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[38354] 暁!!貴族塾!!【ゼロの使い魔 X 宮下あきら作品】
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2013/08/26 18:59
こんにちは、コールベールというものです。

・このSSは男塾を中心とした宮下あきら作品とゼロ魔のクロスです。
・両方の知識がある方向けです。
・キャラ崩壊たくさんあります。
・ほぼ全てのキャラに江戸川先輩の『顔面返し』のケがあります。



[38354] 第1話「転生!!もう一つの世界!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2013/08/28 20:19
ある地球人が死に、
ハルケギニアへと転生した。

その男は、ハルケギニアでマザリーニと名付けられた。

生まれながらに数十年分の知識を持つマザリーニは、
歳若くして神童と呼びもてはやされた。

だが、彼はずっと後悔していた。

ハルケギニアには、
地球では過去の物となった難題が多く生存していた。
それらが吹き荒れる世界で、人はまるで、
無防備についばまれるのを待つ地表の芋虫だった。

地球の治水の知識があれば、あの悲劇は防げたのではないか?
地球の農耕の技術があれば、人はこれほど飢えずにすむのではないか?
なぜ、自分はもっと色々なことを学んでこなかったのだろうか?

そんな思いから、彼の学問への情熱は、人一倍強固なものとなった。
学問は世界を変えるということを、彼は誰より確信していた。

学べば学ぶほど、
彼は新たな力と、力不足とを噛み締めた。

これで、あの病に苦しむ人はいなくなるだろう。
しかし、これではまだまだ地球の医学には及ばない。

マザリーニの貪欲な知識欲は、
周囲の文官に畏れを感じさせるほどのものだった。

そして、ハルケギニアの運命が変わる日が来た。

その日、王宮に献上された『場違いな書籍』に目を通し、マザリーニは驚愕した。

『謎の文字で書かれている』というススまみれのその書は、
地球の言葉でつづられた、地球の法哲学に関するものだったのだ。

まさか――――

マザリーニは図書館に駆け込み、
『場違いな書籍』に分類される蔵書の数々を開いた。
全て、地球の言語で書かれていた。

若きマザリー二の心に、燃え盛るような使命感が産まれた。

彼は改めて、多くの地球の学問を修め直し、無数の書物を翻訳した。

訳した内容を発表するたび、
学者たちから感動の賛辞が送られた。

発表内容によっては、
異世界の存在について言及する必要もあったが、
それは大した問題にはならなかった。

ハルケギニアにも『死後の世界』のような『異世界概念』が存在していた為、
『こことは違うどこかが確かに存在する』という話は、実践的なロマンとして受け入れられた。

少しずつ、ハルケギニアが変わって行く。
マザリーニは『場違いな書籍』に人生を捧げようと決意した。

となると、ただガムシャラにそれまでの作業を続けていては効率が悪い。
まず、作業量の問題を解決する必要があった。

『場違いな書籍』はあまりに多すぎたのだ。

彼の人生の全てを費やしたとしても、
その総量の1%も翻訳できそうにない。

マザリーニは悩みに悩んだ末、地球の言語知識を、
貴族たちに広めることにした。

そうすれば翻訳と啓蒙は爆発的にその速度を速め、
彼の死後も、その作業は継続されてゆくことだろう。

ただ、その案を遂行するにあたって、
マザリーニには、一つの不安があった。

『使い道の限られた異世界の文字を、
 好き好んで学ぶ者など居るだろうか?』ということだった。

もちろんこれは、
完全に杞憂であった。

なぜなら『場違いな書籍』の収集は、
既に多くの貴族たちにより盛んに行われており、そしてそれらがエロ本だったからである。

英語と日本語が、あっという間にハルケギニアに知れ渡った。

この決断により、稀に妙な文化が流行するなどの弊害はあれど、
大局的には、おおむねが好ましい結果へと流れ着いた。

多くの『場違いな書籍』が解読された。
それらは、ハルケギニアをみるみるうちに変えていった。

科学の走りと呼び得るものがあちこちに芽生え、
人権という概念が定着し、戦争が終わり、
貴族と平民とが持つ権利の差も、少しずつなくなっていった。
両者の間に幅広く居並ぶ感情的矛先の波形も、着実にならされていった。

マザリーニは幸せだった。
学問が、世界を改善してゆく。
それに関われたことは、なんとありがたいことなのだろうか。
彼はハルケギニアに生を受けて以来、初めて、満足というものを知った。

しかしマザリーニには、大きな誤算があった。
それは、情報の性質は知識のみではないという事実の失念が一つ。

そして、もし万人に同じ知識を与える情報があったとしても、
万人に同じ精神状態を与える情報は存在しえないということだ。

例えば、ハルケギニアでは『魔法恐怖症』という文化依存症候群が珍しくない。
メイジ、非メイジに関わらず発症し、命に関わる症状を心身に引き起こす。
この病は、魔法や精霊や、そういったものが実在する世界特有のものだ。

そもそも、自然現象に神や霊を見出した上で恐怖を感じることは、
人の心を一瞬で崩壊させるほどのストレスなのだ。

古くは日本でも、
自然災害を一目見ただけで気を狂わせる人が今よりも多かった。
そこに神からの圧倒的な断罪を実感してしまうからだ。

ならばもしも、今の地球に魔法世界の実在が知れれば、
それが果たしてどれほどの混乱を引き起こすか――――――

そのことを逆に想像してもらえれば、
地球の情報がハルケギニアにとって、
尋常ならざる猛威となりうることも理解してもらえるだろう。

ともあれマザリーニは結果的に、
そういうレベルの破戒文章たちまでもを導いてしまった。

しかも最も恐るべきことには、
それらの中に、不条理と証明性を兼ね備えた、
パラドクスの申し子とでも言うべき魔書群が含まれていたのだ。

人はそれを『ミンメーショボー』と呼んだ。







ハルケギニアは、変わり過ぎた―――――

時は流れ―――――















第1話「転生!!もう一つの世界!!」


『総員構え!!突撃いいいいいいいいいいい!!』

怒号とともに、
竹ヤリを構えた年若い兵士らが前進してゆく。

『死ねい!!貴様ら!!“生きること”に慣れるな!!
 それを当たり前だと思うな!!思った瞬間何かが壊れる!!』

頭の禿げ上がった炎メイジが、さらに激を重ねた。
少年兵らが『鬼畜ゲルマニア』と貼り札された巻きわらに竹ヤリをつきたてる。

――――魔導機には、そんな古めかしい軍事訓練の映像が映し出されていた。

ここはトリスタニアの郊外にある、
打ち捨てられたほったて小屋。

「ほぉ、随分と懐かしい光景ですな」

その中で、場に似つかわしくない老齢の役人たちが、
かつて自らも体験した映像を眺めている。

「突撃訓練ですな」

「フフフ、私も戦時中は散々やらされたものですよ」

映像の中では、教官らしきハゲ頭が大きな杖を振り回しながら叫んでいた。

『コワッパども!!戦に慣れろ!!殺し合いに慣れろ!!“死”に慣れろ!!』

現在の平和なトリステインでは考えられない、前近代的な映像であった。
それを見ながら、役人の一人が、顔をしかめてつぶやいた。

「ひどい時代でした。貴族は特権にあぐらをかき、民は自由も人権も認められず、
 そして多くの若者たちが戦場へと散っていった」

「……あのようなことは、二度とあってはならないのです」

彼らは戦時の日々を、読み解くようにしみじみ思い返した。
やがて一人が、頃合を見計らって口を開いた。

「……ところで枢機卿。なぜこんな古い映像を我々に見せるのです?
 それもこんな場所で、緊急召集まで開いて」

老いたマザリーニは、体をわななかせながら答えた。

「む、昔ではない……!!これは今なのだ……!!」

「……はい?」

「あの、おっしゃる意味が……」

会議室を、わけのわからない緊張が包み込んだ。

「この映像は昨日、我が手の者が『やつら』を盗み撮りしてきたものだ。
 え、映像をよく見てみたまえ……」

役人らは、もう一度映像に視線をやった。


『貴族塾をなめとんのかー!!留年させるどワレー!!』

『もっと派手に効果音ならさんかコラァー!!
 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴーじゃねえ!!ズガガガガガガガ!!だろがー!!』


「なっ……!!」

「こ、これは……!!」

細部に注意して映像を観察してみると、本物に見えていた獣人やドラゴンは全て、
できの悪いコスプレや着ぐるみばかりではないか。

マザリーニは、震える声で怒りを露にし、

「トリステイン貴族塾……!!このザマを見てもらえば分かるだろう。
 奴らはミンメーショボーを集めておると見て間違いない。
 あれは、この世界にあっていいものではないのだ!!」

合図を送るように、その指を鳴らした。

暗闇の中からぞろぞろと、ガラの悪い男らが現れた。
一目で傭兵と分かる独特の荒々しさから、役人たちは、自分らがここに居る理由を悟った。
口裏合わせと、暴力集団に対し、権威的圧力を演出するためだ。

傭兵の中の一人、顔の左半分を火傷で覆った男が、下品な笑みを浮かべながら口を開いた。

「本当にいいのかい、枢機卿さんよ?」

「かまわん!!好きなだけ暴れて来るがいい!!『白炎』よ!!」

「……せいぜい楽しませてもらうさ」

「待て、白炎とやら。貴様、ずいぶんな口の利き方だが、それに見合うほどの腕はあるのか?」

役人の一人が、たまりかねるという素振りで口をはさんだ。
ただ荒事にウブなだけの役人として振舞うわけにいかぬが為の、半ば儀礼的なものだ。

「ああ?」

「ためさせてもらうぞ」

唐突に室内の明かりが消え、
短く、かすかな風切り音が走る。

もう一度明かりが灯ると、そこには、
スローイングナイフを頭の横で受け止めた『白炎』の姿があった。

「腕は確かなようだな。いいだろう、行け」

「ふん、スポンサー様のプライドまで値段の内とはな。面倒臭ぇ世の中だぜ」










所変わってここはトリステイン貴族塾。
国中の荒くれ学生が集められた私塾である。

学ランにマントを羽織った塾生らがその校庭に整列し、塾訓を斉唱している。
誰も彼も、射抜くように強烈な眼光を放っている。

「ひとつ、貴族は!!忠節を尽くすべし!!」

「ひとつ、貴族は!!質素を旨とすべし!!」

「ひとつ、貴族は!!武勇を尊ぶべし!!」

それが終わるのを待ち、
教官、コルベールがダミ声で叫んだ。

「モンモランシー二号生、前に出いーーーー!!」

「オッス!!モンモランシー二号生、前に出るであります!!」

「歯を食いしばれ」

「オッス!!モンモランシー二号生、歯を食いしばるであります!!」

鬼ハゲの二つ名で通るコルベールは、
その名に恥じぬ形相でモンモランシーを睨み付けた。

「貴様、なんで修正食らうか分かっとろうな?」

「オッス!!自分はなんで修正食らうか分からないであります!!」

「分からねぇだと……?貴様、今朝便所でクソたれながら歌っていた歌、ここでもう一度やってみろや」

「オッス!!モンモランシー二号生、はばかりながら歌わしてもらうであります!!」

モンモランシーは胸の前でそっと手を組むと、朗らかな声音で歌い始めた。

「遠く~、霞んだ~、道程の記憶はもげがががが!!」

その口に、鬼ハゲの杖がぶちこまれる。
モンモランシーの差し歯がはじけとんだ。

「このタコがー!!萌えだかベルカ式だか知らねえがそんな敵性音楽歌ってどうするかーー!!
 やつらの音楽には脳みそと根性と作画を腐らせる音波がはいっとるんぞーー!!」

コルベールは容赦なく、さらにモンモランシーを打ち据えた。

「ええか!!この塾で歌っていいのは国歌と塾歌と賛美歌だけだ!!これは伝統だ!!例外は認めん!!」

「ハ、ハイ!!」

「『ハイ』じゃねえ!!貴族の返事は『押忍』の一語だ!!
 てめぇ耳クソほじくったことねえのか?!何べん同じこと言わせる気だ!!」

「オオオオ、オッス!!失礼しました!!オス!!」

「よーし、戻れい!!」

散々に殴られたモンモランシーがどうにか立ち上がり、列に戻ると、
また別の教官が生徒らの前に歩み出た。

「おーし、次はこれだ」

疾風の二つ名で知られるその教官は、
生徒らの前で可愛らしいパンティーを頭上に掲げて見せた。
そしてそれをクンクンと嗅ぎながら、爬虫類のように薄く口を開く。

「これは誰のだ?今朝、貴様らの寮の見周りで見つけたものだ」

場に、乾いた静寂が満ちた。

「当塾では、フンドシ以外の着用は禁止しておる。
 誰だ?こんなスケスケをはいておる軟弱者は?覚えのある者は前に出ろ」

その問いに答える者は居ない。
疾風のギトーの表情に、酷薄な笑みが浮かんだ。

「……そうか、お前ら私をなめとるな?それならコレで聞いてみるか」

スラリと、軍杖が抜かれた。
油に塗れたような冷徹な輝きを目にし、皆の顔色が変わった。

生徒らが小声で危機を伝え合う。

「……まずいぞ」

「ああ……。ギトーのやつ、一度杖を抜いたら血を見るまでおさまらねえ……」

ギトーは生贄たちの焦燥の気配に満足しながら、ベロリと杖を舐めた。

「風風風(フフフ)……、いくぜぇ……!!」

と、その時、

「俺のだよ」

学生らの中から、泰然と名乗り出る者が居た。
青い服を着た少年だった。

平民であるらしく、マントをつけず、巨大な日本刀を斜めに背負っている。
黒髪をたたえた頭には、白いハチマキを巻いている。
涼やかながらも、攻撃的な落ち着きを漂わせる笑顔だった。

「ちょっ、サイト!!あれあたしの……」

「フッ、いいってことよ」

「全然よくない!!て言うか……」

何かを言おうとした桃髪の少女を遮り、
サイトと呼ばれたその少年は再び申告した。

「それはオレんだぜ」

獲物を目にしたギトーの体に、いっそうの殺気がみなぎった。

「貴様、使い魔の……。お前がこれをはいてたってのか……?」

「ああ」

「いい度胸だ。この絶対封建主義の魔法塾で、よりによって使い魔が貴族をおちょくろうとはな……」

「フッ」

ギトーが、杖でサイトのほほをペタペタとなぶる。

「確か貴様の飼い主……ルイズはモット伯の愛人だったな?
 どんな気分だ、そんなご主人様に尻尾を振る気分は?」

それを耳にしたルイズが、サイトの背後で悔しそうに歯噛みした。
しかしサイトは、動じない。ギトーの声に、攻撃的な音色が強まってゆく。

「おう、お前それでも男か?悔しくねえのか?」

「どうってことねえさ。本当のことだからな」

「……チッ、まあいい。今日は貴様らに面白い趣向を用意してやった。おう、鬼ハゲ」

二つ名を呼ばれたコルベールが後を引き継ぐ。

「ククク……。清聴!!今日は『直進行軍の儀』を執り行う!!」

「直進……行軍……?」

「なあに、簡単さ。オレの決める方向に、ただ真っ直ぐ進めばいいのよ。
 『何があっても真っ直ぐ進む』だけさ!!ぐふ、ぐふふふふ……」













トリスタニアの、とある木賃宿。
ベッドの中、木綿の薄い布団を頭からかぶり、
湧き上がる震えを押し殺す男が居た。

「お、恐ろしい……」

どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
なぜ自分は、あんなことを……。

絵空事のようにしか聞こえないあのお方の計画は、
常に微塵の破綻も見せず、いとも着々と進んでしまう。
そのカナメに居ることが、途方もなく恐ろしい。

「このままでは本当に……」

男は、握り締めた手からこぼれる光を見ずにすむよう、
それを腹に抱え込んだ。

「このままでは本当に王になってしまうではないか……」

手中にしたアンドバリの指輪の、なんとおぞましいことか。
世界がほんの少数の悪意で、なんとたやすく弄ばれることか。
そしてその巨大な流れの中心に居ることの、なんと現実離れした恐怖であることか。

「恐ろしい……」

男がおののいていると、突如、安宿の壁が轟音とともに粉砕された。
壁の破片が布団の男、オリヴァー・クロムウェルに降り注ぐ。

「ひいいいいいいいい!!」

クロムウェルが布団からにゅっと頭を出すと、
崩れ落ちた壁の向こうから、男性ホルモンが変な革命を起こしたような、
極端に人相の悪い集団がバコバコと行進してきた。貴族塾の学生たちである。

「ななな、なんの冗談……」

その先は言葉にならなかった。

「はが?!ぐっ!!や、やめっ!!あふん!!」

攻城兵器のような勢いで、その集団はクロムウェルを踏み潰してゆく。
行進は、クロムウェルが動かなくなってからも続いた。

やがて一行は、ボロ雑巾のようなクロムウェルと、粉々に砕かれた指輪を後に残し、
また反対側の壁を破壊して去って行った。











ここは人気のまばらな劇場。
その客席で、貴族風の男と商人風の男が密談をしている。

「しかし芝居小屋で落ち合うとは、考えましたな」

「ここでは、ヒソヒソ話があたりまえですからな。
 それにこんな場所で密会とは、おてんとさんでも分かりやしますまい」

「それでは連判状、確かに頂戴しました。
 リッシュモン様の名がここにあれば、もはや廃杖令は可決も同然に御座いますれば」

「お主もワルよのう、ククククク……」

二人の悪党が流儀臭い悦に浸っていると、劇場の壁の一部が吹き飛んだ。
その瓦礫の山を乗り越えて、破格の凶暴性を撒き散らしながら、
見るからに迷惑な感じの行列が突進してくる。貴族塾であった。

「なあ?!」

「な、なんだ貴様らは?!止まれ!!」

行列は木製の座席を踏み砕きながら、リッシュモンと商人風に、
真っ直ぐ、ただただ真っ直ぐ、怒れるカバの群れが如く突っ込んでいった。

「い、一体なんの……ぐあああああああああ!!」

その肉の濁流は、リッシュモンと商人風を見る間に床の染みに変えると
それを一顧だにせず過ぎ去っていった。

間もなく、鎧姿の女性らがそこに現れた。
前髪を切りそろえた、金髪の女性に指揮されている。

「銃士隊だ!!何の騒ぎ……む?これは……」

そこにヒラヒラと、
リッシュモン高等法院長の名前入り連判状が舞い落ちた。











コルベールは焦っていた。

ここの暮らしに慣れていないサイトは、
どうせすぐにネをあげるだろう――――

そうタカをくくっていたが、
その平民は彼の予想に反し、疲労の気配は見せども、一向に諦める様子を見せない。

なかなか根性はあるようだが、しかし――――

「このままじゃあ、またエキューを持ってかれちまうな……」

コルベールは、サイトがどのあたりで脱落するかを他の教官らと賭けていた。
そろそろサイトが降参してくれなければ、コルベールの負けが確定してしまう。

「……よし、全体止まれーー!!」

一行はその号令に従い、大きな岩山の前でピタリと静止した。
行列が面した岩肌には、分厚い赤錆が浮いた、扉と思われる、
高さ3メイル、幅2メイルほどの鉄板がはめ込まれている。

「ここから先はサイト一人で行け!!他のものは裏に回れ!!駆け足!!」












「あらよっ」

爆音をたて、金属の扉が打ち破られた。
大木槌一つで岩山に乗り込んだサイトだったが、予期せぬ悪臭に思わず顔をしかめた。

濃厚な獣臭だった。

「なんだ、ここは?」

奥へ進むと、やがて広間と呼べそうな場所が見えた。
岩や木材で作られた粗野な家具がならんでいる。

そこからジャラジャラと、聞きなれた音が聞こえた。
そちらへさらに進み、目をこらすと、イレズミだらけの野人らが麻雀を打っていた。
他にも、棍棒に石を打ち込んでいるものや、何かの生肉をかじっているものなど、
少なくとも10数匹は居ると見てよさそうだ。

「ブキィィィィィ!!」

「ブキィ!!ブキィィィィ!!」

その身は、人間の大人よりも一回り大きい。
頭部は擬人化した豚の様相を呈しており、
薄緑色の皮膚の下に詰め込まれた筋肉が、その戦闘能力を物語っている。
オークである。

「やってくれるぜ鬼ハゲの野郎……。まさかヤっちゃん(野人)のおうちとはな……」

侵入者に気づいたオークらは、手に手に武器を持つと、
怒りの声を上げてサイトに襲い掛かった。

「ブキィイイイイイイイイイ!!」

「何言ってるかわからねえよ」

半身に構えるサイトの型の流れにそって、
オークがサバキ投げ飛ばされる。

その獣人は、取り落とした獲物を拾いなおそうとして、
しかし、利き腕の手首が外されている事に気づいた。
おぞましい悲鳴が洞窟を震わせる。

「ブキョアアアアアアアアア?!」

「フッ……、オークは大人しく姫騎士でもさらっとれや」










「こ、これは……」

「オークの巣……」

「最近ここらの村々を襲っているとかいう……」

巣の裏側に回りこんだ塾生らは、
サイトが乗り込んだ場所の正体を知り、顔色を失っていた。

反して喜色満面の鬼ハゲが、喜びの雄たけびを上げる。

「そうじゃ!!歴戦の傭兵も避けて歩くという、あの魔人どもよ!!
 ガーハハハハハハ!!貴族塾ででかいツラさらす奴はこうなるんじゃあ!!」

その笑いを遮るように、強烈な破壊音が轟いた。
崩れ落ちた裏口に、もうもうと煙がたちこめる。
その中から、ゲタの音とかすみ揺れる人影が近づいてくる。
果たしてそれは、平賀サイトその人であった。

「サイトー!!」

「ワレ生きとったかー!!」

塾生らが口々に喜びの声を上げた。

全身血まみれになりながらも、
体中にドスをつき立てられながらも、サイトの柔らかな微笑は微塵も崩れていない。

と、異世界の平民の背に、見慣れぬ人物が背負われていることに皆気づいた。
長い間、下手をすれば年単位で手入れのされていない髪を、雑に後ろで束ねた男性だった。
表情に張り付いた疲労の層のせいで、年齢は推測しがたい。
サイトの肩口から垂れ下がる腕は、棒のように痩せ細っている。

「サイト。そのオッサンは誰だ?」

「さあな。中で座敷牢に閉じ込められていたのを連れてきたんだが、
 何を聞いても『思い出せない』の一点張りだ」

「えらいしんどそうやけど、大丈夫なんか?」

しばらくはそんな学生らの会話を黙って聞いていたコルベールだったが、
やがて、むぅと唸ると、彼なりに穏やかな調子でその男に話しかけた。

「よう、オッサン。名前はなんと言う?」

「名前はチュ……チュレ……だめです。やはり思い出せません……」

そう語る彼の体は、痩せこけてはいるが、頬に不自然なほどの皮が垂れていた。
贅肉で太った体が、短期間で急激に痩せるとそんな体になる。
没落してゆく貴族らに、よく見られる特徴だった。

「酷い話じゃ。オークどもによほどの仕打ちを受けたんじゃろうな」

「……いえ、私があそこでオークどもにこき使われ始めた時には、
 もうそれ以前の記憶を失っていました……」

「調べさせてもらうぞ」

コルベールは、相手の返事を待たずにディテクトマジックを唱えた。
結果は、彼がある程度予測していた通りだった。
そのチュレ某は、それなりに高位のメイジであるようだ。

このオッサン、何か余計なことを知りすぎたか、あるいは――――――

「早過ぎる知識……。いや、やはりこれだけじゃあ何もわからんな。
 まあいい、ブリジット。義をみてなんとやらだ。このオッサン、塾の医務室まで連れてったれや」

「押忍!!」












薄暗い部屋の壁が、何の予兆もなく破壊された。
そこに、もはや手馴れた風に入り込んでゆく貴族塾の一堂。

室内には、戦闘経験の豊富な男らが大勢居た。
彼らは敵の襲来を認識し、その認識は戦闘開始の即断に直結する。

彼我に、魔法が飛び交った。
一瞬にして戦場が出来上がった。

「な、なんてことだ……」

もとから室内に居た、やせた男の顔に絶望的な表情が浮かんだ。

「打って出んとした矢先に……、先手を打ってきたか、貴族塾め……!!」

そのやせた男、マザリーニは、
貴族塾の中から指導者らしきハゲた男を見つけると、
混戦の中を掻き分けてそちらに歩み寄り、大声を上げた。

「貴様ら!!時代錯誤の教育で何を企んでおる?!
 貴様らのやっていることは、明らかに現体制への挑戦だぞ!!」

「ふん、てめぇらの言う自由やら人権やらでどんなガキが育った?
 胃袋とキンタマだけみてぇなガキばかりじゃねえか」

「キンタ……?!じじじ、自分の言っていることが分かっているのか貴様は?!」

「押忍、先生、横から失礼します。こいつは自分が」

マザリーニとコルベールの間に、サイトが割って入った。
鬼ハゲにすら有無をいわせぬ気配を漂わせている。
不遜とも傲慢ともふてぶてしさとも違う、若々しい気迫だった。

「あんたの言ってることは正しいんだろうぜ。でもよ……」

そう語る少年の眼を、マザリーニは見た。
まるで、これから突きたてられる切っ先の向こうにある眼を見たようだった。
言葉が、出ない。

「いや、ベラベラ話して聞かせるようなモンじゃねえなわな」

身をすくませるマザリーニの頬ゲタに、渾身の拳打がめり込んだ。
重厚な一撃だった。

「ほーう、やはりいいパンチ持っとるのう」

殴り飛ばされるマザリーニを眺めながら、
コルベールが感嘆の唸りをあげた。

そのやり取りを聞いていた白炎のメンヌヴィルが、
はじけたように驚愕の表情を浮かべる。

「おお……、お前は!!お前は!!お前は!!探し求めた温度ではないか!!
 お前は!!お前はコルベール!!懐かしいな!!お前は裏切り者コルベール!!
 いや、ここはやはりダングルテールの守護火聖サマとでも呼ぶべきかな?!
 ククククク!!覚えているか?!俺は忘れぬぞ!!あの日、貴様のせいで我が光と……」

「長いわっ!!発情期の猫かオドレは!!
 セリフで首くくって死ね!!ウル・カノ・ダイオウジョーー!!」

「ぬおっ?!」

コルベールの背中から炎の腕が無数に生え、その拳がメンヌヴィルに降り注ぐ。
ドット魔法『マギ・ハンズ』に火の二乗を加えた、火・火・漢から成る、
筋肉経由のオリジナル魔法だ。

「ぐああああああああああああ!!」


~~~~~~~~~~~~~ マギ・ハンズの解説 ~~~~~~~~~~~~~

チキューの学問は、ブリミル教の衰退を招くなど、人文的な問題を多く抱えているが、
不可知論と魔術性でもって議論されて来た多くの課題を演繹的に解き明かすに至ったことは、
やはり大きな功績と言えよう。

この魔法、マギ・ハンズも、幻肢痛(無くした手足に存在感や痛みを感じる症状)に、
再度ブリミル神秘主義を与えんとした試みからの逆説的産物である。

その要諦は、幻肢痛が心の誤作動故であるなら、
肉と心と魔力の式次第で、後から増設した器官にも意識を通わせられるはずだと、
モット伯という男のヒワイな情熱により、いともたやすく達成された。

しかしその後、凶暴化してゆくモット伯の性格の変化から、
魔術的な心の鍛錬は脳を物理的に変質させると暫定され、今では禁呪に指定されている。

尚、近年、すぐに手が出る暴力的な女性を指し、
『モット伯の愛人』と呼んで中傷するのを誰しも耳にしたことがあるであろうが、
それがこの魔法から来ていることは今更言うまでもあるまい。

・アカデミーレポート 『廃用神 ~廃神回収の分別~』より。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


メンヌヴィルを包んで立ち上るワキガ臭い業火は、周囲の傭兵にも降り注いだ。
歴戦の傭兵たちですら、かなり本気で逃げ惑う威力だった。

しかしその中に、目ざとい男が居た。

彼は貴族塾塾生らの中に、一人の華奢な女生徒を見つけ、
彼女を羽交い絞めにして叫んだ。

「そこまでだ!!動くんじゃねぇゴンダクレども!!」

その女生徒は動じることなく叫び返す。

「誰を相手にはしゃいでけつかるドサンピン!!
 伊達や酔狂でこんな髪型してんじゃねぇんだ!!」

女生徒、モンモランシーの、
固定化がかけられたモミアゲが高速回転し、傭兵の腕を鉄甲ごと打ち貫いた。

「ぐおあああああああああああ!!」

彼らの悲鳴を押しつぶすように、
コルベールがテキパキと指令を下してゆく。

「ルイズは証拠品を爆破!!シエスタは『場違いな書籍』の回収!!
 テファは亡国のボケどもにきっちり『忘却』かましとけい!!」

「「「押忍!!」」」

「生きて帰れる思っとんのかこのインケツどもが!!」

傭兵の側から風魔法が唱えられた。
即座に、レイナールが口語で

「おうよ、思とるわい!!なんなら生きて帰って屁たれてからもっぺん来たろか?!
 そん時ゃその腐ったドタマとオタマまとめてカチ割って中身ぃションベンでドブ川まで流したるさけの!!」

と呪文を高速詠唱し、コモンマジックで風をかき消す。

~~~~~~~~~~~~~~ 口語詠唱について ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ハルケギニアにも元来から口語詠唱は存在したが、
センテンスの組み方は既にロストテクノロジーとなっており、
文言もまた、時代を経るごとに擬古典化していった。これではルーン詠唱と変わらない。

そこで着目されたのがチキューの『プログラミング』なる学問である。
ハルケギニアでは、完全論証が可能な学問は数学のみとされてきたが、
チキューでは、数学同様に人工言語を扱うプログラミングもまた完全論証が可能であるという。

『コムプタール』が再現できぬため、
プログラミングそのものを発現させることはできないが、
一字一字にホトッケーが宿るというチキュー文字と単語、
そしてプログラミングの設計思想とを魔術的に再構成することによって、
アカデミーは新たな口語詠唱様式を完成させた。

ただ、多くの未翻訳の単語や文字が意味も分からないまま使われているため、
もはや自分で何を言っているのか分からなくなるなどの課題も残っている。

アカデミーレポート「外来語の変遷法則 ~コトダマの国 HENTAI~」より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「年季の違いを思い知れや三下戦争屋!!」

「オドレが年季と髪と子種の薄さまとめて思い知れやハゲロートル!!」

「なんでここにハギス野朗がおるんじゃ!!おどれらの島(シマ)はアルビオンじゃろが!!」

「知るか!!ただのセイガクがのぼせんなや!!キンタマプレスしてエビセンにはさんで食うたろか!!」

「ボケー!!タダほど怖いもんはないんじゃい!!」

激しい戦闘は、いつ終わるともなく続いた。
ハルケギニアは、変わり果てていた。












~~~ マザリーニからの手紙 ~~~

親愛なる女王陛下へ。

女王陛下の治世にあって、
かくも麗しきこの栄華永興に、
いささかとも言えぬものながら、
是非に申し上げたき儀ありてこの書をしたため候。

世にミンメーショボーと言うは、
忘我の勇猛をいたずらに尚武と喝采する風潮たりて、
甘く文明の不思議と捨ておかば、
是かつての貴族至上主義の火種となるに疑いの論を待たず、
けだし必ずや有害図書として焚書に処さるべきシロモノ――――

そう考えていた時期が私にもありました。
私は小鳥ピーヨピヨピヨピヨ。



[38354] 第2話「名物!!異端審問!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2013/09/04 19:22
華美な彫刻を施された馬車が、貴族塾の正門前に停車した。
車体は、3匹のペガサスにつながれている。

周囲を護衛する装甲騎士団の中から、
青い甲冑をまとった、長身の屈強な男が一人、馬車の側面に歩み寄った。
そして方膝をつき、頭を垂れる。

「お嬢様、着きました」

別の男が馬車の扉を開く。
そこから歳の頃14,5程の貴族子女が現れた。
少女は先ほどの竜騎士に手をとられ、ついとも音をたてずに下車した。

「ここが今月からお嬢様のお学びあそばされる学校でございます」

「フン、汚い校舎ね」

クルデンホルフ大公国公女、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフその人であった。









第2話「貴族塾名物!!異端審問!!」

貴族塾、ヴェストリ広場。
桜が舞い散る中、学帽をかぶった少女が、ゴザにあぐらをかいている。
長く美しい金髪が風になびくと、エルフであることを示す長い耳が見え隠れした。

少女の手には短刀がにぎられており、
その背後では、コルベールが軍刀を振りかぶっている。

それを見守る学生らが、小声でヒソヒソと話し合った。

「ティファニアの奴、なんでまたハラキリなんか?」

「なんでも、塾長の銅像に立ちションかましとるとこ見つかったらしいぞ」

「うわぁ……」

異文化のテファに、同情の声はなかった。
皆彼女のことを、何か得体の知れない化け物のように考えている。

テファは短刀を腹にあてがい、
淀みのない美声で、穏やかに別離の句を唱えた。

「辞世の句。まらもなき、またのまんまん万華鏡。まわしまさぐり嗚呼バタフライ」

少女の目から、はらはらと涙が零れ落ちる。

「介錯は無用です。自分の咎は、自分で決着をつけます」

「あ~ん?」

「お父様、お母様……。種の定めを超えて結実せしこの命。
 今、花影にその芽は「じゃかあしい!!いつまで能書きこき垂れとる!!さっさと腹かっさばいたらんかい!!」

鬼ハゲの蹴りがドカドカと、たおやかな少女の背中を襲った。
野獣じみて獰猛なその一撃一撃が、ゴムタイヤのような僧帽筋にはじき返される。

コルベールはいつも以上に殺気立っており、
テファの背中に見出した鬼の面相と、激しい視殺戦を繰り広げている。
恐らく、テファが捕獲されるまでにひと悶着あったのだろう。

その証として、コルベールは顔も着衣も、とにかく全身がボロボロになっており、
また、テファの白魚のような鉄拳にも、いくらかの腫れが見受けられた。

「これで最後です。最後にひとつだけ、確認させてください。
 私がハラを切れば、滞納していた学費と食費、全部チャラ……なんですよね……?」

「貴族に二言はねえ」

「それを聞いて安心しました」

上着を脱いだテファの上半身が、いよいよ下着姿になった。
非常識なシロモノが、生徒たちの目に飛び込んだ。

「な、なんだ、ありゃあ……」

「まさか……」

それは、メロンちゃんとでも形容すべき、たわわもたわわないけない果実――――
の、さらにその下、腹部にあった。

周囲の異様な空気に顔をしかめながら、コルベールはテファの前に回りこんだ。
それを確認した鬼ハゲの背中に、ゾクリと冷たいものが走る。

テファの腹には、
横方向に四つ、斜め方向に三つ、明らかに内臓まで届いている苛烈な古傷があった。

よもや――――

そんな気持ちで、コルベールは尋ねた。

「おい……、その腹の傷跡は何だ……?」

「こ、これは、あの……昔……、
 借金取りさん達をケムに巻く時とか、よくハラキリを……。どうせ指輪で治せますし……」

「しょ、正気かテメェ?!」

「それではイザ!!七生報国!!」

「ま、待て待て待てーーーー!!」

「ひうっ!!ご、ごめんなさい……、八回目だから、八生報国ですね……」

「待てちゅうとんのじゃボケェ!!」

「学費と食費チャラーー!!」

「させるかーー!!」

ハゲとエルフによる、生活を賭したドス争奪戦が始まった。
どちらも、一歩もゆずる気がないようだ。

「……なにやってるの、あなたたち?」

広場に、聞きなれぬ少女の声が響いた。
ベアトリスであった。



~~~~~~~~~~~~~ ハラキリについて ~~~~~~~~~~~~~~~~

『場違いな書籍』に頻出する、
時空の彼方の伝説の地、チキュー・ニホン。

その文化は、多様にして異質を極める。
まず一概にトリステインを契約の文化とするなら、ニホンは屈辱の文化であろう。
ハラキリは、そんな屈辱の文化が生み出した究極の自決法である。

なんと、短刀を自らの腹に突き立てて自決するというのだ。

しかもこの習慣が、
社会の功利性と合致しているというのだから驚く他ない。

これに怖気ずくことは大変な屈辱であるらしく、
古くはサムライと呼ばれる戦士達の、
決して少なくない人数が、本当にこの方法で自決を果たしたという。多分ウソである。


アカデミーレポート『チキュー・ニホンに関する一考察 ~菊と刀と男の娘~ 』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~












塾長室に案内されたベアトリスは、
いきなり塾長とガンを飛ばしあっていた。

「ワシが貴族塾塾長オールド・オス男マンである」

「私がクルデンホルフ大公国王女ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルですわ」

二人の視線の間に激しい火花が散った。

「……」

「……」

「ワシが貴族塾塾長オールド・オス男マンである!!」

「私が!!クルデンホルフ大公国王女!!ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルですわ!!」

「ま、まぁ、塾長、ここんとこはどうか……」

ヒートアップする二人を、ギトーが必死になだめた。
塾に多大な献金をしているクルデンホルフ家の覚えにアヤをつけてはならず、
かといって、塾長に堂々と意見するわけにもいかず、なかなかに苦しい立場だった。

ベアトリスは舌打ちすると、これほどつまらないことはないといった風に話し始めた。

「話は私のお父様から聞いてると思いますが、本当のところ私、
 こんなアホな学校になんて来たくなかったんですの。真の貴族だかなんだか知りませんけどね。
 お父様がどうしてもとおっしゃるから、仕方なく来てあげたのですよ」

ベアトリスが懐から取り出したパイプをくわえると、
お付きの竜騎士が、素早くそれに火をつけた。

「ここの噂は聞いていますわ。なんでも、ミノタウロスも逃げ出すほどのスパルタだとか。
 でもね、私に指一本でも触れてごらんなさい。100人からの竜騎士が飛んできますから」

「ワシが貴族塾塾長オールド・オス男マンである!!」

「私がベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルですわあああああああ!!」









教室の一つで、鬼ハゲことコルベールが、生徒らにベアトリスを紹介した。

「もう知っていると思うが、こちらが今日からご学友となられるベアトリス様だ。
 クルデンホルフ大公国の王女様であらせられる。貴様ら、姫殿下にくれぐれも粗相のないようにな」

丁重な物言いだった。
ベアトリスの方は教壇に腰かけて、高そうなペロペロキャンディーを幸せそうに舐めている。

トリステインの貴族らは商売が下手で、その多くがクルデンホルフ家に借金をしていた。
そうでない者らも、金融業界に顔の利くクルデンホルフにはそうそう頭があがらない。

そんな力関係を念頭に置いた上で、この横柄な態度の王女様を見れば、
歳若い生徒らにも、厄介なのが来たということはすぐに察せられた。

「それでは授業を始める。今日は始祖の使い魔についてだが、ルイズ、ちょっと来い」

「押忍!!」

元気よく返事をしたルイズが黒板の前に行くと、
コルベールはゴツイ体をかがめ、ベアトリスに聞こえぬよう、コソコソとルイズに耳うちした。

「ええか、ルイズ。魔法塾が体力だけじゃねえってとこをこのサラ(新入り)に見せつけたれや」

「押忍……!!フフフ、魔法塾・座学ナンバーワンの、このルイズにお任せください……!!」

コルベールも謙譲な態度とはうらはらに、
この傲慢な新入りには色々と思うところがあるようだ。

珍しく教官との心情の一致を見たルイズは妙に嬉しくなり、
頼られた気恥ずかしさを隠すようにコホンと咳払いをすると、喜色の滲む声を高らかに奏でた。

「それでは不肖ルイズ・フラソワーズ!!
 教養をひけらかすようではありますが『使い魔たちの調べ』やらせていただきます!!」

そして始祖の使い魔たちを讃え始める。
よく通る、美しい声だった。

「神の左手ガンダールブ。勇猛果敢な神の盾。神の右手はヴィンダールブ。心優しき……」

「つまらないですわ」

しかしそれは、
ベアトリスの無気力な一声で遮られた。

「神のふ……へ?」

「つまらない、と言ったのです。
 せめて踊りながら吟じるくらいでないと、道化失格ですわよ」

物凄いことを言いながらも、ベアトリスはキャンディーに夢中だ。
ルイズの脳内で、メキメキと音すら聞こえそうなほどの怒りが踊り狂った。

「ひ、ひひひ人が下手に出てたら貴女……」

怒りに打ち震えるルイズがツカツカとベアトリスに歩み寄り、その胸倉を掴む。
ベアトリスの後ろから、ヌォーっと、巨体の竜騎士が現れた。












「あなたたちには、私を退屈させない義務があります」

「お、おしゅ……」

ベアトリスの言葉に、
顔面をベコベコにされたルイズが粛々と応じる。

ヴァリエール家も他の多くのトリステイン貴族ら同様、
クルデンホルフに多額の借金を抱えており、ルイズもなかなか思い切った立ち回りができない。

勢いまかせに啖呵を切るまではいいが、いざ手を出そうとすると、
必死に働く家族の姿がチラついてしまうのだ。

そんなルイズのジレンマを逆なでするように、
教壇の上のベアトリスは、愛らしくも意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「そうね、今のヘタな歌を『ドリフ大爆笑』のメロディーでやり直しなさい」

「ド、ドリフ?!あたしが?!」

「もちろん踊りつきですよ」

「……」

「あと表情はアイーンでね」

「……」

「そうそう、白鳥の衣装も着てもらおうかしら」

「……」

「早くなさいな、エセマイオニーさん」

「おどれタンポン引っこ抜いたろかこのクソジャリが!!」

学習能力に乏しいルイズの前に、
竜騎士が再び拳を鳴らしながら現れた。










「押忍!!失礼しました!!ぶしつけながら不肖ルイズ・フラソワーズ!!
 『使い魔たちの調べver.ドリフ大爆笑(踊りつき)』やらせていただきます!!」

ルイズはズタボロの体で、
ピコピコと左右にリズムをとりながら歌い始めた。

しゃくれ笑顔のこめかみには、
ドバドバミミズのような青筋がモリモリと浮かんでいる。

「♪ド、ド、ドリフのガンダールブ!!
 ♪勇猛果敢な神の盾!!笑ってくださいヴィンダールヴ!!心優しき神の笛!!」

「ホーッホッホッホッホッホ!!苦しうない苦しうない!!
 次はミトコーモン!!そしてガオガイガーにキングゲイナーもよぉ!!」

塾生らの間に、ベアトリスへの殺意が鬱積してゆく。
若い彼らにも、一応は民族意識のようなものがあるのだ。
こうも軽々しく一線を越えられては、堪ったものではない。

「あ、あのガキャ……!!ワシらのシマで好き放題……!!」

「人んちの米ビツによその砂まくようなマネしやがって……!!」

殺気みなぎる教室に、
ルイズの悲壮な熱唱がいつまでも響いた。

「♪ガガガ!!ガガガガガンダールブ!!ガガガ!!ガガガガ神の盾!!」









昼食の時間になった。

常軌を超えた貴族塾のシゴキに苦しむ彼らにとって、かけがえのない時間である。
しかしそんななけなしの癒しすらも、ベアトリスの暴虐に踏みにじられることとなる。

アルヴィーズの食堂で、鬼ハゲが高らかに宣言した。

「今日の食事は、ベアトリス様が考案なされたスペシャルメニューだ!!皆心して味わうように!!」

塾生らは、食卓に並んだ料理を前に愕然としていた。
皿一杯に不気味な単品料理が山盛りになっているのみだ。

「な、なにがエスカルゴだ……」

「でんでん虫のサンドイッチじゃねえか……」

「お、おれたちの唯一の楽しみを……。あのガキャア……!!」

「こらえるんじゃ……!!ならぬ堪忍するが堪忍じゃ……!!」

すすり泣きと呪詛が渦巻く食堂内で、
しかし一人、こと食に至れば、断じて引くことのできない男が居た。
マリコルヌである。

マリコルヌは、一応は丁寧な腰ぶりでベアトリスのほうに歩み寄った。
しかしベアトリスのテーブルに並んでいるモノを見て、マリコルヌの喉が鳴る。
ハンバーグ、海老フライ、スパゲッチー、果汁カクテル、ショートケーキetc...

絵でしか見たことのないような光景だった。

俺たちの銀シャリは、こんなとこに圧縮されていたのか――――――

湧き上がる怒りが、それ以上に湧き上がるヨダレで押し流されてゆく。
マリコルヌは、チラチラとベアトリスの食卓を盗み見しながら、勤めて媚びた物言いをした。

「ベアトリス様……、自分らは、他に食べるものはないのでしょうか?」

「あら?何か不満でも?」

「さすがにでんでん虫のサンドイッチはちょっと……」

「バカねえ。サンドイッチがイヤなら、ケーキにすればいいじゃない」

「ワレぁ脳にフェアリーでもわかしとるんかコラァ!!」

マリコルヌがベアトリスに飛び掛る。
ベアトリスは

「そうはイカのキンタマ」

ひょいと身軽にそれをよけ、パチリと指を鳴らした。
音もなく現れた竜騎士が

「無礼者!!」

食堂の端までマリコルヌを殴り飛ばす。

「ホーッホッホッホ!!身の程知らずな先輩ですわね!!」

「な、何事ですか?!」

駆けつけた鬼ハゲが、
ベアトリスにヘソを曲げさせぬよう必死に気を使った。
その目にはまだどこか、『隙あらば』という類のものが残ってはいる。

「教官殿、ここの先輩方には、もう少し厳しいシツケが必要なようですわね」

「いやはや、面目次第も御座いませんです、オス」

「フフフ、アレなんてどうかしら?一度見たいと思ってたんですのよ。貴族塾名物『油風呂』……!!」

「な……!!油風呂?!」           



~~~~~~~~~~~~~~~ 油風呂について ~~~~~~~~~~~~~~~~

数々の『場違いな書物』の中にあって、
最たる奇書と言えば、やはり『ミンメーショボー』に分類される品々であろう。

油風呂は、その一冊に記されていた『チキュー』は『ニホン』で一般的とされる荒行である。
これは別名『地獄風呂』と呼ばれ、古くは罪人の拷問のためにあったという。

その作法はシンプルである。
まず金ダライに油をはり、火のついたロウソクを小型の笹船に載せ、それを油面に浮かべる。
そのタライの中に罪人を入れ、下から火をたくのだ。

すると油温はみるみる上昇してゆくが、罪人は身動き一つとることも許されない。
もし波をたて、ロウソクを載せた笹船を倒せば、火ダルマになるのは必定である。

この恐るべき苦行は、ロウソクの火が消えきるまで続けられる。
まさに精神力の勝負である。気は確かかと言いたい。

ニホンのミンメーショボーは、ハルケギニアに多くの文化的悪影響を与えてきたとされるが、
この油風呂など、まさにその典型であろう。

尚、このロウソクの使いこなしかたからも分かるように、
現在のアカデミーでは『SMの起源はニホンである』との説が支配的である。

・アカデミーレポート 『ハルケギニア人類史 ~ 銃・病原菌・鉄・ミンメーショボー ~』より。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~








ヴェストリ広場の中央に、巨大なタライが据えられた。
その前でベアトリスが、整列した塾生たちに激を飛ばした。

「ほら!!油風呂に挑戦する人は居ませんの?!
 あなたたち、それでよく真の貴族を目指すなんて言えたものですわね!!」

名乗り出るものは居ない。
その様子をみて、ベアトリスはますます増長してゆく。

塾生たちはこれまでに、何度も捨て身の怒りに魅惑されていたが、
目前に拷問器具が用意されているのを見れば、やはりそのままの心では居られなかった。
落ち着きが、恐怖と現実とを分けて突きつけてくる。

「やはり、しょせんは体力ばかりのおちこぼれですか」

ベアトリスは憎たらしさを存分に発揮した口調で、
大げさに落胆した素振りをして見せた。

「なにせハラキリで食費を誤魔化そうとする異教徒までいるくらいですからね、ホホホ……」

「言ってくれるじゃねえか」

歩み出るサイトを、
しかしテファがすぐに制した。

「待ってください、サイトさん。ご指名は私のようですよ」

エルフの少女の目には、その美貌に不釣合いな気迫がみなぎっていた。

「私はティファニア・ウェストウッド。二つ名は『遺憾』です」











油風呂が決行された。

塾生らに見守られながら、
高温の油の中で、テファが汗まみれになっている。
したたる汗が油の中でシュワシュワと音をたて、細かくはじけた。

一人幸せそうなベアトリスは、
強情なエルフから絶望を引き出すのに夢中だ。
何はばかることなく、歪んだ思いのたけをぶちまけている。

「フフフ、まだまだ熱くしてゆきますわよ。気分はいかがかしら?」

しかしテファは、一向に屈する気配を見せない。

「いい、ゆ……、油加減です……。あ、あなたもどうですか?」

「よろしくてよ。ただし、貴女が生きてそこから出られたらね」

ベアトリスはそう言うと、
テファの学生帽に、フンッと、手鼻を飛ばした。

「い、いいんですか、そんなこと約束しちゃって……」

テファの耳鼻からどくどくと血が流れる。
体中の血管が膨張し、表皮のそこかしこからも血が噴出する。

「どうせあなたは火だるまになるか、惨めに泣き叫んで命乞いをするかしかありませんもの」

「可愛そう……な人……」

「なんですって?」

「ぜ、全部が自分の思うとおりにならないと……気がすまないのね……。子供……なのね、あなた……」

「なっ……!!エルフの混ざりモノふぜいが!!」

「思い通りに、なんて、な、ならないことのほうが……多いんですよ……!!」

それを聞いて、ベアトリスの顔が真っ赤になった。
タライの下にいくつもの薪が投げ込まれる。

「もういいわ!!貴女は死んでおしまいなさい!!」

炎が、音を立てて火力を上げてゆく。
湯面に浮かぶ長い髪から細かい気泡がはじける。

「ぬふぅ……!!」

しかし、組んだ腕の肉に深々と爪を食い込ませ、全身に血管を浮き上がらせ、
食いしばる歯をバキリ、ゴキリと砕きながらも、テファは微動だにしない。

「……いい油でした」

やがてそう微笑みながら、テファはロウソクのついえた笹舟をつまみあげ、
ザっと油風呂から身を出した。

地獄風呂とまで恐れられた荒行を完遂したのだ。
場に、感嘆の声がさざめく。

「すげぇ……」

「なんて根性だ……」

そんな中、テファはタライから数歩よろめくと、バタリとその場に倒れた。

「テファ!!」

「大丈夫か!!」

塾生たちがエルフの少女にかけよった。
芝生で急速に冷やされてゆくその体からは、白い蒸気が立ち上っている。

「テファ!!テファ!!」

「う……うう……」

「しっかりして!!」

「ムニャムニャ……、わたし好みの元気なお嬢ちゃんたちですねデヘヘ……。
 これじゃチンコがいくつあっても足りませんよzzzzz……」

「……」

「グハァッ!!……あれ……?わたし……」

ナックルアローのような衝撃でテファが目を覚ますと、彼女は学院の者らに囲まれていた。
皆、色々な理由で心配そうな表情を浮かべている。

と、一人の女生徒が、テファの学帽を差し出した。

「ほら、おとしものよ。アナタのトレードマーク」

「あっ、わたしの帽子!!」

テファはパっと手を伸ばしたが、
それからビクっと震え、困ったようにその手をしどろもどろとさせた。

『なぜ?』としか思えない。

テファは、ずっと孤独だった。
ずっと、避けられて生きてきた。
塾にいる使い魔の霊獣たちでさえ、彼女が近寄ると死んだフリをした。

なのに、なぜ――――――

「取りやしないわよ。はい、どうぞ」

「あ、あの……ありがとう……?」

テファは恥ずかしそうに学帽を受け取ると、
両手でそれを深々とかぶりなおした。

「すごかったぜ!!エルフって根性あるんだな!!」

「あう……」

「今までごめんね。私あなたのこと、ただの悪質な変態だと思ってたわ」

「あ、あたしハーフエルフだから……」

「いや、それはあまり関係ないんだけど……」

誰かに優しくされるなんて、
絶対に望んではいけないことだった。
そんなことを願わないよう、ずっと心がけてきた。
結局は、悲壮な絶望に苦しむだけなのだから。

でも――――――

顔を赤らめたテファに、語りかける一人一人が握手を求めた。
異文化のテファが、敬意を持って受け入れられた瞬間だった。

人の優しさに不慣れで、でも人を憎むのも下手で、まともな人づきあいも知らぬまま、
ついには、ただただ不屈の精神力の獲得に至ったその少女を、
今や皆が、憧れと親しみの眼差しで讃えている。

少女の目の奥に、ツンと激しくこみあげるものがあった。
心の遠い所に置いてきたはずの、ささやかな望みが思い出されてしまう。

私は本当は、一人で居るのが凄く悲しかったんだ――――――

テファは帽子のツバで目元を隠してうつむき、
握手の一つ一つに、無言のまま、震えるお辞儀を加えた。

一方、面白くないのはベアトリスである。

「……興ざめですわね。さて、次は何をして遊ぼうかしら」

そう言い残し、ベアトリスはその場を去ろうとした。

「待ったらんかい」

サイトがその肩を掴み、言葉を続ける。

「次はお前さんが入る約束だぜ」

「苦しうない苦しうない」

ベアトリスは振り返ることなく微笑むと、指をパチンと鳴らした。
屈強な竜騎士がボキボキと拳を鳴らしながら、サイトの前に立ちはだかった。
そして毎度のようにあの剛拳が振るわれるかに思われたが、それより早く、

「そりゃねぇだろ」

サイトは気負いのない口調で、ポケットに手を突っ込んだまま、
強烈なゲタ蹴りを竜騎士に見舞った。一撃であった。

派手に蹴り飛ばされた巨体はピクピクと痙攣するのみで、
一向に立ち上がる気配を見せない。

「なっ……!!こ、この貧乏人ふぜいが……!!」











「あなたたち!!クルデンホルフの王女にこんなことして、ただでは済ましませんよ!!」

ヴェストリ広場のど真ん中で、
ベアトリスが油風呂の中から叫んだ。

「あち!!あちち!!もうすぐ100人からの竜騎士隊がここに押し寄せますからね!!
 そこんとこキッチリ腹に呑んどけやオドレラァ!!」

「じゃかぁしい!!タマの取り合いが怖ぁて男に群らがれるかボケェ!!」

「ぐわっ!!」

威勢の衰えないベアトリスの頭に、ケティのゲンコツが飛んだ。

メイジにとって怒りと暴力の関係は、精神的な数式の基礎と言えるものだ。
その多寡次第では、ドットメイジがスクウェア級の魔法を放つこともあるくらいである。

溜まりに溜まった怒気は今、旺盛な戦意となって広場にみちみちていた。
精神論一辺倒の貴族塾の教育方針は、メイジの闘いにおいてはすこぶる合理的なのだ。
塾生たちは口々に、戦いへの期待を吐き出す。

「100人でも1000人でもドンと来いや」

「もう私たちも腹をくくったわ」

正門前に、一台の馬車が止まった。
ベアトリスが嬌声をあげ、そちらに駆けて行った。

「来た来た来た!!お父様ー!!私はここです!!
 早くこのアホタレどもを皆殺しにしてください!!」

馬車から、傷だらけの老人が降り立った。
全身に矢や魔法の傷跡を負っている。それ以外に人影は見当たらない。

「お、お父様……?そのお姿は……」

「おお……ベアトリスよ、クルデンホルフ公国は、壊滅……。
 油断してたら、レコンキスタと国内の革命派が一斉に襲ってきて……」

「か、壊滅……?」

ベアトリスの全身から生気が抜けてゆく。

『セキをきったように』と言うが、
この時の学生らの心象が、まさにそれであった。

塾生たちが、詰め寄ってゆく。

「さんざん好き放題やりくさりおって……」

「でんでん虫集めといたど……」

「ゲルギムガンゴーグフォ……」

このままでは吊るし上げにされてもおかしくない。
そんな空気に包まれた時、金髪の妖精が、とととととと、と、ベアトリスに駆け寄った。
ティファニアであった。

あれだけの仕打ちを受けたのだから、
ベアトリスは八つ裂きにされても文句は言えないはずだ。

しかしテファのセリフは、
塾生たちの想像を裏切るものだった。

「あ、愛人になりましょう」

「いやあああああああああああああああ!!
 お母さんたすけてえええええええええええええ!!」

その幼い悲鳴で、一堂は水で打たれたように我にかえった。
思えばどれもこれも、しょせんは子供のワガママだったじゃないか。

エルフの怒号が轟いた。

「暴れんなや!!イヤよイヤよも好きのうち!!観念さらさんかい!!」

「そ、その変態を止めろおおおおおおおおおお!!」

「サスマタだ!!サスマタ持って来い!!」









~~~ テファの日記 ~~~

今日、油風呂に入った。
そしたら、皆と仲良くなれた。
凄くうれしかった。

でもその後なぜか袋叩きにされた。
お母さんも『愛人』だったから、
私もそうなりたいと思っただけなのに。
また何か誤解があったのかな。

夜、寂しくなったので、
ベアトリスさんの部屋にレイプしに行くことにした。

彼女の部屋の扉をノックした。
何の反応もなかった。

もう一度ノックした。
今度は、声もかけてみた。

「こんばんわベアトリスさん……」

それでも反応はなかった。

それから3時間ほど扉をノックし続けた。
けど、やっぱりなんの反応もなかった。

私は諦めて、ドアノブをつかんだ。
それを回すと、ゴキンと音がしてドアノブが外れた。
鍵が掛かっていたらしい。

「……中に居るんですね」

ドアノブがあったあたりに手刀を差し込み、そっと握る。
私の手のひらの中で、カギ穴の仕掛けが粉々になった。

扉を開き、子供をあやすような口調で
「こんばんわ」とあいさつし、室内にお邪魔した。

闇の中、猫のように瞳孔を狭めて目をこらした。
でもどうしたことか、ベアトリスさんが見当たらない。

「気配はするから、絶対ここに居るはずなんだけどなあ……」

居るはずなのに見えないというのは、
とても奇妙なことだ。

「ベアトリスさん……どこ……」

ブツブツ言いながら室内をよく見回すと、
何もない空間にプカプカと、ベアトリスさんの耳、
じゃなかった、ツインテールが浮いていた。

それがプルプルと小刻みに震えている。

「あれ……?これは……?」

その金色のツインテールに顔を近づけて、匂いをかいでみた。

スンスン……、スンスン……。

「ベアトリスさんの匂いがする……」

スンスン……、ハミハミ……。

「ベアトリスさんの味……」

ツインテールが、ますます震え始めた。

「おいしい……あじ……ベアトリスさん……」

私は、堪らない気持ちで一杯になった。
私の興奮に呼応して、あたりの魔素が鬼火の群れになり、
狂ったように部屋を回遊した。

でも

「なのに……ベアトリスさんが居ない……あなくちおしや……あなくちおしや……」

私はカゴメカゴメを歌いながら、
ツインテールの周りを三周ほど練り歩いた。

「籠女……籠女……籠の中の……」

お母様の故郷、王家の谷に伝わるファラオ(王)の舞だった。

舞い終わると、どっと疲労が押し寄せた。
ツインテールの背面であろう部分を眺め、少し考えた。

「帰ろっと……」

もう、時間の無駄なだけに思われた。

それから、
今日は色々あったな、と回想した。

ベアトリスさん可愛いいなぁとか、
早く愛人になりたいなぁとか、そんなことをつれづれと思った。

どれだけの時間が過ぎただろうか。
ツインテールが、向こうから現れた。

「おかえりなさい……」

私をおおっていた布団をめくったベアトリスさんに、
私は彼女の部屋のベッドに横たわったままそう言った。

ツインテールが、つり糸を切ったようにベッドに落ちて、
そのまま動かなくなった。気絶したのだろう。
今日の所はそこまでにしておくことにした。

私は、なぜか透明になっているベアトリスさんに布団をかぶせた。

それからちょっとだけスリスリし、彼女の部屋を出て、
自室に戻り、この日記を書いている。

それにしても、
ツインテールが見つかった時点でまだ諦めないのが可愛いくて堪らなかった。
小動物の『頭かくして尻かくさず』をナマで目撃した気分だった。

ほんと柔らかかったなあ(ゴゴゴゴゴ
というか、ちょっともらしてたなあ(ズッギャアアアアアア

……うん、また行こう。
今度のレイプはスプラッタ路線をためしてみようかな。

私はけっこうネに持つタイプなのダ。



[38354] 第3話「決闘!!青銅のギーシュ!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2013/09/04 19:22
第3話「決闘!!青銅のギーシュ!!」


油風呂騒動の翌日。

その日は虚無の曜日であったが、
ここ、貴族塾では平日と変わらず、時間ごとに鐘が鳴っている。

午後1時15分を示す音を聞きながら、
ルイズは、ようやく探していた女性を見つけた。

その香水の少女、モンモランシーは、ウンザリした顔で木陰に腰かけていた。
対面にはシエスタが座っており、その胸の中でベアトリスが泣きじゃくっている。

モンモランシーが開き治ったように怒鳴る。

「もう、悪かったって言ってるじゃない!!」

「うう……うう゛ぇええええええん……。
 な、なんでツインテールにも薬を塗っておいてくれなかったんですかぁ……」

「なんか追加パーツっぽくって、後回しにしてたらうっかり忘れちゃったのよ」

「ふっ、う゛ぇえええええええ……」

何があったのか分からなかったが、
ルイズのほうにも、それなりに緊急の用事があった。

意図的に会話の流れを切るような口調で話しかける。

「モンモランシー、ちょっといいかしら」

「あらルイズ。どうしたの?」

「今朝からギーシュが戻ってきてるらしいわ」

「げっ……」

モンモランシーは露骨にいやそうな顔をした。
ベアトリスの頭を撫でていたシエスタの手の動きにも、動揺の影響が見られた。

ベアトリスは空気の変化についてゆけず、
赤い目をこすり、少し悩んでから尋ねた。

「あ、あの……、ギーシュさんってどういう方なんですか?」

モンモランシーは話したくないらしく、
手を振ってルイズに説明を促した。

「……凶犬みたいなヤツよ。大の平民嫌いで、半年ほど前に、
 平民を半殺しにして監獄行きになっていたのよ。まさかもう出獄してくるとはね……」

「ああ、さてはあれですか?
 お家が、ずっと守ってきた平民に裏切られてどうこうとか?」

「うん、そんな感じ。よくある話よ」

ルイズが言うとおり、今日のハルケギニアではあちこちで見られる風景であった。
ヴァリエール家当主も、為替業者にきっちりカタにはめられ、
それ以来どれだけ話しかけても、

『名前なら書かぬ。羊皮紙には絶対名前を書かぬ』

としか言わない不思議公爵になってしまった。

「でまあ、とにかく威張ってる平民ってのが許せないらしいわ。
 銃士隊の屯所に忍び込んで、銃を盗んだって噂もあるくらい」

「い、いくらなんでもそれはマユツバじゃないですか?
 そこまでして表沙汰にならないわけがな……」

「ちょ!!アナタの使い魔!!」

モンモランシーがベアトリスのセリフを遮った。
短いセリフだったが、ルイズもすぐにその意図に気づいた。

「あああああああああ!!まずいわ!!アイツも平民だ!!」













厨房で食事を済ませたサイトは、
つまようじを咥えながら食堂の掃除をしていた。

そこに、不気味な殺気を放つ男が居るのを見つけた。

サラシを腹に巻き、学ランをはおっている。
軽くカールのかかった金髪の、細身の学生だった。

男はテーブルの一角で、ワインを飲みながら、マリコルヌと何か話している。
少し酔いが回っているように見えた。
どんな会話をしているのか、珍しくマリコルヌがいさめ役に回っていた。

「まあ落ち着けよギーシュ」

と、ギーシュと呼ばれた男のポケットから、何かが落ちた。
ガラス製の、可愛らしい装飾が施された小瓶だった。
それを拾って、何かを思いながら眼を細めるサイト。

サイトはギーシュに歩み寄り、
液体の入ったその小瓶を揺らしながら言った。

「落としもんだぜ」

「……そこに置いておきたまえ」

横柄な態度だった。

「フッ」

サイトは微笑を浮かべ、小瓶をテーブルの上に置いた。
そしてその場を去ろうとすると、

「聞いたかい?あの口の利き方を?」

その背に、あざ笑うようなギーシュの声が届いた。

「どこで礼儀を習ったかしらないが、まあまともな教育を受けていないのだろうね。
 それにあの顔立ち、どこの属州のものだかも知れたもんじゃ……」

ホールに、破裂音が響き渡った。
短く呻くギーシュの頭が、ワインまみれになっている。
あたりが静まり返る。

ギーシュの後ろには、先ほどの黒髪平民の姿があった。
その手には、粉々に砕けたワインのビンが握られている。

「スマンな、手が滑った」

「ククク……。いい根性だ、ドクサレ平民……!!」

ギーシュはサイトに背を向けたまま、音を立てずに真っ直ぐ立ち上がった。
その姿に、もはや隙はない。

ギーシュの左足が後方へ高く蹴り上げられた。
重硬な椅子が、サイトの顎に向かって跳ね上がる。
そして振り向きざまの右拳が、椅子の天板を裏側から貫き、サイトの顔面に襲い掛かった。

サイトは左手で、椅子ごとその突きを内側へ流し上げ、
開いたギーシュの右脇に、左の膝蹴りを放った。
椅子を腕にはめたままのギーシュの、右半身の隙を見込んでのものだった。

しかしサイトは、その足を回転半ばでたたみ、勢いをステップに変えて飛び退った。
ギーシュが左逆手で、杖からわずかに伸びたブレイドを、右脇の前に構えていたからだ。
サイトが右手の関節を取らなかったのも、杖の存在を意識してのことだった。

「……平民、少しは遊べそうだな。ちょっとつついて泡を食う程度なら、
 一気にカタをつけてやろうと思ってたんだけどね。落ち着いたもんじゃないか。さあ、君も抜きたまえよ」

「フッ、段取りがまるっきりチンピラだな。
 光モン(ブレイド)への切り替えも慣れたもんだ。お前、本当に貴族か?」

サイトはそう言いながら、背中の日本刀を抜いて正眼に構えた。

「……君もまっとうな平民じゃなさそうだな。
 ミンメーショボーで力を得たクチかい?なら可愛そうだけど、八つ当たりもコミでやらせてもらうよ」









「塾長!!大変であります!!」

塾長室に、血相を変えたギトーが飛び込んできた。

「グラモンの子せがれとルイズの使い魔が、
 ダンビラ抜いてタイマンかまえてやがります!!
 このままでは、死人の数だけ授業料が減ります!!」

「ほっとけほっとけ。生きるばかりが命じゃねえ。死んで散るのもまた命よ。それが青春じゃ。
 そんなことよりワシはこの赤字経営を……」

そこまで言って、塾長は何かを閃いたように唸りだした。

「ふむ……。良いことを思いついたぞ……」










サイトの右手の甲に、赤い筋ができた。
浅い傷だったが、明らかに実力差で与えられたものだった。

「チッ、指を狙ったのにな」

ギーシュの剣は、異様だった。
歩幅で腰を軽く落とし、右足を軽く前に出している。
両腕を肩から脱力させ、ブレイドは前手にぶらさげている。
すり足は使わず、重心こそ揺らさないが、歩み足で、のたのたと前後左右に動く。

気づけば、ギーシュのブレイドがいつの間にか、
それまでとは反対の手に持ち替えられていたりもした。

こちらの刀のみを叩くような斬撃の雨に、まれに体への攻撃が混ざった。
隙の見出し方に、独特の理論を持っているようだった。

つばぜり合いになれば、
執拗に足をかけてくるのだが、これも抜群に上手かった。
手への一撃も、足かけでサイトの体勢をくずし、その離れ際に放たれたものだった。

「平民、どこで習ったか知らないけど、ずいぶんお上品な道場剣法じゃないか。
 貴族のマネゴトでもしているつもりかい?」

ギーシュも、左鎖骨あたりから出血しているが、それはサイトが斬ったものではなかった。
つばぜり合いの最中、刃先に触れるのを気にせず、ギーシュが組み打ちに持ち込もうとした時のものだった。

「貴様こそ、軽口よりは魔法を唱えたらどうだ。
 泥臭いブレイドで、いつまで剣士ゴッコを続ける気だ?」

「ククク、そんなに死にたいのかい。
 いいだろう、本来なら君ごときに見せるモノじゃないが……」

「双方それまでーーーーーーーーー!!」

二頭の若獅子の動きが、落雷のような激でピシャリと静止した。
食堂のテーブルが、ビリビリと揺れる。
貴族塾塾長・オールド・オス男マンだった。

ギーシュが落ち着いた様子で尋ねる。

「塾長、どういうことですか?
 まさかこの貴族塾で、生き死にの決闘はご法度だなんてことはありませんよね?」

「フフフ、それこそまさかである。命を賭けた闘い、貴族の本懐これに勝るものなし。
 だが今回は貴様らのその命、この貴族塾の為に使ってみせい。
 その勝負、貴族塾名物『チェスボクシング』にて決着をつけるのだ!!」


~~~~~~~~~~~~~~~~ チェスボクシングについて ~~~~~~~~~~~~~~~~

『場違いな書物』に記されていたというというこの競技は、
チェスとボクシングを融合した決闘法である。

ただしチキューのそれとは違い、
トリステインルールでは、2対2のチーム戦で行われる。
チームはチェス担当とバトル担当に分かれてそれぞれの敵と戦い、
いずれかの決着により勝敗が確定する。

闘いは巨大なチェス板の上で行われるが、
敵のコマを破壊した場合、自軍のコマを二つ落とすことになる。

またバトル側が敵をダウンさせる度に、チェス側で敵のコマが一つずつ減ってゆくというルールにより、
知力と体力が相補い合う、まさに最小規模の戦争と呼んで差し支えのない壮絶なものとなっている。

尚、その『場違いな書物』によると、イオカというボクシング王者と、センザキというプロ棋士が、
1対1にて、ボクシングとチェスをラウンド毎、交互に行うというルールで戦ったとあるが、
ボクサーが棋士をしばき倒して決着がついたことは言うまでもあるまい。

・アカデミーレポート「フルコンタクト・チェス ~コークスクリュー棒銀に賭けた青春~ 」より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~









ギーシュとサイトの出会いから、一週間目の正午。
貴族塾は、外部の人間で大変な賑わいを見せていた。

『生か死か?!世紀の決闘チェスボクシング!!』

そんなビラが、校舎のあちこちにはりつけられている。
この一週間、塾生たちが、近隣の街や村でばら撒いていたものと同じだ。

入場料の売り上げは既に500エキューを超えており、
その他にも、まだまだ屋台からの売り上げが見込めそうだ。

ヤキソバ、ポップコーン、ワタ飴といった定番の商品を、
けなげな塾生らが媚とセットで販売している。

それらは夜間までの営業を見込んでいるらしく、
あちこちに手製のマジックチョウチンがぶらさがっている。

教官らも、この日ばかりは格の違いを見せ付けていた。
ギトーの年季の入ったタコヤキ口上に人だかりができていた。

「らっしゃいらっしゃい!!タコの耳ダコちょと切って!!
 涙ちょちょ切れさんしょ切れ!!5スゥは下らぬこの品を、
 今日はなんとたったの4スウ奉仕!!なぬ?!3スゥ?!
 ん~~~~!!首くくりやしょ!!3スゥでよろしゅうおす!!
 お、そちらのお母さん、お買い上げありがとうございやす!!
 ヴィリエ!!こちら本日お初のお客様だ!!1パックサービスしてさしあげな!!」

「押忍!!」

サクラのシュブルーズがホクホク顔でタコヤキを受け取るが、
その内心は修羅と化している。

彼らは『お婆さんを見たらお母さん。お母さんを見たらお姉さん。
お姉さんを見たらお嬢さんと呼べ』と徹底されているからだ。

「美味しい美味しいトウキビはいかがですか~!!」

「よそでは買えない魔法の香水はこちらでーす!!」

威勢のいい営業トークとソースの匂いが、あちこちに漂っている。

よそで買ったものを倍の値段で売るだけという、
カルテルにケンカを売っているような商品も、飛ぶように売れていた。

が、こんなバカ騒ぎが官憲の目につかぬわけがない。

「こ、こらこらこらーーーー!!貴様ら何をやっとるかーーーー!!」

「でも隊長!!この不思議な雰囲気ってちょっとワクワクしますね!!」

「ドアホ!!」

案の定、二人の銃士隊員が血相を変えてかけつけた。
そのうちの一人、アニエスが、正門そばで大声でまくしたてた。
応対をするのは、入場受付のシエスタだ。

「責任者を出せ!!この太平の世に決闘だと?!貴様ら何を考えてるんだ!!」

「た、隊長!!このオーバン焼きムチャクチャ美味しいですよ!!」

「黙ってろアホミシェル!!」

「生地にホットケーキ用の粉をまぜるのが秘訣なんです。よそのお店には内緒ですよ」

「やかましい!!そこの脳筋と会話するな!!責任者を出せと言っている!!」

「まあまあまあ、落ち着いてください。そうだ、ベビーカステラの割引券あげましょうか?」

「隊長!!さてはこの子すごくいい子ですよ!!うちもメイド雇いましょう!!」

「あああああもおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

シエスタはアニエスの悲鳴に、
何か考えるような素振りを見せていたが、ぱっと視線を明後日の方向にやって叫んだ。

「あ、教官殿!!押忍!!」

「はぁ……」

『教官殿』と聞いたアニエスは、
内心、このメイドよりハグラカシ上手な奴が現れたのではと、
つくづくウンザリした気分でフリ返り、次の声を裏返らせた。

「こ、コココ、コルベール様?!って、えぇ?!教官?!」

「おおう、ヒック。アニーじゃねえか。大きぅなったの~う。ゲッフー」

鬼ハゲは昼間っからワンカップを片手に、
真っ赤な顔でヨタヨタとダメオーラをほとばしらせている。

「……隊長、この茹でハゲと知り合いなんでふヴぉっ?!」

アニエスのケンカキックで、
ミシェルは大判焼きを吹き飛ばしながら崩れ落ちた。

「くくく、口をつつしめドバカモン!!この方がかの有名な『ダングルテールの守護聖火様』だ!!」

「え……、こちらがかの有名な素敵な背中のコル様げこっ!!」

再度撃沈するミシェル。

それからアニエスは顔の前で手をシパシパさせ、
『ノーメイクなのに!!』等といったことをシエスタに読心されながらも、
どうにかこうにか職業意識を振り絞った。

「あ、あの、しかし、コルベール様。このお祭り騒ぎはなんなのですか?
 いくらなんでも、このご時勢に決闘などとは……」

「ガッハッハッハ!!うぉっぷ……。何を言うとるか。大きな声で言うもんじゃねえが、
 決闘なんぞするわけなかろう。こりゃ学芸会よ。そういうお芝居をするだけじゃ、オップ」

「へっ?し、芝居?」

「シッ!!声がでかい!!」

鬼ハゲは慌ててそう言うと、
手で口元を隠しながらアニエスの耳元に顔をよせた。

「ひゃっ?!」

「分かっとるもんは分かっとるもんで楽しんでいってくれるんじゃが、ヒック、
 やはり大っぴらに八百長と言われりゃ具合が悪い。まあ見逃してくれや」

「ああああああ、あう……おお、お芝居……」

アニエスは、必死に冷静な自分にしがみつきながら考えた。

いくらなんでも強引すぎるのではないか?
でも、コルベール様がお芝居だって言ってるし……。

と、その時。

「うぎゃああああああああああああああああ!!」

本物の死の恐怖を直感させる、凄惨な悲鳴が響いた。
アニエスとミシェルは即座に職業戦士の表情を取り戻し、声のしたほうに注視する。

世にも不気味なピエロがそこに居た。

学生帽をかぶった金髪巨乳のホラー・ピエロが、
ツインテールの女の子を建物のコーナーに追い詰め、
ガニマタで両手をかかげて威嚇している。

「あばばばばばばばぁーー!!」

「ひぎゃーーーーーーーーー!!」

「べろべろべろべろべろべろべぇーー!!」

「ふわああああああああああああああああ!!」

子供を怖がらせる為だけに特化した、
実にプロフェッショナルな動きだった。
一朝一夕で身につく技でないことは一目瞭然だ。
この日の為に、血のにじむような練習をしてきたのだろう。

コルベールが、アニエスの肩を叩いて語りかける。

「な、お芝居だろ?」

「なるほど……学芸会……」

「よし、せっかくだ。お前らも見てけ。S席用意しちゃる。ヒック」

「はい!!」

ふわふわな足取りでコルベールについてゆくアニエスを、
ミシェルは『うわぁ……』とも『ほほう……』ともとれる笑顔で見守っていた。










盛大に花火が打ち上げられ、
シュブルーズのアナウンスが学内に流れた。

「長らくお待たせいたしました。
 これより本日のメインイベント、チェスボクシング、
 『ルイズ・サイト組VS.ギーシュ・マリコルヌ組』を行います。
 混雑が予想されますので、お客様方におかれましては、
 どうぞ早めのご着席をしてくださいますようお願いします」

ヴェストリ広場――――――

観客に囲まれた15メイル四方の巨大な舞台は、茶色と薄黄色でチェック模様がほどこされており、
64のマスに分けられている。巨大なチェス盤だった。コマも、小柄なポーンですら2メイルを軽く越している。

その角で、舞台にあがるサイトの後ろから、ルイズがなんとも不気味な唸り声をあげていた。
サイトも流石に不安になって、話しかけた。

「……ルイズ、本当に大丈夫なのか?」

「あれはマジックアイテムだから問題ないわよ。
 舞台横で普通のチェスをしたらその通りに動くから。と言うか今話しかけないで」

「いや、そういう意味じゃなくてだな……」

「だから話しかけないで!!ギリギリまで詰め込むんだから!!」

ルイズは、う~う~唸りながら『ジャイアントモールでも覚えられるチェス入門』なるものを読んでいる。

「……行ってくるぜ」

レフェリーのミス・ロングビルがサイトに入場を促した。
サイトが舞台に飛び上がると、対角線上には既にギーシュの姿があった。
舞台は、巨大なコマたちが居並ぶせいで、数字で聞くより狭く感じられた。

アナウンスによる選手紹介がすむと、ロングビルが杖を掲げて叫んだ。

「始めッ!!」

試合開始の大太鼓が鳴らされた。
轟音とともに、マリコルヌの黒いポーンが動いた。

ギーシュが杖を振る。
青銅のゴーレムが3体現れた。
女戦士の形をしたそれらの手には、やはり青銅製の剣が握られている。

「いきなり終わらしたんじゃ僕の気がすまない。まずはその子たちと遊んでもらおう」

「御託はいい。さっさと始めようや」

「……口の減らん平民だ」

ゴーレムたちがサイトに襲いかかった。鋭い踏み込みだった。
それと対照的に、サイトは柔らかく、かすかに軸をずらして後退する。
それに応じて青銅人形の動きに、距離と速度を調整し直すための居つきができた。

そこへ立て続けに、カカカッと、金属音が三っつ。
いつ抜いたのか、いつ振ったのか、サイトの刀が陽の光を銀に反射していた。

「へえ、見事にくずすね。角を斬るのも上手だ。
 道場のお上手さんかと思ったけど、なんだ、君は戦場上がりだったのかい」

ギーシュの感想を受けながら、ゴーレムたちが土に還ってゆく。

「おお……」と、客席から感嘆のため息が染み出した。

「さてな。トリステインの戦場にゃ、こんなとろくせぇゴレームが居るのか?」

「……よほど死にたいと見えるな」

ギーシュの顔が、まがまがしく歪んだ。
憎悪とも歓喜ともつかぬ相貌だった。

ギーシュの杖から、薔薇の花びらが舞う。
新しく三体のゴーレムが現れ、異様な構えを見せた。
先日、ギーシュがサイトに見せた構えだった。

リングサイドで、それを見ていたルイズが珍しく動揺した。

「あ、あの構えは!!」

マリコルヌが、なぶる様な嘲笑をもらす。

「ふふふ、知っているのか。さすが博学だな、ルイズ」

「知ってるも何も、あれは……まさしく三剣分龍……!!」


~~~~~~~~~~~~~~~~ 三剣分龍について ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

三剣分龍は、数々の『場違いな武術指南』を翻訳した『烈風の書』に記されし実戦剣法である。

『烈風の書』・『崩の精神』の項によると、
ニホンでは、『死法剣』『形聖剣』『理砲剣』という三つの武闘勢力が、
それぞれ『ジオン公国』『キノコ王国』『群馬県』の三国に分かれ、
一万二千年もの長きに渡り戦い続けていたという。

八千年過ぎた頃から、この力はモンテスQというオバケにより管理されており、
モンテスQがその三すくみの力の均衡を開放する時、三剣分龍は真の力を発揮するという。

尚、その発動は物質世界と論理世界を同時に無に帰す程であり、
今もニホンでは、オバケの所持は銃刀法で固く禁じられている。

しかし、『烈風の書には誤訳があるのでは?』、
『そもそも訳者はチキューの語学知識を持っていないのではないか?』、
との説が■■■■■■■■■■■ありません。

私見だが『烈風の書』の内容は全て■■■■■■■■■■■■■ガチです。
む、それにしても先ほどからやけに風が強■■■■■■■■くないです。

■■■■■■ところでボクの脱税とかの証拠は全部引き出しに入っています。
■■■■■■■■■■■■■あと、ボクの全財産はトリステイン王家に捧げます。トリステイン万歳。

たまにそういう気分になる日ってありま
すよね。というか今にして思えばむしろ風は全く吹いてませんでした。まあそういうわ
けで疲れ
ているっぽいですし、もうボクはどこか遠くへ行ってしまおうと思います。探さないでください。

『チュレンヌの置き手紙』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~










「無駄だ!!三剣分龍に敵はない!!」

「クッ!!」

サイトを中心に据えようと、
三体のゴーレムが着実に位置を詰めてゆく。

チェスプロブレムのように、
少しずつ、だが確実に、サイトが追い詰められてゆく。

場内は、その緊張感に静まり返っていた。
そうそう眼にすることの出来ない、正真正銘の死闘だった。

だがその中に、いとも落ち着いた様子で舞台を眺める者らが居た。
緊張どころか、笑みを浮かべながら闘いを眺めている。
銃士隊の二人であった。

「フフフ……隊長、皆静まりかえってますよ。演技だとも知らずに。ウプププ……」

「ハハハ、ムリもあるまい。先入観があると、偽者でも本物に見えるものだ」

「思い込みって恐ろしいですね……」

「我々も気をつけねばならぬな」

「ハイ。それにしてもあの黒髪、華はないけどシブイ演技しますねー」

「そうだな。素人が刃物を振ると、まず腕を引っ張られるものだが、
 あれはまるで、本物の剣のそういった具合を熟知しているみたいな動きだ。
 本物を振り回しているようにすら見えるよ。大したものだ」

ゴーレムたちが、サイトに踊りかかった。

速さにも遅さにも、
モーションセンサーとしての目と心を、なんとも的確に誤魔化すものがあった。

一瞬遅れて、サイトの肩口から鮮血が噴出する。

「おお!!今の見ましたか隊長!!」

「なんとも武術的な動きだ!!なるほど、本物の武術の心得もあるというわけか」

「確かに、強さの幻想を売りにしている以上『じつは弱い』なんて噂は大敵ですからね」

「うむ。血も実にリアルだ。正直、本物と見分けがつかん」












「大口を叩いていたが、やはりメイジの敵ではなかったな」

三剣分龍の構えで、ゴーレムが陣を組み直す。
サイトはじわじわと歩みをゆるめ、ゆっくりとヒザをついた。
それを見逃さず、ゴーレムたちが再度襲いかかった。

「かかったな!!ギーシュ!!」

その剣閃がサイトに届こうかというまさにその時、
白馬の生首がゴーレムに突進してきた。

「ああああ!!僕のナイトがあああああ!!」

マリコルヌが悲鳴をあげる。
ゴーレムはマリコルヌのコマ『ナイト』と衝突し、粉々に砕け散った。

サイトはチェスの流れを見て、
次にマリコルヌが取る手を読んでいたのだ。

三位一体の動きを崩された残りの二体も、
ほぼ同時にサイトに切って落とされた。

「チ!!使えんデブだ!!」

「ギーシュ!!覚悟!!」

サイトはギーシュの動揺を見逃さず、
風のような速さで駆け出した。

しかしその足は、砲音とともに押し止められる。

「こ、これは……」

「フン、卑怯とでも言う気かい?あいにくチャンバラにつきあう義理はないんでね。
 油断した君が悪いのさ。貴族の戦いにおいて、油断は死の雅号だよ」

利き腕の付け根から血を流し、崩れ落ちるサイト。
ギーシュは、使用済みのマスケット銃を放り捨てると、再びブレイドを唱えた。











メイジが銃を使う。
ハルケギニアの住人にとって、天地がひっくり返るような光景だった。
しかしミシェルがその光景から受けた衝撃は、他の比ではなかった。

あの銃は、まさか―――――

一方アニエスは、淡々とシーンの寸評をしている。

「うーむ、あのシーンは台本に無理があるな。あれは銃士隊用のナンブ式マスケット38口径ではないか」

それを聞き、カタカタと体を震わせるミシェル。
アニエスはそれに気づかぬ様子で、言葉を重ねた。

「銃というものは、一丁一丁が女王陛下からの賜り者であり、まさしく銃士隊の命とも言えるもの。
 それを盗まれるようなマヌケなんぞおるわけがない」

「あ、あの……隊長……」

「なんだ、ミシェル?顔色がおかしいぞ?」

「その、もしもですよ? ifの話ですよ?
 もしも万が一、そんなマヌケが私たちの部隊に居たとしたら……隊長、どうします?」

「そんなマヌケが我等の部隊に?フッ……、またバカなことを。しかし今のは笑えたぞ。ハハハハハ……」

「アハ!!アハハハハハハ!!」

「そいつを殺して私も死ぬ」

「ハウッ!!」

「ん?どうした?やはり顔色が……。というか、挙動不審すぎるぞ」

「いやいや!!私たまに顔が緑になるんです!!気にしないでください!!ヒホホホホホホホ!!」

「……不気味なやつだ」









ギーシュのブレイドがサイトに襲いかかる。
彼は、剣士としても一流だった。

「ハハハ!!平民が平民の武器で倒される!!これほど屈辱的な敗北はあるまいて!!」

もはやゴーレムは不要ということなのか、直接人を斬る感触を味わうためなのか、
いずれにせよ、手負いのサイトはその猛攻を前に、ただ体力を消耗してゆくのみだ。

そしてとうとう、サイトの刀が、中ほどから両断された。
同時に切り裂かれた胸元にも、赤いものがにじんでゆく。

「さあ、これで武器もなくなったね?命乞いでもしてみるかい?」

「ふざけんじゃねえ……相手見てもの言わんかい……!!」

サイトが拳法らしき構えを取り、吼え返した。

「いい覚悟だ」

ギーシュがブレイドを振りかぶった。

絶体絶命。

素手の人間がブレイドを相手に、どう攻めればいいのか?
振り下ろされるブレイドを、どう防げばよいのか?

不可能だ―――――

会場中の空気が張り詰めたが、

「チェックメイト!!」

しかしそれは、ルイズの高らかな宣言に断ち切られた。

「チェックメイトよ。ふん、案外簡単なゲームじゃない」

舞台を揺らしながら、
ルイズのビショップが詰み手のマスへと駈けていった。
早打ち勝負ではありえないほど、見事な閃きからつながった詰みだった。

舞台に、惜しみない拍手と賞賛の叫びが降り注いだ。
この決闘は、チェス側かバトル側、いずれかの勝利をもって決着とするルールである。

これで決闘はルイズ・サイト組の勝利――――――

「ふざけんじゃねえ……っつっただろうが……!!」

に思われたが――――――

次の瞬間、サイトの正拳が、
チェックメイトを決めたルイズのビショップを粉砕していた。

「アガリ放棄、戦闘続行だ……。文句はないな、ルイズ……!!」

「好きにしたら。サイトのことだから、どうせそうするだろうと思ってたしね」

ギーシュが、呆れた表情を浮かべる。

「愚かな。与えられた勝利をみすみす捨てるとはね。いいだろう、一瞬で終わらせてやる」











舞台のドラマを見るともなしに眺めながら、
アニエスは、全く別のことを考えていた。

さてどうしたものか、と。

まったく、銃を盗まれるマヌケなど自分くらいのものだろう。
その上、それがまさか、こんなところで見つかろうとは。

しかし後悔していても始まらない。

とりあえず、さっきのカマかけで分かったことが3つある。

・どうやらミシェルは、私が銃を盗まれていることに気づいているということ。
・ミシェルは『私が自分の銃を盗まれたことに気付いていない』と思っているということ。
・そしてミシェルは、私を庇うつもりでいるということ。

となれば、私が取るべき道は二通り考えられる。

一つ、このまま『銃をなくしたことに気づいていないフリ』を通す。
二つ、『どこからか銃を調達して強引に誤魔化す』かだ。

いや『銃を調達』というのはムリがあるだろうか?

むぅ……。









轟音が響き、サイトの心臓から、猛烈な勢いで血が噴出した。
サイトはそのまま前のめりに倒れ、求めるように右手を伸ばし、

「き、貴様……」

と唸ると、ピクリとも動かなくなった。
ミス・ロングビルがしずしずとサイトに近寄り、その体を一瞥して。

「死亡確認」

と宣言した。

全てが静止した世界の底で、ギーシュの持つ銃から立ち上る煙だけが、風に揺れなびいていた。
静まり返る会場に、青銅の高笑いが轟き渡る。

「ハハハハハ!!バカめ!!『銃はもう一丁あった』のさ!!」










「……」

「……」

「……ミシェル」

「……なんでしょう、隊長」

「いい『お芝居』だな、これは」

「はい。なんともはや、いい『お芝居』です」

「……」

「……」

「……リングに押し入ってだな、あの黒髪剣士の死体を検分するフリして」

「はい」

「こう叫ぶんだ『本当に死んでいるではないか!!』『これは本物の銃ではないか!!』とな」

「それで『証拠品』という名目で銃を回収するわけですね」

「死体が回収されてからでは遅い。行くぞ!!」

「はい!!」










グググと、サイトが起き上がった。
ギーシュが驚きの声をあげる。

「バカな!!心臓を撃たれて、なぜ生きている?!」

おぼつかない足取りを気力で制御しながら、
サイトはその問いに答えた。

「分からんか……?貴様も言っていたはずだ『いい根性だ』と……!!」

「……なるほど、そういうことか。合点いったよ」

ギーシュはそうつぶやいて、得心の笑みを浮かべた。
観客の間に、どよめきが広がった。

「そうだ……。精神が肉体を超越することを根性と言うのだ……!!」

このサイトのセリフに、会場はその日一番の盛り上がりを見せた。
それは奇しくも、かの大戦でトリステインの英雄『烈風』が叫んだという文言だった。

「ふむ、まったくもって君の言う通りだ。しかし!!」

ギーシュが杖を振ると、もうこれで十分とばかりに、
ワルキューレが一体だけ現れた。その手に握られた曲刀に、陽の光がぐにゃぐにゃと映える。

「丸腰で何が出来る?!首をハネられてもまだ戦えるか、試してやろうじゃないか!!」

「上等……!!」

まだ戦える。
それはサイトにとって確信だった。

戦うのはオレじゃない――――――
お前の心の震えが、オレを振るうんだ――――――

その時、不屈の闘志を燃やすサイトの耳に、
少女の透き通った声が聞こえた。

「サイト!!」

ルイズの声だった。
毅然とは、ああいう声をいうのだろう。

「死になさい!!サイト!!負けて生き恥をさらす位なら、見事死んで見せなさい!!」

そちらを見ると、ルイズは、どんな握力で握り締めればあんなことになるのだろう、
小さな両の握りこぶしから、大量の血を滴らせている。

「強情な相棒を持ったもんだね。本当は君に、とっとと降参して欲しいくせに。バカげた話だよ」

「フッ、貴様には分かるまい……!!」

サイトの心には、歓喜が吹き荒れていた。
彼にとって、これほど幸せなことはなかった。

彼はかつて、ルイズのために7万と闘い、
死に、目を覚ますと、10年もの歳月を逆行していた。

人生をやり直すチャンスを得た少年は、自らを鍛えに鍛えた。
そして再びルイズに召喚され、10年ぶりに訪れたハルケギニアは、何もかもが変わり果てていた。

新しい人生の中で、サイト自身も随分変わり、以前の記憶もどんどん消えていったが、
ハルケギニアの変化は、サイトにとって絶望でしかなかった。
ほとんどの知人が別人のように変貌していた。

しかし、拳から血を流しながら『死ね』と叫んだルイズ。
『生き恥をさらすな』と叫びながら、涙のような血を流したルイズ。

どんな様式をまとおうと、ルイズは、
あの輝かしいルイズのままだったのだ。

「行くぞ、ギーシュ!!」

サイトはそう宣言し、前傾に身をかがめた。
背中に、遠いあの日々のルイズを感じる。
心が、震える。

あの最後の日、体中に駆け巡った特別な勇氣が蘇ってゆく。
少年の心に、誇り高い氣合が練りこまれてゆく。

「そっから先は地獄でうたえや化け物がーー!!」

ギーシュの叫びと同時に、
サイトは、刃鳴りを思わせる残響をたてながら駆けた。

跳躍する。

いつしかハチマキを手にしているサイトの背後には、
鋭利な刃物で切り裂かれ、土に還ってゆくワルキューレがあった。

ギーシュの杖から薔薇の花びらがこぼれ落ちた。
そこからさらに6体のワルキューレが現れ、サイトを取り囲む。

サイトの両拳が、奇妙な型を作った。
小指、人差し指、親指を立てている。

蝶のように柔らかく、かつ蜂のように鋭い動きから放たれる音速の突きが、
鈍い音をたてながら周囲の土人形を貫いてゆく。

「くっ!!」

後ずさりながら、ギーシュが杖を振りかぶった。
しかし、それ以上は動けなかった。
肉が鉄に変えられたように、腕を動かすことが出来ない。
その肩には一条の、硬質化した黒い髪が刺さっている。

ギーシュがそのことに気づいた時にはもう、
彼の顔前で、サイトの輝く左拳が静止していた。

「続けるか?」

「……僕の負けだ」

わずかな間を置き、
ギーシュは一礼すると、うやうやしく杖を収めた。

爆発のような歓声が場内に轟いた。

舞台そでに殺到した群衆が、
もみくちゃになりながら、思い思いの言葉を叫んでいた。
祝福の言葉だろう。

サイトは、改めて周囲を見回す。
ハルケギニアの光景だった。

貴族が、平民が、亜人が、銃士隊がそこにいる。
使い魔の少年は帰還の喜びをかみ締めながら、拳を天にかかげた。












~~~ ルイズの日記 ~~~

10年ぶりに会ったサイトは、
何もかも変わっていた。

そりゃ私も変わったかもしんないけど、
サイトの変化は、ハルケギニアのどんな変化よりもショックだった。
こんなのサイトじゃない。

夜も全然襲ってこないし、いや、襲ってきたら殺すけど、
ぜんぜん他の女の子にも目もくれないし、その時はもっと殺すけど、
どう見ても別人すぎる。

特に、氣合で死ななかった時は本気で引いた。
普通に「キモイので死んどけ貴様」みたいなこと言っちゃったし。

魔法学園、じゃなかった、魔法塾の、
なぜか一年中散っている無節操なサクラとかにも色々と思うところはあるけど、
隙あらば「フッ」て言うサイトは何よりキモイ。

あ、ひょっとして召喚の呪文をワレコラ調にしたのがまずかったのかな?

でも、みんな『オラァ!!でてこんかいコラァ!!』って魔方陣にガシガシ蹴りいれてたし、
私だけ前回みたいなノリにしたらアブない子って思われるかもしれなかったわけで……。

……。

て言うか!!私の芸術的な素敵チェックメイトに何してくれちゃってんの?!
あれどういうこと?!死刑でしょ?!普通死刑でしょ?!
やっぱ今からでも殺すべき?!

……でも、今日のサイトは結構昔のサイトっぽかった気がする。
ほんと、どうしたものかしら。



[38354] 第4話「妖刀!!ヤンデルフリンガー!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2013/09/07 03:30
第4話「妖刀!!ヤンデルフリンガー!!」


トリステイン貴族塾――――――

この教育機関では、魔法に必要な様々な教養、
『心と言葉の関係』『魔法に現れる[ニホン語思考]と[ガリア語思考]の差異』
『心理的条件反射のアンインストール』『本能的苦痛と文化的苦痛の並列化』
等といったことはさておき、とにかく筋力トレーニングと組手とに重点を置いている。

『術は力の中にあり』との教育理念によるものである。

また、部位鍛錬も同様に重視されている。
皆、肉弾戦で使う部位を徹底的に鍛え上げる。
肉体の変形をともなうほど激しい鍛錬である。

現在サイトは浴場での入浴を認められているが、
そこで全裸のコルベールを見た時は『ひょっとしてこの人デーモン族?』と思ったほどだ。

これらは特に外来系統『氣』『漢』『侠』『魁』『萌』等に強い影響を持ち、、
時間割表の半分以上が『漢』と『侠』で埋まっているこの塾では、もはや誰も疑問を感じていない。

ちなみに貴族塾で『萌』の系統を使用すれば、軍法会議により火あぶりである。

人の心を根から変えることの危険性を鑑みてのことであるが、
今年は既に、モンモランシーやケティなど、5人ほどが火あぶりに処せられている。
ゆえに彼女らは、日頃から焼け石の上を歩く等の自主訓練に励み、独自の火あぶり対策に余念がない。

教官側と生徒側の、こういった関係の歴史はそれなりに長い。

そのせいで、彼らの血で血を洗うイタチゴッコもすでに形式化しており、
異国の可愛いものに憧れる女性徒らは、どうにか教官の目をかいくぐろうと、あれやこれやと奇策を弄する。

「奥様、こちらはゴバルスキー卿お手製のケモミミで御座います」

「すごい……。ケモミミなのに全然可愛くない……。これなら……」

サイトを引きつれ、トリスタニアにやって来たこのルイズも、密かにそういったものに興味を持つ一人である。
一週間前の決闘で、サイトの刀はもはや使用不可能となった。
なので、いよいよサイトとデルフリンガーを引き合わせようと、件の武器屋に来たのだが――――――

「着用者の怒りに反応して、この耳の部分が1メイルもの鋭利な角に変わるんで御座います」

「おお……」

店内は、規模と店主以外の全てが別空間と化していた。

店の半分には、ルイズが(気がついたら)買っていたゴバミミなど、
そういうファンシーだかファンキーだかなグッズがきらびやかに展示されている。
セーラー服がそこに並んでいることから、サイトはハルケギニアの変化を今更ながらに思い知った。

店の残りの半分は、恐らく今も武器屋なのだろうが、
巨大なヨーヨーや、硫酸のシャボン球や、とかくオモチャを無理やり武器にし、
『どうすれば教育に悪いか』を追い求めたような凶器が山積みになっている。

ルイズが我を失っている間、サイトはその山をかきわけ、目当てのモノを探していた。
しかし、どれだけ探しても、あのインテリジェンスソードは見当たらない。
どうしたことかと、そうサイトが思い始めた頃、

「ああああああああああああああ!!」

カウンターの奥のほうから、懐かしい声が聞こえた。

「うお!!デルがしゃべった?!」

店主が、素で驚きの表情を浮かべる。

「おろして!!おねがい!!おろして!!」

「あーわかったから静かにしろ、今おろしてやる」

デルフリンガーは、カウンター後方のタンスの最上部、明らかに人目につかぬ場所に片付けられていた。
店主が踏み台にのって手探りで、そこからデルフリンガーを下ろした。
かつての相棒は錆びに錆びて、茶色い棒と成り果てていた。

「すいません、お客様。こいつ、ずっとしゃべら「ああああああああああああああ!!」

また、デルフの叫び声。
あっけにとられる三人をよそにデルフは、サメザメと独り言を言い始めた。

「な、長かった……。6000年……。アアア、アホみたいに長かった……うううう……」

すすり泣きまでしている。
サイトは、やはりデルフも変わってしまったのかと思いながら、その剣に話しかけた。

「お前がしゃべったのか?」

「二週したら、かなり記憶がスキっとしたけど……、
 なんか途中から全然先が読めなくなるし……、もう会えないかと……」

しかしデルフは完全に自分の世界で対話しており、まったく要領を得ない。

「うう……、チートでもらった空想テトリスもすぐ飽きたし……
 途中で空想テトリスとテトリス症候群がまざって発狂しそうになるし……」

サイトはその柄を握って抜刀し、横なぎに一振りした。
こういうスルー能力は、以前の彼になかったものだ。

ブヒュっ、と、懐かしい風切り音。
刀身を立て、目を細める。

どういうわけか初対面の頃よりも錆び付いているが、10年前、生死をともにした親友だ。
きっとまた、仲良くやっていける。

そんなサイトの気持ちを知ってか知らずか、デルフはブルブルカタカタと震え、

「ああ……ああ……」と、気色悪い声を上げている。

「ちょ、ちょっと大丈夫なの、このボロ剣」

ルイズがツバの部分をつつくと、デルフはようやく二人に語りかけた。

「……えーっと、ごめんね。内側にこもっちゃってた。アタシはデルフリンガー。始めまして、お二人さん」

『アタシ』という言葉と口調に、ルイズとサイトはそれぞれ内心で疑問符を浮かべた。
刀剣に性別は重要ではないのだろうか、とはサイトの感想だ。
価値観を一転させるトレビアンシフトでもあったのかしら、と、ルイズ。

それからサイトは、意を決したように口を開いた。

「ねぇルイズ、あたしこの剣気にいっちゃった」

「「……………………え?」」

店主とルイズの声がだぶった。

猫がワンワン吼えたような、ガメラがコケコッコーと鳴いたような、
これぞ違和感、という、そんな違和感だった。

「……フッ、冗談だ。見てくれはともかく、こいつはなかなかの一品だな。
 剣というより、伝説のミス美女といった趣だ」

そう言うとサイトは、買ってもいないその刀を背中に背負ってしまった。

「「…………」」

「よし、ルイズ。とりあえずオレのカマを掘ってくれ」

「「…………」」

「大隆起を止める前に、まずそこからだ。それが六千「ハッ!!」

ルイズの左足が、内回しに中段まで上がった。
サイトがカカト落としを予測し、左ガードをあげる。
ルイズの左膝が奥にたたまれ、そこから放たれる中段横蹴りが、サイトの左腹部に食い込む。
サイトの重心が右に下がった。

ルイズは左足を引く反動で、飛び左拳突きを放った。
狙いは、サイトの右首筋に見える剣の柄だ。

サイトはさらに身を落としてそれをよけ、伏せたまま店外に転げて行った。

なんだか分からないが、あのボロ剣、バグった上にサイトを乗っ取りやがった――――――

ルイズも間をおかず、サイトを追った。

往来では、今まさに立ち上がるサイトを、野次馬が遠巻きに眺めている。
サイトは近づいてくるルイズに気づき、普段と同じ口調で語りだした。

「ルイズ。誤解しているようだな。『カマを掘る』というのは、そういう意味ではない」

ルイズは戦闘的な速度で思考する。
乗っ取られたのではなく、操られているという状態に近いのだろうか。
サイトの知識、運動能力を使っていることがその傍証だ。

「……じゃあ、どういう意味なのよ」

「ケツにイチモツをぶちこんでくれということだ」

「死にさらせ!!」

サイトはルイズの飛び蹴りを横とびによけ、
デルフリンガーの柄から白い飴玉のようなものを取り出すと、着地するより早く、それをルイズへと弾き飛ばした。
それは狙いに寸分たがわず、ルイズの口に飛び込んだが、ルイズはペッと、反射的にそれを吐き出した。

「心配するな。それを飲めば生えてくる」

「あ、あぶねぇーー!!飲むとこだったじゃないの!!」

と、サイトの四肢が不自然に躍動し、
何を思ったか、自ら、己のつま先に短刀を突き立てた。

「く……無事か、ルイズ……!!」

ルイズが瞬時に状況を推測して叫ぶ。

「サイト?!サイトなのね!!」

「ルイズ!!今のうちにオレごと撃つんだ!!」

「なるほど!!さよならサイト!!ウーロ!!ヤケー!!」

素早く開始される詠唱。

二号生筆頭ルイズ・フランソワーズ。
誰もが認める、貴族塾随一の天才メイジである。

その危険度は学園内外に鳴り響いており、この街でも少しは知られた顔だ。
周囲の野次馬が、半ばパニック状態で散り散りに逃げてゆく。

「ルイズウウウウウウ!!」

サイトの叫びを真っ向に受けながら、ルイズが詠唱を終えた。

「……ヌーマ!!さらば思い出の日々よ!!ギャラクティカ・マジカル!!」

ギャラクティカ・マジカル――――

漢・漢・漢で組まれる、天才ルイズの大技である。

少女の杖が振り下ろされた。
それを見たサイトが、ニヤリと笑った。

「かかったな!!その魔力、いただくぞ!!」

そしてデルフリンガーを抜刀し、眼前に構える。
しかし向かってきたのは魔法ではなく、ルイズだった。

「かかったのはあなたよ!!ようやく抜いたわね!!」

十手形の杖が、デルフをからめ取った。

「どうなっている?!なぜ魔法が発動していない!!」

「あんなルーンなんてないわ。さっきの詠唱を逆に読んでみなさい」

「ウーロ・ヤケー・ヌーマ……、ま、マヌケヤロウ?!おの……ガフッ!!」













テファが塾内を徘徊していると、正門のほうから奇妙なものが現れた。
ルイズが、スマキにしたサイトを引きずっている。

テファはサイトに、秘めた関心を寄せていた。
ウソかマコトか、その人間の使い魔は『ニホン人』ではないか、との話をチラホラ聞く。
人間離れした身体能力に、未知の能力を隠し持つニホン人。

じゃあニンジャじゃないか、と、テファはそう考えている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ニンジャについて ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

爬虫綱・カメ目に分類される爬虫類の一種。

一般に淡水種よりも海水種のほうが美味とされるが、スッポンなどは今日においても高級食材とされる。
コラーゲンが多く含まれており、美容に大きな効果がある。

ひっくり返して火にくべれば、そのまま蒸し鍋になるというドン臭いデザインだが、
スッポン、カミツキガメ、ワニガメ、亀バズーカー、こち亀などは非常に獰猛なので注意が必要。

ちなみに亀の香には強精作用があるとされているが、
人の指の爪の匂いにも同じ効果があるとチキューで確認されており、
ついつい指の垢の匂いを嗅いでしまうのはそのせいで、覚えておくと有事の際に便利である。うそである。


アカデミーレポート『世界の亀公100選 ~君、僕に釣られてみる?~』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


テファは、ミノと荒縄で縛られたサイトを指さしながら尋ねた。

「ルイズ、それ何?新しい貴族塾名物?サイトの目がぐるぐるになってるけど……」

「あ、テファ。話せば長く……いや、ドシンプルね。サイトが剣に呪われて、操られちゃってるのよ」

「ののの、呪い?!」

テファはビクッと飛び退りそうになったが、必死に思いとどまる。

サイトとルイズは、私と普通にお話してくれる優しい人たちよ。
この人たちが居なかったら、私は本当に孤独になってしまうわ。
最近は森のオルグ鬼さんたちも、私が近づけないように首から鈴をぶらさげてるくらいだし(いやはやあれでは近づけない)。

ルイズはきょとんとした顔で、ビクビクと震えるテファを眺め、大きな眼をパチパチさせている。
やがてテファはそれをまっすぐ見据え、精一杯の勇気を振り絞って言った。

「あ、あの……言いにくいんだけど、ひょっとして、それはアレ?『場違いな書物』の読みすぎってやつ?正直、ひくかな……」

「ちょっ、ちが!!そういう側から突くのやめて!!」

「前は『実は私、見えちゃう人なんだ』とか真顔で言「ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

ルイズの悲鳴で、デルフリンガーinサイトが眼を覚ました。
スマキのまま、器用にピョンと立ち上がり、二人の美少女から距離を取った。

その瞳は光を返さず、墨のように奥を覗かせない。
表情に気力はなく、意識の気配をどこか根本で断ち切っているようだ。

虚ろな表情のまま、サイトはぽつりぽつりと話し始めた。

「ルイズ、その女から離れろ。オレ以外の奴と話なんかするな」

「うわぁ……」と、テファ。

「あーあ……」と、ルイズ。

「ルイズ、この束縛を解いてくれ!!その女は危険だ!!リーヴスラシルを背負っている!!」

「……ねえ、ルイズ」

「うーん……」

「ルイズ!!他の奴が吐いた空気なんか吸うな!!」

「……」

「……」

「消えうせろアホヅラ獄乳女!!エルフの恥さらしめ!!少年愛みたいなルイズの体を見習え!!」

「「……」」

「く、来るな!!イヤ!!ヒッ、やめて!!来ないで!!」

「サイト、ごめんね」

テファはそう言うと、かすかに頬を紅潮させ、
レボリューションなシロモノをサイトの顔に押し付けた。
手足を動かせないサイトは、されるがままであった。
むぎゅっと。ぱふぱふっと。

サイトは声を立てることもなく、骨格を喪失したかのように崩れ落ちた。
耳鼻から血をながし、ビクビクと激しく痙攣している。
デルフリンガーも音を鳴らして震えている。

「テ、テファ、今のはまさか……」

「三年間洗ってないアタシのフンドシ……。たいていそれで眼がさめるはずなんだけど……」

「死んじゃうでしょ!!サイト!!サイト!!しっかりして!!」

コプコプと赤黒いヨダレをたらしながらも、
サイトはデルフを手放さない。いびつだが、根性はあるようだ。

「ねえルイズ、多分その剣すごくチョロいよ。アタシよりコミュ力低そうだし……」

「サイトごとブッ殺してどうすんのよ!!」

「今のうちに上下関係仕込んどく?サイトごと」

「……それはアリね」

ふむぅ、とアゴをなでるルイズ。

「あ、あのね、キャラ作りを自覚させた上で壊すといいの。まずはキャラの空気を徹底的に無視するの」

「そうね。どんなシャバっ気も、つぶすにはやっぱり屈辱的なのがいいわよね。じゃあ脱がしちゃおっか」

「うん。むいちゃお。弱者に強い個性は毒だもの」

平賀サイト、絶対絶命。
もはや万事休す。

と、そう見えたが、

「あのー……、その方、死にかけてませんか?思いっきりアナフィラキシーショック起こしてますけど……」

少年のズボンにハサミが入るまさにその直前で、
少女らを押しとどめる声が聞こえた。

ルイズとテファがそちらにふりかえると、
そこには、黒い覆面ですっぽり顔を隠した学生が居た。

「あらアン。丁度良かったわ。こいつ治療してくれる?」

その学生の名はアン。
どういうわけか覆面を被ったままでの学園生活を許されている、トライアングルの水メイジである。
美しい右手の指には高級そうな指輪をはめている。水色に輝くその宝石のものものしさからも、家の裕福さが伺えた。
覆面の後ろから伸びた紫色の髪には、高貴ささえ漂っている。

「はい、じゃあ早速」

そう言うとアンは、杖をサイトに向けて呪文を唱え、
柔らかな魔法の光を少年の体に浴びせ始めた。サイトの顔色が、少しずつ生気を取り戻してゆく。

「あれ……?この人の心、何かが……」

アンがそのことに気づいた時には、もう手遅れだった。
見る間にデルフリンガーが、アンの魔法を吸収し、その刀身の錆を削ぎ落としてゆく。

「しまっ……!!」

ルイズが短く呻いた。

「フッ、礼を言うぜ。おかげでこの体にも馴染んできた」

「くらえ!!」

「遅い!!」

テファのフンドシを避け、サイトの体が鮮やかに宙を舞った。
10メイルほど離れた場所に着地し、己の拘束を解く。

筋力で束縛を引きちぎるその所作は、ルイズが何度も見た、
ガンダールブとしてのサイトの動きとは異なっていた。
今までのサイトの動きから、サイト独特のクセを抜いたような動きだった。

「あ、あの剣はまさか……魔法を吸収したのですか?!」

「ごめん、アン。説明不足だったわね。ここから先は私がなんとかするわ」

「……いえ、おおよその事態は把握しました。
 この戦いには、私のほうが向いているでしょう。ルイズ、私にあなたを助けさせてください。そういう約束ですからね」

「え?」

妙に親しげなアンの言動に、ルイズは虚を突かれた。

「ハァ!!」

その隙に、アンはその場を飛び出して行った。見事なフライだった。
覆面のすそから紫髪を風に遊ばせ、アンは颯爽とサイトの前に降り立った。

「アナタを野放しにするわけには参りません。もう一度眠ってもらいます」

「いいだろう。まずはこの体の慣らし運転といこうか。ルイズとのことは、その後だ」












騒ぎを聞きつけ、ヴェストリ広場に学生たちが集まってきた。

場の様子から、荒事に慣れた塾生らは即座に状況を察した。
どうやらアンとサイトが、決闘まがいのことを始めるらしいと。

「そういや、アンの系統はなんだっけ?」と、ギーシュ。

「外来まじりの単三らしいけど、いちおう『水』って聞いてるぞ」とギムリ。

「水か……」

「水だと何か問題あるのか?」

「いや、我らが姫君も『水』の系統だから、最近『水』は評判が……」

「お、おいギーシュ!!」

ギムリがギーシュの不敬をいさめるが、
青銅の悪ノリは止まらない。

「噂で聞く限りじゃあのお姫様、エラ呼吸ならぬエロ呼吸って感じだと思うんだ。
 どこで呼吸してんだかね。いや、てことはビラ呼吸かな?プクク、我ながらウマイ……プクククク……」

それが聞こえていたのかいないのか、先手を出したアンの魔法は『水』だった。

「フラッシュ・ピストン・ウィンディ・アイシクル!!」

魔性のツララが、アンの杖から豪雨のように噴出した。
水・風・侠のトライアングル魔法であった。

「系統魔法か」

しかしサイトは動じることなく、ただ剣を前方にかかげるのみだ。
その刀身に、全ての氷塊が吸い込まれてゆく。

場がざわめきたった。

「な、なんだあの剣は?!」

「魔法を吸収した?!」

サイトが身をかがめ、駆けた。
ギーシュ戦の折に見せたものに、勝るとも劣らない速度だった。

瞬く間に杖と剣との撃合が鳴り響き、サイトの姿が、アンの前からかき消えた。

「フッ、後ろを取ったぞ」

「いいえ、そちらが前です」

そう言い終わるが早いか、サイトの顔目掛け、青く燃え盛る火炎が噴射された。

「な!!こ、これは?!」

サイトはどうにか身をひるがえして飛びすさったが、パーカーのスソが赤く融解している。
信じられない光景だった。火炎は確かに、アンの尻から放たれていた。

「フフフ、妖刀やぶれたり。
 その剣は『魔法』は吸い込めても、やはり『ただの炎』は吸い込めないようですね」


~~~~~~~~~~~~~ 猛虎流奥義・大放屁火炎放射について ~~~~~~~~~~~~~~~

ミンメーショボーが伝える流派の中で、
最も異彩を放つものと言えば、やはり猛虎流であろう。

屁、全裸、頭突きを根幹に置くこの技術体系は、多くのメイジに忌み嫌われている。当然である。
しかしその威力に魅せられた貴族も確かにおり、今でも人知れず、その修練は行われているという。

『猛虎流やめますか?貴族やめますか?』のキャッチフレーズを打ち立てた王家でさえ、
これを御殿手(うどんでぃ)と呼ばれる歩法にひそめて伝承していると噂されており、
その炎の最高温度は、なんと一兆度にまで達するとのことだ。ダメ、ゼットン。


アカデミーレポート『マン・アフター・ミンメーショボー ~ごめんなさい~』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「なかなかの体術ですね!!でも、いつまでもかわし続けられるものではありません!!」

サイトは手で跳ね、空を蹴り、ラグビーボールのように空間を飛び回るが、
放たれる火炎は、少しずつその動きの先に迫ってゆく。

「ガス切れを期待しているのでしたら、それは無駄なことと言っておきましょう!!
 私は特殊な修練により、吸った息を全てガスに変えることが出来るのです!!」

アンが腰をかがめたまま、後ろ向きにサイトを追う。
正中線と重心を微動だにさせぬ、訓練された動きだった。

そしてそれ以上に激しく移動し続けるサイトの消耗は、狙い撃つアンよりもはるかに大きい。
そのうちサイトの動きに、かすかながら疲労の影がきざした。
アンの動きは、ますます加速してゆく。

もはや時間の問題か。
そう見えたその時、

ブリブリブリッッッ――――――

風が、凪いだ。
アンとサイトの動きも、時を止めた。

屁の音ではなかった。
屁以上の音だった。

サイトが、一応さぐりを入れてみる。

「貴様……まさか……」

「……」

覆面の戦士は、答えない。動かない。
中腰に力強く構えたまま、ロウ細工の食品サンプルのように、その躍動を内に封じ込めている。

果たして、サイトの読みは当たっていたのだ。
やがてアンは、ゆらりとサイトに振り返り、虚ろな眼で手を下ろすと、

「ごめんなさい……」

と、そうつぶやき、
さらに一呼吸置いてから、
その手をズボンに差し込んだ。

「でも、ウンも実力のうちです」

毒手、完成である。

ルイズが、ノドの裂けるような悲鳴をあげた。
その光景は、彼女の記憶の水底深くから、忘らるる幼少のトラウマを一瞬にして引きずりあげたのだ。

ねぇルイズ、その洋服かわいいわね――――

ねえルイズ、そのヌイグルミかして頂戴――――

「猛虎流……、そしてあの毒手……。覆面の戦士アンの正体はまさか……」

「知っているのかルイズ?!」

「知らないッッッ!!」

「そうか!!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 毒手について ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

外法中の外法。

しかし一個の生命体が有する最強の武器が、武でも魔法でもなく大便であることはまぎれもない事実だ。
現に排泄物は、人類を最も殺傷してきた兵器であり、歴史上、幾度となく文明の制御を離れ、様々な病魔を人の世に撒き散らしてきた。
太古の戦いにおいて、武器に排泄物を塗布することは一般的な戦術であった、との記録も実際に残っている。

三千世界全てで原初から、善悪を超えた禁忌とされてきたのはその威力故なのだ。
そこには体重差も年齢差もない。便は人に与えられた、死以外の数少ない平等と言えよう。


アカデミーレポート『ロマリア・アイアン・ファミリー ~1・2・3~ 』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「降参なさい」

アンが、距離をつめる。
歩みは重く、しかし進軍的だ。
出来れば、その邪拳をふるいたくはないのだろう。

サイトは、退がらない。
見守る者らが、最悪の事態を想像する。

と、サイトが決死の時に見せる構えを見せた。

妖刀に操られてのことだったのだろうが、
その実それは、まるでサイト自身の覚悟のように見えた。

「フッ」

微笑も、サイトのそれと変わらない。

下げたくない頭は下げられない―――――
サイトはいつか、そう言っていた。

即ち、生きて虜囚の辱めを受けず―――――
それは今のルイズにとっても、全ての感情をねじふせる規範である。

しかし、

「イヤ……」

ルイズの脳裏に、絶望的な光景がよぎってしまう。

少年の背中が、泣いたように見えた。

――――ちがう、あれは『サイトの覚悟』じゃない!!

「デルフ!!ダメエエエエエエエエエエエエ!!」

少女の絶叫は、
しかし戦いを止められない。

ブリブリブリッッッバシュッッッ――――――

先ほどよりも、いくらか汁気の効いた音が鳴り響いた。
サイトがおもむろにズボンへ手を差し入れ、そしてつぶやく。

「人の尊厳をもてあそぶ冷酷無比なる邪拳……。一生使うことはないと思っていた……」

神の左手が、魔をはらんだ。

「そんな……サイト……」

ルイズの体から力が抜け落ち、へなへなとその場に崩れ落ちる。

名状し難い戦いが始まった。
ゴリラの仲間割れのような、凄惨な光景だった。

そのうちアンが、汚物ですべってこけた。
刹那を逃さず、サイトの毒手がアンに迫る。
誰もが目を覆った。

しかし皆が眼をあけた時、その魔拳は、アンの顔前でピタリと静止していた。
勝負ありである。

アンが、戦いの気迫を残した響きで問いかける。

「どうして……拳を止めたのです……?」

「その理由はお前が一番よく知っているはずだ。俺の拳は、女は殺さん」

「「「「「「「な、なにいいいいいいいいいいいいいいい?!」」」」」」」

広場に、驚きの絶叫が轟いた。

覆面戦士アンが女――――――

そうそう予想できることではなかった。
これまで、覆面とぶかぶかの学ランとで、その秘密は完全に隠されていたのだから。

「そんな……」

サイトのその言葉に最も驚いたのは、誰あろうアンであった。
敗北以上の衝撃で、声が震える。

「な、なぜ、そのことに……?今まで、誰一人として気づかなかったのに……」

「お前はもらしたのではない。もれたのだ。
 あの時、お前の眼は絶望に濡れ『死にたい』と言っていた。どれだけ隠そうと、女の心までは隠しきれるものではない」

へたりこんだまま、アンはサイトを見上げた。
自分の身に起こった奇跡に、うろたえ戸惑う。

「私を、女と……?こんな私を……女と呼んでくださるのですか……?」

アンはその出生から、花としての幸せを否定されて生きてきた。
路傍に咲き愛でられる喜びなど望むべくもなし、ただ摘まれるのを待つ、時代への献花として育てられてきた。
猛虎流も、そんな彼女の達観と性癖を象徴する、心の叫びだったのだ。
あの毒手も最初から狙ったものではなく、たたのヤケクソに過ぎなかったのだ。

「私を……一人のただの女と……そんなこと……」

希望を突き放すことに慣れた悲しい抵抗を、
サイトは、いとも屈託なくねじ伏せる。

「いい女だぜ、お前は」

初めて見せる、サイトの心からの笑顔だった。笑うのが下手な男だった。
しかしその勇ましい相貌には、優しく、暖かく、清々しい心がありありと浮かんでいた。

アンの呆けた心身に、決して消したくない、大切なかがり火のようなものがともった。
まだこの鮮やかな奇跡は続いてしまうのだろうかと、不安に似た期待があふれてしまう。
自身の錯乱を心配するほど狂おしく、切なく、どうしようもない感情が燃え広がってしまう。

「あの……また闘ってくださいますか?」

「ああ、いつでも待っ「ざけんな!!!!!!」

ルイズの爆発が10年ぶりにサイトを直撃した。
正式な詠唱ではなかったが、実弾並みの威力だった。













デルフは赤いボロ布をツバの部分に巻きつけられ、サイトを操る能力を封印された。
何かいわくのある布キレらしい。それ以降、ほとんどしゃべることもしない。

「げ、元気出しなさいよサイト!!」

「……」

しかしデルフの封印とひきかえに、
サイトの心には致命的な爪あとが残されていた。
サイトはルイズの部屋の寝床、通称ニワトリの巣で、見事な体育座りを披露している。 

デルフは、どれだけ遠くに捨ててもその度に戻ってくる。
離れた場所に置いても、眼を放すたびに少しずつ近づいてくる。
その演出のウザさも、サイトの鉄の精神を着実に削っていった。

「……フッ」

失笑も、底の見えない深遠な自嘲と化している。
極端な所は昔のサイトと同じだが、これではいくらなんでもあんまりだ。

アンとの戦いの後、サイトは『我等のフン』という写実的な称号を捧げられた。
しかもアンが『我等のフン・二号』であるから、つまる所サイトは栄光の一号である。
塾生らの間ではまことしやかに『近づくとV3に改造される』との噂まで飛び交っている。

「……ねえサイト、毒手はデルフの技なの?サイトの技なの?」

サイトの背中が、ビクンッと痙攣した。

「ご、ごめん!!何でもないの!!」

今日の出来事は少年にとって、最も苦しい試練だった。
しかし、あの苦しい修行の日々に比べれば。

そうだ。こんなことで負けてたまるか――――
今度こそルイズを守り抜く為に、自分は帰ってきたのだから――――

サイトは眼をつぶり、新たに歩んだ10年を思い返す。

鍛えてくれと頼んだあの日から、両親はありとあらゆる武術をサイトに教えてくれた。
冴えないサラリーマンだと思っていた父に、そんな側面があったことは感動だった。
サイトの成長の話題が出来たと喜んでくれた母の笑顔は、今も心に輝かしい。

貧乏なのに、いつも土産を買って帰って来てくれた父さん。
父とサイトが喜ぶのを、何より喜んだ母さん。

「……心配かけたな、ルイズ。もう、大丈夫だ」

「サイト……」

サイトは窓辺に行き、かすかにアゴをあげた。

やはり空が、一番あの両親を思い出させてくれる。
サイトは双月の浮かぶ夜空を眺めながら、いつも飛行帽をかぶっていた家族へと思いを馳せた。











翌日。

「よーし全員そろっとるな!!では本日の授業を始める!!」

「押忍!!教官殿!!」

「なんじゃい!!」

「押忍!!ギーシュの奴がまだ来ておりま「はい、じゃあ教科書73ページ開いてー」



[38354] 第5話「波濤!!メイドの危機!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2013/09/09 18:32
平賀サイトが眼を覚まし、自分の逆行を認識してからの人生は、死への予備動作だった。
どういうわけか、再び召喚される可能性を疑いはしなかった。

アルビオンで死に至るまで、思い返せば、奇跡のような幸運で命をつないでいた。
もう一度あれらの出来事を繰り返した時、果たしてあのような都合のいい偶然が何度も起こるだろうか?
事前にそれらを回避できたとしても、あの世界には、他にいくらでも死への落とし穴が点在している。

強さを求める日々の中で、死への確信はますます固まっていった。

例えば小学校で、周囲の児童らの幼い強さを感じる時。
知らぬ間に感情が思考を出し抜く、そんな若さの性質こそが、モット伯の問題を解決したのではなかったか。

しかしそういった情熱は、日に日にサイトから抜け落ちてゆく。
もう一度同じ事態に面した時、次も同じ結果を得られるのだろうか?

若さには、当人に感知できない、多くの力が潜んでいる。
『やり直し』は、それらの数々と引き換えなのかもしれない。

そんなことを苦く思いながら、
ある日、幼いサイトは教師に聞いた。

「先生、時間はどれくらい人を変えるんでしょうか?」

「誤魔化しちゃだめ。全部食べるまで休み時間はナシですよ」

厳しい先生だった。
給食も授業のうちです、が口癖だった。

味覚は心よりも、舌に依存しているらしかった。
こういった心身の違和をやりくりすることは、後ろめたい優越感をサイトにほのめかした。

ハルケギニアの記憶は、切り株のように、地球の未来から断絶した歴史だった。
新しい肉体の若さは、その年輪の隙間から芽吹こうとする瑞々しい息吹だった。
木目を守ろうと、若い衝動をなぎ払いつつ若く振舞う日々に、誇りを禁じえなかった。

そして同時にその自覚は、孤独な屈辱でもあった。

そんな気持ちのままに帰宅すると、いや、扉を開くまでは『訪問』の感覚なのだが、
ともあれ玄関に並ぶ靴の並びや、傘たての下の濡れ跡や、掃除機の倒れそうな様子や、
そういった全ての物事から、家庭と旅情とが雪崩れこんできた。

すると、ここは自分が久しぶりに、少しだけ立ち寄ることが許された観光地なのだと思われた。
肌のあわ立つような切なさだった。

逆行は、他にも多くの苦しみをサイトに与えた。
そういう痛みの全てが、鍛錬への呼び水となった。

体を鍛えながら、赤い傷跡に染みる汗を幸せに思う。
自分の肉体が、ハルケギニアに最適化してゆくことを幸せに思う。

俺は強くなるんだ――――

今度こそ君を守り抜こう――――

「分かったから早く食べなさいサイト君」

通知表に『想像力豊か』『独り言が多い』と書かれた。
シイタケのスープは根性で残しきった。


















第5話「波濤!!メイドの危機!!」


シエスタが朝の洗濯に勤しんでいると、旧校舎のほうから、穏やかならぬ騒ぎ声が聞こえた。
ケンカは珍しいことではないが、少しばかり殺気が勝ちすぎているようだった。

シエスタは作業に一区切りを付け、そちらの様子を見に行くことにした。
声を追って旧校舎裏まで早足で急ぐ。

現場に着くと、事は既に流血沙汰にまで進んでいた。
まさに修羅場であった。

ハシビロコウに羽交い絞めにされたマリコルヌが、牛のようなトノサマガエルに蛸殴りにされている。
哀れな風メイジの顔は、既にドッジボールのように腫れ上がっていた。

「ロビンさん、クヴァーシルさん、何をしてるんですか?」

シエスタに気づいた二匹はマリコルヌを乱暴に投げ転がすと、
それぞれサングラスを外し、慇懃に会釈した。

「ああ、姐さん。こりゃとんだところを。
 いえね、このダボを胴元にオイチョカブやってたんでっけど、ケチなイカサマかましよりましてな。それでこの始末ですわ」

ロビンが息を切らしながらそう言って、苛立たしげにマリコルヌを蹴飛ばした。
神経が先走っているらしく、そのホホは怒りで激しく痙攣している。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ キュイリンガルについて ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

使い魔が自分のことを人間だと思い込んでるのではないか?との意見は、よく聞く笑い話だった。
食事の時間になるとフライキャットが食卓についていたりなど、そういった使い魔の愉快な行動には枚挙に暇がない。

私のところのヘルドッグにも、そういう素振りが多々見られた。
例えば、私の家族に求愛などする(私は人間どころか、犬にもモテないらしい)。
メスのヘルドッグをあてがわれているくせに、どうにもそっけない。
一体何を考えているのであろうか?しゃべる使い魔も居るが、うちのバカ犬はしゃべらない。
それどころか、私のことは完全に無視していやがる。

私は、強く興味を惹かれた。

そこで開発したのがこのキュイリンガルである。
『ミンメーショボー』には、哺乳類や、爬虫類や、それどころか昆虫とさえ心を通わせ使役する秘術が多く記されていた。
それらの超理論と魔法とを融合させることによって、我が最高傑作は完成したのだ。

効果は言わずもがな、使い魔の鳴き声を、人間の言葉にリアルタイム変換するのである。

私は、さっそくそのバカ犬と、伴侶候補のヘルドッグにキュイリンガルを装着してみた。
以下、その二頭の会話である。


・「ねえ、なんであなたは私にそっけないの?」

・「ん?」

・「かといって、冷たいわけでもなし。そういう優しさって、ずるいと思う」

・「オレは別に何かを計算してるわけじゃないぜ」

・「じゃあどうして?!なんで私の愛を受け入れてくれないの?!」

・「君は優しくて魅力的だし、とても素敵な子だと思うよ。本当に、心からそう思う。ただ君ねぇ、犬でしょ」


動物の言葉など、分かるべきではなかった。犬が犬姦拒否すんな。
でも面白いので発売してしまおう、コレ。いろいろ意外な事実が発覚するのではないか?
さてどうなることやら。ワクワク。


アカデミーレポート『ドッグス・センス ~意外な事実、実は筆者も犬だった~』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ロビンとクヴァーシルに散々に痛めつけられたマリコルヌは、
必死になって己の無実を叫んだ。

「でたらめだ!!ボクはイカサマなんかしてない!!何の証拠があってそんなことを言うんだ!!」

「証拠もビチグソもあるかい!!なんであないに都合よくオドレばかり勝ちよるんや!!
 ヒネたカバチ唄うとると目玉ハヤニエにするぞクソタワケが!!」

クヴァーシルがそう叫びながら、巨大なクチバシでマリコルヌをつつく。

「このボンクラ豚が!!脳ミソに卵産みつけて肉食の英才教材にしたろか!!」

ロビンもますますヒートアップし、暴力酔いに頬を膨らませる。

どうも一人勝ちしていたマリコルヌが、はしゃぎ方を誤ったらしい。
散らばっている花札を見た限り、少なくとも、札を使うような悪質なマネはしていないようだ。

「もうその辺にしてあげたらどうですか?」

「……ワシら田舎の出だす。けどんも都会のモンが思とるほど、ワシらも平和な性格しとらんのだすわ」

口出しするなという意気で、下手ながらにズシリと構えたロビンだったが、
シエスタもそう簡単には引き下がらない。腰に手を当て、メッと凄みを利かせる。

「でも、これはやりすぎでしょう?」

「そ、そうは言いはりますけどもゲコゲコゲコ……」

「なにもそないなメンチ飛ばさんでも……カポカポカポ……」

二匹はどうにか食い下がろうとしたが、
シエスタに頭をなでられると、眼を細めてうれしそうにノドを鳴らした。
おさんどんの面倒を見てくれる相手には、本能的に母性を感じてしまうらしい。

「で、何を賭けてたんですか?」

「「「うっ」」」

一人と二匹が硬直した。

「……」

シエスタはニコニコと、邪気のない顔で返事を待っている。
優しい顔だが、優しい甘さがない。素朴な姿だが、素朴な安さがない。
彼女が生まれ持った、聖女的な強さだった。
マリコルヌらは互いに顔を見合わせて打開の道を探ったが、徒労だった。

まもなくシエスタの眼力に負けたクヴァーシルが、
翼のつけねをクチバシで探り、シエスタの足元におずおずと景品を差し出した。

「あーー!!」

メイドのその声で、被疑者らはしぼられたように縮こまった。
景品は、タバコとチョコレートだった。

「ダメじゃないですか!!未成年がタバコなんか吸っちゃ!!」

シエスタは恐ろしい剣幕で叱り付けると、タバコを吹かしながら景品を没収していった。

「「「また姐さんに全部持ってかれた……」」」

そんな、ありふれた光景。
この日も、いつもと変わらぬ、平和な日常であった。
夕刻、トリスタニアで、シエスタがさらわれたとの連絡が入るまでは。

そのことをマルトーに伝えたのは、
シエスタと一緒に買出しに出ていた使用人だった。

アルヴィーズの厨房に戻ってきた彼の体は、まさに満身創痍だった。
時間をくれと懇願したせいで、相手の怒りを買ったらしい。

彼はあえぐあえぐ、事態をマルトーに伝えた。

シエスタが、モット伯に見初められたこと。
タルブに影響力を持つモットに、シエスタは逆らえなかったこと。
塾生たちに、このことは秘密にして欲しいとシエスタが言っていたこと。














厨房の扉が開いた。
のれんから差す夕日が、床の影をゆらゆらと切り裂いている。

中ではコルベールとマルトーが丸テーブルに差し向かい、チビチビと酒を飲んでいた。
脇で火にさらされたノシイカは、既に黒く焦げていた。

サイトが二人の側へ行くと
真っ直ぐ伸びていたススまじりの煙が、大きく風に揺らいだ。

「明かりくらいつけたらどうなんスか」

「サイトか……」

マルトーが、手を添えた杯から眼を離さずつぶやき返す。

「通夜じゃあるめぇし、何事ですかい」

「邪魔すんな。しゃべくりならよそでやれ」

「シエスタが居ませんね」

二つの巨体は、ピクリともしない。
コルベールが、重々しく口を開いた。

「あいつは、里に帰った。おとっつぁんが病気なんだとよ」

「そりゃいけねえな」

「おい」

鬼ハゲの声に、明確な怒気がこもった。

「他所モンの貴様にゃ分からねぇだろうがな、ここにゃあここの筋ってもんがあるのよ」

「つまり俺にゃあ関係のねえ筋ってこったな」

そう言って身を翻すサイトの背に、マルトーが答える。

「お前ぇさんは強いよ。貫目もある。大したもんだ。
 今回もどうやって嗅ぎつけたんだか、まったく不思議なヤツだぜ。だがよ、なんもかんも台無しにしようってんなら、俺がお前ぇを殺すぞ」

「フッ……」

椅子の動く音に、サイトは歩みを止めた。
そして振り返った時には、マルトーらが挟む分厚い樫のテーブルが、中央から二つに両断されていた。

マルトーが重くうなり、椅子から身を起こす。

「テメェ……」

デルフリンガーを納刀しながら、サイトはゆっくりと立ち直り、天井を仰いだ。
梁木の上から、リスが顔を覗かせ、こちらの様子を伺っていた。

サイトがアゴを戻すと同時に、コルベールが杯を投げた。
それはサイトの顔に当たって砕け、粉々になった陶器の破片が、カラカラと音を立てて床にはねた。
サイトは身じろぎ一つせず、応えて言う。

「ごっつぁんです、教官殿」

再びその場を去ろうとする少年の後ろから、
パンッ、と、ビンの割れる音が鳴り、マルトーが吼えた。

「こっち向きやがれクソジャリ。背中からえぐられてぇか」

サイトは振り向くことなく答える。

「俺の女が言ってたぜ。敵に背を向けねぇもんを貴族と呼ぶ、ってな」

「……チッ」

「俺ぁ貴族じゃねえ。だがな、オヤッサン。男が行く道ぶつかりゃ、引いて生きるか出て生きるか、しょせんは二つに一つよ」













双月に照らせらたほの暗い街道を、足早に走り抜ける男が居た。
その眼を一見すれば、万人が彼を戦士と察するであろう。
しかしその背に、貴族の証たるマントは見当たらない。

足もとはいつもの下駄ではなく、雪駄履きである。
肩にかついだ番傘を叩く雨粒が、砂のような音を立てている。

と、その駆ける足が止まった。
それまでの激しい運動にも関わらず、男の肩は動いていない。

「どちらまで?」

男の足を止めた原因が、道の真ん中からそう尋ねた。

「女には関係ねえ」

男はそう答える。
睨み付けられたルイズは真剣な眼差しのまま、ただ、静かに首を振った。

男は、もう一度口を開く。

「帰れ。死ぬにも泣くにも、順序ってやつがある」

ルイズの影から、少年が現れた。
少年は、いつもの笑みを浮かべながら言った。

「ガラにもねぇ嬉しいこと言ってくれるじゃねえスか、コルベール先生」

「ガキにも関係ねえ」

少年、サイトは、何食わぬ風に口ずさむ。

「義理と人情はかりにかけりゃ」

「なんだそりゃ」

「義理のが重いこの渡世。おれの国のザレ歌っスよ」

「どこも似たようなもんだな。そうよ。せめて命くれぇは張らにゃ義理がたたねえ」

「押忍、自分も同感です」

「ダメだ。帰れ」

「しかし、今回に限っちゃ不義も誤魔化しがきくかもしれませんぜ」

「なに?」

道沿いに並ぶ木陰から、ぞろぞろと塾生達が現れた。
どの背にも、マントはなびいていない。

「お、お前ら……」

コルベールはうつむき、しばらく震えてから、
小ぶりな麻袋をサイトに投げつけた。

「なんスか、これは?」

「ワシのナニの毛がはいっとる。お守りにしとけ」

「い、インキンにでもなったらどうしてくれるんスか……」

ようやく微笑をくずしたサイトを見て、コルベールは満足そうに言った。

「これは伝統だ、例外は認めねぇ」

このハルケギニアでサイトが初めて見る、あの懐かしい笑顔だった。










モットは以前から、マザリーニに強い恐怖を感じていた。
神の代弁者たる、枢機卿という地位ではなく、その頭脳こそがマザリーニの本質だと、モットは考えている。
知識量ではなく、判断能力があまりに異質なのだ。情報と知識の扱い方にも、魔法めいた神秘を感じさせる。
彼がその気になれば、モットを失脚させるなど容易いことであろう。

しかし今日、宮廷で出会ったマザリーニは、これまで以上の戦慄と、それとは裏腹な思いをモットに与えた。
枢機卿の眼は、何か『未知の新しい力』を確信し、『計り知れない危険な何か』を考えているようだった。
モットになど構っているヒマはないと、そういう顔だった。

モットは、心から安堵した。
これでしばらくは、マザリーニの力を気にせず動けると。

その期待の一つは、すぐに達成された。

宮廷からの帰路、トリスタニアで眼にした、侍女服の娘。
髪の色から、タルブに縁のある者であることはすぐに推測された。

豊満ながらうるみの溢れる若さに、モットの凶悪な欲望がかま首をもたげた。
モットは周りの目もはばからず、随分強引にその娘を屋敷にまで連れ込んだ。

そして自室で、そのあたらしいメイドの風呂上りを待っていたのだが、

「た、大変です!!」

使用人たちが突如、大挙して押しかけてきた。
執事が、座りの悪いろれつでモットに詰め寄る。

「伯爵様!!大変でございます!!たたた!!大変で、です!!
 あ、ああああああああ、あの、メ、メイドの、娘がつけていた、く、くくく、首飾りのここここ、こ、この模様……」

興をそがれた格好となったモット伯は、苛立ちを隠さず、手ぶりで退室を促した。
どこか名家にゆかりのある者だったのだろうか?それくらい、内々でいくらでも処理できることではないか。
むしろそういう人物であればこその趣もある。

「どうか、こ、これを、これを……」

執事は、伯爵の命を意に介することなく、
まるでそれを早く手放したいかのように、ただ一心に首飾りを突きつけてくる。

モットはそのネックレスを受け取ると、鎖の部分をつまんで顔の前にぶら下げた。

「……いったい何事だというのだ」

そしてクルクルとのん気に回っている装飾部分をつかみ、
最悪の光景に目を見開いた。

桜花模様に『貴』の一字。
貴族塾の塾章だった。

トリステイン貴族塾――――

通称・黒犬精霊騎士隊――――

モットのノドが、ツバを飲む音を鳴らす。

しかし常識の通用しないあのバカどもと言えど、王宮勅使相手に無茶なマネをするだろうか?
間違いなく死罪と分かっていて、それでも本当に来るのだろうか?

モットが楽観にすがろうとした次の瞬間、屋敷にある全てのものが、跳ねた。
家屋がまるごと太鼓に載せられたようなその振動を、雄叫びが追った。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「ききききき、きた!!もう来た!!」

幾重にもからまったその咆哮は、それ自体が恐慌兵器であった。
執事らが、メイドらが、悲鳴をあげながら逃げ去った。
皆、蛇口が壊れたような失禁を残して行き、モット伯の寝室は、一瞬にして小便の海と化した。

モットが窓辺へ駆けよると、
彼が『城下』と呼ぶ光景は、早くも破壊のキャンパスと化していた。
ミンメイショボーと魔法の融合が織り成す理不尽の氾濫は、ただただ狂気だった。

森のあちこちから、天をつらぬく火柱が立ちのぼっている。
照らし焦がされた雲天井からは、雷撃と、ボーリング玉のような雹が降り注いでいる。

空では、けたたましい怪鳥たちが毒炎を吐き散らかし、
どこからともなく現れたイナゴの群れが、濃霧のように畑を飲み込んでゆく。

火の粉を逆巻くつむじ風が、牛馬や家屋の建材を天高く舞わせ、
それらは何かに突き刺さるまで、縦横に空間を飛び回った。

大地は不規則に裂け、そこから赤く煮えた岩石を吐き流し、灼熱に飲み込まれる家畜らが凄惨な悲鳴をあげた。
その難を逃れた家畜も無数の毒蟲に襲われ、激しくのたうちながら息絶えていった。

豊かな水量を誇った河川はヘドロにまみれ、その水面に盛り上がる気泡がボコボコと瘴気を放った。
堰の隅には、半透明のゲルに覆われた巨大な卵が無数に浮かんでおり、
そこからは、反逆的な氣をまとった、8つ目のオタマジャクシが孵化した。
その一匹一匹が、世にも不気味な声で、トリステイン貴族塾・塾歌を唄っている。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

ハルケ貴族の生き様は 色無し 萌え無し 情有り
貴族の道をひたすらに 歩みて明日を魁る

我らは魔法の天命に生まれた
義侠をたぎらせ死にゆく朝夕

貴族 貴族 雄々しく咲きて
貴族 貴族 いさぎよく散る

(ベルバラのOPテーマのメロディーで)

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


橋は次々と焼け落ち、往路には土砂が盛り上げられ、外部への路は全てふさがれている。

耳に聞こえる全てが、眼に見える全てが地獄色に塗りつぶされていた。
それは、ハルケギニアという現象を破壊しているかのようだった。

そして終には、彼らの姿が現れる。

勇壮なトランペットが鳴り渡り、鬼ハゲの号令が下された。

「抜刀ッ!!着剣ッ!!突撃ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!!!!!!!!」

モットは、その光景だけで脳震盪を起こしそうになった。
意識と視界が白じんだが、寝れば殺されるのを待つのみだ。
モットは、背後に控える用心棒にすがりついた。

「リュリュ殿!!なんとかならぬか?!」

「ふむ……」

雇われ用心棒リュリュは少し考えてからレビテーションを唱え、
懐から取り出した10個の肉マンを貴族塾生らの頭上に放り投げた。

「これで多少は時間を稼げましょう。しかし体を張るほどの義理は貴殿にござらん。拙者はこれにて失礼する」

モットの眼下で、餓鬼らが肉マンに殺到した。










コルベールが、肉マンに群がる生徒らを怒鳴りつけた。

「待て!!!!食うんじゃない!!毒が入っておるに決まっておろう!!」

ベアトリスが、心から切なそうな声で異議を唱える。

「押忍……し、しかし教官殿……。ディテクト・マジックをかけてみましたが、毒は入っていないであります……」

「いずれにせよダメだ!!」

「でも……ここんとこロクなもの食べてないし……、こんな美味しそうな肉マン……」

そう言うと、ベアトリスはとうとうその肉マンに食いついてしまった。
皆、呆然とその様子を眺めている。

と、ベアトリスが、その顔を上げた。
その表情は、トロトロにゆるみきっていた

「て、天国の味であります……」

ボロボロと大粒の涙を流し、鼻の下まで伸ばしながら感動している。
鬼ハゲが、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「お、おいベアトリス一号生、その肉マン、こちらによこせ」

「押忍!!死んでもイヤであります教官殿!!」

「なっ?!」

なんと、教官への不服従。
ベアトリスはそのまま教官に背を向け、ガツガツと肉マンをむさぼり始めた。

するうちに皆が、肉まんに興味を示しはじめる。

「そんなに旨いんか、あれ……」

「お、俺にも食わせろ……!!」

塾生達の眼に、欲望の炎がともった。
サイトが敵の意図する所に気づき、叫んだ。

「お、落ち着くんだ!!皆でちょっとずつ分けて食べるんだ!!」

しかし時既に遅し。
10個しかない肉マンを巡り、塾生らと使い魔たちによる、凄まじい同士討ちが始まった。

「さ、刺しよったなこの害虫野朗ーー!!」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐな!!ケツから寄生して奥歯ミンミン言わすぞ!!」

「お月さんが見とらん間は夢ん中のことじゃ!!オノレら月夜の晩ばかりとちゃうからなぁ!!」

「死ねい!!絶・天狼抜刀牙!!」

「テメー今度はドリフじゃ済まさんぞ!!クックロビン音頭踊らしたる!!」

「ペドって言うなクマァァァァー」

「今のうち吼えとれ!!山選ぶのも掘るのも入るのも埋めるのもオンドレじゃい!!」

――――地獄であった。

悪夢が昇華したような光景に、モットはますます恐怖した。
こんな奴らに屋敷に押し入られてたまるかと、必死に策を錬る。










モットが玄関の扉を開くと、塾生らは屋敷の入り口まで、わずか10数メイルの所まで迫っていた。
衛兵らは地の利を生かし、リュリュの奇策で大幅に戦力を落とした貴族塾を相手に、どうにか時間を稼いでいた。
モットが叫ぶ。

「貴様ら、それ以上動くな!!あれを見るがいい!!」

モットの指差す先では、屋敷の屋上から、シエスタが宙吊りにぶら下げられていた。
その下には、煮えたぎるマグマの海が広がっている。

「クハハハハハハハ!!私が合図を送ればあの娘「冥土とは死ぬ事と見つけたりッッッ!!貴族塾バンザーーイ!!」

シエスタは自ら縄を喰い千切り、叫びながら、燃え盛る炎へとその身を躍らせた。
モットは忘れていたのだ。『ちょっと眼を離すと自決している』と恐れられる貴族塾の性質を。

「シエスタアアアアアアアアアアアア!!」

闇に、サイトの絶叫がコダマした。

大きな怒りは、いくらかの拍を要する。
それを知るモットは、事態を飲み込みあぐねる塾生らに向け、渾身の魔力を込めたスリープクラウドを放った。

呪術的な睡魔が濃厚な霧となって、一群を包み込む。
次の瞬間、刹那に距離を詰めたサイトの拳が、モットの頬骨を叩き割っていた。
たたらを踏みはずし、モットの体が地をこする。見れば塾生らは、誰一人として眠っていない。

「な、なぜだ?!貴様ら、なぜ起きていられる?!」

「んなこと知るか……!!貴様、よくも……!!」

「チィッ!!」

水の煙幕が張られた。
逃げに徹するメイジを倒すのは、困難である。
しかし、その霧はまたたく間にかきけされた。

「ガファ?!」

モットは、サイトから20メイルほど離れた場所で、肩から血を流してひざまづいていた。
マリコルヌが、冷徹な口調で言う。

「このマリコルヌ、生来より眼が見えぬ。盲目に眼くらましとは笑止千万」

ことここに至り、いまだ諦めぬモットは、またも杖を振りかぶった。
その手に、どこからか飛来した鋼のカチューシャが突き刺さる。

「左手の神経を断ち切りました。もうその手で、杖をもつことはできません」

そう言いながら、闇の中から、カチューシャの持ち主が現れた。
黒コゲのシエスタだった。モットが、化け物を見るような目で言った。

「き、貴様……、あのマグマから、どうやって……」

鼻をほじりながら、メイドが答える。

「泳ぐのは得意なんです。実はこう見えて私、タルブの田舎じゃ『カッパのシエスタ』って呼ばれてたんですよ」

「なん……だと……?」

「それに貴族塾のほうが、よほど熱苦しいですからね」

モットの口に、鼻クソが弾き飛ばされた。

「グワッ?!ぺっぺッ!!……クソッ!!」

シエスタに背を向け、再び逃走を謀ったモットだったが、
周囲は既に、悪魔の様な形相の塾生達に囲まれていた。
屋敷を守る衛兵は、皆地に伏している。

モットが、最後の足掻きを見せた。

「わ、私に杖を向けることは、王家に杖を向けるも同じぞ!!」

そう叫びながら、胸元から1枚の羊皮紙を取り出し、一同に広げて見せた。
モットはそれをワラにもすがる思いで出したのだが、その羊皮紙、勅書は、塾生らに大きな動揺を与えた。

神や魔法が近代日本の非現実であるのに対し、ハルケギニア特有の非現実的空想は、無神論だ。
人は僧侶の言葉を疑っても、神を疑いなどしない。ブリミル教が衰退した今日でも、それは同じだ。

そんな世界にあり、王家に使えることで神に仕える貴族は、根本的に宗教戦士なのだ。
そのシステムの土台を突きつけられれば、本能が闘志を打ち払ってしまう。
命と名誉を野ざらしにする覚悟をもってしても、宗教的罪悪には抗い難いものがあった。

かかげられた勅書を前に、塾生達は歯噛みしながら身を震わせた。

「フ、フハハハ……、貴様ら!!誰に歯向かっているのか、ようやく理解したようだな!!」

衛兵らに命を下そうと、モットの手が掲げられた。
と、モットの興奮を打ち叩く言葉が飛んだ。

「おう、そのへんで黙ったれや」

それは、貴族塾の戦士たちの中から聞こえた。勅書、即ち王家からの圧力を、微塵も感じていない口調だった。
しかしモットはもはや、勅書の威を信じて疑わない。

その誰かに叫び返す。

「何者だ!!前に出ろ、不敬者め!!」

「じゃっかあっしゃあ!!この悪党が!!」

また、同じ声で返事がかえされた。モットはその声に身をすくませた。
強い声だが、飾りがない。飾りがないが、度量がある。

群れの中から、声の主が近づいて来る。

「おうおうおうおぅ、出ろというなら出てやろうじゃねぇか。
 黙って聞いてりゃベラベラベラベラ、好き放題タワケた寝事ぬかしやがって!!」

肩で風切り現れたるは、
先日、サイトと死闘を演じた覆面の戦士、アンであった。

アンは勅書を前にしても、いまだ威風になびく様子を見せない。
モットが、いやらしい睨みをきかせて言う。

「貴様、私の……「控えい!!」

獅子奮迅の活躍を見せていたコルベールとギトーが、
アンの両翼に駆けはべり、爆発のような激を飛ばした。

「静まれ!!静まれ静まれ静まれぇぇぇい!!」

「控えい控えい、控えおろおおおおおおおお!!」

皆が、その三者のただならぬ迫力に飲まれていく。

「こちらにおわすお方をどなたと心得る!!」

コルベールの叫びを脇に、アンが、その覆面を剥ぎ取った。
そこに居合わせた全ての者が、息と言葉とをつめた。
アンの覆面の下は、塾生の誰もが予想だにせぬものだったのだ。
ざわめきが広がる。

「マジかよ……」

「し、信じられない……」

覆面の下は、あろうことか、なんとまた別の覆面だったのだ。
モットが、声をふるわせる。

「き、きさま……」

アンが、さらにその覆面を脱いだ。
先ほど以上の衝撃が、人々を襲った。

「なっ!!」

「なんてこった……!!」

今度は、水玉の覆面であった。
不気味なガラだった。

「さすがアンだ……なんて慎重さだ……」

「トライアングルは伊達じゃねえってことか……」

感嘆する皆を意に介さず、
アンは三度その覆面を脱ぎ去り、とうとうその正体を衆目にさらした。

「えええ?!」

「う、うそでしょう……?」

「あの遊び人のアンさんが……」

驚き惑う一同に、
コルベールの口上が浴びせかけられる。

「こちらにおわすは、恐れ多くもトリステイン王国女王陛下、マリアンヌ・ド・トリステイン王大后にあらせられるぞ!!」

覆面の下の正体は、ルイズの想定のジャスト真上だった。ルイズはその衝撃で、毒手の有資格者となった。
王大后マリ"アン"ヌ・ド・トリステイン。トリステイン王国そのものである。

「へ、陛下……」

「女王……陛下……」

間違いなく、本物であった。
ギトーの構える印籠に描かれた『闘裡州帝院』の字がそれを証明している。
ちなみにルイズは『龍威呪・斧嵐薩婆頭・屡武乱・怒・羅・羽詈衛櫓』である

あまりに唐突な国家元首の登場に、
ある者は金魚のように口をパプパプさせ、ある者は金魚のように身をピチピチさせ、
それ以外は完全に硬直し、戦場は一瞬にして、無責任な水槽の終末と化した。

「者ども、女王陛下の御前である。頭が高い!!控えおろう!!」

「ハハッーー!!」

マリアンヌを中心に、方膝をついた最敬礼が放射状に広がってゆく。
誰も、口を開くものはいない。間をはかり、女王が語り始めた。

「ジュール・ド・モット、そのほう、王家の言の葉を預かる身でありながら、その勅においてそこな侍女をかどわかせし儀、
 ことごとの一つに過ぎませぬな。これまで、いくたび我らが名で……」

「へ、陛下の名を騙る不届き者め!!」

モットが叫び、懐に手を差し入れる。
その両肩に、デルフリンガーの峰が打ちつけられた。

「ぐぉっ!!」

骨を砕かれ、ヒザをつくモットを、サイトが黙って見下ろしている。

「ありがとう、サイトさん」

マリアンヌは公粛なたたずまいのまま、顔だけかすかに微笑ませてそう言うと、
再び威を放ちながら淡々と宣告した。

「屋敷をあらため、後は白州に任せることと致しましょう。
 モット伯よ、貴族と平民の間にそなたがうがち続けた溝の代償、安く済むとは思わないことです。教官殿、お願いします」

「はっ!!」

ギトーの杖がヒュヒュっと短く空を切ると、鋼で編まれた縄がモットに巻きついた。
そこへ、さらに固定化の魔法が重ねられる。

女王はそちらから視線を外し、コルベールに向き直った。
鬼教官が、見事な敬礼の型を見せていた。

「さて、コルベール殿」

「はっ!!」

「此度の一騎駆けにはこのマリアンヌ、年甲斐もなく胸を躍らせました」

「恐れながら、それこそ騎士の本懐に御座いますれば」

「これで私はもう塾に居られませんが、今日のことを生涯忘れることはないでしょう。
 教育は国家百年の計。これからも一層の奉職を期待していますよ」

「恐悦至極に御座います」









この世のなごり、夜もなごり。

一人散り逝く炎の蛇へ、トリステインのアダ花と、つらなる星々貴族塾。

貴族の誇りを胸に秘め、燃える屋敷を後にする貴族塾一行であった――――――













~~~マザリーニの日記~~~

君は、コスモを感じたことがあるか?私はある。
感じまくりの漏れまくりである。もはやコスモのつまった肉袋といえよう。
なんでこんなことになっちゃったんだろう……。

思えばあれは、まだ私がオレっ娘だったころのこと。
あの日私は、モエ(孫)がワシの財布から金を抜くのを見てしまったのだ。

ええ、家族会議っすよ。
そしたらこうですわ。

「ま、孫?!モエってだれ?!」

「てか枢機卿!!また病院を抜け出してきたんですか?!」

オレは、キレた。
迷うことなくその場で脱いだ。
セブンセンシズは、クロス(服)を超越するのだ。

気持ち・E!!
イェス!!イェス!!andイェス!!

なのに、そんな第八感(阿頼耶識)でアンリエッタ姫を知覚してみれば、
ああ、なんたるコングラチュレーション、ことほど左様にドヤ乳ではないか……。

……やべ!!眼があった!!
ピーヨピヨピヨピヨ私はキグナス(クールであれ)。



[38354] 第6話「銃士!!怒りのイーヴァルディ!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2014/04/20 17:51
今度も、やっぱりイーヴァルディは立ち上がりました。

牛魔王は、倒れても倒れても立ち上がり、自分に向かってくるイーヴァルディが、不思議でなりませんでした。
さっきの一撃は、どう考えても致命傷だったはずです。

なんでこんなちっぽけな人間が、傷だらけになりながら戦い続けられるのでしょうか?
一体なにがそのちっぽけな人間を動かしているのでしょうか?

牛魔王は、鎖でがんじがらめにされたルーを指差し、巨大な体を恐ろしげに揺らしながら尋ねました。

「おお、イーヴァルディよ。何故貴様はそこまでして我に抗うのだ?この娘は、あんなにもお前を苦しめたのだぞ?」

イーヴァルディは答えました。

「やかましい!!この百貫デブが!!オドレの知ったことか!!」

答えになっていませんでした。

「フン、口の減らぬ小僧めが。我はただ食事をしようとしているだけなのだぞ。
 貴様ら人間も羊を殺し、草花を刈り、それらをかてとしている。ワシが人間を食らうのと何が違う?同じではないか。
 それにこの娘が死んだところで、貴様には何の関係もあるまい。さあ、尻尾を巻いて村に帰るがいい」

「……てめぇの言い分も最もだわな。実際、何一つ間違っちゃいねえさ。ハハッ。だがよ……」

「だがなんだと言うのだ」

「なめんじゃねえ!!」

なめんじゃねえ――――

人が持つ最も尊いその性根こそが、イーヴァルディを動かし続ける仁義だったのです。

イーヴァルディの侠気は、とても大きな力になって剣に宿りました。
剣がぴかぴかと光り輝き、まるで夜天を押し返す朝日のようです。
さしもの牛魔王も、その意思のあまりの凄まじさにたじろいでしまいました。

このままでは、戦いは終わらない。となれば、いずれは負けてしまうかもしれない。
そう思った牛魔王は、ルーの小さな体を握りしめて叫びました。

「そこまでだイーヴァルディ!!一歩でも動けば、この娘の命はないぞ!!」

その時です。

「おう、いい加減にしたらんかい……。このド腐れ外道が……!!」

ルーが怒りに震える声で、確かにそう言ったのです。

「破ァ!!」

気合一閃。
ルーをそくばくしていた鎖と牛魔王の拳は、ビスケットのように砕け散りました。
牛魔王が、ごみむしのようにのた打ち回ります。

「ぐああああああああああああああああ!!」

ルーは憤怒の炎を瞳に燃やしながら、牛魔王をにらみました。

「こんなチャチな鎖、壊そうと思えばいつでも壊せたんじゃ……。
 じゃけんどよぉ、ここまで来てくれたイーヴァルディの男を立てにゃなるめぇと……。
 イーヴァルディのメンツにドロかぶしちゃなんめぇと我慢しちょったが……。それももう限界じゃあ!!」

ルーのごうわんが、牛魔王の体をいともたやすく投げとばします。
そしてその先には、イーヴァルディが愛刀を手に待ち構えていました。

「いてもうたれぇ!!イーヴァルディィィィィィィ!!」

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!」






・道徳教本『アサバット著:イーヴァルディの勇者 ~おもいやりの心~ 』の一節より

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第6話「銃士!!怒りのイーヴァルディ!!」



薄暗い森の中を、銃士隊員らが歩いている。
飾り気のない、村娘らしい服を着た、20歳ほどと見られる二人の女性だ。

極秘任務であるため、素性がばれてはならない。
そのため、マスケット銃の携帯も許可されていない。

「ひどい道ですね。なんで安月給でこんなことまで……」

青髪の隊員が泣き言を言った。

「仕事があるだけマシだ。黙って歩け」

隊長がそれをいさめる。
彼女らは、自分らの来た方角を隠ぺいするために、街道を使うことができなかった。

任務の内容は、ある亜人の確保だった。
人と同じ姿をしているその亜人は、識別がきわめて困難である。
手に負えぬようなら、殺害も許可されている。

「あれ?」

道をゆく二人の視界に、不自然なものがあった。
白いワンピースを着た少女がうずくまっている。

「おい!!」

その声に少女はビクっと震え、恐る恐る二人のほうへ振り向いた。

隊長とよばれた女性が、その少女に問いかける。
子供相手とは思えない、厳しい口調だった。

「お前、名前は?」

「え、エルザ……」

「どこから来た?」

「すごく、遠く」

「こんな所で一人で何をしていた?」

その問いに少女は答えず、黙ってうつむいてしまった。

「貴様!!何をしていたのかと聞いている!!」

エルザは後ずさり、イヤイヤするように首を振った。

「こ、殺さないで……」

「ちっ!!」

「まあまあたいちょ……。じゃなくて、アニーさん。相手は子供ですよ?」

青い髪の女性が、金髪の女性をなだめ、優しい口調で別の質問をした。

「エルザちゃん、ママとパパはどうしたのかな~?」

その猫撫で声が気に入らないらしく、アニエスが文句を言う。

「何がママとパパだ。トリステイン人なら、おっかさん、おとっつぁんだろうが。それに……」

「ママとパパは、殺されちゃった」

アニエスの愚痴が止まった。
幼い少女のつたない口調は、まるで別世界のことのように淡々としていた。
ミシェルが、困ったような顔でアニエスを眺めた。

「アニーさん……」

「……この側に村がある。我らもその村に用があるので、そこまでは送って行ってやろう。
 しかしこちらも仕事ある身。過大な期待はせぬことだ」

「私、これからどうすればいいんだろう……」

「甘えるな」

「遺産が1億エキューあっても、そんなのどう使えばいいか分からないし……」

「ミ・レディー。どうぞ私の背にお乗りください」

ミシェルがひざまづいた。












村についたアニエスらは、まず村長に挨拶に行くことにした。
村長には前もって自分らの素性を明かしてあり、彼女らはその親戚という扱いになる。

訪れた3人を見て、村長が尋ねた。

「おや?お二人と聞いていましたが?」

「道中で拾ったのだ。どうしたものか困っている。とりあえず私の身内ということにしておいてくれるか」

「かしこまりました。それでは、娘さんということでよろしいでしょうか?」

「仕方あるまい。それが無難だろうな」

この遠出で、ひそかにロマンスとの出会いを期待していたアニエスは、全ての甘い希望を捨て去った。
エルザは、アニエスのスソをつまんでつぶやいた。

「パパ?」

「……せめてママで頼む」

アニエスは、コルベールをパパと呼んで困らせていた頃を思い出した。














案内された納屋に入ると、ミシェルは室内の点検をはじめた。
エルザもエルザなりに、家具を一つ一つ点検している。
ミシェルのマネらしかった。

アニエスは机をみつけると、そこに何枚かの羊皮紙を広げた。
これまでの報告書を書く必要があり、特にエルザの件は、記憶が鮮明なうちにまとめておきたかった。

各々の作業をしながら、ミシェルが尋ねる。

「しかし実際問題、この子はどうしたもんでしょうか。
 どこか信用できるところに養子に出すとしても、私にはそんなあてはないですし」

「一緒に住むにしても、我らの仕事は子供が手伝えるものじゃないからな」

ミシェルはしばらく悩んでから、基本に立ち返ることにした。

「エルザは、将来したいこととかあるかな?」

「うーん、分かんない。ヒントちょうだい」

「そうだなあ、アニーさんは子供のころ、何になりたかったですか?」

「くだらん話題を私にふるな」

「まあまあ、そうおっしゃらずに」

アニエスはそれ以上は無視し、興味なさそうに、もくもくと書類整理を続けた。
実際のところ、アニエスは相当にイラ立っていた。

ミシェルはエルザを構いすぎる。
不幸な生い立ちの子供にいちいち情を移していては、キリがない。
それに今は、自分に与えられた仕事をこなすべきではないか。

しばらくうなっていたエルザが、閃いたように手を叩いた。

「あ……。一つやりたいことあるかも……」

「お~。それは何かな~?」

「将来は貴族塾で働きたい……」

「「ダッ、ダメェ~~~~~~~~~~~~~~!!」」













村に来て二日が過ぎたころ、村長が訪ねてきた。
今のところ、アニエスらの素性を怪しむものは居ないらしい。

「とくに、子連れというのが良かったみたいですのう」

「む」

それは、アニエスも感じていた。
今もミシェルがエルザを連れて村を見回っているが、はた目には行楽にしか見えないだろう。
むしろ、本当に遊ぶだけ遊んで帰ってくる可能性のほうが恐ろしい。

アニエスが村長に、これまでの調査結果を報告する。
ホシがこの村に潜伏しているのは間違いなさそうだと告げると、村長は悲しそうにうつむいた。

ミシェルとエルザが帰ってきた。
エルザが、デブネコを抱えている。
アニエスは、なんとなく予定調和を察した。察した通りだった。

「パパ。この子飼っていい?」

「ダメだ。そしてパパではなくママだ」

「お願いママ。ちゃんと世話するから」

「アニーさん。エルザもこう言っていますし……」

「ダメだ」

何かが不自然だ。
ミシェルとエルザの会話は、字ズラだけが流暢で、しかしあまりに棒読みだ。

「お前ら口裏合わせたな?」

「クチウラ?」

エルザは『クチウラ』という言葉が分からないのか、キョトンと小首をかしげている。
ミシェルは、とても分かりやすい。

「アワワワワワワワワワ……」

「エルザはネコが好きか?」

「ふつう」

「やはりミシェルが主犯か」

「アワワワワワワワワワ……」

「エルザはネコ鍋って知ってるか?」

「ネコ鍋?」

「ヒィィィィ!!元のところに戻してきます!!」

ミシェルがあわてて駆けてゆく。
エルザが、きょとんとした様子で立ち尽くす。
アニエスはそんなエルザを見て、抑えがたい嫌悪感が湧くのを感じた。

「それでは、今日の所はこれで」

村長が出てゆくと、室内にはアニエスとエルザが取り残された。
アニエスは黙って机に向かい、書類整理を始めた。
静かな部屋に、アニエスのペンの音だけが響く。

エルザはイタズラでミシェルの気を引くことはあったが、
アニエスにはそういうことをしない。

エルザは、説教をされて所在のない子供のように、室内でじっと静かにしていたが、
そのうち、アニエスの真後ろまで歩いてくると、話題を探すためとも、覚悟を決めたともつかぬ雰囲気で、その口を開いた。

「パパ、ちょっとお話があるの」

「『ママ』だ」

「あう……」

再び室内を沈黙がつつんだ。
アニエスは、自分から口を開かない。そういう態度も隠さない。
数呼吸程度の間をおいて、再びエルザのほうから話しかけた。

「お話したいことがあるの」

「……なんだ?」

「エルザね、ママにウソついてたの。あのね、私……」

小さな手が、アニエスの肩に伸びてゆく。

「言わなくていい。気づいている。私もミシェルもな」

アニエスの返事を聞いて、エルザはビックリしたような表情になった。

「そんなことを気にしていたのか?子供が大人にウソをつくのも、まあ成長の証だ」

アニエスもミシェルも、最初にエルザと出会った時に、すぐにエルザのウソを見抜いていた。
1億円などと、そんな大金を子供が持っていたら、周りの大人が放っておくはずがない。

「気づいてたのに、優しくしてくれたの?なんで?」

情からではなかった。
アニエスはエルザに対し、愛情も同情も自覚できない。

自身が幼い頃のことを思い出す。
燃え盛る炎の中を駆けつけてくれたコルベールの姿は、今も忘れられない。
あの時のコルベールも、なりゆき程度の気持ちで自分を助けたのだろうか?

そうではないと否定したかった。
人が誰かを助けるのは、何か特別で、神聖な気持ちのせいだと思いたかった。
自分の中にも、そういう素晴らしいものが潜んでいると信じたかった。

アニエスは怒ったような表情でツカツカとエルザに歩み寄ると、その体を抱き上げた。
小さく、弱弱しい体だった。アニエスが力加減をあやまれば、そのまま潰れてしまいそうなほどに。

「ごめんなさい……ママ……」

エルザはきまずそうにそう言って、アニエスの服をきゅっと掴んだ。
アニエスは、自分の無感動にいらだちを覚えた。自分の所作の芝居臭さがイヤになる。

心ふるわせる状況ほど、白々しさの醜い時はない。
子供の相手をするほど、自分の不人情が際立って感じられることはない。

「ママ、お願いがあるんだけど、いいかな?」

「なんだ?」

「血を……」

その言葉を遮るように、どんどんと、乱暴に扉を叩く音がした。
入室を促すと、顔色の悪い青年が息を切らして飛び込んできた。

「何事だ?」

「ハァ、ハァ……。き、貴族様が吸血鬼退治に来られて……。村の者を全員、広場に集めろと……」









「面倒なことになったな」

「バンパイアハンターって、性質の悪いのが多いって聞きますしね」

ミシェルに抱っこされていたエルザが、ビクッと震えた。

3人が指定された広場に着くと、そこに居る誰が『吸血鬼狩り』かは一目瞭然だった。
マントを羽織り、あぐらをかいで座っている。
立てばその身長は、30メイルを優に超すであろう巨人だった。
頭の上に、使い魔と思しき青い龍を乗せている。

巨人が、巨大な湯呑み茶碗を地面においた。
おかわりの合図だった。

村人が10人がかりで、5メイル程の焼酎瓶を運んできて、ドバドバとお酌をする。
巨人はそれを無造作にあおると、青い髪をなびかせながら、ようやくといった風に話し始めた。

「これで全員?」

「イェス、マム!!これで全員であります!!」

村長が、直立の姿勢で答える。
村長のみならず、村の者らは皆、その巨人の迫力にのまれていた。

アニエスは、その手腕にわずかならず関心した。
恐怖は、不審者を炙り出す上での初歩の初歩だ。

ちらりと横を見る。不審者が二人居た。
エルザとミシェルが、ひっくり返された亀のようにアウアウになっている。

巨人が名乗る。

「私の名はタバサ。吸血鬼に関して、誰か知っている人が居たら教えて」

恐怖でどうにかなったのか、エルザが、フラフラとタバサのほうに歩いていく。
アニエスは止めようとしたが、手遅れだった。

エルザは、時計台でも見上げるようにタバサに視線をやった。

「きゅ……吸血鬼を見つけたら、お姉ちゃん……どうするの……?」

「噛む」

タバサはそう言って、カチーンカチーンと歯を鳴らした。
チョロチョロと、エルザの足元に水溜りができてゆく。

「あ、あのね……。私思うんだけど、人間も牛を食べるでしょ?
 ききき、吸血鬼も、同じことじゃないのかな……」

「あなたの言うとおり。でも……」

「で、でも……?」

「なめんじゃねえッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ぷぎゃあ!!」

瀑布のような一気呵成で、エルザの体がコロコロと後ろでんぐり返る。

「と、そんな感じ」

ニンゲンも牛を食べるでしょう――――

吸血鬼も同じじゃない――――

なんで、そんなことを聞いてしまったのだろうか。
アニエスは、早くエルザを回収せねばと思った。

タバサの眼光は「なぜそんな質問をするのだろう」とも、「お前が吸血鬼だな」とも、
「ホッホッホ、初めてですよ。この私をここまでコケにしたオバカさんはッッッッッ!!」とも見えた。

アニエスが策を巡らしていると、突如、世にも恐ろしい雄叫びが轟いた。

「ブモオオオオオオオオオ!!」

悲鳴をあげて逃げ惑う村人たち。
その群れが割れて、声の主が現れた。ミノタウロスだった。

「見つけたぞ青巨ロリィ!!」

並みの人間の倍近くある巨体も、タバサの前では子犬の様だ。

「亜人が私に何の用?」

「何が亜人じゃあ!!ワシからすりゃテメェも亜ミノタウロスじゃろが!!この人間原理主義ヤロウが!!」

人間原理主義という言葉のあたりで、エルザは力なくその場にへたりこんだ。

「前にも同じことを言うミノタウロスが居た」

「ふん、覚えておったか。そりゃあワシの兄貴よ。いくぞ!!兄貴の仇!!」

突進してくるミノタウロスを無視し、タバサはキョトキョトと空中に視線を泳がせた。
羽虫の飛ぶ音がした。

「……ハエがいる」

タバサは迫りくるミノタウロスの腕をつかむと、
その亜人の巨体をハエ叩きのように振り回し、何度も地に叩きつけ、あっという間に全てのハエを潰してしまった。
ハエが居た数だけ、クレーターが出来上がった。ミノタウロスは頭を地にめり込ませたまま、ピクリとも動かない。

「あへ……」

「ア、アニーさん!!エルザが気絶しました!!」

「エルザ!!エルザーー!!」














エルザと出会った日のうちに、
アニエスとミシェルは、エルザが吸血鬼だろうとアタリをつけていた。
本人の口から聞くまでは知らぬそぶりで過ごすつもりだったが、村長には報告してある。
万が一だれかにバレても、まあ大ごとにならぬよう交渉できるだろう。

だが、バンパイアハンターはまずい。
吸血鬼に対する法整備はまだ不十分なのだ。

ハンターらは吸血鬼特区の外で、証明書を持っていない吸血鬼の殺傷許可を与えられている。
実際に人間を襲う吸血鬼もいるが、アニエスらは、エルザをそういう類のものではないと結論付けていた。

何よりまずいのはバンパイアハンターらが、
不法吸血鬼を庇った人間をも処罰する権限すら持っているということだ。
今の場合、アニエスとミシェルが、その攻撃対象となりうるのだ。

しかもあのタバサという名前。
聞き間違いでなければ、一年ほど前、あの貴族塾からですら退学処分を受けた、化け物中の化け物だ。

納屋に戻った3人は、困り果てていた。

「噂にたがわず、相当に凶暴そうな奴だったな。まだ身分をあかすわけにもいかんし、さてどうしたものか」

「というか正直、貴族塾がらみの人材って時点でもう逃げ出したいんですが……。どうせまたロクなことに……」

ノックの音がした。
アニエスが応答する。

「誰だ?」

「タバサ」

室内に緊張が走る。
エルザは短く悲鳴をあげるとベッドに駆け込み、布団を被って震えだした。
隠れているつもりらしかった。

アニエスが、タバサに入室を促す。

「入られよ」

扉を開いて現れたのは、小柄な少女だった。
まるで先ほどの巨人を、そのままスケールダウンしたかのようだ。
しばしあっけにとられた後、ミシェルがたずねる。

「その姿は、一体……」

「私はペンタゴンメイジ。魔力の迫力で大きく見えていただけ」

「なるほど……」

小柄になったというだけで、目の前の無表情な少女は、どうにも可愛らしく見えた。
しかしアニエスは、それを擬態であると見抜いた。
女子供は、油断を誘う上での基本条件だ。

「それで、いかなる御用向きか?」

「思い出したのだけど、目撃証言によると、件の吸血鬼は銃を持っているらしい。それを調べて回っている」

それを聞き、アニエスは、王女の言葉を思い出した。
『銃を持っていくな』とは、吸血鬼疑惑を回避するためでもあったのだろうか?

――――もしここでマスケット銃が出てきたら、ややこしいことになるな。

「マスケット銃など見ておらんぞ。なあミシェル」

アニエスが振り返り、ミシェルにそう尋ねる。

「あうあ?!にゃいにゃいにゃい!!」

ミシェルがキョドった。いやなデジャブを感じる。
アニエスは、ミシェルにしゃべらせてはマズイと判断し、自分でタバサの相手をすることにした。

「とまあ、そういうことだ。他をあたっ……ホゲェ?!」

なぜ気づかなかったのだろう。
タバサの真後ろ、玄関トビラの内側にマスケット銃がぶらさがっている。

「じゃあ他をあたっ「いやいやいや!!」」

トビラの方へ向こうとするタバサを、アニエスは強引に引き止めた。

「やっぱりもう少しお話すれば、何か手がかりがあるかもしれん!!!さあ、こちらへ!!」

「でも、急がないと……」

「まあまあまあ!!」

ミシェルがタバサの背後に回りこみ、室内へ押し込むように力を入れる。
そして後ろ手でトビラのマスケット銃を引き剥がし、死角のゴミ箱へとロングシュートした。
それは、見事なシュートだった。

ガコンッと、音がした。

「……今の音、何?」

「アニーさんの屁であります!!」

ビシっとアニエスを指差すミシェル。

「そうだ!!私の屁はあんな音がするのだチクショウ!!」

「……病院に行く事をすすめる」

タバサは無表情のまま鼻をつまみ、逃げるように玄関へ向かい、
そして、足を止めて言った。

「マスケット銃……」

「ま、マスケット銃がどうかされましたか?」

「おかしい……」

「な、なにが?」

「私の大切なマスケット銃、この玄関扉にかけておいたはず。なくなってる」

「「なっ?!」」

「おかしい」

わざとらしく首をかしげるタバサ。

ジリリリリリリリリ!!
ゴミ箱から、派手な音が鳴り響いた。

「あ、なぜかそんなところに私の目覚まし機能付きマスケット銃が。
 たまたま偶然にも今アラームが鳴って幸いだった。ヨカッタヨカッタ」

アニエスは悲鳴をあげそうになった。
確実に、疑われている。

タバサは早足でゴミ箱に近づき、マスケット銃を回収すると、何事もなかったかのように外へ出ていく。
かに見えたが、再び玄関でくるりと振り返り、言った。

「そう言えば、吸血鬼は人形を持っていたとも聞く。どこかで見なかった?」

タバサの口調と表情は、一切の感情を否定するかのようだ。
無機質なたたずまいのまま、優位性を示ように、室内にあったパンを勝手にかじっている。
その背後の扉には、やはり人形がぶらさがっていた。

もう疑うというレベルじゃない。決定的なアシを掴もうとしている。
そんな剥き出しの圧力が、ミシミシと伝わってくる。

憔悴してゆく神経で、アニエスは考えた。
さっきのはオトリで、今度こそ致命的な罠か?
剣術でも、剣豪が素人臭いしらじらしさを見せることがあるが、それに類するものか?
何にせよ長く黙っていては不自然だ。早く答えねば。

アニエスは、タバサと玄関側に背を向けて答えることにした。
さしあたり、表情だけは隠したかった。

「フン、知らんな」

「カンチョー」

「ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

アニエスの体が三十サントも持ち上がった。
人差し指のみならず中指まで動員したその一撃は、人生観すら捻じ曲げかねない衝撃だった。

「これぞ秘儀・ミートコーモンの憂鬱」

「く、くおおおおおおお……。い、いきなり何さらしてくれるんじゃオドリャア!!」

と、振り返ったアニエスに、タバサが人形をつきつけた。

アニエスの動きが止まった。止まってしまった。
表情を保てない。普通なら、どういうリアクションをするのが自然なのだろうか?

『どうせまたお前の人形だろうが?!』と言うべきか?
『知らん!!』とでも言うべきか?
カンチョーの件を糾弾すべきか?

しかしどんな回答にも、恐るべきカウンターが待ち構えているように思われてならない。
考えれば考えるほど、思考が乱れてゆく。

「ぐおおおおおおお……」

アニエスは、先ほどの一撃に苦悶するフリをしてうずくまった。
時間を稼ぎたかった。

策略、力技、判断力、タイミング。
どれをとっても勝てる気がしない。恐るべき相手だ。

ひれ伏すアニエスを見おろしながら、タバサは抑揚のない声で言った。

「だいたい分かった。さて、あなたの屁の匂いは……」

タバサは、先ほどアニエスにつきたてた指をクンクン嗅ぐと、

「ゲボァァァァァァ?!」

のけぞり、ゲロを放射状にきらめかせながら倒れ、そして

「ゆっ、油断した……。ガフッ……」

完全に意識を失った。

ミシェルが歓喜の声をあげた。

「あっ、あれはまさしく日本武術で言う所の横四方固……!!」

「ミシェルお姉ちゃん、あの技を知っているの?!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~横四方固について~~~~~~~~~~~~~~~~~~

横四方固。

調子こいた相手に無防備なケツをさらすことで、
敵の行動をカンチョーからのクンカクンカにいざなう、行動心理学に基づく奥義である。

完全に抑えこまれた状態で諦めぬ様を見ると、人はその嗜虐心を燃やさずにおれぬという。

・アカデミーレポート『コンデ・カマの遺産』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「かっ、勝手に私を変な武術の使い手にするな!!どう見ても私は被害者だろうが!!」

「ああ……。流石です隊長!!見習うんだぞエルザ!!達人は誇らない!!」

「ママ凄い!!達人は誇らない!!」

「チクショオオオオオオオオ!!退却だミシェル!!エルザ!!」














来た時の森を走りながら、アニエスが愚痴をこぼす。

「なんでこんなことになるのだ!!」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないですよ!!」

エルザを背負ったミシェルが、前回とは逆にアニエスをいさめた。

その森は難所で知られ、近隣の者も奥までは入ろうとしない。
往路でも、二人は散々な目にあっていた。

王女から『方角が分からなくなったらおてんとさんに聞きなさい』というダイナミックなアドバイスを頂戴していたが、
そもそも森の中から太陽が見えるはずもない。

『野生動物は火を恐れます。野営には火を焚きなさい』とも言われていたが、
いざそうすると、森中の毒蟲が火にむらがってきた。

「ていうか隊長だって、王女様をおいさめせず何でもホイホイ聞きすぎなんですよ!!
 このままじゃそのうち、外国の戦場にでも放り込まれますよ!!二人っきりで!!」

「お、王女様は我らをそれだけ信頼しておいでなのだ!!そもそも……」

「きゅいーー!!」

若い風龍の鳴き声。
続いて、空をおおう枝木が激しい旋風に巻きこまれ、アニエスらの頭上に、青空が現れた。
局地的なカッタートルネードだった。

「見つけた」

青髪の修羅が、そこから降り立つ。

「……早かったな」

アニエスの返事は、荒事も視野に入れた声音だった。

「エルザ。そこの木陰にかくれてなさい。大丈夫だからね」

ミシェルもアニエスの腹つもりを読み、エルザを背からおろした。
エルザが、二人の後方の針葉樹の裏に走っていった。

状況を把握し、なおタバサはひるまない。

「バンパイアハンターから吸血鬼をかばうことが、何を意味するか分かっているの?」

「エルザが、それほどの罪をおかしたというのか?」

アニエスが答える。
こういう時、ミシェルはただ戦闘の口火に意を注ぐ。
タバサが、二人からの圧力を受け流すように答えた。

「その吸血鬼は既に人を殺している」

エルザが、たまりかねたように叫んだ。

「わ、私は人なんて殺してないもん!!お願いして血をもらうか、後は人工血液だけだもん!!」

「ああ言っているぞ」

「吸血鬼特区を離れているということは、ずっと薬を飲んでいないということ。吸血衝動を抑えられるはずがない」

「前例ならある。薬物投与のなかった時代に、人間と共存していた吸血鬼もいた」

「それは特殊な事例。あなたたちは騙されている。話すだけ無駄」

三者とタバサの間に緊張が走る。
そして、ハルケギニアで聞きなれない音が響いた。

パラララララララ。

エルザの居た場所から「ひゃっ」と、高く短い悲鳴。
エルザの体が、鮮血をまき散らせながら躍動していた。

ミシェルとアニエスがエルザに駆け寄る。

「ミシェル!!血止めを!!」

「はい!!」

アニエスは次の攻撃に備え、さきほど音のした方向に視線をやった。
タバサが、一人の青年に飛びかかる所だった。村に居た青年だった。

青年は、杖とは異なる金属の棒から、ブレイドのような光を発生させ、それでタバサのブレイドを受け止めた。
つばぜり合いの体勢で、タバサが語りかける。

「やっと見つけた。ヴァリヤーグ……」

「ん?ひょっとして僕は、おびきだされちゃったのかな?」

ヴァリヤーグ。それはアニエスとミシェルにとっても、この地に来た理由であった。
銃士隊の二人は、異世界からの斥候との接触を命じられていたのだ。

再び、先ほどと同じ乾いた連続的破裂音。
ぱららららららら、と、異世界でサブマシンガンと呼ばれる武器から、無数の薬きょうが飛び出す。
至近距離からのその攻撃を、タバサは氷の盾で防ぎながら後ずさった。

「ちっ、しぶといな。まあいい、目的だけ先に果たしておこうか」

ヴァリヤーグは脇のポケットから試験管を取り出し、頭上にかかげた。
離れた場所に居るエルザの血が、スーっとそれに吸い込まれていった。

「これがハルケギニア最凶と呼ばれる吸血鬼の血か。このDNA、有効に活用させてもらうよ」

その様子をじっと見ていたタバサが、感情のこもらない声で言う。

「それを確認したかった。やはり、噂は本当だった」

「ヘェ、僕らの噂?」

「ヴァリヤーグが亜人の血を集めているという噂。あとは、あなたのコンパスを回収するだけ」

「……随分詳しいね。いろいろ聞きたいけど、ここは引かせてもらうよ」

ヴァリヤーグは重力を忘れたように、彼方の木の枝に飛び退った。
追おうとするタバサを、サブマシンガンで牽制する。

「逃がすか!!」

ミシェルが高速詠唱でフライを完成させ、
瞬間移動のような速さで、ヴァリヤーグの眼前に上昇し、戦杖を振るった。

「えっ?!」

ヴァリヤーグは油断していた。
村での様子から、銃士隊らを戦力外の平民と断じていたのだ。

ミシェルは空を切った獲物を捨て、上段から、踏みつけるような横蹴りを放った。

地に叩きつけられたヴァリヤーグは、体勢を整え、反撃に移ろうとしたが、背後に巨大な闘気を感じた。
アニエスだった。トリステイン王国銃士隊・隊長の握る剣が、巨大な氣を放っている。

「ばっ、ばかな……。その構えは……」

「流派烈風!!超秘奥義・暹氣虎魂!!」

その刃が空を裂くと、刀剣から、破壊の波動が放たれた。
波動はリン気を帯びた猛獣の型をなし、ヴァリヤーグに襲いかかった。

「ぐああああああああああああ!!」

高濃度の威力が、地を削りながら数十メイルも伸びてゆく。
後に残ったヴァリヤーグの体は、異様だった。

全ての皮膚を失い、金属かプラスチックか、
明白な人工の形跡が見られるボディが残されていた。

それはガチャリと音を立てて倒れ、二度と立ち上がることはなかった。
アニエスはそれを微塵も気に留めず、エルザのもとにかけよった。

「エルザ!!」

「痛い……寒いよ……」

抱きかかえたエルザの体は、くたびれた人形のように脱力していた。

「しっかりしろ!!お前は貴族塾に入りたいのだろう?!
 根性を見せてみろ!!精神が肉体を超越することを、根性というのだぞ!!」

「パ……。……ううん、ママ……。愛……してる……」

「エ……」

アニエスの顔へ伸びようとしたエルザの手が、ぽとんと地を叩いた。
アニエスは動かなくなったエルザの首を、顔を、胸をなで、それから、他人事のようにつぶやいた。

「死んでしまった……」

自分の言葉を思い出す。

パパではなくママだ――――

規律に生きるアニエスの心の、かすかに無垢なままの部分が悲鳴をあげた。
なぜこんなか弱い子を、あれほどむげに扱えたのだろうか。
もはや、二度と動くことはないエルザ。その唇から最後にこぼれれた声を思い出した時、アニエスの顔は崩れた。

エルザが何を求めていたかを、今になってようやく考える。

自分は、エルザの父親に似ていたのだろうか?
エルザはなぜミシェルではなく、私を親として選んだのだろうか?

考えれば考えるほど、今までの自分の誇りが汚らわしい。

きっとミスタ・コルベールの強さは、ダングルテールで皆を守れたからだ――――

あの時誰かを死なせていたら、きっとミスタ・コルベールも――――

私はもう、戦えない――――










タバサが、ヴァリヤーグの残骸から何かを抜きとった。

「これで任務完了。私は失礼する」

「待て!!」

ミシェルが、去ろうとするタバサの背に吠えた。

「……何?」

「貴様……。エルザを囮にしたのか……?」

「そうだけど、だからなに?」

「決闘を申し込む。ここでオトシマエをつけていってもらおうか」

ふりむいたタバサの顔は、雪のように冷え切っていた。
つまらない物語を眺めているかのようだ。

「決闘?意味のないこと。エルザは、あなたたちを騙して近づいていただけ。そして最後まで嘘を突き通した」

「貴様に何が分かる」

ミシェルは懐から、三つの丸薬をとりだした。
赤い丸薬が二つに、青い丸薬が一つ。

「貴様がどうあっても拒むというなら、こちらにも考えがある」

ミシェルは赤い丸薬の一つを飲み、宣言した。

「これで私の命はあと一〇分。助かるには、一つしかないこの青の丸薬を飲むしかない。
 ここまで言えばもう説明はいらんだろう。さあ、貴族の筋を通してもらおうか」

タバサは投げつけられた赤い丸薬を受け取ると、
やはり無表情のまま、ぽつりとつぶやいた。

「エルザは私の偏在。偏在にフェイスチェンジをかけてただけ」

「「へ?」」

アニエスの腕の中から、エルザの死体がフッとかき消えた。

「ママとよんでくれなきゃイヤ~ン(ワラ」

「「……」」
















少々お待ちください――――

現在、物凄い勢いでタバサがフルボッコにされております――――


















「い……、痛い……」

「ハァ、ハァ……。じゃかあしいわ!!この顔面神経痛が!!ちったぁすまなさそうなツラせんかい!!」

「フゥ、フゥ、フゥ……。ケツから杖ブチ込んで生グソに固定化かけたろかコラァ!!」

銃士隊らの叫びが、雪風の冷えた体を震わせる。

二人の感情は本物だ――――

こんな私に対して、本当に怒っている――――

そんな想いがヒシヒシと伝わり、
なにかポカポカする想いが湧くのを抑えきれず、
タバサは二人を、心から素直な気持ちでオチョくった。

「ごめんね、ママ(キラッ」

「こっ、殺すしかないですよコイツ!!わわわ、私……殺意で涙が出るなんて初めてです!!全てを失ってもかまいません!!」

「たっ……、耐えろミシェル……。我らは法の下に……」

そうふりしぼるアニエスの顔にも、スパゲッティーをぶちまけたような青筋が脈動している。
まだケツがズキズキ痛む。

「私は道徳の本を書いている。その為に、色々と体験する必要があった。これが最新話」

タバサは懐から、一冊の本を取り出した。
表紙には『アサバット著:イーヴァルディの勇者 ~おもいやりの心~ 』と書かれている。

「アサバット……。TABASAの逆読みか……」

「ああ……。これ有名ですよ……。ノーベルなめてるやつで賞があれば受賞間違いなしだとか……」

「なめてる、とは心外。気を使って書いている。差別問題回避の為に、ミノタウロスではなく牛魔王と書いたり。
 それより、今回は登場人物がバカすぎて困った。私が『銃』と言っただけで『マスケット銃なんて見とらん』とか。
 いきなりストーリーが終わりかけて、あれには焦った。あんなアホな終わり方はあり得ない。
 だから私が一気に話を動かした。おかげでいくつか伏線が無駄になった」

「な、なぜこの状況でダメ出しされなきゃならんのだ……」

「すごい……。反省以前のステップを何一つ踏んでいない……」

「長引けば、アニエスがエルザに心を開くまで気長に暮らして待つ、というハートフル展開も考えていた。
 中盤でエルザに裏切られ、ショックを受ける二人。でも後半のピンチで助けに来るエルザ、という具合。
 まあその場合、ストーリーが冗長になるという危険性があるけど。穴埋めのギャグを考えるのも結構大変」

「ギャグ?」

「カンチョーとか」

「……やはり、殺るか……」

「はい……。きっと始祖もそれをお望みのはずです……」

「やめて。反省している。だから許して、ママよりオッパイの大きいミシェルお姉ちゃん」

「なに……?」

「だ、騙されないでください隊長!!また罠ですよ!!仲間割れを誘おうという魂胆です!!」

「ふむ……。今のトラップの質からして、そろそろネタ切れのようだな……」

鉄のようなタバサの無表情に、タラリと冷や汗が流れる。

「待ってください!!」

一線を越えようとする銃士隊員らを、少女の声が押しとどめた。
声の方角から、デコの広い、青髪の少女が走ってくる。

少女は息を切らしながら、
アニエスとミシェルに語りだした。

「あの、本当にごめんなさい。
 タバサはいつも不器用で……。でも、悪気はないんです。どうか許してあげ……バカめ!!」

「なっ?!」

「こ、これは!!」

デコッパチの放った縄が、アニエス、ミシェル、タバサの体を、一瞬にして束縛した。

「あはははははは!!かかったな!!!アタシはずっとこの時を待っていたのさ!!」

「き、貴様!!」

「何者だ?!」

「フフフ、知りたいことは後で教えてあげるよ。
 あんたらは今から人質さ。タバサと一緒に、宇宙に飛んでもらうわ」

ミシェルとアニエスは、事態が全く呑み込めない。
まず、宇宙という言葉からして尋常離れしている。
それはこのハルケギニアで「世界の外側」を意味する、神がかった宗教用語でしかないのだ。

困惑する銃士隊らを意に介することなく、デコッパチが指を鳴らす。
大地が激しく震え、地面から巨大なロケットがニョキニョキと生えてきた。

「ふぎゃ!!」

デコッパチは、上昇してゆくロケットからモロにアッパーカットを食らい、昏倒し、その場で倒れた。
ロケットは、あっという間に大空へと消えていった

「な……」

「なんなんだコイツは……」

飛びゆくロケットを見上げながら、アニエスとミシェルは体をよじらせ、どうにか抜刀し、縄を断ち切った。
デコッパチもパカっと眼をさまし、ロケットが残していった飛行機雲を見上げ、ニヤリと笑った。
懐からトランシーバーを取り出し、ぶつぶつ独り言を言う。

「ちゃんと聞こえるかしら……?」

タバサ、ミシェル、アニエスが、そんなデコの背中を奇異の目で見守っている

「さてっと……。がんばるのよワタシ!!」

デコはパンパンっとほほを叩くと、
両手でトランシーバを握りしめ、三者の前でわめき出した。

「おほっ!!おほっ!!おほっ!!大宇宙の居心地はどうかしら?!タバサにバカ2匹!!
 タバサのような化け物、宇宙くらいでないと閉じ込めておけませんもの!!ダブルズベ公はとんだ巻き添えだけどねぇ!!
 まあお前らみたいなハイパードブス、居なくなっても誰も悲しまないから安心なさいな!!ブスブスブース!!」

「……」

「……」

「……」

「あら、私としたことが申し遅れましたわね。私の名はイザベラ。ガリアの王女ですわ。
 フフフ、世間の連中はアタシをねえ、どうも勘違いしてるのよ。金と権力をカサにきるだけの能無しだってね。
 でもパープリンなアンタたちにも、もう分かっただろう?ワタシの最大の武器は、この頭脳なのさ。
 ちなみにあんたらは人質だから、食料は用意しておいてあげたわ。便所はないけどねえ!!」
 
「……」

「……」

「……」

「さてここで問題です。なぜ私が名乗ったか分かります?おほ!!今ブス顔を青ざめさせたでしょう?!
 見なくても分かるわっ!!そう、ご明察!!あなたたちはねぇ!!そこから永久に戻ってこれないのさ!!
 ああ、目に浮かぶようだね!!ニンジンでカマ掘られた馬みてぇなそのドマヌケヅラが!!」

「……」

「……」

「……」

「ホホホ……。なぜこんなことを、と聞きたいだろうさね?いいさ、冥途の土産に教えてあげるよ。
 私のお父様、ガリア王はねぇ、ヴァリヤーグと手を組むことにしたのさ!!てめぇらをそこに閉じ込めたのも、その偉大なる計画の一環ってわけさあ!!
 でも宇宙に居るアナタたちは、それを誰にも知らせることができない!!悔しい?!どう?!悔しいでしょう?!きーっひっひっひっひっひ!!」

「ヌンッ!!」

「ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

アニエスは一度受けただけで、タバサの技を己のものとしていた。
頭上で泡を吹くイザベラを、乱暴に地に投げ転がす。

「……計画通り」

ニヤリと笑うタバサ。

「……一応説明してくれるか、タバサ?」

「……もう分かってると思うけど、ロケットに手を加えておいたのは私。私はガリア先王の娘。
 ヴァリヤーグとガリアの企みを、明るみにしなければならなかった。今度こそ、本当にあやまら……せて……」

うつむくタバサのほほを、光るものがつたった。
どう答えたものか、まだタバサを疑う二人は返答に窮した。
タバサが、エルザの声でつぶやいた。

「ウソでも、本当のママみたいだった。ありがとう。今度こそ、さよなら」

と、その時。
一人の女性の叫び声が轟いた。

「アニエス、ミシェル!!無事ですか?!」

そちらに振り向き、声の主を確認すると、アニエスとミシェルは反射するように平伏した。
ユニコーン騎馬隊を引き連れ現れたのは、誰あろうトリステイン王国王女アンリエッタ・ド・トリステインであった。
彼女は、その場にいるはずのない少女の姿を確認し、悲鳴のような叫びをあげた。

「な、なんでここにタバちゃんが?!」

「「タッ、タバちゃん?!」」

タバサは叫びながら、アンリエッタに駆け寄った。

「ママーー!!」

「「なっ、なにぃーーーー?!」」

「タバちゃん!!その傷、何があったの?!」

「ふぇぇぇ……。あそこの二人にやられたの……」

「「ふぉっ?!」」











~~~~~~~~~~~~~『アサベット著:道徳教本 ルーの勇者 ~仁義なき戦い~ 』より抜粋~~~~~~~~~~~~~~~~

今度もやっぱり、ルーは立ち上がりました。

モリガンは、倒れても倒れても立ち上がり、自分に向かってくるルーが、不思議でなりませんでした。
なんでこんなちっぽけな人間が、傷だらけになりながら戦い続けられるのでしょうか?
一体なにがそのちっぽけな人間を動かしているのでしょうか?

モリガンは、巨大な胸をバルンバルン揺らしながら尋ねました。

「おお、ルーよ。何故貴様はそこまでして我に抗うのだ?アニエスとミシェルは、あんなにもお前を苦しめたのだぞ」

ルーは答えました。

「わからない。なぜなのか、私にも分からない。ただ、私の中に居る何かが、ぐんぐん私を引っ張っていく」

モリガンの配下の韻龍が、あざわらうように言いました。

「分からないなら立ち去るのね!!」

「それでも二人は私が助ける。この命にかえても。それが勇者」

「この二人は、お前のなんだと言うのだ」

「何の関係もない。ただ立ち寄った村でパンを貰った」

「それでお前は命を捨てるのか」

「それで私は命を賭ける!!」

その時、不思議なことが起こりました。
タカ!!バッタ!!サル!!タ・バ・サ!!タバサ・タ・バ・サ!!

ルーの体が、怒りの力でバイオタバサーに変身したのです。
怒りの炎に包まれ、どう!と音をたててモリガンは地面に倒れました。

ルーは奥の部屋に行きました。
そこではアニエスとミシェルがヒザを抱えて震え、オシッコをもらし、アヘ顔でくたばりぞこなっていました。

「もう大丈夫」

ルーはそう言ってサゲマン二人をつなぐ鎖を断ち切りました。

「モリガンは倒した。あなたたちは自由」

「かかったな!!」

「このマヌケが!!」

二人の体が突如輝き、次の瞬間、ルーは4体の醜いバケモノに囲まれていました。
全ては罠だったのです。

「私の名はアニー」

「エース」

「ミーシェ」

「エール」

「「「「食らえ血管針攻撃!!」」」」

一瞬にして、醜い触手に緊縛されるルー。
豊満なルーの体がしめあげられ、セクシーな吐息がもれます。

4匹は容赦なく殴ったり、蹴ったり、アホみたいに調子こいて想定以上の暴力をふるいました。

「ヌワッハッハッハ!!苦しかろう!!その美しい顔がゆがむのを見るのはなんとも快感じゃて!!」

「グハハハハ!!いい顔になったのう!!これで色女もカタナシよ!!」

「怖い怖いと泣き叫んで命乞いしやがれ!!思い上がり者め!!」

「脱腸にでもなったらどないしてくれるんじゃクソジャリが!!」

その時、不思議なことが起こりました。
どこからか現れた美しいお姫様が、引き連れた騎士らをバケモノどもにけしかけたのです。
ブザマなバケモノどもは、あっというまにボコボコになってしまいました。

「悪党どもには、そんな末路が相応しい」

そうつぶやいて去るルーの背後に、一陣の風が吹きました。
それは、ルーの心をそのままあらわしているようだったそうです。



[38354] 第7話「散華!!閃光の襲撃!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2014/05/03 06:29
貴族塾、フリッグの武道会。
灯火管制を敷くこの学園でも、この日ばかりは夜遅くまで、あちこちでマジックランプの光が輝いている。

その幻想的な明かりに照らされながら、サイトは、先月出会った少女のことを考えていた。
少女は、サイトがこの新たなるハルケギニアで出会った誰よりも変わり果てていた。

モット伯の屋敷を襲撃した数日後、
サイトは、ミノタウロスにさらわれたという少女の噂を聞き、その洞窟に向かった。
そこにその少女、タバサは居た。

タバサとの共闘の末、サイトはミノタウロスを退治したが、その後タバサからの奇襲を受け、気を失った。
その時の後遺症で、まだ肛門が痛む。

「やはりこの世界は、根本的に違う……」

サイトはもはや、転生前の記憶が事前情報にはならないと断じている。
人が、社会が、道理が、あまりに違いすぎる。

しかしそう考えながらも、やはり前回に起こった大きな危機の可能性は見過ごせない。
今もサイトは、ミス・ロングビルを注視していた。

前回は、フリッグの舞踏会の直前に盗賊としての本性を現したロングビルであったが、
今日までの彼女の言動に、不審な所は見当たらない。目下の所、試合が終わるごとに、ただ淡々と『死亡確認』と宣言しているだけだ。

と、やおら現れたギーシュがサイトの横に腰を下ろし、語りかけた。

「君は戦わないのかい?年に一度の武道会だよ?」

「俺は塾生ではないからな」

「誰がそんな細かいことを気にするもんか」

挑発的にそう言うギーシュも、試合に出る気はないらしい。サイトに一升瓶を向けて見せた。

「フッ」

サイトはそれを受け取りあおると、口を拭って深く息をついた。
トウモロコシで出来た、日本酒に似た味の酒だった。

「旨いな」

そう言いながらサイトは、懐から革の袋を取り出し、それを床に広げた。
皿状に開かれた皮の上に、ケシゴム大の干物が積まれていた。
ギーシュはその一つを手に取って尋ねた。

「これは?」

「ホタルイカの煮干だ。あぶって食え」
 
「ふむ」

ギーシュはしばらく、面白そうに干物をすかし眺めた。
スゥっと匂いをかいでから、ランプの火にそれをかかげる。
チリチリと音を立て、干物が歪んだ。

「なあサイト。君は、何を悩んでいるんだい?」

「つまらんことさ」

サイトは右足を持ち上げ、左の太ももに乗せた。
酒を飲む時の悪癖だと自覚していたが、そうすることが、今だけは大切な正直さだと思われた。

「貴族の僕が、こうやってわざわざ聞ていやっているんじゃないか。もう少し愛想よくしたらどうかね」

「焦げるぞ」

「おっと。加減が分からないんだ。このぐらいなら、まだ大丈夫かな?」

ギーシュは、つまんだ干しイカを両者の間に立てて見せた。
サイトは真剣にそれを眺め、しばらく考えてから答えた。

「悪くない。それぐらいならカサは苦いが、ワタがいい具合に溶けている」

「ふむ」

ギーシは干物を半分ほど食いちぎり、眼をつぶって味わった。
複雑で奥深い旨みが、口中にとろけた。

「へえ、これはいいね。ただのスルメかと思ったが、ワタがそのまま塩辛になっている。チェイサーに抜群だよ」

サイトは無言のまま、時間をはかるように酒をあおり、窓の外を眺めた。
地球の黒さとは違う、ハルケギニアの夜が広がっていた。

「さて、どっから話したもんかな……」

「ルイズがらみか?」

ギーシュはそう言いながら、サイトに手を伸ばした
そこに一升瓶を受け取ると、それを目の前でゆらし、尋ねるように、チャポンと音を鳴らした。
返事が返ってくる様子がないのを察し、ギーシュも酒をあおった。

二人を包むように、塾生らの戦う剣戟、応援、歓声が場内に響いていた。

「いずれ話すさ」

「サイト、焦げるぞ」

「むっ」

サイトはホタルイカを火から離し、指でススを払った。
どこかで、鐘の鳴る音がした。

「クソっ……少し焼きすぎたな……」

「ハハハ、君もたまにはそんな風なほうが、愛嬌があって余程いいよ」

「そうは言うがギーシュ。貴様こそ、モンモランシーのことをどう思っている?」

「なっ?!」

「フッ」

意地の悪い忍び笑いを漏らすサイトに、ギーシュは疲れたように溜息をついた。

「まったく、君は平民のくせに……」

ギーシュはそう文句を漏らしてから、さらに何かを言いかけて、それから、あくびをした。
いつも気を張らしているその男にしては、珍しいことだった。

サイトは、ギーシュの異変に言及しようとしたが、
すぐに、自分の体を襲う異常な倦怠感から、自分たちが何かの攻撃を受けていることを悟った。

彼らを襲う睡魔は、人為的なものだった。
ギーシュがその場に倒れた。

「サイト!!」

まどろみゆく中、サイトは、ルイズの声を聞いた。
どうにかそちらへ意識をふりしぼる。夢想まじりの視界の中で、ルイズが銀髪の男性に腹部を殴られ、昏倒した。
それはかつてのハルケギニアで、サイトが最も嫌悪した男だった。

「ワ……ワルド……」







第7話「散華!!閃光の襲撃!!」


「サイトさん!!サイトさん!!」

泥の底に沈められたような闇の中で、サイトを呼ぶ声がする。
その声が、次第に夢想の色を失ってゆく。
サイトのまぶたが開いた。

「ああ、やっと起きてくれましたか!!」

ベアトリスがサイトの体を揺り動かしていた。
あたりには、異様な光景が広がっていた。ベアトリスとサイト以外、誰一人として起きている者が居ない。
サイトは忌々しげに唇を噛みしめた。

「ルイズが、さらわれた」

「やっぱり……。ミス・ヴァリエールは次に私と試合の予定だったから、そこらに居るはずなのに……。見当たらないのでおかしいと思ったんです」

「くそったれ……!!ルイズをさらった男の顔は見た。俺はそいつを追う」

そう言って立ち上がり、厩舎へ行こうとするサイトを、ベアトリスが制した。

「待ってください!!どこへ行けばいいのかも分からないのでしょう?!」

「くっ……」

「大丈夫です!!これで位置を特定できますから!!」

ベアトリスが懐から取り出したものを見て、
サイトの顔が青ざめてゆく。

「ベアトリス!!それは……!!」

「あ、やば……」

ベアトリスはサイトの剣幕から、自分の犯したミスに気付いた。
彼女が取り出したものは、携帯電話だった。
サイトが正面から彼女の両肩をつかみ、激しく詰問する。

「どういうことだ!!説明してくれベアトリス!!」

「い、今はそれどころじゃないでしょう!!」

「携帯電話の所持は貴族塾では固く禁じられているのだぞ!!
 ちまたのガキどもを見ろ!!携帯からは脳と根性を腐らせる電波が発せられているのだ!!」

「今時何言ってるんですか!!携帯くらいみんな持ってます!!……よし!!位置を特定したわ!!」

「GPS機能……。ということは、ルイズも持っているのか……」
 
「言っときますけどね!!告げ口とか、そういう男らしくないことしないでくださいよ!!」

「おっ、男らしくないだとお?!ぬぐぐぐぐ……!!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~携帯電話について~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『場違いな書籍』によると、人の心は頭部において『電気信号』なる形式で運用されるという。
つまり魔力は『電気信号』と互換性を持っているのだ。

心の発現はこれまで、肉体と魔法を介してのみ確認されてきたが、
『電魔変換技術』はなんと、心の状態の一つたる『魔力』そのものを抽出し、備蓄させるに至った。

この技術を利用した機器の中で、最も社会を変えたものと言えばやはり、
コルベール氏発案の「携帯電話」であろう。

『ピーエッチ押忍』『バンカラパゴス携帯』を経て至った現在の『グレートホーン』は、
一人一人が博物館を所有するに等しい情報量を民に共有させる域にまで達しており、
これはもはや『場違いな書籍』が言う所の『コムプタール(以下コムプ)』と変わりない。

また、真偽の程は不明だが、アプリで簡単な魔法を唱えたり、魔獣を召喚したりといった、
多角的な意味で危険な技術も研究されているという。
既に、携帯で召喚された魔人が社会に紛れこんでいるとの噂すらある。

うおー。ボクってホントに物知りさん。他にはどんなこと教えて欲しいのかな、チミ。

・アカデミーレポート『モッコイの携帯電話入門 ~王族を騙る朕々サギにご注意~』より。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













ベアトリスとサイトが貴族塾を発とうという丁度その時。
塾から遠く離れた断崖で、ワルドの前に、一人の戦士が立ちはだかっていた。

学ランを着た漢だった。月明かりに照らされる両ホホには三条ずつ、醜い古傷の跡がある。
無造作にたたずむその姿は、正しく達人然としていた。
ワルドは杖を抜き、距離を測りながら語りかけた。

「風メイジの僕にもう追いつくとはね。正直驚いたよ。しかし、構えなくていいのかい?」

「偏在ごときを相手に、構えなど無用」

「フっ。見抜いていたのか。しかし、ルイズのほうはいいのかい?」

「俺はあそこの学生ではないからな。そこまでする義理はない」

「なるほどね。しかし、あの眠りの鐘は『虚無にまつわるもの以外の全て』を眠らせるよう調整していたはずだ。君はどうして起きていられるのかな?」

「そんなことよりよ」

「うぉ?!」

虚をつくでもなく、速力のみで、一瞬にして間合いが詰められた。

「この趣味の悪いヒゲはどうにかしたほうがいい」

ワルドの口髭が、無造作に引き抜かれた。

「お、おのれ!!」

激情のまま横なぎに振るわれた戦杖が、宙返りで難なくかわされる。
ワルドは、自分の懐に違和感を覚えた。

「こいつが貴様の目的ってわけか」

「い、いつの間に?!」

懐にいれておいたはずの、虚無のオルゴールだった。
ワルドはそれを取り返そうと腕を伸ばしたが、鼻先に強烈な衝撃が走った。デコピンだった。
ドウと、尻もちをつくワルド。

「気にするな。貴様が弱いんじゃねえ。俺が強すぎるんだ」

「……大した強さだ。だが勝負はこれからだ。見せてやろう。風の……ぬお?!」

「探しものはこいつか?」

折れた戦杖が、無造作に投げ転がされた。

「しょせん貴様は俺の敵ではないということだ」

「ぬ、ぬううううう!!」

圧倒的な怒気と恐怖のせめぎあいで、ワルドの体が震えあがる。

「偏在とはいえ、殺すのは忍びない。黙って消え失せな」

「クッ……!!思い上がるのもたいがいにしやがれ!!」

ワルドはそう叫びながら徒手空拳の構えを取った。
その足元の崖が、唐突に崩れ落ちる。

「ぬあ?!」

「どんな時でも地面を掘るのは忘れない。それが男のダンディズムってもんだ」

「グアアアアアアアアアアアア!!」

奈落の底へ遠ざかる悲鳴を聞きながら、ヴェルダンデはうれしそうにモフモフと鼻をならした。

「ルイズのほうは……。まあ他の連中がうまくやるだろう」











林道にさしかかる峡谷を、馬で駆けるメイジが居た。
中折れ帽を被った、長身の男だった。右脇に、意識のない少女を抱えている。

「ワルドオオオオオオオオオオオオオ!!」

その頭上から一人の剣士が、隕石のような火勢で急襲した。

「ぬむ?!」

ふわりと馬から飛び退りながらワルドは、自分の騎乗していた馬の胴体が両断されるのを見た。
サイトは、着地の反動を水平に転じ、ルイズを抱えたワルドへと躍りかかる。

振り下ろされる杖と振り上げられる剣が、両者の間で火花を散らした。
両手持ちに切り替えたワルドの腕から、ルイズの体がこぼれおちた。

サイトの前蹴りを、畳んだ前腕で受け、数メイルばかり吹き飛ばされながら、ワルドは眠りの鐘を取り出した。
涼やかな音色が、サイトの脳髄を切り裂いた。

「ぐっ……?!その鐘は……一体……」

「これで眠らないとは、偏在をやったあの八頭身のクソモグラといい、貴族塾の連中は噂に違わぬ逸材ぞろいだな。
 しかし、これで勝負ありだ。もはやまともに戦えまい」

「く……!!ルイズ!!ルイズ!!」

「サイト……?」

獰猛な倦怠感を振り払いながら、サイトはルイズを揺り起した。

「サイトさん!!ルイズ先輩をつれて下がっててください!!」

ワルドの後方から、少女の叫び声が轟いた。ベアトリスだった。
体軸を中心に高速回転しながら、ツインテールに仕込んだナイフでワルドに襲いかかる。

「遠心力で威力を倍化させるとは、なかなか考えたな。しかし、しょせんは児戯よ」

ワルドは不敵な笑みを浮かべながら杖を構え、ベアトリスとは逆の回転で迎え撃った。
破壊のコマと化した二人は、軸足で大地をえぐりながら、何度も激しく衝突した。ベアトリスが、少しずつ押されてゆく。

「回転に逆回転は定法。あとは同じ回転数なら、重き者が押し勝つは自明の理さ」

「ならばこうです!!ハァ!!」

ベアトリスのツインテールが、大地に突き立てられた。
その先端がトビウオのように土中から跳ね、ワルドに襲い掛かる。

「ぬ?!」

たまらず宙に飛んだワルドへ、ベアトリスの魔法が飛ぶ。
その一つが、ワルドの頬を裂いた。

地に降りたワルドは、顔を塗らす血をすくって舐めた。
気配の変化に打たれたか、ベアトリスの構えから緊張の匂いが漂った。
ワルドが、かくも冷酷につぶやく。

「……僕はどうやら君をあなどっていたようだ。
 ならば冥途の土産に見せてやろう。虚無と対をなす、もう一つの使い魔伝説を!!」

「もっ、もう一つの使い魔伝説ですって?!」

「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの名において命ずる!!
 出でよ!!ミザールヴ!!イワザールヴ!!キカザールヴ!!」

「ウッキョーー!!」

「ムキィィィィィ!!」

「モキキキキキキキキキキ!!」

彼方から三匹のサルが、ウンコを投げながら走ってきた。
サイトが、まばらな意識の中から叫んだ。

「い、いかん……!!逃げるんだ……ベアトリス……!!」

「フッ」

しかしベアトリスはどこまでも落ち着いた、
冷ややかとすら言える表情を浮かべながら、飛来する汚物を次々に焼き尽くした。

「この程度ですか?こんなサル、満月を見た時のテファ先輩に比べたらピグミーマーモセットですわ」

「レディー、言ったはずだよ。『虚無と対をなす』と」

「……なんですって?」

「出でよ!!ヤラザールブ!!」

「ウホ!!」

ベアトリスは、完全に虚をつかれた。
土中から現れた四匹目のサルは、その尾先にしつらえた刃で、ベアトリスの上腕をかすめた。

「くっ!!」

「ははは、命拾いしたね。君は、ヤラザールブの好みではなかったらしい。しかし……」

ベアトリスが、体を震わせながら地に膝をついた。
しびれ薬だった。

「どうやら君もここまでだね」

ワルドはそう言いながら、ベアトリスを抱きかかえた。

「しかしあの鐘を受けてそこまで動ける所をみると、どうやら君も虚無につらなる者のようだね。これは思わぬ僥倖だよ!!さて……」

そう言いながら、ワルドは眠りの鐘を鳴らしながらサイトに歩み寄った。

「クッ……!!」

サイトはどうにか剣をかまえたが、猛烈な眠気で意識が混濁する。

「目撃者を残していくわけにはいかない。君には、ここで死んでもらうよ」

サイトを見下ろすワルドの袖口から、不気味な極彩色の蛇が現れた。
それを見たベアトリスとルイズの顔が、みるみるうちに青ざめてゆく。

「「バ……バジリスク……」」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~バジリスクについて~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

10年前のある日、一つの森が魔界と化した。

投棄された合成獣(キメラ)や、獰猛な野人や、悪辣なる盗賊の住処として知られていたその森を、悪夢のような病魔が襲ったのだ。
それは、そこに住まう全ての生命に牙をむき、あらかたの動植物が死に絶えた。

曰く、エルフの仕業。曰く、神による断罪。曰く、悪魔の降臨。
様々な噂が流れたが、真相は未だ解明していない。

その難を生き延びたものは、全てが原型をとどめぬ魔獣と化し、それぞれが独自の毒性を有するに至ったという。
その中で最強の毒を持つものが、バジリスクだ。

今も魔の森では、強い毒が弱い毒を駆逐する競争が繰り広げられており、全ての毒が、その威を高め続けている。
魔の森は、一つの巨大な蟲毒牧場と言えよう。

言うまでもなく、このような現状にあって、バジリスク毒の血清は事実上存在しない。

・アカデミーレポート『進化と創造の恒常性』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「分かるか、サイトとやら!!君は結局、僕にもう一匹獲物をつれてきてくれただけなのだ!!
 フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「ウホッ」

「アッーーーーーーーーーーーーー!!」

ヤラザールブは突如、被害者側の悲鳴をあげながら消滅した。
あっけに取られる間もなかった。

「ウホッ」

「「「アッーーーーーーーーーーーー!!」」」

残る三匹も、おざなりに登場した分、おざなりに散った。
サイトが、驚きの声をあげた。

「今の技は……まさか、乱れテファ月花……?」

「な、なんだ?!なにが起こって……」

動揺するワルドの尻を、何かが激しくスパンキングした。

パン!!パン!!スパパン!!
パン!!パン!!スパパパパパン!!

「ぐわああああああああああああああああああああああああああ!!」

ワルドの手から滑り落ちたベアトリスが、空間に抱き留められる。
透明なそれは地を蹴り、ワルドと距離をとると、マーブリングのように人型を成していった。

ワルドは、降って沸いたような死刑宣告に目を見開いた。

そこに現れたのは、ハルケギニア最強の種族だった。
勇猛を誇る貴族塾にあってさえ、『ボンッキュッボロンッ』と恐れられる、あの金髪の悪魔。
月に一度は血を見ずにおれぬ、人呼んで地獄のブルーデー。

驚いたのはワルドばかりではない。
突然現れた助っ人に、ルイズが問いかける。

「テファ!!なぜここに?!」

「私の方も、色々あったんです。でも、まさかこんなことになってたなんて……。遅くなってごめんなさい」

テファは大粒の涙を流しながら、今だ身動きのとれないベアトリスの上体を抱き寄せた。

「不意打ちとは随分じゃないか。僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。またの名を閃光という。君も名乗りたまえ」

「股の名が閃光?!」

「言っていいことと悪いことがあるだろうが!!」

ワルドの杖から、巨大な風の槍が放たれた。
その速度のまま、テファの体から同じ魔法が跳ね返された。
どうにか身を翻してそれを避けたワルドが、驚愕の声を漏らす。

「オートカウンター……だと……?」

「少しそこで大人しくしててください」

常よりやや低いテファの口語詠唱と同時に、ワルドの手から杖が弾き飛ばされた。
立ち木から放たれた、樹枝による一撃だった。

見れば、周囲の木々があらゆる梢をワルドに向けている。
地に落ちた獲物は、瞬く間に土中へと飲み込まれてゆく。
精霊の力だった。

「う、うう……」

「ベアトリスさん?!」

うめくベアトリスに、テファは再び視線を向けた。
二人の視線が交わる。

テファは安堵とともに頬を緩ませ、
『これでベアトリスさんと、ちょっといい感じになれるカナー?』と、
その胸に、乙女らしい、秘めた高鳴りを覚えた。ほんの、ささやかな願いだった。

ただのトモダチでもいい。
一緒にゴハンを食べたり、楽しい話を教えあったり、お互いにそういうことを、ちょっとでも望み合える関係でいい。
テファは、そんな未来に想いを馳せた。

そしてそのわずかな油断こそが、文字通り、命取りを招いた。
ワルドが『テファもまた虚無にまつわる血統』だと気づいていなかったこと、
そして『オートカウンターの弱点を知っていた』ということもまた、最悪の悲劇につながった。

「ベアトリスさん、もう大丈夫だからね。だって私、ベアトリスさんと、ととととと……、ともだ……」

「だめ……逃げ……て……」

ベアトリスの警告は、間に合わなかった。
テファは、チクリとした痛みを感じた。
ヒモのようなものの先端が、テファに食いついている。

その蛇は、有毒生物特有の、濃厚な原色が織り成す警戒色を持っていた。
それを振り払うテファの手から、美しい水色の指輪が抜け落ちた。

「バジ……リスク……?」

オートカウンターは、あらゆる魔法、あらゆる武器を反射する。
しかし、生物は別である。命あるものを反射すれば、敵との接触すら不可能となる。

しかるにワルドが放った最強の毒蛇は、テファの障壁をやすやすとすり抜けていた。

刹那の内に彼女は、自分に流れ込んだウィルスの致命性を体感した。
ヒトとは異なる体であっても、そのウィルスは、絶望的なまでに有効だった。

ワルドがあざ笑う。

「敵とはいえ、女の子を手にかけるのは本当に趣味じゃないんだがね。運命というのは、残酷なものだよ」

彼女は、その戦闘力とは裏腹に、戦いを嫌悪していた。

望まぬ力を与えられ、化け物扱いされ続けながらも、
特別な誰かを見つけて、その誰かを幸せにするという、それだけを望み続けていた。
若年にあって、理不尽な運命に両親を奪われ、だからこそ、家族というものに憧れていたのだ。

美しいモノを見たら、その相手にも見せてあげたいと願う。
美味しいモノを食べたら、その相手にも食べさせてあげたいと願う。

もし誰かとそう願い合う中になれたら、それはどんなに素敵なことだろう――――

そういう誰かと、ウェストウッドでずっと一緒にいられたら――――

やっぱり、私ももう少し生きていたかったよ――――

常勝と孤独に彩られた、不遇なる十八年の生涯の最期は、あまりに凄惨なものだった。

「あああああああああああああああああああ!!」

恐怖に身を震わせるベアトリスのまさにその目前で、
小柄な身にそぐわぬ悲鳴を上げながらのた打ち回り、全身から皮膚を裂く醜い角を無数に生やし、
それらの先端から腐ったシチューのような膿を噴出させ、としゃ物をまき散らしながら、悶え苦しんだ果てに、バジリスクは死んだ。

享年十八歳。長命のバジリスクにしては、あまりに短すぎる命だった。
テファのケツに噛みつくという暴挙から経口感染した、急性エルフルエンザだった。

誰よりも争いを憎んだバジリス子(仮名)。
彼女は最後まで、ただ、誰かとささやかな喜びを分かち合いたいと夢見る、ありふれた一匹の蛇だった。
そんな彼女が戦いで死んだことは、なんという惨い皮肉だろうか。

テファの掌が、肥沃な瘴気を漏らしながら、変わり果てたバジリス子の遺骸へと伸びてゆく。
そこには、因果や諦観では説明のつかない、確かな不条理があった。
きっと、そのアンチテーゼこそが愛なのだ。

もし誰かとそう想い合う中になれたら、それはどんなに素敵なことだろう――――

そういう誰かと、ウェストウッドでずっと一緒にいられたら――――

最期の瞬間、バジリス子はそう空想していた。
それは願望ではなく、人がする、祈りに近い想いだった。

恋すら知らぬバジリス子の心に、せめてもの救いはあったのだろうか?
ことほどに無慈悲な世界も、最期は彼女に、愛を夢想させられたのだろうか?

しかしその答えを、誰が知り得よう。いや、バジリス子のちっぽけな望みの残滓すら、この世界には残るまい。
ただ、誰しもが生きる上で感じる、無根拠でおびただしい悲壮の渦は、そういう塵のような寂寥の堆積なのかもしれない。
産まれ、生きて、死ぬ。全ては、無常の風にさらわれてゆく。

テファは、バジリス子の死骸をつまみあげると、
ボキボキと頭から捕食し始めた。

「鬼ウマ!!これホントおいしい!!ほら、ベアトリスさんも食べる? んーー?」

「はふ……」

ベアトリスは、バジリスクによるポッキーゲームを迫られ、完全に気を失った。

ワルドは、『逃げて』というベアトリスの警告を、誤って解釈していた。
自分に対してではなく、テファに対してのものだと勘違いしていたのだ。

最期に残された逃げの一手を失する。
それは、ワルドの人生における最悪の失敗であった。

テファが、落とした指輪を拾おうと身を屈めた。
そのズボンがバジリスクの歯形にそって裂け、なまめかしい太ももを露にした。

「あ……。ズボンやぶれちゃった。これはもうダメね」

テファの手で、ズボンが紙切れのように引き裂かれてゆく。
『治外法権』と書かれたフンドシが風にそよいだ。

「そ、そのフンドシ……。その化物性……。まさか……」

エルフどころの騒ぎではなかった。
ワルドが対峙している相手は、アンタッチャブルの中のアンタッチャブルだったのだ。

「テファとは、よもや……あの……」

ワルドは、ある噂を思い出した。

かつてウェストウッドと呼ばれ、今は魔の森と恐れられるその地で、
バジリスクを含む多くの動植物が突然変異を起こし、個々が独自の毒性を有するに至ったが、
それらは、たった一人のエルフの少女が起こしたパンデミックに端を発するという。

そして、その少女の名が――――

「て、ててててててててて……、ティファニア……ウェストウッド……」

「さてと。随分ベアトリスさんをいたぶってくれたようね」

テファの双眸が、餌を見るアリの気色でワルドを包んだ。

「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいい!!」

ワルドは懐からワンドを取り出すと、素早く呪文を唱えた。
死力を振り絞ったフライだった。

空では精霊の力はさして使えまい。
そう見込んでの退路だったが、しかしその判断は、あまりに遅すぎた。

高速で空へと上昇しながら、ワルドは、この世のものとは思えぬまがまがしい読経を聞いた。

「淋・病・糖・射・壊・腎・劣・罪・禅……」

振り返り見れば、テファが自転車用空気入れのパイプを己の肛門に突っ込み、ガシュガシュと、一心不乱に空気を装填していた。

「うんしょ、うんしょ」

彼女は見る間に全身を膨れ上がらせ、その弾力で跳ね、ワルドに向かって飛翔してゆく。

「ブフォフォフォフォフォ!!ティファ・フィナーレ!!」

「マミッ!!」

デブさんの体当たりをモロに受け、ワルドはきりもみに墜落した。
体をしたたかに地で打ち、激しく咳き込む。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~クンダリーニ魔操法について~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

メイジは通常、どのような達人も潜在魔力の30%しか使用していないという。
クンダリーニ魔操法の目的は、内丹術と自己催眠によって、その潜在魔力を瞬間的に100%引き出すことにある。
言語を絶する集中力を要するこの技は、自律神経の誤作動や、ある種の狂気なしには習得不可能とさえ言われている。

◎九字印『淋・病・糖・射・壊・腎・劣・罪・禅』

・アカデミーレポート『信じて送り出したマダム・バタフライ伯爵夫人がシュヴァリエの望む奉仕にドハマりして優雅な午後を送っていたなんて……』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ぐおおおお……。な、なんだ今の技は……?少しはちゃんと考えろ……!!」

「なんでそんなことを言うの?エルフが嫌いなら、そう言えばいいじゃない」

「へ……?いや、別に私はエルフをぶべらッッッ?!」

口答えの愚を犯すワルドの顔面に、テファの膝が飛んだ。

「いいわ。あなたが人間こそ至高だと言うなら、まずはそのふざけた幻想から壊してあげる」

「だっ、だからそんなこと全然思ってなガファア?!」

「いちいちケチつけてんじゃねえッ!!テメェのガキ想像妊娠したろかコラァ!!」

「なっ?!?!?!?!そそそ、それだけはやめてく……」

「あ、今おなか蹴った//////」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

光を失った目で、力なく倒れ横たわったワルドは、
虚ろに中空を眺めながら、自分の感情が死んでゆくのを感じた。

「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

テファは慈愛に満ちた表情で、お腹を優しくさすった。
その尻から、先ほどの空気が放出される。
屁にあてられた木々が、熱せられたカツオ節のようにひしゃげ朽ちてゆく。

「……さてっと。サイト、ルイズ。そいつ押さえつけて」

普段は奇人なだけのテファが初めてみせる、冷徹な意思。
怪人ティファニア・ウェストウッドが初めて見せる、人並の怒気。

それは、常人がまれに見せる狂気よりも、はるかに狂犬的なしろものだった。
言うなれば、ショート回路は思考寸前。

「押さえつけたら、今度は足広げさせて」

命じられた二人の動きは、迅速だった。
ルイズがワルドの両肩を地に押し付け、サイトはさらにその背後からワルドの両足を抱え上げる。

「こ……これ以上……なにをする気だ……?」

俗に言うチングリ返しの体勢を取らされたワルドの顔に、ポタポタと滴るものがあった。
ルイズの涙だった。

「ごめんなさい、ワルド……。あなたに憧れていたわ。いいえ、恋だったのかもしれない。でも、ごめんなさい……」

「さらばだワルド。お前も確かに強敵(とも)だった……」

サイトも、過去形で漢泣きしている。

状況は、ワルドに最悪の事態を宣告していた。
彼は、自分の何が危機に瀕しているのかを察し、次の瞬間、それは確信に変わった。

テファはフンドシに手を差し入れ、ボロリと、とんでもないものを取り出した。
それを見たワルドの顔が蒼白に染まった。

「大丈夫、ちょっとだけだから。根元までだから」

嗜虐的に微笑みながら、テファがしずしずと歩を進める。

間違いない――――

このエルフは一線を越える気だ――――

テファの手の中でにぶく黒光りする狂気を見て、ワルドは確信した。

それは、まごうことなきペンチであった。
スイッチで切り替えたかのように、ワルドの全プライドが消滅した。

「お、おやめくださいませ!!さっきまでのは間違えでございます!!あやまります!!尊敬しています!!
 私はエルフを尊敬しているのです!!皆からは『ワルドのエルフ好きは筋金入りだな』なんて言われちゃっててアハハハハ!!
 いえ、これは冗談ではなく本当でして!!だからなんでも話します!!エルフ様の家来になりたいでヤンス!!」

言葉とは裏腹に、ワルドは怒気とも恐怖ともつかぬ激情で、己の拘束を解こうと暴れ狂った。
しかし、鍛え上げられたサイトとルイズの膂力はセメントのように屈強で、圧倒的な無慈悲だった。

「助けてくれルイズ!!愛しているんだ!!僕は君をずっと愛していたんだ!!本当さ!!誤解があったなら謝るよ!!
 ああ、君が子供の頃のことを覚えているかい?!そうそう、ボートでのこととかもね!!あの時は本当に心配したなぁ!!」

「そう言えばワルド……、昔私にへんなあだ名つけてたわよね……」

「へ?」

「子供だから分からないと思ってたみたいだけど、私色々あって、物心つくの早かったのよ」

「き、記憶違いじゃないかな……」

「ボートの上で震える私の頭を見て、ピンクローターって呼んでたでしょ」

「誰かぁあああああ!!火事でぇえええええええええええええす!!誰か居ませ、んっがっちゅっちゅ?!」

騒ぐ閃光の口に、ギャグボールが詰めこまれる。

そして、ワルドは見上げた。無防備に開かれた彼の股先すぐの所でひざまずき、カチカチとペンチを鳴らすエルフの美少女を。
その単調で味気ない金属音は、ワルドがこれまで耳にした何よりも戦慄的だった。
全ての抵抗を奪われたまま、涙と絶望とが、視界を霞ませてゆく。

「ひぃ……ひぃぃいぃぃぃ……」

閃光は顔をくしゃくしゃに歪め、身をよじり震わせながら、最後まで嗚咽を漏らし続けた。












「うーん、今更言ってもしょうがないけど、
 やっぱり『アレ』はやりすぎじゃないかしら?『なんでも話す』って言ってたじゃない」

「あう……」

テファも少しは反省しているらしく、いくらか落ち込んでいるように見えた。

「……まあいいわ。済んだことはしょうがないわよね」

ワルドはそう言いながら、諦めたように、コケティッシュなため息をついた。
ルイズとサイトは少し離れた所で、ベアトリスの看病をしている。

「さ、約束だものね。なんでも話すわ」

文字通り命(タマ)を取られたワルドはもはや、全ての闘争心を失っていた。
極度の恐怖からストックホルム症候群を発症し、テファに友情すら感じている。


~~~~~~~~~~ケンカ魔法『タマつぶし』について~~~~~~~~~~~~~~

実践魔法の世界において、金的は人中、眼球と並ぶ最大の急所であり、
『急所を狙うのは卑怯』などという論は通らない。

殊に『決闘上等』を掲げる貴族塾では、
戦闘にまつわる全ての技術体系が、必ずタマつぶしを前提としているという(最低)。

言うまでもないが、本当に使う者はまずいない。

・アカデミーレポート『マチャヒコはなぜリキドゥージャンを殺さなかったのか?』より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ワルドの口から話された内容は、
やはりサイトの知る歴史と大きく異なるものだった。

ガリアが明日、アルビオンに総攻撃をしかける――――

この時点でガリアが表だって動くということは、サイトに二つの可能性を示唆していた。

一つは、己の死期。
そしてもう一つは、ルイズに迫る危機だ。

「大変なことになったわね」

そう呟いてうつむくルイズの背中を眺め、サイトは自分の意思を確認した。
その手刀が、ルイズの首筋を打つ。ルイズは悲鳴をあげることもなくその場に倒れた。

「延髄破暢掌(えんずいはちょうしょう)。これでしばらく意識は戻らん」

テファは突然の出来事に目を見開いた。

「な、なにをするのサイト?!」

「おれはアルビオンに行く。ガリアとは遅かれ早かれ、決着をつけねばならん」

唐突な宣言だった。

テファは、サイトを止めたいと思った。
なんでサイトがそんなことをしなければならないのかも分からなかった。
しかし、危険だからと止められる相手ではない。
ルイズを眠らせたのも、自分についてこさせないためなのだろう。

テファは、その細い腕でサイトを抱きしめた。

「……分かったわ。でも気をつけてね、サイト。ケツの穴しめてかかるのよ」

「俺のことは心配無用だ。ルイズとベアトリスを頼んだぞ」

「うん、任せて。とりあえず、ベアトリスさんのしびれ薬を吸いださなきゃね」

サイトにそう答えると、テファは、よだれをたらしながらベアトリスに向き直った。
ベアトリスは、地に腰を落としたまま後ずさった。

「だだだ、大丈夫ですから!!腰抜かしてるだけですから!!」

「安心して、ベアトリスさん。こんなこともあろうかと私、いつも一人でクンニの練習してるの」

「どっ、どれだけ救いようがなければ気がすむんですかテファ先輩は!!」

「と、ともだちだから。ただのリッチなあいさつだから」

「デカっっっっっっっっっっ!!」

「いただきマンモス」

「おあずけ!!おあずけ!!おあず……、助けてええええええええええええええ!!」

ベアトリスの悲鳴を無視し、その場を去ろうとするサイト。
と、その時、彼は奇妙な光景を眼にした。

テファが食べ残したバジリス子に、どこからか現れた別のバジリスクが、
尊いものを慈しむかのように巻きついている。
それは誰にも知られざる、路傍の奇跡だった。

果たして二匹はエルフの胃の中で、永遠に結ばれたのだった。












~~~テファの日記~~~

宇宙のことを考えながら学校をフラフラしてたら、
ルイズを抱きかかえて走っていく人影を見つけました。

大変だって思いました。
追いかけなきゃって。

だから厩舎のほうに急ぎました。
そして貴族塾随一の俊馬を見つけた所で、私は、見過ごしがたい異変に気ずいたんです。
いつもお馬さんの世話をしているシエスタが、そこに倒れているじゃないですか。

こんな時、皆さんならどうしますか?

急がなければいけない。
お馬さんに乗って行けばきっと追いつける。
でも、シエスタが倒れている。皆さんならどうしますか?私ならレイプします。

だって普通に考えてください。
人気のない場所で、エルフと馬。こりゃ異種姦っきゃないでしょう?見張りも倒れてますし。

とまあ、こんなこと書いてたら、ちょっとエッチな子に見えますよね。
でも、違うんですよ。私は経験的に知っているだけなのですよ。
こういうエッチな子のフリをしてたら、なんだかんだで皆が私を面白がってくれるということを。

それに馬を前にして私は、虚無的な使命感を感じてもいたのです。
そのせいでしょうか、産まれた時からこの胸に刻まれている謎のルーン(世間では俗にビーチクと呼ぶそうです)から、
何か途方もない力があふれ出すのを体感しました。気持ちよかったです。奇跡を感じる程度には。

嗚呼、運命はこの勃起したビーチクで、私に何をさせようというのでしょうか?印鑑登録でしょうか?
そんな無限の可能性を模索しようとズボンを下ろした所、馬は言いました。

「ヒヒーーン!!」

いやはや、これにはアタシもドン引きですよ。
まさかヘンタイ馬だったなんて。

ひょっとしたらその馬は、私の秘密を知っていたのでしょうか。
私が3年前にウンコをもらしたことを、知っていたのでしょうか。
私が半年前にそのウンコを拭いたことを、知っていたのでしょうか。

私は、カマをかけてみました。

「♪うんこうんこ(イェイイェイ)うんこうんこ(フゥッワフゥッワ)」

「ヒヒーーン!!」

ほらね。典型的な、ウンコと現実の区別がついていないタイプですよ。
馬は、ドンブリのゲロに沸いたカビを見るような目で私を見ていました。

萎えに萎えていると(世間では俗に賢者タイムと呼ぶそうです)、
おやおや、ベアトリスさんとサイトさんが走ってくるじゃありませんか。
私は職業病的に、モンモランシーさんからもらった透明薬を飲みました。

するうちに二人は颯爽と馬にまたがりました。
私も、馬のケツにしがみつきました。

ベアトリスさんの見ている前で馬をレイプすれば、それはさぞかし……。と思ったからです。
ハイ、実は私もヘンタイなんですよデヘヘ。

……いえ、日記に照れ隠し書いてもしょうがありませんね。

私には、二人を追わないといけない理由があったんです。
二人は、私を変えてくれた恩人なんです。

えっと、どこから書けばいいかな。

そうそう、カニにジャンケンで負けない方法って知ってます?
答えは簡単。それはカニとジャンケンしないことです。
勝負しなければ、絶対に負けないんです。

だから、カニとは絶対にジャンケンしない――――

それが、昔の私でした。

でも、サイトさんと出会って考えを改めたんです。
私はカニとジャンケンする勇気を手に入れ、そして気づいたんです。
一番恥ずかしいのはジャンケンの勝敗ではなく、お尻を拭かないことだって。

でもそのうち、そういう恥ずかしさにも慣れて、しかもカニジャンケンプレイにも飽きちゃって(全然勝てないし)、
さて、もっと恥ズカシ気持ちイイことはないかなーと、そう考えていた時に出会ったのがベアトリスさんでした。

なんて書くとまた、エッチな子のフリをしようとしているな、とか思われるかもしれません。
なめんじゃねえ、って思いますよ。ファッション感覚でエッチな子やってる奴らと一緒にしないでください。

いいですか、エッチな子とかヘンタイとかロリコンとか留年とか就職浪人とかコミュ障とか、
そういうのは流行でやるもんじゃないんですよ。

『普通の子』のフリができないから、『アレな子のフリをしている』というフリをしてダメージを減らすしかないんですよ。
社会からつまはじきにされた人たちが、蚊のスネほどの安寧の場を求めて、そしてようやく辿り着いた泥のオアシスなんですよ。
レジスタンスゴッコで「こんなに可愛いのに実はアタシ……」みたいなスパイスにしてんじゃねえよこのブタゲルゲどもが!!

そんな激情に身を任せていると、
あらゆる欲求不満が、怒りという名の可能性にすがりつきました。
私の全てが、漆黒の破壊衝動にうなづきました。

破壊衝動は私の中で、巨大な怪物に生まれ変わりました。
それは、八つの頭を持つ化け物でした。

頭の一つは私と同じ顔で、でも目はほおずきのように赤く輝いていました。
残る七つの頭は、亀でした。亀と言っても、それはクサガメやミドリガメのような可愛いものではなく、悪臭を放つチンコでした。
腐臭を漂わせ、おのおのが神を呪う言葉を口にし、肩から生えたものなどは、まるでガンキャノンのようです。

それはいかにも、醜い世界を食らいつくすために生まれた、最凶のちんこでした。
汚れきった大人の世界をこよなく憎む、逆襲のチンコでした。つまり、真正ペド野朗だったのです。口癖は「死にたい」でした。

そんなペドチンコたちにとって、中年が群れなし騒ぐ花見の席など、もはや拷問でしかありません。
周りで酔っ払い、暴君のようにはしゃぐ他のチンコたちが憎くて仕方ありません。
だからその日が訪れるまで、7つのチンコはそれぞれの頭を地につけて祈るのです。

『どうか当日は雨になりますように』と。

でもこれまでに、それで雨がふったためしはありません。
悔しくて、悔しくて、でもどうにもできなくて、そしてとうとう願ってしまったのです。

こんな世界、私はいらない――――

するとどうでしょう。
今までどれだけ願っても叶わなかった雨が降ったではありませんか。

窓を流れ落ちる雨粒を指でなぞると、優しい冷気が肌に伝わってきました。
私は濡れるのもかまわず外へ飛び出し、大きな声で「ありがとう!!」と叫び、そのまま街へ行ってオナホールを万引きし、逮捕されました。

そして次に私がティファニアとしての自我を取り戻した時、ハルケギニアというデバイスは消滅しており、
そのあらゆる痕跡現象は全て、双月を周回する二輪の円盤として発現しておりました。
闇の中に心は私だけで、だからあらゆる闇が私の心で、こうして私は宇宙と合一化したのです。
実存と無は表裏ではなく、無をむしばむ病魔こそが実存だったのです。

みたいな夢幻時空から帰還すると、ヒゲがフィバってたので玉ぬいておきました。
宇宙って怖いなと思いました。テファ汁ブシャアアアアアアアア!!



[38354] 第8話「双月!!剣と涙と男と貴族!!」
Name: コールベール◆5037c757 ID:f6102343
Date: 2014/05/23 15:40
@@@ side ????? @@@


ハルケギニアに内包されつつも、
決して光がさすことのない世界で、二つの大いなる意思がせめぎあっている。

それらは、人と呼ぶには神的過ぎた。
そして神と呼ぶには俗悪的で、なにより、結局は人間の業そのものだった。

???「また、お前が行くのか」

???「ああ」

???「……」

???「すまんな……」

???「ゲートを潜れないんだからな、しかたねえさ」

???「本当に、スマンと思ってるよ。だがいざとなりゃ、お前しか【ヤツ】を止められないんだ」

???「安心しろ、そもそも【ヤツ】は……。身内の始末は身内でつけるさ」









@@@ side ハルケギニア @@@



アルビオン城、軍議室。

ウェールズと謁見したサイトは、改めて、ここが以前のハルケギニアとは別物であると思い知らされていた。
ハルケギニア歴で今日の暦は、かつてサイトがタルブでゼロ戦を飛ばした日だった。
七万との交戦には、あまりに早すぎる。

違いは、歴史だけではない。
この世界のウェールズは、女だった。女としてのウェールズは、目も眩まんばかりに美しかった。

「オレは戦のことは分からんが、和平は、ムリなのか」

「不可能です。戦力に差がありすぎますからね。降伏しか受け入れてもらえないでしょう。しかし我らにも、誇りがあります」

以前のサイトには、全く理解できない理屈だった。
しかし今は違う。美しい王女の中に、かつてと変わらぬ物を見たサイトは、望郷のような喜びを感じた。

「なるほどな。オレも下げたくもねえ頭をつかんで、無理やり謝らせようなんて思っちゃいねえよ。ようするに、あいつらをビビらせりゃあいいんだろう」

「ビビらせる?」

「オレが一発かましてくる。それでお前らとガリアに五分の杯を交させてやるさ」

ウェールズは、自分の耳を疑った。
悪質な侮辱か、良くて戯言にしか聞こえないはずの言葉だった。

「敵は七万いるのですよ?」

「メじゃねえよ」

「万に一つも生還の可能性はありませんよ?」

「万に一つでも、億に一つでもねえ。もともと男の闘いは、生きるか死ぬか。二つに一つよ。
 騎士道なんて気のきいたものは知らねぇが、オレぁ切った張ったの勝負にゃ一度だって塩舐めたことはねえんだ」

その学ラン少年の言葉には、不思議な力があった。
他の誰が言っても馬鹿げた話になってしまうであろうに、ウェールズには、その少年が本当の事を言っているようにしか聞こえなかった。

その場を悠然と去るサイトに、誰も声をかけるものは居ない。












デルフリンガーを取りに、サイトは一度、客室へ戻る必要があった。
その道すがらテラスを通ると、遠くの空から飛翔してくるものが視界にはいった。
それは破壊という名の現象が、人の形を成した存在だった。

「ばっ、バカな……」

サイトは、自分の正気を疑った。
この時、この場所に居るはずのないそのメイジは、みるみるうちにアルビオン城へと接近してくる。

「こんなことが……」

ルイズだった。鬼の形相だった。
フライの浮力を少しでも稼ごうと、広げた両手をバッサバッサと羽ばたかせている。

目が、あってしまった。
少女の眼が、闇の灯台のように光った。

「い、いかん!!」

サイトは逃げようとしたが、竦んでしまって足が言うことをきかない。
まもなく桃髪の悪鬼が、少年の前に舞い降りた。

途中で戦いでもあったのか、
着衣は乱れ、あちこちにカラスの羽が付着している。

「ゼェ……ゼェ……」

「アルビオンまで……飛んできたってのか……」

「ゼェ、ゼェ……そうよ……。あんた……ゼェ……」

とんでもないド根性だった。
少女は息切れしながらサイトを睨むと、凄まじい剛拳でサイトの顔面を打ち抜き、そして意識を失った。

倒れそうになったルイズを、あわててサイトが抱きかかえる。

「フッ……。とんでもねえ女だぜ、まったく……」












サイトはルイズを背負い、客室まで戻った。

扉を開こうとすると、背後から声がかけられた。
アルビオン貴族だった。

「サイト殿、ちょっとよろ……ぬおおおおおおっ?!」

「どうした?」

「そ、その顔のケガはどうされたんですか?!思いっ切り陥没してますよ!!」

「気にするな。見ての通りだ」

「見ての通りなら、なんで生きてるんですか……」

「男とはそういうものだ」

「な、なるほど……。あ、あの……、これは王女様からです」

彼はそう言うとサイトに一枚の手紙を渡した。

「確かに頂戴した。こちらからも頼みたいことがある。
 この女を、トリステインまで送り届けてくれないか?こいつはトリステインの、名のある家の者だ」

「かしこまりました。丁度トリステインからの武官が去られる所です。その方にお願いしましょう」

サイトは部屋に入室し、ルイズをベッドに寝かせると、さきほど受け取った手紙を開いた。

『若さ哉、気高い業とは、愛が仇。即ち尚ほも、大和魂』と書かれていた。王女からの恋文だった。

これは、持っていけない。
サイトはそう判断し、手紙を、ベッド脇の机の上に置いた。
脳裏に、かつてワルドの凶刃に伏したウェールズの残像が浮かんだ。手をあわせ、顎で深く一礼する。
それから想いをこぼさぬよう、ぬぐわぬよう、天井を眺めた。

「さて、ゆくか」

そう微笑んだ顔は、既に戦士のものだった。











第8話「双月!!剣と涙と男と貴族!!」


騎馬から降りたサイトは、冷えた草原を踏みしめた。
かつての死地への再訪は、奇妙な郷愁をともなっていた。

眺める砂煙の先から、ガリアの大軍が迫ってくる。
巨大な亜人や、武装した戦士や、禍々しい魔導兵器が、地平線を覆い隠している。

いつか、こことは異なる双月の下、少年が伝説となった時とそっくりだ。

あの日の自分に欠けていたものはなんだろうか?
今の自分が失ったものはなんだろうか?
そんな思いは、もはやない。

ただ覚悟だけが、今のサイトを動かしている。

サイトは、人の子とは思えぬ声量でガリア軍勢に向かって叫んだ。
このハルケギニアに漢として生まれたものならば、誰も無視することのできない咆哮だった。
正しく、雄叫びであった。

「オレとタイマンはったれや大将ォォォォォォォォォォォォォォ!!」

7万を率いる長が叫び返す。

「上等だ小僧ォォォォォ!!そこ動くんじゃねえぞコラァァァァァァァァァァァ!!」

雷鳴とともに、一人の美丈夫が、サイトの眼前に降臨した。
ガリア王国国王、ジョゼフ一世であった。

ガリア兵士らは、その非常識な光景に目を見開いた。
あのジョゼフ王と一対一で戦うなど、7万を相手にする以上の難敵ではないか。

「ワシを名指しで呼び寄せるとは、大した度胸よ。その無鉄砲に免じて、うぬにはこのワシが直々に杖をつけてくれようぞ」

「笑止。貴様は恐れたに過ぎぬ。このオレ一人を相手に、多くの手勢を失うことを」

先刻、サイトはウェールズ女王に言った。
『メじゃねえよ』と。それはハッタリではなかった。
アルビオン軍が7万を前に死を期する中、サイトは、それ以上の強敵を見据えていたのだ。

「こしゃくなガキめ。見抜いておったか。
 だが、もとより軍団などかざりよ。全てはワシさえおれば事足りる。それに、うぬはここでワシに倒されるのだ。何も問題はあるまい」

「俺を甘く見ないことだ。死ぬことになる」

「言いよるわ。だが、いつまでもうぬにかまってはおられぬ。この後は、ワシ一人でアルビオンを滅ぼさねばならぬでな」

ジョゼフが破顔しながら、王者らしい雄大な構えを取った。
それを見たサイトも、デルフリンガーを正眼に構える。

「お待ちください!!」

叫びと共に、空から黒ローブの女性が舞い降りた。
女性はジョゼフに駆け寄り、片膝をついて礼を払った。

「おお、シェフィールドか」

「このような無名の戦士、王が御自ら御相手するには及びませぬ!!この戦い、私めにお任せください!!」

「……まあいいだろう。好きにするがよい」

「ありがたき幸せ!!出でよ、紳士28号!!」

シェフィールドの命に応じ、地を裂き、奇妙な物体が現れた。

「ガピーーーーーー!!」

ドーム上の頭部を持つそれの身の丈は、サイトと同程度。
ドラム缶を思わせるボディから二本の腕が生えており、左手先端にはハンマー、右手先端にはハサミをそなえている。

「なっ?!これは……」

下半身はキャタピラになっているが、その形状は地球の戦車を模しているらしく、必然的な部位に大砲が備えられている。
リュック状のバックパックを見るに、飛行も想定していると見るのが妥当だろう。

「これは……まるでゲッター……」

それは、ロボットというにはあまりにも大雑把すぎた。
大雑把で、投げやりで、そして見たまま過ぎた。それは、正にガラクタだった。

「フフフ……。『場違いな書籍』を元に再現された最強兵器、紳士28号を甘く見ないことね、ボウヤ。
 オリハルコン製のボディはどんな攻撃もよせつけず、その頭脳は人語を解し、また敵の動きを完璧にトレースする」

「……そうか」

「な、なによその眼は!!確かに見た目はサイテーのガラクタだけど!!」

「ピーー。紳士・キャノン、ファイア」

「ふぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

28号の放つ怪光線で、シェフィールドはホネを透過させながら地に伏した。
ジョゼフがゴミを見る眼でそれをあざ笑う。

「愚かな。我がデザインセンスをガラクタ呼ばわりとはな。よくやったぞ、28号」

「ガピョッ、ガピョッ」

勝利の舞を魅せる28号の足元で、
黒コゲのシェフィールドが静電気を放ちながら、ピクピクと痙攣した。
サイトの声が怒りに震える。

「なっ、仲間になんということを……!!」

「その女はワシを愛しておるらしいからな。これならあるいは哀しめるかと思うたが、やはり適わぬか」

「畜人鬼めが……!!」

「あいにくこのジョゼフ、弱者にかける慈悲など持ち合わせておらんのだ」

「共に戦ってきたのではないのか?!それを、キャラデザインが心なし対魔忍なくらいで!!」

「こっ、小僧っ!!このワシでさえちょっと言えなかったことを……!!」

「フッ」

「ぐむむむむ……、大口を叩きおって……!!やれ!!28号!!その思い上がり者めを血祭りにあげてやるのだ!!」

「ガピッ!!」

「来い!!ド腐れロボット!!心無きマシーンに俺は倒せぬ!!」

「ガピピピピピピピピピピピピピピピ!!」

蒸気を噴出しながら、28号がサイトへ突進してゆく。

闘氣で輝くサイトの音速拳に合わせ、28号も同じ動きを取った。
拳と拳が乾いた轟音を立て、両者の体を吹き飛ばす。

それは、ジョゼフが予想したとおりの光景だった。

「28号は、貴様の動きを完全に模倣する。さて、ここからどう倒すか見せてもらおうか」

サイトが立ち上がるのと同時に、28号も立ち上がった。
そしてボディの節々から黒煙を立ち上らせ、その機能を停止し、再度倒れ伏した。

サイトがジョゼフに向き直る。

「言ったはずだ。心無きマシーンに俺は倒せぬと」

「なるほど、氣を流しこんだか。確かに機械に氣はトレースできぬ。
 しかし小僧よ、余を、そこでブザマに転がっているカマセキャラどもと同じに思わぬことだ」

「そうらしいな。貴様から感じる殺気、並みのものではない」

「ヌゥン!!」

ジョゼフが杖を振ると、サイトとジョゼフをつつむ、半径10メイル程の、半球状の光体が現れた。
そこから、28号とシェフィルードが外部へと弾き飛ばされてゆく。

「これで邪魔は入らぬ。今度こそ1対1の真剣勝負だ」

「能書きはいい。とっとと始めようや」

サイトはデルフリンガーの鞘を左手に持ち、腰だめに構え、ゆっくりと目を閉じた。
日本武術の精髄にして最速の型、抜刀術の構えだった。

「ほう、我が速力を看破しおったか。だが……!!」

ジョゼフが素直な感嘆を浮かべ、その場から消えた。
そして、矢うねりの後に音波を聞くような、強弓を思わせる超速度。虚無の加速だった。
サイトの後方5メイルほどの場所に、ジョゼフが忽然と現れた。

「これがワシとうぬの力の差よ」

ジョゼフがせせら笑った。
その声で裂かれたかのように、サイトの右太ももから血が噴き出した。
サイトはその深手に見向きもせず、ジョゼフに振り向くことすらもせず、いつもの落ち着いた口調で答えた。

「のぼせるのもそのへんにしとけや、とっつぁん」

ジョゼフの左前腕からも、鮮血が噴出した。
狂王は傷口を一舐めすると、背中合わせのままつぶやいた。

「なるほどな。心眼剣か」

「速いだけでは俺は倒せんということだ」

互いに向き直る。
両者の間に、風も避け通らんばかりの氣圧がきしんだ。

「小僧、うぬの名を聞いていなかったな」

「人はサイトと俺を呼ぶ。さあ、戦いを続けようじゃねえか」












アルビオン城、客間の一室。
ルイズはそのベッドの上で天井を眺めている。
錬金と木材で飾られた装飾は、かつてのハルケギニアと同じに見えた。

「なんで、こんなとこまで来ちゃったんだろ……」

ルイズは今のサイトに、友情と嫌悪感とを感じていた。
悪感情のほうは、愛してはならぬという想いが裏返ったものだった。

ルイズはこれまで、自分の逆行について調べようと、多くの本を読んできた。
そして得た結論は『自分はただ時間を遡ったのではない。別の世界の、別の時間軸に飛ばされたのだ』ということだった。
ウェールズが女性になっていることなどは、ここが平行世界であることを如実に証明している。

だから今のサイトは、あのサイトじゃあない――――

もしあのサイトだったとしても、そんなこと確かめる方法なんてない――――

かすかな希望を見出そうとする自分が、汚らわしいもののように感じられる。
聞くところによると、サイトがワルドの手から自分を救いに来た時、彼は初撃からワルドの名を叫んでいたという。
ひょっとしたら。そう思った。だからここまで来た。そしていざここまで来てみれば、自分がすがる可能性の儚さが、あまりにみじめだ。

なのに、サイトが7万に向かっていったと聞けば、やはりなお葛藤が生じた。
いつかのサイトと、重なって見えてしまう。

また『サイト』を死なせるのか?
そう思えば、彼の元に駆けつけたいという気持ちは確かにある。

『愛していない別のサイト』のために体をはるのか?
そう思えば、わずかな感情の乱れに流されるべきではないと信じられる。

かつてのアルビオンの時は、トリステイン人らの撤退のためという大義があった。
しかし今は、ここに民間人は駐留していない。

サイトのところへ行く理由なんてない。
サイトのところへ行く理由がみつからない。
サイトのところへ行く理由ばかり探している。

煩悶していると、ベッド脇の机の上に一枚の手紙があるのに気付いた。
ルイズは無心で、その手紙に飛びついた。

中身は、日本語で書かれた文章だった。
日本語を書く知り合いなど、彼女にはサイトしか思い浮かばない。

日本語の読めないルイズは、僅かにためらった。
自分はこの手紙の内容を知ろうとしていいのだろうかと。

しかし、愛ではなくとも、友情があるなら、その手紙の内容を気にする理由としては充分だろう。
そう自分を説得した。

ノックの音が響いた。

「だれ?」

「トリステイン女王直属部隊の者です。こちらにおられるトリステイン貴族の方の、退避中の護衛を言い付かってまいりました」

退避という言葉に、気が沈んだ。
何が彼女にそうまで感じさせるのか、ルイズにはまだ分からなかった。

「入って頂戴」

「はっ」

「失礼します」

音を立てず、上品に開かれた扉から、二人の女性が入室してきた。
彼女らは、ルイズの服装を見て顔を青ざめさせた。

「ひっ、ひいいいいいいいいいいい!!」

「きききき、貴族塾?!」

「なっ、なによ『ひいいいいいいいいいいいい」!!』って?!」

アニエスとミシェルはヒシと抱き合いながら、恐怖の念をダダ漏れにして後ずさった。

「よ、よるな!!お前らに関わるとロクなことがない!!」

「なななな、なんて失礼な!!」

「というか……、どうやってここまで?!民間船は全部休航中なのに!!」

「うるさいわねえ。仲間のエルフとメイジにでかいパチンコ作ってもらって、途中までそれですっ飛んできたの。
 あとはフライと根性よ。方角が分からなくなったら、カラスに聞いたわ」

「「ばっ、ばけもの……」」

「あんたらねえ……」

ルイズは怒鳴りつけようとして、ふと思い当たった。
エリート集団の銃士隊は、確か、基本的な日本語の訓練も受けているはずだと。

「そうだわ!!サイトがこの手紙を残していったの!!あなたたち日本語読めるでしょ?!コレ読んで!!」

アニエスとミシェルは、サイトという名に聞き覚えがあった。
貴族塾で決闘騒ぎを起こした内の一人だ。そう思えば、目の前の少女にも見覚えがあると想起される。

アニエスたちは、サイトとルイズを恋仲と読んでいた。
なので必然、何かあったのだろうか?と思う。
あの極バカ二人なら、ますます早く解放されたい、とも思う。

そんな思考が混ざり合い、アニエスは、少しだけ妥協することにした。

「よ、読んだら解放してくれるか?」

「なんでも言うこと聞くから!!早く読んで!!」

「むっ」

かじりつくようなルイズの様子は、アニエスから真摯な衝動をひきづりだした。
突き立てるような確認をする。

「お前はあの男、サイトとやらを好いているのか?」

アニエスの言葉に、ルイズはどこか悔しそうに押し黙ってしまった。
それを見てアニエスはルイズを、歳若くして、古い貴族の価値観に凝り固まった少女の典型だと思った。

どう言っても、本当のことからかけはなれてしまう――――
かといって、頭の中の真実らしいわだかまりなど、とても言えるはずもない――――

そんな精神状態は、アニエスの中にも、いまだ克服できぬ道義上の葛藤としてうずまいている。

「よし、いいだろう。読んでやる」

アニエスは、手紙に書かれている句に目を通した。
『若さ哉、気高い業とは、愛が仇。即ち尚ほも、大和魂』と書かれていた。

それは、愛するものへの別離の歌だった。
何通りかに解釈はできようが、その主として意味する所は『ルイズを愛しているが、それでもなお戦いに死ぬことを選ぶ』ということだろう。

ということは、ガリア軍に一騎駆けしたという男は、あの少年か――――

「読めるんでしょ?!教えて!!」

「む、むう……」

アニエスは、安請け合いを後悔した。

重い内容だ。
まだあどけなさの残る、つまめば折れそうな少女に、この句を告げろというのか?

「お願い……教えてよ……」

ルイズが、涙さえ流しそうな様子ですがり付いてくる。
アニエスは、ミシェルに押し付けることにした。

「すまん。疲れ眼のせいか、字がかすんで見えるのだ。ミシェル、読んでやれ」

「はっ!!どれどれ……」

ミシェルは、漢字を飛ばして読んだ。

――――○さ○、○○い○とは、○が○。○ち○ほも、○○○。

「はうあっっっ!!!!!!!!!」

「なっ、なんて書いてあったの?!」

「そそそっ、それは……!!」

「言えっ!!言うんだミシェル!!」

「し、しかしこれはあまりに……!!あううっ……!!」

ミシェルはマンボウのような表情に、納豆のような脂汗をしたたらせた。
ちらりと、ルイズをみやる。

「意地悪しないで……教えて……。ね……?お願いだから……」

ルイズの澄んだ眼から、いよいよ涙が零れ落ちた。
捨てられた子猫のように、ミシェルを見上げている。

ミシェルはプルプル震えながら、アニエスを睨んだ。

「……」

視線をそらされた。

しばしの静寂。
やがてミシェルは覚悟を決め、ルイズに、そっと耳打ちした。

「……」

「なっ、なんですってえええええええええええええええええええ?!」

それは、あまりに衝撃的なカミングアウトだった。
なぜこのような時にそんな話を?

しかしルイズは驚いたものの、心のどこかで『やっぱり』とも感じていた。
思えば、心当たりは大いにあったのだ。

再会してからのサイトは、全く女の子に興味を示さない。
あのシエスタとも、ほとんど会話をしない。

交友関係以外で考えれば、会話の中で『男』という単語を不自然なほどに多用する。
あんまり『男』ばかり言うもんだから、心の病みたいなものかと悩んだくらいだ。

でも、これで全ての謎は解けた。
やっぱり、そういうことだったのだ。

ただ、『サイトは自分を愛している』とも感じていた。
多くを語らない男だが、一緒にいれば分かる。
彼が『昔のサイト』と別人である以上、その愛にはこたえられなかったが、
サイトが男色家であったのなら、確かに感じていたあの愛はなんだったのだろうか?

いや、考えなくても答えは、分かっている。

『騎士道の愛』だ。
このトリステインにもかつてあったという、本物の『騎士道の愛』だ。
忠義とも異性への想いも違う、母への敬慕にも似た『騎士道の愛』だ。

サイトの後姿を思い出す。
ルイズは、称号ではない、生き方としてのその言葉をつぶやいた。

「シュヴァリエ……」

「……そうだな」

アニエスは何かを隠すように、ルイズに背を向けた。
ミシェルにはもはや、何も聞こえていない。

――――ねぇ、ルイズ。あなたは彼の騎士道精神に、一度でも応えてあげたことがあった?

それは、ルイズを最も動かすものだった。

「行かなくちゃ」

言うが早いか、ルイズの足は戦場に向かって駆け出していた。

「行ってどうする!!ジョゼフのはったシールドは誰にも破れぬぞ!!」

「そんなのなんとかするわよ!!」

あっという間に、ルイズはその場から走り去った。
アニエスには最初から分かっていた。貴族である彼女を、翻意させることなど不可能だと。
人の世は、なぜこうも残酷なのだろうか。

「すまんな、ミシェル。辛い役をさせてしまった」

「いえ……」

「しかしこの件、ウェールズ王女にもお伝えせねばなるまい。ミシェル、頼んだぞ」

「なっ、なんですとっ?!」

「最終的な決断がどうあろうと、王女のために、どんな男が死ぬのかだけは知らせてやらねばな」

「なぜにっ?!」











「サイト……、サイト……、サイト……!!」

ルイズはユニコーンを駆り、勢いよくアルビオン城正門を飛び出した。
その無防備な体めがけ、側面から、全長4メイルほどのドラゴンが突っ込んできた。
ルイズの小さな体は、ゴムまりのように跳ね飛ばされ、2,3度地表で跳ねた。

「ちょ、ちょっとアナタ大丈夫?!」

誰かの声を聞きながら、ルイズは、自分が眺めているものが常より低い地平線だと知った。
ドラゴンに乗っていた赤髪の女性がルイズに駆け寄った。
少女の体が抱き起され、地平線が斜めに傾く。

「サイ……ト……」

ルイズは、愛する男の名を唱えると、
その事故が必然であると理解できぬまま、意識を失った。











「それ!!」

二本のナイフが、ジョゼフの手から放たれる。
凄まじい速度だった。そしてその速度を上回る速度でジョゼフは動き、自らが投げたナイフを受け止める。
サイトの頬に出来た赤い線からしたたるものが、口元を赤く染めてゆく。

「安心せい。毒は塗っておらぬ。ワシの流儀に反するからのう。しかしまさか今の一撃をかわすとはな。やはりワシが出向いて正解じゃったな」

「大した速さだが、こんなカスリ傷をつけてうれしいか?手口が知れた以上、弾き落とすは容易いこと」

「ククク……ハァ!!」

「なっ?!」

ジョゼフの手から、数十ものナイフが放たれた。
それらは、ジョゼフが展開したシールドで反射し、縦横に空間を飛び回る。

「ク!!」

「避けているだけで精一杯か?!そら!!ワシもナイフを投げるということを忘れるなよ!!」

サイトは体術を駆使し、飛来するナイフから身をかわしつつ、そのうちの幾つかを叩き落した。
しかし、サイトが打ち落とすよりも早く、ジョゼフが空間のナイフを増やしてゆく。
気を抜けば、高速で移動したジョゼフがナイフの軌道を修正した。
攻撃の軌跡が、みるみる複雑化してゆく。

「近づけぬだろう!!いくら素早くとも、貴様ほどの剣士に近づくのは利口な者のすることではないからのう!!
 ワシはただ、こうやって貴様が力尽きるのを待つだけでよいのだ!!」














「しっかりして!!」

ルイズの混濁した意識に、美しい声が届く。
眼を開き、いまだかすむ視界に、鮮やかな赤髪が映える。

地球においては、道交法が返って事故を招くという皮肉が少なくない。今回のルイズの場合もそれだった。
地球の書物の解読が進んだことにより、ハルケギニアの多くの国々は、信号機というものを導入している。

しかし、ハルケギニアで広く交通手段とされている馬は、この場合ユニコーンもだが、色盲で赤色を識別できないのだ。
これでルイズは咎なくして、無事故無違反の称号を失ったことになる。

「キュル……ケ……?」

「ああ……よかった!!目が覚めたのね!!」

キュルケは、目の前の可愛らしい少女が己の名を知っていることに疑問を感じた。が、それどころの状況でないことは明白だ。
ルイズの身を案じるキュルケに、ルイズは噛みつくようにしがみついてわめきだした。

「おねがい!!助けて!!そばまででいいから……」

なんと、戦場へ行けと言う。
キュルケはある任務を受けてその場におり、アルビオンの戦場に介入することなど許されようはずもない。
しかし。

「その目……。あなた恋をしているのね!!」

「そうよ!!お願い!!」

微熱の心の中で、マグマのような情熱がうなりをあげた。

「乗りなさい!!そばまでなんてケチなこと言わないわ!!そのラッキーガイの顔をおがませてもらおうじゃない!!」

「ああ……ありがとう……!!ありがとう!!」

キュルケはルイズを小脇にかかえると、あざやかな体サバキでドラゴンに騎乗した。
そして手綱を握り、駆けだした瞬間、巨大なグリフォンがその側面に飛び込んできた。
二人の少女の体は、ゴムまりのように跳ね飛ばされた。

「サイ……ト……」

ルイズは愛する男の名を唱えると、そのまま意識を失った。
ドラゴンも色盲だったのだ。












ノックの音が響く。

「入れ!!」

無骨な軍人らで溢れかえる会議室に、アニエスとミシェルが現れた。
アニエスがまとう覇気を感じ、室内に居たものらが緊張を高める。
軍人の一人が、強い口調でたずねた。

「何用か?」

「王女にお伝えせねばならぬ危急の儀ありて参上つかまつった」

丁寧な口調だが、断わればこの場での荒事も辞さぬという、強烈な意思が込められていた。
『意気に感ずる』ということは、戦いを知る者にとって、なんら幻想ではない。
今のアニエスには、7万へ立ち向かうサイトへの義侠心が溢れていた。

そんなアニエスと、死を模索するアルビオン軍人らとの間に生じる圧倒的な緊張感にさらされ、ミシェルの自我はとても遠くに行っていた。

「トリスタニアの客人よ。この状況で危急とは、相応の事態なのでしょう。どうぞ、散華に期する我らにこそ、そのお話をお聞かせください」

救済のようにかぐわしい、ウェールズ王女の柔らかな声だった。その悲壮な暖かさが、ミシェルの五臓六腑をなおさらシェイクする。

「はっ!!ミシェル!!」

アニエスの眼光が『さっさと言え』と、地獄のような圧力を放っている。
軍人らの迫力と、女王のおだやかな笑顔は、まるで天使と悪魔のツープラントンだ。

ミシェルの脳内で、堤防の決壊を防ごうとするSDミシェルたちが、次々と濁流に飲まれてゆく。

「ふにょ……ふにににににににににににににににぃ……」

やがてミシェルは奇妙なうめき声をあげ、そして――――

プツン。

ミシェルの中で、何かが切れた。
決定的な、最後の何かが。

ミシェルは嬉しそうに白目を向き、ホイミスライムのようにふにゃふにゃと言った。

「サイトは去勢済みの本格派ガチホモだおー」

「「「「「「「「なっ、なにぃーーーーーーーー?!」」」」」」」」

アルビオン人らとアニエスの絶叫がシンクロする。

「スモークチーズなんか盗んでないにょろーー!!」

「い、いかん!!ミシェルが壊れた!!」

「にょろおおおおおおおおおお!!」

はぐれメタルもかくやと言う加速で蛇行逃避するミシェル。

「待て!!待つんだミシェルーー!!」

アニエスも混乱しつつながら『バックレろ!!』という判断を即座に下した。

「お待ちなさい!!」

「は、はい!!」

しかし封建業界に生きるアニエスは、王女の叫びに身をすくませた。

「サイト殿は、仲間に助けられてここまで来たと聞いておりますが」

「はっ!!エルフの少女と、もう一人メイジが居たそうです!!」

「そ、そのエルフの特徴は?!」

「貴族塾のエルフ……。た、たしか……前に私が見た時は、学生帽をかぶって、ピエロの装束で女児を怖がらせていました」

アルビオン人らが、マネキンのように硬直した。

アニエスは、自分は何を言っているのかと、冷静さを取り戻す。
学帽ピエロ姿のエルフが、女の子を泣かしていた。
思い返せば、あまりに出鱈目すぎる。

場は、完全に凍結していた。

「では失礼します!!」

アニエスは、もう何がなんでもという勢いで逃げた。

残された軍人らの中に、忘れ去りたい記憶がぶりかえしてゆく。
それは、アルビオンの秘するべき影の歴史であった。

「サイトという少年、どう見ても男だったが……。去勢だと……?」

「学生帽……タマ潰しのテファ……」

「まさか……」

「いや、どう考えても……」

「復讐に……来るというのか……」

会議室に居る誰もが、あるエルフの悲劇を思い出した。


~~~~~~~~~~~~~~あるエルフの悲劇について~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

むかーしむかしのこと。
アルビオンの王宮に、シャジャルという名の、それは美しい娘がおったそうな。

シャジャルはある日「もう限界じゃ、別れてけろ」と、突然に三行半を叩きつけられ、
むすめのテファともども、王宮からついほうされてしもうた。

それからの二人の生活は、そりゃあ大変なもんじゃった。
畑仕事などしたことのない二人は、なれぬ野良仕事でみるみる衰弱していった。

そして栄養のあるもんもロクに食えぬまま、ある日、とうとうテファが倒れてしもうた。
火のような熱にうなされるテファを見て、シャジャルは娘の死を覚悟し、
せめて最後に、何か旨いものを食わせてやりてぇと思った。

「テファやぁ……。おんし、なんぞ食いたいものはあるかぁ?」

「おっかあ……。オラァ……、あずきまんま……食いてぇ……」

あずきまんま。
それは物心ついてからテファが食べたもんの中で、いっとうに旨い食い物じゃった。

シャジャルは、困り果ててしもうた。
シャジャルの家には、あずきもコメもない。

しかしシャジャルはやおら立ち上がると、

「よし、おっかぁに任せとけ。すぐ戻ってくるからの」

と、そう言って、家から飛び出していってしもうた。
シャジャルは王宮の食糧庫に忍び込むと、一握りの小豆と米を皮袋に入れた。

「すまねえ。盗みなぞ、これっきりじゃ。すまねえ、すまねえ……」

シャジャルは、申し訳のない気持ちを必死に押し殺しながら
雨の降りしきる夜道を駆け、テファの待つかやぶき小屋へと急いだ。

テファにあずきまんまを食わせてやると、テファは、そりゃあ嬉しそうにメシをかきこんだ。

「ああ、うめぇなあ。あずきまんまはうめえなぁ」

このあずきまんまがよほど効いたのか、テファの体は少しずつ良くなっていった。
しかし、シャジャルは大変な失敗をしておったのじゃ。

王宮に忍び込んだ所を、衛兵に見られておったのじゃ。
数日後、シャジャルの住む小屋が大火災にみまわれた。

アルビオン軍によるものじゃった。
彼らはシャジャルが仕返しにくると勘違いしたのじゃ。

親子は逃げ遅れ、寝室の周囲は完全に火の海に囲まれてしもうた。
あたりの精霊は既に外部と契約されており、先住魔法も使えない。

そこでシャジャルは――――

「ええか、テファ。おっかぁが合図したら、玄関に向かって真っ直ぐ走り抜けるんじゃぞ。
 怖がるこたぁねえ。おっかぁを信じるんじゃ」

「おっかぁ……」

「さあ、行くんじゃ!!氣功砲ッッッッッッッッッッ!!」

奇跡は起きた。
シャジャルの魂の威力は、濁流のような嵐を巻き起こし、
燃え盛る業火の海を切り裂き、そしてテファは、その中を駆け抜けていったのじゃ。

「生き伸びるんじゃぞ、テファ……」

そうつぶやくシャジャルの心臓は、既にその鼓動を停止しておった。
こうしてシャジャルは、その不遇の生涯を終えたのじゃ。

そして、数日後のアルビオン城。

そこには、元気に暴れまわるテファとシャジャルの姿が!!

この事件によりウェールズ王子は、ウェールズ王女となったのじゃった。
今でもアルビオン貴族の多くは、シャジャルの名が示す『真珠』に深刻なトラウマを持っておるそうな。

・アカデミーレポート『古今馬鹿集 ~まんがアルビオン昔ばなし~』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


誰も、声を出す者は居ない。
ウェールズ王女の表情に浮かぶものと同じ絶望的戦慄が、その場の全てに共有されるものだった。

彼女らが、シャジャルとティファニアがまたもや報復に来る――――

前回は、一部の貴族がその被害にあうだけで済んだが――――

アルビオンの軍人らは、ガリアの侵攻に際し、既に死を覚悟していた。
名誉とともに、歴史に名を刻むのだと猛っていた。

しかしである。
『全員タマをもがれてアルビオンは滅びました』では、全ての覚悟が根底から覆される。
命より大事な誇りに殉じようというのに、その誇りをツクシ狩り感覚でつみとられたのでは、もはや名誉のつけいる隙は微塵もない。

王女が叫んだ。

「は、配置についている将校を全て収集なさい!!緊急会議です!!超ド級に緊急です!!」
















「ぐむ?!」

ジョゼフの動きが止まった。

サイトは、闇雲にナイフを打ち落としていたのではなかった。
その反射の法則を見切り、一本のナイフをジョゼフの背後に放っていたのだ。

サイトが、ジョゼフへと駆け寄る。

ジョゼフが、苦し紛れのようにナイフを投げた。
その一撃が、サイトの肩口をかすめさってゆく。

「もらったぞジョゼフ!!」

デルフリンガーが上段に振り上げられる。
そしてそのまま、サイトは全ての動きを静止した。

「こっ、これは……。シビレ薬……!!」

「フッ。危ういところであった。念のため、一本だけ毒刃を用意しておいたのだ」

「貴様……。流儀はどうした……」

「ハハハハハハハ、それも時と場合によりけりだ」

「男の勝負にアヤつけやがって……!!許さんぞ……!!」

「許さなければ、どうするというのだ?」

サイトの心臓に、ジョゼフのナイフが突き立てられた。
それでもサイトは倒れない。

「おお!!おお!!これで死なぬとはな!!異国風の顔立ちだが、やはり遠き地には、うぬのような特別な人間がおるものなのか?!」

「馬鹿を言え……!!オレは、ただのニホン人だ……!!」

「ニホン人だと?ハハハハハ、笑わせおる。
 ニホンには魔法とは異なるメタフィジカル『ヤマトダマシイ』なるものがあるというが、その不死身性がそれか?」

「フッ……!!こんなものはただの根性よ……!!こっから先が……大和魂だ……!!」

二本のナイフが、新たにサイトの心臓へと突き立てられる。
サイトの両膝が、震え始める。

「ぐふふふ。ならばまずは蹂躙してくれようぞ。プラトニックなまでに潔癖なるそのクソ根性を!!」

笑うジョゼフの声が、遠のいてゆく。
意識が混濁し、全身の感覚が遠のいてゆく。

そんな中、サイトは幻聴のようなものを感じた。

――――サイト、貴様それでも日本男児か。

――――あなたは、ずっと待っていたんでしょう。

サイトには、その声がどこから聞こえたものか分からなかった。
自分の声のようでもあり、自分を最も知る他人の声のようでもあった。

風のせいか、これまでの激しい戦いのせいか、それとも人知れぬ何かが働いたのか、
デルフリンガーに施された封印の赤布がほどけていった。

サイトの意識に、再びジョゼフの声が近づいてきた。

「面白い!!ますます面白いぞ!!死を待つだけのうぬの眼は、いっそ勝利を見据えておるではないか!!」

「闘いで……、生きて勝とうなどと思ったことはねえ……!!死んで死んで死にまくる……。それが男の戦いだ……!!」

「ハハハハハハハハハハハハ!!うぬの言葉は矛盾だらけだ!!面白すぎるぞ!!」

「がぴーー!!がぴーー!!」

何かが奇声をあげながら、ジョゼフの張ったシールドをガンガン叩いた。
紳士28号だった。

「おお、28号よ!!この小僧に仕返ししたいのだな?!いいだろう!!存分にウサを晴らすがいい!!」

ジョゼフが杖を一振りすると、シールドが掻き消え、28号がサイトへと駆けていった。
そして、ドーム状の頭部をはずすと、中から一人の満身創痍の女性が飛び出した。
それはサイトが、どんな時でも守り抜こうと誓った女性だった。

「シールドを解いてくれてありがとう、ジョゼフ一世」

「……なんだ、貴様は?娘が一人で援軍に来たとでも言うのか?」

「さあね。でも、しなきゃいけないことがあるのよ」

ルイズはサイトに向き直り、その血濡れの頬をそっとぬぐった。
ルイズの全身にも激しい損傷があるため、サイトの頬は、かえって汚れる格好となった。
ルイズの顔に、哀調を帯びた笑顔が浮かぶ。

「もう十分よ、サイト」

半死半生のサイトは、こちらもやはり傷だらけのルイズを怒鳴りつけた。、

「何しにきやがった……?男の間に割って入るんじゃねえ、ルイズ……!!」

「男の間……。ええ、そうね。分かっているわ。あなたにとって『男』というものがどれほど大切か」

そう言いながら、ルイズは10年前の最期の日を思い返し、『あのサイト』の決断に、ようやくの得心を得た。
あのサイトは『男』で、今ここに居るサイトはもっと『男』で、だから――――

「……でも、知ってる?あなたにとって『男』が大切なように、私にとって『貴族』であることは、譲れないことなのよ。
 結局、サイトは『男』で私は『女』、私は『貴族』でサイトは『平民』なんだもの。貴族が平民に守られて生き延びようなんて、恥どころじゃないのよ……」

「何を……言っている……?何があった……?」

血の混ざった涙が、サイトの頬を打った。

サイトは知らない。
ルイズが、ウェールズの手紙を読んだことを。

せめて、今度は私が――――

そんな思いで、ルイズは微笑んだ。

「それに知ってる?馬とドラゴンとグリフォンとダチョウとマンティコアとジャイアントモールとカジキマグロて色盲なのよ……」

「ほんとに……何があった……?」

サイトは知らない。
今日のハルケギニアで、交差点ほど危険な場所はないことを。

ルイズは、そんなサイトを強く抱きしめた。

「ル、ルイズ……?」

サイトは、自身に起きたことが信じられなかった。
ルイズが自ら抱擁を望むなど、そうそうに起こらないことだった。
かつての世界にあっても、この世界にあっても、あまりに尋常離れしている。

それが、この状況で起こるということは。

「よ、よせ……」

その非常性は、他のどんなものよりもサイトを突き放した。
ルイズの覚悟の重さが、サイトの心を切り刻む。

「そうよね、私なんかに抱きしめられても、うれしくないわよね。分かってる。だから、これは私の我が侭。
 愛してる。好きよ『サイト』。でも私が貴族であるように……、あなたにとって『男』は、とても大切……な……」

ルイズのセリフが、涙で、わずかばかり中断する。
ルイズの小さな体から、その感情の爆発に相応しい魔力がこぼれ輝く。

「私は全霊を持って、サイトの死を否定し続けるわ。私はメイジよ。唱えた想いが本当になるの」

サイトの胸に刺さっていたナイフが、ぽろぽろと抜け落ちた。 
傷口がふさがってゆく。

「サイト……」

彼女の呟く『サイト』は、目の前の相手に、他の誰かをかぶらせてのものだった。
もう一度ルイズはサイトを抱きしめた。メイジという、想いを発現させる存在。漢という、想いを貫き通す存在。その二つの影が重なり合う。

「ありがとう、サイト。あなたは、あなたの望む世界で生きて」

サイトが望む幸せと、サイトの居るべき世界をルイズは想った。

狂王に向き直るルイズの背中は、サイトの知るどんな『漢』にも劣らぬ、圧倒的な信念に満ちていた。
そこからあふれ出る魔力が、サイトを他の次元へと押し込んでゆく。
サイトの内面と、サイトの外界がとろけあってゆく。

虚無の世界扉の引力が、サイトを飲み込んでゆく。

サイトの心に、ルイズの最後の言葉が響いた。

――――ごめんね、ガチホモだって気づいてあげられなくって。

平賀サイトは、ハルケギニアから消滅した。

















しかし、麺類が分からんのですよ。

パンは、分かります。
ケーキもお団子も、お好み焼きだって分かります。

小麦粉を発明したら、そりゃ練るなり混ぜるなり焼くなりするでしょうから。
それでもそういった点から考えると、やっぱり麺類がブットビすぎていると思いませんか?

誰が、いつ、なぜ、何を思い、ひも状にしたのでしょうか?
そんな造形を、いかにして思いついたのでしょうか?

ああ、ちなみにここで言う麺類ってのは、
東方で言う『粉類』じゃなくって、ひも状のああいうのってことで一つ。

えーっと、ああそうそう、別に私は麺類が嫌いではありませんです。人並みに喜んで食べますよ。ズビズバっと。
むしろ、常よりはちょっと好きかなってぐらいですもん。

ただ、麺類に至る閃きへのルートって、あまりにミステリアスじゃないかって話です。
気になりませんか?気にしてください。じゃないと話が終わります。大切な話なんです。

とりま、
仮説その1。誰かが偶然作ったら美味しかった。
なんかのギャグで作ったら『なにこの触感すげえ!!』『シャッキリポン!!』『ちじれにソースがからむわ!!』ってなった。

仮説その2。均等にメシを分けるために考えた。
『おい!!お前のパンでかくね?!』『いやいやいや!!かわらんし!!いっしょだし!!』『ああ、うっせえ!!じゃあ刻んで分けなおせばいいだろ!!』

仮説その3。人体への科学的好奇心から。
『ハラワタッてどれくらいの長さだと思う?』『よし、すっげえ長い食いモンつくって調べてみよう。それ口からいれたままケツから出せば分かる』

仮説その4。ゆんゆん。
ゆゆゆんゆんゆん、ゆゆゆんゆんゆん。私はバカの子です。
名前はミッシェルです。

……あれ?なんか騒がしいなあ。
まあいいか、なんでも。

「ミシェル!!ミシェル!!気を確かに持て!!」

「というわけで、このヒモを飲んでケツから出します」

「よせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!しっかりするんだミシェル!!」

「……ハ!!」

「おお、ミシェル!!気がついたか?!私が分かるか?!」

「た、隊長ですよね?」

「そうだ……お前の隊長だ……。危ないところだった……。本当に、よかった……」

「はあ……」

「そうだ、大変なことになっているぞ!!貴様のホラ話で、なぜかアルビオン高官らが会議を初めてな!!講和を模索中だ!!素晴らしい手柄だぞ!!」

「ホラ話?えーっと、講和?なんで?」

「あの二人……。サイトとルイズには惨いことをしてしまったがな……」

「良く分からないけど……そうですね……」

「しかし、良かった。よく、眼をさましてくれた……」

「く、苦しいです、隊長……」

「せめて我らは、彼らに恥じぬ生き方をしようではないか……」

「へ?『あのガチホモ』に恥じぬ生き方……?そしてこの抱擁……。……ッッッ!!!!!!!!!!!!!!! 」
















貴族塾へ向かう街道で、激しい戦いが繰り広げられていた。

「パオーーーーーーーーン!!」

「ぎょああああああああああああああああああ!!」

異形の翼竜が、伸縮自在の名状し難い魔技に貫かれ、悲鳴を上げて絶命した。
ベアトリスが叫ぶ。

「グッジョブ!!テファ!!」

「パオパオ!!パオパオ!!」

「ステイ!!テファ!!ステイ!!」

ベアトリスはムチの一振りで、嬉しそうに駆け寄るテファを押し止めた。
それは先日、極限状態ギリギリ(1サントくらい)のところで開眼した奥義『操象戮桓闘法』だった。

「さっきの戦いは見事だったわよ。ほら、ご褒美の角砂糖」

「パオッ!!パオッ!!」

「ウフフ、慣れてしまえば可愛いモノね」

「パオパオハムハム。パオパオムシャムシャ」

「……というか、ひょっとしてかなり……。いえ、ありえない位カワイイような……?」

「パオ?」

「~~~~~!!ななな、なんでもないの!!さあ、先を急ぎますわよ!!」

ベアトリスはそう命じ、再び歩き始めた。
そして、背後にテファの気配を感じないと気づく。

何事かと振り返り見れば、テファは、彼方の空を見上げている。

「カマン!!テファ!!カマン!!」

そう叫び、ベアトリスはムチを構えた。
号令に振り返ったテファの目からは、涙がこぼれていた。

「ちょ、なにそれ?!やめてくださいよ!!なんで泣くんんですか?!」

「サイト……。この世界でもまた……」

ベアトリスには、テファの言葉の意味が分からなかった。
しかしメイジとしてもエルフとしても、テファの才能はずばぬけている。
テファにしか知感できない、なにかがあるらしかった。

「今度こそって……。私強くなったのに……」

テファはその場に力なくへたり込み、顔もおおうことなく、静かに嗚咽を漏らし始めた。
それを見ていると、なぜだかベアトリスも涙をおさえられなくなった。

みんな悲しいことなんてイヤなのに――――

何が悲しみを産むかなんて分かりきってるのに、どうしてこうまで――――

ベアトリスはテファの体を抱き寄せ、頭を撫でながら、優しく語りかけた。

「そうね。悲しいことが、多すぎますよね。でも、私たちはまだ戦い続けなければいけないんです……」

「うん……」


















アカデミー前広場で、ヴァリヤーグらが燃え尽きてゆく。
ミンメイショボーが伝える外法、猛虎流奥義・大放屁火炎放射だった。

「なかなかやるな。恐るべき技の冴えよ」

「食べてるものが違いますからね!!」

しかし敵は『ゲート』をくぐり、無尽蔵に数を増やしてゆく。

「クククク……!!覆面の戦士よ、覚悟を決めることだ。貴様に助けは来ぬ」

「黙れゴンドラン!!アカデミーを私物化するのみならず、このハルケギニアすら売り渡さんとする逆賊め!!」

「逆賊?それがどうした」

ゴンドランの笑い声とともに、ヴァリヤーグらが無数の触手を伸ばし、覆面戦士を束縛した。

「あっ……!!ああ……!!」

しめつけられた戦士の肉体が、装束越しに、その豊満な隆起をさらした。

「ぬっ?貴様……女だったのか?!クハハハハハ!!これはいい!!今までのウラミ、存分に晴らしてくれようぞ!!」

「ゲスめが……!!」

と、どこからか数本の短刀が、触手に目掛けて飛んだ。
触手が、次々に切断されてゆく。

ここに居るはずのない男の声が響いた。

「どうしたそのザマは?貴様らしくもない。本物の地獄はこんなもんじゃなかったぜ」

「あ、アナタは……」

闇に潜む戦士に、ゴンドランが叫ぶ。

「何者だ?!この女を助けに来たとでもいうのか?!」

「あいにく、俺はそこまで甘い男ではないんでな。アン、まだキバれるだろう」

「でっ、でもこれ以上キバったらまた……!!」

「お前はメイジだろうが!!メイジの務めを果たすんだ!!アン!!」

「あ……」

果たして叫びは、アンの心に届いた。

――――そうだ、私はメイジだ。王族だ!!

アンの想いが、闇に包まれたもう一つの世界を震わせる。

そしてハルケギニアとも地球とも異なる、超常の意思らが住まう精霊世界への扉が、ゆっくりと――――













@@@ side アンの肛門 @@@


ハルケギニアに内包されつつも、
決して光がさすことのない世界で、二つの大いなる意思がせめぎあっている。

ウンコ「また、お前が行くのか」

オナラ「ああ」

ウンコ「……」

オナラ「すまんな」

ウンコ「……気にするな」

と、世界が急速に煽動運動を始めた

オナラ「こっ、これは?!オイ、ウンコ!!」

ウンコ「待ちわびたぞ……!!」

オナラ「久しぶりだな、お前と一緒に戦うのは……!!」

ウンコ「フフフ、しかも今回は特別みてぇだな。今通信が入った。ションベンも一緒に出るんだとよ」

オナラ「マジかよ?!」

ションベン(ええ、お久しぶりですね。オナラさん)

オナラ「ウッス!!ごぶさたしてますです!!」

ションベン(ウフフフフフ)

?????(おろかな……)

ウンコ「こっ、この声は?!」

ションベン(いけない!!オナラさん!!ウンコさん!!早くゲートを、肛門を塞いで!!)

オナラ「やべえよオイ!!【ヤツ】だ!!しゃれになんねえ!!」

ウンコ「肛門を守るんだ!!」

オナラB「オレが時間をかせぐ!!」

ウンコ「すまん!!まかせたぞ!!」

ションベン(ウ、ウンコさん?!あなた、一体誰と話して……?)

オナラ「ウンコ!!そいつはオレじゃねえ!!」

オナラB「ククククク……」

ウンコ「バカな!!オナラが二人だと?!」

オナラ「まさか……!!オレに化けて肛門を突破するつもりか?!」

ゲリベン「今更気づいてももう遅い!!アデュー!!」










@@@ side ハルケギニア @@@


ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリ――――

ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリ――――

微塵の迷いも、
寸毫の躊躇いも、
弁解の余地もないゲリだった。

「たわば!!」

「ひでぶ!!」

「あべし!!」

奇妙な悲鳴とともに、ヴァリヤーグらの頭部が変形し、爆散した。
遥か永劫より忍び忌まわるる黄昏の魔拳、毒手であった。

「フ、やればできるじゃねえか。さて、あとはオレが引き継ごう。先を急ぐのだろう、アン」

「……ここまでするつもりはなかったんですが、力の加減が難しくて。それより、なぜアナタがここに?」

「勘違いするなよ。何も貴様の味方になろうと言うのではない。貴様とはいずれ決着をつけねばならんからな」
 
ゴンドランが叫ぶ。

「どこに隠れている?!姿を現せ!!」

闇を渡り、戦士が姿を現した。

「波濤のモット、見参」

「王宮勅使……だと……?」

あっけにとられるゴンドランを黙殺し、モットが叫ぶ。

「何をグズグズしている!!行け!!」

「ええ!!ここはアナタにお任せします!!」

「行かせぬ!!ヴァリヤーグ!!」

ゴンドランの命に応え、
ヴァリヤーグらがゲートから、さらにぞろぞろと現れた。

「ふん!!単なるものどもめ!!」

ゲリベンが叫び、ヴァリヤーグの群れをゲートに押し返してゆく。

「クソがァァァァ!!」

ゴンドランはゲリベンに向かい、炎の矢を雨あられと降らせた。
しかしそれでもゲリベンは止まらない。

「向こう側から……ゲートを閉じてくれる……!!」

「ゲリベン風情が正気か!!ゲートの向こうへ行けば、二度と帰ってこれぬぞ!!」

「戻ってみせるさ……肛門に比べりゃこんなゲート……!!」

「させぬ!!ここで全て蒸発してしまうがいい!!」

「ぬおおおおおおおおお……!!」

と、ゲリベンを襲う炎が途絶えた。
そしてゲリベンは、闘い続けてきた宿敵たちの声を聞いた。

「フ、そういうことだったのか……」

「一人でイイカッコしやがって」

「あなたは昔からそうでした」

「オナラ!!ションベン!!それにウンコまで!!」

黄昏の4精霊が、心を一つに合わせた。

「「「「ウオオオオオオオオオオオ!!」」」」

まばゆい閃光とともに、ゲートとウンコらが消滅してゆく。

スッキリした覆面戦士は、素早くユニコーンに飛び乗った。
いななく馬上の彼女に、モットが、最後にもう一度だけ叫んだ。

「おい!!」

「は、はい?!」

「母君に、どうぞよろしくお伝えください。モットめは贖罪に殉じると」

「…………………!!ど、どうか……御武運を……!!」

アンリエッタは搾り出すようにそう言うと、
モットを注視する触手の隙を縫い、貴族塾の方角へと駆け出した。

後に残されたのはモットとゴンドランのみであった。

「……ここのゲートさえ開ききれば、ことは全てなったと同じだったものを。
 まったく、余計なマネをしてくれたものだ。しかし所詮は文官のトライアングル。この私の敵ではない」

「小僧、オレを甘く見ぬことだ。ヘルズ・マジシャン(地獄の魔術師)と恐れられたこのジュール・ド・モット。久方の戦いに胸を躍らせておるぞ」

やはり、こういうのも悪くない――――

モットは微笑を浮かべながら、かつて戦った少年の姿を想った。















瘴気の立ち込める薄暗い一室で、3人の上級メイジが水晶球を眺めていた。
その水晶の中で、筋骨隆々なる一人の戦士が、貴族塾の一学生に打ち倒された。

「あれあれ、ジャック兄さんがやられちゃったでありんす」

「案ずるにはおよばぬでゴザルよ、ジャネット。奴は我等四兄弟の中でも最弱の存在にゴザル」

「ただのメイジにやられるなど、元素四兄弟の恥さらしでゴザルよ。ニンともカンとも」

部屋の扉が吹き飛んだ。
そこから、先ほど映像で見た金髪の学生を先頭に、ゴーレムの群れが突進してくる。
あのサイトをすんでの所まで追い詰めた貴族塾の猛者、ギーシュ・ド・グラモンだった。

「絶技!!一人直進行軍!!」

「きゃあああああああああああああああああ!!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「そんなトコロまでえええええええええええええええええ?!」

彼らは油断していた。
そうでなければ、これほど簡単に決着はつかなかっただろう。
数百ものゴーレムが、ジャネット、ダニエル、ダミアンを踏み潰していった。

階段から、一人の貴族が降りて来た。

「フッ、よくここまで来たな、少年。拙者がこの風雲ボーウッド城を治めるヘンリー・ボーウッドにゴザル」

「黙れ。このタケチャンマンもどきが」

「ぬぁっ?!」

いつ接近したのか、ギーシュの指拳が、ボーウッドの眉間を突いていた。
そこからボーウッドの脳に、呪詛のような叫びが流れ込んでゆく。

(グ・ラ・モ・ン……!!)

「きっ、貴様!!愚羅門の家族……?!」

「これで貴様の全ては我が意のまま。話してもらうぞ。全ての謎を!!」












もう、サイトは居ない。
サイトは、このハルケギニアに来る術を持たない。
私も、もうサイトを召喚することはない。

世界が書き換えられたように感じる。
空は青いまま、別の空に変わってしまった。
大地を踏む足が、まるで何十メイルも先にあるようだ。
息をするたびに胸が震え、全ての音が、果てしなく遠いところから聞こえる。

しかし、それでも私は貴族だ。
サイトが男であった以上に、貴族であり続けよう。
サイトもどこかで、私が貴族である以上に男であり続けようとするだろう。

これが、きっと誇りなんだ。
そして私の姉は病弱だった気がしたけど別にそんなことなかったわ。

「今の転移魔法……まさか貴様は……」

「さあね。私はゼロのルイズ。ジョゼフ一世、貴方を倒す者の名よ」

「ククク、ならばいいことを教えてやろう。大厄災は4の4が揃わねば防げぬと思われておるようだが、別に揃わなくても防げる」

「な、なんですって?!」

「例えば大隆起は、ヴァリヤーグが残した引力兵器『赤き月』を破壊すれば、風石とか関係なく防げる」

「赤き月……。天文学的に不自然だと言われてたけど、そういうことだったのね……」

「あとワシの兄夫婦は痩せてきたので最寄の村に逃がしておいた。これで心おきなく戦えるな。さあ来い!!ゼロのルイズ!!」

「まさかこの私が、トリステインの旗を背負って戦うことになるとはね。行くわよジョゼフ!!私たちの戦いはこれからよ!!」

私の勇気がハルケギニアを救うと信じて!!



~ 暁!!貴族塾!! 完 ~























~暁!!貴族塾!!F~


錫杖を回転させながら、何かが降ってくる。
地球が生み出した飛翔絶技『降龍天臨霹』だ。

おびただしい光の奔流を巻き込みながら、平賀サイトがハルケギニアに再降臨した。

「待たせたな、ってほどでもねえか。選手交代だ、ルイズ」

「サイト!!『世界扉』を唱えたっていうの?!まさか、一度見ただけで私の魔法を……」

「さてな。理屈は知らんが、そもそも男が呼び出しくらうばかりじゃ、話として格好がつかんだろうが。
 要するに、今度はこっちから押しかけたってだけのことさ」

「い、いくらなんでもそんな強引な……」

「男が強引で何がおかしい」

サイトはルイズを抱き寄せると、荒々しくその唇を奪った。
次の瞬間、不屈をつらぬき通した少年の中で、巨大な何かが目覚めた。
眼もくらむほどに神々しい力が、少年の左手から溢れ出す。

なぜならそれは『この世界における二人のファーストキス』だったのだから。
ルイズとサイトはこれまで、使い魔の契約儀式を硬く禁じられていたのだ。

コルベール曰く。

『男女3歳にして席を同じくせず!!ゆえに契約のキスはならぬ!!これは例外である!!』

ルイズも、現れた人物を『かつてのサイト』とは別人だと考え、契約を望まなかった。
サイトも、契約を望まないルイズに無理強いはしなかった。

だが今、契約は為された。
サイトへの愛を告げた言葉は、口語詠唱を成立させるにあまりある言霊を孕んでいたのだ。

サイトの左手甲が、光を放った。
ハルケギニアの軍神伝説が、サイトに顕現してゆく。

そればかりではない。
契約の絆は二人に記憶を共有させ、決して不可能なはずだった、互いへの確信すらも容易く実現させた。

どれだけ離れた世界であっても、どんな未来が二人を試そうと、ルイズがたぐりよせるサイトは、最初から決まっていたのだ。
遠い世界で生まれた二人は、あの小さなボートの上で、既に誓いあっていたのだ。
ずっと君の側にいる、と。

「サイト……?サイト!!あなた本当に『あのサイト』だったのね……!!」

二人の恋の歴史が、両者の空白を埋め合わせてゆく。
二人にしか分からないたった一つの魂の絆が、昔のまま変わらぬその輝きを取り戻してゆく。

「ルイズ!!ルイズ!!ルイズ!!やっぱりルイズは『あのルイズ』だ!!」

溶け合う記憶の中、ルイズは知った。
かつてタルブで、自分を守るために龍の羽衣を駆り、日食への帰還を放棄した男が、
今度も自分を守るためだけに、日食を潜り抜けてきたのだと。

ルイズの想いに呼応し、サイトの左手に刻まれてゆくルーンのうねりが、少年の昂ぶりを示しつくす。
武術と科学。地球が誇る、太古と近代の叡智を研鑽し続けたサイトに、ハルケギニアの伝説が注ぎ込まれてゆく。
地球の氣に対し、ハルケギニアの使い魔。心を糧とする二つの奇跡が、少年の体に収斂してゆく。

日食がおりなす白夜の如き幻想の中、
恋人らは厚い抱擁を交わした。

「サイト!!サイト!!サイト!!夢じゃないのね!!ホモじゃなかったのね!!本当にガチホモじゃなかったのね!!」

「というか誰だ!!オレがガチホモだなんて噂流した奴は!!コロス!!後で絶対コロス!!コロシまくる!!」

煌く奇跡から、誰も眼をそらすことはできない。
敵も味方も、畏怖の任せるままにその情景を眺めている(頭を抱え込んだ銃士隊2名を除く)。

両軍に、ざわめきが広がってゆく。

曰く「神代の御世から永らえし英霊」

曰く「伝承が謳い讃える秘蹟が実証された」

曰く「人と魔の叙事詩が受肉してゆく」

曰く「だから貴族塾には関わりたくなかったのだ……」

曰く「にっ、逃げましょう隊長!!なぜかムチャクチャ怒ってますよ!!隠れホモだったんですかね?!」

曰く「なんにせよ、これ以上あいつらがらみの厄介ごとはゴメン……、というかミシェル、なぜそんなに胸を押し付けるのだ?」

曰く「エヘヘヘヘヘヘヘ/////」

そして全ての運命に魔法をかけ、神の左手が現れた。

神話の目撃者となったアルビオン軍、ガリア軍の見守る中、
サイトは正しく勇者然と構え、デルフリンガーの切っ先をジョゼフに向けた。
ジョゼフは、自分の言葉を疑うようにうなった。

「ばかな……。そのルーン……、虚無の勇者ガンダールヴだと……?!」

「そんな大層なもんじゃねえ。俺は、ゼロのルイズの使い魔だ!!」

「信じられぬ……!!貴様、使い魔であったか!!」

「ルイズ、命預けとけ」

それは、かつての少年の口調だった。

次の瞬間、破裂音とともに、少年と狂王の姿は掻き消え、
そして、次に皆が目にしたものは、両者の交錯した拳が、互いの頬ゲタを打ち抜いている姿だった。

「く、クロスカウンター……?こ、このワシを……殴った……?」

氣とガンダールブを己のものとしたサイトの速力は、虚無の加速に近しいものとなっていた。
ルイズが叫ぶ。少年の知る、あのルイズの声だった。

「なにやってんのよ!!あんたは私の使い魔なんだからね!!そんなヤツ楽勝でしょ!!」

それは、応援でも叱責でもなかった。
あのルイズのままの心だった。それが少年に、さらなる力を与えてゆく。

「ああ、見切った!!」

懐かしくも頼もしい語気だった。
虚無の狂王が吼える。

「まだだ!!ワシの魔法は……。ワシの想いの力は、貴様の武になど遅れはせぬ!!」

虚無の女神が、高らかに宣告する。

「終わりよ!!よりにもよって妄想でサイトに対抗しようなんて、物理的な自殺と変わらないわ!!」

「ぬかせ!!行くぞ小僧!!」

激情で増幅したジョゼフの魔力が、目に見えるほど色濃く沸き立った。
天変地異に匹敵する魔力が、虚無の加速に注ぎ込まれてゆく。

「決着だ!!ジョゼフ!!」

サイトは、右手にデルフリンガー、左手に杖を構えた。
二つの世界、二つの天を知る男が最後に取った型は、二天一流。杖と刀の二刀流だった。
杖から『漢』の巨大なブレイドが伸びる。

続いて、どのような剣合があったのか。それは余人の知るところではない。
再び両者の姿がかすみ去り、次の瞬間、場に居た者らはただ、決着を知るのみだった。
地に膝するジョゼフを、サイトが悠然と見下ろしている。

「なぜ……。なぜトドメをささぬ!!毒まで使ったこのワシが憎くないのか?!」

「さてな。そこんとこなんだが、実は俺にもよく分からん」

「な、なに……?」

「だが、貴様の狂気と野心に燃える瞳の奥にあったのは、例えようのない哀しみだ」
 
「哀しみだと?バカな!!ワシは、それをこそ追い求めてきたのだぞ!!このワシが、既に哀しんでいるというのか!!」

「ああ。闘っているうちに、オレにはそれが見えてきた」

「なぶる気か……!!殺せ!!貴様に分かるか?!夢も希望も、いいや、哀しみすら感じることの出来ぬ絶望が!!
 永遠に幸福から突き放され続ける、この苦しみしみが!!」

「じゃかあしい!!お前は貴族だろうが!!俺がどれだけ変わろうと追わずにいれなかった、アイツと同じ貴族だろうが!!
 夢だ?!希望だ?!オメェも貴族なら、んなモン平民にでもまかせとけ!!オメェも男なら、幸せなんざ女子供にまかせとけ!!」

サイトのその言葉は、彼が、初めてルイズの貴族性を肯定したものでもあった。
かつて訪れたハルケギニアで、多くの貴族がどれだけ腐敗しようと、ルイズは本物の貴族であり続けようとしていた。
だからこそサイトも、世の男がどれだけ堕落しようと、本物の男であり続けようとしたのだ。

少年から放たれる真実の想いが、ジョゼフになみなみと注ぎ込まれてゆく。
それは、死闘を共にした者だけが分かち合える、真の友情であった。

狂王は知った。
誇りという感情が実在することを。
信念と呼ばれるものが、軽薄な空想ではないことを。

「ほ、本当に貴様のような男がいたとは……。この勝負、技のみならず心においても、ワシの完敗だ……」

目の前の少年は、確かに微笑んでいた。
あれほどの戦いの後にあって、ただただ暖かな笑顔だった。
狂王の心が、求め続けていた答えに満たされてゆく。

この世界には、認めざるを得ない本物がいるのだ――――

今なら分かる。兄も、本物だったのだ――――

と、その時。
サイトの背中に向け、一条の矢が放たれた。
ガリア軍の中に、王の敗北を認められぬものがいたのだ。

「のけい!!」

ジョゼフがサイトの体を突き倒した。

そして次にサイトが見たものは、自らの身を盾とし、サイトの命を救ったジョゼフであった。
その矢は、確かにジョゼフの心臓をつらぬいていた。

「ジョゼフ!!なぜ……!!」

「フッ。男が……男のために命を捨てる時は……ただ一つ……。その漢気に……惚れた時だ……」

「ジョゼフ……!!」

「感謝するぞサイト……。このジョゼフ、お主ほどの英傑と最後に戦えたことを、誇りに思う……」

「いいや、まだだ。貴様を、流れ矢なぞで死なすわけにはいかん」

サイトはそう言うとデルフリンガーを抜刀し、それを、苦悶にあえぐジョゼフへと向けた。
ジョゼフは、この世に生を受けて以来、最高の充足を感じた。

デルフリンガーが、ジョゼフの胸元に突き立てられた。
その切っ先が、猛烈な勢いでジョゼフの胸の矢尻を打ち叩いた。
矢が、ジョゼフの背中から突き抜けてゆく。

「心臓の平滑筋が開くよりも早く矢を打ち抜いた。これでもう出血は止まるだろう」

サイトはそう言うと、ジョゼフに背を向け、双月を背負う白亜のアルビオン城へと歩き初めた。
波打つ芝が風の形をあらわにし、輝く陽光は、サイトの心を模するかのようだ。

「な、なんという男だ……!!貴様という奴は……!!」

顛末を見守っていたガリア軍に、戦意の残って居ようはずもなかった。
その少年は、ガリア6000年の歴史を救ったのだから。

「ジョゼフ王!!」

シェフィールドが駆け寄り、主の体を抱き起す。
ジョゼフの顔に、奇跡のしるしが流れていた。

「王よ……。それは……」

「こ、これは……。まさかワシが……」

涙だった。
どれだけ渇望しても哀しむにあたわず、二度と泣けぬはずだったその眼が、歓喜の涙を流していた。

「そうか……。ワシに欠けていたのは、哀しみ以前のものだったのだな……」

「ああ……!!」

ジョゼフの穏やかな表情を見て、シェフィールドの眼にも輝くものがあふれた。

アルビオン城から、和平交渉を望む照明弾が打ち上げられた。
ジョゼフが右手を天にかかげると、それを合図に、ガリア軍からも、交渉要請受理を示す空砲が返された。

語り継がれるべき一騎打ちが、国々の命運を変えたのだ。
そこにはまさしく、叙事詩が謳うに変わらぬ英雄の世界があった。

軽快に芝を踏みしだく音がする。
ルイズのものだ。

ジョゼフはその光景を、おろそかにしてはならぬとかみ締めた。
シェフィールドのヒザに頭をあずけたまま、揺れる緑とシロツメクサの先に眺めた二人を、記憶の儚さに飲ませてはならぬと念じた。

少女が、少年に駆けてゆく。
その声は、全ての美に勝る真実だった。
恐らくそれを耳にしたのだろう。少年は足を止め、風を味わうように居つくす。

アルビオンの速雲が泳ぐに従って、その隙からさす光が世界を流れてゆく。
緑の山々が、薫る硝煙と大地が、消え行く闘争の予感が、洸々と二人を包む。

そして、
涙を流しながら駆け寄るルイズの喉元に、
少年の剣が突きつけられた。

「サ、サイト……?」

「貴族……?漢……?くだらないっつーの……」

少年の口から、疲れ果てたような声が漏れた。
ルイズを見るその眼は、凄まじい憎悪の念に燃えていた。

「気合だとか覚悟だとか、随分気安く唱えてくれるけど……」

それは『サイト』ではなかった。
封印したはずの、魔剣の人格だった。

「デ、デルフリンガー……」

「この体で、ずっと感じていたよ。そしてようやく分かった。
 ねえ、『ルイズ』。私は最初、あなたが『あの人』の生まれ変わりだと思った。私と『あの人』、今度は逆に、私があの人の為に死ねるんだと思った。
 だから大人しく封印されていた。でも、やっぱりあなたは『この体』の相手……」

「何を言ってるの……?サイトを返して……」

「この変わり果てた世界で、はるけき世界の貴方達が再開できたのは、とほうもない運命だと思う。私は、それを祝福したいんだと思う。
 でも、私だって『あの人』を忘れられない。なんで私には、虚無の祝福が降りない?
 なんで私だけが『あの人』と再会できない?私の想いが……あなたたちに劣っているとでも?!」

「デルフ……あなたはまさか……」

「……いいえ、今はそんなことはどうでもいいんだろうね。悪いけど、この体は私のもの。奴らと戦うには、この体が必要」

「ま、待って!!デルフ!!」

ルイズの言葉を待たず、デルフリンガーはその能力を開放した。
どこへとも計りえぬほどの速度で、大剣を背負った少年は、いずこかへと消えうせた。











~~~~~~~~~~~~~エレオノールの日記~~~~~~~~~~~~~~

私の妹は、何か途方もない、計り知れぬ運命に巻き込まれてしまったらしい。
その流れは誰にも止められず、多くの命を巻き込んでゆくのだろう。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

窓の外から、若く朗らかな声が聞こえた。

「カトレアズ・ブート・キャンプへようこそ!!さあ、みんな一緒にサイドキックから!!」

見なくても分かる。
私の妹が、充血した肢体を躍動させているのだろう。
絞った雑巾のように高密度なその肉体を。

輝き飛散する汗は、青春という会場のパーティードレス。
肉体のきしみは、社会という水圧を力強く掻き分け、疲れなど知らぬようにグングン泳ぎ続ける。

「ヤギさんも!!クマさんも!!ツグミさんも!!なりふり構わずやるのよ!!」

この違和感はなんだろう。
まるで認識という様式に、無常な数式をおさめてしまったような。
まるで『りぼん』や『なかよし』に、『ナニワ金融道』を連載してしまったような。

私は、恐ろしい。
気がつけば、つられて『ワンモアセッ!!』しているこの肉体が、何より恐ろしい。

「ほら!!ビンビン効いているのが分かるでしょう?!」

分かる。


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