※ 勤労感謝の日のネタです。
――Saturday――
未曾有の大不景気に突入し、さらに政府がデフレに突入したことを宣言したミッドチルダ。労働者は暗い表情に満ち、管理局員を見れば彼らに羨望の目を送った。特別賞与――ボーナスと呼ばれるそれをもらえない労働者が今、ミッドチルダには溢れかえっているのだ。
次元間貿易も停滞気味となり、ミッドチルダの潜在成長率は遂に恒常的に0%を示すようになってきている。消費者物価指数は三年連続でマイナスを記録し、家計は生活防衛に走り、政府の無為な支援は全て貯蓄に回され、残るのは財政赤字だけ、という厳しい現実の中、休日にも関わらずここ機動六課の部隊長室にはいつもの3人の姿があった。
「パーティって?」
いつものごとく、何か企画を行い、そして2人を呼びつけたのは八神はやてその人。そして呼びつけられたのは、エリート執務官のフェイト・T・ハラオウンと教導隊エース、高町なのはである。彼女らは局員といえども、何故か労働者からも人気が高い。
「いやな、私ら結構税金使ってるやろ? 特になのはちゃんはカートリッジの無駄遣いで」
「無駄遣いなんてしてないよっ! まぁ、官給品使い過ぎって上からは言われてるけど……必要なんだもん」
ここ最近、ネチネチとカートリッジの使用回数を減らすように暗に言うはやてに対して、語気を萎めながらも反論するなのは。
「まぁまぁ、なのはも教導用のカートリッジと別に、自分の砲撃用は六課の予算使わないほうがいいんじゃない?」
「うぅ……フェイトちゃんはどうしてるの?」
「私は演習でカートリッジ使わないから。じゃあはやて、本題に行こうか」
敢えて他人事と話題を逸らすように本題に戻したフェイト。何しろカートリッジの使用回数が議題に入ると頑固ななのはを説得するのは地上本部の頭の固いオッサンどもを説得するより難しくなる。執務官の仕事を差し置いてこの部隊長室で無駄にそんなことに時間を浪費する理由など、フェイトにはなかった。
「うん、それでな。日頃から税金ドロボーって言われてる局のことや、なんとかせえへんと派遣労働の人とかから大変な突き上げ食らいそうやろ? そやから六課は、近隣の住民の人々との親睦も合わせて、来週の勤労感謝の日に一つパーティをやろうって思ってるんやけど――」
「うん。パーティーか、いいと思うな!」
全部言い切らないうちに、なのはが同意した。元々こういうパーティーとか親睦会とか同窓会とか、とにかく人が集まる企画が好きな彼女にとって反対する理由などない。それを聞いたはやては、ガッツポーズを心の中で浮かべた。
「ありがとな。それで、この季節何がいいかなーって思ったら、ダンスパーティーなんていいかなって思ったんや。最近ミッドの労働者階級ではやっとるらしいんやな、これが」
「そういえばこの前の出張でそんなこと聞いたかも」
この中で一番労働者との接点が高い職業を持つ執務官のフェイトが反応する。ミッドチルダではここ数カ月、簡単なダンスのブームが訪れていたのだ。
「で、男女一組でダンスパーティー。どやろ、開催は明日なんやけど」
「やろうやろう! フェイトちゃんも、いいと思うよね?」
「なのは、分かったから落ちついて、ね。私もいいと思うよ、はやて」
既にはしゃぎ気味のなのはを落ちつかせながら、フェイトが同意した。
「じゃあ、二人はパートナー探してな。男女(・・)一組やから、探すの大変やねー」
妙なアクセントをかけたことに、なのはとフェイトは気付かなかった。にんまり笑うはやての顔の裏には、微笑みとは違う何かがあったのだ。
(これでなのはちゃんとユーノ君を結びつけられる……!!)
――Sunday, The Day before LOVOR THANKSGIVING DAY――
無限書庫から出てきた一人の女性の表情は、道行く労働者の顔よりも暗い。一時間前ににこやかに晴れ渡っていた彼女とは比べようもなく、すれ違った人々は進んで道を開けようと動いていた。
「……どうしてなのッ!! ユーノ君は私より仕事を取って……何のための祝日!?」
彼女の不満の矛先は意中の彼に向けられていた。
久しぶりに訪れた彼の仕事場は、以前よりも整理が進んでおり、その空間特有の無重力を楽しみながらカウンターへ司書長を呼びに行ったまではよかった。そして、かなり奥で探索をしていたであろう彼が、15分後に仕事を中断して慌てて自分のもとに来てくれたその事実も嬉しかった。そこまでは、彼女にとって何もかもが良いことであるはずだった。
「ユーノ君、お仕事中ごめんね」
「いや、僕もなのはの顔を見れるのは嬉しいよ。よく来てくれたね、ありがとう」
こうやって司書長室に移り、にこやかに始まった二人の会話。暫くの間、二人の近況を話したり、ヴィヴィオの成長についてなのはは家庭において、ユーノは無限書庫においての意見を交換したり、緩やかな時間が過ぎていた。
「あのね、ユーノ君。……えっと、その……」
「うん、なのは、何かな?」
豪快な戦闘スタイルを誇るなのはも、まだ19歳の女の子。こういったダンスに意中の彼を誘う事さえ、まだ普通にはできない初々しさを持っているのだ。
「えっとね…………明日、六課でダンスパーティーがあるの。それでね」
「へぇ、ダンスパーティ。なのはは誰と踊るの?」
口もごるなのはに、さらっと尋ねるユーノという二人の会話。
「もしよかったら……ユーノ君、…………私と踊ってくれない?」
上目遣いに尋ねるなのは。その言葉に、少しの間をおいてユーノはばつの悪そうな表情を浮かべた。すぐにその表情はなのはに伝染する。
「……私じゃ嫌かな?」
「そそそんなことはないよっ!!」
すぐさま否定するユーノ。
「なのは、悪いんだけど明日は、無限書庫は勤務があるんだ」
「えっ!?」
無限書庫――普通の業務と異なり、彼らは祝日といえども活動を行う。そもそも平日に訪れる客よりも休日の方が多いのだ。それは当然であり、祝日の翌日に休暇があるのがここの局員なのだ。
その言葉の後、なのはの暗い表情を何とか戻そうと埋め合わせの提案をたくさん行ったユーノだったが、なのはに取ってどんなモノやお金よりも、ユーノとの時間が欲しかった。何しろ、ダンス・パーティー。他の人に恋人であることを――恥ずかしながらも――強く主張できるチャンスなのだ。
無限書庫となのはの(主に教導隊の)勤務時間の齟齬から生じるこのような事態はこれが初めてではなかった。
だから、なのはの寂しさと怒りはいつにもまして募ったのだ。
六課の寮に戻っても暗いままのなのは。彼女は何気なく携帯から電話を取り出してボタンを押す。数回の機械音の後に応答があった。
「……なのは? どうしたの?」
「フェイトちゃん? あのさ、明日のダンスの相手決まった?」
「うん、決まったよ」
「え、誰、誰……!?」
「陸士108部隊のラッド・カルタス二尉だよ。なのはは? やっぱりユーノ?」
フェイトの一言に、なのはのトーンが一気にダウンする。
「……ユーノ君、お仕事だって」
「あ。……ごめん」
「謝らなくていいよ……悪いのはユーノ君なんだから!」
何となくの苛立ちが語気に現れていた。
「……でね。うん、ありがと。じゃあ、もう切るね」
「あ、なのは……」
あっという間に電話を切られて、その向こうのフェイトは戸惑って焦っていたが、なのはの心にそれを考える余裕などなく。何も考えずに、寮のベッドに寝転がっていた。
「はやて、明日のパーティーなんだけど」
「お、フェイトちゃん、決まったんか? 私はフェイトちゃんの相手想像できへんのやけど」
「私のことはいいからっ! なのはの相手がいないみたいなんだよ!?」
「……え?」
はやての家に切迫した様子で駆け込んできたフェイトの言葉に、はやてが疑問符を浮かべる。何しろはやての目的は、なのはとユーノの距離を縮めることだったのだから。
「なんでや? ユーノ君は?」
「無限書庫は祝日勤務! はやて忘れてたの!」
「はっ、しまった! ……そ、そやったわ……不覚や……」
頭を抱えるはやてに、フェイトが迫る。
「なのは悩んでるみたいだよ? 何とかしてあげないと……」
「そやな……クロノ君は忙しいん?」
「忙しくなかったら私が誘ってるよ……」
何を当たり前のことを、とフェイトが睨み気味の目ではやてを見る。
「うわー、どしよか……」
「というか、ヴォルケンリッターのみんなは相手決まってるの?」
「そや。なんでか知らんけど、シャマルもシグナムもヴィータもそれぞれおるみたいなんよ……あっ!」
天啓のひらめきとは、まさにこういうことを言うのだろう。
「まだ彼がおるわっ!」
フェイトのもとに電話をかけてから1時間。さすがに六課のパーティーに出席しないのは体裁が悪いと思ったなのはが、教導隊関係の男性にパートナー組を打診するも、どういうわけか皆仕事が重なり不都合。イライラが徐々に募っていた。
「管理局って、どうして祝日にも仕事をさせてるのっ!?」
その理由が自分にあったことなど、彼女に知る由もない。中卒と同時にミッドで就職したなのはの仕事に対する熱意は凄いものがあり、徐々に職場では彼女と同じように休日返上・残業当然の風潮が出来上がっていたのだ。こうなっては勤労感謝の日など名ばかりな形骸である。
「あーイライラするぅ……訓練場で一発SLB打ってこようかな」
結局のところ、カートリッジの無駄遣いをやろうとしているなのは。彼女が寮の部屋を出る前に、青い狼が入ってきた。
「ん? あ、ザフィーラさん。どうしたの、ヴィヴィオは?」
「無限書庫の方に送り届けてきた。今日は他用で参った」
無限書庫――今は聞きたくないその単語が胸に突き刺さる。
「そう、じゃあ私訓練場に行ってくるね」
「待て」
そのままザフィーラの横を通り過ぎようとしたなのはを、ザフィーラが呼び止める。あまりない光景に、なのはは目をぱちくりとさせた。
「守護獣として主と踊れぬのが残念なのだが……君もまたペアがいないと聞いた。主の友として尊敬している。私と明日、踊らないか?」
ユーノに断られた今、この誘いを受けない理由はなかった。だけれど、気が乗らないのも真実。
「ごめん……あまり気が乗らないの」
「それでもだ」
「え?」
ザフィーラの一言に驚くなのは。
「では訊くが――アテでもあるのか?」
「ううん」
「それでは私と組むべきだ。お前が悲しい顔をすれば主やテスタロッサ君が悲しむ。そしてヴィヴィオが悲しむ。お前の悲しみは一人の悲しみじゃないんだ」
ハッとするような想いがなのはを貫いた。笑顔を失った母を見てヴィヴィオはどう思うだろう。それに今頃ユーノ君はどう思っているのだろう。無限書庫の悲しい分かれで彼にどんな思いをさせたのか、分からない。
「……ありがとう、ザフィーラさん」
「礼に及ばん。それでは明日――」
それだけ言うと、ザフィーラは部屋から出て行った。残されたなのはは、訓練場へ行くことを取りやめ、早速携帯のボタンをプッシュし始めた――
――Monday, LOVOR THANKSGIVING DAY――
機動六課のダンスパーティーが始まった。六課のコック総動員で作り上げられた、決して高級ではないが創意工夫に富んだ料理の数々が並べられ、安物で調達されたタキシードやドレスが入り口で貸し出されている。日々、路上で空腹に喘ぐもの、工事現場で働く者、いろんな人たちがパーティーの話を聞きつけやってきた。
「ぷっ……ザフィーラカッコええよ……」
「主、笑いながら言われても信憑性がありませぬが」
「冷静にツッコむなー、ザフィーラは」
黒に身を包んだザフィーラの姿を見たはやての言葉は的を突いていた。最近人間形態になったことがほとんどなかったこともあるが、屈強な肉体を隠すそのタキシード姿は新鮮だ。
「今日はなのはちゃんを楽しませてやってなー」
「御意。ヴィヴィオもおりますゆえ」
「そやったな。私もヴェロッサと楽しむからな」
その少し先で、フェイトとラッドが談笑していた。
「武装隊の方からの新兵器なんですが、どうも運用状況ががんばしくなくてね」
「執務官部も同じですよ。なかなか操作用の端末が新製品に切り替わらなくて……」
「何しろ地上(りく)の方はJS事件の後始末が痛手で。私の方はまだ楽だったようですが。ギンガの不在が痛かったですが」
「その節は申し訳ありません」
「いやいや、謝ってもらう事ではなく、こちらの出来の悪さを痛感させられた事件なだけです。お気に召されずに」
やはり勤労感謝の日のパーティーということもあろうか、仕事の話が多い。しかしそれは不満や愚痴を言い合うものではなく、楽しい話に限られていた。皆、暗い今から少しでも離れようと意識しているようだった。
「うわぁ、かっこいいよ、ザフィーラさん!」
「感謝する。君も美しい」
そしてなのはとザフィーラも楽しんでいた。なのはは内心少し残念だったが。美しい、よりも可愛いがまだ嬉しい年頃だった。
「それにしてもこれすっごい量だね」
「主と君とフェイト君の給料から出ているからな」
「……え? 聞いてないよ……ちょっと頭冷やしてこないと……」
「主を悪く思わないでくれ。後で連絡を取るつもりだったのだろう」
「ザフィーラさんが言うなら、それでもいいんだけど」
それでもにこやかなのは、周りの空気が移ったからだろうか。ユーノのことが脳裏に過ぎることは数度あったが、理不尽ではあると思うものの彼への怒りがある今は努めてそれを忘れようとしていた。
「それではーっ、本日のメインイベント、ダンスパーティーを行いまーっす!」
食事会場に隣接されている会場が、回避練習(ペイトレーション)で使用する魔力球(スフィア)を利用して照らしだされる。情熱的なタンゴの曲が流され、人々は思い思いに踊り始めた。
なのはとザフィーラもその中に混じる。思いのほか優しく、それでいて強いエスコートに、なのはは身を任せた。
実にザフィーラの位置取りは上手かった。四方八方に目を光らせ、それでいて眼光はなのは(パートナー)を射すくめ、衝突など決して起こさない。必ずしも上手い踊り手だらけではないこのパーティーで、全く衝突がないのはこのパートナーくらいだった。
「ザフィーラさん、もしかして護ってくれてる?」
「我は守護獣だからな」
ちょっぴり彼がカッコよく見えた。同時に、自分もこうでなくちゃと思い始める。
ユーノの手伝いでジュエルシードを集めることから始まった魔導士の道。これでもう10年になる。途中には挫折しそうになった時もあったけれど、何とか乗り越えてきた。でも、「守るもの」が出来た今、もっともっと自分のやり方を変えていかなきゃいけないんじゃないか。
「ザフィーラさんは、主……はやてちゃんを守るために心がけてることってあるんですか?」
「守ることは何かを犠牲にすることだ。我は主の為ならば――全てを犠牲にする覚悟だ。その覚悟が、心がけとやらかもしれんな」
ダンスは続く。
(「覚悟」か……私にあるのかな。ヴィヴィオを守っていく覚悟)
「……あまり考えるな」
「えっ?」
「『覚悟』は考えるものではない。いつの間にか心のうちに宿るものなんだ」
いつの間にか――その言葉が意外だった。そうかもしれない。護りたい人への想いというのは、考えて出てくるものじゃない。
いつもより、なのはには自然と彼が大きく見えた。
「……そうかも。ありがとう、ザフィーラさん」
その言葉に、ザフィーラは曲に合わせた見事なリフト&ディップで応えた。寡黙な彼らしいな、となのはは密かに思った。
「はやて、今回の狙いは何だったの?」
パーティーが終わり、六課の裏で話し込む二人。
「……実はな、なのはちゃんとユーノ君を近づけようと考えたことやったんや」
「それがあんな結末を迎えた、と。なのはが可哀想だよ」
「そんなことないよ」
背後から聞こえた声に、はやてとフェイトが顔を見合わせる。
「今日のパーティー、とっても楽しかったよ。ユーノ君が来てくれなかったのは少し残念だったけど」
「な、なのはっ!? 聞いてたの」
「ごめんなー、なのはちゃん。ホンマごめん」
唐突な彼女の出現に二人が慌てる。今までの会話を全て聞かれていたであろうことに彼女らは心を驚かせた。
「なんで謝るの? ザフィーラさんとの話は楽しかったし、それにヴィヴィオを護っていかなくちゃって決意もできたんだ」
その言葉にさらに二人が顔を見合わせる。
「もっとも、私をもっと護ってくれる人がいたらなぁーって思うんだけど。あ、フェイトちゃんは十分すぎるくらい護ってくれてるね」
てへ、と笑ったなのはにつられて二人も笑う。
「ザフィーラ、何話してたん?」
「内緒♪」
口に人差し指を立て、悪魔っぽい微笑みでなのはが答える。
「駄目だよなのは、秘密なんて」
「秘密じゃないもん。ただ答えたくないだけー」
楽しそうに言う彼女を見れば、二人とも別にいいか、と思ったよう。
「そろそろ恋したいわー」
「六課が終わるまでは無理そうだね」
「うーん、ユーノ君が司書長である限り厳しいかなぁ……」
年相応の話を咲かせ、晴れ渡った空の下、三人のとある一日は緩やかに流れる雲と同じく、忙しなく動く明日へ向かっていった。
――Tuesday, The Day after LOVOR THANKSGIVING DAY――
「ねーねーザッフィー♪ 昨日なのはママと一緒にいた男の人、誰なんだろう?」
無知は罪なり。先人はよく言ったものである。狼形態で寡黙を貫く彼を、さらなる衝撃が襲う。
「無限書庫のユーノ君にさっき言ってきたんだ♪ 『ママと仲良しな男の人いたよー』って。そしたらユーノ君青ざめてたの。何でだろうね?」
今頃、埋め合わせで昨日慌ててユーノが予約したデートになのはが有給で行っているところだろうか。
ザフィーラは顔色を完全に蒼白なそれにしたが、元々青と白の毛を持つ彼のこと、ヴィヴィオが彼の心労を知る由などどこにもなかった。