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[37993] 人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。 完結(進撃の巨人×波打際のむろみさん+α)
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/10/04 23:04
 まえがき。
 進撃の巨人と波打際のむろみさんのクロスオーバーです。
 壁の向こうが海になってしまって暇になった兵団。つられる人魚。そこから始まるハートフルストーリー。
 進撃舞台でノリはむろみさんベース。ほんのり人類は衰退しました。要素も入ってます。
 博多弁はふわっとしてるのでその辺の突っ込みは勘弁してもらえると嬉しいです。


 オリジナルが停滞してしまったので現在ハマり中の両作品をミックスする試みをしております。

 pixiv・hamelnにも同内容の話を投稿しております。


 八月六日

 博多弁のはずが関西弁になってたんだぜ!!
 指摘してくださった方、ありがとうございました。
 似非博多弁になるのは勘弁してほしいのですが、流石に関西弁になってるのはちょっと自分でも許せないので……。

 九月二十日

 アニメの方でエルド氏に恋人っぽい人が居たことが発覚しましたが、このお話では居ない、もしくは平和な日常が続いて別れたと思って下さい。



[37993] 104期生とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/07/04 22:11



 ある日突然ウォールローゼの外が海になっていた。


 朝日が昇り見張りの駐屯兵団の者が壁の下を見下ろすと巨人の姿はどこにもなく、あたりは一面大海原になっていたらしい。

 突如として壁外が海になってしまったことに軍の上層部は大わらわ。壁内にはすぐに箝口令が敷かれたが、それも『無限の塩』という宝の山を前にしては無いも同然であった。

 二日と経たぬ間に海の存在は壁内中に知れ渡り、神聖なはずの壁の上には海水の汲み上げ機が設置され、塩の生産、販売を画策する商人とここらで便乗して儲けようとする駐屯兵団の兵士が何事かを囁き交わす姿が茶飯事となっていた。

 むろん壁外が海になったことはエレンたち104期生の耳にも届くこととなり、彼らも他の兵士と同様暇を見つけては何かと口実をつけて壁の上に登っていた。

「これが海……」

「まさか、壁の中に居ながら海が見られるなんて……」

「エレン、あんまり前に出ると危ない」

 壁のギリギリから身を乗り出したエレンの服をミカサが引っ張って戻す。

「なんだよ。簡単に落ちねぇから大丈夫だよ」

 むぅと不機嫌を露わにして見せるも、ミカサは表情をまるで変えない。

「危ないことをするエレンが悪い」

 見たことも無い白い鳥が、みゃあみゃあと猫のような鳴き声を上げてアルミンたちの頭上を駆け抜ける。

 目の前にはどこまでも続く大海原。空は突き抜けるような青い空。

「何か、変な感じだね」

 人類は相変わらず壁の中だが、敵であった巨人が見えないこの状況はどう表現していい物か。それは、誰にも解らなかった。



 ☆     ☆    ☆



 とりあえず壁外が海になってしまったのはもう覆しようがない。

 ならば人類は何をすべきかというと、このまま壁の中に引きこもっているか、壁から出て海の調査をするかであった。

『巨人が居ないのならば何も臆することは無い。早急に船を造り辺りを探査すべきでしょう』

 という意見があれば

『いやいや、まだどんな状況なのかもわからん。あの巨人たちの事だから水底でじっとこちらを窺っているかもしれん』

 という意見もあり、その他資金の問題や海上活動のノウハウの欠落等の問題も山積みで上層部の意見はしばらく纏まりそうにないだろう。

 上層部の難しい問題はここではさておき、エレンたち訓練兵104期生は何をしているかというと、

「おいエレン、これは何つー魚なんだ?」

「し、しらねぇよ。俺に聞くな。そうだ、アルミンなら知ってるんじゃないか?」

「え!? 僕だって何でも知ってるってわけじゃ……」

「とりあえず、普通の魚じゃないのは確か」

 食糧確保の名目で釣りをしていたエレン達が釣り上げたのは下半身が魚の少女だった。

「ひだるかったけん美味しそうなミミズが目の前に垂らされて。つい食らいてもうたっちゃ」

 釣り針を口から引っこ抜くと、尾びれで器用に立ち上がった少女は可愛くポーズを決めてみせる。

「アタシむろみ。よろしゅうね! あんたたちの名前は? あ、ウロコいる?」

 満面の笑顔でフレンドリーに挨拶されては敵意も湧きようがない。ジャン、エレン、ミカサ、アルミンの四人は軽く目くばせすると、相手の真意はさておきこの奇妙な魚少女と交流することにした。



 ☆  ☆  ☆



「ふぅん。つまり朝起きたら突然壁の外が海になっとったと?」

「そうなんだよ。ちょっと前まではこの辺りは巨人がウヨウヨ居たってのに、いつの間にか消えてたんだよな。むろみさん何かこうなった原因とか知らないか?」

「うーん、アタシもこの辺りはあんまり来んけんな。んでもここにこんな壁は無かった気ぃもするし、確かに最近人間さんが居なくなっちょるなぁ~とは思ってたとよ」

 むしゃむしゃと釣り餌のミミズを勝手に食べながらむろみさんはぼやく。

「なんや皆でどっかに引っ越したんかなーとは思ってんけど、まさか人間さんにもガチ天敵が出来よるとは思いもよらんかったい」

「ってことは、巨人の事は知らなかったってこと?」

「まぁ、変なのは一杯おるけど、そんな危ないのが海におったらまずリヴァイアさんが黙っとらなかろしね」

「おい、あんまりミミズ食うなよ。釣り餌が無くなるだろ」

「いいやんジャンー。あんまこすいこと言わんと」

「そうだぞ。ミミズくらい良いだろうが。それよりジャンは壁外が海になった原因よりミミズの方が大事なのか?」

「や、別にそういうわけじゃねぇけどよ」

「ああん、エレン君太っ腹ー」

 むろみさんがエレンにしなだれかかった瞬間、ひゅっ、とミカサの周囲の空気が重たくなった。隣に居たアルミンはすぐに空気を察して話題を変える。

「えぇと、それってつまりこの先にあるウォールマリアより向こうから来たってことだよね!? ここより先にでっかい壁があったでしょ? あれをウォールマリアって僕たちは呼んでるんだけど」

 世界の壁は外側からウォールマリア、ウォールローゼ、ウォールシーナの三層構造だ。五年ほど前に人類はマリアからローゼに後退したのだが、壁の跡は残っているにはずだった。

 ところがだ

「壁ぇ~? そんなん見んかったとよ」

 アルミンがすべてを言い切る前に、頭にクエスチョンマークを浮かべるむろみさんに四人が再度顔を突き合わせた。

「おい、どういうことだ?」

「俺に聞くなよ。なぁ、アルミンは解るか?」

「いや、僕に聞かれても……」

「ウォールマリアが完全に破壊された?」

「いや、それは無いはずだよ。いくら巨人でもあの壁を完全に破壊するのは無理だと思う」

「つまり、この壁とその内側だけ海にテレポーテーションしたってことっちゃね」

 四人の隙間にむろみさんが無理やり入ってしたり顔をする。

「はぁ!? なんだそりゃ!?」

「つまり、ここは壁の内側でありながら壁の外側ってこと!?」

「おおおい、アルミン、何かややこしくてついて行けねぇぞ」

「そういうことってあるの?」

「まぁ世界は不思議が満ちてるけん。あたしは解らんけど巨人もおるみたいやしそう言うことがあっても不思議じゃなかとね」

 軽く言うむろみさんに、最初に立ち上がったのはエレンだった。冒険心冷めやらぬ様子でむろみさんを期待に満ちたまなざしで見る。

「な、なんかすげぇなそういうの!! なぁむろみさん、俺を海の向こうに連れてってくれよ!!」

「エレン、危険な事をするのはいくない」

「ミカサはちょっと黙ってろよ! なぁ良いだろう!? 俺は壁の向こうが見たいんだ!」

「うぅん。連れてってやりたいのはヤマヤマやけどね」

「なんだよ、何か問題があるのか?」

 言葉を濁すむろみさんに、エレンが更に詰め寄る。

「見ればわかると」

 むろみさんは不意にその辺に捨てられて天日干しになったヒトデを拾い上げるとエレンの体に擦りつけた。

 ゴシゴシゴシと念入りに匂いを擦りつけると、ぽーいと波間に捨てた瞬間。


 ぞばあぁぁぁぁぁぁぁん


 十五メートル級の人面魚が深海から現れると、真下からヒトデを飲み込んだ。

「さっきからあんなんが人間さんば狙っとるみたいやけん。目ぇは悪いみたいっけど、嗅覚がヤバいやね。なんぼ海が弱肉強食とはいえ知り合いが食われるのはアタシとしても心が痛いというか……」

「おい、見たか?」

「あぁ、見た」

「というか、見たままだよね」


 そして人類は再び恐怖を思い出した。



「あれは魚型の巨人」






[37993] 兵長とイルカさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/07/28 17:56
 人類が海に囲まれてしまって一週間。

「いやはや、まさか壁外が魚型の巨人に囲まれているとは思わなかったよ」

 壁の端際を歩きながら分隊長ハンジ・ゾエは後ろを振り返る。後からは三歩ほど遅れて不機嫌な顔をしたリヴァイがついてきていた。

「おまけに見える範囲に陸は無く、かといって周囲の水圧で壁が潰れることも無くおまけに川からの逆流も無いなんてホントに理由がさっぱりわからねー!!」

「おい、そんな端を歩くな。落ちるぞクソメガネ」

「大丈夫だいじょうぶ。そんなヘマはしないよ」

 壁外の陸地が海になってしまったことにより、調査兵団はどうしようもなく暇を持て余していた。調査しようにも海の存在そのものを知る人物が殆どおらず、文献の類も殆どが異端としてどこかに収容もしくは焚書されてしまっている。


 海の中には巨人にとって代わって魚型の巨人……いわゆる巨人面魚がウヨウヨと泳ぎ回っているうえに、おまけに海中では馬も立体起動も殆ど役に立たないありさまだ。

 巨人以上に解らないことが多すぎる上、余りにも危険すぎるという理由で壁外の調査は無期延期。ひとまず待機命令を下された調査兵団の行動は地道に訓練をするか海を見に来ているかの行動が大半を占めていた。

「チッ、せめて奴らが海面に出てきやがればどうにかなるんだがな」

 リヴァイが海を見下ろすと、底の見えない薄暗い青がどこまでも続いている。波間には小さな魚影がところどころに写っているが、肝心の巨大人面魚の姿は見えなかった。

「でもまぁ魚だからね。壁の中にはほぼ入ってこれない。例え入ってきても陸上活動が出来ないのが救いと言えば救いなのかもしれないね」

 調査兵団としてはしばらく動けそうにない事はエルヴィンからも聞いている。それ自体は仕方がない。ただ、酷く物足りなかった。仲間を殺した巨人をこの手で殺せない事も胸糞悪いが、なによりこの海に囲まれた世界がまるで籠か生簀の中に押し込められているようで息苦しい。

「俺達はこんなところでブラブラしてる暇はねぇように思うんだが」

「そんなこと言ったって仕方ないだろ。まずは陸上から出来ることをするのが先決。それに見たことも無い形の巨人が居るんだよ。わくわくするじゃないか!」

 ハンジに向かって愚痴を言ったり舌打ちしたりしながら歩いていると、海面でキュイキュイと聞きなれない音が聞こえた。

 見れば、知った顔が壁から身を乗り出してキャアキャアと楽しそうにはしゃいでいる姿がある。

「なんだあれは」

「さぁ? 海の生き物なんて巨人以上にさっぱり解らないよ」

「奴らはバンドウイルカ。もしくはハンドウイルカ。いけすかねぇハクジラ亜目マイルカ科ったい」

 後ろに現れた人外の気配にいち早く対応したリヴァイがほぼ反射的に間合いを取り腰の刃を抜き放つ。

「ちょちょちょ、やめったい話せばわかるとよ!!」

「リヴァイ、彼女は敵じゃないよ。報告にあった人魚さんじゃないか」
「……紛らわしい」

 舌打ちをしながら刃を収めるリヴァイに、むろみさんは額の汗をぬぐう。

「もうちっとで刺身にされるところやったい」

「あ、兵長ー!! ハンジ分隊長ー! 見てくださいこの子たちすっごく可愛いんですよ!!」

 こちらに気づいたペトラが手を振って二人を呼ぶ。その間にイルカと呼ばれた生き物は笑うような声を上げてその場で大きくジャンプして見せると、おお、と衆目からの感嘆の声が上がった。同時に誰かがイワシの切り身を投げ入れると、イルカは上手に口でキャッチする。

「おお、凄いねぇ。飼いならされても居ないのに」

「三日くらい前に魚釣りしてたらこの子たちが来たんです! 釣ったお魚の頭とか切り身を分けてあげてたらすっかり懐いちゃったみたいで……」

 ハンジもリヴァイもイルカの行動に関心を示す中、一人だけむろみさんが大きく舌打ちした。

「奴ら、エサが貰えりゃ誰にでも媚びると。これだから水棲哺乳類風情は好かん。あんたら野生のプライドってもんが無いんかい!」

 海に向かって罵倒すると、イルカはあからさまにそっぽを向いた。

「くぉらー!! 無視すんな!!」

「ちょ、むろみさんこの子たちと仲悪いんですか?」

「出来ることなら顔も見たくないっと!」

 ぶんすか頬を膨らませるむろみさん。その時、イルカをじーーーーーーっと見つめていたリヴァイがおもむろに彼女の肩を叩いた。

「おい」

「なに!?」

「あいつら泳ぎは早いのか?」

「うん? まぁ、アタシよりは遅いけど海中の人面魚よりかは早かとね」

「そうか……」

 海面のイルカどもを見つめてぼやくリヴァイの横顔を見て、ハンジは「あ、これは何か変な事考えてるな」と思った。




 翌日。




 海中からせり上がる巨大な魚影。

 人の顔を持つ巨大な化け魚が人間の臭いを嗅ぎつけた。深海の奥深くから大量の水を飲み込みながら海面に牙を剥いたその瞬間、獲物はひらりと身を躱し海を走る。

「チッ、上に引きずり出しても海面からの攻撃は難しいか」

 攻撃に失敗した巨人面魚はすぐに海の中に身を隠す。

「おい、次が来るぞ。食われたくなきゃ死ぬ気で避けろ」

「キュ……キュイ!」

「兵長すごい!!」

「リヴァイ、それすっごい最高だよ!!」

「兵長ー! 危ないですからそろそろ帰ってきてくださいよ!!」

 イルカに乗ったリヴァイは襲い来る巨人面魚の猛攻をかいくぐりながらニシンの切り身を放り投げる。器用に空中でキャッチしたイルカは、乗り手の要望に応えるように高みを目指し、大きく弧を描くように海上をジャンプした。

「悪くない」

 ゲラゲラ笑うハンジと純粋に応援するペトラ。足の筋力だけでイルカの背にしがみついているリヴァイは口の端で笑った。

「ぐぎぎぎぎ、どいつもこいつも、あんな水棲哺乳類のどこがええったい!!」

 新たな可能性を見出した調査兵団は目を輝かせ、そしてむろみさんは岩陰で頭を抱えていた。





 人類は未だ壁の中。






[37993] 捕食者とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/07/07 22:52


 サシャ・ブラウスは知ってしまった。

 釣れたての魚の美味しさを。

 七輪で網焼きをしてさらっと塩を振った焼きサバの香ばしさをを。

「サバ焼けとー。これも食い」

「うぅ、ありがとうございますぅ! あとさっきは噛みついてホントすみませんでした」

「気にせんとよ。生き物みんなひだるぅ時は必死になるもんたい」

「すみませんすみません。とても美味しそうな下半身だったものでつい」

 サシャがむろみさんに会ったのはつい先ほどだ。

 腹を空かせたサシャが食べ物を求めて壁の上までたどり着いたとき、そこには七輪でサバを焼いている最中のむろみさんがいた。

 ちなみにサシャとむろみさんは初対面である。普通なら驚くところだが、余りにお腹が空きすぎていたサシャは「お魚ぁぁぁ!!」の奇声と共に少女の尾びれに噛みついた。

 しかしそこは普段から鳥や猫に襲われ慣れているむろみさん。一進一退の攻防の末、辛勝を得たのはむろみさんの方だっただった。

「しっかしサシャちゃんってば身のこなしがホントの獣みたいやね。流石のアタシもとうとう食われるかと思ったと」

「一応狩猟民族ですからね。身のこなしには自信があるんですけど、ゴハンは軍の配給だけじゃとてもおっつかないんですよ。だから女神に貰った分のパンをとっといたり、夜中に食糧庫にこっそり忍び込んだりしてたんですけど、最近食糧庫の鍵が新しくなっちゃって簡単に食糧にありつけず」

「それで捕食者みたいな目になってたとね」

 焼きサバをフォークでつつきながら涙ながらに語るサシャの言葉をむろみさんは隣で聞いている。

「だから毎日毎日お腹が空いて……ところで、むろみさんは普段何を食べてるんですか?」

「アタシ? アタシはまぁ普通やないかなぁ? 小魚とか? でもゴカイとかミミズとかの虫も結構うまかとよ……ってなんねその顔は」

「ミミズってそんなにおいしいんですか?」

 サシャはうわぁ、という顔を露骨にしながらも聞くと、むろみさんは唸った。

「んー……まぁ人それぞれなんちゃうん? 仲間内じゃコンブば主食にしてる子もおるし、アタシら基本何でも食べるし。あ、でも昔の人間さんもイナゴとかバッタとかハチノコとか食べてたけん。頑張れば虫もイケるんとちゃうん?」

「ふーむ。そんなもんですかねぇ」

 最後に残ったサバの皮を口に放りながらサシャは考え込んだ。

「土中でそだってるけん。兵舎の周辺なら工場も無いし天然の虫さんも美味しいんとちゃう? 前にジャンがくれたミミズはちかっぱ美味かったけん」

 またくれんかなーとホクホク顔をしているむろみさんを見てサシャは喉を鳴らした。




 ☆  ☆  ☆



 翌日、訓練中。

「教官!! 大変です!!」

「どうした! コニー・スプリンガー!」

「サシャ・ブラウスが突然倒れました!!」

「どうしたサシャ・ブラウス訓練兵!! 誰か解るものは居るか!?」

「はっ!! 先ほど兵舎の裏でミミズを食べていたのを見かけました!! おそらくそのせいかと判断します!!」

「何故そんなものを食べようとした!? ……まぁいい誰か、医務室に運んでやれ! 残りの者は訓練に戻るように!!」




  ☆   ☆   ☆




「という訳で、酷い目にあいましたよ」

 焼いたニシンを食べながらサシャが昨今あった出来事の顛末をむろみさんに話すと、彼女は苦笑いをした。

「あー、そりゃあ、生で食べたらいかんとよ。人間さん胃腸が弱いけん火ぃば通さんと」

「そういうもんですかねぇ」

「そうたい。アタシら魚類と違て人間さんは調理せな食えんもんも多いっちゃろ? フグとか」

「フグってのは知りませんけど、まぁ、確かにむろみさんと比べたらそうかもしれませんね。……でも私はやっぱりお肉とかパンとかお魚の方がいいです。あんな体の構造がはっきりしてない生き物は美味しくありません」

「んじゃ、この体の構造がよー解らんカニとウニは要らんね?」

「あぁ! ダメですそれは食べてみたいです! 美味しい雰囲気がします!!」

 すっと差し出された棘だらけの生き物はグロテスクだがサシャの美食レーダーに反応した。

 火にくべられたウニとカニはすぐに美味しそうな匂いを放ち始め、近くで釣った魚で酒盛りをしていた駐屯兵団も招きよせる。

「おお、むろみさんたち、何か美味そうなもん食ってんじゃねぇか。俺たちにも少し分けてくれよ」

 既に赤ら顔の兵士が七輪に手を伸ばすと、むろみさんが軽く叩いた。

「まだ焼けとらんけん。ええけど、代わりにアタシらにもお酒ちょうだーい!」

「お前、訓練兵だろう? なんだむろみさんに人生相談か?」

「えへへ、まぁ、そんな所です」

「俺も相談に乗ってくれよむろみさーん」

「酒くっさ!! ハンネスさんこんな昼間っから飲んでてええの?」

「今日は非番だからいーんだよ!!」

「おい、これ焼けてるよな。よっしゃ食うぞ! 訓練兵も食え!」

「うほぉっ! 何これ超うまい!!」

「おお訓練兵、良い食いっぷりだな!! 酒もいくか!?」

「良いんですか!?」

「いいのいいの!! 今日は無礼講だぞ!!」

 言いながらサシャに押し付けたコップにドバドバと酒が注ぎこまれた。

 むろみさんから海産物を食べさせてもらい、既にへべれけになりかけた駐屯兵団から酒を貰いうち、段々気持ち良くなってきたサシャはそのうち何が何だか分からなくなってきた。

 貰った魚介類は肉と比べても負けないくらい美味しいし、塩分は酒の肴によく合うし、コップは空になる前に次から次へと酒が注ぎこまれる。

 気が付けば周囲はちょっとした宴会になっていた。



 ☆   ☆   ☆



 おそらくその場で眠ってしまったのだろう。

 翌日、二日酔いの頭を抱えて目覚めると、周囲には酒瓶と魚の骨とカニやらウニやらの殻が飛散していた。それから更に視線を上げると、自分の体を抱いてぷるぷる震えてるむろみさん。よく見ると、鱗がところどころ禿げているのは気のせいか。

 はっ、と口元に手を当てると鱗のような感触がある。


「サシャちゃんのケダモノー!!!」

「えええぇぇ!!?」

 叫びと共に海に飛び込んだむろみさんはバタフライで彼方へ泳いでいく。

 その姿はまるで、捕食者から逃げる魚そのものであった。





[37993] 未知の技術とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/07/10 21:55
 人類が壁の外を海に囲まれてしまう少し前から、壁内では不思議なことが起こり始めていた。

 曰く、首も羽も毟り取られた鶏肉が歩いているのを見かけた。

 曰く、台所に置いていたカブを切ると中から砂糖があふれ出した。

 曰く、戸棚の中に出所不明の缶詰がいつの間にか置いてあった。

 曰く、夜中にトイレに行く途中、家の隅で鼠のような生き物が数匹で集まって流暢な言葉で談笑していた。

 曰く、戸棚にいれて置いたなけなしの砂糖菓子が無くなっていた。

 しかし、幸か不幸かその出来事はどれも噂の域を出ず、物証も無く、そしてあまりにも荒唐無稽な出来事だったせいか人々の話題に上ることがあったとしてもすぐに誰かの見間違いだろうと忘れ去られてしまった。

「何だろう? これ」

 ある日、訓練兵団104期生クリスタ・レンズは兵舎の廊下にカラフルな球が一つ落ちているのに気が付いた。

「何やってんだよ。早くいかねぇとサシャに飯全部食われちまうぜ」

「ねぇユミル、これなんだと思う?」

 隣を歩いていたユミルに拾ったパステルカラーの球を見せると彼女は怪訝そうに眉根を寄せた。

「何だそりゃ。飴玉でもねぇし、誰かがオモチャでも持ってきて落としたんじゃねぇの? それより早く行こうぜ」

 すぐに興味をなくしたのかユミルは球から視線を外すと足早に歩きだした。

「あ、まってよユミル!」

 クリスタは落とし主を見つけたら返すつもりで、とりあえずポケットに球を入れるとユミルの後を追いかけた。




 ☆  ☆  ☆




「この壁の外が海になった原因が解ったと」

 いつも通りに釣り上げられたむろみさんの唐突な発言に、エレン・イェーガーを初めとする常連三人組は目が点になった。

「私らの知り合いにワイズマンっちゅー異星人がおるんやけどね、人魚仲間に聞いてみたら多分そいつの仕業っぽい? らしいんね」

「ちょっと待ってくれよ。誰それ?」

 当たり前に用に話を勧めようとするむろみさんにアルミンが遮るように尋ねる、が。

「ワイズマンはワイズマンたい。アタシらにケータイとか色々機械ば作ってくれる変な奴っちゃね。まぁ、まだ問い詰めてないけん詳しいことは解らんけど、奴の超科学が原因の可能性は無限大やね」

「それって、どんな奴なんだ?」

「見る?」

 聞きたいことはいっぱいあるが、とりあえずエレンが真っ先に聞く。と、むろみさんは髪留めにしていたホタテ貝を一つ外して中からアルバムを取り出した。

「あ、でもアイツ人間さんと関わるの禁止されとるんやったっけ。まー、でももう既に関わっとるから別にええか」

「早く見せてくれよー」

「まぁそうがっつかんと。ほい」

 アイツの自己責任たい等と独り言を言いながら写真を向けると、触角の生えた三つ目の異星人と親しげにしているむろみさんが写っていた。

「化け物じゃねぇか!!」

「ちゃうちゃう! 地球人じゃないけどちゃんとした異星の人間なんよ!」

「つまりやっぱり化け物じゃねぇか!」

「ともあれ、そいつが壁外を海にした張本人ってこと?」

「まぁ、そういうこっちゃね。こうなったらいっぺん皆で押しかけてぼてくりこかして問い詰めんとこっちの気ぃも済まんとね」

「でも、そのワイズマンってどこにいるの?」

 ぼっきぼっきと指を鳴らすむろみさんに、不安そうなアルミンが問いかけた。むろみさんはウムゥと唸る。

「そいやぁ、あいつが不時着したのは別大陸やったとね。皆で行くにも巨人面魚が邪魔やし、ほんなら呼び出すしか無かねー」

「呼び出す……どうやって?」

「それは考えがあるたい」

 アルミンを見ながらむろみさんはにやぁと笑った。





 ☆   ☆   ☆




「アルミン、よく似合ってる。凄くかわいい(棒)」

「なんちゅーあざとい男の娘ったい! こんなところで腐らせておくにはもったいなかね!!」

「お、俺たちだけで見るのは勿体ねーよな。誰か、上手くプロデュースして壁内で流行らせてくんねーかな(棒)」

 以前倉庫で見つけた余興用のウサギ衣装。それを着こんだアルミンことうさミンを囲んで三人で代わる代わるに可愛い可愛い勿体ないを連発する。死んだ目のアルミンは既にどうでも良いらしく遠い目をして『帰りたい』と切実に思っていた。

「アルミンは、私の数万倍はかわいらしい。寝るときに抱き枕にしたい。沢山、グッズが欲しい。そのためには流行らないといけない(棒)」

「ついでに歌とか歌って世界に羽ばたかせたいっちゃね!! 絶対売れるったい!」

「そうだ。あぁマジで流行らせてくれる奴いねぇかな!(棒)」

「わっしょいわっしょい!!」

「わっしょいわっしょい(棒)」

「わっしょいわっしょい(棒)」

「(早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい……)」

「お呼びれすか?」

「捕まえたぁぁぁぁ!!!!」

 地中からボコッと現れたつるつるのメタルボディがわし掴まれる。

「うほっ、良い男の娘。こいつぁ確かにスーパーエクセレントだぜ」

「コイツがワイズマン? 写真と比べて随分小さいけど……」

「そうたい。今は自己改造してすっかりメカニカルになっとるけんな。頭はええけどちょっとアレなんよ」

「失礼な。私は変態では無く、変態と言う名の紳士なのだよ。さ、プロデュースされたいあざと可愛い男の娘というのはキミかな? 私に任せておけばアイドルデビューからスケジュール管理にプライベート監視までまで何でもこなしまっせ」

 むろみさんの手の中でもそもそと動くカニのような金属は覗き込む四人に向かってハサミのような手をぷらぷらと振ると、怖気を感じたアルミンがエレンの後ろにそっと隠れた。見慣れない機械に興味はあれども、歪み無い変態紳士には言い表せない身の危険を感じるのだ。

「壁の外を海にしたのは貴方なの?」

 ずい、と前に出たミカサがワイズマンに問いかける。返答次第によっては削ぐ。そんな尋問官じみた覇気を滲ませているにも関わらず、ワイズマンは飄々とした態度を崩さない。

「はー? 何の話かね?」

「ごまかすっちゃなかと。アンタの超科学でこの辺の海に土地ごと人間さんば持ってきたのはわかっとったい。下手に言い訳すっとぼてくりこかすけん」

「おーうそのことでっか。いやいや、私も流石にこれだけ広大な土地を空間転移させるなんて技術をゼロから生み出すことは出来ませんな。というかそんな発明が出来たらとっくの昔に自分の星に帰ってますがな」

 ワイズマンはメタルボディのハサミをカチカチと鳴らして弁明する。

「んんん? つまりこの超科学的事件はアンタのせいじゃなかと?」

 両手でワイズマンを握りながらむろみさんが首をかしげると、ワイズマンは両手を上げてシャキーンと肯定のような音を出した。

「私の昨今の観測から察しまするに、ここいら一体に起こったという不思議現象というのは世界的イレギュラーによる時空干渉がそのそもの原因と思われますな」

「どういうこと?」

「何かよくわかんねーよ。もっと解りやすく」

 話についていけないエレンとミカサが首をかしげるとワイズマンは考え込むように鋏を顎のような部分にあてる。

「つまり、早い話が未知の世界から来たよく解らんもんのせいという奴でんな。物理法則なんて無視するスゲー奴。異星人でもUMAでもない、正真正銘異世界からの来訪者がもたらした超科学を超えた未知の技術としか言えまへん」

「何かわかんねーけど変な奴が来たせいってことだな?」

「然り」

「その来訪者はどこにいるの?」

「不思議なことにこのメタルなボディじゃ感知できんのですわ。しかぁし私の観測結果とゴーストが来訪者はきっと居るとさ・さ・や・い・い・て・い・る!!」

 ズビシっと天を指さすワイズマン。

 何だかよく解らないが、とにかくこの事象はこのメタリックガニの仕業ではないらしいことは解った。

「つまりアンタのせいではないとね。疑って悪かと」

「あぁ、俺たちも疑って悪かったよ」

 口々に謝るエレン達にワイズマンは首を振る。

「いやいやいや、気にしてないよ。こういうことは誰にでもあるからね」

「ワイズマン……」

「僕、ワイズマンさんのこと誤解してたのかも……」

 寛容なワイズマンの口調にちょっぴり感動しかけた四人組。


「まぁ、その来訪者の作り出した時空転移システムをちょーっと応用して異星間ワープ装置を作ろうとしてたらうっかり暴走してここら一帯の土地がこんなところに飛んだけど、それはただの事故だからね」


「やっぱりアンタのせいやないかい!!」

「ノンノンノン。私の技術では無いからセーフセーフあれは解析に骨が折れそうだ。だがぁ、それより今、私は後ろに居る男の娘に興味があるなぁ」

 ギリギリと締め付けていた手からぬるんと逃れたワイズマンは着地すると、ハァハァしながら六本の足でアルミンににじり寄る。

「はぁ、はぁ、お兄さんに任せておけば手取り足取り耳取りで歴史上最高のナンバァワンアイドルにしてあげるよぉ。グラビアもすっごい美人に撮ってあげるよぉ」

「こ、怖い!! 何か巨人と違う意味でこの人怖い!!」

 アルミンが後ずさりした瞬間、ワイズマンが真っ二つに裂けた。

 超硬質ブレードを軽い音を立てて仕舞ったミカサはエレンとアルミンを振り返る。





「とりあえず、今日はもう帰りましょう」





 ☆   ☆   ☆



「来訪者ってどんな奴なんだろうな」

「とりあえず、巨人より小さいのは確か」

「来訪者は気になるけど、もう僕はあの人とは関わりたくないよ……」

「大丈夫。もう破壊しておいたから」

「いんや、あれはコピーやけん。後で本体ボテクリこかしちゃあ」

 四人はそんなことを言い会いながらそれぞれの帰る場所に戻って行った。

 しかしその時には誰も知らなかった。

 破壊されたワイズマンには眼球に超光学カメラが搭載されていた。それで盗撮された百数十枚にも及ぶうさミンのデータは瞬時に本体ワイズマンに転送され、そこから瞬時に何百と居るワイズマンコピーへと再転送されたことを。




 壁内で流行らせるべく、紙媒体へ複写された大量のうさミン写真が地下街に出回るまであと数日。









[37993] キース教官と三匹のお魚さん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:6b1b737a
Date: 2013/07/13 22:56

 ※ ガラパゴスバットフィッシュは原作に出てくる魚です。
 ※ シーラカンスは無理矢理水揚げされました。





 キース・シャーディス教官はほとほと困り果てていた。

 彼は一教官として、今まで数々の訓練兵を育て上げてきた。もちろん途中で脱落する者もいたし、死んでしまう者もいた。それでも彼は命がけの訓練を無事に乗り越えられるよう、来るべき実践が来ても死なずに戦地から帰ってこれるよう、教官として訓練兵を決して見放さなかった。

 しかし、今回ばかりはほとほと参ってしまった。彼が現在受け持つ訓練兵団104期生も相当アクの強いメンバーだが、こいつらに比べればはるかにマシなんじゃないかと思った。

『……(ぴろっ)』

『仕事が無い……仕事が無い……』

『恐い……怖い……地上が恐い……』

 壁の上。彼の目の前に居るのは、三匹の魚であった。名をガラパゴスバットフィッシュ、リュウグウノツカイ、シーラカンスと言うらしい。

 もう一度言うが、どこからどう見ても魚である。何故陸上でも平気なのか解らないが、彼は考えることを放棄した。ついでにむろみさんから貰った『魚の声が解る機械』という物が耳に入っていることも忘れることにした。

「あー……本日かぎり、むろみ嬢から貴様らの特別訓練を承ったキース・シャーディスである。一日限りの訓練だからと言って容赦はせん。総員、心臓を捧げよ!!」

『……怖い、恐い……光が怖い……』

 シーラカンスを除いた二匹が右の胸ビレを上げた。おそらく、心臓を捧げる敬礼……だと思う。

 魚の心臓がどこにあるのかキースは全く知らないが、最低限の事はあらかじめむろみさんが教えておいてくれたらしい。

「訓練兵、敬礼の仕方は教わっているな!? 何故しない!?」

『恐い……怖い……団体行動が恐い……』

 キースに問い詰められたシーラカンスは白目をむいてぶるぶる震えた後、その場にペチャっと音を立てて倒れた。

「どうした!? シーラカンス訓練兵!?」

『……死んでいるんじゃ?』

 ピクリとも動かないシーラカンスを見下ろしながらリュウグウノツカイが隣でもそっと言うが、そんなはずは無い。死んでいるなら、もう少し前に酸欠で死んでいるはずだからだ。

 キースは教官として目いっぱいに海水を入れた樽の水槽にそっとシーラカンスを入れてやる。そして上からふわっと黒い布を被せた。

『怖い……恐い……』

 耳を澄ませば樽の奥から響く細い声。暗い所に入ったおかげで多少安心したのか、シーラカンスが目覚めたようだった。

「あー……場が削がれたが、続けるぞ。まずは貴様は何者だ!!」

 気を取り直して三角形のおっさんみたいな魚。ガラパゴスバットフィッシュの前に立ち、いつかの訓練初日のように怒鳴りつけた。

『…………(ぴろっ)』

「どうした、口が無いのか!? 名を名乗れと言ったのだ!!」

『…………(ぴろっ)』

「貴様、馬鹿にしているのか!?」

 黙りつづけるガラパゴスバットフィッシュに痺れを切らしかけた時、バットフィッシュはキースに背を向けた。そのままのたのたと歩き、ポチャッと音を立てて海へ帰ってしまった。

『…………』

「…………。まぁ良い。では次、貴様は何者だ!!」

 気を取り直してやたらとひょろ長い魚に向き直る。魚の癖に絶えず汗をかいているように見えるのは気のせいか。

『リュウグウノツカイと申します!』

「貴様は何故ここに来た!?」

『先日回遊魚の交通整理をクビになりまして、職探しをするうちにむろみさんからここを紹介されました』

「よし、貴様は一生就職出来んまま過ごせ!!」

『ひどい!! やる気は、やる気はあるんです!! だから仕事を下さい!』

「うるさいうっとおしい纏わりつくな!!」

 やたらとひょろ長い体に巻きつかれると、生臭くて仕方がない。人間との対応の違いにペースを崩されながら振り解くと、やがてポツポツと雨が降ってきた。先ほどまではあんなに晴れていたのに。

『出来ることはあるんです! 陸地に上がると雨が降るんです!! なので地上に仕事を下さい!! 特性を生かせる仕事を下さい!!』

 段々、目頭が熱くなってきた。

 初日に兵としてまっさらな状態にするとかしないとか、落ち込むとか落ち込ませるとか、目の前の魚類はそんなレベルじゃないことに、ようやくキース教官は気が付いた。




 ☆   ☆   ☆




 こんなことなら安請け合いするんじゃなかったとキース・シャーディスは激しく後悔した。

 最近兵士たちと妙に仲が良いむろみさんに「どーしてもどーしてものお願いやけん!! アタシはキーやんが一番合ってると思うたい。お礼ばするし、一日で良いから奴らにエレン君たちみたいな訓練つけてほしいと!!」と頼まれた。

 本当は断っても良かったのだが、壁外を自由に移動できる貴重な存在の頼みを無下にするわけにもいかないと思ったのだ。その時は。

「きちんと胴を上げんか!!」

『これ以上は無理ですよぉ』

「そんな事で地上に就職先が見つかると思うのか!?」

『あぁ、恐い……スパルタ恐い……』

「貴様は黙っとれ!!」

 雨が降りしきる中で雨具を羽織ったキースは教官としてリュウグウノツカイを訓練していた。具体的には尾びれを掴んで腹筋の真似事のようなことをさせている。ちなみにシーラカンスはまだ樽の中だ。

 びったんびったんと横向きに腹筋(?)するリュウグウノツカイ。

 雨を呼ぶ能力があると本人は言っていたが、サラサラと降る程度ならばまだまだ許容範囲内だ。

「よし、これが終わったら次はここから五十メートルは走ってもらうぞ」

『あの、足が無いんですけれど』

「全身を使って跳ねて走れ!! 良いな!! 腹筋あと五十回!」

『はいぃぃぃ!!』


 ざぁぁぁぁぁぁ


「(段々雨が強くなってきたな)」


 ヒュオォォォォォォ


「(風も出てきたな)」


 ビュォォォォォォォ!!!!! どざぁぁぁぁ!!



『教官!! 私、鯉のぼりに就職出来そうな気がします!!』

「バカもの!! 妙な事言ってる場合か!!」

 横殴りの大雨に足がもたつくほどの強風。所により雷まで光っている。

 尾を掴まれたリュウグウノツカイは強風により空に舞い上がり、もはや腹筋どころでは無くなった。キースはやっとの思いで空にたなびくリュウグウノツカイ訓練兵を掴んでいたが、とうとう水に濡れたウロコが手からつるりと滑った。

「あっ!」

 ポチャっとリュウグウノツカイが海に戻ると、途端に雨風が止んで天空より暖かな太陽の光が差し込んだ。

 海から顔を出したリュウグウノツカイと、壁の上のキース教官の目が合う。

「…………」

『…………』

「破門だ!!」

『ひどい!!』




 ☆   ☆   ☆




 夕陽が沈む壁の上にて、最後に残ったのは樽の中に納まったシーラカンス訓練兵ただ一匹だった。

 地平線のよく見えるその場所で、キース・シャーディスは樽の隣にそっと座った。

『恐い……世界が怖い……』

「そんなに世界が恐いかね」

 そっとシーラカンスに話しかけると、中に居る魚は『未来が恐い』と言った。

キースはため息を着くと、ぼやくように言う。

「私が思うに、君たちに必要なのは『訓練』では無く『カウンセリング』だと思うのだが……」

『恐い……何か解らんけどとにかく恐い……』

「まぁ、お前の言う事も解らんでもないがな。世の中は恐い事が沢山ある。だが、それに屈していては前には進めんだろう。人間も、おそらく魚もだ。……これも何かの縁。魚の訓練兵を持つのは最初で最後になるだろうから、今日一日はお前さんに付き合ってやろう」

 そうしてそっと上にかぶせた黒い布を捲った。

 水の中には太古の昔、中生代からのトラウマを遺伝子に刻み込まれた深海魚の得体のしれない目がキースをじっと見上げていた。




 ☆   ☆   ☆




「何か今日の晩飯メチャクチャ豪華じゃね?」

 その晩、訓練兵たちの食卓には豪華な刺身や煮魚、焼き魚や焼き貝等の魚介類が大量に並べられていた。

「あぁ、何かむろみさんに貰ったんだって。お礼とお詫びだって言ってたそうだけど……」

「お礼……? 誰にだろう?」

「でもこうして食卓に並んでるってことは食べても良いって事ですよね!? ね!?」

 真っ先にサシャがガツガツ食べ始めると、周囲もサシャに久しぶりのごちそうを食い尽くされる前に食べ始めた。その時ドアが開いて、奥からよく教官の助手を務めている兵士が顔を出す。

「連絡だ。キース教官の体調がすぐれないため明日の訓練は自主訓練とする。以上!!」

「あの、教官は何か病気なんですか!?」

 あの教官が? と驚く訓練兵が居る一方で、見えないように喜ぶ訓練兵も居た。様々な反応をする訓令兵をする中で誰かが尋ねると、兵士は困った顔で頭を掻いた。

「あー。私も解らんのだが、深海魚の遺伝子に刻み込まれた恐怖が伝染したと聞いた。が、病ではないので心配しないように」




 ☆   ☆   ☆




 後日

「先日は酷い目にあった……」

 次の立体起動訓練のため、大樹の森の下見をしつながらキースはぼやいた。海に囲まれたとはいえ、今後の動向が解らない限り立体起動の訓練は一応してなければならないことになっている。

 下見をしながらも考えることは先日のこと。実はシーラカンスと喋っていたことより先の記憶がまったく無くなっていた。

 ベッドの上で気が付いたとき、むろみさんからシーラカンスのトラウマがうつって催眠状態になったのではないかと教えられたがいまいちピンとこなかった。

「魚の訓練兵を持つのはもうやめた方が良さそうだな……」

「今後、頼まれたら断ることにしよう……」

 そびえたつ大樹に異変が無いかを確認し、帰ろうとした時だ。小さな子供のような、得体の知れない何かが目の前を通り過ぎた。

「貴様は何者だ!?」

 目の前を通り過ぎたのは翼の生えた幼い少女であり、その足は鳥によく似ていた。
鳥と人を合体させたような少女は、あどけない顔をキースに向けた。



「ハーピィ?」





[37993] ちょっとした幕間とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/07/18 22:53
 深海から巨大な魚影が浮かび上がる。

 人の顔をした巨大な魚は獲物を飲み込もうと大口を開けて背後から迫るその時。

「トビウオジャァァァァンプ!!」

 巨人面魚の攻撃を海上への華麗なジャンプで躱したむろみさんは着水と同時に猛スピードで海面を泳ぎまくる。

 後からは沢山の巨人面魚が追いかけてくるが、どれもむろみさんを飲み込むほど速く泳げるものは居なかった。

「アタシに追いつこうなんて六億年早かとよ!!」

 高らかに笑いながら沖へ泳いでいくむろみさんを、ハンジはペンと手帳を片手に壁の上からじっと観察していた。

「おいハンジ、何してんだ?」

「リヴァイかい。むろみさんにアルバイトをお願いして巨人面魚の行動調査をしてるんだ。凄いね。協力者が居るだけで採れる情報量が全然違うや」

 横に立ったリヴァイが尋ねると、ハンジは手帳から目を離さずに答えた。

「何か解ったのか?」

 普段は巨人の事などまるで聞こうとしないはずのリヴァイが会話に踏み込むと、ハンジは波間で巨人面魚に追われるむろみさんを見ながら答えた。

「うん。色々とね。まず、むろみさんの言うとおり奴らは視力が極端に悪い。むろみさんに私の服を着て海に入ってもらったんだけど、普段はむろみさんを襲わない巨人面魚が一斉に襲ってきた。初手の攻撃は一匹だけだったけど、少しずつ増えて最大数は十匹くらいかな。三メートル級から十五メートル級までが確認できたよ」

「俺たちの知る巨人の情報とあんまり変わらねぇな」

「そうだね。あとは体温が人型巨人よりかなり低い以外は回復能力も同じだね。巨人面魚の個性的な顔も私たちの知る物とそこまで変わらない。もしかしたら弱点も同じだと思う。でも、変わらないということが解っただけでも収穫だと思わないかい?」

 何せ、奴らは普段は暗い水の中に潜んでるんだから。

 そう続けると、リヴァイは忌々しげに舌打ちした。

「それよりリヴァイ。君こそこんな時間に珍しいね。今はイルカの騎乗訓練をしてるんじゃなかったっけ?」

「あぁ。今はペトラ達がやってる。それよか、よくあんなクソでけぇ貯水池を作れたもんだ。イルカどものエサ代もバカにならねぇだろ。上の連中はガタガタ言わなかったのか?」

「うん。もちろん色々あったみたいだよ」

 現時点、壁内の世論は保守派が優勢だった。

 壁外が海に囲まれたことによる壁内にかかる脅威の減少、加えて土地が無くなった事による壁外探索のメリット低下と巨人面魚による危険度の上昇。これだけで調査兵団には大打撃だった。壁内からでも塩や魚の海産物が取れるようになった今、誰が好き好んで危険な大海原に乗り出すと言うのだろう。

 そんな中で、調査兵団長エルヴィン・スミスは壁の傍に巨大な海水用貯水池を建設し、そこに兵団用のイルカを十頭も導入するという荒業に及んだ。建設費は当然税金も使われているが、それだけで資金が足りたとは誰も思っていない。

「調査兵団解体派がうるせぇ中で予算もねぇ人もいねぇ技術もねぇ。エルヴィンはどんな魔法を使って上を黙らせたんだ?」

「なんだい? 本人に聞けばいいじゃないか」

「聞いても何も言わねぇからテメェに聞いてる」

「えー。エルヴィンが言わないなら私からも言い辛いなぁ……」

「うるせぇ。あいつの決定は信用している。ただ、納得がいかねぇだけだ」

 するとハンジは「仕方ないなぁ」とぼやきながら上着のポケットから一枚の写真をリヴァイに差し出した。

「何だこりゃ。写真か? ……随分綺麗に写れてるな」

「それは現在地下街で絶賛大流行中の謎のアイドル。うさミン」

 差し出された写真にはバニーの服に身を包んだ可愛らしい少年が恥ずかしげに写っていた。

「長らく不明だったその正体は、訓練兵団104期生アルミン・アルレルト訓練兵。ちなみに調査兵団希望」

 リヴァイの顔が物凄い勢いで曇った。普段の三割増しに悪い目つきで写真を凝視する。

「……おい」

「ついでに言うとその子の幼馴染二人もいれて、調査兵団アイドル部隊『シガン☆しな』結成予定中だったり」

 聞いた途端、リヴァイは頭が痛くなってきた。そして段々、謎だった今回の全容が掴めてきた。

「最悪だな……」

「だから君には秘密にしときたかったんじゃない? まぁ歌はまだまだだけど、ブロマイドの売り上げが物凄いよ。今までの資金不足が解消な上に中央の豪商やら貴族やらに熱狂的なファンがついてるから間接的にウチの発言力増しまくりなのが大きいね。俺たちのうさミンたんの為ならなんとやら的な。それからもう一つあるんだけど……」

「もういい。これ以上俺の頭痛の種を増やすんじゃねぇ」

「まぁ聞きなよ。確かに資金不足は解消したよ? でもぶっちゃけアイドル業だけじゃ今の所、貯水池の設置費とイルカの維持費ぐらいにしかならないんだ。魚はまだまだ高級食だよ?」

 確かにそうだった。イルカを飼育するにあたって釣りだけでは魚の数が足りないのだ。必然的に購入するしかないが、流通量の少ない魚をエサに与える場合、草食の馬と違って食費は目の玉が飛び出そうな値段になる。

 リヴァイもそれは知っていたが、イルカに与える魚がどこから来ているかはあまり考えたことが無かった。

「資金不足はまだまだ続行中。そこでだ。私たちは近いうちにまた壁外調査をする予定だって。知ってた?」

「それは知ってる。だが、巨人面魚に対抗する策も武器もねぇの本当にやるのかってのは疑問だった」

 リヴァイのもっともな話に、ハンジは一つ大きく頷いた。

「ああ。あくまで周辺調査だけどね。それでその時、人魚さん達に私たちの護衛をお願いしたんだ」

 人魚「達」ということは、むろみさん以外にも人魚が居るということだろう。

「……正気か?」

 信用できるのか? という疑問を含んだ視線に、ハンジは問題無いと答えるように笑った。

「現状、彼女たちより心強い味方はいないと思うよ。で、今回人魚さん達に与えられる報酬なんだけどね」

 そこでハンジは一端言葉を切る。

「護衛を頼んだのはハンターを職業にする人魚さん達なんだ。それで、彼女たちには報酬としてトロスト区に限って自由な交易権が渡されたって訳さ」

「つまり……?」

「まだピンと来ない? ヒント。海にはお宝がたっぷり。兵士は人魚さんと仲良し。海に出る調査兵団は多分もっと仲良し。商会は最初に誰と仲良しになりたい?」

 ようやく合点がいく。

「商人と結託して中央のケツの毛まで毟ろうって魂胆か……どうりで最近トロスト区が活気づいてる訳だ」

「大正解! 海の資源は中央も欲しがってるから、良い口実として許可は割と早かったよ。外からの食糧流入は民間の人々にも大歓迎。商会、及び調査兵団は潤いまくりで大笑いって訳さ」

「……エルヴィンの奴、兵士じゃなけりゃ相当な詐欺師だな」

「まぁ、いずれ規制が出来ちゃう可能性も高いけどね。今のうちが稼ぎ時って訳さ」

 リヴァイが息をつきハンジが笑うと、海からむろみさんがぴょーんと飛び上がって壁の上に着地した。

「ハンちゃーん。良いデータ取れた? 何なに? 何か面白い話してたの?」

「あ、むろみさーん。色々ありがとう! おかげで調査がはかどったよ!! これ約束のバイト代」

「おおう! こんなにええの? 約束より多かと?」

 ハンジが鋼貨の入った袋を渡すと、むろみさんが大仰に喜ぶ。

「良いの良いの。むろみさんのおかげで色々助かってるし、奮発しちゃうよ」

「よっしゃー!! そんならハンちゃん後で飲みに行こ! アタシこの前えぇとこ見つけたっちゃん!」

「良いね!! 海中での生活とか、巨人面魚の話とかもっと聞きたいなー!」

「ハンちゃんその話好きとね~! オーケーオーケー!! 朝まで付き合うとよ!!」

 ハイタッチをしながら楽しげに喋る二人をよそに、リヴァイは眼下に広がる海を見た。

 両手いっぱいに広げても足りないほどの、そのあまりの広さに目がくらみそうになった時、自分を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい。リヴァイも一緒に飲みにいかない?」

 振り返ると、むろみさんとハンジがこちらを見ていた。

 まるで『自由』を体現するかのような二人に、海から視線を外したリヴァイは歩き始めた。

「あ、今リヴァイ笑った?」

「笑ってねぇ」

「嘘やん。笑っとたよー!」

「笑ってねぇ」




 人類は未だ壁の中。





[37993] 山奥組とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/07/24 23:34
 ライナー・ブラウンとベルトルト・フーバーは壁の上から海を見ていた。

 体育座りで。

「…………」


「…………ねぇライナー」

「何だベルトルト」

「僕たちの故郷って、どっち側だと思う……?」

「さぁ……どっちだろうなぁ……」

 本日も清々しい程の晴天だ。遠くに見張りの駐屯兵団が竿を片手に海に向かって糸を垂らしている姿をちらほら見かける。おそらく非番なのだろうが、中には大っぴらに昼寝をしている奴もいた。海のすぐ下には大量の巨人面魚が待ち構えているのだが、海に落ちなければどうということは無いらしい。何せ相手は陸での活動が出来ないのだから。

 最近は人々と人魚たちとの交流が多くなったことも相まって、海から漁業資源の流入が多くなり食糧も増えた。かつては貴重品だった塩もようやく庶民の手に届くまでに至り、ここにきて人類の緊張感は百年の安寧を過ごしていた頃よりも確実に緩みまくっていた。

「……ねぇライナー」

「何だベルトルト」

「…………もし超大型巨人だったらこの海を泳いで行けると思う?」

「……多分、無理じゃねぇかな……」

 見渡す限りに陸地は無い。人魚たちの話のよればイルカを駆って頑張れば二日くらいで小島が見えてくるそうだが、そこにたどり着く前に海へ出た人類は巨人面魚に飲まれているに違いない。

「……もしも今、超大型巨人が出てきて壁を破壊したらどうなるかな」

「あー、そしたら俺達は超大型巨人もろとも海の藻屑と消えるだろうな。ついでに鎧の巨人も」

 ぼそっとベルトルトが呟くと、ライナーは気にした風も無く返す。

 しばしの沈黙。

 さざなみの音を聞きながら太陽の陽射しに炙られること数分。

「ねぇライナー……」

「何だベルトルト」

「暇だね」

「あぁ。クソみたいに暇だ。釣竿でも持ってくりゃ良かったな」

「何してんのよ。アンタら」

 ゴロンと寝転がったライナーの真上にアニが現れた。

「あ、アニ。どうしたの?」

 振り返ったベルトルトが聞くと、釣竿とバケツを担いだアニはあからさまにため息をついた。

「どうしたもこうしたも無いよ。あんまり暇すぎて魚でも釣ろうと思ってさ」

「そうなのか? 俺はてっきり調査兵団アイドル部隊の面接に行ったもんだと思ってたぞ」

「冗談よしてよ。私は憲兵団しか行く気はないよ」

「あはは。そういえば結局、憲兵団に行くのってアニとマルコしか行かないんだっけ?」

 ベルトルトの問いかけが気に入らないのか、アニは不機嫌そうにふんと息をつく。それを見て、ライナーは笑った。

「そりゃそうだろうな。駐屯兵団は海水と塩の採集権利で、調査兵団はアイドル部隊新設と人魚との交易、漁業開拓でかなり潤っている。壁外調査は前みたいに全体出立が物理的に出来ねぇから、新兵はまず外に出されん。調査兵団イコール即死にならなくなった現状、わざわざエリート意識ばっかり高い内地に行くメリットは少ないからな」

「そういえば、ジャンもやっぱり調査兵団行くって言ってたね。ミカサ目当てで。プロデュースや広報に一枚噛んで壁内で大成してやるって意気込んでたよ」

「ミカサといえばさ、あいつがみかりんなんてよく言えたもんだよ。あんな凶悪な目つきでアイドルなんて普通ありえないね」

「でも、内地では凄い人気みたいだよね。この前写真を見たけど、僕としてはエレンがよく一緒にやったなぁって思ったよ。この前食堂でえれえれって呼んだら物凄く睨まれたけど」

「まぁ、でもやっぱり一番可愛いのはうさミンだろうな。俺がプロデューサーならクリスタと組ませてユニット『天界組』を作る所だ。天使のアルミンと女神クリスタなら相性抜群だろうな。間に挟まれてぇ……」

『ライナー気持ち悪い』

 鼻の下を伸ばしてニヤニヤするライナーを見て、二人が同時に突っ込んだ。



  ☆   ☆   ☆



 アニが釣針にエサを付けて海に放った。糸は放物線を描き、ぽちゃりと着水する。

「……でも現状、本当にみんな緩みまくりだよね」

 ベルトルトがぼやいた。

「うん。私もそう思う。……そういえば私、この前キース教官が空を飛んでるのを見たよ」

「何で!?」

「俺はこの前教官が目じり下げてすっげぇ猫なで声出してるの見た」

「マジで!?」

「僕も教官が小さい女の子をたまに連れてるのは知ってたけど……」

「知ってる。あれ、孫だって話だけど、そもそも教官って結婚してたっけ? っていうか、あれ人間なのか? 何か鳥っぽくなかったか?」

「ちょっとまって、魚がかかった」

 キース教官が連れていた謎の鳥幼女の話に盛り上がりかけたところで、アニの竿が海中に引っ張られた。物凄い大物でもかかっているのか、今にも折れそうなほど竿がしなるのをアニが両手で掴んで耐える。

「すげぇ大物じゃねぇ!? 俺に貸して見ろ!」

「やだね!」

「アニ。僕が後ろから支えるから頑張って!!」

「イソメうまかっちゃん!!」

 ベルトルトに支えられたアニが全力で引っ張り上げると、ザバァっと海面から飛び出てきたのは下半身魚の少女ことむろみさんだった。

「あれ? エレン君たちじゃなかと?」

 壁の上に着地したむろみさんが見慣れない三人組を見回すと、アニはあからさまにがっかりした表情を浮かべた。

「なんだ。ただのむろみさんか」

「ガァン!! 何かアニちゃん冷たなかと?」

「まぁまぁ。むろみさん、エレン達に用だったの?」

 涙目のむろみさんにベルトルトが慰めるように聞くと、むろみさんは首を振る。

「いんや。いつもの場所だったけん。てっきりエレン君達かと思っただけたい」

「エレン達なら最近ずっと歌の練習してるみたいだぞ」

「そうなん? 最近エレン君たちモテモテみたいっちゃねぇ。この前も兵士さん達が話しとったと」

「ちょっと。用が無いならどっか行ってよね」

 再び釣竿にエサを取り付けているアニが少しキツい口調で言うと、むろみさんは眉根を寄せてライナーとベルトルトにこそこそ聞く。

「何かアニちゃん今日機嫌悪かと?」

「まぁ、ちょっとね。アニってあれでも乙女だからミカサ達がちょっとだけ羨ましいんだよ」

「ああ。憲兵団にもアイドル部隊が出来ればいいのにってこの前ぼやいてたくらいだしな」

「聞こえてるよ!! 誰が誰を羨ましいって!?」

 怒鳴りつけるアニに、むろみさんは楽しそうに寄りかかる。猛禽類のような目で思いきりアニに睨みつけられるが、そんなことを気にするようなむろみさんでは無かった。

「なんねアニちゃん。そげなアイドルなりたかったら今日のアイドル部隊の面接行けば良かったんに」

 むろみさんはマイクを持ったみかりんが真ん中に写ったポスターをどこからか取り出した。目が合った瞬間殺されそうに力強い眼差しに、がっしりとした筋肉に包まれた肉体。しかし纏った衣装はピンクのひらひらスカート。ダンスのキレもすさまじく、歌唱力も三人中で断然トップ。そんなアンバランスさがウケている原因らしい。

 そんなみかりんの下に書かれているのはこんな募集要項だった。




 君もアイドル部隊に入らないか!! 歌って踊って戦える。究極の実戦アイドル兵士大募集。未経験者歓迎。待遇応相談。

 ――面接は○月×日。調査兵団宿舎――




「ほれほれぇ、アニちゃんならみかりんば超える腹筋系アイドルになれるんとちゃ――」

 ポスターをフリフリと振った瞬間、むろみさんの体が空中を舞った。

「どげふ!!」

 アニお得意の足技を食らったむろみさんは、円を描くように見事にひっくり返った。

「アニ!! ダメじゃないか」

「うるさいね。私は最初から憲兵団に行く予定だったんだよ!! アイドル部隊なんて私には関係無いね!!」

「そんなこと言ってお前三日くらいずっとポスター見て悩んでたじゃねぇドゲフッ!!」

 ライナーの巨体が中に舞った。

「あんまりふざけた事抜かしてると三人ともただじゃ済まない!! 大体ね、この状況下でよくアイドルだのプロデュースだの頭の緩んだこと言ってられると思ってあ痛っ!!」

 肩を怒らせて怒鳴るアニの頭に何かが物凄い勢いでぶつけられた。振り返るといつの間にか復活したむろみさんが、海から拾ってきた大量のイトマキヒトデを両手に振り上げていた。

「必殺、海星手裏剣!!」

 ビスビスビスビス!!

「イタイタイタ!! 何すんのよ!!」

「水母大激突(クラゲストライク)!!」

「くっ、ベルトルトガード!!」

 ぺっちゃぁ!!

「な、何すんのアニって痛い痛い痛い!!」

 顔面に水クラゲをモロにぶつけられたベルトルトが悶絶する中で、二人の怒れる女は対峙した。

「ふっ、己の為なら仲間すら犠牲にする、なんつー恐ろしい女っちゃ。まるで鳥のよう。そう、流石ワシ鼻なだけあると!!」

「なっ、ワシ鼻は関係ないでしょ!?」

 ビシィっとむろみさんが指さすと、ばっ、とアニが鼻を両手で押さえた。顔を真っ赤にしている辺り、どうやら気にしているらしい。

「関係ないと言うならば、アタシを倒して己の正当性を力で証明するがよか!!」

「言ったな。あまり人間をナメない方が良いよ。この魚類!!」

 荒ぶる鷹のポーズを決めたむろみさんに、アニは正面から挑んでいった。エレンやベルトルトやライナーを軽くすっ転ばせる華麗な足技が今、むろみさんに襲いかかる。

 しかし、むろみさんとて黙ってはいない。川端君やヒグマを倒したその野生の実力でもって俊足のアニを迎え撃つ覚悟を見せた。

 今、二人の背後に見えるのは二頭の獣だった。怒れる猫と怒れるアロワナの対決が今始まろうとしている。

「おいおいお前らいい加減に止めろよ。アニも海に落ちたらどうするんだ?」

「そうだよ二人とも。女の子が喧嘩するモンじゃないよ」

 ようやく復活したベルトルトとライナーが喧嘩をする二人を止めよう間に割り込むと、取っ組み合いの最中だった二人は同時に怒鳴りつけた。


『邪魔!!』


 ライナーとベルトルトが同時に宙を舞った。



  ☆   ☆   ☆



 真っ赤な夕焼けが空を覆う頃、駐屯兵団の見張りが昼勤務から夜勤の当番へと変わり始めていた。

 遠くからおつかれさんとか、お先になどの挨拶が聞こえる中で、ひとしきり喧嘩をして傷だらけになったアニとむろみさんは大の字になって壁の上に倒れこんでいた。

「ふっ、なかなかやるっちゃね。こんなに傷だらけになったのはカモメの集団に啄まれた時以来たい」

「あんたこそやるね。こんなに全力出したの、ミカサとの対人格闘以来だよ」

 いい笑顔を浮かべた二人はのそりと起き上ると、お互いの拳を突き合わせた。

 まるで良きライバルに出会ったかのような二人の横では、ライナーとベルトルトが仲良く尻を天に向けて転がっていた。

「ねぇ、ライナー」

「何だベルトルト」

 ベルトルトが一番星が輝き始めた空を見つめながら聞く。

「僕たち、いつ故郷に帰れるんだろう」

「……さぁな」




 人類は今日も壁の中。







[37993] お菓子の女神と妖精さん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/07/28 17:35


 ※ 今話はむろみさん要素薄めです。




 ポケットにしまったままのカラフルな球は結局持ち主が見つからず、今もクリスタが持ち歩いていた。

 本当は捨ててしまっても良かったのだが、他人の物を勝手に捨てる気にはどうしてもなれず、そうして幾日も持ち主が見つからぬままずるずると持ち続けているのだった。

「ほんと、誰の物なんだろう」

 パステルカラーの小さな球を天井にかざしてみるも、球は球のまま何の変化も無い。
 そんなカラフルな球を拾ってからしばらく経った頃のある晩、クリスタは不思議な夢を見た。

 小さな帽子を被った、手のひらに乗せられる程小さな人のような生き物がクリスタの枕元に立っていたのだ。

「にんげんさん、にんげんさん。おかしつくれますか?」

 クリスタはすぐにこれは夢だと思った。この世には巨人や人魚が居ても、存在そのものがこんなにファンシーな小人は今まで見たことが無かったからだ。

 変な夢を見るなぁと思っていると、小人は首をかしげて見せる。

「ぼくら、おかしたべたし?」

「んー……クッキーくらいなら作れるかなぁ」

 半分眠りの中。夢うつつの状態で答えると、小人はパァッと表情を輝かせた。

「でも、今は無理かな……」

 すると解りやすい事に、小人の顔はすぐに残念そうに曇った。

「どうしてですか?」

「だって、材料が無いもん。塩と魚は増えたけど、お砂糖はまだまだ貴重品なの。小麦もバターもミルクも、壁内じゃ限られてるから……」

「ざいりょうあれば、できるですか?」

 寝ぼけ眼に答えると、小人はまた首をかしげた。

「うん。出来るよ」

「そですかー」

 最後に聞こえたのは、小人の楽しそうな声だった。そのあたりでクリスタは眠りの本流に飲まれ、小人の夢は途切れてしまった。

 朝、クリスタが目覚めてみると枕元に小人の姿はどこにもなく、かわりに卵、紙に包まれたバター、ミルクの瓶、それから小麦と砂糖の入った袋がまとめて置かれていた。




  ☆   ☆   ☆



「クッキーの材料だよね……? 多分」

 半信半疑ながら調理場の使用許可を取ったクリスタは台所に並べた材料を見回して、まず唸った。

 昨日の夢が本当にあったことかは未だに解らないが、それでもこうして材料が目の前に並べられているのだからそうなのだろう。

「うーん、問題は出所だよね」

 とりあえず今の所は兵舎の食材が盗まれたという話を聞かないので、それ以外の場所から持ってこられたのだろう。あの小人が実在したとして、果たしてどこからこんな豪華な食材を持ってきたのか。

 もし、盗まれた物なら大変だと思う反面、重要な事がある。

「でも、放っておいても腐っちゃうんだよね……」

 クリスタはしばしの間食材の前で逡巡していたが、やがて覚悟を決めた。

「多分、良いんだよね……?」

 食材の出所は気になるが、このままではバターが溶け出してしまうし牛乳も放っておけば痛んでしまう。それはとても勿体ない。このまま腐らせるくらいなら、後からお咎めを受けたとしてもクッキーに化かしたそれを返したほうがまだマシだ。それに、お菓子を作ること自体が久しぶりでちょっぴり楽しみだったりする。

「昔作ったレシピ、まだ覚えてるかな……」

 ずっとずっと前の事。まだ生家に居た頃の事を思い出しかけたクリスタはすぐに首を振る。あまり良い思い出では無いから、脳裏に浮上した過去の記憶をすぐに沈める。

「ううん、昔の事はどうでもいいよね。えぇと、まずはバターを潰して……」

 何度洗っても染みの取れない、使い込んだエプロンを着たクリスタは道具入れの中からボウルやめん棒、木べらを引っ張り出しながら頭の中でレシピを組み立てていると、ドアの方から誰かが入って来た。

「お前、何してんの?」

「あ、ユミル」

 振り返るとそこにはユミルの姿。

「朝からなーんかコソコソしてると思ったら、そういうことかよ」

 台所の上の食材をざっと見回したユミルは口の端を吊り上げる。何が言いたいのかよく解らないクリスタが首をかしげると、ユミルは勢いよくクリスタの肩に腕を回した。

「兵舎全体の緊張が緩んでるうちに食材盗んで菓子作りたぁ、流石は女神様。やることが人と違うぜ」

「え、違うよ」

「何が違うんだよ。塩だの魚類だのは最近手に入りやすいから良いとして、砂糖やらバターやらどうやって手に入れたんだ?」

 にやにや笑って問い詰めてくるユミル。

 あぁ、と思ったクリスタはほんの少し話すかどうか迷ったが、結局話すことにした。

「うん。信じてくれるか解らないけど、実はね……」

 ユミルを相手にした場合、黙っていた方が後々めんどくさいような気がしたからだ。




 ☆   ☆   ☆



「ふぅん。つまり、夢でみた小人が枕元に置いて行ったってか?」

「じゃないかなぁと思うんだけど……」

 クリスタがクッキー生地を作っている間、ユミルは後ろで椅子に座っていた。手伝う気はサラサラ無いようだが、クリスタはさして気にしていない。手際よく小麦をふるいにかけて生地を混ぜる。

「そんなバカな話、信じると思うか?」

「うん。だから信じてなんて言わないよ。だって私だって信じられないもの」

 あっさりと頷いたクリスタに、ユミルは声を詰まらせた。本当はもっと、「だから言いたくなかったのよバカバカ!」くらいを期待していたのだが、上手くいかなかったようだ。

「よし、後は生地を寝かせて型抜きをするだけね。あ、竈を温めておかなくちゃ」

 丸めたクッキー生地をボウルに戻したクリスタが台所の中をパタパタと動き回っている。ちょこちょこと小動物のように台所を動き回るクリスタをしばらく黙って眺めていたユミルは、突然席を立った。

「あれ、ユミル行っちゃうの?」

「あぁ、居てもやることねぇしな」

「もう少ししたらクッキーの型抜きをするけどやらない?」

「そういうのはパス。まぁ、完成したら味見してやらんでもないから」

「じゃあ、完成したら呼ぶね。サシャと一緒にお茶にしましょう」

「アイツがいたら全部食われるじゃねぇか」

 そうして台所から出て行こうとした時、ユミルは中を振り返る。

「そういえば、アタシは信じても良いよ」

 竈で火の調節をしていたクリスタがユミルを振り返った。

「何を?」

「さっきのバカな話さ。人魚が居るんだから、小人だって居てもおかしくねぇだろ。じゃあな」

 意地悪な猫みたいにユミルがニヤっと笑って、パタンと台所の扉が閉じられた。




  ☆   ☆   ☆




 手ごろなコップで丸く型抜きしたクッキー生地を予熱した竈に入れてから、クリスタは椅子に座って一息ついた。

 もう少し小麦粉があったのなら一緒にパンでも焼こうかと思ったのだが残念ながら材料は全てクッキーに消えてしまった。

「でも、サシャならきっと喜ぶだろうなぁ」

 何せ甘味が少ないご時世なので、ウォールシーナの一部の富豪を除いたら一匙の蜂蜜さえもご馳走なのだ。

「上手く焼けてると良いなぁ」

 自分で淹れたお茶を飲みながら竈の方を見る。まだ香ばしい匂いは漂ってこないが、ふとサシャがクッキーを頬張る姿を想像すると、自分も自然と頬がほころんでくる。いくら食糧難だって、食べ物をあんなに美味しそうに食べる人間もあまり居ない。

「にんげんさん、にんげんさん」

 サシャ、喜んでくれるかなぁ等と考えていると、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。それは紛れも無く夢で見たあの声。

 あたりを見回してみると、台の上に『彼』は居た。

 青い三角帽に、一つだけボタンのついた外套。小さな手袋とブーツ。多分巨人とは正反対の存在だ。

 一度会っているせいかもしれないが、そのファンシーで人畜無害な姿と相まって不思議と恐怖感は無かった。

「おかしできましたか?」

 小人が首をかしげた。やっぱりこのクッキー材料を持ってきたのは小人のようだ。

「うん。まだ焼いてる途中だけど、もうすぐ出来るよ。ねぇ、材料はどこから持ってきたの?」

「さー」

「さーって……もしかして、盗んだの?」

「つくりましたので」「げんしてきなもので?」「がんばてくみたてましたです」

「増えた……」

 台の上の彼の他に、クリスタの足元と窓辺に一人ずつ。合計三人の小人がクリスタを見ていた。どれも似たような顔つきで、無邪気な笑顔を浮かべている。

「貴方たちって何者なの?」

「ぼくたち、だれだっけ?」「わすれましたなー」「たしか、あっちのほうからきました」

 口々に首をかしげる小人たち。どうやら、あんまり考えるのは上手い方では無いようだ。何だかよく解らないけれど、折角の意思の疎通をするチャンスだ。深呼吸をしたクリスタは質問を変えることにした。

「じゃあ、どこから来ましたか?」

「そとうちゅう?」「じゅうにじげんさきむこうてきな」「あなをほりほりしました」

 やっぱりよく解らなかった。

「うーん、じゃあ何をしにここに来たのかな?」

 小さな子供に尋ねるように、勤めて優しい声を出すと小人たちも頑張って伝えようと身振り手振りで教えてくれる。

「ぼくらのほう、おかしなくなたです」「にんげんさん、なくなたです?」「でもおかしたべたし」「まきもどししすぎておこられましたゆえ」「ちかいとこさがしました?」「あっちこっちほりました」「おかしこいしやー」

「うーん、困ったなぁ」

 小人たちの熱意は伝わってくるのだが、さらによく解らずに首をかしげる。しかし、とにかく彼らが「お菓子を食べたい!!」ということしか解らない。何故、別の場所ではなくクリスタの所に来たのだろうか。

 中央の方が菓子類は多いと思うのだが。

「ここ、まんなかよりたのしいですので?」

 とにかく、そういうことらしい。

 小人たちが口々に語る断片的なものを繋ぎ合わせようとしても彼らがこことは違う場所から来て、お菓子が食べたいしか解らない。

「アルミン辺りに聞いてみたほうが良いのかな?」

 それとも意外と物知りなユミルの方が良いのか。そもそも誰かに話しても大丈夫なのか。色々考えていたその時、クリスタのことを小人が呼んだ。

「にんげんさん。そろそろやけました?」

 そういえば竈の方から少し焦げたような臭いが漂ってくる。

「あ、クッキー!!」

 慌てて竈の蓋を開けると、クッキーは端の方が少し焦げているものもあるが、大体が程よい具合に焼けていた。

「良かった。まだ焦げてない」

 クッキーの乗った鉄板をミトンの手袋で取り出して台の上に上げると、辺りにふわりと甘くて香ばしい匂いが漂い始める。小人たちが顔を輝かせて台の上のクッキーに寄ってきた瞬間、叩きつけるように扉が開く音があたりを包み込む。

「女神ぃぃぃぃぃ!! クッキー焼いてるってマジですかぁぁぁ!?」

 そしてどこで嗅ぎつけてきたのか、サシャが勢いよく転がり込んできた。

「あ、サシャ」

「ふおぉぉぉ!! お願いします何でもしますからどうか私にもお恵み下さいいいぃぃ!!」

「うん。サシャにもちゃんとあげるから。もう少し冷えたら皆で食べよう」

「ありがとうございます女神ぃぃぃぃ!!」

 泣いて縋りついてくるサシャをヨシヨシと撫でながら、クリスタは小人を目で探す。

 先ほどまで居たクッキーのすぐそばに小人の姿は無く、代わりに鉄板の周りには三つのカラフルな球が落ちていた。






[37993] 悪い大人とひいちゃん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/01 23:07


 海に囲まれてしまった壁内。

 外に出ようにも海上活動は今まで全く経験が無く、おまけに海中には巨人面魚が人間を狙ってうようよと泳ぎ回っている昨今。

 各種兵団が暇をもて余すなかで、調査兵団は今日もイルカの騎乗訓練にあけくれていた。

 といってもイルカの数は貯水池の広さやメンテナンス、飼育費の関係で十二頭しかおらず、とても兵団全員に回る状態ではない。

 この海に囲まれ孤立した現状が回復しなければ、いずれは貯水池や頭数を増やして馬と同じくイルカも一人一頭としたいところだが、当面は少数精鋭として特別に組まれたリヴァイ班が優先的にイルカの騎乗訓練に参加していた。

 ピィィィィィとグンタとエルドが同時に指笛を鳴らすと、二頭のイルカが滑らかにやってきて二人の居る貯水池の縁に静止した。背中に取り付けた鞍を水面に浮かせる姿勢を取ったとき、イルカの口にイワシの切り身が放り込まれた。

「ヨーシヨシヨシ、だいぶ上達したな」

 海面から飛び出るツルンとした頭を撫でてやると、喜んでいるのかイルカがきゅいきゅいーと鳴く。貯水池の中ではペトラとオルオがイルカに乗ったまま水面を駆ける訓練をしているが、その表情は真剣ながらもどこか楽しそうだ。ペトラなんかは時々本当に笑い声を上げている。

 そんな中で、水中から水しぶきを上げてひときわ高く飛び上がる影。

 水面下からダイナミックに飛び跳ねたのはイルカに乗ったリヴァイだ。その表情は相変わらず仏頂面で扱いも激しいのだが、乗られているイルカの方はまんざらでもないようで、リヴァイの指示をよくきいている。

「やっぱり水に濡れると動きが鈍くなるな」

「まぁ、言っても仕方ないじゃないですか。兵長」

 水で肌が透けないように工夫された厚手の水着は普段の調査兵団の服と比べて重たいが、そもそもイルカから振り落とされたらアウトなのでこの際目を瞑る。もう少し余裕が出来たらもっと動きやすいものの制作も考えてはいるらしいのだが。

「それでも、最初よりはどうにか様になってきましたね。あとは実戦までどれくらい高められるか……」

「ペトラ、それこそ言った所でどうにもならねぇだろ。俺達は自分が出来ることを精一杯やるだげぇっ!!」

 格好つけた所でオルオが舌を噛み、ペトラは冷ややかな目で見下した。



 ☆  ☆  ☆


「あのー、兵長……?」

 それはある日のイルカ騎乗訓練の事だった。

「何だペトラ」

「あの子、また来てるんですけど……」

 イルカに乗ったペトラが気まずそうに視線を向けた先には、怒った顔の人魚が貯水池の縁からジロッとこちらを睨んでいた。

 ちなみにむろみさんではない。

 イルカ等の水棲哺乳類を毛嫌いしているむろみさんは普段あまりこの貯水池に近づこうとはしないからだ。

「ひいちゃーん。そんな所に居ないでこっちにおいでよ」

「おい魚。言いたいことがあるならはっきり言え。解んねぇだろ」

「言いたいことは一杯あると!! でもイルカさんが良いって言いよるけん。だから人間さんがイルカさんば虐めんよう、ひいちゃんが睨みきかしとーだけたい!」

 そして怒った顔のまま再び黙ってしまったひいちゃんに、リヴァイ班はため息をついた。

「ひいちゃん、まだ私たちがイルカを使うの嫌なのかなぁ」

「まぁ、ひいちゃんにとってイルカは家族みたいなもんらしいしな。そりゃ危険な事はさせたくないだろうさ」

 現在、調査兵団に所属するイルカは全て淡路さんら人魚のハンターたちに連れてきてもらった個体ばかりだった。ちなみに衣食住を提供する代わりに兵団に所属して人を乗せてくれるよう人魚を挟んだ交渉もしてあるので、捕獲というより雇用に近い形である。それがイルカたちの異様な物覚えの良さや従順さに起因するのだが、問題がここに一つ。

 調査兵団がイルカを連れてきたことを聞いたむろみさんの妹分であるひいちゃんが、軍用イルカという言葉にすっかり過剰反応してしまったことだった。

「イルカさんたちは騙されとるだけと! 都合の良い事ばっかり言われてコキ使われとるだけたい!!」

 ひいちゃんが訓練に参加していないイルカたちに声を上げると、聞いていたイルカはキュイキュイと声を返した。

『そんなこと無いよー。大体僕ら雇われてここに居るわけだし』

『敵がいなくて毎日ちゃんとご飯食べられるなんてここは楽園だよー!』

『そうだよひいちゃん。それと、皆やさしいよー』

「でもでも、絶対騙されとるけん!! 巨人面魚って人間に襲い掛かるんちゃろ? 人間なんか乗せてて、一緒に飲まれたら危ないと!!」

 するとひいちゃんの言葉を聞いたイルカたちは一斉にに笑い出した。リヴァイ班を乗せた訓練中のイルカまで笑い出す始末である。

『巨人面魚なんてデカいだけで全然ノロマじゃーん!! ひいちゃん僕らナメてんの?』

『そうだよ失礼しちゃうな。あと訓練の邪魔。僕らだってこれがお仕事なんだから』

『失礼なひいちゃんなんかとはもう遊ばないよ!! 悪いけど帰って』

「そんな……ひいちゃんは……ひいちゃんは皆を心配してるとよ!! 皆、危ない事せんとー!」

 そしてとうとうひいちゃんは泣き出してしまった。

「何をやってるんだ。あの魚は?」

「さぁ……イルカとお喋りしてるんじゃないですかね?」

「ふっ、ここは俺の出番だな。魚の一匹や二匹すぐに黙らせてゃぐっ」

 また舌を噛んだオルオの事は無視して、何だか可哀そうになってきたペトラがイルカに乗ったまま貯水池の縁まで近づいた。

「ねぇひいちゃん。私たちはどうしても彼らの力が必要なのよ。解って?」

 務めて優しく、慰めるように声をかけるのだが、ひいちゃんは泣き止まなかった。

「おい、訓練の邪魔になる。テメェらの知り合いだろ。何とかしろ」

「キュー……」

 苛立ったリヴァイがドスを利かせた声で自分が跨っているイルカを見下ろすが、イルカは困ったような声を発しただけだった。

「どうだ、リヴァイ。イルカの調整は上手くいっているか?」

 全然泣き止む気配を見せないひいちゃんにリヴァイ班の面々が困った顔をしていると、調査兵団団長エルヴィン・スミスが顔を覗かせた。

「団長。訓練そのものには問題ないのですが……。済みません助けて下さい」

「これは……何が起きたんだい?」

「どうしたもこうしたもねぇよ。魚がイルカ使うなってびゃーびゃー泣きやがる。これじゃ煩くて訓練になりゃしねぇよ」

 リヴァイが指をさした先にはひいちゃんがまだベソをかいていた。

「ひいちゃん、イルカが巨人面魚に食われないか心配だって泣くんですよね。まぁ解らんでもないですが、流石にこればっかりはどうにも……」

 エルドが困った顔で事情説明をすると、エルヴィンは「なるほど」と言って頷いた。それきり他には一言も発さないまま、貯水池の縁をのんびり歩いてグズグズと目を擦っているひいちゃんに近づいた。

「団長、何をする気なんだ?」

 皆が固唾をのんで見守っていると、屈みこんだエルヴィンは両手でひいちゃんの小さな手を優しく握りこんだ。

「ひいちゃん。私の話を聞いてほしい」

 そしてまっすぐに涙に濡れた瞳を見据えると、大声で言った。

「私はイルカが大好きだ!! むしろ愛していると言っても過言ではない!!」

 全員が、何を言ってるんだコイツはみたいな表情をした。

「ふえ?」

「あぁ、私はイルカが大好きだ。一目会った瞬間から大好きになったと言っても決して大げさではない。彼らは賢くて優しい。そして何よりこの外に広がる海よりもずっと心が広い。遊び心も持っているから、一緒に遊んだらきっと楽しいだろう? 私は、そんな愛らしいイルカが大好きだ。いつも一緒に居たいと思うくらいにはね。君も、イルカが好きという気持ちは同じだろう?」

 そこで普通のご婦人ならばコロリといってしまうような爽やかな笑みを浮かべてみせると、ナイスミドルの笑顔に気圧されたひいちゃんがこくんと頷いた。

「イルカの他にも海には沢山の水棲哺乳類が居ると聞く。そのどれもが愛らしい姿でとても賢い生き物だと言うのも聞いているよ。海の賢人……そんなふうにね。私は、その子たちとも是非『お友達』になりたいんだよ」

「……ほんなこつ?」

 ひいちゃんがじっとエルヴィンを見つめると、王子様然とした態度でエルヴィンは頷いた。しかし、すぐに悲しそうな表情を浮かべてみせる。

「ところがだ。私たちは下等な人間。彼らのような立派なヒレも無く、海ではまったくの無力なんだ。しかも恐ろしい巨人面魚どもに狙われている。海の向こうに居る彼らと出会い、そして『友達』になるにはどうしてもイルカたちの手伝いが必要なんだ。危険な目にあわせるのはとても申し訳ないと思っているけれど……」

「そ、そんならひいちゃんが壁の傍に連れてきてあげるたい!! そしたらイルカさんに乗らなくて済むと!!」

「それではダメなんだ」

「何で!?」

 そこで、エルヴィンは一度呼吸を置いて、わざとらしく首を振った。

「だってそれじゃあ、君やイルカや他の友達と一緒に仲良く泳ぐことが出来ないだろう?」

 おそらく、人間のご婦人ならばこれで恋に落ちるに違いない。

 全力のヴァリトンボイスで甘く、優しく囁くように声を発すると、それまで泣き顔だったひいちゃんの表情がぱぁっと輝いた。

「こんなにイルカさんのこと解ってくれる人間さん、初めて見たと……」

「あぁ、だからひいちゃんも良かったら私たちを手伝ってくれると嬉しい。そうしたらきっとイルカも私たちも傷つかずに沢山の海の友達を作れるに違いない」

 そしてもう一度、ひいちゃんの手をぎゅっと握りしめると、嬉しそうな顔のひいちゃんが勢いよく頷いた。

「わかった。ひいちゃんも、人間さんがイルカさんやクジラさんと友達になれるよう頑張ると!」

 下半身魚とはいえ、幼女と中年が仲良く両手を握り合っている様を呆然と見ていたギャラリーはその時、全員が同じことを思った。




 この絵面は犯罪だ。




 ☆   ☆   ☆


 イルカの使用を反対していた人魚を懐柔し、しかも協力者にまでなってくれたことに調査兵団団長、エルヴィン・スミスは大層ご満悦であった。

 ひいちゃんという通訳が間に入ることでイルカの訓練が爆発的に進歩しているという報告もある。

 今日も様々な書類にサインを書き、次の壁外調査の作戦を練っていると後ろに佇んでいたミケ・ザカリアスがぽつりと呟いた。

「エルヴィン。子供を誑かす真似はあまり感心できんぞ」

「何がだい?」

 本気で解らない顔をするエルヴィンに、ミケは黙り込んだ。

 兵団内でエルヴィンにロリコン疑惑が浮上しているのだが、今の表情と匂いから察するに間違いだったようだ。



 本当によかった。



 ☆   ☆   ☆



 某所海の中




「おねいたん。人間さんにも良い人がいるとね」

「何ね。突然」

「イルカさんば愛してるって言ってくれたとね。ひいちゃんといっしょたい」

「アンタ騙されとるっちゃない?」





[37993] 悩める偶像とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/06 21:50
 調査兵団本部の一室で、それは行われていた。

「みかりんでーす♪」

「えれえれです」

「うっさミーン☆」

『三人合わせて、シガン☆しなでーす♪』

「シガンしなでーす」

 簡易ステージの上でミカサ、エレン、アルミンの三人が声を合わせてそれぞれの決めポーズを取る。

 観客の代わりに見ていたのは、これから活躍するアイドル部隊の為に全くの分野外である歌を作り衣装を作りダンスとポーズを考えてくれた調査兵団の面々だ。決して少なくない数の団員たちが簡易ステージを取り囲む中、丁度舞台の真正面に置かれた椅子には難しい顔をした団長のエルヴィン・スミスと兵士長のリヴァイが坐っていた。

「おいエレン、テメェもうちょっとちゃんとやれよ!!」

 賓客席後方からジャンがすっ飛んできて激を飛ばすと、ステージでマイクを掴んだままのエレンが睨む。

「はぁ!? ちゃんとやってるだろ!? 何でジャンにンなこと言われなきゃならねーんだよ!!」

「マネージャーの俺が!! 仕方なくお前らの動作のチェックしてるからだろ!? 指示通りにやれよ!!」

「だからやってんだろ!?」

「それでやってるつもりなら今頃はその辺の野良犬でも大人気だアホ!!」

「エレン、だめ。落ち着いて」

「そうだよエレン。今はステージのつもりなんだよ? お客さんと喧嘩したらダメだよ!」

 ミカサとアルミンに制止されても二人の睨みあいは終わらない。売り言葉に買い言葉。訓練兵団に居た頃のように喧嘩に発展しかけたその時、無表情のリヴァイが動いた。

「おい、エレンよ」

 瞬時にエレンの体が硬直し、直立不動になる。アイドル部隊への就任初日に態度の悪さから(言葉の暴力による)躾をされて以降、エレンはリヴァイ兵長を恐れているのだった。

「何でしょうか!? リヴァイ兵長!?」

「テメェには足りないモンがある。アッカーマン、アルレルトにあってテメェには無いもんだ。解るか?」

「……解りません」

 悔しそうにエレンは俯いた。

「やっぱりな。良く聞け。テメェに足りないものはな……」

 不機嫌そうなリヴァイに、その場にいた全員の注目が集まった。まさかあの兵士長がこんな芸事に詳しいことがあるのだろうか?

「きゃるん☆ だ」

((きゃるん!?))

「いや、リヴァイ。私はきゅぴるーん♪ が足りないと思うのだが」

((きゅぴるーん!?))

「違うぞエルヴィン。奴に足りないのはきゃるん☆ だ」

 壁外調査に挑む時のような真剣な表情で交わされるような会話ではない気がするが、周囲には頷く者が少なからずいた。

「まぁ、確かにうさミンと比べると可愛げ? って奴は足りないかもな」

「覇気というか、オーラもみかりんと比べちゃうと薄いせいもあるかもしれないわね」

「どうしよう。もうちょっとキツい色で衣装作ってみようか?」

「いや、あまり派手な衣装でも服に負けたら意味がねぇよ」

「ダンスにもう少し動きの激しい動作を加えるとかどうだ?」

「それだとかえってバランスが悪くなりそうだな」

 調査兵団の分隊長クラスを含めたメンバーが口々に解決案を話し合う中で、エルヴィンが数度手を叩いた。すると、それまでの喧騒がすーっと収まる。

「確か、各兵団も広報部隊を立ち上げたと聞いた。チーフプロデューサーはゲルガーだったな。何か情報はあるか?」

「はっ。手元に入った情報によりますと駐屯兵団はリコ・プレツェンスカを筆頭とした女性兵士を中心にで駐屯兵団広報隊を立ち上げた模様。ダンスよりも歌唱に特化させ、各町の酒場で講演しているという報告があります。憲兵団は女性士官そのものが少ないためか、歌やダンスではなく『壁内戦隊ケンペイダン』という仮想ヒーロー部隊を立ち上げ、主に子供を対象にした小劇を定期的に街で開いている模様。いずれも立ち上げたばかりでシガン☆しな人気に比べればまだまだお粗末な物ですが、着実にファン層は増えてます。上手い棲み分け方が見つからない場合、我がアイドル部隊の脅威となる可能性が高いかと」

 報告を聞いたエルヴィンは静かに頷くと周囲を見回した。

「うむ。皆、よく聞いてくれ。敵勢力が増える中、我が調査兵団アイドル部隊、シガン☆しなの記念すべき第一回大規模ライブの日程が決まった。壁外調査の一週間後だ」

 周囲が一斉にどよめいた。

 壁外調査の一週間後だって? あっという間じゃないか。このままでは間に合わない。衣装もまだ仮決定なのに! そんな悲痛な声が部屋の中を満たした時、リヴァイが声を張り上げた。

「うろたえるな!! 安心しろ。俺が見た限りだと全員が本気を出しゃそれくらいにゃあ何とかなってるはずだ。……ただし、コイツだけは別だがな」

 リヴァイが指をさした先……エレンに全員の視線が集まる。

 部屋中から不安そうな視線を向けられたエレンは、唇を噛んで周囲を見返した。

「エレン。ここでテメェが駆逐するのは巨人じゃねぇ。観客の財布だ。解ってるな?」

「…………」

「よ、よーし。じゃあ皆、少し休憩しよう!! こんな時こそ休まねぇと煮詰まっちまう。午後は音楽班の練習だ!」

 エレンが何も言えずに黙っていると、気を利かせたゲルガーが休憩を宣言すると、受け入れた団員たちがそれぞれが三々五々に散っていく。全員が部屋の隅や外に移動し音楽班が楽器を触り始めたその中で、エレンは走って部屋から出て行ってしまった。

「あ、エレン、待って!」

「二人とも、どこに行くの!?」

 ミカサとアルミンがエレンを追いかけようとした時、しかしアルミンの腕を誰かが握って引き止めた。

 振り返ると、そこにはジャンの姿がある。

「おいアルミン。お前だけ残れ。悪いけどお前は別でソロ曲の練習があるんだよ」

「そんな……だってミカサとエレンが!!」

 心配そうに出て行ってしまった二人の後を見るアルミンに、ジャンは疲れたようにため息をついた。

「いいから。あいつのことはミカサに任せとけ。多分、なんとかなるだろ。ムカつくけどな」




 ☆   ☆   ☆




 部屋を飛び出したエレンは、壁の上に来ていた。

 すっかり有名になったエレンが人の居る場所を歩くと、すぐに人だかりができてしまうからだ。ファンの存在はとても有難いけれど、今はファンの相手はしたくなかった。

 また、一般人が相手なら対応の仕方もそれなりに考えなければならない決まりだが、壁の上ならば大体兵士しか居ないので多少は気が楽だ。うさミンレベルになると別だが、彼らはエレンのことをアイドルというよりも、歌って踊る兵士くらいにしか見ていない者が多いからだ。

「エレン、待って」

「ついてくんなよ」

 壁の上を当ても無く歩くこと数分、やっとエレンに追いついたミカサだが、エレンはちらりとも振り返らない。

「エレン、皆はエレンの隠れた良さが解らないだけ。大丈夫。もう少し練習すればすぐエレンの良さが出て皆解ってくれる」

 その時、エレンの歩みが止まった。

「なぁミカサ。俺達、何のために調査兵団に入ったんだっけ?」

「エレン……」

 ぼやきながら、エレンが海を見た。

「俺は、母さんを食った巨人どもを駆逐するために調査兵団を選んだんだはずだ。なのに、どうしてこうなった? なんで俺達はアイドルなんてやってるんだ?」

「それは、壁外が突然海になったから。巨人が魚になったのと、調査兵団にお金が無いから。だから、仕方ない。それでも皆、自分の役目を考えて必死で頑張ってる。私も、エレンも。それから、アルミンも」

「そんなこと解ってるよ!!」

 ミカサの正論に、エレンが大声で怒鳴る。が、その声と握られた拳にはどこかやるせなさが感じられた。

「そんなの……本当は俺だって解ってるんだ……」

「エレン……」

「青春っちゃねぇ……」

 振り返ると、むろみさんがワンカップ片手に笹かまを七輪で焼いていた。

「むろみさん。何してるの?」

「うん? トロスト区に新しく笹かま屋が出来たけん。見晴し良い所で食べようと思ったと。お二人さんもいかが?」

 棒に刺さった焼き立ての笹かまを手渡されると、香ばしい香りがした。

「あ、おいしい」

「そーやろ? ちくわも作ってるけん今度行ってみ。で、何なん? 何か悩み事? おーっし人生経験豊富なお姉さんに言ってみ?」

「どうせ、むろみさんには解らないからいいよ」

「うん、実はね……」

 エレンがふてくされたように笹かまぼこを食むが、隣に居たミカサは素直にむろみさんに打ち明けた。




  ☆   ☆   ☆




「ふぅん。つまり、その足りない何かが解ればえぇってことっちゃね」

「多分……でも、何が足りないのか解らないの。私は十分エレンは可愛いと思うんだけど」

「あぁ、ミカサちゃんがエレン君ラブなのは解っとるけん」

「大体、兵長も団長もきゃるんだとかきゅぴるんだとか、わけわかんねーんだよ」

 エレンとミカサが何本目かの笹かまを食べていると、むろみさんが顎に指を添えて唸った。

「うーん。確かにうさミン君は萌え萌えやし、いえちーに似たあざとかわいさがあるけん人気出るんは解るたい。みかりんは……」

 そこでむろみさんは腹筋バキバキアイドルみかりんを思い浮かべる。女子プロレスラー顔負けの覇気とは裏腹な澄んだ歌声とキレのあるダンスはすべてを魅了するに相応しいが、人気の元は何かと言うと……。

「まぁ……ギャップ萌え?」

「じゃあ、エレンに足りないのは萌え?」

「萌えってなんだよ」

「そういえば、うさミンは兎の耳をつけている。とても可愛いと思う。あれは萌え?」

「うーん、方向性は悪くないと思うたい。んでも、萌えならうさミンには敵わんけん。まずはキャラの方向性を模索せんと」

 そこでむろみさんは片手に持ったワンカップの中身を飲み干し、笹かまを一口で食べてその場にごろ寝した。まるでおっさんである。

「方向性ってなんだよ」

「一言で表せる人物特性とか?」

「そう! さっきの例やとね、うさミンなら萌え、みかりんはギャップ。リヴァイなら人類最強のチビとか。ハンジは巨人馬鹿。ジャンは……馬面とか?」

「ふぅん。……じゃあ、俺は一言でいうと何だろ? ……ミカサ?」

 本気で悩みだしたエレンを見て、ミカサははっとした顔をした。そういえば、やっとエレンの特性を思い出した。

「死に急ぎ野郎!! そうだ。訓練兵の時、エレンは死に急ぎ野郎だった!!」

「つまり、熱血と!?」

「そう、熱血死に急ぎ野郎!! 食堂で、演説もした」

「あ、あれはジャンの野郎が突っかかって来たからで、演説したわけじゃねぇよ!!」

 エレンが慌ててフォローを入れようとするが、彼女たちはまるで聞いちゃいない。

「やったやん! これで方向性が見えてきたと!」

「うん。もしかしたら、何とかなるかも」

「な、何だよ。死に急ぎ野郎の何が関係があるんだよ?」

「そしたらね、いい? まずはね……」

「うん。……うん。つまり、熱血ヒートハートを全面に押し出す?」

「そうそう、そんで小道具は合わせてね……」

「あ、エレン、今日は私も付き合う。だから、頑張って練習しましょう!」

 困惑するエレンとは裏腹に、ミカサとむろみさんは何かの扉が開けたように作戦会議を始めるのであった。




 ☆   ☆   ☆




 翌日



 軽快な音楽と共に簡易ステージに立った三人は課題としていた数曲の歌をダンスと共に歌い終えると、三人揃ってあの時と同じ決めの挨拶に入った。

「みかりんでーす♪」

「えれえれだぜ!!」

「うっさミーン☆」

『三人合わせてシガン☆しなでーす☆』

「シガン☆しなだぜ!! よろしくな!!」

 ジャンプして一歩前に出たエレンが会場に向かってウィンクを決め、力強くマイクを振り上げた。

 頭の上には少し垂れ気味の犬耳を装着し、服装も元気系の子犬をイメージした衣装に変わっている。

「良いですね。うさミンの兎耳に合わせて、みかりんが猫耳でえれえれには犬耳ですか。クール系、元気系、可愛い系がそろった感じですね」

「ああ。エレンとミカサが考えてきたそうなんだが、最初に思ってたよりかなり良いな。問題は……」

 肯定的な意見を出していた調査兵団の面々がエルヴィン団長とリヴァイ兵長に目を向けると、二人は壇上のアイドルを睨むような顔つきで見ていた。

 挨拶が終わり、マイクを持ったまま評価が出るのを待っている三人に、リヴァイがつまらなさそうに天井を仰いだ。

「……まぁ、悪くはないんじゃねぇのか?」

「ああ、良いんじゃないかな」

 にこやかなエルヴィンの言葉と共に、一瞬にして会場内が湧いた。

「よっしゃぁぁぁ!!」

「これで今夜は寝られるぜ!!」

「じゃあ、私はこの衣装でもう少し詰めてみるわ!!」

「ダンスも元気少年っぽく少し変えてみましょう!」

「やっとえれえれのソロ曲も書けそうだな!! 頑張るぞー!!」

「おいエレン、やったな」

 横からジャンが三人に近づいた。とてもそっけない態度だが、それなりに労うようにエレンの肩を叩く。

「どうなるかと思ったけど、お前、よく考えてきたな。これでどうにか本番までに間に合いそうだな!」

 苦笑いをすると、エレンはくるりとジャンを振り向いた。どんな憎まれ口が飛び出すのかジャンが待ち構えると、予想に反してエレンは白い歯をきらりと光らせた。

「そんなの当たり前なんだぜ!!(キラッ」

「…………あ?」

「心配してくれてサンキューな! ジャン! マネージャーとしてこれからも頼むんだぜ!!(キラッ」

「…………」

 ジャンが呆然としていると、横から二人が顔を覗かせた。

「ジャン、エレンじゃない。犬耳を付けている間は、えれえれ」

「どうやら、エレンのままじゃこのキャラ付けは精神的に耐えられなかったみたいなんだ」

「そういうわけだ!! 俺はえれえれ!! よろしくなんだぜ!!(キラッ」

 すっかりアイドルになったエレンことえれえれに、ジャンは微笑を浮かべて両肩を叩いた。

「お前、今日はもう帰れ」




 人類は今日も壁の中。







[37993] 壁内中央日報と巨人面魚調査報告
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/07 23:29

 ※ 新聞とメモ帳風の諸々壁内事情の設定と巨人面魚の設定です。読み飛ばし可。





  壁内中央日報 ◎月×日△曜日 ※記述文は記事より一部抜粋。



 所属兵団選び、先延ばし



 104期訓練兵団の所属部隊を選ぶ日程が延長された。

 壁の外が唐突に海になってしまったため、状況の急激な変化を配慮した結果である。

 従来の勧誘式で行った『所属決め』と違い、訓練兵は解散式の終わりから猶予期間内に所定の兵団に申請書を届け出ることにより所属兵団を決めることが出来る仕組みだ。

 この仕組みを中央に提案したのは調査兵団エルヴィン・スミス団長である。

「状況が以前とはあまりにも変わりすぎた。壁外が海になるとは誰も予想だにしていなかった事態である。そんな中で訓練兵に突然所属兵団を決めろと言うのは極めて酷な話だと思い案を提出した。中央の判断は賢明であると思う。是非、広い視野で物事を見定め、熟考の後に所属兵団を決めてほしい」

 というのがスミス氏の意見である。

 それに対して憲兵団ナイル・ドーク団長は「今回の訓練兵の兵団選択の延長は極めて遺憾である」というコメントを残した。

「そもそも兵士というのはいかなる事態に直面しても逐一正しい行動をしなければならない。それが状況が多少変わった程度でこれまでのしきたりを覆して良いものか。スミス氏もそうだが、彼の意見を採用した中央の考えも甚だ疑問だ」

 なお、現在も訓練兵の所属兵団選びは続いているが、今年も訓練兵団の流れは駐屯兵団への流入が一番多いとの見通しだ。




 調査兵団アイドル部隊、孤児院を訪問。



 先日、調査兵団アイドル部隊『シガン☆しな』が孤児院を訪問した。

 『シガン☆しな』とはかつて超大型巨人の襲撃により崩落したウォールマリア南部の街、シガンシナ区をユニット名に冠したグループだ。

 メンバーはうさミンさん、みかりんさん、えれえれさんの三人で構成されている。三人は共に幼馴染であり、かつて巨人により陥落したウォールマリア、シガンシナ区で生まれ育った。

「親を失った悲しみは、僕たちにもよく解りますからね」

 そう語ったうさミンさんたちは子供たちと遊んだ後、代表曲である『恋の壁外逃避行』や『ミミミン☆うさみん』等を子供たちと一緒に合唱して訪問を終えた。

 今や壁内中に知れ渡る有名アイドルと遊び終えた子供たちは嬉しそうに「とても楽しかった」と語った。

「みかりんが思ってたよりずっと可愛くてびっくりした」

「うさミンが物知りでもっと沢山お話したかった」

「ケンペイダンレッドも好きだけど、えれえれも凄くかっこよかった。シガン☆しなが今までよりもっと好きになった」

 次回の壁外調査準備で忙しい中、アイドル部隊を設立した調査兵団の団長、エルヴィン・スミス氏はにこやかに語ってくれた。

「アイドル兵団の設立は国民の皆様に寄り添った兵士でありたいという理念に基づいたものです。調査兵団のシンボルマークである両翼は自由を象徴するものですが、アイドル部隊の場合はこの翼で世界を包み込むという暖かさの象徴だと思ってくださればありがたいですね」

 なお、第一回シガン☆しなの大規模ライブイベントのチケットは既に完売している。
 これからも三人の活躍に目が離せない。




 謎の食糧、壁内に流出


 最近、壁内で出回っている出所不明の食糧が問題となっている。

 壁外が海になったことにより塩の入手が比較的容易にはなっているのだが、その他の食糧は未だに自給率が低い。そんな中で店先や家の戸棚の中に勝手に食糧が増えているという事件が後を絶たない。

 取材を受けてくれたのはウォールローゼ南部の街にお住いのとあるご婦人だ。

「朝、パンを作ろうと思って戸棚を開けたら既に出来上がったパンが三つも出てきたの。買ったものじゃないわ。だってパンなんて買うこと滅多にないもの。その他にも買った覚えも無い缶詰や干し果物なんかが出てきてね、気持ち悪いったらありゃしないわ。でもまだまだ食糧は少ないでしょう? 主人と一緒に一口食べてみたんですけど、変な味もしないしそれなりに美味しかったわ」

 他にも、植物油の瓶詰が納戸から出てきた例や朝起きたら乾燥トウモロコシが軒先に吊るされていた例が報告されているが、未だに原因は不明である。

 缶詰には『妖精社』というロゴがプリントされているものもあるが、この『妖精社』に関して知っているものは誰も居ない。

 穀物がまだ十分量足りていないのは重々承知しているが、憲兵団では出所の解らない食糧はなるべく口にしないようにと注意を呼び掛けている。



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 笹かま処『キルシュタイン』


 トロスト区に新名物登場!!

 笹かま屋「キルシュタイン」

 人魚さんから教わったレシピをそのままに。魚の練り物を一本一本丹念に焼き上げました。
 自家製の魚醤をかけて食べるとウマさ倍増!!

『調査兵団に入った息子に食べさせてあげたくて作ったものがこんなに売れるなんて思ってませんでした。ジャン、これ見たら一度家に帰ってきてね』




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 養蜂農場 フランツ&ハンナ


 時代は甘味に突入している!! 取れたて新鮮な蜂蜜を是非ご賞味ください。

 フランツ&ハンナの養蜂は一味違う。

 ウォールローゼ東の大きな木の上にいくつも置かれた巣箱たち。個人購入した立体起動装置で樹上に登って蜜を取るのはご主人のフランツさん。元は訓練兵だったが壁外が海になり、奥様のハンナさんの妊娠をきっかけに退団し、現在では故郷の村で養蜂園を開いている。

『まだまだ至らないところだらけですが、妻と二人でこれからもがんばります。同期の皆も良かったら買ってね!』




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 中央商会宝飾部門


 世界で一番美しい人魚の涙。

 人魚との交易でのみ入手できる大粒の真珠を貴方に。

 鋼貨十枚からお客様のご都合に合わせたグレードをご提供いたします。

 愛するあの人に、貴方からの気持ちを届けるために。



 ☆   ☆   ☆



 ※ハンジの手帳より抜粋



 ○月×日実施   調査兵団 ハンジ・ゾエ 




 題  巨人面魚の生体に関する実験調査


 目的 巨人面魚の弱点、及び生体についての観察。


 駐屯兵団に協力を仰ぎ海水の汲み上げ機を使わせてもらう。器具は黒金竹の葉脈を使ったロープに鉄製フック。釣り餌には傍にいたモブリットからパンツを奪い取る。

 巨人面魚はヒトの臭いに反応するので、ヒトの着古しならば何でも良かったが中でも局部の臭いが染みついたものが良いとの判断から実行。パンツ代は後日請求とする。

 人魚たちの証言から水深はおよそ二百メートル前後。壁より下は断崖絶壁となり、水深は思っていたよりもかなり深いことが判明。

 巨人面魚は水深約五十~百メートルの所に生息している模様。壁上固定法では届かない可能性大。

 さっそくモブリットのパンツを付けたフックを海に投入。すぐに三メートル級の巨人面魚がヒットする。

 五人がかりでロープを巻き上げ巨人面魚を吊り上げる。

 水揚げされた巨人面魚は煙を噴き上げながら暫く暴れていたが、十分前後で完全自壊。その際の温度はおよそ七十度前後。

 海中での巨人面魚の体温は人魚たちの証言をもとに四十度前後と判断したことから、死ぬときは一時的に高温になるらしい。

 調査続行不能。



 モブリットのパンツを引き続き使おうとしたが、既にボロボロになっているパンツには何も食いつかない。一度使用するともう効かないようだ。

 仕方なく自分のパンツを使おうとするも、周囲から止められる。代わりにモブリットの右靴下を奪取する。

 投入後、すぐに七メートル級がヒット。

 今度は自壊前に弱点を探すべく我々の知る巨人の弱点、うなじを削いでみる。なお、巨人面魚の体表は非常に硬いので超硬質スチールを使用。自壊前に殺すことが出来ることが判明。弱点は同じらしい。

 次いでモブリットの左靴下を投入。

 すぐに四メートル級がヒット。

 暴れる巨人面魚をワイヤーで抑え込み、体表の鱗の採取を試みる。非常に硬くて剥がしにくいが、剥がした時、手の平の上で煙を上げて消失。温度は感じない。その後すぐに巨人面魚も消失。

 モブリットからシャツを奪取。投入。

 すぐに十メートル級ヒット。

 日光遮断実験を試みようとしたが、布をかけるのに手間取っているうちに被検体消失。


 モブリットが泣いたのでその日の実験はやむを得ず中止。
 



 なお、人魚たちの証言によると海中時には『攻撃するとすぐに回復してしまう』そうだ。

 魚たちとの会話が可能な人魚でも巨人面魚との意思の疎通は不可能であり、その辺りは我々の知る巨人とも共通してると言える。

 今後も何かが解り次第、順次報告予定。





[37993] 壁外調査と淡路さんとむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/14 21:42
 ※ 淡路さん、明石さん、鳴門さんはむろみさんの原作に出てくるハンターの人魚さんです。

 ※ 今作では名無しハンターさんも出てます。





 その日も相変わらず壁内は良い天気であった。

「本日はご協力いただき有難うございます。あなた方が護衛をなさってくれるのは我々にとって大変心強いです」

「何言ってんのや。こりゃビジネスやろ? ワイらも商売先が増えるんは有難いことやし、まぁギブアンドテイクっちゅーやつなんやから気にせんとき!」

 壁の下で握手をして挨拶を交わしているのは調査兵団エルヴィン団長と、ハンターを職業とする人魚の代表、淡路さんだ。周囲にはリヴァイ班を含めた多くの調査兵団のメンバーと、銛や槍を携えたハンターの人魚達が挨拶を交わしていた。まぁ、その殆どがトロスト区に開かれた魚市場での顔なじみなので、緊張しているものは殆ど居なかったが。

「おおー淡路さんやる気まんまんとね」

 それぞれが挨拶を済ませた後、ひょっこりとむろみさんが顔を覗かせた。

「むろみ、来てたんか」

「まぁ、紹介者として一応見に来た方がえぇかと思ったけん。調子どう?」

「そらもう絶好調やがな! 巨人面魚なんぞ商品にもならん魚はワイが槍の錆びにしてくれるわ!!」

「うーん、頼もしかね。流石淡路さん」

「淡路さん!! 最後の作戦会議が始まりまっせ!!」

「はよ来てください!」

 自慢の槍を素振りしながらがっははと豪快に笑う淡路さんを、明石さんと鳴門さんが遠くで呼んだ。「おうよ、今行く!」と返事をしながらも、淡路さんはむろみさんに向き直る。

「ところでむろみ。出かける前に聞いときたいんやけど、こういう類の荒事はワイらよりもリヴァイアさんの方が向いてると思うねん。何でワイらなんや?」

 聞かれたむろみさんは「あぁ」と軽く頷いた。

「だってリヴァイアさんってば今、世界の溶岩めぐりしとるけん。折角ええ湯ば楽しんでる所を呼び出すんは悪いっちゃろ? それに……」

「それに?」

 そこでむろみさんは更に低い声でこっそりと言う。

「簡単に巨人面魚狩り頼んでリヴァイアさんがうっかり壁壊したりしたら、それこそ大惨事っちゃけん。壁ん中って海抜マイナスっちゃろ……?」

「あぁ……あの人ならやりかねんわな。うっかりで国一つが水没ってシャレにならんで……」

 二人は同時におちゃめな巨大海獣がうっかり吐いたブレスで壁が大粉砕され、ノアもビックリするような大洪水が壁内を襲う様を想像した。かつて大陸一つを滅ぼした上に、リヴァイアさんはあの性格だ。実際にありえそうな所がまた恐ろしい。

「そんなわけで淡路さんに頼んだけん」

「うーん。まぁワイとしても商売相手が増えるんは歓迎やしな。まぁ約束やし、ちょっくら行ってくるわ」




 ☆   ☆   ☆



 トロスト区の壁の上には今回調査に出る団長のエルヴィン、そしてリヴァイ班とハンジ班が防サビ、防腐加工を施した立体起動を装備して待機していた。

 メンバーは団長のエルヴィンを含め総勢たったの十一名。馬の役割をこなすイルカの頭数が少ないため、少数精鋭班と情報収集班に分けた結果だが、この人数は歴代の壁外調査でも最低人数に違いない。

 壁の下にある門は水没していて開くことが出来ないので、壁上からの出立である。壁から五メートル程下に広がる海面には既にそれぞれのイルカが鞍を付けて待機されており、あとは出発の合図を待つだけだ。

「間に合わないかと思いましたけど、どうにか完成したみたいで良かったですね」

 グンタが体にまとわりつく新品のラッシュガードの裾を引っ張った。はっ水加工を施され保温効果に優れた新品の服は黒地に黄色のストライプが走る、かなり派手な模様だ。

「ああ。技術班が頑張って今回調査に出る人数分だけは確保してくれたらしい。高価なんだからダメにするなよ?」

「解ってるさ。だがまぁ、ダメになる時は人面魚の胃の中しかねぇだろ」

 軽口を叩きあうメンバーの額にはハンジが壁外調査で付けるのと似たゴーグルが装備されていた。水中に潜水しても視界が奪われることが無いように、今回の海上活動では全員が着用を義務付けられている。

「ちっ、まったくこの靴はいつ履いても動きづらくて仕方ねぇ。もっと何とかならねぇのかよ」

 リヴァイが苛立ったように防水加工された靴を踏み鳴らした。今回の壁外調査隊に支給されている靴は、つま先の部分が反り返っている上、足底が妙に長く作られたかなり不格好な代物だ。

「確かに、ショートスキーは動きにくいですよね。でも立体起動の推進力で水上を走るのって何かわくわくしませんか? 貯水池でも良いけど、本物の海で出来るのがちょっと楽しみです。不謹慎なんですけどね」

「え~? 不謹慎でもなんでも無いって。ペトラは真面目だなぁ。私は今から魚型巨人と一緒に泳げると思うとすっごいワクワクするよ!!」

「ハンジ。テメェは少し黙ってろ」

「へいへーい」

 人間たちが壁の上で装備の点検をしている頃、淡路さんら人魚グループはイルカと共に海の中に居た。

 壁一枚隔てた海の中には馬鹿でかいのから普通にでかいのまでさまざまな巨人面魚が泳ぎ回っているが、人間じゃないからなのか人魚には一切の興味を示さない。

 悠々と淡路さんの目の前を横切る巨人面魚を、淡路さんは一瞥する。

「どいつもこいつもおもろいツラしよってからに……」

 苛立ったように淡路さんが腕を組んで辺りを見回すと、隣で聞き耳を立てていた明石さんが振り返った。

「淡路さん、そろそろ時間でっせ!!」




 ☆   ☆   ☆



 壁の上に、銃声が響き渡る。

 作戦開始の煙弾が打ち上げられると同時に、出発地点から両側へ五十メートル程離れた地点で幾つもの木偶人形が海上に落とされた。

 この木偶人形はヒトの屎尿が塗られた上に着古しの服が被せられている、いわば囮だ。

 木偶人形の落下地点に巨人面魚がその囮を食おうと飛び上がる幾本もの水柱が確認され始めると、鋭い笛の音が周囲に響く。海面には淡路さんが顔を覗かせ、口に咥えた警笛を全力で吹いていた。

 出発地点の真下にいた巨人面魚が囮にかかり、周囲から消えた合図である。

「今だ!! 総員、出立!!」

『はいっ!!』

 笛の音を聞いたエルヴィンら調査兵団はゴーグルをかけると全員が壁を蹴り、見渡す限りの大海原へと飛び出した。



 ☆   ☆   ☆

 

 今回の壁外調査はとてもシンプルなものだ。

 調査兵団はハンターの人魚達に丸く囲まれる形で海に出て、一日のうちで行けるところまで行って帰ってくる。その間に目印になるようなものがあるかどうか確認し、いずれは人魚からの輸入に頼らず人間だけで漁が出来るか否かが検討できれば上出来だった。

「よっしゃぁ! 四メートル級打ち取ったり!!」

 体から煙を上げて消滅する巨人面魚のうなじから槍を引き抜きながら淡路さんは勝利宣言をする。

 壁から出て、既に一時間が経とうとしていた。振り向いても壁は既にここから見えなくなっている。もしもこの場に置き去りにされたら迷子になるのは確実だろう。

「流石、人魚さんは違うな。今の所敵なしじゃないか?」

 飛沫を上げながら海面を走るイルカの背に乗ってエルドがごちた。今の所五メートル級以下の巨人面魚にしか遭遇していないが、その殆どを淡路さん達人魚が狩りとっている。巨人面魚が人魚に反応しない性質も関係しているかもしれないが、それを除いてもハンターたちの戦力は凄まじく、そして頼もしかった。

「当たり前や! ワイらは昔、シロナガスクジラも狩ってんねんで! こんなもんまだまだ小さいわ!」

「おうよ! 淡路さんは海じゃほぼ最強なんやで!」

 鳴門さんが淡路さん自慢を始めると、正面側から警笛の音が聞こえる。火薬を使う信号弾に不安のある海上では合図は全て笛の音を用いていた。今の警笛音から察するに、どうやら新たな巨人面魚が接近しているらしい。

「バカデカい奴が正面から来とります! 気ぃつけて!!」

 海面から見ると何も見えないが、リヴァイが指笛を吹けばイルカが指示通りに潜水を始める。海中を覗いてみればまだまだ遠いが、なるほど真正面からおよそ十メートル級はあろうかという馬鹿でかい顔の魚が徐々に迫ってきていた。

 先頭を走っていたエルヴィンは人魚からの警笛を聞くや否や鋭く数回指笛を鳴らす。全員が巨人面魚を避けるように左へ曲がる。

 基本的な戦術は長距離索敵陣形時のものと似ているが、地上と海上の違いは完全な目視に頼れない場面が多々あるということだ。

「真下から来ます!! 六メートルくらい!!」

「なんやて!?」

 急いで警笛が鳴らされるが、間に合わない。

 陣形のド真ん中から水柱を立てて現れたのは、七メートル級のやたらと笑顔が眩しい巨人面魚であった。危機に気づいたイルカが指示をされる前に攻撃を避けたのでどうにか全員無事生き残れたが、一歩間違えたら今頃は魚の餌になっているところであった。

 飛び出した巨人面魚は、このまま海の中に帰ってくれればいいものの、値踏みをするように人間たちを見るとその大口を開けて襲い掛かって来た。こうなるともう狩るしかない。

「援護する。奴を狩るで!」

「よっしゃあ!」

「やっと出番だぜ!!」

 淡路さんが怒鳴ると同時にオルオとグンタが巨人面魚の両側頭部に立体起動のアンカーを打ち込んだ。続いて、ラシャド、ハンジ、そして他のメンバーが巨人面魚へ一斉にアンカーを放つと、そこでようやく獲物の動きが鈍る。

「このっ、大人しくしろ!」

 体に刺さったアンカーを振り払おうともがく巨人面魚だが、水面下からは淡路さん達が海へ潜れないように巨人面魚の体を槍で突き上げている。

「全員間合いを取れ!! アンカーが抜けないようにしろ!!」

「もっと引けぇ!」

「兵長!! 今ですっ!!」

 逃げ場を無くし、大きく海上へ跳ね上がったところで獲物の頭にアンカーを放ったリヴァイがワイヤーに引かれて海面を奔った。まるで黒い海鳥のように体を下げ、ショートスキーで水飛沫を上げながら水上を疾走し、いよいよ巨人面魚の体に迫った瞬間、腰に携えたボンベからガスが噴いてリヴァイの体を浮き上がらせる。

 翼の代わりに両手に携えた鈍色の刃は、海上に飛び上がった巨人面魚のうなじをしっかりと捕らえていた。

「やりましたね兵長!」

「凄いじゃないかリヴァイ! 人類初の快挙だよ!」

 煙を上げて消滅する巨人面魚を背に口々に賞賛の言葉がイルカの上に戻ったリヴァイへ投げかけられるが、本人は些か不満げだ。

 この戦い方はたった一頭に裂かれる人員が多すぎて、多数の巨人面魚襲来時にはあまり役立たない。加えて、常に人魚の援護が必要だ。人類が、人類だけで巨人面魚を狩る方法はまだ無いに等しいのだ。

「せめて、海中で奴らを追うことが出来ればな……」

 握りしめた拳を見つめ、己の力の足りなさを痛感するリヴァイの横に淡路さんがにょこりと顔を覗かせた。

「やるやん。人間の癖に」

「淡路か……何か用か? 今は作戦中だぞ」

「そないシケたツラ見りゃ一言いいたくもなるわ」

「俺はいつもこの顔だ」

「ほんま口の減らない男やな。まぁアレや。今の動き、人間にしとくにはもったいなかったで」

「……何が言いたい?」

「何がってあんなぁ……まぁ今のは鳥っぽくてちょっとかっこよかったで。ワイら魚やけん鳥嫌いやけどな!! そないツラしとらんで、もうちょい喜べ! それだけや!!」

 言い捨てるようにして、淡路さんはすぐに海の中に潜ってしまった。

 リヴァイは数度目を瞬かせたが、すぐに口の端を凶悪に歪める。

「それで気を使っているつもりか」

 今は悩んでるのがバカバカしくなった。自分たちが生きて情報を持ち帰る限り、いずれ戦い方は改良されるだろう。人類の歴史は昔からそうだ。ならば、今は生きて帰るのが先決だ。

「いいぞ。鳥は鳥らしく、鳥の狩りをするだけだ」

 魚を羨むのは後回しだ。今は頼りない海鳥として、この戦場を生き残ることだけを考えよう。
 



 ☆   ☆   ☆


 

 七メートル級の巨人面魚を人類が初めて打ち倒してから三十分が経とうとしていた。

 海面には相変わらず目印になるようなものは何もなく、時折巨人面魚が現れる以外に海の変化はあまり無い。

「この分だとまだまだ行けそうだな」

「ああ。下手すりゃどっかの島についちまうかもな」

「まさか。この辺りは何も無いはずだぜ?」

 イルカに乗った面々が話していると今度は左側方から笛の音が鳴り響く。

「また巨人面魚か?」

 周囲に緊張が走った瞬間、一人の人魚が慌ててすっ飛んできた。

「た、大変です!! あっちの方から変なのが来ますぜ!!」

「落ち着け! 持ち場を離れるくらいの用ってなんや!?」

 ぜえぜえと息を切らせる人魚に、淡路さんが激を飛ばすと、人魚はしばし口を開閉させてから勢いをつけて叫んだ。

「何というか、ウチにもよく解らへんねん!!」

「なんやねんそれ! 報告になっとらんやろ!」

 その時、エルドがはるか遠くの方から何かが近づいてくるのが見えた。

「おい、確かに左の方から何か来るぞ。なんだありゃ?」

 何だかよく解らないそれは、海面から飛び出した二本の棒のようなものだった。

 Vの字に海面から飛び出した奇妙な物体が徐々に近づいてきている。もう少しでそれが何か解りそうになった瞬間、『そいつ』は水の中に音も無く沈んだ。

「なんなんだ。あれは」

 鳴り響く笛の音。瞬間、すぐ目の前で何かが飛び出して来た。

『ブフォッ!!!!!』

 リヴァイとエルヴィンを除いた殆どが噴き出した。

 水面から海上へ大きく飛び上がったのは、十五メートルはあろうかという巨人面魚。しかし、その腹ビレに相当する部分からは人間の足(スネ毛有)がにょっきり生えていたのだ。

「何あれ何あれ何あれーーーーー!!!」

「知らねぇよ! 何で魚に足が生えてるんだよ!!」

「ぎゃはははは!! 死ぬ、死ぬ、腹が死ぬ!!」

「うおぉぉぉ!! すげぇ!! 足付きすげーーーー!!」

「バカ野郎!! 気を引き締めねぇと本気で死ぬぞ!!」

 大爆笑するメンバーをグンタが怒鳴りつける中で、足付き(スネ毛有)巨人面魚は再び海中へ潜ると再び大きく海上へ跳ね上がった。目の前の人間を襲う事も無く、まるでその二本の足(スネ毛有)を誇示するかのように跳ね上がるたびに何度もバレリーナのようなポーズを決めているのは何故だろう。

「何かがおかしい。皆、気を付けろ!」

 どっかんどっかん爆笑している全体にエルヴィンが声をかけると同時に、複数方向から警笛の音が聞こえた。

 笛の音から察するに、その数、無数。

「淡路さん、ヤバいっす!! 数が多すぎて応戦が間に合いません!!」

 イルカが逃げ出すと同時に、その場所から二頭の巨人面魚が歯を打ち鳴らしながら飛び上がる。他にもあちらこちらに無数の巨大な魚影が形を現し始めていて、もはや手におえない数だ。

「あの足付き、まさか仲間を呼んだのか!?」

 もはやこの巨人面魚の群れの突破は不可能だ。ここらが潮時とばかりにエルヴィンが撤退を知らせる笛を鳴らす。

「撤退ー!! 撤退だー!!」

「しんがりは任された!! 人間どもははよ逃げや!!」

 全員が方向転換をしようとするが時すでに遅く、あたりは十頭や二十頭ではきかない大量の巨人面魚が埋め尽くしていて、エサに群がる鯉のように大口を開けて迫ってくる。

「うわぁー!!」

 仲間の悲鳴が聞こえた。

 振り向くと、待ち伏せしていたらしい巨人面魚の頭にイルカが跳ね飛ばされ、波間で誰かが海に落とされた。

「へいちょ、たすけ!! うぶぁ!! 来るな、くるなぁぁぁ!!」

 イルカから振り落とされ、近くで海面に漂っていたエルドの頭が海中に消えた。

「ちっ、明石! 鳴門! シャキっとせいや!! これ以上ヤツらの好き勝手にさせんな!!」

「ダメッす!! 数が多すぎてこっちも手が回りやせん!!」

 淡路さんたちハンターも無数の巨人面魚を捌いているがとても間に合わない。一頭倒す間にも新たに二頭が増えているような気がするほどだ。

 波が経ち過ぎていて、あたりを見ても既に何人になったかもわからない。海面から飛び出す巨人面魚の頭に、リヴァイは無意識的にアンカーを放っていた。頭の中は不自然なほど冷静だが、思考回路は全て相手を狩ることのみにシフトしている。

 しかし、狙った獲物に向かって水面を翔る間に十メートルはあろうかという巨人面魚が、横から大口をあけてリヴァイの眼前まで迫っていた。

 アンカーを戻す余裕は無く、ガスを使って間一髪横へ逸れるがそこにも巨人面魚の穏やかな顔が迫っていた。

 逃げ場は、無い。

「ここまでかよ……」

 不思議と恐怖心は無かった。ただ、酷く悔しかった。失ったと同時に背負った仲間の命も、約束も、全部がもう守れなくなってしまうことがどうしようもなく悔しい。

 巨人面魚の歯並びが見えた。最後の瞬間まで悪あがきをするつもりではあったが、しかし、不思議なことが起こった。

 眼前まで迫っていた巨人面魚の体が横へ吹き飛んだのだ。

「あ?」

 アンカーを戻し、海に着水すると傍に漂っているのはイルカでも巨人面魚でもなく、無数の黒い背びれだ。

 よく見るとそれらはイルカに似ているが、イルカでは無い。イルカよりも大きく、白黒模様の生き物。そのうちの一頭がリヴァイの体を持ち上げた。つるつるした頭に、イルカよりも肉厚の唇。口の中はびっしりと白い牙が生えている。

「何だ? こいつらは!?」

 あたりを見回すと三十メートルはあろうかという島のような何かがいくつも浮かんでいて、その一つから誰かがひょこりと顔を出した。

「やっほー!! 皆もこっちに出てきてたとね!? 近海にシロナガスクジラさんとシャチさんの群れがおったけん!! ひいちゃんのお友達ば皆にも紹介しとー言ったら来てくれたと!! あれ? 皆どげんしたと?」

 にこやかに手を振るひいちゃんだった。

「ひいちゃん!! 助かった!!」

 生き残ったメンバーが急いでクジラの背によじ登る。無数にいた巨人面魚たちは近づこうとしても自分たちの倍ほどもある大きさのクジラの尾びれに叩きつけられ、あっという間に蹴散らされてしまった。

 しかし、何とか巨人面魚を撃退できたとはいえ損耗が無かったわけではない。

「食われたのはラシャド、ハンジ、エルド、ペトラか……」

 シャチの上から見回して、リヴァイは無表情で海に消えたメンバーの名前を呟いた。生き残りがシャチやクジラに運ばれる中、他に生き残りが居ないか人魚が海中を見回ってくれたが、生き残ったメンバーの他には誰一人、遺留物さえ無い。

 今回の巨人面魚戦でわずかな間に十一名中、四名の命が失われたということだった。
「済まん。ワイらがおったと言うんに……」

「お前らのせいじゃねぇ。もともとこういうのが仕事だ。それに、仲間が死ぬのはもう慣れてる。気にするな」

 吐くように言うリヴァイの表情は硬く、淡路さんはそれ以上何も言うことが出来なかった。

 帰りはクジラ、シャチのおかげで楽に帰ることが出来た。特に巨大なシロナガスクジラの攻撃力は凄まじく、巨大な尾びれで巨人面魚の横っ面を殴るとその首が吹っ飛ぶほどだ。

 エルヴィンはシャチとクジラへ調査兵団への入団を勧誘をしていたが、両種族からは海を回遊しなければならないという理由で断られていた。ただ、近場を泳いでいる時にひいちゃんが居て『一緒に遊ぶ』のは構わないらしい。

 そうこうしているうちに、ようやく壁が見えてきた。




 ☆   ☆   ☆



 海から帰って来た調査兵団を迎えたのは人々の歓声だった。

 兵舎へ帰る途中に歩む道は、壁外が海になる前と同じものだ。帰って来た者も、壁の上で待っていた者も、調査兵団のメンバーの表情は皆一様に暗かった。

「あのハンジさんまで食われたんですか……」

「……ああ」

「皆、あんなに元気だったのに」

「おい、いつもの事だろ。俺達はいつも仲間の死を見てきた。違うか?」

「あいつらの分も、俺達が巨人を殺すんだ。それしか無い」

「エルドさん、ペトラさん……うぅ」

「あの人たちが死んだなんて、今でも信じられねぇよ……」

「ああ。本当に、自分が死ぬとは思ってなかったぜ」

「兵長済みません!! 私たち死んじゃって!!」

「皆! 本当にすまねぇ!! あんなところで食われると思ってなかったんだよ!!」

「ごめんねー!! 研究報告まだなのに!! これからまとめるから許してー!!」

 振り返ると、確かに死んだはずの四人が涙を流して立っていた。





 あれ?







[37993] キノコと河童とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/15 11:53
 それは壁外調査の前日の事。

 背中にカゴを担いだむろみさんが、珍しく貯水池に訪ねてきた。

「へいへい皆おるー?」

 上機嫌に片手を上げて近づいてくるむろみさん。そこに居たのは翌日の壁外調査に備えてイルカの騎乗訓練をしていたリヴァイ班とハンジ班だった。

「あれ、むろみさん珍しいね。ここに来るなんて」

「リヴァイとエルヴィンは居ないけど、どうしたの?」

「うん。明日海に出るって聞いたけん。景気付けにえぇもん持ってきたと」

 そこで「どっこらせ」と呟きながらむろみさんが背中に背負ったカゴを下ろす。その中に入っていたのはカゴ一杯のキノコだった。

「何これ。キノコ?」

「わー。見たことないキノコじゃん。なにこれ食べれるの?」

「どうしたどうした? むろみさんが何か持ってきてくれたのか?」

 イルカに乗っていた面々も集まってきて、むろみさんの持ってきたキノコを見る。緑に白い斑点のついた何とも言えない微妙なキノコだ。

「これ、毒じゃねぇの?」

 微妙な顔をした兵士にむろみさんがぱたぱたと手を振って笑った。

「いや、それがくさ毒っぽい外見とは裏腹にちかっぱ美味かったけん。毒もなさそーやし、食べると景気の良い音がしよるし、これは出発前に皆で景気付けせんとと思って持ってきたと」

「マジでか。そりゃ面白いな」

「んじゃ焼いて食うか。誰か魚醤持ってるか? キノコにかけたら美味いだろ」

「俺、マイ魚醤持ってるぞ」

「アタシ七輪持ってるけんこれで焼こう!」

「あ、じゃあ私が火を起こしますね!!」

 じゅうじゅうじゅうじゅう。

「おお、これは美味い!!」

「変な言い回しになるが、何か自分が一人増えそうな味だな」

「今ぴろりろりろんってなったぞ!? 何だこりゃ面白れぇ!!」

「目を瞑ると×1って見えるんですけど、何ですかねこれ?」

「さぁ。それにしても美味いキノコだな。もう一個食べていいか?」

「おいしー!! あ、×2に増えた」

「よかよか! どんどん食いー!」

 そうして、むろみさんが持ってきたキノコで束の間のパーティーが始まった。

 謎のキノコはあっという間に無くなって、取っておいたはずのリヴァイとエルヴィンの分まで間違ってむろみさんが焼いてしまったので、戻ってきた二人には皆で内緒にしておくことにしたのだった。



 ☆   ☆   ☆



「そんなわけで、私たちは確かに巨人面魚に食われて死んだ。でも気が付いたら兵舎裏のゴミ箱から出てきたんだよね。すぽーんと」

 手を広げて飛び出すジェスチャーをするハンジ。ゴミ箱というのは、調査兵団本部の裏に設置された共同ゴミ箱の事だろう。纏めて燃やす為、兵舎内のゴミを一時的に貯めておく物なので結構大きいのだ。

「最初はあの世かと思ったんですけど、すぐ兵舎の裏って解って驚きましたよ」

「皆で怪我が無いか確認してから慌てて壁まで戻ったんですけど、そしたら皆が帰還して戻ってくる途中だったんですよね」

「済みません!! 早く声をかけようと思ったんですけど、何か気まずくて声かけられなかったんです!!」

「……それで後ろからついて来ていたと……」

 死んだ仲間が何か生きてた。

 それはとても喜ばしい事なのだが、何故か釈然としない雰囲気が室内を満たしている。

「ちょっと待て。つまり、その謎のキノコを食ったせいで死んでも生き返ったとお前らは言いたいんだな? しかも裏のゴミ箱から」

 片手で頭を抑えているリヴァイに生き返ったメンバーが頷いた。眉間に皺を寄せたレアな表情はおそらく、歴戦の兵士長と言えどもこの状況には心底困惑しているのだろう。

「まぁ共通点から考えて、多分そういうことですね」

「あと巨人面魚に食われた時GAME OVERとか見えたよな」

「あ、私も見たよ。死んだと思ったすぐ後に。あと変わったことと言えば目を瞑ると見える数字が一減ったくらいかな?」

 生き返ったメンバーが口々にその時の状況を話すと、黙って聞いていたエルヴィンは数度頷いて、椅子に座っているむろみさんに視線を向けた。

「なるほど。むろみさん。その時持ってきたキノコはまだ残っているのかい?」

「うん。ただ、エルヴィンに言われて今朝もう一回森に行ったっちゃけど、もう一本しか生えとらんかったい」

 むろみさんが人を復活させる緑色のキノコを机に乗せる。全員の注目を浴びるキノコは、どこからどう見ても普通のキノコだった。

「ねぇ、むろみさん達は長生きしてるんでしょ? 今までにこういう状況の事例とか無いの?」

 ハンジが机から身を乗り出して聞くと、むろみさんは顔の前で手を振った。

「いんや、流石にアタシも初耳やけん。普通、食われたモンが生き返るはずなかと」

「わしもそげん事例は聞いたことがなか。普通はそれが自然の摂理たい」

 むろみさんの隣に座っていた人物が頷いた。

 だよなーと全員が同意する中で、ペトラがおずおずと手を上げる。

「あのー。お話合いの最中ですが、質問良いですか?」

「何ねペトちゃん」

「そちらの緑色の方はどなたでしょうか?」

 全員の視線がむろみさんの隣に座る、緑色の亀とも人とも言えない人物に寄せられると、エルヴィンが真っ先に口を開いた。

「彼は河童の川端さんだ。不思議な植物の権威だそうで、私がむろみさんに頼んで呼んでもらったんだ」

「人間は好かんがむろみから変なキノコがある言われたけん。興味があって見に来ただけたい」

「こうは言ってるけど、川端君は博識で良い人やけん。怖がらんでもよかよ」

「はぁ……私はペトラ・ラルです。よろしくお願いします」

「んむ」

「まぁ、それぞれ自己紹介は後にして、川端さん。まずはこの復活キノコのことについて調べてもらいたい。出来れば早い方が良いんですが、できますか?」

「そら、調べてみんことには何とも言えん。人が生き返るキノコなんぞ俺も初見やからな」

「ご希望があればこちらでも出来る限り支援しますので、遠慮なく言ってください」

「ああ」

 エルヴィンからキノコを手渡される川端くん。まったく動じずに川端くんに話しかける団長は、流石としか言えない。使えるものは異生物でも使うらしい。

「もしかしたら壁内の謎の食糧流入と関係があるかもしれないね」

 ハンジがぽつりと呟くように言うと、隣に居た兵士が反応する。

「ああ、あの妖精社のですか? まだ工場が見つからないんでしたっけ?」

「でもあれのおかげで食糧不足が解消されてるんだろ。俺は別に良いと思うけどな」

「妖精やと!?」

 ぎんっ、と川端君の鋭い眼光が反応した。普通の人なら思わず体が竦むほどの鋭い声だ。

「何ね川端くん。いきなりおらびよって」

「何か解ったんですか!?」

 しかし、川端くんはすぐに考え直したようでクチバシに指を当てると首を振った。

「んにゃ……何でも無か。まだ断言は出来んけん」

「おい、河童。煮え切らねぇこと言ってねぇではっきりしろ」

 リヴァイがいつもの調子で言うと、川端くんが睨む。河童と人類最強の睨みあいという何だか異様な光景に全員が固唾を飲んでいたが、先に肩の力を抜いたのは川端くんだ。

「俺にも妖精の事はよー解らん。ただ、奴らが原因なら妙な事は起きても人死にはせんたい」

「何だそりゃ」

 手に持った緑色のキノコを見つめながら、博識な河童は呟いた。

「世界は不思議に満ちてるけん。それしか言えん」




 ☆   ☆   ☆


 

 歌の練習を終えたシガン☆しなことエレン、ミカサ、アルミンは壁の中の人類で初めて海に出て、初めて帰って来た調査兵団のメンバーに挨拶をするべく廊下を歩いていた。

 アイドル部隊はコンサートを控えた重要な時期であるため、みだりに外出は出来ない。その為、帰還パレードの時に三人は街へ調査兵たちを迎えに出られなかったのだ。

「なぁ、海を泳ぐってどんな感じだったのかな?」

「僕にも解らないけど、きっと気持ち良かったんじゃないかな」

「良いなぁー俺もイルカに乗って海に出てみたいけど……そうだ、むろみさんに頼めば乗せてくれるかな?」

「エレン、一人で海に出たらダメだからね」

「ンなこと解ってるよ!!」

 三人が本部の会議室の前まで来ると、突然ドアが開かれ中から緑色の河童こと川端くんが出てきた。

 危うくアルミンがぶつかりそうになると、川端くんは「おっと」と言いながら紳士的に受け止める。

「すまんな。怪我ぁ無かか?」

 見知らぬ異生物にアルミンが首だけコクコク動かすと川端くんは「そか。次から気ぃつけや」と言いながら去って行った。

「今のは一体……」

「また人間じゃない生き物かよ……もう慣れたけどさ。……ミカサ?」

 何と、ミカサがエレンの背後に隠れて震えていた。ありえない。という表情を二人がすると、ミカサがそっと顔を上げる。

「奴はもう行った?」

「ああ。だけど、どうしたんだお前。顔色悪いぞ」

「エレン、アルミン。今度あの生き物を見かけたらすぐに逃げたほうが良い。絶対に」
「何で? 凄く紳士的な人だったのに」

「ダメ。奴は河童。何でここにいるのか解らないけど、川の妖怪。気を抜いたら尻子玉を抜かれる」

「しりこだま……?」

 目を据わらせて言うミカサに二人が首をかしげると、ミカサは更に力説を始めた。

「そう。小さい頃、一人で川で遊んでて叱られた時、お母さんに言われた」

 それはエレンに会うよりも前の小さい頃、あまりの暑さに一人で川で遊んでいた時だ。

 家に帰ってから一人で川遊びをしていたことがバレたミカサは真剣に母親に怒られた。

『いい、ミカサ。水が危ないだけじゃない。川には河童っていう妖怪がいるの。一人で川で遊んだら、お尻に手を突っ込まれて尻子玉を抜かれちゃうのよ!?』

『しりこだまって何?』

『魂みたいなものよ。一人で川なんて、お母さんミカサが河童に尻子玉抜かれ無いか凄く心配するんだから!! 今度から絶対一人で川で遊んじゃダメよ!!』

『お母さん、心配させてごめんなさい』

 そういう事があったらしい。

「それから私は一人で川には行かないことにした。河童は妖怪だから武器はきかない。だからエレンとアルミンも絶対河童に近づいちゃダメ。どうしても会うときはお尻を押さえて尻子玉を抜かれないようにして」

「わ、解ったよ」

「じゃあ、皆にも言った方が良いのかな?」

「うん。言った方が良い。出来れば調査兵団の全員に知らせるようにしなくちゃ」




 ☆   ☆   ☆



 後日



「済まんが、エルヴィンがどこにおるか解るか?」

 兵舎に来ていた川端くんが兵士の一人に尋ねると、彼は飛び上がらんばかりに驚いて自分の尻を押さえる。

「はい! 右奥の部屋におりました!」

「そうか。すまんの」

 見れば先ほどからすれ違うたび男女問わず兵士が尻を押さえたり内またになったりするのは気のせいか。

 その時、向かいから兵士長が通りかかったのが見えた。

「よう。相変わらず機嫌悪げさな」

 普段は声なんてかけないのだが、気まぐれに話しかけるとリヴァイは驚いた顔をして素早く傍の壁に背中を押し付けた。

「俺の後ろに立つんじゃねぇ!!」

 気分の悪い奴だなと思いながらエルヴィンが居るらしい部屋のドアを開ける。

「すまんの、邪魔する」

 室内に立っていたエルヴィンと目が合うと、その足がきゅっと内股になった。




 その後、すぐに誤解は解けたが、何人かは今でも川端くんと会うたびに尻が竦むそうな。







 今日も人類は壁の中。














 あとがき

 皆さま、ここまでお読みいただきありがとうございます。
 このお話で、ようやく今作品の大体折り返し地点です。
 今話以降は壁外調査前と調査後の時系列がちょいちょい入り乱れます。
 どうかご容赦ください。
 キノコのネタに関しましてはアニメになっていないので、『人類は衰退しました』の原作、もしくはニコ動辺りで「妖精さんたちの、いちにちいちじかん」が参考になると思います。



[37993] アングラーと鳥とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/19 23:27

 ※キース教官のキャラがやや崩壊気味です。



 キース・シャーディスは今日も壁の上に来ていた。

 調査兵団の団長を務めて幾星霜。後任をエルヴィン・スミスに託したその後も訓練兵団を率いる教官として働き続けて幾年月。

 結婚もせず、今まで趣味と呼べる趣味も持たず、ただがむしゃらに仲間を食らい殺した巨人どもを駆逐する事だけを考え続けて生きてきた。

 ところがどっこい。壁外が突然海になり、知らないうちに壁内の食糧事情が大幅に改善され、巨人の代わりに湧いて出てきた魚型巨人は完全海棲で陸地での活動が不可能だ。

 諸々の事情が安定したせいか、ずっと巨人殺しの術を叩きこんで鍛え上げてきた教え子たちは今や人気アイドルやら敏腕マネージャーやら歌手やら戦隊ヒーローやら養蜂園の主になっている。どの訓練兵もそれぞれの道を歩み始め、この前はジャン・キルシュタインから身内用だとシガン☆しなのライブチケットとメンバーのサイン入り色紙を頂いた。

 ウォールシーナで開かれた壁内戦隊ケンペイダンの小劇を見に行けば、憲兵団に進んだアニ・レオンハートとマルコ・ボットがケンペイダンイエローとグリーンに扮していて、小さな子供から歓声と共に多大な賞賛が送られているのを見た。

 駐屯兵団に行ったミーナ・カロライナ他、女子勢は駐屯兵団広報隊で歌手をこなしていると聞き及ぶ。

 ついでに言えば出来ちゃった婚で退団し、ウォールローゼの東側で養蜂を始めたフランツ、ハンナの両名からは先日高価なハチミツが大瓶で送られてきた。

 また、立体起動の訓練は兵団のカリキュラムに組み入れられているにはいるが、外海の人魚達から魚介類の輸入が出来て、妖精社が何故か壁内に食糧をばらまいていて、おまけに外から巨人が入ってこない、こんな楽園みたいな状況が続くなら別に無理して外に出なくても良いんじゃないかなーなんて雰囲気がちらほら出始めた昨今。

 今までずっと仕事一筋。訓練兵からは鬼教官と呼ばれ続けたキース・シャーディスにもようやく趣味が出来ようとしていた。

「今日はこの辺りで釣ってみるか」

 そうぼやきながらキースは壁の上で道具を揃え始めた。

 竿は黒金竹で作られた丈夫な投げ釣り用ロッド。靱性に富み、既存の物に比べるとそう簡単に折れないのが特徴だ。

 釣り糸はこれもまた黒金竹の繊維を特殊加工したもので、麻や綿で作られた糸よりも格段に切れにくい。

 そして何より、手元に備え付けられた自慢のリール。これはとある工房がつい最近考案したばかりの新製品で、これさえあれば今まで手が届かなかった沖の魚を狙えるようになる。まだ量産体制は整えられておらず、特注でやっと手に入れた高価な代物だ。今まであまり使わなかった給金の殆どをこいつにつぎ込んだと言っても過言ではないだろう。

 釣針にゴカイを取り付け沖合を睨みつける。

「ふんっ!」

 気合い一発、勢いよく竿を振ると糸は弧を描いて飛んで行き、はるか遠くの沖合へ上手い具合に着水した。

 そんなキースの隣に座るのは、一羽の鳥幼女。

「ジジ、じょうず!」

「待っておれハーピー。美味い魚を釣ってやる」

「wktk、wktk! ハーピー待つ!」

 今まで誰とも結婚せず、子供も作らず、訓練兵からは鬼教官と呼ばれ続けた男は今やただの爺馬鹿と化していた。




 ☆   ☆   ☆



 シーラカンスから深海魚のトラウマを与えられた後、立体起動訓練のための下見にいった森の中で出会ったハーピーとキースは何故か物凄く意気投合してしまったのだ。

 いや、正確には最初こそキースはハーピーから情報を引き出すなり、訓練をつけて後の兵団の役に立てるべきかと思っていた。のだが、残念ながらハーピーは三歩で全てを忘却する鳥脳だった。

(そういえば、魚どもやむろみ嬢を初めとした人魚は皆、猫よりも自由すぎて兵士向きでは無かったなぁ……)

 あの日の魚の訓練でほとほと人外を相手に訓練をつける事に疲れてしまったキースは、世の中の平和な論調も災いして(もう人外はどうでも良いかな)と思ってしまったのであった。

 第一次接近遭遇後もハーピーとキースは何度かの接触を繰り返した。その度にキースは干し魚で餌付けをしたり釣った魚で餌付けをしたり自分の食糧を分け与えて餌付けをしたりした。そのうちにハーピーはキースを忘れなくなり、いつしか二人はすっかり爺と孫の関係になっていたのであった。



 ☆   ☆   ☆



 海へ垂らした釣り糸が魚に引かれる気配がした。

「今か!!」

「ジジ! ヒット! ヒット!」

 キリキリと糸を巻き上げるリール。波間に跳ねる魚影を見るに、釣針の先には七十センチはあろうかと言う魚がついていた。

「ぬぅ、重いな!! だがこれからだ!!」

 しなる釣竿。重たい手ごたえ。暴れる魚を抑え込み、近くまで引き寄せた所で思いきり引き上げるとザバンと音を立ててハマチに似た魚が引き上げられる。

「キース△(さんかっけー)!」

「ははは。さぁこの場で捌いて食うとするか」

 釣った魚を前に、にこやかにナイフを取り出すキース。もしもこの場を訓練兵が見ていたら「お前誰だ!?」と言われるほどキャラが崩壊していたのだった。

「しかし、この歳になって子より先に孫を持つとは思わなんだな」

 刺身にした魚に魚醤をかけて、フォークで刺しつつぼやく。

「マゴ、何?」

 キースのぼやきが聞こえたのか、隣に座ってばくばくと魚を食べていたハーピーが首をかしげた。

「孫と言うのは、まぁ平たく言えば家族みたいなものだ。私は仲間以外の家族はついぞ持たなかったからな」

「ハーピー、カゾク?」

「そうだな。お前さんの実年齢は知らんが、ハーピーは私の初めての孫みたいなものだ」

「カゾク、家族?」

 ハーピーは暫く首を傾げていたが、ぱっ、と思いついたように立ち上がり羽をはためかせた。

「ジジ、ハーピーの家族。ならイエティもジジの家族?」

「イエティ? それはハーピーちゃんのお友達かい?」

 聞きなれない名前は一体誰のものか。軽い気持ちで聞いたつもりだったが、ハーピーはやる気満々のように両手を上げた。

「イエティ! 俺の嫁!! ジジ、ハーピーの家族! ならばイエティ、ジジの家族! ジジ、イエティ会うがよろし!」

「む!? 一体何を!? ハーピー!?」

 言うや否や翼を羽ばたかせたハーピーはキースの両肩を力強い鳥の足でガッシリと掴むと天空はるか高くに飛び上がった。

「おおおぉぉぉぉああぁぁあ!!!?」

 突如として体が上昇していく。

 いくら立体起動で高所に慣れているとは言っても、それは精々立体起動で登れる巨大樹程度の高さである。こんな、地平線のはるか先まで見渡せるようなような高さは初めてだ。

「ハーピー、何をするつもりだ!?」

「ジジ、ヒマラヤ行くべし!!」

「ヒマラヤ!?」

 そしてキースの両肩を掴んだハーピーは壁上からジェット機をも凌駕する猛烈な飛行スピードで、地平線の先に向かって飛び出した。



 ☆   ☆   ☆



 おそらく、こんな所まで来た人間は今までにいないに違いない。少なくとも壁内史上ではキースが初めてだろう。

 下を見下ろせばそこは一面の大海原。上を見れば、まるで吸い込まれそうなほどの青。当たり前の事だが、やはり空の上には巨人はいなかった。巨人どころか生きているものはどこにもおらず、手を伸ばせば雲さえ掴めそうなその場所で、両肩をハーピーに捕まれたキースは呆然と周囲を見回していた。

(一体、どこまで行くつもりなのだろうか)

 ハーピーはヒマラヤと言っていたが、キースにはヒマラヤがどこにあるのか見当もつかない。そもそも人類が壁に囲まれて以来、壁の外の事を知っているものは殆ど居ないのだ。

 まるで夢でも見ているかのような気分だが、体に当たる風は紛れもなく本物で、そして何より眼下に広がる遥かな世界は目を奪われるにふさわしい。

(あれは一体……)

 眼下に広がっていた大海原はいつの間にか陸上になっていて、そこは真っ白で巨大な砂漠が広がっていた。見る限りでは動く物は何もない、ただ一面の砂の雪原。ハーピーの飛行速度は凄まじく、それも流れるように過ぎ去ると、今度は大きな山々の中央にグズグズと蟠る真っ赤な溶岩が煮えたぎっているのを見た。瞬間、ゴゴゴと地鳴りのような音を立て、火を噴き上げた山から流れ出るのは正しく炎の水である。それらもあっという間に過ぎ去って、ハーピーは更に高度を上げていく。

 空気が段々と冷えてきて、まるで雪の中に放り込まれたような低温に体が震えたその瞬間、キースは目の前の光景に驚嘆した。

「な、何だこれは!?」

 大気圏のギリギリまで上昇したハーピーから見た風景。それは、眼前一杯に広がる地球の形であった。弧を描いた地平線のその向こうにある白い大陸は、おそらくかつての人類が『氷の大地』と呼んだものだろうか。それにしても恐ろしい。何十年もの昔、壁外調査をするにあたって閲覧したどこかの文献。その中に異端が唱えた学説が載っているのを読んだことがあるが、誰しもが一笑に尽くした学説だった。あれはどこの誰が書いた文献だったか。そして世界が丸く閉じられているなど、一体当時の誰が信じようか。

 しかし、それが、真実として目の前に突き付けられていることにキースは身震いした。

 今なら人を食う巨人はが居た事はベッドの中でキースの見たただの悪夢だと言われても信じたに違いない。

 世界は丸い。

 壁の中に居たら絶対に知りえない真実を知ってしまった恐怖が全身を泡立たせた。

「砂の雪原、炎の水、氷の大地……そして丸い世界……この、全てが本当だったというのか!?」

 壁外に出るに当たって調べた資料に見かけた単語の数々。そんなもの、有りはしないと笑った現象。全てが夢物語の産物だと思われていた物が、次々とキースの目に飛び込んでくる。

「……エレン・イェーガー辺りに見せたら狂喜乱舞しておったろうな」

 なんとも勿体ない。と笑うキースに、ハーピーが囀った。

「ジジ、もうすぐ! もうすぐ!」

「ん? なにが……ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 いきなりハーピーが急降下し始めた。

 両肩にかかるGは上昇時の比ではなく、今まで鍛え続けてきたキースの肉体で無ければ骨が粉々に粉砕されていたに違いない。

 しかし、肉体的には何とか無事でもスピンをかけた上に猛スピードで落ちるように降下するハーピーに全身を振り回されたキースはいつの間にか失神していた。



 ☆   ☆   ☆



「はっ!? 私は一体!?」

 気が付くと、そこは見知らぬ場所だった。何とか痛む体を起こして辺りを見回すと、湿った空気とゴツゴツとした岩の壁。

 察するに、どうやら洞窟の中らしい。

「お爺さん大丈夫ですか?」

 ふとかけられた声の方を見やると、全身がモコモコした毛で覆われた子供がちょこんと坐っていた。

「お前さんは……」

 誰か、と聞こうとしてと周囲に誰かが居ることに気が付いた。

「ジジ、おはよ! おはよ!」

「おー、キーやん目覚めたと。鳥なんぞに攫われて大変やったっちゃろ?」

 そこには、むろみさんとハーピーがこじゃれたウッドチェアに座ってお茶を飲んでいた。

「ごめんなさい。ハーピーが無理やり連れてきちゃったみたいで……」

 モコモコの子供がとても申し訳なさそうにしている姿は、何故か守ってやりたい気持ちになるがそれはとりあえず置いといて。

「もしかして、お前さんが」

 震える声でその名を呼ぼうとすると、ハーピーがぱっと近寄ってくる。そういえば、紹介するのを忘れてた。とでも言いたげにキースの前に立つ。

「いえ、てぃ!!」

 両手でモコモコの子供ことイエティを指した。

「ということは、つまりここは……」

 キースは頭の中が次第に真っ白になりつつあるのを自覚した。ここにハーピーとむろみさんが居て、イエティがいて、ついでに洞窟みたいな場所で、ということはつまり……。

「ここは母なる山。ヒマラヤです」

「まぁ、キーやんから見れば壁の外の遥か遠くって事っちゃね」

 イエティとむろみさんがお茶を飲みながら答え、ハーピーが「ヒマラヤ♪ ヒマラヤ♪」と囀った。

「まぁ、キーやんも今日はここに泊まっていくと良かね。イエティもえぇっちゃろ?」

「うん。僕は良いよ」

 入口らしき方向を向いてみると、雪山訓練でも見たことが無いような猛烈なブリザードが吹いている。




 その日、色んなことがありすぎたキースは本気で頭を抱えた。






[37993] チキンハンターとわたしと秘密のお茶会
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/24 23:04
 ※ 人類は衰退しました要素が強めです。
 ※ 比例してむろみさん要素は薄めです。
 ※ 犬は多分、どっかに発生しています。




 その日、サシャとコニーは朝早くから森に来ていた。

 背中には自作の弓矢、腰には獲物をおびき寄せるための僅かな穀物類を入れてある。
 何故二人が森に行くのかと言えばそれは昨今、森の中で加工済みのチキンが歩いているという噂を聞きつけからだ。

「おい、やっぱりマジで行くのかよ」

 面倒くさそうにしながらもサシャの後を歩くのは、サシャと並んでおバカコンビと名高いコニー・スプリンガー。

「もちろんです。狩猟民族として、羽も頭も無いのに歩くチキンを見てみたいじゃないですか。知的好奇心を刺激されるじゃありませんか。そして何より味を確かめてみたいじゃありませんか!!」

 たりり、と涎を垂らしながら吠えるサシャの横で、コニーは心底呆れた顔をした。

「それ、単にお前が鶏肉食いたいだけじゃねぇの? 言っとくけど歩くチキンなんて噂だからな。本当に居るとは限らねぇぞ」

「でもでも、火の無い所になんとやらとも言うじゃありませんか?」

 手入れのあまり施されていない森の獣道を、二人は狩猟民族らしく慣れた足取りで歩いて行く。

「なぁ、今思い出したから言うけどさ、この前行方不明になってた教官が帰って来たって聞いた?」

「はい、もちろん知ってますよ。鳥に攫われて壁外に飛んで行ってしまったとか上空から見た大地が丸かったとか言って、上から休養命令が下されたと聞きました」

「それってマジなのかな? 教官が本当に壁外に出たと思うか?」

「さぁ? でも教官、最近疲れてるようでしたから休養は丁度いいんじゃないですか? 私たちの兵団選び期間だってもうしばらくありますし、次期訓練兵団の結成もしばらくは様子見なんでしょう?」

「らしいな。……ってかサシャ。お前結局どこの兵団に行くんだ?」

 コニーに聞かれ、サシャは難しい顔をした。

「どうしましょうかねぇ。壁外が陸地の頃は憲兵団にしようかと思ってたんですが、今は調査兵団の方が人魚さんと親しくなれて美味しい物が沢山食べられそうなんで迷ってます。コニーは決めましたか?」

「俺も同じく迷ってるよ。安全性だって外も中もあんま変わらなくなったしなー。……そういえばライナーとベルトルトも兵団選びで迷ってるらしいぜ。あいつら真っ先に憲兵団に行くと思ってたんだけど解んねぇもんだな」

「やっぱり美味しい物が絡むと迷いますよねぇ」

「ああ。まぁ、お前と一緒だとは限らねぇけどな」

 そんなことを話しながら歩くこと数時間。邪魔な草を薙ぎ払いつつ、神経を研ぎ澄ませて獲物の足音を聞き洩らさぬよう慎重に道を選んで歩いて行く。

 途中途中で赤や緑をした妙なキノコの群生や16×16ピクセルサイズの変な生き物が駆け抜けていくのが見えたが、それらはお目当てのプロセスチキンとは程遠い。

 偶に獲物かと思えば野兎だったり、イタチだったりでハズレばかりで詰まらない。そうこうしているうちに、随分と森の奥深くまで入り込んでしまった。

「……なぁ、本当にチキンなんて居るのかな? やっぱりガセじゃねぇの?」

「いえ、諦めたらそこでお仕舞いなのですよコニー」

 そろそろ帰ろうぜ。と言い出したコニーに対し、まだ諦めきれないサシャはあたりの草むらを掻き分けている。もう探す気力がなくなったコニーが暇だなーとぼやきながら足をぶらつかせていると、どこからか何とも言えない謎の音が背後から聞こえてきた。
 二人がそろって振り返ると、そこには頭を切られ羽を毟られ、あとは香辛料で味付けをしてこんがり焼くだけのチキンの姿。

「チキン!?」

「チキン!! マジでチキンですよこれ!! 本当に居たんだ!?」

 目を見開いた二人が大声を出すと、チキンは鳥肌をぷるぷる震わせて何とも言えない声を上げると、慌てて草むらの中に逃げ込んでしまう。

「逃がすな!! 追うぞ!!」

「はい!! 絶対に奴をコンガリ焼いて食べましょう!!」

 サシャが涎を垂らしながら、矢をつがえて獲物を追いかける。その姿は、さながら獲物を屠る狩人(イェーガー)。限界まで弦を引き絞り、一気に解き放つも意外と素早いチキンはするりと身を躱して転げるように背の高い草の中に隠れてしまう。

「くそっここに立体起動があれば!!」

「まだ近くに居ます。二手に分かれて追い詰めますよ」

「おう!」

 チキンをおびき寄せるための穀物を手に、サシャとコニーは二手に別かれてチキン捜索を開始した。



 ☆   ☆   ☆



「……中々見当たりませんね」

 コニーと二手に別かれて数分。すぐに見つかると思っていたプロセスチキンは一向に見当たらない。

 普通ならば首無し鳥が歩いているなど気持ち悪いと思うのだが、サシャとしてはそんな事はどうでもよかった。滅多に食べられないチキン。美味そうなチキン。塩を振ったチキン。こんがり焼きあげたキツネ色のジューシーチキン。今はただひたすらに、チキンが食いたい。

「チキーン。出てきてください。美味しく美味しく食べてあげますから~」

 あふれ出る涎を袖でぬぐいながら囮のエサをぱらぱらと蒔く。瞳孔が開き切ったサシャの目は草の中に向けられていた。全身からあふれ出る気迫は、絶対にチキンを見逃してたまるかという強い意志。

「チキーンチキンチキンチキン……痛ッ!」

 しかし、何が起きてもチキンを見逃してたまるかという集中が仇になった。草の中ばかり見て歩いていたサシャは、目の前にそびえたつ巨木に気が付かずにしたたか頭をぶつけてしまう。

「……なんですかこれ?」

 慌てて見上げると、それは何やら見た事の無い不思議な木だ。幅広のシダのような木の葉にゴツゴツとした幹。しかし何よりサシャの目を引いたのは、その甘く香しい匂いのする細長い黄色い実だ。連なるようになったその実を見ていると、何だか見ているだけで涎があふれ出してくる。

 チキンの事も気になるが、まずは目の前にある食べ物だ。とりあえず一本もいで食べようとサシャが手を伸ばしたとき、木の前に一本の立札が立ててあるのに気が付いた。

『たいむばなな(あーかいぶせんよう)』

「もむもむ……たいむばなな? むぐむぐ……何でしょうかね? うきゃあ!!」

 ねっとりと甘い口当たりの香しきバナナを頬張っていたサシャは立札を読むと、その場ですてんと転んでしまった。



 ☆   ☆   ☆



 そこは未来か過去か、はたまたどこかの異世界か、それとも全く別の平行世界か。

 だけど、そこはどこかにあった『優しい空間』。

 サシャが目を覚ますと、そこは森の中に広がる会場だった。大きな竈を中心に取り揃えられた沢山のテーブルと、テーブルの周りに集まっているのは沢山の見知らぬ女性たち。

 彼女たちは一体どこから来たのだろう。サシャの目の前には百人近くの女性が数々の食材を手に取り楽しげにおしゃべりをしながら料理をしているのだった。

「ここは……?」

 その時、不意にサシャの鼻をくすぐったのは甘くも神秘的なバニラの香り。

「あら、貴方どこからいらして?」

 何が何だか解らずに、ただ呆然としているサシャに気が付いた、上品そうな一人の女性が声をかけた。

「あの、私ウォールローゼの森でチキンを探してたらここに来たのですけれど……一体ここはどこですか?」

 周囲を見回しながらサシャが尋ねると、女性は小首を傾げて「おやまぁ」と驚いたように口に手を当てた。

「あらあら。それなら貴方は間違ってここに来てしまったのですね」

 そうして、何を知っているのか上品そうなその女性は穏やかに微笑んだ。

「あの……間違って来てしまったというのはどういうことで?」

「そうですわね。つまり、偶然にも紛れ込んでしまった……ただのお客様ということでしょう」

 サシャの疑問に答えたのは、上品そうな女性とはまた違うった妙齢の女性。

「そうそう、あの子たちが悪い子を連れてくるはずありませんものね。それならお客様ですわ」

「私たち以外のお客様が立て続けに来るなんて久しぶりですわね」

「あの、お客様って……? というか、ここは本当にどこなんですか?」

 段々不安になって来たサシャに、そっと湯気の立ち上るティーカップが差し出された。見れば、そこには上品そうな女性や妙齢な女生とどこか似た雰囲気の初老の女性が穏やかに笑っている。

「まぁ、ここの事は考えても頭で解るものではありません。なので、お菓子が出来るまでとりあえずお茶でも飲んで待って行って下さいな」

 バニラのように甘やかな声と共にさぁさと白いレースのクロスの敷かれたテーブルに通されて、サシャは砂糖とミルクがたっぷり入った甘いお茶を飲みながら周囲を見回した。

 なんだか不思議な場所だった。違和感だらけの居心地なのに、いつまでもいつまでも浸っていたい。まるで柔らかいベッドで見ている夢ような、そんな場所。

 その場にいた女性たちは皆お菓子を作っているらしく、泡だて器でクリームを混ぜる音やナッツ類を砕く音、湯銭するためのお湯を沸かす音の他、甘いバニラやシナモンの香りが辺りを包みこんでいる。

「うーん。良い匂い……」

 甘い香辛料の香りの他に、前方中央に据え置かれた竈からは、焼き菓子の焼ける甘い香りがふんわりと漂ってきた。

 普段のサシャならばすぐに飛びつくところだが、その日の彼女は珍しく黙って待っていた。ボヤボヤしていたら逃げてしまう獲物や、誰かに食べられてしまう食糧とは全然違う。ここで作られるお菓子は、必ずサシャにも差し出される物だというのが何故だか解るのだ。

「あぁ、美味しそう……」

 チキンのことはどこへやら。ひたすら甘い匂いに惑わされ待ちわびるサシャだが、ふとあることに気が付いた。

 お菓子を作る百人近くの女性たち。

 何故だか、サシャには彼女たちの全員が同じ一人の人間に見えたのだ。

「不思議ですねぇ。まさか全員親戚なんでしょうかねぇ……」

 涎をたりたりと垂れ流しながら暢気に周囲を見回すと、女性たちの陰に交じって見知った少女が目に入る。

 テーブルで女性たちと仲睦まじくお菓子を作っていたのは、小柄な体躯に優しそうな青い瞳と金の髪。そんな彼女はサシャと同じ訓練兵団104期生の……。

「女神!?」



 ☆   ☆   ☆



「ぜんたーい、とまれ!」

 手のひらに乗せられるくらいのお人形みたいな小さな生き物、別名、妖精さん。

 五人ほどの隊列を作った妖精さんがテーブルを歩き、クリスタの席の前で止まった。

「おかしできました?」「いいにおいがするです」「おなかすきすぎ?」「こころうるおうかおりですー」「ぷりーずぷりーず」

「はい。順番に渡しますね」

 初めて作ったホワイトマカロンを一つずつ妖精さんに手渡したクリスタは、最後に「はい」とサシャに差し出した。

「ありがとうございます女神~」

 恭しく受けとったサシャは、すぐにマカロンを頬張ると、ホロホロとお口の中で崩れる楽園のような甘みに幸せそうな顔をする。

「それにしても、クリスタはどうしてこんなところでお菓子作りを?」

 テーブルに乗った他のお菓子をもむもむと頬張りながら聞けば、クリスタはミルクの入った紅茶を一口飲んで答えた。

「うん。私にもよく解らないんだけど、この子たちにもっと沢山お菓子を作ってほしいってお願いされちゃって……でも、私クッキーくらいしか作れないから」

 クリスタが手を向けた先には、マカロンを食べ終えた妖精さんたちが転がる姿。

「そう。それで、クリスタさんは妖精さん達にここへ連れてこられちゃったってワケですよね」

「ふーん。でもお菓子が食べたいならクリスタに頼まずここに来れば良いんじゃないですか?」

 何気なくサシャが言った言葉に、妖精さん達が一斉に反応した。

「ここ、あーかいぶですので?」「すでにほうわしてますし」「ここだけとてもじゃたりませぬー」「もとじんいんをふやさねば」「べつじげんではにんずうにげんかいがありまくり?」

 サシャには妖精さんたちが何を言いたいのかさっぱり解らなかったが、目の前の女性には解ったのか楽しげにくすくす笑っていた。

「でもね、ここに来たおかげで知らないお菓子の作り方を沢山教わったんだよ。皆様、本当にありがとうございます」

 クリスタが深々と頭を下げると、女性は照れたようにわたわたと目の前で手を振った。

「いえいえこれが役目ですから、気になさらないでくださいね」

「だって私たちアーカイブですものね。人様に伝えてなんぼなんですよ」

「そうだわ。今のうちにメモにレシピを書いておきましょう」

「あ、助かります!」

 口々に言い合って笑う女性たちとクリスタを尻目に、サシャはテーブルに置かれたお菓子ももぐもぐ頬張っている。ほろ苦い甘さのガトーショコラにふわふわのマフィン。クッキーよりもしっとりとしたサブレにさっくさくのメレンゲ、ビスコッティ、アップルパイ。ぷにぷに触感が楽しいグミキャンディーにほわほわのマシュマロ。舌の上で甘く崩れるラングドシャと喉越し爽やかなミルクプディング。極めつけは、サシャにはどうやって作ったのかも解らない、お口でとろける冷たい甘いバニラアイスクリーム。

 食べたことのあるお菓子もあれば、見たことも聞いたことも無いお菓子もあったけれど、どれも共通して言えることはただ一つ。

 物凄く美味しい。

 それは、テーブルでお菓子を頬張る妖精さんも同じ気持ちのようだ。どの個体も満足げな表情をしているのがすぐに解る。

「もむもむ……ところで女神、むごむご……これは一体なんですか?」

 口一杯にお菓子を詰め込みながらテーブルでクッキーを抱いて転がる妖精さんを今更ながらに指差すと、クリスタはちょっぴり困った顔をした。

「うーんと……多分、妖精さん? って言うみたい」

「妖精?」

「はい。妖精さんです。ですよね?」

 一人の女性がテーブルの上の妖精さんに声をかけると、当の本人たちは首を傾げた。

「さー」「そうよばれていたようなきもしますが?」「おすきによんでくだされば」「にんげんさん、おかしつくれます?」

「残念ながら、私はお菓子は食べる専門ですので」

「あー……」

 あっさりとサシャに答えられた妖精さん達は、一斉に肩を落としたのだった。



 ☆   ☆   ☆



 楽しいことが大好きで甘いお菓子はもっと好き、でも、それを提供してくれる人間さんもだーい好き。

 旧人類が衰退した後に繁栄した小さな小さな新人類は、人間さんのお願いならば少々の事は叶えることが出来てしまう。

 例えば、欲しいお菓子の材料を用意するとか。

 例えば、何もない所に物資を補給するとか。

「知能を小麦粉に変えられたこともありましたわね」

「まぁ、使い処に難しい物も多々ございましたわ」

「ここのお菓子の材料も全部妖精さんが用意してくださいましたのよ」

「マジですか!?」

 楽しいことがあればたちまちのうちに集まって、一晩で高度な文明を築き上げるも飽きたらすぐに散ってしまう。

 繁殖法は誰にも解らず、何時から発生し始めたのかすら解らない。

 基本的には人類の良き隣人。でも偶に暴走して周囲を巻き込んだ大事件が起きてしまう。

 女性たちとの話によると、それが妖精さんという生き物らしい。

「何か、巨人とはまるで正反対ですね」

「うん。不思議だね。発生源不明とか、巨人の情報と基本は一緒なのに大きいか小さいかでこんなに絶望感が違うなんて……」


 
 ☆   ☆   ☆



「にんげんさん、これおさしあげー」

 帰り際、妖精さんの一人が豆本を両手に掲げてクリスタに差し出した。

「ありがとうございます。可愛らしい本ですね」

「あらまぁ、妖精さんのマニュアル本ですわ。お懐かしい」

「はい、こちらはお菓子のレシピ。メモ帳にまとめておきましたわ」

「ありがとうございます。本当に助かります」

「お二人とも、もう帰ってしまうの?」

「残念だわ。もっと楽しんで行けばいいのに」

「それはとても名残惜しいのですが、連れを待たせているので私もそろそろ帰らなくては……」

 楽しいお茶会も終わり、二人が帰る支度をしていると口々に女性たちから挨拶をされる。

 サシャは本気で泣きそうな顔をしているが、お茶会を初めてもう何時間も経っているはずだ。そろそろコニーと落ち合わなければまずいだろう。

「でも、ここからどうやって帰ればいいんでしょうか?」

「実は、私もよく解らないんだよね」

 サシャとクリスタが二人でしばし顔を見合わせていると、いつの間にかテーブルの上に置かれたバナナが二本。

 隣に置かれたメモにはご丁寧にも『おかえりはこちら』の文字とバナナに向けられた矢印が一つ。

 それはとてもあからさまな物だった。

 行きに使った物とまったく同じ、黄色い果実を手に取って、二人そろって皮をむく。

「もぐもぐ」

「むぐむぐ」

 つるっ。



 ☆   ☆   ☆



 そこは森の中だった。

「イテテ……」

 転んだまま、空を仰いだ姿勢のままで、サシャは目を覚ました。

「戻った……?」

 見回してみても周囲にあの黄色い果実の木は既に無く、普段通りの木々が大人しく生えそろっていた。

 お茶会のテーブルは何処かに消え失せていて、一緒にお菓子を食べていたあの女性たちも妖精さんもクリスタも、サシャの傍には居なかった。

「夢……ですかね?」

 まるで現実味が無い、夢のような不思議な空間だったけど、食べたお菓子の味はきっと嘘ではないはずだ。なのに、こんなに自分の思考が頼りないのは何故だろう。

 軽い眩暈に襲われながらふらふらとその場に立つと、ガサガサと目の前の草が揺れる。草むらを掻き分けてやってきたのは、ちょっと怒った顔のコニーだった。

「お前、こんなところで何やってんだよ!! もう三十分も探したんだぞ!?」

「たったの三十分ですか!?」

「たったって……二手に別れてから三十分は長いだろ!? もう、そんなことばっか言うならコイツ別けてやらねーからな」

 文句を言いながら、コニーは脇に抱えられていた物を見せつける。

「コニー……それは!?」

「ふふーん! お前がどっかで油売ってる間に捕まえてやったぜ! チキンだ!!」

 コニーの掲げた物。それは、肌色で鳥肌でプルプルのあの時追いかけていたチキンだ。おいしそうなプロセスチキンがサシャの目の前にずずいと差し出されると、既に大人しくなったチキンの腹を見たサシャは、思わず笑ってしまった。

「おい、何笑ってんだよ。腹が減りすぎてとうとうおかしくなったのか? ははーん。どうしてもって言うなら別けてやらねーでもないけどさ」

「はい、是非別けて欲しいですけど、くくっ、何か色々解ってしまったんですよ」

「は? 何が解ったんだよ」

「いえ、何にも解んないですよ? ただ、あんなに食糧難に喘いでいた壁内に突然食糧が溢れ出した理由が何となく解っただけですよ」

「え? どうやってそんなこと解ったんだ?」

「だから、私にもさっぱり解らないんですってば」

「意味がわかんねぇ」

 首を傾げるコニーが手に持った美味しそうなチキン。

 その腹には、妖精社のロゴマーク。

 カタツムリに乗った、妖精さんの焼印が押されてあった。







[37993] 運命の出会いと隅田さん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/28 14:46

「ふんふんふーん♪」

 壁の国とは離れたとある岩礁。そこにコンパクトを片手に髪の手入れをしている人魚が一人。何かよほど大事な用でもあるのか、髪だけでなくお肌の隅々まで丹念に鏡に映して身繕いをしている。

「鼻歌まで歌って、何か機嫌が良さそうっちゃね隅田さん」

 そこにむろみさんがざぶんと岩礁に身を乗り上げると、呼ばれた隅田さんは嬉しそうに髪の毛を掻き上げる。舞い散る水の飛沫が太陽の光に反射して、まるで隅田さんが輝いているように見えた。

「あら、むろみじゃない。ふふーんやっぱり解るー?」

「その輝き方……、まさか新しい恋!?」

「あったりー♪ 実はこのまえ運命の出会いを果たしちゃったのよ!!」

 頬に手を当てて興奮気味に語る隅田さんに、むろみさんは不思議そうに首を傾げた。

「えー、でも最近は海にも陸にも人間さんあんまおらんごとなっとるやん。どこでそげな出会いあったと?」

「ふっふっふー。実は最近壁の国まで遊びに行ったんだけどー、交流が増えても私たちって人間にとってはまだまだ珍しい存在じゃない? そんで街角で人魚狙いの暴漢に襲われちゃってー、危うく攫われるー!! って時に兵士のお兄さんに助けられちゃったのよー!! 『大丈夫ですかお嬢さん!?』って!! その時みた彼がチョーかっこよくて!! これってマジ運命!? みたいな!?」

 きゃーと顔を赤くして頬に手を当てて身悶える隅田さんに、むろみさんは呆れた顔をした。

「それって兵士として当たり前な気もするっちゃけど……まぁでも、そんなに身綺麗にしてるってことは会う約束でもしたん?」

「そういうわけじゃないけどー。やっぱり恋は押すモンでしょ? お礼も兼ねて最近は毎日兵舎にも通ってるし、今日こそ彼をデートに誘っちゃおうと思ってバッチリ気合い入れてんのよ!!」

「ほほー。確かに兵士なら今までの漁師とは違うタイプっちゃね。まぁ、アタシも応援してるけん。ところで相手って誰?」

「むろみー! ありがとう! えっとねー彼は調査兵団でー凛々しいお顔と自由の翼のマントが似合う……」



 ☆   ☆   ☆



「グンタ、最近隅田さんと付き合ってるってホントですか?」

 みかりん猫耳カチューシャを付けたペトラが尋ねると、グンタは飲んでいたお茶を床に噴き出した。

「あぁ、確かこの前暴漢に襲われてたのを助けた子だったな。そういえば最近ってか、毎日来るよな」

 げっほげっほと咳こんでいるグンタに、犬耳を付けたえれえれのデフォルメイラストがプリントされた団扇で顔を仰ぎつつエルドが言った。

「グンタ、テメェも隅におけねぇガフッ」

 お決まりのように舌を噛むオルオの手には、うさみん手掘りキーホルダーが握られている。

 現在、調査兵団はライブで販売するシガン☆しなグッズの作成を総員で行っており、リヴァイ班(リヴァイ除く)は現在分担された商品の検品と梱包作業の真っ最中だったりする。

「いやいや、確かに隅田さんは最近会いに来てくれるけど、それは絶対無いだろ」

 ようやく酷い咳込みから復活したグンタが手を振ると、木箱に山盛りに積まれた黒い猫耳を紙袋に押し込むペトラが不思議そうな顔をした。

「え? 何でですか?」

「異種族だろ。普通に考えて」

「えー。愛さえあれば種族なんて関係ねぇじゃん」

「会ってからまだ一週間も経ってねぇっつぅの。大体人魚だぞ? 足が無いんだぞ」

「良いじゃねぇか。可愛いんだし。足なんて無くても時間がありゃ愛は育めると思うぞ?」

「いや、エルド。足があるか無いかはかなり関係あると思うぞ」

「もしかしてオルオもグンタも足フェチですか?」

「断じて違う」

「ふっ、俺は女の生足は大好きだぜペトラ」

「おいオルオ。かっこよく言ってもそのセリフはかなりかっこ悪いぞ」

 そんな掛け合いをしながらも、四人は暫く黙々と作業を続けていた。

 作業の工程は至極簡単で、木箱に大量に積まれたシガン☆しなグッズを一個一個、商品名の書かれた紙袋に入れて口を折り、別の木箱に丁寧に並べていくという作業だ。普段は外で厳しい訓練をしている身としては、何故このような内職作業に身を置かねばならぬのかというやるせなさに心が折れそうになる所だが、全ては上からの命令だ。上官の命令ならば悲しいかな、兵士としてどのような内容でもきっちりこなさねばならぬのだ。

 まるで家計の為に細々と内職する主婦のように黙々と作業をしていると、ふとペトラが思い出したように呟いた。

「ねぇ、ちょっと気になったんだけど良いですか?」

「何だ?」

「おう、言ってみろ」

「もしも人魚と人間の間に子供が出来たとして、その子はどんな姿になるんですかね?」

 そこで、全員の手が一瞬止まった。ふと想像してしまったのだ。

「……下半身が鱗の人間?」

 エルドが難しい顔をした。

「尾ひれが二股に別れた人間っぽい人魚とか?」

 困惑気味にオルオ。

「ってか、どうやって生まれるんだよ」

「人魚は年に一回卵を産むと聞きました。けど実際どうなんでしょうかね? 人魚ってメスしか居ない上に、今まで繁殖した例が無いってむろみさんは言ってましたけど」

「繁殖しないで今までどうやって種族を保ってきたんだ?」

「だから、ずーーーーーーーーっと生きてたそうです。それこそ何億年も」

「すげぇな人魚」

「人間も見習いてぇ所だな」

 まるで信じていないように軽く受け流す面々に、ペトラは猫耳カチューシャを手首にぶら下げて指を立てた。

「だから、私思ったんですよ。もしも人魚と人間のハーフが生まれたら、その子孫は人類の血を受け継ぎながらも巨人や巨人面魚に狙われなくなるんじゃないかと……」

 ペトラの意見に、その場にいた全員に衝撃が走る。

「そうか……俺らがダメな場合、そういう手があったな」

「そういう手ってどんな手だよ!?」

 顎に手を当てて真剣な顔で考え込むエルドにグンタが突っ込みを入れる。

「つまり、グンタには未来の新人類の礎となってもらうというわけだな。ハハ、流石ペトラ。考えることが違うぜ」

「おいオルオ、テメェちょっと黙ってろよ」

「でも実際、隅田さん可愛いだろ? いっつもお土産にウマい魚持ってきてくれるし、すげぇ健気じゃねぇか。ちょっと付き合うくらいバチは当たんねぇんじゃねぇの?」

「無理だ。というか人魚つったって魚だろ!? 魚は無理。絶対無理!」

「えぇ、グンタそれちょっと酷くない!? そういうこと絶対に言ったらダメですからね!?」

 そうして手を動かしながら他愛の無い話をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。「失礼します」と体でドアをこじ開けるように入って来たのは、調査兵団に入ったばかりの新兵の一人だ。

 新兵はリボンが結わえられた、両手にやっと抱える程大きなミナミマグロを抱えている。鮮度は大変抜群で、今にもピチピチと跳ねだしそうに瞳の綺麗なマグロであった。きっと今日の夕食にはマグロの刺身と焼き物が出るに違いない。

 マグロを抱えた新兵は、グンタに目を向けると全員が予想していた通りの一言を発した。

「あの、グンタさん。今日も隅田さんが来ました」




 ☆   ☆   ☆



 兵舎の入口には目一杯におめかしをした隅田さんが、器用に尾びれで立っている。

 いつもと違う新品の胸当てに、普段はしないウォータープルーフのお化粧は薄く自然な感じに仕上げていた。髪の毛もしっかり手入れを入れてゆるふわ系に決めている。あまりにもあからさまな様子の隅田さんを前に、グンタはちょっと困った顔をした。

「ごめんなさい。急に押しかけちゃって……」

「いや、良いですよ。こっちこそいつもいつも魚貰ってて……ありがとう」

 瞬間、隅田さんがキャっと照れたように笑う。

「良いんですよーこれくらい!! 魚なんて海に一杯いますから!!」

「そ、そうなんだ。で、何か用なのかな……?」

 冷や汗たらたらで要件を聞くと、隅田さんは恋する乙女丸出しの瞳をグンタに向けてにじり、と詰め寄った。

 いかん。隅田さんは、ここで決める気だ。

「実は、あの時暴漢から助けられて以来、グンタさんの事が忘れられないんです。是非、私とおつき」

「ごめんなさい!!」

 隅田さんが言い切る前に物凄い勢いでグンタが体を九十度の直角に曲げて頭を下げた。

「自分、親から代々人外とは付き合ってはいけないと言い伝えられているんです!! 隅田さんはとても魅力的ですが、ほんとーにほんとーに申し訳ないけど、付き合えません! ごめんさい!!」

 そうして、また隅田さんの恋の花が一つ散ったのであった。

「ひっどーい!! そういうのって普通にフられるよりよっぽどタチ悪いですよ!!」

「見損なったぞグンタ!! お前そういう言い方って無いだろう!?」

「なんて野郎だ。あんまりだな」

「げっ!! お前ら何でここに居るんだよ!?」

 ふと振り返ると、兵舎の陰からずっと見ていたらしき三人がぞろぞろ出てきてグンタを詰っているのであった。

「早く隅田さんに謝ってくださいよ!!」

「何でだよ!?」

「そうだそうだ!! 早く謝れ!」

「いや、その。でもやっぱり下半身魚はちょっとだなぁ……はっ」

 つい口から滑らせると、先ほどからずっと黙り込んでいる隅田さんの肩が僅かに震えた。

「……そうよね……やっぱり足のある女の方がずっと良いのよね。フフ……人間の男なんて……男なんて……」

「隅田さん?」

 ふるふると震えていた隅田さんは、あふれ出しそうな涙をこらえるようにキッと顔を上げると大きく息を吸って叫んだ。

「そんなの解ってたわよバカーーーーーーーー!!」

 隅田さんの大声は大気を震わせ、壁の向こうの海にまで響き渡る。雲は消し飛び波は荒ぶり無数の巨人面魚が海面を跳ね壁内の木々がざわめいた。そしてその大音響が消えた瞬間を、その場にいた全員が目撃した。

「おい、何かが空から降って来るぞ!?」

 それは、大量のカジキマグロの群れであった。

 鋭く鼻先の尖ったスズキ目マカジキ科マカジキの群れが、空からグンタめがけて降り注いできたのだ。

「マカジキキャノン!!」

「うぎゃあぁあぁぁぁ!!!」

 大量のカジキマグロに空から雨霰のごとくピンポイントに襲われて、グンタは転げるように逃げ出した。

「ペトラさぁぁぁぁん、どっか飲みに連れてってぇぇぇ」

 地面に突き刺さる大量のカジキマグロの墓場から、地獄より這い上がって来たかのような呻き声を出す隅田さん。ペトラは泣きながら抱きついてくる隅田さんの頭をヨシヨシと撫でて頷いた。

「よし、じゃあもう少ししたらウチの女性陣つれてどっかに飲みに行きましょうか。そんで嫌な事全部忘れちゃいましょう」



 ☆   ☆   ☆


 ゲェフ、と酒臭い息を吐きながら隅田さんはふらふらと酒場の壁にもたれて座る。

「けっ、バーロー何が下半身魚はちょっとーだ!!」

 むろみさんも呼んで、調査兵団の女性兵士たちと男の悪口をこれでもかと吐き散らし、ああでもないこうでもないと言って飲んで食っての大暴れを繰り広げた挙句、最後は度数の強い酒の飲み比べ。

 むろみさんを始め、ペトラやナナバ、リーネ、その他数名は隅田さんのヤケ酒に付き合うも、現在はテーブルで酔いつぶれている。そんな中で、隅田さんは夜風に当たろうと一人外に出たのだった。

「ほんっと、男って奴はそんなに足のある女がえぇんかい! ひっく」

 しゃっくりをしながら夜空に向かって悪態をついて目を瞑る、と、隣に人が現れた気配に隅田さんは気が付いた。

 暴漢か!? と酔っぱらった頭でなんとか身構えるが、よく見ればそれはどこかで見た顔だ。

「隅田さーん、こんなところで寝たら風邪ひくぞ?」

 髭の生えた顔に頭の後ろで結わえた茶色い髪。

「エルドじゃん……何。振られたばかりの傷心女を笑いに来たの?」

 けっ、とアルコール臭い息で吐き捨てる。

「いや、そういう訳じゃないけどさ。近くでオルオとグンタと飲んでたから。女どもは何してんのかなーって帰り際に覗いてみたら隅田さんがこんなトコで寝てたからさ……」

「だったら何だっていうのよ!! ほっといてよ!! どーせアンタだって人間の女の方が良いんでしょ!? ひっく……うぇっぷ」

「飲みすぎだ。どんだけ飲んだんだよ」

 口を抑えて気持ち悪そうにする隅田さんの背中をさすってやる。

「どーでも良いでしょ! っていうかね、慰め? 慰めなの!? 慰めるならアンタ、ちゃんと責任取りなさいよ!!」

「責任って何だよ」

 エルドが酔っぱらいを相手に心底面倒くさそうな顔をすると、完全に目が据わった状態の隅田さんがニヤリと笑う。

「私を慰めるなら私と付き合いなさいよ! じゃないとうっかり好きになるわよ!! それでもいいの!?」

 どうせダメって言うんでしょー。男ってのはすぐそれだーこの、この白子無しどもめー! と勝ち誇ったように虚しい泣き笑いをする隅田さんに、隣で聞いていたエルドは受け流すように真顔で答えた。

「え、いいよ」

「ほーら見なさい……は?」

「だって今好きな人居ないし。俺は足にこだわり無いし、人魚は嫌いじゃないし、海近いし、お互い解らないのはまぁ追々ってことで良いんなら。別にいいよ」

 目をぱちくりさせた隅田さんは右を見て左を見てついでに星空を見上げてから最後にエルドを見た。

 特に感慨も無い男の顔が自分を見ていた。





「え?」











あとがき

 色恋沙汰メインの話は多分最初で最後です。
 
 個人的リヴァイ班の恋愛観は
 グンタ→真面目。異生物とか無い。人間の女性と真剣にお付き合いしたい。
 エルド→割と異生物にも寛容。好きならそれで良いじゃない。
 ペトラ→恋かは解らないが兵長が気になる。ただもしも兵長みたいな異生物がいるならそれもありかも。
 オルオ→ペトラ一筋。
 なんじゃないかなーと予想してます。



[37993] 正義の味方とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/08/31 23:11
 本日も晴天、壁上。


 ラジカセのスピーカーから軽快な音楽が鳴り響く。

 ジャジャン、ジャジャン、ジャジャン♪

「き、貴様らは何者だ!?」

 悪逆の限りを尽くしていた極悪巨人が振り向くと、そこに立っていたのは五色の戦士だった。

 両手に超硬質ブレードを持ち、腰には立体起動を装着した正義の味方は極悪巨人の前に立ちはだかる。

「壁内の平和を守るため、人々の生活を守るため」

「幾多の困難を希望に変える」

「愛と正義と自由の使者」

「その名も、」

「壁内戦隊! ケン、ペイ、ダン!!」

 ドドーン☆

「で、この辺りで色つきの煙玉を背後で爆発させればかなり良いんじゃねーかな?」

「なるほど。参考になるよ」

 ケンペイダングリーンのフルヘルメットを小脇に抱えてメモを取るマルコに、壁内戦隊ケンペイダンの台本を広げたジャンはマルコのセリフの横にペンで『感情を込めて、勢いよく』と書き加えた。

「やっぱりジャンに聞いて正解だったよ。ねぇむろみさん」

「うんうん。やっぱしジャンってこーいうのが向いてるっちゃね。流石シガン☆しなの敏腕マネージャー」

「おいおい二人とも、褒めても何も出ねぇぜ」

 えれえれのようにキラリとカッコよく歯を光らせるジャン。

 マルコとジャンとむろみさんの三人は、いつもの壁の上で壁内戦隊ケンペイダンの劇の練習をしているのであった。

「でもごめんね。今はアイドル部隊も忙しい時期なのに、僕の手伝いなんかさせちゃって」

「良いんだよ。どうせあいつらはもうほぼ完ぺきで俺の出る幕ねぇしさ」

「でも、本当にありがとう。むろみさんも付き合ってくれて本当に助かったよ。他の皆は用事があるって言って集まってくれなかったからさ……。セリフ覚えも僕だけ悪いし、困ってたんだ」

 申し訳なさそうに頬を掻くマルコに、むろみさんは元気に両手を広げた。

「気にせんとー! どうせアタシは暇だったけん!」

「俺もだよ。気にすんな。販売用のグッズも殆ど完成してるから裏方は皆で暇してんだよ。それにケンペイダンは客層が違うから手伝っても文句は言われねぇよ」

「そういえば、シガン☆しなライブまであと三日やねー。この間尋ねたら三人ともすっかりアイドルが板についててすごかと」

 むろみさんがサインも貰っちった☆ とウィンクすると、ジャンは珍しくも感慨深げに頷いた。

「あぁ。本当すげーよな。あんなに嫌がってたエレンの奴も今やきっちりアイドル業こなしてやがるし。えれえれファンも増えてきてグッズ、ブロマイドの売り上げも上々よ。まぁそれでもうさみん人気が断トツなんだけどさ」

「それは仕方ないよ。だってアルミン、何か知らないけど訓練兵時代よりも色気? みたいなのが凄いもん」

「うさみんはあざとい萌えがあるっちゃからねー」

「あー。うさみんはなぁー。俺も時々男ってことを忘れるくらいだ」

 今やシガン☆しなの人気は壁内中を圧巻していた。

 彼らが変装も無しに街に出れば数分もせぬうちに人垣ができ上がり、彼らの行った店はすぐに口コミで広がり誰しもが一度は行きたがる。幼少時にウォールマリアから避難場所として暮らした開拓村は『元祖シガン☆しなの村』として観光地化され、彼らの幼い頃を知る年寄り連中が入場料と引き換えに三人の昔話を語る催し物が開かれるようになった。

 ちょっと前に大規模ライブの予行演習代わりに開催した上流階級限定の地下街秘密ライブでは中央貴族や豪商や政治家がそろってサイリウムを両手に軍隊のように揃った動きでシガン☆しなを応援する姿はある種の宗教じみた気迫があったことをジャンは思い出す。

「まぁ、しかし本当にすげぇよな……兵士とは程遠いけどさ、ほんとすげぇと思う」

 しかし、人気の裏には数々の血の滲むような努力や練習があったことをジャンは知っていた。確かに、三人がアイドルになったのは偶然の産物に過ぎないのだが、ここまで至った過程には訓練兵時代と同じ苦境が沢山あったのだ。

 そして、そのことはもちろんマルコも察している。

「うん。だから、あの三人に負けないよう今度は僕も頑張らないと」

 そしてマルコはケンペイダングリーンのヘルメットを両手で抱え、にこりと笑った。

「にしても、意外っちゃね。まさかマルコとアニちゃんが戦隊モノをやるなんて思いもよらんかったけん。でも、なんでアニちゃんがイエローなん?」

 むろみさんに聞かれ、マルコはあぁと思い出したように言う。

「あれはね、憲兵団の上官からアイドル部隊に負けない何かをやれって無茶振りをされた時、最初はプリティーウィッチ、ヒッチ&アニーっていうのやろうって話になったんだ」

「ほうほう」

「でも、魔女っ娘モノで『可愛い』を売った場合、シガン☆しなのアイドル路線とぶつかって確実に負けちゃうって話からやっぱり戦隊モノにしたんだよね」

「そりゃまぁ、妥当だわな」

 ジャンが現在のシガン☆しな人気を鑑みて相槌を打った。

「そこで問題が発生したんだ。レッドがマルロ、グリーンが僕、ブルーがジャックって所までは決まったんだけど、ヒッチがどうしてもピンクじゃなきゃ嫌だって物凄くゴネて……」

「それでアニちゃんがイエローに……」

「まぁ、イエローもレモンっぽくすれば女の子色にもなるし、清楚系を狙えば有りだろうな」

 ホロリとするむろみさんにジャンが冷静に分析すると、マルコが大きく頷いた。

「本当はアニもピンクをやりたかったみたいだけど、可愛い系レモンイエローにすることで同意を得たってわけ。で、壁内戦隊ケンペイダンが誕生したって所かな」

「ははぁー。駐屯兵団の広報部隊もおるし、今や壁内はアイドル戦国時代ってところやね。皆、色々考えるのも大変じゃなかと?」

 むろみさんに尋ねられ、ジャンとマルコは楽しさ半分苦労半分といった苦笑いを浮かべる。

「大変だけど、それなりに楽しいぜ」

「僕もだよ。でも、こんな事を考えられるのも今が平和な証拠だよ。昔は皆がそんなこと考える余裕さえなかったから」

「だよなぁ。偶に平和すぎて欠伸が出ちまうけど、壁外が陸だった時とは大違いだもんな」

「最初は壁外が海になって物凄くビックリしたけど、外が海にならなかったら僕たち巨人に食われて死んでいた可能性もあるもんね」

 遠くを見つめて呟いたマルコに、ジャンが「ああ」と頷いた。

「ただ、そう簡単に死ぬ気も無かったけどな」

 ニヤリと笑うジャンと優しげに笑うマルコを、むろみさんは何処か微笑ましげに見ていた。

「もちろん、壁内がこんなに充実したのはむろみさんのおかげでもあるけどね」

「え!? アタシ!?」

「そうだ。あの時むろみさんが釣れてなかったら人類は海のド真ん中で右往左往するしかなかったんだぜ」

「いやー、釣られたのはアタシも災難だったったっちゃけど、そう言われると照れるとね」

 三人がふと前を向けば、そこは一面の世界を覆う大海原。

 太陽の光が反射する波の遥か遠くの方で、ぴちりと足の生えた巨人面魚が飛び跳ねた。

「そういえばあの足付き巨人面魚、最近よく見るけど何なんだろうね?」

「さぁ? 壁外調査で最初に発見した後から急激に増えてきたらしいが……でも陸地に上げると死ぬのは変わらないらしいぞ。現状、様子見だってさ」

「もしかしたら進化の最中だったりして」

 むろみさんが笑いながら言うと、二人は同時に『まっさかー』と笑った。



 ☆   ☆   ☆



「そういえばさ、ジャン」

「なんだ?」

 しばらく三人は次回のケンペイダンの劇を練習をしていた。適役と仲間役をジャンとむろみさんが代役し、マルコがうまくセリフを言えるようになった頃、座って休憩をしていたマルコが思い出したようにジャンに尋ねた。

「いや、僕らの使う小型拡声器とかもそうだけどさ、こういう機械ってどうやって手に入れたんだろうね?」

 マルコが指を差したのは今まで散々使っていたラジカセだ。

「考えてみればお店で売ってる写真も僕らが陸地に居た時の技術じゃ不可能なくらい鮮明だと思うんだけど……」

 思い出す様に聞くマルコに、ジャンは遠い目をして宙を見る。

「あぁ、何かしらねーけどある日突然ウチの団長が持ってきたんだよ。あと他にも調査兵団の隊舎にはキーボードとかエレキギターとかベースとか何かよく解らん原理で動く楽器が沢山あるぞ。ライブで売るサイリウムも何か団長が持ってきたしな。写真は……なんつーんだろうな。撮影部屋みたいな場所があってだな、限られた人間しか入れねーんだよな……」

「そっか。実はウチもなんだよね。ある日突然ナイル団長が拡声器とか、こういう細部が動く変身セットとか持ってきて……ねぇ、団長達って何者だろう?」

「そういや、他にもシガン☆しなが流行り始めたくらいから壁内中の酒場にジュークボックスが置かれ始めたよな。各兵団に拡声器が広まったのもあの辺だ。少し考えれば武器に転用できそうなモノも大量にある。なのに使われている武器や防具はそのままだ。妙なところで偏った技術革新が起きてるのは何でだ?」

 マルコが首を傾げ、ジャンが真剣に考え始めると、むろみさんはあー……とちょっと困った顔をした。

「アタシ、そのカラクリ知ってるかも」

「ホント!?」

「え、マジ!?」

 同時に聞かれ、むろみさんは言い難そうに頷く。

「うん。それ、ワイズマンの仕業っちゃないかな……多分……。あんまり人間さんに干渉すると怒られるけん。やけん、武器防具への転用はしない代わりに沢山の盛り上げグッズを提供するって各団長さんと密約してるっちゃないかと……」

 あの日あの時、うさみんを壁内一のアイドルにすると言っていたワイズマン。

「冗談だと思ってたけん。まさかガチだったとは……。そして奴が目論むのは、おそらく本当の壁内アイドルマスター争奪戦……」

「なんだそりゃ?」

「多分、うさみんばナンバーワンアイドルにするだけじゃ詰まらんかったんやない? んで、資金集めだのシガン☆しな打倒だのと各兵団のお偉方を焚きつけて色々面白か事やらせとると……」

「一体、何のために?」

「趣味っちゃろね。おーむね」

 ワイズマンの事はジャンとマルコも噂に聞き及んでいたが、まさかそんなことを企んでいたとは……。

 一瞬、シリアスになる三人だが同時に「まぁ良いか」という結論に及んだ。

「お祭り騒ぎみたいで面白いしな」

「平和だし」

「まぁ、何かあっても怒られるのは奴とね」

「それじゃあ、練習を再開するか」

「うん。次はどこからだっけ?」

「ほれ、悪の巨人に圧されたレッドばグリーンが救出する場面たい」

 ぱらぱらと台本を捲ったジャンが「ぐあぁ!! おのれ凶悪巨人め!!」と迫真の演技で悶絶すると、グリーンのマルコが走る。

「レッド!! 今助けるぞ!!」

「ぐはは!! やれるもんならやってみろ!!」

 ぴょんと悪役面のむろみさんが飛び跳ねた。




 ☆   ☆   ☆




 赤い夕陽が水平線の彼方に沈みゆく。

 家々には明かりが灯り、酒場では駐屯兵団広報隊の歌が響き、人々は笑顔で魚や妖精印の食糧をお腹一杯食べていた。

 恋人は語り、家族は集まり、そして仲間は手を取り合って、人魚は跳ねる。

 壁の向こうが海になった世界で、それぞれの希望を手に、未来を胸に。

 壁内は、今日も平和。






[37993] 進化とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/09/04 17:54
 ウォールローゼ、シガン☆しなライブ前日。


 とうとう翌日に大規模ライブを控えた調査兵団は兵舎全てがお祭りムード一色に染まっていた。

 翌日の為に用意した大量の販売用グッズ。例えば応援用のサイリウムにキャラクター団扇、付け耳、手彫りキーホルダー、銘入りペン、パンフレット等々は既に倉庫から溢れだすほどに用意してある。

 ライブ会場の大広場にも大きな櫓を立て終えて音響設備もどうにか整えた。当日の混雑を予想して簡易トイレやゴミ箱、案内板の設置ともしもの時のための警備班と救護班の準備と割り当て。物販ブースの確保。その他の雑事諸々を整え、あとは本番を迎えるだけだ。

「とうとう、明日なんだな」

 とある一室にて、マイクを手に持ったエレンが目の前の二人を見ると、ミカサとアルミンが頷いた。

「まだ本番は明日なのに、今からちょっと緊張するね」

 アルミンが緊張した面持ちではにかむと、いつもよりもほんの少し穏やかな表情のミカサがアルミンの肩をぽんと叩く。

「アルミン、大丈夫。今の私たちなら、どんなに観客が多くてもきっと……いいえ、絶対上手くやれる」

「ああ。その為に練習してきたんだもんな。俺達なら、きっと大丈夫だ」

 エレンの力強い眼差しを見て、二人はもう一度頷いた。

 壁内が海に閉じ込められてからこれまで、長いようでとても短かったように思う。

 最初は、訓練兵として兵士を目指していたはずだった。

 訓練兵として修練を積み、その後は兵士として巨人と戦う事になると思っていた。ところが、何の因果かアイドルとして資金集めをすることになってしまった。

 最初は凄く嫌だった。

 ダンスの練習もキツイし、歌なんて今まであまり歌ったことが無かった。

 知らない人の前でパフォーマンスなんて見世物みたいなことを、なんで俺達兵士がやらなくちゃならないんだと思ったりもした。

 今でも壁外への憧れは強く持っているし、巨人への憎しみは決して消えていない。けれど、色々な人から「元気をもらった」「明日の希望が見つかった」「また歌を聞かせてほしい!」という言葉と、沢山の笑顔を貰ううちに、こういう仕事も悪くは無いように思えてきたのもまた事実だった。

「何かもう俺達、兵士でも何でもねぇけどさ、壁の外に出られる手段が見つからねぇうちは、こういう仕事も悪くねぇ……んだよな? 多分……」

 戸惑うようにエレンが二人に聞くと、ミカサはしっかりと頷いた。

「えぇ。きっと、これも大事な仕事」

 部屋の中央に置かれた机の上には、乗りきらないほどのファンレター。お年寄りの達筆な字で書かれた物もあれば、拙い字で下手くそな絵と共に送られてきたものもある。

 部屋の角に積まれているのはファンが送ってくれた沢山の贈り物。シガン☆しなの銘が掘られた金貨からシガン☆しなの名のついた蜂蜜瓶。似顔絵の刺繍が入ったハンカチ、手作りの人形まで様々だ。

 どれもこれもが、シガン☆しなにとって大切な宝物。

 もしも三人が普通の兵士だったなら、こんなに沢山の『心』が送られる事は未来永劫無かっただろう。

「何かさ、今、本当に変な感じだよね」

「ああ、本当に変だ」

「うん。変。でも、とても面白い」

 そう言い合って三人は笑った。

 壁内で知らない者は誰も居ない、人気ナンバーワンアイドルユニット『シガン☆しな』。しかし、その正体はただの十五歳の少年少女なのだ。

「おい、テメェら。準備は良いか?」

 三人が今までの事に思いを馳せていると、ドアからジャンがひょこりと顔を覗かせた。

「あ、ジャン。そっちの準備は良いの?」

「おう。ばっちりよ。最後のリハーサルだ! 明日の本番と同じようにしっかりやれよ!」

『シガン☆しな』敏腕マネージャーのジャン・キルシュタインが親指で示した先は、調査兵団の訓練場だ。

 今までの練習とはちょっと違う。運び出された簡易舞台の周りには調査兵団の団員全員が本番さながらに取り巻いてシガン☆しなの登場を待ちわびているのだから。

「よし、行くか!!」

「ああ、行こう!」

「私たちのステージに!」

 そして、三人はそれぞれのマイクを手に立ち上がる。



 ☆   ☆   ☆



 とある広場。

 翌日のシガン☆しなライブに向けてとあるファンクラブは最後の練習に励んでいる最中であった。




「よっしゃテメーら明日に向けて最後の特訓だ!! 『恋の壁外逃避行』最初から行くぞ!!」

『はいッ!! ブラウン隊長!!』

 ライナー・ブラウンを中心とした総勢三十名程の訓練兵団104期生。

 彼らこそ、泣く子も黙るシガン☆しな同期親衛隊。

 シガン☆しなのファンクラブ自体は壁内中に数多く存在するが、三人と同じ104期生のみで構成されたこのファンクラブは他と比べて新しいながらも一味違う。

 背中にシガン☆しな親衛隊と書かれた法被を羽織り、額にはシガン☆しな親衛隊特製ハチマキを巻き、両手に携えたサイリウムと全身を使って訓練兵仕込みの激しくも整った動きで客席を鼓舞する。それを最初に始めたのがシガン☆しな同期親衛隊だ。

 親衛隊長はライナー・ブラウン。

 そのカリスマ性とシガン☆しなに対する情熱でもって高い信頼を得て隊長を務めているのだが、何故かアニ及びベルトルトからはとても冷ややかな視線を受けていた。

 ちなみに蛇足だがライナーは『壁内戦隊ケンペイダンファンクラブ第一号』保有者でもある。

「テメーら気合いが足りねぇ!! それでも我らがシガン☆しなを愛してるのか!! もっと腰に力を入れろ!!」

『はい!! ブラウン隊長!!』

 広場で応援の練習を熱心に行うライナー達を、ベルトルトとアニは少し離れた場所で眺めていた。

「一体、何してるんだか……」

「さぁ……当てられたんじゃない? この熱気と平和さに」

 激しく応援の練習をするライナーをしばらく呆れ顔で見ていた二人だが、ふと思い出したようにアニがベルトルトを見上げた。

「で、そう言うアンタは兵団選びもせず何してるんだい?」

 じろっと睨まれて、ベルトルトが狼に睨まれた子羊のようにたじろいだ。

「え、うーんと。だって外が海で故郷もどこだか解んないし、今の所入りるべき兵団も解らないし……どうせこのままならギリギリまで様子見してようかなって」

 優柔不断な意見にアニはふんっ、と息をつく。

「まぁ、それでもいいけどさ……ところでアンタ、次の休日は暇?」

「えっ、今の所、毎日暇だけど」

 突拍子も無くアニに尋ねられ、戸惑うベルトルトの前に紙切れが一枚差し出される。

「えっと……これは?」

「ケンペイダンのチケット。次の話はイエローが主役なんだよ。どうせ子供だましだけど、暇なら見に来な。それじゃ、アタシも練習があるから」

 驚いた。

 壁内戦隊ケンペイダンは毎回見に行ってるが、アニから直接チケットを貰ったことは今まで一度も無かったのだ。

 ベルトルトが戸惑っていると、ひらひらと宙に揺らしていたチケットを無理やり胸に押し付けたアニはくるりと身を翻す。

「あ、ありがとうアニ!! 行くよ!! 僕、絶対行くから!! 楽しみにしてるよ!」

 アニの背中にベルトルトが呼びかけると、アニは振り返りもせず右手を上げて軽く振った。



 ☆   ☆   ☆



 その頃、むろみさんはトロスト区の壁の上で釣りをしていた駐屯兵団の兵士によって釣り上げられていた。



「ゴカイうまかっちゃん!!」

 ざばぁっと海から引き揚げられたむろみさんを見て、駐屯兵団ミタビ・ヤルナッハ班長はげんなりした表情を浮かべた。

「なんだよ。またむろみさんかよー」

「いやー、目の前にうまそーなモンがぶら下がってたら食いつかないワケにゃいかんっちゃろ」

 むろみさんに刺さった釣針をミタビが外してやっていると、隣で釣りをしていたイアン・ディートリッヒが笑った。

「あれ、ミタビさんまた魚じゃなくてむろみさん釣り上げたんですか?」

「うるせーイアン。ボウズのテメェに言われたくねぇ!! ちっくしょー前のチケットといい、ホント最近ついてねぇよ……」

 がっかりしてエサを付け直すミタビに、むろみさんがニヤリと笑いながらイアンに近寄る。

「何なに? ミタビやんってばまだシガン☆しなのチケット取れなかったこと悔しがっとー?」

「そうなんですよ。自分の部下に倍額払うからチケット売ってくれって頼みこんだりして……」

「うっわ大人げなー」

「うっせぇイアン!! てめぇに愛しのうさミンを間近で見れないこの悔しさが解るか!? わかんねぇよな!!」


「へっへーん。アタシは是非にって本人からチケット貰ってるもんね」

「ちくしょー羨ましいな! むろみさんそれ売ってくれ!!」

「残念ながらアタシ名義の特別チケットやけん。アタシ以外使えんよ」

「っていうかミタビさん、駐屯兵団ならウチの広報隊応援しましょうよ。この前なんて、リコがドレス姿で歌ってたんですよ? シガン☆しななんて目じゃねーくらい美人でしたよ」

「あぁ、リコちゃんたちもがんばっとるけんな。アタシもよく酒場に聴きに行っとーよ。国民的アイドルとはまた違ごてしっとりした歌声が酒に合って良かったっちゃねぇ」

「お、むろみさんもそう思う? そうそう。お子ちゃまにゃ良さが解らない歌なんだよな」

 ねー。と楽しそうに頷き合うむろみさんとイアンに、ミタビはぐぬぬと唸る。

「ンなこた解ってる。俺も広報隊は好きだ。歌も上手いし美人もそれなりに多いしな。だがしかし、それとうさミンとはまた別なんだよっ!!」

 語尾に気合いを入れてひゅっ、と釣針を海に投げたミタビが下を見ると、数頭の巨人面魚が壁の真下の海面からにゅるっと顔を覗かせていた。

「ちっ、イヤなもん見ちまったぜ」

「どうしたんですか?」

 舌打ちしたミタビがイアンを振り返る。

「いや、何か海から巨人面魚どもがこっち見てるんだよ。気色悪ぃったらねぇぜ」

「マジですか?」

「ん? ほんなこつ? さっきまではおらんかったよ」

 イアンとむろみさんもそっと壁の真下を覗いてみると、そこに居たのは既に数頭処では無い。数十頭もの巨人面魚どもががわらわらと集まり出してきていた。

「なんですかね? 妙な感じだ」

「……まるでエサに集る鯉の群れたい」

「一応本部に報告しとくか? 多分陸には上がって来れねぇと思うが……」

「ちょっと待って下さい。何かおかしい感じが……?」

 ビチビチビチとお互いの体に乗り上げるように水面で跳ねる数十頭の巨人面魚の群れには、全てに足がついていた。

 二本の足をもがかせて、懸命に海面から上がろうとしている巨人面魚の姿を三人が息を飲んで見ていると、一頭の三メートル級の巨人面魚が水面から大きく跳ねて壁に飛びついてきた瞬間、三人に戦慄が走った。

「イアン……至急本部に伝えるぞ。緊急事態だ」

 しかし、イアンとミタビとむろみさんが逃げ出す寸前に、それは起こった。

 振り返ると、そこには人の手足を持った、まるで中途半端に変態したオタマジャクシのような姿の十メートル級の巨人面魚が三人を壁の上から満面の笑顔で睨みつけていた。




 ☆   ☆   ☆



 調査兵団訓練場。



 リハーサルをしていたシガン☆しなが数曲目の歌唱とダンスを終えた時、最高潮に盛り上がった調査兵団の只中に一人の駐屯兵が全速力で馬を駆って転げ込んできた。

「伝令!! 伝令!! 緊急事態だ!!」

 何事かと振り向く調査兵団に向かって、駐屯兵は馬から降りるのももどかしいのかその場で叫ぶ。

「何だ!? 何が起きた!?」

 団長のエルヴィンが飛び込んできた駐屯兵の前に出ると、青い顔をした駐屯兵はヤケクソのように大声で叫んだ。




「トロスト区、及びウォールローゼ南部から巨人面魚が侵入!! 壁は壊されてませんが、海から次々と壁を登ってきてます!! 我々駐屯兵団ではもう手に負えない数です!! 調査兵団に至急応援を要請します!!」






[37993] 大混乱とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/09/08 23:44

 壁内中が大混乱であった。

 人間のような手足が生えた巨人面魚が、次々と壁を乗り越えて壁内に侵入してくる。その様子はまさにあの日、シガンシナ区で超大型巨人が壁から顔を覗かせた瞬間にも匹敵する恐怖だが、その時とは少し具合が違う。

 シガンシナ区で起こったあの事件と決定的に違う事はただ一つ。巨人面魚どもはトロスト区はおろか、ウォールローゼの壁まで乗り越えて侵入してきているということだ。

「護衛班急げ!! 逃げ遅れた民間人がまだ多数居るんだ!!」

「絶対にウォールシーナには近づかせるな!! 何としてでもローゼの壁付近で足止めしろ!!」

「ダメです数が多すぎてとても間に合いません!!」

「調査兵団の応援はまだか!?」

「現在早馬で要請を行っております!!」

 混乱を極めるトロスト区の駐屯兵団基地で、真っ青な顔をしたキッツ・ヴェールマン隊長は片手で額を抑えた。

「くそっ。何故こんな時に限って巨人面魚どもが押し寄せて来る!? これまでは陸上活動すら出来なかっただろうが!? まさか、あのワケの解らん人魚どもの差し金なのか!?」

 彼にとっては怯えと苛立ち紛れに放っただけの言葉だったのかもしれない。が、傍で聞いていた制服姿のリコ・プレツェンスカ、イアン・ディートリッヒの両名は、その暴言に自分たちよりも身分が上であろうキッツを強く睨みつけて反論した。

「恐れながら隊長。そのような事は二度と仰らないようお願いします。人魚たちは人類の良き隣人です。敵ならば何故我々に食糧を分け与え、孤独だった人類に手を差し伸べてくれたのでしょうか? 解っておられましょうが、彼女たちが居なければ私たちは今も海の只中で途方に暮れるしか無かったのですよ? そのことに関してはご理解頂けておりますか?」

「隊長。俺とミタビ班長は先ほど壁の上から帰還する際、一人の人魚に救われました。そして我々を救ってくれた人魚は今も何とか巨人面魚を食い止めようと海で戦ってくれているんですよ!? 自分たちは全然関係ないのにも関わらずです。そんな彼女たちが、何故敵だと言えるのですか!?」

 一人には冷静に、一人には熱く諭されたキッツはぐっ、と言葉を詰まらせるが、すぐに青い顔を赤く変化させて怒鳴りつけるように命令する。

「そ、それぐらい私にも解っておるわ!! 貴様らこんなところで何をボサボサしている!! さっさと巨人面魚を食い止めに行くぞ!!」

『了解!!』



 ☆   ☆   ☆



 巨人面魚が海から這い上がって来た時間。

 キース・シャーディスはハーピーとイエティを連れてトロスト区でのんびりと爺と孫ごっこを楽しんでいた。

 魚市場の屋台を巡り、子供釣り堀で小魚を釣り、笹かまを食べながらゆったりと観光をしていた時、突如として人々の悲鳴が響き渡り継いで海側の壁から人波が押し寄せてきた。

 何事かと思って様子を窺っていると逃げ惑う人々の背後からのっそりと現れたのは、気色悪い巨大人面魚の姿だった。おそらく七メートルはあるであろう巨体を揺らし、全体的に魚なのに何故かそこだけが人間の四肢を持っている。時々、大きな尾びれを振って魚市場のテントをなぎ倒す様は正しく化け物と呼ぶにふさわしい。

「何故ここに巨人面魚が……!?」

 身を戦慄かせるキースだが、隣に居たイエティは無表情に見上げるに留まりハーピーはノーテンキに囀った。

「でっけーお魚さん!! マズそー! マズそー!」

「ほんとだ。大きい。人魚さんとは違うんだね」

「ハーピー、イエティ。逃げるぞ!!」

 暢気に巨人面魚を眺めている二人を両腕に抱えて駆けだしたキースは、もちろん立体起動や超硬質ブレードなんて物は装備していなかった。

 幼子とは言え、二人を抱えて逃げるのは老体には少々厳しいものがある。息を切らせてウォールローゼの扉まで引き返そうとしたが、道の真ん中には既に巨人面魚がのっそりと現れ、体を揺らして道を塞ぐ。見れば、あちらこちらから巨人面魚が大挙して押し寄せて来ていてもう道を選んでいる余裕はなさそうだ。

「クソッ、こっちにもか」

 とにかく巨人面魚と鉢合わせにならないように老体に鞭を打って走り回り、一か八かで小路に入り込んでみたが、それが運の尽きだった。

「三メートル級……!!」

 袋小路に突き当たり、戻ろうとすると三メートル級の巨人面魚がワニのように道を塞いでいた。目線が低い分普通の巨人より威圧感は少ないが、それでも十分に恐ろしい。

(万事休すか……)

「ジジ! どした!?」

「おじいさん、どうしたの?」

 冷や汗を垂らしたキースは、腕の中で心配そうに自分を見上げるハーピーとイエティを最後にぎゅっと抱きしめる。

「ハーピー、イエティを連れて空に逃げなさい。ヒマラヤに帰ってしばらくここに来たらいかんぞ」

「ジジは?」

「護身用のナイフは持っている。倒す事は出来んかもしれないが、私はここで何とか頑張ろう。だから、イエティを頼んだぞ?」

 言い聞かせるように二人の頭を撫で、そしてハーピーを空に放つ。が、幼女の姿をした鳥は空中に留まったまま、一向にイエティを連れて行こうとしない。

「どうしたハーピー!?」

 しばしキースと巨人面魚を見比べたハーピーは、しかし自信満々に囀った。

「ジジ、でっけーお魚ジャマ!! ハーピー、まずそーなお魚イヤ!! オッケオッケ!! ハーピーさんおまかせ!!」

「何がお任せなんだ!?」

 そして一人でするーりと空へ飛び上がるハーピーはパッと両手と羽を大きく広げた。

「ハーピー! ジモッティ、呼ぶ! 兄弟イッパイ呼ぶ! イコール、グローバリゼーション!!」

「何が何だか解らんぞハーピー!!」

 キースの呼びかけにも振り返らず、猛スピードで空へ飛んで行くハーピー。あっという間に豆粒のようになった鳥幼女を見送って、ふと「そういえば巨人面魚はどうなった!?」と振り返ると、三メートル級の巨人面魚はイエティが鋭い爪で跡形も無く挽肉にした後だった。

 急所のうなじも粉微塵にされ、煙を上げて消滅する巨人面魚を尻目にイエティはあどけない表情をキースに向ける。

「おじいさん、どこかに刀とか無いかな? 大きいのを捌くのはちょっと疲れるから」




 ☆   ☆   ☆



「こらー!! きさんら魚類の癖に何陸に行こうとしとるんか!! 魚類なら魚類らしく海におれっちゅーに!! むむむ……スパイラルスピンカッター!!!」

 次々と海から壁に向かって何千、何百と行列を作る巨人面魚を一匹一匹海に連れ戻すのがめんどくさくなったむろみさんは、巨人面魚のうなじを腕のヒレで次々とぶった切って行く。

「あっちぃあっちぃ!!」

 しかし、巨人面魚が死ぬ際に上げる熱は、むろみさんたち魚類の肌には熱すぎた。

「やめときむろみ。こんだけおったらもうワイらだけの手に追えんわ」

「せやせや! わいら十分足止めしとるで!! もう無理や!」

「うぅー。クジラさんを乗り上げて行っちゃいかんとー!! ここの人間さん良い人たちやけん、巨人面魚さんも仲良くせんとー!!」

 海の中では、むろみさんだけでは無く、むろみさんに呼ばれて駆けつけた淡路さん達ハンターやひいちゃん、ひいちゃんに呼ばれたシャチやクジラも何とか巨人面魚を壁に登らせまいと苦戦していたが、いかんせん巨人面魚の数が多すぎる。

「こうなったらもう、リヴァイアさんを呼ぶしか無いんやないか!?」

 淡路さんが投げやりにむろみさんに提案するが、むろみさんはあまり良い顔はしない。

 最終兵器リヴァイアさん。かつて神々と共にムー大陸を滅ぼした際に、切り込み隊長を務めた程の実力を持つ地球最強の伝説の海竜。

 その実力たるや軽い気持ちで世界を灰に出来るほどなのだが、いかんせんうっかりした部分が多いのだ。例えば、花火で大興奮して地獄の業火(ヘルファイア)を空に打ち上げようとしたり、酔っぱらって『ウチは土竜になるっちゃー』と言いながらマントルまで穴を掘り進めようとする等々……。

 もしこの近辺でやらかした場合、うっかり放った熱線ブレスで壁を壊す可能性は極大なのだが、それでもこの巨人面魚の量を捌けるのはきっともうリヴァイアさんしかいないだろう。

「むむむ……あんまおススメ出来んけど……もうしょんのなかね」

 覚悟を決めたむろみさんはケータイを取り出すと、リヴァイアさんに電話をかけた。すぐに繋がった。

「あ、もしもし? リヴァイアさん? 今どこにおるん?」

『もっしーむろみ? 久しぶりっちゃねー♪ 今? 今はとある岩島におるっちゃ』

 電話口からゆるーい小倉弁が聞こえてくるが、その声は間違いなくリヴァイアさんだ。

「悪いけど、ちょっとこっち来てもらえると? 今、大変な事になってるけん」

『んー。実を言うとこっちもちょーっと色々あるちゃ。悪いけどむろみ、先にこっち来てもらえん?』

「えー!? こっちも手が離せんっちゃけど!?」

『大丈夫大丈夫。壁の国から近いけん、ちょっと飛ばせばすぐ来れる場所っちゃ』

「え、リヴァイアさん壁のこと知っとるん!?」

『そげな大きか壁あったら誰でもすぐ解るっちゃー。ともかく重大なことっちゃけん。一端こっち来て欲しいちゃ。それじゃ、待ってるっちゃ♪』

「えっ!? ちょっとリヴァイアさん!?」

 プツッ、と通信が切れた直後、むろみさんの頭の中に直接地図が送り込まれてくる。間違いなくリヴァイアさんの思念波だ。

「場所は……あー……確かにここから近いとね。仕方ない……。皆!! ここは任せた!! ちょっとリヴァイアさんに呼ばれたけん行ってくると!」

「え、おいマジかよむろみ!?」

 言うが早いか、むろみさんは他の人魚にその場を任せると巨人面魚の間をかいくぐり猛スピードのバタフライで壁を後にするのだった。




 ☆   ☆   ☆




 調査兵団本部



「急げー!! 今度の巨人は壁を登るぞ!! 絶対に深入りはさせるな!!」

「早く馬を連れてくるんだ!! 何!? 宣伝用の装飾? そんなもんさっさと外せ!!」

「時間が足りない!! 一秒でも早く壁に向かうんだ!!」

「急げ急げ!! 絶対シーナに近づけさせるなよ!!」

 駐屯兵団基地と同じく、文字通り混迷を極める調査兵団本部は怒号と焦燥で溢れていた。その中で、廊下を急ぎ足に歩くリヴァイ兵士長の後にくっつく一人の少年の姿。

「リヴァイ兵長!! 俺も行きます。行かせてください!!」

「ダメだ」

「どうしてですか!?」

「どうしてもだ」

「納得がいきません!!」

 そこで、リヴァイはため息をついて振り向いた。

「それは、テメェが死んだらそれだけで兵団の大損害だからだ。エレン・イェーガー」

 リヴァイの後をくっついて歩いていた少年、それは調査兵団アイドル部隊シガン☆しなの大人気アイドル、エレン・イェーガー本人だ。

 巨人面魚の侵攻を聞いた途端、エレンはすぐにリハーサルの舞台を駆け降りてウォールローゼ攻防戦の応援へ向かおうとする調査兵団に交じったのだ。

「確かにアイドルしてましたけど、それでも俺だって調査兵団の端くれです!!」

「それでもだ。大体、テメェは何のために行く? 知ってるぞ。母親が巨人に食われたんだってな。巨人をぶっ殺してぇ気持ちは解る。だが、巨人への憎しみを晴らすために行くってんなら、テメェはただのお荷物だ」

 普通の兵士ならチビるような目でギロリと睨む兵士長。だが、意外にもエレンはリヴァイの目をまっすぐに、力強い目で見返していた。

「確かに、俺達は訓練兵団を出てからずっと調査兵団では歌ったり踊ったりばっかりでした。それが仕事でしかたら、今更戦闘なんてって思うかもしれません。もちろん巨人も憎いです。全て駆逐したい気持ちも変わりません。でもリヴァイ兵長、俺が行きたい理由はそれだけじゃないんです!!」

「……何だ? 言ってみろ」

 必死なエレンの言葉に、さしものリヴァイも仕方なく息をついて頭を掻くと、エレンは大きく息を吸う。

「目の前で自分たちのファンが食われかけてるってのに、それを助けないで何が壁内一のアイドルですか!? 何が歌って踊れる『兵士』ですか!? だから俺も行きたいんです! お願いします!! 手伝わせてください!! 俺も行かせてください!!」

 そうして頭を下げるエレン。リヴァイは自分へ本気で頭を下げる少年の後頭部を見ながら少し考え、「おい、頭を上げろ」と声をかける。

「はいっ!」

 ぱ、と頭を上げたエレンに投げつけられたのは、緑色のキノコだった。エレンが見たことも無い、謎のキノコ。それはいつかの日にむろみさんが持ってきた、あの人が復活するキノコだ。

 実は、森に何本か生えていた物を川端君が見つけてきたのだ。キノコを渡されたエルヴィンは『戦闘で死なれたらどうしても困る人物』にのみ極秘でそれを渡していたのだった。

 人類最強のリヴァイ兵士長は、もちろん『絶対に死なれたら困る人物』だったが、リヴァイ本人としては巨人相手に死ぬ気も死ぬ予定も死ぬ自信も全く無かった。だから、それを今にも死にそうな部下に渡したところでどうということは無い。

「それを食え。今すぐにだ。それが俺達についてくる最低条件だ。それからテメェは前線に出るな。民間人の誘導を優先しろ。エルヴィンには俺から言っておく」

「はいっ!!」

 しばし呆然とキノコを持っていたエレンは、返事と共に手の中のキノコにかぶりついた。



 ☆   ☆   ☆



「ミカサ、本当に行っちゃうの?」

「えぇ。エレンが行くというのなら、私も行かなくちゃ」

 心配そうなアルミンに、ミカサは優しく微笑んだ。

「大丈夫。私は強い。訓練兵団も、首席で卒業した。巨人にも負けない。だから、心配しなくても大丈夫」

 ぐっ、と親指を上げたミカサは人が行き交い怒号が飛ぶ混迷極める外へと飛び出した。

「ま、待ってよミカサ!!」

 突如として発生した大事件にエルヴィン団長からアイドル部隊に対する指示は『とりあえず待機命令』だったはずなのだが、何故かエレンが出陣する話はすぐに二人にも聞こえてきた。

 もちろん一も二も無くこうしてミカサはエレンを追いかけて飛び出して、アルミンだけがこうして部屋に残されたのだった。

「畜生……また、僕だけ残されるのか?」

 二人の後を追いかけなくては……と立ち上がり、怒号の飛び交う外へとそろりそろりと近づくも、あの日のシガンシナの混乱と恐怖を思い出すとどうしても足が竦む。

「嫌だ……二人のお荷物だけは、絶対に……絶対に嫌なのに!!」

 舞台で、大勢の人間の前に立つのは平気なのに、どうしてこんな時にばかり足が震えるんだ。一度、壁を殴る。が、誰もアルミンを見ているものは居ない。

「おいお前ら!! 今は緊急事態だぞ!? 何しに来た!!」

 アルミンが思わず顔を上げると、そこには見たことのある三人の少女が、怒鳴られつつも人波を掻き分けて調査兵団の本部へ入ってきているところであった。

「済みません! 済みません通してください!!」

「悪いね! ちょっと用事があるんだ!! 通してくんな!」

「済みません済みません本当に重要なんです!!」

「サシャ、ユミル、それとクリスタ!? 何でここに居るの!? 兵団決めてない訓練兵は皆召集かかったはずだろ!?」

 はぁはぁと息を切らせる三人娘はアルミンの顔を認めると掴みかからんばかりの勢いで迫る。

「そんなのどうでも良いの!! お願いアルミン。調査兵団の厨房を貸して!?」

「ちょ、クリスタ。何で厨房なの!?」

「そ、それが……ぜぇ。とにかく女神のお菓子が人類の存亡にかかわるんですよ!!」

「アタシには解んねぇけど、とにかくそういう訳なんだよ! 訓練兵団じゃ食材が足りねぇんだ!! ここなら砂糖ぐらいあるだろ!?」

 肩で息をするユミルとサシャがよく解らない事を言っている。

「何!? 全然解んないよ! とにかく落ち着いてよ三人とも!! 何? クリスタは何がしたいの!?」

 捲し立てる三人の少女にこれでもかと気圧されるアルミンが迫るクリスタの両肩を掴み、その青い瞳を見据えて尋ねると、クリスタは懇願するように絶叫した。





「人類を救うため、これから妖精さんを大爆増させます!!」








  あとがき

 キッツは普段、むろみさんあたりに色々おちょくられていたりいなかったり……。



[37993] それぞれの動きと妖精さん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/09/11 22:17

「ワイズマン!! ワイズマンは居ないのか!?」

 兵団内の喧騒より少し離れた部屋。

 人払いを済ませ、一人になったエルヴィンがワイズマンを呼ぶ。するとすぐにエルヴィンの頭上の壁からカサコソと昆虫のような八つの足を持つ機械が顔を覗かせた。

「ヘイボーイ。私に何か用かね? 武器・防具のご提供以外で萌え萌えな事ならばお手伝いしませう?」

「まさしく、その武器や防具の提供をして欲しいのだが? このままでは人類も、君の大好きなアイドル合戦も終わってしまうと思うのだが?」

 下手な歪曲はこの奇妙な機械生物に意味をなさない事は解っていた。包み隠さずエルヴィンが尋ねると、ワイズマンは「フムー」と残念そうな音をそのメタリックな体から出す。

「残念ながら、私は今でも非常に危険な橋を渡っているのでね。武器や防具を人間に提供したと知れたら、それこそ私ごと壁内が神々に滅ぼされますが? まぁ、外敵による滅びはまた一つの正解ということさ。もっとも、楽しいお祭りが終わってしまうのは私としても非常に残念だがね。さて、他に何か聞く事はあるかね?」

 あっさりと人類を捨てることを決定づけたワイズマン。だが、その返答を予想していたのかエルヴィンは感情を露わにする事は無く、無表情に一つ頷いただけだった。

「そうか……この状況で少しは君の気が変わったと思ったのだが……とても残念だ。それでは今度は純粋な質問をしよう。我々は本当にここで滅亡すると思うかね?」

 まるで明日の天気を尋ねるかのように聞くエルヴィンに、ワイズマンはしばし考えた後で「ああ」と頷いた。

「私の見た限り、どこへ逃げたとしても壁内人の一年生存確率は限りなく低いでんなぁ。それこそ、未知の技術を持ったデタラメがまたデタラメをやらかさない限りは……」

 ワイズマンの言う、未知の技術を持ったデタラメ。

 その存在こそ、ウォールローゼ全域を海へ飛ばすというトンデモない技術を開発した張本人。

 しかし、同じくエルヴィン達には未知の機械を作り出すワイズマンの、最高峰の超科学をもってしてもその存在を感知することは不可能だという。

「そのデタラメを引き起こした張本人との接触……それこそが人類が生き残る最後の手段、か……」

 フッ、と息をつくエルヴィン。

 壁という人類の最重要防護壁が通用しない今、人類は壁内のどこへ逃げても無駄なのだ。それこそ、最後の一人が巨人面魚に食われるまで人類は奴らに追い詰められるのだろう。

 ワイズマンの言うデタラメとの接触が絶望的な今、人類は滅びを受け入れるしかないのか……。

 エルヴィンが一人、思いつめた表情をしていると、ドアを叩く音がする。

「おっと。誰か来たようだ。それでは私はこの辺で……」

 ワイズマンがするりと天井の奥へ消え去ると、そこへ入れ替わりに入って来たのは少々興奮気味の河童の川端くんだった。

「おいエルヴィン。物凄い物を見つけたぞ!!」

「川端さん……どうしました? 申し訳ないが今は緊急事態なんです。それとも、復活キノコの群生地でも見つかりました?」

 ワイズマンの手が借りられない今、人間が死んでも生き返るあのキノコこそが人類にとって最も重要なアイテムだ。先日、森の中で数十個を採取したが、それ以来中々見つからない。しかし今、必要量のキノコさえ見つかれば人類滅亡はもう少し先延ばしできるはずなのだ。

 しかし、川端君は「緊急事態は知っとるが、キノコじゃなか」と首を振り、代わりに手のひらに乗せたカラフルな球をエルヴィンに見せる。

「これは……?」

「妖精じゃ」

「ふざけてるんですか?」

「違うわ! 妖精ちゅーんは言わば生きたデタラメやけん。この壁内で起きとった訳わからん現象の大部分はこいつらが原因で間違いなかと!」

 デタラメ、という言葉に反応したエルヴィンが川端君の手のひらの球を凝視するが、それはどう見てもただのカラフルな球だった。

「デタラメ? この小さなボールが? これがワイズマンの言う未知の技術の持ち主だと言うのか?」

 摘みあげてあちこちの方向から見回しても球は球のままだ。

「団長!! エルヴィン団長は居られますか!?」

 呆気なく手のひらで転がされる未知の技術の正体に、にわかには信じられずにいると、ばたばたと五人の少年少女がエルヴィンの部屋に駆け込んでくる。

「慌ててどうしたんだ? そこの三人は訓練兵だな? 招集命令がかかっているはずだ。何故ここに居る?」

 息を切らせて心臓を捧げる敬礼をした五人のうち、一人の少年は調査兵団アイドル部隊、アルミン・アルレルト本人と、シガン☆しなのマネージャー、ジャン・キルシュタインだ。そしてその横に並ぶのは、三人の訓練兵団の少女。

「団長! それどころではありまえん!! 今の危機的状況を脱する唯一の方法が見つかりました!!」

「何だと!?」

 アルミンの叫びにエルヴィンの視線に鋭さが増す。

「突然押しかけて申し訳ありません!! ですが、まずはこの本を読んでください」

 すると、一番小さな金髪の少女が手のひらを目の前に見せた。そこには、川端くんが持ってきたものと同じカラフルな球と一緒に『妖精さんマニュアル』と書かれた豆本が乗っていた。




 ☆   ☆   ☆




 その頃、調査兵団はウォールローゼ南部、及びトロスト区へ向かって馬に乗って駆けていた。

 行く途中の道には多くの兵士と共にウォールシーナへ向かって逃げ行く人々の長い列がのろのろと進んでいる。

「急げ急げ!! 早くしないと巨人面魚が来ちまうぞ!!」

 いくら民間人たちに呼びかけても、既に必死で逃げている人々は息を切らせるだけで一向にスピードは上がらない。その時、遠くの方で悲鳴が聞こえた。

「うわぁぁぁぁ!! 巨人面魚がそこまで来てるぞ!! 奇行種だ!!」

 人々が一斉に散り始めると、ローゼの壁側から猛スピードで突っ込んでくる巨大な影。

 手足の生えた十メートル級の巨人面魚が目の前の兵士には目もくれず、一直線に民間人に向かって魚雷のようにすっ飛んで行く姿。次々と悲鳴が上がり、後ろからは立体起動を装着した駐屯兵団が追いすがるのだが、巨人面魚の走るスピードが速すぎて間に合わない。

「ダメか!!」

 あと少しであの巨体が人の群れに到達するというその時、空から一陣の黒い風が駆け抜けた。

 瞬間、煙を噴き上げながら崩れ落ちる巨人面魚。

「リヴァイ兵長!!」

「テメェら、無事か? 壁の方はどうなってる!?」

 巨人面魚の血を払い、ブレードを仕舞うリヴァイがなんとか追いついてきた駐屯兵に尋ねると、まだ年の若い二人の兵士は今にも泣きだしそうに敬礼する。

「はっ!! 現在、我々と共に人魚達が海で応戦しています!! が、壁の向こうから登ってくる巨人面魚の数があまりにも多すぎます!! 前線が崩壊するのは、もはや時間の問題です!!」

「それから、最初はノロマだった巨人面魚が、徐々に速くなってきてます!! 魚じゃない巨人のような奇行種が増えている他、舌が伸びる個体や大きく飛び跳ねる個体、壁にくっついて走る個体が数体見受けられます!! それら奇行種の場合、この場に押し留めるのはもはや不可能です!!」

「巨人面魚が少しずつカエル化していってるってか? とんでもねぇな」

 舌打ちするリヴァイに、後ろに追いついた調査兵団の面々どよめいた。が、一人だけハンジ・ゾエが興奮したようにリヴァイの服を引っ張った。

「すごい、凄いよ巨人面魚!! リヴァイ、速く行こう!! カエル型巨人を見てみたい! トロスト区はもう少しだ!」

「テメェは少し黙ってろクソメガネ!!」




 ☆   ☆   ☆




 大部分の調査兵団がトロスト区に向かう中、エレンは数名の調査兵団、駐屯兵団と共にウォールローゼ南部付近の村で避難誘導を行っていた。

 そこはまだ巨人面魚に襲来されていないが、それでもローゼが突破された今、全ての人間を一度シーナへ避難させねばならないのだ。が。

「わぁ!! えれえれだー!!」

「写真と同じなのね!! 素敵!! かっこいいわ」

「皆さん急いでウォールシーナに向かってください!! ここはもうすぐ巨人面魚が襲来する恐れがあります!!」

「えれえれ、握手してください!!」

「後でいくらでも握手しますから!! お願いですから早く移動してください!!」

「「「「はーい!!」」」」

 エレンは己の人気っぷりを侮っていた。

 先ほどまでは百年の安寧時代よりも平和だった壁内。そこに知らない者は誰もいない大人気アイドルユニット『シガン☆しな』の一人エレン・イェーガーが間近に居るとあっては、そちらの方に意識が集中してしまってちっとも避難がはかどらないのだ。

 特に危機意識の鈍りまくった若い娘さん方やミーハーな奥様はエレンを取り囲んだまま、巌のように動かない。いくらエレンが怒鳴っても怒って見せてもニコニコと受け流されてしまうのだ。

「やっぱり、すげぇ人気だな。エレンの奴」

「そりゃまぁ、大人気アイドルの一人だしな。しょうがないだろ」

「だが、このままじゃ避難がすすまねぇよ」

「んじゃ助け舟でも出すか……。おーいエレン!! そっちは良いからちょっと上から周囲を見て来てくれ!! 巨人面魚が来てないかどうか!!」

「解りました!!」

 遠巻きに見ていた調査兵団の一人がエレンに声をかける。と、大ブーイングが起きる人垣の中を掻き分けて、エレンが村の外の森へ走った。

 ついて来ようとするファンは他の調査兵団や駐屯兵団に抑えられたので、エレンさえ見えなくなれば無事に避難してくれるだろう。

 上から周囲を見回すため、立体起動を展開して木々が乱立する場所へ一人アンカーを飛ばす。

 プシュゥとガスが吹く音がして地上数十メートルへ駆けあがった瞬間、前方から口だけがやたらと大きな巨人面魚が樹上に立ったエレンを枝ごと飲んだ。

 あっという間の出来事だった。

「ゲゴ」

 森の向こう側から物凄い跳躍力で飛んで来てエレンを飲んだ巨人面魚は一声低く鳴くと、再び物凄い跳躍力でどこかへ飛び去った。




 ☆   ☆   ☆



「ライナー。本当にやるのか?」

「ああ。これだけ壁内が混乱している、今がチャンスだろう? ベルトルト」

 混迷を極めるトロスト区。

 無数の巨人面魚がうごめき、大混乱が起きているその場所で召集をかけられた訓練兵は逃げ遅れた民間人を逃すために戦っていた。

 大半の訓練兵は巨人面魚の胃袋に消え、残った者もガスの補給が間に合わず立ち往生する中で、敵である巨人面魚は海から次々と壁を乗り越えその勢力を増していた。おまけにそれぞれの個体も少しずつ変化しているのである。あるものは体長の半分もある舌を伸ばし、あるものは塔一つを軽々飛び越える跳躍力を持ち、あるものはヒトのような手足に吸盤を備えて縦横無尽に壁を這いまわる。

 まるで巨大なカエルのような巨人面魚を相手に、訓練兵ならずともベテランの兵士でさえも明らかに数を減らしていた。

 兵士だけでなく、民間人にも犠牲が出始めたそんな中、ライナー・ブラウン及びベルトルト・フーバーは半壊した家の陰に隠れて何事かを話し合っていた。ちなみに、アニはその場に居ない。彼女は憲兵団へ行ったので、内地の方で任務をこなしているのであろう。

「……でも、ライナー。本当に良いのかい? 外は海なんだよ? ここでやった場合、最悪、僕らは故郷に帰れなくなる可能性もあるんだよ?」

 不安そうなベルトルトの言葉に、固い表情のライナーは静かに頷いた。

「それでもだ。だが、帰れなくなるのではない。故郷へ帰るために俺達がやるしかないんだ!」

 覚悟を決めた男の表情に、ベルトルトは唇を噛んで頷いた。




 ☆  ☆  ☆




 調査兵団本部。

 ルーペを翳し、ミニマムサイズの妖精さんマニュアルを読んだエルヴィンは頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 長年兵士をやってきた。調査兵団団長となり、人類の知識の及ばない巨人を相手に命がけで戦い続け、多少なりとも不可思議には耐性がついていたはずだが、ここまでワケが解らないのは初めてである。

「つまり、妖精が居れば居るほどトラブルは増えるが死者は居なくなる……という訳だな?」

 絞り出す様に尋ねると、真っ先に頷いたのは一番小さな少女ことクリスタだ。

「はい。そしてワケの解らない事態も爆発的に増えます。とんでもない事件やトラブルもわんさか増えます。けど、死者は確実に減ります。これだけは、確かです」

「わ、私も証人になります!! あの壁内にばらまかれた食糧……妖精社の食糧は、全部妖精さんがやったことだと思うんです!!」

「この壁内にゃ人魚も河童も巨人も人面魚もわんさか居るんだからよ、妖精が居たっておかしくないだろ? 大体、壁外が海になったこと自体がそもそものデタラメなんだ。頼むからクリスタを信じてやってくれよ!」

 クリスタに続いてサシャ・ブラウスが証言し、普段はクールなユミルも必死で言明している。

「エルヴィン、こいつらの話は、あのキノコと種類が似とらんか? デタラメだが人が死なんっちゅーのは俺も本当やと思うたい。どの道ここで足踏みしとっても人類は破滅やけん。信じてみたらどげんか?」

 エルヴィンの隣に立った川端君がボソリと言うと、しばし考えていたエルヴィンは肩の力を抜いて、それはそれは長い溜息を吐いた。

「解った。君たちの言う事を信用しよう」

 ほっと安心したような表情をする五人組。しかし、信用を得た程度で安心している暇はない。

「で、クリスタ、どうやって妖精を増やすんだ?」

 ジャンが尋ねると、クリスタはにこやかに言う。

「甘い物と、楽しい事です。この二つさえあれば、妖精さんは爆発的な大増殖を起こします!」

 瞬間、場の空気が凍った。

「……甘味はともかく、クリスタ。壁内は今、絶望の一色で染まってるぞ?」

「あー……でも、えっと楽しくなくても甘味だけでも何とか……多分……?」

 ジャンの一言で、周囲の全員が意気消沈するが、何かを思い出したようにアルミンが顔を上げる。

「まってジャン。この絶望感って本当に壁内中に広がってるの!?」

「はぁ? 何言ってるんだよアルミン。そんなの当たり前だろ?」

「本当に? 今日の今日起こった事件のことが、中央の貴族街にも広がってると思う? あの巨人を見たことが無い人たちまで本気で絶望していると思う?」

「なっ……そりゃまぁ、……そうだな。平和ボケした今の貴族街なら、噂は流れててもまだ緊迫感はねぇ……かもしれん。けどなぁ」

「シガン☆しな、ゲリラライブをやろう!! それで会場は大盛り上がりのはずだ!」

「はぁ!? 何言ってるんだ!? やるにしたってどこでだよ? 地下街か!? あそこに人を集めるには時間がかかるぞ!?」

 アルミンの提案に驚くジャンだが、アルミンは噛みつくようにマネージャーのジャンに訴える。

「だってもう、これしか無いだろ!? この絶望の中で楽しい事なんて、僕にはこれしか思いつかないんだよ!」

「ちょっと待て。私に良い考えがある」

 アルミンの一言にしばし考えていたエルヴィンはすぐさま地図を引っ張り出して机の上に広げ、壁内の中央、貴族街の公園と思しき場所を指差した。

「ここに、憲兵団が立てた壁内戦隊ケンペイダン専用の舞台が一つあったはずだ。音響設備も整っていたと思う。私の引き出しの中にはいくつか音楽班が残した録音CDもあるから持って行くと良い。そして、ここの舞台の傍には憲兵団の本部があるはずだ。そこに厨房もあるだろう。使用許可は……私のサインと書簡を持って行けばどうにかなるはずだ」

 そこまで言ったエルヴィンは、ゆっくりとアルミンに視線を移す。

「だが、今はうさミン。君しか居ない。本当に出来るか?」

「アルミン、本当に出来るのか!? 本気で成功すると思うのか!?」

「アルミン……」

 エルヴィン、ジャン、クリスタ、その他の皆からもじっと確かめるように、懇願するような視線を送られたアルミンは額から汗を一筋垂らし、そして大きく頷いた。

「僕を誰だと思ってるんですか? 壁内で知らない者は誰も居ない。トップアイドルユニット、シガン☆しなの一番人気アイドル、うさミンですよ。どんな状況でも必ずや、マイク一本で会場をどっかんどっかん盛り上げられるに決まってます!!」





[37993] 人類と烏合の衆
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/09/15 20:31
※ 進撃11巻までのネタバレを含みます。

※ むろみさん原作の鳥キャラ多数でます。





「ここは……確か俺は食われて!?」

 巨人面魚に食われたエレンは見知らぬ場所で目を覚ました。

 真っ先に手足の状態を確認してみるが切断していたり折れたりしている気配はない。腕に軽い擦り傷はあるが、それ以外にはぶつけた場所も無いようで体はすこぶる好調であった。

 次に周囲を見回してみる。その場所は暗く湿っていて、巨人面魚の体内のせいかとても生暖かい。生きた巨人面魚の体温は普通の巨人の持つ灼熱の体温と違い四十度前後と聞き及んでいるが、それにしても随分と過ごしやすいような気がした。

「ちくしょう。何なんだこの場所は。本当に巨人面魚の腹の中か?」

 愚痴りながらじっと闇に目を凝らすと、段々と目が慣れてくる。巨人面魚の胃袋はとても広く、屈めば何とか立ち上がることが出来た。誰かが既に食われていたのかと思ったが、自分以外に人間は居ないようだった。手に当たる肉壁はぶよぶよと柔らかい。しかし非常に肉厚で、いかに超硬質ブレードでも内側から切り刻んで外へ出ることは難しそうだ。

「内側から出られそうにねぇな……くそっ」

 舌打ちをして巨人面魚の内臓を殴りつけるが、エレンの力では肉がぶるんと揺れる程度だ。どうにもならず、その場でずるずると座り込んで闇の中を見つめているとどうした事だろう。巨人面魚の胃袋のトンネルの、ほんの少し先の方。カーブがかかったあたりで何かが光っているのが見えた。

「光……? 誰か居るのか?」

 一縷の望みをかけて柔らかな内臓を進んだその先には、なんと煌々と光輝く遊園地が広がっていた。

 明るくアップテンポな音楽が流れる中、装飾に彩られたコーヒーカップにメリーゴーランドがくるくると回っている。

 空中でうねるレールの上を弾丸のように高速で走り回るのはジェットコースター。

 燭台のような形をした巨大なブランコに、中央に設えられた広場には何故か噴水までが備え付けてある。

 そして極めつけは遊園地の一番奥に存在する、赤や青や緑や色とりどりに光り輝く大きな観覧車。

 ただし、全てミニチュアサイズだが。

 実は一番大きな観覧車でさえ、高さはエレンの首程までだ。

 しかし、驚くべきはここだけではない。なんと、遊園地では沢山の小さな人間がアトラクションに乗って楽しそうに遊んでいるのだ。

「これは、一体……?」

 ここが巨人面魚の胃の中というのも忘れて、見たことも無いような光景に呆然と見入っていると観覧車の中に居た小人の一人がエレンに向かって手を振った。

「あ、にんげんさんだー」「やっほー」

 極めてノーテンキな声に毒を抜かれ、思わずエレンが「お、おう」と手を振りかえしてしまうと、途端に足元へわちゃわちゃと十数人の小人たちが集まって来た。

「にんげんさんだー」「めずらしー」「こんなとこにもいたのね」「ぼくらよりあちこちいけます」「にんげんさんおかしもってますか?」「おかし?」「そうだにんげんさんはおかしだ」「おかしあります?」

「お菓子?」

 突然ながら口々に問いかけられたエレンは、ふと思い出した。

「そういえば、ファンから貰った飴玉があったような……」

 ズボンのポケットをゴソゴソやると、一粒だけ紙に包まれたキャンディーが外に零れ落ちる。足元に落ちたキャンディーを、一人の小人が頭上高く持ち上げれば周囲から「おおー!!」と感嘆の声が上がった。

「それしか無いけど、良かったらやるよ」

 エレンが言うと、小人たちはぷるぷると打ち震え、ついでわぁぁぁ!! と歓声を上げた。

「ありがとです!」「ありがたやです!!」「にんげんさんはかみさま?」「やったやった!!」「みなでわけるです!!」「ちゅうぼうにもっていくです」「ひゃっほいです」

 バケツリレーのようにミニチュアの建物に吸い込まれていく飴玉を見送って、何だか気の抜けたエレンはとりあええずその場に腰を下ろす事にした。

 切り分けた飴玉を別けてもらおうと、大半の小人は建物へ行ってしまったが、まだ半分の小人はエレンの周りを取り囲んでいる。

「にんげんさんは、どうしてここにいるです?」

 好奇心が強いらしき小人の一人がエレンの膝に登り、首を傾げた。

「そりゃ、巨人面魚に食われたからだろうな。そういうお前らこそ、どうしてこんな場所に居るんだ?」

 素直に答え、お返しとばかりに同じことを尋ねると、小人たちは皆一様にくいと首を傾げるのだった。

「さぁー」「忘れましたな」「なしてここにいたっけ?」「たしか、たべられたのでは?」「あー、そういえば」「たべられましたなー」

 一人が思い出したように言うと、そのほかの小人も思い出したようだった。あまりにも暢気な様子に、エレンはつい笑ってしまう。

「でも、食われた割にはメチャクチャ快適に過ごしてるんだな……お前ら」

 ネオンの光る遊園地に目を向けると、全てのアトラクションの根元からは黒いコードが伸びていて巨人面魚の肉壁に刺さっていた。エレンには知る由も無いのだが、彼らは巨人面魚の熱エネルギーを電気に変換してこのアトラクションを動かしているらしい。そして過ごしやすい気温と酸素濃度から察するに、おそらく空調設備もどこかにあるのだろう。

「せっかくですのでつくってみました」「たべられきねん?」「きねんにゆうえんちつくってみました」「ぴのきおみたい」「たべられるってしんせん」「とてもしげきてきでした」「ぼくらにだいりゅうこうです」「にんげんさんにもはやってます?」

 不穏な言葉にエレンは全力で首を振る。

「いやいやいや、食われるのは別に流行ってねぇよ? 俺がここに居るのはマジで不本意なんだよ。ていうかそう言えば早く出ないと、本当に人間が全員が食われちまうんだった!!」

 小人たちのメルヘンな容姿と空間とデタラメ具合に飲まれかけていたが、思えばここは巨人面魚の腹の中なのだ。

 ウォールローゼではまだまだ大量の巨人面魚がわんさか海から這いあがってきて、仲間たちを食らっているに違いない。自分は何故かワケの解らん空間に到達したが、全ての巨人面魚の腹の中がこうなっているとは限らないのだ。

 こんなところで遊んでいるわけにはいかない。とエレンが慌てて立ち上がりかけた時、膝からぴょこんと飛び降りた小人が今度は逆方向に首を傾げる。

「にんげんさん、そとにでたいですか?」

「そりゃ、もちろんだ。外ではまだ仲間が戦ってるんだ。それに、俺は奴らを駆逐するって誓ったんだ。こんな所でボヤボヤしてらんないよ」

 すると、小人たちは円陣を組んでひそひそと話をし始めた。

 ひそひそ話は徐々に加速を増していき、最後にはきゅるきゅると早回しのような音になり、それが最高潮に達すると円陣がぱっとほどかれる。そして、小人の一人がエレンの手のひらに乗るくらいの小さなスイッチを差し出した。赤い土台に、白い押しボタンがついたおもちゃのようなシンプルなスイッチだ。

「きゃんでぃのおれいです」「ここ、ばしょがわるいのでー」「これしかできませんが」「にんげんさんならたぶんおーけーかと?」

「これは……? これを押すと外に出られるのか?」

 エレンがスイッチを受け取ると、小人たちはそれぞれに頷いた。

「でられますが」「いろいろ、かいしゅうされます」「かいしゅうするよね」「ひろわれます」「かいしゅうできないぶぶんとか」「そゆのはなかったことになりますがー」「あんけーと、わるかったときみたい?」「つづきがないかんじ」「うちきりです」「むりしてかんけつ」「ばっどもありかも?」「おれたちのたたかいはこれからだ」「できるとこだけかいしゅうされー」「よくかんがえてー」

「何だか解んねぇけど、これで出られるんだな? ありがとう!」

 小人たちの忠告を聞くのもそこそこに、エレンは勢いよく赤い土台から飛び出た突起を押した。

 ぴこ。とスイッチがオンになり、エレンが小人の方を向く。

「ところで、何が回収されるんだ?」

 それまでバラバラに喋っていた小人たちが同時に答えた。



「「「ふくせん」」」



 ☆   ☆   ☆



 エレンを飲んだ口だけがやたらと大きな巨人面魚がその場で立ち止まり、ビクリと痙攣する。

 次いで魚の鱗に覆われたその体が、内側からブクリと膨らむとその口から巨大な腕が飛び出した。




 ☆   ☆   ☆


 恐慌状態のトロスト区、及びウォールローゼ南部では、今も兵士たちが己の命を削りながら戦っていた。

 人類最強と呼ばれるリヴァイ兵士長を含めた調査兵団も数刻前に到着し、人類側の戦力は増したかに見えた。が、巨人面魚の侵攻の勢いは衰えることが無く、次々に壁を登り壁内へ入り込んでくる中で、特に人の臭いが強いらしきトロスト区への侵攻は目に余るものがあった。

「畜生! 倒しても倒してもキリがねぇぜ!!」

 民間人のほとんどは避難を済ませたかあるいは食われ、動いている人間は大体が背中に薔薇か翼の紋章を背負った兵士だけとなっていた。しかし、それでもなお巨人面魚が壁を登る能力を持つ限り兵士たちはこの場に背を向けることが出来ないでいた。

 家と家の隙間を立体起動を駆使して駆け抜け、七メートル級を屠ったばかりのとある兵士は舌打ちする。

「畜生、もうガスが切れかかってやがる」

 崩れかけた家の屋根の上で立体起動を確認した若い兵士はどこかにガスの補給部隊が来ていないかと振り向くと、すぐ後ろに十五メートルはあろうかという最大級の巨人面魚が目の前でのっそりと悲しげな顔を覗かせていた。

「あっ」

 あまりの恐怖に、兵士の動きが一瞬止まる。もしもこれがカエル種だったならば、すぐにねばつく舌で絡め取られてこの兵士は終わっていただろう。しかし、この巨人面魚は普通種だったらしい。のそりと身を乗り出し、今にも兵士の頭を食らいつこう口を開けたその瞬間、巨人面魚が横に吹っ飛んだ。

「え?」

 兵士が目を瞬かせると、目の前には人類の天敵たるあの『鎧の巨人』が佇んでいたのだ。

「きょ、巨人だと!?」

 懐かしい人型の巨人を見て、反射的にブレードを構え迎撃態勢に入る兵士。だが、鎧の巨人はフシュウと息を吐くと、目の前の兵士には目もくれず、倒れこんだ巨人面魚のうなじを踏み潰して殺す。そして巨人面魚が消えるのを待たず、再び次の巨人面魚へ向かって行ったのだ。

「一体、何なんだ?」

 兵士が目の前の状況を理解できずにいると、再び誰かが叫んだ。

「きょ、巨人だー!! 超大型巨人が出たー!!」

 どこからともなく兵士たちの声がして、壁を見上げると、そこにはなんとあの五十メートル級の超大型巨人が何故か『壁の内側』に佇んでいるのだ。

「畜生、今日はなんて日なんだよ!!」

 駐屯兵も調査兵も関係無い。その場にいた全ての兵士が泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 海からは何百匹もの巨人面魚が這い上がり、ただでさえ一杯一杯なのに今度は超大型巨人に鎧の巨人が立て続けに出現したのだ。超大型巨人に戦力を向けた場合、巨人面魚がシーナへ向けて出て行ってしまうし、巨人面魚に戦力を向ければ超大型巨人が壁を壊してしまうかもしれない。どちらでも構わない。どの場合でも人類は終わる。

「もはや、諦めるしかないのか」

 絶望感が周囲を支配し始めた。しかし、その日の超大型巨人は様子が違う事が、人類にはすぐ解った。

 のっそりした動きではあるが壁を壊す気配は無く、信じられないことに海から這いあがり地を這う巨人面魚をその場で踏み潰したのだ。腹に響くような凄まじい轟音がトロスト区中を駆け抜け、倒壊しかかっていた家屋がいくつか潰れた。

 凍りついたように、人類は山のように高い超大型巨人を呆然と見上げている。

 巨人面魚を踏み潰した超大型巨人は「うおぉぉぉぉ!!」と低い声を上げると、体から超高温の蒸気を発して壁を這い上がろうとしてた巨人面魚の一群を吹き飛ばし、そしていつかと同じく、まるで霞のように消えてしまった。

「な……何故なんだ?」

 巨人が、あの人類の天敵たる巨人が、人間の味方をしている。

「何故、巨人が巨人面魚を殺しているのだ!?」

 目の前の事実が、信じられなかった。

「テメェら!! 何をぼやぼやしてやがる!? もう何が起きても気にするな!! このチャンスを絶対に無駄にするんじゃねぇ!!」

 鳥のように奔り、一度に三頭の巨人面魚を次々屠った人類最強、リヴァイ兵士長の怒声に、それまで呆然としていた兵士ははっと己を取り戻し喊声を上げながら次々に巨人面魚へと向かって行った。



 ☆   ☆   ☆


 巨人化を解いたベルトルトは人の居ない小路を一人、足早に進んでいた。

 危惧していた巨人面魚との遭遇は超大型巨人が吹き飛ばしたおかげで無かったが、とにかく人目が気になった。

 息せきながらも立体起動は使わず、とにかく人の居ない道を選んで遠くへ向かって走って走って走り続ける。

「ライナー、君は、本当にこれでよかったのかい?」

 走りながらもベルトルトは、今もきっと巨人の姿で暴れているだろうライナーへ泣き出しそうな声で尋ねる。

 こんな事をしたことに、何の意味があったのかは解らない。

 こんな事をしたって一時しのぎでしかないのだ。壁から吹き飛ばしただけの巨人面魚は必ず再び上がって来るだろう。

 走り続けたベルトルトは人気の無い崩れた家屋の陰でようやく立ち止まった。早鐘を打つ鼓動を沈めるように、大きな体を縮こませて己のしでかした矛盾を後悔するように頭を抱える。

「僕たちは、人類の敵なのに」

 五年前のあの日、壁を壊した人類のもっとも憎むべき仇敵が今更人類を守るなんてこと、絶対あってはならないはずのに……。

「それなのに……」

 ライナーは言った。

 これは、故郷に帰るためなんだ。と。

 本当にライナーがそう思っているのかは解らない。

 ベルトルトにはライナーの真意を知る術は無いのだから。

 けれど、確かに今ここで人類が滅んでしまったら、彼らはこの海のど真ん中に取り残されることになってしまうだろう。

 このままどこへ帰る事も出来ずに、ただ海の藻屑になるのだけは死んでもごめんだった。

 だから、ベルトルトはぐっと袖で目を擦って壁を睨む。

 その為にいつかは滅ぼすべき人類を、今日は生かすことになろうとも。

「絶対に帰るんだ。僕らの故郷へ……!!」



 ☆   ☆   ☆



 その頃、ウォールローゼ南部ではミカサが一人、林の中を猛スピードで駆け抜けていた。

「エレン、エレン、エレン、エレン……」

 瞳孔は開き切り、ガスの残量さえも確認せずに立体起動で駆け抜けるミカサの頭の中はエレンの事でいっぱいだった。

『エレンが、巨人面魚に飲まれました!!』

 その報告を受けたのはいつだったか。そう前の事ではない。

 エレンと同じく民間人の避難誘導を行っていたミカサはウォールシーナへ向かう最後の馬車を見送った後、すぐにエレンが飲まれたという村へ急いだ。

 後方から聞こえる「戻って来いアッカーマン!!」という仲間の声は、既に彼女の耳には届かない。

 エレンは『食われた』のではなく『飲まれた』らしい。それならば、体温の低い巨人面魚の事。すぐにそいつを殺せば、もしかしたらまだ助かるかもしれないという可能性に賭けてミカサは村へ向かってひたすら走る。

 エレンが復活キノコを食べていた事実を知らないミカサは「エレン、待ってて、必ず助けるから」とその三つの言葉ばかりを唱えながらひたすら狭い木々の間を縫うように駆け抜けていく、が、林の中腹まで来た所でとうとうガスが切れてしまった。

「キャア!!」

 墜落する直前に何とか木にアンカーを放って体勢を立て直すも強かに体を打ち付けてしまう。痛む体に顔をしかめながら、地べたからどうにか立ち上がる。

 がさり、と木の陰から数匹の巨人面魚が現れ、ミカサを見下ろしていた。

「……もうこんなところにまで……」

 予定では、巨人面魚はまだここまで到達していないはずだったのだが、思ったよりも侵攻が早いようだ。

 人間の手足の生えた、巨大な人面魚。巨大な目玉を持つ奴や、ニタニタと笑っている奴、悲しそうな顔をしている者や怒った形相を張り付けた者。持っている顔は様々で、大きさも三メートルから十メートルまで色々いるが、どいつもこいつもバケモノであることには変わりない。

 普通の人間ならば、きっとここで生きることを諦めていたであろう。しかしミカサは諦めるどころかギッ、と巨人面魚どもを睨みつけ、超硬質ブレードを両手に構え、叫んだ。

「どけ!! 私は、エレンの所に行くんだから!!」

 しかしミカサとてバカではない。立体起動が使えない今、超硬質ブレードだけでこのバケモノどもに敵うはずが無いという事は痛い程解っている。

 今も頭は割れそうなくらいズキズキ痛み、心のどこかで『もう諦めるしかない』ともう一人の自分が言っていたのだとしても、ミカサはそんな弱い自分を力尽くでねじ伏せて決して認めないし諦めない。

 何故なら、ミカサは絶対にエレンのもとへ行かなくてはならないのだから。

 十メートル級がじり、と歩を進めると、ミカサは空を裂くようなありったけの声で怒鳴った。

「そこを、どけぇぇぇぇぇぇ!!」

 天を貫くような怒声に反応し、巨人面魚が一斉に獲物に向かって飛びかかる。哀れな人間の腕を裂き腹を割り頭を食らおうとしたその瞬間、「カァ!」とカラスの鳴き声がした。

 鋭い稲光と共に落ちる雷、轟音と同時に落ちる炎の塊が巨人面魚を打ち、灰さえも残さぬほど燃やし尽くしていく。

「な、何? 何なの?」

 固い鱗も人のような頭や手足、尾の先まで炎に舐められた巨人面魚が炭となり目の前で崩れ落ちた。

 ミカサが突然の出来事に戸惑っていると、音に反応したのか崩れ落ちた巨人面魚の向こうからもぞろぞろと無数の巨人面魚が集まり出す。その数は先ほどの比ではなく、とてもミカサ一人で手におえるような数じゃない。例え調査兵団全員が居たとしても直接の相対は避けるだろう。しかし。

「バージリィィィィィスク!!」

 上から落ちてきた少女がミカサの前に立ちはだかる。と、ミカサへ向かって集まって来た巨人面魚は何故かつぎつぎと白く変色して動きを止める。

 何が起きたのかは解らない。しかし、集まった巨人面魚は全てが石になっていた。

「助かった……の?」

 困惑しながら周囲を見渡すと、天から六人の少女がパサパサと羽をはためかせながら降りてくる。

「貴方たちは一体……?」

 戸惑いながらミカサが尋ねると、中央に居た鳥幼女ことハーピーとその仲間たちはパッと手足を翼を広げて一斉に囀った。



「「「「「グローバリゼーション!!」」」」」



 ☆   ☆   ☆



「クリスタ、まずは何を用意すれば良いですか!?」

「まずはバターを潰して、それから小麦を振っておいて。あ、グラム数はメモに書いてあるから、ちゃんと図ってからやってね? 私は速く作れるものからどんどん作っていくから!」

 ウォールシーナにて憲兵団の厨房を借りたクリスタは、サシャと共に白いエプロンをつけてお菓子作りの準備をしていた。レシピが書かれたメモを捲りながら棚から次々と食材を引っ張り出していく中で、厨房のドアを開ける音がする。

「ねぇ、本当にこんな物でどうにかなるの?」

 食糧庫から大量の小麦を運びながら同期というだけで手伝っているマルコが尋ねると、小麦を秤にかけていたサシャが物凄い勢いで振り向いた。

「マルコ。信じられないかもしれないけど、今は本当にこれしか無いんですよ!」

「それは解ってるよ。サシャとクリスタが嘘を言うはずないのは知ってるけど、どうしてお菓子作りとライブが人類の救済になるんだ? 何が僕らを救うんだい?」

「それは解りません!!」

「解らないって……」

「でも、もうこれしかありません!! 全ては妖精さんのご機嫌次第です!!」

「そんな無茶苦茶な……」

「ねぇマルコ。砂糖は本当にこれしかないの!? 在庫は他に無い!?」

 食糧棚を漁っていたクリスタが一握りの砂糖を前に悲鳴に似た声を上げると、隣から覗き込んだマルコが申し訳なさそうに首を振った。

「そこである分が全部だよ。砂糖なんて高級品、憲兵団でもそう大量に置いてないんだ。あるとしても上官の食糧庫くらいで、こればっかりは僕ら一般兵が勝手に使う権限は無いんだよ」

「そんな……これじゃクッキーも焼けないじゃない。何か、何か代用品は無いかしら……」

 他に代用が利く甘い物が無いかと棚の中を漁っていると背後から「あるよ」と少女の低い声がした。振り返るとそこには――。

「アニ!?」

 憲兵団に行った104期生の少女、アニ・レオンハートが黄金色の液体が入った、一抱えもある大きな瓶を片手に携えて立っていた。

「ハチミツならあるよ。フランツとハンナから壁内戦隊ケンペイダンにってくれたんだ。これで間に合うかい? マルコもいいだろ?」

「マルコ、本当に使って良いの?」

 クリスタとアニに視線で尋ねられ、マルコは大きく頷いた。

「もちろんだよ! これで人類が本当に助かるなら、全部使ってよ!」

「女神! これで何とかなりますね!!」

 クリスタはサシャとマルコ、そしてアニに視線を向けると、満面の笑顔を作って肯いた。

「うん!! 皆、本当にありがとう!!」


 ☆   ☆   ☆


 それはたったの一言だった。

 『シガン☆しな』のゲリラライブをやるぞ。

 たった、その一言だけで人々はウォールシーナの舞台に駆け付けてくれた。

 大人も居れば子供も居る。男の人も居れば、女の人も居る。老人、壮年、中年、青年、ありとあらゆる年齢層の人間が、彼を一目だけでも見ようと、それだけの為に大勢の人間が詰めかけていた。

 最初、エルヴィン団長からの書簡を読んだ憲兵団師団長ナイル・ドークは決していい顔をしなかった。しかし、それでも憲兵団は今までに無い人数の観客に目を剥きながらもゲリラライブの警護をすることに賛同してくれた。

「アルミン……いや、うさミン、準備は良いか?」

 舞台裏でバニーの衣装に着替えたアルミンが、ここまで下準備をしてくれたマネージャーのジャンからマイクを受け取る。

「もちろんさ」

「よし、じゃあ、行ってこい!」

 ジャンに送り出され、緊張した面持ちでゆっくりと舞台へ上がった瞬間、アルミンを迎えたのはまるで大波のような歓声と拍手だった。

 いつもとは少し違う、誰にも頼ることが出来ない、一人ぼっちの大舞台。

(大丈夫。いつもと同じだ)

 緊張に顔が引きつりそうになるのを何とか抑えたアルミンは心の中で大丈夫、大丈夫、と繰り返し唱えながらゆっくりと舞台の真ん中に立つ。

 この壁内にいるすべての人間の命が、このライブにかかっているのだ。ここでヘマをするわけには絶対にいかない。

 一つ深呼吸をしたアルミンは次いですっ、と息を大きく吸い、期待に満ちた眼差しを向ける観客に向かって大声で言い放った。

「みんなーーーーー!!! 今日は突然の告知にも関わらず、集まってくれてありがとーーーーーーー!!!!」


 うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!


 ステージ脇に設置された音響設備から独特のリズムと共に明るい音楽が溢れ出す。同時に、客席から訓練されたような掛け声がどこからともなくあふれ出し、やがて会場中に圧倒的なうさミンコールが響きわたるのだ。


 う・さ・ミン!! う・さ・ミン!! う・さ・ミン!!


 沢山の声援を受けたアルミンが客席に向かって大きく手を振れば、途端にうさミンコールの声量が倍以上にが跳ね上がる。それに負けじと、アルミンも大声でファンに叫び返した。

「今日は僕、うさミンしか居ないけど、みかりん、えれえれの分も歌うから皆楽しんで行ってね!! それじゃあ、一曲目! 『ミミミン☆うさミン』いきまーす!!」

 うおぉぉぉぉ!! と再び獣のような喜びの雄叫びがウォールシーナ中に響き渡った。





[37993] 終焉のラッパとむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/09/18 14:38


 風を切って飛ぶ六羽の鳥達。

 五羽の鳥幼女に交じって、一羽の巨大な三本脚のカラスに跨っているのはミカサ・アッカーマンだ。

「すごい……私、本当に空を飛んでいるんだ……」

 森の中で鳥達に助けられたミカサは今、巨大化したヤタガラスの背に乗って空を飛んでいた。見渡す限りに広がる壁内の風景とその向こうにある広大な海。そして壁に向かって行列を作る大量の巨人面魚の群れだ。

「ハーピーはん方、本当に大丈夫なん?」

 ちょっぴり心配そうに聞くヤタガラスに、ハーピー、バジリスク、鳳凰、サンダーバード、そしてキンナラの鳥仲間たちは口々に囀った。

「おっけおっけ!」

「ダイジョブだ!」

「無問題!」

「DON'T WORRY!」

「♪♪♪~♪♪」

 キースを救うため鳥仲間を呼んできたハーピー。しかし、ハーピー一行がトロスト区へ戻る途中で助けたミカサという少女はどうやら人を探しているらしい。このまま放っておいても巨人面魚に食われてしまうのは目に見えていたので、ヤタガラスがミカサの人探しを手伝う話になったのだ。

「ねぇ、手伝ってくれるのはとても嬉しいけど、本当に良いの?」

 ヤタガラスの背からミカサが申し訳なさそうに尋ねると、三本脚のカラスは笑った。

「あんさん放っておいても化け魚に食われてしまはりますもの。それに日本人を見るのは久しぶりやさかい。ハーピーはん方が宜しければお手伝いもしたくなりますわ」

 穏やかな言葉遣いのヤタガラスに、鳥達はもう一度口々に問題無いと囀った。暖かな鳥たちの言葉を聞いて、ミカサは周囲を飛ぶ少女の姿をした鳥達を見回して笑顔を作る。

「皆、本当にありがとう!!」

「ほんなら、いきましょか。ミカサはんしっかり捕まっときや!」

 ぎゅん、と別方向へ転換をしたヤタガラスにハーピーが「ヤタガラス! アトで!!」と手を振ると、五羽の鳥達は一斉にキースとイエティが待つトロスト区へと急降下していった。
 



 ☆   ☆   ☆




 壁内が大混乱に陥っていたその時、むろみさんはリヴァイアさんに呼び出されてとある岩島に来ていた。

「こがん場所にこげん島があったとは……」

 岩島と言っても木が生えていないだけでゴツゴツした岩肌には短い草が付着したコケのようにまばらに生えていた。生き物は昆虫を初めとした小動物と海鳥が多少生息しているようだが、他に変わった生き物はどこにも見当たらない。

 むろみさんとしては海の事なら大抵の事は知っていると思っていたのだが、壁付近にこんな島があったとは気づかなかった。

「リヴァイアさーん? どげんおるとー?」

 どっこいせーと島に上陸したむろみさんがリヴァイアさんを探して周囲を見回していると、頭の中にリヴァイアさんから直接通信が入った。

『もっしーむろみ、聞こえる?』

「あ、リヴァイアさん? 今言われた島に来たっちゃけど、どこにおるん?」

『その辺の海ン中に海底洞窟があるっちゃきー。ウチは奥におるから来てほしいっちゃ。待ってるちゃー♪』

 リヴァイアさんは言いたいことだけ言うと、すぐに通信を切ってしまった。

「はぁー? あ、切れた。もーリヴァイアさんってばほんとフリーダムやけん……よいしょ!」

 ちゃぽんと海の中に潜って島の裏手に回ってみると、なるほど海の中の岩の間に洞窟のような大きな横穴がぽっかりと開いていた。

「あー、洞窟ってこれか」

 迷わず洞窟の中に飛び込むむろみさん。

 明かりがどこにもない、海水で満たされた真っ暗な洞窟の中を全速力で進んでいく。と、突然洞窟が途切れてどこかの広い空間に出た。

「お、上に出られそう?」

 どうやら岩島の中が一部分空洞になっているらしく、むろみさんが水面から顔を覗かせると目の前に小さな公園程度の大きさの陸地が広がっていた。

 周囲は岩の壁で塞がれていたが、天井には明り取りのように小さな穴が開いている。そこから漏れた光がスポットライトのように細く点々と降り注ぎ、周囲に小さな草地を作っている部分がいくつか散見された。

 その草地の一つに、リヴァイアさんが居た。

「あーむろみ!! こっちこっち!!」

「リヴァイアさん!? なんでこげな場所におるん!?」

 缶ビールを片手にゆるーい笑顔をしたリヴァイアさんに手招きされ、むろみさんが陸に上がって近寄ろうとすると、足元で不思議な生き物がぴょこんと飛び跳ねる。よく見てみると、その小さな生き物は周囲に何匹も動いているのに気が付いた。体長十センチ程度。ミニチュアサイズの三角帽子とボタンが一つついた洋服を着ていて、ノーテンキそうな顔の人間に似ているけれど、そうでも無いような……。

「なにこれ?」

「妖精っちゃ」

「妖精!?」

 よく見れば、勢い良くビールを飲むリヴァイアさんの周囲には沢山の非常食糧の空き缶やレーションの空パッケージと共に小さな妖精が何人も居て、一心不乱にビスケットやクッキーやその他菓子類をネズミにように齧っているのであった。

「この子らすっごく面白いっちゃよー。ちぃっと見ててな?」

 手近に居た一人をリヴァイアさんはひょいと摘みあげる。

 妖精はリヴァイアさんの手の中でじたばたともがくが、指先でちょいちょいちょいとくすぐられると子供のように笑い、すぐにくてんと全身の力を抜いた。もうどうにでもしてください状態である。ちょっと可愛い。

「ね? ね? ハムスターみたいでかわいーちゃろ?」

 目を輝かせて妖精をむろみさんに向けるリヴァイアさんに、むろみさんはジトっとした目を向ける。

「確かに可愛いけん。でも、リヴァイアさんがこっちに来れんかった理由ってもしかしてコイツらを見つけたせいなん? ここで遊んでたから来てくれなかったん?」

 すると、「違う違う」と言ってリヴァイアさんはパタパタと横に手を振った。

「まぁ半分は正解っちゃけど、半分はハズレっちゃ。妖精と遊んでたのも事実っちゃけど、むろみの要件も解っとったよ。用はあの壁の国が大変な事になっとるきー助けてって話だったんちゃろ?」

「リヴァイアさん解っとったの!? なら、何ですぐ来てくれんかったん?」

 ちょっぴり非難がましくリヴァイアさんに食って掛かるむろみさん、しかしリヴァイアさんは気にした風も無く手の平で弄んでいた妖精をそっと地面に下ろす。

「むーむむむ。実はちょっと難しい事があるっちゃ。ウチ達にとってあの壁は邪魔っちゃきー助けたほうが面倒なことになるっちゃよ?」

「なして? リヴァイアさん何か知っとるん?」

 困ったふりをしながらもさらっと言い放つリヴァイアさん。むろみさんに問い詰められて、彼女は手に持った缶ビールの残りをぐいっと煽ると、わちゃわちゃと動き回る妖精達をのんびりと指差した。

「解っとるゆーか、ウチも全部解っとるワケやなかよ? うーんと、そうちゃねー。詳しく説明するとね、もともとあの壁の国がこっちの世界に来た原因はこの妖精が次元と次元に穴を開けたせいだっちゃ。まぁ次元の穴を広げて壁をまるっとあっちの世界から飛ばして事態をややこしくしたのはワイズマンっちゃけどね」

「ええぇぇっ!? じゃあ、ワイズマンが言ってた未知の技術の持ち主って、もしかしてこの妖精なん!?」

 むろみさんが思わず大声を出してしまうと、それに驚いた妖精は「ぴーーーー」っと一斉に丸い球に変形する。

「むろみー。あんまり大きい声ださんときー。妖精は臆病な生き物っちゃき。スマイルが大事っちゃ」

「あ、ゴメン。でも何で妖精が原因なん?」

「んーと、あんたらどげんしてこっち来たんやっけ?」

 リヴァイアさんが足元で丸まりを解いた妖精達に尋ねると、あどけない顔をした彼らは揃って首を傾げた。

「さー」「わすれちゃった」「どうしてだっけ?」「たしかおかしがたべたくて?」「そうだっけ?」「そうだそうだ」「おかしなくなたです」「でもたべたかたです?」「だからまきもどそうとしたっけ?」「そういえばー」「でもおこられましたので?」「あなをほりました」「がんばてほりました?」「よくおぼえてるね」「ふつうわすれる」

 妖精達のわちゃわちゃした会話で思い出したリヴァイアさんはポンと拳で手を叩く。

「そうそう思い出した!! 事の発端はこの妖精達の居た世界で人間がとうとう滅びたんだっちゃ。で、妖精は自分でお菓子が作れんっちゃき、人間が作るお菓子を求めて世界の時間を何千回も巻き戻していたらノルンだか外宇宙の神だかに怒られて、仕方なく時空に穴を開けて異世界の人類を探す方式に変えたんちゃ」

 あんまりにも壮大な事を行きつけのコンビニを変えましたみたいなノリで軽く言われ、むろみさんは片手で眉間を押さえて唸る。

「何だか、あまりにも話がデカ過ぎて頭が追いつけんたい。えーっと、つまり、こいつらが壁の国に現れた理由はお菓子が目的ってこと!?」

「大当たりー♪ 皆さんもご一緒にー」

 パチパチパチとリヴァイアさんが拍手を送ると、真似をした妖精たちもパチパチパチと拍手をする。

「まぁ、正しく言うなら最初にウチらの世界を経由して壁の国に行ったみたいっちゃけどね。世界線的な距離の問題で人類が衰退した世界の方が行きやすいみたいっちゃき。まずは戦争で人類が滅んだこの地球を経由して、それからもう一つの人類が衰退期に差し掛かった世界に掘り進めたってのがウチの読みだっちゃ」

「ちょ、ちょ、ちょい待ち!? リヴァイアさん今何て言ったん? 人類は天敵の巨人さんに食われたんと違うん?」

 何やら聞き逃しては行けないような言葉にむろみさんがワンモアプリーズすると、リヴァイアさんは指を立てて事もなげにさらっと答えた。

「何言っとるんむろみ。それは壁の国の人たちの世界の話っちゃ。コッチの地球人類は己の起こした戦争のせいで現在絶賛衰退中だっちゃ」




 ☆   ☆   ☆




 リヴァイアさんによると、現在の地球の人類は地下シェルターにごく少数しか存在しないらしい。

「きっかけは環境に優しい局所指向性兵器が開発された事だっちゃ」

 リヴァイアさんは語る。

 今からおよそ百年前、人類はヒトタンパク及び細胞のみを分解、攻撃する環境に優しい局所指向性兵器を開発した。

 これは周囲の自然環境に配慮し、人類のみを標的に痛みも無く一瞬にして泥のように分解してしまうという新しい考え方を元にした兵器だった。

 一度その土地で使われると空気感染と接触感染を繰り返し、町一つくらいならものの数分間に人類を全滅させてしまうという恐ろしい物だった。しかし、もちろん環境に優しいので他の動物や植物には全く影響がないという。

「まぁ、開発してしもーたんは仕方ないっちゃ。そのまま資料に留まるか誰にも知られずに、あるいは使われずに済めば良かったのかもしれんね。でも、そんな素晴らしい兵器があれば人間は使いたくなるものだっちゃ。まぁ、早い話、一部の人類による暴走とその兵器の暴発が戦争の引き金となったっちゃ」

 開発した某国が厳重管理していたはずの局所指向性兵器。

 それを盗んだ輩――組織だったのかもしれない――が他の国の街中でその兵器を発動させてしまったのが発端だった。そのせいで街の人が消滅し国民が大激怒。町一つを崩壊させた報復として開発中だった同じタイプの局所指向性兵器を強引に実用化。開発国に兵器を投下し首都を壊滅させた。ところが首都を壊滅させられたその国が報復の報復で再び指向性兵器を再投下。更に別の国でもまた似たような局所指向性兵器が開発されたのだが、今度は金銭目当てに技術が全世界中にバラまかれて事態を加速させた。

 最初に戦争を始めた両国の同盟国が絡んでスパイがニセ情報を流しそれに翻弄され全然違う場所に兵器が投下。便乗して全く関わりの無い国までしゃしゃり出てきて状況が複雑化し、世界中に新型兵器で溢れかえってえらいこっちゃの大騒ぎとなってしまったのだ。

「そんなわけでいろんな場所で色んな報復・破壊活動が繰り返され、人類は一週間とちょっとであっちう間に激減してしまったんちゃー」

「えぇええぇぇぇぇぇ!!?」

「まぁ、基本人類が死滅するだけで第二次世界大戦時みたいに海までドンパチ音がせんかったきー、人間さん達も『黒いそよ風のような戦争』って言ってたみたいちゃき、ウチもこの場所を発見して教えてもらうまで、突然人間さんが消えた理由は知らんかったっちゃ」

 そしてリヴァイアさんは暗い石壁の隅っこを指差した。小さく縮こまって落ちていたのは数体の白骨化した人間の遺体であった。

「兵器のせいで故郷が住めんくなって逃げてきたヒトだっちゃ。元々ここは要人用のシェルターとして作られた人工島だったき、どうにかここまで逃げてきてこっそり隠れ住むうちにインフルエンザをこじらせて死んでもーたって彼らの幽霊が教えてくれたちゃ。まぁその話を聞いてあげたら成仏してしまったき。もうここにおらんけんな」

 そうしてリヴァイアさんは笑った。話を聞いてもらって嬉しそうに成仏していった彼らを思い出したのかもしれない。

「うーむむむ、まぁ色々納得できん部分があるけど、それはちょっとこっちに置いといて……それと壁の国を助けられんのは何の関係があるん?」

 むろみさんが難しい顔をしてリヴァイアさんに尋ねると、彼女はぴんと人差し指を立てた。

「それはね、戦争前の人類は月の一区画だけっちゃけど、テラフォーミングに成功してたんちゃ。あちこちの大地が兵器の汚染まみれで地球に棲めんくなった人類は、シェルターに残った一部人類を地球に残して月に逃げたっちゃ」

「もう何を聞いても驚かんたい。それで?」

「今から五年前、逃げ出した人類は兵器の汚染を無効化する薬、及び人体が泥状化しないワクチンを月面都市で開発、三年前に地球に打ち込んでプロジェクトは大成功!! 兵器の効果は無効化され人類は間もなく地球へ帰ってくるという通信が入ったっちゃ」

「おお! やるやん人類!! じゃあもうすぐ人間さん方は地球に戻って来るとね?」

「そうなのよー!! でも現在、問題が一つ出たわけちゃ」

「それが壁なん?」

 むろみさんが不安げに聞くと、リヴァイアさんは静かに頷いた。

「あの壁の周囲にいる巨人面魚はね、壁の内側の世界……いわゆる異世界からセットで引っ付いて来た、言わば世界の要素って奴ちゃね」

「要素?」

「そう。まぁ、解りやすく言えばシリアス漫画とギャグ漫画の間に穴が開いて繋がったら、ギャグ漫画にシリアス要素が流れ込んできたと思えばええっちゃ」

「え? それって何か危ないん?」

 あっけらかんと言うリヴァイアさんに、むろみさんは首を傾げる。

「奴ら巨人面魚の要素は『人を食らう事』だっちゃ。つまり、放っておいたらどんどん周囲に浸食して陸地にも繁栄しまくって月から帰って来たばっかりの人類も食らおうとするっちゃね。ウチが巨人面魚を焼いても世界について回る要素やきーすぐに復活するち。そしたら我が同朋の子孫たるこちらの人類はさらなる大打撃にあうちゃ」

「それってまずいやん!? どうすればええの!?」

 慌てるむろみさん。すると、リヴァイアさんは満面の笑みを浮かべて「慌てなくても一番簡単な方法があるっちゃ」と言う。

 そして世界最強の海竜は無邪気な天使がラッパを吹くように宣告した。






「壁ん中の人間さんを滅ぼして壁をブチ壊せば万事解決だっちゃー☆」








[37993] 進撃のリヴァイアさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/09/21 00:03


 壁から登る個体を吹き飛ばしても、未だ無数の巨人面魚が闊歩するトロスト区。

 人類は現在、『巨人との共闘』という前代未聞の戦闘を経験しているのだった。

「なんてこった……人類共通の敵だった巨人と一緒に戦う事になるなんてな」

 壁から湧き上がってきた巨人面魚を吹き飛ばして消えてしまった超大型巨人と違い、もう一人の『鎧の巨人』は今も巨人面魚を相手に街中で大暴れを繰り広げている。

 己よりも大きな巨人面魚の頭を引っ掴んでもぎ取り、急所たるうなじを噛み裂き、あるいは力任せに踏みつける。補給部隊の居る塔に殺到し始めた巨人面魚の群れを体当たりで蹴散らし周囲の建物が崩壊するのも構わず力のままに千切っては投げ千切っては投げ千切っては投げ。

「何かの鬱憤を晴らすような戦い方だな」

 エルドがとある家の屋根から見ていると、遠くにでメチャクチャに暴れている鎧の巨人は三メートル級の巨人面魚の尾を掴んでぎゅるぎゅると振り回していた。

「うわわゎ危ねぇ!!」

 しばらく回っていた巨人面魚が砲丸投げのように飛ばされ、こちらに向かって砲弾のように飛んで来た。勢いで落ちてくる巨人面魚から間一髪逃れエルドは屋根から飛び降りる。しかし、飛び降りた先には五メートルはありそうな巨人面魚が大口を開けて待ち構えていた。

「マジで!?」

 食われる。覚悟した瞬間、隣から「出世魚アタァァァァァック!!!」という物凄い雄叫びと共に、何者かが巨人面魚の開かれた大口に巨大なブリを頭から突きこんでいた。

 訳の分からない物を食わされてシドロモドロする巨人面魚。その隙にエルドはワイヤーを向かい側の壁に放ち、隙をついて巨人面魚の背後からうなじを削いで倒したのだが、着地後に周囲を見ると、そこには小柄な人魚の姿。見慣れた青い髪にはアッキガイの髪飾りがついている。金の首飾りにピンクの胸当てのその人魚の女性は正しく――。

「隅田さん!?」

 海の方に居たと思っていた女性が現れ驚くのも束の間、怒ったような隅田さんがすぐ傍まで近づいてきた。

「ちょっとエルド、アンタ大丈夫なの!?」

「え、まだ大丈夫だけど何で隅田さんがここに居んの!?」

 困惑するエルドに、隅田さんは再び巨大ブリを担ぐと、照れたように顔を赤くして怒鳴った。

「そんなの、アンタが心配だからに決まってるんでしょ!! まだお互い解ってないのに、たかが人面魚なんかに取られてたまるもんですか!!」

「隅田さん……」

「ホントにもう。あの日の責任はちゃんと取ってもらうからね!!」

 隅田さんがツン、とした態度にも関わらず、二人の間には何となく良い雰囲気が流れている。しかし、周囲から「ケッ」という舌打ちが聞こえてエルドが先にはっとした。

「ちょっとお二人とも。いい雰囲気な所悪いけどここは戦場なのよ!!」

「そうだぞテメェら! まだ巨人面魚がウヨウヨいるんだ羨ましいなコン畜生!!」

「とにかく、イチャイチャすんのは後に回してくれや!」

 超硬質ブレードを構えたペトラとオルオ、それからグンタに言われて、そういえばここはまだ戦場だったことを思い出す。

「隅田さん、悪いけど後で……」

「絶対嫌よ!!」

 思った通りの気の強い言葉で即答され、エルドは苦笑した。

「ですよねー……そんなら、踏み潰されないように気を付けてな!!」

「お生憎様! アンタも食われないでよね!」

 のっそりと家の陰から現れたるはムスッとした顔の六メートル級巨人面魚。獲物を見つけて襲い掛かる敵に、四人の人間と一人の人魚はそれぞれの武器を手に駆けだした。




 ☆   ☆   ☆



「Thor hammer!!」

 サンダーバードが両手から雷をほとばしらせ巨人面魚へ振り落とせば、近場にたむろしていた巨人面魚の群れは一斉に感電して動きを止める。その隙をついて立体機動を装備して待機していた兵士たちがここぞとばかりに一斉にうなじを削ぎ落して行く。

「燃焼球!!」

 すぐ傍では鳳凰が灼熱の業火球を振り落し、多数の巨人面魚を燃やし尽くす。うなじだけが燃え残った物は人力を使って一掃し、そしてハーピーはと言うと。

「ハーピー、いくよ!」

「ぴゅーい♪」

 兵士達から提供してもらった二本の超硬質ブレードを携えたイエティは鳥達と共に帰って来たハーピーに跨り巨人面魚と戦っていた。立体機動の移動速度にも勝るとも劣らないハーピーの超高速移動とイエティの神業的武器捌きが合わさって、その白い疾風が吹き抜けた先に居る巨人面魚どもはなすすべも無く屠られていく。

「俺達もイエティさんの後に続くぞ!!」

「おう!!」

 そしてハーピーとイエティが通ったその後ろからは、薔薇と翼の紋章を背負った沢山の兵士たちが続き、ウォールシーナへ向かおうとする巨人面魚を必死で食い止めているのだった。

「ハーピー、イエティ……」

 駐屯兵団から立体機動装置を借りて装備したキースは兵士と共に戦う孫のような二つの存在を複雑な心境で見つめていた。

 出来れば、彼らを戦わせたくは無かった。元来この巨大な魚は人間しか襲わない。人間なんて放っておけば、巨人面魚はイエティやハーピーに危害を加えないはずなのだ。しかし、彼らは己の持つ膨大な戦闘力を沢山の兵士の命を救うために命がけで使ってくれている。

「私は……こんな所で何をしているのだ」

 元来ならば、巨人と戦わねばならないのは人類のはずだ。壁の外が海になるずっと前。百年も前から人類はずっと巨人に脅かされていた。その清算をするために、人類は巨人と戦い続けている。だから、人類が戦うのは仕方がない。だが何故、自分達は全く関係の無い人外の子供までもを戦わせているのだろうか。

 そんな風に落ち込みかけたキース。すると、隣で何者かが美しい音色で囀った。
「♪~♪♪♪」

 唯一戦闘行為に参加していないキンナラが、キースを励ます様に美しい声で歌っていた。

 キースのズボンの裾を引っ張ったり、パタパタとその場を飛び回ったりする姿は何だかとても必死に見える。

「もしや、私を慰めてくれているのか?」

「♪♪~♪! ♪♪~!!」

 コクコクと頷いてぴょんぴょんと飛び跳ねるキンナラ。まるで「今は落ち込んでいる場合じゃないでしょう」と言われているような気がしたキースは口の端で笑って、ハーピー達にやるようにキンナラの頭を撫でるた。

「そうだな……ハーピーもイエティも、皆、人類の為に頑張ってくれているのだ。私も、今は出来ることをやろう」

 覚悟を決め、久方ぶりに立体機動装置のスイッチを握りしめたキースは駆け出し、街の壁に向かってアンカーを射出した。




 ☆   ☆   ☆
 



 外海に浮かぶとある岩島。その洞窟内部にてされたリヴァイアさんの無慈悲な宣告に、むろみさんは硬直していた。

「え……? まじ?」

「マジっちゃー♪ これが一番簡単且つ面倒くさくない方法だっちゃ」

 壁内人類殲滅宣言をしたリヴァイアさんはとても明るく言っているが、目はマジだ。彼女ならば、間違いなくたった一人で壁の中の全ての家を欠片も残さず燃やし尽くし畑を焦し生きとし生ける物全てを焼き払い、全ての土地を塵すら残らない焦土へと変えるだろう。そして海と陸を隔てる広大な壁を吐息一つで薙ぎ払い、そのついでに現在発生しているすべての巨人面魚を容易く滅ぼす事が出来るのだ。

 神々と共に超科学を持ったムー大陸を滅ぼし、旧約聖書にも言及される伝説の海獣、リヴァイアさんの実力はダテではない。

「本当に壁の国を滅ぼすん!?」

 むろみさんが問い詰めると、リヴァイアさんは暢気にふあーっと欠伸をしてその場にゴロンと寝転んだ。

「でもまぁウチがやらんでも壁内を滅ぼすのは現在巨人面魚がやっとるきー。ウチはもう少しして人類が居なくなった後にのんびり壁を壊しに行くっちゃ。それが一番面倒の無い、楽な方法っちゃき」

 そう言って目を瞑り、本格的に眠ろうとするリヴァイアさん。しかし、どうしても諦められないむろみさんはリヴァイアさんを揺り起こす。

「そげなこと言わんと!! あそこの人間さんは良い人たちばっかりやけん助けてほしいと!」

「あの壁の人たちは異世界の住人っちゃ。我が同朋の子孫じゃない以上、見守る義務もウチ達が助ける義理もなかよ。それに巨人に食われるのはあちらの世界の自然の摂理みたいなモンだっちゃ」

「そんなー」

「そんなも何も、むろみがいつもひいちゃんに言っとるのと同じだっちゃ。仲良しこよしの精神は自然を壊すちゃ。あきらめり」

 そしてリヴァイアさんは寝息を立てはじめた。

「リヴァイアさん! まだ寝んと! お願い!」

 リヴァイアさんの体を揺さぶるむろみさん。近場では妖精が細いスポットライトの下で、新しい非常食糧の缶詰からクッキーを取りだし、カンパンに入った金平糖を食べていた。山積みにされたレーションの中のチョコレートバーを美味しそうに齧り、粉ジュースを小さなカップに入れて水に溶かして飲みながら、場にそぐわぬキャッキャと楽しげな声を出している。

 リヴァイアさんは、起きる気は無いらしい。

 本気で眠り出したリヴァイアさんを見て、むろみさんは揺さぶるのを止めた。

(お?)

 諦めたのかな? と薄目を開けて盗み見るリヴァイアさん。しかし、むろみさんは目に涙を一杯に貯めながらもその場から動こうとしなかった。

「そりゃ、人間やけん、全員がいい人ばっかりでも無かったとよ。でも、良い人も一杯居たのは本当たい。エレン君は生意気だけど優しい子たい。ミカサちゃんはエレン君のことしか考えとらんように見えるけど、実はいろんな人の事も考え取る。アルミン君は二人に振り回されて貧弱そうやけど一番頭が良かよ。そんで、イエティみたいに可愛か。三人とも、アタシの友達たい」

 むろみさんは静かに、壁の中で知り合った人たちの事を寝たふりをするリヴァイアさんに語る。

「ジャンは思ったことをすぐ言うアホでエレン君と喧嘩ばっかしやけどやる時はやる男たい。マルコは穏やかで太陽みたいで、いっつもエレンとジャンの喧嘩の仲裁しとる。サシャちゃんはくいしんぼだけどアタシのあげた食べ物すっごく良い笑顔でおいしいおいしいって食べてくれると。アニちゃんはクールで美人で恐そうに見えるけど実は一番乙女心を持ってると。ライナーとベルトルトはいっつもアニちゃんにすっ転ばされとるけど実はアニちゃんが大好きなんよ。アホのコニーも優しいクリスタも番犬みたいなユミルも、ミーナもダズもトーマスも、キーやんも104期生の子たちは皆アタシの友達たい」

 むろみさんの言葉はまだまだ続く。

「ハンネスさんは飲んだくれやけど、実は部下にとても慕われとるのも知ってると。小鹿のキッツも臆病やけど実力もちゃんと持っとるし、イアンは誰より勇気があるくせに恋にはチキンでリコちゃんのこと好きやのにまだ言えてなか」

 そして、とうとうリヴァイアさんの肩にぽたりと一滴、水が落ちた。

「リヴァイはクッソ無愛想で暴言ばっかしでムカつく。やけん、きちんと周りをみとる。ハンちゃんは巨人馬鹿で酒が入るとお喋りが止まらなくなる。ペトラちゃんとオルオとエルドとグンタは四人ともリヴァイが大好きで、他にもナナバとミケとリーネとヘニングも居て、遊びに行けばいっつもアタシと遊んでくれて、エルヴィンは腹黒やけど誰よりも沢山考えとって……」

「むろみ……」

 むろみさんは、溢れる涙も抑えずにリヴァイアさんに訴える。

「アタシは、壁の皆が好きなんよ! 皆友達やけん!! 死んだら嫌たい!! だから、リヴァイアさん! お願いやけん、皆を助けてあげて!!」

 むろみさんの必死の言葉を聞いて、リヴァイアさんは仕方がなさそうにむっくりと体を起こした。

「リヴァイアさん!?」

「ん~、むろみがそこまで言うなら仕方がないちゃ」

「助けてくれるの!?」

 縋るようにリヴァイアさんを見ると、彼女は八重歯を見せてニコリとほほ笑む。

「壁内の人類は運が良いちゃ。ウチの大好きなむろみがそこまで言っとるのに助けないのも後味悪いちゃきー。安心しぃ、ちょい面倒っちゃけど何とかしてみるちゃー」




 ☆    ☆    ☆




 鎧の巨人、及び鳥達の援軍により快進撃を見せていた人類。しかし――。

「おいおいおいおい、大変だぞ、また巨人面魚が登ってきやがった!?」

「うそでしょ!?」

 熱風により吹き飛ばされたはずの巨人面魚が、再び外海からの侵入を開始し始めたのだ。

「バージリィィィィィスク!!」

 バジリスクが壁の傍まで飛び、侵入し始める巨人面魚を次々と石に変えていく。だが、大小様々な巨人面魚の群れは後から後からまるで無限に溢れる海水のように石になった仲間を乗り越えて壁内へ入って来るのだ。

 その数、既に百や二百では利かないだろう。

「うぅぅ、ツカレた! もうムリ!」

「我疲労了!(私もつかれた)」

「I am very tired!!」

 力を使い果たした鳥達が退き、大暴れしていた鎧の巨人もだいぶ動きが鈍くなってきている。

「イエティ! どないしよ!?」

 焦るハーピーだが、イエティは悲しそうな顔でゆっくりと首を振った。

「こうなっちゃうとダメ。奴らには感情が無いから、脅しはきかない。壁からの侵入を抑えないと焼け石に水だよ」


 ☆   ☆   ☆


「俺達はもう、何も出来ないのか……?」

「終わりだ……このまま、魚のエサになるしかねぇ……」

「嫌だ!! 絶対に死にたくねぇ!!」

 絶望の悲鳴を上げる兵士達に背を向けて、一人塔の上に立ったリヴァイはじっと巨人面魚が登ってくる壁を物凄い形相で見つめていた。両手に持った刃はボロボロ。ガスも何度補給したのか解らない。屠った巨人面魚の数は……それこそ数えられるような数ではない。どれだけ抗っても抗っても、どこかから吹き出す様に巨人面魚が出てくるのだ。

 これでは、兵士たちの心が折れるのも無理はない。

「本当に終わりなのか……俺達はもう……」

 ぽつりと呟いたその時、ハンジが立体機動を使ってリヴァイの隣に着地した。そして普段では見ない、焦ったような表情でリヴァイに聞く。

「ねぇリヴァイ、今何か頭の中で声が聞こえなかったかい!?」

「は? 戦い過ぎでとうとう頭がイカレたか?」

「そうじゃないよ! 何かこう、さっきから頭の中で聞こえるんだ!! こうすると、リヴァイも聞こえないかい!?」

 耳を澄ませて目を瞑るハンジにならってリヴァイも同じようにしてみると、確かに聞こえてきた。

 血と硝煙とバカデカい人面魚が溢れかえる戦場にそぐわない、ゆるーい小倉弁。

『この中でリヴァイっちゅー人類最強が居たら、ウチの呼びかけに答えてほしいっちゃー♪』

 その時、周囲で絶望の淵に戦う気力をなくし始めた兵士たちから口々に悲鳴が上がった。

「な、何だあれは!?」

「知らねぇよ!! だが巨人でも巨人面魚でもねぇ!!」

 慌ててハンジとリヴァイが目を開くと、巨人面魚が大挙して押し寄せてくる壁の向こうから青く輝く巨大なドラゴンが顔を覗かせていたのだった。



 ☆   ☆   ☆



「ねぇリヴァイアさん。リヴァイば呼ぶのに何か意味があるん?」

「ちょっとした布石っちゃー」

 超巨大海獣へ変化したリヴァイアさんの頭の上でむろみさんが尋ねると、リヴァイアさんが楽しそうに言う。

 周囲からは巨人面魚がリヴァイアさんを避けるように壁に群がっているのが見えるが、リヴァイアさんは全て無視している。こんな所で力を使ったら、壁まで砕けてしまうからだ。

「あ、来た!」

 その時、遠くからリヴァイの肩を両足で掴んだキンナラがパタパタと飛んでくるのが見えた。

「おー、あれがリヴァイ? むろみの言うとおり目つきの悪か男ちゃね~」

「でしょでしょ? でも人類最強なんよ~」

「♪~♪♪♪。♪♪~」

 キンナラはリヴァイアさんの頭上まで飛んでくると、その頭の上にポテッとリヴァイを落として再び戻って行ってしまう。

「……テメェか? 俺を呼んだ奴は……何の用だ?」

 銀色の鬣に捕まり、隣に居るむろみさんと見比べるリヴァイが問えば、リヴァイアさんは頷いた。

「そうちゃ。用ってのは他でも無く、この巨人面魚事だっちゃ。ウチならこの海にいる巨人面魚を一週間ばかり滅ぼすことが出来るっちゃ~」

「何だと!? それは本当なのか!?」

「まぁ聞き。でもウチじゃ力が強すぎて壁の中の巨人面魚には手が出せんき。その辺どう? 壁内の戦力だけでなんとかなるちゃ?」

 青い海竜から問われ、リヴァイはしばし考える。が、答えは最初から一つしかない。

「ああ。外から入って来る奴が消えるのなら、あとは俺達が何が何でもやるしかねぇだろ」

 その言葉が気に入ったのか、リヴァイアさんはクスクスと笑う。

「よっしゃ。なら壁内の事はアンタ達に任せるちゃ♪」

「だが、これだけの量をどう殺す? 本当に出来るのか?」

 リヴァイが見下ろせば、そこは巨人面魚の巣窟としか言いようが無かった。広い大海原に、地平線の遥か先まで巨人面魚の頭が海に並び壁に向かって群がっていて、その膨大な量は今までコイツ達の相手をしていたのかと思うと気が遠くなりそうなくらいだ。

「大丈夫大丈夫。リヴァイアさんなら何とかなると!」

 力強いむろみさんの言葉に、半信半疑ながらリヴァイが海を見ていると、リヴァイアさんは茶目っ気たっぷりに言う。

「人類よ、括目するちゃ☆」





 そして、人類は思い知ることになる。






「出力最大!!」






 この世には、例え己が滅ぼされると解っても、決して抗ってはいけない存在があるという事に――。






「オメガブレス!!!!!!!」






 リヴァイアさんの口から渦を巻く凶悪な炎の塊が吐き出された。

 それは、巨人面魚の肉を焼き海を干上がらせ押し寄せるそれらを一瞬のうちに全身を蒸発させる。岩礁は消し飛び海藻は死に絶え深海生物は気絶した。周辺を回遊していた魚や海獣、海鳥たちが一斉にその場から逃げだせば空が泣き、大地が鳴動し、海底火山は次々と噴火を開始する。






 ――そして、周辺海域から全ての生きとし生ける物(巨人面魚含)はこの世から消滅した。








[37993] 最後の戦いとむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/09/26 22:44

 ヤタガラスに乗ったミカサはエレンを探すべく、見つけた巨人面魚を片っ端から屠っていた。

 やり方はハーピーに乗ったイエティとほぼ同じで、ヤタガラスの機動力を両手に構えた二本の刃に乗せて、すれ違いざまに敵のうなじを削ぎ落す戦法だ。

「ミカサはん! 前方にまた化け魚が!」

「誰か追われてる? ヤタガラス、少し急いで」

 それは、ウォールシーナへ向かう逃げ遅れた民間人の一団であった。

 馬車に乗る事も出来なかったのか、己の足を動かし必死で走って逃げる人々。しかし、そのすぐ後ろには数匹の巨人面魚が迫っていた。

 口々に悲鳴を上げて逃げる人々のうち、まだ幼い子供が足をもつれさせて転んでしまう。

「ディック!!」

「ママぁ!!」

 子供の母親であろう女性が振り向き、逃げる人々から離れて転んだ子供を抱き起す。が、そのころにはもう巨人面魚の大口が親子の真上まで迫っていた。

 食われる、と目を瞑った母親。

 しかしその時、巨人面魚の上を一陣の黒い風が駆け抜けた。

「ママ、大きな鳥さん……」

 子供が指さすと同時に崩れ落ちる巨人面魚。

 そして、後ろから追いついてくる他の巨人面魚も同じく三本脚のカラスが至近距離を通り抜ける度にすぐさま歩みを止めてその場に崩れ落ちていく。

「あれは……カラス……?」

 最高級の墨を流したような漆黒の翼をもつヤタガラスはミカサと共に他に巨人面魚が居ないことを確認すると翼を翻し再び天へと昇って行く。

 自分達を救い、太陽を背景に優雅に飛ぶ三本脚の神鳥と、それに乗った何者かを見た人々は皆、呆然と空を見上げ無意識のうちに両手を合わせていた。

「アレは一体何だったんだ?」

 そのうち、正気を取り戻した一人が聞くと隣に居た男は未だ呆然としたままゆっくりと首を振る。

「知らねぇ。だが、もしかしたら……」

「もしかしたら……何だ?」

 言いよどむ男になおも聞くと、彼は頭を掻きむしり、信じられないとでも言うように呟いた。

「いや、もしかしたら、神様かもしれんな……と」



 ☆   ☆   ☆



「恋の~へ・き・がい、逃避行~♪ イェイ!!」

 シガン☆しな人気歌曲、『恋の壁外逃避行』をノリの良いダンスと共に歌い終えたアルミンに、会場から盛大な拍手が送られる。

 集まる視線は皆熱く、中には体を軽く揺らして踊っている人間も居た。

 会場の熱気は今にも火が付きそうで、その場の盛り上がり方も上々だ。クリスタの言うその場の『楽しさ指数』もかなり高いに違いない。

 しかし――。

(ダメだ……喉が痛い。それに声が枯れてきている……)

 長い間ダンスを踊り続け、全力で歌い続けてきたアルミンの体力と喉はそろそろ限界に達しようとしていた。

 会場に詰めかける観客に手を振りながら、アルミンはフル回転で思考する。今よりももっと場を盛り上げるにはどうすれば良いのか。

(ミミミン☆ファンタスティック、持ってけ調査兵服、ラッキーラブリータイタンガール、ぴこぴこハーフウィング……まだ歌っていなくて場が盛り上がる曲と言えばこのくらいだけど……)

 どの曲も全て喉を酷使する歌ばかりだった。特にファンタスティックは全力で叫ばなければいけない為、この場の選曲としては完全な間違いになる。現在の体力的にダンスが激しい持ってけ調査兵服もダメだとすると……。

(ちょっとキツいけど、ぴこぴこハーフウィングかラッキーラブリータイタンガールが妥当か……)

 ちらりと会場から舞台袖を盗み見るとジャンがリモコンを持って次にかける曲に備えているのが見えた。

(よし)

「それじゃー皆ー!! 次はラッキーラブリータイタンガールいくよー!! 知ってる通りノリノリの曲だから、皆も合いの手ヨロシクね☆」

 周囲で大きなイエーイ!! の歓声が湧きあがり、音楽が始まった。途端、アルミンの顔からサッと血の気が引いていく。

 きゅるりんきゅるりんという独特のリズムとポップ調の音楽は、アルミンの知っているラッキーラブリータイタンガールの音楽とは違う。

(違う!! 違うよジャン! これはミミミン☆ファンタスティックだよ!!)

 これを歌ったら、間違いなく喉が潰れる。

 宣言した曲と違う曲が流れ、会場で観客の皆が困惑しているが、ここで歌を中断したら間違いなく更に場が削がれてしまう。折角ここまで温まった会場をむやみに冷やすのだけはどうしても避けたかった。

(仕方がない、やるしかない!)

 軽く深呼吸をしてから、会場に向かって『次の曲名間違っちゃったテヘ☆ 今度はミミミン☆ファンタスティックだったよ!!』と言おうとした瞬間、舞台袖の階段からツカツカと上ってきた何者かにマイクを奪われた。

 突然現れた人物に困惑し、どよめく会場の人々。

 アルミンが振り返るとそこには――。

「フゥーーーーーーーはははははははーーーーーー!! 皆の者、このゲリラライブで歌うのは実はうさミンだけでは無い!! 今から駐屯兵団広報隊、リコ・プレツェンスカも参戦する事にした!!」

 マイクのハウリングも高らかに、ド派手な赤いドレスを纏ったリコ・プレツェンスカがアルミンの横から華々しく登場したのだった。

 シガン☆しなと並び、客層が違うながらも壁内の大人気歌姫であるリコの登場に、会場に居た多くの観客は驚きを隠せないようにざわめいた。

 しかし、それはアルミンも一緒だ。

 面食らったように目を見開いているアルミンに、リコが早口で囁いた。

「調査兵団団長、並びピクシス指令から思いきり会場を盛り上げて来いと命令された。とにかく今は歌うぞ」

「は、はいっ」

 ちらりと舞台袖をみやると、そこには楽器を携えた駐屯兵団の音楽隊とジャンが何かを話しているようだった。

 やがてミミミン☆ファンタスティックのやや長めの前奏が終わり、新しいマイクを受け取ったうさミンと歌姫リコは二人揃って歌い出す。

 シガン☆しなの曲だと言うのに、リコの歌唱は完璧だ。会場中にうさミンの力強くも可愛らしい歌声と、リコの持つ僅かな大人の色気めいた声音が混ざり合って絶妙な音のハーモニーが響き渡った。

 通常時ならば絶対にありえないスーパーアイドルと大人気歌姫の夢の共演に、最初は戸惑っていた客席からはやがて、今までに無い程大きな歓声が上がったのだった。




 ☆   ☆   ☆



 その頃、三角巾とエプロンを纏ったクリスタとサシャはお菓子作りに励んでいた。

 ハチミツを使ったクッキーやケーキなどの焼き菓子を中心に、竈に入る限界ギリギリまでの量を何度も焼き上げ、とにかく量だけは多く作った……のだが。

「ちょっとサシャ! ここに置いておいたクッキー知らない!?」


「知りませんよ!! ちなみに私は食べてませんよ!? こっちもカップケーキの生地を作ってましたから!!」

 テーブルに置いておいた作り立てのクッキーが、違うお菓子を焼いている間に三つの籐のバスケットの中から消えていた。

「じゃあ、一体誰が……はっ!?」

 空になったバスケットの陰に、転がる丸っこい影が五つ。

「妖精さん、食べちゃったんですか!?」

「ついがまんできず」「おいしかたです」「ゆうわくにあらがえぬでした」「あまいみちびきがー」「そぼくなおあじで」

 そこには、我慢できずについついクッキーを食べ尽くし、お腹を真ん丸に膨らませて満足げに転がる妖精さん達の姿があった。妖精は妖精でも、たった五人では数が足りなさすぎる。

「えぇぇぇぇ? どうしましょう。もう材料があまりありませんよ!?」

「最初からまた作る時間だって無いよ!? どうしよう……」

 焦るクリスタとサシャ。

 だがその時、何者かがズカズカと音を立てて台所に入って来た。

 マルコやアニではない。そこに立っていたのはユニコーンのシンボルを背にした、彼らよりももっともっと立場が上の人間だ。クリスタとサシャはその場でエプロン姿のまま、ほぼ反射的に心臓を捧げる敬礼をする。

「敬礼は良い! 人類は今未曾有の危機に晒されているが、貴様達がやっていることは本当に人類を救うのか!?」

 いかつい顔で声を荒げながら入って来たのは、憲兵団師団長、ナイル・ドーク本人だった。周囲には憲兵団の部下を連れずどうやら一人でこの台所にやって来たらしい。

「恐れながら、救われるかは解りません!! ただ、無益に人が死ぬことは絶対に無くなります!!」

 妖精さんが増えると、その分だけトラブルは爆増するが絶望的な人死には無くなる。クリスタが確信していることをそのまま口にすると、ナイルは眉間に皺を刻んで深く頷いた。

「ならば、貴様達が予定している菓子は全て作ることが出来たのか!?」

「それが、少々トラブルがありまして現在ある材料、時間では圧倒的に足りなくなりました!! このままでは作戦を完遂することが出来ません!!」

 泣きそうになりながらサシャが答えると、ナイルはまた頷いて台所の外へ「貴様達、入れ!」と声をかける。と、どかどかと台所へ速足に入って来た憲兵団の姿を見て、サシャとクリスタは驚き、バスケットの裏からこっそりと覗き見していた五人の妖精さん達は目を輝かせた。

 台所の外から現れた憲兵団が持ってきた物。それは、両手にギリギリ抱えるほど大きな木箱に入った、大量の焼き菓子の山であった。クッキー、マドレーヌ、ラングドシャにメレンゲ、ビスコッティその他もろもろ。埃避けの薄布の下から、焼けた砂糖の甘い香りが溢れ出して台所に充満する。

「あ、あの、これは一体?」

 まさか憲兵団がこんなに沢山のお菓子を持ってくるとは思わなかった。

 この憲兵団本部の厨房を借りる時だって、本当に嫌そうだったのだ。

 困惑した表情でクリスタが尋ねると、腐った組織として悪名高い憲兵団の長は詰まらなさそうに舌打ちする。

「上官食糧庫の砂糖はもう空っぽだしバカ貴族どもからシェフを借りたせいで俺の金も無くなっちまったよ。だが、馬鹿にするんじゃねぇぞ。憲兵団とて人類が破滅するのは何としても阻止したいんだからな!」




 ☆   ☆   ☆



 ユミルはウォールシーナ、エルミハ区の壁上からウォールローゼに向かう道を眺めていた。

 エルミハ区の城門にはこのウォールシーナへ逃げてきた沢山の難民がごった返し、未だにすべての住民が門の中に納まっていないありさまだ。

「まぁ、私に出来る事つったらこれしかねぇからな」

 ユミルは台所で戦うクリスタとサシャの手伝いはしなかった。台所に立つなんて柄じゃないし、そもそも料理は苦手だ。そんな人間が下手に手を出して邪魔するより、己が出来ることを探したほうが手っ取り早い。

「私もヤキが回ったよな。本当に!」

 壁の外が海になる前の自分なら、こんな事絶対にしなかった。今だって本当は人類なんか滅ぼうが繁栄しようが知ったこっちゃない。だがしかし、状況が変わったのだから致し方ないのだ。

 外が海では逃げ場はどこにもないし、ここでの人類の破滅はイコールして自分とクリスタの破滅でもある。

 人類なんか心底どうでも良かったが自分たちの破滅だけは何とかしなくてはならない。

「そんなら、ここでやるより仕方がねぇよなぁ」

 ため息をついて見回すと、ウォールシーナを守る駐屯兵団の連中が壁上固定砲の周囲で警戒している姿が見えるが、それぞれ自分の任務に一杯一杯なのかユミルを見ている者は誰も居ない。

 ぼうっと空を見上げたその時、周囲から悲鳴にも似た叫び声が次々と上がるのが聞こえた。「来たぞーーー!!」の怒声と共に壁の上の駐屯兵団が信煙弾を打ち上げる。そして口々に恐れの言葉を上げながら人々が指を差す先から、奴らはついにやって来た。

 駐屯兵団や調査兵団の防御を掻い潜ってやってきた、三メートルから一五メートルまでの大小さまざまな巨人面魚の群れがウォールローゼの方角から大挙して押し寄せてきたのだ。

「砲撃用意!!」

 緊張感が走り、次々と大砲を向ける駐屯兵団。まだ、砲弾が届く距離では無い。

 じりじりと迫る巨人面魚に狙いを定めてじっと待ち続ける兵士だが、次の瞬間現れた物に人々は目を疑い、そして再度大きな悲鳴を上げた。

「な、何だあれはー!?」

 ゆったりと散歩をするように、だが突如としてどこからか現れたのは一五メートルはあろうかという二体の巨人であった。一体は黒髪で目つきの悪い男の巨人。もう一体は金髪で、誰も見たことも無い女性のような姿をした巨人であった。

 二体の男女の巨人は人間を襲う事も無く、巨人同士でぶつかり合う事も無く、ただ隣り合わせに、まるでウォールシーナを守る門番のように立つと、同時に迫り来る巨人面魚に向かって一目散に駆けだした。

 ウォォォォォ!!! という雄叫びと共にぶつかり合う二体の巨人と巨人面魚の大群を見て慌てふためく群衆とは裏腹に、壁上から眺めていたユミルはニィと凶悪な笑みを浮かべた。

「へぇ、私と同じ奴らが他にも居たってね」

 そして、自分と同じことを考えたのであろうその二人を見たユミルは準備運動をするように首を回してコキコキと慣らし、一度だけ深呼吸をする。

「そんじゃまぁ、私もいっちょ行きますかね」

 ぼやくように言うと、そのまま高くそびえる壁から飛び降りた。

 風を切り、地面に衝突して無残に潰される直前、ユミルは己の手を血が出るくらい思いきり強く噛んだ。



 ☆   ☆   ☆



「これは一体、何がどうなっているんだ!?」

 エルミハ区で避難民の受け入れ、民間人の警護、壁上から周辺の警備をしていた兵士の殆ど全員が己が目を疑った。

 兵士として、いかなる不測の事態にも備えて日ごろから鍛錬をしている人間でも、目の前で起こった出来事はそれまでの予想の範疇を大きすぎるほどに超えていた。

 一〇〇年前より突如として現れ、長らく人類の仇敵であったはずの巨人が三体も、人類を守るために巨人面魚どもと戦っているのだ。

 これを驚かずして一体何に驚くと言うのだろうか。

 巨人たちは襲い来る何十頭もの巨人面魚を次々と押さえつけ、地べたに叩きつけ、うなじを噛みちぎり、ぺしゃんこになるほど踏みつけた。

 カエル種の舌を持って振り回し、体を引きちぎり、あるいは殴り、頭をもぎ取り、血しぶきを浴びながら大地を揺らして腹に響くような巨大な咆哮を空へ向かって上げる。

「ウォォォォォォ!!!!!!!」

 残虐。だが、胸が躍るような光景に人類は魅入ってしまった。

 あれ程恐ろしい巨人面魚をいとも容易く屠る巨人達。

 人類の仇敵が人類の守護者になった瞬間。

 それはまるで、魚類などに食われてたまるかという人類の怒りを体現した姿のようであった。



 ☆   ☆   ☆



 うさミンとリコ、二人の大人気アイドルが歌って踊り、大歓声が広がる舞台裏。裏方のスタッフが走り回る、そこから少し離れた草むらにサシャとクリスタは二人きりで沢山のお菓子を荷台に乗せてやってきた。たった二人で持ちきれないほど大量のお菓子を持ってきた理由は、ひとえに妖精さん達がとてもシャイで人が多いと出てこられないという気質のせいだ。

 お菓子を山のように積んだ荷台を引いていると、観客たちの楽しげな合いの手とノリの良い歌声がここまで聞こえてきて思わずクリスタたちも浮足立った気持ちになってしまう。

 おそらく場の楽しい指数は限界を振り切っているであろう。

「この分なら、妖精さんたち沢山居ますかね?」

「多分……。でも、居ないと困るわ!」

 妖精たちの潜んでいそうな草むらに重たい荷台を止めて、クリスタは周囲に呼びかける。

「妖精さん! お菓子を沢山持ってきたの! これをあげるから、お願いだから出てきて!」

 しかしその呼びかけに反応は無く、舞台から流れる楽しげな音を乗せたそよ風がふわりと吹いたきり、妖精達は姿を現さなかった。

「妖精さーん! どうしたんですか!? お菓子があるんですよ!?」

 サシャも一緒になって草むらの中に呼びかけてみるが、妖精さんはただの一人も出てこない。

「妖精さん……どこに行っちゃったの?」

 このまま妖精さんが出てこなかったらどうしようかと二人が途方に暮れかけた時、「およびですか?」とあの待ちに待った舌っ足らずな声が聞こえた。

 周囲を探してみると、切り株の上に一人だけ妖精さんがちょこんと坐っていた。

「どうしましたか?」

「妖精さん!! あの、うんと、お一人ですか?」

 差し出した手のひらに妖精さんを乗せたクリスタが尋ねてみると、妖精さんはいつもの笑顔を浮かべたまま首を傾げる。

「ぼくはおひとりさまですが?」

「お仲間さんはいませんかね?」

 サシャがおずおずと尋ねると妖精さんはくい、と首を右へ向けた。

「ならば、あっちとかいかがでしょう?」

 妖精さんが指を差したその先。クリスタがそっと周囲に生えている草を掻き分けてみると、兎が掘ったような小穴が一つぽっかりと地面に口を開けていた。

 二人が穴に向かってそっと耳を澄ませてみると、聞こえてくる。楽しそうに、ライブの真似をする妖精さん達の音楽と歌声が。

「居た!!」

「居ましたね!」

 小声で喜んだ二人は、心の中で「邪魔してごめんね」と謝ると荷台からクッキーを一枚掴み、小穴の中に放り込んだ。

 途端、音楽が止んで戸惑うような声が聞こえてくる。

「おや?」「このあまいにおい」「くっきーだ!!」

 妖精さん達がクッキーに気づいたのを見計らい、間髪を入れずに今度はカップケーキを一つ放り込む。

「わぁ、けーきだぁ!」「おいしそうです!」「だれだろう?」「かみさまかもー」

 反応は上々だ。気を良くしながら、今度は少し小洒落た感じにラングドシャを三枚、立て続けに投入。

「めずらしいー」「かみのおめぐみ?」「とにかくおいし」「ひさしぶりのかんみです」「さっくさくー」「さいこうのしょっかんです」

 ビスコッティ、メレンゲ、ハニーラスク、マドレーヌ。二人が小穴の中にお菓子を放り込むたびに、妖精さん達の声は次々と増えてくる。しかし、妖精さんの数はまだまだ足りない。

「サシャ、これ全部いくよ!」

「マジですか女神?!」

 クリスタは荷台に積んでいた、大量のお菓子が入った大きな木箱を両手で抱えてヨロヨロ持ってくると、小穴に向かって一気に傾けた。途端に大量の焼き菓子が小穴の中にざらざらざらと吸い込まれていく。

 甘い香りが周囲に広がり、クリスタの肩に座っていた妖精さんも美味しそうにクッキーを齧っている。

「なんだなんだ」「おかしのだいこうずいです」「こうふくのあめあられ」「すいどうからじゅーす」「なにそれたのしー!」「こどものゆめです」「ねがいのかなうまほうとか」「えいえんのなつやすみ!」「おかしのいえみたいな!」「たべきれない、おかしのやま!」

「じゃあ、こっちもやりますよ!」

 とても楽しそうな様子の妖精さん達に、今度はサシャがお菓子の入った木箱を穴へ傾けた。普通ならばこんな小さな穴の中に大量の菓子が全て吸い込まれるはずが無い。なのに、黒い穴は巨大なの胃袋のように次々とお菓子を吸い込んでいくではないか。
「次いくよ!」

「はい、次もいきます!」

 二人は次々とお菓子を穴の中に注ぎ込む。荷台の中の菓子類が空になるに従って、最初はまばらだった小穴の中の声が少しずつ大きくなってきて、やがて降り注ぐお菓子に歓喜の悲鳴を上げるようになった頃、それは起こった。

 周囲の大地が、ゴゴゴゴゴ、と音を立てて揺れ始めたのだ。

「な、何ですかこれは!?」

「解らない!! でも何か、物凄い事が起こりそう!!」

 お菓子の在庫を持ちながら慌てるサシャとは対照的に、子供みたいに目を輝かせたクリスタが楽しそうに空を見上げる。

 大地の鳴動は長らく続き、そしてそれが徐々に大きな地響きとなった――



 瞬間、



「「「「「おいしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」」」」




 小穴の中に納まりきらなくなった妖精たちが、まるで巨大な間欠泉のようにサシャとクリスタの目の前で大噴出した。

 その妖精さんの数は何百、何千どころでは無いだろう。

 もしかしたら何万、何億という数だったのかもしれない。とにかく大量の妖精たちが遥か空高くに向かって、まるで振った後に栓を取り払った炭酸水のようにドドドドと音を立てて噴出し、巨大でカラフルな柱を作っているのだ。

 超大型巨人よりも高く伸びあがるあまりにも巨大なパステルカラーの間欠泉は、壁内に居たのならば誰でも、どこに居ても見ることが出来た。

 ウォールシーナ周辺で民間人の警護をしていた兵士が、空へ向かって指を差す。

「な、なんだありゃ!?」

「知らねぇよ!? だがもう何が起きても俺は驚かねぇよ!」

 ウォールローゼ南部にて、巨人面魚と戦っていたヤタガラスとその背に乗ったミカサがウォールシーナの中央で伸びあがるパステルカラーに気が付いた。

「あれ、何?」

「わかりまへん。ただ……」

 そこで言葉を切ったヤタガラスはそれを見て楽しそうに笑った。

「凄く楽しい気配がしはりますなぁ……」

 リヴァイアさんの殲滅により外海から巨人面魚の流入が止んだトロスト区では、壁内に残った大量の巨人面魚の掃討が行われていた。

 その時、誰か一人が大声を上げて指を差すと、人々は揃って天を見上げる。

 リヴァイが、ハンジが、エルヴィンが……各部隊の兵士たちが、班長が、隊長が、指令が、調査兵団が、駐屯兵団が、生き残った訓練兵達が――トロスト区の壁の向こうでは海竜化したままのリヴァイアさんとむろみさんも、その天へと上る巨大なパステルカラーの大間欠泉を見上げていた。

「……何だありゃあ……」

「何だろう……? ガスか何かが噴出してるのかな?」

「リヴァイアさん、あれ妖精やないの?」

「ふぅん、人間もなかなか考えるっちゃね」

 そしてエルミハ区の城門付近で巨人面魚と戦っていた巨人達も、中央から伸びあがるソレに気が付いていた。一瞬、戦うのも忘れて見上げていると、巨人たちの頭上からぽろぽろと雨のようにカラフルな丸い球が降ってくる。

 妖精さん達の楽しさが文字通り、一気に爆発したフェアリー間欠泉から丸まり妖精さんが大量に降り注いでいるのだ。



「すっごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」
「やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 再びウォールシーナの舞台裏。

 目の前で巻き起こるフェアリー大間欠泉にサシャとクリスタが喜びの声を上げながらお互いにハイタッチをして喜んでいると、妖精たちが吹き出した頭上から木で作られた手の平サイズの小箱が一つ、草むらの中にポトッと落ちてきた。

「あれ? 何か落ちてきましたね?」

「何だろう? 小物入れ?」

 小さな木箱を手に取ると、後からヒラヒラと紙切れが一枚ついて来た。

 クリスタが拾い上げてその紙を広げると、それは木造りの小箱の説明書のようだった。

「えーと、取扱説明書――?」



 ☆   ☆   ☆



 パステルカラーのフェアリー大間欠泉。

 戦っているのも忘れて人々が見入っているその間、人間や巨人と攻防を繰り広げていた巨人面魚達もまた、その伸び上がる妖精の柱を見上げていたのだった。

 間欠泉が消えた時、巨人面魚の行動に最初に気が付いたのは、誰だったのだろう。

「おい、何かおかしいぞ!?」

 巨人面魚達は、それまで食らおうと攻撃していた人間たちに突然そっぽを向くと、一目散にウォールシーナめがけて今までにない程の猛スピードで走り出したのだ。

「おい、待て行かせるな!! お前らギリギリまで近づいてでも奴らを足止めしろ!!」

「何をやっている!! シーナの方に行かせるな!!」

「やってます!! でもあいつら何故か我々にはまったく見向きもしないんです!!

 囮の兵士が巨人面魚の目の前に躍り出ても見向きもしない。

 普通種も奇行種も跳躍力のあるカエル種も、全てが一斉に、まるであの間欠泉に吸い寄せられるようにウォールシーナへ向かって全速力で駆けだしている。

「もしかして今の噴出物のせいか!?」

「まさか巨人面魚を呼び寄せる物だったのか!?」

「そんなこと知らねぇよ!! とにかくなるべく行かせるんじゃねぇ!!」

 本日何度目かの怒号が飛び交い、限界まで体力を消耗した体を酷使して、兵士たちは己を囮になんとかして巨人面魚の足止めを試みるが、上手くいかない。

 トロスト区の中に居た多くの巨人面魚は足止めの甲斐も無くカエル種を中心に次々と壁を登り、ローゼに侵入していた巨人面魚も一斉にウォールシーナへ向かっている。

 少数の群れが闊歩するのみだった巨人面魚は壁内の各地から次々と合流し、あっという間に巨大な大群となる。そして統率されたような動きでエルミハ区へ向かって雪崩のように押し寄せ、足止めをしようと立ちはだかる三人の巨人さえも押し倒してあっという間にシーナへ到達しようとしたその時――。



 ☆   ☆   ☆



 紙を拾い上げたクリスタが、中の説明書きを声に出して読んでいた。

「取扱説明書。ダメな物ボックス。これは使用者が嫌いな物を仕舞う箱です。使用方法はとっても簡単。箱の口を開いて中に入れたいダメな物を念じましょう。これだけであら不思議。どんなものでも仕舞ってしまいます――だって」

「妖精さん、これホントですか?」

「さぁー?」

 周囲に散らばっている丸まりが解けた妖精さんに聞いてみるも、彼らは揃って首を傾げただけだった。どうやら噴出の衝撃で全てを忘却してしまったらしい。

「まぁ、とりあえずやってみましょうよ」

「そうね。えぇっと、まずは――巨人面魚は、ダメ!!」


 ☆   ☆   ☆


 雪崩のようにウォールシーナへ押し寄せていた全ての巨人面魚が空へ浮いた。

「ウゥゥゥウウゥゥ」「ウォオオォォォ」と唸りを上げ、足をばたつかせてもがく巨人面魚の大群。だが、彼らが大地に足をつける事は二度と無く、ウォールシーナの中央めがけて一斉に飛んで行った。



 ☆   ☆   ☆



「あと、絶望はダメ! 恐い事もダメ!!」

 クリスタとサシャは壁内に存在するダメな物を次々と言い上げる。

「大事な人が死ぬ事も、傷つく事も、巨人も、飢餓も、辛いことや苦しいことは全部ぜーんぶダメー!!!」

 二人のダメー!!! が周囲に木霊したその瞬間、空の上から手足をばたつかせる巨人面魚の大群が降り注いできた。百や二百は下らない巨人面魚の大群は排水溝に吸い込まれる水のように渦を巻き、サシャとクリスタが見ている目の前でズルルルルルルルルゥと手のひらサイズの小箱の中に物凄い勢いで吸い込まれていった。

「な、な、何ですかこれはー!?」

 サシャの叫びと同時に黒い霧のような、いかにも悪そうに見える物が壁内中の全ての場所から飛んできて巨人面魚と共にどんどん吸い込まれていく。

 箱の質量以上の巨人面魚やその他いろんな物を吸って吸って吸いまくった小箱は、一番最後に巨人面魚の大きな尻尾をズルンと飲み込むと、カタンと音を立てて開いていたその蓋を閉じた。

「まんたんですなー」「いっぱいになりました」「もうはいりませんな」「かぎをかけますか?」

 その場でしりもちをついていたサシャとクリスタに、大きな鍵を持った妖精さんが箱の上に座って首を傾げていた。

 しばらく呆然としていた二人は一瞬だけお互いに顔を見合わせると、同時に頷いた。

「「是非お願いします」」
 


 ☆   ☆   ☆



 巨人面魚の消失したトロスト区では、巨人化していたライナーが倒壊した家の上で大の字に倒れていた。

 そこへ、ライナーを覗き込むようにベルトルトがひょこっと顔を覗かせる。

「ライナー、大丈夫?」

「……ああ。何が起きたんだ?」

 頭を振って起き上がるライナーが、ふと隣に座るベルトルトを見てぎょっとした。

 ベルトルトが、ほろほろと涙を零して泣いているのだ。

「ど、どうしたんだお前!? なんか怪我でもしたのか!?」

 慌てるライナーに、ベルトルトは首を振った。

「違うよ。……ライナー、君は解らない?」

「何だ? 解らねぇよ。何かあったのか?」

 ベルトルトは静かにため息をつくと、泣き笑いのような表情を浮かべてライナーを見た。

「僕たち、巨人化出来なくなっちゃったみたいだ」



 ☆   ☆   ☆



 ウォールローゼからエルミハ区へ続く道の真ん中で、エレンとアニとユミルは三人揃って転がっていた。

 そこは巨人面魚と三人の巨人が戦っていた場所で、ウォールシーナから見ていた者はきっとその場で戦っていた巨人は巨人面魚と共に消失したように見えたであろう。

 その場に転がるその三人は、だるい体を起き上がらせるでもなく、ただぼんやりと空を見上げていた。

「俺、何をやってたんだ……?」

「覚えてないならそれが幸せってモンだよ」

 ぽかんとしたエレンのぼやきにアニが答えると、ユミルがどこか清々しい声で笑う。

「ははっ、あれはお前らだったのかよ。まぁ、そんなのもうどうでも良いじゃねぇか!」



 ☆   ☆   ☆


 巨人面魚が居なくなったその時、リヴァイは壁の上に立体機動で駆けあがりリヴァイアさんを問い詰めていた。

「テメェ、何が起きたか知ってるな?」

「んふふ。ウチは何も知らないっちゃー」

「うそつけ」

「本当だっちゃー」

 目つきの悪いリヴァイに詰め寄られても、青い海竜はのらりくらりとしらばっくれている。そして何度目かのやり取りの後、清々しい程青い空を見上げて、喉の奥で楽しそうに笑うのだ。

「むろみー。平和って良いっちゃねー」

「ちょっと、リヴァイアさんがそれ言う?」

 楽しそうに笑う二人に、リヴァイはまんざらでもない顔で舌打ちをした。




 ☆   ☆   ☆



 今回の巨人面魚流入事件で、多くの家が壊されて多くの人間が奴らに食われた。

 調査兵団、及び駐屯兵団はその数を大きく減らし、投入された訓練兵の半数以上が死亡した。

 沢山の人間が家を無くし、沢山の人間が死んだ。



 しかし、それでも今日、人類は歴史上初めて勝利した。





[37993] 皆の笑顔とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/10/04 23:04

 ウォールローゼ攻防戦。

 後にそう呼ばれる巨人面魚との戦いの後、生き残った兵士たちはおびただしい数の仲間の死体を回収しようと医療班と合同でトロスト区やウォールローゼ南部の村を回っていた。

 死体の回収に乗り出した兵士たちは皆、口元に布を巻いて無残に散った者たちを一刻も早く弔ってやろうと死体を探した。だが、不思議な事がここにも起きていた。

「おい、こりゃあ一体どうなってんだ? アランの奴はどこに消えた?」

 トロスト区にて、巨人面魚に踏み殺された友人の死体を回収しに来た男がその場を見て愕然とする。

 彼はその日、十メートル級の巨人面魚を相手に友人アランと共に戦っていたのだ。ところが、立体機動のアンカーを刺し損なったアランは無残に地に落ちて巨人面魚に踏み殺された。もちろん、彼は現場を見ていたのだ。

 ところが、十メートル級の巨体に押しつぶされて死んだ友人が居たその場所に来てみれば、広がる血だまりの痕跡はあれども肝心な死体は残っていなかった。

「おい、死体がねぇぞ!」

「こっちもだ! 死んだ奴が軒並み消えてる!!」

 人間が下敷きになったのが目撃された倒壊物件や、確実に仲間が貪られたのを目撃した地点にも、血痕はあれども死体だけは指の一本たりとも落ちていないのだ。

 それはトロスト区だけでなく、巨人面魚に襲われた村も、付近の森でも起きていた。

 探せども探せども、どこにも人の亡骸が見当たらない。

 カラスや野犬に食い尽くされた可能性もあるにはあるが、それにしても衣服の一つも落ちていないのが気になった。

「誰かが死体を持ち去った……? でも何故? 建物の下敷きになった人間の回収は一人じゃ不可能だ。まさか複数犯か? それにして付近が荒らされた形跡がまるでない。一体どうやったんだ……?」

 ところどころに広がる血だまりを一つずつ検証しながらハンジが街中を歩いていると、馬に乗った部下が血相を変えてハンジを呼びに来た。

「分隊長! 大変ですすぐに来てください!!」

「どうした? そんなに慌てて」

 部下はまるで恐ろしい物から追われているような顔をして、声を潜めてハンジに耳打ちする。

「そ、それが……調査兵団のゴミ箱からエラい物が出てきまして……」



 ☆   ☆   ☆


「これは一体……」

「すぐ引っ張りたかったんですが一応、分隊長に証人になって貰おうと思いまして……」

「ああ。こんな事、普通じゃ信じてもらえねぇからな」

 ハンジが連れてこられたのは、調査兵団の兵舎裏に設置されたあのゴミ箱だ。

 壁外調査にて巨人面魚に食われたハンジを含む面々が復活キノコの作用によって生き返ったあの曰くつきのゴミ箱。

 ゴミ箱の周りにはハンジの部下を中心に数名が集まってどうしたものかと困ったように顔を突き合わせているが、それもそのはず。

 ゴミ箱からは、ブーツを履いた人間の足があの日の足付き巨人面魚のように、Vの字ににょっきりと飛び出していたのだ。

 普通なら人間が縦に入るはずのないゴミ箱の中は不思議な光に満ちていて、覗き込んでも飛び出している一人分の足しか見えない。

「おい、生きてるか!?」

 ハンジがゴミ箱の中に呼びかけると、飛び出た足がじたばたと動く。どうやらちゃんと生きているらしい。

「と、とにかく引っ張ってみよう!!」

 ハンジを含めて三人ほどがその足を掴み、思いっきり引っ張るとスポンッと良い音を立てて調査兵団の服を着た男が出てきた。すると、その男の姿を見たハンジの部下が腰を抜かした。わなわなと震える指でゴミ箱から出た男を差す。

「あれっ!? お前巨人面魚に食われて死んだんじゃねぇの!?」

「いや、俺も死んだと思ったんだけどさ……」

 ゴミ箱から奇跡の復活を遂げた困り顔の男が頭を掻くと、ゴミ箱の中からすぽんすぽんすぽぽぽぽんと次々と十数人の人間が飛び出して来た。どうやら、一番最初に引っ張り出された男が出口に詰まって後が出てこられなかったようだ。

「うわー!」「きゃあ!!」「あれ!? 俺生きてる!?」「ここはあの世なのか!?」「俺は食われたんじゃ……?」

 ゴミ箱から飛び出してくる人々は、調査兵団も居れば駐屯兵団も居て訓練兵も民間人も居た。そのすべてに共通する事はただ一つ。


「お前ら昨日死んでなかったっけ!?」


 薔薇や翼の紋章が描かれた服を身に纏った兵士の面々を指差して顔面を蒼白にした生き残りの仲間たちが叫ぶと、しばし呆然としていたハンジは、数回肩を震わせ、そして次の瞬間腹を抱えて大笑いをし始めた。

「ぶ、分隊長!?」

「はーはっはっはははははははは!! こ、これは凄いや!! 全員が生き返りやがった!!」

「分隊長、笑いごとじゃ無いでしょう!? 死んだはずの人間がバンバン生き返ってるんですよ!?」

 彼らが喋っている間にも、ゴミ箱からはスポンスポンと人間が吐き出されていた。仲間も民間人も死んだはずの人間が後から後から蘇り、笑い過ぎで涙を浮かべたハンジは生き返った彼らを見回して解ったような顔で一つ頷く。

「いや、私も一回死んで生き返った身だから何もおかしくないよ。もちろん殆どの人はキノコなんか食べてないだろうし、理由は解らないけどこういう不思議なら大歓迎だ。うん。よし! 多分これから何百人も飛び出してくるに違いない。ゴミ箱から出てきた者を一端広場に移動させるんだ! あ、それからモブリット、今すぐ団長の所に行ってこう報告してくれ!」

「はいはい何ですか?」

 民間人から誘導を開始したモブリットが振り返ると、ハンジは清々しい程の良い笑顔で親指を立てる。



「今回の戦闘で発生した死者数は兵士も民間人も合わせてゼロ! ってね!!」



 ☆   ☆   ☆
 


 広い会議室の中は重たい空気が垂れこめていた。

 ここはウォールシーナにある会議室の一つで、現在そこには国の舵取りの一端を担う王直属の役人から大貴族、そして各兵団の団長等、身分の比較的高い物が呼び集められていた。

 二十名前後の人間がぐるりと机を囲み、どいつもこいつもが顔を青くしている中、唯一平然とした顔をしている浅黒い肌の人魚が一人。

 もちろんリヴァイアさんである。

 議題はもちろん、この世界に関する事情と壁内外の諸問題についてだ。

 リヴァイアさんとしては退屈な人間の会議になんて出たくなかったのだが、リヴァイとエルヴィンだけではこんなに重要な事は決められないと、憲兵団等の軍を通してこの重役だらけの大会議が開かれたワケである。

 居並ぶ人間たちの前でリヴァイアさんは語った。

 巨人面魚と壁の問題。そして月から帰ってくるこの世界の人類。

 壁があることで巨人面魚はどんなに滅ぼしても『世界の要素』として復活し、このままでは、これから月より舞い戻ってくるこちらの世界の人類にまで影響を及ぼしてしまうと。

 それはつまり、壁内の人類に再び恐ろしい巨人の蔓延る元の世界に帰ってほしいと言う事であり、それを聞いた壁内人類はこの重たい空気を醸し出すに至ったワケである。

「貴様、本当に我々にあの恐ろしい世界に帰れと言うのか!?」

「そうだっちゃ。じゃないと困るちゃ」

 業を煮やした大貴族の一人が思いきり机を叩いて怒鳴ると、その場に居たエルヴィンは内心冷や汗をかいた。リヴァイからリヴァイアさんの強さとその正体を聞いていれば尚更である。

 地平線の彼方まで密集した巨人面魚達。それらを吐息の一つで全て殲滅した地上最強の海竜。今は可愛らしい人魚の姿をしているが、その正体はこの世界の海を司る海神の一柱。それがリヴァイアさん。

 おそらく、エルヴィンの隣に居るリヴァイも同じ気持ちに違いない。

 今ここで彼女が本当に怒りだしたりしたら、壁内は確実に滅ぶ。巨人面魚の襲来など比では無く絶対に滅ぶ。抗う間など人類に与えられる暇も無く滅ぶ。ここに居る人間も報告書でそれは知っているはずなのだが、それを本当に理解しているのはこの室内に何人いるのやら……。

「だが、どうやって戻ると言うのだ? こちらにやって来た時もよく解らぬうちに来ていたのだ。そもそも、我々にそのような技術は元から無いが?」

 政府の要人風の男が尋ねると、リヴァイアさんは軽く頷いた。

「それは知ってるっちゃ。だからそれが出来る技術者をこちらから紹介するちゃ」

「なぁ、本当に我々人類はこの世界に居られんのか?」

 豪商のような男が聞く。

「だっちゃ。悪いけど諦めてほしいちゃ」

「人類が月に行ったとは……にわかには信じられん。証拠はないのか?」

「無いちゃ。そこは信じてもらうしか無いっちゃー」

「いっそ別の世界に飛ばしてもらう事は出来んのか?」

「それは無理だっちゃ。妖精の開けた次元の穴がある場所しか移動できんちゃき」

 終わりの見えない議論に、リヴァイアさんは顔ではのほほんと笑ったまま、心の中で愚痴った。

(ウチはこれが面倒だったんちゃー……)

 ぶっちゃけ、滅ぼしてしまえばこんな面倒くさいことしなくて済んだのだが、むろみさんのお願いならば仕方がない。やりたくはないが込み入った事情も多いため、リヴァイアさんしかこの人類への説得は出来ないのだ。

 あまりの詰まらなさに全てを破壊してしまいたい衝動は、今は何とか抑えているがいつまでもこんな下らない会議が続くのなら人類の無事を保障出来る自信はリヴァイアさん本人にも無かった。

(もー。人間さんの会議ってばいつでもどこの世界でもツマランし面倒だっちゃ)

 その場に居る各人の心の声を暇つぶしに聞いていると、出るわ出るわ人間どもの『元の世界に帰りたくない』本音の数々。既得権益その他モロモロの黒い事情が殆どを占めているがそれはさて置いておくとして、その中で面白い意見があったのでリヴァイアさんは明るく手を上げた。

「はーいはーい!! 良い案が出たちゃ! えーっと、そこのトドっぽいのがウチとリヴァイ兵士長を戦わせて勝った方の意見を採用したらどうだ? って言ってるっちゃ!! リヴァイ、もう会議とか面倒やきーウチと決闘せん? 勝った方の意見即採用ちゃー♪」

 トドっぽいのとは大貴族の一人であり、心の声を読まれた彼は心底驚いたような表情をした。

 しかし、もっと驚いたのは話を振られたリヴァイの方だ。珍しく飲んでいた茶をブフォォォォ!! と吹き出し、その場で咳をすると、隣に居たエルヴィンに背を叩かれる。

「て……テメェら、よくそんな事言えるな……」

 何とか咳が収まったリヴァイがその場の全員を睨みつけた。

 本気の殺意をまき散らされ、他人の殺気に慣れない貴族や要人が身を震わせたのを見て、リヴァイは詰まらなさげに息をついた。

「俺は、巨人ならどんな奴が相手だろうとぶっ殺せる自信がある。十五メートル級だろうと超大型だろうとそれは確実だ。だがな、俺も人類だという事だけは絶対に忘れるな」

 本物の神に喧嘩を売る気はねぇ。とリヴァイアさんに向かって人類最強が降参宣言をすると、リヴァイアさんはぶーたれる。

「む~。詰まらんちゃー」

 机に上半身を寝かせるリヴァイアさん。その時、調査兵団団長、エルヴィン・スミスがすっと手を上げた。

「私からも少し質問してよろしいかな?」

「何だっちゃ?」

「訓練兵団104期生クリスタ・レンズおよびサシャ・ブラウス訓練兵の両名の報告書を読みました。今回のウォールローゼ攻防戦にて、壁内に侵入した巨人面魚を掃討したのは『妖精の道具』だそうですね。巨人面魚との戦闘時、壁内に居た大多数の人間が目撃したあの色鮮やかな噴出物が妖精で、その妖精を呼び出した訓練兵の二人が彼らに道具を授かった。ここまでは宜しいですか?」

 室内から集まる注目と無言を肯定と捕らえたエルヴィンはそのまま言葉を紡ぐ。

「訓練兵の二人が妖精から授かった道具。小さな木箱のようなものだと聞きましたが、彼女たちはこの中に巨人面魚、絶望、飢餓、巨人、死、悲しみや苦しみなどを入れたそうです。本当かどうかは解りませんが、全ての巨人面魚が消えたことを考えると事実なのでしょう」

「……で、何が言いたいちゃ?」

 穏やかに、しかし鋭い視線で射抜くように尋ねるリヴァイアさんにエルヴィンは机の上に小さな鍵付きの木箱をコトンと置いた。途端、室内中がざわめく。

「これが彼女たちから預かったその小箱です。名を『ダメな物ボックス』。巨人面魚はこの箱の中に人類の絶望と共に入れられました。こうなってしまえば如何に『世界の要素』と言えども巨人面魚は二度と復活しないのではありませんか?」

 言い終えて、一筋の汗を流すエルヴィンにリヴァイアさんは目を細めて微笑んだ。

「その箱の説明書はちゃんと読んだっちゃ?」

「えっ!?」

「なら、後で読むっちゃ。説明書には但し書きがついていて『※仕舞える物は現在あるものに限ります』ってどっかに書いてあるはずだっちゃ。じゃなければ人類はドえらいことになるし、現在進行形で皆こんなに悩んでおらんちゃき。つまり、その箱が吸った物は使用時の時点にあったものだけで、未来や過去に存在する物は吸えないはずちゃー」

「そんな……という事はつまり?」

 どよめく周囲とは裏腹に、リヴァイアさんは静かに笑う。

「苦しみも悲しみも、心から湧き出る感情はきちんと存在するちゃ。寿命が来れば人は死ぬし、ずっと食べ物が無ければ皆飢える。箱は一時的にその場に有った物や事象を吸っただけに過ぎないちゃ。同じように『世界の要素』たる巨人面魚もまた、時間が経てば復活するのは当然だっちゃ」

 他にも質問は? とリヴァイアさんが周囲を見回した。巨人面魚の復活を断言されたにも関わらず、それでもまだ何かを言いたそうな面々に、ただ一人だけリヴァイが音を立てて立ち上がる。

 周囲の注目が一斉に集まる中、リヴァイは「もう良いだろ」と言った。

「巨人面魚は甦る。それでも俺達がここに居座るとすれば、今度はそこの海竜を敵に回すことになるだろう。そうなったら、俺達は間違いなく破滅だ。この竜には俺達がどんなにあがいた所で絶対に勝てねぇんだよ。巨人と違ってな。それなら大人しく帰ってまだ勝ち目のある巨人と戦ってた方がマシなんじゃねぇのか?」

 人類最強のその言葉に、とうとう絶望的な落胆に満たされた室内。誰かから「もし、彼女が敵に回ったら壁内はどうなるんだ?」という質問が飛ぶとリヴァイアさんは笑顔で答えた。

「この国が海に沈むだけだっちゃ♪ 冗談でなく、本気で」

 海神の迫力を滲ませたこの一言で、人類の今後の方針はあっけなく決まった。

 これから元の世界にもどったらどうなってしまうだろうか。おそらく壁内の税収は悪くなるだろうし、食糧事情もきっと再び悪くなるだろう。一度巨人との戦いが始まれば人材も国費も間違いなく削られる。大切な海産物や塩が二度と取れなくなるのは大きな痛手だ。今や庶民にまで浸透しているこの塩が再び高級食材に返り咲き、皆の手に届かなくなることがあれば民衆のクーデターが起こる可能性だってあるのだ。

 がっくりと肩を落とす人類たちを見回してリヴァイアさんはニヤリと笑う。

「人間さん方、そげん心配せんでも大丈夫だっちゃ。元の世界に帰っても壁内は妖精で溢れとるきー。妖精に好かれる限り人類の普通生存は確実っちゃ。元気出し」

 誰のせいでこんなに元気が無いと思ってるんだ。と人類はリヴァイアさんをジト目で見るが、そんな事を気にするリヴァイアさんでは無い。まるで最初からこうなることを考えていたかのようにわざとらしく考えているフリをする。

「ん~。まぁ確かにのんびりしていた現状からいきなり人食い巨人が一杯いる世界に戻るのも怖かとね。よっしゃ、そんならカモーン☆ワイズマン!!」

「へいお呼びでっか?」

 リヴァイアさんが手を叩くと、同時にワイズマンが天井から机の上にトスッと落ちてきた。憎いあん畜生の突然の登場に室内がざわめきだす。

「わ、ワイズマン!? 何で貴様がこんな所で出てくるんだ!?」

「おいおいおい貴様、人類を見限っておいて何を今更ノコノコ出て来ておる!?」

「この詐欺師め!! 何が人類のお役に立ちますだ! 肝心な時に姿をくらましおって!」

「何をおっしゃいますか。私はいつでも全体の事を考えて生きておりますよ」

 かつて盛り上げグッズを提供しまくった人類から罵詈雑言を浴びせかけられてもワイズマンは全く気にせず飄々といつもの調子でカニのような手をシャキーンシャキーンと鳴らしている。

「このワイズマンのコピーを一人連れて行けば良いっちゃ! それなら壁内も安泰っちゃろ?」

 リヴァイアさんの提案に、人類も、そしてワイズマン自身も驚いた。

「マジですか!? 私が人類に関わってはいかんという話は?」

「この人たちは異世界人ちゃきー。こっちの世界の神とも人類とも全然関係無かよ? 壁内をSF映画ばりに文明の底上げをすれば巨人なんか恐くないちゃー♪ 人間さん達どう? 悪い話じゃなかとよ?」

 確かに超科学技術を有するワイズマンの全力バックアップがあれば巨人など恐れるに値しないだろう。

 困惑するようにざわめく人類たちだが、話を振られたワイズマンはやる気満々で両手を振り上げた。それはもう、人類を相手に好き勝手出来る喜びで新しいオモチャを与えられた子供のように超光学レンズの瞳がキラリンと輝きだす。

「へいへいへい私はこの時を待っていたんだぜ! それでは人類の皆様方、お手元に資料をご用意しましたので私が常々考えていた人類文明底上げ計画のプレゼンを開始しませう」

 ヘイカモン!! のワイズマンの言葉と共に同型のワイズマンコピーが天井からワラワラと現れて散らばると、ある者は紙束の資料を人々に配り、ある者は会議室のど真ん中に立体映像を映し出す。いつの間に改造したのか会議室の壁と床と天井の全てが瞬時に透過し、壁内の人類が見たことも無い大宇宙が室内一杯に投影された。

「な、なんだこれは!?」

「我々に何をした!?」

「えー、ご心配なく。これらはただの映像ですので。それではまずこの文明底上げ計画の概要をご説明いたします。まずはお手元の資料一ページ目をご覧くださいませ。あ、中央の立体映像は説明のつど赤いポイントが出ますので是非資料と共にご覧ください」

 まるで宇宙空間に放り出されたような人類が戸惑いながらも資料を捲ると、ワイズマンお手製のホログラフィーが紙の上に浮かぶ。

 机の中央には背の高いアリ塚のような家々や槍のような城、空中を走るリニアモーターカー等々未来都市と化した仮想の壁内世界の立体映像が映し出されている。

 空を飛ぶ機械に鉄の馬、即座に相手の状況が解る通信機、火薬を使った旧式の大砲に代わる荷電粒子砲の設置など、ワイズマンの巨人対抗策と文明の底上げ計画の概要を聞いた人類は、そのあまりにも壮大で、そのくせ実現可能だという計画に徐々に活力を取り戻し、プレゼンが終わる頃には全員が元の世界に帰る気満々になっていた。



 ☆   ☆   ☆



 人類が再び元の世界に帰ることになったという話はすぐに壁内中を駆け巡る。

 再びあの絶望的な世界に戻らなくてはならないという話を、民衆はすぐに信じなかった。しかし、王政の正式発表をもってとうとう元の世界への帰還が確実になり、泣き出す者や絶望の余り気絶する者や面と向かって抗議する者が多数現れ始めた中、キース・シャーディスは悩んでいた。

「ジジ、帰っちゃう?」

「お爺さん……帰ってしまうの?」

「むぅ…………」

 キース・シャーディスにとって、ハーピーとイエティは既に家族も同然となっていた。そしてそれは、ハーピーとイエティも同じだった。

「帰ったら、二度と会えなくなっちゃう?」

「おそらくは……」

 イエティの問いに、キースは難しい顔をしながらも頷くしかなかった。

「ジジ、帰るのダメ!!」

「お爺ちゃん……」

「私も、出来れば離れたくはない……しかし……!」

 泣きべそのハーピーとイエティに抱きつかれ、キースは泣けてきそうだった。この壁内で、教官たる自分には巨人を倒せる力を持った兵を育てる大事な役目がある。がしかし、大事な孫を二人も置いて行かなくてはならない。仲間を失った時とはまた違う、別れの苦しみに胸が引き裂かれそうになった時、ノーテンキな声が三人にかけられる。

「そんなら、こっちに残ればええっちゃない?」

 三人が振り向くと、缶ビール片手に笹かまを齧るリヴァイアさんが立っていた。

 リヴァイアさんは缶ビールをぐびぐび煽るとプハーと息を吐く。

「要はこの壁が一番大きな特異点ちゃきー。壁さえ無くなってくれれば大方の問題は解決するっちゃ。そりゃ壁内の人類さん二十五万人全員に残られるのも針孔みたいな特異点が出来過ぎていかんっちゃけど、千人二千人くらいならこっちに残っても問題ないちゃ」

「ホントに?」

 リヴァイアさんの話にハーピーとイエティがぱっと顔を輝かせる。が、キースはまだ思い悩んでいるようだ。

「しかし……」

「巨人のこと考えてるちゃ? それなら心配ないっちゃよ。妖精が壁内に溢れてて、ワイズマンがくっついて行けば巨人被害なんて無いも同然ちゃ。証拠見せよか?」

 そしてリヴァイアさんはおりゃ! と気合い一発、キースの脳内にワイズマンのもたらしたその超科学により栄華を極めたムー大陸の映像を無理やり流し込んだ。

「ふぉ!? ふおぉぉぉぉ!!!?」

 凄まじい情報量を一気に流し込まれたのか、三人の目の前で頭を抱えたキースの顔色が白黒と目まぐるしく変わり、そして最後にガクリとその場に崩れ落ちた。

「こ、これほどまでとは……確かにこれならば巨人など一溜りも無いだろうが……壁内は本当にこのような世界になるのか!? ……だとしたら、我々はこれから何千年の技術を飛躍する事となるのだ!?」

「ジジ!? 何を見た!?」

「り、リヴァイアさん、やりすぎだよー」

 だらだらと脂汗をかき、地に両手をついたまま息を切らすキースに、リヴァイアさんは楽しそうに笑う。

「そんなわけやきー。アンタがおらんでも壁内は平穏無事ちゃ。まぁ、こっちの世界の人間さんとは言葉も文化も違うけん。大変だろうけど、それでも良ければ残ればよかよ」

 リヴァイアさんの暖かな言葉と自分を心配そうに見つめる孫達の潤んだ瞳を見て、しばしキースは考えた。

 そして、最後に決心を決めたキース・シャーディスは二人の孫の頭を撫でて静かに笑った。



 それは鬼教官でも国に心臓を捧げた兵士でも無く、穏やかな孫馬鹿ジジイの顔であった。


 ☆   ☆   ☆



 元の世界へ戻っても巨人の脅威に脅かされることは絶対に無い。



 壁内の帰還を公表した後にすぐ発表されたこの話を民衆が信じたのかどうかは定かでは無い。しかし、妖精が居る限り大丈夫という話は何故だかすぐに信用されたようだ。

 それはあの日、巨人面魚襲来時の壁内が神秘に満ち溢れていたせいかもしれない。

 三本脚の神鳥。人類を守る巨人。パステルカラーの間欠泉。突然空を飛んでどこかに消えた巨人面魚。そして死んでから再び蘇った人々。これだけ甚大な被害を出しつつも死者数はゼロという驚異の数字。

 これまでありえなかった、信じられない事実のすべてが妖精の仕業だったのなら人々にも納得がいく。

 一応、こちらの世界に残りたい者は、自力で残れるならば残っても構わないという触れ書きも発表されたが、多くの人々は壁と共に元の世界に帰ることを選んだようだった。

 妖精が壁内にくっついて来るのなら大丈夫……なのかもしれない。という結論に至った民衆は暴動に走るのではなく、もっと建設的な事――これから取れなくなるであろう塩と海産物の確保――に走ることとなり、中央への暴動を覚悟していた憲兵団はほっと息をついていた。




 ☆   ☆   ☆



「まぁ、巨人に脅かされない世界になるなら、やっぱり元の世界に帰りたいわよね」

 調査兵団兵舎の一室でペトラが笑う。

「ああ、ほんとだよ。元の地へ帰れるとも思ってなかったが、いきなり巨人に怯えなくなる日が来るなんて誰も思わなかったさ」

 グンタが目を細める。

「元の世界に戻ったら、皆でその日を祝いたいと思ってたんだぜ? 俺はよ」

 珍しく兵長の真似をしていないオルオが愚痴るように言うと、三人を前にしたエルドは困ったように笑った。

「皆、ホントごめん。でもやっぱり俺はこっちに残るよ」

 エルドは巨人の脅威が壁内から消える事を知ったその時から、この世界に残るつもりであった。

「それって、やっぱり隅田さんの事?」

 ペトラに聞かれ、エルドは頷く。

「ああ。隅田さんからは『皆と帰ればいいでしょ』って言われてるけどさ、やっぱり心配だし、あれでも寂しがり屋なんだよな。そりゃ巨人がまた人類を脅かす状態になるなら兵として帰るつもりだったさ。でもそうじゃない。人類の勝利宣言が下されたんだ。それなら女を置いて一人で帰るなんて男が廃るだろ?」

 照れたように笑うエルドに、三人はハァっとため息をついた。

「で、どうやって残るつもりなの? アンタ、一人じゃ泳げないでしょ」

 ペトラにもっともな事を突っ込まれ、エルドは真面目そうな顔つきになった。

「巨人面魚は居ないし隅田さんかむろみさんに頼めば陸地まではどうにかなる。 あとはちょこちょこ地下から出て来てるらしいこっちの人類と交流を図ってみるよ。まぁ、海の近くに漁村でもあればしばらくそこで暮らそうかとも思ってる。それがダメなら後は適当に小屋でも作って魚でも釣って気ままに野となれ山となれ」

 真剣な表情とは裏腹なあまりにも無鉄砲な物言いに、エルド以外の三人は暫し目を見合わせる。

「お前解ってるのか? こっちに残ったら二度と壁内に戻れないんだぞ?」

「そうだぞ!? それにこっちの人類とは言葉も文化も違うらしいんだぞ!?」

「何よりね、人間の知り合いが一人もいないのに本当に大丈夫だと思ってるの!?」

 全員で最後の説得を試みるも、エルドは笑って「それでも残るよ」と言い切った。

「まぁ、おフクロには悪いけどな。最後の日には書置きでも残しておくさ」

 ハハっと笑うエルドの覚悟は固く、三人はもう肩を竦めるしかなかった。

「なら、もう良いわ。エルヴィン団長達には言ったの?」

 呆れたように聞くペトラに、エルドは頷く。

「言った。リヴァイ兵長にも。いつもの顔で『そうか。元気でな』だってさ」

 リヴァイ兵長の仏頂面がすぐ三人の頭に浮かんだ。それはもう、この世の全てが詰まらなさそうな顔で言ったに違いない。

「何か、兵長らしいな」

「うん、そうね」

「あれでも寂しいとは思ってくれてるはずだぞ?」

「そりゃまぁ、何も知らない間柄じゃないしな。仲間だし」

「仲間か……そうだよな」

「ああ。会えなくなっても仲間だと思う」

「リヴァイ班は永遠だぜ!」

「オルオ何それ、今度はエレンの真似!?」

「似てるか? えれえれなんだぜ!!」

「似てねぇー!!」

 オルオが似ていないエレンの真似をして、そして四人はお互いの肩を叩き合い、今までにない程大きな声で笑った。



 ☆   ☆   ☆


「なぁミカサはん。日本に来ぃへん?」

 ミカサの膝に座った和風の鳥幼女ことヤタガラスが顔を上げて尋ねた。

「何故?」

「ミカサはんはほんまは日本人やろ? 人類はんが帰ってきはったら日本人もきっとよーさん帰ってくるさかい。ちぃっと世界は違てんけど、故郷に帰りたいと思わへん?」

 ウォールローゼ攻防戦の後、ミカサは無事にエレンを見つける事が出来た。

 何故かアニとユミルも一緒にいたが、それよりも何よりも、エレンが生きていたという事が一番嬉しかった。

 ハーピーを始め、鳥達が居なければミカサはこんなに早くエレンに会う事が出来なかったし、エレンを探すのをずっと手伝ってくれたヤタガラスにはとても感謝している。

「日本はええ所やで。水は綺麗やし、食べ物の美味いし。ウチ、ミカサはんなら大歓迎なんやで? ミカサはんさえ良ければ川端はんやウチらと一緒に棲んでもええぐらいやで?」

 先ほどからヤタガラスは一緒に日本という島国へ行かないかとミカサを誘っていた。

 ヤタガラスとしては、壁内で唯一の東洋人であるミカサには何か特別な気持ちがあるようだった。それは一人ぼっちの東洋人に対する憐憫なのか、単なる気遣いなのかは解らない。けれど、ヤタガラスにとってのミカサは他の人間以上の何かを感じるようだった。

 ミカサの膝の上でどこか懸命に遠くの島国へ誘うヤタガラス。その黒い髪を、ミカサはそっと撫でた。

 気持ちよさそうに目を瞑るヤタガラス。もしも自分に妹が居たならば、こんな感じだったのかもしれないとミカサは少しだけ思った。

「私、ヤタガラスの事は大好きよ。命の恩人。貴方が居て、とても助かった」

 ミカサはヤタガラスの優しく撫でる。さらさらした黒髪の手触りが気持ちいい。

「ミカサはん……」

 ミカサを見守る少女の背中についた、鳥の証である一対の黒い翼が僅かに揺れる。

「でも、一緒には行けない」

「何でや?」

 首を傾げるヤタガラスにミカサは答えず、自分達より少し離れた壁の上でアルミン、ジャンと共に釣りをするエレンに視線を向けた。

「やっぱりエレンはんなん?」

 エレンは壁内に留まり、元の世界に帰ると言っていた。この世界の事も知りたいが、やはりまずは自分の世界を探検することを選んだのだ。

 エレンがそうするなら、ミカサの選択は最初から決まっている。

「ごめんねヤタガラス。やっぱり私は、エレンと一緒に居たいから……」

 そしてはにかむように、年相応の少女のように笑ったミカサを見て、三本脚の神鳥は口元を隠してくすくすと笑う。

「そんなら、仕方がありまへんなぁ」



 ☆   ☆   ☆


「おっかしいなぁ」

「うん。いつもならすぐ食いついてくるのにね」

「どっかでまた酔いつぶれてんのか?」

 エレンとアルミン、そしてジャンの三人はトロスト区の壁上にて釣り糸を海に垂らしていた。エサはもちろんゴカイ。狙う獲物は最初から決まっていた。

「むろみさん、どこに行っちゃったんだろう?」

 ウォールローゼ攻防戦が終わってから、むろみさんの姿を見た者は誰も居なかった。

 壁の上で釣りをしていた駐屯兵や、トロスト区で瓦礫撤去の手伝いをしていた淡路さんらハンターの人魚や、隅田さんに聞いてもむろみさんの行方は知らないそうな。

「一言、お礼を言いたかったんだけどな……」

 人類の帰還はもうすぐだ。

 こちらの世界へ残る人々の為にも巨人面魚が再び復活する前に帰らなければいけないのだから、作業は急ピッチで進められている。

 人類帰還の装置は、ウォールシーナの山奥で見つかった一見スコップ状の物体。正体はもちろん妖精の道具だ。

 スコップ状の物体は時空に穴を開ける道具らしく、これをワイズマンがあれこれ操作して帰還となるのだが、その際には壁内の妖精が多い方が最終的な成功率そのものは高くなるらしい。

 エレン達シガン☆しなは、その妖精を集めるために、改めてあの日に出来なかった壁内大規模ライブを行うのだ。

「時間はもう今日しか取れないからな……」

「あとはずっと練習だもんね。一言お礼が言いたいのに……」

「あぁもう!! いつもは勝手に引っかかるクセに何で今日に限って来ないんだよ!!」

 もうじき海が無くなり、使われなくなるであろう釣竿をエレンが海に向かって放り投げた。

 ゴン。と何かにぶつかる音。

「あ痛っ!」

 壁の真下から、声が聞こえた。

 四人がそっと覗き込んでみると――。

「むろみさん!?」

 むろみさんが、壁の真下でこっそりと三人の会話に聞き耳を立てていたのだ。

「な、なんですぐ来てくれないんだよ!! お別れが言えないだろ!?」

「せからしか!! アタシは湿っぽいのが嫌いやけんアンタらは勝手に帰ればよかよ!!」

 何故か拳を振り上げて怒っているむろみさんに、三人は困惑する。

「何で怒ってんだよ!?」

「そうだよ。聞き耳立ててるくらいなんだから、気になってるんでしょ?」

「っていうか、そんな所居ないでコッチ来いよ!」

「嫌や! 今そっち行ったら、絶対泣かされると!!」

 顔を隠し、テコでも動かない意思を見せるむろみさん。何だか普段と違うしおらしいその姿に、三人は虚を突かれたようにポカンと口を開け、顔を見合わせた。

「そんなお別れなんて突然ちゃけん、もっと居られる思とったのに、突然過ぎたい――」

 壁に額を当てて、海の中で一人もそもそと呟くむろみさん。すると突然背後にどぼんどぼんどぼんと三つの水柱が立つ。ふとむろみさんが振り返ると、海にはジャンとエレン、それからアルミンが溺れていた。

「ごばばごばごばごば!!」

「ぐぼぼぼぼ!! 助け、助け!!」

「うごぉぉぉ!! 足が!! 思ったより泳ぐの難しい!!」

「な、なんばしよっとねあんたらー!!!?」

 無謀な男子三人を海面に引き上げると、三人は肩で息をしながらも笑う。

「はぁ、はぁ、ありがとうむろみさん」

「ほんと、助かったぜ」

「おおぉ!! 海って思ったより恐いんだな!?」

「何を当たり前のこと言っとるげな! 沈んだらどうすると!?」

 力いっぱいむろみさんに叱られる三人だが、そんな事を気にしていたら鬼教官の指導の下で訓練兵などやっていられない。

「だって、むろみさんがこっち来ないからだろ!」

「なら、俺らの方から行くしかねぇじゃん」

「そうだよ。僕たち、ずっとむろみさんにお礼が言いたかったんだ」

 アルミンが、今まで本当にありがとうと言おうとした瞬間、額にチョップがかまされた。

「ヒレチョーップ!!」

「あいたー!」

「だからアタシは湿っぽいのは好かん言うとるに!」

 涙目で額を抑えるアルミンに、腕組みをして怒った顔をするむろみさん。

「じゃあ、何て言えばいいんだよ?」

 エレンに聞かれたむろみさんはしばし考え、ニヤリと笑う。そして――。



 ☆   ☆   ☆



 釣りをしていたエレン達が突然壁から飛び降りた。

「皆、どうしたの!?」

 気づいたミカサが慌てて壁の縁から海を覗き込むと、そこには波間に浮かび、声を上げて楽しそうに笑う三人の少年とむろみさんが居た。



 ☆   ☆   ☆



 そして人類帰還の日。



 壁の中は、間もなく巨人が支配する大地へ帰還する。

 しかし、恐れることは何もない。

 超科学を持ち合わせる異星人と、奇跡とデタラメの根源たる無数の妖精達が人類と共に居るのだから。

 妖精達の不思議な力にあやかろうと、甘い物と楽しいことが大好きな彼らの為に、帰還のその日は大きなお祭りが開かれた。

 昼のうちに何度も花火が打ち上げられ、人々はこの日を盛大に祝っていた。

 道々に立ち並ぶ沢山の屋台。楽しそうに酒を飲む大人たちの笑い声。無料で配られる甘いクッキーを美味しそうに頬張る子供たちの笑顔。多分、もう当分の間は食べられないであろう魚介類が炭焼きにされる香ばしい匂い。旨味の強い魚醤と練り物に舌鼓を打つ人々の姿。

 むろん、まだ巨人面魚が侵攻した傷跡は残っている。トロスト区の復興はまだ終わっていないし、家を無くした人々の生活が落ち着くのはまだまだ先の話だろう。

 それでも、人類はその日を笑うのだ。

「皆ー!! ノってるかーい!?」

 何千人もの人間が密集した会場からイエーイ!! と大きな返事と共に、シガン☆しなは拳を振り上げた。

「それじゃー皆、次の曲、いっくよー!!」

 大勢の歓声が会場中から湧き上がり、スピーカーから流れだす軽快な音楽と共に三人は再び歌い出す。

 ここはウォールローゼに設えられた、シガン☆しな用の特別舞台会場。

 折角設えた大規模ライブ用の華やかな舞台は巨人面魚に壊されてしまい、今現在彼らが立っているその場所は簡素な櫓でしかないが、そんな事は関係無かったようだ。

 一度は流れてしまったウォールローゼの大規模ライブ。

 巨人面魚襲来の傷跡が残るこの壁内で大した宣伝も出来ず、一体どれだけの人間が集まってくれるだろうかと心配だったのが、この櫓の舞台に立った瞬間、三人は息を飲んだ。

 今日、ここに集まった人数はあの日のゲリラライブの比ではない。何せ、壁内中のシガン☆しなファンが一堂に集まっていたのだから――。

「すごい……」

 見渡す限りの人、人、人。今まで見たことも無い、人の海とも呼べる光景に、これだけの人が自分たちを応援してくれていたのだという実感が湧きあがり、エレンも、ミカサも、アルミンも胸が一杯になってしまった。

 しかし、マイクを持ったままポカンとしていても仕方がない。挨拶を終え、背後に控えた音楽班の演奏が始まると共に、三人は今までずっと練習し続けてきた歌を歌い出す。但し、今までで一番激しくも楽しく、そして熱く、華やかに。

 いくつもの歌を踊りと共に終え、人々の声援が激しく湧き上がるウォールローゼの大舞台。

 そろそろ妖精達もお祭りの賑わいに誘われて増えつつあるに違いない。そして時刻は間もなく、人類が元の地へと帰還する時を迎えようとしていた。

 宴もたけなわとなりつつあるこの一世一代の舞台で、シガン☆しなは会場へ向かって大声で呼びかける。

「それじゃあ、皆、次の曲は新曲なんだぜ!!」

「人類がこの日を迎えられたのは、僕らの手を取ってくれた人魚達が居たおかげだ! そのお礼も込めたのがこの曲だよ!!」

「壁の向こうに居る皆にも聞こえるように、全員で一緒に歌いましょう!!」

 大歓声が会場を包み込み、スピーカーから音楽班が奏でるアップテンポで特徴的でとても楽しげな音楽が流れ出す。



 ☆   ☆   ☆



 それは大きな箱舟であった。

 波間に漂うその箱舟には、二百数名の壁内人が乗っていた。

 壁内の人類が帰還するその日、残留を希望した人類は箱舟に乗り、こうして新天地を目指しているのだ。

「まさか、こんなに多くの人間さんが残るとは思わんかったとね」

 舟の上でくつろぐむろみさんの言うとおり、当初の予定ではここまで人が残るとは思っていなかった。何故なら王政府の出したこの地に残る条件は『自力での残留』だったのだから。

「まぁ、それもこれもワイの人望って奴やな!!」

 隣に座る淡路さんが腕組みをして清々しく笑った。残留を選んだ人間の多くは家を無くしたトロスト区の住民で、姐御肌の淡路さんを慕ってこの地に留まることを決意したのだ。しかし当初それぞれが作成したイカダではあまりに頼りなく、見かねたワイズマンがイカダを合成して箱舟に作り替えたのだった。

「ンな事言ってー。淡路さん責任取れるん?」

「あったりまえやで!! 皆ウチの子分や。どっかの陸地についたらテキトーに漁のしかたでも教えたるわ!!」

「あ、淡路さん!! ウチらの事は!?」

「お前らにもきっちり訓練つけたるから覚悟しとけや!!」

 怒鳴る淡路さんに、舟の近くを泳いでいた明石さんと鳴門さんは嬉しそうな顔をする。

「おねいたーん!! そろそろ時間やないかな?」

 舟の横で泳ぐクジラに乗ったひいちゃんがむろみさんを呼ぶ。

「え、もう!?」

 慌てて舟の上からもう一度、間もなくこの地から消えるであろう壁の方を見た。舟からは大分遠くなってきているが、それでもまだ海から突き出たあの壁は見えている。

 海に突然やって来た、不思議な壁の国。

「考えてみれば、あっちゅーまやったなぁ……」

 遠い目をして、淡路さんがぼやいた。

 人類が人魚を慕っていたように、人魚もまた人類が消えたこの地に再び現れた人間を好ましく思っていたのだ。

「ねぇ、むろみ。何か聞こえてこない? 歌みたいなのが」

 箱舟の中から、隅田さんが顔を覗かせる。

「マジで?」

 むろみさん達が揃って壁の方へ耳を澄ませてみると、軽快な音楽が聞こえてきた。そして、楽しげな音楽に交じって人間たちの大きな歌声が聞こえてくるではないか。

 むろみさんや淡路さん、ひいちゃん、隅田さん、人魚の皆の名前を呼びながら、俺はここだと何度も呼ぶ歌声が潮風に乗って聞こえてくる。

「変な歌やなぁ」

「でも、ええ歌たい! アタシは気に入った!」

 そして、笑うむろみさんは貝の小物入れから猫耳型の気象抑制装置を取り出すと装着し、次いで淡路さんとひいちゃん、隅田さんに投げ渡す。

「そんじゃ、アタシ達もお返しに歌うとよ!!」

「マジでか!?」

「おねいたん、何歌うん?」

「そりゃもちろんエレン君ぴったりのあの力強い歌たい!」

「もしかしてあの歌!?」

「ちょ、ちょっと待ちぃや!! まだ心の準備が!!」

 慌てる三人を差し置いて、笑顔のむろみさんは拳を振り上げて思いきり息を吸う。



「皆、行くとー!! いっせーのー!!」














 
 
 あとがき。

 ここまでお読みくださった皆様、今まで本当にありがとうございました。
 これにてこのお話は完結です。
 飽き性の自分がこのお話を完結させられた理由。それもこれもクロスさせた三つの原作が凄く面白い事に加えて、毎回皆さまがこの作品に感想を下さったおかげでございます。
 色々と突っ込みどころや力不足で入れられなかった話も沢山あるのですが、書きたい部分は概ね書けたと思います。
 今後の予定ですが、一応あと一話だけ蛇足的エピローグがありますが、本編はおしまいです。

 重ねて申し上げますが、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!!





[37993] 蛇の足とむろみさん
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/10/13 22:50
 エピローグ



 ウォールマリア内のとある小道。ハンジとリヴァイはそれぞれの馬に乗ってのんびりと歩いていた。

 二人の腰には一対の立体機動装置がぶら下がっているが、周囲に危険性が無い事は彼らの表情が物語っている。

「暇だねぇ……」

「シャッキリしやがれ。そんなんで何かが起きてすぐ対応出来るのか?」

「うーん。そりゃそうだけど、その起きる可能性のある何かが想像もつかないからねぇ」

 ハンジがそうぼやいた途端、胸元のポケットからロック調の音楽が流れ出す。ハンジが慌てて通信機の端末を取り出し、指で画面を操作をするとヴンと虫の羽音のような音を立てて板状の画面の上に立体映像が映し出される。

『そちらの状態はどうだ?』

『団長。現在の所異常はありません」

『解った。では引き続き見回りを頼む』

 持っていた板状の端末からエルヴィンのミニホログラムが消え去ると、端末を再びしまったハンジはふぅっと息をついた。

「いやー。いつまで経っても慣れないね。コイツを使うのは」

「そうか? 俺には十分慣れているように見えるが」

「いや。そりゃ通信機嫌いのリヴァイから見ればそうかもしれないけどさー。っていうか、リヴァイも少しは使い方覚えたら? 持てばそれなりに便利だよ」

「チマチマチマチマしてんのが面倒くせぇんだよ。近くの誰かが持ってりゃそれで十分だ」

 詰まらなさそうに言うリヴァイに、ハンジはにやにや笑いながら指を指す。

「そんな事言って。リヴァイの場合、単に操作が覚えられないだけでしょ」

「削ぐぞ」



 ☆   ☆   ☆


 人類が、あの人魚の住む海の世界から戻って早三年が経とうとしていた。

 巨人面魚に破壊されたウォールローゼやトロスト区はすっかり復興し、かつてのような魚市場こそ無いがそれなりに活気のある町へと成長している。

 ウォールマリアの奪還も早いうちに成功し、人類の壁外への進出も少しずつではあるが進んでいて、こちらの世界の海も近いうちに発見されるであろう。壁内の塩も備蓄がまだ残っており、このまま順調に海の発見にまでこぎ着ければ極端な値上がりはどうにか避けられそうだ。

 妖精社の食糧は相変わらず出回っているが、マリアの土地の奪還と共に人類側での食糧供給も徐々に増えてきて、現在は味の良い人類産の食糧に人気が傾きつつある状況だ。なるべくなら出所が解らない謎の食糧より、人類が作った食べ物の方が良いという気持ちの表れらしい。

 人類は今、着実に壁外への一歩を踏み出していた。

「まぁ、それにしてもこんなにのんびりした気持ちでウォールマリアを歩ける日が来るとは思わなかったね」

 ふあぁ、と欠伸をするハンジを見て、リヴァイは舌打ちする。

「おいクソメガネ。一応仕事中だぞ」

 へいへーいと言うハンジだが、やる気は殆どゼロである。

「でも、仕事って言ったってねぇ……」

 ウォールマリアの奪還。

 人類は確かにウォールマリアの領土を奪還した。それは良いのだが、そのウォールマリアの奪還は当初の予定とはかなり違う奪還方法であり、正直言って今も世界に何が起こったのかよく解っていない人類は未だに多いのだ。

 そもそも、巨人に対抗する人類の当初の目論みは共に壁内へついてきたワイズマンに武器を提供してもらい、マリア内を闊歩する巨人を順次駆逐していくという予定であった。のだが、ワイズマンが武器を作る前にちょっとばかり予想外の事が起きたのだ。

「にんげんさーん」

「あ、妖精さん。こんにちは」

 花の上にちょこんと座った妖精さんがハンジに向かって手を振った。馬を止めたハンジは地面へ降りると、その小さな妖精さんの目線に合わせて屈みこむ。

「にんげんさん、ごきげんいかがですか?」

「いやぁボチボチだね。妖精さん、良かったらキャラメルでも食べるかい?」

 ハンジが腰の立体機動と一緒にぶら下げた巾着袋から常備しているミルクキャラメルを差し出すと、両手で受け取った妖精さんは嬉しそうにキャーと笑う。

「ありがとです」

「どういたしまして。巨人に食べられないように気を付けてね」

「はーい」

 笑顔で手を振って妖精さんと別れるハンジ。それを眺めていたリヴァイは馬に跨ったまま憮然とした態度を崩さなかった。

「何が食べられないでねだと。本当は食われてくれた方が人類にとっては都合が良いだろうが」

「まぁそう言わずに。これも社交辞令という奴だよ。それに私たちと違って妖精さんは巨人に食われたところで死なないじゃん。言葉の重みが全然違うよ」

「……まぁな。本当にデタラメ過ぎて気色悪ぃ」

 この世界で起きた予想外の出来事――それは、巨人は人類よりも新人類たる妖精さんを好んで食すという事だった。最初にそれを発見したのは、確か調査兵団の誰かだったはず。

 共に居る人間の生存確率をほぼ絶対生存まで跳ねあげさせる脅威のデタラメ。妖精さん。

 彼らの力を確かめるべく、妖精さんと仲良くなった数人の有志が彼らを連れて壁外調査を行ったのだ。

 壁から出た途端、巨人はすぐにやって来た。人数の少なかった調査兵は足の速い巨人どもに食われそうになったのだが、遭遇した巨人は人間よりもまず先に、びっくりして丸まった妖精さんを拾って食ったのだ。

 巨人としても旧人類より新人類の方が美味しそうに見えたのかどうかは定かでは無いが、とにかく妖精を食べた巨人には劇的な変化が起こったのだった。

 それは――。

 しばらく小道を歩いていたハンジとリヴァイの目の前に、リュックサックを背負った七メートル級の巨人がのっそりと現れた。

 ずんぐりとした体に笑顔を張り付けたようなその巨人は二人の前に立つと、襲い掛かることも無く一枚の地図を差し出した。そして、地図の目的地を指で示し、首を傾げるジェスチャーをする。

 どうやら、道に迷っているらしい。

「あー、漫画祭りの会場ですね? この道をまっすぐ行った所で合ってますよ」

 地図を見たハンジが道の先を指差すと、青いリュックサックを背負った七メートル級の巨人は丁寧にお辞儀をしてそのまま通り過ぎて行った。

 ハンジが巨人の相手をしている間、リヴァイは遠い目をしてぼんやりと呟いた。

「……まさか、一度妖精を食った巨人は人を襲わなくなるとは思わなかったな……」

 しかも人を襲わなくなった巨人は随分と理性的で、尚且つそこらの人間より遥かに丁寧だったりするからリヴァイにとってはタチが悪い。

 ちなみに食われた妖精さんは後日ひょっこりと姿を現したりするので心配はご無用だ。

 妖精類は人類の壁外進出と共にその数を増やし、現在では巨人の数のおよそ七倍から八倍に増えているのではないかと言われている。

 妖精さんが増えるに従いそれを食べて人を襲う巨人が減り、そしてウォールマリア内に居る巨人の殆どは現在、温厚な巨人ばかりとなっていた。

 向こうから襲い掛かってこないならば、わざわざこちらから圧倒的に強い巨人に喧嘩を売る必要も無い。

 巨人に植え付けられた人類のトラウマは計り知れず、人類の中には未だに巨人を殲滅すべきと主張する者も多いのだが、色々と議論を交わした末、結局人類は温厚化した巨人と共存する道を選んだのだった。

 しかし、三つの種族が入り混じる世界には常にトラブルが山積みで、それを解決する為に白羽の矢が立てられたのが調査兵団。

 巨人同士の喧嘩を仲裁出来る程の実力を持つリヴァイ兵士長に、妖精さんと仲の良いクリスタ・レンズが調査兵団に加わったのが大きな要因だ。

 色々と紆余曲折はあったのだが、現在の調査兵団は妖精類、巨人類、そして人類の間を取り持つ『調停兵団』と名を変えてウォールマリアや壁外の小村等、あちこちで活躍しているのだった。

 赤や黄色や白の花の咲き乱れる小道を馬でのんびりと歩きながら、このリヴァイは怖いくらい唐突に平和になった壁内を見回した。

 今日も雲一つない良い天気だ。

 必要の殆ど無くなった立体機動を片手で撫で、リヴァイは隣に歩くハンジにこの三年間、ずっと聞けなかった疑問を口に出してみた。

「なぁハンジ。俺達はこれで良かったと思うか?」

 ハンジが振り向いた。

「どうしたんだい? 突然」

「ここに来るまで、沢山の仲間が死んでいった。俺達はそいつらの意思を継ぎ、巨人どもを殲滅することを誓って生きてきた。なのに、巨人の謎も世界の秘密も解き明かせぬまま唐突に平穏が訪れただろう。時々俺は思うんだよ。俺達はこれで本当に良かったのか? とな。今のこの状態は、死んだあいつらに胸を張れる状況なのか?」

 久しぶりのリヴァイの長いセリフを聞いたハンジは、一瞬目を見開き、そしてすぐに笑顔を浮かべた。

「なんだ。リヴァイは幸福恐怖症なのかい?」

「は?」

「良いんだよこれで。世界の謎なんてゆっくり解いていけば良いんだ。あとさー、死んだ奴らが世界で一番望んだのは何だと思う?」

 きょとんとしたリヴァイに、ハンジは大きな声で高らかに笑う。

「確かに巨人の殲滅は出来なかったよ。でも、こーんなに人類がのんびり生きられる世界が来たのなら、誰も文句は言わねーさ!!」

「そうか?」

「そうだよ」

 あまりにも当たり前のように言われ、リヴァイは暫し考えてからやがて静かに笑った。

「そうか……そうだな」

 見慣れた人で無いと解らないようなその笑みだが、ハンジにはすぐ解る。あのいつも険しい顔をしていた兵士長がこんな風に穏やかに笑う時が来るとは思わなかった。

「ところでリヴァイ、今度映画でも見に行かないかい?」

 唐突にハンジが提案すると、リヴァイはぽかんと口を開いた。

「あ?」

「映画だよ。ローゼのシアターに新作が来てるんだ。どう? 休日にでも」

 ハンジの誘いにリヴァイはすぐに尋ねる。

「主演は誰だ?」

「もちろん、アルミン・アルレルト!」

 途端、聞いたリヴァイの口の端が釣り上がる。

「悪くない」



 ☆   ☆   ☆



 元調査兵団兵舎の裏で、エレン・イェーガーは本日集まる仲間たちを待っていた。

 元の世界に帰ってきてから三年。壁内外が平和になりつつある今でも、104期生は連絡を取り合っている。兵士を続けている者も、兵士を辞めてしまった者も居るが、それでも友達は友達なのだ。

「皆、おっせーなぁ……」

「でもエレン、集合時間にはもう少しあるからさ」

 苛立つエレンに、アルミンは腕時計を確認する。

「今、クリスタからメールが来た。もうすぐ着くって」

 壁に寄り掛かったミカサが通信端末の画面を指でスライドさせてメールを確認していた。クリスタからメールが来たという事は、ユミルも一緒に来るという事だろう。

「そういえばエレン。お父さんは元気?」

 暇を持て余したアルミンに聞かれ、紙パックのお茶をストローで吸っていたエレンは顔を上げた。

「おう。まだ記憶は戻ってねぇけど、元気だよ。なぁミカサ?」

「うん。この前も皆で映画を見に行ったの。おじさん、笑ってた」

「そうか……早く記憶が戻ると良いね」

 ずっと行方不明だったエレンの父、グリシャ・イェーガーは壁が元の世界に戻った直後に帰って来た。

 上空がやたらと光り輝く夜の事。エレンが慌てて外へ見に行くと空に沢山の円盤が浮かんでいて、その真下にグリシャは呆然とした表情で佇んでいたのだ。

 もちろん、エレンは今まで何をしたのか問い質したのだが、グリシャは何も覚えていなかった。エレンの母が巨人に食われた事までは覚えていたのだが、その後どこで何をしていたのか、今まで何の研究をしていたか、そしてあの日エレンに注射した事等は全く覚えていないらしい。

「まぁ、良いけどな。別に思い出さなくても」

 飲み終えた紙パックを潰しながらエレンはぼやくように言う。

 確かに、父親が一体何者なのか、今まで何をしていたのかは気になるが、本当に覚えていないのならばしょうがない。父親が嘘をついている可能性もあるにはあるが、その可能性が限りなく低いことは何となく解る。

 何故かと言うと、この間エレン達はシガンシナの生家に戻ってみたのだ。父親から渡された鍵が何だったのか、地下に何が隠されているのか、これで解ると思った。ところが、家に戻ってみると地下室は跡形も無く消えていた。何者かに潰されたのではなく、最初から何も無かったかのように消えていたのだ。

 帰って来た父と共にシガンシナの生家の前に立ち尽くしていた時、エレンはふと妖精から貰ったスイッチに事を思い出した。

 巨人面魚の腹の中で出会った妖精さん。彼らから貰った赤いスイッチ。『よく考えて』の忠告も半分聞き流してエレンはスイッチを押してしまった。おそらく、あれが全てのターニングポイントだったのだろう。

「回収できるところだけ回収され、出来ない所は無かったことに……って所なのか?」

 無かった事にされた父の記憶が戻ることは二度と無く、今まで疑問に思い続けてきた世界の秘密も二度と知ることは出来ないのかもしれない。しかし、その代償が壁外への進出と人類の平穏ならばそれはそれで良いのかもしれなかった。



 ☆   ☆   ☆



「やっほー!! 三人とも待ちましたー!?」

「おーい。来てやったぞー」

「サシャ、コニー!! 久しぶり!!」

 まず先にやってきたのはサシャとコニーだった。

「いやぁ、注文品をお店に届けていたら時間が掛かってしまいましたよ!! もしかして私たちが最後ですか?」

「ううん。皆まだ来てないよ」

「マジかよ。そんならもっとゆっくり来りゃ良かったな」

「コニー。お前それでいっつも遅れるだろ? この前リヴァイ兵長に怒られた事思い出せよ!」

「ンだよ。どうせ妖精絡みなんだから焦んなくても問題ねぇだろうが」

 悪びれも無く笑うコニーは、現在調停兵団にて妖精さんの起こしたトラブルを担当しているのだった。バカ呼ばわりされることが多いコニーだが、それでもその明るい性格は妖精さんと仲良くなるのに適しているのだ。

 コニー達が喋っている間、サシャは肩から下げた大きなアルミ製の鞄をよっこいしょと地面に置く。と、ミカサがその箱を見て尋ねた。

「サシャ、何を持ってきたの?」

「これ? これですか?」

 サシャはよくぞ聞いてくれました! とばかりににんまり笑うと、皆の前でじゃーんと言いながら箱を開く。途端に溢れ出すひんやりとしたドライアイスの白い煙。

「アイスクリームです!! 皆と一緒に食べようと思ってお店のを持ってきました!!」

「バターポテト味だ!! 俺このフレーバー好きなんだよな」

「こら! ダメですよエレン。あっちに行って、皆が揃ってから食べるんです」

 振り返ったエレンが手を伸ばすと、すかさずサシャが蓋を閉める。エレンはちぇーと口を尖らせたが、そんなものは無視だ。

「サシャ、溶けちゃわないの?」

「そのためのクーラーボックスですから!」

 胸を張るサシャは、こちらの世界に戻ってきてからしばらくの間は兵士を務め、ついこの前辞任した。そして、ウォールローゼの片隅で壁内初のアイスクリームショップを開いたのだった。

「でも何でアイスだったの? 兵士を辞めなくても、クリスタみたいにお菓子作りの講師をやれば良かったのに」

 アルミンの意見にサシャは考え込むようにむー……と唸り、そしてにぃっと笑った。

「おいしい物を食べると、皆笑顔になるじゃないですか。今時の壁内には料理屋は沢山ありますが、アイス屋さんはありませんでした。そして私もクリスタも妖精さんもアイスが好きでした。だからアイスを極めたくなりました。理由はそれだけです!」



 ☆   ☆   ☆



 次に来たのはクリスタとユミル、そして山奥組ことライナー、ベルトルト、そしてアニだ。

「おお!! お前ら来てくれたのか!! 久しぶりだな。故郷の方はもう良いのか?」

 ライナーとベルトルト、アニの三人は壁が元の場所に戻ってきてからしばらく故郷の村に戻っていた。何か色々面倒な事情があったようなのだが、つい先日ローゼへ戻ってきたとメールを貰ったのだ。

「まだごたごたしてるんでしょ? 来てくれたのは嬉しいけど……もしかして無理させちゃった?」

 エレンとアルミンが心配そうに話しかけると、ライナーは難しい顔で腕を組み、ベルトルトは困った顔で頬を掻いた。

「うん、何か色々あったんだけどさ……」

「まぁ、何だ。確かにまだ色々あるっちゃあるんだが、大体の問題は知らないうちに解決していたんだ」

 何だそりゃ。と思ったエレン達だったが、苛立ったようなアニの言葉で全てに納得がいった。

「妖精達のせいだよ。絶望的にこんがらがった状況だったのが、妙にご都合主義的な事が連鎖的に起こっていつの間にか問題が無かったことになってたんだよ。まったくなんてこったい……おかげで今までしてきた私たちの苦労も苦悩も全部揃って水の泡さ」

「ホントだよ……こんなデタラメが起こるなら、もっと早く起こってくれれば良かったのに……」

 両手を上げて首を振るアニに、苦しそうな表情を浮かべたベルトルト。何だか泣き出しそうなその背中を、エレンが音を立ててバシッと叩いた。

「何か知らないけど、大変だったんだな。まぁ、元気出せよ! 過ぎたことはもう仕方がねぇんだからさ!!」

 爽やかな笑顔を浮かべたエレンの横ではアルミンも頷いている。

「そうだよ。過ぎたことはもう覆せないでしょ。なら、どうあがいても前を向いて行くしかないんだよ」

「でも……」

「でももだってもねぇんだよ!! 俺だって母さんの仇の巨人を駆逐してやるって思ってたのが、まさかの共存だぜ!? ありえねぇだろ!? ……でも、調停兵団に入ったからにはそんな事は言ってられないんだよなぁ……」

「しかも妖精化した巨人ってそこらの人間より親切なんだもんね……本当に今までが今までだった分、余計にタチが悪いよ……」

 がっくりと肩を落としながらも彼らを慰めるように言う二人に、俯いていたベルトルトがようやく顔を上げた。

「二人とも、巨人の事を受け入れられるのかい?」

「まさか。あいつらなんか大嫌いだぜ。今までどれだけの人間が食われたと思ってるんだ」

「今でも憎いには憎いよ。けど、向こうからこちらに襲い掛かってこない以上、こちらから戦闘を仕掛けるのも得策じゃないでしょ」

 巨人は憎い、けれど時代が変わったのならそれを飲み込む努力も必要なのかもしれないと言う二人に、ライナーは腕組みをしたまま何かを考えていた。

「なぁ、エレン」

「何だライナー?」

「いつか……いつかさ、俺達の故郷の問題を言える日が来たら、その時は話を聞いてくれないか?」

「何だそりゃ。今言えば良いだろ?」

「今は言えん。だが、いつか必ず言う。お前には絶対に言わなきゃならんと思うからな。その時は何発だって構わんから俺を殴れ。その代り、俺だけを殴れよ」

「? おう、解った」

 ライナーの意味不明の言葉にエレンが戸惑っていた時、隅っこの方でミカサやユミル、サシャ、コニーときゃっきゃしていたクリスタが皆を呼ぶ声が聞こえた。

「ねぇねぇ皆見て!! ハンナとフランツの二人目の赤ちゃんの写真が送られてきたんだよ!!」

「手紙もあるぜ。今は三人目がお腹に居ますだってよ」

「あの二人、何人作る気なんだろうなぁ。まったくいつまでたってもバカ夫婦のままだよな」

「うん。でも、とても幸せそう」

「ウチのアイスに使う蜂蜜もフランツの所のなんですよ。今度行ったら何かお祝いあげないといけませんね!」

「あ、俺達にも見せてくれよ!」

 楽しそうにはしゃいでいる皆の声にエレン達は振り返ると写真を見に走ったのだった。




 ☆    ☆    ☆



「おーい。皆揃ってるかー?」

「ごめんごめん! シーナの電車が遅れちゃって!!」

 最後に駆け付けたのは、ジャンとマルコだ。マルコは走っているが、ジャンは余裕そうにのんびりと歩いての登場。その態度に、エレンがさっそく噛みついた。

「おっせぇぞジャン、テメー!!」

「ああぁ!? 折角来たってのに何だよその言い草は!? マルコだって遅れただろうがよ!?」

「マルコは良いんだよ! 普段は時間守るから!! だがジャン、テメェはダメだ!」
「何でだよ!? 俺だって時間は守る方だろ!?」

 さっそく昔と変わらぬ喧嘩を始めるジャンとエレンに、周囲はまた始まったかーと横目で見守っている。しかし、誰一人として仲裁に入ろうとしない。なぜならこういう時、誰が二人の喧嘩を止めるのかよく知っているからだ。

「エレン、喧嘩いくない」

 ひょい、とミカサがエレンを抱え、それを見て「やーい女に抱えられてんの」と馬鹿にしたジャンを蹴り転がした。

「どうやら、僕らが最後だったみたいだね」

 喧嘩が終息し、マルコが皆を見回すとそこには三年前と変わらぬメンバーが揃っている。

「そういや、ミーナとかはどうしたんだ?」

「ミーナは締切の修羅場を終えて死んでる最中。トーマスは実家の手伝い。ダズは誘ったけど恐いから来ないってさ。他の人も誘ってみたけど、今日来れる人数はこれで全員だね」

 ジャンの問いかけにアルミンが答える。と、エレンが全員に向かって「よーっし! 人数は全員揃ったな!!」と気合いを入れた。

「皆、水着は持ってきたかー!?」

「「「イエーイ!!」」」

 エレンの掛け声と共に、それぞれが持ってきていた水着を抱え上げる。ビキニもあればワンピースタイプもあり海パンオンリーも居れば海パーカーまで様々だ。

 全員が水着を持ってきたことを確認したエレンは、この調査兵団の兵舎裏に設置されているあのゴミ箱の蓋を勢いよく開けた。

 ゴミ箱はあの時と同じく不思議な光が満たされており、再び活躍するのを待ち構えていた。



「それじゃあ、着替えて海水浴へ出発だー!!」



 ☆   ☆   ☆



 とある海原にて、人魚達は波間にぷかぷかと浮いてその時を待ちわびていた。

 今日も今日とて良い天気。絶好の海水浴日和だ。

「エレン君たちまだ来んのー?」

「時間的にもうちょいって所じゃないかな?」

 仰向けで波間に浮かぶむろみさんに、隅田さんが携帯電話で時間を確認しながら教えてくれた。

「それにしても、あっちとこっちが妙な所で繋がるとは……こんな適当でええんかいな。リヴァイアさん」

 淡路さんにジト目で見られながらもリヴァイアさんは缶ビール片手に笑って「ええっちゃないのー?」とアバウトだ。

「まさかウチもこがん特異点が出来ると思わなかったっちゃけど、まぁ小さいから多分大丈夫だっちゃ」

「ほんまにアバウトやなぁ……」

 元の世界へ帰ってしまった壁の国。だが、流石妖精さんの起こしたデタラメと言うべきか、面白いことが起こってしまったのだ。

 壁の国にある調査兵団兵舎裏にあるゴミ箱。

 死者が次々と復活したあのゴミ箱が特異点と化し、何故かこの世界と向こうの世界を繋ぐワープ装置になってしまったのだ。

 それを発見したのはワイズマン。

 無論、混乱を避けるために一般人には知られていない。だがそのワープ装置の発見以来、度々その小さな特異点を通ってお客様が遊びに来るようになっていた。

「んでも、エレン君達は本当に久しぶりとねー。前はペトちゃんたちやったっけ?」

「そうそう! イルカさんたちと遊んでくれたっちゃもんね!」

 ひいちゃんが楽しげに言うと、傍を泳いでいたイルカたちがキュー! と元気よく鳴いた。彼らは、元調査兵団に雇われていたイルカたちだ。

「ところで、隅田さんはエルドとどうなん?」

「んふふ~。気になる?」

 イルカたちを華麗に無視したむろみさんが聞くと、にやぁっと笑った隅田さんはおもむろにケータイの画像をむろみさんへ向けた。

 そこには、無事卵割の始まった卵が一粒だけ入った小さな水槽と、その前で両手でブイサインをするエルドの姿が映っていた。

「受精大成功!」

「うっそぉぉぉ!!?」

「一粒だけだけどねー! 苦節三年!! 長かったわー!」

 目が飛び出るほどびっくりしているむろみさんと、ほろりと涙を流す隅田さん。卵からは何が生まれるのかは生まれてみないと解らないが、とにかくエルドとは上手くいっているらしい。

 ええなーええなー! と羨ましがるむろみさんだが、その時、淡路さんがむろみさんの肩を叩いて空の上を指差した。

「おいむろみ。あれなんやと思う?」

「何?」

 全員が上を向くと、天空遥か高みから落ちてくる何かが見えた。




 ☆   ☆   ☆

 

「エレェェェェェェン!!! テメェ解ってたのか!?」

「知らねぇに決まってんだろぉぉぉぉ!!」

「ジャン! エレンは悪くない!」

「バッカやろう!! 騒いでる暇があったらこの状況なんとかすること考えろ!!」

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 ゴミ箱の特異点を通ってみれば、そこは天空遥か高い地上五百メートル地点だった。

 白い雲を突き抜けて、エレン達は現在ノーパラシュートスカイダイビングの真っ最中である。

 真下は一面に広がる大海原。

 落ちていく水着姿の104期生は赤いビキニを着たミカサ以外が全員涙目になって絶叫を上げている。

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!! 死ぬうぅぅぅぅぅ!!」

「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「アイスぅぅぅぅぅ!!」

「サシャ!! アイスなんか構ってる場合じゃねぇだろうが!!」

「クリスタ!! 私に捕まれえぇぇぇ!!」

「ゆみるぅぅぅぅぅ!!」

 ひゅごぉぉぉ!! と空を切る音に徐々に目の前へ迫り来る海。立体機動装置は着けておらず、持っていたとしても周りには引っ掻ける場所も何もない。

 天を仰いで見れば、落ちてくるエレン達の姿を見つけてむろみさん達は本気で驚いた。

「あれ、エレン君たちっちゃないの!?」

「おお、マジだ!? 今回はあんなところから来やがったぜ!」

「おねいたん! このままじゃ海にぶつかっちゃうとよー!」

「よっしゃ、ウチに任せるっちゃ!」

 真下で慌てる人魚達に、見ていたリヴァイアさんが海竜へ姿を変化させた。伸び上がりその巨体の頭でもってエレン達を受け止めようとしたのだが、あと少しという所でうっかり取りこぼしてしまった。

「あら?」

「「「ノォォォォォォ!!!」」」

 104期生の目の前に迫り来る海の世界。

 しかし、上空から人魚の姿を見つけたエレンは落下しながら両腕を広げ、大声でむろみさん達に呼びかけた。





「ただいまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」






 人類は今、壁の外。










  人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。 完結










 あとがき


 こんな蛇足部分までお読みいただき有難うございました!

 ラストは物凄くご都合主義なので、もしかしたらお気に召さない方も居るかもしれませんが、これでようやく進撃世界の全員を幸せに出来たかなーと思います。
 思えば、最初はただ単にエレン達に海を見せてあげたいという動機から書き始めたのですが、どうしてこうなった。


 ご意見、ご感想、ご質問等ありましたら是非お聞かせください。
 今後の創作活動の糧とさせて頂きたく存じます。





[37993] 簡易設定集
Name: ダブルパン◆e946606e ID:62d7527f
Date: 2013/10/13 22:59

 三年後の世界やら何やらの簡易設定集です。
 もし設定が知りたいという奇特な方がおりましたら暇つぶしにどうぞー。


 壁の国

 一人のワイズマン・コピーと複数の妖精が壁と共にやって来たことにより、物凄い勢いで文明が進みつつある。
 こちらに来たワイズマン・コピーは手始めにウォールシーナにある工場都市の工房と己を融合させ、マザーコンピュータへと進化した。
 その後、己のコピーを大量に量産し、ありとあらゆる場所に手が届くようにコピーをばら撒き教育から物作り、学校の設立から機械工学の基礎知識などを壁内人に教授している。
 ただ、妖精さんが電磁波や人混み等が苦手な為、活動はもっぱらウォールシーナばかりとなった。
 食糧問題は妖精社の食糧ばら撒きが続き、食糧不足に陥ることは無かった。が、土地が人類へ戻った今、味の悪い妖精社産は人気が低迷し、徐々に人類産の食糧への移行が開始されている。
 人類と妖精、そして巨人との共存となっているのはウォールマリアから。
 壁の上の砲台は撤去され、現在は水竜の頭を模した荷電粒子砲が設置されて言える。


 ウォールシーナ

 ワイズマンの画策により壁内においてウォールシーナだけがやたらと近未来化し、未来都市シーナと呼ばれるようになる。様々な管理業務がパーソナルコンピュータで行われるようになり、コンピューターの扱いに年輩の憲兵団員がついて行けずに辞職するケースが後を絶たない。
 ワイズマンの趣味、およびアイデアの促進やらご機嫌取りの為に漫画やアニメ、ゲーム等の娯楽の発展が凄まじい。貴族街にメイドカフェが立ち並び、漫画文化やコスプレ文化が花開く等、半ばどこかの国の電気街のような萌えの街と化している。


 ウォールローゼ

 電磁波や人混みが苦手な妖精さんの為にあえて発展を遅らせている為、クスノキの里とどこか似ている牧歌的な町や村が多い。しかし、住人の多くにワイズマン特製の電波を発しない超科学携帯電話や電車が普及している。
 時々妖精さんが物凄いトラブル(住人がドット絵にされる、森が一瞬にしてサバンナになっている等)を起こして、その度に調停兵団が駆り出され対応に追われている。


 ウォールマリア

 巨人が妖精を食う事により、理性化した巨人と妖精、人間が入り乱れる新世界。
 巨人に対するトラウマが抜け切れない人類だが、土地を欲して移民した。何故か物凄く親切かつ紳士的になった巨人に超戸惑いながらも調停兵団を介して今日も人々は生活している。


 宗教

 ウォール教は壁が不要となった後に徐々に分化し、現在は妖精教が主流だがリヴァイアさんを神格化した水竜信仰、三本脚のカラスを崇拝する神の鳥信仰等が誕生した。



 憲兵団

 元は腐っていた憲兵団だが、近未来化されつつある壁内でパソコン作業が必須となり、ついて行けない物が次々と辞職している。立体機動の技能よりもサイバー技術が欲しい今日この頃。
 いっそワイズマンにサイボーグ化してもらおうという意見も出たりでなかったり。
 色んな意味での業務の過酷さからワイズマンに萌えの提供をする作画兵団へ移る者も多い。
 壁内戦隊ケンペイダンは年に四回のペースで活動中。最近特撮番組としてテレビ放映が開始された。


 駐屯兵団

 海から帰還した直後ウォールローゼ外側にこびりついたフジツボなどの着生生物の除去に奮闘していたが、最近ようやくひと段落した。
 まだまだ人類の残る壁を守る業務の他に、ワイズマンに萌えを提供する作画兵団が駐屯兵団内に設立され、そこでアニメや漫画等の制作が行われている。が、調査兵団と同等に過酷な業務の為に締め切りや納期直後の作画兵団の本部の床はいつも死屍累々となっている。
 最近はミーナ・カロライナが巨人や人類に人気の漫画家として名を馳せている。
 駐屯兵団広報隊としての活動は最近あまりしていないが、酒場やお祭りなどでオファーがあれば時々赴いて歌ったりする。

 
 調査兵団

 旧調査兵団。現在は調停兵団と名を変えて人類と妖精類、巨人類の間を取り持つ架け橋のような存在となっている。
 筆頭はエルヴィン団長。元は巨人殺しのプロとして名を馳せていた集団だが、妖精を食って温和な気質となった巨人やデタラメな事件を引き起こす妖精さんを相手に日々てんやわんやしながらも平和な毎日を送っている。お菓子作りのスキルは必須だが、どうしても作れない者は購入でも可。
 昔は人材不足が主な悩みだったが、現在は連日に渡る妖精さんのおもてなしで兵士が徐々にメタボ化しつつあるのが悩みの種。
 糖尿、痛風、肝硬変等を未然に防ぐため健康診断は毎年必須。
 アイドル業務は現在、民間の芸能プロダクションに委託している。



 人物


 ワイズマン

 皆の憎いあんちくしょう。
 工場都市の工房を大改造し、そこに己を融合させることにより巨大なマザーコンピューターとなった。
 数々のコピーワイズマンを生み出し、政治経済教育娯楽等ありとあらゆる場面に赴いて知識を人々に授けるも、その知識は妙に偏っている場合が多い。
 己の創作意欲の糧とすべく、壁内の人たちにサブカルチャーを流行させた。思い通りに娯楽文化が花開き、今後は巨人達にも漫画文化を流布しようと画策中。
 好き勝手なことを色々とやらかしてはいるが、王政府のアドバイザーとなり色々な情報を吟味できる立場にありながらも人類が再び神々に滅ぼされぬよう、その辺は静かに見守る体勢を整えている。


 妖精さん

 お菓子を求めてやってきた妖精さん。
 巨人に食べられたり世知辛い世の中だけど、調停兵団の皆にお菓子を貰って楽しくやっている。
 相変わらず好き勝手に生きていて、楽しい事があれば集まっては飽きたら離散する。
 どこに居ても、どこに行っても変わらない新人類。


 妖精化巨人

 別名フェアリータイタン。
 妖精を食って人を襲わなくなった巨人。寡黙で温厚。そして親切。しかし、殺されそうになったり人間に襲われたりすると前と変わらぬ強さで反撃する。
 その際は甘噛みしたり舐めしゃぶったり、激怒すると相手の服を破いて全裸に剥いた揚句高い木の上に置いたりと様々。人を食っていた時代の事はあんまり覚えていないらしい。
 最近漫画に興味を持ち始めた。
 ウォールマリアは現在、進撃! 巨人中学校状態。


 キース・シャーディス

 皆が愛する鬼教官にしてハーピーとイエティのお爺ちゃん。
 ヒマラヤは環境が過酷すぎるので、普段は山の麓の人里に棲んでいるが、週に二日ぐらいの割合でハーピーに連れられてイエティの所に泊まりに行く。
 性格が丸くなり、ワープ装置を通って時々遊びに来た104期生が泊まりに来る事があるが、大体『お前誰だ』みたいな目で見られる。



 104期生


 エレン・イェーガー

 元えれえれ。
 アイドルを辞めて、現在は調停兵団の兵士。
 巨人は嫌いだが、仕事中に色々親切にされまくって物凄く戸惑っている。
 念願だった壁外へ徐々に出て行く事が出来るようになり、今はとても楽しそうである。
 時々駆逐モードの目になり、十五メートル級によく甘噛みされる。
 お菓子作りのスキルはかき氷が作れる程度。
 俳優はやらないが、オファーがあればモデルは時々やる。


 ミカサ・アッカーマン

 元みかりん。
 相変わらずのエレンラブ。調停兵団としてエレンにくっついて仕事している。
 現在は昔より壁内に余裕が出来たため、楽しい日々が続いてあまり世界の残酷さを感じなくなってきた。相変わらず超人だが、最近は笑うようになってきた。アニとクリスタはメル友。
 アルミンの出る映画は全部見ている。
 エレンを甘噛みした巨人を蹴り倒し、いつの間にか妖精化巨人の間で番長になっていた。
 お菓子作りのスキルはクッキー程度なら何とか。
 エレンと同じく俳優はやらないが、モデルは偶にやる。


 アルミン・アルレルト

 我らがうさミン。
 アイドルは辞めたが調停兵団には入らず、傘下のアイドルプロダクションにて現在は映画俳優として活動中。
 少し背が高くなったのと、イケメン度が増したので女の子に人気が高い。
 壁が海になる前の出来事書いて本を出したりと作家業の真似事もしている。


 ライナー・ブラウン

 相変わらずの兄貴。
 巨人化が出来なくなり、一端故郷に戻ってみたが全てが解決していた。
 いつか本当の事がエレンに言える日が来たら、その時は殺されても文句は言えないと思っている。
 それでも皆が好きだから、例え殺されてしまってもそれで良い。
 お菓子作りのスキルは粉ゼラチンのゼリーが作れる程度。
 調停兵団所属。


 ベルトルト・フーバー

 安定のヘタレ。
 自分のやらかしたことと故郷の問題が解決したことと壁内が唐突に平和になったことの三重の板挟みに苦しむ毎日。
 罪悪感で会うのが辛いのに、それでもエレン達との関係を断ち切ることが出来ず大好きな皆に誘われたらノコノコと遊びに行っちゃう優柔不断なヘタレ。
 色んな罪悪感を満載したままこれからも惰性で生きていくという、一番辛い選択をなし崩し的にしてしまった。
 お菓子作りのスキルはカップケーキが作れる程度。
 調停兵団所属。


 アニ・レオンハート

 鷲鼻がコンプレックス。
 今までずっと色々な覚悟をしていたのにいきなり問題が解決して内心ビビっている。
 壁内と故郷の問題を、それはそれ、これはこれとして割り切ってこれからも生きて行こうと決心した。
 現在は憲兵団にてオペレーターの仕事をこなしている。
 偶にミーナの漫画原稿のアシスタントに駆り出されては締め切り前の修羅場を味わっている。
 その度に余裕を持って締切守れと言いたい。


 クリスタ・レンズ

 皆に大人気なお菓子の女神。
 妖精さんと大の仲良しで、現在は調停兵団や訓練兵団でお菓子作りの講師をしている。
 あの日、妖精たちのお茶会で貰ったお菓子のレシピは今でも宝物。
 最近のお菓子作りスキルはもはやパティシエ。
 実家との問題はまだ解決していないし死にたがりの性分も残っているが、妖精さん達の明日を考えず昨日も振り返らない性格に感化されて最近はだいぶ明るい。童話災害的トラブルに巻き込まれてもあまり動じなくなった。
 ユミルとは今も仲良しで、よく行動を共にしている。が、ユミルには動いている妖精が見えないらしい。ちょっと残念。


 ユミル

 巨人化出来なくなったが、あまり重要には考えていない。
 今も昔も変わらず、クリスタと一緒に行動している。ただ、動いている妖精さんがみえないのだけがちょっと残念。
 お菓子作りは苦手な方だが、妖精化巨人と渡り合える実力を持っている。
 調停兵団所属。


 サシャ・ブラウス

 あの日、妖精たちのお茶会で食べたバニラアイスの味が忘れられず調停兵団を退団後、アイスクリームショップを開く。
 人類にも妖精にも巨人にも大人気のアイス屋さんに成長。
 現在の人気フレーバーはバターポテト味。


 コニー・スプリンガー
 
 調停兵団にて妖精さんや妖精化巨人の起こすトラブルに日夜翻弄されながらも、持ち前の明るさと陽気さですぐに仲良しになれる。
 お菓子作りは下手だが、存在が面白いので妖精さんに大人気。
 コニーと一緒に妖精さんに会うと、おもてなし率が上がる。


 マルコ・ボット

 憲兵団のプログラマー。
 もちろん優等生。まるっと新しくなってしまった世界のシステムと急速に進化するシーナの情報化社会に対応しながら、機械音痴な先輩方にパソコンの使い方を教える毎日。
 残業の多い職場で時々死んでいるが、偶の休日にはジャンとはよく遊ぶ仲。


 ジャン・キルシュタイン

 調停兵団所属。妖精さんと妖精化巨人の起こすトラブルに日々頭を悩ませながらどうにかこうにか生きている。
 平和すぎるほど平和なので仕事は楽と言えば楽だが、時々とんでもない事体になって振り回されている。過去数回、妖精化巨人を怒らせて全裸で高所に放置プレイという鬼畜の如き仕打ちを受けた。その度にエレンに爆笑されて喧嘩する。

 

 調停兵団


 エルヴィン・スミス

 我らが調停兵団団長。
 何故か世界がめっちゃ平和になってしまい、なし崩し的に調査兵団が調停兵団になってしまった。けれど、活動内容は変わっても彼本人の人格は変わっていない。
 近いうちにミケやリヴァイと組んで『ナイスミドル』というバンドユニットを結成する予定。
 どうやってリヴァイを仲間に引き入れるか画策中。
 お菓子作りの総合スキルは低いが、生クリームの撹拌は調停兵団随一。


 リヴァイ

 巨人に脅かされて危険だった世界から突然平和になった世界に変わり「これでいいのだろうか?」と困惑しながらも、最近は穏やかな表情を作ることが多くなった。
 妖精さんは見えるけど苦手。偶に巨人より恐いと感じる事もある。ワイズマンをも凌ぐデタラメ具合に時々ついて行けない。
 巨人は今でも嫌いだが、リヴァイアさんが敵に回るよりはマシだったと思い調停兵の仕事をこなす。
 お菓子作りスキルは高く、ママの味がするマフィンが絶品。


 ハンジ・ゾエ

 突然平和になった世界だが、それはそれで良いことだと割り切って『今』という時間を大切にしている。
 世界の秘密や巨人の謎には興味を持ったままだが、それを壊してまで探究をする必要性は感じていない。が、いつか謎が解明される日が来ることを信じてひっそりと研究は続けている。
 妖精化巨人とは超仲良し。妖精さんより仲良し。たまに馬の代わりに乗せてもらっていたりする。
 お菓子作りスキルは皆無。毎回購入。


 ペトラ・ラル

 太った。
 しかし、兵長から『お前誰だ』と言われ執念でもう一度痩せた。
 妖精さんのおもてなしが美味しすぎて超恐い。
 お菓子作りのスキルはショートケーキが作れる程度。


 グンタ・シュルツ

 太った。
 しかし、立体機動をするのが辛くなり、同時期にペトラが痩せたのを見て鬼の決意で再び痩せた。
 妖精さんのおもてなし超美味いけど恐い。
 この前巨人に告白されてしまい断ったが為に甘噛みされた。異生物にはよくモテる。何故だ。
 お菓子作りのスキルはシュークリームが作れる程度。

 
 オルオ・ボザド

 いくら食べても体形が変わらないので皆に羨ましがられている。
 だが、今回の健康診断で尿酸値がヤバい事が判明。
 痛風になる前に早急な生活態度の改善が必要。
 妖精さんのおもてなしが好物ばかりで超恐い。
 お菓子作りのスキルは蒸しプリンが作れる程度。


 エルド・ジン

 むろみさん時空におけるとある漁村でのんびり魚を採って暮らしている。隅田さんとはまだ仲良し。
 人魚の卵が受精率低すぎで、この二年間は魚の養殖を勉強した。そのおかげかようやく一個だけ受精。タツノオトシゴのオスばりに過保護にしているが、何が生まれるかはまだ解らない。
 最近船舶免許を取った。


 人魚


 むろみさん

 今も変わらぬ姿で、のんびりまったりと日々を楽しんでいる。
 最近月から戻ってきた人間さんに絡んでは仲良くなる日々を繰り返している。
 長命の為、二千年後の大事件に関わってしまう。


 ひいちゃん

 今日も海をのんびりと泳いでイルカさんやクジラさんと遊んでいる。
 二千年後の大事件にむろみさんと共に関わってしまう。


 隅田さん

 今も変わらぬ姿でのんびり過ごしているが、エルドとまだラブラブ中なので人生楽しい。
 最近念願だった卵が受精したので大忙し……になると思いきや卵なので生活スタイルはあんまり変わらない。
 二千年後の大事件に関わってしまう。


 淡路さん。

 今日も今日とて瀬戸内三連星として暴れ回っている。
 きっと彼女たちは人類が滅亡するまで変わらない。
 二千年後の大事件にうっかり関わってしまう。


 リヴァイアさん

 世界最強の水竜。
 今日も楽しくビールを飲んでいる。
 二千年後の大事件にトドメを差す。



 その他



 巨人面魚

 進撃の巨人世界における、巨人の代理として現れた世界の要素。
 周囲が海なので魚だが、巨人の要素もくっついたので人面魚。手足が生えると陸上活動可能。
 肺呼吸と鰓呼吸の両方が出来るある意味両生類。
 クリスタとサシャの手によって『ダメな物ボックス』に封印されている。



 妖精さんの道具



 次元シャベル

 次元に穴を開けるシャベル。
 壁内が海に移動する原因。
 人類が滅んだ世界の時間を何度も何度も戻しすぎて神様に怒られたため、仕方なく別次元に移動することを選んだ妖精さんたちの道具。
 元来は次元と次元の間に小さな穴を開けるきりだが、ワイズマンの手によって暴走。壁内の世界を丸ごと時空移動させる暴挙となった。


 タイムバナナ(アーカイブ版)

 現実に存在する時間から切り離された場所に存在する場所。
 アーカイブ版なのでそれ以上の記録は許されず、読み取りだけが可能な場所。
 お菓子が食べ放題なので妖精さん達が沢山居るが、飽和しすぎてそれ以上に存在できない。
 クリスタにお菓子作りを覚えさせるために妖精さんが用意した。


 復活キノコ

 人間が復活する不思議なキノコ。別名1UPキノコ。
 セーブポイントである調査兵団裏にあるゴミ箱が復活地点。
 毒キノコっぽい外見だが、意外とおいしい。


 調査兵団裏のゴミ箱

 元は妖精さんの道具でも何でもない普通のゴミ箱だったが、復活キノコのセーブポイントになった瞬間デタラメが爆発した。
 死んだはずの人間が甦る謎のゴミ箱にして、現在は異世界と異世界を繋ぐワープ装置として大活躍。
 お帰りの際はキースかエルドの家のゴミ箱かトイレにワープゾーンが現れる。


 伏線回収スイッチ

 押した人間の人生の伏線を一気に回収するアブナイスイッチ。
 とにかくそれまでの人生における伏線が一気に回収されてしまうので、急激にワケの解らないことが目白押しで起こる。伏線的にに回収できない部分は無かったことにされる。
 回収のされ方は押した本人の素行次第。ただし、世界的に活躍する勇者や魔王的な存在が覚醒する前に押した場合、世界そのものの伏線さえも回収してしまう場合がある。
 世界が何も解らないまま突然平和になった理由は、『進撃の巨人』という作品世界の中心たるエレンがスイッチを押したのでこれからも小さな伏線が必要だった秘密等は明かされないまま全て無かったことにされた。
 ちなみに『今までの人生』における伏線が回収された事によって新しく創造された『平和な世界でのエレンの人生』の伏線は残っている。


 ダメな物ボックス

 使用者の嫌いな物はどんなものでも仕舞い込む選別式四次元ボックス。
 感情や概念等も吸い込み可能。ただし吸い込めるものは現在ある物だけで、過去や未来に存在する物は吸い込めません。
 一度吸い込んでしまった物は、もう一度蓋を開けることで出てきます。
 クリスタとサシャによって巨人面魚や死や恐怖やその他色んなヤバいものが中に仕舞われております。
 鍵のついた小物入れのような形状で、箱は壁の国の王家が宝物庫へ保存し、鍵はむろみさん世界のマリアナ海溝に沈められた。
 しかし二千年後、とある人魚の子供の手によりマリアナ海溝から鍵が拾われ、王家の子孫が宝物庫から箱をこっそりと持ち出した。
 二人の邂逅によって箱の鍵は開かれて、再び人類の恐怖が幕を開けようとしたが、最終的にリヴァイアさんのオメガブレスで滅される。




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