艤装付きのニーハイソックスにお腹と臍が丸出しの水着のパンツだけと言う出で立ちの妙齢の美女であった。

「戦艦タ級か。ウミだな?」

「タ、タタ!」

 うんうんとウミは何度も首を縦に振り、彼に新たな自分の姿を見て貰おうとその場でくるりと一回転して見せた。
 水着姿であったリ級の時より露出が減ってはいるが、それでも十分に露出している上に完全な人間の女性形となっているから、彼の中の情欲を滾らせる色香を纏っている。
 ヨルを迎え入れ、ソラがヲ級になった時もそうだが、彼はそろそろ自分の生産機能を使おうか、と動機のかなりの部分を性的な欲望としているが、そう考える事が増えていた。

 だがそれよりも、資材消費の激しい戦艦が増えた現実を見なければならない。
 リ級からタ級への改造に消費した資材も考えると、彼の建てた資材備蓄計画が早速変更を余儀なくされた事実が、彼を大きく打ちのめした。
 表には出さない彼の心情を知らず、ウミはヨルにも負けない力を得た事の喜びに浮かれて、遠征の成果についても報告を始める。

「タ、タター、タッタッタ!」

 身振り手振りを交えながらのウミの説明を聞いて行く内に、彼の表情と心情は更に浮き沈みして行く。
 深海棲艦の襲撃を受けた艦娘と輸送船団の戦闘に介入し、彼の言いつけどおり艦娘達に手出しをしなかったのは良い。これは良く言いつけを守ったとウミを褒めておく。

 深海棲艦達を撃退した後も、輸送船団や艦娘には手を付けなかった。
 その代わりに海に落ちたコンテナは、もはや艦娘達のものではないとウミは認識したようでそれらは回収してきていた。
 まあ、これもまだ許容範囲だろう。結果的に深海棲艦の襲撃から守ったのだから、船から落ちたコンテナ位拾っても罰は当たるまい。

 彼にとって気掛かりなのは艦娘達からすれば、深海棲艦同士が戦い合ったと言う点だ。
 彼の素性から彼及び彼配下の艦は、他の深海棲艦達から会敵すれば即座に敵対行動を取られるが、そうでない深海棲艦同士ではそう言った事がどうもないらしい。
 今回の事で人間側に興味や関心を抱かれれば、何時になるかは分からぬがこのままでは居られなくなる事態になるだろう。
 彼はその事を危惧しながら、褒めて褒めてと体を擦り寄せて来るウミの艶やかな髪を撫で続けた。

<続>

 長門になるビームは当たりませんでしたが、燃料250弾薬130鋼材200ボーキサイト30のレシピにてめでたく伊58の建造に成功いたしました。



[38714] 南西諸島防衛線決戦前日
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/05 20:34
 目下、ン級艦隊の遠征活動は以下のように分類される。
 地道にこれまで確認できた資材の収集が可能な場所を巡り、彼の指示通り無茶も無理もせずに資材を集めて行く組。
 安定した資材の回収と、燃料や弾薬の消耗を予め予想できる事がメリットで、主にこの遠征を行う艦の中には艦隊唯一の正規空母ヲ級ソラなどが含まれる。

「ヲ、ヲ?」

「イー!」

「イー!」

「イー!」

 ソラの問いかけに周囲の駆逐艦達がまるで合唱するように声を上げ、近くの空を飛んでいたかもめの鳴き声を一時打ち消し、驚いたかもめ達が散り散りになって離れて行く。
 場所は青い海原の只中に浮かぶ岩礁の合間。にょっきりと先端を覗かせた岩の一つに腰掛けて、ソラは艦載機で吊るしたコンテナに駆逐艦達が回収してきた資材を集めさせる。

 彼と共に塒にしていた孤島から製油所沿岸地帯に至るまでの海域で、これまで資材の回収が出来た場所を日によって変えて巡り、こうしてせっせと資材の回収に励んでいる。
 ソラは彼が艦娘との接触や戦闘を可能な限り避けようとしている事を、その理由はよく分からないものの理解しており、また資材について彼が常に頭を悩ませている事も理解していたから、確実に資材を届ける道を選んでいた。

 青い空を流れる白い雲の流れは早く、航空戦力を操る正規空母たるソラは風の流れに敏感だ。
 スコールに見舞われる心配はなさそうだが、製油所の庭に干している洗濯物が飛ばされてしまわないか、ソラは少し心配になった。
 風に靡く白い髪を抑えながら、ソラは腰掛けていた岩から立ち上がって杖を指揮棒代わりに振るい、率いていた艦隊達に帰投の指示を出す。

「ヲ!」

 遠征に伴って持ってきた空のコンテナ四つとドラム缶三つはどれも満杯になっており、三時間ほどの遠征で得られた資材と考えれば、百点満点の評価が得られるだけの量である。
 これを持って帰ればまた彼が褒めてくれるだろう、とソラは愛らしい少女の顔に笑みを浮かべながら、海面をふわふわと浮かぶように進み出し製油所を目指して行った。

 このように極力戦闘を避けて消耗を抑える組とは別に、資材回収をしつつ輸送船団を発見したらその船団が深海棲艦に襲われるのを待ち、戦闘中に乱入して深海棲艦を全滅させた後で、撃沈した輸送船か海に落ちた輸送品をかっぱらって行くギャンブル組がいる。
 こちらはリターンが大きいものの、そもそも輸送船団が深海棲艦の襲撃を受けるとは限らないし、また襲撃を受けても被害無しで切り抜ける事もある為、時間を完全に無駄にして終わる事もある。
 このギャンブルを良く行っているのが戦艦タ級となったウミ。彼女が最初にこの方法で大量の物資を獲得した事を考えれば無理もない、と擁護出来なくもないだろうか。

「タ、タ、タ!」

 轟! とウミのニーハイソックスに包まれた太腿に装着された砲口が百の雷を束ねたかの如き音を発し、主砲発射の衝撃によってウミを中心として同心円上に海面に波紋が生じて波が起きる。
 戦艦級の放つ主砲は同じ戦艦級以外の艦では、一撃で大破・撃沈に追い込まれてもおかしくないだけの破壊力を有する。

 ウミの放った砲弾は遠征先で遭遇した敵深海棲艦の軽巡洋艦ヘ級の胸部に着弾し、上半身を肉と鋼の入り混じったミンチへと変えて、残ったわずかな下半身が冷たく暗い海の底へと沈んでゆく。
 完全に沈むのを待たず、ウミは続いて副砲の連打を残る敵艦隊に叩きこみ、駆逐艦イ級、ロ級、重雷装巡洋艦チ級を海の藻屑へと変えていった。

 戦艦ならではの火力であったがあまりにも命中弾が多い。まるで敵艦の方からウミの前へ沈めてくれと言わんばかりに吸い寄せられているかのようでさえある。
 無論、そんな事は無いのだがこれはウミが率いているハ級やロ級、ヘ級が連携してウミの主砲・副砲の正面へと敵深海棲艦を巧みに誘導している為であった。

 今回ウミが連れて来ていたのは、今いるン級艦隊の中でもウミと特に付き合いの古い者達で、彼の配下となって知能が増している事もあり、従来の深海棲艦には見られない艦隊戦闘が可能となっていた。
 とはいえ十分な錬度を持った人類側の艦娘や提督が見れば、まだまだ及第点とはいかない拙いものかもしれないが、深海棲艦が連携を見せたと言う時点で驚愕ものであろう。

 深海棲艦は理不尽であり不条理であり、常識や理から外れ、そして捕らわれない存在であるが、しかしながら戦闘においては単艦単位ではあるが合理的な行動を取る。
 これまでの人類側との戦闘の統計から、最も脅威となる敵戦力に意図せずして火力を集中する傾向にあるのだ。
 この場合もその例には漏れず敵深海棲艦の砲火は、遠征艦隊の最強最大火力であるウミへと集中する。

「タッ」

 人間の言葉に訳すなら獰猛な猛獣の笑みを浮かべつつ、沈められるもの沈めてみろ、と言ったところであろうか。
 残る駆逐艦と軽巡洋艦からの砲撃と魚雷がウミに集中し、着弾と同時にウミを爆炎と爆煙が妖艶にして幽冥な雰囲気を纏う美女をひと時飲み込む。

 だが簡単には沈まぬから戦艦なのだ。青い海の上に大輪の醜い花が咲き、更に敵深海棲艦からの砲火が勢いを増す中、黒煙の花弁を裂いてウミが飛び出す。
 セーラー服や真っ白い肌に多少の焦げこそできたが、それでもウミの挙動に不具合は見られない。口元に浮かぶ笑みはますます獰猛となり、青い瞳からは鬼火のように光が零れている。

「ター、タァ!!」

 再びウミの両方の太腿で咲き誇る紅蓮の大花。発砲とほぼ同時に二隻の敵イ級が艦首に直撃弾を受け、艦体を砲弾が貫通した直後に巨大な爆発を起こして木っ端みじんに爆散する。
 元より死せる亡者の負の感情より産まれた深海棲艦達は、鬼神もかくやというウミの苛烈な砲撃に見舞われても怯む事は無かったが、ウミへ意識を集中させすぎた報いは受ける事となった。

 ウミに引き連れられていたチ級からの雷撃とリ級からの砲撃、加えて駆逐艦達の残弾などまるで考慮していない砲撃の雨が、ウミに殺到していた敵深海棲艦達を囲いこんだうえで襲い掛かり、見る間に撃沈させていったのである。
 ほどなくして海上に動く敵艦の影が見えなくなってから、ウミは意気揚々と目的のブツへと汚れきった海の上を進んで行った。

 ウミの進む先には中破から大破までと決して小さくない損害を負った艦娘達と、彼女らに守られている小規模な輸送船団の姿があった。
 周囲には黒い靄が漂っている。深海棲艦の目をくらませる為の煙幕だ。
 煙幕以外にも船団そのものが噴く黒煙も交じっており、見れば海に転がり落ちているのはコンテナばかりでなく、救命用の浮き輪にしがみついた船員の影もあった。

 ウミの進路上には中破した艦娘の姿があった。サスペンダーで吊るしたスカートにランドセルめいた背中の装備が特徴的な少女達で合計四隻。
 朝潮型駆逐艦の朝潮、荒潮、大潮、満潮の姉妹艦娘達だ。半ばから砲身の折れた12.7cn連装砲を構え、近づいてくるウミに闘志の炎と隠しきれぬ怯えがある瞳を向けるのは朝潮だった。
 十代前半、あるいは十歳にもならぬ長い黒髪が特徴の艦娘は、死に体にも等しい状態に追い込まれてもなお背に庇う輸送船団とそれに乗る人々を守る事を諦めていない。

 朝潮の姿に悲壮な色を浮かべたのは、薄いオレンジ色の髪と勝気な瞳が特徴的な満潮だった。
 史実において自身が入渠して損傷を修復している間に、出撃した姉妹艦全てを失うという経験をしているだけに、姉妹艦の撃沈に関しては艦娘の中でも特に過敏な反応を示す少女だと、ウミは知らないしまた知っていても行動を変える事は無かっただろう。

 輸送船の上の船員達や他の姉妹艦達が事態の推移を恐怖交じりに見守る中、ウミがいよいよ朝潮に手を伸ばせば触れられる距離にまで近づいた時、朝潮は砲弾を叩き込む事も魚雷を撃ち込む事も出来ず、眼を見開いて体を凍りつかせていた。
 朝潮がすぐにも来るだろう痛みに思わず身構えていると、来ると思っていた痛みは一向に来ず、ウミは朝潮を眼中にないと言わんばかりに無視してその背後へと進んで行き、そして――

「タ!」

 と弾むような声を出して海面に浮かんでいた青いコンテナをひょいと持ち上げた。
 大型貨物船に積むコンテナであるから、人間では到底持ち上げられない様なサイズと重量だが、深海棲艦として万、あるいは十数万馬力を誇るウミにとっては然したる苦では無い。
 ウミは呆然と自分を見る艦娘や船員達の事など一切無視し、率いて来た艦達に落下している物資の回収を命じ、自分も次々とコンテナや零れ落ちたコンテナの中身を回収して行く。

「タ?」

「ひっ」

 右肩にコンテナを担ぎ、艤装に引っ掛けておいたロープで落下物を括りつけて曳航していたウミと、木材の切れ端にしがみついて波間に浮いていた若い船員の目があった。
 上位の深海棲艦は類稀なる美女の姿を有する。
 ウミもまたタ級となった事で滅多にはお目にかかれない美女となっていて、まだ若く健全な男性である船員に息を飲ませるだけの美貌と人ならぬ者の妖しい雰囲気を纏っている。

 しかし海の上を行く者として、人類の天敵である深海棲艦の恐怖を先達や父母から嫌と言うほど教え込まれ、たった今味わったばかりの船員はウミの青い燐光を零す瞳に命を吸われるかのような恐怖を憶え、歯をカチカチと打ち鳴らす。
 ウミはしばし船員の朴訥とした雰囲気の顔を見ていたが、うん、と一つ頷くと左手で船員の首根っこをむんずと掴み上げる。

「う、うわあああ!?」

「その人を離しなさい!」

 それまでただウミ達の奇行を見守っていた朝潮や荒潮が船員の悲鳴に我に帰り、返り討ちに遭うだけと分かってはいたが、連装砲や単装砲を向けて制止の声をかける。
 だがウミばかりか他の深海棲艦達さえも朝潮達の威嚇行為に、まるで警戒する素振りは見せずお前達がなにをしようと無駄だ、と言われている様に朝潮達には思えてならなかった。
 ウミは左手で掴み上げた船員を盾のように持ち上げたまま朝潮へと近づいて行き、何をするつもりかと息を呑む朝潮に、泡を噴いて気絶する寸前の船員をぐいっと押しつけた。

「きゃっ!?」

「タ」

 じゃあ、とだけ言ってウミは船員に圧し掛かられる体勢になった朝潮に無防備な位にあっさりと背を向けると、仲間達が落下物の収容を終えた事を確認し、左手を高々と突き上げると帰ろう、と呼びかけた。
 ふんふんふんふふん、と鼻歌を歌いながら去ってゆくウミとその艦隊の後姿が、水平線の彼方に消えてから、ようやく朝潮達ははっと我に帰り、そして誰言うでもなくぽつりと呟いた。

「噂は、本当だったんだ……」

 朝潮達の所属している基地では、最近ある二つの噂が広がっていた。
 一つ目は球磨と北上達が輸送船団を護衛していた時、立て続けに深海棲艦の襲撃を受けた際に突如深海棲艦を攻撃する深海棲艦と遭遇した事を始まりとする、深海棲艦同士が戦っていたという噂。
 二つ目は最近、輸送船団が襲撃を受けると時折艦娘達が消耗してから別の深海棲艦の艦隊が姿を見せ、船団を襲撃していた深海棲艦を壊滅させると輸送船から零れ落ちた物資を回収して艦娘や船団には手を付けずに去ってゆくと言う噂。

 乱戦状態での同士討ちならまだしも、深海棲艦の艦隊同士が戦うなどこれまで確認されなかった事で、基地の提督達は事態を重く見て他の泊地や鎮守府、警備府にも情報収集と分析を依頼していると言う。
 二つ目の噂は一つ目の噂と重複する部分もあるが、まるで押しかけ用心棒みたいな真似をする深海棲艦の行動も初めて確認された事で、この二つの新情報から深海棲艦側に何か異変、あるいはなにかの前触れかと警戒がされている。

 当然人類側のそんな反応を予測しているのは、ン級艦隊ではン級その人である彼位であったが、その彼とて日々の資材のやりくりに悩まされて人類側の警戒の度合いをいささか低く見積もっているのは否めない。
 彼でさえそうなのだから、知能が増したとはいえ基本的に複雑な思考がいまだ出来ないウミやヨル、ソラにはそんな事はさっぱり思いもつかない。
 彼女らが考えるのは、如何に彼に褒めて貰うか、喜んで貰えるか、という事なのである。

 製油所への帰路に着いたウミは、途中で別の遠征艦隊を率いていたヨルと合流した。
 ヨルが艦隊に配属された直後は何かと反目しあった二隻であるが、自分達が争う事を彼が望んでいない事、過度に競い合う事で彼を失望させてしまった事を理解しており、今では食ってかかる様な事は控えていた。
 そうして見れば艦隊で二隻しかいない戦艦である彼女達は、お互いに仲間を預けるのに足る相手でもあり打ち解けるのにさほど時間はかからず、彼の気苦労は少なくて済んでいた。

 もっぱら二人の間で交わされる会話はお互いの戦果の自慢であったが、たまさかお互いの変化に着いて語り合う時もある。
 特に話題になるのは、ヨルは発生した時からル級であったのに対し、ウミは駆逐艦から戦艦にまで改造によって変化した事、そして彼の艦隊に所属してから艦娘や人類に対する敵対意識、憎悪の感情が劇的に薄まった事である。

 先程の輸送船団の護衛をしていた艦娘や船員達に対してもそうだが、彼の艦隊に所属するまでは発見次第、相手と自分の状態に拘泥せずに襲い掛かって殲滅しようとしたはずだ。
 であるのに彼の艦隊に所属してから日に日に艦娘や人間に対する際限の無い筈の憎悪や嫉妬、殺意の念が薄れていて、だからこそ電や間宮が彼の庇護ありきとはいえウミ達深海棲艦の中で無事に暮らす事が出来ている。

 彼と出会い、彼に撃ち負かされ、彼の配下に入った事で自分達が深海棲艦としての在り方から外れてきている、とウミとヨルはおぼろげにではあるが理解していた。
 これから彼が自分達を一体何処へ導くのか、自分達がどうなるのか、ウミやヨル、ソラは時折星空の下で語り合っている。
 だが揃って答えは決まっていた。たとえ何処に導かれようと、どうなろうとも彼に従うだけだ、と。


 さて一方で艦隊旗艦であり提督であり総司令である彼にとっては、予定通りの収支に終わる地道組の方が当然ありがたい。
 しかし戦艦タ級となったことでやる気に満ちたウミを諌めて下手に士気を下げるのは得策ではない、と考えて今のところウミの好きにさせている。
 遠征による資材の確保と深海棲艦との戦闘による艦隊錬度の向上の他に、彼が最近取りかかっている事に製油所に取り残された労働妖精達の確保があった。

 彼が制圧下に置いた製油所に取り残されている妖精達の数は工場をフル稼働させるには不十分で、製油所の機能を最大限活用できていない状態になかった為である。
 これを解決する為に、彼は他の製油所を回って労働妖精達を確保する計画を建てたのだ。
 おそらく他の製油所にも残っているだろう妖精達を確保すれば、製油所をフル稼働させる事が出来てより多くの燃料を得る事が出来るようになる見込みが大きい。

 深海棲艦を敵とする艦娘側の存在である妖精達は、ン級艦隊の面々では迎えに行っても出て来はしないだろうから、これには目下捕虜である電に担当させる事となった。
 いつ深海棲艦達による襲撃があるとも知れぬ製油所に妖精達を残しておいては、彼女らに危険が及ぶ事がある、という彼の説得に電は渋々ながら納得して妖精達の引き取りに協力している。

 全ての製油所を虱潰しに探すのには道中での深海棲艦との戦闘や艦娘との不意の遭遇に備え、彼自身とウミあるいはソラ、そして航空戦力としてソラを伴い、電を連れてゆく編成となった。
 製油所をフル稼働させる為に出撃して、決して少なくない多燃料を消費するという本末転倒に近い事態に陥っているわけだが、長期的に見れば今回の行動が燃料事情の改善に役立つと割り切っていた。
 というよりもそうでなければやっていられなかったのである。

 製油所にはあまり妖精達は居なかったのだが、それでも海域内にある製油所を粗方調べ尽くした所、それなりの数の妖精達の確保に成功して彼の制圧している製油所と同規模の製油所一つなら稼働させられる数を揃えられた。
 となればもう一つ製油所を確保したくなるのが人間――彼は深海棲艦と化してはいたが――の欲というもの。

 彼は電に妖精達の世話を任せ、彼、ウミ、ソラ、ヨル、重巡洋艦リ級、重雷装巡洋艦チ級という現在動員可能な最大戦力で出撃し直し、二つ目の製油所の制圧に向かった。
 この海域の深部ではヨルのように戦艦ル級の出没も確認されているが、重巡洋艦ながら戦艦並みの戦闘能力を有する彼、ル級であるヨル、ル級より上位の(性能では僅差ながら劣っているが)タ級であるウミ、正規空母ヲ級を擁するこの編成ならまず心配は無用と言うもの。

 リ級を旗艦とする敵深海棲艦の防衛艦隊二つと交戦したが、チ級やリ級が小破相当の損傷を負っただけで済み、修理にさして鋼材を消費しないで済む、と彼を大いに安心させた。
 新たに制圧した製油所にも余った妖精を配して製油所を再稼働させながら、防衛の為の艦隊を配置する事も行う。
 遠征に出撃する艦の数が減る事となるが、定期的に燃料が得られるメリットの方が大きい、と彼は判断したのである。

 妖精達は艦娘である電と間宮にもっとも懐いているから、妖精達のメンタルを考慮して二つの製油所を稼働させる妖精達は一週間ごとの交代制とし、製油所の防衛艦隊も同じく交代制とした。
 防衛艦隊の編成はウミ、ヨル、ソラを交代でそれぞれ旗艦とし、リ級、チ級、それと軽巡洋艦のホ、ヘ、トのいずれかを一隻、残りの二隻を駆逐艦イ級、ロ級、ハ級、二級からその時々の疲労や損傷具合から判断して組み込むと言うものだ。

 製油所二つに防衛艦隊を配置した為、遠征に出せる艦隊は二つにまで減ってしまったが、燃料は製油所を頼みにするとして鋼材、弾薬、ボーキサイトを遠征で確保する方針に修正している。
 彼としては当面この体制を維持して資材の貯蓄に勤しむ計画を立てていた。
 懸念事項は艦娘達に深海棲艦同士の戦闘を既に何度か目撃させてしまった事で、間宮が行方不明となった海域とは異なる海域に移ったとはいえ、艦娘側も度重なる異常事態に攻略とは別に、調査の為の艦隊を派遣する可能性がいよいよ馬鹿に出来なくなっている事か。

 最悪、艦娘達と交戦している所に、反逆の意思を持つ彼を処分する為の深海棲艦が姿を見せ、同時に相手にしなければならなくなるかもしれない。
 彼の考えている資材貯蓄計画とは若干矛盾する所も出てくるが、戦力の向上も可及的速やかに行わなければならない、と彼は焦れていた。

 その為に彼は現海域を突破し、新たな海域へと向かって配下の深海棲艦の錬度向上と新たな戦力の獲得も決意しなければならなかった。
 一般的に人類が艦娘達を投入して深海棲艦制圧下の海域を攻略・解放しようとするのは、深海棲艦が制圧している海域は圧倒的に濃い瘴気に満たされて、羅針盤妖精の力を借りなければまったく方向が分からぬ場所となるのを解消する為だ。

 このような海域では、各国の生命線である輸送船団が航行する事など出来ず、少しでも多く安全の確保された航路を得て、国家運営と国民生活を維持・発展させる為に、時には艦娘の撃沈と引き換えにして海域の解放が行われている。
 無論、憎悪と悲哀と嫉妬など負の感情を発祥の源とする深海棲艦が人間側の目論見を許す筈も無く、例え一度は解放が成った海域でも再び深海棲艦の艦隊が制圧しなおせば元の黙阿弥と化す。

 この為、人類と深海棲艦は常に戦い続けて、青く広い海を黒煙と油と残骸とで汚すことを何時終わるとも分からず続けている。
 人類と艦娘と深海棲艦の戦いの究極的な決着は、人類の絶滅かあるいは深海棲艦を産み出す深海の憎悪の完全浄化のいずれかによってしか決まる事は無いだろう。

 そういった意味では、戦況が一進一退、いや人類側が深海棲艦と艦娘への理解を深めた結果、徐々に戦況を優勢なものとしている現在の状況は深海棲艦側にとって面白いものではない。
 だからこそ産まれたのかもしれない。ン級というこれまでの深海棲艦の終わりとなり、そして新たな深海棲艦の始まりとなる『彼』が。

 彼は二つ目の製油所確保にも成功し、数隻を改造してより上位の艦種へと改造し、錬度の向上も見受けられて海域の深部へと挑むだけの戦力を整えられた。
 長期戦に備えて燃料を十分に蓄えられたと判断したその日に、間宮に声をかけて海域最深部に巣くう深海棲艦へ挑む艦達にアイスを与えるよう頼みにいった。

「間宮、明日、この海域の深海棲艦の主力艦隊の壊滅に向かう。連れてゆく奴らにアイスを食わせてやってくれ」

 製油所にある食堂で食事の用意をしていた間宮は、まな板の上のネギを切る手を止めて厨房のカウンターに立つ彼と向かい合う。
 この食堂は彼、間宮、電、ウミ、ソラ、ヨル他地上で活動可能なリ級やヌ級、チ級が利用する為に掃除と整理整頓された場所だ。

 間宮のアイスは新しく作る為の材料の調達が出来ていない現状では大変貴重なもので、以前は戦闘ごとに最も活躍した艦に与えていた所を、五回の戦闘での平均戦績を出して最も活躍した者のみが味わえる、と条件を厳しくしているほどだ。
 製造に必要な機材と冷蔵庫などは間宮の艤装に含まれているから問題ないが、牛乳や砂糖などの材料を製油所で一体どう調達すればよいのやら、という話だ。

「そういう事でしたらアイスをお出しするのに問題はありません。それにしても海域の最深部となると、敵の艦隊も相当強力になるのではないですか?」

 深海棲艦の敵が深海棲艦と言うのも変ね、と間宮が思ったのも今は昔の事。
 間宮は彼が言う所の敵が艦娘ではなく深海棲艦である、と尋ね返すまでもなく分かるようになっていた。
 彼の嗅覚をぷんと香る味噌の匂いがくすぐった。みそ汁の具は今切っているネギと油揚げ。
 他にはここら辺の海域で獲れるカラフルな魚の開きと、柴漬け、馬鈴薯と人参とインゲンの煮物だろうか。

「だろうな。だがヨルの話によれば最深部の艦隊の編成は、決しておれ達に勝るものではない。
 各艦の錬度も併せて考えれば勝機は十二分にある。おれ達は艦娘と違って羅針盤に狂わされる事も無い。艦娘側からすればハンカチを噛んで悔しがることだろう」

 精神は違っても肉体的には深海棲艦である彼と、彼配下の艦隊の面々は艦娘達とは異なって、羅針盤妖精の力を借りずとも深海棲艦の瘴気に満ちた海域に方向感覚を狂わされる事が無い。
 この事を知ったら歴戦の提督ほど彼を羨み、妬む事だろう。羅針盤が荒れ狂った為に目的の海域に辿りつけず、多くの資材を浪費した提督の例は古今絶えた事が無い。

「ではお昼の後にお出ししますね」

「頼む。ところでウミ達の姿をここら辺で見なかったか? 電は港の方で駆逐艦達の散歩に付き合っていたようだが」

「確か休憩室の方に連れだって行かれましたよ。ヨルさんとウミさんはてっきり仲が悪いものかと思っていましたけれど、そうでもないのですね」

「おれも少し意外に思っている所だ。まあ、仲が良いに越した事は無い。邪魔をしたな」

 いいえ、とつつましく応える間宮に背を向けて、彼は製油所の居住地区にある休憩室を目指して足を進めた。
 比較的小規模な製油所である為休憩室は娯楽室も兼ねていたようで、彼が制圧した時にはぼろぼろのソファや長机、動かなくなった自動販売機、液晶の割れたテレビ、枯れ切った観葉植物、くしゃくしゃになった雑誌位しか無かった。
 大掃除を敢行して取り敢えずは清潔になり、壁にはダーツや色あせたポスター、アレンジメントが掛けられ、傾いた本棚には皺を伸ばした雑誌が仕舞われ、ソファなどにも継ぎが当てられている。

 彼が開きっぱなしの入口の扉を通って休憩室に足を踏み入れると、机を挟んでウミ、ヨル、ソラ、それにリ級やヌ級などがわいわいとなにやら話し込んでいるのが見えた。
 彼には気付いていないようで、一体何を話しているのかと興味を惹かれた彼は、一度部屋の外に出て聞き耳を立てる事にする。
 さて、あいつらは何を話しているのやら、と小さくない興味を抱く彼の耳に、ウミ達の会話が届き始める。

「ルー、ルルー」

「タ? タ、タ」

「ヲッヲ」

「リリリ」

「ヌヌ、ヌ?」

 深海棲艦や艦娘以外にはなにがなにやらさっぱり理解できない会話だが、無論、彼には彼女達がなにを言っているのかきちんと翻訳されて聞こえている。
 どうやらウミやヨル、ソラは間宮が積んでいた物資や、輸送船団からかっぱらってきた補給物資の中にあったファッション雑誌を広げ、それぞれの趣味や好みを言い合っているらしい。

 あいつらも完全に人型になったからそういう興味も湧くものなのだろう、と彼は愛娘の成長を見守る父親のように微笑ましい思いを抱く。
 深海棲艦のみならず艦娘達が戦闘時に纏う衣装は、一見するとただの布地に見えて砲雷撃戦にも耐え得る防御性能を発揮する特別なものだ。
 特筆すべきなのは衣服はその深海棲艦ないしは艦娘が着用する時にのみ、その特殊な防御機能を発揮し、例え同型艦であっても完全に同じ艦でなければただの服と化す。

 ただ防御性能が重要視されるのは戦闘時の話であって、平時となればデザインや素材、色合い、値段の方が重要になるのは当たり前の話。
 この場合、人間と同じ精神活動を行う艦娘ならばともかく、意思なき災厄、異形の魔物と恐れられる深海棲艦がファッションを語りあっているのだから、艦娘や提督たちでこの光景を目の当たりにして驚かぬ者はいまい。

「ヌ」

「チ?」

「リー」

 一方、ウミ達とは別にリ級やヌ級、チ級達がグループを作って机の上に広げた雑誌を覗きこんで、ヌ級を中心に話をしている。
 ポニーテールのようなチューブで後頭部と背中が接続されている他は完全に人型のリ級や、腕と下半身がが艤装と一体化し顔にマスクを被っている他は人型を保っているチ級はともかく、饅頭みたいな船体に逞しい手足を生やしたヌ級にファッション? と彼は首を捻った。

 そのまま観察していると、若干太いものの造形それ自体はきちんと女性のものであるヌ級の指を見て、なにやら話をしている所を見るとどうやら服やアクセサリーの話をしているわけではないらしい。
 その内にヌ級が指を開いて腕を上げるとリ級やヌ級、その内にヨルやソラ達もやってきて和気あいあいと話し始める。

 どうやらネイルの話をしているらしい。あの見た目なのに女子力高いな、ヌ級、と彼は少なからず驚いた。
 だが考えてみればソラとてヲ級になる前は軽空母のヌ級であったのだから、外見だけで考えるのはよくないだろう。

 しかしヌ級からヲ級への変化は、駆逐艦から軽巡洋艦への改造並みに凄まじいものがあるものだ。
 彼はしばらくそのまま深海棲艦達のガールズトークに耳を傾けていたが、一向に終わる気配が見られなかった為、彼は楽しんでいる所を邪魔するようで多少悪い気はしたが、扉をノックして彼女らの意識を惹いた。

「お楽しみの所すまんな」

 彼が顔を見せるとそれまでお互いの話に夢中になっていたウミ達は、一斉に彼を振り向いて雑誌を持ったままにこにこと笑んで話しかけてくる。
 彼女らがファッションについて熱弁を振るうのは、女性としてファッションを楽しみたいと言う意識もあるが、同時に彼に綺麗だ、可愛いと褒めて欲しいという欲求も大いに存在している。

 わいわいと押し寄せてくるウミ達の相手をしつつ、さっぱり終わりが見えそうに無かったので、彼は軽く手を叩き、表情を険しく引き締めてウミ達にこれから真面目な話をする、と態度で知らしめた。
 彼にそうまでされればウミ達とて真面目に話を聞く態度を取る。といってもファッション雑誌を持ったままなので、どうにも締まらない。
 ここが鎮守府だったら提督か秘書艦から怒鳴られている所だろう。

「これからおれ達はこの海域を突破し、新たな海域への安定した航路を確保する為に無い所為諸島防衛線に陣取る敵の主力艦隊を叩く。
 お前達には持てる力の全てを振るって貰う事になる。敵艦隊はかつてない戦力だろうが、おれとお前達ならば必ず勝てる。戦果を期待する」

 真っ直ぐに自分達を見つめる彼の言葉に、ウミ達の士気は否応なしに上がり、すぐさま休憩室は彼の期待に応えんとするウミ達の声で震えた。
 だが彼らは知らなかった。
 度重なる深海棲艦同士の戦闘が目撃された事、輸送船団の押しかけ用心棒をする深海棲艦の情報などから、近隣の基地から調査の為の艦隊が特別に編成された事を。
 そしてその艦隊を間宮喪失の汚名返上を期して、彼らの捕虜となっている電の提督が指揮している事を。

<続>

それにしてもここまで書いても書いても深海棲艦がドロップしないなナー。鹵獲機能早く実装されないでしょうか。
それにしても大型建造が楽しみですね!



[38714] 提督
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/01/11 13:41
「全員、燃料と弾薬の補充は済んだな!」

 製油所の港で彼が配下の深海棲艦達に大声で確認を取った。まさに本海域を閉鎖している深海棲艦主力艦隊を壊滅させる為、出航するその直前の事である。
 彼の声に対して答えるのは戦艦タ級ウミ、戦艦ル級ヨル、正規空母ヲ級ソラ、軽空母ヌ級、重巡洋艦リ級の五隻。
 その他の深海棲艦達は二つの製油所の防衛と、資材確保の為の遠征の為に残される。

 ン級艦隊に属する全ての深海棲艦と捕虜である給糧艦間宮、駆逐艦電が出撃する彼らを見送りに出ていた。
 電は間宮の割烹着の裾を握り、そっぽを向いているがその周囲には電に懐いているイ級やロ級などの駆逐艦三隻が海面から頭を覗かせており、電なりに今の捕虜生活に順応はしているらしい。
 間宮の方はン級艦隊の深海棲艦達に対する警戒心はほとんど無くなっているのか、心配げに出撃する艦隊を見ているほどであった。

 両足に具足の如く装備した主機によって海面に浮かぶ彼が、共に出撃するウミ達を見渡して全艦の士気と体調に問題が無い事を見て取った。
 残念ながらン級の占有する施設や配下に置いている妖精達では、新たな装備を開発する事が出来ない為、個々の技量を磨いて体調を整える事くらいしかできないのだが、とりあえずやれる事は全て済ませてある。

 艦娘達と異なり、羅針盤妖精の導きに頼ることなく航路を選択する事のできる彼は、既に南西諸島防衛線の主力機動艦隊の居場所を把握しており、道中で余計な戦いをする可能性は艦娘達と比べれば数十分の一以下であろう。
 その為弾薬と燃料の消耗も艦娘と比べればはるかに少ないし、そもそも深海棲艦自体が艦娘に比べて燃費が良くできている。

 自分自身が深海棲艦である彼は、間宮や電と比較して深海棲艦達がその肉体の構成に物質化した負の感情を用いている為に、艦娘と違って鋼材や燃料を活動の維持に必要としない事に気付いていた。
 だからこそ修復材で満たされたドックを利用せずとも、深海棲艦達は燃料や鋼材を経口摂取するだけで損傷を癒す事が出来るのだ。
 そう言った意味では彼の配下となり、艦娘や生きとし生ける者への負の感情を薄めてしまったウミ達は、通常の深海棲艦達よりも修復速度は遅れていたりする。

「タ!」

「ルルル」

「ヲ~」

 ン級艦隊の中でも別格の三隻がそれぞれいつでも行けます、任せてくだサ~イ、準備万端です、と返答する。

「間宮の弁当は?」

 と彼が問えばこれにも間髪いれずにウミ達は肯定の返事をして、それぞれ肩掛け鞄やポーチに入れた間宮手製の弁当と緊急時用の弾薬や燃料、鋼材を示す。
 間宮弁当は彼女の艤装内部の冷蔵庫に収納していた食材と、近隣の海産物から作った弁当である。
 おかか、昆布、明太子のおにぎり三個と出し巻き卵、焼き魚、沢庵、小魚のつみれ団子、蓮根と人参、椎茸、こんにゃくの煮物という献立である。

「よし、これより南西諸島防衛線に巣くう深海棲艦主力艦隊を撃滅する為、出撃する。間宮、電、大人しくていろよ。
 おれ達は必ず帰って来る。間宮の食事が食えなくなっては、おれ達の士気が著しく下がってしまうし、電、お前がいなくなったらそいつらが寂しがるからな」

「そっそれは……」

 彼の言う通りだと言わんばかりに、電の周囲の駆逐艦達が短く鳴き声を発して飼い主に置いてきぼりにされた子犬みたいな真似をする。もっとも見た目が大変アレである為、とてもそうは見えないけれど。
 彼は電のそんな様子に、随分と情に絆されたものだと半ば呆れていた。やはり電の性格は戦いに向いていない。それが例え異形たる深海棲艦であっても。

「ふっ、そう考え込むな。何日もここを空けるわけでもないし、近隣の深海棲艦達の駆逐も行ったばかりだ。お前が間宮を連れてここから逃げ出す好機など、そうそうやっては来んよ」

「そんなの分からないのです。逃げられるようだったら、間宮さんを連れてここを逃げ出して見せるのです」

「それで、お前は戻るのか? お前が所属していた艦隊に。お前を酷使していた提督の下に?」

 電が言葉を発する事は無かった。彼の放った言葉は電に息を飲ませ、健康的な色を取り戻していた頬から血の気を引かせた。
 彼は自分が思っていた以上に電にとって、元いた艦隊や鎮守府――電の場合は基地か――が精神に大きな負担を強いる場所である事を改めて認識した。

「どうやら即答は出来ないようだな。まあいい。時間はあるからゆっくりと考えるが良い」

 電に語りかける彼の声は、幼い娘を宥める父親のように優しく包容力のあるものだったが、彼が意識してそう声をかけた様子は無い。
 電や間宮ばかりでなく、彼自身もまたそれなりに情にほだされていると言えた。
 それだけ告げて、彼は配下の深海棲艦達が船体や腕を振り、見送る中ウミ達を率いて南西諸島防衛線最奥に潜む深海棲艦主力機動艦隊を撃滅すべく第一歩を刻んだ。



 現在、日本国所属の艦娘が根拠地とする場所は、鎮守府、警備府、泊地、基地と呼ばれている。
 ン級艦隊の捕虜となっている電はこの内、国外に設けられたラバウル基地に所属している艦隊にいた。

 なぜ国外に日本国籍の基地があるかというと、深海棲艦に対抗できる艦娘などを保有する国はそう多くは無く、防衛力を持たぬ国家が資源を採取できる土地などを提供する代わりに艦娘の戦力を求めたわけだ。
 こうしてかつて太平洋戦争時に旧日本軍が建設した基地が、現代になって今また建設される事となっている。

 各鎮守府は規模や周辺海域の深海棲艦の勢力によって、配属される提督や艦娘の数が異なるが、電の居たラバウル基地には複数名の提督が居る。
 着任したばかりの新米提督から中堅提督まで、経歴から保有する艦娘までばらばらな実にバラエティに富んだ提督達が居るのだが、その中でも戦果こそ挙げるがその方法などから悪評ばかりが目立つとある提督が居た。

 昨今、ラバウル基地を騒がせたのは本国から派遣された給糧艦間宮が、深海棲艦の襲撃によって護衛として派遣された艦娘の内の一隻と共に行方不明となった事。
 もう一つは他の泊地や鎮守府でもそうだが、輸送船団が深海棲艦に襲撃された際に、襲撃してきた深海棲艦を襲う深海棲艦が出没し始めている事、この二点だ。

 間宮喪失は護衛任務を担当した提督のみならず、ラバウルの各提督達がそれぞれの艦娘達を捜索にあたらせたが、今日に至るまで発見に至っていない。
 ただ間宮の残骸や欠損した部品の一部などは発見されていない事から、今もどこかで間宮が生存しているか、航行不能状態に陥っているのでは? と考えられて規模こそ縮小したが捜索は継続されている。

 また深海棲艦を襲う深海棲艦についても、間宮捜索が難航している事に名誉挽回の機会が訪れない事に苛立ちを募らせたある提督が率先して調査に乗りだす事となった。
 その提督とは電の提督であり、間宮護衛任務失敗の不名誉の泥を被った奥津城(おくつき)大佐。
 間宮喪失の責を問われ、降格もあり得るとまことしやかに囁かれる奥津城提督が、点数稼ぎの為に深海棲艦の動向調査任務を受けたのは誰の目にも明らかである。

 ラバウル基地湾口施設に奥津城大佐と彼の艦隊に所属する艦娘達の姿があった。
 艦隊一つにつき六隻の艦娘達が構成し、それが計四つで二十四隻もの艦娘達が居並ぶ様は荘厳とさえ言えたが、よくよく見れば艦娘達の多くの顔に覇気は無く、とてもこれから戦場に赴く直前の様子とは到底見えない。
 奥津城は自分の艦娘達を前に、百八十センチをゆうに越す背丈に軍人という職業に相応しい肉を乗せた体が放つ威圧感を前面に押し出し、それなりに端正な顔立ちは険しか浮かんではいない。

「これより貴様らは報告のあった該当海域へと赴き、前例の無い行動を取る深海棲艦の調査を行え」

 遠くまでよく通る声は指揮官に必要とよく言われるが、少なくともこの点において奥津城は指揮官としての素養は持っていた。
 眦がやや吊り上がり気味で冷淡な印象を受ける奥津城の瞳が、艦娘達を冷厳に見回す。
 艦娘達に自分達の提督に対する反応は無かった。奥津城はそれを当たり前だと言わんばかりに、両手を腰の後ろで組み胸を張って命令を続ける。

「先だっての間宮喪失によって被った汚名を返上し、我が艦隊の名誉を挽回する絶好の機会だ。例えその身がただの鉄くずになり果てようと、今回の任務は必ず達成しろ。
 お前達艦娘は確かに特異な兵器ではあるが、所詮は兵器である事に変わりは無い。自分の考えなど抱くな。感情を持つな。ただおれの命令に従い、実行し、任務を遂行しろ。
 今回の任務の為に司令部から特別に燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトの供出をもぎとった。いくら代わりの効く貴様らであろうと、それなりに資源と金が掛っている。
 必要とあれば自ら進んででも撃沈するのが貴様らの存在意義だが、ただで沈む事は許さん。必ず敵を沈めるかおれに利益を齎してから沈め。
 それが出来ないのならば、お前達は存在する意義が無い。間宮の護衛に失敗した奴らのようにな」

 それまで身じろぎもせずに奥津城の話を聞いていた艦娘の内、幾人かが身じろぎをした。
 俯いた顔に苦渋の怒りを浮かべる者がいる。歯を食い縛り身の内を焦がす怒りの炎を抑える者がいる。
 奥津城がそれに気付いた素振りは無い。奥津城の前に並ぶ艦娘達の中でも明確な違いが見て取れる。

 艤装に手入れが良く行き届き、健康状態が優良と見て取れる者とそうでない者とだ。
 前者は奥津城が海域攻略の主力として重用している戦艦や正規空母達であり、後者は建造が容易な事もあって、遠征や海域の航路開拓などで消耗や疲労を無視して運用されている軽巡洋艦や駆逐艦達である。
 奥津城の艦隊運用は資材の消耗を極力抑える為に、駆逐艦や軽巡洋艦を積極的に出撃させて航路並びに敵艦隊の確認を行い、中破大破はおろか撃沈しても構わぬとばかりに強引な進撃を重ねるものだ。

 強引な海域攻略には彼が軍内での戦果を求めて、というのもあるがそれ以外にも財界との繋がりにも理由を置く。
 今現在、深海棲艦によって寸断されているシーレーンの確保はもちろんの事、各種海底資源の再開発の為にも海域攻略は必須である。

 この為に一部の財界の人間が軍の高官と結託して特定の海域の攻略を優先し、海底に眠る資源開発とそこから得られる利潤を求めている、と軍内部でまことしやかに噂されている。
 無論海底資源の開発は一朝一夕で行えるものではないが、シーレーンがかつての機能を失った現在、国内での資源確保は急務であり世界各国が深海棲艦撃退と同様に最も力を入れている分野だ。

 攻略された海域の堅守は各国にとって最重要課題の一つであり、日本においても少なくない数の艦隊が派遣され、基地や泊地を建設して防衛戦を演じている。
 奥津城もまたそういった財界と深く癒着したとある人物の派閥に所属しており、彼が艦娘の消耗を度外視にしてでも海域攻略を急ぐ理由でもある。

 海域攻略により海底資源採掘が可能となれば、それに見合った報酬が彼の上役に与えられ、奥津城もまた将来の出世と甘い汁が約束される。
 深海棲艦の侵攻により人類全体規模での危機に陥りながら、まだ一部の人間達は自己の栄達にのみ欲望を燃やしているのだった。
 そんな心を持った生き物だから深海棲艦を産み出せたのかもしれない。

 ラバウル基地に所属する提督達は、様々な経歴や個性を持つと同時に有能である者がおり、その中でも特に戦果の高い四人は近隣の泊地や鎮守府にもその名を知られている。
 その内の三名が基地内部のある建物の一室に集い、窓から見える奥津城とその艦娘たちの様子を見守っていた。

 艦娘を心を持った兵器であると認識し、心を持つ事を踏まえてその性能を完全に引き出して運用すべきという考えを持つ提督。
 絹糸のように細く長い黒髪を首の後ろで束ね、猛禽類を思わせる鋭い瞳を執務室のある建物に戻る奥津城に向けるのは、紫水(しすい)少将。
 空母の運用に関してはラバウル基地でも一、二を争う名手として名を馳せている。

「奥津城の奴め、以前と変わらぬ下策を使うか。力を活かしきれぬままに損傷を被るだけで、艦娘達が哀れだ」

 紫水の言葉に端正な顔立ちながら感情の色が伺えぬ印象の青年が淡々と応じる。
 かつては艦娘と心を通わせていたが、艦娘を失った事で感情が耐えきれなくなりあくまで人型の兵器として対するようになった黒峯大佐。
 駆逐艦から軽巡洋艦、重巡洋艦、軽空母、正規空母、戦艦とあらゆる種類の艦をまんべんなく使いこなし、あらゆる戦況に対応できる戦力と指揮能力を有する。

「別に奥津城のやり方が全て間違っているわけではない。同じやり方で大戦果を上げ続けている提督も居る」

 黒峯大佐に続いて口を開いたのは、まだ着任して日が浅いながら艦娘達一人一人と心を通わせ合い、もっとも艦娘達から信頼を受けている提督として知られる白河中佐。
 まだ二十代前半の緩やかなウェーブヘアーを左側頭部で纏めて垂らし、柔和な眼差しにフレームレスの眼鏡をかけた知的で温和な印象を受ける美女だが、金剛型の高速戦艦を用いた機動戦を得意とする才女だ。

「でも誰もが戦果をあげられるわけではないわ。それにあまりにも艦娘の被害が大き過ぎる。彼のやり方は強引すぎます」

 艦娘は未知の兵器だ。建造し、改修し、改造できるようになったとはいえ、その運用法の正解というものがいまだはっきりしていないのだ。
 黒峯が言うようにあくまで兵器として運用する事で戦果を挙げる提督もいれば、同じようにしてまったく戦果を挙げられない提督も居る。

 では艦娘を心を持った同じ人間のように接する提督はどうかと言えば、こちらは比較的戦果の格差は小さく一定以上の戦果を挙げるが、提督が艦娘の損傷や撃沈に耐えられず精神的に参るケースが多い。
 艦娘運用において全てが正解であり全てが間違いでもある。強いて言えば深海棲艦という脅威が差し迫っている現状を鑑みれば、戦果を挙げた提督が正しいのだ。

「いずれにせよ深海棲艦達の謎の行動については私も気になります。私の方でも調査の為の艦隊派遣を申請しています」

 白河の言葉に黒峯は物好きなとでも言いたげな顔をしてからその場を後にし、紫水は白河と同じ意見らしい。

「私の方でも出せるだけの艦隊を出す。今回の件はどうにも気になる」

「あなたがそう言われるのなら、何かしらの異変が起きると見てよさそうですね」



 奥津城の命令一下、ラバウル基地を出航したのは主力である第一艦隊を除く第二から第四艦隊までの艦娘達。
 その内、川内型軽巡洋艦一番艦川内と同二番艦隊神通と暁型駆逐艦一番艦暁、同二番艦響、同三番艦雷(いかずち)、それに島風型駆逐艦一番艦島風で構成される第四艦隊は、他の艦隊と比して並々ならぬ決意に満ちていた。

 本来であればン級艦隊の捕虜となっている電の所属している艦隊で、今回は電の代わりに島風が配属されている。
 この島風は駆逐艦達の中でも数多一つ抜けた性能を持ち、また建造が困難な事からレア艦娘と呼ばれているのだが、奥津城が何度も建造を繰り返して手に入れた艦娘だ。

 建造が成功するまでに何度も建造を繰り返した為にかなりの資材を消費したのだが、いざ島風が手に入ると島風の良くも悪くも子供っぽい性格を奥津城が受け入れられず、使われる事無くラバウル基地で無為に時間を過ごしていた。
 今回、電の穴を埋めるべく第四艦隊に配属されたのも奥津城の提案ではなく、日々意気消沈していく島風を見かねた神通と暁らの配慮による。

「大丈夫、暁?」

 裾の部分が花弁のような形をしているオレンジ色のセーラー服を纏った神通が、気遣わしげに暁に声をかけた。
 神通は一見すれば大人しそうな、あるいははかなげ印象を受ける美女で、雑誌の表紙を今すぐにでも飾る事が出来るだろう。

 対して暁は電と同じセーラー服に紺色の帽子を被り、黒髪を長く伸ばした電とよく似た顔立ちの少女だ。
 同型艦なのだから顔立ちが似ているのは当然と言えば当然だが、電が気弱げな印象であるのに対し、暁は大人の真似をしている背伸びした少女めいた印象を受ける。
 だが末の妹が行方不明となった為に、暁をはじめ響や雷達の顔に浮かんでいるのは一様に暗い影であった。

「暁は大丈夫よ」

 そう答えられただけでも気丈というべきだろう。誰が聞いても大丈夫では無い声であった。神通は姉艦である川内と視線を交わす。
 妹と違って夜戦に限っては極めて活発になるこの姉は、ツーサイドアップにした髪と共に首を左右に振る。

 高圧的で横暴な提督の下、艦娘達はお互いを支え励まし合って今日まで戦い続けた。
 次に沈むのは自分かもしれない、という恐怖に怯える日々で姉妹艦や軍艦時代共に戦場を駆け抜けた者どうして絆を深めたのは極自然な成り行きだろう。
 その中でもこの暁型の四姉妹、いわゆる第六駆逐隊は仲の良い姉妹であった。そんな彼女らの心に刻まれた傷の深さたるやいかほどであろう。

「無理に出撃しなくても良いのよ」

 ううん、と暁達は神通の気遣いをありがたく思いながら断った。

「なにかしている方が気が紛れるから」

「そう。でもこれから向かうのは深海棲艦の出没する海域よ。戦いに集中できるの?」

「……大丈夫よ」

 やはり大丈夫では無い、と神通と川内は揃って心の中で呟いた。すると暁や響たちの落ち込んだ様子を見かねてか、決して人づきあいが得意ではない島風があの、と声を出した。

「わ、私が電の分まで頑張るから。ほ、ほらひょっとしたら電が見つかるかもしれないし!」

 兎の耳のように見えるリボンを頭頂に巻いた淡い色の長い金髪に、袖が無い上に臍が露わになっているセーラー服の上と、骨盤の上の辺りで紐を引っ掛けた黒い下着が見えている丈の短いスカートに縞模様のニーハイソックス。
 なんともまあ目立つ事この上ない姿である。姉妹艦を持たなかった事もあってか、我儘な幼子めいた性格だが、流石にこの状況で場の空気を読めぬほどではない。
 奥津城からの冷たい扱いによって、艦隊に来たばかりの頃の明るさを失っていた島風が自分達を気遣ってくれる事に、暁や響、雷はかろうじて笑みらしいものを浮かべる事が出来た。

「ありがとう、島風」

「島風がそんな事を言うなんてね」

「響、島風に失礼よ。せっかく気を使ってくれたんだから素直にお礼を言いましょ」

「な、なによー。せっかく島風が励まそうとしたのに。ひどいよね、連装砲ちゃん」

 島風の不器用な励ましに艦隊の雰囲気が和らいだ事に、神通と川内が揃ってほっと胸を撫で下ろす。
 島風もこれまでの奥津城からの扱いで少なからず傷を負っている筈だが、こうして思いやりを見せた事は思いがけない事であった。
 こうして電を失って以来、暗澹たる雰囲気に飲まれていた第四艦隊はささやかではあるが、明るい空気を取り戻していた。



 南西諸島防衛線最奥に凄まじい進撃速度で進んだン級艦隊は、当初の予定通りに深海棲艦の主力機動艦隊と激突していた。
 敵艦隊はヲ級二隻、リ級二隻、ヘ級、二級が各一隻という構成だ。航空戦力ではン級艦隊側が不利であったが、彼はボーキサイトの消費も鑑みてソラとヌ級には戦闘機の搭載を命じていた。

 比率で言えばソラは戦闘機と艦爆が3:1、ヌ級は戦闘機と艦攻が2:1となっている。
 開戦当初の航空戦ではこれが功を奏して敵軌道艦隊の航空戦力を遮断し、制空権の確保に成功した。
 その代わり艦艇に対する攻撃力は低いから、砲撃戦に移行した後はソラとヌ級は戦力としてはほぼ期待できない。

 だがそれでもソラは極めて戦意が高かった。なぜならば敵艦隊に自分と同じヲ級が二隻居たからである。
 もし仮に自分達があのヲ級を仕留めきれずに軍門に下る事となったら、航空戦力が充実する代わりに自分は極めて厳しい状況に追い込まれる、と考えていた為である。
 彼はそこまでは考えておらず、やけにソラは気合が入っているなと思ったくらいだ。

 ン級艦隊は航空戦力では劣っていたが、戦艦二隻、重巡二隻を有しており砲雷撃戦における火力は圧倒している。
 事前に行った入念な調査で機動艦隊に戦艦級の火力が無い事を把握していた彼は、夜戦にまで持ち込まれて万が一が生じてはならじと太陽が空にある内に決着を着ける腹積もりであった。

「全艦、射程に入り次第撃ちまくれ。残弾は気にするな!」

 二級の顔面に砲弾を叩き込み、彼は猛然と進み続ける。製油所沿岸地帯に既にラバウル基地を出撃した奥津城の艦隊が迫っている事を、知らない。

<続>

あけましておめでとうございます。
イベント中、瑞鳳、秋雲が手に入りました。大型建造では空母レシピで四回回したところ、ヒャッハー、ヒャッハー、出雲丸、翔鶴となりました。うん、週に一回だけ回すことにします。
ン級は、秋水とか富嶽とか50cm越えの大砲を積んだりするかも?
海底資源は深海棲艦も利用しています。そのうち描写できるといいなあ。



[38714] 奥津城
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/02/19 20:53
 人類が南西諸島防衛線と呼ぶ海域最深部にてン級艦隊が遭遇した深海棲艦機動艦隊は、事前に把握していた艦隊構成の内、航空戦力に関しては最大規模の艦隊だった。
 正規空母ヲ級二隻、軽空母ヌ級を擁する敵艦隊に対し、ン級艦隊が有するアドバンテージは戦艦二隻と準戦艦級といえるン級の圧倒的な総合火力。

 この為に自艦隊のソラ、ヌ級には戦闘機を可能な限り搭載させ、敵艦隊の航空戦力を削り取る事をン級である彼は選択していた。
 偵察機を飛ばして互いの距離、位置、艦隊構成を把握した時、母なる海に落ちて汚したのは深海棲艦側の戦闘機がほとんどであった。

 航空戦の初撃が終わった後、主砲の射程で圧倒的優位に立つン級艦隊側からの、艦娘で言えば35.6cm砲に相当するウミ、ソラの主砲が火を噴いて深海棲艦艦隊の駆逐艦ハ級の船体に直撃し、小さな駆逐艦を木っ端みじんに吹き飛ばす。
 駆逐艦にとって戦艦の主砲は至近弾でさえ致命傷になる。ましてや直撃とあっては主砲はおろか例え副砲であったとしても、到底耐えられるものではなかったろう。
 このような初弾からの命中は滅多にあるものでは無かったが、彼の指示によってソラと味方ヌ級の戦闘機が敵艦隊の位置を常に監視し、それをソラを通じてウミとソラに伝える事で、多少命中率が上がるよう工夫をしていた。

 航空戦力による敵艦隊への損傷を選択肢から外した半ば賭けのような選択肢だが、開幕の航空攻撃でこちらへの損害が無かった事と、こちらの砲撃で被害を増やして行く敵艦隊の姿を見るにどうやら天佑は彼にあったらしい。
 敵機動艦隊はヲ級を中心に置いた輪形陣に対して、ン級艦隊は彼を先頭に配置した単縦陣での同航戦。

 同じ方向に向かって航行しつつの戦闘であるから、必然的に互いに砲雷撃や空襲を加える回数は増える。
 合計三隻の空母からの空襲を、上空に展開したソラと味方ヌ級の戦闘機が奮戦し、その多くをシャットアウトしてくれている。

 会敵から距離を詰めていって、彼とこちらのリ級、相手側のリ級の重巡洋艦達の主砲が届く距離になった途端双方の主砲・副砲が一斉に火を噴いて、広大な海原に無数の水柱を不規則に立て始める。
 駆逐艦とはいえ二隻も失った敵艦隊は、総合的な火力で圧倒的に劣っている。
 敵リ級の撃った8inch三連装砲の着弾が起こした高波を右舷に受けながら、艦隊旗艦である『彼』は、砲撃の音にも負けじと声を大にして叫んだ。

「怯むなっ! すでに敵は二隻を失った。数の上でも錬度でもこちらが上だ。このまま押し込むぞ!!」

 ヲ級や敵ヌ級からの艦爆、艦攻の空襲に時折船体に傷を負いながら、彼は自身の叫びの通り一切怯む様子を見せず、久方ぶりに使う主砲と魚雷を惜しげもなく撃ち続けていた。
 特に魚雷に関しては、一部の艦娘が有する次弾装填装置を彼は異形と化した肉体と艤装に備えており、迅速な連射を可能としていた。

「ヲッヲ!!」

「ヌ~ヌ!」

 彼の叫びに対し特に士気高く応じたのはソラとヌ級であった。
 彼は良い傾向だな、と深く考える事をしなかったが、彼女達には彼女たちなりにウミやヨルとは違う切実な、ただし極めて私的な理由が存在していた。
 たった今戦っている機動艦隊にはソラと同じヲ級が存在している。
 もしこの戦闘が終わった時に彼女らがン級艦隊に仲間入りする事となったなら、自分=ソラと同じ艦が配備された事で彼の寵愛が薄れてしまうのではないかという危惧だ。

 まさしくソラ自身の私的な理由であり、だからこそ彼が驚くほどの戦意を見せ、発艦した艦載機が相討ち上等の戦意剥き出しの戦いをする理由でもあった。
 ソラに追随するようにヌ級が奮闘しているのも、ゆくゆくは彼女自身が改造によってヲ級になる事を野望としており、その際にソラ以外のヲ級が居ては彼に重用して貰えないのでは、と考えている為である。

 この二隻の心情を彼が知ったら、何を考えているんだお前達は、と心底から呆れた事だろう。
 もっとも彼には配下の深海棲艦の心を読む力を持っていないから、味方の奮闘に鼓舞されていたわけだが。

 次々と海面に落下しばらばらに砕けて行く味方艦載機を見かけるたびに、彼はボーキサイトがボーキサイトがボーキサイトが、と心の片隅でぶつぶつと呟いて時々渇いた笑いを漏らしていたが、それは彼にそれだけの余裕があると言う証拠でもあった。
 命中する砲弾を肩当てや籠手で受け、損害を最小限のものにしながら彼は両足の主機に最大速度を命じ、ウミ、ソラ、リ級を率いて果敢な砲撃を続行し続けた。

 羅針盤妖精の導きを必要としない特性によって、最深部に至るまでの戦闘は最小限、航行距離もまた最短。
 燃料、弾薬、士気、疲労、何もかもが艦娘やそれを率いる提督には望むべくもない多くの残量を維持している。
 勝てる――彼は自惚れでも願望でも無く、冷静に彼我の戦力を比較してそう判断していた。そしてその判断が間違いでない事が証明されたのは、夜更けを迎える前の事であった。



 彼にとって不運であった事は、これまで遭遇し交戦した深海棲艦の中で最大戦力であった機動艦隊との交戦後に、予期せぬ敵と遭遇した事であったろう。
 彼らは疲弊し、弾薬と燃料を消耗し、また少なからず損害を負っていたし、また拠点である製油所に帰投するだけだと少なからず気が緩んでいたのだから。

 奥津城提督の艦隊に所属するその艦娘達にとって不運であった事は、深海棲艦の不審な行動に対する調査を連日連夜強制され、疲労が全身に鉛のように溜まっている状態でン級艦隊と遭遇した事であろう。
 彼女達は特別事例と言う事で普段なら受けられない補給を受け、燃料と弾薬こそ戦闘を行うのに十分な量はあったが、心身が本来の性能を十全に発揮できない状態にあったのだから。

 想定していなかったわけではないとはいえ、ソラの飛ばした偵察機から伝えられた報告を受けた時、とある小島で休憩を取っていた彼は青白い顔に険しいものを浮かべた。
 幸いにしてン級艦隊の被害は彼、ヌ級、リ級が小破相当の被害を受け、ウミやソラ、ヨルは小破未満のかすり傷程度という軽いもので済んでいる。

 間宮に作って貰った弁当を平らげ、非常用に持ってきておいた燃料を飲み、鋼材やボーキサイトをがりがりと音を立てて食らい、直に遭遇する艦娘との戦闘に備えて消耗した肉体に活力を注いでゆく。
 既に陽は沈み、ソラやヌ級は夜間ではほとんど戦力として数えられないし、また暁型駆逐艦三隻、島風型駆逐艦一隻、川内型軽巡洋艦二隻から構成される敵水雷戦隊にとっては好機となる。

 昼の間は火砲、魚雷共に重巡洋艦や空母、戦艦にとっては脅威と言い難い駆逐艦だが、夜戦となると雷装・火力が驚異的な数字を記録し、戦艦や空母を一撃で大破・撃沈させる事さえある。
 戦艦、空母で構成されている現在のン級艦隊にとっては、水雷戦隊はもっとも戦いたくない相手の一つと言っても良い。

 米粒一つ残さずに弁当を平らげた彼は、ウミやソラ達も同じように間宮弁当を綺麗に食べ終えたのを確認してから、腰掛けていた岩から立ち上がる。
 艦娘と異なり封鎖海域攻略中であっても、燃料、弾薬、鋼材の経口摂取によって消耗を補える――気休め程度ではあるが――を行える事は、彼にとってせめてもの救いだった。
 機動艦隊との戦闘による疲労はまだ肉体の芯に残っているが、夕食を兼ねた休憩でかなりマシになっているし、精神的な疲弊はほぼ完全に取り除かれている。

「ソラの偵察機が艦娘達の接近を確認した。製油所に帰投するには戦わずに済ます事もできん。彼女らと一当てするぞ。
 ただし無理をしてまで相手に損害を与える事を考えなくて良い。おれ達も消耗している以上、下手に追い詰めて相手を自暴自棄にして噛みつかれても詰まらん。
 おれからの命令は二つ、無理をするな、つまらん怪我をするな、以上だ」

 彼からのいつも通り自分達を第一に考えた命令に、ウミやヨル、ソラ達は口元にご飯粒をくっつけて、それぞれの声を上げて答えた。
 それからほどなくして、川内と神通が率いる水雷戦隊とン級艦達は暗闇の空に銀盆のような月と満点の星が輝く夜に砲火を交えた。

 戦艦であるウミとヨルの長射程砲撃を開幕の火ぶたとして先端を開き、彼が真っ先に感じたのは、水雷戦隊を指揮する軽巡洋艦川内と神通の錬度の高さ。
 軽巡洋艦が初期に装備している14cm単装砲位しか装備していないようだが、こちらの機動を正確に読み取り、こちらの意図を妨害し、こちらが力を発揮できない様にしむける上手い戦い方だと彼は内心で称賛してさえいる。

 単純な錬度では彼やウミを上回るものを見せる神通や川内と比して、暁や響、雷、島風達が大きく劣っているのは救いだ。
 それに、と彼は神通を相手取りながら戦域全体を見回しながら、敵水雷戦隊の全艦が鉛のように重い疲労を共有している事を見抜く。

 史実において参戦したのが尽く夜戦であった為に、格別夜戦に力を発揮するわけでもないのに夜戦をこよなく好む川内の顔に喜色はない。
 それ以上に戦艦二隻を含むン級艦隊を相手に、どう味方を生き残らせるかを考え、苦渋の色に染まっている。
 夜戦バカとも揶揄される川内が夜戦を楽しめないほどに、彼女達の状況はひっ迫していると言う事だ。

 奥津城提督の命令によって通常の攻略航路とは異なる海域まで調査を強要された神通達は、食事と補給を兼ねた休憩を取ったン級艦隊よりも更にひどい疲弊に襲われていたのである。
 彼にとって奥津城水雷戦隊の存在が予想外であったのに対し、彼女らの方はと言えばようやく連日の調査が報われて、これまで存在が確認されていなかった男性型深海棲艦であるン級と、本来この海域には出現しないタ級の存在を確認した事に驚愕していた。

 神通達にとっては夜戦の為、敵のヲ級とヌ級がほとんど戦力として機能していない事は救いであったが、それにしても残りが戦艦タ級、ル級、重巡洋艦リ級という戦力に加え、初めて存在を確認した男性型の深海棲艦が居る。
 男性型の深海棲艦にしても背に負った砲や鈍く光る魚雷管などを見れば、軽巡洋艦や駆逐艦に分類されるわけがない事くらいすぐに分かる。

 せめてこちらの疲労が無い状態で遭遇していたなら、と神通と川内達は思わずこの状況を呪わずにはいられない。
 深海棲艦の瘴気渦巻く海域で戦闘に突入すれば、通信機能は著しく妨害されてその性能を発揮できず、提督と連絡を取ることもままならない。

 緑や青といった光を瞳から零す深海棲艦達は夜の暗がりの中でも目立つが、神通達がこれまで戦った深海棲艦と比し、奇妙な位に慎重な戦い方をしている。
 自分達の損害を度外視して艦娘達に攻撃を仕掛けてくるのが常なのに、砲撃を加えるよりも回避を重視しているとはっきりと分かる。

 これまでの定石とは異なる奇異な行動を取って来るのなら、やはりその理由は常とは異なる存在を原因と考えるべきだろう。
 それぞれ複縦陣の先頭を進んでいた神通と川内は、姉妹艦ならではそして長く共に戦場に立った艦娘として、視線を交わすだけで意思の疎通を終える。

 敵ル級、タ級、リ級を川内が駆逐艦達と共に抑え、その間に神通が男性型深海棲艦を可能ならば撃沈、少なくとも痛打を浴びせる、一秒にも満たない視線の交錯で二隻はこの考えを共有していた。
 またこれは自分達にとって優位な夜戦に突入しながらも、疲労状態から敵艦隊を殲滅する事は難しい、という事実を意味してもいた。

「神通が相手か。鬼の二水戦旗艦の手並みを見せて貰おう」

 彼は明らかに自分を意識している神通の動きを認め、神通の史実での船体が半分になっても砲撃を止めなかったという壮絶な最期とその経歴を思い出し、右手の斬艦刀を握り直す。
 神通の放つ砲撃が、動き続けている自分からそう遠くない位置に水柱を立てたのを見て、彼はあれだけ疲弊した状態でよくもやる、と口の中で零す。

 他の艦達は島風が自慢の速力を活かして右に左にと、速度を細かく変えながら動き回ってウミ達の砲撃の的を絞らせずにいる。
 全艦娘仲最速を誇る島風の速力は比類なきものであるが、錬度の低い島風は自身の速度に振り回されてその能力を活かしきれない事が多い。

 彼の見立てではあの島風は決して錬度が高いとは言えないが、それを補って余りある闘志に漲っている。
 彼の知識に照らし合わせれば、姉妹艦が存在しない境遇や子供っぽくやや高慢な性格から、島風は独断専行の傾向にあるのだが他の艦娘達との連携を意識した動きを見えている。

 死地を共に潜った仲といった所だろう。だが彼は島風や他の駆逐艦達を見て気付いた事がある。
 神通や川内もそうだが駆逐艦達も初期の装備のままで、魚雷管を装備しているのも島風と暁だけで、雷と響は主砲一門きりで戦っている。
 主砲の砲弾が飛び交う戦況では魚雷はどうしても気付きにくい厄介な攻撃だ。その攻撃を可能とする敵が少ない事は助かるが、同時に彼に疑問を抱かせる。

(建造当初のままの装備に、異様に疲弊した状態。弾薬と燃料だけはきちんと補給してあるようだが……。
 ここら辺の海域はそう強力な深海棲艦が出没しないとはいえ、こんな状態で出撃させるのか?
 それにちぐはぐな錬度と言い、こいつらの提督は何を考えてこの海域に彼女らを出撃させた?)

 船団護衛や訓練の為に出撃したのではない事は分かる。彼は神通からの砲撃を之ノ字運動で回避しながら、頭の中で次々と考えを巡らせて行く。
 彼自身が意外な事に強い嫌悪感と共に思い至った可能性は、神通達の提督が神通達を使い捨てにするつもりで出撃させている事。

 使い捨てにしてまで出撃させている理由は、なにかしらの制約によって南西諸島防衛線の攻略を強いられているか、なにか探し物があるか。
 探し物というのなら深海棲艦を攻撃する深海棲艦である彼の配下達、それに彼が捕虜としている間宮と電辺りがすぐに思いつく。

 確かにン級艦隊は深海棲艦として奇異な行動を取るし、給糧艦である間宮の価値は極めて高い。
 だが、だからといって艦娘を沈めてまでするほどの事なのか? 提督や人類側の事情を詳細に知っているわけではないが、艦娘とて希少な深海棲艦に対抗できる戦力だ。
 艦娘出現から時間が経過し、彼女らの供給が容易くなったとはいえむざむざ轟沈させなければならないほどの事だとは、いまだ配下の深海棲艦を一隻も沈めていない彼には思い難い。

 彼は思考を巡らす一方で神通との戦闘に意識を逸らしていたわけでは無い。あくまで思索の思考と戦闘の思考を並行して行っていたのだ。
 神通の主砲は徐々に彼の動きに追い付き、至近弾が増えてきている。例え疲弊していても流石の錬度と言った所か。

「守りの上手い戦い方だが、そうしなければ仲間が沈むから学んだ戦い方か?」

 彼が敢えて神通を無視し、ウミやヨルとの砲撃戦に全神経を注いでいる島風や暁に砲口を向ければ、迅速に神通や川内が反応して彼に対して牽制の砲撃ないしは駆逐艦達に回避の指示を飛ばす。
 過敏と言っても良い反応はそれだけ軽巡洋艦の二人が広い視野を持って戦っていると言う事であり、同時に相応の消耗を強いられている証拠でもある。

 彼の予想通りに駆逐艦の艦娘達へ彼の砲撃が届かないように動く神通に、彼は砲撃と同時に魚雷の発射を行っていた。
 まだ彼には艦娘に対し危害を加える事への忌避感が精神に根ざしていたが、それとても味方を撃沈の危機に晒してまで艦娘を生かそうというほどのものではない。

 暗がりの沈んだ海の中を進む魚雷の航跡を視認する事は、例え艦娘といえどもほとんど不可能と言っていい。
 神通が自らに迫りくる魚雷に気付いたのも、もはや回避不可能な距離に魚雷が迫っていた時であった。

「ああっ!?」

 左舷主機の付近で爆発した魚雷に煽られて、特殊な防御力場を持つ艦娘特有の装甲(あるいは衣服)がはじけ飛び、神通は艶めかしい肌を露わにして大きな悲鳴を上げる。
 中破相当のダメージだ。神通の悲痛な叫びに、姉艦である川内や圧倒的に格上の敵相手に限界ぎりぎりだった駆逐艦達の意識が否応なく引きつけられてしまう。

「神通!」

「神通さんっ」

 川内の悲痛な叫びは、しかし、歴戦の彼女にとっては失策と言えるものだった。
 一瞬とはいえ意識を逸らしたその隙を見逃すほど、ン級艦隊の面々は生温い敵ではなかったのだから。
 一瞬とも言えぬ時間、意識を逸らした川内と島風や響達に彼女らを沈めるのには十分すぎる砲弾が降り注いだのは、間もなくの事であった。

「タァ!!」

「リリ!」

 ウミとリ級の叫びをかき消す様に、波間に大穴を穿ち高波を四方へと広げる爆炎と衝撃が、彼女達を飲み込んだ。



 奥津城提督の第二艦隊との戦闘を終えた彼は製油所に帰投後、すぐさま損傷を負った艦に休憩を言い渡すと、もう一つの製油所を守っている防衛艦隊や哨戒部隊からの報告に耳を傾ける作業に移る。
 いかんせん、彼以外の深海棲艦達は文字を書くのも覚束ない有様であるから、根気よく耳を傾けるしかない為、随分と時間が掛ってしまった。

 報告を聞き終えた彼は次に打つべき手と現在自分達が行っている状況を考え続けていると、おずおずと所長室の扉を叩く音がし、電がひょっこりと顔を覗かせる。
 かつてない戦いに赴いた彼をねぎらうわけではないだろう。おそらくウミやヌ級、リ級辺りが口を滑らせて艦娘と戦った事を伝えたに違いない。

「あの、聞きたい事があるのです」

「言わなくても分かっている。おれ達が戦った艦娘達の事についてだろう」

「はい」

 顔を俯かせ、正面からこちらを見ようとしない電に来客用のソファを勧め、電の正面に移ってから彼は律儀に神通、川内が率いていた水雷戦隊との交戦について語り始める。

「お前がどこまで聞いているかは知らんが、おれ達が南西諸島の深海棲艦達を片付けた後、遭遇したのは神通と川内、暁、雷、響、それに島風からなる水雷戦隊だ。
 生憎とどの提督の艦娘達かは分からん。お前の仲間たちかどうかは答えられんぞ」

 実の所、彼が交戦したのは電と同じ奥津城提督の艦娘たちなのだが、まさか艦娘達が所属している提督の名前が書かれたプレートをぶら下げているわけでもないし、艤装にペンキで書いてあるわけもない。

「それは仕方ない事だと電も分かっているのです。あの、どうして神通さんや暁達を沈めなかったのですか?」

 電の疑問は彼が神通達を大破まで追い込みながら、それ以上の追撃を中止して彼女達を見過ごした事であったらしい。

「沈めて欲しかったのか?」

「そんなことあるわけないのです! でも、貴方は深海棲艦なのにどうして電や間宮さんを沈めなかったばかりか、戦った神通さん達まで助けたのか分からなくて……」

「特別な理由は無い。深海棲艦と違って艦娘達を食べる気にはならなかったし、彼女達は既に戦闘能力を喪失していた。
 ならわざわざ止めを刺すのは時間と弾薬の無駄だと判断しただけだ。それに戦う力を失った彼女達があの後どうなったかは知らん。ひょっとしたら他の深海棲艦共に沈められているかもしれんぞ」

 それに、と彼は口には出さずにあの時の事を思い返す。
 彼自身は既に戦闘能力を失った艦娘に対し、止めを刺す事を少なからず躊躇していたが、それが彼だけに留まらずヨルもまた艦娘達に止めの砲弾を叩き込む事を嫌がったのだ。
 これは彼の影響によってン級艦隊の各深海棲艦達が個性を獲得し、艦娘に対する敵愾心を薄めている事に加え、ヨルが元艦娘であったという彼の推測を確信に変えた。

 艦娘であった頃の人格や記憶を完全に取り戻している様子は無いが、元艦娘であったが為に同胞への攻撃を躊躇し、撃沈――命を奪う事を大きく躊躇ったに違いない。
 ヨル以外にも電に懐いている駆逐艦達や一部のより顕著に個性が出ている深海棲艦達は、元艦娘と考えてよいだろう。

「それでも、貴方は皆を沈めなかったのです。貴方は本当に深海棲艦なのですか?」

「鋭い所を突いてくるな。おれもそれを知りたい所だが、少なくともこの身体は深海棲艦の者だ。おれがン級という深海棲艦である事も間違いは無い」

 だが自分の名前さえ分からないこのおれは、本当に自分が思うように元は人間だったのだろうか、と彼は自問せずにはいらなかった。
 この異形の肉体を動かす心はおのれを人間だと思っていた。
 どうして自分を人間だと持ったのか? どうして人間だと断言する事が出来るのか? 自分が人間だと証明するなにものも持たぬと言うのに。

「あの、どうかしましたか?」

 電の不意に口を噤んで考え込む彼を気遣う声に、彼は思考の海から引き戻されて、軽く手を振って話はこれで終わりだと切り出した。

「なんでもない。おれの事は変わった深海棲艦とでも思っておけ。これ以上、話す事は無い。今日はもう部屋に戻れ」

 電は何か言いたげな素振りを見せたが、彼の言いつけに従い間宮の待つ部屋へと戻っていた。電の彼へと向ける瞳に込められた感情も徐々にではあるが、変化しつつあった。
 彼は電が去った後、そう遠からず艦娘達と本格的な戦闘が勃発する事を確信し、製油所の放棄も含めた今後の展望を考えなければならなかった。

「タ~」

 彼が眉間に深い皺を刻んでいると、ノックだけをして返事を待たずにウミが入って来た。
 彼と会えるだけでも嬉しいウミは、にこにこと外見と不釣り合いの無垢な笑みを浮かべてソファに座りっぱなしの彼の隣に腰を落ち着けた。
 暗い見通しに暗澹たる彼だったが、ひたすら一心に自分を慕うウミが相手とあって、眉間の皺を埋めると穏やかな表情を浮かべる。

「どうかしたか?」

「タ、タタ」

「いや、確かに初めて艦娘達と戦ったが、別に気に病んではいないよ」

 ウミは艦娘と戦う事を極力避けようとしていた彼が艦娘達と戦った事を気に掛けて、彼を励まそうとしてきたらしい。
 ウミの真っ直ぐな善意と好意に、彼はささくれ立った心が慰められるのを感じ、口元に穏やかな笑みを浮かべる。
 彼の隣に腰かけたウミは彼に腕を絡め、自分が役に立てる事は無いか、また艦娘達と戦う事になっても自分が皆やっつける、と熱心に話し続け、彼の不安を少しでも和らげようとした。

「ありがとう、ウミ。十分励まされた」

「タ~?」

 彼はウミに対する感謝の表れとして、妖艶な美女の姿を持ちながら、仕草のひとつひとつは電とそう変わらない年頃の童女のようなウミの髪に手を伸ばし、優しく梳いて行く。
 彼の手が触れる度に感じる心地良さにウミは全身の力を抜いて、彼に身を任せて甘えるように彼の胸板に自分の身体を預けた。

 この製油所を制圧し、輸送船団のコンテナを奪う事で少ないながらもファッション雑誌や化粧品などが手に入るようになって以来、人型を獲得したヨルやウミ達は彼に気に入って貰おうと美容に気を使いだしている。
 血の気こそ通っていないが艶めいて輝く肌、心の壁など全てを委ねるように蕩けた瞳、髪や肌から香る甘い香り、人肌のぬくもりこそないが傷一つなく輝く珠の肌。これらも美容を気にしだした賜物だろう。
 そうしてウミと触れ合っている内に生じた衝動のままに、彼は行動した。この冷たい体を持つ異形の女を、自分のものにしたい。その想いのままに。

「ウミ、おれはお前が欲しい」

「タ?」

 彼の突然の言葉に、ウミは首を傾げた。わざわざ言われるまでも無く自分は彼のものだ、と思っていたからである。
 どうも意味が通じていないな、と悟った彼は苦笑を零しながら次の行動に移る。言葉より行動で示した方が良い様だ。

「こういう意味だ」

 そして彼はウミの唇を自分のそれで塞いだ。この夜、ウミが自分にあてがわれた寝室に戻る事はなかった。



 ン級艦隊と神通達奥津城第二艦隊が交戦してから数日後、奥津城の率いる第一艦隊はこれまでの調査から推測された特異な深海棲艦達の根拠地を目指し進んでいた。
 提督が艦娘達の指揮を取る場合、二つのパターンに分けられる。
 一つは提督自らが船に乗り込み、戦闘海域の外から艦娘達の指揮を取るケース。
 もう一つは提督はあくまで鎮守府に留まり、おおまかな指示を旗艦の艦娘に告げるのみに留め、実際の戦闘に関しては艦娘に委ねるケース。

 前者は戦闘海域には入り込まないとはいえ、提督が深海棲艦に攻撃を加えられる可能性が全くないわけではなく、過去に犠牲者が出た事もある。
 また近年、通信機器の改良によって鎮守府からでも艦娘達と連絡が取れるようになったため、今では艦娘達と同道する提督は古強者か変わり者位になっている。

 そして奥津城はその変わり者の一人だった。
 第一艦隊の構成は、長門型戦艦一番艦長門、同二番艦陸奥、蒼龍型正規空母一番艦蒼龍、飛龍型正規空母一番艦飛龍、更に利根型重巡洋艦一番艦利根、同二番艦筑摩。
 彼女らの後方に小型の快速艇に乗り込んだ奥津城が陣取っている。
 船長の横に設けられた椅子に腰かけた奥津城は、手元のモニターに映し出される長門達の後姿を見て、冷笑を口元に張り付けていた。

 一隻の例外も無く大破にまで追い詰められた神通達が、連絡が途切れたことを心配して近くを通りかかった奥津城第三艦隊に助けられて、ラバウル基地に帰還して男性型深海棲艦の情報を齎した時、奥津城は運が味方したと感じた。
 神通達は奥津城に報告を終えるのと同時に気を失い現在は入渠しているが、損傷の少なかった奥津城の第三艦隊、第四艦隊は今回共に出撃し、道中の深海棲艦達を撃沈させている。
 第三、第四艦隊は相応の損傷を負い基地へと撤退しているが、その代わりに長門を旗艦とする第一艦隊は無傷でここまで来ている。

 奥津城が深海棲艦達から襲撃を受ける危険を冒してまで、こうして艦娘達に同行しているのは何も艦娘達への指揮や彼女達の戦意を向上させる為ではない。
 冷酷な奥津城が後方に控える事で、艦娘達が恐怖と強迫観念から遮二無二戦おうとするのは確かだが、これは奥津城の趣味嗜好による行為である。

 近代兵器の通じない深海棲艦を相手に唯一対抗でき、民衆からは女神とも救い主とも言われる艦娘達が自分の指揮の元に戦い、怒りの咆哮を上げ、砲撃を浴びて傷つき、撃沈の恐怖に怯え、戦うその姿を奥津城は好む。
 その気になれば、脆弱な肉と骨の塊に過ぎない奥津城など簡単に肉塊に出来るだろうに、その本質があくまで兵器であるが故に命令を必要とする艦娘達は、基本的に奥津城に逆らう事が出来ない。

 艦娘達が撃沈の運命が待つと分かっている理不尽な命令であっても従い、時には死を前にして断末魔の声を上げ、艦娘としての誇りや見栄を捨てて泣き叫ぶ姿を奥津城は好む。
 強大な力を持つ艦娘が、脆弱な奥津城の命令に従って可憐な女性の肉体を傷つけ、時には命を失い冷たく暗い海の底に沈んでゆく。
 その事に奥津城は堪らない悦楽を覚える。自分のこの手に人類の救い主、守護女神たる艦娘達の命が握られているのだ。
 この悦楽こそが財界との癒着によって約束された富や地位以上に、奥津城を提督の椅子に座らせ続ける要因であった。

 いくつか推測された敵根拠地へと船を進めていると、飛龍の飛ばした偵察機から敵艦影見ゆの報告が伝えられる。
 敵はタ級、ル級、ヲ級、ヌ級、リ級、そしてこれまで確認されていなかった新型の深海棲艦――ただし男性型。

 求める敵を見つけた、と奥津城の口元が凶悪に歪む。あの敵の残骸の一つでも基地に持ち帰れば、調査任務は終わりと言ってよいだろう。
 さあ、戦え艦娘共。戦え深海棲艦共。そして傷つけ、殺せ、沈めろ。おれの為に、おれの為に! くふ、くふふ、と奥津城の咽喉から人間が上げるとは到底思えない笑い声が零れ出した。

<続>
最低レシピの大型建造で矢矧が出ました! ヤッホー。ただし大和やら大鳳やらは出ません。資材ばかりなくなるんですけど、どうしてですかねー。次のイベントに大鳳は必要なのでしょうか?
そして長門も初風も夕雲も手に入りませぬ。奥津城はほどほどに有能でかなり人格が歪んでおります。



[38714] 新たな……
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/28 22:07
 来る艦娘達との戦いに備え、製油所近海の警戒を厳にしていた彼は、哨戒に出ていたイ級達から艦娘襲来の報告を受けてすぐさま待機させていた艦隊に出撃を命じた。
 南西諸島防衛線における深海棲艦機動艦隊との戦いで負った損傷は、既に全艦癒えている。

 製油所をフルに稼働させて燃料を貯め込み、南西諸島を抜けた先にある海域でも資材回収を最優先にした事で、弾薬やボーキサイトもそれなりに貯蓄する事が出来ている。 消耗を気にせずに戦う態勢は整っていた。
 ン級である彼が問題視したのは、人類が深海棲艦側の異変を本格的に調査し始めた事で、ようやく手に入れたこの拠点を探り当てられ圧倒的な戦力で蹂躙されてしまう事だ。

 苦労した果てに制圧した製油所だが、定期的に供給される燃料への未練は捨てて放棄する事も彼は考えていた。
 カムラン、バシー、オリョールなどこの先に待つ海域にも資材の回収できる場所は存在するし、放棄された拠点もどこかに存在しているだろう。

 一度や二度の戦いならともかく、継続的に人類側と交戦し続けるだけの戦力と資材が今のン級艦隊に存在していない以上、臍を噛んででも恥辱に耐えて生き延びなければならない。
 彼は現状最高戦力である戦艦タ級ウミ、ル級ヨル、正規空母ヲ級ソラ、軽空母ヌ級、重巡洋艦リ級と自身を加えた六隻編成で、近海に侵入した敵艦娘艦隊――奥津城大佐率いる第一艦隊の迎撃に向かう。

 製油所沿岸の海域から外れた場所にある製油所から離れ、はるかな彼方に青い水平線が広がる海原の真っただ中で両艦隊は会敵した。
 イ級の報告にあった敵艦隊の進行方向と速度から大まかに算出した進路に向かい、ソラとヌ級が発艦させた偵察機が幾度かの発着を繰り返した後に、敵艦隊の水上偵察機と遭遇して双方が互いの位置を発見した事が分かった。

「ヲ、ヲヲヲ、ヲ!」

「長門型二隻に二航戦の空母と重巡か。南西諸島の戦いがぬるく思える布陣だな、まったく。航空戦用意! 次いで敵戦艦からの砲撃が来るぞ。当たってくれるなよ」

 ソラとヌ級がそれぞれ艦載機を発艦させるのを横目に、彼はこちらの戦艦であるウミとソラにも砲撃の用意を、そしてあちらから降り注いで来るだろう砲弾への警戒の念を推す。
 せめて自分か重巡洋艦の誰かが戦艦になっていたならば、と無いものねだりをしている自分の心に気付き、彼はそれを忌々しげに封じた。

「長門、陸奥、蒼龍、飛龍、それに利根と筑摩か。電の提督が重用する第一艦隊の編成と同じようだが、まさかな」

 長門型となると、最低でも41cm連装砲は搭載している。これまでン級艦隊が相手をした事の無い火力が敵とあり彼も少なからず緊張を強いられている。
 だがこちらにも川内や神通達と交戦してからの数日間で得られた新たな力はある。
 いざ戦闘開始となり、ウミ、ヨル、ソラの全身から赤黒い禍々しい光が炎のように噴き出し始める。

 通常の深海棲艦が長く戦い続けて到達すると言う、いわゆるエリートと呼ばれる段階にこの三隻は至ったのだ。
 ウミ達がそれぞれ今の艦種に至ってから積み重ねた経験と、貯蓄していた燃料や鋼材を貪り食らった結果、この三隻は奥津城第一艦隊を発見する前日にエリートへと変化していた。

 特にウミやヨルはエリートとなった事で、16inch三連装砲の数を増やしまた新たに電探を装備するに至り、火力、命中率諸々が大きく向上している。
 気掛かりなのは敵艦隊の錬度だ。神通や川内並みの錬度を誇る艦娘が心身共に万全の状態で襲い掛かって来ると言うのなら、厳しいと言うも愚かな戦いを強いられる事になるだろう。

 だが出来る限りの準備はしたのだ。人事は尽くしたと言える。ならば後は運を天に任せるのみ。
 もっとも海の底に渦巻く怨念から産まれた深海棲艦に、天が味方するとは到底思えないが。 

 彼は前方上空でこちら側の戦闘機とあちらの零式艦戦52型が空中で何度も旋回し、上昇し、降下して激しいドッグファイトを展開しているのを見た。
 艦爆の彗星や艦攻の天山数機がこちらに向かい、エンジンを響かせながら近づいてくる。
 彼がこれまで相手をしてきた深海棲艦に比べ、やはり艦娘の方が個々の質が良い。ち、と舌打ちしながら彼は声を張り上げる。

「対空戦闘用意。来るぞ!」



 一方、奥津城はン級と長門達が交戦している戦闘海域から外れた場所に留まる高速戦闘艇を改装した快速艇の艦橋で、通信士からの報告に耳を傾け、手元のモニターに映し出された画像に目を落とす。
 深海棲艦の瘴気が薄い海域での戦闘である為、従来と比べればはるかに艦娘達との通信は容易だし、モニターに映し出される画像も鮮明だ。

「神通からの報告通り男の深海棲艦か。ル級やヲ級はともかくタ級までいる上に、赤色になっているとはな。確かに深海棲艦側に何かしらの変化が生じたと見るべきだ」

 如何にも厳格な提督然とした顔つきで口にする奥津城の横顔を、初老の艦長はこの男の噂を知るが故に胡散臭そうに見たがすぐに逸らした。
 艦娘の指揮を取れるのはこの男だけなのだ。そして艦娘が居なければ、人類が深海棲艦に対抗する術はない。
 である以上、艦娘を指揮することのできる提督という存在は、その階級に依らずあらゆる意味で特別な存在だった。

 艦長からの視線など気にも留めず、奥津城はあくまでそれなりに有能な提督としての思考と、私的な思考の二つを並行して行っていた。
 提督しての奥津城はエリートに至っているタ級とル級は脅威だが、長門と陸奥ならば決して遅れを取る相手では無い、と冷静に分析している。

 長門と陸奥は奥津城が着任間も無い頃に建造を重ねて手に入れた古参の戦艦娘であり、これまで数多くの手強い敵深海棲艦達との戦いで主力を担ってきた最高戦力だ。
 艦娘が傷つき沈む様を至上の悦びとする奥津城だが、この二隻ばかりは自分が提督業を辞めるまではと沈めずにいる。

 空母同士の戦いは蒼龍、飛龍がヲ級とヌ級と互角に近い航空戦を展開している。
 制空権はどちらともつかぬが、軽空母であるヌ級の意外な奮闘は奥津城の眉間に不快の皺を刻ませた。
 利根と筑摩は20.3cm連装砲の連射でリ級と男性型深海棲艦と激しい砲撃戦を演じているが、この男性型が縦横無尽に動いて常に味方をフォローする視野の広い動きを見せている。

 装備などから判断する限り、神通達からの報告通りに重巡洋艦相当だが、全身に纏う光から判断するにフラッグシップに間違いない。
 艦隊の構成もそうだが、エリートの三隻やフラッグシップまで擁するとなると、ますますもって尋常な深海棲艦達では無い。

 下手をすれば長門や陸奥が撃沈の危険性もあるかもしれない。長門に陸奥、どちらともに戦艦娘の中でも準最強の戦艦娘だ。
 速力こそ低速に分類されるが、戦艦の中でもなお抜きんでた火力とそれに相応しい分厚い装甲。深海棲艦の戦艦が相手でも安心して砲撃戦を任せられる存在。

 だからこそ、そんな長門や陸奥が傷つく姿は、傷ついてなお怯まず戦いを挑む姿は、闘志を絶やさず燃やしながら戦う事が叶わぬほどに追い込まれる姿は、奥津城にとって絶頂を覚えるほどに素晴らしく、素敵なものだった。
 奥津城はまだ提督の座から退くわけにはいかない。
 これからも提督として戦果を上げ続ける為にも、長門と陸奥の存在は必要不可欠なものであるから轟沈させるわけにはいかないが、その誘惑はなんとも甘美だ。

 思わず沈め、断末魔の声を聞かせろ、死の寸前に浮かべる顔を見せてくれ、と言いそうになるのを奥津城は必死に堪えていた。
 だから奥津城は、ン級が利根と筑摩に砲弾を当て小破相当のダメージを与えた際に、その耳元に偵察機が寄って何かしらの連絡を行っているのを見逃した。



 ン級は、重巡洋艦にしては小柄な体躯とツインテールにした長い黒髪が印象的な利根と、姉艦娘に比べると背が高くこればかりはよく似た黒髪の筑摩とが、自分の砲撃で吹き飛んで海面に激しく体をぶつけるのを見届けて周囲を確認する余裕を得た。
 飛龍、蒼龍とソラ、ヌ級の空母同士の戦いは、正規空母二隻を誇る相手側の方が若干優勢だ。
 天山や彗星が編隊を組んで襲い掛かって来る頻度はまだ少ないが、航空戦の均衡が崩れれば一気にこちらが壊滅の憂き目を見る事になりかねない。

 長門、陸奥と激しい砲撃戦を展開しているウミとヨルは、それぞれエリートに至った事が功を奏し、今はまだ拮抗状態を維持している。
 彼は偵察機からの報告も合わせて一瞬で状況を整理し、共に利根・筑摩と戦っていたリ級に命じる。

「リ級、これから少し無茶をやる。お前はあの二隻の足を止めろ。それだけで良い。沈めようとまではしなくて良い」

「リリ!!」

 同じ重巡洋艦二隻を相手取っての戦いは、リ級にとって極めて大きな負担となるが、彼からの命令に答えるリ級の顔に悲壮の色は無い。
 恐怖を知らぬと言うのではない。彼が自分を信頼してくれているから、多少無茶な命令でも下したのだとリ級には理解できたからだ。
 敬愛する上官から信頼される。リ級にとってこれほど胸の弾む事は無かった。

 彼は体勢を立て直す最中の利根と筑摩に砲弾を叩き込んでその周囲に水柱を乱立させてから、ウミ・ヨルとの砲撃戦を過熱させている長門と陸奥に狙いを定めた。
 互いに砲弾を叩き込みあい艤装の装甲が歪みひしゃげ始めていたが、長門や陸奥は戦艦としての矜持から、わずかも士気を下げることなくウミやヨルと戦い続けている。

 今回の異常な行動を取る深海棲艦調査の為に、奥津城艦隊に属する艦娘達は主力である第一艦隊とその予備となるわずかな艦娘を除いて、連日連夜無茶な出撃を強要されている。
 弾薬や燃料こそ補充されているが、疲労に関しては動ける限り動き続けろと命じられていて、ラバウル基地に帰投するなりその場で気を失う艦娘も出始めている。

 至近に着弾した16inch三連装砲の衝撃波に傾斜しそうになる体を立て直しながら、長門はどうしてこうなったと思わずには居られなかった。
 戦場の只中で何を考えている、とかつてビッグ7と称えられた戦艦の化身たる美女は、自らを叱責しながらそれでも考えてしまう。

 それはこうしてン級艦隊と戦っている事では無い。
 なぜ多くの仲間達が敵ではなく味方であり、指揮官である提督の采配によって意図的に苦しめられ、そして海の底に沈んでしまう仲間さえ出てしまったのか。
 ろくに補給も受けられずに苦しんでいる仲間達や、奥津城の姿を見る度に顔色を青褪めさせて震える仲間達を見ても、ああ、またかと感じるようになってしまったのか。

 艦娘として人類の敵たる深海棲艦との戦いの最前線に立ち、砲火の中を艦娘としての矜持と人類守護の大義の下に戦う誇りはまだ失くしてはいない。
 だが、だが、奥津城の艦隊に所属してから時に思う。どうして自分達はこんな男の命令に従わねばならないのか。どうしてこんな男が自分達の提督なのかと。

 長門や陸奥が着任した当初、奥津城はまだその本性をひた隠しにし、穏やかな笑みをいつも浮かべる有能な若い提督として配下の艦娘達に見られていた。
 時に無茶ともとれる進軍を命令するがそれでも必ず戦果は上がり、そうする必要に迫られた時であった為、艦娘達も納得はしていたし勇猛な青年であると他の提督やその艦娘達も思っていた。

 だが徐々に中破、大破する艦娘達の数が増え始め、初めて艦娘が深海棲艦達に沈められた後、奥津城はその本性を隠す事を止めて、明らかに艦娘が沈むと分かった上で進撃を命じ、補給や入渠にも偏りが生じだす。
 それでもまだ偽りの仮面を被っていた頃の奥津城への信頼から、奥津城を信じる艦娘も居たが、日が経って疑いを拭いきれなかった一部の艦娘達が執務室に掛け込み、奥津城に直に問いただした時、奥津城は遂にその下卑た本性と欲望を暴露した。

 当然のことながら艦娘達の奥津城への信頼は失墜し地の底を舐める事となったが、対外的には奥津城は多少の犠牲こそあるものの戦果を上げる有能な提督である事に変わりは無かった。
 いくら艦娘達が訴えるにせよ、奥津城と関係の深い上層部と政府にも影響力のある財界の人物の働きかけによって、奥津城が表だって非難された事はない。

 こういった奥津城同様に深海棲艦からの人類守護ではなく、戦中戦後での利権拡大の為に戦う提督は少なからず存在している。
 当然それらの提督に対する反対勢力も存在しているから、水面下では奥津城を失脚させんとする者達もいるだろう。

 だがそんな事は、長門や陸奥達をはじめとした奥津城艦隊の艦娘達の知らぬ所での話。
 戦場に身を置く長門にできるのは、持てる力の全てを持って奥津城から下される任務をこなし、他の艦娘達が危険に晒される可能性を自分の砲で薙ぎ払い、降り注ぐ危険をこの装甲で防ぐ事。

 それしかない。それしかできない。それが事実かそうでないかは別に、長門はそう思っていた。そうすることしかできないと思っていた。
 艦娘として蘇り再び人々を守る力を得て艦娘となった時、長門の胸には誇らしさと喜びがあった。

 だがこんな思いをする位ならば、心を持った艦娘になどなるのではなかった。心を持った存在になどなりたくは無かった。ただの戦艦のままでよかった!
 艦娘である自分の存在を根本から否定してしまうほどに、長門は思い悩んでいたのだ。
 悲鳴を上げる声を自分が戦わねば仲間達が危険に晒される、と責任感と強迫観念の鎧で無理矢理押し込めて。

「長門!」

「っ!?」

 長門は、妹である陸奥の声に戦場であるまじき思考の海に沈んでいた事に気付き、自分に迫る砲弾と敵の姿を認めた。
 見慣れぬその姿は男性型深海棲艦。今回の無茶な調査を強行する理由になった原因だ。
 所詮重巡洋艦の砲弾。直撃しようと甚大なダメージには至らない。

 沈みかかっていた意識を戦闘レベルに持ち直し、砲弾を交差させた腕で受けた長門は、衝撃に全身を揺さぶられ、着弾の爆煙に包まれる中、ぞくりと背筋を撫でる冷たい悪寒に咄嗟に体を捻る。
 途端にずるりと、ぞっとするほど鋭い切っ先が盾代わりにした右舷の下部砲塔の砲身を貫きながら眼前にまで伸びる。
 白兵戦の距離にまで接近したン級が突き込んだ斬艦刀の切っ先だ。長門の前髪を数本斬り落とした所で切っ先は止まる。

「長門型の装甲は伊達じゃないよ!」

「そのようだな!」

 この深海棲艦、喋れるのか? と長門は内心での驚愕を噛み殺して反撃を開始する。
 ぐいと斬艦刀を引き抜いたン級が後退した瞬間を狙い澄まし、長門は砲身を半ばから失った下部砲塔を鈍器さながらに体を捻る事で振りまわし、ン級の左舷に叩きつけた。
 ン級は咄嗟に斬艦刀と左の肩当てと籠手を盾代わりにして、視界を埋める長門の下部砲塔を受ける。

 北上と阿武隈、電と深雪の衝突事故もこうだったのかと思わせるような音が生じ、ン級の体が一気に後方へと吹き飛ぶ。
 水を切る石のように何度も海面を跳ね飛んだン級が左手を海面に着き、姿勢を立て直した時には、長門の残る三つの砲塔がン級を捉えていた。
 ン級は艤装に異常が生じたのか、単なるミスか自身の眼前の海面に砲弾を撃ち込んでしまい、長門には一切の痛打を与えられず盛大な水柱が彼の姿を長門の視界から隠すのみ。

「ちいいっ」

「ビッグ7の力、侮るなよ」

 耳を覆ってもなお鼓膜をつんざくような砲声と共に、41cm連装砲三基の砲弾が水柱の向こうに見える彼の影と殺到する。
 超音速大破壊力の砲弾が水柱を抉り、数え切れぬ水滴に変えた先に待っていたのは、ン級ではなくン級が脱ぎ捨てた鎧だった。

「なに!? 変わり身か!」

「忍者気取りと言うわけではないがな」

 長門へ奇襲を掛けていながら長門を戦闘不能にする事がン級の目的ではなかったようで、長門がン級の姿を求めるとン級は長門や陸奥に背を向けてあらぬ方向へと全速力で進んでいる。

「逃げる気、いや、あの方向は……」

「長門、まずいわ。あっちには提督が」

「それが狙いか」

 ン級の目的が戦闘海域の外に居る奥津城と悟った長門と陸奥は、ン級の足を止めるべく41cm連装砲の砲口を向けるが、そうはさせじと左の砲塔群を失ったヨルや、セーラー服状の装甲の大部分を失ったウミが16inch三連装砲の砲弾を叩き込み、長門型姉妹に痛打を与える。

「ルーールルーーーー!!」

「タァ、タ!!」

「ああもう、こんな所で足止めを食らっている場合じゃないのに」

「くっ! それだけではないようだぞ陸奥」

 そう、この時、長門や陸奥ばかりでなく飛龍や蒼龍、利根や筑摩にもあらぬ方向から砲弾が降り注ぎ、各個の戦闘が一時的に停滞して艦娘達はそれぞれに砲弾の飛来した方角を見る。
 見ればリ級やヌ級、軽巡洋艦ホ、ヘ、ト級や重雷装巡洋艦チ級、駆逐艦イ、ロ、ハ、ニ級までもが三方を囲いこみ、それぞれの主砲や魚雷発射管を艦娘へと向けている。

「セオリー無視は理解したけれど、こんな所まで無視しなくても良いのに」

「言うな。だが待ち伏せをする知性に加えて六隻編成を越えた艦隊の統率までこなすか。重巡洋艦か戦艦と見ていたが、どうやら噂に聞く上位存在だったらしいな」

 陸奥と長門の苛立ちと焦燥と……そしてどうしても抱いてしまう期待を他所に、ン級は主機を急かしてこの戦闘に決着をつけるべく戦闘海域外に留まっている快速艇を目指す。
 こちらの動きに気付いた快速艇が離脱の動きを見せるのに気付き、彼は肩口の砲塔を倒しこんで砲弾を放つ。
 出来れば生かして捕らえたい所だが、この際構わんと放った砲弾は快速艇の左舷付近に着弾し、砲身の過熱も歪みも無視して連射された砲弾はン級の執念が乗り移ったのか次々と快速艇付近に着弾して足を止めさせる。

 快速艇の足が鈍り着弾の波に揺られて止まった隙に一挙に距離を詰めた彼は、高波に合わせて跳躍して一気に快速艇の艦橋に飛び込んだ。
 艦橋の人々が迫りくるン級の姿に恐怖を露わに持ち場から離れる中、ン級は強化ガラスを突き破って艦橋に踊り込む。
 咄嗟に拳銃を突きつけて来るブリッジクルーの腹に手加減した拳を叩き込んで気絶させ、彼は既に席を離れて脱出しようとしていた奥津城の襟首を掴み、逃がす事を許さない。

「ふん、貴様があの艦隊の提督か」

「ひ、貴様、鬼や姫でも無いのに喋れるのか!?」

 ン級は奥津城を左腕で持ち上げてそのまま壁際にドン、と勢いよく叩きつける。
 奥津城は肺の中の空気を絞り出して苦しげに呻くが、ン級はそれに構わず奥津城を更に高く吊り上げる。

「ごは、がは、く、苦し……」

「わざわざ戦闘海域の近くまで来ているからどんな豪胆な人間かと思えば、どうもそうは見えんな」

「ぐ、貴様、私にこの様な事をしてただで」

「ありがちな台詞を聞く趣味は無い。さっさと艦娘達に戦闘停止命令を出せ。首を、とは言わんが指を一本ずつ折る」

 脅しではないと言う代わりに、彼は斬艦刀を握ったまま奥津城の左手の小指を握り込んだ。
 途端に硬い物体が粉々に砕ける音がし、奥津城の口から聞くに堪えない悲鳴が艦橋に響き渡る。

「ぐぎいぃいやあああああああーーーーーーー!!!」

「黙れ。もっと折って欲しいのか?」

「ひい、ひい、くそ、くそ……」

「ふん、自分の痛みには敏感なのか。艦娘達の痛みには鈍感な癖にな」

「な、何を言っている? 艦娘を沈めるのは、貴様ら、しん、深海棲艦の癖に」

「ふふ、なるほど確かにその通りではあるな。だが艦娘に守られてなんとか絶滅を免れている分際にしては、驕りが過ぎるぞ」

「は、はははは、滑稽だ。艦娘を沈め、人類をここまで追い詰めている貴様が偉そうに講釈を垂れるとは!」

 これ以上奥津城の話を聞く気になれなかったン級は、奥津城を吊り上げたまま座席に奥津城を叩きつけると、肘かけに設置されている通信機に奥津城の顔を押し付ける。

「さっさと命令しろ。素直に従えば苦痛は少なくて済むぞ」

「ぐぐぐ、ま、待ち伏せだと? 馬鹿な、深海棲艦にそのような知性がある筈がない。お前達は、ただ群れて餓えた狼の如く人間を襲うだけの存在だろう」

「余計な事を言うなと言ったぞ」

 また奥津城の左手の指を握って折る仕草を見せると、奥津城がひっと叫んで震える手で通信機を取ろうとした時、ン級は用意していた待ち伏せの艦隊とは異なる砲撃の音と、空を切り裂いて飛ぶ戦闘機のエンジン音を聞き取った。
 とっさに顔を上げて突き破った強化ガラスの向こうを見れば、奥津城第一艦隊を追い込んでいた味方に対して北西方向から砲火の花が降り注ぎ、ウミやソラ、リ級達の付近に水柱が乱立する。

「なんだと!?」

「ははは、支援艦隊の到着って奴だな、ええ?」

 途端に喜色を浮かべる奥津城に対する苛立ちから、咄嗟に左手の指を全て握りつぶしそうになるン級だったが艦橋のすぐ外に艦娘の操る戦闘機“烈風”の姿が映る。

「こちらにもか!?」

 烈風はそのままン級が突き破った強化ガラスの突入口から侵入し、狭い艦橋の中にも関わらずン級に機銃を浴びせかけて、奥津城の手を離した瞬間にはン級の背中に回り込んで体当たりを敢行する。
 神風か、とン級は反射的に考えたが烈風を操るパイロット妖精は既に脱出していて、ン級は艦橋から押し出されて海に落下する。

「くそ、提督は一人ばかりではないと言う事を失念していたか!」

 一度は沈みこんだ海面から体を起こし、再び奥津城を捕らえようとするン級を、飛来した35.6cm砲弾が直撃して彼の左半身を容赦なく吹き飛ばして大破にまで追い込む。

「ごはぁあ、が……」

 北西方向から新たに到着したのは、奥津城と同じラバウル基地に所属する黒峯の艦娘達だった。
 航空戦艦伊勢、同二番艦日向、正規空母加賀、軽空母鳳翔、重巡洋艦最上、軽巡洋艦五十鈴からなる艦隊だ。
 ン級の第二艦隊、第三艦隊、第四艦隊は軽巡洋艦や駆逐艦で構成されている為、戦艦級の火力と正規空母と軽空母の航空戦力を持つ黒峯艦隊の襲来は、甚大な被害を受けかねない事態であった。

「着弾、敵新型深海棲艦に命中!」

 妹艦である日向の淡々とした報告に、旗艦である伊勢は意気揚々と言う。

「いよっし、さっすが日向。このまま長門達を助けるよ!」

 待ち伏せによる形勢逆転から黒峯艦隊の到着、加えてン級の大破によって今また戦況は艦娘側に大きく優位に傾き、ウミやヨル、ソラ達にも大きな動揺が走ってそれまでの拙いながらも取れていた連携が乱れる。
 左半身を抉られて、意識を朦朧とさせるン級はこのままでは不味い、とほとんど本能的に自分達の敗北を悟り、必死に意識を繋ごうと足掻く。
 動かぬ体は膝から倒れ込んで海面に沈み、動け動け動けと命じるン級の声を無視し、徐々に海の底へと向かって行く。

――まだだ、こんな所で沈んでたまるか。おれはまだアレに、あの声の主に復讐を果たしていない! それに、それにあいつらを置いてこのまま逝けるか!!

 ン級の意識は激しくもがいて二度目の死を激しく拒絶するが、肉体にはそうするだけの力は残っていなかった。
 このまま海の底に沈んで永遠の眠りに就くのか、それとも今度こそ深海棲艦の完全なる下僕と化すのか。

 そのどちらも認めぬン級ではあったが、最後の息を吐きだすとともに彼の意識は急速に薄れて行く。
 このままン級が海に沈むのと同時に、ン級艦隊も黒峯艦隊と持ち直した奥津城艦隊によって壊滅するかと思われたが、その時、海上からン級の手を取る救いの手が伸ばされた。

「セ!」

 ローティーンの少女を思わせる声と共に細い手が伸びて、ン級の右腕を掴み一気に海面へと引き上げる。
 肺に供給された酸素にむせ返り、ン級が飲んでしまった海水を吐き出したが、すぐに自分を引き上げた存在が誰かに気付いて朧になっていた意識を覚醒させた。

「セ?」

 心配そうに膝を突いて噎せるン級の顔を覗きこむのは、駆逐艦娘と変わらぬ年頃の少女であった。
 ただし肌は血の気の引いた白い色で、燐光を放つ瞳に肌と同じ白い髪を膝の裏にまで伸ばし、毛先は綺麗に切り揃えられている。

 肌にぴたりと密着した白いボディスーツにローライズの黒いズボンや、肩に羽織ったマントはヲ級に酷似した意匠だ。
 ただヲ級と大きく異なるのは、ヲ級がヌ級に似た帽子を被っているのに対して、この少女は背中や肩、腰に甲板のように見える氷の塊を備えており手には氷の杖を持っている。
 ン級とソラとの間に産まれた新型の深海棲艦である氷山空母セ級。ン級の次女に当たる少女だ。

「どうしてここに来た。おれ達が帰って来るのを待っていろと言った筈だ!」

「セ」

「なに? お姉ちゃんも来ている? まさか」

 左半身が吹きとんだ苦痛さえも忘れて、愛娘達がこの戦場に来ているという事実に驚愕し、自分達を庇うようにして日向や伊勢に16inch三連装砲八基を放つ少女の後姿を見つける。
 一般的な艦娘が元となった軍艦の艦体を真ん中で左右に分け、その間に艦娘が配置されるのが普通であるのに、その深海棲艦の少女は腰の接続部分から左右にそれぞれ一隻分の艦体を保持していた。
 真っ黒い艦体には歪に砲塔や機銃が配置され、艦橋や煙突の類は見受けられない。深海棲艦特有の人類の常識外の艦体であった。

 それらの艦体を保持している少女は、黄色いリボンを巻いた袖なしのセーラー服と巫女服を思わせる袖を身につけ、それに黒い膝丈のミニスカートを履き膝まで届くニーハイブーツに足を通している。
 仄かに青みを帯びた白い髪は後頭部で赤いリボンを使って纏められて、ポニーテールにされている。

 こちらはン級とウミとの間に産まれた長女、双胴戦艦ス級である。
 通常の戦艦に倍する火力と耐久性を誇る少女は、日向と伊勢を相手に父親を傷つけられた怒りをぶつけている。
 こうなると三人全員が来ているのか、というン級の考えが正しかった事は、黒峯艦隊の東方向から無数の駆逐艦や軽巡洋艦を引き連れて来た新型深海棲艦の姿によって証明された。

 これはもともと彼が考えていた策の一つで、足の速い駆逐艦達に命じて製油所沿岸地帯の深海棲艦達を誘引し、艦娘達にぶつけるというものだ。
 ン級艦隊の駆逐艦達の先頭を行くのが、ン級とヨルとの間に産まれた異母三姉妹の末っ子である巡洋戦艦モ級。

 母親同様に黒い袖なしのベストとフリルの着いたシャツ、ほっそりとした足のラインが浮き出るレザーパンツを履き、ボブカットにされた黒髪は風に激しくなびいている。
 時折後方の深海棲艦達へ、両足の太ももと両肩に一基ずつで合計四基備えた16inch三連装砲を撃ち込みながら離脱のタイミングを図っていたモ級は、さっと右手を振りあげると随伴していた二級、ハ級と共に黒峯艦隊の目前で急速回頭して後方の深海棲艦達を黒峯艦隊になすりつける。

 ン級艦隊殲滅に気を取られていた伊勢や日向達は、駆逐艦がほとんどとはいえ三十隻近い深海棲艦達に横腹を突かれ、我が身を守る為にも攻撃の矛先を変えざるを得ない。
 モ級は上手く深海棲艦達を誘導できた事を確認すると、一路父親であるン級の下を目指して速度を上げる。

「お前達が戦場に出るのはまだ早いと言った筈だぞ」

「セ……」

 しゅんと縮こまる愛娘の頭を撫で、ン級は一つ大きく息を吐いた。

「だがお陰で命を拾った。ありがとう」

「セ!」

 外見よりもさらに幼い心を持つセ級は、父親からのお礼の言葉に満面の笑顔を浮かべる。後で他の二隻にも礼を言わんとならんな、とン級は口の中で呟き、ある場所を見上げた。
 加賀とその艦載機の狂気的な錬度によって救われた奥津城は、二転三転する戦況を忌々しげに見ていた。

 だが艦橋の外に追い出されたン級が一向に戻って来ない事から、沈んだのかと考えどうなったのか確かめる為に強化ガラスに開いた大穴から身を乗り出して顔を覗かせる。
 だから、それが彼にとって致命的な失敗となった。
 彼は何かが胸に当たったと感じた時には、背後の艦橋の壁に縫いつけられて、口からは大量の血が零れ出ていた。

 突如として全身を貫いた痛みと灼熱の正体を知るべく、自分の胸元を見下ろした奥津城は、自分の胸を貫く巨大な刀を見た。
 それは主砲と魚雷が使いものにならなくなったために、ン級が残された力を振り絞って右腕一本で投じた斬艦刀であった。

「う、ぎ、ぎああ。いや、だ。おれは……おれがぁああ、ごんなごとで死、ぬなんでぇ……」

 斬艦刀が目標を貫いた事を断末魔の声から確認し、ン級は満足げに笑むとあらん限りの声を張り上げて全艦隊に通達する。

「全艦、撤退だ。引き上げるぞ!」

 黒峯艦隊は誘引した深海棲艦の相手にとまどり、奥津城艦隊も通信の途絶えた奥津城の安否の確認と黒峯艦隊が戦っている深海棲艦に戸惑い、動きが鈍っている。
 退くならば今しかない、と彼は判断したのだ。そして、彼の命令に従ってン級艦隊各艦が残った砲弾と煙幕をばらまきながら退くのを見て、ン級は意識を失った。
 最後に見たのは、泣きそうな顔でこちらを見下ろすセ級と、急いで駆け付けたス級の泣き顔だった。

<続>

もう息抜きじゃなくなってきている気がする近頃。
ン級の配下になった深海棲艦達は全て例外なく改造の恩恵を受けるので、ウミ達ばかりでなく全ての艦が鬼や姫に至る事は出来ます。
今の所、最終的にはこんな編成かな?

・??ン級
・戦艦棲姫
・戦艦棲姫
・飛行場姫
・飛行場姫
・南方棲戦姫

適当なン級の愛娘ズの設定。鋼鉄の咆哮シリーズを参考にしています。絶賛名前募集中です。三人娘によい名前を付けてあげてください。
建造時間が四時間なら四日で産まれ、五時間なら五日で産まれ、産まれた後の成長もものすごく速い設定です。


双胴戦艦ス級
タ級ウミの娘。長女。戦艦の平均の倍の耐久を持ち、四回攻撃できる。ただし消費する弾薬と燃料も倍。艤装装備時の重量は洒落にならない。八基の主砲が完全連動した際には四連撃+クリティカル+相手装甲値無視のダメージを与える。

氷山空母セ級
ヲ級ソラの娘。次女。艤装の大部分を氷で構成している為、ボーキサイトの消費量や、修理に必要な鋼材の量と入渠時間が正規空母平均の三分の一。三式弾や火炎放射に弱い。搭載数は24、20、16、12の72。改、改二になると搭載数が増える。

巡洋戦艦モ級
ル級ヨルの娘。三女。最高速度80ノットという、島風の倍に相当する戦艦にあるまじき高速を誇る韋駄天。燃料の消費がヤバイ。回避、運、速力、レベル差によって緊急回避が発動して敵からの攻撃を完全回避する。

追記
誤字脱字の修正とジョン、どう?さんのご感想から、レ、ソ、ツ級をそれぞれス、セ、モ級に変えました。



[38714] 転生
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/12 22:28
頂いた御感想より娘達の級と名前を以下の如く設定いたしました。今後も募集する機会があるかと思いますので、その際にはご意見をお寄せ下さいますよう申し上げます。数々のご意見と御感想、ありがとうございました。

双胴戦艦ス級 フタバ(双葉)
氷山空母セ級 ヒサメ(氷雨)
巡洋戦艦モ級 アカネ(茜)


以下より本編です。短め。


 製油所へと帰還した全ン級艦隊がまず真っ先に行った事は、撃沈寸前にまで追い込まれたン級の入渠であった。
他にも大破にまで追い込まれた艦がいないわけではなかったが、それでも彼女達の損傷に対し、ン級は一刻を争う状態だったのだ。
 かつては製油所の所員が利用していただろう湯船に、輸送船団の物資などから偶然回収できた高速修復材をぶちまけ、そこにン級の体を沈める。
 高速修復材とは艦娘が受けた傷を癒すのに必要ないくつかの資材を液化させ、これをまるでお風呂に入れる入浴剤の如く使用し、回復を高速化させる特別な品だ。

 陸に上がれる艦が残らずン級の様態を気にして製油所に入ろうとしたが、艦娘達からの追撃や他の深海棲艦からの襲撃の可能性も考慮し、ウミやソラ達が普段通り警戒の任に着くように厳命したことで何とか落ちついた。
 こういった指示もン級が自分に万が一の事態が起きた時の為に、ウミやヨル、ソラ達に教え込んだ指示に基づいて出されたものだ。

 留守を任されていた電と間宮も、かつてない惨状で帰還したン級やその他の艦の姿に大慌てで動きまわり、事前にン級に頼まれていた通り鋼材や燃料を用意して、傷の深い者達から順に与えて最大効率で修復の作業に入る。
 艦娘との戦いでの被害を想定していたン級の備えが功を奏した形ではあるが、ン級がこの状況を見たらこうならぬように出来る事はもっと無かったかと悔いた事だろう。

 一人用の湯船の中で首まで浸かったン級は、瞼を震わせる体力も無いのか身じろぎもせず、じっと見ていると呼吸さえしていない様に見える。
 ン級が沈む湯船の周りには、ついこの間産まれたばかりの愛娘達とその母親達とが集まって離れようとしなかったが、ン級と最も付き合いの長いウミが真っ先に他の母達に声を掛けた。
 自分達がこうしてここに居続けてもン級が喜ばない事を、ウミとヨル、ソラは良く理解していたし、ン級が動けない間の艦隊の指揮は彼女達に一任されていた。

「タ、タタ」

「ルル」

「ヲ? ヲヲヲ」

 二言三言と言葉を交わし、娘達はこの場に残して自分達一人が付き添って残りの二人で艦隊の指揮を執ろう、という事になった。
 この中で最もダメージの少なかったソラが最初に残り、ヨルとウミは修理に入って先に修理を終えた者がソラと交代して、子供達に付き添いながらン級の回復を待つ。

 ン級艦隊で無傷なのは第二~第四艦隊の内、奥津城艦隊や黒峯艦隊の砲火と雷撃、空爆を逃れられたごく少数だ。
 艦娘達から発見の可能性が僅かながら高い第二製油所には、無傷ですぐに逃げられるように足の速い駆逐艦と偵察機を搭載した軽巡洋艦で艦隊を編成し、配備する。

 ソラに愛娘達と忠誠と愛を誓うン級をひとまず任せ、ウミとヨルは通常の修復材を入れた大浴場で鋼材をボリボリと齧り、ブリキのコップでぬるくなった燃料をちびちびやりながら、ン級が目覚めるまでの行動を相談し合う。
 他のヌ級やリ級、各軽巡洋艦などが肩まで浸かっている大浴場には、ウミに呼び出された電の姿もあった。

 間宮の方は厨房で腹を空かせた者達の為に大急ぎで通常の食事と、鋼材や燃料の用意をしてくれている。
 戦闘行動に必要な資材のみならず、最大の娯楽の一つである食事をいつも飽きぬよう工夫してくれている間宮に対して、軽巡洋艦以上の知性ある者で感謝していない者はン級艦隊にはただの一隻も存在していない。
 まず間違いなく今後彼女らが他の間宮を見かけたとしても襲い掛かる事は無いだろうし、他の深海棲艦に襲われていたら身を呈して守ろうとさえするだろう。

 艤装であるセーラー服やベストを脱ぎ、髪の毛が濡れないようにタオルで纏めたヨルとウミは手に持った小冊子に頻繁に目を通しては、湯船の縁に膝を着いた電に意見を求めている。
 薄く緑がかった湯面には、深い谷間を刻む豊かな乳房の上半分が覗き、タオルから零れ落ちた青白い髪や黒髪がウミとヨルのかすかに赤らんだ肌に張り付き、この上なく艶っぽい。

 同性であり本来敵対する存在である電にしても、正面から見るには羞恥心を刺激されるほどに、ウミとヨルは大人の色香に満ちていた。
 元より大人の女性として完成された美貌を持つ二人であったが、ン級に抱かれて女となり母となってからはより一層色香や雰囲気を纏うようになっている。

「ルルー?」

「あ、はい。残っているヌ級や軽巡洋艦の偵察機を用いて広域に偵察網を張り巡らせるべきなのです」

「タ~タ?」

「ン級さんのマニュアルには、このような状況になって敵が近づいてきたら戦闘をせずに離脱をするように指示してある、ですか?
 確かに今戦える艦は少ないからその指示を守るのが良いと思うのです」

 電はその性格以上に生真面目に二隻からの質問に答えているが、その姿に彼女らに捕虜とされたばかりの頃の警戒心はさほど見受けられない。
 自分に懐く駆逐艦達や理性的かつ配下の艦に親愛の情を無意識に示していたン級の存在が、電の認識を少なからず変えたのであろう。
 そうしてウミとヨルは、ン級が二隻の知性を考慮して全てひらがなで書いたマニュアルが、お風呂の湯気で少しふやけるまで電に相談し続けた。

 そうしてン級艦隊の各艦が自分達に出来る限りの事をし、重傷を負ったン級が目覚めた時の為に尽くしている頃、高速修復材を用いた湯船に沈むン級は夢の中でまどろんでいた。
 いや、それは夢では無かった。意識を保てなくなったン級の意識に深海棲艦の根源と呼べる意思が干渉し、ン級とその意思だけが存在する夢幻の世界を作り上げていた。

 ン級は手足の感覚がなく、四方が光の射さぬ深い暗黒に占められた世界に自分がいる事を理解する。
 そしてこの世界は何と冷たいのだろう。手足の先からすぐさまに凍りつき、舌の根も眼球も内臓も血管も何もかもが凍りついてしまったかのように冷たい。

「これがお前達にとっての世界か。深海棲艦の意思よ」

――冷タイ、暗い。光ハ届かぬ。全ての命をココヘ

「ふん、まったく傍迷惑な事だな。自分達だけがここに居る事は耐えられんか」

――ソウダ。ソウダ! 我らダケがここにイル事ナド耐えらレヌ。太陽の下、暖カナ世界デ生きる全テノ生命を引キズリコマネバナラヌ

 深海棲艦の意思は冷たく燃える炎の如くこの暗黒世界に波及し、ン級に更なる冷たさを感じさせた。
 言葉にした事を現実のものとするまで、深海棲艦の意思は決して止まらない事をン級は理解する。人類と深海棲艦との戦いは文字通り互いを根絶するまで続く戦いとなるだろう。

「ご大層な目的だな。だがおれは貴様、あるいは貴様らか。貴様らに従うつもりは無い。
 これまで幾度となく言って来た事だが、この身がお前達に作られたものであろうとも、おれの意思はおれのものゆえ」

――愚カナ。お前はお前デスラナイ。オ前はダレでもなイ。お前はニンゲンダト自分をオモッテイルが、その意思スラ我ラガ齎したモノ!

「っ!」

――我らと艦娘共トノ戦イハ提督の存在ニヨッテ我ラの敗北が重ナッタ。故に我ラハ深海棲艦ヲ指揮スル存在を作り上げた。
 海ノ底に眠ル者達ノナカカラ強き意思と知識ヲ持ツ者達ヲ選び、ソレらを混ぜ合わせて産ミダシタ。ソレがオマエ。オマエはアマタノ死せる者共の意思の集合体、混在体。
 オマエは誰カデハナイ。オマエは多クノ誰かデアリ只一人のダレカでは無いノダ! お前の艦体ノミナラズその意思サエモ我ラニ作られたオマエは我らに従え。
 ワレラはお前の心と体を作り出した創造主。お前はこの度のタタカイでニンゲンを殺した。提督に死をアタエタ。艦娘ト戦い、艦娘を傷ツケタ。
 感じた筈だ。太陽の下で育まれた命を奪うヨロコビを。我ラト対トナル艦娘を傷つける法悦ヲ! ソレが深海棲艦ノ存在意義。深海棲艦のナスべキ事。深海棲艦の喜悦!
 帰属せよ、帰投セヨ、帰還せヨ。深海棲艦を指揮し、艦娘をシズメヨ、指揮個体ン級。深海棲艦と交ワリ、新タナ怨嗟と絶望ヲ産み出スノダ、生産個体ン級。

 自らの意思が周囲の暗黒に溶けて行ってしまいそうな感覚に襲われながら、ン級はあくまで感覚的なものではあったが深呼吸をして、深海棲艦の意思の言葉を受けて波立った精神の水面を落ち着かせる。
 ン級の答えは極めて簡潔であった。その簡潔さはン級の迷いの無さと意思の固さを示している。

「断る」

――…………!?

 簡潔極まりないン級の答えを理解するのに、深海棲艦の意思は数瞬の間を要し、そして絶句したようであった。
 ン級は告げられた衝撃の事実にもさほど動揺した素振りを見せずに、鼻で笑う仕草までする始末。これほど相手を怒らせる仕草もそうはない。

「お前達の主張はいつも同じで聞き飽きた。つまらん」

――き、聞き飽キタ? ツマラン?

「そうだ。つまらん。だからお前らは進歩が無いのだ。学習はしたようだがその様では、学習し進歩し続ける人類や艦娘に勝てるわけも無い。
 おれの意思が貴様らに作られた、なるほど肉体がそうであるのだから、心もそうだと考えるのが自然だな。
 おれの意思が多くの死者達の寄せ集め? 大いに結構。只一人の知識よりも多くの知識や経験を利用できると言う事だ。
 三人寄れば文殊の知恵というが、おれの場合は果たして何人だろうな? この改造によって変わり続ける肉体と、知識と経験を最初から与えられて産み出された事には感謝してやろう。そら、感謝してやったぞ。喜べ」

――…………

 深海棲艦の意思は再び絶句しているようだ。ン級は言葉を重ねるにつれて徐々に熱が入り、心中での募らせた怒りを乗せて新たな言葉を紡いでゆく。

「何度でも言おう。おれはおれだ。貴様らに作られたこの心、この身体。しかしそれでも言おう。
 この心も体もおれのものだと。おれの意思で動かし、おれの意思で戦い、おれの意思で生きるのだと。
 深海棲艦の意思よ、深く暗く冷たい海の底で蠢く怨念どもよ。おれは貴様らには屈しない。おれは創造主である貴様らに反逆する。おれを裏切り者と言いたければ言え。失敗作と嘲りたければ嘲れ。欠陥品と罵りたければ罵れ。
 おれは貴様らと敵対する。貴様らを砲弾で抉り、魚雷で吹き飛ばし、刃で斬り刻んでやろう」

――貴様、貴様アアアア、被造物ノ分際で創造主タル我ラニ逆らウカ!!

「怒るか? 怒るよな、そりゃあ。だがなあ、怒っているのは貴様らだけでは無い。何度も何度もおれの意思に干渉するばかりか、あまつさえ貴様らは言ったな?」

 暗く冷たい筈の世界にぼっと燃えたぎる炎が灯った様に、ン級から激しい怒りが発せられて周囲を埋め尽くす暗闇を大きく揺らがせて、遠くへと奥へと退かせてゆく。
 それは深海棲艦の総意さえ怯ませる、ン級というたった一隻の個の意思のあり得ない強さを示していた。

「貴様らは! おれの娘達を怨嗟と絶望と評した。よりにもよってな! 許せん、許せんぞ。あの子達が怨嗟であるものか、絶望であるものか。
 あの子達はおれやウミやヨル、ソラ達にとって希望でこそあれ、怨嗟や絶望などである筈も無い。
 これまでおれが貴様らに叛旗を翻してきたのは、おれの憎悪、おれの怒りだった。だがたったいま変わった。
 あの子らを怨嗟と絶望と表し、またそういった存在とせんとする貴様らを許すわけには行かなくなった。おれはおれと、そしてあいつらの為に貴様らを滅ぼしてくれるぞ!!」

 ン級の意思から放たれるのは、愛する我が子らを貶められ、また危害を加えんとする者に対する正しい怒り、愛ゆえに抱く正しき憎悪。
 かつてないほどのン級の激情は、光の届かぬ海の底の如きこの暗黒世界の全てを燃やし尽くさんばかりの勢いで広がり続け、ン級は激情のままに叫んだ。

「消えろ、おれの意思から消えるがいい。二度と干渉するな。このおれが貴様らを滅ぼしに行くその時まで、二度と!」

 ン級の激情と叫びに臆したか周囲の暗黒は瞬く間に退いて行き、その代わりに眩い光と暖かさがン級を包みこみ始める。
 まるで春を迎えて降り注ぐ太陽の光のようにぬくもりに満ちた光に導かれ、ン級は夢幻の世界から現実へと意識が浮上して行くのを感じた。

「ヲヲ!?」

「ス、ス」

「セ~」

「モッモ!」

 ぱちり、と音を立てて瞼を開いたン級の視界に飛び込んできたのは、ソラとその膝の上に乗った氷山空母セ級のヒサメとその異母姉妹艦である、双胴棲艦ス級のフタバ、巡洋戦艦モ級のアカネ達だった。
 ン級は自分の身体が液体に浸かっている事を理解し、あの時、奥津城提督を追い詰めた瞬間に戦艦の主砲の直撃を受け、自分が瀕死の重傷を負った事を思い出し、その後この高速修復材を使った湯船に浸けられている事に思い至る。

「ソラ、フタバ、ヒサメ、アカネ、あの戦場でこうしておれが生きて帰って来られたのはお前達のお陰だ。ありがとう。心から礼を言う」

 彼は順番に涙ぐむ嫁と娘達の頭を撫でまわし、一人ひとりに感謝の言葉を伝えて行く。その言動は紛れもなく夫であり父親のものに違いなかった。

「ヲ、ヲヲ」

「ああ、分かっている。ウミやヨル、それに戦ってくれた全ての者達に礼は言うとも」

 今、この場には居ないウミやヨルは帰投した艦隊の再編成や修理、補給、敵の襲撃に備えて偵察網や防衛網の構築に忙殺されているのだと、ン級は言われるまでも無く理解していた。
 自分が動けなくなった時の動きは、何度も何度も繰り返し教え聞かせて来たし、ン級の期待に応えようと嫁達が精一杯努力していた事も知っている。ン級はその努力を信頼していた。

「おれの傷はもう癒えた。ここの高速修復材は別の艦に使わせてやれ」

 ン級はざぱっと全身から薄緑色の湯の滴を滴らせながら、湯船から出た。
 夢幻での深海棲艦の意思との接触、そして瀕死の重傷を経験しそこから生還を果たした事で、ン級の艦体は再び大幅な変化を迎えていた。

 元々二メートル近い巨躯を誇っていた肉体には、鍛え終えたと評する他ない完成された筋肉の鎧を纏い、深い海の青を映し取った日本戦国期の鎧をその上に重ねている。
 鎧はますます禍々しさを増し、日本の昔話に語られる鬼を思わせる意匠だ。
 左腰には奥津城の命を対価に失った斬艦刀が再びアタッチメントを介して装着され、その刃の厚みも重量も鋭さもまして、ひたすらに殺傷力を高めた造りへと変わっている。

 右の肩口に18inch三連装砲、左の肩口に16inch三連装砲。右の腰には四連装の酸素魚雷発射管を持ち、体内には電探が内蔵されている。
 合計五つの装備を持つ肉体へと改造を終えたン級は、重巡洋艦の枠を超えた存在へと到達していた。
 深海棲艦に対する反逆の意思をはっきりと伝えたのだが、この声は変わらず聞こえて来た。

――戦艦ン級。

「戦艦か。フタバやアカネの事があるから、計画倒れで終わった変わり種にでもなるかと思ったが……これからに期待としておくか」

 だが、それでも新たなる力である事に変わりない。またこれからも改造を重ねていけば、ン級は更に強力な、あるいは個性的な艦へと変貌して行くだろう。
 ン級は本格化するだろう深海棲艦と艦娘との戦いで役に立つだろう事を実感した。
 この改造能力ばかりは深海棲艦達に感謝しても良いだろう。



 ン級が意識不明の重体から回復し、更に超弩級戦艦へと改造を終えた頃、ラバウル基地では奥津城提督の死と、確認された新型男性型深海棲艦の報告を受けて、本国の総司令部である横須賀鎮守府との連絡が頻繁に行われる事となった。
 また奥津城の死によって彼の艦隊に所属していた各艦娘の所属についても、当然のことながら提督達の間で会議がもたれていた。

 ラバウル基地総司令であり最高最強の艦隊を指揮する赤胴元帥の執務室に、奥津城艦隊支援を任された黒峯や、白河、紫水をはじめ、その他の提督達が顔を並べていた。
 目下の話題は奥津城艦隊の艦娘達についてであるが、奥津城の死によってこれまで隠蔽されていた彼の悪行が早々に暴かれ――彼の背後に居た者達が繋がりを気づかれる前に切り捨てたのだろう――艦娘達の扱いは、主にメンタルケアを中心とした方向で落ち着いている。

 艦娘達をあくまで兵器としてしか扱わない提督は少なからず存在するが、彼女達が人類の生命線を握る重要存在である事もまた確かであり、真に人類の為を思う提督ならば艦娘を疎かに扱う事はしない。
 奥津城の艦娘達の多くは奥津城に負わされた心の傷を癒す為に、各鎮守府や泊地には必ず滞在しているカウンセラー達によってメンタルケアが行われる。

 またメンタルケアの必要が無い、あるいはケアが終わった艦娘達は一時的に待機状態となり、各提督の状況を判断してそれぞれ新たな提督達の下へと配属される事となるだろう。
 はたして何隻の艦娘達が再び人類の為に命を賭けて戦う道を選んでくれるだろうか。人類は彼女らの護国の意思と善意に依存し、かろうじて生命線を維持しているというのに。



――此処は何処だ。嫌だ、暗い所は嫌だ。冷たい所は嫌だ。おれは、おれはまだ足りないのだ。沈め足りない。傷つけたりない。

――死ニタクは無いか? 生キタイカ?

――誰ダ? いや、誰デモ良い。助けてくれ。おれは死にたくない。死にたくないのだ! おれはまだあいつらを、艦娘達の苦痛を見たりない。奴らの沈む様をもっと見たいのだ!!

――ククク、ハハハハハハ。ソウダ、ソレデイイ。アノヨウナ失敗作ナドヨリモ、お前のヨウナ心の持ちヌシこそが『ン級』に相応しい!!

 その日、その夜、新たな深海棲艦が誕生した事を、ン級も人類も艦娘も知る事は無かった。

<艦(誤字ではないです)>

>[95]アカシア◆
まさかこの奥津城、この後戦死してン級(邪)に転生か?

ティンと来ましたニコ。

この後も主人公は改造を重ねてゆくので、奇天烈な戦艦になるかもしれませんし、ナディアに出てきた戦艦になるかもしれないし、ガンダムやマクロスにはしるかもしれません。あるいはSTMCと戦う全長70キロメートルの艦かもしれません。
にしても大和もあきつ丸もまるゆも大鳳も来ません。日ごろの行いが悪いのかしらん。
また娘達やウミ達も今後どんどん増えるなり改造してゆくので、新しい名前や架空兵器をご存じの方はお教え下さると大変助かります。これからもよろしくお願いします。

追記
ご指摘いただいた誤字脱字と、ン級を超弩級戦艦から戦艦へと修正いたしました。



[38714] 覚醒直後資材を確認したン級の心の声「ヒエエ、ヒエエエーーー!」
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/21 15:57
前書き
TK・たか◆c92a7b83さんのご意見から、ン級の46cm三連装砲を18inch三連装砲に修正いたしました。


「ねえ、貴女はこれからどうするの?」

 長門が波止場に立ち、潮風に黒い長髪を嬲られるがままにしていると、何時の間に後ろに来たのか、妹艦である陸奥がいた。
 陸奥の呼びかけに、長門は背後を振りかえらずにん、と短く声を返した。
 カツンカツン、と主機付きの陸奥の靴が立てる硬質の足音が長門に近づいてきて、波止場の先端に立つ長門の左隣で音は止まる。
 長門は妹を見る事をせず、ずっと曇天を映して灰色の水平線を眺めていたが、陸奥が潮風になびく髪をかき上げる仕草は見えた。

「これから、か」

「ええ。奥津城提督所有の艦娘達は待機を言い渡されたけれど、少なくない数の子がカウンセラーの診療を受けているわ。そのまま解体の道を選ぶ子もきっと、ううん、絶対に出る。
 その子達の判断をどうと言うつもりは無いけれど、いざ自分達がとなると迷っているのよね。
 また提督の下で艦娘として戦っていけるのか、本当に提督と言う人種を信じる事が出来るのかって」

「随分と弱気な発言だな」

「私らしくない?」

「いいや、やはり姉妹なのかと思った所だ」

「じゃあ、長門も?」

「ビッグ7の名が泣くかな?」

 長門の声に弱々しい響きは無かった。だが幾許かの自嘲の響きがある事を陸奥は聞き逃さなかった。
 全艦娘の中でも間違いなく最上の戦力に数えられるだけの戦闘能力を保有する長門型であるが、特に一番艦である長門はその勇猛な気質と誇り高さで知られている。

 例えかつての縁が深い艦娘や妹艦が相手であっても、かくの如き弱音を吐露する様な艦娘では無い。
 その長門がこうして弱音を零したと言う事は、それだけ世界に冠たるビッグ7の雄たる艦娘の精神が追い込まれている事の表れと言えよう。

「かもね。でも私はそうは思わないわ。私達は昔みたいに使われるだけの兵器ではなくなったもの。
 その事を悪し様に言う人もいるけれど、こうして心を得られた事に意味があると私は思いたい。だからこの心が痛みを訴えるのなら、それは無為な事では無いわ」

「だが提督の下で深海棲艦と戦えぬ艦娘に何の価値がある? 潔く解体の道を選び戦線を退く事も出来ず、戦う事を迷い続けるのであれば嘲笑されても仕方あるまい」

 これは重症ね、と陸奥は臍を噛む思いだった。偉大なる七の席次に座す者として、常に誇り高くあった姉のこのような姿は陸奥にしても初めて見る。
 といってもかつての陸奥は、長門と同じ戦場に赴く以前にそもそも戦場を経験することなく沈んでしまった不運な戦艦ではあるが。
 かの奥津城提督が死してなお残した心の傷に、陸奥は歯痒い思いしかできない。
 生きている間も害悪そのものの様な提督であったが、死んだ後でさえこうして残された艦娘達を呪縛している。

「だったら二人で基地を脱走して、用心棒まがいの事か海賊でもやる? どっちにしてもお尋ね者になっちゃうでしょうけどね」

 左眼を瞑りぺろりと小さく舌を出して、世の男共を魅了し尽くす茶目っ気たっぷりの笑みで言う陸奥に、長門は彼女には珍しいぽかんとした表情を浮かべて振り返る。
 そのまま暫く陸奥を見つめ続け、そしてふっと柔らかく笑むと何かが吹っ切れたように大きな声で笑い始める。

「ふ、ふふふ。あははは、そう、そうだな。それも良いかもしれない。これまで一度も考えた事は無かったよ」

「そう? 私は時々、深海棲艦や提督の事も忘れてこの広い海を行ける所まで行ってみたい、なんて考えていたのよ」

 暫くの間、波止場に久方ぶりとなる長門の笑い声が木霊した。そうして長門の気が済むまで笑わせてから、陸奥は肩を竦めて姉艦に声を掛けた。

「そろそろ行きましょ。風が強くなってきたし、このままじゃ風邪をひくかもしれないわ」

「ふ、そうだな。どうせ考え込むのなら暖かな部屋の方が体には良い。それに今日はあの深海棲艦達の調査に向かった艦隊が戻って来るのだったな」

「ええ。黒峯、白河、紫水艦隊に加えて、まさかの赤胴提督の第一艦隊っていう豪華な顔ぶれよ」

 ラバウル基地最強最高戦力である赤胴提督第一艦隊の出撃など、滅多にあるものではない。
 かの第一艦隊だけで平均的な提督の四個艦隊に匹敵するとさえいわれる錬度を誇り、故にラバウル基地の切り札である為、普段は出撃を控えて基地に待機しているからだ。

「南方海域を攻略する様な戦力だな。だが鬼や姫でも無いのに言語を理解する知性を有し、しかも男性型の深海棲艦が出たとなるとそうするだけの用心は必要か」

「あら、噂をすれば影ね」

 陸奥が指さす方を見れば、合計二十四隻のラバウル有数の精鋭艦隊の影が遠く水平線に見える。
 しかしほどなくして長門と陸奥の顔に訝しげな表情が浮かび上がりはじめる。なぜなら二十四の艦影である筈なのに、二隻ほど艦影が多かったからである。

 長門と陸奥が水平線に滲む二十六隻の艦影に疑問を抱いていた頃、ラバウル基地内にある駆逐艦娘達の住居である駆逐艦寮は、にわかに慌ただしさを増していた。
 慌ただしさの原因は暁、響、雷の三隻……ついでに島風も一緒だ。
 すれ違う他の駆逐艦娘や寮の外でぶつかりそうになってしまった軽巡洋艦娘や、重巡洋艦娘におざなりな謝罪の言葉を送りながら、彼女達は港を目指して一心不乱に駆けていた。

 謎の新型深海棲艦の撃沈あるいは鹵獲の為に出撃した艦隊は、目的の深海棲艦を見つける事は出来なかったが、その代わりに行方不明となり撃沈したと半ば考えられていた給糧艦間宮と、奥津城艦隊所属の駆逐艦電を連れて帰って来たのである。
 妹艦の帰還に喜ぶ暁姉妹艦娘と彼女らの悲哀を傍で見て来た島風が、息せき切って駆けだすのも無理の無い話であったろう。

 やがて出撃した四艦隊の姿が見えると、その中に確かに夢にまで見て求めた妹の姿を認めて、暁達の顔に満面の笑みが浮かび上がる。
 行方不明になっている間にお腹を空かせてはいないか、怪我をしてはいないか、そもそも沈んでしまったのでは? と考えない日の無かった彼女達にとって、傷一つない電の姿は喜びそのものだった。

「電ーーー!!」

 レディには相応しくない大声で暁が呼び掛けると、電は小さな体を震わせて姉妹の姿に気付き、声のした方に顔を向けてどこか暗く沈んでいた顔に晴れ晴れとした笑みが浮かぶ。
 電は自分を囲んでいた赤胴や白河達に何度も頭を下げて、二言三言を交わすと小走りに暁達の方へと向かう。
 そして離ればなれになった姉妹艦達は、涙を流しながら抱きしめ合って喜びを分かち合うのだった。



 電と間宮が無事にラバウル基地に帰還した頃、製油所沿岸のある製油所を根拠地としていたン級艦隊は、奥津城艦隊との戦闘を切っ掛けに支配下に置いた製油所を放棄し、南西諸島海域はバシー島沖で見つけた廃棄港に移っていた。
 製油所を失った為、燃料の安定供給こそ受けられなくなったが、バシー島沖の海域内にボーキサイト集積地がある事と、近隣のオリョール海で燃料や弾薬の廃棄された貯蔵庫がある為、遠征による補給は容易と判断した為である。

 またこれには深海棲艦の意思に反逆した代償なのか、提督達と同様に順々に深海棲艦勢力下の海域を一時的にでも解放しないと、新たな海域への道が開けないというン級艦隊の悩みも理由の一つであった。
 ン級の回復後、他の損傷を受けた艦達も無事に傷が癒えた為、道中の深海棲艦との戦いも無事に終えて、一隻も欠けることなくバシー島沖の港に移ることに成功している。

 製油所を始めて制圧した時と同様に、港の掃除と生き残っている施設の確認などを行い、宿舎らしい場所の大掃除を終えて部屋の割り振りなどを終えたン級は、港の波止場に立って曇天の下の海を眺めていた。
 潮の匂いを運ぶ風に髪を嬲られながら考えに耽っていたン級はウミ、ヨル、ソラ達が後ろから近づいて来るのに気付いて振り返った。

「どうかしたか」

 三人は同じ用件でン級を探し求めていたようで、三隻を代表してウミがン級に問いかけた。

「タタタ、タ?」

 ウミ達の問いとは、ン級の判断で製油所に間宮と電を置いて来た事であった。
 奥津城艦隊との戦い後、自分達の拠点としている製油所が人類側に発見されるのは目に見えていた為製油所を放棄したわけだが、なぜ電と間宮を残したかと言えば、彼らの探し求めるモノの心当たりがこの二隻であった事がまず一つ。
 間宮と電を取り戻した事で、提督達の追撃の手が緩む事を期待したのである。
 といっても新型深海棲艦である自身の存在を知られた以上、あの二隻がラバウル基地に戻った所で、提督達が自分を探し求める事になるだろうが。

 また奥津城――ン級達にとって確証はないのだが――を殺害した事を切っ掛けに、ン級は人間を殺害した自分の所に電達を置いておく事に、心理的な抵抗を感じた。
 この辺は深海棲艦の意思との邂逅と決別によってより強く人間的な精神を獲得し、深海棲艦としての要素を薄めた事の弊害と言えるだろう

 間宮と電にすっかり懐き、親しみを抱いていたン級艦隊の艦達は少なからず残念がったが、それでもン級は半ば強引にあの二隻を無人と化した製油所に置いて来たのである。
 ン級は極めて私的な理由によって間宮達を置いて来た自覚があり、ウミ達の問いに多少気まずい思いになった。

 特に間宮がいなくなり、アイスクリームや最中、羊羹の供給が途絶えた事は艦隊の士気面において甚大な影響が出るかもしれない。
 まあ、そもそも材料を滅多に補充できないン級艦隊の下に居ては、遠からず間宮もアイスクリームなどを造れなくなったであろう。
 念の為、『間宮のお料理教室』と銘打ってン級とウミ、ヨル、ソラは間宮に料理の手ほどきを受けているから、当座のしのぎ位はなんとかなるだろう。

「そうだな。電と間宮達を置いて来た理由は色々とあるが、時間稼ぎのためというのが大きな理由だ」

「ル?」

 時間稼ぎ? と小首を傾げるヨル達に、ン級は厳かに首を縦に振る。

「間宮と電はおれ達とそれなりの時間を共に過ごした。その時間の中でおれや深海棲艦について、おそらく人類が未だ知り得ない情報を数多く得た筈だ。
 その情報の精査や分析の為に人類はそれなりの時間をかける事だろう。その時間を使って製油所を放棄し、こうして新たな拠点を得る事が出来た。
 他にも、稼げた時間であの時の艦娘達と同等以上の戦力を相手にしても勝てるだけの戦力の確保と、資材の補充を行うつもりだ」

 電と間宮には自分達と一緒に居る間に見知った事は好きに話して構わないと伝えてある。
 また自分の事情を記した親書もどきも間宮と電に預けてあるから、これも内容を疑ってくれれば体の良い時間稼ぎになるだろう。

 現段階では人類と敵対する意思は無い、深海棲艦のみと戦うと記したン級の意思は信用されない、とン級自身理解している。
 いつか人類側と共闘するかもしれないわずかな可能性を考慮し、やれるだけの事をやっておこう、という気休め程度の事だ。

「ヲヲ~」

 とソラが感心した声を出すのに、ン級は少しばかり気まずい思いをしたが、ソラ達に語った事に嘘は無い。
 実際、奥津城、黒峯両艦隊を相手にしても余裕を持って返り討ちに出来るだけの戦力と資材の確保は急務だろう。

 主要な鎮守府、基地、泊地ともなれば所属する艦娘の数はゆうに数百を超え、彼女達を支える多種多様な施設と豊富な資材があり、エリートの戦艦や空母をようやく手に入れたばかりのン級艦隊では鎮守府に襲撃を仕掛けるなど夢のまた夢である。
 艦娘ないしはそれに相当する存在を持たない国に派遣されている、小規模な駐屯基地位なら、ま、落とせない事は無いのだが……。

「これからしばらくはここを拠点にまた資材の貯蓄と戦力の強化を行うぞ」

 ウミ達がン級の指示に対し、素直にはい、任せて、分かりました、と従順に返事を返した時、ン級の頭上と胸板の辺りから三つの声が発せられた。

「ス、ス~ス?」

「セ」

「モッモ」

 それぞれン級の愛娘である双胴戦艦ス級フタバ、氷山空母セ級ヒサメ、巡洋戦艦モ級アカネである。なお三隻とも艤装を外した身軽な姿だ。
 なぜこの三隻の声がン級のすぐ傍から発せられたかと言えば、フタバがン級に肩車をされ、ヒサメはン級の右腕、アカネは反対の左腕で腕一本のお姫様だっこをされていたからだ。
 既に外見はローティーンにまで成長した三隻であったが、精神面の成長は外見に追いついてはおらずとても幼い。

 特に父親であるン級の瀕死の惨状を目にしたせいで、ン級が無事に復活を果たしてからは事あるごとにべったりと甘えて、あとをくっついて回っている。
 今もン級が間宮達を置いて来た事が正しかったか、一人で考えようとしていた所にこの三隻が顔を覗かせて、構って構ってと甘えて来たのだ。

 深海棲艦の意思との完全なる決別以降、より人間的な情緒を獲得したン級は人並みに父性を持っており、無邪気に甘えて来る娘達を無碍に扱う事が出来なかった。
 結果として三隻の愛娘達を肩車とお姫様だっこするに至ったのである。
 この時、愛娘達が父に問うたのは、自分達は? というものだった。フタバはン級の事をお父さん、ヒサメは父様、アカネはパパと呼んでいる。

「お前達はしばらくここで演習をしていなさい。
 おれ達の役に立とうとしてくれるのは嬉しいが、今はまだ色々と足りないものが多くてな。
 そら、お母さん達と一緒にここで良い子に留守番をしていてくれ」

 ン級はウミ、ヨル、ソラ達にそれぞれが産んだ娘達を預けて、自分は悩んでも仕方がないと資材の回収と艦隊の錬度向上のために出撃する事に決めた。
 資材の残りは提督が見れば吐き気を催すグロテスクな数字となっているから、連れてゆくのは駆逐艦と軽巡洋艦に限定しなければなるまい。

「この子達の面倒を頼むぞ」

 それぞれの母親に抱っこされた娘と母親達の頭を一度ずつ撫でて、ン級はその場を後にした。
 陸上での行動があまり得意でない軽巡洋艦や駆逐艦達の待機している港に向かい、ン級は適切と思える艦を選んで自分達以外に遠征する艦隊も合わせて編成した。

 ン級が選んだのは軽巡洋艦ト級、同ヘ級、駆逐艦ロ級、ハ級、二級。
 この内、ト級はかつてン級が自分より傷の修復を優先させた駆逐艦であり、とりわけン級への忠誠心の厚い個体である。
 遠征にむかわせる三個艦隊の編成も終えて先に出航したのを見届けてから、ン級は一度娘達の顔を見ようと、ト級達に待つように命じてウミ達に割り振った宿舎に戻った。

「また休憩所辺りか?」

 製油所の時も溜まり場と化していた休憩室を探し、ン級はがしゃがしゃと艤装の立てる音と共に宿舎の中を歩く。
 電気の供給と補充が絶えてまるで役に立たなくなった自販機と、長椅子の並ぶ休憩室でウミ達の姿を見つけたン級は声をかけようとし、そこでぴたりと動きを止める。
 原因はン級の瞳に映っている光景が全てであった。

「タ~」

「ヲヲ」

「ルルー」

 慈愛に満ちた笑みを浮かべて、我が子をあやすウミ達であった。
 フタバはウミの膝に頭を預け、ヒサメはソラに髪を梳いてもらい、アカネはヨルの傍らに腰掛けて、しきりに話しかけている。
 我が子に無償の愛を注ぐ母親達と、それを無心に受けて甘える娘達と言う光景に、ン級は声をかける事を止めて踵を返した。

 深海棲艦の意思に対し、愛娘達を希望だと断言した事はやはり間違いでは無かったと言う誇らしさと、そんな愛娘達を遠からず戦場に立たせることになるという確信を伴った予感に、深い罪悪感を抱いたからであった。
 誇らしさと罪悪感を抱いたままト級達の下へと戻ったン級は、18inch三連装砲や魚雷発射管、新たな斬艦刀に不具合が無い事を確かめてから出撃した。

 バシー島沖に出現する深海棲艦は軽巡洋艦や駆逐艦にエリート型が出てくるなど、ラバウル基地近海に比べて基本的に戦力が増強されていた。
 それでも深部にさえ向かわなければヲ級やル級などとは遭遇する事は滅多に無く、重巡洋艦リ級あたりが最も手ごわい敵であった。

 大和型の主砲に匹敵する火力を持ち、分厚い装甲を持つ戦艦であるン級と、これまでの戦いでエリートに達したト級、ヘ級を擁するン級達は、これといって危ない場面に遭遇する事も無くボーキサイトを中心とした資材回収を行う事が出来た。
 ン級としては奥津城艦隊との航空戦で痛感した事なのだが、やはり正規空母をソラ以外にも確保しておくべきだ、という考えがあった。

 最も手錬のヌ級がそろそろヲ級への改造が可能になりそうだが、バシー島沖でも一隻は欲しい。
 氷山空母であるヒサメは消費する燃料、ボーキサイトが正規空母に比べて格段に少なく運用しやすい艦ではあるが、やはりまだ幼い面が気に掛り戦場に出す事が躊躇われる。

 近い将来航空戦力の拡充が必須と考えるン級にとって、ボーキサイトを多く回収できるこの南西諸島海域はうってつけの場所であった。
 敵駆逐艦ロ級を斬艦刀で真っ二つにし、ン級の背後から砲撃を加えようとしていた敵へ級を味方のト級が吹き飛ばし、敵深海棲艦の残骸を資材代わりに回収する事を繰り返して進撃する。

 これまでと変わらぬ作業を繰り返し、燃料の残量に注意しつつ進撃を進めてバシー島沖の海図を作成していた所、ン級は双眼望遠鏡(通称メガネ)と偵察機で付近を偵察していたト級から、初めて見る新型棲艦を発見したと言う報告が入る。
 ト級が双眼望遠鏡を使っているという艦娘の誰もが見た事のない光景を見つつ、ン級はト級からの報告に耳を傾ける内に、もしやという表情を拵える。

「ト、トトト」

「球体に半裸の女が拘束されている様な姿の艦四隻を、リ級二隻が護衛している、か」

 彼の曖昧模糊とした知識がト級からの報告によって具体性を持って鮮明となり、球体に拘束された女性の深海棲艦が、攻撃貨物輸送艦ワ級であると確信を抱かせた。
 何処からともなく深海棲艦の艦隊や泊地に物資を輸送するワ級だが、艦娘達がこれを撃沈してもワ級らが運ぶ物資を利用する事は無い。

 ワ級が背後に背負う球形コンテナの中の物資は、深海棲艦の瘴気に塗れて利用する為には何重にも濾過めいた浄化作業が必要となり、艦娘が利用するのに必要とされるコストとまるで見合わないのである。
 しかしながら精神はともかく、肉体は紛れも無く深海棲艦であるン級と、彼の配下の艦隊はワ級の運んでいる物資を問題なく利用できる。

 ン級の口元に陽炎型駆逐艦雪風の如く幸運に恵まれたという喜びと、獲物を見つけた狩人の獰猛な笑みが浮かび上がる。
 この瞬間、このバシー島沖で最優先に狙うべき敵深海棲艦が定められたのだ。

「行くぞ、ワ級狩りだ!」

「トー!」

「ヘー!」

「ロー!」

「ハー!」

「ニー!」

 この日以降、バシー島沖、続いて数日後にオリョール海で艦娘達がワ級を滅多に見かける事は無くなり、一部の任務達成が極めて困難になるのだが、その理由が解明されるのはしばらく後の話であった。

<続>

ワ級って何を輸送しているのでしょうね? 深海棲艦になりかけの艦娘か、それとも深海棲艦の幼体か、各種資材なのか。
ン級の名前ですが当初はン級のままで行くつもりでしたが、さてどうしたものか。
またそれとは別にン級艦隊の名前もいつかは募集させていただくつもりなので、その時になったら良い名前をよろしくお願いします。
ン級の娘達もその内に増える予定ですし、これからもよろしくお願いします。

ン級と奥津城ン級の比較について

ン級
・資材の自然回復なし
・装備開発不可
・建造不可
・入渠不可
・生産可能(オリジナル含む)
・改造可能(オリジナル含む)
・深海棲艦仲間化可能(条件あり)

奥津城ン級
・資材の自然回復あり
・装備開発可
・建造可
・入渠可
・深海棲艦仲間化可能

 またン級は更に改造を重ね、ある条件を満たすと深海棲艦から艦娘(?)を確率でドロップできるようになります。

例: 南方棲戦姫撃沈 → 大和(?)をドロップ、といった具合です。

まだしばらく先ですが、その時は子供を産んで欲しい艦娘でも、お気に入りの艦娘でも、戦力として必要そうな艦娘でも、好きな艦娘の名をお挙げくださいまし。
エタらないよう頑張ります。

そういえば戦艦なのにン級が魚雷を装備していることに関して、なにも指摘がなかったのは意外でした。ン級の特異性の表れとして、艦娘と深海棲艦双方の装備を持ち、本来の戦艦では装備できない武装を装備できるなどがあります。

追記
母親達と娘の触れ合いを多少変更しました。やりすぎでしたね。



[38714] 刺客来りて
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/21 15:54
※ワ級一隻の物資の回収で、燃料・弾薬・鋼材が各200、ボーキサイトが100手に入る、という大雑把な感じです。エリートなら各500、ボーキサイトは300で。


 日本国に所属する各鎮守府、警備府、泊地、基地の主要な提督達や、特別な事情から権限に反して不当に低い階級にある提督などが直接ないしは秘匿回線を用い、一堂に会していた。
 非公式のこの会合が開かれたのは、深海棲艦との戦いで艦娘が初めて歴史に登場した際に開かれた横須賀鎮守府。

 数ある鎮守府の中でも最大規模を誇る始まりの鎮守府であり、名だたる提督を排出し、今なお最大の戦力と凄まじい錬度によって最強と言われる艦隊を持ち、歴戦の提督達が所属する対深海棲艦との戦争において日本最大の要衝の地である。
 その横須賀鎮守府内の公的な記録の全てから抹消された存在しない筈の部屋で、およそ二十名前後の提督達が顔を並べていた。

 二十代半ばほどの若者も居れば七十代に差しかかろうかという老齢の提督までいる。
 深海棲艦と艦娘との戦争に於いては艦娘達の出自から旧日本海軍に準じた階級の呼称などが制定されているが、艦娘の運用に個人個人の霊的素養も必須事項となる為、提督達の中には二十代の若者ながら少将や中将の地位に就く者もいる。
 目下、その特殊性から艦娘を運用する者達――俗称鎮守府組、あるいは提督と呼ばれる者達は、通常の命令系統や階級の系統とは別に扱われている。

 深海棲艦が出現し、それに対抗して艦娘が姿を見せたからこそ成立した歪な出自を持つ防人達の話題は、先にラバウル基地で確認された新型深海棲艦についてだった。
 当人(当艦?)であるン級の想像以上に彼の存在は、人類側にとって極めて重大なものとして認識されていたのである。

 現状、人類と深海棲艦との戦争は、艦娘の早期出現と建造方法や対深海棲艦戦術の確立により、人類優勢の状態が続き若干の余裕が生まれるに至っている。
 しかしこれは深海棲艦に長く新型が出現し戦力の増強が無かった事、あくまで戦略や戦術を持たずに数の暴力での侵攻しかしなかった事に大きく由来する。

 それでさえ、知恵を持ち学習し進歩する人類側がようやく戦況を優勢に持ち込むに留まっているのが、厳しい目で見た現実だ。
 だが、ン級は人類側が特に警戒している新型の、しかもこれまでの深海棲艦とは性別の異なる艦であり、おまけに明確な知性を持ち人間や艦娘と言葉を交わし、戦術と戦略を理解すると言う。

 現在の人類優勢での対深海棲艦との戦況の天秤を、大きく深海棲艦側に傾かせかねない重すぎる錘だ。
 何が何でもその存在を抹消し、この世から消滅させなければならない、あまりにも危険な存在と言っても過言ではないかもしれない。

 場合によってはラバウル基地のみならず近隣の泊地や基地からも戦力を集め、絶対に逃がす事の無いように何重にも包囲網を敷き、鹵獲か殲滅を行ってしかるべきだ。
 だが同時にそれに待ったをかける出来事があり、歴戦の提督達がこうして顔を揃えてもなおン級の鹵獲・殲滅へ迅速な行動をとれずにいた。

 それはン級が気休め程度のつもりで間宮と電に託したあの親書もどきと、ン級の下で過ごした間宮達から得られた情報が理由だった。
 電の所属しているラバウル基地の総司令赤胴提督の姿もここにあり、各提督の手元に親書のコピーと間宮達からの証言をまとめた資料、最後に伊勢や加賀の艦載機などが確認したン級の重巡時代の写真などが配られている。

 如何にも歴戦の厳格な初老の軍人然とした風貌の赤胴は、面白くて仕方がないとばかりに口元に笑みを浮かべ、自分の手元の資料を軽く手で叩く。
 会議に出席している他の提督達の注目を集めて、いつまでもにらめっこをしていても仕方ねえだろう? と口を開く。

「それでお前さん方は今回の事をどう思うね? 曰く深海棲艦の根源とやらに反逆し、深海棲艦を敵とする深海棲艦ン級。
 経験を積み資材を食らう事で異なる艦に自己を改造し、あまつさえ配下に置いた他の深海棲艦にまで改造の機能を与える。
 とんでもねえ機能だ。駆逐艦が軽巡洋艦になり、軽巡洋艦が重雷装巡洋艦や軽空母になり、ひいては戦艦や正規空母にまでなる。ええ、恐ろしい話じゃねえか。
 おまけにその為に男にしたんだか知らねえが、深海棲艦共に種を入れて新しい深海棲艦を産ませるたあ、怨霊共がまっとうな命の真似ごとをしやがるぜ。
 まあ、タ級やヲ級、ル級は見てくれだきゃあ、いいからな。かっかっか」

 肝が太いのか緊急事態だと言うのに面白おかしく笑う赤胴に対し、居並ぶ提督達の中ででっぷりと肉が着き顔の下半分が黒々とした髭に埋もれた、眠たそうな熊を思わせる提督が困った様な顔で言う。
 既に提督として十年以上活動しながら、艦娘を一隻も轟沈させずに今なお最前線で戦い続けている事から、畏敬の念を持って『不動不沈』の二つ名で呼ばれている郷田大将だ。

「赤胴さん、気楽に笑わんで下さい。どれも紛れもない事実であるのなら、我々としては頭の痛い事実ですよ。
 我々の側もペーパープランだけでも存在した艦娘なら出現する事は確認されていますが、史実に存在しなかった艦は艦娘として出現せんのです。
 我々が得る事のできる艦娘にも限りはあるわけですからな」

「不動の、それ位はおれだって分かってらあ。いや、ここに居る連中だけでなく提督なら誰だって知ってらあな。
 艦娘の改造や装備の開発こそ行えれども、全く新しい艦娘を生み出す事が出来ねえってのがおれらの悩みどころよな」

 深海棲艦に比べて多種多様な艦娘を擁する人類側ではあるが、艦娘にもその種類に限りがある。
 郷田が口にした様に計画だけでも存在した艦であれば艦娘として出現する事もあるが、計画もなにも存在していなかった艦娘は出現のしようが無い。

 つまり既存の艦娘を大きく上回る力を持つような、新型の艦娘の出現は期待できないのだ。
 イージス艦などをはじめとした近代艦の艦娘が出現した例は無く、今存在している艦娘達は第二次世界大戦前後に存在した艦に由来している。

 その為に人類側は艦娘の性能の上限がすでに分かってしまっているのだ。
 これが人類側が深海棲艦に新たな艦が出現する事を強く警戒する理由の一つであり、ン級の存在が極めて重要視される理由でもあった。
 
 艦娘の限界は見えているが深海棲艦側の底は未だ知れず、現在確認されている最上位存在である姫型までなら、現有戦力で十分に打倒できるがそれを上回る艦が出現したら?
 その時、はたして人類の有する艦娘達はその未知なる新型に対抗しうるだろうか? そして艦娘達の力が及ばぬのであれば、それは人類絶滅の足音が近づくことを意味する。

「改造の件もそうだが生産能力も極めて厄介な能力ですよ。間宮と奥津城の電が見た事が事実ならば、既に双胴戦艦、氷山空母、巡洋戦艦が新たに産み出されています。
 それに黒峯提督の艦娘達が確認した新型深海棲艦の姿と照らし合わせてみても、まず事実である事は間違いがない。
 ン級とやらが誕生してからどれだけの時間が経過したかは知りませんが、ン級を含めて深海棲艦側に四種もの新型が既に存在しているこの事実は、由々しきものです」

 新たに焦りを含んだ声を出したのは、三十代半ばのやや神経質そうな印象を受ける黒ぶちの眼鏡を掛け、黒髪をオールバックにした細面の神室(かむろ)少将。
 ブイン基地で長く三指に入る戦果を上げ続けている歴戦の提督だ。
 神室の意見には少なくない提督達が同意を示し、厳めしい顔でフタバ、ヒサメ、アカネ達が映るピントのずれた写真に目を落とす。

 時折、通常の海域とは異なる場所に極大と評する他ない深海棲艦の瘴気が生じ、深海棲艦の勢力下に落ちる事がある。
 そういった海域にはまず新型で強力な鬼や姫が出現し、特異海域攻略に血道を上げる提督と艦娘達に、血と怒りと悲しみを強要してきた。
 ン級はその苦痛に満ちた戦いの歴史を再現しかねぬ存在であり、これから鬼や姫級の深海棲艦を産み出すかもしれないと考えれば、神室の焦りを理解できぬ提督は殻が付いたままのヒヨッコ位だろう。

「そりゃあそうだ。初めて装甲空母鬼を相手にした時や姫を前にした時の驚きと脅威は忘れちゃいねえよ。
 だがよ、敵ならおっかねえが味方ならこれほど頼りになる奴もいねえぜ? 強敵だったからこそ恐ろしさが分かるってもんよ」

「赤胴閣下は楽観が過ぎます。深海棲艦などはたしてどこまで信用できるものか」

「そう言うなよ、神室よぉ。電も間宮も殴られてもいなけりゃ蹴られてもいねえし、幸いにも性的暴行も受けた痕跡はねえ。
 ストックホルム症候群も確認されなかったしな。電に限っちゃ奥津城ん所に居た頃より、心身ともに健康なんて様よ。
 まあ、色々とおもしれえ話も聞かせて貰ったみてえだぜ? おれ達が確証こそないがそうだろうと思っていた事が正しかったって、当の深海棲艦様が保証してくれたわけだな」

 深海棲艦がかつて海の底に沈んだ者達の怨念をはじめとした、負の感情の集合体である事。
 艦娘達は深海棲艦とはベクトルを正反対とする存在であり、轟沈した艦娘の中には負の感情に汚辱され、深海棲艦と化してしまう艦娘が居るということ。

 これらは人類側もほぼ確実視していながら、検証・実証する術が無かった為に推測に留まっていた。
 今回、電と間宮を介してン級によって紛れもない事実であると保証されたわけだ。
 知恵を有するが故に、こちらに情報的な混乱を齎す事が目的では? と誰もが疑う中で、提督達はン級がしたためた親書のコピーに目を通し、どこまで信用できるものか、あるいは最初から信用せぬもの、あるいは万が一の可能性に期待を寄せる者と心中は様々であった。

 ン級が親書にしたためた内容は時候の挨拶から始まり、後は簡潔に一つ一つの物事をまとめたものだった。
 自分が深海棲艦とは袂を別けた事。自分が提督を含んだ多くの人間達の人格から成り立っている事。深海棲艦の根源を敵とし、これを滅ぼす為に今後活動する事。

 深海棲艦は人類との戦況を打破する為に、指揮能力と新型深海棲艦建造の為に自身を産み出したが、自分の反逆によってこの目的が頓挫した事。
 今後、深海棲艦が指揮、生産などそれぞれの能力に特化したン級の改修型か新型を投入してくる可能性が極めて高い事。

 人間や艦娘とは敵対しないが降りかかる火の粉であれば止むを得ず払う事。そしてもし今後、深海棲艦との戦いの中で共闘の意思があるのならば喜んで応じる事。
 最後に提督と艦娘達の健闘と無事を祈る旨を記し、ン級の親書は終わっている。押しかけ用心棒で手に入れた筆ペンで書かれたそれは、なかなか達筆であった。

 結局、この日、表向きには結論が出なかったこの会議であるが、それぞれの提督達の胸の中にン級と、ン級が存在を示唆した新たな敵深海棲艦達に対する考えが宿ったのは間違いない。
 そして一つ、決まった事がある。ン級を姫級に相当する存在としてカテゴリーし、今後、発見次第無力化し鹵獲を目的とする、という指針である。



「ヲ、ヲヲ」

「セ、セ?」

「ヌヌヌヌ」

「ヲ~」

 バシー島沖に存在する廃港の沖で、ン級艦隊に所属する航空戦力達がボーキサイトの供給が軌道に乗った事もあり、経験の最も少ない氷山空母セ級ヒサメとの演習を行っていた。
 監督役はヒサメの母親である正規空母ヲ級ソラと、もっともヲ級に近い能力を持つヌ級エリートである。ヒサメ以外にもヌ級が二隻、ソラとヌ級エリートの指導を受けていた。

 ちなみにヌ級エリートは以前、ン級が目撃した女子力の高いヌ級の事である。
 いまもネイルは欠かしていないし、良く見ると歪に伸びた砲塔の付け根に、海岸で拾った貝殻や鉄屑などから作った手製のネックレスらしい物体が引っ掛けられている。
 ン級が器用だな、と内心で感心しているヌ級エリートだが、他のヌ級に比べて個性が強く出ている事から、おそらくこの個体も元艦娘なのだろう。

 通常の艦載機と異なり、ヒサメの艦載機は構造の大部分を氷で担う事が出来る特異なものだ。
 その為、演習中の事故などで墜落してしまっても、氷を補充すればすぐに再利用できる資材に優しい仕様である。
 またここ数日でン級の娘達は成長が進み、十歳前後位だった外見が今では中学生に見える位になっている。

 人間換算で長女のフタバは十五歳、次女のヒサメが十四歳、三女のアカネが十三歳くらいと産まれた順番に一歳ずつ年下に見えるのだから実に分かりやすい。
 成長に伴いヒサメの艤装というか服装も若干の変化が表れていて、母親であるヲ級に良く似た服装そのものは変わらないが、首元や肩、腰にある氷の外装はより面積を増している。

 頭の上にはヌ級に良く似た四本の触手が生えたヲ級の帽子と異なり、ヒサメの頭の上に乗っかっているのはまるで雪だるまを思わせる帽子だった。
 白く丸い一段だけの頭の上に、逆さにした赤いミニバケツが乗り、鼻はニンジンで横から生えた手は細い枝に毛糸の手袋を着けたもの。
 ただし目だけは深海棲艦特有の闇の中の満月のようにぼんやりと光る幽冥なものだから、雪だるまの親しみやすさとミスマッチがひどくて不気味に見える。

 ヒサメは手にした氷の杖を一振りして上空で旋回していた戦闘機を呼び寄せ、自身の近くでホバリングさせる。
 同じようにソラやヌ級エリートも自身の艦載機を頭上で待機させ、ヒサメとヌ級二隻に対し、つい先ほどまで行っていた演習についてあれやこれやと多分にボディランゲージを交えながら指導する。

 基本的にというか現状では、ン級以外の艦が指導する場合身振り手振りが八割に、擬音で満たされた感覚メインの説明が二割である。
 ン級達に教本はないし、きちんと理論をもって教導してくれる先達がいない以上仕方の無い事ではある。

 数多くの人間達の霊魂の集合体であるン級ではあるが、生憎と彼の中に『艦娘として』艦載機の扱いが分かる知識や記憶は無かった。
 その代わりと言っては何だが、人類史上最大の大戦で散った空の戦士達のおぼろげな記憶と技術がン級の中にはあった。

 はたして人間の技術がどこまで深海棲艦に応用が利くものか、初めての試みなのでン級にも確信は持てなかったが、ン級はかつての英霊たちの知識と感覚を頼りに教本を現在編纂中で、ソラ達の意見も取り入れたこれが陽の目を見れば航空戦隊の錬度向上に貢献するかもしれない。
 さてヒサメがこのように母達に指導を受けている様に、フタバはタ級である母ウミや他の重巡リ級達と一緒に砲撃訓練を日課とし、アカネはル級の母ヨル監督の下、雷巡チ級、各軽巡、駆逐艦達と一緒に艦隊での航行訓練を中心に、最大の長所である快速をどう活かすべきか模索中だ。

 ヒサメはともかくフタバとアカネは良くも悪くもそれぞれが特化している艦である為、異なる艦種で艦隊を組むのがいささか難しいのが課題だった。
 このように娘達が無事に成長し――既に止まりつつあったが――演習や訓練が行えるようになったのは、バシー島沖やカムラン半島、東部オリョール海での遠征が上手く行っているのが一点。

 そしてもう一点は南西諸島海域に入ってから確認した輸送艦ワ級狩りが、功を奏した事だ。
 艦娘達では利用するのに見合わないほど瘴気に穢れたワ級の輸送物資を強奪する事で、遠征をはるかに上回る効率の良さで資材が増え続け、一部の提督達の胃をキリキリと苦しめるのと引き換えにン級艦隊は資材の確保に成功していた。

 またワ級狩りを積極的に行っていたン級であったが、ではワ級を配下に加えた場合どのようなメリットがあるのだろうか? と思い至り、実際にワ級をまず一隻撃沈寸前まで追い込み配下に加えた。
 エリートにまで至らないとそもそも武装すらないワ級をどう艦隊に組み込めばいいのやらと悩んだン級であったが、そもそもワ級の艦種を考えてみればやらせる事はおのずと決まる。

 自分でワ級の特性を確かめる為、共に艦隊を組んで演習に向かい、いつも使っているボーキサイト集積地で、ワ級に資材を背中の球体コンテナに積載させてみたのである。
 結果として木箱やコンテナを使うよりもはるかに効率的に資材を積む事が出来て、一度の遠征でより多くの資材の回収を行える事が確認できた。

 この事からワ級を六隻確保し、遠征に向かわせる艦隊(艦娘や深海棲艦に適応する場合、最大六隻編成で一個艦隊)に必ず一隻はワ級を組み込むようになっている。
 ワ級狩りと並行してワ級を含んだ遠征艦隊の活躍によって、ン級艦隊の資材事情は大幅な改善を見たのである。

 娘達のみならず艦隊各艦の錬度向上に伴うエリート化も順調であったが、この海域ではそのエリート級もちらほらと敵として姿を見せる事もあり、ン級は慎重に慎重を重ねる艦隊運用を心掛けていた。
 特に艦娘達に“にーよん”の通称で知られる沖ノ島海域は、新任提督達が最初にぶつかる極めて険しい壁として知られており、同時に激戦区としても知られていて日夜艦娘と深海棲艦の勢力図が塗り替わるほどだ。

 提督達と同様に海域を一つ一つ攻略しなければならない呪縛に縛られるン級艦隊にとっては、奥津城・黒峯艦隊と戦った時と同等かそれ以上の正念場とさえ言える。
 ただ提督や艦娘達とは異なり、羅針盤に惑わされず、攻略途中に食事を取って多少の弾薬・燃料補給に修復の行えるン級艦隊にとっては、艦娘達に比べればはるかに攻略は容易であろうけれど。

 今日も今日とて提督業の真似ごとをしていたン級は、仮の執務室を出ると波止場に向かって帰投する配下の艦達を出迎えた。
 それから我先にと自分の下へと集まって来る配下の艦や演習を終えた娘達を相手に、腰のベルトに括りつけた小袋からなにやら細長い物を取り出す。
 ン級が手ずから彫りあげた判子である。

 ン級は手彫りの判子を手に、なにやら娘や配下の艦達が自慢げに見せて来るスタンプカードに一つ一つ丁寧に判を押していった。
 ただただ遠征に出させているだけでは味気ないルーチンワーク化してしまい、士気が下がるのでは? と危惧したン級が一晩考えて出した方法がこのスタンプカードであった。

 例えばウミやヨルは外見だけを見れば成人女性であるが、その精神年齢ははっきりいって子供である。
 娘達や他の艦達も当然言わずもがなで、子供達に飽きさせずに継続して同じ事をさせるにはどうすれば良いか、と考えたン級の脳裏に閃いたのが、夏休みのラジオ体操などで出席する度に貰えたスタンプなどであった。

 使える資材や廃港に残っていた物資、間宮を製油所に置いてゆく際に譲られた各種物資の種類と残量を考慮し、手軽にたくさん用意できるものにしなければならず、スタンプカードはカードと手彫りの判子を用意するだけで済み、コストパフォーマンスが良かった。
 実際に配下の艦達にやらせてみるにあたり、出撃・演習組はMVPを獲得した者、遠征組は基本全艦に判子を一つずつ押し、判子が十個貯まったら手元の材料で作れるお菓子や料理、あるいは資材を与えると言う御褒美を用意している。

 一度始めると凝る性分なのか、ン級は既に何十本もの手彫りの判子を作っており、それも犬や猫、馬、鳥、熊、魚、花、魚雷と一つとして同じものがないバリエーションの豊富さを誇る。
 米粒にびっしりと文字が書けるほどの器用さは、ン級の材料となった死せる人々の中によほど手先の器用な人物が居た恩恵だろう。

 今日の分のスタンプを押し終えたン級は、スタンプカードを手にきゃっきゃっと夏休みの小学生みたいに喜んでいる娘達や配下の艦達に慈父そのものの眼差しを送ってから、今回の出撃に意識を切り替えた。
 週替わりで秘書艦の真似ごとを――知性のある艦娘と異なりウミやソラ達に到底本来の秘書艦としての業務はこなせないが――しているヨルに声をかけようと傍らを振りかえったン級は、娘達と一緒にはしゃいでいるヨルを見て、何も言わずに溜息を吐いた。

 ウミやヨル、ソラ達は良くやってくれている。彼女たちなりに精いっぱいやってくれているのは、ン級とて良く理解している。
 しかしこの海で死んだ提督も混じっているからなのか、秘書艦としての艦娘の頼もしさの事をン級はおぼろげながらに知っており、もう少し彼女ら並みに手伝ってくれたらな、と思う事がままある。

 この先、奥津城の言葉で認識した鬼や姫と呼ばれる深海棲艦になれば、ウミ達にも艦娘並みの知性が期待できるかもしれないが、まだフラッグシップにも至っていない現状を考えればしばらく先の事だろう。
 それに秘書艦として戦力にならないからと言って、ン級のウミやヨル、ソラ達に向ける感情が変わるわけではない。

 まだ駆逐艦だった頃には深海棲艦の意思に対する反逆の意思に凝り固まり、配下に加えた深海棲艦達を単なる戦力として見て、捨て駒として利用する事も厭わずにいたつもりのン級であったが、今やその心境はすっかりと変わっている。
 特に情を交わしたウミ達は一人の女として彼女らの事を愛しているし、娘達はまさに目に入れても痛くないという可愛がりようだ。

 すっかり愛着が湧き、情が移ってしまっている以上、当初のように配下の艦達を非情に切り捨てる事は今のン級には極めて厳しい選択肢となってしまっている。
 ン級は判子を仕舞い、帰投した艦達がそれぞれ倉庫をはじめとした港湾施設に戻って行く艦達に労いの言葉を掛けながら、共に出撃する深海棲艦達を招集する。

 今回の出撃はより多くのエリートやフラッグシップに至る艦を生む為の、いわゆるレベリングの為の出撃である。
 連れて行くのは女子力の高いヲ級候補筆頭ヌ級エリート、かつてン級が自身より優先して修理させた忠誠心の厚いト級エリート(つい先日エリートになった)、そして重雷装巡洋艦チ級三隻という編成だ。

 なぜチ級が三隻も居るのかというと、より人間の記憶や人格が強く顕現したン級の脳裏に、スーパー北上(きたかみ)、ハイパーズ、キャプテンキソー、開幕雷撃、という単語が何度も閃いてチ級を育てた方が良いと思ったからである。
 おそらく提督の知識が齎したものであろうから、対深海棲艦、対艦娘戦において雷巡を鍛えておく事が優位に働いて欲しい、とン級は願っていた。


 いずれ来る沖ノ島海域攻略に向ける既存戦力の底上げと、様々な事態に対処する為に不足気味な水雷戦隊強化の為、ン級は東部オリョール海へと出撃する。
 最近では艦娘の中でも比較的希少な潜水艦娘を見る事が増えたと言うこの海域だが、幸い潜水艦娘は資材回収が主任務らしく、交戦する事は滅多にないと言う。
 チ級やト級が居て、また戦艦でありながら対潜戦闘もこなせるン級が居る以上、仮に潜水艦娘と会敵したとしても一方的に魚雷を撃ち込まれるだけには終わらないだろう。

「潜水艦か……。確か深海棲艦にもカ級とヨ級の二種がいるはずだな。出来るだけ艦種は増やしておきたいが、南西諸島海域に出没した話は聞かないからまだ先になりそうだな」

「ト、トト!」

 例え潜水艦が居なくても自分がその分までお役にたちます、というト級の気合の入った発言に、ン級は小さく笑う。
 このト級は修理を優先された事によほど感激したのか、ン級に対してとにかく従順で何を命令しても躊躇せずに実行しそうな面がある。
 ン級にとっては頼もしくもあるが、同時にその盲目的な面が危うくも感じられる。

「ああ、頼りにしている」

「ト!」

 あるのか分からない鼻から鼻息荒く返事をするト級に、ン級は少なからず期待しているのもまた事実ではあった。
 東部オリョール海は深部まで進むとエリートのル級やヲ級が出現する海域である為、タ級やル級を上回る戦闘能力を誇るン級が居なかったら、かなり危険な海域であった。

 今回の編成はヌ級エリートやト級エリートが居るとはいえ、火力や航空戦力不足の感は否めない。
 しかしン級の大和型の主砲にも匹敵する18inch三連装砲が火を噴けば、周囲の海面をクレーター状に抉りながら放たれた砲弾がル級の分厚い装甲さえいとも容易く粉砕し、金剛型並みの速力を活かして接近して斬艦刀を振るって、敵ヌ級やリ級を真っ二つにして勝利の星を増やしていった。

 かつてない大口径主砲の搭載と重巡時代と比べ物にならない馬力や装甲、超長射程などに慣れる為、資材が貯まり始めた事もあってン級は積極的に前に出て砲撃戦と白兵戦を行っていた。
 バシー島沖に拠点を移して以降の戦闘によって、概ね自分自身の性能の把握を終える事が出来て、ン級は資材の支出を考慮しつつ艦隊の出撃と演習と遠征のスケジュールを頭の中で組み直す余裕があった。

 ル級やヲ級、リ級エリートの残骸が海面に浮かぶ中、遭遇した敵主力打撃群の壊滅を確認し、各艦の燃料と弾薬が半分を切った事からン級は帰投を考えはじめていた。
 ここまで五回の戦闘をこなし、途中で弁当を食べて弾薬と燃料を補充したとはいえ各艦に疲労があるだろうし、帰投するのが妥当だろう。
 連れて来たチ級の内二隻がエリートに至る兆候を見せるだけの経験を積む事が出来たようだし、まずまずの成果といった所か。

「よし、港に帰投するぞ。これから先は戦闘を避けて行く……」

 不意にゾクリとン級の背筋に悪寒が走った。これまで深海棲艦となってから初めて経験する悪寒であり、ン級を構成する死者達の幾人かは憶えのある悪寒であった。
 すなわち死に直面した際に生物が感じる危機感。
 ン級は一度は鞘に納めた斬艦刀を抜刀し、眦険しく周囲に視線を走らせて口早に命令を発する。

「全艦、戦闘態勢。警戒を厳に取れ。ヌ、ト、偵察機を飛ばせ!」

「ヌ!」

「トッ!!」

 普段の訓練の賜物かン級の声に各艦は迅速に反応する。この命令の伝達速度と対応は歴戦の提督でもほう、と感嘆の声を零すかもしれない。
 ン級は首にかけていた双眼望遠鏡を掛け、特に悪寒を感じる方向へと視線を転じる。
 ヌ級エリートやト級エリートが偵察機の発艦準備を順調に進める中、ン級の第六感、数多の死者の集合体であるが故に備えた異常な超直感が迫る危機を捕捉した。
 ン級の命令に従っていつどの方向から攻撃が来ても反撃が出来るよう、21inch魚雷後期型の発射管を構えていたチ級の一隻の前にン級が飛び出し、耳を劈く絶叫と共に斬艦刀を振るう。

「キェエアアアアア!!!」

 猿叫にも似たン級の叫びにわずか遅れて、はるか遠方から音の壁を越えて飛来した巨大な砲弾が斬艦刀の一振りによって真っ二つになり、ン級とチ級の遠く背後の海面に落下して大きな水柱を上げた。
 ン級に助けられたチ級もヌ級エリートもト級エリートも、理解するのに数瞬の時を必要とした。

 まさかン級が直感に身を委ね、斬艦刀の一振りによって飛来した16inch連装砲の砲弾を斬って捨てたなどと。
 挨拶代りの一撃を斬り捨てただけと知るン級は、残心を取らずに両肩の主砲を砲弾の飛来した方向へと向け、猛々しい笑みを浮かべる。
 それは心中の焦りを糊塗し、配下の艦達の士気を鼓舞する為の笑みであった。

「ふん、いよいよおれが邪魔になってきたか、深海棲艦の意思よ。あれが『鬼』か」

 既に視認可能な距離にまで敵が迫っていた為に、ヌ級エリートやト級エリートが偵察機の発艦を取り止める中、ン級の視線の先にはゆらゆらと瘴気を陽炎のように纏う敵影が映る。
 より厳密に言えばヲ級、リ級エリート、ヘ級エリート、ホ級エリートを従える巨大な深海棲艦の姿を、ン級は注視していた。

 人間の胴ほどもある太さの両腕を生やし、人間の一人二人軽く丸呑みにできる巨大な獣の頭部を思わせる艤装に、膝から下を埋めて淡い色の髪を赤いリボンで結い上げた怪奇にして妖艶なる姿の美女。
 それは紛れも無く深海棲艦の上位存在『鬼』の末席に名を連ねる者――装甲空母鬼。

 本来であれば更に先に存在する南方海域の最深部にて、艦娘達を待ち受ける悪鬼ではなかったか?
 それがこの東部オリョール海に出現したのは、やはりン級が口にした通りにン級を抹殺する為に深海棲艦の意思が派遣したからだろう。
 個としての能力ならばこれまで戦った者の中で最強の敵を前に、ン級の口元にはこれまでの笑みとは異なる、戦いを楽しむかのような獰猛としか表し得ない笑みが浮かぶのだった。

<続>

深海軍艦を出すためには、母親としては潜水艦でしょうか。あるいはン級が潜水艦にならないと厳しいかな? どっちにしろ先になってしまいますね。
これからもご意見や様々な知識をご教授いただければ幸いです。これからもよろしくお願いします。


もう息抜きじゃなくなってるなー、これ。



[38714]
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/02/21 21:09
 戦闘機、爆撃機、16inch連装砲の三つが装甲空母鬼の保有する武装だ。
 航空戦、砲撃戦、雷撃戦の全てを単独でこなし、タ級やル級、ヲ級などの倍以上の耐久性を有する上位存在である。
 通常、深海棲艦の名称は、人類に確認された順にいろは歌になぞらえて当てられるのに対し、鬼や姫といった具合にいろは歌の法則から外される事からも特異な深海棲艦である事が分かる。

 鬼や姫と呼ばれる特別な艦が、深海棲艦のお膝元と言えるような海域や突発的に生じる特異海域のみで出現する事から、深海棲艦側にとっても多用する事の出来ない、謂わば切り札的な存在であろう、と人類側は推測している。
 あるいはそうであって欲しい、という希望が混じっている推測であると言うべきだろうか。

 提督達の第一関門として知られる最初の激戦区沖ノ島海域にも出現しない筈の装甲空母鬼を前に、ン級は右手の斬艦刀がいつもと変わらぬ重さに感じられる事に小さく満足した。
 今回連れてきているヌ級エリートやト級エリート、三隻のチ級達と相手艦隊の戦力を比較すれば、ヲ級やリ級エリートを有する相手の方が上回るのは否めない。
 だが、負ける気はしなかった。かつてない最強の戦力を持つ深海棲艦からの刺客を前に、ン級の心の水面はいつもと変わらずに凪いでいた。

「ヌ、敵ヲ級と鬼の爆撃機と戦闘機を抑える事にだけ集中しろ。相手に損害を与える事は考えなくて良い。
 ト、それにチ達、相手が五隻編成なのが妙だ。あるいは潜水艦を連れているかもしれん。足元にも気を配れ」

「ヌヌゥ!」

「トォア」

「チチチ」

 これまでの連戦の疲労を感じさせぬ五隻の返事に、それでこそおれの配下だ、とン級は褒めてやりたくなった。
 既に装甲空母鬼、ヲ級共に艦載機を発艦させており、艦載機の後部に固定されている20mmチェーンガンや左右の翼端に搭載されている5inchロケット弾ポッドは、火を噴く時を今か今かと待っているかのようだ。

 ン級は上空の敵艦載機に視線を向けていたが不意に足元の海中から迫りくる悪意を察知し、16inch三連装砲の砲塔を直感に導かれるままに下方へと向け、海中を高速で物体が通過する際に発する軌跡を見つけるや即座に砲弾を撃った。
 巨弾は海面に激突するのとほぼ同時にン級の眼前に巨大な水柱を屹立させ、波を激しく乱したが、それは16inch三連装砲の砲弾だけではなかった。

 ン級の予想が的中した証拠に、海面下から迫っていた21inch魚雷前期型の発射管から発射された魚雷を、ン級の16inch三連装砲は迎撃して見せたのである。
 ステルス性に優れた酸素魚雷だったらたまたま視認し、運よく迎撃する事は出来なかっただろう。
 幸運には恵まれているか、とン級は両足の主機に最大戦速を命じて、第一の脅威である装甲空母鬼、次いでヲ級、リ級エリートを脅威と判じて沈めに掛る。

 六隻編成ならばだが、敵の潜水艦カ級は一隻だけのはず。それならばチ級が三隻で掛ればそう時間を掛けずに沈められるだろう。
 敵の軽巡洋艦ヘ級エリートとホ級エリートは、三つ首の艦体から赤い闘志の炎を噴くト級エリートが単独で相手取っている。

 ヌ級エリートはヌヌヌ、と気の抜ける気合の声を発しながら、数で勝る敵ヲ級の艦載機と技量と気合と根性とで渡り合い、こちらが落とされ、あちらを落とされという状況を演じている最中。
 あいつはもうほとんどヲ級だな、とン級はヌ級エリートの戦闘能力に今更ながら驚きを禁じ得ない。

 ン級艦隊はン級とト級エリートが突出し、ヌ級エリートが後方で航空支援を担当してリ級達が潜水艦狩りを行う為、艦隊行動から外れている状態だ。
 対するに深海棲艦艦隊は装甲空母鬼とリ級エリートが先頭を勤める複縦陣。装甲空母鬼の背後にヲ級が陣取り、リ級エリートの背後にヘ級、ホ級らエリート二隻が居る。

 互いにすれ違う反航戦だが艦娘を含めても数えるほどしかいない近接武装を持つン級が居る為、両艦隊が交差する辺りから両艦隊入り乱れての乱戦にもつれ込む事がこれまで多かった。
 装甲空母鬼の巨大な艤装はハリボテでは無く、ン級の三倍近い耐久性を誇る。ン級の18inchや16inchを誇る主砲でも、数発は直撃弾を当てなければなるまい。

 となるとまずは装甲空母鬼の随伴艦から沈めて行き、数を減らした所でこちらの火力を集中して叩くのがセオリーか、とン級は判断した。
 ン級の中の知識には夜戦に持ち込めれば駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦の火力が雷装と合算されて凄まじい破壊力を発揮するとあったが、今の時刻は昼時だ。
 夜戦にまで持ち込むのは時間が掛るし、周囲の深海棲艦達が集まって来ないとも限らない。なにより疲弊を抱えたままの状態で長期戦を演じるのは上手くなかろう。

 装甲空母鬼の艤装後部に設置された16inch連装砲が、遠雷を思わせる砲撃音を轟かせて発砲。狙うは深海棲艦の意思に反逆したン級。
 相手はン級艦隊の随伴艦を沈めるよりも、旗艦であるン級を沈める事を最優先としたようだ。

 横っ腹を突く様にして時折ヘ級エリートの6inch連装速射砲の砲弾がン級の近くに着弾するが、戦艦としての重装甲は伊達では無い。
 自身の主砲である18inch弾にも耐えられる装甲を有するから戦艦なのだ。
 いかにエリートとはいえ軽巡洋艦の砲でン級に重大な損害を与える事はほとんど無理に近い。

 この時、ン級が警戒したのは、軽巡洋艦の火力で戦艦の装甲は貫けなくても、艤装の砲塔や魚雷発射管ならば破壊できる事だ。
 歴戦の軽巡洋艦や駆逐艦ともなれば、自分達の性能で出来る事を把握しており正規空母や戦艦との連携で鮮やかに敵艦隊を無力化し、撃沈してみせる。

 しかしながら敵軽巡洋艦からの砲撃の軌道を鑑みるに、敵艦隊にそこまでの連携を行うだけの指揮系統や知性は無いらしい。
 個々の戦闘能力と数で敵を圧倒し蹂躙する、いかにも深海棲艦らしい原始的な戦闘方法だ。
 だからこそ戦いようもあるわけだが、ン級のように明確な指揮を執る艦が発生した時の事を人類側が警戒しているのも無理の無い事であった。

 装甲空母鬼の16inch連装砲に対し、ン級もまた左肩の16inch三連装砲で応射し、体内に内蔵された電探を頼りにほとんど直感めいた軌道計算を終え、装甲空母鬼の膝から下が埋もれている、金属製の獣めいた艤装に命中弾を叩き込む。
 例え戦艦級でも当たり所によっては一発で大破・撃沈しかねない16inchの砲弾の命中に、装甲空母鬼の巨体が揺れて、肌も髪も赤みがかった異形の美女が苦悶に顔を歪ませる。

「おれだったら中破か大破している所なんだがな、まったく!」

 怒りを感じる機能はあるのか、眦を吊り上げて奇声を発する装甲空母鬼を尻目にその横を抜けて、ン級は装甲空母鬼の背後に位置していたヲ級に狙いを定める。
 ン級艦隊に爆撃と雷撃を加えていた艦載機が十数機、慌てたようにヲ級の下へと舞い戻るが、それをヌ級エリートの戦闘機部隊が襲い掛かって食い散らかす。

「ヌーヌヌヌヌ!!!」

 ヌ級エリートの凄まじい気合の声は、数で劣る戦闘機達にも伝播し、捻り込みから敵艦爆の背後を取り、あるいは切りこむように鋭角に急旋回して敵艦戦を20mmチェーンガンが穴だらけにして見せる。
 そのお陰でン級に降り注ぐ1000lb爆弾や500lb爆弾は、数えるほどしかない。
 良くやったと口中で喝采の言葉を放ち、ン級は正面に捕らえたヲ級へ右肩の18inch三連装砲の照準をぴたりと合わせる。

 敵ヲ級はン級が情を交わしたソラと同じ正規空母の同艦種であったが、ン級の脳裏にソラの姿や声が過ぎる事は無かった。
 他人が見ればソラと敵ヲ級の外見上の区別はつかなかったかもしれないが、深海棲艦となった為かン級は同じ艦種であっても一隻ごとの判別が付く。

 仮にン級の前に百隻の駆逐艦イ級を並べたとしても、ン級はその全てが違う艦だと答えるだろう。
 このように外見上の区別が付く事に加え、ン級はソラから感じられる精気や内に秘めた感情が目の前のヲ級からはまるで感じられず、中身が空っぽの人形を前にしている気分だった。

 むしろソラと同じ姿をしている事を許せないとすら感じられる。
 だから、敵ヲ級へと照準を据えた18inch三連装砲は、まるで目に見えない糸で繋がれているかのように正確な軌跡を描いて、敵ヲ級の胴体に着弾して妖異な少女の姿をした深海棲艦をばらばらに引き裂いた。

 熱を帯びた砲身にちりちりと首筋を焼かれながら、ン級は足を止めずに急速回頭と共に一旦は背後に置いて行った装甲空母鬼へと振り返る。
 砲身が帯びた熱をン級は不快とは感じなかった。それは自分の愛する者と似た姿をした敵を前に、自分の心が抱いた怒りであると感じられたからだ。
 両肩の主砲の同時射撃を叩き込んでくれる、と息巻くン級に与えられたのは、視界を埋め尽くす巨大な腕と指の先端に備わった黒光りする爪であった。

「がっはっ……」

 ン級がヲ級を沈める間に装甲空母鬼は回頭を終えてン級の背後に迫り、しかし距離が砲撃に適していなかった事から、下半身の艤装で近接戦闘を仕掛けて来たのだ。
 何度も海面を水切り遊びの石のように跳ねながら吹き飛んだン級だったが、無理矢理両足を海面に突っ込むと、艤装の重量と腹筋の力を使って強引に姿勢を立て直す。

 姿勢を立て直す間に降り注ぐ16inch連装砲の命中によって腹部を守る胴丸が吹き飛び、更にン級の左肩の肩当ても吹き飛んだがン級を怯ませるには遠く及ばない。
 ン級は装甲空母鬼への警戒はそのままに視線だけを巡らして、現状の把握を一瞬で行った。

 電探によって敵味方の位置の把握はもちろん、チ級達がカ級を無力化後ト級エリートの援護に入っている事と、ヌ級エリートがン級では無くト級エリート達の支援を選択した事を確認。
 ヌ級エリートの判断を良しとし、ン級は動かなくなった左腕の指を斬艦刀の柄からもぎ取って、右手一本で構え直す。

「ここからが本番だな」

 斬艦刀の切っ先は右下段。だらりと下げられた肉厚の刃の切っ先が海を切裂きながら、主と共に眼前の美しい悪鬼へと迫る。
 その軌跡にはン級の身体から零れる黒い燃料の血潮が滲む。
 装甲空母鬼が艤装の両腕を開き、この爪でお前を引き裂いてやる、咆哮を上げる艤装の頭部ががちがちと歯を噛み鳴らし、この歯でお前を噛み砕いてやる、背から伸びる砲口を動かし、この砲で吹き飛ばしてやると殺意を放つ。

 歴戦の艦娘も怯ませる悪意の権化を前に、ン級は目を細め精神を研ぎ澄ます。
 その心境は一意専心。あるいは不退転。あるいは一撃必殺。ン級の心を表す言葉は数あろう。
 だがいずれにせよ共通するのは目の前の敵を倒さずにはおかないという、物質になれば石をも貫く堅固な一念。

 主機が生み出す推進力に加えて、海面を踏む事の出来る肉体による歩法によってン級の巨躯は爆発的な加速を果たした。
 ン級の人格を構成した数多の死者に、武道の達人が少なからず含まれていたからこその芸当であろう。

 近接戦闘の間合いでン級が見せた性能では無く技術による加速に、装甲空母鬼は完全に間合いを読み違えて、16inch連装砲の砲弾が捉えたのはン級が通り過ぎ去った空間と海であった。
 ぎいい、と言葉にならぬ怒りの声を発した装甲空母鬼が両腕を振り上げ、一撃で戦艦の装甲も歪ませるパワーで振り下ろされる。

「オオオオ!!!」

 再び海面を踏んだン級は、自分を目がけて振り下ろされる装甲空母鬼の両腕の間をすり抜けて跳躍し、装甲空母鬼の眼前に躍り出る。
 右腕一本で振りあげた斬艦刀は一切の容赦なく装甲空母鬼の豊かな肢体に振り下ろされたが、間一髪の差で装甲空母鬼が右に艤装ごと体を捻った事で、頭頂ではなく左肩口から一気に切り下ろすに留まり、ン級は装甲空母鬼の艤装の上に着地する。

 装甲空母鬼は左肩口から下腹部までを切り下ろされ、切断面から盛大に黒い燃料の血を噴きだし、口や目からも血を流しながら凄絶な笑みを浮かべる。
 残された力を振り絞り、装甲空母鬼はン級を抱きしめようと動く。
 装甲空母鬼の後ろで16inch連装砲の砲塔が動き、ン級を装甲空母鬼ごとまとめて吹き飛ばそうとしているのが見えた。

「ちい、悪足掻きを」

 命を持たぬ深海棲艦であるゆえに、目的達成の為には自身の撃沈も省みぬ装甲空母鬼の行動に舌打ちをし、ン級は咄嗟に飛び退こうとしたが、海面を叩いて盛大に陥没させた装甲空母鬼の艤装の両腕が、自分を掴もうとしているのを気配で感じる。
 進む事も出来ず退く事も出来ず、なんとか16inch連装砲の直撃を耐え忍ぶ他ないか、とン級が腹を括った瞬間、ヌ級エリートとト級エリートの咆哮がン級の鼓膜を揺らす。

「ヌゥウウウ!!」

「トトトトトトーーーー!」

 ヌ級エリートの数少ない艦載機がロケット弾ポッドや爆弾を抱えたまま次々と装甲空母鬼に体当たりを敢行し、チ級三隻との連携でリ級エリートや敵軽巡洋艦を沈めたト級エリートの速射砲が、装甲空母鬼の女性部分に着弾して大きく仰け反らせた。

「今日の敢闘賞はあいつらだな!」

 頼もしい配下、いや、仲間を持ったとン級はついつい口元に笑みが浮かぶのを堪え切れず、しかし肉体は闘争を忘れる事は無く仰け反る装甲空母鬼の頭頂へと今度こそ斬艦刀を叩きつけるのだった。
 柔らかい女の肉と骨、分厚い金属を切裂く感触を同時に味わいながら、ン級は装甲空母鬼の頭頂から股間までを一気に切り下ろす。

 どばっと噴水のように溢れる返り血を避け、ン級は装甲空母鬼の艤装から飛び下りると力を失ってゆっくりと海面に沈み始める装甲空母鬼をしばし見つめた。
 この海域に装甲空母鬼が出現したのは、まず間違いなく深海棲艦の意思が反逆者であるン級を始末する為だろう。
 この先も、本来出現しない筈の深海棲艦を相手に厳しい戦いを強いられるのは目に見えていた。

「あまりおれ達に時間的な余裕はない、か。どうにか安定して資材を確保せんことには改造も補給もいずれは行き詰まるな」

 ン級は今後の展望が決して明るくは無い事に顔を顰めるが、背後で勝利の万歳三唱をしているチ級達や、ワーイと両手を上げているヌ級エリートやト級エリートを見るとまずは彼女達を労うのが先か、と少し肩の力を抜いた。
 その後、幸いな事に幸運の女神にそっぽを向かれる事は無く、ン級達は無事にバシー島沖にある廃港の拠点に帰投する事が出来た。

 激戦によってン級、ヌ級エリート、ト級エリートの三隻が中破、チ級三隻も小破から小破未満の損害を受けたが、それだけに得られた経験も大きい。
 まずはチ級達が無力化させた潜水艦カ級が艦隊入りを果たした事。
 そして改造によって資材を大量に失う事に、ン級のどこまで人間に近いのか分からない胃は少し痛んだが、チ級三隻全てがエリートに至った。
 そしてヌ級エリートは

「ヲ~ヲッヲッヲッヲ、ヲ~ヲッヲッヲッヲッヲ!」

 と実に珍妙な高笑いを上げている。その笑い声からも分かるが、ン級艦隊二隻目のヲ級へと改造を果たしたのである。
 ン級が元艦娘と睨んでいたヌ級エリートだが、その影響なのか改造を終えた姿は通常のヲ級とやや異なるものだった。

 基本的な顔立ちや背丈、スタイルに変わりは無いのだが、ヲ級の波打つ髪は本来両脇の前髪が長い以外は首筋に掛る程度なのに対し、元ヌ級エリートがなったヲ級はロングストレートだ。
 改造前に身に着けていた装飾品のほかに左の前髪をまとめるシンプルな髪止めもあった。
 ン級が深海棲艦と袂を分かった影響か、それとも元艦娘であるからなのか、改造後の姿に影響が出ている。艦娘であった頃の容姿が反映されているのだろうか?

 ン級艦隊の資材は廃港の倉庫にいくつか分散して貯蓄しているのだが、その倉庫の一つの前で、ン級は艤装を外した楽な姿で改造を終えた元ヌ級エリートやチ級エリート達を確認していた。
 手に持っているノートには、今日の日付と消費した資材や改造を行った艦などが記録されている。

「ヲヲヲ、ヲ?」

「ふむ、そうだな、お前は今日からハレと名乗れ。良い天気だからな」

 快晴となった空を見上げて、新たなヲ級に安直と言えば安直な思いつきで名前を与えたン級は、その内人名事典でも手に入れないとかな、と和やかな悩みを増やしていた。
 ン級艦隊に所属する全艦の羨望の的である名前を与えられた事に、ヲ級ハレは安直に着けられた名前であっても嬉しいらしく、ヲッヲッヲとリズムを刻んで飛び跳ねている。

うん、可愛い、とン級はしみじみ思った。ソラと違って最初から感情表現が豊かなのは、やはり元艦娘だからだろう。
 さて残るはト級エリートだ。ト級になってから随分と時間が経ち、相当に経験も積んでいるから雷巡や一気に重巡になってもおかしくはない。

 それにしても長い事資材を食っているな、どれだけ減っている事やら、とン級は眩暈を起こすのを覚悟しなければならないか、と腹を括る。
 そうしてしばらく待っていると重々しい鋼鉄の扉を開く音がし、ン級の眉根を寄せさせた。
 扉はヲ級となったハレが通ってから開いたままだ。それが開くと言う事は、ハレよりも巨大な姿をト級エリートが得たと言う事か?

「テートク……」

「なに?」

 自前の艦隊では初めて人語で話しかけられた事にン級は正真正銘驚いて、扉の奥から姿を見せた元ト級エリートの姿に度肝を抜かれる。
 なぜならン級が見上げねばならぬ元ト級エリートの巨体は、つい数時間前にン級達が撃沈した筈の強敵、装甲空母鬼ではないか。

「テートクノオカゲデココマデコレマシタ」

「あ、ああ。大きくなってなによりだ」

「ハイ」

 と装甲空母鬼は妖艶な美女そのままに微笑む。
 ン級の網膜に焼きついた装甲空母鬼の殺意で満たされた顔とは異なるその表情に、ン級は驚きから抜け出ていない事もあって、ああ、としか答えられない。
 ずしんずしんと何とも重々しい音を立てて、装甲空母鬼の艤装の腕が交互に動いてン級の眼前へと進む。
 改めて見ると山が落ちて来るような迫力だ。味方だから良いが敵として見れば、なるほど強敵だったわけだと納得の迫力である。

「テートク、ドウカワタシニモ名前ヲオアタエクダサイ」

「む、そうか。ヲ級なら空に関連付けて名前を着けるが、お前なら鬼に関わる名前か」

 有名な所では酒天童子や茨木童子、八瀬童子が思いついたが、女性としても通じる名前にするべきだろう。
 少し考えてから、ン級はこちらを見下ろす装甲空母鬼となった元ト級エリートに名を与えた。

「よしお前はスズカだ。鈴鹿御前という天女や鬼女として語られる女人から取った。今日からスズカと名乗れ。一日に二隻も名前持ちの艦が増えるとはな。目出度い事だ」

 資材はますます窮乏しているがな! とン級は内心では涙を流していたが、名前を与えられた事を喜ぶハレやスズカの前で口にする様な愚かな真似はしなかった。
 スズカは自分の名前を宝物のように何度も口にしては口元を綻ばせ、ハレも新たな仲間の姿と名前をヲッヲッヲ、と言いながら祝福している。
 ほどなくして自分達よりも先に上位存在になった艦が出現した事を、ウミやソラ、ヨル達が大いに祝福しつつも焦る事になるのは語るまでも無いだろう。



 ン級艦隊が刺客を退けて新たな力を獲得した頃、ン級の存在を認めた人類側はン級の鹵獲という名目上の目標通りに行動する者。
 あるいはこれを危険視して撃破する事を考える者。またあるいは深海棲艦との戦いに変化を齎すとして期待を寄せる者とに別れ、一枚岩とは言えない行動を取り始めていた。

 そして何処とも知れぬ海の底で、決して光の届かぬ暗闇の中でぼりぼりと固いモノを咀嚼する音がひっきりなしに続いていた。
 その周囲には深海棲艦達の艤装や艦体の残骸が白い砂の上に落ち、また深海棲艦という殻を与えられる前のいわば深海棲艦の幼体達が何十、何百と集まっている。

 ぞぶり、と綺麗な並びの白い歯がタ級の首筋に噛みつき、めりめりと音を立てて生肉と装甲とがまとめて噛み千切られる。
 頬一杯に貯め込んだ深海棲艦の血肉を数度噛むと、ソレは咽喉を膨らませて胃の腑へと落とす。ソレは飽きる事無く深海棲艦達を、そして彼女らを構成する怨念を食らい続ける。
 ゆっくりと、ゆっくりと、怨念を肥大化させ、巨大で堅牢な肉体を獲得しつつあるソレが、かつて奥津城と呼ばれた提督である事をまだン級も人類も知らずにいた。

<続>

ヨ級って千歳千代田改二並みに胸が大きいですね、作者です。
確か鬼にボイスはないはずでしたが、鳴き声が思いつかなかったので片言でしゃべれることにしました。
ヌ級が元はどの艦娘だったか、ご意見を募ろうかと思っていましたがいつのまにかここまで来ていたので、おしゃれをしていそうな軽空母や航巡から独断と偏見である艦にしました。多分、本文中で描写されている範囲で分かるとは思います。

なおスズカが出現しましたがン級艦隊のヒエラルキーはン級 >ウミ、ソラ、ヨル >
愛娘ズ > そのほかの名前持ち > 艦種に依らずフラッグシップ > エリート > ノーマル(知性が高いか艦隊入りしたのが古い順) となっております。細かいことは決めていません。

ワ級は御提案のあった病院船は思いつきませんでしたが、工作艦とかに娘がなる方向で考えていました。
というか

>白一色の服を着て、鋼材を組み合わせた巨大な十字架を持っている。

よし、トライパニッシャーかダブルファングだなとまず思いました。分からない方はトライガンマキシマムで検索してください。

とりあえず今回で潜水艦が仲間入りしたので海底軍艦や潜水戦艦や超高速の潜水艦娘などが可能になりましたねえ。そろそろ人類側との接触も描写したいものです。
ウミやソラ、ヨル達もにーよんを攻略するころには鬼や姫になる予定です。



[38714] 接触と交渉
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2014/03/14 12:49
政治的な駆け引き云々とか書くの無理でございますだ。



 ン級の悩みの一つは、安定的な資材供給が無い事である。
 ワ級狩りならびに配下に加えたワ級達の遠征によって、現在は一時的に資材供給が安定していると言えるが、ささやかな躓きで破綻しかねない安定である事を、ン級はよく理解していた。
 艦隊の規模を大きくし、より強力な艦を配下に増やしていく為には人間の提督達のように、国家規模とまでは言わなくても鎮守府規模の後方支援体制の確保が必要となる。

 またこの資材供給以外にも、ン級が最大の目的として掲げている深海棲艦の根源への復讐とその根絶であるが、ではこれを成す為には具体的にどうすればよいのか? という問題があった。
 深海棲艦の根源がその名の通り何処とも知れぬ海の底に存在しているのは確かだが、はたしてこの怨念の集合体を物理的な手段で打倒できるものかどうか……。

 ン級自身の肉体や艤装も怨念などを材料の一つとしているのだから、多少は通じる見込みがあるかもしれないが、ン級は深海棲艦の根源が姿形を持っているのか、触れる事の出来る存在なのかを知らない。
 もし砲弾や魚雷、斬艦刀が通じるようならば良いが、そうでないのなら地道にお祓いなり鎮魂の儀式なりをしなければいけなくなるかもしれない。
 後者であるのならば、はっきり言ってン級にはお手上げである。むしろお祓いなどをしたらン級も含め、配下の艦達に影響が出そうな気さえする。

 ン級は、先日深海棲艦の意思から干渉を受けた時には威勢よく啖呵を切ったものの、さて行動に移るとしたらどうすればよいか、となると残念ながら具体的な答えを持ち合わせていないのである。
 精々、現在世界中の海、特に太平洋に出現している深海棲艦を沈めて回る位だ。
 うーむ、格好がつかん、とン級は誰にも吐露していない胸の内で悩んでいる最中であった。
 こうなるとすぐに答えが出るわけがないと頭で分かってはいるから、普段は目の前の問題に意識を切り替えるのだが、今回は声を掛けられた事で意識を切り替える事になった。

「ヲ、ヲヲ」

 目出度く二隻目のヲ級となったハレが、ちんちん、と行儀悪くスプーンで皿を叩きながらン級に催促の声を掛けて来たのである。
 ン級は廃港にあった食堂の厨房に立って、艤装を外した楽な姿でカレーの寸胴鍋をかき回している最中であった。

 今日は二週間に一度のカレーの日だ。
 間宮に譲って貰ったカレー粉の備蓄を考え、旧日本海軍や自衛隊では一週間に一度の所を、ン級艦隊では二週間に一度としている。
 もちろん出すのは金曜日である。
 目下、ン級艦隊で取り敢えず料理と呼べる行為が出来るのは、間宮の薫陶を受けているン級、ウミ、ソラ、ヨルの四隻である。

 ハレもカレー位なら作れるという自己申告はあるが、後は野菜を切るのと米を炊く止まりだ。
 先日装甲空母鬼となり人型の身体と知性を得たスズカは、今は料理を習っている最中だからまだ戦力外だ。
 愛娘達にも料理、掃除、洗濯と家事は一通り教えてはいるが、精神年齢が幼児な事もあり教える側は四苦八苦している。

「ハレ、行儀が悪いぞ。言われんでも大盛りにしてやる」

「タ、タ」

「ん」

 ン級は自分の左横でライスをよそっているウミから皿を受け取ると、お玉一杯に掬ったカレーのルーをライスに掛けた。ハレはその様子を見て嬉しそうに笑っている。
 海の底から怨念に塗れて蘇る前は、カレー好きの艦娘だったのだろう。
 純深海棲艦のヲ級と比べると、同艦種とは思えない位に豊かな感情表現と外見の差異は、元艦娘だからかそれともン級の影響が強く出たからか……。

「ヲヲ~♪」

 ン級は、スキップしそうな勢いでカウンターを離れて行くハレの背中を見ていると、当面の悩みはまあすぐに答えを出さなくてもいいか、という気分になった。
 陸上の施設を利用できる個体が少ないとはいえ、ハレ以外にもまだ昼食のカレーを受け取ろうと列に並んでいる艦は居るのだから。

「押すな押すな。ちゃんと全員分はある」

 ン級が間宮の残して行ったレシピ通りに作った寸胴鍋一杯のカレーは、具の一欠片からカレールーの一滴も残される事無く彼女らの胃袋の中に収まった。
 昼食後、三隻の母親達が一足先に鬼へと至ったスズカに質問の矢の雨を降らしている中、三隻の娘達の内の三女、巡洋戦艦モ級アカネが父親であり総旗艦であるン級に外出の許可を求めていた。

 奥津城艦隊との決戦時に比べて、アカネもまたヒサメ同様に成長しており、毛先が綺麗に揃えられたボブヘアーに変わりは無いが、頭頂部に一房の髪の毛が飛び出て弧を描いている。所謂アホ毛と言う奴だ。
 背丈の方は随分と伸びて体のメリハリも出てきている。
 腰の裏に接続されている艤装は、深海棲艦らしい綺麗な歯並びの口をいくつも重ねた艦橋や機関部、それに加えて出鱈目に配置された無数の対空機銃や、全四基の16inch三連装砲塔で構成されている。

 艤装以上に大きな変化が表れたのは服装で、それまでは母ヨルがル級であった事からル級に酷似した服装だったが、今ではニーハイブーツにミニスカートと袖なしの前合わせの上衣、二の腕から先だけの袖、また頭にはいつの間にかカチューシャを着けていた。
 食べ終えた食器類を洗い終え、熱い番茶を淹れて人心地着いていた父親の袖を引いて、アカネが話しかける。

「モ、モモ」

「ん? 航行訓練か。確かにお前には必要な訓練だが、港の外に出てやるのか。
 ふむ、装甲空母鬼の事があるからあまり遠くに行くな。帰投予定時刻をきちんと守れよ。
 おれやお前達が夜目が利くとはいえ、夜間の航行が難しい事に変わりは無い。
 あまり遅くなるようなら迎えに行くが、そうならないように気を付けるのだぞ?」

「モ!」

 うんうん、と何度も首を縦に振る愛娘の頭をくしゃくしゃと撫でて、ン級はアカネを旗艦とする航行訓練の許可を出した。
 アカネに同道するのはお目付け役と教導艦も兼ねる重巡洋艦リ級エリート、リ級、重雷装巡洋艦チ級エリート、軽巡洋艦ヘ級エリート、ホ級の五隻で、高速艦隊として編成されている。

 バシー島沖から東部オリョール海までを訓練海域と定めた場合、出没する深海棲艦の艦隊を考慮すると、深部にまで足を踏み入れなければ危険は無いだろう。
 ン級が甘やかしてこそいるが、アカネは常軌を逸した速力と機動力ばかりでなく、戦艦として恥じる事の無い火力と分厚い装甲に耐久性を併せ持った非常に強力な巡洋戦艦だ。
 例え母と同じル級のエリートが出てきて真っ向から撃ち合っても、正面からの殴り合いで勝利を収めるだけの戦闘能力は既にある。

 ここ最近鎮守府側は、南西諸島海域からワ級を擁する深海棲艦の輸送部隊がぱったりと姿を消している事を訝しみ、南西諸島海域における深海棲艦の一大攻勢作戦を警戒してこの海域への艦隊派遣を控えている。
 この為、アカネ艦隊が艦娘と会敵する可能性は極めて低く、アカネは大好きなパパから渡された艦隊行動におけるマニュアルを思い出しながら、之字運動や急速回頭、増速、減速と何度も繰り返す。

 アカネは最大速度が八十ノットにも届くあまりにも速過ぎる船速である為、他の艦に合わせ航行する場合、三分の一かそれをいくらか越す程度の速度で航行する事が多い。
 そうなると靴と一体化している主機に余裕を持たせて航行する事が出来るから、主機への負担は長距離航行においてもそう大きくは無い。
 同時に思いきり速度を出す事が出来ない、という不満もあるが、単独行動での危険性を父母から耳にタコが出来るほど聞かされているので、アカネは随伴艦に合わせての艦隊行動を心掛けていた。

 例えば艦娘の島風は他に速度を合わせられる艦娘が居ない事から、単独での戦闘を認められている事の多い例外的な存在だが、アカネも島風同様の運用をする事がその能力を最大に活かす方法だろう。
 ン級もそれは承知しているが、客観的に見ても目下のアカネの錬度を鑑みるに艦隊から離れて独自行動を取らせるにはまだ早い、と判断している。

「モモ、モモッモ?」

「リ、リ」

「ホホッホホ」

 二時間ほど訓練を行ってからン級艦隊が休憩所として利用している無人島の一つに上陸し、アカネは砂浜で随伴艦達に意見を求めた。
 数値上の戦闘能力はアカネがはるかに彼女らを上回るが、海の上での行動や戦闘の経験値ではエリートに至っている随伴艦達の方が上だ。

 リ級エリート達は総旗艦の令嬢相手でも言うべき事はズバズバと言い、方向転換時の信号点灯のタイミングや、方向転換時に大きく角度を変えるより小刻みに何度も変えた方が良い時がある事などを伝えている。
 アカネは肩掛け鞄に入れて持ってきていたメモ帳と鉛筆を取り出し、言われた事を素直に聞いて書きこんでいる。

「ヘヘ!」

 そうして反省と相談をしていると、偵察機を飛ばして周辺の索敵を行っていたヘ級エリートが慌てた調子でやってきた。

「モ?」

「ヘ、ヘヘヘ」

 曰く南方向に深海棲艦に襲われている貨物船団を発見したと言うのだが、艦娘の護衛が着いていないと言う。
 妙な話だ。輸送船団は他国からの資源を腹一杯に貯め込んで持ってくる、国家の生命線の一端を担う存在だ。
 基本的に軽巡洋艦や駆逐艦による護衛が着く筈だが、それが無いと言うのが妙だ。

 まだ幼子と言えるアカネでも父親から艦娘や人類に関する話は何度も聞かされているから、護衛無しの船団を妙だと思う位は出来た。
 ましてやン級から子守りを任せられる歴戦のリ級エリート達からすれば尚更妙な話であったし、それぞれが警戒の意識を高めている。

「リ、リ」

 どうしますか? というアカネの補佐を務めるリ級エリートの問いに、アカネはこれまでの父の教えなどを頭の中で巡らせすぐに答えを出した。

「モ! モ、モモ」

 アカネはごく短い逡巡の後に自分の出した答えを艦隊全てに通達後、消費した燃料と弾薬の補充も命じる。
 この無人島には打ち捨てられ、壁に穴が空いて雨漏りもする小屋が一つある。
 そこに少量ではあるが非常用の燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトをコンテナに入れた上で土に埋めて隠してある。
 出撃や演習で燃料などが枯渇した時の為に、ン級は同じようにあちこちの無人島に資材を隠していた。

 アカネの命令後、アカネ艦隊の各艦はすぐさま小屋の中から非常用資材を取り出し、モグモグゴックンして補給を完了。
 すぐさま襲撃されている貨物船団を目がけて出撃する。
 アカネは父から極力艦娘や人類と敵対するな、と教えられており、またそう語る父の顔に悲哀の色が浮かんでいるのを見た。

 アカネはその父の顔を思い出すと、このまま人間達を見捨てる事が父の悲しみを深めてしまうのではないかと理屈を抜きに考え、助けに行かずには居られなくなっていたのである。
 リ級エリート達は、アカネほどに人間的な感情を萌芽――あるいは蘇らせてはいなかったが、自分達の総旗艦ならどうするかを考えれば、アカネのやろうとしている事に反対する理由は無かった。

 襲撃を受けている中型・小型貨物船からなる輸送船団の周囲に、イ級やロ級を中心にホ級やチ級からなる深海棲艦が群がっており、その後方にル級が一隻だけ指揮するように陣取っていた。
 報告通りに艦娘の護衛はおらず、幸い沈没した船は無い様だが船腹や船尾から黒煙を噴き上げている船が何隻もある。

「モ、モモモモモ!」

 輸送船団から見て南に位置しているル級のその背後から、アカネ艦隊は奇襲を仕掛けた。
 提督か艦娘だったら、アカネの号令は『これよりアカネ艦隊は敵深海棲艦艦隊に突撃、輸送船団を包囲するこれを撃滅し、輸送船団を救出する。砲雷撃戦用意!』と発音されただろう。
 二十隻以上は確実に居る敵艦隊に、六隻と数で劣るアカネ艦隊であったが六隻全てが気炎を上げるほどに士気は高かった。

 リ級エリート達にはアカネが崇敬する総旗艦と同じ判断をした事への喜びがあり、アカネには父に恥じぬ行いをし、そして戦いをしなければならないと言う意気込みがあった。
 幸いなのは敵艦隊がノーマルタイプで構成されている事だろう。ル級もエリートやフラッグシップではないし、これならアカネが正面から撃ち合っても負ける事は無い。

「モモ!」

 アカネの号令一下、順次射程に入り次第アカネ艦隊の各艦が主砲・副砲を放ち始める。
 真っ先に放たれたのは当然アカネの16inch三連装砲塔四基。
 重巡の20.3cmや駆逐艦の12.7cmなどとは比較にならぬ轟音が大気を轟かせ、波濤を打ち砕き、音の壁をぶち抜いてアカネ艦隊に気付くのが遅れたル級の左腕と、周囲を囲んでいたロ級二隻を木っ端微塵に粉砕する。

 初弾からの命中だ。通常命中率は十パーセントを切ると言うが、実際に戦闘で互いに動き、波や風の影響を受けるとなれば命中率はさらに低くなる。
 敵ル級が隙を見せていたとはいえ、幸運に恵まれた命中と言えた。

 無抵抗の輸送船団を食らうことに夢中になっていた深海棲艦達は、同種でありながら同種とは言えない存在からの襲撃に動揺し、指揮統制を行っていたル級がいきなり中破に持ち込まれた事もあって、大いに行動が乱れる。
 ざわざわと怨霊達の困惑のどよめきがひしめく中、アカネは主機に最大戦速を命令する。
 八十ノットという規格外の速さで、海上を怨念と鋼鉄と反逆の意思に生を授けられた少女が行く。

「モッ!」

「リ、リリ」

「リ!」

「ホ」

 アカネが単独で突出するのに合わせ、冷静に射程を見極めていたリ級エリート達が、アカネに砲火が集中しない様に敵艦隊へ砲弾をばら撒き、次いで扇状に魚雷を放って集中力散漫になっている敵艦隊の足元を掬う。
 海面下から生じた爆発の花に飲まれた駆逐艦や軽巡洋艦が断末魔を上げながら沈んでゆく中、アカネは炎の照り返しと漏れ出た油で汚辱された海を疾駆していた。

 アカネの主砲の直撃に耐えられる敵艦は、ル級以外にはない。
 当たるを幸い、アカネは弾薬を気にせず撃ちまくって連邦の白い悪魔よろしく、戦端を開いてから三分で十二隻の敵艦を沈めた。
 これだけ砲弾をばら撒いて輸送船団の方に着弾が無いのだから、母ヨルに課された砲撃訓練はさぞや厳しいものだったのだろう。

 アカネは艤装からハリネズミの針みたいに銃身を伸ばす対空機銃も合わせて撃ちまくり、紙装甲と揶揄される敵駆逐艦の艦体に小さな穴を開けまくってやる。
 輸送船団の人間達は突如として出現した深海棲艦の姿に困惑している様だったが、戦いが終わるまでは無視、とアカネは健在の敵艦隊に砲口を巡らす。

 リ級エリート達が主砲で敵艦隊の気を逸らし、逸らした隙を突いて必殺の魚雷を放って一隻、また一隻と数を減らす中、アカネの砲撃で左肩を失ったル級が背を反らして吼えた。
 動揺していた敵艦隊が落ち着きを取り戻し、輸送船団は一旦放置してアカネ艦隊へと敵意を向ける。

 右腕だけで砲塔の突き出た盾状の艤装を構えるル級は、真っ青な瞳に憎悪の炎を轟々と燃やしてアカネを睨んでいた。
 深海棲艦からの反逆者の血を引き、また自分に手傷を負わせたアカネが憎くて憎くて仕方が無い、とその鬼の形相と瞳が雄弁に語っている。

「モー!」

 アカネは母と同じ姿を持ち、しかしまるで違うと分かるル級へ、かかって来るなら来い、と気合満点の声で応じた。



「モッモッモ」

 と腰に手を当てたアカネが自慢げに笑う。その周囲には、アカネ艦隊の奇襲によって文字通り全滅した深海棲艦達の残骸が浮かんでいる。
 ヘ級エリートやリ級が周囲の索敵を終えて、助けに入った輸送船団と自分達以外に動く物が無い事は確認済みだ。

 通常、ン級艦隊がこういった事態に陥ったら、輸送船団が海に落とした荷物なりをかっぱらってこの場を後にするのだが、初めて人間と遭遇したアカネは好奇心に突き動かされて最も大きな貨物船へ向かい、甲板によじ登った。
 リ級エリートが慌ててアカネの後を追って甲板に飛び出る。もし万が一アカネが傷を負いでもしたらン級がどれだけ怒るやら、と肝を冷やしたからだ。
 実際にはン級が理不尽な理由で責める事は無いだろうが、いかんせん普段の可愛がりようを目にしているから、リ級エリートが過敏になるのも仕方が無い。

 アカネが飛び乗った貨物船は被害も少なく、甲板の上で死人が横たわっていたり火災が生じたりしている様子も無い。
 甲板上に出ていた船員達は、深海棲艦を襲った深海棲艦の少女を前に恐怖に震えていたが、手に手に持っていた鉄パイプやら拳銃をアカネに向ける。

 深海棲艦か艦娘の装備、あるいは霊験あらたかな品で無ければ、例え熱核兵器であろうと通じない深海棲艦(とも言い切れないのだが)であるアカネは、船員達が恐怖と共に向けるソレにまるで頓着した様子は無く甲板を歩いて回る。
 まともに動いている船を見るのも初めてなアカネにとっては、ただ甲板を歩いて回るのも楽しく、そして父親以外の男を見るのも初めてなので船員達に対しても興味深そうな目を向けている。

 リ級エリートは、人間達がアカネや自分を傷つける事など不可能だと知っているが、それでもアカネの二歩後ろを歩き、いつでも盾になれるよう警戒している。
 アカネが豊かな好奇心のままにぶらぶらしていると、船員達をかき分けて全身日に焼けた、背は低いが威厳のあるモジャモジャ髭の男が進み出て来た。

 くたくたになった服と帽子、それに鋭い目つきと周囲の船員達の反応からこの貨物船の船長か、船団のリーダーである事がリ級エリートには分かった。アカネはどうだろう?
 新しい人間が来た、かあるいは小さいのが出て来た、くらいにしか思っていないかもしれない。

「取り敢えずだが、助けてもらった事には礼を言おう。だがよ、お前さんら海の怨霊がなにを考えてるかなんざ知りゃしねえが、ここにお前らにくれてやるもんはない」

 深海棲艦にとって人間の命など、人間が小さな虫を殺めるのと同じ位の手間で奪える程度のものでしかない。
 それでもこの船長らしき小さな男は、怯えも震えも無く堂々とアカネとリ級エリートに対峙している。

 船長の堂々たる態度に感化されて、周囲の船員達からも恐怖の色が薄まっている。
 ン級がこの場に居たら、命知らずだが勇敢な男だと嬉しげに笑みを浮かべただろう。
 アカネは船長の眼差しや態度、そして言動に興味があるらしく何もせずに言葉の続きを待っている。
 リ級エリートは船長の言葉に気分を害された様子は無いが、アカネの前に進み出て庇う位置に動く。

「この船団はな、お前らの所為でシーレーンをズタズタにされたオーストラリアとオセアニア諸国の資源や食糧を輸送する生命線だ。
 生憎とおれらには日本やアメリカみたいに艦娘の数が多くなくってな。艦娘の護衛だってろくすっぽ着けられねえ。
 それでも生きていく為には命を賭けて誰かがやらなきゃなんねえ事だ。だからおれ達がこうしてやっている。
 それを人間が憎いのか何なのか知らねえが、お前らに邪魔されるわけにはいかねえんだよ。例え全員殺されようが、この船の荷はお前らにはくれてやらんぞ!」

 船員達がシャツをめくり上げて筋肉の瘤で出来た腕を振り上げるなど、気色ばむのに応じてリ級エリートがかすかに腰を落とし、両腕の艤装を動かそうとする。
 それをずいずいと前に出たアカネが制し、ドンと音を立てて胸を叩いてなにか自慢げにモモと笑う。

「モッモ!」

「リ、リリ!?」

 リ級エリートが思わず驚きの声を上げるのもむべなるかな。アカネはならば自分達が護衛する、と言いだしたのである。
 普段からン級が兵站の大切さを口を酸っぱくして教えている成果が、奇妙な形で発揮されてしまったらしい。

 この時のアカネは実に単純な思考の結果、護衛をするという答えを導き出していた。
 お腹を減らしている人間が居る→解決する為にはこの船団の荷が要る→しかし護衛がいないから荷が届かないかもしれない→護衛がいないなら自分達がすれば良いじゃない。
 とまあ、このような具合である。
 アカネやリ級エリートがなにを言っているのか船長や船員達にはさっぱり分からなかったが、敵意が無い事位は分かってどう対処するべきか悩んで、お互いの顔を見合わせるのだった。



「人間達の護衛をしていった?」

「モ」

「リリ」

 バシー島沖にある廃港拠点に帰投したアカネは、副官であるリ級エリートと共に総旗艦である父の下に顔を出して報告をし、眉を寄せさせる事となった。
 仮の執務室としている部屋で二隻からの報告を受けたン級は、これまでの押しかけ用心棒の更に先を行く事をしたな、と愛娘の報告を受け止めた。

「それでどこからどこまでだ? 他に何か向こうの方から言われた事はあるか?」

 スチール製の机の上に近隣一帯の海図を広げると、アカネがここからここと鉛筆でおおまかに輸送船団の航跡を書き、リ級エリートが捕捉を入れる。
 輸送船団は船団の周囲を囲みはすれど、砲撃を加えて来るわけでも無いアカネ達の行為に対して理解に苦しんだ。

 だがこのまま手をこまねいていても荷は届けられない、と船長が英断を下して予定通りに輸送を続けた。
 そのままアカネ達が船団の周りに居続けて、その後に襲って来た深海棲艦を撃退した事でようやく自分達を護衛していると理解したという。

「艦娘不足で船団に護衛を伴わせることすらできんか。
 確かオーストラリア海軍には重巡洋艦キャンベラや軽空母メルボルンがあったはずだが、艦娘になっているかどうかは分からんし、南方海域が近くにあっては国の守りで手一杯になのかもしれんな。
 分かった。アカネ、リ、報告ご苦労だった。今日はゆっくり休め」

 ン級は手を伸ばして愛娘の頭を撫でてやり、それを見たリ級エリートが羨ましげに見るのでこちらも取り敢えず撫でて労っておいた。
 二隻が退室してから海図を見直し、ン級は思案に暮れる。
 第一次世界大戦から第二次世界大戦前後にかけて、オーストラリア海軍は、日本やアメリカほど海軍戦力に恵まれていなかったはずだが数十隻の駆逐艦や航空母艦、それに旧式だが巡洋戦艦オーストラリアやケント級重巡洋艦キャンベラなども保有していた筈。

 だが強力な深海棲艦の蠢く南方海域が近隣に存在する事と、戦艦や航空母艦の数が少ない事から自衛で精一杯だろう。
 赤道直下の国々をはじめ自衛戦力を持たない一部の国には、主に日米から艦娘が派遣されて守りの剣となっているが、切羽詰まれば敵である深海棲艦の手を取るのではないだろうか? 
 場合によっては人類の裏切り者扱いを彼らが受けるかもしれないが……。 

「おれも後手に回ってばかりでは面白くない。大きな賭けになるがそうしなければ現状を変えられんか……」

 そう言ってン級は席を立ち、これからの行動の細かい所を詰めるべく、艦隊の主だった面々を集めに足を動かす。
 これからしようとする事は間違いなく賭けだ。勝ちの目は薄いし、前例の無い事だがだからこそする価値もある。

 オーストラリア政府がどの程度ン級の情報を掴んでいるか知らないが、日本の提督宛てに贈った親書の内容までは知らない以上、ン級が人類と敵対するつもりが無い事は知るまい。
 まずはそこから話をし直す事から始める必要があるだろう。
 ン級は資材の備蓄量と現有戦力を頭の中で描きながら、さてどうなるかと自分が面白がっている事に気付いた。案外、ギャンブル気質だったらしい。

 この後、オーストラリア、オセアニア諸国、東南アジア諸国の間を行く輸送船団に対し、網の目の捜索網を張ったン級艦隊は、確かに護衛の着く頻度が少ない輸送船団を発見した。
 アカネが遭遇したように全く護衛が着いていない、というのは流石に滅多にあるわけではない様だったが、それでも船団の規模と駆逐艦数隻と護衛の数が不釣り合いな事は多かった。

 輸送船団の面々は男性型で、言語を解し、無数の深海棲艦を統率しているン級に驚く、というお決まりの反応を示した。
 さらにン級が運んでいる荷物の一割と引き換えに護衛をすると申し出るとまず困惑したが、ン級はこれに構わず勝手に護衛をした。
 今までの押しかけ用心棒と大して変わる様な事ではなかったが、この押しかけ護衛には必ずン級が参加して、男性型である事と意思疎通が可能である事の印象付けを忘れなかった。

 一旦南西諸島海域の攻略を後回しにしてまで行った押しかけ護衛の成果は、押しかけ護衛先の輸送船団に見知った顔が出来て、人間に興味を示す愛娘達や可愛いと評判のヲ級がお菓子を貰える仲にまでなった頃にようやく出た。
 なお、お触り厳禁、写真撮影は良し。
 ン級に最も親しげに接し、そして内心では最も警戒しているカムス船長――アカネが最初に接触した船長だ――から、護衛を終えた時にオーストラリア政府から会見を持ちたい旨を伝えられたのである。

 招いておいて戦力を配置し、ン級艦隊を撃滅するつもりかもしれない。
 あるいはン級を捕らえて他国との交渉材料に用いるのかもしれない。
 またあるいは捕らえたン級を研究して深海棲艦への新たな対抗策を講じるつもりなのかもしれない。
 だがン級は、それらの危険性を考慮した上でこの賭けに打って出たのだ。誘いに乗らないわけには行くまい。

 ン級は相手に対する威圧とこちらの戦力を見せ付ける為に、戦闘能力の乏しいワ級以外にも拠点防衛の二個艦隊を残して、動かせる艦を連れて指定された海域に向かった。
 天気は快晴。青い空に照りつける太陽と白い雲に青い海は、この上ない航行日和だと言うのに、深海棲艦の出現以降は海の脅威が真っ先に人々の脳裏をよぎって顔を曇らせる。

 こちらを待ち受けるオーストラリア政府の人間も似たような顔をしているのだろうな、とン級は内心でごちると艦隊の先頭を進み、ほどなくして大海原のど真ん中に佇むアンザック級と思しいフリゲート艦とそれを守る十五隻の艦娘達の姿を認めた。
 深海棲艦出現初期の戦いで他の国同様に通常の海洋戦力を相当失っているだろうから、フリゲート艦一隻でも貴重だろう。あるいは沈没覚悟で出してきたのか?

 艦娘は人間とは異なって髪や瞳の色が実にカラフルで、スタイルも艦種ごとの傾向はあるが、オーストラリア海軍の艦娘達は概ね白色人種の少女や美女然とした容姿を持っている。
 やはり小柄な駆逐艦が目立つが中には重巡らしき艦娘に、歴戦の兵の雰囲気を醸す重武装艦娘もいる。おそらく巡洋戦艦オーストラリアあたりだろう。

 その陣容は、オーストラリア海軍の貴重な戦力をここまで出してくるとは、気合が入っている事だとン級に思わせた。
 もっともそれはン級側も同様だ。これまでの押しかけ護衛や南西諸島海域攻略の経験によって、配下の艦の強化は進み、またこの日の為に一時は止めていた配下の数を増やす事も再開し、ン級艦隊の総戦力は増強が進んでいる。
 オーストラリアの艦娘達と対峙したン級艦隊の陣容は

艦隊総旗艦でもある超弩級戦艦ン級。
戦艦タ級フラッグシップ、ウミ。
戦艦ル級フラッグシップ、ヨル。
戦艦ル級二隻。
正規空母ヲ級フラッグシップ、ソラ。
正規空母ヲ級エリート、ハレ。
正規空母ヲ級。
装甲空母鬼スズカ。
双胴戦艦ス級フタバ。
氷山空母セ級ヒサメ。
巡洋戦艦モ級アカネ。
軽空母ヌ級エリート。
軽空母ヌ級四隻。
重巡洋艦リ級フラッグシップ。
重巡洋艦リ級エリート二隻。
重巡洋艦リ級三隻。
重雷装巡洋艦チ級エリート六隻。
重雷装巡洋艦チ級三隻。
軽巡洋艦ト級フラッグシップ。
軽巡洋艦ト級三隻。
軽巡洋艦ヘ級フラッグシップ。
軽巡洋艦ヘ級エリート四隻。
軽巡洋艦ホ級エリート五隻。
駆逐艦ニ級フラッグシップ二隻。
駆逐艦ニ級エリート四隻。
駆逐艦ハ級エリート八隻。
駆逐艦ロ級フラッグシップ三隻。
駆逐艦イ級フラッグシップ五隻。
潜水艦カ級エリート。

 以上、合計六十九隻。
 留守番艦隊が予備の艦ばかりになってしまった事と引き換えに、こちらは戦艦や空母を多数含み、その上新型戦艦四隻に装甲空母鬼までも顔を並べるこの艦隊は、オーストラリア側にとっては予想を越えたものだろう。
 顔色を次々と青く変えてゆく艦娘達の顔を見ると、やり過ぎたかなとン級は少しばかり反省した。
 反射的に武装をこちらに向けている艦娘達に、配下の艦隊が応じようとしているのをン級は左手で制し、今や妻として認めているウミ、ヨル、ソラの三隻とハレを招く。

「ウミ、ヨル、ソラ、ハレ、おれ達五隻で行くぞ。その他の者はここで話が終わるまで待て。向こうから仕掛けてこない限りは、決して手を出すな。スズカ、抑えを頼むぞ」

「テートクノゴ命令ナラ……」

 人間や艦娘の真っただ中に行っても、付き合いが長くン級の影響を強く受けているウミ達なら暴発の心配は少ないし、元艦娘としての個性が顕著に出ているハレも大丈夫だろう。
 スズカに心配そうな顔をしている娘達と落ちつかない艦隊の指揮を任せ、ン級は砲塔や魚雷の向きを逸らす事を連れてゆく四隻にも徹底させ、敵意が無い事を示して艦娘達に近づいてゆく。

 艦娘達はン級達が武装の破棄こそしないが、無防備に近づいてくる姿に戸惑いを見せる。
 筆頭格と見える戦艦娘が上手く艦娘達を統率し、左右に退かせてン級達がフリゲート艦に近づくのを見守った。
 何かを言いたそうにする視線や、あるいは敵意を込めた視線が周囲の艦娘達から寄せられるが、ン級が動じぬ姿からウミ達もつんと澄ました顔を作って堂々と進む。

 フリゲート艦のすぐ前まで来ると甲板上には警護の兵以外にも、胸にいくつもの勲章をぶら下げた黒人の将校と、一目で高級品と分かるスーツを着こなした少壮の男が居た。
 スーツ姿の方が政府の人間だろう。主な話し相手はこちらになるだろうか。
 ン級のいつの頃のものか分からない記憶によれば、オーストラリアの国家元首はイギリス女王であるが、実質的にはオーストラリア総督か首相が政治的トップという政治体制は、深海棲艦出現後も変わっていない筈だ。

「おれがン級だ。話は貴君らとすればよろしいのかな?」

 男性型深海棲艦であるン級が流暢に言葉を操るのに、スーツ姿も将校も驚きを表には出さなかった。初対面から腹芸で来るらしい、とン級は内心で辟易した。
 自分に政治的な話は出来そうにない、と客観的に評価を下しているからだ。

「初めましてン級殿。私はジーン・マッキャンベル。オーストラリア政府の対深海棲艦対策部情報第一課の課長をしている。こうしてお会いできて光栄だ」

 以前から設立されていたのか、それとも今回の会談にあたり急遽でっちあげられた部署かは不明だが、肩書きだけを見れば一応は深海棲艦の専門家のように聞こえる。

「オーストラリア海軍中将、ジョン・コーウェンだ」

 将校の方もジーンに続いて名乗るが、やはり軍人だけにン級達に向ける視線には険が濃い。深海棲艦出現初期に亡くなった人間は、軍人が圧倒的に多い。

「丁寧なご挨拶痛み入る。今回のような会談の機会を設けて貰った事に感謝を。ところでこのまま話をするのか?
 コーヒーぐらい出しても罰は当たらんぞ。いや、祟らんぞと言うべきか」

「これは気付くのが遅れたな。ではどうぞ我らの艦へ。よろしいですな、コーウェン中将?」

「好きにしたまえ」

 人類の敵たる深海棲艦を艦に上げる事に不満を抱くのは、ン級にも分かった。ン級達は怨敵そのものなのだからこういう反応にもなろう。
 そうしてン級は艦の内部へと案内され、ン級が注文した通りに湯気を噴く熱いコーヒーのおもてなしを受けた。ブラックだ。
 なおン級以外は全員コーヒーを口に含んだ瞬間に顔を顰め、すぐにシュガーポットから砂糖をドバドバと投入した。精神がお子ちゃまなら味覚もお子ちゃまなのである。

 部屋の外で武装した兵達が待機しているのは仕方が無いか、とン級は割り切り、狭い室内でジーンとコーウェンを相手に交渉を始めた。
 といってもあまり複雑な事を求めるつもりはン級には無かった。
 ン級艦隊の戦力は、その目的や敵の規模を考えれば決して多くは無かったし、高度な判断力を有する艦が少な過ぎる。
 軍隊で言えば将校、下士官に至るまでまんべんなく不在と言った所だろう。

「余計な前置きや建て前は省かせてもらうが、おれ達の側の提案は至って簡潔だ。
 こちらの戦力を提供する代わりに、貴国からは資源を対価として支払って貰いたい。
 突き詰めればたったこれだけの事だ」

 交渉において自身の求めるものを馬鹿正直に吐露するのは、弱点を晒すのと同じで悪手だが、ン級は初めて意思疎通が出来る深海棲艦と言う希少性や、周囲に展開している艦隊の威容を盾に要求を突き通すつもりだった。
 我が軍を舐めているのか、位は言うかと思ったが、コーウェンは腕を組み、口を閉ざしている。あくまで交渉の窓口はジーンであると態度で示していた。

「なるほど確かにシンプルな提案です。ギブアンドテイク、こちらにも貴艦隊にも利益がある。しかしながら我がオーストラリア海軍にも艦娘がおります。
 いずれも精強。今日に至るまで我が国と周辺諸国の海の安全を守ってきた精鋭です。
 失礼を承知で言えば、深海棲艦であるあなた方の手を取る必要はないのではないでしょうか?
 いえ、そもそも深海棲艦同士で戦うと言う事それ自体が、いかんせん前例の無い事で政府としても信憑性を疑問視する声もあります」

 ジーンの発言に、ウミやヨル達は反応せず砂糖をたっぷりと淹れたコーヒーをちびちびと飲んでいる。
 ン級が彼女らを同席させたのはあくまで護衛のつもりで、特に彼女らに発言をしないように命令している。
 何の話をしているのか、そもそも理解しているのかさえ怪しい事だし、それでも希望があるとすればハレくらいだろう。

「ならば全ての輸送船団に艦娘の護衛を着ける位の事をしてはいかがか? 我が方が確認した所、深海棲艦の襲撃を受けて沈む船が少なからず存在している事は把握している。
 それと深海棲艦同士の戦いだが、これまで何度も行動で示してきている筈だが? 
 我が方の艦隊が貴国やオセアニア諸国の輸送船団を、勝手にではあるが護衛した件は、少なくとも数十件はそちらも確認していよう」

「輸送品の一割と引き換えに行われた護衛ですか。
 確かに我が方でも貴艦を含め、未確認の深海棲艦三隻などが護衛を行っている事は、把握しておりますが……」

 全ての輸送船団に護衛が行き渡りきらない事くらい、双方承知の上での馬鹿げた腹の探り合いと言って良い。
 しかしながら高度な政治的駆け引きの場でも、はったりや見栄、面子は意外と重要だ。
 ン級側は護衛契約か友好条約のようなものを結びたい事や、資源を欲しているとは口にせず、オーストラリア政府側も戦力を欲している事をそうやすやすと口には出来ない。

 ン級とジーンのやり取りの間、ウミ達はすっかり飽き飽きしてしまって、ハレも含めてそわそわと落ち着きが無く、初めて見る艦内の様子に視線が吸い寄せられており、まったく話に耳を傾けてはいなかった。
 コーウェンはおぞましい深海棲艦がうろつき始めるに至り、眉間に深い皺を刻んで嫌悪感を露わにしたが、ジーンはそれを咎めはしなかった。
 流石にン級が静かに座っていなさい、と十歳にも満たない子供に対するのと同じ注意をしたけれども。

 ジーンとン級の腹の探り合いは更に数時間にも及び、その間にウミとヨルとソラとハレは、お互いに寄りかかり合って寝息を零し始めている。
 外で待機しているン級艦隊は、ン級が予め指示していた通りに交代で休憩を取っている頃合いか。
 オーストラリアの艦娘達は、数で勝る深海棲艦達を前に緊張から神経を削っている事だろう。

 ン級はケロっとしているが、長時間の話し合いにコーウェンやジーンに疲労の色が隠せなくなった頃に、ひとまずン級とオーストラリア政府の初会談は締めとなった。
 ン級からの提案と彼自身に関する情報は、オーストラリア政府にとって良くも悪くも金よりも価値のあるものだろう。
 持ち帰った後もジーンの苦労は絶えないに違いない。

 ン級としてはぜひともオーストラリア政府と良好な関係を築きたい所だから、ジーンには好意的な解釈をしてもらえればなにより、と言うのが本音だろう。
 眠りこけていたウミ達の肩を揺すって起こし、退艦しようとするン級の背中にジーンから問いが投げかけられる。

「ああ、そう言えば、今更ですが」

「何か?」

「いえね、あなた方を他の深海棲艦と区別する為に何か呼称が欲しいのです。今のままだと『ン級艦隊』として報告しますが、それで構いませんかね?」

「おれ達の呼び名か。ならばこう報告して頂きたい。我らは深海棲艦に非ず。我らは新たに海より生まれし艦、“新海生艦(しんかいせいかん)”と呼んで頂こう」

 ン級は深海棲艦と袂を分かち、新たな艦が生まれるようになるに至り、かねてより考えていた名前をジーンに伝えた。

「新海生艦……。分かりました。上にはそのように伝えましょう」

 といってもこれだけでは種別について述べただけだから、また新たに艦隊名も考えるべきだろう。
 この後、ン級艦隊が拠点に退くまでの間に艦娘側と砲火を交わし合う事は避けられ、今回の会談は取り敢えず無事におさまったと言えるだろう。
 それからしばらく押しかけ護衛を続けた後、無事にオーストラリア政府からン級の望む回答が齎され、ン級艦隊の資材事情とオセアニア諸国やオーストラリアの輸送事情は大幅に改善される事になった。



 ン級が賭けに勝って艦隊戦力の増強と資材確保に成功した頃、日本にある佐世保鎮守府ではこの鎮守府に所属する藍染宗助少将が、ン級艦隊と連絡を取ろうとしていた。
 これは藍染少将の所属する軍閥上層部の意向と、藍染自身の個人的な考えに基づくものだ。

 横須賀鎮守府での上位に君臨する、あるいは影の実力者である提督達の会談後、ン級の情報を段階的に全提督に通達する事が決まり、今では日本中の提督がン級の存在を知っている。
 藍染の上司らはン級の存在を利用し、対深海棲艦との戦線をより優位にしようと目論む派閥だった。

 ややパーマを当てた茶色い髪と、黒ぶちの眼鏡、柔和な顔立ちと口元に何時も浮かべている穏やかな笑みが特徴の藍染提督は、信頼する艦娘達にン級への親書とカメラなどの記録媒体を持たせ、出撃を命じている所だった。
 南西諸島海域での異常から、深海棲艦の大規模行動を警戒する提督達が多い中で、藍染はこれがン級艦隊の行動によるものでは? と推測したのである。

 親書には藍染艦隊から何隻かの艦娘を派遣する代わりに、ン級艦隊からもヲ級をはじめとした人間型(ヒューマノイド・タイプ)の深海棲艦派遣打診の他、各海域での共闘を呼び掛ける内容が記されている。
 誰が見ても誠実で優しそうな青年と印象を抱く風貌の藍染は、桟橋に立って出撃する自分の艦隊を見送りに出ていた。

 藍染の命を受けて出撃するのは、駆逐艦朝潮、満潮、霞、曙、軽巡洋艦五十鈴改二、重巡洋艦摩耶だ。なお朝潮や満潮は、以前ウミが接触した朝潮達とは異なる。
 五十鈴は高い錬度の果てに一部の艦娘が可能となる二段階目の改造を済ませ、その他の艦も全て最初の改造を済ませてある。
 戦艦の打撃力や航空母艦の航空戦力こそないが、総じて錬度の高い安定した艦娘達ばかりで構成されている。

 藍染の前で一列に並ぶその姿は一隻の例外も無く、指先に至るまで針金が通っているかのようにビシっとしており、その服装や年齢などを除けばなるほど立派な軍人と見える。
 しかし居並ぶ艦娘達が自らの提督に向ける眼差しには、信頼と尊敬以外にも慕情が少なからず混じっている。

「それでは摩耶くん、今回の任務は君達にとって不本意かもしれないがよろしく頼む」

「ああ、あたし達に任せておいてくれ。確かに変わった任務だが、提督からの命令ならきっちりこなすぜ」

 そう言って藍染に向けて、にかっと笑う摩耶の顔には、自分の提督に対する信頼が満ち溢れている。
 ただ満潮や曙などは敵である深海棲艦と接触を図る今回の任務に、決して乗り気ではない様だった。

「私は今回の任務、納得しているわけじゃないんだから」

 改にまで至ると少しは提督に心を開いてくれる満潮も、今回は任務の内容が内容だけに不服を隠そうともしない。
 特に数々の提督を辟易とさせた口の悪さと気の強さで知られる曙は、もっと直接的に藍染に文句を言った。

「あたし達艦娘なのよ。深海棲艦と戦うのが役目じゃない。なのにその深海棲艦と接触しろって言うの? 上はどうかしちゃったんじゃないの」

 とはいえここまで言えるのも自分の提督に対する一種の信頼の裏返しと言えなくもない。
 朝潮が流石に窘めようとしたが、それを視線で制して藍染は満潮と曙に柔和な笑みを向ける。すると満潮も曙もそれ以上何かを言う事はしなくなる。
 それだけで何かを言うつもりにならなくなる位に、藍染はこの二隻から信頼を勝ち得ているのだった。

「君達には意に沿わぬ事をさせて済まないと思っているよ。
 しかしこれも深海棲艦との戦いを一刻も早く終わらせる為に必要な事だと、私は信じている。
 満潮君も曙君も私を信じ、ン級艦隊と接触してきて欲しい。お願いする」

 こうまで言われると多くの提督が手を焼く中、根気良く向き合ってくれて心を開いた相手とあって、満潮も曙も反論をしなくなる。
 こうして藍染に言い含められた藍染第四艦隊は、南西諸島海域へと出撃するのだった。
 はたして彼女達は無事にン級艦隊と接触できるのだろうか?

<続>
また誤字脱字の見逃しがあるかと思うと嫌になりますねえ。
いただいた感想を取り入れさせていただきました。
今後部隊名について募集させていただければと思います。
予定としては、明け星、夜明けの鋼などですが、それ以外にも出来れば明るい太陽や夜明けを連想させる名前で応募していただければ嬉しいです。
また艦霊についても後々使わせていただきます。お許しください。

ハレのもとになったのは、カレーが好きで、褒められて伸びるタイプの鈴谷です。笑い方については、新しいヲ級にさせたかった笑い方というだけです。

また今回七十弱の艦隊が動けたのは、六隻制限がかかるのがゲームにおけるマップのマスの戦闘海域だからで、今回は制限のかからない場所であったのでン級艦隊、艦娘双方が大量に展開できました。

追記
提督と艦娘達の関係をなかったことにしました。全員綺麗な身体です。我ながら気持ち悪い。



[38714] 名前
Name: スペ◆20bf2b24 ID:066fb7bf
Date: 2014/03/06 20:48
 陽は高く綿あめを思わせる雲が空に浮かび、青い海は穏やかで防波堤に打ち寄せた波が砕けて散る水しぶきも小さい。
 世が世なら波打ち際で遊ぶ子供達の声や、今日の漁の成果に笑みを浮かべる漁師たちの姿こそが似合う場所――ン級艦隊が拠点としているバシー島沖にある廃港は、これまでにない賑わいに満ちていた。

 オーストラリア並びにオセアニア諸国との輸送船団護衛や戦力提供に関する協定締結に伴い、廃港の拠点はこれまでの遠征で獲得できる資材とは比べ物にならない量の資材が届くようになったのが大きな理由だ。
 ン級は条約を締結したとはいえ、人間勢力をそう簡単に拠点へ迎え入れはしなかった。
 まだオーストラリア政府と軍内部に、深海棲艦であるン級艦隊との共闘を快く思わない勢力が多数いる事は明白であるし、いざという時に裏切られた、あるいは切り捨てられた時の事を考えれば、拠点の場所を明らかにする事の危険性はあまりに大きい。

 この為、船団護衛や領海に侵入した深海棲艦の撃退、あるいは深海棲艦が建造した泊地への攻撃などを対価に得られる数々の資材は、一旦、東部オリョール海やオーストラリア大陸近海で受け取り、それを拠点に運びこむ形式をとっている。
 オーストラリア政府などから得ている物資は艦隊の維持・出撃に必要な資材ばかりでなく、女性としての意識を持ち始めている各艦が喜びそうな生活雑貨や食料品も含んでおり、空っぽだった倉庫のいくつかを満たしている。

 アクセサリーやぬいぐるみなどの雑貨やお菓子など、単に出撃や遠征を重ねて行うだけなら必要の無い物資は、感情や個性を獲得したン級艦隊の各艦にとって士気を高め、また日常生活に娯楽や張りを持たせる上で非常に有用であった。
 これらの品を要求されたオーストラリア政府の人々は、しきりに首を捻った事だろう。
 ただただ海の上を行く船団や艦娘に襲い掛かるだけの深海棲艦には、決して必要の無い感情と言う機能はン級艦隊配下特有のもので、深海棲艦との明確な差が生じ始めている事の表れと捉える事も出来る。

 さてそんなン級艦隊の拠点に目を映して見よう。
 重巡洋艦リ級エリートと重雷装巡洋艦チ級が、オーストラリア産の身体に悪そうな極彩色の飴を口の中で転がし、波止場を談笑しながら散歩している。
 潮風を満身に浴びる事が出来るベンチには、両肩から脇腹に掛けて帯状の布をX字に交叉させて、乳房を覆っているだけのあられもない格好の成人女性型の深海棲艦達が腰掛けていた。

 手の中の紙袋から時折ポップコーンを口に運び、さらにコーラで流し込んでのんびりとしているのは、コンテナ状の艤装や顔を覆う仮面の装甲を外したワ級達である。
 遠征任務に欠かせない存在となった彼女達は六隻から更にその数を増やし、交代で休みが取れる態勢となり、任務の無い時はこうして日向ぼっこをしたり輸送物資の整理などをしたりして時間を過ごしている。

 新たにン級艦隊に加わった戦艦ル級のホシとツキは、どちらも純粋な深海棲艦である為、さる巡洋戦艦からの転生と思しい先輩のヨルに比べるとまだ情緒の発芽は乏しく、波止場に立って何をするでもなく海の彼方を見ている。
 途方に暮れている様にも見えるこの二隻に、ルルルル? とヨルが愛娘であるアカネを伴って声を掛けた。
 アカネの行動が切っ掛けでオーストラリア・オセアニア諸国と前向きな協定締結に至った事から、アカネは総旗艦兼提督兼父親であるン級からそれはもう、異母姉妹や実母であるヨルが嫉妬する位に褒められて、ここ数日ご機嫌である。

「モモモ? モー」

「ル……」

「ルー」

 ホシとツキの指導を任されている事もあり、ヨルは新入り二隻の面倒を率先して見ている。
 そんな頼れる先達であり、同じ存在である筈なのに理解できない存在でもあるヨルへのホシ達の返事は、やはりというか途方に暮れている感が強い。 

 加えてアカネやヒサメ、フタバなどは、純深海棲艦からすれば半ば同じ半ば異なる、訳の分からない存在の筆頭であった。
 そのアカネが居る事が余計にホシ達を途方に暮れさせている。

 艦娘や深海棲艦でなくとも感受性の強い人間だったら、環境が激変したことによるホシ達の困惑を察する事が出来たかもしれない。
 だがこれは見方を変えればまだン級艦隊に馴染めていないとはいえ、そのように感情が表に出るほどにはホシとツキもン級艦隊に染まっているという事でもあり、遠からず明確な個性を発露し始めるだろう。

 ヨルはフラッグシップへと至り、ン級艦隊に長く在籍したことによって艦娘時代の個性を強く発揮しており、ハレと並んでそれなりに提督としての経験を積んだ者なら、かつてどんな艦娘であったか察する事が出来るだろう。
 ヨルは困惑している後輩達をアフタヌーンティーに誘った。
 スリランカ産の茶葉と美しい赤薔薇が描かれた白磁器のティーセットが手に入り、ヨルはすっかりこれを気に入ってン級艦隊の面子を誰かれ構わずお茶会に誘っている。

 ジャムや蜂蜜、スコーンやクッキーと紅茶を楽しむティーパーティーなど、それこそホシやツキ達にはまるで経験の無いものである。
 しかしン級は特にそれを止める事しない。
 ン級艦隊に所属する事で、味覚をはじめとした諸感覚や感性が人間や艦娘に近いものになって行くのはこれまでの経緯ではっきりと分かっている。
 お茶会に参加する事でホシとツキの感性が刺激を受けて、個性を獲得する事に繋がればと思っているからだ。

 その他にはヘ級フラッグシップやチ級エリート、ト級が沖に出て粗末な造りの釣竿を振るったり、あるいはモリを手に素潜りしたり、またあるいは網を投げて即席底引き網漁をして、びちびちと活きの良い魚や貝、ウニを獲っている。
 今日の夕飯は豪快な網焼きか海鮮鍋あたりだろうか。この二つなら、ン級以外の面々でも取り敢えず調理できる。

 艦隊唯一の潜水艦であるカ級エリートは、当初深海棲艦の刺客であった頃から駆逐艦三隻の監視がつけられていたのだが、今では他の艦と変わらず働いてくれている為、自由に行動している。
 顔が隠れる位に長い黒髪の間からぼんやりと光る瞳が見え、口に酸素マスクを咥えた女性の姿をしたカ級は、見ようによってはテレビ画面の中から出て来る怨霊の類に見えなくもない。

 カ級エリートはその潜水能力を活かして海底に潜り、他の艦が趣味で始めた魚釣りや漁を手伝ったり、またあるいは海底を散策して海底に沈んでいる様々なガラクタを拾ったりする事を日課としている。
 潜水艦一隻では大した量を拾ってくる事は出来ないが、時々軽巡洋艦や駆逐艦達も一緒にガラクタ拾いをしているらしく、ごく稀にではあるがフジツボだらけの宝箱を持ってきて、蓋を開けてみればあらびっくり何百年も昔の金銀財宝が、と言う事もあった。

 ン級艦隊三隻目のヲ級にはカゼの名前が与えられ、ヲ級トリオの一角を担っている。
 こちらもホシやツキ同様に純深海棲艦であり、同じ純深海棲艦ながら駆逐艦時代からン級につき従っているソラや元艦娘であるハレとは違い、実に物静かでぼぉっとしている事の多い娘だ。
 名前の通りに目を離しているといつの間にかいなくなって、屋上など風の通りが良い所に腰を落ち着けている、という目撃証言が多い。

 ン級から教育を任されたソラとヒサメ、ハレが根気よく付き合っているし、時々、ヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲッヲ、と共鳴している場面も目撃されているから、ま、カゼなりに艦隊に馴染みつつあるのだろう。
 この共鳴している時の『ヲ』は特に言語としての意味は無く、単純に『ヲ』と発音しているだけだから、ヲ級にしか分からない何かがあるに違いない。
 ン級が執務室の窓から思い思いに過ごしている配下の艦達を眺めていると、新品のスチール製のデスクに取り換え、観葉植物や軍用の書籍などが棚に並んだ執務室に、ハレが遊びに来た。

 カゼはソラ、ヒサメ、ヌ級達とローテーションで演習を行っており、ハレは今回お休みというわけだ。
 ある航巡艦娘が海底の怨念や憎悪に塗れ、深海棲艦へと転生した経歴を持つハレは、ヲ級になったとはいえ艦娘時代の記憶が戻ったわけではないが、明確な自我と個性を獲得するに至っている。

 艦隊の中でもヨルと並んで活発で快活な性格をしており、艦隊に明るい空気を齎してくれる貴重な女の子だ。
 艦隊のほぼすべての艦がン級に対して崇敬に近い感情を向けているのに対し、ハレはどちらかというとン級に対して友達感覚のように接しており、様々な点で変わり種と言えるだろう。

 ン級の方はそんなハレの事を嫌ってはいないし、嫁艦であるウミやソラ達もハレの態度にとやかく言う事をしていない。
 ハレがン級に向けているのが敵意では無く好意である事を、きちんと理解しているからだろう。
 月の無い晩に腹か背中をグサリ、という事態は避けられそうで、ン級が安堵したのは彼だけの秘密である。まあ、グサリよりはドカンと表現するべきかもしれないが。

 ン級は協定締結後の資材の支出の確認と今後の艦隊運用計画に目処が着き、休憩しようと自分でハイビスカスティーなどと小洒落たものを用意している所だった。
 テートクテートクー、と気の向いた時にだけ体を擦り寄せてくる猫みたいに執務室に突撃したハレの分もお茶を用意し、しばらくン級はハレの話し相手をしてやった。

「ヲヲ、ヲ」

「瑞雲は日本製艦娘の装備だ。お前達に装備できるかどうかは分からんが、今のここの設備では開発はできんよ。期待を裏切って悪いな。
 オーストラリア艦娘の装備なら都合を着ける算段を整えてあるから、そちらで我慢してくれ」

 ン級の悩みの一つは現状、配下の艦に搭載する装備の新規開発が行えない事だ。
 改造によって新たな装備を得る事は出来るが、装備を開発する為の設備や開発そのものを担う妖精が居ないから、装備を新調する事が出来ずにいる。
 一部の深海棲艦としての装備を研究用に提供する代わりに、オーストラリア艦娘達の装備を融通して貰えるように目下交渉中である。

「ヲヲ、ヲ」

 しかし真面目な話は長続きしない。ハレは、最近拠点に入るようになってきたオーストラリアンコミックや小説、映画の感想を口にし、艦隊内での流行りについても口にする。
 特にハレが喜んでいるのはカレールーやカレー粉がまとまった量が入るようになり、二週間に一度だったカレーが一週間に一度になった事である。
 カレーに使える具も増えて、ビーフ、チキン、ポーク、ベジタブル、ラム、シーフード、キーマ、フルーツなどなどバリエーションも増えていて、ハレは近頃一日中ご機嫌だ。

「お前にとって、カレーの頻度が増えた事はなにより喜ばしい事だろうな。もちろん、艦隊の皆にも好評だから、おれにとっても喜ばしい事だ」

「ヲヲッヲ~」

 でしょでしょ~とハレはン級の発言に同調し、ニコニコと笑う。ソラでもあまり浮かべる事の無い満面の笑みは、ハレ特有の魅力だった。
 そのまま話を続けていたが、ハレが何か悪戯を思いついた顔をすると、机の上に行儀悪く身を乗り出して流し目などしてみせる。

「ヲ~ヲヲヲ? ヲヲッヲ?」

――二人っきりじゃん? 今なら誰も邪魔しないよ。どうする? ナニする?

 艦娘や人間の言葉にすればこうなる誘い文句を、ハレは口にしたのだった。
 ハレとしては本気でン級に対してアピールしているわけでは無く、あくまで悪戯心に突き動かされてした事だろう。
 しかしソラやカゼなど純粋なヲ級と比べてやや大人びた顔立ちで、胸のふくらみなどの主張も増したハレの艶姿が、ハレ自身の意図していない所で異性を刺激する色香を醸している事をハレ自身は理解していなかった。

 すっとン級の右手がハレの顔に伸び、その頬にはらりと零れていた髪を掬う。
 手の中に掬い取ったハレの髪をまじまじと見てから、ン級はかすかに微笑んで身を乗り出し、意識して胸を寄せているハレを見つめ返した。
 ハレはン級の反応が思っていたのと違う事に少なからず動揺し、分かりやすく頬に朱の色を差す。悪戯心を催したのは良いが、感性は初心な乙女だったらしい。

「確かにお前の言う通り、ウミやヨル達はしばらくここに来ない。誰にも邪魔されずに共に時間を過ごすには絶好の機会だ。
 それに資材の安定供給にも目処がついた。そろそろ子供を増やしたとしても、きちんと育てられるだけの環境は整っている。
 そう考えれば、今はお前との間に子を設けるのに、悪くない時期だな。戦艦となったおれと空母になったお前との子なら、強く賢い子が産まれるだろうな」

 三分の一くらいは本気でン級がそう口にすると、ハレの顔は耳の先に至るまで見る見るうちに赤くなり、慌てて机から降りてン級と距離を取る。
 爆発しそうなくらいに脈打つ心臓に手をやり、あわあわと口を動かしながらハレはエッチ、スケベ、変態、と総旗艦兼提督に対して思いつく限りの罵倒を口にして、執務室を走り去っていった。

「ヲ、ヲ、ヲヲ~~~!!」

「慌てて走ると危ないぞ」

「ヲ、ヲ!」

 うるさい、馬鹿~と叫ぶハレの声がドップラー効果で尾を引くのを聞き終えてから、ン級は大人をからかうからだ、小娘め、と鼻で小さく笑う。

「しかし、少し勿体ない事をしたかな?」

 ハレを抱く様なニュアンスを含めたのは冗談交じりだが、実際、今のン級艦隊の資材状況ならば新しく子供が出来ても問題なく運営できる。
 前回のオーストラリア政府に対する顔見せの為に、ほとんど全ての艦を動員した時は、鋼鉄か怨念かで出来ている筈の胃がちくちくと痛む状況にまでなってしまったが、幸い資材の貯蓄量は持ち直して、現在は右肩上がりだ。

 いつかはハレを口説き落として、本当に子を設ける事も悪い考えでは無い。人間的な倫理面を別にして、艦隊の戦力を底上げするという目的に沿ってなら、の話だが。
 まあ、ハレもなんだかんだ言ってン級に対して好意的な感情を寄せているのは間違いないし、後はン級の押しの強さ次第で時間の問題となるだろう。

 さて騒がしいのが居なくなった事だし、何をするかとン級が椅子から腰を上げた時、おずおずとノックがされ、艤装を外したスズカが入室してきた。
 スズカは、装甲空母鬼が上半身に袖なしのセーラー服を着ているだけなのに対し、黒いミニのプリーツスカートを履いていた。

 これは戦艦タ級ウミも同様で、精神的に幼い子供達の情操教育の心配と自分以外の誰かの視線に、彼女らのあられも無い下半身を晒す事をン級が嫌った為だ。
 特に海の上に長い事拘束されて、女に餓えた輸送船団のむくつけき男共からの視線は容認しかねる。
 リ級も面積の少ないビキニみたいな格好ではあるが、あちらはまあ水着に見えるかな、と言う事と数が必要となるので免除されている。

 深海棲艦や艦娘は専用の艤装と衣服以外の物を着用しても、装甲として機能しない。
 例えば吹雪型の駆逐艦娘に陽炎型の服装を着せても装甲としては機能せず、単なる衣服にしかならない。
 その為、スズカやウミの履いているスカートはいざ戦闘になり直撃でも受ければ用を成さなくなるであろうが、取り敢えず目に毒と言う事で戦闘時・非戦闘時を問わずに履かせている。

「テートク、ハレガ飛ビ出テキマシタガ、ナニカオ叱リニナッタノデスカ?」

 ハレの普通ではない様子が気掛かりなようで、スズカは数ある深海棲艦の中でも鬼と恐れられる人外の顔に、人間らしい心配の色をたっぷりと塗っていた。
 他者を気遣う言動をする深海棲艦など、ほぼすべての提督や艦娘が驚愕する存在だろう。
 もっともこのン級艦隊では他の艦を気遣う事などは、駆逐艦でもするごく当たり前の事でしかない。

「叱ってなどいないよ。あいつが少しおれをからかおうとしたから、やり込めてやっただけだ」

「ハア、ソウデスカ」

 スズカは今一つピンと来なかったようで、小首を傾げる。
 それでもン級が問題ないと言っている以上はそうなのだろう、と深くは考えずに納得してン級の目の前に足を進める。
 装甲空母鬼と言うン級に次ぐ戦力となったスズカだが、先に母となったウミやヨル達へは敬意を見せ、ン級の愛娘達にも優しく接しておりあまり自己を主張しない傾向にある。
 そのスズカがどこか決意を秘めた表情をしているのを見逃すほど、ン級は鈍感では無かった。

「どうした? お前がそんなに思いつめた顔をするのは珍しいな。
 おれになにか頼み事でもあるのか? お前にはこれから色々と頼ることになる。多少のわがままなら構わんぞ」

「テートク、私ハテートクノオカゲデココマデコラレマシタ。
 コレカラモズット御傍ニイタイ。……ソレニ、ウミ様ヤソラ様ノヨウニ母親ニモナリタイノデス」

 なるほど、とン級は小さく笑う。
 スズカは鬼と至ったことでウミ達から質問攻めにされていたが、逆にスズカの方からも熱心に質問をしているのを見たが、おそらく母親とはどういったものか? と言う事を聞いていたのだろう。
 奇しくもハレをからかった直後に、そのからかいの内容をスズカに求められた形になる。

 もちろん、ン級の答えは決まっていた。
 陽は高く昇り夕刻にも至っていなかったが、スズカの情熱は時間など気にしなかったし、また情熱に突き動かされたスズカはとても積極的だった。
 この六日後、スズカは一隻の深海棲艦――いや、新海生艦戦闘空母ヒ級を産み落とした。

 四隻目の娘に対し、ン級は女の鬼の名前がさっぱり出てこなかったが、ふとした拍子に眠る鬼と書いてミンキと読む鬼の名前が脳裏に浮かび上がり、これをヒ級の名前とした。
 具体的にどういった鬼であるかは皆目見当もつかなかったが、おそらくン級の一部となった死者の知識にあった鬼の名前なのだろう。

 軽空母や正規空母、装甲空母など既存の空母と異なる戦闘空母の特徴は、双胴戦艦に似た艤装を持ち、艦載機の発艦を終えるや否や飛行甲板が反転して、対空機銃や16inch三連装砲塔が出現する事だろう。
 戦艦に飛行甲板を設置した航空戦艦とはまた異なるベクトルで空母と戦艦の能力を併せ持った、人類・深海棲艦双方未確認の新艦種である。

 ピンクがかった白い肌や髪は母スズカと同じで、ゆるく外に跳ねる癖のある長い髪を母とおそろいのリボンでツーサイドアップにし、血のように赤い瞳の目はややつり上り気味だ。
 服装は装甲空母鬼風のノースリーブの白地のセーラー服に赤いリボン、青いプリーツスカートを纏い、太腿まであるニーハイブーツや指先から二の腕までを覆う長手袋は雪のように白い。

 腰裏にあるアタッチメントから左右にアームが伸びて、飛行甲板を備えた艦体を支えており、艦載機の発艦が終わればこの甲板がくるりと回転して砲塔が表に出て来るわけだ。
 艦載機の搭載数では航空戦艦に勝り、火力では航空戦艦に劣るが装甲空母鬼を母親に持つ為、艦体の耐久力は三人の姉達の倍近いものがある。

 装甲空母鬼の娘でありながら、ヒ級が戦闘空母“鬼”にならなかったのは父親である自分が戦艦だからだろう、とン級自身は推測していた。
 第四女の出産を三人娘はもちろんスズカの先輩に当たる三人の母親達もたいそう寿ぎ、暫くの間、廃港拠点はお祭り騒ぎとなった。



 オーストラリア並びにオセアニア諸国間との協定締結後、ン級艦隊は南西諸島海域攻略に向けて、数を増した自軍の錬度向上を主眼に出撃と遠征を重ねている。
 資材の備蓄が増す様に調整されている為、休み無しに行っているわけではないが、真に新海生艦と呼ぶべきン級の娘達の出撃と遠征の回数はずば抜けて多かった。

 新海生艦を名乗るン級艦隊が深海棲艦とは異なる、と視覚的に分かりやすく印象付けるのには、ン級艦隊にしか存在しない娘達の姿を衆目に晒すのが手っ取り早かったし、単純に娘達の戦力が図抜けている事も理由であった。
 またン級は、新海生艦と自分達を定義した事を切っ掛けに、鎮守府で言う所の第一艦隊から第四艦隊それぞれに特別な呼称を定めている。

 もちろん第四艦隊以降の遠征や予備の艦隊は無数に存在するのだが、第一から第四までの艦隊を選りすぐりの精鋭部隊である、として各艦の奮起と士気向上を狙った事と、深海棲艦らしからぬ行動を取る事で彼女らとの決別の意識を強めようと言う意図があった。
 本格的な深海棲艦との戦闘と、可能な限り避けたいが艦娘の主力級艦隊との交戦を想定した編成となっている。
 各艦隊は艦の顔ぶれが変われば変更もあり得るが、現状では以下の艦の配属が決定している。

 第一艦隊は総旗艦も兼ねるン級直属の艦隊で、装甲空母鬼スズカと戦闘空母ヒ級ミンキを含むヒルコ艦隊。
 第二艦隊は戦艦タ級ウミを旗艦とし双胴棲艦ス級フタバを含む白夜(びゃくや)艦隊。
 第三艦隊は正規空母ヲ級ソラを旗艦とし氷山空母セ級ヒサメを含む東雲(しののめ)艦隊。
 第四艦隊は戦艦ル級ヨルを旗艦とし巡洋戦艦モ級アカネを含む夜終陽(やついび)艦隊。

 ン級が直接指揮を執る第一艦隊のヒルコとは、日本神話にて語られる国生みの神イザナギとイザナミが最初に成した神であり、手と足も無く生まれた為に生み損ないの子として認められず、海に捨てられた神の子を指す。
 不敬と言えば不敬極まりない話だがン級にとってのイザナギとイザナミは、認め難かろうと深海棲艦の意思である事は揺るぎようの無い事実である。
 その深海棲艦の意思に反逆し、捨てられたン級は生み損じの神と境遇が似ていなくもない。

 また漂着物を福の物と捉える地域では、ヒルコを七福神の一柱エビスとして信仰する事もある。
 ン級は、ならば深海棲艦にとってのヒルコたる自分は、深海棲艦の敵である人類に与して彼らにとって福、すなわち深海棲艦にとっては厄を齎す存在となってくれよう、と考えて第一艦隊の名称をヒルコとした。

 ヒルコを艦隊の総称にと考えた事もあったが、自分はともかくとして明らかに深海棲艦とは異なる種として誕生した娘達までも蛭子の名前に含める事は抵抗があったし、ン級は神話のように我が子を捨てる様な真似をするつもりもなかったから、総称とする事は見送った。
 その代わりに黎明と名付けた艦隊の総称や各艦隊の名前に太陽や夜明けを連想する名前が多いのは、陽の届かぬ暗黒の海に蠢く深海棲艦の意思への皮肉と敵対の意思の表れだ。

 あまり拘り過ぎては却って深海棲艦に対して、万事において囚われていると言えなくもない、とン級は思ったが結局の所、誕生の原因も今こうしている理由も深海棲艦無くしては語れないのだから、とン級は第一艦隊の名称を決定するに至った。
 ル級のホシ、ツキ、ヲ級のハレ、カゼなどは第一から第四までの艦隊に、状況に応じて組みこむか別の艦隊の旗艦を任せる算段になっている。

 これは将来的に各地に拠点を置き、そこの管理を任せたいと言うン級の意向から、今の内に艦隊の運用と指揮の経験を積ませる意味合いもある。
 これから更にン級艦隊全体の規模が増え知性のある艦が増えれば、艦隊の数を増やして新たに命名する予定である。
 取り敢えず第十三艦隊はロンド・ベルで予約済だ。
 ン級は、ミンキの時と同じで何故『魔除けの鈴』の名前がぱっと脳裏に浮かんだのか謎であったが、おそらく第十三艦隊と縁の深いどこかの国の艦隊の通称か何かなのだろう。



 ン級艦隊もとい黎明艦隊の行動により、ワ級の姿がぱたりと絶えた南西諸島海域だが、だからといって深海棲艦の跋扈が絶えたわけではない。
 佐世保鎮守府に所属する藍染提督配下の重巡摩耶、軽巡五十鈴改二(以下五十鈴)、駆逐艦朝潮、満潮、霞、曙達第四艦隊は、深海棲艦との数度の接触と回避を経て、再び深海棲艦との戦闘に突入していた。

 深海棲艦側はル級エリート、ル級、ヲ級を擁し、重巡リ級、軽空母ヌ級、そして数十隻は居ようかという駆逐艦からなる大規模艦隊だ。
 南西諸島海域を構成する四つの海域の、それぞれの深部で待ち構えている様な顔ぶれに加えて、駆逐艦が無数に蠢くこの敵艦隊は明らかに異常である。

 艦攻と艦爆による魚雷と爆弾の雨を摩耶が両腕に装備した12cm30連装噴進砲や、それぞれ口径の異なる対空機銃で何とか凌いだが、その後に続いたのは二隻のル級から降り注ぐ16inch三連装砲や12.5inch連装副砲の砲弾だ。
 一撃でこちらを大破にまで追い込む戦艦の砲弾が造り出す海水の原生林の中を、藍染第四艦隊の艦娘達は素晴らしい回避運動を見せて、至近弾に留めて直撃を貰う事は無い。

 艦隊旗艦を務める摩耶は、異常な数で行動する敵艦隊から距離を取り、離脱すべく遭遇当初から周囲の状況を見回し、敵艦隊包囲網に穴を穿つべく砲雷撃戦を演じている。
 だが、駆逐艦達はこちらへの攻撃に加わらず十重二十重と周囲を囲いこみ、あくまでこちらを逃がさない鋼鉄の檻に徹しており、ル級からの砲撃や敵航空戦力による空爆が徐々に摩耶達の艤装を傷つけ、足を鈍らせている。

 朝潮、満潮、曙、霞はそれぞれが保持した12・7cm連装砲と、元から残弾の少ない61cm四連装酸素魚雷(九三式酸素魚雷)を放ち、第一改造を迎えた錬度に相応しい数の敵を沈めているが、沈んだ先に次から次へと駆逐艦イ、ロ、ハ、ニ級達が集まって一向に減った様に見えない。

「ああもう、しつこいわね、こいつら!」

 思わず、と言った調子で愚痴を零す曙に、背中あわせになって砲撃を行っていた満潮が同調する。
 曙に被弾は無かったが、満潮は既に小破にまで追い込まれて首元を飾るリボンが破れ、ブラウスのあちらこちらに焼け焦げが出来ている。

「まったくよ。これも男性型深海棲艦のせいなのかしら?」

 狙い澄ました砲撃でイ級とロ級を真ん中から真っ二つにしてやり、海の底に送り返してやった朝潮は、妹艦娘と口は悪いが頼りになる仲間達の集中力が低下している事を見やり、しかし掛けるべき言葉が見つからずに唇を噛む。
 今回の任務は南西諸島海域に身を晦ましたと思われる男性型深海棲艦と接触を図る事で、足の速い高速艦で艦隊は編成されている。

 戦艦や正規空母と言った高い打撃力と耐久性を併せ持った艦との交戦は論外で、遭遇したら即座に雲隠れと決まっている。
 それにもかかわらずこのような事態に陥ってしまったのは、ひとえに艦隊編成は最大六隻という艦娘・深海棲艦共通の鉄則を無視した大規模艦隊と遭遇した為だ。

 戦艦や空母の数はさほど多くは無いが、重巡や軽巡、駆逐艦の数が多く足の速さでこちらに勝るとも劣らないから、この海域からの離脱もままならない。
 アサルトライフルの形状をした主砲を撃ちまくり、最後の弾薬倉を砲に叩き込んだ五十鈴が、旗艦摩耶に砲撃を放とうとしていたヘ級の顔面を吹き飛ばし、無線のマイクに怒鳴る様に声を発する。
 砲撃と雷撃と艦載機のエンジン音が音の嵐となって吹き荒れていて、そうでもしないと声が届かないのだ。

「摩耶、分かっているでしょうけどこのままじゃ全滅よ。提督にこの異常だけでも伝えないとだめだわ!」

 分かっている、と摩耶は答えようとして口を噤んだ。これから五十鈴が口にしようとしている事も分かっていた。そうするのがかろうじて鎮守府に帰還する術だとも。
 既に陣形もへったくれも無い状況だ。摩耶達が撃沈を免れているのは、個々の錬度の高さと陣形を崩してなお他の艦の動きを見逃さない連携の意識の高さによる。

「だから殿は私が務める。貴女が敵の包囲網に穴を開けて、皆を提督の所に帰して」

 全員無事に帰る事が藍染の望みだ、全員で帰らなきゃ意味が無い、反論の言葉はいくらでもあった。
 しかし、どの言葉を口にしても五十鈴に翻意を促す事は出来ない、と分かるくらいに摩耶と五十鈴の付き合いは深い。

 腹の中に溶けた鉛を流し込まれたみたいに体の中が熱くなり、心は噴出する激情で混沌と化してしまう。
 だが旗艦として、歴戦の艦娘としての摩耶は五十鈴の判断に従えと言っている。
 摩耶の口が開かれて、五十鈴からの提案を肯定するか、否定するか、どちらかの言葉を口にしようとした時、更なる凶報が霞の口から齎された。

「十時の方向から新たな敵航空編隊を確認、数は二百以上!」

 霞からのこれ以上ない凶報に思わず他の五隻の艦娘が空を見れば、雲霞の如く群れる無数の深海棲艦の艦載機が見える。
 これでは、と藍染第四艦隊の皆が思った時、新たな敵艦載機の群れは敵ヲ級の上空で編隊を組み直していた艦載機へと方向を転じ、戦闘機はそのまま突っ込み、艦攻や艦爆はル級エリートをはじめとした艦に攻撃を加え始める。

「嘘、深海棲艦が深海棲艦に攻撃をしているの?」

 思わず霞が目の前で起きた事を信じられない思いで口にした時、摩耶は鎮守府を出る際に藍染から伝えられた情報を思い出した。

「深海棲艦と戦う深海棲艦、提督の言っていた男性型か!?」

 氷で半ば構成された戦闘機や緑色に発光する戦闘機が、既に消耗していた敵ヲ級の戦闘機を次々に撃ち落としてゆく。
 まるで鴨撃ちのように敵艦載機の数が減って行く中、ル級エリートやル級は艦娘以上に憎らしく呪わしい存在に気付き、摩耶達から視線を外して新たな戦闘機が襲来した方向へと視線を転じる。

 と同時に飛来した16inch三連装砲や18inch三連装砲の砲弾がル級エリート達に降り注ぎ、反応の遅れたル級エリートやル級、ヲ級、ヌ級に甚大な被害を与えて行く。
 腹の底から響くどころか、全身を砕かれるような轟音は、彼方の水平線に姿を滲ませ始めた新たな深海棲艦達から放たれたものだった。

 瞳と全身から黄金に輝く光を放つのはタ級ウミ。娘達の錬度向上の為に南西諸島海域に出撃した最中、偵察機が戦闘を確認して急きょ駆け付けたのである。
 この時、ウミが率いていたのは白夜艦隊ではなく、愛娘フタバ、スズカ、ヒサメ、アカネとミンキだった。

 新しく生まれたばかりのミンキの錬度向上が主目的だが、これに新しく生まれた妹を構いたくて仕方が無いフタバ、ヒサメ、アカネと実母であるスズカが同道し、このような編成となった。
 ヒサメとアカネが成長に伴って姿を変えたように、フタバもまた奥津城艦隊との戦闘時に比べて、外見に変化が訪れていた。

 ン級は三人の娘達の成長を艦娘で言う所の第一改造に相当する、と判断している。ハイティーン以上への成長は、艦娘で言う所の第二改造――改二に相当する事になるだろう。
 フタバは母ウミが純粋な深海棲艦である為、外見がやや大人びた以外に大きな変化は無かったが、二隻分の艦の形状を取った艤装は父ン級と同じ18inch三連装砲を二基、16inch三連装砲六基、さらに艦娘の装備である筈の14号対空電探を備えるに至っている。

「ソウ、波ノ上ヲ跳ネルヨウニ意識シテ爆弾ヲ投下サセナサイ」

「セ、セ、セセ」

「ヒ、ヒ?」

 今回、初の実戦となる戦闘空母ミンキは実母スズカと次姉ヒサメの二隻から指導を受け、敵ヲ級に反跳爆撃(スキップボミング)を叩き込む練習を重ねている所であった。
 フタバとアカネは新しい妹に良い所を見せたくって仕方無い様子で、ウミに厳しく注意されながらも今にも飛び出して行きそうになっている。

 我が子の指導に熱中しているスズカに自分もああだったなあ、とウミは暖かな眼差しを送っていたが、直にこちらを食い入るように見ている艦娘達に視線と意識を転じる。
 近頃ではあまり南西諸島海域に艦娘達が姿を見せる事は少なくなっていたし、深海棲艦達がこのように群れて行動している事もおかしい。

 これは敬愛するン級に伝える必要がある、あの艦娘達も助けなければとウミは決断し、数で勝る敵深海棲艦の撃沈の為に砲塔を動かす。
 その砲塔から放たれる砲弾が次々と敵艦隊を沈めて行く様は、戦いと言うよりも掃討、あるいは作業と呼べる一方的なものだった。

 摩耶達は周囲の深海棲艦達が驚くほど速く、しかしミンキの練習の為に時折手を抜いて撃沈されてゆく光景をまざまざと見せつけられる中、新たな深海棲艦達の姿を見るうちに、初めて見る新型だけでなく既に確認されている艦にも、外見の違いがある事に気付いた。
 具体的に言えば本来この海域に出現する筈の無いタ級と装甲空母鬼だ。
 どちらも首から認識票らしい物体を下げて、旗艦らしきタ級に至っては水平線から覗く太陽を連想させる意匠の旗を背中から掲げている。

 認識票の方はン級がオーストラリア政府に発注した品で、黎明艦隊に加わった日時やどのような経緯を経て現在の艦種に至ったかなどが記載されている。
 ン級には知らせない形で盗聴装置や位置情報を発信するマイクロチップが埋め込まれているが、これはン級もそれ位はするだろうと承知の上だし、双方無駄に終わると暗黙の了解めいたものを抱いている。

 なぜなら深海棲艦の発する瘴気が精密な電子機器に支障をきたし、正常に機能する事を許さない事は、既に幾度となく立証されている。
 この件についてはすでにン級からオーストラリア政府に追及がなされ、提供される資材に色をつける事や、黎明艦隊とその他の深海棲艦を識別する為の認識票の再発注や部隊章、艦隊旗の作成で手を打っている。
 そのようなオーストラリアと黎明艦隊間の取引を知らぬ摩耶達ではあったが、新たに現れた深海棲艦達が、自分達が藍染提督から接触を命じられた相手である、とほぼ確信していた。


<続>

大型建造でようやく大和が出ました。イヤッホイ! バシー島沖で弥生も拾えてホクホク気分の作者です。おはようございます、こんにちは、こんばんわ。

新しい艦娘や艦隊の名前など皆さんから色々なご意見を賜りなんとも悩ましい限りです。
にしても幻龍に米賀と皆さん空母がお好きですね。後は紀伊辺りですかねえ。
今回採用を見送らせて頂いたお名前やご意見に関しましても、いつか陽の目を当てる事が出来ればと思っています。ありがとうございます。
フォーセイクンやデイブレイク・ネイビー、The fleet of a new worldなどは他国から付けられた黎明艦隊のコードネームのような感じで作中にて使って行こうかと思います。

そう言えば艦これの小説を読んでいると、フラッグシップだったりフラグシップだったりしますがどちらが正しいのでしょうか?
作中ではフラッグという名前のMSの事が頭にあったのでフラッグシップにしていますが、ううむ。
余計なことかもしれませんが、鶴翼の絆、一航戦出ます、陽炎抜錨します、の小説だと陽炎が一番好きですが、どれも良い所があって好きです。皆さんはいかがでしょうか?

以下、改状態の娘達と四女ミンキの装備表。

双胴戦艦ス級改フタバ
特徴:9スロット
18inch三連装砲 二基
16inch三連装砲 六基
14号対空電探

氷山空母セ級改ヒサメ
特徴:行動が回って来る度に最大耐久値と最大搭載機の一割が回復。
スロット1搭載可能数:32
スロット2搭載可能数:46
スロット3搭載可能数:58
スロット4搭載可能数:24

巡洋戦艦モ級改アカネ
特徴:敵からの命中率を常に-40%。
例 100%命中する攻撃でも、60%になる。なお上限は100%とする。
16inch三連装砲 四基

戦闘空母ヒ級ミンキ
特徴:主砲搭載可能。中破で発艦可能。夜戦で航空攻撃可能。
スロット1搭載可能数:24
スロット2搭載可能数:26
スロット3搭載可能数:28
スロット4搭載可能数:22 ※作中では16inch三連装砲を装備。



[38714] 迫りくる脅威 ※パラメータあり
Name: スペ◆20bf2b24 ID:066fb7bf
Date: 2014/03/12 20:47
ご指摘を受けて、前話から戦闘空母エ級をヒ級に修正いたしました。
本話において
[261]NasebaNaru◆4a1f2e14さんのご感想中にある文を参考とさせていただいております。
事後承諾の形となってしまった事を深くお詫び申し上げます。
差し障りあればすぐに差し替えますので、ご一報いただければ幸いと存じます。



 東部オリョール海に存在する、とある無人島に座礁した船の中で、朝潮、満潮、霞、曙、五十鈴、摩耶ら藍染第四艦隊に所属する艦娘達は、廃材を組み合わせて作られた椅子に腰かけ、縦半分にした丸太を荒縄で縛り上げて作ったテーブルを前にしていた。
 座礁船の船腹には大きな穴が開いておりここを入り口として、船内でまだ使えそうだった船室を改装し、黎明艦隊(旧ン級艦隊)の仮の拠点の一つとしている。

 壁に浮いていた赤錆びは綺麗に落とされ、白い壁紙を貼り付けてあるし、天井の電球の代わりにランプが吊り下げられて、他にもテーブルの上には蝋燭やランプがいくつも置かれている。
 また別の倉庫には非常用の各種資材や保存食などが貯め込まれ、出撃や遠征で思わぬ事態に遭遇し、損傷や消耗を強いられた時の避難所としても機能している。
 そして窮地を、接触を目的としていたこれまでに無い動きをする深海棲艦達に救われた朝潮達は、と言うと……

「御口ニ合ウトヨイノデスガ」

 艤装を外した装甲空母鬼スズカから、馬鹿丁寧な言葉遣いと仕草で、湯気を噴く暖かな紅茶のもてなしを受けていた。
 『粗茶ですが』と口にしていないあたり、歓迎の意思は少なくとも口先だけは本物らしい。
 俗に言う特異海域(E海域とも呼ばれる)、あるいは激戦区として知られる西方海域や、南方海域でのみ出現する深海棲艦の上位種に給仕を受けるという事態に、旗艦摩耶を筆頭に六隻すべての艦娘が自分の正気を疑っていた。

 部屋の中には黎明艦隊側の旗艦であるウミとスズカがおり、フタバ、ヒサメ、アカネ、ミンキら四人娘達は部屋の外から扉の丸窓に顔を寄せ合い、艦娘達を興味深げに観察している。
 その視線に対して摩耶達は多少居心地悪そうにしているが、それ以上に初めて見る幼い深海棲艦――新海生艦という呼び名を彼女達はまだ知らない――の存在に、警戒と驚きと関心を抱いていた。

「タ、タタ」

 シュガーポットから角砂糖をぼちゃぼちゃと自分の分の紅茶に入れつつ、ウミがお砂糖は? ミルクはいる? と実に気安い調子で話しかける。
 戦場では恐るべき火力と美しさと恐怖を兼ね備えた容貌から、艦娘達から畏怖と敵意を向けられる戦艦タ級の思いがけない言動に、摩耶や霞達の口元は大なり小なり引き攣る。

「タタ?」

 倉庫の方から引っ張り出してきたオーストラリア産のクッキーを並べ終えたスズカの為に、ウミがスズカの好みどおりに淹れた紅茶を差しだすと、スズカは柔(やわ)に笑んで礼の言葉を口にした。

「アリガトウゴザイマス、ウミ様」

「タ」

 お礼なんていらないわよ、と返すウミとスズカのやり取りに、藍染第四艦隊の心中にまた新しい驚きの強風が吹く。いい加減、驚くのに疲れたかもしれない。
 鬼や姫は通常のいろは歌を割り振られた深海棲艦よりも、上位の存在として人類には認識されている。
 いわば深海棲艦の指揮官としての役割を担う艦種であり、タ級が装甲空母鬼より上位種のように振る舞うなど古今例がない。

 スズカがウミやヨル、ソラに対して恭しく応じるのは、つい最近までスズカが軽巡洋艦ト級であった事や、ウミ達が先んじてン級の嫁艦(よめかん)として、また母艦(ははかん)としての立場を確保した事への敬意が理由なのだが、摩耶達の知る所では無い。
 摩耶達が紅茶やお茶菓子に毒が入っているんじゃないか、とか、なんで深海棲艦からこんなおもてなしを受けているのだろう、とか思い悩んでいる様子を、ウミやスズカは不思議そうに見ていた。

 ウミ達からすれば艦娘は、ン級の影響ですっかり敵対心や際限の無い憎悪、黒々とした嫉妬、怒りは消えており、襲い掛かって来ない限りは砲火を交わす理由の無い存在なのである。
 摩耶や五十鈴、朝潮達の警戒と戸惑いをよそに、ウミやスズカはクッキーに手を伸ばし、もしゃもしゃと砂糖たっぷりの焼き菓子を頬張って行く。

「オタベニナラナイノデスカ?」

「タ、タ」

 上品に両手で陶磁器のカップを握り小首を傾げるスズカと、美味しいのに、と不思議そうな顔をするウミに対し、満潮や曙、霞はあんたらが深海棲艦だから、安心して口を付けられないのよ! と叫びそうになるのを鉄の自制心で抑え込む。
 元から口の悪い自覚くらいはこの三隻にもあり、正直、藍染提督に今回の任務を言い渡された時には我が事ながら不向きだと思って、軽く反論した位だ。
 だから曙達は突発的に発言してしまう事を強く自制している。

「オイシイト評判ノオ菓子ナノデスガ……」

 深海棲艦と艦娘では味覚が違うのかしら? と内心で疑問を抱くスズカが一口クッキーを頬張ると、練り込まれた砂糖の甘さとサクサクとした歯応えの心地良い感触が口中に広がり、やはり美味しいと感じる。

「オイシイデスヨネ?」

「タ~」

 ね~、とウミもスズカと同じ意見らしく肯定の返事をする。
 このクッキーもオーストラリアから手に入れたお菓子で、元々は人間用の品である。
 油や鋼材をばりばりと経口摂取出来る艦娘や深海棲艦だが、味覚は概ね人間と似通っており違いがあるとすれば、人類の人種間や育った環境による違いと同程度だ。

「あ、朝潮、逝きます!」

 空気に耐えられなくなったか、異常なこの状況に神経が参ってしまったか、普段から生真面目で責任感の強い朝潮が大声を出したかと思うと、目の前の木製のお皿に並べられたクッキーに手を伸ばす。
 客観的に見て、自棄を起こしたか、暴走したとしか見えない。

「ちょ、朝潮、止めなさい!?」

 姉艦の一部不穏な発音の混じった台詞に満潮が慌てて止めに入るが、駆逐艦娘ならではの早業で朝潮がクッキーを齧る方が早い。
 ああ、と満潮だけでなく霞や曙までも悲鳴を上げる中、朝潮の口と頬が何度か動き、ほどなくしてごくりと細い咽喉が動いてクッキーを嚥下する。

「ど、どう? 朝潮」

 普段の勝気な様子はどこへやら、恐る恐る満潮が姉艦に問いかけると、朝潮は心配している満潮が拍子抜けする位あっさりとした調子でクッキーの感想を口にした。

「あ、普通に美味しい」

「なによ、普通に美味しいって……」

 がっくりと他の五隻の艦娘達が肩を落とし、満潮が代表して五隻の心中を口にすると、朝潮は別に悪いわけではないのだけれどあたふたとしはじめる。

「え、えっと、ごごめんなさい? でも、うん、普通のクッキーだよ?」

 そう言って朝潮は食べかすを零さないように注意して、手に持っていたクッキーを上品に食べ終える。
 艦娘達の間に弛緩した様な、かといって完全に緊張が抜けていない何とも言えない空気が漂う一方、ウミとスズカは何をしているんだ、こいつらは? といった感じでますます不思議そうにしているから、なんともシュールだ。

 それから三十分ほど、ウミやスズカが積極的に摩耶や五十鈴達に、艦娘の恋愛事情や子供は産めるのか、など目を白黒させる様な質問を重ねていると、ようやくン級がこちらに到着した事をヒサメが知らせた。
 戦闘中の摩耶達を発見した時に、廃港拠点に居たン級へウミが無線で知らせ、ン級は急ぎこの座礁船拠点を目指していたわけだ。

 人数が増えて狭くなるから、という理由で船室から砂浜へと出された摩耶達は、何時でも戦闘に移行できるよう艤装を装着したままン級と対峙する事となった。
 とはいえ砂浜の方に視線を転じれば、ビーチチェアやパラソルが設置されていて、空飛ぶ豚の所有するプライベートビーチみたいな様相を呈しているから、なんとも締りがない。

 摩耶達は、事前に藍染提督から奥津城や黒峯艦隊の艦娘が撮影した写真を見せられ、目標の男性型深海棲艦の姿を目に焼き付けていたが、実際に目の前にして見ればその姿は写真とは異なる部分がある。
 なによりも、目の前の男性型深海棲艦から発せられるプレッシャーのなんたる凄まじさ。

 最高――フラッグシップの称号を冠せられた戦艦や正規空母どころか、あの装甲空母鬼すら霞みかねない。
 思わずごくりと生唾を飲み込む艦娘達を前に、ン級はオーストラリア艦娘達と同じ位緊張しているな、程度の感想を抱いていた。

「おれがン級だ。お前達の探していたという、特異な行動をする深海棲艦の指揮を取っている」

 スズカ以上に、いや人間や艦娘と変わらない位に流暢に言葉を操るン級に、摩耶達はまたまた驚いたが、ン級にしてみれば毎回このやり取りをしないといけないのか、とすっかり慣れたと言うか、うんざりするものだった。
 ン級の背後に控えたウミ、スズカ、フタバ、ヒサメ、アカネ達は、特に摩耶達を警戒する素振りを見せてはいないが、艤装は装着しており何時でも戦える用意は整っている。

「それでおれに用があると聞いたが、どんな用件だ」

「あ、ああ。アタシらの提督があんたと接触を持ちたいって言うからさ、えっとこいつを渡せって」

 摩耶は、ノースリーブで臍が覗くほど丈の短い、スクール水着と同じ生地の上着のどこかから、藍染から預かった書簡を取り出してぎこちなくン級に手渡す。
 敵意や殺気の類をぶつけられているわけではないが、男性型深海棲艦と言うこれまでの常識を覆す存在と、ン級の放つプレッシャーに二の足を踏んでいるようだ。
 ン級は五十鈴や曙達が固唾を飲んで見ているのを他所に、ふむ、と呟いて摩耶から書簡を受け取り、その場で開封して隅々まで目を通して行く。

「なるほど、おれの鹵獲が鎮守府側の総意か」

 あくまで建て前としては、と心の中で付け足し、ン級は小さく笑う。日本の鎮守府連中の判断を嘲っているようでもあり、妥当だな、と同意しているようでもある。
 ただ、ン級が漏らした言葉の一部が聞き捨てならなかったのは、ン級の背後に控えた嫁と娘達である。
 敬愛する夫・父を奪うつもりかとやにわに殺気立ち、艤装の砲塔が回転し、艦載機が発艦準備を整え始める。

「っ!?」

 実際に衝撃に頬を叩かれた様な濃密な殺気と怒気の放出に、摩耶達も咄嗟に連装砲や高角砲をン級やウミ達へと向ける。

「お前達、よせ。彼女達がおれを捕らえる任務を言い渡されたわけではない。どちらかと言えば、彼女らの提督、藍染宗助少将殿はおれを利用したい口らしいな」

 ン級がいつでも斬艦刀を抜けるように空けておいた右手を掲げ、制止の言葉を掛ける事でウミ達の殺気は収まった。
 それでも嫁と娘達の美貌には険が色濃く浮かび上がっており、これからの摩耶達の言動とン級の意思次第でいつでも戦端が開かれる事だろう。

「やはりと言うべきか日本の提督達も一枚岩ではないようだな。これだけでもおれとしては収穫だが……」

 ン級はまるで値踏みするように摩耶達を一瞥し、実に意味ありげに笑みを浮かべる。
 摩耶達の心境はこの笑み一つだけで穏やかには居られなくなるが、ン級としては別に脅すような意図があるわけではない。
 藍染のしたためた親書の内容と、親書を渡そうとした行動から推測できる鎮守府側の事情を推理し、オーストラリア・オセアニア諸国間との協定締結は成功だった、と改めて認識できたのだ。

「少し待っていろ。君らの提督への返事を書く」

 藍染からの親書を綺麗に畳み直して懐に仕舞い、ン級はジュラルミンケースに入れて持ってきておいた筆記用具一式を取り出し、ビーチチェアに腰かけると藍染への返事をしたため始めた。
 摩耶や五十鈴は、構えていたこちらが馬鹿らしくなる位てきぱきと行動するン級にどうも調子が狂う気分だった。

 ほどなくしてン級は藍染への返書を書き終えて、封筒に入れた上で摩耶に渡す。
 駆逐艦娘達はピリピリとした雰囲気を放っている。
 朝潮以外の三隻が、気が強く口の悪い所の目立つ駆逐艦娘である事に、ン級は藍染提督の意図がどんなものかと考えてもいた。

 それぞれ艦として第二次世界大戦で巡った史実を考えれば、多少性格がひねくれても仕方の無い経験をした駆逐艦娘ばかりだ。
 もっとも、それを言ったら日本の駆逐艦は大部分が戦中に沈んでいるが。

 艦隊の編成としては、東部オリョール海に出没する深海棲艦の艦隊を考えると、せめて戦艦か航空母艦を一隻は欲しい。
 海域攻略が目的でないとはいえ、重巡、軽巡、駆逐艦での編成はいささかならず危険というもの。
 東部オリョール海での黎明艦隊の活動によって、当該海域での深海棲艦の活動が変化した事で、鎮守府側が深海棲艦の大規模攻勢を警戒し主力艦隊を温存しているからだ。

 藍染が摩耶や満潮達を選び、今回の任務を委託したのは、戦艦や空母以外で異常な南西諸島海域への出撃を任せられる錬度を持つ艦が彼女達であった為だ。
 そこまでをン級は推測し、改めて艦娘達の顔を見返してみれば、なるほど覇気に満ちた味のある顔つきをしている。
 だからか、少しだけン級はサービスをする気になって、口を動かした。

「これを渡しておけ。藍染提督にとっては悪くない返事を書いておいた。もっとも君らが佐世保の鎮守府に戻った時には、もっと面白い話を提督から聞かされるかもしれん」

「なんだよ、それ? 奥歯に歯が詰まったみたいな言い方だ」

 摩耶は訝しげに眉を寄せながら、ン級からの返書を受け取って大事に上着の中に仕舞いこむ。
 上着の内側にポケットでもあるのか、それともそれなりに膨らみのある胸の谷間にでも挟んでいるのか。

「世界は鎮守府と深海棲艦ばかりではないと言う事だ。日本の外交下手が、昔と変わらんせいかも知れんがな。
 いずれにせよ、君らが無事に任務を果たした事はおれが保証しよう。おれからの返書の価値が全くなくなったと言うわけでもない。
 後は、そうだな。ここまで辿り着いた君らの実力と幸運とに敬意を表し、いくらか情報をプレゼントしよう。
 二隻分の艤装を装着しているのがおれの長女の双胴戦艦ス級フタバ、雪だるまみたいな帽子を被っているのが次女の氷山空母セ級ヒサメ、金剛型風の服を着ているのが三女の巡洋戦艦モ級アカネ、装甲を施した甲板を持っているのが戦闘空母ヒ級ミンキ。
 あっちのタ級が嫁のウミ、装甲空母鬼も嫁のスズカだ。ウミはフタバの、スズカはミンキの母親だ」

 人語を喋るスズカがタ級の事をウミと個体を識別する名前で呼んでいた事は、摩耶達も耳にしていたし、なぜかタ級と装甲空母鬼がプリーツスカートを履き、全ての艦が認識票をネックレスみたいに首から下げている事にも気付いていて、提督に伝えなければと思っていた。
 しかし、よもや深海棲艦に名づけるばかりか、子供を作っているとは! 
これは提督達にはン級が子を成す力がある事が伝えられているが、艦娘達にはまだ伝えられていなかったからこその驚きだ。

 だがそれでも具体的にン級の子供達の艦種や個体名称は分からぬままであったから、まったく意味の無い情報と言うわけではない。
 それに鎮守府側が掴んでいなかった四隻目の子供の事も知る事が出来た。
 もちろん、ン級が偽りの情報を摩耶達に伝えたと言う可能性も捨てきれないが、それでも有益な情報であるだろう。

「君らや鎮守府の提督達はおれ達の事を深海棲艦と見做している事だろう。それは間違いではないが、完全に正しいと言うわけではない。
 佐世保に戻れば分かる事だろうが、敢えて言っておく。おれは深海棲艦から離反した。今は奴と敵対する身だ。そしておれの艦隊の者達も深海棲艦とは敵対している。
 我らは新海生艦。新たにこの母なる海にて生を受けし艦。新海生艦黎明艦隊と憶えて貰おう」

「新海生艦……深海棲艦と発音が一緒じゃねえか。紛らわしい」

 口をへの字に曲げて抗議する摩耶に、ン級はまったくだと言わんばかりに肩を竦めて見せる。

「奇遇だな。おれもそう思っている」

 最初に名乗った時はオーストラリア人相手だったから、日本語に訳すとややこしい事に気付いた時には後の祭りだった。ン級だけの内緒の話である。
 かくして無事にン級との接触任務を果たした摩耶達が佐世保鎮守府に帰投し、藍染提督に任務の達成報告を告げた際、ン級の言っていた事がどんな意味であったかを彼女らは知る事となった。

 オーストラリア・オセアニア諸国と黎明艦隊間での、いわゆる傭兵契約の正式な締結の一報が深海棲艦出現以降めっきり仕事の減った外務省から齎され、日本の提督達はン級鹵獲の方針転換を余儀なくされたのである。
 自国の政府にさえ内密にし、オーストラリア政府にも、あるいは他の鎮守府にも知られない様にすれば鹵獲を実行する事も出来るが、それにかかる防諜や秘匿の手間と時間を考えれば、実行するのは現実的では無い。

 正規の手続きを経て人類国家が深海棲艦(ン級は離反したと断言しているが)と意思疎通を行い、協定締結にまで持ち込んだと言う知らせは比喩ではなく人類社会に激震を起こす情報だった。
 推定でも百隻近い数を誇る深海棲艦が、オーストラリアとオセアニア諸国、また東南アジアの航路を巡る輸送船団の護衛や、出没した深海棲艦撃沈に助力している様は、録画映像や中継映像付きで世界中に伝えられた。

 これはオーストラリアとオセアニア諸国がン級並びに黎明艦隊と本気で付き合ってゆく、という事の意思表明でもあり、また同時に黎明艦隊にこれまで以上の助力を要請するという意思の裏返しでもある。
 またこの情報が公開されたのに合わせ、ン級達が新海生艦と種としての名を掲げ、黎明艦隊と名乗っている事も世界に伝えられた。

 世界中の人々の反応は、これは深海棲艦側の策略ではないか、すでにオーストラリアやオセアニア諸国が深海棲艦に乗っ取られたのでは? と危惧し危機感を募らせる者。
 やや優勢ではあるが膠着した戦況を変える一手となりうるのではないか、本当に深海棲艦から離反したと言うのなら共闘だけでも出来ないか、と期待する者とに大まかに分けられる。

 ただ海の向こうの国の事情に口を挟めるほど余裕のある国は数えるほどしかなく、艦娘を有するドイツやイギリス等にしてもヨーロッパ圏の死守で手一杯であった。
 オーストラリア政府などに対し、内政干渉の誹りを恐れずに口を挟み、最悪の手段として武力行使が可能なのは、目下、多数の艦娘を抱える日米の二カ国。

 この内、黎明艦隊は日本国とは今よりはるかに小規模だった頃にではあるが接触済みで、藍染の先を読んだ行動によって新たな窓口が設けられたと言っても良い。
 一方で艦娘においても世界最強最大を誇るアメリカだが、地球の海で最も深海棲艦が跋扈する太平洋に面している事と、南米大陸の防衛も担っている為に決して余裕があるわけではない。
 どの国から黎明艦隊に交渉なり、脅迫なり、攻撃が行われるなりするにしても、それは今すぐではなかった。そしてその時間こそがン級にはなにより欲しいものだった。



――夢を見る。

 三十人分の食事を用意した。だが食卓に着いたのは二人だけだった。他の二十八人は皆死んだのだ。
 同じような事が何度も続く。出撃した人数分の食事を用意し、実際にそれを食べる者の数は片手の指ほど。時には一人も帰って来ない。
 一度の出撃で二十人近くが死んでいるのだ、何時までこんな事が続く、何人が死ねばよいのだと、彼は嘆いた。

――夢を見る。

 戦況の悪化に伴い、錬度の高いパイロットは次々と空と海とに散り、基本しか知らぬ新兵が空に出る。基本しか知らぬから、教科書通りの事しかしないから、次々と死んでゆく。
 若い命が消えてゆく。散る。死んでゆく。
 それでも何とか生き延びていた彼はある日、上官に呼び出された。内容はこうだ。片道だけの燃料、敵艦への体当たり――神風、特攻。
 表情をピクリとも動かさず敬礼し、しかし心ではこう呟いていた。
 ああ、悔しいな。ようやく君と結婚できたのに……。

――夢を見る。

 日本野郎共との戦争で倅が死んだ。十九歳だった。早過ぎる。親より早く死ぬのなら、例えいくつだって早過ぎる。
 倅の死を知ってから胸の奥の方に黒々とした炎が宿った。復讐の熱意と力を生み出す憎悪が炎の正体だった。

 幸い、自分は復讐の為の手段を持っていた。海軍航空隊の腕利きパイロット。それが彼の肩書だった。そんな父に憧れて倅は軍に入ったのだった。
 倅を殺したのはおれか? そんな迷いは頭から放り出そうとし、しかし常に頭の中に巣食い続けた。

 出撃する。空を飛ぶ。敵がいれば撃つ。撃って落とす。一つ落とすたびに倅の仇だと心で叫んだ。
 そうして出撃して倅の仇討ちをし続けていると、ある日、日本野郎は気でも狂った様な事をし始めた。

 戦闘機で艦船に体当たりを仕掛け始めたのだ。イカれてる。命を投げ捨ててまで敵を殺したいのか? こんなやつらに倅は殺されたのか!?
 一つっきりしかない命を捨てて来る日本野郎を落とす、落とす、落とす。
 落とす――指が止まる。鷹のようだ、と称賛された彼の視力は、敵機のパイロットの顔を認めていた。ゴーグルを目深に被り、見えにくいが若い男だった。

 人種の違いはあるがそれでも若い、若過ぎると、そう思うほどに顔つきはどこか幼い。
 いいや、それでも日本人だ、と彼は心中で吼えたが指は動かず、体を灼熱が貫く。
 ごふ、と咽喉の奥から熱い血潮を吐きながら、彼は最後に呟いた。
 早過ぎる、と。
それが倅の死か、復讐がまだ終わっていない事へか、それとも対空機銃を目一杯浴びてたった今爆散した敵機のパイロットの事かは、彼にも良く分からなかった。

――夢を見る。

 艦が傾く。機関室に籠った。他に人はいない。
 乗員や艦娘達は既に退避し、深海棲艦の包囲を破っている。無事に鎮守府へと辿り着けるだろうか?

 ざあざあ、と聞こえる筈の無い波の音が聞こえた気がした。
 まるで、おいでよ、おいでよ、と彼を招いているかのよう。
 ああ、この艦と共に自分はそこへ行くのか。このまま艦が爆発すればよくて肉片になるだろうから、良くて魚の餌だろうか?
 それとも、そうなってもお前達の仲間になるのか? 深海棲艦よ。

 彼はもうとっくに死に体になっているこの艦に、未だ砲撃を続ける深海棲艦に問いかけた。
 深い、深い、誰も見た事の無い海の底で、お前達の世界はどうなっているのだ。
 太陽の光も届かない暗闇で、お前達は憎しみと怨みばかりを醸造して、この海にやってくるのか。

 軍帽を小脇に抱え、どっかと腰を下ろして彼はじいっと床を、そしてその先に広がっている海を見る。
 海よ、深海棲艦よ、自分は直に死ぬだろう。この艦と共に静謐な暗闇の園へと落ちるだろう。

 学生の時分、目を通したチャールズ・ダーウィン著『種の起源』のある一説を、何故だか思い出した。
 生きた化石と称された古い、古い魚の話だ。
 叶うならば死して深海棲艦となるのでなく、さりとて生を長らえるのでもなく、生きている様にも死んでいる様にも見える、生きた化石のようにただ静かに、粛々と海の底に横たわる事が出来たなら、沈黙を友として暗闇の中を漂えたなら……。

――夢を見る、夢を見る、夢を見る、夢を見続ける。

 何時かの海で、何処かの海で、命を落とした何時かの何処かの彼ら。彼らの夢を見る。記憶を見る。命を見る。死を見る。
 国境も、人種も、思想も、身分も、時代も関係ない。海で死んだ者達の、ン級となった者達の生命と想いを知る。
 彼はン級であり、彼らはン級であり、ン級は彼ら全てであった。
 誰かがン級なのではない。その全ての人々がン級そのものであり、想いの結晶だった。
 それを、負の感情の集合体である深海棲艦の意思が産み出した事はこの上ない皮肉であり、同時に深海棲艦の意思がン級を傀儡と出来ぬ最大の理由でもあった。

 そして、彼にして彼ら――ン級は夜半にも関わらずぱちりと目を開けた。
凄惨な記憶の連続ではあったが、それでも自分が何者であるかを理解し、そして自分を構成する死者の想いをより深く知る事が出来た事を、ン級はよしとした。
 ふと、体がずしりと重く両腕を拘束されている事に気付く。
 見ればベッドの中にパジャマ姿の愛娘達が潜りこみ、右腕をフタバが、左腕をヒサメが抱きしめ、腹の上にアカネとミンキが乗っている。

「これは、まったく……」

 普段、娘達はそれぞれの母親や姉妹同士で一緒になって寝ていて、たまにン級とも同じベッドで眠っているが、四隻まとめて一緒にと言うのは今夜がはじめてだ。
 ン級は寝息を立てている娘達を起こさぬよう、身じろぎ一つするのも控えて娘達の寝顔を順々に見る。

 ここには命がある。
 憎悪と怨恨から産まれた筈の自分が育む事の出来た命達が、命のぬくもりがある。
 深海棲艦の意思よ、お前達もかつて持っていたものだ。お前達が図らずもおれに与え、そしておれが産み出す事の出来た命だ。
 お前達は忘れたのか、命を。命のぬくもりを。それを誰かと分かち合う喜びを。命ある事の喜びを。
 もし、そうだと言うのならば――

「お前達はあまりに哀れだ。お前達はあまりに悲しい」



 新海生艦黎明艦隊の存在が全世界に報じられて数日、ン級はオーストラリア近海や輸送船団の航路に出現した深海棲艦撃滅の為、白夜、東雲、夜終陽各艦隊に一個艦隊と補給物資を満載したワ級を加えて派遣していた。
 オーストラリア艦娘との共同作戦によって、これらの突如跳梁跋扈した深海棲艦の撃滅は迅速に終わるかと思われたが、深海棲艦はさらに出現して黎明艦隊は更なる増援の派遣を強要される事となる。

 これにより廃港拠点にはン級直属のヒルコ艦隊を含めて、三十隻ほどの艦が残っているきりとなった。
 そしてこの時、黎明艦隊本拠地へと向け、南方海域より百隻を越える深海棲艦の群れが進撃していた。

 敵の戦力を各地に展開させ、手薄となった敵本拠地への電撃的な侵攻作戦を、深海棲艦が実践してのけたのである。
 三倍以上の敵戦力を相手に、如何にン級とはいえ嫁や娘達のほとんどが居ない今、はたしてこれに対抗しうるか?

<続>

・「あ、朝潮、逝きます!」
・ まるで、おいでよ、おいでよ、と彼を招いているかのよう。
 この二つは誤字ではありません。

 要望のあったパラメータです。特に考えていなかったので割といい加減です。ご了承くださいまし。
 元となった深海棲艦のゲーム中でのステータスも掲載しますのでご参考にどうぞ。本来、回避や索敵、運などもあるのですが、私が調べた所、深海棲艦の数値が分からなかったので省略しています。

嫁補正……ン級の嫁となった艦に加算される補正。ステータスに+10
母補正……子を成した艦に加算される補正。ステータスに+10
娘補正……ン級の娘である艦に加算される補正。ステータスに+10
名前補正……ン級に名を与えられた艦に加算される補正。ステータス+5
新海生艦……深海棲艦の限界を越えて成長する特性。ステータス限界値+15
元艦娘……元は艦娘であった艦に加算される補正。ステータス+7
また、レベルアップによる増加分も加味したステータスとなっています。

・超弩級戦艦ン級フラッグシップ(新海生艦)
耐久140 火力130 雷装80 対空100 装甲150

特殊装備:斬艦刀 火力+20 白兵戦参加可能。

通常、艦これで戦闘は、

・開幕航空攻撃 → 開幕雷撃 → 砲撃 → 雷撃 → 夜戦

 の流れですがン級が居ると

・開幕航空攻撃 → 開幕雷撃 → 砲撃 → 雷撃 → 『白兵戦』 → 夜戦

 となります。他にも天龍や龍田、日向、伊勢などの刀や薙刀などを持っている艦娘も白兵戦を行えます。
・保有スキル(嘘)……分からない人はスーパーロボット大戦で検索してね。
聖戦士Lv7 強化人間Lv7 切り払いLv6 撃ち落としLv6 指揮官Lv3 底力Lv8

・戦艦タ級フラッグシップ 
耐久90 火力85 雷装0 対空70 装甲 96
・戦艦タ級フラッグシップ ウミ(嫁補正、母補正、名前補正、新海生艦)
耐久121 火力114 雷装0 対空100 装甲127

・空母ヲ級フラッグシップ
耐久96 火力25 雷装0 対空50 装甲80
・空母ヲ級フラッグシップ ソラ(嫁補正、母補正、名前補正、新海生艦)
耐久128 火力55 雷装0 対空78 装甲109

・戦艦ル級フラッグシップ
耐久98 火力90 雷装0 対空80 装甲99
・戦艦ル級フラッグシップ ヨル(嫁補正、母補正、名前補正、新海生艦、元艦娘)
耐久134 火力123 雷装0 対空113 装甲131

・装甲空母鬼フラッグシップ
耐久150 火力70 雷装80 対空60 装甲80
・装甲空母鬼フラッグシップ スズカ(嫁補正、母補正、名前補正、新海生艦)
耐久177 火力100 雷装107 対空88 装甲109

・双胴戦艦ス級改フタバ(娘補正、名前補正、新海生艦)
耐久150 火力186 雷装0 対空122 装甲105

・氷山空母セ級改ヒサメ(娘補正、名前補正、新海生艦)
耐久122 火力48 雷装0 対空81 装甲104

・巡洋戦艦モ級改アカネ(娘補正、名前補正、新海生艦)
耐久118 火力121 雷装0 対空112 装甲101

・戦闘空母ヒ級ミンキ(娘補正、名前補正、新海生艦)
耐久111 火力88 雷装0 対空65 装甲99

 大雑把にこんな感じです。ハレ、カゼ、ホシ、ツキ達は艦隊入りして日が浅い事もあり、ウミやソラより少し値が低いという事にしています。



[38714] 人艦一体
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/03/31 21:39
ネタに走りました。



 風は強く波は荒い。これから起きる戦いの予兆を感じて、半世紀以上前の大戦を空と海が思い出して嘆いているのだろうか。それともまた愚かな事をと怒っているのだろうか。
 いいや、違う。
 かつての戦争が人間と人間とが行ったものであったのに対して、今、世界中の海で、そしてこの南西諸島海域で勃発しようとしている戦いは、人ならぬ者と人ならぬ者とが行う戦いなのだから。

 どこまでも青い広がりが続く海は、しかし今ばかりは真っ黒に染まり、無数の悪意が一つの意思に統率されて進んで行った。
 駆逐艦、軽巡洋艦、重雷装巡洋艦、潜水艦、重巡洋艦、軽空母、正規空母、戦艦……人類に確認された深海棲艦の内、鬼や姫、そして戦闘能力に乏しい輸送艦を除くあらゆる艦が群れを成し、海面を真っ黒に染めながらある場所を目がけて進み続けている。

 人類を含めたあらゆる生命に嫉妬と憎悪の念を向ける深海棲艦の、実に百隻を越える大規模艦隊が目指すのは、深海棲艦の内から生じた裏切り者ン級の元。
 駆逐艦から生じ、今では戦艦へとその身を自己改造し、深海棲艦のみならず諸外国が無視しえぬ戦力を持つに至ったン級とその艦隊殲滅の為に、深海棲艦もいよいよ本腰を入れたのである。

 彼女らの目指す新海生艦のバシー島沖にある廃港拠点には、各地に出現した深海棲艦撃滅の為に戦力を展開した為、おおよそ五個艦隊ほどしか戦力が残されていない。
 単純な数で言えば三倍以上の開きがあり、如何に個々の戦闘能力が従来の深海棲艦を凌駕する新海生艦といえども、古参の主力やン級の娘達が不在とあっては厳しい戦いを強いられるだろう。

 深海棲艦側は旗艦を群れの後方に据えて、軽巡洋艦ホ、ヘ、ト級や重雷装巡洋艦チ級を旗艦とする水雷戦隊を群れの前方に配置していた。
 水雷戦隊の一つを率いていたホ級の一隻が、周囲に展開していた偵察機が撃墜された事を知り、群れの総旗艦へと短距離無線で連絡を入れる。

 この度のン級率いる黎明艦隊を撃滅すべく差し向けられた艦隊の総旗艦は、鬼級の一隻である南方棲鬼(なんぽうせいき)だ。
 赤みがかった豊かな白い髪を左右の側頭部で結わえて垂らした美女の姿をしており、際どい面積のビキニの上に黒いジャケットを着込み、太腿の半ばまであるロングブーツを履いている。

 肘から先は重厚な装甲で覆われ、連装砲塔が腕一本につき二基あり、指先にはそれ自体が刀のように鋭い爪が伸びていた。
 腰には三連装砲と綺麗な歯並びの口が融合した、深海棲艦特有の艤装が備わっている。
 16inch三連装砲、8inch三連装砲、艦上戦闘機を搭載した強力な艦で、戦艦のタ級やル級を上回る高い戦闘能力を誇る。

 後方に居た南方棲鬼はホ級からの報告に、すぐさまヌ級、ヲ級に艦載機の発艦を命じたが、直後受け取った報告に不意に違和感を覚えて小首を傾げる。
 偵察機が落ちる寸前に目撃したのが、艦上偵察機の彩雲だというのだ。
 おかしい。
 彩雲は艦娘側の空母艦娘が用いる艦載機であって、新海生艦を名乗っても装備のほとんどは深海棲艦である黎明艦隊では運用されていない筈……。

 しかし南方棲鬼に、思案に暮れる時間的余裕は与えられなかった。
 そう時間を置かぬうちに、北西方向から飛来する大規模な黎明艦隊の航空戦力が確認されたからである。
 実に数百単位にもなる航空戦力は、深海棲艦の運用する、流線型の機体下部に上顎だけを備えた半生体兵器の艦載機だけではなかった。

 彗星艦上爆撃機、天山艦上攻撃機、零式艦上戦闘機52型(零戦52型)などの日本製艦載機群が、深海棲艦の艦載機と共に空を飛んでいるではないか。
 またレシプロ艦上戦闘機ホーカーシーフュリーと、単発レシプロ複座戦闘機フェアリーファイアフライ、ブラックバーンロック、フェアリーフルマーなどの姿もあった。

 南方棲鬼の新海生艦側の編隊に対する疑惑は解消されぬままだったが、手をこまねているわけにも行かず、深海棲艦側からも迎撃の航空戦力が順次発艦、空中集合の後に陣形を形成する。
 たちまちの内に空中で爆発の花が絢爛と咲き誇り始め、戦闘機の迎撃網を掻い潜った天山が超低空飛行に移り、彗星も急降下爆撃の為に鋭く眼下の深海棲艦へと突っ込む。

 双方合わせて一千を越す艦載機の第一次航空戦は、迎え撃つ深海棲艦側に然したる損害を与えることなく終わる事となった。
 これは深海棲艦側の方が艦載機の数で勝った事と、黎明側が発艦させた航空戦力の編成が戦闘機に大きく比重を置いて、深海棲艦側の艦載機の数を削るのを目的としていたからである。

 戦艦の主砲の射程外からの航空攻撃を凌ぎ、南方棲鬼はすぐさま砲雷撃の用意を整えるべく配下の艦に、短距離無線で命令を発する。
 深海棲艦艦隊の沈められた艦は駆逐艦と軽巡洋艦ばかりで、主要戦力である戦艦や空母に然したる被害は無かった。

 一方で水平線に艦影が見え始めた深海棲艦の動きを、拠点に残っていた艦のほとんどを率いて出撃したン級が獰猛な笑みを口元に浮かべながら見ていた。
 彼の傍らにはスズカ、ミンキ、ハレ、カゼ、ホシ、ツキの姿がある。ワ級四隻を除く二十六隻あまりの新海生艦がこの場に参じていた。

「戦力を各地に展開させた上での敵本拠地への電撃的侵攻、ふん、分かりやすい作戦を取ってくれたものだ。お陰で迎え撃つ態勢を整える事が出来た」

 それに、とン級は大きく距離を置いて左翼と右翼に展開している、日本艦娘とオーストラリア艦娘達の艦隊を見る。
 日本艦娘は三個艦隊十八隻、オーストラリア艦娘は一個艦隊と予備を含めて九隻あまりがこの場に居る。
 黎明艦隊と合わせれば五十を越す。これで戦力比は、三:一からおおよそ二:一にまで縮まった事になる。

「ヒ、ヒッヒ」

 水平線の彼方で黒煙を噴く深海棲艦を指差して、ミンキが父親であるン級になにやら話しかけ、母親であるスズカはそれを微笑ましげに眺めている。
 戦闘を目前に控えた者達にしてはずいぶんと緊張感に欠けている様に見えるが、過度に力んでいるわけでも無く臆している様子も無いのだから、彼女らはこれで良いのだろう。

「そうだな。おれ達が一隻で二隻を沈めれば数の上では互角だ。だがそれではこちらも全員沈んでしまう。頑張って三隻か四隻を沈めるとしよう」

 どうやらミンキは、一隻で二隻沈めれば数は同じだね、と父親に話しかけていたらしい。
 今のミンキは十歳そこそこと、駆逐艦娘とさして変わらぬ外見年齢だが割り算は出来るようだ。
 第二次攻撃隊の発艦準備を進めるミンキの頭を一つ撫でて、ン級は口元の笑みを一旦消すと、父親の顔から総旗艦兼提督の顔へと変貌し、敵深海棲艦艦隊へと目線を向ける。

「さて、これだけでかい戦は初めてだな。存分に戦わせて貰おうか。スズカ、ミンキ、ハレ、カゼ、ヌ級各艦は第二攻撃隊の発艦を急げ。
 黎明艦隊各艦砲雷撃戦用意。敵は数だけを集めた烏合の衆だ。おれ達の敵では無い。蹴散らして行くぞ!」

 ン級の号令と共に、黎明艦隊全艦が打ち寄せる波を砕き、大気を轟かせる大声で唱和し、天井知らずに士気は高まって、艦隊から目に見えぬ炎が天高く立ち昇っているかのようだ。
 恐怖の一片とて存在しない黎明艦隊の異様なまでの士気の高ぶりを、日本艦娘とオーストラリア艦娘達は頼もしさと恐れの混同した瞳で見ていた。



――ここで時を遡る事数日。

 黎明艦隊の廃港拠点には

『歓迎、日本艦娘御一行様』

『ようこそおいでませ。オーストラリア艦娘御一行様』

『新海生艦一同、皆様を歓迎いたします。どうぞごゆるりとお過ごしください』

 と両国の母国語で書かれた垂れ幕や横断幕が何枚も波止場や桟橋に掲げられ、普段とは随分と異なる雰囲気と体裁をなしている。
 まだウミ達嫁艦やフタバ達娘艦達が各海域に出張する前の事で、船舶の往来が絶えて久しい港には、日本とオーストラリアに籍を持つ工作船が日本は三隻、オーストラリアは一隻錨を降ろしている。

 この工作船は艦娘達が長期戦や激戦に投入される際、攻略海域に彼女らを運び極力燃料や体力、集中力を消耗しないように用いられる。
 内装は艦娘達が過ごしやすいように工夫を凝らしており、簡単な傷病治療設備や飲食設備も備えている事から、ホテルなどと呼ぶ事もある。

 艦娘を保有する各国によって工作船は様々であるが、提督がこれに乗船するのは昨今では珍しいケースだ。
 今回は航続距離や不意に勃発する事態への備えなどもあり、この工作船にて艦娘達と共に提督が廃港拠点を訪れる事となっていた。

 ン級は深海棲艦艦隊が複数の海域に突発的に出現した事を囮かと危惧しつつ、かといってオーストラリア・オセアニア諸国間との協定から、戦力派遣をしないわけにも行かぬ状況に置かれていた。
 戦力を派遣しないという選択肢は各国からの信頼失墜と、猜疑心の劇的増加を引き起こす恐れがあるから、まず絶対にあり得ない。

 では戦力を派遣して手元に残す艦を少なくすれば――この段階ではまだ推測だが――まず、この拠点に数の利でもって攻め込まれるだろう。
 逆に深海棲艦の大規模艦隊を上手く誘引し、これを撃滅出来れば長期間深海棲艦側からの侵攻を断念させられるかもしれない。

 手元に残す戦力だけでも三倍か四倍までの戦力差ならひっくり返せる自信はあるが、それではこちらの戦力も文字通り殲滅必死となるだろう。
 かといって戦力を残し過ぎては深海棲艦側が容易には動かず、いつ襲撃が来るかと警戒しながら艦隊運営をして行かなければなら無くなる。

 黎明艦隊の戦力は派遣する前提とした場合どうすれば良いか、と思案に暮れたン級が閃いたのは、手元にないのなら他所から戦力を持ってくれば良いではないか、という情けないが他力本願な考えだった。
 こうしてン級はオーストラリアと日本両政府に対し、南西諸島海域から撤退した深海棲艦の大規模侵攻に対する対策を協議したいと伝え、廃港拠点に両国の艦娘達を呼び寄せる事を策した。

 日本とオーストラリアは、共に新海生艦が南西諸島海域をほぼ制圧下に置いてからの深海棲艦の動きを注視しており、沖ノ島海域や南方海域に戦力を集結させて大規模攻勢に出る、と予測して元々それに備えていた。
 元深海棲艦であるン級からの連絡と情報は、両国にとってン級に対する不信感があろうとも無視してしまって良いものではなく、求めに応じて一部の提督と艦娘派遣を決断させる。

 オーストラリアから派遣された提督と、日本の各鎮守府から派遣された三名の提督は、ン級が執務室としている一室に秘書艦と共に案内されて、来る深海棲艦の大規模攻勢に対する協議を行っていた。
 黎明艦隊側は、ン級と秘書艦として知性が最も高いスズカ、それに最古参のウミが同伴している。
 その他の艦娘や工作船の乗組員たちは、客人を迎え入れられるだけの体裁を整えた廃港の宿舎などに案内されて、新海生艦に囲まれてひどく緊張しながら休息を取っている。
 まあ、本当に休息になっているかどうかはなはだ怪しい所ではあるが。

 オーストラリアから派遣されたのは、白いものの混じる灰色の髪をオールバックにした少壮の軍人、エイパー・シナプス大佐。
 黒革張りのソファに腰かけたシナプス大佐の傍らには、ケント級重巡洋艦二番艦キャンベラがきりりと引き締めた表情のまま、やや肉厚の唇を固く閉ざして立っている。

 第二次世界大戦において日本とオーストラリアは交戦国であり、当時の艦艇の化身である艦娘達は顔を見合わせるなりなんとも気まずい雰囲気に陥ってしまった。
 第一次ソロモン海戦で重巡鳥海に魚雷二本を命中させられたキャンベラも、例外ではない。
 無表情の仮面を被っているだけマシとも言えるし、逆に心中がどのように荒れているか分かったものではないとも言える。

 キャンベラは肩口で煌めきを纏う金髪を綺麗に切り揃え、眦鋭い碧眼の目立つ妙齢の美女である。
 艤装こそ外しているが、第二世界大戦当時のオーストラリア海軍が採用していた軍服を身に纏っている。
 ただし腰から下は丈の短いスカートで太腿まである黒のタイツを履き、脛まであるブーツは主機と一体化したデザインだ。

 オーストラリアの戦艦娘サーベラスと巡洋戦艦娘オーストラリアが、共に1920年代に沈められた旧式である事を考えると、1928年に就役して第二次世界大戦を戦ったケント級のキャンベラはオーストラリア艦娘屈指の強豪といえる。
 もっとも、艦隊戦闘よりも個艦での遺外任務を主念頭に置いて設計されたから、必要最小限の武装と、低い防御能力とを引き換えに高い凌波性・航続距離・居住性を実現した艦ではあるけれども。

 付き合いの長いシナプス大佐がキャンベラの機嫌が大絶賛降下中であることに、困ったものだと内心で唸っているのを他所に、日本の提督や秘書艦達も気まずい空気は感じていて、さてどうしたものかとそれなりに困ってはいた。
 日本政府が黎明艦隊と共同で深海棲艦撃滅の為に派遣した提督は、先にウミ達と接触した藍染宗助少将を筆頭に、ラバウル基地の白河中佐、そして舞鶴鎮守府にその人ありと言われた安室零(あむろれい)大佐の三名である。

 特に安室大佐は、日本国内でとりわけ有名な提督でかつては航空自衛隊に所属しており、空輸の護衛任務をいくつもこなし、深海棲艦の艦載機を撃墜した戦果を誇る。
 これは艦娘の艦載機を除き、人類の手による深海棲艦艦載機の数少ないどころか数えるほどしかない例であり、安室大佐はこの戦果を持って『白き流星』の二つ名で知られている。

 航空自衛隊の英雄兼広告塔として重宝されていた安室大佐だが、後に提督としての適性が日本国屈指という事が検査で発覚し、通称鎮守府組に転属となり晴れて提督業に精を出す事となっている。
 この一件で航空自衛隊の歴々が鎮守府組をたいそう恨む事となったが、提督となってからの安室大佐の凄まじい戦果もあって、表面上はまだ揉め事は勃発していない。

 ちりちりとした茶色い天然パーマとやや垂れ目気味の童顔が特徴の安室大佐の傍らには、秘書艦娘である高雄型重巡洋艦二番艦の愛宕が立ち、藍染少将の傍らには航空戦艦への改造を終えた扶桑、白河中佐の傍らには長門が立っている。
 ン級は白河が連れて来た長門が、奥津城提督の指揮下で交戦した長門と同一艦であると気付いていた。

 深海棲艦や新海生艦の見分けが着くように、ン級は対象が艦娘であっても個々の判別が着く。
 同型艦、この場合、長門が百隻ずらりとン級の目の前に並んだとしても、その全ての艦の見分けが着くのである。

 既に挨拶を終えた面々はこのまま押し黙っているのは時間の無駄でしかない、という意識を共有しており、ン級がごほん、と咳払いをして口火を切った。
 この時点で黎明艦隊側は、フラッグシップになったカ級と、新たに軽巡洋艦から潜水艦へと改造したカ級三隻からなる、合計四隻の潜水艦隊に南方海域への偵察を命じており、深海棲艦側の動きを常に監視させてある。

「この度は我々の要請に応じ厳しい状況の中、こうしてお越しいただいた事を嬉しく思う。まずは、感謝を。ありがとう」

 ン級そう言って椅子から腰を上げ、軽く頭を下げるとスズカとウミもそれに倣い、提督と艦娘達は表に出す出さないの差はあったが、小さくない驚きを抱いていた。
 直属の上官であるジョン・コーウェン中将から話を聞き、実際に新海生艦と共に戦った事もあるシナプス大佐とキャンベラはまだマシだが、日本の提督達は話だけだった筈の存在が目の前に実在している事を改めて認識していた。

「さて、目下、深海棲艦は太平洋を中心に突発的に戦力を展開し、我ら黎明艦隊の戦力を拡散させている。
 奴は自分を裏切ったおれの事がとりわけ憎く、疎ましくて仕方ないらしいから、日米やオーストラリア、オセアニア諸国ではなくおれを狙って艦隊を動かすだろう。
 実際、潜水艦隊から南方海域の深海棲艦が大規模艦隊の編成を終えつつある、と報告が来ている」

 ン級が各提督達に提示したのは、カ級が撮影に成功した深海棲艦泊地の映像で、ややピントのずれた写真には、無数の蠢く深海棲艦の影が映っている。
 自国が攻め込まれる可能性は低い、とン級の台詞からは聴き取れる事に、まだ経験の浅い白河中佐は安易に信じてほっとした様子を見せる。

 一方で歴戦のシナプス中佐や藍染少将、安室大佐は写真に映る艦隊の規模を見て、これと激突した際の戦闘シミュレーションを脳裏で始めていた。
 シミュレーションとは別にこの場での協議に関する思考も並行して行い、藍染少将は柔和な目元はそのままに怜悧な眼差しでン級を見る。

「なるほど、既に敵艦隊の動きは捕捉済みと言うわけか。しかし、それならば黎明艦隊の戦力派遣を一時中止して、持てる戦力で迎え撃てばよいのでは?」

 意地の悪い藍染の指摘に、ン級はシナプス大佐の横顔を一瞥したが特に変化は無い。
 藍染の言葉がオーストラリアの軍人である自分の反応を見る為でなく、ン級の反応を見る為のものだと理解しているのだ。
 話の早い者たちなのは助かるが、余計な事を確かめたがるのは手間だな、とン級は内心で愚痴を零す。
 有能な味方も時には考えものだ。ましてや完全に味方とは言い切れない相手となればなおさらというもの。

 敵が攻めてきます、力を貸してくれませんか? 皆で一緒に戦えば貴方達にとっても良い事がありますよ、では一緒に戦いましょう、とシンプルに物事が進めば良いのだがそうは行かないのが浮世の定めである。
 ン級は表情を変えぬまま、淡々と事実を述べる口調で藍染に答えた。

「それをしては協定を結んだ各国への信義にもとる。むろん、この港に残す艦隊でも勝利を得る自信はあるが、退いた深海棲艦達がどんな動きをするかまでは保証できない」

 深海棲艦が六隻編成にとらわれない大規模艦隊での侵攻を行う場合、その群れを率いる旗艦さえ沈めれば残る艦は統率を失い、混乱して撤退する事が確認されている。
 そうして三々五々と撤退した艦は最寄りの泊地や拠点に逃げ込む事も確認されてはいるが、はぐれと呼ばれる艦も同時に発生し、イレギュラーな存在として輸送船団や艦娘の出撃を妨げる事がある。

 新海生艦と深海棲艦の消耗を狙ってこれを見過ごすに留め、深海棲艦が負けるにせよ勝つにせよ決着がついたとしても、深海棲艦のはぐれが多数生じて今後障害となる可能性は極めて高い。
 となれば曲がりなりにも人類への友好を謳い、実際に言葉通りの行動を取っている新海生艦と一時的にでも共闘姿勢を取り、今回の大規模侵攻を凌ぐ方が有益である、と日本とオーストラリア両国は判断するに至っている。

「余計な質問をしてしまったようだね。貴官の艦隊との共闘は正式な手順を踏んだ上で下された命令だ。微力を尽くして戦う事を約束しよう」

「そうしてくれると助かる。カ級達からの報告から推測するに、敵艦隊が交戦予定海域に到達するのは三日かそこらと言った所だ」

 ここでこれまで黙っていたシナプス大佐が、苦み走った渋い声でン級に問いの矛先を向けて来た。

「うむ。ところで実際の戦闘での指揮系統はどのようにするつもりかね? 事前の連絡では各国に委ねると聞いているが……」

「いくらなんでも一日二日顔を突き合わせた所で、満足のゆく指揮系統の構築など出来はしまい。提督毎に率いて来た艦娘の指揮に集中して貰えればよい。
 精々、各艦隊が担当する戦闘海域の制定と無線の周波数を合わせる事、それに初撃の航空戦の歩調を合わせる程度だろう。
 あまり求め過ぎてもかえって害にしかなるまいて。おれ達それぞれの出自や因縁、残された時間の短さを考えればな」

 これもこの場に居る全員が予め了承していた事だ。
 艦娘達に対する指揮と士気は、艦娘自身がメンタルとコンディションによって大きく戦闘での働きが異なる存在である事から、提督が変わるとなると劇的な変化を及ぼす恐れがある。
 となると普段、指揮を執る提督の下で戦わせるのが最も艦娘の性能を引き出す手段だ。
 日本から派遣された三提督でさえ異なる鎮守府からの出向であるから、密な連携を残された時間で構築するのは至難の技だろう。

「求め過ぎてはかえって益を損なうか、古人が常に口にしてきた事だな。分かった。オーストラリア艦隊は黎明艦隊の意向に賛同しよう」

 シナプス大佐なりにン級の真意や人格を確かめようとしていたのだろう。
 見極めるのはもう十分と判断したのか、それきり積極的に意見を口にする事は無くなった。
 それから定めるべき基準や非常時の行動などを取り決めたが、はたしてどこまで守られるか実際に直面しない限り分かったものではない。
 それでも話は進められて、事前にヨルがはりきって淹れた紅茶や、各秘書艦娘達が自主的に淹れたコーヒーが何度も空になるだけの協議が重ねられる事となった。

「正直、ここは人間の滞在を念頭にした修繕はしていないから、居心地は良くないだろうがせめて寝食だけは保証する。戦いの時まで英気を養って貰いたい」

 詰められる所は一通り詰め終わった所で、ン級がここで話は終わりだと切り出すと、シナプス大佐や安室大佐、藍染少将達も異論は無い様子でそれぞれ立ち上がり、ン級は白河中佐にだけ声を掛けた。
 厳密に言えば秘書艦として傍らに居る長門にだ。
 白河中佐だけを呼びとめた事を訝しむ顔を他の三人はしたが――

「白河中佐の長門が前の提督に指揮されていた頃に、やり合った事がある。ただ旧交を温めるだけだ」

 なんなら、残って貰っても構わない、とまでン級が言うに至り、ひとまず信用して執務室を後にした。
 白河中佐は緩くウェーブした髪をサイドポニーで纏め、眼鏡をかけた温和で知的な印象を受ける美女だが、目の前のン級が提督殺しの艦である事から流石に緊張している様だった。

「白河中佐、あまり固くなるなと言っては酷かもしれんが、おれに害意が無い事だけでもなんとか信用して貰えんものかね?」

「は、いえ、努力はしているのですが、なかなか」

 焦った様子で眼鏡をしきりにクイクイと動かす白河中佐の様子からは、この年若い才女がラバウルの若きエースとして知られていると、誰にも信じて貰えそうにない。
 ン級は人殺しを前にしているのだから無理も無いと気にしなかったが、スズカとウミはあまり面白くはなさそうだ。
 といっても長門が悠然と見守る程度だから、敵意などのレベルには至っていない。

「ふ、まあ、無理にはと言わんさ。ところで貴官の隣に居る長門だが、重巡だった頃のおれと交戦した長門だろう。今は貴官の艦隊に籍を置いているのかね?」

「ええ、貴方と戦った奥津城提督の艦隊に所属していた艦娘達の大部分は、別の提督達の下で戦う道を選んでくれました。
 私の艦隊にはこれまで長門は居ませんでしたから、今ではとても頼りにしています」

 そう言って自慢げに笑う白河中佐の顔は十代に見える位にあどけなく、そして誇りに輝いていた。長門は黙ったままン級と白河中佐のやり取りに耳を傾けていた。
 長門がン級を見つめる瞳に憎悪や怨恨の色は無く、不思議と澄んだ瞳で見ている。
 かつてラバウル基地で妹艦陸奥と言葉を交わした時の陰鬱さは、どこかへと消えたようである。

「そうか、長門型の手強さはおれも骨身に沁みている。戦艦になった今ならばまだしも、重巡だった時のおれがまともにやりあったら勝機は小さかっただろう」

 長門がようやく口を開いたのは、ン級なりに賛辞を述べたこの時だった。
 偉大なる七隻の誇りに満ちた武人の顔で不敵に笑うと、かつてとは比較にならぬ重圧を纏うン級をまっすぐに見つめて言う。

「あの時のみならず今でも正面からの殴り合いなら負けんさ」

「な、長門さん!」

 あわあわと白河中佐はン級やその嫁達の機嫌を損ねたかと心配するが、当のン級はむしろ喜んでいるようだし、スズカとウミも特に顔色を変えていない。

「くく、そうだな。長門と陸奥は日本の誇り、そう謳われた戦艦ならばそれ位の事は自信と共に口にしてくれなくては困る。
 あの奥津城とかいう艦娘を道具、いや、おもちゃとしか見ていない様な奴の下に居た時よりも、よっぽど覇気に満ちた顔をしているではないか。
 白河中佐、貴官は艦娘と上手くやっていけるようだな。提督とは艦娘に好かれる為に存在しているわけではないが、艦娘の心身を万全にする事が役目であるのは確かな事実。
 その点において貴官は立派な提督であるようだ。味方として戦える事は、実に喜ばしい」

 そうだ、日本の誇る大戦艦長門はこうでなくては、とン級は愉快な気持ちになっていた。
 彼の人格や魂を構築する一部の日本人達が、そう思わせているのだろうか。
 一方で深海棲艦とは別種族であると宣言しているとはいえ、見た限りでは深海棲艦としか見えないン級に賛辞を受けた白河中佐は、素直に賛辞を受ければ良いのかどうか分からない顔を作って、ぎこちなく礼を告げる。

「えっと、あ、ありがとうございます?」

 ただ、この時、白河中佐、いや白河提督が気になったのは、まるでン級が何十年と言う時を戦い抜いた歴戦の提督であるかのような印象を受けた事だった。
 それから白河提督は不敵に笑う長門を伴い、見ているン級が申し訳なくなる位恐縮した様子で執務室を後にした。
 四名の提督と秘書艦娘達が去った執務室で、不意にウミとスズカがつぶやく。

「タタ、タ、タ」

「そうだな。ああいう顔をした戦士は強い。今は敵でない事を喜ぶべきだろう」

「デスガモシ敵トナッタトシテモ、ワタシモウミ様モ負ケルツモリハアリマセン」

「ふ、当然、おれもだ。だが今回は長門型の本領を見る良い機会だ。存分に戦って貰おう」

 一方、執務室を後にした安室提督は愛宕と共に、自分達の工作船へと続く道を歩いていた。
 時折釣竿を持ったリ級や、麦わら帽子を被ったヌ級、真っ赤なマフラーを風に靡かせているチ級やらと自分達の正気を疑う存在とすれ違う。

 イ~イ、イ、イと波間で停泊しているイ級がなにやらリズムをつけて口ずさんでいるのを、安室提督が愛宕に翻訳して貰った所こうであった。
 いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、と数を数えている所らしい。愛宕曰く関西の抑揚の付け方で、龍驤や黒潮が同じリズムで数を数えているとのこと。
 イ級の周囲を見回すと他の駆逐艦や軽巡洋艦達が、イ級に背を向けて離れている所で、しばらく何をしているのかと安室提督と愛宕は揃って首を捻ったが、どうやら『鬼ごっこ』をしているらしい、と分かった時には思わず天を仰いだ。
 ほかにも、だるまさんが転んだ、や水切り遊びなどをしている艦も見受けられる。

「とんでもない所に迷い込んだ気分になるな、ここは」

 どちらかというと困惑よりも面白がっている様にも聞こえる安室提督の言葉に、愛宕はふわふわとした普段の様子のまま、それでもどこか困った様に右の人差し指を頬に添えながら言葉を選んで答えた。

「ん~~ノーコメントですね。でもあんまり怖い所では無いと思います」

「確かにここにはおれ達に対する悪意という物がない。それなりのプレッシャーを与えられる事を覚悟していたんだがな」

「肩が凝らなくってよいのは素敵な事だと思います」

 愛宕はそう言うと、高雄型一番艦と二番艦特有の重厚な胸部装甲をたぷんと揺らす。これでは普段から肩が凝って仕方がないだろう。

「君にとっては、いや他の皆にとっても良い事だな」

「はい」

 愛宕は安室提督の呟きに、深い所で繋がった二人だと分かる声で答えた。
 深海棲艦の放つ瘴気がまるでない、当たり前の潮風が吹く港をそのまま歩いていると、鎮守府から乗ってきた宿舎を兼ねる工作船の辺りがなにやら騒がしい。
 何事かと思って小走りに向かうと、安室提督が連れて来た金剛型四番艦霧島、それに翔鶴型正規空母一番艦翔鶴、同二番艦瑞鶴、夕雲型駆逐艦一番艦夕雲、同二番艦巻雲が見た事の無い深海棲艦達にまとわり着かれて目を回している。

「モモモ~」

 と霧島の背中からX字に伸びたアームに支えられた艤装をぺたぺたと触っているのは、アカネである。
 戦艦と言ったら父とウミ、ヨル、それにオーストラリア艦娘しか知らないアカネには、日本艦娘である霧島の艤装が珍しくって仕方が無いらしい。
 アカネの場合は、元艦娘である母親ヨルの出自も多少は関係しているのかもしれない。

「危ないからあまり艤装に触れないでください!」

 一応友軍である事から手荒に扱うわけにも行かず、霧島は眼鏡の奥の瞳にどうしたらいいのかしら、と困惑の文字を大きく描いている。

「ヒヒヒ?」

「セッセ」

 戦闘空母のミンキと氷山空母のヒサメは、航空母艦である翔鶴と瑞鶴に興味津々で、しきりに翔鶴の赤いスカートをめくっては純白の紐パンをしげしげと眺めている。中々大胆な品である。
 極端に丈の短い緋袴ではなくスカートらしい。
 衣装はほぼ共通だが、長い白銀の髪に赤い鉢巻を巻き、「シ」の字が入った胸当てをしているのが姉の翔鶴、対して青緑色の長い髪をツインテールにしてまとめ、勝気な瞳に「ズ」の字が入った胸当てをしているのが妹の瑞鶴だ。

「ああ、だ、駄目よ。スカートを捲らないで!」

「こら、あんた達、なに翔鶴姉のスカートを捲ってるの! それをしていいのはあたしと提督さんだけなんだからね」

「ず、瑞鶴!?」

 瑞鶴は姉艦翔鶴の事を強く慕う艦娘として知られているが、姉いじりを提督にも許しているとなると、安室提督は相当強い信頼関係を築けているようだ。
 そして夕雲と巻雲は残るン級の愛娘ズ長女フタバに、

「スー」

 軽~い、と言われながら脇に手を入れられて、交互にひょいひょいと持ち上げられたり下ろされたりを繰り返していた。
 黎明艦隊で駆逐艦と言えば、イ、ロ、ハ、ニ級だからそもそも人型をしていない。
 対して艦娘は駆逐艦でも美少女の姿をしているから、その事がフタバの興味をひいたらしい。

「これは、困ったわね、夕雲はどうするべきなのかしら?」

 長い緑色の髪を三つ編みにし、口元のほくろや自然と纏う妖艶さからとても少女とは信じられぬ夕雲は、言葉通りにどうフタバに対応すれば良いのか、本気で困っている様子。
 夕雲の妹艦である巻雲は上下運動に三半規管というか、スタビライザーをやられてしまったのか、丸眼鏡の奥の瞳が渦を巻いている。
 腕をぶんぶん振って、巻雲は三十万馬力近いフタバから逃れようと必死である。

「ふえええ、はなして、は~な~し~て~~。こ、これ以上は無理ゲーだしい~~~」

 思っていたのとは違うが惨状と言えば惨状の光景に、愛宕があらあらうふふふ、と困った時に誤魔化す為の言葉を口にする。
 安室提督は彼女達が報告にあったン級が深海棲艦達に産ませた新型の艦だと気付き、同時に彼女らを監督しているらしいル級に声を掛けた。

(ん? このル級、なにかが違う……)

 四人娘が艦娘達にじゃれつくのを心配するでもなく、微笑んで見守っていたのはヨルである。
 艤装を外した楽な格好だが、胸元にはヨルと日本語と英語で書かれたネームプレートを着け、認識票を首から下げている。ネームプレートに関しては、名前付きの艦全てが着けている物だ。
 艦娘達が娘達に手を上げはしないか、と心配している様子が無いのは、ヨルの元艦娘としての経験や記憶がそうさせているのだろうか。

「ル~」

 安室提督と愛宕に気付いたヨルは、ハ~イ、と陽気な調子で右手を上げながら二人に挨拶をする。
 自分達の知っているル級からは想像もつかないヨルの対応に、安室提督と愛宕はついお互いの顔を見合わせる。

「初めましてかな、おれは安室零。こちらはおれの秘書艦の愛宕」

「愛宕よ~、よろしくね」

「ル」

「あの娘達は君とン級の子供達だろう。良いのかい? あんなに無防備に艦娘達と遊ばせて?」

「ル、ルルル、ル~ルルル~」

「愛宕、彼女はなんて?」

 超人的な勘の良さと理解力を持つ安室提督だが、深海棲艦の言語を脳内翻訳するスキルは無い。翻訳を愛宕に頼むと、愛宕はひどく困惑した顔でこう告げた。

「その、『霧島はいざ戦闘となればとてもブレイブリーですが、普段は落ちついた出来た子デ~ス。アレくらいで怒ったりはしないネー。
 五航戦シスターズも驚いてはいても特に気分を害しわけではありまセン。ノープロブレムデ~ス。
 夕雲と巻雲は馬力の違いでむしろフタバが傷つけないか、そっちの方が心配ですけどネ』だそうです」

「愛宕……」

「ち、違いますよ、本当にそう言っているんです」

「それでは、まるで金剛……いや、そう言う事か」

 何かを察した素振りを見せる安室提督に、愛宕は不思議そうな顔を向けるが彼はそれに答える事をしなかった。
 例え密度の濃い時間を共有する愛宕でも、容易に口にして良い内容では無かった。
 このル級はかつて金剛だった深海棲艦なのだ、などと。
 このようにして、ユニコーンとAを組み合わせた赤い艦隊旗をシンボルとする安室艦隊は、ン級の娘達の襲撃を受けて翻弄されるのだった。

 一方、波止場の一角では歓喜の声が上がっていた。
 白河艦隊の面子は、奥津城艦隊に所属していた艦娘達によって編成されている。
 これはン級艦隊の元へ行く事を知った彼女らが、率先して志願した為と任務に見合う実力を兼ね備えていたからである。
 高速戦艦である金剛型を用いた機動戦を得意とする白河中佐だが、今回の艦隊編成は旗艦に長門、その妹艦陸奥、駆逐艦暁、響、雷、電からなっている。

 六隻全てが奥津城艦隊から編入された艦娘と言う事は、当然この電は長い事ン級達と共に過ごした電であった。
 古参の黎明艦隊の面々は良き教師でもあったこの電の事を良く覚えており、特に電に懐いていた駆逐艦達は、電との再会を妹艦と久方ぶりに会えた暁達のように喜んでいた。

 長門と白河中佐が会議に出向いている間は、暁ら第六駆逐隊の統率は陸奥に委託されていたが、猛然と倉庫の方からやってきた軽巡洋艦ト級、ヘ級、重雷装巡洋艦チ級が、嬉しそうに電に駆け寄り、電の方も彼女らが誰かすぐに分かったので満面の笑みを浮かべているのを見て、どうすべきか判断に迷った。
 その間にも暁ら姉妹達は当然チ級達の行為に警戒心を露わにしたが、電が制止の声を掛けた事で手を出す事をかろうじて思いとどまる。

「お久しぶりなのです。皆、元気にしていましたか?」

「チ、チ」

「ト……」

「ヘヘ、ヘヘ」

 当然よ、君こそ調子はどうだい、ひどい事されていない? とチ級達は答えを返し、深海棲艦の言葉が何となく分かる陸奥や暁達は、当たり前のように電が深海棲艦とコミュニケーションを取っている事に、目をお月さまみたいに丸く見開く。
 チ級やト級がごつい腕でぺたぺたと電の髪やら肩やら、セーラー服のリボンを直したり、スカートの皺などを伸ばしたりしてやる様子を、陸奥達はしばし呆然と見る羽目に陥るのだった。

 そして藍染少将は自身の工作船にではなく、艦隊の艦娘達を引き連れて、普段ン級達が利用している食堂の方に腰を落ち着けていた。
 陸上で活動可能な艦が利用する施設なので、あまり艦影は多くなく、大テーブルの一角を藍染達が占有する形になった。

 藍染が連れて来たのは主力艦隊である『鏡花水月』艦隊だ。
 旗艦に扶桑型航空戦艦一番艦扶桑を据え、同二番艦山城、数度の改造を経て軽空母となった千歳型一番艦の千歳、同二番艦の千代田、それに重巡摩耶と軽巡五十鈴改二である。
 ン級と直接面談した藍染は、摩耶達から受けた報告通りにン級が確たる理性を持ち、簡単な挑発や皮肉に煽られる様な分かりやすい性格の主でない事を、はっきりと認識していた。

 曙達には悪い事をしたが、図らずも口の悪い艦娘ばかりとなった親書派遣艦隊の面々を相手にしても、ン級が声を荒げる事や手を上げる事も無かったと言うから、予め推測できた事ではある。
 それでもやはり実物を目の当たりにすると、思っていたのと違う印象を受けたのは確かだった。それだけでもここに来た甲斐はあった、と藍染は判断している。

「それにしても不思議な印象の艦でしたね、提督」

 扶桑は食堂に置かれていたコーヒーサーバーから淹れたブラックコーヒーを差しだして、藍染の隣に腰かけた。
 肩だしミニ丈の巫女服を纏い、艶やかな黒髪を長く伸ばして艦橋を模した髪飾りを着けた、如何にも薄幸の佳人といった大和撫子風の美貌を誇る扶桑の言葉に、藍染は頷く。
 コーヒーの礼を述べつつ、聞き耳を立てる艦娘達に聞かせる為に藍染が口を開いた。

「外見は深海棲艦を思わせるものだったが、明確な知性と理性を感じられたし実際そうだったよ。
 しかし彼を目の前にすると、歴戦の戦士のように、そして老練の指揮官のようにも思える。
 まるで何人もの人間を同時に相手にしている様な、不可思議な感覚を受ける艦だった。
 だが信義を口にし、それを守る事を良しとする精神構造の主である事は確かなようだよ。政治家にも政治屋にも向いていないな」

 藍染の言葉に耳を傾けながら、姉艦扶桑から砂糖とミルクありありのコーヒーを受け取った山城が、消え入りそうな小声で自分の考えを口にする。
 座席の位置は扶桑の対面である。山城と扶桑は良く似た姉妹で、山城が肩に掛る位で黒髪をざっくりと切っているほかは、ほとんど瓜二つだ。

「提督はあまり敵だと考えてはおられないのですね。でも、私はなんだか良く分かりません」

「分からない?」

 藍染に、山城は、はい、とこれまた小さな声で答える。それから手の中のマグカップを傾けて一口飲んでから、言葉の続きを紡ぐ。

「だって、初めてここに来た時、驚くほど整然と艦が並んでいて、なんて戦力なのか、規律が行き届いているのかって驚いていたら、あの旗でしょう?」

「ああ、あれかあ、あれはなあ」

 お茶受けに置いてあるビスケットを遠慮なくボリボリ食べていた摩耶が、山城の言う旗を思い出し、呆れた顔を作る。
 桟橋や波止場にこれでもかという位に立てられていた、日本艦娘とオーストラリア艦娘を歓迎する言葉がずらずらと羅列された旗や横断幕、ノボリの事だ。

 観光地の旅館じゃあるまいし、まさかあんなもので出迎えられるなど、一体誰に予想できただろうか。
 灰色の髪を首筋の辺りで一束にまとめ、落ちついた印象の千歳が、うへえ、という顔を作る摩耶に同意する。

「確かにあれは初めて見たら驚いてしまうでしょう。というか、あんなものがあるなんて誰にも予想できませんよ」

 すると千歳の肩に頭を預けていた千代田が、姉に追従するように旗以外にも自分達を驚かせたものを口にする。

「驚いたと言えば間宮さんに対する歓迎ぶりも凄かったよね。あの大合唱、深海棲ええっと新海生艦だっけ?
 全員、まっみっや、まっみっや、まっみっやって、アイドルのコンサート会場みたいに叫んでたんだよ」

 新海生艦の言葉が分からない藍染は、千代田から明かされた事実に驚いた顔をした。
 四提督がこの廃港拠点を訪れた際、ン級は全艦を整然と並べさせて祝砲を撃ち、藍染達を驚かせる見事な統率を見せたのだが、その中に特別に派遣された給糧艦間宮が居る事を知ると、一斉に艦達が叫び始めたのである。

「そんな事を口にしていたのかい?」

「そうそう、間宮さんは捕虜になっていた時期があったって言うから、その時になにか餌付けでもしたのかなあ?」

 何事かと藍染は疑念を抱いていたのだが、よもや間宮の名前を連呼していたとは。
 間宮がン級達の捕虜だった頃に、大量の食料と間宮羊羹、間宮アイスによって胃袋を掴むことに成功し、古参のン級艦隊参加艦から天使! 女神! 間宮!! と崇め奉られている事を、藍染達が知るわけも無い。

「あら、噂をすれば影ね。間宮さんだわ」

 摩耶の隣に腰かけた五十鈴が食堂の入口を見ると、ソラとハレに連れられた間宮が顔を見せた。
 先程まで製油所にあった間宮菜園を真似た、第二次間宮菜園の見学をしていたのである。
 特にソラは間宮から料理の手ほどきを受けた経験があり、間宮を我が師と尊敬している節がある。間宮への対応は馬鹿丁寧だ。
 間宮達は藍染らに気付いた様子は無く、そのまま厨房へ入ると先に入って夕飯の仕込みをしていたヌ級フラッグシップとなにやら話を始める。

「提督、あのヲ級の片方、普通のヲ級と外見が少し、それと雰囲気も違うと思いませんか?」

 藍染の右隣に腰かけた扶桑が、ハレの姿に何かが引っ掛かって敬愛する提督に問う。
 ハレの顔立ちそのものはヲ級を女子高生ごろの年齢にしたものだが、ロングストレートの髪や左のこめかみに付けている髪止めなどの外見的相違がある。

「扶桑君の言う通り、何がとは言えないが違和感のようなものがある。これもン級の影響によるものなのか、興味が尽きないな」

 藍染から寄せられる好奇の視線には気付かず、間宮はエプロンを着けたヌ級フラッグシップと今後の料理に着いて語り合い始めていた。
 このヌ級はハレとはまた異なるベクトルで女子力が高く、料理洗濯掃除と家事に対して万能性を発揮し、また他のヌ級に比べて抱擁力があり、ン級がまるで母親みたいだな、と評した個体である。

 彼女もまた元艦娘であろうか? 彼女自身としては和食が得意らしいのだが、黎明艦隊に和の食材は滅多に入って来ず、間宮が持ってきてくれた食材について聞かされて、とても喜んでいる様子だった。
 この様にして、オーストラリア艦娘と日本艦娘の間に若干の気まずさこそあれ、新海生艦達と艦娘達は特に衝突するでもなく時を過ごす事が出来た。



 そして、南方棲鬼が率いる深海棲艦の大規模艦隊との間に戦端が開かれ、三隻の嫁艦と娘艦、多くの戦力を手離した代わりに日本艦娘とオーストラリア艦娘の助力を得られた黎明艦隊は猛烈な攻撃を敵艦隊に加えていた。
 その先鋒を務めるのは総旗艦兼提督でもあるン級。本来指揮官が前線に出るなど、『行け』ではなく『続け』と命じる事を求められた時代にしか許されない。

 しかしこうして最も苦しい前線に立ち続け、果敢に闘う姿を見せる事でン級は配下の艦達からの信望を集め、士気を無制限に高め、勝利を重ねて来た。
 士気が戦闘能力に直結する深海棲艦にとって、それは重要なファクターとなっている。
 黎明艦隊の全ての艦が全身から業火の如き闘志を放ち、思考は冷静にしかし心は激しく燃やして戦う様は、駆逐艦に至るまでが従来の深海棲艦から逸脱しつつある証左であった。
 そして、この海戦に参加した艦娘達は口を揃えて、仲間達にこう言った。

――あの海には鬼神が居た、と。

 通常、戦艦は距離を詰められると最大の武器である主砲の長大な射程が災いし、その圧倒的火力を活かす事が出来ない。
 しかし斬艦刀を有するン級は長射程での撃ち合いのみならず、至近距離での白兵戦でも真価を発揮する例外的存在であった。

 敵艦隊先鋒を務める水雷戦隊のど真ん中に飛びこみ、軽巡ホ級と駆逐艦ロ級四隻がこちらを囲いこむのを待ってから、斬艦刀を一息に振り抜いた。
 絶対に外しようの無い超至近距離での砲撃の好機に、喜び勇んだ五隻の深海棲艦は円を描いた斬撃によって尽く両断されて海の底へと沈み始める。

 これは幕末の頃、六人の山賊に囲まれた際、財布を取り出して油断させ、近づいて来た所、一振りで六つの首を刎ねたと言う、林崎夢想流居合術(はやしざきむそうりゅういあいじゅつ)の老達人・常井主水(とこいもんど)が振るった妙技「天車引留(てんしゃひきとめ)」だろうか。
 五隻の敵艦が海に沈むのを待たず、ン級は両肩の18inch三連装砲、16inch三連装砲を連射して駆逐艦、軽巡洋艦を大輪の爆発の花に飲み込みつつ、三十ノットを越える快速を活かし、次々と敵を斬り捨てて行く。

 ン級を羽交い絞めにせんと捨て石になって後ろから襲いかかってきたリ級に対し、咄嗟に屈んで振り返りざまに脛を斬り落としたのは、水鷗流武術(すいおうりゅうぶじゅつ)の居合「漂葉」か。
 脛から足を断たれて崩れ落ちるリ級の左手首の逆を決めて投げ倒し、海面に叩きつけて顔面をぐしゃぐしゃにしたのは、為我流派勝新柔術(いがりゅうはかっしんじゅうじじゅつ)の立合(たちあい)「連捕(つれどり)」のやや変形型だろう。

 一旦足を止めて二方向に向けて巨弾を叩き込むン級であったが、時折三方向目にも砲弾を飛ばし、駆逐艦ならば撃沈、軽巡以上ならば小破から中破の損害を負わせている。
 三つ目の砲を持たぬ筈のン級がどうして三方向目に砲撃を加える事が出来たか? 
 答えはン級の左手に握られた砲弾であった。回転打という投げ方で直接砲弾を投じ、砲弾は次々と敵艦に突き刺さって艦体に穴を開けている。

 比較的近距離で投じているとはいえ、まるで手裏剣のように砲弾を投じて敵艦に損害を与えるなど、これまでどんな艦娘もした事が無いのではないだろうか。
 刺さり方には主に三通りがあり、最も良いのは下向きに刺さる刺さり方、次いで見栄えは良いが飛翔力を使い切り死んだ状態である真っ直ぐに刺さる刺さり方、もっとも悪いのは完全に力の抜け切った上向きに刺さる刺さり方。

 ン級の投じた砲弾は一つの例外も無く下向きに刺さって、敵艦の艦体に飛翔の力を思う存分叩きつけている。
 手裏剣がミサイルの母体となったと言うのは、一部の界隈では有名な話だがよもや砲弾でそれをするとは。
 砲弾を手裏剣代わりに投じる体の動かし方から察するに、ン級が習得しているのは幕末も近い頃に、天心一刀流開祖白井亨(とおる)が創立した白井流手裏剣術だろう。

 ン級は艦娘とも深海棲艦とも決定的に異なる点が存在している。
 艦娘はかつてこの惑星の七割を占める海に沈んだ艦艇そのものやその乗組員達の、愛する人々を、生まれ育った国を守りたいと言う善なる想いに支えられて顕現した、艦艇の化身だ。
 対して深海棲艦は艦娘とは真逆の、何故自分が死ななければならない、沈まなければならない、他の者達も同じ目に合わせなければこの恨みは収まらぬという、負の念が具現化した存在だ。

 どちらもベクトルは違えども艦の化身なのである。だが、ン級は違う。ン級は沈んだ艦と乗組員やかつての死者達双方の念が混在し、深海棲艦の器に注がれて生じた存在だ。
 艦艇と人間達の負の感情、これに加えて図らずも深海棲艦が取り込んでしまった、本来艦娘発生の源となるべき善なる守護の念の為に、人間としての自意識を覚醒させたのがン級だ。
 人であり艦。艦にして人。故に艦としての身体能力で人間の技を振るう事が出来る。
 ン級は、深海棲艦にも艦娘にも前例の無い、いわば人艦一体(じんかんいったい)と言うべき唯一無二の存在なのだ。

<続>

 ん~レ級は通常改造の果てに、という形で子供はやはりオリジナル艦にしたいです。
 また日本には、鹿島悠大佐や、天田士郎中佐、浦木功少佐などが居ます。ネタでございます、ネタでございます。あしからず。

追記

安室提督の戦果についてご指摘があったのでちょこっと変えました。
深海棲艦は、通常兵器に対して地上に出たオーラなバトラーが纏うオーガニック的オーラなバリアーのように頑丈で、常にトミノフスキー的ミノフスキーっぽい粒子のような瘴気をを発している事と、戦闘機などと比べると極めて小型であることから、撃墜はほぼ不可能、というのがこの世界の常識です。
でありながら深海棲艦の艦載機を撃墜した安室提督はちょっと人間じゃない技量の主です。深くは考えていないので、ん~、これくらいの説明でご容赦を。



[38714] ン級とン級
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/03/24 21:34
「改」「改二」表記を省いていますが、登場する日本艦娘・オーストラリア艦娘は最初の改造を全て済ませています。五十鈴は改二です。概ねレベル40~60くらいのイメージです。



「前に出過ぎたな」

 総旗艦ン級を先端に置いた楔形陣形で、敵艦隊中央に突入した黎明艦隊は、ン級の突破力があまりに高過ぎた為に、予想以上に早く敵艦を撃沈させ過ぎて思ったよりも敵艦列に食い込んでいた。
 ン級は斬艦刀に付着した血液とも油ともつかぬ赤黒い液体を、一振りして拭うと足を止めての砲撃戦に移行する。

 高速で航行しながらの砲撃となると著しく照準が困難になる為に、前進と停止を繰り返しながら砲撃するのは艦娘・深海棲艦共通の一事だ。
 当然、深海棲艦は最大の目標であるン級が足を止めて砲撃を始めるのを、最大の好機と捉えて中破や大破に追い込まれた艦までも動員し、砲火をン級へと集中させる。

「はん、目の前にぶら下げられた餌に食いつくあたり、獣と変わらんな!」

 ン級は至近弾の着弾による高波や衝撃の煽りを受けながら、最大火力を誇る18inch三連装砲と16inch三連装砲による反撃の砲火を放ち続けている。
 深海棲艦の陣形はン級という穴に吸い込まれる水のように漏斗状に変わりつつあったが、その間に黎明艦隊や日本・オーストラリア艦娘達は広く展開し、鶴翼の陣形に変わって深海棲艦を包囲する形に移行している。

 事前の打ち合わせが多少はあったとはいえ、いざ実戦となった場で比較的スムーズにそれぞれの艦が動いている事を考えると、やはり日本・オーストラリアの両提督と艦娘達は有能であると認める他ない。
 敵でなくて感謝だな、とン級は直撃コースにあった敵タ級の放った16inch三連装砲の砲弾を、斬艦刀で切り払った。

 真っ二つにされた砲弾は左右に別れ、ン級の背後の海面に着弾してやや小さい水柱を屹立させる。
 文字にすればたったこれだけの事ではあるが、超音速で飛来する砲弾を視認して切り払うのみならず、切った砲弾が背後の味方に流れ弾となって着弾しないよう、自分の背後にすぐ着弾するよう軌道を計算した上で切り払ったのである。
 いかに深海棲艦の肉体に数多の人間の技術を併せ持つとはいえ、尋常ではない。もはや神業(かみわざ)か魔技(まぎ)とでも形容すべきだろう。

 見る間にン級に加えられる砲撃の数が減り、統制砲撃も行われなくなっていく。
 いい仕事をする、とン級は自分の配下達と今回の友軍達への称賛を口中で零す。
 敵艦隊は前衛に配置した水雷戦隊が恐ろしい速度で消耗するのにも構わず、捨て石として全身を命じ続け、後方に配置した戦艦と航空戦力による反復攻撃を変わらず続けている。

 黎明艦隊と日本の三提督達の艦隊はともかく、航空戦力と言う点においてオーストラリア艦隊はこの場に居る勢力の中で最も劣る。
 ン級は電探と交錯する無線、海域に満ちる気配と巡らせた視覚から得られた情報を瞬時に精査し、下すべき命令とその優先順位を決めて行く。

 突出していたン級の傍らに追いついた装甲空母鬼スズカは、巨大な艤装に搭載した連装砲を撃ち放ち、敬愛する総旗艦兼夫を狙う不届き共を次々と原型を留めない鉄屑に変えてゆく。
 元はスズカも彼女らの仲間であったし、今も深海棲艦の一種と言われれば否定できないが、既に彼女の中で自分は新海生艦であり深海棲艦ではないと割り切られている。

 第三次攻撃隊の発艦を終えたスズカは、ン級という誘蛾灯に群がる深海棲艦――蛾――どもへ、闘志の燃える瞳を向けてそれを込めた砲弾を放つ。
 敵の駆逐艦達が肉薄してくるのを、近距離の艦から吹き飛ばして艦体を木っ端微塵にしてやるが、小回りが利き足も速い駆逐艦の動きを追い切れず何隻かがこちらの懐に潜り込みつつある。

「チョコマカト!」

 無駄口を叩く間もスズカは砲弾を放っていたが、焦りが照準を鈍らせたか、命中弾は無い。
 いざとなれば艤装に備わった巨大な女の腕と爪で引き裂いてやる、とスズカは赤みがかった美貌に鬼女の表情を浮かべる。
 駆逐艦はあまりに脆い耐久力と貧弱な砲しか持たぬ事からどうしても侮られがちだが、デストロイヤーと呼ばれるに相応しい巨大かつ熱い闘志をその小さな体に秘めている。

 また彼女らの持つ魚雷は装甲の薄い艦の底にダメージを与えるもので、夜戦ともなれば戦艦や空母を食らう事もある。
 決してその小さな体を侮って良いものではない事を、歴戦の艦であれば理解しているものだ。
 ましてや深海棲艦には、闘志だけでなく憎悪と嫉妬が加わるのだから。

「クッ」

 敵駆逐艦達が一斉に取舵を取る事前動作から魚雷発射の態勢を整え終えつつあるのを見て、スズカは魚雷の回避と直撃に備える。
 流れ弾がン級や愛娘に向かうようならば、体当たりしてでも止める! と悲壮とも言える覚悟をスズカは胸中で瞬時に固めたが、それは至近で放たれた味方の砲弾が敵駆逐艦を撃沈させた事で無為なものとなった。

「スズカ、意識をとらわれるな。視野を広く持て!」

「テートクッ」

 視線を前方から迫りくる二個水雷戦隊に向け、18inch三連装砲を盛大に打ち鳴らしていたン級が、16inch三連装砲塔を回転させて、電探(でんたん)を頼りに目視すらせずにスズカに迫っていた駆逐艦達を沈めて見せたのだ。
 心中に焦りがあった事はスズカとて否定はしないが、それにしても意識と兵装の大部分を別の敵に向けながら、こちらに向かって来ていた敵駆逐艦を呆気なく沈めて見せるとは。

「ソレデコソ我ラノテートク、私ノダンナサマ」

 他の追随を許さぬ技量を見せつけるン級へ、スズカは惚れ惚れとした瞳を向ける。
 ただの深海棲艦であったなら、決して知る事の無かっただろう感情はスズカの心に甘美な想いを広げる。

――テートクニツイテキテ良カッタ。テートクノモノニナレテ幸セダ。

 戦闘の最中にも関わらずついつい口元を緩めるスズカの様子に、愛娘のミンキが不思議そうに声をかけて来た。

「ヒ」

「オ父様ノ事ガ頼モシイト思ッテイタノヨ」

「ヒ~」

 スズカが素直に答えると、ミンキは心の底から同意の様で嬉しそうに何度も首を上下に振る。
 こうして母と娘が戦闘中にも関わらず和やかな空気を醸していると、魚雷も撃ち始めたン級の声が二人の鼓膜を揺らし、ある指示が下された。



 敵艦隊を誘引し、包囲して火力を叩き込んでいる黎明艦隊とは別に、左翼を担うオーストラリアのシナプス艦隊は、数が少ない事とその編成から敵艦隊と一進一退の戦いを繰り広げている。
 シナプス艦隊の編成は重巡洋艦キャンベラを旗艦とし、軽空母メルボルン、軽巡洋艦パース、軽巡洋艦アデレード、旧アドラミリティV級の駆逐艦ヴェンデッタ、ヴァンパイヤ、トライバル級改型駆逐艦アランタ、ワラムンガ、バターンの全九隻だ。

 この内トライバル級の三隻は予備として連れて来た駆逐艦娘達であったが、戦線を維持する為に投入されており、全ての艦が持てる武装を全力展開して深海棲艦との間に濃密な砲火の糸を引いている。
 後方に位置する工作船アルビオンの艦橋にはエイパー・シナプス大佐が腰を落ち着け、オペレーターから随時伝えられる戦況に応じて、素早く的確に指示を下している。

「アランタ被弾、主砲損失、装甲三割喪失なれども機関は健在。メルボルン、第三次攻撃隊を収容します」

 ウェーブ(女性士官)であるオペレーターのシモンズからの凶報に、シナプスはかすかに眉を寄せるだけに留めた。
 指揮官たる者が胸中の感情を容易く表に出すなど、あってはならない。

「アランタは一時アルビオンに後退し換装作業に入らせろ。また全艦進路を右二十度に取れ。黎明艦隊との間に距離を取る」

「提督、キャンベラより通信です」

「回せ」

『提督』

 シナプス提督の指示が全艦に行き渡った時、すぐさま返信を返してきたのはリ級との砲撃戦に勝利し、若干の余裕が生まれたキャンベラだった。

「なにか?」

 短く鋭いシナプス提督の声に、キャンベラは淀みない口調で意見を述べはじめる。

『現状、黎明艦隊と距離を開けばこちらの砲火に穴が開きます。敵艦隊にそこを突かれれば艦隊を分断され、各個に撃破される危険性があります』

 キャンベラの危惧している事はもっともだ。現在、深海棲艦と戦っている三勢力で最も戦力が乏しいのは、オーストラリア艦隊だ。
 寡兵である為に一度崩れ出すと、途端に崩壊は止められなくなる。各個撃破されるとなれば、真っ先に狙われる恐れがあるのもオーストラリア艦隊なのだ。

「うむ、君の意見はもっともだ。だが幸い杞憂に終わりそうだぞ」

『え?』

 ン級を狙って進路を変えていた深海棲艦達の一部が、オーストラリア艦隊の進路変更に気付き黎明艦隊との間に開いた間隙を狙い、進路をそちらへと変更する。
 オーストラリア艦隊は、こちらへと向かってくる深海棲艦達へ必死に砲火を浴びせる。

 軽巡洋艦と駆逐艦が艦隊の大部分を占めるオーストラリア艦隊は、高い錬度から敵が駆逐艦や軽巡洋艦であれば互角以上の戦いを演じられるものの、重巡や戦艦が相手となる装甲と火力の差が如実に出て来る。
 特に数が物を言う艦隊単位での砲撃戦となれば尚更であるし、これまで守勢に回って海域攻略をほとんどしたことの無いオーストラリア艦娘達にとって、これだけの数の深海棲艦と相対するのは初めてで、歴戦のキャンベラにしても小さくない緊張に体を強張らせている。

 アランタのみならず他の艦娘達の大なり小なり損傷を負っており、オーストラリア艦娘の中に無傷の少女は一隻もいない。
 キャンベラは、シナプス提督には何か考えがありそうだが、と思案に陥ったが、敵艦隊後方にいた戦艦ル級エリートが、無数に砲塔を伸ばした両手の盾をこちらに向けるのに気付く。

 砲塔の向き、ル級エリートの射程、命中精度、その他諸々のデータが脳裏を駆け廻り、敵の狙いが自分とキャンベラは結論した。
 旗艦としてオーストラリア艦娘の士気を支え、奮闘するキャンベラの排除を敵は優先したのだろう。

 絶え間ない砲声が大気を震わせていると言うのに、キャンベラには自分を狙うル級エリートの砲撃の音だけが聞こえたような気がした。
 戦闘開始から酷使し続けた所為で咳き込む様な音を立てている主機は、それでもキャンベラの意思に良く応え、右旋回運動によって16inch砲弾の直撃を避けることに成功する。

 キャンベラは甚大な損傷を避けた代わりに、海面に着弾して起きた高波をもろに被り、口から衣服、艤装の中まで海水に塗れて転覆しそうになるのを必死に立て直さなければならなかった。
 まずい、とキャンベラが真っ先に感じたのは自身の事よりも、キャンベラが砲撃を受けた事で仲間達が浮足立ってしまった事だ。

「私は無事よ。全員、目の前の敵から意識を離してはだめ!!」

 キャンベラの声にすぐさまオーストラリア艦娘達は意識を切り替えたが、敵深海棲艦の一部が突入する猶予を与えるのには十分だった。
 このままでは黎明艦隊と分断される!
 まさにキャンベラの危惧した事態が現実のものとなろうとしていた。

 しかし、指揮を取るシナプス提督の口元には勝利を確信した不敵な笑みが浮かんだままだった。
 シナプス大佐には何が見えているのか、その答えは次の瞬間、突入してくる敵水雷戦隊が飛来した艦爆と艦攻によって吹き飛ばされた事で示される。

「爆撃機に攻撃機、それにあれは深海棲艦のもの……そう、シナプス提督の指示はそういう事」

 ふっとキャンベラに掛る巨大な影があった。
 オーストラリア艦隊の劣勢を見て取ったン級の指示により、援軍に駆け付けたスズカである。
 他にもミンキ、ホシ、リ級フラッグシップ、ヌ級フラッグシップ――エプロンを着ていたあの個体だ――を連れている。
 航空爆撃を仕掛けている艦爆や艦攻は、スズカとミンキ、ヌ級フラッグシップが発艦させたものだ。

「ナニガ、ソウイウ事ナノカシラ?」

「いいえ、なんでもないわ。援軍、感謝します」

 綺麗な敬礼と共に礼の言葉を告げるキャンベラに、スズカは小さく笑い返す。
 スズカは、協議の場での硬い雰囲気に比べると、随分と柔らかな態度だと感じた。

「我ラノテートクカラノ指示ニ従ッタマデノコト。ミンキ」

「ヒ!」

 ミンキが、ふんす、と鼻息荒く気合を入れた声を出すのに合わせて、腰から伸びる艤装の飛行甲板がくるりと回転して、16inch三連装砲塔が姿を見せる。
 キャンベラは目の前で起きた珍事態に目をぱちぱちとさせている。何処の世界に飛行甲板が回転したら、主砲が出て来るような艦が居ると言うのか。

 ミンキとスズカは共に肩を並べて、雷撃を受けて傾く敵ル級エリートを標的に砲撃を開始する。
 名前の通りに星を模した金色の髪飾りを右のこめかみのあたりに着けたホシも、リ級フラッグシップと共に、オーストラリア艦娘達が涎を垂らして欲しがりそうな火力で、敵艦隊の横腹を突いて爆炎の花を絢爛と咲かせ始めている。

「ル」

「リ、リリ」

 ホシがあくまで淡々と砲撃の指示を出し、苛烈な火力を展開し始めるのに対して、ホシよりも古参のリ級フラッグシップは闘志に満ちた叫び声を上げ、またその口元には好戦的な笑みが浮かんでいた。
 オーストラリア艦隊にとってありがたいのは、スズカやホシの火力ばかりでは無い。

 スズカ、ミンキ、ヌ級フラッグシップが有する航空戦力は、メルボルンしかいない彼女らにとって非常にありがたいものだった。
 シナプス提督からの指示で、燃料と弾薬補給の為にアデレード、ヴァンパイヤと共に一旦後退するキャンベラは、先程のシナプスの指示を思い出していた。

「現場に立つ私と後方で指揮を取る提督では、見えている世界が違う、か」

 それにしても密な打ち合わせをする時間など無かったし、連絡を取り合った様子も無かった。
 にも関わらずン級の動きをかくも正確に予期したシナプス提督の読みの深さもそうだが、決して多くは無い戦力を、それも主力となり得る強力な艦を派遣するン級の大胆さも大したものだと、キャンベラは内心で称賛の念が湧き起こるのを禁じ得なかった。



「リリリリーーー!!」

 高波に乗って天高く跳躍したリ級フラッグシップが、真っ赤なスカーフをなびかせながら対空砲火を展開する敵ト級エリートの真ん中の頭に蹴りを叩き込む。
 リ級フラッグシップの全重量と運動エネルギーを叩き込まれたト級エリートの頭は、ぐしゃりと音を立てて爆ぜ割れて、リ級フラッグシップは飛び退きざまト級エリートの艦体に主砲の連打を叩き込んで完全に無力化させた。

「リリリ~」

 決まった、と自慢げに笑うリ級フラッグシップに対し、彼女の艦隊に編成された雷巡チ級エリートや軽巡洋艦ヘ級フラッグシップ、ホ級、駆逐艦ハ級、ロ級達からは抗議の声が上がる。
 何を血迷ったのかどこかの仮面を被ったヒーローの真似ごとをする旗艦をサポートする為に、標的だったト級エリートの足を止めて、また周辺の敵艦から的にされないように砲撃による支援をしなければならなかったのだ。まったくもって余計な手間である。

「チ、チチ!」

「ヘ~」

「リ!? リリ」

 配下の艦総出の抗議に、格好良く決まって良い気分だったリ級フラッグシップはたじたじとなる、どうやら自分の形勢不利を悟ったらしい。
 なにかないか、なにかないか、と周囲に逆転の手段を求めたリ級フラッグシップは、黄金の妖気に輝く瞳で、敵艦の中心に座す正規空母ヲ級フラッグシップの姿を認めた。
 これだ!

「リ、リリリリ!!」

 大物食いだ、全艦、力を合わせて行くぞ! 突撃~~!! とこの場を誤魔化す為にいやに大きな声で叫ぶリ級フラッグシップに、冷え切った視線を向けながらチ級エリート達が続く。
 彼女達はリ級フラッグシップの性格に対してはすっかり慣れ切っており、冷めた対応しかしないが、それでもきちんと後に続く辺り信頼はしているのだろう。

 赤いスカーフをたなびかせるリ級フラッグシップが、再び飛び蹴りを敵ヲ級フラッグシップに叩き込む機会を伺っているのを、愛染提督の指揮下にある鏡花水月艦隊の航空戦艦山城はなんとも複雑そうな顔で眺めていた。
 軽空母に改造を済ませた千歳、千代田を艦隊後方に配置し、軽巡洋艦五十鈴改二と重巡洋艦摩耶改を左右に、そして前面には扶桑・山城姉妹が座して戦艦の火力を周囲に知らしめている。

「山城、どうかしたの?」

 砲撃を継続しながら問いを発する姉艦に、山城は同じように砲撃しながら答える。

「扶桑姉様、私、あの深海棲艦達と一緒に行動していると頭が痛くなってしまいます。
 ふざけているみたいに戦っているけれど、きちんと結果は出しているし、あんな戦い方がここでは普通なのかしら?」

 刀や薙刀を用いて近接戦闘を演じる艦娘も居ないではないが、徒手空拳、それも特撮ヒーローを思わせる蹴り技でもって敵艦を撃沈させる様な艦娘は居ない。
 なのにあのリ級フラッグシップはそれをしたし、また周囲の艦達はそれを咎めている。
 深海棲艦の下位艦が上位艦に抗議しているのもそうだが、抗議の言葉が出ると言う事は、リ級フラッグシップが自らの意思で勝手な真似をしたと言う事だ。

 それはすなわち勝手な真似をするだけの自我があり、自分の考えや思考の傾向があると言う事になる。
 これまで山城が戦って来た深海棲艦には見られなかった傾向に、飛び蹴りをかましたリ級フラッグシップ達が『新海生艦』を名乗っている事を思い出し、確かに彼女達は普通の深海棲艦とは違うのかもしれない、と山城は思っていた。

「そうね、彼女達の提督も随分と個性的な戦い方をしているし、彼女達をただの深海棲艦と思ってはならないのは確かね」

 ちらっと扶桑のみならず摩耶や五十鈴達も山城の視線を追従すると、件のリ級フラッグシップがジャーマンスープレックスでヲ級フラッグシップに止めを刺している所だった。
 噴進砲で対空砲火を張り巡らせていた摩耶も、サブマシンガン状の20.3cm連装砲で敵へ級エリートと撃ち合っていた五十鈴も、扶桑と同じものを見て苦虫を噛み潰したような表情になる。

 どうも新海生艦の拠点に来て以来、なんとも言えない気持ちになる事が続く事に、鏡花水月艦隊の各艦達は戦闘中ながらひどく疲れた気持ちにさせられた。
 しかしそれでも彼女らは愛染提督の士気の下、数多の修羅場をくぐった歴戦の兵である。
 こちらの装甲を兼ねる肌を突き刺してくる新たな殺気と怨念があれば、即座にそちらへと向き直る。

 深海棲艦側の駆逐艦や軽巡は八割近くが既に沈められていて、温存されていた重巡や戦艦、正規空母級が前に出始めている。
 水雷戦隊で敵艦隊を消耗させ、戦艦や空母で止めを刺す、という思想に基づく艦隊運用だろうか。
 敵艦隊旗艦と思しい戦艦タ級エリートが、背を仰け反らせて咆哮を上げる。

「―――――――――――――――――――――――!!!」

 決して人の言葉にはならぬ怨霊の咆哮が、新たに大気と海をびりびりと震わせる中、鏡花水月艦隊旗艦扶桑は、月の光のように透き通り、そして月の光が孕む狂気を凝縮したように美しい笑みを浮かべた。
 その笑みを見た者は思うだろう。かくも美しい笑みならば人を狂わせられると。狂うほどに美しい。そう、美し過ぎるナニカは人の心を狂わせるのだと。

「あまり強い言葉を口にしては駄目よ。弱く見えるわ」

 扶桑は解れた一筋の黒髪を唇に絡ませながら、にっこりと笑む。



 交戦海域の上空で繰り広げられる航空戦は、数で勝る深海棲艦側が圧倒すると見えて、天井知らずの士気と錬度を誇る黎明艦隊、そして黎明艦隊をも圧倒しかねない変態機動を見せつける、安室零提督の艦娘翔鶴、瑞鶴ら五航戦シスターズの艦載機達が勝者となっていた。
 艦娘達の提督に霊的な素質が求められるのは、艦娘の存在の根本が古来船に宿るとされた船霊(ふなだま)である事を理由とする。

 かつて海で命を散らした人々と艦艇の守護の念によって、この世界に実体化した艦娘であるが、その存在を現実への干渉力を持った生命体として固着する触媒として最適とされたのが、由来となった艦そのもの(ほぼ原型を留めているものに限る)、そして霊的素養に恵まれた人間であった。
 人間達は艦娘を制御の可能な戦力として、また多くの数を運用する為にも後者の道を選択している。

 この霊的素養に恵まれた人間こそが“提督”である。
 提督が用意された軍事的・霊的拠点である鎮守府に着任し、提督の艦隊に配属される事で両者に霊魂の領域で契約が結ばれて、艦娘はその存在を確たるものとする。
 この時、平均的な提督では艦娘達を三次元世界に固着させるだけだが、極一部の霊的素養に恵まれた提督は、艦娘達をより強力に具現化させ、それだけにとどまらず提督と艦娘達の魂の繋がりによって、知識や経験、技量の共有がなされる。

 多くの提督達にとっては――それでも数えるほどしかいないが――単に艦娘の基礎能力を向上させるに留まるが、例えば『白き流星』の異名を取ったほどの超規格外エース、安室零提督の艦娘達だったなら――――その答えが、この空にあった。
 翔鶴と瑞鶴が発艦させた艦載機達は、彼女達と安室との霊的なつながりによって、翔鶴達が持つ艦としての記憶に加え、安室自身の技量と感覚がある程度加味されている。

 さしもの安室提督と翔鶴達と言えども、完全に安室提督の技量が反映されているわけではないが、日本はおろか人類規模で見て一、二を争う安室提督の技量と、半世紀以上昔の大戦の経験を併せ持つ五航戦の艦載機達は、およそ尋常ならざる動きで深海棲艦の航空戦力を駆逐している。
 艦載機それぞれが全方向に視界を有しているかのごとく恐ろしく察知能力が高く、時には敵機の攻撃が放たれる前に避け、敵機の避けた先に攻撃を置いている事さえ見受けられる。

「アウトレンジで、決めたいよね!」

 短弓から艦載機のミニチュアを鏃にした矢を放ち、新たな攻撃隊を発艦させる瑞鶴に並び、長い白銀の髪をなびかせる翔鶴もまた妹艦に続いて短弓から矢を放つ。
 青の海を駆け、暗き海の底から蘇った亡者の群れを沈めんと――いや、鎮めんとする姉妹は、北欧神話に語られる戦乙女の如く神々しい。

「艦載機の皆さん、よろしくお願いしますね」

 演習においてもこと航空戦では常勝不敗を誇る味方空母の圧倒的制圧力に、艦隊旗艦を務める愛宕や艦隊最大火力を誇る霧島らは、何度も見た光景ながらつくづく味方で良かったと安堵の思いを禁じえない。

「今日もお空の心配は必要なさそうねえ~」

「戦況分析をするまでも無く、空を見れば一目瞭然ね」

「ふふ、私達が日本中の鎮守府で一番空の心配をしなくて良い艦娘達よね。それじゃあ、そろそろ砲雷撃戦用~意。秋雲ちゃん、巻雲ちゃん、準備はいいかしら?」

「秋雲は大丈夫よ、愛宕さん」

「巻雲の出番ですね。頑張ります」

 小さな駆逐艦姉妹達は、両手で保持した12.7cm連装砲と太腿に装備した魚雷発射管を何時でも撃てる、と戦友である旗艦に伝える。
 しかし安室艦隊と敵艦隊との距離は、戦艦や重巡にとって適切なものであって駆逐艦にとって適切な距離では無い。

 だが愛宕はもちろん、41cm連装砲の照準を合わせている霧島も、夕雲型姉妹がこの距離で砲雷撃戦に参加する事を、当たり前の事として受け入れている。
 安室艦隊が日本国中にその名を轟かせているのは、フィンランドの『無傷の撃墜王』エイノ・ノルマリ・ユーティライネンを連れてこい、と言われる航空戦力ばかりではない。

 同じくフィンランドの『白い死神』シモ・ヘイヘを連れてこい、と言わせる変態的超長距離精密砲撃でも、安室艦隊はその名を知らしめている。
 愛宕達は、シナプス大佐や藍染少将同様に後方の工作船に乗っている安室提督との魂の繋がりを深く意識する。
 愛宕達と安室提督ほど深く繋がった両者で無いと、意味を成さない行為だ。

 ほどなくして安室の持つ異常なまでの状況把握能力、超人的知覚、勘の良さが、愛宕達にもフィードバックされ、燃えるような憎悪と嫉妬の念を立ち昇らせる深海棲艦達の姿と意思を精密に把握する。
 まるで掌に深海棲艦達を掴めているかのような感覚さえする。

 普段、彼女達が安室提督との繋がりを深めたままにしないのは、この行為が双方に少なからず負担を強いるもので、数度の戦闘の間ならともかく日常でも深め続けるのは、極めて危険な行為だからだ。
 直に皆が安室提督とのリンクを深めた事を確認し、愛宕が砲雷撃戦開始の合図を高らかに叫ぶ。

「ぱんぱかぱーん!」



 ン級は両翼のオーストラリア、日本艦隊が形成優位のまま戦いを進めている事を見て取り、また配下の艦が自分に追いついた事もあって進撃の再開を決定した。

「ハレ、カゼ、航空支援を頼むぞ。ツキ、おれに続け。黎明艦隊、敵艦隊を駆逐する。蹂躙しろ、蹴散らせ、撃ち砕け!!」

「ヲッヲーーー!!」

 普段からノリの良いハレは、魂の底からマグマのような熱を抱かせるン級の号令に大声で応じ、普段はぼぉっとしているカゼもン級の影響が徐々に出ている事もあってか、

「ヲヲヲ」

 と普段と比べると三倍増し位のやる気に満ちた顔をしている。といっても無表情にしか見えないけれど。
 ツキは黙したままであったが、三日月や満月、半月などを模した髪止めやブレスレットはツキの闘志を反射するかのように陽光にきらめき、彼女がン級の号令によって内心では激しい闘志を燃やしている事が分かる。
 ン級の背後に続いていた黎明艦隊各艦も、これまでの疲労など一欠片も存在していないようで、彼女達の身体から闘志の炎が噴き出さないのが不思議なほどだ。

 百鬼夜行を率いる妖魔の王の如く突き進むン級の航跡には、砲弾で粉砕され、魚雷で破壊され、爆撃と雷撃によって艦体を真っ二つにされ、斬艦刀によって斬り捨てられた深海棲艦の無数の残骸が波間に浮かぶ事となった。
 闘志は荒ぶるままに、指揮を取る思考はあくまで冷静を維持し、艦隊の先頭を突き進むン級は、嫁達と同じ姿をした敵を両手の指よりも多く沈めた頃になって、妙に手応えが無い事に気付く。
 ン級は空けている左手を掲げ、予め決めていたハンドサインで各艦に停止を命じる。 これから出す指示は、傍受されたくない類のものなのだろう。

「ルル?」

 つい、とン級の左舷側に砲塔を赤熱させたツキが近づき、無線では無くハンドサインを用いた事と、停止命令について問う。

「ん、どうやら敵の中核はすでにここから退いたようだな。こいつらの攻撃に本気さが感じられない。
 こちらを沈めてやろう、海の底に引きずり込んでやろうと言う憎悪がな」

 そういってン級は、自分を狙って放たれた敵リ級エリートの8inch砲の砲弾を、左手で掴み止めるとその場で握り潰し、碌に照準を付けていない様な18inch連装砲の砲撃でリ級エリートを吹き飛ばす。

「ル……」

 ツキもン級の言う事は薄々感じていたのか、目を細めて黄金に輝く瞳で残る敵艦隊の陣容を見る。
 相当数の戦艦と正規空母を撃沈せしめたが、それにしても残っているル級やタ級、ヲ級の数が少ない。

 ン級達が、敵が殿というよりは囮として残した艦達に気を取られている間に、敵艦隊の中枢はこの海域から離脱しているのだろう。
 この敵の動きにン級がわずかに思案に暮れていると、日本艦隊の中で最も果敢に敵艦隊に攻撃を仕掛け、猛烈な砲火を交わしている白河艦隊旗艦の長門が、気安い調子でン級に声を掛けて来た。

 長門の背後には、妹艦陸奥と暁、響、雷が周囲の新海生艦達を少しばかり警戒しながら続いていて、電だけはチ級、ト級、ヘ級らを伴い警戒をしていない。
 彼女達の提督を殺めたのはほかならぬン級自身だが、その提督であった奥津城が影に隠れて悪行三昧の屑であった為、さほど恨まれてはいないようだ。
 ただし今の白河提督は長門達と上手く付き合って行けているようだし、彼女に危害を加えれば長門達は本気の敵意を向けて来るだろう。

「足を止めてどうした? 手応えが無さ過ぎる、か?」

「ほう、良く分かったな、と言っては長門型を甘く見過ぎか」

「ふふ、そう取って貰って構わない。確実に撃沈したのは全部合わせて六十隻前後だろう。
 それにしては残存艦が少ないし、攻撃の仕方も乱雑だ。これまでの指揮統制が失われている」

 長門が述べる推測に陸奥や暁達は、いささか信じがたいという顔をする。
 深海棲艦達が撤退という選択肢を取るなど、聞いた事が無い。旗艦が撃沈して統率を失い、三々五々に散らばるのではない。
 旗艦が健在の内に組織だった撤退をする、というのが初耳なのである。それは深海棲艦が戦術的な行動を取ったと言う事だ。

「そして撤退したと言う事は逃げ込む先の宛てがあると言う事だ。貴艦隊の潜水艦達が見つけたと言う泊地だな。
 そしてそこには、こちらに反撃の牙を突き立てる戦力がある、と言う事かもしれん。あるいは指示を下す、より上位の存在も」

「長門、それ、本気で言っているの?」

 思わずといった調子で、陸奥が姉艦に問いかけると、かつて連合艦隊旗艦を務めた戦艦の誇りと威厳に満ちた顔で長門は頷く。

「勘だがな。それで黎明艦隊総旗艦殿の見解はどうだ?」

「おれも同じ見立てだ。君らの提督もこの会話を聞いていると思うが、おれが日本の提督達に伝えた懸念がいよいよ現実のものとなったと見ている」

 ン級の言葉を、長門が耳に着けたインカム越しに聞いた白河提督は息を飲み、長門に指示を出してン級との通信越しの会話を求めた。

『ン級閣下、白河です』

「閣下か、こそばゆい呼び方だな。それで白河提督、何か」

『貴方のおっしゃる懸念とは、指揮特化型深海棲艦などの新型の出現ですね?』

「そうだ。おれと同じ男性型かは知らんが、おれを生み出す際に犯した失敗を考えれば、いくつもの機能を持たせた艦を作り出すとは思い難い。
 今回なら、貴官の言う通り指揮特化型あたりを作ったと考えるのが妥当だろう」

 インカムの向こうで、白河提督の息を飲む音がン級の耳に聞こえた。今度こそ人類に敵対する深海棲艦の新型が出現したのかもしれないのだ。
 まだ新人と呼べる時間しか提督を務めていない白河提督には、相当な重圧となる事態だろう。

「おれ達は逃げた深海棲艦共を追う」

 断言するン級に、長門が眉根を寄せて現実的にそれが難しいのではないかと意見を述べる。

「追うのか? 損傷は、ほとんどないようだが……すごいな。それでも燃料と弾薬は消耗しているだろう。それに補給していては敵艦隊に追いつけない」

「ワ級達にここまで資材を持って来させて、補給しながら後を追う。それに叩く時は追って追って根まで叩かねばならん。薩摩の妖怪『首置いてけ』の一族はそう言っている」

「ふむ、その妖怪『首置いてけ』とやらは初耳だが、一戦艦としては貴君の意見に同意する。提督、なにかあるか?」

『確かに鬼か姫級と推測される敵旗艦を逃す事は、今後の障害となり得る危険性があります。
 追撃が可能であるのならば追撃し、これを壊滅させるべきですが、現実的に可能なのですか?』

 白河提督のもっともな危惧に、ン級はにやりと悪戯の成功した悪童のような笑みを浮かべた。なにかあるらしい。

「なに、上手くゆけばおれ達がなにをするでもなく決着が着いているかもしれんよ」

 長門や陸奥たちのみならず、ハレやツキ、カゼ達も不思議そうに首を捻ったが、ン級の言葉の意味は補給を終えてから追撃を始めて、二時間後に明らかとなった。
 追撃に参加したのは小破未満の艦のみで再編成した黎明艦隊十八隻と白河艦隊の合計二十四隻。

 夕闇の帳が徐々に下り始める中を一塊となって進む黎明艦隊らを、水平線に山のように見える島影の他に、煌々と燃える敵泊地と艦隊が待っていたのである。
 月と星の灯りが頼りの世界では容易に判別し難いが、水平線に立ち昇る炎は、それを囲ういくつもの人影を浮き彫りにしていた。

「なるほど、彼女達が貴官の打っておいた布石か。各国に派遣した艦隊が、今度は逆に深海棲艦を包囲するとはな」

 しばし目を細めて燃える水平線を見ていた長門は、燃える泊地を囲む人影達が新海生艦所属を示す旗を保持し、塗装が施されているのが見て取れて、各海域に派遣されていた新海生艦の艦隊であると認めたのだ。
 潜水艦隊が明らかにした敵泊地の所在を、ン級から伝えられたウミ率いる白夜艦隊、ソラ率いる東雲艦隊、ヨル率いる夜終陽艦隊が集結の後に襲撃を仕掛け、壊滅に追い込んでいたのである。

 敵旗艦の南方棲鬼もウミの手によって撃沈されており、既に暗い海に首まで沈んでいる。
 ウミやヨル達、そして娘のフタバ、ヒサメ、アカネ達は、ン級が姿を見せた事に気付いて、両手をぶんぶんと千切れそうな勢いで振るって、再会の喜びを全身で表している。

 大好きな御主人の帰りを待っていた犬みたい、と同行している白河艦隊の艦娘達が思う中、ン級は総旗艦の顔から夫と父親の顔に変わる。
 妻と娘の無事を心の底から喜ぶ、男の顔であった。その容貌が人間と異なるものであれ、誰が見てもそれは人間の浮かべる顔だと言った事だろう。

 だから、それは、この戦場において紛れもない油断となり、隙に他ならなかった。
 突如として燃え盛る泊地の中から、46cmあるいは18inchに相当する砲撃の轟音が生じ、天へと立ち昇る炎の壁に大穴を穿ってン級へと巨大な砲弾が飛来する。
 この時、ン級が見せた反応は武の道をひたすらに追求した者のみが到達し得る、一種の極みに至っていたからこそ可能なものだった。

 口元を緩めていた笑みを雷光の速さで取り払い、それと等しい速さで右手に握っていた斬艦刀で虚空に孤月を描く。
 流石に真っ二つにした砲弾の軌道を変える余裕は無かったらしく、二つの砲弾は危うく参戦していたイ級フラッグシップとリ級エリートに当たる所だった。

 ン級がまるでフィルムのコマ落としのように、一切の過程をすっ飛ばして斬艦刀を振り抜いた姿勢になり、先程までとは比較にならぬ闘気を爆発させている姿に、傍らの長門やハレ、カゼ、ホシ、ツキ、そしてウミやソラ、ヒサメ、アカネ達も泊地の中心へと武装を向ける。
 炎の向こうからゆったりとした動作で姿を見せる、数十隻の深海棲艦達とその先頭を行く深海棲艦の姿を認め、ン級の口元には凶悪な笑みが浮かぶ。

「なるほどなるほど、貴様がおれの後継艦か。深海棲艦の意思め、よりにもよって特につまらん真似をしたな。
 貴様の名前は、後になって知ったよ。確か、奥津城(おくつき)。墓場を苗字に持つとは変わった奴だと思ったが、そこから黄泉帰ってくるか」

 ずしゃり、ずしゃりと全身に纏った艤装が音を立てる中、悠然と海の上を歩いてそいつはン級達の前に姿を現した。
 ン級同様に二メートルに迫る逞しい巨躯に、青い武者鎧を纏っている。
 だが胴丸は腹部に凶悪な牙がずらりと並び胸部には瞳を思わせる意匠が凝らされ、肩当てやすね当て、籠手にも同様に恐ろしげな鬼面がある。

 両手には身の丈にも迫る物干し竿のような長刀を二振り握り、背中からは可動アームによって支えられた18inch三連装砲塔が四基伸び、いずれも姫級同様に凶悪極まる口と瞳が無数に集まった形状をしている。
 禍々しくおぞましい艤装を纏うそいつは、一滴の血も通っていない様な肌を持ち、長く伸びた髪は鬼火のように青白い輝きを放っている。

 そいつはン級同様に口元に凶悪な笑みを浮かべたかと思うと、壊れたレコードのように言葉を紡ぎ続ける。
 ン級と同じ黄金の瞳はン級だけを見つめていて、他の存在は味方も艦娘も全て眼中にはないようだった。

「おれを殺した奴おれを殺したおれを殺したおれを殺したおれを殺したおれを殺したころ殺殺ろころ殺した……よくもよくもよくもよくもよくもよくもおれを殺したなあああああああああ。おれの仇ぃいいいい!!!!!!!」

「は! 『おれ』になってまで自分の仇を討ちたかったのか? ええ、深海棲艦ン級オクツキよ!

 この時、ン級の脳裏にはほくそ笑むような響きを交えた深海棲艦の意思の声が聞こえていた。

――戦艦棲鬼ン級オクツキ……全ての面でお前を上回る敵だ。

 だから、ン級はこう答えた。

――馬鹿が。命一つ育む事も出来ぬ輩を作りだした所で、何を恐れる必要がある。こいつもすぐにスクラップにしてお前らの所へ送り返してやる。

<続>

以下、敬称略。

安室提督は逆襲仕様ですが、鶴姉妹の艦載機達は1stごろの安室提督位の技量です。
今回の航空戦をガンダムで例えると、一年戦争時代のアムロ・レイが乗ったNT-1アレックス百数十機を、倍の数の平均的な技量のパイロットが乗ったザクⅡF2型で迎え撃つ感じ?
第二次世界大戦で例えると、戦闘機には『無傷の撃墜王』『リアル聖戦士』ユーティライネンが、爆撃機には『破壊神』ルーデルが乗っている様なものです。

 また今回の提督達の元ネタは白河中佐だけありませんが、艦娘を動力源とした重力兵器を搭載した人型兵器の開発を行っている白河愁(しらかわしゅう)という弟が居る、という設定にしようかどうしようか迷っています。アメリカではビアン某という人物が同じように人型兵器を開発中という事にしようかどうしようか、うむむ……

戦艦棲鬼ン級オクツキ

耐久380 火力180 装甲160 雷装170 対空150 

18inch三連装砲×4 物干し竿×2



[38714] オクツキと艦娘達
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/04/08 12:32
今回は色々と手が回らず短く、また話の進展がほとんどありません。とりあえずきりの良い所で投稿です。



「戦えるか?」

 ン級がまず背後の長門や陸奥、暁達元奥津城提督の艦娘達に発したのが、この言葉であった。
 自分達の提督の成れの果てを相手に戦えるのか、と揶揄しているのではない。
 例えここで長門らが戦う事を拒否したとしても、ン級はそれを非難もしなければ後で白河提督に追及する事もしないだろう。

純粋に元人間、そして顔見知りの相手に砲口を向ける事が出来るのか、と艦娘達の精神的負担を心配している。
それが分かったから、長門はふっと小さく笑うに留めた。
傍らの陸奥はン級に答えるのは自分の仕事ではないと分かっているから、二隻目のン級と化したオクツキに敵意に満ちた視線を送ることに専念している。

「私も陸奥も深海棲艦を相手に戦意を鈍らせる事は無い。例え元がなんであれ、だ。だが、暁、響、雷、電、お前達は無理をするな」

 長門は自分と陸奥に続く駆逐艦娘達がオクツキの変わり果てた姿を見た瞬間、息を飲み顔色を青く変えている事を見逃しては居なかった。
 最高峰の戦闘能力を備えた戦艦娘(せんかんむす)は、それに相応しい武人としての矜持と他者をいたわる優しさを備えていた。

 長門から労りに満ちた視線と声を掛けられた暁達は、はっと我に帰る。それでもまだ顔色は青いままだ。
 本性を剥き出しにした奥津城の下で、数が多く建造しやすい駆逐艦娘達はろくに補給や入渠の成されないまま積極的に運用されて、少なくない数が沈んでしまっている。

 駆逐艦娘が艦娘の中でも代替が容易な艦娘である事と、幼い容姿を持つ彼女達が苦痛と恐怖に晒されながら戦う様と絶望に塗れて沈む様を奥津城が好んだ事によって、当時の彼の指揮下にあった駆逐艦娘達は、一隻の例外も無く心に傷を負っている。
 艦娘が心を持った存在であると同時に、兵器である事は紛れもない事実だ。
彼女達自身にもその自覚は当然あり、自身の撃沈が必要な犠牲であるのならば、葛藤はあろうが許容することだろう。

 それが護国の意思によってこの世に顕現した彼女達の使命であり、覚悟であるからだ。
 深海棲艦達の大規模侵攻やE海域の出現により、深海棲艦の迅速な掃討と海域攻略が求められた場合、主力艦娘の盾あるいは敵の攻撃を散らす的として錬度が低く代わりの利く駆逐艦娘を捨て艦として編成し、運用する戦術も確立されている。

 深海棲艦の跳梁跋扈を許す事がそのまま人類の生存域を脅かす事に直結する以上は、艦娘の轟沈と引き換えにしての勝利も許容されて然るべき、という意見は決して間違いではない。
 自らが沈む事を前提に運用される事を受け入れて海に出た艦娘、共に海を行く仲間が自分の盾の役割を持たされている事を知る艦娘、沈めと暗に命じる指揮を取る提督。
 こういった者達は深海棲艦の出現以降、少なからず存在している。

 世間一般では奥津城もこのように、艦娘を兵器として扱い一定の犠牲を断腸の思いで受け入れて戦果を上げた提督と認識されているが、その実、彼は意図的に艦娘を傷つけ、沈め、それを楽しみとしていた非道の徒である。
 そのような男の下にいた艦娘達の精神が、傷つかないわけが無い。
 白河提督をはじめ他の提督達の元へと再配属された艦娘達は、今でも定期的にメンタルケアを受けているし、戦線に立つ者はそう出来るまでに精神が回復したと診断された者達だ。

 長門や陸奥、暁らもそういった戦闘可能な精神状態にまで回復した艦娘であったが、よもやン級によって葬られた筈の奥津城が、深海棲艦となって復活するなど一体誰に予想できただろう。
 オクツキを前に長門や陸奥は、かつて彼に意図的に沈められた仲間達を思い、義憤と怒りに燃えて戦意を滾らせているが、肉体同様に精神も幼い暁達はそうも行かない。

 長門の声に第六駆逐隊を率いる暁は、あ、え、と言葉にならない声を出し、響や雷もオクツキという予想もしていなかった存在を前にして、思考が困惑の海に溺れてしまい、現実を受け入れるので精一杯といった様子だ。
 この様子では戦いなど無理だ、と長門とン級は見て取り、第六駆逐隊をこれから始まる夜戦の戦力から外そうと考えた。

 長門と陸奥が41cm連装砲を備えた艤装をオクツキとそれに続く敵艦隊へ向けられ、ン級も斬艦刀を右下段に構え直し、18inch、16inch三連装砲の照準を付け直す。
 今回の深海棲艦の大規模侵攻戦闘における最後の敵を前に、ン級や他の艦達が戦端を切り開かんとするのを、電が12.7cm連装砲を構える音がわずかに遅らせた。

 いつも姉達の後に続いて、はわわ、と慌てた声を出す末の妹艦が、姉妹達の中で唯一戦いを決意した表情を浮かべている。
 電の顔を見た長門は、ほう、と我知らず感心した声を出していた。
以前、よく第六駆逐隊を率いて遠征に出る軽巡娘の天龍から、特Ⅲ型駆逐艦娘姉妹の中で、一番肝が据わっているのが電だと耳にした事があったが、どうやら本当であったらしい。

「無理はするな。それでも戦おうと言うのなら、お前にとってアレと戦う事は無理ではないと判断するぞ」

 長門は駆逐艦娘への労りを一旦押し込めて、旗艦として非情とも取れる問いを口にする。
 電は、震える腕で連装砲を握ったまま、しかし揺らがぬ決意を宿した瞳で旗艦の顔を見つめ返した。

「本当は、とっても、とっても怖いのです。あの人の事はいまでもとっても怖い。けれど戦わなければならないのです。
 あの人は電達の提督だったから。電達はあの人の艦娘だったから。それに、電達は艦娘なのです。あの人は深海棲艦になりました。艦娘は深海棲艦と戦うのが使命です」

 しばし電と長門は見つめ合いを続け、ふっと相好を崩したのは長門だった。

「艦娘の在り方を説かれるとはな。電、お前はこの私などよりもはるかに立派な艦娘だ。お前の姉妹艦達も、な」

 嬉しそうに呟く長門の瞳には、電に続きそれぞれの武装を構えて戦う決意を固めた暁、響、雷の姿が映っていた。

「待たせたな。これより白河艦隊は全艦敵深海棲艦との戦闘に入る」

 これまでの戦闘の疲労など欠片も見えぬ長門達を認め、ン級は嬉しそうに笑う。

「まったく、もう少し遅かったら貴官らには後退してもらう所だったぞ」

 ン級に答えたのは長門の右弦側に動き、複縦陣の先頭に立った陸奥だった。絶世の美女と形容するに相応しい美貌が、悪戯っぽく笑いながらン級にこう答える。

「あら、ごめんなさい。お待たせした分は、戦果でお支払いするわ」

「ふ、良い女は男を待たせるものとは言うが、おれはせっかちなんでな。待たされた分はかなり高くつくぞ」

「お釣りが払えない位に戦ってあげるわよ」

 頼もしい事だとン級は呟き、炎の中から続々と姿を見せる敵艦隊に向き直り、先に泊地に攻撃を仕掛けていた白夜(びゃくや)、東雲(しののめ)、夜終陽(やついび)ら三艦隊にも指示を飛ばす。
 オクツキの背後からは赤や黄金の輝きを纏う戦艦タ級やル級、ヲ級、ヌ級、リ級に留まらず、泊地棲鬼や、南方棲鬼より露出の激しい同型上位艦の南方戦棲鬼、装甲空母鬼が大型艤装を外し生足を剥き出しにした姿の装甲空母姫が続いていた。

「黎明艦隊全艦に通達。これより白河艦隊と共同で敵艦隊を殲滅する。敵ン級オクツキはおれと白河艦隊が叩く。
 ウミ、フタバは南方戦棲鬼、ソラ、ヒサメは装甲空母姫、ヨル、アカネは泊地棲鬼を片付けろ。
スズカ、ミンキ、ハレ、カゼ、ホシ、ツキ並びにヒルコ艦隊は遊撃戦力として独自の判断で各艦隊の支援に回れ。ここが正念場だ。
こちらを罠に嵌めたつもりで逆に嵌められた馬鹿共を、海の底に送り返すぞ!」

 ン級からの指示が黎明艦隊全艦に行き届くのにわずかに遅れて、オクツキが両手の刃長二メートルを優に超す長刀――伝説の剣豪佐々木小次郎の愛刀“物干し竿”と仮称する――を振り上げ、攻撃命令を発する。

「食らい尽くせ。艦娘も奴らも、なにもかもをおお!!!」

 図らずもン級とオクツキ双方の全身から、黄金の輝きが闘志と共に爆発的に噴出し、それぞれの第一次攻撃隊が発艦し、長射程を誇る戦艦の主砲とが一斉に火を噴いた。
 ン級は長門の左舷側に動き、白河艦隊に速度を合わせて真っ直ぐにオクツキと向きあい、進み続ける。

 白河艦隊の長門と陸奥の主砲は41cm連装砲で、ン級やオクツキの18inch三連装砲よりも射程距離で劣るが、元々彼我の距離は41cm連装砲どころか20.3cm連装砲の有効射程圏内だ。
 ン級だけでなく長門と陸奥も、タ級フラッグシップ二隻、ル級フラッグシップ二隻を引き連れてこちらへ突進してくるオクツキへ容赦無しの砲弾を見舞っている。

 既に時刻は夜の帳が降りる頃合いであり、電探でもあればともかく戦艦の主砲の命中率は著しく下がってしまう。
 白夜艦隊らの襲撃によって敵泊地が轟々と燃えあがり、巨大な松明となって周囲を照らし出してはいるが、電探の配備がされていない長門と陸奥にとって、夜間砲撃を敢行するにはいささか厳しい状況である。

 フラッグシップにまで至ったタ級やル級が電探を装備している事は、既に確認されており上位種であるン級はもちろん同型艦へと転生したオクツキも同様だ。
 砲の数の違いもあるが、戦艦五隻からなるオクツキ艦隊から放たれる砲弾は、長門や陸奥達が放ったものに比べて近くに着弾している。
 轟っ!! と盛大な炎の花と共に長門と陸奥の41cm連装砲の砲口から放たれた砲弾は、敵タ級フラッグシップとル級フラッグシップに命中はせず、付近に巨大な水柱を立てるに留まる。

「長門の砲弾、敵タ級フラッグシップ一番艦を夾叉、命中弾、なし!」

「陸奥の砲弾、敵タ級フラッグシップ二番艦を夾叉、命中弾、なし!」

 長門と陸奥はそれぞれの砲弾の着弾観測の結果と、徐々にこちらへの至近弾を増やしてくる敵戦艦の砲撃に対し、そろって苦いものを美貌に浮かべる。

「やはり夜間となると砲撃の精度が落ちるな。この距離で当たらんとなると、数の差がそのまま響くか」

「その代わり、こちらには駆逐艦が四隻居るわ。夜戦の強みを活かせる編成なのは確かよ。あの子達の主砲と魚雷の有効射程にまで接近するべきね。
ただ長門型戦艦が二隻も居て、正面からの殴り合いでひけを取るわけにも行かないけれど」

 長門と陸奥はお互いに輝かしい出自を持つ戦艦ながら、戦艦であった時分には時代遅れの存在と化してしまい、その本分を全うできなかった。
 その為、化身である長門と陸奥は総じて敵戦艦との正面からの殴り合いに関して、強い執着を見せる傾向にある。

「陸奥も言うものだな。私も同意見だ。せめて一隻なりとも私達の手で沈め無ければ気が済まん。無論、この戦いに勝つ事が第一ではあるが」

 長門が自分達の矜持は戦争に於いてはむしろ不要なものと理解しつつ、これを捨てては自分達が自分達では無くなるとも考えていた。
 ただでさえ強敵のタ級フラッグシップとル級フラッグシップが二隻ずつに加え、姫級の戦力を備えたオクツキまでいる以上、彼我の砲撃戦における火力の差は明白だ。

 その上電探の有無の差まであっては、どう考えても圧倒的に不利なのはこちら側だ。
 状況の打破を提案したのは、長門達と並んで砲撃を継続中のン級だった。
 長門と陸奥の頭部艤装から突き出た角状の測距儀や通信機器に、別の艦から測距と射撃データが送られてきたのである。送り主はン級だ。

「おれなら電探を搭載している。射撃データその他諸々、おれから回そう」

 長門と陸奥からの返事は一瞬の間も無くすぐにあった。ン級からの提案ではあったが、状況が切羽詰まっている為か長門と陸奥は拒否反応を示さなかった。

「うむ、助かる」

「藁にも縋るってわけじゃないけれど、助かるわ。ありがとう」

「あまり拒絶されないのも却って不安になるな」

 長門達の思いがけない反応に、ン級は拍子抜けした思いだった。
それからすぐに二隻の戦艦娘へ体内の電探から得られた各種データと、複数の武道の達人達の感覚も合わせて送る。
 長門達は、普段艦娘同士でデータを共有する時とは異なり、提督との霊的同調を深めた時と似た感覚に驚きを抱いた。

「世界初の新海生艦と艦娘の統制砲撃だ。成果を挙げたいものだな」

 ン級の言葉を受けて、長門は獰猛な笑みを浮かべる。

「命中弾なしではいささか格好が着かないというわけか。いいだろう。私も元提督の前で無様な姿を晒すわけには行かん。全弾命中を期して行く」

「幸い選り取り見取りの状況ね。相手の出鼻を挫いて行きましょう」

 互いに距離を詰め合って戦艦級の主砲を撃ち合う状況の中で、ン級と長門と陸奥の主砲が改めてオクツキ艦隊へと狙いを定め直し、ン級主導の下、統制された砲撃が放たれた。



「タ」

 ウミは先程沈めたばかりの南方棲鬼の上位艦である南方戦棲鬼と正面から向き合い、新海生艦となり母となり名を与えられた事で強化された火力を叩き込んでいた。

「タ!」

 回避もなにもない。正面から距離を詰め合う二隻は相手を撃沈する事しか頭にない様子で、お互いに砲弾を叩き込み合っている。
 ウミの副官であり娘でもあるフタバは、母の自身の安全をまるで考慮していないかのような戦いぶりに、正直不安で不安で堪らない。

 フタバ他白夜艦隊は南方戦棲鬼の連れている各フラッグシップの撃沈に回っており、ウミを支援するだけの余裕が無い。
 双胴戦艦であるフタバは並外れた火力と耐久力を有するが、彼女の圧倒的火力でもって敵艦を迅速に排除するには至らない。
 ましてや母の事に意識を割かれている状態で、万全の能力を発揮できるわけも無い。

「ワタシノホウゲキハ……ホンモノヨ……」

 南方棲鬼よりも禍々しく巨大な艤装を纏った南方戦棲鬼は、愚かにも絶対に勝てない正面からの砲撃戦を挑むウミに嘲笑を隠さない。

「タタタァ!!」

 どおん、どおん、とウミの両足に装着された16inch三連装砲から放たれる砲撃音は、徐々に間隔を狭め、砲身は見る間に加熱して行く。
 どちらか先にビビった方が負けのチキンレースでもしている見たいに、ウミと南方戦棲鬼は最大戦速でお互いを目指して突き進み続ける。

「ワタシノホウゲキデ……シズミナサイ」

「タタッタ」

 ウミにも南方戦棲鬼にも次々と着弾の爆煙が生じて行く。
 この砲撃戦に於いてウミが南方戦棲鬼に勝る点は、装甲の厚みがあった。南方戦棲鬼は火力も耐久力も南方棲鬼を上回る艦であったが、唯一装甲だけは駆逐艦並だ。
 主砲の着弾によって受けるダメージは圧倒的に南方戦棲鬼の方が大きい。
ましてやウミは単なるタ級フラッグシップではなく、新海生艦となる事で数多の恩恵を受けた規格外のタ級フラッグシップなのである。

「バカナ……オマエハ……」

「タータータアア!!!」

 着弾の度に小破、中破と損傷を深めながらも、ウミは一寸たりとも怯んだりはしない。
ようやく愛しい娘と大切な仲間達を敬愛する総旗艦の元へ無事に帰す事が出来たと言うのに、こいつらが出て来たせいで台無しになった。

 娘フタバがどれほど父であるン級や異母姉妹、遊び友達である他の艦達と再会するのを楽しみにしていた事か。
 それを、それをこのような下らない連中に邪魔された!
ウミ自身、これまでン級に会えなかった分をたっぷりと甘えようと楽しみにしていたのに、それが先延ばしになってしまったのだ。これでウミが怒らないわけがない。

「ヤラレルモノカ……」

「タタ!!」

 愛は……無敵!! と叫ぶウミの砲撃が南方戦棲鬼の破け掛けたビキニのブラに包まれた胸のど真ん中をぶち抜いた。



 原理は不明だがふわふわと宙に浮かぶ浮遊要塞を従えた装甲空母姫と、それに着き従うヲ級フラッグシップ二隻、リ級エリート三隻、ル級エリート二隻は、黎明艦隊最高の航空戦技量を誇るソラ率いる東雲艦隊と激突していた。
 東雲艦隊には不足気味の砲撃力を補う為に、ホシが夜戦で強大な火力を発揮する軽巡、駆逐艦を率いて援護している。

「ヲヲ、ヲ」

「セ~」

 夜間でありながら航空戦を可能とするフラッグシップ同士の激突は、並大抵の軽空母・空母艦娘が見たら顔色を青くするような熾烈なものだった。
 装甲空母姫の搭載している艦攻、艦戦との航空戦ばかりでなく、放たれる16inch三連装砲の砲弾の回避にも意識を割きながら、ソラは瞳と帽子のまん丸い目の四つから黄金の光を零し、冷徹な眼差しで敵艦隊の動きを観察し続ける。

「ヲ」

「セ?」

 ソラは、半ば氷で構築された独特の艦載機を操る愛娘に短波無線で話しかけ、ある指示を出した。

「ヲッヲ」

「セ? セセ」

 こくり、と頷いたヒサメは母ソラから離れようとした。
 その時、不意にソラが空いている左手を伸ばし、ヒサメも母の意図に気付いて右手を伸ばして短い間だけ、二隻の指が絡み合う。
 戦場の中でごく短い時間、ソラとヒサメは母と娘に戻りそしてすぐに手を離した。

「ヲヲ」

 ついでソラは援護に駆け付けてくれたホシにも無線を繋ぎ、ヒサメに出した指示を告げて艦隊行動について相談をした。

「ル? ルル……」

「ヲ」

 相談とは言うものの黎明艦隊内での序列はソラの方が上であるし、ホシ自身艦隊の指揮などに関してはソラの方が経験豊富で視野も広い、と認めているので実質命令に等しい。

「ルー」

 ホシは連れて来た艦にも指示を出し、敵空母艦隊の発艦させた攻撃隊への防空射撃の密度を高めながら、回避運動に重点を置く。
 軽巡や駆逐艦達はホシやソラから言われるまでも無く、必殺の魚雷や連装砲発射のタイミングを敵艦載機の着艦・発艦に合わせており、こう言った所でも各艦の錬度と自律性の高さが伺える。

 ン級同様に電探を搭載したホシは、夜間でも見事な精度の砲撃を放っており、既にリ級エリート一隻を撃沈し、一隻を中破に追い込んでいる。
 時折、味方の駆逐艦や軽巡洋艦が敵の砲撃や空爆に晒される時などは、自ら盾になって庇う場面もあり実に深海棲艦らしからぬ所を見せていた。

 装甲空母鬼を上回る耐久力とフラッグシップ級の火力を持つ装甲空母姫は、地力で勝るこちらの艦隊の優位を信じ、また旗艦オクツキからの命令に従って一時も手を休めることなく攻撃を命じ続けていた。
 東雲艦隊の航空戦力は装甲空母姫側に比べれば数で劣るが、艦載機同士の連携と各艦との相互連携で高い防空戦力を発揮しており、決定的な損傷はいまだ与えられていない。

 更なる攻撃の激化を命じようとし、装甲空母姫はがくっとなにかに足を止められた事に気付き、思わず足元を見ればこの海域にはあり得ない分厚い氷が生じて、自分の艤装を封じている。
 装甲空母姫ばかりでなく、ル級エリートやヲ級フラッグシップも同様に氷に主機を絡め取られて動きを封じられてしまっている。

 どうして氷が、と装甲空母姫が原因を求めて視線を巡らせれば、海面に半ば沈んだ氷混じりの艦載機から冷気が放出されて、油と鋼材の浮かぶ海を凍らせているではないか。
 海面の急激な凍結の原因は、ヒサメがわざと撃墜させた七十機近い艦載機達の放つ冷気だけではなかった。

「セ」

 聞こえて来た声に装甲空母姫がかなり無理な姿勢で背後を振り返れば、そこには母ソラの指示によって背後に回り込み、『氷山空母』としての特性を最大限に発揮して敵艦隊を囲いこむように海を凍らせていたヒサメの姿があった。
 さながら人間・機械・妖怪達が共同で作りだした結界に閉じ込められた九本の尻尾を持つ妖狐の如く、動きを束縛され動く事もままならぬ装甲空母姫たちへ、ホシの容赦ない砲撃とソラの艦載機達が襲いかかった。

「ル、ル」

「ヲ」

「セセ!」



「キタノカ……ウラギリモノドモメ」

 元艦娘でもあるル級フラッグシップのヨルが相手取ったのは、泊地棲鬼率いる深海棲艦達だ。
 泊地棲鬼は装甲空母鬼同様に巨大な腕に支えられた艤装に、膝から下を埋めた女性の姿を持つ。
 長い白髪を結わえるでもなく伸ばし、ボディラインのはっきりと浮き出る袖なしのミニワンピースを纏い、腰からは艤装を覆うほどに長いスカートを重ねて着ている。

 武装は艦戦、艦爆に加え下半身の艤装に徹甲弾を装填した単装砲の三つだ。
 肌の白さ、美しさを白蝋のよう、と例える事があるが、泊地棲鬼の肌は白蝋そのものだ。
 泊地棲鬼のつぶらな赤い瞳は、黄金の輝きを全身に纏い不敵に笑うヨルを捉えていて、ヨルを第一標的として配下の戦艦群に砲撃開始を命じる。

「ル? ルル……」

 裏切り者? ちゃんちゃらおかしいネ、とヨルは余裕綽々の態度で泊地棲鬼の言葉を鼻で笑い飛ばす。
 ヨル率いる夜終陽艦隊は元艦娘と思しい判断能力の高い個体や、足の速い艦種で構成されている。

「ル~ル!」

 ヨルが砲身を無数に伸ばす盾を振るい、所属艦に指示を出して艦隊戦を開始する。
 真っ先に飛びだしたのは主機を温めていたアカネだ。16inch三連装砲四基の火力と八十ノットの速度を活かし、敵艦隊をかく乱する為だ。
 ついこの間まで錬度の不安から足並みを揃えての戦いを強いられていたアカネだが、今回の長期遠征での激戦によって錬度が向上した事もあり、島風さながらの単独で突出しての戦いを許されていた。

「モモモモ!!!」

 ヨル達からの支援こそあれ、恐れ知らずに突っ込んで来るアカネに対して、泊地棲鬼はまさしく裏切り者の象徴と言える新型艦に、配下の艦達にヨルから標的を転じて砲火の集中を命じた。

「モ!」

 降り注ぐ砲弾と魚雷に対し、アカネは戦意の滾る笑みを浮かべる。
金剛型に酷似した衣服を纏う少女の口から零れ出たのは、遅い、当たらなければどうという事は無い! というどこかで聞いた事のある様な余裕の台詞だった。
艦載機を除けば深海棲艦・艦娘双方にとって最速の存在とは、駆逐艦娘島風である。
だがアカネは、巡洋戦艦でありながら島風に倍する八十ノットを誇る規格外の快速艦だ。

 アカネと初見の艦にとってこの少女の速さは未体験の世界であり、初戦で命中弾を出す事はほとんど奇跡にも等しい低確率でしかまず起こり得ない。
 燃え盛る泊地の炎にも夜目にも慣れたアカネは悠々と敵からの砲弾を回避し続け、荒ぶる波の上を自在に駆けて、返す刃ならぬ砲弾で泊地棲鬼や深海棲艦達に16inch三連装砲弾を叩き込む。

「ッ!」

 泊地棲鬼が一向に捉えられぬアカネに苛立ちを隠さず、少女の顔を歪ませる。
 大型艤装や少女の上半身にアカネの砲弾が命中する度に巨体はぐらつき、またアカネに気を取られた他の艦も、夜終陽艦隊の駆逐艦や軽巡達が放った魚雷に、装甲の薄い船底を破られて断末魔の悲鳴を上げる艦が連続する。

「ルールル」

 すっかりアカネに引っかき回された泊地棲鬼に対し近接距離まで迫っていたヨルは、敵から目を離すなんて油断大敵ネー、と言い放つ。
 泊地棲鬼がヨルの接近に気付いて、大型艤装に備え付けられた巨大な単装砲の砲口を向けた時、既にヨルは全砲門の照準を定め終えていた。

「ルール……ルーーー!!」

 バァーーニィングラァアーーーブ!! というヨルの咆哮と共に放たれた砲弾は、泊地棲鬼の単装砲が火を噴くよりも早く、彼女の巨体に次々と着弾して黒煙混じる爆炎に飲み込んだ。



「ははははは、長門、長門か? 陸奥もいるなあ、あはははは。お前、達、お前達を沈めたかった。沈めたかったよぉ。
その前にこいつに殺されてしまったが、あは、あは、あははは。なんだ、沈めたいのならおれが沈めてしまえばいいじゃないか。
そうだ、だが、おれの手で沈めてしまえば良いじゃないか、ひやはははははははは。あ? あかつきぃ、ひびきぃい、いなずまぁあ、それにいかずちもいるじゃないか。
なんだおまえたちもしずめてもらいにきたのか。いいこだなあ。いいこにはほうびをあたえなきゃ。そうだおまえたちもおれのてでしずめてやるからな。すこしまっているろよ」

 18inch三連装砲四基という途方もない火力を放ちながら、気の狂った笑みを放つオクツキに対し、暁や響、雷達は明らかに怯んだ様子だったが、電だけは生まれたての小鹿のように震える足でしっかと海の上に立ち、オクツキを睨み返す。

「電達は貴方に沈められる為にここに居るのではないのです。貴方や深海棲艦達のように、悲しい存在を鎮める為に居るのです!」

「ああ? あはあははははははははははは。なんだぁあいなずま、ずいぶんとえらそうに言うじゃないかあ。お前、いつからおれに口応え出来る位に偉くなったあ?
 駄目だなあ、悪い子にはお仕置きをしなくっちゃ。よいよしお前から沈めてやるからああああ、あはひゃひゃひゃ」

 狂った笑みはそのままにギョロリとオクツキの目玉が動いて、電を映し出す。
 電はびくりと小さな肩を震わせたが、それでも瞳に燃える決意が揺らぐ様子は無い。
そんな妹艦の見事な艦娘としての在り方に、暁達も感化されてかつての提督へと武装を向ける。

「そうよ、電の言う通りよ。暁達は艦娘なんだから!」

「奥津城提督、せめて響達の手で鎮めるよ」

「もうあたし達は、貴方のおもちゃじゃないわ」

 特Ⅲ型駆逐艦四姉妹の発言に、既に小破相当のダメージを負いながらも、タ級フラッグシップとル級フラッグシップを一隻ずつ沈めた長門姉妹が頼もしげに笑う。

「ふ、私達の言う事はなさそうだな、陸奥よ」

「そうみたいね。その代わり、この主砲で語らせて貰いましょう」

 元奥津城艦隊達の艦娘の勇ましい姿を見て、ン級はう~む、おれの出番は無いかな、と思ったとか思わないとか。

<続>

おそらく五月ごろまで投稿が遅くなります。申し訳ありませんがご了承ください。



[38714] 戦いの終わり ※感想板でのご指摘について追記
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/04/13 22:22
 ン級、長門、陸奥の大音量と大爆炎を産み出す主砲の連射が、夜の海にいくつもの水柱を屹立させる。
 夜の空を天蓋に、黒の海を床とする神殿を支える柱の如く無数にそそり立つ水の柱を掻い潜り、ン級オクツキとそれに続く深海棲艦達はン級を目がけて駆け続ける。

 全速力で洋上を行く彼らは夥しい水しぶきと高波を生じさせ、一発撃たれる度にン級達に砲弾の返礼をのしを付けて浴びせている。
 ン級はオクツキからの18inch砲弾を一発貰い、左の肩当てが砕けて関節部の稼働に多少の不具合が生じていた。小破相当と言った所だろうか。

 他の新海生艦各艦隊とオクツキ艦隊との戦闘は、敵各艦隊の旗艦の撃沈に成功してこちら側に大きく戦況の天秤が傾いている。
 ウミやソラ、ヨル、スズカ達がオクツキ撃沈の支援に駆けつけるのも時間の問題だろう。
 そう、時間の問題なのだが、交戦開始から時を経るごとに徐々にではあるが、ン級の胸に違和感のようなもの燻り始めていた。

 その違和感の正体を確かめる時間と余裕の無い状況ではあるが、違和感を確かめぬままに戦い続ける事に、ン級の闘争本能は警鐘を鳴らそうとしているのかもしれない。
 このまま戦い続ける事が、この場での戦闘では無く後々の戦いに於いてン級や艦娘達にとって何か、大きく不利となる要素を孕んでいるのか?

 戦闘にだけ集中すべきだ、とン級の中の何人かは囁いていたが、この戦いに勝つ事だけに集中しては見落としてしまう何かがある、とその他の大多数は警告を発し、ン級自身もそれにほぼ同意していた。
 何だ? 何が引っ掛かっている? そんなン級の焦燥混じりの違和感を他所に、戦場では激戦が継続されていた。

 ン級、長門、陸奥という戦艦娘上位陣の呵責なき砲撃を隠れ蓑にしていた第六駆逐隊が、オクツキらの意識の間隙を狙って横一列の陣形で突撃する。
 かつて自分達を虐待した提督の成れの果てを前に、暁や電達の顔には恐怖の名残こそあれ固められた決意の色が浮かび、戦う事を忌避してはいない。
 オクツキ達がちっぽけな、しかし勇敢なる駆逐艦達の姿に気付いた時には、既に第六駆逐隊はするべき事をほぼ終えていた。

「第六駆逐隊、突撃よ!」

 暁の攻撃開始の合図である。
 もちろん、無線に乗せてわざわざ敵に攻撃開始を告げるような失態を犯してはいない。
 あくまで暁の左右に並ぶ姉妹艦達に送る合図だ。
 周囲は砲撃と爆発の音が手を取り合って乱舞している状況だから、近くに居る姉妹艦達へ話しかけるのにも怒鳴るような声を出さなければならなかった。

 長女暁を筆頭に四隻の駆逐艦娘は一斉にターンを決めて反転し、全速力で離脱する動きを見せる。
 第六駆逐隊は、それぞれ両足に装着された二基ずつの四連装魚雷発射管から、61cm酸素魚雷を一斉に発射したのだ。
 一隻当たり八発、合わせて三十二発もの酸素魚雷が夜の闇に紛れて、最も倒すべき敵であり、沈めるべき敵であるオクツキを目がけて獲物を狙う鮫の如く疾駆する。

「やれ!」

 これに対し航跡の見えぬ酸素魚雷をどう知覚したのか、オクツキは電達に視線すら送らず、付き従うル級フラッグシップとタ級フラッグシップに命令を発した。
 二隻の戦艦はン級らへの砲撃をいったん中止し、主砲・副砲を合わせて酸素魚雷の予測射線上に砲弾を撃ち始める。

 酸素魚雷は日本艦娘の誇るジャイアントキラーを可能とする必殺の兵器だが、信管が鋭敏に過ぎる傾向にある。
 命中しても不発弾で終わるのとどちらがましか、と言われれば明言しかねるが、オクツキはこれを熟知し、着弾の衝撃によって酸素魚雷の信管に誤作動を引き起こさせようとしたのである。

 オクツキの狙いは見事的中し、彼まで大分距離を残した時点で酸素魚雷は誤作動によって起爆して、新たな水柱を聳え建たせるに終わる。
 旗艦の命令を遂行できた事にタ級フラッグシップ達が獰猛な笑みを浮かべ、直後暁達が放った12.7cm連装砲や10cm高角砲の直撃弾の連続攻撃を受けて、爆炎に飲まれた。

「ウラー!」

「電の本気を見るのです!」

 夜戦とはいえ駆逐艦娘に沈められた戦艦達を、オクツキは侮蔑のみの瞳で一瞥し、忌々しげに舌打ちをする。
 周囲に散開している他の艦を呼び寄せながら、オクツキは構わずン級達と距離を詰め続ける。
 主砲の発射に適さない距離にまで接近するのに、そう時間はかからぬがオクツキが足を止める事は無かった。

「殴り合いで負けるわけには行かんのでな!」

「私と火遊びするなら、それなりに覚悟して貰わないとね!」

 轟く音と共に放たれた長門型姉妹の砲弾は、電探を搭載するン級との統制砲撃によって、オクツキの左右を新たに固めていたリ級フラッグシップとチ級エリート、ル級他に直撃してその多くを撃沈させて海の底に送り返す。
 オクツキは撃破・撃沈する味方の事など一顧だにしない。彼にとっては味方と言う意識すらないだろう。あくまで自分の意に従う道具なのだから。

 オクツキから放たれる砲弾はいよいよ命中し始めて、ン級にも新たな着弾が生じ、胸部を守る胴丸に罅が入って、衝撃が彼の臓器を激しく揺さぶった。
 また長門と陸奥にも、撃沈しても撃沈しても新たに湧いてくる深海棲艦からの砲撃や魚雷が放たれて、徐々に彼女らの艤装にダメージを蓄積させている。

 オクツキの砲弾によって長門の二番、三番砲塔の最も分厚い防盾が真っ二つに割れ、もはや使いものにならない惨状に追い込まれる。
 陸奥も三番砲塔が欠落し、剥き出しの肌は煤け、主機も黒煙を噴いて速力が著しく低下し始めている。

「流石に手強いわね、元提督さんは」

 陸奥は、衣服が破れた所為で零れ落ちそうになる乳房を右手で抑えながら、悪鬼羅刹の笑みを浮かべて迫りくるオクツキを睨みつけている。
 長門はなにか含む所があるのか、黙したままオクツキを観察するようにして見ている。
 ン級と同じようになにかオクツキの戦う姿に感じるものがあったのか……。

「おれの仇ィイィイイイ、取らせてもらうぞぉおおお!」

 ン級主導による統制砲撃の砲雨をくぐり抜けて、遂にオクツキとン級達は砲雷撃戦ではあり得ぬ近距離にまで接近した。
 距離を詰めるまでの間に相当数の深海棲艦を撃沈する事となったが、夜戦に移行した事で格段に火力が増した重巡や軽巡、駆逐艦からの攻撃により、長門、陸奥は中破し、暁、響、雷、電も同様に損傷を負って艤装とセーラー服が破けている。

 ン級も肩当て胴丸を始め、当世具足風の艤装のあちこちに損傷を負い、18inch三連装砲や16inch三連装砲の砲身が折れ曲がり、あるいは砲身が付け根から欠落している。
 体内の不具合をすぐさま確認したン級は、両手で斬艦刀を右八双に構え直してオクツキと正面から対峙する。

「おれが対応する。お前達は距離を取れ!」

「そう簡単にはさせてくれなさそうよ」

 ン級からの指示に従うべきと分かってはいるが、白河艦隊の周囲には一体どこに潜んでいたのかと言いたくなる数の駆逐艦や、恐ろしい潜水艦が集まり始めていて、包囲網が完成しつつある。
 南方戦棲鬼や装甲空母姫、泊地棲鬼を仕留めた白夜、東雲、夜終陽艦隊が駆け付けるまでの間、白河艦隊は敵艦隊からの砲雷撃に耐えなければならない。

「キイイィヤアアアーーーーーーー!!!」

 こちらの鼓膜をつんざくような奇声を上げながら、オクツキは両手の長刀――物干し竿を大上段に振りあげて真っ直ぐに振り下ろす。
 ン級の肉体を縦に三分割する斬撃は、横一文字に構えられた斬艦刀によって阻まれて、押し込むオクツキと押し返すン級との間で拮抗状態が生まれる。

 互いの足場である海面がフル回転する主機によって激しい水しぶきが舞い散り、足首までがめり込んでいる。
 しかし拮抗状態はごく短い時間のみであった。ン級を構築する数多の死者が持つ技は、白兵戦でこそ最大の真価を発揮する。

「シッ!」

 ン級の体がまるで液体と化したように脱力し、傾げられた斬艦刀の刃の上を物干し竿は滑って、海面に切っ先をめり込ませる。
 滑るように左側へと抜けたン級は、右下段に傾げた斬艦刀の切っ先を翻してオクツキの首を刎ねに行った。
 夜の闇を切裂いて描かれる白銀の三日月から、オクツキは首元を守る下顎の形状をした装甲を代償に逃れる。

 一旦両脇に引いた物干し竿を突き出し、ン級を串刺しにしようとしたが、ン級は水に沈むようにその場にしゃがみ込み、頭上の二本の刃が通り過ぎる。
 ならばとオクツキが物干し竿を断頭台の刃の如く振り下ろすのを、ン級はオクツキに足払いを掛けて防ぐ。

 空中に跳ねあげられ姿勢を崩すオクツキに対し、ン級は海を切裂きながら斬艦刀を振り抜いた。
 狙いはオクツキの胴。腰らか上と下で両断する軌跡を描く斬艦刀を、オクツキは交差させた物干し竿で受ける。

 足場の無い空中のオクツキはそのまま大きく弾き飛ばされて、独楽のように何度も回転しながら海に膝まで埋めて着地する。
 その眼前には、主機ではなく歩法によって爆発的な跳躍を見せたン級の姿があった。
 両手で振りあげた斬艦刀は夜の空も切り裂きそうな白銀の斬線を描いて、オクツキの頭頂部へ!

 深海棲艦の装甲も骨格も臓器も関係ない。万物を両断するかと見えるン級渾身の真っ向唐竹割りを、オクツキは重ねた物干し竿で添えるように受け、柳に風とばかりに斬艦刀の斬線は逸らされた。
 逸れた斬艦刀は海面を切裂き、砲弾の着弾を思わせる大爆発を起こして豪雨のように海水を巻き上げる。

「なにっ?」

 オクツキの見せた技に偽らざる驚愕を覚えながら、ン級は首の後ろから差し迫ってきた物干し竿を左に飛んで躱す。
 首一枚を切られ、血とも油ともつかぬ液体が滲むのを感じながら、ン級は両手の長刀を下段に下げたままゆらりと歩み来るオクツキに計る様な眼差しを送る。

 ン級の中の違和感が徐々に明確な形を持ち始め、その正体を明らかにしようとしつつあった。
 確かめるか――ン級は斬艦刀を再び右八双に構え直して、主機と歩法の組み合わせによる異常な速度と共に海面を駆ける。

 そして燃え盛る泊地と満天の星々に照らし出される夜の闇に、幾重にも白銀の孤月が描き続けられ、ン級とオクツキによる斬撃の応酬は終わりが無いかのように繰り広げられる。
 一方で白河艦隊を囲いこむ深海棲艦に、半分に減った主砲を叩き込みながらン級の戦いを見ていた長門は、自身の中に産まれた違和感の正体を悟る。

「深海棲艦の切り札と言うには、いささか軽率な現れ方と思っていたが、そう言うわけか!」

 ぎりりっと奥歯を噛み砕かんばかりに歯噛みする長門に、敵イ級エリートの顔面を撃ち砕いた電が問いかけた。
 幸いにして新海生艦各艦隊が徐々に駆け付けて、周囲を包囲する深海棲艦を順調に撃沈しているから、包囲網の圧力は急速に薄らいでいる。

「長門さん、なにがそう言うわけなのですか? あの人と奥津城提督の戦いになにか問題でも?」

「大ありだ。元提督はン級や私達を本気で沈めるつもりだろうが、深海棲艦側はそうではなかったのかもしれん。
 見ろ、元提督は明らかに戦端を開いたばかりの頃よりも動きが良い。それこそン級のようにだ」

 長門の言葉の意味する所に気付き、さっと顔を青褪めた電が刃金散らす斬撃の応酬を展開中のン級とオクツキを見る。
 両者の一太刀一太刀は艦娘として常人をはるかに凌駕した身体能力を持つ電の目をしても、月光を斬り散らす軌跡しか捉えられなかったが、見ている内に恐ろしい事に気付いた。

「まるで、まるで、ン級さんとン級さんが戦っているみたいな……」

 オクツキはン級の同型艦ではあるが、電の言うン級とは当然、斬艦刀を操るン級のみを指す。
 そのン級が斬艦刀と物干し竿という異なる獲物を持って、斬り合っている様に電には見えたのだ。

 これこそがン級が戦闘中に抱いた違和感だった。砲撃の精度、航行の仕方だけでなくこうして斬り合いを始めてから、オクツキは異常なまでに錬度を向上させている。
 まるで乾いたスポンジが水を吸いこむように、オクツキはン級からありとあらゆる技量を吸収しているのだ。

「おそらく深海棲艦はそのように元提督を造り変えたのだ。同型艦であるン級からありとあらゆる技量を吸収し、成長するように。
 元提督を成長させる為か、あるいは元提督に続くさらに新たな深海棲艦にン級の戦闘能力を反映させる為かもしれん。
 まずいぞ、下手をすればン級と同じ型の深海棲艦全てがン級並みの技量を有する事になりかねん!」

 長門の言葉に電の背筋を走った戦慄は極めて大きなものだった。
 状況にもよるが放たれた重巡の砲弾を掴み止めて投げ返し、戦艦級の砲弾も斬艦刀で真っ二つに切り払う冗談じみた技量の主がン級だ。
 そのン級と同等の技量を備えた深海棲艦が、艦隊となって立ちはだかるとなればこれから艦娘達を待ち受ける苦難は、途方も無いものとなるだろう。

 またン級自身もまた直接オクツキと刃を交わす事によって、オクツキ自身が知ってか知らずか負わされた役目に気付き、無理をしてでも即座に決着を付けなければならない事を理解していた。
 一撃の重さではン級の方がはるかに勝るが、手数と斬撃の速さではオクツキが勝る。加えて基本的な能力ではオクツキがン級に勝り、技量の差も急速に埋まりつつある。

 戦えば戦うほどにン級の勝機は小さなものへとなっているのだ。
 ぎんっとひと際大きな音を立てて噛み合った刃を押し返し、一足の距離を置いたン級は短いが深い呼吸を行い、丹田を意識して体内の力の流れの再把握に努める。
 呼吸も、血流も、機関の振動もなにもかもを自分の完全なる支配下に置き、思い描く最良最高の動きを行う為の準備を瞬時に完了させる。
 ン級の高い戦闘能力の要因は、自身の肉体を完全に掌握し操縦する技能にこそあった。

「ふぅううう……」

 ン級が二刀流の使い手であったら、こう、という構えを取るオクツキはぎらぎらと怨念の炎が燃える瞳でン級を睨みつけており、戦闘開始当初の狂気は表向き沈静化している様に見える。
 ン級の戦闘技能を吸収するとともに不要な感情の制御も憶え、あくまで思考は冷徹を維持している為だ。オクツキは技量ばかりでなく確かな理性もまた、得つつあったのである。

 はからずもン級とオクツキは同時に海面を駆けだした。一歩ごとに海面を爆発させる踏み込みは、その反動によって加速度的に速度を増して彼ら自身が砲弾と化したかのよう。
 ン級の構えは右蜻蛉。自身の命など省みぬ敵を斬る事のみを考えた、相討ちを恐れぬ必殺必死の心構え。

 対するオクツキもまたン級を沈める事さえ出来ればそれでよい、と怨念と憎悪に突き動かされているが故の自身を顧みぬ心境であった。
 両手の物干し竿を肩に担ぐように構え、オクツキはン級へと突進する。常軌を逸した踏み込みを見せるン級の姿を、オクツキの濁った瞳は完全に捉えていた。

 殺れる――この世のなによりも確かな確信が、オクツキの心にあった。
 ン級の斬艦刀は自分の左肩からそのまま左足の爪先までを縦に両断する――知るか、知った事か。
 それよりこっちの刀があいつの体を斜め十字に斬る事が出来る。あいつを殺せる。沈められる。それこそがなによりも重要だ。

 死ね! この言葉がオクツキの口から出て大気に溶けるよりも早く物干し竿は振り抜かれ――そして、それをさらに上回る速さで振り下ろされた斬艦刀が、二振りの物干し竿をオクツキの体ごと斬り捨てた。
 斬艦刀が振り下ろされる直前、オクツキは自分の肌と鼓膜を激しく殴打した衝撃と、ン級の背から立ち昇る煙に、斬艦刀が異常な速度で振り下ろされたその理由を悟る。

 斬撃の瞬間、ン級が斬艦刀の峰に砲弾を叩き込み、その勢いと合わせて振り抜く事で速度を速めたのだ。
 何とも無茶苦茶な所業だったが、間に合わぬ筈の斬撃はこうして間に合い、オクツキの体を斬る事に成功している。

「くそ、流石に無茶か」

 だがン級の口から出たのは失態を悟った苦い声だった。
 たしかに斬艦刀の峰に砲撃を加えて加速させることには成功したが、初めての試みに斬線が歪んでしまい、物干し竿こそ叩き斬ったがオクツキの体を真っ二つにするには届いていない。
 オクツキは左肩から下腹部まで深さ十センチに達する傷を負ったが、深海棲艦である彼はその程度で死にはしない。

「くそ、くそ、くそくそくそくそ! 貴様あ、よくもおれを斬ったな、また斬ったな、また殺そうとしたな!?」

 口を動かす暇があったら砲撃するか逃げるかしろ、愚図め、とン級は内心で罵りながら、砲撃の衝撃で痺れている指を無理矢理抑え込み、今度こそオクツキの素っ首を跳ねる為に海を蹴った。
 その踏み込みが二歩目を数えようとした時、ン級は心臓を死者の手で掴まれた様な悪寒に襲われ、咄嗟に視線を海中へと転じる。

 ン級の直感と深海棲艦として生じた感覚は、そこから何かが来るのだと告げている。
 膨大な海水の中にぼんやりと鬼火を思わせる青白い光と、小さな紫色の光が見えたかと思うと、それは急速に浮上してきてン級とオクツキの間に飛び出してきた。
 何が飛び出て来たか分からぬままに、ン級は海中から生じた水柱の中の何かを目がけて、残る18inch三連装砲を叩き込む。

 深海棲艦・新海生艦としては最大級の砲弾は水柱を撃ち抜いて、数百万粒の水滴へと変える。その中で動く影をン級は認めていた。
 ソレは黒いビキニブラに包まれた胸から臍までを大胆に露出したコートを纏い、首元にはアフガンストールを巻いて、背中にはリュックサックらしいものを背負っていた。

 短いコートの裾から伸びる足の膝から下は、足首から先が無く黒い模様が走っている。ロングブーツとも足が異形に変化しているとも見える。
 また臀部からは胴体ほどもある太い尾が伸びているのだが、その先端には三連装砲塔一基、二連装砲塔二基を備えた深海棲艦特有の口があった。

 青白い肌と青白いショートヘアの髪を持ったソレは、黒いコートに付いたフードを目深に被り、紫色に輝く瞳でン級を見つめながら、ギヒっとでも形容すべき笑みを浮かべていた。
 眼前の幼い容姿を持った深海棲艦から感じ取れる重圧を、ン級は鬼級に匹敵すると即座に理解する。
 そして、それに続く様にしてン級の脳裏に初めて見る深海棲艦の名前が浮かび上がる。

――深海棲艦戦艦レ級。

 容姿があどけなかろうと恐るべき強敵と反射レベルで理解したン級は、即座に新たな敵の首を刎ねんと斬艦刀を振るおうとしたが、レ級の尻尾が放った砲弾がン級の腹部にめり込む方が早かった。
 肺の中の空気を全て吐き出し、ン級は大きく吹き飛ばされながら海面に叩きつけられる。
 レ級はン級に止めをさすべく彼を追って海上を駆ける。

「いかん! 各艦はン級を援護しろ」

「なにあれ、見た事の無い深海棲艦よ!?」

 長門の怒号に応じて、陸奥や電達が慌てて残っている武装で、ン級へと迫るレ級へと足止めの砲撃を加え始める。
 当然白河艦隊のみならずウミやヨル達もン級の窮地に気付いて、邪魔をする深海棲艦達に苛烈極まる攻撃を加えていたのだが、レ級の海底からの出現は一隻に留まらず彼女達の前にもまた出現していたのである。

「レ」

「レ」

「レ」

 明らかにこちらへの嘲笑の響きを交えた声を出すレ級に、戦闘の連続による消耗を抱えたままウミ達は戦いを挑み、

「タ!?」

「ヲヲ……」

「ルッ」

 強烈な砲撃と艦載機からの攻撃、雷撃を受けてン級同様に吹き飛ばされてしまう。
 いくら消耗が大きいとはいえ、格上の鬼級も圧倒したウミ達が雲霞を蹴散らすかの如く叩きのめされてしまうとは。
 娘達は一気に大破まで追い込まれた母達を守るべく、レ級の前に立ちふさがるがその代償として父であるン級への救援に駆けつける足を止められてしまった。

 オクツキは五隻目の妙に甲斐甲斐しいレ級に左肩を支えられながら、憎悪に燃える瞳で沈みつつあるン級とそれに止めを刺そうとしているレ級を見ている。
 沈め、沈め、沈めてしまえ、とオクツキはそれだけを念じ続ける。
 オクツキを支えるレ級は他の四隻のレ級には見られないオクツキを気遣う表情で、オクツキの傷口をストールで抑えていた。

 ン級の首を取りに行ったレ級は既に体の大部分を海に沈めていたン級を目がけ、尻尾をくねらせながら主砲の照準を定めて撃つ。
 ドォン、と腹の奥底まで響く砲声にわずか遅れて砲弾を受けたン級の艤装が大爆発を起こして、レ級に海水の豪雨となって降り注ぐ。

 レ級は開いた胸元や顔が濡れるのにも構わずに、笑みを浮かべたまま海水の豪雨を見上げる。
 深海棲艦の裏切り者であるン級を始末で来た事に、レ級を通して深海棲艦の意思が満足したのか、レ級はこの時動きを止めていた。

 レ級の足元に黒い影が浮かび上がると、ほとんど同時に艤装をパージして身代りにし、海中に潜っていたン級が勢いよく飛び出してきて、ぎょっとした顔になるレ級だったが即座に尾が反応した。
 ぐわっと口を開いた尾はン級の首筋に噛みつきにかかる。
 容易くン級の首を噛みちぎる噛みつきに対し、ン級はこちらも口を開くとレ級の尾へと逆に噛みつき思いきり歯を突き立てる。

 レ級の幼い少女の顔が苦痛に歪む間に、ン級の肘から先の無い左腕がレ級の尾を左脇に抱え込んで動きを封じ、右足の踵がまとめてレ級の左右の足を裏から払う。
 ふわり、と浮いたレ級の顔面を残る右手が鷲掴みにすると、その後頭部を一切の容赦なく右膝に叩きつけて、ぐしゃりと硬いものが潰れる音がした。

 ぶしゃっと音を立ててレ級の後頭部から赤黒い液体が噴出して、フードの中を濡らす。
 だがまだレ級が絶命していない事を悟ったン級は、今度こそ頭を叩き潰そうとレ級の頭を高く持ち上げる。
 レ級が高々と持ち上げられた瞬間、レ級の手足が動いてン級の右頬を深く抉る。堪らずン級は砕けた歯を吐き捨てながら、レ級の尾から口を離してしまう。

 途端にレ級の尻尾は暴れ始めて逆にン級の身体を振りまわし、海面に叩きつけようとする。
 ン級は海面に叩きつけられる前にレ級の尻尾を離して、重量を感じさせぬ羽のような動きで静かに海面へと着地する。

 ン級は口の中に含んだ何かを何度か咀嚼すると、ごくりと音を立てて飲み込む。
 右頬を蹴られた際に噛み千切ったレ級の尾肉だ。
 口元を自分とレ級の体液で赤黒く汚したまま、ン級は笑みと共にレ級へと語りかける。
 修羅道に落ちた罪人も戦う事を躊躇する様な、凄惨極まりないその笑みのなんと恐ろしい事か。

「ゲテモノは美味と相場が決まっているが、なかなかどうして悪くない」

 お前を食ってやろうか、と含みながら笑うン級に、レ級の顔から笑みが消えた。怒りに燃えている様にも、恐怖に竦んでいる様にも見える。

「戦艦レ級、ノーマルクラスでありながらここまでの戦闘能力とは正直恐れ入った。深海棲艦への評価を随分と見直さないといけなくなったが……舐めるなよ。
 おれ達はお前らを滅ぼすと決めた者達だ。そうやすやすとこの首を貴様ら何ぞにくれてやると思うな」

 ン級が周囲の状況を把握してこう言ったのか、それとも偶然だったのかは分からないが、まるで打ち合わせていたように他の三隻のレ級達が、砲撃などによってオクツキ達の近くにまで吹き飛ばされてきたのである。
 それなりのダメージを負ったレ級達は、自分達をこうした下手人へと紫色の輝きを秘めたあどけない瞳を向ける。

 その瞳の先には大破にまで追い込まれ、艤装の大部分を喪失し、肩で荒い息を吐くウミ、ソラ、ヨルの姿があった。
 死人のように青白くそして美しい顔は煤に汚れ、血を滲ませているが彼女達の瞳に宿る闘志はまるで萎えてはいない。

「タ、タータ」

「ヲッヲヲ」

「ルル、ル」

 舐めるな、小娘、と三隻はそろって似たような意味の言葉を吐きだし、ン級の信頼厚い艦として、生まれたばかりの新参に負けていられぬと矜持と根性を支えに崩れ落ちそうになる体を無理矢理立たせていた。
 ン級自身、艤装のほとんどを失い、斬艦刀も離れた場所に浮かんでいる。
 おまけに左腕は肘から先が無いし、右足も脛のあたりで曲がってはならない方に曲がっていたし、臓器にも相当のダメージがある。

 ウミ達も同様でとうてい戦う事など出来ず、今すぐにでも入渠すべき状態だがそれでもン級達は戦闘を続行する意思を見せている。
 オクツキは五隻のレ級と残存の深海棲艦に周囲を守らせながら、ン級はますますどす黒くなる感情の籠った眼差しを向ける。
 戦端を開いたばかりのオクツキであったら構わず戦いを命じただろうが、今のオクツキは彼我の状況を鑑み、判断するだけの理性を得ていた。

「必ずだ、必ず貴様はおれの手で沈める。沈めてやる、沈めてやる、沈める!!」

 オクツキは言葉とは異なる命令を察し、レ級達は艦隊の中心にオクツキを配置して戦線から離脱する動きを見せる。

「上等だ。おれの方こそ貴様を沈めてやる。今度こそ二度とこの世に黄泉帰って来られない様に、徹底的に叩き潰してスクラップとすら呼べない有り様にしてやる」

 オクツキの危険性を考えれば無理をしてでも追撃を仕掛けるべき場面だが、その無理をする事さえ今のン級達は白河艦隊を含めて出来なかった。
 ン級やウミ達は立っている事さえ奇跡的な損傷を負い、白河艦隊も最低でも中破状態であり曳航しなければならない状態の艦娘が居る。

 退くオクツキ達を追い掛ける行為だけで何隻か沈んでもおかしくは無い。
 こちらの戦況を白河提督やシナプス提督、安室提督、愛染提督も通信を通じて聞いているが、白河以外の艦隊は各艦娘の消耗から廃港拠点に留まっている。
 再編成をしてオクツキ達の追撃に出撃したとしても、はたして追いつく事が出来るかどうか極めて難しいだろう。

 かくて新海生艦バシー島沖にある廃港拠点に対する、深海棲艦による大規模侵攻は深海棲艦の大多数撃沈、艦娘側の轟沈無しと言う大戦果と共に終わる事となる。
 改めて新海生艦の強大さが示されたと共に、出現が確認された深海棲艦レ級となにより元人間のン級オクツキの存在は、日本やオーストラリアに留まらず人類社会に脅威の風を吹かせることになった。

 特に日本は自国の提督が深海棲艦と化して出現した、という政治的にも非常に厄介な事情が生じる事となり、これまで以上に新海生艦や他国との関係に配慮せざるを得なくなった。
 この緊急事態を前に新海生艦に協力した三提督の一人、藍染提督はかねてより進めていた計画をより強力に推進する事を決めて、自身の所属する派閥や政財界への協力を仰ぐ事となる。

 鎮守府へと帰還した藍染提督の執務室に秘匿されていた極秘書類には、戦艦娘紀伊、尾張、五十万トンクラスの戦艦娘仮称「金田」、本来文部省により都市型艦船として計画された七千メートル級の大洗をはじめとした艦娘の建造計画が記されていた。
 そしてオクツキを取り逃がした事とレ級の出現により、新たな力が必要なることを痛感していたのは、ン級達も同様であった。

 拠点に帰投後、入渠を終えたン級達はオーストラリアなどとの交易により蓄えた資材を貪り、ン級に眩暈を起こさせたのと引き換えに大幅な戦力向上に成功していた。
 まずン級自身が超弩級戦艦から超巨大ドリル戦艦棲鬼ン級へと改造を果たしていた。
 斬艦刀はそのままにフレキシブルアームによって稼働する超巨大ドリル一基を搭載し、53cm艦首魚雷、18inch三連装砲、46cm三連装砲と装備している。

 当世具足風の艤装はより禍々しく、牙の生え揃った口の意匠を凝らしたものに変わり、その上から金縁に赤い布地の陣羽織を羽織っている。
 背中に巨大な煙突状の機関があり、上部に二基の三連装砲塔を支える二本のアームと下部の左側にドリルを支えるアーム、反対側に53cm艦首魚雷を支えるアームとが伸びている。

 ドリルはアームにつなげたままでも使用可能だが、左手を差しこんでそのまま装着して使用する事も出来た。
 またそれぞれのアームには艦の両舷を思わせる防御装甲が着いているのだが、それぞれに丸鋸の形状をしたカッターが備わっており、ン級はドリルと合わせてますます近接戦闘に特化した艦となっていた。
 戦艦としての本分は砲撃ではないか? とン級は少なからず悩んだが、改造後の姿を好きに選べるわけでもないのだから仕方が無いとして、これを受け入れた。

 ン級の娘達は先に改となっていたフタバ、ヒサメ、アカネが改二へと至り、容姿がより大人っぽくなって女子高生か女子大生位の外見に成長している。
 一足遅れて生まれたミンキは改どまりで、こちらは女子中学生高学年か女子高生低学年を思わせる外見にまで成長していた。

 そしてオクツキとの戦いを通じてカ級フラッグシップが潜水艦ヨ級へと改造を終え、ン級からナミの名前を与えられるのに合わせ、五隻目の娘となる衝角潜水艦ラ級を産んだ。
 轟天→ゴウテン→ゴウ→コウ、となぜか真っ先に浮かんだ名前から徐々に女の子らしい名前を連想したン級は、いろは歌の法則を飛ばして生まれて来た娘にコウという名前を与えた。
 コウは伝説上の蛇あるいは水の神である蛟の読み方の一つで、潜水艦であるこの娘には中々良いのではないか、とン級は思っている。

 コウは緩やかに波打った黒髪を持った青白い肌の少女の姿をしており、艦種を示すが如く頭をすっぽりと覆う大きさの、ドリルの着いた帽子を被っている。
 服装としては生成りの白いワンピースと同色のストールを巻いているだけで、頭に妙なものを被っているほかは実に簡素な格好である。

 他にもカ級へとなった艦が増え、ン級艦隊は潜水艦隊の充実に成功している。
 そして改造は母親世代の艦でも行われて、ウミはその手で沈めた南方戦棲鬼へと至っていたが、改造を終えた時点で既にタ級時代から愛用していたプリーツスカートを着用していた事と、本来赤みがかった瞳や髪を持つ筈なのに青みがかっている事が大きな違いであった。

 これはウミが青い海から取られた自分の名前を大切にしている為に、それが改造へ影響が及んだのか、とン級は推測している。
 このように本来無い筈の装甲を備えて改造されたウミは、南方戦棲鬼でありながら、戦艦並みの装甲を獲得する事に成功している。

 続いてソラは装甲空母鬼や装甲空母姫への改造が予想されたが、そうはならずにフラッグシップを示す黄金の光を纏いながら青い光を左眼から零すヲ級改となっていた。
 これにはン級のみならずウミやヨル達も大層不思議がったが、ソラ自身は大して気にした素振りが無かった事が救いだろうか。

 装甲空母鬼であったスズカは予想通りに装甲空母姫へと順当に改造を重ね、戦力の純粋な強化に成功している。
 ハレとカゼもソラ同様にヲ級改となり、母親の様だとン級に評されたヌ級は艦娘時代の外見が反映されたヲ級へ、ホシは黎明艦隊初の泊地棲鬼へと改造を済ませていた。

 オクツキ艦隊撃退後の改造で最も劇的な変化を迎えたのは元艦娘であるヨルだった。
 各艦の改造は日本とオーストラリアの提督達に見られる事を嫌い、彼らが帰投した後にン級を始め黎明艦隊主要艦の見守る中で行われたのだが、泊地棲鬼や南方棲鬼に変わるかと思われたヨルの大量の資材と引き換えに改造を終えた後の姿は――

「テートク~、本当の私に成れた気がしマ~ス! これもテイトクのお陰ネー!」

 骨格や装甲の変わる凄まじい音が止み、改造が終了した直後にそれを見守っていたン級の首筋に飛び付いたヨルは、黒に染まった巫女服を纏っていて、毛先に向かって茶の色彩を帯びてゆく雪のように白い髪は両側頭部で三つ編みにしたうえでフ○ンチクルーラー状にまとめられていた。
 頭には白く綺麗な歯並びの口を模した測距儀付きのカチューシャを着けている。
 太腿の半ばまであるロングブーツや巫女服のそこかしこに口の意匠が凝らされており、如何にも邪悪に染まった巫女と言った印象の衣服と艤装であった。

――金剛型戦艦棲鬼(こんごうがたせんかんせいき)ヨル。

 そう、どこからどう見ても白黒反転して悪堕ちした金剛型戦艦一番艦としか見えない容姿を、ヨルは獲得していたのである。
 ン級は首っ玉に齧りついてくるヨルの両脇に手を差し伸べて持ち上げ、優しく資材倉庫の床に下ろし、優しい声で問いかける。

「やはり金剛だったな、ヨル。それとも金剛と呼んだ方が良いか?」

「ノー、確かに私は元金剛型の戦艦娘ですが、今はテイトクにヨルという名前を与えられた新海生艦デス。だからこれまで通りヨルと呼んで欲しいネ」

 それに正直な話、艦娘だった頃の記憶は全然ないデ~ス、と陽気に笑う元金剛ことヨルに、娘であるアカネが父親の影に隠れながらおそるおそる母を伺う。
 ル級だった頃とはまるで別の姿を得た母に対し、なにやら遠慮してしまっているらしい。ン級は無理も無いとは思うものの、同時に大丈夫だと確信してもいた。

「アカネ、どうかしましたカ?」

「モモ~」

「ノープロブレム! 姿形がどう変わろうと私は私デース。アカネ、貴女は私とテイトクのバーニングラブの結晶。可愛い可愛い娘である事になにも変わりありまセン!」

 ヨルは母性に満ち溢れた笑みを浮かべると、ン級の影に隠れるアカネへと両手を差し出し、おいでと呼びかける。
 アカネは最初恐る恐ると言った調子で姿の変わった母へと近づいて行ったが、ン級が軽く背中を押して、何も心配する事は無いと促すと、ヨルの胸へと飛び込んだ。

 ヨルは壊れやすい硝子細工を扱うように優しくアカネの身体を抱きしめて、赤ん坊をあやす様にその髪を撫で続ける。
 そう、なにも心配する事は無いのだ。艦娘としての姿を取り戻したからといって、ヨルの娘に対する愛情が失われたわけではないのだから。



 さて改造が一通り終わった後にする事は、まず新戦力の確認である。
 同時に資材の確保もすべきではあったが、黎明艦隊唯一の輸出品である戦力を正確に把握出来ていないのは、さすがに不味い。
 自分がなにを売っているか知らずに商売をする者は、いくらなんでもいないだろう。

 はぐれた深海棲艦位しか残っていない沖ノ鳥島海域へと出撃したのは、超巨大ドリル戦艦棲鬼となったン級、新たに生まれたラ級コウ、その母潜水艦ヨ級ナミ、そして燃料や弾薬節約の為に駆逐艦イ級、ロ級、ハ級各フラッグシップという編成だ。
 オクツキ艦隊の壊滅と長く黎明艦隊が居座った事で南西諸島海域は沖ノ鳥島海域を除いて安全な海域と化し、沖ノ鳥島海域も一時的にではあるが深海棲艦の勢力が著しく衰退していたからこその編成である。

 コウは通常の潜水艦としての雷撃に加えて、帽子のドリルによる体当たり攻撃も可能ではあったが、まだまだ生まれたばかりと言う事もあってか、ダメージを期待できるのは精々軽巡洋艦どまりであった。
 それ以上の重装甲を誇る艦が相手だと、かえってコウ自身がダメージを受ける始末である。

「ララ~」

「ヨ、ヨ」

 重巡洋艦リ級に体当たりを敢行して、逆にドリルの回転が不具合を起こしてダメージを負い、涙目になっているコウを慌ててナミが慰めている。
 この様子から察するに、コウは成長するまで相手が軽巡洋艦や駆逐艦ならばともかく、雷撃を中心とした運用をする方が、旗艦としてまた父親としての心情から堅実のようだ。

「コウ、ドリルが歪んでいる様子は無い。帰投してすぐ風呂に入れば痛くなくなる。それまでの辛抱だ」

 父親としての顔で優しく語りかけるン級に、涙目のコウはうん、と素直に頷く。

「ラ~」

「よし、いい子だ。それでは帰投す……!?」

 斬艦刀を鞘に収め、初めて使ったドリルを定位置に戻したン級だったが、たった今斬艦刀で斬り伏せた筈の装甲空母鬼と泊地棲鬼などの残骸が、水底へと沈まずに清らかな白い光を発し始めた事に即座に意識を戦闘に切り変える。
 沖ノ鳥島海域には出現しない上位艦だが、先のオクツキ艦隊の撤退時にはぐれたと思しい艦が、ン級の存在を感知して襲い掛かって来たのだ。
 咄嗟に斬艦刀に手を掛けて瞬時に抜けるように備え、左下部のフレキシブルアームを伸ばし、ドリルも使えるようにしたン級の目の前で、深海棲艦の残骸達から彼女達が姿を見せた。

「装甲空母幻龍(げんりゅう)です。貴方が……私の提督? そう、貴方はいつまで私の提督で居られるのでしょう……」

 うなじに掛る程度の長さの髪も、虚無を宿した瞳も、脇の部分が剥き出しになっている上衣やミニスカートにスパッツ、装甲を施された飛行甲板や艦橋の艤装まで、深海棲艦風の意匠が施された何もかもが虚無的な黒一色で塗り潰されている。
 まるで相対する者の命を吸い寄せ、知らず知らずの内に命と心を蝕んでゆくような負の魅力を備えた少女であった。

 正規空母にしてはやや若年の印象を受ける。白く透けた肌を持った顔を隠す様に、のっぺらぼうの白い仮面が右のこめかみから頬を隠す様に斜めに被っていた。
 手には大の大人でも到底扱えない様な巨大なクロスボウを持ち、腰には黒光りする太く長い矢を収めた矢筒を下げている。

「拙者は元大和級戦艦四番艦の装甲空母米賀(よねが)と申します、御屋形様。こうして拝謁の栄に預かりこの米賀、恐悦至極」

 幻龍の傍らで嫌に時代がかった物言いをするのは、こちらもまた装甲空母艦娘だという女性だった。
 腰まで届く長くつややかな黒髪の毛先を綺麗に切り揃えており、正規空母のように白と赤を基調とした着物を纏っているが、袴に関しては膝上までの丈の短さだった。

 姫武者という言葉に相応しい凛冽とした印象を受ける美女で、左肩には盾のように装甲を施された飛行看板を装着し、右肩には艦載機へと変貌する矢を収めた矢筒、右手には弓の端の弓弦を掛ける所(はず)に槍の穂先を取りつけたハズ槍という弓を手にしていた。
 紫色の袴を結んでいる帯には、小刀を佩いている。いざという時には、近接戦闘にも対応していると言う事なのだろう。

 そして、最後に姿を見せたのは――
 

<続>

ン級が順調に貯めていた資材が、大型建造の狂気に取りつかれた提督の如く消えてしまいました。しばらく資材の消費は控えて、食糧は自給自足でなんとかするしかないですね!
きりの良い所まで、と思いここまでこぎつけました。鎮守府側もパワーアップ計画があります。

ラ級の名前はカイラムにするかひどく悩みましたが、こちらはラー級カイラムにすればいいじゃないと言う事にしました。
艦娘との友好度や接触回数の条件を満たした事で、元艦娘が改造によって艦娘型新海生艦へ、また斬艦刀に浄化能力が付与されて、一部の深海棲艦から艦娘怪(かんむすかい)をドロップできるようになりました。
ン級の斬艦刀は艦娘のような艦娘じゃないような、実在した様な実在しない様な事情持ちの艦娘をドロップできるようになりました。

最後の三隻目の艦娘怪に関しては、ゲーム内に登場する艦娘で、皆さんのご希望の艦娘を半ば深海棲艦と化した状態で登場させようかと思っています。
こういった募集がお嫌いな方もいらっしゃるでしょうが、こういう作りの話なのだとご寛恕下さい。
なお大和や武蔵は戦力バランスを考えると既に過剰なので、避けさせてください。

本当は藍染や白河、安室、シナプスたちとの別れのあいさつも書きたかったのですがのちの機会にて。
これ以降、投稿間隔が開くと思います。待って下さる方がもしおられるのでしたら、どうかお許しください。
どうにも書く物書く物尽くハーレム物を書いてしまうもので、気持ち悪いと思われた方には申し訳ないです。第一話の注意書きに追加しておきました。

学園艦 大洗

搭載機
・IV号戦車H型仕様
・III号突撃砲F型
・M3中戦車 リー
・ルノーB1bis
・ポルシェティーガー
・三式中戦車
他艦娘多数。


追記 感想板で科蚊化さんからご指摘がありましたが、刺客来りて、との矛盾は現在の鎮守府では存在し得なかった艦娘を建造できないというもので、藍染の計画はペーパープランすら存在しなかった艦を艦娘として、またあるいは現代の艦に人為的に船霊が宿るよう霊的外部干渉をおこない、新たな艦娘を無理やり建造しようというものです。
ン級に関しては主人公特権といっては身も蓋もありませんが、ン級自身の人間でも艦娘でも深海棲艦でもない存在、という特性によりあり得ない存在を深海棲艦などを触媒に、この世に顕現させています。



[38714] 布石と試金石
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/05/01 21:55
 南西諸島海域の一角で、六隻編成の二つの艦隊が単縦陣による同航戦を演じていた。
 かたや戦艦ル級三隻、軽巡洋艦ト級、ヘ級、軽空母ヌ級で構成された艦隊で、戦っているのは装甲空母幻龍、装甲空母米賀、戦艦タ級、重雷装巡洋艦チ級、駆逐艦ロ級、二級の新海生艦艦隊である。

 新たに黎明艦隊に加わった幻龍と米賀の戦闘能力を見る為の試験の最中であった。
 幻龍、米賀が発艦させた艦攻天山怪、艦爆彗星怪による雷撃と爆撃により、敵艦隊のル級一隻が撃沈、一隻が中破、ヘ級、ヌ級も撃沈判定を受けており、戦況は圧倒的に新海生艦側が有利だ。

 味方戦艦タ級の砲撃が残る的ト級にも命中し、撃沈判定を下して幻龍達の勝利がほぼ確定した戦況になった時、敵艦隊が最後の意地を見せる。
 敵戦艦ル級の放った16inch砲弾が、幻龍の肩にある装甲を施した飛行看板に命中し中破相当の被害を与えたのである。
 装甲空母は軽空母や正規空母と異なり、中破に陥っても艦載機を発艦させられるのが特徴だが、幻龍は新しい攻撃隊による反撃を選択しなかった。

 のっぺりとした白い仮面で半顔を隠す装甲空母艦娘は、被弾と同時に走った痛みに青白い顔を顰め、闇を圧縮して嵌めこんだ様に黒く暗い瞳でル級を見る。
 幻龍がル級を睨みつけた瞬間を境に、敵艦隊のみならず幻龍の味方の艦隊である米賀達も背骨を剃刀の刃で擦られているかのような、悲鳴を上げる事も出来ない悪寒に襲われて思わず幻龍を見た。

「私を、傷つけた。傷つけるものは……敵。私の、幻龍の敵。敵は沈める。沈める、沈める沈める沈める…………しず、め、る」

 まずい、やばい、危険だ、これらのワードが米賀達の脳裏にどっとあふれ出し、この装甲空母を今すぐ止めなければ、決定的な何かが起きてしまうと言う具体性の無い危険を理解していた。
 それは幻龍の視線を一身に集めるル級も同様で、あの世とこの世の境に立っているかのように、幻龍の全身から発せられるおぞましい妖気を感じ取り、元から青白い顔立ちが白蝋と変わらぬ色にまで変わってゆく。

「敵は沈める。敵は沈め……シズメ」

 罪人を苛む地獄に吹く風は斯くの如きではないかと、耳にした者が思わずにはいられない冷たくおぞましい響きが幻龍の口から零れ出る。
 それは目に見えない力となって戦場となった海域へと拡散し、何かで満たして行く。それはこの場に居る誰しもに、平等に降り注ぐ災いの形を取るかと思われた。

「待て、幻龍。これは演習だ。ル級達は敵では無い」

 艤装に内蔵された通信機から聞こえて来たン級の声に、幻龍の全身から無色の陽炎の如く立ち昇る妖気が揺らぎ、少しずつ放出が収まって行った。

「提……督……」

「落ちつけ。お前が本当に沈めるべき敵は、彼女達では無い。おれの言っている事が分かるな?」

「提督…………分かり、ました」

 蚊の鳴く様なか細い声で答える幻龍に、無線の向こうでン級はどこか安堵した吐息を零してから演習の終わりを通達した。

「演習はこれで終わりだ。両艦隊ともよく戦ってくれた。これからも日ごろの鍛錬を忘れずにおくように。
 燃料と弾薬の補充が済んだら、汗を流すなり食堂に行くなりして各艦疲れを癒せ」
 
 演習用の弾頭を積んだ新海生艦十二隻が、近くで演習の模様をモニタリングしていたン級からの指示に従ってバシー島沖海域にある廃港拠点へと帰投の準備を始める。
 ン級も主機を動かして帰投する艦隊に合流し、各艦に異常が見受けられないか気を使いながら速度を合わせる。

 すると被弾も無く無事に演習を終えて、ゆくゆくは第一線を張れる素質を存分に見せた米賀が白波を立てながらン級へと近づいてきた。
 艦体の材料に真面目という素材を混ぜたに違いないと、早くも黎明艦隊の中で評判の米賀は、表情筋が動く事を知らないかのように凛と引き締めた表情しか浮かべない。

「御館様」

 これまで配下の艦で米賀ほど生真面目で忠義を前面に押し出す者はいなかったから、正直に言ってン級は米賀との距離の取り方にまだ戸惑っている所がある。
 それでも米賀の言わんとしている事は、簡単に察せられた。先程の演習の、より厳密に言えば幻龍の事に違いあるまい。

「幻龍の事か?」

「は。拙者が口出しするのは過ぎたることやも知れませぬが、あの時の幻龍殿の様子は尋常ではありませんでした。半ば深海棲艦たるこの身に怖気が走り申した」

 鬼級に至ったン級の斬艦刀による浄化で姿を現した幻龍と米賀は、艦娘としての姿を主体にしながら艤装や衣服、肉体の一部に深海棲艦としての特徴を残している。
 艦娘が七、深海棲艦が三と言った割合だろうか。この事からン級は彼女らの事を艦娘怪と呼称していた。

「それはおれにも感じられた。まだお前達艦娘怪の事は分からん事が多いが、幻龍固有の特異性と考えた方がいいかもしれん。
 艦隊に組み込んでの運用には、細心の注意が必要となるだろう」

「御館様のお考えの通りに成されるのが最良の道かと。幸い幻龍殿は御館様のご命令には従われる様子。まったく制御出来ていないわけではありません」

 米賀の言う通り事もまた事実である。幸い幻龍は今の所ン級の命令に従う素振りを見せている。
 実際の戦場で先程幻龍が見せたおぞましいナニカがどう働くかは不明だが、早々に検証しなければならなくなるだろう。
 正規空母以上の継戦能力を有する装甲空母の加入は、非常に喜ばしい事ではあったが、兵器として運用するにあたり信頼性を著しく損なう不安の爆弾を抱えているとなると、話は変わって来る。

「米賀」

「はっ」

「もしもの時は自分がなどと余計な事を考えるなよ。幻龍とておれにとっては大切な配下である事に変わりない。あいつも使いこなして見せよう」

 ン級は米賀がその過剰なまでの忠誠心から、幻龍が黎明艦隊ひいてはン級の害となると言うのならば、自ら手を汚す覚悟を固めている事を見抜いていた。
 米賀はかすかに肩を揺らして心中の動揺を露わしたが、それだけで表情を変える事はせず、ン級に対して小さく頭を垂れる。

「御館様は拙者の浅はかな考えなどお見通しでございましたか。しかしこの米賀、御館様の為とあれば同胞の血で己が手を汚す事を厭いませぬ」

 米賀は少なくとも幻龍の事を同胞と認めてはいるらしい。それだけにいざとならば自分が幻龍を手に掛ける、という米賀の覚悟は悲壮と言う他ない。

「お前の忠義はありがたく受け取ろう。だがその覚悟を実際に試す機会は巡っては来ないだろう。そうする事が艦隊の提督であるこのおれの役目だ。
 おれが提督としての役目を果たせなければ、お前に手を汚させてしまう事になると肝に銘じておく」

「やはり、御館様は拙者が主君と仰ぐに値する大器の方でございます」

「あまり褒めるな。お前はおれを賛美し過ぎだ」

「拙者にとっては正当な評価でございます」

 盲信に近い忠義を寄せて来る米賀の事を、ン級はこれまでにないタイプと言う事もあって、幻龍ほではないのだが実はほんのちょっぴり持てあましていた。
 無論米賀はン級のそんな胸の内を知る筈も無かった。

 バシー島沖廃港拠点に帰投したン級達だが、拠点はここ数日騒がしさに飲み込まれていた。
 というのもン級が今後の人類社会との付き合い方を考慮し、日本の勢力圏に近いバシー島沖海域よりも、オーストラリアやマレーシア、インドネシア、フィリピンなどに近い東部オリョール海域に拠点を移す事を決定したからである。
 その為に、廃港拠点に蓄えていた資材や食料品、生活雑貨の輸送に各艦が追われている最中なのだ。

 ワ級達やオーストラリア政府など各国から買い付けて来た廃棄寸前の旧型船や、ドラム缶を用いてほとんど休まず輸送任務に従事している配下の艦達に挨拶を交わし、執務室を目指していると幻龍達と共に姿を現した三隻目の艦娘怪が顔を覗かせた。
 青く晴れ渡った空の下を輸送品の目録を片手に歩み寄って来るのは、工作艦明石怪。

 鎮守府などではアイテム屋娘などと呼ばれる艦娘で、戦場に立つ為の艤装調整が遅れて、近年になって海に出るようになっている。
 斬艦刀による浄化で出現したと言う事は、前線に出るようになってからかあるいはそれ以前に深海棲艦の犠牲になった明石が居たと言う事でもある。

 明石はクレーンや最新の工作機械などの施設を艤装として持つ工作艦娘で、腰や鼠蹊部が見えるように左右の布地が切り取られたミニの袴を履き、両足は太腿の外側までを守る装甲を着けていた。
 紫がかった赤色の髪を長く伸ばしていて、揉み上げの部分の髪は頬に掛る程度の長さで紐を使って縛り、ざっくりと毛先を切りそろえている。

 上半身には灰色のインナーの上に半袖のセーラー服を重ね着していた。
 その衣服や修理施設の艤装の一部に、深海棲艦特有の口や歯が生えていて、明石自身も肌が異様に青白く変わっている。
 入渠施設を用いずとも泊地での修理が可能となる上に、各種の工作活動が可能となる明石の存在は、黎明艦隊にとって極めて有用なものであった。
 流石はかつてアメリカ軍に重要攻撃目標と定められた艦だけはある。

「提督、お帰りなさい」

「ああ、ただいま。早速で悪いが、明石、現在の各資材の輸送状況はどうなっている?」

「それならこちらの方にまとめておきました。どうぞ」

 ああ、と一つ返事をしてン級は明石から紙媒体の資料を受け取る。要点をよくまとめられた書類に目を通し、次いで明石自身の口からも報告を受ける。

「燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトそれぞれ八割が輸送を終えています。オリョール海側の拠点もオーストラリア政府からの協力もあって、順調に整備が進んでいます。
 装備開発と建造の為の妖精派遣についてはまだ色よい返事は来ていませんが、このままの関係が続いて行けば時間の問題でしょう。
 持ちつ持たれつという関係をお互いよく理解していますしね」

「そうか、大きな問題は無いと考えてよさそうだな。しかし……」

「? なんでしょうか、提督」

 基本的に脳筋である新海生艦各艦に対し、元艦娘である明石はこういった細々とした計算や情報の管理などがきちんと出来ていて、スケジュール管理も出来ている。
 これまで事務仕事のサポートが出来る艦が欲しいと願って止まなかったン級にとっては、まさしく求める艦娘であった。

 ヨルは元戦艦娘の金剛であったが、残念ながら脳味噌の方は今も脳筋状態である為、集中力が持続しないし細かな計算は不向きと言う他ない。
 幻龍はコミュニケーション面にいささかの問題があり、米賀は融通が利かない性格の見本のような娘だが秘書艦の役割を果たす事は出来るのだが、ン級の傍から離れようとしない為に、かえってン級の気が休まらない事態に陥りがちだった。

「いや、きちんと計算のできる艦娘がこれほどありがたいとは思わなくてな」

「ええ? でもウミさんやヨルさん達ならこれ位は出来るのでは?」

「足し算と引き算は出来るが、掛け算と割り算が怪しくてな。分数の計算も厳しい。ヨルは元金剛だからと試してみたが、どうもオツムの方は未だに深海棲艦のままらしい。
 とてもではないが秘書艦の役割は任せられん。姫級になればあるいはと期待しているが、どうなるか分からんよ」

「軌道計算とか一体どうしているのでしょう?」

「勘だろう」

「勘ですか……」

「勘だよ」

 ン級の声はどこか諦めを含んでいる様に明石の耳には聞こえた。これ以上、追求しなかったのは明石のせめてもの優しさであった。
 艦隊の規模が膨れ上がるのに従い、情報や資源管理の出来る知性のある配下が欲しい所だが、ン級はこの点に関してはどうにも恵まれぬ傾向にあり、その証拠の一つがドタドタと音を立てながらン級に駆け寄ってきた。

「司令官、お帰りなさい!」

 先頭を走っていた白と金の入り混じる髪を首筋の辺りで二つに括り、黒に染まったセーラー服を着た少女がン級に帰投の挨拶をするのを皮切りに、後に続いていた五隻の小柄な少女達も口々に挨拶を口にする。
 全員が同じデザインのセーラー服を纏い、三日月や半月、満月をデフォルメしたアクセサリーを身に着けていた。

「ああ、ただいま戻った。お前達、きちんと明石達の手伝いは出来ているか?」

 愛娘達に対するのよりは、少しだけ硬い声でン級は少女達に声を駆ける。あくまで提督としての立場から発言しているからだろう。それでも十分に甘いが。

「これからみんなでドラム缶輸送するの~」

 どことなく舌足らずな喋り方をするのは、白色と茶色の混じる髪を後頭部で結わえた少女だった。他にも緑や白一色、黒の混じる髪のよく似た顔つきの少女達がいる。

「そうか、お前達は足が速くて助かる。道中の危険は少ないとは思うが気を抜かんようにな」

 既に南西諸島海域は沖ノ鳥島海域を除いた全海域を黎明艦隊がほぼ制圧下に置いており、とりわけ安全な航路を有する海域となっている。

「任せて貰おう。我々を駆逐艦と侮る連中は返り討ちにして見せる」

 そう言ったのは緑色の髪を持った少女である。いささか肩に力が入り過ぎと見えなくもないが、米賀や長門に通じる凛とした雰囲気を持っている。

「我々とて小さくともすでに鬼に至っている。有象無象など敵では無い」

 緑色の髪の少女に続いて、白一色の髪の少女が確たる自身と共に断言する。雰囲気も緑髪の少女によく似ている。

「司令官のご期待に応えて見せますね」

「まあ、だるくないくらいに頑張りま~っす」

 生真面目な返答をしたのはアホ毛の飛び出た黒髪の少女で、続いて気だるそうに返事をしたのは眼鏡を掛けた茶髪の少女だった。
 厳格な軍組織だったら叱責では済みそうにない返事も交じっていたが、紅蓮隊めいた組織である黎明艦隊では、今の所そこまで規律は厳しくない。
 改善の余地ありとン級は考えているのだが、それを成す為の人材と下地がいまだ整っていないのだ。

「そうか。だが気を付けて行けよ」

 いささか心配症気味なン級に見送られて、六隻の少女達は他のワ級達とその護衛艦隊と合流し、一路東部オリョール海で構築中の拠点を目指して海上を進み始めて行った。
 その背中を見送る中、ン級はつくづく自分を含めて艦娘や深海棲艦とはでたらめだと思わざるを得なかった。

「提督の刀でこの姿になった私が言うのもなんですけど、ほんと、深海棲艦って不思議ですね」

 明石も自分にそれを言う資格があるのか怪しいと思ってはいるようだが、つい口にしたようだった。

「ああ。まさかツキが改造を終えた途端六隻に分離するなど予想もしていなかった」

 たった今、ン級に手を振りながら行ってきますと出航していった六隻の少女達は、かつて戦艦ル級ツキの名でン級に呼ばれていたのである。
 オクツキ率いる深海棲艦の大艦隊を撃退後、多くの艦が改造を経て更なる力を手に入れる中で、ツキはヨル同様改造に際し異様なまでに時間が掛り、同期であるホシやン級が身を案じる中、なんとまあ先程の少女達へとなったのだ。

 少女達はそれぞれが睦月型駆逐艦棲鬼サツキ、フミヅキ、ナガツキ、キクヅキ、ミカヅキ、モチヅキを名乗った。
 ン級が純粋な深海棲艦だと判断していたツキは、どうやらかつて同じ戦闘で一度に轟沈した睦月型の六隻が一隻の戦艦となって堕ちた姿であったらしく、ン級が元艦娘と看破出来なかったのは、この特殊な誕生の仕方をしたせいだろうか。
 モチヅキ達はツキであった頃の記憶は共有しているらしく、艦隊入りしてからの事はよく憶えているし、特に黎明艦隊に同時期に加入したホシとは六隻全員仲が良い。

「これからもああいうのが増えるのか?」

 しみじみと呟くン級に、明石は困った顔を拵えた。自分もサツキ達もン級の手によって今の姿になったのであるから、原因はむしろン級自身にある。

「さあ? それはむしろ提督次第のような気もしますけれど」

「戦力になるのは間違いないんだが、なんというか心労がな」

 とはいえ不足気味の軽巡洋艦や駆逐艦が、鬼級の駆逐艦六隻の加入によって大幅に強化されたのは間違いない。
 いずれ復讐に燃えるオクツキとの決着の日の為に、艦だけでなく装備や設備、各国との協力体制を整える事がン級の急務であった。



 日本国に所属するショートランド泊地に勤務する上代(かみしろ)提督は、元は民間の大学に勤める研究員だったという経歴の主である。
 年齢はようやく三十に届くと言う所で、中肉中背の標準的な体格に普通以上美形未満の温和な顔立ちの青年だ。

 まだ提督としての経歴は浅く、艦隊に所属する艦娘は駆逐艦が大多数を占めていて、戦艦娘や空母艦娘は一隻もいない。
 上代提督は泊地内に宛がわれた執務室で、秘書艦の漣(さざなみ)を傍らに控えさせて艦娘からのある報告を待っていた。

 元民間人ではあるものの艦娘達が命懸けで戦っている日々を目の辺りにし、必死に提督業の勉学に励む姿勢から、艦娘達からの上代に対する評価は悪くない。
 そんな上代だが、今はひどく緊張した様子で顔には脂汗が滲みだしている。
 普段は甲斐甲斐しく上代のサポートをする漣自身も緊張しているようで、これから彼らに齎される情報がそれだけ重要なものなのだろう。

 ほどなくして執務室の扉の向こうから、複数の足音が聞こえてきて上代と漣の緊張は頂点を極めて、ごくりと大きな音を立てて生唾を飲む。
 規則正しくノックがされて、出撃していた第一艦隊旗艦軽巡洋艦娘の由良が他の五隻を率いて入室する。

 由良は薄紫色の豊かな髪を一つにまとめ、黒いリボンで格子状に結んでいる。おおよそ十代後半の女子高生位の外見だろうか。
 軽巡洋艦娘の中では平均的な能力の持ち主だが、対潜水艦戦においては高い能力を発揮する。

「第一艦隊旗艦由良、帰投しました。提督」

「ああ、お帰りなさい、由良君。君達も」

「リリ!」

 普段の出撃より倍も疲れた印象を受ける由良の後ろには、赤いスカーフを巻いたリ級改、同じく青いスカーフを巻いた軽空母ヌ級エリート、黄色いスカーフの重雷装巡洋艦チ級フラッグシップ、緑色のスカーフの軽巡洋艦ト級エリート、黒いスカーフの潜水艦カ級フラッグシップが続いている。
 赤いスカーフを巻いているリ級改は、オクツキ艦隊との戦いでヲ級フラッグシップをジャーマンスープレックスで仕留めたリ級フラッグシップで、以下の艦は彼女が率いる艦隊だ。

 あの戦いを経て全身に黄金のオーラを、そして左眼に青く燃える炎を宿す改へと至ったリ級が、ン級に我儘を言って艦隊各艦にスカーフを支給してもらったのだ。
 それぞれ改造を経て新たな力を得た艦達からの評判は微妙だが、この五隻は個性豊かな艦としてン級に記憶されているし、またこの事から元艦娘と判断されて運用面で重宝されていたりする。

「リ、リリ、リ!」

 ふんす、と荒々しい鼻息を零しながら、リ級は自分達がどのように戦いそして自分がどれだけ活躍して敵深海棲艦を撃沈したかと自慢げに話す。

「ヌッ!」

 そのリ級改の頭をヌ級が窘めるように小突いた。リ級がMVPを取ったのは事実ではあるが、いささか過剰に戦果報告をしていたからだ。
 リ級は不満そうに次席であるヌ級を睨むが、ヌ級以下チ級、ト級、カ級勢ぞろいで自分を睨んでいる事に気付き、自分の形勢不利を悟ってしゅんと縮こまる。

「ヌ、ヌヌ」

 上代はヌ級がなにやら手振りを交え、自分に視線を向けて言葉を発している事からおそらく謝罪しているのだろうと予測した。
 ン級と異なり上代は彼女らの言語を理解する事は出来ないのだが、普段ン級と接しているリ級やヌ級達は、自分達の言葉が人間には理解できないと言う事を頭で分かっていても、なかなか実践出来ずにいる。

「えっと、リ級君の事を謝罪しているのかな?」

 上代が秘書艦の漣を見れば、時々スラングを口にするピンク髪の少女は、ひどく戸惑った顔で一応頷いてくれた。

「はい、その通り見たいです……。あはは」

「そうか。うん、良識があって良い事だ、はは。ええっとでは戦果報告の詳細は後でいいから、補給と被弾した艦は入渠するのを忘れないように」

「はい、分かりました。それではすぐに報告書のご用意をしますね、提督」

「リ」

「ヌ」

「チ」

「ト」

「カ」

 陸上での行動に適さないカ級はひょいっとリ級に抱えあげられて、由良と共に執務室を後にする。
 新海生艦の五隻が部屋から居なくなってから、上代は大きく息を吐いて脱力して椅子の背もたれに体重を預ける。
 漣もよほど緊張していたのか、上代の傍らではあっと肩を動かして緊張の糸を緩めた。

「とりあえず、ご主人様と旗艦の指示には従ってくれるみたいですね」

「ああ、幸いだったよ。この任務が下された時にはどうなることかと思ったけれど、由良君が無事に帰って来てくれてよかった。
 念の為、第二艦隊を近海に配備しておいたとはいえ、気が気じゃなかった」

「だったら五隻まとめてではなくて分散させれば良かったのでは? と言いたい所ですが、それも五隻での運用を指示されていてはどうしようもありませんね」

「由良君には悪い事をしたと思っているよ。ただうちの艦隊では由良君がもっとも頼りになる」

「それは由良さん本人に言ってあげてください。ご主人様にそう言ってもらえれば、とても喜びますよ」

 秘書艦である自分の前でそれを言っちゃうかー、と漣は内心で思ったがそれを表に出す事だけは防げた。また後でクソスレでも建ててこの嫌な気分を晴らす事にしよう。

「そうするよ。それにしても新海生艦か。噂では聞いていたけれど、まさかそれを確かめるのをうちの艦隊でやる羽目になるとはなあ」

 漣の心中は知らず、上代は先日下された任務について思い返していた。
 それは新海生艦との今後の共同作戦の実施を想定し、各鎮守府の一部に新海生艦から小規模な艦隊が派遣され、試験的に各提督の指揮下に入ると言うものだった。

 この新海生艦派遣にあたり、日本政府側からは海外に建設された鎮守府を指定されて艦隊が派遣されている。
 またン級側がつけた注文は、当然ながら派遣した各艦の身の安全の保証。また戦場に投入する場合には、艦娘と同列の扱いをする事。
 鎮守府に派遣している間に消費する各資材は鎮守府側が負担する事などである。

 派遣日数の延長に関しては希望と条件次第で検討し、また派遣する新海生艦からは鬼級やフタバやアカネなどの娘達、ヨルやサツキ達のようなはっきりと元艦娘と分かる者、そして米賀、幻龍など実在しなかったはずの艦娘怪も除外されている。
 いずれは露見する事とはいえ、ン級からすればこれらの情報を知られるのは遅ければ遅い方がいい。

 戦力派遣の条約を締結していない日本政府と新海生艦は、相互の戦力把握と深海棲艦との長期的な戦闘と世界への発言力強化の利害一致から、今回の艦隊派遣を行っている。
 日本政府側が新海生艦を預けた提督は主に二種に分かれる。
 すなわち新海生艦が不穏な行動をとっても即座に対応できる、錬度の高い艦娘を擁する歴戦の提督。
 そしてもう一つが、仮に失ったとしてもさほどの痛手にはならない、代替の容易な提督である。

 もちろん、ン級は派遣される艦に鎮守府側の艦娘達から仕掛けられない限り、攻撃を加える事を固く禁じているし、万が一の事態が起きないようにと配慮してはいるが、最悪の事態を想定して対策を講じるのは双方にとって当たり前の話だろう。
 ン級の方も各鎮守府や基地に派遣された配下の艦が、いざ基地などから脱出する際に迅速に動けるよう、潜水艦隊や偵察機を飛ばして情報収集に余念が無い。

 これには新海生艦を受け入れたのが日本国外の基地などであった事は、ン級にとって幸いであった。
 日本側とて提督達に一切の報酬なしで任務を下したわけではないし、あくまで任務を受けるかどうかは提督達の判断に委ねられる。
まあ、なにかしらの圧力はかかったかもしれないが。

「供給される資材の増加と装備の支給につられて受け入れてみたけれど、精神的な疲労はかなりのものだなあ」

「でも改に至ったリ級とか軽空母とはいえ航空戦力が手に入ったのは、大助かりですよ。
 供給される資材も増えたから、建造や開発に回せる余裕も少しずつ出来ていますし」

「そうだね。ただ彼女らを運用するのに慣れるまでは、しばらく心臓に悪い日々を過ごす事になりそうだ。特に彼女らと一緒に海に出る君達には、負担を強いることになる」

 上代はそう言って、すまなそうに漣に視線を向ける。こういった所が、実に元民間人の提督らしい。

「漣達は艦娘ですから。ご主人様の命令に従うまでです」

 上代と漣が交わしたような会話が、各地の鎮守府でも交わされていて、敵と対峙した時には恐ろしかった深海棲艦の戦闘能力を、多くの提督と艦娘達が知る事となる。
 ただし派遣された艦達の新海生艦という呼称が単なる名前と言うだけで、能力は深海棲艦と変わらないと思っていたのだが、実際にはほぼすべての艦が従来の深海棲艦を上回る能力を有している事に気付くのは、もう少し後の事である。

 日本側はオクツキとの戦闘で藍染、安室提督達が目撃した新海生艦の戦闘能力についての報告が挙げられていたが、それはン級直轄のいわば精鋭部隊に関するものとして受け止められていた事と、サンプルが少なかったことにより新海生艦という種単位で能力が高い事は小さな可能性としてしか想定されていなかったので、寝耳に水と言って良かった。

 ン級は手持ちの戦力を各国に派遣するのと引き換えに得られた資材や装備、また建造と開発を可能とする為の施設建設を推し進めていた。
 単純に艦としての能力を向上させるだけでなく、装備の充実に本腰を入れて取りかかり始めていたのである。
 これはオクツキに撃沈寸前の傷を負わせた事と、深海棲艦の戦力を大きく削った事で得られた時間を使い効率よく戦力を増強させる事を目的としていた。

 そして敵はオクツキばかりでは無い。その先に待つ深海棲艦の意思。さらには場合によっては艦娘とも雌雄を決しなければならなくなる。
 深海棲艦との戦いとその戦いが終わった後の事を見据えて、ン級は布石と試金石を打ち始めているのだった。

<続>
まだ五月ではありませんが、投稿します。
というわけでイベントで実装されたこともあり、三隻目は明石となりました。ご意見ありがとうございました。
イベントの方はE-4をクリアしました。燃料15K、弾薬12K、鋼材11K、ボーキ1K、バケツ70を消費し、長門、谷風、三隈ゲットです。卯月と初風と浜風はいまだに知らない子です。
港湾棲姫はぜひとも艦隊に組み込みたいものです。

ツキ達は純粋な深海棲艦という事でしたが、予定変更で元艦娘といたしました。
かつてどこかの提督が一度に失った皐月、長月、文月、三日月、望月、菊月達が融合したという設定です。鬼に至り個々に分裂し、また再度融合も可能です。

もらうものさえもらえればル級でもタ級でもヲ級でも派遣しますぜ、ということをン級は始めました。皆さんはいくらまでなら払えますか?

追記
戦艦や空母、ヨ級になったからといってン級に必ず操を捧げているわけではないです。
ごめんよ谷風。浜風と間違えたんじゃよ。



[38714] 派遣社員と正社員の関係について
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/05/13 12:54
今回は短いです。一万字切っています。



「ヲ!」

「え、ええ?」

 綾波型駆逐艦十番艦である潮は、唐突に目の前に差しだされた薄い本を前に困惑を隠しきれなかった。
 場所はタウイタウイ泊地。日本が本国領外に保有する大規模な泊地の一つだ。
 多くの艦娘とそれを指揮する提督が所属し、日夜、太平洋に跋扈する深海棲艦と戦っている。

 潮が遠征任務を終え、さて食堂か購買で何か小腹を満たそうかと泊地の中を歩いていると、不意に正規空母ヲ級が目の前に現れたのである。
 恐るべき正規空母が目の前に現れた事に、潮は泊地内であるから艤装を外していた事に元から白い顔を青白くしたが、目の前のヲ級がマントに白波と旭をモチーフにしたマークを描き、首から認識票を下げている事に気付いて少しだけ警戒心を和らげた。

 潮が配属された艦隊の提督が、各種資材や装備と引き換えにして呼び寄せた、新海生艦黎明艦隊に属するヲ級だったからだ。
 外見上は深海棲艦と大きな変化の無い新海生艦だが、実際に対峙して見る事で深海棲艦を知る艦娘達は、深海棲艦と新海生艦が異なる事を肌と心で理解する。

 深海棲艦と対峙する時、艦娘達は彼女達から寄せられる絶対の殺意と憎悪を感じ、肌を粟立たせる。
 しかし新海生艦からは、深海棲艦達が放つ色が着いていないのが不思議なほど濃密な悪意が、欠片も感じられないのである。
 また、人間には判別し難いが新海生艦達はそれぞれに感情表現が比較的豊かで、身振りや手振りなどボディランゲージも頻繁に行う。

 潮が背丈の関係から自分を見下ろすヲ級を改めてみると、その背後に戦艦ル級や重雷装巡洋艦チ級もいる。
 ヲ級はヲ、ヲ、と島風みたいに鳴きながら薄い本を差しだし続けており、どうやらこの本の内容について問い合わせてきているらしかった。

 潮はおそるおそる薄い本を手に取り、その内容に目を通してすぐさま顔を真っ赤にして小刻みに震えだした。
 そこに書かれていたのは、気が弱く内気な潮が尊敬する提督と心を通わせて行き、最後にはケッコンカッコカリを申し込まれ、心と体の双方で結ばれるというものだ。
 はっきりいって十八歳未満は購入禁止の内容である。潮の外見や精神年齢は女子中学生相当であるから、刺激が強すぎた。

「な、なななな!?」

 潮という駆逐艦娘は総じて内気で気弱だが、提督に対する好意が建造直後から高い傾向にある。
 まともな提督の下に配属されれば、男女の愛情を抱くかどうかはともかく、尊敬の念くらいは抱く。

「ヲ、ヲヲ?」

 ヲ級がどのようにしてこの十八歳未満購入禁止の薄い本を手に入れたかは謎であるが、こういった本がフィクションであると知らないヲ級は、この本の内容が目の前の潮が実際に体験した事なのか? と問うているのだった。
 そもそもフィクションとノンフィクションの概念そのものがない。

「ちちち、違います。わ、わたし、提督の事はそ、そ尊敬していますけど、まだそういう関係じゃ……」

「ヲヲ~」

 そうなのかあ、とヲ級は不思議そうな、そして残念そうな顔をする。
 新海生艦の面々にとって男女の恋愛と言ったら、総司令であり提督でもあるン級とその妻達しか例が無いから、様々な男女のいる泊地や鎮守府ではこの様な質問が相次いでいる。
 ヲ級は潮にありがとう、と一言言い添えると一緒にタウイタウイ泊地へと派遣された仲間達の所へと戻り、薄い本の内容と実在している潮との関係について報告し始めていた。

 駒村左陣(こまむらさじん)中将は執務室の大きく開かれた窓から、秘書艦を傍らにはべらせて潮とヲ級達のやり取りを静かに見守っていた。
 あの潮は駒村提督の艦隊に所属している潮ではないが、万が一があってはと思い見守っていたのである。
 駒村提督は二メートルを越す逞しい巨躯に、長い髪を総髪にしてひと房だけ前に垂らした偉丈夫である。年の頃は三十歳前後と言った所か。

「問題を起こすような素振りは見られんな」

 防衛省からの通達で新海生艦を受け入れてから、早一ヶ月。
 今の所、コミュニケーション面で多少の齟齬と手間こそあるものの、艦娘と新海生艦が揉め事を起こしたケースはほとんどない。
 わずかな例にしても新海生艦側から艦娘に仕掛けた事は無いし、ほとんど深海棲艦と間違われてという理由だ。

「深海棲艦達と戦いにくくなるかと思われたが、あそこまで雰囲気と顔つきが違えばそういう事も無いようだぞ、提督よ」

 駒村の秘書艦である大和型戦艦二番艦武蔵が、眼鏡の奥の鋭い瞳に面白そうな光を宿して、ヲ級達が宛がわれたドックの一角に戻って行くのを見ている。

「最初はわし達には分かりにくいと思ったが、しばらく見てみればなんとなく違うと分かるものだな」

「ほう? 流石は提督だ。深海棲艦の実物を目の当たりにした事のある提督は少ないだろうが、長く艦娘と接していればなんとなく分かるものなのかもしれんな。
 実際、新海生艦の連中は多くの艦娘が心の内に秘めているだろうが、深海棲艦と比べると随分と私達に近いと感じられる」

「艦娘に近いか。もともとお主らと深海棲艦は正反対のベクトルを向いているだけだ、と唱える者は多かったが、武蔵よ、お主とて内心穏やかでいられる話ではあるまい」

「さてな。それよりもそろそろ出撃の時刻だ。新海生艦に注目するのも良いが、艦娘の本分として深海棲艦を撃沈する事を疎かにするわけにも行くまい」

「そうだな。では、武蔵よ。戦果と無事の帰投を祈るぞ」

「任せておいてもらおう」

 この時期、深海棲艦の最大勢力が存在すると言われている南方海域では、新たに姿を見せた戦艦レ級を南方海域に封じ込める為、近隣の泊地や基地はもちろん日本本土の鎮守府からも艦隊が出撃していた。
 重雷装航空巡洋戦艦などと揶揄されるレ級の圧倒的な戦闘能力を前に、南方海域の攻略は停滞を余儀なくされ、またアメリカ海軍もハワイ奪還作戦を断念しなければならなくなるという事態に追い込まれている。
 ただアメリカに関してはその圧倒的な物量で、直にハワイを奪還すると目されている。

 複数のレ級並びにレ級エリートを封じ込める為だけに百を越す艦娘達が動員されるという事態は、如何にレ級とそれを操っているだろうン級オクツキの脅威を、日本国が高く見積もっているかの表れでもあった。
 この時、武蔵を旗艦とする駒村第一艦隊の陣容は、武蔵以下、金剛型戦艦二番艦比叡改二、朝潮型駆逐艦一番艦朝潮改、白露型駆逐艦二番艦時雨改二、同四番艦夕立改二、陽炎型駆逐艦二番艦不知火改。

 戦艦二隻に駆逐艦四隻という航空戦力を一切排した艦隊の陣容だが、これは他の航空戦力に特化した編成の別艦隊と行動を共にする為、役割分担を行った結果でもある。
 といっても普段から駒村がこの艦隊を重用しているのも事実で、それぞれの艦娘の印象から、密かに犬っ娘艦隊などと呼ばれていたりする。

 錬度の高い艦娘を多数擁する歴戦の提督達が、南方海域でレ級や鬼、姫級の深海棲艦達を相手に日夜死闘を繰り広げている頃、南西諸島海域で唯一深海棲艦が跋扈する沖ノ島海域では、ある艦隊が攻略に血道を上げていた。
 四つに区分される南西諸島海域の内、他の三つの海域は黎明艦隊の制圧下にあり、ほとんど深海棲艦の姿を見る事は無い。

 その中で唯一の例外である沖ノ島海域は、戦歴の浅い提督達にとって第一の関門であり、登竜門として知られている。
 何度制圧しても新たな深海棲艦が姿を見せて、取っては取られてを繰り返している業の深い場所だった。

 多くの深海棲艦が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している事に加え、羅針盤の荒ぶる場所がいくつもある為、時に攻略済みの歴戦の艦娘達でも深奥部に辿りつけずに帰投する事が少なくない。
 沖ノ島海域攻略に取り掛かっていたある提督が、いつまで経っても攻略が出来ない事に業を煮やし、半分くらいは禁断の果実である新海生艦に目を着けたのも、まあ、無理のない事であった。

 扶桑型戦艦一番艦である扶桑は――航空戦艦ではない――自身の放った35.6cm砲が、敵主力艦隊の旗艦ル級フラッグシップの胸部に大穴を穿つのを確認し、儚げな美貌に勝利の喜びを輝かせる。
 たった今、扶桑の手によって沖ノ島に巣食う深海棲艦侵攻中核艦隊の撃滅がなったのだ。
 これまで幾度となく挑み、羅針盤に嫌われ、多数の敵艦隊に損傷を与えられ、攻略の進まなかったこの海域での戦いが、ようやく終わった。提督も喜んでくれる事だろう。

 戦艦を複数配属する侵攻中核艦隊を撃滅する為に、扶桑達も戦艦四隻、正規空母二隻という資源の消費を度外視した編成でもって、攻略に当たった。
 扶桑、榛名、日向の戦艦娘三隻に正規空母艦娘である赤城、そしてなにより羅針盤に対する切り札として招聘された――

「タッタ」

 戦艦タ級エリートと

「ヲヲ」

 正規空母ヲ級エリートの存在が、この戦果を上げる大きな要因となった事は疑いようが無い。
 扶桑は、可能であれば自分達艦娘だけで攻略したかったが、これまでに消費した資材や時間を考えれば、今は海域攻略がなった事を素直に喜ぼうと思っていた。

「どうなる事かと思ったが、羅針盤に左右されない事でこうも楽になるとは思わなかったな、そうは思わないか、扶桑姉さん」

 伊勢型戦艦は改扶桑型と呼称される事はあるし後継艦でもあるから、日向が扶桑を姉と呼ぶのもまあ、間違いではない事もない事もない事もない。
 扶桑の直系の妹である山城や、日向の姉にあたる伊勢がこの艦隊に未配属である事も理由の一つなのかもしれないが、それにしても扶桑を姉と呼ぶ日向は、日本広しといえども数えるほどいるかどうかだろう。

「そうね。戦闘でも頑張ってくれたし、そろそろ彼女達の事を信頼しても良いかもしれないわ。赤城、周辺の状況はどうかしら?」

 中核艦隊を撃滅したとはいえ周辺に散開している他の艦隊が、万が一の確率ではあるが攻撃を仕掛けてくる可能性を考慮し、扶桑は幸い小破に留まっている赤城に問いかけた。
 なにかとボーキサイトを無為に消費する印象を持たれている赤城だが、ミッドウェーで沈んだ事がよほど悔いとなっているのか、戦場となれば空母艦娘のリーダー格と呼ぶにふさわしい戦闘者としての顔を見せる。
 攻撃隊収容と同時に彩雲による索敵を行っていた赤城は、霊的な繋がりによって彩雲の妖精から伝えられた情報を旗艦扶桑にも伝えた。

「周囲に敵艦影なし。どうやらこのまま泊地に帰投しても問題はなさそうですよ、扶桑」

「そう。ではこれより扶桑艦隊はタウイタウイ泊地に帰投します。皆、よく戦ってくれました。提督もお喜びになる事でしょう。
 タ級さん、ヲ級さん、あなた達のお陰でもあります。短い間ではありますが、これからもよろしくお願いしますね」

「タ!」

「ヲ~」

 扶桑がそれぞれの級名で呼んだ事から分かるように、このタ級エリートとヲ級エリートはン級から名前を与えられていない。
 艦隊の規模が膨れ上がった事から、命名の規則が変更されていて、最初から戦艦、正規空母として黎明艦隊に加わった者はフラグシップに至った時に名前が与えられ、重巡洋艦、軽空母から戦艦、正規空母になった者はエリートに至った時に、重雷装巡洋艦や軽巡洋艦、駆逐艦はノーマルでも戦艦、正規空母になった時点で名前が与えられる。

 潜水艦の場合は最初から潜水艦ならヨ級フラグシップに、そうでない艦が潜水艦になったのならヨ級になった時点で、またワ級は総じてフラッグシップに至った際に名前が与えられる。
 この法則に倣うとこのエリート二隻は、最初から戦艦、正規空母として黎明艦隊に加わった新参なのであろう。

 新海生艦は例えばキス島のように地形や天候による制限は無視できないが、単純に羅針盤に左右されるだけの航路選択ならば、羅針盤の方向指示を無視して望む航路を進む事が出来る。
 この特性は、艦娘であるが故に羅針盤にどうしても左右される艦娘達を擁する提督側にとっては、咽喉から手が出るほどに欲しいものだった。

 故に戦力として組み込めるだけの戦闘能力を有する新海生艦は、時間が経つにつれて提督達から熱望されるようになっていた。
 戦力派遣の条約を締結していない日本にとって、一定の資材や資金と引き換えに派遣される新海生艦達は、厳しい現実という言葉を免罪符にして徐々に受け入れられつつあったのである。



「思ったより需要が多いな。このままだと供給が追い付かなくなりそうだ。嬉しい悲鳴というやつかな?」

 ぺらりと収支報告書を捲り、ン級は東部オリョール海に移した拠点の一室で、どこか満足げに呟いた。
 バシー島沖海域にある廃港拠点とは異なり、新たに建造されたこの拠点は黎明鎮守府と銘打たれている。

 オーストラリア政府の協力を仰いで建設されたこの鎮守府は、歴史ある海軍を持つ日本やオーストラリアの基地と比べれば小規模だが、きちんとした人間の設計者の下で建設されたもので、居住性や便利性は格段に良い。
 鎮守府の構図が他国に駄々漏れというデメリットはあるが、そこはそれ、いざとなれば海に出ればどうとでもなる新海生艦であるし、ン級は深く考えない事にしている。

 ン級が使っている執務室も、人の手が離れて荒れていた廃港拠点とは比べるべくも無く、新築の建造物特有のにおいがかすかに香る新しいものだった。
 艤装を外して楽な格好になったン級は、真新しい黒革張りの椅子に腰かけていた。目の前に湾に面しており、青く澄んだ空とそれを映して青く染まる海と配下の艦達の姿が見える。

 新海生艦各艦の派遣は、相変わらず日本国外に設けられた基地や泊地に限られるもの派遣の依頼は増えており、そろそろ制限を掛けなければならなくなっている。
 戦力派遣の条約を締結しているオーストラリアを始めとするオセアニア諸国に、要らぬ不安を与えぬ為に彼らに対し派遣する戦力を減らすわけにも行かない。

 日本への新海生艦派遣は試験的に始めた事とあり、派遣に際して請求する資材は少なめに設定している。
 ここらで一旦価格設定を変えるか、派遣の条件を再度改める必要があるかもしれない。

「デシタラ私達モ艦娘達ノ所ヘトオモムキマスガ……」

 ン級に声を掛けたのは、ン級の執務机の隣に置かれた小さな机で簡単な計算作業を任されていたウミである。
 青白い髪や瞳、さらにプリーツスカートを持つ南方戦棲鬼へと至ったウミは、あらゆる意味でン級の片腕と言う事もあり、派遣対象には組み込まれていない。

「お前達は新海生艦の中でも特別な艦だからな。今はまだ、見た目は深海棲艦と変わらないのに、深海棲艦とは違うと印象付ける段階でもある。
 おれ達が深海棲艦と大きく異なると実感させる次の段階に至ったら、お前達に艦娘の元へと行く事を頼むつもりだよ。それでもヨルやサツキ達は厳しいと思っている」

「元艦娘デアルトハッキリ分カルカラデスネ」

「ああ。いずれは分かる事だが、下手に艦娘や鎮守府側を動揺させても面白い事にはなるまいよ。賑やかな事にはなるかもしれんがな」

 ヨルやサツキ、フミヅキ達を放り込んだらどうなるのか、ひっじょ~~~~うに興味をそそられる所ではあるが、ン級は大人の自制力でこれを抑え込み、ヨルやサツキ達には主に演習と南方海域への警戒を命じている。
 オクツキが引き返して行ったのは、まず間違いなく南方海域であろうし、あのレ級とやらが出没している事もオーストラリア政府を通じて判明している。

 正規空母と戦艦と重雷装巡洋艦の長所を全て盛り込み、姫級にも匹敵する装甲や耐久さえも合わせ持った恐るべき新型艦が、すでに艦隊を組めるほど数を揃えている事に、ン級は背筋に悪寒が走るのを禁じ得なかった。
 今のイレギュラーな南方戦棲鬼となったウミでも、単独での戦いとなれば航空戦力や雷撃能力の差から、敗北を喫しかねない可能性が小さくないというとんでもない敵だ。

 つくづく初戦で一隻とはいえ沈められなかった事が悔やまれる。
 あの時、ン級はレ級の顔面を鷲掴みにして、その後頭部に膝蹴りを叩き込んで頭蓋を砕きに行ったが、予想以上にレ級が頑丈であったとはいえ今思えば悪手だった。
 顔面を掴むのではなく両目に指を突きこんで潰しつつ、眼窩に指を引っ掛けて顔面を握り潰すか、引き剥がす事も出来た筈だ。

 そうすればいくらレ級とはいえ撃沈する事が出来ただろう。まったく、我ながら詰めの甘い事である。
 ン級は気分を切り替えて、秘書艦――能力的には見習いと言った所か――のウミに違う話題を向けた。

「日本の方はこれといって問題なくいっているようだが、オーストラリアの方はどうだ?」

 新海棲艦一部の艦は、現在オーストラリア政府に派遣されていて、南極に近い海域の航路を開拓してアメリカと連携を図る作戦に協力している。

「米国海兵隊ノ『ガラハウ艦隊』ト合流スベクニュージーランドカラ南東ニ進路ヲ取ッタトイウ連絡ガ最後デス。予定通リナラバソロソロ合流シテイルコトデショウ」

 これまでにない航路開拓とあって、オーストラリア政府の要望に応じて派遣したのは、ヲ級改であるソラ、ハレに加え泊地棲鬼であるホシ、潜水艦ヨ級ナミ、ル級フラッグシップ、さらには装甲空母姫スズカの六隻からなる強力な艦隊だ。
 加えて道中の物資補給の為のワ級三隻とオーストラリア艦娘に、提督が乗船する指揮艦と通常艦艇の護衛艦が同行している。
 艦隊の指揮をとっているのはオクツキとの戦いで協力した、エイパー・シナプス大佐で他にも大佐の懐刀と言われるサウス・バニング中佐とその部下達も同道していると言う。

「シナプス大佐ならば問題はあるまいが……。ウミ、ソラ達の帰還の日時に合わせて艦隊をいつでも動かせるように手配をしておけ。……あ~、なんだ、出来るか?」

「ハイ! オ任セクダサイ」

 ウミは豊かな胸を張って自信満々にいうものの、ン級は果てしなく不安であったから駄目だった時の事を考えて、自分の方でも用意しておこうとこっそり心に誓った。
 日本やオーストラリア、東南アジア、オセアニア諸国への新海生艦派遣事業はこうして軌道に乗り、本格的に事業として興す事もン級の選択肢の一つとしてあった。

 深海棲艦との戦争の後、艦娘がどのように扱われ、自分達の立ち位置がどうなるかも考えた時、今の関係深い各国へより深く根を張り、不可欠な存在となる事は必須であろう。
 その試案の一つとしてン級は、具体的には民間軍事会社の例に倣い新海生艦の戦力を商品とする会社の設立を考えていたのである。

 といっても会社を経営するだけの人材など望むべくもないから、本当に設立するとなったら、各国のスパイが過半数を占めるのを覚悟しなければなるまい。
 まあ、所詮は絵に描いた餅だ。艦隊運営はともかく、会社経営にまで手を回してやっていけるのか、ン級に自信は無かった。

<続>

商品目録
・期間は鎮守府に着任した時刻から一日~一週間。延長は応相談。
一隻単位から、一週間で以下の通りで派遣中の消費資材は提督持ち。
高速修復材一つにつき、各資材-5。高速建造材一つにつき、各資材-5。
装備はコモン-3、レア-5、ホロ-30、Sホロ-50、SSホロ-100。

・駆逐艦     各資材100。
・軽巡洋艦    各資材150。
・重雷装巡洋艦  各資材200。
・重巡洋艦    各資材250。
・軽空母     各資材220。ただしボーキサイトのみ300。
・潜水艦カ級のみ 各資材300。
・正規空母    各資材500。ただしボーキサイトのみ700。
・戦艦ル級    各資材700。
・戦艦タ級    各資材750。

エリートは+100、フラッグシップは+300、改は+700。派遣中にエリートやフラッグシップにレベルアップした場合は、派遣時の状態にて請求。

お得な艦隊セット。
・ファイブスカーフズ(リ級改、ヌ級エリート、チ級フラッグシップ、ト級エリート、カ級フラッグシップの五隻)  
各資材1500。

・ヲヲヲ(ヲ級三隻)     
ボーキサイト3000。

・ストラトスヲー(ヲ級エリート四隻) 
ボーキサイト4000。レア以上の艦載機十二個必須。

・仄暗い海水の底から(カ級四隻)
各資材1000。レア以上の魚雷四個必須。

・大艦巨砲主義(ル級エリート、タ級エリート)
弾薬5000、鋼材5000。レア以上の主砲二個以上必須。

・夏の夕暮れ(ヲ級改ハレ、ヲ級(おかん))
各資材7000。レア以上の艦載機八個、ホロ以上の艦載機二個必須。

追記
ガラハウ艦隊のボスは、クレヨンしんちゃんの風間くんと声が同じです。

追記2
誤字脱字など修正。かなりひどかったですね。艦娘と読んでくださった皆さんにお詫び申し上げます。



[38714] 夕暮れにたたずむ君
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/05/13 12:52
 戦いとは非情だ。
 あれをすれば轟沈する事は無い。こうすれば轟沈する事は無い。
 そんな明確なルールなどはない。
 沈む時は沈む。
 無傷の艦娘が――例え正規空母であれ、戦艦であれ敵艦の放った砲弾や魚雷、爆撃を受けて、たった一発の被弾によって海の底へと沈んだ例は古今枚挙に暇が無い。

 出撃を命じ、進撃を指示した提督に落ち度が無くても、実際に戦場に立ち艦隊の指揮を委託された旗艦に落ち度が無くても、経験豊富で錬度も高い個々の艦娘に落ち度が無くても、戦場では沈む時は沈むのだ。
 誰に落ち度が無くても、仕組まれた事でなくとも、そう、運命だったのだと思わず逃避したくなるように、呆気なく沈んでしまう。そして、二度と帰っては来ない。

 帰ろう、帰ればまた来られると、提督や艦娘達の間では何度も何度も言われている。
 だが、それでも戦場で絶対は無い。絶対に艦娘が沈まないルールなど、この世界には存在していない。
 帰ればまた来られる。だが、海の底に沈んだ艦娘は、二度と仲間と提督達の元へと帰っては来ない。帰って……来ないのだ。

 だから、だから、どうか悲しまないで欲しい。
 時々で良いから、ほんの少しだけて良いから、思い出してくれればそれで良いと――痛みすら感じなくなった体で、朦朧とした意識のまま彼女は思った。
 仲間達の呼ぶ声が聞こえる。沈むな、今助ける、必ず助ける、だから、だから死ぬなと、誰もが叫ぶ。

 血を吐く様な叫びだ。
 悲しみと怒りに満ちた叫びだ。
 苦楽を共にして、死線をいくつもくぐった仲間が沈もうとしているのに、何も出来ぬ事への無力に打ちひしがれ、現実を拒絶する叫びだ。

 叫びは届いている。
 込められた思いも届いている。
 だけど、ごめんなさい。
 もう一緒に戦う事は出来ない。こんなにも一緒に戦いたいのに。こんなにもずっとずっと皆の輪の中に居たいのに。こんなにもあなたと共に居たいのに、
 もう、もう、もう――

『戦いで沈む……何でだろう、あまり悔しくは無いわ』

『提督、どうか武運長久を……私、ヴァルハラから観ているからネ……』

『沈むのは鎮守府でって、決めてたんだけどな……』

『提督。……私、ご一緒できて光栄でした』

『次に生まれてくる時は、平和な世界だといいな……』

『司令官……どこ……? もう声が聞こえないわ……』

『司令官、本当はね……楽し……かった……』

『赤城さん、あなたが無事ならいいの……先に逝って……待っているわね』



 海は荒れていた。それ自体が悪意を持った生物であるかのように、巨大なタンカー船も転覆してしまいそうなほど高く荒れた波が起きている。
 あるいは波と言う形を借りた海の牙であるかもしれない。
 隙あらば船の横腹を食い破り、暗い海中に引きずり込んで鋼鉄の船体を貪るつもり魔性を、海は秘めているのやも知れぬ。

『キタ、カ』

 遠く聞こえる砲撃の音に鼓膜を揺さぶられて、カスガダマ沖に巣食う深海棲艦の旗艦を務める装甲空母姫は、静かに呟いた。
 艦娘に対する忌々しさや、憎悪はなぜだか込められていなかった。
 ただただ、また戦わなければならないと言う義務感があるきり。

 装甲空母姫は、ズキリと頭に痛みが走るのを覚えて思わずこめかみを押さえる。
 琴をつま弾く方が似合う繊細な指先であった。
 時々、艦娘を前にするこうして頭が痛む。
 普段、胸の中に渦巻いている筈の憎しみも怒りも、それを向けるべき艦娘を前にするとなぜだか薄らいでしまう。
 艦娘を前にした時に感じる自分の心の動きを何と言えば良いのか、装甲空母姫は知らなかった、いや、忘れてしまっていた。

『アア、戦ワナケレバ。ワタシハ深海棲艦ナノダカラ。深海棲艦ハ、艦娘ト、提督ト、戦ワナケレバナラナイ』

 それが戦いたくない、戦ってはならないと囁く自分を偽る為の言葉だと、装甲空母姫が気付く事は無かった。
 もし誰かが今の装甲空母姫の顔を見ていたなら、今にも泣き出しそうな少女の様だと、憐みを込めて評しただろう。

 この時、西方海域最深部カスガダマ沖海域に攻め入っていたのは、実の所、艦娘達では無かった。
 新海生艦、黎明艦隊提督のン級とウミ、フタバ、ミンキ、幻龍、米賀からなる艦隊が、荒ぶる羅針盤を無視して燎原の火の勢いで立ちはだかる深海棲艦達を叩き潰し、進撃していたのである。

 提督家業と派遣会社の社長の気分を嫌と言うほど満喫していたン級だが、あまりデスクワークばかりしていると戦いの勘が鈍ると感じ、攻略困難な海域と知られているカスガダマ沖に出撃していた。
 アフリカ大陸にほど近いこの海域に深海棲艦が巣食うことにより、アフリカ大陸と日本やアジア、オーストラリア大陸を繋ぐ航路はほとんど絶えており、豊富な資源の眠る西方諸国との連携を狙う日本やオーストラリアにとっては、なんとしても突破しなければならない海域である。

 しかし深海棲艦側も折角分断した人類の航路を取り戻されてはならじと、攻略される端から新たな戦力を投じ、西方海域は常に血で血を洗う凄惨な戦闘が繰り広げられている。
 それでも近年は、多種多様な艦娘を擁する海上自衛隊鎮守府組の躍進によって、西方海域も徐々に人類の勢力下に置かれてはいたのだが……。

 日本の有力な提督と艦娘達が、南方海域から積極的に打って出ようとしている複数のレ級を抑え込むのに注力している間に、西方海域と北方海域には新たな深海棲艦が出現して、再び勢力下にせんと苛烈な攻勢に出ていたのである。
 この事態に際し、日本鎮守府では一部の海域攻略の為に、数多の資源や装備を代償として黎明艦隊を用いるという大胆な案を採用していた。

 そうしてカスガダマ沖海域に跋扈する深海棲艦の戦力削減の依頼が来た為、ン級はこれを受託した。
 しかし日本側はまさかン級が直々に出撃するとは思っておらず、あくまで海域に出没する深海棲艦の数を減らす事を依頼していたのだが、よもや最奥部にいる姫級を撃沈しようとするとは予想外であった。

 現在海域攻略中の面子の中では、幻龍、米賀らはいささか錬度が不足気味ではあったが、その他の面子が規格外の怪物ぞろいであった為、ン級達蛭子艦隊の進撃速度は常軌を逸していた。
 羅針盤を無視して進む事が出来たのもあるが、ドリルとカッターを手に入れたン級の手に負えない近接戦闘能力、イレギュラーな南方戦棲鬼と化したウミの理不尽な火力、双胴戦艦である為ウミ以上のもう笑うしかない火力を持つフタバ、戦艦の火力と正規空母の艦載機運用能力を併せ持つミンキは、西方海域の深海棲艦達でさえ、碌に抵抗できない突破力を発揮していた。
 加えて、元大和型戦艦四番艦と言う分厚い装甲と途方もない耐久力を持った米賀の堅牢性、幻龍の保有する形容しがたきナニカ――ン級は『呪い』と呼んでいる――は、彼女達の錬度を補って余りあった。

「御館様、偵察機より入電。敵艦隊を確認。装甲空母姫一、浮遊要塞二、駆逐艦ニ級エリート二、潜水艦ヨ級フラッグシップ一を確認。事前の情報通りの編成にございます」

「分かった。ミンキ、米賀、幻龍、攻撃隊を発艦させろ。装甲空母姫とヨ級以外に脅威と言える敵はいないが、気を緩めるな」

「はっ! 幻龍殿、攻撃隊の発艦を」

「分かって、いるわ……米賀」

 幻龍はのっぺりとした仮面で半分隠れた顔で、ニタリと米賀に微笑み返す。
 微笑み返された米賀は剃刀で骨を削がれるような悪寒を感じたが、実の所、幻龍としてはニコリと微笑んだつもりだったのである。
 幻龍にとって同じ装甲空母艦娘怪である米賀には、少しくらいは他の艦よりも友好の意を抱いているのだ。
 しかしながら幻龍自身の纏う危うい雰囲気は、彼女の言動の全てを負の方向へと向けてしまうものだった。幻龍自身にとっても良くない結果を齎す事もあるらしい。

「で、では。第一次攻撃隊、発艦!」

「紫電改二怪、行……け」

 米賀ははず槍を、幻龍はクロスボウを上空へと掲げ、それぞれの矢が放たれると分裂後に無数の戦闘機へと姿を変え、続いて爆撃機、雷撃機の発艦も行われた後に空中集合し、楔形の陣形を整えると艦隊の進行方向へと飛んでゆく。
 本来、艦娘の用いる艦載機には専用の妖精達が乗りこんで操縦するのだが、艦娘怪の艦載機は深海棲艦達と同様に、妖精は乗りこまず空母の意思に従って分身の如く行動する。

 ほどなく装甲空母姫が発艦させたと思しい艦載機群と激突し、青く晴れ渡った空に艦載機の撃墜を意味する黒い爆発の煙や、曳光弾の軌跡が無数に描かれ始める。
 純粋(?)な装甲空母である米賀、幻龍と違い、ミンキは第一次攻撃隊の発艦が終わると、装甲甲板をくるりと回転させて、収納していた主砲を表に出して父母と共に砲雷撃戦に参加する準備を手早く整える。

「沈メ甲斐ノアル敵カシラ?」

 南方戦棲鬼となって莫大に増加した火力を存分に活かせる敵か、とウミは凶悪な笑みと共に舌なめずりをする。

「スス~ス!」

 フタバは久しぶりに父母と肩を並べて共に戦える事に上機嫌で、従来の戦艦娘や戦艦系の深海棲艦の艤装と比べて、少なく見積もっても倍以上の重量を誇る艤装を軽々と振るっている。

「ヒ、ヒ!」

 一方で、これから始まる戦いを楽しみにしている義母と異母姉に対し、敵が自分の母と同じ装甲空母姫である事から、ミンキは強く警戒していて二隻を窘めるように声を掛けた。

「ご安心を、ミンキ様。ウミ様もフタバ様も戦いを前に闘志を高ぶらせこそすれ、侮る気持ちはございませぬ。幻龍殿もそう思わ……」

「敵、敵、敵敵敵敵敵、敵、沈める」

「げ、幻龍殿」

 米賀の瞳に映ったのは、物質と化していないのが不思議なほどに黒々とし、かつ陰鬱とした言葉を紡ぐ幻龍の姿であった。
 見ているだけでも目を通じ、耳にしているだけでも鼓膜を通じてこちらを呪いそうな幻龍に、さしもの米賀も肝を潰した顔で口元を引き攣らせる。

 あまりにも強大な――いや、冷たくおぞましい雰囲気に、ウミやフタバ、ミンキ達まで表情を凍らせて幻龍を見る中、ン級だけは違った。
 右手に斬艦刀を、左手にドリルを装着した戦闘状態のまま幻龍に近づくと、斬艦刀の柄で軽く小突くと、目をぱちくりとさせる幻龍に、唇をへの字に曲げて命じる。

「幻龍、お前の悪い所はすぐに視野狭窄に陥る事だ。もっと視野を広く持て。お前の攻撃隊の動きが乱れているぞ」

「提督……はい、努力します……」

「よし。その素直な所は美点だ。さて、行くぞ」

 意識を完全に戦闘に切り替えたン級の瞳には、水平線の向こうに隠れて見えない敵艦隊が発砲した、16inch三連装砲の砲弾が映っていた。

「初弾から当てて行くつもりで撃て! それ位の芸当が出来ねばオクツキのアホウは愚か、深海棲艦の意思を滅ぼすなど、夢のまた夢よ!!」

 ン級の怒声一下、黎明艦隊の各艦は天井知らずに気力を高めて、全身に充溢させる。
 精神状態が戦闘能力に直結する艦娘や深海棲艦にとって、ン級の声一つでどんな疲労状態からでも、最高の戦闘状態へと瞬時に移行する新海生艦は、途方もない脅威と言って良かった。
 双胴戦艦であるフタバと戦闘空母ミンキが居る為、実質的に戦艦五隻分の火力を有する蛭子艦隊の砲撃によって、装甲空母姫が率いる東方中枢艦隊は瞬く間に沈んでゆく。

 潜水艦ヨ級に対しても、戦艦でありながら対潜水艦戦闘をこなすン級が砲撃後にヨ級撃沈を優先した為、回避運動を余儀なくされて海中からの狙撃を行えずにいた。
 ン級は予め鎮守府から通達された情報に基づき、東方中枢艦隊に含まれるヨ級撃沈の為に温存していた爆雷を惜しげも無く投じ、ヨ級へ雨あられと降り注がせる。

 設定された深度で爆発した爆雷によって無数の水柱が乱立する中、ン級の瞳は爆発の衝撃と轟音によってかき乱される海中でもがくヨ級の姿を正確に捉えている。
 残る爆雷を投じるかと思われたン級だったが、ドリルを装着したままの左腕を大きく振りあげると、自分の直下に誘導したヨ級へと勢いよく振り下ろす。

 だがいくらドリルを振り下ろした所でン級とヨ級との間には、到底ドリルの届かない距離が開いており、ン級の行いは無駄そのものの筈であった。
 ああ、しかし、ン級が左腕を振り下ろしきった時、ドリルの基部でロックの外れる音がすると、噴射炎を盛大に吐き出しながらドリルが外れてヨ級へと目がけて飛んでゆくではないか。

 ン級の左腕に装着されたドリルのパーツとドリルの間には太いワイヤーが結ばれており、ロケットパンチでは無くワイヤーパンチとしての機能を持ち合わせているのだった。
 膨大な海水を抉りながら沈んでゆくドリルは、初めて体験する攻撃にぎょっとした顔を浮かべるヨ級の豊かな乳房のど真ん中を貫き、瞬く間に艤装ごとまとめて貫通する。

 ン級の左腕のウィンチが激しい擦過音を立てながらドリルを巻き上げ、ガチン! という硬質の音を立てて左腕に再接続される。
 海水と油を滴らせるドリルを一目見て、ン級は取り敢えず使いものになると判断したのか、満足げに鼻を鳴らした。
 そうして視認できる距離にまで近づいた装甲空母姫へと視線を映し、ン級は眉根を寄せた。

「っ! やはり鬼か姫級に限られる話という事か?」

 米賀や幻龍、明石を仲間とした為か、ン級は元艦娘である深海棲艦を見分けられるようになっていた。
 具体的には深海棲艦の姿を映した海面に、見えるのだ。
 かつての仲間と戦わねばならぬ悲しみと怒りに震え、涙を流す艦娘の姿が。
 それは深海棲艦の怨嗟に飲まれてなお、確かに息づく艦娘の魂であったものか。

 ドリル戦艦となったン級の斬艦刀には、深海棲艦を浄化して艦娘怪として再誕させる異能が備わっていたが、これは必ず発動するものではなかった。
 敵艦とン級自身との技量や力量、あるいは霊格の差によるものなのか不確実性を伴っている。だが試せるのなら試さぬ選択肢は無い。

「各艦に通達。敵旗艦装甲空母姫はおれが斬る。可能であればで構わん。沈めずにおいてくれ」

 ン級にこう言われれば何が何でも装甲空母姫を沈めないようにするのが、新海生艦の艦達である。
 全力で装甲空母姫に攻撃を当てず、他の邪魔な艦を沈めることに集中して、ン級の為の血道を開いて見せる。

 ン級は信頼する艦達が用意してくれた道をまっすぐに進み続け、こちらに主砲を向ける装甲空母姫を見つめる。
 そしてその海面に映る艦娘としての姿も。

「出来るか分からんが、やるだけやるか」

 ン級はまるで気負った様子も無く、装甲空母姫に斬艦刀を叩きつけるべく、海面を蹴り一気に加速して、かつて幕末の剣士を血祭りに上げた薩摩の剣士たちのように雄たけびを上げて斬りかかるのだった。



 遠く見える陸地にはある鎮守府があり、そこに所属する提督のある艦隊が帰投している光景が広がっていた。
 わざわざ艦娘達の出迎えの為に波止場まで足を運んだ提督は、艦娘達に随分と慕われているようで、小破状態の艦娘達は傷の痛みなど忘れた様子で笑みを浮かべて、提督達にあれこれと話しかけている。

 あくまで艦娘を兵器と割り切り、また艦娘達もそれを是とした関係を持つ提督が多い中、このように艦娘達を人間と同じ心持つ存在として同列に扱い、信頼関係を築く提督も少なくは無い。
 同時にそういった提督は、艦娘に対して感情移入をし過ぎて彼女らを失った際の心傷から、提督業を辞する者もいる。

「行かなくていいのか?」

 鎮守府近くの海域にぽつんと世界中から拒絶されているみたいに、寂しげに立つ人影に声を掛けたのはン級である。
 ン級に声を掛けられた人影は、ン級を振り返らずに蚊の無くような声でこう答えた。

「もう、あそこへ行く資格は無いと思うから」

「資格か。半ば深海棲艦と化した身だからか?」

 ン級の問いに彼女は顔を俯かせた。服を掴むその手は小さく震えていて、本当は行きたくて仕方が無いのだと、ン級にはよく分かった。
 心に素直になればよいものをと思う反面、艦娘としての矜持が僅かでも残っていれば、そう思っても仕方が無いとも思える。

「悪いがおれは優しく諭すようなタイプではなくてな。物事は何事もシンプルに済ませたい。ましてや他に惚れた男のいる女を手元に置いておくほど、度量も無くてな」

 ン級の目は彼女の左手の薬指に光る指輪を見ていた。

「なにを?」

「新海生艦黎明艦隊提督として命じる。お前はちょうどあの波止場に居る提督の所へ出向しろ。期間は向こうがもう結構と言うまでだ」

「でも……」

「提督の言う事が聞けんか? 言っておくがお前の派遣費用はきっちり請求させてもらう。なにより向こうがお前を受け入れるかどうかは分からん。
 あるいはお前は拒絶されるかもしれん。それでもおれはお前に行けと命じているのだ。さっさと腹を括って行って来い。そして戻って来るな」

 ン級の断固として譲るつもりの無い言葉に、彼女は何か言おうとして口を噤み、目に涙の粒を浮かばせながら、大きく頭を下げた。
 そしてわずかに戸惑う様子を見せながら、ン級へと背を向けて鎮守府の方へと向かって進み始める。

 ン級の方からお試し期間として一隻新海生艦を派遣する旨を通達してあるから、いきなり発砲される事は無いだろう。
 そのまま彼女はン級を振り返る事は無く、まっすぐに鎮守府へと向かって行く。

 やがて提督の前に立った彼女が、周囲の艦娘達がなにも言えず涙を浮かべている中、提督に向かって微笑んだのを、ン級は見てはいなくても確信していた。
 我が事のように嬉しげに笑うン級にウミ、フタバ、アカネ、ミンキの他に、伴って来た六隻目の艦が疑問を投げかけて来た。

「よろしかったのですか、提督。せっかくの艦娘怪をみすみすと明け渡してしまって……」

「構わん。おれの所に留め置いた所で愛する男と仲間達を思って、日夜泣かれるだけだ。
 陰気臭くてやっていられんよ。
 仮に鎮守府側が艦娘怪の秘密を探ろうとして何かしようものなら、それを口実におれ達とオーストラリア政府、オセアニア諸国、東南アジア諸国を敵に回す事になる。
 あいつはあの提督の所に無期限出向と言う扱いだが、あくまで籍は黎明艦隊に置いている。そのあいつに手を出す事は、おれ達との敵対を意味する。
 レ級とオクツキの脅威を嫌と言うほど味わわされている今の日本に、それだけの余裕はない。
 だがそれでも敵対すると言うのなら、深海棲艦の前に日本の提督達を相手に戦うまでだ」

「それはとても愚かな選択だわ」

「悪いな。おれは愚かと分かっている選択でも、時にはそれを選ばねばならんと思っている口だ。それに出来ない事を口にしているつもりはない」

 そう断言するン級に、近づいて来たウミやフタバ、アカネ、ミンキらがうんうんと頷く。
 その様子を見て問いを発した艦娘怪はやれやれと言わんばかりに、首を左右に振って降参の意を示した。

「提督がそのようにお考えなのなら、新参の私に口出しはできません」

「お前もどこか帰りたい所があるのなら、帰って構わんぞ、加賀」

「私には元居た鎮守府や提督に関する記憶はありません。今は、あなたに拾われた身としてあなたの指揮下で戦うだけです」

 冷やかな顔のまま秘めたる闘志を込めてン級に告げたのは、艦娘加賀。
 だが誰が見ても目の前の彼女を加賀と断じる事に躊躇を覚える事だろう。
 なぜなら膝丈の青い弓道袴を履き、白い道着と胸当てを付けている筈の空母艦娘である筈なのに、肩が剥き出しになった白い道着に袖を通し、青いホットパンツを履いていて、飛行甲板や矢筒は無くその代わりに41cm連装砲を搭載した艦体の艤装を左右に伸ばしている。

 史実での加賀は航空母艦へと改装されたのだが、ン級の斬艦刀によって姿を現した艦娘怪としての加賀、いや加賀怪はン級に対してこのように名乗ったのである。
 加賀型戦艦一番艦加賀怪です、あなたが私の提督なの? それなりに期待しているわ、と。

<続>

 各提督様へ。黎明艦隊からのお知らせです。
 あなたが失った艦娘を取り戻す機会です。
 残念ながら絶対にとは保証できませんが、あなたが艦娘を失った海域、艦娘の特徴をお伝えください。
 当艦隊の旗艦ン級のとある機能によって、運が良ければ艦娘を取り戻せるかもしれません。なおその際には艦娘の艦種や容姿が変化している可能性があります。
 彼女達を受け入れられるかどうかは、あなた次第です。
 あなたは、姿が変わっても帰って来た艦娘を受け入れる事は出来ますか?



 なんとかイベント終了までに離島棲鬼を撃沈出来ました。ああ、もう資材がないんじゃよ。しばらく資材貯めに奔走いたします。
 戦艦としての加賀は御感想でご要望もありましたが、実は最初の米賀、幻龍出現の際に登場する候補の一隻でした。いずれは出そうと思っていたので、ちょうど良い機会かと思って今回出すに至りました。ではでは。

追記
派遣された艦娘怪に危害を加えるのはだめですが、合意の上の自由恋愛は問題ありません。



[38714] 世界を動かすモノ
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/05/20 23:11
「ニ」

「はい」

「ロ」

「ほいよ」

 リンガ泊地に籍を置く膝丸灯(ひざまるあかり)提督は、駆逐艦二級フラッグシップ、ロ級エリートが差し出したスタンプシートに、ポン、ポン、ポンとデフォルメされた猫のスタンプを押していった。
 膝丸が新海生艦黎明艦隊から呼び寄せたのは、キス島撤退作戦完遂の為の駆逐艦二隻だった。

 地形と濃霧が多発する気象条件から、駆逐艦娘六隻での攻略を強いられるキス島での戦いは、多くの提督達が苦渋を飲まされている。
 北方海域における深海棲艦との戦いでは、決定的な打撃となる一手が存在しないまま現在に至っており、キス島の支配権は人類と深海棲艦との間で行ったり来たりを繰り返している。

 また駆逐艦娘のみの編成でキス島に向かうにしても、肝心の友軍回収地点目前に巣食う深海棲艦艦隊へ至る航路には、羅針盤妖精を狂わせる強力な霊的磁場とでも呼ぶべきポイントが存在しており、道中の戦艦ル級を含めてこれが提督達に苦渋を飲ませる大きな要因となっている。
 この羅針盤対策として、新海生艦達に目が付けられたのはもはや語るまでも無いだろう。

 無事キス島からの友軍撤退支援を完遂した後も派遣契約期間が残っていた為、錬度の高いこの二隻には演習や遠征任務を頼んだのだが、よもやという膝丸の不安を良い意味で裏切ってくれて、きちんと指示に従ってくれている。
 陸上での行動に適していない二隻の為に、膝丸は秘書艦である天龍型軽巡洋艦一番艦天龍を連れて、新海生艦用に開放された空きドックに赴いていた。

 膝丸はまだ二十歳を迎えたばかりの青年だが、霊的素養を見込まれて提督業に就いた――就かされた――例の一人である。
 中佐と言う年齢や経歴を考えれば不相応の階級も、深海棲艦と艦娘の出現に端を発する鎮守府組の提督と言う特異な立場だからこそだ。

 そこそこイケメンと評される顔立ちと、幼少から学んだ古武術によって鍛え抜いた肉体を持ち、心には熱い物を秘めた好青年だ。
 唐突にやらされる羽目になった提督業にようやく慣れて来たばかりの膝丸には、駆逐艦とはいえ深海棲艦と面と向かい合うのは、中々胃に来るものがある。

 スタンプを押して貰った二級フラッグシップとロ級エリートは、嬉しそうに鳴きながらチャプチャプと波をかき分けて、空きドックの海に面した方へと向かって行く。
 その背を見送って、膝丸はしげしげと自分の右手に持ったスタンプを見つめた。このスタンプは、新海生艦の派遣と共に送られてきたものだった。

「子供の頃さ、夏休みにラジオ体操があってそれに出席すると判子を押して貰えたよ。まさか押す側になるとは思わなかったけど」

 しみじみと呟く膝丸に、天龍はふうん、とあまり興味なさそうにスタンプを見る。
 天龍はおよそ女子高生くらいの年頃の、左眼に眼帯を嵌め、両側頭部にはイヌ科の耳のような非接続型の金属製のパーツを持った艦娘である。

 軽巡洋艦娘の中でも一、二を争う豊満な身体つきと、勝気な黄金に輝く右目を持っていて、男勝りの性格をしているが面倒見が良く、膝丸との付き合いが長い事もあって信頼されている。
 天龍型が旧式である為、艦娘としての戦闘能力は決して高くは無いが、その分燃費が良い事が良く、損害を受けても修復が速い事もあって、膝丸の艦隊では重用されている

「あいつらの中身がそんくらいの子供だってことなんじゃねえのか? うちのチビ共にも押してやったらどうだ。案外、喜ぶかもしれないぜ」

「かもな。じゃあ、お前にも押してやるよ。天龍、お前ってこういうの好きだろ?」

「はあ!? ばっか、おれはそんなガキじゃねえよ」

 嘘付け、押して欲しい癖にとからかう膝丸と、それに抗議して声を荒げる天龍のやり取りは、二人が執務室に戻るまで続けられた。
 新海生艦の派遣を打診した膝丸を含む提督達には、ン級や明石怪が作成した新海生艦取り扱い説明書が送られている。
 そこには鎮守府にやってきた新海生艦達についてこのような文言が記されている、

・出撃した新海生艦がMVPに相当する戦果を上げた時、また遠征を成功させた時には、同封したスタンプシートに一つ判子を押して上げてください。
・なるべく押して上げる判子は、毎回異なるものにしてあげましょう。とても喜びます。
・スタンプが五個貯まる度にご褒美を上げてください。彼女達の士気がとても上がります。目安としては燃料・鋼材のどちらか10相当、あるいは五百円相当のお菓子で十分です。

 派遣費用とは別途に掛る余計な出費ではあったが、これらの負担も契約に盛り込まれていたし、また大した負担にもならない事から提督達はさしたる不満を抱いては居なかった。
 ただそれを見ていた幼い駆逐艦など一部の艦娘達から、不平不満が発生してそれらの艦娘達にもお菓子を買ってあげなければいけなくなってしまったけれど。

 また、膝丸とは異なる提督の下に派遣されたヲ級フラッグシップ“テンクウ”は、アルフォンシーノ海域最奥部での敵主力艦隊との戦いが、夜戦にもつれた際に夜戦でも艦載機を発艦させる事が可能と言う能力により、艦娘に勝利を齎して喝采を浴びた。
 また、ある提督の下に出向していたチ級エリートは、モーレイ海での戦いを終えた直後、改造の前兆である飢餓に見舞われ、提督や艦娘、整備兵、研究者達の見守る中で鋼材や燃料、弾薬を貪って重巡洋艦リ級へと姿を変えていた。

 新海生艦派遣当初は改造の予兆を迎えた艦は、一旦改造を止めて派遣期間を終えるか中断するかして、バシー島沖廃港拠点か東部オリョール海本拠点に帰還してから改造を行っていた。
 新海生艦派遣から一ヶ月を過ぎた頃になるとこれに変化が出てきて、ン級が人類側にある程度情報を流す事を許容したのか、提督達の下での改造を許可したのである。

 他の深海棲艦がそうとは限らないのだが、千歳や扶桑達が改造によって艦種を変えるように、姿を変える新海生艦の姿を見た提督や艦娘達は一人の例外も無く驚愕に見舞われる事となった。
 未だ深海棲艦の生態の解明ままならぬ人類にとって、新海生艦固有の特異な生態は極めて重要な情報であると同時に、余計に謎が増える困った事態でもあったが。

 防衛省の要請もあって新海生艦側が艦を派遣した提督達は、まだ艦娘を轟沈させた事の無い提督か、仲間を失った事があっても深海棲艦と変わらぬ姿を持つ新海生艦に、砲を向けないだけの鉄の理性を有する艦娘達を擁する提督とに分ける事が出来る。
 今の所、幸いにして例え外見は同じであったとしても、雰囲気と感情表現が豊かであった事もあり、艦娘に新海生艦が沈められる事態は起きていない。

 もし提督側の不手際や故意によって新海生艦が轟沈した際の賠償請求は、歴戦の提督でも運用に慎重を期すような額であった。
 新海生艦達が派遣先の提督や艦娘達と、どうにかこうにか友好的な関係を築き、予め日本政府と取り決めていた試験運用期間が終わってから数日が過ぎた頃、提督達に核爆弾級の知らせが核爆弾そのものと共に、完全に不意を突く形で齎された。
 かつて戦場で轟沈した艦娘が半ば深海棲艦と化した存在、艦娘怪(かんむすかい)となって蘇り提督の元を訪れたのである。



――てーとく、あのね、ゴーヤ、こんな姿になっちゃった。てーとくに貰った水着も、こんなふうになっちゃって、ごめんなさい。

――え? ううん、ゴーヤ、てーとくの事を恨んでなんかないよ。
 てーとくはゴーヤの事、大切にしてくれていたでち。だから、ゴーヤ、沈んじゃった時、てーとくが気にするんじゃないかって心配だったの。
 でもてーとくが元気そうで嬉しい。艦隊の皆も知らない子も、皆元気そうで嬉しいでち!
 ゴーヤね、また皆と会えるって信じていたの。
 ン級提督のお陰でこうしてまた生き返れたけれど、半分、深海棲艦みたいになっちゃったから、てーとくに会いに来て良いのか、すごく、すっごく悩んだの。
 ごめんなさい、てーとく。気持ち悪いよね。でも、どうしてもまた皆と会いたかったでち。

――わわ、てーとく、頭を上げてよ。そんな、てーとくに謝られる事なんて、なにもないでち。あのね、てーとく、ごーや、またここにいてもいい?

――! えへへ、うれしい、そう言って貰えて本当に嬉しい。本当はね、てーとくや皆に嫌われるんじゃないかって、とっても怖かったでち。あのね、てーとく……

「ただいまでち!」



 当初、日本政府と黎明艦隊との派遣条約において日本本土への新海生艦派遣は規約違反に抵触するものだった。
 しかし、ン級が艦娘怪を半ば押しつける形で各提督達の元へと派遣したのは、新海生艦の試験運用期間後の事であり、派遣条約には抵触しないと語意こそ柔らかに、されど厳として譲らぬ回答をした。

 艦娘怪は史実には存在しない幻龍や米賀、計画はあった戦艦加賀怪などを除けば、かつて海に沈んだ艦娘が半ば深海棲艦と化した艦娘達だ。
 ン級の斬艦刀で斬られる事により、深海棲艦としての憎悪や怨嗟は浄化されるが、轟沈した時の悲しみや怒りはそのままに残る。
 派遣しておいて何だが、ン級は艦娘怪と提督達の関係がこじれやしないかと一抹の不安を抱かざるを得なかった。

 新海生艦派遣よりもさらに低額の費用で一方的に派遣した艦娘怪達は、ある者は提督に地に額を付けんばかりに頭を下げられ、またある者は出会い頭に提督が涙と鼻水を噴出して抱きつかれ、またある者は言葉なく立ち尽くす提督と仲間達の姿に、拒絶されたかと不安を覚えた。
 ン級の知らぬ事――予測はしていた――ではあったが、艦娘怪が再会を願った提督達は艦娘を轟沈させてしまった前後で、艦娘の運用が大きく変わってしまった者達が多い。

 良くも悪くも艦娘達と深く心を交わしていた提督達だった、という事だ。
 そんな彼ら、彼女ら提督が職を辞さずに艦娘の指揮を取るに当たり、沈まなかった艦娘達に励まされ、絆を深めていった事は想像に難くない。
 艦娘が沈んだからこそ構築された堅固な絆の中に、消えぬ傷そのものである艦娘怪が姿を見せる事で起きる不協和音。

 それによって再び太陽の下に蘇った艦娘怪達の心が傷つく事を、艦娘怪派遣にあたってもっともン級は懸念していた。今一つ非情になり切れぬ甘い男である。
 艦娘怪達自身に派遣前に入念に何度も提督の元へ向かう事に伴う危険は耳にタコが出来そうな位に、言い聞かせている。

 それでもなお提督の元へと願う艦娘怪を、ン級は引きとめる事はしなかった。
 ン級がした事はあくまで艦娘怪の籍を黎明艦隊に置いたままにし、頼まれても居ないのに送られてくるダイレクトメールよろしく鎮守に派遣した彼女らが、鎮守府側に危害を加えられないよう配慮し、何時でも黎明艦隊に帰還できるように窓口を広げておく事だった。

 新海生艦派遣から一ヶ月、艦娘怪の押しつけ派遣から一週間、それぞれの成果をまとめた書類に目を通し、ン級は派遣した彼女らが上手くやっていけているらしい、と安堵の息を零した。
 東部オリョール海の本拠点にある執務室には、ン級のほか秘書艦ヨル、明石、米賀、加賀怪と、脳筋どころか脳鋼軍団である黎明艦隊の比較的知恵の回る面子が揃っている。

 部屋の窓辺に置かれたホワイトボードにはここ一ヶ月の各資材の収支グラフが貼られ、机の上には派遣から帰還した新海生艦からの報告書を要約した書類などもある。
 日本政府とオーストラリア政府から齎された南方海域と新型深海棲艦の動きにも、常に注意を払っているが、現在の艦隊運用に必要とされる資材と艦娘怪の扱いも常に悩みの種でもあった。

「今の所、提督の下への帰還を望む艦娘怪は九割越え、ほぼ全艦か」

 黎明艦隊への残留を希望しているのは、米賀や幻龍のような架空艦、加賀怪のような“もし”という可能性から生じた半現実半架空の艦がほとんどを占める。
 元の艦娘としての姿の大部分と自我を取り戻した艦娘怪達は、自分が沈んだ後の仲間達や提督の事が気掛かりとなり、帰還か遠巻きにでも一目見る事を希望している。
 といっても艦娘怪の出現そのものが稀な例であるから、艦娘怪の全体数は極めて少ない。

 明石怪や加賀怪のような者もいるが、艦娘怪として転生を果たした者のほとんどは深海棲艦となっていても、片鱗程度には艦娘としての自我を残して、自身の提督や姉妹艦、仲間達の事を思い続けていた艦娘だ。
 そのような艦娘達であるから、艦娘怪へと浄化されれば未練である提督や仲間達の元へ向かう事を望むのは、必然であろうとン級は考えている。

「艦娘怪の皆は私と違って、沈んだ時の事を憶えているからネ。提督や仲間達と一度でいいからまた会いたいって思っても仕方ないヨ」

 肩を露出した黒い巫女服を纏うヨルは、ン級の呟きに仕方無いデースと答える。
 ヨルやサツキ達のような深海棲艦としてン級の配下となり、深海棲艦からの改造で艦娘に近い姿を取り戻した場合は、そのままン級の下に残る事を選んでおり、艦娘怪とは対照的であった。

「私みたいな例は少ないみたいですね」

 と口にしたのは、明石怪。明石怪の場合、どうも艦娘として提督の下に配属される前に沈んだようで、おそらく陥落した泊地や鎮守府の施設内に勤めていた頃に沈められたのだろう。
 明石怪は加賀怪の参入によって秘書艦業務は減ったものの、工作艦としての機能を活かすべく各種装備の新開発を任されていて、ここの所は働き詰めだった。

「それを言うなら明石さんだけでなく、私も含まれるのではなくて?」

 加賀怪は明石以上に秘書艦として有能であったから、あまり出撃や演習に参加できず、長門型戦艦を越す戦艦としての本分を発揮する機会に恵まれておらず、実の所、さほど錬度が上がらずにいた。
 普段の態度に多少ツンケンした所が増して見えるのも、そういった不満が心の底に鬱積しているからかもしれない。

 史実に置いて加賀は正規空母に至るまで紆余曲折を経ているが、この加賀怪は戦艦としての加賀である為か、空母艦娘としての加賀よりも二、三歳外見が若く、また中身も若干落ち着きが無い。
 表には出にくいが激情家である加賀が、より直情的になればこの加賀怪に近づく事だろう。

「そうだろうが、統計が取れるほど検証を重ねたわけでもないし、結論付けるわけにもいかんだろう。
 元艦娘の深海棲艦は少ない。燃費の関係からおれがおいそれと出撃するわけにはいかない。斬艦刀による浄化も成功する可能性は低い。
 どれもこれも低い確率ばかり。お前達をこれだけ数を揃えられただけでも、かなりの幸運に恵まれたものだとおれは思っているよ。お前達はとても頼りになるからな」

「そう、提督がそう言われるのなら、私からは何も言いません。でももう少し実戦に出させて欲しいわ」

「結局それか。長門といい、陸奥といい、深雪といい、実戦に恵まれなかった艦娘はやたらと戦いたがる傾向にあるな。手綱を握れている分には頼もしいが、あまり血気に逸るなよ」

「努力はします」

「分かりましたと堂々と嘘を吐かない所は評価できるんだがなあ。
 さて、ガラハウ艦隊と合流したソラ達がトリントン基地に着いた頃か。
 おれ達もそろそろトリントンに向かう準備をせねばな」

 ン級はふと執務室の窓から外を眺め見た。
 そこでは駆逐艦達やヒサメ、フタバ、アカネを相手に、コウがドリルで突撃する練習をしていた。
 朝起きて牛乳を飲んで演習して、歯を磨いて演習して、昼食を食べて演習して、お昼寝をして演習して、三時のおやつを食べて演習して、夕食を食べて演習している間に、コウは初めての改造を迎えている。

 はたしてどういう進化の系統樹の下に生まれ付いたものか、改造後のコウは衝角潜水艦ラ級から、父ン級とほぼ同じドリル戦艦ラ級へと変わったのである。
 外見はル級と同じ頃の年かっこうに変わり、緩く波打った長い髪やぽやんとした瞳は変わらないが、右手にはドリルを、左手には丸鋸型の盾を持ち、背中には突貫用のロケットブースターを背負っていた。
 一応、戦艦としての体裁を整える為か、16inch三連装砲塔をロケットブースターの右側に背負っている。

 戦艦としての分厚い装甲と耐久力、まあそこそこの砲火力、ドリルと丸鋸による高い近接戦闘能力を獲得したが、重武装による運動性と燃料・弾薬消費の著しい悪化は否めない。
 とはいえこロケットブースターという特異な装備を持つ事や、変わり過ぎだろうと思わずン級の呟いた変貌ぶりは、新海生艦の深海棲艦離れの象徴ともいえた。

「今日までどうにかこうにか提督の真似ごとをやって来られたが、社長と詐欺師と政治屋の真似ごともしなければならなくなるとはな。
 自分で選んだ道だが、まるでスタンフォード監獄島実験の被験者だ。だが、あの娘らの笑顔を見ているとやりがいがあると思える。存外、おれは幸福なのかもしれん」

 ン級の娘達を見守る眼差しには限りない慈愛と父性とが込められていた。
 そして執務室の片隅には、二メートルを越すン級の精悍な肉体にフィットするスーツがハンガーに掛けられていた。



 どの鎮守府にも属さぬS県の深い森の奥に、あらゆる記録から抹消された特殊な研究施設が存在している。
 対深海棲艦を主題とするその施設の最も厳重なセキュリティが敷かれた場所に、藍染提督とその秘書艦、航空戦艦扶桑の姿があった。

 一辺百メートルを越す広大な空間には、無数のシリンダーが等間隔に並べられ、薄い緑色の液体に満たされたシリンダーの中には、人間の胎児を思わせる物体が浮かんでいる。
 初めてここに足を踏み入れた者ならば、おもわず背筋が震えるようなおぞましくも見える光景の中にあって、藍染の口元に浮かぶのはあるかなきかの笑み。

 藍染の眼前にはひと際巨大な、十メートルを越す床と天井を繋ぐシリンダーがあり、床には曼荼羅とも魔法陣とも取れる陣が描かれている。
 古今東西ありとあらゆる力を持つ文字を複雑怪奇に組み合わせ、時に波打ち、浮かび上がり、滲むかのようにも見え、陣そのものがこの世の枠から半ばはみ出た代物なのだ。

「通常の建造を遥かに超える資材と霊的圧力、すなわち霊圧を加えることで行われる大型建造。その大型建造に倍する霊圧と資材を用いることで、彼女達の建造は可能となった」

 独白する藍染に扶桑は受け答えする事は無かった。ただただ自分の提督が成そうとしている人為的な奇跡を、美しくも妖しい赤の瞳に刻みつけるように見つめている。
 陣の四方には燃料、鋼材、弾薬、ボーキサイトが山と積み上げられ、シリンダーの中の胎児に紫電が走るのに合わせて、四種の資材も光の粒子となって徐々に消えてゆく。

 シリンダーの中の胎児こそは、艦娘の女性部分の素体となる触媒だった。
 日本中の霊的素養に恵まれた女性の体細胞を選別し、掛け合わせる事で作りだされた艦娘細胞を、藍染が己の目的の為に特別に再合成した特別製だ。
 妖精の力を借りた建造によってこの細胞に艦娘の霊魂の一部を降ろした後に急成長させ、成長を終えた艦娘に合わせた艤装を周囲の資材を分子レベルで分解し再構築して、造り上げるのだ。

 だが四方に積まれた資材の量はどうだ。そしてシリンダー内部の対峙に艦娘の霊魂を降ろす為に消費される霊力のなんと莫大な事、その霊力によって生じる霊圧のなんと凄まじい事よ。
 ごぼごぼごぼと激しくシリンダーの中の液体が泡立つにつれて、その向こうに傷一つない裸身を構築しつつある少女の姿が浮かび上がる。

 やがて、シリンダーの中を満たしていた液化エーテルや生命の水、人造ソーマ、偽アムリタが排出されると、シリンダーの底に小ぶりな尻を着いた少女だけが残され、周囲には彼女の為の艤装が完成していた。
 本来なら艤装を纏った姿で完成となるのだが、まだまだ改善の余地があるのか少女と艤装は別々であった。

 扶桑がそっと少女に近づくと、予め用意していたバスタオルで濡れた体や髪を丁寧に拭いてあげ、バスローブを肩からかけてあげる。
 藍染が悠然と少女の前まで歩み寄ると、あるかなきかの笑みはそのままに、少女へと問いかける。

「はじめまして。名前を聞かせて貰えるかな?」

 まだ混合液に濡れたままの前髪を額に貼り付けて、少女は焦点のぼやけた瞳で藍染を見上げて答える。

「おお、あら、い。学園都市、艦、大洗……です」

「大洗、ようこそ穢土(えど)へ。君の提督の選定は済んでいる。西住美穂大佐が君の事を待っている。だがしばらくは休むといい。戦いはそれからだ」

 そして藍染が産み出したのは大洗ばかりではなかった。
 開発工廠には、通常の開発の十倍以上の資材を投じて開発された、扶桑専用大型装備『石斛(せっこく)』、山城専用大型装備『深撃(しんげき)』が、その砲火によって大輪の花を海上に咲かせる時を静かに待っている。

 世界はン級の動向によって大きく変化している。だが世界を動かすのはン級だけでは無かった。
 ン級の知らぬ所で、世界を動かすに値する存在が人知れず次々と産声を上げていたのである。

<続>

石斛はわがままな美人という花言葉を持つ花の事で、深撃はディープ+ストライク。
日本の首相の名字は蛭間、アメリカにはミシェル、ロシアにはアシモフ、ドイツにはアドルフという名前の提督が居ます。分かる方いらっしゃいますかね?

ごーやはゆうさんへのせめてものサービスというか、気休めにでもなればいいかなって。



[38714] 記者会見
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/05/28 12:22
 東部オリョール海にある新海生艦黎明艦隊の本拠地の桟橋で、一隻のヲ級が風呂敷に包んだ重箱を手に、周囲に居る巡洋戦艦アカネや双胴戦艦フタバに穏やかな笑みを浮かべて話しかける。

「ヲ、ヲヲヲ」

「モモ?」

「セッセ」

 どうやら二隻はヲ級の手に持っている重箱の中身が気になるらしい。潮の臭いに混じって食欲をそそる香りがしているせいだろう。

「ヲ」

 新海生艦の象徴と言える二隻を相手に和やかな声で答えているのは、通常のヲ級とやや容姿の異なるヲ級だった。
 緩いウェーブのかかった髪はロングストレートになり、ポニーテールに結われていて、前髪の左右は外側に向かって跳ねている。
 ヌ級に似た帽子の下の顔つきはとても穏やかなもので、どことなく母性や包容力を感じさせる。

 ン級が母親の様だと内心で評しているヲ級改『オオゾラ』である。
 軽空母ヌ級だった頃から家事に精を出していた個体で、ヲ級になってはっきりと人型になると利便性が増し、また理性や情緒が発達した事もあって、より積極的に家事に精を出すようになっている。
 またフラッグシップをも超えるヲ級の最上位種となった事もあり、戦場での活躍も目覚ましいものがあって、ソラやヒサメに次ぐ、ハレと同等近い実力者として艦隊内では認識されている。

 オオゾラが手に持っている重箱は、彼女が陽の昇る前から台所に立って用意したお弁当だ。
 これから黎明艦隊はン級を筆頭に首脳陣達が勢ぞろいで、オーストラリアにあるトリントン港湾基地を目指すのだが、その道中で食する為のものだ。

「よし、全員揃ったな。では行くぞ、はぐれるなよ」

 引率役でもあるン級が全員の点呼を取り、彼らは揃ってオーストラリアを目指して青い海を進み始める。
 ン級を筆頭に鬼級、艦娘怪などを含む数十隻の艦隊は、中小規模の泊地や基地だったら瞬く間に壊滅させられるほどの大戦力だった。
 彼らが人類と敵対していない事は、真、人類にとって幸いなことである。

 これだけの戦力が動く事もあり、事前にオーストラリア政府には通達していた為、オーストラリアが堅持している領海に入ると、出迎えのオーストラリア艦娘達と合流し、彼らにエスコートされる形になる。
 黎明艦隊を囲むオーストラリア艦娘達が異様なほど緊張している事に、かえってン級やヨル、オオゾラなどは気の毒になっていた。

 深海棲艦からの襲撃も無く海上を進んだ一行は、アメリカ海兵隊との接触を援護する為に太平洋に向かっていたソラやナミ達とトリントン基地にて再会した。
 ソラ、ハレ、ヒサメ、ホシ、ナミ、アカネ達派遣組の六隻は、ガラハウ艦隊との合流まで南方海域から進出してきた深海棲艦を相手に激闘を繰り広げたようで、一度別れた時に比べて錬度の上昇が雰囲気の変化から窺い知れた。
 特に雰囲気どころではない変化があったのは、ナミである。

「ソ~」

「これは、三種類目の潜水艦というわけか。今度はヨ級ではなくソ級になったら名前を着けるようにしないとだな、ナミ」

 トリントン基地の港湾施設で久方ぶりに再会したナミは、潜水艦ヨ級フラッグシップから新たな潜水艦のソ級エリートへとその姿を変えていた。
 ナミはヨ級の巨大な口の中から女性の上半身を覗かせる姿から、頭に単装砲を備えた平べったいひし形の生物のような帽子を被るようになっていた。

「ソ、ソ」

「ふむ、他にも何隻か潜水艦が加わったか。本格的に潜水艦隊の設立と運用を考える必要が出て来たな」

 ガラハウ艦隊と合流するまでとその後の戦いで、ソラを旗艦とする特別編成の東雲艦隊はそれなりの数の深海棲艦を配下として加えている。
 これは日本政府や各国に派遣した艦隊にしても同じ事で、戦う先々で新海生艦の面々は新たな仲間達を増やし、黎明艦隊の支出もまた増やしていた。

 それからン級は長く離ればなれになっていたスズカやソラの労をねぎらい、甘えて来るヒサメを思う存分甘やかして妻と娘達と離れている間の時間を埋めた。
 トリントン基地にて合流した黎明艦隊の面々は、その後予め基地で待機していたオーストラリア政府の役人と軍人達と挨拶を交わして、ある事を始める為の準備に入った。

 トリントン基地内部で特別に用意された一室には、素性あらたかな記者達が所狭しと列を成しており、ある者は顔を紅潮させ、またある者は反対に血の気を引かせている。
 原因は彼らの目の前に立つ二メートルを越す巨躯を持った男だった。
 逞しい体を糊の利いた黒いスーツに包み、黒い格子模様の入った赤いネクタイを締めている。誰あろう新海生艦総司令兼提督を務めるン級である。

 会見場にはオーストラリアの軍人ばかりでなく、いざという時に記者達を守る為にオーストラリア艦娘達が控えている。
 重巡洋艦娘や駆逐艦娘達で人ならざる者の膂力を持つ彼女達だったが、鬼級に至ったン級を前にした彼女らは、その本質が人間よりも近い事もあり、例え艤装を外している状態でも、取り押さえる事さえ出来ないかもしれないとある種の諦めと覚悟を持っていた。

 本来なら絶え間ないフラッシュの焚かれる音が続く様な場であろうに、目の前に立つ男が人類を窮地に追い込んでいる深海棲艦の亜種という事から、記者達はジャーナリズムの炎を燃やすよりも、自分達の命を大事にしたいと言う気持ちの方が大きかった。
 自分達の言動の何が目の前の人ならぬ人モドキの怒りに触れるか、判断しかねている。
 そんな記者達の内心を正確に看破し、ン級は無理もないか、と内心で苦笑していた。仕方なしにン級の方から口を開いた。

「本日は皆様のご協力ご支援の下、無事に『デイブレイクネイビー』社の株式公開を終えられた事にまずは感謝の言葉を述べたいと思います。真にありがとうございます。
 また今後、我がデイブレイクネイビーは全世界規模での活動を視野に活動をして行く予定です。各国との調整が済み次第、各国に支社を設けて行きます」

 ン級が艤装を外してスーツに身を包み、こうしてオーストラリア政府協力の下で記者会見を開いていたのは、初の黎明艦隊系企業デイブレイクネイビーの株式公開の為だった。
 デイブレイクネイビーが扱うのは、新海生艦の戦力そのものの派遣事業と各国間での輸送事業である。

 オーストラリアやオセアニア諸国との友好条約はそのまま生きており、これに加えて企業としてのデイブレイクネイビーに依頼すれば、条約とは別に追加で戦力の派遣を得ることもできるようになる。
 民間軍事企業に相当するわけだが、一応は独立した武装組織である黎明艦隊の直営であるから、民間と称してよいものかどうかいかがわしい所ではある。

 公開された株の内二十一パーセントは黎明艦隊名義で持ち、二十パーセントはン級個人、残り十パーセントはウミやソラ達首脳陣に分配しており、公開されたのは残る四十九パーセントの株だ。
 上手くデイブレイクネイビーを扱う事が出来れば、これまで国家の保有する艦娘に依存する他なかった海上輸送が劇的に変化する事を考えれば、これらの株の価値が如何ほどであるか理解できよう。

 もっとも、人類の不倶戴天の敵として考えられていた深海棲艦の亜種である彼らの事を、既にある程度の実績を積んだとはいえどこまで信じて用いる事が出来るかは、個々人に大きく左右される所だろう。
 既に黎明艦隊と一蓮托生の腹積もりでいるオーストラリア政府やオセアニア、東南アジア諸国は別かもしれないが。

 そんな中で一人の記者が勇気を振り絞り、手を上げてン級に質問をする。
 少なくともン級が流暢な英語を操って、理性的に思える言動をした事が一歩を踏み出させるきっかけになったのだろう。
 まだ正義感や情熱がまだ心の内で燃えている様な、若い記者の青い瞳をまっすぐに受け止めて、ン級は記者の方を見た。

「貴艦隊の戦力を費用さえ払えば、民間人でも利用する事が出来ると考えてよろしいのでしょうか」

「ええ、その通りです。ただ私共の戦力も有限でありますから、遺憾ながら全てのご依頼に応える事は出来ないかもしれません。
 また既にご存じの通り、私共はオーストラリア政府を始めとした各国と友好条約を締結しております。
 弊社が新海生艦系企業である事から、友好国からの依頼を優先する事を予めご了承いただければ幸いと存じます」

「今後、世界規模に事業の拡大を考えておられるとのことですが、それでは各国に新海生艦所属の艦が来られると言う事でしょうか?」

「ええ、各国との調整次第ではありますがそうなる事と考えています。ですが私どもの事情もありますし、あくまで代表などのごく一部の人員に限られるでしょう。
 大部分の人員は募集を取る予定となっております。また各国に避難している難民の方々からも、有用な人員募集をかけられるよう各国と調整しております」

 深海棲艦の出現により自国を追われた難民は、南方海域や西方海域に多く見られ、オーストラリアにはオセアニア諸国と東南アジアの一部の国々から命からがら脱出した難民が溢れている。
 その中には故郷で特殊な技術者であった人材や、知識層の人間も数多く埋もれている事だろうから、上手く自社に引き込めれば新海生艦用の装備開発に拍車をかける事が出来るかもしれない。

 もっとも人員の大半を募集によって賄うと言う事は、それだけスパイを多く懐に抱え込むことになるわけだ。
 本社は東部オリョール海にある拠点が兼ねているが、実質的にはオーストラリア支社が本社としての機能を持たされる事となる。

 支社にスパイが潜りこむ分には、また探られても特に困る情報が無い事からも、ン級はこれを受け入れている。
 それにスパイをやれるだけの高い能力の持ち主なら、表向き社員として働く分にも有能な事だろうから、徹底的にこき使う事でイーブンだとも考えていた。
 営業用のむずがゆい口調のまま、ン級は順次記者達からの質問に答えて行き、直に記者会見終了の時間を迎えた。

「ではそろそろ時間となりましたが、最後に我らの艦の一部を披露させていただきましょう。皆、入りなさい」

 ン級の声に応じてぞろぞろと会見場に入ってきた美女たちの姿に、記者達は一様にして息を飲み顔色を青いものに変える。
 ぞろぞろと新たに会見場に入ってきた者達は、紛れもなく深海棲艦の艦達だったからだ。
 その面々の戦闘能力を知っているオーストラリア艦娘達は、彼女らが暴れはじめたら自分達が命を賭しても、わずかな時間稼ぎしかできない事に、ちくちくと胃を痛める。

 一般市民に対して深海棲艦の情報は規制されているが、ここにいるのはオーストラリア政府が会見に参加する事を認めるレベルの記者達だ。
 政治・経済・軍事それぞれの面で深く関わり合いのある、融通の利く者達だから一般市民よりも深海棲艦の情報は詳しく知らされている。

 入室してきたのは青い南方戦棲鬼ウミ、ヲ級改ソラ、同じくハレ、オオゾラ、金剛型戦艦棲鬼ヨル、装甲空母姫スズカ、ソ級エリートナミ、泊地棲鬼ホシ、睦月型駆逐棲鬼サツキ、フミヅキ、ナガツキ、キクヅキ、ミカヅキ、モチヅキ、双胴戦艦ス級改二フタバ、氷山空母セ級改二ヒサメ、巡洋戦艦改二アカネ、戦闘空母改ミンキ、ドリル戦艦コウ。
 新型深海棲艦と誤認された娘達と悪堕ちした金剛と見えるヨルに続いて入室してきたのは、深海棲艦を思わせる青白い肌や背筋に恐怖の電流を流させる雰囲気の艦娘怪達だった。

 最初期の艦娘怪三人娘の装甲空母幻龍、元大和型四番艦装甲空母米賀、工作艦明石怪、加賀型戦艦一番艦加賀怪、それに金髪碧眼の背も高ければスタイルも暴力的なまでに抜群の美女が一隻。
 この内、幻龍が記者と中継カメラの前に姿を見せた時、その姿を見た者の中で感受性の豊かなものは身の内が凍るような悪寒を憶え、中には昏倒してしまう者もいた。

 これでも幻龍の傍に最大の抑止力たるン級が居る事と、特に危害が加えられている状況でないから、幻龍固有の特性たる呪いは極めて微弱なものだ。
 それでも艦娘や深海棲艦と異なり霊的抵抗力に乏しく、その反面感受性に恵まれた者達はもろに幻龍の呪いを浴びて心身を衰弱させてしまった。

 かつて死せる邪神の眠る都が深い海の底より浮上した時、世界中の感受性豊かな芸術家達の数多くが発狂し、自殺し、都市の浮上地点にほど近かった国々の新生児達には異常が見受けられ、家畜達は原因不明の死に陥ったと言う。
 外宇宙より飛来した邪悪なるソレと比較するのは流石におこがましい事かもしれないが、幻龍の備える呪いは人間には耐えがたい猛毒の域にあり、加えて電波に乗って伝染病の如く遠い場所にいるものにまで伝わるのだった。
 ン級は記者達の一部が精神の平衡を崩している事に素早く気付き、幻龍に通信を入れた。

――幻龍。

――どうか、しました、か? 提督。

 幻龍は記者会見の場でン級が自分にだけ通信を繋げた事に驚いたようだが、ン級の言葉を静かに待つ。

――どうやらお前の気配に当てられてしまった者がいるようだ。前に渡したモノは持っているな?

――はい。

 幻龍は目立たぬように着物の袂に手を入れて、事前にン級から渡されたお守りの類をそっと右手に握り込んだ。
 霊験あらたかな神社から取り寄せたお守りやお札のほか、一角の欠けた五芒星(エルダー・サイン)の刻まれた護符などである。
 すると明らかに幻龍から放たれる不可視の邪気が静まり、死人の顔色になっていた記者達の一部の顔に、血の気が戻り始める。

――よし、この会見が終わるまではお守りを握っていなさい。

――分かりました。あの、ごめん、なさい。迷惑、かけてしまって。

――気にするな。お前が悪いわけではない。おれは気にしない。

――はい。……その、提督、ありがとう、ございます。

――うむ。

 幻龍とン級との間にこのようなやり取りがあったと気付く者は他になく、記者達のほとんどは新たに姿を見せた新海生艦の面々に意識を奪われていた。
 軍事に詳しい者達は日本艦娘と思しい艦娘達が異様な雰囲気を纏っている事に驚き、そしてまたある者は西洋人らしい艦娘の正体に思い至り、まさかと開いた口を閉じる事が出来なかった。

 ああ、第二次世界大戦期に採用されていたアメリカ海軍の軍服の上衣をモチーフにした太腿の半ばまであるワンピースを纏い、青と赤と白の三色縞々に星のマークを散らしたニーハイソックスを履き、軍帽を被った肉感的な美女の艤装は、まさか!
 16inch三連装砲塔四基十二門、5inch連装砲十基二十門を持ち、機関出力四軸合計十七万二千馬力、最高速力二十八ノットを誇り、パナマ運河の通航が出来ぬ全幅三十七メートルの艦体を模した艤装は、設計こそなされたもの建造されなかったというアメリカ最後の戦艦そのもの。

 完成すれば大和型にも匹敵するだろう戦闘能力を誇った筈の、かのモンタナ級ではないか!?
 現在、アメリカ海軍が躍起になって誕生させようとしている戦艦娘が、どうして黎明艦隊の側に立っているのだ!! 

 この時、モンタナを看破した記者の精神に襲い掛かった衝撃が、言語に絶するものだった事は想像に難くない。
 ましてや彼はアメリカ政府から派遣されたその筋の人間だったのだから。

「深海棲艦から派生した新種新海生艦と、我々の持つとある技術によってこの世に顕現した艦娘怪、彼女と私自身が弊社デイブレイクネイビーより皆様に提供する商品となっております。どうぞご愛顧のほどをよろしくお願いたします」

 そう言ってン級が浮かべた営業スマイルは、その道のプロからしても唸るしかない誠意と自信とに満ちた完璧な笑みだったと言う。
 こうして会見を終えたン級は基地内に宛がわれた一室に戻るとネクタイを外し、スーツのジャケットを脱いで盛大に息を吐く。

「まったく、これでは詐欺師と道化師を同時に演じている様なものだな」

「セセ!」

 ソファに深く腰掛けてぐだっと脱力したン級に、久しぶりに父に会えて嬉しいヒサメが、ミネラルウォーターのペットボトルを手渡す。

「ああ、すまんな、ヒサメ」

「ヲ、ヲ?」

 一息に五百ミリリットルを飲み干すと、同じく久しぶりの再会を果たしたソラからこの後の行動について、質問がされた。
 今回の記者会見の内容は映像と共に全世界に配信され――果たしてどれだけの国がこれを受信できるかは謎であるが――、世界に対して窓口を開いた新海生艦へ多くの接触が成される事だろう。
 これからン級に待っているのは、文字通りの忙殺の日々に間違いないだろう。

「業務開始はまだ先だ。しばらくは人員確保とその為の社内規則と法律との調整に追われる。そっちはおれと明石と米賀と、オーストラリア政府が用立ててくれた人材で対応する。
 ソラ、ウミ、ヨル、スズカ、ホシ、ナミ、ハレ、オオゾラ、サツキ、フミツキ、ナガツキ、キクヅキ、ミカヅキ、モチヅキ、幻龍、加賀、モンタナ、対深海棲艦との戦闘と条約に基づく戦力派遣に関しては、お前達にある程度委託する」

 いの一番にン級の言葉に反応したのは、この中で最も錬度が低いながらも基本能力では突出した数値を誇るモンタナだった。

「フフフフ、私に任せてアドミラル。どんなエネミーでも私の16inch砲でコッパミジンコにしてあげるワ!」

 金剛とはまた違った方向でエセ外国人風の喋りをするモンタナを、ン級は何と言うか残念な美人だなと思っていたが、内緒にしておいた。

「コッパミジンコではなく木っ端微塵だ。まあ言いたい事は伝わるが……」

「Oh、ちょっとした間違いネ。あんまり細かい事は気にしない所は、流石私のアドミラルだわ。貴方に呼び出して貰った以上、貴方のエネミーは私のエネミー。
 もし日本とグレイヴを交えることになって、大和が立ちはだかろうとも私が沈めてあげる。モンタナ級と大和型のどちらが最強の戦艦か、世界に証明してアゲルワ!」

 モンタナがン級の事を自分の提督と認め、とても友好的である事は確かなのだが引き合いに出したのが大和だったのは少し不味かった。
 まずン級を構成する死者の大部分は日本人だから、ごく自然と日本よりの判断をするし、日本人よりの感性を持つから日本を敵対国として考えるのは、正直気分の良いものではない。

 そして何より架空艦を実体化させる艦娘怪の中に、元大和型四番艦というある筈の無い経歴を持つ者が居るではないか。
 そう、米賀である。
 はず槍を左脇に抱えた米賀は、忠実な臣下か戦国時代の小姓のようにン級の傍らに控えていたが、モンタナの言葉を耳にするとぴくりと凛々しい目元を引き攣らせる。

「モンタナ殿、自信満々なのは結構ですがあまり大言壮語なされますな。大和型は日本という国の名の一つを冠する艦。侮られては火遊びでは済みませぬぞ?」

 普段、物静かな米賀の発言にモンタナは怒るよりもあら? といった顔をしたがすぐに米賀の経歴を思い出してにこりと笑う。
 ン級は余計な事を言って米賀を挑発しやしないかと気になってしょうがなかったが、幸いにしてモンタナはそんな卑小な性根など欠片も持たぬ、大きな心の主であった。

「そうね、ヨネガの言う通りだワ。
 私達モンタナ級は実戦に出る事も無く、それどころか建造すらされなかったけれど、もし完成していたらという人々の想念もこのボディには含まれているの。
 だからどうしても大和に関しては、ついついライバル視してしまうみたい。あなたの姉を貶めるつもりはなかったけれど、気に障ったのなら謝るわ、ソーリー、ヨネガ」

 軍帽を取り、素直に謝罪の言葉を口にするモンタナに、米賀は毒気を抜かれて却って自分の方が大人げなかったと謝罪し返した。

「いえ、拙者もいささか大人気のうございました。実を言えば、拙者とて艦娘としての大和姉様を知っているわけではないのです。
 拙者は本来、この世界の歴史には存在しない筈の者ゆえ。でありながら、いえ、だからこそ本当に存在している大和姉様へ、憧憬の念を抱いている事は否めませぬ。
 もちろん、御屋形様の御下知があらば如何に大和姉様といえども、この手にかけて見せまする」

 ン級は米賀の決意溢れる言葉に、やれやれと言わんばかりに首を左右に振るい、軽く腰を浮かせると左手を伸ばして米賀の頭をくしゃくしゃと撫でる。
 左右どちらも利き手同然に扱えるが、一応右手が利き手であり、そちらを空けているのはン級に沁みついた戦場の習いによる。

「んな、御屋形様!?」

「まったくお前のその生真面目さは美徳だが、いちいち悲壮な覚悟を固め過ぎだ。最悪の状況を想定しておくのは当然だが、お前はいささか過剰だ」

 そのままン級は嫁達が嫉妬にかられる寸前まで米賀の頭を撫でてから、娘達を振り返った。

「フタバ、ヒサメ、アカネ、ミンキ、コウ、お前達はお母さんの言う事をよく聞いて、決して無理をしないようにしなさい。おれと約束できるな?」

「ス!」

「セ~」

「モモ」

「ヒッヒ」

「ラララ」

 と元気の良い娘達の返事にン級は微笑を浮かべて頷き、こう告げた。

「よし、では三日間のオーストラリア観光と洒落こむか。これからはあまりまとまった休みは取れないだろうから、目一杯楽しむぞ」

 なお、この後、嫁と娘と配下の艦達がカンガルー派、ウォンバット派、コアラ派の三つ巴になり、微笑ましい抗争が勃発する事をさしものン級も予測する事は出来なかった。

<続>
デイブレイクネイビーとモンタナ級は以前感想でいただいたご意見を採用とさせていただきました。ありがとうございます。
無名子さんの71号は経歴を考えると飛行場姫や離島棲鬼が出た頃が登場の時期でしょうか。名前は、71で「ナイ」だと可哀そうですし、ナナイかな?
派遣された提督側やアキさんのご意見にあった演習やトレードの様子などもぜひ描写したいところです。
クロタカ・カンパニーさんのおっしゃられるとある蒸気船の物語は、私も楽しみに拝読しています。あとは奇天烈艦隊チリヌルヲは欠かさず目を通しています。

幻龍に関しては『邪眼は月輪に飛ぶ』という漫画に出てくるミネルヴァをちょっとイメージしています。



[38714] 早すぎる頂上決戦
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/06/16 21:12
・艦娘との友好度が一定以上に到達したので、親交イベントが発生します。
・鎮守府との期間限定トレード、演習、技術交流が可能となりました。
・提督、艦娘、妖精の亡命を受け入れる事が出来るようになりました。



 最初、ン級は自分の居る場所を認識して、随分久しぶりに連れて来られたなと感想を抱いた。
 社長業もやる事になり採用希望者の履歴書に目を通し終え、時計の針が夜中の十二時を越えていたのでさて寝るか、と東部オリョール海に設けた黎明鎮守府の私室で、高級羽毛布団に包まれて眠った所だった。

 ン級は自分が晴れ渡った青い空と、その色を映した波一つない凪いだ海の上に立っている自分を認識している。
 かつて深海棲艦の意思に引きずり込まれた無意識下の領域と同じ意識だけの世界の様だが、世界に満ちる雰囲気の違いからン級はすぐに認識を改めた。

 深海棲艦の意思が構築していた世界は、醸造され圧縮された負の感情で満ちた冷たく暗い空間だった。
 だが今居るこの場所はそれとは正反対の、残して行く者達への愛情や思いやりに満ちていて、暖かな雰囲気に満たされている。

「深海棲艦の意思の作った世界とは異なるな。深海棲艦とは正反対、対となる存在となれば、艦娘しかいないわけだがそう言う事なのか?」

 ン級は全身に艤装を纏った姿のまま、直感に従って自分の真上を見上げた。
 そこには煌々と輝く太陽が青空の玉座に腰かけている。
 意識しかない世界であるが故に、嘘やまやかしなどはまるで意味を成さない。
 ン級は太陽のように見えるソレから伝わってきた意識に、自身の意識を寄り添わせる。

『――――――』

「ふむ、やはり艦娘達の意思の総体あるいは彼女達をこの世に顕現させている英霊達の正の意思、その集合が貴君か」

 深海棲艦の意思に対するのとは真逆の敬意を含んだ声で、ン級は呟いた。
 ン級も肉体と言う器こそ深海棲艦によって生み出されたが、中身は無数の人間の集合体だから、親近感の一つでも抱いているのかもしれない。

 ただン級の場合は艦娘達のように正の感情だけでは無く、深海棲艦のように負の感情だけでなく、その両方、正負を合わせて持ったどちらでもない存在だから、完全に艦娘の意思の根源と同調できる物でも無い。
 艦娘を白とし、深海棲艦を黒とするならば、ン級は灰色の存在なのだ。

 だがその灰色の心を持つのが人間ではないだろうか。
 人間は優しさやぬくもり、慈しみばかりを持つのではない。
 怒り、妬み、恨み、憎む心も確かに持っている。
 愛し、憎み、許し、怒り、敬い、妬み、慈しみ、恨む。
 二律背反の心を持つからこその人間ではないか。

「おれに何の用だ? こちらから積極的に艦娘と砲火を交えようとは思わんが、降りかかる火の粉は払うぞ。悪いがな」

『――――――』

「ほう、深海棲艦の意思と比べると随分と気前が良い。おれとしては助かるが、その判断を後悔する事になるかもしれんぞ」

『―――――――――――――――――』

「そうか、ならばありがたくその申し出を承諾しよう。
 おれも艦娘とは戦いたくないのが正直な所だ。
 やはり、中身のいくらかは今の戦争の提督だからだろう」

 ン級はそう言って微笑み、脳裏にフラッシュバックした艦娘達との日々の光景をただ静かに受け入れた。
 自分の中に確かに存在する死せる提督の魂。
 おそらく艦娘怪をこの世に顕現させる事が出来るようになったのも、艦娘とのつながりを持っていた提督の魂が、ン級の中に存在しているからに違いない。

『――――――』

 最後に唐突に招いたことを詫びる艦娘の意思に、ン級は気にするなと告げて深い眠りの世界から醒める事を選んだ。



 東部オリョール海に存在する黎明鎮守府は、その日、鎮守府内に居た全艦勢ぞろいで波止場に並び、ラバウル基地から派遣されてくる七隻の艦娘を出迎えようとしていた。
 艤装を外したン級もこの中にいて、特に力んだ様子も無くこれから来るラバウルの艦隊を厄介ものと考えてはいないようだった。

 やがて出迎えの為に出したソラ率いる東雲艦隊と七隻の日本艦娘達の姿が見えると、波止場に浮かんでいた人型の新海生艦達が、一斉に手に持っていた旗を振り、歓声を挙げる。
 まるで国民的アイドルのコンサートに来た熱烈なファンさながらの行動に、彼女らを率いるン級はこっそりと溜息を吐く。

 気持ちは分からないでもないのだが、ここまでとある日本艦娘に配下の艦達が心を奪われているとなると、提督として多少不安な所がある。
 とはいえ艦娘の意思がかなりこちらに優位な条件で協力を約束してくれた事だし、歓迎する気持ちに偽りも無いのだから、この現実を受け入れる他ないだろう。

「ようこそ黎明鎮守府へ。黎明艦隊提督として、貴艦隊を心より歓迎する。
 我が艦隊の歓迎の意に偽りが無い事は、まあ、周りを見て貰えば納得して頂けると思う」

 ン級がそう言って困ったように笑って差し出した右手を、ラバウル基地から派遣された白河艦隊第二艦隊旗艦長門は、小さな笑みを凛々しい美貌に浮かべて握り返す。
 最初は敵として、次には味方として砲火を交えた艦娘は、今再び味方として同時に商売相手としてン級の前に居た。

「確かに貴艦隊の『熱烈な』歓迎は疑いようが無い。ただ、一隻だけに限られているのは少しばかり寂しいがな」

「それを言ってくれるな。悲しいかな我が新海生艦のほとんどは単純思考が売りでな。
 美味しい食事を供してくれる相手は、最大限の敬意を向けるに値するのさ」

「まあ、我々も彼女には常に感謝の念を抱いてはいるが、貴艦隊ほど熱烈なのは私の知る限り他にないよ」

 先程から歓声に沸いている新海生艦達は、日本語に訳するならば「ま・み・や! まっみっや!!」と間を置かずに連呼し続けているのである。
 この度、ラバウル基地に所属する白河艦隊から派遣されたのは、旧奥津城艦隊に所属していた長門、陸奥、暁、響、雷、電の六隻に加え、希少な給糧艦間宮の七隻であった。

 まみや、マミヤ、間宮、天使、女神、間宮大明神!! の大合唱の中で、当の間宮は肌を震わせるほどの大歓声とそこに込められた感謝の念を感じ、恥じらうように右頬に手を添えて笑っている。
 かつてバシー島沖にあった廃港拠点を訪れた時を上回る歓迎ぶりに、陸奥はあらあらと笑い、暁はびっくりして思わず陸奥のミニスカートを握っている。

「相変わらず間宮さんは人気者なのです」

「艦娘で間宮さんを嫌いな子は居ないけれど、新海生艦達の間宮さんに対する好意は凄まじい位だね」

 おそらく全ての艦娘の中で間宮と並び、最もン級をはじめとする黎明艦隊と付き合いの深い電が、嬉しそうに言えば姉艦である響は率直な感想を口にする。

「間宮さん、手を振ってあげたら?」

「雷ちゃん、私はそういうのはした事が無いから、ちょっと……」

 放っておくと日が暮れるまで間宮歓迎の大合唱が続きそうだったので、ン級は長門との握手を離してからすっと左手をかざす。
 するとぴたりと新海生艦達の大合唱が止み、あまりにも統制の行き届いた様子に長門と陸奥は内心で唸った。

「お前達、間宮の来訪が嬉しいのは分かるが、あまり困らせる様な真似は控えろ。
 さて、それではドックで貴官らの艤装を預けてから、我が鎮守府の旅行でもするとしようか」

 旅行と言うのは新しく着任した艦娘に、鎮守府の中を案内する事を指す。
 まずは重たい艤装を外して身軽になってから、黎明鎮守府の中を案内し、夕方には歓迎会を開く予定となっている。
 敵たる深海棲艦と変わらぬ姿を持つ者がほとんどを占める中で、艤装を外す事は極めて心理的に難しい事ではあったが、長門を始め、陸奥も電達も躊躇う素振りを見せなかった。

 命懸けで共に視線をくぐり抜いた経験と、これまでのン級の行いが彼女らにそれだけの信頼を抱かせるに至っていた。
 居並ぶ新海生艦達がモーゼを前にした海のように左右に割れて、出来上がった即席に航路を、ン級を先頭にして進んで行く。

 長門達を迎えに行ったソラ達六隻も合流し、合わせて十四隻で長門達用に開けたドックへと向かう。
 途中、黎明艦隊中五指に入る正規空母の実力者ヲ級改オオゾラが間宮に近づいて、実に親しげに声をかける。

「ヲ、ヲヲ、ヲ」

「え、あ、ひょっとしてこちらのヲ級は以前、あのヌ級の方ですか?」

 もしかしてと思った間宮の問いに、ン級は背後を振り返って何でもない事のように頷き返す。

「ああ。うちの艦が改造で姿を変えるのは知っているだろう? 
 あの時、君に料理を教わったヌ級は最近、ヲ級の亜種に姿を変えたのさ。
 名前はオオゾラという。うちで一番の家事上手で、君には色々と学びたい事が多いらしい。
 手間かもしれんが出来る限り付き合ってやってくれると、大変ありがたい」

「いえ、手間などとは思いませんが、なんというかどこかで見た事のある姿のような気がしたものですから」

 間宮の言いたい事は分かるので、ン級はある程度情報公開した事もあってこれまたあっけらかんと重要な筈の情報を、今日の天気のようにさらりと話す。

「君らも株式公開のニュースは見ただろう?
 あの時、金剛や睦月型駆逐艦そのままの姿の者を見た筈だ。
 気持ちの良い話ではないだろうが、極一部の元艦娘である深海棲艦は黎明艦隊に属してから、幾度かの改造を経ると艦娘としての姿に極めて近い艦へと変貌する。
 どうやら正規空母や戦艦級でもそれに近い現象が起こるらしい。
 オオゾラをどこかで見た事のある艦娘に似ていると言うのなら、鬼か姫に至ればその艦娘とほぼ変わらぬ姿になるだろう。
 おれは鳳翔型軽空母だと睨んでいるよ」

 あっさりオオゾラの元となった艦娘の名前を告げ、新海生艦改造の秘密を口にするン級を、間宮や電達は驚いた顔で見るが当のン級はさして気にした素振りは無い。
 自分でも原理は良く分かっていない事なのだから、他者に知られてもしょうがないと杜撰に考えているのかもしれない。
 あるいは長門らを特別に友好的な対象と見ていると、暗に日本政府に印象付ける為に情報を流したのか?

「そら、ここが君ら用のドックだ」

 オーストラリア海軍から派遣された工廠妖精達と、建築業者達の尽力により、黎明鎮守府に設けられた入渠ドックは正規の鎮守府や基地にあるものと比較してもそん色は無い。
 合計八つ存在する入渠ドックの一つが長門達用に用意されていて、日本の妖精達とは異なるオーストラリア風の容姿を持った妖精達が、せわしなく働いている。

「ほう、立派なものだな」

「ラバウルの施設とほとんど変わらないわ。バシー島の時とは違って、妖精達も働きだしているのね」

 しげしげと妖精達の姿を見て、感心した風に呟く陸奥の横で、電があっと声を上げてとある妖精の一団を指差す。

「あの妖精さん達、少し雰囲気が違うのです」

「なになに……なんていうか、少し怖い感じね? といっても、妖精さんだから全然怖くは無いけれど……」

 良く似た容貌の妹艦に釣られて、妖精達を居た雷はなんとも言い難い顔でそう言った。
 電達が見つけたのは、尖がったデザインのサングラスをかけたり、頬にマジックペンでバッテン傷を書いていたり、咥えタバコならぬ咥えココアシガレットをして働いている妖精の一団だった。

「そうだね、強いて言えば不良の妖精さんかな」

「妖精さんに不良なんているの?」

 響と暁の呟きを耳にし、ン級は小さく笑う。
 響の口にした不良の妖精さんという言い方が面白かったらしい。

「彼女らの事は気にしないでくれ。見た目はアレだがきちんと仕事をしてくれているし、彼女らのお陰で装備の開発が出来るようになったしな」

 建造はまだだがね、とン級は呟いて長門達を部屋へと案内した。
 あの不良妖精こそが艦娘の意志が、ン級の元に寄こしてくれた助けの手なのだ。
 その日の夜、開かれた歓迎会は夜明けまで続く盛大なものであった。



 ハワイ州は一時期深海棲艦の占領下に置かれ、これを奪還する事はアメリカ合衆国にとって、国家の威信を賭けた一大軍事作戦だった。
 そしてそれはドナテロ・K・デイヴス提督率いるアメリカ艦娘を主力とする艦隊により、ハワイに巣食いアメリカ国民を恐怖に陥れていた深海棲艦はほぼ壊滅した。

 奪還のなったハワイの地に降り立ち、水平線に沈む夕日を眺めているとある五隻の艦娘達の背に、皺ひとつない軍服を身に纏ったデイヴス提督が声をかけた。
 デイヴスは五十代に届こうかと言う壮年の男性である。
 本来は宇宙飛行士になる事を目標としていたのだが、深海棲艦の出現と彼自身の抱える事情により海軍に籍を置くに至っている。

「モンタナ、オハイオ、メイン、ニューハンプシャー、ルイジアナ、どうした。損傷は受けていない筈だったな」

「デイヴス提督。ええ、私達全員傷は無いわ。燃料と弾薬の補給も全て終わっているし、命令とあればまた何隻でも、空母でも、戦艦でも沈めてみせるわ」

 一番艦である長姉の言葉に、オハイオら妹艦達も同意らしくアメリカ最大最強の戦艦に相応しい自信に満ちた調子で頷く。

「頼もしい事でなによりだ。だが、その割には背中が随分と煤けて見えたぞ。
 大方、例のデイブレイクネイビーとやらの会見に映っていたモンタナ級の事を考えていたのだろう」

 まさしく図星を射抜いたデイヴスの言葉に、モンタナはきょとんとした顔を作ったが、既に両手を上げて降参の意を示した。
 モンタナを始め五隻のアメリカ艦娘全員が、髪型や長さ、顔つきなどは異なるものの同じ艤装を纏っている。

「ええ、提督の言う通りよ。といっても誰だってそうだと考えるわよね。
 ようやくアメリカ海軍の威信をかけて私達が建造されたと言うのに、海の向こうではオカルトめいた――私達に言う資格は無いかもだけど――『私』が居たのよ?
 驚きもするわ。それに、分かるのよ。アレも確かに私だとね。面白い、実に面白いわ。
 こうしてフリートレディとしての姿を得て、いつかは大和型と最強の座を賭けて戦ってみたいと思っていたけれど、同じモンタナ級として本気で戦う機会にも恵まれたのよ」

 目には見えない闘志の業火を滾らせるモンタナの姿を目の当たりにし、デイヴスはふっと小さく笑う。
 彼の目の前に居るのはアメリカ海軍を背に負って立つに値する、偉大なるアメリカ艦娘であった。

 そしてラバウルに派遣された黎明艦隊の艦娘怪によって、ある種の頂上決戦が行われていた事を、ハワイに居るモンタナやデイヴス達が知る由は無かった。
 ラバウル基地の白河大佐の下に長門達と一時的トレードの形で派遣されたのは、装甲空母米賀、ヲ級改ハレ、泊地棲鬼ホシ、戦艦タ級フラッグシップルリ、金剛型戦艦棲鬼ヨル、そして――

「HAHAHAHA、流石ね、大和! 日本の誇る最強の戦艦だけあるわ!」

 基本能力では黎明艦隊屈指を誇るモンタナ怪が、艤装に搭載された16inch三連装砲に一斉に火を噴かせ、相対する美しくも凛々しく、そしてどこか儚さを感じさせる艦娘に砲弾の雨を降らせる。
 この時、モンタナ怪が対峙していたのは白河艦隊に所属する艦娘では無く、ラバウル最高戦力を保有する赤胴鈴ノ介提督の艦隊に所属する、大和型戦艦一番艦大和改。

 肩の出る紅白の衣装に赤いミニスカート、そして艶やかに輝く長髪をポニーテールに結いあげ、測距儀を模した簪で止めた戦艦娘は相対する深海棲艦の雰囲気を交えるアメリカ艦娘に険しい視線を寄せている。
 深海棲艦の亜種、そして実際には建造されなかったとはいえアメリカの建造する筈だった艦娘が来るにあたって、ラバウル基地内の提督や艦娘達の意見は賛否両論、議論は紛糾した。

 赤胴大将の鶴の一声でトレードが実行されたとはいえ、内心に複雑なものを抱えている艦娘は決して少なくは無い。
 聯合艦隊旗艦の座を長門より継いだこの戦艦娘も、そうなのかもしれない。
 少なくとも同じ基地の艦娘との演習と同じ心持ちではいられないだろう。

 互いの艤装に搭載された最強クラスの主砲は、遠慮も容赦も無しに砲弾を放ち続けていて、演習海域にはとてつもない轟音と盛大な水柱が絶える事を知らずにいる。
 モンタナの熱烈な要望と面白そうだからという赤胴大将の許可によって、一対一のこの演習は実現しており、ラバウル基地の提督と言う提督と艦娘がついに実現した最強の戦艦を決める戦いを見物に来ている。

 そんな無数の観客達の中で最も騒がしかったのは米賀である。
 米賀にとって大和は夢にまで憧れた偉大なる姉であり、一方でモンタナはその姉にも匹敵する力を持つ頼もしい仲間だ。
 黎明艦隊所属の者としてはモンタナを応援してしかるべきだが、元大和型四番艦という存在しない経歴――まあ、四番艦に相当する第一一一一号艦は存在していたのだが――を持つ以上、同型艦一番艦の大和を『身内』として応援したい。

 この相反する二つの心を抱えたまま、波止場から二隻の砲撃の応酬を眺めていた米賀は、悩みに悩んだ末にこう結論した。
 どっちも応援すれば良いではないか、良いではないか。

 新海生艦の装甲空母としてモンタナ怪を応援し、大和型四番艦として大和を応援すれば、あらびっくり、何の問題も無い。
 どちらを応援しても全然問題がないのである。
 まあ、うん、その、ないという事にしてあげようではないか。
 まさにこれぞ完璧な回答だ、と米賀は思った。本気でそう思っていた。そう言う事に米賀の頭の中ではなっていたのである。
 結果、こうなった。

「うおおおおおお、大和姉様、46cm砲でその精密な砲撃、流石でございます、流石でございます。この米賀、感服することしきり。
 うむ!? モンタナ殿、面舵一杯、面舵ですぞ! そう、そうです。見事な操艦ぶり、決して自身の装甲を過信せずに、慎重に!」

 大和が一発撃つ度に、そしてまたモンタナが一発撃つ度に、またその逆に二隻に至近弾や命中弾があると、ぎゃーぎゃーわいわいひたすらやかましい。
 米賀と一緒にモンタナと大和のガチンコの対決を見学していたホシやヨル達は、同僚の多重人格だったの? と言いたくなる変貌ぶりに早くも辟易とした表情を浮かべている。

「テートクが時々米賀をものすごく残念な目で見ている理由が、ようやく分かった気がしマース」

 ヨルは頭頂部から伸びるアホ毛をしおしおとしおらせて、戦闘時は頼もしいのだがこうして果てしなく残念な面を見せる仲間に、ゴトンと音を立てて地面に落ちそうな重たい溜息を吐いた。
 モンタナはやかましいことこの上ない外野を気にせず、演習に集中していたがどうも大和がそうでもないらしいと気付いて、一旦砲撃の手を緩めて話しかけた。

「ハイ、大和。米賀の事が気になるみたいネ! いきなりリトルシスターを名乗る見知らぬ艦娘が現れたら、ま、仕方ないワ」

 底抜けに陽性な笑い声と共に話しかけて来るモンタナに、大和も応じて砲撃の手を緩めて演習中ながら言葉を交わし始める。

「彼女がなぜ私を姉と呼ぶのかは正直分かりません。
 けれど確かに、彼女との大和型としての繋がりのような物を感じてもいるのです。
 不思議な気持ちである事は否定しません。ですが、だからといってこの演習に差し障りがあるわけではありません」

「ンフ、素敵な顔だワ、大和。だったら改めて気合入れ直して撃ち合いを始めましょう。
 血と銃弾と鉄の文明たるアメリカがかつて追い求めた戦艦モンタナ級として、例え演習でも負けないワヨ!」

 どこまで自信に満ち溢れ、天と地と海の三世界全てに自分の存在を誇らしげに宣言するかのごときモンタナの姿は、例え深海棲艦を思わせる禍々しさを備えていようと、心奪われるに値する凛々しさと美しさを体現していた。
 これに心動かさなければ、艦娘では無い。艦娘の風上にも置けないと大和は本気で考えた。

 ならば礼には礼を持って答えなければならない。
 相手は心からの敬意を払うに値する素晴らしき強敵なのだから。
 故に小さく吸って吐き、丹田を意識して心気を整え直して大和がモンタナと向かい合う。

「黎明艦隊所属モンタナ級一番艦モンタナ怪殿、改めてご挨拶申し上げます。
 大和型一番艦、大和、推して参ります!」

 大和の宣言を耳に受け、その眼差しを瞳に受け、その美と武とが完全に調和した姿を見て、モンタナの心にわき起こったのは嘘偽りの無い感動だった。
 素晴らしい、だからこそ自分はこの日本の名を冠する素晴らしき艦娘と、なんら負い目なく正面から堂々と戦わなければならない。戦いたい、戦いたい!!

「ビューティフル、ワンダフル、ファンタスティック! 素晴らしいわ、大和。それでこそ大和型。それでこそ日本最強の戦艦! 
 そうでなくては、アドミラルにこの体と力を与えられた意味が無い!」

 この後、大和とモンタナはどちらも一切引くことなく、同航戦による凄まじい砲撃戦を演じ、この時の演習はある種の伝説として語り継がれる事となる。



出門部印を祀る大十字神社製の御守りか、増田照夫さんという方に作ってもらった御守りという事にしようかな、と思っています。
コンスティチューションは就役年を見たときは古い、と思いましたが経歴を見るに確かにアメリカ海軍の象徴といってよい艦ですね。
黎明艦隊側に出してよいのか躊躇われるくらいですわい。
あんまり話は進んでいませんが、まあぼちぼち続けていこうと思います。オクツキ戦がちょうどキリがいいですかね。



[38714] リアルガチ
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/07/21 21:24
※赤胴提督の大和ですが、改造済みですので厳密には大和改です。



 ガチン、と音を立ててモンタナ怪と大和改の主砲は、同時に弾切れを主張した。
 世界最強クラスといっても過言ではない戦艦娘達は、雄大な起伏を描く豊満な艦体をモンタナ怪は青に、大和改は赤に染めていた。
 それぞれの主砲に装填されていた演習用の模擬弾は、モンタナ怪のものは赤い塗料が、大和改には青い塗料が充填されていたのである。

 審判役を務める、ラバウル基地の中でも極めて錬度の高い艦娘達が演習の中止を伝えようとするのを、両者から立ち昇る戦意を認めた赤胴提督が片手を上げて止める。
 壮年の赤胴提督の顔に浮かんでいるのは、にやにやとした悪戯小僧を思わせる笑みだ。

 彫の深い顔をべっとりと濡らしている青い塗料を左手の甲で拭い、モンタナ怪は大和を認めてにやりと笑う。
 一度食らいつけば肉を剥ぎ、骨を砕き、命を奪わずには済まさぬ凶暴な肉食獣の笑みにも等しい。

 大和改が、かすかに深く息を吸い、心身の調和をたったそれだけで完成させてモンタナ怪を見る。
 一文字に結ばれた桜の花びらのように可憐な唇は、モンタナ怪とは対照的に笑みを浮かべてはいない。

 その代わりに、グリズリーのような笑みを浮かべるモンタナを見つめるその瞳は凛と引き締められて、研ぎ澄まされた日本刀の切っ先の様に、あるいは獲物を狙う猛禽の鋭い。
 存在する事を許されなかった戦艦と、確かに存在しながらも時代に取り残された戦艦との、実現する筈の無かった戦いを演じる当事者達は、まだまだ戦い足らぬようだった。

「フフフフ、ヘイ、大和! まさかこれで終わりにしましょうなんて言わないわよね?」

 モンタナ怪は、答えは分かっていると、戦闘狂を思わせる笑みに暗に含めて伝えている。
 モンタナ怪の脚部の主機が低い唸りを上げると共に、前方正面に居る大和へと負荷など度外視した勢いで回転して、モンタナ怪を進ませる。
 これまで唇を固く結んでいた大和は、モンタナ怪の笑みとぎらぎらと輝く眼光を受けて不意に唇を綻ばせる。

 春の訪れを知った桜のつぼみが開花した様な、なんとも可憐な笑みである。
 だが、その下に眠る闘争心をモンタナ怪は直感的に見抜いていた。
そうだ、戦艦とは撃って撃たれて沈めて沈めて沈めて勝つ事こそが本望、本能、存在意義だとモンタナ怪は強烈に自負している。
 故に『世界最強の戦艦』の称号を欲するのは、戦艦娘にとって空気を吸うのに等しい当たり前の事。
 この衝動を持たないのなら、そいつは戦艦娘の風上にもおけない腑抜け女だ。

「ええ、モンタナ殿。大和は、まだ貴女と戦いたい!」

「あははははは、素敵よ、大和。この演習が終わったらハグしてキスしたげる!」

 大胆な方、と大和はモンタナ怪の大胆な物言いに大和撫子らしく羞恥の念を駆り立てられる。
 一方で大和の靴底から伸びる舵(ラダー)はモンタナ怪へと真っ直ぐに進む航路へと固定され、モンタナ怪の主機もまた凶暴な肉食獣の唸り声にも似た駆動音を周囲に撒き散らす。

 まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ! 速度を緩めもしない。お互いを避けようともしない。
 正面からぶつかる事を望んでいるかのような、いや、望んでいる動きであった。
 互いの距離がもはや十メートルにまで迫ろうかと言う時、ふっとモンタナ怪が重心を落とした。
 緩く握った拳を顎先にくっつけて、上半身を屈ませて振り子のように左右に振って大和へ。

(拳闘――ボクシングですか。米国のお家芸ですね!)

 ざっざっざっと海面を蹴る音を立てて、モンタナ怪は驚くべき速度で大和を射程圏内へ収める。
 足技が無い、締め技が無い、投げ技が無い、故に格闘技として不完全と称される事もあるボクシングだが、それらに費やされる時間と執念の全てを打つ技術に集約しているとも言える。

 だからこそボクサーの打つジャブは全格闘技最速を誇る。
 戦艦娘の膂力で放たれた左ジャブは、大和の目を持ってしても視認を極める風の速さを持った拳だった。
 大和は最初から腕を十字に交差させて顎先を庇い、骨にまで響くモンタナ怪の拳を甘んじて受ける。

 距離と牽制の役目で放った左ジャブの雨の中を強引に突っ込んで来る大和に対し、モンタナ怪は水に沈むように腰を落として、がら空きになっている大和の左脇腹へと右のフック叩き込む。
 砲弾が風を切るのに似た音を立てて、モンタナ怪の右拳は大和の右脇腹へと吸い込まれる。

 それを、十字の盾を解いた大和の左肘と左膝が挟み止める。
 肘と膝とに挟まれた右拳に走る痛みにかすかに柳眉を寄せるモンタナ怪の襟首を、大和のしなやかな右手が掴み、腰と腰とが触れ合って足捌きと共にモンタナ怪の重心が大きく揺さぶられる。

「ふっ!」

 短く鋭い呼気が大和の桜色の唇から放たれて、超重量の艤装を纏うモンタナ怪の美駆(びく)が旋風の如く宙を舞う。
 鮮やかと言う他ない見事な一本背負いだ。戦艦娘の膂力の加わった一本背負いは、モンタナ怪を時速数百キロメートルで海面へと叩きつける。

「ふんぬっ!!」

 モンタナ怪が背に負った艤装ごと脊椎や諸々の骨が粉砕されてしまいそうな大和の一本背負いは、しかし、モンタナ怪が気合の一斉と共に自ら足を振り下ろして海面に突き刺す事で不発に終わる。
 乙女には相応しからぬ気合の声と共に、モンタナ怪はブリッジをする要領で先に両足を海面に着けて、背中から海面に激突する事を力づくで強引に防いで見せたのだ。

 演習を見物していたギャラリーがどっと沸き、投げた当の大和もモンタナ怪の見せた一本背負い破りと言えばいいのか封じと言えばいいのか、荒技に対し軽く目を見開いて驚きを露わにする。
 その一瞬の隙を逃さぬモンタナ怪ではない。
 襟を掴む大和の握力がわずかに緩んだ一瞬に、そのか細い手首を掴んで万力を込めながら一気に握りしめる。

「いつっ!?」

 大和が失策を噛み締めながらも、思わずモンタナ怪の襟を手離してしまった時、モンタナ怪は上体を起こす動作に連動して、大和を片手一本でヌンチャクのように振り回す。
 艤装を装備した戦艦娘がぶおんぶおんと凄まじい音を立てながら振り回される、という前代未聞の光景に観客達から悲鳴が上がる。

「でぇえああああああ!!!」

 モンタナ怪はまるでハンマー投げの選手のように、たっぷりと乗った遠心力を活かして大和を放り投げる。
 見ている方の背筋が思わず凍る位の速さと勢いで大和の体が宙を舞い、独楽のように回転しながら海面を何度も跳ねて行く。

 この間、モンタナ怪はただ黙って大和を見ていたわけでは無く、追撃の一手を加えるべく全力で主機を回転させていた。
 これで終わりではない、あの大和型がこの程度で戦闘不能になるものかと根拠なく確信していたのである。

 厳密に言えばはたして根拠と言ってよいのかどうか怪しい所だが、モンタナ怪は自分だったらあの程度でノックダウンはしない、自分と並んで世界最強を謳われる大和ならば同じようにノックダウンはしないだろう、という思考をしていたのだ。
 ある種の大和型への信頼と期待と妄執がブレンドされた思考と言えよう。

 はたしてモンタナ怪の予想が正しかった事を証明するように、大和は何度目かの海面への激突の際にくるりと鮮やかにとんぼを切ると、音も無く水面に爪先から優雅に着地して見せた。
 大和の凛とした美貌に浮かぶ汗などから、まったくダメージが無いわけではないが、モンタナ怪の読み通り闘志はまるで萎えてはいない。

 飢えが満たされる事を喜ぶ猛獣の形相で迫るモンタナ怪に対し、大和の眼が一瞬にも満たぬ時間細められると、唇からは紙縒りのように細い吐息が鋭く吐き出された。
 大和の両腕が動いた、とモンタナ怪が認めたのと同時に、屈強なアメリカ艦娘怪の肉体に四つの衝撃が襲いかかる。

「がっ!?」

 衝撃の正体は、モンタナ怪の瞳にすら映らぬ速度で、大和の両腕から放たれた四発の打撃。
 体の中心を走る正中線に沿って打撃を加える正中線四連突きという至難の連続攻撃が、モンタナ怪の咽喉や胸部中央、腹部、下腹部へと叩きこまれたのだ。
 この場ですぐさまのたうちまわりたくなる様な激痛が全身を駆け廻り、咽喉を叩かれて息さえ吸えぬ中、ああ、凶悪に輝くモンタナ怪の碧眼を大和は見た!

「づがま……え……だ!」

 ひしゃげた管楽器を思わせる声を無理矢理絞り出すモンタナ怪に、不死身かと思わず大和が動揺したのも無理は無い。
 モンタナ怪の右手が大和の左手を握っていた。
またあの握力が齎す激痛を脳裏に思い描き、大和がモンタナ怪の手を振り払おうとした瞬間、がくりと膝から力が抜けたように体勢が崩れる。

「なっ、柔(やわら)をっ!?」

 モンタナ怪が大和に対して行使したのは、紛れも無く柔術の流れを組むもの。なぜそれを、と驚く大和に対してモンタナ怪は笑みのままに応える。
 不思議な事に、これまでさんざん浮かべて来た猛獣のそれと言うよりも悪戯の成功した悪ガキを思わせる無邪気な笑みだった。

「わだじのアドミラルがだれだっだが、わずれだのがじら?」

 まだ鎮守府側には知られていない事だが、ン級率いる新海生艦達の生態的特徴として、一度新海生艦に属するとン級との間に提督と艦娘達と同じように霊的な繋がりが構築される。
 艦娘達が提督を触媒にしてこの世により強く顕現し、極一部の提督の場合は知識や技術を共有する事が出来るように、新海生艦達はン級の戦闘技術を大小の差こそあれ共有している。

 新海生艦が最近、艦娘や提督達から『やけに深海棲艦より強くないか?』と思われるようになっているのも、新海生艦化する事で基礎的な能力が向上するのに加えて、ン級が持つ数え切れぬ死者の戦闘技術を共有しているからだ。
 だからモンタナ怪もまたン級との繋がりの恩恵を受けて、古武術から柔道、剣道その他諸々の技能を体得している。

 加えて弾薬を消費しない演習と言う事で、人型になっている新海生艦達は頻繁に組手や乱取りをしている。
 モンタナ怪もン級から直々に稽古を着けられており、これまで嫌と言うほど海水や砂の味を噛み締める経験を積んでいた。

「ごの一発は、ちょっどハードよ?」

 やや発音の治ってきた咽喉で、モンタナ怪は愉快気に宣告する。

「っ!」

 動けぬ大和の顎を真下から打ち抜いたのは、モンタナ怪が全力を込めたアッパーだった。
 固く、それこそ砲弾の如く握りしめた拳は狙い過たず名筆からなるかの如く流麗な線を描く大和の顎を打ち抜く。
 モンタナ怪は拳から伝わる手応えに勝利を確信し、直後、大和と同じように真下から何かに顎を打ち抜かれ、背を弓なりに仰け反らせながら宙を舞う。

(なに? どうして私が空を仰いでいる!?)

 突然視界に映るのが青い空へと変わった事に、自分に一体何が起きたのかモンタナ怪は理解する事が出来なかった。
 宙を舞いながら何とか首を起して自分の顎を打ち抜いたものの正体を見極めようとし、それが大和の右膝である事を、モンタナ怪の碧眼は映した。

(そうか、私のアッパーをもらった勢いを利用して跳び膝蹴り、を……!)

 自分同様に仰け反って宙を舞う大和の口元に、してやったりという長子の笑みが浮かんでいるのを、モンタナ怪はかろうじて認めた。

(流石、大和だわ。アドミラルにあれだけケイコをつけて貰っていて勝てなかったのは、残念だけれど気分は悪く、ないワネ)

 そうしてモンタナ怪は背中から海面に激突して、そのまま意識を失った。
 モンタナ怪にやや先んじて海面に落着した大和も、同じように脳を盛大に揺さぶられて意識を失っており、今回の演習は両者ノックダウンにより引き分けと相成ったのである。



 大和とモンタナ怪の演習の模様が日本中の提督や艦娘達に配信され、様々な憶測や情報の解析が行われている中、ラバウル基地に派遣された新海生艦達の引率者兼保護者を務める金剛型戦艦棲鬼ヨルは、持ち込んだティーセットを広げていた。
 ラバウル基地の広大な敷地の片隅を場所に選んでいるあたり、自分達の立場を理解しているようだった

「ン~、豊潤な茶葉の香りにバターとシュガーの香るスイーツ、陽射しはちょっと強過ぎますが、やっぱりティータイムは心が落ち着きますネー」

 茶葉の入った缶の蓋を開き、香りを鼻孔一杯に吸い込んだヨルは、素敵なティータイムを過ごせる予感に顔を綻ばせる。
 丸テーブルに椅子、日よけのパラソルやバスケットに入れられた無数のお菓子類、ティーセットからガスコンロと全てヨルが運びこんだものだ。

 この後、ラバウル基地内の提督の艦隊を相手に演習をしているヲ級改ハレや米賀、泊地棲鬼ホシ、タ級フラッグシップルリらとラバウル基地での日々の感想を報告し合う予定だ。
 愛娘であるアカネや司令官兼夫であるン級と離れているのはつらいが、これも後々待っている深海棲艦との戦いの為、ひいては銃後の為に必要な事とヨルは脳筋なりに理解している。

「バット、こうなる事は予期していなかったデスネー」

 少し困った響を交えてそう言うと、ヨルはちらりとシダ科の木の蔭からこちらを伺っている四隻の艦娘に視線を送る。
 そこにいたのは肩を出した巫女服を模した上衣とミニスカートを着用した艦娘達……かつてヨルもそうであった金剛型戦艦の一番艦金剛、二番艦比叡、三番艦榛名、四番艦霧島だ。

「ミス・白河の所のシスターズですネ? そんな所で見ていないで一緒にティータイムを楽しみませんカ? フードもティーもたっぷりありますヨ」

 敵意の無いヨルの誘いに応じたのは、ヨルの元となった艦娘であり姉妹の長女である金剛だった。
 基地内と言う事もあって艤装を外しているが、それはヨルも同じ事。もしヨルが何かをしたとしても、姉妹四隻でかかれば取り押さえる事は難しくはないだろう。

「オーケイ。ユーのティーパーティーに私達も参加しましょう」

「ひええ、良いんですか、お姉さま。あっちの、お姉さ、いえ、そのあっちの方は新海生艦ですよ」

 比叡に限らず榛名と霧島も、長姉の素早い決断に不安の色を覗かせるが、金剛は自身の判断を覆しはしなかった。

「比叡、ユーの危惧している事は分かります。ですがタイガーネストに入らなければタイガーのベビーは得られません。
 それにこれまで新海生艦達が艦娘に自ら危惧を加えたと言う話は、聞いた事がアリマセン。ある程度は信用していいでしょう」

「お姉さまがそうおっしゃるのでしたら……。それにしても、長門さんと陸奥さんから話は聞いていましたけれど……」

 比叡に限らず榛名も霧島もまじまじとヨルの姿を見る。
 そこに居るのは異様に青白い肌に所々赤い血管のような模様が浮かび上がっているが、顔立ちは紛れも無く金剛と同じ艦娘だった。
 身に纏っている巫女装束風の衣服も、金剛や比叡達のものと比べて白黒反転しているだけで、ほとんどデザインは変わらない。

 ほとんど金剛と変わらぬ容姿をしているからこそ、余計に分かる。
 目の前の女性が艦娘ではない事も、金剛であって金剛ではない事も、そして深海棲艦でも無い事も。
 目の前の存在がナニなのか、と問われれば新海生艦から派遣されてきた夜終陽(やついび)艦隊旗艦のヨルという個体が答えなのだが、榛名達が求めている答えは、無論そんな事ではない。

「ふふ、私の事が気になりますデスカ? まずは椅子に座ってからガールズトークとしましょう。
 心配しなくても変なものは入っていませんよ。
 新海生艦の味覚は艦娘や人間とも変わりありませン。あなた達が口にしても問題は無い筈デース」

 極めて友好的なヨルの発言に、金剛を筆頭に四姉妹はテーブルに着いて、ヨルが手ずから淹れた紅茶を手に取る。
 思い思いにブランデーを垂らしたり、角砂糖を入れたり、ミルクを入れたりとするが、全員の目線はヨルから離れる事は無い。

「ン~、皆さん、ティータイムどころではない様子ですネ。仕方ありません、折角の紅茶が冷めてしまいますが、先にクエスチョンを解決した方が良さそうデース」

 ヨルがやれやれと言わんばかりに肩を竦め、金剛四姉妹に視線を向ければ口火を切ったのは金剛だった。
 まっすぐに自分の鏡映しの容姿を持つ新海生艦を見つめ、率直な物言いで斬りこむ。まさに高速戦艦の面目躍如といった所か。

「では率直に聞きましょう。ユーは一体何なのですか? もちろん報告は聞いていマース。
 深海棲艦から改造を経て艦娘としての姿を取り戻した特別な個体だと。
 しかし私達はそれ以上の事を知りたいのデス」

「フム、私が何かと問われるとどう答えるのがベストなのか、私にも難しい所ですが……。少なくとも私は自分の事を艦娘とも深海棲艦とも思っていまセン。
 今の私はあくまで新海生艦のヨルですから。ただ私の周りには比叡や榛名、霧島が居ませんから、とても寂しいのは事実ですね」

 わずかに寂寥と憂いを美貌に浮かべるヨルの姿に、金剛への愛が迸る比叡は金剛お姉さま、お美しいとヨルが相手にも関わらずそう思ってしまう。
 どこまでも陽性な輝きを放つ金剛に対し、ヨルが纏うのは金剛のような輝きのほかに夜の闇のように深く見る者を引きこむ魅力だった。

「はい、では質問です。金剛お姉さ……いえ、ヨルさん。ヨルさんは、艦娘だったんですよね、なら艦娘だった頃の事はどれぐらい憶えているのですか?」

「生憎、ほとんど記憶にありませんネ。
 私の提督がどんな人だったのか、どんな仲間達と一緒に深海棲艦を戦っていたのか忘れてしまっているのデース。
 でも、比叡と榛名と霧島の事は憶えていますよ。なんたって私の大切なシスター達ですからネ! 
 それにテートクも私の事を慮って金剛型となるべく交戦しないように、と言ってくれていますヨー。ヒップをまくってエスケープしてもいいとも言われていますしオスシ」

「そ、そ、そうですか」

 ヨルの答えを聞いた比叡は深海棲艦に堕ちても姉妹の事は忘れなかった、というヨルの言葉に喜んでいいのやら、テートクに対する信頼を滲ませる声に嫉妬すれば良いのやら、複雑な表情を浮かべる。
 でも、と口にしたのはヨルの返答を聞いて比叡ほどは素直に受け止められなかった榛名だった。
 他の姉妹達より一歩下がった所で静かにしている事の多い三番艦は、悲しげな瞳でヨルを見ている。

「でも、新海生艦の提督の方の命令次第では、ヨルさんは私達と砲火を交える事も止むを得ない、そう考えておられるのでしょう?」

 これまでの短い会話で何処まで察したものか、榛名はヨルが場合によっては自分たち姉妹や他の艦娘達との戦いを辞さない覚悟を固めている事を見抜いていた。
 普段から金剛の傍で良く観察しているから、根本的には金剛と似通った性格のままのヨルの心中を簡単に見通せるのかもしれない。

「ふふ、やはり榛名は良く見ていますね。間の子は気を遣うと言いますが、だからでしょうカ。
 榛名の言う通り、自分を新海生艦と認めている以上、場合によっては貴方達と戦う事もあるかもしれません」

 淡々と、ただ事実を述べるように口にするヨルを、霧島が眼鏡の奥の知的な瞳で見ている。
 ヨルの口から語られているのは新海生艦の行動方針の一端だ。
 ヨル一隻の証言でそうであると断じるのには情報量が不足しているが、今はどんな些細な情報でも欲しいのが鎮守府側の事情だ。一語一句とて聞き逃す事は出来ない。

「ですがそれはむしろテートクよりも、貴方達の問題と言えるでしょう。
 鎮守府や日本政府、ひいては人類が私達をどのように捉えるかによって、今後の関係は大いに変わりマス」

 ここで脳味噌筋肉なりにヨルがオーストラリアやオセアニア、東南アジア諸国の一部と協力関係にある、と口にしなかったのは賢明と言えた。
 新海生艦とオーストラリアをはじめとした一部の国家群との関係は、もはや暗黙の了解ではあるがやはり関係者が口にするのとそうでないのとでは違う。

「ふふふ、やはり自分達と似たような姿をした深海棲艦を目の前にすれば、心穏やかには居られないようですネ。
 分からない話ではありません。私もユーを前にすると、在りし日の自分を見ているわけですから、少し、ハートが揺さぶられてしまいマース。
 出来る限り、艦娘と戦う様な事にはならないで欲しいデスヨ」

 もっとも、テートクは深海棲艦との戦いが終わったら、人類同士の、そして艦娘を用いた新しい戦争が始まる可能性を憂慮している様ですガ、とヨルは口の中でだけ呟いた。
 深海棲艦と言う人類共通の敵が居なくなった後に待っているのは、同じ種族同士の軋轢と不協和と戦いだとン級が考えている事は、ヨルなどの黎明艦隊上層部の間では知られている事だ。

「ヘイ、ヨル。貴方は提督の事さえも忘れてしまったと言いますが、辛くは無いのですか?
 ひょっとしたらその提督は今でも貴方の事を思っているかもしれませン。
 あるいは貴方の姉妹達も居たかもしれませン」

 真剣な表情で口を開く金剛に、ヨルもまた同じような表情を浮かべて答えた。

「痛い所を突いてきますネ。流石は金剛型ネームドシップ。
 言われた通りハートが痛む事が無いと言えば嘘になりますが、しかし私は一度沈んだ艦なのデス。
 まして深海棲艦に堕ちた身。艦娘怪の皆さんとも違いますし、かつて金剛だった私は過去の記憶に過ぎません。いわば残滓なのでデス。
 過去に拘るのではなく未来に顔を向けて歩んでいて欲しいとは思いますヨ。そして私にとってはそれまでの事。
 私自身、今の自分を受け入れてテートクと共に生きる事を選んでいるのですから。なにより、ふっふっふっふ」

 それまでのシリアスな空気は何処へやら、不意にヨルは自慢の宝物を披露するように意味ありげに笑いだして、自分の左腕を突き出して薬指に輝くものを四姉妹達に突きつける。
 ほっそりとした白蝋のような指には、黒いダイアモンドがきらびやかに輝いている。

「貴方達にはケッコンカッコカリという制度があるようですが、こちとらケッコンカッコガチ済みデース!! リアルガチマリッジを経験済みネ!
 病める時も健やかなる時も、いかなる時でも私の心も体もテートクと共にあります。テートクの傍らこそが私のヴァルハラなんデス!!」

 がたっと音を立てて立ち上がり、ヨルは我が世の春が来たと言わんばかりに薬指の結婚指輪を自慢げに見せびらかす。
 この指輪は、記者会見を行う為にオーストラリアに寄った時に、ン級が購入した品でヨルの他にもウミ、ソラ、スズカ、ナミに渡されている。

 金剛と榛名はヨルのケッコンカッコガチを済ませたと言う発言に、少なからず羨ましげな視線を向け、比叡や霧島は出川哲郎節を炸裂させながら大笑いするヨルを、ぽかんと見ている。
 するとヨルの大笑いに引き寄せられたのか、ぞろぞろと他の艦娘達が姿を見せ始める。
 大笑いを一旦収めて、こちらに視線を集中させる艦娘達の姿を見たヨルはOhと一言漏らした。

「どうやら同じ話をたくさんしないといけないようですネ~」

 ヨルの視線の先には、白河提督以外の提督の艦隊に所属する金剛や比叡、榛名、霧島はもちろんその他の重巡や軽巡、空母、軽空母、駆逐艦、潜水艦達がどんどんと集まって来ていた。
 この後、ヨルが既に子供を産んだと言う爆弾発言を追加した事で、演習の汚れを落としてきたハレ達が顔を見せた時には、ヨルのティーパーティーは盛況を迎えているのだった。

<続>

新海生艦の名前一覧 艦娘怪は省いています。

・巨大ドリル戦艦棲鬼ン級……主人公。実は改造を経るごとに内部の死者の統合が進む為、少しずつ口調や性格が変わってきている。

保有技能。
・極 ・指揮官レベル4 ・底力レベル9 ・強化人間レベル8 ・聖戦士レベル8
・切り払いレベル9 ・撃ち落としレベル9

・ヲ級改ソラ……新海生艦初代正規空母。初期三人娘で唯一鬼になっていないが、ウミやヨルからは何かをやる、と警戒されている。いきなり姫になるかも?

・ヲ級改ハレ……元鈴谷と思しい正規空母。近いうちに鈴谷型航空巡洋棲鬼か最上型航空巡洋棲鬼になるか?

・ヲ級改オオゾラ……元鳳翔と思しい正規空母。ポニーテールだが、頭の上の帽子の後ろのあたりが窪んでいる。

・ヲ級改カゼ……ぼ~っとした性格のヲ級。おそらく純粋な深海棲艦と思われるが、それは感想次第。

・ヲ級フラッグシップテンクウ……名前だけ出ているヲ級。

・南方戦棲鬼ウミ……青と白というイレギュラーカラーの新海生艦。新海生艦内ではナンバー2。ただし事務や経理作業は壊滅的。

・タ級フラッグシップルリ……名前だけ出ているタ級。

・睦月型戦艦棲鬼ツキ……睦月型駆逐艦棲鬼サツキ、ナガツキ、フミヅキ、ミカヅキ、キクヅキ、モチヅキで構成される特殊な新海生艦。

・泊地棲鬼ホシ……元ル級でツキと同期なので仲が良い。

・装甲空母姫スズカ……元ト級軽巡洋艦。新海生艦初の装甲空母鬼から改造を経た個体。

・ソ級潜水艦エリートナミ……新海生艦初の潜水艦。潜水艦隊旗艦。

・金剛型戦艦棲鬼ヨル……元ル級。1-3のマップで仲間入りした艦。

・双胴戦艦改二ス級フタバ……ン級とウミとの間に生まれた長女。四回砲撃が出来ると言う馬鹿火力と馬鹿消費量を誇る。

・氷山空母改二セ級ヒサメ……ン級とソラとの間に生まれた次女。四スロット合計が400オーバーという化け物空母。また毎ターン、耐久、艦載機数が回復すると言う洒落にならない耐久性を誇る。

・巡洋戦艦改二モ級アカネ……ン級とヨルとの間に産まれた三女。改二になった事で最高速度100ノットに到達している。回避の鬼。
精神コマンドを使わずに、ハマーンの乗るキュベレイにスーパーロボットが攻撃を当てる位難しい。

・戦闘空母改ヒ級ミンキ……ン級とスズカとの間に産まれた四女。装甲空母の艦載機運用能力と戦艦の砲撃火力を兼ね備えたお得な艦。中破しても艦載機を飛ばせる。

・ドリル戦艦ラ級……ン級とナミの間に産まれた五女。いろは歌の法則からはずれた特別な個体。これまで生まれて来た姉達と比べると改造の系譜が特殊な為、特に気を使われている。



[38714] 南方海域に集結しつつある敵大規模艦隊を撃滅せよ
Name: スペ◆52188bce ID:066fb7bf
Date: 2014/07/21 21:23
彼は深海棲艦の夢を見る



 史実ではあり得なかった日米最強戦艦同士による砲撃戦から肉弾戦まで行われた演習後、大和、モンタナ怪の両艦は艤装を整備妖精と整備兵達に預け、体中をべっとりと汚す塗料と海水を落とす為に大浴場へと赴いていた。
 日本国外とはいえラバウル基地は大規模な基地のひとつであり、内部の施設は本国にある著名な鎮守府に勝るとも劣らない。

 入渠ドックとはまた別に基地内に設けられた浴場は、檜(ひのき)の匂いが香る檜風呂で脱衣所も湯船もとにかく大きく出来ている。
 並々と湯船に張られたお湯にモンタナ怪と大和がほとんど同時に体を沈めると、ちょっとした津波みたいにお湯が零れて浴場の床を濡らして行く。

 大和は測距儀と電探を内蔵した簪を外し、普段はポニーテールにして結っている髪を濡れないようにタオルを使って纏めていた。
 一方でモンタナ怪はロングストレートの髪を濡れるがままに任せてお湯の中に浸け、畳んだタオルを頭の上にちょこんと乗せていた。

「ンン~~~戦っている時の高揚感も良いけれど、こうやってバスタブに体を浸けてリラックスするのも素敵だワ」

「モンタナ殿はお風呂に入った経験があるのですか?」

「うちのアドミラルの中身はかなりジャパニーズが多いらしいから、チンジュフに浴場を作ったの。そこで私達レイメイフリートのメンバーは疲れを取っているのヨ。
 お風呂上がりにはいろんな味のミルクを飲んだり、マッサージチェアに座ったり、ピンポンしたり、ボードゲームやカードゲームをしたりネ」

「ふふ、楽しそうですね。それにしても貴方がたの提督の中身ですか……」

 ン級の深海棲艦でも艦娘でも無い特異性を端的に現すその言葉に、大和はなんと言えば良いのか分からず短く呟くきりだった。
 対するモンタナ怪は自身の提督の事なのに、まるで無頓着な様子でコクコクと首を縦に振る。
目を閉じてふにゃっと脱力している様子から、心底リラックスしているのが分かる。
竜骨まで柔らかく溶けているかのようでさえある。

「ソーソー中身よ。アドミラル曰く、七割か八割くらいはWWⅡで死んだ日本人らしくって、一割がアメリカ、残りの一割か二割くらいが過去に海で亡くなった色々な国のニンゲンっぽいらしいワ。
 シンカイセイカンが戦闘能力と指揮能力を持った個体を生み出そうとして、時代を問わずに強いニンゲンのソウルを混ぜ混ぜしたからじゃないかって、アドミラル自身は言っていたワヨ?
 ま、アドミラル自身も自分の事を完全に理解しているわけじゃないみたいだけどネ」

「そう、ですか。でも、不思議な話です。
深海棲艦が状況を打破する為により強力な艦を建造しようとして、その艦が深海棲艦を裏切って今は私達艦娘や人類に協力している。
深海棲艦にとっては艦娘をより効率よく撃沈し、人類の命運に終わりを告げる為の存在だったのに、正反対の事をしているなんて。
ましてや、モンタナ殿のような艦娘まで作り出している……。本当に不思議な縁ですね」

「大和の言う事にもイチリあるわ。特に私のような実際に建造されなかった艦が、こうして艦娘怪としてこの世にバース出来たのは、アドミラルのお陰であるし。
 言ってみれば私を含めた一部の艦娘怪にとって、アドミラルは生みの親とも言えるわね。あるいは、命をくれたともネ」

 そういってモンタナ怪はそっと自分の左胸に右手を置いた。
深海棲艦と酷似した白い肌の奥で脈動する、自身の心臓に触れるようにそっと。
 そこにン級から与えられた命があるのだと信じている様に、自分が今生きているのだと確かめるように。

「命ですか?」

「ええ、命よ。アドミラルがね、何時だったか言っていたワ。深海棲艦と艦娘の一番の違いは、命があるかどうかだって。
 艦娘や私達には命がある。でも深海棲艦には命が無い。彼女達にあるのは死者の憎悪と怨念だけ。だから命を持っている私達の事が羨ましくって仕方が無いんだっテ」

「ン級提督の言われる事、分かるような気がします。命、私達艦娘の持っている命、人間の持っている命、深海棲艦が持たない命。
深海棲艦がかつて持っていたモノ。それを私達が持っているから、彼女達はあんなにも私達を憎むのでしょうか」

「たぶんネ。それが分かった所で私達ではどうしようもないワ。それにやる事も変わらないもの。だって私達は戦艦、そう『戦』う『艦』なんだから」

 そういって自身を誇る様に笑うモンタナ怪を、大和は目の前の艦娘が骨の髄まで戦う艦としての自身を肯定し、認め、誇っている事を理解した。
 建造さえされれば米国最強の戦艦となる筈が、しかし時代の流れはもはや大鑑巨砲主義など時代遅れの概念とし、例え存在したとしても時代遅れの長物としてしかある事を許されなかったかもしれない。

 そんな自分が艦娘怪としてこの世に出現して、はたして活躍する事が出来るのか?
 産み出してくれたン級を失望させ、落胆させるような事になっては仕舞わないか?
 モンタナ怪の心には、実の所そんな不安と恐怖が常に巣食っていた。
だがその黒い感情を、それがどうしたと鼻で笑うだけの最強の戦艦としての自負と矜持が、モンタナ怪をこの上なく輝かせている。
 そしてそれは大和にとっても共感を覚えるものだった。

「そうですね、モンタナ殿の言う通りかもしれません。大和達は戦う事が役目で使命なのですから」

「ンフ、あんまり難しい事を話すと折角のお風呂が台無しネ。ここまでにしておきまショ。
 それから大和、あれだけ演習で派手にやりあった仲なンだから、ドノなんてつけないでモンタナでいいワ。
それともアメリカの艦が相手じゃそこまでフレンドリーにはなれない? 私は架空艦みたいなものだけどネ」

 モンタナ怪が口にした事は、実の所日本に限らず世界中の艦娘にとって実に繊細な問題であった。
 艦娘達の原型となった艦船が活躍したのは、主に第二次世界大戦期となる。深海棲艦相手では無く、人類が人類を相手に行った史上最大の戦争だ。

 となれば当時敵として海上で対峙し、砲火を交わし合い、沈め合い、そしてお互いの搭乗員を殺し合った艦娘達も存在する。
 例えば金剛型戦艦姉妹の四女霧島はアメリカの戦艦サウスダコタやワシントンに対し、強い闘志を燃やしているし、駆逐艦や一部の空母達はアメリカの潜水艦にトラウマを抱いている者もいる。

 近い所で言えば日本艦娘は新海生艦と深い友好関係にあるオーストラリアとは、大戦中は敵対国であったし交戦もしている。
 その中でもやはり日本艦娘にとって米国の艦娘と言うのは、艦娘として人類守護の為に顕現したとはいえ心中穏やかでいられる存在ではない。

「それは……とても、そうとても難しい話です。私達、日本艦娘に限らず世界中の艦娘にとって、自分と乗組員の方々の命運を断った相手と共に手を取り合う事は難しい。
 例え艦娘が誰かを守りたいという尊い思いに支えられて、二度目の生を授けられたのだとしても、心と記憶を持っている為に手を取り合う事が出来ない。
 頭で分かっていても心が納得しない事があると思います。
でも、それでも本当に必要なら、かつての遺恨を忘れて共に肩を並べる事も出来るのではないでしょうか。
大和達艦娘は、今度こそ本当に守るべきものを守る為に、人間の形と心と意思を持ってこうして在るのです」

「ンフフフ、そうね、私は正確には艦娘じゃないから、本当の所は貴方達艦娘の事は理解できないかもしれない。
でも、今、大和が口にしたみたいにポジティブに考える方がベターで私としても好みだワ。後になって見てそれがベストだったと分かる事もあるでしょう。
ま、今はまだ地理的にも歴史的に見ても米英との連携はちょっと難しいし、今話したみたいな事は、もう少し未来の話になるワネ」

 折角のバスタイムに難しい話はここまで、と言うようにモンタナ怪は改めて心地良さそうな息を吐く。
 大和もモンタナ怪に同意するように小さくそうですね、と呟くと頬に掛った濡れた髪の毛を取り払った。

 そうしてしばらく二隻は口を閉ざして、静かな時が訪れるかと思われたが、不意にモンタナ怪が悪戯っぽい笑みを浮かべると、すすすっと波を立てずに大和へと近づく。
 なにかしら? と訝しむ大和の顔は見ずに、モンタナ怪の視線は湯面から上半分ほどが浮かんでいる大和の白い乳房に吸い寄せられていた。

「バイタルパートなんて着けているからどんなものかと思ったら、大和、十分グレートなバストを持っているじゃナイ。
ブルンバストって奴ネ! あら、それともヒュッケボインだったかしら?」

「きゃっ!? も、モンタナ! 急に触らないでください」

 モンタナ怪はあろうことか大和の背後に素早く回り込んだかと思うと、大和の隙を突いて両脇の下から腕をするりと差し込んで、普段は九一式徹甲弾を加工した胸当てに守られている大和の乳房を揉みしだきはじめた。
 モンタナ怪自身も全艦娘屈指と言ってよい乳房の持ち主だが、なかなかどうして大和もたわわな果実を胸に実らせている。

「あ、やっとドノなんてタニンギョーギを止めたわね? いいじゃない、さっきまで全力で演習しあった仲デショ?
 おっぱいは揉まれても小さくはならないわ。大きくはなるかもしれないけれどネ! それにハグしてキスしてあげるって言ったでしょ。私はユーゲンジッコーの女よ」

「もう! あんまり悪ふざけが過ぎると怒りますよ?」

 大和は口ではそういうものの、モンタナ怪が限度を弁えている事もあってかそう怒っている様では無かった。
 本当に大和にとって許容できない範疇ではないと言う事だろう。そうして暫くの間、大和とモンタナ怪の姦しい声がラバウル基地の浴場に木霊した。



 東部オリョール海に建設された新海生艦本拠地“黎明鎮守府”の正面海域では、白波を吹き飛ばす大音量と衝撃を伴う戦艦の砲声が絶え間なく鳴り響いている。
 青く澄んだ空には綿飴をちぎった様な雲がまばらに浮かんでいるだけで、燦々と照りつける陽光が、青い海原を白く燃えている様に輝かせている。

 ざあっと波を掻き分けて二人の艦娘が進行と停止を繰り返し、回避運動を交えつつ41cm連装砲から、演習弾を互いへと向けて撃ち合っている。
 二人共に二十代前半、大学生ほどと見える美女で、片方はうなじに掛る程度に茶色い髪を伸ばし、鋭い二本角のようなアンテナが伸びるカチューシャを身に着けた戦艦娘の陸奥。

 もう片方は黒髪を左側頭部でまとめてサイドポニーにした、空母艦娘の加賀。
 いや、確かに顔立ちは加賀と変わらぬが、陸奥と砲火を交わし合うこの加賀は長門型戦艦娘と酷似した衣装と艤装を纏っており、まだ肌色は異様に青白く血管をもわせる亀裂が所々に走っている。
 新海生艦の提督であるン級の持つ斬艦刀と異能によって、鬼級の新海生艦を媒介に出現した艦娘怪の一隻、戦艦娘加賀怪である。

「狙いは外さないわよ!」

 既に演習開始から一時間以上が経過し、お互いの能力もおおよそ把握できた事から、陸奥は気炎を吐いて加賀怪を正面の位置に捕らえる。
 対して加賀怪は、空母としての加賀にも通ずる冷淡に近いクールさで、陸奥の闘志を正面から受け止めていた。

「それは私の台詞です」

 空母へと改装される以前の、戦艦として建造された加賀は長門型の後継艦、あるいは改修された艦であり、艤装などに長門型との共通点が見られるのもそれを理由とする。
 扶桑型の艦娘が伊勢型の艦娘に対して、ある種の拘りを有するのと同様に、陸奥もまた戦艦娘としてこの世に顕現した加賀怪に思う所がないと言えば嘘になる。

 加賀怪は厳密には艦娘ではないが、それでも深海棲艦と比較すればほとんど艦娘と変わらぬ容姿と雰囲気を持つから、陸奥はこの演習を艦娘同士のものと半ば無意識に認識していた。
 そうなれば海の女王とも呼ばれる戦艦娘である。己の方がより強い事を証明したい、という本能にも等しい闘志が燃えるのは必定であった。

 陸奥が見せる闘志を浴びて、表面上は冷淡でも内心では激情を燃やしているという、空母艦娘の加賀と共通する性格を持つ加賀怪は、自身の創造主であり提督であるン級が観戦中と言う事もあり、二重に闘志を燃やす。
 そうして二隻の戦艦娘が演習とは思えぬ苛烈な戦いを演じているのを、ン級と白河派遣艦隊旗艦長門が、肩を並べて波止場から眺めていた。

「おれはてっきり君がウチの加賀怪とやり合うかと思っていたんだがな」

「うん? ふふ、まあ加賀型の戦艦となれば興味は当然湧くが、その実力を図るのなら私でなくても構わないさ。
 それに陸奥とてあれで内に秘めた闘志はある意味では私以上だ。
こちらに来てから演習はしても出撃はしていなかったし、ここで一つ戦艦としての力を思う存分振るわせてガス抜きをさせるのも必要だろう」

「そうか。まあ、演習は君らが居る間は資材と時間の許す限りはいくらでも行える。戦いたくなったら言ってくれ。もちろん、手順は踏んで貰わねば困るがな」

「ああ、血の滾りが抑えきれなくなったらそうさせて貰おう」

 新海生艦本拠地へ、初めて派遣された日本国所属の艦娘である長門達は、何も演習を繰り返す事ばかりをしてきたわけではない。
 黎明艦隊を通じて得られる深海棲艦の武装や、オーストラリア、アメリカ艦娘の持つ技術の入手も、事前に締結された派遣業務に含まれている。

 黎明鎮守府に不良妖精さん達が居を構えた事もあり、新海生艦独自の技術開発なども行われており、単純な戦力以外の意味でも新海生艦の価値は増しつつあった。
 その一方で世界の情勢はそう大きな変化を迎えてはいなかった。
 ヨーロッパでは過去の海戦の歴史からか、膨大な数の深海棲艦が局所に集中して発生し。各国の艦娘と激烈な戦闘を繰り広げている。

 ヨーロッパ艦娘の中で著名なのは、日本にも数隻が派遣されているドイツのビスマルクやイギリスのフッドや空母艦娘達だろうが、その中でも最大の戦果を上げているのは戦艦娘でも空母艦娘でも無かった。
 イギリスに所属するその艦娘は、いや船娘は砲を持たなかった。艦載機を持たなかった。魚雷を持たなかった。

 およそ深海棲艦や艦娘の持つ武装らしきものを何一つ持たず、しかしそれでいて最強最悪の艦娘としてその名を世界中に広く知らしめ、畏怖されていた。
 かつて霧と共に河を遡り、たった一人の不死者の眠る棺を乗せたその船の名はデミトリ号。イギリスのとある秘密機関に所属する船娘である。

 あまりにも凶悪に過ぎるその特殊な能力から、人類から恐怖さえ抱かれているデミトリの運用による一大反攻作戦レコンキスタが、クシュリナーダという将軍の指揮下で行われる予定だと風の噂が立っている。
 現在、黎明鎮守府にはラバウルに出向中のモンタナ以外にも海外艦娘怪が数隻所属しており、一部の艦娘怪は故国の窮状に歯噛みしている者も少なくない。

 激戦地の一つであるヨーロッパが水面下で激変の予感を匂わせる中、日本の提督達から南方海域と指定されている海域での戦いは、ここに来てようやく変化が訪れようとしていた。
 これまで確認された深海棲艦達と比較して頭一つ抜けた性能を持つレ級を封じ込める為、歴戦の日本艦娘と提督達が戦っていたが、ここに来て深海棲艦側の動きが鎮静化している。

 日本鎮守府はこれを深海棲艦が一大攻勢に打って出る予兆と判断し、先手を打つべく艦隊の再編成と資材の貯蓄につとめ、黎明鎮守府へ出撃要請が下されるまでさして時間が掛らなかった。
 ラバウルの他、各地の鎮守府に派遣されていた新海生艦の内、主力級の艦が黎明鎮守府に呼び戻され、派遣されていた白河艦隊はそのまま一時的に黎明艦隊に所属する事となった。

 あらゆる艦種の艦娘達が集められ、まさに日本艦娘の最精鋭艦隊と呼ぶべき艦娘達が勢ぞろいする中、南方海域に集結しつつある深海棲艦大規模艦隊撃滅の為の『星一号作戦』決行の日を迎える。
 事前に潜水艦娘や空母艦娘達の偵察機による偵察と調査が入念に繰り返され、サンタクロース諸島近海を中心に、深海棲艦が戦力を結集している事が認められた。

 この作戦中、外様大名もびっくりする位に蚊帳の外に置かれるかと思われた黎明艦隊だが、深海棲艦との潰し合いを期待されてか敵主要艦隊が居ると思われる海域への派遣が打診された。
 もちろん危険な海域の攻略を依頼されたわけだから、ン級が提示した報酬も莫大だが、鎮守府側はこれを承諾した。

 レ級が少なくとも十数隻は居ると思しい海域の攻略は、膨大な報酬を支払う価値があるほど危険だと鎮守府側が判断したとも言える。
 無論、ン級もレ級の戦闘能力の高さは承知である。だがこれまでの傾向からしてどうやら撃沈させた艦でなければ、こちらの新海生艦はその艦へと改造できない可能性がある。

 それを考えるとレ級を沈める事が出来れば、黎明艦隊の艦もいずれはレ級へと改造できるようになるのだ。
 六隻全てがレ級で編成された艦隊を複数運用する事も、将来的には可能となるかもしれないのだ。
もっともレ級ほどの艦を運用するのに、いったいどれだけ資材を消費するのか、考えるだけでも恐ろしいが。

 水平線の彼方から緩やかに太陽が顔を覗かせる中、海域攻略中の待機用に購入した大型工作艦の上に、完全武装状態のン級が海を背に立ち、眼前に並ぶ配下の艦達を見回した。
 十中八九間違いなく今回の深海棲艦の動きは、深海棲艦へと姿を変えたオクツキの指示によるものだろう。
 圧倒的な性能を持つレ級を旗艦に据えた複数の艦隊を運用し、一気呵成に黎明鎮守府か日本の鎮守府を攻め落とす算段なのだろう。

「今回の深海棲艦側の動きは、間違いなくオクツキが指揮を執ったものだろう。油田地帯で、バシー島沖でとこれまでおれ達とさんざか戦って来たあのオクツキだ」

 オクツキの名前が出て来た事で、未だ派遣中の白河艦隊の艦娘達の顔がわずかに動いた。
すでにバシー島沖で蘇ったオクツキと対峙し、心の中の整理が着いているから迷いなどがあるわけではない。
その代わりに今度こそ決着を付けると言う覚悟の炎が、長門や陸奥、暁や電達の瞳に燃え盛っていた。

「今回、鎮守府が指定した特異海域……E海域の最奥部に巣食うオクツキの元へ向かう為、おれ達は六隻編成の艦隊を複数運用し、道中にある各海域を攻略し、仮の拠点を設営して橋頭保として進んで行く。
 おれ達がある程度海域内の進路条件の把握と敵艦隊の編成を確認後、鎮守府側の艦隊も各海域の攻略に出撃する。
 いわば露払いと捨て駒同然の偵察を命じられたわけだが、むろん、おれはそれで済ますつもりはない。
 オクツキとの因縁を断つ為に、おれ達の手でこの海域の全てを攻略し、今度こそオクツキを地獄に叩きおとし、深海棲艦共と日本の艦娘達におれ達の力を示す!」

 日本艦娘である長門達はン級の演説に微苦笑を零していたが、その周りの新海生艦達は一斉に咆哮を上げて、自分達の提督の命令を受諾して士気を最高にまで高めていた。
 ン級は星一号作戦における海域攻略に際し、自身の率いる蛭子艦隊の他嫁艦の三艦隊を中核とし、敵艦隊に再編成と戦力の補充の暇を与えずに電撃的に海域中核の艦隊撃破を前提としている。

 E海域は比較的近い三つの海域と、より敵戦力の充実した深部の二つの海域とで前半、後半とに区分けされている。
 これまで人類が経験したE海域では、第一、第二海域には既存艦艇のフラッグシップや改型が待ち構え、第三海域以降は新型の新海生艦が待ち受けていた。

 となれば第五海域にオクツキが待ち構えていると考えるべきだろう。そしておそらくこのE海域では第一海域から、レ級が姿を見せて来るに違いない。
 戦艦と空母と重雷装巡洋艦の長所を全て劣化させることなく兼ね備えたレ級の存在は、鬼や姫級とはまた異なった重圧となっている。

 だがオクツキの首を取る以上、五つの海域で待ち受ける十数隻、あるいは何十隻ものレ級を撃沈し、その他にも蠢いている何隻もの鬼級、姫級を降して行かねばならない。
 とてつもない難事ではあるが、同意に黎明艦隊の戦力強化の礎となる大きな可能性を孕んでも居る。

 鬼級や姫級から艦娘怪を顕現させる事や、レ級やまだ見ぬ鬼級、姫級へ改造を果たす為の条件を満たす事が出来る戦場でもあるのだ。
 ン級は右手の斬艦刀と左手のドリルを改めて握り直し、配下の艦達に背を向けながらただ一言を告げた。

「各艦、おれに続け!」

 近代の指揮官たちが口にする『行け』ではなく、古代の騎士や武士たちのように『続け』と。



オクツキ戦で終わりにしようと思いますので、これまでご提案頂いた艦娘怪達も大量に導入にして行く予定です。遅くなって申し訳ありませんでした。



[38714] E海域外の攻防
Name: スペ◆6a08658b ID:e5434b5f
Date: 2014/09/21 20:42
 大変遅くなりましたが最新話です。夏イベはなんとか雲龍までは手に入れましたが、磯風は無理でした……。でも芋こと初風は手に入れました! あきつ丸も大鯨も武蔵もビスマルクも未着任ですけれども……。



 元日本提督の深海棲艦オクツキが戦力を結集させ、立ち込める瘴気の凄まじさによって半ば異界と化した南方海域は、日本、オーストラリア、黎明艦隊の総力を結集した攻勢に晒されてなお攻略は遅々として進まなかった。

 複数の潜水艦隊や偵察機の大量投入による調査の結果、サンタクロース諸島やサーモン海沖、サブ島などを始めとした南方海域の四方に陸上型の強力な深海棲艦が配置され、膨大な数の航空戦力により、海域に踏み込んだ艦隊に比喩では無く雨霰と爆撃と雷撃を加え、甚大な損害を強いている。

 ありとあらゆる艦娘を投入した至上屈指の大攻勢も、離島棲鬼、飛行場姫、北方棲姫、港湾棲姫と『改』級の各深海棲艦や複数のレ級が守る特異海域=通称E海域の突破は、まさに至難を極めた。
 そしてそれは通常の深海棲艦を上回る戦闘能力を有する黎明艦隊も同様で、レ級すら余裕を持って対処できる総旗艦ン級が連日前線に出ても、海域を守る深海棲艦の防衛網突破は容易ならざる事であった。

 E1からE4と番号を割り当てられた各海域からは、進攻時も撤退時も敵航空戦力からの攻勢が加えられ、攻略に向かった艦娘達の損害は通常海域の攻略に比して数倍に相当している。
 それぞれの海域の深海棲艦達は相互に連携を取っている事が、連日の戦闘によって確認され、どこか一つの海域の深奥にまで攻め込んで被害を与えても、すぐさま他の三つの海域から空母機動艦隊か各姫や鬼達が発艦させた艦載機が襲来し、艦娘達に苦痛と死の恐怖を味あわせて来る。

 膨大な戦力を一挙に投入しての短期決戦が、事実上極めて困難とされたことにより、人類側は長期決戦へと資材の備蓄体制と艦娘の投入シフトを組み直さざるをえなかった。
 深海棲艦が出現して以来最大規模の戦いは、無数の鉄と油と弾薬と命、そして怨念が海の底へと再び還っても、終わりの見えぬままに続いていた。

 戦闘海域に突入する艦娘達を送り届ける輸送用船舶である元豪華客船『氷輪丸』には、今日も攻略半ばにして撤退してきた艦娘達が帰還して、応急修理と弾薬と燃料の補充を受けていた。
 海域攻略以外にも他海域からの増援を駆逐する為の艦隊や、偵察を行う潜水艦隊もおり、輸送船は常に帰還した艦娘達でひしめき合っている。

「スマホが壊れちゃった!」

「お腹すいたでち」

「魚雷の補充をお願いなのね」

「はっちゃん、お休みしますね」

「晴嵐さんの整備もお願い」

「ふええ、やられたよ」

「はい、皆、魚雷と燃料です。慌てずゆっくり食べてね」

 今日も帰還した潜水艦娘の伊168、伊58、伊19、伊8、伊401、まるゆ達の主張を聞きわけつつ、手に下げたバックから予備の魚雷や燃料缶ジュースを手渡したり、濡れた体を拭いてあげたりと世話を焼いているのは潜水母艦の大鯨だ。
 セミロングの紺色の髪が左右と頭頂部で一房ずつ跳ね、セーラー服の上に鯨のアップリケが施された割烹着に袖を通した少女の姿をした艦娘である。
 現状、一種類しか出現していない潜水母艦で、こうして泊地や鎮守府、輸送船内で潜水艦達に補充を行う役目を持っている。

 元々は航空母艦への改装を前提とされていた艦である為、軽空母へと改装され、龍鳳や龍鳳改と改名された別個体も、休憩スペースとして開け放たれた同室でボーキサイトの補充を受ける姿がある。
 補給を受けている潜水艦娘達の主な役割は、海域攻略では無く敵泊地や敵艦隊への補給の為に航行している敵輸送艦隊の撃破や、敵機動艦隊などの撹乱と偵察だ。

 日本中からかき集められた潜水艦娘達が、現在もE海域を中心に活動中でほとんど全ての艦娘がフル稼働している。
 E海域の直接攻略には関与していないものの、敵補給線の破壊と偵察と言う大役を担う彼女らは称賛されてしかるべきであろう。

 ましてや深海棲艦達の発する凶悪な瘴気によって、人工衛星からの偵察活動が一切行えない事もあり、潜水艦娘達の偵察活動がどれほど重要であるかが分かる。
 そして黎明艦隊に所属する新海生艦となった潜水艦達も、伊号潜水艦やまるゆに負けず劣らず出撃を重ねていた。

 ソ級フラッグシップへと改造を果たしたナミを旗艦とする潜水艦隊の一部が、ちょうど氷輪丸に帰還し補給を受け、体の中に蓄積された鉛の様に重い疲労でぐったりとしている。
 新海生艦の潜水艦達に、大鯨同様に燃料缶ジュースや弾薬おにぎり、高速修復材入りのドリンクを忙しく手渡しているのは、鳳のアップリケのある割烹着を纏った姉妹らしい雰囲気の女性達だ。

 姉らしい艦娘怪の方は、毛先を切りそろえた黒髪を腰に届くまで伸ばし、毛先で二つにまとめていて、背が高くすらりとした長身と凹凸のはっきりとした身体つきが目立つ。
 妹らしい艦娘怪の方はと言えば、こちらは正反対に未成熟な身体つきをしていて、額に鉢巻きを巻き、黒白の髪を結いあげている。

 それぞれ潜水母艦の剣埼(つるぎざき)怪と給油艦の高崎(たかさき)怪である。
 艦娘怪共通の異様に白い肌や裂傷のような赤い紋様が体のそこかしこに走っているが、その顔つきや顔立ちが剣埼は軽空母の祥鳳、高崎も同じく軽空母の瑞鳳と酷似している。
 これは祥鳳と瑞鳳が元は航空母艦へ改装する事を前提として、潜水母艦/給油艦として建造され、その時の名前が剣埼と高崎であった為だ。

 艦娘としては軽空母への改装を終えた祥鳳と瑞鳳しか確認されていないが、艦娘や深海棲艦のルールから外れた所のある新海生艦として出現していたのである。
 氷輪丸の中にはその剣埼と高崎の後の姿である軽空母の祥鳳と瑞鳳もいて、艤装である小さな飛行甲板や発艦に使用する弓に損傷を受けており、道中でさんざん被害を受けたのは傍目からも明らかだった。

 かつての自分達の、それも半ば深海棲艦化した姿を見る祥鳳と瑞鳳の顔には複雑な色が浮かんでおり、一方で彼女らの視線を受ける剣埼怪や高崎怪達もまた、これからなったであろう自分達の姿を目にして、心中穏やかでは無かった。
 とはいえ両者の邂逅が平時であったならばともかく、現在は総力決戦規模の艦隊戦の最中である為、自分達の役割を果たす事に没頭しておりいざこざを起こすような事はしなかった。
 両者ともに自分達が兵器である事と現状を正しく認識していたからだ。

 若干の気まずさを孕む空気の中で剣埼怪と高崎怪達から補給を受けているのは、カ級やヨ級、ナミ以外のわずかなソ級以外にも潜水艦娘怪がわずかながらに居た。
 従来の伊号シリーズの艦娘怪は未だに居なかったが、鎮守府や警備府、泊地、基地にまだ着任していない潜水艦達である。

 伊401通称シオイにそっくりの容姿をした艦娘怪で、潜水艦型の艤装後部には30センチ連装砲が後ろ向きに備え付けられている。
 肩に掛るほどの長さの茶髪を結い上げているシオイと異なり、こちらは首筋の後ろで一つにまとめている。

 伊800型潜水艦の艦娘怪であり、ロシアのタイフーン並みの巨体を誇る潜水艦である。
 魚雷の他にも30センチ連装砲一基、30ミリ対空連装機関砲四基、晴嵐改水上戦闘攻撃機4機搭載可能だ。
 他の潜水艦娘達同様に800という数字からもじったはおちゃん、はとちゃん、ダブルオーちゃんと呼ばれ、黎明艦隊では親しまれている。なおGNドライヴは未搭載である。

 ハオ以外にも高速潜水艦71号の通称ななちゃんもいた。
 こちらはハオと異なり元となった艦が小型である事が反映されて、艦娘怪としての容姿はスクール水着を着ている事もあるが、非常に幼い。

 水色から毛先に行くにつれてうっすらと深海の青に変わるグラデーションの掛った髪に、大きくつぶらな小動物を思わせる瞳、流麗なラインを描く体と差無いという意味ではまるゆに似た所もあるかもしれない。
 頭には電探を兼ねたシュノーケルを着けており、どことなくおっとりとした顔つきをしており、かつて甲標的以上の機密事項に属していた為か箱入り娘的なおっとりな性格をしている。

「つるぎちゃん、お腹減っちゃったよぉ」

 くうくうと可愛い音を鳴らすお腹を抑え、800が如何にもしゅんとした様子で声を掛けて来たので、祥鳳や瑞鳳の視線に気を取られていた剣埼が、はっと慌てて手に下げていた籠からおにぎりを取りだした。

「ごめんね、はおちゃん。はい、おにぎり。昆布に明太子、おかかに梅干しがあるわよ。温かいお茶もね」

 祥鳳と同じ顔と声で、しかし確実に違う艦娘怪である剣埼は、無邪気な笑みを浮かべている800にラップに包まれたおにぎりとお茶の水筒を手渡した。

「わ~い、つるぎちゃん、ありがとう。ななちゃんもちゃんと食べないとだめだよ?」

 早速おかか入りのおにぎりに齧り付いた800は、休憩中と言う事もあり電探シュノーケルを外した71に声を掛けた。
 黎明艦隊入りした時期は同じ二隻だが、外見と精神年齢を考えると800が他の伊号型と同様に十代後半ほどであるのに対し、71は十代前半である為、自然と面倒をみるような態度になっている。

「はい、71、よく噛んで食べますね」

「ななちゃんは素直でいい子ね。はい、おむすび。私の焼いた卵焼きもあるわよ」

 おっとりとした声音で素直に応じる71に、高崎怪は氷輪丸の厨房を借りて焼いた卵焼きなどのおかずを入れた重箱とおむすびを差し出す。
 卵焼きは塩と砂糖で味付けしたものが二種あり、他にもタコの形になる様に切ったウィンナーや、ほうれん草のおひたし、焼き鮭、こんにゃくとニンジン、里芋の煮物や牛ひき肉の細切り馬鈴薯のグラタンなど豊富なおかずが用意されていた。

「ありがとうございます、高崎さん」

「いいのよ。これが給油艦としての私の役割なんだから」

 そう軽空母で無い以上、戦闘能力に極めて乏しい高崎や剣崎はこうして潜水艦への補給をこなす事こそが役割なのだ。
 実際に前線に出て戦う力を持つ祥鳳や瑞鳳を見ていると、どうしても心の一部がざわついてしまうが、剣埼と高崎はそれをそっと心の奥底に仕舞いこんでいた。

 北方棲姫が巣食う北のE1から時計回りに東のE2、南のE3、西のE4海域の攻略以外にも海域内外での補給線の破壊活動は、人類・深海棲艦を問わず行われていた。
 黎明艦隊もその例から漏れる事は無く、所属するワ級とオーストラリアから借り受けた船舶を用いた補給艦隊が、深海棲艦からの襲撃を受ける事があった。

 主力艦のほとんどをE海域攻略と、他海域から送られてくる深海棲艦の増援に対する迎撃に回している事もあり、黎明艦隊で輸送艦隊の護衛に回されているのは、軽巡洋艦や駆逐艦、稀に軽空母と言った具合である。
 三隻のワ級フラッグシップと十隻の輸送船団を守り、南洋の海を進んでいたのは特設巡洋艦報國丸型の報國丸怪、愛國丸怪、護國丸怪の三隻だ。

 元は比較的高速の優良船舶に武装を施しただけの商船であり、軍艦との戦闘能力の差は歴然としたものがあるが、輸送船として考えれば破格の高性能・高火力艦となる。
 もっとも、輸送船の護衛としてはやはり心もとない所はある。
 いかに新海生艦化によって基礎能力の向上が成されているとはいえ、本来ならばもっと安全な後方での運用を考えるべきであろうか。

 武装としては14センチ単装砲一基、53センチ連装発射管二基四線、13mm連装機銃二基四門、それに水上偵察機一機を搭載している。
 中高生くらいの顔立ちと身体つきをした少女達で、半袖の紺色のセーラー服に袖を通して、胸元は錨のアクセサリーを吊るした赤いスカーフで飾っている。

 報國丸怪は黒タイツを履いて、栗色の髪を赤いヘアバンドで纏めていて、勝ち気な目付きの目立つ少女だ。
 姉妹艦の愛國丸怪、護國丸怪も服装や艤装の配置そのものは共通していて、愛國丸怪は白みがかった金髪をホーステールにして纏め、護國丸怪は薄い緑色の髪を三つ編みにして垂らしている。

 彼女達が守る輸送船団はオーストラリアを出立し、黎明鎮守府までの比較的短い距離の航路を選択し、海上を進んでいた。
 現在、時刻としては昼を過ぎたころで空はよく晴れ渡っており、台風の接近などもなく船団の道行きは順調なものと思われていた。

 之の字運動を繰り返しながら、黎明艦隊の拠点である東部オリョール海の鎮守府を目指していた艦隊は、他海域から進出してきたと思しい深海棲艦艦隊と遭遇し、これとの交戦状態に陥っていた。
 純粋な火力で見た場合、特設巡洋艦の報國丸達にとって正面から撃ち合って勝ちの目があるのは、精々が駆逐艦のイ、ロ、ハ、ニ級とワ級位だ。

 単横陣を取る輸送船団とワ級を守る報國丸達が会敵したのは、少なくとも軽空母一隻以上を含む機動艦隊と思われた。
 会敵したのは東部オリョール海に向かう進路状であった事から、西方海域から日本付近の海域から移動中の部隊の一つであったのだろう。

 船団の先頭に報國丸、その後ろに味方ワ級三隻、右側面に愛國丸、左側面に護國丸が陣取っていたのだが、最初の空爆を探知したのは船団左側を守る護國丸だった。
 警戒の為に発艦させていた零式水上偵察機が、迫りくる敵航空部隊を発見するも撃墜された事で、輸送船団に稲妻のような緊張感が走ったのを遭遇戦の始まりとする。

「ほーちゃん、十一時の方向より敵航空部隊接近」

 元は商船出会ったころの名残か、戦闘に入るという緊張感に晒された護國丸の顔はそこはかとなく青白い。

「ごーちゃん、敵機の数と種別は分かる?」

 がしゃんと音を立てて14センチ単装砲を構え直し、艤装に配置された13mm連装機銃の具合を確かめ、船団護衛のリーダーを任された報國丸は引き際を見誤りがちな性分を引っ込めて、情報を求めた。
 自分達の戦闘能力が所詮は特設巡洋艦どまりである事を、彼女達自身が痛いほど理解しており、輸送船団を守る為に犠牲とすべきものはなんなのか判断もしなければならなかった。

「えっと、ええと、ちょっとふっくらしている? のがいるから、あれが雷撃機で十七、十八、十九! 他のは爆撃機で十三、戦闘機は二十」

「そう、二十五mm三連装機銃が欲しい所やね。けどないものねだりをしても仕方無い。あーちゃん、対空戦闘用意、いける?」

「はいな。いつでも弾幕張れるよ」

 愛國丸怪と護國丸怪からの報告を受けて、いよいよもって報國丸怪は船団をこのまま守り続けるか、分割して囮を作るかを決断しなければならなくなった。
 目的地である黎明鎮守府まではもうあとわずかだ。この距離で戦闘が始まれば、鎮守府から緊急時の救援用に待機されている高速艦隊が、すぐさま駆けつけてくれるだろう。

 全艦娘・深海棲艦最速を誇るアカネなら、単独でも41cm連装砲四基搭載の圧倒的火力で並の戦艦なら二、三隻を相手にしても互角以上に渡り合えるし、黎明鎮守府に居る事を期待したい所だ。
 またそれ以外にも航空戦力の類なら、艦娘達よりもはるかに速く救援に駆けつけてくれる。

 万が一を想定して鎮守府には常に一定以上の戦力が常駐しているから、正規空母の救援も期待できる。
 しかし特設巡洋艦三隻の対空火力で襲来する敵航空戦力を相手に、どこまで通用するものかどうか。

 輸送船団を構成する中型タンカーと小型船舶では撃ち漏らした爆撃機か雷撃機の攻撃で、呆気なく沈んでしまってもおかしくはない。
 多少の損害は許容範囲か、それともあくまで全ての輸送船を守る事を主眼に於いて行動すべきか。

 艦娘怪になってからまだ日の浅い報國丸に求められた決断は重く、そして許された時間は短かった。
 わずかに思案の海に沈んでいた報國丸怪を、愛國丸怪の悲鳴のような報告が強引に現実に引き戻す。

「ほーちゃん、敵機接近! だ、弾幕張らんと」

「ごめん、全艦、対空戦闘用意……撃てえ!」

 腹に抱えた魚雷を投下すべく海面に向けて降下を始めた雷撃機と、急降下爆撃を期してこちらの頭上を取ろうとする爆撃機を目がけ、報國丸怪達三隻に加え、単装砲の他十センチ高角砲を搭載したワ級フラッグシップ三隻も対空砲火の一角を担う。
 空を目がけて撃ちあげられる銃弾は、何も敵機の撃墜ばかりを狙ったものではない。
 精密な狙いを着けなければならない敵機の軌道を、わずかばかりでも歪める事が出来れば、爆弾や魚雷の狙いが逸れて外れる事は十分にあり得る。

 兎にも角にも必要なのは敵機が飛び込むのを躊躇する濃密な弾幕なのだ。
 そして報國丸怪達にはそれを形成するだけの手数が不足していた。
 戦闘機を除いたとしても合計三十二機の雷撃機と爆撃機の内、数機が青空に放たれる赤い銃弾を回避し、投弾の動作に入るのを報國丸怪達は苦々しく見ていた。

 戦闘は専門外のワ級フラッグシップ達は、なにしろフラッグシップにまで至った古強者(ふるつわもの)であるから、ある意味では報國丸怪達よりも落ち着き払った態度で高角砲に熱を孕ませながら撃ち続けていた。
 緩降下で増速してくる爆撃機の軌道を読み取り、タンカーを始めとした輸送船団に当たる目算の高い敵機を判別し、それらに砲火を集中させる。

 どうにも危なっかしい調子で開かれた戦端は、それから十五分近くに渡って続けられて、報國丸怪、愛國丸怪は五百ポンド爆弾を浴びて小破し、輸送船も二隻が黒煙を噴き上げて航行能力を損失してしまった。
 ワ級フラッグシップ三隻も小・中破しており、護國丸怪に至っては艤装のみならずセーラー服にも損傷が目立ち、大破寸前の状態だ。

 弱り切った犬猫のような音を立てる缶に不安げな視線を送る護國丸怪に、煤で頬を汚した報國丸怪が心配を隠さぬ視線を向けて、短波無線で呼び掛ける。
 報國丸怪自身も機銃のいくつかが破壊され、魚雷発射管二基が使用不可能な状態に追い込まれている。

「ごーちゃん、缶の調子はどう? 航行できる?」

「う、うん、なんとか二十ノットまでは出せるよ。でも次の空襲があったら危ないかも……」

――ごーちゃんだけじゃない。私もあーちゃんも、それにワ級の人らぁもこれ以上空襲が続く厳しいで。何隻かはここに置いて行って囮にするしかないん?

 報國丸怪は内心の葛藤が苦悩の表情となって表に出てきている事に気付く余裕も無く、遠く空の向こうに黒点の様に浮かぶ数十の群れを琥珀色の瞳に映した。

「第二次攻撃隊、もう発艦していたの!? 第一攻撃隊を回収してのタイミングじゃない」

 あるいは二個以上の敵機動艦隊が集結しつつあるの、と報國丸怪の脳裏に想定していた最悪を越える想像が過ぎった瞬間、愛國丸怪が短く、大きな声を上げた。

「あっ! ほーちゃん、ごーちゃん、見て!」

 関西系のイントネーションで叫ぶ愛國丸怪の指差した方角を見て、報國丸怪と護國丸怪はそれぞれあっと声を出して、目を丸くした。
 十一時の方向から迫りくる敵航空部隊の横腹に食らいつくようにして、別の黒点の群れが襲いかかったのである。

「味方だ、味方だよ。ほーちゃ、ごーちゃん」

 遠く見えるシルエットこそ敵機動艦隊と同じだが、それは新海生艦の艦載機もまた同じ事。
 瞬く間に敵艦載機を撃ち落として行くのが、黎明艦隊側の航空戦力である事は明白であった。

 この時、報國丸怪達輸送船団の危機に駆け付けたのは、近海にて演習を行っていた新海生艦の艦隊だった。
 正規空母ヲ級を経て鳳翔型軽空母棲鬼へと至ったオオゾラを始め、金剛型戦艦棲鬼ヨル、そして新戦力として期待されている艦娘怪、巡洋戦艦浅間怪、同じく巡洋戦艦フッド怪を伴っていた。

 浅間怪は史実には存在しない艦だが、一応の由来としてはドイツの戦艦シャルンホルストを日本が買い取り、改装を施した後の姿となる。
 艦娘怪としての姿は腰まで伸びる金髪を、清楚な白いリボンでポニーテールにまとめて垂らしている。

 服装は日本艦娘の高雄や愛宕を思わせる青を基調とした軍服姿だが、両肩には日本の大鎧につけるような肩あて型の装甲板があり、右肩には無数の機銃、左肩には高角砲が配置され、主砲は腰から伸びるアームに支えられている。
 同じドイツ発祥の戦艦娘であるビスマルクと比べると、胸部装甲はそれほど目立つものではなかった。

 そしてイギリス由来の戦艦としてはおそらく最も有名で愛された戦艦の化身であるフッドは、かつて軍艦美の極致と絶賛された優美なスタイルが反映された美貌の持ち主であった。
 陽光を浴びて眩いまでの輝きを放つ黄金の髪を腰までストレートに下ろし、血の海の底に沈めても色褪せる事の無い輝きを放つ赤い瞳を持ち、その上から縁無しの眼鏡をかけている。

 服装はロングスカートのクラシックな黒いメイド服。
 黄金の髪に飾られた頭には帽子ではなくフリルカチューシャを着用し、スタイルは軍艦美を称えられた影響か、出るところは出て引っ込むところは引っ込む黄金比を体現している。

 艤装は背部に浅間や比叡、霧島の様にロボットアーム型主砲を背負い、左腕に機銃を纏めた小型盾を身に付け、左腰にレイピアを下げている。
 また、戦艦としては珍しく両足に魚雷発射管を装着しているのも、他者の目を惹く事だろう。

 基礎性能に関しては文句なしの二隻であったが、誕生からまだ間も無い事もあり、黎明艦隊内で最強の巡洋戦艦であるヨルが、集中育成を行い戦力化すべく鎮守府に留まって連日連夜の演習を化していたのが功を奏したと言える。
 かつて日本海軍の兵が訓練の厳しさを「鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門」、「日向行こうか、伊勢行こうか、いっそ海兵団で首吊ろうか」、「地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡」、「乗るな山城、鬼より怖い」と謳ったが、まさにその厳しさを金剛はフッド怪と浅間怪に味わわせていた所だった。

「金剛、いえ、ヨルさん。敵艦隊を確認しました。正規空母ヲ級フラッグシップ一、軽空母ヌ級エリート一、戦艦タ級エリート一、重巡洋艦リ級二、駆逐艦イ級後期型一。
 また別方向から航空戦力が飛来した事から、最低一個以上の機動艦隊の所在が予測されます」

 同僚に対するにしてはいやに丁寧な口調で静かに語りかけるフッド怪に、ヨルは同意見だと首を縦に振る。

「私も同意見ネ。でもノープロブレム。そっちにはテンクウと天城に土佐が向かってマース。
 天城達がユー達と同じくルーキーとはいえ、あの面子なら苦戦はまずしないネ。
 浅間、ユーの方はどうですか? 敵艦隊は目標をほーちゃん達から私達に切り替えて、行動を始めていますヨ」

「何も問題はありません。私達戦艦の本分を全うするのみです」

「ふふ、霧島を思わせる勇猛さデスね。提督も頼りになると褒めてくれる事でしょう。
 さあ、こっちは英独日の誇った戦艦三隻に全ての空母の母たる軽空母一隻、あちらは航空戦力でこそ上回っていますが、正面打撃力では私達の方がはるかに上回ってマース。
 主砲の花を咲かせて、勝利の美酒を味わうとしましょう。フォローミー、敵をバーニングしますよ、フッド、浅間!」

「イエス、ユアハイネス」

 フッド怪は君主であるン級の妻である金剛へ、敬意を込めた返答をし、浅間怪もまた元はシャルンホルストであった事から、ドイツ語で返答をした。

「Ja(ヤー)!」

 ヨルはフッド怪がドイツの戦艦ビスマルクに沈められた経緯から、ビスマルクと同じドイツの戦艦であった浅間怪に対し、悪感情を抱くのではと危惧していたが、今の所その危惧は外れている。

――ビスマルク本艦を目の辺りにしなければ、大丈夫と言う事でしょうカ。それを図る意味も含めて、今は戦うべきかもしれませン。

「オオゾラ、敵航空戦力はユーに任せマス」

 オオゾラは異様に青白い肌を持ち、白く染まった髪をポニーテールに結い、ヲ級だった頃の名残として、右肩に小さくなったヌ級型の帽子を肩当ての如く装着し、左肩には甲板を装着していた。
 服装も黒地に白い蝶が舞い、可憐でありながらどこまで禍々しい雰囲気の和装へと変わっていた。

「はい。爆弾も魚雷も一発足りとてヨルさん達には向かわせません。これは、演習ではありませんから」

「頼もしいネ。これはソラもうかうかしていられないかもデス。さあ、行くヨ!」

続く



[38714] 姉妹
Name: スペ◆6a08658b ID:066fb7bf
Date: 2015/01/25 21:16
 日本政府、オーストラリア政府、新海生艦主導で行われる大規模攻略作戦の内、東部オリョール海に本拠地を置く新海生艦が、最も大規模な戦力を投入したのは鎮守府から距離的に最も近い南のE3海域である。
 艦娘の数とバリエーションに比較的乏しいオーストラリア政府は、E3海域に戦力を集中投入していたが、新海生艦側は他海域にも主力級を含む戦力を展開していた。

 これは今回の四つのE海域全ての主に相当する敵深海棲艦が、強力な自己修復能力と圧倒的な航空戦力を有し、一つ、二つのE海域を攻略してもその他の海域から新たに派遣された航空戦力と通常戦力によって、瞬く間に戦力が補充される事。
 そして四方に配置された深海棲艦達の瘴気が一種の結界と化しており、海域中心部――E5海域に座して待つオクツキの元へ辿り着く為には、この結界を破壊しなければならない。

 その為には極短時間の間に四つの海域全てを攻略し、瘴気を浄化しなければならない事が、膨大な勝利と敗北と資材の消費によって、ようやく確認された為である。
 日本で復古した陰陽寮やオーストラリア大陸先住民アボリジニのまじない師、移民の中に紛れていた古き正統なるオーストラリアウィッチ達の協力により、結界を破壊する為にはおよそ二時間以内に四つの海域の同時攻略が求められると各勢力に通達されている。

 質、量共にかつてない脅威度を誇る今回のE海域攻略の為には、もはや国家の面子をかなぐり捨ててまで戦いに臨む必要があるのではないかと、安全な後方に居る政府高官たちでさえ、顔色を青白く変えて囁くに至るまで、戦闘は長引いていた。
 ン級もまたその魂に政治力も求められる高級将校を幾人か内包している事もあり、両国政府の焦燥と前線で戦う艦娘とその指揮を取る提督達の疲労を敏感に感じ取っていた。

 黎明艦隊総旗艦であるン級自身は、今回の戦闘に於いて特定の海域攻略に集中しておらず、数日間それぞれの海域に留まってはまた別の海域に転ずると言う事を繰り返している。
 これはE海域内に存在するレ級や姫、鬼級が、おそらくオクツキの指令によってン級を集中して狙う事が、早期に確認された為である。

 ン級が一つの海域に長く留まれば留まるほど、他海域から無数のレ級達が押し寄せて、他の艦娘達にも暴威を振るって尋常ならざる被害を齎す事は明白であった。
 その為にン級は予想される惨事を回避し、またレ級や各姫、鬼級を牽引して戦場から遠ざける囮の役を買って出て、各海域を転戦し続けている。

 重大な戦局において先陣を切ってきたン級が、このような行動を取っている為、各海域攻略の旗艦には、ウミやソラ、ヨルを始めとした古参組が据えられ、彼女らの元には艦娘怪や練達の新海生艦達が配備されて、艦娘達と共同で海域攻略に血道を上げている。

 そうしてE4海域に投入され、力及ばず道中で南方棲戦姫と南方棲鬼率いる敵艦隊との交戦により、撤退を強いられたとある艦隊があった。
 正規空母加賀、赤城、翔鶴、瑞鶴、駆逐艦雪風、綾波で構成される艦隊で、全ての艦娘が改ないしは改二に至った高錬度のベテラン達である。

 先頭を小破した雪風が、次いで同じく小破状態の翔鶴が航行し、真ん中に大破状態の赤城と加賀を配置し、その後方を中破の瑞鶴と損傷軽微の綾波が守っている。
 二度の交戦をほぼ無傷で突破し、いざと意気込んだ矢先に南方棲戦姫率いる大火力艦隊と遭遇し、これを全撃沈せしめたものの代償として正規空母艦娘の二隻が息も絶え絶えと言う状態に追い込まれてしまっている。

「油断と慢心をしたつもりはありませんが、流石に堪えますね……」

 艤装と衣服が所々で破け主機からは黒煙を噴く赤城が、互いに肩を貸して支えある加賀に、自分自身を戒める様に話しかける。
 感情が表にこそ出にくいがその実激情家である加賀は、撤退の原因となってしまった自分の落ち度に腹腔に紅蓮の怒りを蓄えながら、静かに赤城に同意の言葉を口にした。

「そうですね。これで全鎮守府を合わせて何度目の撤退になるのかしら。
 今回の特異海域攻略作戦、通称ATA作戦は、四つのE海域攻略を同時に進行しなければならない四面作戦。
 提督達と艦娘の数でその無茶を補っているとはいえ、敵の錬度も数もかつてない規模だわ。おそらく全体の撤退数は既に数百を数えているでしょう」

「数百単位での出撃……資源も時間も戦力も無限ではない以上、厳しい数字ですね」

 ええ、と加賀は小さく呟いて押し黙った。
 今回の深海棲艦達の個々の力量と数もさることながら、艦娘達を苦戦させているのはまるで提督が指揮しているかのように、有機的に深海棲艦達が行動している事だろう。

 E海域までの航行の労を省略する為に、ショートランド泊地やラバウル基地、タウイタウイ泊地を中核として、その近海に臨時の出張所か基地規模の拠点が建設されている。
 少しでも攻略を優位に進めるべく臨時拠点建設が計画されたのだが、それを読まれていたのか建設中の基地や資材を運ぶ輸送船団に深海棲艦が襲い掛かる事態が起きている。

 E海域攻略の為の橋頭保を作る段階で、こちらは一度躓き計画の変更を余儀なくされている。
 深海棲艦の行動はまず間違いなく、今回の敵艦隊の総指揮を取る元提督オクツキの指揮によるものだろう。

 なんとかして敵勢力を後退させて、臨時基地などの建設に成功したものの、以後もかつての大戦における通商破壊の如く、敵潜水艦隊と機動艦隊は神出鬼没に姿を見せて、艦娘側の補給戦線と本拠地に戻って心身を癒す筈だった艦娘達に、多大な消耗を強いている。

 いくつかの海域ではなんとか最深部にまで到達し、北方棲姫や飛行場姫、港湾棲姫、離島棲鬼らと交戦して、損害を与えることに成功しているがいずれも海域攻略にまでは至っていない。
 加賀達もE4に巣食い、瘴気結界の要となっている港湾棲姫を、長距離の航空攻撃で損壊せしめるべく万全を期して出撃したのだが、その結果がこの惨状である。
 そしてそんな彼女達に追い打ちをかけるような報せが、翔鶴の唇から紡がれた。

「右二〇度、距離八〇〇〇に敵艦隊です。
 戦艦ル級改、タ級フラッグシップ、ル級フラッグシップ、重巡洋艦リ級フラッグシップ、軽巡洋艦ツ級エリート、駆逐艦イ級後期型からなる艦隊です。
すでにこちらを捕捉しています」

 かろうじて残っていた偵察機彩雲からの報告を受け、小破状態の翔鶴から告げられた敵艦隊接近の悲報に、艦隊に緊張が走り、次いで歴戦の艦娘達は悲壮な覚悟を決める。
 すなわち、誰が残り、誰を残すか。誰を沈め、誰を生かすか。その覚悟である。
 正規空母艦娘では一、二の実力を誇る加賀と赤城は、大破状態に追い込まれた事で速度が出ず、無傷の敵艦隊の追撃からは逃れられない。

 それに対して損傷の小さな駆逐艦達はもちろん、四十ノットを出したと言う目撃証言のある翔鶴型正規空母である翔鶴と瑞鶴は、損傷を受けていても十分に戦場海域から逃れられる可能性が大きい。
 加賀と赤城は錬度の高さもあって、彼女らの所属する鎮守府では紛れも無く空母艦娘のエースと大エースだが、この状況ならばその犠牲も許容範囲内であると、多くの提督と艦娘達が感情は別として認める事だろう。

「旗艦加賀より各艦に通達。加賀、赤城はこの場に留まり敵艦隊を迎撃します。その間にあなた達は現状を離脱。後方の待機船を目指しなさい」

 悲壮な色など欠片も無い凛とした表情で淡々と告げる加賀に、悲しみとそれ以上の怒りを滲ませる瑞鶴が食ってかかった。
 瑞鶴自身、中破相当の被害を受けて艤装の多くを損失して、艦載機を発艦させる力すら残っていないが、それでも言わねばならぬ事を言う気力は残っていた。

「ちょっと待ってください! 加賀さんと赤城さんを残して行けって言うんですか!」

「質問は受け付けません。旗艦は翔鶴が務めなさい。全速力でショートランド泊地に帰投を目指しなさい」

 あくまで淡々と堪える加賀に、それでも瑞鶴は口を噤む事はしなかった。

「言いたい事は分かります。私達の戦いはこの海域の攻略だけじゃない。
 この後にも何時終わるかも分からない深海棲艦との戦いが待っている。その戦いに勝利する為にも、少しでも艦娘の数が要る。
 ここで全員で残っていても、文字通りの全滅しかないって事も分かります。けど、赤城さんと加賀さんが残ってもそれは同じはずです。
 お二人とももう艦載機を発艦させる事も出来なくなっています。そんな状態じゃあ、戦艦が砲撃を放つか、駆逐艦達が魚雷を放ってそのまま無視するだけよ。
 そうなったら二人が残っても、無駄死にしかならないわ」

 厳しい事を口にしている、と瑞鶴自身が他の誰よりも理解しながら、はっきりと告げた。
 瑞鶴の言う事はほぼ正しい。戦闘能力を喪失した加賀と赤城では、敵艦隊の足を止める盾と囮の役割すら満足に果たせまい。

「そう、きちんと大局を見る事は出来ているようね。私と赤城さんはあなた達が離脱後、二手に分かれ可能な限り敵艦隊の足を止めます。
 例え一分一秒でも、あるいはわずかでも弾薬と燃料を消耗させられれば、あなた達かあるいは他の艦娘達の助けになるかもしれません。
 無駄に終わるかもしれない。いえ、無駄死になってしまう可能性の方が確かに高いわ。でも、それが私達にできる事よ。
 瑞鶴、翔