それは、始まりの始まり。
冬も終わりが近づいた日の朝のこと。
3LDKのマンションに家族4人で住んでいた。
最高層では無いにしろ、7階という高さはナカナカの絶景。
家族4人で丁度良い広さのリビングに、残り二部屋を2人ずつで分け合うような部屋割りで暮らしていた。
「お……はようって誰もいねぇし」
誰もいないリビング。
普段通りなら、両親が食卓に座って朝ご飯を食べている光景が目に入るはずなのだ。
なのにカーテンは締め切ってあるし、誰かが朝ご飯を食べた形跡も見当たらない。
今日に限って寝坊したのだろうか。珍しいこともあるものだ。
「起こした方がいいか?」
念のため時計を確認するも、自分だけが特別早く起きたわけでもない。
んー、と悩んだ挙句。
「そっか、今日は休日だ」
今日は週末の赤い日。誰が何と言おうと祝日である。
そんな日に早起き―寝ていても怒られない時間に起きたんだし―をする方が珍しいのかもしれない。
両親はそのうち起きてくるだろう。
とりあえず朝ご飯は食パンで済ませようか。
確か買い置きは電子レンジの上だっけ……。
「ん」
食パンの封を開けて一枚を取り出し、口にくわえる。
今日の天気は晴れだっけ。
なんとなく呟いて、くすんだ色の遮光カーテンを左右にバッと開いた。
「んー……あ――れ?」
食パンが重力に捉われて落下する。
見覚えの無い風景が、一枚の写真のように朝陽を反射させていた。
本来なら、目の前の景色は高層ビルが立ち並ぶオフィス街。
その隙間を縫うようにして入ってくる、貴重な朝陽がこの部屋を照らすはずなのに――
「何でこんなに眩しいんだよ――」
それが、全く最初の、始まりの始まりだったのだ。
我を失って硬直してから数分。
ようやく再起動を果たしたものの、家族の部屋はもぬけの殻だった。
窓の外の景色で知っている部分を探してみても、知り合いの電話番号を押してみても、まるで応答なし。
返ってくる言葉は、「この電話番号は現在、使われておりません――」の一辺倒。
どうにもならないと悟ってから、色々なことを試してみたりもした。
部屋中を引っくり返して電話帳を探し、番号案内、知ってる会社、警察にまで連絡してみた。
多少は胡散臭がられたかもしれないが、今の状況を考えればどうでもいいことだ。
で、その結果、今の状況を理解するために最低限の情報は集めることができた。
1.ここは昨日まで住んでいた住所とは全く別の住所らしいこと。
2.自分の知っている人間や会社は、パーフェクトに連絡が取れないこと。
3.景色は違うが、この部屋は間違いなく自分たち家族がずっと住んでいる部屋であること。
以上が、得られた情報を整理した結論である。
尤も……
「一番信じられないのは、そこじゃないんだよな」
中でも群を抜いて驚いたのは、ここが冬木市らしいってことだ。
そして、誰でも思うだろう疑問点。
「夢なら醒めてくれよ、ホント」
頬を引っ張ったところで、もちろん醒めるはずなど無かったのだが。
誰に言う訳でも無いのだが、昨日までFateというゲームをやっていた。
ネットでも評判は良いし、やってみようか、と手を伸ばしたのが一週間前。
あの長い長いシナリオを読み続けた。全て読み終えたのが、やっと昨日の夜。
ようやく読み終えて一息ついたと思ったら、今度は自分が中に入り込んでしまった、というオチ。
とりあえず自分の部屋で対策を考えよう、と戻ってきて発見してしまった。
自分の部屋には仕立てたばかりの制服が吊るされていて、机の上にはご丁寧にファイルが整えてある。
中を見れば、”入学の心得”、”穂群原学園規則一覧”、”冬木市全景マップ”などなど。
起きた時には寝ぼけ眼で見逃していたのだろう。
明らかに異質なソレらは、転校生という設定を俺に納得させる為のものたちか。
もう一枚、”貴方の転校を歓迎します!”という一枚の紙が出てきた。
登校は明日、水曜日から、と書いてある。
さっき警察に電話したときに確認したが、今日は火曜日。
まだ猶予が一日あるようだし、この街について知らないことも多い。
夢ならそのうち醒めるだろうさ、と軽い気持ちで外へと飛び出した。
夜。
色々な場所を巡るだけ巡って帰宅した後、インスタントラーメンを食べる俺。
ゲームでは大まかな地図すら出なかったので、場所も何も分かったものじゃなかったが、今日一日だけでも巡ったのは大きかった。
交通手段や距離、移動時間を測れたのはこれからのプラスになるだろう。
見知った顔はいなかったが、学園の場所も把握したし、遠目からだが主要な建物も確認した。
主に衛宮邸と遠坂邸、それと間桐の屋敷である。
「明日から、どうなるか……」
無事元の世界に戻れたらバンザイなのだが、そうならない予感がある。
記憶が確かならば、戦争は木曜日に一日目を迎えたはず。
ということは、最低でも猶予は一日。
……冷静に考えて、聖杯戦争に参加できるとは思えない。
それでも、知識のみで渡り歩くことは可能だろうか。
エミヤシロウとまでは行かずとも、彼を導くことぐらいなら出来るかもしれない。
「目指すなら、凛ルートかな……」
あのエンディングの中であれば、一番マシなルートを選びたい。
全く同じ道を辿れるとは思っていない。
しかし、正義の味方が自分を曲げず、皆がハッピーエンドを迎えるに越したことは無い…と思う。
「本当なら士郎なんかに負けたくは無いんだが、生憎と魔術回路は無いだろうしな」
現状把握は常に最悪を。
目指すのは常に最善を。
そう自分に言い聞かせるように、眠りに落ちた。