<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[35850] the white witch, (Fate/SNキャスタールート) 【完結】
Name: bb◆7447134b ID:b97b2583
Date: 2012/11/21 02:55
以前自サイトで掲載・完結したものを若干手直しした作品です。
Fate/staynight、キャスタールートという位置づけです。
基本的に原作に準拠していますが、一部激しく設定を改変・捏造しています。
始まりは「fate」ルート、アインツベルンの森でのカリバーン投影直後です。

なお、自サイトでも掲載していく予定です。

完結しました。
ありがとうございました。



[35850]  冬の森
Name: bb◆7447134b ID:b97b2583
Date: 2012/11/17 03:55
「冬の森」


「■■■■■―――!!!」
 冬の森に巨人の咆哮が響き渡る。その威容に、俺は思わず膝をついた。……それも当然だ。
 ――投影するは”勝利すべき黄金の剣”。騎士王の担う、選定の岩の剣。かの妖精剣にも劣らないその一撃を。あの巨人は、たった4つの命を捨てるだけで防ぎきったのだから。
 自分で言うのもなんだが、俺の投影は完璧だった。担い手たるセイバーもいた。それでもなお、届かなかった。
 半神の英雄ヘラクレス。残る命は1つ、それも残りわずか。それでも尚圧倒的な――絶対の死がそこにあった。
「下がっていて下さい、シロウ」
 セイバーが言う。緊迫したその声。彼女は俺なんかよりもずっと正確に、この状況を理解しているのだろう。このままでは――否、このまま誰も助からないのだろうということを。
 ……けれど。だからこそ、そんな言葉は聞けない。カリバーンも最早消え去り、彼女には聖剣を解放する力も残っていないはずだ。そんなセイバーを1人で戦わせるなんてこと、俺はしてはいけないんだから。
 だから、すべきことは決まっている。……例え殺されると分かりきっていても、俺が。
「何とかこの場を切り抜けます。シロウは凛を」
 彼女を頼みますと。立ち上がろうとした俺にセイバーは言った。
 ……その一言に自分の愚かさを理解した。状況に絶望していたのは俺だけだ。セイバーは決して希望を捨ててなどいない――そんなことは有り得ないのだ。……それは。初めてあった時から、分かっていたことのはずだ。
「シロウ」
「分かった」
 だから俺は俺に出来ることを。遠坂を捕えていたバーサーカーの腕はどういうわけか消えかけている。それがカリバーンのおかげなのか、ヤツが自身の維持に集中しているせいなのかは分からない。そんなことはどうでもいい。
 セイバーが剣を構え直す。それが合図。後は彼女が走り出すと同時に、俺は遠坂のもとへ向かう。そして何とかこの場を離脱する。……それが不可能に近いのは理解している。だが他に手はないし、難しくても、可能性はゼロではない。
「……行きます」
 セイバーが言う。そうして、狂戦士に向かおうとして、
「――え?」
 寸前、イリヤが驚きの声をあげた。俺もセイバーもタイミングを外して踏み止まる。
「……どうしてよバーサーカー。あんな奴ら、たとえ今の貴方でも、簡単に殺せるじゃない」
 イリヤにはバーサーカーの意思が感じとれるのだろうか。俺には状況は掴めないし、それはセイバーも同様だろう。だがバーサーカーの戦意が急速に薄れていることは分かる。
 永遠に思えるような沈黙。実際は一呼吸の間だろう、その後イリヤは一つため息を吐いた。
「……分かったわよ。今回だけ、特別なんだから」
 その一言を合図に、狂戦士の殺気は完全に消え去った。
「……どういうつもりですか、イリヤスフィール」
「分からないの? 見逃してあげるっていってるのよ」
「……何故ですか。貴方は私達を逃がさないと言った。あの言葉に、偽りは無かったはず」
 それは事実だ。イリヤはあの時本気で……いやそんな気負いすらなく、当たり前のように俺達を――俺を殺すと宣言したのに。
「そんなこと、貴方達には関係無いと思うけど。……けれどそうね、強いて言うなら」
 イリヤと視線が重なる。それからバーサーカーを見上げ、
「わたしは……なんだから。わたしがバーサーカーの主人なんだから。たまには言うことを聞いてあげないとね」
 その真意は分からない。けれどイリヤは俺達を逃がすと言った。
 どうにも納得がいかないのか、セイバーは更に何かを問おうとする。
「止めなさい、セイバー」
 そんなセイバーを止める声が一つ。
「無事だったのか遠坂!」
 良かった。まあ遠坂のことだから、何らかの魔術で身の守りを固める位のことはしているだろうとは思っていたけど。それでも、実際に無事な姿に安堵する。
「リン、ですが」
「私達の勝率はゼロに近い。……それは、貴女も分かっているでしょう」
「……勝機ならあります。私が宝具を使えば」
「それで貴女まで消えるっていうの?……冗談、それじゃあ結局、私達も残りのサーヴァントに殺される。サーヴァントを失ったマスターが生き残れる程、聖杯戦争は甘くない」
セイバーも反論しようとするが、遠坂は更に続けて言う。
「……それに何よりも。そんなコト、士郎が望んでいると思う?」
「――っ!」
 ね、と唐突に話を振られる。今後のことは分からないけど、一つだけ確かなことがある。
「ああ。セイバーがいなくなるのは嫌だぞ」
 だからその思いのままに答える……あれ、セイバー、なんでか顔が真っ赤だ。あちゃ~、直球か、なんておっしゃっている遠坂さん。……う。いや、今のはそういう意味じゃなくてだな、こう、仲間としての意識というかなんというか……って俺も顔が暑いぞ、くそ。
 ……だが状況が状況だ。セイバーはすぐに冷静になる。
「……ですが、それではアーチャーは――」
何の為に死んだのですか、と。その死を無駄にしないために、ここであの魔人を倒すのではなかったのですかと。皆まで告げず、視線で訴えていた。
 きっとそれが本心。セイバーもまた、アイツとは決して馬があってはいなかったけれども。それでも。たとえいずれ敵対することが分かっていたとしても、今はアイツを仲間としてみていたんだ。
 それが何故か嬉しい。いけすかない、顔も見たくないような奴のことなのに。それでもあの遠い背中は、俺にとっても忘れられない――忘れてはいけない――大切な存在だったんだ。
「……ここは一旦退くべきよ。アイツのことは、関係、ないから」
 遠坂がそういうのなら。本心はどうあれ、アイツと最も近しかった遠坂が退くことを納得できるのなら、その意見に反対することは出来ない。それはセイバーも同じだ。
「どうするのシロウ、リン。わたしは、別にこのまま戦っても構わないのよ?」
 イリヤの一言。……俺達の腹は決まった。
「分かった、遠坂」
「分かりましたリン。……次こそは、必ず」
 遠坂が頷く。
「そう。それじゃあね、シロウ。次は必ず――また、殺してあげるから」
 それまで他のマスターに殺されないようにねと、笑顔で言うイリヤ。
「……行くわよ士郎、セイバー」
 遠坂の一言を合図に身を翻し、この戦場を後にする。
 ……その前に一度、少女を振り返った。冬の少女はあくまでも優雅に佇んでいる。……けれどその姿が、俺には。置いていかれる――誰かを待ち続けている、普通の女の子の様に見えた。
 だからだろうか。……仮にこの戦いの結末が違ったものであったのなら。少女を、イリヤを救うことが出来たのではないかと。そんな、無意味な夢想をした。
 冬の森を抜ける。越えられないと覚悟した夜は、けれど誰も死なずに越えることが出来た。決して良い結末ではないし、無傷な者は誰もいない。……それでも、皆生きている。
 1日ぶりに、遮るものの無い空を見上げる。残酷な程に澄み渡った空。遠い陽光に目を細めて、

――――――

 不意に視界が揺らいだ。足元も定まらない。それに思わず苦笑する。
 ……全く、まだ家まで距離があるってのに。こんな所まで俺は半人前なのか。
 ――どさ、という音と体に走る鈍い痛み。駆け寄る誰かの足音は遠く。
 ……今日の俺は出来すぎだった。だから、少しだけ。
 耳元に誰かの声。……ああ、大丈夫だから。少し疲れただけだから。だから――少しだけ休んで、また、走り出そう――



[35850]  金砂の少女――ある約束(1)
Name: bb◆7447134b ID:b97b2583
Date: 2012/11/17 03:56
 そこは宮殿だった。豪華な石造りの宮殿。石とはいっても、ただの石ではない。全てが大理石製。金かかってるなぁというのが素直な感想、というのが悲しいところだが、それでもこの宮殿は悪趣味ではない。大理石の輝き。それは全てこの宮殿の為にあるとでもさえ思えるような、そんな見事な建築だ。
 その中を歩いている。浮世離れした宮殿。……これは夢だ。少なくとも衛宮士郎の記憶ではない。

 なんでも、モノには"起源"と言うものがあるらしい。……"起源"、魂の大本。「 」から生じた、"……する"という衝動を元に、魂は流転する――つまり、それが生まれ変わるということなのだろう。これらは全て切継から聞いたこと、その記憶も曖昧で、俺自身、「 」というものはよく分からない。
 ただ、一つだけ。生まれ変わるということがあるのなら、俺が昔、別の人間であったこともあったのかもしれない。ならば、元来夢と言うものを見ない俺が、時折見る夢は――遥か昔の、はや取り戻せない記憶なのだろうか。
だから。今見ているこの夢もまた、もしかしたら――

――宮殿を歩き続ける。

 大理石は宮殿の為にある。

――その先には、

 なら、宮殿は、

――美しい、純白の少女が。

 宮殿は、きっと彼女の為に。

 少女が微笑む。
「――」
 俺のものではない、おれの名前を呼ぶ。
 ……その感覚を覚えている。美しい、汚れなき少女。その存在を守る為ならば。例え、ハデスの元へ行くことになろうと――
「――士郎」
 少女が再び、おれの名前を呼ぶ。
「――士郎」
 その声は、何処かで聞いたことのあるような――って、士郎?
 目の前には、にっこりと笑うあかいあくま。
「さっさと起きなさいってのよ、このすかたん!!」

  ばこっ

 それで目が覚める。
 ……そういうわけで、寝起きは最悪なものになるのでありましとさ、まる。

 ――なんでさ。



[35850]  金砂の少女――ある約束(2)
Name: bb◆7447134b ID:b97b2583
Date: 2012/11/17 03:57
「金砂の少女――ある約束」


 目が覚める、いや、覚まされた。右の頬がヒリヒリする。
「おはよう衛宮君」
 悪びれた様子もなく言いやがるあかいあくま。その後ろには、いえ、私は止めたのですが……しかし睡眠時とはいえ攻撃を避わせないとは情けないこれはもっと厳しくしごかねばなりませんね、とめまぐるしく表情を変えているセイバーさん。
「……おはよう遠坂。セイバーも」
 ジト目で遠坂を睨みながら挨拶を返す。
 それに対して、わたしわるくないもん、とばかりに睨み返して来る遠坂さん……でも少しは悪いと思っているらしい、目が泳いでいる。
「何よ士郎、言いたいことがあるなら言ったらどうなのよ」
「別に。ただ、頬がジンジンする」
 真っ赤になる遠坂。……この反応は新鮮だ、ちょっとかわいい。と、思わず頬が緩んでくる。

  ばこっ

 今度は左頬か。そうかグーで殴ってたから音があんなだったのか。……普通ビンタとかじゃないか、こういうのは。
「痛いぞ」
「う、うるさいわね!大体ね、元はと言えばアンタが悪いんだからね!アインツベルンの森を抜けたところでいきなり倒れちゃうから私達も疲れてたのにアンタを運ぶハメになって――あんな時間じゃ車も捕まらないし、それ以前にあの格好じゃ車を捕まえるわけにもいかないし! ああ、それ以前にあんな場所車なんて通らないけど」
「リン、少し落ち着いて」
ちなみにシロウを運んだのは私であって、リンはさっさと前を歩いていってしまいました、としっかりと付け加えるあたりは流石だ。
「それにしても元気そうで良かった。リンもひどく心配していましたから」
そう言ってセイバーは微笑んだ。
……そうか、心配をかけていたのか。それなら、悪いのは俺だ。
「そうだったのか。ゴメン、セイバー、遠坂。心配かけた」
 それと心配してくれてありがとう、と付け加えておく。……良く見ると、遠坂の目の下にはうっすらとくまが出来ている。こいつも疲れていた筈なのに、全く。悔しいが、さっき殴られた分じゃ全然足りない位、感謝してしまう。
「ふ、ふん。分かれば良いのよ、分かれば」
少し照れながらそんなことを言う遠坂。段々こいつの性格が分かってきたぞ。
「それで、本当に体は大丈夫ですね?」
「当たり前じゃない。あれだけ眠っておいて、まだ疲れて動けません、なんて許さないんだから」
いや疲労の方はそうかもしれないけど、外傷の方は寝れば直るってもんでもないと思うぞ。……俺の場合、直ってるんだけどさ。
「って、どのくらい眠っていたんだ俺」
「そうですね、丸一日は」
げっ……そんなに寝てたのか。それは確かに悪いことしたな。と、不意にセイバーが真顔になる。
「シロウは普段から鍛えている、体は丈夫な筈です。外傷も治っていたというのにそれだけ眠るというのは、少々気になります。いくら疲れていたとはいえ……リンに起こされなければ、それこそいつまでも眠っていそうな状態でした。もしかしたら、それは」
「……あの剣を投影した影響かもしれないって言うんでしょ」
 頷くセイバー。確かにあの投影は、俺という容量を遥かに越えていた筈。それこそ取り返しのつかないような後遺症(きずあと)が残っているのではないかと、二人は心配してくれているのだろう。
 一応、体の痛みを確認してみる。
「いや、大丈夫だぞ。痛いのは、さっき遠坂に殴られた所だけだ」
う、と怯む遠坂さん。いや今のはそういうつもりで言ったんじゃなくてだな。ただ純粋に、痛みがある所は右頬だけ――あれ?
「シロウ、どうかしましたか?」
「……何でもない。それよりも、もう朝だし飯にしよう。二人とも疲れてるだろ。お詫びも兼ねて、今日は俺が作るよ」
「あ、シロ――」
 それだけ言って立ち上がる。二人に気付かれないように、慎重に歩く。
 ……さっき殴られた時も違和感があったが、左頬に痛みがない。というか、左半身に感覚が全然無い。それが平行感覚にも違和感を与えているのだ。まあこんなのは慣れればたいしたことは無いし、きっとすぐに直るだろう。これ以上二人に心配をかけるのも嫌だし、わざわざ言う必要も無い。……よし、旨い飯を作るぞ。


がしゃんという破砕音が響き渡る。……そっと後ろを窺って見たりする。う、お二人さん、しっかり見ていらっしゃる。
「いやいや、違うぞこれは。少々手が滑っただけであってだな」
「手が滑っただけねぇ。セイバー、これで何枚目だったっけ?」
「六枚目ですね。このままでは、食器が全滅するのも時間の問題かと」
 お腹を空かせた美人2人の言葉が無遠慮に突き刺さってくる。特にセイバーの目が怖い。まるで獅子のそれだ。
「ああもう、これじゃいつまで待ってもきりがない。やっぱり私が作るから、士郎は大人しく座ってなさい」
 全くもう、とぼやきながら、ずんずんとこっちに向かってくる遠坂さん。
「いや、俺は」
「いいからあっち行ってなさい。……アンタ、やっぱり」
 ……体の調子がバレたのか。
「まだ疲れが残ってるみたいだから。無理は良くないわよ」
 どうやらただ疲れているだけ、と取ったらしい。ここで余計な意地を張っても仕方がない。遠坂に任せておこう。正直皿代ももったいないし。
「わかった。任せる遠坂」
「ええ。アンタはセイバーの相手でもしてなさい」
 セイバーの方を示す。成程、飢えた獅子程怖いものはないということか。……まあ仕方がない。それについては覚悟を決めよう。
「それでシロウ」
居間に座った途端、セイバーは真剣な面持ちで話しかけてきた。ハッキリと、しかし台所にいる遠坂には聞こえない声量だ。
「何だよセイバー」
「体の調子はどうなのですか。……見たところ、体の左半分に障害があるようですが」
「え、何のことさ」
そんな俺を、セイバーは鋭く睨む。
「とぼけても無駄です。朝からの貴方の動き、それを見ていれば不調は明らかです」
 参った。初めからセイバーには全てお見通しだったと言うわけか。
「……ああ。実は、左半身の感覚が無いんだ」
 だから本当のことを言う。そうだ、心配をかけたくないだとか以前に、セイバーに隠し事はしたくない。
「……やはり。それで、経過は」
「いや、すこしずつ良くなってきてる。朝は全然だったけど、今は少しは感覚があるし」
「そうですか。それならば良かった」
本当に良かった、と溜め息を1つ吐く。そうか、そんなに心配をかけていたのか。本当にこれからは気を付けよう。
「そうだ、セイバー。この事、遠坂には」
「言うつもりはありません。症状に改善がみられないというのならともかく、快方に向かっているというのなら、わざわざ心配をかけることも無いでしょう」
ただでさえ心配していましたし、と付け加えるセイバー。それは有り難い。正直、遠坂にはこれ以上迷惑をかけたくないと思う。……あれ? そういえば、あの遠坂でさえ、俺の状態に気付いてなかったんだよな。
「でもセイバー、実際良く俺の状態に気付いてたよな。俺も感付かれないように気を付けていたし、遠坂も気が付いてなかったのに」
その辺り、伊達に英霊をやっているわけではないと言うことなんだろうか。
「当然です。私には、シロウのことなら何でも分かりますから」
 にっこりと笑うセイバー。……う。不意打ちに、思わず顔が真っ赤になる。何だか凄いことを言われた気がする。
「どうしたのですか?」
「い、いや、何でも分かるなんて言うからさ」
「当然です。士郎は私のマスターですから」
「あ、ああ、そうだな」
 冷静に言われ、自分の動揺が恥ずかしくなる。一体何を期待してたんだ俺は。セイバーは女の子だけど、それ以前に立派な騎士であって。いやでも、騎士である前に女の子であって……。
「シロウ?」
 訝しげに首を傾げるセイバーを見て、俺は自分でも良くわからないままに口を開いた。
「セイバー!」
「は、はい」
「セイバー、今度何処かへ出かけないか?」
 口をついて出た言葉は、存外悪くない提案だった。
「はぁ、夜の巡回ですか? 敵の居場所はランサーを除いて分かっています。現状その必要は無いかと思いますが」
 ああもう、何だってそう硬く考えるのかな。
「そうじゃない。そういうの抜きで、セイバーに町を案内したこともなかったしさ。心配かけたお礼も兼ねて」
「……要するに、ただ遊びに行こうと?」
おう、と頷く。元々考えていたことだ。聖杯戦争だけでなく、セイバーに今を楽しんでもらいたいと。こんな時でないと、言うきっかけもないもんな。
「……確認します。リンとではなく、私と、町に遊びに出かけようと?」
 もう1つ頷く。
「気晴らしも兼ねてさ。たまには遠坂に内緒でってのもいいだろ?」
 それに、
「……それは有り得ません。今は戦時中だ、そのようなことをしている場合ではない」
 はっきりとした、拒絶の言葉が返ってきた。くそ、本当にきっぱりと言い切ってくれる。
 ……だがそんなコト、分かりきっていたことだ。セイバーと出かけたいのなら、ここで引き下がってはいけない。引き下がるつもりもない。
「なんでさ、少し位」
「いいですかシロウ。確かに休養は重要だ。だから貴方がリンと出かける、と言うのであれば、まだ譲歩しましょう。しかし」
「しかし、何だよ。セイバーとだったら何がいけないのさ」
 予測出来る、次の言葉を促す。
「シロウ。貴方が私を人間扱いしてくれていることは分かるし――正直、それは私にも好ましいことだ。けれども、そこまで気を使う必要はありません」
 それは予想通りの言葉。自分はあくまでも人間ではないと。所詮は戦いの為の道具に過ぎないのだと、他人事のように断言した。
 ああ、くそ。これも予想通り。頭が熱くなってきた。
「……セイバー、ちょっと」
 こっちに来い、と手招きする。都合のいいことに遠坂は揚げ物の最中みたいだ。朝から揚げ物というのはどうなんだという気もするが、これなら気付かれないだろう。
 言われるままこっちに寄って来るセイバー。
「…ちょっと耳を貸してくれ」
 そう言って、セイバーの耳に顔を近付ける。シャンプーの香りが鼻をくすぐる。……って、そうじゃない。改めて、息を一杯に吸って、
「この馬鹿野郎――!!」
 思いっきり、耳元で怒鳴った。
「――っ!! 何をするのですか、シロウ!!」
 セイバーが怒る。そりゃそうか。でも、今回ばかりは許せない。
「人間だとか人間じゃないとか、何言ってるんだ! ……大体、セイバーが例え何だろうと、今ここにいるのは変わらない!」
「ですが」
「ですがもへちまも無い!ただ、俺は。セイバーとデートしたいだけだ!」
 悪いかこのヤロー、とばかりに巻くし立てる。自分でも何を言ってるんだか分からなくなってきた。
「……シロウ」
 唖然としたセイバーの顔。
「何だよ、何か文句があるか?」
こうなったら後は押すだけ。なんというか、もうヤケクソだ。
「……いえ、何も。――そうですね、貴方はそれでいい」
セイバーは、そう言って微笑ってくれた。
「それじゃあ」
 ということは、と期待してみる。
「しかし、やはりデートは出来ません」
「え」
 そこでセイバーが意地悪く笑う。
「ですが偵察ということなら。それならシロウ――明日一日、貴方に付き合いましょう。
「……あ」
 それは彼女の――"騎士(セイバー)"として彼女の、最大限の譲歩なのだろう。それを否定することは、俺には出来ないし――俺達の関係には、その方が合っているのだろう。
「分かった。セイバー、明日は、新都を偵察に行くぞ」
 だから改めて。彼女にその意思を訪ねる。それに、彼女は。
「はい、シロウ」
 極上の笑顔で答えてくれた。
それで決まり。俺の、俺達の明日の予定は決まった。丁度その時、遠坂が俺達を呼んだ。……アイツめ、朝だっていうのに、とんでもない量の料理を作りやがって。でもまあ、今は気分もいいし。腹も減ってるから、丁度良いかもしれない。後はまあ。遠坂にバレないように、頬の緩みを何とかしないと。

 戦いは未だ終わらず、問題は山積みだ。――それでも。たった1つだけ、大切な約束が出来た。その幸せ。願わくば、この戦いの果てに。剣の少女が、本当の「それ」を見付けられるように。それだけを祈って、明日を待とう。
……楽しみだなあ。



[35850]  黄金の王、裏切りの魔女、――, like Kamran(1)
Name: bb◆7447134b ID:b97b2583
Date: 2012/11/17 04:02
「interlude」


 宗一郎が死んだ。宗一郎が死んだ。宗一郎が死んだ。
 死にゆく人間を癒すことなど、簡単なことの筈だったのに。そうやって、数多の人間を利用してきたのに。
 ――これが私に与えられた罰だとでもいうのか。沢山の人間を利用してきた私に対する、神の裁きだとでも。その思考に、彼女は思わず自嘲する。馬鹿な考えだ。私がこんな風になったのも、元を正せば全て神のせいだというのに。だが何を考えようと、彼女に与えられた事実は変わらない。
 ――この地で愛したあの男性(ひと)。絶望の中に在って、それでも守りたかった子供達。一時であれ、確かに在った平穏な日々。まだ自分が王女だった頃の、穏やかで優しげな国。――そして、私がこの手で引き裂いた――
 その全てが泡沫となって消え去った。……そう、いつだって、私は。自分が救いたいと思ったモノをこそ、救えない――
 それが彼女の生涯。その、何処かの赤い背中に似た結末こそが、彼女に与えられた呪いだった。
 ――もう、全てがどうでも良い。
 心の底から、彼女はそう願う。
 なればこそ、後はただ、自分の役割を果たそう。……そう。

 ――魔女と化し、全ての事物に呪い(しゅくふく)を――

 魔女の名を持つその術師。彼女は深山を目指す。



[35850]  黄金の王、裏切りの魔女、――, like Kamran(2)
Name: bb◆7447134b ID:9c7a4fc0
Date: 2012/11/18 05:38
 ――夢を見ている。自分ではない自分、知らない筈の見知った場所。そこで俺は――剣を創っていた。全く、自分で自分に呆れてしまう。夢の中でも、結局やることといえば、また剣製であるとは。その上今創っている剣は、随分とおかしなモノだ。形状から何から、剣としての機能を果たせるモノではないのだ。こんな剣では、何を傷付けることも出来まい。物理的な殺傷能力はゼロに近いだろう。……それでも、それは剣だった。モノを斬れない剣。なら、それは。一体、何を斬り裂く為の剣なんだろう…?






「黄金の王、裏切りの魔女、――, like Kamran」


 からんという音が屋敷中に響き渡り、同時に目覚める。
 隣の部屋への襖が開く。そこには、俺と同様に目覚めたセイバーがいた。
「シロウ」
 危機感のこもった声音。それも当然。
「結界が反応した。行こう」
 遠坂の部屋は離れにある。相手がサーヴァント――殊にキャスターである以上、アイツ一人では心配だ。
「はい。敵が誰なのかは分かりませんが、まずはリンと合流を」
 ランサーが再度襲撃してきたのかもしれません、と付け加えるセイバー。……はて、何を言っているんだ?
「敵が誰か分からないって、なんでさ? 相手はキャスターだろ?」
 当然の疑問を口にする。全くセイバーらしくもない。こんなこと、分かりきっているのに。……と。セイバーは、本当に分からないと言うように、
「シロウ? 何故相手がキャスターだと?」
 そんな言葉を、口にした。
「何でってどうしたんだセイバー。相手はどう考えてもキャスターだろう、だって」
 だって……そこまで口にしてはたと気付く。どうして俺は、相手をキャスターだと思ったんだろう?
「だって、なんですか? シロウ」
「……いや、なぜだろう。ただ当然のようにそうだと思えて」
 自分でも首を捻る。相手をキャスターだと断じた理由。その過程がスッパリと抜けていた。ただ、  それでも。
「理由は分からないけど、相手はキャスターだ。これは、間違いないぞ」
 それだけは確信していた。
 セイバーは、そんな俺を不思議そうに見つめた後、
「分かりました。シロウが言うのならば、そうなのでしょう」
 そう言って納得してくれた。
「急ぎましょう。リンが心配だ」
 俺は頷く。少しだけ頬が緩む。全く、この非常時だってのに。俺を信頼してくれている――この最高の相棒を、本当に誇らしく思えた。


「シロウ、下がって!」
 部屋を出た瞬間攻撃が迫る。それを受け止める間もあらば、セイバーが敵を粉砕した。その後ろからも次々と敵が迫ってくる。
「くそ、何だコイツら!」
 敵は続々と迫ってくる。無論セイバーの相手にはならないが、如何せん数が多い。
「竜牙兵…! シロウ、貴方の直感は正しかった。敵は間違い無くキャスターだ」
 迫り来る骸骨兵達を粉砕しながらセイバーが言う。……くそ、これじゃあ遠坂が。
「これではきりが無い。一気に突破します。マスター、付いて来て下さい」
 言うが早いか目前の敵を斬り伏せ、敵軍に特攻をかける。凄い、敵が前に出るより五倍は速く骸骨達を斬り伏せていっている。そしてそのまま、居間へ雪崩れ込む。
「ここには敵は侵入していないようですね」
 セイバーの言う通り、居間には竜牙兵はおろか、荒らされた形跡も侵入された痕跡もない。
「ああ。それより、とにかく遠坂の所へ」

――轟!

 急ごう、と言おうとした所で爆音が響き渡り、壁が一部崩れ落ちる。
「うわ、何だ!?」
「私の後ろに!」
 とっさに身構える。爆発による粉煙、その先に、人影が――
「士郎、無事!?」
 遠坂だった。ガンドで壁を破壊…って、随分派手な登場だ。……他人の家だと思ってさ。
「無事でしたか、リン」
「ええ、セイバー。士郎も無事みたいね。」
 まあ今は家の事を気にしている場合じゃない。でも、バイト増やさないとやばいなぁ。
「士郎?」
「ああ、何でもない。それよりキャスターの居場所だけど」
「まず間違い無く中庭ね。アイツ、私達を誘ってるわよ。竜牙兵の布陣もその為みたいだし。全く、今まで守りに徹していたくせに」
 一体どういうつもりかしら、とごちる。まさかキャスターが何の策も無しに襲撃をしてきはしないだろう。だが相手の手の打ちが読めない。そういう感じの声音だ。しかしそれでも、遠坂の言動には幾莫かの余裕が見受けられる。それも当然、何せこっちにはセイバーがいるのだ。如何にキャスターが優れた魔術師であったとしても、いや魔術師である以上、キャスターがセイバーを打倒できる可能性はゼロに近い。無論それはセイバーも理解している。
「シロウ、リン。2人はここで待機を。敵が竜牙兵ならば貴方達二人でも十分に持ち堪えられる。その間に私が」
 キャスターを倒してくるとセイバーは宣言した。その判断に間違いは無い。俺や遠坂がいては逆に足手まといになる可能性がある。だからそれは恐らく、現状で最も良い選択なのだろう。
……だが。何かが引っ掛かる。それは未来視にも似た感覚。このまま、セイバーだけを行かせるのは危険だ。それをすれば彼女は2度と戻って来はしない――まるで既に知っているかのように。何かが、相手の危険性に警鐘を鳴らす。
「いや、セイバー。俺も中庭に向かうぞ」
 その感覚を信じ、セイバーに告げる。セイバーは、そんな俺を真っ直ぐに見据え、
「……分かりました。シロウがそういう人間なのは分かっているし、待っていろと言っても聞かないでしょう。私が先行します、行きましょう」
 俺の意思を、受け止めてくれた。それで思い出す。そうだ、危険性の問題以前に。セイバーだけを戦わせるなんて事、俺はしちゃいけないんだ。
「分かった。士郎とセイバーは中庭へ。私はここで待機してるわ。あまり1ヶ所に固まり過ぎるのも良くないと思うし、私と士郎、二人を守りながらとなると、セイバーも大変でしょうから」
自分の身くらいは自分で守れるしね、と、遠坂もまた同意してくれた。
「よし。行くぞ、セイバー」
 作戦は決まった。後は行動するだけだ。願わくば、前を行く少女が俺を守ってくれているように。俺もまた、彼女の護りとなれるように。そう祈って、俺は自己に埋没した。


――ガラッ!
俺が勢い良く襖を開け、セイバーが飛び出す。瞬きの間に目前の竜牙兵が粉砕される。それを見届けるまでもなく、中庭へと踏み出すセイバー。俺もそれに続く。途端前後左右から骸骨の群れが迫る。
「シロウ、私から離れないように」
 居間に獲物になりそうな物が無かった為、俺は徒手空拳。その俺をかばい、全方向に気を張り巡らせながらセイバーが言った。……だが、それは間違いだ。
「俺も戦うぞ。そうでなきゃ、ここにいる意味も無いし」
 可能な限りセイバーの足手纏いにはなりたくない。
――それに、
「ですがシロウ」
――イメージは、既に編みあがっている。

"投影開始(トレース・オン)――"

設計図から残りの節を整え。俺の手に、一対の剣が顕現する。それを以って眼前の竜牙兵を粉砕する。
「! シロウ、それは」
 セイバーの驚きも最もだ。昨夜の戦いで使った魔術"投影"。それを俺は再現していた。
「コツは掴んだから。これで少しは戦えるさ」
 そう言って笑いかけ、更に敵を破壊する。
「ですが昨日の今日で。貴方の体は大丈夫なのですか」
 俺が一体を倒す間に、その三倍の敵を斬り伏せながら、セイバーが尋ねてくる。……ああ、そうか。それを心配してくれていたのか。
「全然大丈夫だぞ。セイバーの剣に比べたら負担もずっと少ないし」
 何より、この双剣は良く馴染む。夫婦剣干将・莫耶。投影をしようと決意した時に、真っ先に思い付いたのがコイツだった。……あの赤い騎士の愛刀。それが俺にも馴染む、というのは甚だ不愉快ではあるが、武器に罪は無い。と。
「シロウはアーチャーのスタイルで戦うのですか」
 剣を教えているのは私なのですがね、と呟くセイバー。あれ、もしかして怒っていらっしゃる?
「いえ、話は後程。シロウ、貴方は前方の敵を頼みます」
 今は戦闘中だ。すぐに思考を切り替え、セイバーが指示を出す。それでも俺が前方の敵だけを相手にするのに対し、セイバーは三方。だがそれは当然。俺は自分の役割に集中しよう。
「よし、やるぞセイバー」
「はい、シロウ」
 戦いは続く。この相棒が共にあるのなら、敗北は有り得まい。未だ姿を現さないキャスター。彼女を引きずり出すのも、時間の問題だろう。


――斬!
双剣が目の前の敵を切り裂く。これで最後。俺の前には最早敵の姿は無い。
セイバーの方を見ると、そっちも丁度終わったみたいだ。だが、
「これで最後みたいだけど……キャスターは何処にいるんだ?」
 竜牙兵を殲滅しても、未だキャスターは現れなかった。
「シロウ、油断はしないように。この気配、間違い無くキャスターはここにいます」
 それは俺も感じている。俺でさえ分かる魔力の波動、それがこの庭を包んでいた。
 双剣を構え直す。魔力が濃すぎて、その痕跡からは相手の位置を掴めない。ならば別のモノで。この庭において、不自然な"場"を感じとる。
"――同調開始(トレース・オン)"
 中庭の構造を解析する。……視えた。俺達の十メートル前方、そこに不自然な淀みがある。
「十メートル前方」
 それだけ言う。その意味を組み取り、セイバーが剣撃を、
「見事なものね。最も、竜牙兵程度でどうにかなるとは思っていなかったけれど」
 繰り出そうとする直前。前方の空間が歪み出す。
「セイバーは勿論だけれど――そこの坊やも、悪くなくてよ」
 初めにフードが現れ、次にローブが現出する。その内部。深き闇の中から、その魔女は現れた。
「キャスター……!」
 セイバーが憎らしげに呟く。あの夜越えられなかった山門。その先に居た筈の、深山の生気を吸い続けていた魔女。魔術師のサーヴァントは、あくまで優雅に佇む。
「観念しなさいキャスター。貴女にはここで消えて貰う」
 それは揺るぎ無い事実。こうして対峙した以上、キャスターにセイバーを打倒する手段は無い。
 それに対しキャスターは、
「待ちなさい、セイバー。今日は戦いに来たのではないわ」
 そんな、突拍子の無い事を口にした。
「…どういうつもりです。それでは諦めて投降してきたとでも言うつもりですか」
「セイバー、思ってもいないことを口にするものではないわ。それこそまさかよ」
 クスクスと笑う。
「いきなり襲ってきておいて、よく言う。…それじゃあ何だってんだ。まさか、仲間になろうなんて言うんじゃないだろうな」
 思いっきり睨み付けながら言う。何しろ相手はキャスターだ。最弱と言われるクラスながらここまで生き残ってきたサーヴァント。どんな罠を仕掛けているか分かったものじゃない。……悪戯とか好きな奴だし。
 俺の言葉にキャスターはニッコリと頷いた。
「間抜けそうに見えてなかなか鋭い坊やね。仲間ね、何とも不確かな言葉だけれども……そうね、意味合い的には近いわ」
 何だか酷く馬鹿にされてるぞ、俺。いいけどさ。
「……どういうことです」
 緊張を緩めず、怪訝そうにセイバーが訊く。それに対し、
「私のサーヴァントになりなさいな、セイバー。私と貴女ならば、間違い無く勝利を勝ち取れる」
 高らかにキャスターは宣言した。
 セイバーがキャスターを睨み付ける。
「話にならない。私にシロウを裏切れと言うのですか。その上、それでは私は聖杯を手に入れることができない。サーヴァントが最後の1体になるまで戦わなければならない、それが聖杯戦争のルール。願いを叶えるための絶対条件の筈だ」
 セイバーの言うことは最もだ。彼女は自身の願いを叶える為に戦っている。……その願いが正しいかどうかはともかく、”サーヴァントのサーヴァント"になってしまっては、願いは叶えられない。勝ち抜いたとしても、願いを叶える為には最後にはどちらかが犠牲にならなくてはいけなくなる。そしてそれは、令呪という存在によって自ずと決まってしまう。何しろキャスターが"自害しろ"と命ずればそれまでなのだから。
 だがキャスターは笑みを崩さない。
「あら、気付いていないのねセイバー。最良のサーヴァントとはいえ結局は騎士、魔術には疎いということかしら」
 気付いていない? 聖杯戦争には、俺達に知らされていない仕組みがあるということだろうか。
「確かにそういう話になってはいるけれども。要は聖杯の完全な起動に英霊六人分の魔力がいるというだけの話よ。1人分位魔力が足りなくとも聖杯は起動するし、そんな不完全なものであっても聖杯は聖杯、大抵の願いは叶えられるわ」
 だから問題は無いとキャスターは言う。
「だとしても、貴方の提案を飲むと言うことはシロウを裏切ると言うことだ。騎士の誓いにかけて、それは有り得ません」
「誓い……ね、そんなモノに意味があるとは思えないけれど。まあいいわ、そこの坊やには私も興味があるの。貴女がそれを望むというなら、彼も陣営に加えましょう」
 あっさりとキャスターはそう言った。それでセイバーが手に入るのならば、些細な問題に過ぎないということだろう。
「あら、でもそうなると――不完全な聖杯で三人分の願いを叶えるのは難しいかもしれないわね」
キャスターは語り続ける。何だろう、やけに饒舌だ。そこでふとおかしなことに気が付く。
「俺を入れて三人? お前、マスターはどうしたんだ」
 そう、未だ見ない彼女のマスター。彼女の勘定にはその存在が含まれていなかった。
「……そんなことは関係無いでしょう。マスターは殺したし――殺されてしまった」
 瞬間、空気が変わった。今のは触れてはいけないことだったのか。その言葉を告げる瞬間のみ、彼女は感情を晒け出していた。だがそれもすぐに終わる。一瞬の間に冷静さを取り戻し、キャスターは語る。
「どこまで話したかしら。ああそうね、聖杯が不完全なのは事実。願いの質によっては三人分の願いは叶えられないかもしれない」
「ではどの道貴方に協力することに意味はない。やはり、ここで」
「お待ちなさい、セイバー。確かに不完全な聖杯では、わずかばかり足りないかもしれないけれど。その位なら埋める手立てはある。ええ、この町の人間の魂を絞りきれば、何とか願いは叶うでしょう」
 ……何だって?この女は今、ナンテイッタンダロウ?
「あら、どうしたのかしら坊や。足りなければ他から補う。それが魔術師というものでしょう?」
 くすくすと笑う。……だめだ。この魔女は、もう救えないところまで、墜ちてしまっていたのか。蒼い髪の美しい王女、彼女は、もう――
「さあ、決断なさいセイバー。私と貴女ならばあのバーサーカーも打倒できる、考えるまでもないと思うけれども」
 この女は、分かっているのだろうか。そんなことを言えば最早、交渉など。
「ああ、そうなるとあのお嬢さんは邪魔ね。そうね、それじゃあ。私と組むつもりならば遠坂凛を殺してきなさい。それを以って貴女達を認めます」
 最早、ではない。初めから交渉の余地など無かった。コイツは……この女は、俺が倒さなくちゃいけない、倒すべき敵だ。
「……セイバー」
 俺の一声にセイバーが無言で反応する。彼女も俺と同じ、後はもう戦うだけだ。そう決めて、改めてその魔術師と対峙する。それに、
「――そう、残念ね。出来れば、穏便に済ませたかったのだけれど」
 絶対の敵意を以て、魔女は応えた。それが合図。
「セイバー!」
 セイバーが翔ける。その様は文字通り疾風。彼女は一陣の風となって、
「――Ατλασ」
 その動きを、封ぜられた。
「な……」
 セイバーは動けない。だから驚きは俺のもの。
 今の魔術。"圧迫゛、いや最早"停止゛という時間制御の域に達している大魔術。それをあの女は何の準備もなく、ただの一言で発動させた。
「ふふ、侮ったわねセイバー。私の魔術は現代の魔術師もどき達のものとは根本的に異なる。彼等が大魔術と呼ぶそれも、私にとっては硝子の修復と変わらない。キャスターのクラスは伊達ではないのよ」
 ……確かに侮っていた。Aランクの魔術、そんなものをこうも簡単に放つことが出来るなんて。
「さてセイバー。それじゃあ手早く済ませましょう」
 ゆっくりとキャスターがセイバーに近付いていく。くそ。こうなったら俺が。
 そう思って、意識を自己に向けようとした瞬間。

――こんなものですか、キャスター。

 静止している筈のセイバー。その口から、確かに。つまらなさそうな一言が聞こえた。
「な――!?」
 ばりん、と硝子が割れるイメージ。いとも簡単にセイバーは、その大魔術を破っていた。
「対魔力、セイバーのそれは大魔術さえ無効化するというの……!?」
「侮っていたのは貴女の方でしたね、キャスター。セイバーのクラス、伊達ではない……!」
 旋風が突き進む。キャスターが魔術を放つ。一発一発が遠坂の宝石クラスの魔術。その一切を無効化し、敵を斬らんと邁進する。
「ヒ――」
「ここまでです、キャスター!」
 セイバーが踏み込む。あと一歩。その一歩でキャスターを――
"――Σπαρτοι"
 寸前、キャスターの呪文が響き渡る。
「無駄だキャスター!貴女の魔術は、私には……っ!」
 その瞬間、地中から一本の腕が出現し、セイバーの足を掴んだ。
「策は弄しておくものね。その隙、致命的よ――!」
 地中から現れた竜牙兵。本来ならそんなモノ、一息で吹き飛ばせる筈のセイバー。だが一瞬の油断。勝利を確信したその油断が、わずかな、致命的な隙を生み出した。
 いつの間にかキャスターの手には一振りの短刀が握られている。それを見るや、思わず走り出していた。剣と呼べない、だが確かに剣である歪な短刀。それが何であるか分からないが、

 ――あれは破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)

 あれをセイバーが受けてはいけない気が、

 ――全ての契約を破棄する魔剣

 だから叫ぶ。

 ――あれは、本来。誰に対して使うべきだったのか――

「避けろ、セイバー!」
「――っ!」
セイバーが後退しようとする。だが遅い。足元の竜牙兵は既に十を越え、セイバーを逃すまいとしている。あれを全て倒していては、あの短刀はかわせない。
「セイバーー!!」
 だから。彼女がかわせないのなら――
「ぐ――あ!!」
 背中に刃物が突き刺さる感覚。身体に激痛が走る。
 振り上げられた短刀と、身動きできないセイバー。その間に自分の体を押し込んで、盾となってセイバーをかばった。
「シロウ!」
 足元の骸骨達を払ったセイバーが、俺を抱えて素早く後退する。
「……余計な真似を。少々その坊やを過大評価していたようね。まさかそこまで愚かだったなんて」
 キャスターが唸る。
「その短刀。それが貴様の宝具か、魔術師(メイガス)」
 視線で殺しかねない勢いで、セイバーが猛る。それをキャスターは悠然と受け流す。
「ええそうよ、セイバー。見ての通り、物理的な殺傷力はほとんどないわ。その坊やも死ぬことは無いでしょうね。…だけど、この刀は――あらゆる魔術、呪いを殺し尽くす」
「それで私を捕えようというわけですか。だがそんなもので」
 私が屈することはない、と続けようとするセイバー。だがそれは間違いだ。
「駄目なんだセイバー。あの短刀は"破戒すべき全ての符"。どんなにセイバー自身の対魔力が高くても。セイバーが令呪で縛られている以上、令呪自体を支配するあの剣には抵抗できない」
 痛みを堪えながら、俺はその言葉を捻り出した。あるいは抵抗くらいは出来るのかもしれない。けれども結局、その支配に打ち勝つことは出来ないのだ。
「…シロウ」
 そう言った俺をセイバーは訝し気に見据える。それはキャスターも同様だ。
「……私は未だ真名を解放していなかった。セイバーのマスター、貴方は何故その名を、その詳細を知っているのかしら」
 魔術師は、呪いさえ篭った声音で、俺にそう尋ねてきた。
 背中が熱い、熱が体中を駆け回る。そんな中、おれは夢現で答える。
「……何で……って。そんなの。おれが、その剣を見間違える筈、無いじゃないか、……メディア」
 背中の熱は際限無く加速し、まるで自分の体でないかのよう。思考は際限無く白熱し、まるで自分の脳(あたま)でないかのよう。
「――何ですって?どうして、私の真名まで」
 キャスターが狼狽している。…それを隙と見たのか、セイバーが動き出そうとして、キャスターはようやく落ち着きを取り戻す。
「いえ、とりあえず今はいいわ。まずはセイバーを手に入れることが先決でした」
"――Σπαρτοι"
高速神言。俺には聞き取れない――おれには聞き取ることの出来る言葉が響き渡る。途端、俺達を包囲するように。幾多の竜牙兵が、地の底より現れる。
「くっ――」
 セイバーが臍を嚼む。……くそ。セイバー一人でなら、こんな奴ら何でもない。だが今は、負傷して満足に動けない俺がいる。
「セイバー、私を倒そうと言うのならかかってきなさいな。ただその場合、そこの坊やは助からないでしょうけれども」
 キャスターが嗤う。そんなことセイバーには出来ないと分かっているから。例の治癒能力が働いてはいるが、それでもまだ戦えるような状態じゃない。今キャスターが魔術を連続で放てば、セイバーはともかく俺は助からない。つまりこの状況は、膠着状態ですら無いということだ。
「投降なさいセイバー。そうすれば貴女も、その坊やも命は取らないであげましょう」
 武器を捨てて降れと。あの短刀に突き刺されるようにとキャスターは言った。だがそれは。
「駄目だセイバー。そんなことをしたら、どうなるか分からない」
「ですがシロウ」
 それでは俺が助からないとセイバーは言う。……それでも。
「居間に遠坂がいる。ここで俺がやられたとしても、遠坂と契約すればセイバーは現界し続けられる。だからセイバー、今はキャスターを」
 ――堕ちてしまった白き魔女。彼女がもう戻れないと言うのならば、おれは。
「シロウ」
「決断なさいセイバー。時間稼ぎはさせない。そうね、十数える間に武器を捨てないのなら、貴女のマスターは細胞一つ残さない」
 その言葉に、セイバーは。
「――すみません、マスター。私は貴方の剣になると誓った。貴方を犠牲にすることは何があろうと出来ません」
 見捨てることは出来ないと。俺を守る為に、俺の言葉に従わないと言った。
「武器を捨てます。キャスター、確認しますがシロウは」
「彼には興味があると言ったでしょう、セイバー。命を取ることはしないわ」
 命は取らない。その意味はセイバーにも分かるだろう。それでもセイバーは、俺を生かすことを選んだ。
「さあその剣を捨てなさい。そしてこちらに、」
「黙れ雑種が。貴様如きがセイバーを手に入れようなどとはおこがましい」
 剣が放たれる。それは狙い誤たず、キャスターの右脚に突き刺さる。
「ぐっ――!誰!?」
 キャスターが叫ぶ。その視線の先、衛宮亭の屋根の上。…その場所に。あらゆる状況を一変させる、黄金のサーヴァントがいた――



[35850]  黄金の王、裏切りの魔女、――, like Kamran(3)
Name: bb◆7447134b ID:9c7a4fc0
Date: 2012/11/18 05:35
 驚きは一体誰のものか。その場の視線を独占したその男。黄金の男は悠然と、真紅の眼でセイバーを見据えていた。
「久しいなセイバー。実に10年振りの再会だ……と言っても、お前には時間の感覚など無かったか」
 親しみを被ったような声で、男が嗤う。
「馬鹿な。何故貴方が現界しているのですか、アーチャー」
 対してセイバーにあるのは驚愕と、徹底的な敵意。
「セイバー、アーチャーって」
「無論あのアーチャーではありません。彼は、第四次聖杯戦争。前回の戦いにおいてアーチャーだった男です」
 前回の聖杯戦争……? だがそれはおかしい。聖杯戦争をが終了した後、サーヴァントが現界し続けられる筈がない。その疑問はセイバーも抱いているのだろう。
「前回の戦い、それは私が聖杯を破壊することで終わった。戦いの勝者でも無い貴方が現界し続けられる理由など」
 そんな筈はないとセイバーは言う。アイツが何故現界し続けていられるのか、それは分からない。だが一つだけ。
「セイバー、アイツはサーヴァントなんだろうけど、サーヴァントじゃない。アイツは霊体じゃない。俺や遠坂と同じように、肉体を持っている」
 それは間違い無い。それでも現界に魔力は必要だ。だがあの男には、魔力の供給元たる魔術師は必要であっても現世との繋がりとしての魔術師は必要ないだろう。
「なっ……」
 セイバーが驚愕する。…受肉したサーヴァント、それはつまり。あの黄金の男は願いを叶えたと言うことではないのか。
「それは違う。確かに我の願いは叶ったのかもしれんが。これは聖杯の奇跡(しんぴ)の為などではない。強いて言うなら呪いと言ったところか。セイバー、貴様が壊したあの聖杯、そこから溢れ出してきたモノを、我は浴びたのだ」
 聖杯の中身。それがどんなものであるかは分からない。だがこのサーヴァントはそれを呪いと称し、その呪いを浴びたことによって聖杯とのパスが出来たのだと言った。
「前回の聖杯戦争は不完全に終わった、故に聖杯は使い切られることはなかった。よって今回の聖杯には、前回の余りが使われている。ならばそこに繋がる我が現世にあるのも道理よ」
 そうだろう、と嗤う金のサーヴァント。
 ……どうやら、奴はセイバーしか見ていないらしい。俺もキャスターも眼中に無いという感じだ。だが、だからこそ迂濶には動けない。それをしてしまえば、あの男は、
「何者かは知らないけれども。私の邪魔をした罪、償って貰うわよ――!」
"――Αερο、Κεραινο"
 キャスターが魔術を紡ぐ。込められた魔力は、間違い無くA級。現代の魔術師には決して再現できない"高速神言"。その魔術が、あのサーヴァントを捉える。
 直前、ぱちんと指を鳴らす音が響き、空間が歪む。男の前に盾が展開する。7枚葉の皮の盾。キャスターの魔術、A級の五連弾。五つの神秘は、それ以上の神秘の前に容易く霧散する。
「そんな――!?」
 キャスターの驚愕。それを嗤って、男は、
「目障りだ雑種。――誰が攻撃を許可したか」
 死の魔弾を、繰り出した。
「く――」
"――Μαρδοξ"
 キャスターの前に結界が生み出される。イメージは石英。あのバーサーカーさえ凌駕する、絶対の守り。

――――

 水晶、というイメージがいけなかったのだろうか。不破の結壊はあまりに容易く、硝子のように粉砕された。
「ア――」
 彼女の守りとて一流だった。防げたものはある。ただ相手が超一流だっただけ。キャスターに迫る魔弾は三。それらが彼女の体を――
「アアアアア――!!」
 突き刺さる三つの宝具。両腕と左脚、剣はそこに突き刺さり、キャスターを封ずる。結果彼女の手足は拘束された形になる。
 その様を男は嗤い続ける。そうして、
「実力の差は分かったな。それでは終いだ。せいぜい良い声で哭け」
 最後の魔弾が現れる。当然のように一級の宝具。狙い過たず、その槍はキャスターを貫き消滅させることだろう。

 その光景を俺は見ている。圧倒的な力の差、戦いとさえ呼べない一方的な殺戮。

 ――それは、

 魔弾がまさに放たれようと、

 ――許していいことなのか。

 音速の魔槍、その矛先が彼女を捉えて、

 ――衛宮士郎が、―――が――

 背中の痛みが、爆発する

「メディア――!!」
 無意識の内に走り出す。
「シロウ、何を!?」
 セイバーの声は聞こえない。おれは自己に埋没する。
「うおおおお――!!」
 彼女の前に仁王立ちする。…あの魔槍。あれは掠ることさえ許されないモノだ。僅かでも当たれば、それで命を持っていかれる。
"――投影開始(トレース・オン)"
 だから、防ぐなら完全に。一撫での風さえも通さない――!!
 魔弾が迫る。八節を組み立てる。イメージは今ここに。ヤツが使ったその花弁。そっくりそのまま、
「投影完了(トレース・オフ)、」
 幻想を結びて盾となす――!
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――!!」
 展開される七枚刃。剣にして盾、盾にして刃。おれの全魔力を以て、絶対の宝具を防ぐ――!
「ガ――」
 魔槍がぶつかる感覚。想像以上の圧力。一枚目が砕け散る。七枚刃はおれ俺自身だ。自身を削って、相対する宝具の神秘を削り取る。
「ア――アア」
 二枚三枚――防ぎ切れない衝撃。だが止めないと。そうしないと、後ろで震える、その少女は――
「ア――アアああアああアアア――!!!!!」
 四枚五枚六枚――
 消滅する神秘。ぼろぼろの七枚目。…がきん、という音。

 静寂の中一陣の風が吹き渡る。あと、一押しだった。その一押しがあれば……最後の花弁は、引き裂かれていただろう。ぼろぼろの盾と傷一つ無い魔槍。だが、魔弾はここに停止していた。
「は――あ」
 だが体はぼろぼろだ。その上、この一撃を止めたとはいえども、奴は何の被害も負っていない。
「シロウ、どういうつもりです」
 セイバーの声が冷たい。それはそうだ。俺は敵のサーヴァントを、今まさに戦っていた敵を助けたと言うことになるのだから。
「……分からない。これは戦いじゃない、殺戮だ。そんなモノは許せない」
 きっとそれが理由。俺が、衛宮士郎がキャスターを助けた理由。それは事実。……ただもう一つ――
「興が削がれた。邪魔をするな、雑種」
 この場で唯一動じていない男。黄金のサーヴァントは何でもないことのようにそう言い。そうしてその後ろの空間が歪み始める。
「道化は好かん。まとめて消えろ」
 五つの魔弾。先程と同数の宝具が一斉に放たれる。そして俺にはもう、それを止める力は無い。飛来する宝具の群れ、それは俺を切り裂き、その後ろのキャスターをも殺し尽すだろう。
 宝具が迫る。もう目の前。そして今まさに、

――琴!!

 突き刺さらんとした宝具群。死の運命は、最大の護りによって、吹き飛ばされた。
「セイバー」
「シロウ、怪我は」
 俺を後ろにかばいながら、騎士王は英雄王に対峙する。
 ……そう、英雄王。先程からアイツが放っているのは紛れもなく宝具。幾多の宝具を使う英霊――そんなものがいるとしたら、同じ英霊では太刀打ち出来ない。どんな英雄にも――その英雄が強ければ強い程に――その死を決定付けた要因があるのだから。
「どういうつもりかしら、セイバー」
 自身を地に張り付けていた宝具が消え、剣の拘束から外れたキャスターが苦しげに言う。
「勘違いするなキャスター。私はマスターを護っただけだ。私の行動に、貴女は何の関係もありません」
 剣を構え直しながらセイバーが言う。敵対するサーヴァントを救おうとするという愚行に出た俺を。彼女は変わらず、マスターとして認めてくれていた。
「シロウ、貴方が何故こんな行動に出たのか今は聞きません。ですが、貴方はいつも無茶をしすぎだ」
 全く、と溜め息を吐くセイバー。……む、確かにそうかもしれないけれど。
「俺だって無理はしたくないさ。でも、無茶なことくらいなら――試してみる価値はある」
無理と無茶。不可能なことと困難なこと。いつだって俺は、その境を見極めていく。誰かを救うことが無理にならないよう、人々が幸せであるようにすることが、無茶の範疇を越えないように。
「全く、貴方は本当に手間がかかる。ええ、やはり私が護らねばなりません」
 そう、嬉しそうに語るセイバー。それはこっちの台詞でもあるけれど。今はその言葉に甘えておこう。
「そうか、そこの雑種はセイバーの寄り代だったな。……よかろう、今の愚行は許す」
 だからどけと。キャスターが殺されるのを黙って見ていろと、男は嗤う。……そんなことは出来ない。一度救うと決めた以上。俺は、諦めてはいけないんだ。
「退く気はないか。ならば死ね」
 二度は許さんと。その意思に応えるように、男の背後の空間が歪む。現れる十の刃。その全てが俺を捉える。
「かわせよセイバー。お前を殺す気はない。後で屋敷にいる魔術師とでも再契約させれば問題はあるまい」
 宝具が唸る。その猛りが、俺達を襲う――!
 飛来する十の宝具、向かい撃つ一の聖剣。圧倒的な物量差、それがセイバーを襲う。

――琴!
――琴琴琴琴琴琴琴琴琴!

だがセイバーは最良のサーヴァント。その全てを防ぎ尽す――
「邪魔をするか、セイバー」
 苛立たしげに見据え、男が言う。
「何故も何も、私はシロウの剣だ。マスターが戦うと言うのなら私が退くことは有り得ない」
「騎士の本分とでもいうつもりか。まあいい。ならば少し躾けてやろう」
 先程の倍。二十を越える宝具がセイバーを狙う。くそ、俺を護りながらの戦いでは、セイバーは攻勢に出られない。
「……ここは凌いで、敵の隙に宝具を打ち込みます。マスター、決してそこを動かないように」
魔力を使い切った反動で俺は満足に動けないし、それ以前に下手に動けば宝具の直撃を受ける恐れがある。故にセイバーは守勢の継続を選んだ。……俺は何も出来ない。下手に動けばむしろセイバーの邪魔になる。
「言っておくが、我は優しくはないぞ? 腕の一本は覚悟しておけ」
 二十の魔弾が放たれる。その様はまるでマシンガン。一発一発がミサイル級の弾丸が、人体を標的に迫ってくる――!

――琴琴琴琴!

「く――」

――琴琴琴琴琴!

 その雨を防ぎ切るセイバー。宝具とはいっても、それらはただ射出されているだけに過ぎない。二十の弾は、彼女を傷付けることは出来ないだろう。

 そう、砲撃がそれで終わりであったのなら。

 未だ魔弾が放たれ続ける中。英雄王が口を歪める。
「そら、どうしたセイバー!次だ、まだ続くぞ!」
 二十三十――更なる宝具が顕現する。続く一斉掃射。このままでは、いくらセイバーといえども限界が来る。
「く――う……!」
 その重圧にセイバーがうめく。仮に宝具を避けたり受け流したりしているのなら、彼女ならまだまだ持ち堪えられる。だが後ろに俺達がいる今、彼女は全ての宝具を受け止め、叩き落とさなければならない。もしこの中に特異な概念を持つ宝具でもあれば、それだけで終ってしまう、綱渡りじみた均衡。それでさえ、こうして終わりが見えてきている。

――琴琴琴琴……琴琴琴…琴!!

「次だ、これはどうかな!」
 銃撃は続く。それを防ぐセイバーは擦り傷だらけ。
 百を超える宝具がセイバーを襲う。それは駄目だ。これ以上は、受け切れない――
「あ……!」
 斬り付け、叩き、粉砕する騎士王。だが、たった一振り。その護りを抜けた一本が。
 ザクリ、と。セイバーに突き刺さった。
「セイ――」
「限界か。これで分かったろう、騎士王。我と貴様の格の違いが」
 一陣の風が吹く。男が嗤う。……くそ、何で俺は……!!
 うつ向いたまま固まっているセイバーを見据える。吹き荒ぶ突風。表情は読めない。旋風はますます強くなる。血に濡れた彼女。そうして、その唇は――
……待てよ、突風?

――その唇は、笑っていた。

 旋風が爆発する。姿を現す黄金の剣。
「隙を見せましたね、アーチャー…!」
「ぬ――!?」
 それはまさに予定通りだったのだろう。敵の一振りを受けたセイバーは、血に濡れた口でその真名を解放する。
「約束された(エクス)――」
「チィ……!」
 空間が歪む。ヤツが宝具を取り出そうとする。だが遅い。例えどんな宝具であれ、その出力においてあの聖剣を上回る宝具などあるわけがない。ヤツの優位性は、彼女に宝具を使わせた時点で崩れたのだ。
「――勝利の剣(カリバー)!!」
 聖剣が放たれる。何をも寄せ付けない最高純度の光の束。
 ヤツが剣を取り出す。全く無駄な――!?

 その、剣。ヤツが取り出した宝具。螺旋を描いたその宝具が。解析できない――!?
 その上男は、現れた宝具を手にした。射出するのではない――"持ち主"としてではない、"担い手"たるその動き。
 光線は加速する。収束した光は、発射時の倍の速さで敵に迫る。
 その、絶対の死に対して。

"起きろ、エア――"

 まるで、その空間のみ時間が止まっているかのように。悠然と、剣が回転を始める。
 目前に迫った金色の光。出力全開の妖精剣。

 まるでその光を喰らうかの様な、

「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)――!!」

 原初の地獄が炸裂する――!!
 灼熱の闇が咆吼する。次元を切り裂く神の魔剣、その全質量が――
 目前まで迫っていた聖剣の光。
 ――その全てを凌駕し、光速を越えて押し寄せる――!!

 ――轟――

 吹き荒れていた旋風は既に無く。残るのは無音の凪。静寂が場を支配する。
 ……声をあげる暇さえなく。聖剣は、ここに破れ去った。
「セイバー……?」
 それでも、俺は生きている。多少の熱波を受けながらも、宝具による重傷はない。
 立ち尽くした騎士の英霊。文字通り、その体を盾として。セイバーは俺達を、俺を、守り抜いてくれた。そうして彼女は。魔剣の全てを、その身に受けたのだ。
「……セイバー。愚かな真似を」
 英雄王が憎らしげに呟く。ヤツはセイバーを殺すつもりは無かった。彼女の反撃は、ヤツにとっても想定外だったのだろう。彼女に執着していたあの男は、自らの過ちでその存在を失おうとしている。
「おのれ――我の邪魔を――!!」
 ヤツにとって、自分が間違う言うことは有り得ない。故に、その怒りの矛先は、手近にいる俺に向けられた。
「貴様の下らぬ真似で、我の物が一つ失われた。その罪、償って貰うぞ」
 自分の手で殺そうと言うのだろう。ゆっくりと、英雄王は近付いてくる。
「お前の物だと!?違う、セイバーは誰の物でも無い!!」
 彼女を傷付けたこの男、コイツだけは許せない。そう、俺を守ると言ったセイバー。俺もまた彼女を守ると決めていたのに。
「黙れ下郎。耳障りだ」
 男が近付いてくる。拳に力を込める。魔力は空っぽ。それでも許せないものがある。
「抵抗は許さん。貴様はここで死ね」
 男の手には一振りの剣。先程の魔剣と比べれば、三流以下の宝具。だが、俺を殺すには十分過ぎる。
 やつとの距離が近づく。そこがその射程なのだろう。英雄王は、未だ立てない俺に、射線上にいるセイバーごと狙いを付ける。
「朽ちた騎士王など見るに耐えん。貴様とまとめて消し去ろう」
 男が剣を構える。俺は何も出来ないまま、それを見ている。
「死ね、雑種――!」
 振り下ろされる刃。そこから生じる衝撃波、それが俺を。
「……シロウは殺させない……!!」
 その、直前。最強の英霊が、その面を上げた。
「ぬ、貴様、まだ――!?」
 ぼろぼろの鎧、からからの魔力。死にかけのその体でセイバーは、
「約束された(エクス)、」
 光が収束する。
 先程とは比べ物にならない程に弱い光。それでも。
「勝利の剣(カリバー)――!!」
 放出された光は、衝撃波を消し飛ばし、更に英雄王へと肉薄する。
「チィ――!!」
 今度こそ、まさに想定外の一撃。それは英雄王に命中し、ヤツの左腕が蒸発する。
 あまりに弱くか細い光。だが、それは紛れもない聖剣の輝きだ。英雄王の一撃でわずかに軌道がずれたものの、その光は、英雄王の左腕を文字通り消滅させていた。
「……おのれぇぇっ!!」
 怒り狂う英雄王。一振りの宝具を顕現させ、力任せに射出する。
 まずい。セイバーは限界だ、アレをかわすことなど出来ない。そして、それは俺も同様。ろくに動かない体では、セイバーを守ることも出来ない――!
宝具が飛んで来る。軌道上にセイバーがいる。一秒が一時間にでもなったような感覚。コマ送りで飛んで来る宝具が、そのままセイバーを――
「――Anfang……!」
"――Κεραινο"
寸前、宝具が弾かれる。飛来する二種類の魔術弾。
「邪魔をするか、雑種……!」
 ヤツが唸る。二種類の魔術。一方は拳銃じみたガンド弾。タイミングを窺っていたのだろう、縁側で遠坂が構えている。
 そして、もう一方の魔術。瞬時に放たれた大魔術は、俺の背後から。
 神代の魔女、魔術師メディアのものだった。
「……キャスター」
「勘違いしないことね、坊や。私が生き残る為に、今セイバーに消えられては困る、それだけよ」
 俺の疑問に彼女はそう答えた。……だがそれは間違いだ。ヤツは今、セイバーしか見ていなかった。魔術を使う余裕があるならば、その余力で屋敷から逃げれば良かっただけの話だ。死に体のセイバーを助けることにメリットなどない筈。
……だが、それでもセイバーを助けようとしてくれたのだ。
 油断なく構える二人の魔術師。それらに目を向けることもなく、男は今にも消え去りそうなセイバーを見ていた。
「セイバーは終わりか。つまらん結果になったものだ」
 そうして踵を返そうとする。
「このまま去るというのかしら?」
 キャスターが言う。その疑問はもっともだ。このまま去る理由がない。
「興味が失せたといっている。セイバーが消える今、ここには何の用も無い。……我は多忙でな、これから鍵を取って来なくてはならん」
 ヤツの事情は俺には分からないし、今はその必要もない。アイツが去ってくれると言うのなら、何も言うことはない。ただ、一つを除いては。
「セイバーは消えたりなんかしない。……そんなこと、させない」
 その言葉を言う。たとえ、それを聞いてあの男の気が変わってしまうようなことがあろうと。それで俺が死ぬことになったとしても。これだけは、聞き流すことなんて出来ない。だがそれを、その欺慢を――金色の英霊は嘲嗤う。
「貴様が何をほざこうが、結果は変わらん。自身の無力に絶望しろ。――もとより、貴様のような雑種は、じき絶滅させる」
 そう言い残して、英雄王は去った。

 沈黙が訪れる。嵐の後の静けさ、動く者はなく、喋る者もいない。その静寂の中、
「―――」
ぐらり、と。セイバーの体が揺らいだ。
「セイバー!!」
 何とか動く様になった体で、這う様にして彼女に近付く。その場にくずおれるセイバー、何とかその体を受けることが出来た。
「セイバー!!」
 ぼろぼろの少女。腕の中の彼女の存在を確かめるように、その名前を呼び続ける。
「セイバー、セイバー!!」
「……シ……ロウ?」
それに彼女が反応する。良かった、どうやら無事――
「……すみません、シロウ。あの敵を……倒すことはできなかった」
「馬鹿野郎、そんなことはいい。それよりも、セイバーが無事で」
「……それに。どうやら、私は、ここまでの、ようだ……、これ以上貴方を守ることが」
 出来そうにない、と虚ろな眼で呟く。
「そんなことない、セイバーは消えたりなんか!」
 そんなのは嫌だ。そんなことは認められない。
「そうだ、魔力があれば!」
「止めなさい士郎。……分かるでしょう?」
 いつの間に近付いてきたのか、遠坂が言う。もう全て手遅れだと。セイバーは、助からないと。
「そんなことない……! いい加減なこと言うな遠坂、セイバーが消えるはずない!
 そんな筈はない、そんなのは嫌だ。子どものように喚き散らす。
 守りたいと思った、救いたいと思った少女。おれは――俺もそれを救えず。救いたいと思ったものをこそ救えないなんて。
 そんな俺に、遠坂は静かに、けれどとても強い声で言う。
「いい加減にしなさい衛宮君。……それよりも、彼女の言葉を聞いてあげて」
 ……それで分かった。遠坂も辛いんだ、そんなことは当然。でも、だからこそ。その事実を、受け入れなくては、いけないんだ。俺を守ってくれた剣の王。彼女を、綺麗なままで逝かせる為にも。
「リン、感謝……します。……シロウ」
 もう目も見えないのだろう、それでも彼女は真っ直ぐと俺を見据えてくる。
「明日は、偵察に……行けそうにありません」
「……ああ」
 ただ頷く。彼女の言葉を、一言も、聞き逃さないように。
「……でも俺は、やっぱり明日はデートのつもりだったぞ」
 それが本心。何と言おうが、俺はセイバーを女の子として見ていたんだ。
 そんな俺に、彼女は微笑いかける。
「……ええ。それは――実に貴方らしい」
 あくまで微笑んだまま。血に濡れた彼女は、苦しそうに続ける。
「……それに、ええ。戦いのためでなくとも――それでも、私も、楽しみにしていました」
 それが戦いのためでなくとも。聖杯戦争ではなく日常の一場面だったとしても。……あるいはそんな日々を過ごしてみたかったのかもしれないと彼女は言った。……それは、生前から。叶うことの無かった、ある少女の――ある少女の願い、全て遠き理想郷。その想いに、返せる言葉なんて無い。
「聞いて……いますか、シロウ?」
「ああ、聞いてる」
 弱く笑う少女。その眼には、もう光がない。見れば、足許から体が消えかけつつある。
「シロ……ウ。私は、貴方の剣として、役に、立てましたか?」
 終わりは近い。自分の体だ、それはセイバー自身が一番良く分かっているのだろう。だから最後に。騎士として呼ばれた自身のことを聞いてくる。
「勿論。セイバーがいなかったら、俺はここまで生き残ることなんて出来なかった。それこそ、あの時にランサーに殺されて終わってた」
 彼女の言葉に答える。俺が彼女と過ごした時間を告げる為に。その気持ちを、伝えきることが出来るように。
「そう、ですか。シロウは頑固で、融通が聞かないところがあるから……それはどうせ、治りはしないでしょうが……これから、気を付けるように」
 参った。全く、最後の最後でそんな心配をされちまうなんて。思わず笑ってしまう。でも。
「でもな、セイバー。確かに俺は頑固だし、弱くて、お前に守られてばかりだったけれど。……お前も猪突猛進というか、頑固で危なっかしいところもあったから」
 これが俺の本心。だから、最後まで告げないと。
「だから、お前が俺を守る剣となってくれるなら。俺は、その鞘となってお前を守ると決めていたんだ」
 果たせなかった誓い、それでもこの想いは本物だ。
「シロ、ウ。貴方は……」
そんな俺を、俺の全身を、セイバーは幽霊でも見たような顔で見据える。まるで俺の内側にある何かを透かし見るように。
 それも一瞬、一転彼女は微笑んで、
「そう、でしたか。貴方が私の鞘だったのか――」
 まるで唄うように、そんな言葉を口にした。
 その意味は分からない。けれども、彼女が微笑んでくれるのならそれでいい。それなら俺も。微笑って彼女を見送らないと。
「シロウ、泣いて、いるのですか……?」
 最早体の半分が消えかけている彼女。苦しいのだろう、けれども微笑ったまま聞いてくる。くそ、微笑ったまま見送ろうって、今決めたばかりなのに。
「……泣いてなんかいない」
 目頭が熱い。頬を伝うものを堪えながら、俺はそう言った。少しでも多く、彼女が幸せな記憶を持ち帰れるように。だが分かってる、そんな嘘、彼女には通じない。セイバーには、俺のことなんて全てお見通しなんだから。
「私はサーヴァントだ。消滅は、死では無いと言うのに……いえ、シロウには、そんなことは、通じませんね」
 そう言って微笑うセイバー。ほら、やっぱり見透かされてる。
 体の透過は止まらない。見れば、彼女の身体は。もう、上半分しか見えなくなっていた。
「……シロウ」
消滅は続く。エーテルが大気に還元されていく。もう本当に、これが最後。
「シロウ……」
こちらに、と視線で訴えかけてくるセイバー。もう喋る力も残っていないのだろう。促されるまま、彼女に顔を近付ける。 触れ合うほど近くで、彼女は囁く。

「……シロウ。私は、貴方を――」

 その言葉は最後まで続かない。ざあ、と吹く一陣の風。それは本当に一瞬。本当に彼女らしく、あっさりと。その風と共に、セイバーは消え去っていた。

「………」
 こみあがるものがある。頬を伝うものがある。後に残るものはなく、得たものはほんの一握り。己の無力は噛み締める程悔しいし、守れなかった事実は目を逸らしたくなる程に辛い。
 この戦いの中で、守りたかった一つの約束が出来た。……それを果たすことは出来なかった。それでも、俺は進んでいくのだろう。
 堪えていたものが溢れ出す。少女が求めた幸せ。沢山の人たちのそれを守るために、正義の味方になるために、こんな所で立ち止まりはしないけど。
 涙はやがて慟哭に代わり、俺は叫ぶように哭き叫び続ける。今回、いや以前から――俺は余りに無力だった。終わらない慟哭。この戦いにおいて、衛宮士郎は惨敗していた。



[35850]  the white witch, 1――新たな契約
Name: bb◆7447134b ID:ec13e379
Date: 2012/11/19 02:20
 その日は、彼女が生まれてから十何回目かの記念日だった。活気に満ちた街並みはいつも以上に賑わっている。そんな中、おれは大理石の宮殿、その一室にいた。
 ――またこの夢か、と思う。俺の識らない夢、幸せでいてどこか儚げな世界。そんな中、おれはやはり剣を創っているようだ。以前見た短剣、それはもう完成に近付きつつあった。やはり剣としては使えそうにない剣。だが今の俺には分かる、この短剣は魔術用のものだ。術式を編み込まれるという前提、その一点にのみ特化した魔具。込められる術式によっては、相当の礼装になり得るだろう。
 賑わった城下、それを気にも止めず、おれは一心に剣製を続ける。何しろ、今日なのだ。明日では意味がない、何とか今日中に完成させないと。
 剣製を続ける。と、足音が一つ近付いてきた。
 音だけで分かる。何処か弾むようなこの足音は彼女のものだ。おれは慌てて剣を隠す。彼女に見付かっては意味がない。これは、今日の式典の後に渡すつもりなのだから。
 そうしている内に、少女はすぐ側まで来ていた。
おれはどうにも隠し事が苦手らしく、目を泳がせながら彼女に対する。彼女は鋭いから、こういうのはすぐにばれてしまう。だから、無駄であっても気付かれないようにと神々に祈る。
 だが彼女はそんなおれを気にした風もなく、にこやかに言う。頼みがあるから、後で浜辺に来てほしいと。
 それは珍しいことだ。彼女がおれに何かを頼むと言うのは――逆ならば、多々あったけれど。だから嬉しかった。彼女がおれを頼ってくれたというのは。
 彼女が去っていく。浜辺での約束。丁度良い、何とか剣を完成させて、その時にこれをプレゼントすることにしよう。







「the white witch, 1――新たな契約」


「……ん」
 柔らかな陽射しに眠気をかき消され、布団から起き上がる。
「もう朝か…」
 体にはまだ疲れが残っているようで、何と無く気だるい。だからしばらくの間、布団の上でぼーっとしていた。
「はて。俺はいつ布団に入ったんだっけ」
 寝惚けた頭で間抜けなことを考える。
「まあいいか。ていうか今何時……」
 自然な動作で時計を見る。
「って八時二十分!?」
 時計は八時過ぎを示していた。
「くそ、いつもは自然に目が覚めるのに……ってかセイバーと遠坂はどうしたんだ!?」
 二人ともまだ寝ているってことはある筈がない。念の為襖を開けて隣をのぞいてみるが、やはりセイバーはいない。律儀に布団もたたまれている。
「全く、なら声をかけてくれても良いだろうに」
 これはあれだ、遠坂のいぢわるに違いない、なんてぼやきながら居間へ向かう。
「お~い」
 返事はない。居間には誰もいないかった。
「おかしいな、台所にもいない。いや、それ以前に飯食った形跡もないし」
 遠坂は部屋に篭っている可能性もあるけど、そうするとセイバーは……まさか餓死してるとかないよな。あはは、笑えない。
「二人とも、いないのか~?」
 声をあげながら、とりあえず離れの方に向かう。多分遠坂は部屋にいるだろうし、ひょっとしたらセイバーも一緒かもしれない。遠坂の機嫌が悪かったらやだけどさ。
「遠坂、いるか?」
 遠坂の部屋の前。コンコン、とドアをノックする。
 返事はなく、人のいる気配も無かった。
「おかしいな。二人とも何処行ったんだ?」
 ここまで見付からないと心配になってくる。俺は若干の不安を抱えながら、駆け足で屋敷中を廻り始めた。
「セイバー!」
 離れから廊下、居間を再度覗いて和室を全部。
「遠坂!」
 居間を通って廊下に抜けて、脱衣所と風呂場を覗く。勿論、きちんとノックをしてから。
「二人とも、どこだー!」
 大声をあげながら浴室を出て、玄関を見て気付く。二人の靴がない。
「二人とも、でかけたのか?」
 はて、と首を傾げる。でも随分朝早いし、そうだとしたら出かける前に俺に一声かけてくれるか、書置きでも残してくれると思うのだが。
「あ」
 そこで思い至った。
「道場の方に行ったのか。そうだな、セイバーならあそこにいるだろうし。遠坂も付き合っているのかもしれない」
 そう――(都合良く)――考えて、靴を履いて中庭に向かう。一応先に工房に行ってみるが、やはり誰もいない。
 うん、それじゃあやっぱり道場か。
「全く、何だって朝っぱらから二人揃って」
 呟きながら道場の扉を開け、玄関を見る。そこには靴が一足。あれ、あいつらこんな靴持ってたっけ……まあ、いいか。
「二人とも、入るぞー」
 靴を揃えて道場に入る。道場からは人の気配かする。良かった、やっぱりここだったか。
 道場内には正座している人影がある。全く、相変わらずだな、セイバーは。
 そう思って近付く。俺よりも少しだけ背が小さく、蒼い髪をした女性。
 最初から俺に気付いていたのだろう、人影が振り向く。そうして、いつもの様に俺の名前を――
「あらマスター、目が覚めたみたいね。体調はどうかしら?」
 振り向いた女性。かの騎士ではなく――神代の魔女、キャスターがそこにいた。

 その事実に沈黙する。俺は、何て愚かで馬鹿だったんだろう。
 ……朝、目が覚めて。今まで通りの日常があるなんて、あの夜のことが全て無かったことならば良かったなんて。そんな下らない願望で、彼女がもういないことをごまかそうとしていた。そんな都合のいい妄想、彼女には侮蔑にしかなりはしないのに。
「何かしら坊や。人の顔を見るなりそんな暗い顔をされては、気分が悪いのだけれど」
 キャスターが言う。それは全くの正論だ。
「……いや。ごめん、何でもない」
何とか表情を持ち直してそう言う。
「そうかしら……まあいいわ、貴方がそういうのならばそういうことにしておきましょう」
 そう言って道場を出ようとするキャスター。慌てて俺もそれに続く。
 かの騎士王は消え、けれど聖杯戦争は続いていく。剣を失った俺は、その魔術師と共に進み続ける。
 ここに、新たな戦いが始まった。





 昨日の夜。俺の剣であってくれた少女が消え、ようやく俺が落ち着いてきた頃合い。鈍い頭で辺りを見渡すと、無言のまま遠坂とキャスターが佇んでいた。
「少しは落ち着いたみたいね、士郎」
 遠坂が言った。本当は落ち着けてなんかいなかったし、俺が静まったのは単に喉ががらがらになったからだ。それでも俺は立ち直らなきゃいけない。
「ああ。もう大丈夫だ」
 だから、ただそれだけ答えた。それに遠坂は、
「……そう、それなら良かったわ」
 そうとだけ言って、話を切り上げてくれた。そうして今度は、この場にいるもう一人の魔術師に語り掛ける。
「それで貴女はどうするつもり、キャスター」
 一転敵意を込め、遠坂はキャスターに対峙する。戦いの後キャスターが仕掛けてこなかった理由は分からないが、この場にいるのはサーヴァントを失ったマスター二人。今キャスターに襲われては正直太刀打ち出来ない、そういうことなのだろう。
「どうするつもりとはどういう意味かしらお嬢さん。…そうね、例えば貴女をここで挽き肉に変えると言うことかしら?」
 キャスターが嗤う。
「…やるなら相手になるわよ。私もただで殺される気はない」
 それに、敵意を剥き出しにして応える遠坂。
 だが、それは違う。
「なんでさ、遠坂。キャスターに俺達と戦うつもりなんかあるわけないだろ」
 それは間違いない。俺達を殺すつもりならば、俺が呆けている間に殺せば済んだ話だ。だが彼女はそうしなかった。
 それに、何より。彼女はあの時、その少女を助けようとしてくれた。
「士郎」
 遠坂が言う。それは楽観的すぎると。この相手には、決して油断してはならないと。
「いえ、その坊やの言う通りよ、お嬢さん。私に貴女達と戦うつもりはない。いえ、それよりもむしろ」
 キャスターが続ける。緊張を緩めない遠坂に対し、その様はあくまで自然体だ。そうして、
「…むしろ、私と契約を交わしてほしいところよ」
 そんな、とんでもないことを言った。その言葉に、遠坂さえ驚いている。
「それは、サーヴァントとマスターとしての契約ということかしら」
「それ以外に何があるのかしら。言わなかったかしら、私はマスターを失ってしまったと。今まで貯めた魔力があるとはいえ、この先現界し続けるにはどのみちマスターが必要なのよ」
 それは事実だろう。マスターがいないということは、単に魔力の供給源が無いと言うことだけでない。現世へと繋がるパス、世界の修正から逃れられず、その身を維持するために常に膨大な魔力が必要になるということだ。
「だから貴女を信用しろと言うの?先程まで――いえ、この戦争中ずっと敵対していた相手を」
「敵味方、ね。そんなものは流動的なものでしかないと思うけれど。まあ、それはいいわ。どのみち貴女と契約するつもりは毛頭無いわ。私はそこの坊やに聞いているのよ」
 急な指名に驚く。仮に再契約するとしても、半人前の俺なんかより、遠坂だろうと思っていたんだけど。
「……成程ね。大方士郎をホルマリン漬けにでもして、ただの魔力の供給源として使う気なんでしょう。それとも、投影用の魔具としてかしら?」
 敵意を叩き付ける遠坂。俺は正直、そんなことを思い付く遠坂の方が怖いんだが。
「まさか。私はその坊やに興味があると言った筈よ。気になることもあるのだし、そんなことはしないわ。ええ、これは誓ってもいい」
 何とも微妙な返事を返すキャスター。……それはつまり、興味がなくなったらホルマリン漬けにするかもしれないということだろうか。
「ふざけないで。そんな台詞、信用できるわけ無いでしょう」
 その言葉を聞いて思う。多分、遠坂の言うことが正しいのだろう。
「私はそこの坊やに訊いているのよ。どうかしら、坊や。私のマスターになるつもりはあるかしら?」
 裏切りの魔女メディア。その言葉を信じることは馬鹿げたこと……多分そうなのだろう。例え今彼女に戦う気が無いとしても、この先はどうなるか分からない。それだけのことを、今まで彼女はしてきたのだから。
 だが、それでも。
「俺はキャスターの言葉を信じたい――いや、信じる」
「士郎、アンタ」
「遠坂の言うことは正しいだろうし、俺は馬鹿なことを言っているのかもしれない。……それでも、彼女はセイバーを助けようとしてくれたんだ。それだけでも俺はキャスターを信じたい。だから、彼女がマスターを求めているのなら」
俺は彼女と契約すると。そう、はっきりと言い放った。
「……本当にそれで良いの?コイツが今までにやって来たこと、忘れたわけじゃないでしょう?」
「当たり前だ。それを仕方がないことだなんて思えないし、許されることでもないと思う。でも、これからがあるのなら。これから、道を正してやっていけばいい」
 そう、キャスターが改心できるのなら、俺はそれでいいと思う。
 取り返しのつかなかった過去。それでも、これから正すことが出来るのなら。……それこそが、おれの望みだ。
「だから、もう一度言うけど。キャスターが今までやっていたようなことを止めるんだったら――それを悪いと思えるんだったら、俺はキャスターのマスターになる」
 俺のその言葉に、キャスターは、
「――ええ、誓いましょう。貴方をマスターとする限り、私はその望むようにありましょう」
 少しの間の後、そうはっきりと告げた。
 ならもう言うことはない。俺は彼女のマスターとして、この戦いを走り続ける。
「……士郎、もう一度だけ訊くけど。本気で言っているのね?」
「ああ。俺はキャスターのマスターになる」
 そう、と俯いた後、遠坂は改めてこちらを見据えた。そこには、明らかな隔たりの意志が存在していた。
「それなら私達の協力関係はここまでよ。私は貴方みたいに甘くはない。衛宮君みたいに、キャスターを信頼することなんて出来ない」
「……遠坂」
「私の言いたいことはそれだけよ。それじゃあね」
 そう言って、遠坂は俺に背を向け、離れの方に向かう。遠坂の性格からして、言ったからにはすぐに出ていくつもりなのだろう。
 それを引き留める言葉なんて無い。俺はキャスターと契約すると決めた。なら、その結果何が起きようと受け止めなくちゃいけない。だから、俺が言うべき事はひとつだけ。
「遠坂、今までお前が居てくれて助かった。遠坂がいなかったら、俺なんてとっくのとうにやられていただろうし」
 そう、だから。
「だから俺は、これで遠坂との関係が終わったなんて思わない。俺は今でも、そしてこれからも遠坂とは戦友のつもりだ」
 その言葉を紡ぐ。それに、遠坂は。
「……全く、士郎らしいわね」
 一度だけ振り返り、そう微笑ってくれた。それで十分。赤い少女は、全く彼女らしく去っていった。

 そうして残るのは二人だけ。中庭には俺とキャスターしかいない。まあ、とりあえずはこれからのことを考えないといけない。
「さて。キャスター、これからどう――」
 する、と言いかけたところで。唇が柔らかい感触に包まれた。

―――――

 それも一瞬。柔らかな口づけの後、キャスターが俺から離れる。
「な、なな、どう」
 思わずしどろもどろになる。というか当たり前だ、いきなりキスされるとは感触は気持良かったしというかキャスターってフードとると凄い美人だしその前に何で突然と言うかいきなりキスされるし感触が、
「落ち着きなさい、坊や」
 そんな俺に、溜め息混じりに話しかけるキャスター。というかなんだろうこの落ち着きようは。まるで俺が馬鹿みたい――というより馬鹿じゃないか。
「何を考えているのか知らないけれど、今のは只の契約よ。貴方の場合、下手な詠唱よりもこちらの方が早そうだから」
 淡々と語るキャスター。……健全な青少年としてはそんなに簡単に割りきれるものじゃないと言うか、そんな感じなんだけど。
「これで貴方は、正式に私のマスターになったというわけよ。さてと」
 それじゃあ、とキャスターが言いかけたところで、不意にめまいがした。そうして、
「坊や?」
 キャスターの声を最後に、俺は意識を失った。



[35850]  the white witch, 2――穏やかな幕間
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 18:37
「the white witch, 2――穏やかな幕間」


 そして現在、午前九時を回ったところ。俺は居間に座っていた。
 ……暇だ。
 台所からは、とんとん、と調子の良い音が響いてくる。

 それはつい先刻のことだ。いつも通り(普段より大分遅くはあるが)朝食を作ろうとした俺に、
「そこで待っていなさい、坊や」
 言うが早いか、キャスターが台所へ行ってしまった。どうやら、というか明らかだが、食事を作ってくれるらしい。
 正直、不安だ。何というか彼女は炊事、いや家事全般が駄目な気がする。それはあくまでも直感、しかし未来視じみた予感がする。というかこの先のオチが見えるような。
「いや、大丈夫だよな。キャスターなんだから、薬の調合とかも得意だろうし」
 そうだ、印象だけで中身を決めてしまうのは良くないし。きっと大丈夫だ。
「坊や」
「はいごめんなさい!」
「? とにかく出来上がったから、運ぶのを手伝って頂戴」
「ああ、分かった」
とにかく食事だ。正直空腹も限界だし、素直に頂くとしよう。



 そうして朝食を運んできたわけだが。
「……」
 俺は思わず沈黙していた。
「どうしたの、坊や」
「……まともだ」
「どういう意味かしら!?」
 キャスターの料理は、思いの他まともだった。芳ばしい朝餉の匂いは、こちらの食欲を誘う。素直に美味しそうだ。
「いや。キャスターって、料理とか出来たんだなって」
「当然よ。要領は調薬と似たようなものだし。柳洞寺でも、私がマスターの食事を作っていたのよ」
「へえ」
それは意外だ。あのキャスターが、そこまでマスターに尽くしていたなんて。ひょっとして、根は純真だったりするんだろうか、こいつ。
「ほら、早く食べなさい。折角作ったんだもの、冷めてしまってはもったいないわ」
 そこで、はてと首を傾げる。
「って、キャスターは食べないのか?」
「何を言っているの。私はサーヴァントなのよ?」
 それに、キャスターはそう答える。そうか、サーヴァントは霊体、基本的に食事はいらないんだったっけ。……彼女は特別、何故か俺からの魔術供給が無かったから、食事でそれを補っていたんだった。 だからキャスター自身はあえて食事をする必要はない。
 だが、
「だとしても、食べられないわけじゃないんだろ?折角美味そうなご飯を作ってくれたんだから、どうせならキャスターも食べないか?」
 そうだ、何であっても彼女がここにいる以上、美味しい思いはした方が良いに決まっている。食事は皆でした方が良いに決まっているし、何より。
「俺だけ食べて、キャスターは黙って見ているだけなんて、そんなのは駄目だ」
 本心から、そう思う。
 その言葉にキャスターは、
「……ええ、貴方がそう言うのなら、私はそれに従いましょう」
そう、懐かしそうに微笑んだ。
 正直、キャスターは超がつくほどの美人だ。そのキャスターに微笑まれると、何というかつまり……というわけで、ぷいと顔を背ける。
「まあ、実を言うと柳洞寺でも食事は頂いていたし。って、どうしたのかしら坊や」
「いや、何でもない」
 何とか気持ちを落ち着けてそう答える。危ない、こういう所がばれたら思う存分いじられる気がする。それこそ遠坂クラスで。はは、笑えない。
「ま、まあともかく。ほら、俺の分の余りもあるだろ。足りない分は二人で分ければ何とかなるだろうから、折角だし二人で食べよう」
 どうにかごまかし、キャスターを促す。その食事。二人分には少し足りないけれど、一人ではなく二人で食べるのなら、不足分は気にならないだろう。



 というわけで、キャスターの手料理を初体験したわけである。
「……」
 見た目は良かった。美味しそうな匂いでもあった。
「ちょっと、食べたんだったら何か言いなさいよ。美味しい!とか美味い!とか絶妙!とか」
 プラス評価限定か。
「……」
 けれども沈黙は続く。
「……」
 そうして一通り食べてみた後、ついに俺は口を開いた。
「絶妙――」
「ふふ、当然よ」
「――に味が微妙」
「何よそれ」
「いや、言葉通りなんだけど」
 そう、キャスターの料理は、一応料理にはなっている(一部怪しいのもあるが)。だが正直味付けがおかしい。何というか、ストライクと思いきやフォークボール、みたいな感じだ。
「……それはつまり」
「美味い、とはいえない」
「へえ、私の料理にケチをつけるつもりかしら?」
 と、途端に暗いオーラを立ち上らせるキャスターさん。……コワイヨ、マジデ。
「いや、でも嘘を言っても仕方ないだろ?別に料理自体は悪くないんだし、そんなのは訓練すれば上達するだろうし」
 だが、いくら怖くても嘘をつく気はない。……思えば桜に料理を教えた時もそうだった。大切なのは向上心、これは何についても言えることだと思う。
「ふん。あの人は文句なんて言わなかったんだけど……嘘をつかない、という点では似ているのかもね」
 ぼそりと何かを言うキャスター。何か悪口を言われている気もするけど、どことなく嬉しそうだ。
「なんだって?」
「何でもないわ。それより、そんなに偉そうなことを言う以上貴方は料理が出来るんでしょうね?」
 む、俺に矛先を向けてきたか。出来ないならホルマリンね、なんて言ってるし。
 だが甘いぞキャスター。少なくとも厨房において、衛宮士郎が破れることなど……そんなにないのだ。
「よし分かった。それじゃ、昼飯は俺が作るから」
 あくまで自然に言う。キャスターもそれを了承した。……ふふふ、みてろよ。
「それじゃ昼飯をお楽しみに……ごちそうさま」
 そう言って立ち上がろうとする。
「あら?言葉の割に全部食べているじゃない、坊や」
「? そんなの当たり前だろ。気持ちのこもった料理を残すわけないじゃないか」
 不思議な質問に、当たり前の返答を返す。いや、白米の上にお好み焼きをのせられたりしたら別だけど。
「な、気持ちなんて別に」
「お茶でも入れてくるよ」
 まだ何か言っているキャスターを置いて厨房に向かう。
 キャスターの手料理、味は確かにヘンテコだったけど、手間がかかっているのは良く分かった。ここは、秘蔵の茶葉で応えるとしよう。



 食後の一服。衛宮家基準で最高級のお茶を飲みつつ、こたつで茶菓子にテレビ。何ともまったりとした時間である。
 ずず、と一口お茶をすする。向かいにいるキャスターも同様。何とも和の雰囲気に馴染んでいる。
 しかしお互い無言のままだ。何というか、こう言う状態は苦手だったりする。
 とにかく何か話そうと思い立って、
「「あの」」
 言葉がかぶった。
「何かしら」
「いや、お先にどうぞ」
「そちらこそ」
 何とも気まずい。そういえば、契約してからまだ一日目だもんなあ。
 とはいえこれではらちがあかないので、俺から話すことにする。
「俺、昨日の契約の後から気を失ってたみたいなんだけどさ。あれからどうなったんだ?」
 あの後遠坂は帰ったんだろうけど。見たところ家の破損箇所も直ってるみたいだし。
「どうもこうもないわよ。あのお嬢さんが家を出ていって、私が貴方を部屋に運んだだけ」
「あれ、でも屋根とか直ってるぞ」
「ああ、それはついでに直しておいただけよ。簡単な魔術よ、大したことではないでしょう?」
 と、平然と言うキャスター。……俺としては大した魔術だと思うんだけど。
「というかそもそも何で俺は倒れたんだ?」
 そこでふと疑問が浮かぶ。まあ昨日も色々あったわけだから、単に疲労が限界を超えただけ、と言えばそれまでなんだけど。
「何故も何もないでしょう。坊や程度の魔力の持ち主が、サーヴァントと再契約をして平然としていられるとでも思っていたの?」
「え」
 どういうことだろう?再契約とか言われても、土蔵で彼女を召喚したあの時は別に以上はなかったんだけども。
 そんな俺にキャスターは呆れ顔で言う。
「だから、サーヴァントと再契約すれば召喚の時程ではないとはいえ、それなりに魔力を持っていかれるのよ」
 ああそうか、と、それで納得が言った。彼女との契約には不具合があったらしく、俺からの魔力供給が全く出来なかったんだった。それどころか例の治癒能力、あれは逆に彼女の魔力が俺に流れてきているからだろうと、遠坂が言っていたっけ。
 その旨をキャスターに伝えると、彼女は一瞬だけ驚いた顔をして、それから考え込み始めた。
「……成程ね。ええ、それなら現状もあまり不思議じゃない。理由はまだ分からないけれど……」
 すっかり自分の世界に埋没しているキャスター。何だか遠坂みたいだが、もしかして魔術師っていうのは皆こんななのだろうか。そう思いながらも黙って待つ。経験上、この状態の人に話しかけるとろくな事がない。
「そうね。そう考えるとどうしようもないのかしら、これは」
 そこで思考が一段落したみたいなので、声をかけてみることにする。
「良く分からないけど、納得したのか?」
「ええ。まあ、坊やに話しても仕方がないことだから、気にしなくていいわ」
 そうかと納得する。俺に分からないようなことなら、話を訊いても仕方がない。
「で、キャスターの話は」
「え?」
「だから、今ので俺からの話は終わったろ。次はキャスターの話だ」
「え、ええ、そうだったわね。勿論覚えているわよ」
 ……忘れてたな。
「で、なんなんだ?」
「別に大したことではないのよ。先程の話で疑問も解決したし。ただ、貴方の体は大丈夫なのかって」
 確かにそうだ。先の戦いの傷は、彼女が消滅するまで働いていた治癒能力のおかげか、大分回復している。
「見ての通り大丈夫。背中にまだ少しだけ違和感があるけど、特に問題はないぞ」
 ありのままを伝える。
「背中、ね。まあ、痛みがないのならいいでしょう。けれどもうセイバーはいないのだから。私のマスターである以上、無茶は控えなさい」
 それは彼女なりの心配の表現なのだろう。
「分かった。無理はしないよう気を付けるよ」
 だからそう答える。契約を交している以上、俺の命は俺だけのものではないのだから。
「ええ、分かればいいわ……」
 と、キャスターの動きが止まる。
「どうしたんだ?」
「このお茶、なかなか美味しいわね。……お代わり」
 すっと湯飲みを差し出すキャスター。こうして、お茶の時間は過ぎていくのであった。



「さて、どうしようか」
 昼飯の準備まではいささか時間がある。かといって、暇だから出かけようともいかないわけで。
「暇だ」
 聖杯戦争中にも関わらず、こんな台詞を吐いてしまったりする。
 けれども、ここ数日あまりに色々なことがありすぎて、こういう時間はなかった。ゆったりとした時間、あまり深く考えず、足の向くままに過ごしてみよう。

 そう考えて、行き着いた場所。
「……参ったな」
 それは先日まで毎日のように、朝食後に通っていた場所――つまり道場だった。そうして、何とは無しに竹刀を握ってしまっている。
 朝食後の鍛錬、それはもう体に染み付いてしまっていたのだろう。その上たった数日の事だったのに、まるで昔からずっと続けていたかの様に、竹刀まで握ってしまっている。
 そうして、こうしていると嫌でも彼女のことを、

 ――それは駄目だ。

 ……気持ちを切り替える。俺は未だ、その事実を受け入れ切れてはいない。自分の中で答えを見出せていない以上、その行為は無様なものにしかなり得ない。

「……よし」
 何にせよ折角道場に来たんだ。することがないなら、素振りでもして――

「坊や、何してるの?」

 そう思った所にキャスターが現れた。そちらを見ずに、俺は答える。
「何してるって見ての通り。どうせ暇だから、素振りでもしてようかなって」
「素振り? 別にいいけれど、そんなことをして何か意味があるのかしら?」
「別に意味なんて無いけどさ。強いて言うなら、少しでも戦いを勝ち残れるようにというか」
 意味がないと言えば確かにそうなんだけど、ただそれを認めるのも癪と言うか何と言うか。咄嗟にそんなことを言って――言ってしまい――キャスターが、そう、と言いかけてにやりとする。
「そんなことをしても、何の進歩も望めないわ。どうせなら、魔術の回避訓練なんてどうかしら」
 ……はい? と振り返ると、何やら魔力を漲らせたキャスターが、とても楽しそうに笑っていた。
 嫌な予感、いや確信を持ちながら何も言えない俺に、
「じゃあ、上手く避けなさいな」
 とても良い笑顔で、キャスターは――

 ギュンッ!

「うわっ!?」
「次!!」
「ぎゃっ!?」
「次!!」
「ちょ、まてっ」
「問答無用!!」

 魔術をぶっ放して来たのでありました。

「死ねぃ!!」
「わっ、今死ねって!!」
「気のせいよ!」
「っ、今掠ったぞ!!」
「それでこそ修練よ」
「な、なんでさ~!?」

 そんな感じで、昼前までこってり絞られたのであった。
 ……うう、サーヴァントってこんなのばかりなんだろうか。



「死ぬかと思った」
 あの地獄からしばらく後。ようやく落ち着いた俺は、再び居間でまったりしながら、ジト目でキャスターに言った。
「あらそう」
 その返答がこれである。私は悪くありません、と言いたげな表情。
 ……だが甘い。そういう奴に限って、内心罪悪感を持っていたりするものだ。コレ、経験則。どこかのあかいあくまからの。
「死ぬかと思った」
「そう」
「死ぬかと思った」
「……」
「キャスター」
「なに?」
「死ぬかと思った」
「……」
「死ぬかと――」
「うるさいわね!!掠り傷で済んだんだし道場に損壊は与えなかったんだし、別に良いでしょう!」
 赤くなって怒鳴った後、それは少しは悪いとは……だのと呟くキャスター。こいつ、やはり遠坂タイプか。
「うん、まあいいんだけど」
 実際、ためになったといえばなった気もするし。
「……坊や、ひょっとしてこの私をからかっているのかしら?」
「いや全く」
 ……遠坂に似ているとは言っても、そこはやはり魔女とか呼ばれていた方なわけで。下手に怒らせるとどうなるか分かったもんじゃない、だからこの位にしておく。
「ふん、まあいいわ」
 興味がなくなったのか、話を切り上げるキャスター。そのまま自然にテレビのリモコンを手に取る。
 めまぐるしくチャンネルが変わっていく。昼ドラはやってないの? なんて言いながらリモコンを押すキャスター。……ホント、英霊ってのはこんなやつばばかりなんだろうか。
「ピン子は何処よ、ピン子は」
 文句を言いながら、またチャンネルを変える。

「……では次のニュースです」

「あれ、これって」
 画面が映像、古い山道に切り変わる。何の変哲もないローカル局のニュース番組。そこに映ったのは、一成の実家、柳洞寺だった。
「……」
 不意にキャスターの表情が険しくなる。それもそうだろう、何せこの前まで拠点にしていた場所なのだから。

「――本日未明、深山町にある寺院で、男性の遺体が発見されました」

「!」
 
遺体、という言葉に思わず反応してしまう。

「遺体に外傷はなく、死因は現在のところ不明。引き続き、調査を続けるとの――」

 死因が不明? なら原因ははっきりしている。この町、この状況において、理由は聖杯戦争に決まっている。
 ……ぎり、と奥歯を噛み締める。死んだのが魔術師か、それとも一般人なのかは分からない。…けれども、犠牲者が出たことには変わりないんだ。
 だから考えてしまう。もし、俺に力があれば。俺がもっとちゃんとやっていれば、この人は死なずに済んだのではないか――

「ここで続報です」

 そんなことを考え、うつむいていた俺の耳に、ニュースキャスターの声が響く。それでふと顔をあげて、

「遺体の身元が確定致しました。深山町柳洞寺在住の教師、葛木宗一郎さん」

 その名前を、聴いてしまった。
「……葛木、先生が?」
 彼が柳洞寺に住んでいたというのは知らなかったが、そんなことはいい。そんなことよりも、俺の知っている人間が。俺達の身勝手な戦争の為に、死んでしまったというのか。
「……くそっ!!」

 テーブルを力一杯に叩く。この戦い、俺は一人の犠牲者も出したくないと思った。その意味を、身近な人が死んで、今更に実感するなんて。
「……キャスター、もういいだろ。テレビ、消してくれないか」
 いたたまれなくなり、そう言った。葛木先生の分、なんて言うつもりはない。命は一人に一つ限り、代用なんて出来ないんだから。けれども、その死に意味があるというのなら、それは俺がつくる。この先に、決して犠牲者なんて出さない。
「キャスター?」
 と、無言のままのキャスターを見る。
「テレビ、消しても」
 いいか、と。……そういいかけた所で、その様子に気付く。
「……」
 キャスターの表情は変わらず、あくまで無表情のままだ。

 けれども、おれには分かる。そこに込められた、ただ唯一の感情は――

「……ええ、もういいわね」
 それだけ言って、キャスターはテレビを消した。その意味。マスターが死んでしまったといったキャスターと、柳洞寺で死んだ葛木先生。それは詮索してはいけない、俺が入り込むべきでない領域だ。だから、そこから導かれる意味を深くは考えず、思考を切り替える。


「そうだ、キャスター」
「なにかしら」
「アサシンってどうなったんだ?」
 話題を逸らし、ふと思ったことを切り出してみる。
 アサシン。彼女にさえ拮抗したというその剣豪は、柳洞寺の門番だったとその少女は言っていた。それなら、少なくともキャスターと協力関係にあったということだけど。
 その問いに、ふん、と顔を逸らすキャスター。
「知らないわよ、あんなヤツ。……全く、肝心な時に役に立たないヤツだったから」
 とっくに消えているでしょう、というキャスター。
 ……そうか、それは残念だ。
「なぜかしら」
 表情を読まれたのか、キャスターが不服そうに訊いてきた。
「だってさ、アサシンとは協力関係にあったんだろ? まだ生き残っているなら、また協力しあえたかもしれないじゃないか」
 俺がアサシンに会ったのはほんの一瞬だったけれど、アイツは、気に入ったヤツを裏切るようなことはしない、そう断言できる。だから、生き残っているなら、きっとキャスターに協力してくれたと思う。
「随分アサシンを高く買っているのね、坊や」
「え」
 それに、不服そうに睨みつけてくるキャスター。
「いや、俺はだな」
「いいから、お昼の準備でもしてらっしゃい。不味いものをだしたら、承知しませんからね」
「あ、ああ。分かった」
 有無を言わさぬ迫力に、黙って従うことにする。
「それじゃ、期待しててくれ」
「ええ、不味い料理の代償を考えておくわ」
 不味い決定か。そう口に出すのは怖いので、黙って厨房に向かう。
 しかしさっきのはなんだったんだろう。やっぱり、マスターが他のサーヴァントを誉めたりしたら悔しいものなんだろうか。
 それなら少し嬉しい。俺みたいな半人前の魔術師でも、マスターとして認めてくれてるってことなんだから。



 その戦場に、俺は一人立ち尽くしていた。精神を集中する。イメージする
のは、常に最強の自分。
「……さて、やるか」
 というわけで、昼飯を作ろう。

 厨房(戦場)の準備を整え、食材を取り出す。目的は唯一つ、キャスターを満足させる料理を創り出すこと。
 先程のお茶、あれは確かに美味だったろうが彼女を満足させるには至らなかった。故に。
 今度こそはと、創る料理の名は"焼そば"。
 誰もが俺が和食を作ると予想しただろうが、それは間違いだ。……冷蔵庫から賞味期限のやばい麺が沢山見付かったからなんだけど。藤ねぇめ。
 だが、焼そばを雑な料理と一言で片付けてしまうなど有り得ない。本当に美味いそれを作りたいのならば、あらゆる作業、あらゆる調理に高いスキルが必要だ。故に、この場この戦いにおいて、これ以上にふさわしい料理など……沢山あるけど……まあ、焼そばもありだろう。
 言うまでもなくこれは戦いだ。彼女を満足させられなければ相応の代償が待っている。
 故に、その呪文を紡ぐ。
「――麺製開始(クッキング・スタート)」
 全身の細胞、全身の感覚神経を稼働させる。
 ここに、調理は開始された。

 野菜を切り、その後に肉を切る。無論、フライパンは温め始めている。家
庭の厨房では、火力が足りなすぎる。それは紛れもない事実。……だが、そんなのは関係ない。火力が足りないのなら、調理の腕で補ってやる――!!
 動作は際限無く加速し、その速度は主観的に光速を越える。
 調理過程を組みあげる。包丁はまな板上を踊り野菜は中華一番の様にボールに収まり麺は程良くほぐれフライパンは加熱し野菜を入れ肉を入れ麺を入れ、あらゆる行程を完了(クリア)し尽くし――

 ――ここに、ソースを絡めて麺を成す――!!!

「出来た」
 作った焼そばを持って、居間に向かう……くそぅ、呑気に昼ドラを見てるし。だがその余裕もここまでだ。
 行くぞキャスター、お腹の準備は十分か。



ぴこぴこ
「……感想は?」
 昼飯を出し、キャスターが食べ始めたところで。徐に訊いてみた。何せある意味こっちの命がかかっている。正義の味方が飯が不味かったから殺された、なんて笑い話にもならないし。
ぴこぴこ
 対してキャスターは無言だ。箸は進んでいるから不味いということはないだろうけど……
「おい、キャスター」
ぴこぴこ
 返答はない。
「なあ、キャスター」
ぴっこぴこ
 返答はない。ないが、
「美味いんだろ?」
「な、なにかしら?」
 ようやく口を開くキャスター。
「だから、飯が美味いんだろって」
「ふ、ふんっ、不味くはないわ」
ぴこぴこ
「そうか」
 その言葉に、思わず顔が綻ぶ。
「な、何よ、美味しいとは言ってないのよ?」
「ああ、そうだな」
 それでも、顔の緩みは止まらない。
「…ふんっ」
 ぷいと横を向いてから、食事を再開するキャスター。
ぴこぴこ
「……」
ぴこぴこ
 うん、満足してるみたいだ。
ぴこぴっこ
 何で分かるかって?
ぴっこぴこ
 いや、動いてるから。耳が。
 食事中、一口毎に長い耳をぴこぴこ動かしているキャスター。何とも分かりやすく反応する耳である。……ちょっと触ってみたいし。そんなことしたら殺されそうだが。
 穏やかな光景、平和な日々。うん、俺もぱっぱと食べてしまおう。



[35850]  胎動(1)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 18:58
「胎動」


 遅めの昼飯が終わり、キャスターは相変わらず居間でテレビを見ている。ご飯は大成功。キャスターは何だかんだ言っていたが、俺の腕に文句は無かったみたいだ。
 俺は出かける準備をし、まさに玄関で靴を履いているところだった。まだ陽も高い、それにくつろいでいるキャスターの邪魔をするのも悪いから、一人で出かけることにする。
 用件は一つだけ。すぐに帰ればキャスターに心配をかけることもないだろう。
 靴を履き終え、そっと玄関の引き戸に手をかける。そうして、外に出て――今日が快晴であることを知った。
 そういえば今日は一度も屋敷の外に出ていなかった。道場に行く時は天気なんて気にしていなかったし。ああ、心地良い昼下がりだ。
 思わず頬がゆるみかけ、だがすぐに目的を思い出し、陰鬱な気分に変わる。…全く、必要な事とはいえ、足取りが重い。
 爽やかな陽光と、暗い心持ち。俺は教会へと歩き出した。



「言峰、いるか!」
 教会の扉を開け、礼拝者がいないことを確認した後。大声をあげて言峰を呼んだ。
 しばしの沈黙。
「いないのか……?」
 もう一度呼んでみるが、やはり返答はない。
「奥にいるのか?」
 単に聞こえていないのかもしれない。このまま帰ってしまえば無駄足になるし、またここに来れると言う保証もない。どうせなら、中まで進んでみようか。
 ここで待つという選択肢もある。早めに帰りたいとは言え、少し位は大丈夫だろうし、教会とは言え勝手に内部まで入るのは不味いだろう。
 それが普通の考え。けれども俺は扉に向かう。時間が惜しいからではない。
 ……この教会は、俺には合わない。衛宮士郎の全てがこの教会を嫌悪している。その理由は分からない。けれども、この場所でじっとしているのは耐えられない。理屈ではなく、そう思う。
 だから進む。無人の礼拝堂、一人分の足音が響き渡る。沢山の椅子を抜け、礼拝時の神父の立ち場所を越え、奥の扉を目指す。
 別段焦っているわけではない、だが知らぬ内に歩みは速くなる。
 そうして扉に手をかけようとして、
「よく来たな、衛宮士郎」
 直前、がちゃと扉が開き。教会の主が、いつもの重苦しい顔のまま、その姿を表した。



「それで何の用だ、衛宮士郎。この状況下でサーヴァントも連れず、正気の沙汰とも思えんが」
 教会の奥。この時間、礼拝堂で話をして一般人に聞かれでもしたら厄介だと言うことだろう。俺は言峰の私室に招かれた。
「お前に訊きたいことがある」
 単刀直入、用件だけを言う。先程同様――いや、奥に来れば来る程、嫌な感じが増している。
 視線で先を促す言峰。窓一つ無い部屋は、昼間だと言うのに蝋燭の明かりを必要とする。
「戦争に参加するのは七人のマスター、七騎のサーヴァントの筈だろう。……なのに、八人目のサーヴァントがいた」
「……何」
 ゆらり、と陰鬱な顔が揺れる。俺の用事は唯一つ、有り得ない筈のサーヴァントのことだ。
「……セイバー、は、そいつを前回のアーチャーだと言っていた。お前は管理者だろ、何か知らないか?」
 真っ直ぐに言峰を見据え、その答えを待つ。
 言峰はしばし考えた後に、
「――そのサーヴァントが、お前を襲ったということか?」
 逆に俺に訊いてきた。
「ああ、衛宮の屋敷を強襲してきた。……そのせいで、セイバーは」
 言葉が詰まる。それは忘れてはいけないことだけど。思い返せる程に、心の整理が出来てもいないのだから。
「セイバーが脱落したのか?」
 だがその傷を、この男は容赦なく抉って来る。
「……お前には関係ない」
「いや……そうだな、確かに私には関係がない。だが残念だな。あのサーヴァントならば聖杯にも届くかと期待していたのだが」
「……」
「全く、とんだ期待外れだ。所詮その程度の器であったか」
「!」
 その、言葉を。
「お前には関係がないと言った筈だ。お前に彼女の何が」
「ああ、私にあの騎士のことなど理解できんだろうし、その様なことに興味もない」
 許すことなんて、俺には――
「だが衛宮士郎。それは貴様も同じではないのか?」
「……何?」
 そこに、意外な――思いもしなかった言葉が飛んで来る。
「唯人が、英霊を理解できていたとでもいうつもりか? いや、英霊か人かなど関係はない。そもそも――ヒトが、他人を完全に理解することなど有り得ぬ」
「そんなこと……!」
「ないとは言えまい。そもそも、叶えるべき欲望の為に戦うサーヴァントと、戦いを終らせる為に戦うなどとほざく衛宮士郎。そら、この時点ですれ違っているではないか」
 返す言葉なんてない。人が他人を理解することなどできない。そんなことを認めるつもりなんてないけれど、俺が、彼女を理解しきれていたなんて。
 そんな欺慢を口に出すことは出来ない。
「……もういい。用件は済んだ、俺は帰る」
 これ以上こんな話を――こんな場所で、続けたくはない。逃げるように席を立つ。
「そうか、見送りは」
「いらない」
 振り返らずに出口へ向かう。
「……八人目がお前の家を襲った、それは私も知らなかった。暇があればまた来い。調べておこう」
 扉を開けたところで、最後の言葉を聞く。
「ああ。期待しないで待ってる」
 そう言って扉を閉めた。
 暗い部屋を後にし、昏い教会を出る。雲一つ無かった空は、どんよりと灰色に覆われている。
 思ったより時間をくってしまった。怒られないよう、さっさと屋敷に戻ることにしよう。



「ただいま」
 小声でそう呟き玄関をくぐる。出かけてから二時間以上は経過していた。出来ればキャスターと顔を合わせない様に……
「おかえりなさい」
 出来るわけがなかった。玄関でいきなり遭遇する。
「お、おう」
 顔を逸らしながら靴を脱ぎ、何気無い感じでキャスターの横を、
「待ちなさい」
 通らせてもらえるわけもなく。
「な、なんだよ」
「何処に行ってらしたのかしら、マスター」
「いや、ちょっとそこまで」
 にっこりと笑うキャスターに、視線を合わせない様に答える。かなり怖い。
「ちょっとそこまで。へえ……マスターは現状を理解していらっしゃるのかしら?」
 笑顔を崩さず尋ねて来るキャスター。
 まずい。ここは逃げねば、衛宮士郎は殺される。
「……分かってるよ。戦いももう終盤だし、一人で出歩くのは危険なんだろ?」
 にもかかわらず、律儀に返答してしまう俺。
 ――殺される
「へえ、それを分かっていて、何故貴方は独りで出かけたのかしら?」
――殺される
「いや、少し位なら大丈夫かと思って……こんなことでお前に迷惑かけるのも嫌だし」
――他の誰にでもなく
「……へえ、少しねえ」
――他の何にでもなく
「いや、悪いとは思ったんだけどさ」
――俺はコイツに、
「……はあ」
――殺される、とか思いそうになった直前、キャスターは徐に溜め息を吐いた。
「……えっと?」
 何が何だか分からない……てっきり怒(殺)られるかと思ったんだけど。
「坊やの性格は把握出来ていたからね、意味もなく外に出ていたわけじゃないのは分かるけれど」
 愚痴のように呟くキャスターに怒りの色は見られない。
「大方、管理者の所にでも行っていたのでしょう。あのサーヴァントについて情報を得る為に」
「え」
 参った、見抜かれていたのか。
「…まあ、立ち話もなんだし。とりあえず、居間で話を聞きましょう」
 そう言って俺を促すキャスター。…その顔は真剣、魔術師として、サーヴァントとしてのそれだ。なら俺も真剣に。あの黄金のサーヴァントについて分かったことなんて全然無いけれど、戦争(たたかい)について話し合おう。



「それで何か分かったのかしら?」
 居間に腰を落ち着け、まあお茶でも、と勧めながら話を促すキャスター。もっとも煎れたのは俺なんだけど。
「いや、何にも」
 正直に答える。強いて言えば、"言峰が八人目のサーヴァントの存在を知らなかった"ことが分かったと言ったところだ。
「そう……まあ、期待はしていなかったけど」
 それを全く気落ちせずに受けとるキャスター。常に最悪の事態を想定しておく、それは魔術師としての在り方だ。俺に欠けている部分、その在り方は頼もしい。
「まあいいわ。それよりも、もう一度訊くけど。何故私に無断で外出したのかしら?」
 その問いに、先程のような笑顔や怒気は微塵も無い。あるのは、ただ俺を気遣う気持だけだ。……だからこそ、そこにある迫力はさっきとは段違い。ごまかす様な事は言えない。
「戦いも終盤、一人で出歩くのは危険……坊やの言う通りよ。死にたくなければ、その意味を、本当の意味で理解なさい。少し位なら大丈夫? 程度の問題じゃない。死んでしまってからでは遅いのよ」
 言い返す言葉はない、全てキャスターが正しい。…だから、俺に出来るのは頭を下げることだけだ。
「分かればいいのよ。幸い今回は無事だったのだから、これから改善することを考えなさい。……全く、どれだけ心配したか」
「え、心配してくれてたのか?」
「っ! そんなこと言ってないわよ!」
 いや、聞こえたし。
「……私は部屋に戻っていますからね」
 部屋って、自分で勝手に選んだのかよってのはおいておいて。そういえば俺が屋敷に帰ってきた時、"偶然"玄関前にいたキャスターに見付かったけれど。
もしかしてあれは、あそこでずっと待っていてくれたってことなんだろうか。
「ちょっと、聞いているの?」
 だとしたら、謝るだけじゃ駄目だ。
「坊や、」
「ありがとう、キャスター」
「……何よ」
「だから、俺が帰ってくるまで、待っていてくれたんだろ」
 彼女は答えず、
「……用があれば呼びなさい」
 それだけ言うと、居間を出ていった。。
 無意識に緩んだ頬をそのままにそれを見送る。キャスターの忠告(しんぱい)、それを知った今、二度と彼女を、無為に心配させるようなことはしない。今ならそれを誓って――本当の意味で、彼女と共に戦っていける。



 晩御飯。よし、また美味いものを作って……と思っていたのだけど、厄介なことになってしまった。何とか出来はしたものの、明日の朝はともかくとして、昼からはやばい。
 まあ、つまりだ。
「……食材がない」

「え?」
 少々質素な夕食を食べながら、キャスターがこちらを向く。
「だから、食材がない。いや、正確に言うと麺しかない」
 最近はごたごたしていたから、買い物に行く暇がなかった。正しくは数日前に行ったのだが、全て食べ尽してしまった、主に虎なんかのせいだが。台所を預かるものとして、これは由々しき事態である。……ちなみに、麺は例のアレである。正味期限は既にレッド・ゾーンだったりする。
「いつまで保つの?」
 そんな俺の思考を知ってか知らずか、尋ねてくるキャスター。
「明日の朝は、食パンだけなら何とか。昼からは正味期限ギリギリの麺しかない」
 ぎりぎりが三日オーバーを意味するのは秘密だ……そもそも持ち込まれた時から危なかったのだが、何を考えていたのかあの虎は。
「何なら私は食べなくても問題はないから。今日の分のおかずをとっておいて」
「それは駄目だ」
 そこだけは譲れない。それを察したのだろう、キャスターは深く溜め息を吐く。
「それじゃあどうするのよ」
「……む」
 まあ、買い出しに出掛けるしかないんだけど……正直バーゲンでもなければ、今の懐具合いは厳しいものがある。全く自分が情けなく思えてくるのだが……いや、ホントにどうしようか。
「あ」
 ちょっと待った、と思考を切り替え、がさがさと探し始める。
「どうしたの?」
 怪訝そうに訊いて来るキャスターを制止し、目的のものを見付け出す。
 じゃーん、という効果音が似合う程に、誇らしげにそれを掲げる。
「チラシ~」
「……大丈夫?」
 なんというか素で返されると辛い。というか馬鹿みたいだ。
「まあ見てくれ」
「……新都フードモール? センスの無い名前ねえ」
「確かにそうだけど、注目すべきはそこじゃない」
 名前の割に連なる店が料理店ではなく、食材系の店が多いのが特徴らしい。本格的に深山商店街を潰す気かこいつは、と言いたいところだが、今はその存在に感謝したい。
「二月上旬オープン、オープンセール開催。これが何?」
「実はな、金の余裕があまりないんだ」
 言ってて情けないというのはおいといて、俺の狙いはただ一つ。
「開店セール……すなわちここにある食品店全てが安値で売り出していると言うことだ」
 この開店セールは、棚卸しの為の閉店セールだとか、その後にある開店セールのような詐欺みたいな代物とは違う。真なるオープンセールとは、全てとは言わないまでも安い品が多々あるものなのだ。
 そんな俺にキャスターは溜め息を吐く。
「……坊や。不用意に外出するなと言ったでしょう」
「分かってる。一人で勝手に出掛けたりはしない」
 そう、だから。
「キャスターも一緒に行けば問題無いだろ」
 その言葉を口にした。
「はい?」
 それに、予想外だったと言うように見つめてくるキャスター。
「ああ、明日は新都に行こう」
 目を逸らして言う。キャスターはしばらく考えた後、
「……はあ、別に構わないけれど。それはデートのお誘いかしら」
 そんなことを言われた。
「いやそうじゃなくてだな」
「生憎だけど、子供には興味無いわよ」
「いや、だから!」
 なんなんだコレ、まるで遠坂みたい……そうか、からかわれているのか。
 それに気付き、ようやく落ち着いた俺を、キャスターは何でもない様に見てい
る、ようで目が笑っていた。
「まあいいわ。とにかく、それじゃあ明日は」
「ああ、新都に行こう」
 からかわれたりなんだったりしたけど、戦いの中、約束がまた一つ。……それは
――の代わりというわけでは決して無いけれど。必ず果たそうと、そう思った。
 丁度食事も終わったことだし。後片付けでもして、明日に備えておくとする。



 ――深夜零時。これからのことを考えている内にふと、ここ、つまり土蔵に来てしまった。これも習慣というやつだろうか……最近は色々あって、この時間にここに来ることはなかったとはいえ、俺の体は鍛練を忘れていなかったらしい。
 ここに来たのならすべきことは決まっている。
「――"投影開始(トレース・オン)"」
 だが何故だろうか。俺はこの鍛練、遠坂に与えられた"スイッチ"式の魔術回路生成ではなく、十年近く続けていた、無駄だらけの回路精製――ゼロからの精製を始めていた。
「――基本骨子、想定」
 時間はある。ゆっくりと、丁寧に八節を組み上げていく。
「――"投影完了(トレース・オフ)"」
 ふう、と息を吐く。投影されたのは干将・莫耶。あの男が愛用し、俺にも良く馴染む双剣だ。
 手応えに満足し、イメージを瓦解させる。双剣は瞬く間に消え去った。
「見事なものね」
「ん?」
 背後からの声に振り返る。いつから見ていたのか、そこにはキャスターがいた。
「大した事じゃない。というか、俺にはこれしか出来ないし」
「それでもその才能は稀有なものよ。それ程の――いえ、そんな投影は、この私にも出来ない」
 そんなことないと言いながら、神代の大魔術師にそう言われるとちょっと嬉しかったりする。
「だから俺の魔術は」
「これだけ、というつもり? ……馬鹿なことを。改めて見て確信したわ。こんな魔術(もの)、貴方にとっては余り物に過ぎないでしょうに」
「え?」
 俺の魔術(とうえい)が余り物? どういう意味だろう。
「それって、ひょっとして馬鹿にしてるのか?」
 余り物って、俺が全然駄目だってことか? ……未熟なのは自覚しているけど。
 だがそんな俺にキャスターは、
「そんなわけないでしょう。ええ、確かに貴方は半人前だし、この先も魔術師として大成することはないでしょう。けれども、貴方の魔術、たった一つの武器を馬鹿にしているのではないわ。……ただ、貴方が勘違いをしているというだけ」
 魔術師の顔をして、けれども本当に心配しているように、そう言った。
 それなら読み取らないと。そこにある意味、それは。衛宮士郎が、絶対に理解しなければならないコトではないのか――
 けれども俺にはキャスターが言いたいことが分からない。少なくとも、今の俺では知識も実感も足りなすぎる。
 キャスターは頷き、
「それは――」
 しかしすぐに口をつぐんだ。
「いえ、今は未だ、知らない方がいいでしょう。それは自分で気付くべきこと。……外部からの教授によってそれを意識すれば、制御しきれる保証はないわ」
 代わりにそんな言葉を残す。
「その話はもういいわ、今は忘れておきなさい。……それよりも、一つ訊きたいことがある」
 忘れろと言われて忘れられるわけないじゃないか。そう思ったが、キャスターがあまりに真剣な顔をしているので、黙って続きを促す。
「貴方は今まで、あんな鍛練を、ずっと続けていたと言うの?」
 あんな鍛練? ああ、魔術回路を一から造りあげることか。
「ああ……と言っても、聖杯戦争が始まってからは遠坂に矯正されたから、スイッチみたいに回路を起動できるようになったけど」
 さっきのは何故だか昔の方法でやっちまったんだ、と付け加える。
 その言葉に、キャスターは怪訝そうな顔をする。
「貴方にだって師匠はいたでしょう。回路の切り替えを教わらなかったというの?」
 それは遠坂にも訊かれたことだ。
「いや、親父……俺の師匠は親父だったんだけど。あの人は俺に魔術師になって欲しくないって言ってた。魔術師として生きることは、常に死と隣り合わせだからだとか」
 だから魔術についてはほとんど教えてくれなかったんだ、と続ける。これは遠坂の言葉だけど、確かに魔術師らしくはなかったのかもしれない。
 これで遠坂は、納得はせずとも理解はしてくれた。だから多分キャスターも、
「馬鹿なことを言わないでちょうだい。それでは矛盾があるでしょう」
 全く理解出来ない、とばかりに唸った。
「なんでさ。遠坂はこれで分かってくれたけど」
「あんなお嬢ちゃんと一緒にしないでちょうだい。そもそも、貴方もおかしいとは思わなかったの?」
「なにがだよ」
 おかしなところはなかったと思うけど。
「例えほんの少しでも、魔術を習うことと、魔術回路を生成することは表裏一体なのよ。貴方の父親が、息子の命を心配していて、それでも魔術を教えてしまったのならば。そんな危険な回路の生成方法を放置しておく筈がない……むしろスイッチの切り替え方を学ばせる筈よ」
 確かに。言われてみればそうかもしれない。何で親父は、ある程度の魔術的知識は教えてくれたのに、その方法だけは教えてくれなかったのだろう。
「……でも、親父が俺を心配してくれていたのは真実だぞ。血は繋がっていなかったけれど、確かに爺さんは、俺の父さんだった」
 それは本当だ。その心を。その顔を、今も憶えているんだから。
「ええ、それは多分真実なのでしょう。……でもそうすると」
 まさか気付いていたとは思えないけれど、なんてぶつぶつ言い出すキャスター。また自分の世界に入ってしまった。下手に口を出してはいけない。
「……まあ、最早分からないことでしょうね」
 今回は結構早く戻ってきたようだ。
「考えても仕方のないことね。坊や、邪魔したわね。お休みなさい」
 戻ってきたら戻ってきたで、さっさと屋敷に帰ってしまった。…なんだったんだ一体。
「……まあいいか」
 分からないことは分からないこと。キャスターが答えを知っているのなら、何時かは教えて貰える時……もしくは自分で気付くときが来るのだろう。
 うん、明日も早いし。もう少し鍛練したら、俺も戻ろう。



[35850]  胎動(2)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 18:59
「Interlude」


 蝋燭の、薄暗い光。その明かりが、ゆらりと男の顔を映し出す。…恐らく一生変わることがないであろう、固く陰惨な顔がそこにある。
 ここは彼の私室。代行人にして魔術師、管理者にしてマスター。二律背反を背負うその男は、けれども一つの方向のみを指向する。……それはある意味、かの少年と同種であるとも言える。
 男はソファに座ったまま。何をするでもなく、虚空を見つめて在り続ける。
「呼んだか、言峰」
 何をするでもなく、というのは過ちであったか。彼は突如現れたその男を待っていたのだろう。
「…ああ」
 振り向きもせず彼は答える。それに対し、現れた男――全てに尊大である――は何の不快感も見せず、用件を促す。
 彼もまた簡潔に答える。
「ギルガメッシュ、お前にやってもらいたい事がある」
 そこにあるのは主従関係ではなく、ただ利害の一致のみ。それがこの二人の関係。そうでなくては十年間も続き得まい。
「些かサーヴァントが残りすぎている嫌いはあるが、開幕から少々時間が掛かり過ぎだ。……ここからは選別の時間としよう」
 彼は言葉を続ける。それに黄金の英霊は、興味なさげに耳を傾け続ける。
「頃合いだ。器を取ってこい」
 その言葉を待っていた、とばかりに。ようやく英雄王は笑みを見せた。
「我は構わんが、いいのか言峰。貴様の言う選別とやら、器自身はそれに掛けないのか」
「あれはアインツベルンのマスターだろう。故に聖杯に願いなど求めず、ただ聖杯を欲し、一族に持ち帰るだけ。そのような愚物、選別する価値もなかろうよ」
 それは彼の本心だ。聖杯の所有者はあくまで平等に選ぶ、という彼は。その実、自身の秤を以てそれを選別する。…ここにもまた、矛盾が存在する。
 それを知ってか知らずか、英雄王は嘲笑する。だからこの男は詰まらず、故に面白いと。
「了解したマスター。我が器を"選別"してきてやろう」
「ふん…事は確実にな」
 その言葉に不可解なものを憶えながらも、言峰騎礼はそのサーヴァントを促した。
「たわけ、我を誰と心得るか」
 そう嗤って、英雄王は部屋を去る。背中を向け、扉を開けようとした時。
「待て。…貴様、衛宮の屋敷へ行ったそうだな」
 今思い出したかのように振る舞いながら、彼はそう問いただした。英霊は足を止め、再度マスターの方へ振り返る。
「今日、衛宮士郎がここに来て、八人目のサーヴァントの話をしていた」
 その言葉に、英雄王は嗤いで返す。
「セイバーを滅ぼしたのは貴様だな。……私に無断で、勝手な事をするな」
「ほう、だったらどうする」
 英雄王が殺気を放つ。それは紛れもなく眼前の神父に向けられている。
「どうもせんよ。もとより私の力でお前を御せる筈もない」
 それを歯牙にもかけず、何の媚も遠慮も込めず、彼はそう告げた。
 英雄王の表情は変わらない。……ただ殺気が薄れていく。
「――く、面白い。それでこそ言峰、と言っておいてやる」
 こういう男だからこそ、今まで殺さずこの関係を保っていた。それもまた英雄王の本心であろう。
 再び背を向け扉を開ける。そうして去ろうとした彼に、
「あまり調子に乗りすぎるな。遊びが過ぎると、次はそれだけでは済まんぞ」
 無関心、何の心配も込めず、神父は発声した。
 それを嗤い、右腕を挙げて応えるサーヴァント。その左腕は見えない。そうして彼は去った。
 聖剣によって蒸発した左腕。受肉したとはいえその身はサーヴァントだ。……しかしいかなる神秘か、それが再生することはなかった。
 隻腕の英雄王。そんなことを気にも止めずに。彼が目指すのは、器たる起動式だ。
 それを"選別"すると言った彼。その標的は、しかし――故に冬の城ではない。
 没落した名家。英雄王は間桐に向かう。



[35850]  the white witch, 3――ある約束
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 19:52
 ……頭に靄がかかっている。俺の意識は希薄になって、夢見心地でおれを見てい
る。
 浜辺に来て、と彼女は言った。それは彼女からの初めての頼み、おれが断る理由はない。待ち合わせは夜だったけれど、こっそりと抜け出してくるのはなんてことない。
 剣は成った。この日の為に創りあげた概念武装。おれは魔術師じゃない。だから剣には、未だ何の魔術も篭っていない。けれど彼女なら、きっと一流の礼装に仕上げられる。だからこれが、手先の器用さ――剣製しか取り柄のないおれからの、精一杯のバースディ・プレゼント。
 どれ位待っただろうか。そもそも、具体的に待ち合わせの時間を決めていなかったんだけれど、それでも随分な時間が経っていた。
 これは彼女に文句の一つでも言ってやろう。
 そんなことを考えながら、けれども何故か楽しい待ち時間。疲れるから座って待っていようかと思ったところで、遠くに彼女が見えた。今宵は新月、月明かりもなく真っ暗だけれど、何故だが彼女の周りは明るい。おれを待たせたことに焦っているのか、彼女は全力疾走している。……そんなに急ぐことはないのにと思う
 けれど、一生懸命向かってきてくれているのなら正直嬉しい。愚痴の一つも考えていたけれど、ここは素直に迎えることにしよう。
 彼女の姿が近付いてくる。遠目にもすぐ分かる。いつものマントみたいなローブに、肩までのびた蒼色の髪。それに手を振ろうとして――もう一つの人影に気付いた。
 おれの知らない誰か。……誰だろう? 遠目にも、明らかに常人とは違う――それこそ英雄じみた威容。彼女とその誰かが近付いてくる。
 そうしてすぐ側まで来て彼女は――(虚ろな)――笑顔で俺に言う。一緒に来てほしい、私達とあれに乗りましょうと。
 その示す方向には一隻の船。確か、この前この国に来た船だ。
 なぜ、と問う間もなく、促されるままそれに近付く。
 急げ、と叫ぶ誰か――精悍な男性。その声のまま、彼女と共に船に乗る。
 船上には沢山の知らない人々。おれと彼女、最後に男が載ると、急発進で出航する。
 連れていくのかという男の問いに、ええ、と応える彼女。
 何がなんだか分からないけれど、すべきことが一つだけある。何にせよ、このプレゼントを渡さないと。
 そう思って声をかける。振り向く彼女。
 出航した船、大急ぎで海原へ向かう。……その後方から、遥かな唸り声が轟いた。






「the white witch, 3――ある約束」


「ん……」
 朝の気配に自然と目が覚める。今が何時かを確認しようと思い、時計を探す。
「……またやったか」
 見ようとした所で現状に気が付く。時計はおろか布団すらない。ここは土蔵、どうやら鍛練の後、そのまま眠ってしまったらしい。
 さて、と気合いを入れて立ち上がる。とりあえず朝飯、その前に現在時刻の確認、プラス着替え。俺は土蔵を出て、居間の方に向かった。



「あら坊や、おはよう」
 居間に入ると、既にキャスターが起きていた。
「ああ、おはよう……って朝早いんだな」
「そうかしら、坊やが遅いんじゃなくて?」
 そう言われて時計を見れば、時刻は六時半過ぎ。確かに寝坊したが、世間的には早い時間だと思うぞ。
「とにかく顔でも洗ってらっしゃい。もうすぐご飯もできるから」
「む、朝飯つくってるのか」
 何だか仕事をとられた気分…いやとられたのか。というか寝起きであの料理を食べることになるのか。
「何か言って?」
「何も」
 心の声に反応するキャスターを置いて、洗面所に向かうことにする。まあ朝飯だし、食材もほとんどないし。あれで不味いものをつくれる方が才能だし。味付けするようなものもほとんどないだろうから、変なものは出てこないよな……と思っておこう。



「さて、それじゃあ食べましょう」
 顔を洗い着替えも終わり、朝食なわけだが。
「いただきます」
「……いただきます」
 メニューはいたって簡単。トーストにサラダ、目玉焼きだけである……というかそれしかなかったわけだが(麺以外)。
 まずはサラダに箸をつける。野菜は丁寧に切り揃えられ、盛り付け方も綺麗だ。キャベツがなかったんでレタスなのはおいといて、一番怖かった目玉焼きもいい感じで、なかなかに絶妙な半熟加減。
 サラダと目玉焼き、それに紅茶を一口。一通り箸をつけ、密かに出来栄えに感心する。
「坊や、パンが冷めるわよ」
 来たよこれ。折角感心していたところで、"ソレ"の話をされた。
「……キャスター、これは」
 視界から、意識の中から(故意に)外していた"ソレ"を認識してしまう。
「何か文句でも?」
 そんな俺に対し、笑顔のキャスター。くそう、怖い。…このメディアでキャスターめ、ニュースでも報道してろよー、とか訳の分からない愚痴をこぼしてみる……無論心の中で。
 まあ、つまりだ。
「真っ黒焦げ」
 だった。
「何 か 文 句 で も ?」
 あくまで笑顔な悪魔のキャスター…うん、ホント怖いぞ。
 けれども、こと料理に関しては、そんな威圧に負けるわけにはいかない。そんなモノに衛宮士郎が負けるなどあり得ないのだ。
「キャスター」
「何よ」
 だから言わないと。俺が全ての料理人の想いを代弁出来るように。
「それはトーストじゃなくてだな、」
 たとえこの身が朽ちることになろうと、俺が俺として――厨房の主(マスター)として在る為に。
「――ただの炭じゃないかと」

バキッ

 殴られた……ってこういう時は普通ビンタとかじゃないのか。
「うるさいわね、いいから黙って食べなさい!
「ああ、食べるけど――」
「食べるけど、何……ってどうしたのよ坊や」
「……いや、何でもない。いただきます」
 何にせよ、残すつもりは毛頭ない。角の方から、真っ黒なパンをかじる。

 全く、それにしても。
 殴られて、っていうのも何だが。何かほんの少し前――誰かに同じように殴られたのを思い出してしまった。そうして、その誰か後ろに。綺麗に佇んでいたのは誰だったか――
 その記憶を脇においやる。…教会でもそうだったけれど。気が付けばそれを思い返しそうになる。
 それが未だ、今の自分には辛すぎる。…だからもう少しだけ。いつか乗り越えるその日までと――(目を背ける自分を容認した)――



「それじゃそろそろ行くか」
「ええ」
 朝食も食べ終え、支度をして玄関に立つ。バスの時間も予定通り。昨日の約束通り、新都へ向かうことにする。
 がらがらと玄関を開け、空は気持ちの良い青色、絶好の外出日和。折角だからおもいっきり楽しもう――
「って、あれ?」
「どうしたのよ」
 ふと思い出して、バスの時刻表を確認する……げ、やっぱり。
「……走るぞ」
 言うが早いか、キャスターの手を取って走り出す。
「ちょ、何が――」
「時間間違えてた!後二分でバスが来る!」
「なっ――」
 喋る間もなく駆け続ける。全く、気持ちの良い一日だってのに。やっぱり、慌ただしく始まったのだった。



ブロロロロ

 バスの発車音が響く。
「……」
 俺達の目の前、バスは無惨にも
「はあ……ぎりぎりだったわね」
 まさに発進するところで、待っていてくれた。
「ああ。てかアウトだったんだけどさ」
 何にせよ乗れて良かった。これを逃せば次は三十分後だし。
「全く、私は肉体労働は苦手だって言うのに……」
 ぜいぜいと息を切らすキャスター。それでも何とか落ち着こうとしている。
「……それで、どれ位で着くの?」
 バスに乗ったのは初めてなのだろう、けれどあまりキョロキョロするのも恥ずかしい、そんな感じで訊いてくるキャスター。
「歩いて一時間もかからないから、バスなら十分ちょいじゃないか?」
 かくいう俺も、バスに乗るのは随分久しぶりだ。節約兼鍛練として、新都に行く時は歩いていっていたし。
 走るバスから見える景色は、自転車のそれとはまた違う。久方振りに乗った俺も、実は少し楽しかったりする。
 キャスターは外を見ている。その視線の先は分からない。ただ俺には。ここからは見えない、柳洞寺を見ているのではないかと思えた。
「何よ」
 俺の視線に気付いたのか、キャスターが言う。
「いや、別に 」
 けれどもそれは、俺が訊くことではないのだから――

「待ちなさ~い!」
 と、突然の叫び声、むしろ怒鳴り声。それはバスの外から、窓越しでも聞こえる騒がしさで、
「なんだ……って藤ねえ!?」
 走り去るバスから、一瞬だけ見えた光景。患者用の服を着た虎が見えた……てことはあれか、病院から脱走中か。現在進行形で。
 全くどうしようもない大人だな……と思いながらも、元気な姿に笑みが溢れる。大丈夫とは聞いていたけど、実際にああいう姿を見ると安心出来るわけで。
「坊や?」
「いや、なんでも」
 怪訝そうに言うキャスターに、しかし顔のにやけは収まらない。
 無事だったものもある。嬉しいんで、このまま。久しぶりの外出を楽しもう。



ブロロロロ、プシュー

 降車用のドアが開く。運賃を入れてバスを降り、伸びを一つ。
 十分ちょっとと言ったが、所要時間は約二十分。思ったより時間がかかったとも思ったけど、まあこんなものだろう。
「やっと到着ね」
 先に降りていたキャスターが呟く。その顔は僅かに青い――酔ったのか。
「新都は初めてか?」
「いえ、何度か来たことや……視ていたことがあるわ」
 それはそうか。戦争中なんだ、街の全容位は把握しているんだろう。答え
が何か変だったのはおいといて。
「それで何処へ行くんだったかしら」
「ああ、新都フードモールだから、あっちか」
 チラシの地図を確認し、指で示す。
「そう。それじゃあぱっぱと済ませましょう」
「ああ」
 買い物の後、時間があれば少し位街を周って行けるだろうし……ってやっぱりデートなのかこれ。
「坊や」
「ああ、今行く」
 交差点を渡って、俺達は目的地へと向かった。



 新都フードモール。広告によると、様々な食材店が軒を連ねた、この街に作る
には無謀としか思えないショッピングモール。実際はそれ程大きなものではないが、それでも野菜などはおろかどこでとってきたのか分からないような食物まで売っているらしい。
 とはいえ全て聞いた話だ。こういうものはやはり、実際に来てみないと分からない。
「で、来たわけだけど」
 しょぼい。ぱっとみてしょぼい。第一印象からしょぼい。
「……」
 キャスターは無言だ。その気持ちは分かる。
「これじゃ深山の商店街と変わらないぞ」
 別に深山を馬鹿にしているわけじゃないけど。わざわざ遠出してこれじゃ、正直あんまりにもあんまりだ。
「とにかく、行きましょう」
 気を取り直してキャスターが言う。…まあオープンセールなのは事実だし、そのおかげかそれなりに賑わってもいるし。買い物自体に困ることはなさそうだ。

 モール内に進む。一応アーケードになっていて、天井には屋根がついている。
 とりあえず最寄りの店へ。見た目普通の八百屋だ…中もそうか。値段は…微妙。
 いらっしゃい!と威勢の良い店主に会釈して、別の店を覗くことにする。
 キャスターは黙ってついてきているが、明らかに退屈そうだ。その内魔術で値引きさせるとか言わんばかりの雰囲気。
 ……とりあえず一通り見て廻って、早めに買い物を切り上げるとするか。



 二時間後。
「よし、こんなもんかな」
 大きめの袋二つ分の食材を抱えてそう言った。結構時間はかかったけど、キャスターは退屈そうにしている……かと思いきや、普通に買い物に参加していた。
 店主の世辞を巧くかわし、的確に値切ってもらわんとする。何というか凄く主婦が馴染んでいた……本人には言ってないけど。
 いやしかし、それにしてもだ。どうも俺はこのショッピングモールを舐めていたらしい。
 確かに始めは普通の店が多かった。値段はまあそれなり、それこそ本当に深山町の商店街という感じだった。……だがその中心に近付く度、奥へと進む度に、その真の姿が現れ始めたのだった。
 あるラインを越えたところから、まず客層が変わった。日常と非日常、本来なら有り得ない来訪者達。近所の主婦の方達はなりを潜め。代わりに現れるのはいかにもな食通達と…国籍不明な方々。人種入り乱れた謎ストリート、この町の未来が本気で心配になってくる。
 ……そうして。その中に一つ、在る。特に異彩を放っていたのが、とあるカレー食材店だった。スパイスの店でもなく料理屋でもない、カレーを"創る"ことに特化した食材店――その様はまさに華麗百景。カレーの為の食材のみが所狭しと並んだ異界法典だった。店主の眼鏡さんに捕まっていれば、きっと餌食になっていたことだろう……。
「坊や、どうしたの?」
「いや、何でも」

 閑話休題、現実に戻ってくる。何にせよ買い物は終わった。時計を見れば、
時刻は十二時過ぎ。
「とりあえず昼飯にしよう」
「そうね、頃合いだし」
 手近な店を探し……流石にこの通りにはないか。
「街の方に行ってみないか?この辺じゃ料理店もないし、まだ時間もあるし」
「別に構わないけれど」
 そう言うキャスターに頷き、フードモールを出る事にする。正直こういう状況で昼飯を食べるような所なんて全然思い付かないけれど。きっと何とかなるだろう。ただの買い物なのに、何故だろう、そう思える位に楽しかった。



 それからはあっという間だった。適当な店で昼食をとり、何と無く辺りを見てまわることにした。手近なデパートに入って洋服なんかを見て、小休止の後同じようなことを繰り返す。……キャスターが妙に可愛らしい服に興味を示していた(が、決してそのコーナーには近付かなかった)のはおいておいて。その後は水族館へ行き、映画なんかはキャスターが興味無さそうだったので中止。そしてまた、ブティックやらを廻ったりした。
 そうしてこれからどうしようかと考えていた所で、前方に顔見知り発見。その人物――すなわち一成に声を掛けようとした所、全力でキャスターに止められた。

 その結果、現在。無理矢理手を引かれ入った手近な店は、何とも高級感の漂う、アンティーク調の喫茶店だった。
「……キャスター」
 不満げにうめく。考えてみればキャスターは柳洞寺を拠点にしていたんだ。だから一成と顔を会わせたくないというのも、何か理由があるのだろう。……けどさ。
「正直この店は勘弁して欲しかった」
 高級感の漂う店は、それに見合ってお値段も高級だった。一番安いのでも樋口さん一人じゃ足りないってのは、正直無いと思う。
「うるさいわね。私だって、アルコールの入っていない飲み物なんて興味無いわよ」
 自分は悪くないと言わんばかり、いやむしろ悪いのは俺だと言わんばかりの雰囲気で言われた。……なんでさ。
 かくいう俺も、紅茶よりは日本茶派なわけで、紅茶ポット一杯に千五百円はつらい、というか痛い。……安売りの為に来たのに、完全に矛盾している。
「どうしたもんかな……」
「何だかね……」
 はあ、と溜め息二つ。
「お客様、御注文はお決まりですか?」
「これ二つ」
 タイミング良く現れたウェイターに、一番安いやつを注文する。
「あん?坊主、値段で選んだな。悪いことは言わねえ、こっちにしときな」
 今日のお勧めってやつだ、と笑うウェイター。俺が選んだのとは百円しか変わらない。……まあ、それ位ならいいか。何か節約がどうでもよくなる程出費したし。……いや、しかし。
「それじゃ、それ二つ頂戴」
「おう」

 迷う暇無し、即答するキャスター。……いいけどさ。
 注文を待つ。静かな場所、静かな時間。聞こえるのは、コチ、コチ、と柱時計の音だけ。
 キャスターは無言、俺も喋らない。けれどけして嫌ではない沈黙。気が付けば陽も落ちかけて、西陽が朱く眩しい。
 まるで時間が止まっているような(止まってほしいと願う)――戦争なんて嘘の様な時間。背中がむずむずする様な心地良さの中、キャスターは無言。その表情は、読めない。
「どうしたの?」
 おれの視線に気付いたのか、彼女はこちらを向いた。
「何を考えているのかなって」
「別に何も。……ただ、こういう時間も悪くないかと思って」
 微笑むキャスターは、まるで のまま。魔女の烙印なんて、嘘みたいに。
「そういう貴方は、何を考えていたのかしら」
 質問を返された。……む、切り返しが巧いと言うか何というか。そういう所も彼女らしいとおれは思う。
 答えなんて求めていなかったのだろう、彼女は柔らかな雰囲気のまま――魔術師の顔で、言った。
「こういうのも悪くはないけれど……けれど、戦いは終わっていないわ」
 だから、この時間がいつまでもに続くことはないのだと。おれの心を読む様に――自分自身に言い聞かせるように。
 ……けれど。そうであっても、おれは――
「お客様、お待たせ致しました」

コト

 テーブルに紅茶が置かれる。それが合図。会話を切り上げ、俺達は紅茶に集中する。
「……あら、おいしい」
 意外そうなキャスターの声。感想は俺も同じ。美味しい紅茶は本当に美味しいんだな。
 ごゆっくりと微笑み、男性はカウンターへと戻っていく。


「ん……ごちそうさま」
 と、キャスターが飲み終わったみたいだ。俺も丁度飲み終わったし、
「それじゃ行きましょう。陽も傾いてきたし、休養はもう十分でしょう」
 また先に言われた。本当、そんなに分かりやすいんだろうか、俺は。
「さあ」
「ああ」
 促され、席を立つ。
 休養はもう十分。その意味は分かる。キャスターは否定するだろうけど。俺が    を失ってしまったこと、きっとそれを慰めようとしてくれていたんだ。
 ……そして、きっとこれで最後。聖杯戦争の終わりは見えて、こんな時間を過ごすことなんて、過ごせる時間なんて、きっとない。それは全くの真実だろう。

 なら、訊かないと。最初で最後の休日、彼女が求めた平穏な日々。

 ――それが、

「キャスター」
 振り返るキャスター(しょうじょ)。

「――楽しかったか?」

 その言葉に、彼女は。
「そんなこと……いえ、」

「――ええ」

 綺麗なままに、微笑んだ。


 一緒に出かけるというだけの、本当にちっぽけな約束。

 ――けれど。

 誓いはここに、果たされた。



[35850]  崩壊の前奏曲(1)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 20:14
「Interlude」


「ふむ、ここでもないか」
 とある西洋屋敷。当然の様に侵入した男が、我が家に居るかの様に尊大に佇んでいる。
 黄金の髪に真紅の眼―――英雄王が、そこに在る。
「下らん防護結界の割に、雑種の一匹も無し」
 男は嗤っている。嗤っているが――その眼は何かを探るように鋭い。
「止むを得んか。我には不似合いな場所ではあるが」

――地下を探るしかあるまい――

 瞬間、屋敷が鳴動を始める。何かが近付いてくる音。

キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ

 ソレに、男は顔をしかめる。
「気付かれないよう身を隠し、場所が割れればそれか」
 全く下らないと嗤う。

キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ キイ

「……騒ぐな雑念共が」

 ――誰が存在を許可したか

 その言葉を合図に、
 ……殺戮が、始まった。






「崩壊の前奏曲(おわりのはじまり)」


 さああ、と風が吹く。気持ちの良いはずの一撫では、だがここにおいては例外だ。
 ……ここでは、全てが死んでしまうのだから。
 けれどそれは終わったこと。起きてしまったことは戻せないなんて当たり前。だから、それは俺の中でも、とうに受け入れたコトだ。
 ……ここはあの公園、誰も近付かない焼け野原。十年前全てが終わった――俺にとっては始まりでもある場所だ。その場所で二人きり、ベンチに座っている。
「……ここに貴方もいたとはね」
「え」
 喫茶店の帰り、唐突にここに来たいと言ったキャスター。止める理由もないから、俺も黙ってついてきたんだけど――
「何で、」
 俺がここに住んでいたことを知っているんだ、と言いかけた俺を、キャスターが遮った。
「……昨日の夜、貴方の記憶を観たわ。――酷い火事だった」
 そういうことか。マスターとサーヴァントは繋がっている、だから互いの記憶を観てしまうこともあるという。無論キャスターのことだ、あの災害が前回の聖杯戦争によるものだってことは知っ
ていたんだろうけど。
「……ああ。けどそれはもう」
 終わってしまったことだから――うつ向いたまま、そう答える。
 西陽がきつい。逆光で、キャスターの表情は見えない。
「ええ、終わってしまったことは戻らない。だからマスター。この火災も、……セイバーのことも。貴方が責任を負う必要も、責められる理由もないのよ」

――だから、そろそろ自分を許してあげなさい――

――ざああ

再び吹いた風、共に届いた言葉。
「そんなコト分かってる。俺は責められてるつもりなんてない」
 ……けれどもし。俺に、ほんの少しでも力があったのなら、それはどんなに――

「それがおかしいのよ。貴方は何も分かってなんかいない。結局、貴方は全てを背負おうとしている。……そんなコト、神々であっても出来はしないのに」
「なんでさ。…救えなかったのは事実だけど、救いたいと思うのは間違いじゃない。なら、死んでいった人達の分も、俺は生きて」
「同じ過ちを起こさないように、とでもいうつもりかしら?…それが間違っているのよ。全てを忘れろなんて事は言わない。……けれどそんな考えでは、いつか。擦りきれて、壊れていってしまう」
 まるで誰かを思い返しているかのように、キャスターは感情を吐露する。
 全てを背負おうとしている? そんなわけない。俺は、自分にそんなことが出来るなんて思っていない。
「キャスター」
「少し頭を冷やしていなさい。結界を張っておくから、敵に気付かれることはないわ」
 背中を向け、離れていく。俺に気を使っているつもりなんだろうけど。
「……俺は全てを背負おうなんてつもりはない」
 起きてしまったことは戻らないんだ。

 ――聖杯、という奇跡が頭をよぎる。

 けれどそれは間違いだ。…たとえやり直せるとしても。そんなコト――今の世界を否定するようなコト、願ってはいけないんだから。
 だから過去の全てを背負うつもりなんてない。…俺が背負うべき、正義の味方が守るべきものは。これから助けられる、俺が助け得る限り全ての――

 ――それは結局、全てを背負うという事ではないのか――

「……違う」

 ――お前には、所詮何も救えない――

「……違う!」

(――背負わぬと言いながら背負おうとする、その矛盾は――)

 ……未だ傷が直っていないのだろうか、背中が痛む。
 そうだ。全てを背負おうとした、と言うのなら、それはおれではなく。むしろ、彼女の方ではないのか――

 落ち行く夕焼けの中。答えの無い反芻をしていた。






Interlude


「先輩、遅いなあ」
 久しぶりに訪れた衛宮の家、中は無人だった。藤村先生は入院中だからいないのは当たり前だけれど、先輩とセイバーさんそれに遠坂……先輩もいない。

 コチ コチ コチ

 時計の音だけが響き渡る。
 聖杯戦争。私にとっては終わってしまった――マキリにとっては終わらない戦い。私を兄さんから解放した(してしまった)結末。その戦いに先輩もまた参加しているのだ。だから今もこの町のどこかで、戦いの為――ううん、先輩のことだ、きっと争いを終わらせる為に戦っているんだろう。
 けれど何故だろう。そんな状況なのに、兄さんが死んでしまったのに――お爺様に無断で、私はこの家に来てしまった。
 しばらく会っていない先輩。……姉さんと一緒にいる先輩。それが、私には――

 コチ コチ コチ

「……帰ろう」
 今日ここに来ようと思って、それで会えなかったのなら、それもきっと運命なんだ。せめて夕食を作っておこうと思ったけれど、冷蔵庫には何も無いし。

 コチ コチ コチ

 決めたのなら、後は行動するだけ。けれどすぐに立ち上がることが出来ない。もしかしたらもうすぐ帰ってくるんじゃないか。もう少しだけ待っていれば、あの人に会えるんじゃないかと、優柔不断に迷ってしまう、それが――姉さんとは違う――わたし。

 コチ コチ コチ

 コチ コチ コチ

 聞こえるのは時計の音だけ。それで自分の滑稽さにようやく気付き、私は立ち上がった。

 居間から出て、玄関へ。おじゃましました、と呟いて、私にとっての宝物――この屋敷の鍵を取り出す。私がこの家で暮らしても良いのだと、夢を見せてくれるたった一つのモノ。一度ぎゅっと握って、それから施錠する。
「さようなら」

 ――会いたかったです、先輩

 その言葉は胸に秘め、衛宮の敷地を出ようと――
「……う……!」
 瞬間、胸に痛みが走る。私の心臓が――その中の   が、ざわざわと鳴動する。
「は――あ」
 少しの間、蹲る。…それで痛みは消えたけど、胸のざわつきは治まらない。
「なに、が」
 あったのだろうと呟く。あの人は間桐の屋敷から出ない、だから何かあるのなら、あの家でしか有り得ない。……なら、私は。

果たして、お家に帰るべきなんだろうか――?

 その考えに自嘲する。だって、帰るべきとか、それ以前に。私の帰る所なん
て――あの日から――間桐の家しか、ないんだから。

 そうして、彼女は「帰宅」する。胸のざわつきは収まらず。けれども、だか
らこそ、逃れる術はないのだと。



[35850]  崩壊の前奏曲(2)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 20:15
 それは竜の叫びだった。何がなんだか分からないおれと、目覚めてしまったと言い合う人々。
 船が出航してからも、慌ただしさは変わらない。船に乗る沢山の男達はそのどれもが精悍だ。一人一人がまさに英雄。
 ……そんなことを考えている内に、彼女にそれを渡しそびれてしまっていた。
 彼女は常に、一人の男の側に。その顔は、焦っていながらも幸せそうで――(
悲しげだった)。
 船は休みなく進む。夜明けも近い、黎明の空。

 異変は無く、凪いだ海に――響き渡る轟音。誰もが振り返り、その全容を視認する。
 遥か彼方から此方へと。駆け抜けてくる快速船――それは見知った、おれと彼女の国の船。
 何の用かなと呆けるおれと、対照的に焦る人々。……それは彼女も同様で。
 どうする、と叫び合う船員達。どうしましょうかと焦る彼女。

 ……ひょっとして、彼女は何か悪戯でもしたのだろうか?それなら父さんから逃げるのも納得できるし。飛び交う怒声の中、そうしてふと気付く。
 このまま捕まって、外出禁止にでもされたなら、これを彼女に渡す機会も無くなってしまう。
 ……それは困る、折角創ったこの を、今日渡せなければ意味がない。
 だから彼女に声をかける。今度こそ、その贈り物を渡せるように。
 振り向く彼女は、笑顔のままに。その日溜まりに歩み寄る。

 はい、とそれを渡す。
 
 ……気の効いた一言も言えないけれど。ありがとう、と微笑んでくれた。その笑顔が眩しくて。照れ臭さにそっぽを向く。
 見れば、快速船は。父さん自身を視認出来る程に、近付いていた。
 その表情は怒りのものだ。おれの予想は当たったようで、けれど少し様子がおかしい。
 その怒りは、いつものそれとは質が違うような――


 ――ざくり


 ……その、瞬間。

 背中に、鋭い痛みが。刃物で、刺された、ような






「坊や!」
「――ん」
 誰かの声に目が覚める。
「あ……れ?」
 目の前には、おれの の顔。
「メディ……ア?」
 背中の痛みが熱を帯び、焦点は定まらず喉はからから。
「しっかりなさい。凄い汗よ」
 ぼやけた頭が回転を始める。汗? ああ、そうか。今見ていたおれは、俺の夢――
 と、真剣な顔のキャスターと視線が合った。
「いや、俺は大丈夫だから――」
 瞬間。汗とは違う、どろりとした感触。
「大丈夫って……マスター、背中を見せなさい」
「え」

 まるで俺の状態を分かっているかのような言葉。有無を言わさず、上を脱がされた。
 陽は完全に落ち、当たる風は冷たい。他に人は無く、あるのは闇と……この地
に漂う死の気配だけ。
「これは……」
 キャスターの呟きが聞こえる。この感触は俺にも分かる。きっと、今。俺の背中は血に濡れている。
「多分前の戦いの時のだろ。大した問題じゃないし、俺は大丈夫だぞ」
 それは本当のコト。まあ、その傷を負わせたのがキャスターだったってのは何だけど。
「だから、心配なんていらな――っ!」
 ひやりとした感触。キャスターの手が、俺の背中に触れている。
「な、ど、どしたう」
「……ええ、出血は止まっているみたいね。大事は無いでしょう」
 しどろもどろになる俺を置いて。けれどとキャスターは続ける。
「確かに心配はないけれど。これが、あの時の傷である筈が――以前の戦いの傷が、貴方に残っている筈はないわ」
 あの治癒力のことだろうか?今はもう無い神秘は、確かにあの時も働いていただろうけど。あの力でも、瞬時に傷が直ったわけじゃないから、あの戦いの傷が残っていても不思議じゃないと思うけど。
 そう言う俺に、それは有り得ないと断言するキャスター。その理由は分からない、分からないけれど。
「それならそれで問題無いだろ? 別に傷が残ってるってわけでもなし、痛みがあるわけでもないんだから」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい。……痛みがないから問題がない、ですって
? むしろ逆よ、原因がただの傷ならば問題はなかったわ」
 キャスターが続ける。その顔は真剣だ。
「物事には必ず原因があるのよ、マスター。理由もなく血が流れるなんて有り得ない。だから傷も何もないということは、原因が不明だということ。けれど、それは必ず存在する」
 原因の分からない出血は、傷がないゆえに恐ろしいのだと彼女は言う。……ああ、それは正しい。
「まあ、ここで考えても仕方がないわ。帰りましょうマスター。戦いは終わっていないのだから」
 始まりから随分時間が経っている気がする。…戦いが長引くけば長引く程、犠牲者が出る可能性も高くなる。

 ――いや、もしかしたら既に――

「分かってる。問題はまだまだ沢山あるんだから」
 だからこんな所にいる時間はない――そう考えた瞬間、気になっていたことを思い出した。
「……キャスター。その前に一つだけ寄り道をさせてくれないか」
「何かしら」
 にらんでる、怖い。
「ああ、実は」
 けれどこれだけは確かめておきたい。朝藤ねえを見掛けたからっていうのもあるけれど。慎二が死んだ時から――いや、朝来ないようになってから、ずっと気になっていたんだ。
「間桐の家に寄って行ってもいいか?」
「間桐……もう脱落した魔術師の所ね。何故かしら?」
「いや、桜が――後輩がそこにいるんだ。ずっと会っていないから、どうしているのか気になって」
 慎二がいなくなったってことは、桜はあの家で独りぼっちなんじゃないだろうか。精神的にも辛いだろうし、桜の性格だ――あまり塞ぎ込んでいなければいいけど。
「別に会わなくてもいいんだ。家の前まで行って、灯りがついているのを確認で
きれば」
 それで桜は大丈夫だって、少しは安心できるから。

 その言葉に、彼女は溜め息を吐いて、
「全く、私も甘くなったものね。……構わないわ、坊やの好きになさい」
 何でもないことのようにそう言ってくれた。
「ありがとう、キャスター」
 そんな彼女に、はっきりと告げる。
「……さあ、行くならさっさと行ってしまいましょう」
 照れながら足を早めるキャスター。そんな彼女を嬉しく思いながら。俺達は、間桐に向けて歩き始める。
 ――いつの間にかの曇天は、不吉に月を覆っていた。






「Interlude」


 ぎい、とドアを開く。ただいまなんて言わない、この家では、言ったこともない。
 ……それに今は。
「結界が――失くなってる」
 間桐の結界は自動で侵入者を襲うものではない。発動するのは、お爺様が外敵とみなした場合のみ。だから発動しないのは当然だけど。
 ……だけど、私でも感じ取ること位は出来るんだ。その結界が今は。
「無理矢理壊されてる……」
 いくら優れた魔術師でも、他家の結界をこうも簡単に破ることは出来ない。な
ら、"ソレ"の仕業なのは明確だ。
「――サーヴァント」
 それがこの家にいた――ううん、今も居るのではないか。
 それならここにいるのは危ないのに。私は、家中を周り――最後に、その通路を目指してしまう。
 あの人の家とは違う、閉じられた空間、呪いの壺。そんな表現が似合うこの屋敷の、呪縛の中心……そして私にとっては、親しみ深いとも言える――暗い昏い底の蟲穴。
 長いような短いような階段の先に、その場所が開ける。
 生臭い、淀んだ空気。その場所に、一歩足を踏み入れ――

「遅かったな、女」

「ア―――」
 ――私の死が、確定した。

 蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲―――床を覆い尽くす醜い死骸。潰され切り裂かれ焼かれ、めちゃめちゃに蹂躙された、忌まわしきモノモノ―――それはきっと、私の未来。

「貴様に用があったのだがな。全く、王を待たせるとはけしからん。おかげで下らん戯れをしてしまった」

 嗤っている。あれだけの呪いを前にして、嗤っている。
 黄金の髪に、真紅の眼。以前と違い、隻腕ではあるけれども。……その、絶対の気配は――

「詰まらんコトは早々に済ませるのが我の主義でな。抵抗は許さん、そこで呆けていろ」

「あ――」 
 ゆっくり、けれど確実に。絶対の死が近付いてくる。
 それに思わず後ずさりそうになって――ふと、本当に自然に。その事実に思い当たる。

 ――ここで死ねば、苦しいコトは全部終わりなんじゃないだろうか――?

 だから。一歩、また一歩と。嗤って近付くその男に、私は。
「――だ」
 一歩、二歩。前を向いたまま、後ろに下がる。
「――やだ」
 間桐の家に来た頃は、いつかあの女性(ひと)が助けに来てくれるんじゃないかって夢を見て。そんな妄想の為に、死なないことを選んでた。
 ……いつからか、そんな幻想は切り捨てて、死なない為に生きていた。意味もなく理由もなく、ただだらだらと生き続けて。

「いやだ」

 段々と速度を上げて。後ろ足で階段を昇る。

 ――けれど、今は。
「死にたく、ない」

 ――あの少年(ひと)の側に居たいから――

 ……それが叶わない夢でも。私が生きていてはいけない子だったとしても。それは、確かに私から生じた、生きがいだから。

「わたし、生きたい――」

 ……初めての、心の底からの生への渇望。
その希望を持って、少女は走り出す。この瞬間、逃げるという行為は、彼女にとっては逃避ではない。自身と向き合って、確かに在った本当の願い。
 男の速度は変わらず、少女は走り始めた。故に、逃げ切れるのは必定で――
 階段を昇りきり、少女は玄関を目指す。……扉を越えれば助かるのだと、震える足を奮い起たせて。
 男の姿は見えない。なら、このまま――


――ズブリ


 それで終わり。
「ア――」

 ――何で。わたしの胸から、刃物が生えてるんだろう――?

 扉が開く音がする。けれども、そんな音は聞こえずに。

「呆けていろ、と言った筈だが」
 おとこノ、コエダケガヒビク――

「だから言ったであろう。――早々に死んでおけと」

 心臓を貫いた剣、ダレかの叫び声の中。少女は無力に。何をも成し遂げること無く、倒れ伏した。






 間桐の家は遠坂の家同様、山の方にある。坂続きの道は、思いの外時間が掛かる。
「こっちだ」
 一つ角を曲がって、後は真っ直ぐ。この先に間桐の家がある……やっぱり坂道だけど。
 間桐の屋敷に行くのは随分と久し振りだ。慎二を殴った件の後には一度も来た覚えは無い。
 ……けれど、昏い家だった、という印象は覚えている。何処か閉鎖的な――何かが這い寄って来るような感覚。あの時は知らなかった事実。間桐が魔術師の家系だったからというのもあるのだろうけど。遠坂の家も閉鎖的だったけれど、それとは全く異質の――強いて言えば、嫌悪に近いモノを覚えてしまう雰囲気だった。

「マスター」
 背後からの声。初めは一緒に歩いていたのだが、いい加減坂道に飽きてきたのか、キャスターは霊体化している。
「何だ?」
「一応確認するけれど。あれが間桐の家で間違いないわよね」
 ああ、と頷く。間桐の家は大きい。この辺りは古くからの一軒家が多く、いわゆる高級住宅街なのだけど、その中でも間桐の屋敷は別格の大きさだ。
「で、それがどうしたんだ?」
 何気無い問いを返す。
「……魔力の流れが乱れている。恐らく結界が破壊されているわ――それもかなり強引に」
「……え?」

 没落したとはいえ、魔術師の住み処の結界を破壊だって? そんな真似、俺は勿論、並の魔術師にも出来ない……と思う。
 キャスターの言葉は真剣に、その表情は、魔術師のそれで。
「何より――膨大な量のエーテルが感じられる。……つまり、」
「サーヴァントか!!」
 思わず走り出す。既にマスターもいないあの家を、襲う理由なんて知らない。けれど、あの家には桜がいるんだ。魔術師でもない桜に姿を見られたら、きっと、侵入者は桜を―――
「落ち着きなさいマスター!!敵の正体が分からない以上、不用意な行動は」
 横からの声。それに構わず、全速力で駆け続ける。
「聞きなさい坊や!!キャスターのクラスは、力任せの突攻にに向くようなモノじゃ」
「そんなの関係無い!!あの屋敷には桜が居るんだ!!」
「っ!!」
 俺は、届く限りの全部を救うんだから――!!
 沈黙するキャスター。けれど、彼女が何と言おうと立ち止まるつもりなんて無い。……俺は絶対に桜を救う、今考えるのはそれだけだ。
「……はあ」
 キャスターは溜め息の後、
「なら急ぎましょう。ええ、私も見捨てるようなことはしたくないわ」
 何気無い肯定、そして。何気無い言葉は、魔女のものではない、彼女の――
「ああ、桜は絶対死なせない」

 もう眼の前の屋敷。その敷地に侵入、おもむろに扉を開けて、

「呆けていろ、と言った筈だが」
「だから言ったであろう。――早々に死んでおけと」

 どさり、と。その心臓から剣が引き抜かれ――倒れ伏す、少女。

 ――俺は、届く限りの全部を救うんだから――

 ――お前には、所詮何も救えない――

 たった今、守ると誓った、少女が。――血を流すコトさえもなく、その、心臓を――

「さくらぁぁぁ―――!!!」

 ……眼前で、英雄王が嘲嗤う。



[35850]  崩壊の前奏曲(3)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 21:26
「貴様はいつぞやの雑種か。こんな場所に何の用だ」
 英雄王が嗤う。……右手にサクラを引きずって。
「桜を離せ」
「桜……? ああ、これのコトか」
 右手のソレを、まるでゴミを見るかのように扱って――
「テメエ―――!!」
 許さない。救うべき全て、救われるべき全てを傷付けようとする、その邪悪は。衛宮士郎が、許せない……!
「――待ちなさい!!」
 いつの間に具現していたのか、キャスターが俺を腕で制す。
「止めるな! アイツは桜を」
「落ち着きなさい。貴方にも分かる筈よ。あの子は死んでなんかいないわ」
「え――?」
 それはどういう、と思ったところで、ほとんど無意識に桜を"解析"する。
 ……確かに、生きている。
「落ち着いたわね」
「ああ、けど、何で」
 桜を掴む右手には、一振りの剣が握られている。それは、
「――布都御魂(ふつのみたま)」
 それは太古に伝わる伝説の剣。"ふつ"という名の通りの切れ味と、兵に活力を戻したという浄化の力を併せ持つ霊剣。日本刀とは反りが反対であるが、そのカテゴリは間違い無く"刀"――切りたいもののみを切り裂く名刀だ。
「けど、それなら何を」
 彼女を殺したのでないとすれば、ヤツは一体何を切ったというのだろうか。
「この剣が気になるか、雑種。これは所持者の切りたいもののみを切り裂く魔剣。この女の心臓に余計なモノが混じっていたのでな。それを殺しただけのコト」
 ヤツの言うことは分からないが。良かった、桜は無事だ。ならすべきことは変わらない。
「桜を離せ。彼女は、聖杯戦争とは関係無い」
 間桐は魔術師の家系であっても、桜は一般人なんだ。
「何も知らんのか。それに、ほう。セイバーの後釜にその女と契約したのか。雑種同士お似合いではあるが」
「――なに」
「坊や。その子はライダーのマスターよ」
「え?」
 桜が、マスターだって?そんな筈がない、だってライダーのマスターは慎二だったはずだ。
「そこの魔女は知っていたようだな。それでいてこの場所に来るとは、目的はこの女の抹殺か?」
「違う、俺は桜の様子を見に来ただけだ。……桜に危害をくわえるつもりなら、俺は」
 そうだ、桜が魔術師だろうとそんなコトは関係無い。毎日見たあの笑顔は、本物だって信じられる。
「私はマスターの方針に従うまでよ。馬鹿なことだとは思うけれど、この坊やがその子を救うと言うのなら、私もその為に全力を尽くす」
 その言葉が、今は限り無く頼もしい。俺も躊躇無く後先無く、出来る限りの全てを尽くせる。
「ク、揃いも揃って話にもならん。我の用はこの女だけ、貴様等には何の用も――微塵の興味も無い。我も忙しいのでな、このまま引くのなら放っておいてやるが――」
「そんなコトは出来ない。いいから、桜を置いてさっさと失せろ」
「――邪魔をするなら、容赦はせん」
 殺気が膨れ上がる。英雄王の瞳が爛々と、嗜虐的に輝く。圧倒的な戦力差は真実。けれど、ここに戦いが始まった。



 だが場所が場所だ。戦うには狭すぎるこの場所では、アイツであっても存分に
は、

 戦えないはずだと考える前に、男の背後に現れる、十を越える剣、剣、剣。その全てが俺達を貫かんと合図を待つ。場所も時間もお構い無しだ。あれが宝具である以上、遮蔽物なんて弾避けにもならないだろう。なら、ここでの戦いはむしろ俺達にとって不利だ。
「――外に出るぞ。キャスター、人避けを頼む」
「済んでいるわ」
 その返事を頼もしく思い、ヤツが剣を放とうとする直前、後方へと跳躍する。脚にはキャスターの補助がかかり、一足飛びで間桐の敷地を出た。
 直後、一秒前の俺達の居場所に剣が突き刺さる。それを視認しながら、俺は自己に埋没した。
「――投影開始(トレース・オン)」
 ヤツを倒せる幻想なんて想像できない。故に、具現するのは最も馴染むその双剣。夫婦剣、干将・莫耶だ。
「来るわよ」
 キャスターは構えず平静のまま。だが魔力が凝集し、護りさえも張っている。
「ああ」
 この場の目的は、あの男を倒すことじゃない。もとより無策で、いや例え策があった
としても勝てる相手ではない。桜さえ助け出せれば、後は離脱するだけ。今すべきことは、俺達に戦意があるよう見せかけてヤツの気を桜から逸らす事だ。
「――っ!!」
 悠然と屋敷を出てくる英雄王。その背後から放たれる第二群。横っ飛びで避わし、何とか着地する。
「雑種だけに良く動く。だが、貴様等に興味はないと言った」
 間桐の敷地から出てきたその男は、あくまでも不遜に。緊張感など微塵もまとわず、俺達に対峙する。
「坊や」
「ああ、分かってる」
 男は片腕。流石に桜を抱えたままでは戦い辛いんだろう、彼女は屋敷に放置してきたようだ。俺達の作戦は、どちらかがヤツを引き付け、もう一人が桜を助けるだけの時間を作ること。
「衛宮の屋敷には既に基点を施してある。あの子さえ連れて来れば、後は空間転移する(にげる)だけよ」
 そんな業が出来るのはキャスターだけだろう。一度逃げ切れば、英雄王が来るまでに何らかの対策を練ることができる。
「まあ、問題は」
 更なる魔弾が顕現する。
「……隙なんてどうやってつくるのか、ね」
"――Μαρδοξ"
 護りの魔術が紡がれ、放たれた剣を防ぎ切る。
 問題はそれこそ山積みだ。このままでは力押しでねじ伏せられるし、一人でアイツを引き付けておくなんて、二人でも難しいことをしなければならない。
「隙は必ずある。今は我慢よ」
「ああ」
 けれど糸口が無いわけでもない。今ヤツが放った宝具は、キャスターの護りを破ることも出来ないものだった。その上、放った数はたったの三。俺達に構う時間などないと言いながら、本気の宝具を放ってこない。あくまでいたぶり、格の差を思い知らせようとでも言うように。
 俺達が突くのはそこだ。ヤツが油断している今、更なる隙を見せた時――どちらかが間桐の屋敷へ突入し、桜を救う。油断を突かれれば一瞬の膠着が産まれるものだ。その間に何とかして合流し、撤退する。
 無茶な作戦だ。ヤツがしびれを切らす前、油断している時を見極めないといけない。突破口はそれこそ針の穴のようなもの。けれど無理なわけじゃない。無茶な作戦なら、試してみる価値もある。



 宝具を避わし、防ぎ、叩き落とす。その様はまるで無限のループのよう。けれど限界は当然あり。魔力量、肉体的な疲労が俺を蝕んでいく。
「どうした、防ぐだけか、雑種共!」
 ヤツが嗤う。隙だらけに見えて、その実そんなモノは見い出せない。
「くそ……!」
 変わらない攻撃に悪態を吐く。ヤツは依然手を抜いているのに――現状をどうにもできない、なんて。
「キャスター、このままじゃ」
 こっちが先に参ってしまう。何か手を打たないと、このまま押しきられて終ってしまう。
「機会を待ちなさい、と言ったでしょう。とにかく今は――」
 その瞬間。思わぬ光景に、沈黙した。
「些か飽きた。戦力差は理解できただろう――もう死ね」
 眼前には二十を越す弾丸。ヤツが、本気で俺達を殺さんとし始めている。
「――キャスター」
「……もう猶予は無いようね。仕方がない、ここは私が、」
「いや、ここは俺がしのぐ。キャスターは桜を頼む」
「何を。貴方じゃあれは防ぎきれない」
「俺じゃあ桜を救いに行けない。なら、ここは俺が時間を稼ぐ」
 キャスターの眼を見据える。視線はそのままに、頼むと頭を下げて。
 溜め息を一つ。ふん、と漏らして、キャスターの姿が消えた。
「何のつもりだ、雑種」
 英雄王が言う。サーヴァントも連れず、単身で対峙するつもりかと。それには応えず、俺はヤツを睨み付ける。
「何でもいい。来いよ英雄王――俺を殺すつもりなんだろ」
 その言葉に、嘲笑と、絶対の殺意が返ってくる。
「ク、良かろう。死に急ぐのならば、早々に消してやる」
 絶対の殺気、それは全て俺に向けてのものだ。それこそが俺の狙い。ヤツの注意を全て俺に向ける、それが俺のすべきこと。
 ヤツの背後、二十の宝具は消え去って、再度宝具が顕現する。その数は三、数量において、先程に比べれば大したモノではない。
 だがそれだけだ。宝具の質という点において、先程までとは段違い。今視えるそれらは、間違いなく一級の神秘達だ。
 思わず舌打ちをする。予想はしていたけど、それらの宝具は一流で。俺に防ぐことなんて、まして避わすことも出来ないだろう。あの時中庭でヤツの攻撃を防いだ七枚葉――アイアスの守りを以っても、防げるのは一つか二つ。その上俺の体は半壊してしまうだろう。
「ホント、どうしようもないな」
 それが率直な意見。サーヴァント相手に、衛宮士郎のスキルなんて通用しない。赤い騎士の言葉は残酷なまでに真実だ。
 ならどうするのか。桜を助ける、その為に時間を稼ぐには。ヤツと対峙する為に、俺に出来ることは――
「……そんなの、決まってる」
 考えるまでもない。俺の実力は悔しいけれどこの程度だ。ならその中で出来ることをするだけ。ロー・アイアスで防げるものがあるのなら、防げるだけの――命の限りの、盾を創るだけだ。
 英雄王が片腕を挙げる。途端、宝具が脈動し、発射の合図を待ち望む。
「では死ね、雑種」
 ぱちん、と指を弾く音。同時に、魔弾が射出される。
「――投影(トレース)、」
 既に編んでいたイメージ。ヤツの号令に合わせ、古の皮の盾を投影して、
「……え?」
 宝具が炸裂する。閃光の如き三弾は当然の様に――誰もいない、虚空に向かって放たれていた。
「ア――」
 小さな悲鳴が溢れる。……ぐさり、と。何もない空間に、宝具は確かに突き刺さり、
「アアアアア――!!!」
 不可視であったそれが、当たり前の様に串刺しにされ――地面に落下する。
「キャスター!」
 くずれ落ちたキャスター、その両腕に突き刺さった宝具。眼前には、朱に染まったキャスターが――
「下らんな。その様な浅慮、我が気付かぬとでも思ったか」
 ヤツが嗤う。俺達の計画など、始めから解っていたと言う様に。
「アーチャーとして現界した我に、貴様の魔術等見破れんとでも思ったか――王である我が、そんなモノ、看破出来ぬ筈があるまい」
 キャスターは倒れたままだ。桜を助け出す、たった一つの隙も失われてしまった。
「やはりつまらぬ。ここまでだ下郎」
 英雄王の背後。容赦の無い、本気の宝具群が具現する。その数――悠に十を越えている。
 そして。
「まずはお前からだ。精々良い声で哭け」
 その標的は、俺ではなく――
「キャスター……!!!」
 彼女は今動けない。見れば、先程の宝具は両腕だけでなく、右脚をも貫き――以前の様に彼女を地に張り付けている。
 彼女の護りでは防げない。見るまでも無い、飛来する宝具は一流で、キャスターには防ぎ切れないモノだ。
 ――そうして、俺にもアレは防ぎ切れまい。如何なアイアスとて、使い手が俺では不完全だろう。それこそ人間を越えでもしない限り、あの宝具を防ぎ尽くすのは不可能だろう。
 走る、キャスターの前へと。
 ――この行動に意味はあるまい。何をしても俺では防ぎ切れず、十余の魔弾はキャスターをも殺し尽くすだろう。
 けれど逃げることなんて出来ない。救えなかった少女と、救い得ない彼女。それでも俺は、正義の味方として――
 ヤツが嗤う。その先に迫る宝具群。俺のやるべきことは決まっている。何であれ、ありったけの魔力を籠めた盾を――

「シロウ、駄目よ……!!」

 ――直前、背後の声を聴いた。シロウ、と。ただ俺の身を案じる、その声を。
 救いたかった――救えなかった金砂の少女。そうして、今。俺は、何をしようとしているのか。
 ありったけの魔力?不可能でも逃げない? そんな馬鹿な考えで、俺はここに立っているのか。
 そんなのは間違いだ。助けられないけれど助けようとする、じゃあない。助けると決めたならば――俺が本当に正義の味方を目指すのならば――

――必ず、救うんだ

「――オ」

 思考はほんの一瞬で。考えろ衛宮士郎。この状況、絶対の死を回避する手段を……!!
「――オオオオオオ……!!」
 俺の力では防げない。現在の俺、人間に過ぎない俺には何もかもが足りない。
 このアイアスでは防げない。俺が知るアイアスは英雄王の複製品、担い手のいないアイアスには使い手の経験というモノが存在しない。

 なら、自分は。一体何をするべきなのか

「……っ!!」
 始まるのは、背中の灼熱。俺は俺のままで――激痛が、何をすべきかを訴えてくる。

――おれは既に体感している。頭でじゃない、体がその感覚を理解しているだろう

――意識せずとも、自分であれば一端を手にすることも出来るだろう

――救え救え救えすくえスクエスクエすくエ救エスくエ……彼女を救ってくれ……!!


 かちん、と。頭の何かが、ソレに触れる――

 吹くのは強い風。命令するのはその世界。

 モドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレ

――何処に?
――何に?

 ノボレノボレノボレノボレノボレノボレノボレ

――何処へ?
――何を?

 サカノボレサカノボレサカノボレサカノボレ

――どうして?
――何の為に?

 オノガ――ヲ、
  サカノボレ――!!!

――視えるのは、一面の荒野と。無数にある、それらの■だけ――


「アアアアアア!!!」
 戻ってくる現実世界。間近に迫る死と、嘲笑う黄金の男。
 すべきことは解った。覚えているのは僅かだが、それでも始まりは忘れていない。
 片腕を上げ、意識を自己に集中する。ほんの少しだけ理解出来た経験と。ある言霊の最初の一節。

 ”――I am the bone of my sword."

 創るモノ、その名称は変わらない。変わったのは、僅かに識った経験の蓄積だけ。
 眼前の宝具群、それら全てを視認しながら、

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――!!!」

 全てを防ぐ、七の花びらを創り出す――!!

 展開する七枚と、激突する宝具群。ミサイル級の衝撃が幾重にも重なって、俺を破壊せんと迫って来る。襲う宝具は、その全てが一級品だ。英雄王の持つアイアス、その複製品――俺の能力では防ぎ切れない。
 けれど、
「――アアア」
 一滴残らず、持てる魔力を絞り尽す。とめどない魔力が、七枚葉を強化する。
「――アアアアアア……!!」
 盾は魔力に応え、宝具の神秘を削り取る。
 それでも敵の宝具は一流で。不完全な理解では、その威力を削り切れない。
 魔力を注ぎ続ける。俺という器を越える魔力量が、アイアスへと流れて行く。
「――アアアアアアアアア………ッ!!!!」
 一枚二枚三枚――六枚目までが破壊され――

 そうして、最後の一枚。……それは、まるで以前の再現。
 ぼろぼろの一枚と、からからの魔力。……けれど、全ての魔弾は停止していた。



「――貴様、何をした」
 ぐらりと揺らぐ頭。満身創意の体に、英雄王の声が響く。その態度に変化は無い。だが声音には幾ばくかの驚きが混じっている。
「今の宝具は貴様に止められる様なモノでは無かった筈だが」
 有り得ない状況に、ヤツは混乱しているようだ。……今まで見出せなかったヤツの隙が、今ここに存在していた。
 だがそれはこちらも同じ。それ以上に、俺もキャスターも動ける状態じゃない。皮肉なことに、桜を助けられる状況にあって、助けに行ける状態ではないのだ。
「――坊や」
 キャスターの声が聞こえる。この状況は不味いと、今の内に撤退を考えるべきだと。桜の救出はおろか、それすらも不可能だと承知の上で。
「まあ良い、元より貴様等に興味はない。詰まらん見世物ではあったが、それなりに楽しめた」
 再度ヤツが腕を挙げ、同時に宝具が出現する。それらは全て、たった今防いだものと同ランクのもので。今の俺達に、それを防ぐ術なんて無い。
「終わりだ雑種。――ああ、そも始まってすらいなかったが」
 男が嗤う。立ち上がろうとする足に、力は入らない。
 その瞬間はまるでコマ送りの様に。ゆっくりと、英雄王が指を鳴らそうとする。まさに死の合図。その音が聞こえた瞬間、衛宮士郎は死ぬだろう。
 擦れ合う親指と中指。終わりはまさにこの瞬間。
 それでも体は動かず。どうしようもない肉体で、せめて心は負けないようにと男を見据える。
 それが最後。……そうして、

 ――パチン

 その終わりが、響くことはなかった。
「ぬ――」
 一声唸って、英雄王が腕を下げる。それを、ただ見据え続ける。
「――チ、どうやら感付かれたかれたようだな。思いの外早かったか」
 忌々しげにそう呟いて、男はこちらに背を向ける。
「なんの……つもりだ」
 一声発する毎に、体が激痛を訴えてくる。それを無視して、俺はその敵を睨み付けた。
「マスターに感付かれたようでな。一応契約を交しているのだ、戻れと言われたのなら戻る――雑種にかまう暇は無くなったということだ」
 こちらを振り向かず、ヤツが嗤う。俺達には、止めを刺す必要もないと。
「それに、器は不完全に満ちている。これ以上完成に近付けるのは、我の本意ではない」
 その意味は分からない。だがそんなことよりも。
「……桜を放せ。傷付けるのなら、許さない」
「まだいうか。いや、我はあの女を傷付けるつもりなどないぞ?大事な鍵だ、壊れては困る」
「な――に」
「あの女は聖杯として利用する。プールしていた魔力を流し込めば――まあ、ヒトの部分は壊れるだろうが」
 桜を、聖杯に?まるで意味が分からない。……けれど。
「……断るのなら、お前を殺す」
 そんなコトは不可能だ。けれど、ヤツが"悪"だというのなら、俺はあいつを許すことなんて出来ない。
「ほざけ雑種。下らん妄言は弱者の象徴――くく、無様だな」
 肩で嗤って、ヤツは間桐の屋敷へと向かう。桜を、連れ去ろうとしている。
「待――」

「――聖杯(のろい)は霊脈に降臨する。追いたければ追ってこい――その時は、殺してやる」

 振り返ることも無く、そんな言葉を告げられた。
 それを最後に、ヤツの姿が視界から消え去り。
「く――そ……っ!!」
 自分の声も良く聞こえない。
「……――!!」
 後ろから、誰かの叫び声。それが何を言っているのかは分からず、響くのはノイズ混じりのな雑音だけ。
 薄れ行く意識と、倒れ行く体。最後に見上げた空からは、いつの間にか雨が降り注いでいた。

 ――俺は、また、護れなかった。



[35850]  the white witch, 4――「覚醒」, I am the bone of――(1)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 22:02
「Interlude」


 男はそこに佇んでいた。その強制も絶対と言う程に強くはなく。故に、彼等に敵することもなく。
 男の願いは一つ。最早叶う筈も無い希望、ただそれだけを胸にそこに在る。
 期限は近く、故に終わりも近かろう。それでもせめて、最期まで。叶わぬ誓いに、焦がれよう――

 ――ここに、要因が一つ。



[35850]  the white witch, 4――「覚醒」, I am the bone of――(2)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 22:02
「the white witch, 4――「覚醒」, I am the bone of――」

「……キャスター」
 目を開き、初めに見えたのはキャスターの顔だった。俺の隣に座って、そのまま眠ってしまっている。
「……起きたのね、       」
 俺の声で起こしてしまったのだろう。キャスターもまた、目を開く。
「キャスター。今、何時だ?」
「それ程時間は経っていないわ。午前零時前。倒れてから半日も過ぎていない」
 時計を見てキャスターが告げる。
 ……あれから数刻。それだけの時間を、無駄にしてしまったらしい。
 そうか、と応えて起き上がろうとする。瞬間体に痛みが走った。
「無理は止しなさい。多少の治療はしたけれど、満足に動けるような体ではないんだから」
 それは投影の代償。あの盾の、散った花弁からのフィードバック。盾なんて、慣れないものを創った結果なのだろう。
「だけど」
 痛みを堪え、立ち上がる。俺には、やらなきゃならないことがある。
「桜を助けに行く。このままじゃ、彼女が危ない」
 あの男は桜を"聖杯"にすると言っていた。"聖杯"にする――それがどういうことかは分からないけれど、桜のヒトの部分が失われる、とも言っていた。
「助けると決めたんだ。なら、何があったってやり通さないと」
 それが真実。正義の味方を目指すなら、敗北なんて許されない。負けるということは、何かを救えないということなんだから。
 キャスターは無言だ。けれどそれは俺に賛成ということではなく。
「そう。それでどうやって助けるというの、貴方は」
 はっきりとした、反対の意思を示していた。
「……それは」
「分かっているでしょう。間桐桜を救出するということは、あのサーヴァントと対峙するということ。けれど、私達ではあれには勝てない。先刻の戦いではっきりしたことよ」
 キャスターの言葉は正しい。あの黄金のサーヴァントは、俺達では倒せない。幾ら策を弄したところで絶対的な戦力差は覆せない。
 その上、マスターを狙うことも不可能だ。俺達は、あのサーヴァントを使役するものについて、一片の知識さえ持ち合わせてはいないのだから。調査するにしても、そんな時間はかけていられない。
「けど」
「けれど、放ってはおけないと言うのでしょう。勝ち目が皆無なのに戦うのは、勇気でも何でもないし――ただの自己満足にすぎないわよ」
 それは残酷なまでに真実だ。誰かを救うのなら、敗北なんて許されない。それなら勝つ手段を見付けるまで、戦ってはならない――そして、そんな時間はないのだ。
 堂々巡りの思考。答えなんてものは見い出せない。桜を救わなきゃならないのに。俺は、なんて無力――
 やり場の無い怒りがこみあがる。こんな時の為に、親父みたいになる為に、俺は十年も鍛練してきた筈なのに。こんな時にこそ俺には何も出来ない。
 その様子を見るキャスターは、あくまで無言。短い沈黙の後、無表情に。
「――それでも結局、貴方は彼女を助けに行くのでしょう」
 なら、と。
「それならせめて。勝算を持って、挑みましょう」
 そんな、有り得ないことを口にした。
「――方法が、あるのか?」
 驚きに、出たのはそんな言葉だけ。そんな俺に、
「貴方に覚悟があるのなら。……来なさいマスター、場所は工房が相応しい」
 魔術師じみた微笑と共に、蜘誅の糸の様な、一筋の光明が示された。



「それでどうするんだ」
 場所は工房、衛宮家の土蔵。
 ……時間が惜しい。こうしている間にも、桜に危険が迫っているかもしれない。

 覚悟があるのかと問うたキャスターに、返事なんて、一つしか有り得なかった。その言葉、肯定の意を確認した彼女はそれ以上何を言うこともなく、俺に手を貸してこの物置へと連れてきてくれたのだ。

「待ちなさい。どうするかは決まっているけれど。その前に話しておくことがある」
 その言葉に若干の焦りを覚える。今はそんなことをしている場合では――
「坊や、焦らないことよ。どのみち手段を施せば――成功したとしても、貴方自身にも負担がかかる。気絶くらいはすることになるでしょう」
 俺の考えを読んだのか、キャスターが言う。けれどそれなら尚更だ。これからする何かで時間がかかるというのなら、それこそ悠長に話している時間なんてない。
 気持ちがはやる。すぐにでもあの男に挑みたいと思ってしまう。
 そんな俺に対し、キャスターは終始冷静に。なだめるように、変わらぬ声音で語る。
「落ち着きなさいと言ったわよ。そもそも、貴方は聖杯の降臨場所も分かっていないでしょう」
 あの男は、呪いは霊脈に降臨すると言っていた。呪い、と言うのは以前も聞いた例えだ、恐らくは聖杯のこと。けれど霊脈と言うのは――
「この地の霊脈は、元々四つあったようね。廃れたものもあるけれど、聖杯の降臨場所は、この四箇所しか有り得ないわ。そして聖杯は毎回異なる場所に召喚される――そうでなければ、マナが不足するのだから。
 今度の聖杯戦争は第五回、聖杯が現れる霊脈は一巡する。……第一回では柳洞寺に降臨したらしいわね」
 キャスターの言葉の大半は、俺には理解できないことだ。けれどそれは良い。聖杯戦争の仕組みよりも、知らなければならないけとがある。
 分かったことは、聖杯の現れる場所は数箇所がループしているということ。そうして、場所が一巡したということは、今回は始まりと同じ場所に聖杯が現れるということだ。つまり。
「柳洞寺。そこに桜がいるのか」
「ええ、間違いない。実感として――奪われてもいるから」
 柳洞寺。以前キャスターが根城にしていた、サーヴァントにとっての鬼門。あの夜越えられなかった山門の先、そこがこの戦いの終着地点。
 拳に力が入る。立ち上がってすぐにでも駆け付けたい衝動にかられる。けれどそれは間違いだ。
「……少しは落ち着いたようね。大丈夫、あのお嬢さんは無事よ。聖杯はまだ起動していない。もとより、この私が残っている時点でサーヴァントは残り一体というわけではないし――不完全な聖杯を起動するとすれば、準備には時間がかかる。向かうのは明日でも遅くないわ」
 明日。それまでに俺達は、あのサーヴァントを打倒し得る手段を得なくてはならない。
「……話ってのはこれだけか。なら、アイツを倒す手段とやらを」
「いえ。重要なことではあるけれど、今のはあくまで余談。本当に大切なことはこれから。"手段"を施す前に、貴方について、何より貴方自身に理解して――自分の根源を、意識をして貰うことよ」
 自分を、意識……?
「キャスター、それは」
「いいから聞きなさい。これは、ソレに耐えるために絶対に必要なこと。貴方も無意識にでも多少は分かっている筈。私の分かり得る範囲で、それを貴方に説明しましょう」
 キャスターの表情は魔術師のそれだ。……つまり、話というのは魔術に関係することだろう。
 だけど結局何をするのか、俺にはまだ分からない。故に、今は話の理解に全力を傾ける。



 そうして少しの間。その後に、キャスターは口を開いた。表情も口調も、その在り方も魔術師として。
「貴方にある業を施します。マスターの、起源を覚醒させる」
 冷酷なまでに無表情のまま、キャスターは宣言した。

 ――起源。人物、いや全ての具象に存在する、持って生まれた"……する"という衝動。元を辿れば、それは全て「 」から生じたものなのだという。
 親父から聞いた魔術師の知識はわずかなものだ。けれどそれ――「 」は、魔術師としてあるのならば最低限知っておくべき、ほとんどの魔術師の最終目標だ――そう言って、親父は俺に話をしてくれた。
「けど、起源を覚醒するってどういうことなんだ?」
 起源はその人物の原型――第一の存在意義。そういうものであるらしいが、意識するってのも良く分からないし、覚醒なんて尚更だ。
 そんな俺に対し、キャスターは変わらず態度で言う。
「起源を意識したものは起源に縛られる。けれど、故に今以上の自分になれる――自分がなんであるかを知り、自分が起源に最適化されるのだから」
「最適化……要は強くなれるってことか?」
 だったら問題無い。それで桜を助ける、あの男を打ち負かすことが出来るというなら、その業とやらを断る理由は無い。
 けれどキャスターは首を振る。
「そんな簡単なことではないわ。確かに、自身が強化されることになるでしょう――肉体的にも、恐らくは今よりもずっと。
 けれど――起源を覚醒するということは、起源に近いモノになるということ」
 つまり、と言い淀む。そうして、彼女は一拍置いた後。
「……起源を覚醒するということは、ヒトでなくなるということよ」
 ヒトで、なくなる……?
「自身を最適化する、と言ったわね。なら当然でしょう。ヒトの身体(からだ)は脆弱過ぎるし――ヒトの精神(こころ)なんて、衝動の達成には邪魔なだけなんだから」
 起源を覚醒すれば、きっと心が病んでいく。そんなモノ、衝動には不要なものだからと。そうキャスターは言った。
「それじゃあどうしようもないじゃないか。助ける力があっても、助けようとする気持ちがなくなるんだったら」
 救う為に救えなくなる。そんなの、強くなっても意味が無い。
「ええ。けれど、完全に"起源"そのものとなることはないわ。だからヒトの部分が全て消えることも有り得ない。
 幾ら起源に目覚めても、覚醒者は所詮ヒトに過ぎない、ヒトとしての器官がなくては生存できない。だから……完全に覚醒するならば、その前に死ぬことになるわ」
「じゃあ、自分が死ぬ前にあいつを倒せばいいってことか?」
 確かにそれならば救うことが出来る。俺の命一つで、誰か(さくら)を助けられるんだ。
「自分の命を、秤にかけもしない――坊やはそうだったわね。けれど、確かにその通りではあるわ――そんな中途半端な覚醒で、あの英霊を打ち倒せられればだけど」
 溜め息を吐くキャスターに、先を促す。
「起源を意識すれば何れ死ぬ、それはあくまで一般人の話。私達は魔術師よ――形のないものにこそ、対応できる。完全な覚醒は自身を滅ぼす。けれど魔術を通じて自身を御し、自分の身体・精神さえ支配し得る我々は、不完全な覚醒を"維持"することが可能なのよ」
「つまり」
「ええ。貴方にやってもらうのは"不完全な起源覚醒"状態の維持。自身を保ったまま衝動に近付く術」
 人間のまま、人間じゃないものに近付けということか。
 あれ、けどそれっておかしくないか?
「キャスター、不完全じゃあいつに勝てないって言ってただろ。それじゃ結局、あいつを倒せないんじゃないか?」

 そう、生半可な実力じゃ、英雄王に及びもしまい――否、相手は英霊。一流をもっても、あの男には敵わないのではないか――
 キャスターが頷く。それは正しい、半端ではやつに及ぶまいと。
「けれど私が施す"覚醒"は普通のそれではないわ。――極限まで死(かんぜん)に近い、不完全な覚醒――「 」にすら近付き得る行為よ」
 「 」に近付く。それは最大級の禁忌――誰もが求める"魔法"に肉薄する魔術だ。そんなものさえ、彼女は行使できるという。分かってはいたけど、彼女は神代の魔術師。奇跡を使う、はや存在しない英霊なんだ。
「けれどそれは、最早"起源覚醒"の域を逸脱している――言うなれば"起源到達"。優れた魔術師であっても、恐らくは耐えきれない行為なのよ」
 優れた魔術師でも不可能。この身は半人前の三流術師。その意味で、俺がその術に耐えられる道理はない。――けれど。
「俺なら耐えられる、ってことか?」
 理由は分からない。けれどキャスターがそういうなら、きっとそうだと信じられる。
「……ええ。可能性がある、という程度だけれど」
 そうして、再び少しの沈黙。その後にキャスターは。
「貴方の起源は "剣製" ――ヒトの原型に近いモノ。ヒトを工作人(ホモ・ファーベル)と例えたものもいたけれど――言い得て妙ね。"作る"ことは、ヒトの特質の一つだから。けれど、それは別に大したことじゃないわ。それより貴方――」

――あの火災で、全てを失ったのでしょう

 魔術師らしさなんて、これっぽっちもなく。そんな言葉を、口にした――



 大きな火事だった。生き残ったのは俺だけ――違う、助けられたのは俺だ
けだったのだ。
 あった筈の暖かな家庭。いた筈の友人達。
 ――持っていた筈の。沢山の、大切な思い出。
 全部を失った。残ったのは、この身体だけ。…心なんてものさえ、空っぽになってしまったんだ。
 だから憧れた。自分を救った誰か。そのあふれんばかりの笑顔が、俺の道を決定付けた。

 ――切嗣のようになれたら。
 ――切嗣のような笑顔で、最後を迎えることが出来たなら。

 そうして、

 ――爺さんの夢は、俺が――

 空っぽの俺は、その幻想を――

 それは大切な記憶。
 そのホントウは、意識してはならない、――



 一瞬だけ頭が過去に向かった。それは思い出せない――(思い出してはなら
ない)――何か。
「キャスター、何を」
 頭痛がする。今のは忘れろと。意識すれば、衛宮士郎は破滅するのだと。
 キャスターは俺を見ている。
「私は何もしてない。……何かを思い出したのなら、それは貴方自身の問題でしょう――貴方が、自分で解決すべきものよ」
 キャスターの言葉に嘘はない。大事なこと――相手に害することで、英霊が嘘を吐く事なんてないのだ。
「それは大切なことでしょうけれど、今重要なのはその深部ではないわ。重要なのは貴方が火事で全てを失い――空っぽになったということよ」
 これは本来、貴方が自力で理解すべきことだけど――そう前置き、キャスターが続ける。
「一度空っぽになった貴方は、それ故に身体の人格――「 」に近いもの、自身の起源に近付いた。その上魔術を習い剣を倣い、貴方は剣としての自己に近付き過ぎててしまった」
 空っぽの自我――ヒトとしての欠落。精神を失った俺は、それ故純粋な衝動に近いものになった――
 あの火災で失ったのは自分のココロ。それはきっと真実。例え命が助かったとしても、切嗣がいなければ、俺がどうなったかなんて想像もつかない。
「けれどそれはヒトには耐えられないこと。貴方は――本来ならば、衝動に耐えられず自身と言う剣に刺殺されるはずだった。けれど――」
 風が強いのだろう。ごとごとと土蔵の戸が揺れる。
「――けれどそれを止めたのは……貴方の魔術の鍛練方法よ。一から回路を創ると言う貴方の魔術に酷似した訓練。それが貴方自身を剣に耐えられる鋼へと鍛えた。貴方の師匠がそれを理解していたかは分からないけれど……それがなければ、とっくに自身に殺されていたでしょうね」

「――え?」
 親父が教えてくれた、無駄だらけの鍛練方法。遠坂が切り捨てたそれが――それのおかげで、俺は救われていたっていうのか。
 思わず微笑む。死んだ後も、俺は親父に救われていたんだ。

 笑う俺に、キャスターは表情を崩さない。そうして、彼女は目を閉じて――
「それともう一つ。最大の要因は、貴方が鞘でもあったということよ。剣にして鞘、その鞘は――貴方の身体、その剣を治め、制御する糧となった」
「鞘――?」
 なんだろうソレ。意味が分からないのに、懐かしい、ような。
「……ずっと疑問だったわ。坊やのような半人前が、あれ程の英霊を呼び出せたわけが。けれど彼女がアーサー王で――貴方に異常な自己再生能力があったというのなら、答えは一つしか有り得ない。どういう経緯か分からないけど、貴方には、聖剣の鞘が宿っているのよ」
 聖剣の鞘。それは確か――アーサー王の不老不死の所以……昔、何かで読んだ気がする。

"――シロウ"

 そうして、

"貴方が私の、鞘だったのですね――"

 その言葉を覚えている。……そうか、俺はずっと、彼女と出会う前から―彼女が居なくなった今でも。彼女に、守られていたんだ。
「分かったでしょう。貴方は既に起源に近い存在。矛盾した在り方さえ、その助けになるでしょう」
「……ああ」

 考えるのは後回しだ。今は桜を助けることを第一に。
「分かっているとは思うけど、失敗すれば貴方は死ぬ。…それでも、起源への到
達を望む?」
 成功の確率。そんなもの、きっと一割にも満たないんだろう。…けれど。
「それで助けられる命があるなら。迷う理由なんて無い」
 それでも一つだけ。訊かなきゃならないことがある。
「けど、キャスターはいいのか? 俺が死んだら、お前だって危ないだろ?」
 いや、もしかして別の手段があるのかもしれないけど。
 そんなことを考えていると、キャスターは。
「言ったでしょう――貴方を主とする限り、その決定に従うと」
 微笑みと共に。いつかの帰りの様に、微笑んだ。

 ……くそ、ホントに参った。
 こんな笑顔を見せられたら。絶対に、死ぬわけにはいかないじゃないか。
「――それじゃあ始めるわよ」
 キャスターの指示通り、座って心を落ち着ける。
 そうして、いつかの鍛練の様に魔術回路を生成して――

"――αφύπνιση"

 ――神代の、魔術を聞いた。



[35850]  the white witch, 4――「覚醒」, I am the bone of――(3)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/20 22:03
 ……そうして、それは終了した。有り得ない、起源への肉薄の儀。
「て、なんともないぞ」
 術式はなんの問題もなく終わり。想像していたような様な痛みや苦しみなんて無かった。
 正直拍子抜けだ。というか何も変わった気がしないというか。
「なあキャスター」
 キャスターを振り返る。彼女は重苦しい顔をしたまま、
「……耐えなさい、坊や」
 そんな言葉を、口にした。
「それって、どういう――」
 瞬間。
「――ッ!」
 全身が、跳ね上がる――
「な、んだ……コレ」
 気持ち悪い。背中から心臓、腕から全身へ。言いようのない不快感が、総身を貫いて。
「……がッ――ア――!!」
 身体中に死の予感が響き渡る。
「ああア――……!!」
 背中と腕。

 痛いいたいイタイイたイ痛イイタイ痛い痛い痛い

 背中の発火、両腕の爆裂。そんなのは錯覚で、燃えてもいないし腕もある。

 痛い熱い熱いイタイ痛い痛いいタイいたイ痛イ痛いいタい

 体内から――その深淵から迫ってくる死――響き渡る鉄の音。

 痛いいたいイたイイたイ痛イイタイ痛い痛イ痛い

 痛みは徐々に明確に、その原因を告げてくる。

 痛い熱い熱いイタイ痛い痛いいタイいたイ痛イ痛いいタい

 響き渡る鉄――打ち付ける鍛鉄の音。

 痛いイたイイたイ痛イイタイ――

 ――剣――

 その、感覚は――

 剣ツルギつるぎつルギ剣ツルギ剣剣ツルギつルぎツルギ剣

 体が剣で出来ているような錯覚。――そんなコト、有り得る筈もないのに。それが事実というように、体内に剣が満ちている、ような。

「ギ――ッ――!!」

 体が剣、脳髄は剣製の為の記憶装置。剣製は腕を突き破り全身を侵食し内蔵は五臓六腑大腸小腸間隙無く貫かれ

「ア――!!」

 何かが聞こえる。けれど鼓膜は当に崩壊し眼球からは剣が生えて視界は朱赤紅心臓は千散に引き裂かれ機能停止停止停止剣製は脳髄に達し鮮血乱舞――

「ズ―……――ッ……ア――ッ!!!」
 耐えられない。衛宮士郎なんて存在が、もって生まれた――生まれる前からあった衝動に逆らうなんて不可能。
「ギ――ッ……――!!」
 当に壊れた発声器官は、それでもおかしな音を発し続ける。

「――!!」

 目の前の誰かの声は最早ノイズとしてしか伝わらない。
 衛宮士郎は何をも成し遂げる事無く、自身によって殺されるだろう。故に誰かを救うなんてコト、成し得る筈もなく――

 ――それは、駄目だ

 そうだ、俺が死ぬのは構わない。けれどそれで、救うと決めたものさえ救えないなんて。

 そうだ、衛宮士郎は凡庸な上半人前。誰かに負けるなんてコト、きっと沢山あるだろう。

 ――けれど。自身の衝動に敗北するなんて、許せない。

 俺は、決して。自分にだけは敗けられない――!!

「アアアアア―――!!!」
 剣製が体を侵食するなら押し返せ。衝動が心を支配するなら主従を逆転させろ。自身との闘いなんて。衛宮士郎は、十年以上繰り返してきたコトだろう……!!
 そうだ、体が剣になるなんて構わない。けれど、この身は衛宮士郎。その在り方だけは譲れない。むしろ体が剣になって、それで強くなれるのなら。そんなモノ、こっちが使ってやるってんだ――!!

"――I am the bone of my sword."


「アアアアアアア――!!!」

 イメージは常闇の中。がむしゃらに歩く先に、辿り着けない眩い光。その輝きに手を伸ばし、その先への到達を目指す――


――覚醒、完了(トレース・オフ)――


「……っはあ――!!」
 痛みが急速に引いていき。頭は鮮明に、その記憶を幻視する。






 船の上、プレゼントした歪な剣。それを受け取り、彼女は微笑む。その笑顔が眩しくて。照れくささにそっぽを向いた。
 父さんの船はすぐ後ろに。慌ただしい船の上。
 ふわり、と背中に温かな体温を感じた。……それは、いつまでもおれを子供扱いする、その少女のいつもの抱擁。気恥ずかしさに、いつもの様に止めてとこぼそうとして。

"――アプシュルトス"

 少女が、俺の名前を呼んだ。

 ――ざくり

 ……その、瞬間。
 背中に、鋭い痛みが、刃物で、刺された、ように

 戸惑いが、驚きを越えて。振り向いた先には――

「――アプシュルトス」

 変わらぬままの少女――おれの姉、王女メディアの姿が。

 訳が分からず、立ち尽くす。
 俺が渡した短剣は、真っ赤に朱に染まっていて。

「さよなら――」

 それで最後。彼女の魔術により、おれの体は無散した。

 ――礼装は完成する。創るものであるおれの血と命をもって。破戒の魔剣が、無限色に輝き始める。

 そうして、最後の光景。
 血に濡れたメディア。その顔は、歪に歪んで。その口元は、嗤っていた――






「シロウ!」
「……メディ、ア」
 そうして、現実に帰る。背中には冷たい感触。ここは、あくまでも土蔵だった。
「いまの、は――」
 背中がうずく。あの時衛宮邸で受けた筈の傷。その傷が、まるで夢で受けたも
のであるかのように錯覚する。
 彼女は自分の前に座っている。――それが自分にとって、どんな存在なのか。夢と現がごちゃまぜで、全てがひどく曖昧だ。
 そんな中――熱に浮かされた様に、今視た何かを説明する。
 彼女の表情は変わらず。全てを話し終えた後、溜め息を一つ吐いて。
「……そう。やはり、貴方は――」
 そんな言葉を、口にした。
 彼女は言う。衛宮士郎の起源は"剣製"であると。
 彼女は言う。コルキスの王子――アプシュルトスの起源は"剣製"であると。
 ――仮に、生まれ変わりというものがあるとしよう。魂が、起源をもとに流転する――そうであるなら、起源を同じくする二人の少年は。

 そうして、生まれ変わりなんて有り得ないとしても。起源が同じということは、在り方が同じということだ。
 その言葉に衛宮士郎が納得する。キャスターが迫ってきた時から始まり、背中の傷をもって明確化していった夢に。
 その言葉にアプシュルトスが納得する。メディアを思う時始まる背中の灼熱と、同時に明快になる自身に。
「――俺、は。おれは――」
 曖昧な形のまま、彼女に話しかけようとする。けれど直前、視界がぐにゃりと揺らぎ出した。
 意識が黒く――心身の疲労に、強制的に眠りにつく。

「……今はお休みなさい。貴方は一つの戦いを終え――けれどまた、すぐに次が始まるのだから」

 額にひやりとした手の感触。それを最後に、意識が闇に消えていった。

 きっとまた夢を見る。それはおれの記憶ではない――ある少女の、けして消えることの無かった――ただ一つの想い。






 王女メディア。彼女はそのように生まれ、その地位にあるべきように育てられた。聡明で素直、誰にも分け隔てなく接した少女は、当然のように皆に愛され――その愛情に応えるように成長していった。
 彼女には魔術の才があった。故にキルケという大魔術師の下、様々な魔術をも吸収していった。
 魔術は人々を幸せにするもの。それを学ぶのは楽しかったし、誰かの役に立つことは嬉しかった。
 彼女は変わらない。国も、周りの人々も変わらない。それは当然のことで、きっといつまでも続くことだろう。誰もがそう信じて疑わなかった。

 ――そうして、ある日。イアソンという男と、アルゴー船の英雄たちがやってきて。当たり前の日常は、当然のように瓦解する。
 ギリシャの英雄イアソン。彼女の国コルキスの宝、金羊の皮をもって、自国の王位を得ることができる。故にその宝を譲っていただきたい――そう言った男はコルキスによって捕えられ。男を護る女神は、彼を助ける為に少女の平穏を終わらせた。
 女神アテナに命じられたキューピッドの矢をその胸に受け。メディアという少女は、イアソンと言う名の――名前しか知らない男に、恋することを強制されたのだ。

 そこから先、彼女の記憶は曖昧だ。……盗んだ宝と、自ら引き裂いてしまった弟。そうやって自国を去ることになった少女は。男の為に、幾多の禁忌を犯すこととなった。

 そうして、けして戻れなくなった道の中で。ある日、彼女は自分を取り戻すことになる。
 ――けれどどうすれば良かったのか。見知らぬ土地、隣にはヨクワナラナイ男。頼るもののない彼女は、その先も男についていくしかなかったのだ。
 それから先に、ほんの少しの幸福な時間があった。ゆったりとした時間と、授かった二人の子供。そうやって生きていくのも悪くはないと感じた彼女は。
 ある国で、再び王となる機会を得た男から。別れよう、と告げられた。
 そう、男が国を譲り受ける条件は一つ。その国の王女を妻とすることだったのだ。故に、連れ添った妻は邪魔ものとなった。

 "お願いです、捨てないで下さい"

 "二人の子供は、どうなるのですか"

 "貴方の為に、私は国を捨てたのに"

 "貴方の為に、禁術さえ使ってきたのに"

 懇願する彼女に、帰ってきたのは一つだけ。

 ――黙れ魔女め。
 ――自分の弟さえ八つ裂きにする女など。
 ――目に入るのも汚らわしい。

 男は去った。…国を捨て、男の為に生きなければならなかった少女は。そうして、尽した男にさえ見捨てられたのだ――

 "――アハ"

 "――アハハハハハハ――!!"

 その先は語るまでもない。男が手に入れた国、その全てを――男を除いて滅した彼女は。
 裏切り裏切られた果てに、本当の魔女となったのだ――

 それが彼女の生涯。彼女は本当の魔女として。最後まで、その生を全うした。

 ――けれど、その中で。一つだけ、変わらなかった想いがある。

 "――りたい"

 決して消えることの無かった――叶う筈も無かった、本当の願い。

 "私は――"

 "――最後には、自分の国にかえりたいのです――"

 叶い得ない想いを抱き。メディアという少女は、魔女の役割を背負って生涯を終えた――



[35850]  the white witch, the blade boys――白き魔女、剣製の少年(1)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/21 01:07
「Interlude」


 それは少し前の話。今度の聖杯の降臨地、柳洞寺前の階段。その中腹の踊り場
に、二人の男の姿があった。
 一人は歪んだ神の使徒。言峰綺礼という名のマスターの一人。
 もう一人は蒼き槍兵。クランの猛犬の真名を持つサーヴァント。
 無言で立ち尽くす二人の間に信頼関係などは未塵も無い。魔術師は槍兵を駒の様に扱い。槍兵は、自身の性(さが)故に魔術師を裏切ることがなかっただけ。
「ランサー」
 魔術師が告げる。声音はあくまで事務的に。この男は真実、目前の英霊に何の興味もなかったのだ。
「終わりは近い。万が一の為、お前は大聖杯の守護をしろ」
 その言葉に槍兵は眉をひそめた。
「大聖杯? かまわねぇが、てめえはどうするんだ。聖杯の降臨地でサーヴァントから離れるなんざ、正気の沙汰とは思えねえが」
 彼らがこの地にいる以上、決戦は間違いなくここで行われる。その場所にマスターが単独でいれば、他のマスターが放っておく筈がない。槍兵の言葉は正しい。
 だが魔術師は表情を変えず、気だるそうに僕を一瞥した。
「問題無い。お前は私の指示に従えばそれでよい――令呪はまだ二つ残っているが?」
 その言葉に槍兵は吐き捨てるように笑う。
「ハ――選択の余地は無いってか」
 そのまま槍兵は森へと分けいっていく。
「了解だマスター。死ぬなら勝手に死にやがれ」
 悪態を残し、英霊は去って行った。
 残ったのは神父のみ。男はいつ戦場となるやもしれないその場に立ち尽くす。
「お前の役目も終わり――せめてそちらに敵が来る可能性に祈るがいい」
 それは彼なりの労いの言葉なのか。ふん、と鼻を鳴らし、彼は槍兵のことを思
考から追いやった。

「利用されていると気付きながら、あくまで役目を全うするか。まさに狗だな」
 現れたのは異なる英霊。受肉したサーヴァント、英雄王ギルガメッシュ。
「来たか。やることは分かっているな」
「無論だ。小聖杯にたかる雑種を粉砕し――最後に邪魔な狗を消せというのだろう」
 英雄王は嗤い、担いだ人影を示す。
「起動式は持ってきた。聖杯はじきに再臨する」
 その人影、間桐桜を見据えて、言峰綺礼は顔をしかめた。
「……何故その魔術師を連れてきた。私はアインツベルンのマスターを持ってくるよう言った筈だが」
 英雄王の表情は変わらず。マスターの言葉に、尊大に答える。
「起動式を持ってこいと言われたが、生憎どちらのことかは指定されていなかったのでな。我が選んで、相応しい方を持ってきただけだ」
「馬鹿なことを言うな。その娘が器足り得るにしろ、相応しいのは正規の器、アインツベルンの聖杯に決まっているだろう。貴様は何故その娘を――」
 そこで言葉を切った魔術師の表情に、僅かな感情が表れる。
「貴様。まさか――」
 感情の波が広がる。背後の英雄王を振り返ろうとした男は、

 ――瞬間。ずぶり、と貫く。

 心臓に生えた、真紅の魔槍を瞳に写した。
「ガ――」
 突き刺さった魔槍。ゲイ・ボルグの原型を手にしたまま、英雄王は変わらず嗤う。
「そろそろ終いだ、貴様も死んでおけ」
「ギルガ――ッ!!」
 突き刺した時と同様に、抵抗無く魔槍が引き抜かれ。言峰綺礼はその場に倒れ伏した。
「貴様が使った僕(しもべ)の槍だ。それで殺されるのもまた一興だろう」
 英雄王の声。そうして、最期。
「安心しろ、聖杯は降臨させる――我好みの、不出来なソレをな」
 そんな嗤いを聴いて、言峰綺礼は絶命した。






「the white witch, the blade boys――白き魔女、剣製の少年」


 目を開く。見渡せば、ここは自分の部屋だった。
「――」
 土蔵からの記憶が無い。ということはキャスターがここまで運んでくれたのだろう。
 状況を確認する。……覚醒は果たした。すべきことは一つだけ。
「……って、あれ」
 思わず拳を握り締め、違和感に気付く。両腕に何か――
「それは私が巻いておいたわ」
 近くにいたのだろう、キャスターが実体化する。
「それは必要なものよ。両腕は、殊に貴方の衝動に近いモノだから」
 "剣製"――"造る"という行為は手を主として発達したもの、故にもっとも衝動が暴走しやすいとキャスターは言った。
「起源の覚醒に成功したとはいえ、貴方のソレは綱渡りじみた危ういモノ。――決して外しては駄目よ」
 分かったと頷く。
「……それじゃ行こう。今やることは一つだけだ」
 英雄王の手から桜を救い出す。どれ位時間に余裕があるのかは分からないが、急ぐに越したことはない。そう思って立ち上がった俺に、キャスターが言う。
「待ちなさい坊や」
「なんだよ」
 彼女は視線を逸らし、
「その……お腹すいてるでしょう?」
 なんてことを呟いた。



 実際最後に食べたのは昨日の昼なわけで。言われてみれば、相当に空腹だった。
 時刻は午後七時過ぎ。俺が倒れている間にキャスターが作ってくれたという夕食を頂くことと相成った。
 キャスターが言うには、聖杯の完成には後一日はかかるという。彼女の言う通り、俺達が出発するのはもう少し先。魔術師らしく、真夜中に戦いに赴くことにした。
 時間が過ぎていく。戦いの前、正直気持ちは焦っている。
 そんな中、夕食に箸をつけ、
「――美味しい」
「当然よ、私が作ったんだから」
 前に食べたのは中々に微妙――とは言わないでおく。

 彼女の手料理はこれで三度目。――そして、きっとこれが最後。出来た料理にはまだぎこちないところもあるけれど。その食事は、今までに無かった位に美味しく思えた。



夕食を終えて、出発までにはまだ時間がある。その時間をどう過ごすかを考えて。その実考えることなんてなく、俺は縁側に腰をおろしていた。
 そこは昔良く座った場所。

 ――安心した、と。その人の最後さえも、この場所で迎えたのだ。

「坊や」
 振り返ればキャスターがいた。そのまま、俺の隣に腰を落とす。
 彼女は何も語らず。俺もまた何も言わない。
 ――こういう時間は、嫌いじゃない。
 見上げる空には雲がかかり、月は、その存在を主張するように微かな光を漏ら
すのみ。
 そうだった。昔座ったこの場所で、過ごした時間の大半は。こんな風に無為
な――そして心地良い時間だった。
 そうして、少しの静寂の後。爺さんは、まるで自分自身に話しかけるように、静か
に語りかけて来たんだった。
「――ねえ」
 その代わりを果たすように、キャスターが口を開いた。
「もう分かっていると思うけれど。聖杯に利用されるお嬢さんを助けるということは、願いを叶える機会を諦めるということ。それでもいいの?」
 ああ、と即答する。元より聖杯(きせき)にすがって願いを叶えるつもりなんて無い。……そう、そんなものに頼らなくとも、叶わない願いなんて無いんだから。叶わない願いは、願いじゃなくて理想なんだ。
「俺は聖杯なんかに興味は無い。……けど、キャスターはいいのか?」
 サーヴァントは聖杯の為に戦いに応じる者。その彼女が、俺の勝手に付き合っていいのだろうか。
「私のことはいいわ。それにそう、坊やならそう答えると思った」
 吹く風は冷たい。中庭の暗闇は、街灯によって一層その闇を濃くしている。
 再度の沈黙。少しの間を置いて、彼女はまた口を開く。
「もう一つ訊くわ。貴方は――その身体に、後悔をしてない?」
「身体?」
「分かっているでしょう。起源に覚醒したものは、起源によって縛られる。貴方はこれから先、一生を剣として生きていかなければならない。言ってしまえば、貴方はもう」
 人間ではない――本当に小さく、けれどはっきりとそう告げられた。
「……ああ、分かってる」
 起源を呼び起こされた時、そんなコトは理解した。衛宮士郎は、衝動を押さえられる限り一生を剣として生きなければならないし――起源に支配されれば、そこで終わってしまうのだ。
 何度目かの沈黙。見えるものは街灯の灯りだけ。聞こえるのは、風の音だけ。
 けれど答えは決まっている。後悔なんて、ありえないのだから。
「キャスター、俺は――」
 それをキャスターに伝えようとして。同時に、唇に柔らかな感触。

「――」

 口の中に、鉛の味の何かを流し込まれ。同時に口内に痛みが走る。

 時間にしてどれ位のことだったのか。長いようで短い口づけは、あっさりと終
りを告げた。
 これで二度目。生涯四度目のくちづけは、けして慣れるものじゃなく。呆然と
して、動くことも出来ない。
 そんな俺を置いて、キャスターが立ち上がる。
「ラインを強化したわ。これで――私も存分に戦える」
「……あ」
 前もそんなこと言ってたっけ。だからって割り切れるものじゃないんだけども。
 キャスターは目の前に。すうっと手を差しのべてきた。
「行きましょうマスター。お嬢さんを助けましょう」
 自然にそう言うキャスターは、キレイなまま。
「――ああ」
 俺はその手を、掴んだ。



 ――そうして。時計の針が重なった時、彼等は出発する。
 がらがらと玄関を閉め、夜の町へと踊りだす。
「行きましょう」
 彼女の言葉に少年は頷く。
 聖杯の降臨地に向かうにも関わらず――その目的は、人一人の救出なんてちっぽけなもの。魔術師として、これ程愚かな事はあるまい。
 けれどそれはどうでもいい問題だ。魔術師を名乗ってはいても。少年は、どうしようもない程に魔術師らしくなく。彼にとって魔術はあくまで手段の一つ。
 その意味で、彼はまさに魔術使いだった。それはまさにエミヤを継ぐ者。衛宮切嗣の、果たすことの出来なかった理想――それを目指す、始まりの姿。
 目指す先は柳洞寺、聖杯戦争の始まりの地。同時に、平穏を求めた少女――王女メディアの、ある男との邂逅の場所。
 先に待つのは最強の英霊。王という名の絶対の死。


 ――そうして。背後に迫るも、死の気配。



[35850]  the white witch, the blade boys――白き魔女、剣製の少年(2)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/21 01:08
 柳洞寺。サーヴァントにとっての鬼門にして、最高級の歪んだ霊脈。長い階段を前に俺達はいた。
「行きましょう」
 霊体化していたキャスターが実体を伴う。背後のキャスターの存在を感じて、俺は石段に足をかけた。
 木々に囲まれた山上は、不気味な程に静かだ。響くのは俺とキャスターの足音だけ。警戒を緩めず、ゆっくりと石段を登って行く。
 そうして中程まで登った頃。丁度踊り場になっている場所で、俺は思わず歩みを止めた。
「――なんだ、あれは」
 口に出来たのはそれだけ。ここに来るまで分からなかったのが不思議な位に。山門の先からは、禍々しい、なにかが。
「あれが聖杯――いえ、あれ自体は溢れ出しているモノに過ぎない。魔術師達が求めて止まない、聖杯という名の呪いよ」
 呪い。それはあの男も使っていた表現だ。その意味が、実物を前にして痛いほどに実感できる。
「あんなものが、聖杯?」
 そんなことがあっていいのか。俺を守ってくれた少女。彼女が求め続けた奇跡が、あんな汚れたモノだというのか。
「……聖杯というのは表現上の問題よ。それが何であれ、願望機であれば聖杯と呼ばれる」
 それでも本来はあんなものではない、とキャスターは付け足す。ああなったのは、何か混
ざりモノと――正規ではない聖杯の器(いけにえ)が原因であると。
「……キャスター」
 曰く親父は聖杯を破壊したらしい。当然だ。あんなものは、誰かを幸せにするものでも――彼女が求めたものなんかでも、決して無い。
 だからこの思いは当然に。振り返って、彼女を見据えた。
「俺は……聖杯を、破壊する」
 たったそれだけの言葉。その意味は俺にも分かる。俺は、聖杯の為に召喚された筈の英霊に、はっきりと。願いを諦めるよう言ったのだ。
 例えこれでキャスターとの関係が終わっても仕方がない。俺は俺の身勝手で、聖杯の破壊を望んでいるんだから。
 キャスターは無言。だから彼女の答えは決まっていて、
「――ええ」
 それは呼吸をするような自然さで。あっさりと、俺の言葉を受け入れた。
「キャスター」
「あのね、お嬢さんは聖杯として利用されているのよ? 彼女を助けるということは、聖杯を諦めるということと同意なのよ」
 英霊は基本的に嘘は吐かない。だから、いやそんなことは無関係に、そう告げるキャスターに、後悔なんてモノはなく。本当に本心から、そう言ってくれていた。
「それに――」
 キャスターが歩き出す。……そうして最後に振り返って、
「――言ったでしょう? 貴方を主とする限り、その決定に従うわ」
 微笑みながら、そう言ってくれた。
「……メディア」
 ありがとうという言葉は胸に秘めて。彼女のことだ、そんな言葉は受け取らないだろうから――せめて思いが伝わるよう、その真名を呼んだ。

 キャスターはそのまま階段を横切り、深い森林に入ろうとしている。
「キャスター?」
「悪いけれど、私にはやらなければならないことがあるわ」
 歩みを止めず、キャスターは言った。それはつまり、俺一人であの男と戦わなければならないということ。そうなれば、衛宮士郎に勝ち目はないだろう。けれど。
「分かった」
 彼女が言うのなら、それはきっと重要なこと。ここで引き留めるのは間違いだ。
「それに、私がいればむしろ足手まといになるわ。あの男には数で挑んでも意味が無い」
 あの男は幾多の宝具を持っている。幾ら数で勝ろうと、圧倒的な火力で殲滅されてしまうということだろう。それはもう痛い程に味わっている。
「それじゃあ俺は」
「ええ、そのまま山門を越えて。危なくなれば、その時は助けてくれるだろうしね」
 キャスターは遠ざかっていく。
 ……これが最後かもしれない。聖杯を破壊するとはそういうことだ。けれど、だからこそ、その背中に。
「キャスター」
 キャスターが立ち止まる。
「――死ぬなよ」
 その言葉を投げ掛けた。
「坊やこそ、ね」
 振り返ること無くキャスターは歩き続け。霊体化したのだろう、不意にその姿が消えた。
 その空間、誰もいない闇を少しの間だけ眺める。
 そうして、

「――さあ行こう。これが最後の戦いだ」

 もう一人――最早いない護り手に語り、一人石段を登り始めた。



 走る、走る。霊体となっても身にかかる重圧が変わるはずはない。彼女――キャスターは、深き森の結界をひたすらに走っていた。
 急がなければならない。そうしなければ、手遅れになってしまうかもしれないのだから。
 空には雲、吹き抜ける風は肌寒い。息を切らせて、彼女はその場所を目指す。
 曰く、聖杯は二つある。一つは地上、願いを叶える小聖杯。そしてもう一つはこの先、地下に潜んだ大聖杯。大元の聖杯を目指し、彼女は足を休めず走る。
 場所自体は既に把握している。故に闇夜の中でも迷うことはなく、その入り口を、容易に見付けることが出来た。
「ふふ――馬鹿な坊や」
 最後に一言。微笑いながら呟いた彼女は、不意に空を見上げる。風の影響だろうか。それを隠す雲も、今は無く。
 空には、鋭い三日月が輝いていた。



 石段を歩く。キャスターは去り、一人ぼっちの山道。頭上の山門を目指し、次の一段に足をかける。
 この先に英雄王がいる。衛宮士郎のスキルなど、サーヴァントには通用しないと。それは赤い騎士の言葉……同時に、かの騎士の言葉でもあった。
 英霊には決して勝てない。退路無くそれと戦えば、その時点で負けている――そう言って、俺に生死の見極めを叩き込んでくれた剣の英霊。
 その言葉は正しかった。俺が考え無しに挑んだ戦い。そのどれにおいても、衛宮士郎は敗北しているのだ。
 思えば、この始まりはあの時から。衛宮士郎の連敗は、あの冬の森――雪の少女を救えなかった、その日から始まったような気がする。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。悪意など欠片もなく、故にどこまでも純真で――残酷だった女の子。
 彼女の目的は聖杯を手に入れることだという。あれ以来姿を現さない少女。彼女は今、一体どうしているのか。
「――待てよ」
 彼女の目的は聖杯の獲得だ。……なら、聖杯を破壊しようとしている今。彼
女が黙っているなんてことが――

 それは唐突に。遥か彼方、あるいはすぐ後ろから。天使のようなキレイな歌声が響
く。

 イメージは雪の森。美しく、何もが生存できない白景色。

「こんにちは、お兄ちゃん」

 本当に嬉しそうな声。同時にとても残酷な声。
 冷たく、優しく、皆殺し。

「――イリヤ」
 振り返った先には、冬の少女と。
 選定の剣をも凌ぎ切った。絶対の、灰色の死の巨人が。

「会いたかったわシロウ。――言ったよね、今度会ったら殺すって」

 唄うように少女は断罪する。

「やっちゃえ、バーサーカー」

 勝ち目の無い戦い。絶望が、開幕した。



「――ッ!!」
 暴風が吹き荒れる。爆撃じみた一撃が、俺を踏み潰さんと迫る。
 それを紙一重で避ける。大剣から大きく離れた無様な回避行動。それで紙一重。それ以上斬撃に近付けば、触れること無く被害を受ける。それ程に、狂戦士の攻撃は圧倒的だった。
「……っ!!」
 体はもう擦り傷だらけ。それでも何とか致命傷は避ける。
 起源の覚醒。衛宮士郎の身体能力は、以前とは比べるべくも無い程。
「ぐあ……!!」
 だがそんなことは関係無い。幾ら身体能力が上がろうと、所詮は人間の域。英霊相手に、そんな半端は通じない。

 ――いや、そうじゃない。

「……ッ!!」
 それ以前に。

 ――衛宮士郎は、本来戦うものではないのだ――

 かろうじて、その一撃を避わしきる。
 ……イリヤは笑っている。逃げ回る俺を楽しんでいるように。
 投影はしていない。こんな一瞬では創れるモノはあの双剣くらい。けれどあの双剣――俺が創ったそれでは、防げる斬撃は一つか二つ。そうして俺の両腕は粉砕されるだろう。
「――ぐっ……!!」
 風圧が体を撫でる。それだけで耐えきれない程の衝撃がある。
 イリヤは余裕を崩さない。それは当然。この劣勢、この戦力差。それでもあの英霊は。実力の半分も出してはいないのだ。
 絶望的な戦い。否、一方的な殺戮。この大英霊相手では、俺に勝ち目など――

「いいから、さっさと行けっての!」

 そんなの相手にしてるんじゃないわよ、とまくし立てる声。

"坊や、山門を越えなさい"
 直後、頭にキャスターの声が響く。
「でも、」
"いいから急ぎなさい!貴方がそれに勝てるわけがないでしょう!!"
 それは真実。そしてキャスターが言うなら、何か考えがあるのだろう。
「……分かった!」
 ぎりぎり巨人の一撃を避わし、くるりと敵に背を向ける。
「へえ、逃げるつもり?」
 イリヤの声。山門まではほんの少しだ。今の俺なら、それこそ一瞬で辿り着くだろう。
 だから全力で走る。四段とばしで、飛ぶように石段を駆け抜ける。
 ……山門は目前に。だから、俺は当然の様に、

 俺の、すぐ後ろで。大剣を振りかぶる、風切り音が。
「あはは、シロウったらかわいいね。逃げられると思うなんて」
 逃げ切れる、わけがなかった。少女の笑い、そうして、振りかぶられた岩の剣が、

――轟

 ……それはいかなる理由か。覚悟した斬撃は、背後の爆音に代わられ、放たれ
ることは無かった。
「そんなのは後でいいわ――バーサーカー!!」
 一瞬だけ緩んだ追撃。しかしすぐに再会され、死の気配が再び迫る。
「く――」
 渾身の力を足に。それは以前キャスターにかけられ、経験した魔術。

"――同調開始(トレース・オン)"

 感覚だけを頼りに、俺は自身に強化を施した。
「――ああああ……!!」
 それはほんの一瞬。生物の強化なんて俺の出来る領域じゃない。足に込めた魔力はたやすく無散する。

「はあ……ッ」
 けれどその一瞬で。俺は、山門を越える事が出来たのだ。

「■■■■■■――――!!」
 山門は越えた。果たすべきコトは、達成した。
 けれどそれは当然。そんなコトで敵が去るわけでもなく。俺を狙い、暴風じみた一撃が迫る。
 それを避わすことなんて出来ない。今のバーサーカーは、先程の様に手を抜いてはおらず。俺は余力も無く、今にも倒れそうだ。
 だから、最後に空を見上げる。
 ……曇っていた筈の空には。鋭い、三日月が輝いて――

 ――琴。

 瞬間。死の斬撃は無く、代わりに響くは一の剣戟。
 狂戦士の一撃を止めたのではない。
 光景は真逆。首を狙う一太刀を、何とか受けたのはバーサーカー。

 そうして、その太刀の主。バーサーカーを狙ったソレは、悠然と門前に立ち尽くす。
 光る太刀は、異様と言える程に長く。その佇まいは、まるで雲か柳のよう。

「――あなた、まだ」
 驚きはイリヤのものだ。……それは当然。眼前には、とうに消え去った筈の英霊。

 男は悠然と微笑む。その第一声は当然に。

「――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」

 月下の剣士が、そこに在る。



[35850]  the white witch, the blade boys――白き魔女、剣製の少年(3)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/21 02:21
「お前――」
 山門を越えた俺と、剣士に阻まれたバーサーカー。その間に立つアサシンは結果俺を守っているような形になる。
「なに、私の役目はこの山門の守護でな。通ろうとする外敵を、追い払おうとい
うだけのコト」
 その様に緊張感や殺気等はなく。刀を構えもせず、その実隙なんてものは有り得ず、剣士は当然の様に言った。
「でも、どうして」
 こいつが山門の守備をするというのなら、俺は元より――この先にいる筈の英雄王をも阻んだはずだ。
「ふむ、あの魔女のものとは言え、この身が規約違反のものであるからか――何にせよ令呪の縛りも絶対という程ではなくてな。見逃すというなら、見逃すことも出来なくはない」
 もっとも相応の重圧は受けることになるが――そう言って、アサシンは微笑う。
 だが、それなら今も。ここで俺を逃す理由も、バーサーカーを阻む理由もありはしまい。
「フ――確かにそうかもしれんが。お前があの魔女と組んでいるのであれば例外だ。我が使命は"外敵"の排除、あの女の陣営ならば――通りたければ、通ればいい」
 キャスターは既にアサシンを捨てている。それに元より、サーヴァントがマスターであるというなら、初めからこの男には聖杯を手に入れることは出来なかった筈だ。なのに、
「何でキャスターに協力するんだ?」
 俺の疑問に男は振り返らない。否、振り返ればその瞬間バーサーカーに叩き潰されてしまう。
 故に背を向けたまま。何でもないことの様に、涼やかに。
「私にも、待ち人があったのだが――それも最早叶うまい」
 なら、と。それはまるで詠う様に。
「この身は"佐々木小次郎"。侍として喚ばれたのだ――忠義の一つも、尽してみるのもおかしくはあるまい?」
 忠誠なんてこれっぽっちもなく、そんな言葉を呟いた。
 そう、それは忠義なんてモノではなく。俺と同様、きっとこいつも彼女を気に入っていたというだけ。
 なればこそこの場を、任せられると信じられる。
「分かった、アサシン――ありがとう」
「男児に言われて、喜べる言葉でもないな」
 侍は変わらず、
「行け小僧。お前にも、すべきことがあるのだろう」
 任せろと言ってくれた。
「ああ――!」
 山門の先、柳洞寺に立ち入る。そうして最後に振り返り、目に入った背
中は。
 赤い騎士のモノとは違う――けれど同様に信じられる、衛宮士郎の英霊(りそう)だった。






「ああ――!」
 そう残して少年は去った。残るのは三人――狂戦士とその主、そして一人の亡霊のみ。
「あなた、なんのつもり?」
 少女が言う。その瞳には、自分の道の邪魔をした侍への、殺意しかない。
「いや、私もこのような戦いは本意ではない」
 彼は微笑う。聖杯という奇跡を餌に呼び出された英雄達。彼等と戦うことこそが、自分の望みだったのだが。
「――このような少女に隷属させられるか。大英霊といえどこの程度」
 本当につまらぬ、とこぼす。何よりつまらないのは自分自身。彼もまた、この山門という場に縛られているのだ。
「なればこのような茶番――早々に終わらせるとしよう」
 ちゃき、と刀を鳴らす。それは明らかな挑発。けれど、
「自分の分際が分かっていないようね」
 その少女はあっさりと激抗する。
「少し遊んであげなさい。このお侍さんが、絶望するまで」
 少年を追うという目的を放棄してまで、眼前の敵にこだわる姿は――それもまた、彼にとってのつまらぬ要因。
「まこと下らぬが、恐らくこれが最後の戦い。精々私を楽しませろ」
 そう嘯いた侍は。
「バーサーカー!!」
「■■■■■■――!!!」
「フ――!!」
 襲い来る狂戦士を迎え撃った。






 そうしてその頃。一人の魔術師が、その場に在った。
「……これが」
 魔術師――否、魔女メディアが呟く。眼前には無限の泥をはきだし続ける呪いの釜――大聖杯と呼ばれるものがある。
 その光景に彼女は思わず立ち尽くす。それは彼女の予想を越えた魔力に包まれ、そして予想を遥かに越えて禍々しかった。
 過去の戦争において聖杯が汚染されたコトは知っていた。だがそれ以上の問題は、やはり起動式が不正ということだろう。
「あのお嬢さん、か」
 マキリ桜という少女。それを寄代にした結果がこれだ。不完全な聖杯を求めるといった黄金の英霊。彼の願いは分からずとも、その目的は既に達せられていた。
 さてと呟き、彼女は前に進み始める。目の前には、溢れ出した汚泥の沼。
「これが、最後――」
 キャスターは泥の前にしゃがみこんだ。






 山門を越え、視認出来る呪いを目指す。
 柳洞寺は静まり返っている。今のところ異常はなさそうだが、聖杯が完成すればどうなるかは分からない。
 山門の先には開けた場所がある。その広場を走り抜け、俺は泥の中心――柳洞池を目指す。
 魔力が濃くなっていく。俺でさえ、いやこれならば一般人でも感じとれるのではないか。最早物質化しているような魔力の霧をかき分け、その先に。

「――来たか、雑種」

 ――黄金の髪、赤き眼。それは本当に尊大に。絶対的な、金色の英雄王がいた。
「ギルガメッシュ……!」
 嗤う王を睨み付け、敵意を込めてその真名を呼ぶ。
「ほう、我の真名に気付いたか」
 英雄王ギルガメッシュ。遥かな古代、ギルガメッシュ叙事詩に登場する、人類最古の王。あれ程の宝具を持ち、その全てに担い手が存在しないというのなら。この英霊の正体は、あらゆる財宝を集めた王に他ならない。
「だが雑種。我の名を呼ぶなど何様のつもりか」
 ギルガメッシュは殺気を孕み――直後、にやりと口端を歪めた。
「そういえば貴様の目的は女の奪回であったか」
 女、それは桜のことだろう。
「桜はどこだ」
「どこだと? そら、目の前にあるだろう」
 促され、目線をあげる。そこにあるのは、聖杯という呪い。
 ……そうしてその頂きには。
「桜……!!」
 まるで聖杯に取り込まれているかのように。衛宮士郎が救うべき、その少女がいた。
「ハハハハ――!! どうだ滑稽だろう、あの不完全さ!! これこそ我が求めた聖杯!!」
 男が嗤う。そんなコト、どうでもいい。
「……桜を放せ」
「アレならば我の代行も果たせよう――下らぬ雑種を、地より滅することも容易よ」
 この男は、ナニヲイッテイルノカ。
「……桜を、放せ」
「それは不可能だ。ああなれば我でも分離は出来ん。それこそ聖杯を破壊でもせん限りはな」
 そうか、と頷く。
「だがこれでよかろう?」
 それなら、
「あの様な愚物が我の役に立ったのだ。道具としては、誉めてやらんでもない」
「テメェをぶっ倒して、聖杯を破壊してやる――!!」
 嗤う英雄王。その男に向かって、走り出した。






 金属音が響く。二つの得物が交錯する。
「■■■■■■――――!!」
 かたや、棍棒じみた岩の剣。
「フ――!!」
 対するは、流水が如き倭国の太刀。
 先に放つのは狂戦士。その豪剣が、敵を滅さんと迫る。
「ハ――」
 それに合わせるかの様に剣士は刀を滑らせ――そうして、敵より先に斬撃が到達する。
 それをバーサーカーはとっさに防ぐ。後退した狂戦士に第二撃が迫り、
「■■■■■■――!!」
 でたらめな速度で、狂戦士は更に後退した。
 そうしてまた前に出るバーサーカー。その繰り返し。都合十度に届く程の剣戟が、飽きることなく繰り返されている。
「バーサーカー!!」
 少女が叱咤する。何故かような無名の英雄を、二度も倒せずにいるのかと。
 だがその侍にとってこれは当然の経過だ。少女は分際をわきまえさせる、と言って全力を出させず。その上、彼女の狙いは山門の突破でなく、あくまでも小次郎自身。山門を狙わぬ相手ならば無理な突破も有り得まい。
「下らぬ」
 彼は呟く。最後の戦いにおいても、生死の狭間を体験し得ないのかと。
「調子に乗らないでよね。本当なら、貴方なんて一瞬なんだから」
「ほう、ならばやってみればよかろう。今の所、傷の一つも与えてくれてはいないが」
 男は微笑う。実力差がなんであれ結果が全て、と。余力があるのなら全て出しきってほしい、それが、彼の本心だろう。
 だがそれを少女は一笑にふす。
「勘違いしないで。そもそも貴方の攻撃なんて、本当は」

 ――バーサーカーは、防ぐ必要も無いんだから――

 その言葉は真実。それこそがかの英霊の業(ごう)。十二の試練の果て、彼が得た能力の一つ。
 バーサーカー――ヘラクレスにはBランク以下の攻撃は通用しない。宝具も持たず、純粋な破壊力も高くはない彼の攻撃は、バーサーカーには一切通じないのだ。
 それは彼も既に知っていること。マスターである女が忌々しげに言っていたことだ。
 それでも彼は一度、狂戦士を追い返している。通じない斬撃のみを持って大英霊を撃退しているのだ。
 けれどそれは地形の利と、マスターによるバックアップのおかげだった。それらを以ってしても、一つの命も奪うことが出来なかった。
「――ふ」
 男は微笑う。絶対に勝てない戦いにおいて、けれどそんなことには興味がないと。
「……貴方」
「いや失礼。成程、確かに我が太刀は通じまいよ。それが理由で手を抜かれるのも道理」
 ならばと。自然な動きで、彼は狂戦士へと歩む。
「――その生命の一つでも、削って本気を引き出そう――」
 同時に男が消え。視認出来ない程の速度――疾風が、駆け抜ける。






「どうした雑種!!」
 宝具が放たれる。それをかわし、視認し、複製し、迎え撃つ。転げ回る様にしてなんとか生命を繋ぎ止める。
「くっ……!!」
 放たれる宝具は三流、数量も大したものではない。
「次だ、精々逃げ回れ!!」
 男の背後に顕現している宝具群の内、いくつかが飛来する。
「投影(トレース)、」
 眼前に迫る魔剣、既に解析・設計していたそれを、
「完了(オフ)――!!」
 投影した剣。同種の宝具で、防ぎ切る。
「ハハ――はいずり回れ、雑種らしくな!!」
 幾度目かの魔弾の射出、何とかそれをしのぎ切る。身体はもう傷だらけ。起源覚醒の成果は、この英霊にも通じないのか。

「……全く。歯向かわぬのならば、聖杯の完成に立ち会わせてやろうと思っていたのだが」
 男が嗤う。だが、そんなことに興味は無い。
「聖杯の準備は、中々に忙しかったぞ。魔力の確保――真の小聖杯に向かうマナを、マスターに感付かれぬまま止めておくのも一苦労……全く、令呪とは中々に厄介なモノだった」
 爆撃はそのままに。英雄王が、自身を高らかに語る。
「だがそれも全て終わり。……聖杯といえど、我に叶えるべき願いなど無い。元より叶えられない欲求など存在しない。だがあれを使えば――選別も容易かろう」
「何を……ッ!!」
 思考する時間はないし、すべきことはただ一つ。故に、こいつの言葉なんて聞く必要も――
「言っただろう、雑種を地より滅すると。この地上には、不要な生(にんげん)がのさばりすぎた。弱きモノ、下らぬモノ――その全てをこの泥によって死滅させ、生き残れたもののみを我が国民とするのだ」
 ――必要も、無い筈なのに。その言葉は、衛宮士郎が。正義の味方として――
「呆けるな、次だ!」
「……ッ!!」
 ぎりぎりの回避。頬を霞めた宝具が、遥か背後に突き刺さる。
 英霊に、衛宮士郎は太刀打ち出来ない。それは分かっていたこと、俺のスキルではサーヴァントには通用しない。
 けれど、彼女――キャスターは、この場を俺に任せた。それなら、何か理由が、俺がアイツに匹敵し得る、俺故の何かがある筈だ。

 ――衛宮士郎のスキルでは、サーヴァントには通用しない

 ――ならばせめてイメージしろ。現実で叶わぬなら、幻想で勝て

 それは赤い騎士の言葉。そうして俺は投影を理解した。
 ……けれど。
 一方的な攻撃は止まず。ギルガメッシュは、一歩も動かずに俺を圧倒する。

 ――戦うべきは自分自身

 ――イメージするものは常に最強の自分

 俺は自身のイメージと戦う。……俺自身の何かというならば、それは剣製しか有り得ない。
 けれど投影では、あの大英霊には及ばない。

 なら、俺は。一体、何を創りあげるべきなのか――






「■■■■■■――――!!」
 巨人が吠える。その力は圧倒的で、誰かが対処できるモノではない。
「フ――」
 それをあっさりと、ごく自然に。剣士は悉くを受け流す。
 大英霊と言えど本気を出さぬ輩に負ける道理などない。そう告げるかの様に、剣士は初めて自ら踏み出し初撃を放つ。
「幾ら身体が硬くとも――」
 狂戦士が対処する前、文字通り神速の太刀。円である筈の剣閃は、ただ一点を指向し、
「――眼球までは、そうも行くまい……!!」
 極限の一撃。雷鳴の如き突きが、巨人の眼球を貫通し、脳髄を刺し貫く。
「■■■■■■……!!!」
 バーサーカーの咆吼。暴風じみた反撃を回避し、侍は後退した。
「バーサーカー!!」
 状況を理解できていなかったのか。一拍遅れて、少女が叫ぶ。その様に、彼は苦笑する。

 ……理解できなかった、か。ヒトの形(なり)をしている以上、予想し得る事態であろうに。

 だがそれこそ間違いだ。そもそもバーサーカーの守りは、部位によって変わるものではない。眼球であれ心臓であれ、Aランクに届かぬモノは全て通用しない筈なのだ。
 そうしてそれ以上に。英霊の、殊にヘラクレスの眼球を一点も誤たずに尖つことなど、一体他の誰に出来るというのか。
 何にせよ彼にとっての、一つの目標が達せられ、
「もういいわ、バーサーカー!! そいつ潰しちゃいなさい!!」
「■■■■■■――!!!」
 彼が求めた本気の戦いが幕を開ける。
「願わくば、かの騎士王と見(まみ)えたかったものだが。――これで最後、いざ参る……!!」
 リミッター解除、全力を放つ大英霊。
 その猛進に対し、彼は。
「――秘剣、」
 太刀を水平に。この戦い、初めて構えを作り上げた。






 爆撃は続く。決して多くはない一斉射撃。けれどそのどれもが宝具で、俺の命を刈り取ってあまりあるモノだ。

 ――衛宮士郎が勝てぬのなら、勝てるモノを幻想しろ

 その魔弾を避わしながら、思い出すのはアイツの言葉。この状況で、その忠告が頭に響く。

 ――元よりお前に出来ることなど、それ位しかないのだからな――

 飛来する宝具は、たったの二。それをかわし、複製して何とか弾き飛ばす。それで幻想は砕け、次の設計図を叩き起こす。

 赤い騎士が伝えたかった何か。それが伝わりきることは、この俺では有り得まい。
 
 ……故に。

 両腕から、鉄の音が響いてくる。
 
 ……その先。それは、この衛宮士郎が知る筈の無い記憶。

 ――投影……未だその様な剣製を行っているのか

 騎士は言った。

 ――地下聖堂での剣製を、理解したかと思っていたが

 裏切った赤い騎士が、作り上げた無限の荒野――そうして、ある筈の無い戦い。とある城での対峙の果て、赤い騎士――英霊エミヤから学び、理解したその風景は――

 そうだ。衛宮士郎が創るモノ、それは投影なんかに寄るものではない。俺に出来ることは唯一つ。その世界をこそ、この現実に創り出そう――






「ふん――随分しぶといこと」
 大聖杯を前に彼女は呟いた。
 それは彼女のサーヴァントのこと。確かに令呪は残っているが、魔力供給を切り、とうに捨てた侍の話だ。
 侍は、彼女のマスターを守った。けれどそれは恐らく自分自身のため。あの亡霊の頭には始めから、戦うことしかなかったのだから。
 けれど。
「本当に、お節介ね」
 そう言う彼女の口許は微笑っていて。
 それは不思議な感覚。あの侍ならば、大英雄をしのいでくれるだろうという――有り得ない筈の確信。それはある意味、その侍を信頼しているということなのか。
「……始めるのね、坊や」
 けれど彼女の意識は他に。少年の魔術回路、その全動を感じ取り、

「――」

 眼前の泥――"この世全ての悪"。その暗がりに手を伸ばす。






「■■■■■■――!!」
 狂戦士の一閃。それはさながら爆風で、彼を十二度殺してあまりある程。
 対する彼は構えたまま。切っ先だけが戦いの意思を語っている。

「――秘剣、」

 まるで宝具を解放するかの様に。彼は、その刃を煌かせる。

「燕返し――!!」

 それは正に疾風そのもの。圧倒的な敵の一撃を易々と越える速度で。後手の一撃は、先手となって外敵を狙う。
 それは三連撃で、その実連撃なんてモノではない。

 ――一、円弧が敵を切り崩す。

 ――二、補う一刀、剣閃は円となって標的を囲い捕える。

 ――三、逃れ得ぬ敵を、絶対の曲円が切り貫く――

 三閃。その全てが全くの同時に。
 多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)。この瞬間のみ、剣撃は三閃同時に存在する――

「■■■■■■……!!!」
 それで終わり。逃れ得ない三連(いちげき)が、狂戦士の首を跳ね飛ばした。






「――そうだ、俺に出来ることは唯一つ。自分の心象(ココロ)を形にすることだけだった」
 そう、創るモノ、形作れるモノはそれだけ。衛宮士郎は無器用で、こなせることなんて皆無に近い。
「貴様、何を」
 英雄王が呟く。そこにあるのは僅かな困惑。圧倒的に不利な筈の俺が、突然何かを言い出したのだ、多少の動揺は有り得よう。
 だが余裕は変わらない。ギルガメッシュと俺の戦力差、それは埋められるようなものではないのだ。
 けれど、
「……貰うぞ、アーチャー」
 俺に出来ることはそれだけ。ならばその一つに全てを賭ける。
 唱えるべき言霊(ことだま)は、俺の辿り着くべき理想から。それを原型にして、俺の心象(こころ)をカタチにしよう。

「――"I am the bone of my sword."」
 体は剣で出来ている――俺にあるのはそれだけだ。

「――"Steel is my body, and fire is my blood."」
 血潮は鉄で、心は硝子――それが偽りでも、硝子の心を鉄で偽装しよう。

「――"I have created over a thousand blades."」
 我が原初は「剣」――それはきっと真実。

「――"No way to live."」
 歩む道は他に無く――それが起源の影響で。

「――"Nor wish of living."」
 元より他の道を求めず――そんなのは、初めから決めていたコトだ。

「――"Withstood pain to create many weapons,"」
 作り手はここに独り――その在り方は、唯の一人にも理解されるコトなんてないだろう。

「――"looking back no other places."」
 無限の荒野に在り続く――それでも、振り返るコトなんてない。

「――"I have no regrets."」
「――"This is the only path."」
 ならば我が生涯に意味は不要ず――この道を歩む限り、救いなんてきっと無い。

 ――それでも、「衛宮士郎」は。

「――Our whole life was"」
 この身体は、

「――"unlimited blade works."」
 無限の剣製を編み続ける――


 ――瞬間、世界が一変する。

「貴様、それは――!!」
 英雄王が驚愕する。俺の様な半人前が、有り得ぬ術を持つことに。
 けれどこれは当たり前の能力(ちから)。衛宮士郎が持つ、たった一つのスキル。英雄王にさえ――いや英雄王にのみ肉薄し得る、魔法級の大魔術。
「――固有結界、"無限の剣製"」
 それこそが、英霊エミヤが辿り着いた唯一つの答え。
「ここにあるのは無数の剣――剣戟の極致」
 担い手なんてモノの無い、ただ在るだけの剣の墓標。
 ――けれどそれは英雄王も同じコト。
「俺とお前は同じ――所詮は所有者に過ぎない」
 ……故に戦いはここから。
「行くぞ英雄王。この剣製、恐れずしてかかって来い――!!」
 ここに最後の決戦が幕を開けた。



[35850]  the white witch, the blade boys――白き魔女、剣製の少年(4)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/21 02:23
"アアアアア――!!!"
 誰もいない洞穴に、叫びだけが響き渡る。けれど実際にはそんなものは無く、あるのはただ――声にならない、慟哭だけ。
 この世全ての悪――彼女、キャスターはそれに触れた。張っていたAランクの護りなんて何の意味も無く。汚泥は彼女の体を汚染していく。
"――ア――!!"
 心の狂乱は止まることなく。それなのに、その泥から手を離すことなんてしない。
 これは聖杯から溢れ出したモノ。汚れているとはいえ、言ってみれば指向性のない魔力の塊だ。故に、少年のため。
"アアアア――"
 
キャスターはその苦しみを受け入れ続ける。






 その一刀で、巨人の首は撥ねられた。そうして。
「■■■■■■―――!!」
 巨人は倒れない。冬の城での戦いから数日。巨人の命のストックは完全に回復していた。すなわち残り十(とう)。その全てを、全く異なる方法で消滅させねばならない――
「いや、これでもまだ倒れぬとは恐れ入った。流石は大英雄。一亡霊に過ぎぬこの身とは、格が違うと言ったところか」
 最早勝機など無い。それ以前、彼には秘剣以上の"技"などは無いのだ。
「――驚いたわ。まさか、バーサーカーを殺すなんて」
 少女の声には、純粋な驚嘆が篭っている。それも当然。彼女のサーヴァント、かのヘラクレスが、名も知らぬ亡霊に一度でも殺されたのだ。
「――けれど調子に乗りすぎね。過ぎた戦果は、自分の首を絞めることにもなるんだよ?」
 驚嘆以上の怒りと殺意。少女はここに来て、ようやくに眼前のサーヴァントを"敵"として認識した。故に、告げるは絶対の死。
「狂いなさい、バーサーカー!!」

 その言葉を引き金に。
「■■■■■■――!!」
 狂戦士が、全力以上の全力を放つ――
 突進は一瞬に。その速度は以前の比ではない。
「ぬ――!!」
 それを体を捻って回避しようとして、
「■■■■■■――!!」
 まるで小石の様に。アサシンは、横なぎに吹き飛んでいく。
「チィ……!!」
 悪態と共に何とか着地した彼に、迫り来るは更なる暴風。核弾頭じみた一撃が、無名の侍を叩き潰さんと迫る。
「ふ――!!」
 それを避わし、けれど再度吹き飛ばされる。
「……風圧だけで我が身を破壊するか、バーサーカー!!」
 そう。彼は唯の一度もその岩剣を受けてなどいない。にも関わらず、その身には幾多の傷と、内部損傷。それ程に狂戦士は圧倒的なのだ。
「私に勝ち目はない、か」
 よもやここまでの差が、と呟く男はうつむいて、その表情は分からない。
「いや、これは」
 男が顔をあげる。そこには無論、
「そうだ。こうでなくては、戦う甲斐もない」
 変わらぬ柳の、微笑みが――
 この男には絶望なんて有り得ない。それが少女を苛付かせる。
「ニッポンの言葉に、馬鹿は死ななきゃ直らないって言うのがあるらしいけど。本当みたいだね」
 少女の一声が響く。
「わたしはシロウを追わなくちゃいけないから。……バイバイ、お侍さん」
 その言葉を合図に。
「■■■■■■――!!!」
 狂戦士が再度――最後の咆吼をあげる――!!
「来るか。ならばこれが最後。我が総身を賭けて」
 構えは一つ。彼にあるのは、それだけだ。
「いざ尋常に――!!」
"――勝負"
 駆け抜ける爆風は、ここに来て更に速度をあげる。風圧だけで暗殺者を圧し潰さんという程の圧力。
 対するは水平に向けた切っ先。絶対不可避の、第二魔法の体現。
「――秘剣」
 それは通用しない一撃。先刻バーサーカーに放った時点で、狂戦士の呪いが技を記録した。
 十二の試練(ゴッドハンド)という名の呪縛。それは見切りなどというレベルではなく。一度受けた攻撃は、本当に効かなくなってしまうのだ。
 それは彼も理解しているコト。それでも彼は、己が最高の技を放つだけだ。
 迫る暴風。任せると先へ進んで行った少年。

 ――曰く、英雄とはその世界を背負うもの。彼の世界はこの山門だけ。
 そうして、彼を信じる三人だけのヒト。けれどこの空間において、その存在は限りなく大きく。
 ――見上げれば月。輝く三日月は、いつか目指した剣の境地のよう。

 ……彼がそのマスターを助けた理由、それは無論彼自身の為であり――きっと別の理由の為。
 繋がりが薄くとも、その主の過去を見たことがあった。魔女、と自らを貶めた女。時折透けるその素顔。そのホントウが、ただ、気に入っていたというだけ。
 そう。自由に生きた彼は。それを許されなかった彼女の運命が。本当に、我慢出来なかったのだ――

 英霊は信仰によって祭り上げられる。故にこの瞬間、その身は英霊に。その刀は宝具へと昇華する。
 ――ならば、その。宝具級の不可避の秘剣は――
「燕返し――!!」
 三円が同時に。それが彼の技である。そしてこの瞬間。
 敵を逃さぬ三つの軌道。それが平行世界からの干渉で、
「おおおおお――!!」
 侍が猛る。常に余裕を崩さなかった彼が、今宵初めて雄叫びをあげた。

 三円、三円三円三円三円三円三円三円三円――ここに、九の三連(いちげき)が現出する。
 ――故に刺し貫く九閃、都合二十七の円撃。宝具以上の神秘が、その敵を滅さんと迫る。

 ――偽りの佐々木小次郎
 ――贋作の作り手
 ――祭り上げられた反英雄

 そのどれもが偽物で、ホントウなんて何一つない
 けれど。

 宗和の心得という能力。技を見極められないという特性は、この瞬間、十二の呪いさえも凌駕して。

斬斬斬 斬斬斬 斬斬斬 斬斬斬 斬斬斬 斬斬斬 斬斬斬 斬斬斬 斬斬斬―――!!!

「■■■■■■……!!!」
 九の三撃は、全てが秘剣として命を刈り取る。

「バーサーカー!!」
 少女の声が悲鳴に変わる。

――偽物達の夜。今宵、贋作が真作を凌駕する――!!


「■■■■■■……!!」
 巨人は倒れない。残る命はたった一つ。それでもその手を止めることなく。死の一撃が、暗殺者に迫る。

「――秘剣」

 それは遅すぎる反撃。狂戦士の一撃の先を取るなど有り得ない。決定的に一秒は早く、バーサーカーの一撃は暗殺者を粉砕するだろう。
 迫る暴風、翻る疾風。爆風が、暗殺者に到達し――

"――"

 直前。ヘラクレスの一撃が、凪いだ。

「燕返し――!!」
 故に三円は当然に。最後の命を、刈り取った。


「バーサー……カー?」
 少女の声。それに答えることのない巨人は、けれど決して倒れることなく。

"――見事"

 瞳には確固たる意志を携え。最初で最後、一時だけ役割を放棄する。

"あの森で、騎士王を逃したのは誤りであったか"

 そうして、生き残った少年が現れたのだから。
 だが、戦士の思いは別に。

"宝具を警戒したといえばそうだが――それ以上に、あの少年を殺すわけにはな"

 流れ来た少女の記憶と、古き城で過ごした日々。それら全てが、衛宮士郎を殺してはならないと告げていたのだ。

"――だが誤りではあるまい。これでその少女が聖杯になることもない"

 そう、それは初めから思っていたこと。その心を狂わされて尚、消えることのなかった強き意志。

"イリヤスフィール――イリヤに、聖杯は似合うまい――"

 それこそが我が願い――その言葉を語ること無く還元され。
 古代ギリシャの大英雄、ヘラクレスは、倒れること無く消え去った。

「……真の戦い。それこそが、私の願いであったが」
 見届ける侍の言葉は一つ。

「貴公と戦えたこと、まさに我が本懐であった――」
 その言葉が届いたのかは分からない。けれど侍は満足気に、山門の前、石段に腰を下ろす。
「そら、お前も座れ。酒も何も無いが――華があれば見映えもしよう」
 出来ればもう少し年かさが欲しいが、と笑う侍。その横に彼女は座る。
「わたしだって子供じゃないわ。イリヤはシロウのお姉さんなんだから」
 そうかと笑う彼は、その意味を理解したのかどうか。すまなかったと一声残して、天上の三日月を見据える。
 それが彼の生涯。いつだって彼はそうあったのだ。

 花に戯れ
  鳥に詠い

   風をその身に
    月を尖つ―――

 生前と何一つ変わること無い月夜。
 限界は近い。届かない栄月を、最後の刻まで眺め居よう。

 自身を助けた純白の魔女。その最後もまた、美しくあるように――






 無限の荒野に場所を変え、所有者達の戦いは続く。
 固有結界という能力は確かに英雄王を驚嘆させた。だがそれだけのコト。英雄王は冷静で、変わらぬ態度で宝具を放つ。
 英霊とヒトの差異は絶対的で、三流の結界で覆せるものではない。俺は既に剣を用意していて、ヤツの一歩先を行っている――そんなコトだけで英雄を圧倒するなんて出来るわけがない。
 英雄王は尊大なままに。けれどそこに慢心なんてものはなく。ヤツが宝具を"射出"する以上、俺に反撃の手段は無いのだ。
「くそっ……!!」
 この結界こそが、衛宮士郎の能力。俺が辿り着くべき理想の筈なのに――それを以ってしても、英雄王には叶わないのか。
「ここまでか、雑種」
 ヤツの声音は変わらず。
「固有結界とは中々に面白いが、所詮は贋作の果て。貴様ごとき下郎が本物に打ち勝つなど有り得ぬ。元よりそのようなこと、考えるのもおこがましい」
 その嗤いが、衛宮士郎を。俺の全てを否定しようとする。
 ヒトは英霊には叶わない、それは絶対の真実で――

「だが些か飽きたな。終いだ。……ここまであがいた褒美をくれてやる」

――けれど

 ギルガメッシュが空間から一本の剣を取り出す。それは以前見た――(彼女を殺した)――解析不能の乖離剣。天地を切り裂かんばかりのそれは、俺を幾度殺そうとも足り得ない――絶対の死。

――けれど俺は

「起きろ、エア」
 その言葉を合図に、魔剣が目を覚ます。その螺旋が、無限の回転を始める。
「――天地乖離す(エヌマ)」
 こみあがるは赤き暗闇。例えるならば、原初の地獄。

――この衛宮士郎は

「開闢の星(エリシュ)――!!」
 放たれる地獄は、聖剣を打ち破った時とは比ぶるべくも無い程に小さい。それ
でも俺に防ぐ術はあるまい。それが放たれた時点で俺の敗北は必定。

――俺は既に"ヒト"ではない――

「消し飛べ、贋作――!!」
 そんな声は聞こえない。俺がすべきこと、俺にしか出来ないこと、それは。

"それは必要なものよ。両腕は、殊に貴方の衝動に近いモノだから"

 それが俺を覚醒させた魔術師の言葉。

"起源の覚醒に成功したとはいえ、貴方のそれは綱渡りじみた危ういモノ"

 俺の両腕に、俺を繋ぎ止めるモノを巻き付けてくれた彼女は。

"――それは、決して外しては駄目よ――"

 その言葉は真実で。だからこそ、俺は――

眼前の死。そんなコトは意識もせず、俺は俺がやるべきコトを。

 両腕を抱く。手にするは、腕(かいな)を守る赤。命綱に手をかけて。
 衝動を、解放した――






"アアアアア――!!"
 汚泥の侵食は止まらない。身体の侵食は、それどころか加速して彼女を苦しめる。
"アア―――"
 ……朦朧とする意識の中、思考はとりとめなく、休むこと無く続けられる。
 ――本当に馬鹿な坊やと。大空洞の入り口で、呟いた言葉は真実だ。
 自分がいても、英雄王相手には意味が無い……そんな筈はない。ギルガメッシュがなんであれ、彼女が足出まといになることなど無い。
 そして二度目のくちづけ――否、一度目のそれも同様。少年と契約したとはいえ、彼女には一片の魔力も供給されてはいないのだ。
 少年に出来ることは、自分の心象をカタチにすることだけで。彼の魔術回路も、生み出される魔力も、全てその為のみのものであり――故に他者に魔力を与えるなど有り得ないのだ。
 そう、彼は剣士の召喚に失敗していたのではない。霊体化出来なかったのは、騎士王の存命故であり。
 魔力供給が無かったのは、彼が剣製回路であったが故。
 それは二人の特異性故であり、だからこそ、キャスターへの魔力供給なんて有り得ない。
 一度目のくちづけ、彼が倒れたのは契約による魔力供給ではなく、繋がりによる"アプシュルトス"の顕現のためで。
 二度目のくちづけは、"彼女への"魔力供給ではなく――"彼女から"の供給のため。衛宮士郎が勝利するに足る、魔力を供給するためだったのだ。
"アアア―――!!"
 進む汚染。無謀な"この世全ての悪"への接触も、少年のために。
 少年からの供給が無くとも、彼女には十二分の魔力があった。柳洞寺に溜め込んだ魔力は、衛宮邸に移った後も彼女の支配下にあったのだから。
 それが失われたのは少し前。黄金の英雄はその魔力を聖杯の起動に利用したのだ。それ故彼女の魔力は残り少ない。可能な限り、少年に悟られぬ程度に霊体化していたとはいえ、残る魔力では少年を支えきることなど不可能で。だからこそ大聖杯の――膨大で無色の魔力を吸収し続ける。
"アアアア―――!!"
 だがそれは、汚染をも受け入れるということだ。無色であった魔力は、ヒトの呪いに染まっているのだから。
"アアア―――!!"
 声にならない叫び。けれど。

"――貴方を主とする限り、その決定に従いましょう――"

 愛しかった弟に似た少年。もう、誰をも裏切りたくないのだと。彼女は汚泥に、耐え続ける――






「ガ―――」
 両腕の解放、「剣製」の完全覚醒。その報いはそれこそ一瞬に。
「ギ――アアア――ッ!!!」
 起源を覚醒した夜。その時以上の錬鉄が、俺の総身を侵食しようと、
「グ――ギ――ィィィ……ッ!!」
 起源に耐えるのは、不可能。そんなコト、あの覚醒で実感していたことだ。
「ハ―――ガァァ――……―!!」
 剣製の侵食は止まらず。激しい風が、吹き荒れる。
 ――それは七色の世界。暴風の先、そこにあるのは無限の荒野。その場所に、何とかして辿り着かないといけないのに。
「ギ――――!!!」
 風が強い。進む
どころか、吹き飛ばされないようにするのが精々。一歩でも踏み出せば、たちまち闇へと堕ちていく。
 風はますます強く、全身には焼けつく様な痛み。歩むことは不可能で、故に墜落は必定。
「ア―――!!!」
 その絶望の中で、思い出すのは二人の少女。最後まで俺を守ってくれた少女と。最後には、おれを殺さなくてはならなかった、少女―――






 侵食は止まず、体の汚染は急速に進行する。彼女は正純の英霊ではなく、故に汚染は他の英霊よりも緩やかだ。だがそんなものは些細なこと。それ程までに、「この世全ての悪」は圧倒的だった。
"アアア―――!!!"
汚れる体は止まることなく。汚泥は、彼女の心さえも侵していく。元よりその心は悪に近く。汚染は、止まる所か促進される――
 ……英霊がその侵食に抗するコトは不可能。それこそ"この世全ての悪"の全容量――地上の聖杯の十倍を越す呪いを、受け入れられでもしない限り。
"アアア――"
 汚染は九割を越えて彼女の心身を圧倒し、その身は、最早十秒と持つまい。
 その絶望、その痛み。彼女の最奥まで染み渡る地獄は、絶対的に絶対で。
 けれど――






 それはいつか見た、おれの記憶。
 ……船の上、プレゼントした歪な剣。それを受け取り、彼女は微笑む。その笑顔が眩しくて。照れ臭さにそっぽを向いた。
 父さんの船はすぐ後ろに。慌ただしい船の上。
 ふわり、と背中に温かな体温を感じた。……それは、いつまでもおれを子供扱いする、その少女のいつもの抱擁。気恥ずかしさに、いつもの様に止めて、とこぼそうとして。

"――アプシュルトス"

 少女が、俺の名前を呼んだ。

 ――ざくり


 …その、瞬間。
 背中に、鋭い痛みが、刃物で、刺された、ように

 戸惑いが驚きを越えて。振り向いた先には――

「――アプシュルトス」

 変わらぬままの少女――おれの姉、王女メディアの姿が。

 訳が分からず、立ち尽くす。
 俺が渡した短剣は、真っ赤に朱に染まっていて。

「さよなら――」

 そうして、最後の光景。
 血に濡れたメディア。その顔は、歪に歪んで。その口元は、嗤っていた――

 ――けれど。歪んだ口の、少し上。
 おれを殺した少女。その瞳は、涙に濡れて――

 ――ああ。おれは結局、守れなかった――

 少女が手にした破戒の短剣。それは、一体何を切り裂くべきだったのか――

「ア――ガ……――ッ!!」
 少女の真実。その涙こそが、王女メディアのホントウだったのだ。 「ギ――ガ――……ッ」
 吹き荒れる風の中、ギリ、と奥歯を噛み締める。
 救われなかった――泣いたままだった少女。俺は、衛宮士郎は、正義の味方として。そんな人々をこそ、救わなければならないのに。
 ……ならこんな所で踏み止まってなんかいられない。
 踏ん張る足に、力を込めて。足の指が折れる位に全力で、有り得ない一歩を踏み出さないと――






 ――自分の手で、殺さなければならなかった弟。それが悲しくなかった筈が
ない。
 止まない侵食の中、彼女の意識は過去に。最後の力でその光景を思い出す。
 けれどそれは紛れもなく自身の手で行ったこと。どんな呪いがかけられていようと。アプシュルトスを殺したのは、自分なのだ。
 それが咎の始まり。魔女となる運命の原点。
 魔女としての自身を再認し。彼女は完全に泥に飲み込まれようと――

 ――けれど。その中に、一つだけ。決して、消えることのない想いがある。

"――私は"

"最後には、自分の国に帰りたいのです――"

 それは生前からずっと。何によっても、染まることの無い――

 だから踏み止まる。最後の一線、飲み込まれる直前。ぎりぎりの境界で、自身を保つことが出来る。

"――"

 そうして、もう一つ。彼女の、変わることの無かった想いを。変えていたのか
もしれなかった、ある一つの奇跡(であい)。

"――迷惑だというなら帰るがいい。忘れろと言うなら忘れよう"

 変わらない顔、変わらない声。どんなものにも染まらないであろう、この地で出会ったその人。

"――いいからもう行きなさい。お前は、こんな所にいてはいけない――"

 救えなかったもう一人の人。一時でも、叶わない夢を見せてくれた殺人鬼。

 彼は死んでしまったけれど、想い出は胸に残っている。

 ――なら、私は。きっとまだ、頑張れる――

 踏み止まった心は、その一線を越えて。「この世全ての悪」をすら押し返す――



[35850]  the white witch, the blade boys――白き魔女、剣製の少年(5)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/21 02:24
 七色の光、吹き荒れる烈風。身を切り刻む風をその身に受け、剣製に侵食される自身に鞭を打つ。踏み出せない筈の一歩を繰り出し、ゆっくりと、けれど確実にその荒野に近付いて行く。
 旋風は、近付く程にその強さを増し。ある筈の背後には、無限の闇が広がっている。
 それでも前へ。起源の先を、目指して進む。
 風は更に強く、最早目を開けていられない程に。そんなモノは関係無いと、更に一歩を歩もうとして、
 ――旋風が勢いを増す。その圧力は絶対に。吹き飛ばすどころか、この身を千散に引き裂かんと襲い来る――!!
「ア――」
 この風は、駄目だ。風圧に、剣製が呼応しているのだ。この勢いで迫り来れば、俺の身体は、容易く剣に引き裂かれる。
 それで終わり。そうなれば衛宮士郎は砕け散る。俺にそれを防ぐ術は無く――

"――"

 それは直前に。

"衛宮、士郎"

 開いた眼、彼方に移るは赤い背中。

"貴様が目指すモノ。貴様の言う理想とは、その程度のものなのか"

 口端には嘲笑を。その瞳には強き意志を携え、俺の理想は言う。
 そうだ。俺は正義の味方を目指す。正義の味方が負けるコトは、誰かを救えないというコトだ。
 なら、負けられない。負けられない、負けられない負けられない負けられない。衝動なんかに、自分自身なんかに。衛宮士郎は、誰かを救わなくちゃなわないんだから――!!
 その意志を、前にいる男は感じ取ったのか。

"――そうか"

 変わらぬ瞳、嘲りは既に無く。

"――ならば"

"ついて来れるか――"

 騎士は歩む。身を切り刻む烈風を、一顧だにさえせずに。俺の遥か先を、無限の荒野に辿り着こうと。
 ならば負けられない。アイツがその先を目指すというなら。俺は、更に先へと進まないと――
 体に残る全ての力。総身を以って、剣の丘の頂へ――
 歩むのではなく、走る。赤い背中を追い掛けて――その背中を通り越し。
 残る力は一握り。その丘には届かないのかもしれない。
 けれど、それでも。間違っていないこの道を、振り返ることなく走り抜けて。
 残るは一歩。風はとうに音速を越え、光の速度で俺を壊す。剣製はこの身を掌握し、今にも内部から溢れ出さん程に。
 最後の一歩、それを阻むような暴風は。真実、衛宮士郎を釘付けにする。
 踏み出せない。身体はとうに限界を越えて。諦めない心だけが、その先に進まんと猛っている――

 ――それは、内側から

 ――それは二人にとっての半身


 ――シロウ――


 忘れ得ない鈴の声。騎士王の言葉が、最後の一歩を後押しした――






 それを、彼女は見ていた。
 戦いは彼女の介入できるようなモノではなく。故に出来ることなど何も無い。
 それに元より、彼女の目的は少年の助太刀ではない。
 聖杯戦争を諦めなかった彼女は、けれど賞品(せいはい)を目の前にして、その入手を諦めた。
 聖杯は破壊すべきだ。……少年の頑固なまでの方針は、結果として正しかったとも言える。
 けれどそんなのはどうでもいいコトだ。聖杯を手に入れる為、聖杯を破壊する為――それが表向きではあるけれど、ホントウの理由は、魔術師なんて関係無しに。
 "お嬢さん、一応忠告しておくわ"

 それは先日、一本の電話。

"貴女の妹さんが、聖杯に――"

 裏切りの魔女からの、本当に純粋な忠告。その言葉を信じ――自分の妹を救い出すために。
 間桐桜を救い出すため、遠坂凛はここにある。

 ――それなのに、眼前の光景に彼女は目を奪われる。

 それが少年の姿だった。
 起源覚醒の影響で、成長し、逞しくなった身体と、焼け付き浅黒くなった肌。僅かに色の薄くなった赤髪。身に付ける身具は、対魔力の付随した外套と。衝動を抑えるための――両腕に巻いた聖骸布。そのどちらもが赤色で、その様はまるで、いつかの赤い背中のよう。
 その全てを、少女は見届けている。
 その意味に、彼女は既に気付いている。
 少年が歩んだ先の、救いなんて無い道。赤い騎士に酷似した、その後ろ姿。

 ――けれど。その瞳は、あくまで少年のままに。

 彼は、両腕の聖骸布をほどいたのだ――






 世界が戻る。七色の世界などは無く、有るのは無限の荒野――俺が作り上げた心象だけ。
「貴様――何を」
 対峙するは英雄王ギルガメッシュ。その魔剣――エアと呼ばれる剣の一撃は、俺の眼前で無散した。それが何故なのか、俺には分からないけれど。理由があるのならきっと最後の声のおかげだ。
「……何の偶然かは知らんが。こうなれば、我が宝具で消滅させる――!!」
 英雄王の言葉。それを耳にしながら自身の身体を確かめる。
 変わりきった身体に深まった魔術。

「この身は剣製回路。剣としてしか生きられぬのなら、その一生を甘受しよう」
 ――俺の矛盾、そんなモノは抱えたままに。

 英雄王の背後に顕現する宝具群。その数は十を越え二十を越え、俺を殺さんと待ち受ける。

「……誰かを救う為に。見果てぬ理想を目指して、邁進しよう」
 ――その先に救いなんて無くとも。間違いじゃないこの道を、決して踏み外さずに。後悔なんてしないよう、受け継いだ理想へ突き進む。

「――終幕だ。覚悟を決めろ、英雄王――!!」
「ほざけ、雑種が―――!!」
 放たれる宝具を解析し、無限の剣から選び出す。英雄王と「エミヤシロウ」。
決着は、目前に――



「ほざけ、雑種が―――!!」
 その言葉を合図に、無数の宝具が迫り来る。それを視認しながら、俺は自己に埋没する。
 確かに俺には無数の剣がある。けれど、俺にはそれを扱える様な経験も――ヤツの様に宝具を飛ばすようなスキルもない。
 ……故に。

「――"投影開始(トレース・オン)"」

 創り出すものは剣ではない。そんなものは、既に用意されている。
 流れ来るは、宝具に眠る経験。俺が読み取るもの、今の俺にこそ読み取れるもの。
 そう、
「"投影完了(トレース・オフ)"――!!」
 いわば英霊投影。宝具に宿る英雄達の生涯、その経験を顕現させる――!!

 ――琴!!

 経験を識った宝具は、俺の手を離れて動き出す。俺なんかより遥かに優れた、古の記憶を召喚する。

 ――琴!!

 防ぐ宝具はけれど本物の前に無散していく。精々が一合か二合。それだけの剣戟で、ホンモノの前に破れていく。
「フ――その程度か!!」
 英雄王は変わらず、大爆撃を続ける。押し負けるのは目に見えている。
「グ――ッ!!」
 溢れる苦悶は、その戦況を物語る。
 真作と贋作。贋作が真作を越えることは有り得ない。いかな贋作とて、真作に拮抗する以上は不可能なのだ。
 ……それを補うのが、蓄積された経験。英雄達の記憶は、武具の優劣を凌駕する。
 けれど俺に読み取れる経験は、出来て半分が精々。そして俺の持つ複製品。そのほとんどが英雄王のモノで。経験なんて、本当にちっぽけなものなのだ。
「次だ――!!!」
 続く爆撃。故に俺にヤツを打倒しうる筈など無い。この戦いを続ける限り、英雄王を打倒し得ない。

 ――ならば、俺のすべきコトは決まっている――

 ……そう、この身は起源に近きモノ。衛宮士郎、その原型に触れたモノだ。

「――"I am the bone of my sword."」

 唱える言霊は同じ。呼び出す世界は、「エミヤシロウ」のモノ。
 自身の原点――それは「 」より生じたものだ。いかな世界のエミヤシロウでも、結局はそこから生まれたもの。だからこそ、俺は識る筈の無い剣製を理解することが出来た。
 それは平行世界への干渉。エミヤシロウという存在の、剣製という一点にのみ限定された魔法の顕現。
"unknown to death  nor aware of gain  and fire is my blood   Steel is my body
  have withstood pain to create many weapons  this is  the only path nor known to life"

 幾多の呪文、衛宮士郎の心象が重なっていく。それこそが、今の俺にこそ可能な剣製。

 "So as I pray,"
 "My whole life was"

「"unlimited blade works(無限の剣製)――

 衛宮士郎の器を越えた、その魔術は、

 「――kishua zelretch blades reading(多重次元剣製解析)"――!!!」

 ――瞬間、世界が千変する。
 無限の荒野に生じる無数の歪み。その全てが剣の丘で、無限に無限の剣製が顕
現する。
 それが「エミヤシロウ」の世界。幾多のエミヤシロウが辿り着いた、似て非なる荒野の無限発生。
 無数の道を歩んだエミヤシロウ。その最後は同じでも、その過程はきっと違う。どれかの俺が、何かの宝具を理解したのならば。この瞬間、全てが俺の剣となる。
 故に多重次元剣製解析。ゲイボルグ、干渉莫耶、物干し竿、デュランダルカラドボルグブリューナク―――あらゆる宝具、全ての英雄(けいけん)を読み取り尽くす――!!
「第二魔法、擬似的であれそれを顕現させるだと――?」
 その光景に、ヤツは何を思ったのか。
「雑種が――思い上がるな……!!」
 放たれる財宝は、数え切れるものではない。全力を以って、衛宮士郎を消し潰さんと迫る――
 無数の真作と無限の贋作。原点たる屈強さと、使いこなされた経験。戦いは拮抗し、どこまでも積み上げる積み木の様に。
 どちらもが無尽蔵に、敵を滅ぼさんと爆撃する。
 ――けれど、積み木はやがて崩れ去るように。この戦いも、また――






 無限の様な、けれど一瞬にも思える拮抗。終わることのない爆撃は、真実終わることなく続けられる。
 無数の宝具、俺が読み取れる経験は精々が半分。それは変わらぬ事実であり。故に、戦いは終わらないのだ。
 けれどこの拮抗は偽りのもの。やつが"本気で"その愛剣を使えば、決着は一瞬。俺にあの乖離剣を防ぐ手段は無い。
 ……だからこそ今。やつが地獄を繰り出す前に、この戦いを終わらせなければならない――
「雑種が――!!」
 やつの叫び。同時に、爆撃は際限無く勢いを増そうと、
「おおおおお――!!!」
 それが好機。この爆撃の中でこそ、ヤツを打ち倒す隙を見い出す――
「"投影開始(トレース・オン)"」
 無限の剣の中、呼び起こすのは最も分かる宝具達。この身が、実際に視認した剣群だ。

「――鎖剣」
 騎兵の装備。初めて倒した、サーヴァントの武器。

「ぬ――!」
 目障りだと言う様に、ヤツはそれを叩き落とそうと、

「――倭刀」
 暗殺者の装備。俺を助けてくれた――俺には辿り着けない剣才。その侍の、ただ一つの武器。

「ちょこざいな……!」
 そんなもの、当然の様に弾き飛ばされようと、

「――岩剣」
 狂戦士の武器。俺にとっての死の象徴――けれど、イリヤを守ってくれていた大英雄。

 それらは宝具ですらなく、故に撃墜は当然に、

「――魔槍」

 血色の棘。敵だけれど憎めない、俺を突き殺した猛犬の、刺し穿つ不可避の槍。

 それすらも王には通じない。宝具の弾幕の前には、経験さえも無意味と言うように、

「――双剣」
 陰明剣・干将莫耶、別ち得ぬ一対。俺の理想――その背中の愛用した、俺に馴染む夫婦剣。

 放たれた一対は円弧を描き、英雄王を挟撃しようと、

 ――爆撃の激突の狭間。五つの、"俺自身"が知る剣群が。同時にヤツを滅さんと迫る――!!

「おのれ……!!」
 ヤツが舌打ちする。
 ……それは当然。五つは、最も読み取れる宝具達。それらを以ってこそ、衛宮士郎はこの男を打倒しうる……!!
「おおおお――!!」
 だから走る。翻弄する宝具と、交錯する爆撃。今こそが好機なのだと、この一瞬に全てを賭けて――!!

 ――直前。

「なめるな、下郎――!!」
 激昂、そうして、宝具が勢いを増す。
 干将が莫耶がゲイボルグが、ヤツの本気の前に消滅していく。

「おおおおおお――!!」
 けれど止まらない。この一瞬が最後。限界を越えたこの身を、一点にこそ酷使する――!!

「――"投影、開始(トレース・オン)"」

 ……呼び出す宝具は決まっている。この瞬間、それ以外の剣なんて有り得ない。
 あの時――最後まで、俺を護ってくれた少女。彼女の死を、今こそこの身で受け止めよう。

 彼女は俺の為に死んだ。それが英霊にとって死でなかろうと、そんなコトは関係無い。
 少女の死。それが俺の為であったのだから、彼女を決して忘れないように。

「――聖剣」

 今こそ――最後に。俺は、騎士王の宝具を読み取り尽くす――

 宝具は、既に荒野の中に。
 ……けれどあれは特別だ。神造剣エクスカリバー。人の業ではないその聖剣の投影――再現に、ヒトの器では耐えられまい。
 ――そう、"ヒト"で、あるならば。だが、英霊や起源覚醒者――「 」に近い者なら
ば、耐えられぬ道理はなく。故に、この投影は――

「 ガッ――」

 ずぶりという音。身体の中で、剣が内臓を突き刺した感触。
 ……耐えられ、ない。もとよりヒトに近い身でそんな投影なんて、できない。起源に覚醒した時、聖骸布を外した時。あの時と同様――それ以上に体が剣がが体が剣つつるぎツルギ剣臓腎臓五臓六腑を貫こうと――

 ――けれど、大丈夫。

 ――シロウ

 耳に響くのは、やっぱりその鈴の声。満ちる光に体が癒される感覚。
「――"投影完了(トレース・オフ)"」
 だからそれは当然。体の侵食は収まり、その聖剣が――その経験が、顕現する。


 ――――――


「貴様、それは――!!」
 男の声は聞こえない。頭にあるのは、一刻でも早い剣閃だけ。
 シロウの身体には、聖剣の鞘がある。再現できる経験は半分だけでも、この聖剣だけは例外。
 半分が元からあるのなら、投影した五割で、聖剣は完成する――!!

「ハアアア――!!!」
 駆ける。自分と同じ位に、この身体で走り抜ける。
「ぬ――!!」
 それを見た英雄王は、その地獄を取り出そうと、
「遅い――」
 それを視認しながら。
「約束された(エクス)――」
「貴様、セイ――」
「――勝利の剣(カリバー)……!!」
 英雄王を、私の聖剣が切り裂いた――






 静寂。先程までの爆撃なんて嘘の様な静けさの中。一陣の風が、場を吹きす
さる。
「――俺の勝ちだ」

 貫いた一刀と、炸裂した黄金の光。

 ――勝敗は、ここに決した。

「……ふん、我は貴様になど負けてはおらん」
 ギルガメッシュは嗤う。その在り方は、決して変わらず。その言葉はきっと
真実だ。
 ――けれど。
「けれど、俺達の勝利だ」
 それを聞いた英雄王は何を思ったのか。初めて男は笑みを浮かべ、
「――ああ」
 敗北なんて決して認めず。俺の言葉に、首肯した。
「……全く、死してなお我に歯向かうとは。本当に、ままならぬ女よ」
 嗤いながら、微笑いながら。あくまでも王のまま、男は全てを受け入れる。
「――だが良い、手に入らぬからこそ」
 美しいものもある――
 その言葉は風に消え。英雄王――最古の大英雄ギルガメッシュは、王のままに消え去った。



「――終わった」
 聖剣の一撃は、聖杯をも貫いた。故に聖杯は破壊され、桜は――
「おっと」
 とっさに布を投影し、聖杯の頂から落下した桜を受け止める。
 これで聖杯は起動しない。正義の味方――衛宮士郎――俺の目的は、果たされた。

 ……だから後は、もう一つだけ。今の自分の相棒の所へ。おれの想いを、告げに行こう。
 桜を布で包み込み、横たえてその場を後にする。
「――桜は、任せた」
 最後に一言を残す。桜は、アイツに任せよう。



[35850]  the white witch, the blade boys――白き魔女、剣製の少年(6)
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/21 02:25
 ズン、という衝撃の後。大聖杯が、急激な脈動を始める。
 それが合図。勝敗はどうであれ、小聖杯は破壊され、戦いにも決着が着いたということだ。
 事実魔力の流出は止まっている。それを確認し、彼女はその泥から手を離した。
 汚泥の影響は予想以上に酷い――否、自分を保てただけでも暁幸か。何にせよ、無事に魔力を汲み取る必要の無くなった彼女は、

「――これで、後は」

 立ち上がる。ぼろぼろの体は、それだけで悲鳴をあげる。

「聖杯を、破壊しないと――」

 聖杯を破壊するといった少年。けれど地上の小聖杯を破壊しただけでは、聖杯戦争は再来する。故に大元――この空洞の、大聖杯を破壊する必要があるのだ。
 荒い息遣い。ともすれば消えかねないその身を抱え、キャスターは呪いの中心を目指す。
 ……けれど呪いは収束し、同時に拡散する。意志の無い筈の聖杯が、キャスターを排するかのように蠢動する。
「――これ、じゃあ」
 近付けない、と彼女は呟く。泥の侵食と起動式の崩壊。最早、彼女に泥を突破する余力なんて残ってはいないのだ。
 故に焦る。だからこそ逸る。そうしている内に聖杯は休止し。完全な破壊が不可能になってしまうのだ。
 なら、と。彼女は、ようやく――始めから決めていた――決心をする。
「坊やも頑張ったみたいだから。仕方ないわね」
 口に出るのはそんな軽口。けれど強き意志を以って、彼女は聖杯へと駆け出した。

"ハ――ア……ッ!!"

 それは自殺行為だ。なんの準備も無く、泥を渡り切ろうという無謀さ。

"ア……ッ!!"

 そんなものは無意味で、きっとすぐに息絶える。それこそ、誰かが泥を弾き、彼女の為に道を作りでもしない限り。

"アア……ッ――アッ!!"

 だから終わり。最後の最後で、結局彼女は失敗する――

「――ハッ。そこまでやったんだ。最後まで気張りやがれ」

 それは唐突に。耳に入った、その声は。

「"突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)"――!!!」

 真名が解き放たれる。音速を遥かに越えた死棘が、キャスターを越え、その先の泥を一掃する。

「貴方は――」
 それは彼女には理解出来ない行動だ。故に彼女は振り向いて、
「いいからさっさと行きな。そら、すぐに泥は戻ってくるぜ」
 豹々とした槍兵。その言葉は真実で、故に頷き、彼女は前を向いて。

「――ありがとう」

 本当に小さくそう呟き、先へ向かって走り去った。


 それに槍兵は笑いで返す。
 ……マスターを殺され、彼女を殺した相手がマスターとなり。それでもその性質ゆえ、神父を裏切らなかった槍兵。
 彼は笑う、その在り方は変わらない。気に入るか気に入らないか、彼にあるのはそれだけで。敵になるか味方になるかは、まあ、運――それが彼には致命的なまでに欠けているのだが――みたいなもので。敵であれば誰であろうと打倒するだけだ。
 ――けれど
「ヒステリックな女は嫌いだがな。気の強い女は、悪くない」
 気の合うヤツの手助けの方が、やる気が出るには違いない――そうごちて、彼、クーフーリンは、最後に魔術を唱え始めた。


 走る。その槍で道は出来た。だから、後は辿り着くだけだ。
「ハッ――ハッ――!!」
 みっともなく、恥じらいもなく、ただ前へ。大聖杯を目指し、全力で駆け抜ける。
 引き潮はすぐに来る。折角の道は閉ざされつつあり。その先に、辿り着けるかは分からない。
「ハア――ッ!!」
 進む体に、近付く汚泥。その泥が体に触れる瞬間――その間に、暖かなモノが割って入る。

"気張れ、もう少しだ"

 ランサーの声が響く。割って入る魔術はルーン、彼女を守護し、泥を排さんというもの。自身を構成するエーテルさえも還元し、槍兵は彼女の守護に徹する。

「ハァ――ッ!!」
 その護りも、泥の前には一瞬で消え去っていく。それでも護らんとする槍兵は、既に実体も無だろう。
 故にその護りは無意味なようで――その一瞬のおかげで、彼女は。
「――ハアッ……」
 大聖杯に、辿り着いた。

 使える魔術はない。元より、魔術程度で聖杯は破壊できまい。
 故に手段は一つ。
「ハッ――」
 迫る泥を尻目に、その短剣を取り出す。

「"破戒すべき(ルール)――」

 振りかぶる。両手に抱いた呪いの原点。

「――全ての符(ブレイカー)"……!!」

 それを聖杯に突き刺し。そうして、

「"壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)"――!!」

 短剣が爆裂する。破戒と破壊。二乗の一撃を以って。自身の呪縛(のろい)と、
聖杯という存在(のろい)。全てを、解放した――






「はあ――っ!!」
 メディアを追って、辿り着いた大空洞。目にしたのは、聖杯を――その短剣を破壊した彼女の姿だった。
 同時に周りの泥が収縮していく。聖杯という影響を離れ、マナの中に拡散していく。
 彼女は聖杯のあった窪みの近くに。何をするでもなく、立ち尽くしている。
 その場所に歩み寄る。気付いているのだろう、彼女もおれの方を向く。……顔を隠すフードは、最早無い。
「坊や」
 その呼び名に頷いて――否定する。
「――シュルト?」
 それに答えず、おれは彼女の名を呼んだ。
「メディア」
 言うべきことは沢山ある。……けれど、きっと時間は無い。だから、初めの言葉は決まっている。
「……今度は間違えなかったな」
 それはあの短剣のこと。彼女を縛った神(アテナ)の呪い。……生涯、宝具を様々な破戒(ウラギリ)の為に使った彼女は。その短剣を、自分自身にこそ使うべきだったんだ。
「……ええ」
 答える彼女の感情は読み取れない。それが何を意味しているのかは、分からない。

 充満した魔力が風となり、頬を霞める。目の前で揺れる髪を見ながら、出る言葉はない。……話すことは、沢山あったはずなのに。
「――シュルト」
 沈黙の後。先に口を開いたのは彼女だった。
「……なんだ?」
「きっと謝ることではないだろうし、貴方は受け取ってはくれないだろうけれど。……一言、謝りたかった」

 ――ごめんなさい――

 本当にすまなかったと、終わってしまったことを口にした。
「――それは」
「今更言っても仕方のないこと、でしょう?分かっているわ――これは、ただの自己満足」
 弱く微笑んで、彼女は言った。
 ……そんな表情(かお)は、見たくない。
「本当に、もういいんだ」
 彼女に願うことは、たった一つ。
「……おれは、ただ」

 ――メディアには、幸せに微笑っていてほしかったんだ――

 それだけ、本当にそれだけだった。例え呪いで縛られていても、アルゴーの英雄が彼女を幸せにしてくれるのなら、それでも構わないと思っていたんだ。

「――シュルト」

「だから」
 今からでも、幸せになってほしい。現代に残って、それで幸せになれるんなら。
 魔力は、この空洞に沢山ある。……足りなければ、少し位周りから――

「シュルト」
 首を振る。それは駄目だと。それだけは、してはいけないことなのだと。

「メディア、おれは」
「駄目よ、シュルト――いえ――シロウ」
 彼女がこっちを見据える。その顔は、キャスターとしての――けれど魔女ではないそれで。
「しっかりなさい。衝動に引っ張られてはいけないわ。……貴方は、衛宮士郎なのよ」
 確認するように、言い聞かせるように。それが彼女の答え。役割を終え、このまま消え去ることを選んだのだ。
 なら、おれの役目も終わり。
 一時でも彼女に平穏(しあわせ)をくれた誰かに感謝して。この身体を、持ち主に返還しよう――


「――キャスター」
 けれど、最後に告げる言葉がある。"おれ"には言えなかったそれを、せめて俺が代弁しないと。
「――"おれ"はきっと。お前のことが、好きだったんだ」
 それは恋愛感情なんてものでも、家族愛でもきっとない。言葉で表せない何か――好きだったと、漠然としか伝えられない――けれどきっと、一番大切だった想い。

 キャスターは微笑う。意地悪い作り笑顔は、けれど幸せそうに。
「――そう。けれど私は、宗一郎が好きだったから」
 弟と、好きの意味が違っても。それが何より大切だったのだと、言葉にせずに伝えてきた。

 ああ、そうだ。それなら、俺も。
「俺も、彼女――セイバーが、好きだった」
 口に出来なかったその名前も、今なら微笑って告げられる。きっとセイバーを愛していたのだと。忘れ得ない――けれど縛られることのない、大切な思い出として。

 ――轟――

 地響きがする。大空洞に満ちた聖杯のマナ。溢れんばかりのそれが、拡散しようと洞穴を破壊する。

「聖杯戦争も、おしまいね」
「……ああ」
 戦争の終わり――それはキャスターの消滅をも意味する。それを受け入れた彼女は、変わらずに穏やかだ。
「行きなさい坊や。ここは、もうじき崩れるわ」
「キャスターは」
「私は大丈夫。……これで、終わりだから」
 このまま消え去る彼女。それを止めることなんて出来ないし――そんなことは、してはいけないんだ。
「……分かった」
 これが本当の最後。だから、衛宮士郎として、聖杯戦争の相棒として――少しの間でも、共に暮らした家族として。俺自身の気持ちを、ここに。
「ありがとうキャスター。お前がいなかったら聖杯の破壊―――聖杯戦争の破戒は、出来なかった」
 それ以前、ここまで生き残ることも不可能だった。無鉄砲な俺を、彼女はいつもサポートしてくれたんだから。
 ――そうして、それ以上に。
「色々会ったけど――お前と会えて良かった」
 それが本心。メディアという少女と暮らした数日間は。本当に、楽しいものだったんだから――

 その言葉を、キャスターは無言で聴いて。

「――ええ」

 最後に、俺に向けたその顔は。
「私も。シロウと会えて、良かったと思うわ――」

 今までに無い位、最高の笑顔だった――


――轟――

 地響きは止まることなく。落盤さえもが始まっている。
 ……その中をただ一人。相棒をおいて、俺は一人走り去った。

 ……最後に振り返り、見た少女の表情(かお)は、変わらず穏やかで。
 忘れることがないように、その映像を網膜に焼き付けて――



[35850]  エピローグ
Name: bb◆7447134b ID:7d3b8248
Date: 2012/11/21 02:54
「エピローグ」


「ん――」
 朝の気配に目が覚める。
「……あれ」
 辺りを見回して、状況確認。……またやってしまった。
 ここは土蔵。どうやらまたここで眠ってしまっていたらしい。
 不意にガチャ、という音が響く。
「先輩――あ、起きてらしたんですね」
 振り向いた先、ドアの前には俺の後輩が立っていた。……微妙に残念そうなのは何故なのか。
「またやっちまったらしい。藤ねえが知ったら怒るかな」
「ふふ――それじゃあ早く着替えないと」
「ああ。じゃあ先に行っててくれ……って朝食は」
「私が作っておきましたから、大丈夫です」
 そう言って出ていく桜を見送って、一息。さて、と一声立ち上がった。



「おはよ、士郎」
 居間には既に藤ねえがいた。
「おはよう……って今日は早いな、藤ねえ」
「士郎が遅いのよ」
 確かにいつもよりは遅いけど……まあいいか。
「先輩、それじゃあご飯にしちゃいましょう」
 台所からは桜の声。
「ああ、俺も運ぶよ」
 そう言って、俺も台所へと向かった。


 かちゃかちゃと食器を並べる。最後にご飯を盛った所で、

 ピンポ~ン

 調子の外れた音が聞こえた。
「シロー、おじゃましま~す」
 玄関からは少女の声。どたどたと、けれど足音を立てずに近付いてくる。
「イリヤ」
「おはよう、シロウ」
 そこにいるのは雪の少女。バーサーカーのマスター、イリヤだった。

 あの戦いの後。イリヤが家に住むとか言い出して、なんだか色々あった後、結局は藤ねえの家に住むことになった。 雷河の爺さんとも上手くやっているらしい。

「て、遅かったなイリヤ。藤ねえと一緒に来なかったのか?」
「……シロウ、私に死ねと言ってるの?」
 あ、そうだった、藤ねえはバイクの免許を取ったばかり。藤ねえと一緒に来るということは、"あの"後ろに座るということだ。
 それはやばい。法律的にもだが、もっと根源的な問題で。……俺も一度経験した(させられた)けども。


「いただきま~す」
 改めて、四人で食卓を囲む。まずは味噌汁を……む、また腕をあげたな。
「うんうん、美味しい」
 ご満悦の虎が一匹。そろそろ士郎も危ないんじゃないという一言は事実なんでスルーする。洋食だけでなく、和食でも負けたら立つ瀬が無い。

 食事は賑やかに進む。少し前とは、全く違うメンバーで。

「て藤ねえ。時間、大丈夫か?」
「余裕余裕。んふふ、タイガーを手に入れた私は無敵なのよう」
 タイガーとは、藤ねえのバイクのことだ。車名は違うんだろうけど、本人はそう呼んでいる(ちなみに人がそう言うと怒る)
「でも藤村先生、今日は早く出なきゃならないって言ってませんでした?」
 桜の一言。それで、
「……桜ちゃん」
「はい」
 藤ねえの顔色が変わる。
「なんで早く言ってくれなかったのよ~う!!」
 がーっと喚き、飯をかっこむ虎が一匹。成程、だから今朝は早くに来てたのか……朝食に時間かけてちゃ意味無いけど。
「行ってきま~す!!士郎、私のおかずはとっといてね!!」
 言うが早いか、玄関からはエンジンの音。

 ブオオーン――ドカン

 ……聞こえない。

「先輩、私もそろそろ」
 桜も部活があるらしい。終業式だってのに、部長は随分とやる気があるみたいだ。
 ああ、と応えて立ち上がる。片付けてから行きますという桜をなだめ、そのまま玄関へ。

「それじゃ、おじゃましました」
「ああ、部活頑張ってな」
 おじゃまします、なんて言わなくていいのに。律儀な桜に苦笑して、その微笑みに手を振った。



 そうして後片付けの後。居間には二人、俺とイリヤだけが残った。
 
「それじゃ、俺も行くかな」
 時刻は七時半前、そろそろ出ないと間に合わない。
「え~、もう?」
「遅刻するからな。イリヤはどうする? 藤村の家に戻るか?」
「ん~……そうする。ライガと一緒に、ジダイゲキでも見てるわ」
 ……最近イリヤは時代劇を良く見ているらしい。何で興味を持ったのかは分からないけど、きっと雷河の爺さんの影響だろう。
「それじゃ行くか」
「ええ」
 一緒に家を出る。と言っても目的地は真逆、軒先ですぐに分かれる。
「じゃあな、イリヤ」
「昼にはまた来るけど。じゃあねシロウ、行ってらっしゃい」
「おう、行ってきます」
 手を降って、坂を下る。季節は早春。少し肌寒いけれど、日差しは暖かだ。時間は微妙だけど、こんな日は、のんびりと歩いて行こう。



 ゆっくりと冬木を歩く。
 ……あの戦いから一ヶ月。戦いの残滓はあちこちにあるけれど、ほとんどは僅かなものだ。
 思えば色々と大変だった……主に起源覚醒のせいで。身長が伸びたり、筋肉質になったのはまだいい。けれど髪の色は薄くなってるわ肌は浅黒くなってるわで……うちの学校の校則が割と緩いのは幸いだったけど、それよりも藤ねえが大変だった。
 ――曰く、

"士郎が不良になっちゃったーー!!!"

 ……本当、どうしようかと思った。この一月でようやく収まってきたけど。

 まあそれは俺の問題で、ごく個人的な話。
 実際のところ、戦争の事後処理も大変だったらしい。
 新しく来た神父さん。あの言峰が死に、その代わりに来たのだと言ったその人は、すぐに痕跡を消しにかかった。……魔術師の痕跡は、世に出てはならない。
 異常を表面化したくないというのは教会とやらにとっても同じなんだろうし、だからこそ管理人を自認しているのだろう。
 だから、目に見える傷跡は失われていく。……けれど、目に見えないモノはどうなんだろう。


 最後、助けに来てくれた遠坂は、実際は桜を救いに来たのだ。躊躇いながらも遠坂は、桜が実の妹なのだと教えてくれた。
 魔術師の家系で魔術を受け継ぐのは一人だけ。だから桜は間桐の家へと養子に出されたのだという。
 そうして聖杯の贄にされかけた桜。遠坂はその記憶を桜から消したと言っていた。そんなことを、覚えておく必要はないからと。
 けれど、記憶は消えても想いは消えない。遠坂は、養子に出した桜に引け目みたいなものを感じていた。それでもあの時桜を助けに来たのなら、きっと関係を変えていけるだろう。
 慎二がいなくなって塞ぎ込んでいた桜。元気になった様に見えるけれど、時折影を見せる彼女も、きっともっと笑えるようになる。
 聖杯戦争の残影。あの二人は、きっと大丈夫だ。



 ……そうして俺は。目に見える痕跡は消えても、色々なモノが、残っているのなら。

 ――例えば食卓
 頷きながら食べていた仕草
 でたらめで、けれど上達していった料理

 ――例えば道場
 毎日、鍛練につきあってくれたこと
 散々に、魔術で追い回されたこと

 ――例えば公園、十年前の惨状の場所
 俺が起きるまで待っていてくれたこと
 俺の矛盾を指摘してくれたこと

 ――例えば土蔵
 起源の覚醒と
 ……忘れ得ない、始まりの出会い――

"問おう。貴方が私の――"

 そのどれもが鮮やかで、きっといつまでも忘れ得ない。

「――うん」
 だから、俺は大丈夫だ。セイバーと共に戦ったこと、彼女が死んでしまったこと。キャスターと共に歩んだその先と、最後に、笑顔で去ったメディア。
 後悔は数え切れないほどあるし、守れなかったことは何よりも辛い。
 ……それでも俺は進んでいく。彼女達が求めた幸せ。沢山の人たちのそれを守るために、正義の味方になるために、こんな所で立ち止まりはしない。自分の矛盾を理解して、それでも理想の背中を目指す。

「――やべ」
 ゆっくり歩きすぎたせいだろう、このままじゃ遅刻だ。終業式で遅刻なんてしたら、藤ねえになんて言われるか。
「よしっ……!」
 だから走り始める。
 頬に当たる風は心地良く、見上げる空はどこまでも青く。


 "シロウ――"


 駆け抜ける旋風。最後に、誰かの声を聞いた気がした―――



Heavens feel has passed,

but life continues for long.

One girl has dead for him but another could have broken the heavens’.

He'll go to the blades, but we believe him not to be despaired of his blade life.

This will be for the knight and――

――the white witch, the blade boys.






































 そうして、彼女は消滅した。聖杯戦争という儀式、その燃料として呼び出され、最後まで生き残り――けれど、聖杯を破壊したのだから。
 願いが叶うというそれを破壊するなんて、魔術師として愚かなことだと思うし、反面どうでもいいことだとも思う。
 たとえ彼女が願いを叶えようとこちらにはなんの恩恵もない。呼び出された彼女は、使い捨てで不可逆なものなのだから。
 ……魔女は魔女。その在り方は、変わらない。

 ――けれど、他人事のそれに一つだけ。こちらの興味を引く出来事があった。

 自分の国に帰りたい――その願いが揺らぐほどの、奇跡の出会いがあったのだという。
 絶望、出会い、絶望、出会い。その誰かが死んだ後、彼女は弟に似た――剣製の少年と出会った。
 その出会い。二つの、奇跡のようなそれは――重なって、本当の奇跡となった。
 魔女としてしか生きられない筈なのに。まるで、かつての少女に戻れたような――

 ……それはきっと錯覚。

 魔女として。そうあるように望まれたものが、そうでなくなるなんて有り得ないのだから。

 ――けれど、確かに。彼女は、そんな日々を過ごしたのだ――

 ……なら、きっと大丈夫だろう。
 魔女として。その在り方は変わらないけれど。

 魔女であってそれでも変わらない、いつかの願いと、理想(ユメ)。それらが磨耗するこ
となんて、きっと無い。

 ――そう。
 彼女が頑張れたのなら。メディアは――”私”はきっと、頑張れる――

 変わらぬ反英雄の座。
 ……それでも。

 何を以ってしても、
    侵し得ない―――






 ―― Fin. ――


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.27939009666443