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[35040] 虚無を継ぐもの【別作品】
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/09 20:32
――― プロローグ ―――

 英国企業メタダイン社に勤める原子物理学者ヴィクター・ハントは、ニュートリノを使用した画期的な3次元透視装置、トライマグニスコープを発明する。
 メタダイン社はこの発明品を量産すべく、試作品初号機を使ったデモンストレーション計画を立てるが、国連宇宙軍がその装置を緊急に寄越せと言って来たために、量産計画は根底から引っくり返されてしまう。
 普通では考えられない国連宇宙軍のゴリ押しに疑問を感じつつも、ハントは相棒の実験工学部長であるロブ・グレイとともにアメリカ、ヒューストンに向かう。そこで彼を待ち受けていたのは国連宇宙軍の航行通信局(ナヴコム)の本部長、つまりは超大物であるグレッグ・コールドウェルだった。
 彼はハントとグレイを自分のオフィスに通すと、挨拶もそこそこに本題に入った。
「これが問題の死体です」
 彼は壁のスクリーンに、少女のものと思われる死体を映し出した。
「そちらからご質問される前に、先にお答えしておきましょう。
 最初の質問の答えは No です。死体の身元は不明です。
 そこで我々は仮に、この人物をルイズと呼ぶことにしています」



――― 注意 ―――
タイトル見れば分かるとおり、別サイトの同名作品とは無関係です。
同じタイトルにするのはどーかと思ったんですが、やっぱりコレしかないだろうって事で。



[35040] 01
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/08 21:52
 コールドウェルがハントたちに見せた謎の死体、ルイズ。
 その死体は奇妙な事に、まるでミイラのように干からびていた。最近死んだのではない事は明らかである。
 服装はオーソドックスなデザインのブラウスとスカートだが、それらもルイズの身体と同様に干からびて変質しかかっている。しかしそのデザインは古風で、どこぞのミッション系のハイスクールのようないでたちである。
 状況を理解できないまま彼女を眺めるハントとグレイに、コールドウェルは説明を続けた。
「2つ目の質問に対する答えも No です。なぜ彼女が死んだのか、その死因は全く分かっていません」
「彼女はどこで見つかったのですか?」
 ハントが訊ねると、コールドウェルはスクリーンを荒涼とした砂漠の白黒写真に切り替えて答えた。
「月面です」
「月面ですって?」
 ぽかんと口をあけるハントとグレイ。写真は白黒なのではなく、月面なのだった。
 コールドウェルは続けた。
「正確にはコペルニクスⅢ近くの洞窟の地下です」
「洞窟ですって?」
 水がない月面では洞窟はほとんど出来ない。そんな珍しい洞窟の、しかも地下から発見されたとは、いったいルイズはどんな死に方をしたのだろうか?
 コールドウェルがスクリーンの映像を洞窟内部に切り替えると、ルイズの死体が半ば土砂に埋もれている様子が映し出された。
「これが彼女が発見された時の写真です。ご覧の通り……」
 彼はハントたちの表情を伺ってから続けた。
「彼女は最初から、普通のブラウスとスカートしか身に付けていなかったのです」
「そんな馬鹿な?!」
 思わずハントは反論したが、納得せざるを得ない事も分かっていた。
 真空中では水は急速に蒸発する。ルイズの死体が干からびているのは、月面の真空に晒された結果に違いない。彼女がなぜ宇宙服を身に付けていないのかは不明だが、少なくとも干からびている理由は判明した。
 コールドウェルは続けた。
「そして3つ目のご質問に対する答えもまた No です。
彼女がどうやって月面に行ったのかは全く不明です」
「ちょっと待ってください」
 口を挟んだのはグレイだった。彼は問い詰めるようにコールドウェルに言った。
「どうやって月面に行ったか分からないって、そりゃ無いでしょう? あそこはディズニーランドじゃないんですよ? おいそれと行けるような場所じゃない事は、あなたの方が良くご存じでしょう?」
「おっしゃる通りです」
 コールドウェルは頷いて言った。
「アメリカはもちろん、ロシアにせよヨーロッパ連合にせよ、世界のロケットは事実上、ナヴコムの管理下にあります。密航も含めて、誰かが我々の目をくぐり抜けて月面に行く事など不可能です」
 ロケットによって宇宙を航行する場合、乗員や搭載貨物の質量は飛行コースに重大な影響を与える。僅かな誤差があるだけで、最終目的地が大きくずれてしまうのだ。そのため全てのロケットでは、乗員の体重や搭載貨物の重量をとても神経質に測定している。密航しようとしてこっそり乗り込んでも、たちどころにバレてしまうのである。
 コールドウェルは続けた。
「にもかかわらず、彼女に関する記録は全く無いのです。ロケットの搭乗記録はもちろん、どこの宇宙基地にも彼女の記録はありません。意図的に記録を抹消したにしては、あまりにも消し方が完璧すぎます。まさに降って湧いた言う表現がぴったりなのですよ」
 ハントはコールドウェルの表情を眺めながら違和感を感じていた。
 確かに奇妙な死体ではあるが、国連宇宙軍の超大物が大騒ぎをする程の問題ではない。普通なら警察に任せれば良いだけの話である。
 にもかかわらず、自分たちはロンドンからヒューストンにまで呼びつけられ、苦労の末に発明したトライマグニスコープは量産のめども立たない有り様だ。いったいこの死体にはどんな秘密があると言うのだろうか?
 そんな疑念を抱くハントをよそに、グレイは真剣に死体の謎を考えていたようだ。彼は自信なさげににコールドウェルに訊ねた。
「ばかばかしい仮説ですが、彼女を殺した誰かが、発見を恐れて月面まで運んで投棄したとか?」
 密航でないのなら、最初から貨物として運ぶしかない、と彼は考えたのだ。
 だがコールドウェルの返事は意外なものだった。
「いいえ、その(たぐい)の可能性は考慮する必要すらありません。これまで判明した事実から推測すると、ルイズを殺した人間は、現代人ではない可能性があるからです」
「何ですって?」
 飛び上がらんばかりに驚くハントとグレイに、コールドウェルはスクリーンの映像を数値だらけの表に切り替えてから説明した。
「炭素年代測定によれば、ルイズは6千年以上前に死んでいるからです」



[35040] 02
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/09 20:33
 国連宇宙軍がトライマグニスコープを必要とした理由は、ルイズと呼ばれる死体を調査するためだった。
 長期間真空に晒されていた死体はインスタント食品のように干からびており、下手に触ると崩れてしまう有り様である。炭素年代測定をするまでもなく古い事は明白なのだ。それゆえ解剖もできず、検死が困難だったのだ。
 しかしトライマグニスコープを使えば、単に死体の内部を透視できるだけでなく、体内の物質を分子レベル、原子レベルで詳細に調べる事ができる。腹を切り開いて胃を取り出すまでもなく、ルイズが何を食べていたのか容易に分かるのだ。それどころか拡大率を上げれば、細胞内の遺伝子配列を調べる事すら可能である。
 死体は既に地球に運ばれており、ウエストウッド生物学研究所で分析されている。
 トライマグニスコープの試作品初号機はその研究所に据え付けられる事になり、ロブ・グレイはその監督のためにそっちへ行く事になった。
 ハントは据え付けが完了するまで暇だったのだが、せっかくなのでルイズ本人と対面する事になり、グレイと共にウエストウッド生物学研究所に向かった。

「これが誰のものであるかは申し上げるまでもないと思います」
 クリスチャン・ダンチェッカー教授は、大型水槽のようなガラスケースに収められた死体を前にして言った。
 ダンチェッカーは生物学の世界的権威である。センスの無い黒縁眼鏡をかけ、頭髪はだいぶ後退していて実際の年齢以上に老けて見えるが、その頭脳は極めて明晰であり、何度かノーベル賞の候補に挙がった事がある。しかし歯に衣着せぬ物言いが災いして、数々の業績にもかかわらずノーベル賞を受賞するには至っていない。
 彼は続けた。
「白人女性、身長153センチ、体重40kg前後、年齢14~16歳。健康状態は良好で、食料も豊富、骨折などの大きな怪我も無し。ただし細かな切り傷や擦り傷、軽度の火傷などが散見される事から、何らかのトラブルに巻き込まれていた可能性はあります」
 彼の説明は、トライマグニスコープが無くてもこの程度は容易に分かるのだ、と言わんばかりである。
「骨格もまた、彼女がごく普通の白人女性である事を示しています。正確に言えばゲルマン系フランク族、つまりフランス人である可能性が最も高いと言えます」
「死因はなんだったんですか?」
 ハントが尋ねると、ダンチェッカーはずり落ちかけていた眼鏡を直してから答えた。
「直接の死因となるような外傷はありません。殴り殺された訳ではない事は確かです。急激な減圧による呼吸器系の損傷もありませんので、生きたまま月面に放り出された訳でもありません。彼女がコペルニクスⅢに放置されたのは死んだ後です。毒物反応も見つかっておりませんので、何が彼女を死に追いやったにせよ、他殺の可能性は低いでしょう」
 それはそうだろうな、とハントは思った。明確に分かる死因があるなら、ここまで大騒ぎにはならないだろう。
 ダンチェッカーは歯科医師が使うような歯の模型を手に取ると、それをハントに見せながら続けた。
「ルイズの歯形です。ご覧のように綺麗なものです。虫歯一つありません。あごは細く、歯も全くすり減っていません。つまり彼女はパンや肉などの柔らかい食料を十分に入手できていた事が分かります。
 しかし重要なのは歯の本数です。上下14本ずつ、計28本しかありません。これは典型的な現代人の特長と一致します。親知らずはおそらく生えてくるだろうと思われますが、少なくとも彼女の死亡時点ではまだありません」
 彼はさっきから何度もルイズが普通の人間だと言っている。ハントはそれを疑っている訳ではなかったが、ダンチェッカーがやたら主張する事には違和感を感じざるを得なかった。
 ダンチェッカーは続けた。
「歯に限らず、ルイズの骨格は現代人と比較してなんら見劣りする点がありません。X線スキャンで見る限り、彼女が食糧不足に陥った形跡もありません」
「6千年前の人間なら、もっと食料に困っていた筈だと仰りたいのですか?」
 ハントが尋ねると、ダンチェッカーは頷いて答えた。
「その通りです、ハント先生。
 我々が知る限り、食料が安定して入手できるようになったのは、紀元前3500年ごろの古代メソポタミア文明が最初です。ルイズはそれより前の人間ですから、多少なりとも食料に偏りがあった筈なのです。
 にもかかわらず、彼女は実にバランスの取れた食事をしている。それどころか食料の入手に苦労した形跡すら無いのです。顎の細さがそれを証明しています。
 これは6千年前の人間としては実に不自然だと言わざるを得ません」
 ダンチェッカーは熱弁を振るっているが、生物学に疎いハントはあまり関心を抱かなかった。
 だがダンチェッカーにとって、これは大きな問題だったのである。



[35040] 03
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/13 20:56
 次にハントが見たのはルイズの所持品だった。
 案内役はコールドウェルの秘書の、リン・ガーランドと言う若い赤毛の女である。
「絹で丁寧に織った上質なブラウスとスカート、パンツ、そして靴下。靴は革靴です。月面に居たにしては、いささか軽装と言わざるを得ませんわ」
 彼女は茶目っ気たっぷりに言うと、ハントに向かってウインクを寄越した。
 それらの服もルイズ本人と同様に、ガラスケースに収められている。真空に晒されたために服の繊維はボロボロに傷んでおり、下手に触ると崩れてしまうのだ。
 ガーランドは小さなガラスケースを持ち、中に納められた指輪をハントに見せながら続けた。
「ご覧くださいハント先生、綺麗なルビーでしょう? リングは純金製で、細工は最高級です。こんな素敵な指輪をしているなんて、ルイズはきっと当時の王の縁者だったに違いありませんわ」
「確かに見事な代物だね」
 ハントは感心しながら言った。
 ガーランドの言う通り、この指輪は6千年前の代物とは思えない輝きを放っている。売りに出したらかなり良い値段がつくだろう。ルイズの時代にこれほど高度な加工技術があるとは驚きである。
「それから財布と硬貨8枚です」
「これは……金貨じゃないか!」
 次にガーランドが見せた硬貨にハントは驚いた。
 歴史にそれほど詳しくないハントであっても、6千年前に硬貨など無いことは知っている。ルイズの時代には物々交換が主流で、せいぜいあったとしても、硬貨ではなく貝殻や石のはずだ。
 だがルイズの金銀銅の硬貨は見事な出来栄えの完璧な代物だった。ご丁寧に肖像画と文字まで入っていて、加工精度も現代の硬貨と比べても何ら遜色がない。
「6千年前に金貨があったって言うのかね?」
「そうなんです」
 思わずガーランドを問い詰めると、彼女もこの硬貨の異常性は理解しているらしく、困ったように眉をひそめて答えた。
「残念ながらこの硬貨がルイズの時代のものだとは判明していません。金属には炭素年代測定が使えないからです。もしかしたらルイズとは別の時代のものかも知れません。
 ですが別の時代のものならば、誰が何の目的でルイズに持たせたのか、という新たな疑問が生じる事になります」
 現在分かっているのは、死体の財布に硬貨が入っていた、と言うことだけである。この硬貨がルイズの所有物だったと言う証拠はないのだ。
 だがガーランドの言う通り、6千年前の死体にわざわざ別の時代の硬貨を持たせるのは不自然だ。そんな偽装をする理由がわからない。ルイズの時代に硬貨があった、と考える方がずっと自然だ。
 だがそうなると、6千年前の金属加工技術は、これまで考えられてきたよりも遥かに進歩していた事になる。

 次にガーランドは、大きく平たいガラスケースを示して言った。
「これはマントです。これも月面と言うよりホグワーツの方が似合いそうだと思いませんか?」
 ガーランドの軽いノリは、彼女が若い女だからなのか、それともアメリカ人だからなのか。いずれにせよイギリス人であるハントが調子を合わせるのは難しそうである。
「これも彼女が身に付けていたのかね?」
 ハントが尋ねると、ガーランドは長い赤毛を振り乱しながら首を振った。
「いいえ。マントは毛布のように、彼女の身体に掛けられていました。あたかも眠っている彼女を寒さから守るかのように」
 ハントはルイズ発見時の写真を思い出した。
 あの映像にはルイズの顔がはっきりと映っており、マントがルイズの全身を覆っていない事は明らかである。ガーランドの言う通り、マントは毛布代わりに掛けられたと考えるべきだろう。
「このマントの材質は布ではなく、何かの動物の皮です。しかも縫い目の全くない1枚皮です。何の動物かはともかく、当時としては非常に高価だったに違いありません」
 その意見にはハントは賛成できなかった。
 ルイズが6千年前の人間だと言う前提で考えれば、単に動物の皮を剥いだだけのマントより、絹糸を丁寧に織った服の方が高価そうな気がしたからだ。さすがに当時既にマンモスは絶滅していただろうとは思うが、野生動物は沢山いただろうからマントの材料には事欠かなかった筈だ。もっとも、ルイズの体格からすれば牛皮でも十分だろうとは思うが。
「そして極めつけはコレです」
 次にガーランドが見せたのは杖だった。それはまさに某イギリス人作家の超有名小説に登場する杖そのままだった。
「まさにホグワーツにぴったりですわ。お陰で私たちは彼女のフルネームを知ることができました」
「んん?」
 思わず本気で驚きそうになったハントは、ガーランドの悪戯っぽい笑顔に気付いた。
 彼女は言った。
「ルイズ・ポッターです」
 さすがのハントも苦笑せざるを得なかった。

 ガーランドの冗談はともかく、ルイズの所持品にはハントにとって重要な物が含まれていた。
「こちらが問題の本と手帳です」
 それぞれガラスケースに入った本と手帳を見せるガーランド。ハントはそれらを手に取ると、慎重に上下左右から観察した。
 ガーランドは言った。
「どちらも動物の皮で装丁された最高級の品々です。6千年も昔にこれほど見事な本や手帳が作れるとは驚きですわ。さすがに紙ではなく羊皮紙を使っていますが、出来栄えはご覧のとおり、現代の製品に匹敵するくらいです」
 6千年にもわたって真空に晒されたそれらは本当にボロボロで、僅かなショックで崩れてしまいそうな有り様である。ページを開くなんて論外なのだ。
 中身を読みたければ何らかの方法で透視するしかない。
「なるほど、これならスコープを使いたがるのも当然だね」
 ハントがガーランドを振り返ると、彼女はにっこりと笑って頷いた。
「博士はまさにぴったりのタイミングでトライマグニスコープを発明してくださったのです。コールドウェルのやり方は少々強引だったとは思いますが、事情はご理解いただけたと思います」
「まあね。メタダインが何千万ドル要求したのかは知らないがね」
 トライマグニスコープを使えば、これらの本や手帳を読むことなど造作もない。
 問題はむしろ6千年前の文字を解読できるかどうかにかかっていた。



[35040] 04
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/17 23:56
 トライマグニスコープが稼動を始めると、ハントとグレイは大忙しとなった。
 実際にスコープを使う際、最も困難なのは、透視したい対象物の特性に合わせてスコープを微調整する作業である。
 例えば手帳の場合、透視したいのは手帳の全体像ではなく、各ページに書かれた文章である。したがって3次元で得られた透視画像から、それぞれのページを抽出する作業が必要になる。そしてそのページの表面に染み込んでいるインクの分子を検出し、どんな文字が書かれているのかを映像化しなければならない。
 手帳は経年変化のために変質しているだけでなく、微妙に変形もしている。そのため各ページを抽出するには単純な2次元スキャンでは駄目で、手帳を3次元スキャンしたうえで変形にあわせて2次元化する必要がある。
 ハントはグレイと共にそれらの問題に取り組むこととなった。
「まだちょっとおかしいぞ。表裏が分離できてない」
「そう言われても…… またZ軸オフセット関数を微調整するしかありませんよ?」
 天才的物理学者と、超一流の技術者。2人がたかが手帳の分析にこんなに苦労しているとは、スコープの動作原理を知らない者には想像も付かないだろう。
 ハントはうんざりしたように両眉をしかめて言った。
「1ページ読むたびにZ軸を微調整するのは嫌だな。時間がいくらあっても足りやしない。自動化する上手い方法は無いかな?」
 トライマグニスコープのスクリーンには、ルイズの手帳の1ページが映し出されている。そこにはルイズの出身地で使われていたらしき未知の文字が綴られているが、明らかに2つのページが重なってしまっている。スコープはまだページの表裏を分離できていないのである。
「羊皮紙の厚みが不均一なんですよ。しかも1枚の羊皮紙の中でも場所によって厚かったり薄かったり。いいかげんうんざりですよ」
 グレイも眉間に皺を寄せ、疲れた様子である。
 手帳を開く事ができない以上、中身を読むためにはスコープで分析するしかない。しかしトライマグニスコープは3次元透視装置なのであってドキュメント・スキャナではない。そもそもページの境目を検出するだけでも大変な作業が必要なのだ。
 グレイは妥協案を提示した。
「表裏の分離はルイズの使う文字が判明した後でやった方が良くないですか? とりあえずスキャンだけ先に済ませるべきだ思うんですが」
 しかしハントは反対した。
「文字が完全に分かっているのならね。でも現段階では我々は彼女の文字を知らないし、先入観はできるだけ排除したいんだよ。後で思わぬ見落としがあった、なんて事になったら、大勢の研究者の何年にも渡る研究が徒労になりかねない」
 古代エジプト語の研究にどれほど多くの研究者が挑み、どれほど多くの失敗が積み重ねられたは、あまり知られていない。
 このルイズの手帳の研究は、古代エジプト語以上に険しく困難な道のりとなるだろう。

 数時間後、ハントとグレイはどうにか表裏分離のアルゴリズムを完成させ、とあるページの判読に成功した。
 それは何かの表らしかった。
 表は全部で6個あり、1ページの中に横2縦3個に並べられている。それぞれの表は5行9列なのだが、1行目と1列目はどうやら見出しになっているらしい。つまり実質的にこれらの表は4行8列なのだ。
 そして各マス目は、文字列が書かれている物と書かれていない物とが不規則に並んでいる。ある表は大部分が文字列で埋まっている一方、ほとんど空白の表もある。
 だが、この表の最大の特徴は内容ではない。
 ハントとグレイがこのページに注目したのは、この表が何かの方法で印刷された物だったからである。
「驚いたなあ……」
「凸版印刷ですかね? 6千年前に印刷技術があったなんて、世界中の歴史学者が引っくり返りますよ」
 グレイは背筋を伸ばすかのように、椅子の背もたれに反り返りながら続けた。
「ってことは、彼女の本も印刷なんでしょうね?」
「先にそっちを分析した方が良かったかも知れんな」
 ハントも同意する。
 ルイズの本は今、手元には無い。歴史工学者のゴルダーン・ブレンザー博士が分析中なのだ。
 グレイは元の姿勢に戻ると、コンソールを操作し、問題のページをプリントアウトしてハントに手渡した。
 それをしげしげと眺めるハント。
「どの表も縦横の見出しは印刷だな。台詞も全部同じだ。同じ表なんだ」
 彼が言うとグレイが反論した。
「いや、タイトルは違うじゃないですか。同じ体裁の別々の表と考えるべきだと思いますよ。実際、ルイズが書き込んでいる内容は違っていますし」
「書き込まれた内容に統一性は無いな……ちょっと待った」
 ハントは紙の上端に印刷された文字列を指差して続けた。
「これは左端で切れてるんじゃないか?」
 ページ全体の見出しと思われる文章は、ハントの言う通りページ左側にはみ出しているように見える。
「ええと……」
 グレイはスコープに向き直り、現状を確認してから答えた。
「今見てるのは奇数ページですから、おっしゃる通りですね。こいつは見開きページの右側でしょう」
 と言うわけで、直ちに左側のページの判読を始める2人。
 結果得られたのは、手帳の見開きのページに並ぶ合計12個の謎の表だった。
「我らがトライマグニスコープの、最初の成果って訳ですね」
 グレイが満足そうに言うと、ハントは手で「いっぱいやろう」という仕草をしながら言った。
「成果と言うにはささやかだが、とりあえずコールドウェルに見せに行こうじゃないか」
 コールドウェルのオフィスに高級ワインが常備されている事は言うまでもない。



[35040] 05
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/22 16:31
「これはカレンダーね」
 自信たっぷりに言い放つ、推定年齢28歳の赤毛娘、リン・ガーランド。
 コールドウェルを訪ねて、ナヴコムの高層ビルの最上階まで来たハントとグレイだったが、残念ながら彼はワシントンだった。
 ワインが飲めないのは残念だが、手ぶらで帰るのもつまらない。と言う訳で、ハントとグレイは留守番をしていたガーランドに例の表を見せたのである。
「やけに自信たっぷりじゃないか」
 グレイが彼女をからかうが、ハントは違った。
「笑い事じゃないぞ!」
 彼はガーランドの手からプリントアウトを奪い取ると、目を皿のようにしてそれを眺め、それから彼女を振り返って言った。
「まさしく君の言う通りかもしれない! これはカレンダーだ!」
 先進国で使われているグレゴリオ暦の他に、地球上には多数のカレンダー・システムがある。太陰暦もその一つだ。
 ルイズは6千年前の人間なので、当然グレゴリオ暦は存在しないし、現代と全く異なるカレンダーを使っていても不思議ではない。
 ハントはこの表が、ルイズの国の未知のカレンダーだと思ったのだ。
 だがグレイは納得しなかった。
「さあ、どうですかねえ。
 それぞれの表が1ヶ月を表すとすると、1年が12ヶ月。それはいいでしょう。
 しかし1カ月が32日ってのは月の満ち欠けに一致していません。しかも1年が384日ってことになりますよ? ちょっと無理がありませんか?」
「いいじゃないか。
 我々のグレゴリオ暦だって月の満ち欠けには一致していないし、1年の長さがおかしい点は太陰暦の閏月見たいな物だと考えれば辻褄は合うだろう?
 つまり、このカレンダーのこの年は12ヶ月だけれども、普段は11ヶ月しか無いのかもしれない」
「盛り上がっているところ申し訳ありませんが英国人(ライミー)さんたち」
 口をはさんだのはガーランドだった。
「第1発見者は哀れな植民地の小娘ですからね」
「ああすまん」
 ガーランドそっちのけで議論しそうになっていたハントとグレイは、ちょっと照れ気味に彼女を振り返った。
「それにしても、何でこれがカレンダーだと思ったんだい?」
 ハントが尋ねると、彼女は肩をすくめて答えた。
「だって、ルイズは女の子なんでしょう?
 女の子が後生大事に持つ手帳なら、中身は日記に決まってるわ。
 日記ならカレンダーが付いてて当然じゃない?」
「科学技術も形無しだな」
 思わず顔を見合わせるハントとグレイ。女の直感は恐ろしい物だ。
 だがガーランドの直感はそれだけではなかった。
「もし私が思っている通りなら、このカレンダーには毎月一回、ほぼ同じ日に、特定の印がついているはずよ」
「それは?」
 意味が分からずグレイが訪ねると、彼女は「やっぱり分からないのね」とでも言いたげに、得意げに両手を腰に当てて答えた。
「ルイズの生理日よ」
「君を手帳分析班のリーダーに推薦するよ」
 ハントは両手を上げて降参した。



[35040] 06
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/27 20:00
 ハントはぐるりと周囲を見回し、ナヴコムの会議室に勢揃いした二十数名もの科学者たちの顔ぶれを眺めた。
 彼らは医学、生命学、物理学、航空宇宙、社会学、歴史学、宗教学、言語学などなど、実に様々な分野の科学者たちであり、いずれも各分野のエキスパートたちだ。
 かく言うハントも原子物理学のエキスパートなのだが、トライマグニスコープの開発者である点を除けば、この会議に出席する必要性は無さそうに思えた。なぜならルイズの調査に原子物理学が必要だとは思えなかったからだ。
 むしろ警察官を呼ぶべきだろう。
 その点、生物学者であるダンチェッカー教授は役立つ気満々だった。
 彼は長々と10分間にも渡って自分調査報告を喋り続けた。
「……以上のように、皮膚、骨格、代謝、食物、いずれをとってもルイズは現代人そのものです。単にホモ・サピエンスであると言うだけでなく、彼女を取り巻く環境もまた現代と同様だと言う事です。平和で、食料も安定しており、医学も発達している。麻疹や水疱瘡も、6千年前の医学では考えられないほど適切に治療されております。もし炭素年代測定が無かったならば、わたしは彼女を現代人と断定した事でしょう」
 以前ハントがルイズの死体を見せて貰ったとき、ダンチェッカーはルイズのことを普通の人間だとしきりに言っていた。どうやらそれはルイズが現代人だと言う意味だったようだ。
 彼の意見を聞いていると、まるで炭素年代測定の方が間違っていて、ルイズは単なる現代人のような気がしてくる。
 だが炭素年代測定は精度の高い、確立された測定技術であり、たとえ月面で発見されたルイズであっても、高い精度で彼女の生きていた時期を推測する事ができる。
 いくらダンチェッカーが自論を展開しても引っくり返す事など不可能だ。

「ありがとうございました、教授」
 コールドウェルが言うと、ダンチェッカーはようやく着席した。
 やっと終わった、と言わんばかりに表情を緩める科学者がちらほら居るが、コールドウェルは気にしていなかった。
 今回の会議は彼の呼びかけで開催されたのだが、彼はこの会議をルイズ分析の意思決定の場と見なしているらしく、あらゆる公式・非公式の情報をこの場で発表させ、科学者たちに意見交換させるつもりである。
 ちなみに彼の隣にはガーランドもいて、書記役を担当している。
「ではブレンザー博士、お願いします」
 コールドウェルが促すと、歴史工学者のゴルダーン・ブレンザーが立ち上がった。
「ルイズの所持品に付いてですが、詳細は中間報告書をご覧頂くとして、概要を述べさせていただきます。
 結論からいえば、彼女の所持品はいずれも6千年前の物では有り得ないと言う事です」
 会議室内に低いざわめきが広まった。ダンチェッカーに引き続き、ブレンザーもまた炭素年代測定の結果に疑問を投げかけたのだ。
 彼は会議室のスクリーンにルイズのブラウスの写真を映し出した。
「ルイズのブラウスです。
 ご覧のように干からびておりますが、ブラウスそのものは普通の絹で出来ており、炭素年代測定では6千年前の物と判明しております。
 ですが6千年前に彼女がどうやって絹を入手したのか、甚だ疑問であります。
 なぜなら6世紀になるまで、絹は中国以外では生産されていないからであります」
 堅苦しい口調で喋るブレンザー。
 ダンチェッカーのせいで重苦しくなっていた会議室の空気は、ますます重くなっていく。
 彼は続けた。
「6千年前の中国において、絹の生産そのものは始まっておりました。
 ですから6千年前にもシルクロードがあり、それがルイズの出身国にまで伝わったのだろう、と仰る方もいらっしゃるかも知れません。
 しかし古代エジプトで見つかった最古の絹は3千年前であります。それより古い絹が発見されていないことから考えると、それ以前にシルクロードがあったと考えるのは無理があるのです。
 無論、ルイズ自身が中国に住んでいたと考えるのにも非常に無理があります」
 彼の報告を聞きながら、何人もの科学者たちが椅子に座ったまま身じろぎする。ルイズに関する報告は矛盾ばかりで、さすがの一流科学者たちもうんざりしてきているのだ。
 しかしブレンザーはまだ続けた。
「このボタン穴にも重大な疑問があります」
 彼はブラウスの写真を拡大し、ボタン穴を映し出した。
「ルイズのボタン穴は極めて精巧にできており、現代のブラウスと比べて何ら遜色がありません。このようなボタン穴を縫うためには、細くて丈夫で精巧な針が必要となります。すなわち鉄です。鉄の針が必要となるのです。
 しかし世界最古の鉄器文明は紀元前15世紀ごろであり、ルイズの時代に鉄器が存在する筈がありません。このようなボタン穴を縫う事は不可能な筈なのです」
 ルイズの硬貨には銅貨も含まれていたのだから、青銅の針を使ったのではないか、と考える者もいた。
 しかしブレンザーは、青銅の針では強度が足りず、ルイズのボタン穴を縫えるような細い針は作れないと主張した。仮に細い青銅針を作れたとしても、耐久性が低すぎて、ブラウス1枚縫ううちに先端が劣化して刺さらなくなってしまうのだ。
 本当に6千年前に鉄器が存在したのだろうか?
 この矛盾に会議室は騒然となった。

 混乱した状況に更なる追い打ちをかけたのは、比較解剖学の権威であるショーン教授だった。
「我々のグループはルイズ本人および所持品の遺伝子分析を行って来ました。
 その結果、ルイズにつきましては普通のホモ・サピエンスだと言う事が分かっております。これはダンチェッカー教授の報告にもあったとおりです。
 しかし……」
 彼は会議室のスクリーンにルイズのマントを映し出して続けた。
「……問題はこのマントです。
 遺伝子分析の結果、このマントの元となった生物は、我々が知るいかなる種にも属さない、未知の生物だと言う事が分かりました」
 会議室は爆発を起こしたような大騒ぎとなった。
「何ですか未知の生物とは?」
「未知なんて大袈裟な!」
「マンモスか何かの、絶滅した生物の皮でしょう?」
 口々に発現する科学者たち。普段冷静な彼らがここまで激昂するのも珍しい。
 ハントが思わずダンチェッカーを見ると、どうやら彼も驚いているらしく、すぐ隣に座った学者と何やら言い争っている。
 喧騒の中、ショーンは声を張り上げた。
「未知の生物です!
 この生物の遺伝子は、脊椎動物である点を除き、いかなる生物とも類縁関係が無いのです!
 哺乳類でもない!
 爬虫類でもない!
 鳥類でもない!
 両生類でもない!
 魚類でもないのです!
 全く独立した、未知の、新しい生物なのです!」
 この報告に科学者たちはついにパニックに陥り、コールドウェルは会議の中断を宣言した。



[35040] 07
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/09/30 20:25
 ショーン教授の思いがけない報告に、いったんはパニックに陥った科学者たちだったが、30分ほどの休憩で落ち着きを取り戻し、会議は継続される事になった。
 コールドウェルの一存で、マントについては更なる徹底した調査を行うと言うことにして、どうにか収拾をつけた。
 議長役の彼は、コーヒーをぐい! と飲み干すと言った。
「さて、今回の会議はルイズに関する情報を共有すると言う目的だけでなく、関係者一同の顔合わせの意味もあります。
 今日まだ発言されていない方も数名いらっしゃいますので、ご紹介もかねてご意見を頂きたいと思います」
 彼はちらちらとハントを見ながら喋っている。
 ハントは嫌な予感がしたが、とりあえず黙っていた。
「皆さんハント先生のことはご存知だと思います。トライマグニスコープは既に多くの成果を上げていますから、今さらご紹介するまでもありますまい。
 しかし先日、私はハント先生から興味深い情報を受け取りました。今日はそれを皆さんにご覧いただき、ご意見を賜りたいと思います」
 そしてコールドウェルは壁のスクリーンに例の手帳のカレンダーを映し出し、ハントに向かって「お願いします」と言ったのである。
 面食らったハントがちらりとガーランドに視線を移すと、彼女は嬉しそうにウインクを寄越した。
 図ったな?
 と思ったが、今さら逃げ出す訳にも行かない。ハントは立ち上がって説明を始めた。
「皆さん初めまして、トライマグニスコープの責任者のV・ハントです。
 私は今、手帳の分析を行っております。こちらは先日発見した、手帳の一部です。ご覧の通り何かの表のようです」
 スクリーンに投影された映像は、ローカルネットを通して会議の参加者の個人端末にも提供される。
 科学者たちはスクリーンを見たり自分の端末を見たりしつつ、ハントの声に耳を傾けている。
「何の表かはまだ不明ですが、一見して分かる特長として……」
 そこまで言ったところで、ハントの知らない誰かが驚きの声を上げた。
「印刷だ!」
「その通りです」
 ハントは頷いて言った。
「この表はルイズがあれこれ書き込んでいますが、元々は印刷された物です。つまりグーテンベルクより遥か以前に印刷技術が存在していた事になります」
 会議室は再びざわめきに包まれた。
 ハントがもたらした情報は、これだけでも超一級のスクープなのだが、ショーン教授の爆弾報告の後では大きなインパクトは無かった。
 ドン・マドスンという若い言語学者が尋ねた。
「これは何の表なんですか?」
「まだ不明です」
 ハントは短く答えたが、ガーランドが嬉しそうにこっちを見ているのに気付いて続けた。
「しかし、一つの仮説として、これがカレンダーではないかと考えています」
「カレンダーですか?」
 会議室内はまたしてもざわめきに包まれた。
「見たことも無いカレンダーだな」
「太陰暦ではないし、一年の長さから判断すると太陽暦でもない。本当にカレンダーなのか?」
「シュメール暦ともマヤ暦とも違う。カレンダーだとすれば、全く新しい物と考えるべきだろう」
 そこでダンチェッカーが発言を求めた。
「ハント先生、これがカレンダーであると証明できますか?」
「いいえ、証明は出来ません。あくまでも仮説です」―――そこでまたちらりとガーランドを見ると、彼女はこっそりVサインをハントに向けていた―――「しかし手帳にはカレンダーが付いているのが普通ですから、この表をカレンダーだと仮定するのは不自然ではないと思います」
 すると、先ほどの言語学者が声を上げた。
「いや、これが仮にカレンダーだとするとですよ? 年に相当する数字がどこかに印刷されている筈じゃありませんか。そう考えますと、この一番上の見出し部分のこの文字……」
 彼は急いで前に出てきて、スクリーンに映し出されたカレンダーのタイトル部分を示しながら続けた。
「……この4文字の単語がですね、ルイズの硬貨に刻まれている単語と一致しているんです」
 会議室はまたしてもざわめきに包まれた。
 マドスンはこの単語が硬貨の製造年だろうと推測しているのだ。
 彼はコンソールを操作して、スクリーン上のハントの表に重ねて、件の硬貨を映し出した。
「8枚の硬貨のうち、3枚に全く同じ文字が刻まれています。残りの4枚は末尾の1文字だけが違い、最後の1枚は末尾2文字が異なっています。
 これは、この4文字がルイズの国の年号を表していると考えれば辻褄が合います」
 会議室の喧騒はいっそう大きくなった。
「ルイズの時代に4桁の年号が使われていたって言うのか? そんな馬鹿な!」
「いや、最初の2文字ないし3文字が元号だと考えれば不自然ではないのでは?」
「これが必ず4文字と決めてかかるのは危険ですぞ。もしかしたら3文字以下や5文字以上も有り得るかもしれない」
「それを言うなら、これが年だと決めてかかる方が危険ではありませんか?」
 硬貨との一致によって、この表がカレンダーはである可能性は高まった。
 科学者たちの意見は混乱しつつも一定の方向に向かいつつあった。すなわちルイズの持っていた本と手帳を出来るだけ早く、詳細に分析すべきだ、という事だ。
 コールドウェルは手帳分析のための人員の補充と、スコープの作業環境の改善を約束し、この日の会議を終えた。
 だが、このカレンダーの分析は初っ端から大きく躓く事になる。



[35040] 08
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/10/06 22:49
 トライマグニスコープによる手帳の分析が軌道に乗り、大量のページが映像化され始めると、マドスン率いる言語班は大忙しとなった。
 ガーランドの予測どおり、手帳の内容は日記だと思われた。なぜなら各ページの冒頭には必ず、月と週と曜日に相当する単語が書かれていたからだ。
 日記の長さは日によってまちまちだが、ルイズは几帳面な性格なのか、日にちが欠落する事はほとんど無かった。例の表がカレンダーであり、この手帳が日記であることは確実だと思われた。
 いっぽう、それゆえの問題も生じた。
 数字が分からなかったのである。
 どうやらルイズの文化にはグレゴリオ暦の「日」に相当する概念が無いらしく、日記の日付には月と週と曜日だけが記述されていた。そのため明確に数字だと分かる文字列がどこにも無かったのだ。
 もしルイズのカレンダーがグレゴリオ暦と同様に、単純増加する数字による「日」で構成されていたのなら、数字は瞬時に解明されただろう。だが現実はそうでなかったため、ルイズの数字が判明するまでにはかなりの時間がかかった。週を表している文字が1~4の数字らしい、と言う事までは分ったのだが、5以上の数字は分からず、ルイズが何進数を使っているのかも判明しないままだったのである。

 突破口となったのは、またしてもガーランドだった。
 ハントを含む科学者の多くは男性であり、ルイズの日記にある女性特有の記録にはなかなか気付かない。ガーランドは日記にルイズの生理日が記録されていると言っていたが、ハントを含めた誰もそれを本気にはしていなかった。
 いっぽうハントは、ルイズが毎週第1曜日に意味不明な数値を記録している事に気づいた。
 その数値と思われる文字列は4文字で、最初の2文字はカレンダーの第4週に相当する文字と、第1週に相当する文字だった。つまり41だと推測される。まれに2文字目が別の特定の文字になっている事もあったが、ほとんどの場合は41だった。
 この「別の特定の文字」と言うのが曲者で、5以上の数字の可能性もあるのだが、ハントはゼロだと睨んでいた。なぜなら大部分の記録では41なのに、唐突に45以上に変化するのは不自然だと思われるからだ。だったら40の方が可能性が高いだろう。
 ただしその場合、6千年前にゼロの概念が存在していた事になる。
 3番目の文字は常に同じで、意味は不明。
 だがハントはこれを小数点だと睨んでいた。6千年前にゼロだけでなく小数点もあったのだ。
 そして最後の1文字は、1から4の数字になることもあるので、おそらくゼロおよび5以上の数字だと思われた。しかし数字だと断定するには確証がなかったのである。

 ハントが宿泊しているオーシャン・ホテルのバーで飲んでいると、事務仕事のためにホテルに来ていたガーランドが顔を出した。
 オーシャン・ホテルにはハント以外にも多数の科学者が宿泊しており、彼らの事務も担当しているガーランドは頻繁にホテルに来ていたのである。
 彼女はハントを見つけると、嬉しそうに近寄ってきて探りを入れてきた。
「今晩はハント先生、何か面白い発見ありました?」
 公式の報告書は適宜コールドウェルに提出しているのだから、手帳分析の現状は彼女も把握している筈である。にもかかわらず探りを入れて来るのは、単なる好奇心だからなのか、それともこれも仕事のうちなのか。
 ともあれ、ハントは謎の数値のことを彼女に話したのである。
 ところが……
「ルイズの体重って、キログラムで幾つでしたっけ?」
 ガーランドの思考時間は瞬き1回分だった。
 その回転の速さにハントはスコッチのグラスを落としたが、彼はそれを放置して、携帯端末でダンチェッカーによる医学的調査報告書を呼び出した。
「41.4 プラスマイナス 0.6 だ」
「やっぱり……」
 これが偶然の一致の筈がない。
 6千年前の人間がときどき体重計に乗り、しかもそれを日記に記録するとは、ハントを含む誰一人として想像もしなかった。
 だが科学者ではないガーランドにとっては当たり前だったのである。
「いや、恐れ入ったね。いっぱい奢らせてくれるかな?」
「喜んで」
 この思いがけない発見から、ルイズの数字の候補―――具体的にどれが何と言う数値かはまだ分からない―――が判明した。
 あと『女の直感は恐ろしい』と言う発見もあったが、それはハントの脳内で非公開とされた。



 言語学者のドン・マドスンがハントのオフィスに来たのは翌日遅くだった。
「厄介な事になりました」
 彼はオフィスに入ってくるなり言った。
「数字が本当だとすると、ルイズの母国は6千年もの歴史がある事になってしまいます」
「何だって?」
 ハントは椅子から転がり落ちそうになった。
 実のところハントは数字を発見したものの、それらの値まではは分からなかった。彼がルイズの体重だと推定した数字は、あくまでも候補なのであって、それらが現代人の使う数字とどう対応するのは分からなかったのである。
 そこで彼は自分の見つけた数字候補をマドスンに伝え、値の特定を言語班に任せたのだ。
「数字の特定そのものは簡単でした」
 マドスンは紙に印刷した、ルイズの数字と現代の数字との対応表を見せながら続けた。
「ルイズは手帳には何箇所か、何かを計算した跡が残っていたんです。コンピューターでちょいちょいと解析するだけで全部分かりました。彼女が何進法を使っているのかも、桁の多い数値をどのように書くのかも、四則演算の記号も全部分かりました」
 マドスンが印刷した紙には、ルイズの使っていた基本演算が全て載っていた。
 それによればルイズは10進法を使っており、+-×÷=に相当する文字があり、ゼロがあり、そして小数がある。つまり現代とほとんど変わらないのである。
 マドスンは続けて言った。
「これを例のカレンダーに適用すると、カレンダーの一番上に書いてあったあの数値、あれが6243年という結果になるんです」
「そんな馬鹿な……」
 6千年前に、6千年もの暦を使用する国家があった?
 もしそれが本当なら、ルイズの国家は紀元前1万年から存在していたことになる。そんな馬鹿な事がある筈が無い。
「これは大変な事になるぞ」
 ハントが言うと、マドスンも頷いた。
 翌週の進捗会議が紛糾する事は、火を見るより明らかだったのである。



[35040] 09
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/10/09 22:04
 ナヴコムの会議室での進捗会議は案の定、紛糾した。
 ハントは6243年という年号がやり玉に挙がるだろうと覚悟していたのだが、問題はそれだけではなかった。
「6千年前に小数があったなんて、そんな馬鹿な事がある訳ありません! ヨルダン川より西で小数が使われるようになったのは15世紀になってからです!」
「4千年前の古代バビロニアですら、現代とは程遠い不完全な小数しか無かったのですぞ! ましてやゼロの概念が存在したなんて信じられません!」
「小数の概念があるのなら分数の概念もある筈なのですが、ルイズの日記にそのような記述はありましたかな?」
「仮にこの数値が体重だったとしても、それがキログラムだという根拠がありません。そもそもキログラムはメートル法の単位ですし、それは地球の円周から割り出されたものです。ハント先生の推測が正しいすると、6千年前に地球が丸いと言うことを知っていた事になってしまいます」
 それらの問題点はハントも気付いていたが、だからと言って逃げる訳にも行かない。ありのまま報告すればフルボッコになることは目に見えていたが、科学者たちの拒絶反応は想像以上だった。
 とは言え、彼とて真面目な推測を積み重ねた上でルイズの数字を発見したのだから、おいそれと自論を引っ込める気はない。
 ハントは反論を試みた。
「皆さんのご意見はごもっともですが、ルイズが毎週第1曜日に何かの数値を記録している、これは純然たる事実です。
 問題はこの数値が何であるかと、どのような規則で表記されているかです。
 この数値がルイズの体重だという推測は、彼女が女性であることを鑑みれば十分に有り得る事です。彼女の体重とほぼ等しい数値を毎週欠かさず記録している理由が、彼女の体重以外に考えられるでしょうか?」
 否定的な声が数名の科学者たちから漏れたが、ハントは気にせず、壁のスクリーンにルイズの手帳の一部を映して続けた。
「これをご覧ください。ルイズが手帳に書き記した計算式です。
 現代の計算式に直しますと、このようになります」
 彼はコンソールを操作して、手帳を画面左半分に翻訳後の計算式を右半分に映し出した。
 それは小数を含む3桁の乗算と除算を行っている計算式だった。ルイズはそれを全て手書きで行っており、計算はだらだらと長ったらしく記述されている。
 しかし問題は、彼女が何を計算しているかだった。
「最初の 41.2 という数値、これはこの週におけるルイズの体重です。
 そしてもう一つの 1.53 という数値、これはダンチェッカー教授の報告にある、ルイズの身長をメートルで表したものと一致します。
 すなわち、この 41.2÷(1.53×1.53) という計算式によって、彼女は自分の BMI を計算しているのです」
 会議室は再び爆発したような大騒ぎになった。
 6千年前に BMI という概念がある訳がないとか、ルイズの書いたものが数式である証拠を示せとか、様々な異論が噴出し、会議はまたしても中断する羽目になった。



 結局のところルイズに関する様々な矛盾は、彼女が本当に6千年前の人間なのか、と言う点に集約された。
 炭素年代測定が正しければ、極めて高い文明を持った国家が6千年前に存在していたことになる。しかもその国家は紀元前1万年に勃興し、6千年間もの長期にわたって存在していたのである。
 もしそうなら、我々の知る人類史は大幅に書き直される事になるだろう。
 また6千年前の超高度文明となれば、科学者はもちろん一般人たちも大いに興味を持つことだろう。マスメディアはこぞってルイズの出身地探しを行うに違いない。一攫千金を夢見るトレジャーハンターたちが世界中の地下を掘りまくるだろう。

 逆にルイズが6千年前の人間でなかった場合はどうなるだろうか?
 この場合も人類史は大きな危機に瀕することになる。なぜなら炭素年代測定という物差しに重大な欠陥がある事になるからだ。
 これまで炭素年代測定に頼っていた各種遺跡や化石の年代は、全て白紙に戻る事になる。
 ホモ・サピエンス誕生は 25 万年前では無いのかも知れない。
 恐竜の絶滅は 6550 万年前では無かったかもしれない。
 だが、仮に炭素年代測定に不備があったとしても、それでルイズの生きていた年代が特定できるわけではなく、謎はむしろ深まる結果になるだろう。

 どちらの場合にせよ、誰が何の目的でルイズを月面に運んだのか、という問題は残る。
 単に6千年前の死体を隠したいだけなら、わざわざ月面にまで運ぶ必要は無い。どこかの金庫や洞窟にでも放り込んでおく方が遥かに楽だ。
 死体を月面に運び、コペルニクスⅢ近くの洞窟に放置する。しかも痕跡を残さずに。
 そんな事が一人の人間に出来る筈が無い。やるなら組織的かつ計画的に行われたはずだ。
 だが国連宇宙軍のどこを探しても、そのような事を誰かがやった形跡は発見できなかったのである。



 この頃にはマスコミがルイズの件を嗅ぎつけており、国連宇宙軍は公式の場でルイズを公表する事になった。
 しかし何もかもが謎のままでの発表となったため、マスコミ自身はもちろん一般大衆も様々な誤解や曲解をする羽目になった。
『人類6千年前に月に立つ?』
『月面最初の人類はフランス人少女 アームストロングは2番煎じ』
『6千年前の謎の古代文明 宇宙旅行技術を持つ?』
 この程度の誤解はまだマシな方で、酷いものになると
『アトランティスは月になった?! 月面でアトランティス人と思われる少女発見』
『人類は地球ではなく月で誕生した?! 古代人類月面で発見される』
月面人(ルナリアン)発見される! 人間と寸分代わらぬ姿』
 などと訳の分からない物も存在した。
 だが当時、ハントを含めた誰一人として、事実がそれ以上にとんでもないとは予想していなかったのである。



――― 補足 ―――
メートル法については明記したくなかったんですが、ご意見を頂いたので書いておきました。



[35040] 10
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/10/14 21:05
 ジェリー・フィールズ大尉は外殻ヘルメットのサンヴァイザーの奥で目をしばたたかせ、頭上に煌々と輝く巨大な天体を眺めて言った。
「やれやれ、満地球だよ」
「それ聞くの今日3回目ですよ」
 ヘルメット内蔵スピーカーからカル・パスコ―の声が聞こえる。
 フィールズが振り向くと、ちょうど真横をパスコーが通り過ぎ、地球では考えられないような物凄い大股で歩いて行くところだった。いわゆる月面飛びと呼ばれる歩き方である。
 フィールズは彼の背中を眺めながらヘルメットの中で愚痴り始めた。
「俺の休暇が延期になったの知ってるだろう? ルイズのお陰でいつになったら帰れるのか分かりゃしない。せいぜいこうやって地球を眺めるくらいだ」
「私に愚痴られても困ります。休暇返上はこっちも同じなんですから」
 そう言いながらパスコーは立ち止まると、手に持っていた棒状の物体を地面に突き刺した。物体の上端にはレーザー反射鏡が付いており、パスコーはそれを月面車の方向に向ける。
 月面車は大型トラックくらいの大きさがあり、丸い居住区と機械類剥き出しの機械区から成っている。そして居住区の操縦席にはティム・カミングスが座っていた。
「いいぞティム。1本目だ」
 パスコーがそう言うと、機械区の一番上に取り付けられたレーザー・サイトがこちらを向き、パスコーの刺した物体に向かってレーザーを照射した。
 レーザーは出力が弱く、パスコーやフィールズには何の影響もなかったが、棒と月面車との距離が精密に測定された。
「OKだ。カル、2本目を頼む」
「了解」
 月面車の中からカミングスが言うと、パスコーはヘルメットの中で頷いて―――サンヴァイザーのせいで誰からも見えないが―――適当な方向へ一直線に月面飛びをし始めた。一昔前のごわごわした宇宙服では考えられない機敏な動きである。
 彼はあっという間に 100m ほど離れると、2本目の棒を地面に突き刺し、再びカミングスに言った。
「ティム、2本目だ」
 カミングスは再びレーザー・サイトを使って2本目の棒までの距離を測定した。
 するとコンピューターはレーザー・サイトの向きと測定した距離から2本の棒までの相対位置を計算し、GPS ナビゲーションによって得られている月面車の位置から2つの棒の正確な座標を計算した。
 さらにコンピューターは月面上の目標物の座標と、2本の棒との距離を算出し、それをディスプレイに表示した。
「出たぞ。1本目から 53.3m、2本目から 79.1m だ」
 カミングスが表示内容を読み上げると、フィールズとパスコーが応答した。
「了解」
「了解」
 2人は巻尺を取り出すと、それぞれの棒からカミングスの言った距離を測り始めた。そして両方の巻尺の交点に3本目の棒を突き刺した。
「よしここだ。ティム、確認してくれ」
「あいよ」
 3度目のレーザー測距が行われ、カミングスは最終結論を出した。
「そこで間違いない。誤差1フィート以内だ」
 すると4人目の男、ミーシェル・ショーヴリエがようやく声を上げた。
「決まったか? じゃ、さっさと始めようとしようぜ」
 彼は2台目の月面車を始動すると、フィールズたちのいる3本目の棒へとバックで接近した。
 彼の月面車はカミングスの月面車と全く同一の車種なのだが、後部に掘削ドリルが取り付けてある。彼らはこれから月の地下の掘削調査を行うのである。

 水のない月面では鍾乳洞などの地下空洞はほとんど出来ない。
 しかし全く出来ないわけではない。
 なので科学者たちは元々、月の洞窟には興味を持っていたのである。
 そんな空洞の一つで謎の死体が見つかった事から、国連宇宙軍は他の空洞も調べるべきだと判断し、フィールズ大尉のような下っ端たちが駆り出される羽目になったのである。
 現在、月面のそこかしこで彼らと同じような穴掘り作業が進行中である。
 フィールズ大尉たちはティコ第3クレーター、通称ティコⅢにある空洞を調査する事になっていた。

 掘削工事そのものは滞りなく進んだ。
 掘削に使う装置や手順は地球上で温泉や石油を掘るときとほとんど変わらない。真空中でも大丈夫なように多少の改良が加えられているに過ぎない。
 また、彼らが掘るべき深さも 100m 程であり、温泉や石油に比べれば子供の砂遊び程度の浅さだった。そのため僅か1時間ほどで掘削は完了した。
「よし、じゃあ月にモグラがいるかどうか確かめてみようじゃないか」
 フィールズの台詞と共に、彼らはドリルの先端を超小型ビデオカメラに付け代え、それを穴に突っ込ませた。
「どうだ?」
 フィールズが尋ねると、パスコーはコントローラーを操作しながら答えた。
「まだ見えてません…… よし通った!」
 穴は地下 100m 程にある洞窟めがけて貫通しており、彼はビデオカメラをその洞窟まで到達させたのである。
 パスコーの声に、フィールズもカミングスも揃ってディスプレイを覗き込んだ。ショーヴリエはひとり月面車の中で、ネットワーク越しに同じ画面を見ている。
「意外と広いな?」
「鍾乳洞じゃありませんね。まあ月面だから当然ですが」
「だいぶ落盤してるな。というか崩落したと言うべきか?」
 口々に感想を述べる男たち。
 彼らの声は無線を通じて互いに聞こえているので、地球上と同じ感覚で会話する事が出来る。
「もっと降ろしてくれ」
 フィールズが言うと、パスコーはコントローラーを操作してカメラをさらに地中深くに下ろした。
「おっと床だな」
 危うく穴の底に激突しそうになって、パスコーは思わず声を上げた。
 だが彼は自分が異常なことを言った事に気付いていなかった。先に気づいたのはショーヴリエの方だった。
「何でこんな所に大理石の床があるんだ?」
 月面の地下 100m の空洞に石畳の床がある。かなり崩落しているので詳細は分からないが、どう見ても人間の手による建造物にしか見えない。
「まさかロシアの月面基地とか?」
 カミングスが呟くと、ショーヴリエが否定意見を述べた。
「そんな馬鹿な。だいたい地下 100m に基地なんか作ってどうするんだよ?」
 軍事目的なら大いに有り得ることだが、誰もそこまで追及しようとはしなかった。
 パスコーがカメラの向きをゆっくり変えていくと、今度はフィールズが異常を見つけた。
「ちょっと待った! 今何か見えたぞ?」
 彼が無線越しに声を張り上げると、パスコーはコントローラーを操作してカメラを戻していく。
「どこです?」
「もっと右、もっと右、そこだ!」
 フィールズに言われ、残る全員も食い入るように画面を覗き込む。
 落盤した土砂や石材の間に何かが見える。
 パスコーがズームすると、その異常の正体が判明した。
「骨か?」
「骨のようですね」
 フィールズとパスコーが言う。
 パスコーが更にカメラの角度を変えると、今度こそ確定的な代物が見えた。
 声をあげたのはカミングスだった。
「そんなまさか!」
 だがフィールズは軍人らしく、状況を正確に口にした。
「間違いない。人間の頭骸骨だ」



[35040] 11
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/10/20 21:06
 ハントは低空で飛ぶ月面輸送機の客席に座り、何でこんなところまで来てしまったのかと考えていた。
 ティコⅢで第2の死体が発見され、それを生物学の権威であるダンチェッカー教授が調査しに行くところまでは良い。だが原子物理学の研究者に過ぎない自分が同行する理由は何だろうか?
 その点をコールドウェルに問いただしたところ、彼はこう言った。
月面人(ルナリアン)の件では柔軟で多角的な調査が必要だと判断しだからさ。
 教授の事は信頼しているが、おそらく生物学者としての視点からしか見ようとはしないだろうからね」
 ルナリアン―――
 マスコミが使い始めたこの名称は、関係者たちの間にも急速に広まっていた。第2の死体が見つかった今となっては、この名称はほぼ確定したと言っていい。
 この事はつまり、月で見つかった2体の死体は地球人ではなく、月固有の人種だと言う暗黙の認識が広まっている事を意味している。
 もちろん本当に月に人間がいる訳は無いのだが、ルイズに関する調査が矛盾ばかりの現状では、そのような突飛な考えすらも真剣に検討せざるを得なくなっているのだ。
 とは言え、コールドウェルが言うように柔軟で多角的な調査が必要なのは分かるが、それだけが理由だったら自分でなくても構わない筈だ。自分以外にも優秀な科学者はいくらでも居るのだから。
 ではなぜ彼は自分を選んだのだろうか?
 ハントは斜め向こうのブースに座るダンチェッカーを見た。
 彼はハントと同じようなスキンタイト宇宙服を着込み、低い重力のせいで安定しないのか、頻繁に眼鏡の位置を直している。
 気密ヘルメットを装着したら眼鏡に触ることすら出来なくなるのだが、そうなったら彼はどうやって眼鏡の位置を直すのだろうか?
 ハントはそんな事を考えながら発掘現場までの短いフライトを過ごした。



 月面で初対面の人間と会うのは色々と不便である。特に室外では。
 まずハントとダンチェッカーにとっては、まともに歩けないと言う問題がある。月面の弱い重力にとって地球で育った人間の筋肉は強力すぎ、慣れないと高く跳び上がり過ぎてしまうのである。
 どうにか歩いて相手に接近しても、サンヴァイザーのせいで顔が全く見えないという問題もある。宇宙服の胸のネームプレートを見ない限り誰が誰だか全く分からないのだ。
 しかし近接無線機のお陰で5メートル以内に近づけば自動的に声が聞こえるようになっているため、相手が誰か分かってさえいれば、地球上と同じ感覚で会話する事ができる。必要ならばヘッドアップディスプレイに相手が誰かを自動表示させる事もできる。
 そんな訳で、ハントとダンチェッカーは発掘現場の責任者であるアルバーツ教授と対面した。
「わざわざ遠いところまでご足労願いまして申し訳ありません。何しろ常識では理解できない事ばかりでして、もう何もかも放り出して逃げ出したい気分なんですよ」
 もしヘルメットがなかったならば、彼はきっと額の汗を拭いながら喋っていた事だろう。しかし月面の屋外では無理な芸当である。
 アルバーツはハントとダンチェッカーとグローブ越しの握手を交わした後、2人を簡易エレベーターに案内した。
 エレベーターは直径 10m 程の穴の端に取り付けられており、穴そのものは大量の土砂を運び出すべく、多数のベルトコンベアーが稼動している。月面であっても穴を掘るための作業は地球上と変わらない。違うのは音がしない事と、砂埃はほとんど立たないくらいだろうか。
 穴の周囲には動力を供給するための電源設備や倉庫、人間たちの簡易宿舎などが立ち並んでおり、これまた空さえ青ければ地球上と変わらない。
 ところがエレベーターは少々勝手が違った。
 エレベーター自体はよくある作業用のエレベーターで、床および周囲の壁は金網になっている。
 ところが床には何故か、くるぶしくらいの高さに数本の鉄棒が渡してある。歩くには邪魔なので、ハントとダンチェッカーはそれを跨ぐようにして乗り込んだ。
 そんな彼らの様子を見てアルバーツが言った。
「棒の下につま先を差し込んでください」
「え? 何ですって?」
 戸惑うハントとダンチェッカー。
 するとアルバーツが説明した。
「重力が弱いので、油断すると身体が浮き上がってしまうんですよ。だから棒に足を引っ掛けておくんです」
「なるほど」
 言われたとおりにつま先を鉄棒の下に差し込む。さらに壁に取り付けてある手すりをしっかり掴む。
「よろしいですか? では降ります」
 アルバーツがボタンを操作すると、エレベーターはガクンと振動して急速におり始めた。
「おおっと!」
 途端にダンチェッカーがよろけ、手すりにしがみついた。
 月面の弱い重力に慣れてない身であっても、エレベーターの加速は物凄いように感じられ、身体が浮き上がりそうな感覚に襲われる。しかし実際には地球上のエレベーターよりも遅いくらいなのだった。
 彼らは1分ほどで地下 100m に辿り着いた。



「こいつは驚いた。本当にウェストミンスター宮殿みたいだな」
「有り得ない…… 自分の目で見るまで信じられないとは思っていたが……」
 ヘルメットの中であんぐりと口を開けるハントとダンチェッカー。
 日光も地球光も射さない地下なので、彼らはサンヴァイザーを収納しており、互いの顔が見える状態にある。天才的な2人の科学者は揃って間抜け面を晒した状態で、ライトに照らし出された謎の遺跡を見ていた。
 そう、遺跡である。
 月面の地下 100m に古代遺跡が埋まっていたのだ。しかもそれは人間の手による建築物だと思われた。ちょうど中世の宮殿のような、見事な大理石の建造物が埋まっていたのである。
 周囲には大勢の作業員たちが土を掘り返し、遺跡の発掘を行っているが、地面を伝わる振動以外には音は何もしない。
 作業員たちの使っている無線チャンネルはハントたちとは別であり、彼らが5メートル以内に近づかない限り声は聞こえないのだ。
「いったい誰がこんなものを作ったんだ……?」
 ハントが呟くと、無線機越しにアルバーツが同意した。
「まったくです。これだったら空飛ぶ円盤が埋まってた方がよっぽどマシです」
 最初にの遺跡を発見した掘削隊は、これをロシアの古い軍事基地だと予想していた。
 しかしロシアはそれを否定し、むしろ積極的に発掘に協力すると言ってきた。そして実際に発掘してみると、軍事基地どころか古代遺跡のような、巨大な建築物だったのである。
 建物の外観には見事な装飾が施され、あちこちに人物像の残骸も散乱している。地下に埋まっていたとは言え、もともとは地上にあったことは間違いない。
 この謎の遺跡は何かの理由で大量の土砂の下に埋まったのである。
「建物の大きさはまだ分かっていません」
 アルバーツは説明した。
「超音波探査によれば、この向こう側に更に大きな建築物があるようです。いずれそっちも発掘する事になるでしょう」
「いや参った」
 早々に降参するハントに対し、ダンチェッカーはまだ目前の情景を受け入れようとはしなかった。
 彼はアルバーツを振り返って言った。
「本当にここは月面なんでしょうな? 実はハリウッドの仕掛けた悪戯かと疑いたくなってしまいますよ?」
「そうだったら良かったんですが、さすがのハリウッドも重力までは操れませんよ」
 アルバーツは同情するようにヘルメットの中で頷きながら答えた。



 アルバーツは2人を死体のある場所へと案内した。
 崩れた古代遺跡の中の、壁や天井を鉄骨で支えられた狭い空間の中に、問題の死体はあった。
 ハントとダンチェッカーは慣れない低重力の中、他の作業員たちの邪魔にならないように、こそこそと動き回るようにして死体と対面した。
「下手に触るべきではないと判断しまして、専門家の方に検分して頂くまで発見時のままにしてあります。いちおう立体写真を撮るだけは撮りましたが」
 空間の中にあるとは言え、そこには崩れた石材や土砂が大量にあり、白骨化した死体は半ばそれらの土砂に埋もれている。
 それらを掘り返さなければ全体像は分からないが、下手に掘り返せば重要な手がかりを自ら破壊しかねない。月面に考古学の専門家がいる訳がないので、アルバーツの判断は正しかったと言えるだろう。
「これもまた自分の目で見ても信じられませんな」
 死体を見るなりダンチェッカーは言った。
 ルイズの場合と異なり、死体は激しく損傷していて骨しか残っていなかった。凄まじい火災にでも遭ったのか、身体も衣服も完全に炭化している。
 僅かに金属片などが散見されることから、ルイズと同じように何らかの私物を所有していた事が分かるが、いずれも原形をとどめていない。もちろんルイズの場合と同様に、宇宙服もそれらしき残骸も全くなかった。
 しかし今回の死体で興味深いのは、死体が人間だけでは無かったことである。
 ダンチェッカーは人間の死体そっちのけで、その動物の死体を見つめていた。
 その動物は巨大で、人間の死体にのしかかるように横たわっている。骨しか残っていないという点では人間の死体と同様である。
「どうでしょう教授?」
 アルバーツは困惑したようにダンチェッカーに尋ねた。
「生物学は専門では無いので分からないんですが、私にはこれが恐竜の骨のように思えるんです」



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Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/10/26 20:21
 アルバーツが行った簡易的な炭素年代測定によれば、死体はいずれも6千年前のものだった。
 つまりルイズと同時期である。
 ハントの見た感じでは、人間の死体はルイズよりも小柄であるように思われた。骨しか残っていないので性別は分からないが10~12歳の子供のように見える。
 そんな子供が、なぜ恐竜のような動物と一緒に横たわっているのだろうか? この動物に襲われたのだろうか? それとも逆にペットにしていたのだろうか?
「これは……?」
 ハントは頭蓋骨のすぐ脇に何かの残骸を発見し、それを良く観察しようと四つん這いになった。
 ハントたちの着ているスキンタイト宇宙服は地上作業用であり、靴やグローブが厚手になっているだけでなく、膝、肘、肩、尻などにプロテクターが装着されている。通常の宇宙服(ノーマルスーツ)と違い、転んでも穴が開いたりしないように強化されているのだ。
 元々スキンタイト宇宙服は穴があいても致命傷にならないのだが、念には念を入れてある。
 彼が外殻ヘルメットの頭頂部にあるヘッドライトで残骸を照らすと、どうやらそれは溶けた金属とガラスとが混ざり合った残り滓のようだった。
「それはたぶん眼鏡です」
 ハントの背後から無線機越しにアルバーツが言った。
「眼鏡ですって?」
 ハントは膝立ちになって上半身を捻るようにして振り返って言った。宇宙服のヘルメットは上半身に固定されているので、首だけ振り返っても後ろを見る事が出来ないからだ。
「6千年前に金属フレームの眼鏡があったと仰るのですか?」
「そう言われると確証は無いのですが……」
 ヘルメットの中で困ったような表情を浮かべるアルバーツ。
 しかし焼死体の顔のそばに溶けた金属とガラスがあったら眼鏡だと思うのも無理は無いし、それを否定できる確固たる根拠がある訳では無い。
 ハントはダンチェッカーの意見を求めようとして彼を振り返ったが、彼は人間には興味がないらしく、恐竜のような動物を睨みつけるように観察していた。

 動物の白骨死体の体長は6メートルほど。
 肉食恐竜のような頑丈な頭蓋骨と大きな口を持ち、口の中には骨でも噛み砕けそうな丈夫な牙が生えている。
 ティラノサウルス等と異なり、前足は丈夫で長くて鋭い爪が生えている。掌が平坦でない事から、四足歩行はせず、前足はもっぱら獲物を捕らえるために使っていたと思われる。
 それに対して後足はやや貧弱で、これまたティラノサウルス等と異なり、高速で疾走することは難しいように思われた。前足を歩行に使わないのなら、それを補うように後ろ足が発達するのが普通なのだが、この動物にはそれが当てはまらない。
 肉食動物であるにもかかわらず走るのが苦手なのは奇妙だ。
 だが奇妙だと言うならば、この動物の最も奇妙な点は別にあった。
 背中に巨大な翼が生えているのである。
「いや、失礼ですがアルバーツ教授、これは誰かの仕組んだ酷い悪ふざけです」
 長い沈黙の後、ダンチェッカーは言った。
「どこの誰がこんな手の込んだ事をしでかしたのかは分かりませんが、この動物は良く出来ています。もしこれがハリウッドの仕業だとしたら、私は諸手を挙げて称賛しますよ。素晴らしい出来だ」
 称賛すると言っていながら、ヘルメットの中の彼の顔は憤慨しているように見える。どうやら彼は騙されたと思っているようだ。
 アルバーツは動物の白骨死体を指差して尋ねた。
「これは偽物なのですか?」
「そうです。間違いありません」
 ダンチェッカーは断言し、続けた。
「誰が作ったのかは知りませんが、これが映画のセットなら良く出来ていると言わざるを得ません。この動物の骨格は理に適っています。特に背中の翼を支える関節は惚れ惚れするほど良く出来ています。現実にこのような動物がいてもおかしくないほどに」
 ハントは再び動物の背中を見た。
 ダンチェッカーの言う通り、背骨と翼の結合部分は骨盤のような複雑な構造になっており、翼で全体重を支えられそうなほど頑丈にできている。専門家でないハントでも、どこにどのように筋肉がついていたのか想像できるほどだ。
 翼は折りたたまれた状態で白骨化しているため全体像は分からない。だがハントの推測では広げれば7~8メートルになると思われた。つまり動物の体長よりも大きいと思われる。
 ダンチェッカーは更に続けた。
「しかしこれが本物の動物だと主張するのなら私は断固否定します。このような動物は有り得ません。地球上のいかなる祖先からも、このような動物が生まれる事は絶対にありません。分かりやすく申し上げれば、このような前足と後足と翼を持つ動物は絶対にあり得ないと言う事です」
「いやしかし……」
 アルバーツは食い下がった。
「この白骨死体は6千年前のものなんですよ? しかも地下に埋まっていたんです。悪戯だとするなら、いったい誰がこんな事をしたと言うんです?」
 月面に白骨死体がある事自体がそもそも有り得ないのだが、アルバーツはその点を忘れているようだ。
 ダンチェッカーは答えた。
「それは私の預かり知らないことです。私は生物学者なのであってマジシャンでもなければエンターテイナーでもありません。6千年前の悪戯を解明したいのであれば、その道のプロフェッショナルを呼んだ方がよいでしょう」
 アルバーツは助けを求めるようにハントを見た。しかし生物学者ではないハントに反論できる筈もない。

 ダンチェッカーがなぜこの動物を否定したのか。
 その理由は簡単である。
 既に絶滅した動物を含めて、地上の脊椎動物は前足と後足を持つものと、翼と後足を持つものしかいない。前足と翼を同時に持つ生物は存在しないのである。
 これは魚だった動物が初めて地上に這い上がったときに決定された遺伝的特性であり、それ以後の全ての地上生物の基本となっている。その後いかなる突然変異が発生しても、前足と後足もしくは翼と後足をもつ生物しか生まれていない。
 いっぽう魚類は話が別である。
 魚類には胸ビレ、背ビレ、尾ヒレがある。
 この事から、胸ビレが腕に、尾ヒレが足に、背ビレが翼に進化しても良いように思える。理論上は、背中に翼の生えた恐竜に進化することが絶対に無いとは言い切れない。
 しかし現実にはそのような進化をした陸上生物の化石は全く見つかっていない。世界中のあらゆる化石を調べても、そのような進化をした動物は存在しないのである。
 腕と足と翼を持つ化石が存在しないのに、唐突にそのような動物の死体が出現する、などと言う事は有り得ない。
 従ってこの謎の動物は偽物に間違いないのだ。

 ハントは立ち上がると、改めて謎の動物を眺めた。
 原子物理学が専攻である彼には詳しい生物学的知識はない。そこで彼は別の角度からダンチェッカーに尋ねた。
「教授、ご意見はごもっともなのですが、この白骨死体が悪戯だと断定するのは早計過ぎるのではありませんか? こんな物が月面にある時点で既に常軌を逸しているわけですから、何か生物学的にも常軌を逸した事態が発生した可能性があるのではありませんか?」
「それを仰るなら、こんな代物が月面にある事自体が悪戯だと言う事を証明しています。月面に生物がいる筈がないのですから」
 ダンチェッカーは無意識に眼鏡の位置を直そうとしたのか、片手で自分のヘルメットを叩いてしまい、思わずその手を自分で睨みつけた。
 一方ハントは食い下がった。
「例えばこれが地球外生物だと言う可能性は考えられませんか? 月面に生物がいる筈がないのなら、逆にどこからやって来ても構わない訳ですから」
 するとダンチェッカーは出来の悪い生徒を諭すように、やれやれとばかりに首を振って答えた。
「この偽物は間違いなく恐竜を参考にして作られています。おそらく恐竜の化石を良く研究したのでしょう。例えば頭蓋骨や後脚はティラノサウルスなどの肉食恐竜を模倣した物のようですし、前足はヴェロキラプトルなどを参考にしたように見えます。骨盤はどう見ても鳥盤類の物です。翼はおそらくプテラノドンのコピーでしょう。
 つまり個々のパーツは明確に地球生物の特徴を備えているのです。
 仮に他の惑星にこの偽物のような生物が存在していたとしても、細かな特長が地球生物と同じになることは絶対に有り得ません。サメとイルカのように外見が似る可能性はありますが、中身までが似ることは有り得ないのです」
 彼は謎の動物の白骨死体を指差して締めくくった。
「これは誰かが地球の恐竜を参考にして作ったドラゴンのフェイクです」



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Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/11/02 22:52
 謎の動物の死体はキュルモンと名づけられた。
 これは19世紀の中ごろに、生きた翼竜が地下から発見されたと言う嘘っぱちの舞台となった、フランスの東部の地名である。この作り話は当時、イギリスの大衆紙に掲載されて話題となったが、あまりにも荒唐無稽であるためすぐに忘れ去られた。
 その名称が数世紀の時を経て蘇ったのである。
「一体これをどう解釈すればいいんだ?」
 キュルモンがウエストウッド研究所に運ばれるや否や、すかさずコールドウェルが見に来た。
 ルイズを発端とする一連の事件は彼にとって頭痛の種になりつつあったのだが、この死体の発見によって大問題に発展してしまった。彼としては自分の目で死体を確認せずにはいられなかったのだ。
 いっぽうガーランドは無邪気に楽しんでいるようだった。
「ドラゴンだなんて、まるでハリウッド映画みたいですね」
 彼女が言うのも無理は無い。キュルモンの骨格はどうみても映画に出てくるドラゴンそのものである。誰だってハリウッドの仕業かと疑うだろう。
 だが、事はそう単純ではない。
 最大の問題はキュルモンがどう見ても偽物には見えない事だった。
「一見するとこれを化石だと思ってしまいそうですが、これはれっきとした焼死体です。つまり骨で出来ています」
 ダンチェッカーは2人に説明した。
「そのため運がよければ骨から遺伝子を抽出する事が可能です。どの程度完全な遺伝子を抽出できるかは、この焼死体がどの程度の高温に晒されたかによります。
 幸い我々には」―――そこで彼はハントに向かって頷いて―――「トライマグニスコープがありますので、キュルモンの全細胞の遺伝子を全て抽出して調べる事が出来ます。
 遺伝子を調べれば、これが本物なのか、それとも別の動物を寄せ集めて作った偽者なのかはっきりするでしょう」
 おいおい、とハントは思った。
 ダンチェッカーはトライマグニスコープの専門家ではないので、彼が言うような大規模なスキャンがどれほど困難かは知らない。メタダイン社が主張する謳い文句をそのまま鵜呑みにしているに過ぎない。
 理論上、キュルモンの全細胞をスキャンする事は可能である。
 しかし現実には不可能に近い。
 なぜならデータ量が膨大になり過ぎるからだ。
 分子レベルのスキャンを行うためにはスコープの拡大率を最大近くにまで上げる事になるのだが、キュルモンのサイズでそれをやると情報量が爆発的に増えてしまい、世界最大のコンピューターを使ってもパンクしてしまうのだ。
 例えば人間の体を構成する細胞の数は60兆個と言われており、それだけでも莫大な数だが、分子の数はそれをさらに60兆倍した値にもなる。そんな凄まじい数の分子を全部スキャンし、その中から遺伝子を探し出して調べる事は不可能だし、たとえそれが可能なコンピューターが開発されたとしても効率が悪すぎる。
 キュルモンは骨だけの焼死体とは言え、そのサイズは人間をはるかに上回る。一部をスキャンして遺伝子を抽出することなら容易だが、全スキャンは無謀な話である。
 だがハントは黙っていた。
 実際にキュルモンの遺伝子をどうやって調べるのかは、今ここで議論すべき事ではない。

「本当にこれが作り物なんですか?」
 ガーランドが尋ねたので、ダンチェッカーに先んじてハントが答えた。
「教授(ダンチェッカーのこと)はこれを偽物だと考えているようですが、今のところ決定的な証拠は見つかっていません。
 例えば骨と骨とを繋ぎ合わせている釘とか接着剤の跡とかが見つかれば偽物だと断定できるのですが、今のところそう言った継ぎ目は見つかっていないのです。
 ですから教授には失礼ですが、6千年前にこのような生物が実在した可能性はあります」
 ダンチェッカーは憮然とした表情を浮かべながらも黙っている。
 だがキュルモンな作り物だと主張しているのはダンチェッカーだけではない。彼を含む生物学者のほぼ全員が唱えているのだ。
 生物学者の中にはダンチェッカーと犬猿の仲である人物もいるのだが、そんな科学者でさえキュルモンを偽物だと言っている。生物学者にとって、これ絶対不変の確定事項らしい。
 ハントは続けた。
「他にも実在説を裏付ける証拠はあります。
 例えばキュルモンの骨には何箇所か、何者かの攻撃によると思われる傷跡があるのです」
「傷跡だって? この骨にかね?」
「そうです」
 コールドウェルが驚いたように問い返し、ハントは肯定して続けた。
「おそらく槍などの鋭利な刃物を刺されたのでしょう。骨まで達している傷が数か所あります。
 キュルモンが実在の生物だとしたら、それが死因だったのかもしれません。
 ですが、教授の言うようにこれが作り物だったとしたら、わざわざそのような傷を作る理由が分かりません」
 コールドウェルとガーランドは顔を見合わせた。
 ハントの言う事も一理ある。
 キュルモンが作り物ならば、いったい誰が何の目的で作ったのだろうか?

 ハントは2人の表情をうかがってから、今度は180度反対の話を始めた。
「逆に、キュルモンが偽物であることを示す、生物学以外の証拠もあります。
 最大の疑問点は、この動物は空を飛べないと言うことです」
「え? 飛べないんですか?」
 戸惑うガーランド。
 いっぽうコールドウェルは「やはり」と言うような表情をしている。
 ハントは頷いて続けた。
「そうです。
 教授の推測によればキュルモンの体重は500~600キログラム。ダチョウの4倍以上あります。
 いっぽう翼の大きさは差し渡し8メートルほど。
 航空力学の専門家によれば、この翼では絶対に飛べないという話でした。もし飛ぶのであればこの3倍の大きさが必要になります」
 ハントの説明は実は不正確である。
 航空力学的にはこの翼でも飛ぶ事は不可能ではない。キュルモンが時速150km以上で走る事ができれば、この翼でも必要な揚力を得られ、飛ぶ事ができるのだ。
 しかし哺乳類最速のチーターですら出せない速度をキュルモンに出せる訳がない。そもそもキュルモンの後足は貧弱であり、せいぜい時速30kmが限界だと推測される。それでは飛べる訳がない。
 だが、ここにも抜け道がある。
 キュルモンが鷲や鷹などの猛禽類のように、高いところから滑空して飛び立つ場合だ。その方法ならば自力で疾走しなくても飛ぶことができる。
 もちろんその場合キュルモンは、600キログラムもの巨体が滑空できるほどの高い崖に巣を作らなければならない。
 また仮にその高さの崖があったとしても、滑空するはできるが上昇は極めて困難となる。台風並みの猛烈な風でもない限り元の高さに戻る事は不可能だろう。
 しかし全く飛べないと言う訳ではないのだ。

 ハントの説明を聞いて、今度はコールドウェルが質問した。
「重力が低い場所でなら飛べるのではないかね? 私はまだキュルモンが地球外生物だと言う可能性を捨て切れていないのだが」
 ハントは再び頷いて答えた。
「その場合はもちろん飛べます。例えば月面の重力は地球の6分の1ですから、この翼でも巨大過ぎるくらいです。
 ですが気をつけて頂きたいのは、それらの推測は地球と同じ1気圧の大気を前提にしている事です。
 重力の弱い天体は地表に空気をとどめておく力も弱いですから、1気圧の大気があるとは限りません。例えば月は空気が全くありませんし、火星も130分の1気圧しかありません。いくら重力が弱くても、それ以上に空気が薄いのでは飛べないでしょう。
 仮にキュルモンが地球外生物だったとしても、空を飛ぶための条件のそろった惑星が存在するかどうかは不明です。例えば金星なら気圧と重力は条件を満たしていますが、あそこは生物が生きていける環境ではありません」
 硫酸の雨が降り注ぐ二酸化炭素の大気、気温 400℃の灼熱地獄、それが金星である。あそこはヴィーナスという愛称とは正反対の環境なのだ。
「生物学的見地から補足させて頂きますと……」
 ダンチェッカーが例によって眼鏡を直しながら割り込んできた。
「……キュルモンの骨密度を測定すれば、これの居た世界の重力を推定することができます。その結果が1Gで無かったならば、キュルモンが地球生物である可能性が出てきます。
 まあそんな事は無いだろうと思いますが」
 骨密度の測定はルイズについては既に行われており、ほぼ1Gという結果が得られている。
 巷で月面人(ルナリアン)と呼ばれている彼女だが、彼女が本当の意味でのルナリアンである可能性は全く無いのだ。
 キュルモンの骨密度がどのような結果になるかは測定してみなければ分からないが、少なくとも見た目で判断する限り、キュルモンも1G環境下で生きていたと思われる。
 現時点でキュルモンが地球外生物だと考えるのは時期尚早だろう。

「先ほどのミス・ガーランドの質問に戻りましょう。キュルモンが作り物か否か、という点です」
 ハントは強引に発言権を奪還して言った。
「アルバーツ教授が行った炭素年代測定によれば、キュルモンが死んだのは6千年前です。
 ですが注意して頂きたいのは、6千年前と言う数値はキュルモンが死亡した時期であって、月面に埋もれた時期ではないと言う事です。この死体が発見されたのは月の地下100メートルですが、いつそこに埋まったのかは分からないのです」
「ルイズの場合と同じですね?」
 ガーランドが確認を求め、ハントはまたしても頷いて続けた。
「そうです。
 実のところ現代の加工技術を使えばキュルモンを捏造することは不可能ではありません。
 ただし必要な労力は莫大なものになりますし、6千年前の動物の骨をこれだけ大量に入手する方法も不明です」
 ルイズの場合、彼女は人間なので、誰かが何かの目的で6千年前の死体を保存していた可能性が無いとは言い切れない。特に宗教の世界では、彼女ほど古くはないにせよ、千年以上昔のミイラが保存されている例は多い。
 しかしキュルモンの場合は事情が異なる。
 キュルモンの骨格は恐竜に酷似しているため、仮に6千年前に存在していた動物の死体を入手できたとしても、キュルモンの形に加工するのは容易ではない。
 例えばワニやコモドドラゴンの骨を使って作ろうとしても、サイズからして全く異なるため、ほぼ全ての骨を加工して作り出すしかない。しかも加工した形跡を残さずに加工するとなると、これはもう神業に近い。
 現代の加工技術を使ってキュルモンを作ることは不可能ではないが、かなり困難な事は間違いない。

 ただし、この矛盾を強引に突破する方法が一つだけある。
 6千年前に生きた恐竜が存在している場合である。
 キュルモンが恐竜に似ているのならば、恐竜の骨を使って作ればよいのである。そのためちょうど6千年前に死んだ恐竜がいれば万事全て解決してしまうのだ。
 もちろん実際には有り得ないが。



[35040] 14
Name: 未禿◆9ec629f4 ID:254975be
Date: 2012/11/10 10:37
 一同は人間の白骨死体へと移動した。
 死体は焼け焦げて炭化しているものの、ほぼ原形をとどめており、一見するとかなり不気味である。しかしガーランドも含めて誰も嫌悪感を顔に出したりはしなかった。
「シリルです」
 ダンチェッカーは説明した。
「この死体は女性なのでシリルという名前は不適切なのですが(シリルはフランス系の男性名)、各種メディアにも掲載されてしまったのでそのままになっています」
 この名前を付けたのは発掘を行ったジェリー・フィールズ大尉たちなのだが、彼らには白骨死体の性別を判断する知識は無かった。ルイズがフランス系だったので、彼女に合わせて便宜的にシリルと呼んだに過ぎず、それが事実上の公式名称になってしまうとは全く思っていなかったのだ。
 それにハントやダンチェッカーを含めた科学者たちにとっては、名前が男性系か女性系かなんてどうでも良い事である。
 ダンチェッカーは続けた。
「白人女性、身長142センチ、体重30kg台前半、年齢12~14歳。発育は遅れ気味で健康状態も良好とは言えません」
 ダンチェッカーが推定したシリルの年齢はハントの推測とは若干ずれている。これはもちろんダンチェッカーの方が正しい。しょせんハントは原子物理学の専門家なのであり、生物学はもちろん死体の調査についても素人なのだ。
 ダンチェッカーは死体の左腕を示して続けた。
「ご覧の通り左腕を骨折していますが、これは死ぬ直前に骨折したと見られます。他にも骨まで達する傷が数箇所、治療済みの骨折跡が数か所あり、死因が何であるにせよ彼女を取り巻く環境はかなり過酷だったと思われます」
 ルイズが6千年前とは思えないほど裕福な食生活をしていたのに対し、シリルはかなり過酷な暮らしをしていたようだ。骨折個所の多さからすると常日頃から生命の危険にさらされていたと推測される。
 年齢に比べて身長体重が共に低いことから、何かの原因で発育が遅れていたと思われる。最も可能性が高いのは食料の不足だ。
 おそらくシリルは慢性的に食料に恵まれなかったと思われる。奥歯の一部が欠けていることから、硬い木の実などで飢えをしのいだ事もあるようだ。もしかすると骨折の多さはカルシウム不足によるのかもしれない。
 以上のことから総合すると、シリルはルイズとは異なる文化圏に属していた可能性が高い。ルイズが享受していた豊富な食料はシリルの手には届いておらず、科学技術についても大きく劣っていたと思われる。
 見方を変えれば、シリルは従来の歴史学どおりの6千年前の人間と言える。
 異常なのはむしろルイズの方であって、シリルは月面で発見された点を除けばごく普通の死体である。

「彼女の死因はまだ調査中です」
 ダンチェッカーは続けた。
「キュルモンに襲われたという意見もあるようですが、それは違います。キュルモンが本気で噛むと1トン近い力が出ますので、もし襲われたのならシリルはバラバラ死体になっている筈です。
 仮にキュルモンが実在の動物だったとしても、襲われた可能性はありません」
「しかしシリルには多数の傷があったのだろう? 骨まで達するような深い傷が?」
 コールドウェルが尋ねると、ダンチェッカーは頷いて答えた。
「仰る通りです。
 ですがシリルの傷はキュルモンによって付けられた物ではありません。歯形が合わないからです。
 彼女の傷跡は極めて鋭利な刃物によって出来た物です。例えば鉄の剣などのような。ブレンザー博士はルイズの出身国には鉄器が存在していたと主張されていましたが、シリルの傷は間接的にそれを裏付けています。
 言い換えれば彼女は人間によって殺害された可能性が高いのです」
「……………」
 無言になるコールドウェルとガーランド。
 ガーランドは真剣な表情でごくりと唾を飲み込んでいる。

 そこでハントが口をはさんだ。
「このシリルにある多数の傷ですが、これはキュルモンの傷と類似しています。
 つまり、どちらも鉄の剣によって殺害された可能性が高いのです。
 そしてシリルとキュルモンが寄り添うようにして一緒に死んでいた事から、シリルがキュルモンを守ろうとした、あるいは逆にキュルモンがシリルを守ろうとしたと考えられます。
 おそらく両者は飼い主とペットもしくはそれ以上の絆で結ばれていたと思われます」
「……………」
 依然として無言のコールドウェルとガーランド。
 しかしガーランドが悲しげな表情を浮かべているのに対し、コールドウェルは懐疑的だと思っているようだ。
 ハントは続けた。
「これは想像の範囲ですが、ルイズは非常に裕福な暮らしをしていたのに対し、シリルはかなり貧しい生活をしていた事。
 そしてルイズの母国が鉄器を所有していた可能性があり、いっぽうシリルが鉄の剣によって殺された事を考え合わせますと、ルイズの国は周辺国に対して侵略を行っていた列強国で、シリルはルイズの国の兵士によって殺されたというシナリオが成り立ちます」
「まあ……」
 赤毛を揺らせて動揺するガーランド。
 いっぽうコールドウェルは首を傾げて反論した。
「物語としては面白いが、先生(ハントのこと)の説は少々飛躍しすぎではないかね?
 ルイズとシリルが両方とも6千年前の人間だとは言っても、全く同じ時期に生きていたとは限らないだろう?」
「それはそうです。
 炭素年代測定が正確だとは言っても、おそらく100年程度の誤差はあるでしょうから、生存時期がずれている可能性は大いにあります。
 ですから、あくまでも想像の範囲での話です」
 ハントは苦笑いを浮かべながら続けた。
「まあ聞いてください。
 どこに住んでいたのかはわかりませんが、シリルとキュルモンは一緒に暮らしており、そこにルイズの国の軍隊が押しかけて両者を殺害した。殺害場所が宮殿だった事を考えると、シリルは彼女の母国における特別な存在だったのかも知れません。
 例えば巫女のような。
 あるいはキュルモンを駆って敵を薙ぎ倒すジャンヌ・ダルクのような存在だったのかも知れません」
 ハントが馬に跨って剣を構える騎士のような仕草をすると、ガーランドは滑稽だと思ったのか真顔のまま3度連続して瞬きをした。
「コホン」
 照れを隠しながらハントは続けた。
「ともかく、シリルの国はルイズの国と敵対していて、鉄器文明を持つルイズの国に対して劣勢を強いられていたのでしょう。
 シリルは彼女の国において宗教的もしくは軍事的要職にあり、キュルモンを操ることで治安を維持していた。
 もしかしたら彼女の母国にはキュルモンのようなドラゴンで構成された空軍があったのかもしれません。
 しかし6千年前のある時、ついにルイズの母国が総攻撃を開始し、シリルとキュルモンは惨殺され、火を放たれて焼死体となった。
 ……とまあこんな具合です」
 ハントの作り話を聞いた一堂は互いに顔を見合わせた。どう反応したら良いか迷っているように見える。
 特にダンチェッカーはあからさまに胡散臭そうな表情を浮かべている。

 先に口を開いたのはコールドウェルだった。
「面白い話だったとは思うがね。これが大衆(タブロイド)紙に掲載されたなら大いに受けるだろうな。
 しかし世界的な原子物理学者であるハント先生が真面目な顔で主張されたとなると……」
「まあそういう反応をされるだろうとは思っていましたけどね」
 ハントは両手を広げて「やれやれ」というジェスチャーをした。
 実のところ彼とて確固たる証拠もなしにでっち上げた話を本気にはしていない。あくまでも想像の範囲である。
 しかしガーランドは違ったようだ。
「でも先生のお話は、もしキュルモンが実在の生き物だったとしたら有り得るような気がします」
 彼女は3人の顔を見回してから興奮したように続けた。
「だって空飛ぶドラゴンですよ?
 もしシリルがキュルモンを飼い慣らしていたのだとしたら、軍事的にも宗教的にも絶大な威力がありますよね?
 シリルは子供ですからまだ軍隊には所属してないだろうと思いますけど、ハント先生が仰るような空軍があったとしたら、鉄器のあるルイズの国にとってすら脅威だったんじゃありませんか?」
「6千年前に空軍があったなんて言ったらタブロイド紙の記者どもは大喜びだろうな」
 コールドウェルは諦め顔で首を振りつつ続けた。彼はお伽話は好きではないらしい。
「君の言う通り、キュルモンが実在の動物だったならば軍事的脅威になる事は間違いない。6千年前に対空砲火があるとも思えないしな。
 制空権を確保されてしまえばルイズの母国に鉄器があったところで太刀打ちする事は困難だろう。上から火矢でも放てば街一つ全滅させる事も容易の筈だ。
 しかし……」
 今度はコールドウェルが一同を見回してから締めくくった。
「それもキュルモンが実在の動物だったら、の話だ」


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