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[36258] 【恋姫†無双】恋姫†演義【更新停止】
Name: おまる◆ad66ea75 ID:56f339a7
Date: 2013/01/09 22:07
※はじめに

初めまして。拙作に興味を御持ち頂き有り難うございます。
本作は恋姫†無双の二次創作となっており、原作主人公の北郷一刀が司馬懿仲達として転生することから始まっております。
「小説家になろう」様にも同時投稿させて頂いております。
本作品をお読みになる前に、いくつかの注意事項を挙げさせて頂きます。



1 一刀君ほぼオリキャラ化

本作の一刀君は、原作の面影がほぼありません。
オリ主ものと見てもらって構いません。
何故一刀君にしたのかは、理由が大きく分けて二つ。

・オリ主を出すと原作一刀君の扱いに困るから。
・外史設定を用いたラストシーンの描写のため

原作主人公が好き!という方には受け入れ難いキャラだと思います。
その場合は不快になるだけだと思いますので読まれない方がいいと思われます。



2 独自の歴史考察・描写

本作は随所に歴史考察が入ります。
作者の三国志知識を元にしていますが、独自の考察の範囲もあります。
更に、史実と原作の辻褄合わせのため多数の捏造設定が入ります。
まぁこの作品ではこれはそんなもんなんだ、と大らかな気持ちで読んで頂けると助かります。
その辺り許容出来ない方は、読まれるのはやめたほうが賢明かと。



3 "気"の弱体化とそれに伴う武将の弱体化

本作においては、"気"は大きく弱体化しており、具体的には「気を扱える女性は男性の身体能力を上回る」という程度です。
故に、文字通りの一騎当千を果たす武将はいませんし、ましてや呂布が三万の兵を単身で打ち破るようなこともありません。
その設定の影響で登場人物も原作とは違いが出ています。
性格の変更もあります。



4 コメディパート無し

原作はコメディパートが豊富な明るい作品でしたが、本作ではギャグやコメディはほとんどありません。
シリアス偏重な固いものになる予定です。



以上を読まれた方はわかると思いますが、恋姫の設定と名前を借りた別物になってしまっている感じです。
受け入れて下さる方は、拙い作品ではありますが是非お付き合い下さい。
そうでない方は、別に読むのを強要しませんので、お帰りをお願いします。

感想は、随時お待ちしております。
更新は週に1〜2度になる予定です。

それでは、宜しくお願いします。





※1/9の投稿を最後に更新停止致しました。以後、本掲示板で更新する事はありません。





[36258] 第一回 「亂世之英雄訪れ一刀立つ」-1
Name: おまる◆ad66ea75 ID:56f339a7
Date: 2013/01/09 05:12
漢朝は高祖が白蛇を斬って義兵を興し、もって天下統一をした事に始まる。
後に光武帝の中興があって、以来献帝まで伝わったが、ついに三国に分かれた。
その乱の源は桓帝と霊帝、二君の政策にあるといって相違あるまい。

桓帝は正義の士を弾圧し宦官を重用した。
宦官は、異民族の捕虜や献上奴隷、あるいは囚人が去勢され、皇帝や後宮に仕えるようになったのが始まりである。
しかし、宦官の特徴——性器を失い子を成すことが出来ず、ひいては権力を世襲できない、そのことが彼らの存在価値を高めた。
常に皇帝と密着した存在であり、皇帝と離れては存在できなかったことから、皇帝が権力を託すための存在として必要不可欠であったのである。
故に、宦官の中には皇帝やその寵妃等に重用され、権勢を誇る者も出て来るようになる。
そうなると自主的に去勢して宦官を志願する事例も出てくるようになった。
漢朝において官僚は特権階級となった。
庶民階級の者が文武問わず正規の官僚として高位へ登る道は、科挙を除くと事実上ないに等しい。
そのため宦官を志願する者は後を絶たなかった。

そうして宦官が権勢を深めていく中、桓帝が崩じた。
桓帝の後に即位した霊帝も、宦官を引き続き重用した。
この状況を危惧した大将軍陳武を始めとした志士達が、宦官達の排斥を謀ったが、これを看破され、逆に殺害された。
宦官の専横はここに極まった。

宦官の権力欲は、去勢されていない者に比べ遥かに強い。
性欲を捨て、一族を成すことすら捨てた彼らに残されたものは、現世での成功、それのみである。
次代に託すという考えのない彼らにとって、国の安定は重視するものの内には入っていなかった。
如何に競争に打ち勝つか。如何に権勢を誇るか。如何に自分の身を守るか。
それを優先事項として行動する彼らが中心となった政治が、腐敗していくのは自明の理であった。
雷雨や地震、津波といった天変地異がたて続けに起こり、民衆達は口々に噂した。

これは、宦官達が政に関わっている為だと。
徳のない彼らを天は許しはしないのだと。

そしてここに、高名な占い師管輅の予言が加わる。

「天より使わされし御使いが流星とともに地に降り立ち、乱れる世を太平へと導くだろう」

腐敗した政治に日々を侵され、救いを求める民衆達はこぞって予言を広めていった。















第一回 「亂世之英雄訪れ一刀立つ」















「そこに座れ。一刀」

「はい」


許しを得て、寂然と危座する一刀。
彼が静かに見据える先には、一人の壮年の男があった。
彼の名は司馬防建公。
北郷一刀——今は司馬懿仲達と呼ばれる——彼の、父であった。
父は彼をじっと見つめている。
質実剛健、威厳の固まりでできたような父である。
その視線に晒され、居心地の悪さを感じるのは彼の心胆の弱さの故というのは酷であろう。
自室で寛いでいる時でさえその姿勢を崩さない父は、その厳格さを彼の息子達にも適用する。
雷鳴の如き怒鳴り声を浴びたこともあれば、その鍛え抜かれた拳で打ち付けられたこともある。
今年数えで18になる一刀であったが、父は未だ頭が上がらない存在であった。

その父の言葉を待つ。
父の許しなく先に口を開くことは許されれいない。


「明日、曹孟徳殿がいらっしゃる。用件はわかっていような?」

「——はい。出仕の件でございますね。」

「無論。度重なる出仕の要請、悉く断ってきたが…痺れを切らしたか、とうとう本人の出陣と相成った」


その言葉に頷きながら、一刀は思考を走らせずにはいられなかった。
——曹操孟徳。
"三国志"の並み居る英傑の中でも、最も才に溢れた存在だ。
そして、一刀の知る"歴史"であれば、司馬懿仲達の主君である。
人並みの名誉欲を有する一刀であるから、歴史に名を残す機会があるならばそれを掴みたいと思っている。
故に、"歴史"のように曹操に仕えることに異議はない。
"前世"においてはあくまで読書と剣道好きの一般人でしかなかった彼。
しかしその知識を持ったままこの世界に生まれたことで、彼は自身の知が"歴史"における司馬懿に勝るとも劣らないものになっていると自負している。
"前世"と比べると娯楽が遥かに少ないこの時代である。
自然と一刀の生活は読書と剣術が中心となった。
膨大な書を読み尽くし、今世の父である司馬防の厳しい指導を受け、更には遥か未来の知識をも有する一刀の知。
それは少なくとも周囲——無論姉の司馬朗伯達を始めとした姉弟達も含む——に比肩する者がいない程度にはなっていた。
もし"歴史"と同じように曹操に仕えれば、その重鎮となり、後に天下を統一する晋の礎を築く迄、その英知を知らしめることができよう。

しかし、この時期に仕えるのは早い、と彼は思っていた。
この世界は、一刀の知る歴史とは相違がある。
"気"というものが存在し、故に一部の女性は男性を能力的に超える。
そのためか歴史上に名を残している多くの武勇は女性であったし、"三国志"の舞台となるこの時代の英傑達——曹操、劉備、孫権といった人物達も、また女性であった。
しかし、そういった決して小さいとは言えない相違があっても、大まかな歴史は一刀の知る"歴史"と同様である。
故に、一刀が司馬懿として名を残すには、なるべく彼の知る"歴史"に沿って行動するのが良い。
つまり、今の段階では曹操の誘いを断り、後に曹操が丞相の地位を手にし、改めて彼の出仕を求めた時に了承すれば良いのだ。
もし現段階で曹操に仕えることで歴史が変わり、命を落とすようなことがあってはやるせない。

以上のような理由で、この度の誘いも一刀は断るつもりだ。
しかし、曹操が直接訪れるとは意外であった。
"三国志演義"においてもそうであったか。
一刀の主観では20年以上前に読んだものなので、細かな描写は覚えていない。
しかし、そんな場面はなかったように思う。
劉備が諸葛亮に対して行った三顧の礼とは違う。
いや、もしかしたら書には描写されていなかっただけで、実際にはこのような事もあったのかもしれない。


「一刀よ。今回も断るのか?」

「はい、そのつもりです。」

「以前から言っているように、出仕に関しては私から口を出すことはするまい。
 お前がそれで良いというのであればその意思を尊重しよう。
 だが、これまでのような文や使いによる勧誘ではないのだ。断るにしても理由を述べなくてはならんだろう」

「はい、わかっております。……しかし、私が見るに、漢朝の命運は今にも尽きんとしているように映ります。
 朝廷の重臣たらんとしている曹氏に仕えることは、私自身にも、我が家門にとっても、分が悪いと言わざるを得ません。
 無論、音に聴く彼女の才です。あるいはこの荒海をも乗り越えるかもしれません。
ですがそれに賭けるには材料不足。今はまだ様子見を続けることが最良と見ています。」

「意見は変わらず——か。しかしそれをそのまま孟徳殿に伝えるわけにはいかん、それについてはどうなのだ」


当然だ。漢朝が滅びると見ているなどと公に口に出来る筈がない。
そのようなことを言えばその場で叩き斬られても文句は言えない。
一刀は考える必要があった。曹操を納得させ、かつ当たり障りのない返答を。
いくつかの案はあるが、後は本人の気性を見なければ決断はできない。
彼はこれから曹操が行うであろう施策や、後の世に伝わっている私事については知っているが、"彼女"の本当の性格や思想については何も知らないと言って良い。
直接見たことも、会話したこともないのだから。


「いくつか考えはありますが、やはり本人と相見えてから判断することにします。」

「……ふむ。まぁ、お前ならそう判断を誤ることもあるまい。一姫のように焦ることも、な。」


一姫というのは、一刀の姉である司馬朗伯達の真名である。
彼女は12歳で経典の暗記で見事に及第して、童子郎という官職を得ている。
一刀には余り名誉欲がないように見えた姉が、そのような行動に出た理由。
それが一刀という弟の存在からの焦り故、と父は見ていた。
そしてそれは一刀も同意である。
だが、一刀はそう悪いことにはならないと楽観している。
彼の知る"歴史"においても、司馬朗は同じ行動をとっている。
董卓の悪政に巻き込まれるが、結果的には脱出し、その後は曹操に仕え良き人生を歩む筈だ。
一刀の存在に精神的重圧を感じていたのをおくびにも出さず、可愛がってくれた姉のことは好いている。
彼女が不幸になるならば全力で引き止めていたであろうが、そうでないのだから良いのではないか。
離れて暮らすのは寂しいが。
しかしその程度に思っている一刀のようには、彼の父は思えないようである。
如何に厳格であろうと親である。
親が子を心配する種は尽きない。
たまにこのような様子を見せるから、傍目に見れば厳し過ぎる父のことを、一刀は慕っていた。


「まぁ今一姫のことは良い。お前がしっかりと考えているならばそれで良い。
 ……さて、後は儂の知る孟徳殿の直近の情報をお前に話しておこう」

「はい、宜しくお願いします」


一刀は曹操との面会を楽しみにしていた。
遥か未来までその名を轟かせる英傑、それは一体如何程の人物であろうか。
出仕を断るにしても、その人物と会い、言葉を交わすことができるというのは堪らなく魅力的であった。
だが、一刀は今は未だ知らない。
その邂逅が、彼の未来において大きな影響を及ぼすことを。
彼の道が完全に定まることを。
そしてそれが、後の世に伝わる司馬懿仲達、その英雄抄の始まりであることを。


「私が曹孟徳よ。貴方が司馬仲達?」






















[36258] 第一回 「亂世之英雄訪れ一刀立つ」-2
Name: おまる◆ad66ea75 ID:56f339a7
Date: 2012/12/24 22:28
それを目にした瞬間、電流が体内を走り抜けた。
比喩ではない、そう言える程の体感だった。
その容姿、その声、その雰囲気——彼女を構成する全てを無条件に肯定してしまいそうになる。
激情を内に留めながらも、一刀はそれを全く表情に出すことなく、微笑した。
精神年齢で言えば四十に迫る己だ。それ相応に、自制には長けている。


「お初にお目にかかります、曹孟徳殿。司馬仲達と申します。」


静かに頭を下げながら、心中で苦笑する。
前世と合わせ約三十六年。
一刀はその人生において、どうやら初めての"一目惚れ"をしたようだった。































「では戦争は攻撃側から引き起こされるものではなく、防御側から始まるというの?」

「えぇ、そうです。攻撃側はあくまで占領を目的としていて、戦闘が目的ではないのです。もし防御するものがいなければ、戦闘自体が起こりません」

「けどそれは、防御という行為がそもそも攻撃がなければ起こるものではない、ということを思慮の外に置いているわ」

「鶏が先か卵が先か——哲学の話になってしまいそうですね。しかしこの主張の要旨はそこではありません。防御側は占領を防ぐ直接の手段は戦闘しかありませんが、攻撃側は必ずしも戦闘行為が必要ではない、その選択肢の多さにあります」

「百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」

「然り。戦わず得られる勝利があるのならば、それに越したことはないということです」

「あるいは、防御側にも適用できそうね。攻撃側の兵を打ち倒すことが目的ではなく、占領を防ぐことが目的であるという前提を忘れなければ、戦闘行為を用いずに防衛の目的を果たせる」

「ご賢察、恐れ入ります」

「世辞は良いわ。ならこれはどう?孫子曰く、『勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは……」



楽しい。
何故自分がこのような問答を曹操としているのか。
そのような疑問を忘れる程に。

始まりはなんであったか。
お互いが相手の出方を伺うように、他愛のない会話に終始していたと思う。
それが、お互いの知を認め合ううちに熱くなってきて——
遂には兵法談義に花を咲かせていた。
流石は孫子略解を記した曹孟徳、兵法に対する造詣は深い。
この時代、この世界の人間で、クラウゼヴィッツの戦争論に理解を示す者がどれだけいよう。
そしてそれが己の想い人であるならば。
時間を忘れる程に談義に熱中する一刀を、気を利かせてこの場を辞している父が見たらなんと言うだろう。
あるいは、あの厳格な表情も驚きのそれへと崩れるかもしれぬ。


「……あら、話が弾み過ぎたわね。時間を忘れていたわ」

「あぁ、もうこのような時間ですか」


曹操との会話を始めてから、既に二刻が経過していた。
無論、単なる学徒と言って良い一刀には、この後に控える予定などない。
しかし、それと同じように彼女を見るのは酷であろう。
彼女にとって、時間はいくらあっても足りない筈だ。
いや、あるいは本題へと切り替える為の言葉、そういった意図もあるのだろうが。
彼女が発する次の言葉を予測した一刀は、そうと知れぬ程に僅かに身構えた。


「これまでの会話で確信したわ。その言葉に宿る知識見識。私を前に萎縮せぬ気勢。司馬家の奇才は、評判に違わぬ者である、と」

「……恐縮です」

「そうとなれば私から言うことは一つ。共に来なさい、司馬仲達。私と共に、この世を太平へと導くのよ」

「……」

「私にその力を、貸しなさい」


そう言って頭を下げた曹操。
言葉の外面こそは上から投げられたものであったが、そこに込められている意思は違った。
一刀は内心で焦りを覚えた。
未だ世に出ずいる一刀と比すれば、曹操は遥かに上の身分にある人間である。
そのような人物に頭を下げさせて良しとする、そういった教育は受けた覚えがなかった。


「私如きにそのような…頭をお上げ下さい、曹孟徳殿」

「如き、というのはやめなさい。貴方はその程度の人物ではないわ。その才を認め、欲し、何としても手に入れたい、そう私自身が思ったが故の行動よ」


頭を上げたままそう言った曹操に、一刀は己が非常に高く評価されたことを知った。
そのことに喜びを覚えぬことはない。
今すぐに了承の意を示し、彼女の元に馳せ参じることができたならば、どれほど良いか。
しかしそう思う一刀だからこそ、慎重にならざるを得ない。
"歴史"と違う行動をとって、不幸が降りかかる可能性があるのは己の身だけではない。
目の前の美しい少女——曹操の身にも起こることやもしれぬのだ。
|蝶の羽ばたき《バタフライ・エフェクト》を甘く見るつもりは一刀にはない。
未来を知る異分子である自分の行動は、蝶のそれとは比較にならぬ程大きな影響を与えるだろう。

一刀は腹をくくった。
生半可な返事では固辞することは叶うまい。
当たり障りのない適当な返答をすることは、彼女の心を裏切ることにもなる。
己の矜持がそれを許さなかった。


「頭をお上げ下さい。……そうされたままでは、お返事をすることもできません」

「……そうね」


それで、返答は如何に?
視線で問うてくる曹操に、一刀は姿勢を正して口を開いた。


「この度のお誘い、誠に嬉しく思います。しかし……」

「——待って。何故なの?」


一刀の口調で返答を知った曹操は、言葉を遮って身を乗り出してくる。
射殺すような視線は、一刀のこれから述べる理由が生半可なものであれば真実となるだろう。
ごくり、と喉を鳴らす自分を幻視しながら一刀は曹操と視線を交差させた。


「私は、漢朝の命運が長いものと思って見ていません」

「!!……貴方……」


息を呑む曹操。
誰もがそう思っていても決して口に出せぬ禁忌。
盛り上がっていた二人の会話の中でも、敢えて触れぬようにしていたそれを。
迷いなく口にした一刀を、曹操は驚愕の目で見ている。


「故に、漢朝の重臣へと上り詰めていこうとする貴方に、今この時仕えることはできません。……ご容赦を」


そう言って平身低頭する一刀。
曹操はそれを見つめながら何も言葉を発しない。
動かぬ二人はまるで一枚の絵画のようであった。






如何程の時間が流れたか。
永久に続きかねぬと思わせる沈黙を破ったのは、曹操であった。


「……確かに、今の朝廷は長くはないでしょう。私も、そう見ているわ」

「孟徳殿!」


思わず声を荒げる一刀。


「貴方迄私に付き合う必要は……!」

「いいのよ。断る理由など、いくらでも答えようがある。それでもその本心を見せてくれたその誠意。それに応えずにいては、この私自身の誇りが許さないわ」


断言する曹操。
勝ち気な表情とその視線。物理的な力さえ籠っていそうなそれに、圧倒されるようなものを感じ、ただ黙していることしかできない。


「いずれ訪れる乱世。私は私の覇道をもって、それを統べてみせる。私のやり方で、太平の世を作ってみせる。官職など、不要となれば放り出しても良い。朝廷における地位など、私にとってその程度のものよ」


だから、司馬仲達。


「貴方の力を、私に貸して」


あぁ、なんだろうこの気持ちは。
自分がまるで、恐れを知らぬ少年かのように。
内から溢れ出す激情が、燃え盛る炎となって思考を焼いて。
震え出しそうになる体躯を懸命に押しとどめた。

そうだ、長く忘れていた。
自分は元来、"このようなもの"だ。
苛烈なまでの情を持ち、それに突き動かされる人間だ。
激情を内に押し込め、隠すことが上手くなっただけ。
父の教育によって、己の経験によって、鎖で縛っていたに過ぎない。
だから、この気炎こそが自分の本性で——それを満たすことに何の恐れがあろうか。

この地に、この世界に生まれついて十八年。
一刀は、真に己の姿を捉えた気がした。
熟慮した計画、未来図、その全てを——己の内に燃やし尽くして。
一刀はその一歩を踏み出した。


「——この司馬懿仲達。真名は一刀。曹孟徳殿の覇道にお使い下さいませ」

「ならば良し。我が名は曹操孟徳。真名は華琳。一刀、貴方はこの私が、私の覇道が引きうける。その力を存分に振るえ!」

「御意!」





























出仕が決まったとはいえ、すぐに一刀が曹操と共に行くわけではない。
見送りは不要と述べた華琳に、それならばこれからすぐに準備に入りますと言って一刀は去った。

屋敷を去る際、家主に挨拶をせねばなるまい。
一刀を召し抱えることが決まった際に感じた熱を冷まし、思考を整えた華琳は、一刀の父、司馬防の元に向かった。


「司馬防殿。お邪魔を致しました」

「いえ、とんでもございません。」

「……ですが一刀の当初の意思に反して、彼をもらい受けることとなります」

「……良いのです。私もあれが、我が子ながらいつまでもここで燻っているような器の人間ではないと見ておりました。今この時でも遅いくらいでしょう。一刀が躊躇っていたその一歩を踏み出せたのは曹孟徳殿、貴方のおかげです」


自分より遥かに年長でありながら、謙虚の姿勢を崩さない。
驕りの欠片も存在しないようなその厳格さに、華琳は一刀の起源を見た。
頷くしかない華琳に、司馬防は続ける。


「それに加えて申さば孟徳殿」

「……何かしら?」

「一刀が、家族以外に初めて真名を許した相手です。そのお方を信用せずにいる事などできませぬ」


これでも親でありますからな、とそこで初めて司馬防は笑みを浮かべた。


「一刀は幼少の頃から、童とは思えぬ程大人びた思考をしておりました。常に熟慮を忘れず、慎重さを崩さない。警戒心の強さも人一倍でした。そんな一刀が真名を預ける——果たしてそれはどのような感情故か」

「……」

「……これ以上は無粋ですな。曹孟徳殿。この私からもお願い申し上げる。司馬懿仲達を、我が子を、宜しくお願い致します」

「はい。我が名に、我が存在全てに誓って」





























[36258] 第一回 「亂世之英雄訪れ一刀立つ」-3
Name: おまる◆ad66ea75 ID:56f339a7
Date: 2012/12/25 07:58
そもそも華琳が一刀のことを知ったのは、司馬防からであった。
華琳と司馬防との付き合いは長い。
いや、単に付き合いというには済まない程の恩が、司馬防に対してはあったのだった。

幼い頃からその才を磨いてきた華琳であったが、世に出る事はかなりの困難を極めていた。
無論、ここで言う"世に出る"とは官職に就く、官僚になるということである。
当時、官職に就く為の道は大きくわけて三通りあった。
『辟召』『徴召』『選挙』である。
徴召は皇帝自らが行う登用制度であったから、実質閉ざされた道と言って良い。
そのため当時、重臣へと上り詰める道は『選挙』の一種である孝廉——郡の太守による推薦制度——で任官し、辟召によって昇進する、というものが主流であった。
当然、華琳もそれを目指していたが、ここに高く聳え立つ関門があった。
孝廉への推薦状を書いてくれる者がいなかったのである。
宦官の異姓養子の子、という二重の禁忌は、世の名声を第一とする名士の社会においては頑として受け入れ難いものだったのだ。

当時はまだ幼かったこともあり、流石の華琳も途方にくれていた。
そこに手を差し伸べたのが、司馬防、その人である。
当時、尚書右丞の任に在った司馬防は、世間の悪評をものともせず、華琳を洛陽北都尉として推挙したのである。

曹操孟徳という人物の栄光はここから始まったと言って良い。
洛陽北都尉に任ぜられた彼女は、四門の完全修築を成し、禁門の取り締まりを徹底的に強化した。
禁令に違反する者 は、誰といえども、容赦無く五彩棒で打ち据えた。
死亡者が出る事も珍しくなかった事からその苛烈さが知れる。
しかし、若輩の身である彼女のその所業を、周囲が生意気に思わぬ筈がなかった。
それを思い知らせようと、故意に禁令を破った者がいた。
霊帝の寵愛を受けていた宦官、蹇碩の叔父である。
部下を含め誰もが、こんな大物を罰せられる筈がないと見ていたが、華琳は躊躇わなかった。
この男を、即刻撲殺したのである。

無論この行動が宦官達の怒りを買わぬ筈がなかったが、法の観点から見れば理が彼女にあるのは明白。
普段の行動から隙を見せなかったこともあり、宦官達は彼女を排斥することが出来なかった。
その為、宦官達は華琳を都から追い払う為に、逆に昇進させるという手を打った。
頓丘県の県令の地位を与えたのである。
宦官を敵に回しながら、逆に宦官の推挙によって栄転を果たした華琳の名は、世に響き渡る事になった。

華琳が司馬家を訪れたのは、県令に任じられ頓丘県へと向かおうとする、そんな時であった。
かねてから、世間の評判や司馬防から聞いていた司馬懿仲達と友誼を結びたいと思っていた。
今回の訪問も、召し抱える事ができれば至上であるが、もし失敗しても面通りさえ叶えばとりあえずは良い、そう思っていた。
だが、一目見てその考えを改めた。
そして、会話を続けて確信した。
なんとしてもこの男を手に入れなければならぬ、と。

結果として、それは叶えられた。
類稀な才を自分以外の人間に渡す事にならなかった安堵と共に、重圧も感じる。
最高の臣を手に入れたのだから、自分も彼にとって最高の主であり続けなければならない、と。
しかし彼女も並の人間ではない。


「——面白い。彼一人扱えなくて何が天下か、覇道か」


そう言って、あえて笑った。





























「お初にお目にかかります。司馬懿仲達と申します。非才の身ながら、身を粉にして働く所存です。宜しくお願い致します」

「おぉ、話は聞いているぞ。司馬の鬼才が加わるとは、心強い。我が名は夏侯惇元譲。そしてこっちが……」

「夏侯淵妙才だ。姉者共々、宜しく頼む」


一刀は目の前の二人を見ながら思考する。
話には聞いていたが、やはりこの二人も女性か、と。
両夏侯は、曹操の絶大な信頼を得ていた腹心として"歴史"では知られている。
それはこの世界では変わらぬようである。
彼女達の信頼を得なくば、上手くいく者も立ち行かないだろう。
友好的な笑みを浮かべ一刀は挨拶をしていた。
そんな一刀に、夏侯惇が続けて声をかける。


「仲達殿。噂によると知だけでなく、武のほうもいけるらしいじゃないか」

「はい。ですが元譲殿に及ぶようなものではございません」


謙遜ではなく、事実である。
気が扱えぬ一刀では、歴史に名を残す英傑の相手をすることは難しいだろう。


「やってみなければわからないじゃないか。華琳様!仲達殿を借りてもよろしいですか?」

「春蘭、貴方は相変わらずね。一刀はまだ頓丘に来たばかりよ?」

「はい。ですがその人物を見る為に、私にとっては剣を合わせるのが一番なのです!」

「仕方ないわね……一刀、この子に付き合ってくれる?」

「承知致しました、華琳様」


頭を下げた一刀。
その彼の言葉に大きな反応があった。
正確に言えば、彼が呼んだ華琳という名に。


「華琳様、仲達殿とは既に真名の交換を!?」

「えぇ、済ませたわ。私は一刀を認めている。無論、私がそうだからといって貴方達に強制はしないわ。己の目で、彼を見極めなさい」

「華琳様が許されているなら私も思うところはないが……そう言われると軽々しく行う事も出来ぬな。——そうだ、仲達殿!私に一太刀入れる事ができたら真名を許すぞ!」


そう言ってはりきる夏侯惇と、それを微笑ましく見る華琳と夏侯淵。
この三者の普段の有り様が垣間見えるものである。
だが、一太刀入れられれば、とは。
気は扱えぬものの、剣術には一過言ある一刀である。
そうも言われて引き下がっては面白くない。


「はい、それでは宜しくお願い致します」

「よし、それならすぐに練兵場へ行くぞ!」







その後、予想以上に強かった夏侯惇に何度も破れながらも、どうにか一太刀を浴びせて真名を交換し。
姉者が認めるならば私も、と言った夏侯淵とも交換を終え。
暫くは頓丘の様子を見て回るように華琳に言い渡された一刀は、自室へと戻っていた。

——夏侯惇に夏侯淵。
何れも、"歴史"に名を残す英傑達である。
そんな彼女達と実際に会い、言葉を交わしたことに、一刀は不思議な感情を覚えていた。
感動するでもなく、幻滅するでもなく。
彼女達を偶像ではなく、生きた人間として感じることができた。
勿論それは当然の事なのだが——

一刀の脳裏には先日の華琳との邂逅が頭に浮かんでいた。
衝撃が貫いたその瞬間は、一刀の心に強く刻まれている。
やはりそれは、"英雄"と会ったが故の事ではなく、"華琳"と会った故の事であり、他の人間とは全く違う事なのだ。

彼女の道を共に歩みたい。
彼女の作る世を見てみたい。


「我ながららしくない」


頭をふって思考を落ち着かせる。
先日の邂逅から、どうも肉体年齢相応の人間になっているように感じる。
浮ついた思考のままではいけない。
落ち着いた状態で物を見て、聞いて、感じて、思考しなければ。
戦乱の世なのだ。
僅かな失敗で命を落とす、そんな世なのだ。
後悔ならばあの世でいくらでもできる。
生きている間は後悔などする必要がないように、熟慮しなければならない。

しかし当面は大きな動きはない筈だ。
今は内政に力を入れて、自分の力を示さなければならない。
華琳には既に認められているが、それ以上のものを見せたい。
お前が手に入れた男は、ここまでの力を持つ男である、と。
幸い、未来の知識を持つ自分にとって、内政はその知を存分に働かせる事ができるものである。
今この地に何が必要で、何がこの手で実行できるか。
見極めて、動いていこう。

そしてそれが、彼女の道となっていくのだから。
















第一回 「亂世之英雄訪れ一刀立つ」 終

第二回 「王佐の才と黄巾の乱」へ  続








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あとがき

第一回終了です。
一刀と華琳様をだいたい同じ年齢にする為、二人の生ま
れた歳を始めとしてかなり時系列をいじっています。
そちらについてはご容赦を。

この第一回はプロローグ的なものに当たります。
第二回以降からが本番。原作の時間に入っていきますので、
描写も細かくなっていき、文章量も増加していきます。
だいたい5000〜10000文字の間で投稿していきますが、
ペースは最初に書いた通り週に1〜2回になると思います。
それでは、次回も宜しくお願いします。
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[36258] 第二回 「王佐の才と黄巾の乱」-1
Name: おまる◆ad66ea75 ID:56f339a7
Date: 2012/12/26 23:40
『蒼天巳死 黄天当立 歳在甲子 天下大吉』

"三国志"において最も有名な一節のうちの一つ。
もちろん一刀も、この言葉の意味と影響を充分に知っている。

——黄巾の乱。

太平道の信徒達による武装蜂起である。
彼らが頭に黄色の巾を揃ってつけていたことから、こう呼ばれる。
"三国志"の中で、群雄割拠の時代の呼び水とされる重要事件である。
一刀は自分の知る情報を整理していた。




そもそも、何故彼らが黄色の巾を身につけていたのか。
その意味から思い出すとしよう。
彼らにとっての黄色が意味する所を知る為には、まず『五行相生説』から説明せねばなるまい。
『五行相生説』というのは、王朝が交替するという事象について解明しようとした理論のうち、当時主流だった一つである。
五行——即ち、"木"、"火"、"土"、"金"、"水"に各王朝を見立て、その推移を意味付けたものだった。
"木"が燃えて"火"を生み、これが燃え尽きると"土"となり、その中から"金"が生まれる。
"金"の中から"水"が湧き出し、それを吸い取ってまた"木"が生える……
そういった関係性を元に、徳を失った王朝が、新たに天命を受けた王朝へ禅譲するという考え方であった。

無論、この理論は誰が見ても強引なこじつけである印象を持つだろう。
また実際においては、王朝の交替は禅譲ではなく、戦によって既存の王朝を討ち滅ぼしたことで起こっていたこともある。
しかし、この理論は新たな為政者が、その正当性を強化する為の建前となっていた故に積極的に広められ、世に知られていた。

五行にはそれぞれを象徴する色がある。
"火"の徳を持つ王朝と見られていた現在の漢朝の象徴は赤色。
そして、黄色は"土"の象徴なのである。
つまり黄天立つべし、とは"火"の徳を持つ現王朝を打倒し、"土"の徳を持つ新王朝を樹立しよう、という意味なのである。
更には、"土"という字は農民の象徴と言える。
農民が主体であった太平道教の信者達に取っては、まさに黄色は自分達の色といって良かったのである。
それを身につける事で、彼らの意思と覚悟を示していたのだ。

そんな彼らを率いたのが鉅鹿の道師、張角である。
仙人から太平要術の書を貰い受けた彼は、その後の活動で数百万人にも及ぶ信徒を得る事になった。
この時代においては有り得ぬ程の巨大勢力である。
自分を慕う信徒達が生活に苦しみ、それを救おうとしない王朝に義憤を募らせた張角は、遂に武装蜂起を決意する。
これが後世において『黄巾の乱』と呼ばれた、その戦の流れであった。















第二回 「王佐の才と黄巾の乱」













「ほう、今日もまた兵の調練を行っているのか」

「——えぇ。そろそろ出番がありそうですからね」

「それにしても"鐙"だったか、これは良いものだな」

「そう言って頂けると苦労したかいがあります」


春蘭と話しながら、一刀は思い返す。
この時代の騎兵が使う軍馬は、彼の想像していたものよりかなり小さかった。
体躯が小さいのだから、力もなく、故にその速度も知れたものである。
騎兵の本来の強みは何と言ってもその行軍速度。
だがこの馬達では、それが充分に生かされるとは思えない。

当然、小さい馬を使う事には理由があった。
鐙が用いられるのはこれより遥か先の時代、それを使わずに乗馬をする為には、馬の身体を両の足でしっかりと挟み込まねばならない。
そうでなければ振り落とされるし、ましてや馬上で槍を振るう事など論外。
そのように騎乗自体が非常に技量を要するものであったから、速過ぎる馬は戦場において扱う事ができなかったのである。
故に、華琳の元に馳せ参じ、一刀が成した初めての大きな功績が鐙の開発であった。
鐙が開発された事で、それまで騎乗ができなかった兵達の中にも馬を扱える者が増え、また"騎馬弓兵"という兵種も生まれた。
無論、依然として馬上で弓を射る事は困難なことであり、ましてや正確に狙いをつけるなど秋蘭のみにしか可能でなかったのだが。


「あんなものを考え出す一刀にしては、えらく地味な調練だな」

「……そうでしょうか」


一刀が行っているのは、行軍訓練がもっぱらであった。
如何に素早く行軍するか。如何に正確に指示に従えるか。
無論それは戦場において重要な要素ではあったが、見栄えは確かに地味である。
更には、私兵集団でしかない彼らの軍は精兵とは未だ言えず、よって個々の戦闘訓練の方が重要なのではないか、と春蘭は思うのだった。


「私は将としては、前線で自ら敵兵を打ち倒し自兵を鼓舞するというよりは、後方で指示して兵を動かすといった方が得意でしょうからね」

「まぁ、一刀が考えなしに行動するなんて私も思っていないさ」


春蘭はこれ迄の付き合いの中で、一刀の知謀を信頼できるものであると判断していた。
武に偏る彼女とは違い、政策の面でも華琳や秋蘭を助ける事ができる人間だ。
そんな彼が率いる軍は、また自分とは違った強さを持つ軍となるのだろう。
それくらいの信頼と期待は、既にあった。


「まぁ、楽しみにしておく。そろそろ戦も近かろうし…な」

「そうですね……」


黄巾党の武装蜂起の情報は、彼らの耳にも届いている。
——戦が始まる。そして、群雄割拠の時代へと突入しようとしているのだ。
期待と不安に胸を騒がせる一刀、春蘭。

華琳が臨時の招集をかけ、出陣の判断を下したのは、黄巾軍の蜂起から僅か一月程のことであった。





















黄巾党の主軍は、農民が中心とはいえ強力であった。
怒りに燃え、覚悟を決めた彼ら蜂起軍は、各地の官府を同時多発的に襲撃し、これを焼き払った。
州郡長官の殆んどは、黄巾軍の襲来を聞いただけで逃亡した有様であった。
蜂起から十日もすると、彼らの凱歌が知れ渡り、全国の信徒がこれに呼応して、遊撃戦を開始した。
この一斉蜂起は、太平道の信徒だけ留まらず、それまで圧政に苦しめられて来たありとあらゆる者達が行動を共にしていた。

これを受けた霊帝は、"党錮の禁"の解除や、"大将軍"の位を再設置するなどの手を打った。
しかし宦官の言うままに動き、その暗愚さが既に知れ渡っていた彼だ。
彼は、大将軍の地位に何皇后の外戚、何進を任命してしまったのだった。
軍事経験が全くない彼にこれが勤まる筈もなく。
各地の黄巾軍は連戦連勝を果たし、劉衛、趙謙、諸貢、郭勲など多くの将が散っていった。

次第に追い詰められていった漢朝を辛うじて支えていたのは廬椊と朱儁の両武官である。
そしてその内、首都洛陽に近い潁川方面の防衛を任されたのが、朱儁である。
その彼が迎え撃つのは、波才が率いる二十万にも及ぶ黄巾軍。
その兵数に加え、これ迄の連戦連勝により勢いに乗っていた彼らである。
いかに朱儁とはいえ、四万の兵でこれを破るのは至難であった。
突撃を試みたものの、余裕をもって迎撃され、更には後方に回り込まれまさに包囲されようとしていた。

この包囲を辛うじて破り、長社の小城に逃げ込んだ朱儁。
無論黄巾軍がそのまま逃亡を許すはずもなく、これを完全包囲した。
官軍の、朱儁の命運はまさに尽きようとしていた。



——曹孟徳、彼女の私兵集団が辿り着いたのは、まさにそんな時であった。









「一刀、どう見る——?」

「そうですね……」


眼前の様子を伺う。
完全包囲された朱儁軍の命運は、まさに風前の灯。
対する黄巾軍はその余裕からか、草原の真ん中で野営し、その身を休めている。
蜂起以来の転戦連戦だ、無理もない。
兵糧の確保にも手間がかかるであろう。
とは言え、このまま何も手を打たずに時間が過ぎれば、彼らはその鋭気を取り戻し、瞬く間に小城を陥落させるであろう。

一刀にとって頭を悩ませる点が一つ。
彼の知る"歴史"であれば、ここには朱儁だけでなく皇甫嵩もいたはずだった。
それがどういうわけか、篭城しているのは朱儁軍二万のみ。
皇甫嵩の名をこれまで耳にした事もなかったから、もしかしたらこの世界においては存在していないか、未だ無名の身なのかもしれない。
——大きな誤算だ。
本来の歴史であれば、彼が火を用いた夜襲を行い、それに曹操が呼応して黄巾軍を破る筈だった。
その皇甫嵩がいない。
あるいは、"歴史の修正力"とやらを信じるならば、朱儁が代わりにその役割を担うのかもしれない。
だがそれを信じて待つのは賭けに過ぎない。
もし朱儁が行動を起こさなければ、官軍の全滅をみすみす見逃すことになってしまうからだ。

単独で夜襲。
これは愚かな選択だ。
夜に紛れれば僅か手勢三千に過ぎぬ兵を、万に思わせる事は可能であろう。
だが、時が経ち波才ら指揮官が冷静さを取り戻せば、その圧力のなさにこちらの兵数に気付くであろう。
そうなれば敗北は必至。
朱儁軍の行動を誘発する隙すら作れぬまま、一刀達は戦場に露と消えるであろう。

そう、彼らが何も黄巾軍を打ち破る必要はないのだ。
一時的に優勢な状態にもっていき、朱儁軍が行動できる隙を作れば良い。
正規の軍人ではなく、もとは農民である彼らだ。
一度崩れれば脆い。
三千の兵で、一時的優勢状態を作るには——



「華琳様。彼らの正面に布陣いたしましょう」

「探知されていない、という優位を崩して、敢えて姿を晒すのね?その理由は?」

「元々、黄巾軍のこの場での目的は朱儁率いる官軍の無力化です。彼らの最終的な目標は、洛陽ですから」

「私達にはそれ程の兵を裂かない、と見ているのね?」

「はい。長社城の包囲を解くことが出来ない彼らです。その上、こちらが寡兵であることを知れば、そう大きな数を布陣させはしないでしょう」

「我らが僅か三千である、ということを知っても、我らの数倍は兵を寄越してくるんじゃないかしら?」

「えぇ、少なく見積もっても一万は下らないでしょう。ですが、これを殲滅する必要はありません。一時的優勢状態を作り出し、彼らが浮き足立つ状況を作れれば——」

「朱儁軍が打って出てくる、そうなると勝ち目は少なくはないわね」


いや、一度崩れれば脆い農民軍だ。
もしそういった状況を作れれば、勝利はそう難しいものではないだろう。
一刀と話す中でそう感じた華琳は、続いて問いを発した。


「とはいえ、一万を超える兵を三千で相手しなければならぬことは変わりがないわ。こちらは精兵とは言い難い錬度。対する相手は農民とはいえ連戦連勝で勢いに乗っている。これを打ち破るのは並大抵ではないわ」

「その通りです。しかし、我らの兵達は彼らにはない強みがあります」


そう言って一刀は後方に視線をやる。
秋蘭率いる騎弓兵。
それを華琳は視界に収める。


「彼らを用いた策が一手」

「——面白そうね、言ってみなさい」


策を説明する一刀に相槌を打つ華琳。
その姿を黙って見つめる二人、春蘭と秋欄。
その間に耐えられなかったか、春蘭が妹に声をかけた。


「なぁ、秋蘭」

「なんだ姉者」

「私には難しい事は分からん。一刀の言っている事が半分も理解できん」

「ふふっ、姉者はそれでいいではないか。戦場に出れば、無双の活躍を見せるのだから」

「うむ。まぁな!……でもな、秋蘭」

「ん、なんだ姉者。不安でも?」

「いや、逆だ!!」


そう言って唐突に笑う春蘭。


「圧倒的に不利なのは私にもわかる。だが華琳様と一刀、あの二人のやり取りを見ているとな……我らが敗北するなど、想像すら出来ぬのだ!」

「うむ、そうだな」

私も同じだ姉者、と秋蘭は返す。


「元より、華琳様に敗北などない。一刀の知謀が加われば尚更だ。我らは我らに出来る事の準備をしようではないか、姉者」

「うむ!」


決意を新たにする二人。
そしてその直後、二人の耳に華琳の声が響いた。


「よろしい。一刀の策を採用するわ。……今思えば、貴方の調練はこの時のためにあったようなものね」

「本当に。備えあれば憂いなし、といったところです」

「ならばこの劣勢の戦も想定外ではない、ということ。ならば我らの勝ちは揺るぎない。すぐに布陣に取掛かるわよ、春蘭、秋蘭!」

「「御意!!」」



そしてここに、黄巾の乱における転換点を迎える。
この戦を、後の世は称する。
これは曹操という英傑が名乗りを上げる、その華麗な幕開けであった、と。
司馬懿という知将が類稀な才気を走らせる、そのための舞台であった、と。




















[36258] 第二回 「王佐の才と黄巾の乱」-2
Name: おまる◆ad66ea75 ID:56f339a7
Date: 2012/12/27 10:24
——新たな敵兵、現る!
それは休息を取っていた黄巾軍にとっては、寝耳に水の出来事であった。
しかし、その兵数が自分達に対し僅かであると知れると、次第に落ち着きを取り戻していた。


「兵数は三千程度。主力がそれでは、伏兵がいたとしても僅かであろう」

「そもそも、この草原に伏兵を配置できる場所はない。あれが全兵力と言って間違いあるまい」

「ならば恐れるに足らず」


とは言え、黄巾軍の現在の主敵は朱儁率いる篭城軍だ。
大きな戦力を割いて完全包囲を解くわけにはいかない。


「一万の兵を出す。まだ距離もあるから戦隊を組む時間は裕にある。不意を打たれたとは言え、発見が早かったのは行幸であった」

「念のために物見を配置しておいて正解でしたな。奴らはまだ、発見されている事に気付いていないかもしれぬ」

「うむ。だが油断は禁物だ。兵が疲労しているのは事実。悪戯に長引かせれば、綻びを生む事にもなりかねん。儂が出よう」


そう言って腰を上げたのは波才。
この地における黄巾軍を率いる、その人であった。

当時、戦場に進入する際には如何に横隊隊列を早く組めるか、ということが重要であった。
銃や砲が存在しない為、後列からの攻撃は弓矢しか手段がない。
よって、無駄な遊兵を作らない為にも、敵軍に対して完全に相対する形を作る事が重視されたのだ。
奇策を狙う際にはこの限りではなかったが、黄巾軍は奇策を狙わなかった。
これには大きな理由が二つあった。
一つ、彼らが兵数において相手を大きく上回る事。
奇策というのは、寡兵の側がその劣勢を挽回する為に用いられるのが普通である。
二つ、彼らの多くが職業軍人ではなく、農民であった事。
複雑な陣を組み、戦闘中に隊列を変更するような行軍行動について来られることができる者は少なかったのである。

故に王道。
相手を上回る戦力で、これを押し潰す。
波才はそう考えていた。

見れば、敵兵の右端は戦場に侵入しているものの、左端へ向かうにつれて遅れが出ている。
行軍速度に差があるのだから、敵兵の錬度もそう高いものではない。
計略を用意しているかもしれないが、どのみちあの兵数でできることはそう多くはない。
篭城軍と連携しなければ大きな事は起こせないであろう。
そしてその篭城軍に対しても充分な戦力を残している。
身動きすらとれまい。


「見よ、あの敵兵の数を。我らに比べ、なんとも慎ましいものではないか。朱儁を救援する部隊があの程度。最早朝廷にも余力がないのだ。これを破り、篭城群を殲滅し、もって洛陽へと向かう。——黄天の世は目の前ぞ!!」


鼓舞する声に兵達が応える。
準備は万端。
敵兵が陣を組み終わるのを待ってやる義理もない。


「突撃!」





戦端は開かれた。
突撃を開始した黄巾軍に対し、曹操軍は未だ横隊隊列を組み終わっていない。
正面からの圧力に、曹操軍は散り散りとなる——筈であった。

しかし、黄巾軍が思ったように近づけない。
その理由が、曹操軍が使う特殊な兵種にあった。


「波才様!奴ら、馬の上から弓を射ってきます!」

「ぬう……奴ら、騎馬民族か!?」


馬上で弓を射るなど、常識的にできるはずがない。
だが、曹操軍はどうか。
巧みに馬を操り、弓を射る。
局地的劣勢が生まれそうになればそこに素早く向かい、弓を降らせる。
戦場を自由に動いて援護する彼らの存在に、黄巾軍は手を焼いていた。


「未だ、あそこへ矢を集中させろ!」


指示し、自らも弓を射る。
放たれた矢が、敵の貴重な騎兵の頭部に命中した。

驚異的な弓の腕。
曹操軍の騎馬弓兵を率いる秋蘭、その人であった。


——この作戦の鍵は、貴方達騎馬弓兵です。

一刀に言われた言葉が蘇る。

——貴方達の援護があってこそ、正確な行軍が成るのです。

縦横無尽に戦場を駆けつつ、攻撃範囲も広い騎馬弓兵は確かに強力だ。

——敵兵の注意も惹き付けて下さい。冷静に戦場全体を見渡す目を、持たせてはなりません。

行軍の最後尾となる左端には、春蘭がいる。
彼女とその軍集団は、曹操軍の中で最も強力な一団である。
その彼らの奮戦もまた、一刀の策の肝となる要素であった。


「賊軍など相手になるものか!我らの精強さを示すのだ!!」


打ち合っては引き、打ち合っては引き。
春蘭率いる部隊は、巧みな戦術機動で翻弄する。


「ちっ、やっかいな武将がいるな。おそらくはあれが敵軍の主力部隊だ!援護を向かわせろ!!」


激戦をこなす左端部隊。
率いる春蘭の脳裏にも一刀の声が浮かぶ。

——そうして敵兵の注意が向かう中。彼らが気付いた時には、もう策が成っています。


「波才様!左端から迂回されています!!」

「何!?背後をとる気か?あるいは城へ合流……?」

「敵軍、旋回!側面展開されています!!」

「なんだと……!?」


黄巾軍の隊列側面に横対隊列を完成させた曹操軍。

「突撃いいいい!」

ここに局地的な圧倒的優勢状況が構築され、蹂躙が開始された。


「まずい!このままでは左端から戦線が崩壊する!すぐに全軍を旋回させろ!!」


慌てて対応する黄巾軍。
しかし、左端部から離れれば離れる程、旋回軸が長くなり行軍に時間がかかっていく。
更に右端には厄介な部隊がとりついている。
結果、左端部以外が遊兵となり——その左端部は既に、崩壊の態を晒し始めていた。




——斜行戦術。
この時代よりも遥か未来、プロイセン王国、その英雄。
かのフリードリヒ大王が用いた戦術のその模倣であるなど、誰が想像し得ようか。
数十倍にも及ぶ勢力を敵に回しながら、戦い抜いた彼の戦術。
研究され、対応策が成されるまでは勝利を欲しいままにした、卓越した戦術である。

曹操は、それを成した一刀に視線を送った。
このような鮮やかな策を編み出した、"天才軍師"に向かって。
しかし当の一刀は、安堵のような表情を浮かべていた。

(——うまくいったようだ、良かった)

何せ、この戦術はあくまで模倣であり、一刀が編み出したわけではないのだ。
元々、本好きが相まって雑学が豊富なだけの凡人である。
新戦術など生み出せるような天才ではない。

だが、彼には知識がある。
過去の時代の英雄が成してきたその足跡を既知としている。
後の時代においては広く知られた数々の戦術も、この時代においては全く新しいものに映る。
唯の"物知り"が、"天才"を演じる事ができる所以であった。

騎馬砲兵ではなく、騎馬弓兵。
囮部隊も、春蘭の部隊能力に頼った歪なもの。
それでも、どうにか成し得た。
この戦術の為に、ひたすらに行軍訓練を積み重ねてきたかいがあった。

行軍行動以外の調練が不足がちの兵達の武勇、農民兵にも劣る者がいるような程度である。
だが、個人の武勇の優劣など、圧倒的優勢状況の前には役に立たない。
あるいは、春蘭や、かの有名な呂布のような将がいればまた話は別になるのだろうが——
黄巾軍には、そんな将は存在しなかった。


「ぐっ……挽回は不可能か……」







「ほう、やるではないか。隙を作るから呼応せよ、などと連絡が来たときには、僅か三千の手兵で如何にするかと思っていたが——
曹操とやら、なかなか——」

戦局を見つめながら呟いたのは、篭城軍の主将、朱儁であった。


「出陣の準備は整っているな?」

「はっ!すぐにでも出られます!」

「包囲軍を注意深く観察しておけ。奴らが前線兵の撤退の援護の動きを見せたとき、これを急襲する」

「御意!」







「撤退だ!ひとまず戦域を離脱するぞ!!」

撤退の銅鑼を成らすように指示する波才。
ここで粘っても総崩れに成るだけだ。

——しかし、その銅鑼の音をかき消すような怒声が背後で揚がった。

朱儁軍が、篭城をやめ出陣してきたのである。
曹操軍との前線での戦いを目にし、動揺していた包囲軍の隙を突く形であった。
忽ち、戦場は大混乱となった。


朱儁率いる官軍は、やはりその錬度が高い。
兵士一人一人の質は遥かに黄巾軍を上回る。
混戦となれば、彼らが有利となるのは自明の理であった。

加えて、ここまで連戦連勝であった黄巾軍が味わう、初めての劣勢であった。
元々疲労がたまっていた彼らである。
一端士気が落ちると、まるで魔法が解けたかのように崩れていく。
逃亡する者も続々と現れる有様であった。


「無念……しかし、ここで全滅するわけにはいかぬ。洛陽を落とす為には……黄天の世を作る為には……!」


遂に黄巾軍は東へと撤退を始めた。
曹操軍と朱儁軍は、これに苛烈な追撃戦を仕掛けた。
黄巾軍の兵、数万がここで討ち取られることとなった。
そしてその首数の中には、波才のもの含まれていたのだった。






























「曹孟徳、この度の勝利はお主のおかげだ。助かった」

「過分なお言葉です」


戦の後、曹操軍と朱儁軍の間に戦勝の酒席が開かれた。
その中で、朱儁と向かい合う華琳は、与えられた言葉に頭を下げた。


「私兵三千で奴らを相手にし、これを討ち破ったのだ。誇っても良いぞ」

「いえ。彼らの大部分を討ち取ったのは、朱儁様の兵達です。我らはあくまで、そのきっかけを作ったに過ぎぬ事」

「ほう」


華琳の言葉は、謙遜しているようで、言い換えれば朱儁の勝利は自分達の働きがなければなかった、ということだった。


「くっくっ…言いよるわ。分かった。此度の働きは、私からも上奏しておく」

「有り難きお言葉」


再び頭を下げる華琳。
それを見ながら上機嫌に笑う朱儁。

「それにしても、あの天から地を見下ろすかの如き戦術は、見事であった。あれを考案したのはお主か、それとも軍師か?」

「軍師です。我が股肱之臣であります」

「ほう、名は?」

「司馬懿仲達」

「かの司馬家の鬼才か!……鬼神の如き活躍を見せた黒髪の将や、馬上から見事な弓を見せた将といい、人材に恵まれているな」

「はっ。その幸福をかみしめております」

「何、人材が集るのもお主があってこそ、だ。例えそれがもし運に過ぎなかったとしても、それは天佑だ。お主が天に愛されている事の証左となろう」


そう言って、再び杯をあおる朱儁。
華琳もそれに付き合い、杯を傾ける。

しばしの沈黙。

そして静かに、朱儁は言葉を紡いだ。


「我々はこの後東進するが——お前達はどうするのだ?もし我らと同道するのであれば、歓迎するが」

「流石に我らには、このまま東進する余裕はありません。一度領地に帰還し、再度体勢を整えたいと欲します」

「そうか、分かった。まぁ東の地、奴らの本拠地には廬椊殿が当たっている。文人としての評価が高い彼だが、武もそれにひけをとらぬ、今より悪い状況はなかろう」

「はい、私もそう思っております」


——が、しかし。
一夜明け、帰還した華琳達の耳に届いたのは、驚愕すべき情報であった。
黄巾軍をまさに後一歩のところまで追い詰めていた廬椊。
その廬椊が、宦官達の策略により指揮権を剥奪され、流刑となってしまったのだ。

廬椊に代わって広宗に派遣されたのは、東中郎将の董卓であった。

聞いたこともない人物である。
事実、董卓はこれといった功を挙げていない人物である。
宦官達の考えはどういったものなのか。

混迷を深めていく世において、華琳は、一刀は、何を思うか。
雄伏の刻を迎えた彼らは、その爪を研ぎながら、静かに機を待っていた。



そしてそんな彼らの元に向かう、一人の少女の姿があった。


「あんなに見事な戦は、見た事がないわ。やはり、この私の才を捧げるのは、曹操様しか有り得ないわ」





























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あとがき
筆が乗るので勢いで書いてます。
とりあえず暫くはこんな感じでいかせて下さい。
描写の薄さはありますが、暫くはテンポ重視で。
それにしても、会戦を文章だけで説明するのって難しいですね。
状況が伝わっているかすごく不安です。
邁進しますので、ご指導お願いします。





[36258] 第二回 「王佐の才と黄巾の乱」-3
Name: おまる◆ad66ea75 ID:56f339a7
Date: 2013/01/09 05:10
廬椊が罷免され、混沌と化していく黄巾の乱。
その最前線がより北部へと移っていった為、華琳と一刀は手を出す事を控えた。
前回の戦で充分な功を挙げたと判断している。
多くの地方官僚が戦わずして黄巾軍から逃亡していた中、己の手勢のみで打って出て、官軍を率いる朱儁の窮地を救ったのだ。
充分に際立つ戦果であろう。

その判断は正しく、華琳は黄巾討伐の功績で済南国相となった。
相としての職についた華琳は唖然とした。
予想はしていたものの、あまりに贈賄汚職に塗れていたからだった。
華琳は一刀に対し、その全容を把握するよう指示していた。
未だ信用できる人員が少なく、そのため一刀は寝る間も惜しんで自身で動かねばならなかった。
彼らがそのように慌ただしく動いていたまさにその時であった。


——時代の傑物とされる一人の少女が現れたのは。







「荀文若ですって…?麗羽のところから出奔してきたのかしら……すぐに通しなさい」


荀文若。曹操が我が子房とまで呼び、重用した腹心中の腹心。王佐の才とも称される彼の知は、三国志の並み居る英傑の中でも際立ったものだ。
孔明、周瑜と並ぶ知の三英傑と言って過言ではあるまい。
名家に生まれ、容姿に優れ、類稀な知を有する。
晩年は不遇であったものの、一刀のイメージでは完璧超人といって良かった。
それが荀文若だ。

だが……と、一刀は改めて目の前の"少女"を見た。
そう、少女、少女だ。
いや、並み居る英傑が揃いも揃って女性であるこの世界だ。
事前に耳にしていた情報からも、荀文若が女性であることは一刀も知っていた。
だから、女性であることは良しとしよう。
しかし……

(いったい何歳なんだよ……)

そう、その容姿は幼い少女のものにしか見えなかったのだ。
無論史実と比べても意味がない事はわかっている。
曹操にしても、史実で言えば今のような年齢は有り得ない。
この世界は、元の世界と比べ、世に出る年齢が概して低い。
また、様々な出来事が起こる間隔が短い。"まるで物語のように。"

とはいえ、それを考慮していても、この衝撃は大きい。
彼のイメージする荀文若像は、颯爽とした才女で、大人の女性であったから。



「——本初殿は自身が大器である事を示そうと、様々な名士の人物の言を取り入れます。ですがその判断は余人には理解し難い彼女の基準によって行われます。彼女は人物を使う機微を知りません。幅広く手を出しておきながら、詰めが甘く、肝心な部分が疎かになりがちです。策略好きながら、しかるべき時に決断ができません。そのような人物が、天下の大難を救い、覇者の事業を取り治めることができましょうか」

「私もあの子の事はよく知っているから、まぁ理解は出来るわ。それで、麗羽から離れる事になった、と」

「はい。——袁本初は大器に非ず。この混沌としていく世界を治められるのは、曹孟徳様、貴方だと思っています」



一刀がイメージのギャップに悩む間も、華琳と荀文若の問答は続いている。
間違いなく、彼女は仲間となるのだろう。
秋蘭を初めとする助けはあったものの、基本的に政戦両略を一手に引き受けていた一刀。
その負担が軽くなるであろうことを想像すれば、自然と頬が緩む。
なにせ、この時代の人間は一刀から見てストイックに過ぎる。
無論、父の厳しい教育によって一刀も自制は己が物としていた。
だがこの時代の人間の清貧さは、根本的な部分で彼とは違いがあるように感じる。
様々な遊戯に満ちていた元の世界を知る一刀とは異なり。
この時代はそもそも娯楽の種類自体が少なく、それを楽しむ時間も限られている。
また、日々生きることが容易なものではなく、余暇を楽しむ程の余裕がある者は限られていた。
一刀の自制とこの世界の者達のそれは、言わば人工的と天然的との違いと言えた。

一刀がその差を痛感したのは仕官後である。
少年時代は良かった。
無論、前世とは大きな違いがあったが、基本的に子供は学ぶ事が仕事である。
読書は元々彼の趣味であったし、武道も考え方によってはスポーツとも思えた。
それなりに熱を入れつつ、楽しむ余裕があった。

しかし、仕事となれば別だ。
文官の不足により多くの事務処理を彼自身が行う事となっていたが、単なる作業であるそれは苦痛でしかなかった。
献策にしても、彼の言に多くの責任が伴う事を理解していれば、自然と重圧となった。
更に、今取り組んでいる事は賄賂汚職の摘発である。
成果が上がった所で気持ちのよい種類の仕事ではなく、それが一刀の気を滅入らせていた。
故に、その負担を分かち合える仲間が増えるというのは、一刀にとって大きな喜びであった。
しかもその相手はあの荀文若だ。
この時代においても、その知は傑出しているのだろう。
華琳と接しているときのように、会話自体が非常に面白いと感じられる人物だろういう期待もあった。

——あった、のだが。


「司馬仲達。あんたなんかには負けないわよ」


その心を挫くくらいの、明確な敵意が感じられて一刀はため息を吐いた。




華琳と荀文若は、初対面であった筈だ。
だが、文若も一刀と同じように、華琳に対して感じるものがあったのだろう。
真名の交換を済ませた事もある。
華琳に対する忠誠心は既に揺らがないものになっているように見える。
一刀と同じように。

いや、あるいは一刀以上かもしれない。
その様子は心酔している、といっても過言ではないものだった。
その華琳が、一刀を股肱之臣として扱っているのが気に食わないのだろう。
夏姉妹も同じであるが、こちらは将としての役割が強く、文若とは被らない。
これから参謀として曹操に目をかけられたい文若から見れば、先にその立場にいる一刀は目の上のたん瘤である。
ましてや、その一刀の元で働くよう命じられたのである。
これは華琳が現段階では、彼女を一刀よりも下に見てるという風にもとれた。
それにえらく誇りを刺激されたようで、ことあるごとに彼女は一刀に食って掛かっていた。
生来の男嫌い、という側面も大きな理由としてはあったようだったが。


「斜行戦術と言ったかしら?確かにあれは見事ではあったけれども、私が軍師ならあれに負けないくらいのものを献策できるわ」

「えぇ、きっとあなたなら。お互いに切磋琢磨していきましょう」

「なんであんたなんかと!大体、そのすかした物言いが気に食わないのよ。……見てなさい、いつまでも舐められている私じゃないんだから」

「別に舐めているわけではありませんが……。本心ですよ?」


そう、本心だ。
流石にここまで非友好的な態度を見せられて、仲良く振る舞う必要性を一刀は感じていなかった。
かといってお互い華琳の部下であるから、表立って反目するわけにもいかない。
当たり障りなく、かつ若干の皮肉を混ぜて。
そして微かに混ざったその皮肉を汲み取れぬ程、彼女は鈍い人間ではなかった。


「精々今のうちに上から見てなさいよ。……すぐに、あんたが必要なくなるくらいの働きを見せてやるんだから!この私が、華琳様の腹心になるんだから!!」


その瞳から華琳への心酔振りが知れた。
そしてそれに隠れた熱情も。


「……ははは、そうですか」


一刀は理解した。
何故ここまで相手を許容出来ないか。
同じなのだ。
この荀文若と己は。
華琳に対して、主君としての忠誠心と同時にある種の感情を持っている。

——恋敵。

何もその感情を成就しようとは微塵にも思っていない一刀ではあるが、他者のものになるのを笑って見過ごせる程大人ではなかった。
一刀はその激情を内に封しながら、笑みを浮かべて言った。


「お手並み、拝見させて頂きます」


それが更に、文若を不快にさせると知りながら。

だがお互いが相手をどう思っていたとしても、二人は優秀であった。
また、不仲を理由に仕事を疎かにするような人間でもなかった為、荀文若を得た事で一刀の仕事は更に捗り、官の汚職は駆逐されていった。
免職となった官は八割にも及ぶ。
如何に済南の政が腐敗していたかを物語っている。
ただ、これが済南に限る事ではなく、おそらく全土が同じような状況であろうと一刀は見ていたが。

次に華琳が手をつけたのは宗教に関してであった。
民衆に悪影響を与える宗教を放置していては、黄巾の乱の二の舞となるであろう。
その判断には一刀も文若も揃って賛意を示し、邪教の排除を徹底した。
祠があれば取り壊し、集会があれば取り締まる。
一切の例外を認めぬその厳格さ、苛烈さは華琳の気性を表している、と一刀は思う。
この姿勢は好ましくもあるが、同時に問題も生み出す。
評価してくれる味方も作るが、また多くの敵も作ってしまうということだ。

つまりは彼女が洛陽北部尉を務めていた時と同じである。
宦官や外戚達の反感を買ってしまったのだ。






「さて、このように集るのは久しぶりかしら」


そう華琳が口にした為、一刀は自然と周りを見た。
夏姉妹、荀文若、そして自分。
現在の華琳の腹心のうち、主要な人員と言えた。

それぞれが華琳と会う事はよくあった。
夏姉妹は兵の調練を始めとした軍事に関する話を華琳としていた。
一刀と文若は、政に関する報告や相談は頻繁に行っていた。
また一刀や文若が兵の調練に参加する事もあった。

だが、このように五人が揃ったのは確かに久しぶりであった。
それが必要な程に、大きな事が起こったのであろうか。



「私に、東郡の太守の話が来たわ」

「流石は華琳様!おめでとうございます!!」


真っ先に反応したのは文若であった。


「華琳様、おめでとうございます!——で、秋蘭。大守になると何が変わるんだ?」

「いや、姉者はそこまで考えなくて良いぞ」


いつものやり取りをする夏姉妹。
対して一刀は、黙ってその場に座していた。
その様子を見た華琳は、悪戯を行うかのように笑みを浮かべながら、口を開いた。


「あら一刀。あなたは祝ってはくれないの?」


その華琳の言葉に反応し、ぎろりと睨みつけてくる文若。
その口からやかましい言葉が漏れてくる前に、一刀は口を開いた。


「いえ、そんなことは。ただ私には華琳様の考えが読めるだけで」

「——そう。言ってみなさい、一刀」

「東郡太守の座。お受けにならないつもりでしょう?」


その言葉に、夏姉妹も文若も唖然とする。
文若は何かに気付いたようにはっとすると、すぐに悔しそうな表情をした。
華琳は相変わらず笑みを崩さない。


「何故私がこの任を断ると思ったの?」

「単にその時期ではないと。宦官達の目を考えれば、華琳様はそう判断されるのではないかと思いました」


何も華琳の心の内を読んだわけではない。
"歴史知識"を利用したちょっとした知ったかぶりであった。
"史実"においても、曹操は一旦大守の座を辞している。
その時の状況と大して変わらず宦官達に睨まれている今の状況を鑑みれば、華琳も同じ判断を下すだろう、という考えだった。
元の世界の知識をこのようなしょうもない点数稼ぎのようなものに使う事に思うところがないわけではなかった。
だが一刀も必死であった。
これまでと違い、文若という"知"の分野のライバルが出てきた事で、一刀も華琳の関心を買おうとする。
性格的に、誰にも嫌われぬように八方美人の態度を取る一刀だったが、華琳に対する執着がそれを変えようとしていた。


「流石ね、一刀。その通りよ。私は今回、この話を断るつもりだわ」


前世に関する事を誰にも話した事はない為、他の人間から見れば慧眼を有するように映るだろう。
文若のこちらを睨むような表情を見れば、察せられる。

一刀と荀文若の、健全とは言い難いこの関係。
これが将来に暗い影を落とさぬとは限らない。
一刀は知っている。
"史実"において、蜜月の関係であった荀彧と曹操の間に亀裂が入り、最終的に荀彧は自殺してしまう事を。
今の荀彧の華琳への傾倒ぶりや、華琳の器の大きさを見ればそのような事は有り得ないと思われる。
だから、もし史実のような道を荀彧が辿るとしたら。
それは案外、自分が鍵となるのではないだろうか。

好きな種類の人間ではないが、自殺してしまうような悲惨な末路を辿らせたいとまでは思わない。
だが一刀は、浮かんだその考えを振り払う事が、どうしてもできなかった。















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