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[34943] 探索者 (ダンジョン 近未来) 完結
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/12/01 19:23
 柑橘ルイという者です、よろしくお願いします。
 
 未熟者ですので皆様の指摘や感想を参考に試行錯誤していきます。途中で書きかたが変わり読みにくく感じるかもしれません。

 ダンジョン物及び学園物となっております。上手く書けるかは分かりませんが……

 甘口辛口一言等感想があると嬉しいです。

 なにとぞよろしくお願いします。

 『小説家になろう』様にも投稿しております。

12/1完結しました。

探索者一 11/1 修正三回目

探索者二 11/1 修正一回目

探索者三 11/1 修正一回目

探索者四 11/1 修正一回目












 凹凸が殆ど無い壁に施された、幾何学模様の赤い線が縦横無尽に光る。それにより壁や床があることが分かるが、それ以外は漆黒の闇に閉ざされていた。
 一人の少年が立っていたがその様子はどこかおかしい、その表情は眼の位置にある、後頭部まで一周する機械で覆われて分かりにくい。
 身長は高く白い肌と少し猫背の体勢、そして肩まで伸びた髪の所為でとても暗い印象を受ける。そんな彼の足元には膝ほどの高さで繋ぎ目の無い、立方体の鈍い輝きを持った鉛色の物体があった。
 その立方体は一部分を一本の針に変えて伸ばし、その先端は力なく座り込んでいる男性の頭部につきささている。激しい戦闘があったのだろうか、辺りに機械の部品が散乱しており、そして座っている男性の身体は傷だらけで一つも動かない様子から既に事切れているようだった。
 先端が淡く光る棒を暗い少年が軽く振ると針が抜け、ゆっくりと短くなり立方体に戻っていく、それはまるで液体の如く滑らかに変化し球体に変わった。周囲の部品の上を通るとそこには何も残っておらず、鉛色の物体が体内に取り入れている結果であった。数秒後には全て取り込み立方体に戻り待機していた。
 暗い少年は遺体に両手を合わせた後、弱弱しい足取りで歩いていく、初めて人を殺したのだろう、少し歩いた先で吐いていた。その後ろには鉛色の物体が球体になりついていっている、そして残されたのは事切れた男性のみであった。

 閑散とした印象を受ける学生寮の一室に、簡素なベッドで寝ている少年がいた。その少年が枕にしているのは鉛色の立方体で見た目以上に柔らかいのだろう、微妙に凹み頭部を優しく受け止めていた。
 静かな一室に突如電子音が鳴り響く、しかし素早く少年は手を伸ばし手を叩きつけて止める、もぞもぞと布団が動いた後又動きが止まった。どうやら二度寝をし始めたらしい。
 しばしの静寂が続くと、先ほどの枕にしていた立方体が薄く形を変えて移動していた。腰辺りで集まると今度は三角形になり少年を押し上げていく、徐々に反り返る体勢になるが、それでも止まらずますます高くなっていく。
「お、起きる」
 当然そんな体勢で寝ていられるはずも無く、少年は身体を起こし大きなあくびとともに背伸びを一つした。
 年は十七ぐらいだろう、しかし眼にかかる前髪や、血行が悪そうな白い肌で若い少年の溌剌さは無く、暗い雰囲気を纏っていた。
「ありがと」
 礼を一つ述べて軽く鉛色を撫でると、鉛色が喜ぶかのように波打った。
 少年は寝巻きの上から半纏をはおり、洗面所へ直行し顔を洗ってようやく眼が覚めるのであった。
「今日は何しようか」
 独り言を呟きながら廊下へ出た少年の目標は、寮内にある紙コップの自販機である。ちなみにその後ろには鉛色の物体が追従している。
「霜、おっはよー! 相変わらず寒いね」
 部屋へ戻る途中で暗い少年である日ノ本 霜(ひのもと そう)に声がかかる、振り返るとそこには小柄な少女がいた。
 明るい茶色の前髪を後ろに流してカチューシャで止めており、いつも潤んでいるように見えるつぶらな瞳で見上げていた。
「おはよう、将」
 大きめの寝巻きを着た少女は実はれっきとした男であり、名前は(正倉院 将 しょうそういん しょう)、何とも名前負けしているが将にとって男らしく、名前は気に入っていたりする。
「ほら、そんな小さな声じゃなくて、大きな声で! ね!」
 向日葵のような笑顔を将は向けるが、霜の前髪に隠れぎみの瞳は無理と訴えていた。
「水練(すいれん)もおはよう」
 将が鉛色に向かって小さく手を振る、すると鉛色の一部が盛り上がり先端を振って答えていた。
「いいよねー、僕の大きいから寮長から許可おりないんだもん」
「ご飯食べて迎えにいく」
 落ち込む将の頭に手を置いて霜は慰める。
「そうだね、早くご飯食べて迎えに行こう! そして今日も探索がんばろー!」
「その前に授業」
 拳を上げる将だったが、霜の言葉で肩を落とす。
「ああ、サボりたい」
「俺達は学生」
「ぶー、わかっているよ。まあ、三年になれば授業もほとんどなくなるから、それまで我慢だね」
 ふてくされる将である。
「じゃあ、また食堂でねー」
 二人とも自販機で買い、元気良く手を振る将に小さく手を挙げる霜だった。
 一旦部屋に戻り一服した後学生服に着替える。白を基調とした軍服に似た詰襟であるが、それでも白い肌と高い身長、そして眼を隠す前髪により霜の暗い雰囲気はぬぐえない。
 別に落ち込んでいるわけではなくこれで通常なのだ、そして隣の部屋にいる将を呼び二人で食堂へむかった。
 食堂は広く大きなテーブルが三つ並んでいる。喋りながら食べる者、一人もくもくと食べる者と様々な様相を呈していた。テーブルの下や椅子の下には金属で構成された動物が大人しく臥せっている。
 ここは全寮制であり、学校を挟み西側は男子寮、東側は女子寮と別れており、ここは男子寮なので当然座っているのは当然全て男子である。
「黒卵(こくらん)か……あれって結局何だろうね?」
 将は窓から見える、巨大で黒い楕円の物体に視線を向ける。
「謎極まりない」
「だよねー」
 黒卵と呼ばれた物は突如日本のど真ん中に出現した。高さ百メートルほどの大きさで周囲を調査すると卵型と判明し、しかも中には入れることが分かったのだ。その内部はとてもそれだけでは納まらない広さがあった。
 調査を開始して大分時が流れているが、未だ最奥にたどり着いていない。
「調べるために探索者がいる」
「未知なる世界を探索し、新たな物質、貴重な素材を回収する黒卵の探検家! それらを行う者たちの総称が探索者、かっこいいよね! だからこそ探索者専門学校の国立稲葉学園に入ったんだけどね!」
 眼を輝かせる将の意見に同意するように、周囲の男子生徒もうんうんと頷く。
「かっこいいけど公務員」
「やめようよ! その言い方!」
 将自身も思っていたのか、涙目になりながら霜の肩を掴み振りまくる。
「いま、食べた、ばかり、も、もど」
「確かに政府の管理下だけど! 登録も必要だけど! それでも探索者は現代の冒険家なんだよ! ロマンだよ! そんな小学校の作業員みたいなこと言うなよバカヤロー!」
「しょ、小、学校、の、作業員、に、失礼」
 振られまくって真っ青になっていく霜であった。

 その施設には様々な動物がいた。通路に面した部分がガラス張りになっており、部屋の中に昆虫、爬虫類、哺乳類、鳥類と様々な動物がいる。
 その動物達は全て機械で構成されているが完全な機械ではない、生物のように小さな傷も治り、また成長するのである。それらは獣機(じゅうき)といわれ、探索者達にとってはなくてはならない存在であった。
「おはようございます。獣機を受け取りに来ました」
 入り口にあるカウンターで挨拶する将の後ろで霜も頭を下げる。
「はい、おはようございます。確認のため学生証預を預からせてくれますか?」
 将がカードを渡すとカウンターの男性は機械に通した。
「二年一組、正倉院将さんですね、ありがとうございました」
 男性がパソコンを操作してカードを返す。通路に並んでいるガラス扉の一つから空気が抜ける音と共に扉が開き、一機の獣機が出てきた。
「竜牙(りゅうが)、会いたかったよー!」
 将が駆け寄り抱きつき竜牙も嬉しそうに身体をすりつける。それは人間より一回り大きな恐竜であった。大地踏みしめる後ろ足、太く長い尾、大きな顎に鋭利な歯がいくつも並んでいる、三本指の前足は頑強な体つきに似合わず小さく細いが、鋭利な爪が付いていた。
「よし、じゃあ学校行こっか」
 存分に堪能した将は離れ気合と共に歩きだし、そのあとを霜と水練はついていくのだった。
「んーいい天気だね」
「ん」
 学生服と同じく、白い指定のコートを着て道を二人は歩く。
「竜牙に乗って先に行っていても構わない」
「ふ、幼馴染置いて先に行くなんて男らしくないね。それに歩いて十分ぐらいの距離だよ、これぐらい歩かないと!」
 グッと両手を握る将は少女のような容姿も相まって、何とも可愛かったりする。
「そういえば……」
 霜の前に回りジッと見詰める将を、首をかしげながら無言で霜は見詰め返す。
「うん! 悩みは大分解決したみたいだね。此処最近凄く落ち込んでいたもん」
「心配かけた」
「本当だよ、探索から帰ってきたらいつも異常に凄く暗い雰囲気だしまくりだったもん、それに聴いてもなんでも無いの一点張り」
 将は腰に手を当て怒った振りをする。
「自分自身でしか解決できない心理的なもの、そっとしてくれてありがたかった。ありがとう」
 霜が礼を述べる姿を見て頷き、将は前を向く、しかし程なくして首を傾げ始めた。
「あれ何しているんだろ?」
 のんびり二人で歩いていると、校門のど真ん中で仁王立ちしている人物が居た。
 鳥の巣のようなベリーショートで、小柄な身体と八重歯が活発な印象を与える少女であった。
 霜と同じ白のコートを羽織っているが前が開いており、中は白を基調とした詰襟にスカートの制服である。傍らには猪の獣機がいた。
 そんな女子を後ろからオロオロと話しかけている女子がもう一人いた。腰まである長い大きなみつあみを揺らし、眼鏡の奥にある垂れ眼は若干潤んでいる。必要な所にしか脂肪が無い魅力的な身体をゆすり、小柄な少女を説得しているようだが効果はないようであった。
 周りは何事かと視線を向けるが、面倒ごとは御免とばかりに通り過ぎていく。
 そんな中霜は落ちつけないでいた、少女が一直線に睨んでいるのだ。霜自身としては何か彼女にした覚えも無く、またそれといって接点は無かった。だが彼女に視線はやたら熱い、色恋沙汰の熱ではなく明らかに敵意に似た熱さであった。
「日ノ本霜だな」
 視線も逸らせぬまま近づいた時、少女の問いに霜は頷き肯定する。
「水無瀬 直(みなせ なお)とあたしの獣機の猛火(もうか)だ」
 直は腕を組みいまだ霜を睨む。
「えっと武野原 姫(たけのはら ひめ)です、それと飛燕(ひえん)です」
 先ほど説得していた女子は諦めたのか姿勢を正し、肩に燕型の獣機を肩に乗せ頭を下げた。
「お前、人を殺したな」
 朝の爽やかな空気が一変する。殺人を犯したなどと朝の学校で言うものではない、周囲の学生も殺人と聞こえ、流石に何事かとおもったのか立ち止まり、直に視線を向けた。
「な、直……」
 姫は余りに直球過ぎる質問に、相手が怒るかと脅えているようであった。
 長い沈黙、そして霜が口を開いた瞬間。
「君は何を言っているの?」
 将が問いかける、しかしその視線には怒気が含まれていた。
「お前は関係ないだろ、黙っていろ!」
「黙っていろ? そうはいかないよ、霜とは幼馴染なんだよ! 出来ないよ!」
 お互いに睨みあう、その中間点で火花が散っている気のせいであろうか。
「そもそもね! 霜がそんなことするわけないよ!」
「いいやしたね、この眼で見たんだ!」
「大方誰かと見間違えたんじゃないの!」
「絶対こいつだ! 黒卵の中でやったんだ! その獣機と学生服姿だったんだ、間違いない!」
「巨大なこの学園で学生がどれだけいると思っているの!? 同じ獣機と学生服なら他にもいるんじゃないの!? そんなので良く霜だって言えるね!」
「うるさいガキが! 黙りやがれ!」
「ガ、ガキ!? 同じ背丈のくせに良く人の事言えるね!」
「身長は関係ないだろ!」
「ふーん! そっちこそ全て小さくて寂しい体型だね!」
「な!? 女みたいな奴に言われたかねえよ!」
「なんだと!」
 喧々囂々と言い合っている傍で霜と姫は止めようとするが、白熱する二人には敵わなかった。
 ついには諦めて傍観しはじめた霜はため息をつき、ふと視線を感じそちらを向くと、そこには脅えた様子の姫が居た。
 暗い雰囲気と高い身長が相まって霜には変な威圧感があり、おかげで手をこまねいるようであった。しかし大きく頷き気合を込めると口を開く。
「あ! あの!」
「ん?」
「その……ごめんなさい、直が迷惑かけてしまって」
「気にしない」
 姫が頭を下げるが霜は首を振る。
「直は一度決めたら一直線ですから……」
 肩を落とす姫に毎度のことなのかと口にしてしまう。
「いつもこんな感じ? 大変だな」
「あはは……」
 口喧嘩の傍らで穏やかに話す二人であった。
 将と直の口喧嘩に終止符が打たれるような学校の鐘が響き渡り、言いあっていた二人が同時に時計を見る。
「やば! 霜行くよ! 遅刻する!」
「あ! おい!」
 呼び止めようとする直を無視して、二人は全力で教室へと向うのであった。

「今日の授業おわりー」
 ぐったりとする将の後ろは霜であり、足元には水練が待機していている。ちなみに竜牙は大きいため外で伏せていたりする。
「なんで普通の授業があるんだよー」
「養成学校、高校でもある」
「うう、わかっているよ、ほかの専門高校みたいに一般教養があるんでしょ?」
 余程授業が苦手なのか突っ伏して将は話す。それにたいして霜は多少疲れがある程度で、膝の上に乗ってきた水練を撫でて癒しを得ていた。
「代わりに午後の授業が無い」
「うん、授業の変わりに探索して来いってことだよね」
 一年は授業として探索があった。その頃は先生の引率が付いていたが、二年以降は独力で探索をしなければならないのである。
「よし! 学食いこう!」
 上体を勢い良く起こした将は促すが、霜は顔を顰めていた。
「今朝の事があるから待ち構えているか?」
「ありえるかも……」
 今度は学食で同じことが起こると想像したのか将は閉口する。
「じゃあ午後から探索する予定だし、途中何処か食べていこう!」
「牛丼」
「えー、ハンバーガーにしようよ」
 雑談しながら揃って教室を出て行くであった。
「竜牙、いこっか」
 玄関の近くで伏せていた竜牙が立ち上がり擦り寄り、将は頭を撫でてから歩き出した。
「うう、ここでも竜牙の大きさが仇に……」
 竜牙の大きさは創立十年になる学園初であった。
 獣機の大きさは人間より大きい大型、人間から小型犬までの中型、中型以下の小型と分かれており、その大きさには個体差がある。
 中型と小型が多いが、成長し大型になるものもいれば、初めから小型でずっとそのまま、というのもいる。初めから人を乗せられる大型というのは珍しいのである。
「探索には優秀」
 泣きまねをする将を、微笑ましく思いながら霜はフォローする。
「そう? そうだよねー! えへへ、さてと探索がんばろう!」
「ん」
 片腕を上げて張り切る将に頷く霜であった。
 大分たったあと何処からか、なぜ来ないー! という叫び声が聞こえた気がしたが、霜は気のせいだとするのであった。

 探索センターは探索者や黒卵に関する情報を管理する施設で、二階立ての近代建築である。一階は大きなガラスが壁にはめ込まれ、太陽の光を取り込みとても明るく、スタイリッシュなデザインのテーブルと椅子が程よく設置されている。
 そのほか自販機やら電光掲示板など電子機器も大きなものが置かれていた。二階は事務所になっているのだろう煉瓦タイルのコンクリート造である。
 非常に広い一階を、様々な探索者と獣機がテーブルで雑談したり、電子掲示板で素材のレートを確認したりしている。そんな中カウンターに霜は居た。
「探索許可取りにきました」
「はい、身分証をお預かりします」
 霜が渡した学生証を受付嬢は機械に通す。
「ありがとうございました、気をつけて行ってらっしゃい」
 受付嬢の言葉に霜は頭を垂れる。
「受付終わったよ」
 別の場所で許可を受けていた将が手を振り近づく、その傍らには竜牙もいた。
 施設は一般の探索者も利用するので大型獣機も入れるぐらい広いのである、そして二人で掲示板に眼を通す。
「銅が良い」
「うん、相変わらず高めだね」
「アルミも」
「あ、本当だ」
「銅とアルミを提供、他は吸収で」
「だね」
 探索者は黒卵の内部調査の他に、内部に存在する害獣と呼ばれる獣機と同じ金属生命体の残骸集めもある。
 その残骸は入って直ぐなら通常ある鉄やニッケルなどだが、奥に行けば行くほどレアメタルや未知の金属が使用されているのだ。
 また害獣や獣機は構造も複雑で、そこから新たなシステムや機械工学に使用されたりもする。
 ちなみに害獣と獣機の差は人間に友好か敵意があるかといったぐらいである。
 二人が方針を決めたとき周囲がざわめいた。なにごとかと周りの視線を辿ると、人よりもだいぶ大きいカブト虫型の獣機を引き連れた探索者が入ってきた。
「あ! あれって」
「最深部を探索している、探索者と獣機」
 二人の視線の先では探索者がカードを差し込み、その隣ではカブト虫が奥にある四角い穴に何かを吐いている。
「うわー、あれってどんな素材なんだろうね? しかも凄い量」
「ここに居る人達も、見たこと無い物」
「だろうね、僕達はまだまだ黒卵の浅いとこにしか行けないし、素材も普通の物ばかりだもんね」
「未知の素材を獣機にも吸収して、性能も凄く高そう」
 探索者はカードを引き抜くと、周囲の視線も気にせず獣機を連れて堂々と出て行った。
「あそこまで進みたい」
 霜は改めて決意を胸にし、同意するかのように将も頷くのであった。
 その時重低音が辺りを駆け巡る。そして素早く反応した探索者達が一斉に外へと走っていき、将と霜も同じく駆け出した。
「攻防戦」
「霜! 乗って!」
 施設から飛び出した将は騎乗用の縄を竜牙にかませ跨っていた。その後ろに霜が乗り、水練を将との間に入れて掴まる。
「攻防戦時でも道路を走る!」
「分かっているよ!」
 竜牙は頭部から尻尾まで水平にして道路を加速する。そこかしこから騎乗可能な獣機に乗り、同じく駆け出す探索者が散見できる。自動車は道の脇に止まっており、邪魔にならないようになっていた。
「指揮棒! 動く!?」
「大丈夫!」
 霜に答え、将は片手で取り出した棒のスイッチを押すと先端が淡く赤色に光る。
「表示装置!」
「正常!」
 霜は鞄から取り出した円形を折曲げた形の機械を頭部につけ、頭上にきた部分を目元まで下ろす。眼の辺りを後頭部まで一周する形になると同時に、装置の前面に三つほど小さな青い光が灯った。周囲を見回して画面表示、所持獣機の状態、簡易レーダー等が正常に機能していることを確認する。
 将はヘッドホン型を取り付けていた、それは最も普及されているもので目の前に光の膜が張られる形になっていた。
 ちなみに霜が付けているのは旧型で性能は少し落ちるが頑丈が取り得のものである。
 互いに声を張り上げるのは風で聞き取り難いからである、なにぶん防風もなにもないので風が直接当たるのだ。
「第一の門もう直ぐ潜るよ!」
「了解!」
 霜達が門を潜るとそこには既に戦闘がおこなわれていた。門から黒卵までの何も無い広場には様々な探索者と獣機、そして黒卵――正確には黒卵に設置されたいくつもある第二の門――から、水練と良く似た液体金属で、大きさは半分ほどの立方体がこれでもかと湧き出て居た。
「何時見ても凄まじいスライムの量だな、気をつけて」
「お互いにね! いくぞー!」
 停止した竜牙から霜と将は降り、そして将と竜牙はそのまま最前線に突進していき、スライムを蹴散らし始めた。その後ろでは霜と水練が取りこぼしを始末していった。

 探索者は指揮棒を機敏に動かし獣機に指示をだす。目を覆う表示装置には獣機の電力や損傷率、周囲の敵及び同業者の位置など様々な情報が表示され、目まぐるしく変化していく、それらを見ながら己が身を守るために、移動も心がけなければならないのである。
「相変わらずスライムばかり、数が多い」
 霜が愚痴を零した瞬間の隙をついて、スライムが立方体そのままで飛び掛かる。しかし当たる前に鉛色の針がスライムを貫いた、水練が体の一部を針状に伸ばしスライムを串刺しにしたのだ。
「ありがと」
 霜は簡単に礼を述べると気を引き締め、水練に指示を送る。水練は指示に的確に答え、次々に串刺しにしていった。水練は複雑な形に変化できないので、一本一本伸ばしては戻しを繰り返しているが、伸ばす時の速度が速く、また立方体の何処からでも伸ばせるため、確実に一機ずつ仕留めていた。
 しかし周囲の探索者と比べるとまだまだ少ないほうである。かなり奥まで進んだ探索者が連れる獣機にもなると、突進するだけで何体も仕留めたりするので数え切れないほどであった。
 それでも取りこぼすのは黒卵から湧き出るスライムの数が異常なのだ。
「そろそろ終わり?」
 霜は慌しさが収まってきたのを感じ、終わってきた事を予想する。事実スライムの数が減っており、場所によっては周囲へ手助けに行っている探索者も見受けられた。
(ん? どこかで感じた視線が……見られている?)
 ジリジリと焼けるような視線を感じて霜は周囲に眼を配る。残念ながら周りには人が多く居るため特定できないでいた。
 そうこうしている内に霜の周囲も掃討し、最前線も少しあとで終了した。
『おつかれー』
 霜の表示装置の回線から将の声が聴こえ視線を送る。竜牙にスライムの残骸を取り込ませている将が手を振っていた。
「ん、おつかれ」
 淡い青色に先端を光らせた指揮棒を動かし、通信を繋げて霜は返答する。
『コレも一機の分量は少ないけど、これだけになると結構稼げるね』
「スライムだけ様々な素材が含まれている」
 普段は採取できる素材が少なすぎて、見向きもされないスライムの残骸だが、このときばかりは全員取り込みにいそしんでいる。もっとも最奥を進む探索者は見向きもしていない。
『しかし水練も成長したね』
「初めは大変だった」
『だろうね、今出てきたスライムだもんね』
「性能低い、でも苦労したから愛着もわく」
 取り込んでいる水練を優しく見つめる霜であった。

 取り込み作業が終了した後、二人は合流し黒卵の探索に行くこととなった。外に居るので表示装置は上げている。
「獣機、指揮棒、表示装置があれば最低限大丈夫だね」
「あとは、食料、水、簡易テントとかあれば長く入れる」
「そうだけど僕達はそれほど深く入れないしね、直ぐ戻っちゃうから、よし! 探索開始だよ!」
「三番の門から入ろう」
「おー!」
 握りこぶしを作り、気合と共に三と書かれた黒卵の門を潜る。将と竜牙の後を霜と水練も続いて入っていく。
 一瞬の真っ暗のなったあとSF的な壁の広い通路に出る。壁から発している光では明るさが足らず暗いが、表示装置を下ろした二人の視界は、外に居るのと変わりなかった。
「暫くは俺が先行する」
「わかった」
 水練を先頭に霜、その後を将と竜牙が続く、暫く進むとスライムが一体鎮座していていた。
 霜が指揮棒を振るい、その指示に従い水練が球体で近づいていく。途中でスライムも気が付いたのか、ゆっくりと立方体のまま動いているのが分かる。
 ある程度近づいた瞬間に水練が素早く立方体へ変化し、針でスライムを貫くとスライムが小さく弾けるように崩れる。残ったのは針に貫かれた球体の部品であった。
 球体の部品は核とよばれ、獣機にもありいわば心臓兼脳である。
「おー、相変わらずの精密さだね、核を一撃だよ」
「そうでないとなかなか倒せない」
 将に褒められ、胸を張る霜だった。
「でも核って傷無しだと少しいい値段になったよね?」
「スライムだから」
 核は無傷のままだと特殊な装置で再構築され、獣機へと変わる。よって施設に引き取られたあと販売されるのである。
「ここはまだ最弱のスライムで、しかも一機しか出ないからまだ安心だね」
「油断は禁物」
「分かっているよ」
 雑談をしながらも二人は進んでいく。
「ところでさ……」
「なに?」
 将はとても言いづらそうしていた。
「気付いているよね?」
「後をつけて来ている人?」
「そう、学校で撒いたと思ったんだけどなー、攻防戦の時に見つかったかな?」
 攻防戦の参加は探索者の義務の一つであった。その時には探索者が一堂に会する事になり、人によってはお祭りである。
「攻防戦の時視線を感じた。たしか名前は水無瀬さん」
「そうなんだけど……」
 又も言いよどむ将。
「あれで隠れているつもりなのかな?」
「多分」
「余りにも分かりすぎ」
 ほろりと流れる涙を拭う将である。
 霜が後ろを振り返ると柱の影から光の膜が見える、むしろ光どころか顔が見えた。本人は気付かれていないと思っているのか、じっと霜達を見ている。
 霜は直を拡大して通信番号を確認したのち、回線を繋げる。
「丸分かり」
 ビクッと震える直は恥ずかしいのか怒りからか、顔を赤らめて柱から出てくる。その後ろには猛火と頭を下げる姫と飛燕がいる
「なんでわかった」
「ごめんなさい」
 不服な顔しながら直はぶっきらぼうに言い放ち、姫は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、最初から分かっていたんだけど……」
「ばかな! 完璧だったはずだ!」
 将の返答に直は驚きながら仰け反る。
「ええ!?」
「あれで完璧!?」
「ありえない」
 完璧と言う直に驚愕する三人であった。
「まあいい、何をしている?」
「何を? ふん! お前の悪事を撮るためだ!」
 直は懐から取り出したインスタントカメラを高々に掲げる。ちなみに携帯やデジカメではないのは、映像加工されたと言われないためである。
「撮る?」
 低い声で将が睨みながら聞き返す。いまだ霜が悪と決め付けているのが気に食わないのだ。
「そうだ! 確かに黒卵内だと顔も分かりづらいし、探索者が死んでも証拠がないと全て事故として処理されるからな。だがお前は絶対何処かで又人を殺すはずだ! そこを撮影して、警察に突き出してやる!」
 霜を指差し直は宣言する。
「撮影されると分かって、殺しをする人はいない」
「……しまったー!」
 霜の指摘に頭を抱える直である。
「あははははは! 確かにその通りだね、ぷ、あはははは!」
「ぐぬぬぬぬ!」
 直を指差し将が大笑いする姿に、直は言い返してやりたいが出来ず、睨んで唸るばかりである。
「抑止効果はあると思うよ?」
 姫が二人が喧嘩をしないように宥める。
「お! そうだ抑止効果だ! 防犯だ! 姫良い事言うな!」
「あう」
 直は新たな理由を得て気が大きくなり、姫の背を叩いた。
「いや、自分で気が付かないで、どうする」
 思わず突っ込む霜である。 

「暫くは俺が先頭、間に水無瀬、武野原、最後尾将で」
「ちょっと待った! なんであたし達も一緒に行かないといけないんだ!」
 気を引き締めた霜が陣形を説明したところで直が声を上げる、将も声には出していないが不満そうである。
「では俺達の後を追跡しながら、かつ周囲に気を配る事が水無瀬に出来ると?」
「ぐ!」
 霜の言葉に直が詰まるもしかたがなかった。意識を霜に集中していると害獣に襲われ、かといって周囲に気を配っていると霜を見失ってしまう、いまはまだスライムだから良いものの、奥に進むにつれ種類も数も多く出てくるのだ。
「こんな奴放っておいて――」
「そういうこと言わない」
 霜は将の言葉を遮り、ちょっとした戒め代わりにデコピン一発。
「だって……」
 おデコを押さえ頬を膨らます将に霜は言い聞かせるように話す。
「気に食わないのはわかる、でも探索中は出来るだけ助け合って行くのが最良」
「け! お前が言うのかよ」
「直!」
 悪態をつく直を姫は咎めるが、霜は気にしないと直に視線を合わせる。
「悪事を撮るならかまわない、けど安全に戻るために協力して欲しい」
「そうですよ、皆で一緒に行きましょう」
 じっと見詰める霜と姫の二人に抵抗する直はしばらくの沈黙したが、諦めたように嘆息する。
「死んだら元も子もないからな、だけど前線に出るつもりは無いからな」
「かまわない」
 直は渋々了承する。霜も今回は自身と水練を鍛えるために入ったので、身を守るためだけでも良かったりする。
 沈黙が続く中で順調に進むと視線の先に、白い円と幾何学模様が地面に描かれていた。白い円に躊躇することなく全員入っていき、乗ったことを確認しスイッチを押すと無音で白い円部分のみ下がていった。
「分かっていると思うけど、進めば数が増えるから気をつけて」
「うん」
「はい」
「ふん」
 昇降機内で霜の忠告に頷く将と姫、そして直は不機嫌にこたえる。
 二階に到着後しばらく進むと同じくスライムが居た、しかし今度は五機と増えていた。近づいた水練は先ほどと同じように針で貫き一機始末するが、今度は周囲の四機が一斉に襲い掛かる、だが球体になり素早く後退したのち、素早く立方体になると最も近いスライムに突き刺した。
「攻防戦は周りに散るから楽」
「探索となると集中砲火受けるからね」
 話しながらも戦闘を行う霜だったが、視界の隅に入った直の様子がおかしかった。
「直?」
 身体を震わせる直の様子に姫が心配しながら声をかけていた。
「あんな程度で梃子摺ってどうするんだよ!」
 顔をあげ、やおら叫ぶ直が指を差す。先にはスライム二機と奮闘している水練である、その周囲に残骸があり既に四機ほど始末している。
「いつもこんな感じ」
 指示を出しながらも答える霜の視線は水練へと向けている、残り二機とはいえ戦闘中なのだ。
「いつもなのか!? ああもう! もっとこう、一気に蹴散らせるようにしたらどうだ!」
 イライラと直は髪をかき回す、元が鳥の巣みたいなので余り変わらなかったりする。
「蹴散らす、ね」
 顎に手をやる霜の足元には、既に全て仕留めた水練が待機していた。
「見ていろ! 次はあたしがやる!」
 先行しだす直に驚きながら霜と将は付いていく。しばらく進むとそこには六機ほどスライムが集まっている。
「丁度いいな、行け!」
 直が指示を出すと猪の姿のとおり猛火は猛然と走りだした。その速度はかなり速く、スライムの塊に突進すると一撃で三機、通り過ぎた後戻る際に残りを始末した。
「ふふん、どうよ」
 胸を張る直と戻ってきた猛火の立ち姿も凄いだろ? という雰囲気がある。
「獣機にも得意不得意があるよね」
 冷めた視線を向ける将であった。
「ああん? お前に言ってねえよ!」
「なに?」
「……!」
「……!」
 将と直はお互いに睨みあう。
「そこまで、いまは探索中だ無駄な危険を増やさない」
「そうですよ、協力しましょう、ね?」
 霜が手を叩き、二人の意識を自分に向けて忠告し姫も同意する。
 二人は勢い良く顔を背け同じ位置へ戻った。
「たしかに時間は掛かるけど、確実に仕留めることが出来るから安全で、しかもこのやり方が合っている。自然にこんな感じに成長したというのもあるけど……」
「ふん」
 顔を合わせない直だが、とりあえず反応は返るので無視はしていないのだろう。
「ほらほら、機嫌直して直」
「むー、何だか姫は妙にあいつらの肩持つな」
「ええ!? そんなつもりは無いよー」
 姫は心外とばかりに手を振る。その時霜が立ち止まった。視線の先には大きな蟷螂型の害獣が目を光らせている。
「どうする? 僕が出ようか?」
「一機ならいける、周囲からスライムが襲ってくるかもしれない、気をつけて」
 頷く一同を確認した霜が水練に指示を出す。
(既に見つかっている、真正面から行くか)
 即座に攻撃できるよう、立方体のまま水練は真正面から近づく。
(こっちの射程距離が長い)
 蟷螂が一歩踏み出した瞬間に水練が針を伸ばす、しかし小さく火花が散るのみでほぼ無傷であった。
「やっぱりか」
 そこそこ成長もしているので貫けると思ったが無理であった。最大射程での攻撃のため威力が下がったのもあるだろう、だがそのことに霜は分かっていたため、表情はかげることは無かった。
 全ての足を使い距離を詰める蟷螂に合わせ、針を再度伸ばした。目標は足の関節部である。
 今度は深々と突き刺さり放電が起きた。足を負傷し蟷螂がフラつくが、残りの脚を使いさらに近づいてくる。水練は徐々に後退しながらも次々に関節を攻めた。
「すごいねー」
「比較的脆い関節部分を狙っているな」
 感嘆の声を上げる姫に直は同意していた。
「高い精度で攻撃できる、水練ならではの攻撃方法だよね」
 水練と霜が褒められ、将は自分の事のように嬉しそうである。
「威力が弱いからな、強固な装甲に覆われた核を直接狙えない」
 指示を送る霜はいまだ手こずることに、悔く思っているのだった。
 足の関節をすべて潰し、歩けない蟷螂の複眼を貫くと大きく震えたあと停止し、関節を始めとした接続部分が次々離れていく。
 獣機も害獣も一定以上の破損を招くと身体が維持できず、バラバラに分解されていくのだ。その際核も分解してしまうがまれに残ることもある。
「まだまだ、もっと素早く仕留めないと」
 一息つく霜は分解された蟷螂を水練へ取り込ませていく。
 分解した害獣は獣機の成長する糧や、素材として施設へ提供することが出来る。まだ深くは無いのでありきたりの物質であるが、奥へ進むほど未知の素材や希少金属など珍しい物質が多くなっていくのだ。
 霜は水練の状態に不備が無いこと確認し歩き出す。
「ここでスライム以外が出るのは珍しい」
「そうだね、でも進めば色んな害獣が出るから途中までスライムしか出ない、というのがおかしいとも言えるけどね」
 いくつかスライムを始末していくと開けた場所にたどり着き、周囲に何も居ないのを確認すると小休止を入れた。
「暫くはこのまま進む」
「了解、途中から僕が先頭に出るね」
 霜と将が軽く打ち合わせをして進むのだった。
 
 確実に仕留めていく霜と水練だが、一機にかかる時間が長くなっていく、そうなると自然に破損率が増えていく。
「そろそろ交代するよ」
「頼む」
 蟻型の害獣を仕留めたあと、水練が球体になり素早く後退する。そこを狙い蜘蛛型が襲い掛かるが、連なる金属製の尾に粉砕され弾き飛ばされた。
「よーし! 竜牙やるよー!」
 複数まとめて相手をする竜牙は将の指示のもと、太く長い尾を振り強靭な顎で噛み砕き、盛大に暴れていく。たまに引っかかれたりするが、表面に傷が付くぐらいでほぼ損傷はなかった。
「わ! 凄いです」
「おー気分爽快だな」
「水練、お疲れ様」
 将と竜牙の奮闘振りに女性二人は感嘆の声を上げ、その脇では霜は水練をやさしくなでていた。それを聞きながら将と竜牙はあっと間に仕留めるのであった。
「竜牙、よくやった」
 将は笑みを浮かべながら頭をなで、竜牙も気持ちよさそうにしていた。
「どんどん行くよ!」
 害獣を仕留める速度が上がり、軽快に奥へと進むのであった。
「相変わらず竜牙と将は強い、俺達ももっと早く仕留められるようにならないとな」
 霜に同意したのか、前半分持ち上げ上下に振る水練である。
「こんなやつで出来るのか?」
 直は馬鹿にした視線を向ける。
「が、頑張れば出来ますよ」
 両手を握り姫はフォローするが、自信なさげな声であった。
「スライム以外の害獣仕留められるまで成長した。時間がかかるけど無理じゃない、それに奥を進む探索者にスライム使っている人も居る」
「ふん」
 当然のように受け止め、向上を目指す霜の態度に負けた気分なのか直は思わず顔を背けてた。
「また昇降機を見つけたけど、どうする?」
 探索の丁度良い区切りなのだろう、将が振り返り霜達に意見を聞く、
「損傷は?」
「殆ど無いよ、もっと行けるけど帰りを考えるとそろそろ戻ったほうが良いかな?」
 予定外の二人を将は見る。
「帰りは私たちがやりますので進んでは?」
 視線を受けた姫は申しでるが霜は首を振った。
「戻ろう」
「あたし達の実力疑っているのか?」
 不満から直の目つきが鋭くなる。
「間違いなく俺より強いのはわかるけど、攻防戦で入った時間が遅かったから予想以上に時間も掛かっている。戻る時のかかる時間も考えると戻ると判断した」
「もうこんな時間なんですね」
 姫の表示装置の時間は結構な時間をさしていた。黒卵に入った時間を考えると結構長居した事になる。
「君達の力を疑っていない、証明になるか分からないけど帰りは君達に任せようと思っている」
「そうだね、それに黒卵に入って何もしないことほど不毛なことはないね」
 霜の意見に将は頷く。
「わかりました! 頑張ります!」
 守られている状況に申し訳なかったのか、姫は握りこぶしを作る。
「チッ」
 不満げな直もここで嫌だといえば、自分は弱いと言っているようなものだと気付いたのだろう、仕方なく了承するのであった。

「ふー、お疲れ様―」
 暗い室内である黒卵からでた将は開放感から身体を伸ばす。戻りは飛燕と猛火、二機の連携でスムーズであった。猛火が突撃し止めを翼の端から刃を出した飛燕が切り裂く、時には飛燕がかく乱、誘導し、まとめた所を猛火が仕留める、互いの隙を埋める息のあった連携であった。
「帰りは思ったより早かったな、換金してくる」
「僕も行くよ」
「あ、私も行きます」
「ふん、お前が行くならあたしも行く、そこで何をするか分からないからな」
 霜達は施設に入るり、一旦別れて換金しに行った。
 霜は一番奥にある四角い枠の前に立ち、学生証を差し込む、そして枠の中に水練は次々と銅やアルミを吐き出した。先ほどの探索で取り込んだ害獣の残骸である。
「何?」
「ふん」
 霜が視線を感じ顔を横に向けると、そこには直の姿があった。同じように猛火が吐き出しており、それは多種多様な金属片である。
「お前そんな安い素材でいいのか? 攻防戦の分もあるだろう?」
 水練が吐き出している素材をみて直が疑問を口にした。
「攻防戦の分は、全部吸収させた」
「ええ!? 全部!? 金いらないのか!?」
 眼を見開く直に霜は頷く。
「出す時は必要最低限しか出さない」
「必要最低限って獣機用電池の分か?」
「それと生活雑貨」
 霜が言い終わるとほぼ同時に、水練も吐き終わり換金終了する。
「……」
「……」
 互いに話題が見つからず沈黙する中で猛火が吐いている音がする。
「何でいかないんだ?」
「あとで大きな声で追いかけるのだろう? 大声で追いかけられる俺も恥ずかしい、だから待っている」
「恥ずかしいってなんだよ!」
「そんな感じで叫ばれると視線が集まる」
 言われ直は周りに視線をやると、何事かと此方を見ている人たちと眼が合う。
「だから?」
「だからって、なんとも思わないのか?」
 思わないのだろう直は首を傾げるだけである。そんな様子を見る霜は小さなため息を吐くのだった。
「全く知らない奴の視線なんていちいち気にしていられないな!」
 直は胸を張る姿を見て、こりゃ駄目だと肩をすくめる霜であった。

 ベッドで横になっている霜が居るのは学生寮の自室である。
 水練を枕代わりにして物思いにふける。
(今日はまた一段と疲れた)
 思い起こすのは朝に出会った八重歯の少女だ。
(殺しをした……か……)
 思い出した霜は若干青くなる。察したのか水練がゆっくりと上下に霜の頭を揺らし慰める、礼も込めて霜は優しく水練を撫でた。
(明日も来るのか、あいつ)
 女子二人と別れる際、直はまた来ることを大きな声で予告したのだ。
(逃げるなよ、か……ん? 食堂で待てばいいのか? それとも教室で待っていればいいのか?)
 ふと疑問が浮き上がり首を傾げる。
(逃げると全力で探しまわるのだろうな)
 霜の頭の中に、大声を上げながら学園内を走り回る直の姿が浮かんだ。
(いままであんなにも激しい性格の奴にはあったことが無いな)
 散々直に言われてきた霜であったが表情は楽しそうである。そのことに本人は全く気が付いていない。
(明日も騒がしい一日になりそう……でも少し、楽しそうではあるかな……)

「どうする?」
「どうしようね?」
 霜と将は悪役のごとく机を挟み唸っていた。直がくるまでに逃げるか、此処で待つかと相談しているのだ。
「早く決めないと来るよ」
「わかっている、けど……」
 逃げれば確実に追いかけてくる、しかも大声つきで。
「僕は無視すればいいと思うけどね」
 将は煮え切らない霜の態度にため息をつく。
「うん?」
「なんだろ?」
 霜と将は声を上げる、何処からか廊下を走る音が聞こえてきたのだ。
 盛大に扉が開かれると同時に女子生徒が顔を突っ込んできた。
「どこだ!?」
 直であった。教室を見回し、霜と眼が合うと他クラスにも関わらず平然と入っていく。
「ふふん、よく逃げ無かったな」
「逃げると大声で学校中探しまわるだろ」
 既に周囲から注目されているが、まだ教室内なので幾分ましであった。
「迷惑だよね」
 将はため息と共に吐き捨てる。
「は! 悪者に遠慮なんざしねえよ」
 直は肩をすくめて霜を見据えた。
「悪者だって? だれが?」
 将は剣呑な視線を向ける。
「霜だよ」
 直が指を差した瞬間、椅子を倒しながら将は立ち上がった。
「いい加減にしなよ! 勘違いだって言っているよね!」
「いいや! 絶対こいつだ!」
「二人とも落ち着け」
 かなり険悪な雰囲気になった二人を見て、やばいと思った霜は強引に間に身体を入れ中断させる。なんとなく予想は付いていたので止めること出来て少しホッとしていた。そのまま無理やり直を少し遠ざけ、将を座らせる。
「俺は気にしていない、俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、もう少し穏便に行こう、それと水無瀬も昨日も言ったが悪者扱いはかまわない、だけど周りに迷惑かかるから落ち着いてくれ」
「チッ……」
 将の肩に手を置いたまま懇願する霜の姿に、少し冷静になったのか直は渋々ながら了承する。
「はぁぁぁぁぁ……分かったよ、そろそろ食堂いこうか」
 将が諦めた声で促し立ち上がった。
 三人で教室を出て行こうとしたが、廊下を出てすぐに将が立ち止まる。
「どうした?」
「いや、姫さんが……」
 将の言葉に霜は首をかしげ廊下に出た。
「直、速い、ですよ」
「……大丈夫か?」
 心配そうに直は声をかける。廊下で息を荒くして、壁に片手を突いている姫の姿があった。
「だ、大丈夫です」
 息を整えながら姫は答えた。
「そういえば水無瀬達のクラス何処?」
 霜がふと思い問いかける。
「二十だけど?」
「「二十!?」」
 霜と将が驚くもの無理は無かった。国内に一つしかない学校で、探索者を目指す学生を一括で受け持つ故に、巨大になった稲葉学園である。霜達が居る一クラスと直達の二十クラスではかなり遠い、一クラスと二十クラスの中には全く顔を合わさない者も居るぐらいである。
「そこから、全力疾走?」
「当然」
 来た時から平然としている直に、呆れを通り越して霜は感心する。その傍で将は姫をねぎらっていた。
「少し休憩していこうか?」
「す、すみません」
 成長真っ盛りの学生が大挙して食堂に押し寄せていた。巨大さゆえに食堂は二ヵ所に別れて設置されており、学園の両端に分かれているため近いほうへ人は流れていく、丁度中間あたりはどちらへ行くかはまちまちであったがほぼ半分に別れるが多い、それでも生徒が多いため混んでいた。食堂に入って直ぐの場所に食券の販売機が設置され、その列が後ろへ続いる。
「そういえば昨日何処にいたんだ? ここで待ち構えていたけど来なかっただろ」
 直は昨日のことを思い出していた。授業が終わり、全速力で霜達のクラスから近い食堂へ着て待ち構えていたのだが、結局霜達は来なかったのであった。
「外で食った」
「いつもそうなんですか?」
 簡潔に述べる霜の答えに姫は首を傾げる。学食のほうが同じ値段でも量が多くまた旨いと評判なので外食はかなり少ないのである。
「違うよ、直さんが待ち構えていると予想して外で食べようって事になったの」
「なん……だと……!」
 自分の行動が予測されたことに驚愕を禁じえないようすの直である。
「会った時から猪突猛進な感じだった、だから先回りしているかと……」
「その通りだったみたいだけどね」
 言われたとおりだった直は悔しげに両手両膝を付くしか出来なかった。



[34943] 探索者 二
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/11/01 19:40
 食事を終えて探索センターに向かう途中で、姫が手を合わせながら申し出た。
「すこしコンビニ寄って来て良いですか?」
「うん、いいよ」
 将が笑顔で快く了承し、霜と直も頷く。
「ありがとうございます、いってきますね」
 手を振りながら進む姫を見る直は不満顔であった。
「姫だと愛想いいな」
「そりゃあ姫さんだからね」
 将の返答に直は視線を鋭くする。
「姫を狙っているのか? お前達に渡さんぞ!」
 取られてなるものかとばかりに、声を低くしながら直が威嚇した。
 それをみた霜達は眼を見開き後ろへ下がっていた。情けない姿に直は鼻で笑う。
「アレなんだね」
「初めて見る」
 なんだか様子がおかしいと理解したのか、首を傾げる直を二人は指を差し同時に言い放った。
「「百合だ」」
「親友を渡さないという意味だ! 同性愛じゃねー!」
 直は素早く近づいて霜の胸倉を掴み吼えた。
「アーハイハイ、ソウダネ、ソノトオリダネ」
「おまえ馬鹿にしているうえに信じてないだろ!」
 棒読みの将を直はさながら猛獣のように睨み唸る。
 そんな馬鹿なことをしている時に小さな悲鳴が三人の耳に届く、振り向いた先には尻餅をついている姫の姿があった。
「姫!?」
 直が駆け寄り、後ろに霜達も追っていく。
「なに? こいつの連れー?」
 何とも不快な喋り声だった。直が見上げると、そこにはよく分からない女子高校生達が居た。 
 直達と同じ白の学生服だったが、まるでペンキを塗りたくった黄色い髪、アイラインなどを付け過ぎてギョロリとした眼、魔女を髣髴とさせる付け爪していた。足元には中型の不気味な蜘蛛の獣機がおり、他の二人も髪の色が鼠色とくすんだ赤色以外似たり寄ったりである。
「キモ!」
 思わず仰け反る直達である。良く見ると周囲の人達も若干引いていた。
「アレって綺麗なのか? それとも流行っているのか?」
 黄色髪達を指差す直の眉間に皺が寄っていた。
「俺はそうは思わないな、流行って欲しくも無い」
「だよなー」
 霜の意見に直も頷く。
「これの良さが分からないなんて、ありえなくねー」
 見下した視線の黄色に同意するかのように、灰色と赤色も下品な笑いを浮かべている。
「分かりたくも無いね」
 吐き捨てながら、直は姫の手を引っ張って起こす。
「大丈夫?」
 将が心配そうに声をかける。
「大丈夫です、怪我はしていませんよ」
 無傷だと証明するように姫は笑顔であった。
「どうした?」
 現状を把握するために霜は問いかける。
「店に入ろうと思ったのですけど、入り口塞いでいましたから注意したのです。そしたら押されて――」
「違うしー、アタシ等ただ座っていただけだしー」
 突き飛ばされたという姫の言葉を遮り、黄色が喋りだす。
「ウチ等何も悪いことしてないし」
「だよねー」
 便乗する鼠と赤も口を開きながら、侮蔑の視線を送り品の無い笑い声を上げた。
「座っていた場所がここだと邪魔にもなるわな」
 直達がいるのは丁度店の入り口ど真ん中である。そんな場所に座っていたら客は入りづらいことうけあいであった。
「そんなことないしー、開けているじゃん」
 鼠色が指差す。たしかに開いているがとても人一人通れそうに無い。とんでもない言い分に霜達はあきれ果てるばかりであった。
「とりあえずこっち来い、ここだと邪魔だ」
 直は眉間を押さえながら移動する。
「はあ? やだー」
 面倒くさいと赤色が気だるげ手を振った。
「こ! こいつら!」
 ぶっ飛ばすといわんばかりに、直は手を振るわせる。
「顔真っ赤にしてダサー」
 口元を隠さず大口開けて笑う三人に、直の堪忍袋の緒が切れたのだろう、掴みかかろうとするが後ろから霜が腕を掴み止める。
「離せ!」
「落ち着け」
 落ち着いた霜の言葉に、直はなんとか気持ちを抑えようとしているようだが、今にも噛み付きそうである。
「やらないの? なにあんた、怖いの?」
 指揮棒を取り出した黄色は自信があるのか、霜を見ながら侮蔑な笑いを浮かべた。
「そうだよねー、そんなもの連れているようじゃ駄目だよねー」
 鼠色が水練を指差して馬鹿にし、それに同意する黄色と赤色も大口開けて笑う。
「じゃあこっちが相手してやろうか?」
 怒りが込められた声を響かせる将が指揮棒を取り出し、後ろに控えていた竜牙が牙を煌めかせて一歩前に出る。
 おちょくることに集中していたのか、竜牙に今気が付いたように黄色達は驚いていた。
「あ、あんた関係ないじゃない!」
 竜牙の威圧感に圧倒される赤色、黄色と鼠色もそうだと騒ぎ立てる。
「入り口にいて邪魔だし知り合いを突き飛ばした。直さん……はいいとして」
「いいのか?」
 直を押さえる霜は思わずツッコんでしまう。
「なにより友人の霜と水練を侮辱した。関係ないとは言えないね」
 先ほどからの三人が取っている態度も合わさり、余程頭にきているだろう、将は抑揚無く言葉を発する。
 黄色達は威嚇する竜牙の姿と将の鋭い視線に後ずさりした。
「チッ……退けば良いんでしょ」
 馬鹿らしいとばかりに、黄色は舌打ちをしながら二人を連れて歩き出す。
「そいつが居るからって威張ってんじゃねーよ!」
「居なけりゃ何も出来ないんだろー!」
 赤色と鼠色が遠くで叫んでいた。竜牙から大分離れていたため何とも情けない姿である。
「周りの迷惑考えられないのだろうか?」
「あんな奴らは考えられないんだろ」
 店の入り口から少し離れた場所まで霜達は移動する。三人の相手に疲労を感じた霜と直はため息と共に吐き出し、姫と将も肩を落とすのであった。
「それにしても水無瀬さん」
「なんだよ?」
 霜は視線を合わす。
「気が短すぎ」
「短気で悪かったな!」
 自覚があるのか指摘されて直は掴みかかった。
「落ち着いてー」
 宥める姫だったが、ドウドウと言っているあたり扱いが動物のようである。
「武野原さんは買い物いいの?」
 直の怒りが治まったところで霜が声をかける。
「あ! そうでした!」
 先ほどの出来事で目的を忘れていた姫は手を叩いた。
「直ぐ戻ってきますから」
 姫は手を振りながら店へ入ってく。
「誰も大した怪我しなくて良かったね」
 将の言葉に霜は頷く。
「あいつ等の相手ほど疲れたことは無かったぜ」
 三人組との遣り取りを思い出し直は肩を落とした。
「どっかで又会いそうな気がする」
「「やめてくれ!」」
 同じ学生服だった三人組と出会う確立が高いと予想した霜の意見に、必死な形相で否定したい直と将であった。

 探索センターにたどり着いた霜達は、真っ先に電光掲示板へ向かう。
「全体に値下がりしているね」
「昨日攻防戦があったからな、満遍なく提供があったんだろう」
 素材の値が下がっていることに二人は眉を顰める。
 色んなものを少量含んでいるスライムを大量に取り込んだ者が多く、それに関係して提供も多くなり価値が下がったのだ。
「受け付け終わったぞ」
 霜達がいる丸いテーブルに姫と直が着く。
「久しぶりに共同戦でいくか?」
「いいね! 水練は攻撃距離長いから組むと凄く助かるよ!」
 霜と将は知り合ってから一緒に探索することが多かった。その際竜牙が前に出て、後ろから水練が補助するという行動が最良だとわかったのだ。
 強力な竜牙だがやはり数には手こずる、しかし水練が竜牙の隙を埋めるように体当たりをするようになると、すこぶる調子が良かったのである。針を伸ばすことが出来るようになると益々都合がよくなったのだ。
「結局今日はどうするんだ?」
「初めの方は俺と水練で行くけど、ある程度進んだら将と組んで行く」
 買ってきた紅茶に、霜は手をつけながら直に視線を合わせた。
「水無瀬さん達は暇になる。別で探索したほうが効率いい」
「そういって引き離そうたってそうはいかねえぞ」
 ポケットに入っていたカメラを取り出し、直は眼を細め口だけ笑う。
「俺と水練は進むのが遅い、後半は将と竜牙で戦うけどその間鍛えられないから、素材も入手できないそれでも着いて来る?」
 逃げるつもりも無い霜は、困惑顔をしながら二人に視線を送る。
「当然だ!」
「皆で行くのは楽しいですよね」
 憮然とした直と笑顔の姫は答えた。
「それに前回みたいに戻る時にあたし達に任せれば良いだろう、そうすれば大分奥まで進めるよな? それに安全に戻れるぞ」
 直は様々な理由を述べながら霜に詰め寄っていく。
「……わかった。また戻る時は頼む」
「こっちが迷惑かけていますから頭上げてください」
 頭を下げる霜に姫は小さく手を振る。
「よーし! 今回も限界まで頑張るぞー!」
 戻りの心配が無くなった将は拳を突き上げ、気合を入れるのであった。

 施設から出た霜達が黒卵を目指して歩いている歩道は広く、竜牙を連れて歩いてもまだまだ余裕がある。これは探索者の街が故に大型獣機をつれて歩く探索者を考慮されているのだ。
「竜牙は乗れないのですか?」
 人を乗せて車道を走る獣機の姿を見た姫は、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「乗れるけど攻防戦の時とか緊急時以外は余り乗らないね。乗るのに慣れるとそれが普通になりそうだし、それが嫌だというのが主な理由だけどね」
 将は手を伸ばして撫で、竜牙は気持ちよさそうに眼を細めていた。
「自分は楽だけど猛火達の一番活躍するのが探索時の戦闘だしな、それまでに電力消費は抑えておきたいな」
 将に同意する直は頷き、それにと続ける。
「施設から少し遠いぐらいで歩いていける距離だ。それぐらい歩かないでどうする!」
 直は胸を張る。
「交通ルールを覚えるのが面倒くさい?」
 当てずっぽうだが霜が小さく口にする。耳に入ったのだろう途端直は黙り込み眼が泳ぎだした。
「当たりか」
「べ、別にいいじゃねえか! 乗らないんだからさ!」
 直は耳と顔を真っ赤に染めながら唸る。
「そのうち自動車にも乗るだろう、その時どうする?」
 霜の素朴な疑問に、直は言葉を詰まらせた。
「ふーん、車運転しねえもん」
 顔を背ける直の姿は完全に開き直りである。
「無理だな、この都市は結構広いから端から端まで行くのには歩きではかなりきつい、それに壁に囲まれた都市から出たら獣機は預けないといけない、都市の外では自動車は必須」
 黒卵を中心に発展したこの都市ではなんらかの理由で害獣が都市に溢れ、駆除できなくなった場合に備えて都市の周囲を壁で覆っているのだ。
 一つしかない出入り口を閉じ、都市ごと爆破するのである。獣機に使われている技術はかなり高く、また新しい機構だったりするので持ち出し禁止となっている。また都市外部の人間が都市に入るには、厳重な審査を受けて身分証明証代わりのカードを発行してもらわないといけない、日本が黒卵の技術や未知の素材を独占するためだが、勿論それは公然の秘密となっている。
 ちなみに都市上空を許可無く飛行した場合や、鳥類の獣機で外に出ようものなら、最先端技術を詰め込んだ壁の撃墜機能で容赦無く打ち落とされる。
「く!」
 霜の指摘に直は言葉を詰まらせた。
「勉強すれば間に合うよ、私も手伝いますよ」
 姫の言葉に直は苦笑いを浮かべていた。
「あれ? もう着いたの?」
 黒卵の第一の門へ思った以上に早く着いたことに多少驚く将であった。話しながら移動すると早く着いた気がするものである。
「お疲れ様です」
 門の入り口に立っている自衛隊員に姫は挨拶する。
「お疲れさん、気をつけていって来い」
 片手を上げる隊員は、笑顔もつけて返答する何とも気さくな人である。
「あ! それって最近配備された自動小銃!? カッコイイなー」
 自衛隊員が持つ自動小銃に、将は立ち止まって熱い視線を送る。
「よくわかったな、防弾チョッキも貫通するアサルトライフルだぞ。害獣は一歩たりとも街へは通さん!」
 隊員が自慢げに掲げる
「だが黒卵内では全く無意味になるのが惜しい」
 肩をおとす姿は非常に残念そうであった。
「というか獣機以外の攻撃効かないぜ」
 意味ないよなと言いたげに直は肩をすくめる。
「黒卵から出た害獣なら効き目はあるよ!」
 眼を輝かせる将の頭の中では、自動小銃の一斉掃射されているのだろう。
「黒卵の中に居る害獣は特殊な磁場で覆われいる、でしたよね?」
「黒卵と核が共鳴して発生しているらしい。同じ核を持つ獣機も発生して害獣の磁場に干渉し打ち消している、と授業でやっていたな」
 姫の説明に霜は補足する。
「良く勉強しているな、探索者養成学校なだけはある」
 隊員が感心していたがすぐに顔を顰めた。
「どうしたんですか?」
 将に促され隊員が口を開いた。
「最近黒卵を舐めた輩が多くてな。多分学生を見た奴が、子供に出来て自分が出来ないわけがないと思うらしい」
「獣機も無しに潜る人が居るのですか?」
 霜の推察に隊員は苦笑いを浮かべながら頷く。
「大概逃げ帰ってくる者が多いが中には帰って来ない者も居る。お前達を見ていると学校行ったほうがいいのだなとつくづく思うよ」
 納得するように頷く隊員である。
「そろそろ行こう、お仕事の最中すいませんでした」
 霜が頭を下げる。
「気にするな、こっちも平和な時は結構暇だからな楽しかったぞ」
 隊員は闊達に笑いながらじゃあなと手を振っていた。
 第一の門を潜る霜達は駅の改札口のような場所を通る、その時に身分証を翳し通行した。
「今日は何処から入る?」
 将が差しているのは黒卵の入り口である第二の門は、真っ暗な楕円――本当は卵型で半分土に埋まっている――の黒卵へ入る位置により別の通路に繋がるのだ。それらを分かりやすく区切ったのが第二の門でありそれを潜っていく。
 一番弱い水練を鍛えるため、スライム相手に孤軍奮闘しながら進み、昇降機で小休止を取っていた。
「水練というかスライムって結局何だろうな?」
 水練の姿を見ながら直は疑問を口にする。
「たしかに不思議ですよね? 害獣や獣機は皆地上にいる生物の形をしていますけど、スライムだけは違いますよ?」
 姫も顎に指をあて首を傾げていた。
「一番多く最奥でも出てくるらしい、一説には原始的な多細胞生物の姿をとっていると言われているな。不可思議な存在といわれているが面白い。最初は攻撃手段も体当たりしかなかった。成長して針を伸ばせるようになったときは凄く嬉しかった」
 饒舌に話す霜は胸を張って自慢げであった。
「そういうもんか?」
 直は理解できないという顔つきである。
「これからどう成長するか楽しみでもある。針の速度が上がるか、螺旋状になって貫通力が増すか、はたまた剣山みたいになるのか想像は尽きない」
 答える霜の声に喜びが混じる。
 暫く進むと両開きの扉があり、一行は立ち止まっていた。
「どうする?」
 霜が振り返る。表示装置についているレーダーには、途轍もない数の害獣が扉の向こうに居ることか表示されていた。
「どうするもこうするも行くしかないよな?」
「思い切って引き返すという手もある」
 霜の提案に直は不満なのか眉を顰める。
「まだ着たばかりだぜ?」
「そうですけど……凄い数ですよね……」
 すこし無茶ではないかと姫は苦笑いを浮かべていた。
「そういえば」
 ふと霜の頭の片隅にあることが浮かぶ。
「授業で獣箱(じゅうばこ)があると習ったな」
「獣箱ですか? たしか異常なまでに害獣が集まった部屋のことでしたよね?」
 眉を顰め不安げになりながらも姫は答える。
「此処がそうなのかな?」
 首を傾げる将。
「違うかもしれない」
「あいまいだな」
 霜のいい分に直は不安げである。
 霜があいまいに言うのも仕方が無かった。浅い部分は多くの探索者によりマッピングされており、地図も配布されている。しかしまれに地図にも載っていない場所もあるのだ。報告を怠って乗っていない場合もあるが、いつの間にか変化している場合も存在していた。
 それにより地図に記載されていない場所は、全く未知数なのである。
「霜も僕も今まで入ったこと無いからね」
「私たちも経験ありませんよ。どうなっているのか分からないです」
 暫く一行は悩んでいたが直が口を開いた。
「何事も経験だ! 行ってみようぜ!」
「そうだね、まだ浅いからスライムしか居ないだろうし」
 将も同意したため霜は不安に思いながらも扉を開いた。
 しかしそこは何も無い広大な部屋であった。
「何も無い? ということは……上?」
 声が拡散して反射もないほどの部屋に、困惑する霜は天井を見上げ、釣られて直達も見上げる。

 そこにはギッシリと寄り集まったスライムの大群が天井に張り付いていた。

「退却!」
 声を張り上げる霜に反応し、弾かれるように全員部屋から飛び出す。直後スライムが豪雨のごとく降り始めた。
「な!? なんだあの数!?」
 全力で逃げ、ある程度離れ一息ついたところである。
「わからないけど、あそこが獣箱なのはたしか」
 嫌な予感がする霜はジッと先ほどの空間を見据えていた。
「あんなにもいるんですね」
「本当驚きだよ」
 姫の意見に将は同意する。
「嘘だろ!?」
 見据えていた霜が大声を上げる。
 視線の先には迫り来るスライムの大群であった。一体一体攻撃時のように飛び跳ねており、後ろから次々に飛び掛っている。それらが連続して大量に動いているため、その姿はさながら津波の様であった。
「走れ!」
 霜の掛け声と共に全員全力疾走を開始する。幸か不幸かスライムの津波は微妙に遅いぐらいの速度である。
「何処へ逃げる!?」
「昇降機!」
 走りながら直の問いに霜は全員に聞こえるよう大声で伝える。
「了解!」
「わかりました!」
 暫く逃げまくっていると直が声を張り上げた。
「姫!」
 直が手を伸ばす、姫が遅れ始めのだ。
「将! 竜牙に武野原と二人で乗って先に行け!」
「霜達は!?」
「いいから行け!」
 有無も言わせぬ霜の言葉に将は悔しげに頷き、そして武野原を乗せ走りだす。
「猛火は人乗せられるか!?」
「乗って先に行けというつもりか!? お前一人にして逃げるきか!? 逃がさんぞ!」
「まだ言ってるのか馬鹿野郎!」
「うるせえ!」
 金属音が聞こえ、霜と直は足元を見るとそこにはスライムがいた。二人が冷や汗を流し後ろを振り返ると、まじかに迫ったスライムの津波が来ていた。言い合いをしている内に速度が落ちていたのだ。
「「~~!」」
 無言で全力疾走をする。人間死が目前に迫るととんでもない力を発揮するものであり、少しずつだが距離を離していく、そして二人は走り続け昇降機の目の前にたどり着く。
「あと、上がる、だけ」
「お、う」
 霜は息を荒げながら振りかえり、同じ状態の直も答えた。
 昇降機につく直前に気が緩んだのだろう、その瞬間に直がバランスを崩す。
 霜の眼には色をなくし全ての動きが遅く写っていた。大きく眼を見開く直が体勢を崩す様子が良く分かる。
「させるかー!」
 霜は素早く直の手を取り強引に引っ張り抱き寄せる。そしてそのまま昇降機に飛び乗りスイッチを叩いたのだった。

 激しく呼吸をしながら二人は脱力する。霜は最後に無茶な行動をとった所為か、仰向けで寝そべっていた。
 それでも周囲を見回し、直と猛火そして水練がいることを確認する。誰も欠けていないと分かると完全に脱力し昇降機が停止するまで脱力していた。
(かなり危なかった)
 思い起こすのは乗る直前の様子である。もうすこし離れていたら、あの時振り返らなかったら、直は巻き込まれていた。そう思うと何とも奇跡的だったと言わざるを得ない、結果全員無事であった事に感謝していた。
 腕の中にいる直の無事を実感していると、複雑な表情を浮かべる直にジッと見詰められるのだった。
 たどり着いたのだろう昇降機が停止する。
「あー……着いたのか」
 呼吸が整った霜が頭だけ起こし、周囲を見回すとそこには絶句した将と、赤らめた顔を両手で覆う姫の姿があった。
「な、何してるの?」
「何とは?」
 将が指を差し、それを辿るとそこには霜の腕の中に直がいた。
「「……」」
 互いの視線が絡み合い、思わぬ至近距離に硬直する。
「うわー」
 指の間から覗く姫の声を聞いて、二人は現状を理解した。
「は、離せ!」
 霜は素早く腕を解くと、開放された直は勢い良く立ち上がり、自分の身体を抱きしめながら離れる、さながら痴漢にでもあったようである。
「その態度は……まあいい」
 緊急だったとはいえ、嫌っている奴に抱きしめられるのは嫌だったのだろう。霜は直の態度に追求しなかった。
「申し訳ないけどこれで終了しよう、酷く疲れた」
 呼吸は整ったものの、足の疲労が激しかった霜は提案する
「そうだね、帰りはどうしようか?」
 大分戻ったとはいえまだスライムは出るのだ。帰りは誰が戦うかと将は問いかけた。
「私がやります」
「あたしも」
 二人が名乗り出るが、姫は振り返り直の肩に手を乗せる。
「直も疲れたよね、だから休んでいて」
 竜牙に途中から乗った姫は申し訳ない気分なのだろう、瞳に写る意思は強かった。
「はぁ……わかった、頼むよ」
 意志の強さに諦めたのかため息と共に直は了承する。
 将と竜牙も戦闘に混じり、順調に戻っているが霜はどうにも落ち着かない。
「なに?」
「うぇ!」
 先ほどから直がチラチラと霜を見ているのだ。見た瞬間に眼を合わせると、直は変な声と共に仰け反った。
「な! なんでもない……」
 真っ赤な顔を背け、言葉が小さくなっていく直の姿に霜は首を傾げる。
「俺に惚れたか?」
「そんなわけあるかボケー!」
「ど、どうしたの!?」
 荒げた直の声に、驚いた姫が後ろを振り返った。
「別に! こいつが馬鹿なこと言っただけだ!」
 直は肩を怒らせながら歩く。
「なに言ったの?」
 面白い事かと察知したのか、将はニヤニヤとした顔をしながら速度を落として霜へ耳打ちする。
「顔を赤らめながら何度も見たりしていた」
 霜の説明を聞き、なにか閃いたのか将は手を叩いた。
「惚れたんだね!?」
「お前もかよ!」
 将の声が聞こえた直は振る向きざまに叫んでいた。そんなやり取りを聞いていた姫は肩を震わせるのであった。
 無事黒卵から戻った霜達はセンターへ直行し、獣箱の報告へ行く。高深度の探索者なら大丈夫だが、まだまだ浅い所にしかいけない学生や初心者には死活問題である。
「獣箱があんなものだとは思わなかった」
 報告と共に換金も済ませた霜は、疲労感もたっぷりと篭った声で肩を落とすのであった。
「正直生きて戻れたことが幸運だと思うよ」
 安堵の吐息と共に、吐き出された将の言葉に全員頷く。
「もしあれがスライムじゃなくて、他の害獣だったら……」
 想像した恐ろしさに姫は身体が震える。
「誰も大怪我も無く悲惨な事にならなかったからな、よしとしようぜ!」
 暗くなった雰囲気を吹き飛ばす直の言葉に、姫は笑顔を浮かべた。
 暫く雑談しながら歩き、分かれ道に差し掛かる。
「今日は此処までだな、お疲れ様」
 おつかれーと全員が口にし、直達と別れるところで霜が足を止めた。
「買ってくるものがあったな……」
 必死な出来ことにすっかり忘れていた霜は踵を返した。
「将は先帰っていて」
「はーい」
 了解とばかりに、手を振り返す将を確認し歩き出す。
 目的の書物を買い、本屋から出てきた霜は目を凝らしていた。そこにはいるはずの無い人物がいたのだ。
「何買ってきたんだ?」
 仁王立ちの直であった。意表を付かれた霜は驚きで言葉が出ない。
「なんだよ」
 ジッと見詰める霜に居心地が悪く感じるのか、直は一歩下がる。
「いや、居るとは思わなかった」
 気を取り直した霜は歩き出した。その横を歩く直は何か言いたげである。
「何?」
 霜は顔を向けて促す、とたんに直は挙動不振になった。
「えっと、その……」
 口を開けたり閉じたりする直を、霜はジッと待ち続ける。
「あ、ありがと!」
 直は握りこぶしを作り気合と共に叫ぶ、しかし霜は首を傾げるだけある。
「重箱のことだよ! その……お前助けてくれたよな」
「ああ」
 霜の脳裏に昇降機で抱きかかえたことが思い浮かぶ。
「相手が悪人でも、助けてくれた事に礼を言うのは当たり前だろ? 正直悔しいのもあるけど……」
 声が小さくなっていく直を見ながら霜は、初めて見る直の態度が微笑ましく思いながら、丁度いい位置にある頭に手を置き撫でた。
「なんだよ……」
 子ども扱いされたと思ったのか直が睨む、しかし手を払うことはしなかった。
「なんとなく?」
 頭から手を離し、帰宅の途に着く霜のあとをついて行く直であった。



[34943] 探索者 三
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/11/02 20:04
 学校の鐘がなりこれからどうするかと教室が一段と騒がしくなる。そんな中で一番後ろの席に座っている霜は机に突っ伏しており、足元には水練が待機している
「おつかれー」
 机に腰掛け将は手を振るのに対し霜も同じく振って答えた。
「どうしたの? 何だか眠そうだね?」
「実は――」
 途端バシーンと壊れそうな音と共に教室の扉が開け放たれる。
「霜いるか!?」
 仁王立ちの直と息の荒い猛火である。それに答えるように小さく手を上げる霜の隣では、盛大に将がため息をついている。
「初めて来た時から大分経ったね?」
「周囲もなれたもの」
 大きな音と共に入ってきた他クラスの直に周囲は一瞬目を向けるものの、何事も無かったように各々雑談等に戻っていく。
「ほら、食堂行くぞ!」
 直は堂々と入り霜の引っ張っていき、その後ろから猛火が突付いていく。
 毎回直が教室へ来るようになったのだ。そしてそのまま霜を監視と言う名目のもと引っ張りまわしている。
「良く続くね」
「ふん、放っておくと何するか分からないからな」
「まだ言っているの!?」
 途端始まる口喧嘩であった。
(楽しそうでなにより)
 霜は止めようとせず、むしろ優しく見守っていた。二人の口喧嘩はほぼ毎回始まるがそれほど険悪にはならないのだ。そんなことをしている間に食堂へ到着し、入り口では三人に気が付いた姫が肩に飛燕を乗せ小さく手を振る。
 初めの頃は姫も直と共に教室へ来ていたのだが、毎回息も絶え絶えになっていたので途中から霜の意見により、先に食堂で待っていることになった。
「おまたせ!」
 直が口喧嘩を中断して姫に走りより、後ろから霜と将が合流する。
「じゃあ食券買いにいこう」
「提案がある」
 将が進もうとしたところで霜は口を開く。
「全員で並ぶよりも食券買って食べ物取りに行くのと、座席を取っておくのとで分かれたらどうだろう?」
「それもそうですね」
 霜の案に姫は手を叩いて賛同した。
「ならどう分かれるんだ?」
「二人づつ別れたほうがいいかな?」
「武野原と水無瀬は席取り、俺と将で持ってくる」
「ちょっとまった! それじゃ駄目だ!」
 霜の意見に直は反対する。
「じゃあ、私と日ノ本さんで席取りですか?」
「では、水無瀬と将で食券」
 首を傾げる姫と頷く霜に直は思わずつっこむ。
「なんでだよ! 霜とあたしで食券買いにいくんだよ! 眼を離さないようにな!」
「あーハイハイ、わかったよ」
 直の言葉に将はおざなりに返事をする。
「反対しないんだな?」
 直は訝しげな顔をむける。将は毎日監視の名目で霜から離れない直に呆れているのだろう。
「ふん、行くぞ」
 呆れ顔の将を不愉快と直は感じたのか、鼻息荒く二人と別れて霜の袖を掴み引っ張っていく、しかし霜は動かなかった。
「どうした霜?」
「重要なことを忘れている」
「重要な……こと?」
 真剣な眼差しの霜に引きずられるように、直も同じく真剣になる。
「それは」
「それは……?」
 直はゴクリと喉を鳴らす。
「二人は何が食べたいか」
「さっさと聞きに行って来い!」

「長いな……」
「仕方が無い」
 お昼時の学食であるため、食券の自販機では長蛇の列が出来上がっている。学生の傍には各自の獣機も傍におり、見た目には凄い事になっていた。
「霜は何にするんだ?」
 霜の後ろに並んだ直が問いかける。
「うどん」
「又麺類かよ!」
「安いし上手い」
「いやそうだけどよ、もっと別物も食ったらどうなんだ? 丼とか肉関係とか」
 似たような注文する霜に直は呆れ顔である。
「肉は余り食べる気が起きない」
「そんなのだから細いんだ、もっと太れよ」
「……」
 そんな直を霜はジッと見詰める。
「な、なんだよ」
 視線を受け直は隠すように体を抱いた。
「いや、肉食べてる割には細いなと」
「寂しい体と言いたいってか? ああん!?」
「個人的にはそれはそれで良い」
「セ、セクハラだこのやろう!」
 話に集中していたため霜の前が少し離れる。
「む」
 その開いた場所に女子三人が当然の様に入り込み並んだ。一瞬顔を顰める霜であるが、面倒ごとを避けようと無視を決め込む、しかし次には小さくため息をつくことになる。
「おい! 割り込みするな!」
 直が苛立ちながら声をかけたのだ。
「はあ? 誰?」
 割り込み三人組のリーダーなのだろう、先頭が振り返る、
「げ!」
 振り返った人物は、黄色い髪のよく分からない女子高生であった。店の前でたむろしていた三人組の黄色である、同時に前回の出来事を思い出したのか直が声を上げた。
「うわー最悪ー」
 黄色は顔を歪ませて吐き捨てる。同じく振り返った鼠色と赤色も汚い物を見るようである。
「それはこっちの台詞だ」
 前回の面倒くさい遣り取りを思い出し、げんなりした直の声にも疲れが見えた。
 隣に立っている霜も面倒くさい相手だと米神を抑え盛大にため息をつく。
「何なの? アタシ等にイチャモン付けに来たの?」
 見下した態度の黄色に霜は首を傾げすぐ理解した。この場に将が居ないのである、それにより弱いと判断し態度がでかいのであった。
「正直かかわりたくもないね」
 肩をすくませる直を見た鼠色が口角を上げる。
「ウチ等が怖いんだろー? あのチビが居ないからじゃ仕様が無いねー」
 三人同時に笑い声を上げる。
 怖いのはお前達だったろうといいたげに、直は脱力しながらため息を大きく付いた。
「まあいいや、それよりも割り込みするな」
 面倒なのだろう、頭を抱えながら直は親指で後ろを差す。
「はー? 割り込みなんてしてないし」
「自覚あるから振り向いたんだろ」
「何言ってんの? こいつがアタシらの為に空けたんじゃない」
 黄色が霜を指差す。
「話をして前が進んだのに気が付かなかった」
 霜は無視したかったが、直に色々言われそうだったので確りと告げる。
「ほらみろ、さっさと最後尾に回れよ」
 苛立ちを隠さぬまま直は後方を指差した。
「えー、めんどくさいしー」
「此処は譲るのが優しさじゃね?」
「どうでも良いいしー」
 黄色達がダラダラと気だるげに話し出し、全く動くつもりはないようであった。
「こ、このやろう」
 身体を振るわせる直は今にも爆発しそうであったが、落ち着かせるため霜は肩に手を置く。
「つかえているからさっさと後ろへ頼む」
 直の肩に手を置きながら霜は告げる。
「だから面倒く――」
「後ろがつかえている、と言ったが?」
 言葉を遮られ睨みながら霜の後ろに視線を黄色が送る。そこにはいい加減にしろと無言の圧力をかけた並んでいる方々がいるだろう。
 並んでいるほうからすれば割り込んだ奴に腹が立つのは当然であった。
「チッ」
 流石にその威圧に下がらざるおえないのか、三人は切欠となった直と霜を睨みつつ後ろへと移動した。
「まったく、うっとうしいな」
 盛大なため息と共に直は吐き捨てる。
「分からなくはない」
 眉を顰める霜の耳には、遠くで品も無く話す割り込み三人組みの声が入ってきていた。

「へい、おまちー」
「ありがと」
 直が出前のように盆を置く、将と姫が隣り合って座っていたため、将の隣に霜、姫の隣に直が座る。
「さっき直の声が聞こえてきましたけど、どうしたのですか?」
「おう! 聴いてくれよ!」
 心配そうな姫に良くぞ聞いてくれたと直は机を響かせ、先ほどの鬱憤を晴らすかのように説明しはじめた。
「少し気になる分部もあった」
「気になる部分?」
 思案顔の霜に問いかける将の声と共に視線が集中する。
「最後に水無瀬を睨んでいた」
「お前のことも睨んでいたけどな、別にどうっていう事は無いぜ」
 意にも介さぬと直は肩をすくめていた。
「周りの迷惑を考えないような人達だ、何か仕出かすかも知れない」
「流石に考えすぎじゃない?」
「そうですよ」
 将と姫が否定する言葉を聞きつつも、霜の懸念は拭えないでいた。
「その時はその時で真っ向勝負してやるよ」
 気にも留めず直の箸は軽快に動いていく。
「自信過剰か、はたまた能天気なのか」
 小さく息を吐きながらポツリと呟き、霜はうどんへと意識をもって行った。手を伸ばす先には備え付けの一味唐辛子である。
「「「……」」」
「なに?」
 三人の視線は真っ赤に染まったうどんであった。二、三回振るならまだしも霜はガンガンに振りまくる。
「毎回思うがかけ過ぎだろう」
 なんだかんだと直と一緒に食べており、その光景を良く見かけているのである。霜は大概香辛料を多くかける食べ方の感想に同意する将と姫も頷く。
「そうか? これぐらいが俺は良い」
 見ているほうが辛くなりそうなのだろう、うどんをすする霜から視線を外し、食べ始める三人であった。
「ごちそうさま」
 両手を合わせる霜が言い終わると共に、大きなあくびがでた。
「腹が膨れてきたから、また眠気がぶり返してきた……」
 眠たげに霜は眼を細める、かなり眠く言葉に覇気が無かった。
「大丈夫ですか?」
「教室で一旦寝る」
 心配そうに声をかける姫に答え、椅子に座りつつも頭がふらついている霜であった。
「そんなにも眠いの? 心配だけどこれから職員室へ行かないといけないんだよ……」
 どうしようかと将は顎に手を当てる。
「直が様子を見てれば良いんじゃないかな?」
 名案とばかりに姫は手を叩く。
「何であたしが!」
 直は声を荒げ、お前が行けば良いだろと姫へ食ってかかった。
「ごめんね。私も用事で今から行かないと行けないから」
 姫は申し訳なさそうに、手を合わせたままである。
「えー、大丈夫?」
 将は不安だと視線を向ける。未だ霜を悪者扱いしている直に任せるのは心配のようであった。
「それぐらい出来ないとでも言うつもりか!?」
「うん」
 直球な将の返答に、直は開いた口が塞がらなかった。しかし直ぐに体を震わせながら思いっきり吼えた。
「舐めんな! 教室運んで様子見るぐらいあたしにも出来るわ!」
「じゃあ、お願いしますね」
 笑顔と共に立ち上がる姫をみて、自分が何を口走ったか直は思い出したようである。
「いまのは――」
「霜に何かあったら、様子見ることも出来ない無能者?」
 言葉を遮る将の顔に、うまくいったことがありありと浮かび、反論できない直は唸るばかりであった。
「お願いねー」
 食器を置きに行く将は、手を振りながら歩いていく。
「はぁぁぁ……」
 ため息と共に直は霜を見る、その眼は面倒くさそうであるが無能者呼ばわりがいやなのだろう、再度直は大きくため息をつくと霜に近づいた。
「ほら、行くぞ」
 直が促されのっそりと霜は立ち上がる、しかし足元がおぼつかずフラついている。
「まったく、貸せ!」
 片手に自分の盆ともう片方に霜の盆を持ち、直は手早く返しに行く。そして戻ってくると突っ立っている霜の袖を掴み引っ張った。
「ごめん、結構眠い、図書室近いからそっち行こう」
 霜の言葉に従い直は図書室へ変更する。
 ブスッとした顔で霜を引っ張っているが、無理やりではなく軽く引いている様子は優しげであった。
「ほら、着いたぞ」
「ありがと」
 図書室の隅にある、人気の無い場所の机に直は連れてきた。重たげに頭を下げる霜が椅子に座ると、足元に居た水練が机に飛び乗り少し細長く形を変えた。
 隣に立ち首を傾げる直をよそに、霜はハンカチを取り出し水練に掛ける、そしておもむろに頭を乗せるのであった。
「……」
 直はとんでもない光景に絶句していた。
「水無瀬も使っていい」
 霜は薄っすら瞳を開ける、視線を感じて使いたいのかと思ったのだ。
「いや、使えって……」
 どうしようかと足元の猛火と視線を送るが、猛火も何処と無く困惑しているようである。
 直はためしに水練を突付いてみた。
「おお?」
 直は変な声をあげるのも無理はなく、独特の柔らかさが返ってくるのだ。
 今度は掌全体で押してみる。
「低反発枕?」
 直は首を傾げ、似た感触の物を上げて楽しげに触る。そんな直を霜は夢うつつになりながら眺め、そして寝息を立てるのだった。

「暖かい」
 水練を触る手からは、見た目に反して人と同じぐらいの暖かさがあった。同じ獣機である猛火に視線を送り試しに触ってみる。
「へえ……」
 金属質なさわり心地だったが温度は確かに感じていた。日ごろ触って別段気にも留めていなかったが、改めて認識すると不思議と新しい発見に感じ、直は感嘆の声を上げた。そして椅子に座って恐る恐る水練に頭を乗せる。
「う……」
 視線の先には霜の寝顔があり、想像以上に近かったため驚き声が出そうになるが、なんとか押し留めたためしばし無言になる。
「お前は何なんだろうな」
 会ってから二週間たっており、ずっと付きまとっていたが特に悪さをするわけでもなく、極々平凡に生活をしていた。
「悪者じゃないんだろうけど」
 直の脳裏に浮かぶのは人の命を奪う場面である。霜と会ってからも暇さえあればずっと人物の特定をしていたのだ。最初は確証を得るためだったが、ふと気がついたころには違うことを証明するためになっていた。
 残念ながら探せば探すほど霜であるということが確実になっている。
「探索許可を取った時間に学生服を着ているスライムを扱う探索者、全部当てはまるのはお前だけなんだぜ」
 囁く直の声に元気は無かった。
 スライムを連れている学生は極少数で、あそこまで成長したスライムは霜のみであった。入学時に獣機を持たされるが、大概はしっかりした獣機であり、スライムが出たとしても予備の核を渡され、新たな獣機を従わせることが多いのだ。もちろんスライムはお払い箱である。
「くそ、なんかムカツク」
 吐き捨てる直は落ち着くために、眼を閉じ大きく深呼吸をした。そして再びジッと霜の顔を見詰めるとでなぜだか心が暖かくなり落ち着いていく。
「不思議……だ……な……」
 直は徐々に瞼が下がっていき、そして完全に閉じた後は小さな寝息を立てるのだった。

 フッと意識が覚醒していく感覚を覚え、霜は目を開ける。夕日の光と寝起きで視界が濁り、しっかり認識できないでいたが時間と共に光になれ焦点が定まる。
「ッ!」
 かなりの至近距離にある直の寝顔に思わず声を上げそうになるが、霜は起こしてはまずいと判断してなんとか音を立てずにすんだ。
「なんで?」
 音を立てないようにそっと身体を起こし、水練に現状維持と指示をだして腕を組みながら思い出す。
「使えって言ったな」
 理解した霜は失礼かなと思いつつも改めて直の寝顔を見た。
「黙っていれば、結構美人さんだな」
 いつも叫んでいる直であったが、静かにしていると大分印象も変わった。癖が強いが風が吹けば髪は柔らかくそよぎ、健康的な肌は荒れている様子も無くきめ細やかであった。小さく覗く八重歯は人によっては評価が下がるかもしれないが、霜には可愛く見え、窓から差し込む光に照らされ幻想的な雰囲気になっていた。
「そういえば将に連絡」
 暫く観賞していた霜であったが、図書室に移動したことを将達に伝えていないことを思い出し、携帯を取りだし繋げる。
「霜だ、いま図書室にいる……ごめん、伝えるの忘れていた……うん、またあとで」
 図書室ということで出来るだけ霜は小さく話す。図書室から出ればよかったが、動くと椅子の音で直が起きそうだったので椅子に座ったままで電話をしていた。
「どうするか」
 霜は固まった身体を伸ばして解しながら周囲を見渡す。
 一番奥の机に居るので特に何も無く、また本を読もうにも椅子を動かさなければならず、移動は無理であった。
「うーん」
 霜が悩んでいるがその視線は自然と滅多に見られない物へ、直の寝顔へと又も移動していた。
「~~」
「うん?」
 直の口が僅かに動き何かを口走ったため、気になった霜は耳を近づける。
「一撃必殺?」
 辛うじて聞き取れた言葉である。
「夢の中でも探索しているのか? いや戦闘している?」
 戦闘狂なのかと疑問を抱き、聞き取り易いよう耳をもう少し近づけた。
「あはははははは」
 突然発した笑いに霜は身体を逸らす。
「起きているのか?」
 狙ったような寝言に再度顔を近づける、正直不気味であったが怖いもの見たさに続きを聞くのだった。
「~そう」
「俺か?」
 疑問符が浮かび上がり、息を潜め聞き取ろうと耳を澄ましたとき、直の眉間に皺が寄る。
「死ね」
 続いて出た言葉に机に突っ伏した。
「俺はそこまで嫌われているのか」
 結構ショックだと頭を抱え、ふと好奇心から思ったことを実行する。
 寝言という、ということは夢を見ているのは当然であり、夢を見ているのはレム睡眠、つまり眠りが浅いとうことである。そこへこちらから何かしら吹き込めば夢に影響が出るかもしれない、という知的探究心であった。
「水無瀬」
 まずは起きているのか確認するため霜は耳にそっと囁く、反応が無いため寝ているのだろう。
「ん、メロン」
「さすが夢だな、俺の殺害から一気に果物に変化」
 霜は再び顔を近づけ、そっと囁いた。
「水無瀬、そこにあったメロン熟れていない」
 直の耳へ吹き込むと、すぐさま直は嫌な顔して口を動かし何かを吐き出す仕草をした。
「なんで……はや……ない」
 直の行動に、霜は口を覆って噴出すのを堪えて次は何を吹き込むか思案する。
「う~ん、面白い反応が返るもの……」
 いい案が浮かんだ霜は眼を見開き手を打つ。
「こんな所でなにをしている?」
「こんな……所……」
 ばれたら殺される? 一瞬嫌なことがよぎったが、こんな楽しいことは先にないだろうとごくりと喉を動かしながらも続けた。
「ここは脱衣所」
「ん」
 直の眉間に皺がよる、良く見ると若干赤くなっていた。
「そんなにも上を脱いだ俺をじっくり見て、面白いか?」
「違……う」
「今からズボンを脱ぐ、見るな」
「ん」
「顔隠しても指の間から見ているだろ」
「見て……無い……」
「まあいい」
「いいの……か」
「ズボン脱いで」
「……うあ」
 見ているのだろうか、真っ赤な顔した直の反応見た霜はニタリと笑い、とどめの一言を発する。
「さて、下着も脱――」
「ひゃ!」
 直が眼を見開くと同時に霜は強烈な打撃を顔面に食らう、同時に直も側頭部からの衝撃を味わったようである。
 顔を横に向け寝ている直の耳元で囁くため、霜は上から耳に近づけた体勢である。そこへ直が勢い良く身体を起こしたため、霜の顔と直の側頭部が激突したのだ。
「いってー、なんなんだ?」
 現状を把握しようと直が辺りを見回す、そして鼻を押さえて座っている霜と眼が合った。
「……」
「……」
 霜はばれたかと冷や汗を流し、直は上手く回らない頭でなにかを思い出しそうとしていて、互いに無言になる。
「あ」
 直が声を上げたことに反応し、霜は殴られる衝撃にそなえ身体に力を入れる。
「あ、あたしは、な、なんつう夢を」
 様子がおかしいと霜が眼を開けるとそこには、直が耳を真っ赤に染めながら頭を抱える姿があった。
「水無瀬?」
「べ、べべ、別になんでもないぞ! そうだ! なんでもない、お、おおお、お前が出るはず無いんだ! あ、あんな、あんな姿……」
 霜が声をかけた瞬間、弾かれるように喋りだす直であったが、それは自分に言い聞かせる様である。最後の方は声が小さくなっていく。
「ここは図書室、大きな声をださない」
 霜に言われ直は言葉に詰まり、冷静になっていく。
「で? あんな姿とは?」
 首を傾げる霜だったが、内心では上手くいったのかとほくそえんでいた。
「う! 五月蝿いだまれ」
 直が思い出し叫びそうになったが、今度は押さえることに成功していた。その顔は真っ赤で目は泳ぎまくっている。
「可愛いな」
 自然に出た己が言葉に霜は驚いたが、同時に素直に受け止める気持ちも存在していた。
 そんな霜を他所に直は小さく唸り、夢の映像を消そうとしてか頭を振っているのであった。

 長く頭を抱えていた直は突如頬を叩く、気合と共に映像を無理やり追い出すためであろう。
「そういえば、此処で寝ていたこと伝えてないけど大丈夫か?」
 映像の追い出しに成功したのだろう、冷静になった直は姫達の事を思い出していた。
「携帯で伝えたが、将達遅いな……」
 霜が入り口に視線を向ける。
「いたのか……」
 視線の先には、本を読んでいる将と姫の姿があった。
「終わった?」
 近づいてきた霜達の気配を感じたのだろう、本から顔をあげる将だったがその視線はやたら生暖かい。
「なにが?」
 将の視線からなぜか霜は不穏な気配を感じていた。
「なにがって……」
「「ねー」」
 意味深げに将と姫は向き合い同調する。
「ねーってわかんねえよ」
 おちょくられた気分なのだろう、直は眼を細めた。
「直は寝ていましたから分からないですよね」
 笑顔で手を合わせる姫はとても楽しそうである。
「寝ているとき……」
 先ほどの悪戯をみられたのか気付いた瞬間に、霜の背中には大量の汗が吹き出ていた。
「霜が寝ている直さんに――」
「将」
 霜はおもむろに胸倉を掴み引っ張っていく。
「お前は何も見なかった」
 いいなと霜の瞳には強い意志が込められていた。
「なんで?」
 突然引っ張られた将は首を傾げるばかりである。
「俺が殺される」
 ボコボコにされるのを想像し、霜は掴んでいる手が恐怖で震えていた。
「り、了解」
 必死すぎる霜の懇願に将は了承する。それを確認した霜は安堵のため息をついた。
「でも」
 将は指を差しながら言葉を続ける。
「もう手遅れかも?」
「何!?」
 霜が勢い良く振り向く先には、直に耳打ちする姫の姿があった。
「――」
 声無き悲鳴を上げる霜の顔は青を通り越して真っ白である。
 その間に耳打ちされている直の顔が瞬時に赤く、そして全身へと伝わっていった。
「お! おま! 頬に」
 上手く口が回らない直は頬を押さえ。
「………………キス」
 小さく口にする。
「キス?」
 聞こえた霜は何のことかと首を傾げ、生暖かい笑顔を向ける姫達に、なにを言ったのかと視線で問う。
「ふふふ、寝ている直に被さって頬にキスしていましたよね」
 にこやかな姫の説明に霜は納得した。
 耳元で囁いている状態が姫達から見ると、寝ている直の頬に口付けしているように見えたのだろう。
「うわああああああああああああああ!」
 改めて認識したのか、直が唐突に叫びながら全力疾走で図書室を出て行った。
「えーと?」
 直の行動に霜は頭が着いていけず困惑していた。傍では将と姫がよいもの見たとニヤニヤしている。
「行って来なよ」
「そうですよ」
 二人の表情から勘違いされていると疑問に思いながらも、霜はとりあえず直を追いかける事にした。
 図書室から出た瞬間に直が廊下を曲がる姿を捉え、夕暮れ時の生徒が殆ど居ない廊下を駆けた。
 一瞬見失うが響き渡る足音と、直の少し後ろを走っている猛火を頼りに全力で追いかける。そしてたどり着いたのが屋上であり、直はフェンスに片手を突いていた。
「水無瀬?」
 霜は呼吸を整えながら近づき声を掛ける。
「そ、霜!?」
 追いかけて来たことが予想外だったのか、直は勢い良く振り向く。
「な、なんだよ!」
「……」
 直の質問に沈黙で答えたつもりは霜には無く。
(本当に何で追いかけたのだろう? 別に追いかけなくてもよかったのでは? まあ場の雰囲気に流されたというか、なんというか……)
 などと自問自答しているのだった。自分の行動に疑問を持つ霜はとりあえず、頬にキスは勘違いと教えようとした。しかし、教えたらなぜその体勢だったのかと理由を聞かれる、つまり悪戯がばれるのだ、再び冷や汗を流す霜は開きかけた口を再び閉じる。
「……」
「……」
 結果無言になりお互いに見詰め合う形となっていた。
 未だ顔を真っ赤に染める直は心音が大きいのか胸元に手を当てる、全速力で走って体が火照り赤い顔の霜、沈みかけた夕日に照らされた赤い世界で見詰める、正に告白か何かしそうな雰囲気であった。
「ちょ……あ……ないよ……」
「ごめ……とま……す」
 小さな話し声が聞こえ、霜は何事かと後ろを振り返った。
 霜の視線が外れた直は、先ほどの雰囲気はなんなんだと頭を抱えていたりする。
「「わ!」」
 扉が勢い良く開かれ倒れこんできたのは将と姫であった。二人の後ろでは竜牙とその頭に止まっている飛燕が心配そうにしていた。
「えーと……」
 顔を上げた将と霜の眼が合う、何とも気まずそうな表情の将からの言葉はなく、風が吹き抜けるのみであった。
「あははははは……ごめん!」
「ま、まってください」
 口頭で謝りながら、将は上に乗っかっている姫を諸共せず立ち上がり、その場から退避していく、置いていかれても困るのだろう、姫も素早く立ち上がり、あとを追いかけていく。
「……」
「……」
「戻ろうか?」
 しばしの沈黙が続いたが霜が提案する。
「……そうだな」
 疲労感を漂わせながら直は同意した。
 霜は携帯を取り出し将に連絡を取る。
「将? 気にしなくていい、うん……武野原さんも居る? うん……じゃあ下駄箱で」
「姫も居るって?」
「下駄箱に二人とも居る」
「はいよー」
 直は返事と共にため息をつき、歩きながら大きく腕を伸ばした。
「寝たはずなのに疲れたな」
「分からなくも無い」
 後ろを着いていく霜も頷く。
「でも猛火達に体温っていうのか? 暖かいのは面白かったな!」
 水練の枕を思い出したのか、手を叩く直は楽しそうであった。
「気が付いたのは最初の頃か? 水練が柔らかそうだったから、枕にしたら気持ち良いのかと疑問に思った」
「うーん、確かにじっと見ていると気持ちよさそうだもんな」
「枕にしてみたら柔らかくて暖かかった。それから気に入ってしてもらっている」
 霜はしゃがみこんで、労をねぎらうように水練を軽く撫でる。
「なるほどな、じゃああのハンカチは何の意味があるんだ?」
 水練にハンカチを被せるのを思い出した直は首を傾げていた。
「涎防止」
「よ、涎!?」
 素っ頓狂な声を上げる直は、はっと何かに気が付き口元を拭う。
「水無瀬は垂らしていない」
 子供っぽい直の姿に霜は顔を綻ばす、それに対し恥ずかしさを紛らわすためか直は睨んでいた。
「小さい頃枕に涎を垂らしていたり、垂れそうなのを枕で拭いたりしてな、数日後枕が臭かった」
 そのときの臭いを思い出し、霜の目はどこか遠くを見てしまう。
「それから考えた末にハンドタオルを挟んで、毎日変えればいいと分かってからは枕にはタオルを挟むことが習慣になった」
「だからタオルの代わりにハンカチか」
 直の答え霜は頷く。
「最近は少なくなったがやっぱり心配になる」
「そういうものか?」
 直は首を傾げる、丁度その時に下駄箱に二人はたどり着いた。
「御免!」
「御免なさい!」
 唐突に頭を下げる将と姫に二人は面食らう。
「さっきは邪魔したから……」
 少し顔をあげ上目遣いの将と霜の眼が合った。
「気にしなくて良い、別にどうということは無かったから」
 怒っていないことを証明するように浮かべた霜の笑顔に、将と姫はホッと息を漏らす。
「?」
 その横では直が首を傾げながら胸元を押さえていた。
「直? どうしたの?」
「なんでもねえよ」
 直の様子に気が付いた姫が心配そうに覗き込むが、直は首を振るだけであった。
「すまない、今日の探索は無し」
 校門へ歩き出した霜が軽く頭を下げるのも無理はない、既に日が沈み夕闇に染まりつつあった。寮に門限があるわけではないが、やはり夜遅くに出歩くと警察に注意されたりするのである。
「まあ仕方が無いよ、そういえばなんで眠かったの?」
 将が理由を尋ねてくる。
「ああ、実は昨日小説買った。それが面白くてな」
「なかなか寝付けなかったと?」
 直の続いた言葉に、霜は縦に首を振る。
「徹夜した、しかも完徹」
「夜通しですか!?」
 姫は驚きながらも、眠そうだった事に納得しているようであった。
「そんなにも面白いのか?」
 気になったのか直の問いに、頷きながら霜はごそごそと鞄をあさる。
「読んでみる?」
 取り出した一冊の本をそのまま直に差し出した。
「……ラブコメかよ!」
 受け取った直は呆れながらも表紙をめくる、そこには可愛い絵柄の男女が描かれていた。そしてどんな物かとそのまま読み始める。
「面白い?」
 姫に声をかけられてようやく直は本から眼を離した。
「やべぇ、面白そう」
 直は驚愕の眼差しで持っている本へ視線を送る。
「貸す」
「本当か!?」
 眼を輝かせる直は非常に嬉しそうである。頷く霜をみるとすぐさま鞄の中に入れ、歩行速度が速くなった。
「そんなにも面白そうなのか……次僕に貸してね」
「あの、その次は私も」
「ああ」
 直の態度から将と姫はかなり気になったようである。そして丁度そのときに校門に着いた。
「じゃあ又明日な!」
「まってください、では失礼します」
 片手を上げて足早に寮へと帰る直に遅れないよう姫は走っていく。それでも別れの際に礼儀正しく頭を下げていた。
「そういえば」
「?」
「俺と水無瀬がいい雰囲気とかどうの言っているが……」
 霜は視線を合わせると、将は屋上の風景を思い出しのかニタリと笑う。
「やっぱり二人はそういう――」
「武野原とはどうなんだ?」
 質問がすんなり頭に入って来てないのかしばし沈黙が流れた。
「えーと、どうとは?」
 いまいち質問が理解できていないのか将は困惑顔である。
「俺は水無瀬と二人きりになる事がある、向こうがこっちに来ていることが多いが……その間将と武野原は二人だけのはず」
 真面目な顔をしているが、よく直との間柄を邪推される霜は邪知を仕返す気満々であった。
「特にこれと言ってないなー」
 悩んでいた将だがあっけらかんと言い放つ、霜が真意を探るが嘘をついている様子は無かった。
「はぁ……つまらん」
「つまらんって」
 霜の一言に肩を落とす将であった。



[34943] 探索者 四
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/11/01 19:41
注――大丈夫だと思いますが一応R15です

「ぐはぁ」
 寮の一室に酷く力が抜けた声があがる。
「今日は日曜日……」
 霜は眠気が襲うがなんとか身体を起こす。先ほどの声は霜が水練に腰を持ち上げられ、仰け反った際にでた声だった。
「今日もがんばろう」
 水練を撫でる霜であったが、暖かく柔らかい感触に思わず瞼をとじてしまう。
「いかん」
 一瞬眠りそうになるが気合と共に立ち上がり、顔を洗いに洗面所に向かった。
 顔を洗いさっぱりした霜は自販機へ向かい人気の無い廊下を歩く、時刻は朝五時三十分と早い、せっかくの休みを少しでも長く過ごすためであった。ちなみに睡眠は十一時である。
「さてと……」
 部屋に戻った霜は小腹が空いたため、簡単な物でも作ろうと小さなコンロへ向かう。火口が一つしかない物だが、それは各部屋に設置されていた。
 基本朝晩は食堂での食事になるが、時間外は勿論作ってもらえるわけではない、食いたければ自分で作れということなのだ。
 隣に設置された小さな冷蔵庫から卵を取り出し、器にうつしかき混ぜる。
「玉子焼き、やはり砂糖は必須」
 部屋に寂しく声が通る。一人暮らしに近い状況だと自然と独り言が多くなるものである。
 溶いた卵を熱した小さなフライパンに少量流し、傾けて薄く広げる。箸で手前から奥へ丸め手元に寄せ、その後奥のスペースに同じく少量流し広げ、それを卵が無くなるまで繰り返す。
「よっと、出来上がり」
 皿に移しテーブルへ持っていく、そのとき窓にありえないモノと目が合った。
「なにをしている……」
 鳥の巣頭でこじんまりした少女の直であった。
 ニコリと笑顔を向けて扉を開けるしぐさをし始めた。
 眼が合ったので霜はしぶしぶ窓を開ける。
「とりあえず入れ、女子が居るのを寮長に見つかるとうるさい」
「へへ、ありがと」
 嬉しそうな顔をしながら直はヒョイと窓を乗り越えた。
「猛火を上げるの手伝ってくれるか?」
「はいはい」
 霜の部屋は一階にあり、窓の下には猛火が立っていた。身を乗り出し二人で猛火を引っ張り上げる。
「どうして此処に?」
「あたし毎朝走っているからな」
 直の姿は黒字に数本の白いラインが入ったジャージを着ていて、活発なイメージから良く似合っていた。
「そのついでにチョロっと覗きに来た」
「覗きって……」
 まあいいかと霜はコップを取り出し振り返った。
「コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「え? あ、ああ……」
 顔を勢いよく上げる直は挙動不審である。
「……」
「……」
 両手にコップを持ち返答を待つ霜と、話を聞いていなかったのだろう、首を傾げる直と互いに見詰め合い無言で互いに首を傾げる変な空気が流れた。
 話しを聞いていなかったのかと霜は口を開くが、先ほどの直が凝視していた物が分かると同時に理解する。
「いいぞ」
 霜は仕方が無いと言いたげにため息を一つつく、しかし直は何がいいのかよく分からないようである。
「それ、食べたいのだろう?」
 先ほど直が見ていたのは出来たばかりの玉子焼きであった。話が聞こえないほどに凝視していたということは、現在腹をすかせているのだろう。
「本当か!?」
 途端直は眼を輝かせる、身を乗り出していることから余程食べたかったのがわかる。
「いただきます!」
 しっかりと両手を合わせ、しかも正座をしており礼儀正しいものである。
「それ結構甘――」
「美味いなこれ!」
「……そか」
 美味いと言われ妙にくすぐったい感覚を霜は味わっていた。直の食事中にミルクティーを二つつくり向かい合い形で座る。
 なんとなく直の食べる姿を見てみる。騒がしく動き回っている彼女だが、意外と食べる姿は綺麗であった。きちんと正座をして背筋を伸ばし、玉子焼きを箸で一口サイズにしていて、喋るときも飲み込んでからであるし、飛ばしてもいない。
「ほう」
 思わず感嘆の声を霜があげる、当然直にも聞こえ眉を顰めていた。
「なんだよ?」
 訝しげな直になんでもないと言おうとした矢先に、変な音が響き渡る。二人の視線が向かう先は霜の腹部であった。
「あーそっか、すまん」
 もともとこの玉子焼きは霜が食べるために作ったのだ、当然食うからには空腹な訳である。
「気にするな」
 霜は首を振りながら、砂糖を入れたミルクティーを飲む。
「うーん」
 唸る直は霜の顔と、少し残った玉子焼きを交互に見ていた。そしてサッと半分に切り突き出した。
「食え」
「いや、しかし」
 霜の目の前には箸につままれた玉子焼き。
「しかしも案山子も無い!」
「むう」
 こいつは何も思わないのかと霜は疑問に思う。箸は一膳しかないのだ、つまりはそういうことである。
「ほら、あーん」
 気が付いていないのか、はたまた気にしないのか、どちらか分からないが食うまでこのままの可能性があった。
(まあ、美人さんにされるのは嫌ではない)
 そんなことを思いつつ口に含む。
「うん」
 箸を引き抜き、頷く直は嬉しそうである、しかし次に自分が食べようと口入れる前に一瞬戸惑いを見せた。
「どうした?」
「なにが?」
 見逃さなかった霜は内心ニヤニヤとしながら尋ねるが、直は平然と聞き返し飲み込むだけであった。反応が今一だったので霜は残念な気分になっていた。
「ご馳走様美味しかったぞ朝早くから来て悪かったなそろそろ帰らないとまずいから帰るなじゃあまたな!」
 直は食べ終わるや否や霜の返事も聞かず、目も合わさずに一気に喋る、そしてそのまま窓から猛火を放りだし自身も外へ出て行き、脱兎ごとく駆けて行く。
「ああ、また……」
 怒涛の勢いに片手を挙げて呆気にとられる霜であった。

「探索許可取りに来ました」
 施設で探索手続きをする霜であったが、途端肩を叩かれる。
「よ!」
 霜が振り向くとそこには、片手を上げて陽気な挨拶する直と頭を動かす猛火がいた。
「こんにちは」
 その後ろには姫と飛燕の姿もあり、その二人に霜も頭を垂れる。
「今から探索ですか?」
「ああ」
「当然あたし等も着いていくぞ」
 鼻息荒く直は胸を張る。
「了解」
 頷く霜に声がかかる。
「終わりましたのでこちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
 受付嬢が笑顔を浮かべながら身分証を渡し、つられる様に霜も笑顔で受け取る。
「こっちもお願いします!」
 直は叩きつけるように身分証を置く、不機嫌そうに受付嬢を睨んでいた。
「はい、承りました」
 直の態度を意にも介さず、平然と対応する姿は流石受付嬢である。
「どうした?」
「べつに!」
 そっぽ向く直に霜は首を傾げる、その隣では察したのか姫がクスリと笑っていた。
「こちらも終了しました、そちらの方も受付しますか?」
 奪い取るかのような勢いで受け取る直を気にも留めず、受付嬢は姫も促す。
「いえ、私はいいです」
 しかし姫は一瞬直を見た後断った。
「姫一緒に行かないのか?」
 一緒に行くと思っていたのか直は少し驚いている。
「ごめんなさい、ちょっと人と会う約束していて……」
 両手を合わせ謝る姫に、不満げな直は頬を膨らましていた。
「そんなの聞いてないぞ」
「えーと……その……言うのを忘れていたんですよ」
 姫の様子がおかしいため、疑いを掛ける直は質問をぶつけていく
「だれと会うんだ?」
「あう……えとえと……」
 視線を彷徨わせる姫と受付嬢の視線が絡み合う、ただそれだけだったが、その一瞬で様々なやり取りがあったように見える。
「私ですよ」
「そうなんですよ、最近知り合った方で喫茶店に誘われました」
 姫は直に向き直り話し出す。先ほどは行き当たりばったりの適当な言葉のようで、しどろもどろになったが今度は大筋が決まっているかのごとく、スラスラと言葉がつむがれた。
「む……わかった」
 言葉に詰まっていた姫の態度から、隠し事していると怪しんでいたが、どうやらむりやり納得したようである。
「結局直と行くってことか?」
 やり取りを見ていた霜は頃合を見て締めくくった。
「そうなりますね」
「そうか、直と二人だけか……」
 霜は顎に手を当てる。
「なんだよ? 不満か?」
 直の眉間に皺がよった。
「直と二人きりで探索すること無かったからな、どこまで潜ろうかと」
「そんな深くまで潜れないのに何言っているんだよ、二人きりって将と変わりないだろ?」
 肩をすくめる直だったが何かが引っかかるのか首を傾げる。
「二人きり? 二人きり……二人きり!?」
 頭を上げる直の顔は驚愕に染まっていた。
「がんばってください」
「なにを!?」
 笑顔で応援するのは受付嬢である。
「なにをって探索ですよね?」
「え?」
 姫の言葉に直は硬直する。
「そうですよね?」
「そうですよ」
 受付嬢と姫は視線を合わせ。
「「ねー」」
 身体を傾かせる所までも合わせる二人は友人そのものであった。
「うわぁ……」
 頬を押さえる直は、自身の勘違いに穴があったら入りたい状態であろう。
「なにと勘違いしたんですか?」
 微笑みながら追求する姫の後ろには、尖った尻尾が霜には見えるのであった。
「そろそろ行きたいのだが」
「そうだな! 直ぐ行こう、今すぐ行こう!」
 霜の言葉に直はすぐさま反応し、腕を掴み全速力で施設から出て行った。

「はあ、はあ、な、なんで、探索前に、体力つかわないと、いけないんだ」
「ごくろうさん?」
 膝に手をつく直の息は荒い、霜もなんと声をかければいいか困るものである。
「ふ~……よし! 行くか!」
「待て」
 直が息を整えながら表示装置等を装着し、先立って黒卵へ入っていこうとするが、霜が止める。
「なんだよ?」
「最近俺と将が行き、帰りが水無瀬と武野原だった、今日は直が行きをお願いしたい」
「いいのか!?」
「ああ」
「よっしゃ!」
 表示装置を起動させ、気合と共に入っていく直のあとを霜がついていった。
 直の持つ指揮棒の淡い光が複雑な動きを見せる。途端猛火が蹄を鳴らしながらかなりの速度で突き進む、その先には数体のスライムが蠢いており、それらをボーリングの如く弾き飛ばす。
「軽快だな」
 いつもよりも早く奥へと進む様子を見ていると、やはり一機ずつ倒していくのは時間が掛かるとため息が出てしまう霜である。
「だろ? しかもまとめて吹き飛ばすもの気持ちいいしな」
 褒められた直は得意げに胸を張り嬉しそうであった。
 スライム以外の害獣が出てくる、しかし鼻歌交じりに次々に指示を送り、多少手間取る程度で倒していく。
 狼型の害獣に真正面から突撃する。狼も飛びかかってきたが激しく火花が散り、狼が吹き飛んでいった。地面に叩きつけられ起き上がるが損傷が激しいのだろう、足を震わせ辛うじて立っているようである。その隙を見逃すはずも無く、指示された猛火が再度突撃すると狼は立ち上がらずに身体が分解した。
「よし!」
 やたらテンションが高い直である
「水無瀬」
「何?」
 直が振り向くと同時に水練が針を伸ばした。
「な!」
 突然自身に延びてくる針に直は硬直していたが、水練の目標は直のすぐ上であり、針に貫かれたスライムが核を残し分解する。
「な、なんだ?」
「注意力散漫」
 頭上から直へ狙い済まして落ちてきたのだ。それを少し後ろから歩いていた霜が発見し指示を送ったのである。
「しかも遠くまで走らせたから、近くを攻撃するまで時間が掛かる」
「わかってるよ……」
 直は頬を膨らます。
「ふてくされるな」
 霜は直の頭に手を置き、落ち着かせるようポンポンと軽く叩く。
「ふん」
 猛火に指示を送りながらも、手を退けるつもりはないのかされるがままであった。
「お?」
 直が声を上げ、霜が視線を辿ると猛火に異変が起きていた。
 その場に立ち止まり硬直していたのだ。頭部を中心に罅が入り、そこから徐々に尻尾へ広がっていき全身覆われていく。
「成長したのか」
 感嘆の声を上げる霜は猛火の様子を見ていた。
 猛火の身体にくまなく罅が入り、全身を振ると次々に薄い破片が飛んでいく、よく見るとそれらは猛火の身体であった。
 全ての破片を飛ばした後には一部変化が現れていた。頭部全体の装甲が兜の如く角張り厚みを増し、身体の側面には首から後ろまで、今までになかった長い膨らみが左右に一本、計二本増設されているのである。
「すげぇ! 電力の容量が倍になった! それに……ブースターか?」
 直の表示装置には自動更新された猛火の詳細がワイヤーフレームで映し出されているのだろう。
 ワイヤーフレームは猛火の内部まで細かく描かれている。膨らみの内側にはロケットのようなブースターが増設され、装置を使用する指示棒の動かし方も同時に表示されていた。
「使ってみたらどうだ?」
「そうだな、内部映像だけじゃ詳しくわからないからな」
 暫く進むと暗闇を大きめの赤い光が二つ動く、蟷螂型の複眼があった。遠くからでも二人を感知したのだろう、複眼の光が一瞬強くなりいつでも襲いかかれる体勢になりながら近づいている。
「いけ!」
 直が指示を送った途端勢い良く開く音が響く、何事かと霜が視線を向けると猛火の膨らみが開いていた。その中には複雑な幾何学模様が描かれたブースターが見え、そして空気を震わせる破裂音が響き猛火が急加速する。驚きながらも眼で追った二人が見たものは、蟷螂に真正面から激突している猛火の姿である。
 全ての推進力を伝達させたのか、その場で停止する猛火だったが蟷螂は違った。途轍もない衝撃だったのだろう、衝撃を受けた場所を中心に罅が入り吹き飛ばされた。
 多脚で火花を散らしながら踏ん張るがそれでも止まらない、ついには体勢を崩し地面に転倒する。数々の部品や装甲の破片を撒き散らし、地面に全身擦りつけながらやっと止まるのだった。巨大な弾丸の威力はかなりのものらしく、蟷螂は一つ震えると複眼の光が消えて分解していくのであった。
「……」
「……」
 想像以上の速度と威力だった所為か、眼を見開き言葉を失う二人である。
「な……なんだいまの! すげーよ!」
「加速が早すぎて、目で追うのがギリギリだったな」
 何が起きたか理解した直は喜び、同じく理解した霜の手を握って思い切り上下に振りまくる、そんな二人の下に猛火が戻ってきた。楽しかったのかはたまた気持ちよかったのか、スキップでもしそうなぐらい猛火の歩く姿は軽かった。
「あははははは! 凄いぞこのやろう!」
「水無瀬すこし落ち着け」
 笑顔を振りまきながら猛火を褒めて撫でまくる直に霜が注意をする。
「なんだよ」
「嬉しいのはよく分かる、しかし色々と細かい所も確認しておいたほうがいい」
 止められてむっとする直だったが霜に言われ、細かい所まで確認しはじめた。
「走るのを補助する程度だと思ったんだけどな?」
「むしろ初速を担うものだったな、とんでもない速度だったが……」
 直は形状から火を噴きながら徐々に加速すると想像していたのだろう、しかし実際は一瞬で最高速にまで加速するもので、火が点くのがその一瞬でありほぼ爆発に似たようなものである。
「電力の消費が激しいな……」
「あれほどのものだからな」
 霜は納得するように頷く。
「全快からどれ位つかえる?」
「むー……数回つかえるかな?」
 首をかしげながら直は指折り数えた。
「容量倍でそれか……慎重に使うように」
「それぐらいわかっているよ!」
 馬鹿にされていると感じたのか怒鳴り返す直であった。
「それにしても盛大に吹き飛ばしたな」
 霜は蟷螂の残骸をみながら呆れる。破片を落としながらだったため、かなりの範囲に色々と散っているのだ。大本は停止してから分解したため塊であるものの、回収には少し時間を食いそうである。
「移動しながら回収すればいいじゃん」
「そうなんだが」
 全く気にしていない直はあっけらかんとしていたが、霜はため息をついていた。

 さらに進んだ二人は複数の害獣を相手に、正確に言うと戦っているのは直と猛火である。霜が手伝うと申し出たが直が反対し一人でやると聞かなかったのだ。
 中型の蜥蜴が吹き飛んでいく、猛火の突撃に吹き飛んだのだ。猛火が追撃しようとする素振りを見せるが、直の指示で後ろへ飛びのく、その瞬間猛火が居た位置に小型の猫が着地した。隙を付いて飛び掛ったが、それに気が付いた直が後退するよう指示を送ったのだ。
「あの猫型うぜー!」
 直が頭を抱え思い切り叫んでいた。
「チマチマ跳びまくりやがってじっとしろってんだ! しかもなんだよ! こっちが攻撃しようとしたら襲いやがって畜生が!」
「落ち着けって」
「だってよー」
 余程鬱陶しいのか怒りを通り越して若干なみだ目な直の頭を霜は撫でる。そして指示棒を起動させ指示を送った。
 猛火に飛び掛っている猫型の横腹に水練の針が突き刺さる、機動性重視のため装甲が薄いのだろう、水練の針でもかなり深くまで入り込んでいた。
 猫型が水練へ敵意を向け襲い掛かる。素早く左右へ、天井も使用し上下に、縦横無尽に飛び跳ね狙いにくくしその勢いのまま噛み付いていった。しかしその猫型の額に風穴が開く、襲い掛かる勢いを利用し、装甲を貫くほどに威力が上がった水練の針が貫いたのだ。
 どの方向でも攻撃できる精密射撃と、突き刺すという行為がもたらした結果であった。
「こういったタイプはこっちが受け持つ、他は頼むぞ」
「いや、手伝いはいらん!」
 直はどうしても一人でやりたいようである。
「どうしてそこまで一人でやりたいんだ?」
 途端直は視線を逸らし、挙動不審に小さな声で喋りだした。
「それは……おまえに……その……感化されたというか……あたしも頑張ろうというか……」
 余りに小さな声だったので霜が耳を寄せるが、真っ赤な顔で直は顔を振り出した。
「だー! そんなのはどうでも良いだろ! わかったよ! 素早い奴は頼むよ! ハイこれでお仕舞い!」
「……了解」
 大声で強引に打ち切る直を見て、追求しなくていいかと肩をすくめながら了承する霜であった。
 やはり一人より二人の方が効率は良い、しかも二人で分担して相手をするのが効果を上げていた。
「大分楽だなー」
 素早い害獣にかなり難儀していたのか、直は重装甲や鈍い害獣の相手をしていて楽しそうであった。
「同意だな」
 実は霜も分厚い装甲で守られた害獣には手を焼いていたのである。
 関節など弱い部分を狙いはするものの、頑丈なものだと内部も頑強に出来ていたりするのだ。そのせいで大分てこずっていたのだが、それらを猛火が相手取ってくれるためかなり楽になったのだ。しかしそれでも限界は来るものである。
「水無瀬、そろそろ電力が足りなくなってきた、そっちはどうだ?」
「あ、こっちも結構やばいな」
 害獣が周囲に居ない間に、霜が表示されている電力の容量を見るとかなり減っていたのだ。成長し容量が増えた猛火もかなり少なくなっているようである。
「そろそろ戻るか?」
「そうだなー? 時間的にも昼だしな」
その感覚が正確であるかのように直の腹部から音がなる。
「そうみたいだな」
「だろう?」
 音が聞こえても恥ずかがる素振りも見せず、明るく笑う直の姿に霜は微笑むばかりである。
「念のため使っておけ」
 霜がポケットから取り出したのはメモリースティックの形をした緊急用乾電池である。それを直へと放り投げた。
「ありがと、いつかおごるからな」
 難なく受け取り猛火へ差し出す、猛火は口を開け咥えそしてそのまま一気に飲み込んだ。同じく霜も水練の上に置くとそのまま体内へ沈んでいく、獣機の中で充電が行われ、その後空になった乾電池は分解され素材となる。
「よし、戻るか!」
 直の声と共に戻るであった。

 時間をそれ程掛けず、一気に戻った二人には大分余裕があった。多種多様な害獣が複数で襲ってくるが、分担作業で相手取っていたため楽であり、更に戻ると害獣がほぼ単体でしか出現せず、猛火と水練で同時に取り掛かればあっさりと始末できるのである。
「水練は一人で行くより誰かと組んだ方が良いんじゃないか? むしろ組むためのような性能だな」
「当たっているかもな、今回直と組んだことでよく分かった」
 現在居る地点は複数とはいえスライムしか出てこないので余裕があり、雑談しながら出てくるスライムを蹴散らしていく。
「へへ、そうか」
 くすぐったそうに直は頭を掻いていた。
「あ、でも将と組んだこと無いのか?」
「ある」
 誰かと組んだことがあるのに今まで分からないのかと直は言いたいのだろう、そのことがなんとなく分かった霜は答える。
「将と竜牙が強いからな、囲まれないよう周りの気を引く程度しか出来なかった」
「あー……」
 竜牙が単独で害獣を吹き飛ばす姿が霜の脳裏にたやすく浮かぶ、同じものを想像したのか直も納得する。
「獣機の性能差が少ない場合は互いに苦手分野を補う、今回直と組んでよく分かった」
「弱くてわるかったな」
 直が頬を膨らます。
「そんなつもりで言ったわけじゃない、たまには別の人と組むもの良いと思っただけだ」
 霜が口にすると直の機嫌がよくなったようである、しかし突然挙動不審になった。
「まあ、その、なんだ?」
 直は意を決したように霜と視線を合わせ。
「霜が良かったら、あたしはいつでも組んでやるよ」
 笑顔と共に宣言したのであった。
「そうだな、卒業規定の素材集めに間に合いそうになかったら頼む」
 霜も微笑みながら頭をなでた。
「そんな切羽詰った時だけかよ」
 だが直には不服だったようで眉間に若干皺がよる。
「直と組むのに慣れると、単独や他の人と組んだ時に困りそうだ」
「そんなの一人で頑張った場合も同じじゃねえか、組んだ経験が無いから連携が上手くいかない、てなことになるぞ」
「それもそうだな」
 直の指摘に顎に手を当て霜は悩んだ。
「だったらあたしと組むのにもなれた方が問題ないだろ」
 指示を出し猛火をスライムへ突っ込ませる直の態度は、なんでもないような素振りであったがどこか必死であった。
「確かにそうだ、だがいつも一緒というわけにもいかないだろう?」
「それは……そうだけど……」
 俯く直の表情は分からない、だが一気に顔を上げ霜へ振り向いた。
「いや! いつでも一緒に行ってやる! あたしが言い出したんだ、それぐらいはやってやる!」
 宣言する直の瞳は燃えていた。
「わかった、よろしく頼む、ちゃんと直の事も考慮して探索する」
「本当か!?」
 霜が頷くのを確認した直は余程嬉しいのか目を輝かせていた。
「こっちこそよろしく頼むな!」
 直は満面の笑顔を振りまきながら、スライムを始末しながら突き進んでいった。

「お! 大量だな!」
 意気揚々と歩く直の言うとおり奥にスライムの塊が蠢いていた。突撃で吹き飛ばそうと指示棒を動かす。
「まて」
 しかし途中で霜は腕をつかみ強制的に止める。言葉に真剣さが込められており直は訝しげな顔を向ける。
「少し離れていろ」
「ちょっと! おい!」
 直が慌てて声を上げるがその場に留まらせる、霜には一瞬嫌なものが見えたのだ。まさかと思いつつも霜は近づいていった。不思議なことに霜が近くに居てもそのスライムの塊は襲っては来ない、そして霜はジッと見詰め、落ち着かせるように大きく深呼吸をする。指示を送り水練が針を伸ばして一機仕留めるが固まりは蠢くばかりであり、そのことにより霜は確信する。
「なにしているんだ?」
 問いかけを無視して霜は次々とスライムを始末していく、しかしその様子は慎重に行われていた。よく見てみるとスライムの居る位置を正確に突いており、貫かず余分な部分を傷つけないような慎重さであった。
「あ!」
 直が声を上げる、スライムの塊からあるものが見えたのだろう。それは人間の足のようなものであった、靴とジーンズらしきものがドロドロに解かされ張り付き、その形が正に人の足であり、それを見た直が駆け寄る。
「馬鹿! 来るな!」
 霜の静止を振り切って傍まで近づいた直の顔は真っ青であった。
「は、早く助けないと!」
 直が近づく頃にはとスライムの塊が人の形に盛り上がっていた。
「分かっている、だが強引に引き剥がすと皮膚が持っていかれるぞ」
 それ故に水練で的確に核を穿ち分解させているのだ。
「……」
 直が絶句するのも無理はなく、そこにはスライムを全て取り除いて残った人の姿があった。しかしそれは見るも無残な男性とおぼしき人の姿であった。



[34943] 探索者 五
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/11/04 04:15
注――念のためR15です

 被害者は皮膚が着衣ごと溶かされ、混じっていた。
 髪も全て失い、足の指も手の指もすべて解けた皮膚でつながり、顔も既に無く未だ残った口で呼吸をしていることから、辛うじて生きているのだろう。
「は、早く、外に、ああ、き、救急車呼ばないと」
 壮絶な姿に直は自身の身体を抱きしめ、震えながらも必死に考えているようであった。
「必要ない」
 霜の言葉に直は困惑を浮かべながら振り向く、それを無視しながら霜は男性の傍にしゃがみ声をかけた。
「声は出せるか?」
「あ……ぐ……」
 霜の問いかけに男性は僅かに身体を動かし、小さな声で答える。
「言い残すことはあるか?」
 霜が発した言葉に直は眼を見開き、どういうことか問い詰めようとした。しかし、霜は睨みつけて手を突き出し黙まらせる。
「う……あ……こ……殺して……くれ……楽に……」
 声をだす男性だったが、それは非常に弱くか細かった。それでも顔を近づけ、一言一句聞き漏らさないようにした霜に届く。
「わかった」
 元から安楽死させるつもりだった霜は立ち上がり、指示を出した。水練の針が延び男性の頭部を貫く、直が止めようとする暇の無いほどであった。
 二人とも沈黙し重苦しい空気に包まれる。耐え切れなくなったのか直が口を開いた。
「なんで、なんで殺したんだよ!」
「……」
「外に連れ出して病院にいけば、助かったかもしれないじゃないか!」
「……」
「黙ってないでなんとか言えよ!」
 直は霜の胸倉を掴み叫んでいた。その瞳には涙を蓄え、今にも零れ落ちそうであった。
「……俺は」
 胸倉をつかまれながらも霜は気落ちもせず、睨みもしないで自然体で話しだす。
「俺はこの事に関して、弁解も反論も言い訳もするつもりは無い」
「……あの時あたしが見たのも」
 直の脳裏には、霜を知る切欠となった殺人現場が思い浮かんでいるのだろう、現状と酷似しているのだ。
「やるのは二度目だ」
 直が思い出していることが予想できた霜は答えた。
「認めるのか?」
 霜の言葉に、ショックを受けた直の手から力が抜ける。
「ああ、理由はどうあれ俺は人を殺した」
 霜の頬に衝撃が走る、直が思い切り殴ったのだ。
「違うって思いたかったのに……」
 走り去っていく直の頬に、一筋の涙が流れていた。

 あれから数日たっていた。探索から戻ってきた霜と将は探索センターのテーブルで座っているが、そこに最近傍にいた女子二人の姿は無い。
「静かだねー」
 身体を解しながら将は周囲を見回す、隣では霜がお茶を飲んでいるだけである。
「何をしたの?」
 テーブルに片肘を乗せ、顎に手を当てる将の眼はジト目だ。
「別に」
 霜は視線をもろともせず、お茶を飲み干しコップをテーブルに置く、そして深いため息を吐いていた。
 黒卵を探索していたが、それ程進まず引き返すことになった。気の抜けた霜は初めのうちは問題なかったが、徐々にミスが目立ち始めてきたのだ。途中で水練が成長したが余り関心を抱かず、将に言われて詳細を調べたぐらいであった。原因は直に無視されたことが、思っていた以上に効いていた結果である、このままでは危険と将が判断して、強引にひきかえしたのであった。
 直があれから一度もこちらへ来ないうえ霜は不調である、二人に何かあったと将は感づいているのだろう。
「行くぞ」
 霜が一旦紙コップを捨てた後、将を促した。
「はーい」
 喋る様子が無いとわかったのか、詮索を諦めた将は肩をすくめながら返事をする。
 出入り口へ向かう霜の歩みが止まる。何事かと将が視線を辿ると、向かいから直と姫が歩いている姿が見えた。霜達に気が付いたのだろう、同じく立ち止まる直であったが、それも一瞬で顔をしかめながら挨拶もせず、視線も向けずに足早にすれ違っていく。
「直……すみません、失礼します」
 その後を姫も歩いていく、理由が分からないのだろう、困惑しながら頭を軽く下げ、直を追いかけていった。
「思いのほかキツイな」
 胸元に手を当て、傍から見ても気落ちしているのが分かるほどに、肩を落とす霜であった。あの出来事から一度も顔を合わせることが無く、先ほど久々に出会ったのだ。しかしあのような態度をされ、避けるだろうと分かっていながらも、実際目にすると辛いのであった。
「怒らせるようなことをしたのなら、謝ってきたら?」
 将は腰に手を当て言い聞かせたが、霜は首を振るだけである。
(何に対して謝ればいいのだろう、期待を裏切ったことに対してか? はたまた人を殺したことに対してか? 裏切った形になったが、殺した事が事実であることに変わりはしない)
 安楽死させた事も苦しみを長引かせないためである。
 罪に問われれば素直に答え、それにより罰せられるのなら罰をうけるつもりであり、人の命を奪うという事は、悪行だと認識しての行動である。謝罪するとその悪行から逃げ、安楽死させた人達に対し不誠実と考え、霜はこの事に関し、謝るということはしたくなかったのであった。
「早く仲直りしてね」
 何かしら感じ取ったのか、将は話を打ち切って歩きだす。
「ありがと」
 霜にとって余り気軽に話せることではなく、追求しない将に感謝していた。

「待って!」
 追いかける姫の声が聞こえないのか、直は黙々と歩いていく。
「直!」
「なんだよ……」
 姫に肩を掴まれ、振り返る直の表情は厳しかった。
「なんだよじゃないよ、どうしたの?」
「どうしたって、なにが?」
「日ノ本さんにした態度だよ」
「…………」
 答えに窮する直は痛ましげであった。
「話してくれる?」
「別になんでもない」
「直!」
「なんでもないって言っているだろ!」
 直は怒鳴り散らすがハッとしたあと、すぐさま申し訳なさそうに顔を伏せた。
「御免……もう少しまって……いつか話す」
 歩き出した直の背中を見る姫は辛かった。初めの頃は霜を敵視していた直であったが、近頃は二人が一緒に居る様子は楽しそうであった。それを見ていた姫も嬉しかったのである、しかし以前に、いやそれ以上に二人の仲が悪くなったのである。
「なにー? うるさいんだけどー」
 落ち込む二人に不快な声がかかり、思わず振り向いた直がその人物を見た瞬間に、物凄く嫌な顔をし、同じく姫のまた激しく後悔をしていた。これで三度目の邂逅を果たす、ド派手な三人組である。
「何叫んでるの、ダサー」
 黄色は馬鹿にした言いぐさをして、三人組みは侮蔑の笑みを浮かべた。
「そっちこそうるせえ、今虫の居所が悪いんだ消えろ」
 片手で頭を抱えながら、直は手を振って追い払う。
「ヒュー、おチビちゃんカッコいいねぇ」
「ああん? やろうってのか?」
 明らかに賞賛ではない鼠色の台詞に、直は食って掛かる。
「直、やめよ」
「嫌だね、こいつ等からちょっかい出して来たんだ、ストレス解消にぶっ飛ばす」
 後ろから引き止めようとする姫であったが、直は聞き入れなかった。
「アタシ等ぶっ飛ばすだってさー」
「アハハ無茶言ってさ」
「ダサー」
 三人が大笑いするのを見た直が、指揮棒を取り出した。
「こんな所でやんの?」
 くすんだ赤色が周囲を顎で指す、此処は施設の中であり、獣機を暴れさせたら警察沙汰であった。そのことに気が付いた直は、歯を軋ませながら指揮棒を下げる。
「こっちもあんたとあの暗い男が気に食わないんだ、相手してやるよ」
「どこでだ?」
「勿論獣機が使える黒卵さ」
 鼻で笑いながら黄色は直を促して受付へ行く、左右を鼠色と赤色がニタニタと笑いながら付いていき、その後ろを直と姫が付いていく。

「あんたとアタシが同時に入って、どっちが多く害獣を倒せるかで勝負するよ」
「計算は?」
「スライム十機とそれ以外一機は同じ」
「わかった」
 十一番の門の前で三人に囲まれながら説明を受ける直は頷く、その様子に姫は嫌な予感がしていた。
「私も行きます」
「ダメだね」
「引っ込んでいろ」
 直の傍に居たほうがいいと判断した姫が名乗りでる、しかし鼠色と赤色に遮られた。
「それじゃあ行くよー」
「ふん」
 気だるげな黄色と苛立つ直が黒卵へ入っていく。
 沈黙が数十分続いた後、門から人の姿が出てきた。そこにはたった一人のみで、黄色だけが戻ってきたのだった。
「直は!?」
 後ろには直の姿はなく、出てくる様子は無い。
「あははは!」
 突如笑いだした黄色は、姫に表示装置を見せびらかす。
「これって!?」
 姫は目を見開く、未だ笑っている黄色の顔には表示装置がある、つまり黄色が出てきた時には二つ持っていたのだ。
「アイツって馬鹿だよねー」
 装置を後ろへ放り投げながら笑う
「マジでこんなに上手くいくなんてありえねー」
「今頃ピーピー泣いているんだろうね」
 三人組みは大口開けて盛大に笑っている。
「直になにをしたのですか!?」
 睨みつける姫だったが、黄色は侮蔑の笑みを浮かべながら答えた。
「べつにー、スライム以外が出る所でそれ取り上げて放置しただけー」
「そんな!」
「外した瞬間あわてる姿は爆笑ものだったよ」
 姫が走り出し第二の門へ向かったが、黄色の傍を走り抜けようとした瞬間に三人に掴まれる。
「離して!」
「だめだよ」
「行かせる訳無いじゃん」
「大人しくしてろ」
 姫が暴れるが、一対三では不利であった。
「お願い通して!」
 涙を浮かべながら懇願するが、三人組は笑うだけで一向に退く様子は無かった。
「まあまあ落ちついて」
 聞き覚えのある声に、全員ピタリと止まり振り向く。
「正倉院さん……」
 そこには竜牙を連れた将の姿があった。
「直が!」
 状況を思い出し、姫は説明しようとするが将は手で遮り頷く。
「分かっているよ、さっき霜が行ったからね、だから安心して」
 笑みを浮かべる将から余裕が感じられた。
「はあ? あんなスライム連れている奴が役に立つのかっつーの」
 黄色が眉を顰める。
「それはどうかな? 水練は思ったよりも強いよ、それにここ出てくる前に成長もしたしね」
「成長してもなんにもなんねえじゃん」
 鼠色の侮蔑に将はクスリと笑う。
「スライムしか知らない奴が何言っての、霜と水練あまり舐めない方がいいよ」
 将の態度は、助け出せると霜を信頼しているのが見て取れた。それにより姫は安堵のため息をつく。
「まあそのことは霜に任せて、こっちをやろうか」
 将は笑みを消し、怒りの炎を灯した瞳で三人組みを睨みつける。竜牙も口を開き襲い掛かる体勢になっている。
「な、なんだよ」
「アイツはどうでもいいって言っていたじゃん!」
「そーだそーだ」
 三人組みは怯みながらあとずさる。
「確かにどうでもいいね、直さんは霜の管轄だから、でもね、君達に合うたび苛立たせる態度、そして今回の直さんにやった行動が腹立たしいね、一度懲らしめておかないと気がすまない」

 筈かに走る赤い光によってギリギリ壁や床が分かるが、それでも殆ど暗闇の中で直は壁伝いに歩いていた。
「何なんだよあいつ……いきなり後ろから装置取りやがって……」
 害獣が多数いないとはいえ、いつ害獣に襲われるか分からない、直は恐怖で声が震え小さくなっていた。震える身体を抑え無理やり気丈に振舞おうとするその姿は非常に弱弱しい。
 足元には猛火が常に周囲に視線を回し、警戒している。
「なんで……あいつの顔が思い浮かぶんだろうな……」
 死を感じながらも僅かに笑う、脳裏にある人物が浮かび上がり、ほんの少しだが恐怖が和らぐためだった。
「霜……」
 あれほど無視してなおかつ殴りもした。そんな奴を助けに来ないだろう、そもそもここに居ること自体分からないだろう、頭で理解しているが、それでも直の心には霜が来てくれる、その思いだけで戻ろうと必死だった。
 直が一歩踏み出した足に何かが当たる、息を呑んだ直は視線を下げて目を凝らした。殆ど何も見えない中、発する音と目の光から猛火だと判断しため息をつく、しかし、何かを威嚇するように一方を向いて唸り声を上げている。
「ひ!」
 悲鳴を上げる直は腰を抜かしそうであった。揺れ動く赤い光の球が二つ浮いており、直にはそれしか見えなかったが害獣であることは分かった。
 指揮棒を構えるが手が振るうえ、真っ暗なうえ現状を理解できないため指示が出せなかったが、猛火が害獣へ突撃する。直を助けるため自身で判断したのだろう。害獣が一機しか居ないため対処できているが、もし複数居た場合はやられていた可能性が高い。
 猛火の突撃を喰らい火花が散り、一瞬だけ明るくなる、その一瞬に写ったのは芋虫が仰け反った姿であった。猛火は素早く後ろへ下がり、直の元へ戻るが警戒を解いていない、普段ならそこで追撃するが、側を離れるのは危険と判断してのことであった。
 損傷が激しかったのか芋虫は目の光を強め雄たけびと共に立ち上がる、そしてゆっくりと猛火へ歩き出した。もう一度突撃する猛火だったが芋虫は放電を起こしながらも耐え切り、頭を上から叩き付ける、耳障りな金属が擦れる音と火花が散り、猛火は転がるがすぐさま立ち上がり再度突撃する、最初の攻撃で損傷した、脆い部分に当たったのだろう、芋虫は金属片を撒き散らしながら弾け跳び、そのまま分解が始まった。
「ありがと……」
 殆ど見えない直の足に、猛火が擦り寄ったことで終わったことを理解し、そしてそのまま未だ震える手でなでた。
 未だ怖いがなんとか気力を振り絞り、直はゆっくりと確実に歩いていった。

 昇降機のスイッチを叩きつけるように押す、下降する独特の力を感じながら霜は息を整えていた。
「はぁ! はぁ! 意地でも、突っ切る」
 霜は黒卵に入ったあと全力疾走してきたのだ。すべてのスライムを無視し、出来る限り早くと走り続け、疲労が溜まってきているが、その瞳は決意に燃えている。
「ふー……スライムは何とか行けるが……速い奴は厄介だな」
 霜は先ほどの状況を思い出し思わず愚痴る、スライムは移動速度も攻撃も遅いため、ほぼ一直線に走り抜けられたが、奥へ進めば小型の素早い害獣がいるのである。
「それでも出来るだけ早く、無視してでも行かないとな」
 水練も同意しているのか既に球体で待機していた。
「しかし、奇跡的な偶然だった」
 
 施設から出てきた二人は寮へ戻ろうとした時に、直達を見つけたのだ。まだ会えないと霜が足早に移動しようとしたが、将に言われて良く見ると不快な三人も居た。嫌な予感を覚えた二人は後を遠くから着いていく、そして様子を見ていると笑い声が耳に入ってきたのだ。、そして黄色が喋っていることが聞こえ、駆け出そうとする将だったが霜は止めに入る、直が何処に居るかも分からない状態で、闇雲に探したら余計に時間がかかるためである、将と同じく早く行きたい霜自身も、歯を食いしばり耐えた。
 三人組から情報引き出そうとしたが、近づく途中で勝手にベラベラ喋っていたためあっさり居場所がわかった。、止められる姫をみて、将が注意を引き付け、その間に霜が黒卵へ入ることになったのである。
「絶対に間に合わせる」
 昇降機が停止するのを感じた霜の手には、もう一つの表示装置が握られていた。

 金属同士が擦れる独特の音と共に放電を起こす、猛火に小型の害獣が噛み付いているのだ。身体を振り、なんとか引き剥がすがかなりの痛手を負ったようだった。
「くそ、やばいな……」
 壁にもたれる直の放つ言葉には、焦りが見える。殆ど暗闇でよく見えなかったが、ダメージを受けた際の猛火の悲鳴により、大まかだが損傷が激しくなっているのが分かった。
 懸命に守ろうと猛火は撃退していくが、指示も無く守りながらのため無傷でいられない、そのうえ赤い球が俊敏に移動していることから、今相手にしているのは苦手な素早い害獣であろう。
「どうする?」
 直は何かいい方法が無いが模索するが、焦るばかりで一向に出ず、そればかりか別の想像ばかりしていた。
「あたしもああなるのか?」
 直は首を振って思い浮かんだ映像を無理やり追い出そうとするが、脳裏にこびり付いたように離れなかった。その映像は霜が安楽死させた人達であった。スライムに取り付かれゆっくり溶かされていくか、全身を噛み千切られていくのか、どちらにしても地獄を味わうことは間違いなかった。
「あ、あはは、霜のやった事、正しかったのかもな……」
 明確に自分の末路を想像してしまった直は力なく笑い、ついには動けなくなっていた。
「もう終わりか……」
 直が周囲の様子を窺うと幾分静かになっていた。猛火は懸命に起きようとしていたようだが損傷が激しく上手く立ち上がれないのだろう。
「あ、ああ……」
 直へ徐々に近づく二つの小さな赤い球、昆虫独特の羽音を鳴らしている、それを認識した直はへたり込み、絶望に捕らわれ、力なく声を出し脅えきっていた。
 目の前に赤い光の球が漂う、直は終わったと思った瞬間に、脳裏に浮かんだ人物の名を叫んだ。
「霜!」

「水練! いけー!」
 注意を自身に引き付け、また助けに来たことを伝えるために大声を出す、それと共に少しでも早く直へ近づけるため、霜は水練を思いっきり投げ飛ばしていた。
 着地した瞬間に水練は猛回転をして、一気に射程圏内に近づく、瞬時に四角い立方体に変化しそのまま針を伸ばした。直を食おうと油断していたのか、はたまた余裕だったのか、ホバリングしながらその場でゆっくりと回転していた中型の蜂を、真横から横から一本の針で貫いていた。
「直! 無事か!」
 息を荒げて霜は直に近づいた。
「そう?」
 直は声で誰か判断しているのだろう、しかし先ほどの恐怖と見えないことで半ば呆然としているようである。
「ああ俺だ」
 近づいた霜は見た目には怪我が無いことを確認し、息を整えながら直の頭に手を置き優しく撫でる、しかしすぐさま離れ腹部に直が当たるのを感じていた。
「直……無事でよかった」
 直が霜に抱きついたのだ。震える肩を霜は抱きしめ、背中を慰めるように優しく叩いていた。
「もう少しこのままで居たいけどな」
 言いながら霜は直を優しく離し、表示装置を手渡す、直は泣き顔を見られたくないのか、目の辺りを拭い素早く装置を付ける。途端息を呑むのが聞こえた、猛火の状態を見たのだろう。
「猛火……ありがとう」
 大破とはいかないもののそれは酷い有様であった。所々穴が開き、装甲も部分的にはがれている、移動は可能だが戦闘は無理に近かった。
「すまないが急ぐぞ」
「ん、どうしたんだ?」
 鼻を若干すすっているが、声は元気になってきていた。
「実は此処まで全速力で走ってきてな」
 振り返り霜は後ろを指差した。
 そこには十機ほどの害獣が迫って来ている。全体的に足が鈍い者ばかりだったが、しつこく追いかけてきたのだ。霜が急ぐため殆ど無視して走ってきた結果である
「そんな……どうするんだよ」
 あまりの状況に直が弱弱しい声を出すが、霜にはまだ一手残っていた。
「これを使え」
 直は首を傾げながらも手渡された乾電池を使用する。
「さて、何処までいけるか?」
 霜が指示を送ると水練が跳ねる、行き着く先は猛火であった。
「な、なんだ!?」
 直が驚くのも無理は無い、猛火に接触した瞬間に、水練は小さな核を残し幕の形に変化したのだ。その後猛火にまとわり付いていく、外装の損傷部分を埋め、残りは全て部分的に覆っていく、残った核は下へ回り込み張り付く。
「……」
 言葉が無い直をよそに、猛火の状態を見て霜は上手くいったと確信した。猛火の損傷部分は全て修復されており、なおかつ猛火の姿は一変していた。両脇から長めの白刃が飛び出しおり、前面部には巨大な銀色の錐がついている。先端にいくにつれ尖っていく形で、根元の太い部分は猛火の胴回りと同じぐらいである。
「直」
 霜が声をかけると。直は意識を取り戻したかのように振り返った。
「何だよこれ! こんなの今まで見たこと無いぞ!」
「此処に来る前に成長した、そのとき付いた機能だ、いけるか?」
 表示装置で視界も戻り、戦える状態になったせいか直は威勢よく頷く。
 大分近づいてきた害獣達に向かい直は指示を出した。今までの鬱憤を晴らすためか最初からブースターを使用していた。
 ボーリングのピンの如く、弾け飛ぶかと思われたが、前後に二機まとめてくり貫かれたように大きな穴が一つ開く、よく見ると穴をから左右にも切れ込みがあり各一機ずつ、計四機始末していた。
「戻してくれ」
 予想外の出来事に声が出ないのか、無言のまま直は呼び戻す。突進しながら戻ってくる猛火はそのまま害獣達を背後から襲い、逃げ遅れた二機ほどを刈り取っていた。
 足も覆われている効果か殆ど滑らずその場で急停止をし、猛火は守るように霜達の前で威嚇している。先ほどの威力を目の前にして物怖じしているのだろう、害獣は微妙に後ずさりしていた。
「とり付いた獣機によって形状も変わるのか」
 霜は観察しながら感心する。
「霜もよくわらないのか?」
「ああ、成長した時に将が居た。竜牙にとり付かせてみたら尾が倍に、顎も凶悪になったな」
「あの竜牙が凶悪化か……恐ろしいな」
 竜牙の暴れる姿を思い出し、霜は直の意見に大きく頷く。
「とりあえず、残っている害獣を手早く始末しておこう」
「任せろ!」
 前足を引っかく猛火と、腹を括ったのか唸り声をあげる害獣が正対する。害獣が一斉に襲い掛かった瞬間、炸裂音同時に穴が開き切り裂かれ、穴の向こうでは急制動をかけて反転する猛火の姿があった。
「よっしゃ!」
 余程爽快なのだろう、直はガッツポーズをしていた。

 昇降機独特の加重を全身に感じながら霜は口を開く。
「姫が心配していた」
「そう……か……謝らないとな」
 心配掛けた事が申し訳ないのだろう、直が俯き肩を震わせる。
「直……」
 慰めようと霜が頭を撫でようと手を伸ばした。
「それと」
 ポツリと呻いた直の雰囲気に霜の手が止まる。
「あの三人には、お礼をタップリとしないと……な」
 そこには鬼が居た、いや悪魔かもしれない、それほどまでに怒りに染まった直の声に重さがあった。手は獲物をいたぶる様子が分かるぐらい、ワキワキと握ったり開いたりしている。霜は触らぬ神に祟り無しと、ゆっくりと手をもとに戻した。
「それはともかく、早く戻って姫を安心させないとな」
 顔を上げる直は先ほどの声が嘘であったように、華やかな笑みを浮かべていた。釣られて霜も暖かな微笑を浮かべる。
「大分直らしくなってきた」
「そうか? へへ、なんだかあたしの事分かっているみたいで、くすぐったいな」
 直は頬を掻きながら返答していたが、動作一つ取っても嬉しさが出ており、非常に軽やかである。
 昇降機が停止し、再び歩き出すが隅にスライムの塊が蠢いていた。
「あ」
 直は身体を一瞬震わして立ち止まり、霜を見るその瞳は困惑と悲しみを帯びていた。おそらく喧嘩の原因となった出来事を思い出しているのだろう。
「とりあえず水練を分離させて、一体仕留めてみる」
 指揮棒をを振るって指示を出す、分離する水練だったが一部分残していった。猛火の損傷部分をいくつか補修したままにしておくためである、その分水練も損傷するが戦闘は出来た。
 水練をゆっくり近づかせ、射程ギリギリでスライムを一機仕留める、途端一斉に水練へ飛び掛ってきた。
「直頼む!」
「了解!」
 霜は水練を呼び戻し、入れ替わるように猛火が突撃する。幾分損傷しているとはいえ、威力は申し分なく一撃で大半は葬っていった。周りに散ったスライムを水練が針で仕留めていき、あっという間に全て始末した。
「何も無くてよかった」
 前回は一瞬身体の一部が見え、捕食されていると霜には分かったが、見えないと捕食か単なる塊か判断出来ないのである。そして今回は単なるスライムの塊であった。
「……なあ」
 直が遠慮しがちに声をかけた。
「あのときは悪か――」
「直」
 霜は全てを言わせないために直の言葉を遮る。
「あれは俺が勝手に言っているだけだ、その価値観を押し付けるつもりは無いし、完全に正しいとは言わない、直は自身の思う通りに行動すればいい」
 霜は相対して視線を合わせる
「でも」
「俺は助からない可能性が高いと殺すことを選んだ。しかし直が言ったように、外に連れ出せたらもしかして助かったかもしれない、直にはその気持ちを出来れば持っていて欲しいと思っている……どうするかは直しだいだけどな……」
「……わかった」
 真剣に直が頷くのを見て霜は歩き出した。

 暫く歩いていると直は顎に手を当てたまに頷いていた。
「どうした?」
 霜は隣を歩き、直に問いかける。
「今回の出来事は色々と実感できた事が多かったな」
「実感?」
「表示装置が無いとまるで分からん! 真っ暗で何処へ進んでいるのか、獣機の状態も周囲の情報も無いから指示が出せない! そのうえ余計損傷して状況悪くなるし、何時何処から害獣に襲われるかっていう不安と暗闇で物凄く怖いんだよ!」
 怖がっていたことを吹き飛ばすためか、直は吼えまくる。
「でも……」
 とたん静かになり霜を見ながら直は首を傾げる。
「その、なんだ? 上手く言葉に出来ないんだが……お前の顔が浮かんだら少し落ち着くんだ」
「普通の顔だと思うが」
 霜は言われていつも鏡で見ている自分の顔を思い浮かべるが、よくわからなかった。
「そうなんだよ、今見ても平凡だけど嫌じゃないし」
 直の視線を感じ、霜は思わず目を合わせた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あ、あんまりこっち見るな、落ち着かねぇ」
 両手で霜は押し返された。
「今さっき落ち着くと言ったが?」
「しらねえよ! あたし自身も分からないんだから!」
 顔を赤らめた直に顔を強く押され、耐え切れなくなった霜は前を向く。
「ほら! 行くぞ!」
「了解」
 霜は背中を押されながら直と出口へ向かうのであった。

 霜は念のために水練を再度とり付かせてさらに戻っていく、通常の猛火でさえ余裕があったが、とり付き状態だと無双状態であった。急停止が出来るため戻ってくる際も鋭い角度ですぐさま戻ってくる、霜と直と二人だttが守ることもたやすかった。
「なんだ?」
 大分戻ったとき直が声を上げる。顔を近づける動作をして、目を凝らしているようだった。
 霜も同じように凝視すると、遠くで数人何かしているのが見えたのだ。
「姫?」
「それと将、あの三人組もいるな」
 入り口近くに戻っていたのだろう、霜に将達の姿が見えた。
「何か重苦しい雰囲気だな」
「そうだけど、とりあえずあたし達が無事だった事伝えようぜ」
 そう言うと直は手を振り姫に近づき、霜も追いかけていく。
「姫ー!」
「直!?」
 直の声に反応した姫は勢いよく振り返った。そして走りよる直を強く抱きしめていた。
「直……良かった……」
「……」
 泣いているのだろう、姫の声が震えている。慰めるように直は背中に手を回し抱きついていた。
「おつかれ」
「おう」
 将が手を掲げ霜はその手を景気良く叩く。
「なにしているんだ?」
 霜は壁側に視線を向けると、そこには頬を真っ赤に晴らした三人組が居たのである。一言も発せず大人しく正座していた。
「三人組の獣機は竜牙が粉砕吸収したよ、弱かったね」
 クスリと笑う将から三人組は顔を青くして。視線をあわせないようにしていた。
「頬の腫れは?」
「ああ……あれね……」
 将が気の毒そうに話すのは気のせいであろうか。
「姫さんがやったの」
「なにをしたらこうなるんだ……」
 姫の名前が出た途端、三人組が一瞬震えたのを霜は見たのだ。
「頬に一発引っ叩いた」
「一発だけか?」
「うん、でもその一撃は凄かったね……人間の錐揉み回転なんてはじめて見たよ」
 将はどこか遠いところを見ながら話していた。
「錐揉み……相当怒が篭っていたんだろうな」
「いや、結構普段から力あるみたいだよ?」
 将が指した方に霜は顔を向ける。
「むぐ! むぐぐー!」
「本当に良かった……」
 姫の大きな胸に、顔をうずめる直が離れようと手で押し返しているが、びくともしないようである。姫が全く気付いていないので、余程強い力で抱きしめられているのが分かる。
「武野原」
 霜は見かねて姫に声をかける。
「直……」
 聞こえていないのか無視され、仕方なく霜はため息一つつくと、気付けに姫にデコピンをかました。
「痛!? なにするんですか」
 姫はおでこを赤くしてながら、抗議の視線を霜に向ける。 
「直がやばい」
「え? きゃー!」
 霜はぐったりし始めた直を指差した。そのことで直の状態に気が付いた姫は、急いで引き離していた。
「死ぬかと思ったぜ……」
「ごめんなさい! ごめんなさい」
 若干ふらついている直に向かって、姫はコメツキバッタのごとく頭を何度も下げていた。
「霜達はこいつらどうするの?」
 服を引っ張られた霜が振り向くと、将が三人組を指差していた。
「どうもしない」
「え?」
「正確にはどうでもいいな、直も無事だったから、こいつらなんぞしったことではない」
 三人組に時間や手間を割きたくない霜は冷たく言い放つ。
「あたしは施設に連絡しておくが……正直姫達と再会したらどうでも良い、それに姫と将からきついの貰ったみたいだからな」
 錐揉み回転するほどの一撃と竜牙の凶暴さが、かなりの激痛と恐怖を植え込んだのだろう、三人組は震えるばかりであった。



[34943] 探索者 最終話
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/12/01 19:22
暗闇に青い三つの点が上下に揺らめき、そこから下がった位置には帯状に光るモノがあった。
 日も射さない冷ややかな空気の中、金属がぶつかり合う音が響き渡り、命のやり取りを行う緊張感が漂う。
 しかし、その音に混ざり、その場にそぐわない陽気な鼻歌が奏でられていた。
 よく眼を凝らすと光の帯には女性の眼の辺りが透けて見え、また鼻歌もその女性から聞こえている。
 高い位置にある三つの点が方向を変えて光る帯へと向けられる。三つの点の内側では、この暗闇は昼間の如く写っていた。
「直、調子いいな」
「最近霜といるのが楽しくってな」
 共に探索にいそしんでいる霜と直の二人であった。
「俺? 武野原は?」
「最近一緒に探索して無いんだ。姫を誘っても、こっちは気にしないで、て言って生暖かい目でこっち見ながら断ってくるんだ」
 首を傾げる直であったが、霜は検討がついていた。直と霜が付き合っているとでも思っているのだろう。
 そのときレーダーに反応があった。
「直」
「うん」
 短い応答で互いにやることが理解できている。置き去り事件から月日が経っていたが、直はいつでも一緒に行くという宣言通り霜が探索するときには、常に一緒にいるようになったのだ。
 害獣が複数のいたが、霜は水練を先行させて最大射程まで近づけ、暫く様子を窺っていると蛙型が一機だけ僅かに離れる、その瞬間水練は針を伸ばした。
 離れた蛙型に当たるが火花が散るだけで、損傷を与えていないのが分かる。
 しかし、意識を霜達に向けることが出来た。周囲の害獣は離れていたため気が付いておらず、蛙型一機のみ襲い掛かってきたのだ。そのままつかず離れずを維持しながら他の害獣から離れていき、戦闘時に横槍を入れられない位置まで行くと、水練と猛火で同時に襲い掛かる。
 一緒に探索する回数も増えれば、互いに連携も上手くこなせるようになっているのは当然のことで、一機の害獣を猛火と水練の二機で相手取ることが最善であった。
 二機で襲っているが現在位置は霜達にとって自己最高の深度に達しており、所々レアメタルも混じり始めているため、害獣はかなり手ごわく同数ならかなりの痛手を負うだろう。
 水練が一定の距離を維持しながら蛙型の周囲を回り、側面や後ろなど優位な位置を取った瞬間に立方体になり針を伸ばす、その速度は初期に比べだいぶ速い、同じ技術を繰り返していくと最適化されていくのだ。だが残念なことに蛙型もすんなり取られるようなこともさせず、右に左にと身体を回し水練を正面に捉えようとしていた。
 霜は内心ほくそえんだ瞬間蛙型が弾け飛ぶ、猛火が突撃したのだ。横転する蛙型に水練が装甲の隙間をねらって次々に針を突き刺していく、
 火花が散り放電も起こしていくが、起き上がろうと激しくもがく姿から仕留めるにはまだ掛かるだろう。
 起き上がった蛙型が後方へ大きく跳ね、仕切りなおしとなった霜は小さく舌打ちをした。この害獣は蛙ゆえに舌を鋭くして伸ばしてくるのだが、その威力と射程は水練を大きく上回っていた。
 指示を出して水練を左右に振りながら間合いを詰めさせるが、敵も易々と近づけさせない。
 そこへ再び猛火が襲い掛かるが、蛙型も学習したのかあっさりと避けられてしまう。
 しかし、その間は攻撃が止まるのだ。一気に接近した水練は先ほどの間合いを取り、周囲を回り始める。
 水練がかく乱しつつ、隙を付いて猛火が一撃を加える、この連携は二人で相談し合い、試行錯誤した結果である。
 時間はかかるが確実性があり、実際に現在の目標である蛙型を仕留めるのであった。
「今のところはこの連携でいいが、もっと進むと上手くいかなくなるな」
 一息つきながら霜は愚痴をこぼす。
「そこは気合いと根性で!」
「いけたらどんなに楽か……」
 拳を頭上に掲げる直をよそに、顔を手で覆う霜である。
「じゃあどうするんだ?」
 直に問われ、霜は思考を巡らす。
 このまま進めば水練達も成長し、より複雑な連携も出きるようになるだろう、しかし、同数より上の数で襲われると危険であった。此方も数を揃えればいいかもしれないが、即席で組んだところで上手くいくとは考えにくい。
「将と武野原の二人を組み込むか……」
 霜と将、直と姫はよく組んでいたのだ、全く知らない者よりかは分かりやすい、それに多すぎることもなく、また少ないということもない、いざとなったら二人づつ分けることも出きる。そこまで考えた霜は案外行けるかもしれないと希望を見いだした。
「希望的観測しかないが行けるかもしれない、とりあえず武野原に話をしておいてくれないか?」
「分かった、今日の飯時にでも聞いてみる」

「と言ったことなんだけどどうだ?」
 食後の雑談で騒がしい中、直は問いかける。
「直達がいいなら私は構わないよ」
「よし! じゃあ霜に連絡しておくよ」
 直は嬉しそうに携帯を取り出すのだった。
 連絡も終わり、雑談をしながらココアを飲んでいる直が首をかしげる。
「あそこのやつらがさ、誰が好きだのなんだのって話しているだろ」
 直が指している方を姫が見る、そこにはひとつの集団が楽しげに話しているだろう。
「人を好きになるってどんな感じかと思って」
 ココアを飲み一息ついたときには、姫は目を瞬いていた。
「そんなにも驚くことか?」
 姫の態度に直は不機嫌になる。
「ご、ごめんなさい、もう知っているかと思っていて……」
「どういうことだよ」
 手を合わせる姫の言葉に、直は全く検討がつかなかった。
「日ノ本さんのこと好きなんでしょ?」
 何を言われたのかなかなか頭に入らず、直は沈黙する。
「ば! なに!?」
 霜の顔が浮かんだ瞬間に直の顔がほてり、心臓が高鳴った。
「胸が苦しくなったりしない?」
 楽しげに笑いながら、姫はなおも追及していく。
「な……なる」
「人混みの中のでも、ふと気付けば探していたり」
「ある……」
「一緒にいると嬉しかったり」
「……」
 姫に次々に言い当てられ、直は呆然としていた。
「この前デートしていたよね」
「デート!?」
 デートという言葉の衝撃に直は思わず立ち上がる。
「二人きりで遊ぶのは好意を持っているからだよね?」
 姫に問われ、直は答えに窮した。
「あ、あたしは」
 己が行動に驚愕した直は、余りの驚きに震える手の平を見詰める。
「霜が……日ノ本霜が……」
 直は小さく、だがはっきりと口にしながら、鼓舞するように手を強く握りこんだ。
「好き」
 呟いた途端、しっかりと自覚をした。
 いつごろから好きになったのか直は正直分からなかったが、途中から霜が殺人を犯したことを、否定するために調べていたことや、死にそうになった時に霜が浮かんだことなど、直が霜に対する行動の理由が、パズルのピースがはまるかのごとく納得できた。
(霜が好き)
 心の中で再度認識すると、胸が高鳴り苦しくなる。しかし、それは嫌な感じも無くむしろ嬉しく感じ、霜の姿が思い浮かぶと心の中が温かく安心する、そして側に霜が居ないことに寂しさも感じていた。
「ふふふ」
 嬉しそうな笑い声に直が我に返ると、姫が生暖かい視線を向けていた。
 姫一人だけではなく周囲の人達の視線もあった。生暖かい視線の他に、嫉妬にまみれた人や好奇心に眼を輝かせている人など、様々な視線に晒されていた。
「なんで?」
 なぜ見られているのか不思議に思った直は姫に尋ねる。
「直が好きだって口にして、百面相しているからかな」
 探索者または関係者を目指しているとはいえ、女子高生である。噂話や話題のテレビなど色々話が尽きないが、もっとも気になるのは恋愛関係であろう、そんな気になる話を近くでされたら、耳を大きくして集中すること間違いなしであった。
「告白するの?」
 姫は期待するかのように眼を輝かせた。
「こ、告白か」
 伝えることに妙な恥ずかしさが襲い、直は顔を赤らめて俯いた。
言うことは恥ずかしい、しかし、伝えた気持ちもある。いい返事がくれるだろうか、それとも駄目か、駄目だと返答されることを考えると、胸が痛み途轍もなく不安になる。殴ったこともあったし、性格から周囲を気にせず行動し、迷惑をかけているだろう、だけど頭を撫でてくれた、置き去りにされたときも一生懸命助けに来てくれた、少なくとも嫌われていないと思う。
 色々なことが頭の中を駆け巡り、直は赤くなりながらも頭を抱え振りまくっていた。しかし突然止め、此処で考えても始まらない、ただ行動するのみと直らしい決意をすると勢い良く顔を上げる。
「告白する!」
 その瞳は燃えていた。
 声も高らかに宣言すると周囲から感嘆の声があがると共に、応援されるのであった。

 一瞬電子音が鳴り、布団から霜が上半身を起こした。目覚ましが鳴ったと同時に眼が覚め、素早く止めた結果である。
「直が夢にでた」
 水練に明瞭な発音で話しかける霜は、寝ぼけるようすも無く、それほどまでに良い目覚め方であった。
 何処かの街を直と二人で歩き、霜の腕を抱えながら明朗に笑う直など、見ていた夢もいまだ消えておらず、思い出すことも出来た。
「直か……」
 夢に出てきたは全く嫌ではない、むしろ嬉しかったりする霜である。思わず口角が上がり、隠すかのように口元を手で覆う。
 直に恋愛感情を抱いていることを、霜は既に自覚しているのだ。直を助けに行ったあと、なぜあそこまで必死になったのか自問自答した結果である。その後何度も二人きりになる機会があったが、慎重な性格が災いしてなかなか言い出せないでいた。
「いつか出来るといいが」
 眉間にシワを寄せ呟いたあと、頬を叩き気合を入れて勢いよく立ち上がり、顔を洗いに洗面所へ向かうのであった。

「よし、じゃあ学校行こうか」
竜牙を引き取り、将は気合と共に歩きだす、そのあとを霜と水練はついていく。
「ん~いい天気だね」
「ん」
 学生服と、白い学校指定のコートを着て二人は道を歩く。
「そういえば……」
 霜の前に回りジッと見詰める将を、首をかしげながら無言で霜は見詰め返す。
「うーん……まだ悩んでいるの?」
「心配かける」
「心配っていうか若干呆れているよ、ある日突然僕の部屋に来たと思ったら、直が好きなのだがどうすればいい、だもんね」
 将は腰に手を当て、声真似をしながら怒った振りをする。
「自問自答で理解できたが、なにをどうすれば言いか無駄に悩んだ」
「告白すればって言ったら凄く納得していたよね」
 霜が落ち込む姿を見て、将は首をすくめるのであった。
のんびり二人で歩いていると校門のど真ん中で仁王立ちしている人物が居た。
「あれ何しているんだろ?」
 鳥の巣のようなベリーショート、小柄な身体と八重歯で活発な印象を受ける少女の直である、その傍らには勿論猛火がいた。
 そんな女子を後ろからオロオロと話しかけている女子は姫である。
 必要な所にしか脂肪が無い魅力的な身体と、腰まである長い大きなみつあみを揺らし、直を説得しているようだが効果はないようであった。
周りは何事かと視線を向け、女生徒は訳あり顔で遠巻きに眺め、男子生徒はつられるように人が集まっていた。
 そんな中で霜は落ちつけるわけが無い、更に直が一直線に睨んでいるのだ。どこか既視感を覚えながらも、霜自身としては、最近何か彼女に酷いことをした覚えも無い、だが彼女に視線はやたら熱い、色恋沙汰に似た熱さであった。
「日ノ本霜!」
 視線も逸らせぬまま近づいた時直が口を開き、その問いに霜は頷き肯定する。
「水無瀬直は!」
 直は右腕出し、勇気を振り絞るかのように握りこんで霜を睨む。
「直、本当にこんな所でするんだ、気が早いよ」
 先ほど説得していた姫は諦めたのか、肩に飛燕を肩に乗せ頭を抱える。
「お前が好きだー! あたしの男になれー!」
 朝の学生が往来する校門で、天まで届けと言わんばかりに、大きな声で滑舌よく告白したのだった。
周囲の学生も何事かと立ち止まり、朝の爽やかな空気が一変して緊張が辺りを包む、直と霜へと視線が集中するのは、霜の返答待ちなのだ。
 先に告げられたことの後悔や、好きだと言われ嬉しさがこみ上げるなど、色々なことが頭のなかで殺到し長い沈黙が流れる、しかし直が震える姿を見た霜は、口を開くと同時に直の右手を優しく包み込む。
「よろしく、俺も直のことが好きだ」
 一瞬の静寂の後、周囲が喝采に沸きあがり、直は涙目になりながら霜に抱きつくのであった。






後書き
 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
 正直に言うとこの最終話は失敗しました。 最終話の後半を一個前にもって行けば綺麗に収まったと思います。 おかげで多少付け加えが上手くいかず、何を書いても蛇足な気がしてなりませんでした。無ければないで3000文字ぐらいので凄く短くなってしまいますね。


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