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[34335] 【完結】よびだされて藍蘭島(Fate×ながさてれ藍蘭島 番外編追加)
Name: 秀八◆158c609b ID:21e24b2e
Date: 2022/04/03 20:08
 初めまして。作者の秀八です。

 この作品はFateとながされて藍蘭島のクロスオーバー作品です。
 駄文ですが、読んでいただけると幸いです。
 なお、設定はできるだけ尊重しますが、遵守しないのでよろしくお願いします。

 2014年1月1日に投稿開始。

4月7日、投稿名を改正しました。KUON⇒秀八。
 
12月13日、チラ裏より移動。誤字脱字の訂正と加筆しました。

 8月28日、番外編、更新しました。

10月10日、After編、XXX板に投稿しました。

 第1話「あらわれて」


 昼下がり、藍蘭島の空は雲ひとつない快晴。そんな天気と同じくらい、嬉しそうに腰をくねらせながらぶつぶつと独り言を言う巫女装束の少女。

「ふんふんふーん♡」
「うにゃ? あやねどうしたの?」
「やあ、あやね」
 
 後ろから声をかけられて、頭の左右で結った癖のない黒髪が揺れる。涼やかな目もとが印象的な美少女だが、
見る影もないほどだらしなく垂れ下がっていた。

「えへへへへへへ」

 振り返るとにやにやと笑いが止まらない様子で巫女服姿の少女・あやねは声の主たちに返事をする。

「あらあら、行人様にすずじゃない。二人こそどうしたの?」
「うん、オババに呼ばれてね」
「あやねこそどうしたの? すごく浮かれているようだけど……」

 あやねに声をかけたのは幼馴染にして、終生のライバル(あやねが勝手に思っている)のすずと藍蘭島唯一の男の子、東方院行人。

「うふふふ……わかる~?」
「うにゃ……それだけにやけてたら分かるよ~」
「ふふっ、じゃあ、教えてあげるわ……」

 あやねは隠し切れないように両手を広げ、天に届けと言わんばかりに大きな声で言い放つ。

「ふっふっふっ……ついに、ついに私も式神を手に入れたのよ!」
「……式神……?」
「……まち姉のてるてるまっちょみたいなの?」

 二人の反応はいまいちだった。顔を見合わせる二人を驚かそうとあやねはさらに言葉を重ねる。

「その通りよ! しかもただの式神じゃないわ! なんと……」
「あははははっ……何を言っているだ二人とも。この世に式神みたいなオカルト的なものが存在するわけないじゃないか」

 あやねの話を遮り、行人はあっさりと否定する。非科学的なものは存在しない。良くも悪くも日本の現代っ子・行人の言葉にげんなりするあやねとすず。

「……相変わらず、行人様は幽霊や呪術の類を信じないわね」
「行人、目の前で見せられても信じないから……」

 二人は揃ってため息をつく。

「ま、まあいいわ……信じる信じないは『彼』を見れば分かるでしょうし……」

 そうすれば、行人様も私に惚れるかも…… ぐふふふふっと下心丸出しの笑顔を浮かべ、あやねは宣言する。

「いでよ、伝説の英霊! 錬鉄の騎士、衛宮士郎よっ!!」

 両手を上げて。あやねは力の限り叫ぶっ!!
 叫ぶ!
 叫ぶ。
 叫んだが……何も、起こらなかった。

「……あやね……?」

 静寂の中、あたりを見回していたすずが困惑した様子であやねを見つめている。

「あやね……?」
「あれ……?なんで出てこないのよっ!?」

 虚空に向かって叫ぶあやねの痛々しい姿に行人は思わず声をかける。勝ち誇った表情から一変、慌てふためいた様子であやねは必死に弁明する。

「い、行人様……これは、ち、違うのよ? ちょっとした手違いで……」

 その時、何かが聞こえた様子で、再び横を向いて叫ぶあやね。

「分かっているよ……ほら、えっとあれだ……手品が失敗したんだね?」

 励まそうとする行人の優しい笑顔があやねの心に突き刺さる。

「ち、ちがうの…………」

 あやねは真っ白に燃え尽きたかのように膝を付く。

(も、もうだめだぁ~)

 想い人の前で醜態を晒してしまっては、もう行人と結婚なんてできない。
 落ち込むあやねを嘲笑かのうように。

(くっ……やはり、君はからかい甲斐があるな)
 
 あやねの脳裏に直接話しかける皮肉げな声が。

「し、士郎っ! あんたどこにいるのよ!!」

 がばっと起き上がり、鬼の形相で辺りを見回すあやね。

「どことは心外だな。わたしはずっと君の傍にいたのだがな?」

 何もないはずの虚空から、低く落ち着いた男性の声が響く。

「うにゃあ!? だ、誰?」
「ついに手品が成功したの!?」

 怒りに震えるあやね、怯えるすずとわくわくと興奮する行人。
 そんな三人の前で、音もなく姿を現した赤い外套を纏った長身の『男』。

「う、うそ……どこに隠れていたんだ!?」
「こ、この人が、あやねの式神さん?」
「正式には、『まだ』彼女の式神ではないのだがね」

 腕を組んで、ニヤリと笑う青年。

「行人とすずだったか。いつまでいるか分からんがよろしく頼む」

 二人は改めてあいさつをする青年を見上げる。
 180もの長身に褐色の肌と灰色ががった白髪。
 何より印象的だったのは、鉄さえも貫くのではないかという鋭い眼。
 藍蘭島では見ないタイプの人間に戸惑う行人とすず。

「あ、どうも……」
「えっと……」
「ああ、すまない。大切なことを言い忘れていたな」

 青年は組んでいた腕を解き、真っ直ぐに二人を見つめる。

「私の名は、衛宮、衛宮士郎。ただの……しがない弓兵だ」





[34335] よびだされて藍蘭島 第2話「よびだして(前編)」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2020/10/01 16:07
 第2話「よびだして(前編)」



「お母様! 私にも式神ちょうだい!!」

 トレードマークの黒髪のツインテールを怒らせて、ゆったりと台所で昼食の用意をする母親のちずるに向かって悲痛な声を上げる。

「どうしたんです」

 あやねの剣幕に対し、のんびりと返事をするちずるは長年の母の経験から何があったのか理解する。

「また、まちさんに泣かされたの?」
「泣かされてなんかないです。なんか惨めったらしいじゃない!」

 図星を指され、一瞬ドキッとするがすぐに気持ちを切り替えて改めて叫んだ。

「とにかく、同じ巫女でお姉さまだけ式神を持っているなんて不公平だわ!」

 あやねは姉のまちが従える5体の式神たちを思い浮かべ、姉を超える巫女になりたいのだ。だが、なによりも。

「私も便利で役に立つ式神がほしい! そんでお姉さまより強力なヤツ手に入れて今日の仕返しをしてやるんだからぁ!」

 この昔年の怨みを晴らしてやると言わんばかりに、両の拳を握りしめる。

「やっぱり泣かされたんじゃない」

 ちずるは料理の手を止め、しばし考え込み……頷く。

「まあ、いいでしょう」

 そろそろこの子にも式神を持たせていい時期かなと考えながら、下準備を終えるのであった。





 場所を移動したあやねとちずるは最も適した場所、修練所で式神召喚の準備を整える。

「それではこの陣の中に入ってくださいね」

 十二支を基点に作られた召喚用の呪術陣の中心にちょこんと座るあやね。精神を集中し、無表情を装いつつもあやねは期待にナイ胸を含まらせ、普段以上に身体に力が篭る。
 自分に相応しい最高の式神。
 想像するだけでわくわくする。釣り目がちな瞳が期待にの色にきらきら輝く。

「これから、式神を召喚いたします」
「わあ……!」

 あやねは感嘆の声を漏らした。
 ちずるは印を結び、霊力を高める。
 陣は呼応するように淡い光を帯びて、徐々に力を帯びていく。見えない力と力の奔流がお互いにぶつかり合い、その余波で修練場全体が軋む。
 吹き荒れる猛風に目を細める、逆巻く風があやねの頬を撫で光は更なる輝きを放つ。
 現実とこの世在らざる世界を結ぶ。
 そして異界の門が……開かれた。

「そして、式神と交渉して説得するか、戦って勝つかして契約を結びます」
「……わかったわ」

 母の説明に力強く頷くあやね。足元から発光する虹色の光を眺めながら、感慨深げに息を吐く。
 今まで姉のまちに散々な目に合わされてきた自分にも、ようやく式神が……!

「ちなみに式神は相手が分不相応と見なすと問答無用で襲って来ますので死なないように頑張って♡」
「えっ!?」
「後、結界があるから逃げられません」
「聞いていないわよ!」

 驚愕の表情に染まったあやねが慌てて陣を抜け出そうとするが、光の壁に阻まれて出られない。あわあわと慌てるあやねを気にすることなくちずるは元気よく式神の召還を開始する。

「では式神おーでしょんをはじめまーすっ」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇっ!」
「えんとりーなんばー1番!」
「ぎゃーーーーーーーっ!」
「でんでんだいこーーーーん!」

 刹那。
 足元の陣が爆発し、現れたのは……巨大な大根、ではなく大根妖怪だった。

「……ビビらすんじゃないわよ」

 あやねはぎゅむっ大根妖怪の顔を踏みつけて怒りを露わにする。

「ホラ、早く契約して……あら?」

 ちずるの持っていた呪符が光り輝き、

「契約成立。あやねさんのことが気に入ったみたいね」
「いらんわ―――!!」

 大根妖怪は、「もっと踏んでぇ~」と身体を摺り寄せながら迫ってくる。あやねは足元でじゃつくドM大根を無視するようにちずるを睨みつける。

「もっと強そうなのを呼んでよ。こんな役立たずじゃなくて」
「でもコレ、陣が任意で呼ぶものですからねぇ」

 ちずるは軽いため息をつき、『陣』にさらに霊力を込める。

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるでしょ。どんどんいきますよ」
「いいの~、でろでろ~」

 あやねは手を合わせて竜神に、最高の式神と巡り合えるよう祈る。

「えんとりーなんばー2番」

 再び陣が爆発し、現れたのは。

「豪腕入道―――!」
「ぎゃああああっ!?」

 あやねは目の前の光景に絶叫する。 
 自分の胴の十倍以上の太さを誇る巨大な腕を持った大男があやねの胴体を鷲摑みにしていた。大男、豪腕入道は掴んでいた半泣き状態のあやねを繁々と見下ろし、「小娘が……」と呟くとあやねを放して姿を消して去っていった。

「えんとりーなんばー3番」

 現れて。

「山がらす―――!」
「ぎえええええぇっぇぇぇっ!!」

 山のようにでかい大ガラスに押しつぶされ、死に掛けるあやね。

「えんとりーなんばー4番」

 現れて。

「ゆきおかめ―――!」
「ふん、お前のようなブちゃいくにわらわが仕えると思うかえ?」
「てめえ……!」

 罵倒され、心を抉られるあやね。

「えんとりーなんばー5番」

 現れて。

「人面みみず―――!」
「ぎゃ―――! きもい、きもい―――っ!!」

 うにょうにょと動き回る人面みみずを前に戦慄し、悲鳴をあげて陣の端まで逃げ出す。トラウマ確定の妖怪と遭遇し、今日は一人で眠れないと涙するあやね。

「えんとりーなんばー……」
「もう、いい加減にしろ―――っ!」

 ついにあやねの限界は頂点に達した。

「さっきから……碌なのが呼び出されてないじゃないっ!」
「もう、文句ばっかし。でもこればっかりは……」
「任意なんでしょ。もういいわよ、今度は自分で召喚するから……!」

 あやねは巫女服の裾から取り出したのは、一冊の呪術書。

「そ、それは……うちの秘伝の書……!?」
「ふふっ……お姉さまだって勝手調べて式神を召喚したんだもの。私だっていいわよね?」
「やめなさいっ! それはあやねさんの手に余るものです!」

 ちづるがあわてて召喚を解こうとするが時すでに遅く、あやねの霊力と印に呼応して呪術書から閃光と雷光と放つ。
 神呪が紡がれる度に頭の中がクリアになり、全身の感覚が研ぎ澄まされる。
 門が開かれ、在らざる世界から一体の妖怪を現世へと召喚される。

「……綺麗……」
「まさか……くりおねら……!?」

 寒流にすむ『流氷の天使』にも似た儚いほど美しい妖怪に、心を奪われたのように見惚れるあやね。
 それに対し、驚愕の表情で懸命に陣を解除するちずる。
 あやねは胸いっぱいに広がる感動に笑顔がこぼれた。
 未熟な自分でも分かる程の霊格。まちの式神たちよりも高位の式神を召喚できたことに興奮を抑えきれない。

 だが、水を差すように必死に叫ぶ母の声が届く。

「あやねさん、早くここから逃げなさい!」
「どうしたの、お母様? 私はこの子と契約するわ」
「そいつは契約をした振りをして術者を襲う妖怪よ!」

 異変に気付いたのは、その時だった。

「……えっ?」

 くりおねらの頭部が割れ、7本もの触手があやねに襲い掛かった。
 凄まじい速さで迫る触手を驚愕の眼差しの見つめるあやね。

「なんでよ……」

 どうして、うまくいかないんだろう。
 巫女として才能は生まれつき備わっていなかった。才能ある姉が修行をさぼっているのを尻目に毎日、努力を重ねてきた。今日まで必死に修練を積んでここまで来たのだ。
 いつも苛める姉を見返したい。積怨の恨みを晴らしてやる。そんな気持ちも確かにあった。
 だが自分なら最高の式神を召喚できると自信があったからこそ母に召喚の儀を頼んだのだ。けど、結果は散々だった。
 呼び出した妖怪たちには鼻で笑われ、そっぽをむかれる。
 最後に自分の力で呼び出したパチもん妖怪は牙を向いて襲い掛かってくる。

 どうして。
 どうして!
 どうして!!

「……け、てよ……」

 いるはずなのだ。
 竜神の巫女・あやねに仕える最高の式神が。
 なら、今まさに主が危機に瀕しているこの状況を、助けてくれなきゃ嘘じゃない…………!

「助けてよ……っ!」
 
 死に瀕した命を求める救助の声。その声に反応した存在が、時の狭間にいた。
 時の最果てより遠く。
 時間の流れより外れた。
 英霊の座へと。

 此処に。嘆願は届く。

「やれやれ……もう二度と召喚されることなどないよう願っていたのだがね」 

 彼方より此処へ。
 旋風と閃光を纏って具現する伝説の幻影。かつて人の身にありながら人の域を超えた者。
 人在らざるその力を精霊の域に格上げされた者たち。
 受肉した生きた伝説。
 そんな遍く人々の夢で編まれた英霊が、地上へ光臨する。
 幻影は長身の青年へと姿を変えて、あやねを守るようにくりおねらの前に対峙する。

 刀身が、輝く。

 あやねに迫った触手を黒の短剣でなぎ払う。
 一瞬でくりおねらの間合いを詰めた青年は、白の短剣で一刀の下に斬り伏せて消滅させた。
 それは、文字通りの刹那の攻防。
持っていた双剣がいつの間にか消え、危機が去ったことを確認した青年はあやねに向かって歩き出した。
 吹き荒れた風はいつの間にか鳴りを潜め。再び静寂に包まれた修練場に巫女を見下ろす騎士の声が響き渡る。

「選定の声に応じ、参上した。俺のような役立たずを呼んだ大馬鹿者はだれだ?」




 その頃の藍蘭島。

「これは……!」

 西の森をパトロールしていた西の主・からあげは驚愕する。海竜神社の方で感じたこともない強大な力。異変を察したからあげは普段の飄々とした雰囲気は一転させ、神社にむかって走りだす。

(何が、起こっている……!?)







[34335] よびだされて藍蘭島 第3話「よびだして(後編)」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2019/05/10 11:21
第3話「よびだして(後編)」



 I am bone of my sword. (体は剣で出来ている)

 Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)

 I have created over a thousand blades. (幾たびの戦場を越えて不敗。)

 Unknown to Death.(ただ一度の敗走もなく)

 Nor known to Life.(ただ一度の理解もされない)

 Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)

 Yet, those hands will never hold anything. (故に、生涯に意味はなく)

So as I pray, unlimited blade works. (その体は、きっと剣で出来ていた)


  
 召喚戦争での過去の自分との戦いは、自らの内に答えを再び与えてくれた。

「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。俺も、これから頑張っていくから」

 最高のパートナーだった少女に笑顔で別れを告げ、『英霊の座』の還ったが……それでも『抑止の守護者』となった自分には大きな影響はなかった。
 解りきっていた事だった。彼自身、あれがただの八つ当たりでしかないことなど。
 だが、それでも。 
 
 そして、もうひとつはあの赤い惨劇の地獄のなかで自分を助けたときの養父の安堵の笑顔。
 月夜の縁側で一人の父と子が交わした記憶。

 人を守り、笑顔を守る事。
 それだけは……間違っていなかったのだから。






 英霊の座から意識の一つが剥離する。『英霊の座』にあるのは集合体。複製を創り、成すべき事のある世界にいくのだ。
 
(また、呼び出されるのか)

 己のものとも定まらぬ朧な意識の中、そう思った。莫大な力によって意識と身体が形作られる。どうやら、また世界の危機が起きたらしい。
 現界が近い。
 何度目の召還なのだと思ったその時だった。

 助けを求める『声』が届いたのは。

 それが助けを求める『誰か』の心の叫びだと理解した瞬間、衛宮士郎は無意識だった。ありったけの意志と力を総動員して『声』の聞こえた方へと体を動かす。
 召還されるはずだった場所ではなく、『声』の主の元へと向かうために全ての境界をを越えたのだった。

 そうして、騎士は。現世へと舞い降りる。





「選定の声に応じ参上した。俺のような役立たずを呼んだ大馬鹿者はだれだ?」

 静寂に包まれた修練所に響き渡る誰何の声。
 あやねとちずるはその光景に目を奪われる。
 召還の光は急速に明度を失いつつ、粒子は明確な輪郭を描き、おぼろげな立体が生まれる。 
 明度と引き換えに色を纏い、『ヒトガタ』となって構成されていく。
 赤い外套を纏った、異国風の青年。
 漆黒の肌に灰色がかかった白髪に180もの長身。
 そして、『今』の藍蘭島では決して見ることのできない、大人の男性。

「問おう」

 何より一番印象的なのが……瞳だ。
 鷹の如き鋭く気高い眼光が、いつの間にか気が抜けたように尻餅をついているあやねを見下ろす。

「君が、私のマスターか?」
「……あ、ああ…………」

 何か言葉にしようとするが上手く口に出すことができない。
 見習い巫女の自分でも、理解できる。
 外見は殆ど人間と変わらないのに目の前の存在が、絶大な霊力を帯びた超常の存在であるということを。
 今までの人生で出会った人、動物、妖怪たちとは比べものにならないほどの超越した力。触れただけで蒸発しそうな、圧倒的なまでの力の滾り。それが身体中から渦巻いているのが、嫌でも感じられる。

「あやねっ! 早く返事をなさい!!」

 ちずるの声に呆けたように士郎を見上げるあやねははっと我に返る。その様子を見ていた士郎は確信した様子で、あやねに声をかける。

「やはり、君が召喚者か……やれやれ、今回はまた可愛らしい少女に呼び出されたものだな」
「えっ……あ……!」
「ほらっ、早く立って!」

 その言葉に、今まで床に座り込んでいたことに気が付いたあやねはあわてて立ち上がり、身なりを整える。

「ま、待たせたわね……」
「…………」

 士郎は腕を組んだままため息をつく。

「これはまた……随分な娘に引き当てられたものだな」
「なっ!?」
「もう一度問うが、君が私のマスターで間違いないのか?」
「ますたー……? ああ、召喚者ってことね。そうよ、私があなたを呼んだのよ」

 絶大な力を持つ人外の存在を前にして震えそうになる声を押さえ込み、真っ直ぐに英霊を見上げる。
 その様子を士郎は微かに目を細める。その姿に、かつての自分を託した赤い少女を彷彿させたからだ。
 感傷を振り払い、騎士は静かに告げる。

「では、召喚者よ。早急に送還の儀を執り行ってくれ。こちらは『本来』の事情で呼び出された訳ではないのでね」
「……えっ……?」

 何を言われたのか理解できなった様子のあやねに士郎は語りかけるように話す。

「召喚陣を『観た』が、本来は低位の妖魔を召喚する為のものだろう。なぜ、こんなもので『英霊』を呼び出せたのか分からんが……」

 ちらりと目をやると、ことの成り行きを見守っているちずるに声をかける。
 彼女があやねの師なら彼女から説得すれば、自然とこの少女も納得するだろう。そんなことを考えながら、言葉を重ねる。

「貴女なら理解できるだろう。強すぎる力は、在るだけ災いを呼ぶものだと」
「……ええ、そうね……」
「師もああ言っているのだ。言い分けたまえ」
「……や、よ……」
「何?」
「いやよ! あなたは私が召喚した最高の式神なのよっ!!」

 あやねは爆発したように顔を歪めて士郎にしがみ付く。

「なっ…………!?」
「何度も何度も失敗して! ようやく成功したと思ったら襲われそうになって! もう駄目だと思ったらあなたが助けてくれて!」

 あやねの身体が震えていることに今更ながらに気づく士郎。
 士郎は微かに顔をしかめる。
 何を呆けていたのだ。
 くりおねらを斬り伏せた後にすぐに少女を『解析』の魔術で調べ、未熟な見習いでしかないと分かっていたはず。召喚時に得た僅かなこの世界の情報からは特殊な力を持つ存在は多数あっても、『魔術師』は存在しないことは理解していたはずなのに。
 肩を震わすあやねを士郎は壊れ物でも扱うようにそっと抱きしめる。
 この少女は、『力』を扱えるだけの普通の少女なのだ。

 士郎は思考する。

 死の恐怖で精神の安定が崩れかかっている少女をそのままにして去れば、最悪の事態になるやもしれん。特に、『死にかけた人間が命を救わる』というのは。
 自分を救ってくれた人間に全てを『依存しまう』場合がある。かつての自分のように……ならばどうすればいい。医者に見せて、しばらくは彼女のそばにいる。師もどうやら家族のようだ。近親者がいるなら普段の生活に戻れば、大丈夫なはず。
 後は2週間程度様子を見れば、問題ない。

「……召喚者よ」
「……ぐすっ……な、何……」

 涙で潤んだ瞳で見上げるあやねに士郎は慎重に語りかける。

「もしかして……私の式神になってくれるの!?」
「いや、期待に添えなくて残念だがそうではない」

 あやねの表情が、希望に輝く顔が絶望に歪む。
 命と魂を対価に、救いを求めている。士郎は、慎重に言葉を選んでいく。まずは、褒める……いや煽ってみる。

「君は魔術……いや、巫女としての器量が劣っている」
「ううっ……」
「私としてもこのまま送還しては正直、君のことが心配この上ない」
「そこまで言わなくたって言いじゃない!」

 絶望から怒りへ。先程までの恐怖と不安に染まっていた目に力が戻る。遠坂凛を彷彿される少女。この子もやはり、逆境に強いようだ。

「最後まで話を聞け。こうして君に召喚されたのも何かの縁だ。私自身の魔力だけなら2週間は存命できよう」
「えっ?」
「その間、君を鍛える……というのはどうだ?」
「えっ? えっ?? ええええええええっ!?」

 あやねは何を言われたのか理解できない様子で混乱と驚愕の声を上げた。






[34335] よびだされて藍蘭島 第4話「はなしあって」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2019/03/05 09:13
 第4話「はなしあって」



 鼓動のドキドキが止まらない。
 私が行なった召喚儀式によって現れたのは想像していた『使い魔』とはかけ離れていた存在だった。行人とは違う。『大人』の男性。
 あやねは自らが呼び出した赤い外套の騎士の鷹のような眼差しを見ながらそう思った。
 ああ、今なら理解出来る。
 涙で濡れた瞳で見上げながら、確信する。

(私は、最高の式神を引き当てた―――っ!)

「むっ」

 召喚陣を包んでいた結果が解け、抑えられていた規格外の霊圧が修練所全体を覆う。一瞬、身体に英霊の強大な威圧感が襲い、ちずるは思わず後ずさるがすぐに意を決してあやねの元に駆け寄る。

「あやねっ!」
「母様!」

 抱きしめ合う母娘。無事を確認するようにぎゅっと強く抱きしめた。
 その様子を士郎は眩しいもので見るように、感慨深げに見つめる。

「未熟な娘を守っていただき、本当に……ありがとうございます。英霊様」

 しばらくの抱擁し合った後、最大限の感謝と敬意を持って礼をするちずると後ろで頭を下げるあやね。

「構わんよ。私はただ呼ばれ、召喚に応じただけだ。さて……」

 鷹揚に頷く士郎は周囲を見回して、提案する。

「ここで話をするのもあれだな。別の場所を移動しようか」






 広い日本風の茶の間。
 天候は極上の晴天と海からの心地よい潮風。穏やかな天気を裏腹にしんとした緊張に包まれていた。

 卓袱台の前に座る二人の巫女。純和風の空間に現れた異国の騎士。

「なるほど……」

 
 目の前の母子の緊迫した雰囲気を気にすることなく、目の前に置かれたお茶を手に取ってずずっと美味そうに飲む士郎。

「しかし、驚いたな。まさか……百年以上も前の嵐で難破した日本人の子孫とはな」

 窓の外に目をやり、降り注ぐ太陽の光を眺めながら島の事情を聞き終えた士郎は呟く。
 



 藍蘭島。
 時代は遡ること、明治時代。
 日本開国後、優秀な人材を集めて当時・最新の技術と医学を学ぶため、ヨーロッパに渡っていた。その帰りに大嵐に遭遇、船が沈んでしまう。たまたま目の前にあった無人島に流れ着いたのだ。
 その日本人と少数の欧州人の住む島・船の名を取って『藍蘭島』が名づけられたのだ。 

「では、こちらからもいくつか話そう」

 騎士は告げる。

「先程も言ったが召喚に応じたのは、ただの偶然だ。私は彼女の式神になるつもりはない。故に、早急に召還するべきだ……というのが、私の意見だ」
 
 すっぱりと。ストレートに言い切る士郎にあやねは涙目で訴える。

「そ、そんな……」
「話はまだだ」

 士郎はあやねを制止すると、話を続ける。

「その考えは未だに変わらんが……彼女、あやねには魔力、いや霊力切れになるまで面倒を見ると言ってしまったのでね」

 士郎はちずるに頭を下げる。

「見ず知らずの者が、とは思うだろうが召還するその時まで彼女の仕えさせてほしい」

 臣下の礼を尽くす士郎にちずるはあわてて、顔を上げるように促すちづる。

「お顔を上げてください。英霊様! むしろ、こんな未熟者の娘に仕えていただけるなんて光栄の至りです。こちらからお願いします」

 ぺこぺことテンパった様子で返答するちずるに蚊帳の外であったあやねがむくれる。

「なんで、召喚者の私を放置して話を進めているのよ……!」
「むっ、この場合……君の師に挨拶を通すのが礼儀ではないのか?」
「私がいいって言っているんだから、良いのよ!」
「いや、しかし……」
「それよりもホラ、島の皆に見せびらかしに……げふんげふんっ! んんっ、島を案内するからいらっしゃいな」

 士郎の手を引いて玄関に連れ出すあやね。

「……なにか、不当な発言があったようだが……」
「き、気のせいよ!」
「あやねさん! まだ話は終わっていません!」

 士郎の外套を引っ張って制止するちずる。
 ギャグ漫画のように転ぶことはなかったが、何とも言えない表情をする士郎。

「もうお話は終わったのよ、お母様!」

 右手を掴んだまま外へ出ようとするあやねと。

「まだ終わっていません!」

 外套を握り締め、家に戻そうとするちずる。

(……そういえば、こんな感じの昔話があったような……)

 なんなのだこの状況、と黄昏る士郎。 
 機械文明は発達しない島で育ったためだろう。思いのほか女性としてはふたりとも力が強くメキメキと嫌な音が聞こえてくる。

(なにやら……嫌な予感がするな……)

 幸運Eランク。
 これからの島での生活の中で、主に女性関係で不幸な事が起こると直感が告げている。それとも過去の経験からだろうか。

 士郎はため息をつき、二人の女性に提案する。

「……ちずるさん」
「は、はい?」

 名前を呼ばれ、思わず手を離すちずる。

「あやね、主(マスター)の頼みだ。ここは聞き分けてくれ。私も……この島を見てみたい」
「よ、よろしいのですか……?」
「ああ。だいだいの事情は理解できた。ここからは実際に島を検分するのも悪くない」

 ふんっと鼻息を荒く、薄い胸を張るあやね。

「そういうことよ。お母様」
「あやね……君はもう少し師にいや、母親に対して礼儀と言うものをだな……」
「はいはい……えーっとどこから行こうかしら?」
「……元気になったのはいいがやはり、少々しつけが必要だな」
「何か言ったかしら?」
「何、なんでもないさ……すぐに分かる。ああ、それと……最初に確認した場所がある」
「確認したい場所? どこなの?」
「それは…・・・」


 歩き出す士郎とあやねの背を見ながら、ちずるは心配げに呟く。

「大丈夫かしら。英霊様……」
 
 最後に話そうと思っていた非常に大切で、とても重要な『島の事情』を。

「この島には男の人が、今、行人くんと英霊様のふたりだけなのに……」

 今まで晴れ渡っていた快晴の空は雲に覆われ、嵐の到来を予期するかのような冷たい風がちずるの頬を撫でるのであった。






「……なんだ、これは……」
「? 何って、大根だけど?」

 見たい場所はあると言って、歩いた先が台所。
 伝説の英雄が、それいいのかとあやねは思いつつ、台所を案内する。
 そこには、士郎が驚愕するほどでかい人参、大根、キュウリ、サツマイモなどなど。通常の数十倍の大きさの野菜だった。

「……もしかして、士郎のところじゃ野菜のカタチとか違うの?」
「……いや、その……大きさがな……」

 いくらか落ち着きを取り戻し、士郎は改めて巨大な野菜を観察する。士郎はニンジンを一本まな板に置くと包丁を『投影』すると端を切り落とし、口に運んで味見する。

「っ! 旨い……!!」

 想像、以上だ。
 野菜本来の旨みが凝縮し、かめがかむほど味が溢れてくる。何より素晴らしいのは過去に食べた食材とは比べ物にならないほど、『霊力』が満ちている。
 この食材を食べ続ければ、1カ月は存命できる。士郎は畏敬の念を込めて、最高の料理にしてみせるを己に誓う。

「では改めて、英霊の力をご覧いただくとしよう……!」

 投影によって生みだしたエプロンを華麗に装着し、包丁を構えると士郎は宣言する。

「我が調理の極地、存分に味わってもらおうか……!」

 実にいきいきした様子で包丁を振るう姿に騎士や戦士のイメージからかけ離れた姿に疑問を抱かずにはいられなかった。

「私が召喚した英雄って……料理人だったのかしら……」

 どこから取り出したのか白いエプロンを装着し、大の大人がハイテンションで料理に勤しむ姿を見物しながら……あやねは嘆息するのだった。
 その後、調理を終えて居間に戻ってきた士郎。
 あやねとちずるにお手製の昼食を振る舞い二人を驚愕させるにであった。

  

  



[34335] よびだされて藍蘭島 第5話「おどろいて」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2021/05/13 13:37
第5話「おどろいて」


「ほお……行人、様……か」
「そうよっ! 私の運命の人よ!」
「だが現在、肝心の想い人は君の幼馴染の家に下宿していて非常に不利な状況を強いられる、と」
「そうっ、理解が早くていいわね! あなたの役目は行人様と私の仲を取り持つことよ!!」
「そ、そう……か……」

 村までの道中、式神として主への最低限の情報を得ようと手始めにと召喚目的を質問したところ。

「あなたを呼び出した理由? お姉さまをぎゃふんと言わせることよ!」

 威嚇のポーズをとりながら叫ぶあやね。いたたまれない家庭の事情とあんまりの理由に、士郎は戦慄した。

「ま……待て! 君は、そんな理由で、わた、いや……式神を召喚したのか!?」

 驚愕の余り、思わず実体化して叫んでしまう士郎。

「もちろん、お姉さまをぎたぎたに倒す以外……他にもあるわ」

 きっと鋭い視線で空を見上げ、決意を込めた眼差しであやねは宣言する。

「行人様を……私の物にするのよ!!」

 そう宣言すると、でへへっと気の抜けた表情で笑うあやね。

「…………はい…………?」

 その言葉に、士郎は呆然とその場に立ち尽くしたのだった。

(まさか……英霊となったこの身が、恋愛相談など持ちかけられる日がこようとはな)

 ピーチクパーチクさえずるわんぱく子猫のような召喚者を見下ろしながらため息をつきたくなる士郎。

(だが、予想はしていたが……)

 ちずるから説明された穏やかな島の情報。
 外敵もなく、静かに暮らす村の人々。
 あやねの気の抜けたような式神の仕事内容。
 間違っても、自分が知るような血濡られた理由で召喚されたわけではない。

(つまり……)

 この島は。
 英霊が必要のない平和な島なのだ。
 男の取り合いだけで大騒ぎななれるほどの。
 その後もあやねの話は続く。
 いかに自分は美人で優秀なのか。 
 自分ことが村の誰よりも『行人』に相応しいのか。 
 ついでに姉のまちには、今まで苛められた仕返しをしてやる……!
 ぐへへへへへへっと邪悪に笑うあやねに、士郎は話題を変えようと声をかける。

「あやね」
「くくくくくっ……どうしてくれようかしら……んっ? どうしたの」

 返事をするあやね。
 凛とした美しい顔立ちは百年の恋も冷めるような残念な形相をしていた。そんなあやねの切ない姿を眺め、ため息をつく士郎。
 歩いてきた道を指差し、

「向こうから誰か来る」
「誰かしら?」
「二人連れだな。鳶色の長い髪の少女と黒い髪の少年……知り合いか?」
「行人様よ!」

 きらりんっと目を輝かせ、

「士郎、早速仕事よ!」
「正直……気が進まんが、何をしろと?」
「私の合図で、実体化しなさい! 行人様とすずを驚かせてやるわ」
「……そんなことをしてなんの意味がある……?」
「あの二人のびっくりする姿が見たいのよっ!!」
「……そうか……」

 びっくりしたのこちらのほうだ、と言い返そうとしたが、しばし、思案した後。

「……承知した」

 くりおねらの恐怖はなくなり、元に戻ったのは幸いだったが……元気になったのはいいことだ。だが、いくらなんでもこれはないだろう。はしゃぎ過ぎだ。少しお仕置きしてやろうと心に誓いながら姿を消す士郎。



 そして物語は始まりに戻り。
 自信満々に始まった式神自慢は失敗に終わり。
 落ち込むあまり地面に膝を付き、涙に暮れるあやねを優しく慰めるふたりはいつもの自爆オチか……と思っていると。

「し、士郎っ! あんたどこにいるのよ!!」
「どことは心外だな。わたしはずっと君の傍にいたのだがな?」

 突然あやねは力の限り叫びだし、知らない人物の声に怯えるすずとわくわくと新手の手品(だと思っている)に興奮する行人。
 音もなく、三人の前で実体化する士朗。

「う、うそ……どこに隠れていたんだ!?」
「こ、この人が、あやねの式神さん?」
「正式には、彼女の式神……ではないのだがね」

 腕を組んで、ニヤリと笑う。

「行人とすずだったか。いつまでいるか分からんがよろしく頼む」

 二人は改めてあいさつをする長身の青年を見上げる。

 180もの長身に褐色の肌と灰色ががった白髪と藍蘭島では見ないタイプの人間に戸惑う行人とすずはどもりながらもあいさつをする。

「あ、どうも……」
「……は、初めまして、すずです」
「ああ、すまない。大切なことを言い忘れていたな」

 青年は組んでいた腕を解き、真っ直ぐに二人を見つめる。

「私の名は、衛宮、衛宮士郎。ただのしがない弓兵だ」
「私を無視するな―――っ!!」






[34335] よびだされて藍蘭島 第6話「いろいろあって」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:cdc368b9
Date: 2019/05/23 15:02
第6話「いろいろあって」

「へえ、よくできているねぇ」
「行人っ!?」

 行人はしげしげと士郎を見上げ、士郎のボディアーマーを無遠慮に触りだす。行人の奇行に驚愕の声をあげるすず。

「うわ~、すごいな。まるで本物みたいだ」
「い、行人……だ、大丈夫なの……?」
「ああ、すずも触ってみなよ」
「い、いいよ……」
「そお?」

 恐れ慄くすずを尻目に行人は熱心に士郎を触るながら、あやねに尋ねる。

「よくできているねぇ。ところで誰が仮装しているの?」

 どうやら行人は島の誰かが、変装していると考えている様子。

「い、行人様……」

 恐る恐るとあやねは口を開く。

「彼は……」
「あやね」

 礼儀の欠ける行動に激怒していると思いきや士郎は落ち着いた様子でぽつりと一言。

「もう一度見せたほうが分かりやすいだろう」

 そう言って、再び霊体化する。

「う、うにゃああああああっ!?」

 幽霊が大の苦手のすずが悲鳴を上げて、行人にしがみ付く。もにゅんっと豊満な胸を押し付けられた純情少年、行人も悲鳴を上げる。

「きゃああああああっ!!」

 そして、鼻血が水芸の如く吹き荒れる。

「い、行人様~!」

 鮮血に染まる大地。出血多量で力尽きる行人にあわてて駆け寄るあやね。

(面白い子どもたちだな……)

 鼻血を出しながら気絶する行人を介抱するすずとあやねを眺めながら、士郎は思ったのだった。



「「英霊?」」
「その通りよ!」

 誇らしげに薄い胸を張るあやねをまじまじと見つめる行人とすず。

 英霊。
 どのような手段であれ、一個人の力で人の身に余る偉業を成し遂げ、人を超えて精霊の領域に達した者たち。
 世界最高位の『人を守る力』であり、人類の守護精霊。
 式神としては破格の存在を召喚したのだと自慢げなあやね。
 その様子を鼻で笑うように、冷笑する士郎。

「何を言っている? 私は式神になどなった覚えなどないぞ。君が余りにも不甲斐ないので傍で稽古をつけようと思っただけだ。私を式神として仕えさせるなどの巫女となるには100年早い。」

「そ、そんなぁ!?」

 ガビーンとショックを受けるあやねにすずは納得したように、頷く。

「やっぱり、あやねだね」
「やっぱりってどういうことよ!」

 がーと怒り出すあやねとにゃはははっと笑いながら逃げ出して追いかけっこに興じるすず。

 その隣では。

「英霊? ははっ……何を言っているんだ。あれは手品か何らかのトリックで……でも、この島に男の人はいないし……ああ! そっか!!」

 ぶつぶつ呟いていていた行人が唐突に手を叩き。

「そうか……ボク以外にもこの島に流れ着いた人がいたのか!」
「……あの~、行人……?」
「なに、すず?」
「どゆこと?」
「いいかい……すず、この世には幽霊・英霊とか式神とかそういう非科学的なモノは一切存在しないんだ! この世の全ては科学で証明できることばかりであって……!」

 目の前のあやねの説明を無視し、行人は英霊の存在を全否定したのだった。

「……彼は変わっているな?」
「ええ……まあ、ちょっと、ね……」
「ちょっと、だと?」

 科学的がどうだのとすずに熱弁する行人尻目に、士郎とあやねがぼそぼそとぼやく。

「……あれ?」

 ふと、足を止めるすず。

「ぶにょっ!?」

 突然、立ち止まったすずの背中に顔からぶつけたあやねが呻き声をだす。

「なに、急に立ち止まっているのよ!」
「そういえば、とんかつの姿が……」

 あわてて辺りを見回すすず。

 すると、木の陰にかたかたと震え、ひどく怯えた様子のとんかつの姿が。

「どうしたの、とんかつ!?」

 あわてて駆け寄り、抱き寄せるすず。

「あれは……ぶた、なのか……?」
 
 手足がなく(実際は脂肪の中に隠れて見えないだけ)スラ●ムのように丸っこい、ぶた(?)らしき存在がぴょんぴょん跳ねてすずに抱きついていた。
 藍蘭島産の生物を初めて目撃する士郎が驚愕の声を上げた。

「その気持ち、よく分かります」

 いつの間にか復活した行人が共感したように呟いたのだった。



[34335] よびだされて藍蘭島 第7話「ひどいめにあって」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:cdc368b9
Date: 2021/10/04 12:17
第7話「ひどいめにあって」

「なにやら、妙に見られいるな……」

呻くように呟くには士郎。

「ふふっ……当然よ。わ・た・し・が、召喚した最高の式神なんだから」
「いや、違うような……」

 すずと行人と別れ、村に到着した士郎とあやねは村長の家までのんびりと歩いていた。

「じゃ、士郎。実体化しなさい」

 村に着くなり、宣言するあやね。

(しかし……気のせいか、妙に女性が多いような……)

 士郎は四方から視線を感じ、肩身を狭そうに歩く。
 この島に来てから違和感を感じるのだ。文明の違いだけではない……なにか。

 非常に嫌な予感がする。
 主に女性関係で。

 左右に目をやり、再度状況を把握する。
 チラチラとこちらを伺うような和服姿の少女たち。異邦人に向けられる好奇の感情以外に向けられる熱い視線。
 数多の戦場を駆け抜けて培った戦闘経験と。真眼スキルが。『ここは死地だ』と告げている……!

(馬鹿なっ!!)

 そんなはずがない。この身は英霊にまで昇華されたされた存在。
 幾多の戦場を駆け、修羅場を潜り抜けてきた。
 大丈夫だ! 大丈夫……なはず……だ。
 自分は、決定的に何かを間違えた気がする。どこで選択肢を間違えたのだ。やはり霊体に戻って状況を整理しようと考えて実体を解こうとした瞬間。

「ねえ、士郎さん」

 すずが声をかける。

「……なにかね?」
「行人とは違うけど……士郎さんも『男の人』だよね……?」
「ははっ、何言ってんだよ。ってそうか……すずは大人の男の人はほとんどみたことがないのか」
「うん。前にちかげちゃんが騒ぎを起した時に……」
「はははっ……それは夢の話だよ! 夢の!!」
「……えー、そうかにゃー」
「そうだよっ!!」

 行人がなにやら必死の形相ですずの肩を揺さぶっているが何かあったのだろうか。だが、すずの発言に気になるものがあった。

(大人の男をほとんど見ない……だと)

 おかしい。違和感はさらに大きく。深く思考の海に沈もうとしたその時、

「……お、お姉さま……」
「まち?」
「あ、まち姉ぇ」

 彼らの前に立っていたのは、あやねの姉……まちであった。

「……君の姉か?」
「ええ、あのちびっ子が私の姉よ」

 容姿こそあやねにそっくりだが140㎝ほど小柄な体格は、まるで小学生を思わせる。
 事前にあやねからまちの話を聞かなければ、妹と勘違いをしていたかのしれない。

(妹っぽい姉……はて、どこかで見たことがあるような……?)

 長い時間を生き、磨耗してしまったせいなのかなかなか思い出せない。
 ブルマを履いた小悪魔が……いや、きっと気のせいだ。

 まあ、それはともかく。まちと呼ばれた少女はつかつかと士郎たちの前まで来ると。

「英霊様っ!!」

 がばっと唐突に頭を下げだした。

「ま、まち……?」
「ま、まち姉……?」
「お、お姉さま……どうしたっていうのよ……!?」

 普段の姿とはかけ離れた行動に驚愕する三人。

「顔を上げてくれ」

 士郎は静かにに声をかける。

「英霊と言っても私はその中では特に霊格の低い、『守護者』と呼ばれる存在。君が思っているような尊い存在ではないのだよ」
「何言っているのよ、士郎! この私の式神ともあろう者がそんな卑屈なことを言ってんじゃ……ぐげげげげげげっっ!?」

 士郎の隣で偉そうに薄い胸を踏ん反り返していたあやねは突然、地面のた打ち回っていた。まちが呪いの藁人形で問答無用にあやねを黙らせる。

「……あんたは、黙っていなさい……」
「は……はいぃぃ……」

 怯えた様子で地面にうずくまるあやね。

(どうして皆には分からないのかしら……)

 震えそうになる小さな身体を必死に抑え、なんとかポーカーフェイスを装う。
 目を合わせた瞬間……目の前の存在が自分より、いや自分の知っている誰より、圧倒的で強大な相手であることを本能的な直感で察知する。
 なるほど。彼を呼び出すことのできたあやねが有頂天になる気持ちも分からなくはない。
 見たこともない偉丈夫に主として傅かれ、命令が下させるのだ。舞い上がってとんでもないことを、しでかすかもしれない。
 というか我が妹ながら、ほぼ確実に……やりかねない。
 
 だが待ってほしい。

 偉業を成し遂げ、人から精霊の域にまで辿り着いた存在。
 英霊。伝承でしか知りようのなかった存在が、こんなにも凄まじいなんて……!
 何かあれば、自分では手がつけられない。いや、島のぬしたち全員が集まっても勝てるかどうか。
 だからこそ、この英霊に『鈴』をつける。

「ところで、君に聞きたいことがある」
「は、はい。何でしょうか?」
「この村……いや、『この島』のことについて聞きたいことがある」

 士郎は問う。

「これまでこの島で出会った『男』はこの行人少年だけだが……他の者たちはどうしたのだ?」
「……ご存知ないのですか?」

 まちは不思議そうに首を傾げ、なぜそうなったのかと……あやねを睨み付ける。殴りかかりたい気持ちを抑え背後におぞましい気配を立ちこめさせて、告げる。


「あやね」
「は、はい!」
「……後でオシオキね」
「ひいいいいぃぃぃぃぃっ!」
「あー、知らなかったのか」
「えっとね、士郎さん」
 
 すずがぽつぽつと話し出す。

「この島には、行人と士郎さん以外に男の人はいないんだよ」





[34335] よびだされて藍蘭島 第8話「裁かれて」
Name: 秀八◆8194e47d ID:cdc368b9
Date: 2019/05/10 11:28
第8話「裁かれて」

すずは語る。この島を襲った悲劇の物語を。

この藍蘭島では男たちが毎年、『漢だらけの大船釣り大会』を行っていたのだが、12年前の大会中に突如島を襲った100年に1度級の大波に飲まれて、島の外に流されてしまったのだ。
 以来、女性がいなくなり、藍蘭島は緩やかな滅びの道へと向かっていたのだが……数ヶ月前に嵐に巻き込まれて流れ着いた少年と一ヵ月後に突如として現れた青年。

「それで、『男』が今のこの島には行人少年と私しかいないという訳か……」

「そうなの」

 ふむと士郎は理解する。
 それで村民たちの奇異な視線の理由がわかった。
 女性たちからの妙に熱い眼差しや、はぁはぁと興奮したような吐息。今まで出会うことのなかった『男性』への好奇のものなのだ。
なるほど、ならば理由が分かれば、解決法は簡単だ。

「あやね、私は一旦霊体化する」
「あっ、ちょ、ちょっと!」

あやねの言葉を無視して金色の粒子と共に士郎は霊体化する。

「待ちなさいよーーーっ!」
「ひにゃああああああっ!?」
「ぎゃああああああああっ!?」

大声で叫ぶあやねの隣でお化けが苦手なすずが悲鳴を上げて行人に抱きつき、すずの豊満な胸の感触で興奮のあまり、絶叫を上げて鼻血を噴出す行人。

「ちょ、ちょっと、離れなさいよ、すず!」

あわてて行人に抱きつくすずを引き剥がそうとするあやねの前に。

「……あやね……」
「お、お、お姉さま!?」

怒れる小さな姉、まち。

行人からすずを無理やり引き剥がそうとしていたあやねはあわててまちから距離をとり、

(何に怒ってるか知らないけど……このままだと、確実にお仕置きされるっ!)

じりっと砂利を踏みしめ、妹を痛めつける気満々のまち。
殺る気満々の姉に対し、強気の姿勢を崩さないあやね。

「……ふ、ふふっ…いいのかしら、お姉さま?」
「遺言はそれだけかしら、あやね?」

すっと胸元から取り出した呪いのわら人形を握り締めたまちに、あやねもまた懐から一枚のお札を高らかに掲げた。

「今の私には、あの『英霊』が式神として控えているのよ! これまでの暴虐の数々、倍返しにしてくれるわ!! さあ、私の偉大な僕、士郎! お姉さまをぼこぼこにしなさいっ!」

あやねは高らかに宣言する。

「……!!」

身構えるまち。
あまりの緊迫した様子に鼻血や悲鳴を上げていた二人もでことの成り行きを見守る。
緊張感の漂う、沈黙。張り詰めた空気があたり一帯を支配する。

「……何にも起こんないね……」

一分ほど経過してすずがポツリと呟く。

汗を滲ませ、周囲に最大限の気を巡らし、警戒するまちと。
びっしょりと汗を掻きながら不敵な笑みを浮かび続けるあやね。
何も起こらない。それもそのはず。

お札を使って士郎を召喚しようとしたあやねを待っていたのは……「先に竜神神社に戻っている。ああ、そうだ。私を使って村人を困らせたり、姉君に報復など考えんようにな」と無常の返事のみ。
 切り札に裏切られたにあやねは引きつった笑いを浮かべたまま、どうにかこの状況を打破できる方法を必死に考える。

「……そう、やっぱり完全に使役できていないわけね」

 にぱぁっと哂う、姉。

「!」

 生存本能がここは逃げろと囁く。さっと身を翻すあやね。 
 無言のままわら人形に釘を突き刺すまち。

「ごげっ!?」

 カエルが踏み潰されたような悲鳴を上げてあやねは地面に膝を付く。まちはわら人形に刺さった釘を抜くとぜぃぜぃと息を吐くあやねを見下す。

「話があるから……一旦、家に帰るわよ……」

 恐ろしい眼光を放つまちにびびりまくるあやね。

「……は、はいぃ……」
「お説教よ。いろいろ、とね……」
「!?」

 ずんずんと歩き去っていくまちに震えながら付き従うあやね。

「な、なんだったんだろう……?」
「さ、さあ?」

 突然の出来事にぽかんとする行人とすず。

「ねぇ、行人さん」

 周りでことのなりゆきをおそるおそる遠巻きに見ていた村の少女たちがわらわらと行人に集まってくる。

「今の人、『男』……だよね?」












[34335] よびだされて藍蘭島 第9話「不幸になって」
Name: 秀八◆d44933e0 ID:21e24b2e
Date: 2021/10/04 12:19
第9話「不幸になって」

 ふたりの顔は、髪の色も含めて姉妹であることを示すようによく似ていた。まちはあやねより頭半分ほど背が低くく、幼いといってもよい小柄な体格。

 妹のあやねが綺麗と評するなら、まちは愛らしい。まるで人形のような少女は。
鬼のような表情で妹をSEKKYOUしていた。

 式神召喚ではなく、さらに上位の精霊・英霊召喚を行い。

 数々の不躾で不遜な態度と言動の数々。

 あまつさえ、召喚されたばかりの英霊を村人に見せびらかしたこと。

 家族が穏やかに団らんを過ごす場所であるい居間は、あやねにとって地獄と化していた。あやねの竜神の巫女に有るまじき振る舞いだと厳しく追及するまちのOHANASIにしょんぼりとしているあやね。

「だいたいあやねはね……!」

「まあ、待ちたまえ」

 さらに言い続けようとしたまちをやんわりと制する士郎。延々と説教を受け続けるあやねの様子を見ていて、なんだか不憫に思い声をかける。

「し、士郎……!」

「マスターももう反省しているようだし、説教はそのくらいにしてどうだ? 彼女はまだ未熟なのだから、もうそろそろ許してやってはくれまいか?」

「ぐっ……むぅ……」

「君も長い話をして疲れただろう? 居間でお茶でもどうかね」

「む、むぅ……!」

「ああ、そうだ……お茶には『これ』が合うと思うんだがどうかな?」

「こ、これは……!?」

 そっとお皿に盛り付けられたモノにまちは目が釘付けになる。

「私も料理には少し自信があってね。君たちが話し込んでいる間にちずるから作り方を教わってみたのが……どうかな?」

 まちは目を見開いて、誘われるよう綺麗に並べられたお皿の前に近づく。お皿に盛られたソレは、母・ちずるが得意とする豆大福であった。

 だが、これは違う。

 銀色の光沢を放つ豆大福に戦慄するまち。普段食べ慣れている自分だからこそ分かる。これは、極上の一品だと……! ごくっと思わず唾を飲み込み、

「そ、そこまで言うのなら……少し、休憩にしましょうか……」

「ああ、ではお茶を用意しよう」

 士郎は急須を取るため、すっと立ち上がる。その間、我慢しきれなくなったまちは豆大福に手を伸ばす。

「!!」
 
 一口齧り、愕然とする。至福の味に恍惚の表情を浮かべ、ほおぉぅっと感嘆のため息をつく。

「では、行こうか」

まちは喜色満面の笑顔で小さく頭を下げた。
士郎はちゃぶ台にまちのお茶を置き、まちの前で正座しているあやねに手を差し伸べる。

「い、いいの?」

「なに、今なら彼女は止めはせんだろうよ」
 
 士郎の大福を夢中になって頬張っているまちを尻目に二人はそっと居間から出て行く。だが大福に夢中であったまちは気づかない。

「はあぁぁっ……し、あ、わ、せ……!」
 
 租借するごとに幸福を噛み締めるまち。すっかりあやねと士郎の存在を忘れて豆大福を美味しそうに食べている。

 だが、その幸せは長くは続かない。村人たちからの質問攻めから逃げ出してきたすずと恐るべき握力で運ばれてきた行人ととんかつたちが至高の豆大福の匂いに釣られて海竜神社まで突撃、すずに略奪の限りを尽くされるまで……あと5分。






「……ところで、腹は減ってないか?」

「? どうしたのよ、急に?」

竜神神社からでて修練場に移動した士郎は外套をごそごそとしながら、

「なに、今までばたばたと色々なことが立て続けにあって、しっかりと休息していなかろう?」

「うん……まぁ、ね」

「先程、大福を作ったついでに握り飯など用意しておいた。ここで少し、休憩はどうかね?」

 赤い外套から笹の葉に包まれたおにぎりが二つ。

「……用意がいいわね。そういえば、うっかりして聞きそびれていたけどあなたってどこの英雄? 名前だけなら日本人っぽいけど」

「まあ、その辺についてはおいおい話すとしよう」
 
 あやねにおにぎりを渡し、竹製の水筒からお茶を用意してあやねの隣に置く。

 あやねは修練場に腰を下ろし、士郎からおにぎりを受け取る。

「美味しいっ!」

 あやねはおにぎりをひと口食べてその味わいに驚いた。この口の悪く融通のきかない男が作ったとは思えない、素朴で優しい味。咀嚼する度に幸せになってくる。

 もうひと口。

 ちずるが握った母のおにぎりとは違う。姉のまちが怒りの感情を引っ込めて大人しくなった理由が分かる。
 
 さらにもうひと口。

 懐かしい父親の味だった。

「……あんた、ほんと何の英雄なの? 料理が得意な英雄なんて聞いたことないんだけど……」

 小さい頃の父を思い出し、思わず泣きそうになるのを堪えながら話題を変える。

「なに、昔から料理をする機会が多くてね。喜んでくれたのら幸いだ」

 士郎はこの島で召喚されて初めて笑顔を見せるのだった。


  



[34335] よびだされて藍蘭島 第10話「夢叶って」
Name: 秀八◆8194e47d ID:cdc368b9
Date: 2023/02/09 19:43
10話「夢叶って」

 正午を過ぎ、太陽が頂点が燦々と輝く藍蘭島の青空。
 温かい陽射し。緑の野辺に咲き乱れる花々。その中を、白い蝶たちが飛ぶ。
 花からは花へひらりひらりと。
 そんな静かな景色に。一陣の紅い風が駆け抜ける。

 駆ける。駆ける。駆ける。

 大地を、木を、屋根を駆け抜けて。衛宮士郎はあやねの案内の元、藍蘭島を駆け回っていた。

「うわあぁぁぁっ……!」

 士郎に抱き付いていたあやねは感嘆する。
 お姫様抱っこされ、吹き付ける風で乱れたツインテールの黒髪を手で押さえた。あやねは確信する。

(最高の、式神だわ……!)

 一方、士郎もまた感動していた。

 数キロ先を見通す鷹の目を駆使して、藍蘭島の人々の営みを。
 人と動物たちが互いに手を取り合い、支えあう。
 言葉を交わし、助け合って生活する。

 不幸も争いもない、当たり前の営み。
 
 この胸に去来するものはなんだろうか。こみ上げてくる不思議な感覚に士郎は戸惑いを隠せない。

 かつて銃弾が飛び交い、血と涙で染まった大地とは違う。

 川の水は澄み渡り、海は太陽を反射して眩しいばかりに輝き、景色をより煌びやかなものに引き上げていた。
 頬を撫でる風は涼しげで、ずっと先まで延びる草原の、草の香りを運んでくる。
 静かな平穏が……何よりも尊い、『日常』がそこにはあった。

(ああ……そうか……)

 村人たちの笑顔を眺めながら、士郎をようやく何に戸惑っていたか確信した。




「ここで……最後よ」

 あやねはふぅっと息をつく。

 南の森へ行けば犬猫たちと戯れ。
 東の森に進めば蠢く食人植物がうようよわらわら。危うく食べられそうになるも士郎に助けてもらった。
 北の森は岩山が並び立つ山岳地帯。藍蘭島自慢の桜の木をしばらくふたりで鑑賞していた。
 藍蘭島中央にそびえ立つ富士山(ふじやま)。まさか島で一番高い山をあんなに早く頂上まで駆け上がるとは思わなかったとの驚くあやねと、常夏の島と思っていたこの場所でこんな雪景色を見られると思っていなかったと驚く士郎。

 士郎のおかげで藍蘭島の有名な名所はわずか数時間ほどで全て案内することができ、最後に案内したのがこの自分たちが住む、西の森の浜辺であった。眼下に広がった夕日に染まった海を見つめる。
 自分の好きな藍蘭島の海を。

「……やはり、そう……なのか……」
「……? どうしたの」
「いや……」

 言おうとしたが言葉にならず、微かに首を振る。そして士郎は改めて地平線に沈む太陽を眺める。

(ああ……なんて綺麗なんだろう)

 それが目の前に広がる幻想郷の如き光景を見た、一人の男の感壊だった。

「良い……ところだな。藍蘭島は……」
「ふふっ、当然でしょ?」
「ああ、ここは……本当に……」

 静かで、平穏で、平和な島だ。
 数時間かけて藍蘭島を巡り、士郎はようやく理解する。

 この藍蘭島は、英雄が必要とされない場所なのだと。

(世界平和など大層なものではない)

 かつて願った理想(ユメ)のカタチ。
 俺はただ、せめて目の届く全ての人が幸せであって欲しかった。
 戦争がなく。
 誰も傷つかない。
 ああ、この場所こそ。

 我が生涯を賭して辿り着こうとした、全て遠き理想郷(アヴァロン)。

「士郎……?」
 
 心配げに見上げるあやねに、「なんでもない」と告げ、

 聖杯戦争から十数年。
 理想の為に戦い続けた日々。
 世界と契約し、その果てに犯罪者として処刑された。
 死後は世界の危機の度に召喚され、いくつもの町や国を滅ぼしてきた。
 絶望し、磨耗の果てに自己の消滅を願った。
 復讐の機会が訪れた第5次聖杯戦争。
 魔術の師であり友人でもあった遠坂に召喚され、かつての衛宮士郎に戦いの果てに答えを得た。

 答えを得たその先が……この、平和な島だというのなら。
 理想を失い、再び正義の味方を目指そうとする自分の成すべきことが分かるかもしれない。

「そうだな……もうしばらく、ここにいるのも悪くはないかもしれんな」
「えっ……?」

 士郎の言葉にあやねは驚いたように顔を上げる。

「君を真の主と認めたわけにはいかないが……だがこのまま君に厄介になるのに、私の言動や君への配慮は足りなかったようだ。この場で謝罪させて欲しい」
「えっ……え、え……??」

 すまなかったと頭を下げる士郎に困惑をみせるあやね。

「ま、まあ、私もあなたの扱いが雑だったし、別にいいわよ」
「ならばいい」

 あっさりと頭を上げてしたり顔で頷く士郎にあやねにもう一回謝罪させてやろうかと睨む。
 
 いつの間にか夕日は沈み、夜の世界が広がりを見せる。
 星が瞬く。
 雲ひとつない満天の夜空と。
 金色に輝く満月。
 見ているだけで吸い込まれそうなほど美しい光景。
 ふと見上げた美しい藍蘭島の夜に感動しながら…………どこかで似たような光景を見たことを、士郎は思い出す。

 かつて共に戦い続けた美しくも強かった剣の英霊。
 霞んでしまった遠い記憶の中で彼女は、なんと自分に告げただろうか。

「あやね」

 士郎は共に星の空を見上げていたあやねに声をかける。

「短い間かもしれんが、世話になる」
「短い間じゃないわよ。あんたは一生、私の式神なんだから」
「ふむ? その未熟な力で私を従えようとは、ずいぶん大きく出たな」
「はっ! あんたこそその減らず口、すぐに閉じさせて私の言いなりにしてやるわ!!」
「ほう、未熟者がどこまで足掻けるか楽しみだ」
「まだ言うかーっ!!」

 星と月明かりに照らされた騎士と見習い巫女はいつまでも騒ぎ続けるのだった。

「ま、まあいいわ……それよりまだ大事なことをしてなかったわね」

 吹き抜ける風が、あやねの甘い汗の香りを運んできた。

「なんだ?」
「何って握手よ握手。これから一緒に頑張っていくんだもの当然しょ?」

 あやねはにっこりと満面の笑顔を咲かせて、士郎に手を差し出した。

「ようこそ、藍蘭島へ!」
「ああ、そうだな……しばらく、世話になる」

 差し出された小さな手と巌のような大きな手が触れ合う。
 顔を見合わせて笑い合いながら、士郎とあやねは握手を交わすのであった。

 士郎があやねに『食われる』まで、あと三ヶ月。




「ふふふっ…………今日はお楽しみでしたね」

 帰宅した士郎とあやねににっこりと嗤うちずる。

「……お楽しみ?」
「待て、何か勘違いをしてないか? ただ、この島を案内してもらっただけだぞ」
「お母さま、楽しかったわ。士郎が私を抱えて色々(案内)できたし………」
「……へえ?」
「マ、マスター!?」

 あやねは無自覚にさらに追い打ちをかける。

「ずっと士郎に抱いて(運んで)もらっていたから腰がちょっと痛いわね……」

 一日中士郎を連れ回したあやねは、腰をさすりながら風呂に出も入ろうかとのんびりと部屋に向かう。

「」
「」

 その後ろでは鬼の形相をしたちずるに必死に弁明する士郎の姿があるのだった。







 投稿名を改正しました。KUON⇒秀八。




[34335] よびだされて藍蘭島 第11話「 修行して」
Name: 秀八◆158c609b ID:cdc368b9
Date: 2022/06/25 12:12
第11話「修行して」


「はっはっはっ……あっ、ふくぅっ!」

 息を切らし、少女の身体が上下に動く。

「はぁ、はぁ……」

 額に汗が伝い、頬に髪が張り付く。苦悶の表情を滲みながらも懸命に身体を動かす。

「ふふっ、もう限界かね?」

 あやねは隣でにやにやを笑っている男を睨みつけ、

「ふ、ふんっ! まだまだ余裕よ!」
「ほお、ならば速度を上げるぞ。付いて来れるか?」

 士郎は足に力を込めると勢いを増していく。急な変化に戸惑いを見せるあやね。

「ちょ、ちょっと! 急にそんな……!」
「先にいくぞ」

 並列して走っていた士郎はあっさりとあやねを抜いて走り去ってしまう。

「待ちなさいってばああぁぁぁぁっ!」

 ぜーぜーと息を切らし、必死の形相でスピード上げて士郎を追うあやねであった。




「……こんなので、本当に上達するの?」

 走り込みのそれなりに。切り株に座って士郎特性の栄養ドリンクを飲みながら、疑わしげな眼差しで士郎を見上げるあやね。
 士郎を召喚して数日。
 最初の出会いから悲喜交々の色々な騒動があったが、士郎に稽古をつけられることになったあやね。
 日も昇らぬ早朝からの走りこみ。山々を1時間近く駆け回り、小休止していた。

「基礎を固めてから呪術や神術学んでいく。そのために、まずは身体を鍛えること。特に走りこみによる体力作りは全ての基礎だ」
「なんか……当たり前すぎて拍子抜けよね」

 ハンカチで汗を拭いながらぼやくように呟く。

「ちづるとこれまでの修練の内容を確認してね。彼女はまだ甘い。あやねはまだ基礎が疎かなようだし、これを機にみっちりとこなすとしよう」
「げっ……」

 顔をしかめるあやね。そんな様子に士郎が一言。

「なに、心配するな。数日とはいえ、君も成長している。この調子で行けば、君の姉君にも勝てるやもしれん。精々励むといい」

 その言葉であやねの疲労困憊といった表情が一変。

「士郎! なにぐずぐずしているの! さあ、次の課題は何!?」
「元気が出てなによりだ。では、型稽古を始めるとしよう。龍神流合気術一の型・二の型・三の型を20回ほどこなそうか」
「望むところよ!」

 士郎から課される練習に挑戦するあやねであった。



 衛宮士郎の朝は早い。
 夜明けと同時に境内の清掃、炊事、洗濯、家の掃除、道具の手入れと管理、食材の採取、水汲みなどetc.etc.……英霊の仕事ではないとまちとしずるは懸命にとめていたが、本人が嬉々としてどれも素晴らしい成果を上げているのでやめさせれない。
そんな中で……最も評判が良いのが。

「おいしい……」

 思わず、まちは目を見開く。
 一口噛むたびに優しい味がする。
 鼻から抜けるような香ばしい香り。
 卵の絶妙な半熟具合がなんとも味わい深い。
 まちはうっとりと極上の味に身をゆだね、甘く儚い夢から覚めるように、ほぅっと艶めかしい息をもらす。

「……あやね……?」
「なに、お姉さま?」
「こ、これは……どういう、こと?」

 まちはトロンとした眼差しで目の前に広がる朝食に対して妹に訪ねた。
 日も昇り、今日も快晴の藍蘭島。
 居間の卓袱台に出来たての朝ご飯が並んでいた。
 香ばしい匂いを醸し出す味噌汁と取れたて野菜の新鮮なサラダ。
 白銀のようにつや光る白米と、双璧をなすように黄金の如く輝くオムレツ。
 眺めいていたら思わず喉を鳴ってしまった。

 一人の少女を虜にする光景を作り出したのが、ピンクエプロン姿がよく似合う英霊・衛宮士郎。

「そこまで喜んでいただけたのなら、私としても光栄の至りだな」
「私も料理には自身があったつもりだけど士郎には完敗だわ。このところ毎日食べているけど本当、最高だわ……さすが私が呼び出した英霊ね!」
「ちょ、ちょっと待って! 私、英霊さまの料理を食べた覚えがないんだけど……!」
「何を言っているの? ちゃんと一緒に食べたじゃない……って、ああそうか。お姉さま、士郎のご飯を食べた度に『とりっぷ』しちゃって毎回、覚えてないわね……」
「そんな……!?」
「まあ、そこまで喜んでくれるなら料理人冥利に尽きるがな」
「くっ……なら、今度は忘れられないぐらいたくさん食べてやるわ!」

 まちは箸を握り締めて、その小柄な身体のどこに入るのかという勢いでご飯を胃に収めていく。
 まちの食事風景を眺めていた士郎はふと隣で美味しそうにご飯を食べていたあやねに告げる。

「午後からの修練は、君の成果を見せてもらおうと思う」
「……へっ?」
「つまり、実戦だ」

 士郎の言葉にきょとんとするあやね。その後、その言葉の意味を思い知るのであった。







「うそ……」
「うそではない」

 驚愕のあまり、目の前の光景が信じられないようにあやねが首を振る。彼女の後ろで退路を断つかのように士郎が静かに否定する。

「そんな……こんなことってないわ……」

 あやねの眼前には竹刀を振るい、準備万端といった様子の少年の姿が。

「あやね。さあ、勝負だっ!」
「行人様……!」

 東方院行人。
 この島唯一の少年がエアーソフト剣を構え、やる気満々といった様子であやねと対峙していた。







[34335] よびだされて藍蘭島 第12話「負けられなくって」
Name: 秀八◆8194e47d ID:cdc368b9
Date: 2019/01/26 13:20
第12話「負けられなくって」


 あやねと行人が対決する二日前。

「ええっ! 行人とあやねが決闘!?」
「ちょっと待ってください!」
「いや、決闘ではなく組み手をしてもらいたい」

 すずの家に訪問した士郎はすずと行人に開口一番に『あやねとの決闘』についての話題を振ると二人は驚いたように様子であった。
 曰く、決闘というカタチをとったあやねの修行に行人が参加して欲しいという。
 話を聞く行人が『修行』や『稽古』という言葉にぴくりと反応する。

「でも……ボクがやっているのは剣術で、あやねは確か合気道か何かでしょ? 素手の相手じゃ危ぶないですよ…」
「そこは心配いらない。彼女なら木刀程度など、すぐに復活する」
「あー、あやねだしねぇ……」
「ちょっと、酷くないですか!? 士郎さん。すずも!」
「えへへへへ」
「ぷっ」
「ふっ、今のは冗談だ。そら、これを使うといい」

 とんかつが呆れたように溜息をつき。促されるように士郎が手渡したのは、ゴムチューブとで作られた1メートルほどの長剣。

「これ……家の道場でも見たことがある。確か、スポーツチャンバラで使っている……」
「つぽーつちゃんばら?」
「柔らかい素材でできている。これなら怪我の心配はあるまい」
「ああ、これならいいですね」

 納得したように頷く行人に士郎は畳み掛けるように語りかける。

「あやねと稽古をつけてくれた暁には、私とも稽古をするというのはどうだろうか?」

 その言葉に、さらに顕著に反応する行人。

「本当ですか!」
「無論だ。ああそれと……手土産を忘れていたな」

 士郎は外套から大きな笹の葉でくるんだ包みを行人に差し出す。

「これは……?」
「大福だっ!!」
「君の彼女は大福が好きと聞いたのでね。お口に合うといいのだが」
「べ、別に彼女ってわけじゃ……ってすず。落ちついて!?」

 大福の匂いを嗅ぎつけて飛び掛ろうとするすずをあわてて肩を掴んで止める行人。
 士郎は包みを開いて行人とすずにひとつずつ差し出す。

「食べるかね?」
「食べる!!」

 うにゃあっと行人を押しのけ、差し出されたふたつの大福に飛びつくすず。
 もきゅっと士郎特製大福を一口頬張り、驚愕の表情を浮かべ。

「なに……これ……!」

 なわなわと震えだす。
 その隣でとんかつに冷や奴を渡していた。

「こんなに美味しい大福、初めて……!!」
「ぷーっ! ぷーっ!!」
「そこまで喜んでくれたのなら、幸いだ。どうだろう行人君? あやねの稽古に付き合ってくれたら、私との稽古とこの大福、そして冷や奴を山盛り用意するというのは?」
「勿論……!」
「やります!!」
「ぷっ!!」

 行人とすずととんかつは即断したのだった。



 立会人の士郎が確認の意味を込めて、ルールを説明する。

「一本勝負……相手に武器を当てた方が勝ちとする。両者、依存ないか?」
「ええ、構いません。あやね! 尋常に……勝負っ!!」
「ちょ、待って……! きゃああああっ!?」

 縦横無尽に襲い掛かる攻撃を手足で捌き、かわし続けるあやね。

「行人ぉぉっ! 大福のためにがんばってぇー!!」

 行人を懸命に応援するすず。

「ぷーっ! ぷーっ!」

 すずと共に行人に声援を送るとんかつ。

「この勝負……絶対に負けられないっ!!」

 決死の覚悟でエアーソフト剣を振るい攻め続ける行人。
 彼には、負けられない理由があった。







「ああ、そうだ。君が稽古であやねに敗れた場合、彼女と遊びに行ってくれるか?」
「へっ? それって……」
「まあ、デートだな」
「…………!」
「ぷっ!?」

 士郎の『デート』という言葉に一瞬、怒れる猫のような表情をみせるすず。
 その気配を敏感に察知して震え上がる行人ととんかつ。

「無論、勝てば約束の大福と冷や奴は1週間毎日、用意する」

 士郎がふっと笑いかける。その笑顔が獲物を狙う鷹のようであったと行人は思った。

「引き受けて……くれるな?」
「大丈夫だよ。行人は強いから負けないもんっ!」

 前門の士郎、後門のすず。そして足元にとんかつ。
 二人と1匹のプレッシャーを前に行人は……ただ、頷くしかなかった。





 だが彼の受難は終わらない。

 この稽古から数日後、どこをどうまちがったのか。『行人と戦って勝てばデートに行ける』という噂が広がり、行人は村中の少女たちから昼夜問わずに狙われることになり、眠れない日々を過ごすことになる。







[34335] よびだされて藍蘭島 第13話「対決して」
Name: 秀八◆8194e47d ID:cdc368b9
Date: 2022/11/14 09:52
第13話「対決して」

「はあぁっ!!」

 苛烈な剣撃があやねを攻めたてる。

「くうぅっ!」

 想像以上に、強い。
 それがあやねの感想だった。
 舐めていたわけではない。行人の剣捌きを。
 幼少のころから剣術を学んでいたことは知っていたが、これほどの腕前とは思ってもみなかった。常に先手を打たれ、後退を続けるあやね。

 ここで何か手を打たねば……負けかもしれない。

 不安が脳裏を過ぎり、振り払うかのようにあやねは勝つために思考する。

 この状況を打破する最善の一手を。

「つっ!」

 頬に剣が掠め、なんとか紙一重でよける。

(考えろ、ぱーふぇくと美少女・あやね……! 私は、逆転の似合う女っ! ここで勝てば、行人さまとらぶらぶでーとが……!! ぐふふふふっ。あっ、痛っ!!)

 思考に邪な考えが過って、行人の攻撃を避け損ねて顔面に直撃する。

「あっ、ごめんっ……!」
「はっ、ちゃんすっ!」
「うわっ!?」

 初めての一撃が女の子の顔に当ててしまったことに驚いた行人は、一瞬手がとまる。その瞬間を見逃さずあやね、ここで初めての踏み込んでの拳打を放つ。
 間合いを詰められた行人はあわてて距離を取りながら右胴をあてつつ、すぐに構えなおす。

(やりづらい……武器を持たない相手と戦うのがこんなにも気を使うものだなんて……! もっと簡単に勝負が決められると思ったのになぁっ!!)

 ひゅんっと強烈な風切り音とともに右の高速の廻し蹴りが行人の眼前を掠める。無意識に後ろに下がらなければ確実に頭を直撃していた。
 これまで剣術での稽古や組み手ばかりしてきた。自分の学んできた剣術自体、実践的なものだと自負していた。これまでの人生で喧嘩は何度も経験し、無論その中には剣道、空手、柔道などの武道経験者とも戦ったこともある。だが……防具も着けていない『女の子』に剣を向けることは、初めてだった。

 初めての経験が焦りを生む。

 困惑するのがこのスポーツチャンバラ用のウレタン製長剣。事前に振って感触を確かめてこれなら安全面では大丈夫だろうと思っていたが、この剣では当ててもまるで怯まない。まして相手は藍蘭島一の体力と打たれ強さを売りにする女・あやね。

 生半可な攻撃では、通じない。

 なにより行人の勝利は阻むのが、この組み手のルール。
 剣と無手による野試合。
 防具は不要の実践式。
 負ければ、行人はあやねとデート。勝てれば、士郎との稽古をつけてもらい、すずととんかつに大福と冷奴を一週間提供。

 そして、勝負を決めるのは絶対のルール。それは……

「……そういえば、言い忘れていたな。この組む手は相手が戦意喪失・または降参した場合にのみ勝敗が決する。せいぜい頑張りたまえ」

 試合が始まる直前に告げられた士郎の言葉。

 なにその情け無用のサドンデスルール。
 
 実践的にもほどがあるだろう。それにこの柔らかい剣でどうやって相手を降参に追い込めというのだ。今は長年の剣術の成果で相手を圧倒しているが攻撃を無視して突っ込んできたら自分では対処の仕様がない。

 どこかで相手の意思を挫かねば……負ける。

 あらゆる問題が交じり合い、困惑しながら戦っている行人を幾重にも縛って勝利への道を遠ざける。剣を十全に使って優勢に状況を進める行人であったが、かなり不利な状態に追い込まれているのであった。





「ぐげっ! ぎはっ! ぎゃばっ!!」

 剣のスピードはさらに速く鋭いものへと変わり、更に熾烈さを増していく行人の攻撃。
 身体を捻っては叩かれ、手で裁いては突き刺さり、避けるように見せかけて踏み込めばカウンターで反撃される。

 無論、痛いものは痛い。 
 柔らかい素材の武器とはいえ、衝撃はそれなりにある。
 急所への手加減のない容赦無用の剣撃…………その身にもらいながらも、あやねは心の中で……嗤った。

(痛い! 痛いけど……お姉さまのいじめやすずの投げ技に比べたらたいしたことないわ!)

 最初の顔面への一撃で理解した。
 この程度の攻撃なら自分なら耐えられる、と。
 さらに突撃を繰り返して気が付いたが、行人には接近戦の戦う手段を持ち合わせてはいないようだ。

 あやねが近づく度に距離ととりながら攻撃する行人。自分には接近戦の手段がないといっているようなものだ。このまま距離を詰め、行人の体力を削り続けた後に投げるなり極めるなりすれば自分は勝てる。

 また接近戦が通じなくても、この戦いに勝つための『奥の手』も用意している。





 揺るぎない絶対の勝利を確信し、にやりと笑うあやねであった。





[34335] よびだされて藍蘭島 第14話「勝利して」
Name: 秀八◆cb092aa3 ID:21e24b2e
Date: 2020/12/03 13:16
第14話「勝利して」



「行人―っ! 頑張ってーっ!!」
「ぷーっ! ぷーっ!!」
『おっ、やってるね』
「あっ、からあげ! どうしてここに?」

いつの間にやら、すずの隣にいたのは白いずんぐりとした『にわとりらしき生き物』が。すずのお隣さんで幼少の頃からの知り合いであり、西の主・からあげ。

『いや、まあ……大牙クンとの一件以来、稽古をつけてるから気になっちゃて……それに、面白そうだなーと思ってね』

などと言い訳がましいことを話しながら行人とあやねの戦いの様子を観戦していたからあげは、うーんとうなりながら一言。

『うーん、このままだと負けるなぁ。行人クンは見事に士郎サンの策略に嵌まっちゃたなー』

「うにゃ? さ、策略……?」
『そう。相手の実力を発揮できないようにうまくやられちゃったねー』

からあげは混乱するすずにも分かりやすいように説明する。
武器の問題。
経験の問題。
勝敗を決めるルールの問題。
幾つもの問題が絡まって実力が発揮できず、勝機が視えていない行人の状況を。

「えっ!? ど、どうしよう……!!」
『まあ、なるようになるさ』

あわあわと動揺するすずを落ち着かせながら、からあげは少年がこの状況をどう打破するのか楽しみながら眺める。

『さあ、行人クン。君も男の子だ。この逆境をどう乗り越える?』





「はぁはぁ……っ、せいやぁっ!」

 肩で息をしながら懸命に剣を振るう行人。戦い始めてすでに5分が過ぎ、戦況は時を経つ毎に悪化していく。剣の速度も徐々に衰え、額から汗が滝のように流れ、もたつく足元。表情に疲労の色を滲ませて荒い呼吸を繰り返す行人。
 対して、あやねはは振り被ってきた剣先をあっさりと避けると疲労困憊な行人の様子を眺め、嗤いはますます深くなる。

(ついに体力も切れてきたみたいね。ここが攻め時っ!)

 勝利を確信したあやねはこれまでの消極的な戦い方から一変して、身体を低くして行人に向かって突撃をする。
 行人は一瞬、地面に目をやるとすぐさま二、三歩後ろに下がって構え直し、あやねを迎え撃つ。

「えっ!?」

 走っていたあやねの姿勢が突然崩れる。驚愕の眼差しで下を見ると足元のぬかるみに足を滑られてしまっていた。

「うそっ!?」
「よしっ、やった!」

 自分の武器を振り回すだけでは埒が明かない。そう考えた行人は隙を作るため、体力を使い切った振りをしながら剣を振り回して足場の悪い場所へと誘導していたのだ。
 チャンスのはずがピンチを招いたあやねの一瞬の隙を突き、ここが好機と距離を詰めて行人は上段から剣を振り下ろす。

(やばっ!?)

 内心、慌てふためきながらも無意識に懐に隠し持っていた『切り札』に手を伸ばすあやね。

「ていっ!」

 懐に隠し持っていたのはお手製の煙玉。行人の足元に投げつけ、煙幕を使って渾身の一撃を放とうとする行人の意表をつく。

「うわっ!?」
「もらったわ!」

 煙に紛れて行人の懐に詰め寄るあやね。
 行人はあわててを目を閉じて後ろに下がるが、遅かった。
 刹那の虚を突かれ、ふわりと身体が浮く感覚と共に地面に叩きつけらる。

「がっ!?」

 受身も取れずに全身に衝撃が走る。目の前がちかちかと暗転を繰り返し、ふらつく頭を押さえながらもなんとか立ち上がろうとするが、再びあやねに胸倉と腕を捕まえられ、投げ飛ばされる。

「ぐぁっ……!!」

 二度の投げ技の衝撃でめちゃくちゃになったかのように身体のすべてが悲鳴を上げる。肺が狂ったかのように呼吸ができなくなり、意識が徐々に遠のいていく。

(負けた……のか……)

 喜び勇んで「やった! やったわー!」と喝采を上げるあやねの声子聞きながら、もう一度立ち上がろうとするが身体を起こすどころか指先にさえ力が入らない。行人は後悔と悔しさが滲みつつも、静かに敗北を受け入れようとしたその時。

 声が。
 薄れゆく意識の中で声が……聞こえた。
 懸命に。
 祈るように。
 家族のように大切にしている人の声が。

「ぃ、と……行人! 行人!! 負けないでっ!!」

 すずの声が。
 すずの叫びが。
 負けないでと。立ち上がってと。
 声高らかに、叫んでいる。

「…………はぁっ! がぁっ、はあぁぁぁぁ……!!」

 大地に転がり、全身が土塗れになりながらも行人は叫ぶように息を吐きだす。
 ままならなかった呼吸を整えて。息を吐く。
 震えが止まらず、指先に力が入らない。
 全身から汗が流れ落ち、服を濡らして肌に張り付く気持ち悪い感触。
 頭はガンガンと頭痛が迸り、視界が霞む。
 体中の関節という関節から尋常ではない激痛が走り、内臓がひっくり返ったかのような嘔吐感が湧き出てくる。

 まさに最悪の状態。

 敗北必至の状況において、行人はパニックになりかけていた思考が落ち着きを取り戻す。身体が満足に動けない。だが……この状況には、『慣れ』ていた。
 剣の師である祖父や父の稽古や色々な『訓練』で心身ともにギリギリまで追い込まれ、その度に何度も経験しているこの感覚。

 ならば、この状況で何をするかも熟知している。

 息を吐く。吐く。吐き続ける。
 そしてゆっくりと肺に染み渡るように吸い込む。今まで指先さえ動かすのが億劫だったのに、微かにでも少しずつ力が戻ってくる。傍に落ちていた剣を震える指先で手繰り寄せる行人。
 呼吸を整えながら剣を支えにして、がくがくと笑う膝に活を入れて何とか起き上がる。

「はぁ、はぁ……まだだ! まだ、負けない……!!」

 勝ったと喜んでいたあやねは驚いた様子で行人を見つめている。

「えっ、ちょ、ちょっ、嘘でしょ!?」

 追い詰められ、後がないこの逆境が行人の思考の処理速度が加速にする。
 まずは、状況の整理だ。
 勝利条件は相手を屈服させること。
 敵は自身の圧倒的な体力と頑丈さを十全に使って自分を翻弄し、不得意な超接近戦を挑んでくる。
 どこを狙う。どこを攻める。どうやって勝てばいい。
 長剣を使用している状態では肉薄されば、自分では対処できない。相手に近づかれないように戦うしかないのだが……というかそもそも。
 この柔らかい刃ではあやねの強靭な肉体を打ち破って敗北を認めさせることができない。
 ならばこんな武器は『不要』だ。

 その事実に気づいてから行人はなぜこんな武器でぺちぺち戦っていたのかバカらしくなり、手にしていた長剣をあやねに向かって思い切り投げつける。または血が上ったとも言う。

「えっ!?」

 まさか今まで手にしていた武器を投げつけると思わなかったあやねは完全に硬直したが、咄嗟に手をかざして飛んできたソフトエアー剣を弾く。
 これであやねの動きを止めた。
 もう腕は震え、身体はぼろぼろ。足もがくがく。
 あと一撃ぐらいしか攻撃はできないだろう。
 ならば、驚愕のまま動きを止めたこの瞬間こそが最大の好機。
 体力の全てを注ぎ、この一撃で決着をつける。

 一撃必殺の覚悟で突っ込む行人。

「おおおおおっ!!」

 踏み込みんだ足に、力が篭る。
 拳を握りこんだ行人があやねに襲い掛った。

(まずい! まずいわ!!)

 勝利の浮かれていた状況から一変し、この状況はまずい。
 肉薄する行人から逃れ、体制を立て直すため、あやねは懐から予備の煙球を使おうとするが間に合わない。最後の反撃と体を振りかぶってくる行人の姿を見た瞬間に殴られる、と覚悟を決めて目を閉じてしまった。
 だが、予想していた衝撃はやってこない。
 恐る恐る目を開くと、行人の姿がどこにもいない。

(どこ、どこに行ったの……!?)

 あわててを周りを見渡そうとした瞬間、首に腕が捲かれたと思ったら猛烈な勢いで絞められる。

「えっ!? あ、ぐっ、ぐうぅぅぅっ!!」

 あわてて腕を剥がそうとするが完全に締まって外せない。混乱する思考と呼吸できずに霞がかかっていく意識の中、行人がフェイントと使って自分の後ろに回りこみ、首を絞めていることを理解する。

(ま、まずい……い、意識が……!!)

 視界がぼやけ、掴んでいた手に力が抜けていく。意識が暗闇に堕ちそうな瞬間。

「そこまで。勝負ありだ」

 行人の腕を外し、脱力したあやねを支える士郎の姿があった。






「ううっ……あとちょっとで、あとちょっとで勝てたのに……!」

 とぼとぼと肩を落として歩く敗者と。

「よかったね! 行人!!」
「い、痛いってば!」

 ぼろぼろの姿ですずに支えられながら歩いている勝者があった。
 
『しかし、士郎サンもなかなか悪辣な真似をするね』
「なに、仮初とはいえ主の勝利を望んだまでのことだ。しかし、まさか貴方がここに来るとは意外だったな」
『そう?』
「そういえば、すずの家の隣だったか……彼に、稽古をつけていますね?」
『あ、わかる?』

 士郎とからあげが何やら話し込んでいる。そこに士郎が行人に声を掛けた。

「ああ、そういえば行人君。今日はよく頑張ってくれたな……約束の大福と冷奴を明日から用意する」
「ほんとっ!?」
「ぷっ!」
「そして明日から行人君と約束した稽古をしようではないか」
「は、はいっ! よろしくお願いします!!」
「こちらこそ。よろしく。明日が楽しみだ」
「はい……って、ん?」
「なに、あやねは未熟者とはいえ私にとっては不肖の弟子のような存在。この借りは必ず返すとしよう」
「えっ……ちょ、ちょっと待て……!」
「わーい、大福大福!」
「ぷー、ぷー!」
「ちなみに……敗者のあやねにはこの悔しさを糧にできるよう、明日から練習量を倍に増やすかな」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って……!!」

 わーわー言い合いながら、道を歩いていく。
 今日も藍蘭島は平和です。






 日も沈んだ夕暮れ時。
 平和なはずの藍蘭島のとある家の中で。数多の戦場を駆け抜けた百戦錬磨の英霊・衛宮士郎は今、かつてない窮地に追い込まれていた。

「士郎、今日は一緒にお風呂に入りましょうか」
「……待て、これはどういうことだ……?」

 困惑しながも士郎は巫女服に手をかけたあやねに待ったをかける。

「士郎、どうしたの?」

 不思議そうに首を傾げながら、するすると袴を脱ぎだすあやねの服を掴む士郎。

「? あの決闘で土塗れになっちゃたからね。服を洗うついでに一緒にお風呂に入りましょうよ」
「そこが、まずおかしい。なぜ男女で入る必要がある?」
「なんでって、士郎は私の『式神』なのよ。つまり……家族のようなものだからお風呂を勧めるのは当然でしょ?」
「私を家族とまで認めてくれるのはありがたいが、男女が共に風呂に入るのはその、なんだ……どうかと思うぞ?」
「一緒に話をする。一緒に遊ぶ。一緒にご飯を食べる。一緒にお風呂に入る。一緒に寝る……そうやってお互いに知り合って、信頼していくんじゃないの?」
「……君の意見は、間違っていない。確かに、『正論』だが……この場合深まるのは『友情』ではなく、『男女の仲』だ。君の思っているものとは少し……違う」
「? えっ、それって同じでしょ??」
「いや……その、だからだな……」
「親睦を深めるのに裸の付き合いが一番じゃない! 何もかもさらけ出すことで今よりさらに深い仲になれるっているのに士郎はじれったいわね! そこまで言うなら、何が違うっていうのよ!」
「いや、だからだな……」
「折角、色々お世話になった恩返しに背中でも流そうと思ったのに……!」
「いや、これはその……!」

 いつの間にか『全裸』になって詰め寄るあやねをなんとか説得しようとする士郎。
 彼はまだ知らない。
 彼のスキル・『心眼』が察知した受難が、今まさに始まったということを。



 一方その頃。

「はあはあ……つ、疲れた……」
「行人、大丈夫?」
「はは、さすがにもうくたくただ……汗まみれだし、先にお風呂に入ってくる」

 行人はそう言うと浴室に向かう。
 服を脱衣所で脱ぎ終え、筋肉痛と打撲の痛みに耐えながえらゆっくりと桶にお湯を入れて身体にかける。

「っ! く、くは~、効くなぁ……!」
「行人~。大丈夫?」
「う、うん。平気……って、えぇっ!?」

 すずの声がやたら近くで聞こえるなと思い、振り向くと全裸のすずが心配そうにこちらを見下ろしていた。

「す、すず……さん? な、なぜここに……??」
「だって行人、怪我だらけだから身体を洗うのを手伝おうかなぁって……」
「そ、そう……」

 13歳とは思えない豊満な肢体を隠そうともしないで心配そうに見つめるすずに、「大丈夫だよ」の一言が言おうと口を開くが限界まで酷使された身体が悲鳴を上げ、脳が沸騰する。

「そ、そうだ……今日の行人、すごくかっこよかったよ!」

 頬を赤らめて嬉しそうに話すすず。行人は……もはや限界だった。何が限界だったか理解できないまま鼻から大量の鼻血が噴出し、あたり一面を血に染めていく。

「い、行人~っ!」

 あわてて風呂の中に沈んでいく行人を抱きあげるすず。
 血を失い、急速に遠のく意識の中でふにょんっと柔らかい『何か』に包まれるながら行人は思う。

(今日、あやねに勝てたけど。すずには、負けたんじゃないか……)

 それがどういう意味なのか分からぬまま、行人は意識を手放したのだった。




 



[34335] よびだされて藍蘭島 第15話「化けて化かして(前編)」
Name: 秀八◆8194e47d ID:cdc368b9
Date: 2014/11/06 23:49
第15話「化けて化かして(前編)」


『封印されて、百年……この怨み、晴らす時がきた!』
「……えっ? なんのこと……??」

 二尾の狸の突然の宣告に、東の森で薬草を取りに行っていたまちは訳がわからないと困惑の表情を浮かべる。

 これが、これから始まる竜神の巫女・まちとイタズラ妖怪・幻十丸との宿命の戦い、その幕開けであった。

「……あなたはうちのご先祖様に封じられた妖怪、つまりお礼参りってことかしら……?」
『その通り。まあまず、挨拶代わりだよ』
「そう……私のおやつの盗み食いしただけではなく変化させて煎餅を石に変えたのはあなたの仕業だったの……!」

 食べ物の怒りに燃えるまちはじりじりと幻十丸ににじり寄っていく。

「おかげで、歯が折れるかと思ったわよ……!」 

ポンポコポーンと嘲笑うかのように甲高い声で鳴くとその場を走り去る幻十丸。

「逃がさないわ!」

 追いすがるまち。小柄で機敏な動きを見せる幻十丸を相手に一晩中追いかけ続け、ついに。

「うふふ……追い詰めたわよ」

 今日も青空が広がる平和な藍蘭島。もうすぐ正午に差し掛かる陽気な天気この島で崖に一匹のたぬきを追い詰めながらまちは、完全な勝利を確信して嗤う。

「変化の術を使い、南の森の住人を化かした妖怪、幻十丸……少々おいたが過ぎたようね……」

 茶釜とたぬきが合体したような謎の生き物、幻十郎はポンポコと独白するように呟く。

「観念して大人しく……封じられなさい!」

 懐から取り出した数枚のお札を投げつける。霊力を帯びた札は寸分違わず幻十丸に直撃して動きを封じ込める。やったと思った瞬間、ぼわんっと煙を上がったと思えば、気絶したリスの姿が……幻術による身代わりだ。

「替え玉っ!? やってくれたわね……!!」

舌打ちしてあたりを見回す。いつから変化の術を使っていたのか、完全に見失ってしまったようだ。


 これからどうするか、疲れと眠気が襲いつつ思考を巡らしながらまちは眼下に広がる村を見下ろす。
 とりあえず、今は。怒りの感情を滲ませながらもその場に倒れたリスを介抱する。しばらくすると騒ぎを聞きつけてやってきた他の動物たちにリスの世話を頼む。逃亡した幻十丸。封印されたヤツがこの先どんなことを考えているかを思い巡らせる。イタズラ好きなヤツのことだから……。

「あいつ……村に逃げ込んだわね……」





「どう? 釣れた?」
「うーん、あんまりだね……」

 籠の中にいる数匹の釣果を覗きながら残念そう呟くすず。

「行人様のためにおいしいお魚を釣ろうと思ったのに……これじゃあ間に合わないかもしれないわね」

 時は正午前。すずとあやねは岩に腰掛けて川辺に釣り糸を垂らしながら、のんびりと会話する。

「行人……大丈夫かなぁ?」
「心配ないわよ。士郎は上手よ……どれぐらい、追い込めばいいのか……ほんっと、よく分かってるから……!」
「あ、あやね! 目が、目が虚ろだよっ!?」
「フ、フフっ……ダイジョウブヨ。スズ……チョット、イヤナコトヲ、オモイダシタダケダカラ……」 
「しゃべり方がおかしいよ!?」

 と他愛もない会話をしていると、ふと気づいたようにあやねがすずに質問をする。

「あれ? そういえばとんかつは?」
「そういえば……ついさっきまで近くにいたのに……」

 すずがあたりを見回すとがそがそと近くの茂みで物音がする。そこからのそのそとぷっと言いながらとんかつが姿を現す。

「もー、どこ行ってたの?」
「ぷー」
「あら? 何かしら」
「うにゃ? あやね、どうしたの?」

 何かに気づいて辺りを見回すあやねの様子にすずが声をかける。

「今、近くで……すず、とんかつ、避けなさい!」

 はっと身を翻し、飛んできた呪符をかわす二人と一匹。その中でも異様だったのがとんかつだ。普段とは比べ物にならないくらいの速さでその場を離れていく。

「とんかつ!?」
「すず、待ちなさい!」

 あわてて追い縋ろうとするすずを制止するあやね。その瞬間、さらに数枚の呪符が逃走するとんかつに直撃する。

「この札……お姉さま?」

 直撃した瞬間、とんかつはぼうんっと煙に包まれたと思ったら、一匹の狸が現れる。

「うふふっ。ようやく、見つけたわよ……幻十丸!」

 静かだが、怒気に満ちた声。
 草むらをかき分けて現れたのはあやねの姉、まち。

「まち姉!?」
「お姉さま!?」

 まちは手にした筒で吹き矢を吹いて幻十丸を追撃する。次々と飛んでくる矢をかわしながら岩場をと渡り川を越えていく幻十丸。

「待ちなさい!」

 追いかけようと、岩場を渡ろうとしたその時。はっと何か気付いた様子で吹き矢を構えるまち。

「そこっ!」

 手前の岩に次々と吹き矢を吹くと幾つかの足場の岩が突然、葉っぱに変化する。

「まち姉!」
「お姉さま!」

 すずとあやねはまちを助けようと駆けつけてくるとくやしそうに幻十丸が逃げた方向を睨み付けるまち。

「ううっ……またしても逃げれたわ……」
「ど、どういうことなの、お姉さま……?」
「今の狸さんは……?」
「あれはただの狸じゃないわ……変化妖怪、狸又の幻十丸……!」
「妖怪!」

 すずは怯えたように肩を震わす。彼女はお化けや幽霊の類が苦手なのだ。

「昔、うちのご先祖様が懲らしめのために封じた……イタズラ妖怪よ」







[34335] よびだされて藍蘭島 第16話「化けて化かして(中編)」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2014/11/06 23:48
第16話「化けて化かして(中編)」

「100年程前から南の森の地蔵に封印されていたんだけれど……ひょんなことから開放されてしまってね」

 幻十丸が逃げたと思われる方角、即ち村に向かって歩きながらまちはこれまでの経緯を説明する。ふと、疑問に感じたあやねが質問する。
「ひょんなことって?」
「……ひょ、ひょんなことよ……ともかく!」

 まちは拳をぐぐいっと握り締めて、話を逸らす。

「長いこと封じられてたにもかかわらず、全然懲りてないみたいでさっきみたいにイタズタをしまっくているのよ」

 そこでふうっとため息をつくまち。

「昨夜から一晩中追っているのだけど……これがどーにもズル賢くてすんでのところで逃げられててね……このままじゃ、村にも被害が及ぶわ。早いトコ捕まえないと……!」
「うん!」
「まかせて!」

 事情を聞きまかせろと言わんばかりに力強く頷くすずとあやね。

「ところでそいつって変化の術を使うんでしょ?」
「まち姉、どうやって見つけるの?」
「まぁ、あやしいヒトを見つけたらかたっぱしから変化を解除させるしかないわね。変化を解くには方法が二つ。一つは解呪のお札を貼る。でもお札は追いかけている時に打ち止めになってね……」
「もう一つの方法は?」
「それは……」

 きらんっと目を輝かせ、突然まちの手にハリセンが現れるや、あやねの顔面をハリセンで全力で叩き付ける。

「まち姉!?」

 叩かれてぶっ倒れているあやねに駆け寄るすずを静止するまち。

「すず、誤解しないで。これがもう一つの方法なのよ」

 気絶したあやねを近寄り、指でつつきながらまちは説明を続ける。

「幻十丸の変化は気絶すると解けるのよ。あと、物も衝撃で戻るの。例えば、噛んだり踏んだりね」
「……つまり、今叩いたあやねは……ホンモンってことだよね……」
「……ってな感じで、次言ってみましょ」
「ちょっと待て! いくらなんでも出会った人を片っ端からはっ倒すワケにはいかなよぉ!」
「……まあ、それもそうね。まあ、幻十丸は他人や物も妖気を込めた葉をのせることで変化をさせ操ることができるわ」

 ふむふむと理解しているように頷いているが実は頭がこんがらがっているすず。

「ただし、物は物。生き物は生き物にしか化けられない。だから生き物のみに注意すればいいの。ちなみに自分以外に術を掛けた場合、術の有効範囲はせいぜい半径6めーとるくらいね」
「え、えーと。その、つまり……」
「……幻十丸の変化でなくても本物はすぐそこにいるってことよ」
「そういうことかぁ!」
「それと変化したい者に触れることによって記憶を読み、口調やしぐさを真似られるのよ」
「えっ!? それじゃ見分けるなんてできなよぉっ!」
「そうよ。だからかたっぱしから殴る倒すしかないのよ」
「だから、だめだって!」
「大丈夫よ。記憶と言っても表面的な一部だけ。知り合いが話をすればすぐボロが出るわ。まあ、ようするに一人一人話して調べていくしかないってことね……めんどいけど……」
「そっか……村の皆ならすぐ見破れるもんね。んっ? でも、じゃあなんで、あやねを気絶させたの?」
「…………ノリ、よ…………」
「そっかぁ……ノリかあ……まあ、あやねだもんね……」
『ポンポコポーン!』
「幻十丸!?」
「追いかけるわよ!」
「うん!」

 被害書である気絶したあやねを置いて幻十丸を追いかけるふたり。

「どこへいったの……!」
「おーい、すず~。まち~」
「あ、行人!」
「すず、待ちなさい。幻十丸かもしれないわ! 本物の行人様かどうか確かめないといけないわ」
「そ、そうだね……」

 一瞬考え込むように顎に手をおくすず。

「士郎さんに頼まれたんだけど……」
「行人!」
「な、なに?」

 声を掛けてきたすずが突然大声を上げたのでびっくりする行人。

「どうしようかしら……」
「大丈夫。私、行人の弱点を知ってる。本物かどうかすぐわかるよ」
「……どうやって調べる気……?」
「ねえ、さっきからなんの話?」
「行人っ! 私を見ていて……!!」
「えっ? う、うん……」
「えいっ!」
「きゃああああぁぁぁっ!!」

 突然胸元を開いてその豊満な胸部を晒すすず。もちろん、サラシに巻かれたままだが。いきなりのことに顔を真っ赤にして後ずさる行人。

「な、何、どうしたの!?」
「鼻血を出さない……普段の行人ならぶーって鼻血を吹くのに!」
「すず、失礼すぎやしないか!?」
「つまり、あなたが幻十丸だね! 覚悟!!」
「本当にちょっと待って! どういうことなの、これ!?」

 ハリセンを片手に襲い掛かってくるすずと訳が分からないと混乱の極みで身構えることさえできない行人。

 ばちーんとハリセンが唸り、行人を一撃で沈める。
 崩れ落ちる行人の様子を見つめるすずとまち。

「……術が解けない、わね……」
「も、もしかして……本物なの……?」

 すずは手にしていたハリセンを投げ捨ててあわてて行人に駆け寄る。

「い、行人~! しっかりして~!」

 肩を揺さぶるが白目を剥いて気絶した行人からは返事がない。どうしようと振り返ってまちを見る。まちは顔をしかめつつ、話す。

「とりあえず……木陰に移動して安静にしましょう」
「う、うん」

 二人で気絶した行人を運び、日陰のある大きな木の下に移動する。

「まず頭を冷やして……」

 近くの川で手拭いを濡らして行人の額に置いて頭を冷やす。

「このまま安静にしていればそのうち目覚めるでしょ」
「……私、行人のこと……思い切りぶっちゃった……」

 どんよりと後悔と罪悪感に満ちた呟くすず。

「仕方がないわ……誰が幻十丸かわからない以上、こういう事態が起こるのは仕方がないことよ」
「でも……」
「きちんと謝れば行人様も許してくれるわよ」
「そ、そうかなぁ」
「そのための謝り方を私は知っているわ」
「本当! まち姉っ!!
「それはね……」

 行人を背にしてぼそぼそと小さな囁き合う。と、同時にうーんと唸り声をあげて目覚める行人。

「うっ……ここは?」
「起きたわね」
「まち……? あ、そうだ。確かすずにいきなり殴られて……」
「行人、ごめん!」
「すず?」

 行人の目の前で頭を下げるすず。

「一体、何があったの?」

 すずは行人にこれまでの経緯を説明し、行人はけらけらと笑いだす。

「急に深刻な顔をしたと思えば……そんなことかぁ」
「そんなことって……!」
「いいかい、すず。この世にはね、科学で証明されなことなんてないんだよ?」
「…………………」

 忘れていた。行人は幽霊とか魔法とか一切信じない人だった。

「でも、話を聞いて僕にはその幻十丸が誰かわかったよ」
「本当な!?」
「それはね……」
「そこからは……私が、説明するわ」

 行人の言葉を遮り、現れたのはまちに張り倒されて気絶していたあやねであった。
 倒されてツインテールの黒髪はぼさぼさ。土まみれになりながらも。あやねは確信に満ちた声で『幻十丸』を指差す。

「ハリセンで殴られて気が付いたわ。幻術を使って皆を惑わす妖怪・『幻十丸』は……貴女よ。お姉さま」






[34335] よびだされて藍蘭島 第17話「化けて化かして(後編)」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2014/12/31 16:50
第17話「化かし化かして(後編)」

「幻十丸はお姉さま、あなたよ」
「なっ……!」

 ぼろぼろのあやねに指さされ、驚いたのだろうたじろぐまち。顔を引きつらせながら、

「何を言っているの。あやね? 私が……『幻十丸』って証拠はどこにあるっていうの?」
「ふっ、証拠……? 決まっているわ。私がぴんぴんしていることが証拠よ!」
「えっ……? ど、どういうことかしら……??」
「本物のお姉さまの、強烈なハリセンなら……私の経験上、あと一時間は気絶しているはずよ!」
「なるほど!」

 言われてみれば、そう通りと納得顔のすず。
 その隣であやねのいじられっぷりは知っていた行人だが、今までどんだけまちに張り倒されてきたのだとドン引きしていた。
 まちに化けた幻十丸もまちの暴虐っぷりにドン引きしていた。

「さあ、正体を現しなさい!」
「くっ……馬鹿な理由でボクの正体が見破られるなんて……」

 どろんと変化の術を解くと煙の中から、茶釜に入った狸が姿を現す。

「観念したのかしら?」
『……いつか、いいことがあるといいね……?』
「よけなお世話よっ!」 

 狸に同情され、がぁーと怒鳴るあやねを尻目に幻十丸はポンポコォとため息をつくと、やれやれと肩を竦める。

『まあ、これで依頼は達成できたし、いいか……』
「……依頼……?」
『うん。まちっていう巫女相手におちょく……じゃなくて、化かしてこいってさ』
「……もしかして、依頼の相手って……士郎さん?」
『なんでそこで英霊さまの名前がでるの!?』

 驚愕する幻十丸を尻目に行人が納得したように頷く。

「だって、まち相手にこんなこと頼む人なんて士郎さんくらいでしょ? たぶんだけど……修行をさぼるまちの稽古相手ってとこだろ?」
「行人、冴えてる!」
『むむぅ……確かにその通りだけど。ちょっと違うね』
「どういうこと?」
「そこからは私が説明しよう」
「士郎さん!?」

 ガサガサと草むらから褐色の青年が姿を現す。

「士郎……いつからそこにいたのよ……」

 呆れた口調であやねが尋ねる。

「何、大したことではない。君とすず君が釣りをしているところからだ」
「ほとんど始めっからじゃないっ!!」
「すごーい……私、全然気づかなかったよ……!」
「いや、すず。驚くところはそこじゃなくて……」

 草むらに潜んで、釣りをする二人の少女を監視する青年。日本ならば通報されてもおかしくない行為に戦慄する行人。                                                         
「まあ、この話は置いといて。私から事情を説明しよう」
「……置いといていいのかなぁ。ってあれ? じゃあ、僕に稽古をつけていた士郎さんは誰?」
「あれは私に化けた南の主だ」
「お師匠さま!?」
「南の主って……」
「他にも北の主も幻十丸の説得をしてくれてな……まったく、ありがたいことだ」
「そうなんだ……」

 島でも屈指の勇猛果敢で名を馳せる北の主・大牙と百戦錬磨の英霊・衛宮士郎に挟まれてOHANASIされた幻十丸に同情を寄せる行人とあやね。

「さて、話を戻すとしよう」

 一連の騒動の主犯である士郎は、語りだしたのだった。




 衛宮士郎は、悩んでいた。

 自身の召喚者・あやねの姉であるまちの現状について。
 竜神の巫女・まち。術者として類稀な才能を発揮して、幼少の頃に独学で数多の式神を従えることに成功した紛れもない天才少女。また体術も優れ、齢18歳にて心身ともに巫女としての最高位の頂に立つ。
 だが、天才にありがちな話。
 彼女は、才能がありすぎるばかりにこつこつと積み重ねていくような修行の類を苦手としている。士郎が注意してもその場ではきちんと修行をしているのだが、少し目を離すと集中が途切れて修行に身に入っていないのだ。彼女のさぼり癖はかなりの深刻なものでどうにかしてまちのやる気にさせるか思案していた。
 そんな折、南の森へ所用で出かけ、その晩を南の森でしまとらと酒を酌み交わしながら相談する。

『巫女が修行に身が入らない?』
「ああ、どうすればいいだろう……」

 武勇に秀でたしまとらは一考しつつ手にした酒を一口飲むと。

『強敵と戦えばいい。勝てないかもしれない相手との闘争は、どんな未熟者にも火をつけるはずだ』

「それは君のような強者ならそうかもしれんが……だが、それしかないか」

 だが、相手はどうする。あやねか、すずか、それとも行人にするか。

『相手は……やはり同年代の者が特に望ましいがな』
「難しいな……」
『うむ……』

 そこでふと、大牙の手が止まる。

『南の主や西の主ならまた違う相手を答えるやもしれん。他の主たちに相談したほうがいいだろう』
「やはり、そうなるか……」
 まちの稽古相手の話はそこで終わり、酒を飲みながら世間話にかわっていく。仕舞には焼いた魚を食べながら士郎はあやねの駄目っぷりやまちの料理中の無駄を愚痴り、しまとらは嫁の愚痴などのぐだぐだな世間話に終始した。酒の回りいい感じに機嫌が良くなったところでしまとらの嫁が愚痴を聞きつけ、しまとらに襲い掛かったあたりでお開きとなった。

 最強の称号を持つ『主』といれど、男は激昂した女房には勝てないのだ。

 手を伸ばして必死にしまとらが助けを求めるも、生前の経験(特に男女関係)から激怒した女性には関わらないようにしている士郎は洞窟の奥へと引きずられていくしまとらに黙祷を捧げ、その場を後にする。

(しかし……あやね、すず、行人。この三人ではまだ相手としては未熟すぎる……)

 やはり、まちという少女はこの島の中で飛びぬけた存在なのだ。

(同年代の人間に無理なら、島の動物たちならどうか?)

 人語を理解し、優れた能力をもつ彼らならまちの相手をできるのではないか。

(主(ぬし)たち以外の交流はほとんどないからな。主(ぬし)たちに仲介を頼んでみるか……)

 試行錯誤しながら歩いていると、目の前に特殊な霊力を帯びた石像が道端に立っているのに気が付く。

「これは……封印?」

士郎は解析の魔術を駆使し、目の前の石像を観察する。

(妖魔が封じられた痕跡があるな)

 魔術を行使し、『鑑定』で調べると石像を基点とした妖魔を対象とした封印術。
 作成時期はおよそ100年前。だが術の構成が脆い。外部からの衝撃や石像を崩すだけで封印が解かれる仕組みになっている。

「大方、10年20年ほど封印し懲らしめるための術式といったところか……」

 人間では長い年月も妖魔にとっては大した時間ではない。封じられた妖魔は人間に害を為したが、軽いイタズラ程度だろう。
 状況を幾つかシュミレーションしつつ、足で石像を崩す。崩れた石像から青白い閃光と煙が舞い、その中から一匹の狸が現れる。

『やっと封印が解けたー!』

 茶釜の狸は全身で歓喜を表現する。

『くっくっくっ……この感情、どうしてくれよう……! 早速、人間たちを化かしておちょくってやる……!!』
「待ちたまえ」
『なんだい? ボクの封印を解いたお馬鹿な人間が……!』

 二尾の狸・幻十丸が士郎に目を向けると、漆黒の短剣・干将を突き付ける士郎の姿が。
 浮かれすぎていた。
 幻十丸は目の前の黒剣から発せられる圧倒的な神秘に後ずさりする。今更ながら気づいてしまった。目の前の男は、自分を封印した巫女の先祖よりも遥かに格の違う存在なのだと。

(人間ではない? むしろボクたち妖魔……いや、それ以上の精霊に近い……ような……)

 混乱する心を抑え込みつつ、何とか状況を把握するように努める幻十丸。だがそんな理性とは裏腹に生まれ持った野生の本能が告げている。
 この男には、決して勝てないと。

「君の封印を壊したのだ。少々私の頼みを聞いてもらえないだろうか?」
『な、なんでしょう……』

 幻十丸は恐る恐る尋ねるのだった。




「とまあ、そんなところだ」
「で、肝心のお姉さまは?」
『ボクが逃げたと思って気を抜いた隙に石像に化かしといたよ』
「へぇ~~~。後で、場所を教えなさいよ」

 あやねはにぱぁっと邪悪な笑みを浮かべながら、幻十丸に詰め寄る。

『ふふふっ……いいともさ……!』

 幻十丸も察したのだろう、にんまりと悪い笑みを浮かべていた。

「さて、あやね……幻十丸と戦ってもらう」
「やっぱり、そうなるのね……」

 士郎の提案に検討をつけていたのだろう、あやねは驚く様子も見せずはあっとため息をつく。この英霊は何かあると稽古と実戦を持ち出してくる。今晩は絶対手の込んだ豪勢ものを頼んでやると意気込みつつ幻十丸に向き直る。

「お姉さまを倒したというその実力……この私に通用するのかしら?」
『ふふっ……変化の術だけが、ボクの得意分野だと思ったら大間違いだよ』
「勝敗は相手が負けを認めた、もしくは気絶した場合のみだ」
「ふふっ……退魔の巫女相手に妖怪狸が相手なんて、楽勝だわ……!」
『その、妖怪狸風情に君のお姉さまは負けたんだよ』
「つまり、あなたに倒せば……私はお姉さまより強いってことが証明される! さあ、あやねちゃん最強伝説の華麗なる1ぺーじとなりなさいっ!!」

 言うが早い。懐から煙玉を取り出し、一気呵成に突撃するあやね。
 幻十丸は茶釜から妖力を込めた葉っぱを取り出し、素早く変化する。
 互いの煙が舞い、視界を塞ぐ。
 小柄な体格と機敏なスピードを生かして、あやねは無駄な小細工をされる前に一瞬で勝負を決めるつもりだったがすぐさま横に跳び、煙幕から距離をとる。

(あやね……考えなさい。次はどう動く……!?)

 幻十丸。変化の術で、人々に悪戯をする妖怪。
 その真骨頂は変化で相手を惑わし、混乱させること。
 なら、奴のとるべき最善手。
 閃いたと同時にあやねの前に突然、凶悪な面構えの『河童』が現れる。

「やっぱり!」

 あやねの最もトラウマを持つ存在に変化する。
 頭の中でいくつかの候補を挙げていたおかげで、動揺は最小限に。
 幻十丸からすれば、身を竦ませてもおかしくない『河童』の姿にビビらないあやねに最大限の警戒を寄せる。


(想像以上に精神が強固だ……英霊様に鍛えられていることはある。ならボクも、奥の手を使うまで……!)

 幻十丸は咄嗟に頭の皿をあやねの顔目掛けて投げつけるとその場を後にして奥の森に逃げ込む。

「まちなさい!」

 皿をガードしたせいで止まってしまい、姿を見失うあやね。

「どこにいるのかしら? お得意の変化が効かないと何もできないものね!」

 挑発するが反応がない。油断なく周囲を見回すと草むらから小柄な人影がひょっこりと出てくる。

「あやね……?」
「お、お姉さま……?」

 目の前でばったり目が合ったのは、幻十丸に敗れて南の森で石像にされたというまち。

(ふふーん、河童がだめなら次はお姉さま……同じ手がこの私に通用すると思っているのかしら……!)

 即座に幻十丸の作戦を見抜いたあやねはまちの襟をつかむと、全力で背負い投げする。

「ひでぶっ!」

 女の子にあるまじき悲鳴を上げると地面に突っ伏すまち。

「さあ、いい加減正体を現しさい、幻十丸!」

 倒れた幻十丸と思わしき存在を指さす。だが変化は解かれることなくまちは、地面に倒れたまま動かない。

「…………あれ…………?」

おかしい。ある程度衝撃を与えたら、変化の術は溶けるはずじゃ……なら、この無様に倒れている姉はまさか。

「……あやね……?」
「は、はひぃ……!」
「これは、どういうことかしら……?」

 地獄の底から響いているような恐ろしい声で、土まみれなってもなお可愛らしい顔に浮かぶのは。

「あやねぇぇぇぇっ!!!!!」
「ぎええぇぇぇっ!!」
『そうそう……ボクの変化の術って、術を架けたその相手を操ることもできるんだよ』
「うぎゃあぁぁぁぁっーーーーーーっ!!」

 まちの怒りが半泣きになっているあやねにむかって爆発する。飛び散る血飛沫と絶叫。あやねの断末魔を聞きながら、幻十丸は嗤う。

『ボクの、勝ちだね』




 一方、完全な部外者になった行人とすずは遅めの昼食をとる為、自宅に戻っていた。すでに家に戻っていたとんかつもまた、士郎たちの協力者だったのだろう。とんかつの相手をしながら行人は疲れたように息を吐く。

「やれやれ……なんか今日はずっとあやねたちの騒動に巻き込まれて大変だったなぁ……」
「でも、今日の行人って妖怪は存在しないんだーーーって叫ばなかったよね?」
「ああ、そのこと? その意見は変わらないけど士郎さんがさ、『この島の住民は理解でない存在を妖怪と呼び恐れ敬い、そして共存している。悪戯に騒ぎ立てをして島に不審の種をばら撒くような真似はするな』ってお叱りを受けてね……」
「じゃあ、行人には幻十丸はどういう風に見えたの?」
「どういう風にって……手品が得意なただの喋る狸でしょ?」
「……そうなんだ……」

 妖狸をそういう風に捉えるのか……非科学的なことを信じない行人相手に超常的存在である士郎の苦労が偲ばれると苦笑しているすずはふと、あることを思い出した。

「ねぇ、行人。ちょっと聞きたいんだけどさ……」
「何、すず?」
「私のおっぱいって……そんなに魅力がないかなぁ……」
「……ナ、何ヲ、言ッテイルン、デスカ……」

 急に片言で喋りだした行人は、おそるおそるといった様子ですずに目をやると。

「だって……」

 すずはもじもじと頬を赤らめて恥ずかしそうに眉をしかめ、胸元を見下ろす。

「行人、わたしの胸を見ても鼻血を出なかったから……」
「そ、それは……!」

 行人の頭の中で激しい警戒音が鳴り響く。

(まずい。何がまずいか分からないけど、何かまずい気がする……!!)

 必至に思考を巡らすがいい考えが思いつつかない。無意識に二歩、三歩と後ろに下がる行人。

「大きくなったって今の服が着れなくなっちゃうだけだし……あやねみたいに小っちゃい方がいいのかなぁ……」
「そんなことはない!」

 とっさに出た言葉に行人は顔を真っ赤にして驚愕していた。

(ボクは一体、何を言っているんだ!?)

 混乱と羞恥でさらに赤くなっていく行人のそばで。

「行人……おっきいほうがいいんだ」

 えへへっとほっとしたようなすずの笑顔に行人は見惚れてしまう。
 そこまでが限界だった。鼻から溜りに溜まった血が吹き出し、急速に意識が遠のいていく。

(あれ、なんで裸じゃなくて……すずの笑った姿に鼻血を吹いたんだボクは……?)

 その答えに至る前に意識は途切れたのだった。







[34335] よびだされて藍蘭島 第18話「成長したくって(前編)」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2014/12/31 16:42
第18話「成長したくって(前篇)」

「ふううぅぅぅぅっ!」

 静かに、深く。息を吐く。
 小柄なチャイナ服を着た少女は集中力を高め、ゆっくりと瞳を開く。

「行きマス。遠野さん!」

 くわっと少女の気合のこもった声に力強く鳴く河童・遠野。

「やっ!」

 少女は抱えていた皿を空中にほおり投げる。その数、14枚。素早く地面に置いていた14本の棒を持つと集中力を最大限に高め、神経を研ぎ澄ます。
 皿の落下位置を予測し、立ち位置や棒の調整。
 落ちてきた皿の位置は把握した。
 少女は指先に力を込めて全ての棒を皿の中心で支えてバランスを維持する。

「はいっ!!」

 裂帛の気合と共に残心。

(成功したのデス……!)

 会心の出来に思わず笑みがこぼれる。その時だった。

「すっごーい、梅梅(メイメイ)!」
「やるわね。なかなか見事じゃないの」

 聞き覚えのある声にビクッと肩を揺らし、集中が途切れる。突然呼びかけられ、生来の人見知りと恥ずかしがりによって顔が真っ赤に染まり、頭が真っ白に染まる。

「あわわわわわわわっ……!!」

 動揺は広がり、あわてて皿のバランスをとろうとして手を動かすが状況はさらに悪化する。

「あややや~~っ!!」

 可愛らしい悲鳴と共に棒の上で回っていた皿は遠心力を伴って突然の闖入者たちと遠野に襲い掛かったのだった。



「……前に、緊張すると失敗するって聞いたけど……」
「……こーゆーことだったのね……」

 顔面に直撃したお皿を持ちながら苦笑いするすずと遠野ととんかつ。
 その横で無傷のあやねは咄嗟に飛んできた皿を避けた密かに安堵していた。

(やっぱり成長しているのね……!)

 心の中でガッツポーズしながらさっきから「ゴメンなサイ!ゴメンなサイ!」と平謝りしている梅梅に声をかける。

「こっちこそ、ごめんなさいね、練習の邪魔しちゃって……すずがどうしても見たいっていうから……」
「えっ! あやねの方から声をかけたのに……!」

 くわっと言い返そうとした際、すずの鼻からツーと鼻血が流れる。

「ひゃやややん! すずさん、ハ、ハナ血、ハナ……血~~~!!」
「め、梅梅!?」
「すず、遠野さん! 急いで家まで運ぶわよ!!」
「くあっ!(任せろっ!)」

 気絶した梅梅を二人と1匹で運ぶのであった。




「ホント、スイマセンデスヨ……ワタシ、人前で芸をすると必ずお客サンに被害出してしまうデスネ……」

 しょんぼりとした様子でぽつりぽつりと事情を説明する梅梅。

「ちゃんと人前で練習すれば上手になるんじゃないかな?」
「くあー(それができたら苦労しないって)
「人前で練習しないと上達しない。上達しないと人前でできない……堂々巡りね……」

 困った様子のあやねがふと、気が付く。

「そうだわ! あいつならいい知恵をだしてくれるかもしれないわね……!」
「あいつ?」
「くあ?(誰のこと?)」
「え? ホントデスカ?」
「すぐ呼んでくるわね!」

 ばっとその場から走り去るあやね。

 10分後。

「事情は聞いている。一度、君の雑技を見せてくれるか?」

 霊体化を解いて実体化する。
 紅い外套を纏い、黒いライトアーマーで身を包んだ褐色肌に白い髪の青年は静かに告げるのだった。

「あ、あわわわ! き、きゅううううぅぅぅっ……!!」

 唐突に目の前に大人の男が現れ、梅梅は再び気絶するのだった。








[34335] よびだされて藍蘭島 第19話「成長したくって(後編)」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2014/12/31 16:46
第19話「成長したくって(後編)」

「ナ、何度モ申し訳ナイデス……」

 頬を赤らめ、恐縮したように小柄な身体を縮こませる梅梅。

「いや。そういえば、君は極度の恥ずかしがりだったな……こちらこそ配慮が欠けていたようだ。申し訳ない」
「ソ、ソンナコトナイデス!」
「そう言ってもらえるとありがたいが……」
「ねえ、ところで二人とも……ちょっと遠くない?」

 すずは500m以上も離れた状態で会話する士郎と梅梅に声をかける。

「仕方あるまい。これ以上近づくと、梅梅君は動揺するようだしな」
「ス、スイマセンデス……」
「気にすることはない。では、本題に入ろう。あやねが言っていた君の雑技を見せてくれるか? 何、特別なことはしなくていい。普段通りにできるよう集中しなさい」
「ハイデス!」

 落ち着かせるように優しげに語りかける士郎の言葉に元気よく返事をする梅梅。その近くではらはらした様子で心配している遠野とすず。いつの間にか大きな鼻ちょうちんを作って眠っているとんかつ。
 そして……なぜかいらいらした様子のあやね。隣でイラついているあやねにすずが声をかける。

「あやね、どうしたの?」
「何よあいつ! 私の時はあんなに優しく教えてくれなかったわよ!?」
「そーお? この前、料理を士郎さんに教わった時もあんな感じだったよ?」
「これは贔屓だわ! 後で断固、講義してやる……!!」
「くあっ! くわわっ!(しっ! 始まるから静かに!)」

 梅梅の雑技が始まる。士郎は念には念を入れ、さらに300m下がって見学する。
 梅梅は緊張しながらも椅子を積み上げてその上で片手で逆立ちを行ってさらにそのままバランスを維持したままジャグリングを披露する。

「……ドウデスカ……?」
「ふむ、正直驚いたな。正直、子供の戯れ程度かと思っていたが……予想以上だな」
「ホント……デスカ!」
「素晴らしいバランス感覚と運動神経だが……いくつか問題もあるな」

 士郎は褒めながらゆっくりと梅梅に近寄っていく。

「ひゃややぁっ!」

 梅梅はあわてて後ろに下がって距離をとる。

「やはり、一番の問題はその恥ずかしがりな所だな」
「ス、スイマセンデス……」
「何度も言うが気にすることはない。そうだな……遠野、彼女が旅をしている時はどうやって雑技をしていたのだ?」
「くあ?(どういうこと?)」
「未成年の少女が金銭を稼ぐ方法なぞ、限られている。そして彼女の旅は大道芸の技を磨き、資金を稼ぎながらうずかしがりや人見知りを克服するための旅だ。つまり、彼女は失敗しながらも雑技をこなして金銭を稼いできたのだろう?」
「そっか! 成功した状況を再現できれば、緊張せずに雑技ができるかもしれないわね」
「なるほど~。士郎さん、頭いい!」
「それでどうなのだ?」
「くわわ(旅をしていた時はあちきが手伝ってたなぁ)」
「ねぇねぇ、今度は二人でやって見せてくれないかなー」
「ハ、ハイデス!」

 梅梅はすぐさま家に戻って愛用の中華少女風の特大マスクを取ってくる。

 5分後。

「では、はじめマスデスネ」
「わーい」
「今度は成功させなさいよ」
「期待しているぞ」

 梅梅と遠野のコンビの連携は非常に卓越していた。阿吽の呼吸で繰り出されるジャグリング。
 梅梅がフォローしながらバランスを取りつつ椅子の上で皿回しをする遠野。
 見るものに感動と興奮を呼び、まさに万人が思い浮かべる『雑技』であった。

「でも、これじゃ主役は遠野サンでお手伝いは梅梅みたいに見えるんだけど……」
「ああっ!」

 梅梅が驚愕の悲鳴を上げた。

「……どおりで二人なら緊張しないと思ったら……みんな、遠野サンに注目してたからだったんデスネ……」
「くあぁ……(すまん。つい、調子にのっちゃって……)」
「これじゃあ、恥ずかしがりも克服できないハズだよ……」
「士郎、どうするの?」

 士郎は少し考えるようなしぐさをした後に告げる。

「やはり、地道に人前で練習することで慣れていくしかないだろう」
「やっぱりそうなるわよね」
「梅梅君」
「ハイデス!」
「そのお面をつけて今度は一人で芸を披露してくれないか?」
「エッ? お面を被ってデスカ?」

 不思議に思いながら梅梅は言われた通り、着慣れた白い少女の面を被る。

「デハ……イキマス!」

 空に皿を投げると棒でバランスを取りつつ、姿勢を維持する。さっきよりも緊張なく、危なげなく成功させる。

「ヤッタデス!」
「すごい!」
「やるじゃない!」
「くあっ?(でも、なんでできたんだ?)」
「これまで成功してきたものをやってみただけだ。今後はその面をつけて人前で稽古に励み、慣れた頃にひと回り薄いマスクを用意するといい。少しずつ慣らしていきなさい。小さな成功を重ねることが君の自信につながるはずだ」
「ア、アリガトウデス……!」
「でも、そんな奇怪な面をつけて芸を見る既得なヤツっているのかしら? 失敗したら道具が飛んでくるのよ?」
「ああ、その点なら問題ない。あやね、君がいる」

 士郎の発言に目が点になるあやね。

「……はい……?」
「稽古の合間の休憩時なら問題ないだろう? 良い気分転換になるし、梅梅君が失敗すれば凶器が飛んでくるので避ける訓練にもなる……まさに一石二鳥だ」
「そ、そんな馬鹿な……!」

 愕然とするあやねを更に追い討ちをかけるように梅梅が詰め寄る。

「あやねお姉さま、お願いデス……!」
 
 うるうると悲しげな眼差しに見つめられ、人の好いあやねはしばらく葛藤していたが……観念したのだった。

「わかったわよ! 私が面倒見てやろうじゃないっ!!」
「ホントデスカ!!」
「その代わり、士郎! 今日の晩御飯はとびきり豪勢にしなさいよっ!」
「無論だ。最高の料理を提供してみせよう」
「私も手が空いている時は見に行くよ!」
「くわわっ!(あちきもできることがあったら何でもいってくれっ!)」
「ふむ……では、そうだな。ジャグリングの道具で鋭く尖ったものをいくつか用意でできないか?」
「あんた、私に何させようとしているの……!」

 わいわいと騒ぎながら、いつの間にか夕日が辺りを照らしている。今日も、藍蘭島の一日が穏やかに過ぎていくのであった。
 



[34335] よびだされて藍蘭島 第20話「振り返って」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2021/05/26 19:35
第20話「振り返って」


「あやね、もっと力を抜いて……大丈夫。私に任せたまえ」

 士郎の優しげな声を聞きながら、あやねは首を振る。

「あっ、ちょっと……やめっ!」
「ここをこう……だな」
「だ、だめよ! ちょ、いや待って! うっ!」

 士郎の指が肌の上を滑る感触に、あやねは黄色い悲鳴を上げた。

「あっ、くうぅっ……!」

 体を突き抜けるような感覚にあやねは顔を赤らめ、耐えるように顔をしかめる。

「痛いか?」

 問いかけに首を振り、はあっと甘い息を吐くあやね。
 特にした様子もなく士郎はぐっぐっとリズミカルに力を込める。

「ひゃっ! やんっ!」

 声で出てしまいあわてて口元を手で押さえるあやね。

「くっ……くふぅ、はあぁ、ああっ……!」

 士郎が力を込める度に微かに口元から漏れてしまう。頬が紅潮し、額に汗がにじんでいるが拭こうともせず耐えるあやね。堪えきれずに声をあげてむき出しになっていた右足が跳ね上がる。

「ひゃああぁぁっ!」

 言葉にならないと小柄な身体を震わせ、荒い息を吐きながら潤んだ瞳で士郎を見上げるあやね。早々に腰へ力が入らなくなり、生まれたての子鹿の如く足をガクガク震わせ始めてしまう。そんな弱々しい少女を無視して手を動かし続ける士郎。

「あっ、ひゃぁっ。だ、だめっ……! 」

 士郎の下で頬を染めて悶えるあやねに目を向け、眉をしかめる。

「……そんなに痛かったか?」

 士郎は足裏を指で押しながら怪訝そうな顔をする。

「足ツボマッサージは?」

 その後は多少力を弱めつつ、一通り足ツボマッサージはこなし、ようやく終わる。一息をついたあやねは襟元を動かして火照った身体に風を吹き込む。
 梅梅たちと分かれ、夕飯はあやねの希望通りの豪勢な料理だった。
 彩り鮮やかに盛り付けされた舟盛り。
 滅多に口にできないフグ鍋。
 刺身を堪能し、フグを頬張り夕飯を堪能したあやねはさらに疲れがたまっているから按摩もしなさいと要求。そして現在にいたるのであった。
 士郎から受け取ったタオルで汗を拭きながらあやねは呟く。

「……あなたって本当に多才ね……」
「喜んでいただけて何よりだ。しかし胃に相当な疲労がたまっているな……あそこまで痛がるとは思わなかったぞ?」

 士郎は湯飲みに入った特製の薬草茶をあやねに手渡す。

「誰のせいよ。誰の! ってこれ……おばばの調合した疲労回復用の薬草よね……すっごく苦い……!」
「その通りだがまあ、試しに飲んでみたまえ」

 あやねは顔をしかめながらも恐る恐るといった様子で薬草茶に口をつける。

「あれ? 苦くない……」
「蜂蜜を少々混ぜて飲みやすくしておいた」
「……その気遣いをもっとしてくれたらいいのに……」

 ぶつぶつ呟きながらあやねは薬草茶を飲んでいく。

「しかし、なんだかずっと一緒にいるみたいだけど士郎が召喚されてからまだ2週間程度しか経ってないのよね……」
「突然なんだね?」
「いやー、召喚したこと思い出してみたり……」
「ああ、あれは傑作だったな。自身の召喚した妖魔に襲われるなど……未熟者の分際で何をやっているのだ?」
「う、うるさいわね! でもおかげであなたを召喚できたし未熟者なんかじゃないわよ!」
「さて、私のような役立たずをよびだすのだ。未熟者ではなく大馬鹿者の類かな? だがそうだな……確かに向上の兆しは見受けられるのは事実。今後はちずるの相談して術の基礎に踏み込んでみるか」

 士郎の言葉に怒りの表情は一変、満面の笑みになる。

「ほんと!? ふふっ、ついにこの私の力を認め始めたようね……このままぐんぐん上達して私が真の主と認めさせてやるわ!」
「安心しろ。そんな可能性はないだろうからな」
「なんですってーっ!」

 漫才のような言い合いしながら、あやねは思った。この口が悪く、融通も利かないが……優しい幽霊とずっと一緒にいたいなあと。
 士郎は考える。
 いずれ消え去るこの身で後どれだけのことができるのだろうかと。
 士郎は食べ物、飲み物から魔力を摂取している。藍蘭島が類を見ない霊地で他の国では考えられないほど豊富な力を帯びた作物を手に入れることで存命できているが猶予は残り少ない。

(残りの魔力をやり繰りして……持って2週間程度か)

 いずれ消え去る存在である自分がこの先、何ができるのだろうか。からかう度に表情の変わるあやねの姿を見ながら自問自答を繰り返す士郎であった。








[34335] よびだされて藍蘭島 第21話「学んで教わって」
Name: 秀八◆8194e47d ID:cdc368b9
Date: 2015/01/27 13:04
第21話「学んで教わって」

 藍蘭島の夜は早い。
 夕焼けを空が染め上げる時間には、各自の仕事を終えて村人たちは帰宅していく。日が落ちる頃にはすで食事をすまして就寝の準備に入る。
 村の外れに暮らしているすずと行人もまたサイクルの例外ではない。
 一日の仕事を終え、疲れが出たのか布団に潜り込むと瞬く間に寝入ってしまったすずを横目で見ている行人。しばらくして完全に熟睡したことを確認するとすずが起きないよう細心の注意を払い、布団からそっと抜け出して家を出ていく。
 電灯など存在しない藍蘭島では月明かりと星空の淡い光があたりを照らしていた。行人は玄関に立て掛けてあった提灯に火を灯す。
足元を照らしながら向かった先は、海竜神社。
 夜の静寂に包まれ、厳かな雰囲気を感じながら、黙々と長い石階段を歩く。頂上まで登りきると門の前で寄りかかりながらあやねが待っていた。

「すずには気づかれなかった?」
「うん。ぐっすり寝てたよ」

 そこでふと、思い出したように頬を掻く行人。

「でも……なんかすずに悪い気がするなぁ……」
「うふふっ。何言っているの。今さら……これもすずのためでしょ?」
「うーん。そうなんだけど……」

 行人の複雑そうな顔を見ながらあやねが含み笑いする。木製の扉を開けるとそこいたのは。

「よっ。ダンナ!」
「遅かったじゃない」

 年若い女の子たちが声をかける。行人が入った神社の修練場にはすずを除く村中の若者たちが一同に集まっていた。

 藍蘭島にも学校は存在する。

 学校と言ってもカリキュラムは昔の寺小屋と同じ読み書き算盤。その他、琴や料理などの習い事。雑学、保健体育などを教えている。教師は村の若者の中で年長者のくないとまちだ。村では仕事が優先であること。そしてこの先生役のくないが気まぐれな為、月に1、2回だけ適当な日に開かれている。
 行人は改めて見渡すと座布団に座ったペンギンの姿を見つける。
人数は54名。14歳以上と未満の2クラスあり、生徒の大半は動物でウサギやきつね、くまにモルモットなどが授業を受けているのだった。日本で教育を受けてきた行人にとって動物と子供たちが会合に参加しているシュールな光景に苦笑が浮かんでしまう。
 普段、仕事をしている村の少女たちにとって一堂に会し、ワイワイとにぎやかな学校は楽しみの一つでもあるようだ。楽しそうに談笑している少女たちに壇上からくないが手を叩いて皆を静かにさせる。

「ほな、みんなそろったんので。明日の学校についての連絡をしまーす」

「「「「はーい」」」」

 少女たちの返事を聞きながら、さっきまで考えていた内容を頭の中でまとめようとしたが……三日間徹夜だったせいか考えがまとまらず、あまつさえ眠気が襲ってきたので代理に頼むことにした。

「んー……めんどいからちかげはん、あとよろしゅう……」
「……はい、ですの……」

 一瞬、戸惑ったがいつものことなので気を取り直し、すぐに引き継いで連絡を始めるくないの従姉妹・ちかげ。
トレードマークの丸渕の眼鏡の縁を触りつつ、事前に話し合っていた内容を思い出しつつ、口を開く。

「えー……明日の授業はですね……低学年の方は算数と習字、刺繍。そして、高学年に方は士郎さんの調理実習と行人さんの保健体育の実演がありますので道具を忘れないように」
「「「「はーい」」」」
「んっ? 今、何か変なこと言わなかった?」
「で、ここからが本題です。今日遅くに集まっていただいたのは他でもありません……ご存じの通り、すずちゃんが学校に来なくなってもう4ヵ月になります……!」

 行人の疑問を華麗にスルーしつつ、眼鏡の縁を触りながらちかげは力強く宣言する。

「ってなワケで!『すずちゃんの勉強ギライを直そう!!』作戦会議を開きたいと思いまよう
「「「「おーーーーーーーっ」」」」

 元気よく返事をする少女たちに交じって困惑している行人。そう、すずは大の勉強嫌いで特に数字や計算が苦手である。そのせいで学校を抜け出したり、最近では朝から行方をくらまし、サボるようになっていた。

「……どうりでボクが島に来たばかりの頃、すずが学校のことをまったくふれないと思ったよ……」
「でしょうね」

 行人は苦笑いをしながら、こそこそとあやねと小声で会話する。

「しかし、その割には将棋とかはムチャクチャ強いんだよなぁ……」
「その様子じゃ、負かされたようね。ほら、好きこそ物の上手なれって言うでしょ?」
「はいはーい。そこっ! 注目―――ですの!!」

 びっと行人たちを指差すちかげ。

「重要事項ですので、ちゃんと聞いて下さいね」
「「はい」」
「えーーーと……明日から教室がいつも使っている龍神神社から変わります」
「えっ、どうして?」

 行人の疑問にちかげは答える。

「いつも使わせていただいている神社の道場ではすずちゃん、警戒してカンづいてしまいますからね。だから誘い込みやすくする為、私の家の近くに校舎を新しく建てましたの」
「ええっ! わざわざその為に!?」
「ちゃうちゃう、前々から棟梁はんに頼んどったんや。ただ設計をちかげはんにしてもろたら時間くうてしもてな。一昨日、完成したんや」
「へー。そうだったんですか」 
「まぁ……せっかくなんで色々と凝ってしまいまして……」
「へー?」

 黒い笑みを浮かべるちかげに行人は不思議そうな顔をする。

(((((まーた何か仕込んだんだな……))))

 ちかげの表情の意味が理解できるあやねたちはまたロクでもないことが起きそうなでげんなりとした。

「てなワケですずちゃんを校舎に連れて来るまで、皆さんは学校のことを悟られないよう、いつも通りに振舞って下さい」
「「「「はーい!」」」」
「誘い込む役目は行人さん。よろしくお願いいたしますね」
「えっ! ボクが!?」
「前回、行人がすず姉ぇに学校のことをもらしたから逃げられたんじゃない」
「せやったら責任とったらなあきまへんなぁ」
「うっ……だって内緒なんて知らなかったし……それにちょっと、気が進まないなぁ。そんなに嫌がっているのに無理やりって可哀想じゃない? そっとしておいてあげたら?」
「まあ、確かにそうですけど……」

 行人の言葉に一理はあると頷くちかげ。対してくないは首を振って、行人に優しく問いかける。

「かと言って、ほっといたらいつまでもズルズルと嫌いなままになってしまいますえ。このまま勉強の楽しさを知らんでいるのも可哀想やないか?」

 くないの言葉にどちらかと言えば勉強が得意ではない行人は驚いたように考え込む。

「えっ、楽しさ? 勉強が楽しいか……そんなこと考えたこともなかったな」
「それにな、どうせ楽しむならみんな一緒がいいだよ」
「やっぱ、すずやんがいないと寂しいねん」
「そうや。むーどめーかーって言うやつや」
「そうこと」
「てなワケで頼んだわよ。行人様」

 少女たちの温かい言葉に行人は力強く頷く。

「わかった! 任せて……ん? でも、連れて来てもすずがちゃんと勉強しなきゃ意味がないよね」
「それなら私にお任せ下さい。学ぶことの楽しさ、答えを解く喜びを特別めにゅーでつきっきりで教えてあげます」
「おおっ! さすがは勉強家のちかげさんだ!」
「でも、前にすずっち。ちかげの特別めにゅーとやらを受けてしばらくのいろーぜになってたよな……」
「確実にすずの勉強嫌いに拍車をかけたわよね……」

 あやねと大工見習いのりんがこそこそとすずの勉強嫌いの原因について話し合っていると。

「それではこれで終わろうと思いますが、最後に皆さんに夜食を用意しています。士郎さん、お願いしまーーす」

 ちずるの呼びかけにひとりの青年が大きなお盆を持って部屋に入ってくる。

「さて諸君。夜分遅くに会合お疲れさまだな」

 突然現れた青年はお盆にのせたお椀と箸を少女たちに渡していく。なんだろうと見てみると香ばしい香りの漂うお茶漬け。
歓声を上げて喜ぶ少女たちを尻目にあやねが感心したように頷く。

「あら、気が利くじゃないの」
「無論だ。マスターの顔を立てるのも仮初とはいえ、従者の務めだ」
「仮初は余計よ! 見てなさい、すぐに私を認めさせてやるんだから!!」

 がぁーと叫ぶあやねを弄りながらテキパキと20名近い少女たちと行人に湯呑に入ったお茶を渡していく。その手際の良さにぽぉーと見とれている者のちらほら。そして最後にあやねの方を見て、眉をひそめる士郎。

「ちょっと、私の分は!?」
「むっ……私としたことが、一つ足りなかったか……」
「そ、そんなぁ……」

 がくっと項垂れるあやね。その間に台所に引っ込んですぐに戻ってくる。

「冗談だ。そら、君の分だけ特別だ」

 すっと差し出されたお椀。見上げると湯気とともにつんと鼻を刺激する香辛料の匂い。士郎から受け取るとそこには赤みがかったお茶漬けが。

「こ、これは……!?」
「君の好きな特製唐辛子と焦がしニンニク入りのお茶漬けだ」
「ないすよ、士郎!」

 歓喜の表情で食べ始め、女の子としてはどうかと思えるほど箸を使って豪快にかき込むとあやねはうっとりとする。至福の表情だ。

「ああ、おいひぃ……!」
「えー、本当にぃ?」

 小柄な少女が顔をしかめるながらも好奇心の負けたようで、箸を上手に使ってあやねのお茶漬けを一口食べる。この島で最年少のゆきのは味わうようにもぐもぐと咀嚼する。
 しばしの静寂の後、みるみる顔を真っ赤にして絶叫したのだった。

「か、辛いぃぃぃぃぃっ!!」
「ふっ、お子ちゃまねぇ……この辛さがたまんないのに……」

 地面にのたうち回るゆきのを尻目に恍惚の笑みを浮かべながらもりもり食べるあやねに一同はドン引きしていた。そこで口直しにお茶と自分のお茶漬けをがぶがぶ食べていたゆきのは驚いたように声を上げる。

「あれ、この梅干し、甘いよ……!」

 その言葉に他の少女たちも再度お茶漬けを食べ始める。

「あたしのは丁度いいだし加減でうまいぜっ!」
「これ、私の好きなサバだわ!」
「これ、うちの好きなたくあんの漬物が入っている!」

 自分の好みに合わせて調理していたことに気付き、お互いに食べ比べをしたり、お互いの感想を言い合ってわいわいと楽しそうに喋っている少女たちを尻目に士郎は黙々と食べ終えた食器を片付ける。そこへ先に食べ終えた行人とペンギンのペンペンも手伝う。

「感謝する」
「いえ、お茶漬けは美味しかったです。それにこういうことは……」
『オトコなら、当然のことデース』
「なるほど……さて、明日の授業はどうなることやら……」
『少なくとも、ひと騒動は起きるデース』
「あわわ……やっぱ起こりますかね……」

 少女たちの喧騒を聞きながら男たちは雑談をしつつ黙々とこなしていく。
 藍蘭島の夜は、今日も平穏に過ぎていくのであった。






[34335] よびだされて藍蘭島 第22話「学びたくなくて」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:776c02f2
Date: 2015/03/26 23:33
第22話「学びたくなくて」

「へー、ちかげちゃん、新しい部屋を建ててもらったんだー」
「うん……是非とも見に来てほしいって言ってたよ」
「ちかげちゃんの招待なら、きっとおいしーおやつも食べられるんだろーなー」
「う、うん……かもね……」

 舗装された道を歩きながら楽しそうに笑っているすずの姿を見ていると、ちくちく良心が痛む行人。

(みんな、恨むよ……こんな役を押し付けるなんて……)

 内心、ため息をつきつつ黙々と目的地の学校に向かって歩く行人とすず。

「ところでさ」

 ふと、笑顔のすずが尋ねた。

「んっ?」
「ゆうべ、どっか出掛けてなかった?」
「えっ!?」

 昨日の出掛けるところを気付かれたのかと内心驚く行人。

「い、いや別にその……あ、トイレ……厠に行っていたんだよ」
「ふーん……?」

 微かな違和感。すずは少しだけ気にしつつ、ちかげの新築に向かう。そこに塩作り職人のおはなと妹のらんのが歩いている。

「おはよー。すずー、行人―」
「おはよう。らん。おはなちゃん……ってあれ?」
「らん、何で算盤なんか持ってんの?」
「あっ! い、いや……うっかり持って来ちまったさ。置いてこよっか姉ぇちゃん」
「んだ。はははは」
「………あやしい………」

 行人や他の女の子の言動に明確な違和感を覚えるすず。

「おはよー。すずっぺ」
「おはよー」
「おはよう」
「おはよー」

 道で村のみんなが挨拶をするたびにすずの違和感は膨らんでいく。

(かおりちゃんとしおりちゃん……仕事じゃ、絶対着ない他所行きだ。じゅんちゃんはいつも昼起きなのに……)

 何より、ちらちらとこちらを監視するような気配。

(……それにさっきから見張られているような……)

 不自然なみんなの様子。最近の自分の行動を振り返り、真っ先に思い出すのは大嫌いな『勉強』だ。

(まさか……)
(やばい……なんかカンづいてるよ……)

 ちらちらと不審そうに周囲を見回し始めたすずの様子を見ていた。
 この状況、かつて自分が島に来たばかり頃とそっくりだなと行人は過去に思いを馳せつつ、なんとかすずの気を逸らしながら目的の学校まで案内を続ける。

「ほ、ほら、ここだよ」
「わっ、これ!?」

 すずは西洋式の校舎に驚いたように近づいていく。

「おっきいねー。見たこともない形の家だね……わっ、時計があるよ!」

 しげしげと見上げるすず。目的地までたどり着いた行人はほっと嘆息する。そこへちかげが学校から出てくる。

「いらっしゃーい。すずちゃん、行人さん」
「おはよー、ちかげちゃん」
「やばいよちかげさん。なんかバレそうだよ」
「大丈夫ですの。一歩でも入れば、罠が発動しますから」

 ヒソヒソ、ヒソヒソと小声で会話する行人とちかげ。その様子を怪しげに見つめているすず。

「わ、罠!?」
「はい。この校舎は忍のくないさんとみことちゃんに徹底監修してもらった……本格忍者屋敷ですからね!」
「声がでかいって!」
「行人さんもヘタなトコ触ると危険ですから……気をつけて」
「……そんなトコで授業すんの……?」
「ねぇ、ちかげちゃーん」

 朗らかな笑顔ですずが声をかける。

「ここ、すごいねー。今日からこんな立派なトコで授業するんだー」
「えぇ、そうですの。気に入りまして?」
「ちょ、ちかげさん!」
「あっ!!」

 しまったと驚愕の声を上げるちかげと怒りを露わにするすず。
 その瞬間、脱兎のごとく逃げ出したすずを指差しながら行人に呼びかけるちかげ。

「ああっ! 私としたことが……! 行人さん、早く追ってください!!」
「……ちかげさーん……」

 行人は苦笑い気味にすずを追いかける行人。
 その様子を見ていた少女たちはすずに気付かれたことを察知してすずの前を遮る。

「はね! 捕まえるわよ!!」
「分かってるだ!」
「すず姉ぇ、今日こそ逃がさないわよ!」
「待つだっ!」

 すずの前をはねと巨大なカモに乗ったゆきのが立ちふさがる。

「うわっ!」
「みぎゃっ!」

 すずは目線のフェイントと体さばきであっさりとふたりを抜いて走り去っていく。その鮮やかな動きに追いかけてきた行人は感心してしまう。

「さすが、身の軽さは村のトップクラスだね!」
「感心してないで捕まえなさーい!!」

 追いかけてきたちかげの声にはっと我に返り、再び走り出す行人。

「へへーん、行人ー! 追っても『無駄』だよー。疲れる前に諦めちゃえばー?」

 無駄・無理。その言葉は行人にとってなによりも許せない一言だった。挑発されていることはわかっているが、乗らないわけにはいかない。

「ふふふっ……そういや、すずとのガチは将棋以来だったね……!」

 燃え上がる闘争心に自然と行人の顔に笑みがこぼれる。

「その勝負、買った! 今度は絶対、勝つ!!」

 足に力を入れて、すずを追う。だが森の中を韋駄天のように早く走るすずには中々追いつかない。行人は呼吸を整えながら、逃走を続けるすずを追い続ける。

(ボクもけっこー速くなったんだけど……やっぱ、すずの猫的反射神経には劣るか……なら!)

 仕掛けるならここだと行人は頭に乗っかっていたとんかつを掴む。

「とんかつ、今夜の冷やっこあげるから協力して!」

 ぷっと頷くとんかつの了承を得た行人はとんかつをすずの足元に投げつける。

「頼むぞ!」
「えっ!?」

 とんかつの気配に気づいたすずはその身を翻す。行人は一瞬で間合いを詰め、体勢が崩れたすずの手首と肩甲骨を極め、身動きを封じる。

「さあ、捕えたぞ!」
「うにゃ~、痛いよー」
「うっ、ごめんよ。でも逃げるすずも悪いんだぞ?」
「あんなだまし討ちみたいな真似をしてひどいよっ!」
「そ、それは……ボクもどうかと思うけど……」
「行人……今日、行人の好きな物を作るから、手を放してくれない?」
「だめです。もうすぐみんなが追いつくから我慢しなさい」
「いくとぉっ……」
「ううぅ……駄目なものは駄目!」

 下から潤んだ瞳で見上げられていけない気持ちになってしまい、行人は頬を赤らめて顔を横に逸らす。

「じゃあ、もう放してよ。逃げないから」
「……約束だよ?」

 行人はすずを関節技を解き、服に付いた土を払う。

「さ、一緒に学校にいこう」
「行人……」
「何?」
「ありがとう!」

 満面の笑みにどきっとする行人の隙を突き、すずが抱き着く。

「ちょ、えっ? え……えっ!?」

 突然抱き付かれ、豊満な肢体の感触と甘い匂いに顔を真っ赤にする行人の耳にすずはふぅーと息を吹きかける。

「きゃああああああああっ!?」

 女の子のような悲鳴を上げて行人は鼻血を吹いてその場に崩れ落ちた。

「うわっ……凄いことになってる。あやねの言った通りだねー」

 血溜まりに沈む行人を心配そうにながめながら、すずはその場を後にするのだった。

「ごめんねー、行人……今日の晩御飯は行人の好きな物をご馳走するからねー!」
(あやね……! よ、余計なことを……!!)

 薄れゆく意識の中で、あやねに恨む行人のだった。
行人の前から逃げだしたすず。もうすぐ家に戻れると思った瞬間。目の前に見慣れた少女が立ちふさがる。

「やっぱりここに来たわね」
「あやね……先回りしてたの?」
「行人様はいい仕事をしてくれたわ。私が来るまで足止めしれたんだもの」
「つまり、あやねを倒せば勉強から逃げられるんだね?」
「ええ、あなたを倒して今から勉強地獄に突き落としてやるわ」
 
 お互いに不敵な笑みを浮かべ、あやねとすずは対峙する。

「今まで負けっぱなしだった私がついにすずに勝てる日が来るなんてね……!」
「今まで勝てなかったのに、今日は勝てると思っているの?」
「あなたこそ、私たちに勝てると思っているの? すでにすずが学校から逃げ出したことは村中に知れ渡っているわ。ここで私を倒して逃げても逃げ切れるかしら?」
「うっ……!」
「聞いた話じゃ、オババや西の主様もかなり怒ってるって話よ」
「オババや……からあげも!?」

優しくも厳しい村の長と森の主を思い出し、すずは震え上がる。

「さあ、おとなしく……学校に行って皆に謝罪することね」
「うっ、ううっ……」

 強気な姿勢のままあやねが二歩進む度にすずは恐怖の慄きながら一歩ずつ後退る。その時はっと気づいたすずは歩みを止め、きっとあやねを睨み付けた。

「嘘だよ! そんな急に私が学校から逃げたなんてからあげたちが知ってるわけないもんっ!」
「へぇ……やっぱり気づいたんだ? でも、遅いわよ!」

 すずの虚を突き、あやねが間合いを一気に詰める。

「あっ!?」
「もらったわ!」

 襟元と腰を掴み、あやねはすずを投げ飛ばす。会心の技に勝利を確信し、笑みを浮かべたがその表情は崩れる。咄嗟にあやねの手を払い、猫のように体を回転させて四つん這いに着地するすず。

「……恐れ入ったわ。あそこからかわされるなんてね……」
「へへんっ。運動であやねには負けないよーだ」
「そうね……私の身体能力ではすずに遠く及ばない。そこは認めるわ」
「あやね……?」

 あの負けず嫌いがあっさり敗北を認めたことに言い知れぬ不安を覚えるすず。

「私があんたに勝てるとしたら、ここよ」

 今度こそ完璧な勝利を確信し、指で自分の頭を指差すあやね。
 不安は確信に変わる。『何か』をされる前に倒すべしと直感が告げているのだ。すずは全力であやねに襲い掛かった。

「それってどういう……!」
「こういうことですわ!」

 すずの言葉を遮るようにちかげの号令が響き渡る。すずの周りから一斉に学校にいた少女たちが襲い掛かった。

「「「「「「「「捕まえたーーーーーーっ!!」」」」」」」」
「えっ、ええーーーーっ!」

 十数人の少女たちに囲まれ、すずは驚愕の声をあげて取り押さえられるのだった。



「まっ、無理して一人で捕まえる必要なんてなかったよ」

 あやねは簀巻きにされて学校に連行されるすずににやにやと笑いながら説明する。

「ここまでされたらわかるよぉ……私との会話や戦っていたのはみんなが追いつくまでの時間稼ぎだったんでしょ?」
「ええ、その通りよ」
「すずさんが逃げ出した後、すぐにあやねさんと相談してみんなで捕まえようって決めましたの。先に追いかけていた行人さんでも難しいかもしれないと……」
「あんたのすばしっこさは折り紙つきだしね。行人様だけじゃあ、ちょっと難しいかもって思ったの」
「言っとくけど、もうちょっとで捕まえられたんだからね……?」

 鼻を押さえながら行人が苦笑しながら歩き、その隣には戻ってきたとんかつが慰めるようにぷっと鳴いている。

「ひ、酷いよみんな……私をだまして……!」
「「「「「「うっ」」」」」

 すずの言葉に思うところがあるのか顔を逸らす一同。

「私が勉強、大っ嫌いって知ってるのに! 酷いーーーーーっ!!」
「何を言ってるの! みんなは意地悪でやってるんじゃないのよ!?」
「そうだよ。すずも大事な友達だから一緒に勉強したいって思っているだけだよ!」
「む~~~~っ。だったら、もっと面白いことをすればいいのにぃ~~~~。勉強なんてつまんないことしなくたって生きていけるよ!」
「まあ、気持ちはわかるけど……」
「何言ってるの。行人、頭いいじゃない。私みたいなおバカの気持ちなんてわかんないよ」

 すずの魂の叫びに同意してしまう行人。あやねにきっと睨まれる。仕方ないなあと思いつつ、すずの説得を始める。

「そんなことないよ。ボクだって学校嫌いだったし」
「本当?」
「でもね。昨夜、くないさんの楽しいって言葉を聞いて……ちゃんと考えてみたんだ。ボクはなんで学校が嫌いだったんだろってね。そうしたらさ……やれ義務教育だとかやれ成績の順位だとかってそういったおしつけに反感を持ってたってだけで、学ぶこともついでにつまんない、嫌いだって決めつけてたって気がついたんだ。だって知らなかったことを知ったり、できなかったことができるようになったりって楽しいじゃない? そのことにもっと早く気づいていればなーって思ってさ」

 行人は考え込むすずの頭を撫で、さらに言葉を続けてていく。

「だからさ、すずも勉強を毛嫌いしないで色々知って、色々できるようになって……みんなと楽しめるようになろ」

 行人の言葉を噛みしめ、すずは行人をまじまじと見つめる。

(そう言えば……行人、島に来たばっかりの時は家事も何もできなかったんだよね……でも頑張ってちゃんとお勉強してできるようになったんだ……)

 自分は勉強が嫌いだ。でも……行人の言う通り、できるようになることはとても楽しいことは知っている。初めから嫌いと否定せず、少しづつでいいから。

(やってみよう)

 行人の言葉に静かに頷いた。

「……私も頑張ってみよっかな……」
「おっ、えらいえらい」
「でも……ああ~ん。やっぱり数字や計算は考えただけで眩暈が~~~~!!」

 行人の説得に心を動かされたすずをにやにやと笑うあやね。

「ようやく観念したみたいね」
「うにゃ~。やっぱ、逃げようかな……」
「何言ってるの。これからすずの為に、士郎が特別授業をしてくれるのよ?」
「えっ、士郎さんが……? うにゃあぁぁ、厳しそう~~~」
「ええ、厳しいわよ……? 逃げたくなる! くらいにね……!!」
「やっぱ、嫌~~~~!!」
「ククククッ。逃がさないわよ……?」

 簀巻き姿のまま逃げ出そうとするすずをあやねがからかい続ける。そんなのんきな光景を眺めながら行人はふと、思い出した。

「……そういえば……」
「どうしましたの、行人さん?」

 学校の校舎が見え始めた頃に行人は何気なくちかげが尋ねた。

「学校に用意した罠を解除しないとみんなが掛かってしまうかなーって……」
「それなら問題ありませんの。このとらっぷはすずちゃんにしか効果のないものですから」
「すずにしか効かない……? それってどういう?」
「それはですね……最高級大福を使ったとらっぷの数々ですわ!」

 眼鏡の縁ををくいっと押し上げつつ、ドヤ顔で言うちかげ。対照的に笑うべきなのか突っ込みをいれるべきか困惑する行人。

「いやいや、ちかげさん……そんな子供でも引っかからないって……」
「ちかげちゃん! それ、本当!?」

縄 でぐるぐる巻きにされたすずが顔を輝かせて、ちかげに近寄る。

「すずちゃん!?」
「学校に行けば、大福がたくさんあるんだね!」
「ちょっと待って! それは罠……!!」
「先に行ってるよーーーーーっ!!」

 制止を振り切り、学校に向かって一直線のすず。

「……最初から、こうすればよかったですの……」
「いや、ちかげさんのせいじゃないよ……」
「罠だとわかってても突撃するなんてね……どんだけ、食い意地がはってるのよ……」

 うにゃあああああああああっと罠に掛かったすずの絶叫を聞きながら、黄昏る一同であった。







[34335] よびだされて藍蘭島 第23話「謎めいて」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2015/04/30 11:01
第23話「謎めいて」

「……士郎さんってどんな英雄なんですの?」
「なによ? 藪から棒に……」

ある日の正午。仕事を終えたあやねとちかげは神社の境内の一角でのんびりと昼食をとりながら雑談をしていた。

「あいつが伝説の英雄っていうがねぇ……」
「あやねさんは気になりませか?」
「だって事あるごとに、修行や精進が足りないとかこの未熟者がとか……! 私を半人前扱いして! おまけにちょっと言い返したら、その十倍の皮肉が返ってくる!! あれは英雄なんかじゃないわ! 鬼小姑かなんかよ!」
「えっ? 士郎さんが……!? わたくしも色々発明のあどばいすをいただきますけど小言なんて言われたことなんてないですが……」
「あんにゃろっ! 私は厳しいくせに他の女には甘いなんて、どういうことよっ!!」

 ギャースと吼えるあやねを落ち着かせつつ、ちかげの好奇心はむくむくと湧き上がってくる。

(偉業を成し遂げ、英雄にまで上り詰めた存在。やはり、一度詳しく研究してみたいですわ……!)




「というわけで説明しなさい士郎!」
「……何がどういうことか、説明してくれないかね?」

 激昂するあやねは夕餉の支度をしている士郎に突撃していた。

「だから、私だけめちゃくちゃ厳しくしているのはどういうことよ!?」
「むっ。そのことか……行人少年にも相応の指導をしているつもりだが?」
「まあ……そう、ね……」

 真面目な努力家の彼が途中から絶叫を上げ、極限まで追い込まれた苛烈な修行を思い出し、言葉を濁すあやね。

「いやまあ。えーと……行人様や私が厳しいのって……」
「指導を促す上で相応の密度の訓練は必要だ。そして真剣に努力している者に私も真摯に応えているだけだ」
「……未熟なのはわかっているけど、私たちに小言や皮肉を言いすぎじゃない?」
「そのことか。あやねも行人少年も気が強いだろう?」
「そうね。それが理由なの?」
「ああ。手厳しい言葉で煽れば煽るほどやる気を出してくれるからな」
「…………な、なら……最近の修練がきつくて……疲れが、溜まっているのだけれど……」
「それはおかしいな。毎日、私の料理とマッサージや整体でどの程度、疲れが溜まっているのか確認してる。明日には元に戻れるだろう」
「…………い、行人様は…………」
「彼も問題ない。数日前、すず君には初心者向けの整体と足ツボなどの疲労回復の術をいくつか伝授した。風呂上りに行うように言い含めている」

 だが士郎は知らない。
 毎回、ぼろ雑巾のように追い込まれた行人はほとんど反抗するもできず、服を脱がされてすずに風呂に放り込まれ、全身を洗われた後に士郎の教えた整体を行っていることを。その度に声にならない声を上げ、風呂場が鼻血で染まっているのが最近のパターンと化していることも。

「それで、他に質問はあるかね?」
「ア、アリマセン……」
「よろしい。では食事ができるまで待っていなさい」
「はいぃっ……」

 しゅんとしながら去っていくあやねに一瞥すると士郎はすぐさま調理にかかるのだった。




「できたぞ」

 士郎が持ってきたのは、見るもうまそうな天ぷらの盛り合わせ。油で揚げた衣がジュージューと音をたてている。

「わあぁっ!」
「……いつ見ても英霊様の料理はすばらしいわね……」

 卓袱台に並べられた士郎お手製の夕食に歓喜の表情を浮かべるあやねと驚愕の表情を浮かべるまち。
 付け合わせはたっぷりのサラダ。
 小鉢には木の芽の胡麻和えと冷や奴。そして味噌汁。
 漬物は士郎が漬けたきゅうりのぬか漬け。
 士郎がよそった大盛りのご飯は、ぴかぴかに光り輝いていた。
 二人は手を合せて、いただきますと唱和すると無言で箸を使って食べ始める。

「うっ、うまっ…………!」

 何度も食べているはずなのに、声にならなかった。あやねが最初に手を付けたのはえびの天ぷら。噛む度に口の中でサクサクでジューシー。
 口直しにと一口、含んだ味噌汁はとても上品で味わい深かった。
 今度はと箸を伸ばし食べたのは、きゅうりのぬか漬けがあつあつのできたて御飯とこれまたよく合う。勢いよくかき込むと無言で御飯の二杯目を要求するあやねはふと視線を感じ、隣に目をやる。
 そこには鋭い眼光で姉がこちらの天ぷらを凝視していた。

「……あげないわよ……?」
「……気にしなくていいわ……」
「へえ……」
「……勝手にもらうから……!」
「させるかぁっ!」

 両者ともに立ち上がり、俊敏に箸を操ってメインのえびの天ぷらを強奪しようとするまちに対し、あやねも箸を駆使して徹底抗戦を行う。

「……今まで負け続けたあやねが、わたしに抵抗するなんて……成長したわね?」
「成長したんじゃないわ……追い抜いたのよ……!」
「へぇ……なかなか、面白いことを言うじゃない……!」

 どんどんエスカレートしていく二人の争いは姉妹喧嘩勃発か……と思われた瞬間。

「食事中に喧嘩とは……デザートのプリンはいらないということかね?」

 その言葉を聞き、暴れていた二人は音もなく座る。
 何事もなかったかのように振舞うあやねとまちは、胸の中で誓うのだった。

((……いつか、決着をつけてやる……!!))

 そんな騒動とは関係ないまま、夜に海龍神社へ一枚の招待状が届く。
 謎の怪人が巻き起こす波乱の手紙が。




 招待状であやねとまちが呼び出された数日後。
 月見亭での紅夜叉の一件を事細か(嘘も含む)に話したあやねは、思いのたけを士郎に吐き出し続けていた。

「なんてことがあったのよーーーーーっ!!」
「まあ、災難だったな。マスター」

 神社の道場で湯呑を片手に怒りをにじませるあやねを諌める士郎。
 あやねは月見亭の騒動を士郎に詳細を説明する。
 差出人不明の手紙で行人やすずなどの友人たちが集められたこと。
 謎の怪人・紅夜叉の暗躍。
 狂乱に振り回された一同の醜態の数々。

「……なんてことがあったのよ……! 折角、行人様と二人っきりになれるちゃんすだったのに!」
「まあ、月並みだが過去のことは変えられん。またの機会を待ってはどうだ?」
「わかってはいるけどさぁ……!」
「それで事件の続きだが……ただの愉快犯ではないのかね?」
「それだけじゃないわ! これを見て!!」

 あやねがぐっと差し出したのは一冊の手書きの本。

「これは……推理小説か?」

 表紙の題名には、『月見亭の殺人』の文字。中を確認しようと士郎が手を伸ばすとあわててあやねが制止した。

「ちょっと、待ちなさい!」
「なぜかね。まだ読んではいないがこの本に事件の詳細が描かれているのだろう? ならば……」
「……こ、ここに書かれている本の内容には、いくつか間違いがるわ!」
「……ほう?」
「私の活躍したところが軒並み削除されて、ただの犠牲者になってるわ。犯人を見つけ出そうと懸命に探したのに……!」
「…………」
「それだけじゃないの! 私が行人様を誘惑しようとして紅夜叉に捕まるなんて……そんな浅はかで安っぽい女じゃないわ!」
「なるほど……」
「わかった!? な、なら……!!」
「あやね……今日から修行の量を3倍に増やそうか」
「っ!?」

 士郎は実にいい笑顔で、あやねに言い放つ。

「詳細はどうあれ、謎の怪人とやらに負けてしまったのだろう?」
「は、はいぃぃぃっ……」
「それでは、君を指導している者として実に申し訳ない。今後は更なる研鑽を積んでもらうことで清算しようと思う」
「ち、ちなみに……具体的に、どんなことをするんでしょうか……?」
「そうだな……では、今まで一番きつかった稽古を思い出せ」
「……っ!!」

 目を閉じて過去の稽古風景を思い出し、あやねは気分が悪くなった。

「思い出したか…………そんなものは、天国だっ!!」
「いやああああぁぁぁぁぁっ!!」

 あやねの甲高い悲鳴が今日も神社から響き渡る。

「い、嫌よ! それだけは……それだけは許してっ!!」
「駄目だ」
「お願い、お願いです! なんでも……言うことを聞くから…………!」

 涙目になったあやねは士郎に縋り付いて必至の懇願をする。

「お願いか……なら、私と一緒に今までにない厳しい稽古と行こうか?」
「きゃああああああああっ!?」

 あっさりあやねを引きはがした士郎の宣言に再度、絶叫を上げて崩れ落ちるあやね。
 彼女に幸あれ。









[34335] よびだされて藍蘭島 第24話「強くなりたくて」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2019/05/11 12:37
第24話「強くなりたくて」

 あやねは目を瞑り、静かに呼吸を整える。
 早朝の修練場。
 静謐な空気が漂うこの場所にいるのはあやねだけだ。その中心で、胡坐を組んで瞑想に耽る。瞑想にはいくか種類があるがあやねが行っているのは、イメージトレーニング。最初に聞いて教わった時は『いめとれ』って何だろうという状態だったがあれこれ模索していると士郎が一言。

「常にイメージするのは、最強の自分だ」

 その言葉でコツをつかみ、最強の自分を想像する。
 あらゆる攻撃からも受けながらも瞬く間に回復する強靭な身体。
 無数の手段を講じることのできる機敏な身体能力。
 逆境を乗り越え、新しい常識を切り開くことのできる頭脳。

(あやね最強伝説は、ここから始まるのよ……!)

 最強の自分を想像したら、次は出会ってきた強者たちを形作る。
 東西南北の主たち。
 同年代で随一の運動能力の持つ少女。
 村唯一の少年。
 忍術使い。
 村一番の剛腕。
 知略に富んだ策士。
 だが、今倒すべき相手は『天才』の名を欲しいままにする最大の宿敵だ。
 
 イメージする。自分の持ちうる武器と技術を駆使する。
 イメージする。相手の思考・能力・技術を出し抜く。
 イメージする。全ての能力・技術・怨ね……ではなく、強い意志を注ぎ込んで……打倒する。

「うん……完璧ね」

 ただ相手を倒すことだけを一心に考えて、想像の中ではぼっこぼこにした。
 後は、実践するのみ。
 あやねは一礼をして息を吐くと、足を解いて立ち上がる。凝り固まった筋肉をほぐし、額からにじんだ汗を拭う。

『あやね。そろそろ時間だ』
「ええ。ありがとう」

 士郎からの念話を聞き、あやねは最後に隠し武器の点検を終える頃に、一人の少女が姿を現す。
 血の温度がさらに上昇し、心臓の鼓動が高鳴る。積年の怨敵を前にあやねは不敵な笑みを浮かべた。

「よく逃げ出さずにいたわね?」
「こんな最高の機会を逃すわけないでしょ? まさか、こんなにも早くお姉さまと決着が着けられるなんてね……!」
「それはこっちのセリフよ。今まで強がっていた分、きっちりお仕置きね……!」
「あら、お仕置されるのは、お姉さまでしょ……?」
「……面白いことを言うじゃない……!」
「「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ!!」」
「紅夜叉にいいようにされてむしゃくしゃしていた鬱憤を、あなたで晴らそうかしらね……!」
「お生憎さま。鬱憤が溜まっているのは私だって一緒よ。本当に、今日はいい日だわ。すずを倒し、今ノリにノってる私がついにお姉さま越えをする日が来るなんてね……」
「本当に、オモシロイことを言うようになったわね……姉より優れた妹などいないと教えてあげるわ。その貧相な身体にね……!」

 まちがドS全開の笑みを浮かべる。

「ではこれより実戦形式の組み手稽古を行う。武術、呪術、道具……命に係わる類のものでなければ何を使用しても構わん」

 実体化した士郎は戦闘のルールを説明する。
 要するに無差別・何でもあり。実戦さながらのルールにあやねは精神は昂ぶり、笑みがこぼれた。

「行くわよ!」
「来なさい!」

 一気呵成に突っ込んでいくあやねに対し、脱力し、完全な自然体で待つまち。

「やっ!」

 あやねはまちに突撃すると見せかけ、横に跳ぶと懐から煙玉を取り出してまちに投げつけた。どろんっと煙幕がまちの足元で巻き起こし、懐から吹き矢と筒を取り出す。

(龍神流柔術を習得したお姉さま相手に接近戦は不利……しびれ薬たっぷり塗ったこの吹き矢で動きを封じる!)

 何度も何度も執拗に吹き矢を打ち込む。さらに追撃しようと呪符を構えた瞬間。

「あやねちゃん、そろそろいいかしら?」
「なっ…………!」

 立ち込めた煙の中から現れたのは、かすり傷一つついていない姉の姿であった。

「どうして……」
「簡単よ。私にはみんながいるもの」

 ぶわっと黒煙が消し飛ぶとまち周囲にてるてるまっちょをはじめとする式神たちが召喚されていた。

「……なるほど、本気になってくれたみたいね」
「士郎さまから手ほどきを受けたあなたを見縊るほど私は愚かじゃないわ」

 空中であやねを見下ろしている式神たちにまちは号令をかける。

「行きなさい!」
「逝くのはあんたたちの方よっ!」

 印を結び、力在る言葉を叫ぶと地面に並べていたお札が発動する。

「そ、それは……!」
「お姉さまこそ、私がなんの対策も講じてないとでも思ったの?」

 煙幕に紛れて四方に並べられた式神返しの札に気が付いたまちは顔をしかめる。

「さあ、仕切り直しよ!」
「よくもみんなを……!!」

 両者は同時に駆け出す一瞬、立ち止まるとあやねは道場の入り口を指差して叫んだ。

「あっ! 行人様!!」
「そんなウソに引っかからないわよ!」
「知ってるわ!」
「っ!?」

 短いやり取りの後に突然、後頭部に衝撃が走ってまちはその場でつんのめる。
 何が起こったのかとぶつかった物をみるとくの字に曲がった樫の木……ブーメランだ。背後からの奇襲、その隙を狙ってあやねはさらに追い打ちをかける。

「もらった!」
「あっ……!」

 勝負の最中に気が抜いたまちの間合いに詰め寄り、巫女服の襟と裾を掴むと綺麗な背負い投げをするあやね。

 だがまちも藍蘭島で『天才』の称号を手にする少女。投げ飛ばされる寸前、身体を捩じって極まっていた手を外し、空中に投げ出されたまちは猫のようにしなやかな動きで着地する。

「やるわね……今ので、決まったと思ったのに」
「やってくれたわね……! あやねちゃん!!」

 睨み合う二人。数秒間の静寂の後、今度はまちが間合いを詰めるや激しい拳打を打ち合う。

(あやね相手に距離をとって考える時間を与えることは不利……正攻法で、押し潰す!)

 まちの猛攻にさっきまでの攻勢から一変、あやねは苦悶の表情を浮かべて打ち合いながら徐々に後退する。

「やる気満々ね……そんなに紅夜叉に何もできなかったことが悔しいの?」
「……それだけじゃ、ないわ!」

 そう叫ぶと一気にあやねの間合いに詰め寄り、襟首を掴む。虚を突かれたあやねが咄嗟に手を振り払おうとするが遅かった。

「あっ……!」

 気が付いた時には地面にたたきつけられていた。

「ぐうぅっ!」
「これでも、龍神神社の巫女よ。半人前のあんたになんか負けるもんですか」

 自信に満ちた表情でまちは宣言する。

「ふふっ、嬉しいわね……! つまり、お姉さまに勝てば、一人前に認めて貰えるってことね!!」
「甘い!」

 起き上がり、掴みかかろうするがまちは慌てた様子もなく手首を極めると再びあやねを地面に投げ飛ばす。

「式神のみんなを還したぐらいで、この私と対等になったと思ったの?」
「誰かに負けるのはいいっ! でも……」

 泥まみれになりながら立ち上がって組み付くあやね。

「あんたには、負けられない!!」

 あやねはそう叫ぶと再びまちに向かって突っ込んでいく。
 その後、何度も倒されるが立ち上がり続けて勝負はあやねの意志と体力が尽きるまで続くのだった。



 それから一時間後。

「くかああああああああああっ!!」
「遅い! このままだと夕餉に間に合わんぞ?」
「ああああああああああああああっ!!!」

 今日もさんさんと朝日が降り注ぐ晴天の藍蘭島。
 生きとし生きるものたちに祝福するかのように穏やかな陽気も少女の鬼気迫る叫び声で台無しだ。
 あやねは叫びながら前進する。海の中を走りながら。
 腰まで浸かった状態で波をかき分けて走り続けながら士郎を睨みつける。

(こんな練習に、なんも意味があるの!?)
「これかね? 足場の悪く水の抵抗や波で不安定にもなる……まあ、ようするに足腰の強化とバランス感覚を磨くためのものだ」
(心を読まれたっ!?)
「あやね、顔に出ているぞ? ふむ、私を睨みつけれる程度に、成長したか……あと30分ほど続けようか」
「いやあああああああっ!!」

 絶望の慟哭を上げるあやねであった。



 藍蘭島を半周ほどすると、士郎は休憩の指示を与えてあやねを休ませる。ぜひゅーぜひゅーと白目を剥いて荒い呼吸を吐きながらどうにか生き長らえている。
 士郎は木陰まであやねを運ぶと竹製の水筒を差し出す。ひったくると勢いよく喉を潤し、ようやく一息ついたのかあやねは士郎にいくつかの質問を投げかけた。

「士郎、今日のお姉さまとの試合って……」
「彼女は島でも有数の遣い手。それも君と同じ流派だ。手加減なしの試合形式……学ぶことも多いだろう?」
「そうだけど……」
「まちの技を受けてみて、わかったものもあったのではないか?」
「……むぅ……」

 確かに間近で見た姉の体さばき、技のタイミング、目や肩などフェイントの数々。
 学ぶことも多いし、実際に負けたことで気づかなかった課題を見つけることもできた。

「確かに……ね」
「だが、最初の奇襲はよかったが……その後がな……」
「うっ……でも、あのまま押し切る予定だったのよ? お姉さまは打たれ弱いし、体力ないもないから長引けば、勝てるはずだったのに……」
「なるほど、相手を分析し、己の長所を弁えて戦い方を考えたのは成長したというべきか」
「えへへ。そうでしょ?」
「だがあやね。ひとつだけ勘違いをしている。君が成長するように、相手もまた成長するのだ」
「……確かに……」
「今後はまちとの実戦形式の稽古を主に取り組んでいくので頑張りたまえ」
「えっ!?」
「ちづるにも承諾をもらっている。二人が切磋琢磨するのは良い刺激だと喜んでいたぞ」
「お、お母さまーーーーーっ!!」

 異性にはあまり見せられない、愉快な表情で絶叫するあやね。
 そんな残念少女の姿を眺めながら、士郎は満足げに頷くのであった。



 一方、神社では。

「ふふっ。いい傾向ね」

 あやねを倒した後、すぐに修練場に籠って座禅を組んで集中して修行に打ち込むまちの姿にちづるは嬉しそうに頷く。
 妹のあやねの急激な成長に危機感を抱いているのだろう。努力や修行に今一つ、身が入らなかったまちがかつてないないほどの集中力を発揮して研鑽を積み重ねていく。

(……今度、お祖母様のところにでも行こうかしら……)


「はっ! やっ!!」

木刀を振い、苛烈に攻撃を仕掛ける行人。対する士郎は短刀を模した竹刀を操り、行人の剣撃を受け流していく。

「どうした……この程度かね?」
「くっ、まだまだぁ!」

二刀の短剣に阻まれ、攻めきれない行人はさらに手数を増やして攻め立てる。
だが次の瞬間、右足で地面を蹴りつけ、砂を跳ね上げる。

「むっ」
「もらった!」

士郎の視界を一瞬封じることに成功した行人は追い込むために突撃しようとした瞬間。

「だがまだ甘い」
「うわっ!?」

という言葉と共に足を払われ、地面に転がされる。

「うわっと……!」

咄嗟に受け身を取りつつ、すぐさま起き上がって構えなおす行人。

「もう一度、お願いします!」
「ふっ、掛かってくるがいい!」
「うおおおおおおっ!」

咆哮を上げ、突貫する行人。無形の構えで対峙する士郎。
再び巻き起こる剣と剣の鍔迫り合い。

「行人、頑張っているねー」

ぼんやりとした様子で行人の稽古を眺めるすず。

『すずも混ざってくればいいのに』

隣に住んでいる西の長・からあげが微笑ましそうに言っている。

「……んー、今はいいかな……」
『ふふっ、確かに修行中の行人くんってかっこいいよね』
「そうそう……って、何言ってんの!?」
『恍けちゃって……顔にそう書いてあるよ?』
「からあげのいじわる……」

頬を膨らましながら拗ねるすず。それでも、視線の先は行人から逸らそうとしない。

(おや、これはひょっとすると……?)

からあげは内心の好奇心を抑えつつ、この少女にどんなアドバイスをするのか迷うのだった。





 さらに数時間の時間が流れ、夕刻も徐々に近づく頃。神社を目指して歩く人影は士郎に気づいて声をかける。

「すいませーん」
「むっ。行人君か……何か忘れ物かね?」

 鳥居の前を箒で掃除している士郎の前にやってきた行人とすず。
 深刻そうな表情の行人を心配そうに見つめるすずの様子に疑問を抱いた士郎は行人に声をかける。

「……何かあったのかね?」
「……士郎さん……ボクに、普段の稽古以外に精神修養を課して下さい……!」
「どういうことだ?」
「紅夜叉に負けて悟ったんです。ボクが勝たなくちゃいけないのは、何より自分自身だということを……!!」
「むぅっ」
「誰に負けるものしかたない。けど自分にだけは負けられないっ! その為に、士郎さんっ!!」
「ああっ、いいだろう」
「士郎さん……!」
「私の知る限り、最高の方法で心を鍛えてみせよう。励めよ」
「はいっ!」
「行人……頑張っているんだね……!」

 そばで行人の覚悟を決めた表情に見惚れているすずははっと我に返る。

(そうだ……ぼっーとしてる場合じゃない。今まで以上に厳しい修行に明け暮れる行人の為に、私も士郎さんから新しいまっさーじや疲れがよくとれる料理を学ばなきゃ!)

 盛り上がっている行人(犠牲者)とすず(加害者)と士郎(教唆犯)は互いの事情を知らず、真剣に相手のことを思って行動する。そして、行人の思春期特有のもやもやした気持ちはさらに悪化の一途をたどる。

 行人の理性が爆発する、2週間前のことであった。








[34335] よびだされて藍蘭島 第25話「つき合って」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:752a12f8
Date: 2015/11/16 17:31
第25話「つき合って」


 行人は日課である早朝の稽古を終え、境内でぼんやりと藍蘭島の空を眺めてつつ頭を捻りながら考え込む。頭の奥底には答えらしきものが浮かんでいるはずなのに、なかなか言葉に出てこない。

「どうしたのかね?」
「あっ、士郎さん……」

 そこでふと、思い付く。この人に相談すればアドバイスを貰えるかもしれない。

「実は、普段からいつも助けてくれるすずにお礼がしたくて……何を渡そうか悩んでいるんです」
「なるほどそういうことか」

 士郎は少し考え込むと。

「なら、彼女の好きな豆大福などどうかね?」
「あっ……それはいいですね!」
「そんなにも日頃の感謝を示したいのなら、私が作り方を教えるが……」
「いいんですか!?」
「構わんとも」
「ねー。二人でなんの相談?」

 家の掃除が終えたあやねがひょっこりと顔を見せる。

「ああ、実は豆大福をだな……」
「へぇ、面白そうじゃない。私も仲間に入れてよ」
「あやねも協力してくれるのかい?」
「勿論よ。私もすずに色々してみたいし……」

 にやりと邪悪に笑うあやね。

「……イタズラは程々にね……」

 苦笑気味に忠告する。行人もあやねの性格を理解しているため、イタズラについて諦めている。

「わかっているわ。『窮鼠猫を噛む』ってやつね」
「すずの場合、荒ぶる猫って感じだけどね」
「ああ、言えてるわね」
「では明日の早朝、この神社で待ち合わせをするとしよう。無論、材料は私が用意しておこう」
「「はーい」」

 行人は何度もお礼を言って神社を後にする。行人が神社前の階段を降り、完全に姿が見えなくなった途端、あやねは士郎にツカツカと勢いよく近づく。

「何かね?」
「久しぶりのちゃんすが到来したわ!」
「……それで、私に協力しろと?」
「察しがいいわね。その通りよ。つまり、大福を作っている最中に士郎が抜け、二人っきりなって……! ふふふふふふふふふっ!!」
「やるからには機会を生かせよ?」
「勿論! 他にも色々と考えているわっ!!」
「期待している……が、それはどうやら叶わないようだな……」
「へ? どういうことよ……?」

 首を傾げるあやねの背後から声が聞こえる。

「……なんだか、面白そうな話をしているじゃない?」
「げっ、お姉さま!?」
「げって何よ」
「ふむ……君も一緒に来るかね?」
「勿論よ!」
「ちょっと、士郎!?」
「まあ、待ちたまえ。ここまで聞かれてしまった以上は仲間はずれにするわけにはいかんだろう?」
「ま、まあ。そりゃそうだけど……!」
「なら決まりね。集合はいつなの?」

 まちの問いかけに士郎が答える。

「明日の早朝、ここでだ」
「任せてちょうだい。行人さまがびっくりするくらい美味しい大福を作って見せるわ……あやねの代わりに」
「へぇ、それはどういうことかしら……!?」

 鋭い眼光で睨み合う巫女姉妹。

「まあ、待ちたまえ」

 やんわりと二人の間を割って喧嘩を仲裁する士郎。

「「止めないでっ!!」」
「……止めるつもりなどない。どうせ争うなら、明日の餅づくりの時でもよかろう?」
「むぅ……」
「士郎さまがそうおっしゃるなら……」

 あやねとまちは不承不承といった様子で頷く。

「さて、明日は早朝から準備をするぞ。早く風呂に入って寝なさい」
「「はーい」」

 普段は喧嘩ばかりなのに、そういう時だけ素直に頷いてさっさと道場を出ていく姉妹。

「まったく……」

 苦笑する士郎は箒とちり取りで掃除を再開しながら明日の段取りを考えであった。


 次の日。

 ぺったんぺったん。

「士郎さん、こんな調子でいいですか!?」

 杵で餅米を懸命につく行人。
 ぺったんぺったん。

「ああ、いい感じだぞ!」

 行人のリズムに合わせて湯で手を湿しながら、餅米を折り畳むように中心に集める士郎。

「二人とも、早いわ……!!」

 突きあがった餅の塊を手際よく千切って丸めるあやね。

「……こんな感じ……?」

 不慣れな様子で黒豆をトッピングしたり、小豆を入れて丸めるまち。
 ぺったんぺったん。

「いくぞ!」
「はい!」
「「これで最後だっ!!」」

 協力し合って餅つきをする士郎と行人。
 時間が経つごとに手馴れてくるあやねとまち。
 四人はかつてないほど協力し合い、連帯感が生まれる。

((でも……これは違う……!!))

 男たちの生き生きとした横顔を眺めつつ、あやねとまちは手を止めることなく心の中で叫んだ。大福作りをしながら士郎は途中退室。その後は密室で三人だけで協力すると見せかけ、イチャイチャと女子力を見せつけることで行人の好感度を高める計画だったのに。
 予定とだいぶ違う。
 内心、忸怩たる思いを抱きつつ、二人は手をとめることなく大福を作り続けるのだった。

「今日はありがとう! おかげで美味しい大福ができたよ!!」
「……そ、そう……」
「行人さまが喜んでいるなら……」

 全ての工程を成し遂げ、じつにいい笑顔で感謝の言葉を放つ行人。
 体力のないまちは虚ろな瞳のまま肯定し、体力に余裕のあるあやねの方はやや悔しげだ。

「ふふっ、餅をつくなど……一体いつ以来だろうな……」
「ええ、ボクも楽しかったです」

 固い握手を交わして健闘と称える士郎と行人。
 芽生える男の友情。
 そういうのは、求めていないとあやねは士郎を睨みつける。
 二人の怨念の籠った視線に気づいた士郎ははっと思い出したようにできあがった大福とお茶を持ってくる。

「ま、まあ……皆、疲れただろう? 少し一服するといい」
「わぁ、ありがとうございます」
「大福!」

 できたても餅の匂いで我に返ったまちが士郎から小皿に乗った大福を受け取ると次々と食べていく。

「お姉さま! 私の分も残してよ!!」
「心配するな。まだ沢山あるとも……大福以外に安倍川もち、海苔巻もあるぞ」
「ボクもお腹ぺこぺこなんだ。二人に負けていられないな……!」

 今度は大皿に乗った綺麗に盛り付けされた三種類の餅に感動する三人。手を伸ばして美味しそうに頬張る。
 そんな様子を見ていた士郎が何気ないように一言。

「そう言えば、食欲のある女性というのは性欲もすごいらしいな?」

 ごふっと思わず喉に餅を詰まらしかけた行人が驚いた表情で士郎の方を振り向く。

「ご、ごほっ……な、何を急に……!」
「いや、何でもない。忘れてくれ」

 そんなの忘れられるかとお茶を飲んで気持ちを抑える行人。その様子を見ていたまちは、ナイスだみたいな表情で士郎を見つける。隣で餅を頬張っていたあやねは不思議そうな表情で行人と士郎を眺めていた。

 休み終えた行人は餅を包み、士郎たちにお礼を言うと龍神神社を後にする。
すずの家に帰宅した行人は、今までの感謝の気持ちと言って笹の葉で包んだ大福を渡す。大喜びのすずは早速堤を外して豆大福を一口。歓喜の笑みを浮かべるすずは次々と豆大福を手に取るとそれはそれは嬉しそうに頬張る。
 その姿を眺めながら、行人はふと士郎の言葉を思い出す。

(そう言えば、士郎さん。『食欲のある女性は性欲もすごいらしい』って……何考えてんだボクは!?)

 その時はおっさんの下ネタかよと思春期特有の潔癖で冷ややかな眼差しで士郎を睨んでいたのに、頬を赤らめて脈打つ心臓を必死に抑えている。
 すずの幸せそうな横顔をから目を逸らせない。行人はドキマキしながらぼぉっとしながらその姿を見続けるのだった。


「そう言えば、士郎」
「何かね」
「士郎が行人様に言っていた『せーよく』って何のこと?」
「む、むぅ。そ、それはだな……!」
「お姉さまも知ってたみたいだし、すずが分からないのはいいとしてわたしが知らないってのが納得いかないのよ!」
「なら、まちに聞けばいいではないか」
「お姉さまに相談するのはなんか癪なの! ねえ、教えてよ、『せーよく』って何なの!?」
「そ、それは……! 男の私が言うのは……!!」

 しどろもどろになりながら、何と説明すればいいのか苦悩する士郎とこれは日頃の鬱憤を晴らすチャンスと悟ったあやねは執拗に『せーよく』について迫るのであった。
 後日、まちに『性欲』についてあやねに教えてほしいとセクハラまがいのお願いをする士郎と顔を赤らめながら了承しつつもこの機会に妹にお仕置きしてやると心の中に嗤うまち。その行動の結果がさらなる騒動を巻き起こすことを、彼らはまだ知らない。




[34335] よびだされて藍蘭島 第26話「勝ちたくって」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:752a12f8
Date: 2015/12/12 10:49
第26話「勝ちたくって」

 日課となった士郎の稽古を終え、一息ついた決心したあやねは士郎に宣言する。

「今度こそ……お姉さまに下剋上よ!」

 あやねの言葉に士郎は眉をひそめ、確認するように問いかける。

「急だな……君の技量ではまちには遠く及ばない。では、なにか勝算はあるのかね?」
「……それはまだ考え中です」
「ふむ、勝利への熱意は買うがな……とりあえず、朝食を摂ってからでも遅くはあるまい」


「思考を促すために、こんなものを作ってみたのだが……食べるかね?」

 士郎の言葉とともに卓袱台に置かれた、赤いとても赤いものを盛った皿を見つめる。
 煉獄のごとくグツグツと煮えたぎるその食べ物は、形容しがたき……ナニカ。

「し、士郎……これは……何……!?」
「君は辛い物が好みと言っていたからな。麻婆豆腐だ。試しに作ってみたのだが、どうかね?」
「どうかねって……!」

 震えながらあやねが凝視している先にはマグマのように蠢く、麻婆豆腐(?)。

「こ、これを……食べるの……?」
「まあ、嘘だと思って食べてみたまえ」

 恐る恐る赤で染まったレンゲを口に運ぶ。
 その瞬間、衝撃が全身を脈動する。
 口が焼け、舌が痺れる。熱が広がり、汗が噴き出てくる。
 この辛味、ただの辛味ではない。
 この世すべての辛味と言っても過言ではない辛さ。それなのに……旨い!
 全身を貫く辛味の後から言葉にならないほどの旨味が次々と湧き上がってくる。
 頭の中が冴えわたり、滾った血液が全身を巡る。
 四肢に力が漲り、かつてないほど体が軽い……!
 頬が紅潮し、昂揚感に包まれながらあやねは確信する。
 この食べ物こそ、私にもっとも相応しい最高の料理。
 額から流れる汗を無視して一心不乱に食べ続けるあやね。麻婆豆腐を全て食べ終えた瞬間、脳裏を必勝の策が閃いた。

「これだわ!」


 翌日。
 藍蘭島の中心部。島で最も高い山・富士山(ふじやま)。
 はらはらと粉雪を振り続ける雪原の中。まちはいつもの巫女装束の上に防寒具を着込む。震える両手をこすり合わせ、挑戦者を待ち続ける。

「来たわね。あやね……というか遅いのよ!」
「ごめんなさい……ちょっと道に迷っちゃって……」
「……ふふっ。まあ、逃げ出さずによくによく来たわ……けど決闘するのはいいわ。何もこんな寒いところでしなくてもいいじゃない……!」

 まちは全身を震わせながら叫ぶ。
 場所は藍蘭島の中心部にそびえ立つ富士山(ふじやま)の頂上。年間を通して雪が舞い、積雪が積もるこの場所で、あやねとまちは決闘を申し込んだのだ。

「ここならお姉さまが尻尾巻いて逃げるかと思ったのに……」
「妹の挑戦から、誰が逃げるもんですか! それより……は、早く……始めましょうか!」

 防寒具を着ているとはいえ、凍えるような寒さを完全には防げない。ぷるぷると身を震わせつつ、まちは札を取り出して睨み付ける。それに対し、落ち着き払った仕草であやねは空から舞い散る雪空を見つめる。

「お姉さま、見て……綺麗な銀世界……」
「何、見ているのよ! 早く始めわよっ!!」
「お姉さま、焦り過ぎよ……そんなにあせるから婚期を逃して『いき遅れる』わよ?」

 行き遅れ、婚期を逃す。

 まちにとって決して許すことのできない言葉。挑発と分かっていても……怒りの炎は燃え上がる。

「……覚悟は、できているみたいね。こんな朝は早くから人を呼び出し、喧嘩を売るなんて……ダダジャ、スマサナイワヨ……?」

 地獄に堕ちる覚悟ができているみたいで安心したと嗤う姉に畏れを抱きつつ、あやねは口を開く。

「ふふっ。怖い怖い……でも、まだ話は終わっていないわよ……?」

 あやねは懐から一枚の紙を取り出すと、まちに内容が分かるように前へ突き出す。

「お姉さまが勝てば、何もないけど……負ければ、行人さまとのでーとができるよう、取り計らい、全力でさぽーとするわ」

 紙は必ず約束を履行すると明記された契約書であった。

「っ!?」
「どうかしら?」
「……それじゃ、あやねに『利』がないわ……何が目的なの?」
「お姉さまに勝利できる、それだけよ」
「……そんなことをしなくても、私が勝って命令すれば……」
「そんな無理やりに従わせて……私が本気で手伝うと思っているの?」
「むぅ……」
「どうするの、お姉さま?」
「い、いやでも……姉が、妹に負けるわけには……!」

 心の中で勝ちと負けの天秤がぐらぐらと揺れる。姉の尊厳と想い人との逢引き。

「ちなみに、今私に負けてくれると士郎お手製の豪華でぃなーとでざーとが付くわ」
「私の負けです」

 天秤が負けへと傾き、まちは完全なる敗北宣言するのだった。
 その姿をしばらくの間眺めるとあやねは万感の想いを胸に秘め、天を仰ぐ。

「私の、勝ちだわ……!」

 今回の戦略。士郎から教わった、古代中国の偉人・孟子の教えである『天の時、地の利、人の和』を参考とした。
 天、早朝で朝の弱いまちの本来の能力を制限する。
 地、修行場で慣れている神社ではなく、藍蘭島唯一の雪の降る場所を指定。
 人、身体が温まるもの(士郎特製・激辛麻婆)を食べ、防寒具と携帯用カイロまで用意した万全の状態のあやね。さらにまちについて詳しく調べ、特技・弱点を確認し、政略を練る。
 結論、まちに勝利するために必要なこととは、戦わないこと。柔術・呪術の優れたまち相手に正面から戦って勝利を得ることは至難。なら戦わない方針で戦術を整えていく。いくつもの策を巡らし、初めての勝利をもぎ取ったのだった。

「見事だ。よくがんばったな、あやね」
「ふ、ふんっ……あ、当たり前じゃない……!」

 見届け役としてそばで霊体化していた士郎が姿を現す。積年の相手にようやく一勝をあげたあやねを士郎は褒め称える。
 あやねは冷静を装いつつも顔を赤らめてそっぽをむく。その様子を苦笑する士郎にドキドキする鼓動を感じながらあやねは口を開く。

「お姉さまは通過点に過ぎないわ! 更なる高みを目指してあやねちゃん最強伝説はこれからも続くわ!」
「ふっ、それは楽しみだ」
「ええ、期待して見てなさい!」

 両手を振り回して叫ぶあやねを優しげに眺めながら、士郎は心の中で呟く。

(だが、確かに彼女は成長したな……もう、私も必要ないかもしれん……)

 胸の内に覚悟を決める士郎だった。






[34335] よびだされて藍蘭島 第27話「突然だって」
Name: 秀八◆faffb3e6 ID:21e24b2e
Date: 2016/09/15 17:09
第27話「突然だって」

 夜が明けた早朝の境内。二人の剣士が交錯する。
 静謐な空間を切り裂くような斬撃が放たれる。

「はっ! やっ!!」

 木刀を自在に操り、苛烈に攻撃を仕掛ける行人。対する士郎は短刀を模した竹刀を操り、行人の剣撃を受け流していく。

「どうした……この程度かね?」
「くっ、まだまだぁ!」

 二刀の短剣に阻まれ、攻めきれない行人はさらに上下左右に斬り掛かって手数をさらに増やして攻め立てる。
 だが次の瞬間、行人の右足が地面を蹴りつけ、砂を跳ね上げる。

「むっ」
「もらった!」

 士郎の視界を一瞬封じることに成功した行人は追い込むために突撃しようとした瞬間。

「だがまだ甘い」
「うわっ!?」

 言葉と共に足を払われ、地面に転がされる。

「うわっと……!」

 咄嗟に受け身を取りつつ、すぐさま起き上がって構え直す行人。

「もう一度、お願いします!」
「ふっ、掛かってくるがいい!」
「次こそ、一本取るっ!」

 咆哮を上げ、突貫する行人。再び、無形の構えで対峙する士郎。再び巻き起こる剣と剣の鍔迫り合い。

「行人、頑張っているねー」

 ぼんやりとした様子で行人の稽古風景を眺めているすず。

『すずも混ざってくればいいのに』

 隣に住んでいる西の長・からあげが微笑ましそうに言っている。

「……んー、今はいいかな……」
『ふふっ、確かに修行中の行人くんってかっこいいよね』
「そうそう……って、何言ってんの!?」
『恍けちゃって……顔にそう書いてあるよ?』
「からあげのいじわる……」

 頬を膨らましながら拗ねるすず。それでも、視線の先は行人から逸らそうとしない。

(おや、これはひょっとすると……?)

 からあげは内心の好奇心を抑えつつ、この少女にどんなアドバイスをするのか迷うのだった。


 それから三十分もの間、士郎との稽古を終えた行人は挨拶をして神社を出ていく。静寂の戻った境内を掃除する士郎にあやねが話しかける。

「……すず、最近綺麗になった?」
「むっ……言われてみれば、そうだな」
「なんでかしら……?」
「やはり、行人君と一緒に暮らしているからだろう。異性がいると女性は容姿を気にするしな」
「ふ~ん……なら、私も行人様には一層輝いて見えるってことかしら!?」
「いや、まったくないだろう」
「少しくらい褒めたっていいじゃない!」
「いや、あやねはどちらかというと何かに集中している姿が凛々しくて私は好感をもてる」
「なっ……!」

 顔を赤らめて思わず後ずさるあやね。

「ふっ、今の表情も私は好きだな」
「な、何言ってんのよ!」
「あやね、大切な話がある」
「何よ。急にどうしたの?」

 急に真剣な表情になった士郎に驚きつつ、先を促すあやね。


「今までよくがんばったな。あやね、君は今日から一人前の巫女だ」

 言葉の意味が、まだ理解できない。あやねは驚愕の表情を張り付けている。混乱と疑問を経て、やがて歓喜による満面の笑みを浮かべた。
「ほ、本当……!!」
「ちずるにようやく認めさせることができたな……日々の稽古による目覚ましい成長もそうだが、何よりまちに勝利したことが大きな要因だ」
「えへへへへ……やっぱり? お姉さまに勝ったんだもの。お母さまも納得するしかないわよね!」
「後日、正式にちづるから昇進の報告を受けるだろう。今まで……よく頑張ったな」
「ありがとう……士郎……!!」

 歓喜のあまり、涙を浮かべるあやね。その姿を見下ろしつつ、士郎は口を開く。

「喜んでもれえて何よりだ。だが、もう一つ話がある。それも聞いてくれるか」
「え、他にもあるの……?」
「あやねが正式な巫女となった以上、私はもう必要ないだろう。これより仮契約を解除し、この地を去る」

 突然の士郎の宣言にあやねは言葉の意味が理解できなかった。

「し、士郎……な、何を言ってっ……」
「今まで世話になった。礼を言う」

 静かに頭を下げると姿が消えようとする士郎。驚愕しつつもあやねは叫ぶように制止する。

「待って! いきなりそんな……そんなの認めないわ!!」
「……ならば、条件を出そう」
「じょ、条件?」
「私にどんな方法でもいい。勝利することができたのなら、君に従う」
「だったら!」

 売り言葉に買い言葉。
 あやねは考える間もなくすぐさま懐から呪符を取り出し、構えた。勝利に必要な戦略も戦術もない。ただ目の前の大切な存在を手放したくなくて。
対する士郎は構えることなく悠然としている。だが、その眼光はあやねが見たこともないほど冷ややかな凄みを帯びている。

「たわけ。少しは頭を使え……!」
「きゃ……!」

 気が付けば、尻餅をついて士郎を見上げている。傷一つなく道場の床に座り込み、あやねは自分が何をされたのか咄嗟に理解できなかった。
 自分は強くなったはずだ。なのに……今、自分がどうやって倒れたのか分からない。戦慄が身体を支配する。

「さらばだ」

 その言葉とともに完全に霊体化して士郎は去るのだった。
 ショックを受けていたあやねは立ち上ることもできず、その場で蹲っていた

「こんにちはー」
「士郎さん、今朝はありがとうざいます」

 憔悴しているあやねの耳に親友の少女と思い人の声が届く。

「す、すず……!」
「今朝の稽古のお礼を……って、どうしたの!?」
「あやねしっかりして!」
「す、すず~~!」

 すずの豊満な胸に泣きながら抱きつくあやね。

「よしよし、落ち着いて。それでどうしたの? あやねが、あの打たれ強くて頑丈で負け慣れているあやねがこんなに落ち込んでるなんて……!」
「すず、ちょっと静かにしようか?」

 行人が冷静にツッコミつつ、あやねの追い詰められた表情を見ながら考える。また士郎の無茶ぶりでも始ったのかと思いがらあやねの話に耳を傾ける。泣きながらぽつりぽつりと語りだした内容は予想の斜め上をいくものだった。二人は驚き、怒りを露わにする。

「そんな一方的な……!」
「そうよね! そうよね!!」
「でも、なんで今なんだろう……?」
「どういうこと?」
「だっていなくなるならもっと前からでもよかったのにどうして今なんだろうって……」
「言われてみれば……」
「私にも見当がつかないわ。なら、お姉さまかお母さまに相談してみましょう!」
「うん。それがいいね。じゃ、次は別の問題だ」
「士郎さんを倒す……だね」

 士郎を倒す。
英霊と呼ばれる存在を打破する。というその言葉の意味を理解し、身体が震え上がる三人。

「落ち着きなさい。あやね……! 勝負は、まだついてないわよ……大丈夫、考えろ。大丈夫、考えろ……!」

 自己暗示のように大丈夫と考えろを繰り返す。
 まずは状況整理だ。深呼吸で息を整えて混乱した思考を落ち着かせる。
 母が、何より士郎が自分を一人前と認めてくれたのだ。
 この程度に困難を打ち破らずに士郎を認めさせるなんてできるものか。

(けど、士郎に勝つには私一人では……勝てない)

なら、どうするべきか。

「みんなに協力してもらおう」
 
 行人の言葉に頷くあやねとすず。

「そうね。行人さまの言う通りよ。お姉さまやお母さまにもお願いしましょう。そうだ。もっと人を増やして……村のみんなにお願いすれば、十人くらい集まるはず。あとはみんなで相談して作戦を決める!」
「うん。みんなに相談すればきっと何とかなるよ!」

 行動の指針を決めるとすぐさま神社を飛び出し、野良仕事に精を出していた村人たちに声をかける。

「皆、お願い、協力して!」

 あやねの叫びに仕事をしていた娘たちがどうしたのかと何人か集まってくる。

「どしたの、あやね」
「お願い、士郎を倒すのに力を貸してほしいの……!」
「……何があったの……?」
「士郎って……あやねが召喚した式神さんだよね?」
「その通りよ。あいつは私のものなのに……士郎が私から離れようとしているの……!!」
「「「「もしかして痴情の縺れ……!!」」」」
「違うわよ!!」
「またまた~! 朝早くから二入で楽しそうに海で泳いだりしてるの見たわよ?」
(違う……! 重りを背負ったまま泳ぎました……服のまま……!!)
「私も! あやねと式神さんが追いかけっこしてたの」
(違う……! 稽古がきつかったから逃げていたのよ……!)
「……あたしも見た。森の中で顔を真っ赤にして荒い息をつきながら服を整えてるとこを……!!」
(だから違うって……! 捕まってお仕置きされたのよ……!!!)
「お仕置き(意味深)ですって!」
「「「「きゃああああああっ!!」」」」

 黄色い歓声を上げる少女たちに弁解しようとするがいつの間にかすずに口をふさがれてもごもごふがふがと言葉にならない言葉が漏れる。

(何するのよ!)
(落ち着いて。私に考えがあるの)
(すず、どういうこと?)
(考えてもみなよ。急にこんなことを言われたってみんな困惑するだけだよ?)
(まあ、確かに)
(言われてみれば……)
(だがらさ、あやねと士郎さんにもっと関心を持ってもらえるように話に尾びれをつけた方が噂が広がりやすいと思うの!)
(確かに……)
(興味は持ってもらっているわね……)

 三人でアイコンタクトで話し合う数秒の間に黄色い歓声が叫びにきこえるほどテンションの上がっている様子に戦々恐々とするあやねと行人。

「……だから、みんなの考えてるようなことじゃないわ!」
「ウン。ソウダネー」
「そういうことにしておくわ」

 優しい眼差しに色々言ってやりたいのを我慢しつつ、さらに詳しく協力を要請する。あやねの事情に興奮気味な様子で話を聞き込みつつ、脳裏にはあれやこれやの人様に見せられない妄想が迸っていた。

(これってあれよね)
(うん)
(みんなが考えている通りだと思うの……!)
(これはやっぱり……)
((((痴情の縺れ……!!))))

 アイコンタクトのみで会話する少女たちにあやねは気づかない。話終えたところで、「何か質問はある?」と尋ねると。

「つまり……正式にあやねの式神になってくれるように、『無理やり』にでも士郎さんを認めさせればいいってこと?」
「……? え、まあ、そういうことよ」

 聞き終えた少女の言葉に一瞬、違和感を感じたあやねだったがすぐに頷く。

「そういうことだから……みんなに協力して欲しいの……!」
「任せて!」

 瞬く間に島中に広がっていく。
 あやねの願いは人から人、人から動物へ、動物から動物へと。伝わる度に変化を遂げて伝達される。

「あやねが士郎さんを無理やりにでも認めされて式神にする」

「あやねが拒絶する士郎さんを無理やりにでも認めさせて夫婦にさせる」

「士郎があやねを無理やりに手籠めにして逃げたので、罰を与えるために協力する」

「士郎があやねを無理やりに手籠めにして逃げたので、みんなで袋叩きにするために協力してくれ」

 結果。
 僅かたった一日の間に、曲解と勘違いを繰り返して島中に拡散していく。
 翌日、あやねが目撃した光景は……島中の人・動物問わず全ての女性陣が女の敵・衛宮士郎の打倒を唱えて団結する姿だった。







[34335] よびだされて藍蘭島 最終話「星に願って」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2017/03/23 12:44
最終話「星に願って」

決断した女の行動は速かった。
すくさま情報を集め、士郎のいる場所を特定する。その間に武器や防具、医薬品など物資の中には、どこからそんな物騒な物を置いていたと尋ねたくなるような凶器や拷問具を取り揃えていた。
着々と準備を始めるとともに消息を絶った士郎の行方も調べる。
どこに行ったのか見当もつかない行人たちを尻目にオカンネットワークによる情報網で士郎が藍蘭島の中心部・富士山(ふじやま)にむかったことを発見。
 すべての用意を整え、士郎の待つ富士山(ふじやま)へ向かう一行。時間が経過するにともに話を聞きつけた島中の雌の動物たちもぞくぞくと集結していた。
 相手が神や精霊と呼ばれる超常の存在であろうと女の子を泣かす男は許さない……! そんな強固な『勘違い』と共に前進する。
 鬼気迫る種を超えた女性の集団に紛れ、たった一人の『男』である行人は、非常に肩身が狭かった。
 東方院行人、14歳。まだ十代半ばにしてそれなりに『濃い』人生を送っている彼は思わずれにはいられなかった。

(これから……すごいことが起きる…………!!)

 普段優しげなおばさんたちの持つ、穂先のどす黒い赤色を凝視しながら迫りくる地獄の予感と士郎の未来を想い、打ち震える。
 そしてさらに恐ろしかったのが、鬼の形相で先頭に立って皆の指揮をとるまちの姿であった。
 一体、彼女になにがあったのだろうか?
 怯える行人の隣ですずはため息を吐く。

(まち姉……たぶん、勘違いをしているよね……)

 婚期にあせる18歳を眺めながら、ふと行人に目をむける。

(……行人……)

 彼を見つめていると時々胸の鼓動が激しくなるのは何かの病気だろうか。今度、オババに相談しようと考えるすず。
 すずの隣のあやねはまた考えていた。

(士郎に勝つことも大変だけど……大事なのは『その後』よね……)

 真剣に考えこむあやねに心配そうに声をかける行人。

「……士郎さんのこと?」
「うん……ちょっと、私たちの将来について考えてね……」
「その言い方はちょっと語弊があるぞ!?」

 行人は慌てつつ、あやねの言葉に耳を傾ける。ぽつぽつと喋りだした内容をまとめえると士郎を倒すことも大変だが、同じぐらい藍蘭島から去る気の彼をこの地に留めていくことも難しい。また契約や英霊を維持していくことは自分ひとりでできるか心配なこと。
 そして、自身が原因で災いが起きるのではないかと心配していること。
 あやねの話を聞き終え、行人はしばらく目を瞑る。

「……ごめん。ボクにはどうすればいいか答えられない……けど、これだけははっきり言えるよ」

 行人はあやねに向き合って告げる。
「何があっても、傍にいてほしいってあやねは士郎さんに告白するべきだ」
「……そっか、そうよね」

 得心がいったとあやねは頷く。
 結局そこなのだ。士郎を認めさて納得してくれれば、全ての問題が解決する。

「何があっても私と士郎がいれば問題ないし、主様やお母さまお姉さま、みんながいるもの……!」
「後、ケイヤク? についてはボクには分からないからまちやちずるさんや他の大人の人に相談したらどうかな?」
「うっ、そうね……術関係のことを行人さまに相談したのは間違いね」

 ため息をつく普段通りのあやねの姿に行人は立ち直ったことに安堵する。

「みんなで士郎さんに勝とう……!」
「ええっ!!」

 やる気を漲らせ、拳を打ち合う行人とあやね。一行は霊峰・富士山(ふじやま)へ突き進む。






 富士山(ふじやま)の中腹。見晴らしのよい静かな草原。
 そよ風が舞い、小鳥のせせらぎが奏でるこの土地は今。地獄と化していた。
 行人たち一行が見たのは、以前とは比べ物にならない程薄れた姿の士郎であった。
だが、今はそんなことは関係ない。
 鬼気迫る女性陣の様子に士郎の表情が引きつる。

 数多の戦闘経験が結論を告げていた。ここがお前の死に場所だ、と。

「な、なっ…………!」

 なにか生前に女性に囲まれた経験でもしたのだろうか。尋常ではない汗をにじませて叫ぶ士郎。

「待て、話せば分かる!」
「「「「「「「わかるかあああぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」」」

 制止する叫びなぞ届くはずもなく、島中の女性たちに襲われる士郎。なんでさぁぁぁぁと悲鳴と共に群衆の中に消えていった士郎を眺めながらあやね、すず、行人はこの後の収拾をどうするか考えるのだった。

「……私の勝ち、なのかしら……?」
「うん……士郎さんの敗北だね……」
「英霊とは思えないぐらい、情けないね……」

 人類の守護者が女たちに袋叩きされるという世にも奇妙な光景を眺めながら、三人は呟くのだった。


「ふぅ……さすがにやり過ぎだ。死ぬかと思ったぞ……」
「士郎さんってやっぱりタフですね……」

 ぼんやりと消えかかり、消滅寸前の士郎を眺めながら行人は呟く。

「ところで、霊体の士郎になんで皆攻撃できるの……?」

 あやねの呟きに士郎が答える。

「ああ、この島の食材には大小、霊力が帯びているからな。おそらく体内に取り込んだため、私に触れ、そして攻撃できるのだろうよ」
「……そう言えば、前に行人さまが幽霊のばけばけをぶん殴って説教してたわね……」
「まあ、それよりも……」
「ところでこれって士郎さんに『勝った』ってことでいいんですか……?」

 微妙な表情のすずが尋ねる。

「……はあ、さてどうするか……」
「なに恰好つけてんのよ! いい加減、負けを認めなさい!!」

 あやねが叩き付けるように叫んだ。

「だが、これが最後の機会だぞ?」
「……どういうこと?」
「私という存在は『危険』だ」

 士郎は断言する。

「強大な力はやがて大きな災いを呼ぶ。この平穏な島にどんなことが起きるか……」
「そんなことを気にしてたの? あのねぇ……士郎が来る前からこの島は、存亡の危機に陥ってるわ!」

 あやねが言い放つ。

「この島のみんなは真剣に考えてなかったみたいだけど……行人様が来るまでこの島に『男』がいないから、滅びかかっていたのよ」
「いや、それは……」
「それとも何? 本や伝承で出てくるような侵略者が来ることが災いだって言うの!? それだけじゃないでしょう!! 仮に十年前のような大津波が起きてもみんなで力を合わせて戦えば乗り越えられるしれない。その時、士郎がいれば……みんなが助かるわ……!」
「……そうか……」
「大きな災い? そんなもの……あやねちゃん最強伝説の1ぺーじにしてくれわ!!」
「あやね……」

 感動していた行人残念そうに呟く。

「どんな困難があっても……私と士郎がいれば、そんなの敵じゃないわ」
「あやね……」

 見つめ合う師と弟子。
 もう一人の弟子ある行人が身を乗り出す。

「あやねや士郎さんだけじゃないですよ! ボクだって!」
「わたしもわたしも!」
「ここは、私はいてもいいのだろうか……?」
「もちろんよ! 士郎、最初に言ったわよね。『ようこそ、藍蘭島へ』って! そしたら士郎なんて言ったか覚えてる?」
「ああ、覚えているよ……『よろしく頼む』と……」

 暫し巫女と騎士の視線が交錯する。

「……私の、敗北か……」
「ああ、私の勝ちよ……」

 お互いが納得するのだった。

「じゃあ、正式に契約を結ぶわ」

 まちは懐から取り出した呪符に霊力を楚々木々込、術式を起動する。呪符は淡い光を放つと、士郎とあやねのライン、霊的に二人を結びつける。
 正式に式神契約を結ん終えた瞬間、あやねの体中の霊力が士郎の元に流れ込んでいく。あわてて気を引き締めて耐えようとするが全身に脱力感が広がり、足に力が入らない。

「うわぁ……ごめん、無理っぽいわ……後、お願い、ね……」
「あやね!」

 そう言終えると膝から力が抜けて倒れ込むあやねを士郎が抱きとめた。気を失ったあやねの小さな身体を士郎はそっと抱え、不思議そうに呟く。

「……温かい、な……」

 この小さな体で自分を救ってくれた女の子に自分は、どれだけのことができるのか
士郎は考えるのだった。



 夢を見る。
 私ではない誰かの。
 ようやく契約を交わし、正式な主従関係を結ぶことに成功したからだろうか。
 エプロンの似合うあいつの、生前の頃の夢を。見ることになった。







「もう…………いい加減にしなさぁぁぁぁぁいっ!!」

 絶叫とともに飛び起きるあやね。
 16年生きてきた中で最悪の……目覚めだった。
 はーっはーっと荒い息をつきながら鬼のような形相で天井を睨んでいたあやね。なわなわと怒りに震え、焦点の合わない瞳が空中を彷徨っていたが香ばしい味噌汁の匂いに我に返る。

「士郎ぉぉぉぉぉぉっ!!」
 どどどどどどどどと台所で朝食の準備をしていた士郎に突撃する。

「あやねか、ちょうど夕食が……!?」

 悪鬼のような形相でこちらに向かってくるあやねの姿に士郎は言葉を失う。

「あの女は誰よっ!?」
「はっ……? な、何のことだ?」
「とぼけないで! 金髪の女と接吻した後、(放送禁止用語)や(子供には聞かせられないもの)や(口にするのもはばかれるようなこと)や(女の子が言っちゃいけない言葉)なこともしたでしょう!?」
「マスター!?」
「その上、ぐらまーな女や黒髪のぺちゃぱいとさ、三人同時なんて……! そして最後には、銀髪幼女にまで手を出して……!!」
「そ、それは違うぞ!  待て、話せば分かる!!」

 あたふたと弁解する士郎の姿は浮気のばれた駄目男のようであった。
 士郎の言い訳を聞きながら、淡々と霊力を己の右拳に溜め込み。

「問答無用っ!」
「ぐはっ!」

 渾身の右ストレートを士郎の腹に叩き込むのだった。


「……悪かったわね……」
「いや、気にするな……そもそも契約すると英霊の過去を覗いてしまうことがあると前もって伝えていない私も悪かった」
「そう言えば、英雄となって星になった人もいるのね……」
「そうだな。ギリシャ神話のヘラクレス、ペルセウス、数多の英雄の師となったケイローンなどそうだな……」

 満天の星を二人で眺めながらあやねは小さな、そしてはっきりと口にする。

「私、英雄になる」

 士郎は僅かに顔をしかめる。

「……あやね、それは……」
「うん、わかっている。生半可な道じゃないし、たくさんの不幸や困難が押し寄せると思う……でも、士郎がいるから」
「あなたがいれば、絶対に負けないもの」
「あやね……」
「これからもよろしくね」

 これは何を言っても無駄だな。諦めつつ、何やら楽しくなる自分に驚きつつも士郎は新しい主人に忠誠を誓う。

「それはこちらの台詞だ。私の方こそよろしく頼む」
「ふふっ、いつまでも一緒なんだからそんな改まって言わなくてもいいのに……」
「そうだな……君が望むまでいつまでもそばにいるとしよう」
「そうよ。死ぬまで一緒なんだから!」
「なっ……」
「さあ、士郎! 行くわよ!! あの星に届くような英雄になるまで!!」


 無限の星空に手を伸ばす少女と見守るかつての英雄。
 そして夜が明け、今日も雲一つない晴天の空。
 日はまた昇り、新しい一日が始まる。
 藍蘭島は、今日も平和です。


(あとがき)
 長い間、呼び出されて藍蘭島を読んでいただき、ありがとうございます。
 これをもちまして、完結となります。行き当たりばったりから始まり、課題が多く残されています。しばらくは皆さまから指摘していただいた部分を直しつつ、追加エピソードを加えてより面白い作品していきたいと考えています。こんなあやふやな作品で長期の休載など、ご迷惑をおかけしました。
 全てを読んでくれた読者の皆さんへ。
 本当に今までご愛読ありがとうございました。





[34335] よびだされて藍蘭島 番外編「乗り越えたくって」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:21e24b2e
Date: 2016/12/13 11:16
番外編「乗り越えたくって」

 満点の星下でに願った後、再び倒れてしまったあやね。士郎はあやねから繋がっている契約のラインをあわてて閉じると、すぐに神社に連れていく。 巫女として成長したあやねだったが英霊たる士郎が回復に要する霊力の消費量とあやねからの供給量が追いつかず、結果。
 正式な契約を交わしたその日から体調を崩し、眩暈と高熱に倒れているあやね。
 霊体化しながら見守ることしかできない士郎であった。

『まさか体力自慢の君がこんなに弱るとは……すまないな』
「そういう……ことは、言わない……」

 霊体の士郎が無念そうに語りかける。ぐったりと布団で寝込んでいるあやねは途切れ途切れになりながら士郎に語り掛ける。

「ねー、士郎……」
『今は無理にしゃべるな。目を瞑って休みなさい。もうすぐまちがこっちに……』
「大丈夫よぅ……すぐに、良くなるから……」
『……ああ、そうだな。君の体力は私が一番よく知っている』
「ふふっ、そうよね……散々しごいてくれたもんね……」
『また元気になったら厳しくしてやる。早く元気になれ』
「酷いなぁ……こういう時は優しくいてくれてものいいのに……そうだ。前にちずるが言ってただけど……」
『むっ?』
「人って大切な人や好きな人がそばにいると元気が湧いて病気の治りが良くなるそうよ」
『なっ……!』
「ふふんっ。びっくりした? だから大丈夫よ。すぐに良くなるから……また、頑張りましょう……ねぇ……」

 にへらと微笑むとそのままフッと目をとじる。
 再び、眠りにつくあやねを士郎は悔しげに見つめる。

(俺は……無力だ……!)

 己の不甲斐なさに恥じ入るばかりだ。英霊という存在でありながらどうすれば主と定めた少女を救うことができるのかもわからない。これでは、生前の無力な少年だった頃と変わらないではないか。いっそのこと、この地より去るべきなのか。

(いや……)

 あやねの約束をまだ何も果たせず、何も成し遂げていない。星空の下で交わした誓いを捨て、このまま去るわけにはいかない。

「英霊さま」
『……まちか……』

 まちがそっとあやねの部屋に入ってくる。

「今、先生のパラさまがお見えになりました。今回の治療であの子も良くなるかと」
『すまない……君にとって大切な妹を窮つに陥れるなど、臣下としてあるまじき行為だな』
「……ご自分を責めないでください。本来、英霊さまという規格外の存在を人の身で従えようとするなら、これくらいの代償ですめばましな方です」
『そうかもしれないが、やはり私のミスだ。彼女のことをもっと考えておけば……!』
「英霊さま、もし……償いがしたいいうのなら、この霊薬を飲んでいただけますか?」
『これは……?』
「霊力不足を補う、我が家に代々伝わる秘薬です」

 まちの小さな手の中にはお盆にのせた小さな湯呑から、禍々しい臭いと毒々しい液体が。

「……わかった。これであやねの体調が改善するのなら……!」

 士郎は霊体化を解くとまちから霊薬を受け取り、一気に飲み干す。その瞬間。

「ごっ……! はぁ……!!」

 全身を貫くような衝撃が士郎を襲い、膝が崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。この世すべての不味さを凝縮したような味に士郎は耐えるのだった。

「……英霊さま、だいじょうぶですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ……確かに効くな。良薬、口に苦しだ」

 士郎は身体の状態を確認すると顔をしかめた。薄れた魔力が戻り、四肢に活力があふれた……と思ったが、すぐに枯渇してしまう。

「……助かったが、やはりこれだけではまだ足りないな」
「大丈夫です」

 にっこりと微笑むまち。無垢な笑顔のまま士郎に告げる。

「まだまだたくさんありますから、いっぱい飲んでくださいね」

 衛宮士郎の試練の夜が、ここから始まる……!





 あやねは、夢を見る。
 
 月の綺麗な夜だった。
 少年と父は、何をするでもなく、縁側で月を眺めている。

「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」

 ふと、父がそんな言葉が口を衝いて出た。その言葉を聞いた途端、少年はやにわに不機嫌になる。

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」
「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早くに気が付けば良かった」

 父は遠い月を眺めながら、苦笑する。
 少年は父のその言葉について考え込んでいる様子だったが、やがて彼なりに納得したように頷く。

「そっか。それじゃしょうがないな」
「そうだね。本当に、しょうがない」

 父もまた相槌を打つ。
 父も少年も月を見上げながら語り続ける。

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

 楚々と夜を照らす月明かりの中で、少年は、ごくさりげない口調で誓いを立てた。

「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は、俺がちゃんと叶えるから」

 少年はこんなにも綺麗な月の夜の下で、誓いを胸に秘める。

「そうか。ああ……安心した」

 父は安堵すかのように呟くと眠るように目を閉じる。
 ある少年が、父の夢を継ぐと決めたその光景を。



「んっ……変な夢……」

 もぞもぞと布団の中で寝返りをすると霞のかかった頭で考える。

「あ、朝……?」

 徐々に思考が明快になり、状況を改めて把握する。

「ああそっか……私、倒れてたんだ」」

 布団を抜け出し、軽く背伸びをする。ふと士郎の姿が見つからないことに言いれない不安を覚えた。すっかり元気になったあやねは姿の見えない士郎を探す。

「士郎……? どこにいったの?」

 部屋を出て家の中を歩き回いていると、神社の鈴の音が聞こえた。
 鈴の音が鳴るほうへ進んでいくと、拝殿で祈りを捧げる士郎。

「その様子だと、もう大丈夫のようだな……」

 一礼し、あやねに向き直る士郎。

「……ごめん、私のせいで……」
「君だけではない」

 士郎は無念そうに呟く。

「このような事態は想定できたのだ。ならば対策を練り、実行に移すべきは私にあった……」
「そんなことは……! いえ、もう……やめましょう。お互いに謝り合うのは」
「そうだな……大切なことは次に生かすことだ」
「ええ、そのためにやるべきことは……!」
「ほう、何か考えが……?」
「不足した霊力を補うための補給よ!」
「……は?」
「私が倒れ、士郎が消えかかったのは要するに霊力がたりないからよ」
「ま、まあ……確かに……」
「英霊という存在をなめていたわけじゃいけど、私のほとんどの霊力を吸い上げてもまだ足りないわ。そこで……お母さまとお姉さまに相談するわ」
「まあ、妥当だな。それに私の方もいくつかアイディアがある。特にこの地は霊脈が豊富だ。要地で休めばこの様なことには今後なるまい」
「ええっ!? じゃあ、なんで私は倒れたのよ!?」
「……すまんな。君と最後に別れを告げてそのままこの島を去るつもり……だったからな」

 その言葉が、どうしようもないほど怒りをこみ上げる。

「士郎。もう、『この島から出ていく』なんて言わないで!」
「……承知した」
「私たちはこれからもっと強くなるわよ。士郎!」
「ふっ、威勢の良いことだ。精々励むとしよう」

 互いにエールを交わすのだった。

(士郎に迷惑をかけないようにしっかりしなきゃ……!)

 あやねは心に刻むのだった。






[34335] よびだされて藍蘭島 番外編「夢だって」
Name: 秀八◆ea88a889 ID:752a12f8
Date: 2022/09/24 13:23
 この作品は『流されて藍蘭島』の後日譚の予告を兼ねた作品で15禁です。
なるべくやりすぎないように注意しますが、上記で述べたような表現が苦手な方は読まない方がいいかもしれません。
 後日譚は士郎×あやね、行人×すずの作品で「アルカディア ×××SS」に投稿します。
 よろしければ、ご覧下さい。


番外編「夢だって」



 夢を見ていた。

 いつも場所。藍蘭島に流れ着いて以来、ずっとお世話になっているすずの家。板張りの居間ではすず、とんかつと一緒にご飯を食べて他愛もないお喋りをして過ごす。そんないつもの場所で。
 ボクは……すずを抱いていた。

「やっ……そんないきなり……! は、恥ずかしいよぉ……!!」

 日が沈み、夜の静寂が支配する藍蘭島。
 薄明りの月の光が二人の影を映す。影は重なり合い、熱烈に愛を求め合っていた。

「んぁっ! あぁん! んにぁああぁああああっ!!」

 いつもの元気な声からは想像できないほど艶やかな『女』の声。
 ぼくの下であられもない嬌声をあげるすずをなんで、こんなに愛おしいと思うんだ。
 すずは大切な家族で……なんで、こんなことをしてるんだ。腰を振るのをやめるべきだ。そんな考えが脳裡によぎるが、すずの潤んだ瞳と目が合った瞬間。

 そんなバカな考えは消えた。

 お互いに顔を寄せて唇と唇を重ね合わせ、舌と下をからませて貪るように求め合う。よだれが垂れようが関係ない。
 13歳とは思えない豊満な肢体は、白くなめらかな肌は汗に濡れて妖しく紅潮している。裸同士で睦み合いながら、やかて行人は限界を向かて。腰を振り続ける。
 そして……。


「ううっ……」

 布団の中で喉の渇きと激しい脱力感に襲われながら、行人は目が覚める。暑いはずだ。かたわらでは、四肢を絡みつけるようにしてすずの熱い肢体が密着している。

(ゆ、夢だったの……?)

 どこから夢だったのか。ところところおぼろげだ。が確かに、すずとエッチな夢を……!
 ぼんやりとした思考はやがて恐るべき現実に気づき始める。

(つっ! パ、パンツが汚れている……!!)

 夢精に気づいた行人は顔を真っ青にして隣のすずを見る。
 藤色の寝巻きがややはだけていたが、すやすやと眠っているすずの姿を確認して行人はほっと一息をつく。

(よかった……まだ寝ている今なら……ばれずに処理しよう)

 できるだけ音をたてずにしがみ付いたすずの手足を細心に注意を払ってほどく。行人が布団から抜け出そうとした瞬間。

「にゃあああぁっ!!」
「!?」

 突然のすずの悲鳴に行人はぎょっとする。

(ばれた!?)

 驚愕の表情で振り返るとすずが行人と同じく真っ青な顔で呆然していた。

「す、すず……大きな声を出してどうしたの?」
「あっえっと……え、えーとね。変な夢を見てびっくりしちゃったの……」
「そ、そうか……ぼくもね」
「行人も?」
「ま、まあね……ちょ、ちょっとお腹が痛いから厠へ……」

 無駄ににこにこしながらトイレに向かう行人。怪しすぎる行人の行動に違和感を覚えるが、すずの方もそれどころではない。

(……この年で、おねしょなんて……)

 恥ずかして泣きそうになりがら、すずは汚れた股間を見下ろし泣きそうになる。濡れた衣類 が張りついて気持ち悪い。
 それでも行人がトイレに向かった幸運を噛みしめながら、すずは考える。

(なんでおねしょなんか……やっぱり、アレかな。夢で行人が私に覆いかぶさって……)

 目覚めたせいで急速に夢の記憶が薄れてきているがはっきり覚えていることがある。
 どうしてか行人が険しい表情で抱きしめて。
 なぜか自分から腰を動かし、変な声をあげて行人の唇を……!

「うにゃーーーーー!」

 思い出したせいで……変な声が出た。



「……仕事、頑張ろっか……」
「……うん……」

 天が祝福するかのような快晴の下。
 かつてないテンションの低さで仕事に向かう行人とすず。身だしなみは整っているのにげっそりとした顔で全身からは妙な倦怠感がとめどなく溢れている。行く先々で村の仲間たちから心配そうに声をかけられるのをなんとか交わしつつ、もくもくと仕事をこなす行人とすず。
 そこに、行人とすずと同じくらい落ち込んだ様子のあやねと遭遇する。

「……二人とも……」
「……あやね」
「「「……こんにちは……」」」

 挨拶の後、ため息が漏れる。

「「「……はぁ……」」」

 お互いに……調子悪そうと心配そうに見つめ合う三人。

「あやね、しんどうそうだけど大丈夫?」
「ありがとう。ちょっと夢見が悪くて……ねぇ」
「あはは。実はわたしも……」
「えっふたりとも?」
「じゃあ、行人さまも?
「……最近、稽古のしすぎかなぁ」
「もうすぐ『狩り物競争』だもんね」
「疲れているのじゃない? そういえば、疲れが『溜まっている』と男の人は白い液体を出すってお姉さまが言っていたような……」
「えっ? そうなの行人??」
「あやね。本当に、本当に……! お願いだからうちのすずに変なことを教えるのはやめてね?」

嫌な予感を察した行人があやねを睨む。あやねはおほほ~と笑いつつ、すずにアイコンタクトを送る。

(今度、教えるから後で家に来てね)
(了解!)

幼馴染の連係プレーに気づくことなく行人は危機を回避できたことに安堵する。

(……そういえば、このところ色々あってシテないなぁ……どうしようって落ち着け! 女の子の前に何を考えているのだ!?)
(……そういえば、夢の中で行人が白っぽい液体を私にかけてたような……うにゃあ! なんだか急に恥ずかしくなってきたよぅ……!?)
(……そういえば、昨日の士郎のあれってやっぱりあのこと……!? そんなの夢の中とはいえ、私にいっぱい出しているの……!?)

三者三様の想いを馳せる。お互い、顔が真っ赤になっていることに気づくことはなかった。

「じゃ、じゃあ、これからボクたちは仕事に行くから……」
「じゃあね~」
「二人とも頑張ってね」

分かれる3人。
すずはふと考える。

(そうだ。疲れが溜まっている行人のために今日は精のつくものをたくさん用意して元気を出してもらおう!)

行人の理性が爆発するその時まで、あと僅か。





その頃。

「あやねの調子が……」
「やはり、士郎様と契約したせいか」
「もしや、私の過去を『視た』のやもしれん」
「どういうことですか?」
「英霊と契約したものにはそういったことがあるのだ。戦火で焼かれた町や戦場の光景は、凄惨なものだ。そのせいでは……」
「……ここで話し合ってもだめね。今度あやねさんに確認しましょう」
「……すまない。私と契約したせいで……」
「そんなことはおっしゃらないでください!」
「そうです。皆で力を合わせてあやねさんを助けましょう!」
「ありがとう……!」

感動に打ち震える士郎。
だが数日後に、彼はエロ幽霊の烙印を押され、彼女たちから軽蔑の眼差しを向けられることになる。





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