第3話「よびだして(後編)」
I am bone of my sword. (体は剣で出来ている)
Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)
I have created over a thousand blades. (幾たびの戦場を越えて不敗。)
Unknown to Death.(ただ一度の敗走もなく)
Nor known to Life.(ただ一度の理解もされない)
Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)
Yet, those hands will never hold anything. (故に、生涯に意味はなく)
So as I pray, unlimited blade works. (その体は、きっと剣で出来ていた)
召喚戦争での過去の自分との戦いは、自らの内に答えを再び与えてくれた。
「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。俺も、これから頑張っていくから」
最高のパートナーだった少女に笑顔で別れを告げ、『英霊の座』の還ったが……それでも『抑止の守護者』となった自分には大きな影響はなかった。
解りきっていた事だった。彼自身、あれがただの八つ当たりでしかないことなど。
だが、それでも。
そして、もうひとつはあの赤い惨劇の地獄のなかで自分を助けたときの養父の安堵の笑顔。
月夜の縁側で一人の父と子が交わした記憶。
人を守り、笑顔を守る事。
それだけは……間違っていなかったのだから。
英霊の座から意識の一つが剥離する。『英霊の座』にあるのは集合体。複製を創り、成すべき事のある世界にいくのだ。
(また、呼び出されるのか)
己のものとも定まらぬ朧な意識の中、そう思った。莫大な力によって意識と身体が形作られる。どうやら、また世界の危機が起きたらしい。
現界が近い。
何度目の召還なのだと思ったその時だった。
助けを求める『声』が届いたのは。
それが助けを求める『誰か』の心の叫びだと理解した瞬間、衛宮士郎は無意識だった。ありったけの意志と力を総動員して『声』の聞こえた方へと体を動かす。
召還されるはずだった場所ではなく、『声』の主の元へと向かうために全ての境界をを越えたのだった。
そうして、騎士は。現世へと舞い降りる。
「選定の声に応じ参上した。俺のような役立たずを呼んだ大馬鹿者はだれだ?」
静寂に包まれた修練所に響き渡る誰何の声。
あやねとちずるはその光景に目を奪われる。
召還の光は急速に明度を失いつつ、粒子は明確な輪郭を描き、おぼろげな立体が生まれる。
明度と引き換えに色を纏い、『ヒトガタ』となって構成されていく。
赤い外套を纏った、異国風の青年。
漆黒の肌に灰色がかかった白髪に180もの長身。
そして、『今』の藍蘭島では決して見ることのできない、大人の男性。
「問おう」
何より一番印象的なのが……瞳だ。
鷹の如き鋭く気高い眼光が、いつの間にか気が抜けたように尻餅をついているあやねを見下ろす。
「君が、私のマスターか?」
「……あ、ああ…………」
何か言葉にしようとするが上手く口に出すことができない。
見習い巫女の自分でも、理解できる。
外見は殆ど人間と変わらないのに目の前の存在が、絶大な霊力を帯びた超常の存在であるということを。
今までの人生で出会った人、動物、妖怪たちとは比べものにならないほどの超越した力。触れただけで蒸発しそうな、圧倒的なまでの力の滾り。それが身体中から渦巻いているのが、嫌でも感じられる。
「あやねっ! 早く返事をなさい!!」
ちずるの声に呆けたように士郎を見上げるあやねははっと我に返る。その様子を見ていた士郎は確信した様子で、あやねに声をかける。
「やはり、君が召喚者か……やれやれ、今回はまた可愛らしい少女に呼び出されたものだな」
「えっ……あ……!」
「ほらっ、早く立って!」
その言葉に、今まで床に座り込んでいたことに気が付いたあやねはあわてて立ち上がり、身なりを整える。
「ま、待たせたわね……」
「…………」
士郎は腕を組んだままため息をつく。
「これはまた……随分な娘に引き当てられたものだな」
「なっ!?」
「もう一度問うが、君が私のマスターで間違いないのか?」
「ますたー……? ああ、召喚者ってことね。そうよ、私があなたを呼んだのよ」
絶大な力を持つ人外の存在を前にして震えそうになる声を押さえ込み、真っ直ぐに英霊を見上げる。
その様子を士郎は微かに目を細める。その姿に、かつての自分を託した赤い少女を彷彿させたからだ。
感傷を振り払い、騎士は静かに告げる。
「では、召喚者よ。早急に送還の儀を執り行ってくれ。こちらは『本来』の事情で呼び出された訳ではないのでね」
「……えっ……?」
何を言われたのか理解できなった様子のあやねに士郎は語りかけるように話す。
「召喚陣を『観た』が、本来は低位の妖魔を召喚する為のものだろう。なぜ、こんなもので『英霊』を呼び出せたのか分からんが……」
ちらりと目をやると、ことの成り行きを見守っているちずるに声をかける。
彼女があやねの師なら彼女から説得すれば、自然とこの少女も納得するだろう。そんなことを考えながら、言葉を重ねる。
「貴女なら理解できるだろう。強すぎる力は、在るだけ災いを呼ぶものだと」
「……ええ、そうね……」
「師もああ言っているのだ。言い分けたまえ」
「……や、よ……」
「何?」
「いやよ! あなたは私が召喚した最高の式神なのよっ!!」
あやねは爆発したように顔を歪めて士郎にしがみ付く。
「なっ…………!?」
「何度も何度も失敗して! ようやく成功したと思ったら襲われそうになって! もう駄目だと思ったらあなたが助けてくれて!」
あやねの身体が震えていることに今更ながらに気づく士郎。
士郎は微かに顔をしかめる。
何を呆けていたのだ。
くりおねらを斬り伏せた後にすぐに少女を『解析』の魔術で調べ、未熟な見習いでしかないと分かっていたはず。召喚時に得た僅かなこの世界の情報からは特殊な力を持つ存在は多数あっても、『魔術師』は存在しないことは理解していたはずなのに。
肩を震わすあやねを士郎は壊れ物でも扱うようにそっと抱きしめる。
この少女は、『力』を扱えるだけの普通の少女なのだ。
士郎は思考する。
死の恐怖で精神の安定が崩れかかっている少女をそのままにして去れば、最悪の事態になるやもしれん。特に、『死にかけた人間が命を救わる』というのは。
自分を救ってくれた人間に全てを『依存しまう』場合がある。かつての自分のように……ならばどうすればいい。医者に見せて、しばらくは彼女のそばにいる。師もどうやら家族のようだ。近親者がいるなら普段の生活に戻れば、大丈夫なはず。
後は2週間程度様子を見れば、問題ない。
「……召喚者よ」
「……ぐすっ……な、何……」
涙で潤んだ瞳で見上げるあやねに士郎は慎重に語りかける。
「もしかして……私の式神になってくれるの!?」
「いや、期待に添えなくて残念だがそうではない」
あやねの表情が、希望に輝く顔が絶望に歪む。
命と魂を対価に、救いを求めている。士郎は、慎重に言葉を選んでいく。まずは、褒める……いや煽ってみる。
「君は魔術……いや、巫女としての器量が劣っている」
「ううっ……」
「私としてもこのまま送還しては正直、君のことが心配この上ない」
「そこまで言わなくたって言いじゃない!」
絶望から怒りへ。先程までの恐怖と不安に染まっていた目に力が戻る。遠坂凛を彷彿される少女。この子もやはり、逆境に強いようだ。
「最後まで話を聞け。こうして君に召喚されたのも何かの縁だ。私自身の魔力だけなら2週間は存命できよう」
「えっ?」
「その間、君を鍛える……というのはどうだ?」
「えっ? えっ?? ええええええええっ!?」
あやねは何を言われたのか理解できない様子で混乱と驚愕の声を上げた。