「跳以降、ジュエルシードもクロウカードもみつかんねーな」
あれから数日。金曜日の放課後に、なのはの両親がやっている人気の喫茶店、翠屋にていつものメンバーと卓を囲む。ユーノがいるのでオープンテラスだ。放課後に寄り道禁止とか厳しく言わず、生徒の自主性を重んじるのが聖祥大付属のいいところなのかもしれない。
「どこ探してもなんの反応もないわねー」
「事件が起きないのは良い事だけど、何もなさすぎると逆に疲れるよね」
卓に身体を投げ出してぶー垂れるアリサを宥めるようにすずかが言う。
『気ぃ張り過ぎるとこっから先もたんで』
「だから勝手に喋るなって言ってるでしょー」
いつものツッコミにも冴えがない。
「でもその間にユーノくんの怪我も直ったし、翔太くんの小説も頁の欠落はなくなったよね」
そう。何もない時間があったからこそ、この間使ってしまった頁も書き直して補充することが出来た。ついでにユーノやケロちゃん達にも読んでもらって、以前よりわずかにパワーアップもしてる。
さらに二巻目も書き進めてる。まだ全体の五分の一くらいだが、内容は全部頭の中だし数日中には何とかなりそうだ。書くだけ書いても読んでもらわないといけないからそこのところ不便だけど。
翔太の小説のことだけでなく、ユーノにいろいろ教えてもらって簡単な防御魔法や封印魔法は皆が覚えた。アリサとすずかは太陽の杖と月の杖というデバイスの補助があるから結構簡単に習得できたが、翔太はそういうのがないから毎度毎度しっかり詠唱しないとだめで、時間がかかるから多分使う機会はないだろうと言われている。
ちなみにケロちゃん達のことをデバイスと言ったが、彼らが創られた時代にはそもそも"デバイス"という概念自体が存在せず、本来はクロウカードを封印もしくは使用するためだけの端末だったらしい。でも長い年月を経て彼ら自身も成長し、クロウカード以外の魔法体系も使えるようになったのだと自慢げにケロちゃんが語っていた。
ユーノがアリサたちに教えたミッドチルダ式という魔法は、ここ百年に整えられたものだそうだけど、その源流となった魔法に過去目覚めたときに触れていたらしく、問題なく扱うことができるそうだ。
「ご注文の品をお持ちしました。と、なんだかみんなお疲れのようだね」
「あ、士郎さん」
なのはの父親であり、この翠屋のマスターであり、そして翔太にとっては翠屋JFCの監督でもある高町士郎さんが、みんなの注文したケーキセットをテーブルに並べていく。
実は翔太はなのはとの付き合いより士郎さんとの付き合いの方が長い。
普通小学校低学年くらいの男子は、後先考えずにその場その場の全力で動き回るのが常だが、転生前の記憶がある翔太はどうしても体力の温存とか考えて行動してしまう。そういう子供らしくない動きを運動会でしていたのが士郎さんの目にとまり、なのはと親しくなる以前に「うちのチームに入らないかい?」とスカウトされたのだった。サッカーのことはよくわからなかったけど、"スカウト"というものに感動して二つ返事で了承して今に至るというわけだ。
「うちの店長が作ったおいしいケーキを食べて、元気になってほしいな。特にうちのエースの翔太にはね。来週の試合、期待してるよ」
そう言って翔太の肩をたたく。
「いや、小三のチビをスタメンにして、しかもポジションはMFとか、いろいろ考え直す必要があると思うんですけど」
「君なら大丈夫だよ。それじゃごゆっくり」
なんでそんなに信用があるんだかわからないが、笑顔で去っていく士郎さん。いや、いくら大人的思考が出来るとはいっても、フィジカル面じゃどうにもならないと思うんだけど。文句言ってても始まらないし、やるだけはやるけどさ、と呟く翔太だった。
「スタメンって、アンタいつの間にレギュラーになったの?」
「いやいや、練習試合用のお試しメンバーだよ。さすがに公式大会じゃ使わない編成だって。六年生に俺よりずっとうまい先輩がいるしな。多分だけど次世代構想でもしてるんじゃないか?」
それにしたって1,2年早いと思うけど。
「ふーん、まあいいわ。それよりこっちのことよ。ホント、どうしたら見つかるのかしら」
アリサの言葉に、そろって首をひねって考え込み苦い顔をする。それでもケーキを食べるとみんなの頬もゆるむ。
『時には息抜きも必要だから、明日は休みにして遊びに行くのも良いんじゃないかな』
さすがに周囲に人がいる状況で喋るわけにはいかないので、魔法が使える者たちにだけ届く念話をつかって会話をするユーノ。スピネルも、もちろんケロちゃんも念話を使うことができるが、ケロちゃんの方は何故か普通に喋ってアリサに折檻されるということを繰り返してる。
もしかしたらMなのかもしれない。
「息抜きか~。急にそんなこと言われても思いつかないよ~」
「んー?どうしたのみんな、元気ないね」
なのはの呟きが気になったのか、隣の席の老夫婦にコーヒーのお代わりを注いでいた女性店員がこちらに声をかけてくる。高町美由希。なのはのお姉さんにして、ここ翠屋の看板ウェイトレスなのだそうだ。ちなみに自称である。本当の看板娘はすずかのお姉さんである忍さんだというのが常連の見解だったりする。
「探し物が見つからなくて困っているんですけど、考えてばかりも仕方がないから息抜きをしようって話になったんです。でも今度はどうやって息抜きをしようって話になって…」
読書仲間ということで、なのはを除いたら一番美由希さんと親しいすずかが状況を説明する。
「うーん、息抜きできる場所ねー。あ、そうだ。それじゃこの間新装オープンした温水プール施設に行かない?私割引チケットもらったのは良いんだけど、一人で行くのもアレだからずっと使ってなかったんだ」
「高町美由紀、私立風芽丘学園に通う花の女子高生。…………彼氏なし」
ズガンっ!
「何か言った?翔太クン?」
「ナンデモアリマセン」
テーブルに小太刀が刺さってるとかそれはきっと目の錯覚だ。
「みんなの予定が空いてるんだったら明日とかどうかな。きっといいリフレッシュになると思うよ」
「どうしよう?」
「楽しそうだし行ってみたい」
「じゃあそうしましょう。美由希さん、お願いします!」
「おっけい!」
アリサが元気良く返事をして、明日の予定が決まった。
明けて翌日。私立だから土曜日も授業があるけどそれも午前まで。
美由希だけだと大変だろうと、月村家のメイドであるノエルが保護者役として名乗りを上げ、なおかつ学校までお出迎え。現在はノエルの運転する車で温水プールまで移動中だ。
「そういやアリサってあんまり泳げないんじゃなかったっけ?」
「うっ。い、いいもん。うきわ持ってきたし」
「よろしければ泳ぎ方をお教えしましょうか?」
「ほんと!?じゃあお願いしていい?」
「あ、私もちょっと自信ないのでお願いしても良いですか?」
「はい。任されました」
「すずかは俺と競争しよーぜ」
「いいよ。ふふ、負けないからね?」
そんなこんなで向こうでの予定も決まり、車は一路温水プールへ。
入口でユーノを引き連れた美由希と合流。ユーノは男の子と言うことで、更衣室に入る前に翔太が受け取る。動物連れてきていいプールというのも珍しいな。
翔太は着替えをちゃちゃっと終わらせて、消毒したあとプールサイドに足を踏み入れる。
「うわー、宣伝してるのはみたけど、こんなに広いのか」
『この世界のレジャー施設も次元世界と同じくらい立派なんだね』
流れるプールにスライダーに波のプール。子供の練習用に浅いものもあれば、競技用にも使えるような深いプールに飛び込み台もある。ビーチバレー用のネットがあるスペースもあるし、休憩用のベンチも多数置いてある。そして安全を守るための監視員もいっぱいいる。
「……て、恭也さん?」
「おや、翔太じゃないか。それとユーノも。やっぱり男の子は着替えが早いな」
「はい」
「きゅっ」
更衣室からの出入口からすぐ近くの位置にある普通のプール。そのプールサイドに備え付けてある監視用の椅子の上に知り合いが座っていた。
ブーメランタイプのパンツと、監視員を示す目立つオレンジのキャップ。それに首からトランシーバーを下げたイケメン、高町恭也がそこにいた。翔太が彼と知り合った経緯はなのはのお兄さんだから、というわけではなく、翠屋JFCの手伝いをしてくれていた時に親しくなっていた。
「ここでバイトしてたんですね」
「美由希やなのはから聞いていなかったのかい?ここの割引チケットを美由希に渡したのは俺だよ」
「そうなんですか」
「あと、女の子達が来たらとりあえず水着を褒めておいた方がいい」
「心得てますって」
椅子の上からこちらを見下ろす形になっている恭也と、そんな取り留めのない事を話しているうちに、後ろの方からぺたぺたと複数の足音が聞こえてきた。
「おまたせー!」
「お嬢様方が来たみたいだぞ」
恭也が示す方向に振り返る。そこにはそれぞれ個性ある水着を着たアリサ達の姿があった。
「今年の水着を初お披露目よ!どう?セクシー?」
アリサはビキニとは言わないまでも、おへそが出ているセパレートタイプの水着だ。色は赤で、フリルもついている。
すずかは体育の時と同じく髪をポニーテールにして、白い競泳用スクール水着を着ている。所謂白スクである。
なのははピンクのワンピースタイプで、胸元の小さなリボンがアクセントになっている。
胸元にはそれぞれの相棒がきらりと光っていた。
「うん。似合ってていいんじゃないか?皆可愛いぞ」
「きゅきゅ」
ひとりひとりしっかりと見て、言葉を余計に飾り立てたりせず思ったままを言う翔太。別に恭也さんに言われたからとかじゃなく、ちゃんと心からそう思ってる。
ちなみにユーノは、実は念話で褒めていた……とかはなく、フェレット語(?)でお茶を濁していた。
「えへへ」
「ありがとう」
「ほ、褒め言葉としては及第点だけど、今日はそれで許してあげるわ!」
なのはとすずかは少し照れくさげに微笑み、アリサはそっぽを向いて頬を赤く染めていた。
「自分で聞いといて照れんなよ」
「て、照れてないわよ!」
実はアリサ、他のクラスメイトとくらべて、ほんのちょっぴりだけ翔太のことを意識していたので褒めらると少しだけくすぐったかった。
なのはは性別のことなどそもそも頭になく、すずかの場合は一応男子であるとは思っているが、全く意識しているそぶりを見せていない。
翔太は前世が大人だったので子供には興味がない。ただ、数年後はどうなるかわからないとも思っている。
ちなみに美由希はスポーティーな黒の水着、ノエルは白のビキニの胸元に水色のリボンが付いている。こちらを褒めるのは恭也さんの担当なので、翔太は特に何も言わなかった。
「さて、せっかく来たんだし全力で遊ぶか」
水着お披露目も終わったので、プールの方に視線を移しながら翔太が宣言する。
「アリサお嬢様、なのはお嬢様、練習用の浅いプールがあちらにありますので行ってみましょう」
「はーい!」
「宜しくお願いします。ノエルさん」
ノエルが、アリサとなのはを引き連れて移動していった。ちなみにユーノはなのはの方について行く。
「じゃ、こっちはあそこの深い方のプールで競争を…とその前に柔軟しとくか」
「そうだね。私たちの身長だと足が付かないからしっかりやっておこう」
その場で柔軟体操を始める翔太とすずかの横で、恭也さんが美由希さんに話しかけていた。
「そうだ美由希、荷物を置くときはそれとなく周りに注意しておくようにな」
「うん、そのつもりだけど…。どうかしたの?」
「最近水着や着替えの盗難が多発しているんだ。つい先週も、ロッカー荒らしをしている変質者を捕まえたばかりなんだがな」
「りょーか~い、頭に入れとく」
「よろしくな」
そう言って本来の監視の仕事に戻る恭也。
「変な奴も、ん、いるもんだな、ん~」
「そうだね、っと」
開脚した状態ですずかに背中を押してもらいながら身体を折る。さすがに地面にぺたっとつかないものの、それに近いところまでは行くことが出来た。
「ん~~、よしっと、交代。次すずかな」
「うんお願い」
今度は翔太が押す方に回る。すずかの華奢な肩に触れてゆっくり押し倒していくが、特に抵抗もなく、ぺたっと上半身がプールサイドのタイルに付いた。
「わー、すずかちゃん身体やわらかーい」
「昔から体が柔らかくて」
体勢を戻しながら、照れ気味に言うすずか。
「そうそう、二人とも競争するんでしょ?私も混ぜて~」
「えー、小学生に挑むとか大人げなーい」
「ハンデはつけるから。ね?ね?いいでしょ?」
「私はいいですよ。翔太くんも人数多い方が面白いよね?」
「ま、そうだな。それじゃ、美由希さんも一緒に競争しましょう」
「うん!」
そうしてプールでの楽しい時間は始まるのだった。
「ぷあっ!」
「んっは!」
美由希とすずか。ほぼ同時に競泳用プールの端にタッチして、水面から顔をだした。
「はぁ、はぁ、はぁ……ど、どっちが、勝ち?」
「えっと、わ、わかりません」
顔を見合わせて首を傾げあっていた。遅れて平泳ぎで到着した翔太に、ふたりして視線を向けてくるが、後ろからじゃわからなかったので何も言わずに首を振ることしかできなかった。
美由希とすずかがクロールなのに、何故翔太が平泳ぎなのかと言えば、二人があまりにも早すぎて、途中からレースを放棄したからだ。あんなのと張り合えるかっ! とは翔太の言である。
「タッチの差で美由希の勝ちだ」
「えっ、マジ!?やったぁ!!」
「あはは、負けちゃった……」
監視椅子から見ていたのか、恭也がジャッジをくだしていた。全力で喜ぶ美由希と、ちょっと本気でへこんでるすずか。年上として実に大人げないぞー美由希だった。
「リベンジお願いします!」
「よーし、何回だって受けて立つよー!」
珍しくすずかが燃えていた。本当にタッチの差だし、悔しいのは仕方ない。
それを快く了承する美由希。
「なら俺が審判するわ。つーか次元が違いすぎてついていけん…」
その後、すずかのリベンジマッチは毎回僅差で美由希が勝利し、回を重ねるごとにギャラリーが増えていった。最終的には先に体力の限界を迎えた美由希が途中で足をつり、恭也に助け出されてことなきを得る、という形で終了。
最後は試合続行不可能と言う形で終わったせいで、すずかとしてはたいへん消化不良だったようで、「次は絶対勝ちます!」とリベンジに燃えていた。
「あーうー、疲れたー」
「そりゃあんだけ泳いだら当然でしょう。はいお茶。すずかも」
「ありがとう」
ビーチチェアにもたれてへたってる二人に温かい飲み物を渡す翔太。しょっぱなから飛ばし過ぎだ。足をつった美由希もそうだが、すずかの方も結構疲れているようだ。
『翔太、すずか聞こえる?』
そんなとき、翔太とすずかにユーノから念話が聞こえてきた。
『ユーノくん?』
『どうした?』
『うっすらとだけど魔力の気配がするんだ。ケロちゃんがクロウカードじゃないって言うからジュエルシードだと思うんだけど、少し調べてみた方がいいと思う』
『マジで?俺には感じ取れないけど…… とりあえず了解。一旦合流しよう。俺がそっち向かうわ』
『うん、待ってるね』
ユーノとの念話を終えて、アリサ達のいる浅いプールに足を向ける翔太。だがふと思いついて振り返る。
「あ…」
「もう少し休んでおけって」
起き上がろうとしたすずかを手で制し、もう一度ビーチチェアに座らせる。体力を消耗しているせいか、翔太が軽く押すだけですとんと腰を下ろすことになった。
「でも…」
「いいから任せろって。必要な場面になったらちゃんと呼ぶから、今は体力温存しろ」
『マスター、この少年の言うとおり今は休んでおいたほうが良いです。クロウカードでないなら私たちでなくても問題はないでしょう』
バスタオルを取り出してすずかの肩にかける。
普段あまり喋らないスピネルも口に出してすずかを止める。ずっと水の中にいたせいで随分体温を消耗しているのは間違いない。
「ジュエルシードなら俺たちで何とかしておくから、それまでは大人しくしとけ。終わったらまた遊ぼうぜ」
「ん…、ごめんね」
「気にすんな。じゃ、行ってくるわ」
申し訳なさげなすずかを残して、翔太はアリサ達と合流するために駆け出した。
ほどなくしてアリサ達と合流した翔太は、すずかがいない理由を説明し、ノエルに「こっちは大丈夫だからすずかの所へ行ってください」と、魔法のことを知らない人を体よく遠ざけるのに成功する。
「手際いいわね」
「美由希さんもへばってるからもう一人大人がいた方が良いのは本当だしな」
「そうだね」
ところで、となのはの肩に乗っていたユーノに水を向ける。
「ジュエルシードの気配…なのかな? これ? 確かに変な魔力の残滓は感じるけど」
ここに来るまでの間に意識して周囲を探ってみたが、僅かな違和感は感じるものの、今まで感じたジュエルシードの気配とはなんとなく重ならない気がした。
「うん、間違いないと思うよ。これでも考古学者のはしくれだからね。索敵には自信があるんだ」
あくまで個人レベルだけど、と最後に謙遜を付け加えたものの、珍しく自信ありげだった。
「そういえばジュエルシードやクロウカードを発掘した時の責任者だって言ってたよね」
「こないだ聞いたけど、俺らと同い年なんだよな?それで責任者って随分就業年齢が低いんだな、次元世界って」
「日本じゃ考えられないわ。あんたって案外すごかったのね」
『わいは全然気ぃつかんのに、あんさんすごいなー』
地球人三人+αがそろってユーノを褒める。
「え、いやそんなことは…。この世界で例えるなら、高等学校を卒業して就職するぐらい…ってほど一般的じゃないか。そうだね……中卒で就職するのと高卒で就職する、その間くらいの珍しさってレベルだから」
「なるほど、日本的に言うならユーノは高校中退して就職ってことか」
「そうそうそんな感じ……って、なんかそれ印象悪いよ!?」
「ユーノくん、ちゃんと卒業しないとダメだよ?」
「飛び級とはいえちゃんと魔法学校を卒業したよ!?」
「声がでかい!」
アリサもな。
『で、ジュエルシードなんだけど、これは発動させた願いの中に"見つかりたくない"って思いがあるせいで、気配が読みにくいんじゃないかと思う。翔太がここに来るまでの間、周囲に探知魔法を走らせたけど、"痕跡がある"ことはわかっても位置がさっぱり読めないんだ』
念話に移行して会話を続ける。
『楽しむためのレジャー施設でそんな思いを抱くってどういうことよ』
『それは僕にもわからないけど…』
『明るい感じはせぇへんな』
『…………あー、もしかしてってのならある』
先ほどの恭也と美由希の会話を翔太は思い出した。
『なによ。心当たりがあるなら言ってみなさい』
『いやさ、ちょっと前にロッカーを漁る変質者が捕まったらしくて。でもその後も水着や着替えがなくなるのが続いてるとか』
『えっと、泥棒さんってこと?』
『……ただの泥棒の方がまだましでしょうね』
『どこの世界にもおるんやなぁ』
アリサは気付いたか。"ロッカーを漁る"だけならそれは泥棒なり窃盗犯と呼ばれ、"変質者"とは普通呼ばない。漁って盗んだものが"変質的"な趣味を示すものだったからこそそう呼ばれるのだ。
『どういうこと?』
『分からんのなら気にせんほうがええで?なのは嬢ちゃん』
『でも、これでその願いを受けたジュエルシードが潜んでいそうな場所はある程度見当がつくわね』
『だな』
翔太が入れない方の更衣室とかトイレとか。捜索は女子任せになりそう。
『え?え?』
『なのは、お前はずっとそのままでいてくれ』
『うんうん』
『???』
『あ、あはは』
ともあれ方針は決まった。まずは第一候補の更衣室に向かうことにした。と言っても翔太とユーノは入れないので別行動。ついでに男子更衣室の中から、いざというときのために持ってきていた小説をもってくる。もちろん濡れないようにビニールの入れ物の中だ。
待つこと数分。しばらくして怒りで顔を赤くしてるアリサと、アリサほどではないけどなんとういうか、こう"ぷんぷん"って感じの顔したなのはが更衣室からでてきた。
なのはは義憤だろうけど、アリサは女の敵に対する怒りが滲み出てる。
「なんかあったのか?」
「何人か着替えを盗まれた人がいたみたいなのよ! 許せないわ!」
「中でちょっと騒ぎになってて…。それに魔力の残滓を感じたからきっと間違いないよ」
『わいも感じたで』
やっぱりアリサたちの予想は間違っていなかった。ここはハズレみたいだけど探す方向性は間違ってないことがわかっただけ収穫だ。
「さ、次は施設内のトイレを探してみましょう! 変態ジュエルシードなんて、私がふんづかまえてやるわ!」
「おー!」
「気合い十分なのはいいが気をつけろよ。場所が場所だけに俺は入れんからな」
「乙女の敵はぶっつぶす!」
「おぉー!」
「聞いてないな……」
『わいも注意しとくさかい』
とにかく捜索を続けるアリサたち。結構広い施設なので、トイレの数も結構ある。
男の翔太は入れないので暇かと思いきや、行く先々のトイレで、ついさっき脱いだばかりの水着が消えて困っている少女達をアリサが発見するので、身体を隠すためのバスタオルやら保護者を呼んだりやら、駆けずり回ってばかりだった。
「…………そうだよな、水着一枚脱いだら全裸だよな」
「よけいな妄想するな!てか見るな!」
「アウチっ!?」
バスタオルに身を包み、真っ赤な顔で母親と走り去る女の子を目で追いながら、ぼそっと呟いてたら翔太は思いっきり背中を叩かれた。……真っ赤なもみじが咲いてそうだ。
見る間に増えていく被害者を目にしている所為でアリサの怒りのボルテージがぐんぐん上昇しているのがわかる。髪が逆立ってきているのは気のせいだろうか?あまりの怒りっぷりになのはなど逆に引いてる。
そんなこんなでラスト一か所。奥まった場所にあるせいであまり人気のないトイレから、今までに比べるとわずかに濃い魔力が感じられた。
「……ここね。いくわよなのは」
「そ、そうだね」
小さな閻魔様が御降臨していた。ずんずんと肩を怒らせて中に入っていくのを見守る。気負い過ぎは危ないと忠告するが、全く耳に入ってないみたいだ。
ほどなくアリサから念話が来る。
『間違いない。ここにいるわ。翔太、人払いのルーンをおねが、て、きゃ、きゃーーーーーーーー!?」
「アリサっ!?」
最後の方は念話じゃなくて普通に悲鳴が聞こえてきた。素早く人払いの刻印を使ってから女子トイレに飛び込む翔太。そこには――
「なになに!?なんなのこれぇー!?」
「ひゃわぁっ!?な、なかにはいってくるよー!?」
「おぉうっ!?」
「わわっ!?これは見てはいけない光景なのでわ!?」
水の怪物につかまってもみくちゃにされている美少女達の姿が! 水着の中を水の触手がのたうつ光景が広がっていた。
「み、みるなー!てゆーかみてないでたすけろーー!」
『た、助けてぇなー!?』
あまりの光景に放心していた翔太が、はっ!? と正気を取り戻す。アリサが首にさげてたはずの太陽の鍵もいつの間にか外れてて、声だけがむなしく響いている。
「御坂…は一緒に痺れるからダメ、ステイル…も一緒に焼きそうだから無理、えーとえーと!」
「落ち着いて翔太っ!?」
「え?きゃあ~~~~~!?」
「れ、れいじんぐはぁと!」
翔太が小説を手にもたついている間に、アリサがこちらに向かって投げ飛ばされるのが視界の端に映る。なのはの方は、外されなかった胸元の相棒をぎゅっと握るのが見えた。
「やべ、アリサ!」
「きゃうっ」
とっさに飛びついて抱きとめる……が、勢いのまま壁に背中を叩きつける。その衝撃に一瞬息がつまり、痛みを堪えるために目をグッと閉じる翔太。
「せぇっとあっぷ!」
「Yes,My Master」
「ナイス!なのは!」
閉じた瞼の上から桜色の光を感じ、翔太はなのはもなんとか奴の手から逃れたことを悟った。それにすこしほっとしながらゆっくりと目を開いて
「痛つつ、おいアリサ、怪我はな――」
一瞬の硬直
『……礼装召喚:"歩く教会"』
半ば投げやりな口調で頁を手に呟いた。その手の頁が消えて、代わりに召喚された白い修道服(安全ピン付き)がアリサの身を包んだ。
「あいたたた、翔太、ないすきゃっ……ち? あれ?」
「……まあ、深く考えるな」
アリサは身体を見下ろしてしきりに首をかしげる。なんでこんな服を着てるのかしら? と。
………………
そして数秒後。表情がピキリと固まり、胸の布を掴んで、そーっと胸元を覗き込む。
シミ一つない白い肌が見えた。…………ただし、着ていたはずの赤い水着は影も形もない。
「―――――――ぇっぁ!!?」
直前に何が起こったか瞬時に理解したアリサは、声にならない悲鳴を上げて、「ボンッ」と効果音が鳴るくらいに一気に紅潮する。
左手で身体を抱き、涙目で口をぱくぱくとさせながら、もう一方の手をぷるぷると震わせながら翔太を何度も指差す。
「っ、っっ! っぃ! っみ、みみみみ、み、み……!」
翔太は頭をかきながら、目線を逸らす。
「見たわねぇぇぇぇーーーーーっ!!!!?」
大音量で絶叫が響き渡った。
「あ、アリサちゃん……?」
「え、何が起きたの?」
ジュエルシードの方に注意を向けていたせいで、背後で起こった事に気付いていなかったなのは達はその声に驚いて振り向いた。
「あーー…… 気にするな。こっちの話。そっちはジュエルシードよろしく」
「あ、あああ、アンタはちょっとくらい気にしないさいよーー!」
手をひらひらと振りながら苦笑いを浮かべる翔太と涙目で抗議するアリサ。
今まで見た事がないくらい顔が真っ赤なアリサの様子に釈然としないながら、なのはとユーノはジュエルシードに向き直る。
「えっと、どうしよう、ユーノくん?」
「と、とにかくジュエルシードを封印しよう。なのはの変身に驚いてる今のうちに」
「そ、そうだね。レイジングハート、お願い」
『All right, sealing mode set up。stand by ready』
「リリカルマジカル!ジュエルシード、シリアル17、封印!」
水の怪物が桜色の光にのまれて集束していき、菱形の宝石がレイジングハートに吸い込まれる。
「なんだかいっぱい水着が…… あれ? どんどん消えてる?」
「きっと魔法が解けて元の場所に戻ってるんだよ」
「それじゃ、解決……でいいのかな?」
「うーん、知らない間になにか問題が起きてたみたいだけど……」
「……だよね」
ユーノとなのはの視線の先に、涙目のアリサを宥める翔太の姿があった。
「うーーっ!うーーっ!う゛ーーーっっ!!」
「悪かったって。ホント一瞬。一瞬しか見てないから」
「一瞬でも見たら有罪よぉ!」
「でもほら、まだ恥ずかしがるような歳じゃないだろ。起伏もないし」
「っ、だまれぇぇぇっ!!」
「ぐほっ!?」
蹴り一発入りました。一言余計である。
「ていうかなんでアンタそんなに冷静なのよ!」
「いつつ…… いや、だってほら、うち姉ちゃん多いし」
「なによ! 女の裸なんて見慣れてるっていうの!?」
「……だって抵抗しても風呂に連行されるんだもん」
「この変態!!」
「わかったから、変態でいいから落ち着いてくれって」
「むきーっ!」
まだまだ続きそうである。
「…………そっとしておこう」
「……うん」
アリサが羞恥心と怒りに折り合いをつけて翔太を解放したのは、それから数十分後のことだった。