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[36123] 【チラ裏より】(SAO) Sword Art Online―EXTRA ギルドユニオンのキセキ 
Name: まつK◆7a02f718 ID:40bccb5a
Date: 2014/06/10 18:20
・ソードアート・オンラインの二次創作となっております。
・オリジナル主人公がパーティーやギルドで塔を攻略していく様を作者が妄想をまとめて書いていきます。
・本編キャラの出てくる予定です。
・作者独自の設定がでてきます。
・ゲーム版の内容は反映しておりません。
・ハーメルンへも投稿しています。
初投稿となります。
感想等いただけるとうれしいです。




12/11 1話投稿
12/14 2話投稿 タイトル変更 1話修正
12/20 3話投稿
01/08 4話投稿
03/09 5話投稿
03/18 6話投稿 タイトル変更 その他版へ移行
05/31 7話投稿 タイトル微変更
06/16 8話投稿
05/25 9話投稿 
06/01 10話投稿
06/10 11話投稿



[36123] 1話
Name: まつK◆7a02f718 ID:40bccb5a
Date: 2012/12/14 14:59
時間が進むのがこんなに遅いと感じたのはいつ以来だろうと思案しならがら、私、神子島健一郎はこの一時間で十数回目かになる時計の確認作業を行った。

――正式サービス開始まで後41分。

さっき見たときから2分しか過ぎていない時計、に若干イライラしつつまだ新しいナーブギア端末に手を置いた。

神子島健一郎。31歳。妻子有。趣味ゲーム。

《SAO》――完全ダイブ型初のMMORPGとの触れ込みのこのゲームは、発表当初からゲームファンやその手の掲示板、ニュースサイトを大いに賑わせていた。
ライトユーザーとはなったものの、社会に出てからもゲームを続けていたものとして、最初はボチボチ興味を引かれる程度のものだった。
βテストの募集が始まったというニュースを見て、とりあえずといった感で応募。倍率約100倍という狭き門をくぐり抜け、テスター枠に当選のメールをみた時にも、ラッキーだったくらいの感想しかもっていなかった。
そして、βテストを始めた時。学生時代に戻ったかのように嵌ってしまった。
テスト初日には昼間にゲームを始めてから、夕食にいつまでたってもやってこないと妻に蹴倒され強制ログアウトをするまで全てを忘れて没入していた。
次の日の仕事は仮病を使って休んだ。
そしてその日から仕事には新人に戻ったかのように意欲的に取りかかった。
全ては、空いた時間をゲームへの思索と睡眠に費やし、仕事を定時は終わらせ退社するためである。
帰宅の後は、日付が変わるまでログインし続け、休日には前日の夜から翌日の朝まで24時間ダイブし続けた。
そんな社会人としては間違った方向に精力的で夢のような日々がβテスト終了5日前―――妻の堪忍袋の緒が切れるまで続いた。
3時間にわたる弁明と8時間説得、必死の土下座それとナーブギア端末の尊い犠牲のもと、
①週に1日は家族サービスを取ること、②食事を毎日3食取ることを妻と娘に誓うという、菩薩もかくやという妻の裁定にて結婚後初の妻との諍いが終結した。

テスト最終日になんとか新調した端末を使ってログインした際に、ギルドのメンバーに伝えたところ

――
「お前馬鹿だろ!!!」
「MOGERO!」
「奥さん、女神ですなー」、などともらったことと含めていい思い出とさえいえる。

――正式サービス開始まで後10分。

そして正式サービス開始日。今現在、ようやく住み慣れたアパートではなく自身の実家にいた。
今日に至るまでに、上司と同僚に頼み込み有給と土日、あわせて8日間もの休日を確保していた。
ちなみに妻には、短期の出張だと伝えてある。
ゲームが始まってしまえば、間違いなく自身生活のの大部分をゲームがもっていってしまう。
そんな中で仕事ができるだろうか?私の判定はNOだった。
そして私の出した結論がこの8日間。最初の7日間に全てを忘れてやり込み、それでひとつの区切りとする。そして8日目には公約どうりに妻と娘とのデートに当てる。
以降はややライトなユーザーとして社会人に戻るという作戦だ。
一週間分のインスタント食料は用意した。妻と娘には一週間実家でゆっくりしてもらっている。
両親への口止めも万全。後は全てを尽くして楽しむだけだ。

――正式サービス開始時刻。

「リンク・スタート」 

始まりの言葉を口にしてゲームが始まった。

キャラクターネーム、アバターはβテスト時と同じものにするとあらかじめ決めていたので、入力は手早く終わり[始まりの町]へ早々に降り立つことができた。
自分と同じくテスターかアバターの設定に見切りをつけてスタートをきったと思われる人でスタート地点のそれでも広場は大いに混雑していた。
広場を駆け回る者、フルダイブ型のゲームの感触に歓声を上げる者、座り込んでシステム画面を確認する者、決闘をはじめる者。
どれもβテストを始めたときに見た光景だとおもうと、思わず顔がにやけるのをとめられなかった。
そんな中で何人かのプレイヤーたちはダッシュで広場から小道へ駆け込んでいく。スタートダッシュをかける元テスターだなとあたりをつけ、自分もその一人だと思い出した。
その後を追うように、いまだに人の増え続ける広場を後に自身も小道へと足を進めた。

βテスト時の記憶を頼りに町のとある商店へ歩く。この町ではその店でしか扱っていない一品のある店だ。
店に向かう小道は、リアルではなかなか見ることのない石造りの中世風の風景。
ひさしぶりにブーツ越しから伝わってくる石畳の感触が《SAO》に戻ってきたことを強く実感させた。
歩きながらシステム画面を確認する。初期のステータス、スキル、アイテム等々にそれほど変更はないようだった。
目当ての店に着くと既に先客のプレイヤーがいた。姿に見覚えのあるプレイヤーではなかったが、ここにいるということはおそらく元テスター。
テスターならば知り合いの可能性もおおいにある。
声を掛けようか思案していると、取引が終わったらしいプレイヤーと目が合った。
標準よりやや小柄な体格に長く赤い髪。男性キャラ。アバターに見覚えはなかった。

「あの、ちがってたらごめん。元『バーサーカー』の人?」

相手プレイヤーがそう尋ねながらこちらに向かってきた。

《バーサーカー》―――βテストの際に所属していたギルドの名前だ。
テスト終了時の人数は40人程度。それなりの人数がフロアボス攻略にも参加していた。
どちらかと言えばヘビーユーザーの集まったギルドだった。
2ヶ月弱の短い期間とはいえ、一緒に塔を攻略したメンバーは仲間と言えるだけの時間と経験を過ごしたとおもっている。
何人かのメンバーとはリアルでのメールのやり取りもあった。

「はい。そうですけれども……どちらさん?」

「元リック。おひさしぶり。そして今はディエスと名乗ってます」

元ギルドメンバーの一人だった。以前は2m近い大柄マッチョなアバターで大剣遣いをやっていたのだが……

「おひさしぶりです。アバター完全に変えてきたんですね。ちょっと意外です」

「んー、どうしようか悩んだんだけど、今度は長くなるだろうから、思い切って。そっちは、そのまま使ったんだね。おかげで一発だったよ」

リック―――ディエスが笑顔をうかべながらそう言い、彼の視線が上から下へと走った。

「この顔に意外と愛着があったようで」

そう言って頬に手をやる。このアバターはβテスト時に4回ほど作り直した結果のものだった。2ヶ月弱使っていて確かにそれなりに愛着もあった。
だが本音を言うと、新しく考えるのが面倒だったと言う事が3割。今のように知り合いが声を掛けてきてくれることへの期待が半分といった感じだ。狙いは達成できたといえる。

「他に誰かと会いました?」

「いや、今のところは。特別誰かと待ち合わせているわけじゃないし、ここにはこいつを買いに来ただけ」

両手持ちの大剣を掲げてみせる。

「今回も武器はそれを?」

「もちろん! 浪漫だからね!」

大剣を構えて、基本の縦切りを一閃。そのまま納刀をする。ぎこちなさの無いスムーズな動作だった。

「今日は一日?」

「もちろんそのつもりです」

笑ってそう返す。

「……これからの予定は?」

「今のところ特には……」

「それなら……一緒にどうよ?」

ディエスがシステムメニューを開きその指先が走る。
視界にパーティー申請のウィンドウが浮かび上がる。
誘われて断る理由はひとつも無い。OKを選択する。ディエスのステータスが視界に現れ、パーティーとなった。
システム的にはこれで全てなのだが足りないものがある。
記念すべき初パーティー。
ディエスの正面に立つ。
それでディエスも察してくれた。
人によって色々あるだろうがうちのギルドではこれだ。
掲げたこぶしを打ち合わせる。
そして一言。
「「よろしくお願い(します)」」

形式美というやつだ。


店で装備品を揃えた後、二人は未だ人の増え続ける町を後にしていた。
《はじまりの町》にはいわゆる、チュートリアル系のクエストを含めがかなりの数がある。
しかし時間と報酬の釣り合いを考えて、回復ポーションをもらえるいくつかのクエストを除いて、ほとんどをスルーする事にした。
フィールドに出て少し進むと《フレンジー・ボア》の姿が見えた。開始時の混雑を予想してか、見渡す限り《ボア》といった、かなりの数が配置されていた。レベル1相当のモンスターではあるが《フルダイブ》と《SAO》の両システムに慣れないうちは相当に苦労する。周りにも《ボア》相手に、四苦八苦するプレイヤーが見て取れた。

「リハビリに2,3匹いいです?」

フィールドを走りながら問いかける。
ディエスのほうも同じ事を考えていたのか頷きが返ってきた。
手近な《ボア》の一匹を目標にして、走った勢いのまま一撃。さらに一撃を加えたところで、一歩分ほど後ろに後退する。
こちらの攻撃を受け、戦闘状態となった《ボア》が下からかちあげる様な体当たりを行ってくるが、届かずに空振りに終わる。そのモーションを見て、上段からの縦切りでもう一撃。
それで《ボア》は、青いポリゴンなって消え、わずかな経験地とコルを手に入れた。
一呼吸ついて、もう二匹の《ボア》と戦った。
頭は戦闘を忘れていなかった。アバターはβテストの時の記憶通りに動いてくれた。
戦闘システムに関しても大きな変更は無いようだった。
ひさしぶりだったがイメージ通りに動けたことに、小さな安堵感を得た。
武器をしまい、ディエスの方へと向かう。
ディエスも戦闘を終えていた。ただその顔にはやや不満げな成分が見て取れた。

「久しぶりだけど、どんな案配?」

大剣で型をなぞるような動きをとりながら、そう問いかけてきた。

「私のほうは問題なく……なにかありました?」

「多分、アバターを変えたせいだと思うんだけど……、違和感が無いことが違和感に感じるというかなんと言うか……」

自分でも言葉にできないない、といった口調で言葉をにごしてきた。
一般的に現実の体と、ゲーム内のアバターに大きな違いがあるとうまく操ることができない。
極端な例を挙げると、腕を三本にすることもゲームによってはできなくも無い。ただその三本目の腕をそのほかの二本の腕と同じように扱えることはシステムによるサポートが無い限りいきなりは、まずできない。
目測で約30cm。ディエスは身長で変えてきている。細かい動作の中でそれが障害となっているのかもしれない。これはただひたすらに、体を動かし、慣れていくしかない。

「どうします?もう少しここでやっていきます?」

「いや、やってる内に気にならなくなると思う。先に行こう」

了解とだけ返し、再び二人で草原を走り始めた。

パーティーを組んで町を出るまでの間に目的地は決めていた。
《はじまりの町》から、グランドクエストである塔へと続く街道。
その途中にある村から、道を脇にそれて進んだところに居るモンスターを当面の獲物としていた。
本来なら街道に沿って進み、村で情報を得た後に向かうことになるところを、目的地まで草原を最短距離でひたすら走る。これがテスターの特権というやつだろう。
現実だったら3分、いや1分で根をあげて走るのをやめているような速度で進む。ただ走るだけならば走り続けられる。ゲームならではのいいところだ。
辺りの風景がずっと平坦だった草原から起伏が見られはじめるようになり、目的地の近くにきた事がわかった。目標としているモンスターには、討伐クエストがあるので、まずは発注元のNPCへと向かう。
NPCのところには先客がいた。1組の男女ペア。今度も両方ともに覚えの無いキャラだった。
ディエスの方に目を向けると、首を振って否定の反応を返してきた。だが、町の武器屋のときと違い、元テスターだと断定はできた。
この《SAO》は、なぜか攻略データの扱いが非常に厳しいかった。
通常のゲームであれば、例えクローズドβテストであっても、Wiki等の外部攻略サイトがすぐに立ち上がりデータベースができあがる。しかし《SAO》では、運営側の要請によりその手のサイトが作られなかった。
もちろん運営の要請に従わず、攻略データをまとめようとするものもいた。
しかし、攻略情報を流したと思われるプレーヤーのアカウント停止が何件か続くと、テスターからの情報も途絶えがちになり、まっとうなデータベースはできあがらなかった。
そうして、システムの情報やプレイムービーは広く公開されているが、具体的攻略情報はそれぞれ個人が持っているものだけとなった。
なので現時点でここに居るのは、情報を持っている元テスターになる。
また、そういった経緯でゲーム内での情報収集の必要性から、βテスト時フレンドリストはギルドメンバーを含め100人程度になった。ゲーム開始早々ここに居るようなプレイヤーなら半々くらいで知り合いだろうとの目星がつけられた。

クエストNPCの元に着くと、向こうのプレイヤーのほうから声を掛けてきた。

「すまないが、ここで狩をするなら俺たちも混ぜてもらえないだろうか?」

予想通りの問い。それ以上の反応が無いところから知り合いではなかったようだ。
プレイヤーが言葉を続ける。

「ただ、こっちの連れが完全な初心者でも良かったらなんだが」

堂々とした感じの彼と、その3歩ほど後ろで、どことなくぎこちない風に佇んでいるもう一人の彼女の様から、元テスターとそれに誘われて始めた初心者さんといったところだろうか。
初心者のサポートが好物で、火急の用事がない場合を除いてはパーティーを断らない主義の私としては、むしろウェルカムな状況である。
ディエスも同じく初心者、パーティー大好き人間ではあるが、一応形だけの断りをいれる。

「ディエス、いいですかね?」

「オッケーオッケー、大歓迎。オレは両手剣使いのディエス。ヨロシックー」

ディエスは予想以上にやる気満々応じてくれる。

「と、いうことなのでよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく。俺はジュリエット。テスターだったから、まあ適当に合わせられると思う。それと、こっちが連れの……おい、ほら、自己紹介だ」

「あ、うん、えーと。私……ロ、ロミオです。ゲームの初心者ですけど、よろしくおねがいします。……キョウちゃん、こんな感じでよかった?」

彼女のは、あらかじめ決めていた台詞を読み上げたといった声をあげた。

「馬ッ鹿、キョウちゃんじゃない。ジュリエットだ。ジュリエットと呼べバカモンが」

「ご、ごめんなさい。でも、ジュリエットっていうのはなかなか……」

思わず本名の方で呼びかけてしまったロミオを、ジュリエットが頭を小突いてたしなめる。
現実でも仲がよいのだろう空気を感じさせる。こういった光景を見ると、ゲームで身近な知り合いが自身にはいなかったので、昔は若干羨ましく思えたものだが、最近は名状しがたい感情とともに、ニヤニヤとした笑みが浮かんでくることが多くなった。
ディエスの方も似たような笑みを浮かべ、それを隠すように口元に手を当てていた。
そんなこちらの様子に気づいたジュリエットとロミオは、しまったという表情で、互いに一歩距離を取り、こめかみに手を当て考え込むような素振りを見せた。

「そっちの話はOK?」

隠しきれていないニタニタした笑みを浮かべながら、ディエスが問う。

「ああ、すまない。時間を取らせた」

器用に表情をリセットしてジュリエットが答える。

「それじゃあ、ちょっと作戦会議。そっちのふたりは何を使う?」

「そうだな――ロミオには槍でいかせるつもりだ。それで俺が盾でカバーに入る。そっちには攻撃をおねがいしたいと思っていたんだが……」

「了解了解。ただ一応きいておきたいだけど、ジュリエットさんテストの時も盾つかってた?」

「……いや。だがここいらでなら十分にこなせるとは思う」

その言葉に、我が意を得たりといった感で私とディエスが顔を合わせ頷きあった。
そうして私が提案した。

「でしたら、その盾役は私にやらせてもらえませんか?一応メイン盾を張ってましたので」

ジュリエットがロミオに視線をやり、一瞬考え込む。

「そうだな、それならそちらにお願いしよう。スパルタで頼む」

話について行けていないロミオが、きょとんとした表情を浮かべていた。



「うう、やっぱり……、大きい……」

これから狩るモンスターをみて、ロミオが思わずそう漏らした。
《ビック・フレンジー・ボア》。その名前のとおり町の周りで狩った《フレンジー・ボア》を、縦横ともに2倍程度に大きくしたモンスターだ。
《フレンジー・ボア》と比べて、見た目から受ける圧迫感は4倍。
そのギャップと、胸の高さまである体高とをあわせて、現実では見ることの無いまさしくモンスターに見える。

「それじゃあ……いくよー」

そんなモンスターを前にしても、ディエスは特に気負った事も無く、剣を振りかざして周りに合図をしてきた。

「了解」

「っは、はい」

「ゴーゴー」

全員がそれぞれ合図に返す。
ディエスが両手剣を大きく振りかぶって、狙い済ましたファーストアタックを決め、戦闘状態に入った。
敵のターゲットが、ファーストアタックを決めたディエスへと向かう。
ディエスは続けて攻撃はおこなわず、敵の攻撃へと備えるために、大剣を構えやや腰を落とした。
敵を真ん中において、私とロミオ、ディエス、ジュリエットで三角形を作るように位置を取る。
三角形は敵の正面と、左右の敵後方で二辺の長い二等辺三角形になる。
今回の基本となる配置。
正面で敵のターゲットを取っているディエスが回避や防御に徹している間に、他の三人は背面や側面から攻撃を加えていく。三人の何度かの攻撃の後、ジュリエットの鋭い一撃が背面から決まる。
その一撃がディエスのファーストアタック分のヘイトを超え、敵のターゲットがディエスからジュリエットへと移る。

「大きく回りこみます。それと、敵が次こっち向いたら、攻撃は控えめに」

「は、はい」

ロミオにそう言って、敵の側面を二人で走り抜ける。再び敵の背面を取り攻撃えをはじめる。
先ほどまで防御に回っていたディエスは素早くに攻撃に転じていた。
また、正面を取ったジュリエットは意外なほどの慎重さで攻撃を捌いていた。
そうやって、敵に合わせて動きつつ、攻撃と防御の役割を回しながら攻撃を加えていった。
敵のHPを6割ほど削ったところで、攻撃のターゲットがロミオへと向いた。できる限りロミオへと向かないように、調整しながら戦っていたのだが、若干のランダム性があるので完全には思惑通りにはいかない。
《ボア》の巨体を正面に見据えたロミオの体が、若干こわばるのがわかった。

「ロミオさん、敵のタゲがそっち向きました。私が割り込みますから、多めに距離を取って敵をよく見ていてください。」

「わ、わかりました。お願いします!」

《ボア》とロミオの直線上に体を割り込む。
背中越しに返事が聞こえてくる。
それと同時に《ボア》の攻撃の予備動作が見えた。いくばくかの溜めの後、後ろにいるロミオに向かって突進。
前面に迫る敵、背後には守る味方。
ようやくきたタンカーとしての見せ場に気分が高揚していくのがわかった。
向かってくる《ボア》に対して正面に盾を構える。
《ボア》と構えた盾とがぶつかり鈍い打撃音あげた。
現実であれば軽自動車がぶつかってくるようなもの。跳ね飛ばされるか轢き倒されるどちらかになるだろう。
だが今ここでは、ステータス、装備、スキルの兼ね合いから《ボア》の突進を完全にガードし押さえ込むことに成功していた。

「ナイスタンカー。相変わらずいい仕事してるー」

動きの止まった《ボア》に対して、この結果がわかっていたディエスが《ボア》のターゲットをロミオから奪うべく、間髪いれずに攻撃を加えた。
ほどなくターゲットがディエスへと移り、再び三人での攻撃が始まった。
そして敵のHPがほぼ削り切れたところで、敵のHPバーに注視しながら攻撃を緩めた。
同じく攻撃役に回っていたディエスへアイコンタクトを送り、そのまま視線を《ボア》と攻撃に集中しているロミオへ順に送ると、ディエスは小さく肯きの攻撃を緩めた。
そしてロミオの槍の一突きが入ると、敵のHPが完全に削りきれ、パーティー最初の獲物は青いポリゴンとなって消えていった。

「意外とやるじゃん、ロミオさん」

「いやいや、ロミオならこれくらい余裕でやってくれると俺は信じてた」

未だ武器を構えたままのロミオのもとにディエスとジュリエットが集まってきた。

「戦闘おわりましたけど、どうでしたロミオさん?」

「はっ、いえ、ふしゅ」

言葉になっていない声を上げて、その場にペしゃんと座り込む。

座り込んでいるロミオの頭に手を置いて、ジュリエットがもう一度静かに短く問いかける。

「どうだった?」

「うん。楽しかった」

その答えに三人の顔がほころぶ。

「どうだ、少し休憩するか?」

ロミオはジュリエットの顔をじっと見つめたあと答えた。

「ううん。これくらいじゃあ全然足りないんでしょ?暫くはキョ……ジュリエットに付き合うって約束だったから。今日はジュリエットの気が済むまでがんばる」

「そうか……それじゃあ、取り敢えず日付が変わるくらいまでか?」

ジュリエットは優しげな表情から一転、至極真面目な顔でそう言った。

「えっ?」

ロミオがきょとんとした表情を浮かべる。

「私たちもそれくらいまでなら、お付き合いできます。次からは徐々にペースを上げていきましょ」

「ええっ!?」

想像していた事態とちょっとずれていたことに、あわてて声をあげるがほかの三人は総スルー。

「おーい、それじゃあ次いくよー」

いつの間にか次の獲物の隣にいたディエスが呼びかける。

「や、やっぱり、ちょっと」

なおも制止をかけようとするロミオをジュリエットが引っ張りながら、次の獲物へと向かっていった。


日付が変わるまでとは言ったものの、実際には2~3匹ごとに小休止を挟みながらモンスターを狩っていった。狩りの合間に聞いてみたのだがロミオはゲーム自を、普段はほとんどやっておらず、この《SAO》が初めてとなるそうだった。
飲み込みが早く本人も意外なほどやるきを見せ、3時間ほど狩り続けてから大きな休憩をとることにした際には、私が壁となる必要がなくなるほどだった。

「それじゃあ、ちょっと休憩にしましょう」

私がそう言うと、全員がその場にどっかと腰を下ろした。
肉体的な疲労が存在しなゲーム内ではあるが、それでもやはり休憩が必要になる。
精神的な疲労からか、長時間継続して狩りなどを行うと、集中力が落ちて目に見えてミスが多くなる。
2~3時間が休息をとる目安としていわれていた。

「それにしてもロミオさんは、あっという間に上手くなったね」

「もう私のフォローも、ほとんどいらないくらいですし」

「意外と才能があったのかもしれん。俺に追いつくのもそう遠くないんじゃないか?」

ジュリエットが茶化したように同意する。

「そんなことないですよ!皆さんの足引っ張っちゃって。皆さんのおかげです」
ロミオは三人からの賞賛に、恥ずかしがってわたわたと手を振って否定した。

「まあ、みんなのお陰っていうのはあるかもな。俺はともかくそっちの二人はハンパないよ」
今度の賞賛にの言葉には、茶化すことのない真摯な成分が含まれていた。

「まあ、それほどでもあるかもね」

ディエスはやたら気取った態度をとって、その評価を受け止めた。
実際にプレイ時間や経験、といったもの以上の差がディエスのプレイにはあった。
そして、その様があまりにも決まっていたので全員で声を上げて笑ってしまった。
ひとしきり笑ったところでジュリエットが思いついたように言った

「そうだ、もしよかったらフレンドの登録いいだろうか?それと名前は呼び捨てでかまわない」

「ええ、構いませんよ」

フレンドの数が増えて困ることはないので、私もディエスも快く受ける。

そして休憩を終え再び狩りを始めようとした時、不意に大音量の重厚な鐘のような音が響いた。
ロミオから「ひゃわっ」という悲鳴が聞こえ、私も思わず身をすくめた。全員が立ち止まって、あたりを見渡す。

「びっくりした……何かのイベントですかね?」

「確かにこの音はびびったわ。ログインする前に公式サイト見たけど、イベントの告知は無かったとおもったんだけどなぁ……」

「だとすると突発のイベントかもしれんな。それにしてもロミオさっきの悲鳴」

ジュリエットがいい笑顔でロミオにサムズアップ。

「し、しょうがないじゃない。いきなりあんな音がするんだもん」

ロミオがわずかに頬を赤くして抗議の声をあげる。続けて言い募ろうとしていたようだが、立ち上がる青い光によってさえぎられた。

「これ……なに?」

「心配すんなロミオ。ただの転移、テレポート……まあ移動するだけだ。けどこれはな……」

先ほどの笑顔から一転、やや困惑顔でそういった。
この状況にディエスは苦笑いを浮かべていた。
私も多分同じような顔をしているだろう。
先ほどの鐘の音程度ならびっくりしたくらいでいいかもしれないが、これはアウトだ。
事前の告知もない強制テレポート。
戦闘中やクエスト途中プレイヤーからは、この後のイベント内容や運営の対応次第ではクレームの嵐になるかもしれない。
そんなことを考えているうちに一際強い光のあと転移が終わった。
周りの風景から転移した場所が《はじまりの町》の広場だろうとあたりはつけられた。
ただ広場には、見渡す限りに、人、人、人。

「なんなんだ、この人数は……」

あまりの人波に、限界を通り越してあきれてしまったようにジュリエットが呟く。

「迷子になるとめんどくさいから、はぐれるなよ」

「この年で、迷子とか言うな」

ジュリエットがロミオの腕をとるがあえなく振り払われる。

「しっかしこれ、ひょっとしたら、ログインしてる奴ら全部集めてるんじゃないか?」

「強制転移だったのと、この人ごみを見るにそうかもしれないですね」

「オープン初日に突発の全員強制参加のイベントとか熱いな!なあ、ロミジュリの二人、イベントの

内容にもよるけどこの後も一緒に『おい、あれはなんだ!』」

そう言いかけるディエスは、ひときわ大き誰かの上げた叫び声に気を取られ途中で遮られた。

空が見渡す限りの一面、赤と黒の二色に染められていた。よく見ると《WARNING》と

《attention》の文字だった。そして、それを背に大きな人が人影か浮かびあがる。私はただそれを眺

めているだけたっだ。
やがてその人影が厳かに告げた。

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

その言葉で彼のゲームは終わり、新しい現実が始まった。






[36123] 2話
Name: まつK◆7a02f718 ID:40bccb5a
Date: 2012/12/14 15:24
「パンとミルク、あとリンゴを頼む」

「はいよ。パンとミルクとリンゴだね」

売り子のNPCに「あぁ」とだけ言って返す。

「まいどあり。またよろしく頼むよ」

システムメニューを開き、今しがた買ったアイテムがあることを確認して店を後にする。
店を出た後はそのまま拠点としている民家へと足を向けた。
カツッ、カツッ、カツッと石畳を踏む足音が辺りに響く。
辺りに人影は見当たらず喧騒は遥かに遠い。
大通りから離れている事と夕暮れ時ということをあわせても、とても9000程の人が居る町とは思えない静けさだった。
おそらくは混乱と逃避からくる、停滞と静寂。
それがあのゲームが終わった日から7日が過ぎた今の世界の在りようだった。

拠点としている民家は二階建てで、大通りからひとつ脇道に入った通りに立っている。
拠点にしているといっても、より正確に言えば二階にある二部屋のうちの一室を借りているだけだ。
この世界では特定の物件に対して、それに応じた金額を支払うことで一定期間その物件を占有できた。
規模の小さいものは民家の一室から、大きいものでは城一つと結構な種類がある。
占有することで、物件によっては様々な特典があったりもするのだが、基本的にはその場所への出入りに制限が掛けられるだけだ。
だが今のような先行きが不透明な状況で、不特定の他人と会わずにいられるプライベートな空間が持てるということは精神的にとても助かることだった。
今は、同室にディエス、隣の部屋にロミオとジュリエットがいるので個人の空間を持つということには失敗していたが。
もっとも、そのことに感謝するとこはあれっても、鬱っとおしく思うことはなかった。
無人となっている家の一階を通り抜け、ギィと音を立てる階段を上る。
階段を上りきってすぐの扉をノックすると、緩やかに扉が開いた。

「おかえりー」

夕食の途中だったのか、パンを片手に軽い口調で一人の少女が出迎えてくれた。

「ああ。ただいま、ディエス」

部屋の中に入ると、照明の明かりで窓ガラスに浮かび上がっている自分の見えた。
アバターではない、現実の自分の顔だ。
あの広場での出来事の際にこうなった。
この事件の首謀者と思われている茅場晶彦曰く、プレゼントだそうだ。
これが遊びではないと分からせるための演出なのだとしたら、確かに効果的かもしれない。

「どう?そっちは今日なにかあった?」

ベットの上に座り込み、広げたあった食事を再開しながらそう問いかけてきた。

「この街の周辺はもう何も出てきそうにないですね、これといって楽しい話もありませんでした。ただ少し相談したいことがあります」

「今でもいいけど、なに?」

「あー、ジュリエットとロミオにも聞いてもらいたいので、後で集まった時に」

「了解。あ、夕食たべた?まだだったらこれ食べる?」

「いえ、買ってきましたので大丈夫です」

部屋に一脚だけあるテーブルに先程買った食料を取り出す。
この部屋には他に私の使っているベットと椅子がひとつあるだけで、広さもビジネスホテルのツイン程度の広さしかない。
以前のアバターならともかく、ネナベであったことがバレてしまって、年頃の少女のディエスには、見知らぬ30過ぎの男性と寝起きを共にすることに抵抗感、もっと言えば拒絶感がありそうなものだが、彼女はそのあたりのことは気にならないらしい。
本心はわからないが少なくとも表面上は、そう見える。
あの広場での出来事のあと、それまでパーティーを組んでいた成り行きで、私たちは四人で揃って広場から離れ、この部屋で一晩を明かした。
次の日になって隣の部屋を確保したが、それ以上この街では寝床として使えるところは全て埋まっていた。
幼なじみであるらしい(ロミオはあくまでただの幼なじみと主張)ジュリエットとロミオに、別れて部屋を使ってもらうか、私が野宿するかと考えていたところ、

「いや、このへやでいいじゃん。なにか問題あるの?」

と逆にあっさりと問われて、この部屋を使わせてもらっている。
大の大人でも取り乱しているこの状況で、取り乱すことなく、あまつさえ他人にまで気をかけられる彼女には、敬意の念を浮かべずにはいられなかった。
ベットの上に食べ物を広げ、片っ端から食べ散らかしている今の姿を見ると、それもだんだん薄れていきそうではあるのだが。

「よくそんなに食べられますね」

「んー、確かに大概残念な味だけど、いくらでも食べられるっていうのは、なかなか贅沢なもんよー」

次々と食べ物を口に運ぶ彼女は、確かに楽しそうに見えた。

「それに、結構な味のバリエーションあるしね」

「私は食べなくていいなら、できれば遠慮したいくらいです」

先ほど買ったパンを口元へと運ぶ。
あるかないかの仄かな香りとパサッとした食感、それとほんのわずかな苦味。
三日くらい外にだしっぱなにして干からびさせたパンのようだが、確かにここがゲームの中にもかかわらず、本物のパンを食べているような気にさせられる。
茅場晶彦のイカレタ宣言でゲームでの死が現実の死に直結すると言われるようになってから、このゲームに歓迎できないいくつかの変化があった。
そして今そのうちのひとつの状態になっている。
文句を言いながらも、食事を 摂っているのもこのためだ。
ゲーム風ににあわせていうなら、状態、空腹あるいは飢餓。
おおよそ、6時間~8時間ほど時間が経過すると、のどの渇きと腹が減ったような感覚がやってくるようになった。
もっとも、これは空腹感を我慢さえできれば放置してもステータスにマイナスとなる要因はなく、餓死という最悪の事態にならないことも、これの解消法に気が付かけなかった一部のプレイヤーの経験からわかっている。
そしてこの状態の解消は簡単だ。
食材、食品アイテムを一定量食べさえすれば空腹感は消えてくれる。
最も安価な食品は1コルから売っており、時間をかけて探しさえすれば街の中でも無料で採取することもできる。
なのでこれだけならばそれほどの事ではなかったのだが、これに追加された味覚のという要素が相まって大きな不満の種となってくれた。
この街で手に入る食事が総じてまずいのだ。
二日目に初めてに食べた最安価のパンは最後まで食べる事を断念せざるを得ないほどの代物であったし、今食べているこの街で最も値の張るものでさえ、現代の食料事情になれた舌には不満の元にしかならない。
食事に関してはこだわりがあったわけではなく、どちらかというと食べられさえすれば不満はない、というスタンスであったのだが、美味いメシというもののありがたみがここに来てわかった。
まずい飯とは日々の生活全体から瑞々しい潤いを奪っていくものなのだ。
水で薄めたようなミルクで、パンを飲み込んで、酸っぱすぎるリンゴをデザートとして今日の夕食を終えた。

コンコンコンと扉がノックされた。
椅子から立ち上がって、扉を開ける。

「こんばんわ」

「お邪魔する」

ジュリエットとロミオの二人が入ってきた。
毎日こうして集まって、情報交換や雑談などを行って過ごしていた。
ロミオがディエスの隣に座り、ジュリエットが椅子腰掛ける。

「それじゃあ早速、ジュリエット」

「ん、なんだ?」

「昨日の続きで、『新歓コンパ16人抜き』の話お願い」

「ちょ!?……キョウちゃん!」

壁に背を預け座っていたロミオが、はじかれたように驚きの声を上げ、ジュリエット視線を向けた。

「あー、なんとなく、つい……」

ジュリエットは、ロミオからの視線を微妙に逸らしながら呟いた。

「ついじゃ、ないでしょ、ついじゃ。それに、ほらそんな話じゃなくて、もっとこう、今日の報告とか新しい情報とか話し合うことがあるでしょ!」

ロミオが気炎をあげる。

「まあ、そうですね。まずは今日の報告から」

私の短い賛同の声にロミオに笑顔が浮かぶ。
だが、ここは流れに乗っておくときだと判断した。

「今日は特になにもありませんでした。私からは以上です」

笑顔から一転、裏切られたものの絶望感がロミオから見て取れた。

「私は、パース。今日はなんにもなかった」

「俺からも特別にはないな。後はロミオ、今日一日一緒だったが、なにかあったか?」

「うっ……何も……ないです」

その口調からは、悔しさが滲み出ていた。

「それじゃあ、ジュリエットお願い」

「ちょっとその話なし、やめやめ!」

話始めようとするジュリエットを阻止せんと、ベットから立ち上がるロミオに、ディエスが絡みついて止める。
一番年下のはずのディエスに、いいようにからかわれているのは、ロミオがそういう性分なのだろう。
この、ゲームに閉じ込められるというおかしな状況下にいても、こんな空気でいられることの幸運に改めて感謝した。

「そういえば、おじさん何か相談事があるんじゃなかったけ?」

ロミオの武勇伝と、それに関わるいくつかのエピソードが語られ終わったころに、ディエスがそう尋ねてきた。
夕方、ディエスにああはいったが今までの光景を見ていると、話すべきか正直迷っていた。
あるいは適当な話題で、お茶を濁して終わることも考えた。
だが結局は自分の考えを優先させた。
居住まいを正して、口を開いた。

「塔を攻略しようと思う。その計画も考えた。それについて意見が欲しい。そしてできれば3人に協力して欲しい」

部屋の空気が張り詰めたものになる。
私はそのまま、その計画の概要と、計画に関して思いつく限りのことを、今は全てを話すことが誠実さだと考え話した。

「アタシはその話乗った」

話が終わると、ディエスがいつもどおりの軽い口調で賛同してくれた。

「そんな即決しなくても、よく考えてからでいいんですよ?」

「どうせ、そろそろ攻略には行こうと思ってたし、行くなら、なにかの指針があったほうがいいに決まってる。丁度よかった」

ジュリエットは無言で深く考え込んでいた。
そんなジュリエットを、じっと見ていたロミオが声を上げる。

「わ、私も、やります」

「なっ――」

「べ、別にジュリエットの考えの、後押しをしようとか言うのじゃないからね!私がさっき聞いたこと、今までのことを考えて決めたの。さあ、あとはジュリエットだけ。どうするの!?」

まくし立てるような早口でジュリエットに問いかける。
ふっーと、ジュリエットがため息を吐く。

「お前が行くなら、俺がついて行って、面倒を見なけりゃだろ」

そうしてジュリエットも賛同の意を示し、私達の攻略が始まった。



二日後の朝、話し合った攻略計画の始まりとして、私たち4人はパーティーメンバーを募るために街の大通りへと来ていた。
ここは恐らく今現在この世界で最も人口密度の高いところになっている。
一部のプレイヤーたちは攻略の為この街の外へいっているが、それでもいまだ数多くののプレイヤーがこの街にはいた。
元テスターや目端の利くプレイヤーは早々に宿屋等を確保してそこを寝床としていたが、この街の宿泊可能施設にも限りがあった。
あるいは、私たちの様に拠点をシェアできれば、もっと多くの人がが拠点を得られていたのだろうが、なんらかの縁がなければ全くの他人同士にそれは難しいだろ。そうして溢れた多くのプレイヤーが、拠点となっている宿屋や商店の多い大通り に、一人ではいられず、かと言って他人とは肩を寄り添り沿ってはいられず、といった微妙な距離で集まって野宿を行っていた。

「この辺りでいいか。じゃあ、行ってくる」

これから始める事を思うと気分が重くなる。
有るはずのない胃が痛んでくるような気がして、おもわず胃薬が欲しくなった。

「いってら『ちょっと待った』」

ロミオとジュリエットの声をディエスが声高に遮る。

「ダメダメだね」

何故かちょっと得意げにダメ出しをするディエスに三人の視線が集まった。

「鏡が無いのが残念なくらい辛気臭いな顔してる。そんな顔じゃあ、誰もやってこないね」

その言葉に釣られて手のひらが自然と頬にいく。

「んー、確かに……」

渋い顔でジュリエットが控えめな同意を上げた。

「そんなにひどい顔してましたか?」

「リストラされたことを家族に伝えられずにいる、公園でブランコに乗ってる人って顔だね」

やたらと具体的な事例を挙げてきた。
思わずかぶりを降る。

「それは――確かにひどい顔だ。ところで……そうだな、その人はまだ公園にいると思いますか?」

「んにゃ。テレビドラマで見ただけだからね」

「それはなにより」

投げやりな感想を述べながら、妻と娘のことを思い浮かべる。
そうやって自身の中にあった暗く重い感情を隅に押しやりニヤっと笑みを浮かべた。

「こんな顔でどうですか?」

「んー、合格。いい顔になった。あと二十年若かったらオトモダチから初めてあげてもいいよ」

「……顔で男と選ぶのは感心しません。それと私まだ30歳です」

ディエスの軽口を流しながら、幾分軽くなった気持ちで大通りへと足を進めた。


「『あー、外に一緒に狩りに行く方を募集します。こちら4人パーティーです。経験のない方でもOKでーす。ご一緒ににいかがですか~?これから狩りに……』」

まるで、学生時代の呼び込みのバイトだなと思いながら声を張り上げる。
何度か同じようなことを繰り返し呼びかけたあと、あたりを見渡し反応を伺う。
この通りにいるプレイヤーの耳には届いてはいたようだが、名乗り出てくるプレイヤーはいなかった。
ひと呼吸ついて、再び声を上げ通りを歩く。
成果は上がっていないが反応は悪くないと思う。
いくつかの好奇心の混じった視線を受けながら、区画一つ分を過ぎたところで最初の成果が上がった。

「すいません。少しよろしいですか?」

声を掛けてきたのは壮年と老齢の間といった年齢の、しかし闊達そうなプレイヤーだった。

「はい。ええと、なんでしょう?」

「行く先などはもう?」

「ええっと。一つ先の村近辺のモンスターをと」

「なるほど。それと、全くの初心者なのですがそれでも…?」

「はい。構いません」

努めて明るく答える。さらにいくつかの問いを受け答えをすると相手は満足げに頷いた。

「それでしたら、一つパーティーを組ませていただけますか?」

相手から望んでいた言葉が出てきた事に、自然と笑みが浮かんだ。

「是非に。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。私の名前は……」

そう言いかけてから、彼は何かを考えるような素振りを見せたあとに、堪え切れないといった様子で肩を震わせて笑い始めた。

「……どうかされました?」

「し、失礼……」

周りと自身を見回し始めた私に、笑いを収めながら手を挙げてこちらを制してきた。

「この顔が元に戻るまでは大して気にもしなかったのですが、この年になってこんな名前を名乗る自分が想像以上に愉快でして」

「はっはっは、確かに。ですが、それならこれからもっと愉快なことになりますよ。なにしろ、剣を持ってモンスターを狩りに行くんですから」

「なるほど、その通りですな。ジークフリートといいます。……改めてよろしくお願いします」

そのあとも、ジークさんを連れだって通りを一廻りしたが、あとひと押しが足りないのかそれ以上の人は集まらなかった。
そのまま三人の元に戻り、ジークさんを紹介した。
予想以上に集まりは悪かったが、誰も落胆することな言葉を挨拶を交わしていく。

「それじゃあ、次はアタシ達の番かな」

「はい」

ディエスは腕まくりをしてやる気をみせ、ロミオは口元を引き締め意を決したという顔をしていた。

「あの……あれは?」

「人の集まりが悪かったので、追加の募集をと思いまして」

黄色い声を上げパーティーの募集を始めた少女二人を見て、ジークさんに理解の色が浮かび、面白そうに笑い始めた。

「くっくっく、なるほどなるほど。これなら私もこちらに釣られるべきだったですかな」

このご老人は、見た目以上に中身もまだ若いようだった。

「釣られるなんて人聞きの悪い。ただ、私のようなおじさんよりも、彼女たちのほうが名乗り出るに楽かとは思いますが」

程なくして二人が10人ほどの人を、引き連れて戻ってきた。
半数以上はディエスが、強引に引っ張ってきていたように見えたが、今回は気にしないことにした。
これから行く狩りの内容などを説明すると、二人ほどが無言で立ち去っていったが、それでもほとんどの人は残ってくれた。
総勢12人、丁度よく2パーティーを組み、装備や経験の有無を確認した上で街を出発した。
目標は1日目と同じく《ビック・フレンジー・ボア》だ。
雑談を交えながら、ややゆっくり目に草原を走る。
多少時間が掛かりながらも、目的地についた。
下調べは昨日のうちに済ませてあり、仕様の変更がないことは確認済みだ。

「それじゃあ、まずは私のパーティーでやってみます。そちらのパーティーの方々はみていてください」

そう言って《ボア》と相対する。
今回は私の後ろに、二人の初心者プレイヤーがおり、《ボア》を挟んだ向こう側には両手剣から、片手剣と盾に持ち変えた、ディエスを含めた三人のプレイヤーがいる。

「いきます」

私は掛け声を上げ、《ボア》に切りかかり、そのままやってきた《ボア》の反撃を盾で受け止めた。

「アタシたちもいくよっ。さっき言ったとおりに、最初はアタシと同じ場所からスキルを撃つだけでいいから」

私が盾で受け止めた事をみて、ディエスが攻撃に移り、その後ろにいたプレイヤー達も遅れて攻撃に参加した。
二人のプレイヤーの当たったり当たらなかったりの攻撃に、ディエスも合わせていたが、やがてターゲットがディエスへと向かった。

「本業じゃあないけど……うっし、来い」

盾を構えて、攻撃を受ける。

「今度はこちらの番です」

ディエスたちと同じように攻撃を始める。
一日目に私達がロミオに取った作戦を、より突き詰めた形になる。
お手玉をするように、攻撃を繰り返し、多少の時間はかかったものの、程なく《ボア》を倒すことができた。

「お疲れ様でした。それじゃあ、次はそちらのパーティー」

「おう、任しておけ」

同じく盾を持ったジュリエットが自信ありげに頷く。
こちらは、ジュリエットと参加者の中に一人だけいた経験者に盾役をお願いしていた。
最悪ロミオに盾を持ってもらうことも、想定していたのでこの点は幸運だった。
こちらも問題なく終わり、本格的に狩りを始めた。
最初は全員がおっかなびっくりといった、ぎこちない動きだったが、それぞれの盾役がカバーに入り危険がないことがわかると、その硬さも次第消えていった。
そして、攻撃のコツを掴み、レベルやスキルが上がってきた頃には、心なしか余裕すらが感じられるようになった。
太陽が南中に達しようとするくらいで、予定通り一度街に戻ることにした。
もう少しできる、という声も上がったが今回は遠慮してもらった。
クエストを精算し、近くの村へ。
そこから転送で街にもどる。
転送にも料金がかかるが、今日の狩り分で十分に支払える。
ほどなく、街で朝、募集をかけた場所まで戻ってきた。

「今日はありがとうございました。久しぶりに気分が晴れましたよ」

ジークさんが、言葉通り晴れ晴れとした顔でそういった。

「いえいえ、こちらこそ。それと、もうしばらく付き合ってください」

こちらの意味ありげな言葉に、好奇心を刺激されたようだった。
そこへ、ディエスがやってきて一個のパンを渡してまわった。
パン自体はこの街で売っている、普通にまずいパンだ。
狩りに行った全員に、パンを渡し終わると、あたりに聞こえるように声を上げた。

「はーい、皆さん狩りお疲れ様でしたー。ここでお得な情報をひとつ。何も言わずに今渡したパンに、クエストでもらったクリームをつけて食べてみてー」

自らも率先してパンを食べ始める。
そして、言われるままにほかのプレーヤーたちも食べ始めると、全員が感嘆の呻きを上げた。
そして立ったまま感嘆の声を上げながらパンを食べる、シュールな集団ができていた。
甘いクリームで好みはあるだろうが、食べ難いパンから食べられるパンへと変わっていた。
この街の食事情からすれば、十分にうまい部類に入る。

「パンはそこらの店で売ってるから、まだ食べたい人は買って食べるといいよ」

話は以上と、自分もパンを再び食べ始める。
そこへ周りで話を聞いていた一人のプレイヤーが駆け寄ってきた。

「な、なあ。もしよかったら俺にも、それひとつ分けてくれないか?」

「んー、タダで?」

「……」

プレイヤーが押し黙る。

「一応これ、外で危険なモンスターを倒して取ってきたもんなんだけど」

ディエスが若干高圧的な態度で告げる。

「物々交換でもいいけど、なにかもってる?」

「あー、いや、特に……」

ディエスは考えるそぶりを見せたあと、少し優しげに続けた。

「仕方ない、なら少しついて来て。無いなら手に入れるしかないでしょ」

「えっ、え?」

うろたえるプレイヤーを強引に連れていく。
彼女が向かった先は、街中を回るだけで報酬が貰えるいわゆるお使いクエストの一つだ。
ほどなくクエストを終えたふたりが戻ってくる。

「はい、これ報酬でもらったポーションと交換ね。……数?こっちは一つだけ出すからそっちはいくつでもいいよ。あとこれおまけのパン」

交換を済ませたプレイヤーがパンを食べ、また嬉しそうな声を上げた。
そこでジュリエットが声をかける。

「他にもこれが欲しいというのがいたら、クエストから付き合うが?」

その言葉にまた、何人かのプレイヤーが集まってきた。

そして最後に私がこう告げた。

「また、午後から狩りの募集をします。興味ある方は是非にー」

そうして、ほんの少しではあるが停滞していた世界が動き始めた。


後書き

タイトルいいのが浮かびしだい変更します。とりあえず暫定ですいません。
原作を新刊を含めて読み直しています。もちょっと知識つけます。
次話から本編キャラでるようにすすめています。
感想ありがとうございました。




[36123] 3話
Name: まつK◆7a02f718 ID:40bccb5a
Date: 2012/12/20 16:16
この世界は危険だ、この世界は恐ろしい。
多くのプレイヤーたちが、言い方こそ異なっているが、そう口にしている。
街の外には、数多くのモンスターが徘徊し、迷宮には死に至る数々の罠がある。
それらのモンスターに襲われ、あるいは罠にかかり傷を負って、キャラクターの HPがなくなれば、その先には本当の死が待っている。
この一ヶ月に満たない期間で、実際死亡者は千数百人にのぼる。
何もせずに街にいるという選択には、今のところ絶対の安全がある。
街の外にでることが、現実での何倍もの危険が溢れているということは、揺るぎようの無い事実ではある。
そして、塔の攻略ではさらに死が近い。
それでも私は塔を攻略することに決めた。
遥か百層の彼方にある目標を目指して。
現実に戻るために。

豚狩りツアー、初心者ツアー、クリームツアー。
初めてパーティーを募集し始めてから、2週間と少し。
呼び方は様々ではあるが、私たち四人で始めて続けてきたことは、そんな風に呼ばれるくらいの、一定の評判を得ていた。
募集開始が6時45分、出発が7時。
現実で考えるとやや早いと思う時間かもしれないが、移動や狩りの時間を考えてこの時間に落ち着いた。
着替えは数秒、朝食の準備に最長で五分、トイレや歯磨きといった、生理的なことに時間を費やすことはないので、朝に時間を使うことはせいぜい朝食を取ることくらいとなり、実際それほどの忙しさもない。
パーティーの募集場所は、より分かり易くするためにと、通りにある噴水の前へとその場所を変えている。
現地に着くと、募集開始までまだ時間があったが、もうすでに参加者と思われる何人かのプレイヤーたちがいた。

「おはようございます」

声をかけると、連日のパーティー募集で常連や顔見知りとなったプレイヤーたちが、挨拶を返してきてくれた。
一緒に来ていたディエスたちもそれぞれに別れ、その場にいたプレイヤーたちと雑談を始めた。
私も噴水の縁に一人離れて腰掛けている、一人にプレイヤーに声をかけた。

「おはようございます、ヒースクリフさん。今日もよろしくお願いします」

「ああ、おはよう。こちらこそよろしく頼む」

この募集を始めて3日目から、協力してくれているプレイヤーだ。
長い白金色の髪を後ろで束ねた、怜俐といった雰囲気がマッチする容貌をしている。
歳は私と同じか少し若いくらいだと思うのだが、なんというかオーラがでている。
私は勝手に、この人の職業は研究員かベンチャーの社長なんだろうなと想像していた。
プレイヤーとしてのスキルも卓越したものを持っており、ゲームに関する知識も豊富だ。

「これを。頼まれていたものだ」

ヒースクリフがひと束の紙束を取り出してみせた。

「もう見てくれたんですか?」

「時間だけはたくさんある。この世界に来て唯一良かった点だよ。中身の方で、細かいところは書き足して、大きなところには付箋付きで修正してある。念のため確認してくれ」

差し出された紙束を受けとる。
これは、情報屋のアルゴが中心となって作っている、テスト時のデータをまとめた、いわば攻略本だ。
彼女はこれを大量に製作し、初心者に対しては無償で配布している。
ただ、個人でまとめるにはデータが多すぎ、偏りや誤りもでてきてしまう。
間違ったデータが招く危険は、この世界では現実のそれと比べようもなく高い。
そういったこと避けるために、彼女からまとめたデータの添削を依頼されていた。
さらりと流し見ると、機械で印刷したかのような綺麗な文字で、かなりの加筆が加えられていた。
私の字は綺麗な方ではないので、さらによく目立った。
ちなみに、ディエスは毛筆で書いたかのような達筆な字を書き、ジュリエットも四角くばっているが、きれいな字を書く。

「ありがとうございました。あー、お礼はなにしましょう?こんなに早くもらえると思ってなかったので、ちょっと考えてなかったのですが」

「いや、礼は不要だ。そもそもこれは、あなたたちもタダやっていることだろう?」

「まあ、そうですが。私からヒースクリフさんにお願いしたことは確かですし、それに対するお礼はあっても、と」

「律儀だな。まあ、そう言ってくれるなら何か考えておこう」

そう言って相好を少し崩す。
受け取った紙束をしまい、アルゴにメールを送ると、ディエスがパーティーの募集を始める声が聞こえた。
時計を見ると6時45分丁度。
ディエスは大雑把な振る舞いが目立って見えるが、意外と几帳面な性格をしている。

「私たちも行きましょう」

「ああ」

立ち上がったヒースクリフと共に、人の集まり始めているディエスのもとへ向かった。

パーティーの募集は、基本的に先着順としていた。
ただし、一回目の参加者はこれに優先としている。
人数は、6人×8パーティー、48人のフルレイドの人数を上限とし募集する。
それ以上の人数になると、まとめるの時間がかかりすぎる為だ。
ここ数日の募集では、毎回定員を上回る参加者が来てくれている。
今日も、ディエスが二度目の募集の声を上げることなく、上限に達していた。
最初にこれを始めた時に比べれば、格段の進歩と思える。
募集に漏れたプレイヤーたちは、街に戻ったり、ソロで街を出たりもするが殆どは、その場で即席の野良パーティーを組み、一緒についてくる。
仲良くやるという事と、こちらは面倒を見ないという了解のもとで、同行にはOKだしている。
攻略に向かってくれることは、こちらとしても願うところではあったが、区切りだけはきちんとつけておきたかった。
私たち四人と、先ほどのヒースクリフ、それと初日に参加してくれたジークフリートが、固定のパーティーリーダーとなり、あとの二人をその時のメンバーを見てお願いしている。
その後、基本的にレベルとプレイヤースキルを見て、適当にパーティーを組み上げている。
今回私は、初回参加組みのパーティーリーダーとなった。
事前に噂などから、安全なことは分かっているのだろうが、初参加組は皆一応に表情が硬い。
もはやテンプレになりつつある、説明と確認それとフレンドリストの交換を行った後、出発の号令をかける。

「時間になったので出発しますー。ただ、出る前に注意事項がひとつあります」

なるべく軽い口調を意識して続ける。

「狩りに慣れてきたからといって、戦闘中にナンパをするのはやめましょう!そういった事は、ツアーが終わっ街に帰ってからにお願いしますー」

何人かのプレイヤーが吹き出し、小さな笑いが上がる。

「はーい、はーい、リーダー。戦闘中の逆ナンはありですかー?」

「……逆ナンも終わってからにしてください。それじゃあ、出発します」

ディエスの悪乗りで全員に笑いが広がった。
そして48人+αの集団が街の外へと向かって出発した。
転送ポータルを使って、近くの村まで飛ぶことができるものもいたが、出来ないプレイヤーが何人かいるので、往きの移動は、全員で走って行うことにしていた。
現地に着くと、そこでパーティーごとに別れての狩りがはじまる。

「それじゃあ、私たちのパーティーも始めますねー」

もはやお得意さんといって言いほどに、狩り続けている《ボア》に攻撃を仕掛け、盾を構えた。
パーティーのリーダーをやっている私は、当然メンバーのフォローをしなければならない。
初心者のフォローというと、大変なように思えるかもしれないが、やっていることはここに誰よりも楽だと思っている。
迫って来る《ボア》の一撃を盾で受け止め、そのまま反撃の一太刀を入れる。
そして、スキル《タウント》――対象モンスターの敵愾心を高める――を使い、《ボア》のターゲットを固める。

「どんどん攻撃しちゃってくださーい」

私が攻撃を受け止めながら、声をあげると《ボア》を取り囲んでいたプレイヤーたちが、恐る恐るといった風に攻撃を始めた。
私の方は、盾で亀のようにひたすら身を守り、《タウント》のクールタイムが終わる度に使うといった具合だ。
しかし初日の戦闘から、トライアングル、ライン、ドットというふうに戦い方が変わってきているが、これを進化なのか退化判断するに微妙なところだ。
スキルの不発や、空振りも多い拙い攻撃ではあったが、全周囲から5人の攻撃を受けていた《ボア》はそれほど時間もかからずに、青いポリゴンとなって倒された。

「お疲れ様です。次、行っちゃいけど何かある方いますか?」

特に声が上がらなかったことを見て、次の獲物に向う。
再び、盾による防御と《タウント》を使いまわす。
これも一種のパワーレベリングになるのだろうか。
戦っているプレイヤーの方も、それほどの実感はないかもしれない。
やっていることは案山子を叩いているのと、さほど変わらない。
ただ決定的に違うのは、こんなことでも続けていれば、レベルやスキルが上がっていくことだ。
この世界でレベルは、ある意味絶対的なものがある。
その過程は問わず、高くなりさえすればある程度の強さが得られる。
例えば、レベル1では10回受ければ死んでしまうような攻撃でも、レベル4になれば40回以上は受けられるようになるだろう。
このゲームが始まってすぐの頃に、街の周りにいる《ウルフ》や《ボア》に殺されたプレイヤーたちが少なからずいたが、彼らにもし3~4ほどのレベルがありさえすれば、そうなることはなかった思う。
そして、その程度のレベルなら、今のように戦うだけでも3~4日もあれば上げることができるのだ。
全て終わってしまったことだが、こんなふうに考えていると、言いようのない思いが浮かんでくる。
例によって、2時間ほど狩り続けたあと、全体で休憩をとった。
その頃にはもう、初心者組にも緊張はなく、パーティー内で感想を述べ合ったり、先達のプレイヤーにアドバイスを貰いに行ったりと、三々五々に散っていった。
私も休憩にはいっていた、ジークフリートのところに向かう。
彼とは、いずれ攻略に向かう事を前提として、行動を共にしてもらうようになった。

「お疲れ様です。そっちは、どんな案配ですか?」

隣に腰を下ろす。

「おお、お疲れ様。この辺りでの戦闘じゃあ、何がどうということもわかりませんな。はっはっは」

豪快な大きな笑い声を上げる。

「まあ、ディエスのお嬢とジュリエットに期待ですかな」

おもしろそうに、ふたりの名前を上げる。
ジークフリートには、二回目以降の参加者を集めたパーティーを、まとめてもらっている。
齢を重ねたもの特有の貫禄と端々に見える闊達さで、非常にうまくプレーヤーをまとめている。
本人の言っている、ゲーム歴半世紀とは伊達ではなかった。
ロミオにも同じパーティーリーダーを務めてもらっているが、こちらはやや頼りない彼女をパーティー全員でフォローする、といった形になっていて、これはこれでそれなりに好評を得ている。
これらのパーティーは、獲物は変わらないが私のパーティーと違って、誰かが敵のターゲットを引受続けることがない。
敵から攻撃を回避や防御する必要があり、失敗すれば当然ダメージを受け、より戦っている雰囲気が得られるようになっている。
とは言っても、初期装備を買い替え、レベルも上がっていれば大したダメージを受けることもなく、6人でかかれば力押しでも何とでもなるので、難易度にさほどの差はない。
ジークフリートにとっては、退屈なお守りになるのだろうが、そういった気配を表に出すことなく、協力してくれていることには非常に感謝していた。
そして、ディエスとジュリエットの2パーティーは、今ここで狩りを行っていない。
ここでの《ボア》狩りに、不足を感じるプレイヤーたちの要望という形で、ここよりさらに先にある森で、狩りを行っている。
募集の看板に偽りあり、となってしまっているが、行った先で場所が変わることは間々あることではあるし、全員の了解のもと行っているので、それはそれだ。
森ではウツボカズラの怪物が待っている。
動きこそ鈍重ではあるが、触手のような蔓をムチのように使って攻撃してくる。
さらにこいつはアクティブ――知覚範囲に入ると先制攻撃を仕掛けてくる――で、リンク――知覚範囲内で同属種が戦闘をしていると加わってくる――もするので、視界の悪い地形と合わさって、複数相手どらないとならないこともある。
難易度はここに比べて、飛躍的に高くなっているのだが、この先に進むならこれがデフォルトになる。
塔の攻略に向かうためにも、これくらいを鼻歌交じりで駆け抜けてくれるプレイヤーが、出てきて欲しいというのが本音だ。
そういったことが出来るかどうかは、実際にやってみてもらうのが一番手っ取り早いので、二人にはその見極めをお願いしていた。

「次回は、ジークさんの番ですから」

「ええ、実は今から楽しみで仕方ないんですよ」

それで休憩時間が終わり、再び狩りを再開した。
この人もやっぱりヘビーなゲーマーだ。

終了時刻が近づいてきたこと知らせるアラーム音を聞いて、今回の狩りを切り上げた。

「次の一匹でラストで」

ほかのパーティーも適宜戦闘を終え、別行動をとっていた2パーティーも戻ってきた。
最後に締めて、現地解散となる。

「お疲れ様でした。今日はこれでおわりです。また募集してますので気が向いた方はよろしくお願いします。それと最後に――」

アルゴの攻略本を取り出して掲げる。

「これ持っていな方いらっしゃれば、無料でお配りしますー。解散のあと声かけてください。各村の道具屋にも置いてあるのでぜひ参考にしてください。それじゃあ、お疲れ様でした」

それで方々から、おつかれーの声が上がり、解散となった。
その後の行動は自由だ。
狩りを続行するらしい何人かのプレイヤーたちが、解散したあとそのままパーティーを組み、モンスターへと向かっていったり、これを機にと攻略本を見てあたりの探索に向かプレイヤーがいたりと、街に戻ろうとするプレイヤーは意外と少ない。
その少ないプレイヤーの中に含まれていた私たちは、近くの村の転移ポータルから街へと戻っていた。
街に戻ったところで、ヒースクリフとは別れる。
彼も要領よく、この街で拠点をもっていた。
攻略参加の話はしていたが、返事は保留をもらっている。
五人での家路に着く。

「よーし、腹減った。おっ昼ごはんっ」

飯時のディエスのテンションは高い。

「今日は何に、し、よ、う、か、な」

今、頭の中にはいくつものメニューが回っているのだろう。
目を細めて上機嫌な顔をしている。。
ディエスは先日、調理スキルを習得しており、私達の食事は彼女が全て作っていた。

「あ、食事の件なのですが、アルゴも来るので彼女の分もお願いします」

「りょうかーい。任された」

スキルの習熟も兼ねて、どのみち毎回食べきれないほどに作るのだが、彼女は快く応じてくれた。
拠点について彼女は早速、調理を始めた。
このゲームでの調理は、スキルを持ったプレイヤーが、焚き火やコンロといった所定の場所で、鍋やフライパンなどの調理器具に材料をいれて、煮る焼く蒸すから調理法を選び、適当にいじっていれば十数秒から数分で出来上がる。
幸運にもこの家の一階には、コンロに類する設備が備わっており、調理をふくめて食事は、無人の一階で行うようになっていた。
一品一品は大した時間はかからないが、ディエス一人で6人分の食事なので流石に時間がかかる。
手伝おうにも、スキルを所持していないと、純粋に手伝えることがないので、各々時間を潰す。
私が5人で食事ができるようにと、新たに買った大きいテーブルに着いて待っていると、背後で扉の開く音と人の気配を感じた。

「いらっしゃい。『キッチン食べないか』へようこそ~。アルゴ待ってたよー」

私が振り返るより先に、作業をしていたディエスが入ってきた人を迎える。

「食堂にきたつもりは、ないんだけどナ」

顔に特徴的なペインティングをほどこした情報屋、通称鼠のアルゴ呆れるようにそう言った。

「まあ、そう言わずに。アルゴの分もディエスが今作ってますから、至急の用事がなければ食べていってください」

私が椅子を引いて招くと、渋々といった感じでテーブルについてくれた。

「はーい、こちらが新作の、新鮮果実のジュースになっております」

既に出来上がった料理の一部と一緒に、黄色い液体の入ったグラスを私たちの前にもってきた。
受け取ったアルゴが口をつける。

「味の方はどうです?」

私がそう尋ねると、彼女はテーブルを指先でコンコンとノックした。
少し考え込んで、2枚の通貨をテーブルの上に取り出す。
彼女がニヤリとした顔でそれを拾いあげる。

「30点、赤点だナ。物食わせるっていうレベルじゃないゾ」

表情を一変、真面目な顔で厳しい評価を下した。
このがめつさは、彼女のロールプレイの一環なのかそれとも素なのか、いつか聞いてみたいと思っている。
料理が出揃って、6人でテーブルを囲んだ食事が始まった。
少女三人の文字通り姦しい食事となった。
だが今の私たちにはこの騒々しさが好ましく思えた。
料理の方は、《ボア》から出た肉料理が中心となっていて、味はお世辞にもうまいと言えるレベルではなかったが、種類の豊富さは、この先の食生活改善に光明を見いだせるものだった。
食事が一通り片付いたところで、アルゴへの要件を切り出した。

「これ、頼まれていたものです。結構な量になりましたけど大丈夫ですか?」

アルゴに取り出した紙束を渡す。

「なに、多い分には望むところダ」

早速受け取った紙束に目を通し始める。

「……報酬の件ダ。いらないという話だったけど、これだけしてもらうと、タダっていうわけにもいかないんダナ」

目を通していた紙束を掲げる。
私の見たところそのうちの半分くらいは、ここにいないヒースクリフの功績とみているのだが。

「1つ無料でなんでも情報を売るヨ。これはオイラのプライドの問題だから、受け取ってもらうヨ」

「そういうことなら、いただきましょう。ただ今欲しい情報というのもないので、また後ででいいですか?」

「わかったヨー。ただ、あんまり遅くなると、オイラも忘れてるかもしれないから、なるべく早くして欲しいんダナ」

「こっちのほうが忘れませんから、大丈夫ですよ」

「まー、そうかもナ。それとこっちから前線の情報ダ。この情報でお金は取らないヨ。迷宮区の攻略が順調みたいで、2日後の夕方、迷宮区最寄りの村でフロアボス攻略の会議があるそうだヨ」

今度はここにいる全員に聞かせるよう言った。
それでも、その場の空気は変わらず和やかなままだった。

「それは……重要な情報をありがとうございました」

「いやいや、それじゃあ、またなにか情報があったらよろしくナー」

アルゴは最後に全員の顔を観察するように見回して、立ち去っていった。
フロアボス攻略の話をきいてからも、私たちの行動がそれまでと変わることはない。
第1層のボス攻略には参加しないことは、以前から全員で決めてあった。
私たちのレベルが7なので、いま参加するとしたら、現状では全く意味のないチャレンジとなり、足を引っ張ることになるだろう。
テスト時の経験から、適正値で9~10。
死ぬことが許されない今の現状では、欲を言えばいくらでも、現実的にはそこからさらに2~4は欲しいところだ。
討伐組が半壊や全滅して失敗すれば予定を変えざるを得ないと考えていたが、その可能性は極々すくないとみていた。

そしてその四日後、ボス攻略が実行され、約2000人の犠牲者と30日の日数をかけて第1層がクリアされた。
ボス討伐の一報が入ると街全体がにわかに沸き上がり、第2層へのポータルが開かれるとその盛り上がりは最高潮に達した。
多分これほど街が熱気にあふれることは、ゲームクリアまでないだろうと思わせるほどのものだった。
その盛り上がりは私たちに無関係ではなく、その日の募集には、今までで最多の参加者が集まった。
足りない人手に有志を募り、どうにかいつも通り無事に狩りを行い、いつも通りにその日を終わろうとしていたのだが、私も無意識のうちに気が高ぶっていたのか、いつものようには眠れず私は夜の街に散策にでていた。
人口の光の少ない夜の街は、月の光だけが頼りになり、思っている以上に夜の色が濃い。
だが今夜は昼間の余熱がまだ残っているのか、夜の街にはまだ幾ばくかの喧騒があった。
目的地のない散策ではあったが、歩き回っているとそれなりに時間が立っていた。
ふとあたりを見上げると、夜の中でもなお黒い、黒鉄宮の姿が目に入って自然と足がそちらに向かった。
テスト時には死ぬたびに何度も、この世界になってからも数度ここには足を運んでいる。
夜も遅いこの時間内部に人影はなく、私は照明の松明が揺れる音だけを聞きながら奥へと進んだ。
最奥の広間にはプレイヤーの名前が刻まれた生命の碑があり、何となくそれに視線を走らせ、すぐに後悔した。
結構な頻度で目に付く名前の上に引かれた横線は、人の気配のない今、一人で見ていると色々なことが頭をよぎり、ひどく私の心をざわつかせた。
碑に背を向け、足早に立ち去ろうとすると、広間に入ってくる人の気配を感じた。
ヒースクリフだった。

「こんばんわ」

「……こんばんわ」

平素と変わらぬ彼の口調に、やや戸惑いがちに私が返事を返す。

「君の後ろ姿を見つけてね、ちょうど良い機会だと思って私もここへ来させてもらっただけだよ。黙祷を捧げたい。少し待っていてもらえるかな?」

ヒースクリは碑の前に立って黙祷を捧げた。
変わらない静寂さだったが、私には少し居心地が悪くなった。

「ところで、君はここに何か用事が?」

「あ……いえ、その……」

なんでもない問いかけだったが、その時の私は上手く答えられなかった。
彼と同じく黙祷を捧げに来た、とでも言いばよかったのかもしれないが、何となくここへ来て勝手に気分を悪くして帰ろうとしていた私には、それは憚られた。

「そう身構えることもない、ふむ、そうだな一つをいいかね?」

「ええ」

「では唐突だが、君はこの世界をどう思う?」

「はぁ……?」

本当に唐突だった。

「私はこの世界とこの世界にいる人間に、可能性を感じたよ。この先がある、とね。そしてここにいた人間全てに意味があり、そこに一片の無駄もなかったと思っている」

聞いた人によっては痛烈な批判を受ける内容だった。
だがそれよりも私には彼の迷いなさが眩しく思えた。

「私にはよくわかりません。ただこの1ヶ月間で2000人が消えて、この先も続くと思うと……怖いです」

彼の強さにあてられて、この一ヶ月間溜めに溜めた鬱屈がつい漏れた。

「本当にこの先に進むべきなのか分からなくなります……」

漏れ出した弱気な心は、つまらない言葉を勝手につぶやかせた。
隣にいたヒースクリフは、ただ静かに瞑目していた。

「ああ、すいません。なんか変なこと言っちゃって。忘れてください」

慌てて取り繕う私に、彼は厳かに告げた。

「君は……君は自分がしたことに、負い目を感じる必要はない」

「え?」

思わず動きが止まった。
ヒースクリフはその様子を見て、さらに続ける。

「君は、彼らに選択肢を与えたに過ぎない。あくまでも選んだのは彼らひとりひとりの決断だ」

一瞬息がとまり、心臓を射抜かれたような気がした。
……この人は。

「私も同じようなことを考えていただけだよ」

心を読まれたかのような彼の答えに、俯いて沈んだ声で絞り出すように反論する。

「それでも、それでも私が外に連れ出さなければ……」

毎日増えていくフレンドリストの名前と、同じく少しずつリストに増えていく灰色の名前をみて、ずっと思っていたことだ。
私が連れ出さなければ、街に居さえすれば彼らも死なずに済んだのではないかと。

「いずれは誰かがやっていたことだよ。早いか遅いかの違いに過ぎない。そして君のやったことは、早やければ早いほど効果がある。もし例えば、君が死んでいった者に対して憂いを持つなら、それと同じ位はまだ生きている者に対して誇って良いはずだ。最もこちらの方は目に見えないがね」

ヒースクリフは私の行為を肯定も否定もしない。
ただ事実を事実として積み上げる。

「君が責めを受けるとすれば、それは攻略を諦めた時だけだろう」

話は終わりとばかりに、言葉が途切れた。
その言葉を深く噛み締める。

「このゲーム……クリアできると思いますか?」

「……私の関わってきたゲームで、クリアできなかったゲームはないと思っているよ」

醜態を見せていた自分が嫌気がさし、ふとアルコールを飲みたい気分になって、手に入らないこの世界に感謝した。

「それなら、このゲームをクリアしたら二人で一杯やりましょう。私が奢りますよ」

あればきっと溺れてしまっていただろう。

「生憎と私は下戸でね。このゲームをクリアしたとしても一緒に飲むことはできないだろう」

「それは残念だ。ヒースクリフさんなら、美味しいお酒をたくさん知っているかと思ったんですけど」

顔に笑顔を貼り付けて、覚悟を新たにする。
私の戦いはまだ一歩目を歩んだに過ぎないのだから。



後書き

妄想を文章にすることの難しさにシックハックしております。
文章の量ってどうなのでしょうか?なんとか一話目と同じくらいになるようにとしているのですが、閃きが続かないとなかなか文字数が伸びない……

この世界の空の記述ってありましたっけ?太陽、星、月 見上げると底板?

次話 ギルド結成の話になります。キリトとアスナがちょい出る予定です。

誤字脱字等の指摘から感想おまちしております。



[36123] 4話
Name: まつK◆7a02f718 ID:a22fad09
Date: 2013/01/08 21:53
静かな喧騒とでも言えばいいのだろうか。
騒ぎ立てているわけはなく大勢の人が集まってできる特有のざわめきが街の広場にあった。
ここはいつも比較的人通りが多い場所ではあるが今日はいつも以上に人が多い。
あふれていると言ってもいいのかもしれない。
集まった大勢の人々は、大半が時折あたりを気にするようにしては静かに何かを待っているようだった。
かくいう私たちも日頃なら街の外へ狩りに行っている時間帯なのだが、今日は街であることを待っていた。
今日は第二層ボス攻略の予定日だった。
そして今まさに攻略組はボスと対峙している時間帯だろう。
順当に行けば、第三層への街開きが行われる。
ここにいる大勢のプレイヤー達は、言い方にやや語弊があるかもしれないがそれを楽しみにここへ集まってきている。
新しい世界が開かれ、現実への帰還が一歩進む瞬間を待っている。
私たちも似たようなものだがもう少し具体的な事でその瞬間を待っていた。
ある意味今までの私たちの行動の終着点にして重要な中間点、第三層ではギルドを組織できるようになるのだ。

「速報キタァァァ。ボス攻略完了。損害は……なぁぁしぃ!ブラボォォォォッ!」

ボス攻略組みから、連絡を受け取った誰かが叫び声をあげる。
待ちわびていた報告に、静かだった周囲から歓声が上がり、次第に辺り一帯へと広がっていく。
攻略が失敗するとも思っていなかったが、犠牲者ゼロというのは朗報だ。
一階のフロアボスでは犠牲者が一人出ていたので、その前例を早くも破れた事は喜ばしい。
私は静かに人心地ついた。
これであと少し経てば転送ポータルが開放され、第三層への道が繋がる。
活気づいてきた広場で私達一団は静かに待ち続け、程なくして開かれた第三層へ一番乗りで乗り込んだ。

ポータルで転送が終わると私の視界には、居並ぶフロアボス討伐を無事にを終えた攻略組みの姿、ではなく無人の広場が広がっていた。
第一層攻略時も今のように無人だったのだが、攻略組に何か問題が起きたのだろうか。
続々と転移してくる後続のプレイヤーたちも予想外のことにやや戸惑いの声をあげていた。
先に進むにしても、なにか労いの言葉を一言なりかけてからにしたかったのだが。
あたりを見渡すと、広場に向かって走ってくる、一人のプレイヤーを見つけた。
私たちが一番最初にここへ転移しているので、向こうから走ってくるということはボス攻略に参加したプレイヤーだろう。
黒目黒髪にやや線の細い顔つきで全身黒ずくめの見覚えのない少年だ。
最も最前線にいる攻略組みとは、ほとんど面識はないのだが。
その少年は広場にいる私たちを見つけると、何故かしまった、という顔をして広場を駆け抜けようとその速度を上げた。

「そこの人、攻略組がどうしているのか知りませんか?」

広場を通り過ぎようとしていた少年に向かって、叫ぶように問いかける。
少年は広場を半ば過ぎたところで急制動をかけてとまり、困ったような顔でこちらを向いた。

「あの、すいません。攻略組みの人ですよね?ほかの方は?」

「ああ、そうだけど……」

自分がやってきた方向をしきりに気にしながら曖昧に頷く。

「ほかのやつらは……そう、もうすくここにやって来る、アス――紅白のおめでたい色をしたプレイヤーがいるから、そ

いつに全部聞いてくれ。それじゃあ俺はこれで」

閃いたとばかりにそれだけを告げ、敏捷値の限りといった全速力で走り去っていった。

「……今のはなんだと思います?」

「んー、ザ・逃亡者?」

答えを求めのの問ではなかったのだが、ディエスからは予想外の単語がでてきた。

「逃亡者?」

「そ、アタシの勘によるとコレは……オンナだね」

そう言ってクスリと笑いながら、先ほどの少年がやってきた方向を見る。
私もそちらへと視線をやると、先程と同じくこちらへやってくる人影が見えた。
今度やってきたのはディエスの予想通りといっていいのかともかく、少女のプレイヤーだった。
彼女の容貌は、もし私が妻と出会っていなかったら、目を奪われていたであろうと思わせるほどに、整ったものをしていた。
私が知らないだけで、アイドルやモデルだったとしても不思議には思わない。
紅白――というには、やや暗みがかっていたが――の出で立ちをしているので、彼女がさきほど少年が言っていたプレイヤーなのだろう。

「あの、すいません。さっきここにキリ――黒ずくめの無愛想な顔したプレイヤーが通りませんでしたか?」

彼女は忙しない口調で言った。

「うん、さっきここを通ったけど、なに、さっきのやつ何かやらかしてたわけ?」

ディエスが眉を顰め、必要以上に心配そうに尋ねる。
見慣れていないだけなのかもしれないが、心配そうな表情の彼女はどことなく、芝居がかっているように見えた。

「いえいえ、違います。彼はなにかしたわけじゃありません。ただちょっと……その……」

否定の声を上げながらも、視線はあさっての方向を向いており、ややバツの悪い表情をしている。
その顔とディエスの言葉、先ほどの少年の態度から、なんとなく年頃の少年少女間の問題なのだと思い至った。
それならばと、私はふたりの会話に割って入った。

「ところですいません。あなたもフロアボス攻略に参加していた方ですよね?」

「あ、はい。そうですけど」

「それならまずは、感謝の言葉を述べさせてください。ありがとうございました」

私は深く腰を追って礼を取る。
この言葉にも行為にも一切の偽りはない。

「あ、あの、そんなお礼だなんて頭を上げてください。わたし一人の成果じゃないですし、それにわたしはわたしの出来る事をしただけで……」

慇懃な態度の私に対して、あくまで謙虚な態度の彼女は見た通りの非常にできた娘さんだった。

「うん、そうだった。アタシからも礼を言わせてもらうよ。アリガト」

私の様子を見ていたディエスもややフランクな態で続いて礼を述べる。
それらを聞いていた周りにいたプレイヤー達が次々と集まって礼を述べていく。
そして次第に大きくなっていく人ごみに、称えるべき今日の勇者がいることに気づいた今まで賞賛を贈る相手がいなかったことに肩すかしを食らっていたプレイヤーたちが歓声を上げながら殺到してきた。
善意で集まってくるプレイヤー達に、彼女も初めは笑顔で対応していたが、視界を塞ぐほどの人垣ができるとその余裕もどこかへ行ってしまっていた。

「ちょっと待って、私はキリト君を――」

彼女の上げる声を歓声がかき消す。
どこからか紙吹雪が舞い、有志のプレイヤー達が感謝の演奏と喜びの歌を歌う。
彼女はみるみるうちに十重二十重と押し寄せる人波に囲まれてしまった。
私とディエスはそんな彼女を背に、静かにその場を離れた。

「もういいのか?」

一連の出来事を見ていたジュリエットが、やや呆れたように言う。

「はい。ボス攻略組は彼女以外はまだ来ないようなので、先を急ぐ事にしましょう」

「で、でも、あれって放っておいていいんですか……?」

ロミオが戸惑いがちに指差す先には、群衆に胴上げのアクションをされ悲鳴を上げる少女の姿があった。
胴上げアクションは、その参加の人数にが増えるほどって上がる高さも高くなり、広場いっぱいの人に担がれた彼女は、ちょっと非常識な高さまで放り上げられていた。
ちなみにこのアクションはモーションを途中でキャンセルすることが可能で、投げっぱなしにすることができる。
その際放り上げられていたプレイヤーは高さに応じた落下ダメージを受け、瀕死やレベルが低い場合死に至ってしまうことがあり、実際テストの際にこれが原因で死亡したプレイヤーが出て参加者全員が赤ネなったという笑い話もある。

「街のなかで圏内ですから、大丈夫です。さあ行きましょう」

ロミオは納得していない顔だったが、周りのメンバーが動き始めると小さく「見なかったことにしよう」と呟いて皆のあと続いていった。
広場には空から少女の悲鳴が降り注いでいた。

ギルドを立ち上げるには《始まりの街》にいる、ギルド管理NPCに所定の手続きを行うことで立ち上げることができるその際に必要なものが3つほどある。
まず第一にレベル10以上のプレイヤー。
ギルドリーダーになるキャラで、今回は私がこれを担うことになり、今のレベルが11なのでクリア済み。
二つ目に現金10万コル。
現時点で、この金額を一人で贖おうとすれば結構な大金である。
だが、例えばこれを10人で分割するなら、一人1万コルになり何とでもなる金額になる。
私たちを含め、ギルドの加入に内諾をもらっているプレイヤー達が既に数十人いるので、そこからのカンパで、その他の諸経費も含めこちらもクリア済みだ。
そして三つ目になるのが《白のエンブレム》と呼ばれる一種のクエストアイテムだ。
第三層にいるNPCから受けられるクエストの報酬となっており、これが枷となってギルドの結成を第三層まで伸ばしていた。

「さーて、お願いしますよー」

第三層主街区にいるクエストNPCに半ば祈るように話しかける。
今のところ細かなクエストに対してはテスト時から仕様の変更はないが、攻略に影響を与えると思われるギルドの結成に関わることだ、フロアボスのことを聞くと油断できない。
ここにいる全員が息を飲む。

「クエストの方はどうだ?」

「はい、えーと、大丈夫です。事前の情報と変わりありません」

声を上げてきたジュリエットに告げると、皆から安堵のため息がもれた。

「それでは皆さん、事前に割り振った分担通りにお願いします。途中で何かありましたら安全を優先で。それではお願いします」

『応ッ』

全員で掛け声上げ、クエストが開始された。
このクエストはクリアまでに二つの段階に分けられている。
ギルド結成用クエストの為か、どちらの段階もパーティー以上での遂行が推奨されている。
第一段階はお使いクエストになる。
先ほどのNPCから渡されたアイテムを指定の場所に持っていき、そこで代わりのアイテムを受け取ってくるというスタンダードなものだ。
ただ、その持っていく先が一五箇所と多く、場所も第一層から三層まで満遍なくあるので、マップの広さと相まって一人では全力疾走で走り回っても、丸一日掛けても終わらないだろう。
もちろん私たちはそんな時間をかけるつもりは微塵もなく、正しくパーティープレイでクリアを目指す。
その為に今日はいつもの六人に加え、有志の協力者六人からなるパーティーを作り12人でことにあたっている。
2つのパーティーでそれぞれ二人ひと組に別れ、各々が2~3箇所を分担して廻る計画だ。
それぞれのペアが分かれて街を出立していく。
私もディエスとペアを組み、第三層の三ヶ所を廻ることになっていたので、街を抜け早速開かれたばかりのフィールドを脇目もふらず走っている。

「それにしても、さっきのアレはなにさ?」

第三層の主街区を出てすぐのフィールドは第一層と同じく、見通しの良い平坦な草原が広がっている。
街道をはずれ、目的地まで一直線に向かっているがモンスターに絡まれる心配もなく、暇になったディエスが少しむすっとした顔で雑談を始めた。

「さっきのというと、女の子のことですか?」

「そうそう、ものすっごいカワイかった娘」

「確かにちょっと見ないレベルで整った容姿の子でしたね。アバターだと言われても驚きません。あー、でも、ディエスもさっきの子には負けてないと思いますよ」

「その取ってつけたような言い方は、感心しないなー」

「いえいえ、本当ですって。ディエスもさっきの子と合わせて、私がリアルで見た美人さんベストスリーにはいっていますよ」

ここで見たものをリアルと呼んでいいものなのかはさておき、ディエスの容姿がさっきの少女に負けていないことは事実なので、私は実直な態度を貫けた。

「んー、でも、そのナンバーワン、ナンバーツーって、奥さんと娘さんで、それ以外が同率ナンバースリーなんでしょ?」

ディエスの半ば呆れ顔だ。

「ええ、そうです。でも、ナンバースリーは今のところ二人だけですので」

「ま、それなら許してあげよう」

相変わらずの呆れが顔だったが、その口調はまんざらでもなさそうだった。

「って、話が逸れた。さっきの娘のこと、どうしてさっきの娘の邪魔したのさ?まあ、面白かったからよかったけどさ」

「まあ、確かに普通に考えたら女の子の味方をするべきなんでしょうけど」

年頃の少年と少女つまらない理由でもめているなら、とりあえず少女の味方になるのは大勢の同意を得られる行為だろう。
ディエスも頷いて同意する。

「ただ、まだあの少年にあの少女の相手は早いと思いまして」

「まさか……嫉妬?」

ディエスがそんなことを微塵も思っていないことは、釣り上げられた口元を見ればよく表れていたが、それでも憮然とした面持ちをして反論する。

「それこそまさかです。もう少し色々経験を積んでもらいたいという先達からの親心です。そうじゃないと彼女方が色々と強そうでしたから、彼のほうが参っちゃうんじゃないかと思いまして」

「へー、おじさん優しいんだねー。アタシは男子なんか、砕け散ってそっから苦労して這い上がるくらいで、ちょうど良いと思ってるのにさ」

普段なら私もその方向性に賛成するのだが、こんな世界になっているのだ、普段より少し優しくあることも悪くないだろうと思う。
ともあれディエスはひとまず納得したようだった。

「それじゃあ、次ね。ロミオとジュリエットの件なんだけど――」

話をしながら走り続けているが、見通しの良い平坦なフィールドはまだしばらく続く。
ディエスとの雑談も今しばらく続くようだった。

三時間ほどで担当していた箇所を廻り終え、街に戻った。
街の盛り上がりは、若干落ち着いたものになっていたがまだ普段に比べれば賑やかだった。
道すがら。先ほどの少女にであったら気まづいだろうなとも考えていたが、幸いにも出くわすこともなかった。
集合場所には先に戻っていたペアが三組おり、私たちが四番目となり予定通りだ。

「戻りました」

「たっだいまー」

「お疲れさん。クエストの収集品だ、まとめておいた」

先に戻っていたジュリエットから、三組分のアイテムを受け取る。

「ありがとうございます」

それから数分の後、五つ目パーティーが戻ってきて、さらにその数分後最終組のジークフリートとヒースクリフのペアが戻ってきた。

「いやー、やはり一番最後になってしまいましたか」

予定通りなのだが、少し残念そうな様子のジークフリートからクエストアイテムを受け取る。
これで全て揃ったことになった。

「お二人共お疲れ様です。ディエスがあちらで昼食を作っていますからお昼にしましょう」

二人を連れだって昼食を作っている近くの民家に向かう。
民家に着くと先に食事をとっていたメンバーたちから、最後に到着した二人におつかれと労いの言葉が投げかけられた。
昼食は民家に備え付けのテーブルの上に置かれており、まだ昼食をとっていない残り三人では到底消費できるとも思えない量が例によってあった。
メニューは手早く食べることを意識してか、十種類近くのサンドイッチと数種類のジュースがあった。
適当にジュースと三つのサンドイッチを選び昼食にした。
最近のディエスの料理は、味こそ以前と変わらないがその種類は目に見えて増えていた。
料理の種類がたくさんあると、その中には個人の嗜好にマッチした料理もあり食事をとることが楽しみになっていた。
初期の段階で貴重なスキルスロットを、戦闘と関係ない料理技能で埋めたディエスの英断には感謝しきりだ。
昼食と短い休憩を取ったあと、私たちはクエストの第二段階を開始した。
こちらの内容はシンプルに討伐となっている。
街から少し離れた山に巣食うゴブリンの集団とそのボスを倒して来いというものだ。
今度は私たち12人が一団となって街を出立した。
目的地までは一応道が続いているのだが、途中からが道幅はそれほど広くもなく両側が急な斜面になっている山あいの道となり、モンスターと遭遇した際に回避が難しい地形となっている。
クエスト当該地域に近づくと、最初のゴブリンを発見した。
《ニゲル・ゴブリンスカウト》、黒ずくめの格好をした矮小な亜人の偵察兵だ。
片手に武器の短剣を持ち三匹からなる集団を作って、このあたりを巡回している。
このゴブリンたちは常に集団で行動する特徴をもっている。
三~五匹程度で集団を作り、巡回や待ち伏せを行っており、その集団の一匹にでも発見されると一丸となって襲いかかってくる。
一匹なら適正レベルであればソロでも難なく倒せるだろうが、複数匹集まると討伐の難易度と時間は加速度的に増していく。
そうして討伐に手間取っていると、ほかに巡回している集団とリンクし泥沼に陥ってしまうというのはよくあることだ。
そうならないためにはいくつかの手段があるが、今回私たちは最もシンプル方法を選んだ。
火力と速さだ。

「第一ゴブリン発見、いきます」

私を先頭に、パーティーは列を成して足を止めることなくゴブリンの集団へ向かう。
最も射程の長い突進系ソードスキルの射程に入ったところでスキルを発動。
システムのアシストによって、走っていた体がさらに加速されあたりの景色が流れていく。
一瞬で十数メートルの距離を移動し同時に標的のHPを二割ほど削る。
スキルを使ったにしては与えたダメージが少ないことに寂しい思いを覚えるが、タンカーなんてこんなものだと割り切る。
短い硬直時間の後、標的を二匹目に変え単発のスキルで攻撃を行いつつ、三匹目が狙える場所に移動する。
無傷の三匹目がここでこちらに攻撃を仕掛けてきたが、当たるに任せ反撃に《シールドバッシュ》――盾で殴りつけダメージと短いスタンにかける――を放つ。
先制攻撃で二匹のターゲットを取り、一匹をスタンにしたところで、それ以上敵に構わず前へ向かって走り抜ける。
その私を追いかけるように二匹のゴブリンが方向を変えたところで、私に続いてスキルで一足飛びに間合いを詰めてきたディエスの両手剣と、ジークフリートの両手斧が炸裂する。

「せぇぇぇぇのッ」

ディエスとジークフリートの二人は、そのまま続けてゴブリン三匹を綺麗に巻き込んだ、両手武器得意の範囲攻撃スキルを交互に二発放ってゴブリンを追い抜いていく。
そして最後にジュリエットの片手剣による二連スキルで一匹、ロミオの槍が二匹をまとめて貫いて、敵は全滅。
十秒に満たない短い戦闘は、比喩でなく駆け抜けるように終わった。
走る速度をやや緩め、最後尾を走っていたヒースクリフと後続のパーティーが追いついて来るのを待つ。

「やれやれ、私の出番は無しか」

攻撃に参加できなかったヒースクリフは表情こそいつもどおりのクールさを保っていたが、口調の端に物足りなさを感じているように聞こえた。

「それなら次は、先頭をヒースクリフさんどうですか?」

「……了解だ。それでは次から交互にやることとしよう」

ヒースクリフが頷いて了承したところで、後ろからもうひとつのパーティーがリーダーをお願いしていたアキラというプレーヤーを先頭に私たちを追い抜いていく。

「おっと、悪いが次のやつらは俺たちの担当だぜ?」

追い抜いていくアキラの顔にはこれからの戦闘を前にも雄々しい笑が浮かんでいた。

「大丈夫、わかっていますよ」

今度はヒースクリフを先頭にした私たちパーティーは、アキラ率いるパーティーの後ろを追随する。
するとすぐに次のゴブリンの集団が見えた。

「いくぜ!」

アキラたちは私たちと同じく、縦列を作り進行方向に合わせ若干進路を調整した後、ゴブリンたちに向かって突撃していった。
綺麗に列を成してゴブリンに向かってヒットアンドアウェイを決めていく様子は、後ろから見ているとまるで昔映画で見た戦闘機の攻撃シーンの様に思えた。
取りこぼしがないことを見届けて、走る速度を上げアキラのパーティーを追い抜いていこうとすると、その頃にはもう次の獲物の一団が見えた。

「行くぞ」

ヒースクリフの短い一言で彼を先頭に、列になって獲物への進路をとる。
このようにして私たちは、スキルのクールタイムを走る速度で調整し、二つのパーティーで交互に、あるいはタイミングを合わせてゴブリン達を蹴散らし、山道を踏破していった。
敵を倒しそこねたり、誰かが疲労の声をあげれば足を止めて休息をとる予定だったのだが、私たちは一定のリズムを保ったままゴブリン達を倒し続け、気がつけば山の最奥ボスの姿が見える所までたどり着いていた。
流石にそのまま突入する訳にもいかず、安全地帯で休憩を取ることにした。
腰を落ち着けてから、いくらか減っていたHPをポーションを使って回復する。
普段とは違い同格に近いレベルのモンスターとの連戦ではあったが、思った以上に疲労感はない。
メンバーの顔を見回しても疲れを見せているものはおらず、どちらかといえば余裕を感じさせる顔のほうが多く見て取れた。
その中でも一際余裕のありそうなディエスが軽妙なステップで、座っている私の方へ向かってきた。

「おじさん、おじさん、この先のボスどうする?」

ディエスが声を上げると全員の視線が私に集まった。

「そうですね」

私はここからは直接見えないがボスのいる方向を見やる。
この先の通路を少し行った先の広場に、ここのボス《ニゲル・ゴブリンチーフ》この辺り一帯のゴブリンの族長がいる。
族長らしく、スカウト、ソルジャー、ウォーリアの混成五匹からなる集団四つを周りに従えている。
戦闘が始まればチーフを含め21匹が一斉に襲いかかてくる。
攻略するにあたって、定石ならば周りを囲まれる広場での戦闘は避け、道幅の狭い通路に引っ張り込んで少しづつ取り巻きから倒していくところなのだが……。

「ロミオ、ここまでの道中の感想はどうでしたか?」

私に向かっていた視線がロミオへと向かう。
その視線の圧力に若干あたふたとしたものの、しっかりとした口調で答えた。

「わ、私は普段とちょっと勝手が違いましたけど、いつの間にかここに着いちゃってた、って感じです」

一寸目を閉じて考える。
不要な危険は避けるべきだが、目の前にある危険をただ避けるだけではいつか行き詰まることになるかもしれない。

「速戦でいきましょう」

事前に考えていたプランのうちの一つを口にする。
私が立ち上がると、ほかの座っていたメンバーも立ち上がり、立っていた者も頷いたり手を振ったり全員に異論はない様子だった。
休憩もそれで切り上げとなり、私たちはボスのいる広場へと向かった。
敵の知覚範囲に入らない位置でゴブリンチーフと相対する。
ほかの個体よりふた周りほど大きな体躯に、少し上等な装備をしていた。

「いきます!」

「オッケー」「ラジャー」「応ッ」「承知」

私の声にそれぞれが一際大きな声で応え、先ず私たちのパーティーが広場を目指して駆け出した。
私たちが広場に入ったところで、最初に取り巻きのゴブリン達がこちらに気づき左右から押し迫ってきて、それから少し遅れる形で正面からチーフがやってきた。
私はここに来るまでの戦闘と同じく、突進系のソードスキルをチーフに対して使い、取り巻きの間をすり抜けるように一気に肉迫しそのまま奥へと駆け抜ける。
ほかのメンバーも間を空けずに私に続き、全員が通路からボスを起点に反対側へと抜けた。
広場の奥は進行不可のオブジェクトによって行き止まりとなっている。
行き止まりで辿り着くと、それを背に全員で小さな半円を作るようにしてゴブリン達を迎え撃つ姿勢を取った。
開けたところで敵と対峙するといっても、背後に壁があるとすれば一度に相手取るのは多くても正面に三匹。
味方と隣り合っていればその数はさらに減る。
ゴブリン達は足の速いものから順に襲いかかってきて、結果としてこちらを包囲するような形になったが、半数程度は攻撃に参加できずに固まっていた。
それでも、周りを囲まれていることの重圧と複数匹からの攻撃は相当なもので、特にこいつらも使ってくるソードスキルは直撃を受ければ、結構な量のHPを持っていかれる。
右前方から打ちかかってくる《ニゲル・ゴブリンソルジャー》を武器で打ち払い、ソードスキルを放とうとしていた正面にいる《ニゲル・ゴブリンウォーリア》を《シールドバッシュ》で止める。
皆上手く対応できたようで、今のところ大きくHP減らされているものもいない。
私たちは包囲されたままでゴブリン達の攻撃を受け続けているが、目の間にいるゴブリンの三回目の攻撃を防いだところで状況が変わった。

「どおぅりゃぁぁぁぁぁッ」

遅れて広場に入ってきたアキラ達のパーティーが、一固まりになっているゴブリン達に背後から裂帛の気合とともに攻撃を仕掛けてきた。
包囲している状況から一転して前後から挟まれる形になったゴブリン達の密集しているところにうまい具合にスキルがきまり、面白いように敵のHPが減っていった。
それを見て次に動いたディエスとジークフリートが状況を決定づけた。

「せいりゃぁぁぁぁッ」

ふたりの放った範囲攻撃スキルによる一撃は、その一撃で半数のゴブリンを葬り去った。
敵からの圧力が減った残りのメンバーは相互に連携を取り、前後で挟まれているゴブリンから一匹づつ仕留めていった。
さしたる時間もかからずに取り巻きのゴブリンが全滅し、最後に残った《ニゲル・ゴブリンチーフ》を全員で取り囲み止めを刺して無事討伐完了となった。

『お疲れ様ー』

倒して即沸きということはないとは思うが、念のため安全地帯まで場所を移して、全員から自然と声が上がりようやく一息ついた。
広場に突入してからここに戻るまで、三分とかかっていなかったはずだが、正直ここ山を登ってくるよりよほど疲れた気がする。
見れば安全地帯に着いて気が緩んだのか、ロミオがその場にへたり込んでいた。

「これでクエストもおしまいですね~」

「ノンノン。遠足は家についてただいまを言うまで、クエストは報告して報酬をもらうまで終わりじゃないよん。もう少し修行が必要だねー」

ディエスが気取った口調でロミオをたしなめるが、ジュリエットがそれに指摘の声を上げる。

「確かに一理ある。が、それを言うならディエス。ここでそんなことを言ってフラグを立てるお前も、まだまだ修行が足りてないんじゃないか?」

ゲーム世界の道理を的確に捉えたジュリエットの指摘に、ディエスは破顔して肩を竦め天を仰ぐ。
ジュリエットの指摘の意味がわからず、隣できょとんとはてな顔を浮かべるロミオとの対比がやけに絵になっていて、私たちはそれを見て全員で声を上げて笑ってしまった。
そうしてひとしきり笑った後で全員で街への帰途に着いた。
幸いなことにディエスのフラグは立っていなかったようで、何事も無く無事街へとたどり着くことができた。
クエストをNPCに報告し報酬の《白のエンブレム》を手に入れる。
これでこのクエストは終了なのだが、私たちの今日の目的はまだ終わっていない。
喜びの声を上げることもなく、そのままの足で転送ポータルを経由し第一層《はじまりの街》ギルドNPCへと向かう。
陽が沈み始めるまではまだもう少し時間がある。
狩りを終えて戻って来たにしては早すぎる時間帯に、完全武装で足早に街を駆け抜けていく私達へ街にたむろしているプレイヤーから奇異の視線が向けられているのが感じられた。
向かった先のギルドNPC周辺には他に主要な施設もなく、宿として使える物件も少ないので普段はほとんどひと気がないのだが、今日は少なくないプレイヤーの姿が遠目に見て取れた。
私たちが近づいていくと昼間の街開きにはさすがに劣るものの、歓声をもって迎えられた。
そこにいたプレイヤー達はどれも見覚えのある顔だった。
今日この日にギルドを立ち上げることはあらかじめ交流のできた何人ものプレイヤー達に伝えてあった。
アキラ達の様に事前に協力を確約してくれていた者もいたが、多くは保留もしくはギルドができてからという回答をもらっていたのだが、目の前の光景は多くの者が協力する側を選んでくれたことを教えてくれたいた。
同時に、この四十日間に及ぶ活動の成功とゲーム攻略がまた一歩進んだことを理解して、思わず立ち止まって大きく息を吐いた。
突然足を止めた私にディエスが何事かと一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたあと、一転微笑んで私の手を取った。

「お疲れ様、でもまだだよ」

頷いて顔に笑顔を浮かべる。
集まってくれていたプレイヤー達に手を振って答え前に進み、ここにいる全員が見守る中で短い手続きを済ませる。
私がリーダーとなり所定のコルとアイテムを支払い最後にギルドの名前を入力する。
そして、私たちのギルド《ユニオン》が出来上がった。
私は振り返ってここにいる全員を見回したあと声高に宣言した。

「お待たせしました、皆さん。さあ塔の攻略を始めましょう」


後書き

年末の忙しさは異常……

私の中でゲームでギルドを立ち上げる時のイメージがこんなんなんですが皆さんはどうでしょう?

次話 ギルド組織編予定です。





[36123] 5話
Name: まつK◆7a02f718 ID:909b5a77
Date: 2013/03/09 20:35
ギルドを作るといっても、そのでき方にはいろいろとある。
まずはよくあるもので、思いついた誰かがノリでリーダーをとりあえず名乗り出るタイプ。
ゲーム開始時に一番良く見られる型で、参加する為の敷居がほぼないことと初期であれば周りにいる沢山のプレイヤーが自然と集まり結構大きなものになったりする。
概ねメンバーもノリがよく、縛りもほぼ無いためやっていくのは、楽でそれなりに楽しい。
ただどうしてもノリで作られただけあって、活動に波ができたり次第にギルド内のプレイヤー間でレベルなどの格差が生じてしまったりと、少し経つと失速してしまいがちである。
それを調整できる人物が内部にいれば、古参のトップギルドとして残っていく場合がある。
次に、内容に縛りを設けて募集をかけるタイプ。
これはゲームでの職業や戦闘スタイル、このSAOではないが種族等といったゲーム内での縛りや、猫好き、犬好き、学生限定等といった現実での趣味や事情に縛りを設けているタイプだ。
このゲームで言うと例えば、和風の装備を纒い刀を装備したサムライギルドや、ネコ耳アクセサリを常に装備した猫好きギルドといったものがテスト際には立ち上がっていた。
大抵の条件が緩いもので、最初に自身がそれを選んでさえいれば良い場合が多く、現実での縛りの場合も所詮自称でしかないのでかじった程度の理解があれば簡単に加わることができる。
同じような趣味趣向を持ったプレイヤーが集まりやすいので、話題も合わせ易く早いうちから一体感をもって楽しめる場合が多い。
あまりニッチなところを突くと単なるネタギルドで終わってしまうこともあるが、方向性が噛み合うとその道のエキスパート集団となったり、同好の士というプレイヤー間の強いつながりで有力なギルドになったりもする。
他には知り合いどうしでギルドを立ち上げるという場合もある。
リアルでの仲間うちで集まったものだったり、ゲーム内でパーティーなどを何回か組んでいるうちに気が合ってギルドを作るに至るケースだ。
その機会に出会えるかどうかが加入の条件とも言えるのでハードルはやや高いように思える。
私はこういった機会に出会えることは幸運なことだと思っている。
気心の知れた者同士で楽しく時間を過ごせることだろう。
少ない人数の身内でまとまってギルドとして完結する場合がほとんどだが、希に積極的に知り合いの輪を広げていく者がいるといつの間にか大所帯になっていたりもする。
そして最後に特定の目的をもってギルドを組織する場合。
大概がレイドボス攻略やPVPでの勝利といったエンドコンテンツを目的にしており、ゲームが一度中盤に差し掛かったようなところで募集が始まる場合が多い。
プレイヤースキルやキャラクターのレベル、装備で一定以上のものを求められることが間々あり、また加入したあともノルマや付いてい行くためにある程度のプレイ時間を要求されたりとそれなりの労力が必要となる。
それらを合わせて考えるとライトユーザーには敷居が高い。
ただし、それらをクリアできる環境にあればメンバーのモチベーションは高く、最前線で未踏破地域の探索や攻略法の確立されていないボスへの挑戦、あるいは世界最強の称号といったゲームで最も楽しいことの一つであろうことへ参加しやすくなる。
しかし、そういったプレイヤーの利益や欲求に直接関わることが多いので、リーダーなりにある種の政治的感覚が無いと晒しやギルドの解散、分裂といったギスギスした人間関係を味わうことになることもある。
そのようなことを含めてのギルドと思っておいてもいいだろう。
ざっと思いついただけでもこういった形がある。
私たちのギルドは塔を攻略するという目的があるので四番目に該当するだろうか。
今のところ集まってくれたメンバーは誰もが皆高いモチベーションを持っておりギルドの滑り出しとしては上出来の部類だろう。
とはいえ、どのような形のギルドであっても始めたばかりの頃は皆それなりに意欲があり可能性に満ちているものだ。
そこから、頂へと至るのかその場に留まるのか、あるいは坂道を転げ落ちるのかはメンバーの裁量次第といえる。
私たちも自らの生死と現実への帰還がかかっているわけで、全身全霊を持って事に取り掛かってはいるのだが、やはりやり慣れないことというのは辛いものである。

目を通し終わった書類を脇にどけて目頭を揉みながら少し作業を中断する。
眼精疲労といったものはこの世界にないはずなので、これは私が文字を長時間読めば目が疲れるといった思い込みからくる気疲れなのだろう。
今取り掛かっているのはギルドの所謂ルール作成なのだが、攻略のための効率を突き詰めて行こうとするとなかなか簡単な仕事ではなかった。
PKや詐欺の禁止といった基本的なこと制定の他に、ギルドメンバー個人の能力、資産、クエストの進度の把握、それを元にしてパーティーの割り振り、資産の運用、装備の作成、ノルマの設定、塔の攻略計画とやるべきことは多岐に渡った。
ふと気がつくと大きく取られている窓から差し込む陽の光は、作業を始めた時よりもだいぶ高くなってきていて休息を入れる頃合だと教えてくれていた。

「皆さんそろそろ休憩にしましょう」

私がそう告げると、紙をめくる音とペンが走る音だけがしていた部屋がにわかにざわめきを帯びた。
率先して席を立ち上がると、一緒に部屋で作業をしていたほかのメンバーたちも各々手を止めて休憩に入っていった。
毛足の整った絨毯を上を歩き備え付けのソファへと向かう。
この部屋には私の他に何人一緒に仕事をしている人がいるが、その全員が作業するのと休息をとるのに困らないだけのスペースある。
今まで過ごしてきた拠点としてきた部屋とは広さだけでも比べ物にならない。
これは私たちがギルドを立ち上げてからやった最初の仕事の成果だ。
ここは《はじまりの街》の宮殿へと続く緩やかな登り道の途中。
貴族っぽいNPCがいることと、広い通りに沿って大きくて豪奢なお屋敷が建ち並んでいることから通称貴族通りそう呼ばれている通りの一角。
第二第三層の主街区が開かれてはいるが、未だ拠点需要の多いこの《はじまりの街》で、ここはその建物の規模に合わせて設定されている家賃が原因でほとんどが空家となっている。
この街の平均的な宿屋の数十倍から百倍程も費用がかかり、個人で所有するにはナンセンスだがギルドのアジトとするにはちょうど良い。
そんな建物のうちの一つからギルドのメンバーが常に集まる場所が有るのと無いのとでは、ギルドの連帯感が決定的に違うので私たちはギルドを立ち上げた翌日、ほどほどの大きさの屋敷をアジトとして借り上げた。
ほどほどの大きさといっても、50を超える部屋数にメンバーが一堂に会せるほどのダンスホールらしき部屋や食堂、厨房、大浴場などがついており日本人の感覚からしてみれば十二分に豪邸といっていいだろう。
そうしてギルド《ユニオン》のアジトとなった建物の一室を執務室し私はひたすらにデスクワークに励んでいた。

「コーヒーでよかったですよね?」

だらしなくならない程度にソファーへどっかりと腰を落ち着けていたところに、同じく作業から休憩に入ったロミオが飲み物を手にやってきた。

「はい。ありがとうございます」

受け取ったコーヒーを口元へと運ぶ。
上質な香ばしい香りこそ再現しているが味の方はイマイチだ。
カフェインがまったく感じられない。
アルコールと同じような理由で制限されているのだろうが、それ以上に製作者が興味を持っていないのではないだろうかと勝手に思っていた。

「さすがにちょっと疲れました」

まる2日書類と格闘しているロミオがソファーに伏して気の抜けた声でそう呟く。

「私、こんなに机に向かって何かやったのは受験の時以来ですよ」

「それはお疲れ様です。おかげで予定通り明日にはそれなりの形にはまとまりそうです」

「本当ですか?それを聞いて少し元気が戻ってきました」

デスクワークの終わりが見えたことがうれしいのか、声には少し張りが戻っていた。

「あ、でも、いまさらではあるんですけど。……私って役に立ってるんでしょうか?ディエスやヒースクリフさんのほうが適任だったような……」

いつものメンバーのうち、今言った二人とジュリエットにはアジトでの仕事でなく、個人のPS(プレイヤースキル)の確認を兼ねた優先度の高い鉄板クエストの消化の監督に行ってもらっている。
ギルド全体の編成を考える際にもこの三人の見立てなら間違いはないだろうと信じられる。
そして残ったジークフリートとロミオには玄人、素人の観点から各種素案をチェックしてもらっていた。

「ディエスはともかくヒースクリフさんなら確かになんでもこなしてしまいそうな感じはありますが、欲しかったのはあくまで貴方の感性でのチェックなので十分にやってもらってますよ。最終的には全員に見てもらいますがそれまでに粗を潰して完成度を上げることが目的ですので」

「思ってた以上にギルドを立ち上げる乗って大変なんですね」

「普通のギルド――ゲームだったらこんな作業はまずやりませんけどね」

「そうなんですか?」

「ここまで細かくやる必要がないですから、大体は人を募集して終わりですね」

「それはそれでアバウト過ぎるような気がするんですが……」

「それくらいでなんとかなるものなんですよ。これが終わったらジュリエットやディエスにそういったことを聞いてみるといいかもしれませんね。存外面白いことが聞けるかもしれないですから」

「それは考えてみます。ところでコーヒーのおかわりどうですか?」

空になっていたカップを掲げてみせる。

「お願いします。今度はブラックで」

「了解です」

ロミオが席を立ったところでギルドメンバーからメッセージが届いた。
内容は加入希望者が集まったので対応をお願いしたいとの旨。
すかさずすぐに向かうので案内をお願いしますと返信を返す。

「ロミオ、ジークさん加入希望者がきました。立会人を一緒にお願いします」

コーヒーのおかわりの準備に取り掛かろうとしていたロミオを止め、バルコニーで煙草をふかしていたジークフリートに声をかける。

「はーい」

「おーう。ちょっと待っててくれい」

ロミオとジークフリートを連れだって加入希望者の待つ部屋へと向かう。

「それじゃあ、少し行ってきます」

それを契機に休憩も終わりとなり、部屋に残っていたメンバーも作業にもどった。
デスクワークの合間にやってくるギルド加入希望者の承認も私たちの仕事だ。
メンバーへ招聘権を渡しておけば誰でも招き入れることができるようになるのだが、少なからず危険なことに身を置くこともあるので最後の意思確認を取るために、今のところは私とサブリーダーの二人にのみお願いしてある。
待たせている部屋の前までつくと扉をノックをしてから部屋へと入った。
部屋の中には、なにかの面接会場のようにひと組の机と椅子といくつかの椅子だけが並べられている。
案内をしてくれたメンバーの一人がそのまま話し相手になっていてくれたようで、話が弾んでいるようだったがこちらの顔を見つけると表情を引き締めこちらへとやってきた。
私はそのまま部屋の中へと進み椅子に腰掛けた。
高校から大学生くらいだろうか、男子二人と女子一人が今回の希望者だった。
私は出来るだけ明るい口調を意識して声をだした。

「こんにちは。初めましてになると思いますが、もし違っていたら申し訳ない。私がこのギルド《ユニオン》のリーダーをやらせてもらっている者です。そして横にいるのが、まあ見届け人のようなものです」

座っている私の横にいるロミオ達に視線をおくるとそれぞれ小さな会釈を3人の新人達に送った。

「話には聞いている思いますが、これは皆さんのこのギルドの説明と意思の最終確認だけですのでリラックスして聞いてもらえればとおもいます。その前に名前だけでも結構ですので皆さんの自己紹介をお願いしてもいいですか。えーと、一番右に座っている方から」

私から見て右端に座っている男性プレイヤーへと水を向ける。

「えーと、ムラサキといいます」

小さく頷いて返すと隣のプレイヤーが続いた。

「自分、コルネリウスっす。よろしくお願いします」

そして最後に女性プレイヤーが砕けた感じで声を上げた。

「ガトーです。よろしく」

「ありがとうございます。それでは最終確認の前に念のためこのギルドの活動方針を簡単に説明させてください。私たち《ユニオン》の目標はこのアインクラッド攻略し生きて現実へ帰還することです。加入には特に制限を設けていません本人の意志だけです。攻略の方法として有志の少人数による攻略班と、それを支える後方班とで分かれて活動します。攻略班がボス攻略や未踏破地域の探索を行い、その情報を元に後方班が比較的安全なところで狩りを行い、そこで得たもので攻略班を支えてもらいます。他にも財源を取りまとめて運用を図ったり、物資の振り分けを行ったりもしますがメインはこれです。後方班の安全は第一にします。大体現実で交通事故に合う可能性程度の危険を考えてもらえれば結構かと思います。ルールさえ守ってもらえれば危険と出会うこともそうないでしょう。私からは以上です。細かな規定はまだ決めている最中なので答えらないかもしれませんが、何か聞きたいことはありますか?」

最も危険な役回りは私達が背負う。
装備も情報も技術も足りないものは提供する。
だから力を貸して欲しい。
それが本音だ。
目の前に座る三人を順番に視線でなぞっていくが質問の声はあがらなかった。

「それでは」

システムメニューを立ち上げ右手でいくつかの操作を行って目の前の三人をギルドへと招待する。
ガトー、コルネリウス、ムラサキの順に受諾され新たに三人がギルドへと加わった。

「ギルド《ユニオン》へようこそ」

席を立って歓迎の意を示す。

「三人ともよろしくお願いします」

後ろで見届け役となっていたロミオたちも歓迎の言葉を上げた。

「それじゃあまずは、アジトの案内を受けてください。皆さんの本格的な活動は明日からで、今晩ここで集会があるのでその際に説明します。その時他のメンバーへも紹介しますのでそれまでは自由にしていてください」

あとの案内や細かな説明を案内役だった一人に再び託し、ロミオとジークフリートと共に部屋をあとにした。



「今の三人の新人さんはどう思いました?」

部屋を出て少し離れたところで私はなんとなく口を開いた。

「うーん、ムラサキさんはちょっと軽いかなって思いました。コルネリウスさんは体育会系?ガトーさんはまた女の子が増えてくれてよかったと思いました!」

「私も女性陣が増えてくれたことは大歓迎ですな。ただ、三人とも当てにするには少し心もとない気はしましたが」

「それは私も思いました。私がいうのもあれですけど初心者っていう感じが」

「そんなに謙遜しなくていいですよ。あなたはもう初心者なんて立派に卒業してますから」

私の言葉にジークフリートも大きく頷いて同意する。

「そ、そうですか?ありがとうございます。またやる気が復活してきました!……明日にはこの仕事も終わりそうですし。今なら私一人でもゴブリン三匹くらいは相手にできちゃう気がしてます」

「それは頼もしいですな。私も負けてられませんな」

鬱憤がたまっているのか、周りに対する責任感の発露かはたまたその両方か。
にわかにテンションの上がったロミオがシュッシュと拳を振るう。

「……私はちょっと厨房に寄って飲み物を取っていきますので、お二人は先に戻っていてください」

「それくらいだったら私が用意しますよ?」

ロミオがそれくらいならばと申し出てくれるが、自分で用意したいのでとやや強引に断り、部屋に戻っていくふたりの背

中が見えなくなるまで見送る。
新たに3件のメッセージが届いていた。
ギルドの運営に関することが2件、加入に関する問い合わせが1件。
執務室に戻れば残っていた仕事に加え、今も作業を行っているメンバーから上がってきている書類ができあがっていることだろう。
そして夜には、ディエス達外回り組とのすり合わせも待っている。
時計を見ると時刻は午前11時を少し回ったところ。

「後……36時間といったところですか」

先程ロミオに告げた明日が終わるまでにはまだそれだけの時間がある。

「コーヒーがポットで入れられれば便利なんですが」

私は人前では堪えていたため息を一つついて、明日が終わるまでを共に過ごすであろう相棒のいる厨房へとゆっくりと足を進めた。

後書き

とりあえず更新。
次からは一週間を目標にしばらく更新つづけられるようにしたいとおもっています。

次話 経験値を稼ぐお話 本編ヒロインに出張ってきてもらう予定です。

ご意見ご感想頂ければ幸いです。



[36123] 6話
Name: まつK◆7a02f718 ID:909b5a77
Date: 2013/03/18 23:36
私達がギルドの立ち上げに四苦八苦している間も、塔の攻略はもちろん止まる事なく進んでおり、情報屋のアルゴからの情報によれば最前線は第三層迷宮区に差し掛かっているそうだった。
その恩恵に与って、早朝にアジトを発った私とディエス、ジークフリートの三人は転移ポータルを何回か経由し最前線にほど近い、迷宮区最寄りの村《ターラント》までさほどの労を要することなくたどり着いていた。
第三層の街道終着点になる《ターラント》の村は、木造茅葺き屋根といった建物がゆったりと立ち並び、周囲も背の低い柵が回っているだけ。
村の規模が小さいこともあり、田舎の村といった印象を強くを受ける作りになっていた。
重要なクエストや施設等があるわけでもなく、迷宮区に最も近いということがなければそのまま通り過ぎてしまうような所だった。
それでも、迷宮区攻略にかかるという時期もあってNPCに混じって補給や休息を行っているらしき何人かのプレイヤーの姿を見つけることができた。

「二人共準備はいいですか?」

特別な準備が必要なわけでは無いが外に出る際の慣例として問いかける。

「オッケイ、オッケイー」

「問題ありませんな」

二人共さも当然とばかりに返事を返してくる。
その言葉に小さく頷いた後、私は村の外へと向かって足早に進む。
それにあわせてディエスとジークフリートの二人も遅滞なく揃って歩き始めた。
何気ないことだがこういった一連の所作が滞りなく進むということは気持ちがいい。
もっとも今回の感動は歩き始めて10歩目にディエスが『あっ』と声を上げるまでの短い間でしかなかったが。
何事かと思ってディエスを見ると、村の中央の方へと彼女の視線が向いていた。
つられる様にディエスの視線の先を辿っていくと、一人のプレイヤーがいた。
ただその容貌は目深に赤いフードを被っており伺うことはできなかった。

「あの時の娘だよ」

ディエスのその言葉とフードの脇からわずかばかりこぼれた栗色の長い髪でプレイヤーの目星がついた。

「ちょっと声かけてくるね」

こちらの返事を聞くことなくディエスは彼女に向かっていった。

「お知り合いかなにかですかな?」

「ええ、ほら覚えていませんか?第三層の街開きのときに私達がちょっと話していたプレイヤーなんですけど」

「うんん……?あー、あの時胴上げで空を舞っていた」

「はい。その時の彼女です」

私とジークフリートの二人もディエスを追うように彼女方へと向かう。
湧き乱れる群衆の中に置き去りにするという気まづい別れだったはずなのだが、先をゆくディエスの後ろ姿からは躊躇の類はみられなかった。

「おっはよー、元気してた?この前はゴメン、ごめんなさい。こっちもちょっと急いでいてねー」

呼びかける声も実にフランクなものだった。
突然声をかけられた彼女は、訝しむような態度でディエスの様子を伺ったいたが、私が追いついて横に並ぶと合点がいったようでやや興奮気味に口を開いた。

「あー!あなた達はあの時の!あの後、わたし大変だったんですよ!後から後から人は寄ってくるし、あいつは見失っちゃうし!」

「本当に申し訳ありませんでした。私もまさかあんなに盛り上がるとは思っていませんでた。ディエスが言っているように急いでいた事もありまして、……ディエスもそんな謝り方があるか。ほら頭を下げて」

ディエスの方もわかっていたようで、私と一緒にぺこりと頭を下げ、あまり関係のなかったジークフリートも謝罪に加わってくれた。
年かさの大人二人を含めた三人の謝罪に、根が真面目なのであろう彼女は、一転怒気を霧散させ逆に恐縮したような態をとった。

「あ、頭を上げてください。そこまでしてもらわなくて結構です。特に実害があったわけじゃないですし。……それで、わたしになにか御用ですか?」

「アスナさん、かわいかったから気になってて、声を掛けてみようかなと」

頭の悪いナンパ男のようなことを垂れ流す。

「――ッ」

「あー、待って待って。うそうそ。でも同じオンナノコの誼みとして気になっていたっていうのはホント。アスナさん、元気してた?」

ディエスが軽い口調ではあるが本心から心配していることを感じ取ったのか、変わらず微妙な態度ではあるがアスナからは先程まで感じられていたトゲが薄れていた。

「順調とまではいかないけれど、悪くはないわ。えーと……?」

アスナは言葉を区切って首を傾げた。

「わたし貴方たちに自己紹介しましたっけ?あなたの名前を教えてもらった覚えはないはずなのだけれども」

「あー、そうか、うっかり。アタシ達の自己紹介がまだだったか。あなたの名前は少し前に情報屋のアルゴさんに『あの娘のこと知ってる?』って聞いたら『その情報はもう無料でいいかナ』って言って教えてくれたから」

「くっ、アルゴさん……あの人!」

「まあ、そんなことしなくてもアスナさんの名前は自然と聞くようになったけどね。それでアタシの自己紹介。アタシは両手剣使いのディエス改めてよろしく。ギルド《ユニオン》のサブマスターもやってたりする。そしてこっちのおじさんがうちのギルドのマスター。そっちのオジ様がギルド員のジークフリートさん」

ディエスの紹介にあわせジークフリートがこなれた様子で会釈と共に握手を交わす。
私も小さく会釈を交わした。

「わたしの名前はアスナ。アスナって呼び捨てください。フェンサーっていうの?分類がよくわからないんだけど、とにかく細剣を使ってるわ。それから、ごめんなさい、ギルドマスターって……?」

彼女の瞳にわずかばかりの好奇の色が浮かんだのが見えた。

「私たちでこのゲームを攻略するためのギルドを立ち上げさせてもらいました。貴方と話していたあの時は、丁度ギルド設立に走り回ってたんですよ。おかげで設立一番乗りできました」

「攻略ギルド……ね。ねえ、ちょっと不躾な質問になってしまうかもしれないのだけれどもいいかしら?」

「なんでしょうか?」

「ギルドって必要なものなのかしら?全員で攻略を目標に向かっていくのならいっしょにいるだけでって思うのだけど」

「そうですね、やはり目に見えた形でのつながりが欲しいんじゃないでしょうか」

システムメニューからギルドの項目を開く。
だいぶ長くなったメンバーリストの中に私の名前も見つけることができた。

「こんな風に名前が並ぶだけではあるんですけど、それだけでも例えば話しかけるにしても気楽にできるものですし何となく安心できるんじゃないでしょうか。人間はやっぱり集団の行きものですから」

「……なんとなく、わかったような気がするわ。それであなた達は、これから塔の攻略に向かうのよね?」

「いいえ。私たちはこれからレベルアップのための狩りに向かいます。アスナさん、もしよければご一緒にどうですか?」

MMORPGでレベルアップのために経験値を稼ぐという行為は、オフラインのゲームと比べてゲームに対する比重で隔絶している場合が多い。
そしてそれは高レベルになればなるほど顕著になっていく。
私が以前聞いたものだと、ソロで全力を尽くして一時間狩りをし続けたところ、得られた経験値が必要量の0.1%程度だったということもあったそうだ。
一ヶ月ゲームのレベルアップに費やして、レベルがひとつも上げられないと考えるとひどいものだ。
まあ、それもパーティーを組むなどすればもっと効率を高められる余地を残したものではあるのだが。
今の話は極端な話だが、それでも大抵は少なくない時間をレベルアップのために取られる。
そしてその時間を少しでも短くしようと多くのプレイヤー達が頭を悩ませてきた。
考える方向性は二つ。
今の能力にあった適切な獲物と戦うか、適切な獲物に似合った能力にするということだ。
前者がプレイヤーの選択肢が少ない序盤に、後者が後半になることが多いか。
どちらの場合でも肝要なのは、大火力を維持し続けることにある。
さしあたってこの《SAO》を見てみると、約40日が経った時点でトッププレイヤーのレベルが15くらいだと聞いている。
最早ゲームとは言えなくなったこの《SAO》を、既存のゲームと一様に比べることはできないが、それでもレベルアップに関する仕様は厳しいものだと思える。

アスナを加えて四人パーティーとなった私たち一行は、フィールドを足早に駆けていた。
アルゴから聞いていた話によると、彼女は専らソロ専だということらしいのだが何らかの心境の変化か、ダメもとで口にした私からの提案を受け入れ一緒に狩りに行くことに同意してくれた。
最前線で戦っているというのは伊達ではないようで彼女のレベルは13と、私とジークフリートの10、ディエスの11と頭一つ高かった。
また、道中何匹かのモンスターをお互いの実力を確かめるために相手どってみたが、噂に違わない実力があった。
初めのうちこそは、パーティーでの狩り経験がほとんどないということで戸惑っていたようだったが、数回の戦闘をこなすとパーティー内での立ち位置を把握していった。

「ハァァッ!」

アスナのソードスキルの鋭い一突きが決まる。
クリティカルで入ったようで、敵モンスターのHPバーが大きく削られる。
さらに通常技で二発分ほど削り敵から距離を取る。
精密なクリティカル狙いの一撃を主軸としたヒットアンドアウェイが彼女のスタイルなのだろう。
細剣使いは本来それほど火力のでるものではないのだが、彼女はクリティカルを連発し見た目にそぐわないの火力をたたき出す。
勿論クリティカル特化の装備をしてはいるのだろうけれど、その多くは彼女自身の腕によるところが大きい。

「オォォォォラァッ!」

ディエスも負けじと大威力のソードスキルをぶちかます。
アスナの望外のパーティー参加ということで既に上がっていたディエスのテンションは、アスナの戦闘を見て跳ね上がった。
『ライバルを見つけたり』――ディエス自身と戦闘に集中していたアスナは気が付いていないようだったが、爛々としだしたディエスの瞳はそう物語っていた。
そしてそのアスナの流麗なスキルに触発されたのか、いつもの重く豪快な一撃だけではなく洗練された精緻な一閃を繰り出し、いつも以上のダメージを出していた。
ここで予想外だったのが、アスナの外見からは伺えなかった積極性というか負けん気の強さだ。
よく考えてみれば分かりそうなものだったのだが、彼女も一人で最前線を探索しているようなプレイヤーだ。
ディエスの攻撃に負けまいと張り合ってわずかに攻勢を強めてきたのであった。
当然ディエスがこれに乗らない理由はない。
そうして彼女らは、互いに競い合うように攻撃を繰り出し、ダメージを積み上げていったのだった。

「二人共ほどほどにおねがいしますよ?本番前に疲れられても困りますから」

先のディエスの一撃でモンスターは光となって消え去り戦闘が終了した。

「……了解」

「へーい」

アスナの方は肩慣らしの練習にしては少々数をこなしすぎたという自覚があるようだったが、ディエスには全くその気がなさそうだった。

「それと、ジークさんもそろそろギア上げてきてくださいね」

「了解、了解。わかってはいるんだが、この歳で若者についていくのはなかなかに骨でね」

ジークフリートはそううそぶいた。
彼は、彼女らふたりの戦闘が競い合いの態を様するようになってからは、戦闘にはほどほどといった感じで関わって半ば観客となっていた。
そろそろ目的地が近い。
三人には平時のテンションに戻って欲しいところだった。
丘陵を超え、視界が開けると風景に白いものが混ざり目的地についたことがわかった。
木々の間に張り巡らされた円状の白い糸。
巨大な蜘蛛の巣である。

索敵スキルで近くにほかの敵影がないことを探ってから投擲スキルで近くに巣に向かって、小石を投げつける。
すると直ぐに音もなく巨大な蜘蛛がPOPした。
《ロサアラクネ・マザー》全身に無数の刺を持ち、赤黒い大人の背丈ほどの体高を有する蜘蛛型のパーティーモンスターだ。
蜘蛛の習性を考慮してかフィールド徘徊している他にもこいつは蜘蛛の巣のオブジェクトに触れることでも現れる。
出現した《ロサアラクネ・マザー》はその巨体に似合わぬ素早さで音もなくこちらへ近づいてきた。
私は《ハウル》を使い注意を引き盾を構えながら後ろへと下がる。
コイツの武器は、八本の長い槍のような脚による攻撃と鎌状の牙による噛み付き、巨体を使った体当たりそれと拘束効果のある糸とバリエーションが豊富だ。
また全ての攻撃に毒を持っており、攻撃を受けた際にこちらが抵抗に失敗すると軽度の毒を与えてもくる。
振り上げたられた脚が私へ向かって放たれる。
鋭く尖った前足による突き刺すような左右からの二連撃を盾を使って防ぐ。
反撃の機会を狙ってはいるが、まだ行わない。
続いてやってくる残りの脚による攻撃をじっと備えた。
敵の前面に立つと、前を向いた三対の脚による連続攻撃がその攻撃範囲内にいる限りなかなか反撃の機会を与えてはくれない。
逆に、背面煮立てば、二本の後ろ脚を気にしさえすればよく、それも前脚を攻撃に使っている時にはただの支えの棒でしかない。
私が攻撃を受けていると、ほかの三人が左右を迂回し敵の背面を取る。
再び大きく前脚が振り上げられると、好機とばかりに三人がそれぞれ敵の弱点である腹部へと大威力のソードスキルを繰り出した。
アスナの細剣が煌き、ディエスの大剣が奔り、ジークフリートの大斧が唸る。
それで敵のHPバーは三割ほど削られた。
三人の腕の良さと繰り出したスキルの威力ということに加え、《ロサアラクネ・マザー》が刺々しい見た目通りの高い攻撃力を持っているのに比べ、耐久力がそれほどでもないからだ。
大きくHPを削られたヤツは、うっとおしいものを払うかのように後ろ脚をコンパスのように振り回してきたが、範囲内にいたディエスとジークフリートはバックステップで素早く後退していた。

「セイッ」

振り払われた脚とは逆側にいたアスナが再び攻撃に移ると、私への続いていた攻撃が止む。
ターゲットをアスナへと変更したようで、その場で向きを変えようと動き出す。
攻撃役を前面に立たせないことが今回の私の役割の一つなので、ここでようやくソードスキルを放ち敵注意を引く。
腹部と比べやや頑強な頭胸部あてたことでダメージはあまり与えられなかったが、クールタイムの終わった《ハウル》を使うと再度敵がこちらを向き、ターゲットを私に持ってくることができた。
敵からの攻撃を私が一手に引き受けると、三人の攻撃は苛烈さを増した。
私がほとんど攻撃に関わらなくとも、あっという間に残り一割を切るといったところまで敵のHPを削りきった。

「そろそろラスト!アスナがトドメお願いします」

「わかったわ、任せて」

言うやいなや、彼女はその言葉を待っていたかとばかりに敵に肉迫しとどめの一撃を放った。
《ロサアラクネ・マザー》が光となって消えていく。
が、同時にいくつかの新たなモンスターが周囲に沸いて出た。
《ロサアラクネ・マザー》の最大の特徴で死に際に複数の《ロサアラクネ・ベビー》をPOPさせる。
新たに出現した《ロサアラクネ・ベビー》は《マザー》の半分ほどの大きさしかない通常モンスターで、親とさほど変わらない高い攻撃力をもっている。
反面耐久力は著しく低下しており倒すこと自体は難しくはない。
ただし、それなりの数が沸くので知らずに出現を許してしまうと囲まれて一瞬で詰む危険性があった。
今回私たちは当たりを引いたらしく最大数の6匹が周囲に現れていた。
それぞれの個体が出現と同時に最寄りの目標へと襲いかかろうと動き出す。

「ウォォォォッ!」

蜘蛛達が動き出した次のタイミングで私が《エリア・ハウル》――周囲の敵全体の敵愾心を煽る――を使い、六匹全てのターゲットを取る。
六匹全てが一斉にこちらへと向きを変え、静かに殺到してくる。
私は僅かに後退しつつ剣と盾を握り締める。
今度は反撃のことは考えない。
次々とやってくる攻撃をひたすらにさばき続ける。
こうなることは当然わかっていたし、このための用意もしてある。
私に群がる蜘蛛たちの背後へとディエスとジークフリートが無造作に詰め寄る。

『ハァァァァッ』

ディエスが肩に担ぐように構えた大剣を、ジークフリートが腰だめに構えた大斧をそれぞれ遠慮なく振り抜く。
結果は以前のギルドクエストの際の焼き直しだ。
範囲攻撃を食らった六匹のうち、二人からクリティカルをもらった三匹はそれだけで消滅し、残りの三匹も瀕死。
そのうちの一匹を私が倒し終えると、あとの二匹もディエス達に手早く処理されていた。

「思った以上に脆かったですね」

戦闘中に回復する暇のなかった毒をポーションを飲んで治療する。

「大部分はアスナのおかげだけどね」

「そんなことないわ。まだ三人と上手く合ってないところがあるし、足を引っ張っていないっていうくらいよ」

「そんなに謙遜しなくていいと思うがね。アスナ嬢は十分以上にやれているよ」

実際三人でやや余るだろうととやってきた狩場で、四人でもほどほどだろうと思っていたのだが、その上を行く殲滅速度だった。
モンスターのりポップが追いつかず、そう時間がかからずに狩場が枯れて手持ち無沙汰になってしまうかもしれない。
森の奥の方に行けばまだいくらでもモンスターはいるのだが、敵の密度が高いためにリンクする危険性があるのでできればこのあたりで続けたいところだった。
ともあれ、経験値を稼いでいるのだ。
止まっている場合ではない。
獲物が足りなくなったらそれはその時に考えるとして今はせっかくの高火力を活かすことを考えよう。

「さあ、次行きましょう、次!」

私はさらなる経験値を求め次の獲物に向かって歩き出した。



後書き

とりあえず投稿。
相変わらず書きたい内容はあるのですがなかなか文章になってくれません。
後でちょっと加筆するかもしれません。
その他板へ移しました。
合わせてタイトルを変えてみました。いかがでしょうか?

ご意見ご感想はもとより誤字脱字の指摘、はたまた読んだという足跡だけでも作者が身悶え筆が進むかと思います。

次話 装備品を作ったりする話



[36123] 7話
Name: まつK◆7a02f718 ID:909b5a77
Date: 2013/05/31 19:33
多くのプレイヤーたちにとって昼間の探索を終え、街に戻ってからあとの日が沈んでからの時間は、基本的に街で過ごす個人の時間になる。
その日に使った装備品や消耗品の整備や補給、ドロップ品の清算などを人の多いこの時間帯に行いそれが終わり次第自由時間、という流れが多いだろうか。
ただなにぶん街の広さが広大である為に、目当ての人や物がなかなか見つからずに彷徨っているうちにいつの間にか時間が過ぎているといたということは良く聞く話だ。
そこのところ私たちはギルド内で一括してそういった雑務をまわせる様に人員を割り振ってあるので、一般的に必要なものは担当のメンバーに一言ことづけるだけで済み、それらの煩わしさの大半からは開放されていた。
だが、そうして過ごす自由な時間の選択肢は、ここアインクラッドではそれほど多くない。
ここにはTVやPCを始めとした現代的な娯楽はなく、本や音楽といったものはあるがそれらはあくまでストーリやクエストを引き立てるためのアイテムであって、余暇を過ごすためのものとなるとそう多くは無い。
かといって昼間の続きにとばかり、街の外へ探索や狩に出ることは暗い夜の闇が大きな障害となる。
沈んでしまった太陽の代わりに浮かぶ星や月の光はいかにも頼りなく、夜間の活動には視界に著しい制限をうける。
伸ばした手の先が見えないほどの暗闇ではないものの、ぼんやりと影が浮き上がってなって見える程度の明るさしかない。
戦闘はもちろんのこと移動や索敵などおよそ全ての行動のマイナス要因となる。
そのことを解消するための暗視の為のアイテムやスキルも存在するが、それを使用しても昼間とまったく同じ条件になるというわけでもない。
加えて夜間には生態や分布を変化させるモンスターもおり戦闘において昼間とは違った予想外のことが容易に起こりうる。
総じて、日が暮れてからの街の外での活動は、ほとんどの場合において非常に苦労が多く得るものが少ないものになり、極力避けることというのが比較的初期の段階からプレイヤーたちの共通認識となっていた。
娯楽は少なく、街の外にはでられない。
自然とゲーム開始直後、夜はNPCだけが動く静かな時間だった。
だが今は、毎夜ごとにいたるところで開かれる食べて、飲んで、語り合う宴会ともいえるものが開かれる時間となっていた。
始まりは街の外へ攻略に出ていたプレイヤーたちがお互いにその日の無事を確かめ合い、せめてもの贅沢にと上等な食事を取り、その中の一部のプレイヤーが周りに分けあったのがはじまりだとされている。
それが探索に出るプレイヤーの人数が増えるに従いに次第に広がって行き、今では大小さまざまな規模に加え、会員制、有料制などの宴会が催されるようになった。
寝て過ごすということ以外では、そうした集まりで時間を過ごすのが最もメジャーな過ごし方となり、次点となるとそこに集まったプレイヤー目当てに出来た露天を見て回るということだろう。
このどちらに参加することでほとんどの人々が夜を過ごす。
そしてこれ以外の時間の過ごし方となると、一部の奇特なプレイヤーたちが非戦闘系のスキルの習熟に励み、さらに極少数の酔狂なプレイヤーたちが何かを求めて夜のフィールドへと向かっていく。
私はというと最近はもっぱらアジトで過ごしていることが多い。
メンバーからのその日一日の報告。
攻略情報の収集。
ギルドの行動計画の立案。
メンバーからの個人的な相談、などやることはいくらでもあった。
今夜の私はひとり、夕食の後のコーヒーをアジトの自室で啜っていた。
もちろんサボっているわけではない。
あるメンバーからの連絡を待っていた。
もう味に不満を覚えなくなりつつある似非コーヒーをゆっくりと飲む。
カップの底が見え始めた頃、一通のメッセージが届いた。
私は了解とだけ短いメッセージを返して、残っていたコーヒーを一息に飲み干し部屋を出た。
向かう先はこのアジトの裏庭なので、正面の玄関には向かわずに台所にある勝手口へと向かった。
途中食堂の脇を通るとまだ談笑をしているメンバーが数多く居た。
まだそれほど遅い時間とはいえないが、この用件が終わって戻ってきたときにはそれとなく注意を促すくらいのことも必要かと心に留め置いた。
裏庭にでるとそこにはデフォルトで設置されていたいくつかの小さな花壇と追加で私たちが建てたアイテム製作の為の工房となっている小屋がある。
小屋といってもログハウスのような洒落た作りのものでなく、費用対効果のみを考えて作られた、まさにほったて小屋というその粗末な作りの建物だ。
現実であれば近所から景観を台無しにしていると、苦情が殺到するであろうほどに周囲の風景から浮いていたが、幸いにも周りには苦情を告げる住人もいないのでしばらくはこのままのつもりだ。
外見に反し音も無く滑らかに開く薄い扉を開けて中に入ると、内部の様子はカオスというべきだろうか。
向かって左側の壁面には布装備作成用の機織機が鎮座し、正面には金属装備用の炉が据え付けられ、右壁面には皮装備用のドレスフォームが置かれおり、空いたスペースにはそれらをつなぐようにアイテム収納用のチェストで埋められている。
小屋の外観と同様こちらも機能性のみを重視した、ある意味ゲームらしいといえばこの上も無くゲームらしいつくりになっている。

「すみません。お待たせしました。っと……」

もとよりさほど広くも無いスペースに製作用の設備を詰め込んである室内は、部屋の中央に置かれた三体のマネキンとそれを囲む人だかりでよりいっそう手狭なものになってしまっていた。

「すいません、マスター。ちょっと混みあっちゃっていまして……」

室内に入った私をアイテム製作班を任せいているヴィルが困ったような顔を浮かべて迎えてくれた。

「一応見せるのは明日からだと伝えはしたんですけど……」

「早く見たいという気持ちももわかりますし、別に秘密ってわけでもないですからいいんじゃないですか。まあ、製作のの邪魔にならなければですけども」

「それはもう大丈夫です。さっき連絡したとおり装備一式といくつかの類似品の製作は終わりましたから」

このSAOでは、いわゆる鉄板のテンプレ装備というものが未だ存在していない。
ひとつのレベル帯に対して両手で数えても足りないほどに装備可能なものがあることと、今のところそれなりに使える装備を入手しようとするとクエストの報酬かモンスターからのドロップに頼ることになるからだ。
グランドクエストたる塔攻略以外はプレイヤーごとでゲームの進め方は自由になるところが多く、リアルラックの有無で手に入れられる装備がバラバラとなってしまっていた。
そこでヴィルを中心とする製作班には、最近どうにか組織の態をなすようになったギルド全体の最初の活動として、ギルドの共通装備製作を依頼してあった。
各人の装備に関して完全に本人に任せっきりにしてあった現状を改善する為だ。
その試作品を今夜作ってもらっていたのだが、気の早い連中が集まってきてしまったというところだろう。

「はーい、マスターが着たからちょっと場所を空けてください~」

ヴィルがパンパンと手を叩いて注意を促すと、たちまち中央に居たメンバーたちが脇に移動し若干のスペースができる。
私としては今見ている人を優先で無理に場所を作ってもらわなくてもよかったのだが、どいてもらったからには仕方なく申し訳ない心持で装備の見える部屋の真ん中まで進んだ。

「えーと、こちらが今回のメイン、基本装備一式になります」

ヴィルが重量感のあるやや丸みを帯びた金属装備を着付けたマネキンの一つを指差す。

「見てのとおりの全て金属装備で固めてあり重量装備になりますが、その分防御力は十分なものが得られます。うちのギルドではレベルの関係で何人かがまだ装備できませんが、レベルアップ時に力を優先的に上げればすぐに装備可能になるはずです」

ステータスウィンドウを開いて装備品の能力を見る。
防御力の値は十分なレベルに達している。
十分な強化がなされればボスと戦う際に使うことも可能だろう。
安全、安定を約束したフィールドでの支援組みには、この方向性になるだろう。

「次がこっちです」

ヴィルが先ほどの隣にあるマネキンを指す。

「バリエーション品になります。防御力の比率の高い胴体部分はそのままにそのほかの部分を同質のチェーンや若干質が低いレザーにしてあります。軽いものが欲しいというひと向けですね」

確かに大分重量が軽減されていたが、それに合わせて防御力もそれなりに落ちていた。
特にレザーの部分は材料のランク自体が少し下がっていたので数値だけを見比べると結構な格差になっていた。
極至近距離で戦う短剣職や、スピードも必要とされる高火力狙いのプレイヤーからは需要が有そうだがその辺りの調整と説明が必要だろう。

「そして最後のこれはまあ、オマケみたいなものです」

最後に指した三つ目のマネキンには一つ目のものと同じく全ての部位に金属装備が着けられていたが、前のものに比べて全体的なフォルムが鋭い印象を受けた。

「レア度が上の材料で作りました。材料がもう無いのでこれ一つだけですが……。製作でもこれくらいの性能のものは作れるというデモンストレーションになればと、思って」

一つだけしか作れなかったというだけあって、能力値は十分だった。
いくつかの箇所は今私が装備している装備品よりも高性能な部位もある。
一式使うという形ではなく、足りないところを補うというように使えば前線で探索を行っている組の戦力の底上げになるだろう。

「良さそうじゃないですか」

出来上がった完成品と、ここに居る何人かのメンバーの様子を見るに問題は無いだろう。

「どうも。それじゃあ、後は材料の調達ですが……」

「ええ、そちらの方も予定通り二日後に」

「わかりました。……実は僕今からちょっと楽しみにしてるんですよ」

「それを聞いては是が非でも成功させないといけなくなりましたね」

これでこの夜の話は終わりだ。
それを察した何人かのメンバーがこちらに詰め寄ってきた。

「マスター、この装備の組み合わせなんですけど――」

「装備の色の特注とか――」

「俺、どっちかって言うと武器のほうが――」

やはり聞きたいことがあるようで方々から質問の声が上がった。

「はいはーい、そういった質問は僕のほうで聞くからマスターのほうに集らないようにー。マスターだって色々大変なんだから余計な苦労はかけないこと!」

どうもヴィルは私を日頃から何かともちあげようとしてくれているようなのだが、それにうれしさ以上にそこまでしてくれなくてもといった、こそばゆいような感じを受けてしまう。
ともあれ、今この場ではヴィルがああ言ってくれた以上、それを受けないのも彼の面目を潰してしまうだろう。
任せてくださいとこちらを向いてうなずくヴィルに目線だけで軽く礼をし、その場を離れ自室へと戻った。



そして、二日後の早朝。

「おはようございます皆さん。予定の時間より早いですが、全員が集まったので時間を繰り上げて出発したいと思います」

太陽はまだ顔を見せ始めたばかりで辺りはいくらか夜の空気が残っていた。
目の前で武装し隊伍を組んで集まっている集団に向かって声をあげるとそれまで続いていた話し声が止み、そこにいた全員とまではいかないが八割ほどの視線が私へとむけられた。
時刻は出発予定時刻の十分ほど前。
ギルド結成後初の大人数での集団行動だったので、もっと出発に手間取り、十分や二十分程度は遅れることも想定していたのだが杞憂だったようだ。
日頃から朝夕となるべく一緒に食事をとったり、パーティー単位で行動を取ってもらっていた成果なのかもしれない。
私の願望がそう見せているだけかもしれないが、こちらを見ているギルドメンバーたちの顔にも、やる気や熱意といったものが見て取れる気がした。
思えばギルドを立ち上げてからここまで、こういったギルドで集まって何かをするということを企画してこなかったが、もっと集団でのイベント的なものを行っても良いのかもしれないと思った。

「目的地は第四層マップ南にあるユーベン鉱山地区。まだ開かれたばかりのエリアですが、いつも通りやれば日頃の狩場となんら変わることはありません。気楽に行きましょう」

あまり長い挨拶をするべき時ではないし、私も好きではない。
出発前の挨拶としてはこれで十分だろう。
このまま「それでは出発」と告げて出発してしまいたいところではあるのだが、ディエスを中心とする一部の面々が期待を込めた眼差しとともに小さく、しかし露骨に手を煽ってアピールしてくる。
思わずしかめたくなる顔を、前に立つものとしての責任感で我慢し、一つ咳払いをして先ほどとは違った荒っぽい声で呼びかける。

「それではこれより鉱山に向かう。諸君ッ!つるはしの数は十分か!?」

『おおーーっ』

私をけしかけた面々が威勢良く応じる。

「諸君ッッ!インベントリの空きは十分か!」

『おおおおーーーーっ』

空気を読んでくれた幾人かが加わってさらに大きな声が上がる。

「よろしい!ならば採掘だ!全員出発!」

『おおおおおおーーーーーーッッ!』

この場に居た全員が手にしていた武器やつるはしなどを掲げ声を上げ空気が震えた。
それが出発の合図となった。
先導を任せていたパーティーが率先してこの場を離れて行き、そのほかのパーティーもそれに続くようにこの場を離れていく。
正直、私はこういうようなことをするキャラではなかったのだが、この場に居た全員のノリのよさに感謝したい。

「なに浸ってるのさ。ぼさっとしてると置いてかれちゃうよ」

訂正。
仕掛け人たるディエスには不満の一つでも吐き出すべきだろう。

「浸っていたように見えたなら、もう一度良く見てください。私は慣れない緊張をゆっくりと吐き出していたところなんですから」

「そうなの?あたしには結構ノリノリでやっていたように見えていたんだけど」

「そりゃ、やっている最中はそうですよ。頑張ってノッっているんです。でなければああいうキャラを作れませんなから」

「あたし的には予想外に似合っていたと思うよ。やってもらっておいてなんだけど。ああいうなんていうかな、強い系?オレオレ系?」

「勘弁してください。そういう役回りならディエスの方がお似合いですよ。どうですか戦乙女が率いるギルド《ユニオン》っていう方向性で行くのは?」

自分を話題から遠ざけたいという思考で言ってみただけだったのだが、結構良い案なのではないかと思った。
ディエスならば能力も性格も容姿も問題ない。
彼女が我々の先頭に立って集団を率いる。
実に絵になって士気も高いものなるだろう。
彼女を責任を押し付けるという、どうしようもないデメリットがなければ採用してもいい気がする。

「あたしが戦乙女ねぇ……悪くないなぁ――なんならその路線でいってみる?」

半々くらいの確率で話に乗ってくるとは思ったが、思った以上に前向きな反応だった。

「あたしが戦乙女なら、マスターがオーディンの立ち位置でいいかな。あー、でもそうすると戦乙女が率いるのって、死んだ勇者の魂っていうから縁起が悪いかなぁ……。そうしたら、あたしがアテネでオジサンをゼウスに……――」

「おっと、余り集団から遅れてはいけません。冗談はこのくらいにして先を急ぎましょう」

先ほど以上に私にとって都合の悪い方向に思考を走らせ始めたディエスを置き去りにするように、可能な限り全力で走り出し、会話を強引におわらせた。

製作の主材料となる鉱石は日頃の狩りでのモンスタードロップでも手に入れることが出来るが、その数は微々たる物にしかならない。
今回の装備で言えば、今までのギルド全体でのドロップを集めて装備一式を何組か作れるといった程度だろうか。
本格的に集めようと思えば戦闘ではなく採掘で集める必要がある。
採掘とは、どのゲームにも良くある戦闘に因らないアイテムの獲得方法の一つで、おもに武器や防具の材料になる鉱物資源を手に入れることができる。
他に同じようなシステムとして家具や武器の材料の一部になる木材が手に入る伐採や、ポーションの材料になる薬草などが手に入る採取、料理の材料になる魚が得られる釣りなどがある。
はじめるにあたっては必要なものはそれぞれに対応した採集器具とやる気それに時間だ。
例えば採掘ならばツルハシがこれにあたり、NPCのショップで安価で販売されているのでこれを買うか、あるいは《はじまりの街》を探せば最低品質のものだがNPCがただでくれたりもする。
あとはそれをもってフィールド上のあちこちにある鉱物オブジェクトを掘れば、その場所に応じた鉱石がランダムで手に入る。
ただし、その鉱石オブジェクトも何回か掘削すると消滅してしまうので、そうなったら次の鉱石を探しにフィールドを走り回わる。
後はこれの繰り返しだ。
ただ、効率を求めようとすれば掘削スキルを習得や高品質なツルハシを求めたりする必要があり、ある程度上質な鉱石を手に入れようと思うと、危険地帯へと赴かなければならなかったりと、はじめるのは誰でも出来るがそこそこまでいこうとすると結構大変なものだったりする。
私たちが現地についた時には、戦闘と採掘がすでにはじめられており、ツルハシと武器を振るう多数の姿が見ることができた。
なだらかな斜面で構成されたこの辺りの岩山一帯全域では多数の鉱物オブジェクトと合わせてアクティブモンスターが沸くので、採掘の邪魔をされないよう優先的にモンスターを排除しつつ、採掘をする必要がある。

「……仕事が早い。リーダーが一番遅いというのも少し格好が着かない気がしますし……」

入り口付近は既にモンスターも鉱石も取り尽されていた。
しばらく待っていればここにも再び沸くのだろうが、今はここでじっと沸き待ちをするよりあるものを探しに行くべきだろう。

「ほらほら、早くいくよー」

ここからは二人一組のペアでの採掘になる。
私の相方はいつものとおりディエスだ。
パーティー単位で動かないのは、一箇所にひとが集まりすぎて効率が悪いからだ。
本来ならば単独行動でも良いくらいなのだが、危険を考慮して念のためにということでペアが互いに見える範囲程度で一緒に行動するようにしてもらっている。
駆け出したディエスの背を追うように私は鉱石を求めて奥のほうへと足を進めた。
少し奥の方へと進むと、すぐに二つの鉱石とそ個からやや離れて二匹の熊型のモンスターを見つけることができた。
鉱石はモンスターの知覚範囲から離れているようだが、相手の気分次第では鉱石を掘っている最中に近寄ってきて攻撃を受けるかもしれない。
先にモンスターの排除が必要だろう。
ディエスも同じように考えたのだろう、こちらを見ることも無く近いほうのモンスターへと近づきソードスキルを繰り出し切りかかった。
彼女が放ったのは手持ちの中でもダメージの高い両手剣の四連撃高威力スキル。
クールタイム等の関係から普段なら取って置きとして温存するスキルなのだが、今日は最初から惜しげもなく使っていく。
私もディエスに続いてソードスキルを放つ。
相手モンスターの注意はファーストアタックを決めたディエスに向いていたので、私はその場で相手に張り付いて攻撃し続け二発目のスキルを繰り出した。
そして続けざまに三つ目のソードスキルを使おうとしたときに、背後から二つの人影飛び込んできた。
私たちと同じくこの辺りで獲物を探していたのだろう。
飛び込んできた二人も遠慮なくモンスターをザクリザクリと切り刻み、あっという間に敵のHPは0になる。

「助かりました」

「いえいえ」

援護に入ってくれたメンバーに礼を告げる。
近くにいたもう一匹のモンスターの方をみると、私たちが攻撃を仕掛けている最中に別のメンバーが見つけていたようで、四人に囲まれHPもすでにレッドゾーンに入っていた。
それをみて今からあちらに向かったところで援護にならないと判断し、剣と盾をしまいツルハシに持ち替え鉱石に向かい掘削に入った。

「あたしどうにもこの掘削だけには慣れないわ」

「そうなんですか?」

「どうしても自分で掘ろうとしちゃうんだよね。それにここだけの話、こういうゆるい反復作業は苦手なんだ」

ツルハシを振るいながら顔だけをこちらに向けてきたディエスに、私もおおよそ理想的とも言えるフォームでツルハシを扱いながら答えた。
掘削をする際には一定時間ツルハシでオブジェクトを堀り続けることになるのだが、最初の一振りさえ自分で振るえばあとはソードスキルを使っているときと同様に、システムアシストで掘り終わるまで体を自動で動かし続けてくれるので、疲れることも無く掘っている最中に相手の顔を見ながら雑談をすることなども可能だ。
ただ、ソードスキルを使っているとき違い、一瞬ではなく比較的長い時間自分の体がシステムに従って勝手に動かすことになるので、慣れない内はふとしたことで動作にキャンセルがかかってしまう。
ほどなくして最初の掘削が終わる。
採取できたものはここで最もドロップ率の高い鉱石。
はずれだ。
もとより自分が運がいいほうだとも思っていないので続けて採掘を始める。
さらに三回ほど掘るとオブジェクトが消滅した。

「当たりは出ました?」

「んー、一個だけ。そっちは?」

「0個です」

肩をすくめて答える。

「運がないねー、まあ次、次」

そう言って駆け出した彼女の後ろを再び追いかけた。

今回製作で必要となる鉱石の個数が装備一式あたり約150個。
目標の鉱石は採掘をして入手できる確率が30%。
一回の掘削に要する時間が30秒ほどで、これに移動や周回しているモンスターの処理を加えれば一分程度と見ておくべきだろう。
ここまでで、150(個)÷0.30(%)×1(分)=500分――八時間と二十分。
これに現地までの移動時間が往復で約一時間。
小休憩三十分を二回と大休憩一時間を加えて、全てあわせて十一時間二十分。
切の良いところで考えるとして時間で切り上げて約十二時間。
ちなみに、もう一つレア度の高いほうになると、ドロップ率が5%になりこの6倍近い時間がかかる計算だ。
まだゲーム自体が序盤といえる段階で、そこそこの装備一式を手に入れる労力としてはそう悪いものでもないだろう。
以前のゲームの経験から、実際に掘削を始めるまで私はそう思っていた。
だがそれは、隣でTVやネットを見ながら片手間でキーボードやマウスを触るという環境のものであって、この世界ではまた別物であった。
肉体的な疲労が無く、いや無いからこそ緊張感の無い単純な行動の繰り返しはテンションを保つことがとても難しかった。
採掘速度こそなんとか維持し続けたものの私のテンションは、午前中の終わりには早くも失速し始め、昼食を取ることで多少は持ち直しはしたが、二回目の小休憩を迎える頃にはまるでBOTのようにただ鉱石を掘り続ける機械のように振舞うようになっていた。
翻って、単純労働が苦手だと言っていたディエスは、その言に反し辺りに居るギルド員と話しをしながら現在もなお賑やかに山中を飛び回っていた。
そして今もそれまで何か話し込んでいたロミオの下を離れ、少し前に仮加盟という形でうちに所属することになった、アスナ嬢のところへ駆け寄っていった。
もちろんそんな中に混ざる気力の無い私は、二人から離れたところでツルハシを振るい続けていた。

「よっす、アスナ」

「ディエスさ――……こんにちは、ディエス」

『ディエスさん』と出掛かった声をアスナが何とか飲み込む。

「うーん、よし良し。で、採掘の調子はどう?」

「良いわって答えたいところなんだけれど、正直なところ微妙……ね」

「アスナも反復作業がだめなクチ?」

「さあ?今までこういうことをやったことが無かったから。ただ、ずっと戦闘ばかりだったからそのせいでこういうことに退屈というかもどかしさを感じてしまっているのかもしれないわね」

「戦闘以外にもやらなきゃいけないことって結構あるんだから、何事も楽しくやれるようにしないと、ね」

「楽しく――……そう、ね」

言葉を発したアスナの顔には憂いの表情が翳ったが、一瞬後には普段どおりの表情が戻っていた。
ディエスもそれに気づいていたようだが、気にする風でもなく変わらない口調で続ける。

「それじゃあ、ギルドのほうは?少しは時間が経ったし、入ってみてどう?」

「うーん、どうって言われても」

アスナは困ったように首をかしげる。

「なにかあれば、なんでもいいんだけどさ」

「うーん。ねえ、これってひょっとして、何か……アンケートみたいなものだったりする?」

「んんん?うーん、……ああ。そう、新しく入ってくれた人には色々と聞いて見たりするんダヨ。新しい視点には面白いこともあるからねー」

そんなことは微塵も考えていなかったに違いないが、この誤解を使ったほうが有効だと瞬時に判断し、ディエスは調査官としての態をとる。
アスナのほうもそれならばと、思考をめぐらせ始めた。

「ギルドの人たちはいい人たちだと思う。入ったばかりのわたしでも良くしてくれるし、話の合う人も居るし、すぐに名前を覚え切れるくらいの数だし」

「……まあ、アスナだったらどこに行っても良くしてくれるとは思うけどね」

ディエスがボソリと呟く。

「ん?何か言った?」

「いーや、なんでもないよ。続けて」

「そう、みんなが集まるアジトがあるのもいいと思うわ。機能的なものはわからないけど、少なくても住んでいる分には満足。二日に一回だけど大きな浴場にはいれるのはとてもいいと思うわ。後は、食事かしら。ここに来てびっくりしたもの。昨日夜ののボルシチみたいなスープあれはおいしかったわ」

「おっ、いいところに目を付けるね!実はあれ、あたしが作ったんだ」

「えっ、嘘!?」

アスナが驚きの声を上げる。
最前線でバリバリに戦うディエスが非戦闘系のスキルをあげているとは思ってもみなかったのだろう。

「ほんとほんと。ギルドの食事を朝と昼、場合によっちゃ夜も作ってるからね、あたしの調理スキルはちょっとしたもんよ」

ディエスが自分のステータスを開いてみせる。

「あ、ほんとだ。でも、どうして?」

「そんなのおいしいものが食べたいからに決まってるじゃん!せっかくいくらでも食べられるんだから」

「なるほどね、納得したわ」

くすっと笑って笑みを見せる。

「休日なんかにはギルドの食事じゃ出さないようなものも作ってるし、まあ……失敗も多いけどね。あとは探索の昼食も簡易キットがあればその場で作れるから、携帯食からオサラバできるって言うのもおおきいかな」

「そういう使い方もあるのね」

「そうだ、アスナもアジトでの食事作ってみない?アスナが作った料理なら野郎たちも大喜びするだろうし」

「ムリムリッ!そもそもわたし調理スキルもってないし」

「大丈夫、大丈夫。スキルは街ですぐ覚えられるし、最近は材料を一回加工した一時加工品を使ったものを作るようになったからそれを担当してもらって、後は休日に少し特訓をすればあたしくらいまでならすぐに追いつけるって」

「ま、前向きに検討したいと思います……」

「色よい返事をまってるよん」

さほど心配はしていなかったが彼女がギルドでうまくやれているようで、ギルドに引っ張り込んだ手前少しほっとした。
料理の件に関しても私からも少し勧めてみるべきかもしれない。
ディエスが言っていたように男性陣喜ぶであろうということもあるが、彼女は少し攻略に対して真面目すぎる気がしていた。
余裕が無いといった風ではないのだが、いつも張り詰めているような鋭さがある。
彼女はこのデスゲームが始まって以来ずっと戦い続けてきたということらしいが、少し戦闘以外のことにも目をやってみる時間があってもいいと思う。
あるいは料理がその切欠となってくれればとも思っていた。

「と、話がそれていたわね」

「ん……話?」

「ギルドの、よ」

「あー、そうだったね。なになに?」

「どこまで話したかしら……えっと、とにかく過ごすにはすごくいいところだと思う。ただ、このゲームを攻略しようとするにはもっと出来ることがあると思うの。まず戦闘に関してなんだけど、わたしがソロでやってきた経験からいうと……――」

彼女にも色々と思うところがあったらしく、アスナは彼女らしい真剣な表情に切り替えて話を再開した。
先ほどまでとは雰囲気が変わったことを敏感に察したディエスは、助けを求めるかのような視線をこちらに向けてきたような気がしたが私は音速で視線を逸らした。
あの様子なら彼女がそれなりに有用な提言をしてくれる期待がもてるし、ディエスはそれをうまく引き出してくれるだろう。
ここは二人を信頼しここは私が割ってはいるべきではないだろう、と自らを正当化する。
私はちょうど良いタイミングで消え去った鉱石を天の配剤として、二人から遠ざかる方向へと次の鉱石を探しに向かった。

必要数の鉱石を掘り終え、全員がアジトに帰還するとほぼ計画通りの時刻だった。
若干早めに出発して予備の時間も見てあったことを考えると、結果的にはOKだったが企画側としては満点とはいかないだろう。
原因となった午後からの全体的な失速は次回への反省点だ。
材料保管用のチェストに今日の取得物を収めた参加者たちが三々五々に散っていく。
今日の出来事を話しの種にしてこれからの時間を過ごすことだろう。
採掘イベントはこれで終わりになるが、装備調達の計画としてはまだ道半ばだ。
この後は装備の作成に取り掛かることになる。
まずは、本命の装備作成の前にその倍の数はある大量のハズレ鉱石を使っての製作スキルあげから始めてもらっている。
その結果出来上がる装備品もギルド内で使うことはないが、市場に流せばそれなりの値段で売れるだろう。
スキルを上げ、収入になり、僅かではあるが他のプレイヤーの戦力増強にもつながり一石三鳥といったところだ。
製作小屋に向かうとヴィルたち製作班は既に作業に取り掛かっていたようで狭い室内にカキンカキンとハンマーの音が響いていた。

「おつかれさまです」

「マスター、お疲れ様です。製作の途中なのでこのままですいません」

ヴィルがハンマーを振るいながら答える。

「いえいえ、お邪魔してすいません。始めるのに特に問題が無いか確認にきただけですので」

「わざわざありがとうございます。材料の数も十分ですし、予定通り明日のうちには全員に配り終えるようにしますよ」

「了解です。途中で何かあればすぐに連絡をください」

「わかりました、じゃあ次の連絡はすべて完了の報告になりますね!」

ヴィルの頼もしい返答が返ってくる。
ここにいてもこれ以上は邪魔にしかならないので、それではとだけ告げて小屋を後にする。
この後は夕食をとってそのまま今日の反省会と続く。
辺りはすっかり夜になっており、ここから見下ろした街の一角が賑やかな光を放っていた。
もう少し私の今日は終わりそうも無かった。


後書き

Miguelさん、片足のトラさんありがとうございました。リアル事情でつい放置していたものをいただいた感想をみて急ぎキーボードに向かい更新することができました。

アスナ、ヒースクリフ共にとりあえずギルドに入ってもらいました。そのうち出て行く予定です。予定では25層を過ぎた辺りで。それが何時書けるかは未定です。

ゲームのほうまったく知らないので内容が著しくちがうところがあるかもしれません。

次話 ネームドと戦うお話。
次次話 冬のイベント+お金のお話。
一週間づつで上げられればと思っています。

ご意見ご感想頂ければ幸いです。






[36123] 8話
Name: まつK◆7a02f718 ID:470c97df
Date: 2014/06/10 18:19
第五層は砂漠のエリアだった。
風景から岩砂漠、礫砂漠、砂砂漠と分類できるが、ここはそのうちの砂砂漠になる。
写真で見るようなサハラ砂漠や鳥取砂丘をイメージすれば概ね間違いない。
主街区を一歩出てフィールドに入ると、見渡す限りの砂の海だ。
波打つように起伏に富んだ大小の砂丘があり、乾燥した空気が巻き上げる砂塵が常に俟っている。
場所によっては流砂や砂嵐が吹き荒れる場所もあり、ただ探索するだけでも厳しい環境になっている。
刺さる様な太陽の光と地面からの輻射熱に辟易しながらも、ここの探索はこれで三日目に突入していた。
砂を蹴って先頭を行くジュリエットが手を上げて立ち止まった。

「前方に二匹。たぶんヘビだ」

ジュリエットの後ろを少し離れて追走していた私は、歩調をやや緩め移動中はしまってある武装を取り出し、一瞬で戦闘態勢をとった。
私の後ろには、ロミオ、ジークフリート、ヒースクリフ、最後尾にディエスと続いていたが彼らの手にも私と同じく即座にそれぞれの武器が握られていた。
私が立ち止まっていたジュリエットを追い越すと、彼も今度はロミオに併走するようについてくる。

「十二時と一時の方向だ。右の奴を俺がやる」

「了解」

「うん、わかった」

私とロミオが前を向いたまま声だけを上げて返す。
モンスターがいるであろう方向を見やるが、敵影は見当たらず辺りと変わらない砂地の斜面だけが続いている。
相手が隠蔽スキルをもっており、この距離では索敵スキルを持っていない私は視認することが出来なかった。
もう少し近づいてじっくりと観察すれば、見つけることが出来るだろうが、今は必要ない。
ジュリエットの言葉に従って、姿の見えない相手に向かって距離を詰める。
私がぎりぎり視認可能になるか、といった距離のところで、前方でボスンという短い音と共に砂煙が立ち上がった。
その砂煙にまぎれて二つの影が大きな弧を描きながらも正確に私へと向かって飛び掛ってきた。
《フュージ・サンドバイパー》。
飛び掛ってきた影はこのエリア一帯で多数見られるヘビ型のモンスターだ。
初歩的な隠蔽スキルを有していて、こちらが索敵スキルを持っていないと気づいたときには無防備にあちらの先制攻撃を受けてしまう。
βテストの際にも、立ち上がった砂煙に気を取られている隙に空からの強襲、巻きついて締め付け、牙による噛み付きのコンボは『気がついたら何も出来ずにやられていた』と多くのプレイヤーをホームポイント送りにした初見殺しとして有名だった。
だがそれもこちらが相手を察知していて、その特徴を知っていればなんら障害にならない。
私に向かって飛び掛ってくる二匹に対して、少し離れて後ろにいたジュリエットとロミオの二人が、対空用の突進系ソードスキルを即座に発動。
二人は私を一瞬で追い抜き、空中で《フュージ・サンドバイパー》と衝突する。
ぶつかり合ったそれぞれは、互いの運動エネルギーを相殺しあったかのように空中でその動きを止めた。
両者ともに勢いをなくしたように見えるが、内実は私への攻撃に失敗した相手と、相手への攻撃に成功した二人だ。
そして、成功した側の二人の攻撃はまだ終わっていない。
派生技となるソードスキルが連続して発動。
ジュリエットが空中で突進した状態から縦に体を回転させ刃を振り下ろし、ロミオは突き刺した槍を手中で起用に回転させ石突を叩きつけて相手を地面へと落す。
地面へと叩き落された《フュージ・サンドバイパー》達はその衝撃で短いショック状態に陥っていた。
行動不能になっている《フュージ・サンドバイパー》へ地上に残っていた四人が駆け寄り、それぞれが一撃を見舞うとそれで戦闘が終了した。

「クリア」

「問題ない」

モンスターに止めを刺したヒースクリフとジークフリートがすぐさま武装を解除する。

「こっちはノーダメだ」

「私も、だいじょうぶです」

空中での迎撃を果たした二人も何事も無かったかのように立ち上がる。

「問題なーし」

「……OK。行きましょう」

ディエスが間延びした声を上げ、私は探索の再開を指示する。
ジュリエットが先頭に立ち、行軍を開始する。
こちらの被害は無し、交戦時間は極短時間。
フィールドでのノーマルランクのモンスター相手の戦闘は大半が先ほどのように一瞬の交差で終わる。
六人のフルパーティーということもあるが、メンバー各人のステータスと技能が卓越していた。
私のタンカーとしての仕事はほとんど無く、念のためにと盾を構えてはいたがその出番は少ない。
小高い砂丘を登りきると視界が開けた。
遠くを見渡すと立ちの上がる陽炎の向こう側に、いくつかの大きなパーティー用エリートモンスターの姿が揺らいで見えた。
ああいった手合いを相手にすれば、少しは盾の出番もあるのだが。
武器やその他の戦闘スキルに対して盾スキルが伸び悩んでいるのが最近の悩み事の一つだった。

「……ん?」

前を走っていたジュリエットが戸惑ったかのように足が鈍る。
同時にボスンという聞きなれた音と砂煙が上がった。
何が起きたのか理解しようとする前に、反射的に武器を装備したのは日頃の戦闘の賜物だろう。

「敵襲だ」

背後から上がったヒースクリフの冷静な声が耳に届くと、頭が事態を理解した。
砂煙が上がった方向を見上げると、空に先頭を走っていたジュリエットに向かっている飛び掛っている敵影が見えた。
私とロミオが迎撃可能な範囲にいたが、どちらもソードスキル発動までは間に合わなかった。
狙われたジュリエット本人も武器を構え、相手を視認するまでが限界だったようだ。
敵の空からの体当たりに構えた武器で防御するが、威力を受け止めきれず地面に転がされる。
相手はそのまま巻きつきに移行しようとしたが、ジュリエットは転がされた勢いのまま地面を転がって回避。
大きく距離をとった。
私が両者の間に割り込んで追撃を阻止。
ここで敵の奇襲が終わり、被害は最小限で済んだ。

「悪い。見つけ損ねた」

砂地の地面を転がった際についた砂を払いながら、ジュリエットが立ち上がり武器を構える。
落ち着いた口調ではあったが奇襲を許したことに苦いものを感じているようだった。

「偶にはいい刺激ですよ」

「そうそう、それに単純にジュリエットの不注意ってわけでも無さそうだし……アイツよく見てみて」

ディエスにそう促されて、鎌首をゆらゆらともたげこちらを威嚇している相手を改めてよく視た。

「なるほど《ゴールデンスケイル”リトラ”》……ネームドか」

一連の行動と外観から《フュージ・サンドバイパー》だとばかり思っていたが、同系種のネームドモンスターだったようだ。
いわれてみれば、外見色も名前のとおり鈍い黄金色の輝きをしているように見える。
こういったネームドモンスターの場合、原種のモンスターからなにかしらの強化されている場合が多い。
おそらくこいつは《フュージ・サンドバイパー》より上位の隠蔽スキルを有しており、その為ジュリエットの索敵スキルを掻い潜れたのだろう。

「ここでネームドを引き当てるとは……俺のリアルラックもそう捨てたもんじゃないな」

「とりあえずは、その幸運が逃げないようにことを済ませましょう」

私が無造作に相手の間合い間まで近寄ると『シャャャャァッ』という威嚇音のあとに、もたげていたかま首を一気に伸ばしてきた。
真っ直ぐに胴体を狙ってきた噛み付きを構えていた盾で受け止める。
思ったよりも反動が軽い。
反撃にと繰り出した一撃は目に見える程度で相手のHPを削っていた。

「いけます。速攻!」

ネームドではあるが脅威度は低いと判断。
あるいは何か奥の手があるのかもしれないが出される前に倒せば問題ない。

「スイッチ!」

盾スキル《シールドバッシュ》で相手を殴りつけスタンにしてから、後ろに控えていたロミオと素早く入れ替わる。

「やっ!」

敵の正面に立ち位置を変えたロミオは、踏み込みからの高速の三連突きスキルを放つ。
スタン状態の敵はよけるすべも無く直撃し、ノックバックの追加効果によって数メートル後方へと押しやられた。

『せあぁぁっ』

そうして出来たスペースを使って、右からディエスの大剣が左からジークフリートの大斧が挟み込む。
大きくHPの削られた《ゴールデンスケイル”リトラ”》は、そこから攻撃には移らずに、後方へと現れた時と同じように大きく飛び跳ね逃避行動を取った。

「逃がすかよッ」

だが背後へと予め回り込んでいたジュリエットの攻撃範囲からは逃れられず、空中での一撃で切り裂かれ光となって消え去った。

「良しッ!……チッ、ドロップが無いか。誰かなにかのドロップ出てるか?」

インベントリを開いてみるが新しいアイテムは無い。
こういったネームドは、大抵なんらかのレアリティーの高いアイテムをドロップする。

「私のほうには何もありませんね」

「あたしも何もきてない」

「私もありませんな」

「こちらに製作用の鉱石がきているな」

ヒースクリフの報告に小さく歓声があがる。
何も落とさない場合も多々あるので、これで完全なハズレは逃れられた。

「あっ、私のほうに見たことの無い武器がきてますぅー」

ロミオが槍から持ち替えて、ドロップ品を掲げてみせる。

『おぉー』

今度ははっきりとした歓声があがる。
ドロップ品は見たことの無い短剣だった。
量産品とは違う複雑な意匠が施されていて、ステータスもそれに見合った一級品の数値を持っている。
このメンバーに短剣使いがいないのでアジトに戻った後、他の探索組みの誰かに回すことになるだろう。

「使える人がいないので、戻るまではロミオが持っていてください」

「はーい。あ、でも折角だしこれを機会に私、短剣を使っちゃうのもいーかな」

ロミオは冗談交じりでうれしそうに、掌中でレアドロップの短剣を弄んでいた。

遠めに見えたオアシスを目標として探索を続け、辿り着いたときにはちょうど昼の時分だった。
緑の茂るオアシスのエリアに入ると、風が変わったことに気づく。
ここでは砂混じりの乾いた風ではなく、潤った涼やかな風が吹いている。
気温も低く設定されているのか、焼けるような砂漠の暑さはない。
オアシスの中心となる泉はかなりの広さがあり、背の低い樹木が泉の周りを埋めていた。
他の階層での村にあたる場所らしく、泉から少し離れた一角には白いテントのような住居や商店が並び多数のNPCが活動していた。
食堂兼酒場といった店のいすに腰掛ける。
これから昼食を食べその後の休憩とあわせて約一時間ほど時間をとる。

「それじゃあ、あたしちょいっと行ってくるね」

ディエスが昼食の調理へと向かう。
ほとんどのパーティーが昼食を携帯食料と飲み物で済ますのに対して、私達は比較的高い調理スキルをもつディエスが、村の設備や簡易キットを使ってその場で調理する。
一見すると恵まれているように思えるのだが、ディエスはその日の狩りで取れた新鮮素材や新発見の新素材を材料に、普段ギルドでは作らないような、チャレンジ精神あふれる料理を結構な割合で作ってくれる。
味がまずいというわけではないのだが、彼女は食事というものに対して偏見がないらしく、見慣れない料理がさらりと出てくるので油断できない。

「ロミオ……ディエスをお願いします」

「が、がんばります」

ロミオがディエスを御せるかどうかは半々といったところだが、せめてもの監督役として彼女を送る。

「私達は周辺の調査に向かうとしよう」

ヒースクリフの声にジークフリートとジュリエットが頷き方々へと散っていく。
料理が出来るまでの短い時間ではあるが、新規クエストの有無や商店の品揃えを視て回るには十分だ。
一人残った私は周囲を見渡す。
オアシス周辺は砂漠に比べると暑さは和らいでいるが、まだ暑い。
日の光の当たらない木陰に椅子とテーブルごと移動してメッセージを送る準備をする。
私がここに残っているのも別にリーダーの特権や待ち合わせの目印になるためではなく、アジト詰めのギルド員に定時連絡を入れる為だ。
本当に緊急の連絡は時間を選ばずやり取りするので、これはほとんどの場合何も無かったということを連絡することになる。
今回は珍しく新種のネームドの発見、討伐とオアシス到着の報告を添える。
数十秒ほどで返信のメッセージが届く。
こちらからの連絡を待っていたようなタイミングだ。
内容は午前中の主だった成果と、それに伴った緊急ではないが決断までの時間の無い案件がひとつ。
緑の向こうに見える水面を眺めながら、じっと考える。
それほど難しい判断ではない。
いずれ必要となることならばより効率的にやるべきだろう。
あっさりと決断を下しいくつかの指示を送る。

「昼飯ができたぞー、運ぶの手伝ってー」

ディエスが両手に料理を持って運んできた。
彼女の後ろについてロミオも料理を運んでいてその顔は明るい。
今日は無難な食事が取れそうだった。

「はーい、今行きますよ」

椅子から立ち上がって手伝いへと向かう。
全ての料理を運び終わる頃には、オアシスの探索へ行っていた三人も戻り昼食となった。
今日のメニューは丼ものと汁物に、和風に見える付け合せがいくつかあり、デザートとして果物が幾つか並んでいた。
メインの丼ものは、それぞれカツ丼、鰻丼、親子丼のように見えるものがあり、私は思い切って鰻丼らしきものを選んだ。
ステータスを開けば料理名もわかるのだが、私は以前からの経験により食事の際に極力不要な情報は避けることにしている。
汁物を軽くすすってから丼に箸をつける。
鰻丼のイメージからするとやや味が淡白ではあるが十分にうまい。

「食べながらでいいので聞いていてください。今しがたの定時連絡で良い連絡が一つと楽しい報告が一つあります」

食事を半分ほどたいらげたあたりでそう告げると、全員の目が興味深そうにこちらを向いた。

「先ずは良いほうの連絡から……迷宮区の入り口が見つかりました。見つけたのは残念ながらうちのギルドではなかったですけれど。それなのでこれからは迷宮区の探索のほうに移ります」

良い知らせではあるが時期的に予想できたタイミングなので反応は薄い。

「了解、りょうかーい。で、もう一つの楽しい報告のほうはなに?ちょっと期待しちゃってもいい?」

ディエスはちょうど食べ終えた一杯目の丼をかたずけ、二杯目の丼へと取り掛かっていった。

「ええ、恐らくは。……第三層に二匹、第五層で一匹大型のネームドが見つかりました。前線の探索も区切りが良いようなので午後からはギルドでこの三匹を狩りにいきます」

通常なら日を改めて討伐の予定を組み向かうところだ。
だが今回見つかった三匹のうち一匹は情報屋のアルゴからの情報で、当然他のプレイヤーやギルドにもネームドの情報がいっているだろう。
単独で討伐を行えるであろうギルドは少なくない数が存在している。
時間がたてばそれらのギルドが動かなくとも、野良のプレイヤーや単独では討伐に向かえないギルドが連合して討伐に向かう可能性もある。
その点今から討伐に向かえば、集合や移動を含めて今日の午後の時間は半分以上つぶれてしまうだろうが明日からの迷宮区探索のために速く切り上げたと考えればそう悪くも無いだろう。

「ネームドの詳細については?」

早々に食事を終えたヒースクリフが声を上げる。

「えーと、名前だけ……第三層の二匹が《エルダートレント”ダダ”》、《赤の隊長”ダリウス”》こいつはダークエルフのネームドですね。第五層の奴がゴーレム型で《廃棄物”三号”》だそうです。あとは現地についてみてですかね」

要するに何も情報が無いのだが、誰も表立って不安は表さない。
敵の能力については、外見をみれば六割程度は推察できるし、残り四割のうち三割も、五分ほど戦えば見えてくる。
もっとも、一番重要な最後の一割――相手の奥の手はくらってみるまでわからないのだが、全ての情報が出揃っての攻略というのは、ここではほとんど無いのでそこまでの期待は誰も持っていない。

「食事が終わり次第集合地点の村に向かいますので、そのつもりでお願いします」

そう言って私は残りの丼を平らげるために、再び箸を取った。

集合場所とした第三層の村は深い森の中にある。
周囲は樹齢数百年と思われる大樹が柱のように乱立し、そこから伸びた枝葉がアーケードの屋根のように空を覆っている。
その為地上は昼間でも常に薄暗い。
光が足りないせいか下草の類はまったく生えておらず、代わりに緑色の苔類が大地と木々の表面を埋め尽くしていて、枝葉の屋根の隙間から僅かに差し込む光が太古の森のような幻想的な風景を作っていた。
私たちが村に到着すると、既に大勢のギルドメンバーが到着していた。
今回のネームド討伐への参加は、もちろん強制ではなく有志のみとしていたのだが、参加可能なほぼ全員からの希望が上がった。
最悪の場合、最前線担当の四パーティーでの討伐も覚悟していたので望外の結果に喜ばしくはある。
だが同時に大きな懸念もある。
ネームドモンスターにも二種類あり、先ほど私たちが倒した《ゴールデンスケイル”リトラ”》のようなものと、これから向かう三匹のようなものに分けられる。
前者は見つけることさえ出来ればソロでも倒すことが出来るドロップの美味しい、いわゆるボーナスモンスター的なものだ。
後者は存在の希少性と上質なドロップという点は同じなのだが、その強さはまったく違う一種のボスモンスターにだ。
最低でもパーティー以上の戦力を求められ、場合によってはフロアボスに対する以上のものが必要になる。
特異な攻撃や規格外のステータスを以て、こちらに油断があれば簡単にプレイヤーをしに至らしめることができる。
その分報酬もかなりのものが期待でき、本来のゲームであれば一つの大きな人気コンテンツになるのだが、現状での参加は、ややリターン対してリスクが勝っている様に思う。
要するにとても危ないのだ。
こういった危険度の高いことは基本的に関わらない、といった方針で多くのプレイヤーにギルドへ加入してもらっていたはずなのだが……。
その辺りのことを知らないプレイヤーはうちのギルドにはいないとは思うのだけれど、もう一度彼らには討伐への参加の判断を問うべきなのかもしれない。
やがて予定していた時間を少し過ぎた辺りで、参加メンバーの全員が集まった。
それぞれが各階層に散らばっていたので、やや多めに時間を見ていたのだが読みが甘かったようだ。
私は集まった全員の顔が見えるよう、一段高いところに上がって声を上げる。

「皆さん、ネームドの討伐に集まってもらってありがとうございます。これから討伐に向かいますが……ありていに言ってこの先は死の危険性が日頃の何倍もあります。自信がない人はここでの待機をもしくは後方での様子見を考えてみてください」

言葉を切って、全員の顔を見渡す。
私のやや厳しい物言いに、大半はややたじろんだふうではあったが、目には状況に対する理解の色が浮かんでいた。
だが、やはりあからさまに不安の色を浮かべる者も何人かいた。
日頃のパーティーの編成は、基本的に同程度の能力を持ったプレイヤー同士でおこなっている。
今回の討伐にはレベルで区切って参加を募ったので、たとえばあるプレイヤーに参加の可否を聞いたとすれば、自然と同じパーティーのメンバーも同様に討伐参加の声がかかっていただろう。
そこでパーティーのうち四人なり五人なりが参加を申し出たとすれば、一人だけ降りる言うのは少し難しいかもしれない。
結局ここでも降りるというものはいなかった。
まあ、ここで降りるといえるくらいなら始めからここには来ないだろう。
不安そうな表情をしているメンバーの顔をしっかりと覚えておく。
彼らには戦闘の際に伝令役など、出来るだけ戦闘から離れたところで動いてもらおうと思う。
直接戦わなくとも必要な役割はあった。

「ここにいる全員の勇気に感謝を。それでは出発しましょう」

私は出来るだけ自信があるように大仰に振舞って頷き、出発の号令をかけた。

村を出て森の中を道に沿って進む。
道といっても、ただ踏み固められた人一人分程度の地面が、広大な森の中を鉛筆で書かれた細い線のように続いているだけだ。
しばらくはこの道に沿って進み、途中で道をはずれ森の中を突っ切るとネームドのところへつくらしい。
空は緑に覆われていて、立ち並んでいる木々のせいで遠くを見通せない。
一見すると似たような風景が続く中をマップデータを頼りに進む。
そろそろ道を外れる頃合といったところで、進行方向の先で木に寄りかかってこちらこ見るプレイヤーを見つけた。
小さな体格に特徴的な顔のメイク。
情報屋のアルゴだった。

「ネームドに向かうんならこっちだヨ。ついてきナ」

そういうと彼女は森の中へと進んでいった。

「彼女について行きます。道を外れますからはぐれないよう」

わざわざ彼女が手間隙をかけて、私たちを誤った方向に誘導するような理由も思いつかなかったので、素直に彼女についていくように指示を出し、自分は彼女の追いつくために足を速めた。

「こんなところまで新手の営業活動ですか?」

「お得意様相手にアフターサービスをと思ってネ」

「それで、私たちを案内した後は?」

「しばらくはこの辺りを散歩しているつもりだナ」

「……巻き込まれないように注意してください」

「忠告感謝するヨ」

フロアボスやフィールドボスと違って、ネームドモンスターは時間を置けば大抵リポップするので、討伐の情報は彼女の貴重な商品になるだろう。
自分でネームドの情報を売りつつも、そこからさらに情報を得ようとする彼女の手際には、私たちのネームド討伐を嗅ぎ付けたことを含めて感心しきりだ。
アルゴの先導にしたがって森を進むと、やがて森が少し開け広場のような場所とそこに佇む《エルダートレント”ダダ”》の姿が見えた。
《エルダートレント”ダダ”》は見上げるような大木に、腕と足を付け足して擬人化したような姿をしていた。
縦に長く、胴体部分に対して手足が割合長いので名前の割りに全体的にはひょろりとした印象をうける。

「ねえ、どう思う?」

ディエスが私の隣に並ぶ。

「人型ですが武器は無い様なので相手のソードスキル使用とりあえず無いでしょう。長い手足を使った打撃がメインになるかと。一応植物なので各種状態異常はあるかもしれないですが、相手が木なので無いような気がします」

「……木なので無いような気がします?」

ゴホン咳払いを入れて続ける。

「後は周りが森なので増援の可能性は大いにあるかと」

「まあ、そんなところだね」

ディエスは納得したようだった。
今述べた所見を全体に伝え、戦闘に向け相手を半包囲するように陣形を組む。
全員の準備が整ったことを確認してから、私はなるべく勇ましく聞こえるように意識して始まりの号を上げた。

「戦闘……開始ィィッ!」

戦闘はまず数人のタンカーが相手に向かい、《ハウル》などのスキルで敵愾心を煽り敵のターゲットを取る事から始まる。
彼らはこの集団全体の盾になる。
複数でローテーションを組み、常にモンスターの正面に立ち続け攻撃を受け続ける。
最も過酷で重要な役割だ。
その行動が討伐の成否にも直結していて、ここが相手のダメージを受けきれなくなるか、ターゲットを維持できなくなると大抵討伐は失敗かそれに順ずるひどいもので終わる。
逆に言えばタンカーたちが崩れないでいれば、そうは最悪の事態になりはしない。
《エルダートレント”ダダ”》の攻撃が始まった。
予想通りその巨体と長い手足を使っての攻撃が主となるようだ。
私も先陣を切って行きたいところなのだが、序盤は全体の流れが出来るまでやや後方で指揮を執る事になっていた。
今のところ相手のどの攻撃にも、タンカーたちは見事に耐え切っている。
第一段階は突破といったところだ。

「良しッ、いける。各パーティーは攻撃に移って。モーションのでかい踏み付けにだけは気をつけてください」

『応ッ』

こちらも本格的な攻撃に移る。
まずはタンカーを狙った相手の攻撃の終わりに合わせて、ソードスキルを相手に撃ち込む。
そのまま続けて攻撃を行うことも出来るだろうが、そういった行動を一切取らず即座に相手から距離をとる。
比較的安全なヒットアンドアウェイの戦法で相手のHPを削っていく。
相手の攻撃はほぼタンカーに集まっており、気まぐれにアタッカーのほうへ向けられる攻撃もしっかりとカバーできている。
時折放たれる広範囲のなぎ払い攻撃で、アタッカーにも若干の被害がでてはいるがポーションなどで回復しきれる範囲だった。
攻略の流れはおおよそ整ったと見て、私は後方での様子見からタンカーのローテーションに加わるべく前に出た。
間に壁役のメンバーを置きながら、《エルダートレント”ダダ”》の様子を伺う位置に立つ。
《エルダートレント”ダダ”》がタンカーの一人に向かって長い木の腕を振り下ろす。
狙われた当人は盾をかざして防御するが、ダメージがいくらか貫通しもともと減っていたHPは六割をきる程度まで減った。

「スイッチ!」

回復のため声を上げて後方に下がるメンバーの代わりに、私はすかさず前に出る。
《ハウル》と攻撃を加え相手の敵愾心を稼ぐ。
相手の次の攻撃は並んでいる隣のメンバーに向かっていった。
前に出たばかりでは、相手の私への攻撃優先順位がまだ低い。
私は引き続きソードスキルによる攻撃と、《ハウル》を使って気を引き続ける。
そして《エルダートレント”ダダ”》がこちらを向いた。
足を大きく振り上げての、一際予備動作の大きな踏み付けのモーション。
一瞬、食らった場合どれほどのダメージを受けるのかという好奇心が頭をよぎる。
さすがに即死はないだろうが、万が一ということもありえるのでつまらない好奇心を切って捨て回避行動を取り、余裕を持って踏み付け攻撃を回避する。
攻撃後の硬直時間を狙って、多くのアタッカーが間合いを詰めてくるのが見えた。
私はあえて攻撃には向かわず、相手の様子を伺うことにした。

「……大丈夫。うまくやれている」

私は確認するように小さく口の中でつぶやいた。
その後、タンカーとしてのローテーションを何週かこなしたところで一度後方へ下がる。
じりじりとではあるが減っていた《エルダートレント”ダダ”》のHPバーが、もうすぐ残り一本というところに差し掛かった。
相手に大きな変化があるとすればここだ。

「ラスト一本!全員不測の事態に備えろ」

全員に喚起を促す。
そしてアタッカーの一人が加えたソードスキルの一撃で《エルダートレント”ダダ”》のHPが最後の一本へと移った。
それと二つのことが同時に起きた。
一つ目は、ザザアァァという梢が風に揺れるような音と共に《エルダートレント”ダダ”》が突然棒立ちとなり緑の光に包まれた。
もう一つはその場にいた全員の足が強制的に止められた。
ステータスを見ればホールド――足止め状態とあった。

「全員完全防御ッ!防御だ!」

動揺の声が上がる前に、私は大声で叫ぶ。
不測の事態が起きたら防御、死人が出たら一時撤退と予め決めていたので躊躇無く指示を出すことが出来た。
突然ホールドに掛かったことで、動揺の声や悲鳴を上げるメンバーも何人かいたが、多くのメンバーは悲鳴を飲み込んで、即座に防御姿勢をとってくれた。
おかげで全体的なパニックには陥らずにすんだようだった。
そして少し離れた位置にいた私は、《エルダートレント”ダダ”》、周囲と順に様子を伺う。
《エルダートレント”ダダ”》は相変わらず棒立ちのままこちらに攻撃してくる様子は無かった。
ただ、その身を包んでいる緑色の光は何らかのスキルのようで、ものすごい勢いで《エルダートレント”ダダ”》のHPが回復していた。
ひとまず脅威は無いとして保留。
次いで周りを見渡した。
幸いなことに懸念していた敵の増援はないようで《エルダートレント”ダダ”》が立てる音だけが響いていた。
次第に相手の攻撃に備え防御を取っていたメンバーたちも、差し迫った危機がないと理解してやや弛緩した空気が流れる。
「B隊とC隊はホールドが解け次第攻撃を再開。他は一時様子見で後ろに下がってください」

全体に指示をだす。
相手のHPが回復していく様をただ見るだけの時間が続く。
やがてホールドが解け二つのパーティーが攻撃に移った。
だが《エルダートレント”ダダ”》はこちらからの攻撃を受けた状態でも回復を続けた。
HPの95~6%程度まで回復しきると、緑色の光が止みこちらへの攻撃を始めた。

「全体、攻撃を再開ッ!今度は削りきるぞ」

『オオオォォォッ!』

こちらに目に見える被害はほとんどない。
最初からやり直しといった風になったが、戦意はまだ衰えていなかった。

「ディエスどう思いますか?」

相談の為に来てもらったディエスに問いかける。

「さっきのが敵の奥の手で、もうこれ以上はなさそうかな」

「油断は出来ませんが私もそう思います」

「それで後はその対策。先ずは発動条件だけど、発動は敵のHPで最後の一本になったところで発動。これが一回きりだったら良いけど、そうじゃなかった場合は回数制限があるか、クールタイムがあるかのどちらかじゃないかなと思う」

「どっちだと思います?」

「んー……あるとすればクールタイムのほうかな?」

「理由は?」

「そっちのほうが面白いから。回数制限だったらただHPが多いのと変わらないじゃん?残りがわからない忍耐力を試すような戦いもあるかもしれないけど、あたしは、なんとなくそっちじゃないじゃないかと思うよ」

ディエスの分析は続く。

「次は回復のほう。こっちは微妙なところで回復が終わったところを見ると、一定量の回復か、一定時間の回復かさもなかったらダメージを与えれば回復がとまるかのどれかだろうね。まあ、どれにしたって相手が棒立ちみたいだから、こっちがやることは変わらないけどねー」

「ええ、こちらは全力で殴りつければいいわけですね」

BINGO!とディエスは大きく頷いた。

「後は、今回は割りとどうでも良いけどホールドの対策どうする?」

「何かやっておきたいことはありますか?」

ホールドを食らったところで今回の戦闘では実害がそれほどない。
だがこの先に似たようなモンスターがいないとも限らないので、出来ることはしておいて損はないだろう。

「……発動の瞬間に空を飛んでた人も居たけど、ホールドにはかかっていたから、たぶん範囲内いたらどうしようもない

んだと……思う。効果範囲くらい調べておけばいいんじゃない?」

「それなら、俺ッチが教えてやれるゼ」

離れて様子を伺っていたらしいアルゴが姿を現した。

「さっきのホールド発動時には範囲外にいたんだガ、様子を見ようと近づいて引っかかっちまってナ」

「らしくないんじゃん、アルゴ」

「まったくだナ」

苦笑するディエスに、アルゴが小さな肩を器用にすくめて見せる。
作戦会議というかディエスの分析が終わり、その結果を伝令を送って各パーティーに伝える。
明確な目標と指示が届けば、よりいっそう奮起してくれることだろう。
そして、予想通りに《エルダートレント”ダダ”》が最後のHPバーを中ほどまで削ったところで、二回目の超回復スキルを発動し、その後予想以上の速さで無事討伐がなされた。

「ぷっはー」

大型のネームド討伐で湧き上がる中で、私はその輪の中から少し外れ、木陰で木に寄りかかるように額をつけて大きく息を吐いた。
終わってみると討伐の最中は思った以上に緊張していたことに気がついた。
いずれは慣れる物なのだろうか。
討伐のドロップ品は予想通り豪華なものだった。
単純に獲得したアイテムをコルに換算してもそれなりの時給になりえたし、それ以上にボス級のモンスターに対峙したという経験は得がたい財産になるだろう。

「マスター、おじさん、マスター、いたいたいた」

私を見つけたディエスがこちらへと駆け寄ってきた。

「うーん、それにしても疲れたねー、早く次に行こうよ!」

「……ディエス、表情と言葉、それに文脈の前後がまるで噛み合っていませんが……」

言葉とは裏腹にディエスの顔には一片の疲労感も見て取れなかった。

「フフン、そんな細かいことはいいからさ。後二匹さくっとやっちゃわない?出ようと思えばいつでもいけるよ」

人の集まっていたほうを見れば、ジュリエットやジークフリートが率先して隊伍を整えていた。
私は胸の辺りにたまっていた、何か重苦しいものを飲み込んで出発を待つメンバーたちに向かって歩き出した。

「残り二匹。この調子で片付けますよッ!」

私は居並ぶ面々に対して、大きな声で呼びかけた。


あとがき
・更新遅くなってすいません。
・二匹目と三匹目も書くつもりだったのですが長くなったのでカットしました。
・次話  季節物のイベントとお金の話
 次々話 フロアボス攻略の話

ご意見ご感想はもちろん、誤字脱字の指摘、開いてブラウザバックした、もしくは何話目までなら読めたなど足跡だけでもいただければ幸いです。





[36123] 9話
Name: まつK◆7a02f718 ID:1835b552
Date: 2014/05/25 20:11
この世界――ソードアートオンラインというゲームは、非常によく作られている。
現実に即して、綿密に作ってあるといったほうがより正確だろうか。
例えば、とある攻略ルートから大きく外れた村にある、一軒の民家に入ってみる。
そこはクエストがあるわけでもなく、村人のNPCがただいるだけの建物で、恐らく90%以上のプレイヤーが訪れるどころか見ることすらないだろう。
そんな建物であっても入り口の扉を開けて中に入れば、簡素ではあるがテーブルセットや暖炉があり、奥には使い込まれたような炊事場や、ベッドやチェストの並んだ寝室がある。
そこでの生活を想像できるようなつくりになっていて、また実際そのままそこで暮らすことも可能だろう。
もちろん今時のゲームで少し作りの凝ったゲームならば、この程度に作りが細かなものはいくらでもある。
だが、それがVRMMORPGであるこのSAOでやるとなると、どれほどの労力が支払われたのか私には想像もつかない。
つくづくこんな事態になってしまったことが残念だ。
私が日頃寝起きに使っているアジトの部屋もまた、そういった意味を含めてよく作られている。
私たちのアジトは貴族の館を想定して作られているのだが、私の部屋はその中でもギルドマスターだということで、館の主人の部屋に当たるものを宛がわれていた。
館の最も奥まったところにあり、応接室を兼ねた執務室、書斎、それに寝室の三部屋からなっている。
どの部屋も豪奢な内装に格調高そうな調度品で見事に彩られて、寝室などには当然のごとく天蓋付の体が沈みこむに柔らかなキングサイズのベットがある。
ここに来た当初はどうやって眠ったものかと本気で思案したことを覚えている。
しかし、今現在その見事であった内装は既にない。
元々あった調度品の類は無造作に部屋の隅に追いやられ、代わりに部屋を占領しているのは、ディエスがどこからか調達してきた、この部屋に見事なまでに不釣合いな十数畳分の畳とその上におかれた座卓と蒲団のセット――いわゆるコタツであった。

「はい、これ」

コタツに入っていたディエスが、手に持っていた蜜柑を放って寄こしてきた。
目を通していた資料を放棄して右手で受け取る。
受け取った蜜柑は、皮を剥かれ丁寧に白い筋まで取ってあった。
半分に割って一房を口に運ぶ。
思っていた以上にすっぱい。
もう一房だけ食べて残りを机の上におく。

「あれ、美味しくなかった?」

ディエスは、私が渋い顔をして食べるのを止めたことを目ざとく見つけてきた。

「食べられないことはないですけど、正直ちょっと甘みが足りないですかね」

「じゃあそれはハズレだね、こっちのを食べてみなよ」

彼女が手に持っていた食べかけで半分になった蜜柑を放ってきた。
こちらは白い筋がついたままだった。
先ほどもらったものは綺麗に取り払われていたので、ディエスは取って食べる派の人種だと思っていたのだがどうやら違ったようだ。
私は手にとって少し眺めた後で、筋を取り始めた。

「ん?それ気になる人だった?言ってくれれば取ってあげたのに」

「結構です。なんとなく取ってみただけですから」

さすがに改めて取ってくれと言えるほど、私は図太い神経を持ち合わせていない。
それに、普段は気にしたこともなかったので正直どうでも良いことでもあった。
ディエスのものに比べると、若干粗が目立ったがある程度処理が終わったところで蜜柑を口に運ぶ。
甘みと酸味のバランスがぎりぎりのところで取れているような気がした。
先ほどのものと比較するように食べ進めていると、受け取った蜜柑はあっという間に食べ終わってしまった。
その様子を見ていたディエスは自慢げな顔をしていった。

「それ採取品なんだけど、同じものでも微妙に味が違うみたいなんだよね」

「何らかのマスクデータ(プレイヤーには表示されないデータ)があるんですかね……。そうすると他のアイテムにも……」

ディエスがコタツで蜜柑を食べながら時折ゲームに関係があったりなかったりする話題を振り、そのつど私が手を休めて答える。
当然、私の作業はまったく進んでいない。
先ほどからこんなやり取りを繰り返していた。
時刻は午後十一時を少し回っている。
普段ならそろそろ明日に備えて眠りに着いていてもよい頃合なのだが、今日は私にもディエスにもその気配はない。
明日が探索に向かわない休日だと言うこともあるのだがそれだけではない。
今日の日付は十二月三十一日。
年の暮れ、大晦日。
雪がぱらつくといったこともなく、窓の外の景色は普段となんら変わるところを見せないが、あと数十分で今年が終わる。
ゲームをしながら年の瀬を迎える経験はあったが、さすがに今の状況は想像の中にすらなかった。
こんな事態になっていなければ、家族で年越しのTV番組を見ながらお酒を片手におせち料理をつまみながら安穏とした時間を過ごしていただろう。
そんなふうに思うと、何があるというわけでもないのだがいつもと同じように今日を終えてしまうことに、少しだけもったいないという気持ちと、言いようのない寂寥感のようなものを感じていた。
階下のロビーや食堂そして街では、それなりの数のプレイヤーが新年を祝おうとにぎやかに集まっていて、それに加わることもできたが、今の私には少しにぎやか過ぎるように思えた。
ディエスが何を思ってここに居ついてくれているのかは解らないが、この雰囲気は今の私にはちょうど良い。
彼女には感謝しきりだ。

「そういえば」

「ん、なに?」

「街のほうでユーザーイベントをやってるらしいですけど」

「あー、あれね。たしか有志による《新年を祝う会》だっけ?名前にもうひと捻り欲しいね」

「……昨日ちょっと見てきましたけど、綺麗な丹塗りの鳥居になかなか立派な社が出来てましたよ。屋台もいくつか立つそうです……暇ならお参りのついでに眺めにでも行きますか?」

「んー……パス」

器用にも剥いた蜜柑を口に運ぶ作業を止めないまま少し考え込むような素振りを見せて言った。

「あたし、初詣は三が日をすぎた頃にひっそりと参る主義だから――もちろん、見に行きたいっているのなら付き合うけど」

退屈なのではと気を利かせてみたつもりだったのだが、主義の真偽はともかく、彼女は少なくとも現状に不満はないようだった。
それならば私にこの時間と空間を終わらせる理由もない。

「私、実はお参りにいったことがないので遠慮しておきます」

私の小さな秘密を告げると、ディエスは「そう」と言って、またコタツで蜜柑を食べることに戻っていった。

「おっと、そうだ。コタツと蜜柑に囚われて忘れるところだった。ねえ、冷たいのと温かいのどっちがいい?」

「何のです?」

「当然、年越し蕎麦の。食べるでしょ?」

何を当たり前なと言わんばかりに聞いてきたが、私には年越し蕎麦を食べるといった習慣も無かった。

「それなら冷たいものをお願いしましょうか」

「オーダー承りました。少々お待ちください」

彼女はウエイトレスを気取っているつもりなのだろう、ぺこりと頭を下げると部屋をでていった。
ディエスが出て行った後は、静けさがどうにも耳に障る。
この部屋で一人になることはいつものことだったはずだが、今日はどうにも手持ち無沙汰だ。
席を立ちテーブルの上に残っていた蜜柑を取る。
文字通り山のようにあったはずだが、すっかりと平らげられ今は数個が転がっているだけになっていた。
やがて遠くにゴォーンという鐘の音が響いてきた。
件のユーザーイベントの一環である、除夜の鐘突き始まったのだろう。
一つ……、二つ……、三つ。
耳を澄まして音に聞き入る。
この鐘の音を数えているうちにディエスも戻ってくるだろう。
だが、結局ディエスが戻ってきたのは百八つが打ち終えてしばらく経った後だった。
年越し蕎麦の話を聞きつけたギルドメンバー達から注文が殺到したそうで、材料が尽きるまで作りまくったそうだ。
ディエスが持ってきた最後の蕎麦を食べる。
ゲームの中であっても新しい体験というのは思った以上にあるものだった。
そうして、私の《SAO》での一年目が終わった。




「おーい、マスター。申し訳ないが起きてくれ」

新年最初の朝は、ジュリエットの声で目覚めた。

「ん、あ。はい……はい」

ゲームの中では現実のカレンダーなど関係ないのだが、正月の三が日はギルド全体で完全なオフ日としていた。
休日の日には目覚まし用のアラームは切ってあった。
体を起こしながら時間を確かめると、いつもの起床時刻そう変わらない時間でよく見れば窓の外はまだ暗い。
加えていうなら、眠りについてから三時間ほどしか経っていなかった。
顔をしかめたくなる内心を表に出さないように、気持ちを切り替える。
ジュリエットにしてみても、好き好んでこんな時間にやってきたわけではないだろう。
相応のことがあったとみて覚悟すべきだろうか。

「なにがありましたか?……できれば、悪いことなら今日くらいは遠慮したいのですが」

だが休日に職場から連絡が入ったかのような気分になり本音が少しだけ漏れ出た。

「そう悪い話ではないと思う。が、正月は返上だろうな」

「と、言うと?」

「どうやらイベントが発生したらしい」



暦の上で近いところからあげていくと、つい先ほど終わってしまったところで十二月のクリスマス。
現在進行形でお正月。
続いて、二月にバレンタイン、三月ひな祭り、四月お花見、五月にこどもの日、etc.etc。
祭り事や祝い事というのは意外と毎月なにかしらあるものだ。
オンラインゲームでも、それらの日に合わせて日々のアクセント又は、ユーザーの活性化の為に何らかのイベント事が行われる多い。
数ヶ月に一度くらいの割合であったり、毎月のように行われたり、見て終わるだけのものから腰をすえて行うものとイベントの頻度、内容、期間などは運営によって千差万別だ。
いちユーザーとしては、それなりの頻度で毎回ある程度は毛色の違うものが、提供されればいいとは常に思っているが、私の経験からすると期待を上回ってくれることは稀だ。
さきのクリスマスでも、そういった時節もののイベントがユーザー間で非常に期待されたが結局アナウンスも無く、少なくとも一般的に確認されなかったが、ひょっとすると人知れずどこかでイベントが発生していたのかもしれない。
正月限定のイベントが発生したというなら、今後の要チェック事項だろう。
イベントが発覚したのはつい先ほど。
新年の初めを狩りで迎えようという物好きのグループから報告が上がってきた。
狩りを始めてすぐに見慣れないドロップ品を見つけて、時期と合わせてピンときたようだった。
ドロップ品は《お年玉》。
内容は名前のとおりに、使うとランダムでコルが手に入る。
試しにいくつか使ってみたところ、50~200コルほどが手に入ったという。
この手のイベントとして特別なアイテムの追加ドロップというのは至極ポピュラーのものだ
報酬が金銭と何の捻りも無いことは、こんな事態を引き起こした割りに拍子抜けと思わないでもない。
とにかくこれが第一報。
そしてその一報をもとに、引き続き調査された結果によっておそらくイベントアイテムのドロップは全地域のモンスターから得られること、ドロップ率がおよそ50%程度であること、そしてPCとモンスターのレベルが余り離れているとドロップが得られない等のことがわかった。
ただしレベル差によるドロップ制限については、低レベルのプレイヤーとパーティーを組むことで解消することが出来るらしい。
そして、現在はより詳細なPCとモンスターレベルとアイテムドロップについて調査中である――というもらったばかりの報告書を、私は広間に集まったギルドメンバー達に向けて読みあげた。

「以上が現状の報告ですが、何か質問はありますか?」

休日の早朝だというのに、広間にいるのは全メンバーの4割程が集まっている。
イベントの調査に向かっている人数も含めれば集まったのは全体の半分にはなるだろうか。
新年早々、早朝から叩き起こすのも無情であろうと、ここに集まっているのは私以外全員が徹夜明けかいつも通りに目覚めた健康優良児たちなので、軒並み士気も高い。

「それで、うちらとしてはどう動くんだ?」

話を聞いていた一人が早速手を上げた。

「それなのですが、大抵この手のイベントは短くても一週間、長ければイベントの該当日前後二週間くらいは期間があるものですが、今日この時間に突然始まっていることイベントの内容から明日、もしくは明後日のうちに終わってしまうことも十分に考えられます。よって我がギルドではとりあえず予定していた三日までの休日を振り替えて、このイベントに全力で当たることとしました」

当然こんな美味しいイベントを逃す手は無い。
資産を増やす絶好のチャンスだった。

「それと、このイベントの発生ですが、まだ一般には余り広がっていないようです」

告知が無いことが一番の原因だが、始まったであろう時間が真夜中であったことと、レベル差によるドロップ条件がよりいっそうそのことに拍車をかけていた。
そもそも夜に狩りをしようとするプレイヤー自体が少数で、それが適正レベル付近ともなればなおのこと少ない。
私たちも身内にそんな物好きがいなければ半日、悪ければ丸一日出遅れていただろう。

「ですので、ギルド以外のプレイヤーでもイベントを知らない人には積極的に情報をながしてあげてください」

「情報を教えてしまっていいのか?」

「はい。これは全体で共有するような情報でしょうし、参加してくれる人数が多いほうが私たちにもメリットがありますから」

ここで伝えるべき情報はもとよりさほど多くはない。
集会はそれで終わりそれぞれがイベントに向けて散っていく。
私もそのままの流れで早速イベントに向かいたいところではあったが、残念ながらいくつか出しておかなければいけない指示があった。
方々の担当者を広間の一角に集め、打ち合わせを始める。
私がイベントを始めるにはもう少し時間がかかりそうだ。

今回のイベントのポイントは、いかに多くのモンスターを狩るかだ。
六人のフルパーティーでエリートモンスターを時間を掛け狩るのも、少人数でノーマルモンスターを撫で斬りにしても、イベントアイテムのドロップ量はどちらも変わらない。
なので、十分な殲滅力が確保できているのなら極力少人数で、叶うならソロでの活動がドロップ品を独占でき、PT編成の手間を省けることや時間の融通が利く点を加え高効率となりやすい。
もちろんPTでも、然るべき編成と入念なリサーチがあればそれ以上の結果を得られる場合もあるが、今回はそのどちらとも持ち合わせていないので、次回のイベントへの課題となるだろう。
まあ、それも次回があればの話ではあるのだが。
ともかく、私もその理屈にしたがって狩りに励んでいた。
少人数でのモンスターの乱獲だ。
ただし、ギルドの基本方針としてソロでの狩りを推奨していないので、相方としていつものようにディエスと一緒である。
攻略の最前線から2層ほど下層のフィールド。
そこで最前線での探索やレベリングのときとは違う、忙しくはあるが緊張感の無い戦闘を繰り返している。
一人でも余裕のある格下の相手を、レベル差に任せて二人掛りで鎧袖一触とばかりに圧殺し、また次の獲物へと向かう。
次の獲物の出現位置はおおよそ見当がついているので、目標に向かって無駄なく一直線に走る。
この戦闘と移動の繰り返しをこの周辺フィールド一帯を使い、ぐるぐる回るように一定のルートに沿って、休むことなく周回している。
休むことなくといっているが、今回これは比喩ではなく本当に休むことがない。
普段の狩りであるならば、一時間半から長くても二時間ごとに休憩を挟むものなのだが、早朝始めてからぶっ通しで続けてもうすぐ昼になる。
何かしらの連絡が入った場合でも、移動しながらあるいは戦いながら用事を済ませてしまうほどだ。
今回は雑魚を相手に長時間続けることを想定していて、なるべく戦闘に労力がかからないようにと狩りを始める際にまず、モンスターを狩る順番を調整してこちらが有利に戦えるよう一定のルートを構築していた。
それは時には目の前に見えているモンスターをスルーしてあえて遠くのモンスターを狩ったり、二匹同時に襲い掛かってくるうちの片方を放置して、再出現までの時間を調整するといった割合手の込んだこともやったほどだ。
その結果、こちらの想定した状況、つまり周囲に他の敵影が無く二対一でこちらが先制攻撃を仕掛けられる状況を常に作り出すことに成功した。
こうなってしまえば相手のモンスターの取れるアクションは非常に限定的で、こちらは決まりきった手順を行うだけで楽で安全に戦闘が終了すことができるようになった。
ただこうして手間暇かけて構築した狩猟ルートも欠点が無いわけでもない。
一度倒したモンスターの再出現には一定の法則が存在するが、それは時に無視できないほどのランダム性が加味されている場合がある。
主に出現位置のずれや、時間の前後だが、場合によっては追加のモンスターの出現などもありうる。
それに気がつかないと、モンスターから先制攻撃を受ける、二匹以上を同時に相手をするといったことになり、それなりに戦う必要がでてきてか、かる時間も労力もあっという間に倍増してしまう。
そうならないよう戦闘中はともかく、索敵、移動中はむしろ気が抜けないようになっている。
加えてこれはある意味自業自得なのだが、ルートを構築した際に少々効率を重視したために一度止まってしまうと、また最初から調整しなおさないといけないという性質を持っていて、再構築の手間を考えるともったいないような気がしてなかなかとまることが出来ない。
楽をするために頭を使って狩りを始めたつもりだったが、その為に休むことが出来ないとはなんとも本末転倒な気がしないでもない。

「うおっ……と」

前を走っていたディエスの足が鈍る。
この辺りが次のモンスターの再出現予定位置のはずだったのだが、正面を見ると目標としていたモンスターだけではなく、そのモンスターにちょうど攻撃を仕掛けようとしているプレイヤーを見つけた。
三人組のPTでそのうちの一人は、知り合いというほどではないが街中で何度か顔を見たことがあった。
三人ともそれなりに狩りなれているのだろう、モンスターを相手に圧倒というほどでもないが、危なげの無い戦いをこなしていた。
モンスター相手に先制攻撃を仕掛けているところを見るからに、探索や散歩のついでにという感じではない。
モンスターを狩りにここへきたのだろう。
程なくしてモンスターが倒れると、一人がこちらに気がついて目線で挨拶をしてきた。
他の二人もこちらに気がついて、それに倣う。
私達が手を上げて応えると、それで三人は次のモンスターを探しに走り去っていった。

「うーんと、どうする?」

ディエスが完全に足を止めて尋ねてきた。
今ほどの三人が向かった先が、次の目標がいるのだが私達が今までどおり進めば間違いなく彼らと鉢合わせることになる。
彼らがこの辺りで狩りを続けるようなら、少なくとも今までのルートに沿った狩りはできない。
あるいは、呼び止めて少し話をすれば狩場を移ってくれるかもしれないが、今のところそのように狩場を専有化するようなことはしたくない。
時計を見ると予定の時刻まではまだ少しあった。
インベントリを開いてみる。
イベントアイテムは、休むことなく続けていたお陰か既に予定数を超えていた。

「……少し早いですけど、ゆるゆると帰りますか」

「オッケー、戻って休憩しよ」

ディエスも異存は無いようだった。
私達はゆっくりとアジトへの戻った。

《はじまりの街》のアジトに帰り着くと私達は昼食を取り、いつもより少し長めの休憩を取った。
早朝や夕方にはうるさいほどに賑やかなアジトも、プレイヤーの出払っている昼間の間はとても静かだ。
今アジトにいるのは、私を含めて六人ほど。
普段ならもう少し人が残っているものなのだが、イベントの期間中は全員総出で狩りにいっていてほとんど誰もいない。
ギルドが全力を挙げてイベントに取り掛かっている中で、ここにいる六人は何をしているのかというと、今回のイベントにモンスターを狩る以外の方法で取り組んでいた。

「それでは、始めましょうか」

ディエスが集まった六人に飲み物を配り終え席に着くのを見ると、私は早速会議を始めた。

「まずは製作班から、ヴィルお願いします」

人数も少なかったので、前置きもなしに本題に入った。
向かって右手に座っていた製作班代表のヴィルが立ち上がる。

「はい。それじゃあ、製作は今日の午前中で予定していた材料を全て使い切りました。武器、防具、消耗品共に予定通りの数が出来ています。ただコレも予定通りなんですけど、消耗品は別として武器と防具は数が多すぎてギルドの倉庫には入りきりませんでした。入りきらなかった分はメンバーの個人倉庫を借りて入れてもらっています」

「予定通り順調ということですね。お疲れ様です」

「どうも。それで、午後からは街に出て臨時の商店を開こうと思います。強化や修理の方もいつもよりは需要が見込めると思うので」

「わかりました。そのようによろしくお願いします。次に購買班」

「はい」

呼ばれて立ち上がったのは、左手に座っていた購買班の代表のエーリカ。
彼女は長めの髪の毛を後ろでアップにしたいかにも出来る女といった女性で、またその外見を裏切らず有能で最近はギルドの戦闘に関わらない事務仕事を一手に買って出てくれていた。

「購買班からの報告です。先ずは買取のほうから。市場に出回っていたアイテムの買占めは終了しました。価格がつりあがる前に買い占めることが出来たので予定より幾分多めに在庫を抱えることが出来ました。ただ、今はもうイベントと買占めのせいで、相場が予想以上に跳ね上がってしまったうえに物自体が出回っていないので、当面市場からの追加の買取は難しいかもしれません」

彼女はそこで一度言葉を区切ると、手元の資料に目を落とした。

「次に販売のほうです。消耗品、武器、防具どれも順調に売れています。特に中低レベル向けの高級防具と高級料理が予想以上の売れ行きです」

「防具はともかく料理ですか?」

「手に入れた報酬でちょっとした贅沢といったところなんじゃないかと思います。ですが、リピーターも多いようなのでイベント期間中だけでも専属の調理スキル持ちを置いてもいいかもしれません」

「なるほど」

近頃は調理スキル持ちが作った、比較的まっとうな食べ物を食べていたので忘れていたが、この街で売っている食品は総じてまずいのだ。
それなりの調理スキルを持ったプレイヤーが先ず稀で、それなりの素材で作った料理というのは余り市場に流れず、出たとしても材料費などを考えると結構な値段になるはずだった。
それでも需要があるというなら一考の価値があった。

「それなら、私がやろうか?」

隣に座っていたディエスがひょいっと手を挙げた。

「ディエスのスキルなら問題ないでしょうが、いいんですか?」

「任せてちょうだい。イベントで雑魚狩ってるのもちょーっと性に合わないかなと思ってたところだし」

「そういうことならお願いします」

「はいよー、じゃあエーリカさん、後でそこらの打ち合わせを宜しく」

「はい。それが良いかと思います。あと、一応こちらでその他の生産数の試案もつくってみたので目を通してみてください」

「仕事が速くて助かります」

私達が何をしているのかというと、資産の運用を兼ねた投機的な商取引、聞こえが悪いかもしれないがマネーゲームというと分かりが良いかもしれない。
価格が上がりそうなものを安いうちに買いあさり、値段が上がったところで売り利益を上げる。
やっていることは極シンプルなことで、ギルドでも資金獲得のために常にやっていることなのだが、今回は総力を挙げてこれに取り掛かっている。
ゲーム内で取引されるアイテムの価格というのは、需要と供給それにお金の流通量で大まかに決まってくる。
需要というのはどれくらいの人がそれを欲しているかということで、高性能な防具は直接命に関わることな上に比較的人を選ばずに誰でも装備できるので、需要が高く価格も高い。
武器に関しても同じく性能が高いものが求められているが、同程度の性能であっても使い手の多い片手剣は需要が高く、人口の少ない両手斧などは逆に少なくなるといった具合だ。
供給はその物がどれだけ市場に流れているかということで、主な供給先はクエストの報酬、製作、モンスターのドロップ品で攻略組みの動向によって左右され、新規の良い狩場が発見されたり、フロアの攻略が進んだりすると変わってきたりする。
最後にお金の流通量だが、これは例えばゲームが始まったばかりのころのプレイヤーは手元に最初から与えられている100コルしかもっていないとする。
このプレイヤーに何か物を売ろうとした場合、その上限は100コルにしかできない。
何しろそれ以上のお金が存在しないのだ。
だが、少し時間がたってプレイヤーがゲームを進めていけば所持金は増え、同じアイテムを売る場合でも120、130といった高めの価格を付けたり、物によっては数倍の値段を付けることも出来るようになるだろう。
また、ゲーム内のお金の量だが、何もしなければプレイヤーがゲームを進めていくうちに、自然と増えていく。
モンスターのドロップやクエストの報酬といったもので増えるので、モンスターを倒せば倒しただけ、クエストをクリアすればしただけ際限なく増えていく。
そうなると、物価は急激な勢いで上昇してしまうとい、大部分のプレイヤーとっても余り好ましくない事態が発生する。
それを避けるために、増えたお金はある程度システム的に回収される必要がある。
ゲーム内では転送の際の料金や宿の宿泊費、それに消費アイテムの使用も間接的にはそれに当たる。
そうやってお金の総量が運営によってゆるやかに調整されている。
話が変わるが、運営がRMT(リアルマネートレード)業者をやっきになって排除しようとしているのは、ゲーム内でまっとうなプレイヤーの邪魔になったり、サーバーに余計な負荷がかかったりするだけでなく、運営が意図しない形で経済が廻ってしまうためでもある。
とあるゲームでは、そういった業者を一斉に摘発したところ、ゲーム内のアイテムの価格が、軒並み数分の一にまで下落したこともあるそうでその影響の大きさがうかがえる。
以上のようなことを踏まえた上で今回発生したイベントを見てみると、資産を増やす大きなチャンスが見えてくる。
まずイベントの報酬が大きい。
簡単に大量のコルが手に入る。
普段なら《はじまりの街》の周辺にいる《フレンジー・ボア》は、倒したところで2~3コル程度と雀の涙程度のドロップしかないが、イベントが発生している今なら、アイテムがドロップしさえすればそこから十倍から数百倍の収入が見込める。
前線に近いところで活動しているプレイヤーは、モンスタードロップの期待値がある程度高いので、相対的にうまみが減るがそれでも普段に倍する収入になる。
さらに、イベントの作りもうまい具合に出来ている。
モンスターとある程度以上レベルが離れていると、アイテムをドロップしなくなるが、適正レベルのプレイヤーとパーティーを組んでいればこれが解消されるという点だ。
これによって未だ街から出たことの無いような大量の低レベルプレイヤーに、街の外へ出る動機が与えられることになった。
現在、街では第一層が攻略されたときのような賑わいを見せている。
攻略には直接参加しないが街の外に狩りに出ている、といったプレイヤー達がこぞって普段は街の外に出ないようなプレイヤーを引きつれ、時には連行するようにイベントに参加している。
連れて行く側のプレイヤーからすれば、ずぶの素人をフォローしなくてはならないという面倒ごとはあるが、モンスターの視界に入らないところに立っていてもらえば戦闘に支障は無く、例え報酬を山分けにしたとしても格下を相手に楽な戦いができるのなら十分なメリットになる。
連れて行かれる側にしても、街の外に高レベルのプレイヤーのフォロー付きで出ることができ、安全なところから見ているだけで、僅かではあるが経験値と今まで手にしたことの無いような大量のコル、それに攻略に貢献しているという満足感を得ることが出来た。
両者共に得をするWIN-WINな関係だ。
そうして増えた所持金を見れば、誰しも使ってみたくなるだろう。
一つ上の性能の装備品に、普段は食べられないような料理へと自然と手が出るのだ。
大きな需要と大量の通貨が合わさって、やってくる一時的なインフレが私達には見えていた。
後はその波に乗るだけだ。

「イベントが終わったらいったいどれくらいの資産になるんでしょうね」

エーリカがに楽しみでたまらないといったふうに言った。

「さあ、私も想像がつきません。ただ、あまり稼ぎ過ぎるようだとどこかで調整が必要になるかもしれませんが」

「調整……ですか?」

「周りへの利益の配分を兼ねた大安売りや売買の制限あたりですかね」

「……安売りはともかく、販売に制限をかけてしまうと不良在庫として残ってしまう可能性がありますが」

「ある程度稼げているなら、それならそれで良いと思っています。必要以上に露骨に稼ぐと、悪目立ちしてしまいますからね」

「……そういうものですか」

「ええ、そういうものです。それに私達の本分はお金を稼ぐことじゃありませんから」

「なるほど……」

最初は思案顔だったエーリカも最後には納得してくれたようだった。
何事も程々が肝心だ。

イベントは結局四日目まで続き、終わった頃には私達のギルドは十二分な資産を得ることに成功していた。

あとがき
・読んでくれていた人が残っているかどうか分からないけど書いてしまったからにはUPしました。
・次話 フロアボスの前にダンジョンの話
ご意見ご感想誤字脱字のご指摘頂ければ幸いです。




[36123] 10話
Name: まつK◆7a02f718 ID:4c4facc1
Date: 2014/06/01 19:48
長く延びる通路、それらの天井、床、壁が発光している。
光の差し込まないダンジョンによく見受けられるギミックだった。
分厚い曇り空のときのような微妙な明るさを保った通路の先に、曲がり角が見えた。
動きやすそうな中量級の装備で身を固めたジュリエットが、パーティーに先行する形で曲がり角まで進む。
彼はパーティーの中でスカウトとしての立ち位置を確立し始めていた。
レベルの高いスカウトはこの先の攻略、特に迷宮区での探索に必須だろうと思われ、大きな助けになるだろう。
高い《隠蔽》スキルと《索敵》スキルはモンスターに気づかれること無く、目の届かないところにいる敵も見逃さない。
それでも慎重に進む彼の手には、最近片手剣から持ち替えた短剣があり、いつでも戦闘可能な状態だ。

「クリア」

先の通路には敵がいなかったようで、ジュリエットが手を振って合図を出してくる。
私達は駆け足でジュリエットに追いついた。
視界が途切れるたびにこうしてこうして索敵を繰り返しながら進むのは、迷宮区の探索スピードが遅くなる原因の一つではある。
だが、確率こそ低いがモンスターと鉢合わせになり、突発的な戦闘に入ってしまうリスクを考えると、面倒ではあるがなかなか省くことも出来

なかった。
私達はいま、第七層迷宮区にいた。
最前線に立ち攻略開始から五日が経過し、そろそろ終わりが見え始めてきたころあいだった。
今までの見通しだと明日にはフロアボスの姿が拝めるだろう。
第七層迷宮区はいかにもダンジョンという、レンガ調な石造りのクラシックなスタイルをしていた。
迷宮区ではこういったいかにもダンジョン、といった造りのものが比較的多いが、各階層のフィールドが多様な風景を見せてくれるのと同様に

、迷宮区にも様々なバリエーションがあった。
いままでにあったものだと地下洞窟や廃鉱山風味のもの、迷宮というイメージからは遠いが森林や山岳地帯を利用したものもあった。
まだ出てきてはいないが、事前に発表されたプロモーションムービーによると、巨大な館風味や天空回廊を思わせるものもあるらしい。
様々なバリエーションがあるように見えるが、迷宮区は本質的にはどれもいっしょで、通路、部屋、迷路の三つの要素で構成されている。
それらの要素が広大な面積に複雑に配置され一つの迷宮作り上げているわけだ。
そして、一つでも厄介な迷宮が各階層ごとに20フロア用意され、精神をすり減らすようにしてそれらを攻略した先に、強大なフロアボスが待

っているというなんともいやらしい仕様だ。

先頭を進むのは《索敵》スキルの最も高いジュリエット。
通路の幅は、どこでも最低二人のプレイヤーが横に並んで戦闘を行える程度の広さがあるので、パーティーはある程度の間隔を取りながら複縦

列を取って進む。
次の曲がり角までは約30メートルほど。
ジュリエットが再び先行しようとしたところで、曲がり角に揺れる剣先が見えた。

「戦闘準備」

足を止めないまま静かな声で指示を出し、私も剣を抜き戦闘体制に入った。
他の探索者という可能性も僅かにあるが、ここでの探索では常に悪い方向で物事を考えるのが、生き残るための鉄則だ。
二歩ほど歩みを進めると、角から見えてきたのはしっとりと湿ったような緑色の鱗に、口の短いワニのような頭を持った二匹の《ニムバス・リ

ザードマン》というモンスターだった。
相手はまだこちらに気づいていない。
奴らが角を曲がりきり、こちらに気づくまでまだ後数秒かかるだろう。

「後ろはOKだよ」

最後尾にいたディエスが後方の安全を伝えてくる。
今まで通ってきた道だが、モンスターがリポップしていないとも言い切れないので油断はできない。
戦闘中に後ろからモンスターがやってきたとしてもフルパーティーの今なら、いくらでも対処できるだろうが、そのことが頭の片隅にであって

も、あるのとないのとでは対応力に格段の差が出るので、これも面倒だが必要な作業だった。
私と並んでいたジュリエットがさらにまえにでて、代わりにロミオが前に出て私と肩を並べる。
重装備に槍を持った彼女はパーティーの中で私に次いで防御力が高い。
一人飛び出す形になったジュリエットだが、その姿が風景に解けるように消えていった。
《隠蔽》スキルの派生スキル《潜伏》の効果によるものだった。
十秒ほどの短い時間ではあるが《潜伏》の効果で私達にも姿が完全に見えなくなり、モンスターにももちろん発見されない。
クールタイムが長いので乱用することは出来ないが、使いどころによっては非常に役に立つ。
前方のリザードマンたちがこちらに気づき、武器を掲げ勢いよく迫ってきた。
私とロミオは障害物の無い通路のちょうど中央の辺りでとまると、相手を迎え撃つ姿勢をとった。
二匹のリザードマンのうち私に向かってきた方の一匹は、自身の射程内に入ると人型モンスター特有のソードスキルによる攻撃を繰り出してき

た。
すばやい二連続の斬撃で攻撃力は高く、防御力の高い私でも直撃するとそれなりにHPをもっていかれる。

「――ふんっ」

だが、今までの探索で幾度と無く見たその攻撃は、ある程度見切っていて乱戦の中や奇襲でも受けない限り先ず防ぎきる自信があった。
私はリザードマンからの攻撃を構えた盾で受け流し、そこで出来た隙を突いて出の早いソードスキルを放ち相手のHPを削る。
攻撃を受けたリザードマンはよろめき僅かにたたらを踏むが、すぐに何事も無かったかのように私の正面に対峙した。
私は盾で受け流してからの反撃という手堅い形で、無難にモンスターからの初撃をやり過ごしたが隣を見るとロミオはもっと大胆だった。
彼女は真っ直ぐ自分に向かってくるリザートマンに対し、息を鎮めて力を溜めるよう槍を構えた。
引き絞られた弓のように槍の穂先が相手へと向けられる。

「せぇぇえいっ!」

そして、リザードマンが繰り出してきたソードスキルと、重ねるように彼女もソードスキルを撃ちだした。
溜めの入った重い彼女の一突きは、相手の発動直後のソードスキルを一方的に突き崩して不発に終わらせ、大ダメージを与えていた。
ロミオが行った動作は一見ただ強いスキルを出しただけのようにも見えるが、自分と相手のスキルに対する知識と、タイミングよく繰り出す技

術、そして何よりも実践での経験が必要となる高等テクニックだった。
彼女はもう完全に上級者の部類になるだろう。
ファーストアタックを見事に阻止されたリザードマンは、次の攻撃に移ろうとするが、それも《潜伏》で身を隠してモンスターをやり過ごして

いたジュリエットの背後からの奇襲で、再び阻止される。
溶けるように消えていったときとは違い、突如として姿を現があらわれると、彼の手に合った短剣はリザードマンの無防備な背中を深々と貫い

ていた。
攻撃することで姿が現れてしまっているが、その恩恵は大きなもので、《潜伏》状態からの背後への一撃は多大なダメージボーナスと相手モン

スターへのスタン、そしてなにより正面きっての一対一だった状況を、挟み撃ちの上の二対一へと変えていた。
ジュリエットの動きを見越していたロミオは、ファーストアタックから躊躇うことなく果敢に攻撃を続け、ダメージをさらに倍増させていた。
ダメージレースでは大幅に後れを取っているが、私も自分の仕事をすることにしよう。
目の前のリザードマンは、ソードスキルを使えるといってもそれほどのバリエーションをもっていない。
散発的に繰り出されるそれらのソードスキルに注意を払いながら、私は隙を見つけては比較的溜めの少ないソードスキルを使いダメージを積み

上げていった。
そうやってしばらく相手をいなしていると、私のほうも手頃なソードスキルがクールタイムに入り、少なくなってくる。

「次のタイミングで」

「了解」

後ろでやや距離を置いて戦闘の推移を伺っていたアスナが応える。

「スイッチ」

私は相手の攻撃の終わりに合わせてバックステップで、大きく後退する。
代わりに空いたスペースに、アスナが素早く飛び込んできて、私とモンスターの間に立ち塞がる。
その瞬間の相手モンスターのターゲットは、それまで戦って十分にヘイトを稼いでいた私になるのだが、目の前のアスナが壁になっている。
邪魔をしているアスナを飛び越えて私を攻撃する手段を持たないリザードマンは、次の目標を探し、目の前のアスナをターゲットに選び攻撃に

移ろうとするのだが、なぜか動作は戦闘中とは思えないほど不自然に遅い。
具体的にはモンスターに二動作分ほどの隙が出来る。
誰が最初に発見したのかは定かではないが、この現象を利用したテクニックはスイッチと呼ばれ、一部のマニアックなプレイヤーの間では、バ

グなのかそれとも仕様なのかという論争を呼んだそうだが、大多数のプレイヤー達は『便利なんだし使えれば良いや』という結論に達し、今で

はパーティープレイの必須技能とされていた。

「はぁぁあッ」

攻撃役になったアスナは、目の前で固まって隙だらけになっているリザードマンに対し、大きな予備動作を必要とされるが強力な三連続刺突ソ

ードスキルを見舞っていた。
精密さが持ち味の彼女が持つ細剣は、寸分の狂いも無く三発とも同じところに突き刺さり、クリティカルダメージでリザードマンのHP大きく

減らしていた。
彼女の攻撃は止まらない。
私の場合だったら、次は防御からの反撃になるのだが、アスナは既に態勢を立て直しているリザードマンの機先を制する形で攻撃を撃ち込む。
相手からの反撃が当然来るのだが、動作の継ぎ目に無駄の少ない彼女は余裕を持って捌いている。
さらに何発かの攻撃を撃ち込むころには、もう片方のリザードマンが、ロミオと入れ替わったジークフリートに両断され多数のポリゴンとなっ

て消えていった。
残された一匹は、三方を囲まれたいした時間も掛からずに、最初の一匹の後を追った。

戦闘が終わると隊列を元に戻し、探索を再開する。
私の戦闘による損害はほとんどない。
多少受けた手傷も、自然回復で回復しきれる量だ。
他の戦闘を行ったメンバーも同様で、回復結晶の使用も必要なかった。
代わり映えのしない通路を進むと、今度は大きな部屋に着いた。
部屋の少し手前の通路で、パーティーの進行はまたしても止まり、ジュリエットが部屋の中をうかがう。

「中にはモンスターが六匹。そのうちの一匹はエリートだ」

「中の配置のほうは?」

「うまい具合に遮蔽物があるから通り抜けもできそうだ」

ここで私達が取りうる選択肢が二つあった。
部屋に出現しているモンスターはこちらを発見しなければ、部屋の外に出てくることは無いので戦闘を避けて先に進むという選択肢も取れる。
時間の短縮という点から、その選択も大いにありだ。

「ただ、一つオマケがある。部屋の奥には未だ開けられていないと思われる宝箱があるな」

「……先にそれを言ってください。人が悪いですね、それならもう敵を倒すしかないじゃないですか。戦闘準備を」

「了解、ボス」

目の前に宝箱という餌がぶらさげられていたら、よほどのことが無い限り喰らいつかない道理は無い。
戦うという方針が決まると、ここでまた通路に相手を引き込んで戦うのか、部屋の中に突入して戦うのかという選択肢がうまれる。
通路での戦闘は先ほどの戦闘と同じように手堅くはあるが、パーティーとしての火力を十分に発揮できない上に、敵の数も多いのでそれなりの

時間が掛かることになるだろう。
一方、広い部屋に入っての戦いは、中にある障害物などを利用しうまくいけば――いや、このメンバーなら確実にうまくやるだろうから、こち

らはパーティーとしての火力を発揮して比較的短時間の戦闘で済ませられるだろう。
私は迷わず前者を選んだ。

「通路までの釣りをお願いします」

「分かった、少し待っててくれ」

ジュリエットが部屋の中へ侵入して行き、他のメンバーは入り口から少し引いたところで敵を待つ。
入り口から一番近くにいた一匹に向かって、ジュリエットが《投擲》スキルで注意を引くと、それに反応して他の五匹も一斉に彼に向かってく

る。
その結果を見届けると彼はあわてることも無く踵を返し、悠々とした足取りで、前列で待つディエスの隣に空いているポジションまで戻ってき

た。
合計六匹のモンスターが押し寄せるが、同時に通路に入ることが出来るのは二匹までなので残りの四匹は遊兵となる。
こちらも同じ条件だが、スイッチの要員が控えていると考えれば状況は悪くない。
ジュリエットには、彼が《投擲》で注意を引いたモンスターが、ディエスのほうには一匹だけいたエリートモンスターがそれぞれ対峙した。

「チッ、メインディッシュは最後まで待ってるモンだよ、っと」

ディエスの放ったノックバック効果付のソードスキルで、相手は後ろに並んでいたモンスターも巻き込んで後方へ大きく弾き飛ばされる。
相手のエリートモンスターはすぐに開いた距離を詰めようとするが、その前にジュリエットと対峙していたモンスターの後ろにいた一匹が、空

いたスペースに割り込んでディエスとの戦闘を始めてしまう。

「そうそう、まずは前菜から」

目の前にやってきた手頃な獲物を、ディエスは早速攻略しに掛かった。
モンスターの数が多くパーティーとしての火力が発揮し辛い今のような戦いでは、スイッチの頻度を上げて火力をカバーする。
今のパーティーでは、一人当たり敵のHP三分の一程度を目安としていた。
並んだ三人で一匹を倒すという形になる。
火力志向のディエスは、早々に自分の担当分を削りきって私の出番がきた。

「そろそろ交代ー」

「いつでもどうぞ」

後ろで控えていた私は声に出して応える。

「――スイッチ」

ディエスはモンスターからの攻撃を武器で受け流すと素早く後ろへと下がっていく。
敵のHPがやや減りすぎているように見えるが、火力の控えめな私へのディエスからのフォローだと思っておくことにしよう。
前に出て、隙を見せているモンスターへと、きつい一撃を加えてやる。
ディエスからのフォロー分もあり私は、そこから思ったより時間をかけることなく次のアスナへと引き継ぐことが出来た。
交代した止め役のアスナは、予想通り早々に一匹目のモンスター倒しきった。
最初の一匹が光になって消えると、後ろに控えていたモンスターが間髪開けずに襲い掛かってくる。
ここでエリートモンスターがやってくるようなら、ノックバックスキルの残っているジークフリートにスイッチするところだったのだが、奴は

まだ後方で遊兵となっていたので、アスナの続投となる。
二匹目のモンスターとの戦闘も予想の範囲内で順調に推移していった。
順調すぎてモンスターが私に回って来たときには、そのHPは九割ほど削られていて瀕死の状態であったが、それもまあ、予想のうちだった。
軽く止めを刺すと、今回の戦闘のメインディッシュが登場した。
エリートモンスターは、普通の固体に比べてステータスがいくらか強化されているのだが、特に耐久力に関してはHPが倍以上に増加していて

強化の度合いが大きい。
素直に相手にすると、決して倒せない相手ではないが非常に面倒くさい。
私は防御を主体に、チャンスがくるの待つことにした。

「ジークさん」

「任された」

隣がこちらにやや遅れて二匹目を倒し終わり、三匹目との戦闘に入る。
迎え撃ったロミオは一撃を加えてヘイトを稼ぐと、直ぐにジークフリートとスイッチする。

「吹き飛ばすぞ」

「はいっ」

威勢のよい声に、私は待っていたとばかりに即答した。
ジークフリートが阿吽の呼吸で眼前の二体を部屋の中へと吹き飛ばした。
またしても距離を開けられたモンスターは、懲りずに前に進もうとするが、その前に私があノックバックに追従するかのように突進系のソード

スキルを使って間合いを詰めていた。
通路から部屋の中へと位置を変えた私は、モンスターからの反撃をいなしながら後続へ道を譲るために相手の側面をとるように移動する。
相手が私につられて九十度ほど向きを変えると、疾風となったアスナがモンスターの横っ面にへと突き刺さる。
これで二対一。
その後も、ディエス、ジュリエットが続いて四方を囲う形となった。
もう一匹のほうもジークフリートとロミオが前後で挟み込んでいた。
これでほぼエンド。
ジークフリートとディエスがそれぞれ止めを刺して戦闘が終了した。

「メインが終われば、次はデザートだよね」
 
ディエスが戦闘後の処理も程ほどに、部屋の片隅置かれた宝箱突撃していた。

「あ~、だめだこれ。鍵が掛かってる。ジュリエット~ヘルプー!」

不満をあらわに宝箱をげしげしと蹴りつける。

「ん?今いくから待ってろ」

周囲の警戒に当たっていたジュリエットは、呼ばれて宝箱の元までいくと《開錠》スキルを使うために、インベントリから開錠セットを取り出

し、カチャカチャと鍵穴をいじり始めた。
鍵が開くかどうかは鍵の難易度のよって設定されている最低値を超えていれば、熟練度との比較対抗からなる確率できまる。
難易度にたいして卓越した熟練度があれば確定で開くことが出来るが、攻略中のダンジョンではなかなかそれも難しい。
そうなるとリアルラック次第で、つまり一回で開くこともあれば何回やっても開かないという可能性がでてくる。

「ん?」

取り掛かって十数秒、何かの手ごたえを感じたのかジュリエットの手が止まる。

『 あ゛』

その作業を見ていた全員が見事に同じ声をあげた。
ジュリエットの頭上に突如として謎の球体が現れ、いまだ《開錠》の動作中で不可避のタイミングの中、それは正確に彼の頭に直撃した。

「ぐはっ」

ジュリエットは短い悲鳴を上げて、悶絶していた。

「ジュ、ジュ、ジュ、ジュリエット!……大丈夫!?」

「あーあ。……お?」

離れたところで見ていたロミオがあわててジュリエットの所へと駆けつける。
一方、一番近くで見ていたディエスは、負傷したジュリエットよりトラップとして出現した謎の球体のほうが気になったようで、手にとって見

ていたが数秒後には消え去ってしまっていた。

「大丈夫ですかジュリエット?」

ジュリエットは手を振って応える。

「ああ大丈夫だ」

「失敗するとダメージと短いスタンのトラップといったところですか」

「目がチカチカする。結構痛いぞ。10%ほど持っていかれた」

「コレ、いけそうですか?」

「八割って所だから、ま、次はうまくいくだろう」

「おやおや、そんなことを言って大丈夫なのかな?」

ジュリエットが立てたフラグに、ディエスがさらに露骨なフラグを立てくる。

「……」

なんとも嫌そうな顔してディエスを一瞥した後、ジュリエットは開錠の作業に取り掛かった。

『 あ゛』

『 あ゛』

「――……」

「あー、そのなんていうかごめん」

回復結晶をつかっているジュリエットにディエスは気まずげに謝った。

「これは、あとで特訓を考えないといけないですね」

「ねぇ、コレっておかしくない?80%で3回連続で失敗って多分1%以下の確率でしょう!?」

正確には0.8%だ。
この世界には慣れてきたが、ゲームというものには縁遠かったアスナが、純粋な確率論の観点から疑問を呈した。

「別におかしなことはない。99%の攻撃はあたらないし、99%の回避はよけられないものだ」

ジークフリートが実に含蓄あることを言ってくれる。

「0と100以外は信用するなってことだな」

「……納得いかないわ」

HPの回復が終わったジュリエットが真理の一つを告げ、四度目の挑戦に向かった。
全員の視線がジュリエットと宝箱に集中する。
その圧力に負けたのか宝箱は、カチリという鍵の開く音を上げた。
ジュリエットが小さくガッツポーズをとり、見守っていた全員が安堵のため息をついた。
宝箱の中には程ほどの性能の防具が入っており、協議の結果ロミオが装備することになった。

「とりあえずどっちに進む?」

ロミオが新装備を装備し終わるのを待って、探索を再開する。
この部屋からはマップ上で見て右と左に進むことが出来た。
マップに空白部分が多すぎて、まだどちらがただしいともいいきれない。
進行方向の選択は、パーティーの便宜上のリーダーである私に一任されていて、このとき私の勘は左と告げていた。

「ディエスはどちらだと思います?」

「あたしは右かな」

「奇遇ですね、私も右にしようと思っていたんですよ」

自分のリアルラックと勘を信じていない私は、自らの意見をあっさりと翻しディエスの勘に従って指示を出す。
部屋を去る際に、入ってきた通路脇に縦の二本線、進む先の通路脇に横の二本線を目に付きやすいように書き込む。
直接連絡の取ることが出来ない迷宮区内で、探索者達が取れる小さな連絡手段の一つだった。
これだけでも何かあったときの一つの目安になる。
一日も立てばオブジェクトの汚れとして消え去ってしまうが、それでも何かと役に立つ。
部屋を出て何回かの戦闘をといくつかの分岐点をすぎると、私達は次のフロアへと続くポータルへとたどり着いた。

転送ポータルにたどり着いた私達は、そのまま次のフロアへとは向かわず、安全地帯となっているその周辺で休憩を取っていた。
私も手頃なオブジェクトに腰を下ろして、水を口にする。
迷宮の中でも見張りを立てて休むことも出来るが、いつモンスターに襲われるか分からない状態では、文字通り気休め程度の休息しか取れない


このフロアでの探索は、運良く比較的短時間でここへたどり着くことが出来たので、それほど疲れているということのないのだが、この先もそ

うとは限らないので休めるときには休んでおく必要があった。
私はこんなときに、せいぜい座って休むか横になって休むか位の当たり前の選択肢しかもっていなかったが、世の中にはいろいろな人がいる。

「ふんふふんふふーん♪」

ディエスは鼻歌を歌いながら、おもむろに焚き火を始めるとその隣にバーベキューの際に使うようなコンロを始めとする調理器具一式を広げて

いった。
屋外にいながらにして街の厨房にいるときと同じように調理できるこのコンロは、現在の出回っている最上級の武器よりも値の張る一品だった


貴重品というわけではなく、ただ単にNPCからの販売価格が高いというだけなのだが現段階で持っているのは彼女くらいのものだろう。
調理のための準備が終わると、食材を取り出し調理を始めていく。

「わたしも手伝うわ」

最近調理スキルを覚え始めたらしいアスナも加わって、次々と料理が作られていく。
今回はファーストフードのようなものが多い。

「何かリクエストあるー?」

「俺には炭酸が効いているような飲み物を頼む」

「私はサンドウィッチみたいなのを頼めるかな」

「それでは、私には何か甘いものを、できればそう和菓子のようなものをお願いしたい」

「私はおにぎりでも貰えればそれで結構です」

「りょうかい、了解。アスナ、これの加工お任せちゃってもいい?」

「大丈夫、任せて」

二人の操る鍋やフライパンから完成した料理が次々と作り出されていく様子は、ファンタジーの世界だ。
あっという間にいまいる六人では消費しきれない量の料理が出来上がっていく。
いったん料理に加工してしまうと、インベントリに入れることが出来なくなり、持ち運ぶには手で持って運ぶしかなく、余りものはここにおい

ていくことになる。
部屋の一角を料理で埋めると、ディエスは満足したのか調理道具の片付けはじめる。
すると、私達が来たのとは別の入り口から、まとまった人数のやってくる気配がした。
座っていた重心を僅かに前に移し、その方向を注視する。

「このフロアの一番乗りはオレ達だと思ってたんだがなぁ」

やってきたのはギルド《風林火山》の一行だった。
リーダーのクラインが若干残念そうなものを滲ませつつ、肩をすくませて部屋へと入ってきた。

「おつかれさん。『ユニオン』さん達が一番乗りだとして、オレ達も二番手くらいにはなれてるいるのか?」

「おつかれかれさまです。ええ、私達の前に誰も着ていないという保証はできませんが、そうでないなら貴方達が二番目の到着にになりますね



「二番手なら上出来とするか。それにアンタ達のパーティーの後って言うなら、むしろラッキーというか……なんというか」



「あー、ごほん。ディ、ディエス。ほ、本日はお日柄もよく……いや、その調子も良いみたいで」

「こんにちは、クライン。まずまずって言うところかな。そっちのほうはどう?」

「こっちは見てのとおり絶好調だ。それで……あー、あのー……」

「あっちのほうに作りすぎた料理があまってるから、もし入用なら食べちゃってもらって構わないから」

「作りすぎたって……ディエスの手作りって事か」

「あたしとあっちにいるアスナとの合作ってところかな」

「二人の手料理……もちろん頂かせて貰います。オイ野郎ども、望外な幸せなことにうまい飯が食えるぞ。心して食え――って何勝手に食い始

めてやがるんだ」

クラインが声を掛ける前に他のメンバー達は料理に向かって殺到しており、クラインもあわててその後を追う。

「たくさんあるけど、あんまり食べ過ぎないでね」

クラインたちの分かりやすく喜んでくれる様子にディエスの頬もほころぶ。

「これ、お茶ですけど、もし良かったらどうぞ」

「ありがとうございます。わざわざどうも、ロミオさん」

さらにロミオがお茶を配り始めると全員がデレデレであった。
塔の攻略、それも迷宮区の探索やフロアボスの討伐となるとその世界は狭い。
俗な話だが、誰に対してもある程度仲良くなっておいて損はない。
彼らの場合は少し極端だが、コレくらいの料理でも(とはいっても安いものでもないが)いくらかの人気取りにはなり、それを恩義にかんじて

くれる人もいる。
時には命がけとなるこの世界では、そうやって積み重ねたものが、いざというときに有形無形の恩恵となってわずかでも助けになってくれると

思っている。

「それでは、私達はこれで」

十分な休息をとった私達は、食事を取り始めたクラインたちに先立って探索を再開することにした。

「感謝するぜ。これから先に進むのか」

「いいえ、少しこのあたりを廻って、もう二、三パーティーを見つけてからにしようと思います」

「まあ、そのほうが攻略には効率が良いだろうな。……それならオレ達のマッピングデータも持っていきな」

「そういうことなら、お互いに交換ということで」

「それだと、オレらが飯の分の借りが返せなくなっちまうんだが」

「私達のマップデータはどうせ街に帰れば、情報屋に流しますから気にしなくて良いですよ。食料の件も同じです、ここで私達に貸し借りはあ

りませんよ」

「ったくやりにくいな。分かった、それじゃあ、お互い探索の幸運を」

「幸運を」

クラインたちに別れを告げ部屋を発つ。
マップの既知領域は交換したマップデータで一気に二倍となったが、未だ大部分が空白のままだ。
今度はそれを埋めるように、他のパーティーを探しながら迷宮を進む。
部屋を出る際に入り口に縦の二重線に丸を付ける。
この先に転送ポータル有の印だ。
これを見つければ私達と入れ違いになっても、正しく先へと進むことが出来る。
前方から剣戟のぶつかり合う音が聞こえてくる。
戦闘中のパーティーがいるようだった。

「様子を見て、必要ならば援護に入ります。全員戦闘準備」

『了解』

全員がゆっくりと駆け出した。
通路で戦っているプレイヤー達の姿が見えた。
こうして戦っている者がいる以上、この迷宮も攻略されるという確信ができる。
そして翌日には予想通りボスへの扉が開かれることになった。

あとがき
・次話 フロアボス戦
・最近SAOのSSをいくらか読んでみているのですがティンとくるものになかなか出会えていません。これを読んでくれている方々でお奨めのものなどありましたら誤字脱字感想等と合わせて教えていただけると幸いです。





[36123] 11話
Name: まつK◆7a02f718 ID:4c4facc1
Date: 2014/06/10 18:17
「何か追加で作ろうか?」

普段なら、探索から戻った後はアジトに戻って夕食をとりながら、事務仕事やら会議やらを行っているのだが、今夜は私にしては珍しくアジトを出て街に外出していた。
暇つぶしにと眺めていた紙片から目を上げる。
街の夜は宴の時間だった。
近くにある街のメインストリートからは、賑やかな声が聞こえてくる。
ここは、ディエスが個人的に持っているアジトの一つで、今夜はとある目的のために貸してもらっていた。
私も自分のアジトはもっているのだが、もっぱら個人的な物置として使っていたので今回の目的にはそぐわない。
対してここは、内装が全て取り替えられてシックで落ち着いた雰囲気になっている。
こまめに手入れもされているようで、非常に感心できるのだが、十代の少女のチョイスとしては少し洗練されすぎているように思う。
私の経験では、この頃の女の子の部屋にはファンシーとかキュートといった言葉の方がが出てきそうなものだったのだが、私も古い感性の人間なのだろうか。
とはいえ、ここが彼女に似合っていないかといえば、間違いなく似合ってはいるのであえて指摘はしていない。

「それじゃあ、これのお代わりをお願いします」

私は時間がたって少しへたってきたフライドポテトを、奥の厨房から顔を出したディエスへ摘んで見せた。

「りょうかーい。ところでポテトのお代わり三回目でしょ。そんなそれにおいしかった?」

「ええ、とっても。それに好きなんですよ、フライドポテト。マ○クのやつとか最高ですね」

「マ○クねぇ……もっといいもの食べてるかと思った」

「別にしょっちゅう食べてるわけじゃなくて、出来立ては美味しいと思うんですけどね。冷めると食べれたモンじゃなくなっちゃいますけど」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、これ、ご注文のフライドポテト」

そんな話をしているとディエスが早くも、大皿いっぱいに盛られたフライドポテトをテーブルの上においていく。

「どうも。いただきます」

出来立てのポテトに塩を振りかけてさっそく口にする。
直接振りかけられた塩の強い塩味と、ザクザクとした食感が味覚を楽しませてくれる。

「どれどれ、あたしも少し味見を」

ディエスが横合いから手を伸ばしパクついていく。

「まあ、上出来の部類か。今夜のお客さん、まだもう少しかかるんだっけ?」

「もうちょっとで約束の時間ですが、少し遅くなると連絡がありましたから、まだ時間はあるとおもいますが」

「そう、ならあたしは厨房の方で新作レシピの開発にいそしんでるから、何かあったら呼んでね」

「わかりました。ごゆっくりどうぞ」

ディエスの後姿を見届けて、私もテーブルの上に置かれている紙片へ目を通す作業に戻った。
紙片には、古今東西ありとあらゆるゲームの敵キャラクターとそれが持っていた、特殊能力や特殊攻撃が思いつく限り書き連ねてあった。
いくつか例を挙げると、『虫型のモンスターが毒を使ってくる』、『特定の攻撃に弱い、逆に特定の攻撃を反射してくる』、『引き寄せ』、『ロボットが合体とそして自爆』『忍者が身代わり、分身』etc、etc。
単に単語が並べてあるだけのものから、なにか思い入れがあるのか数行に渡って攻略法まで書き記しているものまで、様式はバラバラで一見するとただの落書きのようにも見える。
少し前から、ギルド全体で攻略の一環として取り掛かっていることのうちの一つだった。
これまでは一部例外はあるが、どこにどんなモンスターがいて、それがどんな攻撃をしてきてどう対処すればいいか、ということがテスト時の経験からわかっていた。
だがもう直ぐ到達するであろう第十層からは、誰も見たことのない未知の敵と戦うことになる。
その対策として私達は、過去の経験に答えを求めた。
たしかにVRMMORPGの《SAO》はまったく新しい部類のゲームではあるが、同時にRPGという数多く作られた類のゲームでもあった。
そう考えれば過去のゲームにいくらでも先例をもとめることができた。
加えてある程度の世界観というものに縛られている以上、その推測はよりたやすくなる。
蜘蛛型のモンスターが毒や糸を使った攻撃をしてくることは出来ても、突然分身したり自爆したりは出来ないだろう。
名前、外見、周辺の地形、あるならばバックストーリーそういったものを総合して考察すれば、相手のある程度の傾向と対策は断定できた。
なにせ協力を仰ぐ人材には事欠かない。
一部の例外を除きほとんどのプレイヤーがVRMMORPGなんていう、最先端のゲームに手を出している折り紙付のヘビーゲーマー達だ。
普通の人でも三人ほど集まれば文殊の知恵がでるというくらいなのだから、情熱と知識と経験を持ち合わせた特殊な人々が集まれば、結果は言わずもがなである。
もっとも、それも最近はアイディアがおおよそ出尽くした感があり、このところの話し合いでは、いつの間にか昔のゲーム談義に終始することになってしまっている場合が多いが。
ともかく、後はこの膨大な量の資料を適切な形にまとめ、編集すればこの先のボスを含めたモンスターからの被害を、僅かにでも減らせるのではないかと思っていた。

コンコンコンと扉をノックする音がした。

「鍵は開いてます。入ってきてもらって良いですよ」

私が応じると、大きな人影が入ってきた。
175cmある私が見上げるほどの上背に、それに見合った日本人離れした立派な体格、そしてその黒い肌はNPCかアバターかと思わせるが、これが本来の彼の姿だ。
アメリカ国籍を持つ黒人だという彼の名はエギル。
塔攻略組の代表的なプレイヤーの一人で、剃髪ひげ面のいかつい顔をしているが、他のプレイヤーへの面倒見もよく常識人で頼りになる人物だ。

「悪いな少し遅くなった」

「いえ、連絡を頂いていますし、わざわざ来てもらったのはこっちのほうですから」

席を立ちテーブルの上を片付けながらエギルを迎える。

「それが今晩の用件か?」

テーブルの上の紙片を見つけてエギルがそういった。

「まあ、無関係ではないですけれど、その話は食べた後にしましょう。エギルさん、どれくらい食べられそうですか?」

「うまい飯をただで食わせてくれるって言うから、我慢して晩飯はまだだな。おかげで腹がペコペコだ」

「それじゃあ、期待してもらっていいと思いますよ」

私はテーブルの隅に置かれていた呼び鈴を鳴らす。
チリンチリンと透き通った音が響くと、白いコックコートに着替えたディエスがやってきた。

「今夜のシェフでございます」

ディエスが畏まった態をとり、私達に深々と礼をとる。

「おっと、ユニオンのサブリーダー直々のお出ましか。それでオレは何を食わせてもらえるんだ」

「当店ではお客様のご要望お答えして、シェフが何でもお作りしますのでお好きなものをおっしゃってください」

「そうか……それなら一番良い肉料理を頼む」

「……一番良い肉料理ですね。畏まりました」

エギルからのオーダーを受けると楚々と厨房の方へと下がっていった。

「そっちは何も頼まないくていいのか」

「私にはこれがありますので。エギルさんも食べます?」

テーブルの上の皿を指さすと、エギルは何かいいたそうに口を開きかけたが、結局黙ったままポテトを食べ始めた。
二人でポテトをつまんでいるとやがて、食欲をそそる濃厚な匂いとジューという油のはじける音がやってきた。
出来上がった料理を運んでくるディエスの顔は、何故か何時に無く真剣なものだった。

「あたしは、大変なものをつくってしまったのかもしれない」

ディエスはシェフになりきることも忘れていた。
テーブルの上におかれた料理を見て私も思わず目が釘付けになった。
絶妙な焼き色のついた一見しただけで特上とわかる、300gはありそうな大振りのステーキだった。
視覚、聴覚、嗅覚の三つを刺激され自然と喉がなった。

「こ、こいつはすげぇな」

現実でもお目にかかれないような予想外の絶品の登場に、エギルも驚いているようだった。
ステータスを開いてみると《ウギンのサーロインステーキ》とある。

「ディエスこれってひょっとすると」

「あー、うん。メインの材料は前回のフロアボスで拾ったやつ。どうしようか迷ってたんだけど丁度いいかなーと」

ということは、ともすればこれは世界でただ一つの一品ということになるかもしれない。

「オレが食べてしまっていいのか……?」

「作っちゃったからには、もう食べるしかないんだからいいんじゃない」

「それも……そうだな。それじゃあ、いただきます」

エギルは律儀に手を合わせると、ナイフとフォークを手に取った。
ステーキはナイフが当てられるとほとんど抵抗無く切り分けられ、中からは溢れんばかりの肉汁が滲み出していた。
エギルが付け合せのソースを絡めて口に運ぶと、普段強面の彼の顔がこちらが見ていてほほえましくなるほどに、緩んでいった。

「……ふはー」

たっぷりと時間を掛け一切れ目のステーキを味わうと、幸福感があふれ出たといった風に、大きく息を吐いた。
そして、二切れ目にとりかかろうとしたところで、自分を凝視している私とディエスに気がついたようだった。

「あんた達も食べるか?」

私達の顔とステーキとの間を彼の視線が何度か行き来した後、エギルはそういった。

『もちろん』

答えは決まっていた。
三等分したステーキではエギルの腹を満たすのには足りず追加のステーキを焼くことになった。
先ほどのものよりは流石に質が落ちたが、さらに追加でステーキを三人分ほどつくり、三人での夕食となった。
雑談を交えながら食事は進んでいく。
アルコールが無いのが玉に瑕だが、それを差し引いても有意義な時間だった。

「ここに来て一番の飯をを食った気がする。ごちそうさま。それではそろそろ今日の本題に入ってくれ」

食事が終わりテーブルを片付け始めると、エギルが弛緩していた姿勢を改める。

「そうですね、そうしましょう」

外からはまだ賑やかな喧騒が聞こえてくるが、少し遅めに食事を始めたせいもあって夜も大分深まってきていた。
サブマスターとして、ディエスも同席してもらってもよかったのだが、食事が終わると『後は任せた』の一言で帰ってしまった。

「わざわざ今日来てもらったのは、明日のボス討伐の件でお願いしたいことがあったからです」

「……それはオレ個人にか、それとも明日の討伐隊リーダーに対してか、どっちだ?」

「討伐隊のリーダーに対してですね」

「だとするなら、俺が力になってやれることはそうないぞ。まさか便宜を図ってくれって言うわけじゃないだろう?」

「それこそまさかです。どちらかというとその逆ですかね」

「逆?」

エギルの顔に疑問の色が浮かぶ。

「ええ、特別扱いではなく平等に使ってもらいたい。あー、これはもちろん今まで不平等だったとかそういうわけでは決してありません。私達

は……いえ、ギルド《ユニオン》は明日のボス戦に対してフルレイド――48人が参加をする準備ができています」

それを聞くとエギルの表情がいくつかの感情が混じった複雑なものに変わる。

「この48人をうまく使って欲しいのです」

「いくつか聞いておきたいことがある」

「構いませんよ。どうぞ」

「まずは、だ。もっと早くにボス戦に加わることは出来なかったのか。攻略隊が人手不足だっていうことは知らないわけじゃないだろう」

個人的にも知り合いで、友好的なエギルからですら問わずにはいられない、当然の疑問だった。

「その半分の戦力でもあれば、ずいぶんと楽になった戦いもあったはずだ」

こちらに対して、大分言葉を選んでくれている。
相手の誠意に対してはこちらも相応の誠意を見せるべきだろう。

「出来たかどうかといわれると、おそらく可能だったでしょう。私が音頭を取ればついて来てくれたと思います。ただそれをするには私の中に

確信が無かったんです」

「それは攻略できる、という確信ということか」

「いいえ、違います。出来ることを全てやったという確信です。自主的に討伐に向かうのではなく、私の声に応えてついて来てくれるというな

ら、少なくとも私にはその責任があると思っています」

「今はその確信があるのか?」

「ええ」

レベル、装備、経験と今出来ることは全てやったつもりだ。
ならば、そこで立ち止まるのは攻略の為にギルドに属してくれている者に対する裏切りになってしまうだろう。

「わかった。納得できない部分もあるが理解はできる。それに過去がどうのこうのより有力な戦力が増えたことを喜ぶべきだろうしな。だがオ

レはあんた達が本気で攻略する気があるってことを、ある程度わかっているから納得することも出来たが、他の連中はそうとも限らないぜ」

「そのことなら心配後無用です。実は《ALF》と《DKB》にはもうこの話は通してあるので」

難しい顔をしていたエギルはそのことを聞くと、まるで読んでいる推理小説の結末を明かされてしまったかのように、気のぬけた表情へと代わっていった。

「ずいぶんと手際のいいことだ。それなら大よその問題は解決済みだな。これは、オレが礼を言っておくところかな」

「私達が持ち込んだ厄介ごとです。そういったことでエギルさんに迷惑をかけないのは、私達の義務の内ですよ」

エギルは明日百人からのプレイヤー達の指揮を執るのだ。
プレイヤー間の余計なのいざこざまで面倒をかけるのは酷というものだろう。

「それじゃあ、後は念のための確認なんだが、その参加する48人の戦力は当てにしていいんだろうな」

「ええ、それは勿論なんですが、それについてはこちらから一つお願いがあります」

「言ってみてくれ」

「レベルや装備に不安は無いんですが、半分の二十四人は遊撃隊として、ボスの取り巻きの相手に使ってもらえないかと」

ボス討伐への貢献が少ない取り巻きの処理担当は、必要なことではあるが攻略隊からは倦厭されがちだ。
誰が担当するかで毎回もめているので、攻略隊にとっても悪い提案ではないはずだ。
実はこれが今日の本命の案件で、比較的錬度の低い普段フィールドで狩りをしている部隊の安全を確保する為に、是非とも通しておきたいことだった。

「それはなんとでもなるだろう、こっちは願ったり叶ったりだ」

エギルの承諾が得られれば今日の私の仕事もこれでおしまいだ。
それで話し合いは終わったと見て、互いに口調が砕けたものに戻る。

「やれやれ、厄介なときに指揮を執る羽目になっちまったな」

「今晩のディナーだけでは足りませんでしかね?」

「本当はオレが指揮を執るのを待ってた、とかいうのはないだろうな」

「天の配剤としか言い様がありませんね。リンドさんかキバオウさんだったら、もう少し違ったアプローチが必要でしたからね」

「そう言ってやるな。二人と色々なしがらみがあるが、攻略に対しては真剣に取り組んでいるんだから」

「必要があって取っているポーズだってことは、わかっています。」

「それならいいんだが。それじゃあ、今日はこれで失礼させてもらうとするか」

「今日はありがとうございました。また明日」

「ああ、明日はよろしく頼む」

去っていくエギルの背中を見送った。
明日の今頃はなにをしているだろうか。
人事は尽くしたはずだ、後は天命を待つのみだ。

街の転移ポータルを経由して、迷宮区最寄の村へとたどり着いた。
ボス討伐までの段取りには、いくつかの暗黙の了解というものができていて、まずはボスの部屋を見つけたものがその階層での討伐の指揮を執ることになっていた。
ただし、これは発見者が他のプレイヤーに委任することもでき、今のところギルド《DKB》リーダーのリンド二回、ギルド《ALF》リーダーのキバオウ二回、無所属のエギル二回、そして死亡したディアベルが一回となっている。
ボスエリアの発見者は街に何人かいる情報屋たちに、ボスまでのマップデータと共に発見の報告をする。
すると情報屋たちは、大通りや転移ポータルといった目に付きやすいところに布告の張り紙をだし、同時に参加経験のあるギルドやソロプレイヤーに連絡を回し始める。
一度でも参加の経験があれば、連絡が行くようになっているが、参加するかどうかはもちろん本人の自由である。
そして翌日の午前中には迷宮区も寄りの村で、作戦の打ち合わせとパーティーの編成のための会議が行われるので、それに出席すれば討伐パーティーに組み込まれ、会議が終わり次第ボスへ向かうことになる。
第三層以降は概ねこのような形で行われ、ボスの討伐自体はどれも一日で成功していた。
村の中央の少し開けた広場には、エギルとそのパーティーメンバーが立っていた。
目立つ風貌の彼は、こういうときの目印にはぴったりだった。
そのエギルを囲むように今回の討伐の参加者と思われるプレイヤー達が、いくつかの集団を作って時間が来るのを待っていた。
ざっと見渡したところ、討伐参加の常連ともいえる集団は大体来ているようだった。
それらの集団は大別すると三つに分かれていて、キバオウ率いる《ALF》、リンド率いる《DKB》、そしてエギルたちのパーティーとソロやその他ギルドの集まりになる。
広場に集まっているのは全体で五十人弱。
街からでて活動するプレイヤーの数は大分増えてきて、それなりのレベルを持ったプレイヤーも見受けられる様になってきたが、そのほとんどがフィールドでの狩りや踏破済みの迷宮の穴埋め作業に取り組んでいて、最前線での迷宮探索やボス討伐に加わってくれる人数は余り増えてきてはいない。
それらの行為ももちろんゲーム攻略には必要なものだが、やはりゲームを早く安全にクリアするためには、最前線で戦うプレイヤーの絶対数が不足していた。
私達が広場に入るとそれに気がついた何人かがこちらに視線を向け、やがてほぼ全員がこちらを注視した。
大半は単純に驚いているだけのものだったが、中には興味深そうにこちらを見るものや、敵意とまではいかないが面白くなさそうにこちらを見るものもいた。
ほとんどが事前に私たちのことを知っていたようで、それ以上のアクションは無かった。

「時間まではそれぞれ自由に」

私は広場の空いている一角まで進むとメンバー達に指示を出した。
ほんの数人が、ギルド外の知り合いのところ等へと向かったがほとんどは、その場から動くことが無かった。
それぞれの集団が、お互いの様子を伺いあうような微妙な空気が広場に広がった。
やがて会議開始の定刻となった。

「これ以上の参加者もいないようだから、これから第七層ボス攻略会議を始める。全員よろしく頼む」

作戦会議が始まった。

「それじゃあ、まずパーティーの編成を行う。武器ごとに分かれて集まってくれ」

エギルの声にしたがって、所属集団ごとに集まっていたプレイヤー達がそれぞれ分かれ、今度は自分の得意武器による集団を作っていく。
普段は余り仲のいいとはいえない《ALF》と《DKB》というかキバオウとリンドも、このフロアボスレイドの時だけはパーティーを組む。
本心ではそれぞれのパーティーごとで戦いたいのだろうが、そうするとアタッカーに廻ったパーティーはともかく、ボスの前面で攻撃を受けタンカーとなるパーティーがどうしても安定しない。
結果レイド全体が不安定なものになってしまうので、不本意ながらも戦力を抽出しあって一つのレイドパーティー作っていた。

「エギルさん、ちょっとよろしいですか」

「どうした?」

「私達はそれぞれ役割ごとのパーティーを既に組み上げているので、出来ればこのまま運用してもらいたいのですが、いかがでしょう」

人員に余裕があったことと事前に計画していたため私達はギルド内の編成だけで、盾持ち六人からなるメイン盾、重装甲のサブ盾、攻撃偏重のアタッカーが二つ、バランス編成が四つと既に編成を終えていた。
パーティー内での連携も考慮すると、それを崩す合理的な理由がない。

「オレは適切なパーティーが組まれているなら、それでいいんじゃないか思うぜ」

理解あるような口調でリンドが同意すると、キバオウも面白くなさそうな顔をしながらも勝手にしろとばかりに手を振って応えた。

「わかった、あんた達はそのままでいってくれ」

二人からの同意が得らた事を見るとエギルもそれを承諾した。
エギルがパーティーの編成を再開していく。
手馴れた様子でプレイヤー達を役割ごとにまとめていき、都合九つのパーティーが編成され、私達とあわせて17のパーティーが出来上がった。
一つのレイドパーティーでは収まりきらなくなったので、タンカー隊、アタッカー隊、主に取り巻き担当の遊撃隊それぞれで三つのレイドパーティーを作り、各パーティーに番号を割り振り編成が終了した。
私はタンカー部隊の第二隊リーダーとなり、部隊の指揮は《DKB》のシヴァタというプレイヤーが執ることになった。

「次はボスの確認だ。名前と外見は事前データと一致していることが確認されている。全員資料を見てくれ」

エギルはアルゴの攻略資料を掲げて見せた。
それぞれのプレイヤーは新たに組みなおされたパーティー、部隊単位で集まって手持ちの、持っていない者は隣人の攻略資料に目を通しはじめる。
この階層のフロアボスは《冒涜のリザードロード”ラザーブ”》。
偉くなるにつれ体がでかくなるというファンタジーの法則にしたがって、ロードという尊称にふさわしい巨体を持ち、長大なトライデントと別の生き物のように動く尻尾による攻撃が特徴だった。
討伐の経験があるディエスに寄れば、戦力さえあれば特に問題は無かったとのことだが、βテストの通りに行かないことは今までの経験でわかっていることだったので鵜呑みには出来ない。
エギルは律儀に攻略資料の要所を読み上げて確認を促していたが、私はボスが使ってくるであろう奥の手への想像を膨らましていた。
場の空気がやや間延びしてきたところで、ボス攻略の確認が終わった。
最後に全体のサブリーダーを決めることになり、コイントスの結果今回はキバオウがサブリーダーとなった。

会議が終了するとそのままボスの討伐へと向かうことになる。
先頭はリーダーのエギルが進み、最後尾をサブリーダーのキバオウ受け持つ。
ここからがまた一苦労だ。
ある程度統一された意思を持っているにせよ、集団での行動を訓練されていない百人近くのプレイヤーを集団で移動させるのは、ただ単純にそれだけでも難しい。
しかもこれから行うのは単純な移動ではなく、道中の雑魚を倒しながら、順路はわかっているにしろ迷宮区も突破しなくてはならないのだ。
仮に迷宮区を二列縦隊1m間隔で進むとしても、パーティー全体の長さが50m。
1mといえば結構あるように聞こえるが、意外と腕を前に伸ばしたときの間隔程度でしかない。
当然その程度間隔で移動できるはずも無く、全体の長さはずっと伸びる。
途中で戦闘が発生すれば、そのたびに渋滞が発生し、連絡手段はプレイヤー同士の伝言しかない。
幸いなことに、迷宮区には中継地点が五階おきにあり16階からの出発となるが、私が指揮を執る立場だったら大いに頭を悩ませるに違いない。
ネームドボスを倒す際に似たような指揮を執ったが、それが問題なく出来たのは移動が全てフィールドであり人数が今の半分程度で、メンバーもある程度気心の知れていたため頭ごなしな指示も出すことができたからである。
ともあれ、今の私はパーティーのリーダーではあるが、レイド全体からしてみれば一介の参加者でしかなく、苦労しているであろうエギルやキバオウを慮れるだけと割り切っていたので、ある意味気楽なものだった。
迷宮区に入ると前進と停止を小まめに繰り返して、全体としては大分ゆっくりとしたペースでレイドパーティー一行は進んでいった。
前のプレイヤーに着かず離れずついていき、時折現れるモンスターが周りの血気盛んなプレイヤー達に倒されていく様を見ているだけで、私自身はほとんど何もすることなく、迷宮区を突破することが出来た。
時間こそかかったが脱落者を出すことも無くボス部屋前にたどり着くと、そこで長めの休憩を取ることになった。

「エギルさん、お疲れのところ悪いんですがちょっといいですか」

道中積極的にモンスターの排除を行っていたプレイヤーや、移動の指揮を執っていたエギルやキバオウは目に見えて疲れているようだった。

「ああ、大丈夫だ。それでなんだ?」

「時間がもらえるなら、ここで食事を提供することができるんですが、どうしましょう」

食事に関しては味覚と空腹感が追加されてから、この世界ではどちらかといえば味のほうが注目されがちだが、ゲーム本来なら能力強化の為のアイテムであった。
事前に食べてきたプレイヤーもいるだろうが、それもそろそろ効果が切れる頃合だろう。
持ち運びが出来ないのでこういった場合は、その場で作るしかないのだが見たところそういったことをしようとするプレイヤーはいない。

「……わかった、お願いしよう。助かる」

「ディエスお願いします」

「あいよッ」

ざっと百人分の食事だ。
対ボス専用に効果の高い料理を作っているので、作り手がディエスしかおらず、少し時間が掛かるだろうがうまい飯が食えて、能力補助がつくなら誰も文句は言わないだろう。

「おーい、みんな聞いてくれ、《ユニオン》からの振舞い飯だ。それを食い終わったらボスに向かうことにする」

「こっちに並んでねー」

ディエスが手を振ってアピールすると、まず待ち構えていたうちのギルドメンバーが列を作って並び始めた。

「みんな!せっかく料理を作ってくれるっていうんだ。感謝しながらご馳走になって、万全の状態でボスの討伐に向かおうぜ」

リンドは一瞬鋭い視線で顔でこちらを見た後、高らかに呼びかけると率先して列に並び《DKB》も後に続いた。
それを見ると、エギル達とその他のギルドもゆっくりと列に並び始めた。
残った《ALF》のメンバーもそれに倣おうとしていたが、目を瞑ってジッと動かないキバオウに動きを止めてしまっていた。

「《ユニオン》さん、あんはんたちの善意はありがたいが、ワイらは無償の施しちゅうんは受け取られへん」

キバオウは堂々と周囲に宣言する。

「せやから、代金は支払ろうたる。貸し借りなしや」

彼なりの譲れない線なのだろう。
こちらとしても提案を断る必要も無い。

「わかりました、では《ALF》からは代金をいただきましょう」

「金を払うんや、それだけの価値はあるんやろうな?」

「それは保証しますよ」

「よし、全員聞いとったな。ワイらは代金を支払って飯を食う、いわばお客様や。堂々と飯を食らったらきばってボスをやったるで」

私とキバオウの取引が成立すると《ALF》も料理を取りにいき、ボスの部屋の前という最悪のロケーションではあるが、少々長めの食事タイムとなった。

おおよそ現状で望みうる全ての準備が整った。

「それではいくぞ」

エギルがボスの間への扉を押し開く。
大きな部屋の最も奥のほうに《冒涜のリザードロード”ラザーブ”》の姿とその取り巻きの姿が見えた。
ボスの攻撃を受け止めるタンク部隊が先ず部屋へと入った。
先頭は部隊長のシヴァタの率いるパーティーが部屋の中央を進む。
私達のパーティーはその後の二番手で続いた。
タンクが速やかに部屋に入り終えると、次は取り巻き担当の遊撃パーティーが部屋の左右に分かれて駆けていく。
そして最後に、アタッカーの部隊がタンク部隊と距離を開ける形で横に広く広がって追随する。
部屋の三分の一ほどを進むと《ロード》がこちらに向かって動き始めた。
同時に六匹いた取り巻きたちも動き出す。

「来るぞッ」

第一パーティーの誰かが叫んだ。
《ロード》はその巨体の割りに動きが素早く、取り巻きたちを置き去りにして部屋のほぼ中央で、こちらの先頭とぶつかった。
私達は前衛とやや距離を置いたところで、いつでも前に出られる姿勢を維持しながら《ロード》の些細な動きも見逃すまいと様子を伺っていた。

「シャャァァ――ッ!!」

風きり音の様な雄たけびを上げながら、トライデントによる刺突。
ターゲットになったプレイヤーのHPバーが大ダメージというほどでもないが、目に見えて減る。
上手い具居合いに防御していたように見えたが、防御に失敗していたのか、それともボスの攻撃力が思った以上に痛いのか判断がつかない。
他のメンバーがハウルなどのスキルを使い、《ロード》のヘイトを稼ぐ。
タンカー達と《ロード》の一撃目の交差が終わると、取り巻きたちが追いついてきた。
突出しているタンカーパティーに向かっていくが、待ち構えていた処理部隊の攻撃に、一匹ずつ誘導されてボスから遠く引き剥がされていった。
憂いの無くなったタンカーたちは、よりいっそう集中して《ロード》の攻撃を捌いていく。

「動くぞッ!」

ヘイトを十分に稼ぎ、ひとまず攻撃にも耐えられると確信したシヴァタが動いた。
《ロード》を中心にじりじりと時計回りに位置を変え始めた。
私達は大きく迂回して《ロードの》背面側へと先回りをする。
タンカーに攻撃を加えながらも、徐々に向きを変えられていく《ロード》の向こうに、半包囲の隊形で攻撃の時を待ち構えているアタッカーたちの姿が見えた。
そして、《ロード》がタンカーの挑発につられるように私達の方を向き、アタッカーに対して完全に背を向けた。

「攻撃隊――攻撃開始!」

エギルの指示で攻撃隊の先鋒を任された数人が鬨の声をあげて《ロード》へと引き絞られた矢のように向かっていった。
この戦闘が始まって最初に与えたまとまったダメージだったが、相手は小揺るぎもしなかった。

「スキルの出し惜しみはしなくてもいい。どんどんローテーションを回していくぞ」

エギルが攻撃に発破をかけ、アタッカーたちもそれに応えるようにダメージを重ねていった。
アタッカー、タンカー、取り巻き処理とどれも順調に廻っていて、奥の手が出てくるであろう三本目のゲージまでは、このまま安定していけるであろうと思われた。
そろそろ私の最初の出番が近づいてきた。
タンカーだけでも四パーティーほどあるので、無理せず早めに入れ替わってもらって問題ないのだが、スキルの熟練度を稼いでいるのか一番手のシヴァタ達のパーティーは思った以上に粘っていた。

「このボスの攻撃、君はどう見る」

隣で戦いに備えていたヒースクリフが問いかけてきた。
剣戟のぶつかり合う音やプレイヤー達の声がうるさく響く戦闘中でも、不思議とよく通る声だった。
私は前方から視線を離さないまま、自分の考えまとめるように答えた。

「威力の大きい振り下ろし、発動の早い突き、範囲の広い薙ぎ払い。《ロード》のステータスが高いせいかどれも油断できませんが、相手がでかいのを除けばモーション自体は、ここまでの迷宮区に出てきたやつとそう変わらないので少しやれば何とかなるでしょう。ただ、動きの早さが思った以上に強化されているようなので、要注意ですかね」

現在はもう安定しているが、今戦っているパーティーも、その感覚のズレに最初は大きなダメージを受けているようだった。

「後は、時折使ってくる四連撃のソードスキルですかね。あれは防御必須でミスったら即交代ですね」

「七十秒だ。その間隔で撃ってくる。加えていうならアレはタイミングが合うと行動後の硬直中でも使ってくる。今のパーティーが直撃を食らっていたのは全てソレが原因だろう」

思わず正面から視線を切って、ヒースクリフの顔をまじまじと凝視してしまう。
事前に伝えてこなかったと言う事は、戦闘が始まってからのこの時間だけで見切ったということになる。
だとするなら、どれだけの観察眼をもっているというのだろう。

「ローテーションを頼む」

第一パーティーからの呼び声で、正面へ意識を戻す。
合図を待って第一パーティーと入れ替わり一息に間合いを詰めると、いよいよボスと対峙することになった。
入れ替わると同時にハウルで《ロード》のヘイトを稼ぐ。
私達タンカーの役割は、敵の攻撃を集め比較的やわらかいアタッカーに被害が及ばないようにすることと、同時にその攻撃を受け止めることで、相手をその場に張り付けてアタッカーが攻撃しやすくするという二つの役割がある。
なので相手の攻撃に対して向かっていくという選択はあっても、下がるというという選択肢はない。

「そろそろスキルが来るぞ」

ヒースクリフの声がした。
《ロード》が私に向かって大きなトライデントを振り下ろしてくる。
頭上から落ちてくるように高速で叩きつけられてきたソレを、私はその場で盾でもって受け流す。
穂先は盾の表面をガリガリと削りながら下へ滑り落ちていくが、地面を叩くはずの直前で急に引き戻されると、一拍の溜めの後、例の四連発の鋭い突きとなって戻ってきた。
ヒースクリフの言葉を信じていなかったわけではないが、実際に彼の言うとおりになるとやはり驚きが勝る。
連続攻撃に備えていた私は、多少のダメージを負ったものの、防御しやりすごすことに成功した。
この討伐が終わったら、どうやってこの攻撃に気がついたのかヒースクリフにはそのコツをぜひとも教わりたいところだ。
大技を防がれ大きな隙ができた《ロード》に向かってアタッカーが渾身の一撃を加えていく。
その光景を見ると私はニヤリと笑みを浮かべずにはいられなかった。

ボス討伐は私の予想のとおりに順調に進んでいった。
アタッカーたちの重厚な波状攻撃は、むしろそれ以上だったかもしれない。
取り巻きの処分も終わり、《ロード》の体力はあと少しで最後の三本目のバーに突入する。
今は火力を調整しながら、こちらの陣容を整え、ボスの奥の手に備えていた。
私達のパーティーもボスの直近で待機している。
もし、《ロード》がこちらの予想以上のドッキリを持っていた場合は今攻撃に耐えている第一部隊と共に撤退の殿を持つことになっていた。

「よしっ、ラスト一本行くぞ!」

エギルの指示で攻撃が再開され、二本目のHPバーが削りきられた。

「シュルゥゥゥーーーーッ」

《ロード》が怒りの声を上げる。

「奥に増援確認」

私達の背後に最初と同じ六匹の増援が現れた。
これは予想のうち。
担当の部隊が処分、最悪でも後ろにいるタンカー部隊と共に私達でも止められるだろう。
だが、相手の奥の手が増援だけで終わるとも思えない。
意識を集中し相手をよく観察する。
相手にこれといった変化はないようだったが、どこからか『ザァァー』という川の水が流れるような音がしていた。
原因は直ぐに判明した。
足元に暗い色をした何かの液体が広がっていったかと思うと、あっという間に膝丈ほどの高さになった。
よく見ればそれは泥で、部屋は丸ごと沼地に変わっていた。
足にまとわりつくような泥沼は、ひどくこちらの動きを阻害してくる。
ステータス画面を見ると、移動力減少のデバフのアイコンとそれにいつの間にか毒のアイコンまで表示されていた。
移動力の減少も痛いが、タンカーとしては毒への対処のほうが優先度が高い。
その場で解毒結晶を使うと毒は即座に消え去ったが、一瞬でまた毒に掛かってしまう。
どうやらこの現れた沼地は、ただの沼地ではなく毒の沼地のようだ。

「解毒は無効だ。毒は回復結晶でしのげ」

戦闘中の部隊長に代わって、部隊に指示を出す。
毒は結構な威力があり、回復結晶での回復量とほぼ等しいダメージを与えてきた。
つまりこの場での回復が不可能になり、タンカーのローテーションはこのままだと崩壊する。
さらに悪いことに、現れた増援がタンカー部隊と接敵しようとしていた。
駆けつけるはずの部隊は、泥に足をとられてなかなか距離を詰められないのに対して、奴らには何の足かせにもなっていないなかった。
取り巻き程度でやられるほど柔でもないが、タンカーの崩壊が早まるのは確実だった。
今までの楽勝ムードが一転、それなりにピンチだ。
引くにしろ攻めるにしろとにかく指示が欲しかった。

「アタッカーは攻撃を継続。遊撃隊は増援の排除をいそげ。タンカーはギリギリまで頼む」

以心伝心、というわけでもないだろうが、とにかくエギルは即決断してくれた。
単純にこれだけの人数がいればいけると踏んだのかもしれない。
とにかく方針が決まったのなら悩んでいられない。
今戦っているパーティーを見てみると、状況の変化にもあわてておらずもう少し持ちそうだ。

「私達も増援に対処します。各隊右から二匹づつ分担して下がりながら遊撃隊に合流してください」

『了解』

今まで掛かった時間からすると、間違いなくタンカーは最後まで持たない。
タンカー部隊が潰れるまでに、どれだけ《ロード》のHPを削れるかが勝負の鍵になりそうだった。
だがその要となるアタッカーも、それまでの火力を発揮できずに苦戦していた。
毒こそ回復結晶の使用でほぼ無効化していたが、タンカーとは逆に移動速度の減少が文字通りの足枷となっていた。
ここでいう火力とは、一発でどれくらいダメージを与えられるかというものではなく、移動、攻撃、回避、場合によっては他プレイヤーとの連携を含めた時間当たりにどれほどの総量を与えられるかというものだ。
移動力の低下は直接的なダメージの数値にこそ現れないが、それを与えるための時間に影響し、結果それまでほどの勢いで敵のHPを削れないでいた。
回復手段が無く、《ロード》からの攻撃にくわえ毒の持続ダメージでもHPを削られている第一パーティーは、HPがイエローゾーンに突入しかけていて早くも限界だ。
何らかの手を打たないとジリ貧な気配がする。
何かアイディアは無いものかとヒースクリフに相談しようとした時、ボスを大きく迂回する形で向こう側から一人のプレイヤーがやってきた。
泥に足を取られながらやってきたのは、一部からブラッキーと渾名されているキリトという少年プレイヤーだった。
ソロでの活動が主で、私はほとんど見かけたことがないのだが、大層な腕の持ち主らしい。
今回は確か、アタッカー部隊に配属されていたはずなのだがエギルからの伝令だろうか。
彼は私達とボスとの間に立つと大声で叫んだ。

「聞いてくれ。エギルからの伝言だ、こいつの毒は部屋の外まで出れば回復することも可能だ。解毒結晶も今ここにあるだけ集めるからそれでなんとか耐え切ってくれ」

なるほど、部屋の外に出るとはなかなか機転の利いたプレイヤーもいたものだ。
いづれは誰かが気づいただろうが、コロンブスの卵と言うように、最初に気づけたということには価値がある。
さらに、回復のたびに必要になり、不足が懸念される解毒結晶のことまで気が廻るとは花丸をあげてもいいほどだ。

「シヴァタさん、聞こえてきましたか」

「ああ、聞こえている。ローテーションを頼む」

ギリギリまで粘っていた第一部隊との入れ替わりに備える。
そして思いがけない攻略法を持ってきてくれた彼に一言礼を伝えようとしたが、伝言が済むと即座に踵を返して、もといた場所へと戻っていってしまっていた。
ここではこの彼の姿勢こそ正しいものだろう。
討伐のための光明はすでにみえている。
私も自分の仕事をこなすことで、彼への礼代わりにするとしよう。

「全員行きますよ。盾構えぇぇッ!」


私達は全員全身泥だらけになるというひどい有様であったが、一人の犠牲者も出すことなく、無事第七層を突破することに成功した。


あとがき
・ゲームっぽく戦闘を書こうとすると、どうしても同じように展開になってしまってイマイチな気が・・・
・xiaoさま感想ありがとうございます。
小説版では連続使用は不可だという設定だったはずなので、そのように書いているつもりなのですが、私の表現力の不足です。ちょっと直してみます。
・次話 採取する話、とあるギルド員の一日の話、探索する話、どれか
・誤字脱字感想等や設定に対するツッコミなどいただければ幸いです。いただいたツッコミの返答は次話あとがきにていたしますので、少々お待ちください。


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