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[36269] とある転生の幻想交差
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:37
魔法少女リリカルなのはの世界に転生した雀宮翔太
その世界の原作知識を翔太は持たないが、その代わりに制限つきではあるものの"とある魔術の禁書目録"のキャラクターの能力を扱うことが出来る。

そんな彼の住む海鳴市にちらばるロストロギア。

使い方を誤れば危険な代物、ジュエルシード。
それぞれの姿と力を持つ、クロウカード。

これらを回収するために立ち上がった5人の少年少女達。
高町なのは、ユーノ・スクライア、アリサ・バニングス、月村すずか、そして雀宮翔太。

いくつもの幻想が交差する世界で、物語は始まる――――――

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※この作品はハーメルンにも投稿しています。



[36269] 怪物×魔法少女=もうなにも怖くない(良い意味で)
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:41
「はっ、はっ、はっ……」
 木漏れ日に照らされた獣道を走りぬける四つの影。
 先頭を走る少女―月村すずか―は長い藍色の髪を振り乱しながら前方に視線を走らせ、人が通るように出来ていない森の中でも少しでも通りやすい道を選びながら先導している。
 それと同時に、髪や服に引っかかりそうな小枝を素早く折って後からついてくる者への配慮をするという離れ業を、速度を落とさずにやってのけている。
 ただ、そのことに後ろに続く少女―高町なのは―は気付く余裕はなく、両サイドで結ばれた栗色の髪をぴょこぴょこ跳ねさせながら必死に足を動かしている。元々運動がそれほど得意ではなく、走ることに必死だと言うこともあるが、その少女の意識の大半は胸に抱かれた傷だらけのフェレットに向けられているからだ。
 そのフェレットは呼吸が弱いながらも意識は失っていないようで、自らを抱える少女や首に下がる赤・金・銀の三つのペンダント、そしてその後ろから迫る黒い影へと視線を忙しなく動かしている。その瞳には知性が宿っている事が伺える。
 なのはのすぐ後ろを走りながら前と後ろの双方に気を配り、胸元に気をとられがちななのはのフォローをしている金髪の少女―アリサ・バニングス―。彼女の明晰な頭脳を持ってしても、何故この事態に陥ったのか、背後から追って来ているあの黒いモノは一体何なのか、どうやってこの場を切り抜ければいいのか、まったくもって分からないことに内心かなり動揺している。
 アリサに並走しているのは黒髪の少年―雀宮すずめのみや翔太―。視線を前や後ろに忙しなく動かしている。その表情は焦っていると言うより何か躊躇っているように見える。

 彼らがいるのは海鳴市にある森の中。普通に考えれば下校途中の小学生にとって用事があるような場所ではない。
 元々彼らは公園の林の中で傷ついたフェレットを見つけた。きっかけは頭の中に響く”助けて”の声だ。耳からではなく頭に響く声に戸惑う中、なのはだけが正確に方向を示し、そしてその先で見つけたのだった。そこまでであれば今頃近所の動物病院にかけ込んでいただろうが、そこから事態は奇妙な方向へ転がっていった。
 まずフェレットが喋り出した。弱々しい声ではあるものの、「ありがとう」と喋ったのだ。なのはとアリサは大いに慌て、すずかと翔太も二人ほどではないにしても驚きの表情を浮かべていた。気のせいか本当か困惑している間に――

 ――黒い塊が目の前に落ちてきた。

 硬直

「逃げろ!」「逃げて!」
「……っ、こっち!」
『ヴァアアアアアア!!!!』

 翔太とフェレットの声に最も早く反応したすずかは、アリサとなのはの手をとって駆け出した。フェレットを抱いていたせいでバランスを崩したなのはの背をこけないように支えながら、翔太もすぐに後を追いかけた。黒い塊が奇怪な唸り声を上げて動き出す数秒前のことだった。
 それから数分。いつしか公園に隣接していた山林に足を踏み入れ、今に至るというわけだ。



 気がつけば随分と森の深いところまで入り込んでしまっていた。まだ日は高いはずなのに周囲は随分と薄暗い。後ろから迫る黒いモノも一向に諦める気配を見せない。

『ヴァァァァァァァァァァァァァ』
「ひっ、アレは一体何なのよ!?」
「知るかっ」
「あんなもの知ってたら逆に怖いわよっ」
「なら聞くんじゃねー!?」
「叫ばないとやってられないのよ!」

 捨て鉢気味に吐き捨てるアリサ。その目尻には僅かに涙が浮かんでいる。怖いのだろう、怖くないわけがない。
 いつも強気なアリサでさえもこの状況にパニックになりかけている。

「……あーもうっ! やるしかねーか」

 頭をがしがしとかきながらさっきまでの躊躇いも逡巡も捨て去って、背負っていた鞄を胸の前に持ってくる。

「ちょっ、何?」
「現状打破の一手。でも使うの初めてだから信頼性なし。お前ら先逃げてろ」

 そう言って鞄の中から紙束のようなものを取り出し、ターンしてその遠心力のまま鞄を投げつけて足を止める。一応の効果はあったのか、若干ヤツのスピードが落ちる。

「何やってんの!?」

 その声に前を行く二人も足を止める。翔太の行動を暴挙と見たアリサが引き戻そうと手を伸ばしてきたが、その手から逃れるようにさっきまでと逆の方に走り出した。

「翔太ぁ!」「翔太くんっ!」「翔太くんっ!?」

 三者三様……などではなく、焦燥、困惑、恐怖のこもった叫び声を上げる。彼女たちが想像したのは、友達があの目の前に迫る黒いモノに弾き飛ばされる光景。
 だが、その光景が訪れることはなかった。
 抱えた紙束の中から数頁引きちぎり、それを顔の前で握りしめて大きく叫んだ。



『召喚”インデックス”、使用霊装:”歩く教会”』



『ゥヴァッ!?』

 突如として俺とヤツの間に現れたのは、銀の髪を揺らした少女。その少女が見に纏う白い修道服が、ヤツの突進を受け止めていた。

「「「えぇっ!!?」」」

 想像した光景と違う事以上に、何が起こったのか理解できない驚きで固まる三人。何処から出てきたのか、何時の間に現れたのか、何故受け止められるのか、そんな言葉にならない疑問が頭の中を渦巻いている。
 ヤツを受け止めているのは”とある魔術の禁書目録”の登場人物であるインデックスだということに気付く。数日前に翔太から是非読んでほしいと渡され、三人ともが寝不足になるほどハマった小説の登場人物だ。なんで架空の存在がこんな場所にいるのか、彼女たちにはわけがわからなかった。
 そこからさらに、

「そ、れが、このせか、いの魔法……ですか?」
「ふぇぇぇえええっ!?」

 突如割り込んだ声に混乱はさらに大きくなる。聞き覚えのない声、というよりもなのはの驚きの声でその場の目がその胸元にいるフェレットに集まった。先ほどの声はやはり聞き間違いではなかったのだ。
 その光景に「フェレットは喋るし翔太はなんか召喚するし、一体何がどうなってるのよ!?」「お、落ち着いてアリサちゃん」「これで落ち着いていられるかぁっ!」とかいうやり取りが聞こえてくるがこの際それは無視する。
 そこには声からわかる通り弱った体を、ふるふると身体を震わせながら首を立ててなんとか起き上がろうとしてるフェレットの姿があった。

「あ、えっと、その、無理はしないで?」
「だい、じょうぶです」

 少しびくびくしながらではあるものの、怪我を気遣って起き上がりやすいように抱き方を変えるなのは。傷が響いて途切れ途切れではあるものの、少し楽になったのか先ほどと比べてしっかりとした声でしゃべり始めた。

「あなたは、この世界の魔導師、なんですか?」

 その問いを向けられた翔太は、少し思案する。どこまで言っていいものだろうか、と。

 雀宮翔太は転生者である。この世界に生まれくるときに、神からとある能力を賜っていた。魂の格と世界のつり合いを持たせるためにどうしても必要な措置だと翔太は聞いている。本人はよくわかってないが。
 ともあれ、その能力は、翔太の前世に置いて存在したライトノベル”とある魔術の禁書目録”の登場人物を召喚したり、その能力を自身や他者に宿らせることが出来ると言うものだ。発動には単純ではあるものの面倒な前提条件が課せられている。
 大きな条件は翔太自身が”手書き”で書かなければならない、それを翔太以外の他者が読んで”小説の世界感の中であれば、この現象・能力はあり得る”と思ってもらう事というものがある。
 使えるようになるためには誰かに読んでもらわなければならないが、翔太が転生したこの世界には”とある魔術の禁書目録”は存在しない。そんな状況だと、じゃあこの小説は誰が書いたのかという問いに対して”俺”と答える以外なかった。だがしかし、読んでくれたすずか達は単純に「こんな面白い小説がかけるなんてすごい!」と讃えてくれたが、実際は他人の著作であることに心苦しい思いを抱えていた。
 そんな罪悪感を思い出し、翔太はこの際だからと話せる事は話すことに決めた。フェレットの質問に答える形で口を開く。

「分類付けするなら”召喚士”が近い、かな。俺が夢で見た”異界の出来事”を小説として手書きで書きだし、それを媒体にして、その世界の人物・能力を召喚できるって能力だ」

 もちろん転生とかその他もろもろ話すわけにはいかないので、事実とは違う感じに歪めて、ではあるが。

(遠い別次元を鏡や夢をゲートとして覗き見る力を持つ人がいるというのは文献で読んだ事があるけど、その世界の人や力を呼び寄せる事が出来るなんて…… ううん、今はそんなことよりもこの場を乗り越える方を優先すべきだ)

 彼の知る魔法体系から大きく逸脱した現象に、探求心に火がつきそうになるが、現在の危機的状況を思い出して頭を振って今この場に置いて不要な思考を追い払う。
 
「では、その世界に、封印が、行える人物は、いますか?」
「封印ね……」

 “とある魔術の禁書目録”の一巻に登場した人たちの能力を思い浮かべる。

「ちょっと、いないな。破壊できそうなのはいるけど」

 超電磁砲レールガンとか魔女狩りの王イノケンティウスとか、攻撃力が高そうなのはいる。最悪、地上から打って衛星軌道までぶちかませる竜王の殺息ドラゴン・ブレスなんて言う超危険物だってあるのだから攻撃力には事欠かない。

「いえ、破壊は、まずいです。それは強力、な力をひめているので、込められたエネル、ギーが暴走して、しまう可能性があります。っ、ぐ、はぁはぁ」
「無理しないで?」

 なのはが心配そうにフェレットの背を撫でる様子を尻目に、翔太は頭を悩ませる。
 破壊がダメとなると、状況は厳しい。現状は”歩く教会”で足止めをしているだけであり、それもそれほど長くは持たない。"歩く教会"は原作上で、挿絵を含んだとしてもベランダに干されていたところから上条当麻に破壊されるまでの23頁しか存在していない。1頁は既に消費され、2頁目も奴の勢いに押されてそろそろ消えてしまいそうだ。1頁当たり1分も具現化できていない。この小説を読んだのがアリサ、すずか、なのはの三人しかいないため、頁に込められた力も随分少ないのだ。

「待って。それなら上条当麻を、幻想殺しイマジンブレイカーを出せばいいじゃない。暴走するエネルギーごと消したら問題ないでしょ?」

 横でギャーギャーわめいていながらも話はちゃんと聞いていたのか、アリサが提案してくる。
 その言葉を聞いて、翔太はアリサの事を「やっぱりこいつはすごい奴」だと改めて実感する。それがどんな荒唐無稽なことでも、真実として吟味し、記憶している情報の中から有効な手段を瞬時に見つけ出すことが出来ている。ただテストの点が良いだけの馬鹿は世の中いくらでもいるが、アリサは本当の意味で頭が良い奴なのだろう。
 確かに幻想殺しイマジンブレイカーならば異能の力によって生まれた物は、どんなものでも消すことができるはずだ。だが――

「ああ、それ無理」
「はぁっ!?」

 “歩く教会”が存在する頁の4頁目が消滅するのを見届けながら、翔太はアリサの意見をあっさりと否定する。

「だって、召喚された存在ってのが異能そのものなんだから、召喚んだ瞬間ピチューンつって消えるのが目に見えてる」
「何よそれ使えないじゃない!?よりにもよって一番登場頻度が高いやつが使えないって意味ないじゃない!」

 いやホントなんでだろうね、と翔太はごちる。
 一応、この能力の使用条件が”小説の世界感の中であれば、この現象・能力はあり得る”と思う事である以上、読んだ人物が多く、その”あり得る”という思いが幻想殺しイマジンブレイカーを超えるほどに高まっていれば少しは持つ可能性もあるが、現状ではアリサ達を含め数人程度しか読んでおらず、現界できるだけの力はそなえられていない。

「じゃあどうするの?封印もだめ、破壊もだめ、消すのもだめじゃ、このままだといずれ押し切られるよ」

 すずかの言葉に現状が全く好転していないことを改めて再認識させられる。

「あー!もうどうしたらいいのよ!っていうかそこの小動物!私達を呼んだ"声"はアンタよね?」
「あ、はい。僕です」
「そもそもどういうつもりで呼んだのよ!?呼ぶだけ呼んで対処はこっちに丸投げするつもりだったの!?たまたま翔太が変な力で防いでるけど、それがなかったら今頃私達やられてるわよ!?」

 アリサの怒りはわからないでもない。今を持って危険な状況に変わりないのだ。
 好奇心で跳び込んだ彼女たちにも非がないともいえないが、こんな状況になることなど想像できるはずもない。
 怒りを含んだ視線に一瞬ひるんだフェレットだが、落ち着いて言葉を紡ぐ。

「……巻き込んでしまって本当に、すいません。僕の"声"が聞こえる、つまりそれはリンカーコアが、あるということで、これを起動、させることが出来る可能性が、あると思ったんです。っぐ」

 「リンカーコア?」と首をかしげる俺たちをよそに、身体を動かすのも辛いだろうに、首にぶら下っていた紐から赤い宝石をはずして差し出してきた。

「何よ、それ」
「祈祷型の、ミッドチルダ、式インテリジェントデバイス、レイジングハート。これを起動させる、ことが出来たなら、なんとかなるはずです」

 耳慣れない単語が出てきたのはさておいて、最後にぼそっと呟いた「出自は不明ですが……」という言葉が非常に気になるが、あえてスルーするしかないアリサ達だった。

「この世界、の魔力素適合不良の所為で、僕は今ほとんど魔、法が使えません。時間が経てば回復する、と思いますが、今だけはどうか、力を貸してください!」

 怪我で喋れば喋るほど体力を消耗していっているはずなのに、力のこもった言葉を少女たちに向けてくるフェレット。
 翔太はあの黒いモノを抑えるために動けないし、アリサとすずかは本当にそれでどうにかできるのか判断に迷っていた。でもその中で一人だけ、強い意志の力をもって赤い宝石を受け取る少女がいた。

「私がやるよ」
「ちょ、なのは!?」
「すずかちゃん、この子をお願い」
「あ、うん」

 なのはの決意のこもった視線にうなずくしかできなかったのか、すずかがフェレットをそっと受け取る。

「起動の仕方を教えて?」
「待ちなさい!そんなよくわからないものをいきなり使うなんて危ないかもしれないじゃない!」

 焦るアリサの言葉に、ゆっくりとそちらへ向き直ったなのはが力のこもった言葉を返していく。

「でもこのままじゃ、あっちのよくわからないものに襲われるかもしれないよ?」
「そ、それは、そう、だけど」
「それにね?」

 すうっと息を吸い込んで、今まで見たこともないような綺麗な、そして決意のこもった笑顔でこう言った。



「私に誰かを助けられる力があるのなら、迷わずそれを手に取りたい」



 時々「自分は何のとりえもない」と口にしていたなのは。そんな時はそろって「そんなことない」と周囲の友達は言うけれど、なのは自身は納得してはいなかった。
 以前になのはの母親である桃子から、なのはが小さい頃に家族に大変な時期があって、その時かまってあげられないことがあったと聞いている。自分自身を何のとりえもない、役に立たないと思いこんでいるのは、その時に家族の役に立たなかったことを気にしてるせいなんじゃないか、というのがアリサの見解だ。
 そんなトラウマを抱えているなのはの目の前に、危機が訪れた。今必死で翔太が抑え込んでいるが、ここまでのやり取りの間に10頁目までを消費して、現在11頁目だ。もうすぐ半分を切る。
 いつまでももつわけじゃないと誰もが状況を理解している。
 ならここでなのはが立ち止まるわけがない。意外に頑固なところがあるのは彼女の友人の共通見解だった。これ以上何を言っても無駄なのだとアリサも悟ったらしく、ため息をついてこう言った。

「はぁ、わかったわ。やってみなさい!」
「うん!」

 満面の笑みで答えて、すずかに抱えられたフェレットに視線を送る。その視線に応えるように小さくうなずく。

「僕に続いて詠唱してください」
「うん」

「我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり」

 その瞬間、なのはの周囲から桜色の光が漏れ始める。

「契約のもと、その力を解き放て」
「契約のもと、その力を解き放て」

 それはやがて、円形の魔法陣を描き出す。

「「星は天に、そして不屈の心はこの胸に」」

 きらりと輝く赤い宝石。

「この手に魔法を。レイジングハート、セぇーーットアーーーーップ!!!」

「なっ!?」「うぉ!?」「わっ!?」「えぇっ!?」

 なのはの詠唱とともに、桜色の円柱が雲を突き抜けて立ち上った。その勢いになのは以外の人はそろって驚愕の表情を浮かべざるを得なかった。

「な、なんていう魔力…」

 魔力がなんなのかわからなくても、とにかくすごいことはフェレットでなくてもわかった。肌で感じられるほどの強いチカラをこの場にいる誰も感じていた。
 翔太の前の黒いナニカも硬直している。

「できた!」

 桜色の光が霧散して、その真ん中に聖祥の制服に似た白と青で構成された服に身を包んだなのはの姿があった。
 手には、ピンク色の杖―先端部分は金色で装飾され、中央には赤い宝石がはめ込まれている―をもっている。



 どこからどう見ても、見紛うことなき"魔法少女"がそこにいた。



[36269] 初戦×連戦=もう二人の魔法少女
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:43
『ヴァアアア!!』
「あ、ちょっ!?待て!」

 翔太の意識がなのはの方を向いている隙に、奴が翔太を迂回するように進路を変えた。より強い力を持つなのはの方へ。

「え?きゃあ!?」

 いくらあの赤い宝石―レイジングハート―を起動させたからと言って、いきなり魔法が使えるようになるわけではないし、怖いものが怖くなくなるわけでもない。
 突然迫ってきた奴に怯えて、なのはは杖を身体の前に出すことしかできていない。だがこの場面でそれは功を奏したようだ。

『protection』
『ヴァ!?』

 円形の壁に阻まれて奴が弾き飛ばされる。

『落ち着いてくださいマイマスター。あなたなら大丈夫です』
「ふえぇ!?」
「今度は宝石が喋った!?」
「もはやなんでもありだな…」

 ちなみにこの間、すずかは「ねえあなたお名前は?」「あ、ユーノ・スクライアといいます」「私は月村すずか。よろしくね」「はい。ご丁寧にどうも」「魔法を使ってるのが高町なのはちゃんで、元気な女の子がアリサ・バニングスちゃん。男の子は雀宮翔太くんっていうの」と呑気に自己紹介なんぞをしていた。ある意味、驚くのも面倒になって現実逃避をしているだけではないだろうか。だってほら、視線はユーノとやらじゃなくて明後日の方向に向いてるし。

「そもそもアイツはなんなのよ!なんでなのはやあんたに襲いかかったの?」

 吹き飛ばされたダメージが抜けないのか、『ヴヴヴヴ…』と唸っている奴に注意を向けたままアリサがユーノに尋ねる。

「あれはジュエルシードの思念体です。襲いかかってきたのは、より強い力を求めて魔力を持っている者に無差別に襲いかかってるんじゃないかと思います」

 なるほど、最初は周囲にテレパシーを発していたユーノを狙い、翔太が禁書目録インデックスを召喚してからは彼を狙い(そのおかげでなのはがレイジングハートを起動させるまで、食い止めることが出来ていた)、そしてなのはが魔法に目覚めてからは彼女を狙うようになったというわけだ。

「ジュエルシードについては今は詳しく説明している暇がないので省きますが、危険な力を秘めた魔力の塊です。輸送中の事故でこの町に降り注いだうちの一つです」
「一つ、ってことは複数あるの?」
「全部で21個。うち一つは回収済みです。それにここに落ちたのはジュエルシードだけじゃない…」
「あんなのがアレ含めて20個あって、さらに別の物もあるってこと!?まずいなんてもんじゃないでしょ!」
「すいません……」
「なんであんたが謝るのよ。輸送中の事故ってのはあんたが引き起こしたの?」
「いえ、そういうわけじゃ……。ただ、ジュエルシードとクロウカード・・・・・・は僕が発掘したものだから、もし僕が発掘してなければこんなことには―」



「ちょっとマテ」



「―はい?」

 翔太は転生前の世界で訊き覚えがあった単語が聞こえた気がしたので思わず突っ込みを入れる。彼の記憶に間違いがなければ、少なくともそれがあるとすれば海鳴市ではなく友枝町のはずである。

「ジュエルシードと、あと何だって?」
クロウカード・・・・・・です」

 なんでやねん!! なんでそれがこの世界に存在すんねん! と、興奮のあまり翔太の頭の中では関西弁の突っ込みを入れていた。

「そんなことより今目の前のことよ!」

 人知れず内心で混乱していた翔太を、アリサが律した。見れば奴も体勢を立て直して、再びなのはの方に跳びかかろうとしているのがわかる。

「サンキュ、アリサ。目が覚めた。……なのは、それとレイジングハート、だっけ? とにかくお前らならアイツを封印できるんだよな」
「そうなのレイジングハート?」
『All right。ですがマスターのイメージ構築に時間がかかると思われます。その間の時間稼ぎをお願いしたいのですが』
「まかせとけ!」

 翔太はヤツとなのはの間に割り込んで、紙束の中から66頁~77頁の束を引きちぎり、胸元に押し当てて叫ぶ。

『能力召喚"御坂美琴"、能力:電撃使いエレクトロマスター!』

 どくん!と翔太の身体に、脳に、能力の使い方が叩き込まれる。

「いくぜっ!」

 額から放出される青白い光を右手にいったん集め、奴に向かって解き放った。

『ヴァアア!?』

 命中して足を止めることに成功する。ビリビリ痺れるように震えているのがわかる。

 御坂美琴を召喚するのに、なぜ超電磁砲レールガンではなく、電撃使いエレクトロマスターという単語を用いたのか。それは、超電磁砲レールガンとして召喚すると、そちらの印象が優先される所為で、電撃を他の事に使いにくくなってしまうからだ。
 例えば、電撃使いエレクトロマスターとして召喚した場合にも超電磁砲レールガンを撃つことはできるが、その場合の威力を仮に"50"とする。砂鉄剣や電撃照射の威力も"30"くらいになると設定しよう。
 これが超電磁砲レールガンとして召喚した場合、超電磁砲レールガンの威力は"100"となるが、逆に電撃照射の威力は召喚した能力名の印象・・・・・・からずれる所為で、"10"となってしまうのだ。
 今回みたいに、ジュエルシードを破壊してしまう危険性のある超電磁砲レールガンは使う気がない場合には、超電磁砲レールガンではなく電撃使いエレクトロマスターとして召喚した方が都合がいいということだ。使い様によっていはいくらでも汎用性のある能力である。

 実際には大したダメージではなかったようで、すぐに起き上がって再び跳びかかろうとしてきた奴に向かって、翔太は磁力で構成した砂鉄剣を叩きつけて怯ませる。ついでに剣の形をといて、砂鉄状態で奴の周囲を囲むように操作して逃げ道をふさぐ。
 後ろのなのはの力が、何か形を成してきたのを肌で感じて振り返る。

「いけるか?」
「任せて!」

 そう言って杖を突き出すなのは。

『sealing mode set up。stand by ready』
「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル21、封印!!」

 杖の先端に円形の魔法陣が描きだされ、その中心から飛び出した桜色の光線が奴を包み込む。

『ヴァアアアアァァァァ………』

 黒いもやもやが晴れて、菱形の青い宝石が浮かび上がってきた。

『sealing。receipt number XXI』

 そしてそれはレイジングハートの赤い宝石の中に吸い込まれていった。



「………えーと、解決ってこと?」

 数秒の沈黙を破ってアリサが確認するように周囲を見回す。
 森の中だからというわけでなく、日が落ちた所為で暗さを増している。まだ消えてない電撃使いエレクトロマスターの能力で手のひらに雷球を発生させて周囲を照らす明かりの代わりにする。

「はい、この近くにはもうジュエルシードはありません」
『barrier jacket off』
「あ、服が戻った」

 実際見た目の上で大した変化はないが、なのはの格好が制服姿に戻り、胸元にレイジングハートが収まっている。

「とにかくこの森から出ましょう。はぁ、塾は完璧遅刻だわ…」
「にゃ、にゃはは」
「はーい、後悔は後回し。急がねーと俺の能力が切れて真っ暗になるぞー。あと塾はもうサボろうぜ?」
「急ごう」

 結構奥まったところまで逃げてしまっていたようで、公園までたどり着くまでにそれなりの時間を要した。






 その後は黙々と歩いて林を抜け、背後に街灯が立っている公園の狭いベンチに、端から、なのは、すずか(膝の上にユーノ)、アリサ、翔太の順でピッチリ詰める形で座り込んだ。
 ちなみに電気は林を抜けた時点で時間切れになっていた。

「はあ゛ぁぁぁ~~~。ホント疲れたわ」
「レディがおっさんみたいなため息吐くな」
「…うっさい」

 アリサが顔を赤くしてそっぽをむく向こう側で、ユーノが説明を始めていた。



 この世界には、次元世界というものが存在していて、ユーノはこことは違う次元から訪れたのだという。ロストロギアという、発達しすぎて滅亡した世界の遺産を発掘することを生業としているスクライア一族の一員らしい。
 その発掘作業の中で、先日ユーノが見つけたのがジュエルシードとクロウカードなのだそうだ。どちらも過去の文献で大きな力を秘めているらしい記述があったため、スクライア一族で管理するのは危険と判断し、次元世界の治安維持組織、時空管理局に預けることになった。
 しかし、その道中で原因不明の事故にあい、クロウカードを封印できる鍵だけは何とか回収したが、他は間に合わず、ジュエルシードとクロウカードがこの海鳴市に降りそそいだのだと言う。
 発掘のときの総責任者であったユーノはそれに責任を感じ、今回単独で回収に臨んだらしいが、この世界の魔力素に適合不良を起こしてジュエルシードの一つ目を回収した時点でほぼ力尽きてしまったらしい。

「お前が責任を感じることはないんじゃないか?というか、管理を諦めるくらい危険なものならさっさとその、時空管理局?とやらに回収を依頼すればいいのに」
「それはそうなんですが、組織というのはなかなか腰が重いというのがあって、こんな偏狭な惑星に実動部隊が到着するのには時間がかかるとのことで、いても経ってもいられず…」
「急ぎユーノだけで回収しようとしたってことね。それにしてもどこもかしこもお役所仕事はこれだから…」
「あ、あはは」

 こめかみに指をつけて首をふるアリサにすずかは苦笑いをするしかない。
 それにしてもさっき気になることを言ってたな。

「さっきさ、クロウカードに関して"封印できる鍵だけは何とか回収"したって言ってたけど、逆に言えばもしかしてクロウカードって、それ使わなきゃ封印できねーの?」
「はい、そうなんです。クロウカードには太陽と月の属性があるのですが、太陽属性のカードはこの太陽の鍵、月属性のカードは月の鍵でしか封印が出来ないんです。少なくとも文献ではそう記されていました」

 そう言って、金色と銀色の鍵を差し出す。
 翔太は"カードキャプターさくら"の内容をある程度記憶しているが、そんな設定は聞いた覚えがなかった。この世界において、クロウカードは翔太が知っているものとは少々違う来歴を持つ存在なのかもしれない。そもそもクロウカードはさくらの世界ではイギリス人と中国人のハーフが作ったと言う設定のはずである。完全に地球生まれのはずであるが、ユーノの話を聞く限り、遠い次元の古い時代の文献にもその存在が記されているところをみると、かなり違いがあるようだ。

「ただ……」
「ただ?」
「……なんか嫌な予感がするんだけど気のせいかしら」

 小首を傾げるすずか、そして眉根を寄せて苦い表情を作るアリサ。



「僕にはこの鍵を起動させることができなくて」



「………………はっ!?ダメじゃん!?」

 あまりのことに反応が遅れたアリサ達だった。

「ちょっと、それじゃクロウカードってのがさっきのジュエルシードみたいに襲ってきたら対処が出来ないってことじゃない!」
「そうだね…… ところでアリサちゃん」
「何よ! 今たてこんでるのよ!」

 そういえば先ほどから言葉を発していなかったなのはが、とある一点―ベンチに座るみんなの影―を見つめたまま、とても乾いた声でこう言った。



「さっきからアリサちゃんの影だけ微動だにしてないんだけど…」



 アリサはこのベンチに座ってから、翔太の言葉にそっぽを向いたり、ユーノの話に派手にリアクションをとっていた。そのはずなのに、一切影が動いてなかったというのだ。
 なのはの言葉に恐る恐る―首からギ、ギとかいう音を出しながら―アリサの影に視線を向けるみんな。

「………」
「………」
「………」
「………」
「………」

――………………………―

「………」
「………」
「………」
「………」
「……?」

――ブワッ!!!――

「「「きゃああああああああ!!!!」」」「「うわああああああ!!!!」」

 突如として影が膨れ上がり、彼女たちは一斉にベンチから飛びのいた。

「何よあれ何よアレジュエルシードなのジュエルシードなの!?」
「おおおおおおお落ち着いてアリサちゃん!?」
「おお前も落ちつけよすずか!?」
「私なのはだよ!?」
「皆さん落ち着いてぇ!」

その間にもゆっくりひたひたと近づいてくる影。

「アレはクロウカードです!」
「あ、そうなの?…って、封印できない奴じゃないの!どうすんのよ!」
「と、とりあえずなのははバリアジャケットとやらのセットアップを!」
「りょ、りょうかい!レイジングハート!」
『All right my master』

 なのはを包む光が解けて衣裳が変わった時には、翔太はなのはの隣にならんで原稿用紙の束を持ってアリサとすずかを庇うように前に出ていた。
 影は翔太達の様子を見下ろすように、優雅に佇んだままだ。

「野郎…… 余裕かましやがって。封印できない以上、おどかすぐらいしかできねえけど!」

 翔太はヤケクソ気味に数頁引きちぎって唱えた。

『能力召喚"Fortis931"!!』

 瞬間、翔太は炎の魔術がこの身に宿るのを感じた。
 本来とある魔術の禁書目録上ではステイルの魔術は、周囲に張り巡らされたルーンがあるからこそ発現できる、という設定がある。だから能力だけを呼び出したところで結局使えないのではないか、と思うかもしれないが、それは違う。

「半端にやるつもりはねえぞ!炎よKenaz――」

 右手を大きく振りかぶる。その手には超高熱の炎の塊が生まれている。
 召喚に使った頁が"その魔術が行使できる状況"であれば、問題なく使うことができるのだ。

「――巨人に苦痛の贈り物をPurisazNaupizGabo!」

 それを影に向かって思いっきり投げつける。

―ドオオオォン!!!―

 爆発音が響き、あまりの熱量に公園の砂がガラス状に変化をしていた。
 だが、影は変わらずそこにある。

「くそ、やっぱり影には通じないか!」

 本体には攻撃が通じないのはCCさくら原作と同じ。

「きゃあ!?」
「なのは!?」

 街灯に照らされてできたベンチから伸びた影に足を取られて、なのはがぶんぶん振り回されていた。
 そういえばシャドウには周囲の影を操る力があったんだったか、と翔太はひとりごちる。だがそれと同時に対策も思い出す。本体以外の影ならば、炎の光で照らすことで消すことが出来る。

「これでも喰らえ!」

 なのはを捉えている影の付け根の部分に炎弾を投げ込む。その炎に照らされてなのはを捉えていた影がすーっと消えていった。

「わわ!?」
「おっと」

 ナイスキャッチ。
 でも本体の影に対しては干渉が出来ないので決定力がないのは変わらなかったりする。
 そんな風に翔太となのはが奮闘している横で、アリサ達は現状の対処の仕方を模索していた。



「あれをレイジングハートで封印することはできないの?」
「術の系統が全然違うから無理なんだ。封印はこの鍵でないと」
「でもユーノは起動が出来なかったんでしょ?」
「そうなんだけど……君たちにも僕の"声"は聞こえてたんだよね?」
「そうよ。それがどうしたの?」
「それは魔法の才能があるってことなので、もしかしたらこの鍵を起動することが出来るかもしれない」

 翔太は、その話をシャドウに意識を向けつつ耳をダンボにして聞いていた。これはもしかしてもしかするのか? と。

「………やるだけやってみましょう」

 そう言ってアリサは太陽の鍵を受け取る。

「私も」

 すずかも月の鍵を手にする。

「胸の奥にあるリンカーコア、魔力の源を強く意識して。そしてそこにある魔力を鍵に流し込むイメージを」
「「………」」

 二人は鍵を両手で包みこみ、目を閉じた。
 数秒、何もおこらず、これはダメかと思った瞬間、目の前のシャドウが何か、驚いたようなリアクションをした。
 それと同時に、アリサの手から金色の、すずかの手からは銀色の光が漏れだした。



『こにゃにゃちわ~~~~!!!!』
『………はぁ』



「………」
「………」
「………」
「………」
「………」

―………―

 突然、金色に光り輝く太陽の鍵が元気よく喋り出し、その場の全員が―シャドウも含めて―ポカーンと口を開く。同時に目覚めたらしい月の鍵の声の主も「呆れてものも言えない」といった感じだ。

『いや~、あんさんようわいを目覚めさしてくれたわ~。何気に数百年ぶりとちゃうか?』
「か、関西弁?す、すずかのほうは?」
『安心してください。私の翻訳機能は正常ですよ』
「そ、そうなんですか」

 突然ハイテンションに喋り出した太陽の鍵に困惑するアリサ。すずかの方は比較的まともなようだ。

『なんやスッピー、別にわいの翻訳機能が壊れたんやないで?わいら実体を持たん管制人格やさかい、普通にしゃべっとるだけやったらキャラが薄くなるやろ?だから言葉で個性を発揮せんと埋もれてくで?』
『私を巻き込まないでください。それとスッピーと呼ばないでください。私はスピネルです』

 とりあえずCCさくらの世界観の設定とは違う事を確信した翔太だった。彼らは杖に宿る管制人格などではないし、そもそも杖は二本もない。クロウカードの事も、翔太の知っている物とは別のよく似た何かなのだろうと思うことにした。

「あ、えっと、そのあれを封印するのに力を貸してほしいですけど…」

 すずかがシャドウを指差しながら、おずおずと月の鍵に向かって伺ってみる。

『なるほど。この地にクロウカードが解き放たれたというわけですね』
『ありゃシャドウのカードやないか。しょっぱなから変なヤツ引き当てとるな~』

 声だけのはずだが、ふんふんと頷く気配が伝わってくる。確かにキャラはたっている。

「で、協力してくれるの?くれないの?」
『まあ私はかまいませんが、あなた方は理解しているのですか?』
「何をよ」
『クロウカードの封印は、私とその術者にしかできません。そして私と契約すると言うことは、クロウカードの回収はあなたたち以外にはできなくなる、他の者には任せることが出来なくなるということです』
「あのカードを封印するだけして、解約、とかはできないんですか?」
『そりゃ無理や。解約したとたん封印が解けてまた散らばるだけや』

 ユーノの問いに太陽の鍵が答える。翔太の頭に「魔法少女のマスコットキャラクター世紀の競演」とか益体のない事が思いうかんだが、早々に振り払う。

「ふん、初めからそのつもりよ! クロウカードだろうがジュエルシードだろうが、全部私たちで集めてやるわよ! ね、すずか?」
「もちろん」
「え! で、でもジュエルシードの関しては僕の魔力素適合が治ったらお手伝いいただかなくても――」
「手伝うよ!」

 シャドウと相対しながら―というかまた影に足を取られてぶんぶん振り回されながら―強い決意のこもった言葉を放つ。

「そりゃっ!」

 とりあえずそのままじゃ格好がつかないので、なのはを捉えていたいた影を炎で消して助け出す翔太。なのははレイジングハートの補助でしっかりと着地した。

「危険なものがこの町にあるって知ってて、そしてそれに対処する力があるのにそれを見逃すことなんて、私にはできないよ」

 なのはの強い決意のこもった笑顔に見つめられ、ユーノは何も言えなくなっていた。

「私も同じ気持ちだよ」
「もちろん私もね。いいわ、契約とやらをやってやろうじゃないの!」
『よっしゃ、ようゆうた!そんじゃ契約を始めよか!あんさんら、名前は?』
「アリサ・バニングスよ」
「月村すずかです」

『よし、なら始めよか。―我、陽の選定者、ケルベロス』

『陰の選定者、スピネル・ムーン』

『我と契約を望む少女、名をアリサ』

『名をすずか』



『『我らを手に取り、力を手にせよ 封印解除レリーズ』』



 アリサ、すずかの目の前で鍵がほんの少しだけ形を変える。色は違うものの、なのはがレイジングハートを起動させた時と同じように、周囲に魔力の光があふれる。アリサからは金色の、すずかからは銀色の光が。

 そして躊躇することなく、それを掴むふたり。その瞬間、光が包み込んだ。



 光が晴れたその真ん中に、それぞれの杖を手に、服が変わっている二人の姿があった。

 アリサは足首までのブーツと、布製のひざ当て、太ももの中ほどまでのスパッツとそれを覆うミニスカート。ピンク色に赤いラインの入ったインナーはノースリーブだが、それに肩が膨らんだ半袖の赤いジャケットを羽織っている。手は指貫きグローブをして、手首から腕の中ほどまでは金属のアーマーに覆われていた。髪止めはいつものゴムではなくリボンに変わっている。
 全体的に赤色が基調となりかっこいい印象だが、背中、というより腰の部分についている大きなリボンがアクセントになって、かわいらしさも感じられる。
 手に握っている杖は、先端部分に太陽を模した金色の大きな飾りが付いている赤い杖だ。

 すずかは足首までのブーツ(アリサと違って紐靴タイプ)と、少しフリルのついたミニスカート。白いインナーは手首までの長袖で、それを覆うようにコートのような紺色のジャケットを羽織って、手には指貫きグローブをしている。髪の方はヘアバンドが金属製になっていて、さらに体育のときのようなポニーテールで、それをリボンで結んでいる。
 全体的に清楚で可愛い印象だが、ミニスカートなせいか普段より活動的な印象も感じる。
 手に握っている杖は、先端部分に満月を模した銀色の大きな飾りが付いている青い杖だ。

『さて、契約したのは良いですが…』
「どうしたんですか?」
『今回私達にできることは何もありませんね』
「どういうことですか?」
シャドウは太陽の属性のカード。封印できるのは太陽の杖だけです』
「そうなんですか…」

 役に立てないと聞いてしゅん、と落ち込むすずか。

『心配をする必要なありませんよマスター。月の属性のカードの場合は逆にあちらの方が役立たずになると言うだけのことです。お気になさらず』

「ちょっと聞こえてるわよアンタ」
『まあまあアリサ。スッピーは敬語なくせして言ってる事は辛辣やったりするけど根は良いやつやさかい、大目に見たってぇな』

 なんか早くも打ち解けてるっぽい二人であった。

「てゆーか、早くこいつを封印してくれ!なのはが(ある意味)ひどい事になってんだよ!」

 実はアリサ達が契約をしている横で、さっきからなのはは影に足を掴まれて振り回される→翔太が助ける→着地→再び掴まれて振り回される、を延々と繰り返していた。シャドウは暴れるというよりも遊んでいるだけらしい。

『レイジングハートと契約する時に漏れ出たその少女の魔力に興味を持って、遊びに来ただけでしょう。シャドウは偏屈なカードですが、悪い子ではありません。おそらく危害を加えるつもりはそもそもないでしょう』

 眠っている私にも感じ取れるくらいの超魔力でしたから、と漏らすスピネル。

「いやもう三半規管がぐるぐるだと思うけど!?」
「ふにゃぁ~~」

 目もぐるぐるだ。

「それで、ケルベロスって言ったけ? ……長いからケロちゃんって呼ぶわ。封印ってどうやるの?」

 あっさりと呼び名を変えるアリサ。実はアリサ、翔太と友達になった時も「すずめのみや……長い名字ね。面倒だから翔太でいいわね」と速攻名前呼びになったというエピソードがあったりする。本人もバニングスと呼ばれるよりもアリサと呼ばれるのを好む。

『け、ケロちゃん!?わいにはケルベロスって立派な名前が』
「封印ってどうやるの?ケロちゃん・・・・・
『封印のやりかたをお教えしますアリサ様』

 睨みに怯えて屈服したケロちゃん。御愁傷様である。
 どうやらもうすぐ封印ができる事を察した翔太はシャドウが逃げないように、原作と同じく周囲を火で囲んでシャドウが潜れるような影を消す。

『…って唱えたら封印できるんや』
「なんだ、結構簡単なのね。それじゃいくわよ」

 翔太が下準備をやっている間に準備が整ったのか、アリサがシャドウに近づいて行く。シャドウの方も逃げる気はないのか、なのは(断じてなのはではない)遊んだことに満足したのか、特に抵抗は見せなかった。

「汝のあるべき姿に戻れ!クロウカード!」

 ゴウ、とアリサの杖から金色の魔力が迸り、シャドウを包んでいく。それはやがて輝きを失い、一枚のカードとなってアリサの手に収まった。
 カード片手に満面の笑みで皆に向かってピースをするアリサ。

「クロウカードシャドウ、封印完了!」

 カードキャプターアリサ、始まります。




































「ところで」
「ん?」
「辺り一帯すごい事になってるんだけど、どうしよう」

 主に翔太が放った炎の影響で、ガラス状になっていたり焼け焦げていたりと、ここだけ局地的に空襲でも起きたのかという物凄い光景だった。

「………………………よし逃げよう」
「同感」
「さ、なのはちゃん、ユーノくん」
「え、あ、うん」
「は、はい」

 誰かが気付く前に一目散にその場を逃げ出した。



 翌日、その公園の惨状が地方紙のトップを飾ったのは言うまでもない。



[36269] 太陽×月×星=翔太とユーノは蚊帳の外
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:43
 雀宮翔太は悩んでいた。
 昨日の一騒動から明けて翌日。現在は小学校の教室で4時間目の授業中だった。それもあと数分で終わり、昼休みに突入する。昨日の事を詳しく話し合おうと皆で決めた昼休みだった。朝はアリサが遅刻しかけたので話す時間がなかった。
 ジュエルシードの事、クロウカードの事をユーノから聞き出す、というのがメインではあるが、昨日の別れ際、アリサの視線は翔太にも注がれていた。人やら能力やらを召喚するなんていう非常識をクラスメイトが成したのだ。気にならない方がどうかしている。
 ある程度話すにしても、さて、どこまで話したものだろうか、とため息をつく。
 ちなみに、翔太の心ここにあらずの態度に担任の先生は涙目だったりする。

 雀宮家七兄妹の次男で末っ子。私立聖祥大付属初等科に通う三年生。成績は優秀で運動神経も抜群、と近所で評判の神童、というのが周囲の人たちの評価である。本人や家族は「十で神童、十五で天才。二十過ぎればただの人」と言って憚らない。仮に大人として翔太の事を見ると実はそれほど大したことなかったりするのだから当然だ。
 ともあれ、今ではそんな有名な彼だが、三歳になるまで近所の人たちは存在すら知らなかった。それまで翔太の事を一切敷地外に出した事がなかったからである。
 虐待ではない。むしろ逆だ。翔太を守るためにそれは仕方のない事だった。

 雀宮翔太は、この世に生を受けた段階では、魂を宿していなかったのだ。

 自発的な動作は一切なく、言葉も発しない。瞳は何も映さず、どんな音にも反応しない無色透明の空の子であった。普通の家庭であれば悲観に暮れるしかないところだが、生憎か幸いか雀宮家は少々普通の家系とは異なっていた。

 海鳴の地に古くから存在する雀宮。四方を白い壁に囲まれた純日本家屋のお屋敷が雀宮家の家だ。敷地内には生活のベースとなる母屋を中心に、庭園、道場、離れなどがある。中でも目を引くのが鳥居とお社である。
 要するに雀宮家は神を祀っているのだ。ただ、雀宮の屋敷は神社ではない。外から参拝されることはなく、血族のみで管理を行っている。周囲に隠しているわけではないが、本坪や賽銭もないので参拝らしいことはできない。
 そんな特殊な家系には当然と言うべきか、特殊な力を持つ者がいる。雀宮家の兄妹の中で、最も神と感応が高い五女が、雀宮家の祀る神である朱雀に頼んで召喚した魂、それが今の翔太に宿っている魂だった。故に家族は翔太が転生した者である事を知っている。といっても家族はそんな事を気にすることなく、雀宮家の末っ子として育てられた。そう、末っ子として。転生前の世界では普通に大人だったのに、三つ上の姉に着せ替え人形にされてしまうくらい家庭内のカーストの最底辺である末っ子として……

 ふいに浮かんだトラウマを首を振って振り払い、とりあえず転生の事や家族の事は話す必要はないと割り切ったところで授業終了のチャイムが鳴り響いた。



「さて皆の衆、賢人会議の時間だ」
「なのは、その卵焼きおいしそうね。一つ頂戴」
「うんいいよ。代わりにそのから揚げ頂戴」
「なのはちゃん、私のミニハンバーグとも交換して?」
「うん!」
「放置プレイ!?」

 いつも通りと言えばいつも通りな、みんな楽しみお昼ご飯の時間である。
 翔太のボケも華麗にスルーの女子陣である。

「それで朝は時間がないから話せなかったし、現状確認と情報交換をしましょうか」
「そうだね」
「うん」
「朝話せなかったのはアリサが寝坊したからだろ」

 なんで俺は無視してアリサの号令には従うんだー!と吼える翔太。あんなネタふりじゃ普通乗りたくない。

「う、うるさいわね!眠かったんだから仕方ないでしょ!」
『わいが何度起こしても起きんかったからなぁ~。ほんま寝起きの悪い娘やで』
「て、わあああああ!!?」

 咄嗟に胸元の鍵を両手で隠して周囲に聞こえなかったかきょろきょろ見回すアリサ。

「ちょっと! 急に喋るんじゃないわよ! 誰かに聞かれたらどうするのよ!」
『す、すまん』
「アリサも声でかいぞー」
「はっ!?」

 アリサたちの座っている屋上の一角に、ちょっぴり好奇の視線が集まっていた。

「ば、ばれてはいないわね」
「大丈夫だよ。いつものアリサちゃんと変わらないよ?」
「そうね…ってそれどういう意味よなのは!」
「にゃ~!?」
『………話が進まみませんね』
「でもにぎやかで楽しいでしょ? スピネル」
『……否定はしません』

 変なのが増えてもなんだかんだでいつもと変わらないアリサたちだった。



「さて、じゃれあってても時間が過ぎるだけだし、さっさと話を進めようぜ」
「そうね」

 仕切り直す翔太に、なのはいじりをすぱっと止めて同意するアリサ。
 その横でなのはが涙目になってほっぺたをさすってるのは見ない方向で。

「まず一番最初の大前提の確認よ。私たちはこの町に落ちたジュエルシードと、クロウカードの回収をする。みんないいわね?」
「おう」「うん!」「うん」『はい』『せやな』『そうですね』

 ちなみにユーノはレイジングハートを介して念話での参加だった。周りに聞こえないように音声は少々控えめになってる。
 現在ユーノは高町家にいる。昨日のごたごたの際に最終的にユーノを抱えていたなのはが、なし崩し的に連れ帰って今に至る。
 塾をサボった事や怪我してるフェレットを連れ帰った事で、高町家ではひと悶着あったらしい。まあ高町家に限らずひと悶着はあったが。塾に来るべき子供が来なければ保護者に連絡位は入れる。
 まあなんとか丸く収まって、めでたくユーノは高町家の飼いフェレットとして認められたとのことだ。

「次に、それぞれのできることとできないことの確認よ。クロウカードの封印は私とすずかしかできない。これは間違いない?」
『そうやな。すごい魔力で無理やり押さえつけることはできるやろうけど、ちゃんとカードの形に封印しよおもたら基本的にはアリサとすずかにしかできん』
『それと昨日も言いましたが、太陽属性のカードは太陽の杖、月属性のカードは月の杖でしか封印できません。例外もありますが、基本的にはそう認識しておいて間違いないです』

スピネルの補足に全員が頷く。

『あ、でも一度封印したカードならどっちの杖でも使えるで?』
『使う?どういうことですか?』

 ユーノが不思議そうに尋ねる。アリサ達も言葉にしないまでも同じことを疑問に思ってる表情だ。
 ユーノはそもそも"危険物の回収"のつもりで地球に来たので、クロウカードを"使う"という発想がそもそもない。しかし、翔太にはカードキャプターさくらのイメージがあったため、アリサがクロウカードを封印した時「手札が増えた」と考えていた。
 予備知識のない者からしてみれば、そもそも使えるものだって考え自体が浮かんでこない。

『そんなら試しにここで……は使えませんです、はい』
「……わかればよし」

 ここは春の陽気が降りそそぐ屋上という、お昼の時間には生徒たちがこぞって場所取りをする絶好のスポット。
 要するにそんな人が大勢いるところで魔法なんぞ使えるか! と一睨みでケロちゃんを黙らせるアリサ。

『世知辛い世の中や……』

 魔法文明がない世界じゃほんま肩身が狭いでーと小声で漏らす。鍵がひとりでに喋り出しても大丈夫な世界ってのが次元世界にはあるのだろうか? と考える翔太。しかしよく考えて見れば雀宮家で鍵が喋り出しても多分誰も驚かない気がする事に気付き、内心で納得する。

『ジュエルシードは手に入れても使えない代物らしいですが、クロウカードは一度封印すれば言うことを聞きます』
「そうなんだ」
「ならシャドウはどんなことができるのよ」
「周りの影を自由に操れて、物理的に触れられるようにできる。でも光で消える。そんな感じだろ?」

 昨日のシャドウとの交戦を思い出しながら思いつくことを口に出す翔太。こちらからは触れられなかったが、シャドウからはなのはに触れることが出来ていたし、炎で照らしたら消えていた。

『せやな。基本的にはそんな感じや』
『歴代のマスターの中には影に潜ることが出来る方もいましたね。此度のマスターにもその域に達してほしいものです』
「はい、頑張ります」
「とーぜんよ!」

 ともすれば厭味にも聞こえる言葉にも、明るく答えるすずかとアリサ。表情は見えないが、どこか毒気を抜かれたような雰囲気をスピネルから感じた。過去の主と自分を比べて卑下するようなメンタルをアリサもすずかも持っていないようだ。特にアリサなんかは自分に絶対の自信がある。むしろまったく新しい使い方を編み出そうと内心で燃えていたりもする。

「クロウカードについてはこんなところかしら。みんなも把握したわよね」

 特に異論はないのでみんなでうなずく。

「それじゃ次はジュエルシードだね。私は昨日家に帰ってから直接聞いたんだけど…。ユーノくん、私が説明しようか?」

 なのはが気遣わしげにユーノに尋ねる。ユーノの傷はまだ癒えておらず、長時間話すのはまだ辛いのではないかという気遣いだった。

『大丈夫だよなのは。午前中に病院に連れて行ってもらってだいぶ楽になったから』

 異世界のフェレットに対して地球の動物治療が通じるんだろうか?と関係ない事が頭に浮かぶ翔太。本人が楽になったと言うならそれでいいんだろうけど。

『それじゃジュエルシードについてだけど、基本的には昨日話した通り過去に滅んだ世界の遺産で、とても大きな力を秘めている危険なものっていう認識を持ってほしいんだ』
「確かに昨日のアレはヤバかったものね」

 そう言ってみんなに視線を向けるアリサ。
 よくわからないものに追われての逃避行。あの時はなんとかやり過ごしたけど、今思うとよくあの場で冷静に行動出来たと思う。足がすくんで動けない可能性もあったのに。
 あれが恐ろしいものだって認識は全員が共有していた。

『いえ、アレはまだましな方だと思います』
「「「えぇっ!?」」」

 事前に聞いていたなのはを除いた三人が、ユーノに向かって(正確にはレイジングハートを首から下げたなのはへ)驚きの声を上げる。

『ジュエルシードは別名"願いの叶う宝石"と言って、誰かの"願い"によって発動します。その"願い"が強ければ強いほど、ハッキリしたものであればあるほどジュエルシードは大きなエネルギーを発します。昨日のアレはおそらく、微生物か何かの原始的な成長の欲求を読み取ったというレベルだと思います』
「あ、あれが微生物レベルなの?へ、へー」
「声が震えてるぞアリサ」

 それを言う翔太も顔が引きつっている。あの程度ならまだ何とでもなるが、あれが微生物とか言われると「俺は微生物に大切な頁を消費したのか……」とちょっと凹んだ翔太だった。

「じゃあ、もし人間が強い想いをこめて願ったりなんかしたら……」
『その願いにもよりますが、ろくなことにはならないと思います』
『まかり間違って世界の破滅なんか願ったらえらい事になるな~』
「気楽な声で最悪な事言ってんじゃないわよっ!?」
『っひぃ!?』












―――しばらくおまちください―――












「はぁはぁはぁ…!」
「お、落ち着いてアリサちゃん」
「アリサ、どうどう」
「馬じゃないわよ!」

 ………世界より先にケロちゃんがえらい事になりました。具体的に言うと、トイレに流されそうになってた。翔太はミルモでポンのとある妖精忍者のことが思いうかんだ。
 さすがに女子トイレには入れないからどうしたものかと思ったが、ぎりぎりですずかとなのはが止めにはいったらしい。

『え、えらい目におうた』
『自業自得だ』

 気を取り直して再開。

『と、とりあえずジュエルシードの危険性は理解してもらったと思っていいかな』
『それはもうこの上なく。めっさ怖かったで……』
「いやそれジュエルシード関係ないから」

 ケロちゃんが気をつけるべきは己の失言とアリサだった。

「ジュエルシードの方は、なのはちゃん以外にも封印できるのかな?」

 仕切り直しの意味も込めて、すずかがユーノに質問する。
 そもそも昨日ユーノは魔法の才がある人間にだけ届く念話で助けを求めていた。つまりは魔法の才がある人なら誰でも封印が出来る可能性があると言うことだ。レイジングハートの所有者にしかできないというわけでもない。

『魔力が回復すれば僕にもできますし、術式を覚えていただければ皆さんにもできると思いますが、現状ではなのはが適任だと思います』
「そうなの?」

 当のなのは自身がきょとんとして首をかしげてる。

「なんとなく予想はつくけど、理由は?」
『ちゃんと計測したわけではないので確かなことは言えませんが、なのはの魔力は次元世界に生きる僕から見ても破格の物でした。魔法の才、という意味では飛び抜けて高いと言えます』
「確かになのはちゃんがレイジングハートを起動したときの魔力はすごかったよね」
「辺り一帯全部桜色だったものね」
「雲突き抜けてたもんな」

 すずかが思い出すように言った言葉に、翔太とアリサがうんうんと相槌を打つ。
 なのはは「え、えへへ~」とちょっと照れてから、話題を逸らすように口を開いた。

「で、でもでもアリサちゃん達もすごかったよ!金色と銀色の光がふわわわ~~って」

 多分こっちもケロちゃん達と契約を交わす時のことを言ってるんだろうけど、両手を使ってその"ふわわわ~~"を表現するなのははとっても愛らしかった。

『確かに金や銀は珍しい魔力光だし、魔力も十分すごい部類だと思うけど、何より二人にはクロウカードの方を優先してもらわないといけないから』
「そりゃそうだ。ジュエルシード相手に消耗して、肝心のクロウカードの時に封印できませんでしたってなったら困るしな」
「そんなやわじゃないつもりだけど、とりあえずは役割分担ってことでジュエルシードのメイン担当はなのはってことにしておきましょう。魔法の事はよくわからないし、ユーノの考えに従うわ」

 でも一応封印術式ってのは教えてね。と言葉を付け加えて、なのはのみに負担を強いるつもりはない事を言外に宣言するアリサ。

「それは俺も同感だな。というかジュエルシードの封印の仕方を教えてもらわないと、俺って完全にサポート要員になっちまうからな。俺だって男の子だもん。かっこよく「ジェルシード封印!」とかやってみたい」
「いや、あんたは槍玉に挙がって相手をひきつける囮要因でいてくれればいいから」
「心が折れること言うな!」
『兄ちゃんも苦労しとるんやな…』
「同情しないで!?アリサに虐げられている者同盟とか組まないからね!?」
「組めばいいじゃない。お望み通り虐げてあげるから」
「『すいません勘弁してください』」

 心が一つになった瞬間だった。

「さっき私たちの魔力光が珍しいって言ってたけど、色によってなにか特性とかあるのかな」

 そんな翔太とケロちゃんのことはさらりと無視して、自分が気になったことを質問してるすずかさん。翔太と目があうとにっこり微笑み返してくる辺りわざとぞんざいに扱っている気がする。

『特にはない…と思います。この国の血液型性格判断程度の信憑性で、向き不向きの魔法があるとは言われていますけど』
「ここにきて短いはずなのに、よくそんな日本限定のニッチな情報に触れる機会があったわね」
『ジュエルシード探索の時に、現地情報を調べるために読んだ本の中にあったので…』

ちなみに後日、購入せず読書魔法を使って無断で読んでいたことを、読書家のすずかから叱られていた。読む本には相応の敬意を払うのがすずかの流儀らしい。

『私たちの場合はその魔力光の色こそが重要なのですが』
『せやな。太陽の鍵わいを起こせるのは金色の魔力光やないとあかんし、月の鍵スッピーを起こすには銀色やないとあかんかったんやで?』
「そうだったの?」
『魔法文明の中でも数千人に1人レベルのレアカラーだから、君達が数百年目覚めなかったのもわかるような気がする……』

 そもそもユーノに発掘されるまで神殿の奥深くに安置されてたらしいから、魔力光以前の問題のような気もする。

「そう言えば翔太くんの魔力光ってなに色なの?」
「ん?あーー……、わかんね。自分に普通とは違う力があるのは知ってたけど、魔力とかリンカーコアとかそういうの意識したこと今までなかったから。第一実際に使ったのって昨日が初めてだし」
「召喚する時も特定の色で光ってたってことはなかったわね。ところで、あんたの力って具体的にはどう言うものなの?」

 クロウカードとジュエルシードに関する確認は一応終わり、残すところは翔太の能力の確認だけとなった。
 昨日の事件の最中に言った部分も含め、詳しく説明し直すことにした。

「まず始めにこの小説が全てのベースになる」

 どこから取り出したのか、小説を片手に立ち上がる。

「発動条件その1。俺がこの小説を"手書き"で書く事。その頁を消費して人物や能力を召喚することが出来る」
「手書き?」
「だからパソコンとか使わなかったんだね」
「それってかなり面倒なんじゃ……」

 労力を考えればパソコンで打ち込み印刷をするなりした方が楽だ。なのにそれをしない事をなのはは疑問に思っていたが、この条件があると言うなら納得できた。

「発動条件その2。俺以外の人がこの小説を読んで"この世界観の中なら起こりえる現象・能力である"と思う事」
「なるほど、だから私達に読ませたのね」
「おう。一応うちの姉ちゃんズや兄ちゃんも読んでるけど、読んだ人数で威力や維持時間が変わるからなるべく多くの人に、ってな」
「それってかなり面倒な条件よね」
「俺もそう思う」

 三百頁以上の小説を手書きで書き、そしてそれを他人に読んでもらわねばならない。発動条件を満たすまで随分下準備がいる能力だ。

「しかも一回使ったらなくなるのよね」

 昨日の戦闘で使った歩く教会や、超電磁砲レールガン、ステイルの炎の魔法の頁は欠落したままだ。

「書き直してもう一度読んでもらえばまた使えるようにはなるけどな」
「うわー。それもまた面倒な手順ね」
「うん。自分の能力ながらその利便性の悪さにドン引きだよ。ちなみに人数や回数以上に、読んだ時に感じる感情の振れ幅が大きいほどその頁がもつ力が強くなる。たとえばクライマックスの上条さんがインデックスを救い出すために、竜王の殺息ドラゴン・ブレスに立ち向かうシーンが描かれた頁は、この巻の中で一番力が強くなってる。みんながのめり込んで読んでくれた証拠だ」

 翔太には頁に触れることで、その頁にどれだけ力が込められているか読みとれる力もある。ただ感情の振れ幅と言っても、その感情がプラスかマイナスかまでは読みとれない。わかるのはあくまで大きさだけだ。

「確かにそのシーンはすっごくどきどきしたよ。これでインデックスさんを助けることができるって!」

その時の興奮を身振り手振りで伝えるなのは。ちなみにその所為でいつもの寝る時間を大幅にオーバーして、翌日遅刻しかけたらしい。

そんな風に、これまで魔法という非常識なものに触れてこなかったなのはたちが翔太の力に納得している一方で、魔法が常識の世界の住人たちがそろって固い声で呟いた。

『それって実は物凄いことなんじゃ……』
『現実世界への浸食やないか……』
『……あなたの力は思っている以上に強力なモノなのかもしれません』

 驚いてばかりもいられず、ユーノは昨日の翔太の言葉で気になっていた事を質問することにした。

『そういえば、この小説は翔太さんが夢で見た異世界の出来事を小説として書いたと仰っていましたが、それはどういうことですか?』
「あ、それ私も気になってた。これって翔太が考えたお話じゃないってこと?」

 この質問が来たか、と翔太は少し緊張する。

「ああ。これは別次元での出来事を俺が小説として書き起こしてるものだ。多分並行世界って呼ばれるたぐいのものだろう。俺はその世界を夢を通して観測することが出来る。だから俺が考えた話ってわけじゃないんだ」

 と、堂々と言っているが、これは自作小説と嘯くことに罪悪感を抱えていた翔太が考えた嘘の設定である。本当のところは夢で異世界を観測などできない。こちらに転生する時に、神の手によってとある魔術の禁書目録の全ての著作の内容を魂に刷り込んでもらっているだけである。
 ただ、とある魔術の禁書目録の世界が実在するであろうことを翔太は確信をしている。"別次元で起こった出来事"というのはあながち嘘ではないのだ。

 翔太が転生前に生きて、そして死んだ世界―根源世界―には、とある魔術の禁書目録やカードキャプターさくら、そして魔法少女リリカルなのはというフィクション作品が存在している。鎌池和馬が、CLAMPが、そして都築真紀が想像した世界だ。そして、多くの人に認知され、人々の記憶に刻まれた時、その世界は想像を超えて創造される。
 そうやって誕生した並行世界の一つとして、今現在翔太が生きる世界が存在しているのだ。であれば、翔太が観測できないだけでとある魔術の禁書目録の世界もどこかに存在しているのは疑いない。
 今の雀宮翔太に宿る魂は、根源世界の出身である。その世界からまろびでた下位世界である今の世界の住人とは魂の格が大きく異なる。この世界そのものを創造した根源世界の魂など、下位世界にとっては神に匹敵するのだ。ただ、雀宮家は末っ子を神にするために魂を呼んだのではない。ただ普通に生きて欲しいだけだった。よって、魂の格を落とすために、朱雀の手によってその一部を"異能"という形にして分割したのだ。これにより、翔太に宿る魂はこの世界にいてもおかしくない程度の格となっている。分割された"異能"こそが翔太の持つ異能召喚能力、"幻想交差クロスオーバー"である。

「それじゃ、何でもできる神様書いて、好きに物語を作れるってわけじゃないのね」
「そういうこと。その世界に起きた通りのことしか書けないって訳。改変すると能力として発現できなくなる」
『それでも十分あり得ない力だと思いますが…… その世界以外に観測できる世界はないんですか?』

 びくっと翔太が反応する。実は翔太が記憶しているのはとある魔術の禁書目録だけではない。ただ、その中で一番汎用性が高く、そして比較的まともな作品だったのでそれを選んだのだった。とある魔術の禁書目録も進めば進むほど結構えげつない作品ではあるが、それを加味しても他と比べてまともと呼べるのはこれだけだった。

「今のところこの世界だけだな。将来的に観測できる世界が増える可能性がないとは言えんが、期待しないでくれ」

 苦笑いでお茶を濁すことにした翔太だった。
 ここまでの話した事だけでも随分と非常識な力であるのは確かだ。だが、今まで魔法という非常識を知らなかったアリサたちからしてみれば、ジュエルシードもクロウカードもそして翔太の能力も、全部ひっくるめて"非常識"で収まるのか、ユーノ達ほど驚いたりはしなかった。

「それで、あんたが使える能力ってあとどれくらい?昨日結構使ったわよね」
「確か昨日は"歩く教会"を数頁、あと御坂美琴さんの"電撃使い(エレクトロマスター)"とステイルさんの魔法名"Fortis931"を使ったんだよね」

 アリサの質問にかぶせるようになのはが昨日俺が使った頁の確認をする。それを聞いて、すずかがすこし思い出すようにしながらこう言った。

「歩く教会は使いきってなかったし、御坂さんも序盤にもう数頁出てたよね。あとは月詠先生の回復魔術、神裂さんの七閃、それとインデックスさんの竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)かな」
「だいたい正解。ちなみに神裂が出てくるシーンは、ステイルの人払いのルーンっていう別の使い道もあるけどな。一つの頁で召喚できる能力は一つだけだから、どっちかに絞らないといけないけど」

 一応竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)と対峙してるシーンで魔女狩りの王(イノケンティウス)も出てくるけど、この場合は竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)にひっくるめた方がいいからそれはカウントしない。

「消費した頁は俺が書き直してもう一回読んでもらえばまた使えるようになるけど、昨日は書き直す時間もなかったし、今の俺の手札はこんなところだな」
「OK、時間が出来次第書き直して私達に読ませなさい。手札が多いに越したことはないわ」
「了解」



 そう言ってひと段落したところでチャイムが鳴り響いた。



「ちょうど予鈴だね」
「一通り確認できたしよしとしましょう。放課後はさっそくジュエルシードとクロウカードの探索よ」

 全員でうんと頷いて、非常識話盛りだくさんの昼休みが終わった。






「今日って習い事の日じゃなかったか?」

 時は放課後。いつもなら校門脇にバニングス家のリムジンが待ち構えていたはずだが、今日は影も形もない。

「事の確認が昼休みだけで済むとは限らなかったから、今日はあらかじめ休むって断りを入れておいたのよ」
「発表会が近いから頑張るとか前言ってた気がするんだが」

 ついでに発表会を見に来いとも言われている翔太だった。ヴァイオリンでクラシックとか庶民にはハードル高すぎる。眠気的な意味で。

「練習をしないわけじゃないよ。先生の所でしか弾けないってわけじゃないから」
「あー、家も敷地も広いからご近所さんを意識しないでいいってか。このブルジョワめ」
「そうよ。悪い?」
「あ、あはは」
「開き直りやがった!?」

堂々と胸を張るアリサと、すこし申し訳なさげに笑うすずか。

「家の広さなら翔太くんも人の事言えないと思うの」
「うっ」

 この中で唯一家の広さが一般家庭並みのなのはがつっこんだ。

「いや、家は広いけど古くてボロイし、父さん母さん婆ちゃんいれて十人暮らしてんだぜ?生活スペースって結構狭いしあまり裕福って感じじゃない」

 だからほら、俺もなのはも一般人、と手を伸ばそうとしたところでアリサが遮る。

「なのはの家だって巷で有名なケーキの美味しい喫茶店のオーナーなんだから、お嬢様と言っても過言じゃないわ」
「さすがにお嬢様は過言だと思うよ!?」

 驚きの声を上げるなのはの腕をとって引き寄せ、反対の手ですずかの手を取り「私達仲間。あんたはぼっち」と勝ち誇るアリサ。

「…ちくせう、いつか泣かしてやる…」
『ドンマイ』
「だからあんたは勝手に喋らない!」
『す、すまん』
「同士よ…」

別の同盟者も、とばっちりだった。

「私立の大学付属に通ってる時点で、翔太くんも十分恵まれてると思うけど」

すずかの呟きは、風に溶けていった。






「とりあえずどうやって探すの?」

 高町家から抜け出したユーノと公園で合流したアリサたち。高町家には今誰もいないからばれる心配はないらしい。

「ジュエルシードに関しては発動したら一発でわかると思います。理想は発動前に見つけたいところですが、発動前は反応が弱くて僕の探索魔法だと見つけられなくて…」
『クロウカードは力の強い奴も弱い奴もおるからなー。動き出したらわかる奴もおるやろうけど、今のところわいが感知できる範囲に派手に動いとるカードはおらんで』
『要するに虱潰しに探すしかないと言うことです』
「うわー」
「魔法だなんだっていっても結局そこなのね…」
「すいません、万能というわけじゃないので…」

 しゅんと項垂れるユーノ。

「まあいいわ。それより気になることがあるんだけど」
「なんですか?」
「それよ」
「?」

アリサの言ってることがわからなくてユーノと揃って首をかしげる俺たち。

「ユーノの話し方よ。私達に敬語なんて使う必要ないわ」
「え、でも僕はお願いをする立場ですし」
「そんなの関係ないの。私たちはもう運命共同体で仲間なんだから、余計な気遣いは無用よ!」

 アリサだけでなく、なのはもすずかも翔太も賛同するように頷く。その様子を見てユーノは観念したように、それでいて嬉しそうにアリサに向き直る。

「は、はい、じゃなくて、うん!」
「それでよし」

 うんうんと頷くアリサ。その瞬間



――――ィィン――――



「「「「「っ!?」」」」」

 一斉に波動を感じた方に振り向いた。感じた波動は一つではない。

『ジュエルシードとクロウカード。どうやら同じ場所で発動しているようですね』

 スピネルが冷静に分析する。いきなり二つ同時とは難易度が高い。

「みんな、いくわよ!」

 アリサの号令に従って駆け出す。女子三人は胸元の相棒を握りしめ、翔太は鞄の中から紙の束を取り出しながら駆け足を速めた。






『グルルルルルゥゥゥゥゥ……』
―ぐるるるるる……―

 たどり着いた神社の境内で、通常ではありえない大きさの黒い犬と、なんだかよくわからない兎っぽい何かが睨みあいをしていた。

「えっと……どういう状況?」
「さ、さあ。映画で見るような怪獣対決って感じだけど」

 スケールは小さめだけどゴジ○対キ○グギ○ラ的な?片方の見た目がファンシーなせいで緊張感が全くわかないんだけど。
 アリサたちは階段を上がりきらず、睨みあう奴らに見つからないように身をかがめながら様子をうかがっていた。ちなみに翔太はこの周囲に人が来ないように『能力召喚"ステイル・マグヌス"、使用霊装:人払いOpila刻印ルーン』を使っていた。

『あの白い方はジャンプだな』
「てことは犬の方がジュエルシードか」
「属性は?」
『月やな。……ところでジュエルシード担当のなのは嬢ちゃんが階段下でへばってるようなんやけど…』

 ここまで来る道中でなのはの体力が既に尽きていた。今も階段下で「ふぇ~~」とかいってへばってる。ユーノが「頑張ってなのは」とか言ってるけど、なのはの体力が減ったのは肩に乗っているのが一因でもある。

『魔力は一番でも体力はビリかい』
「バランスとれてんじゃねーの?」
「ほらなのは!急ぎなさい!」
「う、うん」

 小声で捲し立てるアリサに急かされて昇ってくるなのは。
 そんなとき、異型たちの間変化が訪れた。

『ガウッ!!』
――っ!――

 飛びかかってくる黒い犬を、ジャンプの名に相応しく、跳び上がって躱す。
 そして着地点を黒い犬のいる場所にして、踏みつけようとするも、それを悟って避ける黒い犬。
 そんなやり取りが何度も繰り返されていた。

「あ、ほら見てあそこに女の人が」

 なのはがようやくアリサたちと同じところまで上がってきたときに、すずかが倒れている女の人を見つける。手にはリードが握られており、その先にはちぎれた首輪があった。

「あ、あの犬さんの飼い主さん、かな」

 既に息も絶え絶えのなのは。

「余計なこと喋らんと今は息整えとけ」
「う、うん」

 すーはー、と深呼吸を始める。その肩からユーノが降りて境内を伺う。

「おそらくジャンプが先に現れて、驚いて気絶した飼い主さんを守りたいと願った結果、ああなったんだと思う」
「ということは下手に飼い主さんに近づくと私達も敵って見なされるかもしれないね」

 飼い主さんにジャンプを一定距離には近づけないようにしているみたいだから。とじっくり観察していた結果を教えてくれるすずか。
 結構凄い速さで動いてるのによく見えている。

「となると、どうしましょうか。できればあいつらが私達に気付かないうちに一網打尽にしたいけど」
「とりあえずセットアップしてバリアジャケットを纏っておいて。奴らにばれないように声は押さえ目で」
「昨日みたいに魔力が漏れ出てたらいくら声抑えてても意味ないんじゃないか?」
「いえ、昨日は初回起動だったせいでなのはの魔力を受け切れずにああなっただけだと思う。今ならもう大丈夫だよねレイジングハート?」
『はい、セカンドマスター。起動ワードも省略することが可能です』
「あれ?本来の持ち主がセカンドマスターに格下げされてる?」
「…………」

 無言のユーノ。
 一瞬空気が微妙な感じになったが、全員何食わぬ顔でなかったことにした。

『一回契約したら封印解除レリーズゆうだけでショートカット起動できるんやけど、こっそりやりたいなら正規の起動呪文唱えてくれたらええで』
『正規の呪文は昨日教えた通りです』

 アリサ、すずか両名とも自宅に帰ってからそれぞれのパートナーとじっくりと話をしていた。その中である程度杖の取り扱い方を学んでいたのだった。

「わかったわ。それじゃいくわよ」

 頷きあう魔法少女3人。

「太陽の力を秘めし鍵よ」
「月の力を秘めし鍵よ」
「風は空に、星は天に」

「真の姿を我の前に示せ」
「真の姿を我の前に示せ」
「輝く光はこの腕に」

「契約のもとアリサが命じる」
「契約のもとすずかが命じる」
「不屈の心はこの胸に」

封印解除レリーズ!」
封印解除レリーズ!」
「レイジングハート、セットアップ!」

 金の太陽アリサ銀の月すずか、そして天の星なのは
 傍らにいる翔太にも魔力の波は感じ取れない静かな変身を終えるアリサ達。

「ふう。セットアップ完了」
「お前らだけそういう装束があってうらやましいぞ」
「ならあんたはインデックスを能力召喚して歩く教会でも着れば良いじゃない」
「ぶふぉっ!?」

 自分で想像して自分でその気持ち悪さにダメージを受ける翔太だった。



『ガウッ!!』
――ぐるるっ!――

 その間も小競り合いを続けている異型たち。外部に被害が及ばない分アリサたちものんびりしたものである。

「さて、ちゃっちゃと封印しちゃいましょうか。私があの二匹の動きを止めるから、その隙にそれぞれ封印お願いね」

 そう言ってシャドウのカードを取り出すアリサ。
 やろうと思っていることを理解して、さっと準備をするなのはとすずか。お互いの封印対象のみを見つめて、アリサがしくじるなんて微塵も思ってないふたり。

『時間は夕暮れ時。一日の中で一番影が長い時間帯や。いけるで、アリサ』
「いくわ!」

 ひゅんとカードを中空に投げるアリサ。カードはその位置でくるくると回転しながら、僅かに魔力の波動を周囲に発し始める。

『影よ!主を縛る戒めとなれ! シャドウ!!』

 カードを太陽の杖で付き、不可視のエネルギーを発する。
 その瞬間、黒い犬と丁度着地したジャンプ自身の影が膨れ上がり、己が主を縛りつけた。

『ガ、ガウ!?』
――ぐる!?――

「今よ!」
『sealing mode set up。stand by ready』
「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル16、封印!!」
「汝のあるべき姿に戻れ!クロウカード!」

 なのはの桜色の光線が黒い犬を包み込み、すずかの振り下ろした月の杖がジャンプの姿をゆがませる。

『ガ、ガウウウゥゥゥ……―――』
――ぐーるー――

 ジュエルシードは輝きを失ってなのはの手に収まり、随分縮んだ核となっていた犬は、何が起こったのか理解していないのか周囲を見渡した後、自分の御主人様を見つけてそちらに駆け出していった。

 ジャンプはカードの姿となってすずかの手に収まった。

「やったねなのはちゃん!」
「うん!」
「大成功!!」

 これにて一件落着。ジュエルシードとクロウカードを手に微笑む二人と、それに飛び込むように抱きついたアリサ。
 夕暮れに映える三人の魔法少女は、それはそれは絵になる光景だった。






























「ところであんた達、今日なんかしたっけ?」
「ひ、人払いをしました」
「ジュ、ジュエルシードに込められた願いを予測しました」
「……他には?」
「「…………聞かないでください」」

 実戦の役に立っていない女尊男卑なそんな一日。



[36269] プール×変態=水着の乙女は御用心
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:45
ジャンプ以降、ジュエルシードもクロウカードもみつかんねーな」

 あれから数日。金曜日の放課後に、なのはの両親がやっている人気の喫茶店、翠屋にていつものメンバーと卓を囲む。ユーノがいるのでオープンテラスだ。放課後に寄り道禁止とか厳しく言わず、生徒の自主性を重んじるのが聖祥大付属のいいところなのかもしれない。

「どこ探してもなんの反応もないわねー」
「事件が起きないのは良い事だけど、何もなさすぎると逆に疲れるよね」

 卓に身体を投げ出してぶー垂れるアリサを宥めるようにすずかが言う。

『気ぃ張り過ぎるとこっから先もたんで』
「だから勝手に喋るなって言ってるでしょー」

 いつものツッコミにも冴えがない。

「でもその間にユーノくんの怪我も直ったし、翔太くんの小説も頁の欠落はなくなったよね」

 そう。何もない時間があったからこそ、この間使ってしまった頁も書き直して補充することが出来た。ついでにユーノやケロちゃん達にも読んでもらって、以前よりわずかにパワーアップもしてる。
 さらに二巻目も書き進めてる。まだ全体の五分の一くらいだが、内容は全部頭の中だし数日中には何とかなりそうだ。書くだけ書いても読んでもらわないといけないからそこのところ不便だけど。

 翔太の小説のことだけでなく、ユーノにいろいろ教えてもらって簡単な防御魔法や封印魔法は皆が覚えた。アリサとすずかは太陽の杖ケロちゃん月の杖ユエというデバイスの補助があるから結構簡単に習得できたが、翔太はそういうのがないから毎度毎度しっかり詠唱しないとだめで、時間がかかるから多分使う機会はないだろうと言われている。
 ちなみにケロちゃん達のことをデバイスと言ったが、彼らが創られた時代にはそもそも"デバイス"という概念自体が存在せず、本来はクロウカードを封印もしくは使用するためだけの端末だったらしい。でも長い年月を経て彼ら自身も成長し、クロウカード以外の魔法体系も使えるようになったのだと自慢げにケロちゃんが語っていた。
 ユーノがアリサたちに教えたミッドチルダ式という魔法は、ここ百年に整えられたものだそうだけど、その源流となった魔法に過去目覚めたときに触れていたらしく、問題なく扱うことができるそうだ。

「ご注文の品をお持ちしました。と、なんだかみんなお疲れのようだね」
「あ、士郎さん」

 なのはの父親であり、この翠屋のマスターであり、そして翔太にとっては翠屋JFCの監督でもある高町士郎さんが、みんなの注文したケーキセットをテーブルに並べていく。

 実は翔太はなのはとの付き合いより士郎さんとの付き合いの方が長い。
 普通小学校低学年くらいの男子は、後先考えずにその場その場の全力で動き回るのが常だが、転生前の記憶がある翔太はどうしても体力の温存とか考えて行動してしまう。そういう子供らしくない動きを運動会でしていたのが士郎さんの目にとまり、なのはと親しくなる以前に「うちのチームに入らないかい?」とスカウトされたのだった。サッカーのことはよくわからなかったけど、"スカウト"というものに感動して二つ返事で了承して今に至るというわけだ。

「うちの店長が作ったおいしいケーキを食べて、元気になってほしいな。特にうちのエースの翔太にはね。来週の試合、期待してるよ」

 そう言って翔太の肩をたたく。

「いや、小三のチビをスタメンにして、しかもポジションはMFとか、いろいろ考え直す必要があると思うんですけど」
「君なら大丈夫だよ。それじゃごゆっくり」

 なんでそんなに信用があるんだかわからないが、笑顔で去っていく士郎さん。いや、いくら大人的思考が出来るとはいっても、フィジカル面じゃどうにもならないと思うんだけど。文句言ってても始まらないし、やるだけはやるけどさ、と呟く翔太だった。

「スタメンって、アンタいつの間にレギュラーになったの?」
「いやいや、練習試合用のお試しメンバーだよ。さすがに公式大会じゃ使わない編成だって。六年生に俺よりずっとうまい先輩がいるしな。多分だけど次世代構想でもしてるんじゃないか?」

 それにしたって1,2年早いと思うけど。

「ふーん、まあいいわ。それよりこっちのことよ。ホント、どうしたら見つかるのかしら」

 アリサの言葉に、そろって首をひねって考え込み苦い顔をする。それでもケーキを食べるとみんなの頬もゆるむ。

『時には息抜きも必要だから、明日は休みにして遊びに行くのも良いんじゃないかな』

 さすがに周囲に人がいる状況で喋るわけにはいかないので、魔法が使える者たちにだけ届く念話をつかって会話をするユーノ。スピネルも、もちろんケロちゃんも念話を使うことができるが、ケロちゃんの方は何故か普通に喋ってアリサに折檻されるということを繰り返してる。
 もしかしたらMなのかもしれない。

「息抜きか~。急にそんなこと言われても思いつかないよ~」
「んー?どうしたのみんな、元気ないね」

 なのはの呟きが気になったのか、隣の席の老夫婦にコーヒーのお代わりを注いでいた女性店員がこちらに声をかけてくる。高町美由希。なのはのお姉さんにして、ここ翠屋の看板ウェイトレスなのだそうだ。ちなみに自称である。本当の看板娘はすずかのお姉さんである忍さんだというのが常連の見解だったりする。

「探し物が見つからなくて困っているんですけど、考えてばかりも仕方がないから息抜きをしようって話になったんです。でも今度はどうやって息抜きをしようって話になって…」

 読書仲間ということで、なのはを除いたら一番美由希さんと親しいすずかが状況を説明する。

「うーん、息抜きできる場所ねー。あ、そうだ。それじゃこの間新装オープンした温水プール施設に行かない?私割引チケットもらったのは良いんだけど、一人で行くのもアレだからずっと使ってなかったんだ」
「高町美由紀、私立風芽丘学園に通う花の女子高生。…………彼氏なし」

ズガンっ!

「何か言った?翔太クン?」
「ナンデモアリマセン」

 テーブルに小太刀が刺さってるとかそれはきっと目の錯覚だ。

「みんなの予定が空いてるんだったら明日とかどうかな。きっといいリフレッシュになると思うよ」
「どうしよう?」
「楽しそうだし行ってみたい」
「じゃあそうしましょう。美由希さん、お願いします!」
「おっけい!」

 アリサが元気良く返事をして、明日の予定が決まった。






 明けて翌日。私立だから土曜日も授業があるけどそれも午前まで。
 美由希だけだと大変だろうと、月村家のメイドであるノエルが保護者役として名乗りを上げ、なおかつ学校までお出迎え。現在はノエルの運転する車で温水プールまで移動中だ。

「そういやアリサってあんまり泳げないんじゃなかったっけ?」
「うっ。い、いいもん。うきわ持ってきたし」
「よろしければ泳ぎ方をお教えしましょうか?」
「ほんと!?じゃあお願いしていい?」
「あ、私もちょっと自信ないのでお願いしても良いですか?」
「はい。任されました」
「すずかは俺と競争しよーぜ」
「いいよ。ふふ、負けないからね?」

 そんなこんなで向こうでの予定も決まり、車は一路温水プールへ。



 入口でユーノを引き連れた美由希と合流。ユーノは男の子と言うことで、更衣室に入る前に翔太が受け取る。動物連れてきていいプールというのも珍しいな。
 翔太は着替えをちゃちゃっと終わらせて、消毒したあとプールサイドに足を踏み入れる。

「うわー、宣伝してるのはみたけど、こんなに広いのか」
『この世界のレジャー施設も次元世界むこうと同じくらい立派なんだね』

 流れるプールにスライダーに波のプール。子供の練習用に浅いものもあれば、競技用にも使えるような深いプールに飛び込み台もある。ビーチバレー用のネットがあるスペースもあるし、休憩用のベンチも多数置いてある。そして安全を守るための監視員もいっぱいいる。

「……て、恭也さん?」
「おや、翔太じゃないか。それとユーノも。やっぱり男の子は着替えが早いな」
「はい」
「きゅっ」

 更衣室からの出入口からすぐ近くの位置にある普通のプール。そのプールサイドに備え付けてある監視用の椅子の上に知り合いが座っていた。
 ブーメランタイプのパンツと、監視員を示す目立つオレンジのキャップ。それに首からトランシーバーを下げたイケメン、高町恭也がそこにいた。翔太が彼と知り合った経緯はなのはのお兄さんだから、というわけではなく、翠屋JFCの手伝いをしてくれていた時に親しくなっていた。

「ここでバイトしてたんですね」
「美由希やなのはから聞いていなかったのかい?ここの割引チケットを美由希に渡したのは俺だよ」
「そうなんですか」
「あと、女の子達が来たらとりあえず水着を褒めておいた方がいい」
「心得てますって」

 椅子の上からこちらを見下ろす形になっている恭也と、そんな取り留めのない事を話しているうちに、後ろの方からぺたぺたと複数の足音が聞こえてきた。

「おまたせー!」
「お嬢様方が来たみたいだぞ」

 恭也が示す方向に振り返る。そこにはそれぞれ個性ある水着を着たアリサ達の姿があった。

「今年の水着を初お披露目よ!どう?セクシー?」

 アリサはビキニとは言わないまでも、おへそが出ているセパレートタイプの水着だ。色は赤で、フリルもついている。
 すずかは体育の時と同じく髪をポニーテールにして、白い競泳用スクール水着を着ている。所謂白スクである。
 なのははピンクのワンピースタイプで、胸元の小さなリボンがアクセントになっている。
 胸元にはそれぞれの相棒がきらりと光っていた。

「うん。似合ってていいんじゃないか?皆可愛いぞ」
「きゅきゅ」

 ひとりひとりしっかりと見て、言葉を余計に飾り立てたりせず思ったままを言う翔太。別に恭也さんに言われたからとかじゃなく、ちゃんと心からそう思ってる。
 ちなみにユーノは、実は念話で褒めていた……とかはなく、フェレット語(?)でお茶を濁していた。

「えへへ」
「ありがとう」
「ほ、褒め言葉としては及第点だけど、今日はそれで許してあげるわ!」

 なのはとすずかは少し照れくさげに微笑み、アリサはそっぽを向いて頬を赤く染めていた。

「自分で聞いといて照れんなよ」
「て、照れてないわよ!」

 実はアリサ、他のクラスメイトとくらべて、ほんのちょっぴりだけ翔太のことを意識していたので褒めらると少しだけくすぐったかった。
 なのはは性別のことなどそもそも頭になく、すずかの場合は一応男子であるとは思っているが、全く意識しているそぶりを見せていない。
 翔太は前世が大人だったので子供には興味がない。ただ、数年後はどうなるかわからないとも思っている。

 ちなみに美由希はスポーティーな黒の水着、ノエルは白のビキニの胸元に水色のリボンが付いている。こちらを褒めるのは恭也さんの担当なので、翔太は特に何も言わなかった。



「さて、せっかく来たんだし全力で遊ぶか」

 水着お披露目も終わったので、プールの方に視線を移しながら翔太が宣言する。

「アリサお嬢様、なのはお嬢様、練習用の浅いプールがあちらにありますので行ってみましょう」
「はーい!」
「宜しくお願いします。ノエルさん」

 ノエルが、アリサとなのはを引き連れて移動していった。ちなみにユーノはなのはの方について行く。

「じゃ、こっちはあそこの深い方のプールで競争を…とその前に柔軟しとくか」
「そうだね。私たちの身長だと足が付かないからしっかりやっておこう」

 その場で柔軟体操を始める翔太とすずかの横で、恭也さんが美由希さんに話しかけていた。

「そうだ美由希、荷物を置くときはそれとなく周りに注意しておくようにな」
「うん、そのつもりだけど…。どうかしたの?」
「最近水着や着替えの盗難が多発しているんだ。つい先週も、ロッカー荒らしをしている変質者を捕まえたばかりなんだがな」
「りょーか~い、頭に入れとく」
「よろしくな」

 そう言って本来の監視の仕事に戻る恭也。

「変な奴も、ん、いるもんだな、ん~」
「そうだね、っと」

 開脚した状態ですずかに背中を押してもらいながら身体を折る。さすがに地面にぺたっとつかないものの、それに近いところまでは行くことが出来た。

「ん~~、よしっと、交代。次すずかな」
「うんお願い」

 今度は翔太が押す方に回る。すずかの華奢な肩に触れてゆっくり押し倒していくが、特に抵抗もなく、ぺたっと上半身がプールサイドのタイルに付いた。

「わー、すずかちゃん身体やわらかーい」
「昔から体が柔らかくて」

 体勢を戻しながら、照れ気味に言うすずか。

「そうそう、二人とも競争するんでしょ?私も混ぜて~」
「えー、小学生に挑むとか大人げなーい」
「ハンデはつけるから。ね?ね?いいでしょ?」
「私はいいですよ。翔太くんも人数多い方が面白いよね?」
「ま、そうだな。それじゃ、美由希さんも一緒に競争しましょう」
「うん!」

 そうしてプールでの楽しい時間は始まるのだった。



「ぷあっ!」
「んっは!」

美由希とすずか。ほぼ同時に競泳用プールの端にタッチして、水面から顔をだした。

「はぁ、はぁ、はぁ……ど、どっちが、勝ち?」
「えっと、わ、わかりません」

 顔を見合わせて首を傾げあっていた。遅れて平泳ぎで到着した翔太に、ふたりして視線を向けてくるが、後ろからじゃわからなかったので何も言わずに首を振ることしかできなかった。
 美由希とすずかがクロールなのに、何故翔太が平泳ぎなのかと言えば、二人があまりにも早すぎて、途中からレースを放棄したからだ。あんなのと張り合えるかっ! とは翔太の言である。

「タッチの差で美由希の勝ちだ」
「えっ、マジ!?やったぁ!!」
「あはは、負けちゃった……」

 監視椅子から見ていたのか、恭也がジャッジをくだしていた。全力で喜ぶ美由希と、ちょっと本気でへこんでるすずか。年上として実に大人げないぞー美由希だった。

「リベンジお願いします!」
「よーし、何回だって受けて立つよー!」

 珍しくすずかが燃えていた。本当にタッチの差だし、悔しいのは仕方ない。
 それを快く了承する美由希。

「なら俺が審判するわ。つーか次元が違いすぎてついていけん…」

 その後、すずかのリベンジマッチは毎回僅差で美由希が勝利し、回を重ねるごとにギャラリーが増えていった。最終的には先に体力の限界を迎えた美由希が途中で足をつり、恭也に助け出されてことなきを得る、という形で終了。
 最後は試合続行不可能と言う形で終わったせいで、すずかとしてはたいへん消化不良だったようで、「次は絶対勝ちます!」とリベンジに燃えていた。



「あーうー、疲れたー」
「そりゃあんだけ泳いだら当然でしょう。はいお茶。すずかも」
「ありがとう」

 ビーチチェアにもたれてへたってる二人に温かい飲み物を渡す翔太。しょっぱなから飛ばし過ぎだ。足をつった美由希もそうだが、すずかの方も結構疲れているようだ。

『翔太、すずか聞こえる?』

 そんなとき、翔太とすずかにユーノから念話が聞こえてきた。

『ユーノくん?』
『どうした?』
『うっすらとだけど魔力の気配がするんだ。ケロちゃんがクロウカードじゃないって言うからジュエルシードだと思うんだけど、少し調べてみた方がいいと思う』
『マジで?俺には感じ取れないけど…… とりあえず了解。一旦合流しよう。俺がそっち向かうわ』
『うん、待ってるね』

 ユーノとの念話を終えて、アリサ達のいる浅いプールに足を向ける翔太。だがふと思いついて振り返る。

「あ…」
「もう少し休んでおけって」

 起き上がろうとしたすずかを手で制し、もう一度ビーチチェアに座らせる。体力を消耗しているせいか、翔太が軽く押すだけですとんと腰を下ろすことになった。

「でも…」
「いいから任せろって。必要な場面になったらちゃんと呼ぶから、今は体力温存しろ」
『マスター、この少年の言うとおり今は休んでおいたほうが良いです。クロウカードでないなら私たちでなくても問題はないでしょう』

 バスタオルを取り出してすずかの肩にかける。
 普段あまり喋らないスピネルも口に出してすずかを止める。ずっと水の中にいたせいで随分体温を消耗しているのは間違いない。

「ジュエルシードなら俺たちで何とかしておくから、それまでは大人しくしとけ。終わったらまた遊ぼうぜ」
「ん…、ごめんね」
「気にすんな。じゃ、行ってくるわ」

 申し訳なさげなすずかを残して、翔太はアリサ達と合流するために駆け出した。



 ほどなくしてアリサ達と合流した翔太は、すずかがいない理由を説明し、ノエルに「こっちは大丈夫だからすずかの所へ行ってください」と、魔法のことを知らない人を体よく遠ざけるのに成功する。

「手際いいわね」
「美由希さんもへばってるからもう一人大人がいた方が良いのは本当だしな」
「そうだね」

 ところで、となのはの肩に乗っていたユーノに水を向ける。

「ジュエルシードの気配…なのかな? これ? 確かに変な魔力の残滓は感じるけど」

 ここに来るまでの間に意識して周囲を探ってみたが、僅かな違和感は感じるものの、今まで感じたジュエルシードの気配とはなんとなく重ならない気がした。

「うん、間違いないと思うよ。これでも考古学者のはしくれだからね。索敵には自信があるんだ」

 あくまで個人レベルだけど、と最後に謙遜を付け加えたものの、珍しく自信ありげだった。

「そういえばジュエルシードやクロウカードを発掘した時の責任者だって言ってたよね」
「こないだ聞いたけど、俺らと同い年なんだよな?それで責任者って随分就業年齢が低いんだな、次元世界って」
「日本じゃ考えられないわ。あんたって案外すごかったのね」
『わいは全然気ぃつかんのに、あんさんすごいなー』

 地球人三人+αがそろってユーノを褒める。

「え、いやそんなことは…。この世界で例えるなら、高等学校を卒業して就職するぐらい…ってほど一般的じゃないか。そうだね……中卒で就職するのと高卒で就職する、その間くらいの珍しさってレベルだから」
「なるほど、日本的に言うならユーノは高校中退して就職ってことか」
「そうそうそんな感じ……って、なんかそれ印象悪いよ!?」
「ユーノくん、ちゃんと卒業しないとダメだよ?」
「飛び級とはいえちゃんと魔法学校を卒業したよ!?」
「声がでかい!」

 アリサもな。

『で、ジュエルシードなんだけど、これは発動させた願いの中に"見つかりたくない"って思いがあるせいで、気配が読みにくいんじゃないかと思う。翔太がここに来るまでの間、周囲に探知魔法を走らせたけど、"痕跡がある"ことはわかっても位置がさっぱり読めないんだ』

 念話に移行して会話を続ける。

『楽しむためのレジャー施設でそんな思いを抱くってどういうことよ』
『それは僕にもわからないけど…』
『明るい感じはせぇへんな』
『…………あー、もしかしてってのならある』

 先ほどの恭也と美由希の会話を翔太は思い出した。

『なによ。心当たりがあるなら言ってみなさい』
『いやさ、ちょっと前にロッカーを漁る変質者が捕まったらしくて。でもその後も水着や着替えがなくなるのが続いてるとか』
『えっと、泥棒さんってこと?』
『……ただの泥棒の方がまだましでしょうね』
『どこの世界にもおるんやなぁ』

 アリサは気付いたか。"ロッカーを漁る"だけならそれは泥棒なり窃盗犯と呼ばれ、"変質者"とは普通呼ばない。漁って盗んだものが"変質的"な趣味を示すものだったからこそそう呼ばれるのだ。

『どういうこと?』
『分からんのなら気にせんほうがええで?なのは嬢ちゃん』
『でも、これでその願いを受けたジュエルシードが潜んでいそうな場所はある程度見当がつくわね』
『だな』

 翔太が入れない方の更衣室とかトイレとか。捜索は女子任せになりそう。

『え?え?』
『なのは、お前はずっとそのままでいてくれ』
『うんうん』
『???』
『あ、あはは』

 ともあれ方針は決まった。まずは第一候補の更衣室に向かうことにした。と言っても翔太とユーノは入れないので別行動。ついでに男子更衣室の中から、いざというときのために持ってきていた小説をもってくる。もちろん濡れないようにビニールの入れ物の中だ。

 待つこと数分。しばらくして怒りで顔を赤くしてるアリサと、アリサほどではないけどなんとういうか、こう"ぷんぷん"って感じの顔したなのはが更衣室からでてきた。
 なのはは義憤だろうけど、アリサは女の敵に対する怒りが滲み出てる。

「なんかあったのか?」
「何人か着替えを盗まれた人がいたみたいなのよ! 許せないわ!」
「中でちょっと騒ぎになってて…。それに魔力の残滓を感じたからきっと間違いないよ」
『わいも感じたで』

 やっぱりアリサたちの予想は間違っていなかった。ここはハズレみたいだけど探す方向性は間違ってないことがわかっただけ収穫だ。

「さ、次は施設内のトイレを探してみましょう! 変態ジュエルシードなんて、私がふんづかまえてやるわ!」
「おー!」
「気合い十分なのはいいが気をつけろよ。場所が場所だけに俺は入れんからな」
「乙女の敵はぶっつぶす!」
「おぉー!」
「聞いてないな……」
『わいも注意しとくさかい』

 とにかく捜索を続けるアリサたち。結構広い施設なので、トイレの数も結構ある。
 男の翔太は入れないので暇かと思いきや、行く先々のトイレで、ついさっき脱いだばかりの水着が消えて困っている少女達をアリサが発見するので、身体を隠すためのバスタオルやら保護者を呼んだりやら、駆けずり回ってばかりだった。

「…………そうだよな、水着一枚脱いだら全裸だよな」
「よけいな妄想するな!てか見るな!」
「アウチっ!?」

 バスタオルに身を包み、真っ赤な顔で母親と走り去る女の子を目で追いながら、ぼそっと呟いてたら翔太は思いっきり背中を叩かれた。……真っ赤なもみじが咲いてそうだ。
 見る間に増えていく被害者を目にしている所為でアリサの怒りのボルテージがぐんぐん上昇しているのがわかる。髪が逆立ってきているのは気のせいだろうか?あまりの怒りっぷりになのはなど逆に引いてる。

 そんなこんなでラスト一か所。奥まった場所にあるせいであまり人気のないトイレから、今までに比べるとわずかに濃い魔力が感じられた。

「……ここね。いくわよなのは」
「そ、そうだね」

 小さな閻魔様が御降臨していた。ずんずんと肩を怒らせて中に入っていくのを見守る。気負い過ぎは危ないと忠告するが、全く耳に入ってないみたいだ。
 ほどなくアリサから念話が来る。

『間違いない。ここにいるわ。翔太、人払いのルーンをおねが、て、きゃ、きゃーーーーーーーー!?」
「アリサっ!?」

 最後の方は念話じゃなくて普通に悲鳴が聞こえてきた。素早く人払いopila刻印ルーンを使ってから女子トイレに飛び込む翔太。そこには――

「なになに!?なんなのこれぇー!?」
「ひゃわぁっ!?な、なかにはいってくるよー!?」
「おぉうっ!?」
「わわっ!?これは見てはいけない光景なのでわ!?」

水の怪物につかまってもみくちゃにされている美少女達の姿が! 水着の中を水の触手がのたうつ光景が広がっていた。

「み、みるなー!てゆーかみてないでたすけろーー!」
『た、助けてぇなー!?』

 あまりの光景に放心していた翔太が、はっ!? と正気を取り戻す。アリサが首にさげてたはずの太陽の鍵ケロちゃんもいつの間にか外れてて、声だけがむなしく響いている。

御坂でんき…は一緒に痺れるからダメ、ステイルほのお…も一緒に焼きそうだから無理、えーとえーと!」
「落ち着いて翔太っ!?」
「え?きゃあ~~~~~!?」
「れ、れいじんぐはぁと!」

 翔太が小説を手にもたついている間に、アリサがこちらに向かって投げ飛ばされるのが視界の端に映る。なのはの方は、外されなかった胸元の相棒をぎゅっと握るのが見えた。

「やべ、アリサ!」
「きゃうっ」

 とっさに飛びついて抱きとめる……が、勢いのまま壁に背中を叩きつける。その衝撃に一瞬息がつまり、痛みを堪えるために目をグッと閉じる翔太。

「せぇっとあっぷ!」
「Yes,My Master」
「ナイス!なのは!」

閉じた瞼の上から桜色の光を感じ、翔太はなのはもなんとか奴の手から逃れたことを悟った。それにすこしほっとしながらゆっくりと目を開いて

「痛つつ、おいアリサ、怪我はな――」

 一瞬の硬直

『……礼装召喚:"歩く教会"』

 半ば投げやりな口調で頁を手に呟いた。その手の頁が消えて、代わりに召喚された白い修道服(安全ピン付き)がアリサの身を包んだ。

「あいたたた、翔太、ないすきゃっ……ち? あれ?」
「……まあ、深く考えるな」

 アリサは身体を見下ろしてしきりに首をかしげる。なんでこんな服を着てるのかしら? と。

 ………………

 そして数秒後。表情がピキリと固まり、胸の布を掴んで、そーっと胸元を覗き込む。
 シミ一つない白い肌が見えた。…………ただし、着ていたはずの赤い水着は影も形もない。

「―――――――ぇっぁ!!?」

 直前に何が起こったか瞬時に理解したアリサは、声にならない悲鳴を上げて、「ボンッ」と効果音が鳴るくらいに一気に紅潮する。
 左手で身体を抱き、涙目で口をぱくぱくとさせながら、もう一方の手をぷるぷると震わせながら翔太を何度も指差す。

「っ、っっ! っぃ! っみ、みみみみ、み、み……!」   

 翔太は頭をかきながら、目線を逸らす。



「見たわねぇぇぇぇーーーーーっ!!!!?」



 大音量で絶叫が響き渡った。

「あ、アリサちゃん……?」
「え、何が起きたの?」

 ジュエルシードの方に注意を向けていたせいで、背後で起こった事に気付いていなかったなのは達はその声に驚いて振り向いた。

「あーー…… 気にするな。こっちの話。そっちはジュエルシードよろしく」
「あ、あああ、アンタはちょっとくらい気にしないさいよーー!」

 手をひらひらと振りながら苦笑いを浮かべる翔太と涙目で抗議するアリサ。
 今まで見た事がないくらい顔が真っ赤なアリサの様子に釈然としないながら、なのはとユーノはジュエルシードに向き直る。

「えっと、どうしよう、ユーノくん?」
「と、とにかくジュエルシードを封印しよう。なのはの変身に驚いてる今のうちに」
「そ、そうだね。レイジングハート、お願い」
『All right, sealing mode set up。stand by ready』
「リリカルマジカル!ジュエルシード、シリアル17、封印!」

 水の怪物が桜色の光にのまれて集束していき、菱形の宝石がレイジングハートに吸い込まれる。

「なんだかいっぱい水着が…… あれ? どんどん消えてる?」
「きっと魔法が解けて元の場所に戻ってるんだよ」
「それじゃ、解決……でいいのかな?」
「うーん、知らない間になにか問題が起きてたみたいだけど……」
「……だよね」

 ユーノとなのはの視線の先に、涙目のアリサを宥める翔太の姿があった。

「うーーっ!うーーっ!う゛ーーーっっ!!」
「悪かったって。ホント一瞬。一瞬しか見てないから」
「一瞬でも見たら有罪よぉ!」
「でもほら、まだ恥ずかしがるような歳じゃないだろ。起伏もないし」
「っ、だまれぇぇぇっ!!」
「ぐほっ!?」

 蹴り一発入りました。一言余計である。

「ていうかなんでアンタそんなに冷静なのよ!」
「いつつ…… いや、だってほら、うち姉ちゃん多いし」
「なによ! 女の裸なんて見慣れてるっていうの!?」
「……だって抵抗しても風呂に連行されるんだもん」
「この変態!!」
「わかったから、変態でいいから落ち着いてくれって」
「むきーっ!」

 まだまだ続きそうである。

「…………そっとしておこう」
「……うん」



 アリサが羞恥心と怒りに折り合いをつけて翔太を解放したのは、それから数十分後のことだった。



[36269] 大波×小波=波乱のプール
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:47
「う゛う゛う゛~~~~~~!!!」
「にゃ、にゃはは…」
『翔太、どうするのさ。これ』
「どうするったって…… 見ちゃったもんはどうしようもないだろ」

 ジュエルシードの封印は終わったが、万事解決とはならなかった。主にアリサの乙女心とかその辺りが。見られたことも十分ショックだが、翔太のリアクションの薄さも乙女のプライド的に納得がいかないのも大きいようだ。
 女子トイレを覆っていた人払いも既に解き、今はすずか達が休んでいる競泳プールの方へ向かう道すがらである。アリサの水着もジュエルシードの封印と同時に戻ってきたので、既に歩く教会(安全ピン付き)は消えている。安全ピン付きの方は何の保護能力も持たないが、緊急退避としては一応役には立ったようだ。同じような場面に遭遇することは早々ないだろうが。
 直前の出来事の所為か、アリサはなのはの背に隠れるように歩き、翔太と必要以上に距離をとっている。少し離れたところを歩く翔太は、肩に乗るユーノに対してぼやきながら時々後ろを振り返ってアリサの様子を気にしている。対するアリサは目が会うたびに顔を赤らめ、涙目で睨んだりなのはの背に隠れたりと忙しない。壁役にされているなのはも苦笑いするしかない。
 アリサの態度が目立つのか、すれ違うお兄さんお姉さん方に余計な話題を提供してしまっている。翔太達の通過後に、微笑ましげに指差しながらひそひそ話をしている人が増産されていく。

 『もう一度ちゃんと謝った方がいいんじゃない?』
 「ん。そうする」

 少なくともこのままではまともなやり取りはできない。すずかになら事情は説明できるが、ジュエルシードの事を知らない美由希やノエルに事の詳しい経緯を話すことはできないので、「何故アリサは翔太に対してこんな反応なのか?」と問われたら回答に困る。直接の原因は「裸を見たから」になるが、経緯を話せない以上、そこだけ答えると変態さんができあがるだけである。
 さっきはちょっとおざなりだった気もするので、今度はちゃんと誠意をもって謝ろうと向き直る翔太。

「あの、アリサ、さっきはごめ――」
「っ! 近寄らないで!」

 拒絶の言葉と共に、バシンッ!と大きな音が響く。

「っった!?」
「あ…… っ、えと、ごめ、……うぅ~~!」

 翔太の頬、自分の手を交互に見て、何かを言いかけるもののまたすぐになのはの背に隠れるアリサ。
 その所為でギャラリーはさらに増える。そこいらで繰り広げられるひそひそ話には修羅場、痴情のもつれといった単語が漏れ聞こえてくる。

「だ、大丈夫?翔太くん」
『また綺麗な紅葉だねぇ』
「うっさいわ!っあぃつつつ…」

 アリサの頬は羞恥で、翔太の頬はビンタで赤く染まる。ある意味お揃いである。しかも翔太の方は喋り途中で叩かれたせいか、歯が口内を傷つけ口の端から血がにじんでいた。

「アリサちゃん」
「う……」

 反射的とはいえ怪我をさせるのはダメだ、となのはが言外に含ませてアリサを見る。アリサ自身もさすがにやり過ぎたと思ったので謝ろうと口を――

「きゃああああああ!!」
「うわあああああ!?」
「な、なにこれぇ!?」

 ――開く前に悲鳴がいくつも聞こえてきた。

「なんかトラブル発生? というよりもこれは……」
「魔力の気配だよね?」
『こりゃクロウカードやな。出番やでアリサ』
「う゛~~っ!とにかく行くわよ!!」

 悪いとは思っていてもやっぱりまだ恥ずかしさが消えないアリサは、翔太と顔を合わせないようにうつ向き気味に、騒ぎの発信源の方へヤケクソ気味に駆け出していった。なのはと翔太もそれに続いた。
 ジュエルシードと違ってクロウカードはアリサかすずかしか封印が出来ない。だから、例え翔太と変な空気になっていても、行かないわけにはいかないのだ。逃げたとも言う。



「うぉおおお!?」
「これに掴まってください!」
「皆さん!慌てず避難してくださーい!」

 魔力の発生源をたどって着いた先は、大騒動になっていた。半分パニックになってて近づきにくいので、アリサたちは近くの物陰に身を潜めた。騒ぎの場に集まった子供など、見つかったそばから安全な場所まで連行されてしまうので、人の目には注意を払う。
 騒ぎの中心は波の出るプールがあった場所だ。波と言っても内海レベルの波しか起きないはずだが、今は台風時のビックウェーブもかくやというような大波が周囲を襲っている。それも段々範囲が広がっている。
 その波に捕われた人を助けるために、紐付きの浮き輪を投げ入れて必死に救助をしている監視員の人達の姿が見える。その中には恭也の姿も見える。。

「なに……これ……」
「ちょっとシャレになってないぞ」
「これもクロウカードの仕業なの!?」
『間違いありませんね。これはウェイブのカードです』
「あ、すずかちゃん、スピネル」
「ごめん、おまたせ」

 目の前の光景に圧倒されているアリサのもとに、息を切らせて合流するすずか。騒ぎに乗じてノエルや美由希の目を盗んでここまで来たらしい。

「体力は大丈夫なのか?」
「うん、十分休んだから。それよりもクロウカードをなんとかしないと」

 月の鍵を握りしめながら神妙な顔のすずか。少し顔色が悪い気がする。
 ジュエルシード、クロウカードに関わる中で、人の命にかかわる災害レベルの騒動はこれが初めてだ。緊張するのも仕方がない。

「そうね、被害が大きくなる前に早く封印しないと」
「でもあれじゃ近づけないよ……」

 単純に波の勢いが強いというのと、恭也を含む一般人の前で魔法が使えないという二重の意味で近づけない。

『でも近づかんとウェイブは封印できんで?』
「翔太くん、人払いのルーンは使えないの?」

 なのはの問いに翔太は即座に首を振る。

「あれは"なんとなく近寄らない"ように出来るだけで、確固たる意志を持って救助活動をしている恭也さん達を遠ざけることはできん」
「じゃあどうすれば……」
「……僕ならなんとかできるかも」
「ユーノ?」

 翔太の肩から腕を伝って降り、若草色の魔法陣を展開させる。

「クロウカードを結界の中に閉じ込める」
「魔力は大丈夫なのか?」

 ユーノはこの世界の魔力素と相性が悪く、未だ魔力が回復しきっていない。

「大丈夫。今まで皆に任せきりだったんだ。これくらいのことはできないと。……術式構築、広域結界展開!」

 若草色の光が翔太たちもろとも周囲を包み込み、世界を僅かに色褪せたものに変えていく。

「僕ら以外に取り残されている人はいないみたい。成功だ」

 若干辛そうな表情を浮かべつつもしっかりとした声で話す姿に、翔太たちは互いに目配せをしてユーノに負荷をかけないよう素早く封印すると頷き合った。……アリサは翔太とは目を合わせなかったけど。

「それで、このウェイブの属性は?」
『属性は月。カードの力としては中位ですね。現状ではなかなかに難易度が高いです』
『封印するにはあの波を越えて、最奥の発生源にたどりつかんとあかん』
「え゛?あれを越えて?」
『そや、あれを越えて』

 視界の先には、サーファーも裸足で逃げ出すほどに荒れ狂う波。一度足を踏み入れたら、プールどころか三途の川に一直線のような気がする。

「空を飛ぶ魔法で……ってまだ教えてなかったよね」
「空っ!?飛べるの?」

 ユーノの言葉になのはが目を輝かす。勢い良すぎてユーノがひいてる。

「えっと、うん。なのはのセンスならすぐに飛べるようになるとは思うけど、今すぐはさすがに」
「そっか……」

 しゅんとするなのはを横目に、なにもバカ正直に波に突っ込むことはないと気付いたアリサがぽんと手を叩く。

「その口ぶりならユーノは飛べるのよね?それならすずかをかかえて行けばいいんじゃないの?」
「自分が飛ぶ魔法と人を浮かせる魔法はまた違うんだけど、出来ないことはないかな」

 じゃあその作戦で行こう、と頷き合う翔太たちに待ったが入る。

『いえ、それはお勧めできません。彼のカードは正面から波を越えてきた者しか主とは認めません。仮にそうやって辿りつけたとしても姿を消して逃げるだけです』

 スピネルの解説に、思わず翔太が「うわ、めんどくせ」と呟いた。数秒考えた後、それならば、と翔太はビニールケースの中から101頁から115頁と274頁を取り出した。

「じゃあ魔女狩りの王イノケンティウスで水を蒸発させながら近づくのは?」
『う~ん、一応正面から向きあっとることになる……か?試してみる価値はあるな』
『確かに水の魔力と相反する炎の魔力をぶつければ、弱い方がかき消されてしまうかもしれません』

 ケルベロス達も一応賛成意見だったので、翔太は他のみんなの意見を聞くために視線を向ける。

「危険だよ。途中で効果が切れたら波にのまれるんじゃないかな」
「でも、あの波を泳ぐのは私でも無理だから他に方法はないと思うよ?」
「それはそうなんだけど……」

 心配げな表情をを浮かべるユーノに、すずかが問いかける。
 ウェイブを封印できるの月の杖だけである以上、波を払う壁役の翔太と、封印担当のすずかは一緒に行動しないといけない。すずかの身の安全は翔太に託されたともいえる。日ごろから姉達に「女の子を守れるナイトになりなさい」と言われ続けていたこともあってか、内心張り切る翔太だった。
 結局他にいい案はでなかったので、翔太の案で行くことになった。すずかはすばやく月の杖を起動し、バリアジャケットを見に纏う。

「よし、行くか」
「待ちなさい。あんたは最低でもこれつけときなさい」

 そう言ってどこかから拾ってきたのか腕浮き輪を差し出すアリサ。うつ向き気味で顔が赤く、そのうえ上目遣いでチラチラみながらのその行動に、翔太は内心ちょっと萌えた。

「おう、サンキュ」
「か、勘違いしないでよね!すずかにはバリアジャケットあるけど、あんたにはないんだから!精々おぼれないように気をつけなさい!」
『ツンデレ乙!』
「だからあんたはうっさいのよ!」

 早々にダメな方の日本文化に染まっているケルベロスだった。

「でも本当に気をつけてね?翔太くん」
「わかってる。さて、それじゃ本格的にいきますか!『能力召喚"ステイル・マグヌス" 術式:魔女狩りの王イノケンティウス!』」

 頁を胸におしつけて、その身に炎の魔力を宿す。よどみのない声で呪文を紡ぐ。
 直接魔女狩りの王イノケンティウスのみ顕現させることも可能だが、正しく文章の中で表現された通りに順序だって召喚した方が威力はより高まる。
 翔太の幻想交差クロスオーバーの源泉は、読んだ人のイメージによるところが大きい。 "魔女狩りの王イノケンティウスだけ出てくる"よりも、"召喚の呪文を唱えて魔女狩りの王イノケンティウスが出てくる"方が納得できる度合いが高くなる。元々がこの世界の法則に会わない異世界の力なのだから、僅かな事でも影響は大きいのだ。

――世界を構成する五大元素の一つMTWOTFFTO偉大なる始まりの炎よIIGOIIOF
それは生命を育む恵みの光にしてIIBOL邪悪を罰する裁きの光なりAIIAOE
それは穏やかな幸福を満たすと同時IIMH冷たき闇を滅する凍える不幸なりAIIBOD
その名は炎IINFその役は剣IIMS
顕現せよICR我が身を喰らいて力と成せMMBGP――ッ!

 現れ出でたるは、燃える真紅の巨人魔女狩りの王イノケンティウス
 術者である翔太、バリアジャケットに身を包んだすずかでなければ、瞬時に喉を焼かれていたであろう高温が周囲を覆う。

「いくぞ!」
「うん!」

 魔女狩りの王イノケンティウス翔太とすずかの周囲をぐるりと囲むようにを操って炎の壁と成し、目の前の波に向かって駆け出す。

――オォォォォォォ………――

 声とも音ともつかない咆哮を上げる魔女狩りの王イノケンティウスに水が触れたその瞬間から、ジュッっと瞬時に消滅していく。普通、超高温の炎に水をぶっかけたら、たちまち水蒸気が巻き上がるが、あちらの波もこちらの炎も魔力でできた存在故に、通常の物理現象とは違う結果になっている。

「波はちゃんとかき消せてるみたいだね」
「でも長くはもちそうにない。走るぞ!」

 ウェイブの魔力に圧されているのか、思った以上に消耗が早い。魔女狩りの王イノケンティウスは本来なら自動追尾の殲滅魔術なのに違った使い方をしている点で威力や維持時間の面で影響が出てくる可能性がある。
 消しきれない水の圧力に押されながらも、翔太達はなんとか突き進み、早くも中ほどまで到達する。しかし、熱に耐性がある状態と言って、高温に体力をがりがりと削られていく二人。

「はっはっはっは、まだ、半分……」
「く、苦し……」

 それに周囲を覆っているせいで酸素もすぐになくなる。あまり長くは持たない。

「あぶない!!」
「「えっ?」」

 そんな時に、ひときわ大きいアリサの叫びが二人に届いた。だがそれと同時に、魔女狩りの王イノケンティウスを飛び越えるほどの大波が翔太たちに降りそそいだ。魔女狩りの王イノケンティウス自体は水をかぶってもかき消せるが、それを越えて真上から水の圧力に潰されてしまえば、術者である翔太の方が先にやられてしまう。

「うわぁああ!?」「きゃあああっ!」

 どぷん、と水に飲まれる二人。
 その瞬間魔女狩りの王イノケンティウスも消滅。翔太たちは成すすべなく水の中に沈んでいく。腕浮き輪も勢いで流されてしまった。
 水の中でなのはやアリサの悲鳴が聞こえても、返事をすることもできない翔太。体力の消耗、酸素不足で身体に力が入らない。このまま死んでしまうのか、そんなことが頭によぎる。



 だが、その中でもすずかは諦めなかった。



 渦巻く水流に流され薄まっていく意識の中で、すずかがジャンプのカードを取り出したのを翔太は見た。

ジャンプ!!』

 両足に跳躍力を高めるための羽が生まれると同時、翔太の手がグッと掴まれる。

(あぁ、とにかく跳んで水面から逃げるのか)

 翔太は回らない頭でそう思った。だが、すずかの選択は翔太の予想を上回る。
 すずかは水平方向・・・・に水中を思いっきり蹴った。

(ごががばっ!?)
『ごめん、ちょっとだけ我慢して!』

 いきなりの水圧に逆に意識を覚醒されられた翔太に、すずかが念話で我慢を強いる。バリアジャケットを構成できない翔太は水圧のダメージをまともにくらっていた。
 翻弄されるがまま抗議もできず(オデノカラダハ ボドボドダ!)と内心で叫び、余裕あるんだかないんだかよくわからない状態の翔太を引き連れて、すずかはそのまま水中を蹴り進む。
 ジャンプの跳躍力はウェイブが生み出す波に負けることなく、最奥まで迫る。結果的に見れば、水中は水面よりも波の影響を受けにくかった。
 すずかは最後のひと蹴りの前に翔太の手を離して一気に跳んだ。

「ぷはっ、汝のあるべき姿に戻れ!クロウカード!」

 水面から勢いよく飛び出して、発生源にいた波打つ水球に月の杖を突きつけ叫ぶすずか。それは形をなくし、やがてカードへと形を変えていった。
 翔太はその光景を少し離れた場所の水面から、顔を出して見つめる。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……し、死ぬかと思った」

 水中で痛みに耐えるため歯を食いしばっていたせいで、アリサに叩かれた時にできた口内の傷口がまた開いて口の中は血の味でいっぱいだった。

「ごめんね、しょう…たく…」
「あ、おいすずか!?」
『マスター……?』

 翔太が顔を向けると同時に、すぅっと意識を失ったのか、バリアジャケットも月の杖も消え、水の中に沈むすずかがの姿が見えた。
 高温に包まれて体力を消耗して、その上酸素不足。水の中では息継ぎもできずに無呼吸で全力の魔法&肉体行使。そもそもからして美由希との勝負で疲れていたすずかの体力が、限界を迎えてしまったのだ。

「すずか! すずかぁ!」

 翔太もそれなりの消耗をしていたが、その光景に疲れなんて一気に吹き飛んだ。
 必死にすずかの元へ泳ぐも、ジャンプ一回分の跳躍距離が存外遠い。その上ここは波の出るプール。ウェイブが消えても、普通の波が襲いかかってくる。普通なら問題ないレベルだが、体力を消耗した翔太ではなかなか進まない!

「すずか! しっかりしろ! すずか!!」
『こちらです。急いでください』
「翔太! これに掴まって!」

 正確な時間はわからない。一分、いや十数秒程度だと思いたい。それだけの時間をかけて、翔太はなんとかすずかを水面まで抱え上げた。

 意識はない。

 ユーノが出した魔法の鎖を掴んで、それを引っ張るなのはとアリサの元へたどり着くまで、すずかに声をかけ続けるが、まったく反応がなかった。

「すずか!起きてすずか!」
「どうしよう!すずかちゃん息してない!」
「息っ!?」
『お、おちつくんやみんな!?』

 プールから引き上げたものの、全く改善されないすずかの状況。翔太も含め、子供たちはみんな、それにケルベロスまでパニックになってる。
 ただひとりを除いて。

『誰か人工呼吸をお願いします』

 スピネルの冷静な声に、みんな我に帰る。

「人工呼吸! そう人工呼吸よ!」
「わかった!」

 アリサの言葉をきっかけに、翔太は無我夢中で人命救助の記憶を探ってすずかに触れる。
 仰向けに寝かせて、顎を上に突き出す形に首を固定して気道を確保。
 空気が漏れないように鼻をしっかりとはさみ、すずかの口を翔太の口が覆う。

「えっ、ちょ!?」

 誰かの慌てる声を聞き流しながら、翔太はゆっくりと息を吹き込む。
 少し胸が膨らむのが確認できたので口を離す。そしてもう一度繰り返す。
 すると―

「っ!げほっけほっ!」
「すずかちゃん!」
『ひとまず大丈夫なようですね』

 水を吐き出しやすいように体を横に倒して背中をさする。
 そのまま何度か咳と共に水を吐き出したすずか。

「けほっ、けほっ、みんな心配かけてごめんね……」

 翔太が背中を支えて、上半身だけ起き上がったすずか。
 顔色は悪いながらも、微笑んで謝る。

「お前が謝るなよ……」

 側にいたのにすぐに助けられなかった翔太が沈痛な表情を浮かべる。

「とにかく結界から出よう!お姉ちゃん達と合流してすずかちゃんを病院に!」
「そうね! 急ぎましょう!」
「だ、大丈夫だから」
「そんなふらふらの身体で言っても説得力皆無だ。いくぞ」
「あっ……」

 背中においていた右手はそのままに、左手をすずかのひざ下を通して横抱きにして抱きあげる。通称お姫様だっこ。もちろん今の状況でそれを茶化すような者はいない。

「とりあえず一旦物陰へ。そこで結界を解除するよ」
「その後はすぐノエルさんたちと合流して病院。文句ないわねすずか?」
「……うん。わかりました」

 アリサの強い言葉に観念したのか、翔太の腕の中で力を抜くすずか。
 華奢な体を抱きながら、自らの不甲斐なさに憤りを隠せない翔太。内心の焦りをぶつけるように、駆け足を速めた。



 その後、病院で特に異常なしと診断されたすずかと共に、保護者の目を盗んで勝手な行動をとったことを叱られそうになった翔太たちだが、そろって体力や心労の限界で眠りに落ち、お叱りを回避することが出来たのだった。



翌日に持ち越されただけだけど。



[36269] 姉弟×お風呂=雀宮の一端
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:49
「ん~…… んー?」

 薄暗い部屋の中で、目を覚ます。三日月が照らす淡い光の中で、ここが自分の部屋である事を理解する。普段寝るときに閉じているはずの障子は、開かれたまま。そこから差し込んだ光がちょうど瞼を撫でたらしい。淡いとはいえ光は光。中途半端な眠りを妨げるには月光で十分だったようだ。
 直前の記憶は、病院ですずかの診断結果を聞いた時から途切れていた。色々あったせいであのまま寝てしまったのだろう、と欠伸をしながら推察する。寝ている間に家に連れ帰られたらしい。時計を確認してみると深夜二時。草木も眠る丑三つ時である。
 なんとなく身体の匂いを嗅いでみると、汗と、そして少しだけ塩素の匂いがした。急いでプールを出ようとしたせいでシャワーもおざなりだった気がする。時間も遅いけど風呂に入ろう、と桐のタンスから着替えとタオルを取り出して風呂場へと向かった。



「ん?」

 脱衣所に足を踏み入れると、こんな時間だというのに風呂場の中から水音が聞こえてきた。しかも電気はつけられていない。一瞬訝しんだが、すぐに思い至る。我が家には夜こそが活動時間の姉がいる事を。

『……くびがしまる』

 風呂のガラス越しに、くぐもった声が聞こえてきた。内容は不穏だが、翔太は慌てることなく服を脱いで、そのまま浴室の扉を開いた。

「だから一人で風呂に入るなっていつもいってるじゃん。白鳥しらとり姉」

 自らの長く白い髪が絡まって、身動きの取れなくなっていた少女がそこにいた。



「はぁ、ようやくほどけた」
「……感謝」

 なでりなでりと翔太の頭に触れる白い少女。翔太の三学年上の姉、白鳥しらとりだった。もっとも、体質の問題で学校には通っていないが。
 透き通るような、と言うよりも実際に透き通って血管が見える白い肌。そして身長以上に伸びた真っ白な髪の少女。それが白鳥だ。先天的な遺伝子疾患で、メラニンの欠乏により日光に弱い。所謂アルビノである。
 日中は離れの地下室で寝て過ごし、日が沈んでから目を覚ます。実際のところ、太陽の下を全く歩けないと言うわけでもないが、そのために行う日光対策を面倒がって、昼間に外に出たことはほとんどない。アルビノ関係なく、出不精なだけとも言う。

 天窓から差し込む月光だけに照らされた浴室。白鳥の目は強い光に弱いのでいつも電気は付けない。その所為で髪を解くのに時間がかかった。

「なんでこんな時間に一人で風呂にはいってんの?」

 姉の髪を洗いながら翔太は問いかける。手慣れた所作でシャンプーボトルを消費していく。
 白鳥は髪を生まれた頃から一度も切っていない。身長を超えて伸びた髪は、今では歩くと引きずるほどの長さだ。一人で洗うには少々難易度が高く、大抵他の誰かと一緒に入浴して世話をしてもらっている。

「……そろそろ起きる頃だと思ったから」
「俺が?」
「……ん」

 その中でもメインのお世話係が翔太だった。次いで長女の鶴義つるぎ、次女の美羽。そこから大きく頻度は減って三女の燕、四女の鶫である。

「俺以外に頼めばいいのに」
「……鶴ちゃんと美羽ちゃんは丁寧だけど遅い。……燕ちゃんと鶫ちゃんは早いけど雑」
「俺は丁度良いって?」
「……ん」

 身体が冷めないように何度もかけ湯を繰り返しながら、「かゆいところはないですかー?」「……少し、左」と言ったやり取り以外は特に口を動かすことなく黙々と洗っていった。

「泡流すから目閉じてー」
「……ん」

 洗い終われば次はトリートメント。なじませる間に身体を洗う。互いの背中を流し合い、最後にトリートメントを流してようやく浴槽に身を沈める。

「はふー」
「……御苦労様」
「いつものことー」

 二人入っても十分な広さの浴槽で、手足を伸ばして息をつく。
 風呂の扉を開いてから40分が経過していた。今はまだマシだが、冬場に髪に集中しすぎてかけ湯を忘れると、風邪をひきやすくなるので気を抜けない。雀宮家の風邪の原因は大抵これである。でも不思議と白鳥本人は風邪をひかないのだからなんか納得いかない。

「……翔ちゃん、こっち」

 寄りかかっておいで、と手招きをする。

「えー」
「…………」
「うっ」

 少し悲しそうな目をする白鳥。
 翔太と白鳥は基本的に活動時間が異なっているため、風呂場は数少ない重なり合った時間で、貴重なコミュニケーションの機会だ。だから白鳥は僅かな時間を最大限に活かすように、スキンシップを好む。

「………………」
「……」
「…………………………」
「……うぅ」
「……………………………………」
「わかった、わかりました……」
「~♪」

 根負けした翔太が、白鳥の身体に背を預ける。慣れているとは言っても、さすがに羞恥心はある。だがそんなことはお構いなしに白鳥はすかさず胸に手を回してぎゅっと抱きつき、翔太の右肩に自らのあごを乗せてご満悦だ。ここまでされるともう諦めるしかない。姉が喜んでるならそれでいっか、と素直に力を抜いた。



 それから数十秒。

「……翔ちゃん」

 不意に白鳥が口を開く。

「ん~、なにー」

 脱力して間延びした返答を返す。

「……翔ちゃんにとって、今のこの世界は、……楽しい?」
「楽しい」
「……即答」

 間髪いれずの答えに少し驚く白鳥。
 白鳥には不思議な力がある。雀宮家の祀る神である朱雀に言葉を届けることができるというのが筆頭だが、それ以外にもいろいろある。
 毎年お盆辺りには11年前に亡くなったお爺さんの言葉を婆ちゃんに伝えたりしていたし、人見知りが激しく上がり症で物凄く強い鶴義が、何か騒ぎに巻き込まれてをまきおこして怪我をして夜遅く帰ってきた日には、薬箱を持って玄関の前に立っていたし、厨二病に見えて厨二病じゃない長男の翼が「お、俺の中の黒い衝動が!」と唸っていた時にビンタ一発で黙らせていたし、宝物をなくしたと半泣きの美羽の探し物を一発で見つけたり、髪をほどいたらどこからどう見ても同位体にしか見えない燕と鶫を見分けたり、三年生進級時のクラス替えで翔太が、アリサ・すずか・なのはと同じクラスになる事を言い当てたりと、枚挙に暇がない。普段どこで何をしているのかわからない両親の帰宅時期を知らせるのはいつも白鳥の口からだ。何の連絡もないはずなのにそれがわかり、家族も疑うことなくそれを信じている。

「……翔ちゃんの元の世界にないような危険も、この世界には、あるよ?」

 おそらく白鳥は、翔太の周りで起こった出来事についても把握しているのだろう。

「うん、身をもって経験した。多分俺が思ってる以上に危険なんだと思う」

 ウェイブの起こした大波にのまれ、意識を失いかけた。あそこですずかに助けられなければ、もしかしたらあのまま…… という未来もあったかもしれない。

「……じゃあ」
「それでも、楽しいよ」

 それでも、翔太は言い切った。

 翔太に宿る魂は、白鳥が神に願った事によって召喚された。本来ならこの世界にいるはずのない魂。通常ではありえない危険が潜んだこの世界に呼び出した事に、白鳥は引け目を感じている。
 翔太は"魔法少女リリカルなのは"の物語をよく知らない。どんな結末を迎えるのかわからない。どんな危険があるのかもわからない。先読みして避ける事もできない。

 でも自分の意思で関わった。誰に言われたからでもない。偶然ジュエルシードの暴走体に襲われたからでもない。自身の異能を、幻想交差クロスオーバーを使うために、とある魔術の禁書目録を書き始めた時点で、翔太の意思は決定していた。

 この世界で生きる事を。他の誰でもない、雀宮家の末っ子として、生きる事を。



「だから、一つ訂正」
「……?」

 右肩に乗る姉の目を見ながら翔太がはっきりと宣言する。

「ここが、俺にとっての元の世界だよ」

 数瞬、固まる。その言葉の意味を理解した白鳥は、顔をほころばせ翔太にまわしていた腕に力を込めた。

「……んー♪」
「きつい、きついって」

 口では文句を言いながらも、楽しそうにじゃれあう二人は、本当に仲の良い姉弟にしか見えなかった。



 それから更に数分。
 温めのお湯とはいえ少々長居し過ぎな気もするが、伊達に火を司る朱雀を祀っているわけではない雀宮家。火や熱には人並み以上に強いので大丈夫だった。

「……翔ちゃんには、いろんな才が眠ってる」

 ぽそっと呟いた白鳥に、翔太は視線だけでその意を問う。

「……魂を持たない、空の子として生まれた事。
 ……翼ある者の神、朱雀を祀る雀宮家の血筋であること。
 ……長湯が大丈夫なのもそう」

 正直最後のはどうでもいいと感じる翔太。

「……雀宮にはいろんな秘密がある。翔ちゃんはそのすべてを知ることはない」

 どこか遠くを見ているかのような瞳で、確信をもった言葉を呟く白鳥。

「……でも、その中で、翔ちゃんのこれからの道に役に立つ事を少し教えてあげる」

 翔太を巡る世界は少し前に、変化を迎えていた。ユーノに出会う事、ジュエルシードと関わる事、そして魔法を知った事で。
 今はまだ小さな変化だが、きっとそれは時を追うごとにより大きな変化へと変わっていく。そんな中でも無事に家に帰ってこれるようにと白鳥は願い、翔太の力になりそうな事を語る決心をした。
 翔太は黙って頷き、白鳥の言葉を待つ。

「……うちには広い道場があるよね?」
「うん。でも特定の流派なんてないよね? 皆武器も動きもバラバラだし」

 早朝に白鳥を除く兄妹全員で道場に集まって体を鍛えるのが雀宮兄妹の日課だ。長姉の鶴義は長刀を振るい、長兄の翼は小太刀を二刀扱う。ここまでであれば翔太も雀宮家は代々剣術を扱うのかとも思ったが、それ以降がおかしかった。
 美羽は糸を操り、燕は手甲、足甲を用いた格闘術。ちなみに指にはメリケンサックが輝いている。鶫に至っては、"やがらもがら"というもはやわけのわからないものを振り回している。ちなみに白鳥は鉄扇だ。

「……雀宮の者は、己が扱うべき武器が、触れた瞬間にわかるの」
「武の才能があるってこと?」
「……覚醒するの」
「覚醒?」

 どういうことかよくわからなくて、首をかしげる翔太。

「……自分に合った武器を手にした瞬間、スーパーサイヤ人になる感じ」
「…………ああうん、分かりやすいけどもう少し飾った例えはなかったの?」

 突っ込むところはそこじゃない。

「まあ、確かに皆の強さは次元が違うと常日頃から思ってたけど」

 日々の鍛錬の様子を思い出してみる。
 武器を持った姉や兄は、はっきり言って人間の技じゃない。長姉が九頭龍閃を放った時は人間を止めたと思った。でもそれ以上に、長姉と同等な技を放つ兄や姉達が暴れても、道場がビクともしてないのが一番異常な気もするが。

「……だから翔太に合った武器を探すの」
「武器、か」

 なのはにはデバイスが、アリサとすずかには封印の杖があるが、翔太にはない。ユーノから時々教えてもらっているミッドチルダ式魔法もデバイスがないので大した成果は上がっていない。翔太の今の武器は禁書の小説だけだ。それも補充に時間のかかる消耗品。早々に手に入れないとこの先は厳しいのかもしれない。

「白鳥姉にもわからない?俺に合った武器」
「……本人が触れる以外に分かる方法がない」

 鶫のやがらもがらなんて何時触れる機会があったのか甚だ疑問である。

「残念。地道に探してみるしかないか」
「……必要な時になったら必ず出会える」
「今はその言葉を信じてみるよ」
「……それともう一つ」

 翔太から身体を離し、翔太の肩に触れて向き合うように促す。

「どうしたの?」
「……雀宮の戦名いくさなを翔ちゃんにつける」
「戦名?」

 とても大事な事をしようとしていのを察した翔太は、背筋を伸ばし、白鳥の赤い瞳を真っ直ぐに見詰める。

「……雀宮には、全身全霊をもって打倒する、と決めた相手にのみ名乗る事が許される名前がある」

 諱、真名とは真逆の意味を持つ名前である。

「……魂に刻み、相手と相対したときに名乗ることで、自分の持つ力を限界以上に引き出せるようになる名前」
「それこそまさにスーパーサイヤ人みたいなもの?」

 その言葉にふるふると首を振って否定する。

「……そんな便利なものじゃない。魂に刻むということは、魂を削るということ。一生で、そう何度も使えない。不用意に名乗るとそれだけで死ぬ」
「そんなに?」
「……ある種の呪い。その分効果は絶大」

 いつか必ず必要になる時が来る。白鳥はそう確信している。
 本来は十を迎えたその日に家族の中の誰かによって名付けられる。その名を知るのは本人と名付け親のみ。名付け親でなければ、例え生みの親でも戦名は知ることはできない。
 でもそれでは遅いと白鳥は感じた。根拠はない。明確に何かが視えたわけではない。ただ、今名付ける必要があると感じたのだ。

「……力を抜いて目を閉じて。心を開いて受け入れて」
「ん」

 指示通りに目を閉じて、心を落ち着ける。指が額に当てられるのを感じた。



「……告げる。朱雀の眷族よ。
 ……己に刻め。心に刻め。命に刻め。魂に刻め。
 ……猛き名を。勇ましき名を。忌むべき名を。呪いの名を。気高き名を。
 ……遍く数多の世界を超えて、ただ一つの戦名イクサナを」

 湯船の水が光り出す。周囲に"力"が満ちていく。
 白鳥は最初からそのつもりで湯船を清めた水で満たしていた。

「……刻め。刻め。戦名"―――"!」

 どくん、と魂が波打ち全身を震わせ、熱さ冷たさ快楽痛みが混然一体となって突きささる。翔太の意識はここで途切れた。

「……完了」

 意識を失って湯船に沈み掛けた翔太を支えながら、一仕事やり遂げたような顔で満足げに呟く。目が覚める頃には魂に戦名が定着している。

「……これからいろいろ大変だと思うけど」

 浴槽から翔太を抱きあげて、脱衣所に連れていく白鳥。その顔は優しく微笑んでいた。

「……頑張れ、男の子」



[36269] 飛翔×透明=魔法の才
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:54
「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル20、封印!!」

 なのはの封印魔法のおかげで、ジュエルシードの魔力に操られていた骨格標本や人体模型、音楽室の人物画が廊下にカラカラと転がる。

「これで解決、かな?」

 レイジングハートを胸に抱くように持ち直し、びくびくしながら周囲を見回すなのは。
 廊下には学校の怪談にありがちな物品が所狭しと転がっていて、それだけで結構不気味だった。

「ふぁあ~~。眠いからとっとと帰ろうぜー」
「えっ!? この惨状はどうするの!?」
「全部かたずけるのなんて無理無理。いいじゃん、新しい怪談ってことにしとけば」

 ひらひらと興味な下げに手を振りながら立ち去る翔太を慌てて追いかけるなのは。良心的には片付けたいところだが、暗い校舎の中でひとりでそんな作業をするくらいなら己の良心に目をつぶる。

 今夜のジュエルシードは、生徒達の"夜になったら学校はこうなっている"という淡い願い、というよりも思いこみというかそういうものを感じ取って発動した。
 動く人体模型、喋る骸骨、走る二宮金次郎像、目が光る音楽室の人物画など、ありがちな学校の七不思議がてんこ盛りだった。遭遇するたびに悲鳴を上げるなのはが面白くて、翔太は頻繁に写メを撮っていた。アリサとすずかに見せる気まんまんである。

『――――』
「んー? うん、もう大丈夫」
『――――』
「良いって良いって。こっちこそ騒がせて悪かったな」
『――――』
「おう。じゃーな」
「……? 誰と話してるの?」

 携帯電話を片手に昇降口へ向かいながら、誰かと話している様子に首をかしげる。

「誰って、洋一さん。多分知らんと思うけど」
「……誰?」
「念話でもしてたの?」

 知らない名前に、かしげる首の角度をさらに深くするなのはと、念話が未熟で口に出してしまったのかと思ったユーノ。

「宿直の先生や忘れ物を取りに来た生徒を脅かすのが生きがいのこの学校に住む幽霊だよ」
「「え゛?」」

 二人揃って翔太がさっきまで話していた方向に振り返る。でもそこには誰の姿もなかった。

「も、もうっ! 翔太くん嘘ついて私を怖がらせようとしてるんでしょ!」

 ぷんぷんと言った感じで前に向き直って翔太を責め立てる。翔太はにやにやと笑うだけで肯定も否定もしない。ただ、視線はなのはの顔ではなくその後ろの方に向いていたが、その事は必死に気付かない振りをするユーノだった。



「いやー、それにしてもリアル"学校の怪談"だったなぁ」
「もう、笑い事じゃないよ!!」

 学校のセキュリティを麻痺させていた御坂美琴の能力をといて、校門から堂々と出る翔太たち。
 時刻は深夜1時。良い子はとっくに寝る時間である。
 良家の子女であるアリサとすずかはこんな時間に家を抜け出せるはずもなく、今回は翔太となのはとユーノだけで事にあたったのだった。翔太も一応良家の子供だが、おそらく事情を察している白鳥に笑顔で送り出されていた。
 アリサ達も一応抜け出そうとしたらしいが、メイドに見つかってしまったとのこと。結果的に翔太たちだけで事が納められたので、なのはのおもしろ写メと共に、ジュエルシード封印の報は入れている。

「それにしても翔太は飛行魔法の精度がすごいね。デバイスなしとはとても思えないよ」
「んー。名前に"翔"が入ってるのは伊達じゃないってことかな」
「どうせ私は菜の花だもん! 地面に咲いてる地味な花だもん」
「な、なのはだってすごいから! 翔太が規格外なだけだって!」

 今回のジュエルシードは、いろんな怪談に力が分散していたので、全部一か所に集めないと封印が出来ない、というすこし厄介な性質を備えていた。
 それを封印するために、追いかけたり追いかけられたりして一か所に誘導しなければならないが、校舎が広いため走って行うことは到底無理だった。人体模型や二宮金次郎像とかかなり足が速かったし。なので、途中から飛行魔法をつかって追いこんでいったのだ。
 ちなみに何故なのはがいじけているのかと言うと、スピード制御ができなくて壁にびたーんってなんどもぶつかったからだ。怪我がないのはバリアジャケットさまさまだが、そのシーンもしっかり翔太の携帯には収められている。

 以前プールの時にユーノが口走った飛行魔法。その後、なのはがすごい勢いでくいついて、教えてもらえるようにねだった。そして先日習得して、今日が本格使用だったというわけだ。広い大空を自由に、といかなかったのは残念だが、その分狭いところで飛ぶ感覚が学べたのは良い機会と言えた。
 一番飛べるのが翔太で、次がなのは。大きく差をつけてすずかで、まったく飛べないのがアリサだ。アリサが飛べないのは本人の適性とかじゃなく、太陽の鍵と契約してしまったかららしい。
 太陽の力の源は光と火と"地"。地の属性があるせいで、太陽の鍵と契約をした術者は、他魔法形態では空を飛べなくなるという一種の呪いがかけられてしまうのだとか。これをケルベロスから聞かされたアリサは、太陽の鍵を屋上から投げ捨てようとした。……なんとか説得して憤りを収めたので最悪の事態は避けられたのだが。
 かといってアリサが空を飛ぶ手段が全くないわけではない。ケルベロスが言うにはフライのカードがあればアリサも飛ぶことが出来るようになるとのこと。
 それを聞いたアリサはクロウカード探索時の時に「フライ出てこいフライ出てこいフライ出てこいフライ出てこい」とひたすら唱えるようになってしまってちょっと怖い。
 「空を飛べるとこんなに楽しいよー。ほーれほーれ」とかやってると殴られた奴もいる。

 アリサと翔太と言えば、以前のプールで起きた裸事件が微妙に後をひいてる感がある。一応普通に接することはできているが、ふとした拍子にあの時の事を思い出して翔太のことを意識してしまう。手が不意に触れでもしたら赤面症もかくやといった様子になることもある。
 翔太は特に気にした様子はない。ほとんど毎日姉と入浴しているのだから当然と言えば当然かもしれない。むしろアリサの反応を楽しんでいるようですらある。

 すずかとの関係の方は特に変わらず。人工呼吸の件はすずかも気付いているが、人命救助の為と理解しているので特にそれ以降話題にあがることはなかった。ただ、すずかの視線が翔太に向くことが比較的多くなっているのは事実だった。

 「そう言えばこないだの体育の時の視線はだいぶ熱っぽかった気が。……はっ!? こないだのお姫様だっこで「たくましい翔太くん素敵!」ってなったのかも――」

「それはない」
「それはないと思うの」
『それはありえません』

 レイジングハートまで思わず突っ込むほど頭の悪い推測だった。

「すずかちゃんが見てたのは、きっと翔太くんが派手に転んだのが心配だったからだと思うな」
「そういやあんときは思いっきりずっこけたんだっけ」

 ドッヂボールですずかが投げた剛速球を避け損ねて派手に転倒したのだ。翔太が生まれて初めて保健室の世話になった日だった。実際大した怪我ではなかったものの、自分が投げた球が原因なら心配くらいするというものだ。無論、真相はすずか本人にしかわからないが。

「さて、本当に夜も遅いしさっさと帰ろうぜ。俺とか明日試合あるのに」
「そうだね。それじゃおやすみー」
「おやすみー」

 バリアジャケットのまま空に舞い上がるなのは。実は中身がパジャマで、そのままセットアップして飛んで来ていた。翔太は寝巻に着替えていたので、わざわざ着替えなくていいのは羨ましい。
 それを見届けた翔太もふわりと舞い上がり家の方に飛んでいく。歩いて帰ってたら時間かかる上、子供が出歩く時間でもないので見つかったら面倒だからだ。
 家へと向かう道すがら、複雑な機動をとりながら、遊び半分訓練半分で飛んでいく。高速飛行に急上昇急降下急旋回。思いつく軌道をびゅんびゅん飛んで、あっという間に屋敷に到着する。
 飛行魔法を知ってから数日しかたっていないと言うのに、ここまでの速度、精度が出せるのはそうはいないので、ユーノは大変驚いていた。それもデバイスの補助なしで。
 先日姉に言われた「……翼ある者の神、朱雀を祀る雀宮家の血筋であること」という言葉に合点がいった翔太だった。



「「「「ふぁあああ~~~~…………」」」」
「きゅああ~~~~……」
「どうしたんだい?四人そろって大あくびして。ユーノもあわせると五人かな?」

 日曜の朝九時。河川敷のグラウンドに集まったのは三十数人の子供達と数人の大人達。
 これから行われるのは翠屋JFCと隣町の遠見JFCの練習試合だ。その試合前に雑談をしていた翔太達はそろって欠伸をしていた。

「にゃはは、夜更かししちゃって…」
「なのはは8時くらいには寝たと思ってたんだけどな」
「電話で! ね? すずかちゃん!」
「えっ!? あ、うんそうだよねなのはちゃん」
「ふーん。翔太もかい?」
「えぇまあ、俺はアリサと」
「ちょっ! 適当なこと言わないでよ!」
「俺が連絡(念話)したせいで寝るのが遅くなったのは事実だろ」
「そうなんだけど! そうなんだけど!!」
「へぇ、寝不足になるほど長く話すなんて、二人とも仲が良いんだね」
「それを言われたくなかったのよぉ!!」

 どかーんと爆発するように言うアリサ。内実をわかっていながら、わざと面白がって弄った様子の士郎だった。

「あはは、じゃあ応援よろしく頼むよ。それじゃいこうか」
「了解です」

 士郎に促されて翔太はグラウンドに足を踏み入れる。

「いっちょ頑張りますか」






「うぁーーーー」
「せっかく勝ったのに何情けない声上げてんのよ」

 試合終了後、翠屋でいつものメンバーとティータイム。毎度同じくユーノがいるのでオープンテラスだ。
 チームメンバーは店内で士郎のおごりで打ち上げ中。

「でもボールの支配率じゃ圧倒的に負けだ」
『支配率?』
「どっちがボールをキープできたかってことだよユーノくん」
『そういえば終始攻められっぱなしだったよね』

 試合結果は1対0。翠屋JFCの点はうまくカウンターを決められた1点だけ。終始相手チームに振り回されて、本来の自分たちのサッカーが出来なかったせいで思った以上に疲れていた。

「やっぱキーパーのキャプテンのおかげだな」

 翔太は盛り上がっている店内の様子を除き見る。キャプテンの隣にはマネージャーの女の子が労をねぎらっているのが見える。

「あれ?」
「どうした、なのは。キャプテンに惚れたのか?」
「ち、ちがうよ!」
「キャプテンとマネージャーはデキてるから間に入ろうとすんなよ」
「だから違うって!」

 ひとしきりなのはをからかう。決して試合で活躍でなかった八つ当たりじゃない。決して。

「で、午後からアリサとすずかは予定があるんだっけ?」
「ええ。きょうはパパと買い物の予定なの」
「ごめんね? 昨日も結局お手伝いできなかったのに」
「いいっていいって。昨日俺らも遅かったし、今日は皆好きに行動するってことにしようぜ」
「え、でも…」
『みんな頑張ってくれてるし、たまには良いんじゃないかな』
「なのはも気負いすぎんなって。ん、中のみんなも解散するみたいだし、そろそろ俺も帰るわ」
「おつかれー」
「お疲れ様」

 足元に置いていたスポーツバックを肩にかけて席を立つ翔太。でもそのまま帰るんじゃなくて、一旦店内のメンバーと合流して、士郎に挨拶をしていく。
 そして三々五々に解散をしていくメンバーと共に外に出る頃には、アリサとすずかもいなくなっていた。鮫島が迎えに来て、一緒に乗っていったとのことだ。

「じゃあな。なのは、ユーノ。お前も休めるときにしっかり休んどけよ」
「…うん」
『またね』

 実際にジュエルシードやクロウカードが発動したら、昨日みたいに夜中とか関係なくいかなくちゃいけないんだから、出来る限り身体を休めておくのも大切な仕事だろう。
 それでも真面目ななのは納得が言ってない様子みたいだが、気負ったところでなにが出来るわけでもない。そのまま翠屋から離れて、一路自宅へ歩いて行く。
 ……なのはに休めと言っておきながら、翔太も実は休む気がなかったりする。






「さて、訓練を始めますかね」

 木々に囲まれた森の中、誰にともなく呟いて精神を集中していく。
 一旦家に帰って荷物を置いて、それからまたすぐ家を飛び出してこの場所まで走ってきた。そこは前にジュエルシードが発動した神社の裏手にある森の中だ。
 この神社は、朝晩に限って言えば犬の散歩に訪れる人が多いが、逆に昼間は閑散としている。その上裏手の森に足を踏み入れる人など言わずもがな。人目に触れては困る魔法の練習をするにはうってつけの場所だった。

「…………」

 翔太は自分の中にあるリンカーコアに意識を集中させていく。
 活性化させて生み出した魔力を背中に、肩に、肘に、手首に。腰に、膝に、足首に。そして耳にまで纏わせていく。
 目を凝らしてみれば、それらの場所に半透明の小さな翼が形作られているのがわかるだろう。
 身体の節々に生やした無数の翼。これが翔太の高速かつ高精度の飛行魔法を可能としている秘密だ。それぞれの翼が推進力を持ち、姿勢制御を行える。
 全ての翼を"前に進む"つもりで動かせばかなりのスピードが出るうえ、各翼をうまく連携させれば複雑な軌道も思いのままだ。その分身体にかかるGが辛いところではあるが、この辺りは身体強化魔法を教えてもらいながら対応中だ。
 ユーノが教えた飛行魔法は本来こういう形ではない。デバイスがないせいでテキトーに術式を覚え、そしてテキトーに発動させたら今の形になったのだ。

「翔太は空を飛ぶために生まれてきたのかもしれない」

 信じられないと驚きながら、そんな風にユーノが呟いたのがすごく印象的だった。ユーノが信じられないと驚いたのはこれだけではなかった。翔太の魔力光がそうだ。
 翔太の魔力光は透明。何色でもない透明だった。一応目を凝らせばうっすらと見えるし、何らかの術を発動、例えばプロテクションを発動させれば、輪郭や副次的に発生する魔法陣はハッキリ見える。
 透明の魔力光など見たことも聞いたこともないとユーノはひたすら驚いていた。しかし翔太自身はなるほどと思ってしまった部分もある。
 "雀宮翔太"の身体に今の魂が宿るまで、何者でもない空の子だった。無色透明の存在として生まれた翔太が持つ魔力光もまた無色だったとしても不思議なことではない。

 そう自分の中で結論付けて、飛行訓練を始める。
 ふわりと体を浮き上がらせて、中空に漂う。周囲は木が多い茂る森の中で、真っ直ぐ飛ぶことなどできない。だがこの中で速度を維持したまま木を避けながら飛び続けることで、より精密な飛行が身につくようになる。

「レディー…、ゴー!」

 そうして時間を忘れて飛びまわる。
 より早く、より正確に、高みを目指して木々の隙間を翔け抜ける。

『翔太くん、大変なの! 街中で岩がはえたり地震が起きたりして大騒ぎになってるの!』
『ジュエルシードの感じじゃないから、きっとクロウカードの仕業だよ!』

 ……でもせっかくの休みも、せっかくの訓練も、事件が起きれば切り上げないといけない。

『おっけー、合流しよう』

 ため息交じりに携帯電話をたたみながらそのまま上空に舞い上がる。今日も厄介なお相手が現れたようだ。



[36269] 大地×大樹=対抗する五人一組
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:55
「おいおいこれ結構な騒ぎだぞ?」

 下から見つかる事がないように、かなり高い位置から近く強化の望遠魔法で街の様子を見渡す。
 至る所で小さいながらも岩の山ができあがり、なおかつ地面が揺れているのか人々は地に伏せている。影響がないのは木が生えている場所だけだ。

「こりゃアーシーのカードか?四大元素の高位カードの御登場かよ……」

 なのはの世界についての知識はないが、クロウカードについての知識はある翔太。見覚えのある光景に身震いをする。
 樹木には影響が及ばないことから、カードキャプターさくらの知識と一致するので間違いはないと翔太は判断する。しかしこっちにはウッドのカードがない今、どうやってこいつを封じたらいいのだろうか。

「翔太くんっ」

 ユーノを肩に乗せたなのはが下から飛んできて翔太の隣に並ぶ。合流するために急いで来たせいで見ていなかったのか、ここで初めて下の状況に息をのむ。

「ど、どうしよう! このままじゃ町が!」
「ここまでの強い力を持ってるなんて……」

 なのはは焦り、ユーノは言葉をなくしてる。公園や神社の一角に比べて今回は町全体なのだから、被害規模はこれまでのものとは比べ物にならないくらい広い。

「ユーノ、あいつをウェイブの時みたいに結界の空間に閉じ込めることはできないのか?」
「最初に地面が揺れたときにやろうとしたんだけど、アイツの力が強すぎて包みこめなかったんだ」
「うわ、そりゃまずいな……」

 早く封印しないと町が危険だ。翔太はおもむろに携帯電話を取り出す。
 自体は一刻を争う。封じ方はまだ分からないが、とにかく太陽属性のカードを封じる力を持つアリサにかけてみる。

『翔太!?今私も連絡しようとしてたのよ!』

 ワンコール鳴る前にすぐにアリサはでたが、あちらも相当焦ってる。

『さっきからケロちゃんがクロウカードの気配を感じるって言ってるんだけど、そっちで何かあった!?』
『街中に岩が生えて、地震が起きてるんだ。それにその範囲も広がってるみたいだ』

 数秒前よりも岩が生えてる範囲が僅かに広がってる。逆にそのおかげで同心円状の中心にアーシー本体がいる事が予想できる。

『そりゃおそらくアーシーのカードや! でも手持ちのカードじゃ捕まえるのは……』
『そうは言ってもほっとくわけにゃいかんだろ! このままだと町が大変なことになるぞ!』
『そうなんだけどっ、町が大変だから今戻ることはできないってパパが!』

 アリサは父親との用事で海鳴から離れていたのだった。
 しかもアリサは飛行魔法が使えないから自力で来ることもできない。走っていたのでは到底間に合わない。

『なら俺がお前を迎えに行くから待ってろ!』
『……わかった、待ってる! パパに見つからないように撒いておくわ』

 なるべく早く来て、と言い残して電話が切れる。被害が取り返しがつかなくなる前に、とにかく急いで行動しないといけない。

「なのは、ユーノ、ここは任せていいか?俺はアリサを迎えに行ってくる」
「う、うん。今すずかちゃんもこっちに向かってるって」

 翔太がアリサと話している間になのははすずかと連絡を取っていた。すずかはミッドチルダ式飛行魔法とジャンプを併用して空中で跳躍することで、細かい制御はできないが直線の移動速度は結構早い。すぐになのはと合流できるはずだ。

「それじゃすずかと合流したら3人でアイツを押さえておいてくれ。意識を逸らすだけで良い。アイツがアーシーである以上、地面に降りさえしなければそれほど危険はないはずだ」
「そうか、地のカードなら空は飛べないんだね」
「本体の位置は把握してるな? ユーノ」
「うん、あの同心円状の中心だね」
「スピネルさんも私の魔力ならアーシーを驚かせることくらいはできるかもって言ってたから頑張る!」

 伝えるべき事は伝えた翔太は、浮遊と姿勢制御にまわしていた魔力を推進力に変える。

「フィアフルフィン、全開!」

 全身の羽に意識を集中。フィアフルを直訳すれば"恐ろしい"とか"身の毛もよだつ"とか"物凄い"といった意味になる。名前については特に深い意味はなく、なのはの飛行魔法であるフライヤーフィンに対抗して、それよりもすごいものという意味を込めて付けた名前だった。だが、本気を出せば、その名に恥じない通りの物凄い速度を出す事が可能になる。

「レディー……、ゴー!」

 音を置き去りに、とまではさすがにいかないが、それでも新幹線と張り合える速度で飛びだした。一路アリサのもとへ。



「もしもしアリサ? 遠見市上空に着いた。今どこだ」
『――――』
「うん、うんわかった。今から降りる」

 携帯電話を片手に眼前の街を見下ろして目的の公園を見つける。アリサから聞いた建物の位置関係から間違いないようだ。
 なるべく見つかる事がないようにすばやく公園の物陰に降り立った。

「たしかこの辺のはず……」
「翔太、こっちこっち」

 翔太が降り立った場所よりももっと奥まったところから顔と手だけ出して手招きするアリサ。

「随分奥に隠れて…ってなんだこれ!?」
「あ、あはは」

 中学生くらいの男が3人横たわっていた。しかも青い顔をしてうなされてる。うち一人はなんか異臭が漂っている。

「何したんだ?」
「なんかカツアゲしてるみたいだったから、シャドウ使って脅かしたら気絶しちゃって」
「……やってることの割にキモが小さい奴らだな」

 同情のしようもない。

「さ、こんなのほっといて早く行きましょ。大変なんでしょ?」
「そだな」

 なのは達にアーシーのことを頼んだとはいえ、なるべく早く戻りたい。強力な相手なので人数は多い方が良いし、仮になのは達がうまくやっていたとしても、封印できるのはアリサだけなのだから。
 現状では最速の翔太が迎えに来たのも時間のロスを少なくするためだ。

「そんじゃ、急ごう」
「そ、そうね」

 翔太が差し出した手にアリサはほんの一瞬だけ身構え、その手を取るのに躊躇する。

「? ほれ」

 その様子に、手を出したまま首を傾ける翔太。そこには何の気負いも緊張も遠慮もないように見えた。

「…………はぁ」

 顔と手を何度か交互に見て、アリサは諦めたようにため息をついてその手をとった。

「なんだ、どうした?」
「なんでもない」

 翔太がいつも通り平然としているのに、自分だけ意識しているのがなんだか自意識過剰に思えてバカらしくなったアリサは、そっぽを向いて口をとがらせた。
 翔太にとってプールの一件はもう過ぎたことでしかない、……ように見せてアリサを引きよせながら、翔太は片側の口角を僅かに上げた。そっぽを向いていたアリサは当然気付かない。

「よーし、そんじゃいこーか」
「えっ?」

 ニコニコと表情を変えずに素早く引き寄せながらトンっと足を払い、傾いた身体の背と膝の裏に腕を通してそのまま抱きあげた。
 普通に言うなら横抱き。
 俗に言えばお姫様だっこである。

「ちょ、こ、こんな抱き方しなくてもいいじゃないっ!?」

 おんぶで行くと思っていたアリサは、思わぬ体勢にさっき捨てた過剰だと思った分の自意識を取り戻して頬を赤く染める。設置面積で言えばおんぶの方が多いが、プールの一件でアリサが翔太に生まれたままの姿を晒したのもこの体勢だったので、余計な記憶も刺激されてしまっている。

「やー、背中の羽がメインの推進力を司ってるからな。背負うと羽がつぶれるからこの体勢だ」
「でもだからってこの体勢は……」

 ちょっぴり嗜虐的な、とても良い笑顔だった。
 実際には背中の羽がなくても飛べない事はない。伊達に身体の節々に羽を生やしているわけではない。では何故アリサをお姫様だっこをしたのか?

「さーて飛ばしていくぞー♪」
「え、ちょっと、待って、きゃーー!?」

 フィアフルフィンの精密操作により静かにかつ一気に上昇し、地上数百メートルに到達する。こんな高高度では抵抗して暴れるわけにもいかず、翔太のシャツを握りしめて借りてきた猫のように縮こまるしかない。

「お、おぼえてなさいよ」
「えー、なんのことー?」

 要するにアリサの反応を面白がっているだけの翔太であった。
 基本的に翔太とアリサの関係はアリサの方が優位に立っている事が多い。それはアリサの気質やカリスマ性と、女性が強い家系で育った翔太の処世術がかみ合っているからだ。 ただ、だからと言って常に女の子の下におさまっているのをよしとするほど、翔太の中の男心はくさってはいない。別に普段の友達関係に不満を抱えているわけではないが、それでも時には優位に立ってみたいと思うこともあるのだ。そんな悪戯心からの行動だった。

「行くなら急ぎなさいよ!」

 口調を強くして怒って見せているが、そのくせ恥ずかしさの割合が大目だった。

「了解了解。そんじゃ、しっかりつかまってろよ、っと!」

 そんなアリサに、怒った顔可愛いなーと内心にやにやしながらフィアフルフィンに流す魔力を高めていく。
 一回り大きくなったフィンを輝かせ、一路海鳴市の方角へ飛び出していく。






 最高速で海鳴まで戻ってきて、魔力の反応がある場所まで更に飛ばす。
 午前中にサッカーをしていた河川敷のグラウンドがあった場所の上空にすずかはいた。下は陥没していたり岩山が出来ていたりとグラウンドなど見る影もない。いつもなら昼間のここはいつも人でにぎわっていて、空をふわふわと浮いていることなどできないが、この騒ぎの所為で周囲には誰もいない。

「すずか!」
「あ、待ってたよ二人とも」

 減速しながら近づいてすずかの隣に並ぶ。その肩にユーノが乗っていて、何かの魔法を使っているのか、若草色の魔法陣がすずかの足元を囲んでいた。
 すずかは翔太の腕の中で顔を赤くして小さくなってるアリサを見て少しだけ目を細めたが、特に何かを言うことなく下に目を向けるように翔太達に促した。
 そこより高度が低い場所で、アーシーの本体と思しき岩の塊から撃たれる岩を、器用に回避しながら奮闘しているなのはの姿が見えた。傍目にはいい勝負をしているようにも見える。

 翔太が空を飛ぶ魔法に向いていたように、なのはもまた適性の高い魔法があった。それは放出系だ。
 自分の魔力を外に向けて放つ力に優れ、ユーノが教えた射撃魔法、シュートバレットも一発で覚えた。シュートバレットは射撃魔法としては基礎の基礎ではあるが、習得難易度としては中級に属する魔法なので簡単に習得できるものではないとユーノが驚いていた。
 それどころかなのははディバインシューターなるオリジナル魔法まで編み出していた。今アーシーに向けて撃っているのもそれだ。

「すずか、もしかして怪我したの?」

 翔太が作戦会議のために一旦上にに上がってくるようになのはに念話をしていると、その腕の中のアリサがすずかの足を見て呟く。よくよく見れば僅かに腫れているのがわかる。
 ユーノが行っているのはその治療魔法だった。

「う、うん。ちょっと…ね。ウェイブも効果がなかったから、試しにジャンプの跳躍力を活かして蹴ってみたんだけど……」
「蹴ったって、あの岩の塊を!?」
『すずか嬢ちゃんて見かけによらずアグレッシブやなぁ』
「そりゃ捻挫の一つもするだろ」
『私は止めましたよ』
「無茶しすぎだよすずか」
「突然飛び出すからびっくりしたんだよ!」
「ご、ごめんなさい」

 下から合流したなのはも加わって、すずかの行動にそれぞれのリアクションを返す。
 どうやらそんな事情で、治療担当のユーノを伴って岩が届かない上空まで避難してたらしい。

「しかし、アリサ連れてきたはいいけど、アーシー相手に有効打持ってるのってなのはだけなんだよな」

 なのはが撃つディバインシューターに当たるのが嫌なのか、なるべく避けようと移動したり、岩で打ち落としたりしていたのでダメージはあると思われる。
 すずかとアリサ、もちろん翔太も攻撃魔法のシュートバレットはまだ習得してないし、唯一攻撃っぽい事が出来るウェイブは効果がない。

魔女狩りの王イノケンティウス超電磁砲レールガンじゃダメなの?」

 腕の中から翔太を見上げるアリサ。
 その提案に、ふむ、と呟いてポケットの中の禁書の小説に意識を向ける。しかしそれを否定するように小さく首を振って、落ち着いた声ですずかが答える。

「"五行思想"って言う木火土金水の関係を表したもの考え方があるの。その中で相生の関係で"火は土を生じる"って言われているからアーシーを相手に火を使うのはよくないの」
「あー、確かに。むしろ逆にパワーアップさせるかもしれないな。ウェイブの水が効かないのも相剋の関係上仕方ない。超電磁砲レールガンの方は……地面には電気効かないし」
『ほう、詳しいですね』
「まあな」

 スピネルの感心するような言葉に胸を張って答える翔太。幻想交差クロスオーバー用の小説を書いても怪しまれないようにするため、図書館での調べごとをする事が多く、本に触れている時間はそれなりに長い。多くの本に触れていればそういう知識に触れる機会は自然と増える。翔太とすずかが出会い、親しくなったのも図書館がきっかけだ。

「じゃあ、どうするの?なのはにまかせっきりって訳にもいかないでしょ」
「私なら一人で大丈夫だよ?」
「お前だけ矢面に立たせるわけにもいかんだろ。何より攻撃力が足りてない」
「……そうだね。もっと強い魔法を撃てないと」
『Master…』

 何か不穏な事を考えているコンビをよそに、すずかがちらっと翔太を見ながらダメ元で提案する。

竜王の殺息ドラゴン・ブレスは……」
『あかん。威力が強すぎてアーシーが死ぬ』
「カードなのに、死ぬ?」

 ケルベロスの言葉にユーノが首をかしげる。

『ん? ゆーとらんかったか? カードは生きとるんや。シャドウジャンプもそれぞれの自意識がちゃんとあるのは見とってわかったやろ?』

 確かに、と頷くユーノ。

『カードとしてみると"物"の印象が大きいかもしれませんが、"人工精霊"と言うとどうでしょうか。クロウカードはある種の魔法生命体と言っても過言ではありません。ですからカードたちを道具のように扱うのはやめてあげてください』

 スピネルの言葉に、それぞれの持つカードを取り出して力強くうなずくアリサとすずか。

「そんじゃ竜王の殺息ドラゴン・ブレスはダメ、っと。うーん、それなら神裂火織の七閃ななせんは?」
『おお、それがあったな。近づいて一撃加えたらアーシーも大人しくなるかもしれんな』

 鋼糸による七つの斬撃。作中で風力発電用のプロペラをバターのように切ったと言う描写がある。そのプロペラが何製かはわからないが、岩より弱い素材と言うことはないだろう。つまりはすずかの蹴りのように弾かれることなく攻撃を加えることが可能な力なのだ。
それじゃその作戦で行こうと頷き合う。

「それじゃ、アリサちゃんは私がおんぶするね」
「そうだな。ほら、アリサ」
「う、うん」

 手が離れる時、本人も気付かぬうちに名残惜しげな表情を浮かべたアリサだったが、素直に背を向けるすずかにおぶさった。下は相変わらず岩山が乱立してたり揺れていたりしているので、下に降りるという選択肢はない。

「じゃ、行ってくる。なのははサポートよろしく」
「うん!」
「頑張って、翔太」
「気をつけてね」
「怪我しないようにしなさいよ」

 神裂火織の登場シーンが書かれたいくつかの頁を手にした翔太は、なのはと共にアーシーの攻撃が届く範囲まで高度を下げる。
 すかさず飛んできた岩をひらりと避けて、翔太は頁を胸に押し当てる。

「そんじゃ、行きますか!『能力召喚、"神裂火織"!』」

 1巻では本当の意味で抜かれることはなかった七天七刀と、七閃ななせんの正体である鋼糸が手に現れる。

「って、でかっ!?」

 標準的な小学三年生である翔太の身長以上にでかい七天七刀。
 持つのも一苦労だが、これがなければ"神裂火織のイメージ"からずれる所為で七閃ななせんの威力が落ちるので捨てるわけにはいかない。
 思わぬ荷物のせいで若干飛びにくいが、フィアフルフィンの姿勢制御は乱れることはなかった。
 そのまま全身の羽を活性化させて、アーシーの本体に迫る。
 近づけば近づくほどに打ち出される岩が多くなるが、翔太の背後から援護をしているなのはが撃ち落としているので、高速飛行で避けることもさほど難しくなかった。
 そして最接近して―

七閃ななせんっ!!」

 ズバッ、と一瞬のうちにアーシーに七つの亀裂が走る。

――コォォォォ!――

 大地に響くような音、アーシーの悲鳴が響き、先ほど以上の速度で岩をまき散らし始めたので、一旦距離を置く。

「でも、効いてる! このまま連続してやれば…」
「あ、待って!」
「ってこら!逃げるな!」

 もう一度接近してくらわせようと翔太が身構えたのに気付き、アーシーの核が地面に潜って逃走を始めた。

「まずい、繁華街の方へ向かってる!」

 今は周囲に建造物のない広いグラウンドだが、そんなところに行かれてしまえば被害が大きくなってしまう。

「行かせるか! フィアフルフィン全力全開…っておわああっ!?」

 追いかけようと加速した翔太俺の目の前に、突然岩の壁が出現する。アーシーの妨害だった。加速中だったせいで減速が間に合わず、そのままガンッ!と派手な音を立てて激突する翔太。

「翔太くん!」
「翔太!?」

 フィアフルフィンの制御に意識を集中していたので身体防御術式がおろそかになっていた翔太は、激突のダメージをもろに受ける。その衝撃の所為で手から離れた七天七刀が消滅し、神裂火織の能力も消えていく。

「う、ぐ……」
「翔太! 大丈夫なの!?」

 翔太が唸っている間にアーシーとは随分距離が離れている。アリサを背負ったすずかと、なのはも心配して近づいた。

「大丈夫?」
「いっつつ。くそ、たんこぶになりそうだ……。とにかく追うぞ」
「でもあっちは人がいっぱいで魔法が使えないよ」
「あー、ばれるのはマズイ。どうすっか……」
「みんなを認識阻害の結界で包むよ。範囲が少し狭いからなるべくひと固まりで飛んで」

 すずかの肩から翔太の肩に跳び移ってユーノが魔法を発動させる。若草色の光と共に翔太を中心に球体の結界が形成された。

「りょーかい。行こう」
「うん」

 頷き合った翔太達はそのままはアーシーを追いかけた。






 アーシーを追いかける道行きで、アスファルトが盛り合っていたり建物にヒビが入っていたりと空からは分からなかった町の被害が目に入ってくる。

「ひどい……」
「早く封印しないと。急ぐぞ」
「えっ?」
「きゃっ」

 翔太がなのはとアリサを背負うすずかの手を取って更に加速する。なのはやすずかが単独で飛ぶよりも牽引しながらでも翔太の方が速く飛べる。
 所々で、道路から張り出した岩に立ち往生して停車している車や、地面の揺れに耐えるように蹲っている人たちがいるものの、ユーノの結界のおかげで翔太たちの姿は見えていない。

「あ、いた!」

 道路を突き進むアーシーの姿をなのはが見つける。
 だが、その進行方向には翠屋JFCのキャプテンとマネージャーが一緒に蹲っていた。

「う、うわーーー!?」
「いやぁあああ!!!」

 恐怖に震えるマネージャーの手元から、強い光があふれだした。

「「「「ジュエルシード!?」」」」
「そんな…やっぱりあれがジュエルシードだったの?」

 驚く翔太たちの中で、なのはだけ何か気付いていたのか表情が陰っていた。
 そんななのはの様子に声をかける暇もなく、近くに生えていた街路樹が二人のことを包み守るかのように囲っていき、一気に育っていった。

「おいおいおいおいどんどん大きくなってるぞ!?」
「あ、でも見て! アーシーの動きが止まってるよ!」

 すずかの声に視線を移すと、キャプテン達に近づいてジュエルシードを発動させた元凶のアーシーは、木の根に絡まれて身動きが取れなくなっていた。
 五行思想で当てはめると、木は土に勝つ相剋の関係。つまり土は木に敵わないということになる。
 迫る岩に恐怖を覚えた彼女の願いを受けて、ジュエルシードが土を封じる物を選んだのかもしれない。

「アリサちゃん、今のうちに封印を!」
「わかったわ!」

 すずかがアリサを伴って木の根に絡め取られてまったく身動きが取れなくなっているアーシーに近づく。

「汝のあるべき姿に戻れ!クロウカード!」

 アリサの振り下ろした太陽の杖により岩の塊は姿を崩し、やがてカードとなってアリサの手元に収まった。

「偶然に助けられたわね」
『手持ちのカードだけじゃ太刀打ちできんかったやろうな』
「でさ、本来なら太刀打ちできない相手を封じてくれたジュエルシードの方は、どうやったら封印できると思う?」

 わずかなやり取りの間に大樹は際限なく大きくなっていった。

「…………と、とにかく核になってる女の子に近づいて封印を――」
「……近づく奴らを追い払うためか、木の根や枝がわさわさ動いてるんだけど」
「それ、こっち向いてる気がするのは気のせいかしら?」
「………………」
「………………」
「………………」
「っ!退避ぃ!」
「「「きゃああああ~~~!?」」」

 一斉に襲いかかる木の枝をかいくぐり、翔太は再度なのはとすずかの手を取って全力で離脱した。



「あっぶねぇ、もう少しで捕まるところだった」

 なんとかかんとか無事逃げることに成功し、あの大樹からだいぶ離れたところにあるビルの屋上に降り立った。

「にゃ、にゃはははは~」
「目が、目が回る~」
「私もちょっと、気持ち悪いかも……」
「……うぷ」

 訂正、ちょっと無事じゃない。そもそも飛行魔法を使えないアリサなどは青い顔をして口を押さえて今すぐにでも吐きそうだが、乙女の矜持なのか必死に抑え込んでいる。
 木の枝から避けるために翔太は無茶苦茶な機動をとってなのは達をぶんぶん振り回していたのだから当然かもしれない。

「しかし、あれどうやって封印すればいいんだ?」

 翔太は振り返って大樹を見上げる。
 僅かにジュエルシードの放つ光が漏れているのが見えるので、その場所に二人がいるのは間違いないが、近づくと木の枝が邪魔をするようだ。
 ここまで逃げてくる事が出来た実績を鑑みるに翔太単独なら高速飛行で掻い潜ることは可能かもしれない。しかし翔太はジュエルシードの封印術式を素早く扱うことはできない。
 一応教わって覚えてはいるが、発動までの時間で木の枝に捕らえられてしまうのがオチだろう
 デバイスを使って封印術式を短い時間で起動できるなのは、アリサ、すずかの誰かの手をとって接近するという手段もあるにはあるが、翔太と一緒に飛ぶとどうなるかはご覧の有様である。酔った状態で封印術式なんて使えないので結局だめだ。

「僕が砲撃魔法を使えればよかったんだけど……」

 ある程度空に慣れているからか、なのは達よりも早めに復帰したユーノが翔太の肩に乗って呟く。

「砲撃魔法?」
「それに封印の術式を乗せて打ち出すんだ。でも管理局員でもまともに使える人は少ないくらい凄く高度な魔法で……」
「ユーノは使えないと」
「ごめん……」
「あやまるなって。そうなると、どうしたものか」

 翔太はビルの端に立って、上から町を見下ろす。
 アーシーを封印したおかげで、地面を突き破って生えていた岩は消えたが、今度はその代わりに木の根がはっている。
 被害はアーシーの時以上に深刻だった。

「私にまかせてくれないかな」
「なのは?」

 俺の無茶な飛行による影響から立ち直ったなのはが、固い表情で言った。

『そういやなのは嬢ちゃん、ジュエルシードが発動した時"やっぱり"ってゆうなかったか?』
「そうなの? なのは」

 ケルベロスの言葉にアリサは青い顔のままなのはに視線を向ける。なんとか飲み込んだようだ。

「うん……。お店の外から見たとき、ポケットにジュエルシードみたいなものを持ってるのが見えたの。あの時ちゃんとしてればこんなことにはならなかったのに……」
「なのはちゃん……」

 バリアジャケットのスカート部分を握りしめて、強く自分を攻めるように言葉を絞り出すなのは。
 その様子に翔太は頭をかきながら近づき、手刀を作って勢いよく振り下ろす。

「「ちぇすとっ!」」
「ふにゃっにゃっ!?」

 奇しくもアリサも翔太と同じ行動をとっていたようで、なのはの脳天に二連撃が加えられた。

「にゃ、なにするの~?」

 頭を押さえて屈みこみ、涙目で二人のことを見上げるなのは。
 その姿を、二人はそろって腕組みして見下ろす。

「自分ひとりのせいとか思いあがるな!」
「私たちだって同じ光景を見てたのよ!」
「それで気付かなかったなら俺たちだって同罪だろ!」
「それにジュエルシードのおかげでアーシーを捕まえることが出来たんだから結果オーライよ!」
「つまり、何が言いたいかと言うと!」
「「「「なのは(ちゃん)は悪くない!!」」」」

 いつの間にかアリサの隣にすずかが並び、最後の一言はすずかもユーノも加わっていた。

「い、息ぴったり」

 圧倒されるなのは。

「何言ってんだ。本当なら俺たち五人で息ぴったりにならないといけないんだぞ?」
「そうよ。一人で責任を背負っちゃダメ。私達は5人でチームなんだからね?」

 そう言って手を差し伸べる。翔太は右手を、アリサは左手を取ってなのはを立たせる。

「失敗も悲しい事も悔しい事も、"みんな"で分かち合おう?」

 すずかの言葉に同意するように頷いて、俺たちはしばらく無言でなのはに微笑みかける。

「……うんっ!」

 目を潤ませながらも、今日一番の笑顔でうなずいた。

「もちろん嬉しい事もな」

 翔太の言葉に、うんうんと力強くうなずくアリサ。
 これにて一件落着………………じゃなくてジュエルシードを忘れてはいけない。。

「で、それはそれとして、なんか手はあるのか?」

 さきほど自分に任せてほしいと言ったからにはなのはには何か策があるようだった。

「うん。レイジングハートが教えてくれたの。私になら砲撃が撃てるって!」

 そう言って、ちゃき、と杖の尖端を大樹に向けるなのは。

『Shooting mode set up。stand by ready』

 シーリングモードじゃなくてシューティングモード。杖の形状から、先端部分が音叉状の形態に変形し、光の羽が広がった。

「おぉ!」

 なのはの足元に大きな魔法陣が浮かび上がり、一秒ごとに輝きを増していく。

「す、すごい!初めてのはずなのに!」

 ユーノの驚きの声と共に、杖の尖端に光球が生まれる。

「いくよー!」

 どんっと一歩強く踏み込み、強く大樹を睨みつけながら引き金トリガーワードを叫んだ。



「ディバイン、バスターーーーーーーーーーーーー!!!」



 桜色のぶっとい光線が、遮ろうとする枝葉も蹴散らして凄まじい速度で大樹を貫いた。

「リリカルマジカル ジュエルシードシリアル10 封印!!」

 その閃光は、はるか先のジュエルシードを見事に封印して見せた。

「すごいわ!」
「やったねなのはちゃん!」

 見る間に大樹が小さくなっていき、ジュエルシードを発動させたマネージャーと一緒に捕われていたキャプテンが、ゆっくりと地上に降下していくのが見えた。

「これにて一件落着、だな」



 後に、この騒動によるけが人はほとんどいなかったらしく、町の被害の割には最小限で済んだらしいことがわかって、なのはたちはほんの少しだけほっとしたのだった。



[36269] 飛べない×飛びたい=飛べるかも?
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:55
「あ゛ーー、やっと午前の授業が終わったー」
「何情けない声出してるのよ。しゃんとしなさいしゃんと」
「昨日の騒動で疲れてるんだから大目に見てー」

 そんなやり取りをしながらいつものメンバーで屋上の一角に陣取る。
 三人がけのベンチに、少し詰める形で座る。
 端から、翔太、アリサ、なのは、すずかという順だ。まだ身体が小さいからそんなに狭い感じはしない。

「翔太くん午前中の授業ほとんど寝てたよね」
「んー。昨日は色々あったせいか体が重くてな」

 すずかの言葉にうなずいて、弁当箱を開きながら昨日のことを振り返る。
 午前中はサッカーの試合。昼から森の中で飛行訓練をして、そのあとすぐにアリサを迎えに行くために隣の町まで飛んで、とんぼ返りで帰ってきたと思ったら、アーシーとの追いかけっこやジュエルシードが生み出した大樹の枝葉から逃げるための高速飛行をしたり、そんでもって事件収束後もアリサを元の場所に送ったりと一日中体力も魔力も使い通しだった。疲労するのも当然と言える。

「ま、頑張った方だとは思うわよ」
『アリサが翔太を面と向かって褒めるんはめずらしいな』
「ほ、褒めてなんかないわよ! ただちょっと見なおしたってだけなんだから!」

 僅かに頬を染めながら、勘違いしないでよね!と箸を向けてくる。わかったから行儀悪いので止めなさい。

「そんじゃ御褒美に膝枕でお昼寝を――」
「調子に乗るな!」
「でこぴんっ!?」

 翔太が弁当を取り落とさない程度には手加減されていた。いつもよりほんの少しだけ翔太のボケに対するつっこみがソフトになっていた。

「でも昨日は本当にすごい騒ぎだったよね」
「うん、今朝のテレビでも取り上げられてたよ」
「謎の地震に、突如現れた大樹」
「そしてそれを消し去ったピンクの野太い破壊光線」
「そうそう…って、そこまでは言われてないよっ!?」

 精々が不思議な光、程度な扱いだけど実際それで間違ってない気がする。発射するの横で見ていた翔太達は、そろって「あのディバインバスターは絶対まともに受けたくない」という認識を共有していた。

「それにしても、取材のためだと思うけど朝からバラララバラララとヘリがうるさいよな」

 丁度見上げた先に、普段はこの辺りを通る事のないヘリが通り過ぎていった。いつもなら珍しいと思うものだが、今日に限って言えばもう見慣れた光景だった。

「そうね。まったく、あの気球みたいに静かに飛べないのかしら」

 アリサの視線の先に、これまた珍しく気球が浮かんでいた。こちらはゆったりのんびりとヘリのようにやかましい音は立てない。

「でも本当にすごい騒ぎだったから仕方ないといえば仕方ないよね」
「ま、その割に怪我人とかは少ないみたいだけどな」

 少なくとも報道されている範囲では、重傷を負った人はいないとされている。あれだけ岩が生えていたのに、ガス管とか水道管とかのライフラインには全く影響を及ぼしてないと言うのだから、アーシーの奴がわざとやってたんじゃないかとも思う。

「ジュエルシードもクロウカードも回を増すごとに被害が大きくなっていってる気がするの」

 なのはがこれまでに起こった事を指折りしながら振り返る。
 神社では犬の飼い主、プールでは水着を盗まれた人がいたり、すずかに至っては溺れている。学校のジュエルシードは特に騒ぎと言うほどのものはなかった(むしろ片付けずに放置していた骸骨とかが学校中の噂になってはいた)が、昨日は町全体に被害が拡大している。

「封印するのも一筋縄じゃいかなくなってるよね」
「だよなぁ。昨日なんか空飛べてなかったらまともにアーシーと対峙出来てなかったと思うぞ?」

 アーシーが活動している間、終始地面が揺れていたのだ。仮に空を飛べなかったとしたらどうなっていたか、想像がつかない。

「そうよ、それよ!」
「どれよ?」
「アリサちゃん?」

 突然ベンチから立ち上がって俺たちに向き直るアリサ。

「私だけ飛べないのは不便よ! いつまでもおんぶにだっこじゃ役に立てないじゃない! 昨日だって私はアーシーを封印しただけだし……。一体フライはどこにいるのよー!!」

 最後の方は空に向かって叫んでいた。
 最後の絶叫の所為で周囲の目がアリサに集まっていた。最近一番暴走気味なのは彼女なのかもしれない。

『空を飛ぶと言うのであればフライ以外にも手段はありますよ?』
「ホント!?」

 珍しくスピネルが言葉を発し、アリサが勢いよく食いつく。

『太陽属性のフロートというカードなら浮力を得られます。単体ではゆっくりとしか移動できませんが、マスターがやるようにジャンプと併用すればそれなりの空中移動はできるはずです』

 ジャンプだけなら跳躍の勢いを失ったら落ちる。フロートだけならゆっくりとしか飛べない。でもこの二つ合わせれば"空を飛ぶ"ことはできずとも"空を跳ぶ"ことはできるというわけだ。ただ――

「そのフロートはどこにいるのよぉ!!」

 アリサ、大噴火。同じく屋上で食事中の上級生や下級生も楽しげにアリサのリアクションを眺めている。

「まあまあ、アリサちゃん。焦らず探してみよう?」
「そうだぞアリサ。例えフライが最後まで出てこなくても、フロートがいれば疑似的に飛べるって分かっただけ収穫じゃん」
「……フロートが最後から二番目だったらどーするのよ」
「いや……、うん……。その、そこまではフォローしきれん」
「うがぁあ!」
「りふじんっ!?」

 肩パンをくらう翔太。口は災いのもとである。

『……何を言っていますか、あなた達は』

 そんな風にじゃれあっていると、スピネルが呆れたように言った。

フロートならさっきからそこにいるではありませんか』

「「「「え?」」」」

 呆ける皆を余所に、すずかの胸元でこっそり動いた月の鍵スピネルが指し示す先、屋上の向こう側に、ゆったりのんびりと空をたゆたう気球の姿が。

「……っえ!?あれがクロウカード!?」
「そ、そういえば気球にしてはちょっと小さいかも」
『まさかこんな近くに……』

「……ちょっと待ちなさいケルベロス・・・・・

『はっ!?』

 アリサの口から久しぶりに発せられた太陽の鍵の選定者の正式名称は、どこか地の底から響いてきたかのような、ほの暗い雰囲気を含んでいた。

『き、気付いとった! ちゃんと気付いとったで! ただちょっと言うのがおそうなっただけで!』
「嘘つきなさい! さっき私たちと一緒に驚いてたじゃないの! アンタホントにやる気あんの!?」
『いや、その、フロートはゆっくりな分隠密性の高いカードやさかい、見つけにくいんやって!?』
「気球を話題に出したのは私が一番最初よ!私の首からぶら下がってるなら絶対見てるはずでしょうが!」

 ぷっつんいったアリサと必死に誤魔化しに走るケルベロス。
 怒りで我を忘れたかと思いきや、携帯電話を耳に当てて"ひとりで叫ぶ変な人"に見えないように対策してる辺りちゃっかりしてる。
 大声なせいで目立ってるのは変わらないところはもうどうしようもない。

「そういやさっき気球がどうのとか言ってたなー」
「あれがフロートだったんだねー」
「今日もいい天気だねー」
「――!――!?」
『――!!――?』

 あっちの方でやり取りは続いてるけど、へたにフォローするとアリサの怒りが飛び火するので翔太達はのんびりご飯を食べることにする。

「あ、すずか、俺の卵焼きとその佃煮交換して?」
「うん、いいよ」

 他人のふり他人のふり。



「ぜぇ…はぁ…」

 三人そろってごちそうさまをする頃に、アリサがポケットに携帯電話をしまいながらベンチに戻る。
 胸元にまだ太陽の鍵ケルベロスがぶら下がってるところを見るに、とりあえずトイレに流される刑にはならなかったようである。仮に流してしまったらどこ行ったかわからなくなる上、仮に見つかったとしてもそれを使うのはアリサ自身なんだからやるわけはないんだけど。

「アリサちゃん、終わったの?」
「とりあえず薪にくべる刑で許してあげることにしたわ」
『それ許してるっていわへんっ!?』
「世は並べて事もなしだな」
『大事やでっ!?』
「それで、どうやってフロートを捕まえようか?」
『無視かっ!?』
「にゃ、にゃはは」

 だから関わるとこっちに飛び火するんだって、と翔太は内心で言い訳をする。すずかもケルベロスの扱いを心得てきたのかナチュラルにスルーをしている。なのははどうすればいいのかわからなくて苦笑いを浮かべるだけだ。
 ともあれ、肝心のフロートはどうしよう、と頭を悩ませる。相変わらず空にふわふわ漂ったまま逃げる気配はないのが幸いだが。

「えっと、飛べば捕まえられるよね?」

 なのはが何が問題なのかわからないと言うように素朴な疑問をぶつけてくる。

「ほほう、人がいっぱいいる屋上で飛べるならどうぞ」
「あ」
「さあ、飛ぶんだ!」
「と、飛べません!」
「キミなら(ホントに)できる!」
「で、できないよ!」
「ゆーきゃんふらい!」
「だからできないもん!」
「ぷげら!?」

 なのはががむしゃらに突き出した手が翔太の頬に直撃。
 こいつ、いいもん持ってやがる、とさらにボケる翔太をアリサは笑う。

「窮鼠猫を噛むってやつかしら」
『わいを助けんかったバチが当たったんや』
『……いいかげんフロートを捕まえないのですか?』
「楽しそうだからいいんじゃないかな?」

 そんな彼らのいつも通りの日常。






「さあみんな! 準備は良いわね!」
「おー!」
「結界の準備もOKだよ」
「楽しそうだねアリサちゃん」
「今まで一人だけ飛べなかったからな」

 放課後になってユーノを加えた五人は、海鳴臨海公園に集まっていた。
 アリサの手にはフロートのカードとすずかから預かったジャンプのカード。アリサ悲願の飛行魔法の実演と言うわけだ。
 ちなみにフロートのカードは、予鈴が鳴ってアリサたち以外の生徒が屋上から去ってから、翔太がアリサを背負ってフロートのところまで飛んで、無事封印したのだった。

「海の上で広域結界を張って練習ね。考えたな」
「ユーノくん、魔力は大丈夫なの?」
「うん。魔力素の適合不良も大分改善されてきたから大した負担じゃないよ」
「それじゃ、お願いねユーノ!」
「まかせて。広域結界展開!」

 最近では定位置と化したなのはの肩の上で、ユーノが起動ワードを唱えると共に世界の色が僅かに色褪せていく。
 通常空間から特定の空間を切り取る結界魔法。主な効果として、術者が許可した者をその空間内に取り込み、基本的には外部からは観測できない状態にすることが出来る。
 魔法文明が全盛のミッドチルダでは特に隠す必要もないので使われることも少なく、習得難易度も高い魔法であるためあまり覚えている人はいないらしい。だがいろんな世界で遺跡発掘作業を行うスクライア一族は、時に魔法文明のない管理外世界を訪れることもあり、そこで魔法のことが露見しないようにするために使うことが多いのだそうだ。

「正常展開確認。僕たち以外に結界内に入っている人はいないよ」
「ありがとユーノ。それじゃ、封印解除レリーズ!」
封印解除レリーズ
「レイジングハート、セットアップ!」

 周囲に人影がないことを確認して、少女三人はバリアジャケットを纏う。
 それを羨ましげに眺める翔太。バリアジャケットどころかデバイスすら持っていないことに落胆している。

「無い物ねだりはみっともないわよ」
「うっせ」
「アリサちゃん、翔太くんの考えてることがわかるんだねっ」
「ち、ちがっ!? こいつが物欲しそうな顔してたから!」
「そうなんだよ。俺たちはツーと言えばカーという――」
「調子に乗るな!」
「ぃつーっ!?」

 耳たぶ引っ張られて涙目になる翔太。

「……かー」
『……マスター? それは私こそが翔太とツーカーの関係だと言いたいがための主張でしょうか』
「ち、ちがうから! なんでもないから!」

 その隣でスピネルにからかわれるすずかの姿があったとかなかったとか。



「さーて!それじゃいっちょやってみましょう!」

 アリサの掛け声と共に気を取り直す。
 ユーノの魔力が回復したからと言っても時間制限はやっぱりあるので、じゃれあってばかりもいられない。

「そんじゃ俺たちは先に空にあがっとくぞ」

 うなずくアリサを残し、既に空を飛べる翔太たちは飛行魔法を使って空で待つことにした。

「いくわよ!」

 右手に持った人差し指と中指の間のフロートと、中指と薬指の間のジャンプを勢いよく中空に放る。
 カードはアリサの目の前の空間でくるくる回りながら魔力の輝きを宿していく。

フロートジャンプ!!」

 アリサの魔力のこもった言葉と共にカードに向かって振り降ろされた太陽の杖。足元には太陽と月などが描かれた丸い魔法陣が浮かび上がる。
 カードは淡い金色の光に包まれて形をなくし、そのままアリサの身体に宿って、足首の部分に金色の羽を生やす。

『クロウカードの二重起動って結構難しいはずなんやけど、さらっとやったな』

 アリサの魔法のセンスに関心の声を上げるケルベロス。

「これで……、いいの?」
「浮いてるよ!」
「浮いてるな」

 アリサの身体はふわりと宙に浮いていた。

フロートの効果は正常に効いとる。そのままジャンプしてみ』
「うん。ジャンプ―って、きゃあああああぁぁぁぁぁ.....!!!?」
「おー、ドップラー効果」

 翔太たちを追い越して、声だけ残して空へ跳んでいくアリサ。
 そう。フロートジャンプのそれぞれの能力をよく考えればわかる。その二つに、"空中で止まる"機能は存在していない。

「って、眺めてる場合じゃないよ! っアリサちゃ~~ん!」
「追いかけよう」
「そだな」

 一足先に飛び出したなのはを追って、翔太とすずかもアリサの後を追い掛ける。



「こ、これは随分コツがいりそうね……」
「だ、大丈夫?アリサちゃん」

 なのはに肩を支えてもらいながら空に浮いているアリサに並ぶ翔太。
 あれから十数分。アリサは、ジャンプの加減を間違えては制御不能になって翔太たちに助けられるということを繰り返していた。
 ちなみに、すずかも飛行時の推進力の補助としてジャンプを使っていたが、減速や停止は飛行魔法のそれを使っていたので今回のアリサの参考にはならなかった。

「と、とりあえず進んでる方向と反対の方向にもう一度同じ力で蹴れば止まれることはわかったわ」
「その力加減がすごく難しそうだけど……」
「やると言ったらやるの!」
「後はまあ、空で停止することは諦めて、常に移動しっぱなしとかな。とりあえずそれで一応空は飛べることにはなるんじゃないか?」
「いやよ! ちゃんと飛べるようになりたいの!」

 ちょっと涙目になっている。あまり表には出してなかったが、自分だけ飛べないことが実は結構堪えていたアリサだった。

「わかった。飛べるようになるまでちゃんとフォローするから」
「……ありがと」
「もちろん私たちも。ね、すずかちゃん」
「うん」
「僕もできる限り協力するよ」

 それから五人はユーノの魔力が続くまで、アリサの訓練を手伝った。



「もうちょっとでコツは掴めそうなんだけど……」

 数時間の練習で支えがなくてもそれなりに跳べるようにはなった。たださすがに自由自在とはいかず、やはり止まるのに難儀している。真っ直ぐ進むだけなら最初の時点から問題はなかったのだが。

「ごめん、そろそろ僕の魔力も心許なくなってきた」

 少しだけ辛そうな顔を浮かべるユーノ。誤魔化しているがそろそろタイムアップの様子だ。
 海上を中心に、周囲数百メートル四方のスペースを囲っている遮断結界。大規模と言ってさしつかえない広範囲を包み込むその魔法は、まだ完全に地球の魔力素に適応していないユーノにとって大きな負担となっていた。

「そういえばさっきから結界の感じが変わってきた気がする」
『ほう、わかりますか、マスター』
「うん、なんとなくだけど」

 結界を構成する魔力の質に関する感応の才が高い様子にスピネルが感心する。この才を持つ者は感知系の魔法に対して高い素養がある場合が多い。

「あれ? 何だろうこの感じ」
「どうしたのユーノくん?」

 時間としても頃合いなのでそろそろ訓練を切り上げて戻ろうかと話をしていると、ユーノがきょろきょろと首を振る。

「結界の中に何かが入り込もうとしてるみたい」
「え、そんなことできるの?」
「魔力のない人にはそんなことできないけど、今は結界の構成がちょっと崩れてきてるから魔力のある人には感知できてしまうかもしれない」
「ちょっと、それはまずいんじゃないの!?」
『いえ、管理外世界で魔力ある存在など限られています』
『そんな中で魔力ある存在ゆーたら……』

――ぴるるるるるる!――

「……ジュエルシードで巨大化した鳥、じゃなけりゃ」
フライのカード、やな』

 アリサが空を飛ぶために探し求めていたカード。
 それが見つからない代わりに、代用としてフロートジャンプの二重使用の訓練を今日1日ずっと続けていたわけで。フライが出てきたことで、今日の特訓が水の泡と言うことに……。

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

 なのは、ユーノ、すずか、そして翔太はゆっくりとアリサに視線を向ける。

「……きょ、」

 両手をぎゅっと握り、わなわな震えてるアリサ。
 俯いて目が見えないのがより怖い。

「今日の苦労はなんだったのよぉぉぉっっっ!!!!!」

――ぴるっ!?――

「逃げるなぁーーー!!!!」

 驚いて逃げるフライを、空中を水平に跳躍しながら追い掛けるアリサ。
 それを翔太たちは何とも言えない疲れた顔で見送る。

「……と、とりあえず今フライを追い掛けることが出来るのは今日の成果だよな、うん」
「そ、そうだね!全部が全部無駄じゃないよね!」
「妙な癖が残らなければいいんだけど……」
「……ままならないね」



















「汝のっ!あるべきぃ!姿に戻れぇっ!!ク・ロ・ウ、カーーーーッド!!!!」

 夕暮れに染まりかけた空の中で響いたその叫びは、やけに怨嗟に満ちたものだった。



[36269] 甘味×感知=組み合わせ
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:57
「空ってこんなにも気持ち良いのねー」

 地表よりも雲に近い上空で、アリサがめいっぱい腕を伸ばして太陽の光を浴びて、背中に生えた白い羽をぴこぴこと動かしてご機嫌をしめしている。
 太陽とアリサの延長線上に浮かぶ翔太は、片目を閉じて手をかざし、まるで光に祝福されているかのようにその全身を光が覆う光景を目にしたが、錯覚か幻視と思い改めてアリサの感傷を打ち切るように努めて冷静に言い放つ。

「現実逃避はいいからさっさと訓練に戻れ」
「……ちょっとはのんびりさせてくれたっていいじゃない」

 フライの封印から数日。全員飛べるようになったということで、足並み(正しくは翼並み?)をそろえるために飛行訓練をするようようになった。
 管理世界のミッドチルダにおいて、飛行魔法はそれなりに扱いの難しい魔法として知られている。"浮く"だけなら何とかなる者も多いが、"飛行"となると浮力、推進力、姿勢制御と最小に絞っても三種類の操作を同時並行しておこなわなければならないうえ、なおかつ飛行状態で戦闘に耐えうる段階まで考えると、難易度はその比でない。
 先日までそのレベルに達していたのは翔太のみ。なのはやすずかでは暴走した大樹の枝から逃れる事が出来なかっただろう。
 ただ、それではこの先後手に回る可能性があるということで、アリサが飛べるようになったのを機に全員の飛行魔法の技量を上げようとユーノが提案したのだった。

 その訓練の一幕を振り返ってみよう。



「とりあえずなのはは難しい事考えずに好きに飛べばいいよ」
「うん!」

 なのはは機動性はそこそこに、急加速効果をもつフラッシュムーブという魔法をくみ上げ、瞬間的な速度では翔太と並んだ。好きこそものの上手なれ。



「すずかはここが空中だと考えないで自慢の運動神経を活かしてみればいいんじゃない?」
「試してみるね」

 すずかはジャンプを用いた空中多重跳躍を操り、瞬間的にジャンプで軌道を自由に変えることができるようなった。その無軌道でトリッキーな動きは、翔太でさえも翻弄できる。



 対するアリサは――

「じゃあオチ担当いってみよう」
「どうせあんたたちみたいにとべないわよわるかったわねっ!!」
『人生そんなもんや』

 背中の羽を逆立たせてそっぽを向く。ケルベロスも思わず苦笑いだ。
 速度は遅く、旋回も大回り。精密操作は言うに及ばず、飛翔そのものにも手間取る始末。まるで初めて教習所でハンドルを握ったかのようなたどたどしい飛行だった。

「ごめんね、うまく教えられなくて」

 教習所の教官よろしく、アリサの肩に乗ってできる限りのアドバイスを続けるユーノがいった。
 いつも通りであれば魔法の教師役にはミッドチルダで魔法をしっかりと修めたユーノが適任となるのだが、アリサが扱うフライのクロウカードに関してはユーノが教えられることはなかった。
 ミッド式とクロウカードには大きな違いがある。ミッド式にとって魔法とは術式を組み、そこにエネルギーとしての魔力を流して実行する、科学の延長線上にある技術だ。だが、クロウカードはそうではない。

『クロウカードを扱う魔法で大事なんは強固で柔軟なイメージや。"フライ"っちゅー言葉の概念をどうとらえて、どう発揮するかは術者次第っちゅーわけや』
「言葉の概念?」
「スピネル、どういう意味?」
『……ふむ。では波と言われて思いつくのはなんですしょう、マスター?』

 すずかの疑問に、スピネルが問題を提議する。

「えっと、大波、小波、さざ波、荒波、津波とかかな?」
『それらは全て水に関する言葉ですね。ですが水以外にも波はあるでしょう』
「なるほど。音波とか電波ね」

 得心がいったように頷くアリサ。

「……ひょっとして動拳が撃てたりする?」

 傍らで聞いていた翔太がとあるゲームの最もポピュラーな技を思い浮かべる。

『できると信じてやればできます。無論、こじつけや言葉のイメージから離れれば離れるほど魔力の消費は増えますが』
『逆にゆーたらその言葉のイメージの範囲内なら、魔力次第で何でもできるっちゅーことや』
「さすがロストロギア…… 術式から結果を導き出すんじゃなくて、術者が想定した結果あり気の魔法形態なんだね」

 学者でもあるユーノが興味深げに呟いた。
 そこでさっきから黙って話を聞いていたなのはが、頬に人差し指を当てながら思いつきを口にする。

「ということは、アリサちゃんは空を飛ぶイメージが足りないってことなの?」
「…………あ」

 痛いところを突かれた、みたいな表情を浮かべるアリサ。どうやら正解のようである。

「なるほど。大方人間は空を飛べないという固定観念が邪魔してるとかそんな感じか?」
『ジュエルシードやクロウカードにまつわる事件にかかわっとるんやから、そこらへんの常識はもうどっかへ投げやった方がええで?』
「うーー。わかってるけど、どうもこう空を飛ぶイメージがつかめなくて……」

 現にある程度飛行できている以上、それなりにこの非常識を受け入れているようではあるが、やはりどこか"常識の壁"を破れていない。

『そこはもう練習あるのみやな。ひたすら飛んで、飛行する感覚をなじませるのがえーと思うで』
「うう、私自分がこんなに頭固いとは思わなかった……」

 ちょっぴり凹んだアリサだった。



 そんなこんなで、時間があれば空に上がって訓練の日々を続けていた。今もアリサは只管飛び、その隣でなのははアリサが飛行のイメージがしやすいように自由に飛んでサポートをしている。ユーノは地上から見つからないように認識阻害の結界を発生させている。
 翔太とすずかはというと、地上で別行動中だ。ジュエルシードやクロウカードの痕跡がないか街中を練り歩いていた。
 すずかが魔力感知の魔法について実用に足る才を持っていたため、ユーノなしでも探索が出来るようになっていた。無論精度はユーノに到底及ばないが、数メートルの距離とはいえ封印状態のジュエルシードの位置を感知できるようになった。

「学校周辺の路地はこれで粗方歩き終えたけど、どんな感じ?」
「うーん、この辺りに魔力反応はないみたい」
『誰かが拾って移動する可能性もゼロではありませんが、この辺りはもう探索範囲から外しても良いしょう』

 一通り歩き回って、近くの児童公園で一息つきながら今日の成果を確認する。"何もなかった"というのも立派な成果だ。そこですずかの顔を正面からじっくり見た翔太が、ふと気付く。すずかの顔色が少しだけ悪い。目の下に隈のようなものも見える。

「すずか、もしかして体調悪い?」
「そんなことは……」
「でもさ、なんだかんだで休みなしだから疲れたまってるんじゃないか? 塾も習い事も手を抜いてないし、遊びに行けばジュエルシードやクロウカード。気が休まる暇なかったろ?」

 翔太は魔法に出会ってから、丸一日ゆっくり休んだ日がなかった事を思い出す。ただ翔太は空を飛ぶことがストレス解消になっていて、飛びさえすれば精神的にリフレッシュができるので大して疲れは感じていない。なのはも同様だ。
 しかしすずかは溺れたり捻挫したりと一番ひどい目にあっていて、疲労がたまっているのかもしれない。そう思った翔太は心配気な視線をすずかに向ける。

「大丈夫だよ。あ、翔太くんが書いているあの世界の続きが気になって寝不足なのはあるかもね?」
「あー、あれか。だから最後まで書き終えるまで待てって言ったじゃん」

 数日前に、書いているところまでのとある魔術の禁書目録の二巻を翔太から借りてすずかは読んでいた。
 ライトノベルとはいえ、小説一冊分ともなると書くのはそれなりの時間を要する。手描きという制限がある状況ではなおさらだ。
 翔太の一日のスケジュールは、朝は家の道場で兄妹と一緒にトレーニング、昼は学校、放課後はジュエルシード・クロウカード探し、夜は家族の相手と、それなりに忙しい。寝る前の数時間しか書く時間が取れない。だが、そこは開き直って授業中も書くことにしたのである程度は改善されている。……担任教師は涙目だが。
 速く書くだけならなんとでもなるが、字の綺麗さも能力の再現度合いに影響するうえ、誤字などもっての外。毎頁毎頁真剣に取り組まなければならない。
 その上、一巻の使用した欠落分を優先して書くので、どうしても二巻の進行は遅くなってしまう。何せ二巻は一巻ほど便利な攻撃手段が揃っていない。インデックスのところに魔女狩りの王イノケンティウスを残してきた描写があるので、ステイルは炎剣しか使えないし、アウレオルス=ダミーの瞬間錬金リメン=マグナはもしも人に刺さったら怖すぎるので使えるわけがない。さりとて二巻がなければ一方通行が出てくる三巻を書く事が出来ない。地味に"順番通りに書く"という制限があるので飛ばすことはできないのだ。
 余談となるが、翔太が能力を使う条件に"単行本単位で書き上げる"という制限も存在する。現在二巻は単行本単位では書き上げてないわけだが、その前に読まれた場合はどうなるのかというと、例え書きかけの場合でも読まれさえすればちゃんと頁に力は込められる。
 使えるようにするには書き上げる必要があるが、その前に読まれても無駄にはならない。その特性上、翔太が書きながらすずかが読んでいるという状況は、能力使用可能状態に至るまでの時間の短縮になるのだ。
 ただ、すずかの方は、翔太が先を書くまで先が読めないフラストレーションがたまると言うデメリットも存在する。

 翔太が書く"とある魔術の禁書目録"の小説は、"異世界で実際に起こった事を書きだしている"という設定である。本当のところは違うのだが、すずか達にはそう説明している。実際にそういう異世界は存在するのであながち嘘ではない。
 ともあれ、すずかにとって禁書の物語は異世界のこととはいえ、"現実に起こっている事"と認識してる。それは現実であるが故にハッピーエンドが約束されているわけではない。何が起こるかわからない。そこに"これは作られた物語だから主人公達は大丈夫"という安心感が持てないのだ。
 翔太が書いていたのは、インデックスが戸締りも忘れて『戦場』へと駆けた場面までだ。先が気になって寝不足になるのも致し方ないと言える。

(それだけと言うわけでもなさそうだけど)

 それでも、ただの寝不足と見るには表情が暗いと思う翔太だが、その視線に黙って微笑を返すすずかを見て気付かない振りをすることにした。

「なるべく急いで続きを書くよ」
「うん」
「さて、今日のところはこれで終わりにするか。アリサ達は――」
「今ゆっくり降りてきてるみたい」

 感知魔法で正確な位置を把握しているすずか。その感覚に違わず、数秒後にアリサ達は翔太とすずかの前に降り立った。

「どんな感じ?」
『ちょいと最高速度が上がっただけや。先は長いで』
「うっさい!」

 こちらも前途多難のようだった。







「今日は月村家のお茶会にお邪魔することになりました」
「翔太くん、誰に向かっていってるの?」
「気にするな」

 土曜日のうららかな午後。
 月村家の広い敷地の中をノエルに案内されながら、肩にユーノを乗せたなのはとその手を引く恭也の後ろを翔太は歩いていく。ノエルの手には翔太が祖母から持たされた菓子折りと、恭也が持ってきた翠屋のケーキがあった。
 お茶会なんていってるが、一応作戦会議という名目もある。
 フライがある以上、これから先使うことはないだろうけど、フロートジャンプのように、組み合わせて別の魔法を作りだすことができることをこの間知ったアリサとすずか。
 それなら今手持ちのカードを組み合わせるとどんなことが出来るだろうか、という話になって今日ここで相談することになった。学校で堂々と魔法のことを相談するのはまずいので、月村家で開催と相成った。
 一緒に来た恭也は、すずかの姉である忍と愛の語らいでもするのだろう。

「あちらで皆さんお待ちです。お飲み物をお持ちしますが、何がよろしいですか?」

 屋敷には入らず、庭のテラスへの入り口でノエルが尋ねてくる。

「俺はコーヒーを。ブラックで」
「俺はミルクティー」
「あ、じゃあ私も」
「はい、かしこまりました」

 恭しく頭を下げて準備に向かうノエルを見送り、恭也は忍のもとへ、翔太となのははすずかとアリサが待つ席へと向かう。
 その道行きで、家の中に庭というよりも森とも言えるスペースがあることに、思っている以上にお嬢様なんだなーと今さらながらに実感する翔太だった。

「お待たせ」
「よう」
「いらっしゃい」
「さ、なのははここに座りなさい」

 アリサが軽く椅子を引いて促す。なのはは素直にそれに従って座り、ユーノは肩から降りてテーブルの一角に座ったが、よくよく見てみると椅子は三つしかなかった。

「俺の席は?」
「馬鹿には見えない椅子がそこにあるわよ?」
「……うん、俺には見えていたからな!」
「え、椅子なんて、もが」
「なのはちゃん、しー」
『また無駄な意地の張り合いを……』

 あえて突っ込まずに、とりあえず空気椅子に挑戦してみる翔太。なのはが馬鹿だと自白、もとい正直に指摘しようとしたがすずかに止められる。
 そう、これは翔太とアリサの意地比べ。そこ、バカらしいとか言わない。
 翔太の足が限界を迎えるの先か、アリサがいたたまれなくなるのが先か。呆れているユーノの視線をよそに、唇をゆがめて不敵な笑みを向け会う。ちなみにユーノが念話なのは、それなりに近い位置に恭也や忍がいるからだ。

「今日は何も起こらない限りはゆっくりしましょ」
「そう言ってるとなんか起こるんだよな。最近」
「気にしてても始まらないし、お茶にしよう?ファリンが持って来てくれたみたい」
「お茶とケーキお持ちしました~」
「ありがとうファリンさん」

 月村家のメイドであり、ノエルの妹でもあるファリンがなのはのお土産のケーキとティーセットをトレイに乗せてやってくる。結構ドジなところがある人なので、皆が転びやしないかとハラハラしたが、今日は無事にテーブルまで到達できたようだ。
 ただその代わりの失敗はちゃんとあった。

「はぅあっ!?翔太さんの分を忘れてきました!」
「いじめかっ!」

 椅子の件とも折り重なってついつい突っ込んでしまった。

「違うわ。いじってるだけよ」
「いじめっ子の言い訳かっ!  つーか違いがわからんわ!」
「どうぞ、椅子とお茶です。許してあげてください、アリサ様は翔太様の気を引きたいのですよ」
「ち、ちがうわよっ!!?」

 恭也と忍の方の配膳は終えたのか、いつのまにかノエルが翔太の分の椅子とお茶を持って背後に立っていた。

「ありがとうございますノエルさん。なるほど、アリサは小学生男子的な行動をとっているというわけですね。ここは広い心で受け入れてあげま、しょぅっ!?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
『ちょっ、アリサひどいで!』

 スコーンと翔太の額に当たったのは、他に手頃の物がなかったのか太陽の鍵だった。
赤く染まった頬を膨らませて、投げた格好のままそっぽを向いた。

「うふふ。ではごゆっくり」
「ごゆっくり~」

 そんな様子が微笑ましいのか、やわらかく微笑みながらノエル、ファリンの姉妹は翔太たちのテーブルから離れていく。

「ふんだ!」
「まあまあアリサちゃん、お茶でも飲んで落ち着いて」
「もういいから冷めないうちに飲もうぜ」
「そうだね」

 すずかがアリサをなだめ、翔太たちは4人同時にさきほど注がれたミルクティーを口に含む。
 が――

「「「っ!?」」」
「ぶふぉっ!?」
『うわっ!翔太きたなっ!?』

 アリサ達女子三人は顔をゆがめ、翔太は思わず吹き出してしまった。その一部がユーノに振りかかっていた。

「あっま!? 何これ砂糖どれだけいれたんだ!?」
「こ、これはちょっと……」
「水、水が欲しいわ!」
「すごく、甘い」

 砂糖と間違えて塩を入れた前科から、ファリンがお茶の葉じゃなくて砂糖の塊でも入れ間違えたんじゃないかと思う翔太。

「ぐはっ!」
「きょ、恭也っ!?」

 見れば向こうの席の恭也も机に突っ伏してプルプル震えてる。恭也は幼いころから桃子の新作お菓子の実験台になり続け、結果甘い物が苦手になっていたのだ。そんな人にとって今回の甘さは劇薬だったようだ。

「わーーっ!? ご、ごめんなさーい!」

 とりあえず月村家のトラブルメイカーのファリンがぺこぺこと頭を下げてカップを回収していく。

「あ、ちょっと待ってファリン、私もキッチンに案内して」
「どうしたの? アリサちゃん」
「ちょっと気になる事があって!」

 そう一言を残して、テンパった顔をして走るファリンの後をアリサが追っていった。

「どうしたんだろう?」
「さあ、一刻も早く水が飲みたかったんじゃね? あー、口の中が甘ったるくて気持ち悪い……」
「翔太くんって甘いもの苦手だったの?」
「いや、そーでもないけど、ものには限度があるって」



 そんなふうに翔太達が会話で時間をつぶして数分後、アリサが戻ってきた。
 一枚のクロウカードを手に。

「え?どうしたんだそれ?」
「さっきの、こいつの仕業だった」

 そう言ってアリサが差し出したのはスイートのカードだった。

「ノエルさんやファリンには見えなかったのかもしれないけど、こいつ厨房中の食材に魔法をかけてたわよ」
『こいつはものすっごい悪戯好きやからな……。まあ封印したから効果は切れとるとは思う。多分』
「そこは言いきってほしいかな?」

 すずかがちょっぴり怯えた顔で言う。切れてなかったら月村家の食卓が大変なことになる。

「この子はどんなことができるカードなの?」
『読んで字のごとく、食べ物や飲み物を甘くできる。お菓子を作ることもできるな。甘いの限定やけど』
「ビターチョコとかは無理ってこと?」
『あのちょっと苦い奴か? 作れんこともないけど、魔法で作るくらいなら買った方が労力は少ないと思うで』
「ジュエルシードや他のクロウカード探しには……」
『まあ、使えんカードやろな。精々が嫌いな食べもんの味を変えるのに使えるくらいやな』
「……これを作ったやつは何を考えてたんだろうか」
『……きくな』

 とりあえず、大した労力を使わずカードゲットということでよしとしておこう、と納得する翔太達。
 よほど甘いのが苦手なのか、未だに恭也の顔色が優れないみたいだった。

『それにしてもよく気づきましたね。スイートはクロウカードの中でも最低位のカード。このカードが放つ微弱な魔力をアリサ嬢は感じたのですか?』

 前回フロートに気付いたスピネルでさえも気付かなかったほどの魔力しかもたないスイート。アリサ以外全員が気付かず、なおかつキッチンにいたということは、視認もできない場所にいたはずなのに。

「うーん、この間の空を飛んだ日から、なんとなく調子が良いのよね。確信があったわけじゃなくて、なんかいるかもって思っただけなんだけど」
「行ってみたら本当にいた、というわけか。アリサの魔力感知能力が上がってるとかそういうことか?」
「実感はないんだけどね」



 アリサを中心にそんな話をしていたら、ファリンが淹れなおしたお茶を持ってきたので一旦切り上げる。
 注がれたミルクティーに慎重に口を付け、今度はほどよい甘さでちゃんと飲めたので、本来の目的だった作戦会議を始めることになった。

「とりあえず手持ちのカードを一回全部確認させてもらっていい?」
「えっと、私の方はシャドウフロートフライアーシー、そして今日捕まえたスイートの5枚ね」
「私はジャンプウェイブの2枚」

 なのはの言葉を受けて、テーブルの上にカードを並べる二人。

「結構偏りがあるな。そもそも太陽属性のカードと月属性のカードって同じ枚数なのか?」
『ええ。月、太陽共に26枚ずつです』

 属性関係があるのは封印時だけなので、あまり気にする必要はないかもしれない。

『こん中で一番強力なんはやっぱりアーシーのカードやな。土や岩を作りだしたり操ったりできるで』
「カード単独で一つの町に地震が起こせるくらいだもんね……」
「これは他のカードと組み合わせなくても強そうだけど」
「でもさ、こんなのどうだ?」

 そう言って、翔太はアーシーのカードとウェイブのカードを手に取る。

「岩の波、ロックウェイブ。攻撃力超高そうじゃね?」
「……それを使わなくちゃいけないような怪物とは遭遇したくないわね」
「確かに」
「うーん、それじゃこんなのはどうかな」

 すずかがシャドウフロートを手に取る。

「普通影って地面にしか映らないから、シャドウは地上でしか使えないって思ってたんだけど、フロートと組み合わせれば影そのものを浮かべることで空でも使えるように出来るんじゃないかな」
「あ、ホントね。さすがすずか、冴えてるわ! 私が思いついたのはこれ」

 アーシーフライを重ねて見せるアリサ。

フライの翼の属性を岩に変える。飛ぶスピードは遅くなりそうだけど、自分の身を包むようにすれば防御力が高そうだと思わない?」
「守るだけじゃなくてうまく振り回せば鈍器のようにも使えるわけか」
「あ、確かに。……今度岩の翼これで翔太を殴ってみていい?」
「お断りだよっ!」
「あ、そうだ!こんなのどうかな?」

 ウェイブスイートを手に取るなのは。

「えへへ、ジュースの波~」
「うんうん。可愛い可愛い」

 そんな感じでケーキを口にしつつ作戦会議とはほど通りじゃれあいをしていると、ここのところある意味おなじみとなった感覚が翔太たちを貫いた。



――キィン



「……ジュエルシードだね」
「すごく近い感じがする。うちの敷地内かな?」
「もう! 折角楽しくなってきたのに!」
「休もうっていうと必ず出てくるよな」
『もういっそ毎日休もうとしてた方がはよ見つかるんちゃうか?』

 さすがにそれは暴論だけど、今のところそうなっている現実に翔太たちはそろってため息を漏らす。

『落ち込んでても仕方ないよ。行こう!』
「そうだな」

 飛び出したユーノを追って、ジュエルシードの反応を感じた場所に駆け出した。



[36269] 激昂×独断専行=それが招く結末は――
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:59
 ジュエルシードの反応を感じて、月村家の森(敷地内に森があるとかどういうことだと問い詰めたい)に足を踏み入れた翔太たち。
 忍達にばれないようにユーノが結界を張り、アリサ達は杖を片手にバリアジャケットを身に纏って臨戦態勢を整える。さて今回の相手は何だろうと気合を入れた彼らが目にしたものは――

「……子猫、だよね」
「……子猫、だと思うわ」
「……うちの子だと思うけど」
「巨大な子猫…… 言葉にすると意味わからんな」
「あ、あはは。大きくなりたいって思いが正しくかなえられたんじゃないかな……」

『に~~~』

 鬱蒼と茂る木々よりも、更に大きな子猫が楽しそうに鳴き声を上げていた。
 大はしゃぎで遊んでるのが見ててわかる。風で揺れる木に猫パンチをしたり、咥えてみたり。
 仕草は子猫の愛らしさがあって可愛いんだが、いかんせん質量の問題か、猫パンチで木が折れるわ、咥えた木はボロボロになるわで結構大変なことになってる。

「リリム! やめなさ~い!」
『に?』
「わ、バカ!?」
「え?」

 無邪気な暴走による庭(森?)の破壊を止めるため、飼い主であるすずかが声を張り上げる。飼い主の責任として叱りたかったのかもしれないが、好奇心の塊である子猫(巨大)から、翔太達はちょうど猫相手の玩具サイズに見えない。名前が小悪魔的な名前であることも考えて、子猫の反応は――

『にぃ……』

 きらりと光る無邪気で好奇心に溢れたつぶらな瞳が翔太たちを捉える。猫も一応肉食獣。

「に、逃げろぉぉぉぉ!!!」
「「「きゃああああ!!??」」」

 翔太の声に皆バラバラの方向に脱兎のごとく逃げ出す。兎狩り的な意味で。

『に~~~~♪』
「って、俺の方にきたー!?」

 翔太がターゲットに定められた。

『にゃっ』
「とあっ!」
『ににゃっ』
「へいや!」
『にゃ~っ』
「こなくそっ!」

 フィアフルフィンを発動させて、猫パンチを紙一重でなんとか避けている。ぷにぷにする分には気持ち良い肉球も、それも巨大となっては脅威でしかない。

『結構余裕そうね?』
『案外必死だよっ!?』

 子猫の注意が翔太に集中したということは、それはつまりアリサ達は無事ということ。子猫を挟んだ向こうの方で翔太の様子を伺っていながら念話を飛ばす。

『翔太は皆と違ってバリアジャケットを纏ってるわけじゃないから早く助けてあげて!』

 翔太を気遣っているのはユーノだけだった。
 通常バリアジャケットはデバイスに登録し、起動と同時に魔力で生成して身に纏う。一応デバイスがなくても作ることは不可能ではないが、バリアジャケット生成は何気に結構高度な魔法なので、翔太はうまく生成することが出来なかった。
 高速飛行時に身体にかかる負担を軽減するための身体強化魔法はある程度使えるが、それもアリサ達のバリアジャケットの強度には遠く及ばない。実は防御面では翔太が皆の中で一番下なのだ。

『わかってるわ。それじゃ行くわよ!』

 シャドウのカードを取り出して杖を振りかぶる。
 別にアリサも翔太の事を心配していないわけではない。ただ、フィアフルフィンの飛行能力なら回避も容易いと信頼しているからこそだ。
 ところが、シャドウを使うその直前、アリサとは別方向から声が響いた。

「フォトンランサー、ファイア!」
『に゛ゃに゛ゃあ゛ぁぁぁぁ……』
「なっ!?」
「リリム!?」

 声が聞こえてくると同時、翔太の後方の上空から数本の光の槍が子猫に向かって降りそそいだ。子猫はよろけて苦しそうに呻き、心配したすずかが隠れていた木の影から飛び出す。後を追うようにアリサとなのはもそちらへ向かう。
 一瞬硬直して、その様子を見ていた翔太だが、すぐにはっとなって声がした方へ振り返る。



「金の……、女の子?」

 見上げた青い空に、翔太たちと同じくらいの少女が浮いていた。

 身体に張り付くような黒いボディスーツと、赤いベルトに申し訳程度のスカート。それを黒いマントで覆うバリアジャケット。そして金色の宝石がついたデバイスと思しき黒い斧。割合としては黒が多いからこそ、風になびく金の髪が翔太の印象に強く焼き付いた。
 状況も忘れ、一瞬見とれてしまうが、彼女がデバイスを振りかぶった事で翔太は我に変える。

「フォトン――」
「っ!?させるか!」
「待ってっ!翔太!」

 ユーノが制止する声を無視して、翔太はフィアフルフィンを羽ばたかせ、もう一度魔力スフィアを生成して追撃の構えを見せた彼女と猫の射線上に身体を割り込ませる。
 金の少女は一瞬驚いたような表情を浮かべるも、発動中の魔法を止めることができないのか、翔太に向かって撃ち放つ。

「――ランサー!」
「がっ!?」

 両腕を交差させて防御の姿勢をとってみたがそんなものは気休め程度にもならず、打ち放たれた光の槍は翔太に直撃し、放物線を描くように吹き飛ばされていく。その光景にアリサ達は驚きから硬直してしまう。
 空を仰ぎながら、翔太の視界は白く染まった。このままではなんの防御もできず頭から墜落してしまう。



「ッフロート!!」
「っは」
「翔太!」

 アリサがギリギリ正気に戻り、地面スレスレの位置で翔太を受け止めた。

「そ、そうか、意識失うってことは飛行魔法も、解けるってこと、か」
「だから止めたんだよ! 翔太は魔法攻撃に対する防御力が無いに等しいんだから無茶しないでよ!」

 翔太を貫いた魔法にはスタン効果がかけられていたらしく、口も身体も痺れてまともに動かせていない。
 ユーノが走り寄って翔太を叱りつけながらも治療魔法をかける。それと同時にアリサがフロートの効果を切って地面に下ろした。
 翔太が意識を失っていたのは、彼女の攻撃を受けて落ちるまでの数瞬だったが、その間に状況が少し動いていた。

 翔太が撃ち落とされた位置にはなのはとアリサが浮かんでいつでも防御魔法を展開できるように身構えている。子猫の方は翔太が受け切れなかった分が直撃したのか、倒れこんでしまっていてすずかの呼びかけにも返事を返していない。
 そんな中で金の少女は変わらずに空に佇んでいる。

「どうしてこんなことするの!?」

 翔太は大人しくユーノの治療魔法を受けながら、なんとか首を動かしてアリサ達の様子を見る。翔太からは二人の後ろ姿しか見えないので表情は伺えないが、なのはの方は彼女に向かって声を張り上げる。
 金の少女は質問には答えず、再びデバイスを振りかぶる。

「ロストロギア、ジュエルシードを回収する。邪魔をしないで」
「ジュエルシードはユーノくんの―!」
「待ってなのは」

 アリサがなのはを制して一歩分前に出る。少し震えたいつもより低いその声は、怒りの成分を色濃く乗せていた。
 彼女もその様子に気付いたのか、猫しか見ていなかった視線をアリサに向ける。

「アンタ今、何したかわかってんの?」
「…………」

 アリサの静かな、けれど重い響きを伴った問いに、金の少女は答えないまでも少しだけ怯んだように下がる。
 それでも答えない彼女に、アリサの怒りが爆発する。

「アンタに撃たれて、意識なくして空から落ちて! 私が止めなきゃ頭から地面にたたきつけられてたのよ!! 下手したら死んでたのよっ!? 私たちみたいにバリアジャケットもデバイスも持ってないただ速く飛べるだけの翔太を、アンタはあと少しで殺すところだったってわかってんの!?」
「ア、アリサちゃん?」
「そ、れは」

 となりにいたなのはも驚くくらいの剣幕に押されてさらに下がる金の少女。
 ケンカをして怒ることは結構多いが、ここまで本気で怒っているアリサをなのは達もは初めて見る。

「答えなさい!!」
「あ、う……」

 そんなアリサの一喝に答えられず視線を逸らす金の少女。
 実際にはフォトンランサーという攻撃魔法がもう既に発動していた状況で、翔太が無謀にも射線上に割り込んだから起きた事故なので、一番の原因は翔太の無茶だが、今のアリサにはそれが通じるとも思えない。

 そのまま数瞬、無言の時が流れる。

「あ、リリムが……」

 そんな中で最初に言葉を発したのはすずかだった。
 完全に意識を失ったせいか、子猫の身体が元の大きさに戻り、そして体内からジュエルシードが浮かび上がってくるのが見えた。

「っ! それでも私は!」
『Scythe Form』
「「っ!?」」



 翔太がアリサ達の方へ視線を戻した時、光の鎌がなのはとアリサを切り裂いていた。



「なっ!?」
「なのは!!」
「アリサちゃん!!」

 翔太と同じようになのは達も、すずかの声を聞いてジュエルシードの方に視線を向けていたのだろう。その隙を一瞬で詰めて、また翔太の時と同じように意識を刈りとった。すごく辛そうな顔をして、そして"ごめんなさい"と口を動かしながら。

『Master!』
『アリサ!』

 翔太と違うのはバリアジャケットがあるおかげでダメージが少ないのと、デバイス達がいるから最低限の飛行制御で地面に激突する心配がないということ。
 それは理解している。頭でわかっている。だが、視界に映ったアリサとなのがは傷つけられたその衝撃的な光景に、翔太の頭に血が一気に昇っていった。

「て、めぇ……!」

 デバイスの制御でゆっくりと落下していく二人のもとへユーノとすずかが駆け出すのを横目に、ジュエルシードを手にしてそのまま飛び去っていく金の少女。

「フィアフル、フィン! 全開っ!!!」
「えっ、ちょっとしょ―」

 制止の声も聞こえず、翔太はある程度回復していた身体に鞭打ってフィアフルフィンを発動させる。まだ痺れは残っているが、それ以上に怒りで思考が染まっていた。
 全身の金色・・の羽を震わせ、バチバチ紫電をまき散らし・・・・・・・・・・・・ながら、翔太は彼女を追いかける。それが無謀と知りながら――






「待てぇっ!はぁ、はぁ、ぐぅ……!!」
「くっ」

 月村家の敷地からはとうに離れ、今は町の上空を飛んでいるが一向に追いつかない。ただ飛行経路は、アジトをばれないようにするためか、さっきから同じところをぐるぐる回っている。
 翔太は空を飛ぶ速度には自信がある。なのはもフラッシュムーブで翔太と並べるが、それも一瞬の事。翔太は飛ぼうと思えばその速度を常に維持できる。ユーノからも速度においてはそんじょそこらの航空魔導師であっても敵わないだろうと太鼓判を押されている。
 そんな翔太であっても彼女には追いつけていなかった。速度だけなら負けていない。けれど、巧みに翔太を翻弄する彼女の飛行と、そもそも速度に翔太の身体が追いついていないのが原因だ。

 繰り返しとなるが、俺はデバイスを持っていない。飛行魔法も毎回毎回自前で組んでいる。当然飛行中は全身に生やした羽を制御して飛んでいるわけだが、それだけで飛べるのは低速で飛行するときだけだ。
 高速で飛ぼうと思うなら、進行方向にプロテクションのような壁をはって風圧を受けないように制御しなければならないし、Gが少しでも軽くなるように重力のかかる方向を制御したり、それでも発生するGに耐えられるように身体強化魔法をかけたりと、並行していろんな魔法を使っている。デバイスがあればいくつかの魔法を肩代わりすることで負担が軽減するが、翔太にはその手段がない。
 それぞれの魔法だってデバイスなしで使うには簡単ではないので、同時に酷使することで色々な魔法の構成が荒くなって翔太の身体にかかる負担がかなり高くなる。
 最初に彼女に攻撃された痺れはほとんど抜けているが、それ以上に高速飛行でのダメージが翔太の体を蝕んでいた。

「フォトン――」
「っ!」
「……っく!」
「…はぁ、はぁ」

 何度か翔太を撃ち落とすために魔力スフィアを作ろうとする気配を見せるが、翔太が身構えるとその度に躊躇して魔法を取り消すことを繰り返している。アリサに言われたことがかなり尾を引いていると見える。
 事実ここで意識を刈りとられるような攻撃を受けたら、カバーしてくれる仲間がいないこの状況では翔太は確実に墜落し、死んでしまう可能性が高い。
 それで攻撃しないということは最初のアレはやはり翔太が急に割り込んだことによる不慮の事故だったようで、彼女に人を害してまでジュエルシードを手に入れたいわけではないと言うのがわかる。
 それでもいつまでも追いかけっこを続けるわけにもいかない。追いつく追いつかない以前にそろそろ翔太の身体が限界が近い。一瞬、歩く教会を自分に召喚して風圧とかGとかから身を守ろうかとも思ったが、あれは着た者を守ると同時に、二巻で姫神秋沙が吸血殺しディープブラットを封じたしたように自分の能力を封じ込めると言う意味合いももつ。
 要するに使った瞬間に飛行魔法が解けて地面に真っ逆さまというわけだ。

 きっ視線を鋭くして、負担を無視して一か八かに賭ける決心をした。

「フィアフルフィン!アクセル!」
「っ!?」

 いつもの透明ではなく、何故か金色になっていた全身の羽に、更に魔力を流し込んで一瞬だけ"羽"サイズから"翼"と呼べるくらいのサイズまで巨大化させる。
 それにより速度が増して、驚愕の表情を浮かべる彼女との距離を一気に詰める。その分全身に激痛が走るが、それも数秒のことと悲鳴を噛み殺す。

 あと少し、後もう少しでマントに手が届―

「フェイトから、離れろーーー!!!!」
「ぐぼっ!!?」
「アルフっ!?」

 全く意識していなかった真横から、オレンジの長い髪を振り乱し怒りの形相をした女の人が飛び込んできて、腕を伸ばして無防備になった翔太の横っ腹に重い拳を叩き込まれた。
 身体強化が効いていたのでダメージはある程度抑えられたが、視界が一瞬だけブラックアウトする。ただ、それだけじゃ終わらなかった。

「待ってアル――!」
「せいっ!」
「がはっ」

 翔太に突っ込んできた勢いを殺さず、身体を縦に回転させた踵を翔太の右肩に振り下ろしてくる。

「あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」

 その威力は翔太の肩の骨を砕き、地面に向かってたたき落とされる。蹴りの勢いがあったせいで、翔太の身体はぐるんぐるんと回転して、上と下がわからなくなる。回転しながらも見えた下の様子は、廃墟になった工場と思しき建物。人通りが少ない場所だったはずだから人の上に落ちると言うことはないなと、関係ない事が頭に浮かぶ。
 幸いというべきか、肩を砕かれた痛みの所為で意識を失っていない。それでも痛みが激しすぎるため飛行魔法の制御がまともに行えず墜落していくしかなかった。

「っ負けるかぁっ!!」

 近づいてくる地面への恐怖と痛みを無理やり抑え込んで、全身の羽の制御に意識を向ける。
 なんとか勢いを殺して落下速度を落す。でなければ死ぬ。



―――ガシャン!!!―――

「ぐっ!」

 脆くなっていたらしい工場のトタン屋根を突き破る。それでも身体強化でなんとか耐える。
 この程度の衝撃ならなんとか耐えられる。このまま身体強化を維持したまま地面に――



――――ドンッザクッ!――――



「…………あ?」



――死なない程度の勢いで地面に叩きつけられた翔太の目に飛び込んできたのは、左肩を貫くむき出しの鉄骨だった。



「――っ!!――っ!?」

 それを自覚した翔太が意識を手放すその直前に、突き抜けた穴から降りてくる金の少女の姿が見えた気がした。



[36269] 心配×困惑=意外な関係
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 19:59
「なのは! しっかりしてなのは!」
「アリサちゃん!」
『ちゃんとリカバリーしたから怪我はないはずやけど、電気の魔法のせいで気ぃうしなっとるみたいや』

 翔太を気にしつつも、ユーノは気を失っているなのはとアリサの下へ駆け寄る。落ちてくる間に木々にふれてからまった木の葉や小枝を払いながら二人に呼び掛ける。声には焦りの色が濃い。
 すずかはアリサの介抱をしつつも、よほど翔太のことが気になるのか、さっきから焦った様子で何度も空を見上げている。
 ユーノもなのはに怪我がないか確認すると同時に、翔太に向けて戻ってくるように念話を飛ばすが、捕捉できない速度で飛んでいるのか全く繋がらない。

 ユーノは一目見ただけで彼女がただ者でない事がわかった。動き、攻撃魔法、そして意思。そのすべてが洗練されてた。間違いなく"実戦"の経験がある。アリサ達のように、"事件に巻き込まれて戦う"のではない。"戦うための戦い"をしている。
 そんな相手に切り札とも言える禁書の力を使うにしても、頭に血が上った状態では万に一つも勝ち目があるとは思えない。
 そもそも万全の状態で全員で束になっても敵うかどうかすら怪しい。彼女は訓練を積んだ戦闘魔導師で間違いない。子猫を狙い撃ち、翔太を墜とした遠・中距離の直射魔法と、なのは達を退けた近距離の光る鎌。精度はどちらも高い。単独行動可能でオールレンジに対応できる高ランク魔導師だ。
 何事もなく翔太が帰ってくることができるとは考え難い。

「ん、んぅ……」
『Master!』
「気がついた!」
「大丈夫!? 痛いところはない!?」
「……えっと、ユーノくん?」
「……私、いったい?」

 大した怪我もなかったようで、二人とも何事もなかったように身体を起き上がらせる。それでも攻撃をされたショックか、直前のことをすぐには思い出せないみたいで首を傾げてる。

「ユーノくんは二人をお願い。私は翔太くんを探してくる!」
「え!? 待って待って一人で行っちゃだめだって!」

 目を覚ました二人の無事を確認したすずかが飛行魔法で体を浮き上がらせたのを見て、必死で止めるユーノ。

「でもあの子相手に翔太くん一人じゃ危ないよ!」
「それがわかってるならすずかも一人で行こうとしないで!」
「でも、でも、翔太くんが!」

 不安と焦りのせいで自分の感情が制御できてない。

「っ!そうよ、翔太はどこ!?」
「あの女の子は?それとジュエルシードもどうなったの!?」

 はっとして事の顛末を思い出した二人が周囲にきょろきょろと首を動かす。

「翔太くんがあの子を追っていって連絡がつかないの! っ、ごめん胸騒ぎがするの!」

 そういって飛び立つすずか。その取り乱しようはそれなりに長い付き合いのアリサとなのはも初めて見るものだった。

「だから待ってってば! 二人ともすずかを追って! 経緯は移動しながら説明するから!」
「わ、わかった」

 状況がのみこめないまでも、すずかの様子からただ事じゃないと理解したアリサとなのははすぐに飛び立ってすずかに追いすがった。






「翔太くん、どこに行ったの……」

 俯いて目を伏せ、沈痛な声で呟くすずか。アリサもなのはも似たような表情だ。
 日は随分傾いて、空はもうすぐ夕暮れに染まりそうな気配を見せる頃。町中の空を飛びまわって翔太を探したけど未だ見つかっていない。携帯電話にかけてみても応答はない。
 効率を求めて手分けして探そうとすずかが提案したけど、もしもあの黒衣の魔導師とであったら一人じゃ対処できないとアリサが却下した。そのとき「翔太くんが心配じゃないの!?」とすずかが声を張り上げて一触即発になりそうだったけど、すぐに我に返って「ごめん……」と言ったのでその場では一応事なきを得た。それでも未だに二人の間には微妙な空気が流れている。
 この中で一番感情の振れ幅が大きいのは、普段ならアリサのはずだった。だが、すずかがひどく取り乱しているせいで、今回に限ってアリサは冷静にならざるを得なかった。

 ――♪♪♪――

「なのは?」
「お兄ちゃんからだ」

 なのはの携帯電話の着信音が鳴り、届いたメールを確認する。

『姿が見えないが森で遊んでいるのか? そろそろ戻ってきなさい。ノエルが夕食を準備すると言っているがどうする? 食べていくと言うなら母さん達に連絡を入れる。アリサちゃんと翔太も一緒に食べるなら親御さんに連絡するよう伝えてくれ』

「……どうしよう、翔太くんいないのに」
「説明しようとするなら魔法のこと全部言わないといけなくなるわ」

 心配させるといけないから、となのはは家族にジュエルシードやクロウカードのことは伝えてない。アリサも同様だ。
 管理局法的に、管理外世界の住人に接触する事がマズイのと、巻き込む人数を増やしたくないという思いがあるユーノはこの方針に賛同している。
 だが、すずかの口から予想外の答えが返ってきた。

「……正直に話して翔太くんを探すのをお姉ちゃん達にも協力してもらうのがいいと思う」
「でもそれだと――」
「……ごめんなさい、私お姉ちゃん達に今までのこと全部話してるの」
「「「えっ!?」」」
「プールの一件の後に、ちょっと事情があって…… 今まで黙っててごめんなさい」

 頭を下げるすずか。
 あの時一番大変だったのは、溺れて一時的とはいえ呼吸が止まっていたすずかだ。心配した家族が詳しく事情を聞こうとしたとしてもおかしい事ではない。

「その、事情って?」
「……ごめんなさい」

 静かに首を振るだけで説明を拒む。

「……お姉さんはなんて言ってるの?」

 いち早く動揺から立ち直ったユーノが尋ねる。プールの一件からすでに数日が経っている。妹が異世界の事情に関わって、危険な目にもあっているのにお姉さんは何も言わないのかと疑問を口にした。

「……私のやりたいようにやりなさいって。ただ、何かあったら頼りなさいって言ってくれてるの」
「魔法とかなんとか普通じゃあり得ないようなこと言われて、忍さん動じなかったの?」
「っ、うん」

 アリサの質問に一瞬だけ表情を陰らせたようにも見えた。だがその事を追求するよりも、今は翔太のことをどうするかが先決だ。

「忍さんに事情を説明するのは仕方ないとして、どうやって翔太を探すのよ」
「わからない。だけどこのまま闇雲に探すにしても人手は欲しいし、お姉ちゃんなら何か思いつくかもしれない」

 他人頼みの思考放棄かもしれないが、だからといってこのまま当てもなく探していても不安が大きくなるばかりだ。既に一度すずかが感情のままにアリサに対して言葉を吐いている。この状況で仲間内で不和を広げるわけにはいかない事はすずか自身もわかっている。暴走しそうな感情を諌めることが出来る大人が必要だった。
 最悪の場合、翔太が帰らない事を家族に伝えなければならない。それは子供だけではどうにもならない。誤魔化すにしても正直に言うにしても、大人の手が必要なのは確かだ。

「……わかったわ。戻って忍さんに協力を仰ぎましょう」

 今の状況がマズイことはアリサも把握していたため、数瞬悩んだもののすずかの提案を受け入れた。

「うぅ、お兄ちゃんにも必然的にばれることに……」
「ごめん、なのはちゃん。でも今は」
「わかってる。翔太くんを見つけることが第一だよ」

 すずか達は頷き合うと、そろって進行方向を月村家に向けた。






「何かあったら頼ってとは言ったけど…… いきなり難儀な状況ね。しかもよりにもよって翔太くんかぁ…… 雀宮になんて言えばいいのかしら。まいったなあ、父さんも母さんも今いないのに拗れたらどうしよ、恭也ぁ」
「手は貸すが、あまり相対したくないな……」
「え?」

 忍が頭をかきながら思わず口走った"よりにもよって"と、やけに"雀宮"を強調するような言い方、そして父と母がいないことが問題だという部分に、アリサは引っかかりを覚えた。"何かあった時に親御さんにどう説明すればいいのか"とは少しニュアンスが違うような気がした。

「もしかして、翔太の家となにか特別な繋がりがあるんですか?」
「え…… お姉ちゃん?」

 それはすずかも知らなかったことで、アリサと同じ色の視線を姉に向ける。

「あー、んー、別に対立してるとかそんなんじゃないから安心して。むしろ協力関係? というか共存共栄? とにかく良好は良好よ。ただ、あの家は家族への愛情がかなり深いから、万が一があった時どんなことになるか想像つかなくて怖いのよ。父さんたちならまだしも、私達だけじゃ押さえが効かないだろうから相手の、えっと黒い魔導師の女の子? の無事は保障できそうにないわ」
「え、えぇぇ!?」

 子供たちの中で唯一、忍の言う"私達"の実力をある程度知っているすずかが驚きの声を上げる。それで抑えが効かないとは一体雀宮とはどれだけのものなのか。
 逆にアリサやなのははその意味がわからないので、どうすごいのか把握できていない。

「えっと、よくわからないんですけど、翔太の家って一体どんな家なんですか?」
「歴史ある家とは翔太くんから聞いたことあるけど……」
「うーん、私の口からはちょっと。翔太くん自身も末っ子だから全容は知らないと思うし…… まあアレよ、古くから続いてる家には色々とあるのよ。あ、でもヤクザとか闇の組織とか、そういう悪い方向じゃないから安心して?」
「いえ、そんな冷や汗流しながら言われても私も反応に困るんですけど」
「あ、あははー」

 笑顔だけは保つように繕っているものの、忍の顔色は青いうえにいつもと比べて無駄に口数が多い。

「とにかく、そういうわけだから雀宮にばれないうちに早いところみつけないといけな――」

――♪♪♪♪♪――

 忍の言葉にかぶさるように、机の上に置かれていた携帯電話から着信メロディーが流れだした。言葉と表情を固めたまま着信ウィンドウをチラ見して、一瞬だけ顔をこわばらせて何事もなかったように話を続け始める。

「っ、…… 見つけないといけない訳だから、まずはその女の子が現れた方向ととび――」

――♪♪♪♪♪!!――

 スッテップトーン設定をしていたのか、段々と音が大きくなっていく。

「~~っ! 飛び去った方向を調べて、あとノエルは車を――」

――♪♪♪♪♪!!!――

「あの、忍さん? 携帯電話、鳴ってますけど……?」

 必死でそれに気付かない振りをする忍に、ユーノが空気を読まず…… 否、あえて空気を読んで着信ウィンドウに"雀宮白鳥"と表示された携帯電話を押し出す。ユーノは翔太の親兄弟の名前を知らないが、名字を見れば関係者であることはわかる。
 それを見た忍は数秒ユーノと着信ウィンドウに視線を往復させ、やがて何か諦めたように小さくため息を吐き、「あぁ、もうっ」と半ばやけっぱち気味にそれを受け取った。

「もしもし、そっちから電話なんて珍しいわね、普段ならまだ寝てる時間でしょ?」

 いつも通りを装った明るい声で電話に出る忍。
 白鳥という人物の事を知らない子供たちは「寝てる時間?」と各々時計を確認して首を傾げていた。

『……なんとなく目が覚めた』

 ローテンションの言葉が電話口から聞こえてきた。

「そ、そう。それで、どんな用事かしら?」
『……翔ちゃん、元気?』

 一番聞かれたくなかったクリティカルな事。だが、だからこそ逆に心構えが出来ていた事である。言葉をつっかえることもなくさらりと答える。直前の狼狽え様からの切り替えに、隣に座る恭也も思わず苦笑を浮かべた。
 この辺りの胆力はまだ子供たちになく、思わず息をのんだ。その様子に三人の後ろに控えていたファリンは小さく笑う。

「えぇ。妹達と一緒にうちの庭で飛び回っていたわ。そうそう、うちで夕食を食べてもらうことになったの。そちらの御祖母様にお伝えしておいて貰っていいかしら?」

 現在雀宮にいる保護者は翔太の祖母のみ。忍としては保護者あての伝言を頼んでここで話を終わらせるつもりだった。

『……それは問題ない。けど――』

 だが、忍の言葉とは違う部分で白鳥は気付いていた。

『……やっぱり翔ちゃんはそこにいないのね』
「えーと、今席をはずしているわ」

 白鳥の"やっぱり"という言葉が引っかかったものの、今は目の前にいないという誤魔化しの言葉が忍の口をつく。

『……翔ちゃん一人だけ?』
「そうじゃなくて、私が席をはずして――」
『……嘘はダメ』

 間髪をいれずの指摘に忍は、何故気付いたのかと硬直する。動揺は声には出ていなかったハズだ。

『……息遣いでわかる。会った事ないけど、アリサちゃんすずかちゃんなのはちゃんの三人が向かいに。その後ろにメイドさん一人。電話口の忍ちゃん、隣の恭也くん。……翔ちゃんだけいない』

 白鳥は電話から漏れ聞こえた僅かな息遣いから、位置と人数を正確に把握していた。年上相手でもちゃん付けくん付けで呼ぶが、相手にその違和感を抱かせない重みがある。

「えっと……」

 まるで全てをお見通しとでもいうかのように言い当てられて、忍は二の句を継げない。

『……街の外れのつぶれた工場。そこにいるかも』

 五丁目のところ、という続きの言葉が耳に入ってこない。何でも分かっているようなその言葉に忍の背筋が凍る。
 その雰囲気を感じ取った白鳥は、その誤解を晴らすように事実を告げた。

『……GPS追跡アプリ』
「あ、意外と科学的な方法」
『……別に意外じゃない。世の中すべて見通せるほど私は人間やめてない』
「えっと、ごめんなさい」

 忍の反応にちょっとご立腹っぽい声を上げる。
 家の用事で白鳥と何度か言葉を交わした事はあるが、その特殊な容姿と雰囲気の所為でどうにも超人的な印象の方が先立ってしまう忍だった。

『……何が起きてるのかは知らないし聞かない。場所は教えた。あとはそちらの仕事』

 つまり、翔太の身に何かが起きている事に感づいているのは今のところ白鳥のみで、問題が問題として発覚する前に月村側で解決できるのなら、雀宮家としては事を荒立てるつもりはないと暗に言っている。
 例え翔太の独断専行による行動が原因であったとしても、月村家へ訪れていた時に起きた事件であれば月村家に保護責任がある。

「ええ、わかったわ」

 両親不在の状況では忍が月村家の責任。強い口調で了解の意を示す。

『……それと、もし日付が変わるまでに翔ちゃんの声を聞けなかった場合は……』
「ば、場合は?」
『……あえて言わない』
「あ、あはは」

 絶対に見つけないとっ!と強く誓う忍であった。



 忍と白鳥の電話から数分後。アリサ達はノエルが用意していた車に乗り込み、白鳥から知らされた町はずれの工場跡に向かっていた。
 運転はノエル、助手席には恭也が座っている。中列には忍とすずかが座り、後列にはなのはとアリサ、そしてユーノはなのはの肩に乗っていた。
 ファリンはもしも翔太が自分で帰ってきた場合のために屋敷に留守番をしている。

 移動中の車中は無言に包まれていた。
 白鳥からの連絡のおかげで翔太の場所、正確には翔太の携帯電話がある位置はわかった。だが、少なくとも1時間以上そこから移動してないということも同時に知らされていた。ただじっとしているだけなのか、動けないのか、そこに携帯電話を落としただけなのか、状況は全く分からない。不安を払拭するには十分とは言えない情報だった。
 すずかは翔太がいなくなった当初から焦りや不安の表情を浮かべていたが、今も先ほどまでと同じ表情を浮かべたままだ。ときどき嫌な想像を振り切るかのように首を振っていた。
 アリサの方は忍達という"保護者"に当てはまる人に事情を話したことで"冷静じゃないといけない"という思いから解放されたせいか、今はすずか以上にそわそわしている。

 なのはとユーノも翔太のことが当然心配だが、それ以上に今は車内を覆う重い沈黙が気になった。とにかく何か話題を、と思って先ほどの電話のやり取りで気になった事を忍に聞いてみることにした。

「あの、忍さん。すずかちゃんの家と、翔太くんの家って一体どんな関係なんですか?」

 なのはの行動の意図に気付いた忍は、なるべく明るい声を出して考える動作をみせた。

「うーん、そうねぇ」

 忍はちらりとなのはとアリサの方に視線を向け、次に天井に視線を移して思案する。やがて言える事と言えない事の整理が終わったのか、すずかに視線を戻して口を開く。

「関係で言ったら遠い親戚になるわね」
「っ!?」
「え、そうなんですか?」

 すずかは絶句し、なのはは驚きの声を上げる。逆に忍はすずかの驚きように焦ったように言葉を付け加える。

「あ、向こうからこっちに嫁いできた事はあっても、こっちから向こうに嫁いだ人はいないわよ? それに数代前の話しだし、本当に遠い関係よ?」
「あ…… そうなんだ」

 忍の言葉に、すずかは安心したような、それでいてどこか残念そうな反応を見せた。

「まあ町の有力者同士が血縁を結ぶのは別に珍しい事じゃないですよね」

 その中でアリサだけは冷静な反応を示していた。ただそれも次の忍の言葉で崩壊することになる。

「そうそう、別におかしなことじゃないわ。すずかと翔太くんが生まれる前の話だけど、それぞれ男の子と女の子だったら許嫁にしようって話も出てたくらいなんだから」
「「「「ええええぇぇぇっ!!!?」」」」

 今度はユーノも含めた四人が驚愕のリアクションを揃える。

「え、だ、だって、うそ、そんなの聞いてないよっ!?」

 顔を赤くして姉に迫るすずか。嫌がっているというよりも照れの成分の方が多いようだった。

「まあお酒の席の冗談よ。生まれてきた翔太くんの身体の事もあったし、すぐにその話はなくなったけど」

 衝撃の事実を放り込んで、重い空気は振り払えたと思った忍だったが、今度のその発言の中に地雷が隠れていた。

「翔太くんの身体の事……?」
「え、翔太ってどこか悪いんですか?」
「あ」

 すずか赤かった顔が一瞬で元に戻り、再び重い空気が流れだした。己の失言に今さら気付く忍。

「あ、と、その、口で説明するのは難しいけど、もう大丈夫よ?」

 忍自身も詳しい事情は知らないのでどう答えたらいいものか迷いながら慌てて取り繕う。
 翔太が生まれてすぐの頃、忍は父にくっついて出産祝いを持って雀宮へ訪問した事がある。その時に見た赤ん坊は、生気のない瞳で天井を見上げるだけで一切自発的な動きをしていなかった。当時まだ幼かった忍をして「この子は長くない」と悟ってしまえるような異様な子だった事は覚えている。
 以降、雀宮はその子を救うために方々手を尽くしたと聞く。翔太が生まれる前までは雀宮と月村は家族行事を共にすることが多かったが、その忙しさの中で疎遠になっていったという経緯がある。三年後に「もう翔太は大丈夫だ」と連絡を受けた頃には、雀宮家も月村家も互いに仕事が忙しくなってしまったため、行事を共にすることがなくなっていた。

「三歳になった頃にはもう問題ないって訊いたし、今さら心配することはないわよ?」

 そんなこと言われても一度芽生えた不安は取り払えない。

「どんな病気だったの?」
「本当に今は大丈夫なんですか?」

 すずかとアリサが忍に迫る。

「ご、ごめん、詳しい事は知らないのよ」

 それだけ言ったところで二人が納得していないのは顔を見ればわかった。行方不明のこの状況でも心配で押し潰されそうなのに、昔は体が悪かったような事を言われては更に不安は増すばかり。
 不安を抱えたまま、車は目的地に向かって速度を上げていった。



 数十分後、件の工場跡地にたどり着く。東の方がぼんやりと赤いだけで、空の大部分は暗い。人工の明かりが灯っていないこの場所はすでに薄暗くなり始めている。。

「念のためバリアジャケット、だっけ?それ着ておきなさい。何があるかわからないからね」
「はい」

 恭也と忍を先頭に廃工場に足を踏み入れる。ユーノは恭也の肩に乗って、魔法的な脅威が襲ってきた場合に備えている。その後ろにはすずか達子供が追い、最後尾はノエルが務めていた。

 GPSで大まかな位置は分かっても、この建物のどこにいるかまでは特定できなかったので、一部屋一部屋慎重に見ながら、恭也とノエルが持つ懐中電灯を頼りに進んでいく。
 そして、元は大きな作業機械があったであろう広間に到達する。

「天井に穴があいてるな」

 恭也の声で幾人かは上を見上げる。ここに到達するまでの間に完全に日は沈んでしまったけれど、代わりに月明かりが穴から差し込んでいた。

「この匂いは……」

 でも上を見上げていない人もいた。忍、それとすずかはその広間の一点、ちょうど月明かりが差す場所を凝視していた。
 そこには崩れた天井の瓦礫の山と……、小さなミズタマリ・・・・・が見えた。

「あ、待ちなさいすずか!」

 忍の脇を目にもとまらぬ速さで跳び出して、すずかがその場所・・・・に到達する。足元にはジャンプの羽が光っていた。
 他も慌てて後を追う。

「ど、どうしたのよすずか、そんなに血相を変えて……っ!?」
「これ、これって!?」

 ミズタマリ・・・・・を凝視しながら固まっているすずかに追いついたアリサが、すずかの肩越しに覗きこんで何かに気付いて絶句する。遅れて追いついたなのはもすぐに気付いて声を張り上げる。



 水たまりなどではなかった。そこにあったのは浅黒くなった血だまり・・・・だった。



「なに、これ」

 ユーノは震える声でそう口にすることしかできなかった。それは変色しているけど、ペンキや絵具なんかじゃなく、確かに血によるものだ。
 遺跡発掘という仕事を生業にするスクライアで育ったユーノは、崩落などの事故、盗掘者の襲撃などで、人死にが出る"最悪の事態"というものを知っている。今回の翔太の行方不明の件でもソレを想像していなかったわけではない。ただ、それでも実際に目にすると言葉をなくしてしまう。
 想定していたユーノですらそうだと言うのに、安全な日本で生まれ育った子供たちがこの事態に平静を保つ事が出来るのだろうか。ユーノが恐る恐るすずか達へ視線を向ける。
 すずかはよろよろとその血だまりに近づいて力なくへたり込む、アリサはその場で立ち尽くして動くことが出来なくなった。なのはも両手で口を覆い、目に涙を浮かべて動けなくなっている。

「あ、あぁ……」
「そんな、翔太が死―」

――ダァン!!!――

「「「!!!」」」

 あと一歩でパニックに陥りそうになったその時、広間に響く大きな音に思わず身をすくませた子供たち。
 そこに視線を向けるとノエルが、扉を殴りつけていた。絶望の感情にのみ込まれそうな子供たちの気を逸らすために。

「皆さん、落ち着いてください。まだそう・・と決まったわけではありません」

 冷静な表情、落ち着いた声で子供たちにそう告げるノエル。さっきの大きな音に意識を持って行かれたせいで、その言葉はまっすぐ子供たちの耳に届く。

「よく見ろ。出血量は大した量じゃない」

 恭也にそう言われて、もう一度血だまりに目を向ける。
 上向きにほんの少しだけ突き出した鉄の棒を中心に、直径20cmくらいの血だまりが広がっている。血だまりなんて日常的に目にすることはないから雰囲気にのまれていたけど、確かに命にかかわるほどの出血量とは思えない。

「それになにより本人の姿がここにないじゃない」

 血だまりの脇近くに転がっていた見覚えのある携帯電話を拾い上げながら、忍が子供たちに言い聞かせるように優しく口にする。

「流れとしては……、そうね、天井を突き破って落ちてきて、この瓦礫でちょっと怪我をした。携帯もそのショックでポケットから転がり出したのかしらね?でも大した怪我じゃなかったからまた移動していった。こんなところじゃないかしら」

 子供たちの耳に、その言葉はゆっくりと染み込んでいった。

「そ、そうよ! あのバカの事だから自分が怪我したことなんて忘れてまだ追いかけてるのかもしれないわ! ねっ! すずか、なのは!」
「そ、そうだね。そうだよね! 翔太くんなら大丈夫だよね!」
「……う、うん! きっと大丈夫だよ! それにもしかしたら怪我をさせたこと気にして、あの女の子が手当てをしてくれてるのかもしれないよね!」

 自分に言い聞かせるように、翔太が無事な可能性を言葉にして、最悪の可能性を頭から追い払うなのは達。とりあえずはパニックになるのを防げたようだ。
 だが、ユーノは思考誘導をされただけのような気がして忍に目を向ける。忍はユーノの視線に気づくと、真剣な顔で人差し指を口に当て、黙っているようにサインを出す。ユーノはそれに頷きながら、"翔太が無事な可能性"を口々にするなのは達を見守った。



 その後、工場内を一通り調べて誰もいないことを確認した全員は車を止めた出口に向かっていた。一時の、パニックに陥りそうなまでのものはなくなったけど、それでも不安を払しょくしきれないすずか達の表情は総じて暗かった。
 その間に恭也があの現場で気付いたことを元に、忍が考えたありうる可能性の一つを子供たちの中で一番冷静なユーノにだけ話した。

 あの血だまりの中心にあった上向きに突き出した鉄の棒。その先端はごくごく最近、人工的に切断された跡があることに恭也が気付いた。棒の側面には血が付いているのに、切り口には血が付いていない。それはつまり翔太が血を流すような怪我を負った時、あの鉄の棒はもっと長かったということになる。そして翔太の血はあの棒を中心に広がっている。
すずか達は、翔太の怪我はあの棒で切った、もしくは肌をひっかけたと思っているが、事実はそうじゃないかもしれない。

「あの棒は、翔太を、貫いていたんじゃないか?」

 恭也のその言葉にユーノは胆が縮む思いだった。
 ただ、仮にそうであったとして気になるのは翔太には"鉄の棒を切る"ような魔法を使えないことだ。そもそも身体を貫かれるような怪我を追って、まともに意識を保てていただろうか。
 なら、それを行ったのはジュエルシードを奪っていったあの女の子である可能性がある。
 あの後の探索の中で、ほんの少しだけ落ち着いたのか、それとも翔太の最悪の可能性・・・・・・・・・を考えたくなかったからなのか、なのははあの襲撃してきた女の子のことをしきりに気にし始めた。
 なのは曰く、「なんだか寂しそうな目をしていた」「私達を切るとき悲痛な声で"ごめんなさい"って言ってた」とのこと。そんなの言い訳にならないとアリサが憤る場面もあったけど、仮にそれが本当だったとして、翔太に怪我を負わせたことを気にした彼女が、手当てのために連れ去った可能性も出てくる。
 最後に「これでもまだ希望的観測だけどね」と小さく呟く忍だった。とにかくユーノはその可能性に、翔太が生きている可能性に祈ることしかできなかった。
 そんなことを考えながら、帰りの車までの道を映すユーノの視界に、急にピンク色の小さな女の子が現れた。

『―――♪!』

「この、感じは……」
「クロウカード!?」
「こんな時にっ」

 俯いていた顔を上げてすずかが最初に気付き、アリサが苛立ちを隠そうともせず睨みつけた。

「へぇ、あれがそうなの」
「見た目は可愛いが、あれはなんのカードなんだ?」

 いきなりの事態なのに普通に受け入れている忍。恭也など、落ち着いて太陽の鍵ケルベロスに尋ねたりしてる。

『あれはパワーのカードやな。いたずら好きで力比べが好きで、そんでいたずら好きなやつや」
「いたずら好き二回言ったよ!?」

 ツッコミ役たる翔太がいないので、代わりにユーノがツッコんでいた。

『大事なことやからな。ほれ、見てみ』
「えっ?」
『――――ッッッッッ!』

 そこにはここまで乗ってきたワゴン車を持ちあげるパワーの姿があった。

「って、ちょっとちょっと!それどうするつもり!?」

 うろたえるユーノだったが、その反応を楽しむようにパワーは大きく振りかぶった。

『―ッ!』
「やっぱり投げたー!!?」

 それぞれ素早く、忍はすずかを、恭也はなのはを抱えて進路上から逃れようと脇に跳ぶ。しかしアリサはそれよりも先に、アリサを抱えようとしたノエルを振り切って一歩前に踏み出していた。

フロート!!」
『―! ♪!♪!』

 太陽の杖を振るって車を受け止め、そしてゆっくりと車体を降ろす。パワーの方はその様子を見て、自分と張り合える相手がいることを喜ぶようにとび跳ねていた。実際には力で受け止めたわけではないので、張り合っているわけではないのだが、パワーは基本的に頭が良くないのでそういうことは気付いていなかった。

「あんな巨体を受け止めるなんて」
「魔法はそんなこともできるのか」

 感心するように頷く忍と恭也の視線の先で、アリサはぶつぶつ呟く。
 頭を垂れて、前髪で目が見えない。それに体もブルブル震えているような気がする。

「………………でよ」
「あの、アリサお嬢様?」
『―――?』

 何か尋常ではない様子に、ノエルも恐る恐ると言った感じで声をかける。
 パワーも気付いたようで首をかしげていた。
 そしてバッと顔を上げて青筋を立ててパワーを睨みつける。

「この大変な時に、邪魔、しないでよぉ!!!!」
『―――!?』

 そのあまりの迫力に、自分に向けられた言葉じゃない事はわかっていてもユーノの身体が一瞬縮こまる。
 アリサの額には青筋が浮かんでいた。

「これでもくらいなさい!!アーシーィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!」
『え、ちょ、無茶やってアリサ!?』



――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――



「え、まぢ?」

 忍がそう口にできただけで、それ以外の皆は一様に絶句していた。
 だって、空に巨大な岩の塊・・・・・・がでてきたんだもの。

「く・ら・えぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 さすがのパワーもそんなものを受け止められないと気付いたのか、背中を向けて逃げ出そうとする。

『―――!!!!!!!!!?????????????』

 だがその行動むなしく――



――ズゥプチッゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!――



 周囲に響く轟音と、舞い上がる砂埃。地面も大きく揺れた。
 でもそれも一瞬のことで、すぐに魔力が尽きたのか岩が消えていった。

「汝のあるべき姿に戻れ!クロウカード!」

 最後の力を振り絞ってカードを回収したアリサは、無茶な魔力使用で倒れ込んだ。
 ノエルに抱きかかえられるアリサを見ながら、翔太が無事に帰ってきたらアリサを怒らせるのは止めた方がいいと翔太に伝える事を心に誓ったユーノだった。






「もうすっかり日が沈んでしまいましたね」

 車の扉を開いて、アリサを抱きかかえながらノエルが呟いた。
 結局翔太はみつからず、アリサもダウンしてしまったため月村の屋敷に帰って来ていた。
 巨大な岩を召喚したり、轟音を響かせたり、人通りが少ないとは言っても見つかるとまずいので早々に引き揚げてきた。探索できるところは既に探索をしていたのであそこでできることはもうなかったのも事実だ。

「とりあえず、アリサの家には"遊び疲れて寝ちゃったから今日は泊めます"って伝えておいたわ」

 寝顔写メも送ったから疑うことはないと思う。と、抜かりなく対応した忍がすずか達に告げて、屋敷の玄関に向かって歩き出す。ノエルに抱えられたアリサは、無茶な魔力使用が原因でぐっすりと眠ってしまっている。この様子では朝まで目を覚ますことはないだろう。

「問題は翔太の方だ。日付が変わるまで残り数時間。これはまずいんじゃないか?」
「わかってるけど、どうしよう」

 歩きながら忍と恭也は頭を悩ます。
 結局翔太を見つけることができなかった。
 時刻はもう20時半。翔太の行方が知れなくなって5時間以上が経つ。白鳥により定められた刻限まであと数時間。携帯電話は見つかっても翔太当人の無事は未だわからず。手の打ちようがなくなってしまった。

「……何がまずいんですか?」

 辿り着いた月村の屋敷の玄関の前に、白髪しろかみの和服の少女が待っていた。

「し、ししし白鳥ちゃんっ!?」
「……ええ、白鳥ちゃんです」

 とろんと半分瞼を閉じた中でも目立つ、血のように赤い瞳。流水柄の紺色の着物を着つけ、透き通るような白い肌と、真っ白な髪をした雀宮白鳥がそこにいた。
 その少し後ろでファリンがひたすらぺこぺこと頭を下げていた。

「あ、あの、日が沈んですぐに来られました。帰ってくるまでここで待つと仰られまして、その、お伝えできなくて申し訳ありませんっ!」

「ふ、ふわ~」
「きれい……」

 なのはとすずかはファリンの様子が目に入らないようで、白鳥の幻想的に白く、そして儚くも美しい容姿に思わず言葉を漏らしていた。
 だが、忍としてはそれどことではない。

「が、外出なんて珍しいわね」

 アルビノという肉体的な事情もあるが、なにより本人が出不精なので外にいること自体が本当の本当に珍しいことだ。その事を知る忍には衝撃がかなり大きい。

「……翔ちゃんの事が気になった」
「へ、へー、そうなんだー」

 冷や汗をだらだらと流し始める忍。これは本格的にマズイのでは、と内心で物凄く焦る。

「……まだ見つからないようなら私が――」

 白鳥が何かを言おうとしたその時、リンカーコアをもつ者の頭の中に声が響いた。



『白い魔導師、赤い魔導師、紺色の魔導師、誰か聞こえたら返事を』



「「「!?」」」
「…………」
「「?」」

 なのは、すずか、ユーノはそろって驚いたように周囲をきょろきょろと見回す。忍と恭也は突然の子供たちの様子を不思議そうに見る。

「どうした?」
「えと、念話が聞こえてきて」
『"紺色の魔導師"です。聞こえています。あなたはお昼の魔導師さんですか?』

 なのはが恭也達に説明をしている横で、すずかが念話を返す。ユーノは位置特定のために逆探知魔法を使ってみたが、相手もジャミングを行っているようでどこから送られてきているのかわからなかった。

『私を追ってきた男の子は私が預かっている』
「『無事なんですか!?』」

 一番欲しかった情報に、すずかは声を荒げて念話と同時に自分の口からも言葉が漏れだしていた。

『……命に別条はない。けど重傷を負っていて今は眠っている』
『重傷っ!?』

 なのはやすずかは切り傷程度と思ってたが、実際は恭也達が想像していたような身体を貫くような大怪我だったようだ。
 おそらく彼女はそんな状態の翔太を持てあましている。

『ついては彼の身柄の受け渡しをしたい。ただそれには条件がある』
『条件?』
『まさか……』



『あなた達が持っているジュエルシード全てと交換で』



[36269] 重傷×交渉=身代金!?
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:01
 高層マンションの最上階に位置するとある一室に、ぺらり、ぺらりと紙が捲られる音だけが広い部屋に響いている。
 部屋にいるのは二人。一人は長いオレンジ色の髪にオオカミの耳を生やした女性。名をアルフ。殺風景な部屋の中、フローリングに胡坐をかいて座り、一心不乱に紙の束を読みふけっていた。
 もう一人は黒髪のショートボブの少年。殺風景は部屋の中で唯一存在感を示しているソファーに、片方の肘掛けに頭を、もう片方の肘掛けに足を乗せるように寝かされている。誰あろう翔太である。その身体は酷い外傷を負っている。

「ぉしっ、いっけぇぇぇ!」

 静かだった部屋に熱のこもった、それでいて楽しげな声が響き、同時にそれが翔太の意識を揺り起こした。

(ん…… ここは……?)

 うっすらと開いた視界の中で、翔太は見覚えのない部屋をぼんやりと眺める。
 はて?ここはどこだろう、と僅かに身体を動かそうとした時、今まで感じた事のない激痛が左肩から脳に突き抜けた。

「――――っっ゛~~~~~!!?」

 悲鳴をあげようとすることで、悲鳴をあげそうな痛みを感じるという地獄の連鎖が続く。

 と、そんな風に翔太が生きてる証に悶えている横で、アルフは未だに紙の束に夢中で翔太の様子には気付かない。
 開かれた頁にはちょうど挿絵が描かれている。中学生の美術レベル以下、小学生の図画工作レベルではあるが、舞い落ちる白い羽の中を駆けるボロボロの少年の姿だとわかるものだ。つまりは翔太が書き出した小説、とある魔術の禁書目録の終盤である。当然挿絵も翔太が描いたものである。生憎翔太は美術スキルに乏しいようで、この辺りは鋭意努力中である。そんな下手な挿絵でも気にせず、アルフは小説の内容に引き込まれ、片手をグッと強く握りながら、時折声を上げつつ読み進めていっている。
 対する翔太の方はといえば、強張った身体からほんの少しばかり力が抜け、なんとか細く呼吸が出来る程度に痛みが落ち着いた。その頃には額と云わず背中と云わず、全身に脂汗がびっしりと浮かんでいた。

(一番痛いのは左肩か?)

 痛いと言えば四肢の全てが痛いが、なかでも一番ジンジンと痛むのは左肩らしい。首を動かす事そのものが痛みを発してしまうため、視線だけをそちらに向ける。

(うわぉ……)

 鉄の棒、おそらくはコンクリートを補強するための筋金だったものが突き刺さっていた。否、刺さるだけではない。貫通している事にも気付く。

(見なきゃよかった…… 視覚効果だけで十分痛い)

 視線を天井へ向けて小さく溜息をつく。左肩以外にも右腕と右足が骨折している事にも気付いた。左足は足首から膝まで切り裂かれたような痛みがある。工場の屋根を突き抜けたときに突起かなにかに引っかかれたのだろう。

(さて、状況はなんとなくわかったけど、どうしよ……? これ攫われてるよな)

 意識が途絶える直前、少女が追いかけて降りてきたことは覚えている。その関係者であろうたたき落とした張本人が同じ一室にいるのだ。良い状況ではないことは確かだ。

(しかし、声をかけようにも、なんか熱中してて話しかけ辛い)

 今アルフは目に涙を浮かべて287頁を読み進めている。インデックスと透明な少年の場面。そして288頁をめくり、インデックスと同じく「はえ…………?」と動きを止め、更に続きを読み進めていく。

「なんだいなんだい、結局大丈夫だってことかい。いやー、よかったねぇ! ……て、あれ?」

 だが、291頁にさしかかり再び顔が強張る。そしてそのまま一気に最後まで読み上げ、ゆっくりと紙の束を綴じた。

「うっ、うっ、良い奴だよっ! こいつは本当に良い奴だよっ! インデックスの心を守るための嘘を貫き通すなんて見上げた根性じゃないかっ」

 もう涙腺が決壊したんじゃないかというくらいわんわんと泣き出した。

(これ、話しかけるの勇気いるな……)

 読者が増えれば増えるほど、その読者が感情を揺り動かされればされるほど、翔太が使った・・・時の威力は高まる。期せずしてとはいえ、助力してくれたアルフに対して余韻を乱す事をするのはなんとなく憚られる。
 どうしたものかとしばらく様子を見ていると、鼻をぐずぐずと啜りながらも涙は止まり少し落ち着いたらし――

「さて、続きの奴がもう一冊あったはず」
「それは書きかけだ、っていうかいい加減気付けぇ!? っづ~~~っ!?」

 ――ほっとくとまた長くなりそうなのでとっさに口を出したが、声を張り上げたせいで再び痛覚信号が脳にビンビンと送信されることとなった。

「~~~~」
「なんだい、起きてたのかい」

 若干ばつの悪そうな表情を浮かべながら痛みに悶える翔太に顔を向ける。数秒その表情のまま翔太を見つめていたが、少しして頭をグシグシとかきながら「仕方ないか」と呟いて翔太が横になっているソファーまで近づいていく。

「やったアタシが言うのも何だけど…… 大丈夫かい?」

 そばに置いてあったタオルで額や首に浮かんでいた脂汗をそっと拭いながら翔太に声を掛けるアルフ。

「これが、大丈夫に、見えんのかい」

 左肩に視線を一旦向けた後、少し恨みがましい目をアルフに向ける。
 鬼気迫る表情で叩き落とされた張本人なので本来なら睨みつけるところだが、表情に浮かぶ罪悪感と、汗をぬぐうときの優しい手つきにほんの僅かだけ警戒心が下がっていた。

「……まぁ、世間一般でアンタの状態を軽傷とはいわないだろうね」

 そう口にしながら、翔太の左肩へそっと両手を近づけていくアルフ。髪の色と似た魔力光が淡く翔太の肩を包んでいく。

「麻酔みたいなもんだよ。でも傷が治ったわけじゃないから動かそうとするんじゃないよ?」
「あ、あぁ」

 そのまま沈黙してしまう。アルフは気まずげに視線を逸らすばかりで何か言うわけでもない。
 翔太としては色々と聞いてみたい事がある。何故ここまで連れてきたのか、お前は誰なのか、あの娘は誰なのか、何故ジュエルシードを奪ったのか。どれから訊くべきが迷っている間に、突然トタトタと足音が聞こえてきたかと思うと、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。

「アルフ! っはぁ、はぁ、薬とか、包帯とか、いっぱい買ってきたよ!」

 そこから薬局の袋を両手いっぱいに抱えた金髪の女の子が、息を切らせて駆け込んできた。猫を攻撃し、ジュエルシードを奪っていった娘、フェイトだった。今はバリアジャケットではなく黒いワンピースに身を包んでる
 そしてそのまま翔太が寝かされているソファーの横までかけてきて、アルフの横で袋をひっくり返して中身を床に放りだす。その様子は随分慌てていて、翔太が見ていることにも気付いている様子はない。

「えとえと、どうすればいいかな?」

 消毒液、包帯、傷薬、頭痛薬に熱さまし。湿布に絆創膏に栄養ドリンク。慌てた様子で次々と手に取り、右往左往してる。……介護用オムツとかが紛れているのは気のせいだろうか。

「落ち着きなよフェイト。少なくともそのコン…… と、とにかくそれとか絶対いらないから。むしろそれが必要な場面になったらアタシがこいつ殺してるから」
「そんなものまでっ!? って、いたたた」
「え?」

 声を上げたことでようやく翔太が起きている事に気付いたフェイト。
 ビクッと大きく身体を震わせて振り返る。ほんの少しだけ上体を起こそうとしている翔太を見て、慌てて両手を動かして翔太の方に突進していく。

「う、動いちゃダメ! 安静にしないと!」
「ぎゃああああっ!??」

 ソファーに寝かしつけるようにしたかったのだろうが、その手が翔太の肩に置かれていたのは天然か狙ってやったのか。

「ああああああ!? ごめんなさいごめんなさい!」

 目端に涙を浮かべてうろたえるフェイト。もしかしなくても天然だった。

「フェイト、ちょっと深呼吸しよう」

 少しだけ嘆息した様子のアルフに連れられて部屋の隅に移動するフェイト。そこで落ち着かせようとやり取りをしている間、翔太は肩から来るズンガズンガ響く痛みに耐えながら窓の外に視線を向けた。
 翔太が寝かされているソファーの後ろにベランダへと繋がる窓が存在する。その窓にはカーテンはかかっていない。窓の先にある空は、すっかると夕暮れの色に染まっていた。それもあと少しで沈んでいくだろう。翔太が気絶してから少なくとも三、四時間は経過していた。

「話しても大丈夫かい?」
「お、おう」
「うぅ、ごめんなさい……」

 そんな風に辺りの様子を探っていると、フェイトを宥めてアルフが翔太が寝かされているソファー脇に戻ってきた。
 フェイトの顔は泣きはらしたかのように目元は赤くはれていて、今も若干涙目で翔太の表情を伺ってる。最初に月村家の庭(森?)で襲撃してきたときの冷徹さは伺う事が出来ない。これが彼女の素なのかと翔太は思った。
 それとは逆にアルフの方は冷静だった。表情も硬く、翔太に対する警戒心を失ってない。

「まず、なんでアンタをここに連れてきたのかって話なんだけど、これは完全にただの成り行きさ。アンタの惨状を見たフェイトが、慌てて思わず連れ帰っちまっただけでアンタに対する害意はない。これは理解しておくれ」

 開き直ったように言うアルフ。ようするに変に深読みして下手な騒動を起こすなということだろう。なりゆきで誘拐された翔太にとってはたまったものではないが。
 横でフェイトが申し訳なさげに翔太を見つめていた。表情を見る限り悪気はないのだと思われる。だからといって許せるわけではないが、少なくともさっきの慌てようを見る限り翔太のことを心配していたのは本当のようだ。

「アタシも多少やり過ぎたとは思ったから出来る限りの応急処置はさせてもらったけど……、悪いけどアタシらに肩に刺さったそれを引っこ抜いて治してやれるほど医療や治療魔法に精通してないんだ。だからアンタをさっさと仲間のところに戻したいとアタシは思ってる」
「そうしてくれると助かる」
「あ……、そっか、そうだよね」

 要するに怪我人という荷物を抱えたくないということだ。しかもフェイト達にとって翔太はジュエルシードを巡って敵対している相手だ。そばに置く利点はない。
 フェイトはアルフに言われてようやくそのことに気付いたようで、どこか消沈したような表情を浮かべた。その様子は、このまま翔太を看病していたかったように見える。怪我を負わせた事に責任を感じてるがゆえだろう。敵対はしてるが、悪人ではなさそうだと翔太は思った。

「だけどその前に聞きたいことがある」

 翔太がフェイトに視線を向けているとそれを遮るようにアルフが続きを口にした。

「アンタらこれまでに何個のジュエルシードを回収した? 残数はあと何個だい?」
「……なんでそんなことが知りたい。そもそもお前達はなんでジュエルシードを集めてるんだよ。アレはかなり危険な代物だぞ?」

 最低でも人が直接願えば街中を木の根が覆い尽くすくらいの力を持っている。
 残数を聞くということは、複数個必要としているのは間違いない。けど一個であの有様だったのだ。そんな危険物を複数集めて一体何に使うというのだろうか。

「アンタに教えてやる義理はないね」
「ならこっちも答えてやる義理はないな」

 そのまま数秒睨みあう翔太とアルフ。フェイトが間でおろおろしてる。

「え、えっと、あなた達ってクロウカードも集めてるんだよね?」

 場の空気を変えようと別の質問を投げかけるフェイト。

「お前らもクロウカードを? って、クロウカードは太陽の杖か月の杖じゃないと封印できないから欲しがったところで意味はないぞ」
「集めてる癖によく知らないんだね。必ずしもそうじゃないんだよ。フェイト、こいつに見せておやりよ」
「うん。これ」
「え?」

 そう言ってフェイトがポケットから取り出したのは紛れもなくクロウカードだった。

「嘘、なんで?」

 翔太が疑問の表情を浮かべていると、フェイトがそれに答えた。

「このロックのカードは特殊カード。これはそのままじゃ太陽の杖でも月の杖でも封印はできないんだ。方法は一つ。カードがかけたロックを開けること」
「どっかの扉にとりついていたこいつを、アタシがこじ開けたらカードの姿に戻ったのさ」

 開けるって、こじ開ける・・・でも有効らしい。たしかにロックの持つ以上の力を示したってことになるから、あながちおかしなことではない。クロウカードは、己の主にふさわしい人物か選定するために騒ぎを起こしている。力を上回られて、主と認めたならありえることだった。
 カードキャプターさくらの原作でも特殊カードは存在する。名前を当てないと力を奪えないミラーみたいに、"杖で封印"ってルールに縛られないカードも存在する。

「でも大半のカードはやっぱり杖がないと封印できないはずだ。それに例え封印できたとしても杖がないと使えないだろ」
「だからそうでもないんだよ」
「どういうことだよ」
「えっと、それは―」

 翔太の言葉をまたしても否定するアルフ。
 フェイトがその理由を説明する。

「クロウカードの歴史はとても古いんだ。それこそいろんな時代のいろんな世界の中でいくつも文献が残っているくらいに。中には詳しく研究した人もいたらしいんだ。その研究の成果もあって、ある条件が整えば太陽の杖や月の杖じゃなくてもクロウカードを使うことが出来る方法が印された魔道書も存在してる」
「条件? ……魔力光か?」

 こくんと頷くフェイト。
 クロウカードを扱うには、太陽の選定者ケルベロスか月の選定者スピネルに認められる必要がある。その絶対条件に魔力光の色があると本人が口にしている。金、もしくは銀でなければクロウカードの力は引き出せないように作られている。
 だが、それは逆を言えばその魔力光であればクロウカードの力を引き出せる可能性があると言うことになる。歴史が長ければ、中にはそれを解明しようとした人がいてもおかしくはない。

「フェイトの魔力光は金色。カードを手にしさえすれば使うことが出来るってわけさ」
「なるほどな。ジュエルシードだけじゃなくクロウカードも集めて一体何をしようってんだお前ら」

 ジュエルシードだけじゃなくクロウカードも取り合いになると言うのなら、翔太達とフェイト達は完全に敵対することになる。翔太は気を許してなるものかと、キッとフェイトのことを強く睨みつける。

「あ、えっとクロウカードに関しては違うんだ。そもそも使えるだけで封印はできないし、使えても本来の力までは引き出せないし。欲しいのもリターンのカードだけで……。これだって念のための保険用らしいから、別にもってないならなくてもかまわなくて」
「ちょ、フェイト!?」

 しどろもどろになって口を滑らせるフェイト。よほど翔太を傷つけたことに堪えているらしく、未だに平静ではないようだ。

(慌ててる様子が可愛いが、労せずして色々と情報が手に入ったような気がする。保険用らしい・・・、ね。どうやらこいつ自身使い道のことを知らないと考えた方がよさそうだな)

 フェイトの言葉から推測をしていく翔太。より確信を深めるために、探りを入れてみることにする。

「おいアルフとやら、リターンなんて一度行った事がある場所に移動できる程度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のカードを何に使うんだよ」
「あ、あんたに答えてやる義理はないね!」
(ビンゴ。こいつも知らない。リターンの効果はそんなものじゃない。こりゃ背後に黒幕がいるのは間違いないな。問題はそれが誰かってことと、何が目的かってことだな)

 翔太はリターンの正しい効力を前世のおかげで知っている。そしてその効果が、ユーノの語るミッドチルダ式の魔法では実現不可能なものであることも。しかしそれは保険だという。ジュエルシードが本命で、リターンが保険。黒幕とやらの目的の方向性はなんとなく掴めそうだな、と思考を巡らせる。
 翔太のその様子に気付いたアルフは、やはりここに長く置いておくのはマズイと再認識する。

「フェイト、とにかくこいつはさっさと解放しようよ」
「え、でも」
「いいからちょっとこっちに」

 そう言ってフェイトの手を引いて部屋から出ていくアルフ。フェイトは扉が閉まるぎりぎりまで翔太のことを振り返って気にしていた。

「さて、どうするか」

 パタン、とドアがしまる音を聞いて翔太は呟く。
 部屋から出たということは翔太には聞かせたくない話をするということだ。僅かに音だけは漏れ聞こえるが、扉とソファーに距離があるせいで内容までは聞き取れない。
 片足骨折、片足裂傷のため歩いて移動することはできない。

「ま、歩けないなら飛べばいいってな。"フィアフルフィン"」

 身体は動かすことはできないが、魔法は問題なく使える。飛行魔法を発動させて身体をゆっくりと浮き上がらせた。足首、膝、腰、手首、肘、肩、背中、両側頭部に生み出した羽を羽ばたかせる。かけられていた布団がずり落ちるが、かまわずドアの方へ移動した。
 フィンを羽ばたかせることでその付け根に僅かな振動が伝わっている。いつもなら気にならない程度の本当にごくごく僅かな振動が傷に響いて表情をゆがめるが、今は我慢してそのまま音をたてないようにそっとドアに聞き耳を立てる。

『――でも、それは』
『だってフェイトにはジュエルシードが必要なんだろ?なりふりかまってなんかいられないじゃないか』
『それは、そうだけど……』
『だからアイツの身柄とアイツらがもってるジュエルシード全部と交換するように持ちかけるんだよ。あっちは仲間が帰ってくる、アタシ達は余計な荷物がなくなるしジュエルシードも手に入る。良いコトづくめじゃないか』
『私はそんなつもりで連れてきたわけじゃ……』
『それはわかってるよ。でもそうしないとフェイトがプレシアにまた』
『母さんを悪く言わないで』
『……とにかくジュエルシードを集めることが専決だよ。フェイトが言い辛いならアタシがそいつらに交渉を持ちかけてやるからさ』
『……ううん、やるなら私がやる。全部私の行動が招いた事だから、ちゃんと私自身で責任をとるよ』

 話している内容のまずさに、冷や汗が浮かぶ。
 黒幕の名がプレシアでフェイトの母親だとわかったのは収穫ではあるが、今この瞬間において気にするべきことではない。このままではジュエルシードが奪われてしまう。
 とにかく早く脱出しようとベランダの方に目を向ける。体勢は辛いが、このまま飛んでいくしかないだろう。そう決断してできるだけ急いでベランダの窓の元へ向かう。外はいつの間にか日が完全に沈んで夜になっていた。

「っくっと」

 手を使う事が出来ないので、口で鍵を開けていくが――

「待ちなっ! チェーンバインド!」
「うわっ!? いだだだだだだだ!!!」

 物音に気付いたのか、アルフが部屋から飛び出して翔太をオレンジ色の鎖を巻いていく。怪我している場所も容赦なく縛られたせいで、痛みで視界がかすむ。

「油断も隙もないね」

 そのままソファーまで運び、ソファーごと縛りあげる。怪我人相手に容赦がない。

「ごめんね……」

 アルフと一緒に部屋に入っていたのか、縛られた翔太を見下ろしてフェイトが呟く。なのはとアリサを切った時のように、悲痛な表情を浮かべていた。

「そんな顔すんなら解放してほしいんだがな」
「……そういうわけにはいかないんだ。アルフ、この子をお願い。私はあの白い魔導師達のところに行ってくるよ」

そう言って一瞬でバリアジャケットを纏うフェイト。翔太が開けた窓からベランダに出て、飛び立とうとした。

「待ったフェイト。ド素人っていっても相手はこいつの他に3人いたんだろ?心配だからアタシもついて行くよ」
「でも……」
「ここに転送魔法陣を敷けば向こうでこいつを転送することができる。こいつはここで縛り上げておくし、それでも不安ならあのカードを使えばいいじゃないか」
「……わかった、そうしよう」

 アルフの言葉に少し考えて頷くフェイト。そうと決まってからアルフの行動は速かった。
 部屋の中央に大きな魔法陣を展開し、その上に翔太が寝ているソファーごと置く。その上逃げ出さないようにチェーンバインドをさらにぐるぐる巻きに固定した。

「容赦ないなお前ら」
「悪いね、こっちも必死なんだよ。あとは……、これはアンタのもんだったね。行こう、フェイト」
「それは……」

 最後に翔太のお腹の上に紙束を置くアルフ。先ほどまで熱心に読んでいたとる魔術の禁書目録の小説だった。それに気付いた翔太は、一瞬瞳を輝かせるが、すぐに思いなおしたのか悔しげな表情を浮かべた。……若干演技くさいが。

「待て!この野郎!」
「……ごめん」

 ベランダに出て窓を閉めたフェイトとアルフに向かって罵倒を吐く。そんな翔太の様子を見ないように顔を伏せながらカードを取り出すフェイト。

『かの部屋の扉を縛れ!ロック!』

 黒い斧のような杖を振りかざし、ロックの力が部屋を包んでいく。これで扉や窓に物理的にも魔力的にも鍵がかけられた。これを開けるにはフェイト自身が解除するか、それともロック以上の力で内からこじ開けるかのどちらかだ。
 そしてそのまま飛び去る二人。アリサ達のところへ向かったのだろう。目的地は最初に会った月村邸だ。

「行った、か?」

 そのまま数十秒様子を伺っても戻ってくる気配はない。
 時間は無駄にできない。フェイト達が取引を成立させる前に翔太自身の無事をアリサ達に伝えないといけないのだから。
 翔太はふう、小さく息を吐く。首をほんの少し傾けて枕元に置かれた紙束、"とある魔術の禁書目録"に視線を移し、召喚対象を宣言する。

『召喚:自動書記ヨハネのペン、及び月詠小萌が引き起こした現象 治療の魔術・神殿形成』

 その瞬間、小説の132頁から139頁が輝きだし、端から徐々に光の粒に分解されていった。そして部屋の様子が上書き・・・されていき、やがてとある魔術の禁書目録の中で記されたアパートの一室が再現された。
 月詠先生はちゃぶ台の向こう側に現れ、翔太はインデックスが居た位置に。翔太の意識は自動書記ヨハネのペンによって薄れていく。翔太はそのままインデックスの立ち位置で役目を果たすだけの存在になる。

 本来一度の召喚で呼び出すことが出来る能力は一つだけ。一人・・ではなく一つ・・なのだ。これもそのルールから外れているわけではない。
 とある魔術の禁書目録上で、能力者や魔術師が個人で使っている能力であれば呼び出せるのは一人だけだが、この怪我を治すための神殿の形成には自動書記ヨハネのペン状態と化したインデックスと月詠小萌の二人が行っている。
 その場合は一人に限らない。しかも今回は神殿となった部屋そのものを霊装ということにして召喚している。
 最初に翔太の能力のことを説明した時に、ユーノ達が危惧していた現実世界への浸食。それが今ここで行われていた。もちろん効力が消えたらこの部屋は元に戻る。それでもやはりこの力は規格外の能力といえる。

「……よし、治った」

 それと同時に幻想交差の発現を切る。若干急いでいたので139頁の切れ端が余って部屋に転がったが、翔太は気にすることなく四肢の動きを確認していく。この部屋の状態を上書きした時に、アルフのバインドからはすでに抜け出していた。
 右足、OK。
 左足、大丈夫。
 右肩、問題ない。
 左肩、幻痛あり。しかし問題なし。
 治療の過程ではじき出された鉄の棒を拾いながら、手足が動くことを再確認。

「こんなもんが刺さってたのか……」

 改めてぞっとする。あと数センチずれていたら心臓に刺さっていた可能性もある。翔太は自分に対する戒めとしてポケットにねじ込んだ。

「さて、どうやって出るかだけど」

 扉や窓を開けようとしてみてもビクともしない。クロウカードの魔力を感じることから普通の方法では無理。かといって翔太の魔法が出来ることは基本的に空を飛ぶことだけでこじ開けるなどできない。

「そんじゃ、それが出来る人を召喚しますかね」

 いつもなら能力召喚をして自分でやろうとするところだが、怪我の影響で身体が万全ではない。怪我そのものは治ったが、失われた血が戻ってるわけではないのだ。
 そこまで気になるほどではないが、若干足元がふらついているので、今回は普通の召喚を行うことにした。

『召喚:神裂火織』

 手にした頁がかき消えると同時、目の前にTシャツに片足だけ大胆に切ったジーンズを履いた女性が姿を現した。
 神裂火織を召喚することにしたのは消去法だった。竜王の殺息ドラゴン・ブレスは威力が強すぎてロックを殺してしまう可能性があるし、建物内で火の魔術を扱うステイルをぶのは火事の危険がある。御坂美琴電気も場合によっては火種になることが考えられるので、一応物理攻撃の彼女を選んだというわけだ。
 正規の使用者じゃないフェイトでは、ロックの本来の力を引き出せないと漏らしていたので、おそらく破ることはできるはずだった。

「そんなわけで、よろしく」
『……七閃!』

 ヒュン、という小さな音と、それに遅れて轟、っと風が唸る。
 翔太の予想は正しく、神裂火織が振るった一振りでロックによる結界を破壊した。破壊したのは魔力的な結界だけで、物理的には窓ガラスすら割れていなかった。
 役目を果たした神裂火織はそのまま姿を消し、それと同時にパサ、と力を失ったカードが翔太の足元に舞い落ちてくる。

ロックのカードゲット。お土産で今回の独断専行許してくれないかなー、アリサ達。……無理だろうな」

 おそらく、帰った時に烈火のごとく怒られるだろうと思うと気が重かった。
 だが、ここで気をもんでいる時間はない。

「フィアフルフィン!」

 飛行魔法を展開し、部屋から飛び出した。辺りはすっかり夜になっているから、例え空を見上げてる人が居ても翔太の姿は見えることはないだろう。とりあえずは脱出成功。

「問題は、ここがどこかってことなんだよな。……海鳴市はどっちだ?」

 夜の闇に覆われた街の風景を見下ろしながら頭を悩ます翔太だった。






 あれから十数分、道路標識でここが隣の遠見市であることに気付いた翔太は、全力で海鳴市のある方向へ速度を上げて飛行していた。
 場所の特定に時間を結構くったせいで多分時間的な余裕はない。アリサ達がジュエルシードを渡す前に戻らないといけない。

「間に合え!」

 速度を維持しつつ、望遠と暗視の魔法を発動させる。どちらも飛行時には無いと不便な魔法だということでユーノに教わっていたものだった。どちらも簡単な魔法なので飛行と併用しても大した負担にならない。飛行時に一番必要な、墜落した時のためのバリアジャケット生成は習得できなかったというのが問題だが今さら言っても仕方がない。
 望遠と暗視は翔太にとって別の利点もある。実のところ翔太は相手を視認しないと念話が飛ばせないのだ。一度視認して念話の回線がつながった状態であれば距離をとっても大丈夫だが、最初は視認しないといけない。その辺りデバイスがあれば相手の位置を自動特定して繋ぐ事が出来るが、生憎翔太はデバイスを持っていない。
 連絡の手段がないのだ。携帯電話も落しているうえ、電話帳頼みで番号も覚えていない。

 とにかく今できることは全力で戻る事。フィンを羽ばたかせて、ようやく月村邸をギリギリ視認できるところまで到達した。
 望遠魔法の感度を上げて、月村邸の敷地に視線を走らせる。夜とはいえ、見つかるリスクを減らすために上空高くを飛んでいたため、上から見下ろす形だ。

「いた! フェイトとアルフ! それと、すずかとなのはも!」

 月村邸の広い敷地、森があった位置の上空で対峙している四人の姿が見えた。よく見るとなのはの肩にユーノもいるので五人だ。

「あれ、アリサの姿がない? ……あっ!?」

 視線の先でなのはのレイジングハートから青い宝石が排出されて、フェイトの方に――

『ちょおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっと待ったああああああああああああああああああああああ!!!!!』
『『『『『!?』』』』』

 視認できた五人に向かって、大音量の念話を叩きつける。頭中で響いたであろう声に、大きく意識削がれて頭を抱えこむ様子が見える。念話の叩きつけはミッドチルダの首都クラナガンでは迷惑防止条例にひっかかるらしく、それなりの罰金が科せられるそうだがこの際それは無視する。日本にそんな法律ないし。
 とにかく気を取られているうちに最加速に最加速を重ねて、すずか達とフェイト達の間を移動していたジュエルシード六個をしっかりと胸に抱える形で飛び込んだ。
 急制動のGによる身体の痛みを感じつつも、安堵の息を漏らす翔太。タイミングとしてはギリギリだった。

「翔太くん!」「翔太!」「キミは!?」「アンタ!?」

 驚愕の声が同時に四人分・・・響いた。

「な、なんとか間に合、ってうわ!?……すずか?」
「―――っ!」

 翔太が言葉を紡ぐ前に、声を上げなかった一人が翔太の胸に飛び込んだ。すずかは驚きを口にするよりも先に身体が翔太の元へ飛び出していたのだ。
 背中にまわした手が翔太の服をぎゅっと握り、顔は翔太の胸にうずめていた。

「て、痛い痛い!? ちょっ、すずかさん!?」

 物凄い力で締め付けられ、サバ折りでもかまされているのかと翔太は勘違いしかけたが、続くすずかの反応でそれが誤解だと知る。

「うぅ…… う… ぅああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「えっ? えっ? えぇっ!??」
「す、すずかちゃん?」

 そのまま大声で泣き始めるすずかに、翔太は三個ずつジュエルシードを持った両手をバンザイした状態で硬直する。なのはとユーノもすずかの突然の行動にかたまったままだ。

「えええっと、何かよくわからないけどとにかくごめん!? ほら、俺ならピンピンしてるから!」

 本当なら戻ってきたときかっこよく「お前らの思い通りにさせないぜ!」とか言ってキメるつもりだった翔太は何が何だか分からない。男というのは女の涙にすべからく弱い。

「ア、アンタ肩貫いてた大怪我はどうしたんだい!? それに骨折も!」

 当然の疑問だが、翔太の事が心配で心配でたまらなかったすずかがいる場面でそれを言えば、事態の混乱は加速していくだけだった。

「っ!?見せて!」
「ちょっ、おま!?」

 アルフの言葉にガバッと顔を上げるすずか。そのままシャツの首元を引っ張って肩を露出させて翔太を慌てさせる。

「こんなに血が!?」
「治した!もう治したから!大丈夫だから!?」

 暗かったせいで先ほどまですずかは気付いていなかったが、傷を治してもそこから血が流れ出ていたという事実は変わらず、翔太の来ていたシャツの左肩の穴は空いたままで、そこから流れ出た血がシャツや身体にこびり付いて赤黒く染まったままだ。見た目的に結構な怪我を負った事は簡単に予想できる。

「治したって…? あんな重傷この短期間で治せるなんてアンタいったいどんな魔法使ったんだい!?」
「重傷!? 翔太くん痛くない? 痛くないの!?」

 あっちもこっちも絶賛大混乱中だった。傷の確認がしたいのか、翔太の服をひんむこうとしているすずかと、慌てた様子で捲し立てるアルフ。

「あーもうっ!」
「っ!」

 左手は背中にまわし、右手はすずかの後頭部に添えて血がついてない右肩側へ頭を押しつける形ですずかをぎゅっと抱きしめる翔太。

「あ……」
「大丈夫、大丈夫だから。怪我をしたのは本当だけどもう大丈夫だから。…………心配かけてごめんな?」

 左手は背中を軽くぽんぽんと叩き、右手は優しく頭を撫でる。

「う…… う、ぐすっ……」
「よしよし」
「うぁぁぁぁぁぁ!」

 そしてまた泣き出すすずか。
 どんなに大人びていても結局のところ小学三年生の女の子。親しい友達がいなくなったり怪我したりしたら涙するのは当たり前。張りつめていた糸が切れたように、くぐもった泣き声を漏らすすずかの様子に、すずかたちは女の子なのだと翔太は再認識する。

「二人とも、今日のところはもう引いて欲しい」

 すずかを撫でながらフェイト達の方に視線を向ける。本当なら睨みつけてやりたいところだが、今の状況で攻撃されたら完全に翔太側が不利なので、懇願するように見つめる。

「そういうわけには――フェイト?」
「やめよう、アルフ。今日はもう帰ろう」
「でもっ、アイツもしかしたらわざとアタシらのところにもぐりこんだんじゃ!」
「アルフ」
「っ…………、わかったよ」

 そう言って二人して踵を返して飛んでいく。
 とりあえずなんとかなった、と翔太は息をつく。これから先もジュエルシードを巡って争うことになりそうが、今回はフェイトの優しさだか慎重さだかに救われた形になった。

「えっと、翔太くん本当に大丈夫なの?」
「骨折したとも言ってたけど……」

 泣いてるすずかの様子を気にしながら、心配そうな表情を浮かべてなのはとユーノがゆっくりと翔太のそばに移動する。

「治療の魔術を召喚したんだ。あれは生命力の補充も行うからホントにピンピンしてる。正直に言うなら出血のせいで貧血気味だけど、それだって大したことじゃない。本当に大丈夫だから」

 ここで変にごまかしたりすると逆に心配をかけることになりそうなので正直に告げる。

「アリサは? 姿が見えないけど」
「実は翔太がいなくなった後にクロウカードが出てきてね」
「それを封印する時にちょっと無茶しちゃって……。あ、でも怪我したとかじゃなくて魔力の使い過ぎで寝てるだけだよ」
「寝込む程って、何したんだか……」
「あ、あはは……」

 アリサが召喚した超巨大な岩の塊を思い出して、乾いた笑いを返すしかないユーノ。

「そろそろ降りてきなさーい!」

 その時、下から声がかかる。
 その声に翔太は驚いて下を見ると、そこには三人の人影が見えた。

「はーい! 降りよう、翔太くん」
「へ? 忍さんと恭也さん!? え、白鳥姉ぇもいるっっ!? ど、どういうことぉっ!?」
「翔太が居ない間にちょっとね」

 複雑な表情を浮かべるなのはとユーノと共に翔太は地上に降りたつ。すべては行方不明になった翔太が原因で、子供だけで収拾できる事態ではなかったので大人達に相談せざるを得なかったのだろうと予想をつける。
 ちなみにすずかは離れる様子がないので抱きかかえたままだった。

「……おかえり」
「えっと、ただいま?」

 無表情な白鳥に迎えられ、少したじろぐ翔太。目がほんの少し怒っているようにも見える。

「おかえりなさい翔太くん。よくもうちのすずかを泣かせてくれたわね~」

 その間に割り込むように忍が顔を出す。
 言ってることはアレだが、表情は喜色に満ちてる。悪魔の尻尾が見えそうなほどにニヤニヤと笑ってて、当分ネタにしようと目論んでいるように見えた。

「えっと、すずかさん? そろそろ…」
「ぅ~~」

 泣き声は聞こえなくなったが、未だに翔太の胸にしがみついたままのすずかは、顔を翔太の胸にぐりぐりと押しつけるように首を振る。
 見た目はただのだだっ子になっている。

「諦めなさい。すずか、すごく心配してたんだから男ならしっかり受け止めてやりなさい」
「……女の子を泣かせたらダメ」
「はぁ…… 了解」
「もちろんうちのなのはも、今は寝てるアリサも心配してたんだからな。二度と無茶はするなよ」
「身に染みました。……むしろ身を貫いた?」
「それ笑えないから」
「とにかくここで話してても仕方ないし、屋敷に戻りましょ。今日はうちに泊まって行きなさい。白鳥ちゃんはどうする?」
「……翔ちゃんと同じ部屋なら」

 夜も更けた森の中で長く話すのもあまりいただけないので、忍の案内に従って皆歩き出す。翔太だけはすずかを抱きかかえてて歩くのは難しいため飛行したままだった。

「……翔ちゃん、屋敷に着いたらお説教」
「うぅ…… わかりました」

 色々あった一日だったが、この日だけでクロウカード三枚封印と結構な成果だった。ジュエルシードは1個持っていかれたが、相手の事情もある程度把握できたのでそちらに関しても±0といったところだろうか。
 だが、忍達に魔法の事がばれたのは良い方に転がるかどうかわからないし、独断専行で怪我を負って危うく死にかけたりと反省すべきところが多い一日でもあった。

…………ちなみにすずかは泣き疲れて眠るまで翔太に抱きついたままだった。











「アイツ、一体どうやって傷の治療をしたんだろう?」

 拠点に帰ったアルフはひとり呟いた。
 フェイトは別室で既に休んでいる。色々あったせいで疲れたのだろう。アルフはといえば、ソファーについていた翔太の血を拭きとっていた。
 アルフは翔太をこの拠点に連れてくる時にみた怪我の様子を思い出す。右足、右腕の骨折に、左足の裂傷。そして左肩を貫通した筋金。アルフ達が部屋を出て月村邸にたどり着くまでの時間で、そのすべてを治す事が出来るような治療魔法が翔太に使えるとはとても思えなかった。

「結局部屋を汚して、フェイトの心をかき乱すだけの奴だったね。まったく…… あれ、これは?」

 フローリングに落ちていた紙の切れ端を拾い上げる。アルフはそれが、インデックスの背中の傷を治療していたシーンであることに気付く。

「まさか天使を呼んで治療したとか…… まさか、ね」

 一瞬浮かんだ荒唐無稽な予想を振り払って、頁の切れ端と共にゴミ箱に投げ捨てて掃除を続けるアルフだった。



[36269] 帰還×かけた心配=前線禁止命令
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:03
「ふ~、すずか、ようやく寝ました」

 翔太は少し疲れた様子で皆が集まるリビングの扉を開いた。
 そこには普段通りのリラックスした様子で忍、恭也、白鳥、なのはがソファーにかけて、カップを傾けていた。
 どこに座ろうか一瞬迷った翔太に、白鳥は目線で自分の隣に来るように示した。そういえばまだお説教がまだである。

「そのまま一緒に寝てくればよかったのに」
「男女七歳にして席を同じくせずってね」
「あら、白鳥ちゃんとは一緒にお風呂に入ってるって聞いたけど?」
「えと、……姉弟はいいんです」

 とかいいつつ忍と目は合わせないままに白鳥の隣に座る。
 どこに控えていたのか、すかさずノエルが翔太のカップを用意してホットミルクを注いでいた。

「それにしてもあんな風になったすずかは初めて見たわね」
「そうなんですか?」
「ええ。あなた達に出会う前のあの子は、何かと諦めがちな所や我慢しがちな所があってね。あそこまで強く自分の感情を誰かにぶつけるところは初めてだと思うわ」

 聖祥に入学する前は、人付き合いをすること自体を諦めていた子だったのに、と誰にも聞こえない小さな声で忍は呟いた。

「確かに皆でいる時も控えめだよね」
「一歩引いてニコニコしてる気がするな」

 テーブルの隅にちょこんと座っているユーノと一緒に、普段のすずかをイメージする翔太。

「それだけ翔太くんの事が大事だったんだね」

 なのはは、強く翔太に縋りついて、手を決して離そうとしなかったすずかの様子を思い浮かべた。

「今回は相手がたまたま俺だっただけで、アリサでもなのはでもユーノでも同じくらい心配するとは思うけどな」
「……独断専行でバカな無茶をして心配かけるのは翔太だけ」
「うぐっ!?」

(すずかのアレは仲間意識とはまた違うと思うんだけどなー)

 真横からの容赦のない言葉の棘に貫かれて凹む翔太を眺めながら、内心でニヤニヤ笑っている忍だった。



「あの、ところで……」
「ん?」

 一息ついて、穏やかな沈黙が場を包んでいたところにユーノの声が響いた。その目は翔太の隣に座る白髪の少女に向けられている。

「白鳥さんって、翔太のお姉さんなんですよね?」
「……うん、翔ちゃんのお姉さん」

 何気にお姉さんと呼ばれてどこかご機嫌な白鳥。きょうだいの多い雀宮家ではあるが、外で体を動かさないがための弊害か身体は同じ三つ子の燕や鶫より一回り小さく、妹扱いされる事が多い彼女にとって、姉と呼ばれることは結構嬉しい事なのである。

「白鳥さんは魔法の事を御存じなんですか?」
「あ、そういえば」

 ユーノの素朴な疑問に忍も今気がついたと手をぽんと叩く。
 フェイトから念話を受けてから翔太が戻ってくるまで、しれっと行動を共にしていたが、白鳥に対して誰も何も詳しい話しをしていなかった。なのに、なのはとすずかが空に浮かび上がってフェイト達と取引を始めた時も、その間に翔太が飛んで割り込んだ時も、特に驚いた様子を見せなかった。

「……多少知ってる」
「俺は実際に詳しく話したことはなかったはずだけど」

 翔太は白鳥に対して"何かをやっている"ことは言外に伝えたが、"何をやっている"かは口外したことはない。

「……詳細は知らないけど、だいたいわかる」

 ジュエルシードやクロウカードに関わる事件に巻き込まれた時の翔太は、家に帰ってきたときに僅かに魔力の残り香を纏っているため、そこから魔力的な何かを集めているんだろうとは予測していた。

「……それに魔法の事は翔太が巻き込まれる以前から知ってる」
「そうなのっ!?」

 これには弟の翔太が一番驚いた。

「なんで?」

 続く疑問も当然のものだった。
 ユーノとしても同じ思いだ。地球は管理外世界。そうそう簡単に魔法の存在が知られるはずがないのだ。
 軽い感じで訊いた翔太だったが、帰ってきた答えは想像以上の衝撃を伴った。



「……亡くなったおじいちゃんがミッドチルダ出身」



「「うそぉっっ!!?」」

 翔太と忍の声がハモった。なのはやユーノも当然驚いているが、二人の驚きはその比ではなかった。
 翔太は自分のルーツに異世界が混じっていた事を、忍は雀宮の事情を知っているからこその驚きだった。

「え、だって雀宮って少なくとも当主に関しては血統重んじてなかったっけ!?」
「……だからその反動でうちの両親があんな感じ」
「あー、そういう理由があったんだ…… 嫌じゃなかったのかしら」
「……嫌だったら七人も子供作らない」
「そういえば…… もしかして相思相愛?」
「……次代も多分そうなる」
「噂で聞いたことはあるけど、マジなんだ……」

 忍一人は納得したようだが、傍で聞いている者は翔太を含めてその意味が理解できていなかった。

「えと、どういう事?」
「……そのうち教える」

 つまり今言うつもりはないらしい。我が家の事なのに知らない事がいっぱいの翔太だった。

「……さて、忍ちゃん、お部屋貸して」

 話がひと段落ついたと見なしたのか、白鳥が忍に顔を向ける。件のお説教をする為だろう。

「いーわよ。ノエル、適当な部屋に案内してあげて」
「はい。では白鳥様、どうぞこちらに」
「……ん、翔ちゃん、いくよ」
「うう、了解……」

 無慈悲に引きづられて行く翔太を見届けながら、そろそろ遅い時間だということで忍達も解散することにした。







「ん……」

 カーテンの切れ間から朝の日差しが差し込む部屋の中で、翔太はゆっくりとベッドに近づいている。
 白いシルクのベッドシーツの上で、身体を丸めて未だ目を覚まさない眠り姫。ぴょこんとはねている寝癖に少しだけ触れてみる。

「お姫様、朝だぞー」

 彼女が眠るベッドに腰掛けながら優しく声をかける翔太。小さく身じろぎしてゆっくりと目を開ける少女、アリサ。

「ん~?」
「おはよう、アリサ」

 まだ半分夢の中らしく翔太の顔をぼーっと見つめながらしばらくは無反応。
 が、でも次の瞬間

「っ!? 何乙女の寝室に忍び込んでるの、っよ!」
「ぼふっ!?」

 フルスイングされた枕が会心の一撃!
 翔太はベッドから転げ落ちた!

「って、翔太!?」
「いてて」

 転げ落ちた体勢のまま床で頭をさする翔太を、ベッドの上から身を乗り出して驚いた顔でアリサはのぞきこむ。

「無事だったのね!?」
「今無事じゃなくなったけどな」
「ちゃかさないで!」
「おぉ!?」

 両手で胸倉をグイッと掴まれてベッドの上に引き上げられる。何気に火事場の馬鹿力のようなものが働いているっぽい。小学生時分は女の子の方が比較的成長が速いとはいえ、女の子に持ちあげられてちょっぴり男の子としてのプライドが傷ついた翔太だった。

「怪我は?どこ行ってたの?いつ帰ってきたの?」
「ちょ、くすぐったいって!?」

 矢継ぎ早に問いかけつつ翔太の全身をまさぐるアリサ。

「ほら、禁書の能力を使って治したからもう大丈夫だって!」

 恥ずかしくてちょっと赤くなった翔太はアリサの腕を抑える。

「心配、したんだから……」
「あーその、わりぃ」

 翔太の服の端をぎゅっと握りながら言うアリサ。急にシュントした様子に翔太はすこしいたたまれない気持ちがこみ上げる。だからとりあえず言わなければいけないと思った事を口にする。

「……ただいま、アリサ」
「……おかえり、翔太!」

 目端に少しだけ涙を浮かべながらも、この太陽のような笑顔を曇らせるようなことは、もうしたくないなと翔太は強く思った。



「――それはそれとして、乙女の寝顔を勝手に見た落し前はつけてもらいましょうか?」
「しつれーしましたー!」

 指をぽきぽき鳴らすふりをしながら、さっきとは全然違う黒い笑顔で迫るアリサから、脱兎のごとく逃げ出した翔太だった。
 本気で怒ってるわけではなく、いつも通りのやりとりをして"日常"を演出しているだけだった。






「さてと、それじゃ詳しい話を聞きましょうか」

 朝食を終え食後のティータイムも一息ついた頃、忍が翔太たちに向かっておもむろに切り出した。
 広いリビングの上座に当たる部分に忍と恭也が腰掛け、少し離れたところにノエルが控えている。
 テーブルを介して対面する位置のソファに座るのは、左からなのは、すずか、翔太、アリサの順で、ユーノはいつものごとくなのはの肩の上だ。こちらの後ろにはファリンが控えている。
 朝だというのにカーテンが閉め切られているのは、アルビノである白鳥も同席しているからだ。白鳥はひとり外れて離れた位置にある別の丸椅子に座っている。昼夜逆転している白鳥にとって、既に寝ている時間なので、どこかうつらうつらとした様子だ。真面目に聞く気がそもそもないようにも見える。

 詳しい話、というのはもちろん子供たちが魔法に関わるようになったきっかけのことだ。
 簡単な事情は以前にすずかが話したことがあるが、ここで一旦情報整理という意味で忍達も交えて話そうということだ。
 そうなると口火を切るのはユーノということになる。
 なのはの肩からテーブルに飛び下り、口を開くユーノに皆の視線が集まった。

 こほん、と咳払いをしてユーノがゆっくりと話し始めた。

「事の始まりは僕がジュエルシードを発掘してしまった事から始まります」

 遺跡発掘を生業とするスクライア一族。
 発掘したロストロギアや歴史的に価値のある物品を管理局や好事家に売ったり、はたまたロストロギアを一族内で研究してそこで得た技術を売るなどして生計を立てている。
 それと同時に、多くの遺跡・古い文明に触れることが多いため、優秀な考古学者も多く輩出していて、中には有名な学院に籍を置く者もいる。
 凶悪なトラップなどが仕掛けられている古代の遺跡を踏破する屈強で優秀な魔導師が多く揃い、それでいて貴重な遺跡を必要以上に傷つけることのない繊細で高度な発掘技術を持つスクライア一族は、魔法世界の中で一目を置かれる存在なのだ。

 そんな中で幼いながらも非凡な才を認められ、一族全体から目をかけられていたのがユーノだ。
 遺跡を求めて町から町、星から星、世界から世界を巡る流浪の民であるスクライア一族の子供たちは、通常は旅の中で親や周囲の大人たちに知識や魔法を学び、特定の世界に留まって教育機関に通うことはない。
 しかし、ユーノの才を高く買った族長の判断によって、第一管理世界ミッドチルダにある全寮制の高名な魔法学校へ送られることとなった
 一族の期待を一身に背負ったユーノは、期待に違わず並み居る学徒たちを追い抜きその学校を首席で卒業した。

 スクライア一族の元へ戻ったユーノが初めて責任者を任されたのがクロウカードの発掘だった。
 現在主流となっているミッドチルダ式魔法とも、過去に栄えたベルカ式魔法とも全く違う術式体系を持つそれは、考古学にも魔導学的にも非常に価値があるものとして、スクライア一族の中で長年探されていたものだった。
 ユーノ主導の下、過去の文献を紐解き最後にクロウカードが現れた場所を特定し発掘に取り掛かった。その中で思わぬロストロギアに出会ってしまった。それが今回の災禍の種の一つ、ジュエルシードだった。
 その後無事にクロウカードも発掘し、望外の成果に喜ぶユーノと一族の者たち。しかしジュエルシードは危険な伝承も伝わっている強い力を持ったロストロギア。一族で管理するのは危険と判断して時空管理局へ管理を依頼することとなった。
 それと同時に、あまり危険度は高くないとされてはいるものの、ロストロギアに認定されているクロウカードの所持・研究許可を管理局から得るために、ジュエルシードが輸送される次元航行船に乗り込むユーノ。発掘責任者でもあるので、手から離れる最後まで責任を持ちたいという思いもあった。
 そこで事故は起こる。偶然か必然か、荒れ狂った稲妻が次元航行船の格納部分を的確に貫いた。異常を察知したユーノが回収できたのは太陽の鍵と月の鍵だけで、次元に切り裂かれた穴にジュエルシードとクロウカードが落ちていき、それらは地球の海鳴市周辺へと降り注いだ。
 すぐにも追いかけようとしたユーノを船員が押しとどめ、その場では管理局に通報するまでにとどまった。
 本来の予定地であった時空管理局の本局に降り立ったユーノが真っ先に行ったのは、管理外世界への渡航許可だった。本来なら複雑な手続きを必要とするものの、管理局からも信用の厚いスクライア一族であることが幸いし、その日のうちに地球に降り立った。
 しかし、そこで思わぬ事態に見舞われる。地球の魔力素に対してユーノのリンカーコアが適合不良を起こしたのだ。
 実はユーノは、遺跡を求めて町から町、星から星、世界から世界を巡る流浪の民であるスクライア一族には珍しく、異世界の魔力素に対して適合率が低い。時間をかければ問題のないレベルまで回復するとはいっても、その回復するまでの期間ユーノはほとんど何もできなくなる。ユーノが優秀なのは事実だが、ミッドチルダの魔法学校に入学したのは、いろいろな世界を連れまわすには難しい体質だったという事情も重なっていたのだ。
 そんな中でもジュエルシードを一つ回収する辺り優秀さが垣間見えるが、そこまでが限界だった。
 二つ目のジュエルシードと相対した際に力尽き、スクライア一族の秘術である"減った体積の分だけ魔力に変える変身魔法"を使ってフェレットの姿になって助けを求めた。

 その声を聞いて駆け付けたのが、高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか、そして雀宮翔太の4人だった。







「なるほどね~。そんなことになってたってたんだ」
「次元世界か……。文字通り世界は広いな」
「……」(こっくり、こっくり)

 忍が笑顔で相槌をうち、恭也が顎に手を当てて感心するようにうなずいていた。興味がなかったのか白鳥は舟を漕いでいる。
 翔太たちにしても始めて聞いた話もある。何故ユーノ一人で来たのかとか、疑問に思っていた部分もあったし、ユーノの評価が一族の中で高い事も知らなかった。
 ただ、魔法を教えるときの分かりやすさや、結界やその他魔法の精度を身をもって知っている翔太達からすれば、ユーノの優秀さは納得のいくものだった。

「それにしても、事故の時は船員に止められなかったら絶対飛び出してたような口ぶりだったよな。俺と似たようなもんじゃん。結局地球に一人で来てるのも変わらんし」
「……だからって自分のやった事を正当化しない」
「う、ごめんなさい……」

 そこだけは目を見開いて翔太を叱る。聞いていないようで聞いている白鳥だった。
 そんな光景を横目に、すずかは話の中で気付いた事を口に出す。

「というか、ユーノくんって人間だったんだね」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「えっ!? そうなの?」

 翔太達はみな、今までずっとフェレットだと思っていたが、どうやら真の姿は人間だったとのこと。なのはは全然気付いてなかったみたいでかなり驚いている。
 確かにこれまでに聞いてきた話の中でも違和感は感じることは多々あったので、アリサやすずかなどはそれほど驚いていない。逆に魔法世界の全てが人語を解するフェレットとかだったら怖い。

「今なら元の姿に戻れるのか? 魔力素適合不良は結構解消されたって前言ってたけど」
「うん、戻れるよ。ただ、この世界の常識に照らし合わせると身よりのない子供の姿でいるよりも、飼いフェレットのままの方が行動し易いかと思って」
「そうね。異世界から来たって言うなら身元を証明できるパスポートみたいなのはもってないのよね?」
「はい、この世界で通じる証明書の類は持ってないです」

 忍の確認に頷くユーノ。確かに地球で暮らしていくならフェレットの方が手続きとかいらないのは確かだ。

「それはそれとして、別に今なら人の姿に戻ってもいいんじゃないか? 俺たちお前の元の姿見たことないからな」
「そうだね。それじゃ……」

 淡い若草色の光と共に、ユーノの姿が変わっていく。
 光が消えると、そこには翔太たちと同じくらいの身長の男の子の姿があった。男の子としては少し長めのハニーブロンドの髪、薄い緑の半袖シャツと茶色のハーフパンツ姿だ。

「うーん、なかなかの女顔ね。女装させると面白いかも?」
「えぇ!?」
「忍……」
「冗談冗談♪」
「あ、あはは」

 呆れた様子の恭也に窘められた忍が、舌を出して誤魔化す姿を見て、苦笑いしながらユーノがなのはの隣に座る。
 その間に音を立てずに部屋を出るノエル。それとファリンが一足遅れて慌てたように追いすがっていった。おそらくユーノの分のお茶を用意しに行ったと思われる。

「平日昼間に一人で街を歩いたりしなけりゃ不審に思われたりしないだろうから、これからは俺たちと一緒にいる探索の時は人の姿でいてくれ。もしもフェイト達と対峙した時、目に見える人数が一人多いだけで相手にプレッシャーをかけられるからな」

 前回の邂逅の際にフェイト達はユーノの存在には気付いてない様子だった。姿を見せるだけで相手に与える印象は違うだろう。
 ユーノ自身がすごく強い魔導師というわけではないが、数は純粋な力だ。ただ居るだけでそれなりに意味がある。無論弱い魔導師でもないわけだが。

「待て、お前はこれからも探索を続けていくつもりなのか?」

 言外に「あんな目にあったのに」と含めながら恭也が翔太に質問を投げかける。
 それに対する翔太の答えは決まっていた。

「当たり前じゃないですか。ジュエルシードは放っておけるような代物じゃない。乗り掛かった船ですから最後まで探しますよ」

 昨夜の白鳥のお説教の中でも、危ないから止めなさいと言われることはなかった。むしろ途中で止めたら許さないようなことも言われていた。
 最初の頃は魔法という未知の物に対する好奇心とかが大きくて面白半分だった部分もあったが、すずかが溺れたプールの一件や、街を覆う大樹の事件以降は、"自分たちがやらなきゃ"という使命感の方が大きくなっていた。
 今回の一件で痛い目を見た翔太だったが、フェイト達の黒幕が何の目的でジュエルシードを集めているのかわからない状況でこちらが引きさがれるはずもない。

「確かにそうね。私達にしかできないことでもあるし、こんな中途半端で投げ出すつもりはないわ。でも翔太はダメよ。これから先アンタは私たちより前に出ることは一切禁止するわ」
「「うんうん」」
「え?」

 アリサから思いもよらない言葉が返ってきたことに驚く翔太。すずかとなのはも強く頷いている。

「今回の件で翔太の防御力のなさがどれだけ危ないかがわかったわ。本当ならもうこの件に関わらないでって言いたいところだけど……」
「そう言って止まるような翔太くんじゃないよね? だからせめて私たちより前に出るのだけは止めてほしいの。翔太くんのことは私たちが守るから」
「うん! もう危険な目に合わせないからね!」

 アリサ達の中でいつの間にか話がついていたようで、口々に翔太を守るみたいなことを言ってくる。

「まてまてまて、空飛ぶことに関しては一番だし、攻撃力だって一番あるんだぞ!?」

 それなのに女の子の後ろで守られるというのは男の子としてのプライドが許さない。だが、そういったところで納得するようなアリサ達ではなかった。

「飛んで落ちたら一巻の終わり! 今回のことで思い知ったでしょ!?」
「攻撃だって回数制限があるよね?」
「そう、だけ、ど……」

 ものすごい剣幕のアリサと、口調は優しいものの目がまったく笑ってないすずかに反論されてたじたじになる翔太。左右から攻められるその迫力に圧倒されて思わず縮こまった。
 翔太が思っている以上に今回の失踪はアリサ達の心に傷を残してしまっていた。

「ユ、ユーノぉ」
「僕もアリサ達と同意見だよ。翔太は大人しくしてて」
「あう」

 助けを求めてユーノに視線を送ってみるも、こちらも取り付く島がない。
 最後の砦と白鳥に目を向けると、我関せずと欠伸をしていた。白鳥も翔太を心配する気持ちは同じ。それと同じくらい信じているが、この場は一緒に行動しているアリサ達に判断をゆだねることにしたようだ。
 少なくともこの場で覆すのが無理そうなことを察した翔太は、面と向かって女の子に"守る"と言われたショックで少し凹んだ。

「なのは達もここで降りるつもりはないんだな?」
「うん。今回のことで本当に"危ない事"をしてるのはわかったよ。だけど、これは私達にしかできない事なの」
「聞くだけ無駄よ恭也。この娘たちの目を見ればわかるでしょ?」
「確かに、な」
「忍さんの言う通りです。それにクロウカードの封印は基本的に私とすずかしかできません。私たちが止めても誰かがやってくれたりはしないんです」
「恭也さん、これからは無茶はしないって約束します。だから認めてくれませんか?」
「僕からもお願いします。なのは達の力が必要なんです」
「……ふう。わかった。ただこれだけは約束してくれ。皆一緒に行動すること。一人じゃ出来ない事でも皆がそろえば補えるはずだ。間違っても翔太みたいな独断専行はするなよ?」
「「「「はい!」」」」

 翔太が一人凹んでいる間に恭也からこれからも魔法に関わっていい許可が出ていた。
 精神年齢が比較的高いとはいえ小三の子供の自主性を認めるあたり恭也も忍も大概変な人だった。

「はーい……、ひとまず話がまとまったところで、女の子に守ってあげる宣言された情けない俺から情報共有しまーす……」

 超ローテンションで、今日の本来の目的である情報整理の続きを始める翔太。

「何いじけた声出してんのよ」
「大丈夫! しっかり守ってあげるからね!」
「俺が気にしてるのはそこじゃないのよなのはさん……」

 無邪気な言葉に更にダメージを受ける翔太。

「……はぁ、まあいいや。昨日ここに現れた魔導師について、俺が聞いたことを話しとく。あの娘の名前はフェイト。ファミリーネームはわからん。もう一人はアルフ。あっちはフェイトに尽き従ってる感じがしたな」
「多分あれは使い魔だと思うよ」
「使い魔?」

 すずかの疑問にユーノが使い魔について簡単に説明する。
 魔導師が作成し、使役する魔法生命体のことを総称して使い魔と言う。動物が死亡する直前または直後に、人造魂魄を憑依させる事で造り出すものだそうだ。契約の形態にもよるが、大抵は主第一主義で他のものに対しては興味がないらしい。
 耳と尻尾を見る限り、素体はイヌ科。やり取りの様子を見るに、主はフェイトで間違いない。見るからにフェイト第一優先だった。

「そのフェイトちゃんは、なんでジュエルシードを集めてるの?」
「んー、その辺はよくわからん。ただ、本当にジュエルシードを必要としてるのはフェイトの母親、プレシアって人らしい。それに……」
「それに?」

 翔太は聞き耳を立てて聞いた内容を思い出す。

――でもそうしないとフェイトがプレシアにまた――
――母さんを悪く言わないで――

 ジュエルシードが手に入らないと、プレシアという人がフェイトに対して何かをするらしい。
 "また"ってことは以前したことがあるということだ。それを口にしたアルフに対して"悪く言わないで"。
 主を第一優先する使い魔が気にしてて、"悪く言う"に繋がるってことは、あまり良い事ではない気がするな、と翔太は考える。

「いや、なんでもない。ただ、フェイト個人はそんなに悪い奴じゃなさそうだったよ」
「……どういうことよ?」
「怪我した俺を看病するために薬を買ってきたんだけどさ、よほど慌ててたみたいで関係ない物とかもいろいろあってな? こっちは骨折してるのに絆創膏なんて買ってきてどうするんだよって話だよな。あたふたしてる様子も可愛かっ――っ!?」
「……へぇ~、結構お楽しみだったみたいねぇ?」
「私ならちゃんと看病できるよ? ……試しに骨折してみる?」
「ひぃっ!?」

 翔太の両サイドに座る二人の笑顔が黒い。どす黒いオーラを纏っているようにユーノには見えた。
 特にすずかさんの台詞がシャレになってない気がするんですけど気のせいでしょうか。

「ゆ、ゆーのくん、ありさちゃんとすずかちゃんがこわいよ!?」
「落ち着いてなのは!? 全部ひらがなになってるよ!?」
「あらあら♪」

 なのはとユーノは頼りにならないと、白鳥や忍や恭也に目を向けて助けを求める翔太。面白そうににやにや笑っているだけで助ける様子はない三人だった。
 何気に手の甲が二人によってギリギリとつねられていることには三人とも気付いていない。

「ん゛んっ。で、他にわかってることは?」

 それでも一応恭也が助け船を出すように話の続きを促して、しぶしぶアリサとすずかが翔太から手を離した。

「拠点は隣の遠見市のマンションでした。でも拠点を移動してるかもしれないし、仮に移動してなくても向こうにだって月村邸ここのことはばれてるし、戦力的に見てもこっちから攻めることはできないと思います」
「奪われたジュエルシードを取り返すにしても、拠点攻めは最終手段ってことね」

 とりあえず翔太から出せる情報はこんなところだった。
 この間もアリサとすずかの視線が痛い翔太は、次の話題を必死で探した。

「ユーノ、フェイトの魔法って普通と違うのか?なんかくらったときビリビリしたんだけど」

 最初の邂逅を思い出してユーノに聞いてみる。

(敵の戦力確認も必要だよね! 二人の視線から逃れたいからとかじゃないよ! ホントだよ!)

 念話をしてないのにそんな心の声が聞こえてくるような気がして、ユーノはすこし苦笑いを浮かべながら推論を口に出す。

「あれはきっと雷の変換資質だね」
「変換資質?」
「例えば僕達が持つ魔力は通常は純粋なエネルギーなんだけど、それを炎に変換したり、電撃に変換したりすることもできるんだ。ただ、普通の魔導師だと100のエネルギーを元にして炎に変換しようと思ったら、生み出された炎はだいたい60くらいの威力になる。だけど変換資質を持っている魔導師だと100のエネルギーから100の炎が生み出せるんだ。というよりも、そもそもの魔力がその属性を帯びてリンカーコアから生成されてるらしいよ」
「へー」

 差し詰めフェイトはこの世界の電撃使いエレクトロマスターと言うわけだ。
 ガチで御坂美琴とやりあったらどっちが強いんだろう?と、バチバチと金色の光をぶつけあう二人の姿を想像しながら益体もないことを思い浮かべる翔太。

(あれ?、金色と言えば)

 ふと昨日感じたかすかな疑問を思い出す。

「あとさユーノ。昨日フェイトを追いかけるとき俺の羽が金色だったんだけど、あれってどういうことだと思う? 俺の魔力光って無色のはずだよな?」
「確かにそれは僕も不思議に思ってた。だけど無色の魔力光については珍しいとか言う以前に、僕もまったく聞いたことがないんだ。確かなことは分からないよ。それに、今は元に戻ってるんだよね?」
「おう、ほら」

 手首にフィンを生み出して色を確認する。それはいつも通りの無色で半透明な羽だった。

「何の話?」

 アリサが翔太の手首を見ながら首をかしげていた。あの時アリサとなのはは気絶していたからその様子を見ていない。

「大した話じゃないんだけど昨日俺の魔力光が一時だけ金色になってさ。原因がわからないからなんでだろうなーって話」

 言ったところでアリサにもわからない。翔太としてもただ口にしてみただけで解答が得られるとは思っていなかった。だが、それは思わぬところから得られることになった。

「……無色だから、染まりやすい、とか」
「へ?」

 ぼそっと呟いたのは、さっきまで寝息を立てていた白鳥だった。

「えっと、どういうこと?」
「……実際にやってみればいい」

 そう言ってユーノに視線を向ける白鳥。

「え、僕? 何をすれば」
「……翔太を撃って」
「「え゛っ?」」

 撃つ方と撃たれる方両方とも嫌な声をだす。

「……さあさあ」
「えと、いいの?」
「まあ……、やってみるしかないだろ」
「わかった。……シュートバレット」
「あいたっ」

 ユーノから放たれた翠色の魔力弾が飛んでいき、すこーんとでこピンレベルの衝撃が翔太の額を叩いた。

「いつつ……、これでなにがわかんのさ?」
「……さっきみたいに羽出して」
「わかった」

 言われるままに先ほどと同じように手首にフィンを生む。

「おおっ!?」
「……おお」
「あ、ユーノくんと同じ色だ」

 なのはの言葉の通り、翔太が生み出したフィンはユーノの魔力光と全く同じ色をしていた。

「これどういう仕組みなの?」
「いや、俺もわからん」

 全身にフィンを出して少し浮いてみる。

「でも魔法を使ってる感じは別に変らないな。ユーノみたいに探索系とか結界魔法が使えるようになるわけじゃないし」
「じゃあ見た目が変わってるだけなの?」
「多分」

 首をひねりながら飛行を解いて席につく。何気に着地点がユーノの左隣に移動しており、すずかとアリサに挟まれた状態から逃げ出した形になった。自然を装ってそうしたが、すずかとアリサからは不満げな視線が送られているのがわかった。
 それはともかく、魔力光のことは翔太自身にもよくわからないようなので、皆の視線は自然と何か分かっている風だった白鳥に集まった。

「……私だってなんでもかんでもわかるわけじゃない」
「ああ、うん、なんかごめん」

 実際のところ白鳥としても思いつきを言ってみただけだった。翔太の魔力光が翠になった時に、一緒に驚いていたのがその証左である。ただ、基本的に表情が読み取りにくいので、分かって言ってるのか思いつきで言っているのか分かりにくい。

「特に異常もないなら、今のところは気にしても仕方がないんじゃない?」
「それもそうだな」

 ということでこの話題はここで終わった。
 そこで一区切りついたと判断したアリサは、さっきからずっと気になっていたけど言い出せなかった事を口にする。

「あの、貴女は翔太のお姉さんってことでいいんですよね?」

 白鳥に視線を向けてのその質問に、数秒空気が止まる。

「そ、そういえば夕べ白鳥ちゃんが来たときアリサちゃんは寝ちゃってたわね」

 その事を今になってようやく気付く忍。
 アリサとしてみれば、今朝気がついてみればいつの間にか人が増えていたので驚きたかったのだが、周りが平然と居る事を認めているので言いだせなかったのだ。

「……自己紹介してなかった」
「じゃあいい機会だから俺から紹介するよ。こちら、雀宮白鳥すずめのみやしらとり。俺の三つ上の姉さん。アリサたちは燕姉や鶫姉とは会った事あるよな?」
「ええ」

 燕と鶫も白鳥と同じく、翔太の三つ上の姉だ。同じ聖祥大付属初等科の六年に所属しており、時折休み時間に翔太を訪ねてクラスに顔を出す事があるのでアリサ達も面識がある。

「白鳥姉はその二人を含めて三つ子なんだ。肌とか髪が白いのは先天的な遺伝子疾患で一般にはアルビノって呼ばれてる。紫外線に極端に弱くて日中は寝て過ごしてるから学校には通ってない」
「……よろしく」

 白鳥は翔太の紹介に合わせてぺこりと頭を下げる。

「始めまして。アリサ・バニングスです。翔太とは、えっと、一年生の終わりくらいからだったかしら? 友達やってます」
「高町なのはです。よろしくおねがいします!」
「月村すずかです。私は一年生の夏休みからだったと思います」
「ユーノ・スクライアです」

 各々白鳥に向かって頭を下げる。

「……翔ちゃんに良い友達ができて嬉しい」
「はは、そりゃどうも」

 姉の所管に少し頬を染める翔太だった。



「さて、私達とは別のジュエルシード探索者も出てきたことだし、私達も負けていられないわ! 本格的に魔法の特訓を始めましょう! ユーノ、お願いできる?」
「出来る限りのことはするよ」

 アリサがさっと立ち上がり、翔太たちの方を向いて宣言する。

「よし、じゃあ俺も――」
「アンタはここで大人しく小説書いてなさい」
「なんでさ!?」

 すずかやなのはと一緒に立ちあがろうとした翔太を、アリサが押しとどめた。

「翔太くんは自分の身を守る手段を揃えるのが優先だよ。治療の魔術は昨日使っちゃったんだから早く書きなおさないとだめだよ。万が一怪我しても大丈夫なように」
「ついでに二巻も今日中に書き上げちゃいなさい。手札は多い方がいいでしょ?」
「えぇー……」
「なんか文句あるの? 昨日私達にあれだけ心配をかけた翔太がなんか文句あるの?」
「言うこと聞いてくれないと、私でも怒っちゃうよ?」

 とってもイイ笑顔を翔太に向けるふたり。その背後に見える黒いオーラが見える。

「了解しました! 本日、雀宮翔太は執筆活動に集中いたします事を約束します!!」
「「わかればいい」」

 どうにも今朝から二人に圧され気味の翔太だった。
 そんなわけで月村家の森で魔法の特訓をするというアリサ達(と、それを見学する恭也)を見送り、翔太はノエルが用意してくれた高品質の紙に向かって、ただひたすら文字を書いていく作業にとりかかることになった。



[36269] 吸血殺し×すずか= ―――
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:04
「右手がいてぇ……」

 月村邸に泊った日から開けて翌日。朝の教室で右手首をさする翔太。
 昨日はあれ以降ずっと一人でひたすら禁書の欠落分と、二巻の残りを書き続けた。時折森の方から漏れ聞こえる和気あいあいとした声を聞きながら、一人寂しく万年筆を動かしていた。

「そのおかげで二巻は書き上げられたけど」

 以前書いていた分も含めて、翔太が一頁書くごとに後追いで忍が読んでいったおかげで、既に使える状態にはなってる。ただ、読者の人数は途中まで読んでいたすずかと忍の二人だけなので効果時間はまだ短いので実戦には使えない。
 ただ、やけに吸血殺しディープブラッドの頁に力がついてることが翔太は気になっている。
 読んでる人の感情の振れ幅が大きければ大きいほど頁の持つ力は強くなるわけだが、翔太自身は吸血殺しディープブラッドに有用性を感じていない。ここがType-Moonの世界と混じっていたら問題だが、この世界に三咲町や冬木市が存在しないのは確認済みだ。
 特に翔太が月村邸から帰る時に、忍が「吸血殺しディープブラッドって使う機会なんてないわよね?」と確認するように聞いてきたのが印象的だった。

(吸血鬼なんていうごくごく限定された相手にしか効果がないし、この世界に吸血鬼がいるかどうかもわからないから多分使わないとは思うけど、なんであんなに気にしてたんだろう?)

 禁書本編の中でも姫神秋沙の記憶の中にしか登場していない吸血鬼。それ以降禁書本編では出てきてない。いろんな次元世界が存在するこの世界なら居ても別におかしくはないから一応不用意に使うのは止めておこう、と翔太はなんとなく考える。

「それにしてもアリサ達、と言うよりもスクールバス組が遅いな」

 そろそろチャイムも鳴ろうかという時間。これでは遅刻になってしまう。
 そう気をもんでいたら足音が聞こえたきた。

「ま、間に合った!」

 ガラッと勢いよく扉を開いてアリサが飛び込んできた。その後ろから同じくスクールバス組の生徒たちも飛び込んでくる。

「はぁ、はぁ、朝から、疲れた、よ……」
「頑張ってなのはちゃん」

 最後にすずかに手を引かれたなのはが教室に滑り込んだところで丁度チャイムが鳴り響いた。

「どうしたんだ?」
「ちょうど前を走っていた車が急にパンクして立ち往生したのよ。後ろからの車も詰まってたし、Uターンもできなくてちょっと時間がかかったみたい」
「そりゃまたお疲れ様なことで」

 結局一時間目の終わりまで、なのはは完全にへたれていた。魔力はあっても体力はないなのはであった。






「さて翔太、心の準備はいいかしら?」
「いやいやいや! いくらなんでも三対一は勘弁して!」
「攻撃は全部避けて見せるって言ったよね?」

 時間の流れは速いもので、今は放課後。場所は月村邸の森の中の開けた場所。アリサ、すずか、なのはの三人から数メートル離れた位置に翔太は一人立っていた。
 ユーノは人の姿で我関せずとファリンと談笑してる。

「助けろよこの野郎!」
「無茶言わないで」

 本当ならアリサとすずかには習い事があったはずだけど、今日はキャンセルしてここにいる。
 こうなったのは昼の翔太の発言が原因だ。
 やはりアリサ達の後ろで守ってもらうってのはどうしても納得がいかなくて、翔太はバリアジャケット生成魔法を習得するとか、攻撃は全部避けて見せるからとか愚痴のようにぼそぼそとこぼしてた。
 そんな翔太の姿を、アリサ達は反省していないと取ったようで、「じゃあ見せてもらいましょうか」と黒い笑顔で言われて思わず頷いてしまったのが運の尽きだった。

「十分間私達三人の攻撃を避け切れたら、ちょっとだけ考えてあげるわ」

 太陽の杖を突きつけてイイ笑顔で言い放つアリサ。すずかもそれにならって月の杖を翔太に向ける。

「それ"考える"だけで結局却下するとかないよな!?」
「……うるさいわね。いいから的になりなさい。昨日覚えた魔法を試し打ちしたいのよ」
「本音が漏れた!?」
「にゃはは。翔太くん、ごめんね?」
「悪いと思うなら杖を俺に向けるな!」

 三人の持つ杖がそろって翔太に向けられる。

「くっそー! こうなったら本当に全部避けてやる! フィアフルフィン!」

 飛行魔法を発動させてほんの少しだけ足が地上から離れる。バリアジャケット生成魔法を習得していない状態で空に逃げることはできない。今それをやったら無茶苦茶怒られるのは確実だ。
 それでも普通に走るより魔法で飛んでた方が機敏に動けるから飛行魔法は手放せない。上空方向には落ちても大した怪我をしない地上二メートル程度が目を瞑ってくれる限界だろう。とにかく左右に動いて避けるしかない。

「はい、ユーノさんストップウォッチです」
「ありがとうございますファリンさん。それじゃ制限時間十分、的当てゲーム、開始!  みんな魔力弾の出力には気をつけてねー」
「おいこらひどいぞユーノ! っておわ!?」

 友達甲斐のないユーノに文句を言ってるそばから金色の光が翔太の真横を通り抜けた。

(アリサのやつ昨日一日でシュートバレットを習得したのか!? でもユーノが実演して見せてくれた奴よりもかなり速度がある気がする)

「アリサが習得したのはニードルバレット。本来は球体の魔力スフィアを細長い円錐状に変形させて、なおかつ螺旋状に回転させることで威力と速度を増した魔法だよ。翔太のプロテクションの強度なら突き抜けるぐらいの威力があるし、直線にしか飛ばない欠点はあるけど、速いから避けるのは難しいよ?」

 一応罪悪感はあったのか、翔太に対して魔法の説明をするユーノ。
 要するに翔太の防御力では盾を出すだけ無駄ということだ。まさに紙装甲。

「よっ! はっ! たあっ!」
「なんで! 当たらない! のよ!」

 そんな中でもアリサが連発する金の針を、翔太は紙一重で避けまくる。アリサの今の制御能力では一度に撃てるのは四発が限界だ。揃えて撃ったり微妙にずらして撃ったり工夫をしているが、翔太は紙一重ではあるものの、危なげなく回避する事が出来ていた。

「アリサの照準がまだ未熟っていうのもあるけど、翔太の飛行速度も普通じゃないよね……」
「なのは! すずか! アイツの逃げ場を制限して!」
「わかった!」
「まかせて」

 なのはの周囲に五つのピンクのスフィア、すずかの周囲には三つの銀色のスフィアが浮かび上がる。数の違いは魔法の才の違いか。

「ディバインシューター!」
「ワインドバレット!」
「なんか来た!」

 ディバインシューターは思考制御の誘導弾。自動制御時でもある程度の自動追尾機能が備わっている。誘導弾はかなりの高等技術だが、それを一度に五つやってのけるなのはの非凡さが顕れていた。
 すずかの方はくねくね曲がって飛び、射線がわかりにくいので翔太が避け辛そうにしている。

「ワインドバレットはその名の通り曲がる弾丸。これはそれ単体で攻撃することが目的じゃなくて、着弾点を読ませないことで相手を大きく避けさせて移動を制限する補助的な意味合いの方が強いんだ」
「実感してるよ!」

 すずかのスフィアを避けた先にアリサがニードルバレットを放つというコンビネーションに、翔太はやや押され気味だ。ふたりだけではまだ十分隙があるが、それを補うように動くなのはの誘導弾が翔太の逃げ道を次々と塞いでいった。

「おわ!? 逃げ場が!」

 ディバインシューターに後方を抑えられ、左前方と右前方からワインドバレットが迫ってきてる。避けるには前に出るしかないが、正面にはニードルバレットを発動待機状態にしたアリサが待ち構えてた。
 アリサはもう完全に討ち取った気でいるのか、余裕の笑みだ。
 だが翔太も魔法について何もしなかったわけではない。大人しくやられるつもりは毛頭なかった。

「観念しなさい! ニードルバレット!」
「フィンショット!」
「っな!?」

 翔太は右手首に発生させていた羽を、アリサのニードルバレットに向けて撃ちだした。
 威力重視のニードルバレットを相殺はできなかったが、僅かに反れた隙間を縫って包囲から抜け出した。

 フィンショット。
 翔太の飛行魔法、フィアフルフィンで発生させた手首、肘、肩、背中、側頭部、腰、膝、足首にそれぞれ生成している羽を撃ちだす魔法だ。
 翔太はまだ魔力スフィアをうまく成形することができなくて、シュートバレットを習得できていない。だが既に生成しているフィンを撃ちだすことなら大して難しくないと気がついたのだ。
 もともとそれほど強度がある羽ではないので威力は期待できないが、牽制として見るには十分だ。ただ、その羽は翔太の飛行魔法を担うものなので、全部解き放てば飛行できなくなるので注意が必要だ。

「なるほどね。アンタも色々考えてたってわけね」
「当たり前だろ。一筋縄でいくと思ったら大間違いだぜ!」

 一旦攻撃の手を休めて、少し意外だったみたいに言うアリサに見得を切る。

「でーも」
「へぶっ!?」
「こっちの方が一枚上手だったみたいね!」

 背中からのいきなりの衝撃に、翔太は目を白黒とさせる。

「えっ? なにが起きた!?」

 後ろを見ても誰もいない。あるのは翔太自身の影だけ。
 翔太の正面に三人とも揃っているうえ、なのはの誘導弾五つは全て翔太の視界に入ってる。
 どういうことだと周囲を見回した翔太は、にやにやと笑うアリサの横で、額に汗を浮かべて少しだけ疲れた様子を見せるすずかの姿に違和感を感じた。
 月の杖の尖端が地面に向けられている。そこにあるのはすずかの影。

「まさかシャドウで影から影を伝わせて撃ったのか!?」
「正解! 私たちが撃った魔力弾は全部おとりでそれが本命よ!」
「ちょっと、疲れたけど、練習通りできたよ」

 よくよく見てみると、すずかの影と翔太の影が、細い影でつなげられていることに気付く。
 翔太が前後左右の魔力弾に気を取られている隙に繋いだものだった。
 すずかの様子を見るに結構な負担がかかるようだが、それでもこんなことが出来るようになっていることに翔太は驚いた。

「これでわかったでしょ。大人しく観念して――」
「ふ、ふふふ、ふはははは!」

 アリサの言葉を遮るように、翔太が高笑いを始める。

「翔太くん?」
「その笑い方なんか悪役っぽいよ?」
「頭おかしくなった?」
「うっさいわユーノ! そしていつも通り酷いなアリサ!」

 覚えたての魔法、かつ連携もまだ稚拙な三人相手にやられてしまったということは、経験を積んだ魔導師であろうフェイトを相手にできるはずもない。
 それを思い知った以上、アリサやすずかが言うように前に出るべきではないと一応納得した翔太だったが、それはそれ。
 負けたまま引きさがるのは悔しかったので、一矢報いようと気合を入れる。

「もうこうなったらとことんやってやらぁ!俺の本気を見ろ!」

 ばさっとアリサとなのはが未読のとある魔術の禁書目録の二巻を取り出した。

「ちょっと、何呼び出すつもりよ!?」

 未読故に、アリサとなのははこの中にどんな能力者が書かれているのか知らない。仮に知ってたとしても竜王の殺息ドラゴン・ブレスクラスのものが来た場合は防げない。当然そんな危険なものを翔太が使うはずもないが。

(まんまとやられたのが悔しかったから、ちょっと仕返ししてやろう!)

 紙束の中から一頁だけ取り出し、強い口調で唱えた。



『召喚:姫神秋沙 能力:吸血殺しディープブラッド!』



 翔太の目の前に、地面に達しそうなまでに伸ばされた綺麗な黒髪をなびかせた巫女服を着た少女を召喚する。
 翔太が彼女を召喚したのは、彼女の能力が何の意味もないものだと思ったからである。わかるのは途中まで読んでいてその能力を知っているすずかだけだが、全く知らないアリサとなのははビクッと身構えることになる。すずかに注意しなければならないが、固まった二人ならば報復をするくらいの隙はできるだろうという思惑だった。
 翔太の予測通りにアリサとなのは彼女へ視線が釘付けになっている間に、高速で背後に回り込む。
 作戦を考えたであろうアリサがターゲットだった。

「くらえ! ひざかっくん!」
「きゃあ!?」
「また地味ないたずらですねぇ」
「うるさいな! 余計な茶々入れるなファリン!」

 やり過ぎると後が怖いので、これが精一杯の仕返しだった。

「あ、あんたねぇ!!」
「やったもん勝ち! じゃあな!」
「こらぁ! 待ちなさーい!」

 そのまま追いかけっこを始める翔太とアリサ。なのはやユーノはその光景を「相変わらず仲良いなぁ」と思いながら視線で追いかける。
 そんな中、すずかはふらふらとおぼつかない足取りで翔太が召喚した姫神秋沙に歩み寄っていった。

「どうしましたすずかちゃん?」
「ん?」

 ファリンの声に、様子がおかしい事に気付いた翔太とアリサもすずかの様子を伺う。



皆が見守る中で
 
 すずかは軽く跳躍して姫神秋沙の胸に抱きつき

  その首筋に鋭く伸びた犬歯を突き立てた



「え?」
「す、すずかちゃん!?」
『マスター……?』



 理解できない行動に、翔太たちは一様に動きを止めた。
 ファリンだけは焦ったように、すずかを見たり翔太たちを見たりと様子がおかしくなった。
 ただ、次に起こった光景は、そんな周囲の様子を、一切忘れるくらいに、衝撃的な光景だった。



さらさら
                                さらさら
           さらさら
                        さらさら
      さらさら
                  さらさら
                           さらさら
           さらさら
      さらさら
                              さらさら



 すずかの身体が灰に還る。
 さらさらと、さらさらと。

『マスター……?』

 最後に残ったのは、すずかが着ていた制服と鍵の状態に戻ったスピネルだけ。いつの間にかバリアジャケットも消えていた。
 姫神秋沙も召喚限度が切れて消えていく。



 すずかが消えた。
 灰になった。

「あ、ああ」

 吸血殺しディープブラッドは"甘い香りで誘い、その血を吸った吸血鬼を問答無用で灰に返す"能力。

「ああ、あぁ」

 それはつまり、すずかが吸血鬼だったこと示している。

「ああああ、あああ」

 それはつまり……、翔太がすずかを殺した・・・ことを示している。
 それを自覚した翔太が自棄の絶叫を上げようとしたその時



「………『すずかちゃんへの攻撃』行為と認定…」



 瞳から光をなくし、淡々と口にするファリン。
 直前の受け入れがたい光景のせいで、その場の全員が硬直したまま視線だけをファリン向ける。



「リミッターを…解除します」



 その言葉と共にファリンの姿がかき消え――

「ぐ、ぼっ……」
「ファ、ファリン!?」

 ――次に皆がファリンを目にした時には、その拳が翔太の腹部を貫いていた。

「スずかチゃん、を害す、ルモノはユルしま、セン」
「が、……ふ、ぁ――――― 」
「翔太ぁああ!!!!」

 無表情で涙を流すファリンを瞳に映し、アリサの絶叫を聞きながら、誰にも聞きとれない言葉をそっとはいて、翔太はその意識を、そして生命活動を手放した。




































「――――っっ!!?」

 暗い部屋の中で、布団を放り投げるような勢いで起き上がる。瞳孔は大きく開き、全身が冷や汗に包まれ、心臓は暴れ出しそうなほどに鼓動を荒げている。顔の半分を手で覆い、もう半分から覗く表情は放心状態だ。
 静かな空間に、荒い息だけが響く。

「っ!」

 お腹に何度も手を当てて、穴が開いてない事を確認する。

「ゆ、め、だったのか……?」

 痛みもなく、傷は一つもない。
 時間は深夜零時を少し回った頃。ゆっくりと起き上がり、薄暗い部屋の中で勉強机の上に置かれていたスクール鞄を開く。その中にある二巻を一頁一頁めくり、姫神秋沙の登場シーンに一頁も欠落が無い事を確認した。毎朝捲っている日捲りカレンダーも、記憶の中のアノ日の日付より、一日前のものだった。

「そうか、夢か、夢だったんだ…… はは、そうだ、そんなはずない。俺がすずかを殺すだなんてそんなことありえるはずがない、ファリンが俺を殺すなんてことも、あるはずがない……」



 虚ろに笑う



「はは、はは」



 虚ろに笑う



「はは…………」



 虚ろに―― 否、強く瞼を閉じてギリギリと歯を食いしばった。






「そんなはずがないだろ……!」

 ダンっ!と壁を殴りつけた。
 あんなリアルな夢があるはずがない。夢というのはどこかしら矛盾があるし、起きたそばから光景が零れ落ちていく。
 でもそうではない。朝起きて日めくりカレンダーをめくった事も、朝食の席で兄がいつもの病気を発動させた事も、朝にスクールバス組が遅れたことも、授業の事も、放課後の事も覚えている。さすがに全ての詳細を記憶しているわけではないが、記憶に欠落はない。
 ならばあれは本当に起きた事だ。

「時が、巻き戻ってる……」

 そう考えるのが一番しっくりくる。前世の記憶を有する翔太にはその現象に心当たりがある。クロウカードのタイムによる仕業だ。
 まさか死者を含めて時を戻すほどの力があるとは思っていなかったが、そうなっている以上それだけの力があるということだろう。

 時が戻ろうとも、すずかを殺したことも、ファリンに殺されたことも、本当に起きた事。

 知っている。覚えている。『死』を、与えた事を。『死』を、経験した事を。あの冷たさを、暗さを、恐怖を。

「そうだっ、すずか!」

 自分が覚えているというのなら、すずかもまた死を覚えているはずだと思い至った翔太は、今が深夜であろうとも構わず、すずかの下へ飛び出そうとした。
 だが、それを引きとめる声と共に、襖が開かれた。

「……翔ちゃん?」

 夜こそが活動時間の白鳥だった。物音を聞きつけて様子を見に来たのだろう。

「……こんな時間にどこにいくの?」

 声に含まれる成分は疑問と困惑。
 今まさに窓から飛び立とうとしていた翔太は、その姿勢のまま白鳥を振り返ることなく口にする。

「どこってすずかの所にだよっ! あんな事をしちまったんだ、すずかに謝らないと! ……いや、謝って済むような事じゃないけど、でも、行かないと。行って、あんなことする気はなかったって…… いや、俺の言い訳なんてどうでもいいんだっ! とにかく俺はもうすずかを害すようなことは絶対にしないって安心させてあげないと――」
「……ちょっと待って」

 テンパって言いたいこともやりたいことも無茶苦茶な翔太を、僅かに焦った様子を浮かべて留める白鳥。その声はより動揺の色が濃くなっている。

「なんだよっ!? お説教なら後にしてくれよ!」

 今は、すずかを殺めた事や能力の使い方を謝った事を責められている場合ではないと声を荒げる翔太。
 だが、その翔太の言葉の熱を理解できない白鳥。

「……だから待って」
「なんだよっ!?」



 二人の間でどこか決定的なすれ違いがあった。



「……一体何の話をしているの?」
「………………え?」

 ここで初めて翔太は白鳥の顔を見る。その表情には困惑だけしか読みとれず、いつもの先読みした余裕気な雰囲気は一切感じられなかった。

「覚えて、ないの?」
「……ごめん、わからない」

 翔太は魔力のある者なら時が戻っても記憶を保持できるものと思っていた。白鳥は月村邸にいた時にフェイトの念話を受け取っていたと後に話していた。つまりはリンカーコアの保有者だ。
 だが姉の反応を見る限り、それは間違いだったようだ。

「……午前零時にほんの一瞬だけ妙なチカラを感じたけど、それが関係してる?」
「…………うん」

 タイムは一日に一度、午前零時に一度だけ時を戻す力を持つ。白鳥が感じたのは時が戻ったその瞬間の僅かな余波だろう。この時点で翔太はタイムの仕業である事を確信する。あの時確かに翔太は死んだ。例えその場にいなかったからと言って、そこからタイムが能力を発動させる事が可能になる午前零時までの間に、その事を白鳥が知らずにいるはずがない。
 しかし、白鳥が感じる事が出来たのはそれだけで、時が戻る前の出来事を一切記憶していない。
 記憶保持の条件がわからない。まさか死んでいる事が条件だとでもいいのだろうか。

「ああっ、くそっ」

 何が何だかわからなくなって翔太は頭を抱える。

「……急いでるのも焦ってるのも見てればわかる」

 その様子に白鳥はそっと翔太に近づいて頭に手を置いた。

「……けど、今は落ち着こう? 話聞くから」
「ん……」

 優しく撫でられていくうちに、乱れた思考は徐々に冷静さを取り戻していった。
 コクンと頷きながら姉に向かって自分にとっての『昨日の記憶』を話し始めた。



[36269] 風が吹く×桶屋=バタフライエフェクト
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:05
「――――っっぁ!!?」

 隙間からさす月の光だけが頼りの薄暗い部屋の中で、すずかは目を覚ました。
 身に纏う薄い青のネグリジェは、全身に浮かんだ汗の所為で体にぴったりと張り付いてしまっている。

「っは、っは、っは」

 がたがたと震えて言う事を聞かない体で、なんとか上体を起きあがらせる。胸に手を置いて落ち着こうとするが、息は荒いままでなかなか治まる気配がない。
 目を閉じて深呼吸をしょうとしてみても、息を吸い込む前に瞼の裏にアノ光景が浮かんでくる。

「う……」

 口元を押さえて、わきあがってきた吐き気を抑え込む。

(あれは、夢なの……?)

 顔の前に持ってきた手を見つめる。グー、パーと繰り返し、ちゃんと感覚もあることを確認する。
 だが、消えない。指先から灰になっていったあの感覚が。

 消えない。熱を失っていくあの感覚が。

 消えない。命が消えていくあの感覚が。

「あぁぁ、ああ……」

 自分の身体をどれだけ強く抱きしめても震えが止まらない。歯の根もガチガチとなって全然かみ合わない。
 怖い、怖い。認識してしまうのが怖い。

「誰か、たすけて……」







『マスター』
「……あ」

 思わず口をついた助けを乞う声に応えたのは、落ち着いた声のスピネルだった。ベッド脇のサイドテーブルにあるミニクッションの上に置かれた銀色の鍵がきらりと光る。

「スピ、ネル……?」

(さて、見かねて声をかけてしまいましたが、どうしましょうか)

 放っておけば身のうちから来る恐怖で崩れ落ちてしまいそうだったので声をかけてしまったが、スピネルは内心で嘆息する。
 すずかを苛んでいるその記憶。夢か事実かわからない状況でもこの取り乱し様。スピネルが真実を告げてしまえば、よりすずかを傷つけてしまうことになるのは明白だ。
 さりとて話さないわけにはいかないし、例えここでごまかしたにせよ、いずれわかること。最悪悲劇を繰り返す可能性もあるのでそこは絶対に回避しなければならない。
 となると話すしかないということになる。

 月村すずかは確かに一度灰になって命を失った事を。

 今もどこかで潜んでいるタイムのおかげでなかった事になったとはいえ、平静で受け入れられるはずもないそのことを、自分の口からマスターに伝えなければならない事が気が重いスピネル。

(ですがまあ、感情の矛先を少々逸らすくらいならできるでしょう)

 すずかが灰になったその後に起こった、衝撃的ないくつもの出来事を思い浮かべるスピネル。
 対してすずかはといえば、声かけてから黙り込んだスピネルを見て、もしもあれが夢ならば―むしろそう思っていたい―随分恥ずかしいところを見られたのでは? と気付き、誤魔化すように言い訳の言葉を口にしようとする。

「わ、わたし怖い夢みて、ふ、ふふ、おか、おかしいよね」

 だが、その回らない舌が、アレが夢でなかったと自覚していることを表わしていた。
 その様子を見たスピネルは、この小さなマスターをこのまま不安に怯えさせるのは可哀想だと判断し、たとえ受け入れがたい事でも事実を正しく伝えて現状を認識してもらうべきだと腹をくくった。……実体のないスピネルには腹などないのだが、そこは気にしない。

『マスターが恐怖しているその記憶は、残念ながら夢ではありません』
「っ…………」

 黙り込むすずか。やはりわかっていたのだろう。

「…………だ、だったら、なん、で、今、生きて……」

 当然の疑問だろう。死んだ記憶があるのに、それが夢でないとスピネルは言う。だが、今すずかは生きている。

『簡潔に言ってしまうと、クロウカードの仕業です。いえ、この場合は"おかげ"と言うべきでしょうか』

 スピネルは、すずかを最も傷つけるであろう死については言及を避け、"何故そんな現象が起きたか"を説明する。

タイムのカード。通常の能力は魔力に応じて時を止めることができます。ですが今回の状況は特殊能力の方が作用しています。
 その特殊能力とは、午前零時限定で、時を二十四時間巻き戻す事が出来る、というものです』
「…………すごい、能力だね。それは何か失敗した時に便利かも」

 その能力の凄さに驚いたというのもあるが、気を紛らわせるためという意味合いの方が強い感じで喋るすずか。

『いいえ。タイムの力はそんな簡単なものではありません。その能力を使う場合は、"今日この日に時を戻す"と決めて、前日の午前零時から魔力を貯め続けることで、ようやく翌午前零時に二十四時間巻き戻せるだけの能力が発揮できるようになるのです。突発的に使えるような能力ではありません』
「……それじゃ、今回はたまたまタイムが"今日この日に時を戻す"と決めてた日だったんだね」

 スピネルの説明を聞けば、そう思い至るのは当然の事だ。だが、今回起こった事はその斜め上をいっていた。

『…………いえ、本来なら先ほど言った通りの手順を踏まなければ発動できない能力であったはずなのですが、今回は必要な儀式を行っていないと思います。
 タイムはその能力を使うときは、街の大きな時計にとり憑くのですが、その時に例えば鐘を鳴らすとか、周囲になんらかの信号を発します。ですが今回はそれがなかった。本来であれば、今日この日に、時を戻すことなどできなかったはずなのです』
「そ、それじゃ、一体、なんで……」

 タイムが時を巻き戻さなければ、すずかの死は確定していた。間接的にそう言われたすずかは再び恐怖に身を引き攣らせる。

『それについては、既に推測を立てていますが…… 聞きますか? 色々とショッキングな出来事の連続ですよ?』
「…………うん、聞きたい」

 すずかとしては自分が死ぬという出来事以上にショッキングな出来事など早々ないと思っていたが、事実は想像の斜め上どころか大気圏を突破してあまりあるほどに吹っ飛んでいるものだった。
 スピネルは淡々と、すずかが認識できなくなって以降の事を話し始める。



『まず、暴走したファリンが翔太を殺しました』
「…………………………………………………………え?」



 初っ端からこれである。

『ファリンは貴女方"夜の一族"の長い寿命の間、共に生き、守るために作られた自動人形だそうですね。今ではその製法は失われたと"昨日"忍から聞きましたが、立派に失われた過去の遺産ロストロギアを名乗れる代物ですね』

 すずかがスピネルの言葉の意味を理解できずに自失している間も、スピネルの口は止まらない。

『忍はマスターが魔法に関わっていると知ってから、強力な防衛プログラムを組んでファリンにインストールしていたそうです。外で行動する分には自主性に任せることにしたそうですが、敷地内については自分が守ってあげようとか思ったらしいです。
 強力と言うべきか、凶暴と言うべきか。とにかくその防衛プログラムに突き動かされたファリンが、文字通り見敵必してしまいました』
「そ……そんなはずないっ! あの優しいファリンがそんな、そんなことするはずない!」

 ようやく自分を取り戻したのか、スピネルに向かって声を荒げるすずか。

『そうですね。ファリン自身もそんな自分が許せなかったようで、意思とプログラムの狭間でオーバーヒートを起こして、翔太の後を追うように機能停止してしまいました』
「……………………………え?」

 機能停止。人間に例えて言えば脳死に近い状態になった。
 
『そんなあまりの事態にアリサとなのはは昏倒。ユーノは茫然自失ですね。どんな論理展開がされたのか、ひたすら"僕のせいだ"と繰り返していましたけど』

 加速度的に被害が広がっていく。

『忍が事態を察知したのがその数分後。忍も大きく取り乱して、どうにか宥めるのにノエルも恭也も苦労をしていました。忍が落ち着いた後、唯一平静を保っていた私とケルベロスが忍達に経緯を説明しました。ファリンやノエルの身体の件はその時の話の流れで聞きました』
「………………」

 事態の推移についていくのに必死なすずかは、黙って聞くことしかできていない。

『失意の中、忍は雀宮に連絡を入れます。冷静ならもう少し言い様もあったのでしょうが、憔悴していた忍が"私が翔太を殺した"と言ってしまいました。
 そこで暴走したのが雀宮家の長女。名前は確かツルギと呼ばれていたでしょうか? どうやら彼女は翔太の事をかなり溺愛していたようで、間もなく月村邸に刀を持って乗り込んできました』

 姉の危機と聞いて、すずかは青ざめる。

『半狂乱になった彼女は忍に襲いかかりました。当然ノエルと恭也は忍を守るために戦いましたが、事情が事情なだけに全力が揮えないこちらと、感情のまま刀を振るう彼女。
 結果、ノエルは破壊され、恭也も瀕死の重傷を負います』

 言葉にすれば一行で収まるが、実際はかなり凄惨な光景だった。ノエルは四肢を切断され内部機構は剥き出しにして倒れ、恭也は右腕を失い、体中に負った傷から血を流していた。

『遅れてやってきた雀宮の家族がギリギリで彼女を取り押さえたので、忍の身体は無事でした。……心の方は無事とはとても言えませんでしたが、ね』
「……っ」

 すずかはもう言葉にならなかった。瞳から落ちる涙をぬぐうこともない。

『そんな中、昏倒から目を覚ましたのがアリサとなのは。気を失った時以上の酷い惨状に二人とも平静を失い、最後には"願いが叶う"と言われているジュエルシードに縋りました。
 ですが、当然のことながら願いは叶わず、起きたのは魔力の暴走だけ。ジュエルシードから発せられた魔力は、街一つを飲み込み、飽和寸前のところまでいきました。あと数秒で街が灰燼に帰するところだったのですが、そこで午前零時を迎え、タイムが街に満ちた魔力を使って時を戻した、というわけです』

 以上です。とスピネルが話を締めくくってもすずかは呆然とするだけだった。








『落ち着きましたか? マスター』
「…………ん」

 スピネルが語った事実から、すずかは心は大荒れ状態だったが、しかしそれはやがて大波から小波へと至り、今は細波あたりに落ち着いたようだった。

「でも、本当にそんなことが……?」

 ようやくまともに受け答えが出来るようななったすずかが、先ほどまでスピネルが語った"昨日"の事について詳細を聞きたがった。自身の死も衝撃的な事実だが、それ以外の出来事のおかげで、心に与えるインパクトがやや薄くなっている。

『ええ。嘘偽りも誇張もしていません。私もあそこまでの事態が起こるとは思いもしませんでした』

 すずかの死から端を発した、悲劇の連鎖。終いにはジュエルシードの魔力暴走を引き起こし、海鳴が消えてなくなりそうなところまで被害が広がっていったというのだ。バタフライエフェクトもビックリの因果律だ。こんなこと予想できるはずもない。

『ですが、そのおかげでタイムが特殊能力を発動させるだけの魔力が得られたのです。タイムとしても望外の出来事だったでしょうね』
「どういう、こと?」

 スピネルの言葉にすずかは首をかしげる。

『私もケルベロスもマスターに言っていませんでしたが、クロウカードが事件を起こすのは、己が主に正しいかどうかを選定するための試練なのです。
 中には主になる者に興味がなくて、好き勝手に遊びまわるカードもいるので一概に当てはまるわけではありませんが』

 スピネルは小さく息をついて続ける。

タイムはおそらく今回の主と相まみえる事を期待していたのでしょう。
 ですがマスターは死んでしまった。本来であればタイムは事前準備を行っていなかったので時を戻せないはずでした』

 スピネルはここで初めてすずかに対して"死"という言葉を使った。今なら受け止められるという判断だ。すずかも大きな動揺は見せない。

『ですが、アリサとなのはがジュエルシードを暴走させたおかげで、時を戻すのに必要なだけの魔力が満ちた。そんな偶然の上に今がなり立っているというわけです』
「時間を戻すのに暴走したジュエルシードの魔力が必要だったということは、今回はもう時間が戻らないということ?」
『いえ、おそらくですが、タイムは今回の午前零時から魔力を貯めているはずです。かのカードであれば、一度動き出した以上は封印するまで活動し続けるでしょう。ですから、何もしなければ明日の午前零時に再び時が戻ります』

 ここでスピネルは一旦息をついて、次の言葉の語気を強めた。

『同じ事が繰り返される可能性もありますから、その保険だろうと思います』

 すずかはその言葉に疑問を覚える。

「何故? 魔法が使える人はタイムが時を戻しても記憶を継続できるのではないの?」

 自分が覚えているためそう思うすずか。

『いえ、タイムの影響下にあって、記憶を保持できるのは月の魔力、つまりは銀色の魔力光の者だけです。翔太はマスターを死に追いやった事も、自分が殺されたことも一切覚えてはいないでしょう』
「そう、なんだ」

 それを聞いてどこか安堵の表情を浮かべるすずか。
 スピネルはそれを見て少しもやもやした気分になった。安堵したということは翔太が辛い記憶を保持していないことを喜んだということだ。悲劇の引き金を引いた翔太が全てを忘れ、被害者だけが覚えているこの状況。スピネルの内心としてはあまり気分のいいものではない。
 だがそれを言ってもどうにもならないのでスピネルは話を続けることにする。

『ですから、同じ事を繰り返す可能性があります。マスターの正体を知らない彼は、いつ吸血殺しディープブラッドを使用するかわかりません』
「そうかも、しれないね」

 吸血殺しディープブラッドと聞いて再び身を震わせるすずか。

『マスターがやらなければならない事は二つ。これから先、万が一にも翔太が吸血殺しディープブラッドを使う事が無いように、自身の一族の秘密を打ち明ける事、そしてタイムを封印する事、です』
「…………うん」

 すずかは少しだけ暗い表情を浮かべる。月村家が"夜の一族"という秘密を抱えているという事をいつか話さないとならない日が来るとは思っていたが、こんな唐突に来るとは思っていなかったからだ。
 受け入れてくれるかどうか自体はあまり心配していない。すでに魔法だとか異世界だとかいった話もごく自然に受け入れている友人たちだ。翔太に至っては古くから付き合いの家系であり、受け入れられない心配はないと言っていい。
 それでも万が一の事があるので二の足を踏んでいたが、今の状況ではそうもいっていられなくなった。

「…………うん、話すよ。みんなに」
『大丈夫です。受け入れてくれますよ』

 淡々とではあるものの、励ますようなスピネルの言葉に強くうなずくすずか。

『それでは今は一旦休みましょう。どう切りだすかはまた朝になって――「すずかちゃーん、起きてますかー?」――おや?』
「ファリン?」

 話を終わらせて休みを促そうとしたスピネルだったが、扉から顔だけを覗かせて部屋の様子を伺うファリンに、すずかとともに首をひねる。

「あ、やっぱり起きてました? 話し声が聞こえてましたから、もしかしたらと思って声をかけてよかったです」

 ニコニコと笑顔を浮かべて入室するファリン。

「こんな時間に、どうしたの?」

 時計は午前一時をさしている。基本夜型かつ、色々自由のきく大学生である忍なら普通に起きているが、だからと言って訪問するような時間ではない。
 すずかの当然の疑問にファリンが答える。

「はい、こんな時間なんですが、白鳥さんと翔太さんがいらっしゃいまして、今忍お嬢様とお話をされています。とても深刻な感じで、しかもすずかちゃんに関係がある話とのことなので、起きているなら呼んでくるように申し付けられました」
「翔太くん、が?」
『記憶は保持できていないはずなのになぜ以前と違う行動を……?』

 二人で顔を見合わせて疑問符を浮かべる。片方はふよふよ浮いている銀色の鍵なので見た目はシュールである。

「行かれますか?」
「うん、行く。でも着替えるから少し待ってもらってもいいかな?」
「はい、部屋着をご用意しますね。……それにしても、翔太さん私を見てビクってしていたのは一体何だったんでしょうか?」

 ファリンの疑問にこの場で答えられる者はいなかった。



[36269] 罪×夜の一族=守護の誓い
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:06
 応接間の扉がゆっくりと開く。

「すずかちゃんをお連れしま――」
「すずかっ!」

 ファリンが言い終える前に翔太は魔法すら使って飛び出し、部屋に一歩足を踏み入れたばかりのすずかの目の前に片膝をつく形で着地した。

「っ、すずか……」

 そしてその勢いのまま、間髪をいれずにすずかの片手をとってぎゅっと握る。

「しょ、翔太くん!?」
「あったかい…… 生きてる、生きててくれてるっ……」

 そうしてすずかの手を握ったまま、顔を伏せて身を震わせる。

「えっと、その……」

 すずかはどうしたらいいのかわからずそのままの姿勢で固まっている。
 それ以上に、翔太の突然の行動に事情を知らない忍はあっけにとられるしかない。数瞬前まで対面のソファーに座っていたかと思えば、今は妹の前に跪いて泣いているこの状況。

「えっと、一体何があったの?」
「……魔法関係」
「いや、それはなんとなくわかるんだけど」

 忍は事情を知っているらしい白鳥に視線を向けるが、当人は自らの長い髪を弄るばかりで説明する気が無いように見える。
 とりあえずこの場を納めようと、一番妙な行動をしている翔太に対して、ファリンがそっと翔太の肩に手を置い――

「ヒッ」
「きゃっ!?」

 ――た瞬間に翔太は大きく飛びのいた。

 顔は真っ青になり、変な汗も浮かべている。
 そのただならぬ様子に、問いただそうと忍が口を広いたその時、スピネルが割り込んだ。

『申し訳ありませんが、マスターとそこで泣いている彼以外は退出をお願い致します』
「え、でも、翔太さんどうされたんですかっ?」

 原因も分からず怯えられたファリンはしどろもどろになりつつもスピネルに食いつく。
 当然忍も同じ気持ちで、語気を荒げる。

「事情の説明くらいしてほしいのだけど?」
『"記憶"を持たないものは聞くべきではありません」
「それってどういう――」
「……出よう」

 そんな一触即発の状況を遮って白鳥が立ち上がり、視線で忍にもそうするよう促す。

「そもそもこんな時間に尋ねてきた理由もまだ聞いていないわ」
「……私の用事は、月村家の秘密について翔太が気付いたからその報告に来た」
「えっと……、それはそれで驚きなんだけど」

 言葉を区切って忍は翔太の方へ視線を向ける。
 月村家、というよりも夜の一族・・・・の掟を鑑みれば、秘密を知った物と知られた者、この場合は翔太とすずかは直接話してある選択をしなければならない。だから白鳥が急ぎ翔太を連れてきたのはわかった。だが、すずかを見た瞬間に取り乱した理由にも、ファリンに触れられて怯える理由にもならない。そもそも何が起きて翔太は月村家の秘密を知ったのか、忍はまったくわからなかった。
 だが、その疑問が答えられることはなく、白鳥に手を引かれるままに忍は応接間を出ることになった。



「まったく、何なのかしら……」

 翔太とすずか、そしてスピネルだけが残った応接間の扉を一度だけちらりと振り返って、腕を組みながら遠ざかっていく忍たち。

「なんで私、あんなに怖がられていたんでしょう?」

 尋常ではないあの反応を思い出して、ファリンは「ずーん」という効果音がに会いそうなくらい凹む。

「そもそも"記憶"を持たないモノは話を聞くべきじゃないって、なんだか納得がいかないわ。何なのよ"記憶"って」
「……たぶんスピネルちゃんなりの気遣い」
「どういうことでしょうか?」
「……私が喋ったら意味がないから秘密」

 翔太から推測を聞いていたので一定の理解を示す白鳥。ノエルの問いにも答えるそぶりは見せない。
 白鳥は翔太から時間が巻き戻っている事を聞いている。そしてその時が巻き戻る現象が、クロウカード由来の現象であれば、そのカードを封印するまで続くであろうことも聞いている。ところが白鳥自身はその巻き戻った"昨日の記憶"を持っていない。つまり、このまま時が巻き戻る原因を取り除けなければ、今現在の白鳥自身の記憶、想いは消えてなくなってしまうということになる。

 それはある意味"死ぬ"ことと同義ではないだろうか?

 今日この日を生きた自分が消えてなくなる。それは恐ろしい事だ。記憶の継承が出来ない人間に進んで聞かせるべき事ではないと、スピネルが判断するのも無理はない。白鳥自身も実は結構嫌だった。
 出来れば"今日"の間にその原因とやらを取り除いて欲しい、と心の中で呟きながら忍と共に長い廊下を歩いていく白鳥だった。






『どうやら皆さんちゃんと席をはずしていただけたようですね』

 扉の向こうの気配が遠ざかった事を確認したスピネルが呟いた。翔太とすずかの二人ははその言葉に小さくコクンと頷く。そのまま室内は静寂に包まれる。
 翔太はある程度落ち着いて、今はすずかの対面のソファーに座っている。背中は曲がって視線は床しか見ていないが。
 すずかはそんな翔太を心配げに見詰めながらも、どう声をかけていいかわからず、腰を浮き上がらせては消沈して座り直すをいった動作を繰り返していた。

 このままでは埒が明かない。そう思ったスピネルが口を開いた。

『とりあえず確認します。翔太、貴方は"昨日である今日"の記憶がありますね?』
「…………ああ」

 ふむ、とスピネルは内心で呟く。理由は分からないが、翔太はタイムに戻される前の記憶を保有しているらしい。今後の為にその理由は突き詰めるべきだろうが、今最もすべきことはそれではない。

『この時が巻き戻る現象は、クロウカードタイムの仕業なわけですが――』

 一旦言葉を区切って翔太とすずかの様子を伺う。事前に話しているすずかはもちろんだが、翔太の方も大したリアクションはない。

『――どうやらそれよりも前に話すべき事があるようですね』

 そう言ってスピネルは翔太に水を向ける。
 スピネルと同時に、すずかの視線も向けられた事に気付いた翔太は、頭を垂れた姿勢のままぴくんと手を震わせる。
 それからしばらく沈黙を守っていたが、不意に翔太がソファーから立ち上がり、そしてすぐ膝をつき、両手をついて身体を倒し、額をカーペットに擦りつけた。その姿はとても小さくみえる。身体が、ではなく醸し出す雰囲気が。

「翔太くんっ!?」

 その行動にすずかは驚いて、止めさせようと手を伸ばした。しかしそれを遮るように翔太の声が響いた。

「…………ごめん」

 すずかから見えるのは下げられた後頭部だけだが、そのくぐもった声から翔太の表情がわかった。

「詳細は知らされてなくても、うちは特殊な家系だって知ってる。そんなうちと月村家が古くから付き合いがあることもこの間知った。それと小説を読んだ時、すずかと忍さんが吸血殺しディープブラッドを強く気にしてるのも気付いてた。
 ……気付く要素は、あったんだ。俺がもっと気を付けていれば、アレは避けられた。
 だから、ごめん!」
「ん……」

 すずかは翔太の言葉を受け止めて、浮き上がりかけた腰を再びソファーにおろした。

「言い訳は……しない。すずかは俺を責める権利がある。どれだけの事をしたかわかってる。ごめんなんて言葉だけでどうにかなるものじゃないってことも理解してる」
「…………」

 二人の間は再び沈黙に包まれる。
 すずかの表情は、暗い。翔太の言葉に「壁」を感じた。当然と言えば当然だ。二人は対等な友達から"加害者"と"被害者"の立場にわけられてしまったのだから。
 翔太の事が、正確には翔太の持つ能力が怖くないと言ったら嘘になる。だがそれ以上にすずかが怖いのは、翔太が自分から離れていく事だ。
 あれだけの事があったとしても、すずかにとって翔太は大切で特別な友達なのだ。アリサやなのはも当然同じくらい大切な友達だが、翔太はほんの少しだけ事情がことなる。
 それは、すずかが自分から声をかけ、友達になろうとして友達になった初めての人だったからだ。






 すずかが自分は普通の人間と違う事を教えられたのは、聖祥大付属に入学する前のとても幼い頃の事だった。
 普通の人と違う、自分は"バケモノ"なのだと思った。両親や姉はその思い込みを否定したが、すずかの中でその思いが消えることはなかった。
 それからすずかは他人との関わりを怖がるようになった。"バケモノ"だとばれてはいけない、なら最初から関わらなければいい。誰とも目を合わせないように下を向いて、誰とも言葉を交わさないように口をつぐんだ。いつもヒトの視線に怯えていた。
 外の世界を恐れて本の世界に没頭するようになったのは自然の流れともいえるだろう。本の世界は残酷で、美しい。ファンタジーだろうとSFだろうと時代物だろうとミステリーだろうと恋愛物だろうと、どれだけ共感しても反感しても感情移入をしても傍観者でいられる。活字の中の彼らは"バケモノ"である私に決して関わってこない。そんな絶対的な安心を感じながらも、物語の中で描かれる人々の絆や友情を知る度に、心の中には確かに孤独感が育っていった。
 そんな頃に、毎日のように通っていた図書館に同年代の男の子がいる事にすずかは気付いた。小学校に上がる前の子供、それも男の子となるとこの時期はじっとしている事の方が珍しい。それなのにいつも同じ席に陣取り、ひたすら本を読む。真剣な顔をしているときもあれば、笑いをこらえているときもある。涙をこぼしながら読んでいるのを見たときは、随分驚いたものだった。

 その少年は誰あろう翔太である。当時の翔太は自身に付与された能力、幻想交差クロスオーバーに関係して、小説の書き方や魔術や超能力、宗教などについての知識を得るために図書館に通いだした時期だった。
 実際のところは記憶にあるとある魔術の禁書目録の模写をしているだけなのだが、事情を知らない人からしてみれば、知識のない子供がいきなりそんな小説を書き始めたら異常視される可能性が高い。そうなる可能性を少しでも下げるために、関係のありそうな知識を得ておくという下準備をしようとしていた時期だった。
 ただ、その中で翔太の"前世"の世界と、今の世界の微妙な違いに興味を持った。市や町の名前が違っていたり、そもそもの地形すら変わっている部分もあった。忍者が国家資格として存在していたり、超能力者の存在もオカルトじみたネタではなく、公式にある程度存在が示唆されていたりと、興味深い差異も多かった。そんな事を知っていくうちに翔太は活字に目覚め、いつしか元々の目的を忘れて手当たり次第に本を読むようになっていったのだった。

 そんな翔太にすずかは興味を抱いた。同年代で本の虫というのはなかなか見つかるものではない。すずかの中で育っていた孤独感も、「独りはいやだ」と叫んでいた。
 それでも、その時は行動する事はできなかった。"バケモノ"だと知られてしまう恐怖心の方が大きかったからだ。
 すずかの内心に変化が訪れたのは、聖祥大付属初等科に入学してからのこと。そこでアリサとなのはと出会い、すずかの世界が広がっていった。人との繋がり、無理だと諦めていた事が諦める必要がない事を知った。友達の存在が、どんなに自分を幸せにしてくれるかを知った。
 人というのは欲深い生き物で、一つの幸せを手に入れたら、また新たな幸せを求めるものだ。すずかが翔太と友達になろうと思ったのも自然な流れと言える。
 自分から話しかけようと決意したはいいが、どんな話をすればいいのかわからなくて、まずは話題探しということで翔太が読んだ本を追いかけた。どの本も面白く感じられて、その本の話で盛り上がる場面を何度も夢想したりもした。そんな事を繰り返し、友達になりたいという思いはどんどん大きくなっていった。今日こそ話しかけようと意気込んで、勇気が出なくて躊躇している内に翔太が帰ってしまった事も何度もある。すずかは気付いていないが、司書たちの間でその様子は密かに見守られていたりもした。
 そうして日々を繰り返し、今日こそはと一大決心をして、翔太が本を一冊読み終えたその隙を見計らって「となり、いいかな?」と話しかけたのが、翔太が認識しているファーストコンタクトとなったのだった。






 それから約二年。翔太との間に育った絆は、アリサやなのはと比べても勝るとも劣らないほどのものだった。その絆に、今隔たりが生まれようとしている。少なくともすずかはそう認識した。

「だから……」

 過去の出来事に逃避をしていたすずかを連れ戻すように、沈黙を切り裂いて翔太の口が動いた。
 すずかは思わず両手でスカートの布をギュッとつかむ。

「だから、どんな罰も受け入れる。……もう魔法関係の事件に関わるなって言うなら、クロウカードやジュエルシードに関わらない。小説も燃やす。……姿を見せるなって言うなら転校だって――」
「……っ、っう、っう」
「――すずか?」

 突然聞こえてきたえずきに翔太は思わず顔を上げてぎょっとする。
 すずかは溢れ出る涙を必死でぬぐっていた。

「ど、どうしたんだよっ?」

 オロオロと慌てた様子で立ち上がり、手をすずかの方に伸ばしかけて、触れる事が出来ずに空を撫でる。

「そ、んなこと、私望んでないよっ!」
「っ」

 泣きながら、途切れ途切れで。でも強い剣幕に怯んでしまう翔太。
 いつも一歩引いた位置で、なのはとアリサ、または翔太とアリサが喧嘩をした時も、仲裁役を買って出て一度も怒った顔を見せた事がないすずかが、泣きながら本気で怒って、そして悲しんでいた。

「私がっ、私がバケモノだから、ダメなの? バケモノとはもう、友達じゃ――」
「ちがうっ!」

 今度は翔太がすずかの言葉を遮った。

「すずかはバケモノなんかじゃないっ! ていうかすずかがどんな存在だった所でそんなの関係ないくらいすずかのことが大切なんだよっ!」
「っ!?」

 ほんの一瞬だけ表情に喜色を浮かべそうになったすずかだが、すぐにはっとして強い言葉を返す。

「それじゃなんで私から離れようとするのっ!?」
「俺がバカなせいですずかを……、すずかを殺したんだっ! そんな奴がすずかの隣でのうのうとしてるなんて俺が許せないっ!」
「そんなの翔太くんの自己満足だよっ! 私たち以外誰も覚えてない罪なんて気にしないで私のそばにいてよっ!」
「その俺たちしか覚えてないソレが一番問題なんだろっ! "痛い"とか"苦しい"とかそんな単純な言葉で言い表せない、あのおぞましい感覚を忘れられるはずがないだろうがっ! 無かった事にできるような生易しいもんじゃない事くらいすずかだってわかってんだろっ!?」
「っ、そうだけど、でもっ! それでも私はっ――」
『二人とも落ち着いてください』

 どこまでもヒートアップしていきそうな二人の間に月の鍵スピネルが浮かび上がって割り込み、制止の言葉をかける。お互いにはっとして、一歩下がる。それで少しは熱がひいたのか、気まずげに目を逸らす二人。
 ひとまずスピネルに促されるようにソファーに座り直す。一度気勢が削がれたせいか、双方口が重くなり、室内は沈黙に包まれる。

 黙りこくった二人の様子を伺いながら、スピネルは先ほどまでの二人の言葉を吟味して整理してみた。

 まずはスピネルにとって最優先たるマスターのすずか。
 すずかの望みは"翔太が離れていかない事"と"今まで通りの対等な関係でありたい"というもの。
 前者はできるかできないかで言えば一応可能。無論その状態で双方が心安らかであるかという問題は残る。そして後者。そちらは難しいと言わざるを得ない。
 すずかと翔太の間には加害者と被害者という最悪の関係性ができあがってしまっている。それを無かった事にできないし、するべきではない。
 例え仮に「私は気にしていないから」と全てなかった振りをして流したとしても、それはいずれ「あの時赦してあげたのに……」という暗い感情にすり替わってしまうかもしれない。それはもう、対等な関係とは言えるはずがない。

 続いて翔太。
 翔太は自分の犯した罪の重さを自覚し、"すずかのそばにいるべきではない"という思いと"償いたい"という思いがある。ただ、"そばにいるべきではない"と思ってはいるが、すずかの事を大事な存在だと思っているのは明白で、心の底では離れたくないと思っているのは予想できる。

(やりようによっては折衷できそうな気もしますが…… 私が言ったからそうする、ではなく、マスターの意思で事を決めるべきですね)

 そう考えて何も口に出すことはなく思考を閉じるスピネル。己のマスターに対して冷たい気もするが、ここは他者の意見に流されず、自らが切り開くべき道を見つけることに価値があると判断した。結果、誰も発言することなく、部屋に時計の秒針が刻む小さな音だけが響いていく。



「……………………翔太くんは……」
「……?」

 長針が60度ほど傾いた頃、ようやくすずかが声を発した。
 スピネルはその小さな声量の中に、この数分の間で重ねた苦悩と決意が込められているのがわかった。

「……翔太くんは、私が、吸血殺しディープブラッドの効果が及ぶ存在だって、知ったんだよね?」
「あ、ああ、そういえば、そうだな……」

 だがそのすずかの決意とは裏腹に、余りといえば余りの言い草に一瞬ぽかんとして、そして小さく吹き出した。

「くすっ」
「な、なんだよ」

 さっきまでの重い空気はどこえやら、どこか気の抜けた雰囲気が漂う。

「だって、私がずっと悩んできたことを、"そういえばそうだな"レベルで言うなんてちょっとひどいなって思って」
「それは……、すまん」
「ううん。……ちょっと、嬉しかった」

 小さく微笑んだ。先ほどまでの言い合いで翔太が言っていた通り、すずかがどういう存在であるかは翔太にとって問題にならないことがよくわかった。
 そこから若干の間を置いて、すずかは意を決したように話し始めた。

「夜の一族、私たちはそう名乗ってるの」

 臆すことなく、真っ直ぐと翔太を見つめて言った。

「夜の一族?」
「西ヨーロッパで発祥して、もうずっと古くから細々と続いている一族。元々は人間の突然変異って聞いてる」
「……厳密には吸血鬼じゃない?」

 翔太の知る吸血鬼とは、TYPE-MOONの世界観に準じたものであり、星に生み出された精霊のような存在である。少なくとも、すずかの語る夜の一族は、そういった大いなる存在ではないようだと翔太は思った。

「ニンニクも大丈夫だし十字架も効かない。蝙蝠に変身できないし、血を吸った人が食屍鬼グールになることもない。ただちょっとだけ普通の人より筋力とか敏捷性が優れてるみたい」
「それだけ聞くとほとんど普通の人間のような気がするな」

 翔太の言葉に、肯定するように小さく微笑む。

「……だけど、人の血を吸うのは本当なの」

 少しだけその笑顔が陰る。

「ひとの血液を力の源に、いろんな事ができる。たとえば、腕がちぎれても再生能力を働かせれば元通りくっつけることもできるし、……人の、記憶を操作することもできる」
「記憶の操作……」

 そこまで聞いて、翔太ははっとしてすずかの目を見つめる。すずかが今その話は始めた理由を悟ったからだ。

「翔太くんが、本当にもう私のそばにいたくないっていうのなら…… 記憶を消す、方法はあるの。元々夜の一族には、秘密を知られた場合の仕来りとして、"秘密を守る誓いを立てて一生そばにいる"か"記憶を消して関わらない"かどちらかの選択を迫らないといけないから。
 ……それと一緒に、"昨日"の記憶を消すことだって多分できる」
「……………………」
「選んで、翔太くん。共に在ると誓うか、忘れるか」

 すずかの、迷いと怯えを無理やり抑えこんだように揺れる眼差しを翔太は正面から見つめ返した。

「……それは、自分の記憶を操作することも、できるのか?」

 小さく首を振るすずか。

 ……ならば選べる答えなど一つしかない。

 記憶も罪悪感も消して、一人だけ逃げることなど翔太に選べるはずがない。すずかが夜の一族の仕来りを話した時点で、翔太の選択肢は一つに絞られる。
 それなりに長い付き合いで翔太の心根を知るすずかにとって、翔太がその結論に至ることは予想できた。逃げ道を取り払うような自分の行動に罪悪感を覚えてもいる。だが、それ以上に、すずかは翔太に離れて行って欲しくなかったのだ。

 そして、翔太もそれを察せないほどすずかとの付き合いは短くない。すずかがそれほどの想いで共にいる事を望んでいる。それがわかった。
 ならば、翔太も同じくらいに強い気持ちで応えたい。決してそれ以外に選択肢がないからじゃない。自らの意思で選ばなければ。

 そもそも翔太がすずかから離れようと思ったのは、すずかを簡単に死に至らしめる能力を持っている自分自身を忌避しての事だ。だが、翔太がすずかのそばから離れれば、それだけで危険は消えるのか?
 否、そうではない。
 翔太がすずかから離れたところで、すずかは魔法に関わるのを止めないだろう。確かに翔太がすずかと関わらなければ、"翔太が"すずかを傷つける可能性は消える。だが、ジュエルシードやクロウカードと対峙する過程で、すずかが傷つくことは十分に考えられる。
 "翔太が"すずかを傷つけなくなりさえすればいいのか?

 そんなはずはない。

 自分を含めて、すずかを傷つけるものすべてから、すずかのことを守りたい。それは消極的な選択じゃない。誰に言われたことでもなく、確かな自分の意思だ。

 翔太は目を閉じ、大きく深呼吸をした。
 そして、姿勢を正し、すずかの目の前で片膝をついて、迷いなく、ハッキリと言い切った。

「誓うよ、すずか。俺はこれからもすずかと共にあり続ける」
「っ、うん」
「秘密も守る。すずかも守る。二度とあんな目にあわせない」
「うん、うんっ」

 これから先、すずかを大切に思う気持ちは大きくなっていくだろう。それが友情か、恋情かはまだわからない。でもその思いが育っていけばいくほど、そんな大切な人を自分は一度殺してしまったという事実が翔太自身を苦しめる。だが、それこそが罰と受け入れて進んでいこうと決意した。



[36269] 罰×吸血=相互の守護
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:07
「あり、がとう。翔太くん」

 翔太の言葉を受けて浮かんだ涙を拭いながら、すずかは微笑んだ。翔太の決意を感じて思わず流れた温かい涙だった。嬉しかった。これで大事な人を失わずに済む。

「でも」

 それは失わないだけ。
 そばにいてくれるのだろう。守ってもくれるのだろう。でもそこにはハッキリとした境界線が見えた。
 片膝をついた翔太の姿勢がそれを何より物語っている。姫に使える騎士のように、腰を落として、位を落として、すずかのことを上位者のように見上げている。

「そんな上下関係は、いやだよ」
「え?」

 人は一つのものを手に入れたら、その次のものを欲する。そばにいる事が叶ったのなら、対等な関係も取り戻したい。翔太は犯した罪に縛られたがっているが、すずかはそんな後ろ向きな理由でいて欲しくない。
 そもそも現状では翔太の方が危険は多い。空を飛ぶのが得意なのに、身の守りが薄い。攻撃手段も使いきりの小説の能力だけで、それもほとんどが強力すぎる所為で使いどころが難しい。

 だからそんな不安定な状況の翔太に素直に守られる事を良しとするだけの、夢見るか弱い女の子じゃない事を教えてあげるのだ。

「翔太くんが私を守ると言うのなら、私も翔太くんを守る」

 そう言ってすずかも片膝をついて翔太と目の高さを合わせる。
 翔太は慌てたように視線を泳がせ、手をぱたぱたと振る。

「いや、でも、俺はすずかを傷つけたんだし、守られる資格なんか――」

 ぱしっ、と持ち前の動体視力で翔太の手首を掴む。

「え?」

 そのままもう片方の手で肘も掴み、翔太の前腕を自分の口元に引き寄せる。

「私が望むのは、上も下もない対等な関係だよ? でも翔太くんが私を傷つけたせいでそれができないというのなら、今度は私が翔太くんを傷つける」

 翔太が加害者で、すずかが被害者。その構図を変えられないなら、すずかも加害者になり、翔太も被害者になればいい。どちらも加害者かつ被害者になれば対等だ、とすずかは言う。

「えぇっ!?」
『いや、その理論はどうかと……』

 とんでも理論に、ここまで経緯を見守っていたスピネルも思わず口をはさむ。
 でもそんなことは聞こえないというように、すずかは口を開いて翔太の腕に噛みついた。

「いつっ」
「ん……」

 こくん、こくんと、喉を鳴らすすずかをみて、翔太はこれが吸血行為であることに気付く。傷口が熱く、少しずつ血が失われていく感覚がした。

「いや、でも、この程度でアレと相殺なんて」
「ん…………」

 翔太の言葉を無視して、また喉を鳴らす。

「……」
「ん………………」

 こくん、こくん、こくん

「…………」
「んん……………………」

 こくん、こくん、くん

「…………え、っと」
「んんん…………………………」

 くん、くん、くん

「ちょ、待、っ!?」
「んんんんっ!」

 ごっくん、と大きく飲み込んで、犬歯を抜く。

「うぅ、なんか、目眩が……」
「ん、れろ、んぅ。ふう」

 最後に傷口を舐めて塞ぎ、どこか妖艶という言葉が似合いそうな頬笑みを浮かべるすずかの様子にも、翔太は気付くことなく頭をふらふらとさせる。

「ご、ごめんなさい。人から直接吸うのは初めて―― あ、厳密に言えば二回目だけど、その、加減がわからなくて……」
「あ、うん、だいじょぶ、だいじょぶ~」

 貧血で青くなった顔で、引きつりながら苦笑いを浮かべる翔太。
 そんな状態の翔太を支えてソファーに座らせながら、すずかはここまでした理由を口にする。

「その、でもこんな状態だと私は守れないよね?」

 指先は冷たく震え、支えられなければ立ち上がる事すらままならない。これでは確かに守るどころか魔法すらまともに使う事ができない。

「えぇー……」

 確かに反論もできないが、オブラートに包んでもえげつないと感じるやり口に、思わず不満を漏らしてジト目を向ける翔太。よく見るとすずかの肌がつやつやとしているような気もする。

『……ひょっとして、計算づくですか?』
「こ、ここまでやるつもりはなかったんだけど」

 我が主ながら末恐ろしい、と呟くスピネルから目線を逸らしながら、すずかは翔太の対面のソファーに座り直す。否定はしなかった。

「確かにきついけど、だけどやっぱりこれだけで相殺できるようなもんじゃないだろ……」

 動かす事すら億劫になった身体をソファーに深く沈ませながら、翔太は力なく呟いた。

「うん。たしかに"これだけ"なら釣り合わないと思う。でも、"これからも"ならどうかな?」
「……あーー、そゆこと」

 少しばかり考えて、なんとなくすずかの言いたい事が予想できたのか、翔太は先ほど噛みつかれた腕を見つめる。

「……私は、吸血行為をすることが本当はいやなの。普通の人と違うんだって突きつけられる気がして。でも、私達夜の一族はそれをしないと身体を維持できない。吸血を拒み続ければいずれ衰弱してしまう……。それを防ぐために、今までは病院とかから輸血用の血を分けてもらっていたの」

 それだって本当はいやだったけど、と小さく呟くすずか。

「でも人の手を経た血だと、あまり効率がよくないらしくて……。わかりやすく対比すると直接吸血した場合だと1ですむものが、輸血用のものだと5も必要になってくるの」
「そりゃ、全然違うな」

 すずかは血を吸うという行為自体を忌避しているが、夜の一族である以上それは避けられない。でも輸血用のもので身体の維持に必要な血を得ようとすれば、その回数も量も増えてしまう。だが、直接の吸血の場合は、その量が少なくなる上に、その行為を文字通り受け入れてもらっているという事実が、目の前にある。どちらの心理的負担が少ないかは明白だ。
 翔太はすずかを守ると誓った。それは身体的な物だけじゃなく、心も含まれる。
 目を閉じて少しの間黙考した翔太は、身体を起こして声に力を込める。

「……それなら俺は、すずかを心理的負担から守るために、これからも俺から血を吸って欲しいと頼む」

 翔太の言葉に嬉しそうにふわりと微笑んで、小さくうなずく。そしてすずかも背筋を伸ばして応えた。

「でもそうすると翔太くんは貧血になるよね? さすがに今日ほどにはならないように自重するけど……。でも、そんな状態じゃまともに戦えないだろうから、今度は私が翔太くんを守りたい」
「辞退は?」
「受け入れません」

 ちょっぴり胸を張って言い切る。
 その答えに翔太は片手で額を押さえて、再びソファーに体を沈める。

「はー、ホント敵わないな。……すずかには一生勝てる気がしねーよ」

 その翔太の呟きと共に少し前まで部屋を包んでいた張りつめた空気は、もうすっかりどこかに霧散してしまっていた。



『……私個人としては、この無茶苦茶な論理展開に異議を唱えたいところですが』

 翔太のすずかの間で昨日の件について一応の決着がつき、二人とも落ち着いた表情で机に残されていたもうすっかり冷めたお茶で喉を潤していると、スピネルがどこかお硬い口調で喋り出した。

『マスターも貴方もそれで良いというのなら私に否やはありません。それでは、タイムについてどう対応するか、という話を進めてもよろしいですか? お二人ともその件をすっかりと忘れているようなので』
「「あ」」

 その指摘に翔太もすずかも図星を指された表情を浮かべる。

『どうします? こんな時間ですし、特に貴方は貧血気味で辛いのであれば朝まで休憩するのも一つの案ですが?』

 未だに顔色が悪い翔太を見やってスピネルが提案する。

「……いや、しんどいのは事実だけど、タイムの影響下でも記憶の継承ができる条件がわからない事には安心できない。白鳥姉の記憶が消えてたことからリンカーコアを持ってるだけが条件じゃないんだよな?」

 翔太はその提案を断って、このまま話を続ける事を選んだ。
 もしまた記憶がリセットされて、再び吸血殺しディープブラッドを使ってしまうような事態は絶対に避けたいからだ。

「確か、銀色の魔力光を持ってる人じゃないとダメなんだよね?」
『ええ、その通りです』

 すずかは少し前のスピネルとの会話を思い出し、スピネルはそれを肯定する。

「いや、でも俺の魔力光は透明のハズだし…… ほら」

 そう言って翔太は自分の手首に飛行魔法のフィンを作り出す。透けていてわかりにくいいつもの魔力光だった。

『そういえば、貴方の魔力光は攻撃を受けた相手と同じ色に染まるという妙な特性があったのではありませんか?』
「あ、そういえば……」

 先日のやり取りを思い出す。白鳥の指示でユーノの魔力弾を受けた後、翔太の魔力光がユーノと同じ翡翠に染まっていた。

「確かに、"昨日"最後に翔太くんに魔法を当てたのは私だったと思う」
「ああ、あの影から影への転移攻撃な」
『それで銀色の魔力光になり、記憶を継承出来た……と? 見た目の色だけの変化かと思っていましたが、魔力の性質そのものが変わるとはにわかには信じられませんね……』

 魔法と出会って日が短く、事があまり理解できない翔太とすずかとは違い、その異質さを理解したスピネルは頭を悩ませる。

『そもそも時間が巻き戻った零時の時点で肉体的に死を迎えていたはずなのに……』
「あー、リンカーコアは身体じゃなくて魂に宿るものだからじゃないか? ほら、霊とかがポルターガイストを起こす時とか魔法使ってたし」
「……霊?」

 翔太がしれっと、訳知り顔で"霊"と口にした事にすずかは首をかしげる。しかも"魔法使ってた"とか言いきっている辺り、推測とかじゃなさそうな気配がする。

「え、と、その、翔太くんって、ひょっとして、見えるの? というか、幽霊って、本当に、いるの?」

 おっかなびっくり、しかも否定して欲しそうな感じで翔太に聞いてみるすずか。

「うん」

 さらっと認めた。

「…………」

 知りたくなかった事実を教えられてどんな表情を浮かべていいか迷っているすずかを見て、翔太は苦笑いを浮かべる。

「えーと、多分うちの秘密ってのもそっち方面だと思う」

 退魔師とかそんな感じじゃなかろうか、と呟いた。姉や兄が見えない何かと会話をしている場面は結構目にするし、翔太自身も波長が合えば見る事ができる。ただ、波長が合わなければそういうものが見えない程度の力しかもたないから、家の事を教えてもらえないのだろうと推測している。

『今はそんなことはどうでもいいです。それよりも貴方のその魔力光変換がどの程度のものなのか試す必要があります。マスター、彼に一撃お願いします』
「あ、うん」
「ちょ、いきなりっ!? って、痛ーっ!?」

 すずかにとって衝撃的な事を聞かされて気が逸れていたせいか、スピネルに乞われるがままに躊躇をする間もなく生成した魔力スフィアを翔太にぶつけた。

「ご、ごめんなさい」
「い、いや、必要ならいいんだけど……。あ、やっぱり銀色になってる」

 すこんとぶつかった右肩をさすりながらもう一度魔力光を確認すると、やっぱりすずかと同じ魔力光になっていた。

『そして私を手にとって、封印解除レリーズと唱えてください』
「え、俺に出来るの?」
『それができるかどうかの実験です』
「やってみようよ、翔太くん」

 そういって月の鍵スピネルを翔太に手渡すすずか。
 それを手に半信半疑な感じで口を開いた。

封印解除レリーズ! っとホントにできた!?」

 手のひらサイズだった鍵の形状から、先端部分に満月を模した銀色の大きな飾りが付いている長い青い杖に変化していた。

『この様子ではクロウカードも使用できそうですね…… どうやら本質的に魔力の質が変化しているようです』
「こ、これで俺もカードキャプター?」
『お断りします』
「即答っ!?」

 ひゅんと小さな魔力の残滓を残して鍵のモードに戻ったスピネルは、そのまますずかの手元に戻った。

『私のマスターはあくまで月村すずか嬢ですので』
「ふふ、ありがとう。スピネル」
「うん。わかってた。 んと、あとは……」

 とりあえず翔太がタイムの影響下で記憶を引き告げた理由はわかった。もし今日中にタイムを封印する事ができなかった場合でもなんとかなる事がわかった時点で気が抜けたのか、翔太の瞼が重くなった。

『深夜三時…… 年齢的にきつい時間帯ですし、精神疲労に貧血も。そろそろ限界でしょう。重要なことは確認できたのですから、話の続きは朝になってからでいいですね?』
「あぁ…… うん。……ごめん、もう、無理…… ん…… すぅ……」

 スピネルの言葉が合図となったのか、翔太はそのままソファーに身を預けて寝息を立て出した。



 その安心したような穏やかな寝顔を、痺れを切らした忍が突撃してくるまで、すずかは静かに微笑みながら見守っていたのだった。



[36269] 妨害×望外=イレギュラー
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:09
『それで何があったのよ? 二人揃って学校に来ないなんて』
「まー、なんというか、色々あってさ」
『その色々が聞きたいんだけど。すずかと一緒にいるみたいだし魔法関係と家族関係でなにかあったの?』
「わりぃ、明日●●になったら説明するから今は見逃してくれ」

 時刻的にはお昼休み。電話の向こうから教室内の喧騒が漏れ聞こえてくる。心配八割、不機嫌二割の成分で問いかけてくるアリサに、傍らのすずかと共に苦笑しながら誤魔化す翔太。微妙に的を射ている辺りアリサのカンは鋭い。

 深夜の話し合いを終えて一休みし、次に目が覚めたのはお昼前。目覚めてすぐに翔太とすずかは忍に対して夜の一族の契約を交わした事を話した。タイムの関係で詳細は話せなかったが、その辺りは白鳥が事前に言いくるめていたのか深く追求されることはなかった。ちなみに白鳥は夜明け前に翔太を残して帰宅した。
 それから学校はどうするのかという話になったが、翔太もすずかもこの日に受ける授業内容は覚えているので、結局学校をサボタージュすることにしてタイムの捜索を優先させることになった。朝食を兼ねた昼食を食べて、タイム捜索の作戦会議を始めようとしたところでアリサから電話がかかってきて今に至る。ちなみにその時に履歴を見たら午前中にもかかって来ていた。寝ていたので気付かなかったようだが。

『今日話せない理由でもあるのかしら?』
「それも含めて明日説明するって。納得はできないかもしれんけど」
『はぁー、わかった、今話す気はないことは理解したわ。で、放課後はどうする気? 昨日ユーノ達と開発した魔法を披露しようって話になってたと思うけど』
「そっちもすまん。ちょいとやらないといけない事がある」
『……すずかと一緒に?』
「まあ、うん」
『むぅ……』

 不機嫌の割合が二割ほど増したのが電話越しでもわかった。まあまあアリサちゃん、というなのはのなだめる声が聞こえてきた。

『……明日ちゃんと説明するのよ?』
「約束する」
『じゃあもう聞かないわ。それじゃ、すずかによろしくね』
「りょうか~い」

 電話を終えてポケットにしまう。

「アリサちゃん、納得してくれた?」
「不承不承ながら、ね」

 すずかと向き合いながら、机の上に広げていた地図に視線を向ける。

タイムに時間を戻されると、今日の記憶が全てリセットされてしまう。俺が昨日体験したことや、夜にすずかと話した事、忌々しいものもあるけど、それでも大事な記憶だ。この記憶を連続できないってことはその時間を生きた俺が死ぬ事と同義。俺にはそれを防ぐ手段があるけど、アリサやなのはにはない。だったら最初から教えるべきじゃない」
「うん、だからタイムの封印は私たちだけで、ね」

 そう言いながらすずかは地図上にサインペンで丸を入れていく。そこは学校や百貨店、遊園地が建っている場所だった。

「こんな所かな。屋外に大きな時計がある場所は」
「そうだな。ん~、そういや小二の社会科見学で行った植物園にも花に彩られたでっかい時計があっただろ。あれどこだっけ」
「あ、それはここだと思う」

 そう言いながらすずかはもう一つ地図上に丸を書いた乗せた。

 何故こんな事をしているのか。それはタイムの潜伏先の候補を絞るためだ。スピネルからタイムは時間を操作する魔法を行う際、屋外に存在する比較的大きな時計に宿って力を行使すると教えられた。学校にはグラウンド、ひいては学校外からも見える位置に時計があり、百貨店では入口付近、もしくは屋上に大きな仕掛け時計がある。遊園地では観覧車の中央部分にデジタル時計が表示されているし、そうでなくても時計塔が建っている。どれもこれも時計がある場所だった。
 魔法を使う必須条件は"時計に宿る"ことと、多くの人の目に触れる"屋外にある"という二点だけなので、大きさは実際関係ないのだが、大きい物をタイムが好む傾向があるということで、海鳴市にある屋外の大きな時計をピックアップをしていたというわけだ。

「これを全部回るのは骨が折れそうだな」

 遊園地や植物園は一か所だが、学校は小、中、高、大と何校もある。場所もあちこちに点在しているため、探すためには海鳴市内を丸ごと一周しなければならなそうだ。

『その上タイムの魔力が表に出るほど高まるのは深夜零時直前。それより以前だと遠距離からの魔力探知では見つけにくいです。直接触れるなどすればさすがにわかると思いますが』
「でもさ、外にある時計って大抵高い所にあるから、空飛ばない限りなかなかさわれないよな」
「どこも人目が多い場所だから魔法で飛ぶわけにもいかないよね」

 うーん、と二人で首をひねるも、結論は一つしかなかった。

「やっぱり人が少なくなった夜から深夜の間に街中飛び回って一つ一つ確認していくしかないか」
「そうだね、二手に分けて効率の良い進行順序を決めないと」

 その後十数分かけて進行ルートを決めたが、まだ日が高く探しに行くことはできなかったため、しばらく雑談でもして時間をつぶすことになった。



「――てことはつまり、最低でも2,3カ月に一回は吸血しないといけないのか」

 その中で話題に上がったのが夜の一族についてだった。

「うん、大人になるともう少し頻度が上がるってお姉ちゃんがいってたけど」
「理由は……って、ああ、あれか」
「……わかるの?」
「まあ、その、うちは姉さん多いし」

 苦笑で誤魔化してあえて原因が何かは言及しない。しいていうなら女性的なアレで失血するのが理由だろう。

「あとさ血って普通は鉄分的な若干の甘みを感じるけど、味の感じ方って違ったりするのか?」
「輸血用のだと、無味乾燥な感じだけど……」

 そこでほんのり頬を染める。

「翔太くんのは、その、甘く感じた、かな」
「そ、そうか……」

 つられて翔太が照れる。そのまま二人とも会話を続ける事ができずに悶々としていると、柱時計がボーンという低い音を七度ならした。

『小学校などはそろそろ人気も少なくなってきたでしょうし、タイムの捜索を始めませんか?』
「そ、そうだね!」
「よ、よーし、そんじゃ手分けして行こう!」

 部屋に充満していた妙な雰囲気を払しょくするように、二人とも急いで支度を整えていった。

「見つけたら念話で知らせて、見つけられなかったら11時に一旦合流して俺に一撃加えてもらって魔力光をすずかと同じにする。そこからは一緒に捜索を続ける、ってことでOK?」
「うん。慌てず急いで正確に探していこう」

 そう言って二人は別々の方向に飛び立っていった。












「…………昨日、見つからなかったな」
「……うん」

 翌日●●、二人は月村邸の客間で疲れた顔を向き合わせていた。
 二人にとっての昨日、あれから街中を翔けずり回って探したものの、タイムが宿る時計を見つける事ができずに、タイムリミットを迎えていたのだ。
 二人とも時が戻ってすぐに目を覚ましたが、その時は記憶のリセットが起きていない事をメールで確認しあっただけで、詳しい相談はまた学校を休んで話をしようということになったので、翔太は朝になって月村邸を訪問したというわけである。その際事情を知らない忍達とひと悶着あったわけだが、「明日●●説明する」で押し通して今に至る。

「でも最後に大きな魔力は感じたから、大まかな方向は定まったよね」
「……悪い、その辺俺は鈍感だから気付かなかった」
「そ、そう?」

 以前フライを捕獲する時に、すずかはユーノがはった結界の綻びをなんとなく感知していたことがある。魔力の質や量を、術式を介さず素の感覚で読みとる才を持っているようだ。

「まあだいたいの方角がわかったならそれで絞れるか。探すだけで何回もループするのも面倒だし。それで方向どっち」
「えっと、最後に私達がいたのがこの辺で、魔力を感じた方向がこっちだから……」
「海側だな」

 そう言ってる間に翔太の携帯電話にアリサからの着信が鳴り響いた。昨日●●履歴にあった時間と同じ時間だった。

「はい、翔太」
『「はい、翔太」っじゃないわよっ! 何急に休んでるのよ!?』
「おぉう」

 耳にキーンと響く声量だった。

「昨日の第一声と同じだね」
 
 離れたところですずかがくすくすと笑っている。昨日●●も翔太は同じ口撃(誤字にあらず)を喰らったのに、地図に気をとられていたせいで忘れてしまっていたようだ。
 そのままアリサは二言三言翔太に対して不満を並べ立て、そうしてある程度落ち着いたのか声量をいつも通りに戻して昨日●●と同じ言葉を口にした

『それで何があったのよ? 二人揃って学校に来ないなんて』
「んー、色々あってさ」
『その色々が聞きたいんだけど。すずかと一緒にいるみたいだし魔法関係と家族関係でなにかあったの?』
明日●●になったら説明するから今は見逃せって」
『何よその命令口調……』

 時刻的には二時間目と三時間目の間の大休憩。電話の向こうから教室内の喧騒が漏れ聞こえてくる。以前と違うのは、二回目のやり取りということで少々おざなりな翔太の態度に、アリサの心配と不機嫌の割合が5:5になったことだろうか。

『今日話せない理由でもあるのかしら?』
「それも含めて明日説明するって。放課後の件もなしな。別にやる事が出来たから」
『……すずかと一緒に?』
「うん」
『むぅぅ……』

 声の調子から不機嫌度合いが更に上昇してるのが伝わる。まあまあアリサちゃん、というなのはのなだめる声が以前の通り聞こえてきた。

『……明日ちゃんと説明するのよ?』
「ああ」
『絶対よ?』
「わーってるって」
『……じゃあもう聞かないわ。それじゃ、すずかによろしくね』
「りょうか~い」

 電話を終えてポケットにしまった。

「翔太くんにとっては二回目のやり取りかもしれないけど、アリサちゃんにはそれがわからないんだからちゃんと対応しないと怒っちゃうよ?」

 最初の時よりも誠意が薄く感じられる翔太の対応にすずかが少し苦言を呈した。

「あー、ごめん。次が無いように気をつける」
「次があったら、じゃないんだ」
「もうさすがに次があったら面倒だろ。今回封印するつもりで頑張ろうぜ」

 そう言って再び地図に視線を落した翔太に、しかたないな~と小さく呟きながらすずかも地図に視線を向けた。















 翌日●●

「……………………疲れた」
「………………体力はリセットされてるよ?」
「…………精神的に」
「……そうだね」

 月村邸の客間。二人して机の上に突っ伏していた。ここに至る流れは昨日と同じ。

「見つけた。タイムは見つけた。うん」
「海鳴臨海公園だったよね。海風の腐食対策で少し大きめに設置されている時計」

 愚痴っぽい感じで再確認をする二人。

タイム自体は特に抵抗の意思はなかったのに……」
「そうだよね。むしろ出迎えるように姿を現してくれたよね……」
「でも……」
「まさか……」

 そこで大きく溜息を吐く。

「「ウォーティが妨害するなんてっ」」

 もうただの愚痴だった。






 昨日と同じく、日が暮れてから捜索を開始した二人は、海鳴公園でほどなくタイムを見つけた。ただそこから先は二人の予想から大きく異なった展開になった。
 先ほど言ったように特に抵抗の意思を見せなかったのでそのまま封印しようとしたが、その時急に海水が大きく盛り上がって水柱が立ちのぼり、翔太とすずかに襲いかかってきたのだ。

ウォーティはいわゆるツンデレな性格で、マスター候補には最初厳しい態度で当たって、封印が完了したら従順になるという困ったカードです』
「どっからそんな性格がでてきた!?」
『水は気体・液体・固体と状況によって形態が変化するのでその部分を性格に反映したのでは?』
「うわー、なんか納得してしまいそうな理由……」

 でも大抵水の精霊って大らかだったりしない?とも思う翔太であった。

「まあそんなことはどうでもよくて」
『そうですね。要するに、マスターの力量を試すためにタイムの近くで待ち伏せをしていた、と言うことでしょう』
「それに俺たちはあっさりやられちゃったわけね……」

 そう言って再びずーんと落ち込む翔太。実は不意打ちに動揺してウォーティが纏った海水を飲んでしまったせいでまともに戦力ならなかったのだ。

「……でも、不意打ちじゃなかったとしても、勝てるのかな?」

 そう言ってすずかの手持ちのカードを取り出した。
 ジャンプウェイブロック。それがすずかの手持ちの月属性カードだ。シャドウアーシーフライスイートパワーの太陽属性のカードは普段アリサが持っているので、すずかの手持ちはこれだけだ。
 無論アリサに言えば借りることはできるが、事情を説明しないといけなくなる。

ウェイブで対抗しようとしてみたけど……」
ウォーティは高位カードに属します。よくて中位レベルのウェイブでは相手取るのは少々難しいでしょう。マスターの能力が高ければ野良状態のカードに勝つこともできますが、未だその域には達していません』
「ごめんね力不足で」
『……いえ、マスターは十分驚くべき速度で成長していますよ。ただ今回は相手が悪すぎただけです』

 ウォーティは四大元素の一角。最上位カードであるライトダークの次に強力なカードだ。
 以前、同じく四大元素であるアーシーを封印できたのは偶然が重なった結果であり、自力では封印は不可能であったと言わざるを得ない。そのせいなのか、実はアーシーはあまりアリサの言う事を聞かない。封印された以上は逃げ出すことなく大人しくしているが、使おうとした時は必要以上に魔力を消費するのだとアリサが愚痴を漏らしていた。

「そうは言っても邪魔してくるウォーティをなんとかしないとタイムを封印できないわけだろ?」
「そうだよね。どうにか今の手札で何とかする必要が――」

 その時翔太の携帯電話にアリサからの着信が鳴り響いた。時計を確認してみると前回と同じ時間。翔太は小さく溜息をついて、通話ボタンを押して素早く受話器に言った。

「明日説明する。以上」
『ちょっ――』

 アリサが何か叫ぶ前に、翔太は電話を切ってポケットにしまった。

「翔太くん、それはちょっと酷いと思うよ?」
「…………すまん、つい」

 すずかの非難の視線を受けて、さすがにやり過ぎたと思った翔太は、再び携帯電話を取り出した。
 そこで数瞬考え、電話だと怒声が飛びそうな気がしたのでメールに切り替える事にした。チキンである。

「これでよし」

 当たり障りのない謝罪の言葉を書いて送信。そして『勝手にすればっ!!』という返信が間髪をいれず届いた。

「……これでよし」
「よくないよー」

 聞けばすずかの方に、なのはから『ア、アリサちゃんが物凄く怒ってるんだけど翔太くん一体何したのー!?』というメールが届いたらしい。そんなやり取りをしている間に学校では休憩が終わる時間になってしまったので、すずかはアリサに『翔太くんがごめんね? 詳しい事情は必ず明日説明するから』といった感じのメールを出してその場はなんとか収めることとなった。



「えっと、ちょっと時間食ったけど、本題に戻ろうか」
「うん、翔太くんが全面的に悪いけど、本題に戻ろう」
「だ、だから悪かったって」
「それはアリサちゃんに言ってね」
「ぐぅ……」

 ぐぅの音は出るようである。

『いいかげんウォーティ対策を練りましょうか……』

 どこか翔太の反応を楽しんでいる節があるすずかを窘めるように、議題を元の軌道に戻すスピネルだった。何気に一番の苦労人(?)なのかもしれない。

























 時刻は夜の十一時。亥の刻が終わり、あと一時間ほどで日付が変わるという時間帯。しかし、今のままでは日付は変わらず巻き戻るだけ。
 そんな頃、主候補を待ち構えるウォーティは海の中でゆらゆらとたゆたっていた。

――今夜も主候補は来るのかしら? 絶対来るわ。だってそうしなければ明日は訪れないのだから。ああ、主候補は私を封印するのにどんな方法をとるのかしら。今から楽しみでしかたないわ――

 多分そんなようなことを思いながらゆらゆらと。

 カツン
 そんな時、足音が水面から響いてきた。

 ウォーティは主候補の登場かしら?といった感じで海中から足音の方向を確認する。
 その先にいたのはスカートの下に短パンを履いた中学生くらいの茶髪の少女。昨日邂逅した主候補や一緒にいた少年とも違うため、ウォーティは彼女から興味をはずした。
 前回ちょっとやり過ぎたせいで怯えてるのかしら?と再び海中に潜って待つことにしたウォーティ。背後でバチバチと紫電を纏う彼女の様子に気付かぬままに。

 瞬間、少女の前髪から雷撃の槍が生み出され、海面を貫いた。







――アアアァアァアアァーーー!!??――

 仮に音声として聞きとれるなら、悲鳴としかとれない何かが公園中に響き渡った。

「よっしゃ!!」
「第一手はまず成功だねっ」

 海から離れた物陰から様子を伺いながら、翔太とすずかは小さく喜びの声を上げた。



 水に効くのは電気、というとあるゲーム的な考えで御坂美琴の能力を使うことはすぐに思いついた。ただ、ウォーティ自身は純水の化身。純水の状態では電気は通り難くなる。無論、純水でも通電はするので全くダメージが無いわけではないが、電気の通りやすい海中に溶けている間の方が効果はある事は明白だ。
 昨日の出現で、ウォーティが海中に潜んでいるのはわかっていたが、姿を見せて近づけば当然海から出てきてしまう。そこで翔太は御坂美琴を"召喚"することにした。

 大抵の場合は、翔太自身が能力を使いたいがために"能力召喚"を行って自分自身が術者となる。だが、この場合はウォーティに警戒されない"召喚"が効果的だった。



「御坂美琴が登場する頁を丸々使ったんだ。上手く動いてくれよ……っ」

『はあぁーーーーっ!』
――っっ!?――

 召喚時に与えた指令通りにウォーティの気を引いて海から引き離していく美琴。その間も何度か雷撃を加えてウォーティにダメージを与えていく。ウォーティもやられっぱなしではなく美琴に対して水流を放って反撃をしているが、巧みに避けてどんどん海との距離を広げていった。

「そろそろ回り込もう」
「おっけ」

 そうして十分に距離が開いた頃に、ウォーティが再び海中に逃げ込む事が無いように回り込んで退路を断つすずかと翔太。

『お、りゃーー!』
――ググ――

 美琴は最後の一撃を加えて消滅する。召喚開始から消滅まで約十分。海から見えない位置に召喚し、歩いての移動。そしてウォーティとの戦闘と十分な役割を果たした。さすがに召喚時間を稼ぐためにこの時間まで何度も何度も読んだだけはあった。

――フーー、フーー――

 すずか達に背後をとられた事に気付き、一瞬だけ動揺した様子を見せたウォーティ。美琴により水素と酸素に電気分解されたせいか、最初に見たときより僅かに小さくなっている。

――……フっ――

 だがそれでも、ウォーティはすずかを見て、すぐに余裕の表情を浮かべた。ウォーティは自由に流体化したりできる不定形の存在であるので、自分を捕らえることはできないと踏んだからである。

「確かにそのままじゃ無理だけど、これなら! 彼の物の在り方に強固な鍵を! ロック!」

――…………――

 表情を変えることなくそのまますずかの魔法をうけるウォーティロックの力でウォーティは流体化して逃げる事ができなくなった。だが……

「う……、く……」

 ウォーティが力を込めると、ロックのカードの輝きが僅かずつだが影っていく。

ウォーティロック共に月属性のカード。特殊カードとはいえ、中位の域を出ないカードではウォーティの力にマスター一人ではまだ敵いませんね』

 強力なウォーティの力に圧されて、すずかの施したロックの縛りがゆっくりと解除されていっているのだ。

「そう、一人なら敵わない」
――ニヤリ――

 翔太の言葉に同意するように、口角(といっていいのかよくわからないが)を上げるウォーティ

「なら二人ならどうだ?」
――!?――

 そう言って翔太はすずかと一緒に杖を握る。月の杖に、ひいては発動中のロックの魔法に、二人分の出力が重なった。

『一人で足りないのなら二人で。少々裏技じみた方法ですが、理には適っているでしょう?』

 二人握る月の杖の、先端部分にある満月を模した銀の月がピコピコと光って、スピネルが自慢げに語った。
 翔太は事前にすずかから一発もらって、自分の魔力光を銀色に変えていた。その状態で月の杖が使えるのは検証済み。なら、すずかと共にクロウカードを使用して、足りない力を重ねることも不可能ではないということだ。

――ア、アアア――

「今さら焦ったって遅い! ロックで抑えるのは俺が制御するっ! だからすずかは!」

 翔太の言葉に視線で応えるすずか。
 一つの杖で、二人が別の事をする。スピネルにとってかなりの負担になるが、文句も一つ言わず従っている。

「汝のあるべき姿に戻れ! クロウカーード!」

――アアアアアッ、アハァ――

 太陽と月の丸い魔法陣の下に、ウォーティはカードとして封印されていった。

「………………こいつ、最後になんか恍惚とした表情浮かべてなかったか?」
『……まあ、ずですし』
「ど、どういういみなのかわからないよ?」

 とか言いながら耳が赤いし動揺してるのでわかっているのが丸わかりのすずかだった。本好きには耳年増が結構多い。










「これでようやく明日ってわけだな」

 すずかの手に握られたウォーティタイムのカードを見ながら、翔太は肩の荷が下りたと言うように息をはいた。あのあとすぐにタイムを封印して、12時を回っても一日がリセットされないことが確認できた。タイムだけでなくウォーティという高位カードまで封印できたのは当初から考えると望外の結果と言える。

「本当に、色々あったね……」

 ふわりとした優しい微笑みで翔太の事を見つめるすずか。
 その視線に気付いた翔太は、ほんの少しばつの悪そうな表情を浮かべる。

「本当に、ごめんな。すずかにあんな事して……」
「ううん。元々私が早く告白してればよかったんだよ……。受け入れてもらえることはわかってたのに」

 いや、俺が。ううん、私が、というやり取りを数回繰り返し、そして二人とも同時に噴出した。

「どっちも加害者、どっちも被害者。だから対等で、ずっと一緒。ね?」
「ま、すずかがそれでいいならいいけど、釣り合いが取れてないような……」
「それじゃ二回目の加害行為を行使します」

 くすくすと小悪魔的な微笑を浮かべながら、流れるような動作で翔太の首筋に唇を寄せるすずか。

「近い近いっ! せめて腕にっ、し…てく……れ……」
「?」

 すずかから慌てて離れようとした翔太の動きが、たまたま見上げた上空の一点を見つめたまま硬直していった。

「どうし――っ!?」

 その視線の先を追いかけて、すずかも同じ表情を浮かべる。









「ア、アリサちゃん!?」
「っ! ~~~~っ」

 翔太と視線が合ったことで硬直していたアリサが、すずかの声ではっとした表情を浮かべ、そのまま一目散に飛び去っていった。

 二人の制止の声も届かぬままに。
































「……"あんな事"、"告白"、"ずっと一緒"…… ~~~~っ」

 空を翔る赤い少女の瞳は、涙に濡れていた。



[36269] 怒り×気付かぬふり=本当は嫉妬
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2013/12/22 20:44
「ア、アリサさーん? ちょっとお話を聞いて欲しいんですけど」

 ふん

「ア、アリサちゃん、お話聞いて欲しいな?」

 ……ふん。何よ、二人揃って。
 私は無言で立ち上がって、オロオロしているなのはの手を掴む。

「行くわよなのは」
「う、うん」

 そしてそのまま後ろについてこようとした二人をキッと睨みつける。

「うっ」

 びくっと怯んだ二人を置き去りにして、私達は教室を出た。最後にちらっと尻目に見た二人が、顔を見合わせて目で会話しているのを見て更に私の苛立ちが募った。



 さっきの一睨みが効いたのか、昼休みの屋上に翔太とすずかは姿を現さない。私はさっとお昼ご飯を平らげてむすっと空を眺める。そんな私を見て、そろそろ話し時だと思ったのか、なのはが口を開いた。

「アリサちゃん、二人と何があったの?」

 不安そうな顔を浮かべるなのはには申し訳ない事をしてる。朝も電話してひきとめて、スクールバスじゃなくて私の家の車で迎えに行った。
 すずかと顔を合わせたくなくて、今日は家の車で登校する事に決めたけど、それだとなのはとすずかは私抜きでスクールバスで顔を合わせる事になる。そこでなのはをあっち側にとられると私が一人ぼっちになりそうなので、事前に手をうったというわけ。

「……ごめん、なのは。私の都合で振り回して」
「ううん。それはいつもの事だから問題ないの」

 …………何気に言うわねこの子。

「でも翔太くんとならまだしも、すずかちゃんと喧嘩をしてる所は見た事がないから、一体何があったのかなって」

 なのはの言い分はもっともだ。なのはとは何度か言い争いを、翔太とは二、三回取っ組み合いのけんかをした事がある。だけどすずかとはそこまで至る前に「もう、しょうがないなぁアリサちゃんは」と向こうが引き下がってくれるのだ。……でも結局言葉巧みに折衷案に持ってかれてる辺り、すずかに良いように操られてる気がしなくもないけど、そこはそれ。
 とにかく私は今まで正面切ってすずかと喧嘩をした事がない。というのも、今までは私の癇癪をすずかが受け止めてくれる形が多かったわけで、大抵私の方が悪かった。
 でも今回は違う。

「すずかが悪いのよ……」

 昨日の光景を思い浮かべる。

「知らない間に翔太と二人っきりだし、なんかすごく息があってたし、お互いの事わかり合ってる的な雰囲気出しまくりだし、最後にはなんか、なんか、もーーーっ!」

 最後にすずか翔太に抱きついていたのは一体何だったのよっ!

「お、おちついてっ!?」
「ていうかなんで私がこんな気持ちにならないといけないよ私は別に翔太の事なんて何とも思ってないんだからすずかとイチャイチャするくらい勝手にすればいのよ別に知らない間にくっついてたなんて私は気にしないしハブられたなんて思ってないし抜け駆けされたなんて思ってないしっ!」

 『どっかで聞いた事のある台詞や』と聞こえてきたのはこの際無視。

「は、話が見えないんだけど、具体的には何があったの?」

 ……さすがにさっきのでわかれって言うのは無茶よね。私はなのはに昨日の夜見た事を話す事にした。

「昨日、学校に出てこない翔太を心配してかけた電話は、一言で切られたのは知ってるわよね?」
「うん、でもその後すぐに謝ってくれたんだよね?」
「メールでね。何よ、悪いと思ってんなら電話しなさいよ……」
「にゃはは」

 その時の怒りが再燃しそうになるけど、振り払って続きを話す。

「とにかく、なんかすごく邪魔ものみたいに扱われたみたいで気分が悪かったのよ。夜になってもむしゃくしゃして眠れなかったから、練習も兼ねてフライを使って夜の空中散歩に出かけることにしたの」
「え、一人じゃ危ないよ」
「大丈夫よ、一応ケロちゃんもいるし」
『一応とはなんや一応とは。仮にアリサが空中で寝ても、フライを制御して墜落せんようにするとかできるんやで?』
「はいはいありがと」
『わいの扱い軽いなー』
「まあとにかく、しばらく全力で飛んだらちょっとは気分が晴れたんだけど、その時どこからかクロウカードの気配がしたのよ」
「え、本当っ!?」

 あれ? そう言えば、すずか達が昨日クロウカードを封印してたって事を、そもそもなのはに言ってなかったような?

「その時私は、時間も時間だしみんな寝てるだろうから、様子見だけのつもりでそっちに行ったのよ」
「そ、そうなんだ」

 一人だけ気付かずに寝ていた事になのはが落ち込む様子を見せる。

「まあ結果的に言えばもう封印されてるから気にしないでいいわよ」
「う、うん。封印したのはすずかちゃん?」
「と、翔太ね。なんか二人で杖を握って封印してたわよ」

 その時の光景を思い出すと、なんだか胸の奥がざわざわする。言葉にできない変な感覚。

「私達にないしょで、二人だけでクロウカードと戦ってたって事だよね?」
「ええそうよ。事前の相談もなく、二人っきりで。しかもケロちゃんが言うには相手は四大元素のウォーティ。同じ四大元素のアーシーは未だに私の言う事をちゃんと聞いてくれないっていうのに、そんな強力なカード相手に二人だけで挑んだのよ、あの二人っ!」
「そんなっ!? ……二人とも怪我しなかったのかな?」
「気にする所はそこじゃないっ!」
「あうっ!?」

 すぱんっ、と軽くなのはの頭をはたく。

「私たちは仲間なのに、何も言わずに勝手なことしたのよっ! 二人して危険な事して、何かあったらどうするつもりよっ!」

 一気に吐き出したせいでちょっと呼吸が乱れた。
 はー、はー、と息を整えていると、なのはは「うーん」と唇に指を当てて何か考え込んでるみたい。
 少しして考えがまとまったのか、私の息が整うのを待って話しだした。

「でも、翔太くんだけならまだしも、すずかちゃんも一緒に居たんだよね?」
「ええ」
「すずかちゃんなら理由もなくそんなことしないと思うの」
「う…… でもっ」

 私の反論を留めるように、なのははさらに続けた。

「あと、アリサちゃんが怒ってるのって、本当にそれだけなの?」
「ど、どういう意味よ」
「だって、さっきのアリサちゃんが怒ってた内容って――」
「待って、その先は言っちゃ」



「――まるで翔太くんとすずかちゃんの関係に、嫉妬してるみたいだったよ?」


「ダメって、言ってる、のに……」

 気付かない振りしてたのに……、口にされたら、本当に、なっちゃうじゃない……

 なのはの言葉に縫いとめられて動けなくなった私に、もう一人、別の声が聞こえてきた。



「アリサちゃん、お話、聞いて欲しいな?」



 紫紺の髪を揺らして、いつの間にかすぐそばに立っていたすずかがそっと語りかけた。



[36269] アリサの気持ち×すずかの気持ち=未確定で進行形
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2014/02/11 14:35


「本当に二人だけなのね」

 放課後の月村邸。
 なのはとユーノと共に訪れたはずなのに、自分だけ別の部屋に通された事に若干の不安感をにじませるアリサ。

「事情の説明だけならみんな一緒でもよかったんだけど、アリサちゃんとふたりきりでないしょのお話をしたかったから」

 そう言いながら、テーブルにカップを置くすずか。普段はそこで給仕をしているはずのファリンの姿すらない。この屋敷に居る忍もノエルもファリンも、みな翔太達の方に居るので、この場に居るのは本当にアリサとすずかの二人だけだった。

「ん、やっぱりファリンにはまだ届かないかな」

 自らが淹れた紅茶を味わいながら感想を漏らす。ドジを踏むことは多いが、やはりファリンのメイドとしての腕はやはり一級品だということだ。広い月村邸を、ノエルとファリンのふたりで管理していることからもその片鱗は伺える。まあそのドジこそが致命的ではあるのだが。
 アリサも一口飲んで、一息つく。

「それで、どんなないしょ話なのよ?」
「順を追って説明していくね。まずはこれがアリサちゃん達に内緒で私たちだけで昨日封印したカード」

 そう言ってクロウカードを二枚机の上に置いた。

タイムウォーティて…… なんやその無茶な二枚は。二人でよう対応できたな』

 そのカードを見たとたん、アリサの胸元で金の鍵ケルベロスが感嘆の声を上げた。 アリサはカードの名前だけで何が起きたかまでは分からなかったが、ケルベロスの声から容易に封印できるようなカードではない事はうかがい知れた。ぴくんと片眉を吊り上げ、強い視線をすずかに向ける。その目は「やっぱり無茶をしたのね」と強く語っている。

「あの――」
『あー、アリサ? ウォーティはともかく、タイムはちょい特殊なカードでな? わいら無視して独断専行したっちゅうわけやないと思うで?』
「……どういうことよ」
『そうやろ? すずか嬢ちゃん』

 口を開きかけたすずかの言葉を遮って、アリサからにじみ出ていた怒気を鎮めたのはケルベロスだった。アリサも思わぬ方向からの横槍に、すずかに向けていた視線が弱まる。
 すずかは内心でケルベロスのフォローに感謝しつつ口を開く。

タイムは午前零時限定で時を二十四時間巻き戻す事が出来るの。実は私たちは昨日を四回繰り返してるんだけど、その中でも記憶を保持できるのは私と同じ銀色の魔力光を持った人だけなの」
「昨日を四回って……、本当なの?」

 戸惑うアリサの言葉にすずかは頷いた。

「アリサちゃん達を巻き込まなかったのは、記憶の保持ができないから。仮に事情を話して協力したとしても、もしタイムを封印できなかったらアリサちゃん達はその日一日の出来事を忘れてしまう。その日一日を生きたアリサちゃん達がいなくなっちゃう」

 今日を生きた記憶が明日に続かない。時が戻ってリセットされたとき、そこに居るのは別のアリサであって、"今この瞬間を生きたアリサ"ではなくなってしまう。

『すずか嬢ちゃんのゆうとることは本当や。タイムはそれができる。できてしまうんや』
「……それは、極論死と同義。だから私を巻き込まなかったってこと?」

 巻き込まなかった理由を悟ったアリサは苦い表情を浮かべてすずかに問いかけた。

「うん。だから私と翔太くんの二人だけで対応しようとしてたの」
「……って、ちょっと待って、なんで翔太も記憶を保持できてるのよ。翔太の魔力光って、確か……」

 ここで何かに気付いてアリサは言葉を止め、そのままの姿勢で数秒黙って思考する。

「……翔太の魔力光が変わるのって、この場合でも適応されるってこと? もしかしてクロウカードが使えるようにもなるのかしら?」

 翔太の魔力光がユーノと同じ色に変わった時の事を思い出して、推論を立てたアリサ。その内容は寸分たがわず事実を言い当てていた。

「うん。翔太くんの魔力光変化は見た目の色だけじゃなくて、本質的な部分まで変わってるみたい。ウォーティを封印する時も、私一人の力じゃ封じ込められなかったけど、翔太くんが協力してくれたおかげで抑え込めたの」
『高位カードのウォーティが封印できたのもそれが理由かいな。でも坊主の特性に最初から気付いとったわけやないやろ? 嬢ちゃんの口ぶりやと最初っから一緒に行動してるっぽいんやけど、一番最初のタイムの能力発動時になんで坊主は魔力光が変わっとったんや?』

 ケルベロスの疑問に答えたのはすずかではなくアリサだった。

「確か昨日はもともと、習得した新しい魔法を試そうって話だったわよね。その過程ですずかの魔法が翔太に当たったってことかしら? で、そのままの状態で午前零時を迎えたってことでしょ」
「うん、それでだいたい間違ってないよ」
『ああなるほど。それがたまたま最初の日やったっちゅうわけやな』

 断片的な情報から、起きた事を正確に推測していくアリサ。内容に間違いはない。話相手の頭の回転が速いと、説明の手間が随分省ける。大雑把ではあるものの、タイム封印にアリサたちの助力を求めなかった理由に関しては、そもそも対応できるのがすずかと翔太しかいなかったからという理由は説明する事ができた。

 ただ、今回の話のメインはそこではない。アリサが目撃した、すずかと翔太の関係についてが本題だ。それを説明するなら、すずかはアリサに話さねばならない事がある。

「二人だけでタイムに挑んだのはそれが理由。でも、私と翔太くんとの間に起きたことはそれだけじゃないの。聞いてもらってもいいかな?」

 言葉に込める雰囲気が変わった事に気付いたアリサは、居住まいを正して頷いた。
 そここそがアリサが一番聞きたかった話。すずかがアリサと二人だけで話す理由。

タイムの能力で無かった事になった最初の日に起きた事、それが全てのきっかけ」

 それからすずかは語り出した。すずかと翔太、それとスピネル以外は覚えていない日々の間に起きた事を。






「――そうやって私たちは、今までとはちょっと違う、新しい対等な関係を作ったの」

 長針が半周したころに、ようやくすずかは全てを話し終えた。

「………………………………」

 秒針がきっちり三周したところで、話の初めの方からふさがらなかった口をようやく塞ぎ、アリサは物凄く難しい顔で額に手を当てて天を仰ぐ。
 前提の話として必要だからと、翔太が書き出した小説二巻の内容がどういうものかを説明するところまではアリサもまだ相槌をうっていた。まだ読んでないのに内容ばらすんじゃないわよと、苦笑しつつ軽い文句も口をついていた。だが、続いて月村家の秘密にさしかかった所で息をのんで固まり、そしてすずかが灰になった部分で硬直した。その場でアリサが大きなリアクションを返す事が無く固まったため、すずかはその後の経緯も一気に話し終えた。

「……この期に及んで、こういう場面ですずかが嘘でたらめをいうはずがないってわかってはいるけど、それでも確認させて。 ……それって本当の話?」

 内容がアリサの理解を超越しすぎて、いくらなんでも全てを信じるのは難しかった。

「うん、本当に起こった事だよ」
『間違いありません』
「そう……」

 真摯なすずかの瞳と、スピネルの言葉を受けて、アリサは目を閉じて考え込んだ。

 何回も思考が停止してしまうような突拍子もない事を聞いた気がするけど、すずかが言った事を全て真実だと信じる事にする。……信じるにはなかなか厳しい内容だけど、とにかくそれを本当の事だと信じないと話が進まない。すずかと翔太の間に起きたを話すのは、クロウカードの封印に際して必要なことだったわけじゃない。これだけショッキングな出来事なのだ、秘密にするほうが普通だ。それでも話したということはそれだけすずかはアリサの事を信頼しているということだ。信頼には信頼で答える。アリサの辞書にはそう書いてある。

「細かく言えばきりがないから、この場では一つだけ大事な事を確認させて」

 本音を言えば、時間が戻っているらしいので身体的なことはともかく、心理的ないわゆるトラウマが残ってないのかとか、忌まわしいその瞬間、それぞれが何を思ったのか、色々聞きたい事もあったが、集約するとアリサの聞きたいことはこれだけだった。

「翔太とすずかの間に、本当に禍根はないの?」
「っ」

 その問いに、すずかは少しだけ驚いて小さく息をのんだ。一番の核心をアリサは鋭く突いた。それでもすずかはすぐに落ち着きを取り戻し、特に焦りを浮かべることなくもう一度深く椅子に腰かけた。
 そこから少しだけ時間をかけてすずかはゆっくりと思いを口に出す。

「……まったくないって言いきるのは、私も翔太くんも、きっと難しいと思う。……でも、そうだとしても私は、その負の気持ちも含めて付き合っていきたいって思ったの。
 この気持ちを隠したり、見ない振りもしない。翔太くんにちゃんとぶつける。
 私はこんなに痛かったって牙をたてる。
 私はこんなに寒かったって血を貰う。
 私はそれでも離れたくないって手を繋ぐ。
 変に遠慮したり我慢しないってもう決めたの」

 真っ直ぐアリサと向き合ったまま紡ぎだされたその言葉は、静かでありながら熱が込められていた。
 そのまま二人は見つめ合う。目は言葉より雄弁に語る。瞳は逸れることも揺れることも陰ることもなかった。

「本気、みたいね」
「ん」

 すずかはあえて言葉を介さず、やわらかな笑顔で答えた。

「……なら、私が横から言えることはないわ」

 起きたことは非常識、本当は言いたい事も言いきれないほどある。だけどすずかの表情には嘘偽りなく納得していると書いてある。ならば、その時の記憶もないアリサにはもう何も口を出すことはできなかった。
 そう言ったアリサの表情は、わずかに、本当にわずかだけ陰って見えた。だがアリサはそんな自分自身に気付かなかったかのように言葉を続ける。

「すずかは、さ」

 どこか歯切れ悪く、視線を揺らしながら、それでも思いきったように口に出した。

「翔太の事が、特別……、ううん。遠回しに言っても仕方ないわね。……好き、なの?」
「っっ」

 そう問われたすずかは、一瞬で身体を硬直させた。そして硬直が解けていくと同時に、じんわりと頬を染めていった。

「えっと……、やっぱりそう、なっちゃうのかな?」

 アリサが今まで一度も聞いた事がないくらいに照れの成分を含んだ声で、途切れ途切れになりながらも慌てた様子ですずかが答える。

「で、でも、そのね、な、なんだかちょっといいなって思ってるだけで、まだ本当に好きって言う訳じゃ」
まだ・・って事は、時間の問題ってこと?」
「そ、ういうわけでも、ない、けど……」

 尻すぼみに声がどんどん小さくなっていく。どんどん俯いていって、アリサからは表情が見えなくなる。でも髪の隙間から見えた耳は、真っ赤に染まっていた。
 その様子に、アリサはオーバーリアクション気味にやれやれと手を広げながら、それでもどこか寂しそうな表情で、すずかのことを応援すると口に出そうとしたところで――

「私はすずかのことお応え――「アリサちゃんは」、え?」
「アリサちゃんは翔太くんの事、どう思ってるの?」
「え……、私?」

 まさかこの期に及んで自分に話が向けられるとは思ってなかったアリサは、続く言葉が見つけられずあたふたとする。
 その間に羞恥心をなんとか制御したのか、すずかが顔を上げてアリサに向けて口を開く。

「そもそも私がアリサちゃんだけにこの話をしたのはアリサちゃんが翔太くんの事をどう思ってるか聞きたいからだったわけで私は翔太くんの事ちょっと気になるなーって思ってるけどアリサちゃんこそ翔太くんのことどう思ってるのっ!?」

 頬もまだ赤く、早口に一息で言いきった。どうやらまだテンパってるみたいです。

「そんなの、どうって言われても私は別に翔太の事なんてなんとも思ってないわよ」
「じゃあなんで昨日は私達を見て逃げ出したのっ?」
「べ、別に逃げたわけじゃないし大した理由なんてないっ」
「嘘っ いつものアリサちゃんだったら、勝手に行動してた私たちを怒るはずだよっ。それをしないで逃げ出したのは、その時の私と翔太くんの様子を見たくなかった、認めたくなかったからだよっ!」

 いつしか二人ともテーブルに手をついて立ち上がり、顔を赤くして年齢相応の言い争いを始める。二人はその後も「違うっ!」「違わないっ!」と言い合いを続けた。






 数分後。

「はぁ、はぁ……」
「はふぅ……」

 言い争いも息が続かなくなって強制終了。今は二人とも揃ってテーブルにぐてっと上半身を投げ出している。さっきまでの剣幕はどこへやら、一周回って二人の間にはゆるい空気が流れる。なんだか熱くなって子供じみた言い合いをしてしまった事が言いようもなく恥ずかしい。いや、事実子供なのだからある意味当然ではあるのだが、いつもの自分たちは他の子に比べて大人びていると言う自負があるだけに、余計に子供っぽい行動に対して恥ずかしさが増してしまうのだ。

「はぁ~…… すずかの方こそどうなのよ」
「どう、って」

 アリサは片腕を枕にした姿勢のまま、すずかにジト目を向ける。それでもその目は、変な意地を張っての争いはもういいでしょ? とも語っていた。

「『まだ』ってどういう意味よ。夜の一族っていうののことを受け入れてもらって、時間がループしてる間に起こった、その……、嫌な出来事があっても、それでもそばにいたいって思えるのに、それでも『まだ』なの?」

 アリサのその問いに、すずかは少し視線を泳がせてテーブルにうつぶせになって顔を隠す。

「……なんだか、逃げてるだけじゃないかなって」
「どういう意味?」

 顔を伏せているせいで少しこもったような声のすずか。その声に先ほどまでの照れの色はなく、逆に不安が浮かんでいた。

「私が本当に翔太くんの事が好きなのかは、本当にまだわからないの。
 さっきも言ったように私は夜の一族。その秘密を一緒に抱えてくれる人じゃないと寄り添うことはできない。翔太くんは既に秘密を知って受け入れてくれた人。これから先に出会う人が、翔太くんと同じように受け入れてくれるかどうかはわからない。
 ……だから本当は好きなんかじゃなくて、近くに居る人に逃げて好きになろうとしてるのかもしれない」

 すずかが将来他の人を好きになったとして、その人がもしも『夜の一族』を受け入れられなかったら、そこに待っているのは破局だけだ。すずかが抱える恋のリスクは普通の少女とは比べ物にならない。
 その点翔太は、今現在すずかにとって受け入れられないリスクを抱えていない唯一の異性だ。わざわざリスクを冒して将来の出会いを求めるよりよっぽど楽だと言える。だからこそその事に気付いてしまったら、逆に自分の気持ちが本物なのか自信がなくなってしまった。
 それを聞いたアリサは少し考えた後、自分の思いを語り出した。

「私はすずかじゃないから、本当のすずかの心根はわからないわ。私自身、恋するってことがどういうことかまだわかってないもの。……そうね、私は確かに翔太の事を意識してる。それは認めるわ。だけど、それが恋かって言われると、すずかと同じくよくわからないわ」

 すずかがそこで「え?」と小さく呟いて顔を上げた。

「でも、アリサちゃん昨日のことは……」

 すずかの中では、アリサは翔太の事が好きだからこそ嫉妬したのだという思いこみがあった。だからアリサを呼んだ。アリサから聞けば自分の気持ちも見えてくるのではないかと。しかしアリサはそこで小さく首を横に振る。

「そう、そうね。昨日、二人を見て私が感じたものは確かに嫉妬だったと思う。でもそれは翔太の事でと言うよりも、すずかのことでって要素の方が大きかった気がするわ」

 すずかはその言葉の意味が読みとれず、首を傾けた。

「今さら口に出して確認するのも恥ずかしいけど、私とすずかって親友よね?」
「うん」

 間髪をいれずにすずかは答える。

「私もそう思ってる。すずかもそう思ってる。だけど、すずかと私たちの間には、どこか見えない一線が引いてあった気がするの。本当に些細な部分かもしれないけど、私達とすずかの間にはどこかに遠慮があるって私はずっと感じていたわ」

「…………」

 思い当たる節があるのか、すずかは小さく目を逸らす。

「でも、昨日の光景、すずかが冗談半分だったとしても…… ううん、冗談だからこそ、悪戯だからこそ。翔太に抱きついて悪戯をしようとしているその行動に、遠慮も躊躇も感じられなかった。私はそれが悔しかった。私じゃ引き出せなかったすずかを、翔太が引き出してたから。私の昨日の嫉妬心の源泉はそこだと思う
 …………翔太に甘えるすずかを羨ましいと感じる気持ちも一部含まれるのは、まあ、その、……全く無かったとは言わないわ」

 自分の中に生まれた感情を自己分析しながら、アリサは後半を顔を赤くして付け足した。
 やっぱりそうなんだ、と言う感じで微笑むすずかの様子を横目で確認してしまったアリサは更に赤さを増す。

「でもっ」

 それを振り払うように首を振って、誤魔化すように大きな声ですずかに向き直る。

「私とすずかの間にあった壁も、もうなくなったのよね?」
「うん」

 翔太との間にはなくて、アリサとすずかの間にあった壁。それは夜の一族のことを知っているかどうかということだった。もしも、万が一、夜の一族の事が受け入れられなかった時に、アリサ達と離れ離れにならざるを得なくなった時、自分の心を傷つけないために、無意識のうちにすずかが引いていた境界線。それこそがすずかが引いていた一線だった。だが、それはもうアリサは踏み越えた。
 もうすずかが"受け入れてくれなかったら"よいうifに怯える必要ない。

「だからすずかは私に対して、もう遠慮も躊躇も必要ない。心で思った通りに私にぶつけて欲しい。もし、もしも、私もすずかも翔太の事が本当に好きになったら、その時は本気でぶつかり合いましょう。今はまだ分からないなら、しっかり見極めていきましょう。私達が本当に翔太の事を好きなのか、それと、翔太が私たちみたいな美少女が想いを寄せるに値する男なのかもね?」

 そう言ってウインクをする。すずかは一瞬きょとんとして、それからすぐにくすっと小さく吹き出した。

「何よ。私何かおかしい事言ったかしら?」
「自信満々だなって」
「ふふん。私もすずかも誰に誇れるくらいの美少女よ? そもそも翔太程度になんてもったいないわよ」

 腕を組み胸を張って得意げなアリサ。それをみてすずかは更に笑みを深くする。

「そうだね。綺麗系のアリサちゃんの隣だと確かに翔太くんが霞んじゃうかも」

 翔太の容姿は、それなりではあるがイケメンと褒め称えられるほどの器量ではない。むしろ十人並みという評価の方が当てはまる。無論これから成長するのだからどうなるかは分からないが、現状では見た目の面でアリサと釣り合ってるとは言えないかもしれない。

「綺麗系とか特に考えた事なかったけど」

 自分が美人であるという自覚はあるものの、わざわざ分類して考えてこなかったアリサはその評価を始めて聞いたようだ。

「アリサちゃんは綺麗系で、なのはちゃんは可愛い系だよね」
「じゃあすずかはどうなのよ」
「私は綺麗で可愛い系」

 事もなげにそう言うすずかに、アリサは一瞬目をぱちくりとしばたたかせる。そして堪え切らなくなったように笑い出した。

「いきなり言うようになったわね」
「だってもう躊躇も遠慮もいらないんだよね」
「もちろんよ」

 アリサはにぃっと口角を上げ、すずかもふふふ、と上品に口元を隠して笑みを向け合った。



 その後、とりとめのない談笑をしていた部屋にノックの音が響く。

「どうぞ」

 すずかの言葉に、翔太がひょいっと顔をのぞかせる。

「そっちは話は終わったか?」
「うん」
「こっちも一応終わったけど、あれはどうする?」

 "あれ"とは言うまでもなく夜の一族の件だ。なのはやユーノに対してタイムの説明は終わっが、夜の一族については翔太は説明できない。
 一瞬だけアリサにちらっと視線を送る翔太。その意を察したすずかは微笑みながら軽くうなずいた。曰く「アリサには?」「うん、もう話したよ」である。

「うん、この際だから二人にも打ち明けるよ」

 そう言ってすずかは立ち上がる。アリサも同じように立ち上がったかと思うと、素早く翔太の隣に並んで片腕をとった。

「ん?」
「そうときまれば早く行きましょ。二人が待ってるわ」
「おわっ」

 アリサは片腕を抱くように翔太の事を引っ張る。そしてすずかを振り返って、にっと笑った。

「むぅ……」

 そんな得意げな顔をされるとなんとなく面白くない。だからすずかももう片方の手をぐいっとつかんで引っ張りだした。

「え、なに、どうしたっ?」

 まるで刑事ドラマで見る容疑者連行シーンのように両腕を掴まれた翔太がうろたえるのを余所に、アリサとすずかはにっこりとほほ笑みあって、ずんずんとなのは達が待つ部屋へと向かって歩き始めたのだった。



 二人の気持ちは未確定。それは恋か友情か。気持ちを育てるのは翔太の魅力か、それともお互いに対する対抗心や競争心か。
 いずれにしてもアリサとすずかの心は、成長という道を一歩一歩進んでいくのだった。






[36269] 温泉×トラベル=当然トラブル
Name: 僧侶◆108ecc9e ID:49af8067
Date: 2014/04/20 22:25

 早朝の雀宮家。
 昼夜逆転生活を送る白鳥を除いた雀宮家きょうだいの面々は、敷地内の道場で汗を流していた。末っ子である翔太もその一人。

「九十七! 九十八! 九十九! ひゃ~くっ! ………ふい~~」

 素振りを終えて、額の汗を手元の布で拭う。まだまだ成長途中の翔太は、肉体に負荷をかけるようなきついトレーニングはしないしさせてもらえない。今のところは柔軟と体力作りが中心で、武器を持ったとしてもまだ身体の動かし方を学ぶだけにとどまっている。

「あら? 今日はあがるのが早いですね」

 翔太の五つ年上の姉である美羽が、何もない空中に手を広げて指を無造作に動かしつつ、顔だけを翔太に向けた。

「今日は高町・月村家合同温泉旅行にアリサと一緒に混ぜてもらう予定なんだ」

 一通り汗を拭き終え、道場内に残る他の兄や姉たちの鍛錬を見ながら翔太が答える。

「そう言えばそうでしたね。この近くなら海鳴温泉になるのでしょうか」
「そうそう。元々は恭也さんと美由希さんが企画した親孝行のイベントらしいよ。そこに月村家とかアリサとか俺が後から加わった形」

 視線の先では鉞を持ったクマのぬいぐるみがそれぞれに襲いかかり、それを兄や姉達が迎撃している光景があった。糸使いである目の前の姉が操っているらしいが、指の動きとぬいぐるみの動きがまったく連動していない。魔力の反応は全く感じとれず、純粋な技術のみで操っているらしいが、いつもの事なので翔太ももうその辺りを気にしないことにしている。

「折角の温泉旅行です。最近翔太さんは疲れがたまっているように見受けられるので、この機会にゆっくりと身体を休めてきてくださいね」
「うん、そのつもりー」

 大怪我をしたり、誘拐されたり、実は一回死んでたり、血を吸われたり、etc...
 自分の行いが原因な場合が大多数を占めるが、実は魔法に関わって最も被害を受けているのが翔太である。大怪我は魔術で治し、死は時が戻ってなかったことになった。だが、肉体に残るダメージはなくとも、心理的なダメージは確実に蓄積している。ここらあたりで休養が必要だと翔太自身も自覚していた。

「それじゃ、お先に」
「はい、楽しんで来てくださいね」

 美羽に見送られて翔太は道場を後にする。背後では胸にハートマークのついたピンクのクマが兄に斬りかかっていたが、見なかった事にした。






 その後士郎が運転する車が迎えに訪れ、翔太は祖母に見送られながら家を出た。その車にはなのはだけでなく、アリサもすずかも既に乗り込んでおり、このまま真っ直ぐ海鳴温泉に向かう予定だ。

「そう言えば翔太の家ってお手伝いさんとか雇ってなくて、全部あのおばあさんが管理してるんだったわよね?」

 車中の雑談の中で、ふと翔太の家の事が話題に上がる。それなりに大きい家だとは話に聞いていたが、実際に目にするのはアリサ達にとって初めてだった。

「掃除とか洗濯は俺たちも手伝ってる。きょうだいの人数が多いから人手そのものは足りてるんだよ」
「それにしたって大変でしょうよ」
「でもうちだけじゃなく他の家の世話もするくらい余裕があるみたいだぞ?」
「他の家って?」
「ホームヘルパーの仕事やってるんだよ。足が不自由な人の家に出向いて、掃除したり食事作ったり体洗ったりしてるらしい」
「へぇ~」

 そんな風に益体もない事をぺちゃくちゃとおしゃべりしている間に車は山道に入っていった。その間も子供たちはおしゃべりを続けていたのだが、いつの間にか翔太の口数が少なくなっている事にすずかが気付く。

「翔太くん、顔色悪いけど大丈夫?」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ、顔青くなってるじゃない。ほら、窓際に座りなさいよ」
「お父さーん、窓開けていい?」
「ああ、構わないよ」

 気分の悪そうな翔太の顔を見るや、アリサ達はすばやく座る位置を変えたり窓開けて深呼吸させたりと気遣う。

「あんたって車に弱かったの?」
「いや、……そんなはずはないんだけど」
「寝不足だったり体調が悪かったりすると酔いやすいって聞くけど」
「昨日は早めに寝たから寝不足じゃないと思う」

 でも考えてみれば朝は若干食欲がなかったかも、と内心で体調不良の可能性を考える翔太。しかしせっかくの旅行で体調を理由に大人しくしていろと言われるのも好ましくない。それに考えられる原因はまだある。

「……多分だけど、カーブで身体を傾けるタイミングが、車と空飛んでる時の自分で違うから変なズレが出て酔いにつながってるんだと思う」

 運転席と助手席の士郎と桃子に聞こえないように小声でアリサ達に伝えた。翔太の飛行速度は群を抜いて早い。曲がる際も全身の羽をこまかく制御することで弧を描くのではなく鋭角に曲がる事すらできる。

「飛行速度と車の速度が違うせいでその分ズレも大きいってことかしら。速く飛べすぎるのも考えものね」

 そんな風に心配されながらも、旅館到着まで翔太はなんとか耐えきった。



「大丈夫?」
「……ああ、なんとか」
「ほら、水よ」
「さんきゅ……」

 士郎達が旅館の玄関口で女将さんに「お世話になります」と挨拶している後ろで、蹲る翔太。背中をさするすずかと、ペットボトルの水を差し出してくれたアリサに礼を言う。車を降りたことで大分回復してきたが、それでも顔色はまだ悪い。

「翔太くん、お部屋で休む? それとも外の空気を吸ってたい?」
「……もう少し外の空気を吸ってたいです」

 チェックインを終えて翔太達の方を振り向いて聞いてきた桃子に返事をしながら、立ち上がって散歩用に舗装された林の小道を見据える。
 あそこを歩きながら新鮮な空気でも吸えば体調も戻るだろう。

「アンタ一人じゃ心配だから私もついていってあげるわよ」
「一人で大丈夫だって」
「なによ、こんな美少女からの誘いを断るの?」
「自分で美少女とかいうな」
「別に事実なんだからいいじゃない。ほら、すずかは反対側支えてあげて」
「うん」
「いいって、一人で歩けるっての」
「私と手をつなぐの、いや?」
「っ、そういうわけじゃないけど」
「じゃあこのままでいいよね?」
「まあ、別に」
「あ、私も一緒に行くー!」
「きゅ~」

 美由希から取り戻したユーノを肩に乗せ、なのはも合流する。車の中でさんざんいじり倒されたユーノは、若干ぐったりしていた。

「それじゃ、しばらく歩いてきます」
「はい、行ってらっしゃい」

 両手を繋がれて歩く翔太の後ろ姿を見て、あらあらうふふと微笑む桃子に見送られながら、翔太達は散歩道へ歩きだした。



 さあっ、と木の葉を揺らしながら澄んだ空気が林を吹き抜ける。

「「ん~~! 空気が澄んでて気持ちいー!」」
「す~~、は~~。 街の空気とは違うね」
「だな。俺もだいぶ落ち着いてきた」

 アリサとなのはが二人揃って狭い車内でこった体をほぐすように身体を伸ばし、すずかは深呼吸して新鮮な空気を吸い込んだ。
 翔太はアリサとすずかに手を握られたままなので、すずかと一緒に深呼吸しながらアリサの伸びに手をひっぱられたりしている。

 木々の間をそよそよと流れる風を感じながら歩く散歩道。木漏れ日の優しい光の中でのんびり足を動かしていく。
 まだ春だから紅葉が見られるわけではないが、瑞々しい若葉の緑を見ていると心が落ち着いてくる。

「緑色には心や体の疲れを癒したり、穏やかな気持ちになる心理的効果があるんだよ」
「ふーん」

 ユーノのうんちくにアリサはそれほど興味なさげに聞き流したが、なのはは唇に指を当てて一瞬思案した後、何か面白いことに気付いたようにぱっと笑顔になる。

「あ、ユーノくんの魔力光も緑に近いよね。だからユーノくんは防御とか結界とか人を守るような安心させる魔法が得意なんだね」
「そ、そういう風に言われたのは初めてだけど……。 なんだかうれしいよ、ありがとうなのは」

 顔を赤くして照れたような表情のユーノ。魔力光の色による魔法の優劣は実際には存在しないが、確かにユーノの守護の魔法に安心感を感じるのはなのはだけではないので誰も茶化すようなことはしなかった。

 それからしばらくは特に会話もなく、のんびりと歩く。肩にユーノを乗せたまま咲き始めた春の花を見つけて駆けだすなのはの背を、手をつないだままの三人は急ぐ事なく追いかける。

「こういう風にゆっくり散歩するのも久しぶりだね」
「そうね。旅行中くらいはジュエルシードとかクロウカードのことは忘れてのんびりましましょう」
「そうだな。あー、でもちょっとユーノに魔法の構成見てもらいたいかも。こないだちょっと思いついたのがあってさ」

 そう言った翔太に、アリサはジト目を向ける。

「ゆっくりしましょうって言ってるそばから魔法の事考えてるじゃない」
「いや、なんつーか、お前ら見てるともっと頑張らんと追いつけないと思ってな」

 実際、なのは、アリサ、すずかの成長速度は、魔法学校を優秀な成績で飛び級卒業をしたユーノをして目を見張るものがあるらしい。
 なのはの射撃・砲撃魔法の威力は、管理局員と比べても見劣りしない。むしろ平均を大きく上回るほどの力を既に持ち始めている。
 アリサはミッドチルダ式魔法とクロウカードを併用した特殊な魔法をくみ上げる応用力を身につけ、すずかはクロウカードの力をより深く引き出せるようになっていっている。その二人が協力して編み出したのが『影縫い』だ。
 ニードルバレットというミッドチルダ式射撃魔法に、シャドウロックのクロウカードの効果を併せる。言うは易し行うは難しとは昔の人もよく言ったもので、それを実現するための術式は、長い魔法の歴史を知るケルベロスやスピネルをして唸らせるような複雑怪奇な代物だった。

「対して俺の長所は速く飛ぶ事だけ。まあ、速く飛べるってことに意義があることは一応理解してるけど、それでも貢献度は低いんじゃないか? 禁書の能力もあるにはあるけど、手札は少ないし基本一回使いきりで使いどころが難しいし、その使いどころを見極められるほど頭良くな――」
「ごちゃごちゃうっさいわねっ!」
「自分を卑下しちゃだめ」
「ぃだだだだだっ!?」

 右腕はアリサにぞうきんのように絞られ、左は手の甲を思いっきりすずかに抓られる。

「何すんだよっ!?」
「私、卑屈な奴ってだいっきらいなの。この言葉をアンタが嘘にしないでよ?」
「そんな弱気な翔太くん、私見たくないよ?」
「お、おぅ」

翔太としては軽い愚痴のつもりだったが、思った以上に本気で怒られることに少し動揺する。

「いつもはもっとふてぶてしいくらいなのにホント今日はどうしたのよ」
「いや、そんなつもりはないんだが……」

 いつもは酔わないのに車に酔い、いつもは言わない弱音を吐く。本人に自覚がないだけで、本当にどこか悪いらしいとアリサとすずかは小さく頷き合った。

「とにかく今日はゆっくり休もう?」
「ほら、なのは! そろそろもどるわよ」
「はーい!」





 それからまっすぐ旅館に戻ったアリサ達。
 部屋割は士郎、桃子、なのは、アリサ、すずか、翔太の保護者&子供組。忍、恭也の恋人組。美由希、ノエル、ファリンの女性組の事前に決めていた三組に分かれた。それぞれが部屋に荷物を置いて自由な行動に移る。

 翔太は女風呂に連れ去られそうだったユーノを回収し、士郎とともに露天風呂に足を踏み入れる。

「おー、広い露天風呂だな」
「そうですね」
「きゅー」

 士郎の言葉に同意しつつ、翔太の視線は士郎の身体に向けられていた。ただの喫茶店のマスターではありえないほどに鍛えられた体であるが、翔太が気にしたのはそこではない。

「ん? あはは、ちょっと怖がらせちゃったかな?」
「あ、いえ、そんなことはないです」

 士郎の全身には無数の傷跡が刻まれていた。火傷跡、手術痕、刀傷、銃創。普通の子供なら、引くか「かっけー!」と憧れるかのどちらかである。翔太はどちらかと言えば後者寄りで「傷跡は男の勲章」とか考えているので忌避感を抱く事はなかった。

「でも喫茶店のマスターが負うような傷じゃないですよね」
「人に歴史あり、さ。昔は要人警護をやっていてね。色々荒事に関わっていたんだよ」
「SPですか。それがなんでまた喫茶店のマスターに落ち着いたんですか」
「今の僕にとって家族が一番の要人だから、かな」
「なるほど。実は昔とやることはたいして変わっていないと」
「ははは。そうとも言えるね」

 そんな会話を続けながら、軽く体を洗って温泉に浸かる。
 ユーノは直接つけるのは他のお客に迷惑がかかるかもしれないので、桶にお湯をいれてその中でくつろいでもらっている。先客には翔太と同じくらいの金髪の子と、距離感の近さから父親と思しき大人の二人がいた。髪色が違うのでおそらくハーフかなにかだろうと翔太は思った。

「はふ~」
「きゅ~」
「いい湯だね」

 肩まで浸かり、二人と一匹が思わず声を漏らす。隣の女湯からはわいわいきゃーきゃーという声が聞こえてくるが、男湯は露天の景色を眺めながら静かに温泉を楽しんでいた。



「ところで翔太くん」
「ふぁい?」

 いい感じに気持ち良くなっていた所で士郎が翔太に話しかける。

「最近危ない事してないかい?」
「ぶふっ!?」
「うきゅっ!?」

 全くの不意打ちに翔太とユーノは思わず噴き出す。慌てて「どうしようっ!?」と翔太とユーノは顔を見合わせる。

「ああ、いや別に話を聞き出そうってわけじゃないんだ」
「?」

 慌てる翔太たちを落ち着かせるように、士郎が言葉を続けた。

「ただちょっと翔太の事が心配でね」
「俺ですか? なのはじゃなくて?」
「もちろんなのはのことも心配だけど」

 そういって一旦言葉を区切る。

「翔太にはなんとなく危うさを感じてね」
「危うさ?」
「源泉は罪悪感、かな? なにか気負い過ぎている気がするよ」
「…………」

 士郎はふっと目を閉じて昔を思い出すように語り始めた。

「"誰かを護る"ってことはどういうことだと思う?」
「"護る"ですか? その人に怪我をさせないようにするとか」
「そうだね。そういう風に護るのが大前提にあるかもしれない。でもそのために、もし誰かが傷ついたら護られる側の人はどう思うかな?」
「……厚顔不遜に"当たり前だ"っていう人もいそうですけど」
「はは、そうかもしれない。でも、今翔太が"護りたい"って思っている人だったら、どうかな?」

 翔太は少女達の顔を思い浮かべた。

「……なんか泣きながら怒られる様が浮かびますね」
「だろう?」

 そのまま数秒の沈黙が翔太と士郎の間に流れる。

「個人的な意見だけど"誰かを護る"ってことは、体だけじゃなく心も護るべきだとおもうんだよ」
「心?」
「そう。護られる側が傷つくような護り方をしちゃいけない」
「…………」
「もちろんそう思っていても簡単にはできないけどね」
「……というか、素直に守られてくれるような奴がいないんですけどね」
「ははは、それはまた難易度が高いね」

 すずかとお互いの想いをぶつけあって納得したと言っても、やはりどこか気負っていた事は否めない。士郎はその事に気付き、翔太を思って助言をしたのだった。

「でも大切なことですよね。心に留めておきます」
「ああ、そうしてくれ」

 結局それから温泉を上がるまで、士郎が翔太達に何をしているのか追求することはなかった。






「士郎さん、結局最後まで聞いてこなかったね」
「あれでいて放任主義じゃないんだよな。なのはのこと信じてるってことなんだろうな」

 士郎と別れ、肩にユーノを乗せたまま翔太は旅館の廊下を歩く。
 温泉からあがったら遊戯スペースに集合するようにアリサに言われていたのを思い出し、そちらに向かっていた。

「あ、翔太くん」
「忍さん、恭也さん」

 前方から少し急いだ感じの二人に遭遇する。

「よかった、探していたんだ」
「何かあったんですか?」
「んー、これから何かあるか持って話なんだけど。さっきね、ここで見覚えのある女の人とすれ違ったの」
「女の人?」
「多分、アルフっていう人…って、人じゃなくて使い魔だっけ? とにかく、獣耳までは見えなかったけど、間違いないと思うわ」
「「!?」」

 予想外の名前に翔太とユーノが驚いて顔を見合わせる。

「何もなかったんですか?」
「人質の交換を持ちかけて家に来たときは、私達は下の森にいたから気付いていなかったんだと思うわ」
「俺と目があっても特に気にした風には見えなかったからな」
「あ、なるほど」

 翔太の身柄を交換を持ちかけた際、アルフとフェイトは月村家敷地内の上空にいた。二人の意識は対峙するすずか、なのはに向けられていて、地上の忍達にはそもそも気付いていなかったということだ。

「それにしても何の用事でこんなところに」
「やっぱりジュエルシード関係かな?」

 忍の問いは、魔法に関して一番感知能力があるユーノに向けられる。

「確かに街に比べて魔力が濃いところだと思っていましたけど、こういう自然が多いところはだいたいそうなんで気にしていませんでした…… 探索魔法をかけてみます」

 ユーノがそうつぶやくと同時に、三人分の足音が翔太達に近づいてきた。

「あ! 探したわよ翔太!」
「アリサ、悪いけど緊急事態。近くにアルフがいるらしい。もしかしたらジュエルシードがあるかもしれない」
「そっちも? 私たちもちょっと気になる話を聞いたのよ」

 女湯の温泉の中にアリサ達と同じくらいの女の子が二人いて、その子たちが噂をしていたらしい。
 曰く、見る人によって全然別の幽霊が出来る泉がこの近くにあるそうな。一人は物凄い乗り気で、もう一人はすごく怖がっていたとこの事。
 最初はよくある噂と気にも留めなかったが、なんとなく気になって先ほどまで旅館の人に聞いて回ってみた結果、実際にそれを目撃したと言う仲居達に話を聞き、その内容からクロウカードやジュエルシードの仕業ではないかと思ったらしい。

「とにかくその泉とやらに向かおう」
「うん! なるべく急ごう」
「噂してた子たちがそこに行ってるかもしれないし、騒ぎになる前に封印しないと」
「気をつけるのよ!」
「了解です!」
「はい!」
「うん!」

 忍の言葉を背に受けながら翔太達は揃って駆け出した。


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