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[34464] 【習作】【R-15】LUNAR~英雄伝説~ (LUNAR×軌跡シリーズ)
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2017/05/23 02:35
本作品は『LUNARシリーズ』と、『軌跡シリーズ』のクロス作品となります。

LUNARが知らなくても大丈夫なように話を進めていきますので、序盤は「こんな事があったのか」程度で覚えていてくれれば、と思います。バックグラウンドは徐々に明かされていきますので。


不朽の名作『LUNAR』が好きだ、『軌跡シリーズ』が好きだという方は、是非感想を頂ければ嬉しいです。
更新は遅いですが、精進していきますので宜しくお願い致します。

ちなみに、こちらの作品はハーレムではありません。
むしろ取り合いになる予定。ヒロイン×2⇒主人公という泥沼な関係。


ヒロイン = エステル or ティオ
エリィ  ⇒ 未定
ヨシュア = ○○○○
ロイド  = キーア ←(オイ
ティータ = アガット ←(ロリ疑惑&ホモ疑惑もたれる)
リィン  = アリサ ←(ラッキースケベを発動されちゃ、鉄板CPでしょw)


原作カップリングじゃないと認めない!という方はご遠慮頂いた方が宜しいかと思います。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


感想返しがかなりの負担になっているので、返信は控えようと思っています。
その変わり、という言い方も変ですが、更新することをがんばっていきます。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【開始時点】

戦闘値 (状況・環境・体調により変動しますが、魔法力・武力を込めた基本的戦闘数値)


ゾファー=ルシア(完全覚醒後)≧ルシア(青年期・幼少期)>>>>ゼノビア(全力)≧ロウイス(全力)=ジークザライズン=鋼のアリアンロード≧マクバーン≧剣聖カシウス

__________________そびえ立つ壁___________________

遊撃士カシウス=アリオス=レーヴェ=ガイ>(鬼の力)リィン>執行者達>C>>ジン>>シェラザード>>>エステル・ヨシュア>>>ティオ(開始前)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ツイッターを始めました(おそっ
よく分からないので、適当に呟いてます。mixiやfacebookなどは友人たちばかりですので、ツイッターくらいは顔見知りの人とは繋がらないでおこうと思い、誰にも教えてません(笑)

特にこの小説について語る訳でもありませんが、ゲームや競馬のことなどを主に呟いてますので、興味もってくれた方はフォローしてみて下さい。

登録名 ⇒ 『犬のサムネイル画像』アリムー



[34464] 一章 FC編 プロローグ
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/08 23:50
 人々の憧れにして最強の象徴、『女神アルテナ』を守護する存在という、あらゆる意味で英雄と呼ぶにふさわしい存在。それが『ドラゴンマスター』。
 最後のドラゴンマスター・アレスの冒険譚からどれほどの時が過ぎたのか……。
 彼らの活躍がルナに住む人々の記憶から薄れて伝説となってしまった頃、アルテナ神団を名乗る教団が現れた。彼らは女神アルテナの名の下にルナを強力に統べようとしていた。
 そのとき、ひとりの少女が凍てついた青き星で目覚めた。天空に輝くルナを見て彼女はつぶやく。

 「まだ目覚めのときではないのに……」
 
 と。

 考古学者の卵であるヒイロは、ルナに存在する最古の遺跡ともされる青き塔を盗掘……もとい、発掘していた。まんまと竜の目と呼ばれる宝を入手したヒイロの前にまばゆい光が走り、少女が姿を現わした。
 彼女は言う。
「わたしの名はルーシア。青き星からやってきました。この世界は危機に瀕しています」
 強力な魔法を操り、塔に棲む魔物を一掃するほどの力を持つルーシアであったが、かつて青き星を滅ぼしたゾファーの前にその力を奪われてしまう。
 
 ルーシアは冒険を通じ、ヒイロや仲間たちと触れ合い、人間らしさを身につけていった。
 だがその結果、ゾファーの完全復活とルーシアの敗北、そして女神アルテナが人間に最後の転生をしていたという、女神不在の真実であった。

 ヒイロはルーシアを助けたいと叫び、暗黒の破壊神『ゾファー』と戦った。

 限りない人間の可能性を見せつけたヒイロはルーシアを助け出し、ゾファーを打ち破った。
 2人はその後、青き星へと渡り、2人っきりで青き星の再生と復活を見守り続けたのである。



 ————それが、およそ1000年前の話。



 そして今。
 復活して緑溢れ、数多の命が存在する青き星が、再び全滅の危機に陥っていた。

「…………」

 少年がひとり、荘厳で神聖、天高く聳え立つ神殿の最深部にいた。
 年の頃は5歳ほどだろうか。
 青い髪。緑色の瞳。黒の衣服に身を包み、紅い外套を身につけ、真っ白の雪の世界へと変貌した大地を見下ろしていた。

 下界は唯一の命ある者たちであった動物たちが、一斉にこの塔へと集まってくる。
 その身を腐らせ、悲鳴を上げ、雄たけびを上げ、呪いの怨嗟を上げていた。

「…………」

 少年がスッと手を挙げるとそこに水晶が出現し、『死滅した青き星』とそうなった『元凶』の姿を映した。
 少年は外套を翻し、宙に浮いて下界へと舞い降りた。

 生きる死体となった、大切な動物たち。
 目には映りにくい、小さな微生物たち。

 それらが皆、敵の手に落ちた。

『青き星のルシア。再び滅ぼされる事になった青き星はどうだ?』
「…………」

 ルシアと呼ばれた少年の前に立ちふさがるのは、天から大地へと突き出てる巨悪。
 実態無き存在。人々の悪意から生まれる災害。1000年の刻より蘇った、女神の敵。

 暗黒の破壊神『ゾファー』

『フハハハハハハ。青き星のルーシアは言った。人々の可能性を信じると。女神アルテナも言った。人々を信じると。その結果がこれだ』
「…………」

 『暗黒の破壊神』との戦いは熾烈を極めた。
 その存在から半径50kmほど一帯は完全に焦土と化しており、巨大なクレーターは出来、底が見えないほどの断崖絶壁すらある。

 天は黒い雲が光を遮り稲妻が走り、大地は巨大な振動で揺れ動く。
 その様はまさに『世界の終わり』と呼ぶに相応しい。

 ルシアはゆっくりと、左腕を天へと掲げた。

『そう。そうだ、そうして私を滅ぼすがいい! ルナの人間の所為で、ふたたび青き星を死の星へと変えるが良い!』
「…………」

 少年の瞳が揺れ動いた。
 その眼に映るのは、変わり果てた愛すべき青き星の命たち。

「アルテナの光よ…………」

 一縷の光が青き星を包んだ。
 つんざくような落雷の音。大地を雷が穿ち、世界中から小さな命の結晶である魔素が集まる。

 その数は、無限。

 数多の光が少年が掲げた左手へと集う。
 世界から色が無くなり、灰色の世界へと変貌する。

『だが我は同じ失敗はしない。貴様も一緒に———』

 少年は目を瞑り、そしてゆっくりと目を開けた。
 周囲を見回して再度目を閉じる。

「アルテナの……光よ」
『死ねぇえええええええええええええええええええ』

 ゾファーから放たれる死の一撃。
 山を吹き飛ばし、生ける死体となった青き星の動物たちを消し飛ばし、少年へと迫る。

 その破壊光線は、辺りへエネルギーを放散しつつ、跡は破片すら残さぬほどの破壊力。

 それを見て、少年は左手を。
 その手を振りおろした。






 この日。
 青き星は再び滅び、ルナの人々は青き空を見上げてそこに映る青き星の異変を知った。

 衝突した力と力は全てを吹き飛ばし、青き星は誰もいない死の星へと変わり果てた。
 ゾファーも、そして少年も。

 その場には誰もいなかった。 


************************************************





[34464] 序盤ステータス
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/08 23:36
序盤の主人公ステータス。
あくまでも主人公をイメージしやすくするためのものです。

物語の設定やステータスは、当然ながら物語に影響されます。

********************************************
物語開始前の設定

主人公  ルシア
外見年齢 5歳
青き星在住時。

level    99
HP   10000
EP      EX

STR      3  
DEF      2   
ATS     EX
ADF     EX
SPD      3
DEX     EX
AGL     50
MOV     10
RNG      1   

クラフト

サテライトボム   20   大円・攻撃・駆動中技・アーツ解除
スパークショット  40   単体・攻撃
ホーミングキャノン 10   直線・攻撃+遅延
カタストロフ    50   大円・攻撃        
シールド      10   2回被攻撃無効
ヒーリング     10   単体・全回復
剣舞        30   自己・ATS・ADF以外全パラメーター+90%
飛翔天舞斬     30   3回連続攻撃+気絶


Sクラフト
アルテナの光   星を破壊します
アルテナの加護  死者蘇生
龍召喚      黒龍・青龍・白龍・赤龍を召喚します。
ドラゴンマスター 全てのステータスが3倍になります。

評価:
超絶能力。たった一人で戦っていたので魔力だけは凄いです。
ただし身体能力は5歳児のままですので、そこは低すぎる。
剣術も使えます。ただし腕力は子供相応の力。魔力でカバーします。

ルシアの正体には大きな秘密があります。



[34464] 第1話 全ての始まり
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/08 23:38
 その日は、世界情勢からいえば不釣り合いな位、気持ちよすぎる程の快晴であった。
 春も麗らかなこの頃、ゼムリア大陸西部に位置する街、リベール王国。

 千年以上の歴史を誇る小国で、君主制を布いているが貴族制は廃止されている国家であり、2つの大国『北のエレボニア帝国』と『東のカルバード共和国』と国境を接している。
 小国でありながらも豊富な七耀石資源と高い導力器技術、そして現在の国王・第26代目となる女王アリシアⅡ世の巧みな外交によって両大国とも対等な関係を保っており、緊張感の高い両大国の間に位置する緩衝国として働いている二つの大国に挟まれていた。

 導力器「オーブメント」と呼ばれる技術が発達した世界。
 そんなゼムリア大陸西部の情勢は今、緊張状態であった。

「エステル! こっちよ!」
「お、おかあさんっ!」

 随所であがる悲鳴。銃声が響き、爆発が起こる。
 人々は逃げ惑い、所々で倒れている人はその身を赤く染めていた。

 リベール王国の一都市・ロレントの街は。第一次産業、つまり農業・鉱業が産業の中心となっており、 揶揄的に田舎と呼ばれる事もあるが、導力器に欠かせない七耀石を産出する鉱山を擁するなど導力器産業にとって非常に重要な都市。
 その都市が襲撃され、綺麗な時計台を擁する街並みは破壊の一途を辿っていた。

「ここで一旦やり過ごしましょう」
「う、うん」

 そんなロレントの象徴ともいえる時計台の物陰に隠れた1人の女性と小さな女の子。
 2人の名は、女性の方を『レナ・ブライト』と云い、女の子の方を『エステル・ブライト』と云った。

 レナやエステルは茶色の髪をしていて、瞳は綺麗な紫。
 特にレナは綺麗な長い茶色の髪を腰まで伸ばし、穏やかな雰囲気も相なってなんとも優しい雰囲気を纏っていた。
 そんなレナの血を色濃く受け継いでいるのか、エステルもまたレナに近い容姿をしている。
 
 レナの旦那にしてエステルの父親はカシウス・ブライトと云い、このリベール王国においては大佐の肩書きを持ち、また『剣聖』と称されるほどの腕前を持つ、まさにリベール王国において重要且つ最強の軍人であった。
 そのカシウス・ブライトの空からの攻撃、もとい反撃により孤立したロレント襲撃の部隊。
 半ばヤケになってロレント襲撃した部隊で、それは大局的にはこの戦争では大した意味はもたない。だが現地住民にしたら大災害だ。
 その身を追われ、害され、殺害される。

「何処にいった!」
「探せ! カシウス・ブライトに対する重要な人質だ!」
「市民も皆殺しだ! 殺せ!」

 軍人の罵声と共に幾人もの足音が時計台を通り過ぎて行く。
 レナはホッと溜息を吐き、己の腕の中にいるエステルを見遣る。

「エステル大丈夫? 怪我はない?」
「うん。大丈夫だよお母さん」
「そう、良かったわ」

 レナは緊迫した状況の中でも優しく微笑み、周囲を警戒した。

(それにしても、エレボニア帝国はこんなにも大胆な作戦を成功させるなんて…………)

 後に『百日戦役』と呼ばれるこの戦いにおいて、エレボニア帝国は突然の攻撃を仕掛けてきた。
 ……いや、正確には エレボニア帝国南部にあったハーメル村を突如武装集団が襲い、村人がほぼ全滅した事件。 思い出せばあれからエレボニア帝国はきな臭い動きはあった。
 夫・カシウスがそうぼやいていたのも記憶に新しい。

 だが、完全に攻め込んできたのは不意打ちだった。
 駐留していたわずかな軍と現地の『遊撃士』たちが応戦した事により戦闘が勃発していた。
 そのわずかな軍と遊撃士はその未熟さと数的不利により敗北したようだ。

(どちらにせよ、ボースもルーアンも攻め込まれていると考えていいわね……)

 夫のいる王都グランセルまで、どうしても導力飛行船や船に乗る必要があり、それもエレボニア帝国により近い都市であることから、ここよりも先に襲われているだろうし、船が無事だとは戦略上且つ移動価値から思えない。

 より安全かつ無事、迅速なルートを考えているレナ。
 だが、それがいけなかった。

 ———————ドォォォン!

 激しい閃光。一瞬だけ辺りが闇に包まれ一瞬で切り替わり白い世界に。
 つんざくような爆発音と共に、ソレはレナと愛娘に襲いかかった。

「エステル————————!」
「きゃぁ〜〜〜〜〜〜!」

 爆破され崩れ落ちる時計台。
 レナは力の限りに必死でエステルを突き飛ばした。できるだけ遠くへ。母親として愛娘を守りたい一心で。
 それは己を顧みない助け方であった。

「おかあさん!!」

 地面に転がったエステルは起き上がり母親がいるはずの方へと目を向けた。
 エステルの目に飛び込んできたのは、あった筈の時計台が半ばから無くなっていて、瓦礫となって崩れ落ちている光景と。

 その瓦礫の下敷きになっている母親の姿であった。

 エステルは必死に駆け寄り、母へと泣き縋った。

「おかあさん! おかあさん!」
「…………エス…………テル…………怪我は、ない?」

 意識が飛んでいたのか、エステルの声でようやく目を開け、弱々しい笑みを向けるレナ。
 そんなレナを見て、なんの知識もない子供であるエステルも本能で悟ったのだろう。
 母は死んでしまうと。

「おかあさん! しっかりして!」
「……エステル……逃げなさい」
「いやだぁ!」
「お母さんの事は……いいから……早く……逃げなさい……」

 爆破されたのはエレボニア帝国の兵士。おそらく取り残された事からリベールに対して腹いせまがいに、ロレントの象徴の時計台を破壊したのだろう。
 そう予測したレナは、エステルを一刻でも早くここから逃がそうとする。

(早くエステルを逃がさないと……帝国兵が来てしまう)

 これだけ派手に崩れ落ちたのだ。遅かれ早かれ帝国兵士はやってくるはずだ。

「だれかぁ! おかあさんがたいへんなの! だれかたすけて〜〜〜〜〜!!」

 逃げ惑う人々に助けを求めるエステルだが、人々もそれどころではない。
 自分の身が危ないのだ。一刻もはやく逃げ出したいのだろう。誰もエステルに取り合わないし、目も向けない。

「だれか〜〜〜〜〜!」
「エス……テル……」

 全く逃げようとしないエステルに、レナは全身に走る痛みに必死に耐えながらエステルに話しかけようとしていた。
 自分が死ぬ前に、早く逃げろと云うつもりだった。

 だが事態はさらに急変する。

 突如、恐るべき速度で空が暗雲に包まれ、昼間の快晴があっという間に夜のように暗くなった。
 雨雲ではない。
 まるで雷雲。真っ黒な雲が天を多い、目に見えるほど雷が天を走っていた。

 それは、まさに10秒に満たないあっという間の出来事。
 その異常事態にレナはただならぬ嫌な予感を感じ取り、エステルへ叫ぼうとした。

「! 〜〜〜〜!」

 だがついに声すら出なくなったのか、掠れたうめき声しな出ない。

「おかあさん!」

 そんな母の様子に気づいたエステルが再び駆け寄ってきて、岩を退かそうと必死に押した。
 びくともしない岩でもエステルはひたすらどかそうと必死に力を込める。母を助けて逃げようと必死だった。

 そして、ついに『ソレ』は来た。

「きゃっ!」

 数メートル先に、天から一陣の光が降ってきたのだ。
 青い光。
 青の光が暗雲から打ち降ろされるように降ってきて、エステルたちの目と鼻の先に舞い降りた。

 エステルは悲鳴を上げてレナに抱きつき、レナもその事態に意識が朦朧としながらもエステルを庇おうと抱き寄せる。

 ゆっくりと青い光は収まりを見せ始めた。
 そして青い光が完全になくなった時、何時の間にかそこにいた。

「…………」

 真っ赤な外套、つまりマントを身に纏い、赤い烏帽子のようなものを被り、黒いブーツがコツンと地面に触れ音を立てた。
 その人物はレナの身立てでは、エステルと歳が変わらない幼い少年だ。

 だが重傷の身であるにも関わらず、全身が鳥肌が立つほどの圧迫感。
 その気配から訳の解らない神聖さすら感じる程。

 目を瞑っていた少年はゆっくりと目を開け、辺りを見回す。
 エステルたちとも一瞬目が合ったが、すぐに興味無さそうに周囲へと目を向けた。
 暗雲が弾けるように飛び散り再び真っ青な空を映しだすと、その少年は空を仰ぎ、ジッと見つめる。

「ここは、ルナでも……青き星でもない」

 ポツリと呟く。
 不自然なほど、辺りに浸透する声。

「ゾファー……」

 声に抑揚がなく、まるでロボットかなにかが喋っているかのような、そんな声だった。
 エステルはハッと我に返り、その少年に駆け寄った。

「ねえ、おかあさんが大変なの! あの石どけるの手伝って!」
「…………」
「ねぇったら!」

 外套を掴んでひっぱるエステルに、ようやく目を向ける少年。
 必死に助力を請うエステルに少年は云った。

「何故、それをする必要がある?」
「え…………」
「私にその義務はなければ義理もない。ここはルナでも青き星でもない。なら私が人々を助ける必要はありません」
「だって、おかあさんが死んじゃう!」
「時間の無駄です」
「手伝ってよ!」

 少女の悲痛な叫びにも、少年は顔色ひとつ変えずに切って捨てる。
 興味を無くしたようにその場を去ろうとする少年にエステルは必死に追い縋った。
 まともに考えれば、エステルと同じくらいの子供に助力を求めたところで事態は好転しない。だがエステルは母を助ける為に必死だった。誰でもいいから助けてほしかった。

「お願い! おかあさんが死んじゃったら、わたしっ!」
「…………」
「大好きなおかあさんなの!」

 背を向ける少年にエステルは叫んだ。
 コツコツと音を立てる少年はようやく立ち止り、無機質な、なにも感情を灯さない目をエステルへ向け、そして後ろで虫の息になりつつあるレナを見た。

「…………」

 少年は空を見上げ、そこに何もない事に目を細め、そして小さく溜息を吐いた。
 ゆっくりと手を挙げ、手の平をレナへと向ける。

 ブンっと青い光が少年に集ったかと思えば、次の瞬間には瓦礫の山の『全て』が一斉に持ち上がり、街を囲う塀へと押しやりそこに落とす。
 ドシンっと音を立てる、何重トンにも及ぶ瓦礫の山。

 瓦礫の下敷きになっていたレナの身体は真っ赤な血に染まり、岩に潰されたと思える足は紫色へと変色していた。

「おかあさん!」

 そんな母を見て涙を零しながら駆け寄るエステル。
 ついに返事をしなくなった母に、大粒の涙を零しながら何度も何度も呼びかけ続けた。

「…………」

 少年はそんなエステルとレナを見詰めていた。すると小さな、ほんの小さな頭痛が走る。

 自分の頭を撫でる、綺麗な白い手。
 誰の手か、分からない。ただ何かを語りかけていた、そんな記憶の欠片。

「…………」

 すぐに去るつもりだった。訳の解らない場所に出て、仕方なしに力を貸した。
 だからあの人間の女性が死のうがどうでもよかった。瓦礫をどかしたのも耳触りだったからだ。

 しかしそんな少年は、刹那に過った知らない光景の後、僅かながら沈黙し、そして再び手をかざした。

「…………ヒール」

 途端、レナを包む青い光。
 時間が逆行するように強制的傷口が塞がっていき、レナの顔色は再び血行の良い色へと戻る。

 欠損した肌ですら復元するそれは、まさに奇跡。

 とある魔法をかけた少年は、己の手の平をジッと見詰めて目を細めた。
 するとバタバタと響く足音が聞こえ、あっという間に時計塔の周りは武装した帝国兵に囲まれてしまった。

「さっきの光はなんだったんだ!」
「貴様か! 武器を捨てろ!」

 銃を向けてくる人間に、少年は光のない瞳を向けた。

「おい、ここに女が倒れているぞ!」
「これはこれは。英雄カシウスの婦人じゃないか」
「連れて行こうぜ、ヒヒヒヒヒ」

 血まみれのレナを見て、ニタニタ笑いながら近寄ってくる兵士たち。エステルはそんな兵士たちに怯え、母を守ろうと覆いかぶさる。

「やはり人間の所為でゾファーは……」

 少年はポツリと呟いた。
 感情が見えないその瞳のまま帝国兵を眺め、そして————。

「愚かな……」

 その瞬間、ロレントは閃光に包まれた。









「う、う〜〜〜ん。ここは……」

 レナは鳥の囀りと風で擦れ合う木の葉の音を聞き目を覚ました。
 ぼんやりとした頭で周囲を見回し、そしてハッとなる。

(私は死んだはずじゃ……って、エステル!)

 自分の身体を触り、怪我がどころか痛みすらないことに驚愕し、そして愛する娘を思い出す。
 探そうとして、自分の足元に娘が倒れていることに気がついた。

 慌てて怪我がないか確認し、無事であることに安堵のため息を吐いた。

「いったい誰がここまで……」

 長年住んでいたレナだから解る。
 ここはロレント郊外の、森の中だ。

 間違いなく先ほどまでロレント市内の時計台にいたはず。そこで致命傷を負い、エステルを逃がそうとして、不思議な男の子が現れたところまで記憶にあった。
 そこから先が記憶にない。
 レナはエステルを抱き上げるとロレントを眺めれる丘に上がった。

「あの子も無事だと良いんだけど」

 レナと同じ年齢くらいの子供。おそらく母親と逸れたんだろうと予想したレナは、同じ歳の子供を持つ親として、少年の無事を願った。
 そしてようやく丘に着き、ロレントがある方角を眺め、

「えっ!?」

 驚愕するレナ。
 それも当然だった。

 銃声や怒声が響き渡っていたロレントは、まったく音がせず、火事などの音しかしない。
 さらに時計台周辺は導力器のダイナマイトを何十個も爆破したかのように、真っ平らの更地に化していたのだから。






 この日。
 ロレントにいたエレボニア帝国兵は全滅。
 ロレント市民は何故か郊外へと飛ばされていて、救助にきた王国軍や各地に散らばっていた遊撃士たちがそれを発見し驚愕し、首を傾げる事になった。
 エレボニア帝国は遊撃士とリベール王国軍により殲滅されたのだと解釈し、引き続きリベール王国を攻める決意を新たにしたである。
 
************************************************




[34464] 第2話 歩き出した少年
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/08 23:39

 ロレント郊外のとある民家。
 
 百日戦役と名付けられた戦争が無事に終結したリベール王国。
 リベール王国軍を指揮し、エレボニア帝国の撤退に大きく貢献した、リベール王国軍所属のカシウス・ブライト大佐。
 彼は戦後処理が本格的になる前に、大慌てでロレントの自宅へと帰ってきていた。

 もちろん軍の中枢に携わり、そのような戦功をあげたカシウスが戦後とはいえ一時でも帰ってこれたのは、周囲の協力と、とある情報からによるものが大きい。

 それは『レナ・ブライト重傷』の悲報。

 帝国兵を幾名か拿捕した際に、敵の無線に入った一つの情報。
 厄介な敵、カシウス・ブライトの妻を発見。時計台を爆破する事により生き埋めにしてやった、とのこと。
 精神的攻撃を狙った一将兵の狙いは、実に効果的だった。

 顔を真っ青にしたカシウスは動揺が酷かったが、リベール王国軍の最高位のポジションにいるモルガン将軍、彼もレナをよく知る人物であり、カシウスの面倒をよく見ていて、自分の後継者にしようと画策もしていたモルガンがカシウスの為に融通を利かせて、彼を妻の元へと遣った。

 この事態にその対応は部下に反感を買いそうなものであるが、なによりもカシウスの功績を知っていたし、この戦争では彼のお陰で戦死者が減り、早期終結した事は誰もが理解していた。
 だから誰もがカシウスを心から送り出した。
 そういった『人徳』も、カシウスのカリスマ性を表しているといえよう。

 そうして大慌てで戻ったカシウスだったが、家の扉を蹴破るように開けると、そこにいたのは怪我ひとつ負っていない愛する妻の姿であった。

 呆然としたカシウスは、笑顔で「おかえりなさい、あなた」というレナの言葉で我に返り、矢継ぎ早に無事かどうか尋ね、ペタペタと体中を探り怪我がないか診る。

 レナ自身も驚くほど取り乱しているカシウスを落ち着かせ、事の顛末を説明した。

 瓦礫の下敷きになったのは本当。
 怪我もした。
 死にかけていたのも本当。
 そこに現れた、1人の少年。
 気がつけば、ロレント郊外にいたこと。

 レナは全て説明した。

「それは……気になるな」
「ええ。私もあの子がどうなったか、気になって気になって」

 いや、まあそれもあるんだが、とカシウスは心の中で呟く。
 当然その少年に改めて礼をしたいという感情はある。むしろ感謝の気持ちでいっぱいだ。

 レナの意識が朦朧としていた所為か、いまいち話に要領が得ない。

 するとレナの膝の上でデザートを頬張っていたエステルが父に言った。

「あのねぇ、真っ赤な服を着た男の子だった! あとあと、青い光が手から出て、石が浮き上がってドシーンって!」
「…………」
「そしたらお母さんの体も青い光でブワ〜〜ってなって、そしたらそしたら———」

 エステルの説明は拙いものであり、他人が聞けば意味不明だったろうが父親のカシウスやレナはその意味を悟っていた。

「あなた」
「ああ。どうやらその少年のお陰、と考えるのが妥当だが……だがどうやって」

 アーツの力ではない、そうカシウスは予想する。隣ではレナがエステルに紙を渡し、その少年の似顔絵を描いてもらっていた。
 そもそもアーツにそのような力はない。
 破壊系のアーツ、補助系のアーツ。回復系のアーツ。
 どれも大体知っているが、岩を『浮かして除ける』アーツなどないし、それは『エネルギー保存則』に反している。
 回復系にしても同じであり、瀕死の致命傷を塞いで回復させる力など聞いたことがない。
 ロレント郊外にいたというのも可笑しな話であり、さすがにそれは少年の仕業ではないだろうと踏むが、カシウスはロレントの一部が荒野と化した事も踏まえて、一連の流れはその少年の仕業ではないかと、勘がそう告げていた。

「とりあえず、レナ」
「はい」
「大丈夫だと思うが、一応念のために王都の病院で検査はしてもらおう。念の為にな」
「ええ、分かったわ」
「それから……」
「?」
「今回の事で私は痛感した。軍にいては大切なものは守れない。私の一番守りたいものは、守れない」
「…………」

 レナは黙ってカシウスの言葉を聞いた。
 リビングが静まり返り、エステルの似顔絵を描いている鉛筆の音だけが響いている。

「私は軍を辞め、遊撃士になろうかと思う…………どうだろうか?」

 一家を預かる男として、職を手放すのはそう簡単な問題ではない。
 カシウスは愛する妻へとそう問いかけ、

「あなたの望むようになさって下さい。夫を支えるのが妻の役目ですから」

 レナの温かな笑顔にカシウスは口元を緩める。

「ありがとう」

 2人はテーブルの上で手を繋ぎ、コクリと頷き合った。
 それから温かな空気が漂い、エステルの元気は鼻歌が響く中、カシウスは続けた。

「実はそれ以外にも気になっていることもあるんだ」
「それ以外?」
「ああ。最近、エレボニア・カルバート・クロスベルで奇妙な事件が起こっている」
「…………もしかしてクロスベルタイムズに載っている、子供が謎の失踪を起してる事件ですか?」
「ああ。まだ数人だが……どうにも嫌な予感がする。まだ始まりに過ぎないような、そんな気が」
「そんな……」
「妙な組織もあるようだ。それらを探るには、軍人ではしがらみが大きすぎる」
「そうですね」

 エステルほどの子供が行方不明になっている、その事実は子を持つ親としては不安だ。
 レナはエステルをギュッと抱きしめた。

「将軍には申し訳ないが」
「ええ。そうですね」
「できた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 と、そこでエステルの元気な声があがった。
 エステルは嬉しそうに両親に、自分が描いた少年の似顔絵を見せる。

「ほう……」
「あら、エステル上手ねぇ」
「えへへへ」

 なんとも子供らしい子供の絵だが、特徴をよく掴んである。
 赤い帽子を被り、赤いコートを羽織り、下は全身黒い服装の少年。髪は青色。瞳は緑色。

 エステルの絵を見て、レナもおぼろげながら少年の姿を思い出したらしい。夫を見てコクリと頷いた。
 カシウスはその絵をジっと見詰めた。

 それから2ヶ月後。
 カシウス・ブライトはリベール王国軍を退役。
 『剣聖』と謳われた剣を振るうことはなかった。






 一方、海岸線を歩いていた『渦中の少年』こと、ルシアは己の手をジッと見ていた。
 砂浜に佇み、紅い夕日を浴び、波の音が響く。

「…………」

 力が、弱くなっている。
 完全な弱体化が起こっていた。

 ゾファーとの戦いの代償か。そして『アルテナの力』を使った代償か。
 今の自分に、少し前までの力はない。

 数日前の人間を助け、攻撃し、魔獣と呼ばれる獣を倒している内に、己の力がどんどん弱まっている事に気づいた。

「…………」

 ここは異世界。
 アルテナの加護もなければ、青き星のルシアとしての命令が、星に通用しない。
 さらに青き星での結晶体の中にいない為、己の身体は歳を重ねるようになってしまう。

 青き星を司る者としての使命。
 それは滅んだ青き星の再生。

 その為には女神アルテナに会う必要があり、またその為には異世界から元の世界へと帰る必要があった。
 そもそも大前提の話として、

「ゾファー……貴方は本当に滅んだのですか?」

 一番の問題はそこだ。
 確かにアルテナの光は直撃した。あれでは無事ではすまない。
 だが『封印』もしていない。
 もしかしたらルナの星に降り立ち、破壊の限りを尽くしているのかもしれない。

「まずはこの星を探り、異世界へ渡った原因と、青き星への帰り方を探さなくては」

 青き星やルナであれば星が回答を教えてくれる。だがここではそれは無理だ。
 面倒だが、今後は自力で探し回らなくてはならない。

 この広大な空の下で、どこまでも。
 砂浜に、一つずつ、確かに足跡を残して歩き出した。


************************************************
ルシアに仲間はいません。
それを苦にもしません。なぜならそれが理解できないからです。



[34464] 第3話 マリアベルのお説教
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/09 23:27
 異邦人ルシアはボースに向かう街道を南下していた。

 看板の文字を読もうにもなんて書いてあるか分からないので、何かがあるらしき方向へ歩くだけだ。

 よって暫くは彷徨い続け、夜も野宿だった。

 魔獣がいるのに危なくないかと疑問が湧くが、彼は気にせずに眠り、襲われたら戦うという流れだった。

 さて、この世界には手配魔獣という桁違いの強さを誇る魔獣もいる。その強さもピンキリだが、中には遊撃士でも高ランクの者たちが4人がかりでも苦戦、もしくは敗北する相手すら存在する。

 つまり、人々にとっては街の外に出れば危険極まりなく、また軍人でも遊撃士でも、気が抜けないということだ。

 ところで、そんな危ない道を5歳にも満たない子供が一人で歩いていて、通り過ぎる人が不審に思わない訳があろうか。

 そう。

 つまりどうなるかといえば————。

「おい坊主。もう少しでボースに着くからな」

「…………」

「まったく。なんとか言えっつーんだ」

 旅の商人だという男が馬車の中にいるルシアに文句を吐いていた。

 野道を歩いていた子供がいて、危ないからと馬車に乗せてみれば、無口で何も喋らない薄気味悪い子供だった。瞳もどこか焦点があっていないように思える。

 商人は、妙なガキを乗せちまったぜ、と自分の親切心を後悔した。

 するとルシアが男の問いに答えず、こう問うた。

「女神アルテナを知っていますか?」

「ん? 女神……アルテナ?」

「はい」

「アルテナなんて聞いたことねぇな。というか、我らの女神はエイドスだろ」

「エイドス…………そうですか」

「アルテナって何だ?」

「…………」

「何なんだいったい。そんな事も知らないなんて気味の悪いガキだな」

 誰もが生まれたら最初に教わる女神エイドスの存在。それを知らない子供。

 再び黙りこむルシアに商人の男は思わず毒吐いていた。

 こうして沈黙したままボースに到着すると、ルシアは馬車から降り、スタスタと街中へ進んでいく。

「おい坊主! おめぇ礼も云えないのか! それにボースでいいのかよ!」

(礼とは……なんでしょうか)

 と商人の男が言っていたが、ルシアは全く分かっていなかった。

 そのまま街を歩いていると、宿泊施設の前にやってきた。

「?」

 この建物が何なのかよく理解できず、不気味なほど見詰める。

 するとホテルの最上階、宿屋の最高級と言われている部屋のベランダから、1人の女の子が顔を出していた。

 彼女はルシアのように幼い女の子だった。特徴的な金髪縦ロールヘアーのツインテールは彼女のお気に入りの髪型だ。

 名を、『マリアベル・クロイス』という。

(あの子、なにしてるのかしら?)

 宿屋の前で看板をジッと見つめるルシアを見つけて不思議そうに首を傾げた。

「おや、どうしたんだいベル」

「おとうさま! へんな子がいるの!」

「変?」

 愛娘の言葉に眉を寄せる男性。

 名を『ディーター・クロイツ』と言い、自治州クロスベルに本社を構える巨大企業の総責任者にして総裁を勤める若きカリスマどあった。

 彼が何故リベールの地方都市にいるのか。それはグループの新規事業のネタ探し、を含めた息抜き観光だった。

 普段が忙しいため、愛娘とのふれあいがない。それが嫌でしょうがなかったので、この機会にという感じだ。

 まぁ、タイミングを間違えてしまい戦争に巻き込まれてしまったのだ
が、『そういうタイミング』だからこそ見えるものもある。そう考えたディーターだった。

 よやく戦争が終わって一段落かと思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。

 ボディーガードの者が素早くマリアベルを部屋へと入れ、ディーターは窓からこっそりと伺う。

(成る程。確かに妙な子だ。暗殺者や何かかと思ったが、それならこんなに堂々と街中を、あんな目立つ服装で歩くはずはない)

 終戦になったばかりのリベールにおいて、戦後の復興作業で慌ただしいとはいえ、あんなにも怪しいスタイルは悪い意味で目立つ。

 そんな事を考えていたディーターだが、少年の背後にやってきたガラの悪い男に絡まれ始めたのを見て息を飲んだ。

 おいはぎだ。戦後間もなければ治安は悪く、これはおかしくない事態だった。

 しばらく男が喚いているようだったが、何やら悪い方へ事態は進んでいるらしい。

 男が懐からナイフのようなものを出して、周囲に見えないように脅していた。自分が見えたのは一重に上からという角度の問題だった。

 ディーターは「しまった!」と思わず叫ぶ。

 こんな所で様子を見ていた為、子供が1人危険な目に遭っている。自分の失態に後悔し、ボディーガードに助けるよう命令しようとした瞬間だった。

「あの子を保護する! ここに連れてくるんだ!」





◆ ◇ ◆ ◇




「暫くはここに身を潜めておくんだ。ここなら警備隊や軍の目を誤魔化せるだろう」

「…………」

抵抗もしくは警戒されるかと思ったディーターだったが、呆気なく従い目の前に座った少年におかしさを感じていた。

 自分の立場故に少しばかり神経質になっていたらしい。

 反省しなくちゃなと自分を叱り、目の前の少年を見遣った。

「さっきは大丈夫だったかい? 戦争は終わったとはいえ治安はまだどこも悪い。極力外出は避けるか、1人でいるのは止めた方が良いんだよ」

「…………」

「ああ、何か飲み物を出そう。君、ココアを」

 何も喋らない少年に対し、ディーターは近くのボディーガードにアイスココアを持って来させた。

 その前にと、隣を見ると娘が目を輝かせて少年を観察していた。

 気が強く、好奇心旺盛な娘だと思っていたが、この『風変りな男の子』に興味を持つとは、とディーターは少し頭が痛くなった。

 氷が入った冷たいココアが出来上がり、少年の前に置かれた。

 少年は穴が空くんじゃないかと思う程ジッと、ココアを見つめていた。

「ほら、好きに飲みなさい。落ち着くだろう」

「…………」

「どうしたんだい?」

「……これは何です?」

「なに?」

「あなた、そんなことも知らないんですの?」

 マリアベルが「私がおしえてさしあげますわ」と胸を張って説明しはじめた。

 ディーターはここで勘違いに気付いた。

 ココアを見詰めていたのは、最初は毒などを警戒しているのかと思った。だが違った。あれは初めて見るものに対する観察だったのだ、と。

「美味しいから飲んでみなさい。きっと気に入るだろう」

「…………」

 ルシアはココアを手に取り、ジッとココアを見詰め、そして口につけた。

 無感情だった瞳が、本当に極僅かに、百戦錬磨の選眼を持つIBC総裁の目でギリギリ気付くくらいの、小さな変化を見た。

「…………」

「ふむ。気に入ってくれたようでなによりだ。ところで聞いてもいいかい?」

「…………」

「ありがとう。で、下で何をしていたんだい? ご両親は?」

「…………両親とはなんでしょう?」

「はぁ!? あなた、バカにしているのですか!」

 ルシアの言葉にいきり立つマリアベルだが、ディーターはマリアベルの前に手を翳す事で彼女を黙らせた。

 その一言で『おおよその事情』を何となく察した。

「両親とは、自分を生んでくれた親の事だが……まあ、いい。それで、君は何をしてたんだい? いや、何をしようとしてるのかな?」

「…………女神アルテナに遭わなくてはなりません」

「ふむ……聞いた事ないな。エイドスではなく、アルテナか」

 ディーターの言葉にルシアは目を伏せた。まるで無駄な時間を過ごしてしまったと、云わんばかりの振る舞い。

 マリアベルはそんな態度にムッときたが、父が自分に許していないので、迂闊に発言できなかった。それは、幼いながらもIBC総裁の娘という、特殊な立場が彼女をそうさせていた。

 ルシアは立ち上がり、去ろうとした。

 しかしディーターはそんな彼へ助言をした。

「そのアルテナというのは分からないが……」

「…………」

「この世界には、まだ人々が知らぬものがたくさん眠っているはずだ。そこを回るには、立場や金銭的な問題も発生する」

「…………」

「君に、それができるのかい?」

「……できるできないではありません。それが義務です」

「ふむ」

 どうやら、自分の想像以上に訳の解らない存在らしい。その程度には理解した。

 ディーターは本来なら保護し、慈しみ、導かねばならない存在に対し、『ほぼ対等の存在』にように相手に話していた。

「ならば、君は『遊撃士』になるのがいいだろう」

「遊撃士?」

「ああ。彼らは市井の味方であり、弱者の味方であり、正義の味方だ。依
頼があれば世界を回り、さまざまな遺跡や建造物に入ったりもできる。貴重な文献も目にする機会もあるだろう」

「…………」

「もっとも、まだ君の年齢では門前払いを喰らうだろう。ある程度の実力も必要だし、遊撃士にいきなりなれるものでもない。だが記憶の片隅に留めておくといい」

 なるほど、とルシアは思った。

 目の前の人間は事情を全く知らないにも関わらずに適切な助言をする、と驚嘆した。

「君が望むなら、私が責任をもって君の身を保障しよう。しかるべき所に紹介し、施設に住めるように頼むこともできる。クロスベル自治州のIBCビル本社に来てくれればいつでも歓迎しよう」

「……必要ありません」

「……そうか」

 やはり、と心で呟く。

 目の前の少年は只者ではない。それをディーターは察していた。

 知っていて当たり前の事を知らないこと、知らなさすぎる事、座っているだけでも伝わってくる雰囲気、普通の子供がこんな事になる筈がなかった。

 ルシアが去ろうと扉の前に移動した。ディーターも見送るために後を追い、娘のマリアベルも付いてくる。ディーターは少年に声をかけるか迷う。

 この少年に何を言っても今は伝わらない、そう勘が告げていた。

 だが。

「ちょっとあなた」

「…………」

 振り返ったルシアに、びっくりした顔を向けてきている父親を無視してマリアベルは言った。

「食べ物を食べるときは、いただきます。食べ終わったら、ごちそうさまでしょう。それくらい知っておきなさい!」

「…………」

「分かりまして!?」

 ドーンと指を指して言う娘にディーターは呆気にとられ、ルシアは真っ暗な瞳でマリアベルを見た。

「…………わかりました」

「それでいいのです。それに! またいつか会いましょうね!」

「…………」

「そこは肯きなさいよ! って……ああ、もう! 私はマリアベル・クロイツ。あなたは!?」

「…………」

 逆ギレ気味に怒鳴るマリアベルを一瞥し、ルシアは扉を開けた。

 そして扉が閉まる寸前。

「私は、青き星のルシア」

 そう言ったのだった。

************************************************
何故か彼女が真っ先に登場してしまった……(笑)
それに総裁ってゲーム本編、かっこよすぎですよね。あの名セリフもよかった。



[34464] 第4話 歌という魔法
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/11 05:52
 遊撃士協会(ブレイサーギルド)

民間人の安全と地域の平和を守ることを第一の目的とし、魔獣退治・犯罪防止に従事する遊撃士(ブレイサー)の、管理・派遣といった取りまとめを行う組織の名称。

 時には国家間交渉の仲介役を担うなど中立的な側面を持ち、ゼムリア大陸各地に支部が存在する。

 リベール国内においては五大都市に支部が配置されている。

 遊撃士は、まず見習いである準遊撃士となり、リベール国内においては、各都市にある支部から与えられる仕事をこなし、各支部から正遊撃士資格の推薦状を貰う事で正式に任命される。正遊撃士はその人格・実績に応じてAからGの7階級に区分されているが、停戦などの国家間交渉を担う関係上、上位の正遊撃士にはある程度の外交術が要求される。そして最上位のA級でも20数名しかいない。

「…………」

 と、仕入れた情報を頭の中で纏めるルシア。

 遊撃士という存在がどのような存在なのか、ようやく輪郭がつかめていた。

「……でも年齢が足りません」

 明確な年齢基準がないが、それでも15歳前後が普通のようで、自分では背丈が足りない。

「幻影の魔法があればいいのですが……」

 ボースの遊撃士協会の前でそんな事をぶつぶつ呟くルシア。

 その時期まで待つのではなく、どうやら魔法で詐称しようとする辺り、彼はまだそこら辺の機微が分かっていなかった。

 実際に身体を大きく見せる幻影の魔法もあるのだが、弱体化している今、アルテナの力が自然回復するまで待つしかなく、常時展開しなくてはならないような事は避けたい。

 従って、ディーター・クロイスが教えてくれた「遊撃士になる」というのは当分の間は却下だ。

 それからルシアは、街道へと出て遺跡周りを決めた。ディーターは遺跡に入るには許可が必要であると言ったが、それを気にしてはいなかった。

 何故なら彼は、正面以外からでも入れればいいと考えていたからだった。

 遺跡保護や文化財の破損禁止など彼の範疇にはなかった。

 人に聞けば、近くに洞窟や灯台があるらしい。

 何かあるかもしれない。

 そう思ったルシアだが、彼は近くの農村に立ち寄った。ここでも帰還の為の重要な情報が聞けるかもと思ったからだ。
 
 農村は小さなもので、百人ほどしかいない。

 近くにいた中年の女性に尋ねようと近づくと、その人はルシアを見て駆け寄ってきた。

「ちょっと、そこのボク。悪いんだけど、暫くこの子見といてくれない?」

「え?」

 そう言って押し付けてくるのは、背負っていた赤ん坊だった。

「漁に出てた男どもが突然帰ってきたみたいでね。戦後って事もあって張り切ってたみたいだけど、予想以上に大漁だったみたいでさ。人手が必要なんだよ」

 そう言って女性は走って行ってしまった。

 余程焦っていたのか、眠っていた赤ん坊を起こす程揺らしてしまっていた。

「……………」

「だぁ……うぅ?」

 困りましたと呟く。

 何をどうすればいいのかさっぱり分からない。

「うぅ……ふぇぇ」
 
 じわりと赤ん坊の目から涙が溢れ初め、

「オギャアアアアアア!」

 激しく鳴き始めた。

「あ、あの、泣き止んで下さい」

「オギャアアアアアア!」

「困りました。眠りの魔法を使えばいいのでしょうか」

 途方にくれるルシア。 
 いくらお願いしても泣き止まない赤ん坊にどうしていいか分からない。

 泣き喚く赤ん坊と立ち尽くす少年。何とも滑稽な感じだが、暫く経つと先程の女性が戻ってきた。

「あらあら、こんなに泣いちゃって。坊やには難しかったかねえ」

「……いくらお願いしても泣き止まないので」

「ハッハッハ! それじゃあ駄目さ。いいかい、よく見ておきな」

 そう言って女性は子供を抱え、ゆっくりあやしながら、歌を紡いだ。

「ラ〜〜ララララ〜〜〜ラララ〜ラララ」

 その女性が歌いながら微笑むと、不思議なことに赤ん坊が静かになり、うとうとし始めた。

 そしてゆっくりと目を瞑り、母の腕の中で幸せそうに眠りに入ったのだった。

「ね。こうすればいいのさ」

「それは魔法ですか? 聴いた事がない魔法ですが」

「嫌だね、何言ってんだい。普通の子守唄じゃないか」

「子守唄?」

「そう。坊やもきっと赤ん坊の時はお母さんにこうして貰ったんだよ」

「そして子守唄は誰もが使える歌の一つじゃないか」

「誰もが使える……………」

 歌とは不思議な魔法だとルシアは思った。自分に出来なかった事を果たした年配の女性。

 しかもそれを自分も体験したことがあるらしい。

 あのような、誰かの腕の中に収まってしまう程の大きさの自分。それを昔に————。


『ル———のかい?』

『ええ。この子ったら———————のにね』


 向かい合う男と女。

 女性儚く微笑み、激しい閃光と共に赤ん坊になった。

 赤子は成長し、見目麗しい、一人の女性が髪をなびかせて微笑んで————。


「———や、坊や大丈夫かい?」

「え、ええ。大丈夫です」

 ルシアは頭を振って平気だと答えた。

 それからルシアは村の人に遺跡などを聞いて回り、特に収穫がないまま、村を出た。

 頭にこびりついた、赤ん坊と母親の顔を忘れる為のような、早歩きで。

 けれど腕にはしっかりと温もりが残っていた。






 霧降り峡谷・廃坑などを調べて回ったルシア。

「……ダメですね」

 帰還方法などある訳もなく、ただ魔獣を倒して回っただけだった。

 己の手にある一振りの剣を見る。

 望むとソコに現れた、荘厳な剣。

 結局ゾファーとの戦いで使わなかったが、間違いなく自分の武器となっていたその剣。

 その名を『アルテナの剣』———通称、ドラゴンマスターの剣。

 ドラゴンマスターと龍、作り主にしか使えないと言われた剣。

 自分が使えるのは、青き星の御子だから。

「これがあって助かりました…………しかし、私は剣術をどこで……」

 記憶に靄がかかっているようで、全く思いだせない。

 だが確実に誰かに教わっていた。半端な力しかないこの身でも、効率よく使えた。

「お〜〜〜い坊主〜〜〜! 無事だったのか!」

「……先ほどの」

 やって来たのは、廃坑の作業員だった。

 1人止める間もなく奥へと入って行ったルシアを探しに来たようだ。

「ここに来るまでの魔獣の死骸を見たが……坊主、強いんだな。驚いたぞ!」

「……………」

「っと、ゆっくりしてる場合じゃない。手配魔獣が現れたんだ!」

「?」

「ケタ違いの魔獣でな。C級遊撃士ですら敵わず今まで放置されていた魔獣が、この洞窟に入り込んだんだ! 他の鉱員は逃げたから、俺たちも早く逃げるぞ!」

 作業員に連れられて走り、運良く魔獣に遭わずに出口まで戻ってきた。

 だが、入口付近に居座るようにそいつはいた。

 2メートルは超える巨体に幅も人間3人分はある。

 全身から棘のようなものを出し、ケロイド状になった部位は正直気持ち悪い。

 そう。それは、かつて青き星をゾファーが侵略した際に、青き星の住人が生ける死体と化した状態に似ていた。

 勿論ゾファーとは関係ないのだが、容姿がそれを連想させた。

「…………」

「ど、どうすりゃあ…………」

 思わず後退りする作業員。

 するとルシアが手の平を向け、青い光を収束し始めた。

 アルテナの剣を使わないのは、ただ早くその目ざわりな姿を消し去りたかったからだ。

 そして剣では仕留めるのに時間がかかる、そう判断してのことだった

 それを見た作業員は慌ててルシアを留める。

「ま、待て! こんなところでアーツなんか使ったら崩落する!」

「…………」

「俺たちの仕事場なんだ! それにここが埋まったらしばらくロレントとボースの行き来が不便に———」

「関係ありません」

 作業員の言葉を切って捨て、激しい閃光と共にそれは放たれた。




「—————スパークキャノン」







 百日戦役終結から2週間。

 夕暮れ時に起こったボース郊外の廃坑は、突如入口が崩落し、1人の男性鉱員が怪我を負った。

 軍が事情聴取をした結果、5歳程度の子供がアーツを放ったのが原因と証言があり、それを軍は一笑に伏した。

 そもそも子供がアーツを使える筈がない事。そしてあまりにも馬鹿げた威力だったので、アーツにできる範囲を超えていた為だった。

 その結果、魔獣は崩落により潰されて死亡とされ、坑道の復興に時間を割かれたのであった。

 幸いにも男性鉱員の怪我は大したものではなく、およそ1週間の自宅療養で済んだのだった。



************************************************
ルシアの所為で怪我人が出ました。
そして記憶の中の人物たち。ルシアとどんな関係があるのでしょうか。



[34464] 第5話 狙われ始めた少年
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/11 21:11

 あれから———————百日戦役から半年が経過した。

 リベール王国は戦争前の活気を取り戻し、復興の兆しを見せ始めた。


「何? 各地の魔獣が……?」


 リベール王国。王都グランセル。

 そのグランセルにある、遊撃士協会『グランセル支部』

 受け付けにて、遊撃士訓練を異例の速度で終え、準遊撃士として各支部に旅立とうとしていた男がいた。

 その男の名を『カシウス・ブライト』と云う。

 リベールにおいて正遊撃士になる為には、この地方では異例の各支部を周り、推薦状を貰うと正遊撃士へと昇格できる。

 戦闘力、問題への対応力、判断力、解決手腕。

 それらを総合的に見て、問題なしと認められれば正遊撃士へと昇進できるのだ。

 元々『剣聖』として有名であり、軍部の大佐として名を馳せたカシウスは既に遊撃士協会でも有名であり期待の遊撃士だ。いや、既に中心物の1人として見られていると言っていい。

 つまりカシウスが正遊撃士になるのも時間の問題だった。

 レナ・ブライトの定期健診が終わり、カシウス自身も依頼を終えてグランセル支部の推薦状を受け取った時の事だった。受付にて雑談を交わし、レナとエステルも挨拶をした後、耳より情報で受け付け人である年配の男性が言ったのだった。


「そうなんじゃ。ここリベールのみならずカルバート、エレボニアの各地で手配魔獣が次々と仕留められておるそうじゃ」

「それは良い事ではないのですか?」

「ねー、なんのお話〜〜〜?」

「いや、問題はそこではないのだレナ。おそらく遊撃士の手ではないのだろう? そして軍の手でもない」

「その通りじゃ」


 遊撃士協会の元に討伐依頼がある手配魔獣。それが遊撃士の手で討伐されていないという。

 討伐できないほど手ごわいから遊撃士協会に依頼が来るのに、遊撃士以外の人物が倒しているというのは本末転倒な話だった。

 ちなみにエステルは相手にされず不貞腐れた。


「依頼人は魔獣を倒した人物の事を知らないので?」

「うむ。それなんだが……全身を黒ずくめで覆った、小さな子供らしくてな」

「…………は?」

「いや、私もその話を聞いて疑ったんだが、どうやら魔獣の噂を尋ねてきた子がいるらしくてな。対峙する代わりに報酬をくれと言ったらしい」

「なんと……」

「まぁ」

「依頼人も子供が勝てる訳がないと止めようとするんだが、無口であまり喋らず、さっさと先へ行ってしまう子らしくてのぉ。そうこうしている内に強力なアーツと剣術を駆使して勝ってしまうらしい」

「外見や他の情報は?」

「身長は110センチほどで男。その少年は青い髪をしているそうで『何でも屋兼考古学者』を名乗っているそうだ」

「青髪の少年……」


 お爺さんの言葉にレナとカシウスは『まさか……』と目で会話する。

 余りにも馬鹿げた予想だが、こういった直感は存外に馬鹿にできないと知っていた。

 いかんせん知っている服装は違うが、あれから半年も経っているのだから違って当たり前だ。


「早期解決は遊撃士協会の理念、民間人の人命の保護という点からすれば望む所、といいたい所じゃが」

「ええ。ですがその少年の命を守る事も、遊撃士の使命だ」

「じゃが怪我人も出ているようでなぁ。その少年は如何せん心の機微を察するのに欠けているようでな。まあ子供だからといえばそれまでなんじゃが、少年の所為で怪我をする者も出ているようじゃし」

「そういった事を教えるのも大人の役目ですが、彼の傍には大人がいないのでしょうな」

「かもしれぬな。それに正式な立場が人を守ることもある。その少年の事情を知り、なるべくなら手助けをしたいところじゃな」

「はい。私も各地をこれから回ります。それとなく気をつけておきますので」

「うむ。よろしくの」


 カシウスとレナは顔を見合わせ肯き合い、エステルは不貞腐れていた。
  






「お腹が減りました……」


 グー、と特大の音が空しく辺りに響いた。

 通常の人間の体質になったルシアに起こった問題は、空腹という名の問題だった。

 野草や木の実、川の魚を集めて食べるのも良いが、やはり毎日食べれるというものではない。

 よって食料調達する訳だが、ミラというお金がない。

 そこで思いついたのは、なんちゃって遊撃士の仕事だった。適度に問題を見つけて解決し、お金を貰って行く。

 村で子供たちがやっていた『遊撃士ごっこ』を参考に思いついたのだ。

 だが身入りは少なく、汚れた服も購入した服2着を着まわすだけで精いっぱいだった。

 現在の場所は、エレボニア帝国郊外の森の中。

 剣の稽古をしながら旅を続け、各地の遺跡を回った半年だが…………。


(どうやら大陸東部にはないようですね………)


 エレボニア・リベール・カルバート等、どれもが国が管理しているものばかりで、これといって真新しい遺跡はなかった。

 となると、次に向かうのは。


「……クロスベル自治州」


 エレボニア・カルバートの両国が熾烈な争いを続ける領土で、現在も緊張状態にあるという特殊な事情のある土地。

 二国家が争う土地であるが故に、未だに放置されている遺跡が数多く眠っているらしい。

 そこに、きっと自分が望む何かがある。

 そうルシアは確信していた。


 その瞬間だった。

 背後に何者かが現れたのは。

 ルシアはアルテナの剣ではなく、購入したロングソードを手に立ち上がり、それを睨みつけた。


「……何者です」

「…………」


 現れたのは全身をフードで覆った、仮面の人物だった。

 それが2人。

 前方と背後に立つ2人に、ルシアは警戒するように剣を抜いた。


「抵抗はするな。君を良い所へ連れて行ってあげよう」

「他にも同じような年齢の子供たちが大勢いる。友達がいっぱいいる」

「・・・・・・お断りします」

 サッと仮面の2人が動いた。木を蹴り、目を見張る身のこなしで迫る。

 ルシアは敢えて前方の男へと肉薄し、剣を振るう。


「…………っ!」

「シッ!」


 ルシアが剣を持っていた事により、仮面の男も懐からナイフを取り出し、両者の剣撃が重なり合う。

 背後からの男からの攻撃を『フォースシールド』を発動する事で防ぐ。

 背後の男が、見えない壁により自分の攻撃が防がれた事に動揺する気配を見せた。

 だが拮抗したと思われた刃同士は一方的に押され始め、ルシアは後方の木へと叩きつけられる。


「カハッ!」

 衝撃に息が詰まり、痛みに眉を顰める。

 地面に片膝を付き痛みを堪えて仮面の男2人を警戒した。


(腕力も身体能力も間合いも、こちらが下回っていますね……)


 男たちはナイフに液体を掛け、こちらに歩み寄る。おそらくは痺れ薬か睡眠薬の何かか。

 盾で弾かれた事でプライドを刺激されたのか、片方の男がいきなり加速し、ルシアへと襲いかかった。


(接近戦では勝てない。なら……)
 

 ルシアはギリギリまで視て横飛びで地面に転がり、片手を振り上げ呪文を唱えた。


「フリーズアロウ!」

 
 頭上に出現した5つの50センチほどの矢は、回転しながら男へと迫り————。


「ガアァァァァァ!」


 避ける事は叶わず、仮面の男へと次々と直撃し絶命させた。


「チィッ……!」

「はぁ……はぁ……」


 舌打ちした男はルシアから距離をとった。

 ルシアは荒れる息を整え、仮面の男を警戒する。

 男はやられた仲間の死体に近寄り、肩へと背負う。


「…………」

「…………」


 無口同士の2人は、お互いに声を発しないまま森の闇へと消えていった。


「あれは一体…………私を狙うなど、ゾファーの手先しか考えられないのですが」


 妙な相手に襲われたと首を捻ったルシア。

 襲われた事を、自分が狙われたと自覚するくらいには半年で成長したルシアであった。


(覚えておきましょう。仮面に全身を隠した特徴的な人間。恐らくは私の敵)


 自分の帰還の妨げとなると認識したルシアは彼らの特徴を脳裏に刻む。

 こうして、ルシアは向かった。

 魔都といわれた、クロスベルへ。


************************************************

2人しかいなかった為、なんとか撃退。
近接戦闘では今は敵わないが、それでも『魔法攻撃』ならば彼の右に出るものはいません。しかし威力は全盛期の10%にも満たない状態です。



[34464] 第6話 来訪、クロスベル
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/11 21:32
「何? 失敗?」

「はい。どうやら一組失敗したそうです」

「それは驚きました。護衛でもいたのですか?」

「いえ。どうやらかなりの力をもったアーツを使う少年のようで」

「ほぅ…………」


 机の前に座る1人の男と、その前に立つ1人の男。

 手元の資料を読み、男たちは口元を歪めて密談を重ねていた。


「気になりますね、この少年」

「実力が、ですか?」

「分かっているのでしょう? この子は一体どれほどの…………ふふふふ」

「分かりました。では重点的にこの少年を狙いましょう」


 ————————アァァァァァァ!


 男たちの部屋に聞こえてくるのは、悲鳴。

 幼い声の断末魔。


「今日も不作のようですね」

「……申し訳ありません」

「良いのですよ。見つかるまで、連れてくればいい」

 男が手元にあったボタンを押し、開いた窓から『ソレ』を見下ろした。

 そこに広がっていたのは、幾多の子供たちの、分解された遺体の山であった。






 …………

 …………

 
『いいかい、ルシア。君は—————だけど、それに—————必要はないんだ』

『その通りです。そして貴方は知るでしょう。———————の大切さを』

『うん。分かったよ————! ————!』


 …………

 …………


「ん…………」


 揺れる身体に反応してゆっくりと目を覚ました。

 揺れる列車、その中の牛や馬や荷物などを乗せていた車両の一部に積まれていた藁の中、その中にルシアはいた。

 藁から這い出て紅い外套に付いた藁を叩き、それを消す。

 列車の速度が落ちてきた事に気づくと、脱いでいたクリーム色の服を上から来て赤い短パンを履き、ルシアは列車の上の扉を開け、空を飛ぶ。


「ここが……クロスベル自治州」


 上空500メートルの高さまで飛んだルシアは、その高みから見下ろす。

 リベールなどに比べると、圧倒的に技術が進んだ街並み。

 あちこちで工事が行われていたり、中途半端に完成したビルの姿が見えることなど、未だにこの街は未完成なのだと窺い知ることができる。

 ルシアはコクンと頷くと、クロスベルの南東の一角へと飛んだ。




 ◆ ◇ ◆ ◇




「オラァ!」

「死ねぇ!」


 物騒な言葉が飛び交い、激しい殴打の音と共に囃したてる声や悲鳴も上がる。

 そこは、クロスベル自治州の中でも旧市街と呼ばれるエリア。

 完全に無法地帯と化しており、警察もこのエリアには積極的に関わろうとはしない。

 故に喧嘩は日常茶飯事であり、犯罪も多発。他に類を見ないほど治安が悪いエリアであった。

 そして今日も、肩が当たったからという些細な諍いから始まった喧嘩だったが、今日はいつもとは少し違っていた。


「おら、お前ら! また喧嘩か!」

「げっ。変わり者のセルゲイだ」

「やべぇ、ズラかれ!」


 そこにやってきたのは20代後半の男性。スーツにコートを着用し煙草を吹かしている男性。

 セルゲイ・ロゥと呼ばれる彼は、このクロスベル自治州の警察官だ。

 凄腕の優秀な捜査官だが、アクが強すぎるので上司や上層部から煙たがれており、いつも貧乏クジを弾かされている男性だ。

 そして彼は腕っ節も強い。

 様々な理由から見放されている旧市街にも、彼はたまに顔をだし、こうして目を光らせていた。

 野次馬だった連中はセルゲイの姿を見ると逃げ出すように散っていく。

 だが当事者たちは腕自慢でもあり、興奮状態でもあるが故にセルゲイの介入は苛立たせただけだった。

 彼らは隠してあったナイフや鉄パイプ、ナックルなどを取り出し、セルゲイに相対する。


「ぶっ殺すぞ、セルゲイ!」

「あ〜〜〜、やめようぜお前ら。その気力をもっと違う事に使ってくれりゃ、俺も楽なんだが」

「うるせぇ!」


 セルゲイのやる気のないというか、馬鹿にした態度にさらに腹を立てた男たちは一斉に飛びかかろうとした。

 セルゲイも一瞬で目を細め、彼らの動きに警戒する。

 その瞬間だった。


 —————————ドンっ!!


「…………失礼」


 空から降ってきた「何か」に男たちが轢かれ弾き飛ばされ、砂塵を巻き起こす。

 そして抑揚のない声で小さく発せられた、幼い声。


「は?」


 セルゲイは訳の解らない事態にタバコをポロリと落として呆気にとられてしまった。




 ◆ ◇ ◆ ◇




「そうか。リベールから」

「…………最後にいたのはエレボニアですが」


 あれから30分後、彼らはクロスベル自治州の中にある喫茶店にいた。

 ルシアに弾き飛ばされた不良の一団は目を回して気絶してしまい、結局セルゲイは苦労せずに鎮圧できてしまったのだ。

 肩すかしを喰らったセルゲイは、とりあえず近隣の住人の安否を気遣って周り、結果的にルシアに助けてもらった事などを踏まえてお礼のご馳走をしていたのだ。

 まあ、早朝という事もあり、自分の朝食も兼用していたのだが。


「そいつは大変だな坊主。いろんな遺跡を見る為にそんな歳から」

「…………」


 事情を聴きだすのに数十分、単語を理解するのに数分という無駄に時間がかかるこの対話に、普通なら頭痛がするような所だが、セルゲイは飄々としていた。

 ルシアが何故空から降ってきたのか、そもそもどうやって空から降ってきてのか、どうして怪我ひとつしていないのか、など疑問があるはずなのだが彼は一切聞いてこない。


「それでどうするんだ? これから」

「…………クロスベル近辺の遺跡を回ります」

「泊るところはあるのか?」

「…………外で眠ります。この1年で慣れましたので」

「おいおい」


 あっさりというルシアに、流石のセルゲイも突っ込んだ。


「一応、施設もあるんだぞ。行く当てがないんなら『七耀協会』でもいいし、孤児院もある」

「必要性を感じません」


 そう言って席を立つルシアに、セルゲイは溜息を吐いた。

 加えていた煙草の灰を灰皿に落とし、そして言った。


「もし宿に困るようなことがあれば、ここに来い。俺の家を宿代わりに使え。野宿よりずっと安全だ」

「…………」


 そう言って、名刺をルシアのポケットに無理やり突っ込む。

 ルシアはそれを手に取りジッと見詰め、セルゲイに振り返った。


「なぜ?」

「あ〜〜、まあ、そういう奴もいるってことだ」

「…………」


 ルシアはもう一度名刺を見て、そして何も言わずに喫茶店を後にした。

 出て行ったルシアを見て、セルゲイは一言呟く。


「とんでもない子供だな……」


 ポツリと呟いたセルゲイ。

 今までグッと握りしめていた手には、脂汗が滲み出ていた。

 後に、セルゲイはこの時の自分の思いつきの判断は間違っていなかったと、そう言った。




 ◆ ◇ ◆ ◇




「ここが、七耀協会……」


 その日の晩、七耀協会をルシアは訪れていた。

 外が雨という理由もあり、屋根があるところを探していたのだが、ちょうどセルゲイの言葉を思い出し、まだ行った事がない事もあり、訪れてみる事にしたのだ。


「…………」


 街はずれの階段を上がると、荘厳とでもいうべき協会が見える。

 思わず青き星にいた時の自分の住み家を思い出すが、あっちの方がもうちょっと無機質であった。

 ここは、人が住む匂いがする。

 ルシアは扉の前に立ち、ドアをノックした。


「はいはい、こんな遅くにどなた?」

「…………一泊させて欲しいのですが」

「あらあら、まぁ」


 扉を開けた先にいたのは、高齢のシスターであった。

 夜も暮れた遅くに協会を訪れたのが、あまりにも幼い子供であったのでシスターも驚いたのか、目を丸くしていた。


「どうぞ中にお入りなさい。雨はこれから強くなりそうですから」

「…………」


 中に入り、シスターの個室らしき場所へ通されると、変わりの着替えを渡された。

 ルシアはそれに着替えて居間に戻ると、自分の服が暖炉の傍で乾かされ、机の上にはホットミルクが置かれていた。シスターはそれをニコニコと微笑みながら勧めてくる。


「どうぞ、これを飲んで温まってね」

「…………」


 受け取り、一口飲む。

 温かい、そう呟いた。


「そうそう。今日はそこのベッドを使いなさいな。私はこちらの布団を使いますから」

「…………」


 コクンと頷くと、シスターは笑みを深くし、ルシアの頭を撫でた。


「明日はどうするのかしら?」

「…………近辺の遺跡を周ります」

「まぁ……! 魔獣も出て危ないでしょうに」

「問題ありません」


 シスターは止めるように勧めてくるが、ルシアもそこは譲らない。

 一方でシスターは、このルシアのあまりにも常識が備わっていない素振りに不安を感じていた。


(この子は普通の子とは違う……この小さな身体から発せられる気。明らかに普通ではないわ。恐らくそれが原因でこの子はたった独りなのね)


 いつもなら迂闊な想像や邪推もしないシスターだが、ルシアの振る舞いにどうしても嫌な想像しかできなかった。


「そう…………なら、遺跡の調査が終わったなら、またここに戻ってくるのですよ」

「…………一か所に留まる必要はありませんが」

「何事も心にゆとりを持たねばなりません。急いた心は余裕を無くし、視野を狭めます」

「…………」

「そして私と貴方の出会いは、きっと女神エイドスのお導きでしょう。何かしらの意味があるはずです」

「女神エイドス…………それは女神アルテナではないのですね?」


 その言葉に、空気が凍った。


「な、何を言っているのです。我らの女神は女神エイドスですよ。それは貴方も教わったはずです」

「…………」

「いいですね? 2度と女神エイドスの名を間違えたりしてはいけません。それが協会の耳に入れば、貴方は最悪、異端審問をかけられ、その身を追われるかもしれませんよ!」

「…………」

「分かりましたか!?」

「…………分かりました」


 シスターの剣幕に押され、ルシアは思わず肯く。

 額の汗を拭く仕草をしたシスターは安心したように頷き、飲み干したコップを片付けた。


(名前を間違えたくらいで異端審問……つまり粛清ですか。どうやらこの世界の女神は余程、器が狭いようです)


 人間の暴走という線も否定できないが、それを放置しているのならば女神も同罪だ。

 ルナの人々は女神アルテナに対して尊敬し崇拝していたが、同時に否定する人間に対しても公正だった。

 まあ、アルテナを否定する人間などそうはいなかったのだが、それでもアルテナはそれも人間の一部だとそう考えていたようだ。


(って、待ちなさい。なぜ私が『アルテナの考え』を知っているのです。まだ遭っていないというのに)


 ズキン、と強烈な痛みが走った。

 こちらの世界に来てから、一番の痛み。

 その痛みは激しさを増していく。


「…………っ」

「? どうしました? ………って、大丈夫ですか!?」


 シスターが慌ててこちらに駆けてくるが、対応できないほどの痛みが頭を襲っていた。


「…………」


 自分は、何かを忘れている。

 それを確信した瞬間、ルシアの意識は反転し、闇へと落ちて行った。


************************************************

セルゲイとの邂逅イベント。
そして協会でのイベント。

この出会いが、ルシアに大きな影響を与えます。
そろそろガイやアリオスも登場するかも。



[34464] 第7話 シスター・マーブル
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/14 21:20
『七耀暦1193年  春の刻

 今日、聖ウルスラ医科大学より定期健診から戻るとシスター・セレナが迎えたという少年に出会った。

 その少年はルシアと云い、およそ6歳〜7歳程度。

 私の教え子であるロイドやエリィたちとほぼ同じ歳か、2つくらいは下だと思われる。

 エリィは早熟で賢い子だが、ルシアは『眩暈がした程に聡明な子』であった。

 端々に見えるその頭脳の高さ、纏う空気。それらは特別性を感じさせた。

 無理して大人ぶってる子供でもない、大人のように振舞っている子供でもない。

 その早熟さは、嫌な言葉を使えば異常。

 けれど私たちは彼を普通の子供として対応した。

 彼、ルシアは毎朝早くに出かける。

 そして夕方近くにこの教会へと帰ってくる。

 全く感情を見せない彼に他の子供たちも気味悪がって近づこうとはしない。

 だがその聡明さから、シスターたちは時折ルシアに手伝いを頼むこともあった。

 常識の欠如から、最初は彼は全く役に立たなかったが、事務作業などはすぐに出来るようになる。

 相手の気持ちを考えなくてはならない作業は、正直いって彼は苦手のようだ。

 私たちは彼、ルシアに何をしてあげられるだろうか。

 あの子が、人間らしい感情を取り戻す手助けは出来るのだろうか?

 あの子が笑ってくれる日が来るのだろうか。

 だから、せめて願わずにはいられない。

 彼、ルシアに空の女神の御加護がありますようにと。


                            シスター・マーブルの日記より』





 マーブルは日記を書き終えると、小さく溜息を吐いた。

 日曜教会に来る子供たちは、皆子供らしい子供たちばかりで、そんな子供たちの相手は大変だけれど、逆に力を貰っているのも真実。

 もちろん、時には家庭の事情から問題を抱えている子供はいる。

 だがそんな子供も大概は暗い顔をしていても、子供たちに囲まれて遊んでいれば無意識に笑っている。そして時には七曜教会も介入し、子供の悩みを解決するのだ。

 だが。

 だが彼については解決ができない。

 親の影もなければ親戚すら出てこない。日中は遺跡などを周り、時には帰ってこない日もある。

 珍しく教会にいても、彼から発せられる雰囲気は周りを拒絶、というよりも遮断する壁しか感じられない。

 その結果、周りには誰も近寄らず、誰も声をかけない。

 マーブルは溜息と共に窓に近寄り中庭を覗くと、そこには渦中の子が。

 何時もより早く遺跡探索を終えて帰って来たらしいルシアは、頼まれた協会の庭先を掃除していた。

 捨て子の1人を背負いながら、箒で掃除をしている。


「おぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」

「あ、どうしましょう…………困りました」


 揺れた事で起きたのか、赤ん坊が大泣きしてルシアは全く困った表情をしないで、赤ん坊を掲げて途方に暮れていた。

 その様子に、忙しそうに働いていたシスター・セレナが慌てて駆け寄ろうとする。

 それをマーブルは止めた。怪訝そうに尋ねてくるセレナ。


「どうしてです、シスター・マーブル」

「少し……様子を見ましょう」

「あの子は何もしらない子です。赤ん坊が泣いたまま何もできないでしょう! まだ教えてないのですから」

「いえ……あれを」


 マーブルが指した先では、赤ん坊の両脇に手を入れぶら下げるように掲げてたルシアが、ゆっくりと腕の中に抱き抱えるルシアの姿があった。

 その姿に、思わず停止する。


「…………教えたのですか?」

「……いいえ。私は何も」


 どこかで知ったのだろうか。それとも誰かの真似をしているのだろうか。
 しかし赤ん坊は泣きやまなかった。それはルシアの無表情さが原因だろう。
 確かに正しい抱きかかえ方にはなったが、赤ん坊は感覚が鋭い。ルシアの何も暖かみのない行為に赤ん坊は気付いたのだろう。


「…………」


 ルシアは目を瞑って何か考え込み、目を開く。

 するとゆっくりと、身体を左右に揺り動かし、リベール地方特有の子守唄を歌い始めた。


「ラ〜〜ララララ〜〜〜ラララ〜ラララ]


 その歌声は、驚くほど透き通る声であった。

 子供の声であるのに、協会中に浸透するかのような歌声。

 その声は、まるで……


「歌姫……」

「…………姫という単語は相応しくありませんが…………それが正しい気がします」


 あり得ない。

 圧倒される。その声に。

 赤ん坊は泣き止み、目をぱちくりとさせてルシアを凝視している。

 相変わらずの無表情。だがルシアは確かに歌っていた。

 するとピタリと停止し、彼は頭を押さえた。


「ルシア!」

「ルシア!」


 セレナとマーブルは顔を強張らせて声をあげた。

 この子は突然、意識を失うほど強烈な頭痛を伴う時があるのだ。

 まるで発作。そう言わざるを得ない。

 慌てて駆け寄ろうとした時だった。

 発作が治まったように突如姿勢を正し、再び身体を揺れ動かす。

 大丈夫なのか、とセレナとマーブルが立ち止り様子を見ようとした時、その瞬間だった。


「ラ〜〜〜〜〜〜、ララララ〜〜〜。ララララ〜ラ〜〜ラララ〜〜〜〜〜〜」


 その歌は聴いたことがない曲だった。

 だが彼の周りに小さな光が集まりだし、赤ん坊はゆっくりと気持ちよさそうに眠った。

 光景は幻想的。

 光は遊ぶようにルシアの周辺を回り出し、彼が立ち一部だけ天からスポットライトが当たるかのように明るく見える。

 周りで遊んでいた子供たちも、協会の参拝客も、神父も、全員が彼に注目していた。

 彼が歌い終わると、子供たちは今までとは打って変わってルシアへと駆け寄った。


「すげ〜〜〜〜!」

「アタシに歌って〜〜〜〜!」

「他にも他にも!」


 一瞬にして大人気になってしまったらしい。

 ルシアは驚いたようで呆然として子供たちを見詰めていた。

 子供たちは彼に抱きついたり、纏わりついたり、手を握ったりしていた。

 彼はそんな温もりを確かめるように、全ての者に目を向け、そしてそれを感じているようだった。


「今の歌って、なんていうの〜〜?」


 1人の女の子がそう尋ねた。

 それは自分たちも気になる、そうマーブルは思った。

 ルシアは一旦目を伏せ、そして彼女に答えた。


「今の歌は……アルテナの歌、です」

「あるてな、ってなぁに?」

「さて……何でしょうね? 私も今、思いだしたのです」


 その瞬間の彼を、私は一生忘れることはないだろう。

 マーブルはそれを見たとき、そう確信した。

 そして自然と涙が零れ落ち、口元が自然と微笑んでいた。

 何故そんなことになったかって?

 それは簡単だ。


「シスター・セレナっ!」

「ええ……ええ!」


 お互いに顔を見合わせ、笑った。


「あの子が……ルシアが…………笑ったわ!」


 その笑顔は、まるで陽だまりのように美しい笑顔だった。


************************************************




[34464] 第8話 過去と未来
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/14 21:19

 七耀協会で行われている日曜学校とは、幼少の頃から大体15歳くらいまでの子供が通う、無償の学校のようなものだ。

 何時来るのも自由であり、完全に任意制でもある。

 故に毎日通う者もいれば、年齢を重ねれば重ねる程面倒臭がって通わない者もいる。
 
 必然的に幼少組みが多くなる訳だが、ここクロスベルの日曜学校は意外と通う子供も多い。

 クロスベル出身者でありクロスベル在住の者は基本的にこの日曜学校に通う。

 先週、ひょんな事からその場にいた者には人気が出たルシア。

 だが基本的に日中は留守にするのが当たり前で、日曜学校も基本的に夕方前には終わる。

 つまり殆どの者とは会いもしなければ会話をする事もない。

 そして一部の者に人気が出たとはいえ、会話も必要最低限しか行わない。

 だが。

 小さな変化は確かに出ていた。


「ご飯を食べるときは、いただきますっていうのよ」

「…………いただきます?」

「きみ、さっき言ってなかったでしょう!」

「…………それは言わなくてはいけないのですか?」

「何言ってるのよ。あたりまえでしょう」

「…………そうですか」


 親の都合で夜まで残っていた、女の子の姉妹。

 先週の騒動で、真っ先にルシアに近づいた子だった。

 最初は尊敬の眼差しを向けたのだが、『ありがとう』『いただきます』『ごちそうさま』の言葉すら知らないルシアを見て、妹がいるその子はお姉さん風を吹かしたのだ。

 その子の名前は『ノエル・シーカー』。妹の『フラン・シーカー』を面倒見る、しっかりものの女の子だった。

 妹のフランはルシアがまだ苦手のようで少し怯えているが、ノエルはルシアを友達になったと思っているようで、お互いに会話が成立している(かなり一方的だが)のだった。

 木製の机の上でスープやパンを食べながら話している2人と沈黙者1名。

 その光景をニコニコと嬉しそうにして見ていたマーブルだった。







(これが、命……)


 赤ん坊を抱きながら、夕暮れ時の時間をルシアは過ごしていた。

 遺跡探索が早く終わり、早くに帰宅するとシスター・マーブルに子供たちの面倒をお願いされた。

 以前にあやした赤ん坊を抱き抱えながら砂場などで遊ぶ子供を見つめた。


(私は、確かにアルテナの歌を誰かに教わっていた。そして剣術も、武術も)


 断片的に蘇る記憶の欠片。顔ははっきり思い出せないが、剣術や武術を身体が覚えていた。

 きっとクリスタルの中で眠りについていた、前の話。

 ゾファー復活により目覚め、対峙して滅びた青き星。

 目覚めの前に、深い眠りについていた自分だが、きっとそれが理由で記憶の一部に欠損があるのだ。

 その一部が、どうしても気になる。


「…………」

「だぁ」


 赤ん坊は手を伸ばし、ばしばしと頬を叩いてくる。

 乳臭い匂いと乳児特有の柔らかい手の感触。それが鼻をツンと刺した。


「…………」

「だぁぁ」


 無邪気に笑うその笑顔に、胸に言い表せない何かが浸透してくる。

 それもきっと、命の灯火。


「ちょっとルシア! あんたそんな所にいないでこっち来なさいよ!」

「…………この子も面倒を見ているので無理です」

「いいからこっち来るの! かくれんぼやるの!」

「…………かくれんぼ?」

「そうよ? 友達みんなでやるの!」

「……………」


 友達、と口の中で呟く。
 
 不思議な感覚だった。だけど、そう。

 例えるなら————。


(悪くない……)


 口元が緩み、肯いた。

 かくれんぼというのは分からないが、この『友達』とならきっと青き星の再生の手がかりも見つかりそうな、そんな気がした。

 ノエルが差し出してくる手を掴み、輪に加わろうとした時だった。

 ふと、気がついた。


(これが命というものなら……)


 ならば、今まで自分が守って来たものは?

 青き星の動物たちは?

 こちらの星にきて殲滅してきた魔獣たちは?

 依頼者や現場に居合わせた人たちが怪我したことは?

 最初に殲滅した、エレボニア帝国兵は?

 塔の下敷きになり命を落としかけていた女性を身捨てようとしたことは?


「…………」


 背中に嫌な汗が流れ落ち、ゾクリと背筋が寒くなった。


「ルシア? どうしたの?」

「?」


 ノエルやフラン、そして皆が振り返る中、ルシアは突如固まったように動かなくなり、顔色を悪くして呆然と立ち尽くしていた。


「どうしたのですか、ルシア」

「…………」


 シスター・マーブルがやって来て、様子がおかしいルシアに尋ねる。

 彼の正面で屈み、手を取って窺うが、彼は何もしゃべらずに目を閉じて考え込んでいた。

 そしてゆっくりと目を開けると、こう言った。


「……少し、用事ができました」

「用事?」

「はい…………リベールへ出かけてきます」

「リベールって……今から? 列車はあったかしら?」


 マーブルは突然の話に驚き、眉を顰める。

 ノエルやフランも急変したルシアに驚いているが、そんな彼女たちに赤ん坊を預けてルシアは一歩、皆から離れた位置に立つ。

 服装もいつもの身軽な服ではなく、漆黒のエナメル質の服装にブーツ、真っ赤な外套を羽織り、帽子をかぶる。


「では……」


 その一言と共に、激しい光がルシアを覆う。

 天へと光が走り、ルシアは消えた。
 








「…………」


 一度自分が訪れた事がある場所ならば、どこへ居ても一瞬でそこへ移動する事が可能。

 それがルシアの持つ魔法の1つ、テレポート。

 リベール王国、ロレント郊外の森にテレポートしたルシアは、一息吐いて辺りを見回した。


「着きましたか……さて……ロレントにいればいいのですが」


 ルシアは復興作業中のロレントで聞き込みをすることにした。

 幸い、ルシアの恰好を見てこの地に降りた時の人物だと気付く人はいなかった。

 彼は「とある人物たち」の行方を街の人に尋ねて回った。

 外見の特徴しか覚えておらず、いかんせん情報が少なすぎたが、それでもすぐに聞く事ができた。

 どうやら「あの人物たち」はロレントではそこそこ有名なようで、すぐに居場所も分かった。

 ルシアは覚えたばかりの『ありがとう』という言葉でお礼を述べると、急ぎ足で向かった。

 向かった先は、ロレント郊外の森の中。

 山道から外れたところに、その家はあった。


「ここが…………」


 一戸建ての一軒家で庭があり、木造の家で白と赤の混じった外装は、なんだかとても暖かみがある。

 煙突から煙がモクモクと出ているところと、辺りに漂う香りを嗅ぐと、どうやら夕飯らしい。


「…………人の気配が、2人……いえ、3人」


 ルシアは森の中から家の様子を窺う。

 そこには、満面の笑みを浮かべる女の子と、幸せそうに微笑む女性と男性の姿があった。


(良かった……)


 安堵のため息を吐いた。

 きっと自分がやった事は、意味があった。

 青き星を滅んだ事と、全く逆のベクトルの意味が、そこにある。

 目が潤んできた。

 身捨てなくて良かった。少しでもあの子の助けに成れて良かった。

 小さなツインテールの髪の少女を見詰め、小さく頭を下げて後ろへ振り返った。

 一度とはいえ見捨てようとした自分が恥ずかしいのか。

 それとも少女や女性に対し申し訳なく思っているのか。

 確かなのは——————。


「———————テレポート」


 ルシアは青い髪をなびかせながら、小さくポツリと呟いた。

 少年が消えたそこは、空しく風が通り過ぎて行った。






「いなくなったか……」


 カシウスは窓越しにポツリと呟いた。

 その声に反応したのは、レナであった。


「あなた、どうかしたのですか?」

「ああ。外に何者かがいたのでな。警戒していたんだが」

「まぁ……」


 カシウスの不穏な言葉に、レナも頬を強張らせる。

 だがカシウスの言葉にそれは吹き飛ばされた。


「外見はエステルと同じくらいの子供。髪は青色。赤いマントを羽織っていた」

「! それって!?」

「ああ。ひょっとしたらあの子かもしれんな」


 カシウスは口元に手を当てて考え込む。

 レナは慌てて窓に近寄り、その姿を探す。だが誰も見つけることはできなかった。

 すると両親の言葉に反応したエステルが、カシウスとレナの元に駆け寄ってきた。


「ねぇねぇ! あの子が来てたの?」

「え、ええ。そうみたいなの」

「それならここに呼ぼうよ! あたし、仲良くなりたいな!」

「まぁ」


 エステルの言葉にレナは目を丸くする。

 カシウスは娘の頭を撫でて聴いてみた。


「友達になりたいのか、エステル?」

「うん! だって、お母さん助けてくれたし!」

「そうか。それもそうだな。今度見つけたら、お父さんが自宅に招待しておくよ」

「やった〜〜〜!」


 父の言葉にぴょんぴょん跳ねて喜びを表すエステル。

 実際、エステルはその少年の事を気に入っているのだろう。そうカシウスは思う。

 絵を描くにしても、何枚もその少年を描いているし、その少年の力の真似、つまりポーズをとっている姿をよく見る。

 まだ幼い今の時に、母を失いかけるというショックな体験をし、そこを助けてくれた少年に、子供ながら例えようのない憧れをもっていてもおかしくない。

 カシウスは娘の頭を撫でながら、光の粒が僅かながら宙を漂っているのを眺めていた。



************************************************
正直誰でも好感はもつでしょう。
それは憧れや尊敬の好感ですが。

エステルフラグが1つ立ちました。



[34464] 第9話 変化
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/16 23:18


 ———————————————ルシアが変わった。


 それが、シスター・マーブルの言葉であった。

 幼いノエルや生徒たちは気付かない。

 エリィのように賢すぎる子なら気付いたかもしれないが、まだ2人は会った事はない。

 歌が上手い子がいる、くらいならエリィやロイドも噂で聞いてるだろうが。

 どこら辺が変わったのか、そう問われればマーブルはこう答えざるを得ない。

 どこかが変わった、と。

 何時もなら、毎朝早く出かけ、大体夕方頃に戻ってくるのが基本だった。

 それが、毎朝早くから深夜まで、下手したら帰ってこない日もあるくらいだ。

 故に会話が減ったので、顔を見る機会が減り笑顔を見ていない、が正しい表現なのだが。

 何時からだろうか。

 そう問われれば、マーブルははっきり答えることができる。


(一月前のあの夕方の時。あの後から、様子がおかしくなった)


 服が一瞬で変わった事、光に包まれた事、一瞬で消えた事など、不可解な事はたくさんあった。

 だがおよそ、あの場にいたのは小さな子供たちしかいなかったし、大人は自分だけであった。

 子供たちは単純な手品だと思ったし、勘が良い子はその話をバラまき、だが冗談として一笑されて終わったのだ。

 マーブルは日記を片付け、溜息を吐く。

 ホットミルクを一口飲んで窓から外を眺めた。

 分かっていた。

 あの子は普通の子ではなく特別な子だと。

 自分にしてやれるのは、普通の子への対応だけだと。

 笑うようになったルシアだったが、最近は笑わなくなった。なんだか振り出しに戻った気分だ。

 いや、本当に笑わなくなったのかは分からない。そもそも極稀に口元を緩める笑みを、笑うと言っていいのか、それは疑問だ。

 子供はすべからく満面の笑みが似合い、それが子供の当然の権利だからだ。

 このままでいいのか、そう自分に何度も問うが答えは出ない。




 ふと、本棚にある1つの童話が目に入った。




 その話は1人の青年が復讐の為に人生を駆け抜け、だがヒロインたる女の子のお陰で最後の最後でようやく凍てついた心が溶けて開放されるという話だった。

 この話で重要なのは、思いやる心だとかそういう模範的な解答ではない。

 マーブルにとって今着目すべき点は、数多くの魅力溢れる人物たちがいたにも関わらず、誰にも主人公の青年を変える事はできず、結果的にヒロインという、一番ストーリー上で役に立たなかった女性が唯一、主人公を変えれた存在だったというところだ。

 謂わば、運命の相手。

 ロマンチックな言い方だが、結局はそういう事なのだろうとマーブルは思う。

 ルシアへの大きな影響を与える事ができるのは、果たして誰なのだろうかと。

 今はまだ現れない現状に溜息を吐き、傍らのクロスベルタイムズ新聞に目をやった。


「あら……また現れたのですか」


 それは、正体不明の『仮面』の事であった。

 クロスベル警察が出動する前に、またも『仮面』のお陰で未然に犯罪が防がれたという。

 文面は警察の無能さに対する弾劾から始まり、件の人物像を予想した、酷く下賤な言葉で書き立てられた文末で終わっていた。

 白いグレイマスクとはいえ、奇妙な仮面を顔に付けて颯爽と空を駆ける姿はどこか変態的である、とも書かれている。

 記事の精度はさておき、まるでヒーローのような活躍ですね、とマーブルは零したのであった。







『依頼は完了しました』


 その旨を一枚の紙に記し、依頼主の自宅へと投げ込む。

 全身を紅い外套で覆い尽くし、白い仮面で顔を隠したその人物は、手紙が無事に投げ込まれた事を見届けると、ビルの屋上からその身を舞い、漆黒の闇へと消えていった。

 ルシアが始めた『何でも屋』稼業。

 仮面をつけたのは、最近多い、正体不明の襲撃者に対する対抗措置だ。

 素顔で歩いていると襲撃が多く、対応が面倒だった。

 そこで顔を誤魔化したらと思ったのだ。

 
 ———何故か仮面を思いつき、しかも白騎士なんたらと高笑いする見知らぬ人物が過ったのは妙だったが。


 そういう訳で、購入しようとアンティークショップにいったのだが、売っていたのが『蝶仮面』『宇宙人仮面』などどうにも妙なものばかりだったのだが、ルシアは宇宙人仮面——グレイマスク——を購入し、それを付けて何でも屋を運営していた。

 現状、マーブルから教わった文字において、基本的な文脈しかルシアは書けない。

 専門用語になると流石にまだ覚えていないのが現状だが、依頼の完了、という文字だけを覚えて手紙に記せば問題なかった。

 基本的に護衛任務などは遊撃士に依頼が行くので、ルシアに回ってくる依頼は、誰かと誰かの喧嘩を止めろとか、魔獣がいきなり現れて遊撃士に討伐を依頼する余裕がない、など緊急性を要するものだけだ。

 つまり手紙に詳細を書く必要はなく、依頼者が自らの目で確認できるという点で不必要な言葉を並べる必要性もなかったのだ。

 料金システムは、前金を貰い、完遂の旨が来れば所定の場所へ金銭を放置する。

 完全に後者は依頼主の心ひとつであるが、今のところは金銭の支払いに関しては滞りなく行われている。

 一応、人の良い依頼人は前金で全額払うのだが、そこはルシアにとって問題ではない。


「こんな事をしている時間などないのに……何故私は……」


 ルシアは道を歩きながら思わず呟いていた。
 
 こんな事などしている暇などない。

 自分は一刻も早く青き星へと戻り、ルナの世界へと降り立ち、アルテナにゾファー復活の旨と自分と相討ちになった事、青き星が滅んだ事を報告せねばならない。

 そしてアルテナと一緒にゾファーを完全に滅ぼし、青き星への再生の手がかりを。

 なのにこんな事をしている自分に戸惑いと苛立ちすら感じてしまう。

 ぶっちゃけ…………やっている事は遊撃士となんら変わりがないのだ。


「何を私はやっている…………」


 理性が訴えるのは分かる。異世界に来て力も弱り、四龍の力も使えない自分が異世界の青き星へと戻るには、ゆっくりと確実に方法を探さなくてはならないと。
 
 だが心が訴える。



 早く……早くと。



 凍てついた青き星。

 死体となった青き星の命たち。

 この世界で感じた、赤ん坊の温もり。

 緑溢れる大地。

 そして、元気なひまわりのような笑顔の茶髪の少女と女性。


「…………」


 訳の解らない気持ちが胸に渦巻き、歯噛みする。

 すると、

「おい、そこの君!」

「…………?」

「君! 以前会った、ルシアじゃないか?」

「……貴方は」


 そこにいたのは、クロスベルに来た当初に出会った男性、セルゲイ・ロウであった。

 隣にいる、ブラウン色の理知的な女性が誰かは知らないが……セルゲイは少し驚いた顔をしつつも、慌てて駆け寄ってきたのだった。








 数分前に話は戻る。

 その日。ソーニャ・ベルツはセルゲイ・ロウと共に街を歩いていた。

 別に色気のある話でも何でもない。

 ただ、セルゲイの愚痴に付き合っていたという事と、『今回の騒動』の概要を説明してもらう為でもあった。


「それで、結局捕まえた少年は直ぐに釈放されて書類送検も無し。被害者への示談金を支払って口止めで終わりってこと?」

「ああ…………くそっ。何度やっても慣れる事はねぇな、このクソったれな対応はよ」

「そうね。それに慣れてはいけないと思うけど」


 窃盗犯が帝国派議員の息子という立場であった為、有耶無耶の上にお咎めなしで釈放されてしまった今回の騒動。

 自ら捕まえ、逮捕したセルゲイとしては遣り切れない思いがあった。


「まあ、それとどう向き合って、どう対処していくか。それがこのクロスベルで上手くやっていく秘訣だと思うわ」

「そりゃそうだ…………あ、そういえば」

「どうしたの?」


 中央広場の椅子にインスタントコーヒーを持って座ると、セルゲイは思い出したように口を開いた。


「いや、そういえば警察学校の生徒でひとり、かなり優秀な奴がいただろ」

「アリオス・マクレインのこと?」

「いや、そっちじゃない。確か…………」

「妙に軽くて煩い坊やの事?」

「そう、それだ。かなりのお調子者でもあるって感じだった……ええっと、確か……ああ、思い出した! ガイ・バニングスか」

「そうそう。そんな名前だったわ。かなり手柄も立ててるみたいだから優秀のようね」

「ああ。そいつが中々面白いこと言っていてな」

「どんな?」


 ソーニャはコーヒーを飲みながら窺う。

 するとセルゲイもコーヒーを一口飲み、こう言った。


「クロスベル警察には、自治州のしがらみに捕らわれない部署が必要だ。遊撃士協会ではない、だが似たような類の部署が、だそうだ」

「それって警察官に遊撃士の真似をしろってこと?」

「さあ? それは詳しく聞いてないから知らないが……まあそんなもんだろ」

「……流石にそれは無理ね。上が認めないわよ」

「……だな」


 そもそも警察官にもプライドというものがある。

 市民の味方———悪い言い方をすれば、人気取りだけの立場であるここの遊撃士の真似など、できるはずもない。


「悪かったな、愚痴聞いてもらって」

「いいのよ。私の時に付き合って貰うから」

「ああ……その時は喜んで」


 理知的な横顔が優しく染まったソーニャの言葉に、セルゲイも小さく笑って頷く。

 クロスベルという、特殊な街で警察官という立場にいる彼らは苦労も多い。

 そんな中で警備隊所属のソーニャと警察官のセルゲイはお互いに親交もあり、仲も良かった。


「さて、じゃあ行きますか……って」

「ええそうね。ん? どうかしたの?」

「あそこにいる子だが……」

「ああ、あの子? 青い髪が特徴的な子ね。女の子っぽく見えるけど……あの子がどうかしたの? っ!?」

「おい、そこの君!」


 ソーニャが聴く前に、セルゲイが大声をあげて話しかけていたのだった。






「久しぶりだな」

「…………そうですね」

「ああ、こっちは俺の同僚、ソーニャ・ベルツ。警備隊所属だ」

「よろしくね。ソーニャ・ベルツよ」

「…………どうも」


 ペコリと頭を下げるルシア。

 彼はジッとソーニャの持っている飲み物を見ていた。


「……飲む?」

「…………」


 コクンと頷いて受け取り飲むルシアだが。


「〜〜〜〜〜〜」


 無表情で眉も顰めず硬直した。


「苦いのか不味いのか分かり難いわね」

「ハッハッハ」


 ソーニャは早くもルシアが感情を表に出さない、訳ありの子だと察したようだ。

 セルゲイもその突っ込みに大笑いだ。


「あれからどうしてたんだ?」

「…………遺跡を回ってました」

「遺跡?」


 聞き逃せない言葉に反応するソーニャ。

 まだ発見されていない遺跡もあるとはいえ、基本的に知られている遺跡は全て警備隊管轄になる。

 未来では警備隊が禁止エリアとして完全に封鎖しているが、現在のクロスベルでは侵入の禁止の旨を市民へ通達しているだけだ。


「こいつは遺跡を回っているんだそうだ」

「ええ…………探し物があるんです」

「でも危ないでしょう」

「…………」

「それでも、探さないといけないんだとさ」


 セルゲイが肩を竦めて言うと、ソーニャが渋々肯く。

 本来なら幼い子供を保護し、子供の事情など黙殺して匿うところだが、信頼するセルゲイが見逃しているのだ。何か事情があるのだろうと引き下がった。

 だがソーニャは、警備隊の一員としてルシアに忠告する。


「でも気をつけて。最近、クロスベルを中心に子供たちが行方不明になる事件が多発しているの」

「…………」

「ああ、アレか」

「流石にその数が多すぎるわ。エレボニア・カルバート・リベール・クロスベルの上層部を始め、遊撃士協会や七耀教会もこの件を問題視してるわ」

「…………」

「仮にこの事件が誘拐だとしたら、犯人たちは恐ろしいわ。目撃情報も殆どない。そしてその手並みは鮮やかよ」


 誘拐事件というのは、拉致する状況、その後の運び方など、成功率は圧倒的に低い、とても難しい犯罪だ。

 だがそんな犯罪を何十回と成功させている。

 恐ろしい敵だと、ソーニャは踏んでいた。


(最近妙に襲ってくる、あの仮面の連中のことでしょうか)


 ルシアはそう考えるが、そんな訳ないかとすぐに否定する。

 襲撃犯を殺した数は、既に二ケタ近い。

 命を摘み取る事に、最近は躊躇うことも多いが、それでも自分は死ぬ訳にはいかないのだ。

 アルテナに会い、自分の使命を引き継ぐまでは。


「ルシア。お前は何か知らないか?」

「…………いえ、何も」

「そうか」


 その答えには期待してなかったようで、すぐに違う話を振って来た。

 その瞬間だった。


「ドロボー!!」

「!!」


 クロスベル自治州の、昼も麗らかな時間帯に響く女性の悲鳴。

 全ての視線が発生元に注がれる。

 そこにいたのは、地面に倒れている少女とその母親らしき叫んだ女性と、その女性から慌てて離れて走る男の姿が。

 男の逃走ルート上に、ルシアやセルゲイたちがいた。

 セルゲイはタバコをコーヒーに放り込むと立ちあがり、警棒を片手に構える。

 ソーニャも万が一に備えてのバックアップの為に懐に手を忍ばせて警戒する。


「邪魔だぁ! どけぇ!!」


 男はセルゲイが邪魔しようとしている事に気付くと、奪った鞄を懐に抱え込み、ナイフを取り出して加速する。

 オーブメントでも装備しているのだろうか。

 その身体能力には目を見張るものがあり、セルゲイもチンピラに相対するよりも深く警戒し、腰を落とす。

 街中に悲鳴が上がってパニックの光景が広がる瞬間だった。


「———閃光斬———」


 小さな呟きがセルゲイとソーニャの耳に届いたかと思い、まばたき1つした直後。

 男の背後にルシアが立っていて片手には大人用サイズの剣を手にしている姿と、白目を剥いて崩れ落ちていく男の姿だった。


「なっ!?」

「!?」


 セルゲイとソーニャは驚愕する。

 全く見えなかった剣の軌跡とルシアの動き。

 2人は呆然としてルシアを凝視した。

 周囲も一転二転する展開に固まり、そしてようやく歓声を上げて少年を讃え始める。

 ルシアはそんな周囲に気にせず、相変わらず何を考えているのか分からない顔で、倒れていた少女の元へと歩み寄った。

 少女は手を擦り剥いたようで大泣きしていて、掌からは血が出ていた。

 どうやら母親のバッグを盗んだ時に、幼い少女は弾き飛ばされたらしい。


「…………」

「ふえええぇぇぇぇぇん!」

「だ、大丈夫よ。大丈夫ですからね〜〜〜」


 母が娘をあやして落ち着かせようとする中、ルシアは少女の手を取り、ジっとその傷を見詰める。

 そして何度か少女と手へ視線を往復させると、


「ヒール」


 手を翳したルシアから青い光が注がれ、少女の手を覆い始めたではないか。

 小さな光だったが、確かに少女の手は癒えていく。


「わぁ! ありがとう、お兄ちゃん!」

「…………感謝など無用です」


 痛みが無くなった少女はすぐに泣き止み、ルシアへと満面の笑みを浮かべてお礼を言った。

 母親もその後少年にお礼を言い、やってきた警察官が男を連行していく。

 アーツによって癒すなんて凄い、幼いのにアーツを使えて凄いと周囲は褒め称える。

 ルシアは帰っていく少女が手を振ってくるので、それに振り返すことなく少女を見送り、そしてセルゲイたちへ振り返った。


「…………では、私はまだ用事がありますので」

「あ、ああ」

「え、ええ」


 何事もなかったようにルシアは去っていった。

 その場に取り残されたセルゲイとソーニャは夢心地のように呆然としている。

 ソーニャはセルゲイに問いかける。


「あの子……何者なの?」

「分からん……」

「子供の身体能力を大幅に超えてるわ、あの動き。それに回復系のアーツも。あんなアーツ初めて見た」

「それもそうだが…………気になった事は他にもある」

「他?」


 セルゲイへと顔を向けると、困惑した色を浮かべたセルゲイがいた。


「前に遭った時より、ずっとあいつが不安定に見える」

「……そうなの?」

「ああ。少なくても、誰かの為に何かをするような奴には見えなかったが……」

「?」

「他に関心が無い、そんな感じだった気がするが、今のあいつは……」

「でも、そうだとしたら良い事じゃない。力を持っている彼が誰かの為にそれを使うなんて」

「……まあ、そうなんだけどな……普通なら」


 嫌な予感がするぜ、とセルゲイはポツリと漏らしたのだった。









「…………ここが『月の僧院』ですか」


 夕方。

 陽も沈み、辺りが暗闇に包まれた頃、噂で聞いた遺跡の前にいた。

 今は閉ざされた、どこかの山奥に不思議な遺跡があると、何でも屋を運営している時に耳に挟んだ。

 そこには何かがあるかもとルシアは思い、やってきたのだが……。

 事態は思わず方へと移行することになる。


「!!」


 ハっとなって月の僧院を見上げる。

 断崖絶壁の上に立つ遺跡は、どこか教会を模してあり、けれど比べ物にならないくらいに大きい。

 それに————。


「これは……人避けの結界」


 ルシアはその結界の境目に立ち、手を触れて呟く。

 そして一呼吸と共に、魔力を纏った拳を振りおろした。

 パリン、とガラスが砕けるような音が響いた直後、『建物から空気』が漂ってくる。


「こ、この気配は……!」


 よく知っている気配。

 この気配には、自分が気付かない訳がないのだ。

 しかも、本当に極僅か。

 こうして近寄って警戒し、ようやく気付けた程度の大きさ。

 だから結界などを張り、内側に何もないように見せかけて自分に気づかれないようにしたのだろう。

 そうルシアは悟った。


「まさか……この世界でも復活したというのですかっ!」


 汗を垂らし、険しい瞳をその建造物へと向けた。




「ゾファー!」




 その声は、限りなく険しいものであり、ルシアは眉を顰めて睨みつけていた。








 そして。

 この時、そんなルシアを見詰める人物が近くにいた。

 髪は白く、どこか顔色も悪い。

 だがその瞳は鋭くどこか刹那的であり、地獄の業火を表しているような真っ赤の瞳は恐ろしいものがあった。

 ソレは己の愛剣を手に旅をする、力を渇望する存在。

 後に『とある組織』に入る、1人の青年だった。


「ここが……例の一部の拠点か」


 青年はポツリと呟き、そして眼下にいる少年に目を向けた。

 少年は剣を片手に、遺跡の中へと飛び込んでいく。


「あの強固な結界で覆われたここに気付き、あまつさえ侵入できるなど……奴らの同士か、元同胞といったところか」


 青年は少年へと憎悪の視線を向け、己の成長の糧にすることを誓った。


「……逃がさん」


 その男は崖の上から飛び降り、月の僧院の窓ガラスを突き破って突入した


************************************************

ついにあの剣士が登場。
そして次回は、勘違いによる血みどろの激突。

次回が大きな転換点になります。



[34464] 第10話 涙
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/18 00:20

 後に、この場所はルシアにとって因縁深い場所となる。

 人間の欲望と狂気が凝り固まった、事件発祥の地。

 月の僧院。





 最初に感じたのは、鼻を刺す異臭だった。

 何かが腐ったような、でもそれは生の状態のような。

 薬品の臭いと半々に混じり合った臭いが建物内部に染み込み、石造りの壁が何かで染みのように染まっていた。

 ルシアが扉を開け中へと進むと、あちこちに白衣を着た男や女たちがいて、彼を観察するかのようにジロジロと見ていた。

 聖堂の扉を開けるとその瞬間、四方八方から銃口を向けられる。


「ようこそ、可愛い侵入者君」

「…………」

「A級遊撃士すら余程の事がない限り見抜けぬ結界に守られたこの研究所を、よくぞ見つけた。子供ながら見事だ」


 その中央。

 本来なら教会の神父が立つべき教壇の位置に、その男はいた。

 髪は黒。

 病的なまでに色白い肌が妙に印象的であり、線が細い顔つきや身体つきはどこか頼りない。

 だがその細い眼やニヤニヤと歪む口元はどこか邪さを感じさせる。


「結界を壊したのは……先程、上の階に侵入した若い男かな?」

「…………(男?)」

「君の仲間の男は魔道騎士人形が相手をしている。かなり強いようだが……降すにも相当な時間がかかるだろう。その間にこちらは」


 ギラリと好色そうな色が目に浮かぶ。

 唇を舌で一舐めし、背後の扉を開け放った。


「君に特別なものを見せようじゃないか! これが目的で侵入したのだろう?」


 扉の先、男の眼下には、とある広間が見える。

 二階から数多の銃口を向けられ、一階を埋め尽くす程の戦闘者らしき凶器をぶら下げた男たちに攻撃的な視線を向けられながら、ルシアは一歩ずつ前へと向かう。

 そして開けられたその先が見える位置までやってくると……。


「…………これは」


 思わず言葉が漏れた。

 そう。

 その先にあったのは、子供たちの死体の山であった。

 血が飛び散り、床を血で染め、何かの破片らしきものがあちこちに飛び散っている。

 その中央に、人間ではない、何かもいる。


(あれは…………魔族の卷族)


 遺体には目も繰れず、魔族を凝視するルシア。


「どうだい? 目的の子でもいたのかな?」

「…………」

「ああ、原型が留めていないものばかりだからね。これを見せてあげよう。そのリストの赤いラインから下が役立たずな滓ばかり。白が上の階に閉じ込めてある実験体だ」

「…………」


 どうやら男は、ルシアが知りあいを取り戻しに来たと勘違いしているようだった。

 当然、ルシアにそのつもりはなかった。

 誰がどうなっていようが、今は関係ない……はずだった。


「目的の実験体が生きているなら返してあげよう。ただしここの事は当然黙っていてもらうがね」

「…………」

「永久に」


 目の前に、今までにいなかった実験体がある。

 それだけで、ここの部署の責任者である彼の興味を引くだけで十分だった。

 不気味な静けさと聡明さを纏う不思議な少年。

 上の階で暴れている男も、なかなかおもしろそうな結果をもたらしてくれそうだが、それでも目の前の少年の方が気になった。

 きっと恐ろしいほどの感応力・適応力をみせ、薬品などにも耐えて新たな結果を出してくれるだろう。

 そう確信していたのだ。


(つまり交換という訳ですか…………別に助けに来た訳でもなければ、助けなくてはならない訳でもないのですが)


 幾多の死体を前に、ルシアはそう考える。

 そもそも自分がここに来たのは遺跡調査の為で、その遺跡を発見してみれば結界が張られていたから破壊しただけ、更に破壊してみれば———。


(ゾファー……貴方はこの遺跡のどこかにいる筈。人間に憑いているか、それともまだ形に出来ない程度の侵攻具合か……どちらにしろ、このまま放置していれば未来において大変な事に……)


 それがどういう意味を指すか知っているルシアは、目の前のタンパク質になり果てた子供などどうでもよかった。

 いや、引っかかりはしたが・・・・・・それよりもゾファーの方が重要だった。

 筈なのに。

 ある項目で目が止まる。


「————————え?」


 不意に、漏れた声。

 リストの表紙から七枚目。

 5歳前後の子供たちが多いなか、一番若い子供。

 0歳未満の乳幼児といえる赤ちゃん。


(拉致した場所…………リベール王国・ボース地方近郊ラヴェンヌ村。名前……セラ・クリスティ)


 見覚えがある、この顔。


(この子は……歌を教えてくれたあの女性の……)


 自分の両手で抱きかかえた。

 自分の両腕に、その温もりは今も覚えている。

 初めて感じた人の温もり。


「…………」

「おや、その子かい?」

「…………」

「でも残念だ。その子は既に死んでいる。その子は適正値も低くてね。やはり赤子とはいえ有象無象は困ったものだ」

「…………」

「まだどこの部署にも良い検体はいないみたいだしね。だがこれからは違うだろう。君と言う————」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 俯き加減のルシアに延々と口上を垂れていた男の背後から突如、上がった悲鳴。

 男は後ろを振り返った。

 すると2階席で銃を構えていた暗殺グループの一員と思しき男の1人の首が無くなり、血しぶきを噴水のように上げていたのだ。

 悲鳴が上がり喧騒が起こると銃口は一斉に死体の後ろの人物へと向けられた。

 そこにいたのは、銀髪の男。

 成人に近い年齢の、憤怒の表情を浮かべる青年だった。


「ここもまた、第1・第2のカリンを生んでいく……」

「貴様! さっき上の階に侵入した奴だな!」

「これが人が至る結果だというのか? いや……そんなの認めない。貴様らのような奴の為に、カリンが、ハーメルが滅ばねばならないなんて」

「何を言ってるんだか。まあいい、殺せ!」


 怒号と共に休む間もなく響き続ける銃声。雨のように降り注ぐ銃弾の隙間を縫って次々と首を刎ね、心臓を突き刺し、抹殺していく。

 心臓を狙った銃弾を、手に携える剣で防ぐ。


「何をしている! さっさと殺せ!」

「この屑が!」


 唾を飛ばして叫ぶ男に、青年は殺意に満ちた瞳を向け、彼に襲いかかる。

 だが、男は手に一振りの杖を取りだす。


「ぐっ!」

「フフフハハハハハハハハハハハハ」


 ぶつかり合った瞬間、その杖から激しい雷撃が落ち、青年の身体を焼いた。

 青年は痛みをこらえて杖を蹴り、手を付いて距離をとった。


「中々の強さだ。完成されればかなりのものになるだろう。だが残念だったな」


 男の身体から、黒いエネルギーが放出され始める。

 それは、これまでの実験結果により得た力。

 服用者に力を与える、最高の薬物であった。


「ふざけるな…………」

「お前のように歳いった男はいらんのだよ。私が滅してくれる」

「はあぁあああああああああああ!」


 男が杖を振りかざし、4か所へと落雷が落ちる。

 青年は素早く身をかわし、己の懐にあった鞘へを握る。

 鞘を片手に携えた彼は、それを空へと放り投げ、落ちてきた落雷にぶつけた。


「なに!?」


 そしてそれを素手でつかんだ。当然電流が青年の身体を流れるが、青年はそれを我慢して男へと投げつける。


「クソッ……っがぁっあああああああああああ!」


 咄嗟に避けた男だったが、それに意識を取られすぎた為に青年への意識が一瞬逸れた。

 そして生粋の戦闘者ではないが故に生まれた最大の隙を、青年は見逃さずに懐に飛び込み、一瞬にして切り刻んだ。

 男の腹部からおびただしい血液が流れ、臓物が零れおちた。

 統括しているトップがやられた事で、研究者たちは顔を真っ青にした。

 青年は休まずに身体を捻り宙への跳躍、柱を一蹴りして地へと迫る。

 前には研究者たちの男・女たち。


「きゃああああああああああああ!」

「に、逃げろぉおおおおおおおお!」


 自分たちの身が危うくなったと悟ったのだろうか、悲鳴が上がって次々に我先にと出口へと逃げ惑う。

 白銀の刀が武装兵たちの息の根を止め、科学者たちへ向けられた瞬間だった。


「!」

「ふっ!」


 2振りの刃が激しく衝突し、火花をまき散らした。

 一閃、二閃と刃が縦へ横へと振るわれ、その全てが引き裂くことなく刃によって止められる。

 銀髪の男の斬撃を止めたのは小さな一人の少年、ルシア。

 裂ぱくの気合によって振るった青年の斬撃を、ルシアは受け止めるのは不可能と判断すると、しゃがんで回避する。

 そのまま身体を捻って回し蹴りを入れると、青年の腕によって止められていた。腕を踏み台にして蹴りあげ、距離を取る。


「…………」

「やはりこの連中の手先か。あの強固な結界に守られていたここに簡単に入っていけたんだ。子供とはいえまさかと思っていたが」

「…………」

「しかし些か遅かったようだな。戦闘要員も魔道人形も全て破壊した。後はここの化学者たちだけだ!」


 青年は懐から取り出したナイフを逃げる化学者たちの1人の背に投げる。


「…………っ!」

「クッ!」


 投擲ナイフを剣で弾き落とし、ルシアは前へ踊り出た。

 風を裂くような一撃を振るうが、青年の腕を浅く切り裂いただけだった。

 青年は地面を蹴り、石を砕く事で視界を悪くし、ルシアが怯んだ瞬間に剣を付きだし、連続突きを繰り出した。


「くっ!」

「はぁああああああああああああ!」


 必死にルシアはそれを防ぐが……リーチの差とそもそもの年齢差からくる基本的な運動能力の差から、僅かに手数が勝った。

 右の二の腕、肩を深く突き、首筋を浅く切った。


「……勝負アリ、だな」

「…………」


 手からドクドクと流れる血で地面が染まる。

 無事の左手で剣を持ち、腰を深く落として青年を見る。

 その瞳が映す色は、怒りの色だった。


「これまでに逝った者たちに懺悔して死ぬがいい」

「…………戯言を」


 ここで一つの擦れ違いが起こっている。

 青年は、少年がここの関係者だと思っている事。

 ルシアは————。


「止めておけ。片腕に致命的な傷を負っているんだ。子供の片腕の腕力なんて、たかが知れている」

「…………」

「先ほどの男のように薬物で身体増強を図っているんだろうが……剣士が腕と肩に負傷を負ったんだ。もう……終わりだ」


 青年は武器を振り上げ、ルシアへ振りおろそうと構えた。


「…………」

「?」


 ゆらり、と立ち上がるルシア。


「…………覚えています、あの時の事を」

「命乞いか」

「…………あれはたしかに、あの人の声は魔法だった」


 母親の女性は、今は何をしているだろうか。


「…………あの温もりも」


 泣いていた子が泣き止み、安らかに眠る寝顔を覚えている。


「…………あの笑顔も」

「それを奪ったのが貴様らだろうが!」


 必死の形相で剣を振り上げ振りおろす青年。

 ルシアは剣を投げ捨て、踊るような動きで青年へ飛び込んでくる。

 その動きは、今までとは一変した動き。

 これまでのが稲妻のような激しい動きだったのなら、今度の動きは蜂や蝶のような、舞う動き。

 鋭い刃に合わせるようにルシアは掌を刃へと向ける。

 刃が掌を真っ二つに斬り裂こうとする瞬間。


「————竜神掌—————!!」


 裂帛の気合と共に、痛みで顔を歪めるだけだったルシアの顔が、気合に染まり、空気が引き締まる。

 振動のように辺りが震え、青年は目を見開いた。

 まるで、掌底のようにむけた掌から竜が飛び出すように叫び声があがったように聞こえる。


「ガッ——————!!」


 バキィンと刃が砕け散り、青年の腹部に直撃した。

 削岩機のように突き進む『衝撃派』に、青年の肋骨が砕ける音が響き渡った。

 青年は地面に転がり、蹲りながらルシアをジロリと見詰めた。


「くっ!」

「……ハァ……ハァ……今……のは」


 悔しさを滲ませる青年と、自分が行ったこと、口走った事に驚愕している少年。
 2人は地面に蹲りながら口元から血を流して相対していた。


「……くっ。今日の所はここで引かせてもらう」

「…………」

「あの日から自分自身を鍛えてきたつもりだが……まだまだという事か。薬物使用者に引き分けるとは。こんな事ではまだ目的を達成できないか」

「…………」

「次に会った時、必ずお前の首を取る。覚悟しておくことだ」


 そう言って、青年はお腹や胸を抑えながら去って行った。

 化学者たちも皆逃げ出したのか、この建造物は無音の世界へとなっていた。

 ルシアはゆっくりと立ち上がる。

 腕や肩から零れ落ちる血液を気にせず、ルシアはヨロヨロと立ち上がり、地面に落ちていた被験者リストの紙を拾い上げる。


「…………」


 白い紙が赤く染まっていくのを見ながら、ルシアはジッとその紙を見続けた。

 見知った顔を。


「…………」


 これだから人間は、そう呟く。

 ゾファー復活も人間の欲望・憤怒・殺意・金など、あらゆる人間の性質が原因だ。

 だから、青き星も滅ぶ原因となった。

 ここの建物から漂ってきたゾファー復活の気配。

 どうやら既に逃げ出したか、どこかへ移動したのか。

 少なくても、ここの連中がゾファー復活のきっかけになったのも間違いはない。

 また自分に滅ぼさせるのか。

 また繰り返すのか。

 これが人間だ。

 こんな醜い事件を起こす元凶。

 今回死亡した被験者たちも、いずれこんな事を起こしただろう。

 人間同士の因果応報。必然の現象だ。


「?」


 不意に、目から『何か』が零れおちた。

 次々に零れおちていく『何か』。


「これ…………は…………」


 上手く喋れない。

 歯が小さく音を立てて振るえた。


「ぅ……ううぅ…………」


 止める事ができない小さな声が漏れ続け、ガクリと膝を付いて地面に爪を立てる。

 ガリっと音を立てて、爪と地面に血が滲む。


「な、なんで、私は…………」


 こんなに動揺している?

 こんなに目から零しているのか?

 男から紙を渡された時と同じ何かが、胸に再びこみあげてくる。

 何もかも無くしたくなる、この衝動。

 初めて『睨む』という程目つきを悪くしたルシアは、その衝動に流されるがまま、全方向にその力を振るった。


「———————サテライトボム!!」


 その瞬間、建物内部は激しい閃光と共に全てを滅され、死体も悪魔も、実験資料も全てが消え去った。











「エステル、そろそろ帰るわよ〜〜〜!」

「帰るぞエステルー」

「は〜〜〜い!」


 母と父の声に反応した、元気印の少女、エステル・ブライトはロレントの出入り口にいる両親の元へと駆け寄った。

 晩御飯の買い物を終えた母と父の手には食材がたくさんあり、父の遊撃士の仕事の都合で遅くなってしまった夕食が、今ではすっかり楽しみだ。
 
 あちこちの民家から漂ってくる夕御飯の匂いにエステルはお腹の音を鳴らしながら、両親の両手につかまりながら帰宅する。


「ねぇねぇ、お母さん」

「なに、エステル?」

「今日のご飯何?」

「今日は美味しいシチューよ。パンと一緒に食べるハムとブロッコリーのソテーも美味しいわよ〜〜〜?」

「わ〜〜い!」

「ふむ。それは旨そうだな」


 はしゃぐエステルに、ひげを触りながら期待するカシウス。

 レナはそんな2人に嬉しそうに笑い、前を見た。

 こうして笑っていられるのも、旦那とこうして一緒にいられるのも、生きているから。

 本当に幸せだと、レナは思う。

 これから愛娘のエステルは自分と同じで、どのような人生を歩んでいくのだろうか。

 女の子らしく育てているが、いかんせん趣味がどうも男の子っぽいものばかりで心配だ。


(大丈夫かしら……?)


 良い人生と、女にとっての幸せの人生は、また別だとレナは知っている。

 チラっとレナは娘を見ると、


「?」


 アイスを食べた痕を頬につけたままニンマリと笑う娘に、母として心配になったレナであった。

 その直後。


「!?」

「2人とも下がれ!」

「ふぇ?」


 突如、夜空から落ちてきた一陣の光。

 その色は青。

 爆風のような風が光の落下地点から吹き荒れ、カシウスは2人の前に立ち庇い、懐から出した警棒のようなものを構えた。

 しかし険しい表情のカシウスとは違い、レナとエステルは目を見開いていた。


「この光は……」

「ねぇ、ママ。これって」


 その言葉にカシウスは眉を顰めるが、その言葉の意味が分からない。

 しかし意外と簡単にその答えは分かったのだった。

 自宅近くの林の森。

 そこが光の落下地点。

 そこにカシウスが警戒しつつ向かう。


「…………! おい、君!」


 そこにいたのは重傷の傷を負い、血を流し、焼け焦げ汚れた身体の1人の男の子。


「! あなた、その子は!」

「エステルに見せるな!」

「は、はい!」


 カシウスは咄嗟にそう叫び、娘の目を塞ぐ。

 そう。

 カシウスにとって最愛の妻の命の恩人にして、娘の憧れの存在、友達になりがっている、女の子のように美しい子供。

 重傷を負ったルシアが、そこにいた。



************************************************

レーヴェはまだ実力的には未熟なレベルです。修行中。原作ほどは強くなってない。その位。
まだ原作のような考えはしておらず、現状は強くなるために修行している状態です。



[34464] 第11話 ブライト家
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/08/18 21:55

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 ブライト家。

 一軒家の3LDKで、1つが夫婦の部屋。1つがエステルの部屋となり、最後の1つが物置部屋、もとい倉庫と化している。

 埃まみれの部屋を急ピッチで綺麗にし、荷物を運んで片付け、簡易ながらもベッドを置いて布団を敷き、そこにとある少年を寝かせた。

 晩ご飯の時間帯という事もあり、レナが食事作りを。

 カシウスが少年———ルシアの手当てを。

 エステルは、心配そうにルシアを見守り、彼女なりに精一杯の看病を行った。

 簡易手当てを施したカシウスは信頼できる医者を呼び、彼を診断してもらった。

 カシウス自身もお世話になっているかかりつけの医師で、腕も確かな人物だ。

 その医師はルシアの傷を見ると顔色を変え、大慌てで治療を始めた。

 カシウスやエステルは部屋の外へと追い出され、2人は仕方なく1階に降りてレナと共に食事を取る。

 終わったのは、夕食の片付けも終わり、レナとエステルが風呂に入って出てきた直後だった。

 全ての治療を終えて出てきた医師は、エステルにルシアを看ておくようにお願いし、レナとカシウスに居間で説明する。


「とりあえず、処置は終わらせました」

「先生、ありがとうございます」

「どうもありがとうございました」

「いえ。これで患者が目を覚ましたらもう安心と言いたいところですが、恐らく・・・・・・目覚めるのに時間がかかるかと」

「そうですか……」


 レナは医師の言葉に表情を暗くする。

 医師は自分の役割を果たすため、かなりの躊躇いと共にいくつかの紙を出した。

「彼の怪我は、肩と腕、首筋が大きな傷でした。どれもが鋭利な刃物で傷つけられたような跡で、特に肩と腕は完全に刺されています」

「そんなっ」

「全身も少なからず火傷を負っています。なにか……そう。爆発に巻き込まれたような、そんな火傷でした」

「…………」

「傷も縫合しましたし、大事な臓器や血管を損傷している訳でもなかったので、大事には至りませんでしたね」

「そうですか」

「それで、これが患者がずっと握りしめていた紙なんですが……」

「?」


 カシウスはその紙を受け取り、目を通す。

 血で染まった用紙に一瞬目を細め、内容を見る。

 そこには、とんでもない事が書かれていた。


「これは————っ!」

「あなた、何が———————————!?」


 旦那の様子に怪訝な表情を浮かべたレナが手元を覗き込みその紙を確認する。

 その紙に書かれていた内容。

 それは、


「…………正直、信じがたい事ではあります」

「…………」

「…………」

「同じ医師として、人間として、私は許せない」


 非人道的、外道。そんな言葉でしか表わせないような実験を繰り返したという化学者たちと、犠牲になった子供たちの結末。

 それが克明に記されていたのだ。


「その紙に付着している血液や、怪我、リストに載っていない事を考えると、患者はどうやらこの施設の中に入り、そして負傷したのでしょう」

「そう、でしょうね」

「うむ。これをどうするかは、遊撃士であるカシウス君に任せる。もちろん、私も他言しない事を誓おう」

「それが賢明です。私も慎重に行動しよう」

「では、容態が急変したりしたら、すぐに連絡を下さい」

「わかりました」


 レナとカシウスは医師に礼を言うと、医師はゆっくりとした足取りで帰って行った。


「あなた……」

「ああ。レナ、お前はあの子の面倒を見てくれるか?」

「もちろん喜んで。あの子は私たちの命の恩人なんですから」

「そうだな。私は少しこの件に関して動いてみる」


 カシウスは険しい顔をして紙を見詰めた。









「ねぇ? どうしてケガしたの? 転んだの?」

「……スゥ……スゥ」

「早く目覚まさないかな〜。いろいろとお話したり釣りとか一緒にしたいのに」


 エステルはベッドで深い眠りについているルシアの頬をつつき、彼に語りかけていた。

 すると、ルシアが持っていた持ち物の袋の中に、鎖のようなものが入っているのが見えた。

 近づいてそれを手にする。

 それは、鎖が通った輪状の、金色の卵型の塊がぶら下がったネックレスであった。


「わぁ〜〜〜〜、キレイ〜〜〜」

「あら、エステル。どうしたの?」

「おかあさん!」


 エステルが関心した声を上げると、扉の向こうからレナがやってきた。

 どうやら様子を見に来たらしい。

 エステルが手に持っている物をみて尋ねた。


「この中に入ってたんだけど、これってなに?」

「これは……ネックレスね」

「ねっくれす?」


 首を傾げるエステル。


「そう。首から提げるものでね、アクセサリーの一種なのよ?」

「へ〜〜〜」

「女性は綺麗に見せたりするのに使うことが多いわ。でもこの子のは……」

「おかあさん。この子女の子みたいだけど、男の子だよ?」

「そうね。だからきっとこれは、アクセサリーとかじゃなくて、思い出の品なのよ」

「へぇ〜」

「これは?」


 エステルが袋の中から取り出したのは、1つの小さな箱のようなもの。


「これは…………開閉式の手鏡、ではないわね。中にクリスタルが入ってるわ」

「わ〜〜〜〜綺麗〜〜〜〜〜」

「でも大分古いわ。きっとこれも想い出の品なのよ」

「そっかぁ」

「さぁ、まだ寝ているのに、近くで騒いだりしたら問題ね。静かに寝かせてあげましょ? きっと明日には目を覚ますわ」

「うん!」


 そう言って、袋にネックレスとクリスタルを片付け、レナと一緒に部屋を出た。

 後にエステルは、このネックレスとクリスタルの意味と重要性を知る事になる。

 だがそれは予想できるものではなかった。ただ今は、おもちゃの1つとしてしか捉えてなかったという。








 レナの予想に反してルシアは3日間、目を覚ます事は無かった。

 ひたすら昏睡状態が続き、傍から見たら死んだように眠っていた。


「今帰ったぞ〜〜〜」


 夕方の時間、レナが夕飯の支度をし、エステルが絵を描いて遊んでいると、カシウスが遊撃士としての仕事から帰って来た。


「おかえりなさい、あなた」

「おとうさん、おかえり〜!」

「ああ、ただいま」


 娘の頭を撫でてレナに微笑み、カシウスは疲れた体を休めるように椅子に座った。

 ふぅ、と珍しく溜息を吐いたカシウスに、レナは紅茶を煎れて目の前に座った。

 エステルは再びお絵描きタイムに戻っている。


「どうかしたのですか?」

「ああ。例の件でな」

「……どうなりました?」


「被害者の身元が割れていたから、全ギルドに情報を回して裏付けをとってもらった。内容が内容だけに迂闊に情報を漏らす訳にもいかないからな。信頼できるA級からB級遊撃士のみに限定した。すると……」

「あのリストにあった被害者の子供はやはり?」

「ああ。行方不明になっていた子供たちの一部だった」


 シーンと静まり返り、エステルの鼻歌とぐつぐつと煮込む鍋の音だけが、不釣り合いなくらいに響いた。

 レナは表情を暗くして呟く。


「そう……家族はとても悲しんだでしょうね」

「ああ。正直、今回の件に絡んだ遊撃士たちは皆、遣る瀬無い気持ちでいっぱいだろう」

「辛いですね……」


 カシウスもそれに肯き、リストを取り出してそれを見ながら云う。


「これは俺の勘だが……まだきっと、他にも似たような施設はあるはずだ」

「そんなっ! まだ犠牲になってる子がいると?」

「ああ。このリストには書かれてないが、その予感しかしない」

「…………」

「クロスベルのギルドに、ここの調査にすぐさま向かってもらったが、遺跡内部は崩壊していたらしい」

「崩壊、ですか?」

「ああ。大人の遺体から子供の遺体まであちこちに転がっていて、中心部では激しい爆発跡があったようでな。主だった書類などは全て灰になっていたようだ」

「何があったのかしら……」

「さて……それはあの子に聞けば全て分かりそうだ。あの子は?」

「まだ目を覚ましません。お医者様もいつ目を覚ましてもおかしくないと言っていたんですが」

「そうか。精神的なものかもしれんな」

「そうですね……」


 レナはカシウスから聞かされた内容から想像し、まだ6歳程度の子供には辛すぎると思い。

 カシウスは現状を知っているからこそ、あの気が狂いそうな空間にいたなら、子供は発狂・壊れてもおかしくないと判断する。


「今回の事から、遊撃士協会は秘密裏にこの事件を追う事になった。まだ各国上層部も動かせていないが、いずれ証拠を集めて確証も得られれば、3国と自治州共同でこの事件を追うつもりだ」

「そこまで規模が大きいのですか?」


 カシウスの言葉にレナは目を丸くして驚く。

 現在は百日戦争が終わったとはいえ、リベールと帝国の仲は悪いし、帝国と共和国は言うまでもない。

 そんな3国と、クロスベル自治州が協力するかもしれないと言われれば驚くのも当然だった。


「ああ。恐らく敵は巨大で強大だ。数もきっと多いだろう。それには各国が結束して挑まねばならない」


 カシウスは鋭い眼光を発してレナを見やり、大きく肯く。

 既に彼の中ではこの事件対する意気込み、解決する為の決意があり、意地でも敵を壊滅させるつもりだった。


「頑張ってくださいね、あなた」

「ああ。任せろ」


 全力で応援します、とレナが言った直後だった。

 階段の方で、カタンと音がしたのは。

 その音はレナもエステルも気付いたようで、顔をそちらへ向けていた。

 ゆっくりとした感覚で足音が聞こえる。

 コツン、コツンと階段を下りる音がする。

 そして階段の暗闇から現れたのは、レナが着換えさせた寝巻ではなく、いつも来ていたこちらで購入した服でもなく『青き星のルシア』としての服装。

 黒いエナメル質の上下を着こみ、黒のブーツと黒の手袋を着用。

 青い髪がさらさらと腰まで伸びて、今まで寝ていたはずなのに痛んですらいない真っすぐな毛先。

 赤いマントで全身を覆い隠し、赤い烏帽子を被った姿。

 首周りに包帯を巻いていて痛々しいが、その姿にはやはり神聖さと寒気を感じさせる。

 その姿に、レナとエステルは出会ったときの事を思い出した。

 その姿に、カシウスは思わず目を見張った。

 ひとりひとりに視線を向け、そしてようやくルシアは口を開いた。


「…………手当て、感謝します」


 小さくお辞儀する、そんな彼の目は。


「…………まだ挨拶をしていませんでしたね」


 子供の純粋な輝くような瞳ではなく。


「私は、青き星のルシアと申します」


 澄んだ深緑の瞳ではない、暗く濁った瞳だった。


************************************************

友人に言われました。ギャグが無くね? と。
私は無理にギャグは入れません。それをすると話が崩れると思います。
エロも入れません。青春っぽいエロとか、自然な流れの裸描写は入れるかもしれませんが。

次回はエステルとのふれ合いになります。



[34464] 第12話 ひとつの選択
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/12/27 19:23
 ルシアが目覚めて翌日から、エステルとルシアは自然と一緒にいる事が多くなった。
 
 実際には挨拶をした直後、すぐに出て行こうとしたのだ。

 だがルシアを背後から抱え上げたレナにより、強制的に寝室へ連行されてしまった。

 子供が無理をしちゃ駄目という言葉に、レナに対して負い目があったルシアは大人しくその日は仮眠を取り、翌日の朝から怪我の療養の意味でブライト家に厄介になっていた。

 もっとも、腕や肩の全快には2〜3週間はかかると言われたので、ルシアは大人しくしているつもりだった。

 何故、魔法で一気に回復させないのか。

 それは今回の事で力を一気に解放した事による、弱体化した頃に戻ってしまった事が原因だった。

 アルテナの力がちょっとずつだが回復してきた所に、感情の発露から破壊力のみに力を注いだ魔法攻撃。その後の転移魔法。

 自業自得とはいえ事態を深刻に考えたルシアは、自然治癒による治療を選び、ゆっくりと療養する事にしたのだ。

 また、自分の中の訳の解らない感情に戸惑いを理解できなかった事がその決断に拍車をかけたのだが、彼自身は気付いていない。

 そして。

 ———ゾファーの行方が皆目見当付かないのも原因の一つであった。

 アルテナと対を成す存在故に、ただの生命には行方は察知できない。

 なんとも歯がゆい状況ではあるが、アルテナに会い、ゾファーを打倒するという事が優先順位であった事が、お互いが同列同位に来ただけのことだ。

 尤もそんな事を知る由もないレナやカシウスは、ルシアがレナを助けた時のように不思議な力で一足飛びに回復しない事に不思議に思っていたが、少しは自分たちを気に入ってくれた、警戒を解いてくれたのだろうと思っていた。

 さて、微妙に勘違いが起こっている中、住人が1人増えたブライト家では、レナがちょっといつもより多い洗濯物を庭で干していた。

 パンっと小気味よい音を立てながら気持ちよい日差しの中洗濯物を干すのは、晴れやかな気分になる。

 そんなレナを更に嬉しくさせているのは、家の前にある池で釣りを楽しむ子供たちであった。


「ほら、先が動いてる! 竿を上げて!」

「…………こう、でしょうか?」

「それじゃ遅すぎる〜〜〜!」


 釣りを嬉々として教えるエステルだったが、ゆっくりと竿を持ち上げるルシアの遅さに地団太を踏んでいる。

 そんな娘の様子に思わず笑いが零れた。

 怪我をしている身に釣りをさせるなんて、と一瞬思ったが、特に本人も辛そうにはしていないようだ。

 娘のいつもより遥かに高いテンションに微笑ましく思いながら、ルシアを見る。


(本当に不思議な子……親もいないようだし、クロスベルで世話になっているという教会にも、積極的に帰ろうとしている訳でもないみたい。まるで・・・・・・そう。感情というものをどこかへ置き去りにしたような……)


 いろいろと、辛い思いをしてきたのだろう。

 レナはそう考え、悲しそうに目を伏せる。

 自分は彼に間違いなく助けられた。だから今度は自分が助けられないだろうかと。


「……難しい問題ね」

「何がだ?」

「あら、あなた」


 何時の間にか帰って来ていたカシウスが、レナの隣にやってくる。

 レナが思っていた事を話すと、カシウスは険しい顔をしてそれに同意した。

 2人の視線がエステルとルシアたちへ向かう。


「こんな事を言っては親として、いや大人として駄目なのかもしれんが……」

「ええ」

「あの娘がルシア君に関わるのは、個人的に推奨できない」

「……何故です?」

「彼と接して感じたのだが、彼は普通ではない。彼は私たちが想像つかない程の何かを背負っているように思える」

「…………」

「普通の範囲内の異常ならば、遊撃士の身である自分としても積極的に関わり力を貸し、助ける事を推奨するだろう」


 だが、とカシウスは続ける。


「彼は違う。そう、彼をまとう雰囲気は、それこそ人ではなく————」


 その先を言おうとして、止めた。
 レナはジッと旦那を真剣な瞳で見つめていた。


「そんな彼と関わると、エステルは確実に辛い目に会うだろう」


 親としては賛成できない、そうカシウスは独白するように言った。

 レナはその言葉に肯かず、されど否定せずに目を伏せた。


「ん? 何をしてるんだ、あの娘は」

「あら?」


 ふと見てみると、娘が急に立ち上がり、頭を下げたではないか。

 何事だろうと、レナとカシウスは2人の子供の様子を窺った。


 




「ねえ、ルシア」

「…………」

「ルシアは何で怪我したの?」

「…………いろいろ、ありまして」

「ふーん。あ、そうそう。そんなにタニンギョウギじゃなくていいんだよ!」

「…………何がです?」

「ことば! もっと砕けた感じでいいのに」

「…………これが私ですので……たぶん」


 記憶が欠如しているからか、自分の言葉遣いが本来のものかは分からない。

 そしてエステルはそんな答えに首を傾げながらも、淡々と池を見詰めるルシアに嬉しそうに笑う。


「でもよかった〜」

「?」

「あのね、ルシアが普通の男の子でよかったって思ったの」

「…………」

「こうしてお友達になれてよかった〜」


 普通、とルシアは口の中で呟く。

 そっと目を伏せた。


「あのね、おかあさんが怪我した時、助けてくれたよね?」

「…………ええ、まあ」

「あれから言いたい事があったの」


 エステルが釣り竿を脇に置いて立ち上がった。

 そしてペコリと腰を曲げで頭を下げた。

 その様子に、ルシアは何事かと目を向けた。


「あのとき、おかあさんを助けてくれてホントーにありがとう!」

「!」

「ルシアのおかげなの! こうしておかあさんとおとうさんと3人で暮らせてるのは!」


 幸せと嬉しさでいっぱいという、満面の笑みで

 無表情の彼の目が、大きく見開かれた。


(私のおかげ……わたしが助けたことが?)


 その言葉に、胸の中が掻き毟られるような衝動に駆られた。

 何かが込み上げて来て、でも不愉快ではない。

 その瞬間、あの死んでしまった赤ん坊の姿が思い浮かんだ。

 ひょっとしたら、自分の力があれば助けられたのではないか?

 そんな今となっては不毛な問い。

 そしてもう、あの子は戻ってこない。自分の手に抱く事は無い。

 温もりを感じることはない。


「エステルー! ルシア君ー!」

「2人とも、釣れてるか?」

 こちらへと何か察したように笑いながら歩いてくる、エステルという目の前の少女の親。

 男性と女性、その女性の方。

 優しい笑顔を浮かべる、エステルの将来を彷彿とさせる女性。


「どうかしたの? ルシア君」


 お日様の香りがする手が、ルシアの頭を撫でる。

 呆然と見詰めるルシアの様子に首を傾げながら、優しく何度も撫でた。

 膝を曲げて同じ視線の高さまで屈み、微笑む。

 その手は、暖かかった。


「……いえ、何でも」


 思わず小さく俯いた。

 なんだか堪らなくなり、釣り竿を持って腰を畔に下ろす。

 レナとカシウスは首を傾げ、エステルはドーンと飛びついた。


「! ……危ないですよ」

「エヘヘ。だいじょぶだいじょぶ。ルシアが助けてくれるもん」

「…………」


 スリスリと頬を擦りつけてくるエステルに、ルシアは気にせずに竿を見ていた。


(やれやれ。人懐っこいというか無邪気というか。まだ幼いとはいえ女の子なのにこの明け透けっぷりは誰に似たんだか)

(ん〜、やっぱりエステルはルシア君を気に入ってるようね。まあ憧れてた存在が、身近に感じた喜びの反動だろうでしょうけど)


 思わず苦笑した。


「さあ2人とも。おやつの時間よ。手を洗ってきなさい」

「は〜〜い」

「……わかりました」


 エステルに引っ張られて引きずられながらルシアは家の中へと入って行った。

 ちなみに、本日のお菓子はドーナツであった。











「さてルシア君。君はこれからどうするのかな?」

「……どう、とは?」


 夕飯が終わり、一息吐いて紅茶を飲んでいるとカシウスが唐突に切り出してきた。


「君の目的、それが何かは分からんが、遺跡巡りの為に各地を回るのか。それとも先の一件のような連中を捕まえる為に探すのか」

「…………」

「あの件は既に遊撃士協会に連絡済みだ。現在A級遊撃士とB級の信頼を置ける者のみで情報収集、捜索に回る為に作戦を練っている最中だ。資料から察するに、金銭の規模、研究施設、動員数を鑑みると、相当に大きな組織が相手だと分かる。故に遊撃士協会も各国上層部に慎重に接触し、協力を要請する。時間はかかるだろうが、いずれ大きな戦いが起こるだろう」


 カシウスの言葉にレナは悲しそうにし、エステルは難しい話に頭を捻った。


「この件において、君が関わらなくてもいずれ解決するつもりだ。それを前提とした上で、君はどうしたい?」

「…………」

「ちなみにこの件について、遊撃士よりも真っ先に見つけて潰した君の功績を、遊撃士協会は大きく評価している。教会内部には君を現在の年齢で遊撃士にするべきだという声すら上がっている程だ」

「まあ」

「うわぁああああ、凄い!」


 今度は話を理解できたのか、エステルが声をあげて驚いた。


「正直云って、この決定は異例であり異常だ。少なからずこれが洩れたら各国や市民から批判の声が上がるだろう。だが、それを許容するほどこの事件を遊撃士協会は重く見ている。当然といえば当然だな。遊撃士の存在意義であり価値である『一般市民を守る』という理念に真っ向から反している事件なのだから」


 カシウスはそう続け、


「だからこそあえて批判覚悟で、君程の若さにおける異例の遊撃士推薦の話があるのだ。これは遊撃士協会からの情報共有と早期発見してくれた事による感謝と誠意と捉えてもらって構わない」


 カシウスは真剣な瞳で説くが、その言葉にルシアは即座に首を振った。


「……申し訳ありませんが、それはお断りします。その身は時に役立つかもしれませんが、時間も膨大に取られます。それは私にとって有益ではない」

「……そうか。まあ、仕方ないだろうな」

「そして私はまた近い内にクロスベルに戻ります」


 その言葉に、エステルがガーンとショックを受けたような、寂しそうな顔をする。

 レナはその言葉を予想できていたようで、あまりショックを受けてはいなかった。


「……私は、私の使命を果たします」

「君の使命とは?」

「青き星の再生を見届ける事。そして……アルテナに会う事。それだけです」

「…………」


 妙に饒舌になったルシアに、カシウスは目を細めた。

 レナは眉を顰め、その言葉を吟味する。


「……そのついでに、答えを探します」

「そうか。それが何かについては聞かないでおこう」


 どうも、と頭を下げたルシアは自分の部屋へと戻り、彼の部屋へエステルが突撃していった。

 騒がしい居間が静かになると、レナがポツリと呟いた。


「あなた……」

「何だ?」

「青き星、とはなんでしょう? アルテナって知ってます?」

「いや……知らないな。だが再生を見届ける、か。それではまるで、現在は滅んでいる、壊れているかのような意味になるが」


 情報が少なすぎて答えが出そうにない、とレナに答えた。

 そんなカシウスにレナはそうですねと返し、消えていった階段の方へと視線を向けた。

 確かに旦那の言う通りなんだろう。

 恐らく想像もつかないものを背負っていて、迂闊に踏み込めば大変な事になるかもしれない。

 ここで賢い選択は、傍観者として過ごすのが、一番正しい答えなんだろう。

 でも。


(でも、それでもあの子を助けたいって。“息子”として迎えたいって思うのは、いけない事なのかしら)


 レナは手元のホットミルクを飲みながら、切実に願った。








 翌日、仕事に出かけたカシウスを除く3人でロレントの街へ買出しに出かけた。

 復興作業が続く街並み。

 順調に作業進み、人口も再び増え始め、かつての賑わいが復調の兆しを見せ始めていた。


「これは……何です?」

「りんごよ? フルーツの1つでね、とっても美味しいわ」

「…………これは?」

「梨ね」

「…………同じに見えるんですが」

「フフ。まあ、部類は一緒ね」

「とっても美味しいの!」


 食料品店前で買い物をするレナたち。ルシアは果物売り場前でジッと見ては何かを尋ねていた。

 何も知らないルシアに丁寧に教えるレナと得意げに語るエステル。


(ルシアって何も知らないんだ。なら私が教えてあげよっと!)


 そう決意するエステルであった。ここで他人を馬鹿にしない所が彼女の良い所であり、母のレナとカシウスによる教育の賜物であった。


「これ知ってる?」

「いえ」

「これはイチゴって言って、甘いの!」

「そうですか」


 分かっているのか分かっていないのか解らない表情で肯くルシア。

 なんとも微笑ましい会話が続き、レナはニコニコしながら聞いていた。

 結局買い物が終わったのはそれから1時間ほど後の話で、外に出ると主婦が多くみられるようになっていた。

 通りを歩いていると、見えてくるのは時計台跡地。

 未だ更地のままだった。

 レナが後に知った事だが、時計台の中に避難していた住民がたくさんいたらしく、崩落の際に全員死亡したのだった。

 死体の片付け、元々の時計台の文化的価値と機材の値段など、諸々の問題から未だ再建の目処は経っていない。

 ロレントの街で一部だけ復興が進んでいないのは、少し異様な光景だった。

 そこを通りかかった時、自然と3人の足が止まった。

 レナがエステルとルシアに語りかける。


「懐かしいわね。ここが私たちが初めて会った場所……覚えてる?」

「もちろん!」

「…………ええ」

「君が居てくれたから、私たち親子が助かったの。ありがとう」


 そっと背後からルシアを抱きしめる。

 すっぽりと腰元までに収まる小ささに改めて驚き、己の決断を実行しようと決意を固めた。

 レナの言葉に顔を背ける仕草を見せるルシア。それを見つつレナは屈んで同じ目線の高さに合わせ、手を重ね合わせる。


「実はね、貴方に提案があるの」

「…………」

「ねえ、ルシア君」


 あなた、と続ける。

 既にレナから聞いていたのか、エステルが目を輝かせて次ぐ言葉を待つ。


「ウチの子に————————私の息子に、ならない?」

「……………………え?」


 風が、心を突き抜けた錯覚を感じた。

 言霊。言魂だ。

 身体の芯に浸透してくる優しい声。まるで桜の花のような、観る者の心を洗うような願い。




『さすが———と———の子だね。まだ幼いのに聡明な子だよ』

『ねぇねぇルシア? ヴェーンに入会しない? え? お金はいらないから!』

『いいか、ルシア。人生は博打だ。最後の最後には絶対に勝つ勝負をしろよ』

『正義の心を忘れるな。己の魂に誓う正義を。それが大事なことなのだ』

『なあルシア。この剣はなお前の親父も使ったんだぞ。当然、お袋さんもこの剣に助けられた。その剣をくれてやる』

『いい? 悪い人にはついていっては駄目だよ? 危なくなったら私を呼びなさい? いいわね!』




『そう。そうだ。そうして私を滅ぼすがいい! ルナの人間の所為で、ふたたび青き星を死の星へと変えるが良い!』



「……申し訳ありません」

「…………そう」

「え……」


 心底悲しそうにするレナに対し、ルシアは言葉を続ける。


「……私には、その資格はありません」

「?」


 俯いて、そう言う。

 レナもエステルも、その意味する所が理解できなかった。


「…………帰りましょう」


 レナから逃げるように、ルシアは歩き出した。

 エステルは露骨に残念そうにして足元の石を蹴ったりしている。


「やっぱり駄目だったか……」


 レナも寂しそうに呟き、彼の後を追った。

 諦めないけど、と呟いたのをルシアは当然聞こえていなかった。





「……依頼が貯まっているかもしれませんね」


 家に戻ると、教会からルシア宛てに手紙が来ていた。

 カシウスが連絡していたようで、マーブルからであった。

 お世話になっている件の感謝の言葉がレナ達宛てにあり、怪我は大丈夫なのかといった言葉も書かれていた。

 そこでクロスベルから随分と長い間リベールに滞在している事に気付き、『何でも屋』の仕事が溜まっているかもしれないと、ようやく思い出すに至った。


「……レナ。ありがとう」


 2階から出れるベランダの扉を開け、バルコニーに出る。

 そこで振り返って、レナに感謝のことばを述べる。

 昼間の件について、ずっと引っかかっていた。


「エステル。貴方は温かかった」


 あの何の邪気も感じない真っすぐな笑顔には驚いた。

 貴方は確かにレナの娘だと、実感した。


「カシウスさん。怪しい私を見逃してくれた。配慮感謝します」


 警戒していた自分を攻撃しなかった。

 妻と娘の為に見逃してくれた。

 そんな人間もいるんだと、知る事ができた。


「……また、顔を出しにきます」


 そう言って仮面とマントを纏い、いつもの仕事着に着替える。

 もう一度振り返り、小さくお辞儀をする。

 そして深夜の月が辺りを照らす夜の闇の中へと消えていった。


「…………」


 資材置き場の裏で、カシウスが目を瞑りながら腕を組み、何かを考えていた。


「…………なるほど。最近噂の人物が彼だったか」


 納得出来た事と、余計に納得できない事もあったが。

 とりあえずは明日、妻と娘にどう説明したものかと頭を悩ます事になった。


************************************************



[34464] 第13話 事件の始まり
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/12/27 19:23
 春の新芽が芽吹き始めた頃、リベール王国ロレント地方のとある民家の窓から、間延びした溜息が響いた。


「はぁ〜〜〜〜〜。春ね〜〜〜〜」


 出窓から顔を出し、トローンと蕩けているのはエステルであった。

 春の日差しと朗らかな風が、人を陽気な気分にさせる。

 七耀歴1196年に入った今年、エステルは10歳になった。

 そう。


「あれからもう3年かぁ〜〜〜」

「何が3年?」

「きゃああああ!」


 突如背後から掛けられた声に、ビックリして悲鳴を上げた。


「な、何よ失礼ね。化け物に遭遇したみたいな……」

「シェ、シェラ姉!」

「ハァ〜イ。エステル」


 飄々として背後で手を振っていたのは、銀髪の日焼けした肌が特徴の女性。

 大胆にも肌を晒した衣装に身を纏った女性は、ブライト家と昔から親交があった人物。

 若干15歳にして、幼いころからサーカス団『ハーヴェイ一座』に身を寄せ一員としての修行を積んだ女性。

 更にその一団が解散してからは、カシウス家に身を寄せ懇意にし、カシウスに修行をつけて貰いながら遊撃士になる為の訓練を受けている。

 シェラザード・ハーヴェイ。15歳の女性であった。


「もうビックリさせないでよ、シェラ姉」

「普通に入って来たわよ。溶けてたあんたが悪いのよ」

「ブーーーーー」

「はいはい。不貞腐れないの。というか曲がりなりにも遊撃士を目指してるんでしょ? 隙だらけなんて失格よ」

「は〜〜〜い」


 頬を膨らませて不満げな顔をしながらも、渋々肯くエステル。

 シェラザードとは姉妹のような関係の為、エステルはシェラザードに頭が上がらないのだ。


「で、何が3年なのよ」

「ああ……うん。ルシアの事」

「ルシアっていうと、確かレナさんの命の恩人にして息子にしたいって言ってた男の子の事?」

「うん! 大事な友達なの! でもここ1年位は来てくれなくて……前は極稀に来てくれたんだ。まあ、それでも1日くらいしか居てくれないんだけど」

「ふ〜ん。会ってみたいわね、姉として」

「シェラ姉もきっと気にいると思う! まあ……ちょっと変わってる、っていうかズレてるっていうか……人形のように表情を変えない無愛想な子だけど」

「…………酷い事言うわね」


 シェラザードが冷や汗を流しながら言うと、エステルは何かを思い出すかのように憤慨し始めた。


「だってさ、聞いてよシェラ姉!」

「何よ」

「ルシアったら、街で目の前で困った人がいても無視! 転んだ子供がいてもスルー! 泣いてる人がいても目すら向けないんだよ!」

「そ、それはまた……なんとも」

「ちょっと見損なったっていうか、幻滅したんだけどね。でも気付いたの。そうしないんじゃなくて、できないだけなんだって」


 後から気付いたのだ。

 どうにも感情の機微に疎い人だから。どうにも鈍感な人だから。

 そうするべきとか、そうしなくてはならないとか、そう言った判断基準がないのだと。


「それにね。怪我した子がいたら、気付かれないように不思議な力でこっそり治したりしててね。とっても優しい男の子なの!」

「へぇ」


 能天気すぎる子だが、人を見る目が確かなのは知っている。まあ単純すぎて心配な時もあるのだが、人を惹き付け人を変える天性の才能がある子だ。

 悪い子ではないのだろう。

 レナさんやカシウス先生が家族として迎えたがっている子なのだ。


「近い内に会えるかしら」

「会えるに決まってるじゃない!」

「なら楽しみにしましょうか。そうそう、エステル。レナさんが掃除の手伝いしてくれって」

「は〜〜〜い!」


 慌てて1階へと駆けていったエステルを笑いながらシェエラザードも追った。
 




 ◆ ◆ ◆





「お母さん、今日父さんは?」

「遅くなるって言ってたわ」

「また〜?」

「エステル、先生は最近忙しいのよ」


 庭の掃除をしながらふと父の事を思い出し、エステルは口にした。

 最近は妙に帰ってくるのが遅い。

 しかも疲れているようでもある。エステルとしては少し心配だった。

 そんなエステルの気持ちが解っているのか、少し困ったようにしていうレナとシェラザード。
 

「危ない事してるのかなぁ」

「そうねぇ……難しい事件を追っているらしいけど」


 本当の事は言えないわ、と心の中で呟くレナ。

 現在カシウス・ブライトが追っている事件は、仮称『連続多発誘拐事件』。

 一般的には家出をするもの、行方不明になるものが続出するという偽りの情報が世間に流れているが、実際は違う。

 3年前にとある人物により齎された『人体実験のレポート』により、明らかになった、誘拐による実験、非人道的な行為。

 遊撃士協会のA級とB級の中でも更に選抜された者がこの事件に関わり、現在は拠点の捜索に当たっている。


(あの人の話だといくつか発見できたみたいだけど、こういった大規模な拉致、誘拐事件においては人質を確実に助け出す為に、全ての拠点を調べ上げ、同時に叩かないと意味がないらしいし)


 レナは少し難しい顔をしながら洗濯物を干す。

 表情の変化にエステルとシェラザードは気付き訝しむが、レナは気付かない。


(それにあの人が言っていた……まったく知らない未知の結界術が張られていて、凄く気付き難くなってるって)


 遊撃士の中でも凄腕の実力者たちであるA級の称号を持つ人物たちですら、結界に触れてようやく気付ける程の隠遁された結界らしい。

 そして結界を潜り抜けるにも容易ではなく、破壊するのも難しいという事だ。

 更に問題がある。

 それは国家間との遣り取り。この件は各国国王と親衛隊隊長にしか知らされていないらしく、軍との協力が出来ない状態だった。それは当然、内通者がいる可能性があるから。

 そして情報が洩れないようにするため、精鋭中の精鋭しか知らない事で、何をするにも行動は遅くなるジレンマ。

 誰もが自分の本業がある為、この件ばかり時間をかける余裕はない。

 クロスベル警察の中でも一部署も独自で動いているようで、遊撃士協会としても頼もしい限りだと言っていたが、それでも進展は遅い。


(こうしてる間にも、どれほどの子供たちが苦しめられてるのかしら。どれほどの子供が亡くなってるのか……)


 無力な自分が悔しくなる。

 自分は戦う術など知らない。そもそも全く素質がない事も知っている。

 だけど、それでもと思ってしまう。


「レナさん、どうかしたんですか?」

「お母さん?」

「ん、いいえ、何でもないわ」

「そうですか……」

「?」


(でも、きっと私に出来る何かがあるわ、きっと。それを見逃さないようにしなくちゃ)


「さあ、庭掃除ももう一息ね。がんばりましょ!」

「は〜い」

「わかりました」

(ね、そうでしょ? あなた…………ルシア君)




 ◆ ◆ ◆




 クロスベル自治州。

 その自治州の中に、市民を守る正義の組織がある。

 その名も『クロスベル警察』。

 警察とは市民を守る組織であり、市民と密着が理想の形だ。

 だがクロスベル警察の実態は、お世辞にも良いとは言えない。

 いろいろと問題があって挙げる点はいくつもあるが、どんな警察かといえば市民の一言に尽きる。

『警察なんかよりも、遊撃士協会の方がずっと頼りになる』

 全てはこれが語っていると言えよう。

 だがそんな警察の中でも、優秀な者はいる。

『捜査一課』

 その部署が、超が着くエリート集団の部署だ。

 まさに知と武を兼ねそろえた実力者の集団。 

 だがこの部署に所属する者たちは例外に洩れず皆プライドが高く、高慢であった。

 故に市民にも人気はない。

 そんな警察の実態だが、およそ1年前よりとある部署が注目を集めている。

 エリート部署でも何でもない部署。

 所属する警察官は若干3名。

 だが破竹の勢いと解決速度、そして市民の為の捜査。

 クロスベル警察唯一の信頼がある部署といってもおかしくない部署。

 その部署に所属するメンバーは何とも個性的な面子だった。



 警察の中で上層部に煙たがれている、寡黙な男『セルゲイ・ロウ』。

 寡黙だが剣技だけならかの剣聖に匹敵すると称される『アリオス・マクレイン』。

 無鉄砲かつ独断専行が多い、だが優しさと懐の広さとリーダーシップを持つ青年『ガイ・バニングス』。



 この部署はそんな3人が集められたメンバーだった。

 そして今日も3人は事件の為に奔走し、今は宿酒場『龍老飯店』で遅い昼食を食べていた。

 運ばれてくる激辛炒飯だの麻婆豆腐だのと、よくもまあここまで食べると云わんばかりの量だが、それも次々と無くなっていく。


「美味い! 一仕事後の飯は美味いぜ。なぁアリオス」

「ああ。そうだな」

「解ったから、お前はもう少し大人しく食え」


 口の中に入ったまま話すガイに、セルゲイが即座に突っ込む。

 敢えてはっきり言った。汚いと。


「ビールを飲めれば最高なんだがなぁ!」

「まだ職務中だぞ、ガイ」

「夜にしろそれは。流石に飲んでたらマズイからな」

「はいはい。あ〜〜、いずれはロイドと飲み明かしたいもんだぜ」

「ロイド……ああ、弟だったな」

「ああ。アリオス、いずれ紹介するからよ! 自慢の弟なんだぜ、俺の愛しのロイド君は」

「楽しみにしとく」


 ガイの言葉に付き合わず、あえてスルーして肯いた。

 若干不満そうにするガイだが気にせずに弟自慢を続けた。


「いや、でも身内贔屓なしで、あいつは捜査官に向いていると思ってる」

「ほぅ」

「セルゲイさん。まだ解りませんが、もし弟がこの警察に、捜査官になったとしたら、あいつは力になりますよ」

「そこまでなのか?」

「ええ。俺自身、自慢する訳じゃないッスが優秀だと思います。勿論アリオスも優秀だ」

「ああ。お前たちは正真正銘の優秀な捜査官だよ」

「へへ、あんがと。だけどあいつも、捜査する事に関しては俺より上だと思うんすよ」

「ほほぅ。それは楽しみだな」

「いずれあいつが入ってくる事になったら、セルゲイさんがビシバシ鍛えてやってください」

「そうだな。楽しみにするか」


 何やら恐ろしい会話を繰り広げているが、的に上がっている少年は、某所で盛大なくしゃみをして寒気を感じ、近所のお姉さんを心配させていたのだった。

 すると、近くからセルゲイの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「…………一番安いものをひとつ」

「それなら炒飯になりますがよろしいですか?」

「ええ……それで」


 横に目を向けると、カウンター席に座っている一人の少年がいた。

 自然とセルゲイの頬が緩む。


「ふふ……あいつ」

「セルゲイさん?」

「どうかしたのですか?」


 不気味な声を漏らしたセルゲイに、ぎょっとするガイとアリオス。

 そんな失礼な2人を無視して、セルゲイは席を立って近寄った。


「久しぶりだな、ルシア」

「…………セルゲイさんですか…………お久しぶりです」


 どうも、という青髪の少年・ルシアにセルゲイは親しそうに話しかけた。


「久しぶりだな。大体……1年ぶりか?」

「…………」


 コクンと頷く。

 相変わらず無口だなお前、と苦笑しつつ自分たちの席に誘う。

 特に断る理由も無いのでルシアもそれに従う。

 目の前の不気味な暗いに無口で落ち着いた少年に戸惑っていたガイやアリオスを尻目に運ばれてきた炒飯を頬張る。

 それに笑ってセルゲイが紹介した。


「ルシア。こいつらが俺の部下のガイ・バニングスとアリオス・マクレインだ」

「よ、よろしくな。ガイってんだ」

「アリオスだ。よろしく頼む」

「…………どうも。ルシアです」


 小さく頭を下げて挨拶をする。

 そして黙々と食べ始めた。


「お前は本当に変わらんな」

「…………?」

「無口なところも、感情を読ませにくいところも、こうやって一人でいるところもって意味だ」

「…………当たり前です」


 ガイは眉を潜め、アリオスは目を細めた。


「まだ遺跡巡りしてんのか?」

「…………ええ」

「目的はまだ達成できないって事か」

「…………」

「友達はできたか?」

「…………」

「そうか。まあいずれ出来るさ」


 セルゲイは黙々と炒飯を食べるルシアをチラリと横目で眺めて、溜息を吐いた。


(チッ。もう3年近く経つってのにまだ目が淀んでやがる。一体こいつに何があったんてんだ)


 出会った時にあった、ソーニャと共に再開した時にあった目の輝きがない。

 迷いに溢れた、数多の感情の奔流でおぼれているかのような、濁った瞳。

 何とかしてやりたいが、今一歩彼に踏め込めない。

 そんな時だった。今まで様子を見ていたガイが急にルシアへと話しかけ始めた。


「なあルシア君。いや、もうルシアって呼ばせてもらうぞ!」

「…………」

「君の髪、本当に綺麗な青髪だけど手入れしてるのか?」

「…………」

「いやいや、俺はセルゲイさんじゃないから喋ってくれなきゃ分からんぞ」

「…………そうですか」

「ん〜、いいかルシア。ジョークや冗談はうまく聞き流さないとな。空気読めよ空気」

「?」

「あ〜〜〜〜!! 我が愛しの弟に匹敵する可愛さ! もう堪らん!」

「……そこらへんにしとけ、ガイ」


 ルシアに頬ずりを始めたガイに、セルゲイが頭を押さえて止めた。

 だがガイは止まらない。


「すべすべの頬。なんだこの肌は!」

「…………」

「ルシアの可愛さは母親似か?」

「…………覚えてません」

「そうか。まあ間違いなく、お前のご両親は美男美女だったろうな。でなきゃ君はこうはならん」

「…………どうも」

「いずれ君に俺の弟を紹介する。仲良くしてやってくれ」


 パチリとかっこよくウインクするガイに、ルシアは戸惑いつつも小さく頷いた。

 アリオスは小さく笑い、一回頷いた。

 この後、昼食の席で親睦を深めた4人は食べ終わると、また再会することを約束して別れたのだった。





 ◆ ◆ ◆





「さて……では本題の例の事件についてだ」


 警察に戻って来たガイたち。

 自分たちが所属する部署に戻って来て、それぞれの椅子に座る。

 セルゲイの言葉に、ガイとアリオスは視線を鋭くし、警察手帳を開いて聞き入った。


「現在の拠点発見数は8。主にエレボニア・カルバート・リベール・クロスベルの4つの国を中心に存在している」


 これまで各国や遊撃士が調べた『敵』の拠点情報。

 それが事細かに調べられ、手帳に記載されてある。

 その中には、自分たちクロスベル警察の成果もあった。


「昨日、遊撃士協会から連絡が入り新たな情報がもたらされた」

「くそっ。また遊撃士か」

「そう悔しがるなガイ。事件を少しでも早く終わらせる為、被害に合う子供も一人でも少なくなる為だ」

「分かってるさ、アリオス。だがこうも向こうばかりだと悔しいだろ」

「俺たちは警察の仕事がある。本業を疎かにするわけにもいかん。その憤りは調査でぶつけろ」

「……分かったよ、セルゲイさん。俺だって子供の犠牲をこれ以上出すのは嫌だしな」


 渋々、という表情で頷くガイ。

 アリオスだって内心では悔しがっている。だがそれが表に出にくいだけだ。

 セルゲイは苦笑して頷いて続けた。


「今回の情報提供者はあの『カシウス・ブライト』だ」

「剣聖か……」

「あの人か」

「ああ。アリオスにとっては先輩だったな。確か同じ流派の剣術だったか」

「ええ」

 八葉一刀流という流派に所属するアリオスにとって、カシウス・ブライトは同門の先輩にあたる。

 余談であるし、本人は認めないが、カシウスとアリオスの2名が、同門を出た人材の中で最も才能があると言われた過去を持っていた。


「そのカシウス・ブライトがリベールの拠点を一つ見つけた際に、関係者の会話を盗み聞いて得た情報だ」

「…………」


 ゴクリと唾を飲む。


「今回の星、一連の事件を起こしている連中の組織名が分かった。その名も—————D・G教団————」

「D・G……」

「教団………」


 確認するように繰り返す言葉。

 その言葉に、怒りと憎しみが込められていた。


「目的、関係者、指導者は未だに分かっていない。拠点も我々が知っての通り巧妙に隠蔽されているようで捜査は難航している」

「だろうな。あの妙な、何ていうか……結界? とでもいうべきか。あれの所為でさっぱり分からねぇ」

「ああ。お陰で気配も感じない。それどころか意識誘導の効果でもあるのか見逃しがちだ。問題はアレが何の技術なのかだが」

「その通りだ。導力機では無いということは、ラッセル博士やラインフォルト社が保証している。従ってアーツでもない」

「くそっ。不気味な奴らだぜ」


 つまり、拠点数が把握できていないという事。

 拠点数が把握できない以上、踏み込む事はできない。

 拉致された子供たちが人質である以上、万が一取り逃がした拠点があった場合に子供たちの身が危ない。

 最悪、皆殺しに合う。それは看過できない。

 なんとかしないと、そうガイが呟いた時だった。アリオスは急に手帳を置いてセルゲイに訪ねた。


「セルゲイさん。前から聞きたい事があったんですが」

「何だ、アリオス」

「この事件、情報を掴んだ最初の件ですが、誰が拠点を発見・破壊したんです?  ずっと気になっていたんです」

「ああ、それは俺もだ。俺たちは教団の存在を知ったからあの訳の分らん結界にもどうにか気づける。それでも厳しいくらいだ。だが最初の奴は訳が違う」


 最初は裏切り者や内通者だろうと思っていた。

 だが事件を追うにつれ、この組織の異常さや隠蔽能力に気づき、その線は消さざるを得なかった。

 そうなると、誰かが発見したということ。


「ああ、その人物だがな。数年前から巷を騒がせてる『仮面』だよ」

「仮面!?」

「…………」


 さすがに予想外だったのか、アリオスも驚いた表情をしていた。

 義賊を気取った行動、警察や遊撃士のような行為に、両組織に所属している者にとっては好い感情はない。


「まあ、そうは言ってもその『仮面』も、その一件で負傷したらしい。一月くらい形を潜めた時はあっただろ? どうやらそれが原因らしい」

「……なるほど」

「む〜〜〜〜。大丈夫だったのか、アイツは」


 怪我をしたと知って、心配そうにするガイ。好きでは無いとはいえ怪我したと知れば心配のようだ。

「とにかく、俺たちはこれ以上このクロスベルから拉致被害者を出さないように全力を尽くすぞ」

「「了解」」


 セルゲイの号令で席を立ち、バッと敬礼を返した。

 3人が頷きそれぞれがD・G教団の調査に向かうため、外へと飛び出した。





 ◆ ◆ ◆





「だから、どうしてそこであの人を放っておくのよ!」

「……貴方からの依頼は旦那の浮気調査です。故に事実確認を行い報告しましたが」

「相手の女も一緒にいたんでしょ! どうしてあの人を連れて帰ってこないのよ! 今あの人は浮気してるって事でしょ!」

「……それは頼まれてません。それに何故連れて帰らなくてはいけないのでしょう?」

「ふざけないで! 信じらんない!」


 怒り爆発した女性は仮面の主へ鞄を叩きつけると、涙を流しながらどこかへ走って行った。

 ルシアは首をかしげる。


(何がいけないのでしょうか……あの人は既に夫の行為を知っていました。だから私に依頼してきたはず。それなのに何故?)


 頼まれた仕事を完璧にこなした。それなのに文句を言われた。


(やはり人間は勝手です。傲慢で欲深くて醜い。やはりアルテナと再会したら、私はルナの人々よりも青き星の再生を優先させるべきですね)


 この3年で、人を観察して得た結論。

 人は温かいが、それ以上に薄汚い生き物だと。

 青き星の再生を優先してもらい、人々なぞ2の次に回すべきだと改めて思う。

 一瞬、エステルやレナ、カシウス、セルゲイやガイやアリオス、ノエルやフランたちが脳裏を過る。

 それを振り払うようにルシアは女性が去った方向へ背を向け、歩き出す。

 代金を踏み倒されたが、それもいいだろう。

 所詮それが人間だ。


(ああ、そういえばガイさんに次の休みに呼ばれていました。弟と幼馴染を紹介すると言ってましたが)


 半年前に出会ったガイ・バニングスと交流を深めた結果、彼が別れ際に言っていた事を思い出した。

 彼は人間にしては中々優秀だ。

 自分が片手間に追っている事件にも本格的に追いかけているようで、次々と拠点を発見している。


(カシウスさんが言ってましたね……そろそろ潰したいが、敵の拠点数が分からないと)


 国や軍の説得も終わり、後は尻尾を掴むだけらしい。

 だがそこが難航しているとの事。

 まあ、そこはゾファーの結界に隠されている以上、ただの人間に発見する事は難しいだろう。


(…………放っておきましょう。これ以上深追いすると、迷ってしまう。私はアルテナに会わなくてはならないのだから)


 これでいいのだと、頭がそう言っている。

 だがこれでいいのかと、心が叫んでいる。

 この数年、ずっと探してきた元の世界へと戻る方法。

 それがまったく見つからない。いや、そもそも帰る方法なぞ無いのでは、と考えてしまう。

 ルシアは教会に続く階段を上って行き、夕陽で赤く染まった教会へと近づく。


「?」


 何やら教会が騒がしい。

 シスターたちが集まり、顔を真っ青にしながら相談していて、神父が警察関係者と思しき男性に何かを必死に話している。

 ルシアは「ま、いいか」と思いつつ横を通り過ぎようとした。

 その瞬間だった。


「ルシア! 戻ったのですか!」

「…………どうかしたのですか、マーブル」

「それが、それがっ…………!」


 マーブルはいつもと違い、激しく取り乱していた。

 瞳からは涙が溢れ、顔色を真っ青に染め、肩や手を小刻みに震わせている。

 そしてマーブルから告げられた言葉。

 その言葉に、ルシアは凍りついた。


「皆が、ノエルやフランたちが!」


 これが、悪夢の始まり。

 始まりにして、一つの終わり。


「誘拐されたのです!!」


 この言葉が、後に続く長い1日の始まりの瞬間だった。


************************************************




[34464] 第14話 愚かなのは・・・
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/12/27 19:24
 事件発生後、大勢の警察が現場検証に訪れマスコミを締め出し、教会のシスター達に事情聴取を行なっている。

 警察は現場に居合わせた者すべてに話を聞き、事実関係を明確にしていく。しかし大体のケースに当てはまる事だが、被害者や目撃者は興奮状態・動揺で要領を得ない、支離滅裂な証言が多くて警察官はなかなか苦労する事になる。


「夕方の時間帯で、我々も参拝客への対応で一杯一杯だったのです。もちろんそれも言い訳にしかなりませんが」


 その隙を突かれ、ノエルやフランを始め、ルシアが一番関わりが深い時間帯にお世話になっている日曜学校の生徒たちだった。

 大勢いた生徒たちが一斉にいなくなった事に、只ならぬ予感を感じたシスターたちは警察に通報。

 捜査した警察官によると、あまりにも不自然な展開から拉致されたと断定したらしい。
 
 一人のシスターが事情を話してくれる。

 マーブルやセレナの動揺が酷く、とてもじゃないが話せる様子ではない。


「…………ノエルが…………フランが」


 どこか焦点が定まっていないルシアの様子に、何とか気づくことができたマーブルが、自身の不安を打ち消すかのように背後から抱き締めてくる。


「信じましょう……あの子たちは無事だと。必ず、必ず帰ってくると」

「…………」


 動揺していた所に背後から抱きしめられ感じた温もり。

 自然と、その温もりに身を委ねたくなり、マーブルの言葉にも頷いて――――


「あんなに良い子たちを、女神エイドスは決して見捨てたりはしないでしょう」

「エイ……ドス……?」


 止まった。

 その言葉で、ルシアはマーブルの腕の中から離れ、一歩ずつ後ずさる。


「ルシア? あなたも信じましょう。きっとあの子たちは、エイドス様がお救いくださると」

「…………」

「絶対に、見捨てたりはしないわ」



『見捨てる』

『これ以上深入りするのはやめよう』



 そう思っていた。だからここで見捨てるのも筋。無視して明日に備えて体力とアルテナの力を溜めなくてはならないのだから。

 今の自分の魔力は全く戻っていないに等しい。

 見捨てろ。

 女神エイドスとやらが、助けると言っているのだ。

 自分には無関係。

 警察もいるじゃないか。遊撃士もいるじゃないか。

 そう。だから。

 ―――――だから!


「っ!」

「ルシア!? あなたまでどこに行くのです!?」


 戻れ、止まりなさい、そんな声が背後から投げかけられるのを無視。

 青髪の長い髪を宙へと翻して、紅い外套を宙へと靡かせて。

 恐るべき速度であっという間に階段を飛び降り、駆けていった。





 ◆ ◆ ◆





 発見するのは簡単だった。

 ノエルやフランたちの魔力を辿ればいいだけなのだから。

 一番長く接してきたから、人によって微妙に違う魔力派を辿るのは難しいが簡単だ。

 自分が転移魔法をできるのも、土地という龍脈からこぼれる魔力を辿っているからだ。土地によって魔力は全く違うため、人間より遥かに探りやすい。

 人間の元への転移は不可能でも、それを辿るのは容易だ。


「ようやく君も観念しましたか」


 目の前にいる、妙な服を纏った男たち。その数10人。


「私を、教会から連れ去った子たちの元へと連れて行きなさい。そうすれば、貴方達に協力しましょう」


 この異世界に来てから4年。

 襲われ続けて3年。

 幾度となく襲われた。

 幾度となく退け続けた。

 だがそれもどうやら・・・・・・今日までらしい。


「クククク。まぁ良いだろう。その変わり、貴様が所持しているオーブメント関連は全てこちらに預けてもらう。武器もな」


 文字通りの、丸腰。

 これから先に何が待っているのか。


「なに、心配することはない。君はこれから我々の崇高な目的に貢献することになるのだから」

「……無駄話は結構。早く連れて行きなさい」


 森の中を、歩いていく。

 険しい顔で。

 ただ今は、自分の目的からどんどん遠ざかっているとしか感じ取れぬまま。

 男たちに連行されていった。





 ◆ ◆ ◆





「貴様、それを許したのか!?」

「し、しかし、止める間もなく!」

「ふざけんな! 子供ひとり止められなくて、何が警察官だ!」


 鬼のような形相のセルゲイが、一人の警察官に詰め寄った。

 怒られている警察官は教会にいた警察官で、教会で起こった誘拐事件に駆け付けたセルゲイたちと、捜査一課の連中は事の顛末を聞いた。

 その中で聞いた一人の少年の事。間違いなく後を追いかけたのだと、シスターたちが口を揃えて言う。

 それを聞いた瞬間、普段は寡黙で怠けているようにしか見えないセルゲイの怒りが爆発した。


「セルゲイさん、落ち着いて!」

「落ち着いてください、セルゲイさん」


 怒っていたガイやアリオスが慌てて押し留めるほど、セルゲイは怒り狂った。

 その怒りは、その場にいる誰もが震えあがり、ガイやアリオスですら硬直してしまう程だった。

 襟を掴まれた警察官は涙目になり、握り拳をガイが必死に押さえつける。

 セルゲイは荒れる息を整え、何度も深呼吸をする。


「…………とりあえず、今回の事は遊撃士教会、各国連絡班に連絡をとれ。彼らの力も借りるぞ」


 そう言ったセルゲイだが、彼に待ったをかけた人物が背後にいた。


「セルゲイ捜査官待ちたまえ。今回の事は『上』から内密に捜査しろとの命令が出ている」


 彼は捜査一課の管理官。

 クロスベル警察の上層部と繋がりも深い重鎮だ。 


「できる限り情報も隠蔽しろとの事だ。今回の誘拐された中にクロスベル政府関係者や帝国や共和国のご子息がいなかった事は幸いだが、これ以上恥の上塗りは避けたいそうだ」


 セルゲイの言葉に、捜査一課の者達が会話に割り込んでくる。

 なっ、と激口するガイを今度はセルゲイが押し留め、なるほどねと言わんばかりに頷き、


「お前の上司に言ってこい」

「は?」

「既に我々に、守るべき誇りもプライドもないだろうが! あるのは貴様らの腐った性根だけだとな!!」


 馬鹿にされたと思ったエリート捜査官の顔が羞恥に染まるが、セルゲイは無視して歩き出す。

 ここで一つ、セルゲイ側に幸運があった。暴言を吐いた彼は通常なら処罰されるのだが、今回のことが各国に漏れた場合、情報の隠蔽や協力関係にも関わらずの裏切りで、クロスベルは大きな代償を払うことになったのだから。

 むしろここで各国に連絡したことにより、あくまで結果的にだが信用を得たのだ。

 そこまで計算していたのか、そうでないのか。ずかずかと歩くセルゲイの後ろにガイとアリオスが続いた。

 そこへ、一人のシスターが駆け寄ってくる。

 そのシスターは、ルシアと一番親しかった女性、マーブルであった。


「あ、あの。あの子を、ルシアを宜しくお願いしますっ!」

「貴方は……」

「私がいけなかったんです。あの子が分不相応にしっかりしてたから、勝手にそう思い込んでたからっ! そう思わないようにって日頃から接してきたはずなのに……っ!」


 要領を得ない言葉に周りは首をかしげたが、3人は違った。

 彼らは半年は、ルシアと交流をもった人物であり、少なからずソレを感じていたのだから。


「あいつは……馬鹿じゃない。きっと何かしらのアクションを起こす筈です。その時を見逃さないように我々は最善を尽くしますっ!」

「お願いしますっ!」


 たくましいセルゲイの言葉に、マーブルは涙を浮かべて何度も頭を下げた。

 何度も、何度も。


(ルシア……お前を心配する人はいるんだ。だから、決して無茶するんじゃねぇぞ)


 まずはクロスベル全域に検問を設置しローラー作戦だ、と心の中でガイは己に喝を入れなおしたのだった。






 ◆ ◆ ◆





 突然齎された情報に、リベール王国王都・グランセルの遊撃士教会支部では激震が走った。


「なんだって!?」

「それが、クロスベル支部からの緊急連絡で、クロスベル教会日曜学校に通っていた子供たち25名が、一斉に拉致されたと」

「25人だと!」

「そしてさらに、その捕まった子供たちを助ける為に一人の少年が後を追いかけ、行方不明になったと」

「っ!?」


 最悪の事態が立て続けに起こったことで騒然とする上級遊撃士たち。

 全員がD・G教団対策班に所属しており、その腕前も一級品だ。

 あまりの拉致数の多さに全員が顔色を変えて今後の動きを怒声を上げながら相談しあう中、遊撃士の中でも中心人物であり、最強の人物が階段を下りてきた。

 そう、現在のリベール王国遊撃士の中で最強にして象徴ともいうべき人物・カシウスだ。

 皆がカシウスの登場に静まり返る中、彼はこう言った。


「その後を追ったという少年。その人物の特徴を教えてくれないか」

「あ、は、はい。少々お待ちください」


 クロスベル、七耀教会、日曜学校。

 それ全てに関係している子を、カシウスは知っている。

 そして後を追えるほどの、子供ながらの実力者。

 電話を切り、受付の人物が教えてくれた。


「件の子供の名は、ルシア。青い髪に黒い服と紅い羽織が特徴で、緑色の瞳をしているそうです」

「…………そうか…………ありがとう」


 天を仰ぎ、顔を片手で覆う行為に、皆が怪訝そうにする。

 あのカシウス・ブライトが動揺している。その一点において皆は驚く。


「あ、あの。カシウスさん。その少年が何か?」

「…………」


 皆が答えを待つ。


「その少年は、私の知り合いだ…………そして、妻の命の恩人でもある。私にとっても恩人だ」

「「「「「「「!!」」」」」」」


 剣聖の恩人、と呟く声があちこちからした。

 その衝撃はどれほどだったのか。

 皆がポカーンと口を開けているのだから、どれだけ驚いてるかは推してしかるべきだろう。


「…………」

「で、では急いで救出作戦を」

「————いや。それは早い」

「し、しかし!」


 一刻も早く助けたいだろうと踏んだ皆の気遣いを、カシウスは断った。


「助けに入るなら、全拠点を把握してからだ…………そうしないと、他の子供たちは」

「っ! そ、そう、ですね」

「くそっ!!」


 カシウスの無念さ、悔しさを代弁するように、若い遊撃士の一人が地面を蹴った。

 その顔は、悔しさのあまり泣きそうな程だ。


(すまない……ルシア君。すまない。すまない……っ!)


 遊撃士の身分故に、迂闊に身動きが取れない。

 軍隊でも同じ事。

 ふと、気がついた。

 これを嫌っていたから、ルシアが遊撃士にならなかったのではないだろうかと。

 身分に縛られて動けないのが嫌だから、断ったのではないかと。

 軍隊にいても、遊撃士でも、大切なものが守れない時は守れないのだと。


「待つんだ。チャンスを。絶好の機会を」


 遊撃士たちは、己の無力さを思い知らされた。





 ◆ ◆ ◆




 一方その頃、拉致された子供たちは何かで眠らされていたのだが、その効果が切れたらしく一斉に目が覚めていた。


「お姉ちゃん……ここどこぉ?」

「大丈夫だよ! お姉ちゃんが守ってあげるからっ!」


 目を覚ませば、見たこともない建物の部屋に入れられていた。

 周りに同じように眠らされていた子供たちは、お母さんどこ〜、パパぁ、と助けを求めて声を上げていた。

 涙を流す者、恐怖からガタガタと震える者、反応はそれぞれだが、誰もが恐怖を感じていた。

 その中で、ノエルとフランの姉妹はお互いに体を抱き締め合い、お姉さんでしっかり者のノエルが気丈にもフランを宥めていた。

 唯一泣かずにいるだけで、ノエルは本当に類稀なしっかり者だと分かるが、それでもノエル自身に現状を打開する手はない。


(これ……きっと今話題になってた、子供の失踪事件ってやつだよね。それに巻き込まれちゃったのかも)


 誘拐されたと理解する。

 自分自身、頭の回転は早い方だと思っていが、今は自分の冷静さに感謝する。


(どうしよう……助けを呼ぼうにもどうすれば……)


 窓も無く、通気口らしきものもない。

 脱出のための案を練ろうとした時であった。

 ガチャンと、扉の鍵が開く音が。

 皆が硬直し、扉の先を見つめる。

 そこから現れたのは、不気味な服に包まれた男たちと、もう一人。

 フランと同年齢位いで、幼馴染の男の子。

 妹は少し苦手にしているようだが、自分はとても好感を持っている大親友。


「ルシア!?」


 自分が上げた大声に、咄嗟に銃を向けられる。

 うっとうめき声を上げて萎縮するノエルに、ルシアは無表情な顔から険しくなる。


「……お止めなさい。貴方方が欲しがっていた私がわざわざ捕まってあげたのです。約束を違えるとどうなるか分からないのですか」

「ふん。武器もないお前になにを気後れする必要がある」

「…………」

「こうして連れてきてやった。約束は律義にも守ってやったんだ。むしろ感謝しろ」

「……そう来ると思ってました。人間は欲深い、救えない存在ですからね」


 ルシアの言葉に、男たちは武器を向ける。

 
「ルシアっ」

「ルシアくんっ」


 小さな声があちこち上がり、ノエルとフランは幼馴染を心配そうにする。

 刃物を四方から突き付けられ、首元などは少し刺さったのは血すら流れ落ちる。

 心配する彼女たちへ視線を向け、周りにいる顔見知りの子たちへ顔を向ける。

 どの子も3年前より知っている。

 誰もが、自分の歌を喜んでくれた。

 皆の視線が、自分を気遣っているのが分かる。


「……本当は、来るつもりはなかったんです」

「え……」

「人間は最低だと分かりましたから。見捨てるつもりでした」


 まったく何でこんなところにいるのか、と心底自分に呆れているようだ。

 目を瞑り、溜息。

 そしてゆっくりと目を開け、彼女たちに視線を向ける。


「ノエル。フラン」


 その淀みない優しい声に、ドキリとした。


「セルゲイに伝えてください。しばし待て、と」

「え?」

「さすがに、ここにいる全員を動かすほど、私は力が戻ってませんし、余裕もありません」

「何を……」


 フランが呆然と声を漏らした。

 彼女は嫌な予感がしたのだ。この瞬間、自分の予感が当たってしまうという。


「逃げるのです——————」


 手を彼女たちへ向ける。


「何をっ!」

「っ! やめろ! 殺すな!」


 不審な動きを見せたルシアに斬りかかろうと男たちだが、リーダーらしき男に制止される。

 その一瞬の隙を、見逃さない。


『逃げて……逃げて……ヒイロぉ!!』


(今の記憶は……)


 どこかに座っていた。何かを持っていた。

 そして誰かと見ていて、それを誰かと誰かが優しく教えてくれた、そんな記憶。

 奇しくも、その行為も動作も、全てが重なった。


「……もう、あの子のように死なせないっ!」


 手のひらに集まった収束光は、青。

 光はどんどん凝縮され、そして一瞬全てが消える。

 ノエルが、フランが叫ぼうとした瞬間。

 光は放射状に放たれ、子供たちは次々に消えていく。

 ノエルが最後に見たルシアの顔は、無表情ではなく、笑っていた。

 自分に対して、周りに対して、そして、ノエルたちが助かったことに対して。


「ルシ————」


 その声が聞こえる事は無かった。

 ルシアは己の魔力が空っぽになったのを悟り、意識がなくなっていく。

 男たちの怒声が遠くの方で聞こえる中、ルシアは思った。


(何で私は……こんなところにいるのか……本当に、愚か……) 


 本当に、愚かだ。

 人間の身にまで落ちた、自分が。


************************************************

転移の魔法は莫大な魔力を消費します。当たり前ですよね。
ルーラとは違いますよw

それを25人分。
昔のルシアならいざしらず、弱体化したルシアにはこれが限界です。



[34464] 第15話 記憶
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/10/17 23:18
 白い光。

 淡く、眩しい光が照射されている。

 何処かに寝かされている?

 解らない。

 自分の今の大勢? 解らない。

 自分とは何だ?

 自分?

 解らない。

 今はどこに。

 何がどうなっているのか。

 解らない。

 身体が熱い。

 浮遊しているような、地面に刺しつけられているいるような。

 ここはどこ?

 永遠と続く自問。

 苦痛と空白の中で、意識が朦朧としつつもどこかでそれを考えていた。


(……わからない)


 まどろみの中で、彼は諦めるように目を閉じた。





 ◆ ◆ ◆





「凄まじい! 凄いぞ! 何だこのデータは!!」

「これほどとは……」

「もっと薬品を投入しましょう。これまでの遅れを取り戻せます」

「おいおい、殺すなよ。ギリギリの所ではしっかり生かしておけ。まだ使うんだからな」


 狂喜乱舞。まさにその言葉が相応しい。

 ある者震えあがり、ある者は狂ったように笑い、ある者は嬉々として次のデータを取るために走り回る。

 これまでの被験者が塵に思える程の数値。

 実験用マウスではデータが取れない、だが人間に投与すればどうなるか予測がつかない薬品を次々と投与していく。

 そして投与した結果を見て、更なる改良を加えて投与。

 薬品の進化。

 医療の進化。

 目の前の『実験体』には、何の遠慮もいらない。

 とにかく投与し、データを摂れ。

 通常ならどんな人間でも廃人になる筈の薬品を投与しても、痙攣や呼吸不全を起こすだけで死には至らない。

 まさに。

 まさに最高のテストボディ。


「どうだい、件の少年は?」

「最高の素体です。どの実験に対してもこれまでのデータを大幅に覆す結果を叩きだしているようで、化学者たちは大喜びです」


 白い部屋だった。

 その白い部屋にいる、白衣を着た男。そして付き添いの男たち。

 白衣を着た男は口元に笑みを浮かべ、その言葉に心底満足そうに肯いた。


「それは素晴らしい事だ。それでこそこれまで幾度となく刺客を差し向けた甲斐があったというものだ」

「全くですな。これで例の計画も順調に進める事ができる」

「分かっているな、———・————」

「もちろん。ああ、そういえば例のグループはどうなってます?」

「ああ、あそこか。あそこは独自に進めているようだ。だが一度くらいはこのモルモットを貸してやった方がいいだろう。あそこにいる連中もこのモルモットを欲しがっているそうだ」

「ふむ……勝手に暴走しているのに勝手な。まあ、だがいいだろう。それはそれで面白い」


 ニヤニヤと白衣の男は笑う。

 いろいろなコミュニティが、あの実験体の少年を欲しがっている。

 最高の素体を。

 自分たちはついに手に入れたのだ。

 人間の中から誕生した突然変異種を。


「そういえば、外の対応はどうなっている?」

「はっ。あの実験体がどうやって逃がしたかはまだ分かっておりませんが、どうやら遊撃士協会が保護したようで」

「ふむ。それなら手出しは無用だね。しかしどうやって……」

「そんな事よりここの居場所が知られたらどうする!?」


 周囲の男たちの怒声に、白衣の男は冷静に答えた。


「それは大丈夫でしょう。全てのコミュニティは結界によって守られている。そしてコミュニティの存在箇所は洩れようがない」

「何故そのような事が!」


 男の妙に落ち着いた言葉に、1人の男が苛立った。

 男の言っている言葉には何の根拠もない。そもそも結界の事もある日突然に彼が施したもので、詳しくは知らないのだ。

 説明を求めた男だが、白衣の男は卑下た笑みを浮かべて全員に云い放った。


「唯一、唯一突破口を開けた鍵が、我々の手に落ちた。それで十分なんでね。ククク」

「くっ……」

「誰もコミュニティを探る事はできない。そして時期尚早に捕まった彼にも、何も出来やしないさ。ククククク」


 その笑い声は、邪気に充ち溢れていた。

 不気味なほど響き、周囲の部下や同等の地位にいる者ですら、彼の気配に鳥肌が立ち怖気立った。


(全ての鍵がこんなにも早く僕の元に来るなんて……ああ、やはり世界は僕を後押ししているということか!)


 既にキーパーソンを入手している今、もはや何も怖いものはない。

 彼も気を失い続けていて、既に半壊状態だ。

 理性があったならまた別だが……今となっては薬漬けの為、それの心配もない。


(フフフ……全てが計算通りだ……)


 白衣の眼鏡をかけた男性は、眼下で眠り続ける少年を見下ろし、不気味に笑い続けた。





 ◆ ◆ ◆





「それで、保護した子供たちの容態は?」

「皆、心身共に安定しております。実験に入る前だったのが幸いだったようです」

「そうですか……それは良かった」

「もちろん精神的にショックを受けている子はいますが、両親に再会したら驚くほど安定しているようですし、今後とも精神科などのケアも行っていく予定です」


 リベール王国、王宮・女王の間。

 女王の私室にて、カシウス・ブライト、リベール王国軍トップのモルガン将軍、そしてクロスベル代表としてセルゲイ・ロウ、エレボニア帝国中将ゼクス・ヴァンダール、カルバート共和国大使エルザの5名が集まっていた。

 女王を上座に全員が円形に座り、誰もが難しい顔で資料を読んでいる。

 ここに集っているのは、各国の重鎮。信頼が厚い代表者だ。

 そして今回の事件『D・G教団事件』における窓口、各国の代表者でもある。

 それぞれの勢力が一同に介し、恨みや怒りや思惑をぐっと堪えて今回の事件を収束させる為に極秘裏に集まった。

 リベール王国女王アリシアの問いに、子供たちが保護された際に真っ先に駆けつけたセルゲイが答えた。

 女王はその答えに安堵し、そしてすぐに表情を暗くする。

 ゼクスが眉間に皺を寄せたまま、セルゲイに問うた。


「それで、保護された子供たちから何も新しい情報は得られなかったのか?」

「ええ。誰もが気を失っていたようで、目を覚ませばどこかの部屋に閉じ込められていたそうです。場所を特定しようにも窓も何もなかったそうです」

「それで特定しろというのは難しいですね」


 エルザがセルゲイの言葉に同意し、小さく溜息を吐いた。

 捕まった子供が無事に奪還できたのは嬉しいが、それでも事件事態に進展はないのだから。

 すると、今まで黙っていたカシウスが口を開いた。


「セルゲイ殿。1つ聞きたい」

「何でしょう」

「子供たちを取り返したのは……やはり?」

「…………捕らわれた子供たちを追いかけた少年だそうです。子供たちが皆証言しています」

「…………」


 その言葉に、カシウスは机に肘をつき両手を握りしめで項垂れた。

 その様子に驚いたのはモルガン将軍であった。

 元々、モルガン将軍はカシウスを手塩にかけて面倒みていた。自分の後継者にと思っていた程で、カシウスが軍人時代にはとても仲が良かった。

 だがカシウスが遊撃士になった為に彼に裏切られたと思い、彼と遊撃士という存在に激しく怒っていたのだ。

 しかしそれもこの場ではグッと堪えていた。彼の過去にとある出来事があってから『子供たちが犠牲になる』というこの事件に対して並々ならぬ意気込みがあったからだ。

 そして今、カシウスのその様子に驚いている。今の彼は妻が戦争で重傷を負ったと聞かされた時に匹敵していると思ったから。


「どうしたカシウス。その少年の事を知っているのか?」

「ええ……」

「ふむ。しかし大した少年だな。深追いした事は褒められたものではないが、未知の転送技術はさておき全員を助け出した手腕。軍に欲しいくらいだ」

「そういう問題では無いでしょうモルガン将軍。その結果、彼の命は危うくなった。1人と25人。比べるまでもない数字計算ですが、共和国としてはそれを敢えて同じ重さとして捉えているのです。故に少年の事は共和国としても救出には力を貸すつもりです」

「ふんっ! そんな事は分かっておるわ!」

「ならいいのですが……その発言は不謹慎というものです」

「双方落ちつけい。ここで言い争っても仕様があるまい。それより帝国としてはその子供たちを『送った』という方法を聞きたいのだが」

「それは……誰にも分かっておりません」


 セルゲイの言葉に「む〜」と唸るゼクス。

 転送系のアーツなど存在しない今、どうなったか気になるというのがゼクスの意見であった。

 それに反応したのは、近年まで戦争していた共和国であった。


「あら。そんな事を調べてどうしようというのかしら帝国は」

「なに?」


 エルザは髪を弄りながら侮蔑の視線でゼクスを見た。


「転送手段を調べて実用化し、今度はそれを使って戦争でもするつもりかしら?」

「なんだと!?」

「貴方たちは本当に好戦的ですからね。本当に、油断ならない野蛮なハイエナだこと」

「きさま!」

「やめんか2人とも!」

「お、おいおい。そんな言い合いしている場合じゃないだろ」


 犬猿の仲である帝国と共和国の代表の2人が喧嘩を始めた事で、慌てて仲介に入るモルガンとセルゲイ。

 しかし2人の罵倒は止まらない。

 女王も困ったように眉を顰め、どうやって諌めようか考えた時であった。

 ドン、と机を叩く音がした。


「…………」


 視線が集まった先にいたのは、拳を振りおろした大勢でいたカシウス・ブライトであった。

 彼は鋭い眼光でゼクスやエルザを見詰めていて、静まり返った室内でゆっくりと席から立ち上がる。


「……図体でかいだけの大人が」


 ポツリとポツリと呟くカシウス。

 その声が、不自然なほど室内に響く。

 その場にいる全員が、カシウスの言葉ひとつで鳥肌が立ち、毛穴から汗を噴き出した。

 これだと、モルガンは思う。

 これが自分が見出した、カシウス・ブライトのカリスマ性だと。


「この場で醜く言い争う」


 カッと頬を赤くしたのは、ゼクス。


「そんな間抜けな大人たちより、ずっと身体も小さい、幼い、非力な子供がずっと役に立ち、そして今もなお苦しめられているだろう」


 エルザはその言葉に目を伏せた。

 カシウスの言葉に痛い所をつつかれ、己を恥じた。

 セルゲイも悔しそうに顔を歪め、勢いよく椅子に座る。


「我々に出来ることは、ただ一つ」


 女王アリシアが、カシウスと視線を交わしてコクンと頷く。


「今こそ、1つに集う時。協力を、お願いしたい」


 頭を下げるカシウス。

 そして席を立ったのは、セルゲイだった。


「クロスベル警察特別捜査2課、セルゲイ・ロウ以下2名。喜んで傘下に加わらせて頂きたい」

「———ありがとう」

「もちろん、リベール王国軍も参加する。宜しいですね、陛下」

「勿論です」

「———ありがとう」


 エレボニア帝国大使・エルザがゆっくりと立ち上がった。


「我々も、力なき子供たちが犠牲になるのは容認できません。絶対にその卑劣な行為は許してはならない」

「……」

「だから我々共和国も、参加させてください」


 そして最後となった、エレボニア帝国。


「我々がこれまでやってきた事は、如何なる理由があろうが釈明できない。好戦的国家と言われても、蛮国と揶揄されても否定できない」


 それだけの事を、エレボニア帝国はやって来た。

 戦争を。破壊工作を。


「だが、それでも子供を持つ親としてこの事態は容認できない」


 席を立つ。


「この同盟、カシウス・ブライトが陣頭指揮を執りたまえ。そうすれば、安心して我々も同盟に参加できる」

「私が?」


 その言葉に驚いたのはカシウスだった。

 だが驚いたのもカシウスだけ。

 見ればセルゲイも、エルザも、モルガンも、そしてアリシア女王までもが肯いていた。


「……分かりました。その大役、拝命します」


 全員の手が差し出される。
 
 5つの勢力が、1つに重なった。






 ◆ ◆ ◆





 これは夢だ。

 それが分かった。

 だって目の前に、自分がいるのだから。


(あれは……私……私って何故分かる? でも、でも分かる……あれは私だと)


 満面の笑みを浮かべていた。

 笑顔で走り回っていた。

 走った先にいたのは、2人の人物。

 青い髪の女性。茶髪の男性。

 2人が振り返る。

 その姿に、心臓が激しく脈打った。


(あの人たちは…………)


 走って行った私が、2人の元へ飛び込む。

 青い髪の女性にぎゅーっと抱きしめられ、嬉しそうにする私。


『ねえ、————! 私ね、ついに使えたの!』


 私が使ったのは、攻撃魔法。

 アルテナの力の加護を受けた、強力無比の力。

 その力を見たとき、2人の人物の顔が強張った。

 そして2人は肯き合い、私の元へとやってくる。


『いいかい、ルシア。君は—————だけど、それに—————必要はないんだ』


『その通りです。そして貴方は知るでしょう。———————の大切さを』


 何を言っているのか、よく聞こえない。


『でも、私は色濃く受けついでるんでしょ? なら自分の使命を果たします!』


 その言葉に、2人は本当に困った顔をしていた。

 悲しそうな、辛そうな顔。

 そんな顔は見たくなかった。

 なんで見たくないの?

 激しく脈打つ鼓動を押さえつけ、何度も問う。

 そして。

 そして分かった。

 過去の私が、振り返ってこう言ったのだ。


『大丈夫。心配しないで。


 ————ヒイロ父様。

 ————ルーシア母様。


 青き星を司る者として、使命を果たすから』





 夢が、弾けた。





「…………」


 重たい目を開けた。

 身体は動かない。

 でもそれは今となっては些細な問題だ。
 

「…………」


 水分を長い間取ってなかったからだろうか。

 声が出にくい。

 本来の自分なら、こんな事になることもないのだ。

 たかが人間のもので、こんな風に身体が動かなくなる事もない。

 でも今のこの身は人間。

 だから動かない。

 されどそれも今となっては些細な問題だ。

 なんて大事な事を忘れていたのだろうか。

 とはいえ、それも仕方ないことだ。幼い身でありながら休眠状態になりクリスタルの中で千年ほど眠り続けていた。そして眠っている間は文字通り『時間を停止』させていた。しかし脳は動いている状態。

 おかげで、『いろいろと間違った思い込み』がいくつもあった。

 もちろんまだ思い出せない事が多数あるけれど。

 だが、まだ取り返しが着く。

 邪魔なものは全て破壊しよう。

 障害物は全て排除しよう。

 この瞬間、この時のみ、ルシアは己の使命以外の事を完全に忘れていた。

 それは幸いな事なのか。

 それとも不幸なのか。


「私は、青き星のルシア。


 女神アルテナの半身として生まれた、青き星のルーシアの息子にして、アルテナに限りなく近い存在」


 さて、力を取り戻そう。

 力が入らない手を、必死に支えながら頭上へと振り上げる。

 集え。


「アルテナの光————」


 この世界の魔力が、全ての魔力がルシアの元へと—————————。






「……だれ?」






 小さな声が、それを止めた。

 近隣の牢屋に、同じように捕まった子供がいるのだろうと、ルシアは即座に察する。


「誰かいるの・・・・・・?」

「ええ、居ますよ。貴方は?」


“はきはきと喋る”ルシアの言葉に、その声の主は反応する。

 その声は、何の抑揚もなかった。

 何の感情も宿っていなかった。


「……わたし……ティオ」


 これが、後に長い付き合いとなる1人。


「ティオ……プラトー…………」


 ティオ・プラトーとの出会いであった。

************************************************




[34464] 第16話 ティオ・プラトー
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/11/08 22:57
 あれから、数日が幾日が経過した。

 もう日付の感覚が無くなり、何日が経過したのかさっぱり分からない。

 毎日毎日続く実験。

 薬品の臭いに注射針、絶え間なく襲ってくる副作用の苦痛。

 その戦いがずっとルシアに続いていた。


 どうやらルシアがこの場所にやってきてから、研究者たちはひたすら彼にかかりきりのようで、他の実験体の子供たちは放置されているようだが、それでも時々連れて行かれて、身体を引きずられて戻ってくる。

 そんな日々が続く中、ティオとルシアは会話を重ねて仲を深めていった。


「ティオ。大丈夫ですか?」


 その日、ティオは実験に駆り出され、そして戻ってきた時には動くのも億劫そうにしていた。
 

「……うん」

「酷いことはされませんでしたか?」

「・・・・・・いつもと、同じ」

「・・・・・・そうですか。でも一緒にがんばりましょう。諦めたら駄目ですよ」

「・・・・・・うん」


 何度か呼びかけてようやく帰ってくる反応。

 その声は衰弱しているというか、全く覇気がない。

 仕方ないといえば仕方ないのだが、ルシアは彼女に定期的に語りかけた。


(あの時は危なかった……アルテナの力を集めていたら、ここを全て吹き飛ばすところでした)


 あの日。

 記憶が戻った瞬間、自分はこの場所全てを吹き飛ばすところだった。

 そしてそれを図らずとも止めてくれたのがティオであり、彼女のお陰で自分がこの場にいる理由を思い出せたのだ。

 だが、今ルシアを動かしているのは、蘇った記憶による原因が大きい。

 アルテナへの使命だけではない。

 それは父と母の友人たちであり、自分にとっても師である人たちの教えが大きい。

 例えばあの施設で戦った青年。その際に無意識に振るった拳の師。


『私に拳法を? それは早くないかい?』

『いえ、教えてほしいんです』

『う〜ん、まあいいんだけど。でも一つだけ理解すること。ルーシアとヒイロの子供だから理解できるって信じて、先に言っとく』


 父の仲間たちの中で父との付き合いも長く、長い時間背中合わせに前線で戦ってきた、ジーンさん。


『私の拳は、人々を蹂躙し暗殺する、血塗れの拳・魔竜拳。そして人々を助けて活かし守る活人拳である青竜拳。この二つが宿った拳法だという事を。あんたがこれを覚えるなら、必ず弱き人々を守る事。いいかい?』

『はい。私の使命は青き星の人々を守る事にあるんですから。望むところです』


 そう言って教えてもらった昔があった。

 もちろん、教えてもらった人は他にもいて、あの頃は皆が彼を可愛がってくれていた。


『ヴェーンの魔法? うーん、それは殆ど研究の為になっちゃってるけど……でもね、ひとつ言える事は、魔法は自分の大切なモノを守る為にあるんだってことかな』


 最大の魔法都市の党首であるレミーナさんから教えてもらった魔法の数々。


『自分の剣か。いいだろう。それがルシア、君の正義を守れるのなら、私が教えよう』


 父も実力を上げる為に鍛えてもらったという、白竜の騎士・レオさん。


『俺の治療知識を? 別に構わないが……ちょっと早くないか? お前はまだ4歳にもなってないだろうに。ま、早いに越したこともないか』


 治療の専門家のロンファさん。奥さんには頭が上がってなかった。

 ちなみに奥さんマウリさんと言って、レオの妹であった。
 

『この剣はな、お前の親父・ヒイロも使った剣なんだ。そして最後のドラゴンマスター・アレスが使ったアルテナの剣でもある。その意味、分かるな?』


 最後のドラゴンマスターの相棒であり白竜が人間の身に化けた人物、ナル。

 誰もが可愛がってくれた。
 
 誰もが教えてくれた。真剣な瞳で。

 やっぱり話に記憶の欠損があるけれど、それでも教えられたところは覚えている。

 だからここを破壊しなくて良かった。

 だからここからは逃げられない。

 そして何より、自分は1人の子を守れなかった。初めて温もりを教えてくれた子を。

 何より守れなかった。青き星の命たちを。


(力が無くなった……か。確かに今もカラッポだけど……強制的に集めようとすれば集めれる)


 『アルテナの力』。


 誤解され易いがそれは魔法の力ではない。

 端的に述べれば『破壊と創造の力』である。

 万物に宿る全ての魔素、エネルギー、それらは全てアルテナの力。
 無から有を生み出すのも、無に帰すのも、全てアルテナの力。

 だから世界が変わろうが、そこに命がある限り、それはアルテナの名の下に命令すれば集めることは可能なのだ。

 それなのに今までは自分だけの魔力量だけで今まで戦ってきたのだから、なんとも間抜けな話である。


(さて……今はすべての拠点を探る事が至上命題。そしてゾファーの気配を徹底的に探り、ここの連中を隠れ蓑にしていないかどうかを探らないと)


 やる事は、たくさんだ。





 ◆ ◆ ◆






「起きているのだろう?」

「…………」


 何時も通り実験室に連れ込まれ、体中に薬という薬を投与された。

 その薬品は全てが劇薬。

 人間の身に落ちたとはいえ、自分でさえ全身の苦痛と不快感に悲鳴をあげそうになるのだ。

 普通の少年少女に耐えられる訳がない。

 視界や手足を拘束されて何も身動きが取れず、何も見えない。

 その中、誰かが話しかけてきた。

 若い声だと、思う。

 
「……何の用です?」

「おやおや、素直だね」

「…………」

「気分はどうだい? 君は明後日、他部署へ移送されるんだ。明日の実験は更に厳しいものになるだろう。少し労っておこうかと思ってね」

「……好きになさい。ただ1つだけお願いがあります」

「ふむ。お願いとは面白い……いいだろう。普通なら無視する所だが可能な限り聞こうじゃないか」

「私が連行された後、残された子たちを大切にすると。決して手にかけたりしないと」

「おいおい、君はこの実験を知ってるくせにそんな事を言うのかい?」

「違います。命が繋がれているにも関わらず故意に刈り取ることをやめろと、言っているのです」


 男が何やら考え込む仕草を見せ、口元を歪ませて興味深そうに了承する。


「なるほど。まあいいだろう」


 尤も、視界を塞がれているルシアにそれは見えない。だが漂ってくる空気が、それを感じさせた。


「だが分かっているね? 君が下手な事をすれば捕まっている子供たちは皆殺しだ。そして新たに実験体を捕まえてこよう」

「…………分かっています」

「最近は君ばかりで他を放置していたが、君がいなくなった後は再び彼らの実験を再開する予定だ。今生の別れと
なる可能性もある。それを踏まえた上で、精々考えたまえ」

「…………どういうつもりです? そんな事を教えたら……」


 無茶をしてでも何かをやらかそうと考えてしまうだろ、と言外に含める。

 だが男はそれは分かっていると肯き、続けた。


「だからこそ、だよ」


 そう。

 男にとってそれは悦楽だった。


「逃がそうとする。だが他の実験体の事を考えるとそれはできない。君はその現実に板挟みに遭い、悩み、苦しむ」


 それを客観的に見るのは、どれだけ面白いだろう。楽しいだろうか。


「精神的に追い詰められた君を、我々が更に研究する。徹底的に。いたぶりながら。最高じゃないか! どれだけ素晴らしい結果が出るだろうか!」

「…………」


 そういうことか、と心の中で毒吐くルシア。

 しかし決してそれを表には出さない。それはこの男を喜ばすだけだと思ったから。


「ふむ。まあ楽しみたまえ……この状況を。そしてこれからをね」


 男は笑いながら、扉を開けて出て行った。

 ルシアは変わらず拘束されながら化学者たちに取り囲まれ、辛く苦しい実験が再開された。







 ◆ ◆ ◆






(今日は、なにも聞こえてこない……よかった……)


 自然と、安堵の溜息を吐いた。

 そっと両耳に当てていた手を離し、ベッドの中で寝返りを打つ。

 よく耳を澄ましてみると、あちこちから身動きがする音がしたり、溜息やすすり泣く声がする事から、皆が自分と同じ気持ちなんだと分かった。

 水色の髪の少女は辺りを窺いながら毛布に包まっていた隙間から顔を出した。

 その少女の名は、ティオ・プラトー。

 彼女はこの数日の施設内の動きに不気味がり不安に思っていた。


(でも明日も……またあるかも……)


 訪れる未来に絶望する。

 嫌な考えは止めようとするが、全くといっていいほど止まらない。

 しかしそれも仕方なかった。

 ティオを始めとし、この施設にいる子供たちは皆、生まれて初めて『断末魔』という叫びを耳にしたのだ。

 身体中に流される高圧電流。猛毒のような薬。身体に埋め込まれる何か。

 全てが痛みとして自分たちに襲いかかり、悲鳴が上がる。

 泣き叫ぶ声。

 痛みを訴えた悲痛な叫び。

 そして命の灯火が消える寸前に上がる、人の断末魔の叫び声。

 そしてボロ屑のようになってしまった『元子供』のソレ。

 運び出されてゴミのように廃棄されたソレをみたティオたちは、本気で怯えた。

 子供ながらにそれが何なのかを理解し、心の底から恐怖した。

 次は自分なのかと。
 
 明日は自分なのかと。

 毎日毎日、痛みと痺れと不快感に苛まれながら、ずっと怯えていた。

 だがそんな日常は一変した。

 ある日から、毎日続いていた実験が行われなくなったのだ。

 興奮したかのような研究医たちがバタバタと走り回っていたあの日。まるでおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいた。

 その姿をティオは昨日の事のようにはっきりと覚えている。
 
 胸の中に湧き上がる怒りを堪えながら、およそ1週間、放置された。

 そこまで考えて、ふと思い出す。


(そういえば……隣の部屋にいる男の子……ルシアって言ったっけ。どうなったんだろう?)


 ティオは数日前から隣の部屋にいる事を知った男の子のことを思い出した。

 何やら声が聞こえてきたから問いかけてみたらそこにいて。

 そして少し会話をして、お互いの名前を知った。

 その子は今日も連れて行かれたようで、どうなったかとても心配だった。

 すると、突如部屋の扉が開かれた。

 ビクっと震えて、そっと毛布の隙間から様子を窺うと、武装した兵隊と研究者に連れられて入って来た1人の男の子が目に飛び込んできた。

 その子は身体中に包帯のようなものを巻かれていて、腕に注射を打たれた痕が見えた。

 皆がベッドの中で蹲り警戒している中、少年をティオの近くのベッドに放り込んだ兵隊たちはすぐに出て行く。
 
 しばらくしてティオや同室の子たちは恐る恐る様子を窺うと、1週間前に空き部屋になってしまったベッドに、その少年は倒れ伏していた。

 筋肉が痙攣を起こしているようで、腕や足がビクビクと動く。

 その症状は、自分たちもよく知っている症状だった。

 皆が心配そうにその少年に近づく。ティオも身体を起こして、隣のベッドの少年を窺うと、少年の瞳と視線が合った。


「あ……」

「…………もしかして、起こしてしまいましたか?」

「う、ううん……大丈夫……です」


 自分の方が、今は大変な目に遭っているはずなのに、少年は自分へと気遣ってきた。

 そんな少年に、ティオは驚きと共にその声で思い出した。


「もしかして……ルシア、ですか?」

「ええ……そういう貴方は、ティオ、ですね」

「は、はい。あの、大丈夫ですか?」


 心配そうに近づいてくるティオや他の子に、ルシアは苦しそうにしながらも必死に笑みを浮かべて肯いた。


「ちょっと、起こして貰えますか? 体が動かないもので……」

「あ、は、はい」

「うん」


 皆が、ルシアの身体を起こしてくれた。





 ◆ ◆ ◆





「じゃあ、明後日にはいなくなっちゃうの?」

「……ええ。申し訳ありませんが」


 室内にいた1人の女の子が不安そうに声を上げた。

 今日まで頻繁に実験されなかった事について誰かが口にすると、自分の所為でこれまではあまり実験されなかったと説明する。

 そしてそれは明日まで。

 明後日からは再び拷問という名の実験が始まる。


「本当は、この部屋にももっとたくさんいたの」

「でもどんどんいなくなっちゃって」

「血もたくさん出てて……」

「顔とかぐちゃぐちゃになってたのっ!」


 過去のそれを思い出したのか、ぐしぐしと泣き始める一同。

 泣かない子も瞳が虚ろになり絶望の色しか映していない。

 ルシアの横にティオが座る形になっていたが、ティオも後者に該当し、哀れな程目が死んでいる。

 その様子に、ルシアは思った。


(私には、この子たちを今すぐにでも助けれる術がある。けれどそれを行ったら……)


 グッと下唇を噛みしめる。

 そもそも何故ここに留まり続けているのかも、可笑しな話だ。


(この子は恐らく、私と同じ年齢……)


 隣にいる、ティオという少女を見た。

 この子のおかげで、この子たちを吹き飛ばさずに済んだのだ。

 それは、きっと、この子に感謝しなくてはならない事なのだろう。

 ふと、手が握られた。

 見ると、ティオが自分の手を重ねていた。手は震え、それを必死に押し殺そうとしている。

 温かいはずなのに、手が冷たい。

 冷たくて、生が感じられない。

 自分に出来る事は、ない。

 そう思い、ふと思い出した。

 心が、胸が温かくなる方法。

 それを自分は知っている。

 母様もよくソレを行っていた。自分に聴かせてくれた。

 それを聴いて、自分はとても安心し、嬉しかった記憶。


「ラ〜〜〜。ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜〜〜〜〜〜」


 女神アルテナは、常にこの歌と共にあったという。

 女神アルテナを守護した者は、常にこの歌に励まされたという。

 人々は、この曲を歌ったらしい。アルテナへの祈りと共に。


「!!」


 突如歌い始めたルシアに、皆は驚いて泣くのを辞めた。

 ティオは、その虚ろな瞳をゆっくりと上げてルシアを見た。その歌の何が、彼女の心に触れたのかは分からない。


「ララララ〜〜〜〜ラ〜ラララ〜〜〜〜〜」


 それでも、確かに彼女の瞳は大きく見開かれ、その暗闇に一瞬とはいえ光が灯った気がした。

 そしてそんなルシアの思惑など関係なく、聞く者全てが固まっていた。

 素晴らしいとか、そういう言葉で表せるものではなかった。

 恐怖や苦しみや悲しみ、それが吹き飛ばされる。

 心の中に、温もりが染み込んでくる。

 完全ではないとはいえ、記憶が蘇り母や父という存在を思い出したルシアの歌は、そこに温もりが籠る。

 ティオの手をぎゅっと強く握る。

 そこから彼女へ伝わるようにと。


 ―――泣かないで。

 ―――諦めないで。

 ―――貴方達には無限の可能性があるのだから。


 部屋が不思議な色に照らされた気がした。

 絶望しかなかった部屋が、歌という絆で1つになった気がした。

 歌が終わると、子供たちは皆がルシアに飛びついた。


「すごい! すごいよ!」

「なんでだろ。涙が出てきたっ」


 悪い涙じゃなかった。どの子も、安心という名の涙が零れおちた。

 ルシアは全員の顔をみて肯き、痺れる手を必死にあげて頭を撫でる。

 ティオの頭を撫で、頬を撫で、そして彼女へ。彼女と皆へ、言う。


「……希望を、捨てないで」


 黄緑色の瞳を見詰めて伝えた。

 私を止めてくれてありがとう、と。


「今を生きれば、必ず、助かりますから。アルテナは人々の味方ですから」


 どう伝えればいいのか、言葉が出てこない。だから必死に言葉を紡いだ。

 拙い言葉で、知っている単語で。


「助かった時、助かった後。それでももし困ったことがあれば、リベール王国のカシウス・ブライト邸を尋ねてください」


 きっとレナさんなら、あの人たちなら助けてくれますから、と。

 ティオは呆然とした表情で、でも肯いた。


「苦しくなったら今の歌を歌って。辛くなったら歌って。この大地のどこにいても、私たちはアルテナの歌によって繋がってるんですから」

「…………はい」


 ティオが、皆が小さく、でも力強く肯いた。

 きっとこの中でも亡くなる子が出るんだろう。

 自分がこの場で助けた方が、結果的には多くを助けることができるのかもしれない。

 カシウスやセルゲイが言っていた通り、全ての拠点を見つけてからという今のやり方が最善かもしれない。


「じゃあ、今度はみんなで歌いましょう」


 でも。

 全てを助けることはできない。

 それはアルテナでさえ、同じ。

 だから今まで出会った、ちっぽけで限りない命の、人間の言葉を信じてみようと、そう思った。





 ◆ ◆ ◆





 ルシアが明後日護送された翌日から実験は再開された。

 子供たちは激痛と悲鳴を上げながら、それでも諦めなかった。

 きっといつかお母さんに会えると。お父さんに会えると。

 そして二ヶ月後。

 ルシアは『楽園』と呼ばれるコミュニティに護送された。


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いくつか伏線を張りました。
その為、原作から乖離する現象が一部起こります。



[34464] 第17話 欲望
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/11/07 20:55

残酷な描写アリ。キツイ描写がありますので注意。

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 クロスベル自治州。行政区の警察署前。

 現在、クロスベルは大混乱にあるといってもいい。

 その中でも警察署前は混雑状況だ。だがそれも当然だった。


「コメントを! 署長のコメントを!」

「今回の事件、解決の目処は立っているんですか!?」

「今までの被害者に対して、警察はどう釈明するのですか!」


 罵詈雑言、まさにそれが相応しい。

 新聞記者などのマスコミが詰めかけ、市民の野次馬が押し寄せた。

 連日連夜『クロスベルタイムズ』に掲載される事件の記事。


 ————連続幼児誘拐事件。


 そのように一部マスコミによって名付けられた事件名は、ついに白日の下に晒された。

 その第一報を晒したのは、クロスベルタイムズ新米記者グレイス・リン。

 入社したての彼女が記事にした内容は、クロスベルに激震を与えた。

 リベールやカルバート、エレボニアでも市民に不安が広がっているようで、今や大騒ぎだ。

 その中でもクロスベルは行方不明者数が一番多い。またその特殊な立場から追及の手も激しい。

 今や子供だけで街中を歩く光景は無くなり、必ず親と一緒か、厳しいと外出を禁止する者もたくさんいた。

 故に大人しか見かけない一種の異様な光景がクロスベルに広がっている。

 そんな中、クロスベル警察署の中で子供たちが会議室に集められ、大勢の警察官相手に話していた。

 話しているのは、捉えられた時の状況から脱出までの事。

 幾度となく話してきた内容に子供たちはうんざりしていたが、それでも求められれば何度も話した。保護者は辛い記憶を子供たちに話させたくなかった為にしつこい事情聴取に反対気味だったのだが、子供たちが人体実験の前に救出された事が大きいのか特にトラウマはなく、元気に話していた。

 その中で一番年長者であり、大人でも感心する程の賢い女の子、ノエルー・シーカーに警察官たちの多くが詰め寄り、話を窺う。


「という事は今まで通り……」

「はい。場所を特定できる要素はないと思います。ですが場所は洞窟や地下、遺跡、そういった場所だと思います」

「なるほど……」


 地面が岩や砂だったのでそう思う、と続けた。

 すると彼女の前に1人の青年がやって来て屈んだ。


「久しぶりだな、ノエルちゃん」

「ガイさん……」

「大丈夫か?」

「はい……私なんかより、今も捕まってる……うっ!」


 今まで気丈に振舞っていたノエルが、ジワリと涙を滲ませた。

 その反応に、周りの警察官が慌てる。


「な、泣かないで〜〜!」

「お、おい婦警を呼んでこい!」


 てんやわんやになった状況で、アリオスやソーニャが2人を見守った。隣で妹のフランも姉につられたのか半泣き状態だ。

 ガイは頭を撫でて小さく肯いた。


「ああ。あのバカ……ルシアは必ず助け出してくる」

「お願いしますっ。だってあいつ、笑ってて! 捕まってやったって言ってたから!」


 あの時。

 ノエルたちが転移した先は、七耀教会だった。

 セルゲイが各国代表と話し合う為に奔走する中、ガイやアリオスはクロスベルを捜査していたのだが、定期的に教会を訪れていた。

 そして訪れた際に、突如転送されて来たのが捕らわれたノエルたちであった。

 捕まったとはいえ僅か一日で戻って来た子供たちに皆驚き、涙を流し喜んだ。マーブルやセレナなどシスターたちは子供たちを抱きしめ大泣きして喜んだ。
 
 保護者たちも駆けつけて喜ぶ中、ガイたちが慌てて事情を聴いてルシアの一件を聞いたのだった。


『ルシア君が、ルシア君がぁ!』

『ルシアが、セルゲイって人に伝えてくれって……しばらく待て、って』


 フランが泣き、ノエルが悔しそうに唇を噛みしめながら言った光景を、ガイは忘れられない。


(よっぽど傷ついたんだろうな……誘拐されたって事よりも、怖い思いをした事よりも、友達に助けられて結果的に身代わりにしちまった事の方が)


 ガイはこの話題を出して揺れるノエルを見る度に気の毒に思う。

 綺麗な茶髪を撫でて、ガイはルシアに対して思っていた事を口にした。


「俺達が必ず助ける。それでな、一発ぶん殴る」

「…………へ?」


 ガイの言葉に、ノエルやフラン、周りの警官やソーニャの目が点になった。


「大人を全く信じていない行動、女の子を泣かせた、これだけで殴る理由は十分だ!」

「え、いや、あの」

「俺に任せておけ! 君の分までぶん殴っておくから!」

「いや、誰もそんなことは言ってない———」


 冷や汗を流しながら暴走して走り去っていくガイに、ボソっと突っ込むノエル。

 誰もが汗をかきながらガイをポカーンと見詰める中、アリオスやソーニャが溜息を吐きつつ、でも苦笑しながら後を追ったのだった。






「あなた……あの子はまだ?」

「ああ。まだだ……」


 家に帰って来たカシウスは、席に座ると疲れたように溜息を吐いた。

 そんなカシウスに、この2カ月ずっと心配し続け、心労で少しやつれてしまったレナが問いかけた。

 カシウスはそんな妻に申し訳なく思う。

 息子同然に、いや『息子として愛していた』子供を捉えられ、事の顛末を聞いて泣き崩れた姿を見た時、カシウスは己の力不足を嘆き苦しんだ。

 エステルは意味が分からない状況に首を傾げ、だが母親の苦しみを感じ取った娘は泣いて抱きついた。

 シェラザードは顔を青褪め、自分もと捜査協力を申し出た。そしてカシウスに首を横に振られて憤り、己の力不足に憤怒した。

 そんな事があったから、カシウスもより一層力を入れて捜査したのだが、今日も空振りに終わってしまった。


「だがもう少し。もう少しだ。あと最後の確証を得られれば、決定的な証言・証拠を取れれば……!」

「そうすれば人質全員を助けれる、ですね」

「ああ」

「でも、でもそれでも私はあの子を優先して欲しい、そう思ったわ」

「……すまない」

「わかってます。貴方は指揮官で、他国も絡み、何よりも“遊撃士だから”こそ一人を優先する訳にはいかないって」

「!!」


 それは、軍人から遊撃士に変わった時と同じ言葉。同じ想い。それをレナから指摘され、改めてカシウスは歯噛みする。

 でもそれでもと思ってしまうのは、仕方ない事ではないだろうか。


「どんな目に会っているか。考えるだけで胸が張り裂けそう」

「ああ、そうだな。少なくても……致死量に近い薬品が投与され、人体実験を受けていると……思う」

「~~~~っ!」

「あの子が耐えられればいいが……いや、耐えれる事は不幸かもしれない。しかし、決定打を持っているのも彼なんだ」


 自分たちが想像しているよりも、ずっとつらい目に遭っているのだろう。

 彼の為を思えば、早く楽になった方がとも思う。

 しかし、口にはできないが一つだけ確信していた。

 きっと彼は、生き続けているだろう。

 そしてその今の立場故に生きなければならないと自覚しているだろう、と。


「父さん?」

「おお、エステル。ただいま」

「うん。おかえりなさい」


 話し声が聞こえたのか、自分の部屋から起きてきたエステルが目をこすりながら階段を下りてきた。

 どうやら起こしてしまったらしい。

 パジャマ姿が我が娘ながらキュートだな、と親馬鹿全開で思いつつエステルを抱え上げで膝に座らせる。


(絶対にこの子に知らせてはならないな……どれだけショックを受けるか)

(エステル……貴方がこれを知った時、何を思い、どう感じるのか…………)


 何かあったとは気付いているだろうが、具体的な事は何も知らない。

 ずっと先の未来でこの事を知った時、娘は隠した自分たちを恨むだろうと、レナは思う。


「エステル、お前はなんで遊撃士になりたいんだ?」

「ん、なに? とつぜんどうしたの?」

「いや……ちょっと聞きたくなってな」

「ん〜〜〜〜〜」


 腕を組んでムムムと唸るエステル。
 正義感が強い娘の事だ。きっと自分と同じジレンマに合うに違いない。

 今その事を言っても意味がないし、きっと通じないだろう。
 だけどそれでも問うてしまう。

「よくわからない」

「わからない?」

「あの時、お母さんがゲカして、わたしすっごく怖くて、だからたぶん守りたいから、だと思うけど・・・・・・でもでも」

「…………」

「でもきっと、ルシアの傍にいたいから、かなぁ。だってすっごく強いんだもん。私も強くなきゃ!」


 守りたいから、傍にいたいから。

 エステルはそう言って恥ずかしそうに笑った。

 遠くない将来、きっとこの子も自分と同じ苦境に立たされる時が来るのだろう。

 その時、この子は『どちら』を選択するのか。

 その時は、自分はできるだけ力になろうと、そう思った。

 そして何より、我愛する子に背を押してもらった。原点に気付かされた、いや、気づいていたのに目を背けていて、それを自然と見つめ直させられたというべきか。


「・・・・・・あなた」

「・・・・・・ああ」


 レナの声に、カシウスは大きく頷いた。

 答えは貰ってないが、背は押してもらえた。そんな気がする。


「もう、待たない」

「・・・・・・あなた」

「私は、私たちが大切な子を、守ろう」


 今までの判断が、絶対に正しいハズだと思うようにしてきた。

 でも、正しい判断など本来なら分からないはずなんだから。

 だがら自分の勘と、仲間たちと軍の捜査能力と結果を信じよう、そう思った。


「準備が整い次第突入する!」


 その瞬間だった。

 突如、ブライト家を強烈な光が襲った。


「なっ!?」

「あなた!」

「父さん!? お母さん!?」


 あまりの閃光に、家族3人は悲鳴を上げて————————。










 ◆ ◆ ◆










 話は数日前にさかのぼる。


「クッ…………」


 部屋に放り込まれたルシアは呻き声をあげて床に転がった。

 その姿は、一糸纏わぬ姿。

 そう、全裸であった。


 『楽園』と呼ばれる施設に収容されて、1日。

 早々に『楽園』と呼ばれる施設の『特徴』を味あわされた。


 この2カ月ですっかり体は薬で麻痺を起し、碌に体を動かせなくなってしまった身体。

 更に耳と舌が鋭敏になり、異常聴覚と味覚を有してしまった。

 この時ほど人間の脆弱な体を煩わしく思った時は無い。

 そして身体が動かない故に、楽園の行為に抵抗はできなかった。


「…………人間の身で、この女神アルテナの半身の私を汚すとは」


 身体にこびり付いた体液を床に擦りつけて拭う。

 人間が次世代に命を紡ぐ為に、異性同士が生殖行為を行う事は知識として知っている。

 その知識も、青き星を司る者として初めから持っていた恩恵なのだが、今回ばかりはその知識は要らなかったかもしれない。

 男が、年端もいかない少年であるルシアを犯し、その身を穢す。

 下賤な目と口元を歪ませ、大きな手でその身を押さえつけてやりたい放題の行為に及んできた。

 胸元がムカムカする。

 温かな気持ちとは真逆の気持ち。冷たいものが胸を充満する。

 きっとこれが、悔しいという気持ち。

 それに気付いた時だった。


「……だれ?」


 甲高い声が、ルシアに投げかけられた。


「……だれか、いるのですか?」

「うん、いるよ。ここに」


 薄暗い部屋の先にいたのは、1人の少女。


「僕の名前はクロス。よろしくね」

「……ルシアです」

「まだ仲間がいるんだ。レンっていう子だよ」

「?」


 周囲を視線で見回すが、他には誰もいない。

 その少女の瞳が、姿がはっきりと見えてきた。


「よろしくね、ルシア。私はレンっていうの」

「…………」

「クロスはここで私の面倒をみてくれてるの。それでね“お仕事”を一手に引き受けてくれてるんだ」

「……そう、ですか」

「そうそう。君もこれからここで生活するんだ。だから仲良くしようじゃないか」

「……ええ」


 赤紫色の髪をした、全裸の少女。

 自分と同じように体液で身体を汚しつつも、部屋の真ん中で絵を描いていた。

 こうして、奇妙な生活が始まった。

 2人の男の子と女の子との、3人の生活が。










 全てが、“クロスとルシア”に限定された。

 毎日毎日。ただ男や女たちがここに通い詰め、2人を凌辱した。

 鞭や器具で傷をつける嗜好の男。ひたすら快楽だけを追求する男や女。

 富裕層や政府関係者、または犯罪組織の関係者は度々利用した。

 その度にルシアとクロスは駆り出され、その身を侵された。

 身体の云う事が効かないルシアは、ただひたすらチャンスを待ち敢えて汚辱を被った。

 クロスは相手が喜ぶように“演じて”いた。

 そんな日々が、3人が会ってから3日過ぎた頃の事だった。


「レン。身体を拭いてあげる。今日は酷く汚れてしまったからね」

「いつもありがとう。クロスは優しいのね」

「……レン」


 ルシアが身体を机に寄りかからせ見守る中、“クロス”は言った。


「ごめんね、レン。僕が上手くないばっかりに。君を守るって決めたのに」

「クロス? どうしたの? 顔色が悪いわ」


 レンは鏡を覗き込みながら、そう言った。


「何でもない。何でもないよ」

「…………クロス?」

「っ!」

「クロス?」

「何でもないって言ってるだろ!」


 突如“クロス”はそう叫んだ。

 ルシアは目を細くし、その様子を窺う。


「君が悪いんだ。君が悪いんだよ」

「…………クロス」

「君が悪いんだよ。なにもかも君が悪いんだ」

「クロス、もう止めなさい」


 さすがにマズイと感じたのか、ルシアはそう声をかけるが“クロス”は止まらなかった。


「他のみんなはすぐに殺しちゃったくせに、どうして僕だけ生かしておくんだ」


 その言葉が決定打になったのか、レンはガクガクと震え始めた。

 赤紫の髪の“クロス”が、何度も何度も罵詈雑言を吐き続けた。


 他のみんなはすぐに殺しちゃったくせに、どうして僕だけ生かしておくんだ

 他のみんなはすぐに殺しちゃったくせに、どうして僕だけ生かしておくんだ

 他のみんなはすぐに殺しちゃったくせに、どうして僕だけ生かしておくんだ


 まるで呪いの言葉のように、何度も何度もそう呟く。


(ああ、きっと“クロス”は限界だから……)


 ルシアはその様子に、そう思った。

 だからクロスはもう弱っていたのだ。クロスはレンを仲間だといいつつも、そう言ったんだ。

 だって“クロス”にとって“レン”は守るべく居るのだから。

 ルシアはもたれ掛かっていた身体をずらし、床に這いつくばる。

 そしてゆっくりと地面を這いずり、レンまでたどり着いた。


「レン」

「…………ルシア?」


 レンは泣いていた。目を赤くし、身体はがくがくと震えていた。

 ルシアは顔だけをレンへ向け、言った。


「“クロス”の気持ちは私には分かりません……残念ながら」

「…………」

「ですが、レン。貴方は1人になる訳じゃない」

「嘘っ!!」


 ルシアの言葉にレンは大声を上げて立ちあがった。


「クロスも、みんな、みんないなくなっちゃった! どうせルシア、あんたも居なくなるんでしょ!?」

「……そうかも、しれません」

「っ!」


 やはり説得はできない、そう思った。

 そもそもこの子に何の言葉をかければいいのかも、まったく判断つかない。

 でも。

 それでもルシアは何かを言わなければならない気がした。

 そうしないと、きっと後悔する。怪我したレナを見捨てようとした、その行為を思い出した時のように。


「でも“今”は、私が傍にいるでしょう?」

「ルシア……」


 レンはその言葉に呆然となり、おずおずと座り込んでルシアの頭を膝の上においた。


「……ルシアの身体、あちこち変色してるじゃない。私の心配してる場合?」

「まあ、でしょうね。ここ2カ月以上、薬品投与の為に散々傷つけられましたから。というか貴方の身体も傷だらけでしょう」

「……レディの前で裸でいるものじゃないわ」

「許して下さい。身体が動かないもので」

「……あんたの事、信じないわ。どうせパパとママと同じよ。レンを捨てるんだわ」

「それが本当かどうか、今を生きて未来を見てください」

「っ!」


 その言葉に、ポイっとルシアを投げ捨て、レンは浴室に飛び込んだ。

 出てきたレンは地面に放置されたままのルシアを一瞥し、ベッドへと潜り込んだのだった。


『僕はもう、とっくに死んでいるのに』


 ルシアは確かにその言葉が聞こえた。












「今日、初めての仕事に出るわ」

「レンが、ですか?」

「ええ」


 翌日、レンはそう言った。

 ルシアは赤紫の髪の少女に、そう問いかける。


「では、レン。ここと同じような場所があと何個あるのか。ここの運営者たちが手掛ける施設は合計で何個あるのか、どうにかして聴きだして下さい。私もずっと探ってますが、如何せん警戒されていてガードが硬い」

「……よく分からないわ」

「いいえ、分かっているはずです。貴方は聡明です。私の言葉の意味するところを」

「…………」


 レンの様子はおかしかった。

 人形のように感情が欠落している。まるで封印したかのように。

 レンはルシアの言葉を無視して『支配人』と呼ばれる男がやってくると一緒に行ってしまった。


(急がなくては……レンはもう限界……これ以上やられると、私も限界か)


 自分の身体が限界に近付いているのが分かる。精神的にももうギリギリだ。

 服を剥かれて好き放題にされるのも、もう限界だ。

 人間を『多少』は理解できたとはいえ、この身を穢されるのは我慢ならない。


(おそらくレンの“変わり”に誰も出なかったのは、他の子供たちがいなくなってしまったから。レンの中には既に誰もいない……だとしたら、もう時間は残されていない)


 ルシアは覚悟を決める。

 時は来たのだ。


「準備はできているか?」


 別の支配人と呼ばれる男がやってきた。

 男は自分を見下ろし、煌びやかな服を着せてくる。


「今日の『お客様』は我々にとっても大切なお客だ。失礼の無いように“もてなす”んだぞ」

「……ええ」


 そう言うと抱え上げられ、いつもの部屋へと連れて行かれた。

 今日もまた、あの狂演があるのだ。

 そう考えてしまい、意識が遠のいた。










 意識が、浮上してきた。

 黒い渦の中から、真っ白な世界へと浮かび上がる。

 視線の先の焦点が合うと、そこに映ったのは豪華なソファー。

 次に感じたのは、違和感を感じる臀部。


「はぁ……はぁ……はぁ。この人形のような表情がたまらねぇっ!」


 汚い吐息を聞こえ、その度に衝撃が己を奔る。


(意識が……無くなっていた?)


 いや、確かにあった。

 あったが、ここには無かった。

 そういうことだと、察する。

 すると耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「私じゃ、ない……私じゃ、ない……」


 レンだった。

 レンは耳をふさぎ、ぶんぶんと首を振っていた。


「おい、話と違うじゃないか!」

「おかしいですね、いつもはとても良い子なんですが」

「わたしじゃない! わたしじゃない!」

「どうにかしろ! 高い金を払ってるんだぞ!」

「それはわたしじゃない!」


 レンは“いつものように”耳をふさぎ、目を閉じて何度も喚いていた。

 支配人が何をいっても、怒鳴りつけても、レンはひたすら首を振り続けた。

 いつものように。

 わたしはいつものように。

 わたしはいつものように。


 そうした結果、レンは口を開かされ、無理やりに『ある液体』を流しこまれた。

 吐き出さないように押さえつけられ、組み伏された。

 服をびりびりに斬り裂かれ、レンは次第に抵抗をしなくなった。

 それを見たルシアは、自分の心に激しい怒りと悲しみが灯ったのを感じる。

 この感情こそ、自分の天敵であるゾファーの源なのだ。

 ついに自分の中に灯った感情を自覚したルシアは、それを知った故に力を得る。

 無気力から、抵抗へと。

 そして抵抗はすなわち、計画の実行へ。 


「ねえ」

「はぁ……はぁ……ん? どうしたんだい? 良い声で啼いてくれるのか?」

「ん……その変わり教えて?」

「良いとも。俺に分かる事ならな」


 目を潤ませ、紅潮させる。

 分かったのは、そうすると人間は喜ぶということ。まったくもって理解不能だが。

 言葉にならない言葉を上げれば、人間は喜ぶ。

 警戒心を解き、自分に近づく。

 身体は動かないから、男から近づいてもらう。

 そして云うのは一言だけだ。

 そう。


「ここ以外にも、どれだけの楽園があるの?」


 ここに連れてこられる前と後では実験内容に差がありすぎる。

 すなわちそれは、そういう事。

 だから質問はこれで十分。


「なんだ、嫉妬してるのかな?」

「だっておじさん、パパみたいなんだもん」


 媚びた声を上げればいい。

 そうすれば人間は喜ぶ。


「ハハハハ。子供ながらの独占欲か」

「だってぇ」

「よしよし。安心しなさい。パパは君だけだから」

「本当?」

「ああ、本当さ。それにここ以外にはこんな楽園は無いからね。パパはずっとここに居る事になるさ」

「…………」


 視線が、急に鋭くなった。

 男は勘違いをしたまま、再び腰の動きを速めた。


 臀部から連続した衝撃に体は激痛を覚えつつ、ルシアはチラッとレンを見た。

 レンは全裸で、身体中に無数の傷をつけたまま、男に圧し掛かられ自分と同じ状況にあった。

 唯一違う所は、泣いているか、そうでないかの違いだけ。


「はぁ! はぁ! はぁ! 最高だよ、ルシアちゃん!」

「……私には最低ですよ、この下郎が」



「…………え」



 その言葉が、最後だった。

 強烈な光がルシアの手から放出され、圧し掛かっていた男は弾け飛び、肉のシャワーを降らせた。

 それは世界を止めるには十分な光景。

 直後、悲鳴と怒号が飛び交う。

 ルシアは地面に倒れ伏したまま、部屋中に攻撃を振りまく。

 簡単だ。

 指先だけ、向ければいい。

 魔力を部屋の大気中から集め、放出。

 プラズマエネルギーを帯びた一撃は最弱の『スパークショット』しか成りえなかったが、それだけで十分だった。

 阿鼻叫喚となった部屋に、度々飛び込んでくる兵士たち。

 その度に死体は増えていった。

 次第に数はなくなり、ルシアは文字通りの血肉の水溜りを這いずり、レンへと貼って近寄る。


「…………」


 レンの目は大きく見開かれ、目は光を宿さず、大粒の涙を零していた。


「レン……」


 ルシアはレンを何度も呼ぶ。だが彼女は特に応えない。

 仕方なくルシアは近くにあったテーブルクロスを歯で噛みついて引っこ抜き、手を必死に動かして地面に貯まる血に指を漬け、血文字でそこに大きく数字を書き込んだ。


 『12』


 あとは布の下側に、自分の名前を刻むだけ。

 これで良し、と大きく肯き————。

 レンから小さく声が洩れた。


 
「パパ……ママ……」



 ズキンと、胸が痛んだ。



(母さま……父さま……)



 だが、今はそんな事をしている場合じゃない。

 ルシアはレンの身体にそのメッセージとなる布を被せる。

 紡ぐは、大転移魔法。


(くっ……聴覚・味覚だけじゃない。神経系までブレが生じてる……これじゃあ魔法は使えても式構成が上手く定まらない)


 対象はレンだけでいい。

 それだけなのに、何故か所構わず転移させてしまいそうな、それくらいにコントロールが定まらなかった。

 それに転移場所を設定する事もできない。

 地脈を探る暇もなければ感覚コントロールが効かないのだ。

 ならば、後は覚えている場所か、行った事のある場所。

 街か、遺跡か。

 あるいは民家か、林の中か。


『射殺しろ!』

『逃がすな!』


 遠くから大勢の足音が聞こえてくる。

 時間はない。

 歯を食いしばり、渾身の力で振りおろす。


「くっ! アルテナの加護よ!」


 運任せにするしかなかった。

 僅かにしか回復できなかった魔力と大気の魔力を総動員させ、ルシアはテレポートを使った。

 その場から、レンとルシアはいなくなった。










「なっ!?」

「あなた!」

「父さん!? お母さん!?」


 何かの襲撃かと勘違いしたカシウスは咄嗟に家族を飛びついて抱きしめ、家の壁際へと後退する。

 火薬を使った爆弾か何かかと思ったカシウスだったが、特に被害を出す事もなく光は次第に収束し始めた。


「一体なにが……」


 ポツリと呟くカシウスと、怖がったエステルはレナに抱き付いていた。

 光がどんどん弱まっていき、ようやく目を凝らして先を見れるようになると……


 光の先にいたのは、1人の少女だった。


 布で隠されているが、全く隠し切れていない全裸の状態。

 隙間から見える身体は、おびただしい程の数の十字傷。

 身体中が真っ赤な血で染まり、強烈な血の匂いが部屋を充満する。

 身体のあちこちに血ではない何か妙な物体まで付着している。


 それを見て、レナは凍りついた。

 それを見て、カシウスは驚愕の表情を浮かべた。

 それを見たエステルは、ショックで気絶してしまった。


「あなた!」

「レナ、エステルをベッドへ寝かせたら手伝ってくれ!」

「はい!」


 カシウスは慌てて少女へと近寄り、呼吸がある事を確認してホッと安心する。

 レナはその間に自分たちの部屋へとエステルを運んでベッドへ寝かせると、慌てて戻って来た。

 すると旦那であるカシウスが少女の上にかけられていた布をジッと見ていた。

 その態度に少しイラつきながら、レナはカシウスへ叫んだ。


「何をしてるんですか、あなた! 早く手当てを!」

「分かっている。だがそれは、レナ。お前に頼みたい」

「? 何を……………!!」


 レナは訝しみながら近寄り、そしてその布に描かれた血文字を読み目を見開いた。


「あなたっ!」

「ああ…………もはや一刻の猶予もない!」


 カシウスのその時の表情は、まさに鬼。

 温和な性格で、口髭が素敵なダンディーという表現がぴったりな大人な男性な彼が、まさに鬼で。

 己の武器を手に飛び出していく。 

 レナはボロボロと涙を零しながら、傷ついたレンの身体を手当てする為に、消毒箱を手にした。


 


 日が暮れたロレントの遊撃士協会に飛び込んだカシウスは、全ギルドに発令をかける。

 時間帯とか、個々の都合とか、まったく気にしなかった。


「こちら、カシウス・ブライト」


 怒りに染まった声を、全遊撃士は初めて聴いた。

 怒りに震えるカシウスを、ロレントの新米受付アイナは初めて見た。


「教団の拠点数が判明した。その数は12。我々が掴んでいる拠点数の裏付けが取れた」


 遊撃士たちは雄たけびを上げる。やっとぶちのめせると。


「配置は以前から言っていた通りだ。作戦通り、各々の場所の攻撃に移る!!」


 軍人たちは敬礼をする。誇りを胸に、出陣する為に。


「各自の奮戦に期待する!!」


 クロスベル警察内の、ガイやアリオス、そしてセルゲイは事態を察し、大きく肯いた。


「始めよう————

 
 D∴G教団殲滅作戦!!」




 剣聖カシウス・ブライトの号令と共に、大陸全土に怒号が響き渡った。 


 後にこの戦いは、歴史に刻まれる戦いになる。




************************************************





[34464] 第18話 惨劇
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/11/08 22:53


 走る。

 疾る。

 闇の中を、林の中を、ただひたすら走り続ける。

 駆け抜ける影はいくつもある。

 風を切る音、葉の擦れる音。

 影はどんどん速度を上げていく。

 4国合計12の地点を目指し、トップスピードで迫る。

 全ては、この時の為に。

 全ては、弱者を虐げ外道を成す悪魔を捕まえる為。

 一刻も早く捕まっていた子供たちを助けたい、その思いが動かす。





 カシウス・ブライトの号令から10分。

 僅かな時間から、遊撃士と警察、そして軍人が現場へと迫る。




 
 リベール王国のラッセル博士、IBC、エプスタイン財団、錚々たる顔ぶれの企業が協力した、今回の施設を覆う結界探知・破壊を目的に制作した、特殊導力探知機を手に施設へと到着した。

 時間があったとはいえ、まさに人々の知恵の勝利。

 結界を壊すための知識。

 迅速に行動を起こすための念入りな作戦。

 命令系統から指揮系統までの組織図の徹底化。

 そして責任者でありトップの『剣聖』の統率能力。

 本来なら実現しない今回の異色の組み合わせのタッグは、あり得ない力を発揮し、予想外の力となった。

 それは、今回の敵の指導者の予想を上回る。




 七曜暦1198年。




 D∴G教団殲滅作戦が、静かに幕を開けた。





 後に、この事件はこう記される。
 あまりにも多くの犠牲者を出した、非人道的観点における人類史上類を見ない最低最悪の事件、と。





  ◆  ◆  ◆





 突如、施設を襲った衝撃。

 破砕音と崩落音が響き渡り、施設内の人間達に一瞬でただ事ではない事を教える。


「何事だ!?」

「遊撃士が! 遊撃士が外を取り囲んでます!」

「何だと!? ここはバレないはずじゃ……!?」


 事前情報から絶対の安心感を持って研究していた人間たちは動揺が酷い。

 慌てて戦闘要員の投入を指示し、研究成果を鞄に詰め込み逃走を図ろうとしている。

 だが。


「ダメです! 逃走経路がありません!」

「囲まれています!」


 悲鳴のような声が続々と入り、研究員たちは絶望の顔色を浮かべた。

 1人の職員が、手元のモニターを操作し、入口付近を映した。それは、逃げ出そうという気持ちから来た無意識の行動だった。

 しかし映しだされたそれは、彼らの希望を打ち砕いた。


『遊撃士協会だ! おとなしくしろ!』


 巨体の男が中央に陣取り、周囲を様々な恰好と武器を手にした人物たちが取り囲む。

 中央の男はあまりにもデカい。

 そしてその体躯から発する圧迫感は、モニター越しでもひしひしと感じる。


『何で俺たち遊撃士がここに来たかは……分かってるな?』

『くっ……!』

『お、おい。あいつ最近噂の……』

『あ、ああ。カルバートの遊撃士、不動のジンだ』

『馬鹿野郎! こっちは銃装備だろうが! 数もこっちが上だ! ハチの巣にしてやれ!』


 無数の銃口を向けられたジンは険しい顔を向けた。

 決して油断できるものではないのだ。数、敵兵の実力、組織所属から窺える連携、そして地形。

 侮って良いものではなかった。


『準備はいいな?』

『問題なしです、ジンさん!』

『こっちもだ!』

『よし……』


 ジンは肯き、大きく息を吸い込む。


『全員……捕縛しろ! 鼠一匹逃がすな!!』


 ジンの怒声と銃撃音はほぼ同時に鳴り響いた。





  ◆  ◆  ◆





「将軍! 突入準備完了しました!」

「良し。上空からの監視はやっているな?」

「第3師団が上空から照会中です!」

「うむ。では……」


 ゴホンと咳払いをし姿勢を整える、リベール王国将軍モルガン。

 歴戦の勇士であり、その風貌も合い間って信頼が厚い。

 相棒の大斧ハルバートを片手に、モルガンは視線の先にいる武装兵士たちを見た。

 自然と、モルガンの口から言葉が紡がれる。


「医学の進歩? 人類の夢? 進化の為には犠牲は付き物…………だと?」


 長ったらしい口上を述べた場の責任者らしき連中の言葉に、モルガンは鼻で笑った。


「そんな進歩など……犬の糞だ。のぅ、リシャール」

「はい」


 心底馬鹿にした目を浮かべて言った。

 傍に控える新人ながらも見どころのある部下も、その言葉に頷いた。


「例え価値があろうとも……未来を生きる子供の屍を礎に未来へ進むなど、本末転倒も甚だしいわ愚か者がぁ!!」

 ある遺跡に響き渡ったモルガンの怒声を皮切りに、親衛隊を含めたリベール王国軍精鋭部隊は内部へと突入した。





  ◆  ◆  ◆





「おらぁ!」

「フッ!」


 スタンガン付き警棒で殴打する2人の警察官。

 短髪で快活な印象を受ける人物はトンファーで武装兵士を殴り飛ばし、木製の机を破壊して気絶させた。

 長い髪の男性は片手剣を優雅に振るい、恐るべき斬撃速度で気絶させていく。

 この2人が、クロスベル警察最強といわれる捜査チームの若手エース。

 背中合わせに戦う2人に、敵兵は思わずたじろぐ。

 敵う訳ない、そう誰かの呟く声がした。

 そう。

 何故ならこのチームはこの2人だけではないのだから。


「殺すなよ、2人とも。1人残らず捕まえるんだ」


 2人の後ろから、銃を持つ男性が1人、歩いてくる。

 男性の背後から敵兵が襲いかかるが、男性は見向きもせずに銃を向けて撃ち落とす。

 弾丸はショック性の弾なのか、撃ち込まれた兵は面白いように気絶して崩れ落ちた。


「分かってますって、セルゲイさん」

「承知しました、セルゲイさん」


 あくまで2人は彼、セルゲイの部下。

 司令塔は、セルゲイ・ロウなのだから。

 セルゲイはその言葉に不敵に笑って肯き、近くに倒れこんだ兵士の1人をつかみ起こした。


「おい、起きろ」

「う……うぅ……」

「俺の質問に答えてもらおうか」


 セルゲイは顔を近づけ、チンピラのごとくガン垂れながら掴み上げた。


「貴様らが攫った子供たちはどこだ?」

「うぅ……地下、地下に……」

「よし」

「答えたんだ……は、はなせ……」

「もう1つ答えろや」


 銃口を敵の眉間へと近づける。

 その光景に、周囲を掃討していたガイとアリオスは息を呑んだ。


「貴様らが攫った子供の中に、赤い外套に黒い服、青い髪の男の子がいた筈だ」

「青い……髪……」

「知ってるな? その子はどこにいる?」

「……ああ……傑作品のことか」

「———どういう意味だ」


 ククク、と笑う兵士にセルゲイの顔が険しくなった。

 ガイとアリオスの眼光も鋭くなり、紡がれる言葉に耳を傾けた。


「あの子供……最高のモルモットだった……」

「なんだと?」

「致死量とされる薬品……本来なら人体への投与などもっての外の毒薬……ありとあらゆる薬品を……浴びせるように投与した」

「…………」

「ククク……あれは化け物だ。文字通りの、な。樽一杯分の薬品を投与しても死なない……最高のモルモット……ある意味、実験体として完成されてる。だから……傑作品って訳だ」

「きっさまぁっ…………」

「全ての施設をたらい回しにされてるらしいが……流石に身体にガタが来ているらしいな。噂ではもう身体を起こす事もできなくなってるらしいからな……ククク」

「っ!!」

「おかげで、我々の目的は格段と進んだのだ!!」


 その言葉にセルゲイは我慢出来なかったのか、拳で男を殴りつけた。

 怒りでブルブルと拳を振るわせ、鬼の形相で睨んでいた。

 が。

 その瞬間、アリオスが大きく目を見開いて叫んだ。


「下がって、セルゲイさん!!」

「!!」


 アリオスは確かに見た。

 兵士の口元が笑みで歪み、懐からボタン付きの何かが取り出されたのを。

 だからこれは直感。

 ボタンを押す事で何かが起こるという直感から、アリオスは叫んだのだ。

 セルゲイはアリオスの指示に反射的に飛び退いた。

 直後に起こったのは—————男から発した閃光。爆発。


「ぐっ————」

「ば、馬鹿な」

「なんてこった」


 呆気にとられる一同の前で起こったのは。

 自殺。


「そこまで、狂ってやがるのかっ」






  ◆  ◆  ◆






 クロスベル近郊の遺跡を急襲するクロスベル警察部隊から、敵の自殺行動の連絡が入って10分。

 カシウスブライトの元に次々と情報が入ってくる、敵兵の自殺行為。

 全ての遺跡にて、勝ち目が無いと悟った者が自爆行為、毒服用に走っているとのこと。

 研究者は須らく毒を飲んでいるとの事から、カシウスは事件の切っ掛けとなった時とは別のベクトル意味で険しい顔をしている。


「カシウスさん!」

「クルツ。どうだった?」

「……駄目です」


 新米遊撃士だが実力に光るモノがあり、将来的にはA級になるだろうとカシウスが踏んでいるクルツ・ナルダン。

 緑の髪が特徴的で方術とよばれるアーツとは違う気功術を使う珍しい人物だが、その人柄は実に誠実であり、新米ながらも遊撃士たちから注目されている人物だ。

 そんなクルツが、厳しい顔をして奥の部屋から戻って来た。

 目の前で自殺に走った兵士を検分していたカシウスに、クルツは無念と言わざるを得ない報告しかできなかった。


「そうか……」

「はい。研究者も全て……あとその奥にあった牢、その中に拉致されたと思われる子供たちがいました」

「……生存者は?」


 カシウスの声は硬く、そして重い。

 いや、暗い。

 クルツは目を伏せ、下唇を噛みしめて言った。


「肉眼だけで確認できたのが———」

「気を遣わなくてもいい。結論は?」

「……生存者は……1名だけ、です」


 シーンと、静まり返った。

 聞こえてくるのは遊撃士たちの足音だけ。

 そうか、とそれだけ返してカシウスはその部屋へと向かった。


(恐らく……どこの研究所も同じ結果の可能性が高い)


 一歩一歩の足取りが重い。カシウスは自分はその牢に行きたくないのだと、知らずに悟る。

 研究者たちの遺体を通り過ぎ、数々の薬品や道具を尻目に最後の角を曲がりその部屋へと到達した。

 カシウス・ブライトの視界に飛び込んできたのは———————。

 本来なら人間だった筈のモノや、皮膚が爛れたり、身体の一部が欠損した子供のモノ。


「—————————っ」


 言葉になどならなかった。

 だが、事態はさらに急変する。
 
 ついにソレは現れる。

 絶句している2人の前、部屋の片隅にソレは現れた。






 ◆ ◆ ◆





「驚いたな……ほぼ全滅じゃないか」


 とある洞窟内を訪れたある2人組みは、驚きの声を上げていた。

 その場所は、12個目拠点にして『楽園』と呼ばれる場所。

 そしてその2人は、遊撃士が訪れる前にそこに来ていた。


「レーヴェ。何故『教授』はここを?」

 レーヴェと呼ばれた男。

 銀髪を靡かせ片手には剣を携えている。

 彼は過去とある遺跡を襲撃し、偶然にも同じ組織を相手に大量殺戮を行った事のある実績があった。

 彼はその後、ある組織に所属し確固たる地位に昇りつめ、確かな信頼を首領から得た。

 その隣にいるのは、少年。

 黒髪で両の手に刃を携え、鋭い眼光で辺りを見回している。


「……組織にとって迷惑な存在だからだ」

「ここが?」


 少年は妙に破壊された施設を指し、表情を変えずに言った。

 あたりに転がる破壊された遺体を尻目に青年は答えた。


「そうだ。だが我々よりも先にここを破壊した者がいたようだ」


 青年は部屋の扉を次々に蹴破り、転がる遺体を蹴り飛ばして資料を漁った。

 次々に出てくる犠牲者となった子供たちの事。

 子供たちに行われた行為。

 購買者リスト。

 そしてその利用者が行った性的虐待行為、つまりサービス内容。

 そして、子供たちの末路。


「これは……」


 銀髪の青年・レーヴェはそれを見て目を細めた。


「……下種どもが」

「…………」


 レーヴェの呟きに、黒髪の少年は特に何も思っていないかのように無表情にレーヴェを見上げていた。


「生存者の子供が逃げ出したか? それで……抵抗して殺害を……いや、だが子供が敵うとは思えない」

「…………」

「それにこんな目に遭って、生きていられるものなのか?」


 幼い身でありながら、大人に肉体を凌辱され、体液を身体の中に流し込まれる。

 激しい凌辱を繰り広げ、肉体に傷をつける事を悦楽とする者さえいるのだ。

 その身は傷だらけで、肉体のみならず心も既に死んでいるだろう。

 大人でさえも耐えるのは難しい心身の凌辱行為に、子供で耐えられる筈がない。

 耐えられる耐えられないの話ではなく、不可能に近いのだ。

 だから、それでも耐えたとしたら、それは異常であり不幸だとレーヴェは思う。


「…………生存者がいたら」


 初めて黒髪の少年がまともに口を開く。レーヴェは僅かに驚き、少年へと顔を向けた。


「生存者がいたら……『結社』で引き取りたかったな」

「……そうか」


 生きた人間を見たかったと、少年は呟いた。

 レーヴェはその言葉に目を瞑り、そうだな、と返して紙を捨てた。


「……行くぞ、○○○○。遊撃士がそろそろ到着する筈だ」

「わかった」


 レーヴェと黒髪の少年は、自分たちの存在を見られる前に脱出する為に現場を後にした。

 扉の先をレーヴェは一度振り返り、狂った宴が繰り広げた先を見た。


(武装兵すらも皆殺しに出来る程の人物……大人ならまだ分かるが……事件の被害者となった子供となると……)


 1人だけ心当たりがあった。

 数年前、自分と互角に戦った青髪の少年。

 だがあれほど戦えた少年が敵に捕まるとも思えず、レーヴェはその可能性を否定した。

 まさかな。

 そう何度も心の中で呟いていた。





 ◆ ◆ ◆





 カルバート共和国期待の遊撃士・ジンは大きく息を乱して前方を睨みつけていた。

 開戦直後、銃撃戦を制した遊撃士部隊だったが、途中から完全に乱戦状態に突入した。

 相手は妙な薬で身体強化でもしているのか、恐るべき身体能力を所有し、然るべき戦闘訓練を積んだ遊撃士たちに引けを取らなかった。

 お陰で被害は甚大。

 遊撃士の犠牲者は、死亡者数12名。重軽症者は23名にも及んだ。

 それに対し、敵側は『全滅』。

 気絶させた敵兵士を含め、白衣を着た研究者らしき人物たちも、全員が自爆という自決行為に走ったのだ。

 その所為で研究資料は手に入らず、何をしていたのか等が分からなくなってしまった。


「一体なんだってんだ……こいつらは」


 自爆しバラバラになった死体の一部が地面に散乱している。

 もう狂ってるとしか言いようが無い景色に、ジンは表情を歪めて悪態を吐いた。

 生き残った遊撃士たちも惨状に眉を顰める者、思わず吐く者、激しい戦闘に立てないほど疲れ切った者など、反応は様々だった。


「ジンさん!」

「おう。生存者は?」


 周囲の捜索に向かっていた遊撃士たちが戻ってきたので、ジンは気を取り直して尋ねた。

 若い遊撃士は悲しそうに目を伏せ、躊躇いがちに口を開いた。


「あの……生存者なんですが……」

「どうした?」

「………………2名です」

「…………」


 そうか、とも言えなかった。

 あまりにも少ない。

 何故ならジンの前を担架が運ばれており、布で隠されているが所々から子供の手などが見え、その数が20を超えていたからだ。


「酷過ぎるっ……こんなの!」


 堪らなくなったのか、若い遊撃士が嗚咽を漏らし始めた。

 そうだな、と掠れる声で小さく肯き、ジンは包囲完了を終え現場検分を行っている建物を仰ぎ見た。

 この地獄のような光景にそぐわぬ程、穏やかで歴史を感じさせる遺跡。

 そんな不釣り合い差がジンを苛立たせる。

 すると、建物から遊撃士の2人が何かを抱えて出てきた。

 布で包まれた何かを抱え、慌てて出てくる。

 ソレは、生存者の子供であった。

 ジンは思わず駆け寄り、子供の顔色を窺う。

 子供の顔色は真っ青で四肢が不自然に痙攣している。

 目は虚ろで身体は薬品やら何やらの異臭がする。


「よく、よく生き残ったっ」


 ジンは目頭が熱くなるのを抑え、子供の背を摩る。

 1人は男の子、もう1人は女の子のようだ。

 2人はジンの言葉に何も返さない。いや、返せないが正しいだろうか。

 聞こえていないかのように無反応で、何かをぶつぶつと呟いていた。


(? 何を……?)


 両親を求めているのだろうか、と耳を傾ける。

 周囲の遊撃士たちも耳を澄まして2人の言葉を聞き取ろうとし、だが何を言っているのか、いまいち分からない。


「—————ら———————らら」


 しかし、一番近くにいたジンは気付いた。


「…………歌?」

「え?」


 聴いた事のない唄だった。

 ジンの言葉に皆が耳を近づける。掠れて何を言っているかいまいち聞き取れないが、確かに言葉にリズムと音階が聞き取れた。


「……歌を唄って生きる支えにしたというのか?」


 その場にいる者は、誰も知らない。

 その歌はとある男の子が、捕まり絶望する自分たちに歌ってくれた歌だという事を。

 どんな時でもその歌を糧に生き延びる意志を失わなかった事を。


「大したもんだ……」


 そんな事は知らないジン達だが、不思議とその曲は頭の中に残った。






 ◆ ◆ ◆
 





 部屋の一角に突如滲み出た闇。

 その闇に対峙するカシウスとクルツ。

 武器を手に距離を取り、何が出てくるのかと警戒した。

 そして、ついにソレは出てきた。


 最初は頭が出てきた—————金の髪。

 彫刻かと思えるほど美しい——顔。

 妖艶な服装—————————女性の肉体。

 手にはおぞましい気配の———大きな黒い鎌。


「きさま……何者だ!?」


 クルツは堪らなくなり叫ぶ。

 この女は危険だ、そう脳が危険信号を発していた。

 身体中が鳥肌が立ち、持っている武器がガチガチと震えて音を立てていた。

 カシウスも険しい表情を崩さずにソレを睨みつけていた。

 そして、女の目が開かれる。


 綺麗な金髪を頂点で一纏めにし、腰元まで伸ばした美しい髪。

 真っ赤な深紅の眼。

 真っ赤な唇。

 異様なほど白い肉体。

 その肉体に施された、全身に描かれた模様。

 絶世の肉体を覆うのは黒く薄いシルクのワンピース。


「これはこれは、初めましてというべきだね」

「……」

「……」

「私の名は、魔族の長ゼノビア。全ての魔族の頂点に立つ存在さ」

「魔族、だと?」


 カシウスは警戒しながらゼノビアに返した。


「そうさ。あんた達がここを潰してくれたお陰で再び隠れなくちゃなんなくなったからね。御挨拶の為に出てきたのさ」

「……お前たちは何が目的だ」


 カシウスはそう問う。

 女の言葉を真実とするなら、ここはただのカモフラージュに過ぎなかったということ。

 まるで———。


「目的、ねぇ。それは秘密としておこうか」

「…………」

「ふざけるな、女!」

「フフフ」


 クルツの罵声にもゼノビアは不気味な笑いを零すだけ。

 するとゼノビアは急に動きを止め、そして肯く仕草を見せた。


「———承知しましたゾファー様。フフフ……本当ならこの場でカシウス・ブライト。あんたを殺しておこうかと思ったんだけどね」

「?」

「あんた達人間のお陰で、私たちの計画が大幅に勧めやすくなったからねぇ。その功績にあんた達を見逃せ、とさ」

「…………」

「私たちの天敵が衰弱状態に陥った。それだけで人間には感謝といったところかしら」


 ゼノビアは髪をかきあげ、妖艶に笑う。


「フフフ……神子も弱れば人間となんら変わりない、ということか」

「!!」


 カシウスはその言葉にぴくりと反応した。

 その反応すら面白いというかのように、ゼノビアは小さく笑い、己の周りに炎を発生させる。


「覚えておきなさい? 近い将来、人間は滅ぶ。全てが———無に帰すのよ」

「なんだと!? どういうことだ!」

「…………」


 クルツがそう言い返すが、ゼノビアは小さく笑うだけで炎に完全に包まれた。

 炎が一瞬で鎮火すると、その場には誰もいなかった。


(ゼノビア、そしてゾファー…………真の黒幕、といったところか)


 カシウスはついに、ゾファーの存在を知る。

 だがカシウスは気付いていた。

 いや彼だからこそ気づけたというべきか。

 今の己の実力では、ゼノビアにすら敵わないという事を。








 そして、D・G教団殲滅作戦は終結した。

 教団死亡者数は500人を超え、生存者は0。



 遊撃士・リベール・カルバート・エレボニア連合軍。

 戦死者は90名を超え、重軽症者は200人を超えた。


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[34464] 第19話 事件発生後
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/11/28 19:18


 D・G教団殲滅作戦発動、そして終結から3時間後。

 各遊撃士たちが事件処理をしている真夜中の深夜2時。

 リベール王国ロレント地方、カシウス・ブライト邸にて事件の被害者の子供が目を覚ました。


「…………ここ……は」


 紫色の髪が特徴のその子は女の子であり、愛らしい笑顔の容姿の少女がベッドの上で目を覚ました。

 温かな木の天井が真っ先に飛び込んできて、柔らかな明かりを発するライトが部屋を照らしていた。

 ふかふかのベッド。なんだかお日様の香りがする。

 室内を見回すと生活感漂う雑貨や本が置かれていて、僅かに食事の香りがする。

 少女はボーッとする視線を窓際へ向けると、そこには一人の見たことがない女性が座っていて本を読んでいた。

 女性の手元や周囲には医薬品が散乱し、少し女性は疲れているように思えた。

 少女がジッとその女性を見ていると、その視線に気がついたのか、女性は本を置いて穏やかな頬笑みを浮かべて話しかけてきた。


「あら、気がついたかしら?」

「…………ええ」


 少女は周囲を忙しなく見渡し、ここが『さっきまで』いた場所じゃない事に気が付いた。


「ここは……どこ?」

「ここはね、リベール王国ロレント地方ロレント郊外にある、遊撃士カシウス・ブライトの自宅よ」

「リベール…………」


 少女はその言葉に一瞬唖然とし、何か考え込むように沈黙した。

 今までずっと看病していた女性・レナは水に濡れたおしぼりを交換し、少女の額に置く。


「貴方の名前を教えてもらってもいいかしら? ああ、私はレナ・ブライトっていうの。よろしくね

「…………レン」

「そう。良い名前ね。なんだか私の名前と似てるわ」

「…………」

「何か聞きたいこと、あるかしら?」

「私を……どうやってここに? あそこから連れだせるとは思えないわ」


 レンの言葉に、レナは答えるべきかどうか逡巡し、小さく目を瞑って答えた。


「詳しい事は分からないわ。ただ、貴方は突然この家に現れたの……いえ、送られてきたわ」

「…………」


 レナの言葉にレンは、正気? とでも言わんばかりの視線を向ける。

 だがレナは知っている。

 あの現象、あり得ない技術、証拠となった血文字の布。

 それを行ったのは誰なのか、知っている。

 なぜなら過去に、自分も同じ体験をしているのだから。


「貴方は確かに送られてきた…………怪我をしていたから、手当をさせてもらったわ」

「!!」


 レナは確かにボカしたつもりだった。

 レンの気がしっかりすれば、嫌でも自分の身体に巻かれた包帯に気がつく。だから自分から告げる。

 そうすれば、自分の誠意を見せれるし、信頼も得れると判断したからだ。

 レナの判断は誰もが同意するものだった。

 まずレンが送られてきた当初。

 レンの身体は無数の傷が身体に刻まれており、血だらけであった。そしてその上に夥しい程の返り血が浴びていた。

 レナはレンの身体についた血を清潔な水で洗い流し、無数の傷を消毒して包帯を巻いた。

 だがその過程で気がついた。

 太股の付け根から腰回り、臀部付近にこびり付く男性の体液。それに気がついたレナは唇を血が出る程噛みしめ、涙を流し申し訳ないと思いながら洗い流した。

 文字通り指で全て掻きだして、レンを手当てした。

 その行為も、レナを大きく傷つけた。

 当たり前だ。誰だって7歳の少女の暴行された姿を見たい筈がない。

 だがレンはそんなレナの気遣いを余所に、完璧に自分に起こった事態を把握してしまった。


「はぁ……っ! はぁっ! はぁっ!」

「っ! 大丈夫よ! もう大丈夫だから!」


 がばっと身体を起こして腕で身体を抱きしめるように抱えてガクガクと震え始めたのだ。

 目を大きく見開き、半ばパニック状態といってもいい。

 レナはそんな彼女を抱きしめ、必死に呼びかけた。


「私じゃない……私じゃない……」

「大丈夫よ。ここにいれば、何もされないわ」


 背中を摩り、自分の温もりを相手に与えるように。

 その温もりは、確かにレンに伝わったのだろう。

 時間をかけてゆっくりとパニックが収まる。

 レンはゆっくりと空気を吸い込む。太陽の香りとでもいうべきか、落ちつく香りがレナからした。


「…………あり……がと」


 レナに抱きしめながら、再びレンは眠りについた。

 『レン』として、穏やかな眠りにつけたのは、とても久しぶりのことだった。








 ◆ ◆ ◆








 翌日、レンはスズメの鳴き声と共に入って来た朝日で目を覚ました。

 少しの間だけ呆けていたレンだが、すぐに何があったかを思い出し、ゆっくりとベッドから降りる。

 木目の床がひんやりと冷たく、少し驚く。

 次に襲ってきた身体中の切り傷から来る痛みに顔を顰め、そして気がついた。


「……いい匂い」


 目玉焼きの匂いだろうか。ベーコンもありそうだ。

 こんがりとした香りと卵のなんともいえない旨そうな香りが漂ってきて、思わずお腹が鳴ってしまう。

 思えば、こんな香りを嗅ぐのも久しぶりだ。

 楽園にいた時はもちろんの事、その前にいた親戚の家でも嗅いだことなどなかった。

 その家は確かに一般家庭に違いなかったが、どこか空気がギスギスしていたし、自分に対する暴行等の扱いからどうでもよかった。

 そう、この香りは両親が自分の手を握ってくれていた頃の—————。


「…………」


 堪らなくなり、レンは扉を開け放った。

 そこにいたのは、エプロンを付けたレナと、テーブルで美味しそうにご飯を食べている自分よりも年上の女の子がいた。

 レナはレンに気が付くと、「あら、起きた?」と笑顔で言いながらレンに近寄ってくる。

 なにやら奥の女の子が目を輝かせながらこちらを見ているが……レンはスルーした。


「おはよう、レナ」

「おはよう、レンちゃん」


 ちょっとおしゃまな口調のレンに、レナは不快感など微塵も見せずに笑って頭を撫でた。

 すると、ドドドと激しい足音と共に2人の間に何かが飛び込んできた。


「お母さん! この子だよね!?」

「ええ、そうよ」

「うわぁ〜〜〜〜〜!」

「……え? え?」


 レンの脳裏に暴走列車という単語が一瞬浮かんだ。

 飛び込んできたのは先ほどの目を輝かせていた女の子。頬を紅潮させてレンの手を握り、ぶんぶん上下に振る。


「あたし、エステル。よろしくね!」

「レンちゃん。この子は私の娘よ。仲良くしてね?」

「……ええ。よろしくね、エステル」

「む〜〜〜、あたしの方が年上なんだけど」


 微妙な顔をするエステルに、レンはクスッと微笑む。

 おちょくられていると感じたエステルは唸ったが、すぐに「ま、いっか」と言って気にしなくなり、レンの手をひっぱり洗面所へ連れて行く。


「ここで顔を洗うの。やり方は分かる?」

「当然でしょ。私を馬鹿にしてる?」


 なんだかお姉さん風を吹かせ始めたエステルに、レンはジト目を向けた。

 うっと唸るエステルだが、それも仕方ない。

 レンはエステルから見れば体格も非常に小柄であり、年下の存在だ。

 そして何より。

 年下の、妹や弟が欲しかったのだ。


「はい。この箸使ってね」


 テーブルに着くと朝食が用意されていて、レンはエステルから箸を受け取る。

 白米を摘み、口に運ぶ。

 スープを取り、一口飲む。


「美味しい…………」

「でしょ! お母さんのご飯は世界一なんだから!」

「あらあら」


 フフーンと得意気に胸を張るエステルに、テレたように笑うレナ。


「口に合うかしら?」

「ええ。とっても美味しいわ」

「そう、よかったわ」


 レナはそう答えて、一番気になっていたことを尋ねる決意をする。

 それは———。




「でも、貴方のお母さんの味には敵わないでしょうけど、ね?」




 その言葉で、レンは硬直した。


(やっぱり……この子は……)


 そもそも初めからおかしかった。

 この子は命の恩人であるルシアと同様に、恐ろしい程に賢く聡明な子だ。

 自分がどういう目に遭ったのか、理解している筈だ。

 だがそれと同様に“ルシアは違う”が、この子は年齢通りの幼い精神面も有していると見受けた。

 だから辛い目に遭い、安全な所へ、しかし見知らぬ他人に囲まれれば誰だって心細くなる。

 しかし目の前の子は『両親』の話題すら出さず、求めなかった。

 どちらかと言えば、両親を避けている節すらある。

 が。

 両親を心底毛嫌いしている訳ではなさそうだ。

 そうでなければ、そこまで傷ついた表情はしない。

 あまりにも一瞬すぎて、とても気付き難いけれど。


「…………そうかもしれないわね」


 自分を嘲笑するかのような笑みを浮かべて言うレン。

 幼い子供が自分を傷つける素振りを出来てしまい、またそうせざるを得ない状況に育たざるを得なかった状況に憤りを覚えるレナ。

 レナはレンの隣に座ると、彼女を膝の上に抱え上げた。

 レンは不思議そうに顔を見上げた。


「体調が治ったら……」

「?」

「会いにいきましょう」

「っ!?」


 レンは驚愕の表情を浮かべる。

 エステルは「折角妹ができたと思ったのになぁ。でもレンちゃんの為だもんね」と言っている。

 そうね、とエステルに返し、レナはぎゅっと怯えるレンを抱きしめる。


「大丈夫よ。だって、こんなに可愛い、いい子なんだもの」

「でも、パパとママはレンの事を……」

「焦っちゃダメ。レンちゃんは“その事”を確認したのかしら?」

「……してないけど……でも、分かるんだもん」

「その通りなのかもしれない。でもね」

「?」

「私はレンちゃんを娘に欲しい程なのよ? だからきっと大丈夫」

「……ふふ」


 その笑いは、少しだけ自嘲を含んだ声。


「あら、ホントよ?」

「ふふ……気遣いありがとう、レナ」

「もう」


 むぅ、と拗ねるレナの腕にそっと自分の手を重ねた。







 ◆ ◆ ◆







 結局、その日はレンとエステルはゆっくりと過ごした。

 レンの怪我が治ってない事もあり、家の中でゆっくりとお絵描きなどをして過ごした。

 事あるごとにエステルがお姉さんとして振舞い、逆にレンに年下扱いされていた。

 それでもどこか息の合う2人は、すぐに仲良くなった。

 レナはそんな2人を見守りつつ、未だ帰宅せぬ夫と愛する義息子を待っていた。

 空が夕日で真っ赤に染まりカラスが鳴いている午後6時。

 ついに帰って来た。

「今帰った」

「おかえりなさ〜い!」

「!!」

(レナの夫が帰って来たのかしら? 確か遊撃士のはずよね)

 レンが玄関を見ると、そこには20代後半から30代前半と思しき男性がいた。

 レナが優しく声をかけエステルが駆け寄り、男性はエステルを抱え上げて優しく微笑んでいる。


「あなた……お疲れさまでした」

「ああ……ありがとう」


 その光景を、レンはジッと見ていた。

 レナが何かを話したのか、男性はこちらを見てニンマリと笑顔を浮かべて近寄ってきた。


「こんばんわ、お嬢さん」

「どうも初めまして。今回、レンの事を助けてくれてくれてとても感謝してるわ」

「ふむ……それは私じゃないんだがな」

「…………」

「君は、ソレを知ってるんじゃないか?」


 ほんの数秒の沈黙。

 その後に、レンが小さく頷いた。

 本当は覚えていた。

 誰がレンを助けてくれたのか。

 同じ場所にいて、同じ苦しみを味わって。

 自分が真の絶望を味わい、心が死に絶える瞬間だった。

 光景事態は逆さまに見えた、青い閃光と飛び散る血飛沫と肉塊。

 生まれて初めて見る凄惨な光景な筈なのに、その光景に見惚れた。

 誰が行ったか、そんなの簡単だ。

 自分はそれを見ていたのだから。

 それを口にしようとして、


「だが、今はご飯にしよう」

「……?」

「怪我した身体にはご飯を食べて、ゆっくりと寝て、英気を養う。これは大事なことさ」


 なんともダンディーにウインクをするカシウスに、レンは小さく笑った。







 深夜。

 エステルがレンを引き連れて自分のベッドに引きずり込み、レンがブーブー文句を言いながらも2人が安らかに眠りについた頃。

 そんな2人のやり取りを微笑ましく見ていたレナが寝付いたのを見届けて、部屋の電気を消してリビングへと戻りカシウスの前へと座った。


「本当に仲良い2人だわ」

「ああ、本当にな。昨日今日会って会話したと思えん仲だな」

「ええ。面白いんだけど、エステルったらお姉さんのようにう振る舞うのよ」

「……だが、レン君の方がお姉さんみたい、だろ?」

「そうなのよ!」


 アハハハ、と笑う。

 快活で明るい、真っすぐな自慢の娘だと胸を張って言えるが……如何せん『子供』っぽい子供なのだ。

 それに比べてなんてレンは落ち着いているのだろうか。

 もちろん今回の事件からという理由もあるだろう。

 だがそれだけではない。なんとなく生来のもの、という方が強い気がした。


「でも今回はエステルに感謝ね。本当に」

「ああ。まったくだな」

「あの子のおかげで、レンちゃんも辛いことをあまり考えずに済んでるみたいだし」

「ああ。だが……」


 もちろんそれもあるだろうが、きっと耐えられる強さを持ってしまっていたんだろう、悲しいことにな、と。

 ええ、とレナは小さく肯いた。

 もちろんエステルの影響も大きい。それは認める。あの子のおかげでレンは呆れたり、構われて鬱陶しそうにしたり、騒いだり、喚いたりしていた。それはきっと、レンにとって良い事。


「だけど本当にあの子の心が癒されるのは……」

「ああ。ずっとずっと、先だろう」


 お互いに小さく溜息を吐き、


「そして、今回の生き延びた子供たちもまた、な」

「そうですね……何名か聴いてもいい?」

「名前は教える事はできないが、人数くらいならな」


 カシウスはそう言って答えた。


「全12ヶ所を叩いた結果、生き残りは……8名だ」

「————8っ!?」


 その少なさに、レナは絶句と共に涙を浮かべた。

 聞いていた限りだと、誘拐された子供たちは100名は軽く超えていたはずだ。

 それが、たったの8人。

 分かっていた。分かっていた筈だが、それでも憤りと絶句しかない。

 それしか生き残れなかったというべきか、そんなに助かってよかったというべきか。それは誰にも分からない。

 けれど、大勢の子供が亡くなったことに、変わりはない。


「皆、それぞれの出身地方へ回され病院に収容された。しばらくの間は遊撃士、準遊撃士が護衛に着くことを遊撃士協会本部が決定したんだが……ようやく事態は収束、というところか」


 そうは言いつつも、目を伏せるあたりはカシウスも遣り切れないようだ。

 そのタイミングでシーンと居間に沈黙が漂い、家の周りの虫たちが夜の中で合唱を奏でる音だけが響いていた。

 レナはそこでずっと聞きたかった事を尋ねる。


「えっと……」

「…………」

「あの……あなた?」

「…………彼のことだろ?」

「! ええ」


 ついに来たか、と声なき声で呟く。

 カシウスは口元を覆い、小さく溜息を吐く。

 その態度を見てレナは嫌でも悟ってしまう。伊達に夫婦をやってない。


「……保護、できなかったんですね」

「…………ああ」

「亡くなっては、ないんですね」

「少なくても遺体は確認できなかった」


 ぐっと、拳を握りしめた。ぎゅーっと力を込めすぎた所為で、爪が手の平に食い込み血が出てしまう。

 そんな事も気にせず、レナは何度か口を開こうとし、止まり、口を閉じ、再度開こうとする。

 それを何度か繰り返した所で、


「あなた……ありがとうございます」

「すまない……」


 席を立って頭を下げ、レナは力なくトボトボと部屋へ戻って行った。

 カシウスだって分かっていた。

 きっと責めたかったのだ。だから恩人であり訳ありだろう子供を、息子にしたがっている子を真っ先に助けてくれと言ったのに、と。

 でも妻は自制心に長けた女性だった。

 それが昔は美徳であり、そこにも惚れた要素ではあったが…………今は責めてほしかった。


「すまない」


 それは誰に対してだったのだろうか。

 カシウスは、小さく呟いた。

 その声は。

 その声はとても弱々しかった。





 ◆ ◆ ◆





 裏町、という言葉がある。

 それはどんな所にでもある、闇であり影。

 どんな都会だろうが、どんなに発展した街であろうが、必ず煌びやかな所には暗部がある。

 それは治安が悪い所だったり、政務でいえば汚職であったり。

 ここ、クロスベル自治州にも、当然ながらそれはあった。

 裏通りと呼ばれるクロスベルの区画。

 一見、帝国と共和国の中立国でありIBCという巨大グループの本社があるこの街はどこと比べても発展しているが、裏街はその真逆を示すように暗い。

 その暗部さは地元住人ですら近寄らない、危険地帯。

 地元ギャングやヤクザ、暴力団といった危険な人物たちが出入りする区画。

 クロスベル自治州の裏街。

 怪しげな建物やビル、商店や飲み屋が集い、怪しげな物が散乱している。
 
 そこの樽や木の箱が散乱している家と家の隙間。

 人目もとても付き難い隙間。

 そこに、子供が1人、倒れていた。


「…………」


 夜空の下、少年は裸であった。

 身体中は青く変色し、注射針の痕が多数みられる。

 少年の体は不自然に震え、声も出ないようで、うつ伏せで倒れていた。


(ここは……?)


 少年がゆっくりと目を覚ました。

 動かない身体にしかたなく首だけをゆっくりと動かし、辺りを窺う。


(逃走は上手くいったようですが…………? ここは……クロスベル?)


 地面から伝わる地脈の魔素、空気、臭い、辺りの景色に、少年ことルシアは自分がよく知る街に『飛んだ』のだと知った。


(運が良かった……)


 訳の解らない場所じゃなくて良かった、そう思う。

 これが魔獣の近くとかだと、自分は間違いなくやられていた。

 だが未だ安全とはいえない。

 助けを求めようにも声がでないのだから、楽観視はできなかった。

 そして何よりルシアは知らないが、既にあの事件から丸1日経過しているのだから。

 倒れている場所が発見し辛い場所だというのも、ルシアの不運かもしれない。


(身体が…………言う事を…………効かない)


 流石に不味い、そう思った時だった。


「? ————っ! 〜〜〜〜!!」

「〜〜〜〜!」


 ふと、女性の声がかすかに聞こえた。

 もう一人、誰か男の人がいるようで、けれどどちらの顔もよく見えない。


「————! ———!!」


 女性らしき主が、こちらへと近寄ってくる。

 だんだんと、その姿の輪郭がはっきりと見え始める。

 女性はルシアに気がついたようで、血相を変えて駆け寄って来た。

 いろいろと自分に声を掛けてくれているようだが、ルシアは答えることができなかった。

 血塗れの、いろいろな液体が付着したルシアの身体を気にせずに抱え起こしたその女性を、ルシアはゆっくりと目を開ける事で窺い、再び意識が堕ちていく。

 完全に闇に閉ざされる瞬間、確かにこう聞いた。


「もう大丈夫よ。安心して? 私、『イリア・プラティエ』は貴方に危害を加えないわ」




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[34464] 第20話 心
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/12/05 21:28

 花の香りがした。

 そして次に嗅いだ事のない匂い。なんだか鼻を突く匂い。
 
 白いベッドの上で深く眠りについていた少年は、部屋に漂う香りで目を覚ました。  


「…………」


 ゆっくりと目を開け、ボーッと天井を眺めた。
 
 記憶を辿る———そうだ。自分はカシウスへメッセージを飛ばした後、レンと共に脱出したのだった。

 レンはカシウス邸に飛ばした。正直ギリギリの力であったがあの人たちなら何とかしてくれる、そう不思議に思えた。

 だが自分に関しては完全にコントロールは効かなかった。レンを逃がす事で力尽き、己自身は運任せのランダム転移となった。

 そしてどうやら、ここは保護された場所のようだ。


(奇縁ですね……人間によってここまで陥ったというのに、同じ人間に助けられるなんて)


 自然と心の中で嘲笑する。

 嘲笑うなど、『遣り方』さえ知らなかったのに、それを自然と行い、そしてそれに気付かない。


「あら、気がついた?」


 急に、声がかけられた。

 明るく陽気な声。声の通りが良く、部屋に響いている。

 声がした先へ視線を向ける。

 身体が全く動かないので視線だけを声がした先へ向けると、そこにいたのは金髪の女性だった。

 スラリとした長身に、細く長いカモシカのような手足。スタイル抜群の身体付きに、腰まで及ぶ金髪の髪は部屋の光に反射して光ってさえ見える。


「ああ、ここは私の部屋ね。それで私の名前はイリア・プラティエ」

「…………」

「君が裏街で倒れていたのを見つけて、私が保護したの」

「…………」

「ん〜、警察への通報は後回しにしたわ。それは勘だけどね」

「…………」

「それは大丈夫よ。信用のできる医者に診せたから。私、アルカンシェルって劇団に所属してて、その劇団の専属医に診てもらったの。だから外に漏れる事はないし、妙な事をされる事もないわ」

「…………」

「まあね〜〜〜。勘という名の独断? 迷惑だった?」


 会話が成り立っていない。

 いや、お前はエスパーか、と普通の人がいたら突っ込んでいただろうが、残念なことに誰もいなかった。

 ルシアは声なき言葉で彼女へ尋ね、イリアがそれに答えていた。

 イリアはコップに水を汲んで来て、そっとルシアの背中を支えつつ上体を起こして飲ませた。

 程良く冷えた水が喉を潤して気持ち良い。


「…………どう……も」

「ん。ゆっくり飲むのよ。急に飲むのは良くないから」


 支える為に背に回されたイリアの腕に包まれながら、ルシアは水をゆっくりと飲む。

 漂ってくる香りは、花の匂い。

 久しぶりに嗅いだ、薬品の臭いではない落ち着く匂い。

 水を飲み終わると、ゆっくりと布団に寝かせてくれた。


「…………何故、なにも、聞か、ないの、ですか?」


 話し難い。

 思わず眉を顰めてしまうルシアであったが、イリアは気軽な態度で横に腰かけて話す。

 ルシアはこの2か月の期間で学んだ。

 人間は欲望に忠実だと。

 己の知識、業績、学業の為なら、大仰な理由や大義名分を振りかざし正当性を主張し、その為なら青き星の御子である自分にさえ手を付けさえする。

 この身を穢し、アルテナの使いにすら手を振り上げる悪行。


(私は知っている……父様や母様の戦友たちを。あの人たちは決してこのような事はしない、と思う。この朧気は記憶が確かなら。だけど私は見て味わった。人間達の卑劣なところを。ならばこの女性も同じ可能性は高い)


 そんなルシアの警戒心を感じているのかいないのか、イリアは肩を竦めた。


「これでも女優を目指してるからね。ある程度は察することはできるわ。まあ、だから問い詰めもしないし聞きもしない。君が警察や病院は困るというのなら通報もしない」


 本当なら問答無用で病院に連れていくのが常識なんだけどね、とイリアは笑う。

 医師も言っていたのだ。早く連れて行くべきだ、と。

 だがそれでも自分の勘が言っていた、連れていくのは駄目だと。

 結果論でいえば、それはルシアにとっては正解だった。


(身体中についた暴行の痕、体液の付着、薬物や注射針の痕、そして“あの事件”の解決発表の翌日に発見された、全身裸で倒れていた子供)


 事件の記事が発表されてから、クロスベルのみならず大陸に激震が走った。

 その残虐性から、死傷者の数まで、全てが異常ともいえる程で、普段はそういったものに感心がないイリアが記事を読んだ程だ。

 だが、1つだけ問題となる点がある。

 行方不明となった子供たちの親類一同の確認が取れたという発表があった事。

 被害者の家族は全て集められて事件概要を説明され、犠牲者リストとの照合が行われているとの事。

 つまり————この子には親はいない、又は警察・遊撃士・各国軍部はこの子の存在を隠したい可能性が高い。



 だから…………イリアはルシアを守ろうと思った。



「さ、もう一眠りするといいわ」

「…………」


 2人の視線が絡み合う。その視線の会話に何があったのか、それは分からない。

 だが、ルシアはそっと瞼を落として眠りについたことから、少しは目の前の女性を信じたのではないだろうか。









 ◆◇◆◇◆◇◆◇








 イリア・プラティエに保護されて、1週間が過ぎた。

 その間、ルシアは数日に渡って眠り続け、朝早く出かけて夜に帰ってくるイリアと一緒に暮らした。

 食事を共に食べ、お風呂にも入った。

 薬漬けにされたのが余程身体に影響したのか、ルシアはイリアが居ない時は殆ど眠っていた。起きたらイリアに介護されつつ会話を交わし、そしてまた眠るというサイクル。

 イリア・プラティエという女性は強かった。

 介護に弱音1つ吐かない精神。

 お世辞でも、ルシアの傷だらけの身体を見て綺麗とはいえない、そんな痕を見ても眉1つ歪めない心。

 何も喋らないルシアに対し、まるで自分の弟のように接し、自分の心を完全に開いた態度。

 そんな『あり得ない』のが『普通』である彼女だが、それは実にルシアに戸惑いを与えた。

 父のような、母のような、両親の戦友たちのような人。

 人間など皆が劣悪種であり、両親たちが例外であると思っていた。

 エステルたちが例外の、ある意味で普通の人間ではないと括っていた。

 だが、こんなところにもいたのだ。

 その事実が、彼を戸惑わせ、困惑させる。 

 だからルシアは観察し続けた。イリアという1人の女性を。

 そんな日が1週間続いた朝、ルシアとイリアは朝食を食べていた。


「————でね、今日は久しぶりのお休みって訳。どこか行きたいところある?」

「…………まだ身体が動き難いので……遠出は」

「そうよね〜。じゃあ、私たちの劇場に行く? この前出来たばかりなんだけど。ずっと部屋に籠ってたら身体に悪いし」

「……ええ」


 ルシアは笑う彼女を見て彼女の髪の色から向日葵を連想しつつ肯く。

(性格は全く違うけれど…………この明るさはエステルに似てます)

 思わず口元が緩む。

 レナは、エステルは元気だろうか。

 彼女たちの事を思うと、自然と笑みを浮かべてしまう。


「ん? な〜に急に笑ってるのよ。というかルシア、貴方笑えたのね。安心したわ」

「…………」

「さあ、ご飯食べ終わったら行きましょう」


 そう言うとガツガツと勢いよく食べ、食器を適当にキッチンに放り込むと、ルシアを抱き上げて家を出た。

 傷痕や注射痕が見えないように、自分の子供の頃に使っていた服のジーンズにセーターを着させる。

 いろいろと悩んだが、黒のタートルネックのセーターが一番似合うとイリアは思った。
 
 クロスベルの街へ出ると、車の行き交いが激しく、以前ルシアが見た時よりも人々が活気づいている気がする。

 そんなルシアの考えに気付いたのか、イリアが正面で抱っこする体勢で教えてくれた。


「驚いた? 事件が解決してから以前のように街も戻ったわ。今まで怯えて大人しくしてた鬱憤を晴らすように、ね」

「…………」

「今までの分を取り戻すように頑張るのよ。ほら、みんなイイ顔してるでしょ?」

「いい、顔…………」


 視線の先にいるのは、遊んでいる子供たち。

 汗水流しながら商売をする人。

 そこには、確かに明日へ生きようとする人々の力があった。

 それをルシアは、確かに感じた。


「さ、こっちよ」


 イリアはルシアを抱きかかえながら劇場がある歓楽街へと歩く。

 ルシアは知らない事だが、裏街を中継しなかった事はイリアの気遣いであった。

 住宅街を通り抜け、カジノを通り過ぎると大きな建物が見えてきた。

 その建物はこれまでとは違い、デザイン重視のもの。

 建築様式も近代風ではなくどこか昔を匂わせるモダンなものが多い。

 中へ入ると装飾絢爛な飾りが多く、人工的な物であるが故に目を引く光景にルシアは魅入った。

 エントランスの傍らにある受付けに、初老の男性がいた。

 その男性は2人に気付くと慌てて駆け寄って来た。


「これはイリア君、どうした———と君は……」

「今日はオフでしょ? ちょっとこの子に見せてあげようかと思って」

「なるほど。しかしイリア君。早く病院に連れて行けとあれほど————」

「はいはい。わかってるわかってるって」


 老人がなにかを言おうとするが、イリアは碌に聞いていない様子で奥のホールへと歩いて行った。

 劇場のメインホールに入り、数多の客席を抜けていく。

 そこの席は、数ある中では一番安い席のエリア。

 そこから上の階へ上がるほど、VIP専用となり席料も高くなっていく。

 木造のステージ、その前の特等席にルシアを座らせると、イリアは軽快な足取りでステージに乗る。

 そしてバッと両手を広げ、満面の笑みで振り返った。


「どう? ここで私たちは全身全霊をかけて演じるの。自分とは別人の、その人の生き様や人生という名の物語を。その瞬間のその人の想いを」

「…………」

「私たち役者は、その瞬間は自己を脱ぎ捨てて、別人に成りきる」

「…………」

「それが成し遂げられれば……観客は皆が感動し、引き込まれるわ」


 それが出来なければ見るに堪えない舞台の出来上がりって訳、と肩を竦める。

 ルシアがほほぅと小さく肯くのに笑い、イリアは小さく飛び上がる。

 小さな跳躍にも関わらず、イリアは着地までに2回転もし、間髪いれずに宙返り。

 細かなステップで後退し両腕で扇情的な動きを見せる。腕の振りは大きく、そして時には小さく繊細に。

 その場で何回も回転を始める。回転の速度は速くなり、遅くなり。回転しながら飛び始めた。

 ルシアは確かに見た。彼女の動きから、身体から光が零れているのを。


「…………綺麗です」

「あら、そう? 嬉しいわ!」


 ルシアの素直な称賛に、イリアは少し照れたようにはにかんで笑う。


「驚きました。己を輝かせる事ができるなど、貴方で2人目です」

「輝く? ん〜……よく分からないけど悪い意味じゃなさそうね。光栄だわ。でも1人目は?」

「昔の…………本当に昔に会った、知り合いの方です」

「昔って。あなたはまだ子供じゃない。昔なんて表現は相応しくないわよ?」

「…………そうですね」


 小さく口元を緩めて笑う。

 失った記憶を必死に掘り起こせば、ジーンという女性は踊り子でありながら武道家でもあった。

 武道を教えられた最中の休息の時に幾度となく舞ってくれた。

 それを自分は、素直に喜んで観賞していた。

 両親も、ロンファさんも、レオさんも、“父様に好意を持っていた”レミーナさんも。


「あの頃は……私の歌をあの人に、皆に褒めてもらって、嬉しかったのを覚えています」

「そう…………会ってみたいわ」

 全ては、過去。

 もうジーンさんはいない。レミーナさんも。レオさんも。ロンファさんも。そして、両親も。

 ルシアの無表情の中に、微かな悲しみや孤独をイリアは垣間見る。

 なんだか堪らなくなり、思わず口にしていた。


「ねえ。私にも聴かせてもらえないかしら? 君の歌を」

「…………声が出難いので、聴き辛いかもしれませんよ」

「いいのよ」


 では、と肯き、ルシアは小さく息を吸い込み、動かない身体を椅子に預けながらその場で歌った。

 小さく、だけど掠れた声で。


 劇場というのは、その構造事態が優れている。

 音は良く聞こえるように、響くように作られている為、自然と“良い音”が聞こえる。

 その為だろうか。

 小さな声にも関わらず、その声は劇場に確かに響き渡った。


(うわ……何、この子。才能ってレベルじゃないわコレ。そう、これは奇跡よ)


 空間が輝いている、確かにイリアはそう見えた。

 キラキラと小さな光がいくつも宙を舞っている。

 声の主を祝福しているんじゃない、歌声が祝福されて世界が喜んでいる。意味が分からないが、その例えが一番しっくりきた。

 数分間だが、その歌にイリア・プラティエは酔い痴れた。

 歌が終わると、まずイリアが行ったのは拍手でもなければ称賛の声を上げることでもなかった。

 それは———。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜」


 盛大な溜息である。

 顔を俯け溜息を吐くその姿は、なんだかとってもオヤジ臭く、そして次にとった行動は、


「もう……………最高」


 ブルブルと震えてゆっくりと顔を上げると———眼を輝かせるイリアが。

 ピョーンと勢いよく舞台から飛び降りると、ルシアを抱え上げ、スリスリと頬を擦り合わせる。


「ルシア! あんたはこれから私の劇団に入りなさい! 私の専属歌手として!」

「いえ、それはちょっと」

「もう決定! あ〜〜〜〜〜〜〜、もう最高! あんたの歌と私の踊り。合わせれば天下無敵よ! これでもう一人、私と対極の踊り方をする子が入れば私たちは勝てる!」

「? 何にです?」


 イリアの暴走は止まらない。

 抱きしめる力は更に強まるし、年頃の女の子が子供とはいえ男の子のルシアに対して頬を擦りつけるほどの愛情表現。

 ルシアも自分の言葉が見事にスルーされているにも関わらず、どこか憎めず、そしてなんだか面映い。


「くすぐったいです…………もう」

「え〜〜、いいじゃない。ブウブウ」

「子供ですかあなたは」


 そう言いながらも。

 無意識に、ルシアの両手がイリアの首元に回されようとしていた。

 その瞬間だった。


 ————バタン!


 という大きな扉を開けると共に入って来る、大勢の足音。


「誰!?」


 イリアはハッとなり、ルシアを守るように背に隠す。

 彼女の声を無視するように、無言で次々と突入してくるのは————警察。


「な、何故クロスベル警察がっ!?」


 突然入って来た警察官たちに動揺する。

 訳がわからない彼女に答えたのは、最後に入って来た男性だった。


「私ですよ、イリア君」

「支配人!」


 その人は、ホールに入って来た時にいた男性だった。


「なんで勝手に———!」

「君はこの劇団の宝なのだ! それなのに、そんな訳のわからない子供にカマけておる! しかも医者の見立てではクスリをやっているとか。そんな危ない、身元不明の子は警察に通報するのが筋というものだろう!」

「そ、それはっ」


 そう。誰がどう見ても、ルシアは危ない子である。

 そしてその場合は警察に通報するのが筋であった。なによりイリアは近い将来にスターになる存在。

 そう確信している支配人であり初老の男性は、イリアが犯罪者になる前に防ぎたかった。

 誘拐という疑いをかけられる前に。


「まあ、それに関しては大丈夫でしょう。彼の身元は私が保証しますよ」


 だがそれは、すぐに解決した。

 男性のさらに後ろからやってきた男三人組み。

 その中央の男性が云ったのだが、その男性にルシアは見覚えがあったのだ。
 

「…………セルゲイ」

「探したぞ、ルシア」

「全くだぜ。どんだけ心配かければ気が済むんだお前は!」

「…………ガイさん」

「無事で安心した」

「…………アリオスさんまで」


 近寄って来た3人は、穏やかな顔でルシアの前まで来る。

 イリアは知り合いだと分かったのか、ひとまず安心して、そして気がついた。


「あら? あなたセシルの……」

「ん? おいおい、あんたはセシルの親友の」


 どうやらこちらも知り合いだったようだ。

 何やら怒りたいような嬉しいような、といった複雑な顔をしているセルゲイやアリオスを尻目に、ガイはそうだそうだ言って両手をポンっと叩いて、ルシアへと近寄ってくる。


「おい、ルシア」

「…………何でしょう」

「お前への伝言、というかお願いされた事だ」

「?」


 歯をくいしばれ、という言葉と共に振りおろされたのは拳骨。

 ゴチン、という音と共にルシアの脳天に振りおろされたのだった。


「ノエル嬢ちゃんからお前にだ」

「嘘をつくな嘘を。あの子はお前にやってくれなどといっとらん」

「その通りだガイ」


 即座に突っ込みされたガイは、うっと苦しそうにうめき声を上げる。

 だがルシアはその行為を敢えて受け入れた。

 ド突かれた頭をひと撫でし、小さく頭を下げる。そんな態度に、ガイは気まずそうに言った。


「あ〜、いや、まあ。今回の一連の騒動。お前のやった事は類を見ない功績だとか言われてるし、実際にそうなんだが……あ〜、女を泣かせた時点で男が悪い! これは常識だ!」

「…………そうなんですか」

「いや、納得するな」


 本気でふむふむと肯くルシアに、セルゲイは思いっきり突っ込みを入れる。


「お前を保護したこと、ノエル嬢ちゃんやフラン嬢ちゃんにも早速教えてやらないとな!」

「ああ、それがいい」

「だろ! アリオス」

「ああ。とても心配していた。はやく教えてやろう」

「そうだな。だがまず先は、イリア・プラティエ殿。この子を保護して頂いたようで、心から感謝します」

「ん? ああ。いいのいいの。私が好きでしてたんだから」

「そうか」


 年上に対してもざっくばらんな態度だが、セルゲイはそれを不快に感じなかった。

 軽い態度に助かりつつも、ルシアへと振り返り、改めて身を正す。

 セルゲイの態度に、周囲を警戒・囲んでいた警官達も一時的に姿勢を崩し、そしてルシアへと向く。

 バシっという音。

 イリアはひゅうっと口笛を鳴らし、支配人の男性は息を呑んだ。

 一斉に脚を踏みならし、姿勢を正し、敬礼。

 その光景は———壮観の一言に尽きる。


「——————多くの子供を拉致犯の魔の手から救い出し、己が囚われてもその強靭の精神から屈さず、冷静且つ狡猾に推理し敵の狙いを見抜き、事件の早期解決に尽力してくださった貴殿に、心から感謝します!」

「敬礼〜〜〜〜〜!!」


 ガイの合図と共に同時に敬礼する警察官たちは、眼の前の『子供』に対する態度ではない。

 敬意を払うべき『一般人』に対する、心からの感謝の気持ち。


(これは…………)


 確かに伝わってくる、人間たちの心。

 身勝手な欲に塗れた人間。

 清々しさを感じさせる人間たち。

 一体、いったいどちらが本当の人間の姿なのだろうか。


「—————私からも礼を言わせてくれないだろうか」


 その自然と響く声に、誰もが入口へと振り返る。

 新たな来訪者の姿を確認した者は、自然と息を呑んだ。

 そこに居たのは、今回の事件の最大の功労者にして指導者。

 元々有名だった名が、不動のモノとして大陸全土に根強く芽生えたその名。


「—————カシウスさん」

「会いたかったぞ……ルシア」


 そこにいたのは、若干目が潤んでいたが穏やかに微笑む、カシウス・ブライトの姿だった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇





 ここクロスベルに居るのは家族旅行という事らしい。

 今回の事件で家族を放置気味だったことに対するお詫びと、新しく加わった家族との懇親旅行との事。

 列車で訪れたは良いが、家族をホテルに預けて一旦クロスベルの遊撃士協会に挨拶に行った時だった。 警察に不審な子供がいるとの情報が入ったと、遊撃士協会も掴んだのだ。

 そして遊撃士協会が問題視したのは、事件の件の子供の情報と一致したからだった。

 カシウスは一瞬、家族たちにこの事を伝えるか迷った。

 だがやはり、ルシアが『どうなっているか』が分からない以上、会わせてはならないと決断したらしい。

 父親として、そして旦那としての判断だった。


「———とまあそういう訳で、エステルやレナと一緒じゃなくてすまなかったな?」

「…………」

「ハハハハ。冗談だ冗談」


 少し抗議がましい眼で見てくるルシアにカシウスは苦笑する。

 こんな薬漬けの状態の自分を、誰が見せたいと思うだろうか。

 もちろんカシウスもそう思ったからこそ、1人で来て正解だと思ったのだが。


「そうでした」

「ん?」

「レンは……無事でしたか?」

「もちろんだ。あの子は今は私たちの娘さ」

「そう、ですか」


 ホッと一安心。

 魔法のコントロールが効き難い中、正直いって自信がなかったのだ。


「それで…………身体は大丈夫なのか?」


 カシウスは心配そうな声で、屈んで頭を撫でながら問う。

 その言葉にセルゲイやガイ、アリオスも近寄って来て様子を窺う。

 ルシアは目を伏せ躊躇いがちに、だが正直に言う事にした。


「身体は……良いとは言えません。まったく動かない状態ですし、体内に粗悪なモノが溜まり過ぎているようです」

「…………急いで病院を手配しよう。信頼のおける、軍の病院をな」

「それがいい。信頼のおけるモノを交代制でガードさせながらな」

「そうだな」

「ああ」


 各々がそう勧めてくる。イリアもなんだか安心したような、だけど少し寂しそうな、そんな顔をしながら後ろで肯いている。

 その勢いに押されて、ルシアも肯こうとした、そんな時だった。


「そうそう。そういえば各施設を叩いた時にな、私たち遊撃士の前に妙な女が現れたんだ」

「女? 研究員とかッスか?」

「いや、ガイくん。そいつは事件の黒幕の協力者のような事を臭わせた後、姿を消したんだが……問題はその前だ」

「何があったんです」


 アリオスはカシウスの言葉に不穏な気配を感じたのか、珍しく焦れたように聞いてくる。

 そしてその言葉を聞いたルシアは————凍りついた。





「魔族の長・ゼノビアと名乗った女がよく解らない方法で突如現れ、そして姿を消した。正直いって勝てる気がしなかったよ…………ゼノビアという女の背後には、ゾファーという指導者らしきものがいるようだった」





「剣聖である貴方が勝てないって……」

「魔族って、なんだ?」

「D・G教団以外にも外道な奴らがいるのか」


 カシウスの言葉に驚愕するセルゲイ・ガイ・アリオス達。

 魔族については知らないが、それでも犯人が別にもいると知り、拳を叩いて悔しそうにするガイ。

 周囲の警察官や捜査一課の者たちも表情を険しくするが、それは自然と収まっていく。

 イリアはそれを怪訝に思った。

 何の話かはすぐに分かった。生来の直感の良さから、最近の大きな事件の事だと当たりを付け、それ故に皆の動揺や怒りも当たり前だと思う。

 だが、それなのに収まりを見せる様子にイリアは眉を顰め、周囲を見渡し、ソレについに気がついた。


「ゼノビア…………ゾ、ファー…………!?」


 小さな変化は見せたとはいえ、殆どのその表情に変化など無かった、小さな男の子・ルシア。

 人形のように空虚な目をして、感情を失ったんじゃないかと思うほど変化がない彼。

 -————だが。

 そんな彼が、目を大きく見開き唇を震わせ、動かない筈の身体を大きく震わせたその反応に、誰もが驚いていたのだ。


「お、おい、どうした?」

「ちょ、ちょっと、どうしたのよそんなに驚いて」

「…………やはり、心当たりがあるのだな?」


 セルゲイは初めてみるその姿に慌てて話しかけて来て、イリアは少しどもってしまい、そしてカシウスは『直感』が『確信』へと変わる。


「教えてほしい……あの者たちは、何者なのか」

「…………」


 ルシアは俯いて答えない。

 いや、実際は『聞こえていなかった』。

(魔女ゼノビア……覚えがあります……魔族の中でも頂点に立つ存在であり、その魔力はゾファーに及ばないまでもアルテナを守護する四竜すら超えると云われた筈。けれどあの者はその昔、ドラゴンマスターに滅ぼされたと知識に。いえ、そんな事はどうでも良いのです。問題は、ゾファーがついに動き出しつつあること、そして魔族たちを配下に加えたということ)


 今のままでは—————————勝てない。そう確信する。

 魔女ゼノビア、そして暗黒の破壊神ゾファー。

 彼らに対抗する為には、自分の力の全てを取り戻す事。

 力を取り戻し、あの力を使えばゼノビアも、そしてゾファーも打ち砕くことができるだろう。



 そしてその為には——————




「〜〜〜〜〜〜!!」


 イリアを、セルゲイを、ガイを、アリオスを、そしてカシウスを見て、思わず硬直する。

 ソレをすれば。

 ソレをしてしまえば————。


「…………事情が変わりました」

「なに?」

 その絞り出すような声が、辛そうなほど震えていた。

 ルシアの纏う雰囲気が急変する。

 薬で弱り切った、儚い雰囲気があった彼から、ピリピリした攻撃的な意思を、他者の拒絶の意思を纏った雰囲気へと変わった。

 そして彼の身体が、徐々にゆっくりと浮き上がる。

 魔法の行使が苦しく、呆れる程の微量な魔力しか出せない。

 だが、確かに皆は見たのだ。

 人が、宙に浮かぶのを。


「ルシア、おまえ……」


 ガイが呆然と呟いた。その声は皆の声を代弁している。

 尚も詰め寄ろうとした瞬間だった。


「……私は人間の為に、大幅に使命を果たす予定を狂わされた。故にもう、人間を信じることはできない。これ以上余計な情報を貴方達に与えて、事態が拗れるのは避けなければならない」

「それはっ・・・・・・だが、だが! ここで対策を練らなければ後々に事態が悪化するかもしれないだろう!」

「例えそうだとしても」


 カシウスの言葉を遮って言う。
 
 そう、これは歴然とした事実だから。


「人間の力では、ゼノビアにも、そしてゾファーにも勝てません」


 宙に舞った高さは、ついに3メートルへと到達する。


「私は、この弱った肉体の再生作業に入りこの身を『封印』します。時間換算しておよそ数年。その間にあの者たちが完全に復活することが無い方に賭け、復活直後にあの者たちを滅ぼします」


 ルシアの言葉に誰もが訳が分からず混乱する中、イリアだけは反応した。

 彼女だけは気付くことができた。


「ちょっと待ってルシア! 封印ってどういうこと!? 肉体の再生って、何をするつもりなの!」

「…………私が作り出す特殊な結晶体の中に己を閉じ込め、身体を造りかえるのです」

「!?」


 イリアはその言葉に絶句する。

 そう、それはどこか『人』として許されざる発言だった。

 思わず激情に駆られるままに怒鳴ろうとして、そして何も言う事はなにもできなくなった。

 それは、その瞳を見てしまったから。


「…………カシウス」


 その瞳は、生者にあるべき光が濁りきっていて。

 焦燥感に溢れていた。


「セルゲイさん」


 口元はギュッと噛みしめられ。


「ガイさん、アリオスさん」

 
 特徴的な青髪が魔力の奔流で靡き、そしてそれが目と相反するように幻想的で美しく。


「そして……イリア」


 そこにいたのは人や子供と相対しているというより、絵画にあしらわれた女神や、天使に実際に遭遇してしまったかのように感じる、恐れ多いといった感情。


「また、いつか、会いましょう」


 そう呟いて、ルシアは消えてしまった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 



 リベール王国軍、元大佐にして剣聖カシウス・ブライト。

 A級遊撃士にして、その中でも最強と名高いカシウス・ブライト。

 彼は一時間前に、もう一人の息子を救う事が出来ず、彼の苦しみを分かってあげる事ができず、己の無力さを痛感して心を痛めていた。

 そんなショックを受けたカシウスは重い足取りで家族の元へと向かったのだが、クロスベルの街中で呆然と立ち止る家族に気付き、思わず駆け寄った。

 様子がおかしい。

 そう思い近寄ったのだが、その原因に嫌でも気付かされる。

 今回の旅行は、レンの本当の両親に会うのが一番の目的。

 そして妻とその傍で妻にしがみ付き何かに耐えるような仕草の愛娘と、身体を震わせる新たな娘が。

 3人が見詰める先にいたのは——————。


 レンと同じ髪色をした男性と、茶髪の女性だった。


 その腕に、小さな赤ん坊を抱きしめて。


『可愛いね。お前にそっくりだよ。ほ〜〜ら、よしよし』

『ふふ。前の子はあんなことになってしまったけれど』


 幸せそうに微笑み合う、夫婦の姿。


『でも良かった。女神さまは私たちのことをお見捨てにならなかったのね』

『おいおい。その話はしない約束だろう?』


 思わずカシウスは、レンの耳を塞ぎたくなって、だがどうしていいか分からなくなった。


『昔のことはもう忘れよう』

『ええ……哀しいけど、その方があの子のためよね』


 分かっていた。レンは穢れた子。

 あんなことになった、前の子。

 分かってしまった。

 レンは、どうでもいい、

 忘れられるくらいの————。






『それが本当かどうか、今を生きてください』






 不意に思いだした『あいつ』の言葉。






『貴方は今、1人ではないでしょう?』






「もう……いいわ」


 涙は、無かった。

 ただ感情の全てがそぎ落とされてしまったような、まるで人形のような、そんな顔。

 人はこんな顔が出来てしまうのか、レナはそう思ってしまう。


「〜〜〜〜〜っ」


 何か言わなくては、そう思うが言葉が出てこない。レナもカシウスもそんな自分に憤り、そして焦る。

 掛ける言葉が見当たらず、レナは思わず手を握った。

 必死に、必死に言葉を探る。


「本当に、いいのね?」

「…………」

「勘違い、というのもあるのよ? レンちゃんが生きてるって言えば、ご両親だって」

「…………」


 レナの言葉が苦しいのか、それとも痛いのだろうか。

 ついにレンの瞳からボロボロと涙が零れ落ち、でも気にせずに首を横に振る。


「レンのパパとママは————」


 ふたりでしょ? とそう言って、小さな手がレナの手を握りしめた。

 頼りなく、小さく震えて。

 まるで縋りつくように。

 その行為に、カシウスは止めるべきかどうか迷った。

 今のレンは明らかに自分たちを本当の両親と思いこむ事で自分を守ろうとしている。

 それは良い事かもしれないが、カシウスにとっては長期的な目で見て決して最善とは思えなかったのだ。

 だが。

 だがどうして言えようか。

 この小さな、幼い身体の子供に、現実を受け止めさせるなど。


「あんな人たちなんて、レン、知らないもの」


 そう振り返って笑って言う、そんな彼女に。

 レナもカシウスも、そして状況を察したエステルも、何も言えなかった。

 ただ出来たのは———。


「…………」


 手を繋いで、一緒に歩いていくこと。

 親子として、共に。

「んっ!」

 レナの手と、反対の手を握ったエステルの手を、ぎゅっと握り。

 笑うレンへの表情に、エステルとレナは目尻に涙を浮かべて笑いかけるしかなかった。




 1人だった少女は、こうして家族を得た。

 心に大きな、大きな傷の残して。
 
 カシウス・ブライトはこの日、2人の子供の心を守ることはできなかった。

 それは、彼を大きく、大きく傷つけた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇






 誰もが傷つき、時に真実から目を背け。

 滅びの未来か、それとも明るい未来へか。

 運命は疾走する。



「ただいま〜〜。新しい家族ができたぞ〜」

「お父さん、その子は誰!? お母さんを裏切ったの?」

「…………」

「お前はそんなセリフをどこで覚えてくるんだ」

「シェラ姉」

 

 時には出会いというなの縁を運命は運び。



「初めまして、ティオ・プラトーです」

「いらっしゃい。いや、おかえりなさい」

「……本当に良いのですか? 赤の他人の私を……」

「遠慮なんかするものじゃない。私たちは家族になるのだから」

「そうそう! 私、エステル! よろしく!」
 


 第三者の介入により、新たな出会いを運び。



「アニキ! アニキぃぃ!!」

「そんな……ガイさん…………」

「ばかやろぅ! こんなに早くに逝きやがって!」



 唐突な悲劇と共に人の幸せを切り裂く。

 

 『外』でそんな事が起こっているとも知らず。

 とある場所。

 その地下。

 最後の魔力を振り絞り造り出したクリスタルの中で。

 青き星のルシアは眠り続ける。


(エステル……レン……ティオ……)


 目覚めるその日まで。

 裸になった彼は目を閉じたまま、漂い続けた。





 —————青き星のルシアは、眠りにつく。




___________

すいません。
感想は明日以降に返します。これから仕事なので、また帰ってきたら返します。



[34464] INTER MISSION 01
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/01/16 21:28
【イリア・プラティエ邸 滞在時】



 イリア・プラティエの一週間は学生とは思えないほど忙しい。

 役者という特殊な肩書を持つ彼女は、毎朝のランニングで体力作りと発声練習に始まる。

 その後は、週3回の日曜学校に通う。無い日はすぐに劇団の練習に合流するし、学校があってもその後に合流する。

 練習後は個人練習を積み、その後に基礎の発声練習にダンスの練習もある。

 それを夜まで行い、家に戻ってご飯を食べて寝る。


 大体はその予定だが、親友のセシル・ノイエスと出かけたりする時は、基本的に突発的な休日ができた時か、空いている時間ができた時だ。

 
 そんな学生にしては激務な日常を送っているイリアだが、そこに最も神経を消費するというべき『看護』というものが入った。

 人ひとりの看護とはいえ、常人は膨大な精神を消費する。体力も取られ、人によってはノイローゼになる人もいるくらいだ。

 そんな大変な看護を、ただでさえ忙しく体力を消耗するイリアが、ルシアを保護した事により負うことになった。


 
 だがそんな事情が、イリア・プラティエに適応されると思ったら大きな間違いだ。

 

 介護という大変な作業に追われている身であるが、イリアはそれを全く苦にはしなかった。

 そもそもイリアは役者という職業と、そしてその訓練を呼吸と同じように捉えており、疲れはあっても疲労困憊という言葉とは無縁であった。

 そして介護が必要になった時、いつもの練習を少し早く切り上げ、自宅に住まわせた小さな男の子の為に急いで帰ったのだ。

 

 扉を開けると、彼女のベッドに青い髪の、女の子にしか見えない男の子が小さく寝息を立てている。

 保護した当初、手当の際に身体を見る機会があったのだが、当初は女の子だと思っていた。

 外見年齢上、平坦な胸を見ても何の違和感もなかった。


 ・・・・・・私と同じで将来は絶望的かもと思ったイリアだったが、それは今はどうでもいい。


 身体に付着した血液やら体液やらを拭き取ったりした際、注射痕で穴だらけになった皮膚や薬品で変色した皮膚を見て「女の子の身体になんてことを・・・」と唇を噛みしめた。

 だが、股に差しかかった時点で、女性に無いものが付いている時点で、目が点になったのだ。


「なんか付いてる!?」

 
 未来の大女優、イリア・プラティエ。

 人生、生まれて初の、ゴールデンボールを見た衝撃である。

 ・・・例え相手が信じられない程の可愛さ、美人さを誇っていても、信じてしまう説得力がそこにあった。









「は~~~~。いいお湯ねぇ~」


 チャプン、と音を鳴らして湯気が浴室に充満する。

 ハーブの入浴剤を入れたお風呂は、ハーブの香りが凄い。

 足を限界まで伸ばして、両腕を欲槽の縁に沿うように伸ばす。まさに広々と細い身体と細い腕。

 それが伸ばしたお陰で脇も水面より少し上で丸見えになり、平均を下回る乳房はお湯の中で揺らぐ事無く浸かっている。


「・・・・・・そう・・・・・・ですね」


 そんな彼女の膝の上、いや、ぶっちゃけ身体の正面、身体に圧し掛かるようにルシアも湯に浸かっていた。

 お風呂に入るとの事で、稽古から帰ってきたイリアに布団から抱え上げられ、問答無用で浴室に連れ込まれたのだった。


「で、どう? こ~んな綺麗なお姉さんと一緒にお風呂って、テレる? ん?」

「・・・・・・テレるとは?」

「恥ずかしいって事よ」

「?」

「ぐっ、これは素の反応ねっ・・・・・・この年頃の男の子って恥ずかしがるはずなんだけど」

「?」


 演技ではない素の反応に、演技のプロのイリアは即座に見抜いて悔しそうにする。

 からかいたかったらしいが、見事に目論見は外れたようだ。


「やれやれ。君にはまだ早かったかな」

「?」

「ほら、おいで」


 イリアはルシアの身体をグッと寄せる。

 胸は彼の身体に押しつぶされ、彼の臀部は彼女のまたの付け根の上に来る。


「感じる? 男と女の違いを」

「・・・・・・・・・・・・」

「女の人っていうのはね、未来で、君をこうやってぎゅっと抱きしめてくれる人のことを言うのよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ルシアが辛い時に、悲しい時に、挫けそうになった時に、きっとこうしてくれる人が現れるから」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから、どれだけ人を嫌いになっても、傍にいる人を信じてあげてね」

「・・・・・・・・・・・・はい」

「ま、君なら心配いらないだろうけど、もし誰もいなかったら私がそこにいてあげるわ!」


 冗談半分でイリアはそう言った。

 真面目に話した事が少し恥ずかしかったからなのだが、その時、ルシアはその真っ直ぐな瞳を向けてコクンと頷いたのだ。



 ―――ドキっと、心臓が跳ねた。



 その瞳に、彼の成長した将来の姿が見えた気がして、思わず鼓動が脈打ったのだ。


「ア、アハハハハ。ま、まあこのイリア様の身体を見たんだから、当然よね!」

「・・・・・・身体を見ると、一緒にいることになるのですか?」

「ん? ん~~~、どうだろ? でも私スタイルいいでしょ? 結構自信あるんだけど」


 そう言って扇情的なポーズを取るイリア。

 ルシアはその生来の天然さから、まじまじとイリアの肢体を見つめる。


 染みひとつない身体。

 長い手足。

 ほどよくついた筋肉と決して太くない身体に、腰周り。

 大きくない乳房だが、その頂点はピンク色でとても綺麗。 


 ルシアは記憶の片隅にある母との入浴を思い出し、女神であった母に適わないまでも、人間の中では破格の身体付きだと判断する。

 彼はコクンと頷いた。


「・・・・・・はい・・・・・・キレイだと思います」

「アハハハ。そうハッキリ言われるとテレるわね」

「・・・・・・レナもそうでしたが・・・・・・女性いうのは胸が膨らんでいるのですね・・・・・・痛くないのですか?」

「痛くないわよ? まあでも、だからって無暗に女性の裸は見ないこと。そういうのはもう5年くらい経ってからね」

「?」


 意味が分かっていないルシアに、イリアはケタケタと笑いながらギューっと抱きしめたのだった。

 そして、こうも思った。


 もしかして、情操教育的な意味で行った今回のコレ。

 ・・・・・・・・・・・・逆に妙な事を教えちゃったかしら、と。



「ま、いっか!」


 深くは気にしないのも、イリアの大雑把な性格故だった。


 後に、今回の事がとんでもない事を引き起こすのだが、それはまだ、未来のお話。

************************************************

新年早々と何書いてんだ俺・・・・・・溜まってんのか!?(笑)
とまあ、急にこんなシーンが書きたくなったので、ガキ使見ながら書きました。
部分部分でハチャメチャなところもあると思いますが、後に直します。

・・・酒が入ってて眠いので、感想返しは明日に行います。ごめんなさい。



[34464] INTER MISSION 02
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/05/12 00:10
 これは、はるか昔の話だ。



 一組の男女がいた。その男女はとある事情により友人、知人、親族たちと離れ離れになり、たった2人で誰もいない星で暮らしていた。

 それは永遠の別れとなるはずだった。

 しかし、その別れから数年で一転。ある災厄を倒した事が好転したのか、滅んだその星に復活の兆しが見え始めたのだ。

 太陽の光が暗黒の星となった世界を照らし、草木の新芽が芽吹き始めたのだ。



 それをきっかけに2人は下手に介入せず、所謂隠居の身として自然の流れに任せて傍観者の立場に立ち、自分たちの幸福を追求した。

 その星からかつての仲間たちがいる星へとアクセス通路を開拓し、仲間たちや家族と再会。

 復活の兆しを見せ始めた星へ招き、思い出話に華を咲かせ、寝食を共にし、酒を酌み交わし、かつてのように星を周り探索する冒険の日々。


 そんな中、2人の男女のうち、女性の方に問題が発生した。

 ――――彼女が妊娠したのだ。


 それは、本来なら有り得ない事だった。

 彼女は見た目、身体構造、全てにおいて普通の女性だが、決定的に他者とは違うところがあったのだ。

 そう―――彼女は『女神』の代行者、女神にもなる事ができ、神としての本質を備えた女性でもあったからだ。

 だが彼女は人間の男性を愛し、彼の子を授かった。


 彼女に付き従う4匹の部下はその有り得ない事態に驚愕した。驚愕は動揺へと変わり、思わずたたらを踏んでしまい、地震を起こしてしまった程。

 だが“彼女の役目”は終わった。

 そう考えた4匹は祝福し、嬉しそうに見守った。

 当然、仲間たちも喜び祝福した。


 そうして彼女は出産。

 仲間たちの協力を得て四苦八苦しながら育児に励み、子はすくすくと成長した。


 その子供は、母親そっくりの容姿をした、けれど確かに男の子だった。


 その子供は母親の名前を捩り『ルシア』と名付けられた。

 後に、幾代もの前にあたる女神アルテナの名と同じという事実を知るのだが、それは詮無いことである。

 彼は母の血を色濃く受け継いだのか、凄まじい程の利発な子であった。

 2歳にもなるときには普通の子供以上にしっかりとした動きで走り回り、貪欲に知識を求めて仲間たちが運営する都市の図書館の本を読み耽った。


 仲間たちは、男女の血を色濃く受け継いだ子供を溺愛した。

 あまりの可愛さに、自分たちの知りうる技術、知識を惜しみなく注ぎ込んだほどだ。


 ―――天才的な踊り子であり、武道家の中でも頂点に立つ彼女は、その踊りと武道の技を。

 ―――正義を追求する剣術を駆使する騎士は、その騎士道の心と剣術を。

 ―――世界最強の魔法使いでお金大好きな彼女は、全ての魔導の知識とお金の大切さを。

 ―――人々を救済する回復の担い手である彼は、医療知識と回復魔法の全てを。


 幼すぎる年齢である彼に教える事ではないと、男女の男の方、その祖父は思わず突っ込んだし、2人も困ったように苦笑していたが、それでも楽しそうに教えてもらう我が子を止めず、微笑ましく見守る道を選んだのだ。



 その子は、信じられない速さでその全てを覚えてしまったのだ。



 それは、やはり母である彼女の『女神の血』を引き継いでいるからか。

 そう仲間たちも思い、思わず身震いした。



 そんな男女2人――――『ヒイロ』と『ルーシア』と、その子供『ルシア』の、ある日のお話だ。

















 
 
「ささ。はい、アーン」

「あ~ん!」
 
 
 ヒイロとルーシアの家、そこはかつてルーシアが長い刻を眠り続けた塔であり、ヒイロが住みやすく少し改造した場所でもある。

 中央の通路は水晶の造りをしていて、両脇を巨大な人型の石像が取り囲んでいる。

 荘厳、という言葉が相応しい建造物だ。

 そこの中で人が住めるように改造された一画、生活スペースにおいて彼らは集まっていた。


 口に香辛料のハーブを加えた短髪の男―――ロンファ。

 ロンファの妻であり、額に角のある薄い水色の髪の可愛い女性―――マウリ。

 マウリの兄であり、同じ様に角があり、腰元に剣を携え、騎士の格好をした男―――レオ。

 金髪のふわふわ髪を翻し、悪戯っ娘のような印象を受ける、けれど止事無い血筋のお嬢様―――レミーナ。

 踊り子の衣装を纏い黒髪を一纏めに結う、健康的な肢体の、実は踊り子にして武道家という女性―――ジーン。



「おやおや、甘えん坊だねぇ、ヒイロとルーシアの息子は」

「いいじゃない。ねぇ? ルシアく~ん」

「ん?」


 話を聞いていなかったらしく、レミーナの膝の上に座って彼女に手ずからご飯を食べさせられていたルシアは、口をリスのように膨らませて振り返った。

 口元がニヤけながらツンツンと彼の額をつつくジーンと、彼にスリスリと頬を擦りつけて猫可愛がりをしながらぎゅっと抱きしめるレミーナ。


 愛息子に溺愛の情を向ける戦友にして親友に苦笑する、彼の両親。 

 茶髪で肌焼けした、頬に刺青のある男性―――ヒイロ。

 長く蒼い髪、そのあまりの美貌とスタイルは誰もが女神と称し、優しい母性の笑みは母の顔―――ルーシア。


「ふふふ、ねえレミーナ。食事が終わったらお風呂に入れてもらえる?」

「まっかせなさい!」

「ちゃんと頭も洗うんだぞ、ルシア」

「うん、父様!」


 頭をクシャっと撫でてくるヒイロに、ルシアは満面の笑みでそう返す。

 愛息子の笑顔に、ヒイロも子供のように笑う。その顔を見ると、仲間たちはヒイロは変わらないなぁと感じるのだ。


「お~お~。羨ましいねぇ、ルシア。美人と風呂に入れるなんて俺と代わって――――」

「俺と代わって? 誰と入るつもりかしら?」

「うぉ!? マウリ、違うんだ! 俺はお前一筋で!! だけどここは男として――――」

「はいはい、言い訳は後で聞きますから」

「・・・・・・なかなか夫婦が板に付いてきたな。兄として、親友として嬉しいぞ!」


 茶化すロンファの耳を引っ張っていく妻のマウリ。その笑いながら引き摺る横顔が怖すぎる。
 
 マウリの兄であるレオは、この光景を見て妹と親友が上手く夫婦をやれている事に何故か満足気に頷いている。幸せ一杯に見えるようだ。

 兄の目はスモークガラスで覆われているに違いない。
 
 扉の向こうへ消えていって激しい殴打音が聞こえてくる中、スルーすることに決めたらしいジーンは、冷や汗をかきながら提案した。


「そ、それじゃあご飯を食べ終わったら軽く食後の運動をして、それからお風呂に入って寝るとしますか」

「さ~んせ~!」

「そうね、それがいいかも」

「お布団は今日干したばかりだからね。きっと気持ちよく寝れるはずさ」

「さっすがヒイロ。気が利いてるね」

「まあね。僕も夫として最低限の家事くらいはできないとね」


 勿論ロンファとマウリも幸せな夫婦生活を送っているのだが、ヒイロとルーシアの幸せっぷりも半端じゃない。

 そもそも、2人は滅んだ青き星の再生を見守っていく立場にある。

 つまり日頃の生活において、特に必要に迫られる仕事はそうは無い。

 滅んだ地に、栄養となる肥料を蒔いて土を耕し、日頃の糧を得るために農作物をつくる。

 そもそも作物をつくる事も、再生への第一歩であった。

 それからは辺り一帯を散策。自宅となる青き塔の改築。

 2人で家具を創り、2人で掃除をして、2人で食事を作る。

 人の生活という常識を知らないルーシアにとって、大好きなヒイロと共にする共同作業は嬉しくて楽しくて仕様が無いらしい。

 女神の笑顔が大盤振る舞いでヒイロも毎日がとても幸せで充実している。

 彼女のそんな笑顔をずっと守りたかったのはヒイロで、見たかったのもヒイロで、守りきったのもヒイロなのだ。


「じゃあ、食後の運動といこうかな。おいでルシア」

「うん!」

「あたしも~!」


 レミーナの膝上からルシアを抱きかかえたジーンが、青き星が一望できる広場へと向い、レミーナも続く。

 残った面子も、ボロボロになったロンファも、穏やかな笑顔で雑談しながら後に続いた。












「はぁああああああ! 竜・神・掌!!」

「竜神掌!!」


 ジーンとお揃いの道着を着込んだルシアと対したジーン。

 組手の中でお互いに同じ技をぶつけ合う。

 ――――が。


「わっ!?」


 目視できるほどの闘気は竜の形を取り、打ち出した方向へ衝撃波を伴って襲いかかる技。

 だがぶつけ合ったにも関わらず、全力で打ち出したルシアの技は、余裕を持ったジーンの技に貫かれてしまった。


「フフフ、まだまだ精進が足りないねぇ」

「むぅ~~~」


 ガシガシっと頭を撫でるジーン。師匠としてまだ負けられないしね~、というジーンは快活に笑う。

 すると隣でルシアを呼ぶ声が。


「いくわよ、ルシア!」

「!」


 ビクっと反応して後ろに飛び退く。

 視線を向けた先には、右手を腰に掛け、左手を天へと振り上げて呪文詠唱に入る寸前のレミーナが。

 上下が繋がった紺のフレアスカートを着ているレミーナ。昔から同じデザインの服なのだが、実は半袖から袖無しのデザインへ変わっている。

 実はジーンもなのだが、20代になったレミーナも未だに男付き合いは皆無で、ヴェーンの党首としてせっつかれている。

 とはいえ、昔はお金にがめつくて、それがレミーナの魅力を完全に打ち消していたのだが、今は少し女としての面が顔を出してきている。

 大胆にワキを晒して天へと構える姿は本当に可愛く、そして美人であった。


 そんなレミーナの事がジーン同様に大好きなルシアは、少し口元が緩みながらも師匠に己の努力の成果を見せる為に力を込める。


「燃え上がれ! 炎よ! ――――バーンストライク!!」

「冷気よ、渦巻け! ――――フリーズアロー!!」


 常人が放つソレらは、普通なら拳大の炎の塊・氷の塊なのだが、2人が放つソレらは5メートルを超える大きさ。

 威力も桁違いで、属性魔法の中では基本魔法に入るが最早基本ですらない規模のそれは、真ん中で炎と氷が衝突し合う。しばらく拮抗していたのだが、レミーナの放った氷の塊が炎を押上げ、天へと登って消滅した。


「ふふ~ん。まだまだ負けないわよ~」

「ううっ・・・・・・くぅ~!」

「ふむ。やはりまだ2人に勝つには厳しかったか」

「それはそうだよレオ。剣でも僕やレオには勝てないからね」

「いやでも、あの年齢でここまでやれれば充分だろ。なぁルーシア」

「ええ。あの子もロンファのお陰で回復魔法を学んでるけど、ゆっくり学んで成長すればいいと思うわ」


 結局、レミーナにもジーンにも完敗だった。

 ガクっと崩れるルシアは本当に悔しそうだ。


「もう一回! もう一回勝負!」

「だ~め。これ以上の疲労は身体に良くないからね」

「そういうこと。じゃあお風呂に行こうかね」

「うう~~~~~! 勝ち逃げずるいよ~~~!」


 泣きべそをかくルシアを抱きかかえ、ケタケタ笑いながらお風呂にむかうジーンとレミーナであった。







 ◇ ◆ ◇ ◆







 それから数年。

 ロンファとマウリの間に娘が生まれたり、ジーンが結婚の申し込みをしてくる男達を粉砕したりといったイベントが起こってきた中。

 ルシアが5歳を迎えた日。

 豪華な食事を囲んで皆がルシアへ祝い、ケーキを食べ、全員が笑顔で祝福する最中、ソレは起こった。

 
 天へと青白い光が突き抜け、魔力の奔流が迸る。

 その魔力量は人の身ではまず宿すことが不可能なほどの、莫大な量。

 魔力の竜巻、まさにそう例えれる現象。それらは周囲へと影響も及ぼし、空は暗くなり、雷が天を奔る。


「これは・・・・・・」


 ソレらを引き起こし、今も尚、竜巻の中心にいる『ルシア』へ、一同は目を見開き驚く。

 特にルーシアの驚いた顔は一番大きい。

 その表情は、仲間たちの彼等が知る限り、ルーシアをある意味絶望と喪失に追い込んだ、とある映像を見たときにみせた顔と同じだったのだ。

 ルーシアはしばらく呆然とし、険しい表情をしながら説明を求める仲間たちへ口を開いた。



「みんな・・・・・・この現象は―――いえ。実は―――――」



 ルーシアから教えられたこと。

 それを聞いた時の顔を、ヒイロとルーシアは忘れることはないだろう。

 驚愕と、悲しみと、そして絶望。


 共にいた四竜たちも気落ちしていて、特に赤竜は涙が止まらなかった。 

 

 ―――そして。

 この日から数日後。

 ルシアは封印の結晶体の中に入り、長い、あまりにも長い眠りにつくことになった。

 ヒイロとルーシア、そして仲間たち。

 彼らはその生が終わるその時まで、眠り続ける彼を案じ、そして彼の未来を想って逝った。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ヒイロ・ルーシア。

 享年80歳。

 年を取ることなく眠り続ける息子の事を常に案じ続け、しかし最後は穏やかな表情で息を引き取った。

 2人は同時に亡くなったのだが、彼らは本当に幸せだったと、竜や仲間たちはそう証言する。

 青き世界の再生に力を入れ続け、また復活した事実は彼等の努力の成果であり、誰もが称えた。

 また仲間たちとはその生涯を閉じるまでずっと仲が良かったという。特に女性陣は仲が良く、一時期不仲になるほどとある件で気不味くなるが、すぐに仲直りしたという。

 ルーシアは老婆になってもその美しさは気品さへと移り変わり綺麗さを保った。ヒイロは老人になって身体を動かし辛くはなっていたが、その魔法力は健在だった。

 破壊神と戦い勝利した彼等の功績は、忘れてはならない功績である。



 ロンファ・マウリ

 享年78歳。

 ひ孫にまで恵まれ、人々を癒しの魔法で助けた2人は町でも評判のおしどり夫婦として有名であった。

 マウリが老衰で亡くなると、仲間たちに報告し、ロンファは後を追うように亡くなった。

 2人の死は仲間内ではレオを除いて一番早く、誰もが彼等の死を悼み悲しんだという。



 レオ

 享年45歳

 かつて竜の力を身に宿していた影響か、突然体調を崩すようになった。

 独身のまま一人で旅を続けた彼は、かつての白竜の遺跡でひっそり亡くなった。しかしその横顔は満足気で、とても幸せそうだったという。

 彼はその瞬間まで人助けを続けており、正義の騎士として後の世まで名を残すことになった。



 レミーナ

 享年96歳

 彼女は一番長生きした。ヴェーンの党首として長くその座に付き、後に相談役として支え続けることになる。

 彼女は生涯独身だった。しかし彼女には子供がいた。その息子はとてもヒイロに似ているのだが、誰の子かは誰も分からなかった。

 ただし、血液検査の結果、間違いなくレミーナの子供だと証明された時の周囲の安堵をみて、レミーナはずっと笑っていたという。

 彼女の明るい性格は誰もが愛し、またその瞬間までずっと明るい人だったと人々はそう評した。



 ジーン

 享年85歳

 武神として生涯負け無しで君臨した世界最強の武道家。周囲は彼女を尊敬し、敬い、称えた。

 また彼女の踊りはあまりにも美しく、彼女自身も踊りの教室を開いて弟子の育成に力を入れた。

 彼女に求愛する人物は非常に多かったが、彼女はずっと独身だった。

 しかし彼女はある時突然子供を身篭り、出産。その子はレミーナの子供と不思議と似ていて、またその子も武術を学んでジーンの後を継いだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



[34464] 二章 FC編序章  設定
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/12/26 23:10
FC編 序盤設定


主人公  ルシア
年齢    ?歳(封印されてる為、詳細不明)


level    ?
HP   ?
EP    ?

STR      ?  
DEF      ?   
ATS      ?
ADF      ?
SPD      ?
DEX      ?
AGL      ?
MOV      ?
RNG      ?   

【クラフト】
サテライトボム   20   大円・攻撃・駆動中技・アーツ解除
スパークショット  40   単体・攻撃
ホーミングキャノン 10   直線・攻撃+遅延
カタストロフ    50   大円・攻撃        
シールド      10   2回被攻撃無効
ヒーリング     10   単体・全回復
グランドウェポン  10   1人の味方のATS×2倍
剣舞        30   敵単体へ、恐るべき斬撃回数の攻撃
竜神掌       20   体力を10%消費して攻撃。敵を仰け反らせ行動を遅らせる。
真・青龍烈波拳   30   全体・体術攻撃
聖光断       30   敵単体・攻撃。被ダメージ40%回復

【Sクラフト】
アルテナの光   星を破壊する
アルテナの加護  結界内は完全に守護され、内部の対象を回復
龍召喚      黒龍・青龍・白龍・赤龍を召喚。
ドラゴンマスター 全てのステータスが3倍。
飛翔天舞斬    3回連続攻撃+気絶

評価:
能力値は現在は不明。
過去を幾分か思い出した事により、師たちの技を思い出した。
ただし、再現性・威力は半分程度。




エステル・ブライト
年齢 16歳
準遊撃士

掛け声       20 中円 味方のSTR20%アップ
挑発       20 中円 一定時間、敵をひきつける
旋風輪   - 攻撃 30 中円 地点指定
棯糸棍   - 攻撃 20 直線 貫通攻撃
金剛撃   - 攻撃 20 単体 技、アーツの駆動解除
烈波無双撃 - 攻撃S  単体攻撃

ティア     10 単体回復
エアストライク 10 攻撃

評価:
遊撃士としては新米中の新米。
子供の頃からルシアの破格の魔法を見た為か、アーツの力は原作開始時より上。
恋愛感情などは自身の事ながら全く分かっていない。ただルシアに憧れを抱き、また感謝している。
その為か、頻繁に彼を思い出しては会話に出している。家族は耳にタコができている程である。


ヨシュア・ブライト
年齢 16歳
準遊撃士

評価:
エステルが頭を使うのが苦手な為、ヨシュアは参謀・サポートに徹することが多い。
家族として迎えてくれたレナやカシウスを、本当の両親のように愛している。
それはやはり、レナの功績が大きく、彼は頻繁に母親を優先するところがある事からマザコンとエステルに言われている。
冷静な判断や武の実力は、新人としては破格のものがある。




レン・ブライト
年齢 12歳
工学士

評価:
頭脳の高さは他の追随を許さず、特に工学・機械系に強い。
パパとママ、つまりレナとカシウスが大好きで、レナの守護の為にパテル=マテルと名付けた戦闘ロボットを造り上げた。但し、機体のサイズや性能は原作より小さいし、遥かに劣る。
またエステルやヨシュアの訓練に付き合っていた為、その実力は遊撃士に匹敵する。
生来の身体能力と才能からか、戦闘能力は実はケタ違いに高い。
エステルが話す『ルシア』の事を聞く度に、複雑な気持ちでいる。



ティオ・P・ブライト
年齢 13歳
情報工学博士

評価:
レンと同様、コンピューターの分野においては有数の才能を保持する。
とある事件の後遺症から、ある特殊能力を所有しているがそれを必死に隠している。
ルシアが行方不明と聞きずっと情報を集めているが芳しくない。
自分専用の武器をレンと共同合作で造り出しており、身体能力は高くはないが、その武器の攻撃力は破格のものである。



[34464] 第21話 準遊撃士エステル
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/12/26 21:25

第21話 準遊撃士エステル


 春。

 それは旅立ちの季節であり、再出発の時期でもある。

 百日戦役と呼ばれる戦争の爪痕も無くなり、人々の活気や治安も完全に回復したころ。

 リベール王国地方都市・ロレント。

 麗らかな日がロレントを差し込んでいる中、その声は響いていた。


「こら〜〜〜! 待ちなさ〜い!」

「ニャー!」


 路地裏を駆ける猫を追いかけていく、1人の少女。

 その少女の名は、エステル・ブライト。現在は16歳。

 幼い身体付きから、瑞々しい健康的な身体へと成長し、昔の明るさと元気を少しも損なわずに成長した、エステルがそこにいた。


「さぁアリル、大人しく捕まりなさい! いっくわよ〜!」


 機能的に造られた武器用の棒、その端に籠網を取り付けられたモノを振りあげた、のだが。「がんばれエステルお姉ちゃん!」という近所の悪ガキ小僧のルックとパットの声に余所見をしてしまう。

 その瞬間、猫はキラーンと目を光らせて飛びかかり……。


「きゃ!! って、あー!!」


 と、猫が顔面に飛びかかって来た為に尻もちをついてしまい、挙句に猫に逃げられてしまった。


「なにやってんだよエステル」

「かっこ悪〜い」

「なんですってぇ!? あたし達はねぇ」

「——————遊撃士協会からの仕事でね。迷子の子猫の保護にあたっているんだよ」

「ヨシュアお兄ちゃん!」


 そこにやってきたのは、ヨシュアというエステルと同年齢と見える男の子。

 彼の名はヨシュア・ブライト。現在は16歳。

 ブライト家に5年前、カシウスが連れてきた養子で、エステルの弟だ。

 …………弟というのはエステルの言い分であり、どちらかというとヨシュアの方がしっかりしている為に、周囲の人はエステルを妹と捉えているのは内緒の話だ。


「ほら、大丈夫かい? エステル」

「う〜〜〜。あ、そうだ! アリルは!?」

「ああ、それは大丈夫。念の為と思って、ちょうど通りかかった—————」

「この通り。本当に世話のやけるお姉ちゃんだこと」


 フフフと笑って現れたのは、紫色の髪が特徴的な、フリルが多いゴシックロリータの服装が好みな少女、レンであった。

 腕の中にはエステルが追い詰めていた猫がすっぽり収まっており、レンはわざとらしく溜息をついて、芝居がかった仕草を見せた。

 どうやらレンが通路を塞いで待ち伏せしていたらしい。


「レン!」

「はい、お姉ちゃん」

「助かったわ〜。やっぱり持つべきは妹よね!」

「はいはい。姉の役に立って嬉しいわって、苦しい!」


 ムギューっと抱きしめてくるエステルに、レンは笑いながら押しのけた。


「あ、あ〜っと、ひ、久しぶり、レン」

「ええ、ルックとパットも元気そうで何よりね」

「〜〜〜〜〜」


 2人の顔が真っ赤になるところを見ると、どうやら年齢が近いことやレンの容姿が優れている所から、どうやらテレているらしいが。

 こうして、とりあえず捕まえた猫のアリルを連れて依頼人のところまで向かう。ルックとパットも、そして最後まで付き合うという事でレンも付いてきている。

 エステルとヨシュアは依頼人に猫を届けると、依頼人はとても嬉しそうに喜び、エステルたちに何度もお礼を言いながら家へと帰って行った。


(今日も一仕事終えたわね〜〜〜)


 う〜んと伸びをするエステル。

 そんな彼女に、ルックは肩を竦めながら言った。


「あ〜あ、幻滅だなー。遊撃士ってあんまりかっこいいもんじゃないんだな」

「…………そうかもね」


 子供の癖に妙に達者な口調のルックに、エステルは苦笑しながらもそれを肯定した。


「遊撃士———『ブレイサー』———。リベールの平和と民間人の安全を守るために働く戦闘の専門家ってことだけど、実際の仕事は魔獣退治だけじゃないもんね」


 それが、一見華やかでかっこよく見える遊撃士の実態。

 エステルは遊撃士見習い、準遊撃士になってそれを知った。

 レンはエステルの言葉に口元を緩ませながら、近くのベンチに座って持っていた本を開いて読んでいた。


「でもね」


 エステルは素直に、自分の気持ちを話した。ヨシュアもそれを穏やかな表情で聞いている。


「あたしは遊撃士になれてよかったと思ってるわ」


 だって……ほら、と示す先。

 皆がその方を見てみると、その先にいたのは、猫のアリルを抱きかかえて幸せそうに微笑む依頼人の姿があった。


「ね!」


 よしよし、と頭を撫でて笑う。

 頭を撫でられたルックは、顔を真っ赤にしてドンっと突き飛ばした。


「え、えらそうに言うなよな! まだ見習いのくせに! それに見てろよな! おまえなんかすぐに追い越してやるから! あばよっ、バカエステル!」

「あ、あんですって〜〜〜!?」


 ベーっとあかんべーをしたルックは、パットを引っ張ってどこかへ走っていってしまった。

 そんな2人を見送ったエステルは、シュンっと眉を垂れさせた。


「あたし……嫌われてるのかなぁ」

「いや、むしろ逆でしょ」


 落ち込むエステルに、ヨシュアは少し呆れたように溜息を吐いてそれを否定した。


「え? 逆?」

「男の子の気持ち、わからないかなぁ」

「それがエステルたる所以じゃない、ヨシュア兄」

「それもそっか。エステルはそういうとこ、ほんっと鈍感だよね」

「そ、そうかなぁ……?」


 何やら分かりきってますとでも言いたげなヨシュアとレンに、自分だけ分からないエステルは少々不満気だ。

 そこに、急に声がかけられた。


「何をやってるのです?」

「ティオ!」


 片手に変な形の杖を手に、野菜を入れた鞄を持った、最後の姉妹であるティオがいた。


「ティオは母さんのお手伝いかい?」

「そのとおりです、ヨシュア兄さん。お母さんから頼まれたので、造ったこの杖の実験テストを兼ねてますが」

「ほぇ〜〜。相変わらずあんたも難しそうな本を読んでるんだ」

「エステルだけだもんね、勉強嫌いなの」

「うっ」


 レンの突っ込みにグサリと鋭い刃が突き刺さる。


「じゃ、早く帰ろうか」


 ブライト家の4兄弟は、今日も元気で仲良しであった。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「母さん、手伝うよ」

「そう? じゃあお願いね、ヨシュア」


 夕飯の支度。

 本日は海の幸の盛り合わせに、魚の煮つけといったメニュー。

 忙しそうにしている中、レンとティオは本を開いて何やら黙々と難しそうな数式を書いており、エステルは武器の手入れやお気に入りのストレガー社の靴磨きで忙しい。

 忙しそうに食事の支度をしている母を見て、毎日の日課となったヨシュアが手伝いをする、それがブライト家の光景であった。

 ヨシュアは本当にレナという母を大事にしている。

 母が大変な作業をすれば率先して手伝っている。そんな姿を見て、エステルはマザコンと言ってからかっていたのだが、その意見にはレンやティオも肯いていた。


「ママ。エステルったらね———」

「まあ、そうなの?」

「ちょ、ちょっとレン! そんな事言わないでよ。恥ずかしいなぁ」

「……いずれバレると思いますが」

「そういう冷静な突っ込みも受け付けてないの!」


 ティオにビシっと突っ込みを入れるエステル。

 レナはクスクスと笑ってレンを膝の上に乗せ、箸でおかずを掴んで食べさせている。

 少し甘えん坊なのだが、レンはこれをするととても喜ぶのだから、レナとしても悪い気はしない。


「ただいま〜」


 そこへ帰って来たのは、この家の家長であり父親のカシウスであった。


「お父さん!」

「パパ!」

「お帰り、父さん」

「おかえりなさい、お父さん」

「おかえりなさいあなた」


 わぁっと群がる子供たちを順番に頭を撫でるカシウス。

 今日も一仕事して疲れた、と漏らして風呂にでも入るかと言う。

 遊撃士として飛び回っている彼は、本当に多忙を極めている。

 レンに「じゃあ風呂にでも入るか」と声をかけていこうとすると、レナが尋ねてきた。


「あなた、今回は……?」

「…………」


 静かに首を振る。

 その様子にレナはがっかりした様子を見せ、ご苦労様でした、と言った。

 カシウスも例えようのない表情で淡く笑い、レンと一緒に風呂場へと入っていった。


「お母さん、今のって何?」

「え?」

「…………」

「…………」

「ん、ちょっと前から探し物をしてて、それをお父さんが外に出るたびに探してもらってるの」

「もしかして食べ物とか?」

「ん〜、そんなところかな」


 エステルとレナのやりとりを、ヨシュアとティオはジッと見詰めて聞いていた。

 レナの表情の裏にある隠した感情を、見抜こうとするかのように。


「さ、早くご飯食べ終わっちゃいましょ」

「は〜い」

「はい」

「そうだね」


 深く考えても分かる訳が無い、そう考えたヨシュアやティオも気にせずにご飯を再開したのだった。


 エステル・ブライト。16歳。

 毎日、元気に楽しく過ごしています! 


************************************************




[34464] 第22話 遊撃士とは
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2012/12/26 22:54
第22話 遊撃士とは


「おはようございま〜す! アイナさん!」

「おはようございます」

「おはよう、アイナ。今日も綺麗ね」


 翌日、エステルとヨシュア、そして暇だからという理由で付いてきたレンは遊撃士協会ロレント支部をを訪れていた。

 ちなみに父・カシウスは朝から仕事で定期船に乗って別の街へと出かけており、レナは家で家事をやりつつ趣味の園芸を、ティオは自宅で何やら勉強中だ。

 ツァイスという都市は、リベール王国という小国の中にある一番の学問が進んだ研究都市だ。

 そこの中央工房は特に有名であり、中でも一番の権威を誇るのがラッセル博士という老人。

 カシウスはティオの才能と知能の高さに気が付くとラッセル博士と引き合わせた。結果は博士がティオの事を気に入り、研究員の一員として迎え入れる事になったのだ。

 そこから芋蔓式でレンの事が知られ、彼女も一員となる。

 今日の勉強も、現在の研究から来たレポートだ。

 …………ぶっちゃけレン以外は何をしているのかさっぱり分かっていなかったりする。


「あら、おはよう2人とも。レンちゃんもおはよう」


 受付にいる女性はアイナ。エステルたちの『姉』となる人物と非常に仲が良く、とても優秀な受付嬢である。

 金髪が綺麗で美人であり、プロポーションも良い良妻賢母を体現する体格なのだが、何故か男の噂がない謎な人だ。


「今日の依頼を受けに来ました!」

「はい。え〜っと、今日来てる依頼は……今の所ないわね」

「え〜」

「ほら、エステル。むくれない。依頼が無いって事は良い事なんだから」

「そうよ、お姉ちゃん」

「む〜」


 ブーっと膨れるエステルに、アイナはクスクスと笑った。


「でも貴方達が近くに住んでくれているから助かるわ」

「何故です?」

「今日は他の遊撃士の方は皆外に出ているのよ。だから貴方達だけって訳。そしてそんな貴方達はロレント期待の有望新人遊撃士。安心してられるわ」

「そんな、テレるわね……」

「アイナはお世辞が上手ね」

「あ、あんですって〜〜レン!」


 レンを後ろから抱きしめてぶんぶん振りまわす。止めなさいよと言いながらもちょっと嬉しそうにしてるレンはとても可愛らしく、ヨシュアも微笑ましく見ている。

 
「でも本当よ? もうちょっと経験を積めばロレントの推薦状を渡せる。あとは他の都市を回れば晴れて正遊撃士。あなた達は新人なのにかなり早いのよ。こんな事って滅多にないわよ」

「へ〜〜〜、あたしたちやるじゃん!」

「エステル。調子にのらないようにね。君ってすぐに浮かれるんだから」

「そうね。ヨシュアお兄ちゃんがいなかったらそうはいかなかったでしょうね」

「うぐっ」


 少しは自覚があるらしい。

 若干猪突猛進なところがあるエステルは、ヨシュアのフォローをちょくちょく受けている。


「それにしても……異例の遊撃士、期待の遊撃士かぁ」


 アイナは窓に歩み寄り、少し目を細めて天気の良い青空を眺めた。

 その表情は何かを思い出しているようで、ヨシュアは尋ねてみることにした。


「アイナさん。何かあったんですか?」

「え、ええ。ごめんなさい。少し昔のことをね……」

「昔って何のこと?」

「……貴方達を期待の遊撃士って言ったけど、ここ数年では期待の遊撃士っていう程の評価を上げられてる人って、そこまでいないの。数年前の時点では期待の新人だった、現在はA級遊撃士の『不動のジン』。クロスベルのA級遊撃士『風の剣聖アリオス・マクレイン』とかは、期待の新人という風評から、文字通りあっという間にA級になって、遊撃士協会の看板になった。貴方達のお父さんであるカシウスさんも同じ」

「へ〜〜。お父さんって有名だったんだ」

「エステル…………勉強の時も、シェラ姉さんの講義でも言ってたじゃないか」

「うっ」

「ほんと駄目ね、お姉ちゃんってば」

「ぐっ」


 兄弟の言葉が鋭いメス過ぎて、エステルは痛そうに胸をおさえて苦しんでいた。

 そんなエステルは放置して、レンは続きを促す。


「それで?」

「だいぶ前にね…………凄い子供がいたのよ。ああ、私やシェラザードがまだここに配属される前、見習いの時だったんだけど・・・・・・遊撃士協会は年齢制限の規則を破ってまでその子供に遊撃士になってもらおうとしたの。事実その子は当時起こったある事件、遊撃士協会や各国軍部が手を焼いていた事件の解決に多大な貢献をしたわ」

「ほぇ〜〜〜〜。それって凄いわね」

「うん……それは僕も初めて聞いたよ」

「…………」

「だけどその子はその直後に消息不明になったわ……元気にしてると良いんだけど」


(消息不明? もしかしてその人って…………って考え過ぎか)


 エステルの脳裏にふとある人物が過り、だが自分の希望的観測が強すぎる事から否定する。

 アイナは小さく溜息を吐いて気分を入れ替えようとした時だった。

 扉がバタンと大きな音を立て、恰幅の良い女性が飛び込んできたのだ。


「大変よ! ルックとパットが『翡翠の塔』へ向かったらしいの!」

「「「翡翠の塔!?」」」


 エステルとヨシュアとアイナが揃って焦ったように声を荒げる。

 レンは少し俯いていた状態からハッと顔を上げ、若干目を大きく開けて驚いていた。

 それもその筈。

 翡翠の塔とは、ロレントの北の郊外にあり、魔獣の巣窟になっている文化遺産の塔なのだ。

 遊撃士ですら気を引き締めていなかくては危ない所に、子供たち2人だけでなどと聞いたら焦るのも仕方ないだろう。


「あたし達が2人を連れ戻してくるわ!」

「エステル! 待ちなさい!」

「アイナさん! 皆の帰りを待っている暇はないとおもいます! 準遊撃士、エステル・ヨシュア。ただちに子供たちの保護に向かいます!」

「……わかりました。2人とも、また魔獣との戦いは経験は浅いんから、気を付けていくこと。いいわね?」

「もちろんです! レンは家に帰っていてくれ!」


 ヨシュアはそう言うと、エステルの後を慌てて追いかけて行った。

 アイナは心配そうにしながらも、2人を信じることにし、とりあえず傍にいるはずの一番下の妹に家に帰るように言おうとした、のだが。


「あら? どこにいったのかしら、レンちゃん」


 気付けば、そこにはいなかったという。





 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★





「で、なんでレンがここにいるのよ」

「レン………」

「フフフ。面白そうだから付いてきちゃった。大丈夫よ? 自分の身くらい自分で守れるし、いざとなれば『アレ』を呼ぶから」

「アレって……あれの事!?」


 ぎょっとした声を出すエステル。だがそれも当然の反応だった。

 ある日、ツァイスの工房から帰って来たレンは、家に誰もいない時の母の事が心配だ、そんな理由でカシウス家とレナの護衛の為に、パテル=マテルという人2人分大きいサイズのロボットを造って持って帰って来たのだから。

 それを見た皆は当然の事ながら唖然呆然。

 レナは娘の愛を嬉しく思いながらも苦笑。

 父は「ふむ……かなり強いな」などと呟いて感心。

 レンはニコニコしながら、これでママも安全ね、と言っていたのを、エステルは昨日の事のように覚えている。


「ええ、そうよ。それにレン、お姉ちゃんたちに負けない実力なのは知ってるでしょ?」

「まあ……確かにね。そんな小さい身体なのにどこからそんな力がっていうか、姉としての面子がというか」

「それは置いといて。今は一秒でも時間が惜しい。レンを送り返している時間はない。レンの実力は知ってるから僕らが守りながら先を急ごう」

「そ、そうね」

「フフフ。じゃあ行きましょう」


 そういうと、レンは腰元をごそごそと動かすと1つの棒を取り出す。

 それを取り出して大きく一振りすると棒の側面から勢いよく刃が飛び出し、大鎌の形へと変えた。

 身の丈以上の大きさにもなる大鎌を手に、クルクルと大きく振りまわして見事な手さばきを見せる。

 翡翠の塔に入ると、まさに魔獣の山。


「ルック! パット! どこにいるの!」


 返事がない。更にその声に反応して、魔獣たちは一斉にこちらを向いてくる。


「来るよ! 構えて!」


 ヨシュアの声がきっかけに、一斉に襲いかかる魔獣。

 先頭の蟹のような身形の棘だらけの魔獣が群れをなして襲いかかってくる。


「ヨッ」


 と、いう掛け声と共に前へレンが躍り出て、身体を捻りながら鎌を投擲。

 小さな身体から繰り出されたと思えないほどの速度で回転しながら飛んでいく。回転する刃は魔獣たちを真っ二つに引き裂き、旋回しながら戻ってくる。

 魔獣たちがその攻撃に怯んだ瞬間、エステルが飛び込み、鋭い突きの一撃を叩きこむ。


「ヨシュア!」


 部屋の隅にいつの間にかいたヨシュアが、二刀の小刀を構えて腰を落としていた。

 突きにより吹き飛ばされた魔獣が他の魔獣たちを巻き込み体勢を崩す中、ヨシュアは爆発的な加速をみせ、敵を一瞬にして切り刻む。

 これがヨシュアの得意技、絶影。

 その動きの特性上、限界まで速度を出す為に途中で方向転換できず、直線状の敵しか対応できないが、圧倒的な早さを持って敵を切り刻む必殺技だ。


「よっし! すぐに行くわよ!」

「そうだね」

「わかったわ。このフロアにはいないみたいだしね」


 フロアの魔獣の死骸を跡に、エステルたちは『翡翠の塔』をかけ上がっていく。

 次々に襲いかかる魔獣たちを倒しながら進んでいく。

 すると屋上付近のフロアにたどり着くと、ヨシュアが急に立ち止った。


(な、なんだこの感じ……)


 ヨシュアだけが感じ取っているようで、背筋を針で突き刺されるような、寒気がする圧迫感。

 思わず立ち止まったヨシュアに訝しむエステルとレンは、彼に声をかけた。


「ヨシュア?」

「ヨシュアお兄ちゃん、どうかしたの?」

「…………エステル、レン。気を付けて…………何かがいる!」


 その言葉と同時に、階段を何者かが降りてくる足音が。

 エステルとヨシュアが構え、レンが目を細めて見詰める中、暗闇の中から現れたのは……、


「おや……? 君たちは」

「「へ?」」


 1人の中年の、難しそうな本を持った眼鏡の男性だった。





「私は考古学者のアルバといいます。宜しくお願いします」

「あ、私は遊撃士の————って違う! なんで魔獣が徘徊する建物に一般人の貴方が入ってるのよ!」

「あ、それは———」

「そうだ! おじさん! ここで小さな男の子見なかった!?」

「お、おじ!? 私はまだ37————って、人捜しですか?」


 微妙にショックを受けているアルバ。

 黒髪をオールバックで纏め、眼鏡をかけて落ち着いた洋服を着ているのは、いかにも学者風だ。 


「そうなのよ。で、見たの?」

「いえ、見てはいませんが」


 じゃあもっと上か、と呟くエステル。レンもそれに肯くが、ヨシュアはその男性をジッと見ていた。


「あ、あの!」

「はい?」

「貴方達、もしや上に行くのですか?」

「そうだけど……」

「それでは、私も付いていって良いですか?」

「貴方が?」


 レンやエステルは驚いてアルバを見る。


「私、この塔で独りで古代文明の調査をしているんです。だからね……」


 真剣な表情を見せるアルバ。

 自然と、エステルもヨシュアもレンも息を呑み、次の言葉を待つ。


「遊撃士さんが傍にいてくれると頼もしいなぁ……な〜んて」


 ガクっと力が抜けてしまったのだった。





「でも、こんな塔の何を調べているの?」


 塔に上がりながらエステルは傍で歩くアルバへ問いかける。

 するとアルバ、いやアルバ教授は得意気に眼鏡をツイっと上げて語り始めた。


「まだ仮説ですが……リベール王国最古の遺跡『四輪の塔』のひとつ、ロレント地方の翡翠の塔には、ある秘密を解く鍵があるといわれているのです」

「ある秘密?」

「それは————あ! あれは頂上のようですよ!」

 示した先にあるのは、屋上への階段。

 ここまでは子供達の姿は無かった。

 エステルとヨシュアとレンは互いに顔を見合わせて肯き、駆け上がっていく。

 翡翠の塔の屋上には、奥に円形上の妙な機械の祭壇のような外装のものが残されており、その他をボロボロの壁が覆っている。

 模様もどこか昔を連想させ、これぞ文化遺産が漂っている。

 だがエステルはそれをじっくり見ている気は無く、必死な様子で叫んでいた。


「ルック! パット! どこにいるの!?」

「居るのなら速く出てきなさい」

「2人とも、居るのなら返事をしてくれ!」


 ヨシュアもレンも辺りを見回す。アルバも一緒に周りを見回すと、柱の影から声が聞こえた。


「エステル……レン……ヨシュアお兄ちゃん?」

「ルック! パット!」


 柱の影から飛び出してきた、ルックとパット。

 2人は涙を目に浮かべて飛び出してきて、エステルに抱きついてくる。

 ルックとパットを抱きしめて喜ぶエステルは、何度も良かったと言っている。

 すると、パットが突然頭を上げ、飛びのいて得意気に言い放った。


「バッカだなぁ、エステルは! 心配なんかいらないのに! 俺たちはここで遊撃士になる特訓してるんだ! スゲーだろ」


 へへーんと胸を張るパット。

 勿論隣のルックがいまだに泣いている事や、パットのわざとらしい様子から強がりだと分かる。

 ただ、その内容は、彼らがここにいる理由としては真実なのだろう。

 レンはそう捉えたようで、やれやれと大きく溜息を吐いて呆れていた。

 ヨシュアは少し眉を顰め、彼らを嗜めようとしたが……エステルの様子に留まった。


「あ、あんたたち〜〜〜〜〜〜〜」


 エステルのぶるぶる震える拳から、いや、背後からメラメラと燃え上がる炎に、ルックもパットもヨシュアもレンもドン引きだ。かなり怖い。

 アルバ教授も顔を引き攣っている事から、この場から逃げ出したいのだろう。


「いったいどれだけ心配してるか分かってんの!?」

「だ、だからエステルには関係———」

「何言ってるのよ!」


 ドカーンと爆発したエステルに対して「ひいぃぃぃ!」とルックが悲鳴を上げるが、それほど怖いのだろう。哀れなほど震えていた。

 だが。


「みんな、みんな今もまだ捜してるのよ! あんた達を心配してるのよ!」


 エステルの瞳から、ポロっと涙が零れ落ちた事で、誰もがハッとさせられた。


「…………あのね、遊撃士はね、みんなの笑顔を守るのが仕事なの。それなのに———」


 エステルは思い出す。

 自分が本当に遊撃士になろうと志した時の事を。


「————1番大切な人を悲しませるなんて、遊撃士失格なんだからね?」


 エステルの潤んだ声はその場にいた皆の心を打つ。

 その言葉によっぽど堪えたのだろう。

 ルックもパットも、素直にごめんなさいと謝ったのだった。

 そしてレンは口元に笑みを浮かべてそれを聞いていた。





『レンのパパとママはふたりでしょ?』

 
 涙を零しながら必死に笑みを浮かべ、傷ついた心を隠したレンの、あの一件のとき。


『そんなっ!? じゃ、じゃあ、あの子は! あの子は行方不明だっていうの!?』


 レンの一件の後の宿泊施設で、夜中に父に言い詰め叫ぶ母の泣き崩れた姿を見た時に。

 そんな母を見て、父が拳を握りしめて血を滲ませ、何度も「すまない」と言い続ける父の姿を見た時に。

 エステルは大切な人を悲しませたくないと、そう強く思ったのだ。





 エステルは皆と帰る為に翡翠の塔を下りる直前、空を見上げ見詰めた。


(ねぇ……ルシア。あんたは今どこにいるの? 何かの事件に巻き込まれたの?)


 きっと遊撃士の父が絡んでいたあの時点で、何か危険なことがあったのだろう。

 そしてルシアは巻き込まれた。

 けれど、なんとなく胸騒ぎはしなかった。

 薄情なのかな、と何度も思った。悩んだ。

 だが…………どうしても彼がそうなってしまうなど信じられないのだ。

 脳裏に彼が思い浮かぶ。

 真っ赤な服を翻し、能面な表情で喋るルシア。包帯だらけで眠るルシア。釣りを一緒にして魚をモノ珍しそうに見るルシア。青くて長い髪を梳かしてあげるとくすぐったそうに首を竦めるルシア。

 エステル、と自分の名を呼んでくれたルシア。

 どれもが色褪せずに覚えている。


(大丈夫だよね…………そして待っててね。私が、私が今度は助ける———見つけてみせるから)


 コクリと大きく肯くエステルに、ヨシュアは少し悲しそうな瞳で見ていて、レンは2人の様子を見てニヤニヤするのだった。



************************************************

エステルが遊撃士を目指すきっかけを今回は開示。
レンはヨシュアの気持ちに気付いていて、でも本人すら気付いていないエステルの気持ちにも勘付いていて、それを敢えて知らせずに面白がっている。そんな感じです。

次回はティオもメインでいきます。



[34464] 第23話 廻り始める歯車
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/01/01 00:52


第23話 廻り始める歯車



 ロレント市内北部。

 ロレント航に到着する1つの飛空艇。

 物々しい雰囲気の飛空艇とは別に、搭乗口から出てくるのは、一人の少女。

 小柄で華奢、薄水色の髪がふわふわと風に靡き、少女から漂う花の香りは近くにいる者をハッとさせる。

 大きな鞄をキャスターでひっぱりながら歩くと、ロレント内の街をゆっくりと歩くと復旧された時計塔が見えてくる。


(確かここが、お母さんとエステル姉さんが襲われたところ…………そして『あの』ルシアとお母さんたちの出会いの場所)


 何度か聞かされた話だが、よくよく考えるととんでもない内容だと分かる。

 その出会い方、その顛末、時計塔跡地近辺の惨状。

 昔は深く考えることができなかったが、成長した今となってはその事件の異常性がよく分かる。

 数年前、ティオ・プラトーはブライト家に預けられ、養子になった。

 彼女に取って人生で一番の忌まわしい出来事となるであろうあの事件が解決した後の事だ。

 彼女は親戚の家へと帰れた。だが結局、自分は一家に馴染むことはできなかった。その家の人たちが腫れもののように扱ってきたというのも理由のひとつ。彼女に備わってしまった、あの事件の副作用となった『とある力』の事も理由のひとつ。

 とにかく、ティオ・プラトーはその家から飛び出した。

 結果、救出された時に自分を助けてくれたガイ・バニングスという人にお願いをし、自分達みんなを支えてくれたルシアの助言の通り、クロスベルのカシウス邸に行きたいと提案した。

 ガイはすぐさま連絡を取り、ルシアからカシウスを頼れと言われたと伝えた所、カシウスは笑みを浮かべて自分を受け入れたくれたのだ。


 結果的に、自分は—————ティオ・プラトーは家族を手に入れた。


 カシウスお父さんも、レナお母さんもとても大好きだ。温かくて、すぐに好きになった。

 初めての妹もできた。姉や兄もできた。

 誰もがとても良い人達で、自分はこの人達と家族になれて本当に幸せだと思った。


 ——————————彼がこの場にいれば。


 唯一、彼だけがいなかった。

 あの事件の折に死んでしまったのではないか。そう思ったが、手に入れた力のおかげで入手した情報では、『ルシア』と呼ばれた少年は生存しているものの行方不明だと知った。

 思えば、そこから彼女の心には彼のその一件がずっとしこりとして残っていたのだろう。

 それからは、ティオはツァイスで研究をしながらルシアの情報を集め続けた。

 そして毎年、事件の解決日に犠牲者となった子供たち全てへ花を手向けている。


 結果は、何も分からなかった。


 お父さんやお母さんにこの事を相談すると、お父さんは「いずれ姿を現すだろう。そう本人も言っていた……いつかは分からないが」と教えてくれた。

 レナはティオと一緒でルシアに恩義を感じている。そしてそれ故にルシアが1人ぼっちでいる事に心を痛めているらしく、最善が『家族として迎え入れる』、最悪でも『彼が明るく人生を送る』ことを願っているらしい。
 
 ティオは実にお母さんらしいと思った。

 優しくて陽だまりのように温かく、自分のような者でも、そして何かがあった妹のレンに対しても、その心の傷を癒してくれた。

 そんなレナの才能というべき気質を惜しみなく受け継いでいるのが、姉であるエステルだろう。

 ティオはそんな事を考えながらロレントの街から出る。


(ガイさんが亡くなって……もう2年、ですか)


 あの時は衝撃を受けたものだ。

 ガイはルシアとは別の意味で自分に大きく影響を与えた人だ。

 奔放で明るく、短い間ながら様々なことを教えてもらった気がする。

 いつかはクロスベルにあるお墓へ、挨拶にいかなければと思っている。

 森の中を抜けていくと、我が家が見えてくる。

 良い香りが漂ってくることから、どうやら食事の準備をしているようだ。

 今日はなんだろうか、そんな事を考えて口元が緩みつつ、ティオは足早に家の扉を開けた。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 夕飯の支度をしていたレナが帰宅したティオにかけた言葉は、


「ご飯の前にお風呂に入ってらっしゃい」


 であった。とりあえず荷物を片付けたティオはお風呂に入ると、そこに乱入者が。


「えへへ……私も入るね〜」

「あ、姉さん。どうぞ」

「こうして一緒に入るのも久しぶりよね」

「そうですね」


 いつもは二つに別けてツインテールにしてある髪を降ろしているエステルは本当にレナに似ている。

 健康的な肢体に長い髪は、同性の自分でも魅力的で綺麗だなぁと思ってしまう。


(私は………………)


「—————ハァ」


 自分の『絶壁』を見て大きな溜息を吐いてしまう。


「ん? どうかした?」

「いえ……なんでも」

「?」

 この姉は、シェラザード姉さんなどに色気がないとか言われて、よく憤慨しているが、もっと自分の事を知るべきだとティオは思う。


「……姉さんは、本当にスタイルいいですよね」

「へ? そうかなぁ。私なんか遊撃士の訓練で筋肉ばかり付いてるから、嫌なんだけどなぁ」

「…………」


 なるほど、個人特有の悩みなんだなぁと思う。個人的にはその肉体は豹のようにしなやかで色気あると思うのだが……これも見解の違いか、と納得する。


「ティオは女の子らしい身体してるから、羨ましいけど」


 そこに嫌味はなく、純粋にそう思っているらしい。


(…………将来に期待ですね)


 少なくても、今のこの身体では姉に負けてはいるが……自分の気持ちを理解しているだけ、まだリードしているだろう、とティオは判断する。


(私は……そう、やはりルシアの事が……)


 好きなのだ、そう確信していた。

 きっと絶望した状況の中で支えてくれた、希望を教えてくれた人だから、そういった吊り橋効果もあるのだろう、そうティオは冷静に分析する。

 けれど、数年経っても消えないこの気持ちは、きっと嘘なんかじゃない。

 そして…………自分の気持ちに気付いていない強敵に、敢えて教えることもない。


(卑怯なのでしょうけど……体型の事を考えると、これくらいのハンデは貰っておきます)


 ティオはコクコクと肯き、湯船から出て身体を洗う。

 真っ白な肌は少し不健康かもしれない、そう思いつつ、スポンジでゴシゴシと洗う。


(?)


 エステルはティオの身体を磨く時間がいつもより長いことに首をかしげつつ、まいっかと身体を洗い流して湯船に入った。

 我が妹ながら本当に可愛いなぁと、髪の毛を洗うティオを見て思った。自分とは大違いだと溜息を吐きたくなる。

 そう、例えるならレンと一緒で『お人形』みたいなのだ。


「ま、それが自慢でもあるんだけど」

「え? 何です?」

「ううん、なんでもな〜〜い」


 エステルの呟きに、ティオは目にシャンプーが入らないように、ぎゅーっと目を瞑りながら首だけエステルへと向けたが、エステルははぐらかした。

 やってる事は実に似たもの姉妹であった。


「?」

「どうかした?」

「誰か来た……いえ、アイナさんが来たようです」

「え? アイナさんが?」


 いつもの事ながら気配に敏感なティオに感心しつつ、エステルは遊撃士の自分達に用があるのかな、と思い、急いで風呂から出る。

 またアイナの気配やレナの気配の乱れ具合から、嫌な予感がいてティオも一緒に出る。

 服を着て風呂場から出て、居間へと行くと、そこには取り乱したアイナと、顔を真っ青にするレナ、そしてそんなレナに抱きついているレン、目を大きく見開き動揺しているヨシュアの姿があった。

 その様子に、ただ事ではない事態を感じ取ったエステルは叫んだ。


「アイナさん! 何があったの!?」

「エステル! 大変なの!!」


 アイナの動揺は酷い。

 取り乱しようは、エステルも初めてみる姿だった。

 だが、そんなエステルも、アイナの言葉で凍りついてしまったのだった。


「ボース地方で定期飛行船が消息を絶ったの! 乗客の安否も不明だしまだ何も分からない。ただその乗客の中に、カシウスさんが乗っていたらしいのよ!!」


 ついに、リベールを揺るがす事件は幕を開ける。

 この時、エステルやヨシュア、レン、ティオ、レナは想像もしなかった。

 この事がきっかけに、自分たち家族の絆が試されることを。

 そして、絶望のどん底まで叩き落とされる事を、エステルとティオは知らなかった。


************************************************
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします(*´∀`*)


今回はかなり短め。
サービスシーンにならないサービスシーンを2連投。
ギリギリ15禁に到達しないと信じる!www

ひとつは以前もうpしてなかった内容になります。
とはいえ短くてすいません。



[34464] 第24話 出発の前に
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/01/06 20:21
第24話 出発の前に。



 父親の存在って、普段は何も感じないし、何も有り難みを感じなかった。

 ただ当たり前に仕事から帰ってきて、ただ当たり前にそこにいて。

 だから、気付かなかった。 
 
 


 ————父さん、何やってるの?


『あ、いや、ちょっと酒のつまみを……母さんには言わないでくれよ?』


 ————パパ、今日はいつ帰ってくるの?


『そうだな……夕飯までに帰ってくる! 帰ったらパパと遊ぶか!』


 ————何故、どうして僕を……


『家族になれると信じているからだ……失った事があるのなら、尚更その尊さを知っているだろう?』


 ————お父さんは、私の事を知っているんですよね……ならどうして。


『おまえは私の娘だ。もし父さんの事が嫌いじゃないなら……かっこ悪い父親にさせないでくれ』



 父はいつもそうやって、家族を支えてくれていたのだ。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 ロレントの街は、街灯以外はすべて電気が消えた暗闇に包まれていた。

 時計もすでに深夜の3時を回っており、月明かりと虫たちの鳴き声しか聞こえない。

 あんな事があったというのに変わらない世界に、少し苛立ちを覚えてしまうアイナ。

 カラン、と遊撃士協会の扉が開き、親友にしてC級遊撃士として活躍する女性が入ってきた。

 彼女の名はシェラザード・ハーヴェイ。

 ブライト家と懇意にしている間柄であり、カシウスを師として慕い、遊撃士の中でも信頼されている実力者にして、『銀閃のシェラザード』と二つ名すら持つ若手でもトップを争う23歳の女性だ。

 アイナとは呑み仲間にして親友だが……お互いの表情は優れず、とてもそんな気分ではない。

 分かり切ってる事とはいえ……思わず尋ねてしまった。


「みんなの様子はどう……?」

「さすがにだいぶ落ち込んでるわ……特にレンの動揺が酷いわね」

「無理ないわ……仲のいい親子だものね」

「ええ、本当に。見ているこっちが幸せな気持ちになるくらい……」


 疲労の色が隠せないシェラザードは、大きく溜息を吐いて席に腰をかけた。

 アイナはカップに紅茶を注ぐとシェラザードへ渡し、向かいの席へと座る。

 シェラザードは紅茶を一口呑んで呟くように語り出した。


「やっぱり信じられないわ……先生ほどの遊撃士がこんな事件に巻き込まれるなんて……何かの間違いなんじゃないのかって思うわ」

「……今分かっているのは、カシウスさんが乗せた飛行船が消息不明なのと、未だにそのカシウスさんから連絡がないということだけよ」

「はがゆいわね……待つ事しかできないなんて」


 無暗に探し回っても駄目だという事をシェラザードは知っている。そしてシェラザード本人もC級遊撃士としての立場がある。勝手に動き回ることもできない。

 軍人と違って遊撃士は自由に動けると思われがちだが、実際は様々な事情に振り回されているのだ。


「夜明けまで…………長いわね」


 窓から眺めた夜空は、いくつもの星が輝いていて、少し不快だった。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「…………」


 ヨシュアは自宅のベランダでハーモニカを吹いていた。

 彼がいつも奏でる曲。真夜中にも関わらず吹いているのは、ヨシュア自身が己の心を落ち着かせる為だった。

 それほど、いつも冷静なヨシュアにとっても今回の件は衝撃的だったのだ。


「…………」


 妹のレンを思い出した。

 あの件の直後、呼吸不全になるほど恐慌状態に陥り、我に返ったレナが安心させるのに、今もずっとレンを抱きしめているのだろう。

 レンは両親のことが大好きだから。

 それは自分だって負けないつもり、そうヨシュアも思う。だが曲がりなりにも『体験した過去』の事があるので、自分はこうやっていられているのだ、そう思った。

 すると背後から扉が開き、家の中からエステルとティオが出てきた。


「うん。今日も素敵な音色ね」

「はい。ヨシュア兄さんのハーモニカ、とても上手いです」

「……エステル。ティオ」


 2人も今まで起きていたのだろう。少し目の周りに隈ができている。


「レンは?」

「うん……だいぶ落ち着いたみたい。今もお母さんと一緒にいる」

「ひとまずは安心かと」

「そう……良かった」


 ヨシュアはホッと安堵し、2人へと向き直った。


「さっきまでシェラ姉さんが来てたんだけど、知ってた?」

「うん、知ってる」

「さっき遊撃士協会の方へ行きましたが……」

「そう。何か情報が入ってるかもしれないからって」

「! そっか!」


 ヨシュアの言葉にエステルの表情が少し明るくなる。

 ティオもその言葉に頷き「私たちも行きましょう」と言う。


「そうね!」

「ああ、僕とエステルは仮にも遊撃士なんだ。ここでこうやって黙って過ごしている訳にもいかないよ」

「あら、それじゃあ家族みんなで行きましょうか」


 突然背後から聞こえた声に驚いて振り返るエステルとティオ。

 後ろにいたのは、レンを抱きかかえながら僅かに顔色を取り戻したレナであった。

 レンの目は赤くなり腫れていた。どうやら泣いてしまったようだが、今は平気なようだ。


「もちろんレンも行くわ。いいでしょママ?」

「ええ、もちろん。皆で行って、皆で確かめて、今後の方針を決めましょう」


 レナは伊達にカシウスの妻を務めていない。危険な仕事である以上、この事態は覚悟はしていた。

 もちろん、動揺するしないは別にして、ある程度の気構えはしていたのだ。

 だからレナは笑える。彼女には子供たちが残っているのだから。 

 そんなレナの言葉にエステルもヨシュアもティオも、笑みを浮かべて大きく肯いたのだった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 こうして、ロレント郊外のブライト邸からロレントに入り、遊撃士協会に向かう中、レナは不意に足を止めた。

 奇しくも、エステルも同時に足を止めた為、ティオとレンとヨシュアは怪訝な表情をした。

 その場所は、ロレントの象徴でもある『時計台』であった。


「ちょっと、ここに寄ってもいいかしら?」


 レナの言葉に皆が不思議そうにしながらも肯き、エステルはレナを見ながらアイコンタクトで何かを話して小さく肯いている。

 不思議と、同じことを考えていることが感じられたのだ。エステルとレナは。

 内部の決して大きくは無い階段を昇っていくと、頂上に出る。

 頂上からはロレントが一望でき、遠くの山も見えるのだが、夜中なので全く見えない。

 見えるのは寝静まったロレントの街中だけだ。

 頂上の端の手摺りに寄りかかり街を見るレナとエステル。


「母さん、珍しいね? ここには絶対に登ろうとしなかったのに」

「そういえばそうね……ここに登った事って一回もないかも。ママ?」

「確かに。家族で登った事はないです」


 ヨシュアの言葉にレンとティオは今気付いたようで彼に同意する。

 そんな兄弟の言葉に苦笑するエステルと、少し困った顔で肯くレナ。


「ごめんね、みんな。ごめんね、レンも」

「ううん。レンは大丈夫よ。でも何で今のこのときに……」

「それは……ねぇ? エステル」

「うん……この場所はあんまり気軽に登れる場所じゃないんだ」

「やっぱりそうだったんですか。なんとなくエステル姉さんもお母さんも避けてる気はしてましたが」

「あ、やっぱりティオにはバレバレだったんだ」

「はい」


 実際には街の人などに噂で何があったか聞いたというのが真実なのだが、そんな無粋な発言はしない。

 エステルは少し切なそうな目で街を見ながら過去へ思いを馳せた。


「ここは、お母さんが大怪我を負った場所、だから」

「「!?」」


 エステルの言葉にレンとヨシュアはぎょっとなりレナへ振り返る。

 それを知っていたティオは表情を変えずに黙って聞いていた。

 レナは子供たちの視線に、少しだけ困ったように笑って肯く。


「ティオには何度か聞かせた話だけど。そうね……10年前、エレボニアとの戦争の時、この時計台は攻撃を受けて崩壊したわ」

「その時に、あたしとお母さんはこの時計台の下にいたの」

「私がエステルを咄嗟に突き飛ばしたから、エステルは助かったけど……私は生き埋めになった」

「お母さんがあたしを守ってくれたんだ……でもお母さんはそれが原因で大けがをした」

「正直、助かる怪我ではなかったでしょうね」

「そんな!?」


 レナの言葉にレンは慌てる。

 普段は呆れるくらいに聡明で冷静なのに、両親のことになると崩れるレンに、レナは嬉しいような困ったような、複雑な気持ちになる。

 レンの頭を撫でながら、レナは言葉を繋ぐ。


「その時だったわ……彼が現れたのは」

「彼、というと……」

「皆には何度か言った事あったわね? 養子に迎えたい子がいるって。その子のことよ」

「…………ルシア、ですね」

「そう。あの時、ルシアがお母さんを押しつぶしてた瓦礫を退かして、お母さんとあたしを助けてくれたの」

「そんな事が……」


 ヨシュアは絶句した。母がそんな怪我を負った事と、そんな怪我が『どこにも見られないこと』に。


「あの時の……私たち家族を助けてくれたのは、彼だった。でも今現在は、あの子はいない」

「…………うん」


 きっと己に言い聞かせているのだ母は。

 そうエステルは、ティオは感じた。


「へぇ……あいつがねぇ」

「「!?」」


 レンの呟きに、エステルとティオは驚いて振り返る。

 言葉のニュアンスと含みが、まるで知人を語るかのようだったからだ。


「レ、レン。あんた……知ってたの?」

「え、知り合い?」

「…………」


 レナは、皆と反応が違った。

 知っていて当然だ。『彼女を送った』のは彼なんだから。

 彼女の瞳は「言うの?」と訴えていて、レンはそれに小さく肯く。

 レナは正直なところ、話すのは止めたかった。

 でもそれが彼女の意思ならば……それを尊重しよう、そう思った。


「まぁね。あいつとはレンがここに来る前の場所で知り合ったの」

「へぇ〜〜〜〜、ルシアとレンがねぇ」

「…………」


 レンはそこで肩を竦め、


「ああ、それでどうしていきなり言いだしたかっていうと、エステルお姉ちゃんもヨシュアお兄ちゃんも、パパを探しに行くつもりなんでしょ?」

「「!!」」

「それなら一緒にあいつの事も探してくれば? って言いたかったから。それならティオお姉ちゃんの普段の仕事量も減って楽になるだろうし」


 その言葉に2人は驚く。特に話し合ってはいなかったが、なんとなくそうなる事はお互いに察していたからだ。

 2人の驚愕を余所に、レンは続ける。


「レンはママを家で独りすることはできないから、レンは残るわ。ただ、ティオお姉ちゃんは一緒に連れて行ってあげてね?」

「へ? ティオを?」

「どうしてだい?」

「…………レン、貴方は」

「どうしてって、ティオお姉ちゃんはこの機会にパパと一緒にルシアも捜したいでしょ? 何か手掛かりを見つけられるかもしれないし。あれだけ毎日探してたらかなりの手間だったろうし」

「ああ、なるほど…………って、ティオもなの!?」

「…………」


 ヨシュアは姉妹全員の繋がりに作為的な不自然さを感じ訝しみ、また自分だけ知らない事に少し不満に思う。

 ティオはレンの言葉に意外にも驚いていなかった。


「やはり……レンは知ってたのですか」

「ええ。お姉ちゃんが常日頃から調べていたこともね。でも『何時知り合ったか』は知らないわ」

「…………」

「ちょ、ちょっとティオ。あんた顔が怖いわよ。どうしたの?」

「い、いえ。ちょっと昔を思い出しまして……」

「で、ティオは僕達に教えてくれないのかい? どこで知り合ったかとか」

「…………それは、言いたくありません」

「…………そっか。言いたくなければいいんだ。僕だって母さんやエステルが辛い過去を話してくれたのに、自分のことは隠してるんだから」


 ヨシュアは5年前、カシウスが突然連れてきた子だった。

 毛布に包まれて、その身体は切り傷だらけで怪我をしていた。

 最初は心を開かず口も利かなかったヨシュアを、家族の皆がゆっくりと変えたのだ。

 そしてヨシュアは、自分がどこの誰で、どういった経緯でこの家にやって来たのか、明かしていない。

 言いたくても言えない、そんな表情のヨシュアに、レンやティオは何かを言おうとして、


「いいのよ、そんな無理して言わなくたって!」


 エステルの声が響いた。

 嫌な空気、淀み、そんな嫌なものを全てを吹き飛ばすような、そんな清涼さがあった。


「そりゃ、過去が気にならないって嘘になるけど……でもね! 父さんがヨシュアを連れて来てからは、今のヨシュアは『私たち』が一番知ってるんだから!」

「……知られちゃってるんだ?」

「そうよ! えっへん!」


 胸を張って威張るエステルに、ヨシュアは思わず苦笑した。

 少し元気を取り戻したかな、そう思ったエステルは、ふんっ、と鼻を鳴らして拳を突き上げた。


「あたし、強くなる! 皆が嫌な思いをしないように、苦しまないように、辛い思いをしないように! お母さんやヨシュア、レン、ティオが守ってくれたように、あたしも皆を守れるようになる!」

「……ルシア君がかつてエステルを守ったように?」


 母の問いかけ。


「うん! あたしの目標なの、ルシアは。きっとわだかまりもなくなれば、ヨシュアだって苦しい想いをしなくて済むでしょ? ルシアならきっとパパっと片付けそうだもの」

「…………」


 それは、エステルのルシアに対するイメージであった。

 そしてそれは、正しいのか間違っているのか……だれにも分からない。


「きっとここに来たのも、あたし、本能でルシアに助けを求めちゃたのよきっと。今度も助けてって」

「そうね……お母さんも否定できないかも」

「うん。それくらいルシアは凄かったから。でも頼ってばかりだと、私の目的も達成できないし、だからあたし、強くなるの!」

「……なら、お姉ちゃんはもう少し勉強がんばって賢くならないとね。脳筋では強くなれないわよ?」

「うぐっ。レンったら生意気なのよ!」

「フフフ」

「大丈夫。エステル姉さんの頭脳的なサポートは私が行いますから」

「ん? ん〜〜〜、なんか納得いかないけど、まあティオがルシアの知り合いだっていうなら、付いてきてもいっか。どうかなヨシュア?」

「そうだね……ある程度の戦闘はこなせるようになってもらわないと困るけど、まあ僕たちが守ればいいだけか。実際にはかなり問題あるけど」

「心配いりません。自分の身は自分で守ります。その為に以前から戦えるように準備はしてきました」

「い、いつのまに……我が妹ながら羨ましいくらい頭良いのね」


 そうやって話が纏まりつつある中、レナがティオの前へ歩み出て彼女の視線の高さまで屈み、両手を握って話しかけた。


「ティオ」

「……はい」

「…………お母さんは、正直賛成はできない」

「…………」

「貴方は、戦闘の訓練を積んでいない。それはかなり大きな問題だと思う」

「……はい」

「それは、きっと戦闘訓練を積んでる人からしたら、なめるなよって話だと思うわ」

「そうだと思います」


 ティオとレナの話に、エステルたちは声を挟めない。

 それはまぎれもなく、母と娘の会話だった。


「……あなたに闘う才能があったとしても、それは遊撃士の方たちの足を引っ張ることになるかもしれないわ」

「…………はい」

「それでも、それでも一緒に行きたいのね?」

「行きたいです。例え……怪我を負う事になったとしても」

「そう……本来なら、親としては止めなくてはいけないんだろうけど……だからと言って親のエゴで子供の気持ちを無視する訳にはいかないわね。正直、判断に迷うところではあるのだけど」


 ふぅ、と小さく溜息を吐いて、


「とにかく…………無事で帰ってくること。これは約束よ?」

「はい……っ」


 ジワっと、ティオの瞳に涙が浮かぶ。

 母の想いが伝わって来て、心が温まるほど嬉しい。


「そして、あの人……お父さんと、ルシア君を、宜しくね?」

「任せて下さい。必ず、見つけて帰ってきます」

「よし! それならお母さんは応援しちゃう! っと、そうだ」


 ガッツポーズをとって握りこぶしをみせるレナだが、何かを思い出したようにポンっと手を叩いた。

 そして持ってきていた手さげカバンをごそごそと漁り始めた。


「持ってきておいて良かったわ〜。私の勘も捨てたものじゃないわね」

「?」


 母の言葉に首を傾げるエステルやティオだが、レナが取り出した『モノ』を見て、エステルは思わず大声をあげてしまった。


「!? ええええええええええ!? お母さん、そ、それって!?」

「……? 何でそんなに驚いているんです、エステル姉さん」 


 レナの手にあるのは……金色の卵型のネックレスと、空色のオカリナ、そしてコンパクトな折り畳み式のケースで、中にはクリスタルが収められている物があった。


「そのネックレス…………もしかして……」


 ブルブル震えながら指さすエステル。

 エステルにはそのネックレスは覚えがあった。

 金色の卵型で、黒い円状の淵があるデザイン。光沢はどこか不思議な雰囲気を放っており、そのネックレスは材質がさっぱり分からない。

 そして空色のオカリナ。

 かなり古ぼけていて、擦り傷も目立つ。

 ティオにはその三つが何か解らなかった。

 だが。

 だが、エステルの頬を紅潮させてふらふら近寄るその姿を見て、ピンと来た。


「もしや、それは…………」


 ティオ、そしてエステルを見て、微笑みながら肯く。


「そう…………これは、ルシア君の私物よ」

「な、なんでお母さんがそれを持ってるの!?」

「!?」


 思わずそのネックレスをひったくり、ジッと見詰める。

 ティオはゆっくりとオカリナを預かり、それを見詰める。


(このオカリナで、彼はあの曲を歌って、いえ、吹いていたのでしょうか……アルテナの歌を)


「これをお母さんが持ってる訳は…………お父さんが、彼が失踪する直前に会っていたから、彼の私物を受け取っていたのよ」

「へ〜〜〜」

「そう、なんですか」

「そのルシアという人は、おしゃれな人物のようだね、母さん」


(———成程。あの事件の直後に『最低な場所』の現場検証で見つけた、ってところかしら)


 実際には、レンの予想が当たっていた。

 『楽園』の現場検証でルシアやレン、そして今までの子供たちが『連れてこられる前』に着ていた服や私物を発見。それを関係者、親類縁者に引き渡されたのだ。

 故に今まで管理していた。いつの日か、彼に直接渡せる日が来ると信じて。


「お母さん、それは?」


 エステルが指さしたのは、三つ目の折り畳み式の小物。


「これ? これは……お母さんにも解らないけど、ただの小物だと思うわ」

「へぇ」


 少しの嘘を含ませる。

 それらを、今、渡す。

 自分から、娘たちへ。


「持って行きなさい」

「……ありがとう!!」

「ありがとうっ」


(きっとこれから先。彼を助けられるのは私じゃない)


 あの子は、ルシア君はきっと数奇な運命を辿る子よ。あの人はあの子の運命を見抜いていた。愛娘にはルシアから離れて欲しいと。


(でもそれは、きっと無理な事。

 エステルと、ティオ。ヨシュアとレン。4人は嫌でもあの子に関わる。

 おかしな話だけど、それを確信してる。

 そして何よりも。

 何よりも。



 ———————————あの映像を見てしまったからには、放っておく事はできない)



 レナは子供たちを連れながら、塔から降りて遊撃士協会までの道を歩く。

 敢えて娘に教えなかった、ある大きな秘密。

 自分はその中の1つしか見る事はできなかったが、きっと娘達は見る事になるのだろう。

 そして、あの残酷な真実を見る事になるのだ。

 その時、皆が、みんなが無事でいる事を、願うだけだ。

 レナは『その為に前から動いてきた夫』の今に想いを馳せ、そして夫を、娘達を信じた。

 これから先の未来に、幸多からん事を。


************************************************
レナは『クリスタル』が何を意味するのか、それを知っています。
もちろんカシウスも。

そして彼女が見たのは何の、いえどこのシーンなのか。
LUNARを知ってる人なら予想つくかもしれませんが、知らない人はお楽しみに!
かなり衝撃的な内容ですので。



[34464] 第25話 ボース市長登場
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/01/16 21:25

第25話 ボース


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『先生を捜しに行くですって!? って、レナさんがいるって事は、レナさんも認めたって事ですよね』


 シェラザードは溜息を吐いて少し苦笑した。


『……でも今は定期飛行船が運休しているから、ボースへは徒歩で行くことになるわよ?』

『わかってる!』

『では当面の路銀とボース地方の地図です。あとこれはヴェルテ橋関所の通行許可証の申請書類よ。ボースに着いたら遊撃士協会のルグラン老人を訪ねてちょうだい。ボース支部には連絡を入れておいたから』

『っ!』


 既に準備は整っていた。次々と提示される品にエステルたちは感動した。

 アイナは自分達が言い出す前に、既に察してくれていたのだ。

 どれだけこの人は、自分達を理解してくれていたのだろうか。


『あたしは仕事ですぐには動けないのよ。でも後で追い着いておいしーとこかっさらってあげるわ。だから心配しないでふたりで、いや3人でやれるところまでやってみなさい』

『がんばってね』


 シェラザードの激励とアイナの応援に励まされて、エステル・ヨシュア・ティオの一行はボースへと向かったのだった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 ロレントを出てミルヒ街道を沿って行くと、ヴェルデ橋が見えてくる。

 ヴェルデ橋までの道は森を抜けていかねばならないが、それまでに魔獣や手配魔獣など危険な目に遭う可能性が大きい。

 故に人はほとんど歩いておらず、行商の人や軍人や遊撃士、偶に一般人が歩いているがそれにしても救いない。

 エステルとティオが並んで歩き、その後ろをヨシュアが歩く形でミルヒ街道を歩いていた。


「ん〜〜! 良い天気ね!」

「ほんと。お昼寝をしたくなります」


 ぐ〜っと伸びをして気持ちよさそうな声を出すエステル。


「だよね! こう、おにぎり片手にのんびりしたいなぁ」

「エステルらしいや。ミルヒ街道の景色より食い気の方が強いなんて」

「なによヨシュア。悪い?」

「いや、良い意味で言ったんだよ」

「……なんか納得できないような」


 腕を組んで傾げるエステルに、ティオはクスッと笑った。

 そして先刻に母からもらったオカリナを取り出し、見詰めながら歩く。


(不思議です……普通の楽器の筈なのに、なんだか心がぽかぽかするような)


 どこか温かな感じがする。


「しかしティオがルシアと知り合いだったとはね〜〜〜。前からルシアの話をしてたときに教えてくれればよかったのに」

「そういえばそうだね……それも言いたくなかったのかい、ティオ」

「いえ、言いたくないというのは不適切な表現です。どちらかと言えば、言い辛かった、が正しいと思います」

「? ふ〜ん? なんか複雑なんだ」

「ええ……それに実のところ、彼も私を覚えているかどうか……」


 ティオは少し悲しそうに言う。

 あの施設内には自分以外にもたくさんいた。少しの期間しかいなかった。

 だから、自分など大勢の中の1人でしかないかもしれない。


(これで覚えてなかったら……とても滑稽です)


 彼から教えられた歌を歌い、彼から教わった指示通りに頼ってカシウス邸に赴き家族を得て、彼を捜し続け、挙句の果てに彼の私物まで受け取ったのにも関わらず彼は覚えていなかった、なんて間抜けにもほどがあるだろう。

 いや、


「……正直かなりショックかもです」

「へ?」

「ん?」

「…………いえ、なんでも」


 ズーンと暗くなり落ち込んだ妹に、おろおろとエステルとヨシュアはうろたえたのだった。


「え、えっと……あ! ヴェルデ橋よ!」

「ほ、ホントだ! ほらティオ、早く観に行こう!」

「……ええ」


 トボトボと歩みが遅くなったティオの手を引っ張ってエステルと共に小走りにヴェルデ橋へ行くが、ヨシュアが見る限りは、ティオは散歩を嫌がる犬が引き摺られているようにしか見えなかったという。





 

 ヴェルデ橋は、ロレント地方とボース地方の掛け橋であり、防衛の際の要塞でもある。

 簡素な造りながらも通り道は一本の為、非常に攻め難い構造をしている。

 周囲は湖で囲まれており、意外と深さもかなりのものがある。

 しかしその周りは森林や花など植物で囲まれており、通り抜ける人々を楽しませた。

 エステルと落ち込むティオ、苦笑するヨシュアは関所員に通行許可書を見せて無事にヴェルデ橋を通過。そのまま東ボース街道へと入った。

 ちなみに一般人などがヴェルデ橋を通る為には、身分証と通行許可が降りるまでの滞在、諸々の書類への記入など、非常に面倒臭い事務手続きが待っている為、どれだけ通行許可書が便利か解るだろう。

 東ボース街道はこれまた林の中を抜けなければならない。

 視界が悪く、いつ魔獣が出てくるか分からない為に気を抜けない……が、今回は運が良いのか、全く出てこず、エステルやティオを肩すかしさせた。

 が、そんな2人を待っていたのは、ロレントのような田舎町とは違う、都会。

 そう。

 そこはリベール王国王都グランセルに次ぐ最大の都市であり、商業都市と国外にも名高い街。

 その名は『商業都市ボース』。

 街の中央に巨大なマーケットがある、若者たちから老人まで幅広い世代に人気があり、集まってくる。


「大きい〜〜〜」

「そうですね。ロレントとは違います」

「あれは何かな?」

「きっと噂のマーケットだと思います、エステル姉さん」

「よく知ってるわね、ティオ」

「…………何言ってるのさエステル。シェラ姉さんの講義でも教えてくれたじゃないか。それと日曜学校でも

「うっ! ちょ、ちょっと最近突っ込みが多くなってきたわね……復習でもしようかな」

「ハハハ」

「エステル姉さんらしいです」


 姉としての威厳が、と呟くエステルに、ティオもヨシュアも苦笑する。

 一応兄弟姉妹の中で最年長と豪語するエステルにとっては看過できない問題らしい。まあ、自業自得ではあるのだが。

「そうよ! 早くボースの遊撃士協会へ行かなくちゃ!」

「誤魔化したね」

「誤魔化しましたね」


 2人の突っ込みを無視して冷や汗をかきながらエステルは駆け出した。

 ちなみに……エステルが向かった方向は遊撃士協会が在る方角ではなかったという。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「……こんにちは〜〜」

 ボースの遊撃士協会は初めてな為、そーっと扉を開けて入ると、室内はロレントとそこまで違いは無かった。

 だが受付にいたのは、アイナのように若く美人の女性ではなく、老人の男性。


「ほほぅ……よう来たのぉ、カシウスの子供たち」

「「「!」」」


 老人の言葉にびっくりして中に入る。

 眼の前まで歩み寄ると、老人———ルグランは髭を撫でるとにっこりと笑った。


「アイナから話は窺っておる。ようこそ、ボースへ」

「よろしくね! ルグラン爺さん!」

「よろしくお願いします、ルグランさん」

「……どうも」


 ルグランはなにやら満足そうに肯く。


(ふむ。この子たちがカシウスとレナの子か…………成程、どの子も面白い)


 ルグランの老年の瞳には、とても面白い子たちだと映る。

 どの子も何かを抱えつつも、両親と同じでどこか同じ匂いを感じる。

 ルグランはそんな事を考えつつも、資料を出した。その資料に3人は食いつく。


「ルグランお爺さん。この資料は……」

「こちらでも独自に調べたのじゃよ、ティオちゃん。そして残念じゃが……例の船の乗客名簿にもカシウス・ブライトの名は確認された。お前さんたちの親父さんが飛行船に乗っておったのは間違いなさそうじゃの」

「ねぇルグラン爺さん。飛行船の行方は分かっていないの?」

「うむ。ボース港を出発してからの足取りは未だにさっぱりじゃ」


 そんな……と落胆する3名。

 しゅん、と落ち込む3人に伝え辛そうに、ルグランは続ける。


「というのも厄介な事に、この件では王国軍も出動して捜索がなされておるんじゃがな、どうやら指揮をとっておるのが、あのモルガン将軍らしいんじゃよ」

「「えっ!?」」


 ヨシュアとティオの顔色が変わる。

 その名は有名であった。そしてその意味するところも。

 尚追い打ちをかけられた2人であったが、そこへ脱力するまさかの言葉が。


「…………だれ?」


 エステルである。

 ずるっと転ぶヨシュアやルグラン、額を覆い天を仰ぐティオ。

 リベール王国に住んでいながら、まさかの言葉であった。


「10年まえの戦争で帝国軍を撃退した英雄だよ! 教科書にも載ってたでしょ!」

「そーだっけ?」

「エステル……」


 ひそひそと声を静めて言うヨシュアだが、残念だがルグランにも丸聞こえであった。


「で、なんでその将軍が厄介なの?」

「エステル姉さん。猛将と唄われるモルガン将軍ですが、実は有名な話もあるのです」

「そうじゃ。実はな、モルガン将軍は大の遊撃士嫌いで知られとってな。その所為か軍からちーっとも情報が入ってこんのじゃよ」

「そんなぁ!」


 ガクーンと机に突っ伏すエステル。ようやくヨシュアやティオの反応の意味が分かったのだ。

 だが。


「なぁに! わしらは軍とは違う切り口で解決策を見出せばいいんじゃ。実際、そうして欲しいとボース市長からも正式な依頼ではないが激励が届いているでな」

「え……」

「期待しとるぞ、カシウスの子供たち!」


 ルグランは、エステルたちからすれば不自然に映るくらいに落ち着いていた。

 不敵に笑う仕草から、カシウスの安否に関しても全く心配してないように。

 ルグランから激励の言葉を貰い、意気揚々と出て行こうとした時、ティオはルグランへと話しかけた。


「あの」

「ん? 他にも何かあるのかの? ティオちゃん」

「はい。あの、ルシアという名前の、私と同じ年齢か少し上くらいの青髪の男の子を知りませんか?」


 その言葉に、エステルもヨシュアも驚いて振り返った。

 まさか遊撃士協会の受付の人にその件について聞くとは思ってなかったようだ。

 だが、ルグランの反応は少し大きく目を見開き、手元にあったコーヒーを呑む、そんなわざとらしい仕草であった。


「何か知ってるのですね!?」


 ティオは詰め寄る。パソコンを使った情報では掴む事ができなかった情報を、この人は持っているのだ。


「わしも深くは知らん……だがその子に関して、遊撃士協会本部の通達により、全遊撃士支部へと勅命が下っておる。もちろん、正式なモノではない為に公開はされとらんがのぉ」

「教えて下さい!」

「ふむ…………」

「ルグラン爺さん! あたしにも教えて!」

「僕も知りたいです」


 エステルとヨシュアも詰め寄ると、ルグランは隠すことではないから構わんが、と前置きして話した。


「彼に関しては、捜索・保護命令が出ておる」

「遊撃士協会自ら、ですか? さすがにそれは妙な話ですよね」


 ヨシュアは眉を顰めて疑問を呈す。

 いかに民間人を守る遊撃士協会とはいえ、たかが1人の一般人を本部が全支部へと命令するほどの事はしない。行ったとしても、該当する地方、支部へのみが普通だ。


「……まあ、それはヨシュア君の言うとおりじゃが……彼も訳ありじゃからのぉ」

「訳あり?」

「これ以上は言えん。お主たちが知りたければ、一刻も早く正遊撃士になり、A級かB級になる事じゃ」

「そんな……」

「行こうエステル、ティオ。これ以上は情報の秘匿度から僕らには話せないんだよ」

「……でも!」

「悔しいですが……行きましょう」

「……分かったわよ」


 どの件も、先行きは真っ暗であった。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




 
「さて、と。これからどうしようか」

 ボースマーケット内で昼食を摂っていた3人。少し落ち込み気味だったので、エステルは気持ちを切り替える為に元気な声を出す。

 売っていたホットドッグを頬張りつつ、ティオは言う。


「ボース市長に会ってみませんか? ルグランお爺さんも言っていましたし」

「そうだね。激励もあったことだし、なんでそんな事をしたのか話しを聞いた方がいいかも」

「うん、りょーかい! 依頼者への挨拶は遊撃士としての礼儀だもんね」

「そうだね」


 ヨシュアはサンドウィッチを手に周囲を見まわしつつ肯く。

 するとエステルが感心するように言った。


「しっかし、にぎやかね〜、ボースマーケットって。こんな人混み初めてかも」

「うん……? ………」

「あっ、ほらヨシュア、ティオ。見て見て!」

「え、何ですか?」

「…………」

「ほら、ヨシュアも見なさいよって……ヨシュア?」


 ヨシュアの反応が無い事に気がついたエステルとティオは怪訝そうに窺うと、ヨシュアはとある方向をじっと見ていた。

 その視線の先を見ると、買い物区画の一角。

 そこにいたのは、清楚な服で着飾った水色の髪の可愛い女の子であった。


「あらあら? ヨシュア君ってば、ああいう子が好みなんだ〜〜〜!」

「確かに可愛い顔をした人です。それにあの胸元の飾りは————」

「はい?」


 目を輝かせてニタニタ笑って頬を突いてくるエステルと、妙に分析するティオ。

 ヨシュアは少し頬を赤らめて否定するのだが、


「そっかそっか。いや〜〜〜、お姉さん知らなかったな〜〜〜」

「妹として情けなかったです。ごめんなさい、ヨシュア兄さん」

「なに言ってんだか……」


 全くもって梨のつぶてであった。


「違うの? じゃあ、ああいう美人さんはどう? って、本当に美人ね」

「ハイハイ」


 ヨシュアはどうでもよさそうに聞き流す。

 確かにエステルが指定して女性は美人であった。

 金髪の女性で、髪はカールして長く腰まであり、ふわふわしたその髪はとても柔らかそうだ。そして顔の造りも美人であり、雰囲気が年上のお姉さんというオーラを発揮している。

 その女性に付き添うのもこれまた美人の女性であった。メイド服を着ているところから付き添いの侍従の立場らしかった。

 その女性たちは、どこか違う、そんな雰囲気を発していたのだ。

 エステルは続けて美人ねぇ、とティオに振ろうとしたが、ティオは背後を凝視していた。

 何事かとエステルが振り返ると、そこにいたのは自分たちが座っているベンチに隠れてこそこそと蠢く何か。


「…………ジー」


 ササっと俊敏な動きをみせ、こそこそと物陰へと移動しつつ、先ほどの金髪の女性の後を追う2人組み。


「なるほどー。そうやって人気のないところで一気に! なんですね〜!!」

「シー! バカ! 声が大きい!」


 30代の細身の男性と、20代前半の赤髪の女の子というなんだか似つかわしくない組み合わせの2人が、こそこそと怪しい動きをしていた。

 怪しい、とエステルが呟き、ヨシュアへと振る。


「ヨシュア。あれは……どう?」

「ある意味女の子より気になるけど……」

「ヨシュア兄さんの好みからするとあの女の子も十分狙い目かと」

「そこから離れてよ!?」

「だよね! 後を追うわよ!」

「はい。あの方にヨシュア兄さんを売り込みます」

「話しが合ってるようでむちゃくちゃだよ! それにさっき決めた事を早速忘れちゃうんだ」


 ヨシュアの突っ込みすも当然スルーし、エステルとティオは2人の後を追いかけた。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 さて、そんな噂の2人は、金髪の美人の女性の後方の物陰で、ジーッと彼女たちを窺っていた。


「やっと人混みから出てきたか……おい、ドロシー。いつでも撮れるようにしとけ」

「はーい」

「何を撮るって?」

「もちろん! あの綺麗な女の人のあーんなところやこーんなところですぅ〜〜」

「あ、あんですってえぇ〜〜〜〜〜〜〜!?」

「うぉ!? 誰だお前!?」


 いつもの帰ってくる声が違うことに男は振り返ると、そこにいたのは見知らぬ女。

 それも怒髪天を突く、といわんばかりに怒りに燃えていた。

 もっとも、そこに油を注いだのが傍らにいる相棒なのだが。


「あんたたちね! 白昼堂々、美人のお尻を追いかけまわすなんて、破廉恥にも程があるわよ!!」

「?」

「はい?」

「申し開きがあるなら言ってみなさい!」

 
 エステルは棒を自分達へと突き付け、そう宣言する。

 面倒臭そうに溜息を吐いた男に、ドロシーと呼ばれた女の子が囁く。


「だそうですよ、ナイアル先輩」

「ああ? あーめんどくせぇな。ドロシー説明しといてくれ」

「はい!」


 くるっとエステルへと振り返る。ティオはドロシーを観察し、ヨシュアは困ったように窺っているが、ドロシーと呼ばれる女の子はどうやって説明しようかと悩む。


「え、えーと、私たちは、え———っと………………あ!」


 ポンっと手を叩き、そして————。

 どこかへと走り去って行った。


「…………」

「…………」


 ひゅーと風が間に吹き抜け、呆然と見送るエステルたち3名と、男——ナイアル。


「…………逃げたわね」

「はい!? ちょ、ちょっと待て! 俺は怪しい者じゃ———」

「何事ですの?」


 そこへやってきたのは、先ほどの金髪の女性と、メイド服を纏った女性。

 その場にいる全員が、あ、と声を上げると、メイド服の女性が何かに気付いたようで、ナイアルへと話しかけた。


「あら、また貴方たちですか」

「おねーさん、こいつの事知ってるの?」

「存じております」


 エステルの疑問に即座に肯き、そして女性は『真実』を告げた。


「先日からお嬢様につきまとう不届き者です」


 な、なんだって〜〜〜、と全員の間に雷が落ちた気がした。

 ギギギギ、と擬音が聞こえるほどゆっくりとエステルがナイアルへと振り返り、そして———。


「ちっ!」

「待ちなさい! このストーカー男!」

「だれがストーカーだよ!」

「ヨシュア兄さんには悪いですが、ストーカーとお付き合いは妹として認められないです」

「はぁ!?」


 と、喚き合いながら走っていってしまった。

 その場に残ったヨシュアと金髪の女性とメイドさん。ヨシュアは苦笑しながら彼女たちへ告げる。


「ご心配なく。僕らは遊撃士のものですから、あとは任せてください」

「! ……そうでしたか。では、どうかよろしくお願いしますわ」


 ふわりと優しい笑顔を浮かべる女性に、ヨシュアは少しテレてエステルたちへ追いかけたのだった。





 一方、追いかけていったエステルとティオだが、


「逃げ足速いわね〜〜〜。どこいったのかしら」

「そうですね……って、エステル姉さん、あれ」

「ん?」


 意外とすぐに見つけた。

 何故なら近くの公園へと続く階段のところで、大きく肩を上下させて息切れしていたのだから。


「……体力ないわね、ストーカーさん」


 汗でグッショリとなったナイアルだが、エステルの言葉にブチっとキレて言い返した。


「……っるせぇ!! それ以上言ったら正義のペンで訴えるぞ!」

「ペン?」

「そうだ! 俺はナイアル・バーンズ。リベール通信社の記者だ。覚えとけ!」

「リベール通信って、あの情報雑誌の?」


 それには驚いた。

 エステル自身、その情報誌は知っている。何故なら。


「それ、お父さんもお母さんも楽しみにしてるわ! あたしが毎号買いに行ってるのよ!」

「お! 感心じゃねぇかお嬢ちゃん」

「いえ、実は姉さんはそのお釣りが目当てなだけです。お小遣いにできますから」

「オイ」

「あはははは」


 その理由に、1人の記者として突っ込まざるを得なかった。


「あれ? ってことはもしかして取材?」

「やっと解ったか。ボースで噂の美人市長に完全密着! っていう我ながら情けない記事だがな」

「…………市長?」

「え?」


 エステルとティオはお互いに顔を見合わせて、その言葉の意味を理解し、それが指し示す人物を思い出し、


「市長〜〜〜〜!?」


 エステルの絶叫が響き渡った。

 だが、さらにエステルとティオを驚かす事が続いた。


「あら、呼びましたか?」

「へ?」


 エステルが振り返ると、そこにいたのはヨシュアが護衛するようにしてやってきた、1人の女性。

 先ほどの金髪の女性で、隣にはメイドの女性。


「初めましてですね。わたくし、ボースの市長を務めていますメイベルと申します。以後お見知り置き下さいね」


 これが、長い付き合いになる人物たちとの出会い。

 リベール通信社の記者ナイアル。

 そしてボース市長メイベル。付き人のリラ。

 そんな皆との出会いは、ナイアルストーカー疑惑という、少し情けないものであった。


************************************************
辛い日々が続いております。更新遅くなりました。
感想の返信は後日行います。申し訳ありません。
もう眠くて仕方なくて…………

戦闘はまだありません。少々お待ち下さい。



[34464] 第26話 噂と人物像
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/01/16 21:11


第26話 噂と人物像


 これが驚天動地というものなのか、そうエステルは感じずにはいられなかった。

 市長や政治家といえば、むさ苦しい中年や年配の老人、そういうイメージしかなかった。無駄にプライドが高く頑固で怒りやすい、脂ぎった太った体型。

 少し悪いイメージが凝り固まっているが、いかんせん庶民のイメージもそれであった。

 だがそれを真っ向から否定するのが、眼の前にいる市長。

 ボース市長であり、今話題の敏腕市長。

 ボースにマーケットを開き、ただでさえ商業都市として有名であったボースを、更に巨大都市にし、商品の流通を活性化させボースを潤わせ、その上で治安も向上させた、まさに敏腕凄腕市長。

 それが、ボース市長『メイベル』である。


「まあ、それで私の特集記事を?」

「おおっ。とはいうものの、やっつけ記事だから我ながら情けねぇ限りだがな」

「へ〜〜」


 ナイアルは煙草を咥えて髪をガシガシ掻きながら言う。

 煙草の煙が輪を造っているところから、体力は無いモノの意外と余裕はあるらしい。


「ではナイアル様は本来、何の記事を書くつもりだったのでしょう?」

「様って……まあ、いいか」


 メイベルの付き人であり、メイド服恰好の女性————リラは、抑揚のない声で淡々と聞く。

 ナイアルはリラの言葉に痒そうにしたが、諦めたように脱力した。記者の勘から言っても無駄と感じたらしい。


「そう。書く記事だが……大ニュースだよ!」

「っ!」


 突然立ち上がり、大きな声を上げたナイアルにティオはビクッとした。


「だがな! それもこれも飛行船失踪っていう大事件が起きてるっていうのに、これっぽっちの情報も掴めねぇのが悪いんだ!! 何が軍の情報規制だ! おかしいだろ!?」


 地団太を踏むナイラルに、メイベルはあら〜、と何やら感心した声を上げていた。


「俺たち民衆にも知る権利がある! 行方知れずの家族の安否を心配する気持ちを、軍が、国が裏切ってい良い訳ないだろうが! …………は!?」


 と、熱く語っていたナイアルであったが、自分を見詰める目に気付いて思わず硬直した。

 メイベルを含めたエステル、ヨシュア、ティオの4名が、おお〜、と感心した声を上げて拍手していたのだから。

 ……ちなみにリラは変化なかったので、何を考えているのかさっぱり分からなかった。


「あんた、ただのストーカーじゃなくて、意外と良い人なのね」

「そこから離れろよ! 頼むから!」

「エステル姉さん。さすがに可哀想ですからその辺で」


 ティオが苦笑しながらエステルを嗜める。

 冗談よ、と言ってからエステルはメイベルを一度見て、ナイアルに向き直った。


「えっと、ナイアルって言ったっけ? あたしたちの父さんも例の飛行船に乗ってるんだけど」

「なに?」

「まぁ」


 エステルの言葉にナイアルは表情を険しくし、メイベルも心配そうに眉を寄せた。

 だが、次のエステルの言葉で2人は大きく驚くことになった。


「だから何か知ってることがあったら教えてくれない? あたし、エステル・ブライト。事件を担当している遊撃士なの」

「……ブライト? 父親? 遊撃士? おいおい、まさか例の飛行船にあのカシウス・ブライトが乗っていたってことかよ!? いや、その前にお前たちはあの『剣聖』の子供なのか!?」

「驚いたわ……」

「? 父さんを知ってるの?」

「知らねぇわけねえだろうが!? なに言ってんだおまえ!?」

「エステル…………」

「エステル姉さん…………」


 バシバシ唾を飛ばしたナイアルと、ヨシュアとティオは呆れて溜息を吐く。

 メイベルも、そして今まで無表情を決め込んでいたリラですら隠せないほど驚きを見せていた。


 ヨシュアもティオも姉の良いところはよく知っているが、さすがにここまで鈍感、というかおとぼけ状態はさすがにどうかと思わざるを得ない。やはりもっと勉強させるべきだったと考えが一致していた。


「どういうこった……剣聖カシウスが乗っていながら……?」

「…………少し気になることが」

「え、メイベル市長?」


 何やら考える仕草を見せるメイベル。


「本日、わたくしがマーケットを周っていたのは、最近頻発している事件の為なのです」

「事件?」

「ああ、それは俺も知ってる。最近では強盗事件が頻発しているんだ」

「ですがそれも妙な話なのです。自慢するつもりはないのですが、商業都市にも関わらず犯罪発生率の少なさが、ボースの自慢でもあったのですが、最近は多すぎます」

「…………なるほど、話は読めたぜ。メイベル市長、問題はその日時だな?」

「何の話です?」


 ティオは問題の核が掴めない為に眉を寄せて続きを問う。

 ナイアルはティオに目を向け、煙草を咥え直して答えた。


「その強盗事件ってのはな……飛行船失踪事件の日から連続して発生してるのさ」

「!!」

「それって!?」

「……なるほど。それは貴重な情報です」


 ティオ、エステル、ヨシュアがそれぞれナイアルの言葉を聞き、直感で何かあると悟る。

 全く関係のない話しだが……そんなに都合よく同じ日に起こるとは思えない。

 ならば……そこには何かしかの関連がある。そう信じたかった。


「ありがとう! ナイアル」

「ま、良いってことよ。俺も完全に掴んでる訳じゃないから胸を張れないがな」

「それでも十分よ! よ〜〜し、これでお父さんの件は一歩前進ね。ね? ティオ」

「はい。とても大きな情報かと。もうひとつの件は何一つ進んでいませんが」

「うっ。まあ、そうね」


 2人は複雑そうな顔をしてやれやれと肩を竦める。

 父親の件は事件に関係していると思われるので、必然的に事件を追えば父にも追いつく。

 だが、ルシアの件は雲を掴む話しだ、そう2人は感じていた。

 この広い大陸、あるいは大陸外にいるかもしれない人物1人を捜そうというのだから、なんとも無茶な話しである。


「エステルさん達は他にも事件を追っているのですか?」

「あ、違いますメイベル市長。私たちはお父さん以外にも1人、人を捜しているのです」

「人だと?」

「そうなの。あたし達の……幼なじみ? のような関係の男の子で、現在は行方不明になってるの」

「行方不明とは穏やかではありませんね」


 みればメイベルの表情は真剣な顔になっており、詳しく話して下さいと続ける。

 ひょっとしたら力になれるかも、と。


「その男の子の名前はルシアっていうんです。蒼い髪が特徴的で、ものすっごく美人な」

「おいおいティオちゃんよ。男に対して美人って」

「でもそれが適切な表現なのです。神秘的、ともいえるかもしれません。あと、ものすごく歌が上手いのです。下手したら、この大陸の歌い手の誰もが敵わないくらい」

「ほほぅ……それは凄いな。えっと名前はルシア、ね………………ん?」

「…………」


 不意にメイベルもナイアルも黙り込んだ。

 何かを思い出すような仕草。

 その態度にエステルも思わず詰め寄る。


「もしかして知ってるの!?」

「……いや、どこかで聞き覚えがあるような……」

「…………同一人物かは解りませんが、その名前の人物には心当たりが」

「!?」


 メイベルの言葉にエステルとティオは大きく目を見開き、思わず詰め寄ろうとする。

 そんな2人の仕草に、ヨシュアは待ったを掛け、一歩前に出て冷静な態度で尋ねた。


「メイベル市長。教えて頂いても構いませんか?」

「ええ。最初にお断りしますが、先ほども申し上げた通り、まず同一人物かは解りませんので、そこは理解して聞いて下さい」

「もちろんです」

「……これは前市長である私の父が市長だった頃、近くの洞窟で落盤事故があったのです。その事故では幸い死者は出ませんでしたが、ひとりだけ洞窟作業員の方が足を骨折する重傷を負いました。その方の証言から、大きな手配魔獣が洞窟に出現し、その魔獣を蒼い髪の幼い少年がアーツで一撃で撃破し、その余波で落盤が起きたと。その際に瓦礫で足を骨折したそうです」

「…………」

「…………」

「……まるで、その男の子の所為で怪我人が出た、と言いたげですね、メイベル市長」

「私は起こった事実を並べて述べただけです。そこから真実を汲み取るのも遊撃士の仕事ではなくて?」

「そうですね。その通りだと思います。ですがその男の子について、蒼い髪というだけで僕達の探し人だと関連付けるのは些か強引すぎるのでは?」

「勿論それだけではありません。その事故が時期、ボース近辺の農家で魔獣による被害がいくつかありました。父がその件に手を打とうとした際、既にその件は終わっていたのです。終わらせたのは1人の子供だったと住民の方から証言が取れ、その子はルシアと名乗ったそうです。その子はアーツを使い、一撃で魔獣を退治したと。そのような件がいくつか上がって来て、当時父が頭を悩ませていたのを覚えています」

「成程な……いかにアーツといえど、ベテランの軍人や遊撃士だってアーツ一発で魔獣を退治するなんて馬鹿げた事は難しい。それも子供。証拠は無いが……その落盤事故と他の件を関連付けも仕方ないな」

「そんな……」

「…………」


 ショックで言葉が出ないエステルとティオ。ヨシュアは険しい顔で考え込む。

 そう、事実だけを上げれば、件の少年の対応はあり得ない。

 落盤事故に関しては魔獣を倒す為とはいえ、間違いなく人ひとりを怪我を負わせた。そして他に関しても、本来なら遊撃士協会や軍に要請する討伐要請を、無視して1人で片付けてしまった。

 別に悪いことだとは言わないし、言えない。

 だが。

 だが間違いなく、常識を無視したやり方であり、とても褒められた方法とはいえないのだ。

 悪い言い方をすれば、それは非常識な子供。

 今間違いなく、この2人の中の彼に対する人物像は崩れた、そうヨシュアは確信する。

 良くも悪くも姉と妹の2人は、幼なじみという男の子に対して、どこか神聖視すらしている気がしていた。過去に何かをしたらしいその男の子。

 その事に対して、子供ながらに当時はヒーローのように感じたのだろう。

 羨望は時間が経つにつれ大きくなったのだろう。それは過大評価へと繋がる。思い出が美化されるように。ヨシュアは2人の思いもそれに属するだろうと思ったのだ。


(そう……昔からエステルは彼のことばかりだった。それもどこか違和感があった)


 最初は好意だと思っていたのだ。それを寂しくも思っていた。

 だが、どこか彼女の想いが恋だとも思えなかった。憧れや羨望、英雄視、それが肥大化した想いだったのだろう。それは母を助けたという逸話から決定だと思う。


「ナイアルさん。貴方は?」

「ああ、俺もメイベル市長と同じだ。奇妙な子供がいる、くらいだな」


(…………いや、それ以外にもどこかで聞いた気がするんだが…………どこだったか)


 ナイアルは煙草を吹かして考えるが、やはり思い出せない。

 思い出せない以上は迂闊に言葉にするべきではないとジャーナリスト精神から言葉を濁した。


「貴重な情報ありがとうございます。ああ、そういえば、お連れの女性の方は?」

「ドロシー? ああ、あいつの事なら放っておけば戻ってくるさ」

「では僕達も付き合います。強盗もいるそうですし、護衛も兼ねます」

「ああ、ありがとよ」

「ではお嬢様と私はここで」

「よいお時間でしたわ。また会いたいものです」

「ええ、こちらこそ」

「………エステルさん、ティオさん。そんなに気を落とさないで。申し上げた通り、同一人物とは限らないのですから。それに、それがその人の全てとは限らないでしょう?」

「うん…………」

「そう…………ですね」

「ええ。そうですわ。それではまたどこかで」


 そう言って、メイベルとリラはボースの街中へと消えていった。

 ナイアルを含めた4人はドロシーを待つためにその場でとどまり続け、何か考え込むエステルとティオ、そしてヨシュアとナイアルはひたすら待ち続け、なんと深夜にまで突入し、その時間にドロシーは戻って来た。

 ドロシーが戻って来た際に持ってたのは、自分達が記者である事を証明する雑誌。

 しかし雑誌が『リベール通信』ではなく全くの関係ない雑誌であった為に、ナイラルから「さんざん待たせた癖にこれかよ!?」と突っ込みをくらったという。

 そんなコントのようなやり取りに、力なかったエステルやティオを苦笑させ、ヨシュアを笑わせた。

 元気溢れるドロシーと突っ込み疲れしたナイアルと別れると、自分達もそろそろ宿へ戻らない時間だと気付き、ヨシュアは2人へ提案した。


「じゃあ、僕らも宿へ行こうか」

「……うん」

「はい……そうですね」


 未だに元気がない2人を連れてボース中心街へと戻り、宿へと向かう。

 そんな時だった。


「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「「「!?」」」


 真夜中のボースの街に、悲鳴が響き渡った。


「エステル!!」

「うん! ティオ、行くわよ!」

「はい!」


 3人が慌てて悲鳴が上がった方へと走りだした。

 夜中故に明かりが少ないが、それでも見えない訳ではないボースの街。

 悲鳴があったと思われる位置、その手前の角を曲がると、そこには街の警備隊の人の姿があった。

 だがおかしな事に、悲鳴を上げたと思われる女性もおらず、なんの争った形跡も、何かが起こった様子も見受けられない。

 直後、再び悲鳴があがった。

 警備隊の人とエステルたちは慌てて駆け出すが、悲鳴があった方向へ走っても、やはり誰も、何もない。

 そしてまた悲鳴が上がる。

 それが何度も起こり、それぞれいくつかのチームに分かれ、違うルートで駆けつけるが、やはり何も発見できなかった。

 誰もが焦りが募る中、ヨシュアはおかしいと眉を顰める。

 あまりにも発見できなさすぎるのだ。

 するといきなり、ティオの足が止まる。それに驚いたエステルも足を止め彼女へ振り返り、ヨシュアも驚いて足を止める。


「どうしたのティオ!?」

「……上手く逃げられすぎです。このままだと女性の身に取り返しがつかなくなるかもしれません」

「だったら速くいかないと!」

「いえ、待って下さい…………この…………私が造った導力杖を使います」


 一瞬の躊躇いと言葉の詰まり。

 若干の間と共に取り出したのは、彼女が制作した魔導杖。内部に特殊な導力戦術オーブメントが組み込まれており、彼女の『とある力』を大幅に補助する為の、彼女だけの武器である。


「……これをつかって、この辺りで警備隊の人以外の気配を探ります」

「そ、そんな事ができるの!?」

「それは……すごいね」


 気配を読む、それはエステルやヨシュアにだってできなくはない。

 だが、ここはボース。商業都市であり、その広さは広大な敷地である。

 そんな中で探ろうと言うのだから、ティオが造った杖は凄い、そうエステルもヨシュアも讃えた。

 だがそんな2人の言葉も、ティオは少し苦しそうな、そんな苦笑いを返すだけだった。


「いきます…………アクセス!」


 その言葉と共に足元から広がる、意味が分からない紋章。

 その紋章はグルグル周り、何やら様々な記号を書きだしていく。

 紋章から風が噴き出しているのか、ティオの髪がふわふわと風で靡き、青白い紋章が彼女を神秘的に魅せる。


「…………見つけました! ここより南西に200メートル!」

「よっし! 行くわよ!」

「ナイスだよ、ティオ!」


 結局、ティオは言えなかった。

 この探った力は、導力杖の力ではなく、自分の『能力』なのだと。

 未だ家族にすら言えていない、その力。

 ティオは家族の為にその力が使えて少し嬉しくなったと共に、隠している事に心を痛めながら2人に続いて駆け出していった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「見つけた!」


 闇に紛れた先にいた、怪しい人影の集団。

 その数、およそ8人。

 その中央には、水色の髪の女の子がいて、周囲を怪しい恰好の男たちが囲んでいる。 


「わたしは遊撃士エステル! やっぱり賊の仕業だったのね!」

「な、なに!?」

「げっ! 遊撃士だなんて聞いてないぞっ!」

「やべっ。早く逃げろ!」


 ……賊の割には妙な反応をする男たちだったが、エステルはそんなの関係ない、と言わんばかりに武器を取り出して襲いかかってくる男たちに向き合う。


「もう逃がさないわよ! その娘を解放して大人しくしなさい!」

「くそっ!」


 1人の賊の男がナイフを取り出し、エステルへと振りかざしてくる。

 エステルは落ち着いて切っ先を避け、棒を腕に叩きつけナイフを落とさせる。そして身体を一捻りして男の腹部へと強烈な一撃を叩きこんだ。

 男は弾き飛ばされ、仲間を巻き添えにして倒れこむ。


「ふふん、動きはほとんど素人ね! よ〜し、待っててね、そこの人! すぐに全員倒して助けてあげるから!」

「まったく、君は1人で先走らないでよ」

「まったくです」


 そんなエステルの後ろから、ヨシュアとティオもやってきて、それぞれ両手剣と杖を構える。


「うっ」


 男たちは3人の威圧感に押されてジリジリと後退する。

 やべーとか、逃げないととか、妙に素人臭い発言をする男達だが、構わずにそのまま追い詰めようとした、そのときだった。


「何やってるんだバカ野郎!」


 そんな罵声と共にエステルたちの下へ缶が転がってくる。
 民家の上から聞こえたソレは、男達と同じ格好をした、だが体格はガッシリとしたリーダーらしき男から出されたものだった。


「逃げるぞ!」

「お、おっす」


 そしてその缶は、ボンっと、いう激しい音と共に煙を巻き上げ、辺り一帯を煙で覆う事で完全に目くらましとなった。


「もう、なんなのよ〜〜!」

「エステル! 無事!?」

「大丈夫! ティオは?」

「問題ないです。それより、逃げられたみたいですね」

「え!?」


 煙が晴れた先。

 そこには賊の姿などなく、男達に捕らわれていた女の子だけであった。


「大丈夫ですか?」


 ヨシュアが女の子に駆け寄り、その身を案じる。

 女の子はよほど怖かったのか、目を潤ませて答えた。


「は、はい。ありがとうございました」

「よかったです、無事で」

「はい。あの私ボースに来るのは初めてで、夜中までつい出歩いてしまって。そしたらあの人たちが……本当にありがとうございました」


 水色の髪を揺らして何度も謝る彼女。

 可愛らしいスカートを履き、しつこすぎない白の服はとても清楚なイメージを彷彿させる。

 ぷりっとした唇はとても小粒で目元はくりっとして、とても可愛い。


「あれ? あなた確か昼間にマーケットにいた……」

「……ああ、ヨシュア兄さんが見ていた」


 エステルとティオは思い出した。昼間にヨシュアが見ていた女の子だ。

 確か真剣に買い物をしていて、いろいろと商品の品定めをしていた子だ。


「やだ、恥ずかしいです。見られてたなんて……私、つい夢中になっちゃうと周りが見えなくなっちゃうものですから」

「ハハハ」


 カーっと真っ赤になる女の子。

 思わずヨシュアも微笑ましそうに笑い、そんなヨシュアに再び照れてしまう女の子。


「あ、そうでした。まだ名乗っていませんでしたね」


 そう言って女の子は立ち上がり、ペコリと頭を下げて名乗った。


「わたくしは、ジョゼット・ハールと申します。助けて頂いてありがとうございました」


 素敵な笑顔でヨシュアの手をとり、ぎゅっと感謝の気持ちを表したのであった。


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全然話しが進まない……。
けれど焦って勧めても仕方ないので、ゆっくり確実に書いていきます。

今回も少し伏線を貼ってます。
…………きちんと物語の先で回収できるといいけどwww



[34464] 第27話 誠と真実
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/02/26 00:05

第27話 誠と真実


(ヨシュアの奴〜〜。ひとり浮かれて話なんかしちゃって。あ〜〜〜、なんだかなぁ〜〜)


 街の女の子に目もくれず、母ばかりに構っていた弟のヨシュアが、積極的に相手に話しかけているのだからとても珍しい。

 だが、そんな事態にも関わらず、エステルの心は重い。

 突然知らされた、ルシアが起こした事件。

 彼の所為で傷ついた人がいるという事実。

 それは、信じられない、という割合が大きく、けれどどこか彼だと確信しているところがあって、動揺も隠せない。

 見ればティオも同じような顔をしていた。

 妹はまた自分とは別の、ルシアとの思い出があるようで、また違う何かがあるのだろう。

 確かに彼は、よくよく思い出すと昔から薄情というところがあった。

 それは人の機微が分かっていない、とも言える。

 だが、頭で分かっていても、理屈で分かっていても実際に怪我人が出たという事実があると、心が重くなる。

 それが今のエステルとティオの心を重くしている。


「大丈夫でしたか? 怪我は?」

「はい。大丈夫です。あ、あの……優しいんですね」

「いや、そんな。あ、もしかして学生の方ですか? その鞄は確か……」

「あ、はい。わたくしジェニス王立学園の生徒なんです」


 とりあえず今は目の前の事に集中しようと気を入れ直し、エステルとティオは前方を見る。

 前にはヨシュアとジョゼットがいて、なんだか二人だけの空間を作っているような……、とエステルにはそう見えた。

 なんだかジョゼットも満更ではないような表情ではないだろうか。


「ねえ、ティオ。なんだか二人、いい感じじゃない?」

「はい。2人の世界、とでもいうような、そんな感じです」

「だよね!」

「というか、私たちが忘れられてる気がします」


 なんだか無視されてるのは癪に触るが、弟の恋の為だ、と納得する。


「では夜も遅いですし送りますよ。宿泊場所は市内のフリーデンホテルですよね?」

「え、ええっと」

「僕たちもそこに泊まってるんです。一緒に戻りましょう」

「えっ」


 何故かそこで言葉に詰まるジョゼット。


「い、いえ。わたくし市内のホテルには泊まってませんの」

「え? じゃあどちらに?」

「か、川蝉亭……でしたかしら。で、ではそろそろ戻りますので……」

「川蝉亭ってヴァレリア湖畔の宿じゃないですか。今からじゃ到着が夜明けになりますよ!」

「え、ええ。ですから早く帰りますわ」

「じゃあ僕たちもお供しますよ」

「いいえ、おかまいなく……」


 そこまで気を使ってもらう訳には、とジョゼットが断ろうとするが、ヨシュアは引かない。


(おおぉ!? ヨシュアがこんなに積極的に! やっぱりジョゼットの事が気になってるのね! やっぱりここは姉として一肌脱がなくては!)


 と、妙な決心をするエステルと、


(珍しく兄さんが積極的ですね。ここは妹として、兄の恋路を応援するべきでしょう)


 とコクコクと頷き決意するティオがいた。


「ねえ、ジョゼットさん! 今夜はあたしたちと一緒に泊まらない!?」

「そうです、それがいいです。親睦を深めましょう」

「そんな、見ず知らずの方と……」

「大丈夫よ! あたしたち4人。絶対仲良くなれるよ思うわ。だから、ね!」

「長い付き合いになるかもです。姉さんの案に賛成です」

「だよね!」

「は、はぁ」


 と、エステルとティオのゴリ押しに負けたジョゼットがいたという。

 ヨシュアはそんな2人を見て、半目になって誤解してるみたいだな〜、と言いたげだったらしい。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 






 誰の視点でもない、これは第三者の目だ。

 辺りは真っ白で、雲の中にいるのか、真っ白な室内にいるのか、濃霧の中にいるのか。

 ふと、声が聞こえてきた。

 その瞬間、辺りの景色は一変する。


『ゾファー、貴方の復活はこの青き星の〇〇〇が許しません。このアルテナの力をもって封印する、おまえを!』

『フフフフ……青き星の〇〇〇、人間とは愚かなものだ。懲りずに幾度となく我を復活させるのだから』


 天より現れた巨大な物体。

 その物体に相対する青い髪の小さな子供。

 その物体から生える触手のようなものから、巨大なエネルギーの塊、レーザーのような攻撃が放たれ、山を砕き、着弾地点は大地を砕き溶岩が天へと吹き荒れる。

 青い髪の子供は手を振るっただけでその攻撃を青い球体で己を包むことで防ぎ回避する。

 スッと手を翳し、瞬間、一縷の光が天へと昇り大地へと数十キロの広範囲に降り注いだ。その破壊光線は大地を削り、物体の表皮を削り、だが、有効なダメージには程遠い。

 その二つの戦いは、まさに神々の戦いと呼ぶに相応しかった。

 見るもの全てを圧倒し、周囲を破壊し、緑あふれる大地は物体により荒廃し、命無き不毛の大地へと化した。

 だが戦いは決着がつかず、けれど物体は『数』で勝るように次々と従え生み出していく。

 青い髪の子供はその長い髪を風で靡かせ、真っ赤な外套を翻し、能面のような表情で『ソレ』を見つめた。

 青い髪の子供の周囲は、無数の生ける屍となった『何か』が取り囲み、正に四面楚歌。

 誰一人、味方はいなかった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 






 一人の少年と一人の少女。

 最初に目に飛び込んできたのは、見知らぬ2人の男女だった。

 その2人はいずも湖の畔で歌を歌っていた。

 女の子は歌を、男の子はオカリナで演奏していた。

 2人はいつも、いつもそこにいた。


 ———歌が、聞こえてくる。


 知ってる歌だ、すぐにそれが分かった。

 祈りを捧げる時、勇気が欲しい時、寂しい時、嬉しかった時、常にこの歌を歌ってきたのだから。

 でも自分の歌とはどこか違う、それもすぐに感じた。

 決定的に何かが足りない、決定的に欠けている。

 女の子が歌う『ソレ』は、自分の『ソレ』とは全く違った。
 
 それだけの事が羨ましくて、憧れで。
 
 どうしたら『そのようになれるのか』を、どうしても聞きたかった。
 





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 






「…………あれ?」

「…………んん」


 朝日がカーテンから差し込み、外からスズメの鳴き声が聞こえてきた頃、エステルもティオが同時に目を覚ました。

 見事に同じタイミングで体を起こし、同じタイミングで寝ぼけた声を上げた。

 2人はボーっとした様子でしばらく停止し、顔を見合わせ、ジトーっと無言の視線を合わせた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……夢を見たわ」

「……私もです」


 言葉を交わさなくても、お互いに何を思っているか、何を考えているか、自然とわかる。

 それくらいの時間は一緒に過ごしてきた。


「……すっごい夢だった気がするけど……どんな内容だったか忘れた」

「…………はい」


 朝から締まらない2人であった。








 朝食を食べ終わったエステルたち3名とジョゼットは、大変仲良くなったまま別れた。

 夜遅くまで話し込めば、女3人仲良くなるのも時間の問題だった。

 手を振り続けて別れを告げながら、エステルは隣のヨシュアに話しかけた。


「いい娘だったねジョゼット。もっと時間があればよかったのに」

「そうだね……」

「彼女追いかけなくていいのですか?」

「そうしたいのは山々だけど……」

「「!!」」

「……あのさ2人とも……なんか勘違いしてない?」


 ほほぅ、と目を輝かせてにやにやする姉と妹の2人に、ヨシュアは口元を引き攣らせながら釘を刺す。


「いいのよ照れなくても!」

「そうです。ヨシュア兄さんくらいの年齢では女性が気になっても当然なのですから」

「寝ぼけたこと言ってないで、飛行船の手掛かりを探しに行くよ、って……」


 ふと目を向けると、ボースマーケット周辺に人集りが出来ていて、なんだか雰囲気もおかしい。

 困惑というか殺気立ってるというか、とにかく物々しい雰囲気が漂っていた。

 エステルたちは何があったのかと駆け寄ると、近くに昨日出会ったナイアルとドロシーを発見した。


「ナイアル! ドロシー! 何かあったの?」

「よう、昨日ぶりだな。あれを見てみろ。昨晩出たらしいぜ、例の食料窃盗団が」

「……本当ですね、見事にもってかれてます」

「ああ。マーケットの警備が強化されたばかりだったんだがな。ほら、昨日はメイベル市長も視察に来てただろ? あれは警備強化についてだったんだ」

「へ〜〜、それなのにどうして……」

「それがどうも深夜に街外れで騒ぎがあって警備員が持ち場を離れたらしい。そのスキに、な。見事な手口だぜ」

「「「!!」」」


 ハッとなった3人は顔を合わせて目を見開いた。

 頭の中で昨夜起こった出来事が次々と過ぎり、それが一本線に繋がる。


「もしかして昨日の!」

「ああ、間違いない!」

「そうです。タイミングが良過ぎますから」

「追いかけよう、エステル! ティオ!」

「え!?」

「まだ間に合うかもしれない!!」


 そう言って慌てて駆け出す3人。いや、エステルは少し戸惑いながら付いてくる事から、エステルは微妙に分かっていないようだ。

 その3人に物凄いスピードで追いついてくる男性が一人。

 ナイアルだ。


「ど、どういうことだ!? 話を聞かせてくれ!」

「ナイアル先輩〜〜〜〜目が回る〜〜〜〜〜」


 ドロシーの首根っこを掴んでズルズルと引き摺って並走してくるナイアル。まるでドロシーは猫か何かのようだ。

「昨日マーケットに気になる少女がいたんです。ジェニス王立学園の生徒なんですが」

「ん? その時点で変だぜ。長期休暇中でもないのに全寮制のジェニスの生徒がボースにいるわけねぇからな」

「ええ。彼女を最初に見かけたのは今回被害にあった在庫付近でした。窃盗を助けるように起きた昨晩の騒ぎも発端は彼女のあげた悲鳴なんです。もっと決定的な確証を得るために今朝方まで引き止めてはみたんですが」

「えぇ!? そういう事だったの!?」

「……ヨシュア兄さんのマザコン癖が直るきっかけになるかと思ったのですが残念です」

「だから僕はマザコンじゃないって」

「……お母さんに昨日も手紙を送ってましたよね?」

「……そりゃまぁ」


 まさかヨシュアがジョゼットを気にしていた理由がそんな理由だったとは、と衝撃を受けるエステル。そしてサラっと突っ込むティオ。

 すると少し熟考していたナイアルが口を開いた。


「……なるほど、その子が黒なら後を付ければ窃盗団の犯人を拝めるかもしれないってことだな!」

「ええ、その通りです。それに上手くいけば———」

「もっと大きな事件の犯人に会えるかも、ってことか!? きたきたきたぜ〜〜〜〜!」


 うお〜〜〜! と燃え上がったナイアルは、ドロシーを引き摺りながらボース郊外へと飛び出していった。








 そうしてボース郊外に飛び出した後、地面に刻まれていた車輪の後を発見した。

 車輪は盗んだ大量の食料を積んだ荷台のものだと推理、気高い丘を駆け上がり、獣道を進んでいく。

 途中で体力の底が尽きたナイアル・ドロシーのペアを置き去りにし、急いで駆け付けた。

 しばらく先へ進むと、通行禁止の札とロープで道が塞がれていて、その前にはリベール王国軍2名の軍人が立っている。

 どうしてこんなところに軍が、と思いエステルが話しかけてみるが、ここから先は通行止めであり、許可があるものしか通れない、と言って通してくれない。

 公道なのに通れないとはどういうことだ、とティオが抗議するが、完全に梨の礫である。


「ダメだ! ここから先は上層部の命令により通行禁止となってるって言っているだろう!」 

「あたしたち急いでるの! こうしてる間にも、って!」


 と言い合いをしていると、急に突風が襲ってきた。

 だがただの突風ではない。その風はずっと吹き続け、突風と共に断続的なプロペラ音が聞こえてくる。

 ペラ音と微かに共に聞こえるのは、特徴的な重低音と擦れる音。導力機の駆動音。


「な、なに!?」

「姉さん、あれを!!」


 エステルの疑問にティオが指を差しつつ大声で答えた。

 その先にいたのは飛行船。ただし、行方不明になった飛行船ではない。それよりもずっと小さく、速度重視のフォルムを取る『飛行艇』だ。


「あれって、父さんが乗ってた飛行船!?」

「いえ、あれは飛行艇と呼ばれるものです。行方不明になったリンデ号よりずっと小さいです」

「うん。そうだね」


 エステルの疑問にティオが答え、ヨシュアが同意する。

 道を封鎖していた軍人の2人も何事かと慌てていることから、軍関連の飛行艇では無いことは明らかであった。

 皆がソレを睨みつけている中、飛行艇のデッキから人が現れた。


「た、大変だ。昨日の遊撃士が来てる!」

「あああ! 昨日の誘拐犯!」


 彼はエステルがぶちのめした男であり、エステルは思わず指さして叫んでしまった。


「やっぱりあんた達が窃盗事件の犯人だったのね! おりてきなさいっ!」

「んなこと言われて降りてくる馬鹿がどこにいるっていうのさ」


 その言葉と共に彼らがサッと道を開けて、中央から歩み出てきた一人の女性。

 それは、昨日のジョゼットであった。


「ジョゼット!? ど、どうしてジョゼットが……ってまさか!? 捕まったの!?」

「あ、あの……実はあたし……あ、あ、あ」


 その表情は俯いていて、前髪が邪魔して伺えない。ジョゼットは賊に囲まれながら微かに震えている。

 焦るエステルを尻目に、ティオとヨシュアは険しい表情を崩さず睨みつけている。

 すると、ジョゼットは急に顔を上げて笑い始めた。


「あ〜〜〜ははははっ! もうダメ、これ以上は無理!」


 げらげらと笑い始めたジョゼットにエステルはぎょっとする中、彼女は纏っていた服をばっと脱ぎ捨てた。中から出てきたのは、周囲を固めていた賊達と同じ色合いの服装。


「ボクの招待はジョゼット・カプア! 大空を駆ける無敵の空賊団『カプア一家』の紅一点なのさ!」


 ジョゼットの宣言と共に、周囲の男たちは花びらを撒いて盛り上げる。

 ファンファーレすら幻聴するような盛り上がりっぷりに、エステルはポカーンとしながらジョゼットを見つめた。


「あのねエステルさん。ボク嬉しかったんだ。昨日とても仲良くしてくれて。だって……」

「ジョゼット……」

「だって、ボクたちの敵がこんなおバカで能天気な奴だって分かったからさ!」

「なっ!?」

「……否定はできないですね」

「ほーんと遊撃士って頭悪いよね!!」

「あ、あ、あんですって〜〜〜〜〜〜!!」

「……姉さんと一緒にされると無性に否定したくなります」

「うん……さすがにエステルと同じにされるのは……」

「こらそこの2人! 好き放題言ってんじゃないわよ!」


 ガオーっと激しく猛るエステル。さすがにショックが重なりすぎたのか、友達ができたと思っていたのに裏切られたので怒りがこみ上げてきたのか、エステルは興奮状態だ。


「あんただって相当なもんじゃない! 聞いてもないのに自分から空賊だなんてバラしちゃって!」

「は!?」

「しっかり覚えたわよ! 空賊団カプア一家!」

「るっさい! るっさい! こ、この能天気女!]

「なによボクっ子!!」

「ボクっ子言うな!」


 この時、ヨシュアとティオの心はひとつになったという。


((五十歩百歩……))


「能天気女、ティオ! あんた達とはいずれ決着をつけてやるからな! じゃあな! あ、それからヨ、ヨシュア! あんたも覚えとけよ!」

「…………なんで僕を名指し?」

「……自分で考えてください」


 ヨシュアがクエッションマークを浮かべながら、ほんのり頬を赤くしたジョゼットを見つめる。

 飛行艇が飛び去っていく中、ティオは溜息を吐きながら突っ込んでいたという。








 カプア空賊団が飛び去っていったのを見届けたエステルは飛行艇を追うとしたが、ヨシュアとティオにより止められた。さすがに足で追いかけるとかはないだろう。

 すると飛行艇の風圧により道が封鎖してあったロープが飛ばされて無くなっており、軍人の2人が空賊団で混乱している隙に、先へ侵入することに成功した。

 後ろから事態を嗅ぎつけ、息を荒くしながら走ってきたナイアル・ドロシーコンビを再び放置し、3人は先へ急ぐ。

 飛行艇は間違いなくこの周辺に着陸させていたのだ。どこにあったのか、確認する必要がある、そう思ったのだ。そしてヨシュアとティオはもう一つの可能性を考えていた。

 エステルが気づいていないようだから言わないが……窃盗から繋がるもう一つの案件へと繋がり。

 そんな事を考えつつ森の中を進んでいくと、山へと突き当たる。

 その麓には鉄格子があり、洞窟を塞いでいた。

 鉄格子は壊されており、洞窟の中へ入っていくと、クモの巣などは掛かっていない事から比較的最近に誰かが通った事が伺える。

 真っ暗の洞窟内ははぐれると危険なので、エステルとティオは手を繋いで歩いていた。


「でも空賊艇を降ろせるような場所がこんなところにあるのかなぁ」

「さすがに廃坑に飛行艇は無理かもしれない……」

「そうですね。どちらかといえば、この洞窟はあの空賊団のアジト、というとしっくりきますが」

「確かにそうね……っと、風ふいてない?」


 急に前方から風が吹いてきた事に気づくエステル。そして前方を注意してみると僅かに光が溢れている。

 洞窟内で風が吹き込んでくるということは、外と繋がっているという事である。

 そこに何があるのか、と慌てて駆け出す。

 光が差し込んでいた先へ行くと、そこには大きな更地へと繋がっていた。

 上を見ると、そこは洞窟の天井ではなく、真っ青な空が広がっていた。


「まぶしい……空がみえるわ」

「こんな大きな縦穴があるなんて……」

「姉さん、兄さん。あそこに荷車が」

「そっか……ここで空賊艇に乗り換えたのね」

「さすがに驚きです。でもまさか廃坑に飛行艇を隠してたとは」


 放置されていた荷車を前に、やや呆れたようにつぶやくティオ。

 さすがに常識という名の穴を付く発送に、ティオも脱帽の思いであった。

 するとヨシュアが反応ない事に気付き、彼の方へ振り返る。

 そこにはヨシュアが呆然として『あるモノ』を見つめているではないか。

 だがそれも仕方がない事だった。

 何故ならそこにあったのは、


「リベール王国定期飛行船リンデ号……父さんが乗っていた船だ」


 目の前に鎮座する巨大な飛行船。

 ある程度は外観も観光用として考えられたデザインとなっており、外にも出れるようにデッキがある。

 速度よりも収納力に視点を置いた船が、この洞窟内に停っていた。

 その存在を確認した瞬間、エステルとティオは我武者羅に駆け出し、飛行船へと駆け出し、荷物出し入れ専用の出入口から飛び込む。


「父さん! 父さんっ!」

「お父さん! どこにいるのですか!?」


 必死で船内を搜索するが、父親どころか乗客の姿もない。

 薄暗い船内に埃すら積もっている様子をみるに、人がいるとは思えなかった。

 では、どこにいったのだろう。そうエステルは不安に思い、ティオは不安そうな姉に寄り添い手を握る。そうすることで自分の不安も扶植できれば、そう思っての行動だった。

 すると船内を冷静に搜索していたヨシュアがポツリと呟きつつ推理する。


「うん……墜落事故の類じゃなさそうだ。外傷はないのに積み荷やエンジンがごっそりなくなってる。やっぱり何者かに襲われた可能性が高いな……」

「父さんや飛行船に乗ってた人たちはどうなったの!?」

「たぶん、どこかに連れ去られたんだと思う」

「兄さん。それは船内に戦闘などの争った形跡がないからですね?」

「うん。おそらく無抵抗で犯人に従ったんだ」


 最強の遊撃士に送られる称号の『A級』。そして『剣聖』として名高い父親が無抵抗で、という事態にヨシュアとティオには不安が広がる。

 ありえないソレは、父が不意をつかれて暗殺、その可能性しか出てこない。


「あの父さんが何の手も出せないなんて……まさか、父さんは……」

「そんな……まさか……」


 父の死、最悪の未来が過ぎった2人は絶望に襲われる、その瞬間だった。


「……ああ、よかった!」


 エステルの、場に不釣合いな嬉しそうな声。

 その声色は、父の訃報を喜ぶものではない。

 驚いた2人へ、エステルは安堵の笑顔で言った。


「だってそうでしょ? 父さんが手を出さなかったのなら、そうする必要がなかったって事だもの。戦った跡がないってことは、誰もケガしてないって証拠よ」


 太陽だ、そう思わずにはいられない。

 闇を消す光。暗雲を吹き飛ばす清涼な風。

 確かにその瞬間、彼女からソレが感じられた。


「だから大丈夫! きっとみんな無事でいるわ!」


 なんの証拠もない筈なのに、それが真実だと確信してしまう。

 エステルの言葉にヨシュアも満面の笑みで頷く。その顔は、少し羨望の色が混じっていた。

 ティオもその思いに思わず同意した。だが、それと同時に複雑な思いが胸に込み上げる。


(やっぱり……こういう所は敵わないです。私はルシアの噂を聞いてから何を聞いてもマイナスなイメージしか浮かばないのに……どうして姉さんは……)


 それはコンプレックスというもの。しかしティオはそれを自覚しつつも認めたくはなかった。


「そうすると、あとわかんないのは飛行船を襲った犯人の正体か……って、ねぇ? もしかしてこの飛行船事件の犯人って、ボースマーケット食料窃盗団と同一人物なんじゃないかな?」


 それは、ティオとヨシュアが既に確信していた事。

 大量の食料を強奪し、大量の人質を輸送し管理するとはある程度の実行犯が必要になる。

 そして今回起こった窃盗事件。それを踏まえると……。


「カプア一家ならあの空賊艇でたくさんの人間や積み荷を運べるわ。ボースマーケットで窃盗事件を起こしたのは、拐った飛行船のみんなの為に食べ物が必要だったのよ!」

「うん。すごいよエステル。いい推理だね」

「でしょ! そーよね!!」

「では、そうと分かれば追いかけましょうか」

「ええ!」


 気を取り直したティオがそう言い、3人が飛行船の外へ出ようとした時だった。


「そこまでだ!! この飛行船はリベール王国軍が包囲した!! 武器を捨てて投降しろ空賊共!!」


 飛行船を出た先に見えたのは、この飛行船を囲む大勢のリベール王国軍人たちの姿が。

 銃剣を手にエステルたちを包囲していた。







 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆







「だから違うって言ってるでしょ! あたしの話を聞いてってば!」

「ふん。申し開きは将軍に直接するんだな」


 囲まれた軍人たちに逮捕されたエステル・ティオ・ヨシュアの3名が連れてこられたのは、リベール王国内で最重要な砦のひとつにして、エレボニア帝国との国境で唯一の玄関口である『ハーケン門』であった。

 リベール王国といえば、軍事面でいえばハーケン門。

 昔から有名で他国に響きわたっている人物たちは3名。リベール王国女王、剣聖カシウス、そして、


「その者たちか? 飛行船にいた怪しい者たちというのは」

「は! その通りです、モルガン将軍!」


 そう。猛将と称えられている、モルガンである。

 熊のようにガッシリとした体格に、顔には白ひげが覆い、高齢にも関わらず鋭い眼光は歴戦の実力を感じさせる。

 威圧感に押されながら、エステルは挨拶をしようとしたが……


「モ、モルガン将軍。初めまして。あたしは——————」

「ふんっ。空賊の名乗りなぞ聞きたくもない」


 と。

 切って捨てるように吐くモルガンに、エステルは一瞬で沸点に達する。


「ムカッ! ちゃんと聞きなさいよ! あたしはエステル・ブライト! 遊撃士よ!」

「遊撃士……だと」


 ババーンと遊撃士証明書を掲げて見せつけるエステル。

 そんな彼女に、ヨシュアは慌てて止めさせようとし、ティオは思わず天を仰いでいる。


「遊撃士がわしに何のようだ!!」

「ひゃっ!?」

「エ、エステル! 将軍は遊撃士が嫌いだったルグラン爺さんが言ってたじゃないか」

「さすがに迂闊です、姉さん」

「そっ、そっ、そんなの関係ないわ! 無理やり連れてきたのはそっちじゃないの!」


 皆が慌てて窘めようとしているが、エステルは少し怯みながらもモルガンに文句を言う。

 連れてきた軍人が、モルガンに罵声を浴びせる少女に顔を青褪めて止めようとしていた。

 これはエステルは知らない事だが、これはエステルだけだった。

 あの『猛将モルガン』に、直接面と向かって文句を言える人物は。

 今のリベール王国において、モルガンへ直接文句や罵声を浴びせることができる人はいなかった。

 敢えてできるとしたら、リベール王国女王だけである。

 つまり……エステルは実はとんでもない事をしている、ということだった。


「だいたいどうしてあたし達の邪魔ばっかりするのよ!! 情報規制したり道を封鎖したり!! いくら遊撃士が嫌いだからってやってる事はまるで子供じゃない!!」

「こっ、こっ、この小娘が!!」


 お互いにヒートアップしてきた状況に、皆が慌てる中、ティオは徐ろにつぶやいた。

 別に私は遊撃士ではないのですが、と。

 なんだか一緒くたに纏められている気がするとティオは思ったので、思わず呟いてしまったのだ。

 本当に独り言として呟いたかすかな声だったが、モルガンにはその声が聞こえた。

 そして怒りがこみ上げてる最中に視線をエステルの肩越しに彼女に目を向けて、


「…………」


 思わずモルガンは固まり、目を大きく見開いてティオを見つめた。

 ティオは、いや周囲の者は皆がモルガンの突然の変化に驚き、2人の様子を伺おうとしたその時であった。


 ———ぽろろん


「フッ。悲しいことだね……争いはただ不毛な荒野を生み出すのみさ」


 ———ぽろろろろん


 楽器をもった金髪の男が、資材の上に腰掛て楽器を奏でながらこちらを見下ろしているではないか。

 男はまるで戸惑う場の空気を読まずに楽器を奏でながら口を開いた。


「そんな君たちに、歌を贈るよ」


 誰? というエステルの言葉は、まさに皆が心の中で思ったことだった。


「オリビエ・レンハイム。漂泊の詩人で演奏家さ。さあ聴いてくれ———『琥珀の愛』」


 誰も聴いてもいないしリクエストもしていないのに曲を引き続ける男。

 皆がタラーっと汗を流す中、オリビエという男は自分に酔ったように歌い続けた。


 ———流れゆく、星の軌跡は、道しるべ、君へ続く


 ———焦がれれば想い、胸を裂き、苦しさを月が笑う


「え、えーっと」


 ヒートアップした熱が一気に冷めた反動からか、ポカーンと惚けるエステル。白目を向けるヨシュアと兵士たちにティオ。

 そしてそんな場の空気を読まずに歌い続けるオリビエ。


 ———叶うことなど〜〜〜ない〜〜〜〜


「ハッ!? っと、ンンン! お、お主らはどうやって飛行船を発見したのだ!」


 どうやら気を取り直す事にしたらしいモルガンがティオから一旦は視線を戻し、エステルに問う。


「あ、あたし達、空賊の足跡を追ってきたのよ」

「なに!?」


 ———せめ〜て、ひと〜つ、きず〜〜を〜〜〜のこそう〜〜〜〜


「この事件の犯人はカプア一家という盗賊なんです。まさかモルガン将軍はご存知ないのですか?」

「わしが知らぬわけなかろう! 恐れ多くも女王陛下に犯行声明を送りつけてきたのは、その空賊どもなのだからな!!」


 ———はじめてのくち〜〜〜づけ〜〜〜〜 さよならのくち〜〜〜づけ〜〜〜


「しかし事件の情報は外部には伏せていたはず……」


 ———きみの〜〜な〜〜みだ こはくに〜〜〜して〜〜〜


「おぬしら……どうやって」


 ———えいえんの〜〜〜あい〜〜〜 とじこめて〜〜〜


「やかましいわ!!」


 ついにブチっとキレたモルガン。

 まあ、会話に歌をこれだけ被せてきたら、それは五月蝿いと怒鳴りたくもなるだろう。

 ヨシュアもエステルも思わず苦笑する中、中断させられたオリビエは「やれやれ」と溜息を吐いて荷物から飛び降り、モルガン達の前に着地する。


「嘆かわしいね。見たまえ。感動に震える黒髪の君を」

「え? 僕?」

「その潤んだアンバーの瞳を。君にはボクの歌が届いたんだね。これぞまさしく『琥珀の愛』」


 ヨシュアに言い寄るオリビエの姿に、ティオの目にはなんだか薔薇が咲いた気がして目をコシコシと擦った。

 もちろん薔薇などないのだが。


「なんなんだ貴様は!?」

「……ふう。比べて軍人はどこの国でもこうだ。美しい者だけが美しいものを理解できるというが」


 チラっと横目で見て、髪をサラリと靡かせる仕草はまさにナルシスト。


「……貴殿には望めそうもないようだね」


 はぁやれやれ、と溜息を吐くオリビエに、モルガンの怒りはついに頂点へと達した。


「無礼者め! 構わん、こやつらを纏めて牢にぶちこんどけ!!」

「ちょっ、あたし達は関係ないでしょ!?」

「おぬしらもまだ空賊の容疑が晴れた訳ではないぞ! 軍の力を以ってしても発見できなかった飛行船。ただの民間人に見つけられる筈がないのだ! 連れていけ!」

「うそ〜〜〜!?」


 やれやれとまだ溜息をつくオリビエに、エステルも「え〜!」と悲鳴を上げる。

 モルガンはそう怒鳴った後、思い出したように話を続けた。


「ああ、だが待て」

「?」

「そこの水色の髪のお嬢さん。彼女には少し話がある。わしに付いてきてもらおう」

「ちょ、ちょっと! あたしの妹に何する気!?」


 モルガンの言葉にただならぬ予感を感じたのか、エステルはティオを抱き込み、ガルルルと睨みつける。


「何もせんわ! そこの少女の身元についてはハッキリしておる。わしはこの子に話があるだけだ」

「話〜〜〜?」


 ジトーっと訝しむエステルに、ティオは心当たりが無く困惑する。

 ヨシュアも表情を険しくする中、埒が空かないと判断したモルガンは、ティオの前に屈み、こう言ったのだった。


「…………君とは『昔』に、会ったことがあるのでな」

「!?」


 大きく目を開くティオ。

 びくっと体を震わせたその身に周囲より、ティオ自身よりもエステルが驚いてしまった。


(な、なに今の! 今の、心臓の鼓動よね。そ、そんな訳ないよね。それより一気にティオの体温が下がったような……)


 まるで感電したかのように震え上がり、表情を青褪めた大切な妹に、なにかとんでもない事が起こるのでは、そう思ったエステルはヨシュアを見て、彼もそう思ったらしく共に頷き、彼女を庇う為に前へ出ようとする。

 が、そんな姉と兄の気持ちを止めたのも、またティオであった。


「…………話を、伺います」

「「ティオ!?」」

「大丈夫です……姉さんと兄さんに、手荒な事はしないでください」

「もちろんだ。普通の留置所に入れるだけ。約束しよう……バニングスの戦友の名にかけて」

「!!」


 一瞬だけ浮かぶ、強烈な悲しみの顔。

 その顔にエステルとヨシュアは驚愕し、思わず『知らない人』を見てしまったように下がってしまう。


「では、行こうか」


 こうして、エステル・ヨシュアと興味深そうに見ていたオリビエは牢にぶち込まれ。

 ティオはモルガン将軍と共にハーケン門の正門から建物内に入っていった。







 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「ふ〜ん……確かにあいつら、あの憎き『アイツ』の関係者みたいだねぇ」

「ええ。ですが○○○○。本当にあの子たちが障害になると?」

「そうあの方が仰ったんだ。ならば私たちはそれに従うまでさ。『姉さん』も、今度は裏切るんじゃないよ」

「……ええ。分かってます」

「あっちからあの白チビと赤チビも来てるらしいし……計画も急ぐとしようかねぇ」

「そうですね」


 その様子を見ていた2人のフードを被った人物2人は、ハーケン門の内部に目的の人物たちが連れ込まれた光景を見届ける。

 濃いグレーのフードから金髪を靡かせ、手には水晶を持ったその人物は霧のように姿が消えた。

 残された人物、フードから溢れる白い髪がさらさらと揺れる中、その人物はしばらくハーケン門を見下ろし、そしてその身を影が被ったかと思えば、そこに誰もいなかった。



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次回はついに色々と物語が動き出します。そしてあのキャラやらあのキャラ等がたくさん登場。






[34464] 第28話 人は変わるもの
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/03/20 23:18
第28話 人は変わるもの



 牢獄。

 誰もがその単語を聞けば思い浮かぶイメージといえば、犯罪者や悪人や罪人だろう。

 過去に国が定めた『法』を侵したり、窃盗、脅迫、そして殺人。

 人に迷惑をかけた者は例外なく幽閉される場所。そんな場所に、その3人はいた。


「あたし達は空賊を捕まえようとしてるのに……どうしてこんなところに捕まっちゃってるのよぅ」

「う〜ん」

「ホントだね。まったく原因がわからないな」

「あんたが余計なことしたからでしょ! まさか牢屋にお世話になる日が来るなんて……」


 ぶちっとキレて突っ込みを入れるエステル。

 ……遊撃士という正義の味方の立場にいる筈なのに、こんなところにぶち込まれていたら、それは御立腹になっても仕方ないというものだろう。


「いやいや、ボクはただ君達に贈り物をしただけさ。君の心の中にも一筋の光明が差しているのがわかるだろ? それがあの時ボクの歌が届けた愛と平和なのだよ」


 フサッと前髪を掻きあげてポーズを取るオリビエ。

 バカっぽくみえるポーズもどこか彼に似合っている、のだがエステルもヨシュアもなんだかジト目を向けているので少し間抜けにも見える。

 そんな2人の視線にも気付かず、大仰なポーズを更に取るオリビエ。


「そう! 今風に言うと……ラブ&ピース」

「誰もそんなこと聞いてないんだけど……」

「エステル、彼には聞こえてないみたいだよ」

「それにこんな所と君は言うが、牢はある意味最高の環境と言えるのだよ。薄暗い灯りせまい空間。そして二度と外へは出られない悲劇的状況……」


 二度と出られないという言葉にエステルは「いやいやいや」と手を振って突っ込もうとするが、オリビエは止まらない。

 ススっとヨシュアに近寄り、彼の手を両手でギュッと包み込むように握りしめ、顔を近づける。


「麗しの美少年とロマンスを育むのに絶好のシチュエーションだと思わないかい」

「え?」

「こら〜〜〜〜!! あんたそういう趣味の人!?」

「美しいものに目がないだけさ」

「うっさい! それ以上近づくな!」


 なんだか薔薇が咲いた光景を幻視したオリビエ・ヨシュア空間に割って入り、弟の貞操や世間体を守るために彼を引き離すエステル。


「大丈夫、ヨシュア!? なんだかボーっとしてるけど!」

「え、ああ。ごめんごめん。少し気になることがあって……」

「気になること?」

「うん。気になる点は2点。1つは……王国最強の将軍がティオに何の用があるのか」

「あ……そうね。ティオ、少し震えてたっていうか、顔を青褪めてたし……大丈夫かな」

「まぁ酷い事はされていないだろうね。君達の妹君とは話をしたいと言っていたが」


 オリビエもその点に同意し、エステルやヨシュアは妹に何の用なのか、この場にはいないティオを心配しつつ、石造りの無骨な牢屋の天井を眺めた。







「そこに掛けて楽にしてくれ給え。おい、彼女に茶請けも」

「ハッ、了解しました!」

「……どうも」


 妙に丁寧な軍人の対応に、ティオの戸惑いは大きい。

 とりあえず案内のまま椅子に腰掛け、正面に座ったモルガン将軍の指示で部下の兵士がお茶と茶菓子を持ってきたので一息吐く。

 部下の兵士が壁際に直立で立った所で、モルガンは佇まいを直して話しかけてきた。


「まずは、そうだな……私の事は知っているだろうか?」

「はい。リベール王国軍総司令官モルガン将軍。数々の武勇伝を残した猛将と謳われ、リベール王国の砦とも言われています」

「うむ……そして『あの』事件にも関わり、リベール王国側を担当、指揮した者でもある」

「…………」

「1つだけ、ずっと言いたかった事がある…………勿論、これは君の気持ちを蔑ろにしているのかもしれない。そうだ、これはただの自己満足でしかないのだろう。だが、それでも言わせてもらう」


 そう言うと、モルガンは席から立ち上がった。窓際にいたモルガンの傍付きの兵士たちも傍へと駆け寄り整列する。

 何を言われるのかと眉を顰めていたティオだが、その様子に思わず身構える。

 そして行われたのは———敬礼。


「……あの時、もっと早く助ける事ができず、すまなかった。そして助かって……生き延びてくれてありがとう。我々はリベール王国軍を代表して、貴殿に感謝と謝罪の意をここに示させて頂く!!」

「敬礼〜〜〜〜〜〜!!」


 ティオは知らない事だが、この敬礼しているモルガンと兵士6名は、あの作戦に参加していた古参の兵士であった。そしてあの子供たちの骸を直接その眼でみて、絶望し、慟哭し、悲しみ、そして悔んだ者たちだった。

 きっと自分達の言葉はただの自己満足に過ぎない、それは分かっていた。軍人としてこんな事は私情を挟んだものであり、とても褒められたものではない。

 だがそれでも言いたかったのだ。人として『助かってくれた子供』に。

 助かった彼女ではなく、自分達が助けられたかのように嬉しかったのだ。

 そしてティオは、


「いえ……恨んではいません。感謝もしてます。だから、気にしないでください」


 小さく微笑んでいた。


「そうか……ありがとう」

「でもどうしてそこまで……」

「あの一件は過去に類を見ないほど酷かった。生存者も20名足らず……死者は子供たちを含めて500人以上だった」

「そんなに、だったのですか」

「ああ……一生涯、忘れることはないだろう」


 ふぅ、と眉間を小さく揉むモルガン。再び席に腰を掛けて感慨深く呟く。

 ティオはモルガンの態度に目を伏せてしみじみと語り出した。彼の姿勢に何かを感じたのだろうか。あの事件以来、初めて語ることだった。


「あの時……私を含めた皆が泣いていました」

「…………」

「何時終わるともしれない人体実験。毎日聞こえてくる絹を裂くような悲鳴や断末魔。ゆっくりと忍び寄る、でも確かに聞こえる自分の死期。あれは……昨日のように思い出せます」 

「……むごいな」

「ええ。でもそんな時出会ったんです。希望に」

「希望?」

「ふふ……1人の男の子です」

「!」


 もしや、とモルガン達は反応した。

 ティオは少し照れ臭そうに頬を染めながら言葉を紡ぐ。


「その人は自分が人体実験でボロボロになっているのにも関わらず、捕まっていた私たちを励ましてくれたんです。まあ、励ましてくれたと言っても、本当に一言二言でしたし、実際にはとある歌を教えてくれただけなんんですけど。でも彼が言った言葉の1つ1つがあの時の私たちの希望になり、支えになったんです」

「そうか……」

「だから、きっと生き残れたんだと思います……彼の、ルシアのおかげで生き残れた子も大勢いると思います」


 そこで、初めてティオの顔が曇る。

 その瞳に浮かぶのは悲しみであり、罪に苛まれるような孤独な目であった。


「でも、助けられた時こう思いました。私が助かってよかったのか、生きていて良いのかって」

「っ! それは……」

「申し訳なさと薬でこうなった自分が汚く感じて……正直生きていたくなかった……」


 ふふっと自嘲するティオに、モルガンは目を見張る。

 助けて終わり、ではなかったのだと思い知らされた。


「でも、そんな時に思い出したのも、彼の存在と彼が教えてくれた歌でした。不思議なんですが、歌っていると胸があったかくなるのを感じました。生きる活力みたいなのが漲ってくるのを感じたんです」

「…………」

「それからです。せめて生きて彼に会うまでは頑張ろう。生きて会ってお礼を一言言おう、そう思えたのは」

「そうか……」

「はい。そしてブライト家に養子になって、家族の一員になって、生きていて良かったと、自然に思えるようになりました」


 やっぱりルシアと家族のお陰です、と悲しみの表情から穏やかな表情へと変わる。

 モルガンはそんな彼女にホッとして、そして彼女がいう『恩人』へと焦点を当てた。


「ルシア君か……カシウスがずっと捜している子だな?」

「はい……ガイさんもでした。というかやはり知っていたのですか」

「それは当然だな。各国軍の上層部、部隊長クラスなら誰もが知っている。発見次第保護しろとの命令も下っているのでな」

「保護、ですか?」


 確保ではなくて、と言外に匂わせる。

 そんなティオの意思を感じたのだろう。モルガンは苦笑してそれを否定した。


「少なくてもリベールは保護だ。帝国の鉄血宰相は捕獲したいのだろうがな」

「っ!」

「しかし依然として未だに発見できていない。君たちの父親であるカシウスも探しているようだが……結果は知っての通りだ」

「あ、あの、お父さんの件は……?」

「ああ、行方不明になっている事だろう。こちらとしても探ってはいるが事実確認は取れていない。だがあのカシウスが乗り合わせていながら易々と賊に奪われるはずがない」

「……ですよね、やっぱり」

「まぁ心配する必要もあるまい。あいつは滅多な事でやられるようなタマではないからな」

「そう……ですね」


 実力に関しては疑っていない。おそらく実の娘であるエステルよりも知っているつもりだ。

 あのガイよりも実力は上であり、遊撃士の中でも頂点に立つ実力者たちの一人。

 おそらくだが、辺り一帯を爆弾か何かで吹き飛ばさない限り、父は死ぬことはないだろう。

 いや、それで死ぬかも怪しい。それくらい父は強いのだ。

 それでも心配するのが家族ってもので。理屈じゃないのだ。


「ところで君には家族がいたな。だがどうしてブライト家に養子に?」

「いえ、それは……」

「報告書で見たことがあるが……あの力のことが関係しているのか?」

「そ、それは……その……それもあって……上手くいかなくなって……いろいろあって……」

「そうか。不躾なことを聞いたな。だが今の君はとても幸せそうだ。ブライト家とはよくやれているようだ。まぁ、揃いもそろって遊撃士なんかになるのが気に入らんが」

「ふふ」

「君と末娘のレン君の工房での実績も大したものだ」

「そんなことも知ってるのですか」

「言っただろう? 君やレン君。いや事件関係者の君の事は心配していたと」

「…………」


 モルガンの言葉に苦笑しつつ、だがある言葉に反応して思わず目を薄める。

 敢えてそこには突っ込まず、前から気付いていた事に確信した。

 すると部下らしき兵士が飛び込んできた。


「モルガン将軍! お話中失礼します」

「どうした?」

「遊撃士を名乗る女性が面会と拘留中の人物について話があると」

「なにぃ? 遊撃士ぃ?」


 なにやら雲行きが怪しくなってきた、と怒りを漲らせるモルガンを笑いつつ、ティオは小さくため息をついた。



 



 一方。

 牢屋の中ではヨシュアがもう一つの考察を述べていた。


「そしてもう一つは『あの時』のモルガン将軍の言い方だとさ、あの時軍はまだ廃坑にあった飛行船を知らなかったみたいだよね」

「ああ、そういえばそうね。遊撃士が軍より早く見つけちゃうなんて、あたし達って天才!?」

「いや、それはおいといて」


 エステルの自画自賛の言葉に苦笑しつつ、ヨシュアは横に置いておく仕草を見せ、


「そう……だったら、あの検問は何の意味があるのかな」

「え……軍があたし達遊撃士の邪魔をするためでしょ?」

「ふむ」

「うん、確かに飛行船と空賊艇を隠すために行われたと思う。でもそれなら封鎖の命令を出した軍の上層部が、この事件の指揮をとっているモルガン将軍が飛行船の存在を知らないなんてあり得ない筈なんだ」


 うーんと唸り考え込むヨシュアに、エステルは指摘されて初めて気づいたようにハッとなる。

 確かにモルガンは、飛行船の存在を知らないようだった。だから自分たちが投獄されたといっても過言ではないのだ。

 だが封鎖していたのにモルガンが知らないとはありえない。

 それはつまり———。


「モルガン将軍が嘘をついている可能性と、あるいは……」

「将軍以外の何物かが軍を動かしている、か」


 オリビエが物言いたげな笑みを浮かべつつ呟いた。

 エステルはオリビエに驚き、そしてヨシュアがその可能性に気がついたオリビエを警戒する。


「あなたは一体……」


 なんとなく流されていたが、よく考えるとこの人物は警戒しなくてはならなかった。

 そうヨシュアは思い、オリビエを見つめる、のだが。


「ボクとデートしてくれたら教えてあげるよ!」

「結構です」

「ああ、つれない君も魅力的だ!」

「あんたはちょっとは黙ってなさい!!」

「まったくだ」


 せっかく話の中で重要な点について気付きかけたのに、オリビエにめちゃくちゃにされたエステルは激しく突っ込む。

 オリビエはヨシュアの手を握り頬を染め、ヨシュアはドン引きするというカオスな空間が出来上がった中、牢の外から3人に声がかかった。


「おぬしらのおしゃべりは聞き飽きた。さっさと出て行くがいい!」

「な、なによ突然……ってティオ! 大丈夫だった!? なにもされてない!?」

「姉さん……軍の人たちが何かするわけないです」

「そ、そうよね。よかった」

「全く。我々の前でそんな会話を……まあいい。さぁ、釈放だ」

「は〜い」


 やったーと陽気に牢から出るエステルと苦笑しつつ姉を出迎えるティオ。

 何気に失礼な事を言ったエステルの変わりに謝りながら出るヨシュアと、関係ないとばかりに優雅に出るオリビエ。

 なんてフリーダムな連中なんだと付き添いの兵士が思いながら、4人は外へと出て行った。


「ヨシュア・ブライト。エステル・ブライト。ティオ・P・ブライト……カシウスの子供たち、か」


 振り返り、ぺこりとお辞儀をするティオ。

 モルガンは4人の背を見ながら、感慨深そうに呟いた。









 さて、急に釈放されたエステルとティオたちであるが、外に出ると待っていたのは意外な人物であった。

 銀色の髪を靡かせ、肩を露出した大胆な服装を上手く着こなす女性は、エステルたちにとって馴染みの女性。


「シェラ姉!」

「はぁい。監禁生活は満足した?」


 C級遊撃士にして『銀閃』の名を持つ有名な実力者、シェラザード・ハーヴェイであった。

 シェラザードはくすくす笑いながら妹分達を迎えた。


「シェラ姉ってばどうしていつもあたし達のピンチに現れるの!?」

「すごいでしょ〜、って言いたいところだけど、事の次第を知らせてくれたのはリベール通信社の記者さんなの」

「あぁ、そっか! ナイアルとドロシーが、ってあの2人あたし達置いてきちゃったのに……あ、そっか。その時に」

「そういう事。まあ、その後、気になることがあるとか言ってどこかへ行っちゃったわ。あたしだってあんた達に色々と聞きたいのよ。たとえば……」


 と言って指を差したのは、シェラザードの手をとって手の甲にキスをしようとしてるオリビエの姿が。


「コレ、あんた達の友だち?」

「ブンブンブン」


 擬音まで口に出して否定するエステルとヨシュアとティオ。

 余程そのように思われたくないらしい。というより、シェラザードの笑顔に嫌な予感を感じたのかもしれない。

 そんな状況を無視するかのごとく、オリビエの暴走は止まらない。


「ああ、ボクはなんという幸せ者なんだろう。暗き牢から出て最初に目にしたのが貴女のような美女だとは!」

「あらありがとう。でもあたし達これから仕事なの。席をはずしてもらえない?」

「シェラ姉気をつけて! そいつ変人よ! っていうかオリビエも早く言うとおりにした方が———」

「これも女神のお導き。どうです? 僕と今晩一晩の———」

「———聞こえなかったのかしら?」


 ひぃ! という奇声を上げて、オリビエは電光石火のごとく離れて行った。

 どうやらシェラザードの視線と言葉がよほど怖かったのだろうか。オリビエが怯える子犬に見えたティオであった。


「さあ話して頂戴」


 何事もなかったように話すシェラザードに、3人はさすがだなぁと思わずにはいられなかったのであった。








 その日の夜、シェラザード・エステル・ヨシュア・ティオ、そして何故か同行しているオリビエの5人がいる場所は、ヴァレリア湖畔のリゾード宿『川蝉亭』にいた。

 まずヨシュア達から飛空艇の件やモルガン将軍たちの件を聞いたシェラザードは、軍部の妙な点について同意を示した。

 そして自分が掴んでいた『間もなく王家から乗客たちの身代金が窃盗団に支払う』ことが照らし合わせ、時間がないことが発覚する。

 つまりそれまでに犯人を捕まえなくてはならないのだが、ボースの窃盗事件も急に無くなり、また捜索範囲も絞り込めずに打つ手なしの状況であった。

 しかしそこで意外や意外。頭脳派とはいえないエステルが突発的な閃きにより、状況は打破されることとなった。

 それは、ジョゼットと出会った時の会話。

 ヨシュアが宿について尋ねた時、咄嗟に出てきた地名や場所などは、実は焦りから関係した場所、そこに近いところを言ってしまうものではないだろうか、という事だった。

 その意見に僅かながら光明を見出したシェラザードたちは、とりあえず賛成して川蝉亭へと向かった。

 川蝉亭に着いた一行は、とりあえず聞き込みを開始。

 宿の周辺を調べるのはエステル、ヨシュア、ティオの3名。

 そして宿内を聞きこむのが、シェラザードとオリビエであった。

 その際、オリビエが懲りずにシェラザードを、お酒を飲みながら食事でも、と誘い、シェラザードも「酔わせて何をするつもりなの」と言いながら誘いを受けていた。

 少し『大人』な雰囲気が漂った両者の間に、エステルが頬を赤らめて過剰反応を示すが梨の飛礫。

 2人は和気藹藹としながら宿へ入って行った。

 エステルは「シェラ姉がオリビエの毒牙に」と心配したがヨシュアは大丈夫でしょ、と心配せず、ティオはハァと大きなため息と共に呆れながら一人スタスタと歩いて行ったのであった。

 そうして始まった捜索活動だが、宿内で飲んだくれる2人は余所に、3人は宿周辺を回っていた。

 怪しい人影、物などないか探していたのだが、これといって怪しいものなど無く、辺りは暗くなっていた。


「エステル。そろそろ暗くなってきたら戻ろうか」

「うん……」

「そうですね。シェラ姉さんたちも何か掴んでいるかもです」


 自分が提案しただけに、エステルは何も成果がなかったことに意気消沈していた。

 そんな彼女を気を使うように慰めるヨシュアとティオはポンポンと背中を叩くのだが、ふと前方に建物が目に入った。


「ねぇ、あれって……」

「あれは琥珀の塔というそうです」

「そう。四輪の塔の1つで、ロレントにも翡翠の塔があるね」

「へぇ〜〜〜。そういえば、翡翠の塔であった変なおじさん。えっと……アルバ教授だっけ。あの人があの塔にもいたりして」

「まさか、そんな偶然が……」

「アルバ教授?」


 会ったことがないティオは首をかしげるが、次の瞬間、エステルがいた横の茂みから人が飛び出してきた。

 その人物こそ、今まで話していた人である、


「アルバ教授!?」

「おや、君たちは翡翠の塔であった……」


 アルバ教授であった。

 彼は出会った時と同じように本を片手に何やら難しそうな書類を持っていた。


「ん? ああ、また懲りない人ね。琥珀の塔に入るなんて」

「いえいえ、そんな! 皆さんにこってり叱られましたからね」

「ふ〜〜ん。で、何かいいもの見つかった?」

「いいえ、ここもダメでした。やはり四輪の塔は謎が多いです」

「ほら。やっぱり登ったんじゃないの」

「はっ!?」


 エステルの誘導尋問にうっかり本音を零すアルバ。

 ティオはそんな迂闊だが愉快なアルバに笑みを零す。


「どうか私のことは見なかったことに!」

「はいはい。まあ、次は気をつけてね」


 と、大らかにも見逃してあげるエステル。

 するとアルバが何かを思い出したように、ポンと手を叩いた。


「そういえば、見つかると言えば妙なものがありましたよ」

「?」

「琥珀の塔の頂上から見えたのですが、あれはたぶん飛行船の一部かと」


 その言葉に、エステルとティオとヨシュアはお互いの顔を見合わせて、コクンと大きく頷いたのであった。









「シェラ姉! 空賊たちの場所がわかったわ!」


 と、さっきまでの落ち込みが嘘のように元気良く宿の扉を開けるエステル。

 ヨシュアとティオも追っていた犯人達の有力な情報が手に入ったこともあり、頬が紅潮していることから少し興奮している事が分かる。

 しかしそんな気分も上機嫌な3人とは余所に、宿の食事スペースではカオスな空間が広がっていた。


「お〜かえりなさ〜〜〜い」

「う〜ん、う〜ん……もう無理だ……」


 机の上には所狭しと酒瓶が転がり、その数は常軌を逸した程の量が散乱していた。

 それにも関らず上機嫌で未だに酒を煽るシェラザードと、対照的に真っ青になって突っ伏しているオリビエがいた。


(あ〜、やっぱり変人オリビエといえども、シェラ姉には勝てなかったか)

(ま、無理だよね)

(予想通りです。これでシェラ姉さんよりアイナさんの方が酒豪なんだから、人は見かけによらないというか……)

 目の前の惨状に各々の感想を述べるティオたちであった。


「んもう。またこんなに飲んで」

「なに言ってるのよ。まだ序の口よ」

「これで序の口ですか……」

「いやティオ。これは普通の感覚でいえば飲みすぎだから」

「ほら、オリビエ。まだ飲みなさい」

「ま、待ってくれシェラ君。君は何故天使のような笑顔でそんな悪魔のような所業をっ!」

「なによ、私の酒が飲めないっていうの?」

「…………」


 ついに言葉すら発さず動かなくなったオリビエに、シェラザードは「だらしないわねぇ」と言い、


「じゃあ、エステル。こっちへ来なさい!」

「ダメよ。あたし達、まだ未成年だもん」

「なによつまらないわね〜。なら、ヨシュア〜〜〜。一緒に飲もっ!」


 むぎゅーっと豊満な胸にヨシュアの顔を押し付け、ぎゅーっと抱き締めるシェラザード。

 何気にテンションはハイになっているらしい。


「付き合ってくれたら、服を脱いであ・げ・るっ!」

「ぬっ!?」

「あ〜も〜」

「もう手はつけられません」


 シェラザードの言葉に敏感に反応し復活を告げたオリビエと、呆れるエステル、もはや放置することに決めたティオ。

 そして顔を真っ赤にしながらバタついているヨシュア。

 誰にもこのカオスな空間は止められなかったのであった。










「な〜るほど。確かにあれは空賊艇に間違いなさそうね」


 日も暮れた暗闇の林の中で、木々に隠れるように鎮座する飛行艇を前にして火を囲み食事を取っている空賊。

 なんだか和気藹々とした雰囲気は賊というよりも、仲の良い友達のようにも見える。


「うん。お手柄よあんた達。ざっと見て空賊は7人ってところだけど」

(す、すごい……)

(もうシラフなのね……)

(シェラ姉さんの不可思議な人体をレポートに纏めたいです)


 酔いつぶれたオリビエと違い、それ以上に飲んでいたシェラはすっかりいつも通りだ。

 酔って赤くなった顔も元通りで、一瞬でシラフになったシェラザードの神秘に、ヨシュアもエステルもティオも驚愕の顔をしていた。
 

「あ、でも違うわシェラ姉。ジョゼットが見えないもの」

「あの男、キールとかいう空賊もいないね」

「それに飛行船の中にも数名いるみたいです。気配を感じます」

「なるほど。ここにいる奴らが全員って訳じゃないのね。あんた達ならどうする?」

「もちろん突撃あるのみよ! また飛行艇で逃げられたら元も子もないもの!」

「ふむ……その作戦はどうかな?」


 ふと聞こえてきた声。

 声の主は、酔いつぶれて放置してきた、何故かずぶ濡れのオリビエであった。


「オ、オリビ——っ!?」

「エステル、静かに——!!」

「しー、ですよ、姉さん」


 あんた潰れてたんじゃ、と叫びかけたエステルに、ヨシュアとティオが2人がかりで口を塞ぐ。

 こんな所で大声だして賊に見つかったらどうするんだと目力で語っていた。


「驚いたわ。あれだけ酔いつぶれてよく回復したわね」

「まあね。胃の中のものを全部吐き出して冷たい水を頭からかぶってきたのさ。ははっ。おかげで文字通り水もしたたるイイ男だよ」


 濡れた髪を無理やりベチャっとかき上げ、良い男を演出するオリビエ。

 しかしどうにも様になっていなかった。

 そんな彼に、みんなはどん引きだ。それこそ正に「うわー……」という表現が正しい程に。


「それよりさっきの続きだが、こんな所で空賊の下っ端を制圧して終わりなのかい?」

「え?」


 オリビエの言葉に思わず言葉が洩れるティオ。

 そんな彼女に、オリビエはウインクをしながらこう言ったのだった。


「奥に潜む根悪に辿りつく為には、思い切って敵の懐に潜り込む事も必要ってことさ」










 空賊団カプア一家の飛行艇は、頭領の兄弟であるジョゼットとキールが戻って来ると同時に移動開始した。飛行艇は真夜中から飛び立ち、明朝と同時にリベール国境の山脈地帯に入り、とある廃坑のように人の手が加わった洞窟の中に飛行艇は入って行った。

 長い期間、管理すらされていないその洞窟内は、意外と広い。飛行艇すら一艇のみだが出入りできる離着場。そして枝分かれした通路に無数の部屋。

 だがそれらはすべて洞窟内にある為に、隠れ家としては最適だった。

 飛行艇が到着すると中からカプア一家が出てくる。

 中にはジョゼットと、そしてボースの中で脱出する際にエステル達から逃げきった男・キールの姿があった。


「じゃあボクたち、先にドルン兄に報告してくるね!」

「へ〜い」

「いってらっしゃ〜い」


 ジョゼットとキールがにこやかに笑いながら駆けていくと、手下らしき男たちは談笑を始めた。


「しかし忙しいなぁ、近頃は」

「もう少しの辛抱さ。身代金が手に入ればこんな生活ともオサラバできるさ」

「そうそう。その為に……お嬢や兄貴たちがあんなに頑張ってくれるんだぜ」


 その語る彼らの顔はとても嬉しそうで、賊に似つかわしくない程ほのぼのとした雰囲気だ。

 そして。

 そんな彼らの背後に忍び寄る、人影。

 ゴチンという強烈な殴打音と共に彼らは昏倒した。

 彼らを襲った人物たち。それは……。


「よっし。潜入成功!」

「フッ。上手くいったようだね」

「まさか空賊艇に密航しちゃおうなんてね」

「一見無謀のようにも見えますが、大胆で効果的かもしれませんね」

「うん。これで捜査状況は一気に進展したといっても良いよ」


 空賊艇にこっそり密航したエステル達であった。

 オリビエの閃きによりこっそり闇夜に紛れて飛行艇に潜り込んだのが上手くいき、アジトへの潜入に成功した。

 シェラザードは妙案を思い付いたオリビエを褒める。


「オリビエには感謝しなくちゃね」

「だったらその感謝の気持ちを具体的に示して頂こう……シェラ君の魅惑の———」

「いいわよ。帰ったら酒場でい〜〜っぱい奢るわ」

「ひぃぃ〜〜〜〜!! ごめんなさい!!」


 完全にトラウマになっているらしい。オリビエは目尻に涙を浮かべて怯えていた。

 少し可哀想に思ったエステルは、どことなく昔の自分をオリビエに重ね見たのだった。


「さぁ、一気にいくわよ!!」

「「「おう!」」」

「…………おーけーだ! シェラ君!」


 復活も早いオリビエであった。
 

 




「どぅおおりゃあああああぁぁ!!」


 凄まじい破壊音と共に女性らしからぬ掛け声で木製の重厚な扉を破壊して入って来る、見た事のない人。

 部屋の中にいた大勢の人々は突然の音に驚いて扉から離れ、おっかなびっくりで様子を窺っていた。


「いた!」

「ビンゴですね」


 一方で部屋に突入したエステルとティオたちは、部屋の中に閉じ込められていた乗客を発見した。

 どこかにいる筈だと踏んで捜しまわっていたのだが、一層堅牢な扉があり怪しいと踏んだのが見事に大当たり。その中に乗客たちはいた。


「みなさん! 遊撃士協会の者です。皆さんを救出に来ました!」

「おお」


 シェラザードが乗客たちにそう告げると、皆が安堵と共に喜びの声を上げた。

 こういう状況の鉄則を知っているシェラザードは、更なる安心感を与えれる情報を明らかにした。


「見張りの空賊は片付けました。安心して頂戴」

「おおおっ」


 そういうと皆に安堵の表情が浮かぶ。

 見張りを縛り終わったオリビエが室内に入ってくると、エステルとティオがきょろきょろと何かを捜していた。

 オリビエは何をしているのか訪ねようとするが、その前に彼女たちが怪訝な表情を浮かべたではないか。だがそれにはオリビエもすぐに気付くことになった。乗客の様子が少しおかしいのだ。

 何かを話しているようだ。

 オリビエは耳を澄ます。


「やっぱり凄いよ。また当たった」

「日時も人数も当たるなんてな。今まで占いなんて馬鹿にしてたけど、今度からは信じるぜ」

「いや、それにしても凄過ぎ」


 困惑と驚き、嬉しさと若干の恐怖を浮かべる乗客達がいたのだ。

 その一団に気付いたエステルとティオ、そしてオリビエとシェラザードは近づいて事情を聴く。

 中の中年男性が応えてくれた。


「ふむ。興味深いことを言っているね。何のことか僕達にも聞かせてもらえるかい?」

「あ、ああ。あそこにいる女性、占い師らしいんだ」

「ふむ。占い師か」

「占いねぇ……なんか胡散臭いわね」

「……ですね」


 遠慮のないエステルの言葉に、苦笑しながらもティオも肯く。

 彼女にとって専門は電子系である。論理じゃない事はどうにも信じがたい。

 中年男性は彼女たちの感想を笑い、それを否定した。

 
「俺たちも最初はそう思ってたんだ。けれど、最初は賊の見回り時間を占いで当てて、ここにいる連中の過去にあったプライベートの事を占いで当て、そしてあんた達遊撃士、救出隊が今日のこの時間に来る事を予想していたんだ。今のところは100発100中。もはや占いというよりも未来視や予言のレベルに感じたよ」

「ほえ〜〜〜」

「その占いをしたのが、あの人なのですか?」


 ティオが中年男性が教えてくれた女性へと仰ぎ、皆がその人物を見る。

 壁際の席に座り水晶を片手に持っていた女性。フードを被っているが顎まで伸ばした金髪の髪がフードから覗き、左頬には入れ墨らしき模様がある。肌の色が真っ白で瞳が赤く小さく微笑み、どことなく『魔女』のようなイメージを彷彿させる女性だった。


(そうだ。そこまで凄い占い師なら、お父さんの事やルシアの事を聞けば何か解るかも)


 と、そう思ったティオが近づこうとした時だった。


「何の騒ぎだ!? って、お前ら!」

「あっ!?」

「あいつら、あのときのっ!」

「ヨ、ヨシュア!!」


 物音を聞きつけた賊が駆けつけてきたらしく、拘束された仲間に驚き、そして室内の破壊された扉と遊撃士一同に驚き武器を向ける。

 先頭にいるリーダー格のキールと、周囲にいる子分連中。そしてヨシュアに反応しているジョゼット。

 見事に見つかってしまったのだった。

 シェラザードは思わず舌打ちをし、しかし見つかってしまったのだから仕方ないと開き直り、犯人へ宣告する。

 この切り替えの早さと対応は、慌てるエステルやティオとは違い、やはり経験の差が出ていた。

 ……ヨシュアだけは刃物を取り出し、臨戦態勢であったが。


「空賊団カプア一家! 遊撃士協会の規約に基づき貴方たちを逮捕するわ!」

「キ、キール兄貴!」

「いや、ここまずい。一旦ひかねば。ここには———」


 キールが険しい顔をしてそう言うが、その瞬間に背後からエネルギー攻撃が襲いかかり、部屋の中の壁を破壊した。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 運が良かった。たまたま人がいない場所の壁に直撃し、壁は崩落。人的被害は0ではあった。

 だが、当たれば間違いなくただではすまない攻撃に、全員が攻撃主へと睨みつける。

 キールたちの背後からやって来たのは、クマのように体格が大きく、ジョゼットたちと同じく青髪に髭を生やし、大きな導力砲を手に周囲に威圧感をまき散らしながら入ってくる男。


「なーに言ってるんだキールよぉ。そんな奴ら、ここで殺しちまえばいいじゃねぇか」

「ド、ドルン兄」


 ジョゼットたちの反応と男の風格から、この男が親玉だと察する。

 そしてその言葉から発せられた内容から、慌てていたエステルやティオも臨戦態勢になる。


「ほぅ。てめぇらが例の遊撃士か。ふん、直接乗り込んでくるとはいい度胸だ。全員血祭りにあげてやるぜ」

「待てよ兄貴! 場所を変えよう! ここじゃ戦闘は無理だ!」

「なに?」

「そ、そうだよドルン兄! ここには人質がいるんだよ! こんなところで導力砲なんか使ったら人質のみんなまでケガしちゃうよ!」


 キールとジョゼットがドルンに待ったを掛けた。

 その表情は必至で、この場にいる乗客を含めたエステル達は、彼女たちは賊ではあるが人でなしではないのだと理解する。

 しかし、そんなジョゼットたちの一番上の兄であるドルンは、顔を歪ませ残忍な顔で言った。


「それがどうした?」

「なっ……!」

「いいじゃねぇか。身代金は手に入ることになったんだ。人質なんざお払い箱よ。丁度いい。みんなまとめてあの世に送ってやるぜ!!」

「ドルン兄!!」

「よせ兄貴!!」

「うるせぇ!! 俺のすることに文句言うんじゃねぇよ!」

(チャンス!)


 揉めてる所をチャンスだと判断したヨシュアは一息で懐に飛び込み、導力砲を刃で叩き上げる。


「なっ!?」


 衝撃で思わず撃ってしまったドルン。放たれた攻撃は天井に直撃し、追撃しようと一緒に飛び込んでいたシェラザードの背後に崩落した。

 つまり、室内に閉じ込められたエステル・ティオと乗客、そしてジョゼット達と。

 ドルン・ヨシュア・シェラザード、そしてドルンの配下の連中に分断されてしまったのだ。


「エステル! ティオ! 大丈夫かい!?  ……エステル!? ティオ!?」


 ヨシュアは崩落に巻き込まれたのではと心配し、珍しいほど取り乱してエステルとティオの心配をしていた。シェラザードはそんなヨシュアを初めて見たが、経験から即座に我に返り、ヨシュアを嗜めた。


「ヨシュア! まだ眼の前に敵がいるんだから、こっちに集中しなさい!!」

「は、はい!」

「てめぇらぁ……舐めやがって!! ぶっ殺す!!」


 ドルンの目は血走り、怒りに震えている。

 サッと構えたヨシュアとシェラザードに向かって、ドルンの導力砲が火を噴いた。







 一方。

 閉じ込められたエステル・ティオ組みの方はというと、戦闘中のヨシュア達とは違い、間抜けな光景が広がっていた。

 
「能天気女! どうしてお前がこんなところに!」

「な、なによボクっ子! あんたたち空賊をやっつけに来たに決まってるでしょ!!」

「へーんだ。やれるもんならやってみなよ!」

「あ、あんですってー! あんた自分が何やってんのかわかってんの!? 飛行船襲って街を騒がせて」

「だってボク空賊だもーん」

「関係ない人を巻き込んで! こんな所に閉じ込めて! あたしが、残された家族がどんな辛い思いしてたのかあんたにはわかんないの!?」


 エステルの怒気と指摘にジョゼットは怯み、何も言えなくなった。

 場の空気もジョゼットたち空賊団に向けられ、敵意しかない。


「だ、だってドルン兄が……」

「ドルン!? 全部あいつの仕業なの!? そうよ、あいつが一番めちゃくちゃよ。遊撃士であるあたし達どころか人質まで傷つけようとするなんて! どうしてそんな酷いことができるのよ!!」


 そんなエステルの言葉に、ジョゼットは堪らなくなって、悲鳴のように大声で叫ぶ。


「うるさぁい!! ドルン兄を悪くいうな! ドルン兄は、ドルン兄はとってもとっても優しいお兄ちゃんなんだから!!」


 痛ましいといえるジョゼットの言葉に今度はエステルが怯む。

 そんなジョゼットの頭をポンっと叩き、兄のキールが一歩前に出る。


「事件はおれたちカプア一家が起こしたことだ。今更弁解する気はないさ。そして今は二対一……ここであんたとやりあってもいいんだぜ?」

「っ!」


 その言葉にエステルはさっと相棒の武器を向け構える。

 一気に緊迫した空気が流れる、が。彼らは忘れている。

 一見、まったく戦闘者にみえない可愛らしい少女が、実はこの中で一番冷静かつ論理派な人間であることを。

 ガチャリ、とキールの背中に機械らしき感触が。

 ジョゼットとキールはハッとなった。


「遊撃士ではありませんが……私を忘れられては困りますね」

「…………っ」

「キール兄!」

「ティオ!」

「ああ、動かない方がいいですよ。あなたに突き付けてるのは私がツアイス工房で造った護身用の10万ボルトスタンガンです。そしてもう一つが導力杖と呼ばれる武器です。基本はアーツ発動の補助機能ですが、近接戦闘用としてボーガンも搭載済みです」

「……おいおい。戦いすらできないお嬢ちゃんが、武器なんか危ないもの持ってんなよ」


 キールはティオが持つ凶悪な武器にギョッとする。エステルですら初めて聞いた妹の武器に仰天しているのだから、突き付けられてるキールは溜まったものではないだろう。

 しかしよく見れば大した年齢にも達してない少女ではないか。

 虫すら殺せそうにない雰囲気に色白な肌。戦闘訓練すら積んでいないようにみえる身体付き。

 迂闊に手を出せずにおろおろしているジョゼットを視界に入れつつキールは手を上げながら、挑発半分でそう言った。彼としては隙を窺っているのだろうが、その言葉はティオにとって、今の彼女には地雷であった。

 
「貴方たちこそ何を勘違いしてるんです?」

「……なに?」

「これでも私、この状況に怒ってるんです」

「…………」

「人質にすら手を出す犯罪者。それを兄の責任としてなすりつける手下…………ええ、貴方たちは本当に不愉快です……人のトラウマを刺激する……なんだか躊躇わずに引き金を引きそうです」

「ティ、ティオ、やめなさい!」


 エステルは思わず妹へ待ったをかけた。理知的な妹ならば攻撃しない事は信じている。これは自分への援護だとも察せる。

 だが、今の妹はどこかおかしい。焦燥感に駆られているというか、興奮気味というか、高ぶっているというか。とにかく危ないのだ。

 それはキールやジョゼットも思ったのだろう。思わず武器を地面に下ろして降参していた。


「と、とりあえず降参する。だがその前に、この瓦礫の山をどうにかしないか? 一時休戦というか」


 発したキール自身、苦しい言葉だなぁ、あり得ない提案だと思ったが、既に出てしまった言葉故に諦める。周りも「いや、それは」と思ったのだが。

 そしてそれはティオもである。何を言ってるんだと、ジト目で見ている。

 だが。

 ここでエステルという少女は斜め上をいくのが彼女たる所以である。


「……分かった! じゃあこの瓦礫をなんとかしましょ!」


 エステルは笑みを浮かべてそう言い、くるっと背を向けて瓦礫の前に立った。

 その見事な無防備に晒すエステルに、ティオは「はぁ……まあこれが姉さんです」と苦笑し、キールたちは逆に突っ込んでしまった。


「おいおい……いいのかよ。そんな簡単に敵に背中を見せて」

「あ〜〜〜〜確かに不味いかな」


 今頃気付いたといわんばかりに目を泳がせるエステル。周囲も皆思ったのだった。おいおいと。

 そしてその答えは実にエステルらしい理由であった。


「……うん。あたしはあんた達と自分の勘を信じるわ!」

「さすがはエステル君。それでこそラブ&ピースだよ!」

「うわっ! オリビエいたんだ。完全に忘れてた」


 今までどこにいたのか、突如オリビエがニョキっと出てきて薔薇を振りまく。


「ま、いいわ。早く手伝ってオリビエ。ティオも」

「了解です」

「まかせてくれ」


 そう言って武器を仕舞い、エステルの下へ駆け寄るティオとオリビエ。

 そんな彼女たちに触発されたのか、人質となっていた乗客たちまでが手伝うと言ってきた。


「よし、俺たちも手伝うぞ!」

「俺も!」

「私も!」

「あ、え、えといいの! みんなは監禁で疲れてるから——」

「それがそうでもないんだ。ドルンってやつはともかく、他の空賊には結構よくしてもらってたんだ」

「ああ。誘拐事態は悪いことだけど、待遇はそんなに悪くなかったよ」

「……そっか」


 嬉しそうに笑うエステルと、ティオは少し気まずげに顔を反らす。

 理屈ではまったくティオに恥じることも間違ってることもないのだが、本来の彼女の優しい性格から、彼らを一緒くたに捉えた事が、少し気まずかったのだろう。


(あれ……でもあたしの父さんが……)


 最初から気になっていたのだが、父親の姿が乗客の中に見えないのだ。

 エステルはティオへ視線を向け、彼女もその意味を察してコクリと肯く。

 そう、周囲の乗客へと父親について尋ねようとした。

 だが。


「フ、フフフフフフフフフフ」


 突如部屋に木霊する女の笑い声。

 何事かと皆が声の発信源へと振り返り、自然とその主と遊撃士たちが向かいあえるように道が開かれた。

 その声の主は、先ほどの占い師の女であった。


「フフフフ。なるほどなるほど」

「な、なに?」


 その女性は壁にもたれ掛かっていたが、スッと離れ、エステルたちの下へと近づいてくる。

 紺のローブがどこか不気味さを際立たせ、皆が後退りして道を更に開ける。

 エステルが何かと尋ねると、女性は聞こえていないかのように何度も呟いた。


「面白いお嬢さん。興味深い余興を見せてくれたお礼に、お嬢さんの未来を占ってあげる。ついでにこの瓦礫も除けてあげるわ」

「へ?」

「このロウイスの占いは、なかなか当たるんですのよ」

「え、えっと」

「…………」


 勝手に始めた占い師ロウイスにエステルは困惑する。

 それどころじゃないんだけど、と言いたいのだが、目の前の女性の妙な迫力が場を支配していて強く言い出せない。


(この女性は一体……この感覚……なんですこの気配)


 逆にティオは背筋が怖気立つ感覚を感じていた。背中から背骨を引きずり出されるような、強烈な悪寒と痛さ。

 自分の能力が、この女性はおかしいと訴えている。


「……出たわ。フフフフフ、なるほど。これは面白い」


 水晶を取り出しみていたロウイスは、不気味に笑って何度も肯き、顔を上げた。

 そこで初めてエステルと視線を合わせる。

 思わず、ドキリとした。

 その真っ赤な瞳が、まるで血のように見えたから。


「運がいいわ、お嬢さん。貴方は今この時点で未来を知ることができたのだから。この不幸の未来を」

「え。ふ……不幸?」


 エステルはどもりながらそう返す。

 先ほどの中年男性の言葉が脳裏に過った。まったく外さないという占いを。

 そしてその内容は、お世辞でも良い結果ではなかった。


「お嬢さんはこれからある男に裏切られる。そして向かう先は絶望と破滅よ」

「絶望と破滅って……」

「どのような破滅かは分からないけど……男は何人か見えたわ。黒髪と青髪の2人ね」

「……!!」


 その言葉に、エステルとティオは目を大きく見開いた。


「ふむ。もはや占いというより未来視みたいだね」

「そう取ってもらっても構わないわ。私には見えるのだから」

「いや、美人のお姉さん。そんな未来を占うことより、僕とのめくるめく熱烈な———」

「そちらのお嬢さんも」


 オリビエを無視し、今度はティオへ振り返る。


「!」

「貴方はこれから先、一人ぼっちになるわ。あなたも青髪の男の子の所為で破滅に向かうみたい」

「ああ、なんて不吉な占いだ。でも美人のお姉さん。回避する方法もあるのだろう?」

「ええ、もちろんよ」


 今度はオリビエの言葉に反応し、顔色を悪くしたエステルとティオへ視線を向ける。

 ジョゼットやキールは不吉な占いに眉を顰め、突如出てきた女に訝しむ。

 しかしそれよりもエステルとティオの顔色の悪さに、思わず心配してしまう程、様子がおかしい。

 ヨシュアがこの場にいれば思わずにはいられなかっただろう。

 幼なじみの男の子の知らなかった一面を知った時の反応とそっくりだ、と。


「回避する方法は1つ。関わらないことよ」

「ふむ」


 ふふふ、と呟き色っぽく囁く。


「悪いことは言わないわ、お嬢さんたち。止めときなさい、その子に関わるのは。貴方たちだって不幸な目に遭いたくないでしょう?」


 ロウイスはエステルやティオたちへ語りかける。

 ゆっくりと、伝わるように。


「私も貴方たちの不幸な未来を知った以上、放ってはおけないわ。寝覚めも悪いしね。だからその子に関わるのはやめておきなさい。その子に関わらなければ貴方たちは平穏かつ幸福な生活を送れるでしょう」


 既にエステルにも、そしてティオにも分かっていた。

 この占い師は本当に凄いのだろう。

 誰も知らない筈の自分たちと青髪の彼との繋がりを占いで言い当てたのだ。きっとその占いも本当なのだろう。

 迫る未来も、そして破滅も。

 目を瞑ると、彼が犯したという、怪我をさせた事件が過った。

 彼は優しくも英雄でもなかった。被害が周囲へ及ぼうが問答無用で攻撃するし、人の機微も疎い。

 世俗に疎い事から、彼といても楽しい事など無いのかもしれない。

 彼といても世話がかかることばかりで、実は面倒ばかりで疲れ果てるのかもしれない。



 ————エステル、どうしたのですか?


 ————大丈夫ですかティオ


「「!!」」


 耳を過る、過去の光景。

 そして未来に待ちうける光景に思わず尻ごみをする。

 ロウイスの言葉に、その通りだと思う。それが賢い生き方だ。きっと母も父もそれを望むだろう。

 そう思い、占い師ロウイスの言葉に肯こうと———。


「「違う」」

「エステルくん? ティオくん?」


 全く違う、逆の言葉が口から突いて出ていた。

 俯いていた顔が上がったその表情。閉じていた目は深い色を魅せ、そして光が灯る。


「あたし……知ってるから」

「元々……彼がいなければ私の未来は真っ暗でしたから」


 そう、自分は知っていたはずなのに。

 自分の未来は真っ暗だったと。そこから助かったのだ。彼が教えてくれた歌のおかげで。

 だから自分には、それ以外に進むべき道はないのだ。

 そうティオが言うと、エステルはクスっと笑ってティオの頭を撫で、ポツポツと口にした。


「ハハハ……あいつね、最初に出会ったあの時、お母さんが死にそうだった時、普通に素通りしようとしてた。興味なさそうに、まるで石ころと同じように」


 クスっと笑い、過去を懐かしそうに振り返る。


「困っているお年寄りがいても無視は当たり前。目の前で泣いてる子供がいても無視。だから……なんて嫌な奴なんだろうって、子供ながらに思ったっけ」


 苦笑しながらポリポリと頬を掻く。


「ふむ……エステル君にとってはさしずめ、嫌な知り合いってところかな?」

「ううん」


 事情を知らないオリビエの言葉にも苦笑し、オリビエではなくロウイス占い師と視線をぶつけ合う。


「でも、ルシアは徐々に、本当に徐々に変わった。怪我した子を見捨てても、影でこっそり治療してた。お母さんも結局は助けてくれた」


 だから、と続ける。


「だから今度は———あたしがルシアを助けたい! ルシアが助けてくれなかったら、あたしは泣いていたと思うから。お母さんは死んじゃってたから。そんな悲しい今なんて地獄としか言えないから」


 膨らみの胸元にそっと手を当てて、自分に言い聞かせるように言霊を紡ぐ。

 そうだ。自分は旅に出るとき、そして旅立つ前からずっとそう思ってきたはずだ。
 
 やっぱり初心を持ち続けるのは、そして貫き続けるのは難しい。

 それを、初めて実感した。


「たとえロウイスさんの占い通りの未来が待っていたとしても…………あたしは、ルシアを見捨てたら後悔するから。だからあたしは、あたし達はルシアを探すわ!」


 ——————そうだ。

 探そう。あたし達の家族の恩人を。

 助けてくれた、最高の幼馴染を。


(……きっとルシアだってあたし達と一緒にいることを願ってるはずよ。だって、一人は寂しいんだから…………あたし達を待ってるはずよ!)


 見捨てるなんてできない、1人は寂しいから。

 1人でなんていられない、1人は寂しいから。


「…………そう。それならがんばりなさい」


 ロウイスは目を伏せ、小さく俯く。

 ローブで目が隠れ表情がうかがえなくなり、せっかく占ってもらったのに悪かったかな、とエステルは思うが、ロウイスから「ちょっとそこ退きなさい」と言われ、皆が瓦礫の山の前から離れる。


(あ、そういえば瓦礫を退かしてあげるって……)


 ふと最初に言われたロウイスの言葉を思い出し、何をするのかと思うと、ロウイスは掌を瓦礫へ向ける。

 ゴウッ、と炎が弾ける音がして、ぎょっとした表情をするエステル、ティオ、オリビエたち。

 アーツか!と思った瞬間であった。


「————アークフレア」


 その呟かれた言葉が耳に聞こえた瞬間、室内は眩しい閃光につつまれ、導力砲など歯牙にもかけないほどの破壊音が響き渡った。


「っ!?」

「なっ!?」


 恐る恐る目を開けると、瓦礫の山があった場所は何もなくなっており、地面が焼け焦げている。

 おそるべき破壊力をもったアーツであった。


「すごい! ロウイスさんって凄いんだ!」

「フフフ……これはサービスですわ。最初で最後の」

「ありがとう!」

「いえ。で、行かなくていいのですか?」

「! っとティオ、オリビエ、行くわよ! 皆さんはまだここに居て下さい!」


 そう言ったエステルは慌ててヨシュアたちを援護する為に走りだし、その後をティオとオリビエが追う。もちろんキールとジョゼットも慌てて追いかけていき、室内には乗客とロウイスが取り残された。


「……残念ねぇ。ここで諦めてたら、あんたたちも死ななくても済むのに」


 それまでの言葉遣いが一変し、まるで別人のような口調になったロウイスは、誰にも聞こえない声で独りポツリと呟いた。

 真っ赤な瞳はエステルとティオの背をジッと捉えていた。



 ———この数分後、まるで何かに操られていたように穏やかになったドルンを打倒し、王国軍の若手急上昇中の有名将校・リシャール大佐により捕縛された。


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[34464] 第29話 絆は共にいた長さ
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/04/03 23:53

 朱色の瞳がギラリと輝き、夕焼けで焼けた空と海が茜色が、その睨みを際立たせる。

 一方で彼女に相対するのは、水色の綺麗な髪を風に靡かせ新芽を連想させる黄緑色の瞳が彼女を見詰めていた。

 傍の川蝉亭では、シェラザードが酒をがぶ飲みして爆笑し、その前でオリビエが目を回して力尽きている。

 そんな穏やかな空気の中、傍でヨシュアがオロオロしているのを尻目に、彼の姉と妹は緊迫した空気を醸し出していた。


「そう……ティオ、あんた………私の敵になるのね」

「言ってなかったですね姉さん……これだけは譲れないんです……だからっ!」


 仲が良かったはずなのに。

 2人が姉妹になったあの日から、お互いに良き姉として、良き妹として。

 だが、今この瞬間から2人は————。


「ティオ—————!!」

「姉さん—————っ!!」


 キッ、と激しい殺気と咆哮と共に、2人は激突した。






 ◆ ◇ ◆ ◇






 時間は数時間前に戻る。

 特に何の問題もなくドルンを打倒したヨシュア・シェラザードのペア。何故か好戦的なドルンではなく、憑き物が落ちたかのように人が変わったドルンは、元に戻ったと喜ぶジョゼットたちに首を傾げつつ、とりあえず脱出しようと試みた。

 人々を拉致した記憶もないようで、ドルンは部下やジョゼットやキールの説明に戸惑っていたが、元来の優秀さからか、すぐに行動に移行したが、そこにやってきたのはリベール王国軍であった。

 リベール王国軍の軍用艇が発着場に鎮座しており、そこから大量の軍人が出てきてジョゼット達を取り囲み拘束した。

 その軍を指揮していたのが、『王国軍情報部最高責任者』リシャール大佐である。

 王国軍情報部とは聞き覚えがないエステルたちであったが、最近新設されたばかりのエリート組織であり、それらを率いているのが王国軍きっての若手将校、それがリシャールである。

 驚いた事に、彼ら軍と一緒に同行していたのは、ナイアル・ドロシーのリベール通信コンビであり、こんな所になんでいるの!? と、ティオ達を戸惑わせたが、


「いや、実はどうも軍内部にモルガン将軍の意向とは違う動きがあるような気がしてよ。で、思い切って取材を申し入れたらこれからアジトに突入するってんでな。一緒に連れて来てもらったんだよ」

「……やっぱり鋭いな、ナイアルさん」


 と、シレっととんでもない事をいうナイアルと。彼らの行動力に感心した様子のヨシュアであった。

 そんなやりとりをしていた所で、皆の下へやって来たのが、噂の人物であった。


「どうかね、ナイアル君。いい記事は書けそうかな?」

「や。そりゃもうお陰さまで」

「そうか、それは良かったって、ん? 君たちは……?」

「あ、彼らは例の……」

「……遊撃士、か。私は王国軍大佐リシャールだ」


 金髪の髪と凛々しい顔、きちっとした軍服が重なり、思わず身体に力が入るエステルとティオ。

 この時、モルガンの時と同じように遊撃士だから、という理由で何を言われるかと警戒していたのだが、次の言葉で拍子抜けする事になった。


「今回、こうして空賊を逮捕できたのは我々王国軍の働きと、そして諸君ら遊撃士協会の協力があったからこそだ」

「へ?」

「君たちには心から感謝しているよ」


 そう言って、手を差し出し握手を求めるリシャール。

 その穏やかな表情のおかげか、エステルたちは身体の力が抜けていくのを感じた。


「軍の中には遊撃士を敵視する声も見られるが、本来なら軍と遊撃士協会は協力関係にある筈だ。これからもこうして互いに補える存在でありたいものだな」

「は、はい! リシャール大佐」

「……そうですね。それが叶えば素敵です」


 エステルは感動して手を握り返し、ティオは口元が緩みながらも現実問題がある事を知っているので声色は硬い。とはいえ、それが最高の理想であることも事実だ。

 そこでシェラザードがある事に気付いた。


「でもどうしてアジトの場所がわかったんです?」

「ああ、それは我が情報部のスタッフの分析が優秀でね。特に特務部隊のロランス少尉などが危険な任務を見事に遂行してくれたのでな」


 そう言って示した方向にいるのが、看板に背を預けて腕を組んでいる男。

 兜を被っていて顔が見えないが、引き締まった体躯や彼を包むオーラが只者ではなく感じる。


「あ〜! あ、あんた軍の関係者だったの!?」

「くそっ! そういうことだったのか!」


 と、何故かロランス少尉をみてジョゼットやキールが喚いている。どうやら彼らへ接触をしていたらしく、雰囲気から察するに嵌められたようだ。


「いや、本当にご苦労だった。後の処理は我々軍に任せて欲しい。では」


 そう言って隣にいる腹心の部下である女性を伴い去っていくリシャールは、誰が見てもかっこよかった。その証明だろうか。オリビエは気持ちよさそうに笑いながらこう言ったのだ。


「いやはや、美味しいところを根こそぎ持って行かれた気分だね、ふふふ」

「いいじゃないの」

「そーよ、オリビエ。これで事件は一件落着なんだしね!」

「エステル君は無欲だねー」

「それが姉さんの良い所です。そしてオリビエさんは欲望が多すぎかと」

「な、なんと!? ティオ君の言葉が胸に痛いよ」


 胸を押さえて苦しむ仕草を見せるオリビエに、更に追撃をかけるティオ。笑っているエステルにヨシュア。ここでシェラザードは、再び何かに気付き、冷や汗をだらだら掻きながら頬をヒクつかせた。


「ねえ……そういえば、カシウス先生はどうしたのかしら?」

「あ〜〜〜〜っ!! さっきまで気になってたのに忘れてた!」

「……うっかりです」

「う〜む。この騒動ですっかり抜け落ちてたね」


 シェラザードの指摘にエステルが素っ頓狂な声を上げ、ティオがポンっと手を叩き、オリビエが言葉とは裏腹にかっこよくポーズを決めつつ間抜けな事を口にする。


「…………」


 その背後で、ヨシュアがロランス少尉を見て大きく目を見開き、何かに気付いたような、驚いているような顔をしていることに、エステルたちは気づかなかった。ティオを除いて。






 ◇ ◆ ◇ ◆






「空賊が逮捕されて、人質も解放されて、世間を騒がせた飛行船失踪事件も無事解決したのに……」


 ボースの遊撃士協会、その2階の休憩所にて、エステルは液体化するほど垂れていた。

 そんな彼女の前でティオは持ち運び式の端末に向かってカタカタと何かを打っていて、尋常じゃないタイピング速度に皆を感心させたが、流石に慣れる程見ていれば驚きも薄れるというものだ。

 エステルは顎をテーブルに乗せたまま、ギャオーっと叫ぶ。


「うちの父さんはどうなってるのよぉぉ!!」


 そう。結局、飛行船に載って拘束されている筈のカシウスの姿が、どこにも無かったのだ。

 そして叫んだエステルに拳骨を落としたのが、シェラザードであった。


「うるさいわねエステル。まだ事件の事後処理でどこもバタバタしてるの。落ち着けば乗客だった先生のことは知らせに来てくれるわよ。これとかがね」

「うぅ・・・・・・痛い、って、リベール通信?」


 シェラザードの言葉に痛む頭を押さえながら首を傾げるエステルと、チラリと視線だけをシェラザードが持っている雑誌『リベール通信』に目を向けるティオ。何かを纏める作業をしつつ窺うヨシュア。

 …………そして何故か花の前でポーズをとって格好つけているオリビエ。

 なに? と雑誌を受け取り開いてみた。

 最初のページを開いて、そこに組まれていたトップニュースは、今回の飛行船事件の記事だ。


「なになに……今回の事件ではモルガン将軍指揮の国境師団が犯人の足取りを追い、情報の分析をリシャール大佐率いる情報部が担当。新旧両世代の将軍のタッグが見事捜査を成功へと導いた。作戦には遊撃士も参加……って、これってあたし達のこと!? わわわ! すごい! ナイアルかな、この記事」


 自分たちの事が書かれた記事に頬を蒸気させるエステル。

 それも当然だ。今まで自分たちがやってきた事件といえば、ネコ捜しや落し物の捜索、大きいもので商人の護衛がいい所だ。それは記事にはなりえるものではない。

 だが今回は載った。頭では大きな事件に関わっていることは分かっていたが、記事を見て改めて実感した。今までとは比べものにならないくらい大きな事件だったのだと。

 すると、オリビエが一歩前に出て薔薇を咥えポーズをとり、記事を読むエステルに促した。


「さあさあエステル君。遠慮せずに続きを声高々に朗読してくれたまえ。そこにはこのオリビエ・レントハイムの華麗な活躍を余すことなく書き記した特集記事があるだろう?」

「ないわよ」


 と、エステルではなくシェラザードがそれに答えた。


「うう〜ん。シェラ君は策士だね。その冷たい物言いが逆にボクを燃え上がらせることにいつから気がついたんだい? さあエステル君。言ってくれたまえ、真実を」

「無いって」

「〜〜〜〜!?」

 
 エステルのばっさりした言葉にガーンとショックを受けるオリビエ。

 
「っていうか、どうしてあんたが遊撃士協会に入り浸ってるのよ」

「ひどい言い草だな。事件に関わった者として顛末を知りたいと思うのは当然だろう? 君たちのお父上の安否は僕も気になるところなのでね」


 ちょっと良い事を言い出したオリビエに、エステルは強く言い返せず、う〜、と唸っていると、一階の受付けから受付担当のルグラン爺さんがエステル達を呼んだ。

 何事かとエステルとシェラザード、面白いことが起こったかと目を輝かせるオリビエ、端末を抱きかかえながらヨタヨタと重そうにしつつも降りるティオ。

 一階に降りるとそこにいたのは、ナイアル・ドロシーの記者コンビであった。


「こんにちわ〜〜」

「よっ」

「ドロシー! ナイアルも!」


 いつも通りタバコを吸うナイアルと、ホワワーンとした空気のドロシー。

 本当にデコボココンビな2人なのになぁ、と実は息が揃っているコンビに笑顔を見せ手を振るエステル。


「よかったぜ、ロレントに帰ってなくて」

「あ、そうそう。ナイアル、リベール通信見たわよ!」

「臨場感あふれる良い記事だったわ」

「だ、だろ!? さすがエステルに銀扇のシェラザード! なんてったって今号は軍の全面協力が得られたからな! しかも!! なんと今度あのリシャール大佐がインタビューに応じてくれることになってな!! 信じられるか、あの軍がだぞ!? よっしゃああああああああああ!」


 唾をバシバシ飛ばしながら拳を突き上げ、ドロシーと一緒に喜ぶナイアルに、一同は苦笑しか出ない。

 そんな一同の視線を感じた彼は、恥ずかしそうにコホンと咳をし、落ち着いた仕草を見せて続ける。


「まあ、正しくは軍の中の情報部だがな。あの組織はすごいぞ。リシャール大佐を筆頭に副官のカノーネ大尉、それにロランス少尉な! とにかく若手のいい人材が揃ってる。特にあのリシャール大佐な。古い慣習に縛られた軍の中に新しい風を起こした実力もいいんがだ、なによりも一見冷静な彼の言動の奥にもリベール王国を愛する熱い心がチラっと見えたもんでな」

「へ〜〜」

「ナイアル先輩〜」

「ん? あ、ああ、そういえばそうだった」

「? なに?」

「すまん、本題はこっちなんだ。実は今朝例の飛行船の船長に会ってきたんだが、これを受け取った」


 そういって差し出してくるのは、一枚の手紙。

 ティオがその手紙の文字をみてピクリと眉を動かしジッと見詰める中、エステルとヨシュアが手紙を受け取ってその送り主に顔を合わせた。


「これ!」

「父さんの字だね。それも僕達宛ての手紙だ」

「先生の!?」


 シェラザードも目を見開いて食いつく。

 その字は間違いなく、剣聖カシウス・ブライトのもの。

 一同が見詰める中、ナイアルは知っている内容を話した。


「カシウス・ブライト氏だが、乗船名簿の通り王都グランセルからあの飛行船に乗ってロレントに行こうとしていたのは間違いないそうだ」

「え……でも」

「だがな、何故かボースを離陸する直前んい突然船を降りちまったんだと。お前たちにその手紙を残してな」


 何のために。

 皆が不安そうに顔を合わせ、コクリと肯く。

 皆の不安も疑問も、全てがこの手紙の中にある。

 エステルはそっと手紙を開いて読み上げた。


『エステル、ヨシュア。そして恐らくそこにいるであろうティオへ。

 そろそろ遊撃士として慣れてきたところだろうか。

 最初は躓くこともあるだろうが、一歩一歩確実にこなせばいい。

 お前たちなら必ず出来るはずだ。

 さて。

 こちらの仕事の方だが、少々困った事が起こってな。どうやらしばらく家に帰ることができない。

 そうだな……女王生誕祭が終了するまでは帰れないと考えてくれ。
 
 俺が戻るまでの間、お前達がどう過ごすかはおまえたち自身が決めるといい。

 ロレントで仕事を続けるもよし、正遊撃士の資格を得る為に旅に出るのもいいだろう。

 16歳という実り多き季節を悔いなく過ごすといいだろう。

 そして先にも書いたが、おそらくそこにティオがいることだろう。

 何故いるかも何となく予想ができる。レンは母さんの傍にいるだろうしな。

 ティオ、お前は賢い子だ。

 そんなお前は一緒にエステルたちに同行する危険さも理解しているだろう。

 だがそれでも同行するのだ。心配だが、それでも止めはしない。

 きっと母さんも同じ事を言っただろう。

 だから、気を付けて旅をしなさい』


「父さん……」

「とりあえず無事のようじゃな」

「女王生誕祭か」

「三か月は先になるわね」


 エステルとヨシュアはじ〜んと父の愛情に感動し、ルグラン爺さんはホッと一息つき、オリビエがクールに言いながらもどこか嬉しそうに言い、シェラザードも安心したような顔で言う。

 そんな中で、ティオはホッと安堵した後、何かに気付いたように目元をスッと細くし、何かを睨みつける。そして手を伸ばし、『エステルが持っている手紙の封筒』をひったくった。


「ティオ?」

「……まだあるみたいです。2枚目が中に」

「ホントだ! 読んで読んで!」


 封筒の中に入っている紙。はみ出ていたから気がついたが、本当に申し訳程度のサイズの紙だ。

 おそらく後から殴り書きで書いて入れたのだろう。

 開いて読んでみると、それは1枚目の手紙と違って走り書きで書かれていた。 


『エステル、ヨシュア、ティオ。

 書くかどうか迷いに迷ったが、やはり最後に忠告をしておく事にする。

 先に言った通り、お前たちが進む道は好きにするといい。父さんの事も心配いらない。

 だが。

 お前たちの幼なじみである彼の事だが。

 お前たちは絶対に彼を捜そうとするな。

 お前たちが考える以上に、遥かに危険なものになるだろう。

 だから絶対に、絶対にお前たち自身で飛び込んでいかないように。

 そして『魔族』には気を付けなさい』


「…………」

「…………」

「エステル……ティオ……」

「魔族?」

「……ふむ」


 シェラザードが首を傾げ、オリビエが何かを思案する。

 手紙を手にしたまま動かなくなった2人に、ヨシュアが心配そうに声をかけるが、2人は反応がない。


「なあ、魔族って何だ? それに彼って、エステルたちが捜しているって言ってた幼なじみの事か?」

「あら、それ知ってたの?」

「ああ。話しには聞いてた」

「そう。でも分からないわ。魔族ってのも聞いた事がないし……魔獣とかの亜種かしら」


 妙な空気になった事で、父親の行方が分かり歓喜する光景を期待していたナイアルは、焦りながらシェラザードに聞くが、彼女もよく分からず首を傾げた。

 そんな空気を払拭するように、ルグラン爺さんが手を叩き、注目を集めた。


「ほれ。事件解決に導いたお前さん達も息抜きが必要じゃろう。ボース市長が君たちへとご褒美をくれておる。そこに行って英気を養い、気持ちの整理をつけるがよかろう」

「はい……」

「……そうですね」


 ルグランの言葉にようやくエステルとティオが肯き返した事で皆もホッと一安心。

 メイベル市長も太っ腹だな、とナイアルも感心する中、一行はシェラザードを先頭に、ご褒美の地、川蝉亭へと出発した。

 ナイアルとドロシーはそんな彼女たちを見送り、自分たちも仕事に戻るかと気を入れ直し、宿へと戻ろうとしたのだが、彼の脳裏には先ほどの手紙の内容がどうしても抜けなかった。


(しかしあの剣聖カシウスの言い様……まるでC級の凄腕遊撃士シェラザードがいても敵わないかのようだったな……それにその例の幼なじみ君、ルシアと言ったか…………やっぱりどこかで聞いた事があるんだが……どこだったか)


 タバコを一息吐き、真っ青な空を眺めた。

 出てきそうで出てこない、そんなモヤモヤした気分とは裏腹に、天気は見事な快晴であった。







 ◆ ◇ ◆ ◇







 メイベル市長の好意により、リベール王国のリゾート地、川蝉亭への1泊2日の宿泊というご褒美を貰った一行だったが、なんとも反応は両極端なものであった。

 到着するや否や、シェラザードに対して発したオリビエの言葉、


「楽しみだよ。シェラ君。麗しの君と極上の一杯!」

「ええ、いっぱい飲みましょ!」


 微妙に意味合いが違う両者の言い分を皮切りに宴会に突入し、やはりオリビエが撃沈。

 エステルは父の言葉に怒ったり落ち込んだりと忙しく、ご立腹状態で魚釣りへ。

 ヨシュアはエステルの魚釣りの誘いを断り、なんだか物思いに更けながら読書を。

 ティオはやはり川の畔に座り、端末をガシガシ叩きながらやはり何かを悩んでいるようで。

 各々は事件解決のご褒美に、とりあえずは休暇を満喫していた。

 そんな中、ティオは端末を叩きつつ、池を眺めて小さく溜息を吐いていた。

 予想以上に父の言葉に対してダメージを受けたらしい。

 父の言葉は意味が分からずとも、これまで自分たちの行動や想いを無碍にするような言葉は言わなかった。

 それだけに、ショックがあるらしい。

 そして何よりも。


 ————こうして自分が穏やかな生活を享受している中、あの人は危険な連中に今も狙われている、もしくは関わっているということだ。


 それが、何故か罪悪感を生む。

 勇気付けてくれて、励ましてくれて、温かみをくれた人が、今は行方不明となって父が制限をかける程の連中も関わる程の危険な状態にあるらしい。それが、心を痛くする。

 オカリナを取り出し、撫でるように包み込み、適当に穴を塞いだりして弄る。

 なんだかこうしているだけで、縋っているようで落ち着く。


「決めた筈です……たとえお父さんが止めようと、もう一度会って、そしてお礼をするって……」


 まるで誤魔化すように、自分に言い聞かせる。

 本当の気持ちはそうではない癖に、そしてそんな自分を自分で気付いていながら、気付かないフリをし続けた。

 視線の先には、魚釣りを終えたエステルが何やら難しい顔で考え事をしているヨシュアに近づいて話しかけている。

 思わず立ち上がりそちらへ向かうと、声が聞こえてきた。

 5年もどうして何も聞かずに一緒に暮らせたりするのか、とか。昔のことを一切喋らない得体の知れない自分をどうして君たちは受け入れるのか、とか。そんな事をヨシュアが言っている。

 ティオは気付いていた。

 己の隠し続けている能力により、ヨシュアの動機や鼓動が極端に上昇した瞬間を察知し、彼が『ロランス少尉』と呼ばれていた存在を見詰め大きく目を見開いていた事に。

 どうやら彼が兄の過去に関係しているらしい、と当たりをつける。


(フ……こうして訳知り顔でこっそり当たりをつける……自分のことながら最低です)


 自分を思いっきり嘲笑する。自分を傷つけるような、そんな笑み。

 それを遮るかのように、兄の声が聞こえてきた。


「相変わらず、何も聞かないんだね」

「もう5年も経ってるのに。昔のことを一切しゃべらない得体の知れない人間なんかを」

「どうして君たちは受け入れてくれるんだい?」


 彼は深刻な顔でそう言った。思わずティオも思考の渦に沈んでいた意識が浮上する。

 ヨシュアの顔はどこか寂しそうで、深刻な顔をしていた。

 きっとこれは、兄にとって重要な問いなのだろう。

 そう思ったから、ティオは声をかけようか迷った。迂闊に踏み込んでいいものか、適当な思いつきで発言していいのか、そう迷ったから。

 だがそこで全く躊躇わずに言うのが、エステルである。


「そんなの当たり前じゃない! ほら、あのカプア空賊団! あの兄妹と空賊たちもそうだったけど、たぶんあたし達と同じなの。ずっと一緒にいて、お互いに積み重ねた絆があるから、たとえどんな事があっても相手への想いは変わらないのよ」


 そういったエステルの笑顔で、ヨシュアの沈んでいた気分は一発で吹き飛ばされる。

 迷った心も、見えなくなった暗闇の世界も、正しい方向はこちらだと全力で叫び連れ戻される。

 まさに温かな太陽なのだ。ヨシュアにとっても、ティオにとっても。

 だから、ティオは自然と足が2人の所へと向く。

 そういえば、あの空賊団のジョゼットは言っていた。兄は突然変わってしまったと。以前は人質などとったりしなかったと。

 そしてヨシュアがドルンを殴り倒したら、彼はまたも人が変わったかのように穏やかになり、また兄弟たちや部下も彼が元に戻ったことを喜んでいた。

 着目すべき点は、変わってしまった兄を信じ、ずっとそれまで付いてきた彼らの信じる力とでもいうべき結束力、絆である。

 そしえてそれは姉曰く、ずっと一緒にいた時間という積み重ねがあったから。

 1つ1つの交わした言葉と、日常の積み重ねが相手を理解する。

 理解するから、どうするかも理解できて、相手を信じることができる。

 信じ続けることができる。


「まったく……恥ずかしいセリフですね」

「ティオ、ってえぇ!?」

「ははは……まあ、そこは突っ込むのはヤボってものだよ」

「ですかね」

「ちょっと、ちょっと!!」


 やってきたティオに気付いたエステルは、真面目に言ったのに急に茶化し始めた弟と妹に慌てている。

 言われてみると、本当に恥ずかしいことを言った気になり、顔が真っ赤だ。


「まあ、でもそれが姉さんらしいって感じです」

「たしかにね」

「こら、褒めてるように聞こえないんだけど」


 思わず突っ込むエステル。


「まあでも姉さんの言うとおりだと思います。私たち、長い事姉弟やってますからね。時間に比例するように絆も深まっていくものですし、だからこそ信じれ———————え?」

「え?」

「ん?」


 唐突に、本当に唐突に言葉を切った。

 それは、ある『矛盾』に気付いてしまったから。

 自分で言っておいて、今まで気付かなかった。いや、気付こうとしなかった。

 自分を信じるとは、それだけそこまでに反復した経過や過去の結果があるから得られるものであり、なければそれは信じる力ではなく、根拠もない慢心であり過信であり、虚構である。

 他人を信じるとは、それだけ相手を理解していなければ出来ない行為である。

 そして理解するというものは、あらゆるケースにおいてその人物がどうするのか、どう思っているのか、相手を理解する必要があり、理解しているから信じれるのだ。

 仮に理解もせずに「誰々を信じる」とそう言った所で、それは何の根拠もない薄っぺらい言葉である。

 そしてそういった人物は意外と簡単に折れてしまうものなのだ。


「長さが絆なら……ルシアの事は?」

「…………え」


 故に、気付いてしまった。

 自分達がまさにその状態だったことを。

 長い付き合いでもなければ、言葉も多くは交わしていない。相互理解もしていない。

 彼のことを、実はなにも知らないことに。

 ティオの自問自答とでもいうべき言葉に、エステルですら何が言いたいのかを察し、一瞬で顔を青褪めた。


「…………」

「…………」


 やめろ。これ以上口を開いたらいけない。

 そう心が叫ぶが、ティオは止まらない。

 声なき言葉がエステルへと伝わり、彼女もまた気付かされた。

 生来からの性格からか、ただ彼女はすぐに反抗するかのようにティオを睨むように見詰めてくる。

 しかしその彼女を今支えているものは、実は『私はよく知っている』という思い込みだった。


「————あたしは」


 エステルが何かを言おうとした、その時だった。


「がぁぁぁああああああああああああああああ!!」


 突如湖の飛沫が30メートルに渡り飛び上がり、同時に中から獣の咆哮が聞こえてきたのは。


「な!?」

「!?」

「これは……ドラゴン!?」


 水の中から出てきたのは、例えるならドラゴン。

 だが彼女たちが知っている物語のドラゴンと決定的に違うのは、その見た目の醜悪性である。

 そして更にもう一点。

 ドラゴンの上に乗っている、人間にはあり得ない身体の皮膚が青色をして、腕が6本もある金髪の女性の存在があった。


「突然で悪いけどさ—————」


 女から発せられる声は、まるで虫がゴミを見ているかのような、そんな不快感がある嘲笑の声。

 しかしその化け物のような容姿の女から出ているプレッシャーは、少女二人を確かに萎縮させた。


「あのお方たちからの命令だ………死んでもらうよ」


 ドンっと、激しい衝撃と共に、女とドラゴンは襲いかかって来たのだった。

 そしてこの瞬間、ティオの脳裏には場違いも甚だしいが、ある会話が過っていた。

 それは、囚われていた乗客たちの会話を洩れ聞いたときのもの。


『ねぇあんた。ちょっと疑問があってね』

『おう、どうした母ちゃん』

『あのロウイスさんって占い師さん……初めからいたかねぇ?』

『な、なに言ってんだよ母ちゃん。いなかったこの場所にもいねぇよ』

『そう、だね。いや、なんか見覚えがなかったから気になっちゃって』


 化け物女の髪が金髪で、ロウイスを連想させたからだろうか。

 それとも、どこか目の前の女が似ているからだろうか。

 全く容姿も顔付きも似ていない女が、あのロウイスに。


『でもなんか引っかかってんだよ、あんた』

『まだ言ってんのか』

『だって……あんな美人さん、最初からいたら覚えてると思うからさ』

『まあ、なぁ。でも事実いたんだから、俺たちも気が動転したのさ』

『そ、そうだね』


 中年の夫婦の会話が、鮮明に想い出された。

 そして。

 化け物の女は、ティオの胸元に吊るされている『あるモノ』を見て、目を大きく見開き。

 顔を歪め、憎悪と怒りに溢れた憤怒の顔でティオへと襲いかかった。


************************************************
お待たせいたしました。
冒頭のシーンは何なんだと思うでしょうが、それは次話で判明しますので、少々お待ち下さい。

閃の軌跡、まじで楽しみです。やべぇwww



[34464] 第30話 過去を知る女
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/04/05 00:51


第30話 過去を知る女



「みんな散って!」


 咄嗟に反応できたのはヨシュアであった。

 突如現れた怪物に呆然とし硬直したエステルやティオは、彼の言葉で転がるように慌てて散開した。

 トカゲの面が凶悪な猛獣のように歪ませ、背から尾まで繋がる縦髪は泥に塗れた深緑の色合い、鋭い爪と牙は鋭すぎていて、万が一に噛まれたら即座に食い千切られてしまうだろう。

 だがそれすらも霞んでしまうのが、凶悪な咆哮である。

 獣の独特の叫び声だが、今まで見てきたどの魔獣たちより『自然界の強者』と『圧倒的弱者』の立場。

 濃厚な死の香りと、刈られる側としての弱者の立場。

 訓練などではどうにもならない、絶対的に埋められない差。

 咆哮は水面を揺らし幾重にも波紋を発生させ、木々が激震と共に小刻みに揺れ動く様は、小さくだが小刻みに衝撃波が派生している。

 3方向に散った姉弟たちは、その衝撃が地震であるかのように揺れを錯覚し、思わず地面に蹲る。


「な、な、なっ!?」

「これは———っ!」


 ケタが違う。それを本能に悟った3人ではあるが、戦わないと殺される———あの化け物の言った通りに。

 明らかに感じる敵意と殺気に反射で身構える。


「ティ、ティオ!」

「こ、こっちは、だ、大丈夫で————っ!?」


 結果的に別れた方向、それがエステルとヨシュアが同じでありティオが1人。その結果が焦りを生む。

 妹の初実践、それも外見は魔獣とはいえ規格外の相手とそれを従える女が相手。

 焦って自分の所へ駆けつけようとする姉と兄へそう返そうとしたティオであったが、それは断念せざるを得なかった。

 何故なら完全に分断された姉達の間に、巨大な化け物とそれを従える女が割り込んでいたのだから。

 さらに、悪い事に女の化け物が、ティオへと襲いかかっていた。


「ひゃっはあああああああああ!」

「っ!!」


 人間ではあり得ない、背から計8本の腕を生やす女は、その腕の尺に合わない広さまで腕を伸ばし、また振りまわしながら襲いかかる。

 ティオはそちらに目を奪われ、エステルたちへと返答も間々ならないまま自分専用の導力杖を慌てて構え————。

 ゴッ——、という鈍い音を杖が上げたかと思った瞬間には、ティオの身体は湖を飛び越え転がるように草木の中に突っ込んだ。


「ティオ———!」

「!! って、エステル!」

「はっ————!?」


 吹き飛びゴミのように転がりながら林の中へと消えていった妹に、悲鳴のような声を上げて名を叫んだエステル。ヨシュアも思わず叫びかけたが、彼の視界の片隅に入った影が、彼を現実へと引き戻した。

 ヨシュアの声でエステルは辛くもその影を避ける事が出来た。転がりながら顔を上げると、自分がいた場所には巨大な爪が突き刺さっており、そこには湖の水を滴らせながらこちらを威嚇する、ドラゴンが。


「ヨ、ヨシュア! は、はやくティオの元へ行かないと! あの女、なんだかティオを狙ってる!」

「分かってる! けどこいつ、想像以上に素早い!」


 言いながらもヨシュアはなんとか迂回してティオの下へと駆けつけようとするのだが、早さが自慢のヨシュアの速度に目も巨体も付いてきている為、迂闊な行動に出られず、放置することも出来ない。


「エステル! 一刻も早くこいつを片付けよう!」

「わ、わかった!」


 そう言って、2人は戦術オーブメントを起動させ、ドラゴン———正確には水竜獣と呼ばれる水中に住むトカゲの亜種へと襲いかかった。






 ◆ ◇ ◆ ◇






「……あ……っ」


 気が付けば空を仰いでいた。空は夕焼けで焼け、一部が夕暮れで暗い。

 夕暮れ時の所為で少し寒く、肌に感じる草木はどこか湿っている。


(なんで……ここは……地面?)


 何故倒れているのか、そもそも何故空を仰ぎ見ているのか、頭がぐるぐると周って碌に思考が働かない。

 しかし一呼吸後、ハッと意識がクリアになり、身体を捻って起き上がる。

 だが起き上がり顔を上げた瞬間、視界が混ざった絵具のようにぐにゃりと歪み、身体が崩れ落ちる。


「あっ……こ、これは」


 震える腕を押さえつけて必死に身体を起し、身体の間に膝を入れて無理やり身体を起こす。

 ——————そんな、たった一撃で!


「くくく。驚いたか?」

「っ!?」


 背後から聞こえてきた声に驚いたティオは震える身体を無視し、無理やり前方へと転がり、身体を反転させて対峙した。

 豹のように身体をしならせて体勢を低くし、声の主へと睨みつける。


「私たちに、いえ、私に一体何の用です?」

「へぇ……よく気付いたね。人間ごときでそこそこ頭が回るみたいだ」

「そんなに睨みつけて殺意と言うものを撒き散らし、私より戦闘能力が高い姉さんたちをあのペットに任せて主人自らが私のところに来ているのです。そこに辿りつくのは自明の理でしょう」

「ククク……なぜあの水竜獣『ウォータージェノスドラゴン』が私のペットだと?」

「簡単です……貴方の方が強いからです」

「! ……ああ、なるほど。そういえばアンタは人間の分際で我々並みに感覚が鋭いんだったね」

「どこでそれをっ」


 クククッ、と不愉快な笑みを浮かべる化け女に、ティオは一層睨みつける。

 一歩ずつ後退しつつ女を睨み、女が一歩ずつ距離を詰めてくる。

 どうやらティオの疑問に応えるつもりがないらしく、女は不愉快な笑みしか返さない。


(なんとか時間を稼がないと……そうすればシェラ姉さんやオリビエさんにも増援として来るはずです)


「増援を期待してるんだろう?」

「!」

「だがそれも諦めな。あの水竜獣はあの程度の実力のやつらに勝てるほど簡単じゃない。増援の奴らがどれだけの腕の持ち主でも、あの硬い表皮は貫けない。あいつの表皮は腕力や刃物で斬れるものじゃないからねぇ」

「くっ…………」 

「だから無駄だから————その首飾りをぶっ壊させろおおおおおおおおお!」


 女の雄たけびと同時に、ティオは反射的に『戦術オーブメント』を取り出す。

 遊撃士や軍人など、闘う者なら誰もが持っている戦いの道具。

 クオーツと呼ばれるある結晶体をオーブメントに埋め込み、その式次第ではアーツと呼ばれる魔法を使えたり、身体能力を飛躍的に向上させたりできるもの。

 ティオの懐から取り出したものはその戦術オーブメント。

 しかし、形がエステルたちが持っているオーブメントとは違う。


「ハッ!」

「ぉおおおおおおおおおお!」


 ティオの身体に纏わりついた青い光は、彼女の身体能力を底上げする。

 女の左側の腕4本が真っ赤に燃え上がり、裂帛の気合と共に振りおろされた拳は地面へと直撃し、地面が陥没、拳が当たった周囲からは炎が巻きあがった。

 恐るべき攻撃を、ティオは辛うじて後方へと回転する事で回避した。しかしスカートの裾と外套の裾が焼け焦げ、ブスブスと黒い煙りを上げている。


「チャンスっ!!」


 ティオは導力杖を取り出し、備え付けられたボタンを押す。

 すると杖は先端から分かれ、機械が擦れる音と共に変形を始めた。

 細く長く、先端だけ扇状に分かれて、導力演算装置としての役目も果たしていた杖だが、先端が変形することでまるでひとつの銃のように、重厚な外装へと変わる。

 それは、ティオが持っている中でも、最大の威力を誇る切り札とでもいうべき、強力無比なアーツを変換し、収束して打ち出す攻撃手段。


「エーテル――――」


 青と白の光が集まる。

 周囲の草木を揺らし、靴が地面に陥没するほどの圧迫感が全身を襲い、円を描くように式が描かれていく。

 導力魔法だけでは到底出すことができない威力を誇るその攻撃。


「――――バスター!!」


 耳をつんざく音と共に、ついにソレは放たれた。

 前にいた女は驚愕の表情を浮かべて回避しようとするが、あまりにも接近していた為にそれは叶わず。

 女を直撃した光はその背後にいた化け物に到達し、巻き込んで直撃した。


「はぁ・・・・・・はぁ」


 土埃が巻き上がり、視野がよくないが、ティオは確信する。

 完璧な程の直撃だった。そして至近距離で回避も、シールドらしきものも感じ取れなかった。

 だから勝った、そう確信して――――


「・・・・・・そん、な・・・・・・」

「―――驚いた。少々痒かったぞ」


 煙の中から、何事もなかったように出現した女に、ティオの心は完全に折られた。


「舐めた攻撃しやがってよおぉぉおおおおおおおおおお!」


 激傲した女は本気で駆ける。それは姿がブレて、ティオにとっては消えたようにしか見えなかった。

 しかしティオには鋭敏な感覚がある。反射で振り返った—————目の前に。


(はや———)

「遅いんだよぉぉぉおおおおおお!」

「あ————」


 ゴキっと、鈍い音が響いた。


「ティオおおおおおおおおお!」

「よけろぉおおおおおおおお!!」


 姉と兄の声がやけに遠くから聞こえて、世界が回転した。





 ◆ ◇ ◆ ◇





 ガン、と鈍い音が聞こえたと思ったら、少女は甲高い声を上げた。


「いったぁ〜〜!」


 水竜獣の身体に武器である棒を叩きつけたエステルだが、獣の表皮が硬過ぎて、ダメージを与えた気がしない。ジーンと痺れる手に思わず止まってうめき声をあげてしまった。

 そこに水竜獣の尾が高速旋回で追撃する。


「やばっ!」

「エステル!」


 直撃すると思われたが、ヨシュアが即座にエステルの襟を掴み引っ張った事でギリギリで回避に成功。

 ヨシュアの腕力で放り投げられたエステルは空中で身体を捻って着地する。


「どんだけなのよ!硬すぎるのよ!」

「エステル、僕がいく!」


 エステルの突っ込み、というか文句を尻目にヨシュアは素早い動きで相手の懐に潜り込み、足、膝、肩と蹴りあげて跳躍。

 眼の高さまで舞いあがり————身体を一回転させて化け物の眼球を切り裂いた。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「やった! さっすがヨシュア!」

「エステル、この隙にティオの下へ増援に! こっちは僕が抑える!」

「わかった———って、ヨシュア後ろ!」


 それは完全な油断。

 眼球を片方潰されたヨシュアは、着地するまでの間、空中で無防備に。

 そして化け物は————口を大きく開き、そこに白く輝く光を収束していた。


(しまった————やられる!!)


 思わず目を瞑った瞬間。

 彼の片足に何かが巻き付いて力一杯に引っ張られていた。ヨシュアは体勢を整えられないまま地面へと引きずりおろされ身体をしこたま打ちつけ、服には土と草で汚れていたが、なんとか生きていた。

 そして化け物が放った白い光の怪光線は、湖に着弾し、湖の水が一瞬で凍りついていた。

 ヨシュアは身体への衝撃に咽ながらも立ち上がり、自分を助けたソレを解く。

 彼の窮地を救ったのは、足に巻き付いていた鋼鉄の鞭。

 その鞭の主に、エステルはホッとして叫んだ。


「シェラ姉!」

「危なかったわねヨシュア。でも教えた筈でしょ、油断するなって」

「う、うん。でも助かりました。ありがとう、シェラ姉さん」

「ま、いいけどね。いきなり化け物の雄叫びが聞こえたから飛び出してきたら、あんた達が戦ってるんだから…………で、これ、何?」

「いや、わからないからあたし達も困ってるのよ! それにティオの方にこの化け物の親玉らしい奴が!」

「なんですって!? ……あんた達、ここは私とオリビエに任せて、ティオの救出に行きなさい!」

「わかった! って、オリビエは?」

「オリビエ! こっちを手伝いなさい———って、いつまで吐いてるのよ!」

「シェ、シェラ君。ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 オリビエの姿が見えないので彼を捜すと、シェラザードの後ろで草むらにゲーゲー言いながら吐き続ける彼の姿が。

 思わずオリビエを殴りつけたくなったのは、エステルだけじゃない筈だ。

 とは言っても、シェラザードにガンガン飲まされ潰された彼が駆けつけてくれただけでも大したものなのだが、お酒を嗜まないエステルにはまったく理解してもらえなかった。

 シェラザードが湖を凍らせるなんてケタ外れの化け物に向き直り、零れ落ちる汗を拭うことなく睨みつける。オリビエは吐き終えたのか、口元を拭って、フサっと髪をかきあげてポーズを決めながらシェラザードの横に並んだ。

 その時だった。ティオがいると思われた先から突如発生した、青白い光のエネルギーが森を破壊しながら突き進み、化け物に直撃したのだ。


「な、なにごと!?」

「これは……っ!」

「これは、すごい攻撃だね。おそらくティオ君が放ったんだろうが・・・・・・」

「そりゃ自分の仲間に攻撃は当てないだろうけどっ! こんな攻撃をあの子が?」


 まるで上位の正遊撃士の、しかも必殺技「クラフト」に値するほどの攻撃力をティオが有していると思わなかったのだろう。

 シェラザードは思わず信じられない、と漏らしてしまう。

 しかし化け物はその攻撃に痛がっているようだが、それでも倒すには至らなかったようだ。

 傾いた態勢を整えようとしている。その隙を見たエステルが我に返り、ヨシュアへと声をかける。


「ヨシュア! いくわよ!」

「わかった!」


 エステルとヨシュアが化け物から大きく迂回し、ティオの元へ駆けつけようとした、その瞬間に飛び込んできた光景に反射的に叫んでいた。


「ティオオオオオオオオオ!」

「よけろぉぉおおおおおお!」


 ———————視界の先の茂みから、ティオが転げ出てきた姿と、女の化け物の頭蓋骨サイズの巨大な拳がティオを殴りつけ、鈍い音と共にゴミのように吹き飛び、湖に沈んだ姿が。


「あ、あ……あぁっ」

「ティオ……」


 やられてしまった、ただそれだけの事実が頭をもたげ、言葉にならない言葉が洩れる。

 呆然となり、脱力したかのように武器を落としてしまうエステルと、ヨシュアは顔を青褪め呆然となった。父の警告が、二人の脳裏を過って、それが一層拍車をかける。


「エステル、ヨシュア!」

「後ろだ!」


 背後からのシェラザードとオリビエの声。

 しかしエステルもヨシュアもその声に反応できず、巨大な影が彼らに襲いかかったのだ。シェラザードとオリビエは化け物の前面で相手になっていたが、彼女たちが相手にできたのは前面だけ。水竜獣の尻尾などの後方を相手には出来ていない。

 すると遠回りして自分を抜いたエステルたちを見ていた水竜獣は、獣なのに恐るべき賢さをみせる。

 シェラザードたちを相手にしつつ、尻尾のみで視覚から攻撃を放ったのだ。

 その効果はてき面。右払いの攻撃はエステルとヨシュアを的確に捉え、エステルの武器、棒の上から強烈な衝撃と共にヨシュアを巻き込んで彼女たちは地面に転がった。


「エステル! ヨシュア! 無事なの!?」

「だ、大丈夫……それよりも、ティオが!」

 転がった位置が丁度シェラザードたちが居る位置付近という、振り出しに戻されてしまったのだが、エステルたちのダメージは決して浅くない。

 起き上がれずに2人仲良く地面に倒れ伏すのを横目に、シェラザードは歯を食い縛って声をかける。

 自分が眼の前の化け物を相手にしない限り、妹を助けにはいけない事を彼女は悟っていた。普通ならトップスピードに乗って翻弄すれば自分でも助けにいけただろう。だが眼の前の化け物は本当に獣かと疑うほど知能が高く、隙がない。オリビエと2人でようやく互角に持ちこめている現状、オリビエを救出に向けたとしても成功の見込みは低く、また彼自身も万全の体調とは言えないのだ。そして最終的に隙を見せたが最後、後ろの2人のように先頭不能に追い込まれる。

 しかし現実問題として—————頼みの2人も身体のいう事が効かなくなっている。


(最悪の展開よコレはっ!! でも仕方ない。ここは分が悪すぎるけどオリビエを————)


 シェラザードは思わぬ展開に、僅かな可能性に賭けるべく、オリビエへ声をかけようとした、その時であった。 

 妹が沈んだ湖の位置から、ずぶ濡れになった彼女がゆっくりと岸へと上がって来たのが見えたのだった。






 ◆ ◇ ◆ ◇






「ゴホッ、ゴホッ」

 急に意識が覚醒した瞬間は水の中で。

 思いっきり水を呑んでしまって、慌てて息を吸うために水上へと急浮上。息が吸えたと思ったら、今度は激痛が腕から発して再び溺れかけて、なんだかカナヅチの人のようにいっぱいいっぱいの泳ぎで陸へとティオは上がった。

 水を呑んでしまった為に咳が出て咽せ、しかし腕が変色して明らかに折れているところを抑えている為、口を手で覆うこともできない。結果、唾が口からボタボタと落ちるという、普段なら絶対にしない醜態をティオは晒していた。

 しかしそれも今は気にならない。

 ずぶ濡れになった所為で身体に纏わりつく服の感触も気にならない。

 今、ティオの全ては眼の前の人物に向けられていた。


「おやおや、随分と痛そうじゃないか」

「…………ゴホッ…………お陰さまで」

「殺ったと思ったけど、激突の瞬間に僅かに身体を捻ったわね? おかげで殺し損ねたわ」

「…………」

「ああ、そうそう。先にソイツを壊させて貰おうか。なんでアンタがソレを持ってるか知らないけど、あたし達魔族にとって、ソレは忌むべき品だからね」


 半殺し、という状態にまで持って行けたからだろうか。ティオのボロボロな状態を見て少し留飲が下がった事で冷静になったのだろう。女はティオが首から提げているオカリナを指して命令してきた。

 ティオは女の中で自分達の抹殺よりもこっちが無意識にしろ勝っている事に気付き、思わず眉を顰める。

 だが、はいそうですかと渡せる訳もなかった。


「……お断り……します。これは……私の知り合いの、物なんです」

「……知り合いだと?」

「そもそも……貴方は何故これの破壊にこだわるのです」

「当たり前だろうが!! ソレの本来の持ち主のおかげであたし達魔族はなぁ!!」


 女の怒気にティオは怯みながらも、頭を必死に働かせながら問い続けた。


「……ルシアが何をしたというのですか」

「…………」

「?」

「クククッ……そういうことか。あの方が何でこんな奴らを殺せと命じられたのか、これで糸が繋がったよ」

「……どういう事です」

「さぁ? これから死ぬ奴に教えるなんて、労力の無駄だろう?」

「っ!」


 武器を構えようとして、手に杖が無い事に気付く。おそらく湖の中に落としてしまったのだろう。

 オーブメントも見つからない。

 濡れた髪から水が滴れ落としつつも一歩ずつ後退し、足が湖に再び浸かる。遠くから兄や姉の声と男の人の声が聞こえるが、何を言っているか聞こえないほどに精神的にも追い込まれた。

 女がニヤニヤ笑いながら拳に巨大な炎を纏わせ、一歩ずつだが確実に距離を縮めて————————。


「—————死ね」


 炎の拳が電光石火の速度で振るわれ、その拳がティオの身体へと吸い込まれる、が。


「――――アンタがね!!」


 突如ティオの眼の前に割り込んだ何かが、超至近距離で女へ巨大な火炎放射を放っていた。


「なっ!? お前は—————ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「!!」


 その瞬間、ティオは確かに見た。

 火炎放射にしてはあり得ない、直進する程の力強いレーザーのような炎の攻撃と。

 その攻撃の所為で、夕暮れで暗闇に包まれつつあった一帯が、昼間のように明るくなったのと。

 消滅していく化け物の女と、口もとから火の粉を散らす、ピンク色の髪が特徴的で目の輝きが太陽のような10代後半の可愛い女の子が立っていたのを。

 そしてその人物が、自分が気を失って倒れていく瞬間に抱えてくれたのを、確かに見た。






 ◆ ◇ ◆ ◇






 微かな喧騒と電気の灯りで意識が浮上した。

 目をゆっくり開けて、眼の前の天井が泊っている宿の天井だと気付き、周りに包帯を巻いた姉や兄たちがいることに気が付いて、声を出そうとしたのだが、掠れてしまって変な声がでた。


「ぅあ……あ……」

「あっ起きた! ティオ大丈夫!?」

「姉、さん?」


 ヌッと覗きこんでくる姉。心底心配したという顔がその表情から窺えて、それが嬉しい。

 ゆっくりと身体を起し、シェラザードにオリビエ、ヨシュアにエステルといった面々が全員揃っていることから、あれから助かったんだと理解した。

 だが、どうやって? と思いながら乱れた髪を整えようとして、そこで気付いた。


「え……腕が、治ってる……」


 自分の腕が、あり得ない方向へ曲がっていたのを覚えている。激痛が走っていたのも、もちろん覚えている。

 だが今はどうだ。折れていた腕は何事も無かったように完治しているではないか。


「なんで腕が……」

「ああ、それは……えっと、何ていえばいいんだろ」

「エステル。正直に言えばいいんだよ」

「うん、そうだよね。えっと……ティオ。どこまで覚えてる?」

「それは…………殺されそうになって……誰かが飛び込んできたのを」

「うん、そう。そしてあたし達を助けてくれたのも、あの人たち」


 エステルが指さした方向を見ると、窓の外。

 さっきまで姉と兄と自分がいた場所に佇む、二組の男女。

 1人がピンク色の鮮やかな長い髪の女性と、真っ白な髪をツンツンさせた男性がいた。

 どちらも遊撃士のように動きやすい格好をしていて、どちらかといえば冒険者といえばしっくりくるような格好をしている。

 ティオはゆっくりとベッドから降りて靴を履き、無理をしない速度でゆっくりと歩いて外へ出る。

 そんな彼女に続く、エステル・ヨシュア・シェラザード・オリビエ。

 彼女たちも未だに詳しい話は聞いていない。助けられてお礼を言って、詳しい話はティオが起きたときに、という流れになっていた。

 何やら彼らも話しが聞きたいことがあるらしい。

 心配してくれていた宿のオーナーへ安心するように笑いかけ、川蝉亭の扉を開けて裏へと出る。

 湖の浜へと出て、助けてくれた男女の下へと辿りついた。

 エステルたちが近寄ると、2人は同時に振り返る。容姿が全く違う2人なのに、どこかが似ている、そう全員が感じた。


「起きたみたいね」

「良かったな、大した怪我じゃなくて」


 ティオの顔を見て、ニッと笑いながら話しかけてくる男女の2人。

 ティオは戸惑いながらもとりあえず頭を下げる。


「あの……助けて頂いたみたいで、ありがとうございました」

「いいのいいの。あたし達にも事情があるからね」

「事情、ですか?」

「そうそう。大きな理由はまぁ……置いといて。とりあえず気になったのは、ソレ」


 女性が言っているのは、ティオの首からぶら下がっている笛。


「貴方も、これですか」


 少しティオはうんざりする。あの魔族という女性もこの笛を破壊したがっていたし、助けてくれた女性も笛に関係するらしい。

 そんなティオの言葉に男性は笑いながら言った。


「いや、別にあいつらみたいに壊そうとしてる訳じゃないぜ? その笛はとある人物の持ちモノだからさ。俺たちもその持ち主を捜して旅してるんだ」

「え?」

「本当?」


 意外なところから出てきた、大切な幼なじみと繋がる人物の登場に、エステルとティオは思わず反応する。そんな2人を諌めるようにシェラザードが一歩前に歩み出た。


「その前に自己紹介しましょう。お互いに名前を知らないと不便だしね」

「あ、そっか。あたしはエステル・ブライトです。妹を助けてくれてありがとう」

「僕はヨシュア・ブライト。危ない所をありがとうございました」

「あたしはシェラザード・ハーヴェイ。ちなみにあたしを含めたこの3人は遊撃士よ」

「僕は愛を振りまく旅の「オリビエ・レントハイムね」……よろしく頼むよ」

「私は……ティオ・P・ブライトです」


 シェラ君の愛が痛いよ、とか喚いているオリビエは放っておき、とりあえず自己紹介を済ませた5人に対して、白髪で中央が赤い髪という特徴的な髪の男性から挨拶がされた。


「俺はナル。ナル・ノアだ」

「あたしはルビィ。ルビィ…………ノアよ。っていうかナル。あんただけズルイわね!」

「うっせーよ! いいじゃねーか! この名は俺の名だぞ!」


 何がズルイのかエステルたちには察することはできなかったが、とにかく何かズルイことをナルという男性はしたらしい。

 ガルルル、と擬音が聞こえそうなほど威嚇するルビィという少女は迫力満点だった。


「えっと……ナルさんとルビィさんでいい?」

「呼び捨てでいいぞ」

「そうね。呼び捨てにして」

「そう? じゃあ、ナルとルビィはこの笛、というか…………うん。ちょっと緊張するわね」

「緊張してどうするのよ。ほらちゃんと聞きなさい」

「うん……よし! 2人は、ルシアを捜してるって言ってたけど、どうして? というかルシアとの関係は?」


 ようやく見つかった手がかり。その事実に大きく唾を呑みこみ緊張するエステルとティオ。そんな2人に苦笑するヨシュアとシェラザードと、興味深そうに彼女たちを観察するオリビエ。


「…………」

「…………」


 ナルとルビィは彼女たちの視線を受けて目を細め、ティオのオカリナとエステルのネックレスに視線を落とし、2人は顔を合わせて小さく肯く。


「あ〜、俺たちはルシアの……まあ、後見人ってところだ。他にもいろいろあるけどな」

「そういう事。あの子が行方不明になっちゃったから捜してたんだけど……そしたら、あの子の持ちモノを持っている貴方たちを見つけたから、こうして今回助けたって訳」

「後見人、か。なんというか随分と微妙な、というか含みがありそうな立場だね?」


 オリビエがフフンと鼻を鳴らして問いかける。正直に話せと、彼は言外に言っている。


「いや後見人というは間違ってねぇ。とはいっても、もう1つの立場が大きく占めてるから嘘臭く聞こえるのかもしれないが……まあ、どっちも大した差はないからな」

「そうね。そして今度はこっちが質問する番。貴方たち……それをどこで、どうやって手に入れたの?」


 その瞬間、ルビィという少女の目が、紅蓮の炎に包まれるのを幻視した。

 強烈な業火に焼かれるような、絶対に嘘は許さない、と言わんばかりの真っ赤な裁きの炎。

 全員がその視線に冷や汗を掻き、思わず身構えてしまう。

 しかしその冷や汗は、化け物の女や竜の時のような恐怖からくるものではなく、まるで審判を待つ罪人のような、そんな心境に陥らせた。


「これは、お母さんが、ルシアが残した品を預かってたって……それを私達が捜す時に、渡してくれて」

「…………ティオとエステルって言ったわね。貴方たちとルシアの関係は?」

「あたしとルシアは幼なじみなの。それでティオは……?」

「私は……彼にむかし————」


 言おうとして、一旦口を閉ざす。

 チラッと後ろにいる姉や兄たちを見て地面へ俯き、ギュッと眼を瞑って黙り込む。


 彼女の何かを察したのか、ルビィは「ふーん」と唸った後、ティオへ近寄りしゃがみこんで耳を向けた。それだけで、ティオは彼女の気遣いを感じ、小さく感謝したのだ。

 ありがとう、と。

 ティオはそっとルビィの耳元で、聞こえないように小さく、過去に何があったかを説明した。


「———————」

「…………なるほどね」


 説明を受けたルビィは目を閉じて小さく肯き、立ちあがってナルの下へ。

 ナルに同じ説明を彼らに聞こえないように小声で説明すると、ナルも眉を顰めた後、小さく肯いた。
 
 しかし説明したティオも思わず説明した後に自分の行動に茫然とする。
 
 散々隠してきたことを、事件関係者でもない人に話してしまったのだから。

 ルシアの関係者だから? 自分を助けてくれた人だから?

 違う――――“彼に雰囲気が似ているから、だ。


「あ〜、わかった。あんた達がルシアのものを何故持っているかも納得できた。疑ってすまなかったな」

「いや、それはいいんだけど……」

「うん……でも」


 ティオの内緒話が気になる、そういう空気だった。

 彼女と彼の繋がり、それだけでナルたちが納得したのだから、何があったかより一層気になってしまっても仕方がないだろう。

 エステルとヨシュアは特に知りたそうにしていた。


「だがしかし……そういうことになってたとはね。だから気配を感じれない訳だ」

「ええ。それに“命令”もこない事から、記憶にも欠損があるかも」


 この状況にようやく納得いった、と腕を組んで何度も肯くナルと「あ〜ルシア〜〜」と何やら奇声を上げながら名を叫び続けるルビィ。

 少し場がカオスになってきた所で、エステルが2人に尋ねた。


「あの、ルシアの居場所はやっぱり知らない、って事よね?」

「あ? ああ、居場所は分からない。俺たちも捜してる真っ最中だからな」

「そっか……」


 せっかく手がかりが見つかったと思ったのにと肩を落とす。そうですね、とティオもガックリとする中、不意にナルとルビィが自分達をジッと見詰めていることに気がついた。


「えっと、僕らに何かまだ聞きたいことが?」

「…………あ〜〜いや、まあ、なんていうか」

「そうねぇ。用は無いんだけど……ねぇナル。この子、ひょっとしたら……」

「いや待てよルビィ。それを言ったらこっちの子も」

「え〜? そう? あの子が肝心な事を何も言ってない所を見ると、あまり重要じゃないんじゃない?」

「いや、違う。忘れたのかルビィ。そもそも皆だって、最初はそこまで重要な関係じゃなかっただろ」

「……そうね、確かに。でもそうなると……期待して良いってことなのかしら?」

「う〜ん。その断言もできないところが苦しいんだが……」


 と、ティオとエステルをジロジロと見て、またもや訳の解らない会話を初めた2人に、少し呆れる一同。

 だがここで、ナルはある事に気がついた。


(ん? あれは…………オカリナに魔力が籠ってるな。それもこの魔力の種類は……『あの歌』の)


 そう。それは、よく見ないと気付かないほどの、今にも消えかけの魔力反応。

 だがナルはそれに偶然気が付き、そして『このオカリナ』に『魔力が溜まる』ことの意味を知っている。

 ナルがオカリナを凝視することに気がついたルビィもその視線でようやく気付き、ハッとなった。


(ナル)

(ああ。この世界の住人はあの歌を知る筈がねぇ。だが……)

(そうよ。このオカリナにはあの祈りの歌しか反応しないんだから)

(とすると、教えたのもただ1人)

(……じゃあやっぱり決まりね)


 コクンと同時に肯いた2人。ルビィは一歩前に出て、ティオへと話しかけた。


「ティオ。あなた……これからどうする気?」

「え?」

「そこの後ろの4人は戦闘訓練を積んでるみたいだけど、あなたは素人でしょ? それであの子を捜すのかって言ってるの」

「それは…………」


 キツイ言い方にエステルが突っかかろうとするが、シェラザードが制止をかける。

 彼女も実際にティオに言おうと思っていたことだった。いろいろな要因があるし、自分達の実力が足りないという事実もあるが……それでもティオが素人すぎる、という点が一番の問題点であることに変わりはなかったのだ。


「ハッキリ言うわ。あの敵は『魔族』っていう種族なの。人間なんかとは比べるのもおこがましい程の基礎ポテンシャルの差。不可思議な能力。最低でも訓練をしっかり積んだ人間じゃないと、まず勝てない」

「……なるほど。だからカシウス先生は魔族には気を付けろ、って仰ってたのね」

「へぇ。魔族を知る人間が他にもいたのか。やるなぁ……って、まあそんな訳で危ないって俺たちは言いたいんだ」

「…………」

「ティオ……」

「ふむ。余計なお世話、とは言えないみたいだね」


 ヨシュアとオリビエは落ち込むティオへ上手くフォローができない。

 なんとなく、このままティオは一旦は実家へと帰らせる流れになるのだろう、そう感じていた一同だったのだが、それは更にルビィによって砕かれた。


「だから—————私が鍛えてあげようかしら?」

「…………え?」


 突然の提案に唖然となるティオ。

 そんな彼女の様子を楽しみながら、ルビィは続ける。


「もちろん、無理強いはしない。けれどこれはある意味で、運命かもしれないわ」


 そう。

 事情を知るものなら、ルビィの提案はこう聞こえるだろう。

 あの伝説の————————『〇の試練』と。


「何故……私なんかに、初対面の私にそこまで」

「ああ、それはね…………うん。まあ、これは言ってもいいかな」

「?」

「ルシアは……近い内にきっと『変わって』しまう。自分の真の使命に気付いた時、私やナルじゃああの子を助けることはできないから。本当の意味で、あの子を助けることは……できないから」


 そう言うルビィは、どこか悲しそうで。

 辛い、という訳ではない、何かを想い出し、現実とのジレンマに苦しんでいるような、そんな顔。


「なら、助けれるのが私だと、言うのですか? 姉さんじゃなく?」


 ティオはチラリとエステルを見た。

 エステルの顔は—————————彼女自身が初めて見るほど、強張っていた。


「ええ。だってその可能性は高そうだし。まあ、あくまで可能性の問題だから違うかもしれないけど」

「…………」

「何よ、その顔。未来のことなんだから私たちが分かる訳ないじゃない。だから勘よ。勘」

「はぁ……期待して損した気分です」

「うぐっ。でも貴方知ってるんでしょ? アレ。アレを知ってるのがこの中であなただけなら……」


 そう言ってルビィは、両手を広げて月の光を浴びながら、ある歌を奏でた。

 とても短い、譜に記すと一小節分だけ。


 ————————ラ〜〜〜、ラ〜ラ〜ララ〜


「それはっ!?」


 ティオがハッとなって声を上げる。

 他はティオの過剰反応に疑問が出て、なんで歌? という突っ込みしかできない。

 だが、ティオにとっては大問題。

 この歌は、ずっとティオが心の支えにしてきた、彼への祈りの歌なのだ。

 ずっとオカリナで吹いてきた、不思議と『彼を表している』かのように感じた歌なのだから。


「……この歌の意味を知ってるなら、それは誰よりもあの子の―――アルテナの近くにいける資格がある。私たちに付いてくる?」


 私たちを信じる? と。

 ルビィは楽しそうに笑い、ナルはどこか儚げな顔をして月を見ている。
 
 こんな事で乗るなんて馬鹿げている。そう理性が訴えかける。だが、心が叫ぶ。

 彼女たちに付いていけ、と。

 だって、あの歌を知っていたとしても、アルテナという単語すら知っていたのだから。

 そもそもこれはティオにとっては渡りに船。今回の事で力不足を痛感したから、彼女は別行動してとある場所へいくつもりだったのだから。

 ティオにとっては、それだけで十分だった。


「本当に貴方たちに付いていけば、私は強くなれるのですね?」

「それは貴方次第。強くなれるかどうかも、あの子に会えるかどうかも、その資格を手にするかどうかも。そもそも貴方自身もどこかへ行こうと思っていたんでしょ? 私たちは貴方を護衛しつつ戦う術を教えてあげる。そして私たちは基本的にあなたの行動を束縛しない」


 どこまで見抜いているのだこの人は、そうティオは内心で冷や汗をかきつつ、


「……その提案、乗らせてもらいます!」


 姉たちの制止も聞かずに、そう高らかに宣言したのだった。






 ◇ ◆ ◇ ◆






 元々姉さんたちとこのまま分かれてツァイス中央工房にいくつもりだった、そうティオは姉たちへ説明していた。

 短慮な妹へ怒った姉たちであったが、そう言われては何も言い返せない。

 ティオの言葉にルビィやナルも、ティオの行きたいところに行けばいいさ、と言った。

 命の恩人とはいえ会って間も無い人達と共に行くなんて正気か、そうシェラザードにも言われたが、ティオにはそんな当たり前の理屈を吹き飛ばす、説明ができない納得感のようなものがあったのだから、彼女は少し説明し辛そうにしていた。

 とはいっても、オリビエは「この2人は信頼できると思うよ。とても愛の力を感じるからね」と訳の解らないことを言って、シェラザードとエステルにブッ飛ばされていた。

 そして何より、場所が以前よりティオが通っていたあの国外まで名をとどろかす『ツァイス中央工房』であることが、「まぁ……あそこなら」と、渋々了承することに賛成させたのだった。

 そもそもそこで反対するのなら、なぜ普段から通わせたんだと、そうなってしまうのだから、反対などできるはずもない。ツァイスまでは定期便も出ているのだから尚更だ。

 とは言っても夜分遅かったこともあるので、とりあえず今日はゆっくり休むことにし、翌日も静養して明後日に出発することにした。

 皆はナルやルビィにいろいろと話を聞きたかったが、戦闘で疲れ果てていた一同はとりあえず仮眠をとり、その翌朝。

 お昼前にようやく起きてきた一同。遅めの朝ごはんを食べて、そこでゆっくりと話が始まった。

 主に会話の主導を握っていたのはシェラザードであった。


「———じゃあ魔族っていうのは人間の敵であり、人間ではない種族の知的生命体ってこと?」

「ああそうだ。『ほぼ』全ての魔族は人間を忌み嫌い、根絶しようとしている。それは人間が家畜などを殺して食物を得るのと同様で、魔族にとってもソレと同じ感覚と捉えていい」

「なるほど……じゃあ対話や話し合いによる平和的解決は難しい、いえ、無理ってことね」

「まず無理だろうな。そして何より、魔族は人間とは根本的に潜在能力から身体能力まで違う。人間も一緒だが、弱者を虐げることは、生物として普通の本能的行動だからな」

「そんなっ! そんなこと……」


 エステルはナルの言葉に思わず声を荒げるが、それも次第と消えてしまう。

 彼女も知っているからだ。人の歴史を鑑みても、それは否定できない事実だと。


「じゃあ、あの魔族の女が使った炎……魔法って言ったわね。アーツと違うの?」

「違う。お前らのいうアーツとは、そこの機械を媒介としなければ利用できない。アーツを魔法といっている者もいるみたいだが、魔族たちの概念からすれば、アーツの理屈は銃などの兵器となんら変わりはないからな」

「ま、そういうこと。それで〜、魔族のいう魔法ってのは何も媒介として使わず、己の精神力や大気の魔素のみを使って起こす超常現象。ね? 違うでしょ」

「まるで本や絵本の魔法のようだね。だが実にロマン溢れるじゃないか」


 なんて感動しているオリビエは放っておき、いろいろと魔族の手段や生態を聞いていく。

 実はルビィやナルも当たり障りのないことしか言っていないのだが、魔族という単語しかしらなかった一同にはとても有益な情報であり、シェラザードは後にその情報を遊撃士協会へ報告する事になった。

 会話がひと段落する頃には昼も過ぎていて、エステルやティオやヨシュア、そしてルビィの4人は浅瀬で釣りをすることになった。

 釣りという遊びの為か、自然と会話は少なかったのだが、やはり両者の会話は共通の知人のことになり、会話はルシアの事に。


「それで、ルシアったらイチゴを知らなくて、あたしが食べ物だって教えてあげたらその場で食べ始めたの。お店の人もお母さんもびっくりしたのよ! まだ未払いのものだってのに!」

「へ〜〜〜」

「ふふふ……なるほどねぇ」


 幼馴染の奇行にヨシュアは感嘆の声をあげ、ルビィはなんだかとても嬉しそうで幾度となく頷いていた。ティオは……その奇行っぷりに目を丸くして驚いていた。


「ルビィさんは? 何か思い出ってない?」

「あるわよ、もちろん」

「ぜひ教えてほしいです!」


 ティオの食いつき具合が半端ではなく、ヨシュアは苦笑しか出ない。

 ルビィは真っ赤な髪を弄って、まるで遠い昔を思い出すかのように、遠くを見つめる。


「そうね〜。あんたたちの話を聞くとルシアは世間知らずの無感情人間みたいだけど……あたしやナルにとってあの子は……」

「あの子は?」

「ゴクリ……」

「……周りにいた大人の真似をよくする、まっすぐの眼をした、春の陽だまりのような笑顔を浮かべる子ね」

「「「え?」」」


 まるで真逆。

 まったく正反対の彼を伝えるルビィに、誰それ、とその場の誰もが疑問を浮かべる。

 ヨシュアなど、実はこの人って彼とは全く無関係の詐欺師なんじゃ、と思ってしまうほどだ。


「本当よ? あの子はヒイ——————父親のまっすぐな性格とその瞳と心を、母親の優しい心と博愛気質と才能を、あますことなく引き継いでた」

「……じゃあ、何があってああなっちゃったというのよ」


 エステルの瞳はどこか攻撃的で、口調もぶっきらぼうだった。

 自分が知っている彼とは違う人物像をよく知っているかのように語る彼女へ、適当に嘘をいっているのなら許さない、そういう目だった。

 それはエステルの中に芽生えたルビィに対する嫉妬心なのかもしれない。


「……それは教えてあげな〜い」

「なっ!?」

「だって意味ないでしょ? 今のあなた達にはなんら必要のないことよ」

「ぐぐぐ……」

「まあ、ティオちゃんなら条件次第で教えてあげてもいいかもね」

「私?」

「そう。あの子にとっては無意識だったのかもしれないし、そこに大した意味はないんだろうけど……でもあの歌を知ってるってだけで、この場にいる誰よりもその可能性はあるのかも、って思うのよ」

「?」


 あの歌ってのは『アルテナの歌』のことだろうとティオは気づくが、それが何の関係があるかわからない。そもそもあの歌を知っているのは自分だけではない。

 幾人もの生存者たちが知っているはずだ。

 ————たぶん。


「ま、そこら辺もあの子を見つけたら本人に聞いてみればいいんじゃない?」


 あ〜眠い、と呟いたルビィはゴロンと寝転がり、あっという間にグーグー寝に入ってしまった。

 なんか猫っぽい寝方だな、と寝姿を見て全員が思った。


「ねえ、ティオ」

「なんです?」

「ルビィさんが言ってた『あの歌』って何のこと?」

「…………」

「ちょっと教えてよ」

(何でしょう……そこはかとなく、私がリードしている感じがするですね)

「ちょっと」

「お断りします。これは私とルシアの思い出のものです」

「ルビィさんたちにも知ってるから、あんた達二人だけのものじゃないわよ」

「いえ、私とルシアの特別な思い出です。エステル姉さんには関係ないじゃないですか」

「教えてくれないなら……敵よ?」

「そうですね。ではお断りします」

「そう……ティオ、あんた………私の敵になるのね」

「言ってなかったですね姉さん……これだけは譲れないんです……だからっ!」


 突然始まった姉妹喧嘩。

 お互いの口から出てくる言葉はすべて攻撃的なもの。

 2人は夕日をバックに相対し、真ん中にオロオロするヨシュアがいて、傍でルビィがグーグー寝るカオスな空間。

 額には青筋が浮かび上がり、


「ティオ—————!!」

「姉さん—————っ!!」


 キッ、と激しい殺気と咆哮と共に、2人は激突して—————、

 ——————————ムギュー!!

 っと、顔面の頬を引っ張り合う姉妹。


「ほ、ほしえなふぁいよ〜〜〜〜!」

「いやえふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「ケフィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「ねえふぁんの、ふぉーふぉふおんな〜〜〜!」


 ぐいぐい引っ張り合ってお互いの頬は真っ赤だが、お互いに一歩も引かない。

 そう、これは女の戦いなのだ。


「なんれ、そんなにこだふぁるんでふ!? ふぁふぁのおふぁななじみでしょう!?」

「ふぇ?」


 ティオの突っ込みに、エステルの手は緩んでスルッと離れた。

 ヨシュアもティオの突っ込みに思わずエステルを凝視してしまう。


「なんでって…………そりゃあ」

「それは、何です?」


 ゴクリ、とヨシュアの喉が鳴った。


「…………何でだろ?」

「…………」

「…………」


 その回答に大きなため息をつくティオと、安堵の溜息を吐くヨシュアがいたという。






 ◇ ◆ ◇ ◆





 翌朝、ティオはエステル・ヨシュアペア、二日酔いでつぶれたオリビエ、シェラザードと別れ、ルビィ・ナルコンビの2人と共に、学術都市『ツァイス』へと旅立った。


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[34464] 第31話 竜使いとしての道
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/04/10 22:46


第31話 竜使いとしての道


 リベールを騒がせた飛行艇失踪事件が解決したことにより、人々の心は何の心配ごともなくなることで、心はすっきり爽やかに。

 その心を映すかのように、リベール王国の空は真っ青な快晴であった。

 鳥は気持ちよさそうに天空を舞い、雲ひとつ無い空、そよ風は木々を優しく鳴らし、過ごしやすい気候は正に極楽といっても良い。

 そんな空の下、とある一人の美少女は舗装された道路を歩いていたのだが……。


「……ナルさんの姿が見えませんが、どこへ?」

「ナルなら情報収集のために、別行動〜」

「…………気持ちイイ天気ですね」

「全くよね〜。本当にお昼寝したい気分よ」

「………………飛行艇の旅は気持ちよかったですね」

「そうねぇ。まあ空を飛ぶのは慣れてるんだけど、ああいうのも偶には良いわね〜」

「…………」


 水色の髪をそよ風でふわふわと靡かせる美少女、ティオ・P・ブライトは爽やかな天気とは裏腹にとても胡乱な眼をしていた。

 だが、それも仕方ないのかもしれない。


「……つっ込んでもいいですか?」

「ん〜〜?」

「何で」

「うん」


 立ち止まって、大きく息を吸い込み、


「なんで縮んでるんですか!? っていうかネコですか!? なんですか!? 正体がさっぱりわかからないので耳元で話さないでください!」


 自分の肩に乗っかった、ピンク色の未知の生物———ルビィへ、全力で突っ込みを入れた。





 ◆ ◇ ◆ ◇





 勘違いしないで欲しい。

 自分を助けてくれたのは普通の人間の女の子と男の子だった。それは間違いない。

 だが、姉や兄と分かれてから、いきなり光ったと思ったら女の子はネコになっていたのだ。


(・・・・・・うん。何を言ってるか分からないと思うけど、私もさっぱり分からないから安心して下さい)


 だが、ツッコミ所はまだたくさんある。

 外見だけは猫、と言ってもいい。だが決定的に違うのはその背には羽が生えていること。

 羽を持つ虫たちは、その羽を1秒間に数千回と羽を揺らして飛ぶことを可能とする。故にその生態は鳥類に近く、ゆっくりとした羽ばたきにも関わらず宙に浮かんでいるではないか。

 ティオには、他人よりも頭脳は高いという自負がある。それはこの年齢でツァイス中央工房に所属することが証明しているし、その中でもコンピューターを使ったプログラムやハッキング技術に関して、そうそう自分に勝る者はいないという確信もある。

 しかし、その自信も今となっては激しく揺らいでいた。

 見たこともない珍動物は、検索をかけても全くヒットせず、動植物研究関連の施設のメインコンピューターにハッキングをかけて検索しても全く見つからない。『だから見つからないって言ってるのに〜』と、ケタケタ笑うルビィにイラっとして、やや不機嫌になりながらツァイス中央工房に到着した。

 街の大半が研究施設や関連倉庫などで占め、街は実験施設から生じる独特の臭いと機械音で包まれており、学術都市と言われるだけはあり、初めてツァイスに訪れた人はその独特さに圧倒される。

 その中、ツァイス中央工房に通うようになって数年、立派に一人の研究員となったティオは、平然と街中を歩いて目的の場所へと向かう。


「お、ティオちゃんじゃないか! 戻ってきたのかい?」

「あとで寄っていきな! 良いフルーツがはいったからサービスで食わしてやる!」

「あら、ティオちゃん。帰省はどうだった?」


 などなど、住人たちから親しく声をかけられるティオ。彼女ほどの幼い年齢での研究員は、このツァイス中央工房といえども片手で数えるほどしかいない。

 そのうちの一人が家族のひとりにして妹の『レン』である。そしてもう一人。

 そのもう一人の自宅にして研究所、また普段からお世話になっている家の前にたどり着いて扉を開いた。


「ただいま戻りました」


 そう言って中へと入る。勝手に入ってる理由はただ一つ。

 ティオがツァイス中央工房に入る際に、娘を心配したカシウスが知人であるラッセル博士とその娘であり研究者のエリカ博士に、ティオの居候をお願いしたからだ。

 旧友であるカシウスのお願いは受け入れられ、ティオはツァイスにいる間はラッセル家に住むことになり、彼女自身の人柄のおかげで好意的に受け入れられた結果、ラッセル博士を含めた家族たちと仲良く暮らせている。

 ちなみに、もう一人の妹であるレンも、ここにお世話になっているし、同様に仲良くしている。


「おお、ティオじゃないか。おかえり」

「ティオお姉ちゃん! おかえりなさい!」


 玄関をあけたティオに飛び込んで来たのは、ひとりの女の子。若干12歳の子だが、天才導力学者ラッセル博士の孫娘にして、機械に関しては天才的な頭脳を誇る少女。

 だが普段の振る舞いなどは至って普通の子であるのだから、なんとも庇護欲を唆る子でもあった。


「久しぶりですね、ティータ」

「うん!」


 仲良さそうに笑いながら部屋へと入り、向かい合わせにテーブルに着く。

 ホットミルクが出され、それを飲んで一息吐き、向いに座ったラッセル博士はそこでようやく彼女が家に入ってからずっと気になってたことについて、尋ねてみた。


「さて・・・・・・ずっと気になっとったんじゃが、ソレは何じゃ?」

「ネコ・・・じゃないよね。えっと・・・・・・・?」


 ラッセル博士とティータは、ティオの肩に乗ってる謎の生物をジッと凝視する。

 ネコなのに全身がピンクで羽が生えてる生物は、博識な彼らでもさっぱり分からないらしい。

 前足であご下をポリポリとかく姿はなんとも愛らしいのだが。


「えっと・・・・・・・この子は、その、拾いました」

「拾ったって・・・・・・」

「ペ、ペットです」


 我ながら苦しすぎる、と思いつつも、一番無理のない理由がこれなのだから仕方がない。

 ティオとしてもルビィがなにか分からないのだから説明のしようがないのだが。

 仕切り直すように「と、とりあえず」と続けるティオ。


「ラッセル博士、ティータ。以前よりお願いしていた例のもの、完成してますか?」

「! あれか。できておるぞ。プログラムはお前さんが組んでいたからのぉ。あとはワシとティータの2人と各工房の連中から協力してもらって数日前に完成したわい」

「自信作ができたよ! 仕様も完璧っ!」


 胸を張って自信満々に笑顔を浮かべるティータに、ティオも微笑んで頭を撫でた。


「でもお姉ちゃん。あれってどうやって使うの?」

「どうって、私が使うのだけど」

「そうじゃなくて、あれって例えるならブースト、外部デバイスのようなものでしょ。そもそもあれを使うのに本体となる———」

「ティオならできるのじゃよ、ティータ」


 部屋に戻ってきたラッセル博士が持っていたのは、奇妙な形をした機械。

 それを受け取ったティオは、ルビィを机の上に降ろしてその機械を自分の首下まで持ってくると、予め用意していた肩のプロテクターに繋げて装着し、揺れ動かないように首下に固定する。まるでマフラーを巻いているかのように見えるが、正面に核となる機械が装着されているために、部分的な甲冑にも見える。


「ティータ、これは私専用の補助システム端末『エイオンシステム』です。ちなみに命名も私です」

「ティオお姉ちゃん専用・・・・・・」

「じゃがティオや。どうして急にこんなものを?」


 一週間ほど前にもらったティオからの手紙により、最後のメンテナンスを急ピッチに行うことになったのだが、それにしても急すぎる。

 ラッセル博士は困惑しながらティオに問うと、ティオは机の上でおとなしくしていたルビィを抱きかかえてこう言った。

「・・・・・・ずっと探していた人を助けるには力が必要で、私は力を欲しているから、ただそれだけです」





 ◇ ◆ ◇ ◆





「さて。では教えてください」


 寝室に戻ったティオは、洋服とエイオンを大切にハンガーにかけ、パジャマに着替えてルビィの前に座った。ベッドの上でちょこんと座るルビィはその言葉に苦笑し、コクンと頷く。


「分かってる。だからそんなに固くならないでったら。今からそれだと疲れるわよ?」

「・・・・・・そうですね」


 最もな指摘に我知らず力が入っていたからだの力を抜く。

 だがこれで、彼の謎が分かるのだ。

 もう、分かっている。

 彼がただの子供でないことも。

 何か大きな事柄が絡んでいることも。

 だって当たり前だ。あの事件に巻き込まれた彼は、あの中でも特別な扱いを受けていた。

 そして情報の一つすら、出てこないこの現状。

 行き着いて当然の答えが見えてくる。

 ルビィはボンっと音と煙を上げて人間形態に戻ると、胸ポケットに入っていた一つのペンダントを取り出した。

 そのペンダントは2重底になっているようで『一番下』を開けて、ソレを見せた。

 見せつけるルビィの瞳は——————怖いほどに真剣な光を宿していた。


「私たちは、青き星という、この世界と鏡を挟んで背中合わせに向き合っている似て非なる世界から来たの」


 その言葉で、ティオの平常心は崩れ落ちた。

 その話は—————まさに神話の話。

 神々の創世の頃のこと。この世の始まりにして原点。

 一部だけでも発表すれば学会は大騒ぎになる内容が、ルビィから語られた。

 まずティオたちが住むこのゼムリア大陸があるこの星は、次元という鏡を挟んで背中合わせになっている星があるという。それは人間に例えるなら完全同位体、とでも言語で表せる。

 だが普段はその鏡を破られることもなく、またお互いに干渉は不可能。

 その星は『青き星』という。

 その青き星の近くには、ルナという緑あふれる星があり、青き星はルナを見守っているらしい。

 その星達を作ったのは『女神アルテナ』という、創造神。

 ルナの人々は女神アルテナによって見守られ、時には導かれて平穏に今も暮らしているらしい。

 そんな中、青き星はあるひとりの人物が見守り続けていた。

 その役目を担っているのが、ルシアというひとりの男の子だった。

 だがある時、青き星は敵が攻めてきたという。

 その際、戦いによって生じた巨大なエネルギーは、彼————ルシアを次元の壁すら破壊してまでこちらの世界へ飛ばしてしまったという。

 そしてそれに気づいた人がいて、彼を探すために2人の人物をこちらに送り込んだのだと。

 その説明は、たっぷり2時間に及んだ。


「・・・・・・つまり、ルビィさん達はルナにいる『女神アルテナ』様の命令でこちらに来て、戦いに巻き込まれて飛ばされてきたルシアを助けに来た、ということで宜しいですか?」

「・・・・・・・・・・・・ええ。その通りよ」


 ルビィはゆっくりと頷く。


「・・・・・・女神アルテナ様に恨みを持ってるのが、過去に悪行を犯した為に辺境という地へと追いやられた魔族達で、その後、アルテナ様を守護するドラゴンマスターによって、魔族を纏めていた長を討たれて散りじり、実際には滅んだようなものという事ですか?」

「そうそう」

「・・・・・・女神アルテナ様の使いとでもいうべき使徒が4匹の竜、白竜・青竜・赤竜・黒竜で、その四竜の試練を乗り越えた者が、アルテナ様を直接守護する英雄・ドラゴンマスターって事、と」

「うん、そうそう。とは言っても、もう前回のドラゴンマスターは二千年くらい前の話で、それ以降は誰一人現れてないんだけど」


 頭を抑えて激しい頭痛を堪えるかのようなポーズを取っているティオに、ルビィは桃色の髪をかきあげて、一部紅く染まっている部分をいじくり回す。


「何? 信じられない?」


 軽い調子で聞いてくるルビィに思わずティオも軽く返そうとしてしまうのだが。

 ルビィの心は、実際にはかなり真剣だった。

 この説明で信じられないという子では—————。


(ま、半信半疑に程度でもきっと『最後まで』気持ちを持ち続けることはできないだろうし。その時は悪いけど、この子には素質は無かったということで)


 酷い事を考えてるのは分かってる。だが自分は何を犠牲にしても優先しなければならない事柄でもあるし、人間の力を知ってる自分としては、なるべく『彼』に近い素質を持つ人にしたい。

 何故なら、あの子はきっと———————。


「いえ、信じます」

「・・・・・・・・・・・・」

「ただ、一つだけ分からない事が」

「・・・・・・何?」

「ルシアは・・・・・・一体、何者です?」

「だから———」

「さっきの説明で誤魔化されません。私は彼を知っています・・・・・・あの不思議な雰囲気を発し、とても容姿が綺麗で、そして何より・・・・・・あの『女神様のような歌声』を聴いてるんです」


 ジロっと睨みつけてくるティオに、ルビィは思わず笑ってしまう。

 それは何も怒った顔に笑った訳じゃない。

 ああ、やっぱりそうなんだ、という笑い。


「・・・・・・分かった・・・・・・・・・・・・降参」


 この時、ティオは思った。

 ルビィの声色は、どこか嬉しそうだと。


「あの子は———————————————————」




 ————————————青き星を管理し司る、女神の資格を持つ代理人よ。





 ◆ ◇ ◆ ◇





(ルシアが・・・・・・女神の代理人・・・・・・)


 翌日になっても、ティオのショックは拭えなかった。

 呆然としながら部屋の窓から外を眺めているのだが、目の焦点は全く合っていない。


『これからも、魔族たちはルシアを狙い続けるの。アルテナへの恨みがあるからね』


 幼い頃から当たり前のように聞いてきた存在、女神エイドス。

 いわば、彼はエイドスと同じ存在、同じ地位にいるものといえる。

 あの崇拝してきた、当たり前のように『神』として崇めてきたエイドスとほぼ同列の存在。


『どうする? それでもあの子を、ルシアを助けたいって云うのなら、貴方に私たちの魔法を教えてあげる』


 そう。

 憧れていた・・・・・・絶望の淵に立たされても自分たちを支え続けた強さを持つ彼に。

 心から敬愛していた・・・・・・力を与えてくれる不思議な歌を教えてくれた彼とアルテナという言葉に。

 だが、それを同一視した事は、無かった。


『普通の人なら、魔法を習得するのに何十年もかかる。習得したとしても初歩程度。才能のある人でも数年かかるわ。だから普通の人ではとても無理』


 知らなかった。

 彼にそんな秘密があっただなんて。


『でも・・・・・・あなたは普通じゃない』


 故郷から飛ばされ、親とは会えなくなり、たった一人で幼い頃からこの世界を彷徨い続け、敵に狙われ、捕まって人体実験を受け、ついに行方不明になってしまった。


『だからこそ、そこに活路がある』


 ジワっと涙が溢れてくるのを感じた。

 あれから数年。

 何をしていたのだと、昔の自分を殴りたくなった。

 ただ探していただけ。ただ自分の悲運さに悲しんだだけ。


『あなたに教えるのは、ルナの魔法都市ヴェーンの最高魔導学術。歴代ドラゴンマスターたち、ひいては英雄たちに力を貸し、多大な貢献をしその力を認められた、オーサ一族の魔導を、教えてあげる』


 こぼれ落ちる涙は止まらず、朝起こしに来たティータは、ギョッとした表情を浮かべたあと、オロオロと困り果ててしまった。

 彼はこれから、あの魔族たちと戦っていくのだ。

 おそらく、アルテナ様の代理人である彼は、魔族たちと代わりに戦うのだろう。


「泣いてる暇なんか・・・・・・ないんです」

「お姉ちゃん・・・・・・?」

「ティータ、私は・・・・・・」

「?」


 恩返しがしたいとか、感謝の為にお礼がしたいとか、そんな感情よりも。


 ――――ただ、ただ私は。


 足が自然と外へ向く。

 部屋の扉を開け、下へと降りていく。

 玄関ホールへ降りてくると、そこにいたのは博士とルビィ。

 博士はおはようと笑いかけてくるが、ルビィはどこか探るような目。

 さぁどうするのかと目が問いかけてくる。


(どうするのか? そんなの決まってる)


 ティオの眼差しがルビィの眼差しと交差する。

 
「行きましょう」


 行かなければならない場所がある。


「ええ、行きましょう。私は喜んで力を貸すわ」


 ルビィはそう答え、ラッセル博士とティータは喋ったルビィに仰天した。

 ティオとルビィはラッセル家の扉を開け、飛び出したのだった。


「ルビィ、私は戦います。彼を助ける為に」

「期待してるわよティオ」

「ええ」


 この日。

 この瞬間から始まったのだ。


 およそ2000年以上の時を越えて現れる。

 歴代のドラゴンマスターたちはそれぞれ得意な戦い方から二つ名があり、こう謳われていた。





 攻撃速度は歴代随一と謳われ、そのあまりの速さは人の目では追えない――――『疾風ゼオン』
 
 その拳は山を砕き、海を裂き、空を斬る、全てを打ち砕いた体術のエキスパート―――『鉄拳ロカ』

 アルテナと友誼を結び、歴代唯一の双子の姉妹でマスター就任。
 扇と踊りを武器に最強のコンビネーションで戦う―――『金と銀の双璧アリシアとリィナ姉妹』

 その蹴りは鉄を砕き、振るえば竜巻を巻き起こし、魔族の反乱者からアルテナを守り抜いた―――『蹴撃ジアン』

 剣術と音を合わせた独特の戦い方をし、紡がれる音でアルテナを楽しませた―――『吟遊剣士サザーンナット』

 異星の神【黒き星の五王子】の力を得たアイフェルンの反乱を阻止し。
 アルテナの心を守り抜いた―――『剣聖ダイン』

 アルテナの力を取り込み自ら神となった【魔法皇帝ガレオン】と戦い世界の救済に成功。
 アルテナであった少女を愛し、守った『風の剣聖アレス』





 彼らの戦闘スタイルは二つ名から分かるとおりバラバラであり、その装備も人によって大きく変わったという。

 竜たちから授けられる武具もまた千差万別で、より最適な武具へと変わったという。

 そして。

 今回のドラゴンマスターがどうなるのかは、まだ誰にも分からない。

 だが。この時ティオは己の目指す方向はわかっていた。

 ————————————魔道師だと。


************************************************

アレスとジアンの二つ名は捏造です。公式ではありません(笑)
いや、だって無かったから(泣)

でも戦闘スタイルはさておき、名前と二つ名はゲーム中、ヴェーンの本棚で記されています。


ちなみにティオは全てを知らされてません。というか一部誤解してます。
それを分かっててルビィも訂正してません。

次回はティオの修練とエステルたちの話を。
チラシの裏から、メインへ移行しようと思います。

とはいえ、自分がもってるリストを見ていて、次の話が「あれ、これ投稿してなかったっけ?」と
微妙なのもあるんですよね。
ちょっと分からないので、次回移行はメイン掲示板にさせて頂きます。



[34464] 第32話 魔法
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2013/05/09 21:33
第32話 魔法


 そこは空に近い場所で、立ち入り禁止区域として封鎖された塔。

 不思議な魔力に覆われた謎多き塔として一般の立ち入りを禁止されたそこ、本棚と巨大な球体が置いてある最上階、空をひとっ飛びしてやってきたルビィとティオはそこにいた。


「では! これよりルビィ先生の魔法授業を始めま〜〜す」

「・・・・・・は〜い、先生」


 軽い口調で宣言するルビィに、イラっとしながらテンションがダダ下がりなティオ。

 声のトーンが激しく平坦でジト目な様子から、信頼したのは間違いだったかなぁという気持ちが見え見えだ。

 それ以前に、立ち入り禁止区域に堂々と入り込んでいる現状に2人は全く悪びれてないので、それはそれでどうかという話なのだが、残念ながら突っ込みを入れる事ができる人はこの場には文字通りいなかった。


「憧れてたのよね〜、こうやって誰かに教えるの」

「は?」 

「おっほん! ではまず、魔法というのはどういうものだと認識してるか答えなさい!」

「どういうものって・・・・・・超常現象を起こす、アーツとは別種の技法かと。ただし、それは空想の産物であり、絵本や小説に登場するものです」

「ふむふむ。まあ、予想通りの回答ね。まあ学術的説明を行うとバカみたいに時間かかるし、的外れじゃないからそこは飛ばして。次は魔法を行使する上で必要な魔力についてね」

「魔力・・・・・・それは精神力の事でしょうか?」

「間違いじゃないけど正解でもないわ。そうねぇ・・・・・・魔法を使いすぎたらどうなると思う?」


 ティオは腕を組んで考え込み、


「やはり魔法を使えなくなるか、もしくは気絶するかどちらかでは?」

「そう。そしてそれ以上に無理して魔法を使用した場合は・・・・・・死ぬ」


 ルビィの真剣な声に思わずゴクリと唾を飲み込むティオ。

 さっきまでのふざけた空気が一瞬にして吹き飛び緊張感が漂う。


「つまり魔法を唱えると、精神も減るけど体力も減るって事。ほら、魔法を使いすぎるとなぜか息切れする描写の物語ってあるでしょ? あれって実は本当なのよね」

「なるほど・・・・・・確かに魔力が精神力だけだとすると、息切れを起こすのはおかしな話ですね」

「でしょ。それにその日のコンディションや精神状態でも魔法を行使する上で諸々に影響するの」

「・・・・・・奥が深いですね」

「ま、精神状態ってのは魔道士に関わらず、武人や文官すべてに影響すると思うけど」


 それもそうだ、と納得したように頷くティオ。

 ただ魔道士ほど精神状態に左右されるものはないかもしれないと考える。

 魔道士の道はなかなかに困難な道だと、ティオは思った。


「それで〜〜〜はい、これ」


 いきなりティオの前にドン、と大量の本を置くルビィ。

 10や20では済まない莫大な量。

 あまりの膨大な量に凍りつくティオ。実に反応が顕著である。


「・・・・・・一応、聞きますが・・・・・・これは?」

「ぜんぶ暗記して学習する用」


 本当に、困難な道だ。

 思わずティオはそう呟いたのだった。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 彼女は5歳の時にD∴G教団に拉致され、3年間人体実験の検体にされた。

 この際、薬物投与などの人体実験によって驚異的な五感と高い感応力を得た。

 『D∴G教団殲滅作戦」の際にガイ・バニングスによって救出され、聖ウルスラ医科大学に数ヶ月入院した。退院後、故郷のレミフェリア公国の家族のもとへ戻るが、その能力故に家族の戸惑い・・・・・・いや、心を感じ取ってしまい傷つき出奔。その際、人体実験期間にとある少年の言葉を思い出し、ガイ・バニングスと共にリベール王国を訪れ、遊撃士協会でカシウス・ブライトに事情を説明。養女としてブライト家に娘として入った。そこでの一家の家族として触れ合いは、人間不信に陥りかけた彼女の心にストップをかけ、義母と義父の惜しみない愛情と温もりに救われたのだ。

 その後、己に齎された驚異的な五感と感応力以外に、己の知能の高さが異常な程に上昇していることに気がついたティオだったが、それを隠していた筈にも関わらず養父は自然な流れでツァイス中央工房に入れてくれた。

 義妹と共に学ぶ日々は楽しかったが・・・・・・原因となる能力に対する後ろめたさとある種の憎悪は拭えなかった。



 だが、ここに来てティオ・P・ブライトはその忌まわしき知能に感謝することになる。



 勉強を初めて数日。

 数十冊に及ぶ魔法書の全てを読破し学び終えたティオは、必要な情報を端末に纏め終わっていた。

 たった数十時間。

 その時間で彼女は魔法都市ヴェーンの生徒達が数年かけて学ぶ学業を全て終えた。

 もちろん『実践に必要な知識』と『その他の知識』を選別して、実践のみに絞ったのはルビィのお陰であったが、それでも彼女の頭脳の高さは、皮肉にもここで彼女の役に立った訳だ。

 もちろんここまで急ぐのにも理由がある。

 一刻も早くルシアを助けに行くという理由もある。だが、それと同時にルビィの話から学んだ教訓のようなものもあった。

 それは・・・・・・『百の訓練より、一の実戦』という、過去の英雄たちが辿った道を歩むことである。


「じゃあ〜今から、実際に魔法を使ってもらおっかなぁ」

「分かりました・・・・・・では被害が出にくい魔法で」

「うんうん」


 本を片付け、着ていた洋服を洗って干し終わったティオは、ルビィの前でコクンと頷いた。

 ・・・・・・寂れた塔には当然洗濯機や炊事場もないので、服を洗うのも大変なのである。

 ティオは大きく息を吸い込み、何度も深呼吸をする。

 かなり緊張しているようで、白い肌には汗が浮かんでいる。

 しつこい程何度も深呼吸を繰り返し、クワっと目を見開いた。

 始まるのか、と身体を乗り出してワクワクするルビィ。


「・・・・・・魔力ってどうやって感じるのか分からないんですが?」


 ドガっと、顔面を地面にめり込ませた。


「そういえば、そこがまだだった〜〜〜〜!」

「ええ」

「あ〜、忘れてた。ヴェーンの学生も魔力を感じ取って扱えるようになるにも、ものすごく時間が掛かってたっけ」

「・・・・・・なんだか一番大事なことを忘れていたんでは?」

「だ、だいじょうぶよ! た、たぶん!」


 ダラダラと汗を流すルビィに口元をヒクつかせるティオ。

 それも当然だ。この結果如何によっては勉強した数日が無駄になるのだ。

 何とか魔力を感じ取ろうと、学んだ知識の中にある方法で魔力を探るティオと、腕を組んでうんうん唸りながら頭を悩ますルビィ。

 早くも座礁に乗り上げたかと思われた瞬間、2人の間に突如何かが現れた。


「よう。待たせたな」

「ナル! おっそ〜い」

(何もない空間にいきなり現れた!? こ、これは物質転送・・・・・・いえ、空間転移!?)


 まるで瞬間移動したように突如そこに現れた、今まで別行動をしていたナルがついに合流したのだ。

 ティオはぎょっと驚いていたが、ルビィは全く驚いていないのでどうやったかは知っているらしい。


「へぇ。もう基礎は終わったのか。早いな」

「でしょでしょ〜! 彼女、予想以上に優良物件だったわ」

「だけど魔力操作に手こずってるって訳か」

「そうなのよね〜」


 事情を知ったナルはなるほどなと言った後、彼女へと向き直る。

 ナルは何かを思いついたように口元を釣り上げ、ティオをジッと見つめる。

 その眼光に思わずたじろぐ。


「な、なんです?」

「・・・・・・いいぜ。俺が協力してやるよ」

「ナル、いいの?」

「ああ。ついでに会わせてやるよ」

「!」

「ちょうどいいだろ?」


 ナルの変な物言いにティオは眉を顰めるが、ルビィはハッとした表情を浮かべてすぐに頷いた。


「あ、あの?」

「ああ余り心配すんな。俺の目を見ているだけでいいから。痛い事もないしな」

「?」


 意味が分からない彼らの話にただ困惑するティオへ、ナルは説明もせずにソレを実行した。


「しっかり見て、しっかり感じろ——————」

「あっ・・・・・・意識が・・・・・・」


 ティオの意識がいきなり遠くなっていく。

 視界がどんどんホワイトアウトしていき、ティオは立っていられなくなる。


「これからお前が体験し、出会うのは———————」


 ナルの言葉もどこか遠く、変にエコーがかかっていて、ティオはそれを認識できない。


「昔であり——————英雄たちだ」


 言葉は碌に認識できず、意識が途切れた。





 ◆ ◇ ◆ ◇





 リベール王国の代表的な都市の一つに、ルーアンという土地がある。

 街の中央に大きな河が流れており、それが街を二つに分断している。

 海に面した都市はやはり海水産業が盛んで賑わっているのだが、それと同時に倉庫街には『レイヴン』というならず者集団が集まる物騒な場所もあり、それ相応に大都市特有の問題を抱えた街だ。
 
 そのルーアンを出て西にアゼリア湾に沿って行くと、マノリア村という村がある。風車があるのが特徴的な田舎の村で、マノリア村とルーアンのちょうど中間地点辺りには、マーシア孤児院というものがあり、また別の道からは『ジェニス王立学院』という、リベール国外にも響く名門の学校があるのだ。

 さて、そんなマノリア村の唯一の名物、風車のベンチに座って海が一望できる所で、ティオと別れたエステルとヨシュアは座って昼食を摂っていた。


「海ね〜」

「海だね〜」

「綺麗ですね〜」


 と、日向にあてられたようにボーっとしてたエステル・ヨシュアが目の前の絶景を前に思わず感嘆の声を上げると、それに追随するように、もう一人からも同意の声が。

 そう。

 今、エステルたちは2人ではなく、3人で行動をしている。

 このマノリアで知り合った一人の女の子、クローゼ・リンツという少女と共にいた。

 細やかな青紫の髪はとても綺麗で、ジェニス王立学院に通っているという彼女は、制服姿も相成ってとても清楚で可憐である。可愛いという単語よりも美しいという表現が先にくるのがクローゼという女の子だった。

 彼女との出会いは平凡なものだ。

 エステル達がマーシア孤児院を訪れた際に、孤児院の手伝いによく来ているというクローゼと知り合い、そこの院長であるテレサ院長にも会い、いくつかの手伝いをすることになった。手伝いといってもお金がない孤児院の為に、無償で手伝うことにしたのだ。

 だがそれは悪いと感じたクローゼが自分も手伝う事にし、エステル達と同行して食材の買出しや畑を荒らす魔獣の退治など、いくつかのお願いをこなした。

 一仕事を終えたエステルたちは軽い昼食をと、ヨシュアが提案したので休憩をとったという訳だ。


「はっ!? あまりの陽気な天気についつい・・・・・・にしても、美味しい〜」

「はは、そうだねエステル」

「天気や景色もいいですから、食欲も唆られますね」

「そうね〜」


 う〜ん、と大きく伸びをして空気を吸い込むと、なんだかずっと溜まってたモヤモヤが消えていく感じがして、とても楽になる。

 だがそれも一時的なものですぐに溜息がこぼれた。


「どうかしましたか? エステルさん」

「うん、ちょっとね・・・・・・」

「・・・・・・ティオのこと?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ティオさん・・・・・・確か、お二人の妹さんでしたか?」


 雑談程度で聞いていたティオの名をしっかり覚えていたクローゼは、確認するように聞き返した。エステルたちの正遊撃士になる為の旅に途中まで同行していて、リベールでも人気の旅の宿、川蝉亭で別れたという所までは聞いていた。

 エステルは声を出さずにクローゼに頷くことで返事して沈黙する。


「うん。川蝉亭でいろいろあって、エステルもティオもちょっとね」

「まあ・・・・・・」

「喧嘩はしてなかったんだけど———————」

「・・・・・・ティオは」


 ヨシュアの言葉を遮るように、エステルがポツリと呟いた。


「ティオは、どうしてあの人たちに付いていったんだろ。どうして、ルシアを助けれるのがティオだけなんだろ・・・・・・どうして、あたしは違うって言われちゃったんだろう」

「エステル・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 新しく出てきた名前にクローゼは首を傾げる。なんだかどこかで聞いたことがある名前だが思い出せないので、とりあえずまだ聞く事に徹しようと決めた。


「ルビィさんやナルさん達も・・・・・・ルシアの事知ってたし・・・・・・あの人達って何者なんだろう」

「うん、そうだね」

「ティオは鍛えてもらうって言ってたけど、何をどう鍛えるんだろう?」

「うん・・・・・・」

「あたしは駄目って、何がいけなかったのかぁ」


 ズーンと暗くなるエステル。

 そう、これはエステルにとって初めての屈辱と言っていい。

 遊撃士になろうと心掛けてから今までずっと努力してきた目標をいきなり折られた気にもなり、一層落ち込みに拍車をかけた。

 だが、ここで簡単に折れないのも、エステル・ブライトたる所以でもあった。


「エステルさん、元気だし—————」

「あまり落ち込まないで——————」

「ん〜〜〜よ〜〜〜〜〜〜し! あたしはあたしでやってやろうじゃないの!」


 負けないわよ!と大きな声で叫ぶ彼女に、思わず呆気にとられる。

 それが空元気なのか、彼女の底力なのか。

 クローゼにも、そしてヨシュアですら判断はつかなかった。


「さあ! ご飯ご飯! あ、そうだ、ヨシュア、ハイあ〜ん」


 散々振り回した挙句に、唐突に思いついたようにサンドウィッチをヨシュアの口元へ向ける。次はあたしが食べさせてもらおうかなぁと言うエステルに、クローゼは少し顔を赤くしてその様子を見ていた。

 ただ。

 この瞬間のヨシュアは、思いもよらぬ方向からの攻撃により慌てふためき頬を染めていたが、その直後に暗く辛そうな笑みを浮かべていたのだ。

 その意味を、エステルは訳がわからず不思議そうにしている。


「ヨシュアさん・・・・・・・・・」


 クローゼだけは彼の表情に気がつき、その意味を察した。
 チクリと、彼女の胸が傷んだ。





  ◆ ◇ ◆ ◇





「ここは・・・・・・」


 気が付けば真っ白な世界にいた。

 足元すらどこからどこまでが境界なのかすら分からない、何もない世界。

 周囲を見渡しても真っ白で気が狂いそうになるはずだが、不思議とそれがない。

 海の中に微睡んでいるような、そんな不思議な感じ。

 すると、徐々に視界が開けてくる。

 少なくても自分が知らない場所だと、冷静に頭がそう囁いている。しかしそれにも関わらず自分はソレを深く考えずにありのままを受け入れている。

 視界の先は空であった。

 いや、正確には空の上であり、自分は今何かに乗っているのだ。

 真っ白な毛が綺麗に靡く上に自分は乗っている。

 前には真っ赤な兜を被り、どこか神聖すら感じさせる鎧に身を纏った、自分と年齢がそうは変わらない少年がいた。横顔は顔が整っていて瞳が緑色なのが特徴的。

 後ろを振り返れば、筋肉質な青年とどこか勝気な感じの金髪のシスターらしき女性と。

 なんだかインテリっぽい印象と軽薄そうなという相反する印象を持つ、どこかチグハグな少年と、長い黒髪が美しく大人しく気品を感じさせる女の子がいた。

 この人たちは知らない、そうティオは思うはずなのに、知らないのに知っている事が前提のように思考が誘導される。

 混乱する頭を左右に振り、しっかりしようと頭を叩いていると、目の前の少年が声をかけてきた。


「ティオ、どうかした?」


 その少年の声は、なんだか人を落ち着かせる、そんな不思議な声だった。

 ティオは自然と、知らない少年の名前を口にした。


「いえ、アレス。大丈夫です」


 アレス?

 アレスとは誰のことだ。

 ティオの混乱を他所に、背後からも声がかかった。


「おいおいティオすけ。大事な決戦前なんだ、しっかりしてくれよ! お前がしっかりしてくれないと、このじゃじゃ馬ジェシカの手綱を誰が握るんだ!」

「だ、だ、誰がじゃじゃ馬よ、この馬鹿キリー!!」

「よさないか君たち! この大事な戦いの前に喧嘩するなんて」

「大丈夫よナッシュ。キリーもジェシカもとても仲良しさんなんだから」

「そ、そうだよね、ミア! ミアの言うとおりだ!」

「こ、こらミア! 誰が仲良しなのよ!?」

「まったくだぜ!」


 自然と笑みが溢れた。

 知らない人たちに囲まれているのに、なぜかそこが自分の居場所だと感じている。

 このメンバーでいることが心地よく感じている自分を、当たり前のようにそれが自然だと思っている。


「ふふ・・・・・・大丈夫です。少し考え事してました」

「そう。まあ、あんたの事だから無駄に考え込み過ぎてたんでしょ。ダメよ〜? もっと楽にいかなきゃ」

「そうですね。ティオの調子が悪いとあたし達の魔法攻撃の威力は落ちるし、やっぱりチームの頭脳が欠けるのは痛いわ」

「全くだ。だが本当に調子が悪いならボクに言いたまえ。良い薬を持ってきている」

「いえ、本当に大丈夫なんで」

「よし、じゃあみんな。ティオも大丈夫みたいだし、そろそろ突入するよ!」

「「「「「おう!」」」」」


 乗っていた動物・・・・・・ドラゴンはアレスの言葉により速度を上げ、目の前の空中に浮かぶ巨大な都市へ突っ込んでいく。


「突入するぞ!」


 アレスの声に皆がそれぞれ武器を構える。

 アレスの剣には幾重の風が集まり、剣を中心に竜巻が発生したかのように風が収束していく。

 キリーは大きな大剣を振りかぶり、剣先に白い巨大な気が集まっていく。

 ジェシカの手にはいつの間にか馬鹿でかい金槌が出現し、10メートルを超えるそれを軽々と肩に乗せていつでも飛び出せる体勢に。

 ナッシュの指先にはバチバチと雷が発光し、振りかぶる。

 ミア両手の手のひらの間には灼熱の業火が集まり、一つの玉になっている。



 そして。



 ソレを自分は知らず知らず、しかし勝手に動いて行なっていた。


「冷気よ—————」


 頭上へと魔力を練り上げ—————。


 仲間たちが声を揃えて振り下ろそうとした瞬間に、ティオも続いた——————!


「フリーズアロ—————!!」


 ド———————ン、と。

 狙い場所ではなく『その場で』大爆発を起こした。





 ◆ ◇ ◆ ◇





 視界が開けたら、目の前には『黒焦げナル』が半眼でティオを見ていた。

 彼女は視線を横に向けると『ぷち焦げルビィ』はお腹を抱えて地面をのたうち回っている。


「・・・・・・・・・・・・失敗しました」

「なんでそこで失敗するんだよ!」

「アハハハハハ! ヒ〜〜〜〜! おかしい!」


 良いじゃないですか被害が少ないんだから、と思わず暴言。

 ティオは真っ黒焦げになりながら、ぷはっと黒煙を口から吐いた。

 まだまだ、先は長そうだ。


「でも・・・・・・」

「あん?」

「ん?」

「思い出しました、夢で見た内容を」


 自分は彼らに会ったことがあったのだと、ティオはようやく思い出した。

 そう。

 少し、前とは変わっている気がする。

 ちょっとずつだけど、自分を好きになれる気がした。

 彼らが自分を呼んでくれたから。

 この『ティオ・プラトー・ブライト』を。



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GW中は更新できず申し訳ない。海外旅行に行ってました(笑)
場所はシンガポール!
疲れた・・・・・・orz

とりあえず2話更新します。
感想返信は、これからすぐに仕事に行かねばならないので、帰宅したら返信します。
申し訳ないです(泣)



[34464] 第33話 その選択の行方は・・・
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2014/01/11 22:15
あけましておめでとうございます。
遅くなりまして申し訳ございませんでした。

今年こそがんばります!

・・・・・・閃の軌跡の続きが気になって仕方がないw
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 手伝いを終えたエステルたちはルーアン都市に戻ってきた。

 今日手伝って貰ったお礼に、クローゼがルーアンを案内してくれるということで、夕方の時間帯ということで僅かな時間ながら3人で街を周っていた。


「ここが海港都市ルーアンの一番の観光名所、ラングランド大橋です。ルーアン市の北街区と南街区を結ぶ唯一の橋なんです。実はこの橋は跳ね橋で一日三回、巻き上げ装置を使って真ん中から橋が二つに跳ね上がるんですよ」

「ほぇ~~~。やっぱ本物は違うわね!」

「え?」

「優しいし博学だし礼儀正しいし、生意気ボクっ子なんか比べ物にならないわ」

「そのボクっ子にしっかり騙されてたのは誰だっけ?」


 穏やかな笑みと清楚な雰囲気は、エステルにとっての『憧れのお嬢様像』だったらしく、目をキラキラさせてクローゼの手を握って嬉しそうにしている。

 クローゼ自身も、何の裏も含みもない純粋な感情を素直に向けてくるエステルに嬉しそうに笑い返し、ヨシュアの突っ込みを無視してなんだか十年来の親友のように楽しそうに話していた。

 しかしこうして楽しそうに話していても、水が差す時は唐突に来るものだ。


「ひゅ~! さっきからブラブラしてっけどヒマなのー?」

「だったらオレ達と遊ばな~い?」


 どこか攻撃的な服装を着て、そして軽薄な印象しか与えない出で立ちの男たち。


「・・・・・・なによ、あんた達」

「なぁ、そろそろ日も暮れるしよ。いいところに連れてってやるからさぁ」


 そういってエステルの肩に手を回そうと近寄ってきた。

 しかしそんな二人の間に、割って入る人が。


「行こうか、ふたりとも」


 ヨシュアだ。

 彼の立ち位置はまさしく女性二人を守る騎士のようなもの。

 だが、そんなヨシュアの態度も、絡んできた男たちの神経を逆撫でするものでしかなかったらしい。

 ギロリと目が凶悪に釣り上った。


「生っちろい小僧がかっこつけてんじゃねぇよ!」

「だ、誰が生っちろい小僧よ!」

「いいよエステル。僕は別に気にしてないから」


 そう言って朗らかに笑うヨシュアが、さらに男たちを苛立たせる。

 男は舌打ちをすると、胸元からあるモノを取り出した。

 それは白銀色に輝く刃。


「むかつくガキだぜ! 上玉ふたりとイチャイチャしやがって!」

「ヨシュアさん!」

「世間の厳しさってやつを教えてやろーか!?」


 ナイフを振りかざした男にクローゼは顔を青褪めヨシュアを心配し、エステルも少しびっくりしたように驚いている。

 男の勢いは止まらず、ナイフを握りなおして振り上げ、怒声を上げながら襲いかかってきたのだが・・・・・・。


「僕は別に構いませんが彼女たちに手を出したら・・・・・・手加減しませんよ」


 振り下ろされたナイフを、ヨシュアは腕に付けた鉄甲で冷静に弾き、冷徹な眼差しを男たちに向けた。

 ヨシュアの瞳の冷たさに思わず男たちは怯む。

 すると背後から、大きな声が埠頭に響き渡った。


「おまえたち、何をしているんだ!」

「ちっ! やべぇな、ずらかれ!」

「おいっ、おまえら! ・・・・・・ったく、大丈夫だったかい君たち」


 大声を出したのは20代の男で若々しく、文系の貴族っぽい印象を感じさせる男性だった。

 彼は逃げ出した男たちにため息を吐くと、エステルたちに無事かどうか確認してくるその若い男は、さっきの人とは対照的に良い人オーラが漂う人だ。


「うん、なんとも。ありがとうお兄さん」

「おかげで助かりました」

「ありがとうございます」


 エステル、ヨシュア、クローゼがお礼を述べるとさらにその後ろから中年の男性がやってきた。


「観光に来られた方かな? すまなかったね、街の者が迷惑をかけてしまった」

「ク、クローゼ! だれこのおじさん」

「ルーアン市長のダルモア氏です。最初の方、お若い方は秘書のギルバートさんです」

「どうも初めまして。私は市長のダルモアだ。しかし済まなかったね。彼らはレイヴンといって、恥ずかしながらこのルーアンに巣食っている素行の良くない若者たちの集団なんだ。隙を見せると何をしでかすかわからないような連中だ」

「そう。だからもう暗くなるから、君たちも十分気をつけるようにね」

「あ、はい」


 そう言って朗らかに注意して去っていく市長とその秘書は、なんだかメイベル市長を彷彿させて、いい人たちだなぁとエステルは感じたのだった。


「それじゃあ、そろそろ・・・・・・」

「そうね。今日は一日ありがとう、クローゼ」

「助かったよ、クローゼさん」


 クローゼは少し頬を染めつつ、少し深呼吸をして二人に提案してみた。


「あ、あの。来週末にある学園祭にいらっしゃいませんか?」

「へ?」

「学園祭?」

「ジェニス王立学園の伝統行事なんです。催し物や展示なんかもたくさんあって、きっと楽しいですよ!」

「いくいく! もちろん参加するわ!」

「息抜きにはぴったりだね」


 こうして、二人は寄り道でクローゼの誘いに乗った。

 新しくできた友達に学園祭と、日曜学校ではない名門の学校に行けるということで、エステルもヨシュアも、すごくいい一日だったなぁ、と幸せに感じた。

 それが数時間後。

 残酷な位に簡単に、崩れ落ちる。





 ◆ ◇ ◆ ◇





「そんな・・・・・・」

「これは・・・・・・」


 目の前に広がる光景。

 それはマーシア孤児院が『あった』場所。

 緑あふれ、小さな農地があり、子供たちが遊ぶ用の遊具マーシア孤児院は、見るも無残な様相を呈していた。

 木造とはいえ温かな造りをしていた孤児院は焼け焦げて倒壊し、農地は荒れ果て、遊具や井戸も全て破壊されている。


「テレサ院長・・・・・・マリィ・・・・・・ポーリィ・・・・・・ダニエル・・・・・・クラムっ!」


 火災が起こったのは、特殊な事情がない限り皆が同じである筈の深夜の寝静まった時間帯だ。

 そう、寝ている中に起こった火災だ。

 エステルの脳裏に過る、逃げ遅れたという絶望の結果。

 子供の時以来訪れる、激しいショックと動揺。


「これは・・・・・・家屋の内部より外部が激しく燃えてる・・・・・・放火の可能性が高いな」


 ヨシュアが険しい顔で呟いた、自然発火ではない人為的な悪意があると言う言葉に、エステルの中で怒りと悲しみが一層に膨らむ。

 脳裏に、焼け死んだ皆の姿が過ぎり、ギリっと奥歯を噛み締める。


「みんな・・・・・・っ!」

「エステル・・・・・・」


 ヨシュアが地面に膝を付いて落ち込むエステルを勇気づけようとした直後。

 村への入り口から一人の女性が駆け込んで来た。


「エステルさん! ヨシュアさん!」

「! ・・・・・・クローゼ!」

「孤児院が火事になったって聞いて! 急いで駆け付けたんですがっ!」

「あたし達も協会で聞いて飛んできたの。でもまだ皆の安否がわからなくて」

「みんなは無事です。ここにいなければ、たぶん連絡をくださったマノリア村の宿屋にいるかと!」

「ほ、ほんとに!?」

「よかった・・・・・・」


 クローゼからもたらされた吉報に、エステルとヨシュアは顔を見合せて喜んだのだった。




 ◆ ◇ ◆ ◇




 幸運なことに、今回の火事による犠牲者は誰も出なかった。

 マノリア村に避難していた孤児院の子供たちを始めテレサ院長は、駆け付けたクローゼやエステルたちを出迎え、無事な姿を見せてくれた。

 子供たちは突然の火事という恐怖を体験したことと、自分たちの家が焼けおちた事がよほどショックだったのだろう。皆がクローゼに抱きついて泣いていた。それはもう余り関係のない宿屋の人や居合わせた人ですら、子供たちの泣き声に涙を流した程だ。


「実は今度学園祭があるんだけど、演劇で主役をやることになったの。ああ、でも困ったわ。学園祭はとっても楽しいお祭りだから、そんな悲しい顔をしている子は入れてもらえないかも・・・・・・でも私はみんなのために一生懸命演じるつもりよ。みんなは私の劇を見にきてくれるかしら?」


 だがそんなクローゼの言葉に、子供たちは自然と涙が止まり、徐々に笑顔に変わっていく。

 その光景だけで、皆は大した子だと感心する。

 自然と、無理がないように、会話を逸らして意識を違うところへと向ける。


「・・・・・・・・・・・・」


 ヨシュアは、そしてエステルは辛い気持ちを隠して気丈に振舞うクローゼの姿は感動し、二人の心を打つ。

 クローゼは女の子をギューっと抱きしめながら、お茶目な顔で言葉を紡いだ。

「お姉ちゃん。役は?」

「役? それは当日までの秘密!」

「え~~~」

「それより私、お腹ぺこぺこなの。みんなも何か食べたくない?」

「食べたーい!」

「じゃあみんなで下の食堂に行こうか」

「は~~~い!」


 その光景を見ていたテレサ院長は、クローゼの気配りに申し訳なさ気に、でも皆の逞しさと前を向く気持に涙を流していた。

 ヨシュアはクローゼのその背を見送ってから、テレサ院長に向き合う。


「テレサ院長。火災現場を検証してきました。残念ながら出火原因はおそらく・・・・・・」

「…………」

「放火です」

「あぁ・・・・・・」


 その原因に思わずテレサ院長はうめき声をあげた。

 それは当然だろう。それは悪意がある恐ろしい手段だから。青褪めたテレサをエステルは手を握って問いかけた。


「あの、テレサ院長」

「・・・・・・はい」

「そういうことしそうな人に心当たりはありますか?」

「いえ。うちにはお金もありませんし、恨まれる覚えもありませんし」


 孤児院はお世辞にもお金があるといえない。

 いや、誰がみても運営だけでいっぱいいっぱいというのは目に見えている。

 子供がいたずらをして恨みを買った、という可能性もあるが、マーシア村は孤児院だけであり、そこから一歩でも外にでれば海岸沿いに出てルーアンへ一直線。故に外は魔獣だらけで子供たちは外に出ることはない。

 また、マノリア村の人々もこの孤児院はよく知っている。この村に来る時はテレサ院長がずっと付添いでいるから、悪戯もできなければ、すぐに院長に連絡が入るだろう。

 そして最大の理由としてテレサ院長の人柄が故に、怨恨の線はあり得ないと皆が断言するほどであった。

 それほどテレサ院長は人格者でもあり信頼もされており、また優しさに溢れていた。


「・・・・・・あの方は、関係ないでしょうし」

「あの方?」


 思わず漏れたテレサ院長の言葉にヨシュアとエステルは反応した。


「ええ。建物が炎に包まれて、もうダメだと思った時、扉を破って私たちを助けてくださった方がいたんです」

「へぇ」

「象牙色のコートを纏った20代半ばくらいの男性で、見事な銀髪をなさっていました」

「・・・・・・・・・・・・っ」

「でも人を呼んでくると言って、すぐにいなくなってしまって。マノリアの方々にも聞いたのですが誰も心当たりはないそうです」

「銀髪・・・・・・シェラ姉じゃないわよね。でも助けてくれたんだし犯人の線は薄いかしら? ねぇヨシュア」

「・・・・・・」

「ヨシュア?」

「! う、うん。そうだね」


 ヨシュアの様子が少しおかしいことにエステルは怪訝な顔をしたが、テレサ院長が言葉を発したのですぐに気にしなくなった。


「私が言うのも変ですが、あの方が犯人というのは、ちょっとあり得ないかもしれません」

「どうしてです?」

「あの方、私が助けてくれてありがとうございます、って言ったら『礼は必要ない。これは昔に犯してしまった俺個人の子供たちへの償いだからだ』と仰って。何か陰がある方だけど何か後悔・・・・・・しておられるようでしたから」

「へぇ~~~~」


 ヨシュアはそんな会話を聞いてるようで聞いていなかった。

 銀髪の男。

 ヨシュアはその一点のみにおいて、何か動揺のようなものを感じていた。






 その日の夜。

 クローゼは焼け落ちた孤児院にテレサ院長と一緒に来ていた。

 日は沈んだ中で見る孤児院は、やはり寂しく、どこか辛い。


「クローゼ」

「テレサ先生・・・・・・」

「こんな所にいつまでもいると風邪を引いてしまいますよ」

「でも・・・・・・私はここが大好きなんです」


 クローゼとテレサ院長は一緒に一列に並び、建物を見る。

 想い出が、たしかに孤児院と共にあった。


「亡くなったジョセフおじさんとテレサ先生と一緒にすごしたこの場所で・・・・・・私は初めて家族の温かさを知ることができました」


 クローゼの『実家』は変わっているから。

 実家では、感じることができない空気と思い出だったから。


「ここは、マーシア孤児院は私にとって思い出のいっぱいつまった、とても、とても、大切な場所、だったのに・・・・・・どうしてっ」

「クローゼ・・・・・・」

「どうして・・・・・・こんなことに・・・・・・」


 ついにクローゼの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 とめどなく落ち続けた。
 
 テレサ院長は、そんなクローゼを優しく自分の胸元に抱き締めるしかできず、クローゼの嗚咽はマーシア孤児院に悲しく沁み渡った。


「・・・・・・・・・・・・」


 そしてそんな光景を、クラムは草影で密かに聞いていた。

 昼間に自分たちを笑顔で慰めて、そして笑顔で笑わせてくれたクローゼが泣いている、その光景に、焼け落ちた孤児院を見るよりもずっと衝撃を受けていたのだ。

 また、クローゼたちの護衛で来たエステル・ヨシュアも彼女が泣いている姿を見て、ぐっと拳を強く握り締めていた。


(強くて・・・・・・優しくて、気丈な子だったんだな、クローゼさんは)


 ヨシュアは皆の前では笑っていたクローゼを見てそう思った。

 そして、こう言った人を助ける為に遊撃士はいる。そんな遊撃士になったハズなのに、と






 ◆ ◇ ◆ ◇






「本当に放火だなんて恐ろしいことを・・・・・・」

「はい。現場の状況を確認した所、間違いないかと。院長にも失火の心当たりがないようですし」

「ですが、あの孤児院を燃やして・・・・・・一体誰が何の特になるというのでしょうか」


 孤児院には金銭もなければ財もない。

 子供たちは当然ながら孤児なので営利目的の嫌がらせも意味がない。またテレサ院長も夫を亡くしていて、親族もいない為に同様の理由により意味がない。

 そこまで全員が考えて、テレサ院長は悲痛な顔をしているのに気付いた。


「いいえ、そんなことよりも・・・・・・あの火事であの子達は天に召されてしまうところでした。そんな恐ろしい事をする人がいるなんて・・・・・・私にはとても信じられないんです」

「テレサ先生・・・・・・」

「ごめんなさいクローゼ。こんな楽観的な考えをしてたら院長失格ね」

「そんな!」


 そんなことは無いと言うクローゼに、テレサはありがとうとお礼を言って、でも、と続ける。


「昔あった、あの子供ばかりを狙った凄惨で凶悪なあの事件の時も、あの人が・・・・・・夫がいてくれたから私は安心して子供たちだけを看ていられたの・・・・・・こんな事じゃいけないわね! 私がしっかりしなきゃ!」

「テレサ先生・・・・・・」


 テレサの言葉にしんみりとする。

 昔の事件、それはこの大陸で起こった最低最悪の事件として人々の記憶に植えつけられ、口に出すのも躊躇われるほどの嫌な過去の出来事。


(テレサ先生ほんとに凄い人・・・・・・でもそんな凶悪事件なんてあったんだ)

(・・・・・・子供ばかり狙った凶悪事件・・・・・・)


 当時は外出する事すら人々は恐怖し、子供がいない人ですら不安で外出する機会は減り、大陸全土が暗黒期を迎えたかのように暗雲が漂っていた。

 そこへ男性二人組が深夜の宿屋へ飛び込んできた。

 エステルやヨシュア、クローゼはその男たちに見覚えがあった。


「おおっ! テレサ院長!」

「まぁ、ダルモア市長!」


 額に汗を浮かべる市長。ここまで必死に走ってきたということがよく分かる。

 市長の後ろにはギルバートがいて、彼も息が荒い。

 だがそれもその筈。テレサ院長の夫ジョセフとダルモア市長は親友関係にあるからだ。そして親友のジョセフ亡き後、取り残された孤児院に多くはないが援助してきたのもダルモア市長だったからだ。

 市長は孤児院の皆の無事を喜び、テレサ院長もダルモア市長にお礼を述べている。


「ギルバートさん!」

「あれ、君たちは先日会った・・・・・・」

「うん。あの時はありがとう! あたし達はね、この事件の担当遊撃士なの」

「遊撃士!? なら犯人はもうわかったのかい?」

「ううん、それはまだ。ギルバートさんは犯人について何か心当たりはないかしら」

「心当たりか・・・・・・まあ、こんな事をしでかすのはあいつらくらいしか・・・・・・」

「あいつらって誰!?」


 ギルバートには心当たりがあった。

 その人物、いや人物たちは、エステルたちが昨日も絡まれたルーアン倉庫地区に屯うチンピラ共で、日頃から住民に迷惑しかかけない、ルーアンの汚点ともいうべき存在になっている存在だ。


「奴らは日頃から市長に盾突いてばかりいるんだ。だからきっと今回も市長が懇意にしてる院長に嫌がらせを」

「あんですって!?」

「ギルバート君! 憶測で滅多なことを口にするのはやめたまえ! これは重大な犯罪なのだぞ!」

「す、すいません」


 謝るギルバートと、迂闊な発言を嗜めるダルモア市長。

 ギルバートの言葉を信じ込んだエステルも思わずバツが悪い顔になり、ヨシュアも頷いていた。

 だがそんな光景を、こっそりと階段の影から聞いていたクラムがいた事を、誰も気がつかなかった。







 ◆ ◇ ◆ ◇







 このまま犯人の情報が掴めない、その流れが漂っていた中、事態は急変した。

 ダルモア市長が家を失ったテレサ院長に、ダルモア市長が所有する王都グランセルにある別荘を貸し出すという話を持ちかけたのだ。

 家族全員で住み移れるという条件、市長の親切な心にテレサは涙を浮かべて喜んだ。エステルもヨシュアもクローゼも、それはそれは大いに喜んだのだが、その時に事件は起こった。

 クラムが真っ赤な顔をして怒りの形相でどこかへ走っていったと子供たちが目撃したというのだ。

 居なくなった事に動揺したテレサを宿に戻し、エステルたちはクラムを探した。

 心当たりはすぐに浮かんだ。

 怒りの形相という言葉でピンと来る。クラムはきっとギルバートとの会話を聞いていた、復讐に行ったのだと。

 だがルーアンのどこに行ったかまでは分からない。

 そこで特定した方法が、エステルたちのド肝を抜くことになった。クローゼは突然指笛を吹くと、空から隼が降りてきて、なんとクローゼの腕に止まったのだ。

 隼の名前はジーク。

 クローゼが幼い頃から共に一緒の、彼女のパートナーとでもいうべき隼で、驚くほど賢い鳥である。

 クローゼの腕の上で隼は何やらキュイキュイと鳴くと、空へと飛び立った。

 すると。


「あの子、ルーアンの東街区に向かったそうです。ついて来てください! ジークが案内してくれます!」

「案内って・・・・・・クローゼ、ジークの言葉がわかるの!?」


 と、仰天する事態となった訳だが。

 こうして奇天烈な特技を持つクローゼに驚かされつつ、ルーアン東区倉庫区画にやって来た。

 そして倉庫内では、クラムがガラの悪い男達に囲まれていた。


「とぼけるな! お前たちがやったって分かってるんだ! おいら絶対に許さないからなっ!!」

「なんだこのガキ」

「あのねーボクー。お子ちゃまは家に帰って母ちゃんのおっぱいでも飲んでなー」

「バカにするな! オイラには先生っていう母ちゃんがいるんだ! その先生の大切な家を・・・・・・よくも、よくもぉぉぉ!」


 激高したクラムは男達に拳を握りしめて襲いかかった。

 だが子供のクラムは圧倒的に弱者であった。振り上げた足の一蹴りでクラムは顔を蹴り飛ばされ、倉庫の樽へと突っ込む。激しい音を立てて崩れた瓦礫の傍で咳き込むクレムの襟を掴んで力尽くで持ち上げ宙吊りにした。


「なんだかわかんねーが、かっこつけちゃってよー。こいつどうすんよ」

「そうだな・・・・・・オイタがすぎるガキにはオシオキが必要だろ」


 すると男達が拳を鳴らしてクラムに近寄る時、倉庫の扉が開く音がした。

 
「やめてください!」


 飛び込んできたのはクローゼであった。後ろにはエステルとヨシュアもいて、3人はクラムが宙吊りにされた姿を見て目を釣り上げた。


「その子を放してください・・・・・・」

「ああ?」

「・・・・・・子供相手に寄ってたかって暴力を振るうなんて恥ずかしくないんですか」


 クローゼは怒りの余り、ぶるぶる震え出すほどだ。

 しかし男たちもカチンと来たようで、手にナイフを取りクローゼたちへにじり寄る。

 エステルやヨシュアも武器を取り出し警戒し、クローゼに下がるように言う。


「どいつもこいつも黙って聞いてりゃあ・・・・・・」

「痛い目にあいてぇのか!」

「! クローゼさん危ないわ! 下がってて!」

「いいえ、私にも戦わせてください」

「え?」

「死ねぇ!」


 突き出されるナイフは腰を捻って身を翻し一回転。

 その隙に傍にあった鉄パイプを瞬間で掴み、右手に持ち替え、ナイフを下から叩き上げた。するとナイフは男の手から溢れ落ちる。

 クローゼは左に右にと振り下ろして素振り。


「剣は人を守るためにあると、お師匠様に教えて頂きました」

「ふぇ!?」

「へ?」


 クローゼの剣技に呆気にとられるエステルとヨシュア。

 明らかに素人とは一線を画す動き。

 おしとやかで、なんだか「いいところのお嬢様」を地で行くクローゼには似つかわしくない程に「慣れて」いる。


「今が、その時だと思います。ですからもう一度言います。その子を放してください・・・・・・さもなくば」


 足を揃えて背筋を伸ばし。

 手を伸ばして正面に構え、空いてる左手で腕に添える。

 その姿はまるで、騎士のようで。


「実力行使させていただきます!」


 その姿は、ヨシュアの瞳に強烈に映った。


「調子にのってんじゃねぇ!」


 木材をもって振り下ろしてきた



 しかし3人は失念していた。

 確かにこの3人ならチンピラごときはすぐに鎮圧できていた。だが状況はそれ以上に複雑に持ち込む要素があった。

 そう。

 クラムという、子供がいたという事。


「おらぁ! ガキに怪我させたくなかったら大人しく武器を捨てておとなしくしろ!」

「なっ・・・・・・!?」

「くっ」

「クラム君!」


 クラムへナイフを付きつけ、人質にとったチンピラの一人・ディン。

 いいぞディン、と男達が活気づく。見事に形成逆転だ。


「覚悟しろよぉ嬢ちゃんたち。調子にのりやがって! 思いっきり可愛がってやるからよぉ」

「姉ちゃ・・・・・・逃げろ・・・・・・」

「クラム君っ!!」

「エステル。僕が奴らの注意を引き付けるから、その隙にあの子を助けて―――」


 分が悪いカケだけど、とヨシュアは歯噛みするが、その時。

 彼等の背後、倉庫の扉から声が投げかけられた。




「そこまでにしとけや」




 全員が振り返った先にいた声の主、それは一人の男だった。

 赤毛の髪を逆立たせ、頬に傷があり。


「やれやれ・・・・・・久しぶりに来てみれば、俺の声も忘れてるとはな」

「あ、あんたは!」

「アガットの兄貴!」


 全身が筋肉質で引き締まった肉体をもち、身の丈程の大剣を背に担ぐ、明らかにこれまでのチンピラたちとは別格の男。
 
 エステルもヨシュアも、そしてクローゼでさえ、アガットと呼ばれる新手の男の実力の高さに警戒する。

 ―――強い、そうエステルは瞬時に感じた。


「何やってんだお前ら」

「な~に、この生意気なおイタがすぎたお子様たちに現実ってのを教えてたところで。これからおしおきタイムといこうかと!」

「ほぉ、おしおきか・・・・・・だったら俺も参加させてもらうか」

「どうぞどうぞ!」

「やっちゃってくださいアガットの兄貴!」


 不敵な笑みと共にエステルたちをチラッと見て、溜息を吐くアガット。

 クローゼはそんな彼等を気にしつつも、クラムを締め上げる男へ必死に懇願していた。

 アガットは拳を握り締め、武器を構えるエステルたちへと向き直って、


「んじゃあ遠慮なく――――――――女子供にまで手ぇ出しやがって、何やってんだテメエら!!」


 ドゴォっと激しい殴打音と共に、近くにいた男をぶん殴っていた。

 殴られた男は樽を壊すほどの勢いで飛ばされて失神。兄貴と呼んだ彼等は突然の兄貴分の行動に驚き激昂した。


「うるせぇ! チームを抜けたあんたに今更とやかく言われる筋合いは――――」

「――――なにか、言ったか?」


 巨大な大剣を振り下ろし、地面を砕き、激しい殺気と共に睨みつけていた。

 それだけで充分だった。

 かつてこのチンピラ共を纏め上げ、リーダーを張っていた男の言葉は皆を大人しくさせるのに充分であった。

 ペコペコと頭を下げて大人しくなるチンピラたち。先ほどの威勢や悪びれ具合は見る影もなく実に情けない。


「おい、そこのひよっこ遊撃士」


 開放されてクローゼに抱きつくクラムや抱きしめるクローゼは置いておいて、あまりな光景に冷や汗を流すエステルやヨシュアへ、アガットはこう言った。


「ガキ連れてさっさと引き上げろや」

「え、でも、あたしたちまだこいつらに聞きたいことが」

「ああ、放火犯がどうかって話か」

「な? え、どうして」

「心配すんな。この俺が――――この馬鹿共にたっぷりお灸を据えながら洗いざらい吐かせてやるからよぉ」

「ヒイイイイイイイ!?」


 その後、倉庫から悲鳴の声が途絶えなかったという。






 ◆ ◇ ◆ ◇







「ええええぇぇぇ!? あのチンピラ、じゃなかった。レイヴンたちの親玉みたいな男が正遊撃士~~~~!?」

「やっぱりそうだったんだ」


 ルーアンの遊撃士協会で絶叫を上げたエステルと、納得顔で頷くヨシュア。目を丸くして驚くクローゼとクラムがそこにいた。

 あの後、とりあえず遊撃士協会で落ち着くことにした皆は、受付け係りのジャンに説明されて、ようやく正体が判明したのだった。


「そう。正遊撃士アガット・クロスナー。重剣の二つ名で知れ渡っている実力派で現在はB級さ。つまり君たちの先輩って訳だな」

「あ、あんなチンピラもみあげ男が・・・・・・」

「こらこら」


 エステルのあんまりな言葉にジャンは苦笑しながら嗜める。


「そうそう。マーシア孤児院の院長先生がこちらに向かっているそうだ。入れ違いになるといけないからここで待っててくれるかな?」

「そんな。わざわざ来なくても、あたしたちがマノリア村まで送るつもりだったのに」

「ん、まあそう言ったんだけどね。よっぽど・・・・・・ね」


 チラっと見た先には、クラムが。

 それだけでピンときた一同。そしてクラムにもその先がわかってしまい、クラムは堪らず走って出て行ってしまった。


「ちょっとクラム! あんたどこ行くのっ!」

「クラム君!?」

「エステルもクローゼさんもここにいて。僕が追うから」


 クラムの気持ちが、同じ男として察することができたヨシュアは彼の後を追った。

 追いかけたヨシュアはすぐに追いつくことができた。

 そもそも遊撃士と子供では当たり前の結果で、ヨシュアはクラムの気持ちを落ち着かせるために2人で散歩することに。

 けれど後ろに、堪らず追いかけてきたクローゼが付いて来ている事に2人は気がつかず、ゆっくりと海を眺めれる沿岸まで歩いて話を始めた。


「・・・・・・オイラ知ってたんだ。最近孤児院の周りに知らない大人がよく来てて、兄ちゃんたちが来た前の日にも黒い服を着た二人組のが何か調べててさ。きっと火をつけたのはそいつらだって思うんだ」

「それは、さっきのレイヴンだった?」

「・・・・・・・・・・・・たぶん、ちがう」

「・・・・・・・・・・・・」

「バカだよな・・・・・・関係ない奴らに殴り込んだり、そもそも弱っちぃくせに仕返ししようとするなんて・・・・・・マーシア孤児院はオイラが守る、なんてさ」


 座り込んだクラムは膝を抱え込んで俯き、ヨシュアは彼の隣でジッと彼の話を聞く。

 そんな話し声が聞こえたクローゼは、しかし次のクラムの言葉にハッとなった。 
 

「結局、なにも出来なくて・・・・・・みんなが、クローゼ姉ちゃんまであんなに泣いてたっていうのに・・・・・・オイラ、ほんとに、みっともない・・・・・・」


 バレてたんだ、とクローゼはハッとなり、辛そうな表情をする。


「みっともなくなんかないさ」

「え・・・・・・」

「大切なものを守るために身体を張って立ち向かおうとするのは、大人だって簡単にできることじゃないよ。だから僕は、すごくかっこいいと思った」

「・・・・・・・・・・・・・」

「クラム。でも君はひとつ知らないといけない」

「え?」

「君はさっきみんなが泣いてたっていったけど、その中に院長先生は入ってる?」

「先生は泣いたりしないよ・・・・・・テレサ先生は優しくて、強くて、オイラたちの自慢の母ちゃんなんだから」


 そう言ったクラムは本当に確信しているのかのように言うのだ。

 きっと、孤児院の誰もがそう思っているのだろう。それはテレサ院長の日頃の成果でもある。


「うん、そうだね。ひどい火事にあってとても辛い思いをしてるだろうに、いつも周りの人を気遣って気丈に振舞ってた。僕も、本当に強い人だと思う」


 でも、とヨシュアは続けた。


「その先生がね、さっき僕たちの前で泣いたんだ」

「え・・・・・・?」


 その瞬間、きっとテレサ院長がそうあろうとした理性が切れたのだろう。

 彼女の本当の姿が、子供たちには見せまいと、隠し続けてきたものだったのだろう。


「君がいなくなったと聞いて、必死に保ってきた何かが切れたように、その場にへたりこんで泣き崩れてた」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

「ねぇクラム。犯人を探してとっちめる事は僕たちにだってできる。でも君だけにしかできないことはあると思う。少なくとも、今泣いている先生を笑顔にしてあげられるのは、君だけだよ。だから君だけの方法で、みんなをこれからも守ってあげて」


 その言葉に、クラムはクシャっと顔を歪ませ、そしてクローゼは胸にポカポカと暖かいものが宿るのを感じる。

 何度もヨシュアの言葉に頷き、クラムへと期待する。

 すると、街道をかけてきたテレサ院長が現れ、クラムの姿を見て慌てて駆け寄ってくる。


「クラム・・・・・・」

「せ、先生」

「ほ、ほんとうに、この子は!」

「!」


 叩かれる、そう思ったクラムは思わず目を瞑ったが、その瞬間にきた衝撃は頬を叩かれた衝撃ではなく、全身を包まれた温もりであった。

 震える院長の身体を感じたクラムは、ヨシュアの言葉が真実だと知り、ギュッと抱きしめ返したのだった。

 2人は約束を交わす。

 もう心配はかけないと。

 その姿は、血は繋がらないが、確かに親子の姿であった。


「ヨシュア兄ちゃん、おいらわかったよ。必ず守ってみせるから! 男の約束だ!」

「うん! がんばれクラム」


 バイバイ、と手を振って何度もお礼の頭を下げるテレサ院長とクラムをヨシュアは見送った。

 姿が見えなくなるまで手を振るヨシュアを、クローゼはジッと見つめていた。

 ヨシュア言った言葉の一つ一つを反芻し、彼の笑顔が脳裏に焼き付けられる。


「大切な人を守る・・・・・・か」


 そう呟いたヨシュアの横顔は、どこか寂しそうで。

 そのどこか陰のある表情をクローゼは気になった。


 一方その頃、遊撃士協会ルーアン支部店で待機していたエステルは、飛び出していったっきり戻ってこないヨシュアとクローゼの帰りを待っていた。 


「む~~~~ん、みんな早く戻ってきてよぉ・・・・・・って、そうだ。ねえジャンさん」

「ん? なんだい」


 椅子に座って足をぷらぷらさせながらダラけきっているエステルに、苦笑しながら受付のジャンはエステルの相手をしていた。


「あの赤毛の不良っぽい人ってさ、本当に遊撃士なの?」

「信じられないかい?」

「まあ、そうりゃあねぇ。だってレイヴンの連中と知り合いみたいだったし・・・・・・」

「はっはっは。そりゃそうさ。だって奴は昔、レイヴンのリーダーを務めていたからね」

「うぇえええ!? そ、そんな人がよく遊撃士になれたわね!?」

「人間変われば変わるもんだよ。特にやつは、ある人と知り合ったのがきっかけで――――」


 なんだか少し誇らしげに語るジャン。しかもある人と~のくだりでは、意味あり気にエステルを見やったのだが、彼の言葉を塞ぐように言葉を被せてきた男がいた。


「そこまでにしとけっての」

「げっ!」

「お疲れ様、アガット。取り調べはすんだかい?」

「まあ、一通りはな。そんでもってあいつらはシロだ。火災の起きた晩に酒場で一晩中飲んだくれてたって証言がある。それに酔った勢いだけじゃあそこまで周到な放火はできん」

「そっか・・・・・・」


 アガットの登場にエステルはうめき声を上げたが、すぐにアガットの報告に複雑そうな顔をした。

 犯人だと思っていた連中が違うと言うのだ。それは仕方がないかもしれない。

 するとエステルはハッとあることを思い出し、アガットに向き直る。


「ありがとうアガットさん! 調査の事とあの不良たちからあたしたちを助けてくれた事もね!」

「・・・・・・けっ」


 アガットはエステルが差し出してきた握手の手をパシンっと撥ね退け、ギロリとエステルを睨みつけた。

 その剣幕に、エステルはたじろぐ。


「なに被害者ぶってやがる。あいつらがシロなら、悪いのは先にいちゃもんをつけてきたあのガキの方じゃねぇか。そしてロクに調べもせずにあのガキに乗っかったお前らも同罪だ」

「でもそれは、あいつらがクラムにナイフを突きつけたから」

「それはお前らの技量の無さが招いた結果だ」

「うぐっ・・・・・・」

「はあ。こんなのがおっさんの――――だとはね」

「こ、こんなのですって~~!?」

「フン。こんなのには任せてられないって事だ。お前らにはこの一件から外れてもらって、俺が引き継ぐ。いいな?」


 アガットはエステルに突如宣告する。だがアガットにはその権限があるのだ。

 エステルたちはまだ準遊撃士。つまり一人前のひとつ前。プロである正遊撃士は、同じ任務内容を請け負った場合、優先される権利が発生する。

 もちろん、依頼人の希望であったり受付人の人が準遊撃士の人の方が都合が良いと判断した場合はその限りではないが、よほどの事がなければ一人前の人にお願いされるのが常である。

 そのことをエステルも分かっているから、歯ぎしりして悔しがるしかなかった。


「ぐ・・・・・・う・・・・・・」

「話は終わりだ」


 アガットはフフンと鼻で嘲笑し、意気揚々とギルドを出て行った。それとすれ違うようにヨシュアとクローゼが一緒に戻ってきたのだが、2人が目にしたのは得意気に出て行くアガットと、頭を抱えて悔しがるエステルの姿であった。


「あ~~~もう! なんなのよあのモミアゲ男~~~~! そりゃあたしだってあいつが言ってる事が正しいことは分かってるけど、だけどね~~~~!!」

「ははは」

「そりゃあたしだって油断してた所はあるかもしれないし、反省点は多いけど、それでもクローゼや院長先生たちや子供たちの為に何かしたかったのに」



 ジャンは苦笑しか出来ないようで、悶えるエステルにヨシュアとクローゼは目を丸くし、エステルに嘆く言葉から何があったかをすぐに察せた。

 クローゼはエステルの言葉にジーンとなった。

 エステルが自分に付き合ってくれていたのは、遊撃士としての仕事という割合よりも、私情で一生懸命になってくれていたのだと、初めて気がついたから。

 そんなエステルが今回の事で、多分に自分たちが暴走した結果で彼女たちが責められる事になってしまい、申し訳無さがこみ上げてくる。

 するとクローゼの脳裏に、ちょっとしたアイディアが過ぎった。


「ジャンさん。民間の行事に関して、遊撃士の方に依頼することは可能でしょうか」

「もちろん。依頼さえあれば護衛とか警備もやるしね。過去の例だとボースのマーケットにクロスベルで行われる会議の護衛、帝国で行われた皇族のパレードなどでも護衛をしたことがあるほどさ」

「そうですか! じゃあエステルさんたちにお願いがあります」

「ふぇ?」


 ジャンの言葉に嬉しそうにするクローゼは、落ち込むエステルとそんな彼女に困っているヨシュアへと声をかけた。

 ヨシュアはエステルになんて声をかけていいか分からず困っていた。過去にも失敗から落ち込むことは多々あったが、それでも今回のミスは意味が違う。

 正遊撃士になるための修行中であり、実際にミスによる危険が降りかかったのは自分たちではなく民間人だったのだから。

 そこには少なくともヨシュア自身にもショックはあったのだが、そんな時に明らかに自分たちの為に無理やり思いった様子でも救いの手を差し伸べたクローゼの提案は、ヨシュアにとってもすごく助かったのだ。 


「よかったら私の依頼を受けてください! あの子たちの為にも、どうか私に力を貸して欲しいんです!」

 







 ◆ ◇ ◆ ◇








 クローゼの妙案というのは、所謂『学園祭』のお手伝いだった。

 ジェニス王立学院という、小国リベールの中でも一番の名門の学校があり、そこの生徒会に所属しているクローゼなのだが、生徒会の出し物である『演劇』に関して人手が全く足らず、主役の担当すら決まっていない事態とのこと。

 そしてこの劇を、火事になる前から施設の子供たちは楽しみにしていたらしい。

 なんとかしないとと思っていた所に今回の騒動があったという訳で、エステルとヨシュアにはその手伝いをお願いする、という事だった。

 
「すみません遊撃士のおふたりにこんな事・・・・・・」

「ううん! 何ができるか解らないけど、あたしたち精一杯力になるわ!」

「うん、そうだね」

「学園演劇、絶対成功させましょ!」


 すっかり復活したエステルに、クローゼもホッと一安心。

 しばらく歩いていると、前方に大きな建物が見えてくる。壁がぐるっと取り囲むモダンな創りの建造物が特徴的な、ジェニス王立学園がそこにあった。

 普段は日曜学校という、七曜協会での学校しか行ったことのないエステルたち。そこはどちらかというと、個人邸宅にお邪魔して勉強するところがあった。

 だがジェニス王立学園は違う。そこに大量の生徒が通い、学業や専門学をお互いに切磋琢磨しあい、苦楽を共にするその環境は、やはり特別な雰囲気を漂わせているので、エステルはすっかり緊張していた。


「まずは学園の生徒会長を紹介しますね」

「な、なんかドキドキしちゃうわね」

「たしかに」

「大丈夫ですよ。みんなとてもいい人ですし、助っ人を呼ぶ話は通してありますので」


 クローゼが安心するよう言いながら室内に入ろうとすると、部屋の中から大きな声が聞こえてきた。


「ああ~~~もう! なんでこの学園の生徒会長は代々変人ばかりなんだ!」

「ちょっと、いくらなんでもあの先輩と一緒にしないで欲しいわね」

「同じだよ!」


 エステルとヨシュアは意味が解らないやりとりに目を白黒させたが、クローゼはクスっと笑って室内に入る。

 どうやらいつもながらのやり取りらしい。


「ただいま。ジル。ハンス君」

「クローゼ!」


 室内に入ってきたクローゼの声に即座に反応した、金髪のメガネの女の子。

 彼女がジルといい、この学園の生徒会長を務める女傑。そして大きな声で嘆きの声をあげていた苦労人の爽やかな男の子がハンスといい、副会長を務めている。


「孤児院のみんなはどうだった? 大丈夫だった?」

「うん。大丈夫」

「よかった~。いろいろ大変だろうけどあんたは元気出しなさいよ!」

「そうだな」

「ええ、ありがとう」

「・・・・・・で、後ろの方は?」

「ほら、前に話したでしょ? 今回協力をお願いした遊撃士の方で―――」

「エステルさんとヨシュアさんね! よろしく! あたしはジル、生徒会長をやってるわ」

「副会長のハンスだ。よろしく」


 鮮烈な印象を感じたエステルたちとは違い、2人はエステルとヨシュアに対して好印象な出会いだったようだ。

 お互いに握手を交わし、話はさっそく依頼内容に。手伝い内容は演劇の手伝いという事だったが、ジルはエステルたちが思ってもみなかった提案をしてきた。


「早速だけど、遊撃士のお二人にはその腕を見込んで役者をやってほしいの。特にヨシュアさんには主役の一人を演じてもらいたいんだけど」

「「主役!?」」


 てっきり雑用係だと思っていたのだろう、ヨシュアもエステルもびっくりして思わず声をあげてしまった。

 だがジルの話を聞くと、なるほどと思わず頷かずにはいられない内容だった。


 今回の演目は『白き花のマドリガル』。主役が3人いるという設定だ。

 貴族制度が残っていた頃の王都を舞台にした演目で、平民の騎士オスカーと貴族の騎士ユリウス。そして花のように美しいお受けの姫君セシリアとの恋の物語。

 仲のいい幼なじみの3人が勢力争いに巻き込まれ、ついには姫をめぐって2人の騎士が決闘をすることになるという話。

 物語の焦点は男達の争い、つまり剣舞による戦いの行方と、姫と騎士との三角関係の決着だが、演じる人によって物語の決着が違うため、王都でも人気のある物語のひとつであった。

 その説明を聞いてエステルはピンときた。

 剣舞による戦いのところを戦いの本職である自分たち、騎士役をヨシュアにやって欲しいんだと察したのだ。


「それでお姫様役がクローゼさんって訳ね!」

「一応、恥ずかしいんですけどね」

「何言ってんのよ。イメージにぴったりよ!」


 エステルはそう言い切る。確かにクローゼははまり役だとヨシュアも思った。

 にじみ出るおしとやかな雰囲気、上品な物腰、穏やかな口調と声、そして美人さ。男なら頷きそうな条件を揃えているクローゼに、エステルは太鼓判を押す、が。

 そこで待ったをかけたのはジルであった。


「でもねー。ハマリ役すぎるでしょ? そんなまっとうな演劇をやってなにが面白いのよ!?」

「お前はなにがやりたいんだよ!?」

「ははは・・・・・・」


 ジルの言葉に再び怒鳴るハンス。

 エステルもヨシュアもさすがに呆れるしかなく、笑いしか出なかった。


「でもこの台本、本当によく出来てますよ。原作の古めかしい言い回しを直してオリジナルエピソードを加える事で、物語に深みが出てますよね」

「そうだろう! 君のような分かる人物が参加してくれて俺も心から嬉しいよ」

「え? じゃあこの台本は君が?」


 と、意外な才能を見せつけるハンスに、ヨシュアは思わず関心して2人で討論を開始してしまった。

 ここはこうだとか、こうした方がなどなど、2人で討論を交わす光景にジルは肩を竦めた。


「配役かぁ。クローゼさんは男の子でも騎士役で主役ができるわね!」

「そうですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「そうよ。だって剣の腕前も見事だったもの。私も剣は基本だけならお父さんに教わったから、もし私が男の子だったら主役になれたかも、なーんて」

「あらっ、今なら男の子じゃなくてもなれますよ?」

「無理無理、あたしがお姫様なんて」

「・・・・・・ちょっとそこの2人!」

「「ひゃい!?」」 

「これ持って!」


 と、ジルに突然大きな声をかけられびっくりしたエステルとクローゼ。

 2人にそれぞれ箒と定規を渡して「起立!」と叫ぶ。

 すると2人は軍隊のようにピシッと背筋を伸ばして立っていた。完全に勢いに流されてしまっている。


「え?」

「なになに!?」

「お互い見合って! そんでもって剣を構えて! そして―――――相手に向かって振り下ろす! ハイ、今!」


 ハイっと、いう掛け声と共に、思わず条件反射でクローゼとエステルはしっかりと構えて、お互いの手にある獲物を振り下ろしていた。

 カンっという音と共に箒と定規がぶつかり合う。2人の少女がぶつかり合う絵面はまさに剣と剣をぶつけ合わせた騎士そのものであった。

 髪の長いエステルと短いクローゼの衝突は、女の子同士であるにも関わらず、どこか騎士同士の衝突にみえて、絵面としても映えた。

 思わずハンスは立ち上がって手を叩いて賞賛し、ジルも目を輝かせて悲鳴を上げる。

 ヨシュアは、クローゼとエステルの2人に見惚れているのか、少し頬が紅潮していた。


「見たハンス!? これだわ!」

「みた、みたぞ!」

「いける! 2人の可憐な女の子が華麗に男役を演じる劇! しかも男子顔負けの見事な剣技をもってして!」

「うん、これはいけるぞ! 確かにバッチリ――――」

「はっ!? 待って! じゃあいっその事、全キャストも交換して男女逆転劇に!」

「アホ~~~!! そりゃ端役の女性役はいいかもしれんが、一番大事な麗しの姫君はいったい誰がやるというんだ!?」

「そりゃあ・・・・・・あんた・・・・・・は・・・・・・お、おぞましいわね・・・・・・」

「想像するなっ!!


 さすがに慣れてきた、といわんばかりに再び始まった2人の漫才に傍観に徹するエステルとヨシュアとクローゼ。

 その行為は普段ならよかったかもしれないが、だが今回ばかりはある人物に不幸が襲いかかることになった。


「だいたいだなぁ! そんな姫のような格好を似合う男子がどこに・・・・・・いる・・・・・・」

「そうねぇ・・・・・・ん・・・・・・?」


 ハンスとジルはお互いにピタリと動きを止め、ある人物へと視線が集る。

 そう。

 この中にいる男の子は2人な訳で。

 その男の子は容姿に優れ、童顔な造形を持つ、世間一般でいう美男子に該当する男の子。

 その空気を察したエステルは、ぷっと頬を膨らませて悶え苦しんでいた。
 

「・・・・・・・・・・・・え?」
 

 その男の子――――ヨシュアは思わず口元を引き攣らせた。










 ◆ ◇ ◆ ◇



 封鎖された塔の最上階。

 そこは上位属性という特殊な属性が働いている空間で、通常の大気とは違い魔素が濃く、特殊なアーツが強く発動してしまうという空間の為、その塔は封鎖され誰も立ち入る事を禁じられている。

 しかし空間移動によって直接最上階に立ち入ったティオ達はそこで魔法の修練を重ね、住み着いていた。

 ナルはどこかへふらっと出かけては戻ってくる。ルビィは直接手を出すことは無く、文字通り高みの見物を決め込んでいるだけ。だが確かに付きっ切りで見守っていた。


「よお、ルビィ。こっちはどんな感じだ?」

「あら、ナル。おかえりなさい。こっちは見ての通り・・・・・・・・・・・・順調すぎるくらいよ」


 いつものようにフラっと戻ってきたナルは背後からルビィへ話しかけると、ルビィは振り向かずに眼下にいるティオを指差した。

 ナルは半信半疑な目で「順調だ~? まだそんな時間経ってねぇぞ」とぶつぶつ言いながら覗き込む。

 そこには塔の中腹辺りで手強く強力なゴーレム達に囲まれているティオの姿が。1対9という圧倒的な数の差と、円状に方位されている彼女は正に絶体絶命な状況。

 しかしナルは慌てなかった。本当に絶対絶命ならルビィが助けに入っている筈だから。


(しかしまだ基礎攻撃魔法しかできなかったはずなんだが・・・・・・て、おいおい)


 ナルは頭をボリボリ掻いて首を傾げるが、次の瞬間に目を見張る事になった。

 ―――自分は、彼女を見縊っていたのだと。


「あたしも本当に驚いたわ・・・・・・彼女は天才よ――――術式構築のね」


 両手の掌を両サイドへと掲げ中腰になったティオの手首の周りには小さく複雑な術式が腕輪状にいつの間にか展開されていて、ほぼ同時に掌から雷と氷の尖った刃が連続で射出されていた。

 だがティオはそれだけでは止まらない。

 射出と同時に体を捻り次の標的へ。巨体で倒しにくい相手には両手を向け、また小さい的には連続して当てていく。

 だがその身のこなしは尋常ではなかった。外套を翻した時に擦れる布の音とスカートの擦れる音が連続で鳴り響き、まるで一端の武道家のような技の繋ぎの速さではないか。

 彼女の駆ける速度はナルにはまだ解らない。だが少なくてもその場で全方位に向かって回転し続け体勢を変え、攻撃し続けるその様は、この世界になる導力銃のサブマシンガンを連想させる程の連続攻撃だった。

 その時間はおよそ3秒。

 たった3秒で全方位の魔獣を全滅させてしまった。

 結果、周囲を一層するほどの氷の残骸とバチバチと音を鳴らす雷の残骸である静電気が。

 ふぅ、と一汗を拭ったティオは獲物を求めてふらふらと歩き出した。


「おいおい、どうなってんだアレ。威力はそれほどでもないが、攻撃速度は魔導師の比じゃねぇぞアレ。あれは術式が特殊、なのか?」

「そう。あたしも最初は驚いたわ。でもティオは基本の術式を学び終えると、自分でアレンジし始めた」


 もともと式の構築に秀でた才能があったんだろうねと、ティオは続ける。その予想は実は見事に的中していた。

 ティオは元々ツァイス中央工房でも情報処理端末を使ってプログラム構築を始め、趣味でハッキングから防衛プログラムの構築まで、その天才的な才能を発揮していた。

 ツァイス中央工房で一番偉く、大陸にもその名を響かせるラッセル博士ですらティオの才能を認め、プログラムだけならティオは3本指に入る程だと唸った程。

 ティオはそんな己の能力を熟知していた。

 だから、運動能力が現在は低い自分に出来ることといえば、手数を増やして、後に一発一発の威力をどんどん上げていく事だと考えたのだ。

 導力魔法―――つまり結晶からエネルギーを引き出し端末上で式をなぞり発動する魔法は、圧倒的に時間がかかりすぎた為に参考にならない。

 その点、教えてもらった、正に正真正銘の『魔法』はエネルギーを自分から捻出する為に式設定も己で行わなくてはいけないので、ティオは妹とラッセル博士と共同で開発した『エイオンシステム』を仲介させ、度重なる試行錯誤と共に『口頭詠唱破棄、詠唱短縮』を編み出した。

 その式をルビィが教えてもらった時、彼女は全く分からなかったのだから、その特殊性は際立っていると言える。


「もちろん威力は対した事ないけど、しっかり詠唱したら威力だってなかなかのものよ」

「へぇ・・・・・・・・・・・・」


 本気で驚いているナルに、ルビィは「あたしの見る目は間違ってなかったでしょ」と得意気に胸を張った。

 確かになと頷き返したナルだが、彼の瞳はどこか冷たい。


「けどな、忘れたのかルビィ」

「何がよ」

「あの称号に到達の為の素質は『知恵』だけじゃ駄目なんだぜ?」

「・・・・・・分かってるわよ。知恵の他に、『勇気』とそして―――」


 ルビィは一呼吸置いて、一番重要で、一番厄介なもので、一番あやふやだけど肝心なものの答えを口にする。


「――――真実」

「そう。そして真実は、この竜の試練で一番大事なもの。知恵はあるみたいだし、勇気だってそこそこあるようだ。だから―――」

「・・・・・・ナル。あんたまさか」

「別にいいだろ? 早いか遅いかの違いだ」

「早すぎるでしょ」

「何言ってんだおまえ。情でも移ったか? 候補者が望めばすぐに行うし、準備するかどうかなんて関係ないだろ?」

「・・・・・・そりゃそうだけどね。それに他の者が口出しする権利は無い訳だし」

「ま、そういうことだ。それに戦闘に慣れてきた今だからこそやるんだよ―――1段階登る為に」

「・・・・・・・・・・・・」

「ティオ!」


 眼下のティオへと声をかけたナルは、彼女の横へと飛び降りた。

 ティオが振り返ると、妙に真剣な顔をしたナルがいて、その真剣すぎる瞳に一瞬戸惑う。


「ど、どうしました? ナルさん」

「今の戦いを見てたんだが、どうやら力をある程度つけたようだな」

「? ええ、まあ。ある程度ぐらいなら戦えるようになりましたけど・・・・・・」

「なら気を引き締めろよ――――」

「え?」

「この試練を乗り越えてみせろ」

「―――――え?」
 

 ナルの言葉に不穏な気配を感じたティオが、眉間にシワを寄せて、どういうことか問おうとした瞬間。

 ナルがサッと手を翳した先の空間に亀裂が奔る。

 それと同時にクロスベル一帯に地震が巻き起こった。

 ゴッと衝撃音と共に大地は震え、空間から黒いエネルギーが奔る。

 思わず両手を顔の前に持ってきて踏ん張るティオ。だがそんな彼女に更なる衝撃が襲った。

 ―――そう。空間から緑色の手が生えてきたのだ。


「な? な!? なななにを!?」

「気を引き締めろって言ったろ? これは・・・・・・『白竜の試練』だ」


 空間から出てくる手から先。それは堅牢なウロコで身体を守られた鋼鉄の身体。

 角ばった角、毛並み、尖った牙。その体長は軽く20mを超えるサイズで、塔の上空をあっという間に覆ってしまった。

 それは、伝説上でしか聞いたことのない、物語上でしか聞いたことのなかった生き物。

 ドラゴンだ。


「こ、こんなのに勝てだなんて――――っ!」


 思わず後退りするティオ。勝てる訳がない、そう心の中でつぶやき、何歩も下がってしまう。カタカタと奇妙な音を立て始めたのも、無意識の内に震えて止まらない歯が擦れる音。

 そんなティオにナルは背を向け、ひらひらと掌を振り、容赦なくこう言った。


「竜の試練ってのはそんなもんだ。素質がない奴だと別れば即座に失格。前準備とか関係ないんだよ。だから―――無理なら諦めろ」


 ナルの言葉はティオには冷たく感じて、無責任に感じて、でも文句を言っている余裕はなかった。

 彼の姿が消えたその次の瞬間、ドラゴンの口から特大の火球が生み出され、ティオに向かって放たれる。


「!! れ、冷気よ―――・・・・・・フリ―――ズウォール!!」


 迫っていた火球と、彼女の前に出現した3メートルにも及ぶ凍りの壁が衝突し、辺り一帯が炎と冷気に包まれた。
 
 
 







 ◆ ◇ ◆ ◇










 血が繋がらないとはいえ、間違いなく姉妹として育ってきた妹が大ピンチを迎えているころ。

 姉であるエステルはというと、クローゼの依頼から始まった学園祭の演劇の出し物について東奔西走状態だった。

 当初の予定を大幅に変えることになった内容が主な原因だ。

 まずクローゼは、部外者であるエステルとヨシュアの協力について、コリンズ学園長に許可を取りに行き、これを学園長も快く許可。

 女装をしなくてはならなくなったヨシュアは終始顔色を青くして落ち込んでいたが、クローゼがそばに寄り添い慰めていた。



 また、遊撃士のエステルとヨシュアは、一時的に学園に入学という形になった為、初めての学生服を着ることになった。

 エステルは初めてのスカートに恥ずかしがり、ヨシュアも制服のブレザーを着込んで、それは2人ともよく馴染んでいた。

 ジルとエステルはお互いを呼び捨てで呼び合うほどに仲良くなった。最も、クローゼは育ちの良さからか、エステルを呼び捨てで呼ぶことはできなかったのだが。

 一方で、急に部外者が協力者となった事で他の出演者たちも当初は戸惑ったが、半ばヤケクソ気味で姫の演技を行ったヨシュアの迫力に押され、皆が快諾。

 男子生徒は女性の役、女子生徒は男性の役という、難題だがやり甲斐のある劇に全力で取り掛かることになったのだった。


 エステルにとっても日曜学校とは一味も二味も違う、リベールの最高学府での生活はとても充実していて楽しかった。

 騎士の服装を創り、出来上がった服をクローゼと一緒に着替えた時は、普段とは違う格好に興奮したり。

 劇の練習では立ち位置やセリフ回し、何よりもセリフ覚えに一苦労し。

 姫の衣装が出来上がったので試しに着たヨシュアに、皆が頬を赤らめて関心する中、エステルは爆笑したり。

 夜には一つの部屋に集まって、女子会を開き、学園の中の恋話に花を咲かせたり。

 エステルは本当に楽しんでいたのだ。一番引っかかっていた点を除いて。


「・・・・・・やっぱり・・・・・・ルシアも一緒に・・・・・・学校に通いたかったなぁ」

「え? なんですか、エステルさん」

「ううん、なんでもない!」


 自分たち兄妹と一緒に、そう心の中で噛み締める。楽しければ楽しい程、ソコが引っかかってしまう。

 クローゼが少なからずレイブンとの一件を気にしてこの劇の依頼を遊撃士協会にしてくれた事は、ちゃんと察していた。だから微妙な顔をクローゼに見せてはいけない、そうエステルは思い表情を取り繕う。

 深夜の講堂で皆が帰ったあとも劇の練習をしていたエステルとクローゼは一段落して壇上に腰掛けた2人は、自分たちがペンキ塗れになって作った舞台のセットなどを眺めていた。


「ありがとね、クローゼ。練習にこんなに遅くまで付き合ってもらっちゃって」

「いいんです。私の方こそ剣の稽古をつけてくださって・・・・・・おかげでいい殺陣ができそうです」

「そうね、きっとみんなビックリするわよ」

「そうだと嬉しいんですが・・・・・・テレサ先生やあの子たちも楽しんでくれるでしょうか」

「クローゼは本当にみんなのことが大事なのね」

「ええ、もちろんです。だって・・・・・・」


 それから話す内容は、エステルにとっても驚きの内容であった。

 クローゼの両親は彼女が生まれてまもなくすぐに亡くなった。裕福な家庭に引き取られたから不自由なく育ったが、家庭というものがどういうものか分からなかったという。

 そして彼女にとっては忘れもしない、10年前のこと。

 エレボニア帝国との戦争『百日戦役』の時、帝国兵から逃げる最中にクローゼははぐれてしまい、その時にテレサ院長と旦那のジョセフに保護された。それが、彼女たちの出会いであった。

 それから戦争が終わるまでの数ヶ月の間、クローゼは2人の元で匿われ過ごし、2人のおかげで家族を、『お父さんとお母さん』を知ることができたのだ。


「そう、あの家で・・・・・・」

「ごめんなさい、つまらない話をしちゃって」

「ううん・・・・・・明日は、がんばろうね!」

「はい!」


 クローゼの話はエステルの心をジーンとさせた。暖かくて、本当に彼女が孤児院を大切に思っているのが、ひしひしと伝わってくる。

 その話を聞いたら、エステルの心には絶対に成功させてやる、という気概が溢れてきたのだった。

 すると、講堂の扉がギーっと音を立てて開き、そこからヨシュアとハンスが顔を出した。


「お、本当にいた!」

「ね。言った通りだったでしょ」

「あれ、ハンス君にヨシュア」

「どうしたんですか、2人とも」

「これから夕食だからね。2人を探しに来たんだよ」

「ありがとう! 2人は先に席を取っておいてよ」

「わかった! 早く来いよ!」


 行こうぜ大将、とハンスがヨシュアの肩に手を回し、2人はふざけ合いながら食堂へと消えていく。

 なんだか男同士のふざけ合う姿に、エステルはうんうんと頷きながら言った。


「あっちもすっかり仲良くなっちゃって。ヨシュアはなかなか人を寄せ付けない所があるからね。ちょっとお姉さんとしては心配だったんだ~」

「エステルさん・・・・・・」


 心から満足そうに頷くエステルに、クローゼは微笑ましく頬を緩めながらもエステルの何かの覗き込むような目でエステルを観察していた。

 だが、エステルはそんなクローゼに気付かず「そういえば妹達も親友って存在がいないような・・・・・・どうしてこううちの兄妹たちは」とぶつぶつ愚痴を言い出した。


「エステルさんはヨシュアさんの事、よく見てるんですね」

「ん? まあね。ヨシュアだけじゃなくて妹のティオもレンもね。お姉ちゃんなんだからしっかりしなさいって、お母さんによく言われたんだ。姉としての責務ってやつ?」

「・・・・・・そうですか。でも、ヨシュアさんは同じ年齢ですよね?」

「そりゃそうだけど・・・・・・まあ、ヨシュアは昔は今ほど社交的じゃなかったからね。その頃は面倒よく見てたから、それも合わさって年上って感じの認識なのよ。お母さんもそこらへんは厳しくってさ。勉強は無理だけど、少しはお姉ちゃんらしく振る舞えてると思う、のよ? たぶん」

「フフフ、たぶんですか?」

「まあね~~。ヨシュアも妹達もみんな頭が良くてさ~。そこが敵わないから自信は無いんだけど、お母さんからしつこく言われ続けた『お姉ちゃんとしてしっかりなさい』って意識がそう思わせてるのかも」

「そうなんですか・・・・・・じゃあ、あの」

「?」

「・・・・・・いえ、なんでもないです」


 あることを尋ねようとしたクローゼだが、結局は聞けずに口を閉じた。

 彼女は思う。

 自分の家の事とか事情とか気にせずに、いつの日かエステルに伝える日が来るのだろうか、と。

 彼女自身も色々と悩み、苦しんでいるのだった。

 







 ◆ ◇ ◆ ◇










 その場は、さながら戦場の様相を示していた。

 炎の海に包まれ、歴史溢れる塔は崩壊はしていないものの、壁など多くのものが崩落している。

 事情を知らぬ者がみたら、狭い建物の中で小さな戦争でも起こったんじゃないかと思ってしまう程の瓦礫の山。大量にあった歴史感溢れる蔵書の数々、いつ作られたかすら分からない地球儀などの骨董品の数々が、全てが壊れて燃え尽きていた。

 鑑定家がいたら発狂しそうな状況だが、その場にいる者にとってはそれどころではなかった。


(し・・・・・・死ぬ・・・・・・っ、このままだと・・・・・・)


 黒の袖なしワンピースに黒のレギンスの服もすでにボロボロで、煤だらけの服はとても新品の服とも思えず、また女性が着る服にも思えない。

 露出した腕は炎の直撃は避けたようだが熱風で火傷を負ったと思しき痕と、擦傷がところかしこにある。

 だがおかしなところがあるとすればそこではない。彼女の瞳だ。

 剣呑とした光を宿した目は野性味溢れ、普段の彼女の面影はない。そこには唯、命の火が風前の灯火状態の一個の生物しかいない。


 昼前に突如はじまったこの戦い。

 今現在の時刻は23時を回り、周囲は闇の帳が降りている。ただ起こっている火災で周囲を明るく照らしているので、彼女―――ティオは手元にライトなどが無くても周囲を伺えていた。

 戦闘時間が12時間を越え、ティオ自身の体力、精神力は既に極限状態に達している。ただ敵の図体が大きいおかげでティオは戦闘を繰り返しては物陰に隠れて少しでも消費魔力と体力の回復と戦略を寝ることができた。

 体力や魔力を少しでも回復し、今も尚、周囲を警戒していた。


(勝たなきゃっ・・・・・・勝たなきゃ死んでしまう・・・・・・まだ、まだ死ねない!)


 だが、そこにいるだけで火災の熱や緊張感で体力が消耗していくように感じる。ティオは汗を無造作に拭ってドラゴン相手に警戒していた。

 すると自分が隠れていた岩陰が、不意に暗くなる。

 その瞬間、ティオは咄嗟に飛び出して前方にあった壁を蹴って上空へと舞い上がる。

 その跳躍力は導力器から生み出された導力魔法の力でなければ、普通の人間にはまず不可能な高さなのだが、彼女はそれを行使せずに可能としていた。


 そもそも、導力魔法にしても身体強化の導力魔法には限界がある。

 少しでも物理学を学んでいれば分かるが、人間には全ての動作を行う上で外へと向かう力と、自分側へと向かう力が発生する。それは己の身体への負担であり、筋肉や靭帯への負担ともいえる。

 故にスポーツなど運動を行う人が、希に無茶な動きややってはいけない動き、過剰な運動を行った為に筋肉を痛めて靭帯を切る、という大事故を起こしてしまうのだ。

 では導力魔法の身体強化とは、それら物理法則を全て超越しているのかと問われれば、ティオはそれを全力で否定する。

 超越しているならば、そこに込める導力魔法の濃度の濃さだけで、人は何十メートルでも何百メートルでも高く翔べ、どんな鉱石だろうが破壊できてしまうからだ。

 では何故ある程度の差はあるとはいえ、跳躍距離も皆がそこまで大差がないのか。それは自分へと帰ってくる力が相殺という形ではなく、ある程度の緩和という吸収剤の役割にしか成り立ってないからだ。

 ティオはルビィとの話し合いで、己の運動能力の低さと弱さを最初はこの強化で賄おうとしていたのだが、この問題で思わず突っ込んでしまったのだ。


 ――――人体の謎という、未だに未知に溢れている人間の身体なのに、身体強化魔法で靭帯から骨や筋肉の細胞群を強化できるわけないでしょう、と。
 

 動力魔法によって大幅に力を上げている遊撃士や軍人に向かって真っ向から喧嘩を売る言葉を言ってしまったのだった。

 そこでティオは考えた。身体能力、つまり己の膂力を上げるにはこの自分へ跳ね返ってくる力をなんとかできないかと。普通ならそんな事はできないのが常識なのだが、彼女はその類まれなる頭脳と己をサポートするエイオンシステムを使うことによって見事にクリアした。

 ティオが行使するのは身体強化の魔法の発動であり、己の身体に負荷がかかる下半身の表皮に厚く魔法の皮を展開する役割を。

 エイオンシステムは覆った表皮に、その都度圧力がかかった瞬間に計算し、魔法の皮を操作することにより力同士をぶつけて相殺するという、演算装置を使ってティオにより生み出された、固有魔法。


 この魔法が生み出された時の、ルビィとナルの衝撃をティオは全く分かっていないという。


 この強化魔法のおかげで、体捌きを含めて遥かにパワーアップしたティオだが、もちろん武術を学んだ訳ではないので、根本的に強くなった訳ではない。

 だが膂力が常人を遥かに上回ったティオは、それだけで強い。

 魔法という、導力魔法<オーバルアーツ>とは違う力を手にしたティオは、一足飛びに強くなった。

 強くなった筈だった。


 上空へ高く舞ったティオと、彼女がいた場所へ鋭い爪を振り下ろした体勢のドラゴンが、鋭い瞳をティオへ向ける。

 ドラゴンの閉じられた口の中が黄金色に輝き、隙間から火の粉が溢れるのが見える。


(炎のブレス・・・・・・・・・!!)


 落下中のティオは素早く両手を翳し、覚えて間もない、だがそれでも一番得意の呪文魔法陣が彼女の回りを回転する。

 魔法陣まで発生させたのは、詠唱短縮と魔法陣短縮という手段を省いた攻撃魔法だと、迎撃出来ないと踏んだから。

 魔法陣を発生させたのは、それだけ威力のある魔法が放てるからだった。


「アアアアアアアアアアアアア!」

「グオオオオオオオオ!」


 両者の打ち合いは、客観的に見ても美しかった。

 ドラゴンからは真っ赤で高温の炎が口から吐き出され、ティオの掌からは膨大な水が溢れ出して炎と衝突する。

 高温の炎と水がぶつかった為に水蒸気が巻き起こる中、ティオは衝突地点に向けて自然落下していく。

 腰から導力杖を引き抜くと、杖先から水色の刃が出現する。水が超高速で回転し、薄く、秒間一千回以上の振動を誇る刃。これも知識をもつティオならではの武器といえる。

 打倒してきた塔の魔獣たちも、非力なティオの力でもこの『ウオーターブレイド』を使えばいとも簡単に断ち斬ってきた己の近接戦闘唯一の武器であり、少しは自慢もあった切れ味だった。


 衝突した炎と水がちょうど途切れた時には、ドラゴンの口元の位置へと身体は落下していて、落下する力も利用して刃を振り抜く。

 理論上ではダイヤモンドですら切り裂く筈の刃は、しかしドラゴンの顔面を正確に捉えたにも関わらず、甲高い音と共に皮膚に弾かれてしまった。まさかの結果に目を見開く中、ドラゴンの前腕が振り抜かれる。

 咄嗟に魔導杖をカバーティオにとっては川翠亭の戦い以来の、それ以上の衝撃がティオを遅い、彼女は地面に打ち付けられて転がった。


「くっ・・・・・・!」


 痛む身体を叱咤して、必死に起き上がりドラゴンを睨みつける。

 ドラゴンも既に勝敗は決したと思ったのか、余裕の表情を浮かべており、止めとなる追撃の手が無かった。

 そこでティオは現時点で使える魔法の中で、己の最強の魔法を紡ぎ出す。


「堕ちるは千の雷―――来るは万化の鉄槌」


 キイィンと辺りをつんざく音が響き渡り、彼女の頭上に2メートル大の金色の魔法陣が現れ、言霊が紡がれるのと同時に回転力が上がっていく。


「雷よ―――――っ!」


 ドラゴンがその力の驚異度を感じ取ったのか、魔法陣へ視線を向けた。

 きっと炎か何かで迎撃しようと思ったのだろうが、ティオは痛む身体を堪えながら、杖を持っていない方の手を振りかざした。


「サンダーボルト~~~!!」


 それは、まさに超極太のレーザービームのような光だった。

 特大の雷が魔法陣から生み出され、ドラゴンへと直撃する。その瞬間だけは辺りが暗闇になり、鼓膜をつんざくような激しい落雷音が響き渡った。


 その技は、ティオが幻で見たかつての最後のドラゴンマスター・アレスの仲間の一人、ナッシュと呼ばれた青年が使っていた得意技だった。

 対軍団相手の最強の雷魔法ではなく、終盤まで頻繁に使っていた単体戦において最も使用頻度が高かった雷魔法。


「これで・・・・・・はぁはぁ・・・・・・どう・・・・・・ぇ?」


 だが、ドラゴンは全くの無傷で立っていた。


「・・・・・・そんな」


 ドラゴンが一歩ずつ、近づいてくる。

 もう打つ手がない、万事休すの状況。

 絶望に打ちひしがれたティオは、しかし同時に頭の中で理性的な自分が叫んでいた。

 この状況はおかしい、と。


(さすがにおかしい・・・・・・この状況は、おかしすぎです)


 さらに一歩近づく。

 ドラゴンの口からよだれが溢れ落ち、足元で燃えていた炎が一瞬で消えた。


(こんなに炎の海で、塔が崩壊していて、こんなに巨大なドラゴンが塔の回りを飛び交っていたのに、誰も駆けつけてこないなんて)


 戦い始めて半日が経過していて。ほぼ塔は炎上状態で。そこまで遠くないところにはクロスベルという大都市があって。

 それこそ自分がお世話になったクロスベル警察の誰かが来たって、ちっともおかしくないはず。

 それなのに実際には塔の周囲には変わらず誰も来ていないようではないか。


(いかに強固なドラゴンの皮膚だろうと、あの魔法を直撃して焦げてすらいないなんて、ありえない・・・・・・)


 噂に聞くドラゴンの皮膚とはいえ、自分の最強の魔法はそこまでやわではない。

 そして、今になってようやく気付いたが、この戦いを始めたナルも唐突すぎじゃないだろうか、と。

 ティオは一歩ずつ近づいてくるドラゴンを見つめながら、逆に冷静になっていく自分を感じる。そもそも今の自分の実力で、勝てるはずがない。

 そんな事はナルやルビィもわかっていた筈だ。竜の試練と言っていたが、ソレを求めるならそれこそ実力不足の自分にやらせるのはおかしい。

 そこで、ハッと気がついた。

 ナルは「気を引き締めろ」と言った。「素質がなければ失格」とも言った。だが「ドラゴンに勝て」とは言っていない。


「・・・・・・・・・・・・」


 迫るドラゴンの前で目を瞑るティオ。

 どんな自殺行為だと、この光景を見ている人がいたらそう怒っただろう。

 だがティオは流れ落ちる汗と、痛む腕と身体を無視して目を瞑り、そしてゆっくりと開いた。

 彼女の目には、何か悟ったような光が灯っている。


「・・・・・・分かりました」


 ティオは大きく息を吐き、まさに目と鼻の先に迫ったドラゴンを見上げて、こう言った。


「これは―――――――幻です」


 そう言った瞬間。

 炎に包まれ瓦礫でめちゃくちゃだった塔は一瞬で真っ白な空間に様変わりを見せた。

 足元の地面すら視認できず、文字通り何もない空間。

 先ほどまで自分を苦しめてきたドラゴンはどこにもいない事に、思わず安堵してしまう。


「これは・・・・・・すごいですね、身体の痛みも怪我ひとつ何もない」

「へっ。そりゃ幻だからな。当然だろう?」

「・・・・・・ナル、さん?」


 関心するティオの目の前に、突如出現した真っ白な竜。

 あまりにも荘厳で、神聖さすら感じさせ、圧迫感もこれまでのドラゴン達とは別格のものを漂わせる竜。

 何故だろうか、どこかルシアを彷彿とさせる雰囲気がその竜にあった。

 きっとその声が竜から聞こえてこなければ、ナルだと思わなかっただろう。


「よく気がついたな、これが幻だと」

「・・・・・・ええ」


 ティオが自分の推理を聞かせると、ナルは苦笑しつつも肯定した。


「そう。この『白竜の試練』はまずそこに気がつく事が第一の関門になる」

「・・・・・・やらしい試練ですね。ちょっとは女の子に優しくした方がいいと思います」

「まあそう言うな。お前は頭がいいんだから、むしろもっと早く気づくと思っていたくらいなんだぜ?」

「・・・・・・それどころじゃなかったんで。ようやく冷静になって気づきましたよ」

「ハハハ」

「それで、これで終わりじゃないんでしょう?」

「ああ、その通りだ。お前にはもうひとつだけ、最後の問いに答えてもらう」

「・・・・・・どうぞ」


 ドラゴンと戦うなんてけしかけてきたナルだ。最後がただの質問だなんてと、思わず身構えてしまう。

 でもこれが、白竜が代々行ってきた、試練。


「お前は、この試練をクリアした先に、ドラゴンマスターになる、という事は理解しているな?」

「・・・・・・もちろんです」

「ドラゴンマスターとは、女神アルテナを守護する者という事は?」

「はい。存じています」

「お前は、女神アルテナの代行者ルシアを慕っているようだが、その気持ちに嘘偽りないと言えるか」

「もちろん」


 ティオの即答に、ナルは―――白竜は小さく頷きその身を大きく揺らして顔を近づけてくる。


「では、女神アルテナの代行者ルシアの命と、その他の全ての命。選ばなくてはいけなくなったとしたら、どちらを取る?」

「――――え?」


 あまりにも予想外な言葉に、ティオは固まった。


 自分にとって命の恩人であり、絶望を支えてくれた人であり、憧れた人であり、恋焦がれた人―――ルシア。

 自分を支えてくれた家族『ブライト家』と血が繋がった家族達、知り合った街の人々、ツァイス中央工房の同僚達、そして世界中の命。


 咄嗟に、都合のいい言葉を言おうとしてしまった。


『どちらも助けます。私は諦めない』

『どちらも選べません。私にはどちらも大事なものだから』


 でも、そんな誰でも思い浮かぶ、そして一番簡単な逃げ道のある答えを期待しているのではないと、そう思った。

 ティオらしさを白竜は求めているのだと。他人の言葉や本の言葉を引用するのではなく、自分の言葉で語れと、そう白竜の瞳は訴えていた。


「私、は・・・・・・」


 ティオにとっては物凄く長く感じた、逡巡した時間。


 下唇をグッと噛んで、何度も息を吐いて、その言葉を―――――口にした。

  







 ◆ ◇ ◆ ◇









 ジェニス王立学院の学園祭が始まった。

 来場者は著名人の多くも集まり、時には王族すらも訪れる機会があるという。

 リベール王国の中でも一番の名門学校の学園祭ともあり、地方からも多くの人が訪れる。もちろん来年受験しようと思っている子供もいるだろう。

 今回の学園祭でエステルとヨシュアはレナとレンに学園祭に来ないかと手紙を出したが、今回は遠慮しておくということで、残念ながら実現はなかった。

 しかしエステルやヨシュアだけでなく、クローゼにとっても嬉しいお客がやって来たのだ。

 そう、火事によって不幸な目にあってしまった孤児院の子供たちとテレサ院長だ。

 クローゼが子供たちを満面な笑顔で迎え、彼女の腕の中に子供たちが飛び込んでいった。子供たちはエステルやヨシュアに気付くと嬉しそうに近づく。

 エステルとヨシュアが劇にクローゼと共に出演するというと、皆が驚き、そして口々に「楽しみ~!」と言って大騒ぎだ。


「そうそう、クローゼ」

「はい。テレサ先生」

「コリンズ学院長は今、どちらにいらっしゃるかしら?」

「う~ん。すいません詳しくは・・・・・・今日は朝からご来賓の方々と出歩かれていて」

「そう・・・・・・今日は無理かしら。できればご挨拶をしておきたかったのだけれど」

「挨拶?」

「ええ、でないともうしばらくは・・・・・・っ!」

「え・・・・・・?」


 テレサの言葉にクローゼはサッと青くなった。

 彼女は孤児院を心から大事に思っている。それ故にテレサの言葉の意味するところがすぐに分かってしまったのだ。

 ヨシュアはクローゼの様子に気がつき、すぐに機転を利かせた。


「皆、劇の衣装を特別に見せてあげる。一緒に行こうか?」

「えええ~~! いいの~~!?」

「勿論。それでは先生、僕たちは講堂の控え室に行ってます。あとから迎えに来てください」

「・・・・・・ありがとう」


 テレサ院長はヨシュアの意図に気がつき、小さく頭を下げる。本当に気が利く良い男の子ね、と関心する。

 クローゼがそんなヨシュアの意図に気がつき、小さく会釈するところを見て彼女の“真実”を知っているテレサ院長は、このような子がクローゼのそばにいてあげて欲しい、と思っていた。

 自分が下した『この判断』によって、更に彼女を追い詰め悲しませることになると、容易に想像出来てしまうから。


「先生、まさか」

「ええ・・・・・・市長のお誘いを受ける決心がつきました。今日の学園祭が終わったら、王都グランセルへの引越しの準備を始めようと思っています」


 子供たちの姿が見えなくなったのを確認してから、ついに告げられた、残酷な現実。

 金銭問題から、院長にとっても亡き夫との思い出の場所の孤児院を手放し去ることを。それは、クローゼにとっても同じ事で。


「ごめんなさいね、大事な劇の前にこんな話・・・・・・とにあっく今は何も気にせずに目の前のお芝居だけに集中すること・・・・・・いいですね?」

「――――はい! 私・・・・・・ますます頑張らないといけませんね!」

「・・・・・・クローゼ」

「すいません、私フェンシング部の出店に行かなくちゃ!」

「・・・・・・いいんですよ、こちらのことは。また後でね」


 それはもう、悲しい悲しい泣き顔であった。今にも泣きそうな、でも気丈に振舞う顔は、テレサ院長へも申し訳の無い気持ちを与えてしまった。

 テレサ院長は子供たちの後を追って歩いていき、クローゼとエステルはテレサ院長を見送る形になった。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・いいよ? 私に構わず行ってらっしゃい」

「―――すいません!」


 走り去っていったクローゼの後ろ姿は、手で顔を覆っているのが見えてしまい、エステルは遣る瀬無い気持ちにさせられた。

 どうしようもない問題だと思い知らされる。武力がどれだけ優れていても、遊撃士という立場になっても、こうやって目の前で苦しむ人がいても助ける事もできない。

 この問題は金銭を持っている人がいれば解決する問題でもない。

 孤児院に出資しても、まずお金は帰ってこない。

 収入源は無く、目処も立たない。

 つまりお金を出す人は『莫大なお金をゴミとして捨てる』つもりで出資しなくてはいけないのだ。

 
「・・・・・・・・・・・・はぁ」


 目の前で辛い人を助ける為に遊撃士になったエステルは、度々助けられていない事にジレンマのようなものを感じていた。









 そうこうしている内に一番の大舞台、生徒会が主催する演劇『白き花のマドリガル』を上演する時間が来た。

 講堂には大勢の人が詰め寄り、中には著名人も多くきていて、あのメイベル市長と付き人のリラ。ナイアルたち記者などのメディアもいる。

 それはこの学院の中でも最優秀の人間たちが集る生徒会メンバーの演劇という事で、後の青田買いや人となりを見る為という目的もあるのだが。


 とはいえ大注目・大盛況の中ではじまった演劇なのだが、初っ端から観客のド肝を抜くことになった。

 物語のヒロイン『セシリア姫』とお付きのメイドの3人が登場したのだが、メイドたちがまさかの男が女装していて、正直だれもが気持ち悪いと思ってしまったのだ。

 皆が斬新ともいえる男女逆転配役となっている中、ヨシュアが扮した『セシリア姫』が観客へと顔をむけると、それまでずっこけていた観客が驚嘆の声を上げたのだ。

 ヨシュアの姫様役は、他の男子生徒と違って『男が演じている』『気持ち悪い』というより、『男のはずなのに予想外なほど似合っている』という評価が前に出てきていたからだった。

 もちろんそれはヨシュアが童顔だからという要因もあるし、舞台から離れた所から観客が観ている、という要素もある事は否めない。

 だが、観客が一気に劇に引き込まれた事は間違いなかった。


 そして劇は進み、男装する騎士エステルと、同じく男装する騎士クローゼがセシリア姫を取り合って決闘を開始。

 幼なじみ2人の決闘に心を痛めたセシリア姫は止めようとして、誤って剣に突き刺されて死んでしまう。

 涙を誘うシーンだが、空の女神への皆の祈りによりセシリア姫は行き帰って見事にハッピーエンド。

 エステルが怪我をしているにも関わらず決闘に踏み切ったクローゼに譲って身を引き、2人は見事に結ばれるのだ。


「この馬鹿者が利き腕を怪我して、しかしそんなハンデを乗り越えて互角の勝負をしたその者にこそ今回の勝利は与えられるべきでしょう!」


 エステルは剣を掲げ、オスカー役のクローゼへと剣を掲げて促す。


「さあ姫! 今日の所は勝者へのキスを!」


 エステルは意気揚々と言った。

 はずだった。

 言った瞬間、ヨシュアに近づくクローゼの姿が目に入った。


 2人はテレたように頬を赤らめ、そっと寄り添う。

 ヨシュアとクローゼの姿が、ブレる。


「・・・・・・皆がそれを・・・・・・期待して、おります・・・・・・ゆえ」


 鼻の奥にツーンと刺激が奔る。

 心臓がバクバクと激しい鼓動を打ち、胸に嫌な気持ちが膨れ上がる。


「セシリア姫・・・・・・」

「オスカー・・・・・・」


 ヨシュアとクローゼの唇が、そっと重なった。

 クローゼはとても恥ずかしいけど嬉しそうで、ヨシュアも顔が赤くなっていた。


(なに・・・・・・これ? なんで、こんなに嫌な気分に?)


 2人の姿を見ていて、イラっとする。

 エステルは胸にこみ上げるイラつきを堪えながら、終わりを告げる宣言を叫ぶのであった。
  

 

 


 ◆ ◇ ◆ ◇







「いやー、それにしても良かったわね~!」

「本当ですね。劇も大成功でしたし」

「だよね~~!」


 ジルとクローゼ、エステルの3人は学園祭があった日の夜、疲れを癒すように大浴場で話に華を咲かせていた。

 話は主に今日の学園祭の事であり、劇の成功を祝う会話である。


「本当にエステルさんたちには感謝してるんです。わざわざ手伝って頂いて」

「そんなっ。あたしも手伝えて楽しかった!」

「そうね。それに孤児院の方もね?」

「そうよ! まったくよね!」


 そう。

 演劇が終了して、その成功を祝って孤児院の子供たちとテレサ院長たちがクローゼたちへ労を労っていた頃、コリンズ学園長がやって来たのだ。






 ・・・・・・・・・・・・
 
 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・




「テレサ院長。話は聞いておるよ。ずいぶん難儀しておろうて」

「いえ、皆様には多大な援助をして頂いてますから」


 テレサ院長へ一連の騒動の労をねぎらうコリンズ学園長。もちろん学園長も孤児院にたびたび援助を行っており、テレサ院長とも亡き夫ジョセフとも昔から親交があった。

 コリンズ学園長は朗らかに笑って話しかける。


「おやおや、それではワシらは遅れてしまったかな。ジル君」

「はい学園長。テレサ院長、こちらをお受け取り下さい」

「これは・・・・・・」


 そうしてジルが差し出したのは、一つの大きな封筒。

 ずっしりとした重みがあり、テレサ院長は何かしらと首を傾げる。

 しかしそれはとんでもないものであった。


「学園祭の来場者から集まった寄付金です。ちょうど100万ミラあります」

「「100万!?」」

「どうぞ、孤児院再建に役立てて下さい」

「いけません! こんな大金!」


 テレサは慌てて返そうとするが、それを止めたのがハンスだった。


「遠慮する必要はありません。毎年この学園で集まった寄付金は福祉活動に使われているんです」

「そうです。そして今年は“たまたま”多くの名士が来場されたので“たまたま”例年より多くの寄付が集まった、そういう訳です」


 もちろん、テレサ院長はその言葉の意味を正確に理解していた。

 学院長が例年より多くの名士に招待状を出し、例年より多くの来場客を集め。

 生徒たちも例年以上に売店や出し物を出し、例年より一層努力を重ねて盛り上げた。

 それはつまり、そういう事だ。


「彼等の努力を無にしてはいかん。だから・・・・・・受け取りなさいテレサ院長。亡きジョセフ君となにより子供たちのためにも」

「・・・・・・ああ・・・・・・ありがとう。本当に・・・・・・ありがとう、ございます!」


 こうして、孤児院は再建されることになったのだった。


 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・



「みんなの力が集まったから、こうして奇跡が起こったのよね」

「本当に。本当にそうですよね」


 昼間に無力を噛み締めたエステルは、だからこそこの奇跡を実感する。

 エステルの実感が篭った言葉は、クローゼも心から同意していた。

 テレサ院長が泣いて喜ぶ姿と、慰めるコリンズ学園長と、泣いているテレサ院長を心配する子供たちの姿を見て、エステルは劇中に感じた苛立ちを忘れ、喜んでいた。


 そう思い、ふとエステルは言葉を漏らす。


「でもなんだかいいな、みんな。こうして気の合う友達と一緒にいられて」

「は・・・・・・?」

「え?」


 エステルの言葉に、クローゼとジルが固まり、何言ってんだこいつ、みたいな顔をしていた。

 そんな2人の反応にエステルも困る。

 あたし変な事言った? と。


「な~に言ってんのよ、この子は。ねぇクローゼ?」

「そうですね」


 なんだか呆れた様を見せて笑うジルと、苦笑しつつも同意するクローゼ。

 エステルは何を言われているのか分からない、と言わんばかりの顔だ。


「ヨシュア君よ! あんなに素敵でかっこいい男の子が傍にいるのに、何を言ってるかな」

「そうですね。ヨシュアさん素敵な方ですから」

「そうよ。しかも姉弟とはいえ血の繋がりはないんでしょ。ならOKじゃない!」

「ヨシュアって・・・・・・」


 ようやく何の事を言っているのか分かったエステル。

 つまり、素敵な男の子とはヨシュアの事で。彼女達はヨシュアが傍にいて羨ましい、その上で彼氏、恋人にするなら彼だろうと、言っているのだ。

 その先に行き着くのは、エステルがヨシュアに好意を持つということであり――――。


「あははは! 何言ってるのよ。冗談はやめてよね!」


 お腹を抱えて爆笑し、涙すら浮かべて笑い続けるエステル。どうやら余りにも予想外な事を言われたようだ。

 逆にジルとクローゼが呆気にとられてしまう。


「ヨシュアは弟よ? 家族に恋愛感情なんて持つ訳ないじゃない!」

「まあ、そりゃそうだけど」

「もっともな反応ですね」

「でもあんなにカッコイイんだからさぁ」

「ヨシュアはお母さんが大好きなの。まあマザコンってやつ。そもそも小さい頃からずっと一緒に姉弟として家族一緒だったのよ? あり得ないあり得ない」


 ケタケタと笑いながら彼女たちの言葉を否定する。そもそも家族に恋愛感情だなんて異常だって、と。

 ここに『レナ』という母親がいた事が大きな要因となる。2人だけの空間ではなく、母親がいたことで『普通』の関係で育ち『正常』な思考と感情を育んできたのだと。


「それに今はお父さんの行方を知る事と、ルシアを助けるって大事なことがあるんだから」

「そう、ですね。エステルさんにはルシアさんがいましたね」

「え、誰々? 誰の事?」


 湯船から身を乗り出し、目を輝かせて聞いてくるジル。お椀形の胸から湯が滴り落ち、桃色の丘まで見えてしまうが、思春期の女性同士の恋話になるとそんな事は関係ないらしい。

 近場に超がつくほどの上物の男の子がいるにも関らず、別の存在がいるとまで来た。しかも名前を聞いて最初は女の子かと思ったのだが、どうやらクローゼの言葉のニュアンスから、男の子だと察知したらしい。


「ふふふ。ジル、エステルさんには幼馴染の素敵な男の子がいるらしいですよ。私もエステルさんと会ってから、結構な頻度でその名前を聞きましたし、エステルさんが名前を呟いているのを聞きましたから」

「ほほ~~~う」

「いや、ちょ、それは……ほら、あれよ。ルシアはなんていうかっ!」

「ニヤニヤ。動揺しておるのぉ」

「ジル。おやじくさいですよ―――ふふふ」


 動揺して言葉が出てこないエステルの反応に面白がったが、どんどん暴走するジルを嗜めるクローゼ。彼女には強い自制心と淑女たる振る舞いが自然に身に付いている為、やりすぎというものは存在しない。

 とはいえ…………嗜めながらも完全に止めない事から、だいぶ気になって楽しんでいるようだが。


「エステルさん。ルシアさんってどんな方なんですか? 性格はなんとなく聞き及んではいましたけど」

「あ、うん。そうね~~~……なんていうか、感情を表に出さないタイプね。それも全く。少なくても私はルシアが露骨に笑ったところも怒ったところも見たことがないかな。でもとっても優しいし、なんだか不思議な空気を纏った子。そして何といっても超がつくほどの美人」

「いやいや、美人ってあんた。今と違って当時は子供だったんでしょ? それに男の子だし」

「そうなんだけど、美人って表現しかできないのよ。可愛いとも言えるんだけど、なんか違うし。ルシアを思い出すと女として自信を無くすんだけどね……アハハハ」

「そこまで言われると見てみたいわね。写真とかないの?」

「私も見てみたいです」

「写真かぁ……う~~~~ん」


 むむむ、と唸りつつ持ってきてないか思い出す。

 そういえば写真というものを撮ったことがないな、と今更ながらに悔やまれる。

 しかしあのルシアをいつも気にかけていた母が、写真について一言も口にした事がなかった事に気付いた。母の性格上、写真を取らない筈がないのに。

 その瞬間、脳裏を過る。

 出発の直前、母から手渡されたルシアの品。

 用途不明なクリスタルのネックレス。

 ティオがオカリナ。

 そして自分は。


「あ!」

「エ、エステルさん!?」


 湯船から文字通り飛び上がり、猛然と脱衣所へダッシュするエステル。

 脱衣所の籠の中から自分の服や下着をかぎ別け、目的のものを掴んで取り出した。ソレを慎重に摘まんで切れ目を確認し、ゆっくりと開ける。


「あぁっ――――――!」


 開けた先にあったものを見て、頬を染めて目を輝かせた。



 そこには――――幼き頃のエステルと、彼女が抱きついて頬を擦り合わせてきた事にキョトンとした表情を浮かべた、ルシアがいた。



 ―――覚えてる。

 不定期で遊びに来たルシアが、夕食前に庭に出ていて。

 母に、夕食が出来たから呼んできてくれと言われてエステルが外に出ると、どこから来たのかと驚く程の動物に取り囲まれた彼がいた。

 頭にはリスが乗っかり、腕の中には猫が2匹、足の周りに犬やタヌキ、肩には鳥がいるではないか。

 どこの動物王国だと今なら突っ込むだろうが、当時のエステルは目を輝かせて彼に飛びつき、動物たちを驚かせたものだ。

 ドギマギしながら様子を伺う動物たちと、驚きもせずに首をかしげて彼女を伺う彼が面白くて、笑いながら彼の背に乗りかかったのだ。

 きっとその時、母はこっそり撮ったのだろう。


「懐かしいなぁ・・・・・・ふふふ」


 エステルはクスクス笑いながら、少し目を潤ませて歩き出した。

 ぎゅっとソレを胸元で抱きしめながら入浴場へと戻る。

 急に飛び出して行ったエステルを呆気にとられていたジルとクローゼだが、なんだか幸せそうに手のひらの中を眺めながら戻ってきたエステルを怪訝な表情で迎えた。


「なになに? 何があったの?」

「思い出したの。お母さんが出発前に持たせてくれたな中に、写真が入ってたんじゃないかって。そしたら予想通り……この通りって訳!」


 エステルが翳したのは、卵型のネックレス。

 黄色のボディと黒のラインで模様があしらわれた、シンプルなデザインのそれを、両者が覗き込む。


「わぁ・・・・・・幼い頃のエステルさんですね。面影があります。そしてこっちの子が」

「おおおお。可愛いっ・・・・・・っていうか綺麗な子!」


 2人は食い入るように見入っている。

 言われなければ、まず女の子だと思ってしまう程の可愛さ、綺麗な顔は2人の想像以上だったらしくド肝を抜かれていた。

 すると、大きく溜息を吐いたジルが、うんうんと頷きながらエステルに言う。


「なるほどねぇ。こんだけ容姿が整っている子だったら納得。あなたってかなりの面食いだったんだ」

「え? 面食いって・・・・・・違うわよ。あたし、ルシアの事は確かに綺麗だと思ったこともあるけど、別に顔が良いからなんて一度も思ったことないし」


 エステルは思わず否定する。

 昔を思い出していくと――――――――心のどこかで、何かがストンとハマる音がした。


「エステルさん?」

「お~い」


 突然、呆然とするエステルにクローゼとジルが声をかけるが、エステルはまったく反応を示さない。


「・・・・・・・・・・・・」


 そう。

 エステル・ブライトにとって、ルシアという少年は、最初は母を救ってくれた英雄だった。

 全身が黒で統一され、上から派手な真っ赤なマントを着た、絵本に出てくる物語の主人公のような男の子。

 自然と、最初から自分は彼のことを男の子だと認識して、いつ会いに来てくれるかと、毎日ワクワクしていた。

 顔が良いから、とかそんな意識なんかより、彼が成し遂げた『母の命を守った』という結果が、エステルを惹きつけた。


「・・・・・・・・・・・・あたし」


 彼が怪我をして運び込まれてきた時、信じられないという気持ちが強かった。そしてどこか夢だと思っていた。

 でも時間が経過するにつれてこれが現実で、ヒーローの彼が怪我を負って重症で、死にかけていた。

 幼いエステルにとってはまさに晴天の霹靂、冷水を頭からぶっかけられたようだったと、今でこそ思う。

 そして今日に至るまでの期間で最も長い間、彼は滞在することになり、エステルは心から嬉しかった。毎日がドキドキした。

 彼はミイラのように包帯だらけで過ごしていたが、エステルは初めてルシアいついて色々と知った。

 彼が全くと言っていいほど、エステルたちにとって『当たり前の事』を知らない『無知な子』だった。無知という言葉を知らないエステルにとっては『アホな子』だと当時は思った。

 その瞬間、当時のエステルの中にあった『物語の英雄』像は薄れた。

 子供に簡単に芽生えやすい『蔑み』や『見下す』という気持ちは不思議と芽生えず、初めて対等な視点というものがエステルに生まれた。


「・・・・・・・・・・・・あたし」


 ルシアは怪我が完治する前に何も言わずに消えてしまい、エステルはいきなり消えたことに泣いた。泣いて、泣いて、怒った。

 でも次に会った時、その怒りは忘れてしまっていて、彼に抱きついていた。

 抱きつけば、太陽の香りと、どこか不思議な安らぐ香りがする彼は、抱きついていて心地よかった。

 何をするにも、新鮮な反応をするルシアになんだか嬉しくなって、率先して教えた。

 一緒のお布団で寝たこともあった。 


「・・・・・・・・・・・・あ」


 クローゼとヨシュアが、劇でキスをした。

 あの時、何故胸が痛くなったのか。

 あの時、何故苛立ったのか。

 ヨシュアの姿を見て、クローゼとキスをして、胸が痛くなったのではない。



 ヨシュアがルシアであったなら、と重ねて見てしまったのだ。

 その彼の前にいるのは、見知らぬ、自分ではない女性で。



「・・・・・・あ、あ」


 不意に、腹の底から黒いものがふつふつと湧き上がってくる。

 なにこれ、と戸惑う反面でソレを止められない。

 いつもなら正体が解らなかったはずのソレなのだが、それでもエステルは分かってしまった。


「あ、あ、あはははは!」


 思わずエステルは笑ってしまう。

 こんな単純な気持ちに気付かなかったなんて、と。

 分かってしまえば、全てに答えが出る。


「ちょ、大丈夫!? いきなり笑い始めて。狂った?」

「だ、大丈夫ですかエステルさん。どうかしたんですか」

「あ、ごめんごめん。いや~~、自分の事ながらちょっと呆れちゃって」


 エステルは「ほんっとお父さんやお母さんがあたしの事よく心配してたけどこういう事だったんだ」って目尻の涙を拭いながら笑って言う。

 妹が、なぜあれほど意地になってルシアのことを探すのかも納得できた。

 なんでこんなに彼のことが気になっていたのかも、納得できたとエステルはすべてを理解した。


「あのね、別にあたしは面食いって訳じゃないからね」

「え~~~~、どうだか。やっぱりまずは顔でしょ。この子も昔は可愛いけど、今はとんでもないブ男になってるかもよ?」

「ちょっとジル。失礼ですよ」

「クローゼ、これは大事なことよ。どんな綺麗事を言ってもね、私たちみたいな学生程度の恋愛なんて、ほとんどの生徒が顔で選んだ相手に恋をしてるのよ。違う?」

「・・・・・・全員がそうだとは、言いません」

「そうね。でも9割方は恋愛に幻想を持って、周囲にいる男の中で比較的に美形の顔、優れた成績や運動実績で選んで、恋をしている。それが悪いことだと言わないし思わない。でも仮にそんな人たちが、優れたところ無くなったとしたら?」

「・・・・・・事故などで顔に傷がついたり、成績が落ちたり、運動ができなくなったり、という事ですか?」

「そう。そうなった時、私たちのような若造は大半の子たちがすぐに限界がきて別れるでしょうね。そしてそんな自分に幻滅して傷つくのよ。自分はこんなやつだったのか、ってね」


 ジルはハー、っと溜息を吐く。つまり、彼女は心配していたのだ。その時になって傷つくことがないようにと。

 今のうちに気付いて、心の準備をしておけと。

 それは余計なお世話に等しかったが、彼女にとっては大事な後輩や知人のこと。

 そんなジルの気持ちに、エステルは笑って答えた。


「大丈夫だよ、ジルさん」

「・・・・・・エステルさん」


 クローゼは、ジルは見た。

 同性の彼女たちですら思わずドキっとしてしまった程の、嬉しそうに頬を赤らめたエステルが、笑っていた。


「あたし」


 後に思い返すと、この瞬間からようやく自分は本当の意味でスタートしたのだと、エステルは感じたという。

 妹よりもずっと遅れてのスタート。

 ハンデを与えすぎているようだが・・・・・・負けないわよ!っと心を鼓舞した。

 ――――もっとも、エステルが発した言葉は、ちょっとお節介だけど優しい友達ジルへの答えにはなっていなかったのだが。


 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・


 白竜の前で、ティオは己の気持ちを正直に吐露した。


「私は、みんなを見捨てる事はできません。家族の事が大事です」

「ではルシアを見捨てるという事でいいな?」


 白竜ナルは確認を取る。

 ティオはそれを首を振ることで否定した。


「いえ。きっと、ルシアは優しいから、人々を見捨てられないと思うんです。彼を助けても、他の人が死ねば彼は悲しむでしょう。自分の意志を殺される事がとても辛いことだって、私は知っています」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから、彼の意志に従い他の人を助けます。そしてそれによって彼が死ぬのなら、私は――――」


 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・


 奇しくも、同時刻、同じ瞬間に重なった。


「ルシアを一人で死なせず――――、一緒に彼と最期の刻を迎えます!」


「子供のころからずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ず~~~~~~っとルシアが大好きですから!!」


 白竜はその言葉を聞いていた。

 その“2人”の言葉を。



 そして、小さく口元を緩ませていた。


_________________________

すいません。感想は明日以降に返します。
もう眠いし明日も会社なので寝ます。



[34464] 第34話 蠢く勢力
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2014/05/13 18:40
「ん~~~! 今日もいい天気ね~」


 学園祭があった翌日、ルーアンの宿屋にて起床したエステル。

 窓を開けて、雲ひとつ無い空を仰いだ。

 快晴の空を飛ぶ鳥を見てなんだか清々しい気分になってくる。


「エステルさん、朝食の時間ですよ」

「あ、クローゼ。ありがとう、今行くね」


 朝食の時間だということで、一足早く起きて階下に降りていたクローゼが、エステルを呼びに来た。

 エステルはクローゼに返事を返し、白いフリル付きという意外と可愛いパジャマから、いつもの白いシャツを着て、防刃タイプの茶系のチョッキを着る。オレンジ色のスカートにオレンジと白色のジャケットを着た。

 愛用の武器を腰元に挿し、革のホルダーを装着。

 髪を二つに結い、髪留めで固定するといつも通りの自分がいた。その作業を鏡を見もしないで支度を終えた。


 エステルは16歳という年齢にも関わらず、化粧をした事もなければ化粧品を一個も持っていない。

 着替えも特に鏡を見ずに終わらせるという作業を16年間やってきた。そんな娘を母であるレナも頭が痛そうにしていたのだが、いくら言ってもめんどくさがってやりたがらない娘の態度に、ほぼ諦めていたのだ。


 準備を終えたエステルは宿のベッドを整理して、忘れ物がないかチェックし、朝食を食べたあとすぐに出れるように確認を終えると、エステルは部屋の扉に手をかけた。

 そのまま出た――――と思えば。


「・・・・・・・・・・・・」


 傍にあったある両開きの台に目をやり、ピタリと停止。

 それは、朝クローゼがエステルより早く起きて、身支度を整えうっすらと化粧を施していた時に座っていた台。

 それをエステルはベッドの上でぼんやりと寝ぼけ半分で眺めていた。


 その時にエステルが思った事は「クローゼ・・・・・・可愛いいなぁ」という、率直な感想だった。


「・・・・・・・・・・・・」


 エステルは両開きの扉を開き、大きな鏡の正面に立った。

 サササッとツインテールの髪を手で何度も梳く。顔の向きを何度も変え、何かをチェックしているようだ。

 眉毛を何度もなぞり、また髪をいじり始め、前髪を梳く。

 そんな作業に、およそ5分。


「・・・・・・う~~ん」


 すると今度は、洋服のジャケットの襟を整えたり、パタパタと洋服に付いたゴミをはたき落としたり、スカートを度々翻して折り目をチェックしたり、肌が見えてる太ももを見たり。

 とここで、妙なポーズをとり始めたエステル。腰に手を据えてポーズを取るその姿は「うふ~ん」といった擬音がどこからか聞こえてくるような錯覚がした。

 それからまた5分ほど、様々なポーズをとっていたエステルは、大きな溜息を吐いてトボトボと部屋を出て行ってしまった。

 ドンヨリと落ち込んだエステルは小さくこう呟いたという。


「・・・・・・これからは報酬で少しは服を買おうっと・・・・・・あとアクセサリーとか・・・・・・化粧品も・・・・・・クローゼに教えてもらおう・・・・・・はぁ」









 ◆ ◇ ◆ ◇










「やっぱり意地悪な質問だったと思うんですよ」

「まぁねぇ。それがナルらしさといえば、それまでなんだけど」

「ナルさんは、もう少し女の子に優しくするべきだと思います」

「・・・・・・やっぱり女はめんどうだ」


 立ち入り禁止の塔から出てきた人たちは、合計3人。

 まるで浮浪者のように薄汚れた格好の少女―――ティオ。隣には真っ赤な髪の女性と真っ白な髪の男性が一緒に歩いていた。

 ティオは疲れたような顔で出てきながら、不満をぶつぶつと呟いていた。


「でもティオ。あんたはあんたなりの『真実』を答えたんでしょ?」

「真実・・・・・・ええ、まあ。そう言えると思います。昔捕まっていたロッジで私は、いえ、私たちは・・・・・・めんどくさい事ですが、皆が死を待つだけの身でした。毎日続く人体実験で本当に未来などみえず、死が着々と近づいてくるのを誰もが感じていたと思います」

「・・・・・・・・・・・・そう」

「そんな時、私は思ったんです。もちろん同じように捕まっている仲間もいましたが・・・・・・ひとりぼっちで死んでいくのかって。なんて虚しい、寂しいんだろうと」

「・・・・・・・・・・・・」

「それからルシアと出会って・・・・・・こ、恋をして、なおさら独りで死にたくないって思ったんです。そう、せめて死ぬのなら―――大好きな人と一緒に迎えたいって」

「なるほど。確かにそれは、ある意味で一番幸せな瞬間かもしれないな」


 ナルが頷きながら同意する。

 彼も、そしてルビィも、その生きた年月の長さから、含蓄のある言葉しか出てこない。


「そうね。先に死ぬ者も、残される者も、どちらも本当に辛いもの。それにティオ、なんだかんだ言っても全てを守ろうとするんでしょ?」

「ふふ・・・・・・それは勿論」


 ニヤっと不敵な笑みを浮かべるティオ。めんどくさいけど私は欲張りなんです、と続けた。

 いやいや結構結構、とナルとルビィは笑う。


 昨日の戦いは嘘のようで、いや、確かに幻という事で嘘ではあったのだが、その激しさ故に、今の緑溢れた雲ひとつ無い天空はギャップがありすぎて、ティオは一瞬だが目眩がしたという。

 クロスベルにある百貨店『タイムズ』に行って、可愛い流行の洋服を買って熱いシャワーを浴びたい、ティオは心底そう思っていた。


 すると、そんなティオに対し、海岸線まで歩いたナルが振り返ってこう言った。


「そんじゃ、まあ、ここら辺でお別れだ」

「へ・・・・・・もうですか?」

「まあな。3週間程度だが、あとは自力で鍛えろ・・・・・・それも、ドラゴンマスターの道だ」

「そういうこと。それに基礎は全部教えたしね。もう私たちが教えれる事はなにもないわ。それに私たちにもやらなければならない事があるの・・・・・・大事な準備がね」

「そう、ですか・・・・・・ルビィ、ナルさん。この数週間のあいだ鍛えてくれて、色々と知識を分け与えてくれてありがとうございました」


 ペコリと頭を下げるティオ。

 彼等が持つ、文字通り数千年の知識を無償で譲ってもらったのだ。その価値は計り知れない。

 知識の偉大さと重みを、その頭脳の高さ故に常人より遥かに知っている。

 2人は打算はあったかもしれないが、それでも失敗する可能性が高いにも関わらず、自分に賭けてくれた。だから、その気持ちに応えたい。


「ああ。俺は最初の竜の試練である『白竜の試練』を乗り越えた魔道士ティオを、心から祝福する」

「あたしも。まあ、あたしに見込まれた時点で『赤竜の試練』は乗り越えたことになるんだ。だから赤竜ルビィは魔道士ティオを祝福するわ」

 
 白竜ナルの指先が向けられ、その指から小さな白光がキラキラと輝きながらティオへと向かって宙を漂ってくる。

 赤竜ルビィの指先が向けられ、その指から小さな紅の光がキラキラと輝きながらティオへと向かって宙を漂ってくる。

 
 その光は、ティオにはただの光とは思えなかった。

 まるで生きているかのようにティオの回りをくるくると漂い、不自然に点滅を繰り返している。温度なんか無い筈なのに温もりが伝わってくるような、不思議な光で。

 それは確かな確信だった。


(私は今、誰も体験した事がない――――不思議な現象を体感してるっ!)


 それこそ、これを体験したことのある人は数える程で、きっと数千年前が最期の人だと。

 光が形を構築されると同時に、なぜか自分の身体の中にその光が入ってくるような、そんな錯覚すら感じる。


 その瞬間だ。

 ティオの額から後頭部まで囲む、真っ赤で炎を模したデザインのカチューシャが現れた。驚いたティオがソレを触ろうとした瞬間、両手には何の素材で出来ているのかさっぱり解らないが、確かに鉄甲と呼べるものだった。

 だが甲冑兵が付けるような無骨なものではない。手の甲が重点的に網目状に巡らせ、一種の手袋にも思えてしまう。だが素材は確かに頑丈で壊すのは不可能なのではと思ってしまう真っ赤な素材で出来ていた。

 そんな手の甲とは逆に掌を覆うものは何もなく、魔導杖を持つのにも何の不具合もない。

 それが両手に装着された。


 今度はナルから発された白光が身体全身を覆ったと思うと、裏面が白で表が深い紺色のマントが装着された。

 毛皮にしか見えないのに、いざ触ってみると全く違う材質だと分かる。だがそれも鉄甲やカチューシャ同様に、何の材質かさっぱり解らない。

 その重厚な、でも軽すぎるマントはティオのひざ下まであり、小さな身体のティオをすっぽりと包んでしまうサイズであった。


 紺の薄汚れた上下の服、スカートという衣装にプラスして、エイオンシステムという無機質な小さな機械が胸部に装着している服装に加えられた、新しい衣装たち。

 アンバランスになるはずなのに、何故かマッチしているように感じてしまう。

 それは衣装の神聖さを醸し出す雰囲気がそのように魅せていた。


「そのマントは俺、白竜に認められた証だ。効果と性能は言わずとも分かるよな・・・・・・無くすなよ?」

「その防具は赤竜に認められた証だよ。私の力が貴方を助け、補助してくれる。私のが赤竜の証。そっちが白竜の証って所」


 そして来るべき時がきたら、その力の全てが十全に発揮される、そうルビィは告げ、2人はゆっくりと光の中に消えていった。

 塔の前で一人残されたティオは、大きく息を吸い込む。


「空が・・・・・・青い・・・・・・」


 まるで、自分を祝福しているように感じた。

 確かに生まれ変わったと言える程の力を手にした自分は、今たしかに自信に満ち溢れている。

 だから、世界が活力に溢れているように見える。


 やる事がいっぱいある、そうティオは呟く。

 ルシアの捜索。ルシアと敵対する『魔族』の動向を探り、目的を知ること。

 そしてルビィから教わった、魔族の背後にいるという、ルシア最大の敵である『ゾファー』という存在。

 ゾファーというのはどういった存在かは解らないが、魔族の背後にいるというのだから厄介な敵である事は間違いないだろう。
 

「絶対に―――」


 小さな身体で、ちっぽけな少女だったティオは、鉄甲を装着した左手を空へと掲げる。

 何かを求めるかのように、天空に輝く太陽を掴む。

 真っ赤な武具が紺の服でより映え、太陽光でキラキラとマントと武具が光った。

 それは、大きな一歩を踏み出した少女を、世界が祝福しているようなほど、美しい光景であった。



 








 ◆ ◇ ◆ ◇











 男は石造りの廊下を歩いていた。

 紫炎の色の上下がひと繋ぎになった衣装を纏い、メガネをかけたその男は歩く。

 密閉された空間を歩いているからか、足音が妙に反響する。

 その男の顔はまさに知的で端正な顔付きをしていて、一切の油断などない。


 だが、反響する足音はその男のものだけではない。複数の足音がこだましていた。

 それもそのはずだ。

 男の後ろには、複数の人影があったからだ。


「この度はよく集まってくれた。突然の招集に集まってくれたこと、感謝する」

「全くだ教授。しかもこんな所に呼び出すなんてよ」

「フフフ。まあいいじゃないヴァルター。こんな所、なかなか来る機会はないんだからさ」


 ヴァルターという、オールバックヘアーの筋肉質の男に話しかけてきたのは、長い髪を一つにまとめ、どこか妖艶な雰囲気を醸し出す女性だった。


「でも教授。こんな呼び出しは当初の予定には無かった筈でしょ? どうなってるのさ?」

「ふむ、確かにね」


 緑色の髪に、上質な赤紫色のスーツを着込んだ、目の下に刺青を刻んだ若い青年の言葉に、全身真っ白のタキシードに仮面を付けた、まさに変態という単語が相応しい出で立ちの男が頷いた。


「その答えは・・・・・・この先にある『もの』を見てから答えよう」


 一同の先頭を行く男が皆の疑問に口を釣り上げて笑い、重たい重厚な扉の前に立つと、ゆっくりとその扉を開いた。

 その先にあったのは、広大な空間。

 あまりにも大きな空間の、その中央には先に中に入っていたのか、既に幾人かの人影が見える。

 ヴァルター、そして妖艶な女性であるルシオラ。《幻惑の鈴》の異名を持つ執行者No.VIは目を細めて、誰がいるのか見た。

 刺青を入れた若い青年は立ち位置の都合上、すでに誰がいて何があるのか見えているのか「・・・へぇ」と興味深そうな声をあげる。

 仮面を被った変態、もとい男は無言であったが、口が半開きになっていることから、驚いているのがよくわかった。


「おや、やっと来ましたか」

「待たせたようだね、博士」

「いやいや、こちらとしては解析が全く済んでないのでね、むしろもっとゆっくりでも良かったくらいですよ」

「ほう・・・・・・『身喰らう蛇の』頭脳である博士ですら手こずる程ですか」


 とある『もの』の前で、様々な機械を持ち込み、何かを調べていた白衣を来た中年男性と仲良さそうに話す男。

 白衣の男の名はF・ノバルティス。《蛇の使徒》の第六柱。《身喰らう蛇》の研究機関「十三工房」の長という肩書きを持つ、身喰らう蛇の中でも幹部の一人だ。


「いやいや、実に興味深い。計画の為に『あちら』の仕事の最中だったんですがね。この話を聞いて興味が湧いて今回の招集に来てみれば、実に面白いものに出会えた。感謝してますよ『教授』」

「いやこちらこそ感謝してるんですよ。恥ずかしながら、私では何も分からなかったのでね」


 教授と呼ばれた男は小さく笑い、背後で『とあるもの』に見入っている連中―――『執行者』たちへ振り返った。


「今日は皆にこれを見てもらいたく集まってもらった。今後の計画にも大きく関わりそうな案件であるし、事の次第によっては計画を大幅に前倒しして進める、かもしれないからね」


 教授は『それ』を触る。透明なガラスのように見えるそれを割らないように優しく触る。

 だが教授は、でもこれを砕く事もヒビすらも入らないんだ、と溜息を吐いて言う。


「あぁ? 割れないって・・・・・・冗談言ってんじゃねぇよ。これガラスじゃねぇのか?」

「違う。ヴァルター、君の腕力でも破壊はできないだろうね」

「あたしの幻惑の技でもかい?」

「アーツも既に試した。ビクともしなくてね」

「いやちょっと待てよ教授。俺の力でも砕けないって、なんでそんな事がわかんだよ?」


 ヴァルターは少しイラついた声で問う。執行者の中でも随一の力を誇るヴァルター。大型重機などで代用しない限り力を測定出来ないはずの現状、特にそれらしき物が見当たらないので見縊られたとイラついていた。

 アーツなどはまだ分かる。ルシオラ以外にも彼女に匹敵、もしくは超えるアーツを放てる人物はたくさんいるからだ。

 だが、そんなヴァルターの気を察した教授が彼に教えようとした瞬間、言葉を遮る声が響いた。


「―――私がソレに攻撃を加える実験を先に行ったからですよ、No.VIII《痩せ狼》ヴァルター」


 その瞬間、全員が硬直していた。その場にいる全員が、その声の主に覚えがあったからだ。

 その声は機械を通した声であるのに、一発で女性の声だとハッキリと分かる。


 暗闇の中から現れたその人物は、真っ白なフルプレートアーマーに顔を全面隠した、一見するとロボットのように見えた。

 そしてその人物の後ろには女性3人の、同じく鎧を身にまとった部下が。

 誰もが感じる。部下3人ですら、自分たち執行者に匹敵する実力を持った猛者であることを。

 そして誰もが知っている。

 声をかけてきた、フルプレートアーマーの鎧の人物こそが、自分たちすら相手にならない程の次元違いの実力を持つ『身喰らう蛇』最強の存在。


「―――『鋼の聖女』だと!?」


 ヴァルターは驚愕の表情を浮かべ、刺青の青年―――執行者No.0《道化師》の異名を持つカンパネルラは、ニッコリと笑ってヒラヒラと聖女へ手を振る。

 ルシオラは納得したように頷き、変態仮面の男《怪盗紳士》の異名を持つ執行者No.Xブルブランはなんだか面白そうに口元を緩めている。

 ただ『聖女』が登場しただけで、場の全員が納得していた。

 イラついていたヴァルターですら、牙を引っ込めているのだから、聖女がどういう位置づけなのかは一目瞭然だった。


「私の全力の攻撃に、ソレは傷ひとつ付きませんでした。その結果を加味すると、任務と諸用で来れなかった『剣帝』や『死線』でも不可能でしょう」

「それは無理だね~。《蛇の使徒》の第七柱の貴方ですら無理なら僕らじゃ無理だね」

「そうですねカンパネルラ。あとはアーツですが、彼女に行ってもらいましたが、結果は同じでした」


 そういって聖女がすっと手をかざすと、反対側の暗闇の中から一人の女性が出てきたではないか。

 コツコツとハイヒールを鳴らすルシオラと違い、音を立てずに楚々と歩き、その様は正に清楚で可憐としか言い様がない。

 白いフレアスカートを履き、天女が着る服を模した匠の服を纏い、薄い灰色の髪を腰元まで伸ばしたその姿は、絶世の美女だと誰もが言うだろう。


「執行者No.ⅩⅤ『氷の魔女』フェイシアが直々にか。これでアーツも効かない事が証明されたね」

「・・・・・・お久しぶりです皆様。ご健勝のこと、心より喜び申し上げます」

「おおっフェイシア。相変わらず君は美しいね。君が現れると私の心も踊るようだ」

「ブルブランさんも。お元気そうですね」


 フフフと笑うフェイシアと呼ばれた女性は、皆へニッコリと微笑む。

 ルシオラは若干不機嫌そうにそっぽを向いたが、カンパネルラの断言した言葉に誰も何も言わないところ、誰もが彼女のアーツの実力を否定せず認めている証拠だった。


「とまあ、ここに大変豪華なメンバーが集まってもらった訳だが《蒼の深淵》など、他のメンバーは外せない任務の都合上来れなかった。すまないね」

「まあ、それはいいんだけどよ」

「うん。それよりさ教授。『ソレ』を調べたいのに破壊も出来ない、傷も入れられない、だから何も解らない未知のものというのはわかったし、僕らを集めて協力させるってのもわかったんだけど――――そもそもコレ何?」


 カンパネルラは目の前に浮かぶ物体まで歩き、コツコツと拳でドアをノックするように叩いた。

 無機物の中にいるもの。そもそもこの物体事態がおかしいのに、更にその中にみえるものもおかしい。

 この物体は『計画』のあの道具に匹敵、それ以上に不可思議な道具であると皆が察して、しかしそれ以上に訳が分からなかった。

 故にその場にいる全ての執行者、そして使徒が教授の言葉を待っていた。


 皆がどれだけ目を凝らそうが、肝心な部分は見えないもの。

 だが。





 ――――結晶体の中に一人の人間が浮かんで入っている事だけは、分かった。





「この中のやつ、男か? それとも女か?」

「イヤラシい奴だねヴァルター。どこを見てんだい?」

「うるせーよ。区別つく所がそこしかねぇだろうが。とは言っても顔以外は見えないんだがな。つーかなんでこんなに濁ってんだ?」

「フッ。悲しいな。女とか男とどうでもいいじゃないか。この人物はどっちだろうが、美しいのだから。その事実の前には些細なものさ」

「フフフ、その言葉には僕も同意するよブルブラン」

「・・・・・・」


 執行者たちはその摩訶不思議な結晶体を観察する中、違う反応を示した者たちがいた。

 数年前より執行者のポジションに付き、瞬く間に見た目とは裏腹に卓越した戦闘技術を要するフェイシアと。

 皆をニコニコ笑いながら観察するフェイシアへと顔を――正確には面だが――向ける鋼の聖女の2名だ。



「考え事ですか、フェイシア」

「・・・・・・これは鋼様。いえ、私は皆様が楽しそうなので見守らせて頂いただけですわ」

「・・・・・・・・・・・・」


 フフフと笑うフェイシアと聖女。

 穏やかな、一見普通のやり取りのはずなのに、どこか寒々しかった。


 そんな彼等を他所に、結晶体の中にいる人物は目を閉じて浮かんでいた。

 外界では鎖骨より上しか見えなかったが、それでもその顔立ちは人形のように美しく。

 ピクリとも動かないので、死亡しているのではと勘違いしてしまいそうで。

 綺麗な長い髪を臀部まで伸ばして、その様はまさに『女神』様としか例えようのない容姿の持ち主。

 結晶体の中は、そのような人物を囲うのに相応しくない汚水だった。

 まるで『血』が水に染み込んだように。




 ――――青き星のルシアが、その中にいた。





_______________________


短いですけど、ここで一旦切ります。
次の話は完全オリジナル。ティオの大冒険の始まり始まり~~~~(オイ




[34464] 第34.5話 設定 ティオ
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2014/05/17 01:13


【FC編中盤 ティオ編スタート時】

********************************************



ヒロイン  ティオ・P・ブライト

年齢    12歳


level    35
HP    1824
EP     123
MP     254

STR      12  
DEF      97   
ATS      626
ADF      532
SPD      19
DEX      24
AGL       9
MOV       2
RNG       3   

クラフト

ライオネット    20   小円・攻撃 たまに麻痺
フリーズアロー   20   単体・攻撃
ノヴァフレイム   20   単体・攻撃
ウインドカッター  20   単体・攻撃        
ブリザード     30   全体攻撃 たまに凍結
グランドアームズ  10   単体・攻撃力UP
シールド      10   単体・守備力UP
バリアー      50   魔法力をつかった鉄壁のガード
サンダーボルト   40   単体・攻撃 麻痺と速度ダウン



Sクラフト

シュペルグローム       大量の落雷が発生し、直径1キロ圏内に激しく降り注ぐ
カタストロフ(未完成)    天変地異が巻き起こり、周囲十キロ圏は確実に



評価:
まだ使える魔法は全て基礎攻撃魔法ばかり。だが才能の証明か、全属性を使えること事態が有り得ない事に気づいていない。
魔法力の高さも高い。身体の基礎能力をあげる魔法を使った時、ステータスは大幅に上昇するが、常に魔法力を消費するので多用は禁物。
12歳ながらに卓越した知能をもち、その魔法力の高さは人間の中ではずば抜けて高かったりする。
ナルやルビィから授かった装備品で、実はステータスが底上げされていたりもする。
今後は多数の魔法を覚えていくことになる。




【イメージが掴みにくい方の為に、他作品の絵面で説明します。】

【服装】 スターオーシャン3 マリア・トレイターの衣装に近い スカートではなくデニム
【頭部】 ファイナルファンタジーⅣ (URLの所にぶち込んでください)//flagu.jp/games/15860/images/8586765 ←この人のおでこの装備のイメージ(名前がわかりませんw)
【装飾物】手の甲につけた装備品は、同じく上記の女性の手についてる感じを想像してください。これを真っ赤な炎にした感じ

 



[34464] 第35話 歌姫誘拐事件 その①
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2014/05/13 16:12


 クロスベルにある人気の中華屋の酒飲み処。

 そこは裏道にある治安の悪さとは無関係で、一般市民に愛される中華屋であった。麻婆豆腐をつまみに酒を飲む。仕事のあとの一杯を求めて仕事帰りの男達が集る。

 もちろんそこには一般人だけでなく、メディアや遊撃士や警察なども情報収拾目当てで集る事も多々ある。

 その中華屋は宿泊施設も併用しており、宿泊客が浴衣姿で食事を食べている光景も珍しくない。


 そんな光景が日常茶飯事の店の一角で、ある一般企業に勤めている男性客2人組みが、ちょっとした話題を肴にしていた。


「この街も本当に発展してきたと思わないか?」

「思う思う。俺たちの子供の頃と比べて大違いだ。それもIBCの本店がここに移設されてからは開発速度が早まったな」

「それと同時に犯罪発生率も、ただでさえも高かったのが、加速度的に増えたらしい」

「まったく、嫌な世の中になったもんだ」


 2人は小さく溜息を吐いて酒を煽る。ワインではなく東方人街から仕入れた酒で、かなり強めだがスッキリとした味が人気だ。

 大きな声では言えないが、事件や事故が頻発しているこのクロスベルでは、政治や警察、他国の力が干渉し合う結果、有耶無耶にされるケースが多々あるからだ。

 そして、それが普通であり、正義なんてものはこのクロスベルにはない。


 だが数年前、悪事を働くが一部を除いた大勢の市民に大人気の『悪者』がいた。


「数年前の『仮面』も現れなくなっちまったしな」

「ああ! 変態的な蝶蝶仮面を付けるふざけた格好の男か女か解らない、正義の味方を名乗る奴か」

「そうそう。そりゃあ犯罪行為もあったらしいけど、それも公然の事実だった悪事を働く政治家とかだけだっただろ?」

「あとは困った人を助けたりしたらしいな。なんでも屋みたいな事をしていたらしいが・・・・・・」

「確かに『悪』なんだろうけど・・・・・・俺たちにとっては正義の味方だったよな」

「ああ」


 しんみりとして頷く男たちに、カウンターで話していた為に話し声が聞こえた、厨房に立つシェフの中年男性も小さく頷いていた。


「最近は帝国方面の街道沿いで次々と手配魔獣とか危険な魔獣が次々にやられているらしいし・・・・・・」

「知ってるぞソレ。遊撃士や警察が退治に出向いても、すでに終わっているんだろ? しかもクレーターが出来ていたりとかして、激しい戦闘痕が残っているらしいし」

「魔獣も丸焦げだったり、氷漬けになってたりするらしいぜ。しかも驚くほど多い数らしい」

「らしいな。やばい傭兵部隊かもしれない」

「そうそう・・・・・・・・・・・・っつーかよ、なんかこの話、過去に聞いた事があるような。デジャブってやつか?」

「あれ、お前もか? 似たようなことがあったような?」


 男たちは過去の記憶を辿り、なんとか思い出そうとするが、なかなか思い出せない。

 結局思い出せないまま、酒を煽って違う話へと移ろうとしたときだった。

 店主が背中を向け、大鍋を強い火力で振りながらボソリと呟いた。


「・・・・・・仮面が有名になる直前に、リベールを中心にここクロスベルでも頻発した、謎の人物による事件だ」

「おお! それだ! ―――って聴いてたのか店主」

「よく分かったなぁ」


 男達が関心して店主に問うと、店主はそのままで手を止めて男性客にこう言った。

 元妻から浮気調査の以来を受けて、ものの見事に暴いてくれたから覚えてるんだ、と。


「店主・・・・・・あんたぁ、男だよ!」

「飲もうぜ、店主。俺たちの奢りだ!」
 

 ありがとよ、と店主と男たちはチンっとグラスを当てて乾杯をした。

 そして見事に会話内容は忘れていった。









 ◇ ◆ ◇ ◆









 かつてリベール王国と戦争を行ったり、カルバート共和国とは常に緊張状態だったりと、好戦的国家という色合いが強い国がある。

 それが、エレボニア帝国。

 その中枢が、帝都ヘイムダル。

 何かと野蛮の国という印象がつよいが、それでも他国を圧倒するほど栄えている事もまた事実である。


 そこに、クロスベルにて拷問というべき実戦形式の修練を終えたティオが訪れていた。

 とりあえずホテルに戻りシャワーを浴びて洋服を綺麗に一身して、旅支度を整えたティオは、クロスベルと帝国間の土地の洗い出しに入った。


 服も、これまでの暗く客観的に見て地味な色合いである紺で統一した服装は辞めた。

 より戦闘向きにするために、黒のレギンスにエナメル質の白いラインが入った黒の上着を着て、その上からエイオンを装着。

 そしてその上から、白竜の証である白い外套を着用し、赤竜の証である紅の鉄甲とティアラを装着して、ブーツを履いた。

 その姿は、まだ12歳という年齢ながらも彼女を大人っぽくみせ、微妙な色香を漂わせた。

 元々ティオという少女は素材の良さもあり、どれだけ地味な格好でも美少女だ。だがそこに戦闘用衣装とはいえオシャレな格好を始めたのだから、服屋の店員が調子に乗るのも仕方がなかった。

 そこに少し商売根性が加わり、少女に爽やかなミント系の香水を勧めた。

 ティオは今までは文系気質故に気にしなかった体臭というものを気にし始めた。何日も風呂に入れず戦ってばかりであったなら仕方ないとも言えるが。


 身も心もリフレッシュしたティオだが、まず何をするか、と考えた時に彼女の理屈家としての血が騒いだのか、実に計画的に練り始めた。

 長年ルシアの行方を探してきたはずの義父や自分たちが足取りすらつかめなかったのだから、方向を変えることにしたのだ。

 ルシアに繋がる人は他にも大勢いるが、その中でも重要なのが彼の敵だという『魔族』だ。

 誰が先に見つかるにしても、この先は恐らく魔族との戦いは避けられない。そう踏んだティオは先に魔族の行方を追うことにしたのだ。


 ―――魔族。

 一度ティオが目撃した敵であり、実際に交戦した相手。

 そして、何故か化物を見たときに連想した、強烈な違和感を彼女に植え付けていった占い師―――ロイウス。


 自分の『特殊能力』から感じ取った違和感は、やはり間違っていなかった。

 ナルとルビィにより断定されたのだが、魔族の頂点に立つのはゼノビアという女。

 そしてそのゼノビアより弱いとされるが、しかし魔法だけの戦闘に限定されるなら、ゼノビアを軽く凌ぐのがロウイスということだ。


(あそこにいる哨戒している兵士よりも、あそこにいる強そうな筋肉質のガラの悪い男よりも、そしておそらく、すべての国の中の兵士たちよりも誰よりも・・・・・・)

『はぁ? 魔族たちの強さだぁ? まあ、そりゃあピンキリだな。だけど、魔族の頂点に立つあいつらの強さは、俺たち四竜の強さを軽く超えてる。それだけは断言できるぜ』

『あたしは魔族の強さは直接は知らな~い』


 ルビィは置いといて、ナルが忌々しそうに語るその表情が、何よりも実力の高さを証明していた。

 何より、ティオはドラゴンマスターへの道という超常の存在への道に踏み入れた者として朧げながら理解していた。

 人間では手を出すことすら不可能な女神に対し、魔族は危害を加える事が可能という事実が、人間と魔族の決定的な差を感じさせていた。


「最近、何か不思議な事とか起こってませんか?」

「う~~ん、いや特に何も思い当たる事はないなぁ」

「そうですか・・・・・・有名な占い師がいるとか、不思議な人物を見かけたとかでもいいですし、事件が起こったとかでもいいのですが」

「そうだなぁ。まあ、事件は軍の小競り合いくらいだし、蒼の歌姫は相変わらず凄い人気だが・・・・・・ああ、そうだ。子供たちが数人行方不明になってるって話題になってたな」

「・・・・・・それ、詳しく教えてもらえますか?」


 思わず険しい顔をするティオ。彼女の脳裏に忌まわしい過去が過ぎる。

 少女の微妙な変化に気づかない露店販売の中年親父は、顎に手をやり思い出しながら答えてあげた。


「いや詳しくはまだなにも分かってないみたいだ。とにかく年齢もバラバラだし住んでいる場所も違う、被害者の子供たちに接点は無し。あるとすれば全員が女の子って事くらいでな」

「・・・・・・女の子」

「異常性癖な犯罪者ってのが、捜査してる軍がアタリをつけてるって噂だ。情報はそれくらいだな」

「なるほど。ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げると、ティオは早足で駆け出した。

 情報が少ない現状で手詰まりかと思われたが、ティオにはまだいくつかの選択肢がある。

 ある建物の前に着いた彼女は、その扉をゆっくりと開いた。


「あら、いらっしゃーい」

「お、依頼人かな?」

「これはまた可愛らしい依頼人だな」

「いや、依頼人にしては服装が物騒だな」


 そこは『遊撃士協会・エレボニア帝国帝都本部』の建物だった。

 遊撃士協会の建物というのはどこも内部構造は同じらしく、中は受付カウンターがあって、依頼の掲示板があって、手の空いてる遊撃士たちがリラックスしていたり居眠りをしていたりと様々だ。

 ティオは小さく頭を下げると室内に入り、受付へと歩み寄った。


「初めまして。私はティオ。ティオ・P・ブライトと申します。お義父さん・・・・・・カシウス・ブライトがお世話になっています」

「ぶっ!? な、なに!? お嬢さんはあのおっさんの娘か!」

「えぇ!?」

「はぁ!?」


 ティオの言葉に飲んでいたコーヒーをぶはっと吐いたのが、この帝国内でも有名なA級遊撃士『トヴァル・ランドナー』だ。

 ほかにも強者の遊撃士が驚いて寄ってくる中、その中でも紅一点の女性が素っ頓狂な声を上げて近寄ってきた。

 色っぽく胸元を開けた、だがティオの能力からして、只者ではない気配を出す女性。彼女も帝国内ではトヴァルと同じく武勇で名を馳せる女傑。

 現在は23歳、16歳という遊撃士になれる年齢に達したその歳でA級遊撃士になった最年少記録保持者『紫電』の異名を持つ『サラ・バレスタイン』だ。

 腰のホルダーに付けた銃と赤紫の剣が特徴的で、やはりその佇まいは他の遊撃士達とは一味も二味も違う。


「よろしくね。私はサラ。サラ・バレスタイン。一応、貴方のお父さんと同じA級よ、そっちのトヴァルもね」

「おう。宜しくな、お嬢さん」

「どうも」

「で、今日はどうしたの?」


 なんていうか色気ムンムンのお姉さんですね、とティオは思わずイラっときた。

 胸元が大きく開き、決して小さすぎず、大きすぎないその胸は自分にはない、そして姉にも妹にもない大人の色気だ。敢えて言うなら義母なら持っているだろうが、義母の場合はどちらかといえば色気というより包み込む安寧という感じだ。

 サラから漂うバラの香水の香りにクラっとしつつ、きっと将来の自分はこれくらいの色気を持っているはず、とティオは将来性に望みを残した。


「最近噂されている、女の子が誘拐されているという件について、何か知っていることがあれば聞こうと思いまして」

「ああ、それね」

「おいおい、親父さんを訪ねてきた訳じゃなくて、事件の調査してんのかよ」

「そうですね。遊撃士じゃないのにそんな真似事をしてるので、皆さんからしたら不愉快かもしれませんが・・・・・・って、父を訪ねてきた?」

「ええ。てっきりあの騒動の所為でこっちに来ているカシウスさんを訪ねてきたのかと思ったのだけど」

「!? お義父さんが帝国に、ここにいるのですか!? リベールでは今、父は行方不明となっていて大騒ぎなんですけど!?」

「はぁ!?」

「いいえ、トヴァル。あの件でリヴェールには連絡できてないわ。通信装置も基地局が破壊されてる所為で連絡も繋がらない状態だしね」

「あ~、そういえばそうだったな」

「・・・・・・何やら物騒な事が起こってるみたいですね」


 聞くと、ここ連日に帝国内の各都市になる遊撃士ギルドに、謎の集団が襲撃をかけて破壊行為を行なっているらしい。

 しかもそれらはかなりの腕利きという。各部署に遊撃士たちは常駐しているが、全ての部署にA・B級ギルドがいる訳じゃない。中にはC級くらいまでしかいない事もある。

 そして常にギルドにいる訳でもなく任務で出ていることも多い。むしろ高い位の遊撃士たちはそれ相応に難しい任務が常に請け負っている。


 そしてそんな中、各部署に謎の集団が破壊行為を開始。

 奴らは巧妙な作戦と兵器、そして高い実力を保有している事から、次々とギルドがやられているとのこと。

 故に現在も、最後の砦でもあり帝国方面の遊撃士協会の本部でもあるここを、恐らく近いうちに襲われるだろうここをA級の2人を始め多数の遊撃士たちが常駐しているのだった。


 そしてそんな騒動が起こっている中、別案件で帝国に来ていたカシウス・ブライトが来訪。

 現在はここで急遽、この事件の指揮を執っているという流れであった。


「なるほど・・・・・・飛行船から姿を消した父は、こちらに来て何かを追っていた所、その件から遊撃士として手伝わざるを得ず、こちらに合流していたんですね」

「そうだ。それにまあ、旦那の場合はA級の中でも特別だからな。どうやら追っていた奴も今回の襲撃事件の犯人グループの仲間という線が濃厚のようだし」

「そうですか。まあお義父さんにも困ったものです。私たち家族がどれだけ心配してるか」

「まあ、カシウスさんの事情も分かってあげて、ティオちゃん。今のこの状況、何気に緊迫しててね。鉄血宰相がどうやらこれを機に私たちを潰そうとコソコソ動いているみたいだから、下手に手紙とかで情報を漏らせないのよ」

「そういう事なら仕方ないですね。私が追ってる件が片付いたら、私が家族に伝えにリベールに戻ります」


 レナお母さんに早く教えて安心させてあげたいから、とティオはそう口にした。


「で、お父さんはどこに?」

「今は外に出て奴らの足取りを他の遊撃士たちと追ってるわ。じきに戻ってくるでしょ」

「む~~では、誘拐事件の方は何か情報がありませんか?」

「私たちもこっちに掛かりっきりでね。碌に人員が割けていない状況だからね~」

「少しだけなら情報はあるが・・・・・・何でお嬢ちゃんが情報を欲しがるんだ? まさかお嬢さんが追ってる訳じゃないだろうな?」

「直接は追ってませんが・・・・・・私が探している人がいまして、その人に繋がりそうな事がこの件だったという流れですね」

「ふ~ん。ちなみに探している人って? あたし達に教えてもらってもいい?」

「構いません。皆さんも恐らく知っているはずですし・・・・・・」

「ほう~~。名前は?」

「ルシアという、7年前から遊撃士協会、各国軍部で注目されてる男の子です」

「「!!」」


 彼女から出てきた意外すぎる人物の名前に、また2人にとっても当時は若すぎた為に参加できなかった、でも現在はA級という立場になった事で遊撃士協会本部から最優先保護命令が出ている子供の名前。

 あまりにも凶悪で犠牲者が出過ぎた為に、遊撃士協会でも手を拱いた、厄介すぎた事件を解決へと導いた功労者。

 あのカシウス・ブライト自ら捜索班として動いている事など、色々な意味で注目されている子だ。


「こりゃ驚いたな・・・・・・その子を知る者は多いとはいえ、遊撃士や軍部でもほんのひと握りだというのにな」

「ほんとにね。いくらカシウスさんでも例の事件の事を娘にいうわけないでしょうに」


 これまでとは打って変わって、少し険しい表情でティオを見る。

 何よりも特A級という、遊撃士協会の中でも特別な情報であり、特別な人物の事なのだから、少し警戒するのは当然だった。

 そんな彼女たちの気持ちを正確に感じ取ったティオは苦笑しつつも、前と違って『至って普通に』口にしていた。


「私はD・G教団によって拉致された子供の生き残りですから、だから彼を知ってるんです」

「・・・・・・っ!?」

「それはっ・・・・・・」


 ハッとなって目を見開くトヴァルと、その言葉を聞いて驚き、唇をぎゅっと噛み締めて言わせてしまった事を後悔している様子のサラ。

 2人以外にも事情を知っていると思しき他の遊撃士たちも驚きを隠せない。


「気にしないでください。それで、今回の拉致事件に関して持っている情報だけでも教えてもらえないのですか?」

「・・・・・・悪いけど出来ないわ。遊撃士ではない貴方に教えられないって理由もあるし、まだ未成年でカシウスさんの娘の貴方に危険な事はさせられないって理由もあるの」

「・・・・・・そうだな。サラの言うとおりだ。お嬢さんもカシウスの旦那が帰ってくるまで、この宿泊場所で大人しくしていてくれ」


 そう言って、トヴァルはチケットをティオに渡した。

 宿泊場所のホテルが記載された、1泊出来る無料券だった。

 そしてこの答えは、ティオにはある程度予想できたものだった。


「・・・・・・分かりました。無理言って申し訳ないです」

「いや、こっちこそ悪かったな」

「ごめんね、ティオちゃん」

「いえ。それではお父さんが帰ってきたらこのホテルにいると伝えておいて下さい」


 サラと握手して、トヴァルと握手するとティオは遊撃士協会の面々に挨拶をして扉から出て行った。

 やけにあっさりと引き下がったな、と思いながらも、トヴァルは感じていた事をサラに言った。


「気がついたか?」

「ええ。あの子、何か武芸を嗜んでいる訳ではなさそうだけど―――――強いわね」

「ああ。正直力の程度がまったく分からなかったが・・・・・・」

「幼いのに強いなんて、世の中には希にいるものよ。幼いのに抜きん出た力を持ってる子供って」

「・・・・・・だな」


 感じたプレッシャーに自分たちの身体が強張っている事に気付いたサラたちは、とんでもないな、と溜息を吐いたという。








 ◇ ◆ ◇ ◆






「とまあ予想通り断られたとはいえ、大人しく引き下がったりもしませんが」


 ホテルにチェックインしたティオは、荷物をベッドの上に放り出すとやれやれと溜息を吐いた。

 地図を広げて、それぞれ重要そうな施設をチェックして、地理を把握していく。


「今日はこの辺を回って探りましょう」


 遊撃士協会に断られたなら、地道に足を使って捜査するまで。

 まったく諦めていなかったティオは、地図で赤丸を描いてコクンと頷いた。


 そしてその瞬間。

 

 ――――――――ドオォォン、と。



 激しい爆音が帝都に響き渡った。


「今の音は!?」


 ティオが慌てて窓に駆け寄ると、少し離れた建物から煙と炎が巻き起こっている。

 その方向も今ティオが通ってきた道で。

 その建物もさっきまで自分がいた――――


「遊撃士協会が、襲われてる!!」


 扉を開けると、そこから全力で飛び出した。

 小さな、だけど確かに大きく成長している彼女の身体が、煌びやかで栄えた帝都の街に舞った。




――――――――
帝国なうなティオ。
ジェスター猟兵団を相手にしているカシウスと、そこにやってきたティオの話。
今回からは想像が入ったオリジナルストーリーです。

え、短い?
勘弁して下さい。投稿を早めていきますので許して下さい(><)

次の投稿は木曜日?かもしれません。
感想返しはこれからやっていきます。



[34464] 第36話 歌姫誘拐事件 その②
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2014/05/17 01:11


「ほーら、いきなりおでましだ!」

「いい度胸してるわねぇ。夕方とはいえまだ明るい内に、遊撃士協会を襲うだなんて!」


 突如始まった謎の勢力による激しい銃声と爆発音による攻撃。

 銃声によってかき消されているが、外は大パニックという状況だ。市民が銃声に怯え、どこに逃げればいいのか右往左往する状況。

 激しい爆発は、よほど協力な爆薬が使用されているのか、爆発の度に衝撃で建物が揺れるほどだ。

 
 銃で絶えず外から窓に目掛けて打ち込まれる弾丸の嵐により、破片が飛び散り、家具が次々に破壊されていく。

 頑丈なカウンターを盾に身を隠していた遊撃士たちは、あまりにも激しい弾丸に飛び出すことができず、防戦一方だった。


 そうしている間に扉が爆薬によって破壊され、ついに建物内部に侵入を許してしまう。


「チイッ! 遠距離攻撃ができるやつは応戦しろ!」


 ある遊撃士の声から、銃タイプの武器を持つ者たち数名が隙間から顔を出し、侵入してくる賊を牽制しつつ銃撃する。

 その中で、銃を持ってるサラも射撃を行いながら隣のトヴァルに言う。


「あんたと私で飛び出せば何とかなるんだけど! 奥に何かいるわよね、あれ!」

「ああ! だが何だあれは。見たことあるか、あんな生き物!?」

「ないわよ!」


 攻撃スタイルも能力も解らない謎の生物が外にいる為に、イマイチ攻撃に踏み切れない。

 しかしこのままでは押し切られると踏んだサラとトヴァルは顔を合わせて頷き、お互い両側から飛び出した。

 一足飛びに入口付近で銃を構えていた敵に近づこうとするサラに、敵もさることながら即座に気がつき連射する。しかしサラはすぐに方向転換。壁を蹴り走る。

 壁走りという荒業をやってのけたサラは、天井を蹴ると身体を反転、逆さまの状態で接敵すると、持っていた剣を抜き放ち、横凪に一閃。脇腹にめり込んだ衝撃で敵は弾き飛ばされた。

 弾き飛ばされた敵はトヴァルを撃とうとしていたもう一人の敵にぶつかり、2人は重なるように崩れると同じく接敵したトヴァルによって頭を殴られ昏倒した。


「さぁ、次ぃ!!」

「手加減は一切しねぇぞこらぁぁぁぁあああ!!」


 2人の身体から導力魔法によって肉体を強化せんとするエネルギーが迸り、バチバチと音を立てて2人から湧き上がった。

 それはさながら突風が2人から巻き起こっているようで、数多くいる遊撃士の中でもたった20人弱しかいないA級という頂点に立つ者だけが放つことができる、圧倒的強者のみの圧迫感だ。

 不意に、サラの目に放物線を描いて、小さな筒状の物が2人目掛けて飛んできた。

 飛んで!というサラの声と同時にトヴァルも後方へと跳躍し、距離を取る。飛んできた筒は床へと転がり、ボンっという音と共に白煙が吹き上がった。


「目くらましか!」


 C級遊撃士の男の言葉と呼応するように、白煙の向こうから複数の影がチラチラ見える。


「・・・・・・さあ、あんたたち! さっさと連中をぶっ潰してゲロさせるわよ!」

「おう!」

「分かってるなお前ら。外の連中も片付けないといけねぇんだ。帝国の軍もじきにやってくる! 奴らに先をこされてみろ、それこそ鉄血のおっさんを調子こかせることになるんだからな!!」

「「「「「おお!」」」」」

「いくぞ、こらぁあああああああああ!!」


 トヴァルの号令と共に遊撃士たちは一斉に飛び出した。

 強力な兵器で武装した敵兵に対して、勇猛果敢な遊撃士たちは怯えず、裂帛の気合と共に兵士たちに襲いかかった。



  





 ◆ ◇ ◆ ◇









 ティオがホテルの3Fの窓から飛び出し、家の屋根の上を走り抜け現場に到着すると、その光景は絶句するしかないものだった。

 遊撃士協会の窓が破壊され、植木などが爆発での回りを武装した猟兵らしき集団が囲み、その中央には見たこともない生き物がいる。


(何です・・・・・・あれは・・・・・・)


 ドラゴン、ではない。鳥でもない。蛙でもない。トカゲでもない。

 地上に二足で立ち、背には羽が、だが羽毛ではなく皮膚にも見える羽で、どちらかといえばコウモリの羽に近いか。頭部から胴体はひと繋がりで尾には緑色の毛が生えている。

 だが顔には目が3つもあって口元には凶暴な牙が生え揃え、2階建ての住宅程度の大きさもあるではないか。


 市民も兵器による攻撃でパニックに陥ったのは確実だが、それよりも真ん中で陣取る巨大な生物の出現による恐慌状態がトドメになった可能性が高いとティオは確信する。

 おかげで市民が遠くへと逃げ出した為に、一般人が周囲にいないことが幸いとするべきか。


「あ、あれは・・・・・・っ!」


 武装兵の一人が筒状の砲を取り出して構えると、点火と共に入口の扉が吹き飛んだ。

 直後に何人かが突入したが、数人が中から弾き飛ばされるように吹き飛ばされ、気絶して地面で延びている。直後に煙が吹き、中に先ほどよりも多くの武装兵が飛び込んでいった。

 ティオは武装兵が突入したから目を見張った訳ではなかった。彼女は例の生物の口元から火の粉が吹き出していた事から焦っていたのだ。

 もし万が一、生物が建物の中の武装兵ごと焼き払ったら。

 さすがの遊撃士たちも丸焦げになる可能性が高い。

 事態は想像以上にまずい。そう判断したティオは屋根の上で呪文詠唱に入った。狙いは、中央の巨大生物。そして逃走防止と周囲を警戒している敵兵たち。


 ―――――やつらを一斉に薙ぎ払う!


 両腕を掲げ、掌で球体を作るように構える。

 身体中から血液が指先に流れていく感覚。その感触もすでに慣れたもの。指先からバチバチと雷が奔り、雷の球体が形成されていく。
 
 スっと身体の横に手を持ってきて、雷を押し出すように両手を突き出した。


「―――――ライオネット!!」


 球体は驚くべき速度で一直線に飛んでいき、生物の上で止まると形を崩して弾けた。

 シャワーのように分散して周囲一帯に降り注ぎ、一瞬だけ辺りが暗くなったように点滅した。耳をつんざくような雷音は激しく鼓膜をうつほど。

 ギャアッと悲鳴が上がると周囲にいた男たちは感電したようでバタバタと倒れていく。

 だが。


「ギギギギギギ」


 金切り声と共に、全く効いていない生物、いや、化物。

 ソレは恐るべき察知能力を保有していたのか、すでに顔をティオへと向け、敵意剥き出しで睨みつけていた。


 魔獣や動物とは違う、凶暴性の質。

 『今の自分』だからこそ感じ取れる『魔法力』の流れ。

 魔法力を持っているのは、ナルたちと自分と―――――。


「・・・・・・魔族について、何かをつかめそうです」


 ティオの身体から魔法力が溢れ迸る。魔法力はただの風じゃない、視覚で視認できる光へと変わっていく。

 少し伸びた髪が靡いて、白竜のマントがバタバタと音を立てた。

 化物の口から火の粉が激しく吹き出し、羽が大きく広がる。



「ヤア―――――――――ッ!」

「ガアアアアアアアアアアアアア!!」


 真っ赤な渦が化物から放射されるのと同時に、ティオも屋根から跳躍して炎へ襲いかかった。腕には冷気の渦が巻きついていて、宙で膨れ上がると同時に襲いかかってきた炎にぶつけた。

 フリーズアローという氷の固まりが炎と衝突すると、炎が膨れ上がる音と氷が蒸発する音が同時に鳴り、一瞬だけ街から音を奪う。

 相殺された中心からティオは勢いそのままに飛び出し、いつのまにか携えていた導力杖から風の刃を作り出していた。

 ティオの速度が化物の反応を上回ったのか、そのまま刃は3つある眼球のうちの左目に突き刺さる。

 悲鳴のような咆哮が上がる中、化物も負けちゃいない。眼球に刺した為にぶら下がったままのティオを首を振ることで弾き飛ばし、向いの家へと弾き飛ぶ。

 家の壁へと衝突し、弾かれた彼女に対して巨体に似合わず一足飛びでティオへと接敵したやつは、尾を回転させそのまま彼女へと叩きつけた。


「ガッ!」


 衝突音に破砕音。吹き飛ぶ屋根のレンガに瓦。

 遠くから様子を伺っていた住民たちが悲鳴を上げる中、ティオはクルクルと何度も後方転回を繰り返して捻って着地。化物が宙へと飛んだ事を視認すると、前のめりの体勢から力を貯めつつ、今度は片手を大きくスイングする。

 すると彼女の腕から発生した不可視のなにかは、正確に化物に向かって直進し、化物の羽を斬り飛ばした!

 墜落する化物はその瞬間、その口から信じられないほどの咆哮を発する。

 駆け出していたティオが思わず急停止するほどの音。音波ともいえる衝撃は辺りの屋根をガリガリと削り飛ばし、草木は苦しむようにその葉と枝を揺らした。


「本当に、嫌になるくらいの頑丈さですね」


 口を切ったのか、唇の端から滴る血をペロリと舌で舐めると、化物が地面に墜落した衝撃と振動が伝わってくる。

 恐らく雷属性に耐性があると思われる化物。炎の攻撃を繰り出すことから炎も効くまい。

 そうなると有効なのか、先ほど斬り飛ばす事に成功した風属性と氷属性の攻撃だ。

 または。


 ―――斬り飛ばした傷口から直接炎や雷を叩き込む!

 
 ティオは大きく跳躍し、仰向けに倒れ込んでいた化物の真上へと飛び上がった。

 太陽の陽が丁度ティオと重なり、彼女の髪がキラキラと陽光によって輝く。

 か細い腕で、とても筋肉質とは言えない、戦闘向きじゃない身体で、それでも彼女は戦っていた。その姿は、遠巻きに見ていた人々の目に焼き付く。


「堕ちるは千の雷―――来るは万化の鉄槌―――――雷よ!」


 重力に従って落下し始める前に呪文詠唱が終わり、落下と同時に握っていた拳を振り下ろした。


「サンダーぁああああああああボルトぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 それは、極太の雷光。

 彼女の振り下ろした腕から目がくらむほどの雷が落ち、それは正確に傷口に落ち、先ほどの雷とはケタ違いのエネルギー量が化物の全身に奔った。

 だが彼女の攻撃はそれだけでは終わらない。

 それと同時に、反対側の腕から振り下ろした『無詠唱』の魔法攻撃を、彼女は放った。


「フリーズアロー!!」


 雷が落ち、氷の刃が落ちる。

 有り得ない攻撃間隔の短さにより実現した連撃。雷は確かにダメージを与えたがそれでも瞬間的に痺れた程度で済んで。でも痺れている間に氷の刃は化物の首を刺し貫いて絶命した。

 スタンと着地したティオは息を荒くしながら膝に手をついた。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・なんとか倒せましたか」


 絶命した化物を、本当に死んだか確認しつつ息を整える。

 首元を完全に貫通し、地面に突き刺さった化物は、文字通りピクリとも動かない。

 そこでようやく一安心。

 背後の遊撃士協会内部でも戦闘音が聞こえなくなっていた事から、遊撃士側が勝利した事を感じ取り、ティオは膝を地面に付き、目をつむった。


「・・・・・・大丈夫?」


 ポンと、ティオの肩に手が乗せられた。

 声の主は、サラ・バレスタイン。特にカスリ傷を負うことも無く無傷で勝利したらしいサラは、慌てて通りへと出ると、化物に呆然とし、その様相に目を見開いて、傍でうずくまるティオに心配して声をかけたのだった。

 だがティオは何も答えない。

 さすがに不安になったサラや、同じくビックリして様子をみていたトヴァルも駆け寄ろうとする。

 すると突然、彼女の身体が淡く蒼い光りが包み込み始めたではないか。


 屋根や壁に叩きつけられたりした所為で、腕や足に軽くない切り傷が出来て血を流しているが、それがあっという間に塞がっていく。

 ティオの身体に鈍痛があったが、それがゆっくりと消えていく。

 これは回復魔法。体力を回復する導力魔法『ティア』系統とは違い、肉体を回復する文字通り『魔法』の一つ『癒しの祈り』という回復魔法だ。


「―――ふぅ。お待たせしました。無視してすいません。これは集中してないと発動が難しいもので」

「・・・・・・あなた、いったい・・・・・・」

「まあ、今はそれより。ありがとなお嬢ちゃん、いや、ティオ。君の援護のお陰で集中して室内の武装兵を戦闘不能に追い込めた」

「・・・・・・そうね。助かったわ。貴方、凄いわね。こんな怪物を倒せちゃうんだもん」

 
 あの激しい雷音とかこの氷とか、もっと詳しく聞きたいんだけどね、とサラは思う。

 目の前の氷の規模を見ると、これは氷系のアーツでも上級に位置する導力魔法だ。

 協会内部からでも聞こえてきた破砕音と落雷音、そして化物の咆哮と悲鳴。

 問いただしたい事はたくさんあった。でも礼儀として、真っ先に感謝するのだから、サラもトヴァルも人が良いというべきなのだろう。


「はは・・・・・・もっとスマートに勝てれば良かったんですけど」

「いやいや十分だぜ。この怪物は強い・・・・・・つーかマジでこいつなんだよ」

「軍と協力して実況見分して、それで細かく調べるしかないわね」


 ふーむ、と唸り声を上げるサラとトヴァル。

 ティオはそんな2人の言葉に、内心で「きっと分かることは無いでしょうね」と呟く。

 銃声が無くなり、化物が倒された事で市民たちもゆっくりと戻ってくる。


「さてと。とりあえず貴方も実況見分に付き合う?」

「・・・・・・それは辞退したいですね」

「―――なんで?」

「理由は言わずともわかってますよね?」

「んふふふふふふふ」

「ふふふふふふふふ」

「うふふふふふふふ」

「じゃ」


 ピョーンと屋根に飛び乗って、ティオは逃げ出した。

 説明すると面倒くさいことになるんだから、逃げるが勝ちです、とティオは言い残していた。


 ちなみに。


 遠くから見ていた一般市民たちの証言で、駆けつけた帝国兵たちはこの一件で遊撃士たちと一人の少女が戦った事を確認。

 だが遊撃士たちに聞いても、彼等の仲間ではなく、また知らない人物だと言われてしまい、結局似顔絵も書けず、特定できないまま捜査は打ち切りとなる。

 また日中にこんな事態が起こってしまった事で、帝都は少し緊迫した空気が漂うことになった。










 ◆ ◇ ◆ ◇







 


「ふぅ・・・・・・ここまで来れば、バレないですかね」


 ティオは袖で一汗を拭い一息を吐いた。

 そこは帝都の中でも公園に位置する場所。


 一般人もちらほら見える中、ティオは中央へ歩み寄ると、そこで溜息を吐いてチラリと後方の木を見つめた。


「そろそろ出てきてもいいのではないですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「貴方の狙い通り、一人になってあげたのです。いい加減、姿を現しなさい」


 その言葉で、木の裏から一人の人物が出てきた。


 背丈は130cm前後。

 白い髪が特徴的で、服も白い。白いスカートという、全身を白で統一した服装は、どこか死装束を連想させる。

 プリッとした唇に小さな鼻。

 だが、決定的に可笑しいのは、その瞳。


 瞳の中央に大きな十字が描かれ、眼球が今にも飛び出しそうなほど突き出ていて、異様な顔面となっている。

 そんな、ティオと同じくらいの年齢の女の子がそこにいた。


「初めまして。待ってたよ、あたしと同じ境遇の子!」

「・・・・・・・・・・・・」

「あたしの名前はセイラって言うの。趣味は―――」

「ムダ話は結構です。要件を言ってください」

「もう! せっかちだなぁ」

「・・・・・・・・・・・・」


 勘に触る声に、ティオはずっと不快感を感じている。

 話し方、声、異様な雰囲気、すべてが不愉快だった。


「ま、いっか。単刀直入にいうとね、今あたし、歌が上手い人を集めてるんだけど、同じ境遇の仲間である貴方も手伝ってくれない?」

「なぜ、歌が上手い人を集めてるのです」

「え? 解らないの?」


 キョトン、とした顔をする少女にティオは一層瞳を険しくする。

 この少女は、あの化物との戦いの前からずっと見ていた。こちらを観察して、楽しんでいた。

 恐怖と怒りと怒号が飛び交っていた遊撃士協会前の戦いの中、笑って楽しんでいたのを感じた。


「歌が上手い人を集めて生贄に捧げたら、あの人があたし達を助けてくれるかもしれないじゃん?」

「・・・・・・まさか」


 少女の言葉に、サッと表情を青褪める。

 何が言いたいのか、分かってしまった。


「あたし達にとっての女神様である――――」


 ついに、ティオの前に現れた。

 あの事件の生き残りの子供の一人が。


 同じように、薬品投与により目覚めた異常能力を手に入れ、そして狂ってしまった生存者。

 ひょっとしたら、自分にもあったかもしれない、可能性の一つを辿ってしまった少女が。


「―――ルシア様のこと!」


 アハハハ、と。

 少女のうすら寒い声が、ティオの血を凍らせた。



[34464] 第37話 歌姫誘拐事件 その③
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2014/06/11 00:57





「生贄に・・・・・・ルシア・・・・・・さまぁ?」


 血が凍りついたような感覚に襲われ、強烈な鳥肌が立ったティオだったが、反応できたのはほとんど反射だったというべきか、それとも彼女の本能と感情が、怒りとなって動かしたのか。

 それは、ハッキリしたことは彼女には分からなかった。

 だが一つだけ言えることは、目の前にいる一見幼く見えるも、間違いなくイカれた女は止めなくてはならない敵。


「んふふ~~~。そうよ? あの地獄のような場所で、あなたもルシア様に助けられたでしょ? あなたも声をかけてもらったでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「あたし、ルシア様がいたから助かったって、確信もっていえるわ!」

「それは・・・・・・否定はしません」

「でしょ? ルシア様から教えられた歌、本当に歌うと力が湧いてきた。あの方は私たちを助けてくれたのよ!」

「・・・・・・・・・・・・」

「でもね、あたしは今、不幸せなの。辛いのよ。苦しいの」


 だから会いたいの、と。

 両手を重ねて祈るようなポーズをした。


(嘘くさくも見えるし・・・・・・本音を言っているようにも見える。でもこのセイラはいったいどうやって子供を攫ったというのですか)


 かなり小柄な体格で、子供を攫う。その難度の高さに、ティオは不可能だと結論付ける。

 そしてあの眼球はなんだと疑問が浮かぶ。

 人体実験の時にこうされたのか。それとも薬品の影響で眼球が飛び出てしまったのか。

 疑問は尽きることは無い。


 だが事実攫われている現状がある限り、ティオに取れる手段は限られている。

 ここで彼女をぶちのめしても、何も解決しない。子供たちの居場所が解らない。白状させるという手もあるかもしれないが・・・・・・この手のタイプにそれが通用するとも思えない。

 ならば自分が取れる道はただ一つ。


 そして、たとえもう“取り返しがつかない”事態になっていたとしても。

 ―――――あたしにそれができるだろうか。


 そう思ってしまった。


「だから、どう? 貴方もルシア様に会いたくない? 会いたいなら手を貸してよ」

「・・・・・・いいでしょう」

「だよね~。受けると思ってた! 貴方も異能を身につけた筈だし、それによって私と同じ苦痛を味わったはずだもの。あ、知ってる? 他の生き残りの子たちも皆同じだって。まだ引き入れてないけど、とりあえず同じ病院に収容された貴方だけは知ってたからずっと探してたんだよ? 勿論他の子たちも捜索中」

「例え被害者とはいえ、遊撃士や軍部が他の生き残りを教える筈がないでしょう」

「そうなんだよ。でも貴方って容姿は際立ってたから覚えてたんだけど、ツァイス中央工房の特集記事で紹介されてたのを見つけた時はビックリした。運が良かったなぁ」


 なるほどそういう流れですか、と。

 ティオは心の中で自分をどうやって発見したのかに得心しながらセイラの案内でついて行った。

 彼女の異常な瞳から影響される『異能』を探りながら。


「ところで、誘拐した人を使って、具体的には何をどうするのですか?」

「んふふふふ~~~~」

「・・・・・・その気持ち悪い笑い方はやめてください。イラっときます」

「しょうがないでしょ~? あたしの得た能力の代償で、少し頭がボーっとするんだから。話し方だってこうなっちゃうわよ」

「・・・・・・いや、絶対に貴方のソレは生来のものでしょう。そんなアホな事があってたまるものですか」

「んふふ~~。ま、いいわ。方法は私のアジトで教えてあげる!」

「それは楽しみですね」


 楽しそうに、ティオは口にする。

 拳を強く、強く握り締めて。








 ◇ ◆ ◇ ◆









 一方その頃、帝都の遊撃士協会前では軍人と遊撃士、野次馬が入り乱れていた。

 協会前には大きな獣の死骸が転がり、その傍に猟兵が集められ拘束されている。
 

 化物ともいえる程の異形の獣は、腹部から地面へ氷が貫通しており、緑の血液が流れて異臭が漂っていて、人々は鼻をつまんで様子を伺っていた。


 その死骸の正面にて。

 軍人が遊撃士に事情を聞いている真っ最中だった。


「で、突然襲われた、と」

「そういうこと。いきなりだったわ」

「ふん、どうだか。実はこいつらを手引きしたのもお前らじゃないのか?」

「はぁ? なんでそんな事しなくちゃいけないわけ?」

「さぁ、知らんよ。だが貴様ら遊撃士は一般市民には人気はあるが、他には恨みを多数買ってそうだからな。お前達の方が自覚あるだろ?」

「そんな事、それこそ知らないわよ。むしろあんた達帝国軍人がこいつらけしかけてきたんじゃないの? あんた達は私たちと違って人気ないし」

「・・・・・・なんだとぉ?」


 サラが帝国軍人と不穏な、というか明らかに喧嘩腰で対応していたのだが、他の遊撃士たちも概ね同じ感じだ。

 普段ならそんな事には絶対にならないが、本部が強襲というとんでもない事態と、その深刻さ故にイライラが募っていた。

 そこに毎度の帝国軍による嫌味を連発されれば、堪忍袋の緒が切れてもおかしくない状況だった。


「いい度胸だ。この事はきっちり報告して、貴様らを罰してもらうからな!」

「あんたバカ? 処罰するのはこいつら猟兵でしょう? 罪の在り処も分からない程に帝国軍人も耄碌したのねぇ」


 完全に売り言葉に買い言葉の状態。

 前述にプラスして戦闘での火薬と血の匂いで若干の興奮状態が抜けきらず、サラも少し興奮状態だ。


 かなり不穏な空気が流れ始め、別で言い合いになっていたトヴァルと帝国兵士も、自分たち以上に不穏な空気を醸し出すサラたちに歩み寄り、より激しさを増したように現場は重苦しくなる。

 しかしそんな一団に声を挟んだ勇者がいた。


「双方、そこまでだ」

「はぁ!? 誰よって・・・・・・あなたは」

「ぬっ!? 貴様は!」


 その声の主の前にいた兵士も、遊撃士も、一般市民も、皆が自然とさっと道を開いた。

 誰もがその声に問答無用で従わざるを得ない、圧倒的な存在感。

 落ち着いた雰囲気を醸し出す衣装は当然だが、綺麗な茶髪と口元の髭は、本人の魅力を何倍にもする。

 一歩一歩地面を踏みしめながら歩いてくる男に、思わず帝国兵たちは一歩ずつ下がりたい衝動に駆られた。


「カシウス・・・・・・ブライト!!」

「カシウスさん」


 他国の人間ですら知っている、リベール王国最強の男がそこにいた。

 帝国兵としては、数年前に辛酸を舐めさせられた相手なのだから、知っていた当たり前という話でもあるのだが。

 サラが何故か頬を赤くしているのだが、そこはトヴァルは軽くスルーした。


「帝国兵の諸君、私の方から遊撃士たちには言って聞かせよう。だから君たちも本来の職務を忠実に全うしたらどうだろうか」

「!!」

「この場は一般市民の目が多くある。新聞記者たちも集まってきているようだ。彼等の前であえて情報提供するのはそちらとしても不本意だろう」

「くっ・・・・・・いいだろう。おいお前たち! 猟兵たちを連行しろ! そこのお前たちは死骸の撤去だ!」


 歯噛みしながら連行していく帝国兵。

 それを尻目に、カシウスはサラとトヴァル、そしてその場にいた遊撃士たち全員に目線を配り、指先で壊れた協会内を指差す。

 サラとトヴァルを除いた全員が、どこかしらの傷を負っていた。

 それだけ、猟兵たちは強敵だったのだ。


 戦闘痕が残る協会内に入ると、カシウスを中心に一同が整列する。

 同じA級というポジションであるにも関わらず、そして遊撃士としての経歴ならばサラやトヴァルの方が長いにも関わらず、自然とそうなってしまう。

 それが、カシウス・ブライトという人間への周囲の評価である。


「諸君、この旅の帝国内の遊撃士協会への連続襲撃事件だが、やつら猟兵たちの正体を掴んだ」

「おおっ」


 カシウスの言葉に一同がザワつく。

 帝国兵たちが連行していったが、猟兵たちが自白するとは到底思えない。仮に自白させても帝国からも情報が降りてくるとは思えない。

 それが共通の認識だった彼等にとって、カシウスの言葉は正に朗報だった。


「静粛に・・・・・・彼等は『ジェスター猟兵団』のメンバーだ」

「ジェスター猟兵団・・・・・・」

「確か、帝国周辺の自治州とかで活動している連中だった筈だが」

「ねぇ、こんなに凄腕だったの? あいつらって」

「『赤い星座』や『西風の旅団』の上連中と戦うのは厳しいだろうけど、それでも団員とタメ張れるだろ、あの強さ」

「確かに」


 そう。確かにここを襲撃してきた彼等は強かったのだ。

 それこそ、名もそこそこ程度の猟兵たちとは思えない程の強さ。B級の彼等が負傷する程なのだから、意外にも程があった。

 だが、そんな彼等の動揺は、カシウスの本題によって吹き飛ばされてしまう。


「まだ話は終わってない」

「え?」

「彼等ジェスター猟兵団は、とある集団に操られていたに過ぎない」

「・・・・・・つまりカシウスさんは、奴らの背後に黒幕がいると?」

「そうだトヴァル。この連続した襲撃事件も全て奴らの企みだ」

「組織名は分かるんですか?」

「・・・・・・ウロボロス<<身喰らう蛇>>と呼ばれている」

「身喰らう蛇・・・・・・」


 サラは言葉を反芻するように呟く。

 カシウスは一同を見渡し、小さく頷いてこう言った。


「まだまだ全貌は見えてこないが、恐ろしい程の実力者たちが集結していると予想ができる。故に、サラ君とトヴァルの両名は私に付いてきてくれ。私が現在追っている身喰らう蛇の関係者と思しき男の追跡を手伝ってもらいたい」

「はい!」

「おう!」

「他の者はここの片付けと、ガードを固めてもらう。まだ次の攻撃が無いとも限らない」

「了解!!」


 その言葉が皮切りに、皆がそれぞれの役割を果たすためにいくつかのグループに別れて話し合いを始める。

 依頼を果たす組と、内部処理組。カシウスが指示を出さなくても、彼等は自発的にソレができる。

 何故なら、彼等は一流の専門家なのだから。


 彼等の頼もしい姿に頷いたカシウスは、よし行くぞと、飛び出していく。

 そのあとに続いてサラやトヴァルも駆けた。


 街中を人並み外れた速度で走る3名のA級遊撃士たち。

 先頭をカシウスが走り、サラとトヴァルが並走しながら報告した。


「カシウスさん! 先ほど娘さんがお見えになられましたよ」

「・・・・・・まさか、次女のティオじゃないだろうな」

「当たりですけど・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 全力で走りながら天を仰ぐカシウス。

 その姿は「なんてこった」と言いたげな様子である。


 トヴァルもサラもその態度に訝しむ。まるで来て欲しくなかった、とでも言いたげだからだ。


「何か問題が?」

「あなたが行方不明で、家族が心配してるそうです。ティオちゃんも捜索していたのでは?」

「・・・・・・まあ、理由はそれもあるだろうけど、他にも懸念材料はあってな」

「?」

「・・・・・・さっきはジェスター猟兵団の背後に<<身喰らう蛇ウロボロス>>がいると言ったが、実はもう一つの勢力がさらにその影にいるように思えてならないんだ。これはわたしの直感だが」

「もう一つ?」

「あの場で言わなかったのは、君たちA級でないと相手するのは厳しいと踏んでいるからだ」

「・・・・・・詳しく教えてもらっても?」

「わたしもまだ一度しか会ったことがない。それは女性だったが、魔族と呼ばれる種族と言われている。強さも恐らくは私を凌ぐ。強大な相手だ・・・・・・だから2人の力も貸してくれ」

「・・・・・・もちろんです!」

「当然!」


 事情を端的にしか教えていないにも関わらず、2人はニっと笑って応えてくれた。

 カシウスはそんな2人に心から感謝していた。


 故に、そんな3人の背後に、数人の人影が現れている事に、カシウスたちか気付かない。


「さぁ、我々の任務を遂行しましょうか。『死線』、そして『道化師』」 

「ええ参りましょう」

「僕は荒事向きじゃないんだけど。でも僕の手駒、少し戦力削られちゃったしね。ここであの3人が本拠地を叩いちゃうと面倒だし・・・・・・仕方ないか。ねぇ?『氷の魔女』」

「そういう事です。では―――――参ります」


 その言葉で、目の前の3人に襲い掛かった。

 この戦いは、紫電にとっても長い付き合いになる人物との邂逅の瞬間であり。


 魔族と呼ばれる種族の力を思い知ることになる戦いにもなった。










 ◇ ◆ ◇ ◆










「ねぇ? これってどういう事?」

「・・・・・・見て、わかりませんか?」

「裏切るの?」


 ある場所の建物内で、セイラと呼ばれる少女は異形の目を前方にいる少女に向けた。

 壁に叩きつけた為に頭部から流血している、全身傷だらけの少女を。


「何したの? 私の生贄たちはどこ? どうやって運んだの?」

「・・・・・・さあ?」


 唇の端から垂れる血を拭い、ティオはセイラを睨みつける。

 折れた右腕を支え、『砕け散った』導力杖を踏みつけて、ティオは睨み続ける。


 拳で殴っただけで、壁を粉々に消し飛ばした、目の前の10歳以下にしかみえない、だけど確かにティオと同年齢という、異常な女を。 




___________________
仕事が忙しすぎて書いてる余裕がないです。
少ないけど投稿します。感想返しはまた明日以降で。
・・・・ほんとにスイマセン。



[34464] 第38話 歌姫誘拐事件 その④
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2014/10/28 00:43



 ティオにとって、その光景はある種の安堵の溜息をもらす事になった。

 いたって普通の廃屋に通された時は少し驚いて、監禁場所もまともじゃない事からバックアップする組織も無ければ資金もないと、そう察する。


 ―――――それがどういう事で、セイラを纏う環境もすぐに察する事が出来てしまう。


 思わず唇を強く噛み締めて歯ぎしりするティオとは対象に、セイラは生贄とするべく捉えた一般人たちが入れられている檻の前に案内した。

 その中にいた誘拐された人は、全員女性だ。

 下は8歳程度から上は20代中盤位まで、全員で5人。


 彼女たちは見覚えのない人物が入ってきた事に、怯えた目を大きく見開いて柵に詰め寄った。


「助けて! 助けてよ!!」

「あたしたち何もしてないのにこんなところに連れてこられたの! お願い!」

「ママに会わせて~~!!」

「お願い助けて!」

「助けてくれたらお礼はいくらでもするわ!」


 柵を揺らしてティオへ助けを求める声。

 しかしティオはチラっと見ただけで彼女たちには見向きもしない。それだけで彼女たちは分かってしまった。

 目の前に現れた少女も、自分たちを攫った狂った犯罪者の仲間なのだと。


「・・・・・・で、彼女たちを攫って閉じ込め、具体的に何をどうやってルシアと会うというのです。居場所も分からないっていうのに」

「あら、それは簡単よ」

「簡単?」


 長年、自分やレン、父が探しているのにどうやってとティオは訝しむ。

 それをいとも簡単に解決したと言わんばかりの、目の前の同年代の少女を観察した。


 前髪の片側だけを長く伸ばし、黒髪は腰まで長く伸ばしてある。

 隠した前髪の下の眼は大きく飛び出し、眼蓋は膨れ上がり、だが他の顔の部位は至って平常の為に余計にその異様さが際立っている。


 室内を見回すと、廃屋という外観に負けず、薄汚れた室内はゴミが散乱し、汚れた衣服が散らかり、洗濯したと思われるシワだらけの服が乱雑に干されていた。

 狭い室内が二つで、一つが人質用の部屋、そしてその部屋に隣接している更に小さな部屋が、自分たちが今いる部屋だ。

 こんな僻地の薄汚い、不衛生の廃屋に未成年の少女がただ一人。

 生活の香りと雰囲気は、ティオの特殊な力『感応力』から数日だけではなく、数年という長期的な年数が感じられた。


「あなた、ルシア様からの教えを覚えているかしら?」

「教え・・・・・・まあ、彼が言っていた事はだいたい」

「その中にあったでしょ。ルシア様はこう仰ったわ」


 セイラは人質の女性達に身体を向けて、願うようにポーズを取ってこう言った。


『女神アルテナは人々を見守り、刻に導く存在なのです。人々は女神アルテナに祈りを捧げることを日課にしています』

『ですが人々は刻にアルテナに祈り以上のものを捧げたくなりました。そこで人々は女神アルテナが大好きだった歌を捧げる事にしたのです』

『人々は考えました。街で一番歌が上手いモノに『歌姫』を任命し、歌姫が代表して『アルテナの歌』を捧げようと』

『アルテナの歌は、心から願い、歌を捧げた時にのみ、アルテナはその『力』を使って人々を救いました』

『貴方たちも、苦しい時はアルテナの歌を歌ってください。きっとその時、その者は救われる・・・・・・私はそう思います』

『だから私も・・・・・・力になります。例えそのとき、私の使命が終わっていたとしても。あの子の・・・・・・命に報いる為に』


 不覚にも、ティオにとってその声は、清廉された真摯な声色に聞こえた。

 切なる願いというのか。

 胸を締め付ける。


「確かに・・・・・・そう言ってましたね」

「でしょう? だから私は彼女たちを生贄に捧げて、ルシア様に助けてもらうの!」
 

 そう言うセイラの背後で、初めて自分たちが拉致された理由を知ったのか、目を見開いて衝撃を受けた表情をしている。

 年長の女性などは、ふざけるな、そう言いたげだ。


 空の女神エイドスではない、訳の分からない存在を女神などと宣って生贄に捧げるなどと言うのだ。

 正気の沙汰ではない。

 そしてそんな狂人に攫われた自分たちの立場の危うさを、改めて痛感していた。


「なるほど・・・・・・理解しました」

「そう、良かったわ」

「ええ。協力して良かった」


 ティオはセイラに背を向けて「ルシアに助けられた者としては、貴方の言葉はほんとうによく分かります」と言いながら人質に近づいていく。

 人質の女性たちは近づいてくるティオに思わず後退る。

 そんな女性達を無視してティオは牢の外から一番小さな女の子の手腕を強引に掴んで引き寄せ、手を握った。


「そうそう、セイラ。実は私はルシアから彼のもの・・・・・・ではないのですが、彼に関する縁の所有物を譲り受けているんです」

「ルシア様の!? ず、ずるい!」

「ええ、まあ。なんだと思いますか?」


 牢の中の女性たちが、敵の仲間と思わしき奴に一番小さい少女が捕まったと思ったのか、全員が少女に慌てて近寄り彼女にしがみつき、渡さないとでも言いたげな目線でティオを睨みつける。

 これが、呪い・殺意・恨みとでもいえる視線かと、初めて向けられる類の視線にティオは肌で痛感する。

 人に恨まれるというのは、こういうなのだと。


「わからないわ。何なのよ」

「これです」

「それは・・・・・・鳥の羽の剥製?」


 空いている片側の手で外套を翻し、上着に縫い付けた背中に付いている両翼の白い翼を見せた。

 一見、ただの作り物に見えるがその白い羽は明らかに本物であり、それもどこか神聖すら感じさせるものだ。

 セイラはそれがルシアの持ち物だと告げられ興奮した様子で凝視する中、ティオは小さく口元に笑みを浮かべてこう告げた。


「そう。これは『白竜の翼』と呼ばれるもの・・・・・・そしてこれはある方法を使うと、特殊な現象が起きるのです」

「ふんふん。それで?」

「それは―――――――――――」


 ティオがセイラへと振り返る。

 その表情は、不敵な笑みが浮かんでいた。


「空間転移です」

「え―――――!?」


 ティオと、そしてティオが掴んでいた人質の少女と、少女に捕まっていた人質の女性たちは、全員が一瞬で消えてしまった。








 ◇ ◆ ◇ ◆








 帝国首都から驚異的な脚力で疾走する三つの影。

 目指すは帝都近郊にある立ち入り禁止区域の遺跡。そこに猟兵団たちのアジトがあるのは間違いない。 


「そろそろ見えてくるかしら・・・・・・」

「気をつけろ。奴らは無名ながらも驚くほどの実力者を揃えた傭兵達・・・・・・弱小の猟兵団とは訳が違うぞ」

「当然だな」


 そう言って、3人が並走して走っていると、まず最初にソレに気がついたのはやはりカシウス・ブライトだった。

 それとほぼ同時にサラとトヴァルも気がつき急停止。

 3人共が厳しい表情を浮かべながら、道の先にある岩陰を睨みつけた。


「・・・・・・そこにいる奴、出てきなさい!」

「こっちはもう分かってるんだぜ?」

「だが、予想に反して出てくるのが早かったかな・・・・・・執行者の諸君」


 3人がそう言って前方を睨みつけると、そこから「さっすが~」という能天気な声と共に同数の男達が出てきた。

 男達といっても、女2人と男1人。

 男は紫のタキシードスーツを着たホスト風な顔が整った童顔の青年。女性は2人でひとりはメイド衣装を着た美人女性で、1人は社交界に出席しそうなドレス衣装を纏った美人女性。


 あまりにも異色な組み合わせに、思わずトヴァルとサラは呆気に取られそうになり、すぐに気を引き締める。彼等の纏う雰囲気が只者ではなかったからだ。

 だがそんな2人より、始めからずっと表情を崩さず、むしろ強ばらせた表情のままなのはカシウス・ブライトであった。

 彼の目は、ドレス姿の女性を注視している。


 それは、決して見蕩れているなどという事ではなく・・・・・・


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 お互いの視線が絡み合い、女性の方が先にすこしお辞儀をした。

 するとタキシード姿の青年が挨拶を始める。


「帝国、リベールにその名が轟く有名なお三方に会えるとは光栄です。初めまして・・・・・・身喰らう蛇の『執行者No.0』<<道化師>>カンパネルラと申します。以後お見知りおきを」

「ふふふ・・・・・・では私も。身喰らう蛇の『執行者No.Ⅸ』<<死線>>のクルーガー。以後お見知りおきを」

「こいつらが、身喰らう蛇、か」

「あんた達がこんな所で私たちを待ち伏せしていたって事は、猟兵を使って各地を襲撃させた黒幕もあんた達って事ね」


 押し通る、とでも言うように武器を構えるトヴァルとサラ。

 トヴァルにはカンパネルラが。サラにはクルーガーが相手をするようで、お互いに、というより一方的に睨みつけている。

 そんな中でも一切言葉を発さなかったカシウスとドレスの女性が相対している事に、トヴァルはフンっと鼻で笑った。


「いいのかよ。俺たちの相手はお前たち、それはいいさ。お前も只者じゃないってのは分かるからな。だが明らかにあんな細い、戦闘訓練も積んでいないと丸分かりのお姉さんを、あのカシウスの旦那の相手にするつもりか?」

「そうそう。カシウスさんのようなオジさま相手なんてうらやま―――じゃなくて、無謀にもほどあるのよ」


 思わず本音が漏れかけた、渋い年配の男性が大好きなサラ。

  

 メイド服を着た女性・クルーガーはクスクス笑ってにこやかな笑顔で答えた。


「ご心配ありがとうございます。ですがそれは要らぬ気配りかと」

「・・・・・・何ですって?」

「確かにこの方は、一見して戦闘できる体格をしていないように思えますが・・・・・・」

「そう―――わずか数年で執行者入りを果たし、僕ら執行者の中でも最強の№Ⅰと互角の戦いを繰り広げる程の『異能』を持つ存在。さあ、負けるのはどちらでしょう?」

「「――――!?」」


 クルーガーとカンパネルラの言葉に、早々に決着をつけてカシウスの援護に入る事を決意した2人は、目の前の敵に襲い掛かった。







「改めて名乗らせて頂きます。執行者№No.XV《氷の魔女》フェイシアと申します。宜しくお願いします」

「こちらこそ。名乗る必要はないだろうが、礼儀として名乗ろう。A級遊撃士カシウス・ブライトだ」

「たしか『剣聖』と呼ばれているとか」

「ああ。八葉一刀流の型を極めると、剣聖を名乗る資格がある。ただし、それは昔の話。今は棒術だから剣聖は名乗れないな」

「そうですか・・・・・・そう・・・・・・剣聖の資格がない・・・・・・」


 しみじみと『剣聖』という言葉を何度も呟くフェイシア。

 あまりにもその言葉を呟くので、カシウスの目が細まる。


 2人がそんな話をしている中、周囲では激しい剣戟音と爆発が響いており、ひっきりなしに響く音はその戦いの激しさを物語っている。

 その中、カシウスとフェイシアの間だけ奇妙な静寂があった。


「ふむ――――何やら剣聖という言葉に、思い入れがあるようだが」

「そうですね・・・・・・・・・・・・とても」

「そうか」


 フェイシアは前に垂れた長い髪をかき揚げ、空を仰ぎ見る。


「貴方が私が知るあの『剣聖』ならば・・・・・・期待していた剣聖ならば、良かったのですが・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「残念です。きっと『剣聖』の変わりは別にいる、という事なのでしょう」

「それは勿論。私のほかにも『剣聖』はたくさんいる。老師は勿論だがクロスベルにも―――」

「いいえ。有象無象はどうでもいいのです」

「なに?」

「私が求めているのはたったひとりだけ。貴方にその『資格』がないのなら、大変悲しいことですが―――――死んでもらいます」


 その言葉と共に、ドン、と激しい音がした。

 その音は爆発音でもなければ打撃音でもない。

 フェイシアの足元が陥没した音で、ただの衝撃音。


 全身に魔力を纏っただけで、地面すら陥没ほどの力を保有する女性。しかもまだまだ序の口と言わんばかりで、手抜きすら見えるほど。

 足元から氷ついていき、辺り一帯が氷の世界と化してしまった。


 カシウスは自分の足元に迫った氷を一撃で砕いて食い止めると、フェイシアを強烈な眼光で睨みつける。


 この戦いは長引くな、と。

 カシウスは直感でそう悟った。



[34464] 第39話 歌姫誘拐事件 その⑤
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2015/01/01 03:02



 神隠し、というものがこの大陸にも伝わっている。

 共和国のとある村に済んでいた農民の家系の末娘が、村の子供たちと遊んでいたが夕方近くに行方不明になり、その日の夜になんと数百キロ離れたリベール王国のとある街の遊撃士協会に迷子として保護された。

 もちろん電車で一本でいける場所では無ければ乗り換えていけるところでもない。また仮に乗り物を使ったとしても所要時間が圧倒的に足りない。物理的に不可能な距離を一瞬で移動したのだ。

 子供の証言などから検証してもまるで原因が掴めない謎の事件として処理された一件だが、似たような事件は過去に幾度かあった事だ。


 それは世にも不思議な御伽噺として子供たちに伝わっている。

 摩訶不思議な、御伽噺として。


 そして、総じてそれらは有り得ない現象として扱われる。

 そう―――『神秘』として。 


「え・・・・・・ここ、は?」

「て、帝都?」

「う、うそ・・・・・・」

「ふぇ?」

「え、え、え、えええ?」


 汚い小屋の鉄の牢の中から、突如光ったと思ったら帝都のど真ん中へ。

 薄汚れた格好のまま突如、噴水広場前に現れた女性5人とティオに、衛兵を含めた市民たちはド肝を抜かれて呆気にとられる。

 見覚えのある街に、そしてそこからどういう道筋で自宅へと帰れるかを知っている少女たちは、いきなりの展開に、でも徐々に理解して歓喜に満ち溢れる。


「申し訳ありませんが、私はここまでです」


 そんな彼女たちに投げかけられる声。

 その声を少女たちは今まで聞いていただけに、その声の主が誰か分かり、そしてこの奇跡を起こしたのが誰なのか、直感で悟った。

 慌てて声をかけようとするが、ティオは塞ぐように声を重ねた。


「ここまで来れば、あとは城の兵士にでも頼ってください。私は、彼女と決着をつけてきますので」

「決着って・・・・・・」

「おねえちゃん・・・・・・」

「殺しちゃ、ダメだよ!? 例えどんな人でも、殺しちゃだめだからね!」


 ティオの言葉の端から、嫌な予感を察知したのか。

 どんなに恨みがあったとしても、それでも命を奪ったりしちゃダメだと言う少女に、ティオは目を丸くして、そして小さく笑った。


「彼女は殺したりしません・・・・・・あの子は私と同じなんです。だから・・・・・・いいえ、それでは皆さん、さようなら」


 そう言って光に包まれる彼女に、誘拐されていた少女たちは思わず駆け寄る。

 遠くから、兵士たちの足音と静止を求める声が聞こえてくるが、目の前の少女はそれを無視するように消えていった。


  





◇ ◆ ◇ ◆










 ドンドンと、激しい銃声が辺りに響いた。

 複数の銃弾を避け切ったメイド服の衣装の女性の両手から解き放たれた鋼の糸は、銃と剣を携えた女性に一部が襲いかかり、他は辺り一帯に突き刺さる。

 まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸に対して、サラは体中から雷を帯電させて力まかせにぶった切る。


「・・・・・・ええい、ちょこまかちょこまかと!」

「フフフ。それはこちらのセリフですわ。いい加減当たってくださると助かるのですが」


 トップスピードに乗ったサラが鋼糸を回ぐぐり胴体に振り下ろす。完全にもらったと確信したサラだが、メイド服の女性――執行者No.Ⅸ<<死線>>のクルーガーことシャロンは、体躯の前に分厚い30センチ幅の壁を糸で作り出し、見事に防いで見せた。

 サラは銃を構えてシャロンに、シャロンはサラの顔面に鋼糸を突き出して刹那の交差。

 お互いに背を向けながら着地を決めると、サラの頬から一筋の血が流れ、シャロンの薄い紫髪が散らばった。


(この女・・・・・・強いわ。あたしと互角、いえ、どこか余裕が感じられる事からすると、少なくてもあたしより上)

(強いですわ・・・・・・攻めきれません。無理に責めたらこのスピードに翻弄されてやられそうですし)


 速度では圧倒的に上回るサラと、技術で上回るシャロン。実はどちらにもそこまで余裕はなかったが、お互いに決め手がない。

 それこそがシャロンの狙いであり、それがベターであっても、戦闘者として勝てるかどうかは気になるところ。


 一方でサラは焦っている。視界の片隅に映るカシウスとフェイシアの戦いに、何が何でも早く駆けつけなかければという思いがサラを焦らせる。

 さらに本来の目的である帝都支部襲撃犯を早く抑えなければ、という思いが一層の拍車をかけさせる。


 何よりも、お互いの相性の悪さが一番の問題だった。

 糸で捕まえ用にもサラは雷で極限状態の反射神経を誇り、高速で動き回る。一方で鋼糸で鉄壁の守りで隙をみせず、チャンスがあれば即座に攻撃してくるシャロンにサラは迂闊な攻撃ができない。


「ちぃ・・・・・・さっさとやられなさいって!」

「それはごめんなさいですわ!」


 銃声と鋼糸の衝突音は、しばらく止みそうになかった。








 一方でトヴァルとカンパネルラも、戦況は膠着していた。

 高速詠唱と連射による、アーツの波状攻撃をしかけるトヴァルに、カンパネルラは姿を消しながら回避する。

 一方でカンパネルラも、得意のアーツと幻術攻撃をしかけように、トヴァルのアーツがあまりにも隙間がない状態で連続発動するものだから、うかつに近づけない。


「こそこそ隠れてないで、さっさと姿を現したらどうだ!」

「それは御免被るよ。僕はこのままキミのクオーツがエネルギー切れするのを待つとするさ」

「それは残念だったな。俺のは特別製だ!」


 無尽蔵、という訳ではない。

 トヴァルは絶えずクオーツを回復するアイテムを使っており、アイテムが尽きる限りは止まることはない。

 さらにいえば、そのアイテムはまだまだ充分にある。


「この辺りでいい加減仕留めさせてもらうぜ! ―――――――――ダイヤモンドダスト!!」

「氷系の上位アーツ!」


 ドシンと、凄まじい衝撃と共に地面を揺らし、周囲一帯を巻き込む形で氷の固まりを落とした。

 溜める事なく落ちた氷系の導力魔法の中でも上位に入る広範囲と威力は、姿を隠していようが関係ないと言わんばかりに一帯をなぎ払った。


「手応えありだ! もらったあああああああああ!」


 トヴァルは確かな感触に勝利を確信する。避けようがないその攻撃であるが故に、直撃は確実だったからだ。


「――――――残念だったね」

「・・・・・・・・・・・・おいおい、マジかよ」

「危なかったけど、このとおり何ともないさ」


 カンパネルラはダイヤモンドダスト―――1番大きな氷の固まりの上に無傷で立っていた。優雅に笑っているところからすると、本当にかすりもしなかったのだろう。

 トヴァルは歯噛みしつつ心の中で謝った。


(すまねぇカシウスの旦那。これは全身全霊をかけてやらねぇと、とてもじゃないが勝てねぇ。そっちの参戦は厳しくなりそうだぜ)

(フェイシアの氷魔法になれていたお陰かな。だいぶ助かったや。とはいえ気を抜いたらやられる、と)
 
 
 時間稼ぎ、という目的において、カンパネルラが一歩リードである。







 氷の欠片が、宙を舞う。

 砕かれた氷はキラキラとスターダスト現象のように宙を舞い、足場が不安定な中でもカシウス・ブライトは一直線にフェイシアへと迫った。


 氷の槍がいくつも生成され、それが時速100キロを超える速度でカシウスを迎え撃つ。それをカシウスは八葉一刀流の技―――疾風という歩法を混ぜた斬撃を応用して回避し、フェイシアへと獲物を振り下ろした。

 ガキィン、と衝突音が響く。
 

「!!」

「・・・・・・」


 素手で、受け止められていた。

 普通なら驚愕ものの光景も、カシウスは「ハァァァア!」と気合を叫び、フェイシアの懐に飛び込み服の襟を掴んで背負投げをした。

 フェイシアは即座に掴んでいたカシウスの得物の棒を離し、壁へと激突の瞬間に身体を捻り蜘蛛のような体勢で岩壁に着地する。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 お互いの視線が絡み合う。視界をスターダストが覆った瞬間、フェイシアの姿は消えていた。

 ドン、ドン、という二つの足音が凍った地面を叩き、カシウスの顔面を掴んで地面に引きずり倒していた。驚くことに、カシウスの顔を片手で掴んだフェイシアはそのまま身体を持ち上げて振り回し、近場の岩に叩きつけて再度地面に振り下ろす。

 二の腕の関節部を殴った事で脱出をしたカシウスはクルクルと回りながら後方へと跳躍した。


 しかしその瞬間をフェイシアは見逃さない。

 気が付けば、カシウスを全方位で取り囲む、無数の氷の刃たちが。


「!!」

「終わりです――――――千殺氷牢」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 裂甲断!!」


 カッと目を見開いて殺気だったカシウスの身体から、赤い蒸気のようなものが吹き上がる。

 これこそカシウスが持ちうる剣気であり、体内にエネルギーとして存在する気の力だった。下段の構えから地面と擦り合わせ、一気にエネルギーを爆発させるこの技。

 振り上げると圧倒的な爆発と破壊力が生まれ、範囲は狭いがされど範囲内にあるものを打ち払う。


 カシウスは目の前の女性を素直に賞賛していた。

 この女性は若い身であるにも関わらず、振るう力に荒々しさがない。

 体捌きは柔軟で自然体。

 若い身であるにも関わらず、ここまでの者は正直なかなかお目にかかれる機会はなかった。


「その力・・・・・・いや、異能というべきか。素直に驚嘆した」

「ありがとうございます。貴方こそ、予想以上にお強いです」

「ふふ、余力を大幅に残している君に言われて虚しいだけだ」

「それはあなたもでしょう? 『元』剣聖カシウス・ブライト」


 確かにカシウス自身、だいぶ余力を残している。

 だが目の前のフェイシアは、その余分にプラスして大幅に『何か』隠している。


「ひとつ聞いてもいいだろうか」

「はい、なんでしょう?」

「君は何者だ」

「私は執行者―――」

「そっちじゃない」


 カシウスの確信した声に、フェイシアは思わず苦笑してしまう。

 この人はやはり、と。


「流石ですね・・・・・・本当に貴方でないのが悔やまれます」

「・・・・・・・・・・・・」

「あっちの2人も戦闘に気を取られてこちらの会話は聞こえませんね。それならお答えしましょう。私はゼノビアの『妹』です」

「!! ・・・・・・やはり、か」

「どこでお気づきに?」

「人間には有り得ないその膂力の高さだ。君の身体能力は流石にありえない」

「なるほど・・・・・・あなたにひとつ、いい事を教えてあげましょう」

「ふむ。なにかな?」

「私は―――――――」


 フェイシアは一息吐いて言った言葉に、カシウスは目を見開いた。

 思わず歯噛みし、そしてそれ以上に戦意を携え、力を高める。


「悪いがここで決めさせてもらう!」

「どうぞ・・・・・・」


 うすく笑うフェイシアの底がしれず、手加減抜きの全力でいくことに決めたカシウス。

 身体中から発せられた気は、周囲を振動させ、地面にはりついていた氷を、大気に散らばっていた氷を吹き飛ばす。

 これがカシウス・ブライトの最大最強の技。

 ユラリと揺れ動き、あまりの速さ故に残像が見えかけはじめた、その瞬間だった。



 ドーンと。



 激しい爆発音が遠くから響き渡った。


 思わず中断してそこへ目をむけると、遥か上空にまで炎が燃え上がり、黒炎が吹き荒れているではないか。

 ただならぬ事態に戦闘を中断してそこを見詰める6人の視界に、人影がチラリと見えた。


 片方は大人のシルエット。


 そしてもう片方は・・・・・・。

 
「・・・・・・・・・・・・ティ、オ?」


 信じられないことだが。だがそれは見間違いでもなければ錯覚でもない。長年一緒に親子をやってきたのだから遠くからでも分かる、その雰囲気。

 カシウスの義理の娘の姿が空中にあった。




 




◇ ◆ ◇ ◆









 消えた場所に戻ってきたティオは、呆然としながらこちらを見詰めるセイラを見据えた。

 捕まえた生贄である女性たちは消えていなくなり、消え去った少女が再びそこに現れた。

 細かい理屈は分からないが、それでもセイラは「発達した頭脳があるが故に」誰が何をしたのかが分かってしまった。


「ああああああああああああ!」


 その行動はセイラの本能に任せた反射的行動であった。

 戻ってきた少女へ襲いかかり利き腕を振り上げ、力の限りぶん殴る。

 一方で、ティオもセイラのいきなりの行動に虚をつかれ、行動が遅れる。

 咄嗟にガードした鉄甲で拳の間に滑り込ませたのだが、信じられないことにゴキっと鈍い音がして、たったの一撃で腕の骨が折られたのだから。

 腕を弾かれたティオは小屋の壁に激突したが、その真横を勢いで振り抜かれたセイラの拳が壁を打ち付け――――。


 ――――壁が全て吹き飛んだ。


 は?というティオの心の声を無視して、彼女は外へとはじかれ転がり続ける。

 軽く20メートルは転がってしまったティオ。

 彼女は激痛が走る利き腕を抑え、蹲りながら歩いて近寄ってくるセイラを見遣る。 


「何を、したのかしら? ティオ」

「・・・・・・分かっているのでしょう? 人質を逃がしただけです」


 両者のあいだに、すでに協力者の空気はない。

 否―――元からティオは協力するつもりはなかった。だがそれでもセイラにはその気があり、そうなったと思っていたのだ。


 だがそれも裏切られた。

 それも―――自分の痛みを知っている筈の仲間から。


「そう・・・・・・貴方もわたしを裏切るんだ?」

「ええ、まあ」


 ティオは折られた腕に回復魔法――ヒール――をかけながらセイラを分析していた。

 壁を一撃で砕いた腕力。だが彼女は年齢相応の華奢な身体でしかない。それにも関わらず腕をへし折り壁を砕く怪力を持つ。


「・・・・・・残念ね」

「・・・・・・それはこっちのセリフです。あなたは何も分かっていない」


 言いたいことがあった――――その為だけに戻ってきた。

 ティオは、治ったとはいえ鈍痛が走る腕を叱咤しつつ、魔導杖を構えた。


「・・・・・・ルシア様の役にたたない奴は死んで?」

「寝言は寝てほざけ、です」


 それが皮切りだった。

 圧倒的な破壊力を誇るセイラは、その腕力で力任せに殴ってくる。

 一方でティオはウォーターカッターブレードは使えない―――彼女を殺したい訳ではないのだから。


 ティオは炎の壁を作り出し、セイラの進路を塞いで後方へ跳躍する。

 そこで声をかけようと思っていたティオだが、視界にセイラが映らない。

 嫌な予感がした彼女は直感でしゃがみ、前方へと全力で飛ぶ。


「あれ? はずれちゃった。“たしかに読んだ”はずだったんだけどなぁ」

「・・・・・・・・・・・・」


 そう言って、セイラは前髪をかきあげる。

 そこにあった目は、ぎょろっと飛び出していて・・・・・・黒い瞳が紫色に変色していた。


 ティオが過去の事件によって、感応力と呼ばれる異能と頭脳を手に入れたなら、セイラが手に入れたのは『怪力』と『予測能力』だ。

 その目が見えているのは、未来ではない。

 生物であるなら、筋肉の動きが見えてしまい、見えるからどこに移動するか、どういった行動をするのかも見えてしまう。

 もちろん、それは完璧ではない。

 彼女にティオ並の頭脳があれば完璧だっただろうが、彼女の知能は年齢相応であり、子供の洞察力でしかなかった。

 だがそれでも、人を誘拐するのに完全犯罪を行えるだけの能力があった。


 一方でティオは、魔法攻撃ができない。

 否。

 攻撃など、できるはずがなかった。


「ひとつだけ言わせてください」

「なに? ああ、私も聞きたいことがあったんだ。私からきくね?」

「何でしょう」


 足元に転がっていた石を広って投擲。石を全力で回避したティオの背後で、家が跡形もなく吹き飛んだ。

 石ひとつでそこまでの威力を引き出すセイラの腕力は、それだけ桁違いだった。


「あなた、ルシア様に助けて欲しくないわけ?」

「・・・・・・はい?」

「実の両親から疎まれた貴方、苦しいでしょ? 今の環境、辛いでしょ? ルシア様なら助けてくれるに決まってるじゃない」

「・・・・・・・・・・・・」

「それをわざわざ捨てる真似をして。貴方バカなの?」


 おお振りで振り下ろしてきた拳を避けてさらに後方へと跳躍。

 セイラの拳は地面にぶつかり―――地面が割れた。

 粉塵が舞い上がり、視界が悪くなる。


「いえ、正常だと思いますよ。では逆に貴方に聞きましょうか」

「なによ?」


 ティオから出た言葉。

 それはずっと彼女が言いた方言葉で、そしてそれはセイラの心に特大の動揺を与えた。


「あなたはルシアに、助けて欲しい、幸せにして欲しい、と言いましたが・・・・・・」


 あの誰にでも優しい気持ちを向け、誰にでも救いを与え、なんでもこなしてしまうルシア。

 彼だからこそ、ティオはこう思った。


「くれくれ、やれやれと。なぜ――――――――ルシアの幸せを願わないのですか」

「・・・・・・・・・え?」

「彼を自分の手で幸せにしてあげたいって、思わないのですか」


 その瞬間、セイラの顔色が変わったのをティオは見ていた。

 顔色が変わったから―――ティオはセイラが好きになった。我ながら単純だ、そう思いながら。


「なに言ってる、のよ。ルシア、さまに、そんなこと」

「少なくても、私は彼からもらったこの『温かいもの』を、彼にもあげたいと思います。たとえ彼が、どんな存在だとしても」

「・・・・・・・・・・・・だって、ルシア様は」

「ルシア様だろうがなんだろうが、彼だって生きているひとりの命です」

「そんなこと言ったって! もう私はこんなになっちゃったんだもん! こんなに醜くて、犯罪をおかした私がっ!」


 セイラの瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 セイラだって分かっていたのだ。そしてそんな自分から目を背けていた。


「それでも、きっとルシアは貴方を許してくれます。貴方の中に彼への想いがあるのなら、彼を幸せにしてあげたいって気持ちがあるのなら、その時きっと自分も救われていると、私は思います」

「・・・・・・理想論よ、そんなこと」

「そう・・・・・・ですね」

「でも・・・・・・・・・・・・それが一番ステキな未来、だよね」


 彼女はまだ11歳。

 間違いを認めるのが早ければ、素直に受け入れるのもまた早い。

 セイラは攻撃体勢を解き、ティオへ歩み寄る。

 ティオもまたセイラへと近づき。











「心変わりはアウト~~~。という訳でバイバイ!」









「ガッぁ・・・・・・っああ・・・・・・」










 セイラの胸が突き出ているのは、一本の腕。

 肺を貫き、心臓付近を掠っていると思われ、指先には血肉が付着して流れ出る血液が滴り続けていた。


「残念でした~~~~。貴方の人生もこれで終わり~~~~~キャハハハ!」

「セイラ!!」


 ズブっと、例えようのない肉を引きちぎる音がして、セイラは血を口から吹き出し崩れ落ちた。

 分かり合えたと思った瞬間に訪れた、最悪の不幸にティオは血相を変えてセイラに駆け寄った。ロウイスは一旦距離を取り、ニヤニヤと口元を歪めてその2人を眺める。

 ギリギリ間に合ったティオは、崩れ落ちたセイラをその腕に抱えた。


 必死で呼びかけるが、セイラから帰ってくるのは返事ではなく、吐血という血しぶきだけだった。

 消えそうな声で、彼女から声が漏れる。


「パパ・・・・・・ママ・・・・・・」

「しっかりして! いま回復魔法を―――!」


 右腕で身体を支え、左手で回復魔法をかけるが、出血は止まらない。

 傷口は貫通しているために塞がらず、一気に塞ぐだけの力が、今のティオにはない。


 右腕に伝わる感触が、彼女の死を、感じさせる。


「パパ・・・・・・ママ・・・・・・助けて・・・・・・」

「セイラ! しっかりしてください!」

「会いたい・・・・・・会いたいよぉ」

「セイラ!」


 ゴフっと血を吐き出し、ティオの顔に吹き掛かった。

 セイラの傷口を抑えていた為に付着した血まみれの左腕が、ゆっくりと天へと挙がった。 小刻みに震える腕は、今にも折れる寸前で。


「どうして・・・・・・いけなかったのか、な・・・・・・あたし・・・・・・がんばったのに・・・・・・ふつう、なのに」

「ええ! あなたは普通です! きっと、ママもパパもセイラの事が大好きなはずです!」

「さあ、どうかしら? 化物だから大ッ嫌いでしょ」

「うるさい!」


 ニヤニヤと笑いながら自分たちを観察するロウイスが、耐えられないくらいに苛つく。


「そう・・・・・・だよ・・・・・・ね・・・・・・だから、パパも、ママも・・・・・・」

「そんな事はない! きっと、貴方のことを!」

「ルシアさま・・・・・・幸せを・・・・・・いのらなかったから・・・・・・罰が、あたったんだよ、ね」

「ちがいます! そんなはずはない! だから、だから!」


 言葉がつまり、上手く言葉にできない。

 もっと伝えなくちゃいけない言葉があるはずなのに、上手く口にできなくて、ティオは必死に呼びかける。


「もっと強力な魔法が使えたらっ!」

「無駄だね。致命傷ってやつさ。可哀想にね~~~~」


 彼女にとってここまで怒りを感じたのは何時以来だろうか。

 ゼノビアにとって目の前の虫たちは愉快なことこの上なかった。扱いやすく動かしやすい。


「ねえ・・・・・・ティオ・・・・・・」

「はいっ! 私はここにいます!」

「ルシアさま・・・・・・の、こと・・・・・・よろしくね・・・・・・」 

「! はい、もちろんです。だからセイラもっ」

「・・・・・・ママ・・・・・・パパ・・・・・・・・・・・・もういちど・・・・・・会いたかった・・・・・・・・・・・・な」


 雲ひとつない、真っ青な天空と。

 そこに浮かぶ太陽を必死に掴むように伸ばしていた手が、崩れ落ちた。


 力を失った手が地面へと落ち、目から涙がこぼれ落ちたまま、目が見開いたまま、ピクリとも動かない。


「・・・・・・・・・・・・」


 ティオの手が、力を失ったセイラの手をぎゅっと握り締めた。力いっぱい、それこそ自分の力がセイラに渡ってほしいと言わんばかりに。

 確かに、セイラは悪事を働いた。

 誘拐を働き、監禁行為を行い、殺害を仄めかす発言もしていた。被害者の女性達には決して浅くない傷を与えてしまっただろう。


 だが彼女がここまで歪んでしまんだのも、それは過去の事件の所為でもあり、傷ついた彼女に更に追い討ちをかけた両親であり、彼女に救いの手を差し伸べなかった周囲でもある。

 だから彼女は考えた。何故自分だけが、何故自分ばかりこんな目に会うのか、幸せになりたい、と。


 ティオと彼女の決定的な違いは、事件後に出会った人の差だけ。


「セイラ・・・・・・もう、あなたのことを虐める人も、苦しめる事も、ない。だから」


 彼女の思いも、憤りも、願いも、痛みも。


「だから・・・・・・安らかに」


 全てを解るとは言えないが、それでもティオにとっては自分の事のようにしか感じれなかった。

 きっと彼女にだって将来の夢があったはずだ。これから享受するはずの青春も、思い出も、恋も。

 だがそれはもう、叶わない。


「やれやれ、やっと死んだのね。下手に筋力が発達している所為でしぶといったらありゃしない」

「・・・・・・なんですって」

「このロウイス様が直々に使ってやったんだから、まあこの化物も幸せよね。光栄に思ってほしいくらいだわ」

「・・・・・・あなたは」

「何よ、その目は。気に入らないわね」


 ティオの声が震える。

 この目の前の女の言葉で分かってしまった。きっとセイラを唆したか、操ったか、意識誘導をしたのだ、この女が。

 故に怒りに満ちあふれた視線、それは殺気だった。


 ロウイスはそれが気に入らない。

 悲しみと怒りと絶望に染まる姿が見たかった。怨嗟の声を上げてそれを刈り取るのがロウイスの人間に対する復讐だ。

 だが目の前の少女はどうだろうか。悲しんではいるし怒ってはいる。しかし決定的に違うのは、彼女の瞳だ。

 悲しみも絶望も入り混じり、だが瞳に浮かぶのは死んだ少女の未来を憂いて嘆く、ある意味で未来を見据えた目だ。


 そして何より、人間の分際で魔族の自分たちを殺してやると、殺せると信じて疑わない目が気に入らない。


「その目は覚えがあるよ・・・・・・あのアレス坊やたちと同じ目だ。あの憎き小僧たちの目だよお!」

「あなたって人はああああ!!」


 勿論ロウイスは気づいていたが・・・・・・ティオが纏う外套は、あの憎きドラゴンマスター縁の、アルテナの装備。

 という事は、この少女は自分に辛酸を舐めさせ、ついに自分を殺しきった連中の後継者という事。

 摘み取らなければならない。確実に。


「ロウイス~~~~~~!!!!!」

「アハハハハハハハハ! 殺してやるよ! 絶対にね!」


 ティオの利き手に装着された赤竜の鉄甲が炎で燃え上がり、ロウイスの利き手が黒炎で燃え上がり、2人の拳が激突した。


 この日。

 初めてティオは明確に殺意を漲らせて攻撃した。


 そんなティオを、涙とともに倒れふした少女の死に顔が、彼女の方を向いて見ていた。



_______________________________

あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

空の軌跡FC Evolution楽しみです。


感想返しは明日行います。



[34464] 第40話 歌姫誘拐事件 その⑥
Name: セラフィム◆52a32f15 ID:b75bd50d
Date: 2015/05/11 00:50
 それは、この星の中で初めての、純粋な魔法戦だった。


「燃え上がれ、炎よ! ―――――――――バーンストライク!」

「そんな下級魔法で、このロウイス様を殺そうなんぞ片腹痛いんだよ!」


 おかっぱの金髪が、あふれ出る魔力で後ろに靡き、ロウイスにとっては馬鹿にされてるに等しい魔法攻撃に怒りが高まる。

 ティオの頭上に出現した炎の球体から、手を振り下ろすことによる合図と共に火炎放射のように炎の波となり襲い掛かる魔法、バーンストライク。

 直撃したら黒焦げになる事は間違いない、初級魔法とはいえ確実に威力だからなら中級に匹敵する炎の魔法だが、ロウイスはそれを片腕を炎に翳すことで迎え撃つ。

 魔女の腕から黒い炎が滲み出し、渦を描くように腕に纏わりつく。瞬間的に膨れ上がった黒炎は、円を描くように前方へと飛び出し、体積だけなら圧倒的に大きな炎の波に飛び込んだ。

 飲み込まれたはずの炎は、なぜか飲み込まれずに周囲の炎を消し飛ばし、残ったものはくるくる回る黒炎のみ。


 ティオはその現象に目をむき、反射的に跳躍して避ける。

 しかしそれは悪手。飛び上がった先にはロウイスが既に先回りをしている。彼女の回し蹴りはティオを撃墜し、地面へと墜落する。

 咄嗟に庇った為に痺れた腕に舌打ちしつつ、ティオは地面に手をついて着地。空から突撃してきたロウイスへ、己の真骨頂を発揮した。


 それは1秒程度の時間。だが彼女はその間に2回転。腕の振りを7回という、恐るべき体捌きを見せた。

 振られた腕から発射されるは氷の魔法と雷の魔法、炎の魔法と風の魔法という計4種。

 
 少し驚いたのか目を見開いて急停止する。直撃すると、もう魔法を使う間はないと確信したティオだが、その瞬間さらに驚くべき光景を目にした。

 ロウイスの腕の回りに絡みつくように吹き荒れていた黒炎が、意志を持ったように動き出し、ロウイスに迫った攻撃魔法を防ぐように吹き荒れたからだ。

 それも、たった二撫でで7発を防がれた。


(4発の魔法と3発の魔法を相殺した・・・・・・威力が違いすぎる)

(こいつ・・・・・・あたしの魔法をたった4発で一発分を相殺しやがった。それにこの連射速度・・・・・・威力はさておき、連射速度はあのヴェーンの党首共を越えてやがる)


 互いに実力を読み違えていた。

 ティオは相手の想像以上の実力を感じて歯を食いしばり、ロウイスはただの雑魚から必ず殺すべき驚異対象として。

 特にロウイスは、あの自分をかつて殺したヴェーンの党首である黒髪の美しい女性『ミア・オーサ』をダブらせた。ロウイスを殺したのは5人がかりではあったが、勝敗を別けたのはミア・オーサによる魔法戦が大きかった。

 自分の魔法をミア・オーサが威力を削る、または相殺する事で隙をつくり前衛が攻撃する。

 あの忌々しい女と少女は容姿が全く違うのに、まるで同じ人物であるようにしか思えなかった。


「てめぇは必ずぶっ殺す」

「セイラの仇・・・・・・貴方は必ず殺します!!」


 同時に、魔法攻撃の衝突が起こる。

 黒い雷がロウイスから、迎え撃つは黄色い雷4発が衝突。ぐぅっと唸り声を上げて、お互いが生まれた衝撃で吹き飛んだ。


「こいつっ!」

「っ!」


 地面を転がって体勢を整えたティオは、決心する。

 魔導杖から殺傷確実のウォーターカッター、通称『ブレイド』を展開し、ドンっと地面を打ち鳴らして立ち上がる。

 何ていうことだろうか。

 ティオは自分の心境の変化を、まるで第三者であるかのように冷静に見て、受け止めていた。

 あれだけ『人の死』というものに敏感になり、嘆き、悲しんだのにも関わらず、敵だからといって殺す決意が出来てしまったことに。


 その眼差しの鋭さが、ロウイスを更に挑発する事になる。

 その瞬間だけ瞬間湯沸かし機のように一瞬で怒りが頂点に登った、いや登ってしまった。ロウイスは“今の状態では本来出ない”ようにしていたが“本来出せる全力”の脚力を出したのだ。

 それはまさに一瞬の出来事。ティオはロウイスから目を逸しはしなかった。だが間違いなく姿を見失い、気付けば視界の右隅で脚を振り抜く姿を見ただけ。

 回避できたのは間違いなく運であった。

 しゃがんだ事で頭部の上を強烈な音と共に足が通過していく。風を裂く音が恐ろしい程はっきり聞こえてゾッとしてしまう。


 本気になった、そうティオは感じた。


「なんだぁ? あたしを殺るんだろう? 今更力の差を実感したのか?」
 
「・・・・・・・・・・・・」

「そのえげつない刃であたしを殺すんだろ? いいぜ、当てれるものなら当ててみろ。だが、知らないようだから教えてやるよ」

「・・・・・・・・・何を」

「あたしは確かに魔族の中でも1・2位を争う実力を持ってるが・・・・・・体術はむしろ不得意。あたしは魔法専門。つまりは」

「まさか・・・・・・」

「お前に勝ち目は一つもないんだよ」


 それと同時だった。ティオの頬に強烈な衝撃が走ったのは。

 転がったティオに追撃するように風の刃が襲いかかる。咄嗟に魔力を感じ取ったティオは周囲に魔力の壁、フォースフィールドを貼るが容易く破られ、全身に激痛が走る。見ると腕とか足とか腿が引き裂かれていた。多少防いだお陰で切断は免れたようだが、それでも決して浅くはない傷だった。

 頬と切り裂かれた痛みに呻きながら地面を転がり、ハッと顔を上げるとそこには誰もいない。だが、何かに覆いかぶされたかのように、ここだけ暗い。


「くっ・・・・・・!」


 奴は、頭上にいた。

 ロウイスが振りかぶるような体勢で、彼女の腕から黒炎が吹き荒れ、凶悪の笑みを浮かべてそこにいた。


 ――――避けられない!

 
 瞬間、ティオの視界が黒炎に染まった。


「ふん・・・・・・直撃か」


 呆気ないものだ、とロウイスは鼻を鳴らす。

 今のタイミングは絶対に必殺の間だった。避けられるものでもなければ、即死は免れない威力のもの。人間ならば間違いなく―――死ぬ。

 『今の状態』での全力を放ったのだからそれは当然、そうロウイスは確信していた。

 実際に前方の視界は凄いことになっている。黒炎が地面を貫通して大地を揺らし、逆噴射して上空へと吹き上がっている。

 何もない場所が炎で燃え、100度を超える熱量が漂う所為で景色が歪んで見える。
 
 終わった―――と、そして、チッと舌打ちをした。


「―――ゴキブリ並みにしぶとい奴だねぇ」

「・・・・・・よ・・・・・・余裕、ですよ。あ、貴方程度の、攻撃なんか」


 ティオは生きていた。

 その身の回りに、白い翼が包み込むように、ドーム状に形成されたバリアーの中で。


 白い翼。

 ――――それは『白竜の守り』と呼ばれる、最強の防御魔法。アルテナという創造神が生み出した星を守護する4匹の竜の内の1匹の力。

 どんな攻撃であろうと防いでくれる無敵の魔法。

 導力魔法にも似たようなものはあるが、連撃を喰らった場合はすぐに消えてしまうので、あまり実戦向きではない。しかしこの魔法は術者が魔力を注ぎ続ける限りは発動し続ける。

 それは魔法の力ではあるが、白竜に認められた者が持つ証を媒介にして発動するもので、アイテムの力といっても過言ではない。

 だがそれが、ドラゴンマスターの力の証でもある。

 神々の使いである聖なる竜の力を、たかが人間が使用するのだ。それ故に使用者は選定され、使い手は圧倒的な力を手にする。


 だが、もちろん欠点もある。

 それは、莫大な魔力を必要とする、という事。

 事実、ティオはギリギリで防ぎ、一瞬でその場から交代してすぐに魔法を解除していた。


 しかしティオの息は大いに荒れて脂汗をかいている事から、魔法力を一瞬にして限界まで使ってしまった事は明らかだった。


「その力・・・・・・白竜の力か。ったく、忌々しい事この上ないんだが、その様子だと限界みたいだねぇ」

「・・・・・・さあ、どうでしょうか」


 それは本当にただの強がりだった。

 魔法力は自分が尽きかけているのに、相手は余裕で微塵も疲れた様子は無い。

 ティオとて力の差は分かっていた。

 ナル達の話で、魔族の中でも頂点に位置するものは、あのアルテナの守護者である四竜を殺害できる程の力量を持っているとのこと。

 普通なら害する事もできないはずなのに、それが可能というだけで人間との埋めようのない差が分かる。努力や才能で埋める事すらできない種族の違いという明確な壁が。


「まあ、この一撃で終わらせてやるよ」


 頭上に、黒炎の固まりが現れる。サイズはどんどん大きくなっていく。サイズは1メートル程度のものだったのが更に大きくなり、ついに5メートル程まで膨れ上がった。

 ニタニタ笑いながら、でも殺意を漲らせながら更に魔力を込めて威力を増大させるロウイスに、ティオは小さく溜息を吐いて、覚悟を決める。


 例えどんなに力量の差があろうとも。

 ――――この戦いは負けられない!


「溢れ出す灼熱の紋章―――不遜なる劫火の器―――血を汲み・否定し・大地の波高・瞬き・爬行する紅の裁き」

「――――なっ!?」


 その詠唱を聞いて、ロウイスは思わず絶句して詠唱を止めてしまった。

 だがそれも仕方がない。目の前の幼い少女が唱えている魔法は、これまでの彼女が使っていた低級魔法とは訳が違う、上級の更に上、超級魔法なのだから。


 だがティオにも影響はあった。

 万全の状態でも魔力が足りなかったのに、今の枯渇した状態では詠唱を始めた途端に視界がブラックアウトしそうになった。

 それをただ、気合と想いだけで必死に紡ぎ出す。

 一人の少女の骸が、視界に入った。


 ――――セイラの仇を取ると、心が叫んでいるのだから!


 心臓に激痛が走り、身体中の細胞が沸騰したように熱を帯びて、脳内の何かがブチブチと千切れる音がする。

 視界がグルグルと回って、鼻から血がボタボタと垂れる。


 ――――お願い、ルシア・・・・・・私に力を!


 その瞬間、心臓がバタンと開く音をハッキリと聞いた。

 魔力が――――溢れ出す。


「祖は原子の力――結合せよ、破砕せよ、業火に満ち汝の敵を討ち滅ぼせ!!」

「―――ッチィ! こしゃくなぁあああああああああああああああああああああ!!」


 ロウイスの黒炎の固まりが20メートル級にまで膨れ上がり、周囲が赤黒く染まる中、それに相対するように、真っ赤な灼熱の炎が燃え上がった。

 その炎の固まりはとても小さい、拳台のサイズで。

 だが、詠唱終了と同時に地面に突き刺さり、地中深くへと潜り込んでいく。


 その次の瞬間、大きな破裂する音と共に地面が割れて、ソレが吹き出す。


「インフェルノ―――――!!!」

「ジャッジメントセイバー!!!」


 地面から吹き荒れ、彼女に操作されて襲いかかる溶岩流を纏った炎の波が、振り下ろされた特大の黒炎に衝突した。

 衝突の衝撃は、これまでの比ではない。

 耳をつんざく衝突音と、圧倒的な熱量と、生み出された爆発により2人の体は地上から空中へと投げ出され、その高さは50メートル程の高さにまで打ち上げられてしまった。


普通なら大慌てになる所でも、ティオの目はロウイスを睨みつけて離さない。

 明らかに格下相手と見ていたロウイスの瞳の奥に、もはやティオを軽んじる色はない。


 吹き荒れた炎を真下に、自然落下を始める2人だが、既に彼女は魔法を展開している。身体中から緑色の魔法陣が回転し、それが2重にも3重にも纏わり始めた。


「トルネード!!」


 溶岩流と炎が吹き荒れる下から、巨大な竜巻が吹き荒れてソレを押し上げる。

 彼女の身体だけ押し出され、風の抵抗力で失速し綺麗に地面に着地。顔をむけると、風属性の上位魔法により炎と溶岩竜の竜巻と化した攻撃魔法により、ロウイスを炎の中に引きずり込んでいた。


 殺った! そう一瞬だけ思ってすぐに否定する。そうでなければこんなに殺意と憎悪の固まりが身体に纏わりつくはずがない。

 その瞬間、身体中の骨と神経に激痛が走った。


「い、いたっ!!! ―――あ、あぁぁぁああああ!!」


 ミシミシと音を立てて、気絶する程の痛みが襲ってくる。いや、気絶しても痛みでたたき起こされている感じであった。

 すると今度は身体中の皮膚が引っ張られるような痛みが。もう訳が分からなくて堪らず蹲る。

 あまりの激痛に口から嘔吐し、その中に血が混ざっている事に目を見開く。


「てめぇ・・・・・・・・・・・・もう勘弁ならないんだよ! 私が手加減してたら調子に乗りやがってぇええええええええええええええ!!」


 ドン、という音と共に炎を蹴散らして地面に降り立ったロウイス。

 最初の人を小馬鹿にするような、どこか小物の香りすらした口調も目も、そこには無い。

 ただ身体中に激しい火傷を負った、だがとても深刻なダメージを受けた様子がないロウイスに、ティオは思わず絶句してしまう。


「もう泣いて喚いても許さない。この紅蓮の魔女ロウイスの真の力で――――――キサマを殺す!!」

「――――っ!!」


 足を踏み鳴らし、腕を顔の前で交差するロウイス。

 ボキボキという音が一帯に響き渡る。


(これは、骨折の音ではない・・・・・・骨格が変わる音。まさかこれがルビィたちが言っていた魔族の力の開放――――!?)


 まずい、そうティオは戦況の絶望さを悟るが既に遅く、ロウイスの身体から何かが突き破ろうとして――――。


「お待ちなさい、ロウイス」


 ロウイスの背後に突如現れ、ロウイスの首に巨大な氷の鎌を突きつけた、あまりにも美しい女性と。


「そこまでだ。ここからは娘の代わりに――――私が相手になろう」


 厳しい表情で敵を睨みつける、養父がそこにいた。

 そこで気が緩んだのか、あらゆるものが限界だったのか。


 ティオの記憶は、そこで唐突に途切れた。
 







◇ ◆ ◇ ◆







「どういうつもりだ、姉さん」

「私は手を引きなさいと言いましたよロウイス。姉の言う事が聞けないのですか」


 ギロリと睨みつけるロウイス。姉妹だという会話を聞くカシウスだが、彼には油断の欠片もない。

 後ろで気絶した―――“ブライト家の長女くらいまで背が大きくなっていた”義娘を庇っている事もあるし、ただでさえも自分と同格かそれ以上の相手が目の前に2人もいるのだから、カシウスは密かにいざという事態の為の覚悟を決める。


 だがそんなカシウスを他所に魔族の姉妹の会話が激しくなっていた。


「はあ!? なんであたしが姉さんの命令を聞かなくちゃいけない!?」

「別に私の命令を聞かなくても構いませんが・・・・・・これがゾファー様の命令でも、ですか?」

「!」

「あの方の命令で、彼女は生かせと命令が下っています。無視すると我々の悲願が達成できないのでは?」

「~~~~~~~っ」

「落ち着きなさい。その怒りをぶつける機会が必ず来ます。その時にゼノビア姉さんと共に――――彼女たちを殺しなさい」

「分かったよ!!」


 よっぽど怒りが収まらないのか、地面をぶん殴ったり岩場に蹴りを入れて砕いている。

 物に八つ当たりをしている彼女に苦笑し、フェイシアはカシウスへと振り返った。すると彼女の背後には執行者のカンパネルラとシャロンが現れ、カシウスの所へサラとトヴァルも駆けつけた。

 サラは敵を牽制しつつティオを介抱し、トヴァルはカシウスの隣で油断なく構える。

 両者共に大きな怪我がないところから、完全に時間を稼がれたようで、結果だけを見ると仕留めきれなかった遊撃士側の敗北といって良かった。


「ここらで・・・・・・私たちは手を引きます。もう目的も達成しましたし、そちらも彼女の手当をしたいでしょうし」

「・・・・・・君たちの目的は時間稼ぎだな? 帝国側の依頼、という訳でもなさそうだ。『鉄血』の狙いに上手く乗った、というところか?」

「フフフ・・・・・・」

「さっすがカシウス・ブライト! 鋭いねぇ」

「チッ、そういう事か」

「なるほど。まんまと一杯食わされたってところかしら」


 思わず悪態をつくトヴァルとサラだった。

 結果的に遊撃士協会帝国支部はイイ様に翻弄された事になる。


 フェイシアを中心に、4人を囲むように魔法陣が発動し、彼女たちを取り囲む。どうやら撤退するようだ。

 それを油断なく見ていたカシウス達だが、ふとフェイシアがサラに介抱されているティオへ目を向け、何かを考えるように視線を逸らし、そしてカシウスへ告げる。


「そちらのお嬢さんに、伝言があります」


 サラが剣をサッと構えてティオを隠す。


「大丈夫、何もしませんよ。ただ彼女の為になる助言を一つ」

「なんだろうか?」

「どうやら相当無理をしたようで、身体中にダメージがあります。しかしソレは無理やり己の枷『リミッター』を外しただけで、彼女が本来持っていた力を引き出した反動によるダメージです」

「なるほど・・・・・・」

「あとはそうですね・・・・・・表側の魔力を使い切り、そして裏まで無理やり開けたという表現が解り易いでしょうか? けれど本来ソレは未熟な彼女に開けられるものではない筈です。そう―――由緒ある血筋の一族ではない限り」

「・・・・・・故にこんな姿になったと?」

「ええ。開けた反動の副作用で肉体に影響を及ぼしたという所です。まあ数日の間は肉体へのダメージがあるので安静にする事です」

「ティオの命に別状は?」

「ありません。しかし今後同じように限界まで使い切った時、今度は全ての魔力を使ったという事で死亡するでしょう。彼女には気をつけるように言っておいて下さい」

「――――ありがとう、と礼を言っておこうか」

「いえ結構ですよ。近いうちに――――再び貴方の近しい人が襲われるでしょうから」


 不穏な言葉を残し、フェイシア達は消えてしまった。

 残された3人の遊撃士たちは、完全に負けた事に唇を噛み締め、倒れたティオを抱き上げるサラと、倒れていた少女の遺体をトヴァルが抱えて荒れ果て炎で燃え盛る地を後にした。


 そして、この数日後。

 遊撃士協会帝国支部は、帝国宰相ギリアス・オズボーンと議会による裁決により、一部の支部を除き廃止が決定された。

 理由は、帝都市民に無用な混乱を招いた事と、主犯の犯人たちを取り逃がした事による罰であった。


 だがそれは一般向けの理由であり、ギリアス・オズボーンの狙いの上で遊撃士たちが邪魔であった事から排除した事は明らかで。

 遊撃士達にとっても一連の敗走は、痛恨の極みともいえる結果となった。









◇ ◆ ◇ ◆









 一人の死亡者と、一人の重傷者。

 連続誘拐事件解決の発表がなされた1週間後。


 帝国の田舎街にある、とある邸宅の前で、ある4人の姿があった。

 その4人の中で先頭に立つ少女が、白い布で包まれた箱を抱えて家主の男性と女性を訪ねていた。


 年輩の夫婦は、少女とその背後にいる3人の大人に向けて罵詈雑言を投げかけている。


「・・・・・・では、火葬に立ち会わなかっただけでなく、遺骨も受け取らないと?」

「だから要らないって何度も言ってるでしょ、気持ち悪い!! 大体あんな気持ち悪い子は家の子じゃないのよ!」

「そうだそうだ! もういい加減帰ってくれ!!」

「・・・・・・・・・・・・」


 少女は震えていた。

 怒っていた。

 いや、悲しんでいるのかもしれない。


 ただ、その背後にいる大人の3人の般若のような怒りの表情を見て、夫婦は逃げるように慌てて自宅の扉を閉めてしまった。


「大丈夫ですよ・・・・・・貴方のお墓は、ちゃんと建てますから・・・・・・セイラ」


 そう言って、ティオ・P・ブライトは大人たちへと振り返った。


 怒りで奥歯を割りそうになる程怒っているサラも。

 眉間に皺を寄せて拳を握りしめていたトヴァルも。

 怒りとティオを心配する気持ちでごちゃごちゃの表情をしているカシウスも。


 目尻から大粒の涙を零しているティオを見て、何も言えなくなった。

 140cm台しかなかった背がすっかり160cm台にまで成長し、装着する各装備品の為に大人の色気すら発揮し始めた彼女であった為に、余計にその傷ついた心が全面に出てしまう。


 ただカシウスは、その遺骨をブライト家の敷地へ埋めようと提案し、それならばセイラは寂しくないですねと、ポツリと返した。

 真っ白な骨になり果てた彼女が泣いているのか、ずっしりと重さが増したように感じた。



 だが事態は彼女たちを待っていてはくれない。

 翌日、旅支度するカシウスとティオ、そして支部を移動するトヴァルとサラの元へある情報が飛び込んできた。

 ――――――リベールでクーデター勃発と。



 物語は加速する。

 それは邂逅と再会、そして破滅への序章である事に、誰も気づいていなかった。



[34464] INTER MISSION 03
Name: セラフィム◆8bdab598 ID:1c539d81
Date: 2017/05/23 02:31







「ここは・・・・・・?」


 ある宿泊施設にて、一人の少女が目を覚ました。

 まだ成人はしていない、けれどどこか階段を飛ばしているような、そんなアンバランスな色気を持つ少女だ。


 彼女は自分の居場所をしばらく見渡し、そこがどこなのか分かったのか、ゆっくりとベッドから降りた。大理石の床を素足でペタペタと歩き、シャワー室へ向かう。

 熱いシャワーを浴びて身体から水気を拭き取った彼女は、下着を着込み、頭部にティアラのアクセサリーを付ける。

 黒のエナメルの服を着込み、上から白い外套を羽織ると準備完了。

 だが服が妙にキツい。

 ぶっちゃけていうと、ピチピチで身体を締め付けて痛い。

 ふと顔をあげて、備え付けの等身大の鏡を見る。

 そこには先昨日までとは違った大きさに成長していた自分の姿が。


「・・・・・・・・・・・・」 


 見なかったことにした。

 ゴムや粘土じゃあるまいし、と内心で突っ込みを入れつつ、深く考えないことにする。

 とりあえずソレよりも問題なのは、せっかく手に入れた『力』に身体と同様の異変が起こっていないかどうかの方が問題だ。


「・・・・・・・・・・・・」


 手のひらをジッと見つめる。

 開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 手のひらの上に小さな雷の玉がパチっと出現すると、その瞬間に思わず眉間に皺が寄る。玉はすぐに消えてしまった。


「・・・・・・・・・・・・なるほど」


 ティオは一瞬走った鈍い鈍痛―――しかも胸部への神経痛のような痛みに思わず顔をしかめた。

 しかしそれとは別に、自分の奥底深くから湧き上がるかつてない程の力の奔流を感じる。

 自分がどんな状態なのかを何となく察した。

 とりあえず身支度を整えなくてはと、懐から取り出した小さな小瓶から数滴の液体を首やうなじ、腕につけて、爽やかなミントの香りを微かに漂わせる。

 準備を終えて浴室から出ると、そこには養父カシウス・ブライトがいて、ソファーには養父の職場仲間であるサラとトヴァルまで座っている。


「・・・・・・どうも」

「元気に、なったようだな」


 いつものように抑揚のない声で挨拶するティオに、カシウスはやれやれと安堵の溜息を漏らす。サラたちも苦笑しながら安心したといわんばかりの表情を浮かべている。

 そしてカシウスは「どこか身体の調子はどうだ?」と聞いてきて、ティオが特にはと呟きながら首を横に振ったことでそれじゃあ遠慮はいらんな、と呟き。


「しっかり者のお前の事だから言う必要は無いかもしれんが、それでも父親としてはやっておかねばならんのでな」


 その言葉に不穏な響きを感じたのか、ソファーに腰掛けていたサラとトヴァルは眉を潜める。

 しかし次の瞬間、室内に鈍い音が響いたのだった。


「~~~~~~~っ!!」

「家族に心配をかけた罰と、人生の先輩たちの指示を効かなかった罰だ」


 余程の衝撃だったのか、ティオは頭を抑えている。そこからシューっと幻の煙が見えてしまったサラとトヴァルであった。

 カシウスの言葉を、その裏に隠された言葉を汲み取れないほど、この場にいる全員が愚鈍ではない。


 遊撃士のやり方にもセオリーが存在する。けれど、いついかなる時もそれをやっていれば上手くいくわけではない。

 時には柔軟に。そして結果を出すこと。


 ティオは結果として、周囲の民家を化物から守り、遊撃士協会も守った。被害を最小限に抑え、行方不明だった人質を救出した。

 その結果は、正に最高の結果を齎したといえる。

 だがそれとは別に、専門家の指示を無視して独断専行し、結果的に容疑者は死亡し、父や知人を心配させた。


 容疑者死亡に関しては、例え誰であっても防ぐことは難しかったとサラは考える。カシウスだってそれに異論はない。

 だが、それでも心配をかけたという行為一点において、カシウスは父親として叱った。

 それは、ティオが義娘になってから初めて、手を上げて怒ったのだった。


「―――すいません」

「分かればいい。父さんも母さんも、エステルもヨシュアもレンも、そして―――きっと彼も。ティオが傷ついたら悲しむんだからな」

「・・・・・・はい」


 素直にティオは頭を下げて謝罪した。

 父に初めて殴られたというのに、なんだか照れくさくて、そして嬉しかった。


 それから4人は軽く食事を摂りに外へ出かけ、近くの喫茶店に入った。

 もちろん待ち受けているのは諸々の話を聞くためだ。


「しっかし全く戦闘タイプに見えないのに、あなたやるのね~。あ、私はケーキとミルクティーで」

「ほんっとサラの言うとおりだな。カシウスの旦那も自慢の娘でしょう。あ、俺はオレンジジュースで」

「いや、私もここまでこの娘が戦えるとは知らなかった。むしろ勉強の虫だったから心配していた位だ。ああ、私はお茶で」

「お義父さんが知らないのも当然かと。本格的に戦闘訓練を積んだのはここ数週間ですし。私はコーヒーをブラックで」

「「・・・・・・」」


 サラとトヴァルがお互いに見合って哀れみの表情を向けあった。

 意訳はこうだろう。一番の子供が大人っぽい飲み物で、大人な2人が子供っぽくてどうする、だ。

 とはいえ一人はお酒が大好きな訳で、厳密には違うのだが・・・・・・。


「とりあえず、状況を私から説明しよう」


 2人の心境に苦笑しながらも、カシウスは状況整理をするためにティオに向き直って話をする。

 ティオも状況を知りたいのでちょうどよく、義父に頷いた。


「まず、私がこの帝国に向かうことになったのは、ある連絡が入ったからだ」


 カシウス・ブライトの元に1枚の手紙が届いた。

 それは帝国の遊撃士協会からの手紙で、帝国の各支部に正体不明の、戦闘慣れした部隊が襲撃をしかけてきて、手が回らず、また多数の怪我人も出て、解決の突破口が開けていないと。

 助力の要請が届いたカシウスは急いで帝国に急行したのだが、そこからがカシウスは大変だった。

 全遊撃士たちを指揮し、敵の情報を集め、市民に被害が出ないように対策を取り、黒幕を探るという大役を拝命したのだった。


「黒幕、ですか?」

「そう。ジェスター猟兵団が遊撃士協会に度重なる敵対行為、及び施設破壊行為、並びに人身への傷害行為といった諸々の余罪があったんだが、それらがどうやらとある組織に誘導されていた節があってな。そしてそれに乗じてとある男の介入も見受けられたからな」

「ちなみにそのとある組織ってのが、私たちが相手にしてたヤツらって訳ね。通称・・・・・・『身喰らう蛇《ウロボロス》』っていうらしいわ。アラ?これって言っていい情報じゃなかったっぽい?」

「サラおまえなぁ・・・・・・あ~、今のは極秘情報だから他言無用な?」

「はい。それで便乗した男性について聞いても?」

「ああ、それはな・・・・・・」


 その時、店員が注文した飲み物を運んできたことで一時中断。

 カシウスは受け取ったお茶を飲んで一息吐くと、再び会話を続ける。


「その男はこの帝国で目障りな存在である我々遊撃士を排除し、余計な存在を消去することで自らの発言力と支配力を高めようとしている人物・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「何となくわかりました。ツァイス中央工房でも何かと話題になった人物ですね」

「そうなのか・・・・・・だが、そう。相手は帝国の皇族にすら影響が出始め、帝国でこれまで実権を握っていた貴族と敵対関係にある『鉄血宰相・ギリアス・オズボーン』だ」


 サラとトヴァルも苦々しい顔を浮かべていることから、鉄血宰相を良く思っていないようだ。


「なるほど・・・・・・あの鉄血宰相が敵という訳ですか。かなり面倒臭い相手ですね」

「ああ。そして現在は正直旗色が悪い。一部地域は協会と民間が密接につながっているために優勢だが、帝都を始め他は劣勢だ。ここからの挽回も難しい。さすがに政界で傑物と言われているだけはある」

「お義父さんがそこまで評価する相手・・・・・」

「ああ、だが状況もさらに悪くなりそうだ。リベールにいる仲間から、クーデターの兆候有り、と連絡もあった」

「クーデーター!?」


 目を大きく広げて驚くティオ。義母や姉、兄や妹たちは大丈夫だろうかと心配をする。

 そんな彼女にカシウスは皆は大丈夫だし、まだ発生してないと伝える。

 だがその前に、彼女の遺体を埋葬して家族にも伝えてあげないとな、と口にした。

 そうだな、と同意するトヴァル。


「ええ・・・・・・手厚く埋葬しましょう。セイラのために」


 それは心から思うことで。

 サラも悲しそうな目で、でも優しく「そうね」と同意する。


「でもその前に」

「え?」

「「ん?」」


 ティオは悲しそうな表情から、クワっと目を見開いて力強く声を上げる。

 何事かと身構える一同。


「服が小さいので、新しい服を先に買わせてください!」

「「「ああ~~・・・・・・」」」


 ピチピチの服で辛かったようだ。
 


 








◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆











 結局その後、今着ている服と全く同じデザインの服で、サイズが一回り大きいものを根性で見つけ出したティオは、新しく買い換えてスッキリしていた。

 ちなみにその時、娘が服を買うというのでカシウスがなんだか妙に意気込みながらお金を出そうとしたのだが、ティオはきっぱりと断り自分の財布からお金を出し、落ち込むカシウスの姿という珍光景を繰り広げた。

 サラはまだ少女という年齢のティオが、ツァイス中央工房で特許を取得し、莫大なお金を得ていることに驚いて微妙に落ち込んだ。


 基本的に我が子たちの服を買っているのは妻であるレナであり、女性の服選びにセンスがあると思ってはいないカシウス。

 ただやはり『娘』を可愛くしたい、そして飾ってあげたいと考えるのは男親の特権でもあり、カシウスも多分に漏れずにその気持ちはあった。

 だが、一番上の娘はファッションには全く目もくれず、化粧品も一つもない。レナが自分のお下がりを与えているのが現状だ。

 しかしまだ二人の娘がいることにカシウスは希望を持っていたのだが、また彼女たちはその頭脳の高さからツァイス中央工房に生活の中心が移っており、カシウスの仕事柄も重なりあまり会えないのが現状だった。

 とはいえ一番下の娘は母のことが大好きすぎてかなりの頻度で自宅に帰ってきているし、一番の心配の種である一番上の娘は、彼女の意識革命が起こってファッションに興味が出始めたのだが・・・・・・それは父が知り得る状況にはいなかった。


「元気だせ・・・・・・とは言わない。だが我々もそろそろ行かないといけない。わかるな?」

「はい・・・・・・」


 ティオは火葬されて遺骨が入った箱を抱えていた。火葬場から出てきた彼女は無言でその場に佇んでいた。

 彼女の今の気持ちは、カシウスたちは痛いほどわかっていた。

 
 無理もない。

 
 今回の誘拐犯であるセイラの遺体を、両親は引き取ることはせず、むしろ罵倒する始末だった。

 それは同じ運命をたどり、同じ境遇に陥り、同じことになる可能性すらあった者として、どれだけ傷ついているかなど、自分たちでは伺い知ることはできない。

 だがそれでも、非情とわかった上でカシウスは声をかけなくてはならない。

 クーデターが勃発してから、これ以上は時間を遅らせることはできないと。


 傷ついた娘の方にポンと手を置き、それでも鼓舞する。

 立ち上がれ、と。


 そんな父と娘のやり取りを、サラとトヴァルは口を出さずに見守った。

 いや、正確には口など出せなかった。


「・・・・・・行きましょう」


 俯いていた顔をあげて、振り返ったティオを見て、大人たちは息を呑んだ。

 靡く髪。

 水色の長い髪の隙間から少し覗く首筋やうなじ。


 彼女は妙な色気を出すようになっていた。

 それは傷ついたことで大人へと、また一歩近づいたからか。


(女の子というのは成長が早いというが・・・・・・本当にあっという間なんだな)


 少し寂しく感じてしまう父のカシウス。

 この事も、愛する妻に教えてあげよう、そう決心したのであった。









◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆










 そして時は移る。

 舞台はリベール。



 国を揺るがすクーデターが勃発。

 そこで躍動する新米遊撃士たち。


 実行犯たちの裏に潜む影。

 そこで、大きな闇の勢力が動き出す。


 死力を尽くして戦う彼女は目撃する。

 異物の中で眠る『彼』を。


 戦いが佳境にさしかかった時。

 『彼』の目がゆっくりと開いた。



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