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[34561] (IS)インフィニット・イクサス 狂人が夢見た漆黒の無限
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:7f3fcfb8
Date: 2012/10/21 21:40
■注意!
・『インフィニット・ストラトス』の二次創作です。
・オリジナル設定を含みます。
・プラネテス設定やキャラが一部入ります。
・オリキャラは基本モブ(AとかKとか)以外出ません。
 IS原作以外のキャラで名前がついてるのは何らかの元ネタがあります。
 ビリー・G=AIが止まらない! 等
・作者はいろいろ残念です。誤字とか。
・これは作者のストレス解消駄文です。(更新諸々)過度な期待はしないで下さい。

○インフィニット・イクサス(旧版)を読んだ人へ
前に書いてたやつがちょっと気に入らなかったので再構成しました。
ここが変わっています。
・ヴェルナー君はいなくなりました。
・オリキャラはほぼぼかします。
・あれ?束博士の様子が??

○その他
旧版をネタ板に移動させた後に【習作】つけわすれてたんで全消ししました



[34561] 1.混ざる
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:7f3fcfb8
Date: 2012/08/13 01:06
月が綺麗な夜だった。
普段、気にすることすらなかったその明かりは、屋根に空いた隙間から煌々とこの室内を照らす。
ようやく暖かくなってくる季節ながらもまだ肌寒い室内の僅かな温かみに少し和む。
まあ、和む状況じゃあないけれども。
鉄骨の柱に括りつけられ両手両足を縛られている状況は和む状況じゃ絶対にない。
だけど、それさえ薄れるほどに強烈な何か。
心臓の鼓動が少しずつ早くなる。
それにしても綺麗なものだ。
普段は見ない夜の空をじっくり見る機会を得ただけでも、少しは誘拐犯を許そうという気分になる。
ほんとうに綺麗だ。
そして思う。
「あそこに…行きたいなあ」
口が勝手に動く。
…どこに?
「…」

『宇宙に』
…宇宙に?

確かに、そうだなあ。
あの広い空を征服して、人が行ける限界まで行って。
ライト兄弟が切り開いたように。
フォン・ブラウンとコロリョフが切り開いたように。
グスコーブドリがその命をかけて人のために生きる道を切り開いたように。
「俺も…オレのエンジンで人を幸せにしたいなぁ」
宇宙、愛しい宇宙。
人の次の住処。
屋根の隙間の月に手を伸ばそうとする。
縛られてるから出来るわけがない。
まるで今の人類のようじゃないか。
「近いけど、遠いなあ…」
だが人は一度足を踏み入れた。
そう、たった一度だけ。
だが、それだけじゃあ満足できない。
人は飛躍する。
富を手にするために。夢を手にするために。
その為ならばなんでもできる。
ひとの命だろうと自分の命だろうと。ベットするのを戸惑わない。
何かに頭が満たされる。
なんだろう?
分からない。
わかるのは一つだけ。
「いい、夜だ」
それに、いい夜だ。
「陸に降りるのは何年ぶりだろうなぁ…」
陸?
…今オレの口は陸って言ったのか?
じゃあ今までオレは…
「どこにいたんだ?」
そう口にした時、唐突に面前の倉庫扉が歪む。
メキメキめきと音をたてながら東風開けられた扉から光が漏れる。
なんだ、眩しいなあ。
そう思いながらも目を細めて視線は前。

扉の隙間からぬうっと姿を表したのは装甲…いや、ISに身を包んだ女性。
見覚えのある女性。
厳しい表情をしていた彼女はオレを見つけてその顔が安堵に変化する。

「イチカ!!無事か!!」
そしてそのまま駆け寄ってくる。
その後に続くように次々に黒い人影。SWAT?
彼女に抱きしめられながら、ひとつの疑問。

イチカ?

…誰だそれは。

聞き覚えのある名前だ。
身体が覚えている名前だ。

イチ…夏…?

一…カ?

そんなオレの様子を何か危険な状態と勘違いしたのか彼女の表情に焦りが見える。
「一夏!一夏!!しっかりしろ一夏!!直ぐに病院に運ぶ!もう大丈夫だ!!」

必死さの滲み出る表情で、彼女は俺の肩に手を回す。
うるさいなあ。
こちとら数年以上月面にいたんだ。
地球の重力は重たいんだよ。
というか変な人だな。救助隊にしては少し感情的すぎる。
まるで身内がひどい状態になっているようなそんな感じ。
あぁ何だチフユネエ。そんな顔をして。
俺は大丈夫。無事だよ。
なんだ、意外に弟思いなんだな。

弟?

…。

「…あぁ、そうか…」

オレの名前か、イチカっていうのは。
担架に乗せられながらその名前が自分だと理解する。
目の前には赤いライトを回す救急車と心配そうな千冬姉。
そんな顔をするなよ。
俺の身体は大丈夫。

オレが誰かは…落ち着くまで待ってくれ。
救急車の天井をボーっと見る。
横にいる白い上着を着た人が話しかけてくる。
「意識はありますかー?」
「…………はい」
少し朦朧とするだけです。
「そうですか。では貴方のお名前は?いえますか?」
「…」
名前…?
「お名前ですよ。ご自分のお名前を言えますか?」
オレの名前は…。
「…ヤ―ガ――」
「はい?」
「シン・ヤマガタ―――――」
声にすると同時に、意識が落ちた。









ゴゴゴという地響きと共に、建物を支える鉄骨が目の前に落ちてくる。
同僚はことごとく床に転がるか、落ちてきた柱に挟まれている。
非常灯が管制室を照らし、レッドアラートが鳴り響いている。
うめき声が本当ならば聞こえるのだろうが、アラートがかき消していた。
エンジンを制御する制御室はすでに天国へと旅立ち、安全装置はすでに消滅していた。
暴発して月面に汚い花火を打ち上げるのも時間の問題だろう。
デブリ屋の皆さんにはさぞ恨まれるだろう。
「…っは、はははは、今さら何を!」
解っていた事ではあった。
本来、構造的に暴走しようの無い核融合炉を、その出力を上げる事と引き換えに暴走し得る様に設計したのは他ならぬオレである。
その結果が予想できなかったわけが無い。いや、予想できていた。
予想した上で、あえて実行した。
すべては目的のため。
これが完成すれば人類の行動範囲は飛躍する。
人類の飛躍と研究員365人の命、天秤にかけるまでもないだろう。
人はいつか死ぬ。
それが速いか遅いか。それだけの違いだ。
そしてその間にいかに何を生み出せるかだ。
ここの研究員は十分に生み出した。
欲を言えばもっとできるが、天秤にかけた結果、今の結果がつりあわないものではない。
かつて錬金術師が言った等価交換の原則で言えば、十分に対価は得ている。
腹部に手をのせる。
ニチャっとした不快な感覚と共に手が汚れた。
部屋の明かりが赤くて色はわからないが、自分の血液だと言うことは直感的にわかった。
ここはもうダメだろう。
オレも、もうダメだろう。
さて、最後の一仕事だ。
「っ…ぐぉ…」
あちこちで不具合に悲鳴を上げる身体。
「…おおぉぉぉおおおぉぉぉぉおお!!!!」
それを無視して、机の上の衛星通信機をつかみ、データの転送を行う。
目の前に落ちていた鏡から見える自分の顔は血まみれで、生きているのが不思議なくらいだ。
「っは…うぐっ…はぁ…はぁ…」
送信モードのダイヤグラムが正常にデータを送る、
これで大丈夫。
これで実験は『成功』だ。
あぁ、めまいがする。
あぁ、見たかったなあ。
木星循環船―――――。


フォン・ブラウン号


まあ、いい船に…仕上がるだろうから…
…満足では、あ…る―――――


「―――――」
チチチとススメが外で鳴く中、酷い違和感の中で視界が朝日にゆがむ。
ついさっきまで全身にあったはずの痛みはなく、赤い非常灯の明かりが見えていた視界には穏やかな朝日が見える。
チチチという鳥の声がそれを助長する。
「ひどい寝汗だ」
全身がべっとりと汗を書いていて、パジャマが肌に張り付いている。
入院して今日で5日目。
5日連続の悪夢。
「今日も最悪な目覚めだ」
そりゃあ悪夢だ。
あんな今際の際。
リアルな今際の際。
余程の悪夢だ。
「夢、か…」
呟いて夢を思い出す。
アレはホントの夢なのだろうか?
オレはそう考えた時、夢だと断言できない。
全てはあの日から。
誘拐され、助け出される直前のあの夜。
空を見上げて感じた愉悦から。
オレは俺なのかが自信がない。
「俺は…だれだ…?」
誰も答えてくれない問を小さくつぶやく。
ひらめきや気づきの瞬間に「あっ!」と感じる体験をアハ体験という。
脳の元からあゆ情報を総括して、その眼の前の情報を理解することだ。
なら、自分が知らないはずの記憶が流れてきて、それに納得してしまうことはなんというのだろう?
情報と執着とが一緒に浮き上がり、どうしてもそれをせずには居られないのはなんというのだろう?
そして、その流れてきた記憶と俺が俺だと思っている記憶。
どちらが正しいかを分けるのは、何なのだろう?

あの事故以来、自信がない。

分からない。
今あるのは、空を見た時の胸の高まり。
自分の手に収まるものの執着心。
その二つだけはオレがオレたるものだと断言できた。
それ以外は、分からない。
どうしてこうなってしまったのだろうか?
世の中っていうのは、理不尽だ。

夢のたびに織斑一夏ではない記憶が流れてくる。
木星循環計画のエンジン制御分野の責任者。
磁気流体力学の第一人者。
『ここ数ヶ月』はニューアラマゴルド実験場という施設に缶詰状態。
そして、あの事故。

そいつの名前はシン・ヤマガタという。

オレは誰だ?

『オレは織斑一夏だ』

そう断言できる。
だけど、

『俺はシン・ヤマガタじゃない』

とは最近断言ができない。


希求心がオレに残っている
今までの記憶は本物でありたいと思っている。











※『オレ』と『俺』は誤字じゃありません。



[34561] 2.侵食
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:7f3fcfb8
Date: 2012/08/18 20:54
【geekleニュース】
学生がイタズラをするのは万国共通。大抵はバレたときは親なり先生なりに怒られてそれで終わりである。
だが日本I県S市の中学生・一夏君が起こしたイタズラはちょっとヤンチャでは済まないものだった。
彼の『イタズラ』がバレたのは地元の神社の宮司が月の電気代が異常に安くなっているのに気づいたから。
原因を調べるために来た電力会社の職員が見覚えのない送電線をたどっていった先に見つけたのは…!なんと!
驚く無かれ『核融合発電所』だったのだ!
そう、一夏君はガラクタを集めて核融合が可能な原子炉を作り、信じられないことにヘリウム核融合による発電をしていたという。
しかも、成功した場所というのが神社の裏の掘っ立て小屋というから仰天だ。
ヘリウム3をどこから入手したんだとかそういうツッコミもあるがまあそれはおいておこう。
普通の中学生がプラモデルを作るのとはワケが違うため、ご近所さんたちはドン引き……というかドン引きどころの話ではない。世界中の研究機関でも核融合炉による発電は愚か、実用的な発電を行うための長時間連続稼働さえ実現していない。
なお、取材陣がインタービューを行ったところ「電気代節約になってよかったじゃん!オレは悪いことはしていない!!」と言いながら黒服を着た人たちに連行されていた。
いやはや、天才はどこにいるのかわからない。
ちなみにこの一夏君、世界的なIS選手である織斑千冬選手の弟で、その上、篠ノ之束博士とも親しい知り合いであるらしい。
…類は友を呼ぶ、ということだろうか?


【文科省ニュースリリース】
藍越工科大学の研究チームはこのほど、奥多摩キャンバスの実験場でD:3He反応核融合炉の24時間連続稼働に成功した。
この実験は既存の方式とは異なるヤマガタ方式による反応維持方法を実証するためのものではあるものの、ヤマガタ方式のこの実験炉は実用炉でも既存の工学技術で十分建設が可能であるため、規模を拡大して発電機構を設置した場合、商業ベースで実用的な核融合による発電が可能になる。
その場合の発電量は1基あたり約160万kwに達する。
(藍越工科大学広報)


【ウォールニュース】
株式週間展望――希少ガス製造・特殊鋼・重電関連が上振れ。日・藍越工科大による核融合炉連続稼働実験の成功により。
主な値上がり銘柄
ハツシバ/クラモチTL/オルコット/GE/ラインメタル/E.ON/ガスプロム/BHP/デュノア/....(link:もっと見る)


退院から3週間後、またはここに来る1ヶ月前。
割りと危うい精神状態で地元をさまよっていた俺は、心を落ち着けるために、小さい頃によく遊んだ篠ノ之神社に着ていた。
なんとなく気になってその裏山に行ってみると掘っ立て小屋。
そしてその周りには廃材が山と転がっていた。
廃材とは言ってもそれなりに使いようのある機械類もあった。今考えてみればアレは束さんが昔使っていたものなのかもしれないと思う。(ヘリウム3もその廃材の山にタンクに入ってあったし。)
とにかく、それを見た瞬間オレの脳裏に一つの衝動は走った。
…試したくなったのだ。
あの夜以来、日に日に明確になる俺じゃない『記憶』『知識』。
それは本物なのだろうか?
記憶は確かめようがない。
だが知識は?
眼の前にある材料を身体が勝手にあさり始める。
…。
「できる…」
このガラクタを組み合わせて、あと半分くらいはホームセンターで買ってくれば…。
「小型の核融合発電機位なら作れる!」

3日後、俺の目の前にはヘリウム3で元気に発電する核融合発電機があった。
出力は20kw。まあ急づくりのものにしては上出来だと思う。
記憶で大学の時に作ったときは専用の器械で作ったとはいえ800kwくらいの発電力があったことを考えると貧弱もいいところだ。
とりあえず篠ノ之神社の配線を弄って見たら普通に稼働できた。
そして、
「織斑一夏君だね」
「ちょっと来てもらおうか」
2週間くらいでバレていろんな所に連行されるよ事になった。
「電気代節約になってよかったじゃん!オレは悪いことはしていない!!」
記者向けに叫んだセリフである。


そして今、オレは藍越工科大学の核融合研究チームで客員研究員をやっている。


身分上は一応大学生となるらしい。
日本にも中学生からの飛び級があったなんて驚きだ。
トントン拍子、と世間では言うと思う。

『54秒、55、56、57、58、59…24時間経過!!』
『炉内は!?』
『反応正常です!』
『…』
『おおおおおおおお!!!!やったああああああああ!!』
思いながら、疲れの抜けない目を無理やり開けて前を見る。
急にやかましくなった制御室内。
24時間を超えたことを指すデジタル時計、肩を組み合ったり涙を拭いたりしている白衣の男女がたくさん。
「織斑!!お前も喜べよ!実験は成功だ!!」
20代後半くらいの研究員が言いながら肩を組んでくる。
あぁ、成功したのか。
核融合炉の24時間連続稼働がついさっき成功した。
というか誰だっけコイツ?
まあだれだっていいや。
しかしお祭り状態だなあ。
記憶だと初めて自分が作った最新式の核融合炉稼働実験がうまくいったときはオレもこんな感じだったな。
なんとなく懐かしい気分にはかられるけど、感情の高まりはない。
オレの『知識』では精々大学生が授業の実験で行う機構にしか過ぎないからだ。
だけど、今、『現実』ではこれは革新的な技術。
その差異がなんとも違和感を感じる。
まあ、どうでもいいか、前に進めている。それだけでまだましだ。
大丈夫、この焦燥感はすぐに消える。
1ヶ月でオレは時計の針を十数年進めたんだ。
なら大丈夫だ。
大丈夫だ。

さあ、あとは。
「営業だな」





あの日以来、俺は世界がどう回っているかを調べている。
記憶と現実の一番の際は宇宙進出の度合い。
記憶の西暦と現実の西暦は数十年ほどの差異があった。
だが、それを鑑みても現実の進出は極端に滞っている。
何故か?

一言で言えば「ISのせい」である。


IS。正式名称『インフィニット・ストラトス』
稀代の天才科学者篠ノ之束博士が作った宇宙空間での活動を目的としたマルチフォームスーツ。
まるで21世紀初頭に流布されたドラえもんの偽最終回のように、世界とタイムラグを埋めるためと言わんばかりに、それは颯爽と世界に降臨した。
事実、惑星軌道での活動という意味で考えれば素晴らしいものだった。
しかも、その実用性はライト兄弟がいきなりB747を創りだすような衝撃だった。
が、彼女が注目されたのは彼女が生まれ出てから半年後、一つの出来事で、最強の兵器としてだった。

その出来事は『白騎士事件』。

日本に向けて突如、全世界2341発の核ミサイルが発射され、そのすべてをIS「白騎士」が撃墜した上、その後に送られた大量の既存通常戦力を文字通り殲滅した事件だ。
個人的には『事件』と言うよりも『事変』や『危機』といったほうが適切だと思うが、ここでは事件という。
この事件はミサイルの迎撃の時点で各国…特に核保有国の首脳を青ざめさせた。
無理もない。まともな者ならば全面核戦争が頭によぎっただろう。
しかし、重要なのはその後の白騎士によるミサイル全機撃墜だ。
この白騎士の『所業』は全先進国の政府が卒倒しかねないような衝撃を与えることになった。
それはそうだ。たった1機、そうたった1機、単体の兵器―――が数千発オーダーの弾道ミサイルをすべて撃墜したということは『核戦争による人類滅亡』という冷戦より続いていた人類の恐怖は拭い去ったが、危険ながらも世界を維持していた『核の傘』という秩序を破壊し、『大国間の全面戦争』という悪夢を世界にふりかけたのだ。
そもそも『核の傘』というものは一度大国間の戦争が起こってしまえば一気に敵国を飽和的な核攻撃により殲滅してしまい、双方がそれを行うことにより結果的に地球全体が滅び――よしんば敵国への先制核攻撃が成功したとして、最低でも世界の半分は死の大地となるということに直結するからこそ『抑止力』としての『核兵器』ひいては『核の傘』が保たれていたのである。
それができないのであれば、核兵器はせいぜい一地方を破壊しつくす程度の、通常の戦略爆撃程度の意味しか持たなくなる。

が、まだこの段階では完全に『核の傘』が崩壊したわけではなかった。
要するに自国(もしくは自国と味方の陣営)がISを確保してしまえばいいのだ。
幸いにも、産声を上げたばかりのISの技術は核兵器を保有していない日本が握っている。
しかし、このISを手に入れた日本がもしICBMと核を保有してしまったら?
可能性は十分にある。
世界中から核を日本は打ち込まれたのだ。あの民族は、追い詰められた時に極端から極端に走る。
可能性は十分に、そう十分にある。
だが、今ならばまだ間に合う。
IS技術を日本から奪い、自国のものにしてしまえば、自国は核の恐怖からは解放され、敵国への一方的な殲滅が可能になる。
それが大国の首脳たちを動かし一気呵成な各国主力艦隊の派遣となる。
ペーパークリップ作戦が児戯に思えるほど各国は必死だった。
そしてそれが殲滅された。
さあどうする?
もう手段は一つしかない。外交によって奪い取る、だ。
陣営の敵味方関係なく日本に対してIS技術の公開を迫った。
ここで幸運の女神は彼らに微笑む。その幸運はIS保有国たる日本の政治が穏健保守派によって占められていたということだ。
日本という国は根本的には引きこもり体質である。
資源が入ってきてそこそこ豊かであるならば、それ以上を求めはしない。
歴史がそれを語っている。
これがアメリカやソビエトであったならば、確実にこの星の覇権に手をかけたであろう。
世界中から迫られた日本は、ISの中心地となることと引換にあっさりとその切り札を明け渡した。
日本政府にしてみればISはその手に余る怪物でしか無い。
一見、安全保障上で強力なカードを手に入れたかのように思われるが、当時の日本という立場で言えば過剰な戦力でしかなかった。
強力な戦略兵器は強力な『敵国に進行可能な』通常戦力の元でこそ有効な効果を発揮する。
しかし、日本の軍事戦略の前提は『米軍のバックアップ』と『迎撃』である。
そんなところにキチガイ級の戦略兵器をいきなり渡されても困る。それが日本の本音だった。
日本としては、IS技術の中心地になりさえすればそれで十分に利益はあった。
アメリカの傘下でカマトトぶって軍事をアメリカに依存し、繁栄を謳歌していた日本には世界を敵に回してまでも盟主になるという気はまったくなかったのだ。
そのため、日本はIS技術を開示した。

世界は20世紀に宇宙開発競争をした時のようにISを用いて東西で宇宙を開発する。
ミサイルによる核秩序はISが継ぐ…そう思われた。

だがそうはならなかった。

ISを製造するのに必須な部品。コア製造技術をただ一人把握していた篠ノ之束博士が突如失踪したのだ。



結果、国防のために膨大なリソースをISに集中させる片、絶対数の制限により宇宙開発に回すだけのISはなく、逆にリソースを大食らいするISのせいで世界がISに回すリソースは不足。
人類は指を加えて空の星を眺めるはめになった。

全て「ISのせい」である。



だが、実用的な核融合炉さえ発明された今、それは打開できる。
オレが打開できる。

ISは1機で今までの戦略兵器をねじ伏せることの出来るISは研究リソースだけでなく、エネルギーも大食らいである。
どれ位大食らいであるかというと、1試合で1万人規模の都市の日間消費電力を消費するくらい。
戦略兵器としてみた費用帯ではトントンだがとてもスポーツとして商業競技化出来るものではない。
ISは表向きスポーツとなってるが。隠れ蓑ということがよく分かる一端だ。
そして、重要なのが世界人口は記憶の同年とほぼ変わらないことだ。
記憶の世界ではすでに核融合発煙が実現化し、ヘリウム3や各種資源の採掘のために宇宙開発も進んでいた。
記憶のオレが中学生くらいの頃には、火星の有人基地での実験が行われていたくらいだ。
だが、この世界にはそれがない。
核融合による電力エネルギーの確保も、宇宙開発による資源の確保もできてないこの正解はどうやってエネルギーを確保しているのか?というか大丈夫なのか?
結論から言えば大丈夫じゃない。
エネルギーのほとんどは原子力発電だ。
例外で日本や火山地帯で地熱発電が割合の半分弱を占めている程度。
そしてそのウランもあと既存の鉱山はほぼ枯渇しており、再利用核燃料もあと30年で枯渇する。
各種希少資源も枯渇しかかっている。
商業的にはあと10年もすれば資源危機が訪れる。
それがこの世界の現状だった。
当然目と鼻の先に資源満載の衛星があるのだ、宇宙開発の圧力は高まっている。
だが、リソースはISに取られていて大きく宇宙開発、そして宇宙開発に必須な核融合研究には向けられない。
先に成果が必要なのだ。

オレは成果を示した。
あの実験の費用だって、大学の研究予算である数百万しか使用していない。

「そして、宇宙に行くための羽も俺は先に渡すことができる」
ディスプレイの中には一つの設計図。


D:3He反応式核融合スクラムジェットエンジン。


記憶の中では大人向けのラジコンとして作られるくらいの機構だ。
企業が本気を出せば、商用の旅客機に搭載することさえ出来る。

材料は持っている。
あとは切り開くだけ。
今日も教授を連れ回して口説く。

【ニューヨーク時事】
GE社(アメリカ)、フィンメッカニカ(イタリア)、倉持技研(日本)、オルコット(イギリス)の4社は商用宇宙開発企業「オーベルトLLC」を共同で設立した。
同社は核融合式スクラムジェットエンジンを搭載した大気圏輸送機「アークバード」の商業生産を目的としているが今後急激に高まるヘリウム3を始めとする月資源の採掘にも乗り出すことを設立会見で示唆している。(国際時事)



[34561] 3.残業
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:7f3fcfb8
Date: 2012/08/13 01:04
【コスモノーツ】
・再び動き出した「宇宙への夢」
中型旅客機に匹敵する積載量を持つスペースプレーン「アークバード」の商用第一便が人工衛星15基を載せて離陸した。同機は中軌道で搭載衛星を起動投入した後、オーベルト1に寄港、高純度ヘリウム3を満載してパラオ宇宙港に帰還する。
先月16日に採掘が稼働した月面のヘリウム採掘施設「オーベルト1」に続き宇宙の商用利用が再び動き出した。
半世紀を経て再び動き出した宇宙開発の今後に迫る!

・天才「織斑博士」に迫る
飛行機のライト兄弟、人類を宇宙に登らせたフォン・ブラウンとコロリョフ、神の火を生み出したオッペンハイマー。20世紀にはたくさんの天才が世界を、人類を飛躍させた。
21世紀も半ばになった今、天才といってすぐ上がるのはISを作った篠ノ之束と核融合を実用化まで引き上げた織斑一夏の二人だろう。
残念ながら篠ノ之束博士は失踪中なので取材はできなかったがこの度当誌は織斑一夏博士の取材に成功した。彼は何を思い何を目指しているのか?初めて明らかになる織斑一夏という人物とは!




「あー終わった終わった」
パラオ国際宇宙港で式典と取材と公演を終えてホテルに戻る車内でつぶやく。
そして、窓から見えるパラオ国際宇宙港を眺める。
半年前はのどかな南洋の観光地だったパラオ。
今は広大なジオフロートの上に宇宙港が建設され、更には各種希少資源コンビナートが建設されようとしている。
ラジオからはアークバードの商用第一便というニュースが流れている。試験飛行を兼ねたミッションではすでに数百回以上のフライトをしているが、まあ商用は第一号だな。間違っては居ない。
ついでにいうと、採掘基地建設のための資材は8割がアークバードは搬送したものだ。
めぼしのつけていた企業…記憶の世界でオーベルト社やテクノーラ社、ベガ社の前身になった企業群に売り込みに行こうとしたところ、オーベルト社の前身になった企業群が食いついてきた。
そして半年後でこれ。

予想よりもはるかに事の進みが早い。

オレの本来の予想だと、早くても宇宙資源の地球への輸送は5年、核融合発電の商用化は3年はかかると思っていた。
それが今現在、核融合発電所は世界中で23基1863万kwがすでに稼働しており、今後1年で更に100基超が稼働を開始する。
宇宙資源の輸送もご覧の有様だ。すでにオーベルトLLCはオーベルト社に組織変更をし、ボーイング社主幹によりアークバード型大気圏輸送機の量産体制に入っている。

原因は…はやりISらしい。
ISに関わる分野については記憶の世界よりも進んでいるものがいくつもある。
その一つが建築技術の進歩だ。量子化技術の応用により20世紀の初頭に比べて同じ建造物でも工期が10分の1にまでなっている。
まあ、コストの問題で大型建築物にしか使われてないらしいが。
ちなみにISのせいISのせい郵便ポストが赤いのも政府によって半軟禁状態にあるのもISのせいと、だいたい全部の理不尽な出来事はISのせいにしていたが、冷静になって考えるとそうでもない。
ISが生まれたのが7年前。そして7年前の時点で記憶の世界に比べて核融合研究も宇宙開発も明らかに遅れていた。
つまり、別にISがあろうがなかろうが記憶の世界より遅れていたのだ。
ISのリソースの恩恵を受けた様々な分野においてはISのお陰でブーストが掛かったとも言える。
ごめんIS。何でもかんでもお前のせいにして。

だが束さん。あんたは死ね。
あ、駄目だ。死んだら箒が悲しむ。
じゃあ足の小指を机にぶつけて肉離れしろ!

あの人のせいで俺は24時間政府からの監視つきの上に秒単位でスケジュールを監視されるわ1週間7日の内2日をIS研究に駆り出されるわで最悪だ。
おまけにスクラムジェットエンジンと核融合技術を吹く有させるために5つの研究機関と20の企業群の顧問もやってるから割と最近俺自信の時間がない。
まだ俺は14歳なのだ。
遊びたいざかりだ。
最後に友だちと遊んだのとかいつだ?
1ヶ月前に弾の家で30分くらいじゃないか?
あぁあと2ヶ月前に実験のオブサーバーとして中国行ったついでに抜け出して中国に引っ越した鈴と1時間くらい街を散策したくらいか?
…ほとんどねえじゃん、友だちと遊んだ時間。
なんで研究と社交と会議で毎日を忙殺されなきゃならないんだ。
顧問はオレがオレの目的のためにやってるからいいけど、IS研究とか24時間監視つきとかどう見ても束さんが失踪した事が原因だ。
あの人がいればオレまでIS研究に駆り出されることはなかっただろう。
オレに監視がついてるのも束さんが失踪した二の舞を踏まないためだ。

「博士。織斑博士」
「ん…ぁー…なに?」
運転手の声で思考の海から引き戻される。
「基地につきました。博士が搭乗し次第離陸するそうです」
博士が乗る機体はあちらですと続ける運転手。
さした先にはどう見ても戦闘機なシルエット。
いや、次は日本に戻るって聞いてたけどさ。
ここ最近は移動に各国の軍を使ってたりしてるけどさ。
「アレ戦闘機じゃん」
「えぇ、そうですね」
「アレに乗るの?」
「えぇ、今日は少し時間に余裕が無いようでして…」
「いやいやいやいやいや」
戦闘機って訓練してない奴がそんなタクシーがわりに乗れるもんじゃないでしょ?
「Gに押しつぶされて死ぬわ!しななくても到着後に仕事できなくなるわ!」
運転手に抗議の声を上げると、後ろから声。
振り向くと空軍の制服を着た軍人。
「どちらさん?」
「タクシーの運転手です」
そう言って戦闘機を指す。
「アレ操縦するの?その格好で?」
対Gスーツとかは?
「えぇ、新型機でして。GをIS工学を応用した技術で相殺できる新鋭機ですよ!ISに比べれば無力だから配備はほとんどされませんがね!!」
そう言いながら涙目になってるパイロット。
「あ、そう」
ISの被害者がここにも。
「というわけでGの心配はないので乗って下さい。旅客機に比べると快適じゃあないですが、3分の1の時間でつきましので」
「もうどうにでもして」

戦闘機通勤(笑)が始まりました。







「今日で缶詰1週間目の織斑一夏ですが皆さんお元気でしょうか?」
今日三回目の壁に向かってのナレーションです。
「博士、ちゃんと試験を見て下さい」
横から女性研究員(名前は覚えていない)に注意されるが知ったものか。
もう1週間も核融合研究も各企業関係者との会談もせずにずっとずっとずっとずっとISコアの出力研究なんかをしているんだ。いい加減にしてくれ。
「やだよ。オレISキライなんだよ」
女性研究員に投げやりに反論する。
だって一々オレの邪魔してくるんだもんIS。
今もそうだ。

現在、俺はドイツの研究所に缶詰状態である。
いわゆるレンタル一夏くんである。
なんか日本政府が失態をしたりするたびに日単位でオレが駆り出されるわけだ。
まあその分の対価はもらっているが、中途半端な金なんざいらんからオレの時間を返して欲しい。
予定よりもずっとうまく宇宙が近づいているとはいえわざわざその歩みが遅れるのに耐えられるほど、オレはできた人間じゃあない。
「別にオレじゃなくていいじゃん。IS研究なんれ研究者いっぱいなんだからオレじゃなくていいじゃん…」
マジ帰りたい。
「そんなことはありません!貴方ほどコア内部からのエネルギー反応を操作できる人は居ないですよ。まるで見通してるような感じじゃないですか!」
女性研究員(めんどくさいからAとでも呼ぼう)が言う。
そうなんだよなぁ…。
ISコアから変換機構へ受け渡される信号やエネルギーの動きは前の世界で僕が研究していた核融合における磁気流体力学によく似ており、割りと研究してて楽しいし、楽なものなのだ。
ちなみに今日の研究はシールドエネルギーの効率的な運用システムの開発である。

ISの最もすごいところの一つに、エネルギー蓄積がある。
電力エネルギーにして数万世帯が消費する1日分のエネルギーをわずか数十センチのスペースに蓄積でき、それのエネルギーを一瞬で、安全に効率よく放出できる。
そして、その莫大なエネルギーをコアから抽出する部分が、流体金属を用いた変換機構だ。
『この信号をコアに撃ちこめば、これくらいのエネルギーが放出される』
『この命令で、ISが放ったエネルギーで、重力場がこう変化する』
『すぐに反応しなければいけない場合は、コアを経由せずに、変換機構に蓄積しているエネルギーで即応する』
人間で言えば脊髄のような部分だ。
その変換機構のシステム・ハード両面での効率化。それが今回の『宿題』。
「うん。1週間で出来る内容じゃないね」
上は何考えてるんだ?研究なめてんのか?
楽しい研究分野といっても核融合研究やエンジン開発のほうがオレの目標に必須な分野だけあった万倍有意義だしやりがいもある。
が、なんでISの研究なんぞしないといけないんだ。アレは敵だ。
「超帰りたい」
「君は今日で帰れるからいいじゃねえか。俺は君が帰ってからもシステム組みだぜぇ。あ、そこのおっぱいネエちゃんハンバーガー買ってきて。ドムドムハンバーガーね」
隣のデスクで足でキーボード打ちながらピザ食ってる爺さんが横槍を入れてきた。
この爺さん、飄々としたなりをしてるが半世紀以上世界を騒がせたクラッカーらしい。
ビリー・Gって名前もハンドルネームで本名は不明。
世間一般ではコイツが白騎士事件の前座である全世界の防衛システムジャックをやらかしたとされている。
ちなみに顔は今は亡きスティーヴ・ブシェミみたいな顔をしている。
「ドムドムハンバーガーってなんですかビリーさん!?っていうか何ですかその呼び方!セクハラで訴えますよ!」
「うるせえやれるもんならやってみろ!スト起こすぞスト!今更刑期が数年延びようが知ったもんか!すでに懲役1000年なんだぞ俺はバーカ!いいから買ってこいって今なら銀タコでも許してやるから」
「どこで売ってるんですかそれ!?と、というか、そんなの横のメイドさんに買ってきてもらえばいいじゃないですか!」
指差すA。
指さした先にはアキバファッションなメイド服を着たメイドさん。
「お前馬鹿なの?コイツはアンドロイドな上に試験機だから俺から半径20キロ以上離れられないって俺がここに来た時言ったじゃん?」
「20キロより遠くに売ってるんですかその二つ!?この研究所一応市街地のど真ん中にあるんですけど!?」
「ドムドムも銀タコも日本にしか売ってねーよこの乳白衣。わかったら5分で買ってこいオッパイ」
「そうですこの雌豚。乳がでかいからって図に乗るんじゃないです丸焼きにしますよこの駄肉」
煽る爺&メイド。
ていうかメイド毒舌!
「うわーん何で天才ってこんな人格破綻者ばっかりなのよチクショー!」
煽りに折れて泣きながら走って研究室を出ていくA。
「アイツどーやって5分でドムドム買ってくるんだろうな?」
「無理じゃないですか?きっと掛け算もできないほどのオバカななんですよマスター。栄養全部乳にいってるんじゃないですか?」
「おいそこの爺とメイド。周りの研究員がドン引きしてるぞ」
周りを見ると、こちらに視線を合わせないようにしながら実験を続けている研究員。
「別にいいじゃねえか。それで俺の仕事が滞るわけじゃねえし」
「有象無象は居ない方がむしろマスターの仕事ははかどります」
一匹狼なやつだなあ。
ある程度めどが立ったら仕事ぶん投げる俺とは大違いだ。
今回の仕事もなんとか取っ掛かりはつけたから期限切れたらそのままぶん投げて帰るし。
あの研究員Aに。
「あぁそうそうワンサマー」
そんなことを思っていると爺が別の話題をふってくる。
ワンサマーって…。俺のことか?一=ワン、夏=サマーでワンサマーか?
「なんというネーミングセンス。素晴らしい。俺のハンドルネームそれに変えるわ」
「気に入ってくれた何より。でだ、今日の午後にこの研究施設で黒ウサギ隊が機体のデータを取るらしいぞ。お前参加すんの?」
「いんや?別にデータ取りだけなら俺がいる必要ないだろ?なんでIS関係で残業なんてしなきゃいけないんだよ。お断りだね・ていうか今日の午前でレンタルおしまいだし俺」
「いや、そうじゃなくて。お前の姉ちゃんその黒ウサギ隊の教官をしてるんだろ?会いに行かなくていいのか?」
「………あー…」
そういえば千冬姉がドイツに行く時にそんな名前の部隊に所属するとか何とか言ってた気がする。
「そういえば千冬姉今ドイツ軍に居たのか」
「今まで忘れてたのかよ」
「どっか行ったくらいにしか思ってなかったわ」
それよりあの時からはソラに完全に魅了されてるし。
そっちに回すリソースとかなかったわ。
「結構お前も淡白な奴なんだな」
いや、別にどうでもいいとかそういう訳じゃなくて、ちゃんと家族として大切ではあるけど。
「いいのか?半年ぶりなんだろ?」
「大丈夫さ、どっちも大人…俺は年齢的に大人じゃないけど、千冬姉だって仕事の都合があるだろう。お互いに無理して時間を作ることはないさ」
「そうか。なら…」
キーンコーンカーンコーン
昼休みのチャイムが鳴る。
「今回は個々でお別れだな。ワンサマー?」
「あー…そうだな。すぐに迎えが来るだろうから、そのまま出て空港でくつろぐさ」
第二世代型の核融合炉はヘリウムの消費量的にちょっとまだ難しいし、まずはスクラムジェットエンジン用の次になる多目的タンデムミラー核融合エンジンの方かな。
「さーて、次はどの論文を進めようか―――――」
「残念だが、その予定は変更だ。一夏」
「ぁ―?」
ようやく俺の目的のための道に戻れるのにどう言おうことだ?
「また政府がレンタル一夏くんパート2でもするのか?俺そろそろ切れちゃ――――」
Aを詰め寄るノリで途中まで行って言葉か本能的に止まる。
「元気そうで何よりだな一夏」
目の前には唯一の肉親である姉、織斑千冬。
「えーと、久しぶり?千冬姉」



[34561] 4.ブリュンヒルデとドイツの冷氷
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:7f3fcfb8
Date: 2012/09/10 22:42
私は守れなかった。
何を?
かけがえのない大切な人を。
何故?
決まっている、慢心だ。

当時の私は今思うと恥ずかしいほどに有頂天だった。
政府でさえ無視できない地位と名声、自分の身内くらいならばお金の苦労なく養える富、初めて自分の足で、誰にも頼らずに自分の大切なモノを守ることが出来るようになり、有頂天だった。
まるで自分が全能の様な気分、おそらくアイツ…束もそういう気分だったのだろう。
だが、私は束よりもずっと一人で生きていく力なんてなかった。
その証拠があのザマだ。
私は守れなかった。
最愛の弟を、たった一人の家族を。
死んだわけではない。
何かの障害を負ったわけではない。
それどころか一夏は誘拐後、その才能を開花した。
あとで知ったことだが、一夏は事故のあと、束のように世界の今を否定するように世界の時計を数年…いや、数十年はすすめる発明をし、人類を進歩させている。
アイツに比べれば私のしていることなど児戯にすぎない。
そういう意味ではあの誘拐事件は世界にとってはプラスだろう。
だが、私にはそうではない。
…あの日以来、一夏が怖いのだ。
一夏はあの日以来変わった。
ずっと空を見るようになった。
悲しい顔をするようになった。
まるで織姫と引き離された彦星のように。悲しそうに空を見る。
そして、私を見る目が、冷たい。
あの時からだ。
ドイツ軍からの提供された情報で一夏が監禁されている倉庫を特定し、扉をこじ開けて、中にいる一夏がこちらを見たそのとき。
一夏の目を見て私はゾッとした。
視線は私に向いている。
だが、一夏は私を見ていなかった。
はじめは誘拐が原因の一時的なものだと思った。
だが、日が経ち、表面上は元通りになってもアイツの目は変わらなかった。
軽蔑の目ではない。嫌悪の目でもない。
ただただ何もない。
束が『他人』を見る時の目にそっくりだった。
違うのは表情が家族を見る時のそれだった事。
だが、私はその目を見て気づいてしまった。
私は、私は一夏を守れなかったのだ。
あの日、一夏を壊してしまった。
今思うと変質してしまったの間違いであろうが一夏の平穏を乱してしまったのは間違いない。

それを理解してしまった私は、一夏から逃げた。

情報提供の見返りにIS特殊部隊の教官への打診は私にとっては僥倖だった。
私は一も二もなくその打診を快諾し、一夏から逃げた。
怖かったのだ。
壊れた一夏を見るのが。
怖かったのだ。
自らの手から大切なものがこぼれ落ちたと知るのが。
私は卑怯者だ。
そんな私が人を教える資格があるはずはない。
そう思いながら私はドイツに渡った。
しかし私の公開は幸運なことに別の感情で塗り替えられる。
聞けば、私の教える部隊は身寄りのない娘や試験管ベイビーを集めた特殊部隊という、
私はここで失敗しても後があるが、彼女たちには後が無い。
彼女たちの最後の希望は私の教育で這い上がるしか無い。
資格があるないの話ではない。
彼女たちを引き上げなければならない。
私はこの部隊に配属された瞬間、彼女たちの人生を背負った。
何重にもドイツ軍には感謝をしなければならない。
私は彼女たちを育てるのに没頭した。
それだけに集中した。
守れなかったから。彼女たちだけは見捨てない。
そう思った。
「欺瞞だな…」
誰もいない廊下。会いたくない人。愛しい家族がいる所への廊下で自嘲する。
彼女たちを引き上げる?
見捨てない?
っは!この偽善者が!
そんなものじゃない!
私は私は!!
「私は…一夏を忘れたかったのだ…」
あの娘達を一夏の代わりにしたんんだ…。
なんという恥しらず!
なんという性悪女だ!!
その上、その上…!!!
「一夏がすぐ側にいたら会いたくなるなどと…」
度し難い。
どの面を下げてお前はアイツに会うのだ!
心の中の私は私を罵る。
だが、
「仕方がないじゃないか…」
後悔は海よりも深い。
罪悪感は山よりも高い。
だけど…
「どうしようもなく会いたいんだ…」
私の拠り所はアイツしか居ない。
たった一人の家族。
それは私にとってなによりも優先して、剥がせることのないものだった。
怖い。
どうしようもなく怖い。
でも、
「会いたいんだ…」
人の居ない袋小路に行って座り込む。
音が出ないように嗚咽を抑える。
アイツにこんな姿を見せる訳にはいかない。
肩を抱き必死に震えを抑える。
少しの時間。
何分だろうか?…5分か。
ティッシュで涙を拭き、アリスガワの目薬をさして、ファンデーションで腫れかけた瞼を隠す。
「…よし。行くか」
声に出して、私は任務と愛しい弟との逢瀬のために目的の場所に向かった。







『遺伝子強化試験体C-0037』
『君の新たな識別記号は「ラウラ・ボーデヴィッヒ」』
私はただ戦いのためだけに作られ…いや、生まれ、育てられ、鍛えられた。
東ドイツの尤も希有な資産。20XX年に崩壊し、西ドイツに吸収された時、軍上層部は私のことをそう評した。
私は優秀だった。
最高レベルを維持し続けた。
だがそれは、世界最強の『兵器』ISの登場までだった。
直ちに私にも、適合性向上を目的とした右視神経へのナノマシンの移植がされた。
だが、私の身体はそのナノマシンを制御することができなかった。
結果、ISに乗ったの私の成績は最低レベルに留まり…出来損ないの烙印を押された。
明日にも除隊、そして行先は廃棄か軍の慰安施設か。
私に残されているのはそんな、屈辱的で耐え難い、惨めな未来だけだった。
しかし、その末路は一変する。
あの人…世界最強のIS操縦者―――織斑千冬教官に出会ったのだ。
彼女は極めて有能な教官だった。
私はIS専門の、しかも落ちこぼれと言われた部隊の中で、再び力を手に入れた。
部隊の中で勝つのは簡単だった、織斑教官の指導を真摯に受け入れ、自分ありの道を見つけ、そして強くなればいい。
そうしているうちに、織斑教官に訓練を受けて3ヶ月。
私は、ドイツ軍のエースパイロットまで上り詰めていた。
そして私の『シュヴァルツェ・ハーゼ』も。
私の部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』は織斑教官が着任してから4ヶ月後の軍事演習、NATO軍合同軍事演習トナーメントで各国を破り作戦成功率1位を獲得した。
全ては織斑教官のおかげだ。
貴方のおかげで私は…。
私は今でも生きている。
織斑教官は私の恩人だ。
命の恩人だ。人生の恩人だ。
感謝しきれてもしきれない。
私も、いつか、貴方のようになりたい。
そう、思った。


あるとき、私は尋ねた。
「どうしてそこまで強いのですか?どうすれば強くなれますか?」
私の心からの質問だった。
「強くなんか無いさ。強くなんか無い。どうしようもなく、私は弱い」
「馬鹿な!折村教官が弱いなど!教官は誰よりも強くて、凛々しくて…」
「そうじゃない。ボーデヴィッヒ。そうじゃあないんだ」
「ならなんなのです!?ならなぜ弱いなどと…」
「試合で誰かに勝ったから強い。強さとは、そういうのか?ボーデヴィッヒ」
「当たり前ではないですか教官!強さを示すものなのどそれ以外に…」
「そうか。誰かに勝てば強いか。ボーデヴィッヒ。一ついい事を教えてやる」
「何でしょうか。教官」
「試合に勝てることが強いというならば、強くても何も得ることなどできん」
「…な!?」
「そしてお前のいう強さというのは、弱い」
「ですが…」
「お前のいう基準では、たしかに私は強いのだろう。だが、その強さは私が本当に欲しかったものを何も…守ることができなかった。そんな私が強い?そんな訳がない」
「…!!!!」
反論しようとする。しようとするが、声が出ない。
声を出せない原因は目の前の織斑教官だ。
どうしようもなく悲しい顔をしていたのだ。
そんな、織斑教官に『ありえない』顔に私は絶句してしまったのだ。
「ボーデヴィッヒ。私はな。守れなかった」
教官が再び言う。
「何をですか。教官」
「大切なヒトを」
「大切な…ヒト」
「死んでいるわけではない。傷ついたわけではない。だけど…私は守れなかった…弟を…」
「…」
「だから、私は弱い」
織斑教官は悲しそうに自嘲する。

…何故ですか、教官。
私が憧れる貴方は、強く凛々しく、堂々としているのに。
貴女は私を導く光のはずなのに。
貴女になりたくて!
貴女のように輝かしい存在になりたくてただひたすらになったのに!
なんで私の目標である貴女はそんなにも!
どうしてそんなにも悲しそうな顔をするのですか!!
私ではダメなのですか教官!
私ならば、私ならば貴女をそんな顔にさせません!
私ならば、貴女の期待に答えてみせる!
期待を裏切ったしなんてしない!!
だから!だから私を見て下さい教官!
声は届かない。
声にならずに消えて霧散する。
どす黒い感情が身体を覆う。

何故、貴女…そんな貴女を煩わせるモノに惑わされるのですか。
何故、貴女は私を見てくれないのですか。

憎い。
あの男が憎い!!

貴女をそんな風に変えるあの男が憎い。
「認めない」
一人の部屋で小さくつぶやく。

排除できるものならば排除したい。
だが…それは…。
織斑教官にも類が及ぶ。

しかし…いや…どうすれば…。

そうしこうが堂々巡りになりかけていたところで、
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。いるか?」
織斑教官の声がドアの外から聞こえた。



[34561] 5.敵意と
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:7f3fcfb8
Date: 2012/08/15 13:56
「せっかく宿題終わったと思ったらおかわりを食らった一夏君inドイツですがみなさんお元気でしょうか。俺は心が折れそうです」
後ろ向きたくないので壁に向かって体育座りをしながら話すお昼前。
お腹が減りました。
「おい一夏。何馬鹿なことをやっている」
そう言って声とともに強制的に俺の向きを180度回転させる千冬姉マジ歪みない。
「今回お前たちの計測試験に参加する織斑一夏博士だ」
俺の紹介をする千冬姉。
「織斑…」
「…一夏?」
目の前には眼帯をした10代前半から20代初めくらいの女性が6人ほど軍服(20代っぽい女性と10代前半ぽい女の子)と軍服っぽい服(10代半ばくらいの女の子)を着て整列していた。
彼女たちの左腕には刺繍の入った腕章。
たしかアレは黒ウサギ隊の腕章だ。

…すごく、関わりたくないです。

「――磁気流体力学の権威で、ISコアのエネルギー効率化でも独特の価値観を持っている。名前で気づいたものもいるだろうが、私の弟だ」
千冬姉の説明を聞いてビリーの言葉が脳内で再生される。

――午後にこの研究施設で黒ウサギ隊が機体のデータを取るらしいぞ――

どう見てもその件です。次はどんな失態をしたんだ日本政府。
怒るけど正直に言って下さい。
オレはお前らの失態をチャラにする免罪符じゃないんだけど。
クソッ束さんみたいに自力で全てできるんなら失踪してやるのに!
本当に死んでください日本政府。
心のなかで山ほどの罵倒をレンタル延長させた知らない相手に投げつけながら彼女たちを見る。
その中の軍服を着てるちっちゃい方がバリバリ殺気を放ちながらこちらを睨んでいた。
うん。
よし。
「はじめまして皆さん。そしてさようなら」

ダッ(出口にダッシュ)

ガシッ(襟を掴まれる)

「グエ!」

未来へ疾走しようとした途端、何故か頸動脈がきゅっと閉まって一瞬意識が遠のく。
「帰るな馬鹿者」
ゴチン。
そして頭に衝撃。
「~~~~~~~~~っっっっ!!!!!」
のた打ち回る俺。
涙目になりながら千冬姉の方を見るとバインダーを持って呆れ顔。
「ひ、ひでえよ千冬姉!俺の頭は今左右に割れたよ!?」
「そうか良かったな。これからは左右で交互に考え事が出来るな」
その発想はなかったわ。
「あと一夏。ここで私のことは織斑教官と呼べ」
「んじゃあ織斑教官。俺のことも織斑博士と呼んでくださいね」
じゃないとどうしても公私の区別がつけづらい。
実際、予定を急に変更した上にこの扱いとか千冬姉以外なら即刻今後の協力拒否をしてるところだ。
まあ後でやるけど。もういい加減堪忍袋の限界です。
日本政府が文句をいうなら適当な国に亡命してやる。
「で、織斑教官。今回の仕事はどれ位時間がかかる予定なんだ?」
「っ!」
頭を切り替えて『織斑教官』にいうと、何故か少し千冬姉の顔が曇る。
「…?織斑教官?」
「――――で、いい」
「はい?」
「呼び方は千冬姉でいいと言ったのだ『一夏』」
「いや、だってさっき――」
千冬姉が織斑教官と呼べといったんじゃん。今さっき。
「い・い・な?」
「イェスマム」
なんというジャイアニズム。
事故以来の懐かしさだ。
「で、内容と期間はどれくらいなんだ?千冬姉」
話を元に戻す。
「あぁ、大体半月ほどだ」
「実家に帰らせてもらいます」
「お前の実家は今改築中だ」
「マジで!?」
いつの間に!そりゃあ確かにここんとこ飛び回ってて半年くらい家に帰ってなかったけど!
「あぁ、今回のドイツへの赴任でまとまった金が手に入ってな。せっかくだから最新設備とかを片っ端から盛り込んでみた。色々と割引もしてもらえたしな。役得というやつだ」
家が完成した暁にはそのハウスメーカーで千冬姉を使って全力CMだろうなあ。
「まあ、家が今ないのはわかったけど、さすがにもう1週間もIS研究以外のことに全く手を付けてないのに、後半月とかちょっと無理なんだけど」
「安心しろ試験は3日で終る」
それでも長いなあ…。
まあそれより。
「残りの半月マイナス3日は何すんのさ」
「うむ。日本政府IS担当大臣からの伝言だ『そろそろ織斑博士がブチ切れそうだからボーナスです。ドイツ軍と交渉して特殊部隊を君の研究にアサインしてもらったよ!期間は彼女たちの試験を含めて半月です』とのことだ。ただし施設はドイツの研究所を使うこと。それが条件だがな」
千冬姉のセリフの向こうにドヤ顔のIS大臣が見える。
なんかいかにも俺に対するご褒美みたいなことを言っているが…それって『とりあえずコイツに本職の研究させておけばある程度不満はかわせるだろう』ってことじゃん。
まあ確かに特に縛りがない分顧問やってる企業との会議とかオブサーバーとして参加してる実験にも参加する時間は作れるけど、この成果ってドイツと折半だよな。
普通だったらキレるぞ。
そろそろ中欧のテコ入れしなきゃって思ってたけど。オーベルトLLC作るときにハブってたし。
やっぱり日本政府ちょっとオレを舐めすぎじゃないかな。
…。
ま、今はいっか。
どっちにしても『今回は』オレに損じゃないし。
「了解。報酬は倍プッシュって大臣に伝えといて」
「大丈夫だ。十倍と伝えてある」
さすが千冬姉。ナイス!
「じゃ、早速試験をちゃっちゃと終わらせてしまいましょうかね」
そういって彼女たちを素通りして制御室に向かう。
なんか敵視の視線が増えた上に一人はそのまま襲いかかってきそうなくらいのさっきに変化してるけど、まあいいや。
個人の感情なんて気にしてたら研究なんざできないしね。







気に入らない。
「いやー…すごいねこりゃあ。もしかしてこの部隊、ドイツの精鋭?」
目の前でひょうひょうとした声を上げるこの男が気に入らない。
今ま想像の中でしかなかった悪い男。
数時間前に私達黒ウサギ隊の試験に参加してからはっきりと確信した。
目の前で接して更に悪くなった。

こいつは、コイツはそっくりだ。
私を数字の識別番号でしか呼ばなかったあいつらに。
暗闇で私を使い捨てのモノとしか扱わなかった研究者に。
厳しくとも私を初めてヒトとして扱ってくれた織斑教官とは正反対の人間だ。
何故このような人間が織斑教官の弟なのかが理解できない。
そんな私の気持ちを知らないコイツは飄々とした表情のまま椅子を回してこちらを向く。
「あぁ、えーと君は…C0037か」
奴がその言葉を口にした途端。
「っ!!」
頭に一気に血が上るのが分かった。
パンッ!
気がついた時には手が出ていた。
「…痛いな」
右頬を抑えながら奴が抗議する。
「私をそんなただの番号で呼ぶな!わかったな!!」
「分かったよ。で、だ。そこのちっこいの」
「お前、死にたいのか」
更に頭に血が上って小銃を部分展開させて突きつける。
「民間人に兵装を向けないでよ。実験で死ぬのは構わないけど、こんなアホなことで死ぬのはゴメンだね」
コイツ!
引き金に力が入る。
「ちょ!何やってるんですか隊長!おいお前らも隊長を止めろ!」
「隊長!確かにコイツはゲスですけど殺しちゃダメです!」
「こんなクズのために人生を棒に振るとか無いですよ隊長!落ち着いて!」
四肢をクラリッサたちががっしり掴んで制止する。
「えぇい!離せ!アイツには、アイツには一発打ち込まないと気が済まない!!」
「やるならちゃんと夜の人通りが少ないスラム街とかでやりましょう?ね?ね?」
「ねえ何で君たちオレを亡き者にすることそのものは止めないの?」
隊員の誰かが言ったその言葉に奴が声を上げる。
「黙れ!いいから隊長を抑えることができてるうちに失せろ!」
そしてそれをすぐに黙殺するクラリッサ。
「そうよこのクズ!」
「女の敵!」
「死ねばいいのに」
「もげろバーカ!」
それに続くようにほかの隊員が罵声を浴びせる。
今、部隊の心がひとつになった気がする。
「強制的に宿題おかわりなのにこの仕打…ちょっと心が折れそうなんだけど俺」
そのまま心が折れてしまえばいいのに。
恐らく隊員全員がそう思ったに違いない。
「…はぁ…まあ、いいや。面倒だから今ここで説明するぞ。えーと…」
言っていいよどむそいつ。
「…なんだ」
「いや、なんて呼べばいいんだ? お前の呼び方を俺は知らん」
「…」
「C―」
「ラウラ…ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「そうか。ラウラか。いい名前だな」
私の名前を聞いたそいつはそう言って微笑んだ。
その微笑に私の心臓は少し跳ねる。
教官の笑みにそっくりだったのだ。
たった一度、見せてくれた…私がはじめて試験をクリアした時のあの優しい笑顔に。
「そうか。じゃあラウラ。ちょっとお前の試験結果に気になる点があった」
そんな動揺を気にしないというような仕草で奴は淡々と説明を続けてきた。
今のは見間違い…だろうか?
…見間違いに違いない。
「おい、聞いてるかラウラ」
「聞いている。あと、私を名前で呼ぶな。お前とはそんなに親しいわけではない」
「ゴメン。俺日本語で6文字以上の名前とか覚えられないんだ。………面倒だから」
こ・い・つは…。
怒りに肩が震える。
だが、まだ部下が四肢を抑えていてコイツを屠る事ができない。
だから思い切り睨む。
そんな私の感情を無視するように奴は続ける。
「でだ、ラウラ。お前のISコアへの信号出入力反応を見たところ、不可解な反応があった」
「不可解な反応だと?」
「あぁ、入力時は事前の資料相応の反応率だったが、実際にISに入力された電気反応ががおかしい」
「どういうことだ?」
「出力時の電気反応がな。千冬姉のソレと全く同じ電気流動だったんだよ。更に言うならば、お前のナノマシンの中にIS用の自動化補助モジュールプログラムが入ってた。オレはこの基礎プログラムを作った奴を知っててな。名前はVTシステムというそうだ。旧東ドイツで開発されていたものだ」







「あー大変だねワンサマー。修羅場だね修羅場。若いっていいなあ」
引きづられながら連行していく1週間の仕事仲間を見ながらコメントする。
「マスターじじ臭いです」
「そうかい。あぁそういえばアイツが出てってから、ドアが開けっ放しだ。ドアを閉めてくれ」
管理官室を改造したこの部屋はブラインドを下ろせば完全に外の研究室と隔離される。
部屋に入ろうとする研究員はおらず
「はい、マスター」
ドアを閉めれば完全な密室。
「ここでお前がオレを殺したら迷宮入りの事件になるんだろうな」
言いながらNo.31を見る。
その期待?にそうように
「マスターのご命令とあらば」
言いながら近づいてくる。No.31。
「No.31。冗談はよしてくれ。この年になると心臓に悪い」
「言ったのはマスターではありませんか」
「そうだったか」
「それに…私の名前はNo.31という単純な識別番号ではありません。その抗議でもあります」
若干むっとした表情を見せる『No.31』。
「…サイナ。冗談はやめてくれ」
「はい」
俺がコイツにやった『名前』を言った途端。コイツは素直に言うことを聞く。
最も人に近い生命体。それがコイツだ。
あいつが…神戸ひとしが作ったまがい物じゃない。
本物はコイツだ。
…だが、本物は面倒なものだな。
お前もあの時、そういう思いをしていたのだろうか?
なあ、神戸ひとし。あの世に行ったら教えて欲しいもんだね。
「懐かしいですね、彼女」
懐かしい重いに浸ってたところをサイナが引き戻す。
「なつかしい?なにが?」
「彼女…ラウラ・ボーデヴィッヒの身体に埋め込まれているナノマシン。貴方が開発したものですよ」
「えーと…そんなのあったっけ?」
「あのときは、東ドイツです」
「…あぁ!あれか!ちょっと指名手配されて西ドイツの警察に追われてたときに逃げ込んで宿代替わりに作ったアレか!」
そういえばついさっきワンサマーに渡したは、そのプログラムの動作仕様だったな。
「いやー、懐かしいなぁ」
「あの時、私にも自我が生まれました」
感慨深いような声を出すサイナ。
「…そうか。あの時か…」
「4年5ヶ月前です。マスター」
「あぁ、その日は覚えている」
鮮明に。忘れるものか。
あの日は俺が…アイツに、神戸ひとしに追いついた日なんだから。
数十年かかったがやっと追いついた。
お前はもう進めない。
この世にいないお前は。この世をすすめることなどできない。
お前が残した理論も。物質も。お前の功績じゃない。
すべてお前の理論を利用する生きているものの実績だ。
そして俺は生きている。
お前の理論を利用して生きるのは俺だ。
すすめるのは俺だ。
勝つのは俺だ。
だから…
「お前より俺は優れ―――――」




「ドムドムハンバーガーと銀タコ買って来ましたよっ!!!」




息を切らせながら高々と銀たことドムドムハンバーガーの袋を掲げる研究員A。
「…」
「…銀タコとドムドムを買って来まし、た?」
疑問形になるA。
「とりあえずここに座ろうかA」
そう言って机の上に座布団をひいてポンポンとと叩く。
「あ。うん」
素直に座るA(仮)。
「で?」
「はい」
「何しに来たんだ?篠ノ之」
割と真面目な顔をして問い詰める。
「あちゃーバレてた?なんでー?」



[34561] 6.困惑と
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:72ee2259
Date: 2012/08/19 12:38
弟が目の前を歩いている。
研究所の廊下をカツカツと大足で。
白衣をはためかせて。
そして、心底からの怒りをあらわにして。

その後ろを私はまるで弟の副官か秘書かのように、一歩引いて歩いている。
私の心にも怒りが灯っている。
そしてソレを上回る困惑が心を漂っている。

「千冬姉。ここの所長と、彼女たちの上官は?」
歩きながら一夏が聞いてくる。
「所長室で待たせている」
1時間前、VTシステムの無効化作業に入るときに1時間以内に来いと奴らを呼びつけるように言ったのは一夏だ。
有無を言わさない、問答無用で。
「…上官は誰が来た?」
「せ、戦力基盤軍総監だ」
「そう」
言って、一方的に会話を切る一夏。
私はその態度に抗議の声を上げることさえできない。
どうすればいいかも、分からない。

淡々とVTシステムが入っていること、ソレがどういう影響をおよぼすのかを説明し、ソレを取り除くと言い放った。
隊員に一時待機を命令し、研究員に作業の指示を行った。
私に、責任者を呼びつけるように言った。
VTシステムを見つけたと言い放ったあの時から今まで1時間、一夏の言葉に私は逆らえない。

「所長室はそこ?」
「あ、あぁ。その木のドアだ」
「ISを部分展開して切り捨てて」
「なんでそんなこ―――――」
「そうやって入ったほうが、『俺と千冬姉がどれだけ怒っているか』が相手に伝わる」
「…」
雪片を展開し、木製の扉に振り下ろす。
ガアアアアアンと派手な音を立てて、トアが『消えた』。









織斑教官も、憤怒に染まったときはあのような雰囲気をまとうのだろうか?
VTシステムの無効化処置を終え、朦朧とする意識の中で織斑一夏を見て思った第一の感想はそれだった。
織斑一夏…織斑博士への敵意は1時間前、別の衝撃と共に吹き飛んでいた。
その衝撃は、私の身体と私のISにVTシステムが組み込まれていたと博士から聞いた時だ。

ヴァルキリー・トレース・システム。
過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、アラスカ条約で現在いかなる国家・組織においても研究・開発・使用全てが禁止されているISという世界において禁忌とも言えるシステム。

ソレが私の中にあると、博士は言った。

淡々と、ひたすら淡々と博士は説明した。
検査の結果、私の身体にあるナノマシンと私のISにVTシステムが仕込まれていると。
そのシステムは現在有効な状態になっており、一歩間違えば試験中にも稼働する危険がったこと。
そのVTシステムは博士が設計者から譲り受けたプログラムによって除外が可能だと。

途中の詳しい説明はほとんど覚えていない。
その時の私は…

私の成果が私のものではなく、すべてVTシステムによるのものではないか?

そういう思いに囚われかけていた。
しかしそんな私に、同じく淡々とした口調でこう言った。
「VTシステムは厳密に使用が禁止されている。特に、外部に公開する公式な試合ではVTシステムであることを隠しつつVTシステムを利用して試合を行うことなんてのは、探した学術論文の範囲では少なくともありえない。安心しろ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前の身体の中に何が仕込まれていたかの如何を問わず『お前の成果もお前の能力もお前自身のもの』なんだ」
心臓が止まりそうになった。
淡々と無表情に博士は言った。
だが、私はその博士の後ろに、微笑みかける織斑教官を見たのだ。
もちろん、実際に教官がそこにいたわけではない。
その時教官は私達の上官を呼びつけに行っていたのだから。
だから、私の幻影だ。
でも、はっきりと見えた。
よく頑張ったなと、本で見た『子を褒める母親』の様な、そんな顔をしている教官が見えたのだ。
博士から憤怒の感情を感じたのは同時だ。

私からVTシステムを取り除くために説明する博士。
そして、VTシステムを除去してから、織斑教官とを引き連れて所長室に向かう博士。
そのには、私に向けられたと考えると震えてしまいそうな、確かな憤怒があった。

今に戻る。
憤怒を抱えたまま、廊下に消えていく博士。
もし、アレが自分に向けられると考えると怖いと思う。
でも、何故だろうか。
彼が憤怒を抱えていることそのものは怖くない。
むしろ…嬉しい。
何故だ?
分からない。
クラリッサならばわかるだろうか?
部隊の最年長にして、私の副官が頭に浮かぶ。
「…私は、勘違いをしていたようです」
近くでクラリッサの声がする。
見ると、私の真横にクラリッサは居た。
「正直、見直しました」
「見なおした…誰の、何を、だ?」
クラリッサに問う。
「織斑博士です。織斑教官にそっくりの、優しい方ではないですか」
クラリッサの織斑博士への評価が180度変化している。
「優しい…?」
「彼は…私達をきちんとヒトとして見ている。でなければ、あんなに怒ったりはしません」
そうなのだろうか?
織斑一夏。
お前は…。
『私』をきちんと見ていたのか…?

博士はここに居ないからその返答は返ってくるわけがない。
ただ、タイミングよく部屋の外から『ガアン』と、鈍い音が聞こえた。









私達が一歩部屋に入った途端、部屋の中にいた壮年の男女はビクリと肩を震わせた。
総監は女性の方だ。
「時間前にはきちんといたんだな」
一夏が言う。
それに反応するように総監が一夏の前に歩み出る。
それに対して、片手を差し出す一夏。
その手をがっしりつかむ総監。
「織斑博士!お会いできて光栄です!私はドイツ戦力基―――」
「いいから。別にお前の名前なんて聞きたくないしどうでもいい。俺の質問に答えろ」
冷たく突き放す一夏。
それは『他人』に接する束にそっくりだった。
表情を歪ませる総監。
「それで…私達を呼びつける内容はどんな内容なんです?私も暇ではないのですが」
若干敵意が出ている総監の問い。
それに一夏は
「俺も同じだよ。時間が惜しいから単刀直入に聞く」
ポインターを出して、ホログラムディスプレイに例のものを写す。
そして切り出した。
「試験の段階でVTシステムがラウラ・ボーデヴィッヒのナノマシンとISに搭載されている事が確認された。どういうことだ?」
「ぶ、VTシステム!?」
所長が驚きの声を上げる。
「ラウラのVTシステムは無効化した。その間に他の隊員も調べたらそいつらにも同じようにVTシステムが組み込まれてた」
「そ、そんなバカな!」
驚愕の声を上げる総監。
その反応は本当に知らなかったかのようだ。
しかし、知っていたか知っていなかったかは一夏にとってはどうでも良かったらしい。
「俺はお前の反応なんて聞いてねえんだよババア。証拠は今見せた。何ならデータを持ってってもいい。分かったなら」
「分かったなら、何なのかしら博士」
「48時間以内にあの子たちにこんなことをしたクズどもを始末して書類上げてこい。行動は今すぐにだ。返答は『Да』か『Ja』だ」
吐き捨てるように一夏はそういった。
「ま、まってください博士!貴方に一体何の権限があって―――」
その言葉に総監はとっさに反論してくる。
その言葉に後ろで黙っていた私の頭に血がのぼる。
何の権限があって?
総今こいつはそう言ったのか!?
権限があればこんなことをしていいと言っているのかコイツは!!
『私の』!
この織斑千冬の教え子たちはお前にとってはそんな―――!!
手が出そうになる。
「そ――――」
が、
「ドイツ連邦軍戦力基盤軍総監」
それも一夏が邪魔をした。
目の前のババアの役職をフルで言う一夏。
「な、なんだい」
「日本政府がオレをレンタルビデオ扱いにしてて軽く扱ってるんだろうけどね。俺が束さんより厄介じゃないじゃないと思ったら大間違いだよ」
「じゃあどうするんだい?坊ちゃん?」
「…ヴォーダン・オージェって、一般人に投与したらどうなるんだろうね」
「エ?…なに、をっ!!?!?あがああああああああああああああああ!?」
「ちょっと握手した時に投与てみました。最新式のナノ注射器はスゴイよね。刺したことさえわからないんだから。あと、今の痛みは身体の拒否反応だから、死ぬかもしれないけど痛いだけだから安心するといいよ。アハハ」
ケラケラと笑いながら言う一夏に少し引く。
「しかし、美少女が悶えているならともかく、ババアの七転八倒見ても面白く無いなあ。帰ろうかなあ。えーと、このボタンだっけ?」
ディスプレイをいじり、少しするとのたうちまわっていた総監の動きが収まる。
「がはっ!ごほっ!げほっ!」
動きが収まった総監がむせ始める。
「じゃ、後始末をよろしく。24時間でこっちに報告が来なかったら再発します。多分アンタの歳だと死ぬんじゃないかな。まあ、頑張って」
「ま、待――――」
「しらねえよ。千冬姉の守る対象にそんなもんを埋め込んだ奴がいる。ソレを見逃してただけで重罪だ。そもそもアレが試験中に作動したらアンタらオレに後始末押し付けただろうが間違いなく」
吐き捨ててそのまま部屋を出ていく一夏。
付いて行こうとするが、私は身体が固まって動けなかった。
理由は一夏が怒っていた理由を理解したせい。
一夏は…。
「私の、守りたい者たちが害されそうになっているのを怒っていたのか」



[34561] 7.そして好意
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:72ee2259
Date: 2012/08/19 12:46
黒煙を上げながら散発的に爆発を繰り返す研究所。
それをモニター越しに一組の男女が眺めていた。
シワが独特の愛嬌を形成している老人と穏やかな雰囲気を放つ20代の女性。
彼らがいる場所は爆発炎上を繰り返している施設からはるかに離れた場所だ。
だが、この惨状の原因は間違い無く彼らであった。
「きたねえ花火だなあ」
モニターに映る研究所…元研究所になりつつ有るそれを老人がそう評する。
「彼らが大好きなIS無人機で打ち上げてる花火なんだから、彼ら的には大感激中なんじゃないかなっ♪」
「っていうか、別に俺達が壊さなくてもドイツ軍がどっちにしろ消してたんじゃないのか?」
「隠蔽して研究員を逃がす可能性もあるでしょ奴らなら」
「ま、そうだな。…にしても、この絵面飽きたなあ」
言いながら目の前のモニターを眺める老人。
「…うーん…あ、そうだ!」
そして何を思いついたのか、ぽんと手を打つ。
「今から現地に大音量で『ドリフの盆回り』を流そう!そうすれば少しは愉快な絵面になる」
ドヤ顔をしながら「名案だろうぅ?」と言う老人。
「あぁはいはいそのうちね」
それを女性は完全に無視して返す。
「つれねぇなぁ」
「しっかし、よく貴方のアレからあんな不細工なシロモノに仕立てあげたものよね。東ドイツは」
「あんなもんしか作れねえから滅びたんだろ」
「なるほどなるほど~。そういう考え方もあるね!」
「で、根は切ったけど残りのはどうすんだ?あのなんつったっけ…バニーガール隊?は処分しないのか?」
「あぁ、アレは貴方がいっくんに除去プログラム渡したって言うし、その除去だけでいいんじゃないかな。アレはちーちゃんの持ち物だから無駄に壊したくないしね」
「お前さんがそうしたいなら別にいいんじゃねえの。俺は面白ければなんでもいいからな」
「…」
「おい、どうしたんだ急に黙りこんじまって?」
「いやー…早く私も自分のやりたいことをやりたいなぁ…ってね」
「お前さんは十分やりたい放題だと思うがな」
「やりたいことじゃなくてその準備の準備かな。今やってるのは」
「そういやそう言ってたな。俺を連れてくるときに」
「はぁ、早く作りたいなぁ…船」



【ドレスデン時事】
バウツェン市郊外の旧東ドイツ軍IS関連研究施設にて昨夜未明、大規模な火災が発生し施設内に居た従業員187名全員が死亡した。
軍施設であったことから戦略基盤軍による調査を行った結果、研究所に隕石が落下したことにより施設内に保管してあった可燃性の薬品に引火したことが原因と発表された。
また、戦略基盤軍総監は研究所内で化学薬品の不適切な保管が事故後の調査により確認された事を明らかにし、それを受けて旧東ドイツの軍及び政府関係施設に対して国防軍による査察を行うと発表した。




レンタル一夏君おかわり7日目の一夏君ですがみなさんお元気ですか。
オレはわりかし元気です。


ようやく核融合の研究に戻れた。
今現在、サーキット・コイル型核融合エンジンの稼働試験中だ。
各種数値の計測には贅沢に黒ウサギ隊のISコアを3つ使用している。
「反応室内レベル3」
「比推力435秒だ」
「各部正常、まだ行けます!」
数値の報告を耳にいれながらモニターとシールド越しのエンジンを両方見ながら思案する。
「箇所A-136の温度は?単位は10万まででいい」
「1億2360万度です」
「ちょっと第2燃料口の燃料供給を2%増やしてみて。そのかわり第6燃料口の供給を10%カット」
「しました」
「比推力は」
「433秒だ」
指示・質問に素早く答えるラウラとクラリッサ。
「やっぱりある程度の出力までならサーキットコイル型のほうが制御しやすいなぁ…2500秒辺りまでならこっちのが簡単だな…」
呟きながら改めて感じる。
IS使うと試験すんごいやりやすい!
いやーやっぱりISってのはスゴイわ。嫌いだけど。
実験が当社比(?)で8割くらい軽快に進む。
データの想定結果とか諸々の処理とかスパコンでやる数倍早い。
そりゃ世界席捲するわ。
こうもサクサク進むと少し気分が良くなるね。
これでオレにとって復習問題じゃなけりゃあ最高なんだけどね。
どうでもいいけど汚物を見るような視線だった黒ウサギ隊の視線も何故かいつの間にか変わってたし。
むしろ最近は少し好意的なようにも思える。
「あの…」
「ん?」
「紅茶、いかがですか?今、淹れてみたんですけど」
三つ編みの子(名前は知らない)が聞いてくる。
「あぁ、おねがいしようかな。あ、何も入れなくていいから」
「わかりました。…はい」
「ありがとう」
お礼を言って早速ティーカップを取る。
視線はモニターから離さず、黒ウサギ隊の誰かが淹れた紅茶を飲む。
うん、美少女が入れるお茶が美味い。
雑巾を絞った味とかしないし、ちゃんと良い水と茶葉を使っている。
まあ、雑巾絞った味とかどんな味かしらないけど。
見てくれはいいし、美女や美少女に囲まれながら研究とかいいもんだね。
研究能力高いオッサンとどっちを選ぶって言われたらオッサンのほうを選ぶけど、研究的に考えて。

しかし、本当に急に態度が変わったなあこいつら。
俺何かしたっけ?
こいつらの身体とISに仕込まれた面倒くさいものを見つけてブチ切れて責任者縛り上げて帰ってきたらこの状態だったし。
…わからん。
試験ほったらかしで出てってんだし印象最悪だった時にそんな事やられたらオレだったらキレるんだけど。
じゃあ何でお前はそんな事やらかしたんだって話だよなオレ…。
…。
しかたねえじゃん千冬姉のモノに変なもん混ぜ込んだ上にオレの貴重な時間を取る危険のあるもんをわざわざレンタル延長した挙句に持ってきやがったんだもんアイツら。
オレの貴重な時間をただでさえおかわりしやがったのに!
まったくなんなんだよドイツ軍!
死ねばいいのに!

…で、なんでこいつら好意的になったんだ?

…。
ワカンネ。

ま、研究が円滑に進むならどうでもいいか。
さて、さっさと試験終わらせてドキドキヨーロッパTV会議(ただし会うのはジジイとかババアとかなオーベルト系のお偉いさん)を自由時間でやりますかね。








今日も十分な成果を上げて稼働実験は終了した。
そして仕事が終わった後の食事。
目の前では織斑博士がすごい勢いで夜飯を平らげている。
実験時の淡々とした佇まいとは異なり、こうしていると歳相応の少年にしか見えない。
たしか…歳は私と同じだったはずだ。
「…」
自らもシチューを口に運びながら、無言で博士を見続ける。
…私はわからない。
目の前の男のことがわからない。
この男は私のISに条約で開発研究使用の一切が禁じられているVTシステムというものが搭載されているのを発見し、開発者からのデーター提供があったとはいえ、そのままあっさりとそのシステムを取り除いた。
その後の3日間で隊員のIS動作データを分析し、適切な改良や助言をエンジニアとしての見識でしてきた。
私達が直接何かを改善するものではないシステム系のものがほとんどだったが、それでも奴の助言により、幾らかの機能向上がたったの3日で行われた。
専門は核融合研究だと言っていたが、IS研究についての見識もかなりある。
結果的に、奴は私や部隊の隊員にとって十分なメリットを示した。
怒りで振り上げた私の手は行き場を失っている。
奴は…初めて私の、いや『私達のため』に怒ってくれた
彼にしてみれば、ドイツ軍のただの使い捨てにすぎない存在である私たちのために、彼は本気で怒りをあらわにしてくれていた。
憎かったはずだ。
7日前、あの時までは。


では…今は?


分からない。
だから知りたい。
博士が何を考えどう思い、どういう基準で動いているのかを。
期待もある。
織斑教官が私の存在理由をくれたように。
博士のありようから私は何かを得ることが出来るのではないかと。
「織斑博士…」
意を決して、博士に声をかける。
「なんだ?俺のロールキャベツはやらんぞ」
「…いりません」
「じゃあなんだ?明日の試験内容なら」
「聞きたいことが、あるんです」



[34561] 8.グスコーブドリ
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:72ee2259
Date: 2012/08/25 21:18
「何故、貴方は研究をしているのですか?」
研究所の屋上、肌寒くなってきた私達以外誰もいない屋上で、私は切り出した。
「えーと、それは『お前なんで生きてるの?』的なそういう圧力的なものかな?あ、もしかして屋上ってそういう!?」
怯えるようなリアクションで後ずさる博士。
「ち、違う!たしかに誰も居ないところで聞きたかったのは事実だがそういう意味じゃない!」
「じゃあどういう?」
「…博士くらいの年齢ならば本来は義務教育の最中のはずだ。私と違って、それ以外の生き方を知らないわけでもない。なのに、何故博士は今、研究をしているのですか?」
私にはここしか、軍しか無い。
愛国心など無い。
忠誠心など無い。
だが、ここ以外に私は生きる術を持っていない。
ここ以外によりどころを知らない。
強く有ること以外、私は私の有り様を知らない。
存在価値を肯定できない。
しかし、博士はそうではない。
数多く有る選択肢の中、わざわざここにいる。
彼は守られていた。
織斑教官に。
では何故彼は今こうある?
私と同じように、何かに迫られているのか?
それとも別何かがあるのか?
それが、知りたかった。
博士を見つめる。
一挙手一投足を見逃さないように。
「何故…かあ…」
博士は困ったような表情をした。
そしてしばらく考えた後、言う。
「追いつきたい人が…いるんだ」
「追いつきたい人?」
「あぁ、現代のグスコーブドリの様な人だ」
「グス…なんだそれは?」
「あぁ、そうか。ラウラはドイツ人だもんな。知らなくても無理ないか。俺の国で昔書かれた小説の主人公だよ」
百年以上も昔だけどねと、博士は付け加える。
「その主人公は苦労人でね。彼は幼い時に仕事の大変さや生きる辛さを身を持って学ぶんだ。勉強して大きくなって小さい頃からしていた仕事をしなくて良くなっても、その経験を彼は決して忘れなかった」
「それで?」
「彼は自分が経験したつらい思いを人々にさせたくないと研究者になって人の幸せのために戦ったんだ。火山ガスを利用して雲をつくり、噴火の被害を減らしたりした。そうして日照りや冷夏から人々を救ったんだ」
まるで自分のことのように嬉しそうに語る博士。
「何故、そいつはそんなことをしたんだ?所詮、他人のことだろう」
何故そいつは自分がしたつらい思いを他人にさせたくないと思ったのだろうか。
「幸せにしたいからさ」
「幸せ、に?」
「そう。ラウラ、君は人から感謝された時、どうおもう?そうだ。このまえ試験でクラリッサがなくした彼女にとって大切だというデータチップを見つけた時、すこく感謝されてたじゃないか。そのとき、どう思った?」
「…どうって」
言われて思い出してみる。
「なんとなく気恥ずかしいような、落ち着かない変な気分だった」
「だけど、不快なものじゃない。そうだろう?」
「…そうだとおもう」
「それはね、とてもとてもいい物なんだ」
「そう、なのか?」
「あぁ、そうだ。グスコーブドリは自分の命と人間の幸せを天秤にかけて人間の幸せをとった。人間の幸せが、彼にとって幸せだったんだ」
自らの命よりも優先したい欲求。
それはどれほど苛烈な感情なのだろう?
「俺の追いつきたい人もグスコーブドリの様な人なんだ。だから、俺も…」
言葉を切って、博士は月を見上げる。
「そう…オレも…俺も…」
博士も今、その欲求が渦巻いているのか。
「彼に追いついて、彼女のように」
それはとても…
「グスコーブドリのようにオレの研究でみんなを幸せにしてやりたいんだ」
心地が、よさそうだ。




【IS学園ニュース】IS学園は20XX年度より宇宙活動プログラムを開始します
本校では新カリキュラムとして20XX年度より新たに宇宙活動プログラムを授業科目として導入します。
本カリキュラムは核融合発電の普及により急激に商業宇宙開発が進むことを鑑み、ISの平和利用の一環として本来のISの開発目的である宇宙活動機としての分野に貢献するための人材育成を目的としています。
カリキュラムの内容はこちら(リンク:宇宙活動カリキュラム.pdf)を御覧ください。


【毎朝新聞】コラム:歴史は繰り返す
昨日3月7日、国際IS委員会の承認に基づき、文科省はIS学園に対して宇宙活動カリキュラムの認可を行った。
従来、アラスカ条約によって禁止されていたことによりISの宇宙での組織的活動は禁止されていたが、今回の承認決議によりIS学園のカリキュラムではその活動が認められることとなった。
これによりIS学園は来年度より宇宙活動カリキュラムを実施すると発表した。
また、IS学園はカリキュラムを行うにあたり、活動拠点としてオーベルト社より中軌道のアークバード用補給基地1基を購入している。
3月7日。またしても3月7日だと筆者は思う。
20世紀の悪夢、第二次世界大戦へのカウントダウンが始まったのも3月7日だ。
1945年3月7日。この日はナチスドイツがラインラントに進駐し、それにより事実上第一次世界大戦の平和条約であるヴェルサイユ条約が死文化した。
20XX年3月7日のアラスカ条約改正によるIS学園による宇宙活動キャリキュラムの承認をこれと照らしわせる筆者は心配性であろうか?
軍事危機に際して結ばれたアラスカ条約。それが今、朽ちようとしているのではないだろうか?
ある聖職者が記した言葉がある。
―ナチが共産主義者を攻撃した、私はなにもしなかった。
―私は共産主義者ではなかったから。
―次に彼らは社会主義者を攻撃した。私はなにもしなかった。
―私は社会主義者ではなかったから。
―次に彼らは労働組合を攻撃した。私はなにもしなかった。
―私は労働組合には参加してなかったから。
―次に彼らはユダヤ人を攻撃した。私はなにもしなかった。
―私はユダヤ人ではなかったから。
―ある日、彼らは私を攻撃した。私は初めて抵抗した。
―しかし、その時には、何もかもが手遅れだった。
私の心配は、この聖職者の言葉とは違い、杞憂であることを願いたい。






「うんうん。いい傾向だね世界は♪」
こつごつとした岩の上に座りながら満足そうに記事を読む束。
「まーさか生きてるうちに木星を目の前で見れるとは思わなかったなぁー…」
その横で俺は感嘆の声を漏らした。
目の前には褐色の渦を巻く星――木星。
「ビリーの作ったプログラムのお陰で束さんの無人機研究は当社比2倍で進行中だよ!メイドさんも高性能だし生活も充実だね!束さんの野望はまだまだ進むよー!」
ハイテンションで俺に言う束。
今、俺、ビリー・Gは木星の環にある名も無き小惑星に居る。
衣食住つきで。
割と快適だ。
そろそろ天からお迎えがくると思っていたが、物理的に登るほうが先だとは思わなかった。

奴について行った俺は、無人ISの開発を手伝うことになった。
ただの無人機ではない。それならば、束は一人で作れる。
俺が作ったのは自らで考え、思い、進化する人工知能を搭載したIS。
あいつのプログラムを盗んで以来、数十年にわたって高めてきた俺の作品。
それを、ISにつぎ込んだ。
ある意味では、俺と束の子供のようなものかもしれない。
そういう方面の感情は、俺も束も皆無だが。

今、太陽系内では調査用の無人ISが飛び交っている。

「で、次はどうするんだ?天王星か?それともオールトの雲を調査するか?」
「そろそろ準備できたし、青い星に引きこもってる人間を引きずり出そうかなって」
「お前なら、一人でも何処までもいけるだろう?」
「ばかだなあ」
疑問を口にすると呆れたような表情と罵倒を束が返してきた。
「1から10まで全部一人でやったら効率が悪いじゃん。何で君を誘ったのか考えなよ」
辛辣な上にうざい。
「…で、どうするんだ?」
「逃亡生活をやめる準備と、一人私の仕事が出来る人を誘おうかなって」
「俺みたいにか」
「そうそう♪私の予想が正しければ、彼はちょー良い人材だよ!目的も一緒だし、そりも合うんじゃないかなっ!」
「どういうやつなんだ?」
質問する。
「うーん、一言で言うと…」
束は口に指を当てながら考えて…いい例えが見つかったのか満面の笑みで言った。




「グスコーブドリの様な人、かなっ!」





[34561] 9.勧誘
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:992a76f2
Date: 2012/09/09 12:54
今日は朝からいい気分だ。
「うん、いい傾向だな。世界は」
朝、ニュースを眺めながらオレはそう呟いた。
「何がいい傾向なんだ?博士」
そしてすぐに帰ってくる声。
「あぁ。IS学園でも宇宙カリキュラムが始まるそうだ。アラスカ条約の宇宙進出規制条項がこれで事実上死文化した。ISは露払いには最適だ。人間がほんとうの意味で宇宙に出るのは近いよ」
「そうか。お前がいい気分なら私も嬉しい」
そう言って声の主は顔を緩める。
「あぁ、本来ならばいい朝のはずだな。…お前のせいで割りとケチついているが」
言いながら声の方向を向くと、銀髪の小柄な少女が俺が淹れた紅茶を悠々と飲んでいる。
メイド服で胸を張って。
「一夏の入れる茶は美味い。今日はアッサムか」
そしてそんな嫌味を完全スルーする少女。
おまけにファーストネームを呼び捨て。
「ラウラ、あのな…何で俺が入れた茶を飲んでるんだお前はそれ以前にどうやって入ってきたドアは内側から物理的にかける奴にしたはずだぞそもそもなんでメイド服なんだ!!!」
「あぁ、茶がそこにあったからだ窓から来たドアが開かなかったからな日本人の男はこういう格好を女がすると喜ぶとクラリッサから聞いたどうだ嬉しかろう」
どうだ!と貧相な胸を張る少女あらためラウラ。
「あのな、ラウラ。ドアを物理的に開かなくしたってことは朝入ってくるなってことなんだよ!」
今、俺は日本の研究施設に居る。
そしてなぜかドイツの軍人であるコイツ…ラウラ・ボーデヴィッヒが俺の護衛としてついていた。
5年リースで。
言うなれば、レンタル黒兎?
何でこうなった?というと話は長くなるが、どうやら俺が物理的にドイツ軍にOHANASHIした結果、こいつをさしだした―――という事になってるらしい。
旧東ドイツのVTシステムの開発していた研究所を物理的に吹き飛ばすという会話で。
濡れ衣である。
酷い誤解である。
どこかの歌のお姉さんみたいな格好をした馬鹿ウサギみたいに好き勝手に破壊活動が出来るような能力が俺にあるわけがないだろうに。
オレにできることといえば、核融合施設を暴走させてその付近30キロ圏を吹き飛ばすことくらいである。
核融合だから放射能とかの心配もなくてクリーンな暴走方法だ、マジオススメ。
あ、もしくはオーベルト社から割り当てられたアークバードを使ってプチコロニー落とし?
そんなわけで俺は無力だ。
酷いいいがかりである。
オレは弁解を要求するぞ!
そう内閣府で言ったら毎回スルーされる。
そろそろあの一帯区画ごと吹き飛ばしても俺は悪くないと思う。

…いや、本当に濡れ衣だよ?マジで。

そんな感じで、濡れ衣で危険人物認定された俺は、ドイツ軍から『お詫び』としてコイツの5年レンタル権が何故か入ってきた。

その結果、コイツは四六時中俺の周りで待機したり護衛したり研究を手伝ったりベットに潜り込んだり紅茶を勝手に飲んだりメイド服を着てドヤ顔をしたりしている。

研究を手伝ってくれる時と護衛時以外には割りと突飛な行動をする。

この前はフライパンで叩き起こされた。
涙目でラウラを見たら何故かカラフルな学生服もどきを着ていた。
意味がわからない。
そろそろ千冬姉に相談するべきなのかもしれない。

…あれ?そういえば千冬姉って今どこで何してるんだ?
俺がラウラレンタルすることになった時に一緒に日本まで帰ってきたところまでは覚えてるんだけど、その後数ヶ月ぐらい会ってないな。
っていうか今別にドイツ軍の教官でもないっぽいし、なにやってんだ千冬姉。
ま、連絡がないってことは生きてるんだろう。
ケータイ番号は知ってるし。

話を戻そう。

本来ならこのチミッコは速攻でチェンジをするところなのだが、たちの悪いことにコイツは能力そのものは優秀なのでチェンジせずに研究に協力してもらっている。
多少不快だろうと研究が早く進むほうが優先だ。世界はままらないものである。死ねばいいのに。

嫌なことを考えるのはやめて、今日の研究予定を考えよう。







研究室に入ってデスクを見た途端に今日のやる気がごっそり持っていかれた。
きっとカミサマって存在は俺がピンポイントで嫌いなんだと思う。
横を見ると、ラウラが状況を理解できないのか呆然としていた。
そしてその様子を心底楽しそうにニコニコと見ている女性。
超ウザい。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」
なんかのたまい出しましたよこの人。
「みんな死ぬしかないじゃない」
即座に二の句を継ぐ。
言葉は割と本心である。
「やけっぱちすぎるよ!続きはそんな言葉じゃないよ!?」
ガビーンと行った効果音が出そうなくらいのオーバリアクションをするソレ。
だんだんソレの評価が下がっているのは気にしない。
「だいたい同じようなニュアンスじゃないですか元ネタ」
夏目漱石の『それから』を引用するとか。
めんどくさい。
「もうどうでもいいんでそこの窓から『ティロ・フィナーレ!』とか言いながら飛び降りてくれません?見なかったことにするんで。あ、首と胴体離しながらやるとなおGOODです」
「私の扱いひどくないかないっくん!?感動の再会なのに!!」
「チェンジで」
「誰と!?」
「箒と」
オレにとって厄災しか持ってこなさそうな人と俺と親しかった幼馴染、同じ篠ノ之で選ぶなら迷うことなく後者を選ぶ。
「わ、私を選ぶなら今ならこのおっぱいとかついてくるよ!?これだけでもそこの貧乳眼帯娘ととっかえるメリットはあるんじゃないかな!?」
なんか必死になるソレ。自分のおっぱい鷲掴みにしながらアピってくる。
「や、別におっぱい欲しかったらおっパブでも行きますし」
金ならあるし。政府とからの報酬とか核融合関連の特許料とか。
「荒んでる!荒んでるよいっくん!!」
誰のせいだと思ってるんだコレは。
…。
面倒くさい。
面倒くさいので。
「…おいラウラ、篠ノ之博士がお帰りのようだ。とりあえず簀巻きにしてからIS学園にでも捨ててきてくれ」
ラウラに処分をお願いすることにした。
「生きてればいいか?」
そして殺る気満々のラウラ。
やる気があるのはいいことだ。
「達磨にするくらいならいいんじゃないか?」
個人的には死んでもらったほうが助かるんだけど、箒が悲しむしなあ…。
「わかった」
短く言ってラウラがISを全展開する。
はじめから殺意全開である。
「篠ノ之博士、覚悟―――」
そして俺はティーカップを3つ用意。
冷蔵庫からミルクを取り出してたっぷりカップに注ぐ。
涙目だった束さんの目元が急に細くなる。
魔法瓶から休憩用に持ってきた紅茶をティーカップに注いで。
「やめてよね」
束さんがつぶやく。
「なっ!?」
ラウラの口からは驚きの声。
俺は一口今作ったミルクティーを口に含む。
やっぱりミルクティーは先にミルクを入れるに限るね。
「本気でIS使って、君が私にかなうはずないじゃない?ねえ、いっくん?」
「ま、そうですよね」
窓の外には複数のIS。
形状から、恐らく無人機、か?
ぱっと見ただけで10機はある。
いくらドイツのエースであるラウラとはいえ、勝ち目はない。
「紅茶入れましたけど、飲みます?」
「いただこうかなっ!」


--小休止--


ラウラには外してもらった。
俺が誘拐されるかもしれないと言って抵抗したが、ISの数的にお前が居ても結果は変わらないといたら渋々納得した。
「で?」
束さんに短く一言切りだす。
そしてそれに反応して束さんが口を開く。
一言で意を察してくれる人はいいね。
束さんじゃなかったわりと心が癒されてたのに。
「船を作るから私のところに来てくれないかなっ!」
そして提案する束さん。
「イヤです」
即答。何でアンタの道楽に付き合わなきゃいけないんだ。
「核融合関連技術の技術者が極端にこの世界は少なくてねー。色々探してるけど中々逸材が居ないの。特に私の船を作るのには、磁気流体力学の優秀な技術者が必要なんだ!だからねえ、私と一緒に宇宙船を作ろうよ!木星までの露払いはできてるから、目標は天王星かなっ!1年以内にはオールトの雲を探索しようかと―――――――」
そしてそんなオレの言葉を無視して一人でしゃべる束さん。
「束さん」
それを面倒になって遮る。
話を聞く限り宇宙船をい作りたいのか。束さん。
それそのものは魅力的な提案だ。
宇宙船は人間が進歩するには、より多くの富、幸福を得るには必須だ。
だけど、俺はそれには協力する気にはなれない。
何故?
その宇宙船はただの束さんのおもちゃだろう。
人間の役には立たない。
「貴方なら一人で出来るでしょう」
それ故に、拒絶の意味で言葉を出す。
「時間をかければね。でも私はせっかちなのよ。そして欲深なの」
そんなものは貴方の勝手だ。
オレを巻き込まないでほしい。
「貴方は何をしたいんですか」
「神様を見つけて愛を教えてもらいたいなって」
「愛?」
「神とはすなわち愛。私はそう思うの。そして人間にソレを与えた神は、ホンモノの神はこの広い宇宙のどこかで私達が苦しんでいるのを傍観している。そして、それを指を加えて見ていられるほど、私は無欲じゃない」
ホンモノの神…?
「もし神が全知全能だというのであれば、私はそいつを引きずり出して聞かずにはいられない。何で私をこうしたのか。なんで私に何も与えてくれないのかを」
既視感が胸の中に流れる。
過去、同じ言葉を聞いたことがある.
それは、尊敬するあの人。
懐かしい人が脳裏に浮かぶ。
「話がそれたね。返答はどうかな?」
言って、束さんが俺を真っ直ぐ見つめる。
あれは人間の目だ。
冷たいようで温かいようで怖いようで…惹かれる。
ひどく懐かしい思い。
滾る部分だけだけど。
懐かしい。
…もしかして。いやそんな。ありえない。
ありえない?
オレの存在そのものがそうじゃないか。

ありえないなんて”ありえない”。

思考は順ぐりグルグルと堂々巡り。
その隙に身体が思わず彼女の手をとってしまいそうになる。
束さんがそれを見て微笑む
「っ!」
何をしたんだオレは。
でも…
だけど…
「…」
だが、
「ひとつ、いいですか?」
確かめずにはいられない。
「何かな?」
それに対して束さんは微笑みながら返す。
オレと同じ時代の人でなければ知らないはずの言葉。
それを聞こうと思う。
「フォン・ブラウンはあの星につきましたか?」
オレの言葉を聞いた束さんは少し顔を歪める。
ナニカ不愉快なものでも思い出したかのように。
「木星到達第一声はホシノの息子だったよ。満足した者の言葉だった。気安く愛を語って、不愉快だったね」



[34561] 10.門戸と襲撃
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:4ff45d12
Date: 2012/09/22 19:42
【IS通信】
国際IS委員会は3月8日未明、臨時協議を国連本部ビルにて行った。
委員会は公式には今後の宇宙開発に伴うアラスカ条約諸項目の協議としているが、情報筋によると同委員会にはオブサーバーとしてIS発明者である篠ノ之束博士が出席しており、新規に488個のコアを提供したほか、サモア他ミクロネシア諸国が連名でアラスカ条約を破棄する旨を伝えたとされる。
委員会はこの件について沈黙を続けている。
また、ニューヨーク国連本部には常任理事国大使ほか、主要各国の国連大使が続々と入っており、周辺は物々しい厳戒態勢となっている。



『―――国連本部の周辺は厳戒態勢がしかれて物々しい雰囲気が漂っています。現在――――』
『―――の映像をご覧ください。そこには臨時に使用された安全保障理事会議場の中央に篠ノ之博士がはっきりと写っています。残念ながら音声は入手できませんでしたが、唇読したところ――――――』
『―――ジル、インド等の非常任理事国は今協議が終了するまで自国委員の護衛として合わせて5機のISを派遣すると表明し、現在インド軍のIS機がカリフォルニア州上空を通―――――』
『―――産党央委員会は先ほどIS部隊を臨戦態勢にすることを決定し、全ての部隊を招集―――』
『――情報筋によりますと、現段階でワルシャワ条約機構宇宙基地『ミール3』には5発の核兵器が搭載されていると見られ、仮に使用した場合、IS部隊が迎撃したとしてもEMPにより環太平洋全域において―――』
どの局を見ても話題は一色。
他国の放送も似たようなもののようだ。
ネット放送ではほぼ世界の主要な放送局はこの事態を放送している。
「博士…いや、束さんは本気みたいだなあ」
テレビのニュースを見ながらのんびりと紅茶を飲みつぶやく。
世界は今、大戦前夜のような様相を呈している。
キューバ危機ってこんな感じだったのだろうか?
数戦発の核ミサイルを1機で全て撃墜できる兵器、それを持った人類。
その兵器の保有数こそが国力であり、軍事力。
そしてそれをようやく割り当て終わった。
そこに数百個の新たなソレ。
揉めないはずがない。
その国も、その確保に国家存亡がかかっている。
一つでも確保しそこねた国は滅ぶ。
一つでも確保できた国は隆盛する。
今、ISはそういう存在だ。
「さて、石と棍棒でも用意しておくかな」
「石と棍棒?」
オレのベットで寝転がるラウラが聞いてくる。
何故コイツは毎朝当然のごとく入り込んでくるのだろう?
…もう突っ込む気にもなれない。
考えないことにして、ラウラの疑問の答えを言う。
「まあ『今』は役に立たないね。だけど、次の大戦が終われば役に立つ」
アインシュタインも言っていた。間違いない。
ラウラは絶句していた。
「…一夏」
「冗談だよラウラ。さて、今日も研究をしようじゃないか」
起き上がり、白衣を着てそのまま部屋を出る。
「あ!待て!私はまだシャワーを浴びていない!」
知らんがな。浴びてから来ればいいことじゃないか。
ラウラを無視してそのまま研究室に足を向ける。
しかし、世界の危機、ねえ。
アナウンサーの言葉がリフレイン。
ま、関係ないか。
そう、世界の危機なんてオレには関係ない。
束さんが起こしてると知っているなら尚更。
あの人は難しいようで至極明確な理由で動いている。
彼も、彼女も。

その原理に当てはめると今回の動きは
『織斑一夏に対してのあの言葉が本気というサイン』

『人類を地球というベットからたたき出す起爆剤』
だ。

ソレ以外の意味なんて蛇足でしか無い。
「…さて」

オレも自分の仕事をしよう。



■藍越工科大学

今やこの大学の研究施設は世界で最先端の研究施設の一つに数えられている。
代表的なのはオレが関わった核融合研究だが、地味にISにも強い。
はじめに藍越工科大学のことを聞いたときはあぁ就職率のいい藍越学園の関連学校かー程度にしか考えていなかったが、その評価はIS関連の研究成果によるものらしい。
オレがこの研究施設で研究することになってから強みが加わったとさっき学長につかまって礼を言われた。
「んなことどーでもいいんだけどなあ」
オレに関係のない話なんてしないでほしい。就職率とか別に俺就職困ってないし。
「貴重な時間が無駄に消費されて微妙な気分だ」

文句を言いながらオレにあてがわれた研究室に入る。
研究室の中には物々しい雰囲気を放つある機械。
その機械は篠ノ之束謹製のIS『赤椿』。
あの日、束さんが俺に渡してきたプレゼント。
最新のIS工学技術によりシールドエネルギーを増幅させる特殊機体。
これに構想段階だがつい先日実験を終えた半量しか核融合炉を搭載すれば額面上のシールドエネルギー搭載可能量は現行ISの十数倍にもなる。
とどめとばかりに機体性能や兵装、その設計思考においても全てが現行機を上回っている。
燃料残量的なことだけを考えれば臨戦状態でも数十時間はシールドエネルギーを維持できる。
この機体を一言で言い表せば…いわば航空要塞だ。
世界がやっと第三世代型機体の試験飛行を行う段階にあって、この赤椿は第四世代の思想を元に完成されている。
「性能だけでもバケモノだな…」
言いながらその機体を見上げる。
だが、この機体のほんとうの意味での脅威は、そこではない。
この機体は既存の現行ISとはそもそもの設計思考が異なる。


この機体は複座機としての運用を前提として作られているのだ。


IS操縦者と人類を上回る性能を持つ人工知能『チープコア』が航行と操縦を分担する初の複座機、それが『赤椿』。
半自動化機と思うかもしれないが、ソレは間違いだ。
2人目の乗員である人工知能チープコアは、すでに人工生命といえるレベルまで達している。
人と変わらないような思考をし人と同様に進化する。
まだ拙く、創造性こそ少ないものの、そこには確かに知性というものがあった。
単純な計算能力や判断速度は圧倒的に人を上回る。
はじめに見たときは束さんの最新作かとおもいきや、技術そのものは数十年前の物を基礎とする使い古されたものというから驚きだ。
なんと、人類は数十年前にすでに人類は人間並みの知能を持つ存在を作り出すことに成功していたということだ!
そしてその存在はただ時が立つのを眺めていたのではなく、ごく少数の人間によって高められ続けていた。
その集大成が、チープコア。
人を超える存在であるにもかかわらずチープ。
人がまるで安物のようにいうその名前。
いいね。
そういうものだ。人ってのは『安い』。
人間だから『高い』んだ。

…話がそれた。

チープコアを2人目の乗員とした事によりこの機体には複座機としてのメリットが生まれた。
そしてチープコアはISと違って命令者を選り好みをしない。
もちろん相性はあるが、全く操縦できないということがないのだ。
コレが最大のメリット。
チープコアを乗員とするIS機は性別という適性制限がない。
何故ならば操縦者の命令はチープコアを経由してコアに伝わる。
これはチープコアの余剰能力容量で行われる。
つまり、コアを動かすのはあくまでチープコアで、そのチープコアを命令する操縦者はだれでもいいのだ。
それはISへの門戸が男性に開かれたことを意味する。
もちろんデメリットもある。チープコアという高度な機能はひどくエネルギーを食う。
そのエネルギーを食う機能によってシールドエネルギーの何割かはチープコアの稼働維持に割かれる。
そのため、最大シールドエネルギーあたりの戦闘力は単座機ISに大きく劣る。
だが、ISへの門戸が男性にも開かれたことは揺るがない。

そして、俺にこれを今束さんがプレゼントしてきたのは…。
「俺を害そうとしてる輩から俺を守るため、か」
男性へ開かれるISの門戸。
急激なスピードで迫り来るエネルギー危機。
そして高まる宇宙への需要。
その激動の流れの中心にいるのは…束さんと、オレだ。
ラウラというISを持った護衛をもってしてもオレに害が及ぶと束さんは考えている。
故に、箒にも渡さなかったISを今オレに渡している。
箒は国によって守られている。ソレで十分安全だと判断したのだろう。
もし、国による保護が十分でなければ、束さんはきっと箒にもISを渡していたにちがいない。
束さんは今の俺の現状を安全ではないと思っている。
故に赤椿を俺に渡したのだろう。

赤椿に近寄りその機体に触れる。
シャン、と小さく鈴のなるような音が聞こえたと思うと、淡く赤椿が光る。
その光は俺をなんだか、穏やかな気分にさせる。
「お前はいい子だな…」
呟きながら機体を撫でる。
いい子だ。
本当にいい子だ。
お前は好き嫌いをしない。
好き嫌いの激しい悪い子のせいでどれだけ世界が混乱したか。
悪い子がお前のようないい子なら、人間はもっと幸せだったはずだ。
道具は好き嫌いをしない。
石も。
火も。
鉄も。
火薬も。
蒸気も。
電気も。
神の火だって。
道具は人を選り好みしなかった。

「もし、ISが人を選り好みしなかったら…きっと―――きっと俺が俺じゃなくなったあとに見た景色はきっと違ったのでは――――」


ズバンッ!!


「博士!!やっと赤椿用チープコアのセットアップが終わりましたよ!いやーさすがにAI系のセとアップは時間がかかりますねー!まあ普通のISもファーストシフト完了は時間がかかりますしね!とにかく研究棟総出で仕上げましたよ!!この子いい子ですよ!やー私もいい出来だと思います!少なくともあのクソジジイにパシられるよりかはずっと充じつ…か、ん…が…?」


独り言の最中にノックもなしに研究室に入ってきた誰か。
誰かに聞かれた、その事実に急に恥ずかしくなりバっと振り向く。
振り向くとそこにはドイツから移籍したAがわきにナニカを抱えて絶句中だった。
わきに抱えているのは…俺の記憶が正しければチープコアモジュールだ。
「どうしたんだ?赤椿のチープコアに何か問題でもあったのか?」
明らかに独り言を聞いたというレベルではないレベルの動揺を見て言い訳も忘れてAに尋ねる。
尋ねた途端、Aの手からモジュールが落ち、その手はこちらをワナワナとしながら指さしてきた。
…なんだろう?嫌な予感がする。
「な…?」
ナックル?俺は別に持ってないよ?
「な、なななな、なんでチープコアを搭載してないISが動いてるんで―――――」


ドゴオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!


エフェクト、二回目。
Aのセリフが遮られる。
今日は賑やかな陽だなあ。
そう思いながら、身体をISの操縦席に。

なんでかって?

今、研究所にある核融合炉は構造的に暴走しないものだ。
つまり、コレは事故ではなく故意。襲撃の可能性だってある。
いずれにしろ、ろくでもない事態なのは確かだ。
そう判断した俺は、脱出するためのシステムを立ち上げ、画面をチェックする。
「…!チープコアが作動していない…!?…操縦システムは!?…正常だ!」
AI部分が死んでいるか発生している可能性がある。
厄介だな。
この状態で、初めての操縦でここを出なければいけない。もしかしたら襲撃者とのアクロバットをしながら。
「初めて自動車に乗ってマニュアル操作でカーチェイスをするような状態だな。やれたら俺はスタントマンの才能があるな!」
…冗談を言っている場合じゃない。
さっさと脱出を――――
「な、なななんですか今の爆発!?事故!?」
悲鳴じみたAの声によって一瞬思考が中断される。
声がした方向を見ると、Aがチープコアユニットを抱えながらへたり込んでいた。
爆発の直前、こいつはチープコアのセットアップがどうのとか言っていたな。
…エラーが起こったユニットの代わりに直したものを持ってきたのだろう。
「確か飛行中にユニット交換ってできたよな仕様上では。アンパンマンの顔交換みたいに」
うろ覚えだったのでAに聞く。
「あ、はい。ユニット緊急交換機能ですね?仕様には確かに―――きゃっ!」
途中まで聞いたオレはそのままAを抱え上げて絶対防御内に入れると、全速力で研究所を脱出することにした。
Aをかばうようにして窓に突入。

ガシャーン!

シールド防御がされていたのか予想よりも大きな音を鳴らして研究室を脱出した。







システムからマップを出す。
たしかオレの研究室は西に面してたはずだ。
このまま真っすぐ行けばIS学園特別区にいけるはず。
地図と照らし合わせる。オレの認識は正しい。
速度計を見ると時速500km。プロペラ機程度の速度しか出ていないが、初飛行としては上出来だろう。
もし、あの爆発音がただの爆弾とかならばオレはもう安全だ。
だが、襲撃であれば…勝負はこれからだ。
最低でも音速は超えないとヤバイ。特に襲撃者がISだった場合、その戦闘はこちらが逃げている前提ならば音速でなければ太刀打ちができない。
ソレを確かめる意味でも研究の方向を見る。
オレの研究室があった場所に小さな影そしてこちらに向かってくるものが1機。
なんとか速度を早くしようとしつつ、識別システム立ち上げる。
研究室に有るのは…Unknown、登録されていない。
こちらに向かっているのは、コードSR――シュヴァルツェア・レーゲン。
「ラウラか!!」
なんとか武装を相手機に向けつつ言葉が漏れる。
アイツがもし味方ならばオレの生存確率は上がる。
アイツが欲しいと思ったのはコレが初めてだ。
今、オレの中でラウラの魅力が暴騰中である。
頼むぜ―!ラウラさんよぉ!
毎朝オレのベットに潜り込んできたのは暗殺じゃなくて警備の都合だってオレは信じてるぞ!
ありえないがいっその事惚れててくれたって構わない!その場合はハグしてやる!
祈りながら(祈っても意味の無いことは分かっている)速度を何とか上げてラウラを待つ。
…もしラウラが敵だった場合は?
赤椿の兵装は、エースパイロットを粉砕できるだろうか?
できなくとも、複座機の交換ができるだろうか?
オレは逃げおおせることが出来るだろうか?
味方が合流する状況とは思えない緊張がオレの中で高まる。
オレはこんなに猜疑心が強かったのだろうか?
…オレは。
俺はラウラを信頼したい、と思っている。
オレと共に夢を目指して欲しいと思う。
あの娘は有能だ。
奇行が目立つものの、彼女の能力そのものは間違い無く一流だ。
そして…なんとなく、なんとなくではあるが、ラウラはオレの夢をラウラ自身の夢と見ているような気がしている。
人間は美しい。彼女もそう思っていたのであれば嬉しい。
祈るような気持ちだ。
「…ち…!…ちか…!!こちらシュヴァルツェアハーゼ!応答せよ!」
細切れに声が聞こえてきたのは原始的なアナログ無線。
それは高精度帯域が封鎖されていることを示している。
「こちらナゲット1。現在IS学園空域へ進路をとっている。護衛をお願いしたい」
無線に答える。
途端、ラウラ機の速度が上がった。
短距離用に無線を切り替える。
「一夏!無事か!!」
必死な表情と必死な声。
ラウラの声。
演技かどうかはわからない。
だけど少し嬉しい。
「兵装は?」
ラウラが俺に背を向けて聞いてくる。
「ほぼ稼働していない」
嘘をつく。
まあほぼ嘘ではないが、一部だけならば、稼働する。
「そうか、なら、私がお前を守る」
言って、私の手を引っ張り、牽引するようにして速度を上げる。
「ちょ!?落ち!!」
Aが悲鳴を上げる。
ラウラはAの事はガン無視。
保護対象とはみなしていないらしい。
まあ落とすことはないだろうから大丈夫だろう。
そう納得してオレはなんとか速度をあげようとする。

…無理だ。
コレ以上どうやって加速するのかわからん。
だが、あのアンノウンが敵対勢力だった場合はヤバイ。
「…」
絶対防御内にいるAに目をやる。
変換を行うのは今しかないだろう。
Aに言う。
「そのチープコアと今オレの中にあるチープコアを交換できるか?」
オレの言葉にAが反応する。
「あ!?あ、いえ、その…そもそもその機体にはチープコアが―――」
「出来るのかできあ無いのかだけいえ!時間がない!!」
「組み込みはチェックも必要ですから最低でも5分は…」
「2分でやれ」
「…やれるだけやってみます」
頼むぜ。マジで。
Aが早速赤椿に触りだす。
オレはラウラへの通信回線を開いた。
「ラウラ、今、期待不具合の修理を行う。2分ほど直進程度の単純な動作しかできなくなる!その間もし何かあったときは任せていいか?」
「当たり前だ。嫁を守るのは亭主の義務だからな」
よくわからない返答が返って来たがまあ了承はしてくれたらしい。
あとはあのアンノウンが…ってレーダーを見るとすごい速度でこちらに向かっている!?
「ラウラ!アンノウンがこちらに向かってるぞ!」
「知っている!私はアンノウンと接触するお前はそのまま真っすぐ航路をとれ!さっきの速度ならば10分でIS学園空域に入る!空軍基地へは13分だ!」
言ってラウラはオレの手を放す。
途端に減速してバランスを崩しそうになるが、なんとか持ち直して直進。
時速はマッハ3から急激に下がっている。恐らく500km/hあたりまでは下がるだろう。
チープコアの交換は間に合うか?
…いや、もう後戻りはできない。
「きゃっ!?」
Aを抱きしめるような仰向け体勢で飛行する。
悲鳴が聞こえたがそのまま。
「ごめん、こっちのほうが安全だから我慢してくれ。状況は?」
「は、はい!システム接続はできました!あとはセットアップだけです!1分半あれば何とかなります」
時計を見る。10秒早い。コイツ以外に優秀だな。
ラウラの方は…。
タタタタタタタ…
「!」
小さく発砲音が回線を通じて聞こえてくる。
交戦している!
ズームをしてそこを見ると、アンノウンとラウラが交戦していた。
アンノウンの方はISにしては珍しい蜘蛛のような機体。
思わず休日に見ていたクラッシックアニメの機体を思い出した。
えーと…たしか、タチコマ?

その複数脚で取り付こうとするタチコマ(面倒なのでタチコマということにした)に防戦体勢を取りながらレールガンを浴びせるラウラ。
若干押されてはいるが、圧倒される程ではない。

「セットアップ、あと50秒です!」
Aの声。
ラウラとの距離はもう10キロ以上離れている。
仮にいますぐ倒されてもこちらにタチコマがクルマでにはセットアップが終わる。
そうすれば航行をチープコアに任せて全速離脱すればカタログスペッグ上の最大速度であるマッハ4で相手に追いつかれる前にIS学園空域に入れる。
こちらの識別データはすでに国防軍には通知してある。
レーダーからラウラ…ドイツ機が何らかの勢力と光線状態にあることも把握しているはずだ。
すぐにスクランブル状態になる。

40秒。

30秒。

20秒。

もういいだろう。
今の状態では増援が来たらラウラが撃墜される可能性だってある。
「ラウラ!こちらナゲット!セットアップはまもなく終了する。敵機を無視してでも空域を離脱しろ!」
無線でラウラに連絡する。
「セットアップ終わりました!」
直後、Aの声。
なんとか災難は逃れられそうだ。



[34561] 11.入獄または入学
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:fe08207f
Date: 2012/10/12 22:07
【ISニュース】IS学園入学式――男子生徒6名入学
IS学園の第○回入学式が5日、学園内総合体育館で行われ女子308名男子6名の計314名が入学した。男性が入学したのは今年が初めてであり4名は複座機操縦科、2名は操縦科への入学となる。操縦科に入学した2名は初めて単体でISを動かした男性となり、新しく門戸が開かれた複座機操縦科の第一期生とともに注目が集まっている。

【藍越学園広報】
藍越学園は20XX年度よりIS学園と宇宙開発省と合同でIS学園特区学園特別調整区画に専用研究施設を建設し、核融合と宇宙開発の複合研究施設を解説します。それに伴い、来年度より藍越学園は藍越学園中学・高等学校、藍越幼年学校・幼稚園、藍越美術大学を除きIS学園と統合することになります。



あの時Aを殺しておけばよかった。
今オレは、本気で殺意というものを覚えた。
全ての元凶はあの研究員だ。
アイツを殺しておけばオレはただの最初のIS複座機操縦者でしかなかった。
ここにいることなどなかった。
オレはオレの本懐を最もふさわしい場所で邁進できた。
少なくともこんな…四方を女に囲まれて凝視されるという状況にはなかったはずだ。
「…超ヘヴィー」
「ねえ、大丈夫かい?」
心配そうに俺を覗きこんでくる俺と同じ服装の『男子生徒』。
隣に男子が居るのが唯一の救いか。
ちなみに、この入学式に男は俺と彼の二人しか居ない。
なんでか?
それは複座機操縦科と操縦科はそもそも根本的に違うからだ。
何が違うか?乗り込み人数?そうじゃない。
複座機操縦科の必須条件にIS適性はないが操縦科にはIS適性がいる。
そして俺がここにいる理由は、『チープコアを搭載していないIS』を動かしてしまったからだ。
ヤバイ時でも人の話は聞くべきだね。いっくんまた一つ賢くなったわー。
もっと早く気づいてたらAの口を封じることができたのに残念だわー。
「鬱だ…」
「は、ははは…」
俺の言葉に隣の男子が乾いた声を上げる。
同じ気持ちなのだろう。
お前が居なかったら俺の心は1日くらい折れてたよ、結婚してくれ。
まず間違い無くホモ扱いされそうな言動を脳内で考えるあたり、俺は相当やばい状態だと思う。
「…」
「―――!?」
なんか男子の反対にいる奴―――ラウラから殺気が流れてきた。
な、なんだ?もしかして声に漏れてたか?結婚してくれとか。
ラウラ実はホモが嫌いな人か?
お前の副官大好きだぞホモ。
お盆に日本で開かれるというホモ好きの女が集まるお祭りに参加するくらいにホモが好きらしいぞ。
日本の何処でやってるかとか、どんな祭だとかは怖くて聞けなかったけど。
ちなみにラウラは何故か俺と一緒に入学することになっている。
ドイツ政府アフターサービスは万全だなオイ。どんだけ怖がられてるんだ俺。
一応言っておくが俺はホモじゃない。
だって周りに座ってる女子生徒は割とストライクゾーン多数だ。
朝全裸でラウラが潜り込んできた時に俺のパッションレジスタンス抑えるのにどれだけ苦労したか。
とにかく、あとでラウラの誤解を解く必要がある。
ちなみに、複座機操縦科の人間は今日の午後に入学式が開かれる。
分けた奴は死ねばいいと思う。
…。
まあ妥当ではあるが。
…そこ――複座機操縦科――の入学式には大勢のマスコミや政府関係者が入る。
今、IS学園の入学式はさほど重要なニュースではなくなっている。
いや、初の男性IS入学者も、当事者以外にはどうでも良い話題となっている。
なぜか?
束さんがチープコアという新機能で男性にもISを操縦できるようにしてしまったからだ。
男性にもISを操縦できる『かもしれない』ということよりも『ISに男性への門戸がひらかれた』という方が圧倒的に重要なのだ。
だが、それでも俺達への視線が軽くなるという実感はない。
圧倒的にチープコアのほうがビッグニュースなだけで、俺や彼の存在も十分に衝撃的なニュースなのだから。
それだけ『異例』なのだから。
数年程度しか無い歴史の中でそれほどまでに固定観念が定まってしまっていた。
「みんなーしねばいいのにー」
小さく呟く。
みんな敵だ。そんな気分に陥る。
正確には味方…俺にかけているものはいくらかいるが。
藍越学園がそのひとつだ。
藍越は俺がIS学園に強制入学になった途端、IS学園特別区に土地を確保し、半ばIS学園に併合される形で後を追ってきた。
設備は大規模研究用実験炉をはじめとした移転前の大学設備をほぼ再現している。
研究棟はLLC化され、IS学園が4割、藍越学園が6割を握っている。
その資金はIS関連企業やオーベルト社から出ているだろうが、あそこが学園単位でオレにかけているのはこれで明確になった。
それほどまでにオレの知識は明確に有用になってきている。
だからこそ、こんなところに居る訳にはいかないのに。
「死ねばいいのに」
本当に嫌になる。
隣に目をやる。
少しつかれた風の男子生徒。
たしか…シャルル・デュノアって言ってたような気がする。
デュノア社の関係者…というか社長の息子だったはず…。
話してた内容はだうーんな気分で半分ほど飛んでるからうろ覚えだけど。
…。
デュノア社の御曹司か。
デュノア社といえばIS開発第二位の巨大コングロマリットだな。
たしか、第三世代の開発に難儀してるってどこかで聞いたな。
コイツも大変だな、そんな立場でIS操縦者になんてなっちまって。
色々期待や重圧があるだろう。
ま、コイツが大変だろうがオレには関係ないが。
だがまあとりあえず、味方にすることに越したことはないな。
弱みとか持ってないかなー。
言うこときかせられる程度の。
後々利益にはなるようにはするし、そういうのがあればいいのになー。
そんなに現実は甘くないか。
…とりあえず仲良くしておこう。





ようやく入学式も終わり、マスコミに適当な対応をしてアリーナを出る。
マスコミはあんまりしつこくなかった。
このあとは複座機操縦科の入学式が待っている。
下手に俺を問い詰めて何の収穫もなく印象を悪くするより、より有望な複座機操縦科の取材を優先するのは理にかなっている好意だ。
何人かのマスコミはこちらに的を絞ってアタックしてきたが全員を相手するよりかははるかにマシな状態だった。
そして現在、適当に無視してなんとか構内に逃げ込み、教室にテクテクと歩いているわけだ。

そうして歩いていると、廊下の先に数人の男子。
「あれは…?」
疑問の言葉をつぶやく。
俺と同じ制服を着ている。
「あれは複座機操縦科の生徒じゃないかな」
「これから会見だ。打ち合わせでもしながら来ているのだろう」
素早くラウラとシャルルが答えてくる。
「ふーん…」
適当に二人のコメントを聞きながら見ていると、男子生徒たちもこちらに気づいたのか視線が合う。
「ん?」
その中に、見覚えのある顔がいた。
「あ!」
そしてそいつも同時に声を上げる。
「おぉ?一夏か!?」
その男子、頭に黒いバンダナをつけた奴…俺の数少ない親友の五反田弾ががこちらに声をかけてきた。
「弾!随分久しぶりだなおい!」
「半年ぶりくらいじゃねえ?」
「あれ?そんなにたってたっけ?」
「たってるんだよ…1ヶ月おきに妹が言ってるから間違いないぜ?お前がウチの食堂に来ないから蘭が機嫌悪くて大変なんだぞ!」
俺の肩を叩きながら言う弾。
「え、蘭が?何で?」
俺蘭になんかしたっけ?
「あ、いやその…」
なんか歯切れが悪くなる弾。
「どうした?弾」
「っていうか日本に戻ってきたならウチに一回来いよ!じゃないとお前が好きなホッケの煮付けがメニューからなくなるぞ」
「マジで!?何で!?」
美味しいじゃんアレ!
なんか露骨に話題を変えられた気がするけど、まあいいや。重要なことじゃないだろ多分。
弾だし。
というか重要なのはホッケだろホッケ!
「どういうことだ!?俺アレお気に入りなんだけど!?」
「いまいちマイナーなメニューだからメジャーなホッケ焼きに変えようという案が親父から出ているんだよ」
なん…だと…。
「よし、今からお前んち行こうすぐ行こうそうしよう」
それをなくすなんてとんでもない!
「おまえ、これから最初のHRだろ。いいのか?」
「バッカおまえ学校のHRと俺の大事な大事なホッケ煮付けちゃんとどっちが重要かなんて言うまでもないだろ」
「お前の担任、千冬さんだぞ」
「なん…だと…(二回目)」
弾からの衝撃発言に俺の頭が衝撃でマッハである。
千冬姉いつの間に教師になってたんだ!?
っていうか教師って…っは!
「ドイツか!?さてはドイツの手回しか!?」
「は?」
弾が間抜けな声を上げたが気にしない。
「つまりだな、俺がこうやって半ば強制的にIS学園に入学するハメになったのもオレがいた研究所が凸られたのも全部ドイツのせいだったんだよ!!」
「な、なんだってー!!」
劇画バリの驚愕表情を浮かべる弾。
あれだろつまりあの俺がハッ倒したエライ人が恨んであの研究所襲ったり千冬姉を俺の担任にしたりして研究の邪魔するんでしょう?
…。
…いやいや、それにしてはあんまりにも証拠残ってないし杜撰すぎるか。
俺の研究ペースが落ちて困るのは原子力を核融合に変えてる真っ最中のドイツが一番顕著だし。
まあ、だけど。
「汚いなさすがドイツきたない」
ネタ的には言わないわけには行かないよなあ。なんとなく。
ドイツウザイのはマジだし。
「うざいわ―ドイツうざいわ―というかドイツ人がうざいわ―」
「一夏一夏」
ラウラが俺の袖を引っ張ってくる。
「何だラウラ俺は今ドイツの汚さにドイツきらいになった中なんだけど?あもりにもひきょう過ぎるでしょう? どいつマジ汚い俺ドイツ人嫌いナビだけ見て芋畑にでもはまってろ」
「私もドイツ人なんだが嫌いか?」
無表情で聞いてくるラウラ。
「別に?ラウラはドイツ人である前にラウラだからな」
むしろ脱出の件でハグ一回分くらいの好意はあるぞ。
「ならいい」
そう言ってそのまま黙るラウラ。
「ちなみに嫌いって言ったらどうしてたんだ?」
俺の言葉に反応して、無言でポケットから小さなカプセルを取り出すラウラ。
「ここに捕虜になたっ時用の自殺用毒薬がある」
「自決!?」
「ドイツ軍人に迷いはない」
「ドイツ軍人関係ないよなそれ!?あぶねえ、一歩間違えたら春の陽気な午前中がお茶の間賑わす午後一昼ドラのような展開になってたのか」
「心配要らない。一夏が私のことを嫌いなどというわけがない」
なら何故聞いたし。
「ちょっと奥さん、俺最近この子のことよくわからないの」
どう反応していいのか分からずに弾に助けを求める。
「早速一人落としてるとか相変わらずお前は相変わらずだなあ」
弾もわけのわからないことを言い出した。
「もういいや…」
この学園に味方はいねえ。

というかそういえば。
スルーしてたけど一番の疑問に触れてなかった。
「弾、お前良くIS学園になんて入学できたな。今年の倍率凄まじかったと思うんだけど」
「まあ、がんばったからな!」
俺の疑問に一言で返す弾。
「いや、頑張ってどうにかなるもんか?俺が言うのも何だけど」
たしか記憶してるところだと5000倍弱とかだったとおもうんだけど。宇宙飛行士の選定並の倍率だ。
しかも学力だけじゃなくて身体能力や判断力まで求められる。
馬鹿とまでは行かないが、コイツってそんなに優秀だったっけ?
いや、良くも悪くも普通の中学生だったと思うんだけど。
「まあ事実こうやって入れたんだからなんとかなるもんなんだろ」
「お前、意外に優秀だったんだな」
感心したわ。
疑問は解消できないが、事実は事実なのでスルーすることにした。
別に俺にとってどうでもいいしな、よく考えたら。
「どういう意味だよそれ!」
「そのまんまの意味だよ」
「ひでーやつだなお前も。祝いの言葉の一つもねえのかよ友達甲斐のない奴だな」
たしかに。
「すげえじゃん見なおしたわ。俺の家に来て千冬姉をFUCKしていいぞ」
「俺まだ死にたくないんだけど!?」
お前の中で千冬姉はどういう扱…あ、千冬姉を襲おうとしてたま潰される弾がありありと見えたわゴメン弾。
「冗談はともかく。おめでとう弾」
「ありがとよ。でもまだまだここで満足なんてしねえぜ!ニュースや記事で見た。もう10年もしないうちに宇宙での活動が本格化するんだろ?」
「あぁ、そうだな。惑星間飛行だって遠い未来の話じゃない」
「もうすぐそこだよな」
「あぁ、そうだ。近いうちに火星や木星、土星への有人探査が実行されるだろうよ。今までにない速さでな」
「なら、俺はそこにいく」
真面目な顔で弾がいう。
その目はギラギラとしていた。
意外に身近な人間にも宇宙に囚われた人間が一人増えていた。
いいね。でも。
「それって今回の複座機操縦科の比じゃないぞ?数十万人から数人ってレベルだ」
「行く。絶対にいく」
「…本気で受かると思ってるのか?」
「思ってるぜ。なんでだよ?いっしょーけんめいやっでげきないことでもないだろ?」
今、俺はとても間抜けな顔をしていると思う。
それだけ驚いた。
こいつ、変わったな。
「…そうかもうな」
つい半年には弾はこんな感じではなかった。
もっとのんびりしていた。
それが半年で何かが変わり、数千倍の倍率を超えてコイツはここにいる。
できないことはない、か。
「そうだ。フォン・ブラウンのあとを継ぐ者にできないことなんて何もねぇよ」
自信満々に言う弾。
「――ははっ!そうだな…そうだな!」
フォンブラウンの跡を継ぐ者、か。
そうだ。
フォンブラウンのあとを継ぐものにできないことなんて無い。
絶対にだ。



[34561] 12.デュノア時々たらし後シャルル
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:fe08207f
Date: 2012/10/21 14:18
久しぶりに会った親友がいいかんじにあの人が好みそうな宇宙狂いになっててとても嬉しい元気な一夏君in教室@HR直後です。
ギリギリまでHRぶっちしようか迷ったけどそんなことをしたら沈されるとラウラが必死に説得してくるので思いとどまった。
あの部隊でどういう訓練してたんだ千冬姉。
ハートマン軍曹式か?
相変わらず四方から熱視線が飛んでくるっていうか廊下にまで人だかりができているがもう慣れた。
というかよく考えたら学会での論文発表のほうがよっぽど視線きつかったわ。
真剣勝負だし。
比べるものが出来ると割と楽になるもんだ。
後でシャルルにも教えてやろう。
ちなみにシャルルは二組だった。何故分けたし。
あれか?実技とかで「はーい二人組を作ってー」とかやるときに俺をぼっちにさせる陰謀か?
うん、きっとあの襲撃者とかの陰謀に違いない。
なんかやっぱり入学していた箒に助けを求めたら無視されたのもその直後俺の代わりにラウラが自己紹介を始めて「一夏は私の嫁だ」宣言して大騒ぎになったのも陰謀だ。
くそ、襲撃者め絶対特定してじわじわとなぶり殺しにしてやる!
どうでもいい決意を固めながらディスプレイをいじる。
そこには調査結果のメールやらWeb経由の最新の報告やらがずらり。
が。
「やっぱりないかー」
欲しい情報はない。
欲しいのはシャルル・デュノアの情報。
弱みを握るにしろ仲良くするにしろ、最低限の情報は欲しかったんだが。。。
ほぼシャルル・デュノアに関する情報は出てこなかった。
出てきたのはパパラッチによるデュノア社社長目的の写真に写った僅かなピンボケ写真のみ。
それも髪の色が同じということくらいしか判別ができない。
『お披露目』前ということだろうか。
不思議なことではない。
一国の命運を左右する兵器、IS。
その兵器を開発する企業の重役には本人はもちろん、家族にさえ危険が伴う。
国策企業や一族が経営に関与していない企業の場合は重役に問題が発生したら首をすげ替えればそれで済む。
しかし、デュノアのように経営と資本が一体化している企業の場合はそうはいかない。
一族の命運と企業の命運が一蓮托生なのだ。
…デュノア社はフランスの軍需企業では稀なWW2で自由フランスについた軍需企業だ。
それでいてナチスドイツ占領期の北部フランス・ヴィシーフランスではイタリアの名門貴族であるベリーニ伯爵家を味方につけデュノア・ベリーニ社としてその拠点を維持していたほどのバランス感覚を持っている。
長い歴史を誇るだけに、そのへんの機微は知っているのだろう。
その証拠に、デュノアが伸びるのは、戦争後だ。
一度目はパリ開放による自由フランス政府復帰に伴い親ナチス諸企業群を吸収したとき。
どさくさに紛れて当時信託統治領になっていた旧南西ドイツのIGファルベン社やラインメタル社等のドイツ大手企業群の工場をほぼ完全に併合したのはデュノア社だ。
工場は徐々に西ドイツに返還した。膨大な見返りを得て。
そんな乱世の奸雄の如き家がその御曹司を送り込んできた。
意味が無いわけがない。
が、見方を変えてみればデュノア社そのものはそれだけ追い詰められている可能性はないか?
「ちょっといいか?」
IS開発は国家存亡レベルの重要事項だ。ISという国家への売り上がる故にフランスという先進国においてデュノア社は優遇を受けている。
「おい、一夏」
しかし、肝心の第三世代の開発が難航している。それに伴い、国家からの優遇が消えつつ有るのだとしたら…。
「無視するんじゃない!!!」
ドンッ!
「うお!?な、なん…箒?」
いきなり机を叩かれてびっくりして顔を上げると、何やら不機嫌な幼馴染様が仁王立ち。
「…ちょっといいか?」




数年ぶりに幼馴染に話しかけられたと思ったら屋上に連行された一夏君@休憩時間です。
俗にいう「屋上へ行こうぜ…ひさしぶりに…キレちまったよ」状態だ。
まあ確かに久しぶりだけれども…俺そんなにキレられることしたか?
あれか?あの時チラ見したのがよっぽど気に入らなかったのか?
え?俺、6年間でそんなに嫌われてたん!?
…マジか~。
「凹む…」
「何がた!?」
俺の言葉に激しく反応する箒?
あ、処刑タイムですか。
…そういえばコイツ、 去年剣道の全国大会で優勝してたな。
「…」
箒を見る。
「な、なんだ…?」
「腕一本で勘弁して下さい…」
「何を言っているんだお前は…」
なんとか被害を最小限にしようと妥協案を出すと、何故かすげえ呆れた声を返された。
「え?」
「え?」
そういやさっき屋上に来てから殺気的なものはないな。
もしかして、久しぶりにキレちまったよの方じゃない?
まじで?
箒を見る。
「…」
ちらちらとコチラの様子をうかがっている。
殺意は無さそうだ。
だが安心するな一夏。教室では殺気バリバリだったじゃないか。
次の言葉如何では即死フラグがたつかもしれないぞ!
こと箒にかんしちゃ束さんは役にたたん。中身に彼があったとしても大部分束さんっぽいし。
俺の護衛のはずのラウラは嫁発言で千冬姉に職員室へ連行されている。
つまり助けはない。
だが今的外れな発言をしただけにナニカですぐ上書きをしなければ。
なにか、ナニカ絶対コイツを怒らせないだろう言葉を選んで話しかけなければ。
「久し、ぶりだな、箒…」
「…あぁ」
ヤバイ!反応薄い!
「き」
「き?」
「綺麗になったな箒、髪型違ったらすぐには分からなかったぞ」
「な、なななにを!?」
俺の言葉に激しく同様する箒。
やっべ!っていうか俺なにいってんの!
言ってから気づいたけど口説き文句みたいなセリフじゃねえか。
箒ってたしかかなり生真面目な性格だったよな。
あれ?俺選択肢間違った?
生真面目な奴が怒りが有頂天の時に口説かれたらどうなる?考えるまでもねえじゃん。
あ、俺死んだ?
恐る恐る箒を見る。
「綺麗か…私が…そうか、そうか…」
真っ赤になって頬に手を当ててブツブツ呟いてらっしゃる。
なんか正解の選択肢みたいだよ一夏君。
まじかー。
予想外だわ。
よし
「箒」
ぶつぶつとまだなんか言っている箒に声をかける。
「な、なんだ一夏?」
明らかに殺気より機嫌が良い声で箒が返してきた。
とりあえず褒め殺して懐柔しよう。
そして昔のような仲に戻って箒を盾代わりにして学園生活を過ごせば俺は割と平穏をとりもどして研究に全力投球が出来るだろう。
今の環境とてもじゃないが雑音多すぎて効率悪い。
もともと学園に放り込まれて拘束時間短くなってるのに耐えられん。
というわけで箒を懐柔しようそうしよう。
「…」
と、言っても。
「な、何だ一夏、そんなに私をじっと見て…」
「…」
何を言えばいいのかわからん。
っていうか女の子口説いたことなんて一度もないんだけど俺。
記憶探っても全くないんだけど。
そもそも女の子にモテた記憶が無い。
あぁ、思い出してみると男としては灰色の人生だな、記憶含めて。
「そ、そんなに見つめられると、その…」
「…」
…どうしよう。
とりあえず箒の目を見たまま何か言おうとするが言葉が出ない。
なにか、ナニカ言わないと不自然だ。
えーと、『胸、大きくなったな』とかか?
…いや、それじゃあセクハラじゃねえか!好感度が一気に千秋楽になるぞ!
「…」
「…」
しかしこいつ、黙ってうつむいているとなんというか…大和撫子!ってかんじだな。
コイツを嫁にもらえる奴は幸せ者だな。
…それだ!
さっきのセリフに付け足せばかなりいいんじゃないか?
「本当に綺麗になった。お前を嫁にできるやつは幸せ者だと思うぜ」
うん。いいんじゃないか?
「~~~~~~~っ!!!!」
あれ?なんか目の前の箒がゆでダコみたいになってるぞ?

Q.声に出てた?
A.でてた

「oh...」
あぶねえ。その前の脳内思考までだだ漏れしてたらヤバかった。
「一夏!」
急に箒が大きな声を出す。
「うぉっ!?何だ箒?」
「お、お前が望むなら私は…そういう関係に…その…なっても…」 キーンコーン
箒がナニカをいう声にチャイムの音がかぶる。
「すまん、チャイムで聞こえなかった。もっかい言ってくれるか?」
「~~~~っ!」
箒、ダッシュ。
「え?」
なんか顔を真赤にしたまんま全力疾走で走り去っていった。
え?なにこれ?







「さて」
思ったんだけど、IS学園ってかなりの濃度で俺にとって死亡フラグ満載じゃないか?
そう思いながらマイルームにウェイク中の一夏君in学生寮@夜の始まり。
…このネタ飽きた。別のネタ考えよう。
というか俺の後ろにカルガモの子供みたいについてきてる奴らどうしよう。
多分全員白っぽい服だけに白い巨塔の総回診風景みたいになってるんじゃないだろうか?
あぁ、マジラウラが隣にいた時の安心感が懐かしい。
1日前は当たり前だったのに。
きっとアイツがいたらこいつら普通に排除してただろうし。
まあいいや、さっさと今日は部屋に戻って寝よう。
明日から考えて徐々に俺にいいように立ち回ろう。このまま研究遅れたら亡国機業とかに亡命するぞ俺は。
多分あそこだったら学園よりは研究進められるだろうし。
まあ、本命叶えられなくなるから本当に逃げるとしたら束さんラボに引きこもりだろうけど。

そんなことを考えながらマイルーム。
あぁいとしのマイルーム。
一度も入ったことがないけどなんか愛着があるぞ。
多分後ろの女の子立ちの熱視線のせいだと思う。
これに比べれば廃神社だって桃源郷だよ。
知ってる?美少女たくさんの熱視線って想像以上に怖いんだよ?
ライオンはイケメンだけどライオンがたくさん居るところに放り込まれたら怖いじゃん?
彼女たちの視線を極力無視して部屋のドアを開けてそのまま部屋に入る。
素早く扉を閉めてカギをかける。
排除完了。
彼女たちが騒乱国の暴徒みたいに扉を破壊しにきたなら話は別だが、そうでなければもう安全だ。
というかそんなことをしたら束さんのラボにマッハで逃げる。
ラウラに頼んで。
俺、今ISとかもってないから音速で逃げるとか無理だし。
赤椿?調査名目で没収されましたしおすし。
戻ってくるの来週じゃないかな。
…。
えーと、相部屋はシャルルだよな。
二人しかいいない男子だしな。
もう戻ってきてるか?
そう思って部屋を見渡す。
その時。
ガチャリと。扉の開く音がした。
「あ、一夏。ようやく来たんだ」
そしてそれと同じくシャルルの声。
あ、風呂に入ってたのか。
そう思って彼を見た途端、俺は固まった。
理由は驚きでだ。
なぜ?
銃をつきつけられていたから。
驚きの7割はそれ。
「ねえ、一夏」
シャルルが口を開く。
そのコリ3割は…。
「僕と一緒に、死んでくれないかな?」
静かに言うシャルル。
ヒタヒタと髪からしずくが落ちる。
その幾つかが『盛り上がった』胸に落ちる。
一糸まとわぬ姿、下には何も『ついてない』。
そう、残り3割は…。
シャルルが、女の姿をしていたこと。



[34561] 13.シャルロット・デユノアという女
Name: 九束◆a9ba9ff2 ID:319f9e05
Date: 2012/10/21 21:51
今日は忙しい日だ。
午前中に弾が宇宙狂いになっているのを見て、休み時間に箒に屋上連行されて、くたくたになって帰って来たら同室になった男子生徒が女で銃をつきつけられている。
まるで映画を忙しい人向けに編集したかのような急展開だ。
正直ついていけない。
だけども立ち止まったら即人生も停止とかどういうハードモード。
ねえ誰かコンフィグ画面教えてください。
「声を上げないんだね?ドアの向こうにはクラスメイトが居るよ?助けを求めないのかな?」
抑揚のない声で聞いてくるシャルル。
「逃げ切る前にヘッドショットとかお前なら余裕だろ?本気で殺すつもりならな。代表候補生にそれくらいの練度があるのは知ってるよ」
でも怖いのは変わらないけどな。オレの膀胱制御装置がダウン寸前なんです。
冷静冷静冷静。えっと落ち着くには手のひらに人を書いて呑む…飲める状況じゃない…。
「ふふ、そうだね」
そんなオレの葛藤も知らずにクスクスと笑うシャルル。
この状況を楽しんでいるようだ。
こっちはどうやって手に書いた人の字を飲もうか必死なのに酷い。
おくびにも表情に出せないのが辛い。
絶対神様オレ嫌いだろ。
居るかもわからない神様に悪態をつきながら、強引に恐怖を取り払って口を開く。
「で?どういうつもりだ?」
「何がかな?一夏」
「質問を質問で返すなよ。お前はいつでもオレを殺せる。なのに何故殺さない?殺す前に青写真でもゆするつもりか?」
「青写真なんてどうでもいいよ」
言いながらシャルルはオレに近づいてくる。
設計図がどうでもいい?
「じゃあお前は何が目的なんだ?何故すぐに殺さない?」
「慌てない慌てない。君が叫ばない限り、残り時間はまだあるんだから」
シャルルが片手に銃を構えたまま、すっとオレの胸に手を当てる。
「…!」
そして足を引っ掛けられオレは別途に倒れこんでしまう。
そのままオレに乗っかかるシャル。
銃はオレの心臓の位置に押し付けられている。
体制的にシャルルに押し倒されたような状態。
「僕は、デュノア社のオーナー一族、デュノア家本家の娘だ」
「血の繋がった?」
「デュノア遺伝子50%の本流だよ」
「なら、なんで…」「でもね」
こんな使い捨ての役割をと続けようとしたのをシャルルの声が遮る。
「でも、本妻の血は引いてないんだ。僕はね、妾の子…つまりあの人、デュノア本家当主からすれば、使い捨てにすぎないんだ」
そう言って、シャルルは俺に微笑みかける。
悩みを打ち明ける親友のように思えた。胸につきつけられた拳銃がなければだが。
「で?それとこの状況とどう関係があるんだ?仮にお前が使い捨てできるデュノア縁故のスパイだとしてオレを殺す理由がわからん。デュノアがオレを殺してメリットなんぞ無いだろう?」
仮に有るとすれば、オレが関与していた分野の停滞だが、オレが消えたところで消え入るほどこの世界の科学技術はヤワじゃない。
もうすでに賽は投げられたのだ。
専門の磁気流体力学と核融合工学に限ってもオレがいなくなることで半年の研究期間が1年、1年が2年、5年が10年になる程度だ。ひきこもりをやめたあの人がいるから停滞は1年以内の可能性だってある。
そして、すでにどう分野で圧倒的な優位に立っているベガ社、オーベルト社がこの遅延で劣勢になることはない。
むしろ劣勢になるのは技術蓄積のないデュノアだ。
だからこそ、シャルルの動機が理解できない。
押し黙ってシャルルを見る。
まるで自白をしている刑事ドラマの犯人のように奇妙に落ち着いていた。
「というか何でわざわざ男装して入学したんだ?すぐバレるだろう?まさか男装して俺に近づいて、色仕掛けで篭絡しようとか言うワケじゃないよな?」
「あ、それは半分正解」
「半分?」
「色仕掛け。命令はそれなんだ。「男性として近づいて仲を深めた後篭絡しろ」ってね。でも、その命令は僕にとって最優先じゃないんだ」
なら、何が最優先なんだ?
「わからないって顔をしてるね。それはそうだよね。本当にデュノアにとって僕の今の行動は何のメリットもないんだから」
「じゃあフランス政府か?」
代表候補生は国家の国防に深く関わる。
故に、一企業だけで決められることではない。
必ず国家の選定が入る。
その際にドーピング等が無いかの検査が当然有る。
スポーツ選手としての検査が厳しいのは周知のとおりだが、IS操縦者というのはいざというときに国家の存亡に関わる分野だ。
性別詐称など検査で直ぐにバレる。
政府、最低でも軍高官レベルの協力がないと不可能だ。
「まあ他の代表候補生の子が受けている程度の命令は受け取ってるけど、今の行動は命令じゃないかな。フランス政府もデュノア社もどうでもいい。いや、破滅すればいいんだよあんなの」
シャルルは吐き捨てる。
どうでもいい?破滅すればいい?
スパイが言うことじゃない。
じゃあお前は何のためにスパイをやってるんだ。
その疑問は次の言葉で氷解する。
「何で君にこんなことを教えると思う?失敗してもあいつらを確実に破滅させるためだよ。最後の最後に、僕が奪う側に立つためだよ」
ようやく彼女の顔に変化があった。
達観と絶望。俺が一番嫌いな感情が浮かんでいた。

「僕はいつも奪われる側だった。
求めても求めても、欲しいものは誰も与えてくれない。
愛したお母さんが最期に見ていたのは娘の僕ではなく、自らを捨てた父だった。最期の最期、眼の前に居る僕のことなんて一切触れずに見舞いにさえ来ない父のことばかりを呟いて逝ってしまった。
それでもまだ、僕は血を信じていた。
だから、父の役に立とうと必死に頑張った。
IS適性があると分かった時、普通の女の子の人生を捨て去って、父のために頑張った。
もらったものはのはわずか数分の時間と機械を見るような視線だけ。挙句に身売り同然に政府の情報部行き。
でも、まだ僕は尽くしてさえいれば、僕の出来るナニカを相手に渡しさえすれば、相手もナニカを、誰かが僕を救ってくれると、与えてくれると信じて頑張った。
ほんとうにがんばったんだよ?
人だって殺した。そういうのに躊躇しないようにって訓練でね。
その時から篭絡用だったんだろうね。性技を教えられても前の操は破られなかったし。
そしてその結果が、その結果が使い捨て同然のスパイ任務。『デュノア当主から庶子の命令』っていう名目でね。
成功しようと失敗しようともう日の当たる場所には戻れない。
その時、もう心が折れたよ。
時間も心も身体も……。
削れて壊れていくだけだった。誰も僕を救ってはくれない。
僕から何もかも奪ってくだけ。
なんでかな?考えた。
何でみんなみんな、僕から奪うだけで何もくれないのかな?
壊れ果てて、ゴミのような人間になって、僕はようやく気づいた。
簡単なことだよ。
弱いからだ。
弱いから、いつも奪われる。
でも、そうだというなら。
僕は強くなる。
今度は違う。
今度は僕が奪う側に立ってやる」
本当が激高して言うセリフだろうに、淡々と、容姿相応歳相応に友達とカフェで話すとりとめのない雑談のようにシャルルは語った。
「…それを言うためにすぐ殺さなかったのか?」
「うん。そうだよ。きみを殺すのに失敗しても、コレでフランスとデュノアは破滅でしょう?」
確かに、俺にとってこれを利用しないという手はない。
デュノア社まず間違いなく先進国から爪弾きにされるし、フランス政府だってコレほどの騒動を起こしたのだから窮地に立たされるだろう。
なにせ、IS学園での国家による暗殺事件はコレが初めてなのだ。
あのアメリカでさえ暗躍はすれど、どれほど目障りな者でもIS学園内での行動は起こしていない。
だが…。
「これ、俺を殺せても殺せなくても、お前は破滅じゃないか」
失敗しても、成功しても、コイツに待ってるのは死のみだ。
「そうだね」
軽く返してくるシャルル。
そうだねって、お前…。
全てを諦めた声。
ナニカが頭のなかでちりちりとする。
「だってしょうがないじゃないか」
「何がだよ」
「僕の力で彼らを破滅させるためにはコレしか無いんだよ」
「いいのかよ…お前はそれで…」
何故か胸からナニカが湧き出る…。血が沸くような感覚。
俺は、怒ってるのか?
「何もないまま、何も得られずに終わっちまうんだぞ?それでお前はいいのか!?」
そんなの、悲しすぎるじゃねえか。
「奪われたまま、ただの人殺しで終わっていいのかよ!!」
「無駄だよ。そうやってそむけようとしても。僕はきみを殺して奴らから奪う」
シャルルが冷笑する。
そうじゃねえ。たしかに理性の一部でそういう考えをしてるけどそうじゃねえ。
頭がオカシイ。心がおかしい。レイセイに判断できない。なんだこれは。
こんなに心が滾るのは初めてかと思うくらいに感情が、怒りが体中をのたうち回る。
「テメーが言ってるのは、お前の全部を無駄にして、お前から奪った奴らのモノをドブに捨ててるだけだ。お前は結局、死ぬまで何も得てないじゃないか」
「だからどうしたのさ」
少しシャルルの声が揺らいだ。
「それでお前はいいのかって聞いてるんだよ。さっきから言ってるだろう。お前は奪いたいのか?そうじゃないだろう?得られないからせめて奪おう。そう言ってたじゃないかお前は。そんな悲しい末路でいいのかよ」
親に捨てられて、国に捨てられて、そこまで尽くした末路がそれなんて。
心が核融合炉のように燃えたぎっている。頭はいつもどうり冷めている。
なのに感情が制御できない。なんだこれは。
まるでオレが俺のようで、俺が、オレは……俺は許せないこんなこと。
親が子を捨てて、その結末が子の破滅なんて許せない。
「…」
「満たされない者の苦しみ、俺はよく知っている」
「それ…何の冗談かな?」
シャルルがゆっくりと反応した。
そこには怒り。
「冗談じゃない」
「嘘だ!!」
シャルルが叫んだ。
もう廊下のなんたらとかを気にする余裕さえないのだろう。
「きみは何でも得てるじゃないか!地位、名声、尊敬、そして愛情でさえ!僕は何も持たない、何も与えられないのに!君は色々なものを得ている!僕の欲しいモノでさえ君は全て持っている!君は満たされている!どうして君に僕の気持ちがわかるのさ!!」
……………満たされている?
「ふざけんな!」
「…っ!」
「おれが満たされている?テメエから見ればそうなのか!オレは何一つ欲しい物を得ていない!」
手を伸ばすだけで届かない。
オレは今でも常に重力井戸にとらわれている。
人間はソラを飛ばない。
人間は未だゆりかごから出ていない。
人間を幸せにしていない。
人間を幸福にしていない。
俺は…オレはまだ何も『記憶』の先に進んでいない!!

『織斑くん!どうしたの廊下まで声が聞こえてるよ?』
『デュノア君の声も聞こえなかった』
『修羅場?もしかしてしゅらばなのかなっ!』
『そんなことよりIS持ち連れてこーい!中に入って野次馬だ!』
外が騒ぎ出した。もう残り時間は少ない。
入学前に調べたが、ここの生徒の性格的に面白半分にドアをぶち壊しかねない。
そうすれば…シャルルは破滅だ。そのまえに俺はシャルルに殺されるだろう。

「…そう…じゃあお互い何も得られないまま死のうよ」
そして、騒ぎを無視しているシャルル。
俺の言葉はまだ全くシャルルに届いていない。
ふざけんな。
「提案だ、シャルル」
お前を死なせてたまるか。
「ようやく命乞い?でももう――――」
「俺の何もかもを半分やるから、お前の何もかもを全部よこせ」
シャルルの言葉を遮って言う。
「お前に愛をやる。
お前を必要とする。
お前を一人にはしない。
お前を満たしてやる。
お前の欲しいものは俺の最優先以外なら全てやろう。
代わりに、お前の全部をよこせ」
「…空手形はもう懲り懲りだよ」
「なら、先払いでやるよ」
俺だとイヤかもしれないけどな。
どうせお前にナニカをやれなきゃ死ぬんだ。知らんよ。もう。
のしかかるシャルルの肩をつかむ。
「ぁっ…!?」

ドンドンっ!ドンっ!
「ひゃっほー!修羅場ーぁ…?」
誰かがドアを破る。知らん。
そのまま片手で背中に手を回して片手で頭を押さえる。
「っ!」
シャルルの唇に自らのを合わせる。
シャルルの身体がわずかに跳ねる。知るものか。
そしてそのまま舌を彼女の口内に這わせる。

片目で見ると、乱入してきた女子生徒が固まっていた。
それはそうだ。
男同士の喧嘩でもあると思ってドアを突き破ってきたら、全裸の女と俺がキスをしてるんだから。

強ばっていたシャルルの体から力が抜け、怨嗟に満ちていた彼女の目からは負の感情が抜けていく。
俺はどうやらそれほど嫌われてはいなかったようだ。
力が抜けていくシャルルを抱きしめたまま、乱入してきた女子生徒に言う。
「ちょっといいかな」
「ひゃい!?ななな、なんでしゅか!?」
「IS学園詰めの政府関係者を呼び出してきてきて。織斑先生に言えば多分大丈夫だから」
契約の履行だ。





【パリ時事】フランス高速警察隊は3日夜、現地時間の午後9時20分ごろ、ノール高速道路クールヌーヴ通りジャンクション付近にて大型トラックに積んでいた建築資材が後続の大型乗用車に衝突し、乗用車に載っていた男性3名、女性1名が死亡したと発表した。(パリ・ニュース)


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