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[37956] 【リリカルなのは】なのはSS短編集
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/08/06 23:19
アニメ、リリカルなのはの二次創作です。


作者の身の上を明かすと、3年ぶりに二次創作に復帰したことになります。

復帰処女作はチラシの裏板で連載している「時の囚人とアンドロイド」という長編ですが、合間を縫って短編も書いていきたいな、と思っています。

本作のうち、現段階掲載作品は復帰前の作品なのでかなり前の作品なのですが、
今二次創作の勉強中ですので、皆さんのご批評をたわまりたく投稿させて頂きました。
今後はご批評などを生かしつつ、季節柄に応じた短編を書いていけたらな、と思っています。

(花火を題材とした作品を執筆中です。『夏音』の姉妹作になります。)


【注】本作には揚雲雀、というハンドルネームで著した作品がいくつか含まれますが、揚雲雀は復帰前の私のハンドルネームですので、盗作ではありません。



更新履歴
2013/06/30 テイルドロップ 追加
2013/06/30 冷たい缶コーヒー 追加
2013/06/30 Party for LOBORS and LOVERS 追加
2013/06/30 なのはの不景気改善策 追加
2013/08/06 Tomorrow 追加
2013/08/06 教導 追加
2013/08/06 夏音 追加



[37956] テイルドロップ
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/06/30 04:22
 海鳴市の24時間営業のスーパーには、もうほとんど人はいない。
 お客さんがいないから、売り物のお弁当も少なくて。
 タイムサービスですら売り残ったのか、安売りのシールが何層も貼ってある握り寿司のパックを取って、レジに向かった。
 ふと、横を見ると、お酒が売っていて。
 ぜんぜん飲みたいとも思わなかったのに、ビールを2缶、買い物カゴに入れている自分に気がついた。



 今日、いや、昨日は、大切な日だったのに。
 私たち(・・・)にとって、とても大事な日だったのに。
 出逢って15年、はじめて私は、この大切な日に、大切な人と一緒にいられなかった。

 一週間前に大変な仕事が舞い込んできて、その解決のために遠い次元世界に行っていた私は、それでも2日前に仕事を終わらせたんだけど、次元空間の不調で97管理外世界に行けなくて、しかも不調のせいでなのはにも連絡を入れることができなくて。
 二人で過ごす、今では貴重な、海鳴での時間が、私のせいでなくなった。

 心の中で何百回も祈ったけど間に合わなくて、今度は何百回もごめん、って謝ったけれど、それはなのはには届かなくて。

「お客さーん」
 ぼうっとしてたのか、何度目かだと思う呼びかけに反応できた。
「あ、は、はいっ」
 慌ててレジを見て、そこにあった金額の小銭を探したけれど、ないことに気づいてお札を取り出した。
「違いますよ、すいませんけど年齢確認させてくださいね」
 え、という顔で店員を見たら、めんどくさそうにレジの横に貼り付けてあったところを指してくれた。お酒とタバコの年齢認証ということらしい。
 確かに眠いのは分かるけど、その態度はなんなんだろう、って悲しくなった。
 というか、私まだ子どもに見えるのかな?
 そんなことを考えながら、管理局から渡されているこちら側の運転免許書を取り出して渡すと、店員はさっきのお札をとってさっとつり銭を渡してくれた。



 いつもなら、なのはと買い物をして帰っていく時ならあっという間のこの道も、今日はとても遠い気がした。
 1キロもないはずのビニール袋も、なぜかとても重い。
 それに、なんだか寒かった。冬はもう過ぎたはずなのだけれども、吐く息はまだ白く、それを見るだけで憂鬱になる。
 肝臓を悪くするからやめろ、と言われていたけれど、なんとか仕事を終わらせるために毎日飲んでた栄養ドリンクのダメージが今頃やってきたのか、風邪を引いたのかは分からないけれど、とにかく足が重い。
 それに、今日向かう先は、いつものなのはの家ではなくて、そう、15年前に私が使っていたマンション。
 あのマンションは、その後管理局員の駐在場所として空き部屋になっていて、今日は私が使う番。駐在場所なのだから当然なのだけど、あの頃とほとんど変わらないくらい物がないはずだ。
 寒い。
 雨の臭いっていうのか分からないけれど、町を覆っている空気は濁った臭いがしている。
 歩いているだけで、悲しい気持ちになってくる。できるだけ忘れようとしていても、どうしても忘れられなくて、携帯をあけた。
 なのはに送ったメールの返事は、まだ届いていない。
 結局がっかりして、携帯を閉じてもやることはなかった。
 空を見上げれば、月は雲に隠れていて、おぼろげに見える光がなんとか辛うじて輪郭を見せている感じだ。

 マンションについて、ベッドにどさり、と倒れた私は、ブラウスのボタンをひとつ外して携帯を取り出す。
 やっぱり返事はなくて、怒って返事もくれないのか、もう寝ているのか分からないけれど、でも返事は待っていたかった。
 マンションの中も寒かったけれど、エアコンを入れる気にもなれなくて、あの頃みたいに一人で布団をかぶったけど、あの時とは違って、今はアルフも、隣にいない。
 結局涙が溢れてきた。
 テレビをつけても、ザーという機械音だけ。
 頬を伝っていくのを止めることができなくて、布団に顔を埋めた。



 雨の臭いとは違う、海のような臭いがした。
 そういえば、あのとき落ちた海も、こんな臭いだっけ。
 海は涙から出来ているのかもしれない。
 そんなばかげたことを考えていたら、ベッドの横に置いたままのビニール袋に気がついた。
 ビールと、お寿司。
 自慢じゃないけど、ビールなんて飲んだことない。お兄ちゃんが飲んでいるのを少し見ただけ。
 パックを空けたら、生臭さが鼻に染みた。
 この魚も、私みたいに寂しい思いをしてたのかな。涙の中を泳いでいて。
 つまんで食べたけど、美味しくなかった。ビールの缶を開けて、ぐいっと飲む。
 まずかった。
 気分が悪くなって、お手洗いに駆け込む。ばかみたい。
 べっとりしたブラウスが気持ち悪い。
 もう、何もかも嫌になってくる……
 食べる気もなくなって、部屋に戻っても、何もすることもない。
 寝てしまおう。
 そう思った私は、お寿司の残りを処分して、ビールを冷蔵庫にもっていった。



「え――」
 冷蔵庫の中にあったのは、ケーキでした。
 何もないはずの冷蔵庫に、なんで入ってるのか、そんな疑問は浮かんではこない。
 だって。金色に輝く、バルディッシュを象ったそのケーキを作れる人は、この世界でたった一人しかいないから。
 ザッハトルテをベースとしたそのケーキには、ラップが掛かっていて、それを中身が壊れないように慎重にとると、木の実のいい匂いが漂ってきた。
 甘酸っぱい感じが、鼻を通じて舌に届く。それだけで、今までの寂しさが嘘のように包み込まれるんだ。
 急いで取り出して、ケーキを持っていった。
 フォークで慎重に、一欠けらを取って口に運ぶ。
 最初は、ビターの苦味が口の中に広がって、その後にしっかりと、チョコレートと杏の甘さが広がっていって、その甘美さに酔いしれた。
 手足の先に、だんだん温かみが戻っていく。震える手でフォークでケーキを突っつけば、崩れまいと弾むそれを、もう少し圧力をかけて掬う。
 正三角形の形は、もう正六角形になっていた。
 ここからが迷いどころ。
 どうフォークを入れていいのか、分からなくなった。
 
 えい、と大きく入れると、残った等脚台形は、私の予想に反してバランスを崩して倒れてしまった。
 あ、と手を伸ばしてももう遅く、ケーキは今や切断面を私のほうに向けていた。
 けれど、そんなものよりも。
 倒れたケーキの下の皿に、何かが書いてあったものが、私の視線を釘付けにした。

 急いで、今日はじめて電気をつければ、そこに書いてあるのは「待ってる」の一言。
 ケーキをしまうこともなく、扉が閉まる音が耳に届いた後は、息切れの自分の声しか聞こえなかった。


 
 どこで待ってるのかなんてことは、愚問だと思う。


 私に、誕生日は、ない。
 記憶に残ってるアリシアの誕生日は、それはアリシアのもので、私なんかが横取りしていいものじゃない。
 母さんに作ってもらった日が、私の誕生日なのかもしれないけれど、残念なことに、私はそれを覚えてはいない。
 
「フェイトちゃんの誕生日って……?」
 なのはの誕生日に、そう尋ねられた私は、咄嗟にごまかそうとしたのだけれども、何も言えなくて。
 祝ってあげなきゃいけない日に、涙を流してしまった。
 心配かけちゃいけない日だったのに。
 なのはに、楽しんでもらわないといけない日だったのに。
 私が、楽しませてあげる日だったのに。
 でも、なのははそれに怒ることなんかなくて――だから、胸が痛くて。
「ごめんね」
「ううん、私こそごめん。なのはの誕生日なのに」
「違うよ。私がフェイトちゃんのこと、まだしっかり分かってなかったんだ」
 強くなきゃいけないと思ってたのに、逆になのはに抱きしめられて、耳元で囁かれたんだ。
「じゃあ、私がフェイトちゃんの誕生日、作ってあげる」
 その囁きは、私の涙を止めるほどに甘かった。
「私だから作れる誕生日だよ?」
 そう、私となのはにしか分からない、二人だけの誕生日。
 それは、私が、私であることを始めた日。
 それが、本当の誕生日だから。
 なのはにもらった、誕生日だから。
 

 だから。
 最初の誕生日プレゼントをもらった場所で、なのはは待ってる。



 陸風は、私にとって追い風。
 少しでも、早くつきたい私の背中を押してくれるその風は、冷たい冷たい冬の風。
 けれど、その冷たさを感じないくらいに私の胸は弾んでいる。
 水溜りを思いっきり踏んで、足に掛かったけれども、もうそんなことは気にしてられない。
 たった5分ほど走っただけなのに、胸の奥が焼けるように痛い。
 けれど、あの場所、海に面した欄干の多いあの橋には、蛍のように弱い街灯の光に、確かに人影が映し出されていて。
 最後の力を振り絞って、その人目掛けて脚に力を籠めた。
 その人は、白いコートに身を包んでいて、じーっと海を見つめていた。
 まず、言わなきゃいけない言葉がある。
 けれど、それを言うには、まず呼吸を整える必要があって、膝に手をあてて、しっかりと息を吸う。
「ごめん……な……さい」
 まだ乱れている息が、言葉を詰まらせる。
 でも、私の意中の人は、まだじっと海を見て、私を見てくれない。
 どうして?
 どうして私を見てくれないの?
 怒ったり、悲しんだり、どんな悪口を言われたっていい。
 どうして、私のほうを見てくれないの?
「ごめん……」
 私の口から出てるのは、謝罪の言葉なのに、その言葉は、涙にぬれていて、まるで幼子が何も分かっていないのにただ謝っているだけのような、そんな感じだった。
 それでも、なのはは、ただ海を見つめているだけだった。
「ごめんなさい! ほんっとうに大切な日に、来ることができなくて……」
 けれど、私にできることは、ただ謝ることだけしかない。
 雲に隠れていた月が水面に映るけれども、それは波に揺られて朧げでしかない。
 今のなのははまるで、あの月のよう。
 私は、お月様をとろうとして、水に飛び込んでいるんじゃないか。そんな想いに囚われたときだった。
「ううん」
 急に、なのはが声を出した。
 それは、私がずっと待っていたものだったけれど、同時にその後の言葉が、ひどくおそろしい。
 いったいなのはは、何を言うのだろうか。
 これだけ待たせている私だ。
 怒ってくれるだけなら、甘んじて受けられる。
 けれど。
 私たちの関係にヒビが入ったり……なのはがどこか遠くに行ったり……それだけで耐えられないのに。
 絶交なんて言われたら、どうしよう。
 でも、悪いのは私なんだ。
 結局、私はだめな子だったんだよね。
 なのはにさえ、見捨てられるなんて……
 母さんも、なのはも、いつかはエリオやキャロだって、私のことを見てくれなくなるんだ。
 いつか――
「フェイトちゃんは悪くないよ」
 なのはの声が聞こえる。
「私たち、いつからだろうね。待つってこと、出来なくなっちゃったね」
 その声は、咽ぶ私の心を包むように。
「待たなくても、一緒にいることが当たり前になっちゃってた」
 その声は、凍る私の心を包むように。
「あの頃は、ただひたすらに、待っていたのにね」
 なのはは、寂しさの滲んだ笑顔で私のほうを向いた。
 そんな寂しい顔を見せないで。
 そんな眼だと、私も寂しくなってしまう。
「なのはっ!」
 私は、そのままなのはの胸に飛び込んだ。
「そうだよ。あの時とおなじ……」
 飛び込んだ私を抱きとめて、なのはは赤子をあやすように私の顔を見る。
 その顔に、もう寂しさは残っていなかった。
「やっと、やっと名前を呼んでくれたね」
「うん……」
「フェイトちゃんを待ってる間、ずっと辛かったんだ。今まで、携帯や、念話で、毎日のようにフェイトちゃんのことを分かっていたのに、今回、急に私の前から消えてしまうんだから」
「ごめんね……ぐすっ……私も辛かったよ」
「分かってる。さっきだって、私が呼びかけるのを、待ってたんでしょ?」
「うん……」
 ゆっくり話しかけてくるなのはを見ていると、なぜか安心することができる。
「待ってることって、すごく怖いんだよ。待つってことは、予想できない未来を受け入れなきゃいけないことなんだ。分からないことを待つのは、怖いだよね。死んじゃうことが怖いのも、分からないことだからなんだ。私たち、その怖さから、ずっと逃げてたのかもね」
 なのはの言ってることは、私にはよく分からなかったのかもしれない。
 ただ、なのはの言ってる、「待ってる」ということから、私はずっと逃げていたのかもしれない。
 待つということ。
 私は、そんなことできはしない。
 独りになりたくないから。独りぼっちは嫌だから。
 だけど、みんながそんな気持ちを持っているということを、忘れちゃっていたのかな。
「だから、この場所に来るまで、フェイトちゃんのこと怒ってた自分が嫌いなんだ」
「なのは――?」
「私、あの頃の気持ち、忘れてた。伝えたい想いをぶつけて、待ってみる勇気を、忘れてた。この場所だからこそ、思い出せたんだよ」
 なのはは、少し色あせた黒色のリボンを、ポケットから取り出した。
「昔、私が墜ちちゃった時……みんな私を待ってくれてたんだよね。だから、今でもみんな、心配してくれてるんだよね」
「そうだ……ね」
「いつも、フェイトちゃんの過保護はちょっぴり度が過ぎてる、と思ってたけどね、ふふ」
 そう。
 私は待つことなんて出来ない。
 だから、いつも心配になって、取り乱して、失敗しちゃうんだ。
「そして、心配ばかりして、みんなから過保護だって思われてるちょっぴりドジな私のフェイトさんの想いはね」
 まるで、こちらの心中を見透かしているようになのはが言う。
「いつもいつも、しっかり私に、伝わってるよ」
 東の空が、少し明るくなってきた。
 雲は前より少なくなり、西の空にはまだ辛うじていくつかの星が見える。
「フェイトちゃんの始まりの日、祝ってあげられなかったけど――」
 私の暗い気持ちを、いつも晴らしてくれる人がいる。
 待たなくても、私に手を差し伸べてくれている人がいる。
「私、あと1年待つよ。1年間、ひたすら待つよ。来年のこのとき、フェイトちゃんがまた仕事で来れないかもしれないし、今度は私が仕事で来れないかもしれないし、何が起こるかわかんないけど、そんな不安と一緒に、今度こそすばらしい1日がやってくるんだって、期待してるよ」
「……うん」
「でもね、これだけ言わせて」
 咽び泣く私の耳元で、なのはは言った。
「遅れたけれど、誕生日おめでとう」
 そう。こうしてなのはから、自分がここにいる証を祝ってもらえるということ。
 それが、私が生きている証で、そしてこれから生きていく力になる。
「ありがとう」
 それだけ言うのが精一杯だった。
 私は、次の誕生日を待つことができる。
 希望を持って生きていくだけの幸せがある。それが、母さんやアリシア、リニスからもらった生きる意味。
 だから、前を向いて生きていきたい。
 私の涙を拭ってくれる、なのはの手。
 そこには、涙摘の雫(テイルドロップ)が、水平線の向こうにある太陽の光に映えていた。
 あと364日。
 こんな夜明けを、待っていく勇気が、なのはの手にあるテイルドロップ。



[37956] 冷たい缶コーヒー
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/06/30 04:48
 缶コーヒーを買ってその冷たい飲み物で体を冷やす。
 つい先ほどまで隣にあった熱い体が離れると、なぜか寂しさが込み上げてきた。

 ふたを開けて中身を一気に飲んで、ゴミボックスに入れる。
 手持ち無沙汰だった。
 病院に備えつけの雑誌を読もうとしているが、文字が頭に入らない。
 今、私、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは病院の待合室にいる。

 どうして病院の待合室はたくさんあるんだろう、と思ってしまう。
 機動六課のオフィスから一番近い総合病院に自分の車にバインドを使って無理やり病人を乗せてやってきて、待合室でも仕事をしたいと愚痴を言う病人にあきれながら、それでも20分ほどたって自分のもとから離れるとさびしい。
 なのはもいっしょなのかな。
 病気と闘いながら、中の待合室で待ってるのかな。




 今朝、起きたら珍しくなのはが寝坊していた。
 私が起きるのもいつもより早かったんだけれど。
 苦しげな顔つきで、手を額に乗せたらものすごく熱くて。

 はやてに電話を入れて、二人分の有給をもらって、起きたなのはに覆いかぶさって無理やり体温計を腋に差し入れる。
 この前の風邪のときはここで強情に引きはがされて翌日もっとこじらせていたんだから。
 起きてすぐなら、思考も定まってないし、なのはも抵抗らしい抵抗はできなくて。
 ピピっ、という電子音が鳴れば、そこに出たのは38.6度という高い熱。

「なのは、今日はお仕事お休みだね」
「う、嘘だぁ。もう一回測らせてよぉ」
「だーめ。なのは絶対細工するもん」
「むぅー、細工なんてしないもん」

 風邪ひく度に、往生際の悪さを発揮するこいつは、と思いながら、まだ寝てるように、と言い聞かせて備えつけのダイニングキッチンに向かい朝食を準備する。いつもなら朝食は食堂で取るところだけど、食堂の朝食は消化にいいものというわけじゃない。
 とりあえず冷凍庫を探り、なのはの世界の「うどん」を取り出す。自分が風邪のときはこれがたまらなくおいしく感じるんだ。

「なのはー、うどん作るねー」
「え、あ、うん、お願い」

 鶏肉とほうれん草を入れて柔らかいくらいまで煮込んだそれをひとつ箸でつまんで試食する。
 なのはが好きなくらいの堅さかな、と納得して、火を止める。
 もう棚から出してあった器に盛り付けて、なのはの好きなかまぼこを冷蔵庫の奥から見つけて入れる。

 出来あがったそれを持っていくと、目を離したすきに教導隊制服を着始めているなのはを見つけて。

「なーのーはー」
 怒った口調になって私が言う。
「寝てなさいっていったでしょ」
「あぅ……だって今日は」
「今日は、じゃない。いつもそうやって風邪をこじらせるんだから。それに38度。ぜーったい休まないとだめ」
「うぅ……」

 観念したのか、教導隊制服のボタンを外していく私の手をなのはは止めない。
 もう一度パジャマに着替えさせて、ベッドに寝かせる。
 横にテーブルを持ってきて、うどんをそこに置く。
 ベッドに腰かけて、なのはにうどんを食べさせる。

「口開けて、あーん」
「もう、フェイトちゃん恥ずかしいよ、そんなの」
「誰もみてないから、はい、あーん」

 風邪だからだろうか、恥ずかしさからだろうか、頬を真っ赤にしているなのはは、それでも口を開いた。
 少しずつ口に含ませて食べさせて。さすがに口移しは風邪が移るかもしれないから自重して。
 いつもの倍くらいかけて、ゆっくり朝食を取らせた。
 もっと甘えてくれてもいいのに。少し不満だ。
 
「それじゃ、後で病院行こうね」
「えぇっ!?」

 絶望的な悲鳴をあげるなのは。
 最近の病院は何度も診察に来いと言って、それで時間がなくなるのがなのははたまらなく嫌らしい。

「べ、別に病院行かなくても治ると思うんだけどな……フェイトちゃんの看病があれば」
「だめだよ。ヴィヴィオに移しちゃいけないし、高い熱なんだから」
「そんなぁ…………」

 動きやすい私服に着替えさせてからが大変だった。
 油断すればどこかに行ってしまいそうななのはをバインドで強制的に車にくくりつけて病院に。
 フェイトちゃんのバカぁ、そんな声を何度も聞いた。
 バカでもいいんだよ、なのは。それがなのはのためになるのなら。




「高町なのはさんのお連れさんはいますかー?」

 雑誌を読むのを諦めて病院のテレビを見ながらぼーっとしていたらしい。
 急に戻った意識は、ただ「なのは」という言葉だけに反応して。
 妙な声の返事をして隣のおばさんに笑われて。
 恥ずかしさで周りを見ないようにしながら、看護師さんに手まねきされて病室に入った。




「新型インフルエンザです」
「はぃ?」

 思わず問い返してしまった。
 真夏にインフルエンザ?

「最近流行ってるんですよ。ご存じないですか?」

 そういえばさっきのテレビで特集していた気もする。
 感染力が強いから注意してくださいって言ってたっけ。
 そういえばヴィヴィオもザンクト・ヒルデ魔法学院からそんな注意のお便りをもらってきていたかも。

「それで、なのははどうなんですか!」
「フェイトちゃん、声大きいよ……」

 医者に詰め寄るようにして聞いている自分に呆れる。

「まだ体中に回っているわけじゃないので、タミフルやリレンザが利きますね。処方しておきますから、ゆっくりと直してください。弱毒性と言われているので、妊婦さんでなければ大丈夫です」

 ……なのはにやましいことがなければ、大丈夫。
 ちら、となのはを見つめる。きっと、大丈夫。

「感染力が強いので、できるだけ人を近付けないようにしてくださいね。移っちゃうので」

 新型インフルエンザ。
 感謝するよ。




 病院を出たところで、アイナさんになのはが新型だから、と連絡を入れて帰ってもらう。はやてのところに電話をかけてヴィヴィオを預け、六課の寮でなのはの昼食を作って。二人っきりの時間を楽しむんだ。

「フェイトちゃん、一人でできるから。もういいよ、移っちゃうから」
「だーめ、なのは見張ってないとまた無茶するんだから」
「無茶なんてしないよ! もう!」


 昼ごはんも食べさせてあげて、なのはは日々の疲れからかそのあとぐっすりと寝てしまって、だけどその寝顔をゆっくり見ているのが楽しくて。
 なのは、ずっと、見守ってるよ。








「だから言ったでしょ! 感染力強いから離れてなきゃダメって!」

 なのはの怒った声。なのはが治ったと思ったら今度は私がインフルエンザにかかってしまった。

「もう、教導隊も今キャンペーンでインフルエンザ予防週間になってるんだから!」
「ご、ごめん…………」

 何も言えない。

「はいっ、とりあえず今日の朝食! 私は教導行ってくるから」

 え、ちょっとなのは。私の看病は?

「自業自得でしょ! 車の免許もってるのフェイトちゃんだけなんだから、自分で病院行ってきて!」

 そ、そんなぁ。そりゃないよ、なのは。

 新型インフルエンザ。
 ……恨むよ。








 結局なのはは一時間ほどしたら戻ってきて病院の開院時間に合わせてタクシーで送ってくれた。
 後でエリオに話を聞いたら、その日の教導は地獄だったとか。
 いきなり模擬戦が始まって全力全開でフォワード陣は速攻ノックアウト。
 なのはったら、ソニックムーブよりも早かったって言われちゃって。

「なのは……」

 病院からの帰り道、なのはに買ってもらった缶コーヒーを飲みながら。熱い体を冷やしながら。

「何? フェイトちゃん」
「あのね、その……ありがとう」
「ううん、私も看病してもらってるから、おあいこ。早く良くなってね」



 天使なのはの囁きが、私の一番の処方箋。



[37956] Party for LOBORS and LOVERS
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/06/30 04:30
※ 勤労感謝の日のネタです。





――Saturday――

 未曾有の大不景気に突入し、さらに政府がデフレに突入したことを宣言したミッドチルダ。労働者は暗い表情に満ち、管理局員を見れば彼らに羨望の目を送った。特別賞与――ボーナスと呼ばれるそれをもらえない労働者が今、ミッドチルダには溢れかえっているのだ。
 次元間貿易も停滞気味となり、ミッドチルダの潜在成長率は遂に恒常的に0%を示すようになってきている。消費者物価指数は三年連続でマイナスを記録し、家計は生活防衛に走り、政府の無為な支援は全て貯蓄に回され、残るのは財政赤字だけ、という厳しい現実の中、休日にも関わらずここ機動六課の部隊長室にはいつもの3人の姿があった。
「パーティって?」
 いつものごとく、何か企画を行い、そして2人を呼びつけたのは八神はやてその人。そして呼びつけられたのは、エリート執務官のフェイト・T・ハラオウンと教導隊エース、高町なのはである。彼女らは局員といえども、何故か労働者からも人気が高い。
「いやな、私ら結構税金使ってるやろ? 特になのはちゃんはカートリッジの無駄遣いで」
「無駄遣いなんてしてないよっ! まぁ、官給品使い過ぎって上からは言われてるけど……必要なんだもん」
 ここ最近、ネチネチとカートリッジの使用回数を減らすように暗に言うはやてに対して、語気を萎めながらも反論するなのは。
「まぁまぁ、なのはも教導用のカートリッジと別に、自分の砲撃用は六課の予算使わないほうがいいんじゃない?」
「うぅ……フェイトちゃんはどうしてるの?」
「私は演習でカートリッジ使わないから。じゃあはやて、本題に行こうか」
 敢えて他人事と話題を逸らすように本題に戻したフェイト。何しろカートリッジの使用回数が議題に入ると頑固ななのはを説得するのは地上本部の頭の固いオッサンどもを説得するより難しくなる。執務官の仕事を差し置いてこの部隊長室で無駄にそんなことに時間を浪費する理由など、フェイトにはなかった。
「うん、それでな。日頃から税金ドロボーって言われてる局のことや、なんとかせえへんと派遣労働の人とかから大変な突き上げ食らいそうやろ? そやから六課は、近隣の住民の人々との親睦も合わせて、来週の勤労感謝の日に一つパーティをやろうって思ってるんやけど――」
「うん。パーティーか、いいと思うな!」
 全部言い切らないうちに、なのはが同意した。元々こういうパーティーとか親睦会とか同窓会とか、とにかく人が集まる企画が好きな彼女にとって反対する理由などない。それを聞いたはやては、ガッツポーズを心の中で浮かべた。
「ありがとな。それで、この季節何がいいかなーって思ったら、ダンスパーティーなんていいかなって思ったんや。最近ミッドの労働者階級ではやっとるらしいんやな、これが」
「そういえばこの前の出張でそんなこと聞いたかも」
 この中で一番労働者との接点が高い職業を持つ執務官のフェイトが反応する。ミッドチルダではここ数カ月、簡単なダンスのブームが訪れていたのだ。
「で、男女一組でダンスパーティー。どやろ、開催は明日なんやけど」
「やろうやろう! フェイトちゃんも、いいと思うよね?」
「なのは、分かったから落ちついて、ね。私もいいと思うよ、はやて」
 既にはしゃぎ気味のなのはを落ちつかせながら、フェイトが同意した。
「じゃあ、二人はパートナー探してな。男女(・・)一組やから、探すの大変やねー」
 妙なアクセントをかけたことに、なのはとフェイトは気付かなかった。にんまり笑うはやての顔の裏には、微笑みとは違う何かがあったのだ。
(これでなのはちゃんとユーノ君を結びつけられる……!!)


――Sunday, The Day before LOVOR THANKSGIVING DAY――

 無限書庫から出てきた一人の女性の表情は、道行く労働者の顔よりも暗い。一時間前ににこやかに晴れ渡っていた彼女とは比べようもなく、すれ違った人々は進んで道を開けようと動いていた。
「……どうしてなのッ!! ユーノ君は私より仕事を取って……何のための祝日!?」
 彼女の不満の矛先は意中の彼に向けられていた。
 久しぶりに訪れた彼の仕事場は、以前よりも整理が進んでおり、その空間特有の無重力を楽しみながらカウンターへ司書長を呼びに行ったまではよかった。そして、かなり奥で探索をしていたであろう彼が、15分後に仕事を中断して慌てて自分のもとに来てくれたその事実も嬉しかった。そこまでは、彼女にとって何もかもが良いことであるはずだった。
「ユーノ君、お仕事中ごめんね」
「いや、僕もなのはの顔を見れるのは嬉しいよ。よく来てくれたね、ありがとう」
 こうやって司書長室に移り、にこやかに始まった二人の会話。暫くの間、二人の近況を話したり、ヴィヴィオの成長についてなのはは家庭において、ユーノは無限書庫においての意見を交換したり、緩やかな時間が過ぎていた。
「あのね、ユーノ君。……えっと、その……」
「うん、なのは、何かな?」
 豪快な戦闘スタイルを誇るなのはも、まだ19歳の女の子。こういったダンスに意中の彼を誘う事さえ、まだ普通にはできない初々しさを持っているのだ。
「えっとね…………明日、六課でダンスパーティーがあるの。それでね」
「へぇ、ダンスパーティ。なのはは誰と踊るの?」
 口もごるなのはに、さらっと尋ねるユーノという二人の会話。
「もしよかったら……ユーノ君、…………私と踊ってくれない?」
 上目遣いに尋ねるなのは。その言葉に、少しの間をおいてユーノはばつの悪そうな表情を浮かべた。すぐにその表情はなのはに伝染する。
「……私じゃ嫌かな?」
「そそそんなことはないよっ!!」
 すぐさま否定するユーノ。
「なのは、悪いんだけど明日は、無限書庫は勤務があるんだ」
「えっ!?」
 無限書庫――普通の業務と異なり、彼らは祝日といえども活動を行う。そもそも平日に訪れる客よりも休日の方が多いのだ。それは当然であり、祝日の翌日に休暇があるのがここの局員なのだ。
 その言葉の後、なのはの暗い表情を何とか戻そうと埋め合わせの提案をたくさん行ったユーノだったが、なのはに取ってどんなモノやお金よりも、ユーノとの時間が欲しかった。何しろ、ダンス・パーティー。他の人に恋人であることを――恥ずかしながらも――強く主張できるチャンスなのだ。
 無限書庫となのはの(主に教導隊の)勤務時間の齟齬から生じるこのような事態はこれが初めてではなかった。
 だから、なのはの寂しさと怒りはいつにもまして募ったのだ。
 六課の寮に戻っても暗いままのなのは。彼女は何気なく携帯から電話を取り出してボタンを押す。数回の機械音の後に応答があった。
「……なのは? どうしたの?」
「フェイトちゃん? あのさ、明日のダンスの相手決まった?」
「うん、決まったよ」
「え、誰、誰……!?」
「陸士108部隊のラッド・カルタス二尉だよ。なのはは? やっぱりユーノ?」
 フェイトの一言に、なのはのトーンが一気にダウンする。
「……ユーノ君、お仕事だって」
「あ。……ごめん」
「謝らなくていいよ……悪いのはユーノ君なんだから!」
 何となくの苛立ちが語気に現れていた。
「……でね。うん、ありがと。じゃあ、もう切るね」
「あ、なのは……」
 あっという間に電話を切られて、その向こうのフェイトは戸惑って焦っていたが、なのはの心にそれを考える余裕などなく。何も考えずに、寮のベッドに寝転がっていた。

「はやて、明日のパーティーなんだけど」
「お、フェイトちゃん、決まったんか? 私はフェイトちゃんの相手想像できへんのやけど」
「私のことはいいからっ! なのはの相手がいないみたいなんだよ!?」
「……え?」
 はやての家に切迫した様子で駆け込んできたフェイトの言葉に、はやてが疑問符を浮かべる。何しろはやての目的は、なのはとユーノの距離を縮めることだったのだから。
「なんでや? ユーノ君は?」
「無限書庫は祝日勤務! はやて忘れてたの!」
「はっ、しまった! ……そ、そやったわ……不覚や……」
 頭を抱えるはやてに、フェイトが迫る。
「なのは悩んでるみたいだよ? 何とかしてあげないと……」
「そやな……クロノ君は忙しいん?」
「忙しくなかったら私が誘ってるよ……」
 何を当たり前のことを、とフェイトが睨み気味の目ではやてを見る。
「うわー、どしよか……」
「というか、ヴォルケンリッターのみんなは相手決まってるの?」
「そや。なんでか知らんけど、シャマルもシグナムもヴィータもそれぞれおるみたいなんよ……あっ!」
 天啓のひらめきとは、まさにこういうことを言うのだろう。
「まだ彼がおるわっ!」

 フェイトのもとに電話をかけてから1時間。さすがに六課のパーティーに出席しないのは体裁が悪いと思ったなのはが、教導隊関係の男性にパートナー組を打診するも、どういうわけか皆仕事が重なり不都合。イライラが徐々に募っていた。
「管理局って、どうして祝日にも仕事をさせてるのっ!?」
 その理由が自分にあったことなど、彼女に知る由もない。中卒と同時にミッドで就職したなのはの仕事に対する熱意は凄いものがあり、徐々に職場では彼女と同じように休日返上・残業当然の風潮が出来上がっていたのだ。こうなっては勤労感謝の日など名ばかりな形骸である。
「あーイライラするぅ……訓練場で一発SLB打ってこようかな」
 結局のところ、カートリッジの無駄遣いをやろうとしているなのは。彼女が寮の部屋を出る前に、青い狼が入ってきた。
「ん? あ、ザフィーラさん。どうしたの、ヴィヴィオは?」
「無限書庫の方に送り届けてきた。今日は他用で参った」
 無限書庫――今は聞きたくないその単語が胸に突き刺さる。
「そう、じゃあ私訓練場に行ってくるね」
「待て」
 そのままザフィーラの横を通り過ぎようとしたなのはを、ザフィーラが呼び止める。あまりない光景に、なのはは目をぱちくりとさせた。
「守護獣として主と踊れぬのが残念なのだが……君もまたペアがいないと聞いた。主の友として尊敬している。私と明日、踊らないか?」
 ユーノに断られた今、この誘いを受けない理由はなかった。だけれど、気が乗らないのも真実。
「ごめん……あまり気が乗らないの」
「それでもだ」
「え?」
 ザフィーラの一言に驚くなのは。
「では訊くが――アテでもあるのか?」
「ううん」
「それでは私と組むべきだ。お前が悲しい顔をすれば主やテスタロッサ君が悲しむ。そしてヴィヴィオが悲しむ。お前の悲しみは一人の悲しみじゃないんだ」
 ハッとするような想いがなのはを貫いた。笑顔を失った母を見てヴィヴィオはどう思うだろう。それに今頃ユーノ君はどう思っているのだろう。無限書庫の悲しい分かれで彼にどんな思いをさせたのか、分からない。
「……ありがとう、ザフィーラさん」
「礼に及ばん。それでは明日――」
 それだけ言うと、ザフィーラは部屋から出て行った。残されたなのはは、訓練場へ行くことを取りやめ、早速携帯のボタンをプッシュし始めた――


――Monday, LOVOR THANKSGIVING DAY――

 機動六課のダンスパーティーが始まった。六課のコック総動員で作り上げられた、決して高級ではないが創意工夫に富んだ料理の数々が並べられ、安物で調達されたタキシードやドレスが入り口で貸し出されている。日々、路上で空腹に喘ぐもの、工事現場で働く者、いろんな人たちがパーティーの話を聞きつけやってきた。
「ぷっ……ザフィーラカッコええよ……」
「主、笑いながら言われても信憑性がありませぬが」
「冷静にツッコむなー、ザフィーラは」
 黒に身を包んだザフィーラの姿を見たはやての言葉は的を突いていた。最近人間形態になったことがほとんどなかったこともあるが、屈強な肉体を隠すそのタキシード姿は新鮮だ。
「今日はなのはちゃんを楽しませてやってなー」
「御意。ヴィヴィオもおりますゆえ」
「そやったな。私もヴェロッサと楽しむからな」
 その少し先で、フェイトとラッドが談笑していた。
「武装隊の方からの新兵器なんですが、どうも運用状況ががんばしくなくてね」
「執務官部も同じですよ。なかなか操作用の端末が新製品に切り替わらなくて……」
「何しろ地上(りく)の方はJS事件の後始末が痛手で。私の方はまだ楽だったようですが。ギンガの不在が痛かったですが」
「その節は申し訳ありません」
「いやいや、謝ってもらう事ではなく、こちらの出来の悪さを痛感させられた事件なだけです。お気に召されずに」
 やはり勤労感謝の日のパーティーということもあろうか、仕事の話が多い。しかしそれは不満や愚痴を言い合うものではなく、楽しい話に限られていた。皆、暗い今から少しでも離れようと意識しているようだった。
「うわぁ、かっこいいよ、ザフィーラさん!」
「感謝する。君も美しい」
 そしてなのはとザフィーラも楽しんでいた。なのはは内心少し残念だったが。美しい、よりも可愛いがまだ嬉しい年頃だった。
「それにしてもこれすっごい量だね」
「主と君とフェイト君の給料から出ているからな」
「……え? 聞いてないよ……ちょっと頭冷やしてこないと……」
「主を悪く思わないでくれ。後で連絡を取るつもりだったのだろう」
「ザフィーラさんが言うなら、それでもいいんだけど」
 それでもにこやかなのは、周りの空気が移ったからだろうか。ユーノのことが脳裏に過ぎることは数度あったが、理不尽ではあると思うものの彼への怒りがある今は努めてそれを忘れようとしていた。
「それではーっ、本日のメインイベント、ダンスパーティーを行いまーっす!」
 食事会場に隣接されている会場が、回避練習(ペイトレーション)で使用する魔力球(スフィア)を利用して照らしだされる。情熱的なタンゴの曲が流され、人々は思い思いに踊り始めた。
 なのはとザフィーラもその中に混じる。思いのほか優しく、それでいて強いエスコートに、なのはは身を任せた。
 実にザフィーラの位置取りは上手かった。四方八方に目を光らせ、それでいて眼光はなのは(パートナー)を射すくめ、衝突など決して起こさない。必ずしも上手い踊り手だらけではないこのパーティーで、全く衝突がないのはこのパートナーくらいだった。
「ザフィーラさん、もしかして護ってくれてる?」
「我は守護獣だからな」
 ちょっぴり彼がカッコよく見えた。同時に、自分もこうでなくちゃと思い始める。
 ユーノの手伝いでジュエルシードを集めることから始まった魔導士の道。これでもう10年になる。途中には挫折しそうになった時もあったけれど、何とか乗り越えてきた。でも、「守るもの」が出来た今、もっともっと自分のやり方を変えていかなきゃいけないんじゃないか。
「ザフィーラさんは、主……はやてちゃんを守るために心がけてることってあるんですか?」
「守ることは何かを犠牲にすることだ。我は主の為ならば――全てを犠牲にする覚悟だ。その覚悟が、心がけとやらかもしれんな」
 ダンスは続く。
(「覚悟」か……私にあるのかな。ヴィヴィオを守っていく覚悟)
「……あまり考えるな」
「えっ?」
「『覚悟』は考えるものではない。いつの間にか心のうちに宿るものなんだ」
 いつの間にか――その言葉が意外だった。そうかもしれない。護りたい人への想いというのは、考えて出てくるものじゃない。
 いつもより、なのはには自然と彼が大きく見えた。
「……そうかも。ありがとう、ザフィーラさん」
 その言葉に、ザフィーラは曲に合わせた見事なリフト&ディップで応えた。寡黙な彼らしいな、となのはは密かに思った。

「はやて、今回の狙いは何だったの?」
 パーティーが終わり、六課の裏で話し込む二人。
「……実はな、なのはちゃんとユーノ君を近づけようと考えたことやったんや」
「それがあんな結末を迎えた、と。なのはが可哀想だよ」
「そんなことないよ」
 背後から聞こえた声に、はやてとフェイトが顔を見合わせる。
「今日のパーティー、とっても楽しかったよ。ユーノ君が来てくれなかったのは少し残念だったけど」
「な、なのはっ!? 聞いてたの」
「ごめんなー、なのはちゃん。ホンマごめん」
 唐突な彼女の出現に二人が慌てる。今までの会話を全て聞かれていたであろうことに彼女らは心を驚かせた。
「なんで謝るの? ザフィーラさんとの話は楽しかったし、それにヴィヴィオを護っていかなくちゃって決意もできたんだ」
 その言葉にさらに二人が顔を見合わせる。
「もっとも、私をもっと護ってくれる人がいたらなぁーって思うんだけど。あ、フェイトちゃんは十分すぎるくらい護ってくれてるね」
 てへ、と笑ったなのはにつられて二人も笑う。
「ザフィーラ、何話してたん?」
「内緒♪」
 口に人差し指を立て、悪魔っぽい微笑みでなのはが答える。
「駄目だよなのは、秘密なんて」
「秘密じゃないもん。ただ答えたくないだけー」
 楽しそうに言う彼女を見れば、二人とも別にいいか、と思ったよう。
「そろそろ恋したいわー」
「六課が終わるまでは無理そうだね」
「うーん、ユーノ君が司書長である限り厳しいかなぁ……」
 年相応の話を咲かせ、晴れ渡った空の下、三人のとある一日は緩やかに流れる雲と同じく、忙しなく動く明日へ向かっていった。


――Tuesday, The Day after LOVOR THANKSGIVING DAY――

「ねーねーザッフィー♪ 昨日なのはママと一緒にいた男の人、誰なんだろう?」
 無知は罪なり。先人はよく言ったものである。狼形態で寡黙を貫く彼を、さらなる衝撃が襲う。
「無限書庫のユーノ君にさっき言ってきたんだ♪ 『ママと仲良しな男の人いたよー』って。そしたらユーノ君青ざめてたの。何でだろうね?」
 今頃、埋め合わせで昨日慌ててユーノが予約したデートになのはが有給で行っているところだろうか。
 ザフィーラは顔色を完全に蒼白なそれにしたが、元々青と白の毛を持つ彼のこと、ヴィヴィオが彼の心労を知る由などどこにもなかった。



[37956] なのはの不景気改善策!?
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/08/05 16:33
※本作品は、4年前に執筆した作品の修正加筆版になります。




「ほな、今月のお給料や」
 部隊長室で毎月渡してもらっている、機動六課の給料。
 なのはは教導隊から、フェイトは執務官として給料をもらっているが、六課に出向の身なのでそれぞれ微妙に変動がある。
 三人は仲がいいが、それでも給与の額はまるで違っていたりする。
 公務員であるなのはとはやてはそれぞれ時空管理局人事課から給料をもらっているが、フェイトは執務官。資格である執務官は官との個人契約という形をとるため、ほとんど実力主義の世界。その中でフェイトはかなり稼いでいるほうだ。
 はやてとなのはは官位の差が給料の差につながる。その差は純粋な給料だけだと倍くらい。だけれども教導隊は危険な実験などの手当金などがあり、実際はそこまで差があるわけじゃない。
「うぅ……今月もお給料下がってるよぉ……」
 明細表をもらってうめくのは、三人の中で一番給料の少ないなのは。
「私もだよ、なのは。みんな少なくなってる」
「とかいって、フェイトちゃんは稼いでるんでしょ」
 ふてくされた顔つきでなのはがフェイトの方を向く。ミッドチルダを襲った不景気。何やらJS事件の後も不穏な空気が立ちこめていれば、民間の給料が上がるわけもなく、自動的に公務員のなのはとはやての給料も下がるわけで。一方、治安が悪くなったミッドチルダではフェイトら執務官に依頼が殺到して、管理局からではなく個人として稼いでいる依頼料などの額が大きくなっているのだ。
「んもー、今日は飲んでやるー」
「お、いいね、なのはちゃん。私も参戦するで」
 給料をもらったらまずは飲み場へ。そんな思考ができているあたり、危ない二人。
 愚痴を延々と聞き続けるはめになるな、と心中溜息をついているフェイト。
 車持ちはこれだから苦しいんだ。
 免許なんか取るんじゃなかった、と一か月に一度思ってしまう。
 それが給料日。
 昔は「飲酒運転しててもばれねーよ」とか言ってた行きつけの店長も最近は地上本部の警戒が厳しいからかそんなことも言わなくなった。数年前、執務官として働き始めたころも飲酒運転の捜査をしたことがあったから、勧められても飲まなかったけれど。
 そうなのだけど……今日も自分だけ素面なのは辛い。自分だって給料減ってるんだから、とフェイトは思う。
「なら代行呼んどくね~、ヴィヴィオどうするの?」
「ヴィヴィオは今日は一人で大丈夫って言ってた。ザフィーラもいるし、なんとかなるよ」
 給料日。珍しくなのはが夜戻ってこない日をヴィヴィオは覚えているらしい。
 結局その日は、機動六課近くのいつもの居酒屋に三人で向かっていた。


       ※       ※



「まったく、カートリッジがいつから天引きになったの~?」
 以前は管理局から支給されていたカートリッヂだが、管理局の予算もかなり危ないらしく、不景気になってからは給料から天引きされるようになっていた。
「仕方ないでしょ、なのは。それより、使いすぎだよカートリッジ」
 なのはの明細表を見ながらフェイトが言う。実際、以前支給されていた量よりはるかに多いカートリッジを一人で使用しているなのははおかしい。
「えー、夜間の実践訓練は大切だよー、教導の間はイメトレしかできないんだからー」
「なのはの昔からの日課だもんね……」
 教導の間もマルチタスクでイメトレしてるんだ、と若干引き気味になってフェイトが言う。
「その実践訓練で、破損した訓練場の修理代、六課の予算圧迫しとんのやけどなぁ~」
 その横では、適度に赤くなったはやてがなのはの方を睨んでいる。
「ごめんね~はやてちゃん、そこんとこは何とかしておいて、お願い!」
 結局、もうやめるとは絶対に言わないんだ、とはやては閉口する。
「なのはちゃんにやめてもらいたいって言ってるんだけどな~」
「え~、なんでなんで~?」
 どう言ってもなのはが納得しないのは、毎度のこと。
 結局今夜も、頑固ななのはに軍配が上がった。
「でさ、この前出張した陸士訓練校の指導じゃさ、いつかのティアナみたいに危ないことやってきたからさ……」
「うん、なのは、イライラしてるのは分かるんだけど、ちょっと飲むペース速いよ」
 いつもの二倍くらいのスピードで飲んでるなのはを心配したフェイトがそう言うと、なのはは冷たい目線をフェイトに送る。
「今私が話してるのっ! 他の話にふらないで!」
「ご、ごめんねなのは……それで?」
 逆切れもいいとこなのだが、フェイトは謝ってしまう。そういう性格なのだから、と自分では納得しているが、たまになのははどうして謝るの? とさらに怒ることもある。 
「でね、やっぱり教導隊の方針としては、そう言う時は体で教えるってのが基本だからね、模擬戦でかかってきた5人まとめてスターライトブレイカーでぶっとばしてやったの」
 うわ、相当機嫌悪かったんだな、とはやてがなのはから目をそらす。
「そしたらさー、その生徒の親たちからクレームが来てさー、体罰だーとか言ってきてんのー」
「ま、まぁなのはのスターライトブレイカー、受けた方は痛いんだからね」
 以前受けた身があるフェイトとしては、生徒がかわいそうに見える。
「そんなこと言ってたら生徒は全然上達しないよ……訓練弾だからそんなに痛くないはずなのに、訴えてやるとか言われてさ……」
 そういえば、最近のニュースでもそんなこと言ってたっけ、とフェイトは思い出す。
 モンスター・ペアレントとか言われる親が急増中、教員がストレスをためているとか。
 自殺する新米教師がどこかの魔法学校で出てしまったとかで、社会問題になっている。
「ねぇ、フェイトちゃん、そんな時ってどうなるの?」
「だ、大丈夫……だとは思うよ。一応。でも最近、そういう訴訟多いし、懲戒免職とかなってる裁判もあるんだよね……」
「え、えぇ~、そんな~」
 可愛げな悲鳴をあげるなのはが、隣のフェイトのもとにしだれかかる。
「大丈夫、そのときはしっかり弁護してあげる」
 なのはの髪をなでながら、フェイトは優しい声でそう語りかけて。
「ええなぁ、なのはちゃんは優しい恋人がいて」
「こ、恋人って、別にそんな関係じゃないよ…………、ね、なのは」
 そう言うと、当のなのはは目を閉じていて。
 ハイペースで飲んで寝てしまったらしい。
「あちゃー、なのはちゃん寝ちゃったかー」
 追加注文したビールを呷るように飲んだはやて。
「どうする、はやて?」
「ええやんええやん、なのはちゃんも疲れてんのやろー、寝させてあげるとええ、さっきから愚痴ばっかやし、少しはこっちの気も考えてほしいわ」
 そう言うはやてにフェイトは苦笑して、すーすー寝息を立て始めたなのはの髪を優しくなでて。
「……ねぇ、はやて」
「なんや?」
「今度、どこか3人で遊びに行こう。なのはも随分イライラ溜まってるようやし」
「そやな、カートリッジの消費量も減らしてもらわんと困るし……最近、どっかのNPOがうるさいんやなー、なんかカートリッジ削減が平和のためだー、とか言って。何気にうちの課、人数比のカートリッジ使用量がトップ3に入っとったりするんよ……誰かさんのせいでなんやけどな」
「はやて、さすがに隠さなくても分かるよ」
「分かっとってもそこは聞くもんじゃないで」


※        ※



 その月の途中、珍しく三人が有給を取って、午後からミッドの某テーマパークに行ってゆっくり時間をすごしたとか。
 なんだかんだ給料が少ないとイライラしていたなのはだが、そもそもこの三人は給料が少ないとはいえ生活に困っているわけではなく、むしろ使い道のないお金がたまっていくだけ。
「たまにはお金を使うのもいいね」
「そうだね、不景気なんだからお金の周りをよくしないとね」
「そっか、お金を使うことが社会の助けにも繋がるんだね!?」
「……うん、そうだけど、なのは。どうしたの?」
「ううん。うふふふ……」

 その次の日、機動六課に大量のカートリッジが届いたという。明細書には「高町なのは」とのお名前。
 部隊長の怒声が聞こえたとか聞こえなかったとか。



[37956] Tomorrow
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/08/06 22:50
本作品は、リリカルマジカル9にて販売しました同人誌『メモリアル・デイズ』(A.C.S.BreakerS)収録の中編を改稿したものです。




 懐かしい匂い。爽やかな風。
 遠い過去に嗅いだ匂いだった。せせらぎが運んできた風だった。
 さえずりが意識に加わり、失われていた五感のほとんどが呼び覚まされると、懐かしさと優しさが混じったあたたかみが体中をふわっと包んでいた。自分の温もりを感じるという朝特有の不思議な現象を感じながら、フェイトは目を覚ました。
 不思議と体に疲れはない。ついさっきまで、疾走していた覚えがあるのに、今の体からはそんなことは感じられない。非現実的な感覚に乗って、彼女は夢心地のまま隣を向いた。
「……え?」
 そこには、自分と瓜二つな髪の毛をした女の子がこちらに背を向けて寝転んでいた。布団越しに感じられるのは確かな温もり。ふと見上げた瞳に映ったのは、遠い昔に住んでいた場所だ。
「ここは……」
 どうして自分がここにいるのだろう、いや、そもそもここはどこだろう。あの場所がここにあるはずがない、そうぼんやりと感じていたフェイトに更なる混乱が襲いかかる。
 コン、コン、とノック音。びっくりして扉の方を向けば、それに続いたのはあまりにも懐かしい声だった。
 どうして扉の場所が一瞬で分かったのだろう、なんて疑問は全く浮かばなかった。
「フェイト、アリシア、アルフ、朝ですよ」
 随分昔のことのように思えるけど、自分に魔法を教えてくれた恩師の声。優しくて、ちょっぴり厳しかったけどいつも自分を心配してくれた人――フェイトにとって、使い魔という存在を超えたその人、リニスの声がした。夢のようだった。
「まさか――」
 ここは大昔、自分がいた時の庭園なのだろうか。明晰なフェイトの思考はそれを否定する。それに今、「アリシア」と聞こえた。その存在はフェイトの記憶にはない。
 もぞもぞ、と動いて、目を擦っている「自分」が隣にいた。少し昔の自分と瓜二つなその人は、自分とはまったく違い落ちついた声でこう言った。
「おはよう、フェイト」
 あいさつだった。あいさつは人の関係を表す。「おはようございます」という全く同じあいさつでも、聞こえ方によって「ああ、この人たちは親しいんだな」とか「まだ他人行儀な関係なんだな」とか、百面相を表すのだ。今のあいさつは、フェイトには自分への親しみが込められているように感じた。まるで、あの事件の後に出逢った大切な仲間たちと同じような、でも少し違う、そんな親しみが。
 けれど、そのあいさつに自分は全く応えることができない。うまく脳が働いてくれず、考えることが出来ない。
 扉が開く音がして、その方向を向けば、やはり記憶の中と同じリニスが部屋の中に入ってきた。
「みんな、ちゃんと起きてますか?」
「はーい」
「う……ん、眠い……」
「二人とも、また夜更かししてたんでしょう」
 そんな会話の中、リニスは寝室に掛けられたカーテンを開ける。柔らかい日差しが降り注ぎ、目覚めにとてもいい光が目蓋を通るが、フェイトにはそれがどこか遠い世界の映画のワンシーンのように感じられた。まるで、そこに自分がいてはいけないような、登場人物ではないような感覚。美術館の絵を見ているような感覚だ。
「ちょっとだけだよ?」
「ねーっ!」
 アルフですら、今は他人のような気がする。けれども、自分は映画館の席に着いているわけではないのだ。そのことを確かめるためには、フェイトに与えられた時間は短すぎた。
「早寝早起きのフェイトを見習ってほしいですね。アリシアはお姉さんなんですから」
「むぅぅ~」
 だから、フェイトは自分で確かめるしかなかった。
「あの……」
「うん?」
「……リニス?」
「はい、なんですか、フェイト?」
 あまりに素っ気ない返事だった。リニスにとって、フェイトはごく自然な風景の一部にすぎないのだろう。
「……アリシ、ア?」
「ん?」
 呼びかけると、アリシアは不思議に思うような顔つきになる。フェイトはアリシアのことは知らない。名前だけ知っていても、後は人づてに聞いたことしかないのだ。全く状況が飲み込めないまま、フェイトは初めて出逢ったアリシアの顔を放心状態で見続けた。
 そんなフェイトの様子を見て、やれやれ、とばかりにリニスが言った。
「前言を撤回します。今朝はフェイトも寝ぼけ屋さんのようです」
「ふふ、ふふふふ」
 いつもは万能な妹が見せたちょっとまぬけな顔を見た、そんな感じでアリシアは笑いを押し殺すように言った。けれども、じっくり考えこもうとしてもフェイトは状況が飲み込めなかった。
 この光景はあり得ないのだ。リニスとアルフだけならまだ分かる。幼心にフェイトは、リニスはプレシアから「契約を解除」されたのだと思い込んだだけなのだから。しかし、フェイトはアリシアの死後に作られたクローンでしかない。フェイトとアリシアが同時に存在することなど論理的にあり得ないのだ。たとえそれが何度も考えた理想だったとしても、神様が作り出さない限りあり得ない世界だ。
「さぁ、着替えて。朝ご飯です。プレシアはもう食堂ですよ」
 リニスの発した一言にフェイトは固まった。夢心地だった意識ははっきりと醒めている。
「……母……さん?」
 最後の最後まで、「フェイト」の母であることを拒絶して虚数空間に滑落した母さんの名。最後に勇気を振り絞って差し伸べた手を、いとも簡単に払いのけた母のことを、フェイトは忘れようとしながら忘れまいと心の奥底に残しておいたのだ。
「はーい」
 アルフとアリシアの返事も、フェイトには聞こえなかった。
 心の奥から蘇ってきたのは、映画とはまったく似つかわしくないものだった。



 アルトセイム地方のすがすがしい空気を吸いこんで、心を落ちつけようとしてもダメだった。
 今までプレシアから一緒に食べよう、となどと言われたことは、リニスの最終課題を解決した時だけだったのだ。食堂に誘われること、それはフェイトにとって恐怖そのものだったのだ。
 プレシアから完全に拒絶されたフェイトの心の傷は、半年で癒えるようなものではない。たとえ、なのはやアリサとすずか、そしてはやてのような新しい友人ができても、リンディやクロノといった新しい「家族」が出来ようとしていても、フェイトは心の奥底で、アイデンティティを失い、人からの愛を失うことに怯えていた。だから、プレシアから食堂に誘われたとしても、また拒絶されるのではないか、ということを極端に怖がっていた。しかも、隣にはアリシアがいる。プレシアの愛を一身に受けていたというアリシアが。また愛してもらえない寂しさをもう感じたくない、そんな感情からフェイトはなかなか食堂に向かう事が出来なかった。
「母様ー、おはよーう」
「おはようプレシアー」
「アリシア、アルフ、おはよう」
 あいさつが聞こえるが、フェイトはその中に入っていくことができない。
「プレシア……困りましたよ、今日は嵐か雪になるかもしれません」
 リニスがプレシアに伝える。フェイトが食堂の柱に隠れながら窺い知れるのは、怪訝な面持ちを浮かべている母その人だった。
「ほら……フェイト」
 急かすようなリニスの言葉に、フェイトはもう隠れているわけにはいかなくなった。
 鼓動が速くなっていくのを感じながら、フェイトは姿を現した。時の庭園での別れの時が脳裏をよぎる。あれだけの勇気を振り絞ったのにも関わらず、プレシアは振り向いてはくれなかった。
 また――また拒絶される。そんな光景がフラッシュバックし、涙が溢れそうになった。
「フェイト……どうしたの?」
 けれども、掛けられた言葉は予想とは違っていた。
「どうも、何か怖い夢でも見たらしくて……今が夢か幻だと思っているようですよ」
「フェイト、勉強のしすぎとか?」
「ありえる!」
 本当に夢か幻か、と思っている。あり得ないことだらけで、何が何だかフェイトは分からなくなっていた。
「フェイト、いらっしゃい」
 言われるがままに、フェイトはプレシアの元に近付いた。彼女はプレシアの言う事は何でも従順に聞いていた。その頃の癖のまま体が動き、けれども顔をこわばらせたまま、プレシアの前で立ちつくした。
 そんなフェイトを見て、プレシアは手を差し出した。頬に触れて、息をのんだフェイトにプレシアは優しく語りかける。
「怖い夢を見たのね…… でも、もう大丈夫よ。母さんもリニスもアリシアも、みーんなあなたの側にいるわ」
「プレシアー、私も」
 アルフのあどけない声も、フェイトには届かない。
「まぁ、朝食を食べ終わる頃には、悪い夢も覚めるでしょう」
「さぁ、席について頂きましょう?」
「はーい」
 周りの会話は、フェイトには全く頭に入っていなかった。みんなで食べる朝食も味がしない。「アリシア」の記憶の中にある、プレシア特製の星型の目玉焼きも、アリシアが左手でその目玉焼きにフォークを突きさしていることも、フェイトにはどうでもいいことだった。
(違う……これは、夢だ……母さんは、こんなふうに笑いかけてくれたことは、一度もなかった。アリシアもリニスも、今はもう、いない……)
 フェイトには、今までのことが夢でこれが本当のことだ、と考えることはできなかった。それだけプレシアから負った心の傷は大きいものだったし、ここにいるアリシアの現実感が希薄なこともその理由の一つだ。何しろ、フェイトにとってアリシアは親しみのある姉妹ではない。
(けれど……それでも)
 これが夢だったとしても。フェイトは、たとえそうだったとしても、今この時間が嘘偽りなく自分が求めていた時間だと確信することができた。夢の中なら、幸せになれる、そんな気がした。
 いつの間にか朝食は終わり、気づけばみんなで町に出ようとしている。これが夢なのか現実なのか、今自分がここにいていいのかどうなのか。そんなことばかり考えていて、周りのことが見えていなかったようだ。
「フェイトー、今度の試験までに、補習お願い!」
 急にアリシアがフェイトに話しかけた。
「う、うん」
 何のことかよくわからなかったが、頷いて返事をした。
 もはや、フェイトにはこれが現実でも夢でもどうでもよくなっていた。
 今この瞬間、自分は誰かに必要とされている。アリシアや、プレシアという家族に必要とされているんだ。確かな実感としてフェイトがそう確認した時、涙が零れ落ちるのを止めることはフェイトには出来なかった。
フェイトが待ち望んでいた、本当の家族の姿がそこにあった。



 急に泣き出してしまったフェイトを心配して、プレシアとリニスはおろおろと最近のフェイトのことを褒め称えていた。魔導士試験が満点で合格だったこと、隣の奥さんと話をしていて鼻が高いこと、実はもう教えることがなくなりかけていて自分も魔導士の勉強を再開したこと。アリシアも姉の尊厳を自分で傷つけないようにしながらも、泣き虫で実は心の弱い妹を鼓舞していた。それを聞いてフェイトは、その記憶が自分にないことを悲しんだ。しかし一方で、そんな思い出をこれから作っていけばいい、とも感じた。こんなにも家族というものが暖かいものだとは思っていなかった。
 泣きやんでフェイトが満面の笑顔を見せると、その家族はそのままアルトセイム地方で一番大きい都市に出かけた。第一世界のミッドチルダの名は伊達ではなく、どれだけアルトセイムの自然が豊かとはいえ、都市には様々なものを売っている店がずらりと並ぶ。
 そのショッピングモールの、ミッドチルダではシンプルな中に趣向を凝らしたデザインが上手いと評判の被服店が目的地だ。
「こんなのはどうかしらね?」
「だめだよ母様、今の流行はドット柄なんだよ?」
 プレシアとアリシアがああでもない、こうでもないとフェイトに合う服を探しては着させている。元々は新しいブーツを魔導士試験満点のご褒美ということで買う、という話だったが、それが何故かいろんな服を見繕うようなことになってしまった。
「あの……母さん?」
「なぁに、フェイト?」
「私、ブーツだけでいいんだよ? こんなに見てくれても……」
 そう言うと、プレシアは少し拗ねたような顔つきになる。
「え……と、母さん?」
 心配になったフェイトが声をかけると、プレシアはそっとフェイトのうなじを撫でて、瞳を覗きこんで言った。
「あのね、フェイト。もう少し甘えてくれていいのよ?」
 隣からリニスがさらに言ってくる。
「プレシアは恥ずかしがり屋さんだから言えないけど、本当はフェイトに『これ買って!』って言ってもらいたいんですよ。心配かけないように、と頑張るのは分かりますが、母親としてプレシアも寂しいんですよ」
「リニスっ!」
 余計なことを、と頬を赤くしたプレシアがリニスを軽く打てば、横から見ていたアリシアがふふ、と笑う。
「それに、フェイトは黒や白の服ばっかりなんだから! もっと可愛い妹が、アリシア欲しいなぁ~」
「ご、ごめんなさい……」
「フェイト、いつも言ってるけれど、何でも謝るのはあなたの悪い癖よ、もっと甘えて、それも直して」
 自己主張があまりに小さいけれど、従順で素直でひた向きな子を心配している母の姿がそこにはあった。心の奥底で望んでいた、自分の成果に喜んでくれるお母さん。失敗したときに心配して、ちょっぴり厳しく心配してくれるお母さん。フェイトが望んでいた、当然あるべきともいえるちっぽけな夢が眼の前にあることで、また目頭が熱くなる。
「でも、あたしもフェイトの可愛い服見たーい」
 アルフの言葉に、フェイトは微笑んだ。
「ありがとう。アルフも、よかったら探してね」
「はーい」
 アルフはそれを聞くや否や他の区画に飛び出していった。
 実はフェイトは今までプレシアから服を買ってもらったことがなかった。アリシアが着ていたお下がりを、プレシアが与えただけだったのだ。服選びに熱中しているプレシアを見て、フェイトは甘えてもいいのかな、母さんの喜ぶ顔を私が見たいのと同じように母さんも私の喜ぶ顔が見たいのかな、と思った。
「ねぇ、母さん……こんなの、どうなのかな?」
 だから、ちょびっと自己主張してみる。おしゃれというものを全く考えないフェイトが選んだのは、風通しのよい新素材でできたという黒いTシャツだった。
「あら、どんなのかしら……?」
「ダメだよフェイト、また黒色じゃない!」
 振り向いたプレシアとの間に割って入るようにふくれっ面のアリシアが入り、フェイトの服を取り上げる。その時ちらりと値札が見えてしまった。動体視力の高いフェイトは目ざとく値段を把握してしまう。
「――母さん、やっぱりこれいいよ! アリシアの言うとおりだし」
「……フェイト、値段なんて気にすることないのよ」
 慌ててアリシアからひったくった商品を棚に戻したフェイトを哀しい顔をしたプレシアが見つめていた。
「いい、フェイト? 愛はお金じゃないの。あなたはそんなこと考えなくて――おねがい、もっと甘えて――」
 ぎゅっと抱きしめられるフェイト。うなじに零れ落ちる熱い水滴に心が沸騰する。プレシアの、母さんの涙だった。
「そうだよぅ、母様がそう言ってるんだから」
「アリシアはフェイトを見習ってもう少しわがままを直さないと、ですよ?」
 そんなプレシアに、フェイトは今度こそ笑って答えた。もう母さんには「仮面」を見せる必要なんてない。認めてもらおう、なんて思わなくていい。私は、フェイト・テスタロッサは、プレシア・テスタロッサの確かな娘なんだ。
「ねぇ、こんなのどーかな。フェイトに似合うと思うんだけど」
 ぼそぼそ、とアルフがどこからか持ってきたのは、この店には似つかわしくない、ゴシック・アンド・ロリータ――ゴスロリと呼ばれるファッションの服だった。
 抱きしめ合っていた親子は、それを見て顔を沸騰させた。
「やっぱり似てるね、母様とフェイトは」
アリシアの言葉が、フェイトは嬉しかった。



 結局ブーツだけでなく、プレシアが見繕った外套まで購入した後、フェイトはショッピングモールのトイレに入った。思い出すのはプレシアの緩んだ頬で、彼女が喜んだ服を早く着たいと思っていた。
 そんな時、フェイトの耳に泣き声が届く。あたりを見渡せば、自分より年下の五歳くらいの男の子が目蓋を腫らしている。迷わずフェイトは、男の子のもとへ駆け寄った。何となく男の子の顔が孤独の寂しさに染まっているような気がした。
「どうしたの?」
 努めて安心させるように優しく語りかける。しばらくじっと男の子のもとで待っていれば、握り拳でぐいっと男の子は涙を拭って、くしゃくしゃの顔のままフェイトに言った。
「迷子に……なっちゃったの」
「そっかぁ」
 聞いた瞬間、フェイトは先ほど自分が怖がっていたときにプレシアにしてもらったように男の子の頬に触れた。豆腐みたいに柔らかいと感じたその頬は、少し緊張で震えはしたがすぐに熱を帯びていった。瞳を覗きこめば、恐怖の色が削げ落ちてゆくのが分かる。フェイトは自然と自分が微笑んでいることを認めた。怯え、孤独に支配される時、人は閉じこもってしまう。昔の自分もそうだった。そんな子を救えたことにフェイトは安堵した。
「大丈夫、お姉ちゃんがここにいるよ」
 無言だったが、フェイトにはこの子が自分に安心しきっていることを確信していた。自分の手をしっかりと握りしめる、涙で濡れたぐしょぐしょだけれど暖かい掌がそれを物語っている。
「お父さんと来たのかな? お母さんとかな?」
 しっかりと目を見て、けれど必要以上に威圧感を与えないように。フェイトはしゃがみ込んで男の子を見上げるようにして話しかけた。同じ目線に立ってはじめて分かることがある。フェイトはそのことを無意識のうちに知っていた。
「お母さん……」
 すぐに答えることはしない。頭を撫でて落ちつかせてから、フェイトは静かに、ゆっくりと言った。
「お母さんとなんだね。お母さん心配してるかもしれないね。お姉ちゃんと一緒にいこ、ね!」
 そう言うと、男の子は何故かフェイトの服をぎゅっと握って離さない。その反応に戸惑っていると、男の子は消えそうな声で言った。
「お母さんに怒られちゃう……」
 はっとした。
 今の男の子は、自分自身だ。「仮面」を被って、母さんの愛情を求めていた、「自分」を失った孤独な子どもなんだ。
 言葉を失ったフェイトは、男の子を抱きしめた。言葉だけじゃ伝わらない、この哀しみを溶かす思いは伝わらない。考えてやったことではなかった。ただ、フェイトはこの男の子を救わないといけないと感じたまま動いただけだった。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが……お姉ちゃんが見守ってるよ」
「……本当?」
「絶対に。絶対にするよ。約束。お姉ちゃんは、絶対に見守ります。今も、これからも」
 強張っていた男の子の手が振り解かれ、フェイトは出来るだけ笑顔を作ろうと取り繕った。
「ありがと……」
 小さかったが、男の子のその言葉は確実にフェイトに届く。
「うん。そしたら、お母さん探さなくっちゃね。サービスセンターまで行かないと……お名前、聞けるかな? 私はフェイトって言うんだ」
「フェ……イト? 変な名前だね」
 ははは、と男の子が笑った。はじめてみる笑顔に、フェイトもつられて笑う。
「そうかな?」
「そうだよ! あ、僕はアラルって言うんだ。アラル・アッラシード」
 どうやら心を開いてくれたらしい。呼びかけに応じてくれたことが、フェイトは嬉しかった。以前の自分がどれだけ分からず屋だったのか、ということが分かる。何度も根強く呼びかけてくれた人はどれだけ寂しい思いをしたのだろうか。
「アラル君だね……カッコイイね。うん」
「ありがと! フェイト姉ちゃんも、変な名前だけどカッコイイよ」
 果たしてフォローのつもりで言ったのか、それとも純真に言ったのか。真意は分からないが、名前を評価してもらえるのは嬉しかった。プレシアの担当研究名から取られた、ということは知っているが、この買い物を除けばプレシアからフェイトに贈られたものはただこれ一つだけ。どんな理由でつけられた名前であれ、母親のプレゼントを褒められてフェイトが喜ばないわけがなかった。
 不意に、男の子の手がぐいと突き出される。
 その意味はすぐには分からなかった。一緒に行こう、という意志表示だということは分かる。しかし、フェイトは手を差し伸べて男の子を救うのだとは思わなかった。この小さな手は、昔の自分に手を差し伸べているのだと、その手を取らなくてはいけないと。
「……じゃあ、行こっか」
 フェイトは男の子の手を強く握りしめ、そう言った。
「痛いよ、フェイト姉ちゃん」
「あっ……ごめんごめん」
男の子が痛いというくらい、強く。



 カスタマーサービスと書かれているところに男の子を連れていくと、ショッピングモールの担当者が丁寧に応対してくれた。ありがとうございます、と担当者は言ったが、フェイトはそれで去るつもりはなかった。だから、男の子とは手をしっかりと繋いだままだ。出会ったときとは違い、フェイトよりも男の子の力の方が強くなっていた。
 男の子が感じる以上に、フェイトは男の子の母親の態度を心配していた。だんだんと言葉少なになり、しまいには沈黙が二人を包む。
 心臓の鼓動にフェイトは震えた。寒くもないのに寒気がし、吐きそうなくらい気分が悪くなる。
 そんな時間が過ぎ去っていき、何分かすると男の子の母親がやってきた。
「アラル!」
 そこにいた担当者や他の客が驚くくらいの大きな声で、母親が駆け寄ってきた。フェイトの脳裏に、プレシアとの別れがフラッシュバックする。
 固唾をのんでフェイトが見守る中、母親が最初にやったことは男の子を抱きかかえることだった。
「どこに行ってたの……? 母さん探したんだからね!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「絶対に離れちゃだめって言ってたでしょ!」
 母親は泣いていた。フェイトも泣いた。
 怒っている言葉を使っていた。それでも、この母親からあふれる愛情は確かにフェイトには感じられた。男の子も怒られたことよりもまた会えた安心の方が大きいみたいだった。
 いつの間にか、寒気は消えていた。
 親子は所定の手続きを済ませると、フェイトのもとにやってきた。
「フェイト……さん? 本当にありがとうございました、うちの子が迷子になってしまって、私も焦ってしまって……もし怪しい人に連れ去られたら、と思うとフェイトさんがいなければうちの子は大変なことになっていたかも。本当にありがとう」
「い、いえ。当然のことをしたまでです」
 頬を赤らめたフェイトが応えた。
「どうしてもうちの子がお礼を言いたいと……聞いてやってもらえますか?」
「もちろんです」
 出会ったころと同じようにしゃがんで、フェイトは男の子に微笑んだ。
「ありがとう、名前のおかしなフェイト姉ちゃん!」
 そう言って男の子は、まるでフェイトがいいことをしてそれを褒めるようにフェイトの頭を撫でた。
「な、何やってるのアラルっ! ごめんなさいねフェイトさん……こらっ! なんて世間知らずなことを……」
 フェイトがどういたしまして、と言う前に母親は男の子を抱きかかえてしまった。
「本当にありがとう! じゃあ、アラル行くよ」
「ばいばーい、フェイト姉ちゃん」
 落ちないように母親にくくり付けた左腕ではなく、自由な右腕で男の子はしっかりとフェイトに手を振った。
「ばいばーい、アラル君!」
 名前を呼んで、精一杯叫んだ。二人がショッピングモールの群衆に隠れてしまうまで、フェイトは手を振り続けた。
 やがて親子が見えなくなると、フェイトは振っていた手を下して見つめた。この手であの男の子を救ってあげられたことが、フェイトにとって何より嬉しかった。
 あの日、プレシアに見捨てられたとき、フェイトは自分がなんて無力な存在なのだろうと感じていた。見捨てられたことのせいではなかった。「娘」として、プレシアを救えなかったこと。アリシアになりきれないばかりでなく、「フェイト」として母さんを救えなかったこと。何もかも救えない無力な存在というレッテルをフェイトは自分自身に貼ってしまっていた。
 極力フェイトはそれを忘れようと努めた。なのはやリンディたちとの生活の中で、その心の傷をフェイトは自分から遠ざけようとした。周りの人から心配されないように、悩んでいないふりをした。自分を救ってくれた友達にフェイトは感謝したが、その一方である種の劣等感もフェイトは確かにあった。友人と過ごす楽しい時間の前に、その感情を押し殺すことは実に容易いことだったが、心の奥底に確かにその感情は巣食っていた。
「私……人のために、働けるのかな。母さんみたいな人を、一人でも救えるの……かな?」
フェイトはその手を堅く握りしめた。



 ふと、自分がプレシアたちから随分離れたことにフェイトは気がついた。しかも、プレシアのもとへの戻り道もうろ覚えで自信がない。こういうのを、何というのだったか。迷子の男の子を助けて、自分が迷子になったらしい。
 フェイトは困った。何しろ今までいたカスタマーサービスに戻るのは体裁が悪すぎるし、かといって念話を使用すると市街地での許可なし魔法使用で役所仕事が増えることになるだろう。自分もおっちょこちょいだな、と自覚したところできょろきょろと周りを見回してみる。一度も来たことのないショッピングモールの区画で、しかもこの人ごみの中からプレシアやアリシアを見つけだすことは不可能に思えた。不安が、フェイトの顔ににじみ出る。
 その時だった。一斉に群衆が振り返るくらい大きな声が発せられた。
「フェイト!」
 プレシアだった。
 迷惑そうな他の客を全く顧みず、ただフェイトのことしか見ていないようにプレシアはまっすぐ人の海を掻き分けてフェイトのもとにやってきた。
「やっと……やっと見つけた……」
 息も切れ切れになりながらプレシアがフェイトを抱きかかえる。その後ろからはリニスやアリシアがついてきている。
「心配したのよ? どこ行ってたの?」
「ご、ごめんなさい」
 胸にうずくまったままフェイトが言った。
「今、プレシアは迷子のアナウンスを出そうとしていたんですよ。恥ずかしいことになるところでした。フェイトがカスタマーセンターにいるとは思いませんでしたが。大方、先ほどのアナウンスの子でも連れて来ていたのでしょうが、一報くらい入れてほしかったですね」
「フェイトは優しいから、何も見えなくなっちゃうんだよねー、私たちのことも考えてほしかったよね」
「うんうん!」
 リニス、アリシア、そして使い魔のアルフからさえも叱責を受け、フェイトはただ謝るしかなかった。
「ごめんなさい……」
「フェイト、もう絶対に離れないって約束して、ね?」
 無理な約束で、子供の親離れを阻むことになりかねない言葉だが、プレシアはそう言わずにはいられなかったのだろう。
「うん」
「フェイトばっかりずるーい、私も!」
「もちろんアリシアも、絶対に離れないでね」
 アリシアがフェイトの横に飛び込んで、プレシアが二人を抱きかかえる。
「あらあら、二人とも今日は甘えてばかりですね。プレシアも、そんなに甘やかさないでください」
「だって……」
「いいですか、教育というのは、甘やかすことだけじゃないんですよ。……」
 リニスがプレシアに小言をつけている間、フェイトはずっと「今」のことを考えていた。
 プレシアに見つけてもらって嬉しかったのはある。こうして家族に囲まれて、これが自分の一番欲しかったことだというのも分かる。けれどフェイトは、自分の心がまるで風船のようで、その風船に針が突きたてられて今にも破けてしまいそうになっているように思えた。
(母さんもアリシアも、すごく優しい。リニスも、アルフも、みんなみんな……だけど)
 それは決して、この瞬間が終わってしまうという、幼子が遊園地の夕暮れに夢の時間の終わりを告げられる悪夢への恐怖に駄々をこね始めるようなものではない。いつかは絶対の別れがやってきて、離れ離れになってしまうんじゃないかという大人びた思春期の不安でもない。
(だけど、これは夢なんだよね……)
 最初からフェイトは分かっていた。この世界が虚像であり、本物ではないことを。
 歪んだ願いが作り出した、自分が幸せになるための世界であることを。
 フェイトの悩みは、幸せを捨てるのかどうか、ということではない。
 たとえ夢であったとしても、プレシア、リニス、そしてアリシアといった存在を否定することができるのか。否定する勇気は自分にあるのか。彼女にとってPT事件は終わっていない。PT事件の被害者は自分ではなく、社会の歯車に潰されたテスタロッサ家の幸せそのもの。家族の死後、その亡霊を手厚く弔うように、フェイトは今、亡霊に手を差しのべたかった。助けたかった。救いたかった。それがはなむけだと思っていた。
 だから、今「幸せ」な家族に真実を告げることはフェイトには出来なかったのだ。
 けれど喉笛に突き刺さった魚の骨がフェイトを苛まさせる。
(本当に……本当にこれでいいのかな?)
 自分、そしてプレシアやアリシアの幸せを守り抜くことが自分のやるべきことなのだろうか。夢に閉じこもって幸せを夢見ることが自分のやるべきことなのだろうか。あの男の子のような幸せを守っていきたい。母さんやアリシアの幸せも守りたい。二つとも守ることができればいいのだけれど、それは不可能だ。
 フェイトは、どうしていいのか分からなかった。
 いつしか心の中で、迷子になっていた。現実からも、虚像からも離れた、孤独な迷子になっていた。



 町から帰った後、フェイトは買った服を着てアリシアと外に出た。庭園の草原で駆け回っているアリシアを見ても憂鬱さが増すばかりで、フェイトは気にいっている大木に背を預けた。はるか昔の記憶に残る、好きだった物語をアリシアは草原に寝転んで読み始めた。
 物語のあらすじはフェイトも知っている。ある旅人が漂流して、様々な国を訪れるという話だ。小人の国、巨人の国、天空の国、不老の国。めまぐるしく変わる挿絵に心奪われるアリシアに、私もその旅人なんだよ、とは言えない。
 どれほどの時間がたったのか、雨雲が急に広がり、今にも雨が降りそうになった。
「あれ……雨になりそうだね。フェイト、帰ろう?」
 そのことに気付いたアリシアが、パタン、と本を閉じて言った。けれどもフェイトは反応せず、ただ体を大木に預けて雨雲を見つめているだけだった。その目に意志は宿っていない。
「フェイトってばぁ」
 聞こえていないのかと思ったアリシアが、声を大きくしてフェイトに言う。けれども、これからどうしたらいいのか、と延々と考え続けていたフェイトは独りになりたかった。このまま優しいプレシアに会うと、何か申し訳ない気がしたのだ。
「ごめん、アリシア。私はもう少し、ここにいる……」
 ここで独りでゆっくり考えるつもりでフェイトは言った。
「そうなの? じゃ、私も」
 ところがアリシアはフェイトの思いには気付かず、明るい調子でフェイトの横に座り込んだ。
 フェイトは追い払うことはしなかった。別にアリシアがいようがいまいが、独りで考えることはできる。無理にこれ以上言っても、アリシアを傷つけるだけだと思った。
 雨は一瞬で本降りになった。視界は狭まり、二人の周りの世界を洗い流すようだ。
「一緒に……雨・宿・り」
 同じ場所にいられるのが嬉しいのか、アリシアは体を寄せて笑顔になる。フェイトはそれを見て、ある決心をした。隠しだてをするのはもうやめよう。話をして、アリシアの話も聞いて、それから考えよう、と決めた。けれども、いざそのことを言いだすとなると難しかった。
 雷の音が光に遅れてやってくる。
「ねぇ、アリシア……これは夢、なん、だよね……」
 いつの間にか、口に出してしまっていた。
 アリシアは、まるで「夢」の人のように何も答えてはくれなかった。
「私とあなたは、同じ世界にはいない。あなたが生きてたら、私は生まれなかった」
 ゆっくり噛み締めるように、フェイトは一言一言を発した。自分はアリシアの幻影で、そしてアリシアは自分の虚像。一緒に存在することなどできない。どちらかに光が当たれば、もう一方は影になるのだ。
「そう……だね」
 そのことを、アリシアは認めた。
 心のどこかに、アリシアに否定してほしかったという思いがあった。この世界が本物だとそう主張してほしかった。けれどもアリシアは、フェイトと同じように自分の幸せだけを考える子どもではなかった。生前のアリシアも、親の離婚の悲しみをぐっと堪えてプレシアを励ましていたのだ。
 もうこうなったら思いを全てぶつけてしまおう。「母さんも、私にはあんなに優しくは……」
「優しい人だったんだよ。優しかったから、壊れたんだ。死んじゃった私を、生き返らせるために」
 フェイトの言葉を遮るようにアリシアが言った。
「ごめんね、フェイト。私、全部知ってるんだよ。母さんがフェイトにやったこと、ぜーんぶ」
 どこか悲しげな眼でアリシアが言った。
「私が死んじゃう前に、母さんを喜ばせなきゃいけなかったのに、それが出来なくて――」
「それは違う!」
 今度はフェイトがアリシアの言葉を遮る番だった。
「私が、母さんを救えなかったんだ……ごめんね、アリシアの代わりにはなれなくて」
「フェイトが悪いんじゃないよ。私のせいで、母さんもフェイトも傷ついちゃったんだ」
「そんな――」
「だって、さっきの母様は楽しそうだったよね」
 顔を背けながら言い合っていたが、ここでアリシアがフェイトの方を向いた。じっと覗いてくるアリシアに、フェイトは押された。
「でも」
 高い音とともに、フェイトは自分の頬が熱くなるのを感じた。俯いて何かを言おうとしたフェイトの頬を、アリシアが叩いたのだ。
「フェイトの馬鹿っ! フェイトが私になる必要なんてなかったんだよ……フェイトはフェイトで、私の妹なんだから」
 アリシアの思わぬ行動に、フェイトは驚いた。
 フェイトの記憶に残るアリシアの面影は、幸せに囲まれたものだった。こんなにも自分の意志を持った子だとは思っていなかった。
 どちらもその後、口を開くことはできなかった。打開しがたい空気が二人を包み始めた。
 雷が鳴る。光ってから音が訪れるまでの時間が縮まり、落ちた場所の距離が縮まったことが分かる。
 雨はより激しくなり、晴れならば全体が見渡せる山々はおろか、すぐそこにあるはずの庭園の住居すら見ることが出来ない。
「ありがと……ね」
「えっ」
 沈黙を破ったのはアリシアだった。予想さえしていなかった言葉にフェイトは驚いてアリシアを見た。
「私ね、こんなことやりたかった……母様といるとき、いつも思ってたの。弟や妹が欲しいな、って。一度、母様にそのこと言ったら、困った顔になっちゃって」
 フェイトは黙って聞いていた。知っていたからだ。プレシアには夫がいない。だから、あの狂気を止めることはできなかったのだ。アリシアを失ったプレシアは、プレシアに虐げられていたフェイトと同じだったのだ。孤独という絶望に僅かに差す光、それがフェイトにとっては願いをかなえる石「ジュエルシード」であったのに対し、プレシアのそれは願いをかなえる場所「アルハザード」であった、ただそれだけのことなのだ。
「フェイトを見てて、羨ましかったよ。素直で、真面目で、母様の資質も受け継いで、テスタロッサ家のスピードも備えて……私は全然敵わないよ」
「でも、私は母さんを幸せには――」
「フェイトは知ってるんでしょう? 母様は気付いてないんだろうね。私とフェイトが姉妹のこの世界で、私、フェイトに嫉妬しちゃってたんだ」
 雨の方を向いてアリシアがしゃべる。
「賢くて、運動が出来て、優しくて、でも意外と負けず嫌いで、もっともっと母様を幸せに……ううん、私と一緒に母様を幸せにできる姉妹が欲しかったんだ。それでね、嫉妬しても、それで妹に負けないようにって私も頑張るんだ、って思ってた。――母様を幸せにすることは、私は負けないよ。たとえフェイトでもね」
 その言葉にフェイトが横を向けば、アリシアは微笑んでいた。
「……ねぇ、フェイト? 夢でもいいじゃない ここにいよ、ずっと……いっしょに。私、ここでなら生きていられる。フェイトの、お姉さんでいられる。母さんと、アルフと、リニスと、みんなと一緒にいられるんだよ。フェイトの欲しかった幸せ、みんなあげるよ?」
 ずるいとフェイトは思った。こんな風に言われては、アリシアの想いを撥ね退けることなんてできない。
(私の幸せ――本当に夢みたいに、母さんがいて、アリシアがいて、家族で過ごすこと)
(だけど、やっぱりそれは夢でしかないんだよね)
(それでも、母さんを幸せにしてあげたい)
 様々な思いがぶつかってはフェイトを苦しめる。
 ここでプレシアやアリシアを幸せにしたい。そうすることが自分の願いで、幸せなんだと思う。この世界を創ってくれた神様にもお礼を言いたいくらい、フェイトはここに留まることを願った。
 けれども、フェイトの心の中には出逢ってきた友人や新しい家族の姿がある。自分を救いだしてくれて、今は逆に救ってあげないといけないなのは。孤独から抜け出しておろおろしている自分を助けてくれたすずかとアリサ。新しい居場所をくれ、心の傷を癒してくれたリンディ。無骨なりの優しさでフォローしてくれるクロノ。
 自分がいなくなって大変な思いをする人たちがいる。
 自分には差しのべなくちゃいけない手がある。
 長い熟考の末、フェイトは一つの決断を下した。じっと見つめて待っていたアリシアにたじろぎそうになったが、言いきった。
「ごめんね、アリシア……だけど、私はいかなくちゃ」
 なんて残酷な言葉なんだろう、とフェイトは思った。
 この瞬間、自分はこの世界の母さんとアリシアの喜びを奪ったんだ。フェイトはそう思わずにはいられなかった。存在意義を否定する言葉、フェイトはその重みをよく知っていた。新しい娘になろうと誓って、一瞬でそれを否定された悲しみを忘れたことはない。
「うん……」
 なんで怒らないの、とフェイトは思った。さっきみたいにわがままを言っている自分を叱りつけて殴ってほしかった。家族を裏切った罰が欲しかった。でもアリシアは、頷いただけだった。
 胸が張り裂けそうになるほど、フェイトは自分の罪を自覚した。アリシアが、自分の幸せを犠牲にしてもフェイトの幸せを優先するなど当然だ。何故それに気付けなかったのだろうか。アリシアは最初から自分にこの決断をさせるつもりだったに違いない。
 ――なぜなら、アリシアの左手に、バルディッシュが握りしめられていたから。
そして言葉の罪はもう一つ。どこかで、永遠を告げていた時計が壊れたはず。時の砂を止めていたものは既に消え去ってしまっている。夢が消え去る前にやらなくてはいけないことが二人にはある。時を惜しみながらやらなければならないことがある。
 二人は無言のうちに抱き合っていた。
 うなじに零れ落ちるアリシアの涙は本物だ。沸騰したように熱く、心の闇を溶かしてくれる。
「ありがとう、フェイト。お姉ちゃんになれて、嬉しかったよ。ありがとう、私の妹でいてくれて――喧嘩することだって、私の夢だったんだ。叶えてくれて、ありがとう」
 感謝の言葉がフェイトの胸に突き刺さる。今は、自分の幸せだとか相手の幸せだとか、そんなことはどうでもよかった。ただアリシアとの別れが悲しかった。
「ありがとう、ごめんね、アリシア」
「いいよ、私は、フェイトのお姉さんだもん。待ってるんでしょ、優しくて強い子たちが」
 待っている。そう、私を待っている人たちがいる。アリシアはそこへ自分を誘ってくれている。フェイトの涙がまた増える。
「うん……」
「……最後に一つだけ。お姉さんのお願い、聞いてくれる?」
 アリシアはそう言うと腕を解いて大木に向かった。何をやっているんだろう、とフェイトが覗きこめば、アリシアは根っこにかかっていた何かを取り出した。
「本当はこれ、母様の誕生日にプレゼントするものだったんだけど、フェイトにあげる。これで、いつまでも私や母様や、リニスのことを忘れないでね……」
 シロツメクサの冠だった。
 茎を器用に曲げて織り込み、白い花がきちんと揃っている。涙にぼやけてよく見えないそれを、アリシアはフェイトの頭に載せた。
「絶対忘れないよ! お姉ちゃん」
 フェイトがアリシアに抱きついた。フェイトも、自分にアリシアのような姉が欲しかったという願望があったとこの瞬間思い知らされた。二人は現実と偶像のはざまを揺れながら、夢の中で確かに「姉妹」として出逢い、そして「姉妹」として生き、悲しいことに「姉妹」として別れを迎えた。
「……お姉ちゃん、かぁ。私、お姉ちゃんになれたんだね」
 アリシアが抱きしめ返す。
 別れを覚悟したのか、アリシアが目をつぶる。優しい微笑みのまま、アリシアは言った。
「じゃあ、行ってらっしゃい、フェイト」
 二人の最後の瞬間だった。フェイトは何か言おうとしたが、それを言葉にすることはできなかった。ただ頷くことしかできなかった。
「うん」
 もっともっとアリシアの存在を確かめたい。フェイトは今さらながら、アリシアを強く握りしめる。けれどもアリシアは透明に澄んでいく。まるで実体がないかのように、フェイトはアリシアの重さ、温かさを感じることはできなかった。ああ、別れなんだ。認めたくないという思いとは裏腹に、夢の残り時間を告げる砂時計は残酷に流れていく。
「現実でも、こんな風にいたかったなぁ……」
 アリシアはその言葉を残して消えた。
 残されたのは、より一層激しさを増した雨に打たれるシロツメクサの冠だった。
 



 大変な一日が過ぎ、二五日、クリスマスがやってきた。
 いつものように朝起きると、メリークリスマスという掛け声とともにリンディやクロノ、アルフがフェイトにプレゼントを贈った。もらうだけじゃなく、前から準備していたものをフェイトは「家族」に手渡していった。
 学校は通常の日程が終了してしまっていたが、今日は昨日出来たばかりの友人に会うために外に行かなければならない。フェイトの睡眠時間は三時間。新しい友人の四人にはプレゼントを全く準備しておらず、事件後の疲れた体を動かして必死で編んだマフラーを贈る予定だ。
 半年前から一緒にいる友人にもきちんと説明しなくてはいけない。フェイトは秘密にするつもりは全くなかったのだけれど、状況がその言い訳を許さないだろう。
《sir. 》
 突然、バルディッシュが話しかけてきた。
《Is there a time? (お時間はありますか?)》
「うん、あるよ」
 普段は寡黙なこの相棒が、こんな風に語りかけてくることは珍しい。
《An uncertain file was discovered while self-maintaining. Since the file name was "Gift from family", I reported to sir though I may delete. (自己メンテナンス中に不明なファイルを発見しました。消去してもよろしかったのですが、ファイル名がGift from familyになっておりましたゆえ)》
 闇の書に取り込まれたときに上書きされたのだろうか、そんな理由づけをするまでもなくフェイトにそれが家族からの贈り物だと分かった。
「バルディッシュ、開いて」
《Yes. It may be a message. It seems that it puts on the barrier jacket and seeing of the collar of the mantle. (メッセージです。バリアジャケットを着てマントの襟を見て、とのことです)》
 すぐにバリアジャケットを装着する。いつもはショック・アブソーバーとして使っているそのマントの襟は何故か少し膨らんでいた。
 ナイフを使って襟を開くと、端が切られたシロツメグサの冠が出てきた。
「――これって」
 それは、庭園での最後の別れの時に頭の上に載せてくれたものだった。
「本当に、贈ってくれたんだね……」
 フェイトは机の中にしまっているプレシアとアリシアの写真を取り出した。あの夢の中と同じように二人が微笑んでいる。アリシアの腕には猫のリニスがしがみついていた。
 フェイトは今、その微笑みが自分に向けられていると思った。
「ありがとう……」
 シロツメクサだけではない。プレシアからはこの身を、そして命を。アリシアからは優しさと意識を。そしてリニスからは大切な相棒を。
(みんな、夢の中でも幸せに……私も絶対、幸せになるから。それで、いろんな人を幸せにしていくから)
そう誓って、フェイトはシロツメクサの冠と写真を机の中に入れる。時計を見れば、たくさんの友達と会う時間になっていた。
(また、夢でもいいから逢えるかな……)
けれども、夢を見る前にやるべきことはたくさんある。一生懸命現実を生きて、そうしたら儚い夢を神様におねだりすればいい。
 家族を一番身近に感じられる相棒に、フェイトは言った。
「行くよ、バルディッシュ」
 長い夜は明けて、夢は醒める。その先には輝かしい今があって、そして次の夢の先には、まだ誰も見たことのない明日があるはずだ。夢を待ち、今に立ち向かう決意をしたフェイトに、相棒はいつもの如く応えた。
《Get set. 》



[37956] 教導
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/08/06 22:55
本作品は、リリカルマジカル9にて販売しました同人誌『メモリアル・デイズ』(A.C.S.BreakerS)収録の中編を訂正・改稿したものです。



はしがき


 私はこの手記の作者である男に会ったことはない。ちょっとした偶然で、この男の出自を調べる必要があり、遺族の許可を得て男の遺した書斎を調べている時にふと発見したのだ。高名な彼とは似ても似つかわぬこの手記は、おそらく男の羞恥のために長く部屋の奥に隠されていたのだろう。私が見たときは、既にこの手記はほこりが被っており、さらに少し黄ばんでいた。
 先に忠告しておきたいが、私にはこの手記を世に出すことでこの男の隠された恥をさらけ出そうというタブロイド紙の記者がやりそうなスクープを作り出そうという意図はない。人間、若かりしときは必ず失敗するものであり、それはこの男であれ君であれ変わりはない。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言うではないか。やはり高名な戦技教官として生前名が高かったこの男は、一生の恥を遺すことはなかった。この手記を読む諸君にあたっても、高名なこの男が恥をもって知った大切なことをどうか理解してほしい。
 諸君は「教導」という語句にこめられた意味を理解しているだろうか。諸君が教育隊を目指すのか戦技教導隊を目指すのかどうかは関係ない。教える立場にあるならば私は知っておかなければならぬと思うのだ。そもそも男は戦技教官であった。彼の成功は戦技教官を目指すものは「教導」の意味を知らなければならないという証明であろう。
 答え合わせは男の手記を見てほしい。諸君のために、ひいては諸君の指導を受けるミッドチルダの後塵のためになれば幸いである。



男の手記



 ついにインターンシップが始まる。どんな教職に向かうにしろ、これからの実習が大切だ。気を引き締めなければ。
 今日のガイダンスはかなり騒々しかった。君はHか、Uか、Eか、それともSか。そんな質問攻めにあった。正直何を言っているのか分からなかったので最初に質問してきた奴に「どういう意味だい?」と聞けば、彼は「Hは高等部卒、Uは大学卒、Eは教育学部卒、Sはスペシャル――つまりそれ以外さ」と答えたので、俺はEだと答えた。彼は残念そうに微笑むと、他の奴のところにいって「あいつはEらしいぜ」と触れまわっていた。
 彼のやろうとしていることは分かる。要するに彼は一般的なUなのだろう。このご時世、好き好んで教育学部に行く奴なんて学院の教員になるのがまっとうだ。とはいえ俺のような教育学部生はスキルだけはあるものだから、僻みであんな風に俺をさげすんだんだろう。まったくばかげた奴らだ。
 騒々しかったのはそんな馬鹿たちがいたからじゃなかった。S――スペシャルがいたのもその一因だ。要するに、相当低い年齢の奴がいた。
昨日調べていた奴だ。同じミッドチルダ第三士官学校にインターンに来る、アグレッサー志望の奴。十三歳とかいう異様な若さが特徴だろう。
あまりに驚いたもんだから調べてみたが、昨年任務に失敗し重傷を負って入院したことのほかには、ミッドチルダでの活動記録はほとんど見られなかった。本局で活動していた奴みたいだが、十三歳で務まるのか、アグレッサーが。
 そいつのせいで騒々しかった。誰もがこんな若い小娘が、と思ったんだろう。見に行って驚いた。ただの可愛い中等部の女の子とどこが違っているのか見当もつかない。どうせ十三歳ということだ、教導の何も分かっちゃいまい。天才的技能を持っていて、ただ指導にあこがれているだけの小娘なんだろう。
 妬みか。書いていて気付いた。戒めなくてはいけない。俺はそこらの馬鹿とは違うはずなのに、今彼女に妬んでいた気がする。Sという肩書きをさげずみ、自分の努力を否定しまいとする――そんなのは馬鹿げているはずだ。
 自己嫌悪に陥っていてもしょうがない。
 とにかく明日から始まる実習次第だ。


 実習が始まった。第三士官学校にはやはり俺と彼女がインターン生だった。
 彼女の名は高町なのは。知っていたが、改めて本人の自己紹介の口ぶりを聞けば本当に中等部の女の子だ。
 しかし実力はある。それは認めざるをえない。第三士官学校のエースと撃ち合う模擬戦がインターンの始まりだったが、俺と彼女はやすやすと相手二人を落としてしまった。何せ彼女の空間制圧能力がめちゃくちゃに高い。エースに勝ったということで、俺たちより年上もいる生徒を指導できる足場は作れただろう。
 それぞれ十人の教導を担当することになった。それぞれの隊で模擬戦を行っていくというスケジュールらしい。
初日はたいていガイダンスで終わらせるのが通例だから、十人にこれからのカリキュラムを伝えて二時間くらいで食堂に向かった。そこに例の彼女がいたのである。
 後から聞いたが、彼女はどうやらいきなり問答無用で模擬戦をやって生徒をたたきのめしたらしい。なんてやつだ。いきなり生徒の不信を買ってどうする。自分の無意味な優位さをアピールしたところで教導はどうにもなるまい。
 所詮天才には凡人の考えることは分かるまい。努力で手に入れた輝かしい力、誇らしい力。それを否定されれば反感しか生まれようがない。
食堂でカレーライスを食べていた彼女にそう暗に伝えれば、彼女は否定してきた。
「そうかなぁ? 私はぶつかり合って分かることもあると思うんだ。教科書を覚えたり暗記したりすることも大切だけど、実戦で使えないと意味がないよ」
 そんなことを言われ、闘志に火がついた。いいだろう、どっちが正しいかこれからの教導で確かめてやろう。
指導した部隊同士の模擬戦。ここでどっちが正しいか確かめようじゃないか。
 あえてカレーライスではなくカツ丼を選んでやった。決意表明だ。俺も若い、そう実感した。


 教導は三日に一日休みになる。俺と彼女はその休みがずれているから、その休みを利用して敵情視察をしてみた。
どうもわからない。彼女の魔力運用がうまいことは分かるが、だからといって生徒は力が伸びるのか。
 この年でSランク保有の彼女には分かるまい。戦技にはそれぞれ躓きやすいポイントがあって、教官はそのポイントを教えなければならないということが。天才にはそのポイントは分からんだろう。二十歳になってようやくAAAの俺だからこそ教官に向いている。そんな自負はある。
 しかし彼女の戦技自体は上手い。参考にすべきことがありありとある。ますます妬ましさを覚える自分に腹が立つ。
出来るだけここにいる間に彼女の戦技を盗もう。彼女の手にあるだけでははっきりいって宝の持ち腐れだ。ポイントが分かるものが手にして初めて有用になるんだ。
 敵情視察。正直、今週の模擬戦は勝てる気がする。奢りか? いや、正当な分析だろう。


 初の模擬戦。圧勝だった。
 こちらの生徒は新しい戦技で1対1で個々敵を撃破して、終わってみれば負傷者はあちらだけ。こうなると彼女の生徒が心配になってくる。毎日、超越的な強さにしごかれるだけしごかれたあげく、こうして俺たちの小隊には無様に敗北する。精神的に参ってくるのは次の模擬戦あたりだろうか。
 まぁ、彼女は負けた彼らに笑顔を振りまいているからそこまで病むことはなさそうだ。彼女の笑顔は確かに癒される。けれど不満と癒しはまったく別のもので打ち消し合うようなものじゃない。
 夜、彼女の生徒と話をする機会があった。自分の部屋に誘って色々聞いてみたが、やはり彼女に対する不満は大きい。
 ざっくりメモを写しておこう。
「高町教官の指導はどうだ?」
「……正直、辛いです。先が見えないんで」
「先が見えない?」
「はい……やってることは基礎ばっかなんですけど、それがもの凄く辛くて」
「まぁ、彼女にも思うところがあるんだろ。今後も辛いようだったら俺からも言っとくよ」
「ありがとうございます」
 驚いたことに、彼女は戦技の何も教えていなかった。
 そりゃぁ圧勝するのは当たり前だ。彼女の生徒は、彼女が来る前となんら変わっていないんじゃないのか。アグレッサー志望が聞いてあきれる。
 とにかく自分の教導に集中しよう。彼女に振り回されるのはあっちの生徒だけで十分だ。


 二週目。
 今週は敵情視察は行っていない。だが早急に行く必要が生じた。
 明らかにあちらの小隊は強くなっている。こちらの隊列の乱れを突いてきたり、集団防衛を行ったり。結果的にはこちらの勝利だが、この週だけ見ればこちらの小隊の敗北だ。
 分析をしてみたが、こちらの小隊は教えたことが守られていないことが原因で潰されている気がする。一週目に教え込んだ理論が間違っていたり、忘れてしまっていたりで使い物にならない感じになっているところもある。こちらは弱くなり、あちらは強くなり……それではどうしようもあるまい。
 正直、腹が立つ。「そうかなぁ? 私はぶつかり合って分かることもあると思うんだ。教科書を覚えたり暗記したりすることも大切だけど、実戦で使えないと意味がないよ」そんな彼女の言葉が脳裏から離れない。
 覚えも速かったことには速かったが、それと同時に失われていくスピードもまた速い。復習の時間を割いてなんとか支えないと問題だ。


 今日は完全な休暇だったので、一日中彼女の教導に張り付いてみた。
 至って普通のことしかしていない。まずシュートコントロールの練習から始まり、そしてペイレーショントレーニングに移り、最後に模擬戦形式の実践演習を行って午前中は終了した。
「あ、こんにちは!」
 彼女は食堂で私に声をかけてきた。
「お仕事お休みじゃないんですか?」
 視察しに来た、と言うわけにもいかず、少し騙し騙しに話題を逸らした。彼女は今日は弁当を持ってきているようだ。かなり可愛らしいその中身を見れば、本当にアグレッサー部隊志望のエリートというよりはかわいい女の子にしか見えない。その弁当の話題にふると、彼女は微妙に頬を赤く染めた。
「……友達に作ってもらったんです」
 彼女が言うには、出身が別次元世界でその次元にある学校の長期休暇を利用してインターンに来ているとのこと。同じ学校から同じようにインターンに来ている友達に作ってもらったらしい。それとなく友達について聞いてみた。
「執務官志望なんです」
 これまたエリートな友達らしかった。食べているパスタが不味くなったので、そこで残した。
「……大丈夫ですか?」
「食欲がないんだ」
 誤魔化してその場を去った。実際、食欲なぞこれっぽっちもなかった。
 午後は航空戦技用の雑誌を読みながら、彼女の教導を見た。午後は実戦形式の演習が多かったが、一番眼を見張ったのは1対10の戦闘訓練だ。
 いくらなんでもナメすぎてやいないか、と思ったが、生徒の方も必死で向かいながらそれを彼女は淡々と捌いては弱点を突いている。何度も何度も繰り返しているが、指導している様子は見受けられない。
基本だけは指導し、後は実戦。そんな指導スタイルのようだが、力がつくのだろうか。確かに教導する身からすれば楽だ。教える必要がなく、ただ自分の力を発揮して生徒を打ちのめしていればいいだけなのだから。
 この士官学校は訓練の様子が逐一モニター表示される最新のシステムを備えているため、非常にありがたい。こうして隣接の喫茶店でコーヒーを飲みながら彼女を見られるのは面白い。コーヒー4杯目にして、店員から不審な目で見られたが。モニター表示が十三歳の少女に主に向けられていることで、自分が危ない人に映っているのかもしれないが、非常に心外だ。こちらは真面目に敵情視察をしているというのに。
モニターの中の訓練が終わり、食堂で夕飯を食べ、手持無沙汰だったので久しぶりに自分の鍛錬でもするか、と訓練室に行けば、驚いた表情の彼女がいた。
「……どうしたんですか?」
 その問いに、君こそ、と答えれば、モニターを大量表示した彼女は続けて言った。
「模擬戦のチェックをしてます。自分が見てた角度だけだと心もとないんで」
 どうやら彼女は毎日のようにこのようなチェックを行っていたらしい。チェックなんかしてどうするんだ、と問えば、きょとんとした顔で彼女は言う。
「明日からの教導に活かす予定です! 私はどうしても『教える』ってのが苦手なんで……前の先生から、言葉じゃなくて体で教えたら? と言われまして」
 なるほど、そういうことか。
 今までの彼女の教導のすべてが納得できた。
 彼女は決して自分の知っている知識や技能を教えたりはしないのだ。「今、何が出来ないのか」「今、何をしたらよいのか」を生徒に見せるために実戦形式を行い、基礎を叩き込む。そうすることで生徒に「考えさせて」いたのか。
「私がいなくなった後も、あの人たちには強くなってもらいたいんです」
 その言葉が興味をそそった。
 私の生徒は、私がいなくなればどうなるのだろう。技術を忘れたとしても、もう復習する機会がないのではないか。自分が忘れたということにも気付かないのだろうから。
 少し自分の教導内容も変更する必要がありそうだ。敵情視察は実に充実した一日となった。私はそう思う。


 最終日。こちらの小隊と彼女の小隊の模擬戦があった。包囲戦があり、結果はこちらの勝ちだった。正直な話、負けてほしいという思いがあったのだけれども。
 最後に、小隊が集められて訓示が行われる。インターンを監修した方に続いて、彼女が照れながら訓示を行い、そして私の番になった。
私が生徒に送った言葉は、生徒に届いたのだろうか。
まず自分の生徒に対して、勝ったのは時の運だ、と気を引き締めさせた。もし彼女の小隊に勝ち続けたいなら練磨を続けなければならないと。そして、彼女の小隊から基礎技能を教えてもらえ、と。
次に、彼女の生徒に対して労いの言葉をかけた。よくもまぁこんな馬力のある女の子についていった、と。
 最後に全員に、君たちは強くなった、と。これは彼女の訓示と同じだった。
 終わった後、彼女と食堂で最後の食事をした。いいです、という彼女を無理やり差し置いて、カレーライスを奢った。奢ったものがカレーか、と自分に呆れはしたが。
「食欲、戻ってよかったですね」
 減退した原因にそう言われ、苦笑した。今なら彼女の言葉一つ一つに誠意をもって答えられる。
「ありがとう」
 食事が終わった後、彼女にそう告げた。
「え……あ、こちらこそ、一カ月ありがとうございましたっ!」
「あ、そのありがとうは私も言ってないね。一か月、ありがとうございました」
「えっと、どういうことですか?」
 戸惑った彼女を置いて僕は士官学校を後にした。
 彼女は自分自身の教導の良さを気付いていないのかもしれない。自分の教導が「教え」ならば、彼女のそれは「導く」だ。
教導――実に面白い言葉だと思う。このインターンで気づいたことはまさにそれだ。今までの私のスタイルは、おそらく「教える」ことに傾注していたのではないだろうか。しかし、実戦で使える技能とは、教えられたことよりも、自分で考え抜いた末に獲得したものの方が多いだろう。それに彼女の教導は、生徒だけでなく私ですら導いてくれた。
とはいえ、彼女もいつか困難にぶつかるだろう。私のような天才が嫌いな人間にとっては、あのやり方は最初は反感を生むものにしかなるまい。彼女は大丈夫だろうか。私は大丈夫だと思える。ひた向きに教導に打ちこむ姿を見れば、いつかそんな人間も分かりあえる。何度か視察した彼女の教導は、今思えば熱意にあふれるものだった。そこに天才とか凡庸とか、そんな言葉は存在しない。私も彼女のように、熱意ある教導を続け、たくさんの生徒を育てていきたいものだ。

 そう気付かせてくれた彼女に、「ありがとう」。

 さすがに、彼女にその意味を知られたくはないから、胸の中にしまっておこう。



[37956] 夏音
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/08/06 23:40
本作品は、リリカルマジカル10にて販売しました同人誌『メモリアル・デイズ2』(A.C.S.BreakerS)収録の中編を訂正・改稿したものです。
(なのはViVidが現在ほどまで進展していなかった頃の作品ですので、ViVidとの整合性が取れていません。改稿しようとも思いましたが、作品のメッセージを大きく損ねてしまうので、そのままに致しました。ご了承くださいませ)



 二つ目のチューインガムの味は一度目よりも味気なく感じられ、信号が青に変わるまでの間にバイクに走行を命じた。クラナガン近郊交通網のラッシュは、まるで一斉に蟻地獄の穴から這い出る蟻の群のようで、それでも中心街はまだ活気に満ち溢れているのだろう、と進まない道を行く中でティアナは思った。
 忙しなく揺れる蛇のような車の渋滞を抜けるまで、あと三十分。いつもならば三分の一の時間で到着できる目的地は、今日の祭のせいで遠い存在になってしまっていた。二十分前に出たオフィスが今は夜勤族の溜まり場になっていることを思えば、このことはティアナにとっては大した苦痛ではなかったが。
(ああっ……進むの遅い!)
 連勤続きのこの数日は正直うんざりしていた。事件の現場での若手のミスから始まったトラブルによって掻き乱された部署は、始末書やら発注書やらが混在していて紙が舞い散っていた。これが何かの役に立つことなのなら、やりがいも感じられるのだが、残念ながら凶悪犯罪の事件調査とは違い、必要悪とすら思える事務所仕事は辟易とするものでしかない。そんなここ数日を思い浮かべて、ティアナは欠伸をした。妙に渋滞がイライラするのが仕事のせいだと思えば、余計にストレスが溜まっていくようだった。
(でも、何でなんだろう)
 クラナガン中央広場。平日でさえ家族連れでにぎわうこの広場は、今日は祭日ということもあって人で埋め尽くされていた。その場所がティアナの目的地だったのだが、その場所へ呼んだのは意外にも、昔の指導教官であった高町なのはだった。
(何で、私を呼んだんだろう)
 奇妙な巡り合わせだった。友達のスバルはオフシフトが入ったために祭には参加できず、元上司のフェイトは次元航行の短期パトロールに随行して不在。六課仲間のエリオとキャロに連絡を取っても、次元世界が異なるということでもちろん参加は不可能だった。言ってみれば、彼氏のいない今、ティアナは仕事だけに生きているようなものだった。だから、呼ばれたときにすぐに行くと答えられた。
『ティアナ、今大丈夫かな?』
 けれど今回、祭に行かないかな、と誘ってきた相手には驚いた。仕事の休憩時間に入ったメールで、今夜予定が空いているかと尋ねられ、空いていると言えば、昔の強引さそのままにイベントに誘われた。普通の友達関係ならよくありそうなことだったが、相手は仕事上の上司。その縁があっての合同旅行で一緒に話をしたり、またトレーニングを一緒にしたり、という関係はあったが、プライベートでのメールはこれが初めてだった。何か仕事上のトラブルだとか、魔法技術のことなんかでティアナがメールを送ることはあっても、なのはの方からやってくることは一度もなかった。
『今日、クラナガン中央広場で祭あるの知ってるよね? 行かない?』
 不思議だった。
 渋滞で止まっていた車たちが少し動き始める中を、縫うようにバイクで車を抜き去っていく。皆目的地が一緒なのか、バイクに乗っているティアナはドライバーの羨望の眼差しを背に感じていた。約束の時間はあと僅かだが、元教官を待たせるなど許せないティアナのポリシーが、だんだんと焦りを生みだしていた。グリップを握る手に汗が滲み、ティアナはできるだけ早く目的地にたどり着くことだけを考えた。
 クラナガンへ続く高速道路を外れ、一般道に入ったティアナは一気にスピードを上げた。祭に行くとはいえ、バイクを使うティアナは浴衣ではなくいつも通りの服を着ている。その服が、風にはためいてとても気持ちよい。
 歩道には、りんご飴やら綿飴やらで頬を汚している子どもの風景。平和。自分たちの仕事がもたらした一時は、しっかりとみんなが享受している。誇らしくしても、今日くらい罰はあたらないだろう、とティアナはギアを上げた。
「あ、ティアナーっ!」
 広場に近付いて、浴衣姿の懐かしい声をティアナは聞いた。その浴衣姿は、まだバイクを走らせているこちらに向かってきている様だった。
「ちょ――なのはさん、今から駐輪しに行きますから! あと危ないです」
「あはは、ごめんごめん」
 浴衣をはためかせながら、なのははティアナのバイクに着いていった。



        ※        ※



 中央広場付近は毎年恒例なのだが、大きな花火大会のために交通規制がかけられる。早めにバイクを公営の駐車場に留めて、広場に歩いていこう、というのがなのはとティアナの戦略だった。
「今年も混んでますね」
「だねー。去年はフェイトちゃんとヴィヴィオと来たんだけどね、もう人、人、人で全然動けなかったよー」
「しかもマスコミを捲かないといけないですしね」
「あはは、そうだね」
 そうティアナは言いながら、やはり先ほどからの理由を考えていた。 何で、私を呼んだんだろう。
バイクを留めて、ティアナはなのはと一緒に歩き始めた。歩道にはちらほら出店も見え始めている。
 犯人捜査、上手くいってる? からはじまり、教え子の愚痴などの仕事の雑談をしながら、300メートルほど二人が歩いたときに、不意になのはが尋ねた。
「あー、そういえばさ、ティアナって、祭の何が好き?」
「え……ええと……」
 急に問われて、ティアナは少し言葉に詰まった。
 祭は好きだった・・・
 蝉の鳴き声が響き、じわりと汗が額を伝う。ティアナは、過去を思い出すようにして喋った。
「そうですね……射的……」
「射的……?」
 耳にしつこく迫ってくる蝉の音に紛れて、戸惑いの声が聞こえたのを、ティアナは過去を覗きながら聞いた。
 射的。コルク栓を弾丸にして、景品を獲得するゲームだ。
 大昔に秘した記憶は鮮明で、ティアナの前に蘇る。あの頃はぬいぐるみが大好きで、兄に取ってもらっていた。優秀な狙撃手だった兄にしてみれば、射的は本当にお遊びに違いなかったのだろう。大きなぬいぐるみをたくさん取ってくれた光景が、ティアナの脳裏に焼き付いていた。
「……」
「じゃあ、今のティアナはもうお手の物だね」
「え?」
 過ぎる記憶をそのままに、ティアナは返事をした。
「だって、もう、どんな景品でも取れちゃうでしょ?」
「そうですね――」
「昔よりつまんないかもしれないね、簡単に取れ過ぎちゃって」
「昔……?」
 善意で呟かれた言葉に、ティアナは再び過去に視線を注ぐ。兄はいくつか私に最初に射的をやらせて、まぐれ当たりがあるとものすごく喜んでくれた、という記憶がフラッシュバックする。そして、その後に私が一番欲しかった景品を容易く――いや、何回かわざと外して、我侭だった私の顔色を楽しんでから、最後の一発で容易く奪って見せていた。
 蝉の鳴き声はもう聞こえなくなっていた。周囲の雑踏が、蝉を祭に寄せつけまいとしているかのようだった。
「昔は、兄さんが取ってくれていたんです」
「――あ、ごめん!」
 うっかり失念していた、と申し訳なさそうになのはが謝った。彼女に全く悪意はなかったのだろうが、夏音に紛れて蘇ってくる思い出はティアナにとってあまりに切なかった。
「いえ、もう昔のことですから」
 形だけそう呟いて、ティアナは自問自答する。殉職した兄の名誉を守るため、という復讐紛いの「強さ」への欲求は、機動六課で捨てていた。何か煮え切らないものが残るけれども、それは「孤独」という名の寂しさなのだろうか。機動六課で得た仲間と、仕事場の同僚は得ても、帰るべき場所がないのは苦しいばかりだった。
 なのはも形骸の言葉を理解しているのか、次に紡ぐべき言葉を見つけられなかったようだった。おいしいねー、や花火まだかなー、という歓喜の列の中に、二つの沈黙が続いていた。自然と二人の足取りは重くなり、周りの人々が二人を抜き去ってゆく。
 何メートルほど歩いただろうか、ティアナは射的の出店を一つ見つけた。なのはの浴衣をちょいとつまむと、本当に驚いたような表情で振り向かれて、ティアナは本当の意味で笑った。
「なぁーに、ティアナ」
 それにつられて、なのはの声も自然と明るみを増していた。
「あの出店、行きませんか?」
「え?」
 なのはの声に、怪訝さが入った。話すことがタブーだと思っていたところに、その話題に直接触れにいくようなことをするとは、思っていなかったのだろう。覗きこんでくるような顔色を見て、ティアナは少し、頬を緩ませた。
「行きませんか?」
 声を強く、ティアナは尋ねる。
 二人は足を止めていた。雑踏は沈黙を避けるように進んでいく。進んでいくのは人の群れだけではなく、時間も一緒だ。
「ティアナがいいなら――」
 そう、なのはが呟いた瞬間にティアナはなのはの腕を握った。少し冷たい、そう思いながら、ティアナは遅れた時間を取り戻すかのように射的の出店に向かう。
「ちょ、ちょっとティアナ、今日わたし浴衣――」
 いきなり進みだしたことに驚いたのか、と振り返ってみれば、慌てて裾を上げてなのはがついてきていることをティアナは確認した。でも、ティアナは何故か、一刻も早く射的がしたかった。人々の中を駆け抜け、二人は出店の列についた。
「ご、ごめんなさい」
「驚いたよ……でも、久しぶりに走ったかも」
 えへへ、となのはが笑うのを見て、ティアナも笑った。
「射的、お得意ですか――高町一尉・・・・
 ティアナは遊び半分でそう言った。敢えて階級をつけて呼び会う遊び。
「うーん、砲撃なら得意だけど?」
 おどけたなのはに、くすっとティアナは笑った。純粋にツボに入ってしまったのだ。
「もー、ティアナ、笑わないでよ」
「ご、ごめんなさい――でも、昔からなのはさんには敵いません」
「この前の合宿の戦闘じゃ、スターライト・ブレイカーの撃ち合いで負けたけどなぁー、ティアナは随分強くなったね」
「まあ、あれはリミット付きでしたし……そ、それにマルチレイド数発でこちらのファントムストライクを防がれたら、教え子としてちょっと恥ずかしいです」
「ふふ、そうだね」
心底楽しそうに、なのはが笑った。

  ※        ※

射的の順番が回ってきた。
なのはとティアナはそれぞれお金を渡して5発のコルクをもらった。
「なのはさんは、何を狙うんですか?」
「んー、あのちっちゃなフェレットの人形かなー」
右上隅にちょこんと隠れるようにあったふさふさの人形を狙うようだ。ティアナはそれを眺めて言った。
「セイクリッドハートの隣に置くと、仲良しに見えますね」
「ふふ、そう? 嬉しいかも」
「じゃあ、なのはさんからどうぞ」
「え、私から?」
「見本を見せてください、教導官・・・
 そう言うと、なのはは怒ったようにちょっと頬を膨らませてから、ゆっくりと射撃体勢に入った。
 初弾。パスっ、という音がした弾は、目標の僅か2ミリほどずれたようだった。
「そういえば、ティアナは何が欲しいの?」
「私ですか? えーと、……猫のぬいぐるみ」
 恥ずかしそうにティアナがそう言ったのは、犬の人形は嫌いだったからだ。昔、兄さんが取ってくれたから。
 二発目、三発目。近づいていくが、なかなか当たらない。
 確かになのはの砲撃精度は抜群に高いのだけれども、それは弾頭をなのは自身が作っているからだ。射的のコルクはそう上手くはできていない。それに、銃の砲身もまっすぐではない。
 それでも抜群の空間把握能力を持つなのはは、四発目で目標の人形に掠らせた。
 最後の一発。じーっとティアナは見つめていたが、なのはは迷いなく引き金を引いた。結果は外れだ。人形の右を通り過ぎた弾に、なのはは悔しそうに、店員はにんまりとした笑顔になる。
「あーん、悔しぃー」
 なのははそう言って、ティアナの方を向いた。
 夢中になっていたのだろうか。本当に悔しそうにしているなのはは、まだ射的をやっていないティアナを恨めしそうに見ていた。
ティアナはそれを見て、何か弄ってやりたいようなそんな感覚に襲われた。
 ――弄る?
 誰を? 何故?
「残念でしたね、なのはさん・・・・・
 そうアクセントをつけて呟いて、ティアナは銃を構えた。
 初めての感覚。横にいる女性を、無性に虐めたくなったのだ。ティアナはちらっと、横目でなのはを見た。何か不満そうな顔つきだった。
「……今日は何で独りなんですか?」
「ヴィヴィオは宿泊学習だし、フェイトちゃんは仕事だし」
「フェイトさんは――法務関係の仕事の処理ですから、仕方ないじゃないですか」
「うー」
 初弾。銃のクセを調べるために、わざと大きなクマのぬいぐるみをティアナは狙った。鼻を狙ったコルクの銃弾は、クマの左目を擦るかのようにぶつかった。六課時代の先輩のヴァイスが言うには、「射撃の精密度を上げるには、まず銃のクセを知らなくてはならない。」
「ヴィヴィオはどんな感じで宿泊合宿に行ったんです? やっぱりワクワクドキドキですかね、ほら、あの頃っていったら、なのはさんもやんちゃだったんでしょう? ほら、フェイトさんとの決闘とか」
「……怒られた」
 ――え? 何で?
 声には出さなかったが、ティアナはクエスチョン・マークが射的の目標に重なって見えるように思えた。
 二弾目。猫のぬいぐるみの左足にヒットさせた。重心がぐらついたが、まだ台から落ちる、つまり獲得には至らない。少し大きめのぬいぐるみなので、もう少し当て続けることが肝要だ。
「心配し過ぎ、だってさ。たまには喧嘩もするんだけど、何か喧嘩じゃなくて、寂しくなっちゃった」
「……」
 三弾目。無言のまま、ティアナは引き金にかけた指に力を込めた。右足にヒットした。目論見通り、あと一押しだ。
「ごめんね、愚痴っちゃって」
「いーえ、大丈夫ですよ」
 四発目。これで落とさねばならない。
 本当の目標は、猫ではないのだ。
「寂しいんですか?」
「……そう、かな。何でだろうね、私」
 疑問で返答されたので、ティアナは一旦照準動作をやめてなのはの方を向いた。なのはは本当に寂しげな表情をしていた。まるで、さっきのふてくされた表情が空元気とでも言うかのようだった。
「あ、ごめんごめん、ティアナ、射的に集中して」
 見つめられていることに気がついたのか、なのはがそう言った。先ほど見えた翳りの表情は全く見えない。ティアナは、巧い、と思った。寂しさを隠蔽するなのはの技術が。
「じゃあ、落とします」
 今は、隣の人に喜んでほしい。ティアナはそう思って、照準動作に戻った。
 発射。命中。
 ただそれだけの力学が、射的屋を支配した。
 ぬいぐるみの左足に再び命中した弾丸は、ほんの少しぬいぐるみを台座の後ろに追いやり、空に投げ出した。重力はもとから働いていたのだけれど、それに拮抗していた抗力が失われてぬいぐるみが落ちる。
「おー、景品でーっす」
 その店員のわざとらしい声が響く前、ティアナは銃弾を詰めていた。即座に右上隅の、本当の目標を狙う。
 一発。
 全神経をその一発に込めた。距離は3メートルあるかないかだが、獲物を一発で仕留めるには重心を傾けることが大切。少しコルク栓を右回転させるこの銃の性格を考えれば、ほんの僅か右に照準をずらすべき。そんな命中のためのあらゆる法則を頭に叩き込んで、ティアナは引き金を絞った。過たずその一発は、フェレットのぬいぐるみ・・・・・・・・・・・の頭を射抜いた。
「――お客さん、やりますね」
 度肝を抜かれたような声で、店員が言葉を続けた。実際、ティアナほど集中して射的に取り組む客もいないのだろう、景品が揃えられている射的の棚には、まだたくさんの景品が残っている。
 そして、ティアナが集中したとはいえ即座に五発目で、それも自分が狙っていたものを撃ち落したので、なのはもその場に立ち尽くすしかなかった。言葉が出なかったからだ。
 さっと店員が差し出した二つのぬいぐるみを取って、ティアナはなのはの方を向いた。
「いきましょう。あと、これ……」
「あ、うん。ティアナすごいね! ありがと!」
「い、いえ……」
 少し恥じらいを見せて、ティアナは顔をそむけた。
「と、とにかく次のお客さんもいますし」
「あ! ……ごめんなさい!」
 なのはは店員にそう言うと、ティアナが差し出したフェレットのぬいぐるみを受け取って外に出た。



        ※        ※



 少し祭の中心から外れた川の河川敷では、鈴虫や蝉の鳴き声が辺りを埋め尽くしていた。クラナガンの中でも緑の多い場所は、夜の帳に隠れて仄暗かった。ちらほらと衛星の光に照らされて、河原の草原が踊る。花火があまり見られないこの場所は今日も人が多すぎると言うことはなく、小さなメロディーに耳を傾けることができる。なのはとティアナは、そんな河川敷の階段に腰掛けていた。
「はぁー、いい風だね……」
 浴衣がはためく様子は、見ているだけで涼しげだった。
「ティアナは大きなぬいぐるみ取ったし、フェレットも取ってくれたね、ありがとう。さすがだな、私は全然当らなかったのに」
「祭の時に、昔からやってましたから……」
「そっかぁ……」
 しばらく、二人は風に背を預けてゆっくり虫の音を聴いていた。せせらぎが交じって、自然の交響曲が二人を包む。時を見計らって、ティアナが声をかけた。
「あの」
「うん?」
「なのはさん、今、幸せですか?」
 視線は合わせずに、川辺に向かってティアナは呟いた。
「何でそんなこと聞くの?」
「なのはさんが、独りぼっちのような気がしたから」
 意図した言葉ではなかった。自然と口を突いて出たような、そんな言葉だった。
「独りじゃ、ないよ」
 自分自身を納得させるような口調で、なのはは言った。
「だって、ティアナがいるじゃない」
「あ……そうですね」
 そう言って、二人は笑い合った。寂しさを紛らわせる、笑い。
「そういえばティアナ、射的のコツってあるの?」
 ぬいぐるみを片手に持ったなのはが尋ねた。
「はい。……あれ、照準に合わせてもなかなか当たらないんですよ」
「そうなの?」
 初めて、なのはは横を向いた。
「コルクの形とか、銃のクセとか、出店によって撃ち方が全然違うんです。今日の店はまだマシですけど、酷いところだと狙った的の隣に当たることだってあるんですよ。弾の数で最初考えるのがコツなんです。今日の店は5つだったんで、最初に大きな獲物に当てて、クセを調べて――」
 そこまで言ったところで、ティアナは気付いた。自分が今言っているのは、兄がその昔に、自分に説明していたことだ、と。
 ティアナもなのはの方を向いた。二人の視線が交錯する。ティアナは、なのはの瞳が前より輝いているように見えた。兄も私の輝く瞳を見ていたのだろうか。
「じゃあ、来年の祭はティアナに教えてもらおーっかな」
「来年はヴィヴィオもいるんじゃないんですか?」
「ヴィヴィオにも教えてあげてくれない? それに、もしかしたらフェイトちゃんもいるけど、フェイトちゃん、こういうのきっと知らないよ? 結構、あれで負けず嫌いなところがあるから張り合うかも。あ、そうだ。知ってる? フェイトちゃんって、執務官試験を二浪もしたって」
「はい――禁句ですよね。どーんと沈んじゃうから」
「あれ、私のせいだったんだけどね。ほら、私が大怪我したときのこと、知ってる? あの時はね、病室で独りぼっちになるからものすごく寂しかったな。そんなときに、試験で忙しいのに、たまに、ううん、かなり覗きに来てくれたんだ」
 ふふ、と笑ってなのはは続けた。視線は反らして、また川の方を向いている。
「私ね、ちっちゃい頃、結構寂しかったんだ。お父さんや、お母さんが仕事で忙しくて、お兄ちゃんとかもね。で、独りぼっちになることが多かった。あっちの世界――私の住んでた世界にもね、友達がいるんだけど。ほら、一度任務で行った時の」
「アリサさんとすずかさん?」
「そう。よく覚えてるね。小学校に入ってあの二人と出逢ってからも、何故か少し寂しかったんだ。そんな時、魔法に出逢った。ジュエルシード事件。知ってる?」
「はい、シャーリーさんから少し聞きました。……フェイトさんからも」
「そうなんだ。フェイトちゃんがどう言ったか知らないんだけど、あの頃は精一杯頑張ることしかできなくてね。無我夢中でフェイトちゃんを追いかけて、ぶつかって、……友達になった。二人で空を飛ぶことは楽しかったな。いつの間にか、私は今の仕事を目指すようになって、ちょっと無茶もしたけど、今の仕事、教導官に就けた。ティアナも、今、念願の執務官をやってるよね」
「……はい」
「J・S事件の時も、ヴィヴィオを助けることができて、今はちっちゃな不思議な家庭も持って――でも何でだろう。今日みたいな日は、寂しさがね。充実している日々のはずなのに」
 空を見上げてそう語るなのはは、ひどくか弱そうにティアナには見えた。
「ふと、思うことがあるんだ。何で私、教導官やってるんだろう、ってね」
「それは……」
 ははは、と笑いながら言うなのはの言葉は、ティアナの隠していた心に響いた。生涯孤独となった後に、最初に自分を訪ねた感情は怒りだった。兄の死を笑った上官に対する怒りをバネに、機動六課に配属され、そのまま念願の執務官に――兄と同じ道に配属された。けれど、怒りから生まれた目標が過ぎた今、私は何のために・・・・・生きているんだろう。そんな思いがティアナの中で交錯した。
 ティアナは改めて、なのはの方を向いた。この人は、私と同じなのかもしれない。例えばヴィヴィオが独り立ちしたり、フェイトさんが結婚したり、そんな些細な家族関係の変化が、この人を大きく苦しめるのかもしれない。そして、そんな未来に怯えているのかもしれない。今の私のように、孤独になる未来・・・・・・・に、怯えてる?
 そんなティアナの思考を、なのはが遮った。
「でもね、今日は楽しくもあったかな」
「え?」
「教えてもらう、って久しぶりだったかも。新しいことを知って、何か世界が広がった感じ。あんまりフェイトちゃんが私に教えてくれることってないし。いっつも『なのはは無茶するからこれ以上はダメー』って。だから、今日の射的は楽しかったよ。私、これだけ管理局でばんばん砲撃してても、射的は全然だめだったんだよね。ディバインシューターの練習量は、誇れるんだけどなぁ」
 そう言って、なのははティアナの顔を凝視する。
「教えてもらえる、って、久々だったよ。ありがと、ティアナ」
「は、はい! どういたしまして」
「べ、別にそんなに堅苦しい返事じゃなくていいよ、もうー。ね、ティアナ。私たち、もう友達だよ?」
「友達?」
「もう、上司とか部下とか、そんなのやめちゃおうよ。あの頃はあの頃、今は今なんだからさ。プライベートで一緒に祭にいるのなんて、友達くらいだよ?」
「そうですね」
 ティアナは、友達という言葉の意味を噛みしめた。どこか自分から孤独を選んできた今までで、友と呼べる人の数はティアナは案外少なかった。何か肩書きを与えて、別の人間に仕立て上げてしまっていた。エリオやキャロも、「仲間」だけれど友達じゃなかった。スバルくらいかもしれない。
「まだ堅いなー」
「え?」
「ねぇ、友達になる魔法の言葉って知ってる?」
「魔法の言葉……あぁ」
 二人は、互いを見つめあった。その裏にある寂しさを、互いに見透かして。寂しさを消す、魔法の言葉を探した。
「ふふ……名前を呼べばいいんですね」
「……。フェイトちゃんから聞いてるんだね」
 なのははほんのり頬を赤くした。
「でも、なんて言えばいいのかな。ふふ、ティアナちゃんかな?」
「え――ちょっと、それは……なんか幼くないですか?」
「だーめ?」
「だって……なのはさんは、『ちゃん』づけが多いんですね」
「そうだね。ティアナちゃんは、どう私を呼ぶ? 友達を呼ぶ時は、呼び捨てだよね?」
「……はい」
「呼んでみてよ。『なのは』って」
 そう、なのははくすっと笑って言った。
「『なの……は』」
「ふふ、あはは」
 ティアナは名前を呼んだ。なのはは、それを聞いて笑いだした。
「はは、ティアナ――ちゃんは、不器用だね。ヴィータちゃんみたい」
「え」
「ヴィータちゃんも昔、私の名前呼びにくかったの。フェイトちゃんもだけど。もう、名前変えちゃおっかな?」
「そんなのだめです!」
「分かってる。ふふ、フェイトちゃんにヴィータちゃん、それにいろんな人に、ティアナちゃんに呼んでもらってる名前だもん」
 なのはは、また笑いだした。本当に楽しそうな笑い方で、ティアナもつられて笑った。
「なのはさんだって」
「違うよ」
「あ――なのはだって、不器用です」
「そう?」
「そうですよ。寂しがってばかりいると、幸せが逃げていっちゃうんですよ」
 今のなのはの幸せそうな顔を見て、ティアナはそう言った。この幸せを、大事にしてほしかった。孤独に埋もれる日々では、不安に押しつぶされそうになる。けれど、笑顔でいれば、小さな幸せはやってくるものだ。
 一度、六課時代にクロノの元に向かったときに、ヴェロッサ査察官から言われたことがティアナにはある。「偉くなっていくと、段々と孤立していく」そんな寂しげな運命に向かう三人と年を超えて仲良くしてほしい、と言っていた。なのはの場合は、偉くなっているわけではない。強くなっているのだ。強く、何にも負けない強さを手にしようとしているから、人を頼ったり甘えたりすることがもともと苦手ななのはは、ストレスを人よりもため込んでいるのかもしれない。今日、人形をプレゼントできたことは、予想以上によかったのかもしれない。ティアナは、本当の意味で「孤独」に慣れているから、強さを怒りの形で外に発散できたけれども、なのはの場合はストレスが内面化しているに違いなかった。カウンセラーがいれば、きっと強く休息を勧めるはずだ。不屈と謳われる管理局のエースも、プライベートではもっと甘える場所が必要だ。
 遠くで、花火が打ち上げられた。ほんの僅かしか見えないけれども、音はしっかり聞こえる。
「花火……」
「そうだ、ティアナちゃん――集束砲の面白い使い方、教えよっか?」
「――どっちなんですか? 私はやっぱりなのはさん・・・・・の生徒?」
「ううん、私たち、もう友達。友達が教え合っちゃいけない? さっき射的を教えてくれたとき、すごくうれしかったんだよ。それにね――」
 少し間を空けて、なのはが続ける。
「それに、ティアナのおかげで、教導官やっててよかった、と思った。すごく、嬉しくなった」
 そう言うと、なのはは眼の前の河原に駆けて行った。
「はーい! スターライトブレイカー、平和利用のはじまりーっ!」
 遅れまいと、ティアナが続いた。
 私たちはきっと、機動六課で出逢ってから、ずっと上司と部下の関係だった。あるいは、先生と生徒の関係だった。でも、もう少し前進してもいいのかもしれない。ティアナはそう思った。互いに寂しさを紛らわすのでもいい。二人で楽しめればそれでいい。
 二人の友達関係は、まだ始まったばかりだ。最初もちょっと特殊な始まり方で、打ち上げ花火のレッスンからだ。けれどその夏音に包まれた二人は、どこか今までと違うはずだった。
 蝉が鳴いて、花火の音に掻き消された。
 ティアナは、もう少しプライベートでなのはにメールをしようと思った。それから、何かなのはの知らないことで、なのはを驚かせよう。そう決めてから、祭から離れた場所ではしゃぎながら集束魔法を使い始めているなのはに一回溜息をついて、自分の心のセーブを解いた。

 はしゃぐ二人は、だんだんと夏音に溶けていった。



[37956] Million films
Name: シエラ◆55721833 ID:e37d25e4
Date: 2013/08/23 15:22
本作品は、リリカルマジカル10にて販売しました同人誌『メモリアル・デイズ2』(A.C.S.BreakerS)収録の短編を訂正・改稿したものです。




Million films
――Time to Memorial Days




 カタブツと言われ始めて、何年経っただろうか。

 もう実戦に出られない年齢になって艦艇のブリッジに座っていると、こんな感慨に襲われることがある。心配なことは今や殆どが子どものことで(愛妻エイミィから妬かれて困るのだけれど)たまに自分のことを見つめ直すと、いい人生だったのかな、と思う。

 今日の午前中はフェイトと軽くショッピングに出かけたけれど、もうフェイトのようには戦闘で動き回れないだろう。昔培った筋肉が落ちてきているのもあるけれど、それ以上に実戦のカンが薄れてきているようだ。昔、フェイトの執務官補佐だったランスター執務官と数日前にトレーニングをしたけれど、あの子とも模擬戦をやると、そろそろ負けるかもしれない。


 年月は経つのが速い。


 だから僕は、写真が好きだ。カタブツな僕にも少しくらい趣味があっていい、と妻から言われるけれど、趣味は実は秘密にしているだけでしっかりとあるんだ。アルザスの地に観光旅行したときに、やたらと家族の写真を取っているのを見られて怪訝に思われたみたいだったけれど、もともと撮るのは好きだったんだ。写真は、忙しない日々を記録として残すことができる。

 定期パトロール巡航から帰還して、久々に写真屋に現像に行ったとき、その写真の数は予想していた枚数を遥かに超えていた。だから午前中のショッピングで、フェイトに質のいいアルバムを買ってもらって、午後の今はその製作に没頭しているところだった。フェイトは何でアルバムを僕が欲しがるのか怪訝な顔にしていたけれど、エイミィが欲しがってると嘘をついたら納得してくれた。

 何故だろう。何故、ブリッジにいるときと同じ感慨に、今耽ったのだろう。もうそんな年だとは思いたくないが、現役で頑張っているなのはたちとは違い事務仕事が増えてきた僕は、昔ほど元気がないのかもしれない。写真を見て昔を懐古するくらいには。

「クロノくーん、ユーノくん来たよー」

 妻の声に、僕は扉の方を向いた。「おぉ」と声をかければ、扉が開いてエプロン姿のエイミィが入ってきた。その後ろに、友人ユーノの影が見える。

「やぁ」

「お、来たか」

 親友は勝手知ったようにソファに座る。エイミィが持ってきた紅茶とクッキーをテーブルの上に置くと、律義に「ありがとう」と言っていた。出ていく前にご賞味を、と僕もテーブルの元へ向かい、クッキーを口にした。僕好みの甘さ控えめのものではなく、客向けのミルククッキーだった。

「来てくれてありがとう」

「クラナガンの君の自宅なら、無限書庫から10分で着くよ。そんな長旅じゃないさ」

「そうか。あとエイミィ、このクッキー、美味しいな――だけど、『くん』はやめろ、と言ってるだろ」

「はーい、『あ・な・た』」

 ふふふ、と笑ってうきうきしてエイミィは部屋を出ていったが、こちらはたまったものじゃない。赤くなった頬を親友に気付かれないように努力したけれど、親友は親友で噴き出さないように堪えているらしかった。

「今回の航海はどうだった?」

「別に。実動部隊の出動もあまりなかったし……君のおかげで、現地でも楽しめたしな」

 僕がそう言うと、ユーノは顔を顰めた。むろん、演技だ。長年の付き合いで、彼の皮肉っぽい顔の顰め方は覚えている。

「艦長が楽しんでどうするんだよ。職務怠慢だ」

「いや、まぁな……でも、君の事前現地調査レポートは助かってる。これが第二二六世界の現状の写真だ」

「等価交換だね」

 ここ近年は、古代遺跡と思われる各次元世界のあちこちの写真を僕が撮る代わりに、ユーノにはいつも航行前の事前レポートの提出をしてもらっている。傍目から見れば、僕が一方的にユーノに仕事を押しつけているように見えるが、それは違う。一つにこの趣味を僕が秘めているという理由があるが、もう一つは僕の性格だ。ちょこっと友人を仕事中でもからかうのが好きなのだ。どうにもエイミィにはその辺りはバレているらしく、案外お茶目ねー、なんて言われることもしばしばだ。

「うーん、今度行ってみようかなぁ」

「無限書庫を空けるときは、僕がオフの時にしてくれよ……」

「優秀なスタッフがそろってるって」

「無理だ。僕がオフィス系でまとめの仕事を頼む人間の数が少ないこと、君ならよく知ってるだろう?」

「おかげでこっちは大変なんだから」

「でも写真があるじゃないか」

「写真があったら余計探索しに行きたくなるんだよ!」

 ユーノはさっきから僕の撮ってきた写真をいろんな角度から舐めまわすように見ている。まるで、そこに何かがあると見えていると言わんばかりに。

「そういや、今まで何してたの?」

「ん? ……ああ、いや、写真の整理だ。大きな事件も片付いて数年、ようやく次元世界も安定してきたことだし」

 エクリプス事件の終息後、次元世界を跨ぐ不穏な動きは見られない。ここ数年、稀に見る長い平和は、もしかすると嵐の前の静けさなのかもしれないが、それでも戦士たちに休息を与えるには十分な時間だった。もちろん、有事に備えて訓練は欠かさないが。

「へぇ……ちょっと昔の写真見てもいい?」

「いいぞ。君はほとんどフェレットだと思うが」

「そのジョーク聴き飽きた。それに、僕を人間扱いしてくれるようになったね」

「――失礼。最近、人間形態でいることが多いみたいだな」

「もう遅いよ」

 そう言うとユーノはアルバムのある僕のデスクの方へ向かった。ちょっとばつの悪い思いをしながら、僕もユーノに続く。

「へぇ」

 友が最初にあげた感嘆の声に、僕は思わず笑みを零す。

「いろんな写真があるんだね」

「ああ」

「同窓会の写真も――あれ? これクロノ撮ってたっけ?」

「……さぁ」

「盗撮かよ」

「お前、友人に向かってそんな言葉はないだろう」

「僕は盗撮するような犯罪者を友人に持った覚えはないけど」

 最近は、やや辛辣になってきた友の反撃に僕は顔を歪めた。昔と違って、立場や年齢を気にしなくなった男同士の付き合いというのは女から見たら分からないものらしいが、それは逆も然りだ。僕とユーノが傍目から仲悪そうに見えるのと同様、陰湿な女性関係は依然として僕は理解できない。そんなことを考えていると、ユーノが問いかけてきた。

「……これは?」

「こりゃまた随分昔の写真だなー、もう二十年前になるのか?」

「そっか。なのは達が管理局に入局したときだよね。もうすぐ二十年だね」

 こりゃまた年を食ったものだ、と思いながら僕はユーノの持つ写真を見た。そう、二十年前。管理局に、三人の少女が入局してから、もうそんなに年月が経ったのだ。

「しっかり、アルバムに入れとかなきゃな」

 僕はそう言って、アルバムのどこにこの写真を挟むかで、悩み始めていた。

「にしても、すごいね」

「何が」

「この写真」

 僕の持っている写真をユーノは指差した。

 この写真は、管理局入局式の翌日のものだ。

 どこかで「特別な」記念撮影がしたいと言った三人娘に、冷え切っていなかった僕の脳がくだらない結論を出した結果がこれだ。管理局内でも有数の儀式であるこの入局式の夜のパーティーは若いころには単なる刺激にすぎず、今から思えばなんて馬鹿なことをしたんだ、と思う。
母さんの権限で、アースラをミッドチルダ上空で滞空させ、そこから滑空しながら撮影を行う。絶対に僕が承諾を出さない「遊びごと」だが、その日は前の晩に飲んだワインにの浮かれた頭のまま撮影を行ってしまった。(年齢上飲んではいけないのだが)

 はしゃいでいた彼女たちは別として、撮影した僕は成層圏の、バリアジャケットを通り越して襲ってくる寒さに震えていたため、手ブレが心配だったけれども、写真は上手く撮れていた。

 なのはの左手がアップされ、その後ろにやはり恥ずかしがっているフェイトと車いすに乗った――我ながら、死角にバインドで車いすを固定するというのは当時の実力を考えると離れ業で、いかに僕がバインド好みの人間かを物語っているようだ――はやてが映っている。

「……そうだな」

 僕はそう言うと、写真をアルバムに貼り付けた。

 このアルバムは、なのはやフェイト、はやてたち「同僚」との記録を綴ったもので、エイミィと僕、そしてカレルとリエラの写真を綴るアルバムは別にある。

 写真に宿る思い出は、千差万別だし人によって違うかもしれない。

 そんな写真を、僕はたくさん持っている。

 今からの作業が、この写真を見ているととても大変に思えてくる。一回一回、写真の裏にある記憶をたどるのは気恥ずかしかったり笑えたりするものだけれど、それが楽しかったりする。隣にいるユーノは、僕と同じ感慨に耽っているのだろうか。そう思っていると、突然ユーノがマグカップを渡してきた。

「はい」

「ん?」

「紅茶が冷めちゃうよ」

「あ……おお、ありがとう」

 危うくエイミィが入れた紅茶を台無しにするところだったらしい。僕は友に感謝した。

「懐かしいね」

「ああ」

 一枚一枚、ゆっくり見ていこう。この写真のように、アルバムに入れる前に思い出をかみしめることがあるかもしれないけれど。そんな記憶は、頭のアルバムにでもしまっておこう。忘れることのないように。


僕らには、アルバムに入りきらないかもしれないほどの日々――Memorial Days――があるんだ。






※ 本作は同人誌『メモリアル・デイズ2』(A.C.S.BreakerS)の表紙と関連があります。よろしければ、EXBreaker様のHP→東国四季さんの絵、にてご確認くださいませ。


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