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[3726] Fate / side of story
Name: manyhitter◆da673d0f ID:1a406292
Date: 2009/04/30 16:56
Fate / stay night 二次創作
ジャンル:オリ主最弱&死んだらループもの

たまに更新します。
でも亀より遅い…。
いつまでもループしっぱなしとかありえる。

数少ない応援、激励は大変嬉しいです。また、批判や誤字脱字、本編との差異なども忌憚無くお聞かせください。
貴方の感想があるからこそ、執筆意欲だって沸くのです。



[3726] Prologue / One day morning
Name: manyhitter◆da673d0f ID:1a406292
Date: 2008/08/10 01:39
それは、始まりの始まり。
冬も終わりが近づいた日の朝のこと。



3LDKのマンションに家族4人で住んでいた。
最高層では無いにしろ、7階という高さはナカナカの絶景。
家族4人で丁度良い広さのリビングに、残り二部屋を2人ずつで分け合うような部屋割りで暮らしていた。

「お……はようって誰もいねぇし」

誰もいないリビング。
普段通りなら、両親が食卓に座って朝ご飯を食べている光景が目に入るはずなのだ。
なのにカーテンは締め切ってあるし、誰かが朝ご飯を食べた形跡も見当たらない。
今日に限って寝坊したのだろうか。珍しいこともあるものだ。

「起こした方がいいか?」

念のため時計を確認するも、自分だけが特別早く起きたわけでもない。
んー、と悩んだ挙句。

「そっか、今日は休日だ」

今日は週末の赤い日。誰が何と言おうと祝日である。
そんな日に早起き―寝ていても怒られない時間に起きたんだし―をする方が珍しいのかもしれない。
両親はそのうち起きてくるだろう。
とりあえず朝ご飯は食パンで済ませようか。
確か買い置きは電子レンジの上だっけ……。

「ん」

食パンの封を開けて一枚を取り出し、口にくわえる。
今日の天気は晴れだっけ。
なんとなく呟いて、くすんだ色の遮光カーテンを左右にバッと開いた。

「んー……あ――れ?」

食パンが重力に捉われて落下する。
見覚えの無い風景が、一枚の写真のように朝陽を反射させていた。
本来なら、目の前の景色は高層ビルが立ち並ぶオフィス街。
その隙間を縫うようにして入ってくる、貴重な朝陽がこの部屋を照らすはずなのに――

「何でこんなに眩しいんだよ――」

それが、全く最初の、始まりの始まりだったのだ。





我を失って硬直してから数分。
ようやく再起動を果たしたものの、家族の部屋はもぬけの殻だった。
窓の外の景色で知っている部分を探してみても、知り合いの電話番号を押してみても、まるで応答なし。
返ってくる言葉は、「この電話番号は現在、使われておりません――」の一辺倒。
どうにもならないと悟ってから、色々なことを試してみたりもした。
部屋中を引っくり返して電話帳を探し、番号案内、知ってる会社、警察にまで連絡してみた。
多少は胡散臭がられたかもしれないが、今の状況を考えればどうでもいいことだ。
で、その結果、今の状況を理解するために最低限の情報は集めることができた。

1.ここは昨日まで住んでいた住所とは全く別の住所らしいこと。
2.自分の知っている人間や会社は、パーフェクトに連絡が取れないこと。
3.景色は違うが、この部屋は間違いなく自分たち家族がずっと住んでいる部屋であること。

以上が、得られた情報を整理した結論である。
尤も……

「一番信じられないのは、そこじゃないんだよな」

中でも群を抜いて驚いたのは、ここが冬木市らしいってことだ。
そして、誰でも思うだろう疑問点。

「夢なら醒めてくれよ、ホント」

頬を引っ張ったところで、もちろん醒めるはずなど無かったのだが。





誰に言う訳でも無いのだが、昨日までFateというゲームをやっていた。
ネットでも評判は良いし、やってみようか、と手を伸ばしたのが一週間前。
あの長い長いシナリオを読み続けた。全て読み終えたのが、やっと昨日の夜。
ようやく読み終えて一息ついたと思ったら、今度は自分が中に入り込んでしまった、というオチ。
とりあえず自分の部屋で対策を考えよう、と戻ってきて発見してしまった。
自分の部屋には仕立てたばかりの制服が吊るされていて、机の上にはご丁寧にファイルが整えてある。
中を見れば、”入学の心得”、”穂群原学園規則一覧”、”冬木市全景マップ”などなど。
起きた時には寝ぼけ眼で見逃していたのだろう。
明らかに異質なソレらは、転校生という設定を俺に納得させる為のものたちか。
もう一枚、”貴方の転校を歓迎します!”という一枚の紙が出てきた。
登校は明日、水曜日から、と書いてある。
さっき警察に電話したときに確認したが、今日は火曜日。
まだ猶予が一日あるようだし、この街について知らないことも多い。
夢ならそのうち醒めるだろうさ、と軽い気持ちで外へと飛び出した。





夜。
色々な場所を巡るだけ巡って帰宅した後、インスタントラーメンを食べる俺。
ゲームでは大まかな地図すら出なかったので、場所も何も分かったものじゃなかったが、今日一日だけでも巡ったのは大きかった。
交通手段や距離、移動時間を測れたのはこれからのプラスになるだろう。
見知った顔はいなかったが、学園の場所も把握したし、遠目からだが主要な建物も確認した。
主に衛宮邸と遠坂邸、それと間桐の屋敷である。

「明日から、どうなるか……」

無事元の世界に戻れたらバンザイなのだが、そうならない予感がある。
記憶が確かならば、戦争は木曜日に一日目を迎えたはず。
ということは、最低でも猶予は一日。
……冷静に考えて、聖杯戦争に参加できるとは思えない。
それでも、知識のみで渡り歩くことは可能だろうか。
エミヤシロウとまでは行かずとも、彼を導くことぐらいなら出来るかもしれない。

「目指すなら、凛ルートかな……」

あのエンディングの中であれば、一番マシなルートを選びたい。
全く同じ道を辿れるとは思っていない。
しかし、正義の味方が自分を曲げず、皆がハッピーエンドを迎えるに越したことは無い…と思う。

「本当なら士郎なんかに負けたくは無いんだが、生憎と魔術回路は無いだろうしな」

現状把握は常に最悪を。
目指すのは常に最善を。

そう自分に言い聞かせるように、眠りに落ちた。



[3726] 1st roop / Rin end 1
Name: manyhitter◆da673d0f ID:1a406292
Date: 2008/08/05 13:11
悩む。
悩むよなぁ。
現在進行形で悩んでいる。

「うーん……」

登校初日。
皆に紹介されてから、何事もなく午前の授業を受けている最中である。
幸か不幸か、クラスの中に知っている顔はいなかった。
腕組みをして、退屈な授業に耐えている。
転校生である手前、しばらく授業が分からなくても問題は無いだろう。
それより、これから始まる戦争である。
介入しないのも一つの手ではある。
鮮血神殿の起動時には欠席すればいいし、危ない場面は大体頭に入っているので何ら問題は無い。
心が痛むのと、若干の不安だけで。

「問題は、俺がこの世界に来たことによる誤差……」

別に頭が回るから思いついた訳ではない。
ラノベやSF小説を読むのに一時期はまっただけだ。

「とりあえず、巻き込まれなきゃ静観するとしようか――」

などと、甘い考えを抱きつつ、授業をこなしていたのだが……





甘かった。
とんでもなく甘かった。

聖杯戦争とは、殺し合いである。
命を懸けて戦う、戦争である。

その直前に転校生が現れた、などと。
あの遠坂凛が見逃してくれようはずも無かった。

「こんにちは」

昼休み。
お昼ごはんは購買でパンを買ったのだが。
教室で食べたのがマズかったのかもしれない。
例によって転校生というだけで囲まれる状況を抜け出すべく、トイレに立った時のことだった。
腕を掴まれる。
待ち伏せしていたかのようなタイミング。
いや、実際待ち伏せしていたのだろう。
手にはアンパンと牛乳。
ドラマの見すぎじゃないか、と突っ込みたくなるが、それはまぁ置いておこう。

「転校生って貴方のこと?」

「はい?」

動転して甲高い声が出てしまう。
それも仕方ない、教室を出て不意打ちで、且つ不意打ちの相手があの遠坂凛だったのだから。

「ふぅん」

上から下まで視線が行き来する。
どうやら見定められているようだ。
魔力の有無を見極めているのだろうか。

「えーと……」

「どうして転校して来たのかしら?この時期に」

些か棘のある言葉。
言葉に含まれた内容は警戒。
午前中一杯を考察に充てたとはいえ、彼女と遭遇する可能性は考慮していなかった。
突然の出来事に動揺しながらも、回答を検索し構築しようと努力。
どう答えるのが最善か分からない。
下手な嘘をついて疑われるより、大まかに事情を話して協力を求めるべきか……。
とりあえずこの場は誤魔化すことにする。

「えーっと、事情があって……」

「事情ねぇ…誰かの指示じゃなくって?」

鋭い質問。いや、もう少し口調が厳しくなれば、詰問と言える。
彼女もそれを分かって、ギリギリの線を越えない交渉をしているのだろう。

「ちょっと違うが。
詳しい事情が聞きたいなら、放課後でもいいかな」

「いいわ。放課後、屋上にいるから」

これは逃げだ。
けれど遠坂の質問に対抗する時間が与えられるのなら、多少怪しまれるのもやむをえない。
一瞥を残して去っていく遠坂の後姿を見て、残りの時間で構築すべき言い訳をどうしよう――と、思案に暮れていた。





そして最後の授業の鐘が鳴る。
起立と礼、簡単な連絡事項を確認し、ホームルームは解散となった。
物珍しさで声をかけてくる数人の誘いを断りつつ、「部活を一通り見て回りたいんだ」と誤魔化して教室を出た。
授業中に大まかに決めた方針を確認しつつ、登り階段を一段一段踏みしめる。
足りない頭をフル回転させて出した結論は、以下である。

まず、ゲーム云々の話は絶対に出さない。
出した所で、如何に理解が早い遠坂でも信じないだろう。ましてや他の登場人物も。
しかし、何も知らない……と知らん振りを決め込んでから嘘を見抜かれるのは避けたい。
ゲームのデッドエンドにも、士郎の記憶を改竄する内容があった。
魔術師として優れた能力を持つ彼女なら、容易いことなのだろう。
よって、俺が傍観者という姿勢を彼女に理解させ、多少バレるかもしれない内容については、”お告げ”―非常に怪しさ満載なのだが―とでもして、誤魔化しきる作戦。

よし、と気合を一つ入れて。
屋上へ繋がるドアを勢いよく開く。

「待たせた」

「あら、意外と早いのね」

ゴウゴウと、風が強い。
それはまるで、俺の運命の行く末を暗示しているかのようだ。

「それで、ここに来た理由とやらを聞かせてもらえるかしら?」

「ああ、信じるか信じないかは自由だが――」

前置きして、簡潔に語る。
出来るだけ簡単に。
揚げ足を取られないように。

「以上だ」

「ふぅん。お告げがあった――ね」

腕組みをして、遠くを見つめるような仕草。
眼光が、心なしか鋭いように見える。

「で」

ヤバイか?
いや、大丈夫なはずだ。
内容は何度も確認したし、大きな穴は埋めた。
ボロを出していたにしても、万が一のことを考えて場所を確保してある。
今俺がいる場所は、入り口から数メートル。
彼女が一工程で魔術を行使するにしても、先手を取れれば逃げることは不可能ではない。
怪しまれない程度に膝を曲げ、力を溜める。
腕を向けられた瞬間に走り出して――

「言い訳はもう終わりかしら」

酷く冷たい目で睨まれる。
視界がぼんやりと染まっていた。
腕組みを解いた彼女の左腕が青く光っている。
逃げようとジリジリ後退するも、すぐ真後ろには、ついさっきまで存在しなかった壁がある。

「結界か!」

「ご名答。貴方に魔力は殆ど無いから、感じ取れなかったのも無理ないわ。
でもね、魔力が無い人間に奇蹟は起こせない。
そういった奇蹟が起きたとしても一生感じ取れずに生きていくの」

一歩。一歩。
こちらへと、左腕を向けながら迫ってくる。
俺は動けない。動いた瞬間に撃たれる。
結界の中でしか逃げ回れないのなら、どの道逃げ切れるわけが無いのだが。

「貴方は自分で傍観者と名乗っているけど、そもそも情報の出所が不自然なのよ。
奇蹟を起こせないのに奇蹟を知っている」

ピタ、と。
目の前数センチで腕が止まり、人差し指を向けられる。
呪いを起こす魔術。
一言でも彼女が工程を起こせば、俺はこの場に崩れ落ちるだろう。
やばい、死ぬ。殺される。

「どこから来たのか知らないけど、不確定要素は先に排除しておく性質なの。
私は誰の協力も得ず、一人で聖杯を勝ち取るわ」

言い聞かせるような言葉の最後に、ごめんなさいね、と。
謝る言葉を聞いた。









「ぅ……はっ!!!」

ガバッと布団を跳ね除ける。
嫌な夢だった。
リアル過ぎる。
しかも彼女に呪いを打ち込まれてからの内容が異常だった。
生を憎む声と、死へと誘う声。
反吐が出そうなほど濃くて暗い声を聞きながら、何時間も狭い空間を彷徨っていた気がする。

「しかし不思議な夢だったな。
ま、そのうち忘れるだろ」

夢は普段、起きたら消えていくものだ。
意識が覚醒したときには、ほとんどその欠片は残っていないのが常なのに。
さっきの夢は、今起こった出来事のように思い出せる。
食べた味、話した内容、呪いを受けた瞬間――
独り言が多くなっていることに気づき、苦笑する。
寝汗でべっとりした寝間着を脱ごうとして気づく。
ベッドの横にかかっているのは、夢で着ていた制服。
机の上には、夢で見たばかりのファイル。

「っ!!!」

部屋を飛び出して走り出す。
両親はいるだろうか。
リビングから見える景色は、夢と同じだろうか。

continue to second roop.



[3726] 2nd roop / Rin end 2
Name: manyhitter◆da673d0f ID:1a406292
Date: 2008/08/10 01:40
ここに至り、これは夢ではないのだと実感した。
嫌悪感すら抱く巻き戻しによって、何度死のうが巻き戻るんじゃないか。
最悪の場合、聖杯戦争を生き残ることでしか脱出できない牢獄。
何の因果か知らないが、どうやら厄介なモノに巻き込まれてしまったようだ。





一度、悪夢は体験している。
今度は慌てず騒がず、電話帳で警察へと確認の電話。
どうせ怪しまれた所で此方の住人ではない。
曜日と日付、時間を確認すると、やはり最初に転移してきた時と同じ状況。

学園に行くとすれば登校日は明日。余裕は一日しかない。
あとはせいぜい自己分析。
所詮俺が通っていたのも2流大学、頭が特別切れるわけでもない。
美綴や遠坂のように運動が出来るわけでもない。
じっくり考えてから行動するのがいいだろう。

俺の意識は”死ぬ”ことで最初に戻った。
ループしているのだろう。
”死ぬ”までの記憶は巻き戻し時には失われない。
つまり、この世界で”死ぬ”ことで、元の世界には戻れない。
あと、この世界で”死ぬ”ことで、元の世界では死なない。
根拠など無いが。そう思った。
毎回”死ぬ”ことで寿命を削られる、という等価交換は成り立つかもしれない。
そんなのは御免だが、しかしどの道確かめる術は無い。
以上の内容も、全て仮定での話でしかない。
もし、また巻き戻ることがあれば、仮定が真実になるだろう。
そして、その可能性は十分高い。

「知識だけで渡り歩けってか」

遠坂曰く、”魔力の無い人間に奇蹟は起こせない”そうだ。
つまり、お告げとかそういった内容で騙るのは無理、ということ。
何度も死んで知識を得て、そこから新しい内容を学ぶことで生き延びろ、ということだろうか。
一番手っ取り早いのは、遠坂から多くの情報を引き出して、その情報を基に新しい自分を再構成すること。
だが、あの様子から言ってこちらの話をまともに聞いてくれそうもない。
マジメに俺の経歴を語った所で、簡単に信じるとも思えない。
つまるところ、あの”あかいあくま”を陥落せしめるには手詰まり、ということである。

「もう昼か……早いな」

今知っている情報をまとめ、そこから推測を導き出すだけで午前の時間は過ぎてしまった。
昼飯をさてどうしようかと思案していると――

――メシ!メシだ!

思いついたのは、かのゲームの主人公。
衛宮士郎の存在。
いや、メシから思いつくのもどうかと思うが。
しかし、遠坂に近づくには絶好の隠れ蓑かもしれない。
だが単純に”衛宮の知り合い”と名乗った所で疑われて呪われるのがオチだ。

――手を出せなくするしかない。

彼の家に居候として潜り込む。
あるいは士郎の協力者として。
彼に近づく算段を考え始め、自分を纏う設定を細かくメモ用紙に作成していく。

別に傍観者に徹する必要など毛頭ない。
俺は聖杯戦争を見届けることで、この悪夢を終わらせる。
何故だか、そういう確信があった。





ピンポーン。
そろそろ夕日が落ちる頃、時間は午後6時を回ったところ。
普通の家なら夕食の準備を整えている頃だろう。
そして想像した例に漏れず、衛宮士郎もエプロン姿で玄関へとやって来た。

「はい……どなたでしょうか?」

「自分は■■という者です。
衛宮切嗣さんはご在宅でしょうか?」

「いえ、義父は……ずいぶん前に亡くなりましたが」

無論、切嗣が亡くなっていることは知っている。
色々な可能性を検討した結果、怪しまれずに取り入る隙はそこしかなかった。
奇しくもセイバーを衛宮邸に居候させた時と同じ言い訳ではあるが。
彼の義父が海外を飛び回っていたことは、うろ覚えながら知っている。
冬木市から遠く離れた自分の地元で切嗣に世話になった……そういう設定にした。
ただ単に世話になっただけではアレなので、貸しを作ってあったことにする。
切嗣には悪いと思うが、しかし彼も元は魔術師だ。
士郎を導くのだからいいだろう、と言い訳めいたことを考え、思考を打ち切る。

「そうでしたか。
……いえ、彼とは少なからず縁があったので、久しぶりに彼を頼ってこの地に来てみたのですが」

演技ではあるが、真剣に目を伏せる。
亡くなった彼を偲ぶのは、人間として当然の行為でなくてはならない。

「もし良かったら、これから晩御飯なんで一緒にどうですか?」

俺の持つスーツケースを見て言う。
もちろんこれも計算のうち。

「む……すみません。では、お言葉に甘えます」

広い武家屋敷風の廊下。
靴を脱いで上がり、右手のリビングへ。
切嗣の仏壇に線香と祈りを捧げ、晩御飯をご馳走になろうと――

「士郎、その人だ~れ?」

そうか、藤ねぇや桜も一緒なのか。
迂闊。これは少し厄介なことになった。
藤ねぇはともかく、桜を煙に巻くのはとても難しい。
なんせ遠坂の血が流れているのだ。
嘘の察知能力は天賦の才として受け継がれていると思ったほうがいいだろう。

「昔、衛宮さんに縁がありまして懇意にして頂いた者です」

やはり俺が男であることも利いているのだろう。
士郎と藤ねぇはあっさりと信じ込んで頷いている。
桜も別に警戒はしていないようで、俺の次の言葉を待っている。

「ちょっとした怪我だったのですが、彼を介抱したことがありまして。
律儀な人で、話しているだけでも楽しかったのを覚えています。
「今すぐに恩を返せるものは何も無いが、いざとなったら冬木の家を訪ねてくれ。力になろう」と。
彼の過去や思想に共感した人間の一人として、彼は目標でした」

偉そうな口調で言った自分の言葉を誤魔化すように付け加える。
今のところ嘘は言っていない。
衛宮切嗣の過去や思想は共感できる部分も少なからずあったし、それ以前に彼は正義の味方たらんとしていた。
その彼が「何かあれば俺を頼れ」などと発言するのは違和感無く飲み込めることだろう。

「で、一つお願いがありまして」

うん、と士郎は一つ頷いた。
どうやら話の流れから、内容をなんとなく察したようだ。

「住む場所に困っているので、しばらく居候させて頂けないかと」

そう。
衛宮士郎の家に入り込んでしまう。
それが作戦。
遠坂だって身内には甘い性格である。
それに便乗するわけではないが、いざとなれば士郎が俺の後ろ盾になってくれるだろう打算もある。

「ああ、分かった。義父の知り合いって言うんなら、断る理由も無い。
藤ねぇもいいよな?
客間は使ってない部屋が幾つもあるから、好きな所使ってくれ。
義父の知り合いなら、断る理由もないし」

「恩に着ます」

セイバーや遠坂の引越しには異論を唱えた藤ねぇだが、今回は男であるのが幸いしたのか、特に何も言わず黙々とご飯を食べていた。

「……?」

先ほどから、桜からの視線が痛い。
そういえば彼女も魔術師の端くれ。
魔力も絶大な量を蓄えているはずだ。
敵に回すと怖い人間の一人だろう。

「えーと、このお二方も含めて名前を聞いておきたいのですが…」

「ああ、そうですね。
俺は衛宮士郎。義父と血は繋がっていないんだが、一応跡継ぎ…になるのかな」

続けて、藤ねぇと桜が挨拶してくる。

「はじめまして、自分は――」

何はともあれ、まだ零日目。
俺の聖杯戦争は、やっと始まりを迎える。





設定。
製薬会社の重役の息子ということにする。
山の散策中、行き倒れている切嗣を発見、保護。
傷が癒えるまでしばらくの間、会社で手腕を発揮してくれたこと。
旅立つ時まで、子供だった自分に感謝していたこと。
その後数年が経ち、父がスキャンダルを起こし一家は離散。
頼る親戚も悉くが門前払い。
仕方なく衛宮切嗣を頼って冬木までやってきた――という内容。

「そうでしたか……大変でしたね」

さすがに半日かかって捻り出した内容。
士郎や藤ねぇの同情を誘うには十分だったようだ。

「実は穂群原学園…というところに転入扱いになってまして。
こんなスーツ姿をしていますが、士郎と年は変わらないはずです」

「そっか、学園なら俺と同じだ。
不慣れな土地だと思うし、案内するよ」

ああ、と頷いて食べ終わった食器を渡す。
士郎と桜が広い台所で後片付けを始める。
何もしないのも悪いかと思ったが、二人の息はピッタリで入り込む隙もない。
足をぶらぶらさせながらテレビに夢中な藤ねぇの横で、今後のデッドエンドの可能性を考える。

セイバーを召喚するまで大人しくしていたほうがいいか…。
アーチャーの召喚に関わるのは自殺行為だ。






食器の片付けも一段落したのか、士郎が先にキッチンから出てくる。
大方、桜に「先に案内してあげてください」とでも言われたのだろう。

「空いてる客間はたくさんあるので、好きな所使ってください」

「助かる。荷物はこのスーツケース1個なので、広さは拘らない」

案内する士郎を先頭に、居間を出て客間の並んだ廊下を歩く。
幾つかの部屋を見ても、そこが誰の部屋か大体見当が付いてしまった。
正確には、これから住むのだろうが。
セイバー、遠坂、桜の背景画像として使われていた部屋を回避し、少し手狭な初見の部屋に入る。

「ここでいいんですか?少々狭いですが」

「荷物も多くないし、これぐらいで丁度いいさ」

スーツケースを置き、ネクタイを緩める。
元々スーツなど着る必要は無かったのかもしれないが、少しでも印象は良いほうがいい。
それ以外の要因だと、ファッションによってはかなり若く見られてしまうこともあるが。

「それはそうと。士郎君と言ったか」

「はい?」

本当に何を言われるか分からない、という顔をしている。
真っ直ぐな人間なんだな、士郎は。
まぁ、鈍いだけかもしれないんだけど。

「先に言っておくが、俺は協会でも教会でもないから安心することだ」

「っ!……じゃあ、」

息を呑んで身構える士郎。
今の今までそんな可能性は思いもしなかった、という顔である。
やれやれ、これじゃ遠坂が毎回呆れ顔をするのも頷けるというものだ。

「残念ながら俺は彼の弟子ではない。
そもそも俺には魔力が無いそうだ」

「じゃあ何で魔術を知ってるんだ?」

「……分からない」

素朴な疑問に答える術を知らなかった。
都合が良すぎると自分でも思う。
が、存在価値を探すために旅をしていてもおかしくないだろう。

「自分の経歴、素性、名前もはっきりしている。
ただ、記憶の一部に残った”記録”だけ、ぼんやりと違和感があるんだ。
魔術とか、魔法とか、聖杯とか。
俺に関係無い知識ばかり記録されてる。
その理由を探すために、ここへ来た」

目の前で口を閉ざす彼は、しかし魔術使いであって魔術師ではない。
わずかな逡巡のあと。

「そっか、何か見つかるといいな」

「ああ、短い間だと思うがよろしく頼む」

互いに握手して、今日のところは終わり。
もし改めて向かい合うことがあれば、そのときは彼の魔術の話でも。






翌日、士郎と一緒に学園への道を走っていた。
何を隠そう、原因は俺の寝坊である。
衛宮家の朝は総じて早い。
俺はと言えば、朝は非常に弱い。
かと言って低血圧なわけじゃない。
生活リズムがばらばらなだけだ。
心の中で士郎に何度も謝りつつ、学園へと辿りついた。

「うっ……はぁ、はぁ……」

「ふぅ。良かった、間に合ったみたいですよ」

言葉遣いが丁寧な士郎というのも違和感あるよなぁ、とか思いながら、ガラガラ音を立てて閉まる門の音を聞いていた。
学園まで上り坂が多かったせいで、息も絶え絶えである。
さすがに鍛えているヤツは違うね。

「ちょ、う、ぉぉ、待て~~~」

門が閉まる寸前、女子生徒の叫び声。
だだだー、と豹もかくやのスピードで走るアレは。

「蒔寺か…先行こうぜ」

どうやら見なかったことにするらしい。
顔を見られた瞬間、おそらく悪巧みの一部にされることは必至か。
おそらく彼女のことだから、門を閉めている用務員さんを羽交い絞めにしろ!とか無理難題を吹っかけるに違いない。

――予鈴。

時間が無いことを嫌でも自覚させられ、俺は職員室へと急いだ。






士郎と知り合いになったことを除けば、前回と変わりない一日。
昼時に遠坂に見つからないように行動。
ミッションスネーク――成功。





何事もなく放課後を迎える。
ここからは未知の時間。
注意していかねば――

「今日は生徒会の手伝いがあるから案内は出来ないんだが――」

「分かった、幸い校舎の図面はあるから、歩いて探索するよ」

士郎とはそう言って別れた。
俺はと言えば、校舎の内部だけ確認しておくべきかと――

教室を出た瞬間、がしっと。

既視感。

ぎくっと振り向くと、笑顔の遠坂凛。

しまった待ち伏せしていたかーー!!

「あら、ごめんあそばせ」

突然出てきた俺にぶつかった振りをしているようだ。
の割に手に入る力は緩まない…というか、かなり強い。
心なしか、笑顔も引きつっているように見えるのは気のせいか。

「あ、ああ……」

「あら、もしお一人なら校舎の案内でもしましょうか、転校生さん?」

挑発とも取れる言葉。
というか既に脅しである。
魔術回路が光っていないだけで、こちらを睨む瞳は恐ろしい魔力を湛えている。
こちらとしては、頷くしかないのだ。





「じゃあまず屋上ね」

「いや、屋上は最後で良くないか?」

「いえいえ、やっぱり見晴らしが良い場所が一番最初よ」

有無を言わせず連れて行かれる。
気分的には襟首を捕まれて引きずられて行く感覚である。

そうして。

「貴方、どういう目的でここへ?」

試練の時。

ここは筋を通すしかない。
昨夜、士郎に話した内容と全く同じ内容を話す。
頭の片隅にある”記録”。
その理由が知りたい、と。

「その記録の詳細を教えなさい」

有無を言わせない口調。
隠してもいずれバレることだ。
全部ではなくとも、かいつまんで話す。

聖杯戦争。
7体のサーヴァントと例外。
3つの結果。
聖杯の中身。

「へぇ…それを信じろと?」

「信じる信じないは君の勝手だが。
生憎、知っているだけだ」

「嘘は嫌いなの」

デジャビュだ。
また、魔術回路が光り始める。

「ほ、本当だ!」

「あらそう、ならお生憎様。
貴方には未来予知なんて出来る魔力量が無かった」

一歩、また一歩と詰め寄られる。
また、ダメか。
逃げることも無理。
説得も無理だろう。
あとは奇跡でも願うばかりだ。

「理由を説明できなくもないけど。
おそらく貴方は聖杯に触れてしまったのよ。何らかの理由で。
そこから流れ込んだ情報のうち、分かりやすいものだけが残った。
一般人が魔術に関わっても良いことなんて無いわ。
大人しく普通の生活に戻りなさい」

最後にまた。
嘘つき――と。



[3726] 3rd roop / Caster end 1
Name: manyhitter◆da673d0f ID:1a406292
Date: 2008/08/15 14:29
「む……」

しかめっ面で体を起こす。
まだ2度目だが、これは絶対に慣れることは不可能だと思う。
まるで体内を丸ごと引っくり返されるような感触。
精神はその間中ずっと侵食されていて、少しでも気を抜けば体ごと乗っ取られそう。

そこから何を連想するでもなく。
ぼんやりと、人間の悪意全てをその身に受けた、アンリマユという存在を思い浮かべた。





3回目の零日目だ。
どっかの群青野郎みたいに俺はループ回数をどこかに”記録”できるわけじゃない。
体に刻んだり、メモ用紙を常に持ち歩いていたらどうか分からないが。
ああ、メモ用紙を持ち歩くのは良い案だ。今度やってみよう。ループに飲み込まれてくれるだろうか。
テーブルにあったメモ用紙を一枚ちぎり、「死亡回数」と書いて正の字を2画目まで書いた。
ポケットに無造作に突っ込む。

今回の方針を考え始めたが、面倒になってやめた。
居間のソファーに大の字に寝そべる。
毎回毎回同じような内容の作り話で誤魔化そうとしてきたが、逆にそれが悪い結果を招いていないだろうか。
前回の最後に遠坂が言った言葉が頭から離れない。

――嘘つき。

じゃあ本当のことを?
当たって砕けろ、ダメならダメでやり直すしかないか。
そう何度も何度も死にたくないが。
生き返る時の…もとい、巻き戻る時の嫌悪感は焼酎を10リットルぐらい一気飲みした後より酷い。
酒豪と豪語していた俺も、あのときばかりは……いや、あれは思い出したくも無い。





一日目、学校、屋上。
昼休みにわざと捉まり、例の如く屋上に誘い出した。
いや、誘い出されたのはこちらのほうか。

「にしても、そちらからノコノコ来てくれて助かりました」

挨拶にしては相当棘がある気がするが、突然の転校生から事情も言わずに呼び出されれば当然か。
視線にも不穏な要素が含まれているように見える。

「もし捉まらなければ、強硬手段に訴えてでも話を聞くつもりだったけど」

あー、なるほど。
もしかして前回怒り狂ったように俺を連行して行ったのは、昼休みに避けていたからか?
それは悪かった、と謝ろうにも時間軸が違うのだから意味が無い。
仕方ない、心の中で謝っておこう。

「実はだな……」

魔術の知識を持ったまま、こちらの世界へ転移してきたこと。
誰かの手によって、抜かりなく準備されていたこと。
どうやら死ぬ度にループしていること。
ミライを知っていること。
素直に簡潔に要点を述べる。
事実だけを、嘘を交えずに。

「は、じゃあ貴方は違う世界の住人だって言うわけ?」

「そういうこと」

ま、ダメならダメでやり直せばいいだろう、と半ば投げやりな返答だったのは否めない。
信じないだろう。そりゃ俺だって信じない。
目の前にいるこの凡人が、世界の境界を越えてやってきたのだと言われても――

「成る程、理解したわ。それで、貴方は何をしたいのかしら?」

「そうだよな、いくら――へ?」

何を言うのだろうかメイガス。
俺ですら理解していないのに、君が理解したと?
動機も目的も手段も無い俺みたいな凡人が、どうしてどうやって何故ここにいるのか!?

……ああ、忘れていた見くびっていた侮っていた。
目の前にいるのはアベレージ・ワン――時計塔に呼ばれる程の実力者だ。
その実力をどうして俺如きが計ろうとしていたのか。

「思い違いをしているみたいだから、この際言っておくけど」

スチャ、と何処からかメガネを取り出す遠坂先生。
教師モードに突入されると、何だか凄く自分が矮小な存在に思えてきます、先生。

「貴方に動機やら何やらがあるかどうかは、この際問題じゃないの。
問題なのは、呼び出した方。
魔術は基本として等価交換だけど、こと”世界”に限ってはこの限りじゃないわ。
貴方は知識として知っていると言っていたけど、例えば聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントは、自らの意思でここへ来たわけじゃないの。
”力を持つもの”として、単に呼び出されただけに過ぎない。
だったら貴方も、単純に”未来を知るもの”として召喚されたと仮定しても別におかしくはないんじゃない?」

諭されるような口調で言われたのだが、理解が追いつかない。
整理しよう。
サーヴァントは戦うために呼ばれた。
サーヴァント自身が戦うために自分の意思で来たわけじゃない。
そこには勿論、聖杯を得るため、という動機があるが。
じゃあ俺は?
俺は”未来を知るもの”として呼ばれた、と言う。
俺に動機は、多分無い。

「動機はともかく、おそらく”世界”が召喚するときに一番都合が良かったのが貴方だっただけよ。
元の世界がどうなっているかは観測できないけれど、運が良ければ向こうの時間は進んでいない。
最悪の場合、ここにいる貴方は元の貴方の劣化コピー、ということになっちゃうけどね」

「劣化コピー?」

劣化コピーということはつまり英霊みたいなものだろうか。
本物は別に居て、ここに居る俺は偽者……?

「それも一つの可能性ってわけ。
ああ、劣化と言っても必ずしも偽者ってわけじゃないんだけどね。
簡単に言えば精密なクローンよ。
同じ思考、過去、人格、記憶まで持った”その瞬間”のコピー(たましい)を受肉させたもの」

それも膨大な魔力が必要な上、魔法の領域だけどね、と。
魔法。
科学では絶対に不可能な5の領域。
魔術師の最高到達点。

「第二魔法ってヤツか」

「違うわ、第二魔法は並行世界の運営。魂の物質化は第三魔法よ。
――喪われた天の杯(ヘブンズフィール)」

一瞬、遠い目をした遠坂は、俺の視線に気づくと鋭い目を戻した。
……祖先の悲願、か。

「今日の深夜、うちに来て頂戴。
今は私が冬木を管轄しているわけだし、原因究明と身柄の保護を兼ねて明日から私の家にいてもらうわ」

「深夜?……今からじゃ……あ、そっか。男を連れ込んだりなんかしたら目立つよな」

何か癇に障ったのか、口も開かずこっちを睨みつけてくる。
しばらくそうしていたが、自分の中で整理が付いたのか、肩を落とす。

「こんな時期に体裁気にしてるのは自分でも変だと思うんだけどね。
ま、変な噂が立つよりマシだと思って。
……それと、さっきループしてるって言ってたわね。
今まで何回ぐらい”死んだ”の?」

「えーっと、2回ぐらいかな」

ん……半眼で睨まれるが、別に睨まれるようなことをした覚えは無い。
むしろ素直に答えたのだから褒められても良いだろうに。
教師モードは終了したのか、メガネを仕舞い、遠くを見つめながら独り言を呟き始める。

「その程度の繰り返しで確信を持つってことは、やっぱ世界から無意識下での影響を受けてるんでしょうね。
あと、たぶん……だわ……」

ぶつぶつと一人で納得したように頷き、俺に背中を見せて無防備に……

「えっと」

振り向くあかいあくま。
あ、やべ、と思いながらも喋り始めた口は止まらない。
まさに”口は災いの元”だった。

「何もしないのか?」

「あら、何かして欲しかった?」

ニヤリと獲物を見つけたような目。
しまった、俺を虐める口実を与えてしまった。
と思ったのも束の間、口元に浮かんだあかいあくまは姿を消す。

「貴方が教会とか協会の派遣魔術師なら、警告ぐらいはしたでしょうね。
あるいは何も知らない一般人なら、記憶を奪って済ませたわ」

ただ、もし……と。
屋上の強風に掻き消された声が、最初だけかろうじて聞き取れた。

「聖杯戦争は、もう始まっているわ」

屋上から続く階段を降りる音が、俺に対するカウントダウンのように聞こえた。





夜の帳が落ちた。
自分の家へと戻り、崩れ落ちるようにソファーへ。
……何も考えていなかったが、まず第一の試練を乗り越えたのは大きい。
しかし何も考えていなかったので、あの後はずっと屋上で夕日を眺めてしまった。
時間をムダにしたか、と思う反面、約束の時間まで暇を潰す手段も無いのでよしとする。

「晩御飯だな、とりあえず」

一人でいる時間が最近長いので、独り言が増えている気がする。
気をつけなければ。
かと言って静か過ぎるのも精神的にあまり宜しくないので、それはそれで困る。
冷蔵庫には4人分の食材が眠っているわけで、とりあえず食料に困ることは無い。
野菜室からレタスとトマトを取り出し、簡単にサラダを。
主食はチャーハンでも作ろうか。
今の時代、男も料理できなきゃダメだ!という父の言に従って鍛えていたのが今になって役立つとは。

「しかし、衛宮家の料理は旨かった」

あれはあれで、既に別次元な気がする。
なんというか、種類が多いのだ。
普通なら2品……多くて3品程度を作ってヨシとする。
あそこは違う。
人数が多いのもあるが、4品の料理を大皿に並べていた。
バリエーションも含めると6品。
あれだけの量を一人で作るのは相当時間も腕前も必要だと思う。
うーん、侮れん。
やっぱ居候……しよっかなぁ……

「停電?」

唐突に、家中の電気が消えた。
うちのマンションはガスも灯油も無い。
全て電気に任せっきりなので、こういう時はどうにもならない。
諦めて懐中電灯を探してこよう。
そういえば蝋燭は――

「あれ、電気付いてる」

窓から見下ろせる街頭や隣の家、向かいの家は電気が灯っていた。
マンション単位の停電か。
となると、ネズミか何かが配電盤を食いちぎったか、あるいは――

「どちらにせよ、チャーハンは食えなくなったな」

お湯も電気も熱も無い状態で食えるものと言ったら……。
何も無い。
かろうじて、サラダを食べられるぐらいか。
今度引っ越す時には電化された住宅じゃなくて、せめてガス式の場所の方が良いだろうか。

「仕方ない……」

そう呟いて諦めようとした。
ふっと、外を見たのは偶然だった。
鈍い色の遮光カーテンの隙間が、少しだけ開いていて――

「え」

何か飛んでいる。
目が合ってしまった。
黒い物体が夜に溶け込むように、黒いマントをたなびかせて。
あれは。そうだ、アレは。

「キャスター……っ?」

やばい、徐々に大きくなってる。
こっちへ向かって来ている。
逃げないと。

ガタンバタンと暗い中を手探りで玄関へ。
武器とか防具とか、そんな探している余裕は無かった。
転がるように飛び出して、エレベーターホールへと急ぐ。

「早く!早く!」

ボタンを連打しながら上の階層表示を見て、やっと遅まきに気づく。
さーっと血の気がひくのが自分で自覚できる。
2機あるエレーベータの2機ともが全く反応しないのだ。

「停電だ!」

――からん。

それを回避できたのは、奇跡のようなものだった。
非常階段へ向かわなければ、と強引に方向転換した瞬間。
焦っていたのか、足がもつれる。
頭上を通り過ぎるカマイタチ。
ごろごろとみっともなく転がる。
一回転してから起き上がると。

白い死神がそこら中に。
名前は確か、竜牙兵――

武器もない。
防具もない。
距離はひと跳び分。
非常階段を背にしているが、一撃の時間を稼げれば、逃げ出すことは出来るだろう。
しかしドアノブを捻った瞬間に殴られて昏倒するのは目に見えている。
こんな時に、サーヴァントがいてくれたらどんなに心強いか。
死を覚悟した。
巻き戻るとはいえ、あの嫌悪感はそう何度も経験したいと思えるものじゃない。
絶対に諦めるか!と思っていても、覚悟くらいはしなきゃならない。
振り下ろされる白いソレをせめて一度くらい回避してやろうと――

「……?」

白い兵隊は手を出して来ない。
俺を囲むように半円を描いてわらわらと――

ふと足元を見る。
赤い線が奔っている。
うっすらと――魔力の奔流を表すかのように。

「む」

俺には魔力が無いって言ってたな。
他の世界から来た身だ。
何か特殊能力があってもいいんじゃないか?
そう、例えば――

「―――告げる!」

サーヴァントを召喚できたり、とか。
口元の端が引きつるのを感じながら、腹の底から声を。
ニヤニヤしててもサーヴァントは召喚できるのだろうか、とか思いながら。

「汝が身は我と共に、我が命運は汝と共に。
聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば答えよ」

うろ覚えの呪文を確かめるように紡ぐ。
ちょっとぐらい間違っていても大丈夫か、という不安も杞憂だったようだ。
赤い魔方陣は、まるで詠唱に呼応するかのように色を増す。
いまだ拡大を続ける陣を前にして後ずさりする白の兵隊たち。
魔方陣は、いままさにエレベーターホール全てを飲み込もうとしていた。

「誓いを此処に。
我は常世全ての善と成る者、
我は常世全ての悪を敷く者」

魔力が奔るのが目に見える。
何も無いところから暴風が発生して行き場を失う。
もうすぐだ。

「汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」」

来た。
血のような赤を具現化した魔方陣から、ヒトガタが現れて……







「キャ……ッッッ!」

「あら、お芝居はもう終わり?」

キャスターさんだった。
大食漢(セイバー)とか贋作使い(アーチャー)とか期待してたのに。
気づけば赤い魔方陣は消えていた。

「昨日、召喚の魔術が行われたと知って来たのだけれど。
なんだ、サーヴァントじゃなく貴方だったのね」

随分微弱な残滓だったから場所を特定するのに苦労したのよ、と何でもないことのようにおっしゃる。
まるで俺なんか存在しないかのようだ。
……いや、実際彼女にとっては俺なんて取るに足らない存在なのだろう。

「ま、いいわ。
脅しで出した私の空間転移の魔方陣を勘違いするぐらいだし、もう少しお芝居を続けても良かったんだけど。
どうやら貴方は私がキャスターだって知っているみたいね。
どちらにせよ邪魔になる可能性があるのなら潰すだけ」

指先から迸る魔力。
いつの間にか白い兵隊たちは俺の周囲を完全に包囲していた。
高速神言を持つキャスターを目の前にして、もはや逃げ場はない。
そして、奇跡など起こりえない。

「安心なさい、貴方は私が大事に使ってあげるわ。
あんなに面白い見世物、久しぶりに見せてもらったんだもの」

「う、あ……」

すーっと音もなく近づいたキャスターに頭を掴まれる。
そこから流れ込む魔力の塊。
何と例えるのがいいだろう、スタンガンで電流を流されるのに近い感覚だろうか。
一気に流れ込んだ魔力に耐え切れなかったのか、あちこちで神経が断ち切れる音。
痛覚は既に麻痺している。
まず味覚が剥がれ落ち、嗅覚もおかしくなった。
触覚は気持ち悪い快感を訴えだし、視覚は暗く狭くなっていく。
ボロボロと崩れ落ちるように視界が狭まって行き――

「あら、魔力を受け付けない体質?
珍しいわね。
その知識は惜しいけれど、失われてしまったものは仕方ないわ」

最後に残った聴覚が、そんな声を聞く。
次第にブラックアウトしていく意識の中で、キャスターは溶けるように消えていった。
そして俺の意識も、暗く――



[3726] Continue to Next day...
Name: manyhitter◆da673d0f ID:1a406292
Date: 2008/11/26 18:52
汗だくの体が気持ち悪くて布団から転がり出る。
途中、喉から手を突っ込まれて体中裏返しにされる夢を見た。
あんなのは初めてだが、もう2度と体感したくない。
死後の世界ってのは、ああいうのを言うんだろうか。
俺を呼んだヤツに会ったらぶっ飛ばしてやろう、と意気込む俺だった。




実に爽やかな朝。
俺の人生がループしていることを除けば。
学園の屋上で孤独にアンテナを作っていた誰かとは違い、俺は自分の身を守らねばならないのだ。

「さーて」

恒例となった復活の食パンを貪るように胃に入れる。
そのまま最後の一口を牛乳で流し込むと、朝食はとりあえず終わり。
胃袋を満たしたところで、次の方針を大まかに決めることにする。
キャスターがこの場所を突き止めるのが明日の夜。
部屋に隠れたってどうせ見つかるだろう。
……ということは、自分の身を守る術を持たない俺は、住処を変えなくてはならないわけだ。
マンションの7階から下界を見下ろしながら、頭の中で選択肢を削っていく。
3つに絞るとすると――

1.衛宮家に居候する。
2.遠坂邸に匿ってもらう。
3.教会へ行く。

上の中なら1が一番無難な選択だと思う。
少なくとも素直に事情を話せば遠坂に殺されることは無い、というのが前回の収穫。
最後にやって来たキャスターは、俺が”召喚”された魔力の残滓を辿ってきたと言っていた。
危険視されているのかもしれない。
そうなると、一時的に身を隠したところで再び命を狙われるだろう。
外敵に反応する衛宮の屋敷に居候すれば、いずれ顕れるセイバーにも守ってもらえる可能性は高い。
いや、セイバー自身が嫌と言っても士郎が庇ってくれるという打算だが。
それに、ご飯に困ることも無くなる。
戦争で一番大切なのは兵站だ。
モチベーションの維持にも繋がる。
よって第一候補。
しかし……2と3は、残したものの、正直選びたくない選択肢なのだ。
遠坂は俺を過去2回殺している。
前回の時間軸では殺されなかったが、かと言って油断も出来ない。
「心の贅肉」は少なくないが、いざとなれば俺を切り捨てるのも辞さないだろう。
あいつのサーヴァントが捻くれたアーチャーなのも、また選びたくない要因の一つ。
あとは……教会か。
言峰綺麗は異端だが、彼は彼なりに誠実だと思う。
少なくとも嘘をつかないという点で。
都合の悪い真実を言わないのは、捻くれているから仕方ないと割り切ろう。
本来、聖杯戦争に脱落したマスターを保護するのが教会の役目だから、警察や自治体に頼むよりは心強い。
あるいは、
ランサーかアーチャーを引き受けて、聖杯戦争に参加出来ないか――

「む」

身勝手な妄想に走り始めたところで、重大な事実に気付く。
衛宮士郎は魔術師ではなく魔術使いだ。
今の時点で管理者(セカンドオーナー)である遠坂には気付かれていない。
気付くのはセイバーとアーチャーが交錯したとき。
で。
俺が衛宮家に居候するタイミングは今日か明日。
遠坂に事情を話すのは明日。
サーヴァントの交錯はおそらく、いや確か2月2日だったはず。
今日は1月30日なので、3日後か。
いずれ士郎には事情を明かさねばならなくなる。
アイツのことだ、嘘を言っていたからと激怒することは無いだろう、と思いたいが。

「ま、Let it be――なるようになれ、か」

結局、一番無難な選択肢を選ぶことにする。
家を出ようとする直前。
ポケットに手を入れるとガサリと音がした。
どうやらループでも記録ぐらいは残るらしい。
正の字を一画だけ足して、これで三画となった。
はは、これが令呪だったら嬉しいのにね。





目下のところ一番安全な衛宮の屋敷へ居候扱いで潜入。
前にも一度、短い期間ながら住み着いた部屋を選び、持ってきた荷物を降ろす。

「……確かhollowの背景では、文庫本が山積みされていたな」

hollow――泡沫のような夢の世界で、この部屋にはライダーが住んでいた。
これから聖杯戦争を戦うにあたり、ライダーとセイバーが手を組むことは確率として低いと思う。
俺が参戦することで多少のイレギュラーは勿論起こるだろうし、そもそも原作と乖離した内容になることも考えられる。
しかし――
”俺が生き残るためには、自分の知識を最大限生かせる結末でなくてはならない”
俺が此処に呼ばれた意味。
それが最大の意味を以て存在する結末でなくては、俺は生き残れないのではないか、そう思えてならない。
スーツケースに詰めてきた洋服と小物雑貨をそこらに展開しつつも、この行為が無為にならないことを祈っていた。





夜。
桜や藤ねえが帰った後、俺は来客用の布団にくるまって天井を見上げていた。
以前泊まった時には寝坊して士郎に迷惑をかけてしまった。
殊勝な心がけ……とは言わないが、せめて最善を尽くすのが居候として住まわせてもらっている者の義務だろう。
しかし、その心意気とは裏腹に、緊張しきった体と心は休むことを拒否していた。
それもそうだ。
俺はまだ、明日を越えたことがない。
一度目と二度目は遠坂に。三度目はキャスターに。
毎回のように知識の収穫は得られている。
新しい知識を前提に行動することも可能だ。
しかし、不安も当然ある。
果たして――俺は何度のループで戻れるのか、という。
SF作品を見ていても、主人公は磨耗しきった精神で立ち向かう姿が描かれている。
ハッピーエンドは、いつもそうだ。
磨耗しきった主人公を、何も知らない能天気な友達が助けるのだ。
それでお仕舞い。ハッピーエンド。
だが本当にそうなるのか。
こと平和に生きている限り、ループは非日常であり、幻影であり、そも追体験し得ない内容である。
魔術師ですら、聖杯に奇跡を願わぬ限り叶わぬ願いだろう。
それこそ、バゼットとアヴェンジャーのように。
磨耗しきって磨り減って、救いなど得られずに消えていく存在だってあるのではないか。
死ぬという行為すら許されず、ただ廃人のように壊れていく。
そんな未来を幻視して、思わずかぶりをふった。




転入の手続きや奇異の目も、同じパターンで四度目となれば流石に慣れてくる。
適度に畏まった態度を演じつつ、この後起こるイベントに思いを馳せる。
わいわいきゃいきゃいと騒ぐ周囲の喧騒を気にしつつも、やっと昼休みの半ばになって出会える赤い悪魔を探していた。
黒板側の出入り口……見当たらず。
後方の出入り口……ん。
ちらちらと揺れる黒いふさふさ。
時折、目線だけがこちらを伺う気配が何となく感じられる。
ま、十中八九あれだろう。

「ちょっと失礼するよ」

人だかり――とまではいかないものの、机に群がっていた数人を押しのけ、廊下へと向かう。
トイレと言って抜けてきたものの、お節介なメガネのクラス委員には手が焼ける。
大好物はカレーだったりするのだろうか。
わざわざ案内をかって出てくれるあたりは親切心の塊なのだが、生憎、建物内の構造は把握済みだ。
トイレまで案内せんでええっちゅうねん。

「転校生くん?」

「なんや?」

「……あなた関西人?」

「いや、ごめん。違います」

気まずい空気……こういうのは苦手だ。
しかも遠坂は猫被ってるし。
眼光は警戒しまくりでギラギラしてるけどな。

「ちょっと聞きたい事があるから、放課後、屋上に来てほしいの」

「了解。こっちも色々わからんことだし、丁度いい」





それから午後の授業。

………。

……。

…。

しっかし何度も同じ授業ってのも酷な話だよな。
なんとはなく右手をポケットにやると、やっぱり紙の手ごたえ。

「ふむ」

もしポケットの中身が残るのなら、いちいち説明するより紙に書いたほうが早いんじゃないか。
遠坂なら、一度説得に成功してるし。
いいことだ。
鞄を開くと、二枚のルーズリーフを取り出してペンを執った。






放課後。
手間を省くために作った紙を渡す。
内容は必要最小限に留めておいた。
俺が必ず手元に持っていると言っても、危険は伴う。
俺が死んだ後のことなど正直どうでもいいが、しかし俺が生存中に誰かに見られる可能性もゼロではない。
遠坂は最初こそ猫被りな表情だったものの、おそらく最初の二行あたりの「この世界の人間ではない」という記述あたり

から表情を出し始め、今ではころころと面白いぐらいに顔色が変わる。

……しかし、こっち来てから暫く余裕無かったけど。
流石に学園で一番のアイドルと呼ばれるだけあって、可愛いんだよな、これがまた。
ま、内面はあかいあくまなわけだが。

「読み終わった?」

「ええ。……で、本当なワケ?」

その疑問、尤もである。
ってなわけで、俺は証拠を見せなければならないらしい。
何を見せればいいんだろう。

「紙に書いてあるのは毎回の手間を省くためでしょう?
それは納得できるんだけど、ここには肝心な知識が全く書いてない。
自分の来歴ばかり書かれても、これじゃ単なる自己紹介カードよ」

「ああ」

そういえばそうだった。
誰か予期せぬ人物に見られる可能性を踏まえ、あまり際どい内容は回避したのだったか。
しかしまぁ、それはそれで俺しか知らない知識を二つか三つほど披露すれば済む話だろう。

「じゃあ……そうさな。
君の得意魔術を当てれば信じてくれるか?」

「……ええ、当ててごらんなさい」

如何にも上から目線の視線は、俺を試しているようにしか見えない。
あの笑顔の裏で何を考えているのか、わかったもんじゃないが。
前回は素直に話したことで殺されずに済んだものの、この会話の内容次第では、また凛に殺されるパターンに逆戻りであ

る。

(いやしかし、それもいいか――)

生き返る時の苦痛やら嫌悪感やらは、もう二度と味わいたくない。
それでも二次元から飛び出たような―いや事実その通りなのだが―整った彼女の容貌。
彼女になら何度殺されても構わない――とまでは行かないけれど。
実を言えば恋に落ちそうだ。
……いや。
俺が恋に落ちたとして、そもそも彼女は俺を邪魔者として認識している様子が見受けられるので、人間と虫けら以下の関

係なわけだが……。

「で?」

「五大元素使い――アベレージ・ワン。
得意魔術は流動。宝石に魔力を溜めていて、一番大きいのは百年モノのペンダント。
……どう?」

「……」

呆れたようなため息を一つ。
その後で浮かべた表情は、既に覚悟を決めた魔術師の貌だった。
表情に殺意――いや、敵意と呼べるものが無くてほっと一息。
何はともあれ、これで今日を越えられる。





そんじょそこらに死亡フラグが転がりまくっていることを遠坂に懇切丁寧に説明し、夜の実験は辞退することにした。
街中をうろつくイリヤとバーサーカーに発見されて、口封じに惨殺――なんてことになりかねない。
何事もなく虎が跋扈する晩御飯を頂き、桜と士郎が後片付けをする後ろで、虎と並んでテレビを呆と見ていた。

回想――

「いやいやいや、折角ご飯までご馳走になってるんだし、片付けぐらいやるって!」

「いくらなんでもお客さんだ。どっかり座ってテレビでも見ててくれ」

「しか……しっ!?」

――ギロッ

横から猛獣の目線。
一瞬本気で食べられるかと思った。
かと思えば、次の瞬間には聖母のような笑みを浮かべて台所の入り口に立ち塞がる桜さん。

「いいんですよ、私と先輩でやっちゃえば、すぐ終わっちゃいますから」

ああ――台所の女は斯くも恐るべきものか。


………。
……。
…。

布団の中で、家から持ってきた小ぶりなフライパンを握り締めて1時間弱。
ようやく時計が12時を回る。
ずっと同じ体勢で握り締めていたものだから、手が汗ばんでいた。
フライパンでは心もとないと思いつつも、しかし手に馴染むコレに妙な安心感を覚えたのも事実。
結界は警戒音を発することはなく、おそらくキャスターに殺されるフラグは回避できたのだろう。

12時を超えたからと言って、無条件の安全が保障されたわけではない。
それでも何となく、この家は安心できるのだ。
”主人公特権”というべきか。
はは、この物語では一体どちらが主人公なのだろうか。
この分では士郎から離れて――などという過ごし方は到底無理だろう。
そこかしこに、回避できないフラグが転がっている。
俺もまた、聖杯戦争の参加者に祭り上げられるのか。
あるいは、喚ばれた本当の目的は――傍観者としての役割か。

可能性も推測も尽きることは無いが、肢体は完全に弛緩して眠気が襲ってきた。
デッドエンドを繰り返し、ようやく俺はこの夜を越えることができたのだ、という実感。
その安堵感からか、はたまた日本家屋の畳に親近感など覚えたのか、泥に沈むように眠りに落ちた。


さて、何度の死で俺はエンディングを迎えられるのか――



[3726] End of the beginning.
Name: manyhitter◆da673d0f ID:e135045d
Date: 2008/12/29 14:22

――平穏な朝は、朝餉の匂いで刻まれた。
もう何日も――繰り返している日数をどう数えるか考え物だが――まともな朝食を摂っていなかったことを思い出す。
腹の虫が騒ぎ出すのを抑えられない。
こんなにも俺は食欲魔人だったろうか……と思い、真っ先にセイバーの顔が思い浮かんで、にやけた頬を振り払う。
いやいや、士郎の作る食事が美味いのだ。
昨日の夕食は美味しく頂いたが、死ぬたびに毎朝常備してあるパンを食むしかない俺にとって、朝の味噌汁など想像もできない贅沢になっている。
何日ぶりかも分からない豪勢な朝食となれば、浮き足立つのもまた仕方なし。
うっすらと漂ってくる匂いに惹かれ、リビングへと向かうことにした。



「おはよー」

「あ、先輩お……」

「お?」

キッチンを覗いて挨拶をしてみれば、髪の長い女の子の姿。
向こうも固まってるし、こっちはこっちで理解不能である。
いつの間に士郎が女の子に!?

……ってああ。桜が来てたのか。

「そっか、士郎は土蔵か」

また手伝うと言い出して迷惑になるのも居候の身としては忌避すべきことなので、大人しく食卓へと着席。
桜がいまだに硬直しているので、一応補足して説明しておこうか、と眠い頭でむにゃむにゃと呟く。

「こっち来て住む場所が見つかるまで、客間を借りてるわけです。
まー、士郎と二人っきりにさせてあげれないのは申し訳ないんだけど、迷惑かけないからお気遣いなく」

「そそそそ、そんなんじゃないです」

「知らぬは本人ばかりなりってさ。起こしてくるんでしょ?
どーせあいつは朴念仁だろうけど、出来る範囲で応援してるよ」

だだだだ、ばたん!
初々しい反応だなぁ…これでは当分進展は期待できなさそうだ。
しかし眠いな。今何時なんだろう?
士郎が起きてこないってことはまだ早い時間なんだろうか……もう一眠りするか……

「ま、頑張ってね~……」

……余談ではあるが、俺が食卓での眠りから醒めると二人は既に居間にいて、桜は微妙に俺との距離を取ろうとしていた。





授業とは得てして眠くてつまらないものである。
一応これでも普通の一般高校生よりも長生きしているのだ。
数年ほどの差ではあるにせよ。
一度習ったことをもう一度やれ、などとは愚の骨頂だと思う。
と愚痴りたくても愚痴る対象がいないので如何ともし難いのが今の状況。
転校して数日で寝るわけにもいかず、せいぜいノートに落書きしたり教科書を流し読みしたりするぐらいしかない。
小説など読んでいたら生徒側から目立つし、かと言って堂々と寝るのは教師側がうるさかったりするこの学校。
仕方なしに、これからやるべきことをリスト化していく。
注意すべきことなども書き連ねる。
隣から見られても大丈夫なように、ある程度ぼかして抽象的に書かなければならないのが一手間だ。

同時に頭の中を整理する。
今日の夜、遠坂がアーチャーを召喚。
これで6人目のマスターとなる。
……どうしようか。時計が一時間ズレていたせいで、万全な召喚を逃していた。
教えたほうが……いや、教えないほうがいいか。
大きな流れは止めないほうがいい。
予め止めることも出来るし、どこかの段階で離脱させることも出来るわけだが。
しかし必ず助かるとはいえ、やはり怪我されるのは気持ちの良いものではない。
それに遠坂が味方に付く可能性も低くはないと思いたい。
むしろ今の段階では積極的に味方にしていきたい。
俺の存在を納得してくれる人物はそれほど多くない。
その場合、紅い宝石を温存させることができれば、俺がいることによるリスクも多少軽減するのではないか。
心臓を修復させるほどの魔力ってどれほどなのか、見当もつかないけど。

どの段階で離脱させるか……やはりランサーが気づいてからじゃないとアーチャーが今度は……むっ、もうチャイム。昼休みか。

「起立、礼」

日直が声かけをし、男子生徒数人が教室を飛び出していく。
目当ては焼きそばパンとかだろうか。
間違ってもカレーパンなど食わないようにしたい。
しかしパンの種類は豊富にあるだろうが、あまり遅れてもいられない。
パンの在庫は有限なのだ。

廊下に飛び出し……。

「少し、よろしいかしら?」

廊下に出るなり、襟首が締まった。
怪奇現象……ではなく、さらに後方ベクトルへの力が加わり、自然と引きずられるような格好になる。

飛び出していった男子生徒の顔が驚きに彩られていたのに気づくべきだった。
そこに、あかいあくまがいたのだから。





「お昼は?」

「実は……」

掻い摘んで説明すると、士郎は俺の分も弁当を作るつもりでいたのだが、桜はそんなことを知らず弁当を詰め、残りのご飯を朝ご飯にしたわけだ。
士郎が把握したのもまた、かなり後のことであって……
何とかする、という士郎を説得し、今回はパンで済まそうと思った矢先のこと。
そんな事情を知ってか知らずか、手製の包みを出してくる遠坂女史。
箸まで二膳用意しているあたり、どうやら予想していた事態のようだった。

「いいわよ、私が引っ張ってきたわけだし、どうぞ食べて」

「どうぞ……って、しかしなぁ」

何となく一度目は断ってしまう日本人の悲しき性かな。
しかし以前よりも随分砕けてきた遠坂に、自然と口調が和らぐ。
これはこれで警戒心を和らげようという企みかもしれないが、口が滑らかになるのは良い感じだ。
願わくば利害関係まで持っていって、貸しを作っておきたいものだ。
……いや、このあかいあくまに限って無理だろうな、きっと。

「ま、こんなこともあろうかと多めに作ってきたから」

「そっか、じゃあ遠慮なく」

という経緯で二人で弁当を詰まんでいるわけだ。屋上の寒い隅っこで。
はむはむ。
玉子焼きなどスタンダードながら出来は良かった。

「で、聞きたいのは何だ?」

「……色々あるし、順番に聞いてもいいかしら」

お弁当を食べ終わり、少々足りなくて口が寂しいかな――と思っていたところにちょっと温かい缶コーヒーが出された。
随分準備の良いことで。
遠坂のことだ。これだけのことをするのだから、よほど聞きたいことがあるのだろう。
しかし……これは砂糖もミルクも入ってるやつだ……

「俺ブラックじゃないとダメなんだよね」

「は?」

目線が吊り上がる。
と、同時に満面の笑み。
……作ったような、微笑み。
『私のコーヒーが飲めないって?』と、目が語っている。
元々容姿端麗で少しキツメな目をしているので、そういう表情をされると露骨に分かりやすくなる。
はっきり言って、コワイ。

「わかったわかった!飲むから!飲むよ!
ああ、ありがたく頂きます!」

と溜飲を下げつつも、横目で盗み見た表情は落ち着いていて、これまでの心証は悪くなさそうだ。
内面では少しだけ落ち込んでいたりするのかもしれない。
意外と他人に対して繊細なところもあるようだ、とたまに思ったりもする。

「忘れなかったら次はブラックにしといてあげるわ」







「それで――貴方の目的は?」

「生き残ること、かね」

遠坂の目は真剣そのもの。
まるで命のやり取りをしているような。
……いや、実際その通りなのだろう。
ただ傍観者である俺には”やり直し”――リセット出来る能力が備わっているから、死に対して寛容になってしまっているだけかもしれない。
軽く答えてしまったことに背筋が寒くなる。
これは禅問答じゃない、遠坂なりのテストだ。
俺が敵になりうるかどうかの。

「前回の戦争についての知識は?」

「そこそこ」

「じゃあ……ううん、それはまた今度にするわ。
貴方は何のために戦い、聖杯は何に使うの?」

「んー、俺は戦うつもりはないし、聖杯なんてものは要らないね」

タメがあった分どんな質問かと身構えたが、予想していた範囲内なので即答。
そう、と答えてから思索に沈むあくま。
いや、こっちはドキドキもんですよ。
横に座る女の子に意識させられるのも事実であり、間違ったこと答えたら殺されるかもしれないのもまた事実。

「私とパートナーを組むのはどう?」

突然の提案。質問では無かったことに、不意打ち気味になる。。
横に座る遠坂の体温が増した気がする。
目線がさっきよりもちらちらと動き、距離も少しずつ近づいてくる。
心臓は嫌でもバクバクと鼓動を刻み、自分の瞳孔が開いてくるのが分かる。
徐々に縮まる距離。
魅入られたように動けない。まるで、そうだ――魔術にでもかかったような。
それは可笑しい。魔術にかかったら俺は死ぬんじゃなかったっけ?
死んでないのならそれは魔術ではないわけで、それじゃなんて呼べばいいんだろう?
あるいは魔法なら死なないのかもしれない。
はは、一体どこに真実があるのやら。

「ああ、遠坂となら」

滑らかになった口が勝手に動く。
いや、それは自分の意思ゆえか。
思考の統率が取れないまま、体と心は二人三脚で進みだす。

「本当?」

「俺の情報と遠坂の実力が合わされば、怖いものなんて――」

「私を貴方のものにしていいわ――」

肌と朱と暗の色が混ざり合い、暗転いや赤く朱く黒く暗く反転。
それは黄泉帰りにも似た映像――





















――唐突に、記憶の奔流が途切れる。
どこからが記憶でどこからが今なのか不明瞭不明確不鮮明だ。
白昼夢にも似た悪夢?それとも予知夢?
あるいは過去か未来か。過去の未来か。
あり得た俺の時間軸?

幾度か巡った記憶の一部かもしれない。
これから巡る記録なのかもしれなかった。
もう何度巡ったか記憶が欠落しているのかもしれない。

いや、あるいは――
到達していながら、失われた記憶があったのか。

確信する術はなく、確認する手段もない。
ただただ、失われたかもしれないことを嘆くばかり。
俺は一体、今までに何回死んでいたことか――
不安げに右手を突っ込んだら、ポケットでルーズリーフが答えた。

「私と組むのは不安?」

遠坂の再びの声が俺を呼び戻す。
紙の手応えのおかげで冷静になれた。
完全なる悪意が無くても、破滅への坂道を転がってはいけない。
それはおそらく、”振り出しへ戻る”マスのはずだ。

冷静になれ。危機は察知できる。
客観的なもう一人の自分を考える。

「遠坂凛ともあろうものが、随分な力の入れようで」

「あら、私の香水はお気に召さなかった?」

「俺が持ってるのは断片的な情報と知識だけだからね。
遠坂は魅力的だが、生憎俺は相応しい男じゃないんで。
これから努力するから、相応しくなったらこちらから求愛するよ」

そこまで言うと、遠坂の態度は一変して冷たい空気に変わる。
いわゆる魔術師の顔というやつだろう。
ただでさえ寒々しい屋上が、まるで真冬のような雰囲気になった。

「試してごめんなさい。確認はここまでにしておくわ。役に立つ情報があったら教えて頂戴」

確認って……。
おそらく俺の抗魔力――微々たる香水の効力に抵抗できるか、試したのだろう。
かつての俺は抗いきれなかったのかもしれない。
……過去は過去だ。
これからを生き残ることを考えよう。
短い時間、思索に耽ってから、さも今思い出したように取ってつける。

「情報が”あったら”……それはつまり、教えても俺にとっての支障がない情報、と言い換えるべきなのかな。
予定通りなら、君の従者は赤い男だ」

「……まるで宣託ね。占い師にでもなった気分?」

軽口を返してくるが、その裏にある真意までは読み取れない。
表面上は信じていないように見えるが、果たして内面はどうなのだろうか。
不気味と取られるか役に立つと思ってもらえるか、後者なら有難い。
貸しを作りやすい、という意味で。

「そんなんじゃないさ」

そろそろ予鈴の時間が近づいている。
同じことを考えていたのか、遠坂もスカートを叩いて立ち上がる。
何気なく分かれる間際。
幾分か和らいだ口調で、聞き取れるぎりぎりの言葉。
静かに呟いた言葉は、かろうじて届いた。

「少なくとも今は、私は貴方の敵じゃないわ」



[3726] 4th roop end / Rewind by gold wind
Name: manyhitter◆da673d0f ID:e135045d
Date: 2009/03/10 15:53
――2月2日。
土曜日。
平穏な一日の始まりだった。
今日も体調を調整して早く起きることに成功。
士郎と学校へ登校する。
そろそろ学校にも馴染んできて――と言うか何度も何度も繰り返していれば――クラスメイトの顔や名前がわかるようになってくる。
行き交う生徒たちと挨拶を交わしつつ、少しずつ慣れ始めた学校へと足を踏み入れる。

「っ」

門の手前、士郎が一瞬だけ停止する。
ライダーの結界に違和感を感じて立ち止まったのだろう。
予測できた範囲だが、俺には何の反応もない。

不可思議な表情を浮かべて心配してやった後は普通に学校の校舎へ。
俺もこの結界の中では溶けてしまうのだろうか。
……そうだろうな。
こんなに分かりやすい死亡フラグも無いような気がするよ。




まだ転校生というラベルの貼られ方だが、クラスはやっと平常に戻りつつある。
今までアプローチの無かった生徒からも、次第に声がかかるようになるわけで。

「なぁ転校生、ゲームしない?」

何も起こらず帰り支度をしている間に、クラスメートがゲームのお誘いをかけてきた。
どうやら4人対戦するための人数が足りなかったらしい。

「いや、実はゲームはからきしダメでさ……」

俺は丁重に断ってから士郎を探すが――生憎、丁重に断りすぎたようで、見つけることができなかった。
さては居残りして、最後には慎二に雑用を押し付けられる予定だろう。
俺がどうすべきかを考えることにする。
家に戻るか、ランサーの士郎暗殺に干渉すべきか。

……今の手持ちの選択肢や武器では、対抗するのは不可能。
途中で離脱させる手段や、最初から干渉させない手段も考えたが、どちらも現実的ではない。
使える手としては、神父に直接干渉する手があるが……どうだろうか。
遠坂には原作と同様、士郎の心臓を修復してもらうことにした。





帰宅する生徒や部活に向かう生徒の波に呑まれながら校門へ。
ちらほらと見かけるのは美綴や氷室など知った顔。
しかし俺のことを知っているはずもなく、誰も皆わいわいと喧騒を作り出している。
靴を履き替えて、校門を過ぎようか、という所。
……濃密な、気配というのか。
一般人である俺にさえ分かるぐらいの、その空間にいるだけで毒されそうな空気。
にも関わらず誰も気づいていない違和感に頭を巡らせる。

金髪の男と目が合った。
圧倒的な存在感を持ちながら、誰も存在に気づいてすらいない。
ウソだろ……ギルガメッシュが何故こんなところに……
慌てて何事も無かったようにゆっくりと目を逸らす。

「お前か」

誰にも聞こえないぐらいの低くて重い声だと思ったのに、俺にだけはハッキリと聞こえた。
他の人間たちには聞こえていないようだ。

「そう急ぐでない」

ムダだと知りつつも通り過ぎようとした矢先、眼の前に鋭い刃が半身だけ姿を現す。
――ゲートオブバビロン。
歪んだ空間というものは初めて見たが、

「我にとって、このような雑用は何よりの苦行なのだ。
愚民は愚民らしく、王たる我に跪くがよい」

雑用か……おそらくあの神父の差し金だ。
ランサーは他のサーヴァントの偵察に向かっているはず。
それでギルガメッシュが動く羽目になったというわけか。
しかし解せない……

「何ゆえ、王である貴方がこのようなところに?
雑用なら他に適役がいようものを」

ギルガメッシュを刺激しないように丁重に言葉を選ぶ。
俺が”王”という単語を予備知識もなく使ったことに対して、しかし追撃は無い。

「ふん、それはそうなのだがな。
我のマスターは、偵察を兼ねてイレギュラーな誰かを見て来い、と言う」

「それはそれは。
このような役にも立たない人間をして、一体どうしてご足労を煩わせる必要があったのやら」

生憎、相手を尊敬、謙譲するような言葉を完全に使いこなすことは出来ない。
どこかで綻びが生じないとも限らない。
昔マンガで読んだ三国志の台詞を思い浮かべつつ、ちょっと文法的にどうかと思うが、言葉をつらつらと並べてみた。
言の外、金ピカの機嫌は悪くないようだ。

「ほう、貴様は自分がつまらん人間だと言うか」

「はい」

「では舞台から降りよ」

――暗転。



































気持ち悪いという言葉では生ぬるい。
死という概念を丸ごと口に入れられる。
臓腑をミキサーでかき混ぜられるようなおぞましい喜悦。
視界はクリア、目に映るのは絶望の地平線。
耳元では何も無い空間でキィキィ硝子が不協和音。
……もうすぐだ。
意味の無い瞼で目を隠し、不可視の手で耳を塞ぐ。
慣れることは無いだろう時間の巻き戻しも、幾度目かになれば終わりが分かるようになる。

そうして。
汗まみれの体を認識し。
終わらなかった戦争が、また、プロローグから繰り返されるのだ。



[3726] 5th roop end / Rewind by gold wind 2
Name: manyhitter◆da673d0f ID:9e350a3d
Date: 2009/03/10 15:53
「また…か…」

汗まみれになった体を起こす。
既に回数を数えるのも面倒になってきた。
気力が徐々に減ってきているのが自分でも自覚できる。
精神が摩耗しないうちに、現実へと戻れる手がかりを掴まないと…。
せめて、勝ち残れる方法を見つけられれば…


………


「んー…」

新たな展開と言えば、ギルガメッシュが俺を試しに来たことだ。
あの場で自信満々の答えを返していれば殺されなかった保証は無いが、アレは王である以上、愉しみの対象と認定された場合に殺されない可能性はある。
或いは…

3.教会へ行く

もちろん、ゲームのように眼前に選択肢が現れるわけではないが。
イメージ映像を瞼に思い浮かべながら、重さを考える。
神父の観察素材として認められれば、ギルガメッシュの脅威は去る。
あるいは…いや、手駒として活用しているランサーやギルガメッシュを譲り受けることは無理だろう。
流石に楽観が過ぎる。
ギルガメッシュの脅威が去れば、あの後の展開も…

「あるいは主人公に始終ついて回らないとダメなのか…?」

この場合は士郎のことで間違いないだろう。
今のところは全て、その手でうまく行っている。
それを試す意味でも、教会へ行ってみるのは試行錯誤の一つかもしれない。
リスクは、殺されるかもしれない点、それと……ギルガメッシュの養分にされる可能性。
しかし、遠坂は『魔力が全くない』と言っていた点を考えると、養分にはされないだろう。
あるいは生命力を直接変換できるのかどうかは知らないが。

「ものは試し、だ」

精神的なダメージが少ないうちに、と言うことで真っ先に向かうことにした。
いつも用意していた昼ご飯をコンビニ弁当で済ませると、多少迷いつつも教会へと足を運んだ。





「迷える子羊を、教会は歓迎するよ」

重苦しい雰囲気の中、濃い顔をした言峰神父と顔を合わせる。
この世界に来てから初めての遭遇になる。
神父室がすぐ裏にあるのだろうか、蝶番の軋む音を聞きつけてやってきた瞬間、そんなことを言い放つ。

「懺悔ではなく、相談があって来ました」

「ほう、異世界からの旅人だ、とでも言うつもりかね?」

「……そうだと言ったら?」

半ば、予測していたことだったが、初見でいきなり言われるとダメージも少なくない。
神父に遣わされたというギルガメッシュの言葉は正しかったらしい。
そして、俺が召喚された時点で神父は少なからず現状を把握していたわけだ。
それが分かったのも、一つ収穫とすべきか。

「この時間に来る若い信者は少ない…増して私が知らない顔など、零に等しい…と、ありきたりな答弁は不要かな?」

「ご存知の通り、イレギュラーな人間だ。魔術も使えないし、サーヴァントも持たない」

「貴様は教会で何を望む?」

ああ、その目だ。
衛宮士郎が、心中を見透かされる、と表現した眼光。
神父らしからぬ昏い目の色は、俺の暗い部分まで見通す。
錯覚だと分かっているのに、その支配には逆らえなくなる。

「元の世界に帰る術を知らないか?」

「あいにくだが…ひとつしか私は知らない」

「あるのか!?」

ふむ、と一息おいた神父と目が合う。
奥底では俺を嘲笑うような光が蠢いているようにも見える。
他人の不幸を是とする奴が、果たしてそれを教えてくれるものか……
そんな逡巡を他所に、あっさりと神父は手段を口にした。

「聖杯に願えば良い」

「せ……」

「勝ち抜くための手段も、元の世界に戻る方法も提供してやろう」

満足な反応も返せないうちに、神父はパチンと指を鳴らした。
途端、教会の中の気配が文字通り歪む。
扉からまっすぐ入って途中で立ち止まっていた位置…木で出来た信者席の中ほどに、サーヴァントが現れる。
右手には目を閉じた金色の男…ギルガメッシュ。
左手にはランサーが、槍を背中に回してやる気の無い態度で立っていた。

「ちょうど、教会で保護したサーヴァントが余っていたところだ。令呪も用意してやろう」

「待てよ、俺はまだ…」

「選ばぬのならば、保護してやっても良いが」

有無を言わさぬ口調と態度。
まるで、この場で選ばなければ殺す…というような姿勢を見せているように感じる。
威圧感というのか。

「聖杯戦争を知っているのだろう?ならば目的のために勝利すべきだ」

嬉々とした表情で語る内容は、士郎でなくてもやはり耳障りだ。
それでも、こうなってしまった以上、勝ち抜くことが出来ないか、試すべきだろう。
少なくとも、ギルガメッシュの養分になって死なない程度に生かされる道は消えた。
どちらかを選んで、勝ち抜く道を探す……!

「選んでやるよ」

「ほう、やる気になったかね」

じっと両方の目を見比べて、俺は答えを出した。

「ランサー、君に決めた!」

ランサーは少しだけ目を細めながら値踏みするような視線。
掛け率の高いギャンブル。
ランサーの信頼を少しでも得ることが出来たなら、可能性は広がるだろう。
ギルガメッシュのように強すぎるサーヴァントでは、士郎や凛の協力を仰げない可能性もある。

では、と一言おいて神父が背中を向ける。
どうやらついてこい、とのメッセージのようだ。
連れられるままに神父室へと入り、令呪の移植とやらを受けた。
魔術的な干渉を受け付けないことを話すと、一言そうか、とだけ反応して本に移植してくれた。

「待つが良い」

ランサーを従えて少々浮かれ気味だったのは否定しないし、その可能性も頭の中にはあった。
あったはずなのだけれど、どうして忘れてしまっていたのだろうか。

「聖杯戦争に参加すると決めた以上、君はどんな手を使ってでも勝ち残るしかない」

愉しそうな表情を浮かべて俺への訓戒を忘れない神父。
どうしてだろうか。
視線は観察対象を見る視点ではなく……まるで憐れむような。

「それを、ゆめゆめ忘れぬことだ」

重い扉を開けば、眩しいばかりの光。
ドアが閉まる音を死刑宣告のようにも感じながら。
取手から手を話した瞬間の出来事だった。
鍵の閉まる音。
神父が扉の鍵を閉めたのだ、と理解するまで一拍。
それが防犯の意味でなく、俺の退路を断つためだ、と推測するまで二拍。
前方から飛来する大量の剣群を認識した頃には、ランサーは既に迎撃戦を開始していた。

「小童、なかなかどうして面白い奴よ」

「こわっぱ……?」

それが自分を指す呼称だと理解するまでの間にも、十、二十と剣群が叩き落とされる。
目覚ましい青の動きは正に大車輪。
文字通り槍をぶん回しながら、ランサーは大量の攻撃を辛うじて防いでいた。

「まだ戦争は始まってないんじゃ……!?」

「我は何者にも縛られぬ。なに、そこの槍兵が気にくわなかっただけだ」

滅茶苦茶な理由を振りかざす金ぴか。
けど防戦一方な状況は変わらない。
むしろ悪くなる一方だ。
主人を守りながら戦うランサーは重いハンデを背負っている。
迎撃したときは40メートル以上離れていたのに、いつの間にか目前まで押し戻されている。

「ランサー」

「なんだ兄さん? ま、俺も神父が気に食わなかったんだ、操られるだけよかマシさ」

そう言った横顔は笑っていた。
圧倒的に相性が悪い相手と当たりながらも笑みを絶やさないのは英霊たる由縁か。
少しも納得していないような表情を浮かべて、それでもランサーは防ぐ防ぐ。

「令呪使用。全力で宝具を放ち、この場から離脱」

「心得た」

ランサーが令呪の魔力ブーストを得て加速する。
異変を感じ取ったギルガメッシュは剣の投擲をやめ、空間へと留め置いている。
何か動きがあれば、一斉にアレらを放つつもりだ。
飽和攻撃というやつか。
数はざっと100ほど。
今までのようにランサー一人では防ぎ切れまい。
覚悟を決めるとしよう。

「ギルガメッシュ!貴様が王だと言うのなら、ランサーの宝具を受けきってみせろ!」

「ふん、我に指図するか」

剣の持ち手ではあるが使い手ではない。
至高の一を受けて無事でいられるのか。
ランサーとギルガメッシュが戦って、ランサーが勝った記述はない。
故に逃げるしかない。

「刺し穿つーー」

「茶番はそこまでだ」

降り注ぐ百もの剣の雨。
ランサーの宝具開放を待たずして、偽臣の書は燃え尽きる。
同時に消えるランサーの魔力。
圧倒的な物量の前に、抵抗は無意味。

即死に至る致命傷はなかったが、いずれにせよリセットは近い。
痛みと出血で視界が明滅している。
ああ、また死ぬのか……次は……



[3726] 6th roop end / dead end father
Name: manyhitter◆da673d0f ID:9e350a3d
Date: 2009/03/10 15:55
汗まみれの体を起こすのも、もう毎回のお馴染み。
恒例の夢から目を覚ます。

「ちぇ」

独り言が多くなってきたのを自覚する。
前回だって、方針としては悪くなかったのに。
ギルガメッシュが気まぐれなんか起こすからーーー

あれ?
でも神父が鍵をかけたってことは、ギルと共謀した?
最初から殺すつもりだった?
しかし腑に落ちない。
手駒であるランサーを渡してまで殺すのか?

はむはむ、と食パンを頬張りながら考察。
これで冷蔵庫に入っていたジャムは一通り使ってしまったから飽きるのも時間の問題か。
食事の面では衛宮家に潜入するのが一番良い。というか安全だし。

「とりあえず、可能性を探ってみますか」

まだ、もう一つだけ試していない可能性。
ギルガメッシュの使役ーー





神父との会話は前回の焼き増し。
まったく同じ会話じゃなくても、大筋に変更がなければ同じ未来を辿るような気がする。
パチンと指を鳴らすと現れる二体のサーヴァント。
ランサーは相変わらず槍で遊んでいて退屈そうな様子だったし、ギルガメッシュは見下すような視線を向けていた。

「ギルガメッシュ!君に決めた!」

「では」

少しも意外そうな顔を見せない神父が背中を向ける。
金ぴかは不満も言わずに決定を受け入れていた。
神父は前回と同様に、奥の部屋へと俺を招く。
令呪は偽臣の書に。
前回、これがあったところで得られるブーストは僅かなものだったが、それでも気分的なものだ。

「これより君は聖杯戦争の参加者となった。せいぜい用心することだ」


ドアが……

閉まる……

寸前……

前方を見据えていなかった前回と違い、今回は異変に気づくことができた。
教会の出入り口から見通せる一本道のその先で、世界が歪んでいる。
まるで熱による蜃気楼のような錯覚。
ぽっかりと円を描いた揺らぎは、やがて青い男を吐き出す。
見間違うことなどありえない。
あれこそ、刺客ーーーランサー。

「神父が試せって言うからよ」

飄々と告げる顔は笑っている。
ケルトの猛犬が、戦いを前にして昂っているのだ。
威圧感がビリビリと伝わる。
槍の鋒を目の前に突きつけられたような危機感が、心臓を掴んで離さない。

「なんでーーー」

俺を守ったときのランサーは、あんなに禍々しいオーラを放っていなかった。
魔力を感じ取る能力がなくても分かる。
濃密な死の臭い。
心の問いを読んだのか、ランサーは丁寧な解説をしてくれる。

「なに、簡単なことだ。2体分の維持費が1体分で良くなっただけさ」

それにしても、あれは別物だ。
魔力の供給量が違うだけで、ああも能力に差が出るものなのか……?

「我も貴様のことは鬱陶しく思っていた。良い機会だ」

「上等だ。どちらが上かハッキリさせようじゃねえか!」

低空から飛びかかるランサー。
もはや俺ーーーマスターのことなど眼中にない。

ガンガンと金属同士が衝突する音。
ギルガメッシュが虚空から取り出す剣を投擲すると、ランサーは回避もせずに次の攻撃を繰り出す。
なにせ当たらない。
二十からなる剣は絶対に当たらない軌道を描いている。
ギルガメッシュは突き・薙ぎ・払いと続く攻撃を、手に持った剣で辛うじて防ぐ。
金ぴか、にやりと笑う。
四方八方から殺到する剣の群れ。
避けようがない空間ごとの圧殺。
しかし剣が交差した場所には青の槍兵は不在。
遥か遠くへと飛び去っていた。
剣の包囲陣がほんの一部だけ間隙を見せていた。
槍の穂先ですら通れるか、というぐらいの小さな穴。
その間わずか一瞬の攻防。
瞬きしただけで一連の動きは終わっている。

「ほう。貴様、厄介な加護を持っているな」

「単発じゃ当たらなきゃ物量かよ。はっ、英霊の格が知れる」

お互いに一歩も譲らない。
それもそうか。
ランサーは”矢避けの加護”を持っているから、生半可な投擲武器は躱すまでもない。
しかしギルガメッシュも大量の武器で加護を無効化する手段を持っている。
お互いの得意距離に対してのアンチ。
そうなると俺から魔力を吸い出せないギルガメッシュが不利になるか……
いくらコストパフォーマンスが良い宝具を持っていたところで、魔力が枯渇しては意味がない。

一度、撤退を考えた方がーーー

「なんだコーーーげほっ」

左胸から黒い剣が生えている。
不思議な形をしているなぁ、と思って、思い当たる剣があった。
黒鍵。
神父の武器……ああ、そっか。
鍵の閉まる音を聞かなかったっけ。
しかもその上、戦いに熱中して背中を向けた報いか。

「聖杯戦争とは殺し合いだ。貴様に期待していたのだが…どうやら見込み違いのようだな」

倒れる自分の体。
急速に体温が失われていく。
視界が霞むのも、何度目のことだろう…。

眠るように、目を閉じた。



[3726] I am not NAMELESS, but WATCHER.
Name: manyhitter◆da673d0f ID:9e350a3d
Date: 2009/04/27 19:43

おはよう、のニュアンスでため息を一つ。
これで何度目の繰り返しだったか。
ポケットの中の紙切れが、今の俺の過去を主張するたった一つの証拠品である。
正の字が一つと、一の線。
これに今回の分を一画足して、7回目ということ。
もぞもぞと自分の部屋を出て、居間にあるパンを喰らう。

というか、本気でご飯が食べたい。
衛宮家の食料事情の充実ぶりを思い出して憂鬱になる俺だった。






「昔、切嗣さんと懇意にしていたもので」

「晩ご飯、食べて行きます?」

何度目かのループの焼き直し。
部屋は同じ部屋を選び、荷物の荷解きも最低限にする。
無駄なことは極力やらないようにしよう。
どうせ死んだら消えてなくなるのだし。
ちなみに昼は毎度のようにコンビニ弁当である。







迷う。
いや、道に迷ったのではない。

ギルガメッシュとランサーのことだ。
神父に事情を話せば、どちらかのサーヴァントを得ることができることは既に試した。
しかし、その後が肝心だが……神父に襲われる。
絶対的な戦力を以って、文字通り殲滅してくる。

ギルガメッシュを使役すれば対抗はできたものの、俺が保たない。
金ぴかに2対1をやらせるのは不可能ではないが、俺を守ってくれるかどうかは疑問だ。
ってか無理な気がする。
あとは、ギルとランサー両方くれるとも思えないし……。
保護を申し立てる気もさらさらない。

思惑としては、

ランサーを使役、ギルを凛か士郎あたりと協力して倒す。
バゼットの生存を確認して味方につける。
バーサーカー、キャスター、アサシン、ライダーを倒す。
セイバーを説得して、聖杯を壊す。

という流れにしたい。
原作通りに沿って、なるべく俺の介入が最小限になる方向で。
というか一番最後のプロセスが一番厄介な気がするのだが…その辺は士郎に任せるとしよう。










凛との邂逅も慣れたものだ。
問答さえ間違えなければ殺されることもない。
まぁ最初の対応が冷たいのは些細なことだ。
これから心を開いてくれれば良いのさっ!

「で、貴方はどうして両腕を開いてニヤけているわけ?」

「おっとすまん、これからの展開を想像していた」

「その相手、間違っても私じゃないわよね?」

「…………」

一通りの説明を終えた後の雑談。
というか、にやにやが止まらない。
そういう時ってあるでしょ?
想像しちゃダメだと思えば思うほど止まらなくなるんだよね。
そんな妄想を打ち砕くように、あくまの魔術回路が光を放ち始める。

「あ、ちょっと待って!ガンドはダメ、俺死ぬから!」

「ギャグでは主人公は絶対に死なないっていうお約束があるそうよ」

「主人公は俺じゃないし!」

ピタっと止まるあかいあくま。
途端にシリアスモードに入った様子だ。
ギャグモードじゃなかったのか。

「じゃあ、主人公って誰?」

鋭い目線が俺を貫いている。
あたかも自分が物語の中の登場人物だと割り切ったような問い。
あるいは自分がそうだと確信しているのだろうか。
彼女の態度からは読み取れない。
手に持ったルーズリーフが少しシワになっている。
核心に迫る問いを発したことに、自ら気づいたようだ。

「言わせて後悔しないのか?」

「私の辞書に後悔の二文字は無いわ」

戸惑う様子すら見せない様は、鉄面皮と呼ぶに相応しい冷たさを放っている。
俺は彼女の何かを知っているのだろうか。
彼女が自分を押し込めて、かくあるべきだという血筋に縛られているのを。
否、それは果たして自分を押し込めているのだろうか。
誰かに望まれたような自分になりたいと自ら思い、それを魔術師という生き方に見出し、望んでそれを実践しているのではなかろうか。

もし、そうなのであれば。
先の問いは、知的好奇心の一言で済むような問いではないのかもしれない。
世界のあり方を問うのだ。
そこに自分の存在意義が確固たるものとして存在しなければ、それは自分が否定されたことと同義。
根源に至るという魔術師としての道を閉ざされれば、彼女が守ってきた家自体、それそのものの意味がなくなる。
それを知ってなお、逡巡しないのだろうか。

「セイバーのマスターだ」

「セイバーの……?」

ここで結論を出させるのは、正直辛い。
向こうの戯れに素直に反応してしまったこちらにも非がある気がする。
せめて、彼女が納得できる形で知るように仕向けたい。
そう考えて、含みがある内容に止めることにした。
もし万が一、凛がセイバーを召喚すれば……いや、それはないか。

「疲れた」

「そろそろ授業に戻らなきゃ」

二人はいつもの屋上から撤退する。
凛の手に握りしめられたルーズリーフはシワだらけだった。
ま、いいか。
こういう失敗を積み重ねて、俺は大人になるに違いないのだ。








そんな日々を過ごしていれば、気づいたら2月2日……セイバーが召喚される日である。
前回、ここまでたどり着いたときはギルにやられた……。
問答を正しく返していれば生かしてくれた可能性はあるが、何とも心許ない。
ということで主人公特権に沿って、士郎と一緒に弓道場の掃除に参加するのが最善。

「士郎ー」

「ん、なんだ?」

そろそろ士郎も打ち解けてきて、俺に対してタメで話すことに抵抗がなくなってきたようだ。
よきかなよきかな。
年齢詐称して同い年ってことにしたのが効いたか。
でも学年一緒になるわけだし、年が違ったら怪しまれるよな。

「部活を考えてるんだけど、案内頼めないか?」

考えた末の策がこれである。
タイミング的にも、一度案内を約束させておけば、掃除を押し付けられても俺の方へ断りにくるはず。
その時に改めて弓道場へ案内させれば良いのだ。

「ああ、わかった。じゃあ放課後に」

しかし、見通しは崩れるものである。









「転校生ー、ゲームしない?」

「いや、機械とかは全然ダメでさ、すまん」

ということで誘いを断り、教室に残る俺。
士郎はそろそろ用事を押し付けられている頃だろう。
少なくとも案内を頼んだのだから、一度俺に

「さて、部活よね。案内するわ」

「げ、何で遠坂?」

颯爽と登場したのは毎度お馴染みの遠坂女史である。
一瞬、士郎が女装してるのかと思ったぐらい驚いた。
この時間は校舎の探索をしているはずで……あ。

「そっか、俺に聞きにきたのか。そのときに士郎と遭遇して……読めたぞ、展開が」

「見てきたような言い方ね」

何となく想像しやすい展開だったので、その辺まで考えが及ばなかったのは俺のミスだ。
しかし、そうなると俺の立ち位置が微妙なものになる。
ギルガメッシュの介入も可能性としてはありえるか……。

「この結界だろ、ライダーが準備してる宝具だ」

「なんだ、やっぱり知ってるのね」

ふん、と斜め上からの目線で見下される。
ま、そりゃそうか。
自分が苦労して探索した結果の答えが別な場所に転がっていたのだから、ちょっと悔しいだろう。

「アーチャーは?」

「今は廊下に……」

そこまで言って苦々しい顔で俺を睨む。
廊下からアーチャーの鋭い目線が俺を貫く気配。
一般人にも分かるってことは、相当ガン飛ばしてるんだろうなぁ。

「睨まないでくれ。ただの確認だよ」

「そうね、あんたには確認でしかないわ」

さて、と呟いて立ち上がる。
こうなれば、俺の役目は舞台の裏方に残るだけだ。
原作通りに進めるのが最善。
しかし、最善と分かっていても、誰かの痛みや傷は、可能な限り小さく留めたい。
士郎の心臓とか。

「遠坂、一番魔力が入ってる宝石、持ってるな?」

「ええ、肌身離さず持ち歩いてるわ」

「ならいい」

言葉の裏のニュアンスは通じたのか、半ば覚悟したような悲壮な表情を一瞬だけ見せ、彼女はまた魔術師の顔に戻る。
そうだ、それでこそ遠坂凛だ。
自分の命が軽くなったからか、登場人物を観察することに楽しみを覚えつつあるのかもしれない。
どうでもいいことを考えながら、二手に別れる。
俺は屋上から飛び降りることは不可能だ。
先回りして士郎を確保し、万が一のギルの出現を早めに察知するのが、今できること。
事象を観察し、先回りし、最悪の展開を防ぐ。
俺にできるのは、それぐらいでしかない。
生き延びるための戦略を立てるぐらいしか。
それこそ舞台を横目で見ながら、走り回る黒子のようなものだ。
観察者、ウォッチャーとでも言うのが妥当か?
舞台裏の黒子に相当する単語は知らない。
自然と出てきたのが、その単語。
しかしなぜ観察者なのか、自分でもいまいち判然としないが。

俺はウォッチャー♪と呟きながら玄関を出る。
向かうは弓道場。
視界の端で、青い何かが軌線を描くのが見えた気がした。








弓道場は静まり返っていた。
暗くなりかける世界の中で切り離されたように一部だけが電気を灯している。
玄関から顔を入れ、主人公を呼び出す。

「士郎ー」

「ん?」

どたん、ばたばた。

休憩中だったのかもしれない。
立ち上がる音のあと、少しして士郎が顔を見せる。

「あれ、遠坂は?」

…………ィ……

「今は別なところにいるよ。ここが最後だから」

「なるほど。約束を果たせなくてすまなかった」

「遠坂から聞いてる。どうせ俺に好奇心が沸いて、自分から案内を買って出たんだろ?」

ちょっとだけ目を大きくすると、納得したような苦笑い。
それで雑談の終わりを何となく悟ったのか、奥に消える。
電気が消える。

……ガギン!

音は無視できないほど大きくなっている。
それにやっと気づいたのか、荷物を持った士郎は走って出てくると、慌てた様子で鍵を閉める。

「あの音……」

「士郎、お前は創る者だ」

「はい?」

「戦う剣が、体の中に眠っているはずだ。それを忘れるな。行くぞ」

返事を聞かずに走り出す。
士郎が戸惑いながらついてくる足音。
今のところ、ギルガメッシュの気配は感じない。
一般人である俺に分かる気配など、それ自身が気配を意図的に放出しているときぐらいなのだろうが、それでも近くで気配を放ってはいないので、少しだけ安心する。

やがて、校庭の隅へたどり着く。
士郎が戸惑って歩幅を狭め、やがて立ち止まる音。
それはそうかもしれない。
俺だって今は自分の目を疑っている。

赤い弓兵の背中と、青い槍兵の刺突。
人形を殺すことに躊躇いが無いどころか、それを極めたような軌道。
弓兵はそれを流れるように躱し、いなし、受け止め、弾く。

「すげー、残像って初めて見たよ」

「うあ……」

ギルやランサーの本気、それとキャスターの脅威に何度か晒されている身としては、サーヴァントを見るのが初回じゃないのでそこまで驚かない。
が、士郎は驚いて言葉も出ないようだ。

「誰だ?」

こちらの声に気づいたのか、剣戯が終わる。
槍兵から向けられる殺意。
あー、これは逃げ出したくなる。
俺は足が竦んで動けない。
こんなんでよく士郎は逃げ出したな、しかもあれだけ距離がある校舎の中まで。
尊敬に値する。

とりあえず固まった体に鞭を打って士郎をがっちりと捕まえる。
何せ毎日ムダに鍛えているだけあって、逃さないので一苦労。

「敵じゃない、とりあえずそっち向かうから一時停戦ね」

固まった体をほぐしながら、士郎をほぼ引きずりつつえっちらおっちら歩く。
ちょっとアーチャーが憐れむような目で見ているが、それも仕方ない。
士郎は萎んだ風船のように萎縮していた。
アレを見た直後だし。

「もしかして、アンタがイレギュラー?」

「イエス、アイアム。あー、ランサーの故郷では何て挨拶すれば良いのか覚えてないや」

「ふん、心理戦か」

「いや、素なんだけど」

ランサーは鼻で笑って俺と士郎へと槍を向ける。
怖いけど、ペースを握られるのも癪なので反撃するとしよう。

「ランサー、アーチャーは元気?」

「ああ!?」

ちょっと槍が震えたのを見逃さない。
さすが英霊と言うべきか、コンマ一秒ぐらいしかブレなかったが。

「ここで引く気ない?」

「ない」

「じゃあ真名とか全部バラす」

笑顔。
今までにない俺の最高の笑顔で。
ランサーは少し怯んだようだ。
しかし簡単には殺せない。
何せこのアーチャー、弓兵とは言え今まで実に27もの短剣を弾き飛ばしておいて無傷。
どんな隠し球を持っているやら。
対して自分は令呪の制約がかかった状態で満足に全力を出せない。
宝具を使えば倒せる確率は高いが、目の前の坊主がサーヴァントを使役していないとは限らない。
むしろアサシンが隠れている可能性がある。
逃げないで堂々としているあたりは寧ろ怪しい。

とまぁ、こんなところだろう。

「ちっ」

膠着状態が続いていたが、やがてランサーは槍を降ろして消す。
どうやら神父から撤退の命令が出たようだ。
そんな状態で戦い続けて無事なわけがない。
もしかすると、今まで互角だったアーチャーにすら負けるかもしれない。

「イレギュラーを仕留められないなら戻ってこいとよ、うちのマスターは何考えてるんだか」

「ウォッチャーだ」

思わず口を突いて出た名乗り。
それが自分を指す言葉かどうか、自分でも認識を確固たるものにしないまま。

「またな」

聞いていたのか、いないのか、ランサーは文字通り飛ぶようにして去っていく。
アーチャーも一瞬は追撃の様子を見せたものの、マスターにその気がないと見るや武器を仕舞う。
士郎はそれが合図だったかのように、腰が抜けてへたりこむ。
流石にランサーの相手は俺にも応えた……。

「ウォッチャー」

「イエスマム!」

「戦う手段も持たないのに、どうして出てきたわけ?」

冷たい目線。
魔術師の目、というやつ。
嫌いだな。
なんというか、人間であることを諦めたような。

「しばらく匿ってあげるから、教会に保護してもらうべきよ」

「ずっと遠坂んとこになら、考えてもいいかな。三食昼寝付きで」

「地下室なら空いてるけど?」

「監禁……SMか」

あ、士郎がひいた。
うん、そろそろやめようか。

「とにかく神父は信用ゼロだ。何せ前回の戦争ではマスターだったんだしな」

「戦争!?」

「え! 嘘!?」

「本当だって。聞かれなきゃ言わないだろうし。アサシンだったかな、確か」

あー、士郎。そうイジケるな。
話が分からないからって自分の世界に籠もるなよ。
家に着いたら説明してやるから。



[3726] Fight without a sword
Name: manyhitter◆da673d0f ID:35e70750
Date: 2009/04/30 16:59
学校からの帰り道を3人で歩く。
アーチャーは実体化を解除して霊体になっている。
こっちとしても、その方がありがたい。
アーチャーがどの士郎か分からない以上、今の士郎と安易に接触させるべきではない。
それに俺が襲われる可能性だってある。
いわゆる”ゆり戻し”がアーチャーに影響を及ぼさないとは言い切れないし。

「それじゃ、私達はここで」

「遠坂――」

見てみろ、まるでラブコメのようだ!
……いや、そんな微妙な間を演出せずとも。
あー、すれ違ってるんだろうなぁ、この二人。

「「今日見たことは忘れなさい」だろ」

タイミングばっちり。
ちなみに遠坂に俺が合わせた。
ハモった張本人は、バツの悪そうな顔をしてこっちを睨んでいる。
俺、睨まれる場面が多いな。

「遠坂、良いことを教えてやろう。
こいつの義父の衛宮切嗣は、魔術師殺しの異名を持つ魔術使いだった」

「………っ!」

士郎はぽかんとしている。
大変申し訳ないが、士郎の感情まで管理していられるほど今は余裕が無い。
遠坂をここで味方に引きずり込めなければ、士郎の魔術回路は固着しない。
セイバーを召喚する流れは考えてあるものの、その後で教会へ行ってバーサーカーを退けられる手筈が整わない。
決して個人的な感傷じゃないよ、言っとくけど。
遠坂が可愛いからとか、学園のアイドルだからだとか、士郎と二人で物語進めるのがつまんないからとか、そういうことを邪推しちゃいけない。
ま、死ぬのは嫌だけど、もうそろそろ開き直りつつあるのは事実。
それなら好きにやるぜ!

「前回の聖杯戦争にも参加していて、その勝者だった。
最後に聖杯を破壊する羽目になったが、その余波が、あの公園の惨劇。
士郎はそのときに、焼け野原で助け出された」

「な、んで、それを……?」

士郎は今にも崩れ落ちそうなぐらいショックを受けている。
あー、こりゃこれ以上は無理だな。
タイミングも悪くない。

「遠坂、こいつの体内の魔術回路を固着させなきゃならん。宝石、家に戻って取ってきてもらって良いか?」

「う……ええ、わかったわ。衛宮くん家は分かるから、先に行ってて」

慌てて逃げるように駆け出して行った。
そりゃそうか。
あんな話を聞けば、士郎と顔を合わせるのも辛くなる。
魔術使いの弟子に相当する士郎に才能が無いというのも考えにくい話。
少し整理する時間をやれば、きちんと優等生としての顔を取り戻してくれることだろう。

「すまんな、あんな話を突然始めてしまって」

「え、いや……でも……」

「帰ったら詳しく説明するよ。歩くけるか?」

体調も戻ったようだ。
貸していた肩から無事に立ち上がると、少し早いペースで歩き出す。
遠坂は無事に帰って、再び来てくれるだろうか。
アーチャーがいれば大丈夫だとは思うが。
間違ってもバーサーカーなどと遭遇しないでくれると、非常にありがたい。

家には誰もいない。
桜と大河は来ていないのか、あるいはもう帰ったのか……恐らく後者だろうか。
玄関から入って居間へ……

カラン――

結界が敵意を持った存在を察知し、それを音で告げる。
その瞬間、天啓のような閃きが脳内を疾走する!

先ほどのランサーの邂逅。
”イレギュラーを仕留められないなら戻って来い”というランサーへの命令。
やはり言峰が派遣したギルもランサーも、俺を排除するために送り込まれたと考えるのが妥当。
あるいは試しているだけなのかもしれない。
俺がサーヴァント足る存在なのか、あるいはマスター足る存在なのか、自分たちへの脅威足りえるのか。
教会を訪れたときの言動や行動にも表れている。

原作と同じパターンだ。
仕留めそこなった相手を察知した途端の襲撃。
もしくはずっと追尾してきたのかもしれない。
たった一つの命令を携えて。
居間へと雪崩れ込む二人。
しかし武器も防具も無い。居間には鉄製のポスターがひとつ。

今回のランサーはピンポイントで俺を狙ってくる。
士郎とは違って、俺は魔力が通らない体質なので、心臓の修復とかも期待できない。
つまり逃げの一手だ。
申し訳ないが、士郎は囮ということで。
生存本能は、何にも優るのだ。

「上から来るぞ!」

叫んで咄嗟に縁側へと足からダイブ。
蹴りの勢いでガラスを割って外へ。
目指すは土蔵。
庭を横断すれば、そう遠くない距離だ。
振り返る手間も惜しみ、数歩を勢いで駆け出したのち、ジグザグに走りながら振り返る。
同時に飛んでくる物体――士郎の体!

巻き込まれたのだと知覚した瞬間に二人は衝突してゴロゴロと転がる。
フラフラながらも立ち上がろうとして、もつれ合ってまた転ぶ。
同時に頭上で響く風切音と、ドアが開く気配。
原作をどこまで再現してくれるのか知らないが、今は好都合。
すぐ後ろに迫っていた土蔵へと転がるように入り込む。
ここまで来れば、後は成り行き任せというやつだ。
立ち上がって入り口を見ると、士郎が鉄製のポスターを弾き飛ばされたところ。
ランサーは余裕の表情で二人を見下ろしている。

「なんだ、坊主ども。これで終いか?
でかそうな口叩いたんだからよ、もっと楽しませてくれよ、な?」

俺の鳩尾に向かって槍の柄の部分を叩き込む。
生前のランサーは人を嬲ることを好んではいなかった気がするが……ちょっと遊びすぎたか。
威力は見た目ほどじゃなかったが、ボディブローはキツい。

「げほげほっ」

「そんじゃ、その心臓――」

こんな状態じゃ抵抗なんてできやしない。
いや、もともとサーヴァントに抵抗すること自体が無謀というか不可能なんだが。
士郎が規格外なだけだ。
そしてセイバーが来る気配もない。
それもそうか、原作で士郎の危機に反応したのなら、俺の危機に反応するはずがない。
どこで失敗したのかなぁ、と走馬灯が走り――

「――」

「ちっ」

某週間漫画雑誌のジャ○プのようなグッドタイミングで介入してくれるアーチャー。
はぁ、マジで死ぬかと思った。
3日間も同じことを繰り返すのは、とっても苦痛なので助かります。
あと生き返るのも結構辛い。
俺って実は相当強い精神力を持っているんじゃなかろうか。

「また貴様か、アーチャー」

「なに、邪魔なのはお互い様だ」

土蔵でにらみ合うのも芸が無いと思ったのか、二人は場所を庭へと移す。
続いて観戦しようと出て行くと、遠坂女史が仁王立ちで立っていた。
士郎は何故か出てこなかったが。
心底楽しそうに呟いて二人は構える……が、ランサーは槍を下ろす。
目の前の玩具を取り上げられたような表情で、でも仕方ないさと落とした肩が語っている。

「マスターの命令には逆らえん」

「逃げるのかランサー」

「仕方なかろう。しかし、もし俺を追ってくるのなら……」

「アーチャー、適当に追いかけてあげて」

「了解した、マスター。ランサーと遊んでやるとしよう」

「おい待て、俺は遊んでもらう側なのか!?」

ああ哀しきかなランサー。
まるで子ども扱いである。

「ここにいるウォッチャーが情報提供してくれたら、大抵のことは分かっちゃうし」

あーつまんね、とでも言いたげなあかいあくま。
ランサーで遊んでいるようだ。
でも満更でもなさそうな表情のランサー。

「ま、いいけどよ……」

哀しそうな背景を背負って、衛宮邸の外壁を蹴り飛ばすランサー。
あっという間に背中は見えなくなった。
でもアーチャーは追わない。
遠坂もそれを承知のようで、恐らくは追っても情報が得られないことを分かっているのだろう。
……俺の影響か。
そうなると、これは好都合だ。
早いうちにセイバーの召喚を済ませてしまえば、原作とのズレが少なくなるだろう。
そして遠坂も薄々感づいているはずだ。
士郎がセイバーのマスター(主人公)であることに。

「遠坂、アーチャー。ひとつ情報がある」

「なんだね」

意外にも答えたのはアーチャーだった。
遠坂はチラッとこちらを見ただけで反応しなかった。
もしかしたら既に内容を予想しているのかもしれない。

「あいつ、最後のマスターなんだよね」

「やはりか」

だから、何で俺はアーチャーと会話してるんだ。
……いいけどさ。

「どっちかの腕に聖痕があるはずだ」

「どうしてそれを教えるの?」

遠坂は分かっている。
でも敢えてそれを聞くのは、恐らく俺の意図を確認するためなのだろう。
これぐらいのやり取りはどうでもいい。
士郎から見れば俺達は悪役になってしまうが、今回は仕方ないだろう。
遠坂がどこまで本気でそれを実行するかは謎だが、俺は悪役になるべく口の端を吊り上げる。

「士郎は何も分かってない。だから巻きこまれるぐらいなら腕の一本や二本、と思っただけだ」

「ふぅん」

どこまで分かっているのか、遠坂はそれだけ言って口を閉ざした。
恐らく内面ではパスを通じてアーチャーと念話していることだろう。
俺の信用度か、あるいは士郎の処遇か。
恐らく後者なんじゃないかとは思うが。

「アーチャー」

「御意」

アーチャーは何度目かの剣を両手に出現させると、土蔵の中に入っていく。
士郎はまだ土蔵の中で震えているのだろうか。

――何度かの金属音。

つい数時間前に校庭で聞いたような。
でも、それもすぐに残響を残して消えうせる。
残ったのは静寂と……

「来たか」
「来たわね」

青い魔力の光。
あれは恐らくセイバーの召喚が行われた魔力。
アーチャーには申し訳ないが、士郎に手綱を引かせるまで、全力セイバーの相手をしていてもらおうか。







まず士郎とセイバーのご機嫌を取るのに一苦労だった。
セイバーを呼び出すためとはいえ、アーチャーが襲撃したのは事実。
とりあえず平伏して土下座で謝っておいた。
膨れたセイバーはそのままだったが、士郎は分かってくれた。
実体化したアーチャーを含めて5人でお茶を啜る。
……シュールだ。

気になったのは剣戯の音。
アーチャーによれば、士郎はどうやら土蔵で剣を創っていたそうだ。
何度かの交錯で壊れてしまったものの、やはり才能の片鱗を見せていたらしい。
魔術回路を走らせていたから、或いはセイバーを召喚できたのかもしれない。
所詮は結果論でしか無いが、俺との会話が最も大きな要素だろう。
これで士郎も戦力のひとつとしてカウントできるようになった。
イザというときに俺を守ってくれるかもしれない盾……ならぬ鞘か。

士郎に宝石を飲ませるのは後回しとして、遠坂から聖杯戦争についての講義を軽く。
残りの俺の能力については、士郎への説明責任は割愛することにした。
具体的にはルーズリーフで代用。
遠坂に見せたのと同じやつ。
中身はシンプルだ。

ループする云々。
ミライの知識を知っている云々。
別な世界から来た云々。

元々魔術の勉強をしていただけあってと言うべきか、これまた酷くあっさりと納得する士郎。
セイバーという規格外を目にした後だから、大した存在に見えないのもあるだろう。
とりあえず半ば強引に教会へと向かう4人である。
セイバーは例の如く黄色い雨合羽を羽織っている。
ちょっと嫌そうな顔だ。
士郎は気づかない。
遠坂とアーチャーは知らん振り。
うん、俺も知らん振りしとこう。

「おお、これはこれは」

笑みを浮かべた神父がお出迎え。
俺に向ける視線もやけに熱っぽい。
どうやら公式に異端物扱いされ始めたようだ。
多分……具体的には生存能力とか、あとは危機回避能力とか。

………

……



「士郎の傷を抉りに来たんじゃないわ」

「ああ、そうだったな。後ろの彼も待っていることだ」

何事もなく宣言を終える士郎。
遠坂も警戒していたようで、少々拍子抜けした表情。
そうして俺の番。
二人には信者席の一番後ろで待っていてもらうことにした。
ぎりぎり会話の内容が聞こえない距離である。
アーチャーが霊体として見聞きしているかもしれないが、そこは仕方ない。
遠坂に教えるかどうかも含めて一種のギャンブルになってしまうが、チャンスは今しかない。

「ウォッチャー、と言ったかね」

「挨拶は不要かな、じゃあ単刀直入に。ランサーをもらい受けたい」

「ほう」

値踏みするような視線が俺を見透かしている。
目的、手段、その足がかりとなるサーヴァントがいれば、俺だって戦力として戦うことができる。
戦えることが果たして良い意味でのプラスになるのかどうかは分からないが、戦力だって多いに越したことは無い。
一拍の思考を経て、神父は結論を出した。

「譲り渡せるサーヴァントは、ここにはいない。いずれ脱落者が出れば、提供もできよう」

……詭弁か。
”ここにはいない”と嘘は言っていない。
そして”脱落者が出れば”は、今の時点で参加者は揃ったのだからお前の出る幕は無い、という意味だろうか。
ふむ、道理だ。
そして無理を通そうとすれば道理と戦う羽目になる。
セイバー+アーチャーvsギル+ランサーも、勝ち目が無いわけではないが……。
非戦闘要員が3人もいる時点で敗北は決定的だ。
ここは素直に退くべきだろうな。

「分かった、その時が来たら」

「案ずるな青年、君の願いはいずれ叶う」

いずれ、か。
それが果たして何回のループを経た後に達成されるものだろうか。
2回?3回?……3桁を超えても、まだ俺は正気を保っていられるものだろうか。



[3726] U NA GI / Big John is angry.
Name: manyhitter◆da673d0f ID:35e70750
Date: 2009/05/01 00:44
帰り道である。

「そうか、親父は裏側の人間だったのか」

納得した、と言いたげな表情を浮かべる士郎。
最初は疑心暗鬼になって聞いていたものの、それに至る経緯を聞かせたところで腑に落ちるものがあったに違いない。
かく言う俺も完全な知識を残していたわけではない。
アインツベルンに雇われたこと、アイリスフィールとイリヤ、そして聖杯を壊したこと。
要点だけかい摘んで話し、聖杯が汚染された原因とかは勿論言わない。
それでも士郎にとっては十分だったようで、義父の過去についての詮索はそれ以上しようとしなかった。
うまいこと言いくるめたのもあるが。

対称的に、納得が行かない表情なのは遠坂である。

『なぜ聖杯を壊したの』

士郎の手前だから抑えているのか、あるいは聞いてもはぐらかされると思っているのか、目線だけで問うている。
だが、俺も情報を一気に全て教えるわけには行かないのだ。
これは遠坂に対する防衛線。
情報を失えば一般人の座に収まってしまう俺の、唯一にして最後の砦なのだ。
確かに情報を与えれば対策を打つこともできようが、果たして俺の自由は残るのか。
それこそ冗談でもなく、遠坂家の地下室に押し込められる可能性もありえる。
何たって俺はこの世界で後ろ盾が無い、”いないはずの人間”だからだ。
士郎さえ誤魔化してしまえば、他に障害は無いのだから。
多分誰も探してくれないだろうし。

……そこまで俺の身を案じるとも思いがたいな。
むしろ、生半可なことじゃすまないかもしれない。
物理的な拘束とか、死なないように生かされる……教会の地下室と良い勝負だな。

「ウォッチャー」

「なんだ」

ずっと沈黙を保っていたセイバーが俺に問う。
恐らく、この質問はアレだ。
”貴様は私の邪魔をするのか”的なやつだ。

「貴方は聖杯を求めるのか」

うん、そうですね、やっぱりそう来ますか。
セイバーにも士郎と同等の知識は話しているのだから当然っちゃ当然の疑問。
彼女は聖杯で過去をやり直すために、ここに存在し、戦いへと身を投じたのだから。
だから俺も神父並の詭弁でそれを受け流すことにする。

「ん、俺は元の世界に戻るのが目的だし、聖杯を欲しいとは思わない」

「しかし、聖杯があれば元の世界に戻るのは容易なはず」

ふんふん、そう来ますよね、その質問も想定済みっ!
切り返す。

「願望機としての聖杯ね。
いずれ分かるだろうが、冬木の聖杯は万能ではない」

「え?」
「は?」

ぽかんと放心する遠坂とセイバー。
うん、全部を言えなくても……説得ができたらいいな。

「遠坂、聖杯とはどんなものだ?」

「ええっと……願いを叶えるものよ」

慌てて答えた割りには優等生な答えだ。
学校の先生なら100点だろう。
セイバーの雰囲気が少しずつ悪化していく。
俺、油断すると斬られる……?

「じゃあ、どのようにして願いを叶える?」

「簡単よ。人の手では扱いきれない量の魔力を以て、奇蹟を実現するわ」

そうだな、そこまでは間違いない。
だが……第何次だったか忘れたが、そこはそう、誤魔化そう。
そろそろ死にすぎて知識も減ってる気がする。
知ってることだけでもルーズリーフにまとめといた方が良いのかな、暗号のようにして。

「聖杯は、汚染されてるんだ」

「汚染……? 聖杯ほどの聖遺物が!?」

話すことに夢中で、気づくのが遅くなった。
周囲に満ちるのは禍々しいほどの気配。
あてられたら毒される空気というか。
身を以て体験したら分かる。
今すぐにでも逃げ出したくなるような。

「ま、生き残れたら解説してやらんでもない。
話は終わったぞ、イリヤスフィール」

「お兄ちゃん、だれ?」

見上げるは、巨人。
体躯は数メートル。
人間ではありえないシルエットを月光に晒し、ソレは立っていた。
傍らには白の少女。
イリヤ。
礼を尽くしても殺されるのは確定だが、まぁ折角の邂逅を無粋に始めるのもつまらない。
正々堂々と、名乗りあおう。

「俺はウォッチャー。死に続ける道化師みたいなものだな」

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。なぜ私の名前を?」

「さぁ……バーサーカーが勝ったら教えてあげよう」

「くすくす、いいよ!」

さも可笑しいとばかりに笑う少女。
ひとしきり笑ったのち、浮かべるのは妖艶な笑み。
エロい方じゃなく……絶対者としての。

「シロウを迎えに来たのに、とんだ拾い物ね」

俺は物扱い決定らしい。
あと、遠坂は可哀想だが視野の外。
多分、そんなこと気にしてる余裕は無いだろうけど。
サーヴァントの中でも最強だし。

「じゃあ……やっちゃえ、バーサーカー」

少女の号令と共に、狂える戦士の足元が爆ぜる。
コンクリートは易々と踏み抜かれ、見るも無残な足型に。

「出ます」

「あ、おい!」

飛びかかるバーサーカーを迎撃せんと、セイバーが前に出る。
原作と違ってゲイボルグを受けてないから少しは余裕があるはずだ。
この分なら3人で先に離脱した方が安全かもしれない。

「バカ、サーヴァントは人間と違うのよ」

すぐ横では、飛び出そうとした士郎を押し止めた遠坂が説教していた。
アーチャーは……いた。
当然ながら、というか共闘を張る流れになったようで、セイバーの援護をしている。
的が大きいから、援護もやりやすいだろう。

……さて、どうしようか。
考えてはいたものの、ここまで生き延びたのは初回なので、少々戸惑っている。
ここでバーサーカーを倒して良いものか。
あるいはセイバーかアーチャーの宝具を開放しても12回は殺せず、逆にやられたりしないだろうか。

「三十六計逃げるにしかず?」

「戦力は互角よ。倒せるなら倒しておきたいわ」

冷静な意見。
原作ではセイバーが負傷していたものの、今回は万全の状態。
遠坂が互角と評するのも頷ける。
圧倒的な威圧感は俺たちを圧迫しているものの、今のところ戦闘に有利不利はないように見える。
サーヴァント同士は相性こそあるものの、戦力として大きな優劣は無い。
ただ、特性や適正が違うことで得意不得意が生まれるだけだ。
純粋な力として、セイバー+アーチャーはバーサーカーと拮抗している。
ならば、宝具や搦め手……特にアーチャーは得意だろうが、そういう手で勝ちに行く手段はアリだ。
現にそれを示唆した行動をアーチャーが始めている。

 ぼこん

擬音にすると酷く間抜けだが、アーチャーが放った剣が着弾して爆発した音だ。
バーサーカーの足場を削るように、どんどんクレーターのように地面を抉っている。
セイバーは身軽なため、壁や電柱、瓦礫を蹴っての移動が可能。
いくら強力だとはいえ、足場が覚束なければ全力での攻撃はできなくなる。
それが微々たるものであったとしても、勝敗がそこで決まることも多々あるだろう。

しかし。

「小細工なんてムダにしてあげるわ。――狂いなさい」

「■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」

暗闇で妖しく光るイリヤスフィールの全身。
あれは……令呪使用のブーストか!
バーサーカーが咆哮をあげた。
そこから後はコマ送りのような映像。

 一歩でバーサーカーはクレーターの中心から抜け出す。

 今までとは段違いのスピード。

 一息で飛び距離を詰める。

 接近する先には離脱中のセイバー。

 咄嗟に防ごうとした不可視の剣は腕ごと跳ね上げられる。

 先ほどまでの攻撃との威力の違いに驚きの表情。

 慌てて体勢を立て直そうとするが、それでは遅すぎる。

 巨人は斧剣を遠心力に任せて振り切ると、勢いのままセイバーを蹴り飛ばす。

 吹き飛ぶセイバーを援護するも、片腕を振るった勢いで簡単に弾かれるアーチャーの矢。

 右上から袈裟懸けに斧剣の一撃が直撃し……セイバーの周囲を血の海に……

「セイバー!」

やっぱりこうなるか、と思いつつ走り出そうとする士郎を羽交い締めにする。
ここで行かせたら、士郎も二の舞に……

「アーチャー!」

遠坂がアーチャーを呼び寄せてセイバーの援護に向かわせようとするが、絶望的に間に合わない距離。
強力な矢を放てば動きを止めることはできるだろうが、セイバーも巻き込みかねない。
士郎が腕の中でもがきながら、俺たちは見ているしかなかった。

 剣を支えにして何とか立ち上がるセイバー。

 バーサーカーは容赦など微塵も見せずに向かっていく。

 またも弾かれるアーチャーの矢。

 巨人の皮膚に当たって落ちる。

 狂化したことで防御力も格段に上がったのだろう。

 二の矢を番えるが、もう遅かった。

 二度目の追撃。

 セイバーを地面に縫い止めて……

勢いのまま、地面に向かって墜落。
存在は消えていないし、剣を杖にして立ち上がろうとしていた。
二度目の致命打だったが、彼女にとっては即死ではないようだ。
士郎を掴んでいる腕を放そうとし――

「チェックメイト」

気づけば、すぐ正面にイリヤが立っていた。
隣を見ると、遠坂が悔しさに体を震わせて……?

「っっっ!」

違った。
イリヤからの干渉を受けているのだろうか。
片手を上げて、令呪を使おうとした状態のように見える。
震えているのは体を拘束されているからだろう。
かくいう俺も、体は動かなかった。

「彼我の戦力比を計り損ねたのが敗因よ、ミストオサカ」

ふわりと最後にお辞儀すると、イリヤはこちらへと顔を向ける。
後ろではアーチャーとバーサーカーの攻防が続いているが、アーチャーも長くは持たなさそうだ。
狂化されたバーサーカーの筋力は爆発的に強化され、逃げるのがやっとだ。
打つ手を間違った……そう思ったが、今打てる手はもうない。
あとは俺を生かさず殺さず状態にしないよう、祈るぐらいしかない。

「ウォッチャーって言ったかしら」

「ああ……」

そろそろ潮時だ。
俺の体は魔力を受け付けない体質。
たとえ微弱な量とはいえ、イリヤからの拘束の魔力が体を蝕んでいるのが意識できる。
どうやら心配せずとも逝けるらしい。

「さて、貴方のことを……って!」

「残念ながら、ゲームオーバー……だ、な……」

倒れることもできず、俺は目を閉じる。
イリヤが慌てて魔術を解除する雰囲気を肌で感じ取りながら、何だかとても眠いんだ……とつぶやいてみる。

願わくば。
本当に願わくば。

途中からやり直したいよ……。


















<以下。過激でグロテスクな表現がふんだんに使われています。>


















「ししょー、なんか見慣れない物体が出現しましたよ」

「ぬぬ!?」

俺の意識が飛んでいってどこかへ辿り着いたようだが。
いつものような気持ち悪さが襲ってこない。
そろそろ悪夢は去ってくれたのだろうか。
いや、こんな中途半端で終わるはずが無いと思いながらも、体は一時の休息を欲しがっている。
この睡魔に身を委ねたい……

「ブルマ、つついてみるがよい」

「えいえい」

なんか頬をつつかれてる。
ああ、くすぐったい……
引っ張られ抓られ持ち上げられるも、俺の意識は未だ覚醒途中だ。
ちょっと痛いけど。

「軍曹、起きません!」

「ええい、かくなる上はアレだ」

「アレですか!」

得体の知れない危機感に、もぞもぞと体が覚醒し始める……が、その前に

「やーーーーーー!」

「ぐぼらっ」

なんか飛んできた……ジャンピングラリアット死ぬ……
ああしかもその後さらに関節技に移行とか芸が細かいよ本当に。

「ぎぶぎぶぎぶぎぶ!すいませんでした安易に死んでいいとか思ってすいませんでした!……あれ?」

暗転……ならぬ明転。
目を開ければ、そこは……

「午前三時の、俺と汝?」

掛け軸にはおおよそ似合わない言葉である。
そんな巫山戯た掛け軸が存在しうるのは……ッ!?

「いかにも!迷える子羊を惑わすタイガー道場である」

「ししょー、迷っているのに更に惑わすとはこれいかに」

「うるさいブルマ、文句は書いてる奴に言え」

展開が読めません。
というかカオス過ぎませんか。
何でこないだまでウンウン唸りながら気持ち悪い世界からカムバックしてたのに、いきなりBADEND扱いですか。

「まぁアレだよワトソン君、旅は道連れと言うだろう」

くいくい、と親指を背後に。
……デフォルメ士郎が首吊りしていた、もとい吊られていた。
アレは関わってはいけないものだ。
ゆえに放置するのが正解。

「うん、理解しました」

「よろしい」

大河の手の中でパシンと竹刀が小気味よい音を立てる。
瞬間、ギロリと睨まれる。

「大河ではない!軍曹と呼べ!」

「はい軍曹!」

おとなしく従っておこう。
なぜ心の声が聞こえるのかとか、考えちゃダメだきっと。
もしここでタイ……あぶねえ睨まれた、そういえば内面で考えただけで突っ込まれるんだった。
気をつけよう、冬木の虎を開放しないためにも
そうしている間にもブルマと軍曹は漫才を続けている。

「しかし今回は明らかにコイツのミスですよねー、北澤○ん」

「うむ、士郎が正しい選択肢を選んだのに、邪魔されて果たせないとはモブ以下だなモブ以下」

大事なことは二回?
しかも名も無き脇役以下ですか!
いや、申し訳ないとは思ってるけどさ。

「というかブルマよ、隠すところ間違ってないか」

「原作やってたのにねー、ジョン○カビラさん」

「もはや隠れてないし……で、どうすれば戻れるの?」

「「漫才は最後まで聞く!」」

「ハイ」

それは果たして漫才なのか?

「解説じゃないのか?」

俺のどうでもいい疑問は見事にスルーして、その後も続く続く。
というか本気でどうでもいい内容ばかりじゃねーか。
早く復活させてくれ。
某魔法少女ゲームみたいに気絶したところから復活できたら楽なんだけど。
『さすがはウン○マンでち☆』とか言われながら。
……いやでもウン○は嫌だなウン○は。

「で、糞は反省した?」

「糞言うな!どーせ朕みたいなノリで使えば良いと思ったんだろ……反省しましたよ」

「やっと分かったか、トリ頭改めトリの糞」

「だから……」

 ドン

不意を突かれてブルマに蹴飛ばされる。
なんだよ、と受身を取ろうとした瞬間、浮遊感。

「……れ?」

「いってらっしゃい見てらっしゃい。また会うことも、ぱろぷんてー」

「ぱーろぷーんてー」

よく分からない挨拶。
その二人はどんどん遠くなって行き……やがて真っ暗になる。











 べちゃ

収まる浮遊感。
どうやらどこかに軟着陸したようだ。
ぬるぬるしてる気が……これは……

と思っていたら、どんどん降ってくる降ってくる。

「ナニコレ新手ノ拷問!?」

うなぎ……だと思う。大量の。
そろそろ顔まで埋まって呼吸ができない。
そして重い。
どんだけ降ってきてるのさ。

にょろにょろと全身がぬるぬるしてて非常に、ひっじょーに気持ち悪い。
口から呼気とか胃の中身とか吐こうにも、開けたら口から入ってくるので開けたくない、というかそろそろ圧力で開けられない。

うなぎで圧迫死とか……ありえねぇよ……タイガー道場……。



[3726] Am I living ?
Name: manyhitter◆da673d0f ID:fa4a16e0
Date: 2009/05/03 23:01



「うぅぅ、うな、うなうな………う、うわああああああ――」

「げ、何この謎生物!?」

現世(と呼んで良いのかどうかは分からないが、とりあえずそう呼称しておく)に戻ってきた途端、体全体から力が抜けてしまった。
思わず叫び声。
うなぎ地獄とかマジで嫌です。
生と死の狭間が生温く思えてきたよ。
アベンジャーと心の友として語り合えそうなぐらいのトラウマになった気がする。
ああああ、もう思い出したくも無い。
人間として尊厳とか色々踏みにじられた気分。
主に後ろの穴とかマズいよねあれ。
……忘れよう。そして本編に戻ろう。

「んぐっ……はぁ……はぁ?」

動悸と吐気も収まり、とりあえず状況判断……ってあれ、何か声がしたような。
背中を擦ってくれている士郎、お陰で楽になったよ、ありがとう。

「とりあえず、パンでも齧りながら衛宮邸に行こうかな……」

「はい?」

はい?
ここ、どこ?




ストップ。時よ止まれ。むしろ動くな。
はい確認。

右見てー。
おお、士郎と黄色いセイバー。

左見てー。
ああ、遠坂の視線が冷たい。

前見てー。
「橋?」

「橋ね」
「橋だけど」
「橋ですね」
「橋以外の何に見えるのかね」

分かりやすい反応だが、上から順に遠坂、士郎、セイバー、そしてアーチャーの順である。
……ああ、なるほど。
セイバーが黄色いことなどから察するに、神父に会ってきた直後なのね。
しかしわざわざ皮肉を言うために実体化するとは何というムダなことを。
そしてまた霊体化とか、意味わからんぜアーチャー。

タイガー道場め。
蘇らせる前に一言だけでも言ってくれれば良いのに……っていや、無理か。
あいつらに何かを要求するのは、遠坂に奢ってくれって言うぐらい無理難題だろう。

「む、あんた今何か失礼なこと考えなかった?」

「イエイエ」

おーけー、把握した。
今は帰りだな、と再び確認。
士郎がオドオドしてないし、帰りの方角を向いて歩いているからだ。
ふふん俺様、名探偵。

ということは、そろそろお出ましか。
ま、選択肢が目の前に出ようが出まいが、やることは一緒だ。

――生き延びること。

そろそろ驚くことに対して耐性がつきつつあるのかもしれないよ、俺。
ちょっとだけ哀しいけど。
いや、でもウナギはありえないでしょ。
もう二度と死にたくなくなった。
うん、でも今までより死亡後の負担は減った。
ポケットの中の説明用ルーズリーフも、どうやらお役御免になってくれそうだ。
唐突に最初からのループが途中からになったのは、きっと士郎の死亡フラグに乗っかってしまったからかな。
そうなると、いちいちBADENDなんて覚えてないけど、運悪く死ななければ途中から再生できるか。
士郎のBADEND以外で死ぬと、もしかするとリセットかも……。
まぁ、その辺はなるようにしかならないさ。

「んで、どこまで話したっけ?」

「ああ、大体の疑問には答えてもらったし、俺は……」

「私の話だったわよね、『なぜ聖杯を壊したのか』って」

はいはい、なるほど。
ってことは、ちょうど遭遇する直前だったわけね。
道理で鳥肌が立っているわけだ。
目の前の道に……見えた、っつーかスッゲーでけぇし。
なにあれ、横綱を縦に二人ぐらいくっつけたような大きさ?
いや足元で見たら三人分かもしれん。
クールな俺は驚いちゃいけない。なぜならクールだから!

「ま、生き残れたら教えてやってもいいさ。
話は終わったよ、イリヤスフィール」

「お兄ちゃん、だれ?」

「俺様はウォッチャー様だ」

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

俺の名乗りをスルーして、丁寧なお辞儀を返してくれる。
白の少女は華麗にスカートの裾を持ち上げて一礼した途端、一転して愉しそうな顔を見せる。

「なぜ私の名前を知っていたの?」

「さぁなー、バーサーカーが勝ったら教えてあげようかな」

「くすくす、いいよ!」

そうして再び、共演が幕を開ける。









「――狂いなさい」

膠着状態に陥ったイリヤが、俺にとって二度目の台詞を解き放つ。
イリヤスフィールの体が輝きを放ったかと思うと、バーサーカーの出力が一気に上がる。
令呪のブーストの恐ろしさを体験してしまうと、普段の規格外のサーヴァントですら可愛いと思えてしまうから不思議。

誰かが傷つくのを防ぎたいと心の奥底で叫ぶ声を抑えつけながら――

「セイバー!」

モロにダメージを受けたセイバーの元へ、士郎は駆けて行く。
力無き自分の手を憎むように握り締め、俺は黙って傍観に徹していた。
この身に力は無い。
この身に魔力も無い。
アイテムも無い、宝具も無い、サーヴァントも無い。
ナイナイ尽くし。
衛宮士郎を抑えることはなく、ただ無力感に苛まれながら立ち尽くした。
遠坂は、間近にいた俺が士郎を止めなかったことに戸惑ったようだ。

「ちょ…ちょっと、衛宮くん!?」

遠坂も反応するが、明らかに遅い。
圧倒的に距離が離れてしまい、もう連れ戻すことは不可能だろう。
それより、士郎に注目している今がチャンスだ。

<マスターをねらえ>

首を回し、発音はせず、イリヤと遠坂に見えない角度で口の形を作る。
視力1.5の俺には辛い距離だが、鷹の目を持つアーチャーなら意図を正確に読み取ってくれるだろう。
全部を言わなくても、恐らく伝わる。
なぜならアーチャーだから。

「お兄ちゃ」

「■■■■■■■■■■■■――――!」

大声量で咆哮する巨人の声は鼓膜を叩くどころか、全身に響く。
行動不可能状態に陥る俺。
それを真下で受けてしまった士郎も、人間として例外ではなく。
巨人を止めようとしたのかもしれないが、イリヤの声もまた咆哮に掻き消された。
そして、その意図が狂った巨人に伝わるわけもなく。

「あ」

グシャ、という呆気ない音で斬り飛ばされる士郎。
かろうじて庇っていた意味はあったのか、セイバーには当たらなかった。
しかし。分かっていても、覚悟していても、それを間近で見ると心が軋む。
繰り返すことが出来るのは自分だけだから、誰かのソレを見てしまうのはなおさら辛い。

『螺旋剣―――カラドボルグ』

幻聴のような、ほんの小さな詠唱。
狙い澄ましていたアーチャーの矢が、一直線に闇を切り裂いて奔る。
標的になったのは無防備なマスター、つまりイリヤ。
狂化しているとはいえ、マスターの保護は本能的なものなのだろう。
バーサーカーは即座に攻撃を中止して、主を脅かす矢を叩き折る。

それこそが、アーチャーの狙い。
時間差で放たれた矢が、狙い過たずバーサーカーの眼窩を討つ。
さしものバーサーカーも、絶妙なタイミングで飛来した矢――もとい、剣だが――を防ぐことはできなかった。

『破!』

爆発で巨人の巨躯がよろめく。
頭部は煙で見えないものの、おそらくは余波で、見るも無残な状態になっていることだろう。
もちろん、12の命を持つヘラクレスのことだ。
命を11に減らして再び完全体で戦い始めることだろう。

「やった!……セイバー、衛宮くん!」

ぬか喜び、と言えなくもないが、ともかく撃破したと思い込んで二人に駆け寄る遠坂。
二人は折り重なるように倒れている。
士郎はともかく、セイバーも暫く戦力として考えるのは厳しいだろう。
遠坂が瞬時に判断するが、見たところ命に別状は無いそうだ。
恐らく士郎の中の鞘が反応して、驚異的な治癒力を発揮しているのか。

「へぇ、やるじゃない。私のバーサーカーを一度でも”殺す”なんて」

「っ!?」

勝利を確信していただろう遠坂が弾かれたようにイリヤを見る。
続いて俺の顔を。
期待を込めていたのかもしれない。
けれど、俺が返せるのは渋面だけ。
まだ勝負は終わっていない。
そして、終わらせることが出来るのは只一人、イリヤスフィールのみ。
イリヤはアーチャーを見据えていたが、やがてミンチになった士郎へと視線を落とす。

「お兄ちゃんのバカ」

ふっと肩の力を抜くイリヤ。
同時に巨人も斧剣を構えるのをやめる。
この流れは助かったと思っていいのか?

「楽しかったよ、ミストオサカ、お兄ちゃん。……ウォッチャーも」

彼女にとって楽しむという概念は、つまり殺し合いという意味のニュアンスも含まれている。
けれどそれは蹂躙という概念に相当する、つまるところ殺戮だ。
もし自分が逆の立場に置かれたとき、彼女は何を思うのだろうか。
それとも、聖杯として創られた彼女の使われ方として、ただあるがままに受け入れてしまうのだろうか

「またね、ウォッチャー」

バイバイ、と手を振って帰っていくイリヤ。
そこに悲惨な色は見られず、年相応の少女の響きだけが残っていた。



[3726] interude / NOT ENOUGH
Name: manyhitter◆da673d0f ID:fa4a16e0
Date: 2009/05/03 23:04


――――夢を見ている。

そういう自覚はある。
朧げな意識が見せている、ただの夢。
でも感覚がある。
五感を意識できる。
味覚・触覚・聴覚・視覚・嗅覚。
順番に確認していくが、いずれも機能を正常に訴えてくる。
……夢なのか?本当に夢なのか?

「ああ、俺が君のマスターだ」

「契約は完了した。これより我が身は貴方を守る盾となり、障害を貫く剣となろう」

おや、と状況を把握しているうちに俺は勝手に何を喋っているんだろう。
場所は土蔵。
入り口で士郎がワタワタしている。
真正面に金髪の少女が鎧を着込んで……ってセイバーじゃん!
思考と同時に左手に痛み。
…………令呪だね、うん。何となく流れが読めてきたようん。
もしかして、こっちが本編か。

「敵サーヴァントを補足。迎撃します」

「お、ちょ、待て!待てったらセイバー!」

俺の(憑依している側と言うべきか?)意思とは裏腹に、体は勝手に動いてセイバーを追っている。
出来の良い映画を追体験しているような感覚。
って言っても、追体験なんか経験したことは無いので、もののたとえというやつだが。
憑依している俺は、流石と言うか俺同士なだけあって、そろそろ境界線が曖昧になってきている。
リアクション、細かい言動もほとんど一緒で感覚も共有しているとなれば、いずれ一体化した錯覚だけになったとしても不思議ではない。

「へぇ」

ちょっとだけ嫉妬を含んだ遠坂の視線を浴びつつ無視しつつ誤魔化しつつ、セイバーの横に立つ。
ああ、分かってるって。
セイバーを召喚しようとしてアーチャー呼んでしまった過去は知ってるからさ。
そんな目で見ないでくれよ。
親の仇じゃないんだからさー。

「マスター、ご指示を」

ご指示を、って言いながら既に戦闘モードじゃん!
何をのたまうこのセイバー(せんとうきょう)。
鎧編んでるし剣も風纏って見えないし!
あぁもう、遠坂とアーチャーは敵じゃないって何度言ったら……

「あぁもう、遠坂とアーチャーは敵じゃな……」

「アーチャー、全力での戦闘を許可するわ。私の魔力、全部持っていってもいいから」

「はああええええええ!?」

「了解した、マスター。全力で期待に応えよう。
……時にリン、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「ええ、勿論よ」

そこで使うの原作の台詞ー!?
遠坂ノリノリだし!
アーチャーも!
マジな目をしてこっちを見ないで!

 俺に切りかかってくるアーチャー。
 
 迎撃するセイバー。

 一合切り結んだだけで、二人の立ち位置から衝撃波が伝わってくる気がする。

戦闘を始めたサーヴァント二人を尻目に、こっちへと近寄ってくるあかいあくま。
というか楽しそうな表情を浮かべるのはやめてください。
涙目になっちゃいます。

「遺い残すことは?」

「あー、その、なんだ……協力、しないか?」

絶妙の笑みを浮かべている。
俺には分かる……分かるんだ……。
あれは憐れむ目だ。
徹底的にやっちまうときの目だ。

「ままままま、落ち着いて。な、な、士郎が良くて俺がダメって言う理屈は無いだろ?」

「何でそこで衛宮君が出てくるのか分からないけど、却下」

な、なんですってー!
折角頑張ってセイバー召還したのに、また最初からやり直しですかー!?
と不満を訴えたいけど、もう取り付く島もなし。
魔術回路が光ってるし、殺す気ですねはい。

「遺言は終わり?」

「り……理由を教えて……」

「理由も何も無いわ。聖杯戦争が、殺し合いだからよ」

単純明快、どうもありがとうございました。
となれば逃げるしかない。
ガンドを避けて避けて、どこか隠れられる場所へ逃げるしかない。
……どこに?
諦めた方が良いか。
いや待て、最後の頼みの綱があるぞ。
士郎に仲介を頼んで穏便に何とか……それでダメなら逃げよう。

「士郎――ってあれ?」

助けを求めようと振り返るが、士郎はそこにはいなかった。
そもそもそこは衛宮邸の庭じゃなかった。
剣が刺さっている。地面に。
視線を上げる。
ずっと。
ずーっと。
ずーーーっと……剣の群れ。

「アンリミテッド・ブレイド・ワークス……固有結界出すの早いね……」

「くっ、小細工を!」

焦ったセイバーが剣を振りかざして世界の主に立ち向かう。
が、アーチャーは難なくそれを回避し、何気なく一本の剣を取る。
紛うことなきそれは、セイバーが持つ透明なそれのハズ。

「なっ!?」

「無論、このエクスカリバーは贋作だ」

セイバーが驚くのも無理はない。
見た目からして同じ。
セイバーが持つ剣と同じものを、どうして一介の弓兵如きが持ちえるのか。
あれ、でもこの時点でエミヤは記憶を全部取り戻したのかな。
……あるんだろうな、固有結界が出てくるってことは。
もうどうでもいいや、そういうことにしとこう。
あと、詠唱早すぎ。
絶対準備してたよアイツ。

「私と君では、クラス性能も英霊としての格も違いすぎる。……しかし」

同じ剣で打ち合う二人。
贋作は僅かな綻びを生じるが、しかし安易に崩れたりしない。
何度も打ち合うが、セイバーの剣技がアーチャーのそれを圧倒することはない。
アーチャーは元より時間稼ぎのつもりで守りに入っている。
セイバーはマスターの優劣を考えて、攻勢に出続けるしかない。
ただただ凌げば良いのだ。
自分の内面世界で。

「―――武器の貯蔵は十分か、セイバー」

そしてアーチャーが何か言ってるが、それを悠長に眺めているほどの余裕は、俺には皆無。
突っ込みたいけど……突っ込んだ瞬間に俺の人生が終了になりそうで怖い。

結界内を無様に逃げ惑う俺。
ガンド打ちで追いかける遠坂。
元々、運動能力は平均程度の俺だ。
魔力で強化された遠坂に勝てるはずもなく。

「さぁ、覚悟なさい」

「なぜ、俺では、協力に値しない?」

お互いにハァハァと息を切らしながら、しかし遠坂はまだ余裕があるのだろう、微笑みを作っている。
地面に這いつくばって動けない俺とは対照的だ。
掠った魔力によって服はボロボロ。
手足もマトモに機能してくれないだろう。
彼女は、少しだけ考えたあと、今までになくマジメな様子で。

「他人を騙して主役の座に拘る陳腐な男だからよ」

ああそうか、そういえば、セイバーのマスターが主人公とか言ってたっけ俺。
セイバー、すまんと呟きながら凶弾(ガンド)に倒れる俺。
あっけない。
実にあっけない。

「士郎を……騙すつもりは……なかった、んだ……」

「マスター!おのれ……っ! 約束された勝利の剣――エクス・カリバー――!」

それ以降の声は聞こえなくなった。
視界も暗く狭くなる。
アーチャーがロー・アイアスを展開する光。
聖剣の勢いは止まらず、一枚、二枚と割れていく。
そろそろ視界が消えるが、エクスカリバーの勢いは既に半分もない。
3、4………5…………6…………最後の衝撃はいつまでも来ないだろう。
ただ振動による気配だけが、ロー・アイアスの7枚目の無事を教えていた。


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