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[33878] 【完結】スリザリンの継承者【ハリポタ×(若干)型月】
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2014/02/28 20:08
<前書き>


この作品は、ハリポタの世界観と少しだけ型月の世界観を混ぜたものとなっています。基本的にハリポタ重視なので、型月キャラの登場は少なめです。序盤では登場しません。後半になるに従い、少しずつ増えていきます。
また、主人公は直死の魔眼を持っています。


また、原作には登場しないオリキャラが何人か登場します。

それから、アンチ色が強いです。R指定は設けませんが、残酷描写があるので注意してください。


至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。




1月10日:完結しました。
※2月28日より、小説投稿サイト『ハーメルン』にて、リメイク作品『スリザリンの継承者-魔眼の担い手-』を連載開始しました。






[33878] [賢者の石編] 1話 深夜の来訪者
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/12 22:58
「やぁ、落ち着いたかい?」



部屋に入ってきた男は、そう話しかけてきた。

声がした方向を向くが、何も見えない。当然だ。包帯が両目を塞ぐように巻かれているのだから、見えるわけがない。だが、人がいる気配はした。どこか作り物のような優しい声から察するに、昨日の医者が、そこにいるのだと思う。すぐに、浅い眠りに落ちてしまったから、よく覚えていないが、きっとそうに違いない。


「落ち着いた……っていうか、よく分からないですね。貴方は医者ですか?」


昨日の周囲の様子や、今も鼻に入ってくる病院独特の消毒液の匂いから、ここが病院だということが分かる。おそらく、いま私の横にいる人物が、私を受け持つことになった医者なのだろう。


「そうだね。君……セレネ・ゴーントさんを受け持っている医者です。セレネさんは知らないと思いますが、1年前に君が入院した時から、受け持っているんですよ」
「2年前…?」
「そう、2年前です。2年前、君は交通事故でトラックと接触したんです。覚えていませんか?」

「…まぁ、一応は」


覚えているといったら嘘になる。目覚める前の最後の記憶と思われるものには『トラック』なんて映っていない。映っているのは、悪臭のする灰色の髪をした男が襲い掛かってくるところ。そして、鋭い歯を持った男が、私に触れようとしたとたん、急に遠くまで飛ばされていったということ。そして、どこからともなく放たれた赤い閃光に当たったところで、記憶が途絶えている。

次の記憶は…



「セレネ、大丈夫かい?」


別の男の声がした。私は男の声の方を見る。


「僕だよ?クイール・ホワイトだよ」
「父さん?」


そう言うと、見えてなくても彼が喜んでいる顔が目の奥に浮かんだ。


彼の名前はクイール・ホワイト。私の養父だ。本当の父さんは私が生まれてすぐに死に、母さんも死んだ。詳しくは教えてくれないが、どうやら突然、死んでたらしい。家には鍵がかけられていたはずなのに、その日は何故か開いていたそうだ。警察は最初、病死の線も疑ったのだが、母さんには外傷がなく、だからといって病気の痕跡も見つからなかった。まさに、ミステリーって奴だ。私は、母さんが死ぬ前に、母さんの幼馴染のクイールに預けられたらしい。母さんは死ぬのをまるで予期していたかのように、私を彼に預けたそうだ。そして、彼は私を実の娘の様に育て、私も彼を実の父親の様に慕っていた。この世のものとは思えないくらい苦い丸薬を飲まされたことがあったが多々あったが、些細なことだ。



それが私、セレネ・ゴーント。

とはいっても、実感が全然わかない。2年も植物人間状態だったからだろうか?なんというか……まるで映画映像を見ているみたいに『セレネ・ゴーント』という人間の一生を見ているようで、その主人公である『セレネ』と自分が同一人物だということがイマイチ実感がわかないのだ。

それは2年という昏睡期間だけが影響しているのではないと思う。この2年の内に私が触れ…戦い続けた存在……いや、アレは概念と言うべきなのだろうか。


「セレネ?大丈夫かい?」


クイールの心配そうな声が耳に届いた。私は慌てて口を開いた。


「どうだろう?まだよく分からないや。身体は固いしね」


ゴキゴキいう身体を動かしてみせる。


「あと1週間もすれば目の包帯も取れるみたいだよ。そしたら外も見えるようになるね」

「外か…」


そう言って強張った顔の筋肉を動かし、笑ってみせると、ほんの少しだけ安心した雰囲気がクイールだけからでなく、医者からも伝わってきた。本音を言うと、外なんて見たくない。でも、そんなことを言うと、入院が長引くかもしれない。それが嫌だった。


「また来るからね」


っと言って遠ざかっていく人の気配。私はまた枕に頭をつけた。

それから私は『イイ子』を装った。薄っぺらい味のする病院食を黙って食べたし、診察も無抵抗で受けた。早く退院したいと思っていたから。
だが『退院して何をしたい?』と問われると答えに詰まる。特にしたいことは思いつかない。……ただ無性に、この異様な空間から逃れたかった。




就寝時間が過ぎたのだろう。煩かった外が静かになる。時折聞こえるのは看護師の巡回の足音だけ……のはずだった



「ほう、起きてすぐに『球血膜下出血』に陥るほどの眼球圧迫とは」


いる。誰かが自分の横に立っている。私は思わず『ナースコール』を押そうとしたが、手が固定されたように動かない。


「おっと、ちょっとだけ待ってくれないかの。君は知りたいのではないかね?その目に映るようになった『死の線』について」



ピタリと動くのを止める。こいつ……今なんて言った?


「誰だ?」



声から考えるに、横に立っているのは相当の歳を取っている男だ。私の知っている医者でもないし、クイールでもない。看護師でもなさそうだ。こんな夜更けに一体何の用なのだろうか?


「はじめまして、セレネ。ワシはダンブルドア教授と言うものじゃ」

「教授?えっと……それって、医者の類ですか?」


でも、そう口にしてから、その考えは少し違っているかもしれない…と思った。
もし、あの昼間の医者が私を調べるためによこした医者なのだとしたら、なんでこんな時間に現れるのだろうか?とうとう、私の頭は、おかしくなったのかもしれない。警戒心を私は強めた。


「いやいや、ホグワーツという名の学校に勤めている教師じゃ。近い未来に君が入学する予定の学校じゃよ」

「私は近隣の公立学校に入学する予定だと父さんから聞いています。そんな名前の学校じゃないです。……なにを企んでいるんですか?」


警戒心をむき出しにして話しかける。だが、彼の放つ雰囲気は穏やかなままだ。本当に何を考えているのか気味が悪くなってきた。


「うむ……実は本来の君の父君を捜していたら君にたどり着いたというわけじゃ。」

「本当の父さんの知り合いですか?」

「知り合いじゃの。まさかすでに死んでおるとは……いや、彼の家系から考えると仕方ないのかもしれないの」


なにやら独り言のように『教師』を名乗る男はしゃべる。本当の父親の知り合いなのだろうか。だとしたら、なんで、そんな人がなんで今更訪ねてくるのだろうか?しかも、こんな夜中に。まるで、人目を避けているみたいだ。


「仕事が忙しくて、この時間しか空けられなかったんじゃよ。苦情の吼えメールで部屋が黒焦げになってしまったり、理事会がうるさくてのぅ」


今、もしかしてこの男は私の考えを読んだのだろうか?しかも、何て言った?何メール?疑問符ばかりが、頭に浮かんでくる。


「最初に言った『死の線』ってなんですか?」
「それは君が一番よく分かっている事柄じゃ」


穏やかな口調でそう言う男。あぁ……ホントは分かっている。







そこは暗くて…底は昏かった。

光も音もない海の中に浮かんでいる。そこに果てなんてなかった。いや、初めから堕ちてなどいなかったのかもしれない。
何もない空間…光も闇もない……無という言葉すらそれには当てはまらないだろう。形容することが無意味に思える『』の中において唯一の異物…それがセレネ・ゴーントだった。


目を背けたくなるような毒毒しい色彩をした『』。
ずっと、遠くを見ても……ずっと何かを待っていても何もない。そうだ……これが『死』なんだと思った。死者しか到達しえない世界で、たった1人の生者が私だった。意識を失っていた1年間ずっと『』を観測し続けていた。









気が狂いそうになる中で、死という概念に触れていたということは、むしろ観測ではなく戦いの激しさに近かったのかもしれない。だから、目を潰そうとしたんだ。
この両目は、あのおぞましい世界につながっている。昏睡から目が覚めて初めて目にしたものは、線だった。人にも壁にも空気にも、禍々しくも清麗な線がついている。その線は常に動いていて一定していない。けれど、確実にそこにあって、今にもそこから『死』がしみ出しそうな強迫観念にとらわれた。あの線を斬ったら、そこからボロボロと崩れていくのが見えた気がした。


もう、あんな世界に行きたくない。



あんな世界に堕ちたくない!!


だから、目を潰そうとしたのだ。止めが入って失敗したけど。


「やはりそれは『直死の魔眼』じゃ」
「直死の…魔眼?」


こいつ、やっぱり人の心を読んでやがる。どんな手を使ってるのかは、知らないが。


「非常に珍しいものじゃ……わしも昔からの友人から聞いたことがあるくらいじゃよ。その友人でさえ、見たことがないと言っておったのじゃからの。
いや…実に…実に珍しいモノじゃ。あっ!これこれ、早まるでないわい。例えその眼を潰したところで、見えてしまうものは視えてしまうぞ?」


「そうか。珍しいなら、手術でもなんでもして売りさばこうと思ったところだったんですよ。残念ですね」


そう言って、眼に伸ばしかけた手を膝に戻す。


「セレネいいかね?」


穏やかな口調の中に真剣な色が混じっている……ここからが本題なのだろう。


「わしは、そっちの魔術については専門ではないのでの。いや、それは魔術というよりむしろ超能力というべきか。だが、忠告を授けることは出来る」

「忠告、ですか?」

「いかにも。よいか、セレネ
『死』を恐れることは大事な事じゃ。じゃが、『死』を避けることを考えてはいかんぞ」

「私は」


あんな世界に堕ちたくない…死にたくない。あれを見てないから、そう言えるのだ。ジィーーっと男が私を見透かすように見ている気がする。


「だが、それはおろかな事よ。特に、君は一歩間違えればより深い闇へと堕ちていく可能性が、他の誰よりも強いのじゃよ」


それはどういうこと、と問う前に、男は立ち上がった。まるで、話を遮るように。


「いかんいかん。そろそろ時間じゃ。続きの話はまた今度にしよう。では、また会おうセレネ」


そう言うと、パチンっという音と共に、男の気配がまるでなくなっ
てしまった。
夢……だったのだろうか?いや、違う……夢じゃない。いったい何者なのだろうか。私は、しばらくそれを考えていたが、いつの間にか浅い眠りへと堕ちていった………。









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読んでくださりありがとうございました。
これからも、寺町 朱穂をよろしくお願いします。


※この直死の魔眼は、遠野志貴以上両儀式以下の魔眼です。
若干ですが、型月の世界観がリンクしています。とはいっても、ハリポタ世界観の方が大きく、型月はあまり出てきません。






[33878] 2話 人付き合いは大事
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/08 11:12

2話 人付き合いは大事



「おや、あんた無事だったのかい!!」



朝から嫌な声を聴いてしまった。

されど声をかけられたからには無視するわけにはいかず、私が声の方向を見るとそこには豚、じゃなかった。人間の女性がいた。『豚』という言葉が相応しい人間はこの女をのぞいたら誰もいないだろう。


いや、少し訂正しよう。
他にも『豚』としかいえない体型の人物を見た覚えがある。

たしか、この女の兄と、その息子も『豚』と呼ぶにふさわしい体型をしていたような気がする。
まぁ、そんな中でも断トツ豚がこの女なわけだが。


「久しぶりに会ったから私のことを忘れちまったのかい?
挨拶1つしてこないなんて!」
「お久しぶりです、マージョリー・ダーズリーさん」


『あ〜二足歩行の豚がいる』という言葉が喉元まで出かかっていた。だが、グッとこらえて出来る限り丁寧に頭を下げる。

一応、近所だし。それに、この豚女は非常に金持ちなのだ。

いざという時に何かの役に立つかもしれないと思い、丁寧に敬うように接することを心がけている。


「こんな朝っぱらから何してるんだい?」

「ジョギングです。身体を動かしたかったので。
ダーズリーさんは、今からお出かけですか?」

「ちょっと休暇でワイト島まで行くのさ。」

「そうなんですか!!
どうりでいつにも増して素敵な格好をなさっていると思いました」


それにしても、いつにも増して悪趣味な格好だ。
一目でブランドものってことは分かるのだが、服というものは着る人を選ぶのだ。
まったくもって似合っていない。
だが、目の前の豚女は、少し気分を良くしたらしい。
ニンマリと嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「そうかい、分かるかい!これは●●ブランドの服で……」

服の自慢話が始まった。あまり興味はない。
早くジョギング再開して家に帰りたい。
だが、我慢して相槌を適当に打っていると、さらに気をよくしたらしい。
もし『気分が向いたら』土産を買ってきてくれる…っと言ってくれた。


服のセンスに関して言うと、ダメダメなこの人だが、金持ちなだけあり審美眼は相当なものだ。
事故に合う前だから、2年前のイタリア土産でヴェネチアングラスを貰ったことがある。

本当に小さい指くらいの大きさのグラスだったが、透き通った深蒼色をしていて、『海』を連想させられた。

日常的に使用するモノではないので、現在も自室に飾ってある。
私は笑顔で彼女を見送ると、ジョギングを再開した。


「ただいま」
「おかえり、セレネ」


家のドアを開くと、クイールが顔を出した。
……もう昼近いのに歯を磨いている……髪もボサボサだし今起きたのだろう。
眼の下にクマがあることから考えるに、また夜中まで徹夜で新学期の授業の準備をしていたに違いない。

クイールは学校の教師で、学校が休みでも夜中まで授業の準備をしているのは日常茶飯事なので、私は驚かなかった。

そのまま廊下を通り過ぎ、テーブルの上を見ると、ジョギングに出る前に作った目玉焼きがそのまま置いてあった。


「朝飯は作って置いたけど……食べてないね……」

「ごめん、今起きたばかりなんだ。すぐ食べるよ」

「いいよ慌てないで。
んじゃあ、昼は父さんの分はなし……ってことか」


そう言うと、私は2階の自室に入る。
部屋に入ると、ペットの蛇のバーナードがゆっくりと重たい頭を上げる。


『おつかれ、どうだった?』


シューシューっと鳴き声を上げるバーナード。
私はバタンっとベットに横になって、ケージの中にいるバーナードを方を見た。


『いつも通り。
バーナードは、もう歳なんだから無理は禁物だぞ?』

『無理なんてしてないさ』


そう言うと、バーナードは目を閉じた。
私はしばらく眠るバーナードを見ていた。


物心ついたときから……私は蛇としゃべることが出来た。

数年前にクイールが遠足の下見に行った先で死にかけた蛇を見つけた。

その蛇がバーナード。

最初はクイールが世話をしていた。だが、バーナードは餌に怯えて拒食症になってしまったのだ。
なんで食べないのだろうか、と思ってジィっとバーナードを観察していた時、彼が話しかけてきたのが始まりだった。

彼の話だと、どうやら、鳥に痛い目にあわされたことがあったみたいで、餌として与えていた『鳥』におびえてしまっていたらしい。

蛇と話せるなんてナンセンス。
きっと頭がおかしくなったと思われるに違いないので、クイールに『図鑑で見たんだけど、餌をマウスに変えたら?』っと提案してこの問題を解決したのだ。

そんなことを知らないクイールは、『セレネは蛇好き』だと勘違いされ…以後、バーナードの世話は私の役目になったのだ。


……もっとも、私が昏睡状態にあった1年間は、クイールが世話をしてくれていたが……




ピンポーン





玄関のチャイムが鳴り響く。

いったい誰だろうか?バーナードもうっすら目を開ける。


下でドタドタっとクイールが、玄関の方に走る音がする。
セールスマンが尋ねてきたのだろうか?


「セレネ!!ちょっと来てくれ!!」

下からクイールが叫ぶ声が聞こえた。どことなく嬉しそうな声だが、いったいどうしたのだろう?

もしかして、私の友人が訪ねてきたのだろうか?
だが、友人のフィーナはバカンスでフランスだし、ラルフもスイスだし。

私は、髪を見られても恥ずかしくない程度に直すと、階段を駆け下りた。

玄関にはもう誰もいない。どうやら、クイールがリビングに客人を通したらしい。


「父さん、どうした……の?」


リビングを除いたとき、私は思わず何もしゃべれなくなった……
リビングでソファに腰を掛けていたのは、映画や魔法物語に登場しそうな漆黒のローブを纏った男だったのだから。





















「……おかしいな……確かこの辺りなんだけど」



キョロキョロっと辺りを見渡すクイール。
昨日…私を訪ねてきた来た黒いマントの男から受け取った、地図を片手に首をかしげている。


「何て言う店探してるの?」

「ん?……あぁ……『漏れ鍋』っていうパブなんだけど
地図だとこの辺みたいなんだけどね」

「パブ?私達って魔法の杖とか制服とか買いに来たんじゃないの?」

「そうなんだけど、セブルスは『まず、ここに行け』としか言ってくれなくてな」


クイールは困惑した表情を浮かべて首をかしげている。



私とクイールは今、ロンドンに来ていた。

最近、不景気だとか言われているけど、活気ある町だと思う。
その町に、ここに新しく入学することになった『ホグワーツ』という学校の入学品を買いに来たのだった。
そのホグワーツという学校は普通の中等学校とは一味どころか二味も三味も違う。


なにせ、その学校は『魔法学校』なのだから。

魔法使いや魔女の才能を持った子が7年間学ぶ寮生の学校らしい。
どうやら、私にも『魔力』というものがあるらしく、入学が認められたそうだ。


考えてみると、昔から不思議な事が出来た。
まず、蛇であるバーナードとしゃべることが出来る。
それから、友達のラルフをいじめていた馬鹿男子共を、少し睨んだだけでコテンパンにしたことがあった。

恐らく、そう言った不思議な現象が『魔力』というものなのだろう。


「で、『漏れ鍋』だっけ?」


私は、クイールの様に辺りを見わたした。
だが、結構簡単に見つけることが出来た。

なんで目の前にあるのにクイールは気が付かなかったのだろうか?


「父さん、ほらアレじゃない?
ほら、その本屋とレコード店の間」

「ん……………あっ!!たぶんあれだよ!!
なんで気が付かなかっんだ?」


まぁ、見落としてしまうのも無理はないかもしれない。
『漏れ鍋』というパブはちっぽけな薄汚れたパブだったし、足早に道行く人たちは、パブの隣にある本屋から反対隣りにあるレコード店へと目を動かし、真ん中の寂れたパブなんて全く目もくれていないのだから。


がちゃり……っと開けてみると、薄暗い空間が広がっている。
ガヤガヤとしゃべっている人はいるが気にならない程度のモノだ。
外の喧騒とは全く違う異空間を思わせるところだと思った。


初めての場所なので気を引き締めて入っていくと、1人の男の人が近づいてきた。
その男の顔がはっきり見えたとき、クイールの顔に浮かんでいた緊張の色が消え、代わりに、ぱぁっと花が咲いたように明るくなった。


「セブルス!来てくれたのか!!」

「耳元で叫ぶなクイール」


眉間にしわを寄せる男。

彼の名前は『セブルス・スネイプ』。この間私に入学案内の手紙を届けた人物であり、クイールの友人だそうだ。
ねっとりとした黒髪に鉤鼻、土気色の顔をした男で、先日と同じ漆黒のローブを纏っていた。

彼は私の家の近所…スピナーズ・エンドに住んでいるらしい。だが、ホグワーツの先生でもあるので、家に帰ることは滅多にないそうだ。

クイールの犬が逃げてしまったのを、気まぐれに保護したのがスネイプ先生の友人のリリーって子だったらしく、そのリリーとの繋がりでセブルスとも仲良くなったそうだ。

もっとも、彼らとクイールが会って遊んだのは彼らが家に戻ってきている夏休みしかなかったみたいだが。



「お前達は魔法界のことを全く分からないから、来てやったまでのことだ。
それに我輩も薬問屋と本屋に行かねばならんのでな」

「あはは。本当に素直じゃないな〜まっ!そういうところがセブルスだけど」


……気のせいだろうか?
今一瞬、スネイプ先生がため息をついたような気がした。


「まぁいい。とにかく行くぞ。
特にセレネ、お前はこれからすることをしっかり覚えておけ」



そう言うとスネイプ先生はパブを通り抜けて、壁に囲まれた小さな中庭に私たちを連れだした。
ゴミ箱と雑草が2・3本生えているだけの庭だ。

その壁のレンガを杖で、とんとんとん、と叩く。すると、叩いたレンガが震えて、次にクネクネト揺れたのだ。真ん中に小さな穴が出来た。そう思うと、それはどんどんと広がり、目の前には人が余裕で通れるくらいの大きなアーチ型の入り口が出来た。その向こうには石畳の道が続いている。


「ここが『ダイアゴン横町』だ。
魔法関係のモノなら大抵のものがそろう横丁だ。覚えておけ」


クイールは驚きのあまり声が出ないみたいだった。
私も店の外に積み上げられている大鍋が日の光を浴びてキラキラと反射しているのを見たり、それぞれ違ったマントやらローブやらを着ている魔法使いに目を奪われていた。
どこを見ても初めてみるモノばかりで、キョロキョロと辺りを見渡しながら進む。


目が覚めてから初めて『楽しい』と思えた瞬間だったかもしれない。
自分が『魔女』だと知らされたときも刺激があったが、この横丁の雰囲気の方が刺激的な出来事だった。

まさかロンドンに……しかも、こんな空間が、あんな薄汚れたパブの裏に広がっていたなんて、想像できなかった。
もしかしたら……本当に異空間なのかもしれない。


「…スネイプ先生、どこに向かっているんですか?」

「まずは金を換金しないとな。マグル……非魔法族の金はこの世界では使用できん」

「へぇ……こっちにも銀行があるのか」

「あるに決まっておろう。
……ここが『グリンゴッツ魔法銀行』。魔法界唯一の銀行だ」


そこに建っていたのは、小さな店が立ち並ぶ中、ひときわ高くそびえる真っ白な建物だった。磨き上げられたブロンズの観音開きの扉の両脇に、黄金と深紅の制服らしき服を着た謎の生物が立っていた。


それは明らかに人間ではない。

なにしろ、11歳の私よりも小さいのだから。せいぜい5歳児ほどの身長しかない。
その上、浅黒く賢そうな顔つきをし、先のとがった顎髭を持ち…どう見ても
人間のモノより遥かに長い指の長さは、明らかに人ではない。


「その、セブルス?あれは人間なのか?」


クイールも同じことを考えたらしく、こっそりスネイプ先生に耳打ちをしていた。


「あれは小鬼だ。」


声を低くしてそう教えるスネイプ先生。
なるほど、道理で人間っぽくないわけだ。
グリンゴッツの中では、沢山の小鬼が秤を使って金を量ったり、大きな帳簿をつけたりしている。

どの小鬼も真剣にその仕事に取り掛かっていた。
その小鬼の1人に、手持ちの金を魔法界の金に換金してもらう。

魔法界の金は金貨や銀貨だった。
スネイプ先生が貨幣の説明をしてくれた。ガリオンやらシックルを頭にたたき込んだところで、ようやく本題の買い物が幕を開けたのだった。






[33878] 3話 異文化交流
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/08 11:19


3話 異文化交流



「とりあえず、まずは制服だな。
そこの店で買ってこい。その間に我輩は薬問屋に行ってくる」


グリンゴッツから出ると、スネイプ先生は1つの店を指差した。看板には『マダム・マルキンンの洋裁店』と書いてある。


「確かに採寸の間は僕たちは暇だからね。
じゃあ、僕もセブルスについて薬問屋に行ってくるけど、1人で大丈夫かい、セレネ?」
「まったく。
父さんは心配性だな。私はもう11歳だって」


そう言う風に言うと、心配そうだった顔をしたクイールは、一瞬で笑顔になった。
分かりやすい人だ。
何でこの人と、少し陰気な雰囲気が漂うスネイプ先生が友達になれたのだろうか。


まぁ、考えるのは後にして、とりあえず早く制服を買ってしまおう。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。
ホグワーツなの?それならここで全部そろいますよ?」


中から紫色の服を纏ったずんぐりとした体型の魔女が出てきた。
たぶん、この人がマルキンという人物なのだろう。


「はい、今年入学なので制服を一揃え欲しいのですが」
「分かったわ、じゃあ今から採寸をしますわよ」


私はもう1人いた魔女に踏み台の上に立たされて、頭から長いローブを着させられて、ピンでとめ始めた。
辺りを少し見わたしたが、長いローブが置いてある以外は他の洋服店と変わりなかったので暇だった。
そうしているうちに、誰かまた客が来たようだ。
少し顔を動かして見てみると、私と同じくらいの男の子がそこにいた。


「やあ、君も今年入学するのかい?」


男の子が話しかけてきた。どうやら彼も今年入学するらしい。


「まぁそうだね」
「僕の父は隣で教科書を買ってる、母はどこかその先で杖を見ている」
「そうか。私の父さんたちは薬問屋に行くって言ってたな」
「そうなんだ。
これから僕は、2人を引っ張って競技用の箒を見に行くんだ。
1年生が自分の箒をもっちゃいけないなんて、理由が分からないね。
父を脅して一本買わせて、こっそり持ち込んでやる。
君は自分用の箒を持っているのかい?」


男の子が尋ねてきた。
持っているには持っている。掃除用の奴だが……
たぶん、掃除用とは違う『この世界の箒』について聞いているのだろう。
私は、首を小さく横に振った。


「いや」
「クィディッチはやるの?」
「………この世界の競技か?」
「知らないのか?もしかしてマグル生まれかい?」


男の子の目に『嫌悪』の色がチラつき始めた。
……つまりアレか?
生粋の魔法使いってのは非魔法族(マグル)を嫌っている…って感じかな?
白人が黒人や黄色人種を差別するみたいに、この世界にもそういう観念ってあるのかもしれない。


「マグル生まれではないよ。
ただ、両親が幼い時に死んだんだ。だからマグルに育ててもらっている」


魔法使いだったのは父親の方で、母親の方はマグルだったらしいから、私はマグル生まれではない。
すると、その眼から『嫌悪』の色が完全に消えた。


「それは大変だったね」
「そうでもないけど」


そう答えたとき、丁度採寸が終わったらしい。
私は踏み台から降りた。


「君の名前を教えてくれないかい?」


私が勘定を終えた頃、男の子がそう尋ねてきた。


「私か?『セレネ・ゴーント』だ」
「僕は『ドラコ・マルフォイ』。じゃあホグワーツで会おう。たぶんね」


少し気取った感じでそう言うマルフォイ。
あぁいうタイプは金持ちの可能性が高い。私は少し笑って手を振る。


「じゃあね、マルフォイ。ホグワーツで会えたらいいね」


そう言って外に出ると、丁度クイールとスネイプが戻ってきた。
クイールが大きな鍋を抱えている。その中を覗き込んでみると本や薬の材料らしきものなどがが入っていた。


「他の学用品も買ってきてくれたの?」
「薬問屋に行くついでにね。凄かったよ、まさに黒魔術で使いそうなものばかりで。
来年は一緒に行こうか」


クイールが好奇心いっぱいな目をしている。
私はうなずいた。コレが最後の機会じゃないのだから、来年行けばいい。
私は『必要なものリスト』をもう一回見た。


「鍋もあるし、教科書もある……薬の材料もあるし、制服の予備もある……望遠鏡は自分の奴を持っていけばいいから……
あとは杖か……そういえばスネイプ先生!ここにフクロウ・猫・ヒキガエルなら持ち込んでいいって書いてあるけど、蛇って持って行って大丈夫ですか?」
「蛇?」


スネイプ先生は眉をしかめた。
クイールがバーナードのことを知らないスネイプ先生に説明をする。


「あぁ、セレネは蛇を飼ってるんだよ。毒蛇だけど躾はいいから大人しい子だよ」
「基本はダメだな。
だが、他の生徒に対して害を及ぼさなければ構わない」
「よかった。
それで、このフクロウってどういう意味ですか?入学案内にも『フクロウ便』って書いてありましたけど…」
「魔法界ではフクロウが手紙を配達する。
そういえば、お前はフクロウをまだ持っていなかったな……」


少し考え込むスネイプ先生。クイールは興味深そうな顔をしている。


「珍しいな、ハトに手紙を持たせるなら聞いたことがあるけど、フクロウに手紙を持たせるなんて。
じゃあ、非魔法族の方法で手紙を出すとそっちにはつかないのか?」
「いや、つくことにはつくが、時間がかかりすぎる。
そうだな、入学祝いとして、我輩が買ってやろう」


なんかありえないことを言い始めたスネイプ先生。
私とクイールの眼は珍しいモノを見るような目をしていたに違いない。


「そこまで驚くことがあるか?
そもそも、そいつの名付け親は我輩だぞ?」
「へぇ…………………
嘘は泥棒の始まりですよ、先生」
「そういえば、そのことをセレネには言ったことがなかったな。
セレネが生まれたとき、すでにセレネの父さんは死んでいたし、母さんの方も虫の息だったんだ。
だから僕が考えることになったんだけど、いいのが思いつかなくてね。
で結局、当時の僕が一番話しやすかったセブルスに頼んだんだ」


そんな秘話があったのか。
まさかこの目の前の男が名付け親だったなんて、少し意外だ。


「まぁ、そういうことだ。
分かったなら行くぞ」



とはいっても、買う前に休憩としてアイスクリーム屋に寄った。
忘れているかもしれないが、今は8月1日。夏真っ盛りだ。どうも暑くてたまらない。

こんな日に真っ黒なローブを着ているスネイプ先生は、大丈夫なのだろうか?














アイスクリームで少し回復したところで、ようやく『イーロップのフクロウ百貨店』というフクロウ専門店に入った。ハッキリ言って臭い。
恐らくは鳥の糞の臭さだろう。

臭いを除くと、店中は薄暗く、宝石のように輝く目があちらこちらでパチクリさせていた。
これまでの人生で初めてこんなにフクロウを見た気がする。


「そうだな……」


私は慎重にフクロウを見ていった。
プライバシーのぎっしり詰まった手紙を運ぶフクロウなのだ。
ちゃんとしたのを買わないとまずい。


そうこうしているうちに、また客が入ってきたようだ。



「ん?スネイプ教授!!」


客は入って来るなり、大きな声で叫んだ。
フクロウたちがびっくりしてバサバサッと羽を動かす。
でも、大声を出さなくても驚いたかもしれない。

だって、入ってきた客は黒い髭モジャの大男だったのだから。


「ハグリットか。そうか……そういうことか……」


ハグリットの横をチラッと見てそう言うスネイプ先生。
私も彼の視線を辿ると


「……ハリー?」
「えっ!?まさかセレネ!!?
セレネが何でここにいるの!?」


そこにいたのは、マージョリーさんの甥のいとこで、その甥の家に居候しているやせっぽっちの眼鏡男子、ハリー・ポッターだった。


ここにいるということは、どうやら、ハリーも魔法使いだったらしい。
ありがたいことに彼のいとこ、すなわちマージョリーさんの甥っ子のダドリー、別名・豚3号は、その素質がないらしく、ホグワーツに来ることはないみたいだ。


よかった。アイツが来たら、いろいろと嫌だ。私は心の中でホッと胸をおろす。
差別をするつもりはないが、アレはいやらしい目で嘗め回すように見てくるから嫌だ。
生理的に無理というのはこういうことを言うのだろう。


ハリーは、何回かマージョリーの兄一家と一緒に、マージョリーさんの家に泊まりに来ている。
その時に出会ったのだ。

ダドリーがハリーを蹴り飛ばしているのを私が止めたのが初対面だったと思う。




「ねぇ、セレネは入学届貰ったときどう思った?
それより、なんで最近手紙くれなかったの?僕、とってもさびしかったんだから」



そういえば、昏睡状態に陥る前まで気が向いたらだったが、ハリーに手紙を出したことがあった。
ハリーが『僕には友達がいなくて手紙なんて一度も貰ったことがないんだ……』とあまりにも自虐的にいうのでイラッとしたのがキッカケだったと思う。


「悪いな。実は」
「セレネはあと何を買ってないの?僕は後杖だけなんだけど、セレネもそう?」
「ん……あぁ…そうだけど……」
「よかったら一緒に回らない?いいかな、ハグリット?」


……おいおい……
なに勝手に話を進めているんだい、君は。
しかし、私が突っ込みを入れる前に、話は進んでいく。


「おう、そうだな。いいですかい、スネイプ教授?」
「我輩は……」
「セレネの友達なら構わないよ。大人に囲まれているより、友達と一緒の方が今のセレネにはいいだろうから」


クイールまで何を言ってるのだろうか。
私の意見は無視なのかもしれない。でも、スネイプ先生は嫌そうな顔をしている。

別に、ハリーと一緒って言うのが嫌だってわけじゃない。
ただ、さっきから私の話を全く聞いてくれないから、少し嫌だった。

まぁ、あの家で抑圧された暮らしをしていたんだから、話したいのは仕方ないのかもしれないが。

























「ありがとう、スネイプ先生!」


私は、フクロウが入った籠を抱えて礼を言う。
買った種類は『コキンメフクロウ』というヨーロッパからアジアにかけて生息する小柄で焦げ茶色のフクロウだ。黄色の大きなくりくりした目が特徴的で、ギリシャ神話ではアテナが飼っていたフクロウの種類がコキンメフクロウとも言われているとか。

ちなみに、ハリーは白フクロウをハグリットと名乗る人物に買ってもらっていた。



「次は杖だな。
では、我輩はこれで帰るとしよう」


スネイプがそう言うので私たちは驚いてしまった。


「どうしたんだい、セブルス?」
「我輩も暇ではないのでね、クイール。
それにこの人数ではオリバンダーの…つまり杖の店に収まらない。
では、新学期にまた会おう、セレネ。
ハグリット、また後で会おう」


そう言うとさっさと去っていくスネイプ先生。
そんなにハリーが気に入らなかったのだろうか?


「んじゃあ杖だな。杖と言ったらオリバンダーの店がイッチ番だ」


そう言うと、古めかしい店にドタドタと入っていくハグリット。
チリンっと奥の方で鈴が鳴る。

店の中はとっても狭く、椅子が1つだけ置いてあった。
壁には一面、おそらく中には杖が入っているのだろうと思われる箱がズラリっと並んでいる。
まるで図書館みたいだと直感で思った。


「いらっしゃいませ」


柔らかい声がした。
老人が近づいてくる。隣のハリーとクイールとハグリットが跳び上がった。
そこまで驚くことだっただろうか?
ハグリットの座っている椅子がバキボキっと嫌な音を立てる。

店の薄明かりの中で、大きな薄い色の目、が2つの月みたいに輝いている。

というか、さっきから思ってたんだけど、薄暗い店が多い気がするのは気のせいだろうか?


「おお、そうじゃそうじゃ
まもなくお会いできると思ってましたよ、ポッターさん」


ニッコリとハリーの方を見て笑う(たぶん)オリバンダーさん。


「お母さんと同じ目をしていなさる。あの子がここに来て、最初の杖を買っていったのがほんの昨日のことのようじゃ。あの杖は~~」


永遠とハリーの両親に関する杖の説明が続く。
この人は自分が売った杖のすべてを覚えているらしい。


それで、そのままハリーの杖選びが始まってしまった。

杖から花火のようなものが飛び出し、ハリーの杖が決まったところで、私は咳ばらいをした。
そこでようやく、私の存在に気が付いたみたいだ。


「おや、もう1人杖をお求めになるかたがいらっしゃったとは」
「いえいえ、いいんですよ」


ここで文句は言わない。
もし、言ってしまったせいで性能の悪い杖を買わされたらたまったものではない。
なにせ、一生使い続けることになるのかもしれないのだから、自分に合った杖を購入しないと。


「貴方のお名前は?」
「セレネ・ゴーントです」
「ゴーント?」


ピタリと動きを止めるオリバンダー。
私を見る目が変わる。なんか興味深いモノを見るような感じだ。


「そうか…デイヴィ・ゴーントにも春が来ていたのか」
「もしかして、父を知っているのですか?」


デイヴィ・ゴーントとは私が母親の腹の中にいた時に死んだ父親の名前だ。
オリバンダーはこっくりとうなずく。


「彼の杖もココの杖ですよ。
シイの木に不死鳥の尾羽、24㎝で少々脆い」


そう言って懐かしそうに話すオリバンダーだったが、目は私に向けられていた。


「それから、貴方の祖父君もここの杖をお持ちでした。
その頃は私も勤め始めたばかりだったのでよく覚えています。
サカキにドラゴンの心臓の琴線、頑固で33㎝もする杖でした」
「祖父も…知っているんですか?」
「それから貴方の叔父となる人物もですが、これは言わないほうが貴方のためになるでしょう」


チラリと一瞬だけ彼の目がハリーの方を見るのを私は見逃さなかった。
ハリーのどの部分を見たのかは分からなかったが。


「では、貴方の杖ですね」


こうして、ようやく私の杖選びが始まったのだが、中々合うのがないみたいだ。
何度も『難しい』と繰りかえすオリバンダー。


「では、これはどうです?
沙羅の木にセストラルの毛、29㎝」

沙羅の木?聞いたことのない樹だ。
しかもセストラルってなんだ?一角獣(ユニコーン)やドラゴンなら聞いたことがあったけど。


とりあえず、その杖を手に取ると、急に指先が暖かくなった。
思いっきり振ってみると、無数の白い花びらが現れ宙を舞って消えていった。
ハリーの時の様にクイールは目を大きく見開いていたが、ハグリットは笑って手を叩いただけだった。


ちなみに、ハリーは、やはり珍しいのだろう。夢中で手を叩いていた。
オリバンダーも夢中で手を叩いていた。


「素晴らしい!!実に不思議で素晴らしい!!!
まさか貴方の杖になるとは」
「何かいわくつきの杖なんですか?」
「この杖は元々はそちらの方の額に傷を残した魔法使いのモノになる予定だった杖なのです。
しかし、この『沙羅の木』から作られたということが気に入らなかったらしく、あの人はその杖ではなく、イチイの杖を選ばれたのです」


ハリーの額の傷って魔法使いの手によるものだったのか。自動車事故って聞いてたんだけど。

ちなみに、ハリーはなんとも言えない顔をしている。ハグリットの方は少し青い顔になっていた。














「今日はありがとう、父さん」


ハリー達と別れた後、帰りの車の中で私は父さんに礼を言った。


「礼なんて言う必要ないって。
だって、家族だろ?」


そう言うとクイールは笑った。


「それにしても、沙羅の木か」
「父さんは知ってるの?」
「東洋史には詳しいからね。
たしか、シャカという仏教の神の化身が死んだときに咲いていた花だそうだ」


縁起が悪いと一瞬思ったが、ある意味自分に合っているかもしれない。
そっと今は黒い両目に触れた。
これは私が少し念じるだけで青く染まる、『死』を知覚できる眼に早変わりするのだ。
『死』を知覚できる私にはぴったりの杖かもしれない。


それにしても、ハリーの額に傷をつけた魔法使いとは、いったい誰なのだろうか?








[33878] 4話 9と4分の3番線とホグワーツ特急
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/08 11:24




買ったばかりの教科書をめくっていると、コンコンっと窓を叩く音がした。
そこには1羽の茶色と白のフクロウがネズミを加えてとまっている。
私は窓を開けると少し微笑んだ。


「アクベンスでかしたな」


スネイプ先生に貰ったコキンメフクロウのアクベンスはホーホーッと嬉しそうに鳴いた。彼が捕えてきたまだ息のあるネズミをゴム手袋でつかむと、バーナードの水槽ガラスケースに入れる。



『俺は鳥が嫌いだって何回言ったら気が済むんだ?』


バーナードがネズミを丸呑みにしながら、不満そうにつぶやく。


『仕方ないだろ?フクロウがいた方が魔法界では便利らしいからな』
『まぁいいか。
それより、今日はもう寝た方がいいぞ。明日だろ?』


そうだ、明日だ。
明日で1ヶ月、つまり明日が9月1日。ここをたつ日だ。
私はもう一度トランクの中を確認した。


この1ヶ月の間、私は特にこれといって何もしなかった。
教科書に書いてある魔法の術を試したりしたが、それを試すのは夜部屋に帰ってからだった。

ただ、いつもの夏休みの様に家の仕事をして、バカンスから帰ってきた友達のフィーナやラルフと一緒に遊びに行ったり、マージョリーさんのとこで犬の世話という名の小遣い稼ぎをしたりしていた。

フィーナ達は、てっきり自分と同じ学校に進学するモノだとばかり思っていたのでショックを受けたらしい。魔法学校だとは言わなかったが、外国の寄宿学校と言っておいた。



ちなみに、余談なのだがマージョリーさんはバカンスの間に貝にあたって腹を壊していたらしい。

少し意外だ。てっきり体型からしてそんなことは起きないだろう思っていたのに。
豚でも腹を壊すことがあるらしい。
まぁ、災難だったが金持ちこそくだらないことを気にするというのか、私にちゃんと土産も買ってきてくれた。
ワイト島で発見された貝の化石だそうだ。掌くらいの大きさのある化石だから結構高かったに違いないと思う。


ちなみに、この人にも進学先を聞かれたが、『ホグワーツという外国の寄宿学校だ』と言ったところ、彼女の甥っ子の豚3号が、イギリスでも有名な金持ちの行く学校『スメルティングズ』に通うことをさんざん自慢され、ハリーが、どこぞの更生施設に入れられるということも教えてくれた。


ハリーもホグワーツに行くのだと教えてあげてもいいのだが、説明が面倒なので黙って相槌をうつ。

すると、彼女は機嫌をよくしたのか、『アンタをダッダーちゃんの嫁に薦めても構わない』と言ってきたので、『私じゃ釣り合いません』っと丁重にお断りをしてきた。


あんな豚に嫁ぐくらいなら、生涯独身を貫いたほうがましだ。
























「本当に大丈夫かい?イジメとか有ったらすぐに連絡をよこすんだぞ?
それから、男と2人っきりにならないこと。それから……」
「心配してくれてありがとう父さん。
私は大丈夫だから、もう行かないと父さんの方が間に合わないよ?」


私はクイールに微笑んだ。

今日はこれからロンドンで教員の会議があるみたいで、それに出席しないといけないクイールは、キング・クロス駅までは送ってくれたが、もうすぐにでも出発しないと間に合わないのだ。
クイールは心配そうな顔を崩さない。


「分かってるか?いいか、男は狼なんだぞ?
特に発情期の男というのは、肥えた兎を見るとすぐさまとびかかるような連中ばかりで……」
「大丈夫だって!!
そんな奴らは撃退できるから」


そう言ってクイールを安心させようとする。
クイールは、しばらくブツブツと何か言っていたが、最後に大きなため息をついた。


「はぁ、そうだな。そこらの男よりセレネは強いからな。
でも、困ったことがあったらすぐにアクベンスを使うんだぞ?それからセブルスに相談するように!!」


そう言うと、車を発進させるクイール。
私は彼が去ったのを見届けると、駅の構内に入っていった。

















『おいおい、いきなり迷ったのか?』


シューシューと面白そうに口にするバーナード。
まったく、こんなところで話しかけないでほしい。『蛇と話している可哀そうな子』って周りから認識されてしまう。
私はジロッとバーナードをにらんで返した。


……切符に書いてあるのは9と4分の3番線……
だが、そんなのあるはずがない。

しっかり『どこをどう行けばいいか』書いてほしい。

でも、文句を言っても仕方ない。
私と同じ魔法使いに聞くしか方法はないかもしれない。


9番線と10番線の辺りに付くと、運よく同じようにトランクが積まれたカートを押している家族がいた。
私より2つくらい年上に見えるアフリカ系ドレッド頭の少年だった。


「あの……もしかして、ホグワーツの生徒ですか?」


カートを押しながら話しかけると、少年が振り返って笑いかけてきた。


「そうだけど……あっ!もしかして、1年生で入り口が分からないとか!?」


結構陽気な感じの人だ。楽しそうに笑っている。


「ほら、そこの9番線と10番線の間の柱。あそこが我らの目指すホームにつながっているところさ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いいっていいって。
それより、君のそのケースに入ってるのって……ヘビ?」


興味深そうにバーナードを見てくる少年。欲しいのか?珍しい人がいるものだ。


「私のペットのバーナードです。
躾は出来てますから噛みつくことはないですよ……こいつをイラつかせない限り」
「へぇ、面白いモノを見せてもらったな。
そうだ!面白いモノを見せてもらった礼だけど、これあげるよ!」



少年は腕に抱えた箱を渡してきた。
……なんかゴソゴソと音がするのが気になるが……


「ありがとう」


と言って箱を開くと、中から長い毛むくじゃらの肢がにょきにょきっと現れたのだ!!
思わず袖の下に隠し持っていたナイフを取り出し、殺そうとすると……


「ストップ!!殺すのはタンマ!!」


少年が笑いながら止めてきたので、ナイフを下ろす。
どうやらこの少年は私を驚かせたかったらしい。


「久々に一本取られたな」
「いや~まさか本気で殺そうとする人がいるなんて。
というより、いつもそこにナイフ隠しているの?」


タランチュラの入った箱を改めて自分で持つ少年。


「護身用って感じかな?世の中色々と物騒なので」
「いやいや…ナイフ隠し持ってる方が物騒だろ。
でも、おもしろいね!君なんて名前?俺はリー・ジョーダン。3年生のグリフィンドール生」


グリフィンドール?
あぁ、そういえば父さんが買ってくれた本『ホグワーツの歴史』に書いてあった寮の1つだった気がする。


「私は今年入学のセレネ・ゴーントって言います」
「セレネか。べつに敬語は使わなくていいよ。
どの寮に入るか決まってるの?決まってないならグリフィンドールに入ったらどう?
セレネみたいな面白い子なら大歓迎さ!!」


というより、寮って自分の行きたい寮に入れるとは限らないと思うが。


「どこに入るかまだわかりませんよ。
でも、どの寮に入ってもよろしくお願いします」
「おう!じゃあ俺は友達待ってるし、こいつで他にも誰か驚かせたいからさ」


そう言うと、彼は柱の向こうに消えて行った。



少し間をおいてから私も柱目がけて歩く。

柱の向こうに広がっていたのはもう1つの駅だった。
紅色の蒸気機関車が、乗客でごったがえすプラットホームに停車している。
ホームの上には『ホグワーツ特急11時発』と書いてあった。


ちゃんとホームに辿りつけたみたいだ。
リーって子のことを信用していなかったわけではないが、こうしてちゃんと辿りつけてほっとした。


さてと……空いている席を探すか。

まだまだ時間はある。早く空いてる席を見つけて、のんびり本でも読んでいよう。
そんなことを考えつつ、私はカートを押しながら人の溢れるホームを歩き始めたのだった。

席は案外、簡単に見つけられた。
トランクからお気に入りの本を取り出し、めくり始める。
そうしているうちに、汽笛が鳴る音がホームに響き渡った。
それと同時に汽車が滑り出したので、私は本から顔を上げて外を眺める。
母親や父親が、各々の子供に手を振る。赤毛の女の子が半べその泣き笑いで、汽車を追いかけてくる。
だが、もちろん追いつけるわけもなく、途中で立ち止って手を振っていた。


汽車がカーブを曲がると駅が見えなくなる。家々が窓の外を飛ぶように過ぎていくのをぼんやりと眺めていた。
これから1年は、今までいた『日常』には戻れない。
この先には、新しい『日常』が待っている。



嬉しいのかと問われたら、違うと答えるだろう。
だが、行きたくないのかと問われても、違うと答える自分がいる。


1番…今の私に当てはまる言葉……それは……






「ここ空いてる?他の所はどこもいっぱいなの」


ガラリっとコンパートメントが開いたので私の思考は一旦中断する。
入ってきたのは栗色の髪をした女の子だった。


「別にかまわないけど」
「ありがとう。助かったわ」


そう言うとニッコリ笑って私の前の座席に座る少女。


「私は、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたの名前は?」
「セレネ・ゴーント。
こっちはバーナードとアクベンス」
「蛇……飼ってるの?」


恐る恐るケージに入ったバーナードを見るハーマイオニー。
ちなみにバーナードはぐっすりと眠っている。


「躾が行き届いてるから、噛みつきはしないよ」
「そう……なら安心ね」


少しホッとした様子でバーナードから視線を外すハーマイオニー。
私は肩肘をついて、ぼんやりロンドンの町並みから牧草地帯に風景が変わるのを眺めていた。


「あなたはどこの寮に行きたいの?
私はグリフィンドールに行きたいわ。いろんな人に聞いたんだけど、絶対にそこが1番いいみたい。
レイブンクローも悪くないかもね」
「寮か。
別にどこでも構わないかな。まぁ、平穏に暮らせればそれでいいさ」
「平穏……それが1番かもしれないわね」


そう言って、どこがおかしいのかクスクス笑うハーマイオニー。
少しイラッとしたが、彼女の笑いからは悪意を感じなかったので放って置くことにした。



それからハーマイオニーは、自分がマグル生まれで両親は魔法使いではないということ。手紙が届いたときは物凄く驚いたということ。でも、それと同時にとっても嬉しかったということを話し始めた。

私は相槌を打ちながらその話を聞く。
この子はしゃべりたくて仕方がないのだろう。

もしかしたら、話せる同年代の子が今までいなかったのかもしれない。
予習をしっかり取り組んで、教科書を丸覚えするなんて、よっぽど勉強熱心な子しかやらないだろう。

いや、違う。
熱心だったんじゃない。熱心にならざるを得なかったのかもしれない。
両親が共働きというのだから、中々かまってもらえなかったのだろう。
テストでいい点をとることで、両親にかまってもらおうとしたのが、勉強を熱心にし始めたキッカケなのかもしれない。

それで、元々才能があったからそれは成功し、両親に褒めてもらえた。

でも、それだとコミニュケーション能力が育たない。
『がり勉』と言われ、周囲…同年代の子との溝は深まってしまう。
両親も徐々に『私の娘なのだから100点が取れて当たり前』と思うようになってしまう。

両親にも、同年代の子にもかまってもらえない。つまり、孤独。

だから、もっと勉強に没頭して現実を忘れようとする。
そうしている間に、いつのまにやら勉強がくせになってしまったのかもしれない。



もっとも推論でしかないが。



「どうしたの、難しい顔して?」


ハーマイオニーが心配そうに覗き込んでくる。
私は慌てずに笑みを浮かべた。


「ん?あぁ、平気平気。
さっさと制服に着替えてしまおうかって思っただけ」


ということで、制服に着替える私達。


着替え終わって一息ついた辺りで、また戸が開いた。
そこに立っていたのは、人のよさそうなオバサン魔女だった。カートを押している。

そう言えばもう昼頃だ。

私は財布から銅貨を何枚か取り出しながらカートを覗き込む。
一応、昼飯は持ってきてあるが、ここで売っているのは魔法界のモノだ。
珍しいモノがあるのかもしれない。

案の定、そこで売っていたのは魔法界の菓子だった。 ハーマイオニーと一緒に、オバサンにお勧めを聞きながら、いくつかの菓子を買う。


「珍しいわね……絵が動いてる」


蛙チョコレートについてきた『マーリン』のカードをしげしげと眺めるハーマイオニー。


「チョコにも魔法がかかってたし。
セレネは不思議に思わないの?私と同じで、手紙が来るまで別の学校に進学する予定だったのでしょ?」


カードにそこまで興味を示さない私を不思議そうに見るハーマイオニー。
私は持ってきたサンドイッチの最後のひとかけらを口に押し込んだところだった。
しばらくモグモグと噛んで、飲み込んでから話し始める。


「それより、なんで車内販売で菓子以外のモノが売ってなかったのか気になったな。
昼時だから、車内販売で軽食を販売していてもいいと思うのに。飲み物だって『かぼちゃジュース』しかなかったし。
一応、ビタミンAは取れるけど」


キョトンっとしているハーマイオニー。


「セレネって珍しいことを考えるのね」
「そう?ちょっと疑問に思っただけなんだけど?」
「この状況でそんなことは考えないわ、普通。」
「そうか?
たぶん、父さんが栄養とかにうるさかったから、ついつい考えるのかもしれないな」
「親の影響を子供が受けるっていうからね」


ハーマイオニーはそう言うと、また『蛙チョコレート』の包みを開けている。

あぁ、そうだ。クイールは今日から家に帰っても1人なのだ。
もう、バーナードもいないし
あとで、この珍しい菓子を少し送ろうかなっと考えていた時だった。


ガラリっとコンパートメントの戸が開き、半べそをかいた丸顔の少年が立っていた。


「あの……ヒキガエル見なかった?僕から逃げてばかりなんだ」
「ヒキガエル?みなかったけど」
「まさか………なわけないか」


恐る恐るバーナードの水槽を見て、ほっと息をつく。
ケージの蓋はしまったままで、バーナードもすやすやと眠ったままだった。
ヒキガエルを食べた様子はない。


「いつからいないの?」
「汽車に乗る前もいなくなっちゃって……でも、それは婆ちゃんが見つけてくれたからよかったんだけど、乗ってからしばらくしたらいなくなっちゃったんだ」
「なら、探すか」


私が立ち上がると、ネビルがキョトンっとした顔をした。
続いてハーマイオニーも立ち上がる。


「ヒキガエルでいいのよね?」
「そうだけど、なんで手伝ってくれるの?」


おいおい。誰も今まで手伝う連中がいなかったのかい。
まぁ、仕方ないと言ったら仕方ないのかもしれないが。


「困ってる人がいたら助けるのが当たり前でしょ?
私は、ハーマイオニー・グレンジャー。この子はセレネ・ゴーント。アナタの名前は?」
「僕はネビル。ネビル・ロングボトムっていうんだ。
ありがとう、ハーマイオニーとセレネ!」


顔を真っ赤にしてそう言うネビル。
私達は三手にわかれて探すことにした。





































「先に制服に着替えておいてよかったな」

思わず呟いて窓の外に目を向ける。
窓から差し込んでくる光は、車両を蜜色に染める時間帯だった。
あと、少しでホグワーツへとたどり着くのだろう。

それなのに、トレバーという名の蛙は全く見つからない。本当にバーナードが食べてしまったのではないか?
そう思い、バーナードを無理矢理起こして聞いてみたのだが、答えは『否』だった。


その時、次に調べようとしたコンパートメントから悲鳴が聞こえてきた。
私は何かあったのだろうかと思い、勢いよく開ける。


「どうしたんだ?…………ってハリーにマルフォイ?」


菓子とその包み紙が床に散らばるコンパートメント。そこにいた5人の少年のうち、2人は見覚えのある少年だった。


「セレネ?」
「なにがあったの?喧嘩?」


体格のいい少年の指から血がにじんでる指をかばっていた。
口元に赤い何かを滴らせているネズミを赤毛の少年が持った少年が、隣に立っていた。恐らく、赤毛の少年が持っているネズミが体格のいい少年の指を噛んだのだろう。


「なに。僕たちの所のお菓子がなくなったんで、貰おうとしたらゴイルの指にウィーズリーのネズミが噛みついたんだ」



マルフォイが落ち着きを払った感じで言う。すると、ハリーがムッとした表情を浮かべ言い返す。


「僕たちのお菓子を無理矢理取ろうとしたんだ」



どうやら、この2人は凄く仲が悪いらしい。火花が飛び散っている。
首を突っ込むんじゃなかった。少し後悔し、心の中でため息をつく。
どうやったら円満に済ませることが出来るだろうか。少し悩んだ結果、ハリーは嫌な思いをするかもしれないが、1つしか解決案が思い浮かばなかった。


「ハリー、少し菓子を分けたら?」
「えっ……?」


ハリーがありえない!!っと言う顔をして、赤毛の少年は髪と同じくらい顔を赤くさせた。
赤毛の少年は、拳をわなわな震わせて私を思いっ切り睨んだ。


「なんでアイツらが悪いのに、僕たちがお菓子を分けないといけないんだ!?」
「マルフォイ達は菓子が欲しかったんだろ?なら分けてやればいいじゃん。こんな量を一度に食べたら具合が悪くなる。

あ、だが、マルフォイ達も悪いと思う。人にものを頼む態度ってものを少し考えた方がいい。
高圧的態度で臨んでいると、いつか痛い目にあう。

これからは気をつけなよ。私はヒキガエル探さないといけないから」


勝ち誇った顔をしていたマルフォイの表情が、少し歪む。
誰もが何か言いたそうだったが、面倒なのでさっさとコンパートメントから離れる私。

しばらくして、何かもめ合う声と、本日二回目の悲鳴が聞こえたが無視する。
例のコンパートメントから去ろうとする途中で、騒ぎを聞きつけたハーマイオニーとすれ違った。


「今、悲鳴聞こえなかった?」
「聞こえたけど、たいしたことじゃないから放って置いていいと思うけど」


そう伝えると、少し考え込むハーマイオニーだった。


「でも、心配だから見てくるわ」


だが、ハーマイオニーは、そう口にすると、ハリー達の居るコンパートメントの方に走っていった。


汽車がどんどん速度を落としている。
窓の外の山や森が薄紫色の空の下に沈んでいた。



ホグワーツはもうすぐだ。








[33878] 5話 組み分け
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/08 11:26



外に出ると、今はまだ夏だというのに空気が冷たい。ここは、一体イギリスのどのあたりなのだろう?上着を持ってくればよかった。私は少し後悔した。


「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」


ずらりとそろった生徒の頭の向こう側に見えるのは、巨大な男。たしかハグリットっていうホグワーツ関係者の1人だったと思う。


そのあとは、ハーマイオニーとネビルと一緒に険しく狭い小道を他の生徒たちと一緒に歩いていく。
ネビルが1,2回鼻をすすった。


そして、狭い道が急に開かれたとき、私は驚いてしまった。
周囲からの歓声に驚いたのではなく、純粋に目の前に広がる光景に驚いてしまった。


大きな湖の向こうには高い山がそびえ、そのてっぺんに壮大な城が見えた。
キラキラと輝く窓が、星空に浮かび上がって見える。

あそこが私が7年間過ごす学び舎だと思うと、いつも心のどこかに残っていた不安感はなくなり、昂揚感のみが残った。


そのあとは、4人一組でボートに乗り込む。
私達の他に、『僕はイートン校に行く予定だったのに……』と歩いている途中ブツブツつぶやいていた少年が乗り込んだ。


船旅は順調で、少し肌寒かったが他には問題なかった。
それに、船から降りた時ちゃんとトレバーというネビルのヒキガエルも見つかったし。


汽車からここまでついてきた蛙って凄いと思う。実は頭がいいのか?それとも動物的本能というのか、はたまた蛙にも魔力が宿っているのだろうか。



玄関まで辿りつくと、エメラルド色のローブを着た魔女が現れた。
絶対に逆らっては不味い人だと感じた。
絶対にこの人に言い訳というものは通じそうにない。そんな雰囲気を漂わせる鋭い視線の持ち主だった。


それにしてもお腹が空いた。
早く夕飯になって欲しい。昼食は口にしたが、その後にヒキガエル探しで列車の中を駆け回ったから、今にも腹が最速の音を立てそうだ。
ポケットの中には菓子が入ってるが、この状況で食べるのは難しい。
目の前であの厳格そうな魔女が話しているのに、こっそり菓子を食べられるほど図太い神経を持っていない。



「大丈夫、セレネ?」


ネビルが心配そうに尋ねてくる。


「平気だが?」
「そう?さっきゴーストが出てきたのに無反応だったから」
「ゴースト?」


幽霊?そんな未確認物体が存在するのか?魔法界だから何でもありなのかもしれない。
それにしても、お腹が減った。何かを口にしないと力が出ない気がする。


「ネビル、今って飲食オッケーかな?」
「えっ!?た、たぶん、ダメなんじゃない?」
「だよな。あぁ……飢え死しそうだ」


ガックシっと肩を落とす私。すると、ネビルがゴソゴソと開いている方の手をポケットに突っ込んで何かを探しているみたいだった。


「あっ!あった!!
あのさ、これ僕のだけど……よかったら食べる?」


ネビルが差し出してきてくれたのは、どうやら飴みたいだった。

優しい!いや、『何も食べるもの持ってないからくれ』って意味で言ったんじゃないんだけが……でも、心遣いってのが嬉しい。


「ほ…本当にいいの?」
「うん。だって、トレバー探すの手伝ってくれたし」
「ネビル、アンタは将来偉大な魔法使いになれるよ」


そう言って菓子を口の中に放り込んだ瞬間


「さぁ行きますよ」


さっきの厳格そうな魔女が戻ってきた。
見られてないよな?いや、一瞬だけ魔女から射抜くような視線を感じた。だが、気のせいだと思おう。


「ごめんね。今マクゴナガル先生に睨まれてたでしょ…僕のせいだ」


先生に聞こえない様にボソリとつぶやくネビル。すまなそうに肩をすくめている。
やっぱり先生に睨まれてたか。


「ネビルのせいじゃないって。私が腹減ってのが悪いんだから
そういや、これから何をするの?」

「えっ!?組み分けの儀式だけど……聞いてなかったの?」


聞いてなかった。
それよりも、儀式って何だろう?

魔法使いらしく、魔方陣を書いたりするのか?水晶玉で占ったりするのだろうか?
いずれにしろ、この人数だと時間がかかりすぎると思うから、簡易的な儀式だと思うが。

少々不安になってきた。まぁ、死ぬようなことはないだろう。それに、高い金を払ってまでして学用品までそろえた子供を『儀式不適合だから退学!』って真似はさすがに……ないと思う。無いと信じよう。


マクゴナガル先生という魔女に引率され、再び玄関ホールに戻る私達。
足が鉛になったような感じで歩く他の生徒たちと一緒に、私も二重扉を通って大広間に入った。


大広間の中には、まさに『魔法』と呼ばれるような空間が目の前に広がっていた。
何千というろうそくが空中に浮かび、四つの長いテーブルを照らしている。
テーブルには、おそらく四つの寮ごとに分かれて上級生が客席し、ろうそくの明かりでキラキラ輝く金色の大皿とゴブレットが置いてあった。


まだ、何も置いていないっということは、これから食事が配られるのだろうか。しかもこの量となったらかなりの時間が必要だぞ?魔法を使うに違いない。


まぁ、食べ物のことはひとまず置いておこう。

広間の奥の上座には、もう一つ長いテーブルがあって、先生方が座っていた。
スネイプ先生や、ハグリットもそこにいた。

マクゴナガル先生は、上座のテーブルの所まで私達を引率する。私達を興味深そうに眺めてくる上級生の視線が痛い。

ふと、上を見上げてみると、そこには夜空が描かれていた。
以前、クイールと日本に旅行に行ったときにみたプラネタリウム『メガス●ーⅡ』に負けず劣らない夜空が広がっていた。いや、この人工的に作り出した夜空には雲もあるから、こっちの夜空の方が本物に近い。


「空じゃなくて天井よ、魔法で夜空のように見えるだけ。
『ホグワーツの歴史』という本に書いてあったわ」


後ろで得意げにそう言うハーマイオニー。
反応して欲しいのだと思うので、私は口を開いた。


「へぇ、やっぱ魔法なんだ。超高性能プラネタリウムかと思った」
「あら、知らないの?ホグワーツの中だとマグルの機械製品は狂うのよ?」
「そ、そうなのか!?」


しまった。そうと知らずに携帯ゲーム機を持ってきてしまった。せっかく主人公のレベルを必死にあげて、もうすぐ、ラスボス戦だったのに。そのデータ全部消えてしまうのだろうか、と考えると少し気持ちが落ち込んだ。


「ねぇ、セレネ。あの帽子は何かしら?」


不安そうに尋ねてくるハーマイオニー。
見ると、マクゴナガル先生がどこからともなく古びた帽子を持ってきて、私達の前に置いた。
この歓迎色が漂う『新入生歓迎会』には相応しくない薄汚れた帽子だ。


私にもわからない。そう返そうとしたとき、なんと帽子が動き出して詩を歌い始めたのだ。

どうやら、この帽子が組み分けを決めるらしい。
詩の内容は四つの寮の特色を謳ったものだった。






・グリフィンドール

勇敢な騎士道精神を持った人が集まる寮



・ハッフルパフ

心優しく忍耐強い人間としてできた人が集まる寮


・レイブンクロー


勉学に対する意欲が一際強く、学力の高い人が集まる寮



・スリザリン

どんな手段を使ってでも目的にたどり着こうとする人が集まる寮




簡単にまとめると、こんな感じだった。
私はどこの寮に入るのだろう?

まず、グリフィンドールは論外。
私に騎士道なんてない。だいたい騎士道なんて私は嫌いだ。

ハーマイオニーはその寮に入りたがっているみたいだが。彼女的にはレイブンクローっぽい気がする。
ネビルは、ハッフルパフだろうか?優しいしから。


グリフィンドールは消去するとしたら、残る寮は3寮。
だが、ハッフルパフもない。私は、優しくなんてない。

そうなると、レイブンクローかスリザリンだろうか?




「名前を呼ばれたら順に前に出てきてください。

ハンナ・アボット!」


金髪のおさげの少女が前に転がるようにして出ていく。
ハンナと呼ばれたその少女に、マクゴナガル先生が古びた帽子『組み分け帽子』をかぶせると彼女の目が隠れた。


そして一瞬の沈黙。


「ハッフルパフ!」


右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルに着いた。


「ねぇ、改めて聞くけど、セレネはどこの寮がいいの?」


こっそり後ろに並んでいるハーマイオニーが尋ねてきた。


「言っただろ?平穏に暮らせるならどこでもいいって。
まぁ、さっきの帽子の歌を聞く限りだと、消去法で『レイブンクロー』か『スリザリン』かな?」
「『スリザリン』!?」


信じられない!!っという顔をするハーマイオニー。その隣にいるネビルも驚いて目を大きく開いている。
何か不味いことでも言っただろうか?


「だって、私は騎士道精神なんて持ちたいとは思わないし、ハッフルパフが求めるような優しさもない。
となったら、レイブンクローかスリザリンかなって」
「セレネは優しいと思うけど。

でも、スリザリンは止めておいた方がいいわ。闇の魔法使いを多く輩出しているって言うし、評判を聞く限りだと『最悪』よ!?」


かなり真剣に訴えかけるハーマイオニー。
そんなに評判悪いのか、スリザリン。チラッとスリザリンのテーブルの方を見る。
まぁ、確かにガラの悪そうな奴もいるが、ガラの悪そうな奴ならグリフィンドールやレイブンクローにだっている。



「まぁ、どこの寮に行ってもよろしくな」
「そうね。出来れば同じ寮がいいけれど」



「セレネ・ゴーント」


私の名前が呼ばれた。
いつの間にか私の番が来たらしい。私は前に進み出た。


全校生徒が私の方を見てる。
先生方も私の方を見ている。
突き刺さる視線が痛い。


少しだけ緊張してきた。こんなに注目されたのは初めてだ。


マクゴナガル先生が私の頭の上に…すっぽりと帽子をかぶせる。 私の視界を闇が覆う。


「む!?まさかゴーント家の子かね?」


頭の中で低い声が聞こえる。 恐らく帽子の声だろう。こうして対話をして寮を決めるのだろう。


「まぁな。ってかゴーントってどんな家だか知ってるの?」
「もちろん知っている。まさか生き残りがいたとはな……」
「生き残り?ってことは私以外の親族は皆全滅ってことか?」
「いや、1人だけ生きている可能性がいる奴はいるがな。
おしゃべりはこのくらいにしておこう。ゴーントの家系ということは君の寮は決まっておる。
その寮に入れば偉大なる魔法使いへの道が開けるだろう」

「まさか、グリフィンドールとかないよな?」

「全く違う。君の入るべき寮は…………

スリザリン!!」


帽子が最後の言葉を広間に向けて叫んだのが聞こえる。
途端にスリザリンから歓声が沸きあがった。


帽子を取ると私はスリザリンの席へと向かう。
途中でチラリっとハーマイオニーやネビルの方を見ると『信じられない』という顔をされた。
ハリーも同じような顔をしている。

少し心外だ。

そこまで嫌われているのか、スリザリンという寮は。
でも、私を迎え入れてくれた上級生は普通に私を歓迎してくれた。
私は先にスリザリンに迎え入れられていた体格のいい女子生徒の横に座った。


「あんたさ、てっきり『グリフィンドール』かと思った」
「なんで?」


初対面でそんなことを言われるなんて。
私が『わけわからない』という顔をしていると、その女子生徒は言葉を付け足した。


「アタシはミリセント・ブルストロード。
あんたって列車の中でヒキガエル探してたでしょ?」
「そういえば、その時に尋ねたコンパートメントで会ったっけ?」
「お人好しと言ったら『グリフィンドール』か『ハッフルパフ』って相場決まってるからね。
で、あんたは馬鹿そうに見えなかったから『グリフィンドール』って思ったのよ。

まさか、スリザリンに来るなんてね」


少し『嫌悪』の色が強い視線が突き刺さる。
なんかむかつく。だが、そんな色を微塵も出さずに、私は平然を装った。


「帽子が『ゴーント家の人はみんなスリザリン』って言ってたけど……ゴーントって家系知ってる?」
「『ゴーント』?知らないわね。どうせちっぽけで細々と続いてきた純潔の家系でしょ?
あんた、自分の家系のことも知らないの?」
「両親は物心つく前に死んで、以後はマグルの家で過ごしたからな」
「それは災難だったわね。
まぁ、これから7年間、よろしくね」


ミリセントが手を差し出してきた。
意外と礼儀はあるみたいだ。私はその手を握り返した。その時、隣にまた誰か来た。


「やぁ、セレネ。君もスリザリンだったんだね」


隣に腰を掛けたのは、マルフォイだった。
彼もスリザリンだったらしい。


「ドラコ・マルフォイだっけ?アンタもスリザリンだったんだ」
「……僕の組み分け見てなかったのか?」
「ごめん、ミリセントとしゃべってた
まぁ、7年間よろしく」
「こちらこそよろしく。でも驚いたな…君はレイブンクローか、下手したらグリフィンドールかと思ったのに」


なんでみんなにそう言われるんだ。 そんなに私は、グリフィンドールっぽいのか?
それにしても、スリザリンが嫌われるのと同様、グリフィンドールも嫌われているみたいだ。


「ほらごらん、有名人の組み分けだ」


見るとハリーが壇上に上がるところだった。
ハリーが組み分けってことは、ハーマイオニーとネビルは終わってるに違いない。
見回してみると2人ともグリフィンドールの席に座っていた。


なんか少しさびしい。心の中に冷たいものが広がった。
まぁいい。ハリーの番だ。


辺りがシーンとなる。一体何が起こったんだ?ってくらいシーンとなった。


「なぁ、マルフォイ。ハリーって有名人なのか?」
「有名さ。いわば英雄扱い。
『名前を言ってはいけないあの人』を赤子なのに倒したとされているからな」


苦々しく言うマルフォイ。『名前を言ってはいけないあの人』とは誰なのだろうか。『言ってはいけない』っていうほどなのだから相当の大物なのだろう。あとで調べてみよう。


ちなみに、この後ハリーは『グリフィンドール』に決定し、ほどなくして夕飯が始まった。

あの『アルバス・ダンブルドア』と名乗る校長先生の名前や声がどこかで聞いたような気がした。だが、空腹だった私は何も考えないで食べ続けた。

いつもなら『野菜』とか『カロリー』とか考えて食べるけど、この日だけはそんなこと考えないで、他の生徒と交わって豪華な料理を食べ続けていた。







[33878] 6話 防衛術と魔法薬
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/12 17:37



何にでも魔法を使うモノじゃないと思う。それがホグワーツ生活1日目に私が感じたことだ。
その典型的な例が階段だ。ホグワーツには142もの階段があって、しかもそれ一つ一つに何かしらの特徴がある。広い壮大な階段や狭いガタガタの階段はまだ許せる。だが、金曜日にはいつも違う所へつながる階段や、真ん中の辺りで毎回1段消えてしまう階段というのは正直やめて欲しい。

だが、扉の方が階段よりたちが悪い。
丁寧にお願いしないと開かない扉や、正確に一定の場所をくすぐらないと開かない扉、扉に見えるけど実は固い壁のふりをしている扉などなど。


オマケに肖像画の人物もしょっちゅう訪問しあっている。おかげで場所の把握がしにくくて仕方がない。
いろんな場所に魔法をかけすぎているせいで、逆に不便に感じる。これも勉強の1つなのか?記憶力を養う為とか?


「ったく、また行き止まりか」


呪文学の授業の後、同室のよしみで一緒に行動しているミリセントとパンジー、あとダフネに断ってトイレに行ったのだが、私は認めたくないが迷子になっていた。
次の授業は興味のある『闇の魔術に対する防衛術』の初授業だったので、遅刻はしたくない。あのターバングルグル巻きの先生は少しくらいの遅刻は赦してくれそうだが、出来るなら最初の授業で遅刻という醜態をさらす真似をしたくない。


面倒だが誰かに尋ねるか。
出来れば城中に漂っているゴーストに尋ねるのが良策だと思うが、今見える範囲にゴーストはいなかった。
そういえば、この学校に入学して初めてゴースト…つまり幽霊の類をみたのだが、少し驚いたことがあった。奴らにも私たち同様に『死の線』が見える。

どんなものでも『直死の魔眼』は『死』という概念を視覚化させることができる。なので少しでも気を許してしまうと『人の死』が見えてしまうのだ。夜中にふと目が覚めて、水槽ですやすやと眠っているバーナードの身体に、禍々しい『死の線』がこびりついているのを見た時、昏睡状態の間、観測し続けていた『』というものがフラッシュバックするのだ。ざわざわっと背筋に冷たいモノが走り、ついその線を斬ってしまいたい、という気に襲われる。

でも、それを斬ってしまったらバーナードがどうなってしまうか知っている。
おそらく、あの線を斬ったら最後、もうバーナードは永遠に動かなくなるだろう。


だから一瞬でも気を抜けない。
もしかしたらゴーストなら気を抜かずに話せるかも…って思ったのだが……それは見当違いだったようだ。ゴーストにも両足に2つ、背中に1つ。それから中心よりはやや左の胸の辺りに1つ…『死の線』が存在していたのだった。


そんなことを考えながら、人気のない廊下の突き当たりに設置されている鏡の前でコソコソ何かしている2人組を見つけた。
背格好からして上級生だろう。2人とも赤毛ののっぽで、瓜二つの外見をしていた。
私は道を尋ねようと2人に近づいていく。すると2人も私に気が付いたみたいだ。


「こんなところで何してるの?」
「いきなり授業をさぼるつもり?」


2人が交互に尋ねてくる。
声までほとんど同じだ、じゃなくて、そのセリフはアンタらにも当てはまると思うぞ?


「実は道が分からなくて。『闇の魔術に対する防衛術』の教室はどこでしょうか?」
「へぇ~つまり迷子ってこと?」」
「制服も新品だしね。どこの寮?」


そういうことはどうでもいいから、早く教室を教えて欲しい。だが、ここで急かして意地悪されても嫌なので答えることにする。


「スリザリンです」
「「スリザリンだって!?」」


2人の声が見事にはもった。ジロジロと私を珍しいモノでも見る感じで見てくる。そんなに驚かれることなのか?


「驚いたな、スリザリン生なのに、まともな言葉づかいを使うなんて」
「名前聞いてもいい?」
「セレネ・ゴーントです。えっと、それよりも早く」
「セレネだって!?たしかリーの奴が言ってた『蛇連れている新入生』?」
「なるほどな。蛇を飼ってるからスリザリンなのかもな」


目の前の赤毛の双子は完全に自分ペースでしゃべり続けている。
少々イライラしてきた。というか、リーの知り合いだったのか。確か彼はグリフィンドールって言ってたから、この人たちもグリフィンドールか?


「ねぇ、蛇の餌はどうしてるの?」
「蛇(バーナード)は生きたネズミしか食べません。なのでアクベンス、私のフクロウを使って生きたネズミを捕獲してきてもらっています。ですが、それではもちろん足りないので、父にネズミの詰まった大箱を定期的に送ってもらうつもりです」
「ネズミか。ロンのスキャバースとか食べるかな?」
「セレネって言ったか?
もし、餌不足に困ったら俺たちの弟がネズミ飼ってるからそれやるよ」
「ありがとうございます。
えっと、それで、教室を教えて欲しいんですけど」


控えめにそう言うと、ようやく2人はそのことを思い出したようだ。


「『闇の魔術に対する防衛術』の教室なら、反対側の塔さ」
「反対側……って嘘だろ?」


軽く20分はかかるじゃないか。下手したら30分かかるかもしれない。私は礼を言い、走り出そうとすると、2人は待ったをかけた。


「だが特別に短縮ルートを教えて進ぜよう」
「おっと!ただとはいわないぜ。簡単なことだ。俺たちがこの辺りをうろついていたってことを口外しないと誓えるなら教えよう」
「特にフィルチに教えるな」
「マクゴナガルやスネイプもうるさそうだな」


さぁどうする?っという感じで2人が私を見てくる。なんだかんだ言ってられない。もし、嘘だとしたら先生に言いつければいいことだ。私は無言でうなずくと、2人はにやりと笑った。


「そこのタペストリーがあるだろ?あそこの裏に秘密の通路がある」
「そこを通ったらまっすぐ進む。すると牧場の絵がかかってるからそこにいる牛の腹をくすぐるのさ」
「そうしたら絵が扉に早変わり!」
「奥に進んで右に曲がると後は階段を上るだけ」
「あっという間にご到着」

「ありがとうございます!!!」

私は一礼すると、一目散にタペストリーをめくる。
すると本当に古い扉が現れたのだ。私は迷わずその扉を開けて、急な階段を駆け下りた。





「…何かあったの?」


ダフネが心配そうに聞いてきた。そりゃあ驚くだろう。時間ギリギリに汗だくで教室に駆け込んできたのだからな。


「お腹でも壊していたの?」
「いや、道に迷った」
「確かに複雑だからね…私達も道に迷ってさっきついたばかりなの」
「まったく、パンジー、あんたが右に行こうなんて言わなければこうならなかったのよ!」
「なによ、ミリセント!?あんただって扉を間違えたじゃない!!」


パンジーとミリセントが口喧嘩をし始めた。オドオドと止めようとしようかどうしようか悩むダフネ。


「放って置きな、ダフネ。いつか収まるよ」
「え、で、でも」
「まぁ、ミリセントは手が早いからな。口喧嘩以上の喧嘩になったら止めればいいよ」


そう言ったとき、丁度ターバングルグル巻きの先生、クィレルが入ってきた。
だからパンジーとミリセントは席に着いた。




で、肝心な授業なのだが、正直肩すかしだった。『防衛術』の授業だから『妨害の呪文』みたいなものを習うのだと思っていたのに、全くない。

それに、教室はにんにく臭さが漂っていた。ドラコが露骨に眉をしかめ鼻を塞いだ状態で、教室内のニンニク臭さの理由を質問したところ、ルーマニアで出会った吸血鬼を寄せ付けないただそうだ。先生はいつまた襲われるか分からないのでびくびくしているらしい。

ちなみに、彼の特徴ともいえるターバンは、厄介なゾンビをやっつけた時にアフリカの王子様がお礼にくれたものだということだった。だが、どうも嘘くさい。
だって、セオドール・ノットが『どうやってゾンビを倒したのか』と聞くと、急に顔を真っ赤にさせて話をそらし、防衛術とは全く関係のない天気の話をし始めたのだ。


あのターバンには絶対に何か秘密がある。しかも、あのターバンからは、変な臭いがプンプン漂っているのだ。

ターバンの中にも吸血鬼避けのニンニクを詰め込んでいる可能性が臭いの最有力候補だが、この臭いはニンニク臭いではない。
もっと別の、生臭い臭いだ。もしターバンの用途が禿隠しなら、臭いなんてしないはずだ。いずれにしろ、教室内にいる間くらいは芳香剤を使って欲しい。
ここはホグワーツだ。『今世紀もっとも偉大な魔法使い』と称されているらしいダンブルドアが校長なのだから、やすやすと吸血鬼なんて入って来るはずがないのだから。



まぁ、クィレルの臭い問題は後でじっくり考えればいい。
この後の授業は『変身術』。そして明日は、ようやく楽しみにしていた『魔法薬学』の授業だ。グリフィンドールと合同だというからハーマイオニーやネビルと会える。所属寮が違うので、組み分けの儀式の日以来、会う機会がなかったのだ。

授業終わりのチャイムが鳴り響くと同時に、私は他のスリザリン生と一緒に臭いから逃げるようにして教室を出たのだった。

















「セレネ、大丈夫?」


ダフネが心配そうにのぞきこんできた。私は、眉間にしわを寄せる。


「大丈夫って、私はいつも通りだけど?」
「なんていうか、日に日に表情が怖くなっていってるんだもん。どこか具合でも悪いの?」


本気で心配してくれるダフネ。私は少しだけ笑った。


「大丈夫だって。自己管理は自分でできる」
「そう?でも、少しでも具合悪くなったら言ってね?」

ダフネはまだ少し心配そうに顔を歪めていたが、再びパンを丁寧にちぎって食べ始めた。
私の友達というか、いつも行動しているメンバーの中でもダフネが1番大人しく優しい。
ハッキリ言って『スリザリン生』という感じではない。彼女自身、『私がスリザリンに入れたのは”血”のお蔭だよ』と公言している。


それにしても、そんなにキツイ顔をしていたのだろうか?
私はそっと自分の顔に触れてみる。確かに触っただけでも少し強張っている感触がした。


原因はなんとなくだが分かっていた。城中に魔法が充ちすぎているのがいけないのだ。

私の眼は何度も言うようだが『死の線』というモノが映る。それは魔法に関しても言えることだった。


例えば目の前に何の変哲もない壁がある。
普通の人なら『ただの壁』という認識で終わってしまうが、私の眼ではそうもいかない。その『ただの壁』にまがまがしくも清麗な線、『死の線』が見える。

さらに、それがホグワーツの場合だと、『壁』の『線』だけでなく、その上から『魔法』の『線』が覆いかぶさって見えるのだ。
つまり今まで過ごしてきた『魔法なし』の世界のほぼ2倍の量の『線』が漂っている。相当気を強くしていないと、気がおかしくなってしまいそうだった。

だから朝、目を開けてから夜眠りにつくまで気が休まる時がない。
授業は今のところ全部とはいっても淡々とした調子で講義が行われる『魔法史』と、『闇の魔術に対する防衛術』以外は興味深くおもしろいのだが、それ以外の時はつい家が恋しくなってしまう。
いや、家というよりマグルの世界という方が正しいのか


「あっ、母様から手紙が来た!!」


ミリセントがどこか嬉しそうにフクロウが膝の上に落とした手紙を開ける声を聴いて、現実に引き戻された。

いつも朝食の時間になると、何百羽というフクロウが突然大広間になだれ込んできて、テーブルの上を旋回し、飼い主を見つけると手紙や小包をその膝に落としていくのだった。
さすがに1週間もしたら驚かなくなってきたが、不衛生だと感じるのは私だけなのだろうか?

まだ料理が下げられていなくて、食べている人もいるのにフクロウが大量にやってくるのだ。
羽が料理にまざるとか考えないのだろうか?実際に私の目の前でまだ朝食中のパンジーの前に盛ってあるオートミールの中に、フクロウの茶色い羽が浮いていた。パンジーはしかめっ面をすると、別のオートミールを口にする。
さすがに羽が入ったのを食べる気はしないみたいだ。


「ん?アレってアクベンス!」


アクベンスが少しフラフラとしながら木箱を運んできた。
たぶん、クイールに頼んでおいたアレだろう。アクベンスは『やっとたどり着いた…』っという顔をすると、私のコップから無断でくちばしを突っ込むと水を飲み始めた。普段だったら怒るところだが、たしかに今回の荷物は重いと思うので許すことにする。


「なんだい?やけに大きな荷物じゃないか?」


ドラコが興味深そうに見てきた。だが、ここで中身を開ける気はしないので口頭で答えることにする。


「ネズミだよ。バーナードの1週間分の餌」
「もう一度言ってくれないかい?」
「生きたネズミだって。私のペットのバーナードは蛇だから生きた小動物を食べるからね。
本当はミリセントの猫みたいに放し飼いに出来たら楽なんだけど、蛇を放し飼いにするのは不味いと思って」


なんとなく微妙な顔になったドラコ。私は席を立つと、中でゴソゴソ動いているネズミが入った箱を抱え一旦寮に戻ることにした。






















「ネビルか?」


バーナードの餌となる運命が決定されているネズミたちを部屋に置いて、次の魔法薬学の授業が行われる『地下牢』へと向かう途中に、知った丸顔を見かけたので声をかける。


「セレネ?びっくりした、どうしたの?」
「どうしたのって、ほら、次ってグリフィンドールと合同授業だろ?
一緒に行かないか?」
「うん、別にかまわないけど、その、大丈夫?」


不安そうに尋ねてくるネビル。ネビルにまで心配されるくらい顔色が悪いのか?


「セレネってスリザリンでしょ?グリフィンドールの僕と一緒にいたら色々と言われるんじゃ…」
「あぁ、そんなことか。大丈夫だ。色々と言われたら3倍にしてやり返せばいいだけの話だから」
「いや!!やり返すのは不味いと思うよ!?」


ネビルが慌てて言う。
やっぱりこいつはいい奴だ。何故グリフィンドールなのだろうか?この優しさが勇敢さにつながっているってことなのかもしれない。

それから少ししゃべっている間に、目的地にたどり着いた。
地下牢は薄暗く肌寒かった。壁にはズラリと並んだガラス瓶。その中にはアルコール漬けの動物がぷかぷかと浮いている。これはスネイプ先生の趣味で集めたコレクションなのだろうか?

スネイプ先生はまだ来ていない。寮で分かれ座っているみたいだったので、ネビルと別れパンジーの隣に座る。パンジーは軽蔑の視線を私に向けてきた。


「あら、セレネ?アンタってロングボトムと仲良かったの?」
「そうだけど?」
「アイツ、グリフィンドールの落ちこぼれよ?」
「それがどうしたんだ?」


私は大鍋をドンっと机に置くと肩肘をついた。パンジーが何か言いたそうに口を開いたとき、スネイプ先生がマントを翻して登場した。

まずは出席を取るスネイプ先生。
淡々と出席を取る先生だったが、ハリーの名前まできてちょっと止まった。


「あぁ、さよう、ハリー・ポッター。
我らが新しい……スターだね」


猫なで声でそう告げる先生。となりのドラコとその取り巻きのクラッブやゴイルがクスクスと冷やかすように笑った。
そういえば、入学初日に『ハリーは魔法界の英雄だ』と苦々しくドラコが言っていたような気がする。
ハリーの方を見ると、少し嫌そうな顔をしていた。


出席を取り終えた先生は、私達を見わたした。


「このクラスでは、魔法役調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」


授業の説明をし始めた先生。
いつもの私なら、『魔法なのに科学って……』とツッコミを入れるかもしれないが、その時の私はそんなことを微塵も考えてなかった。

先生の口から語られる言葉にひきつけられてしまっていた。
最初は肩肘をついていたのに、いつのまにか手は膝の上に置いている私がいた。


「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。
そこで、これでも魔法かと思う諸君多いかもしれん。沸々とわく大釜、ユラユラと立ち上る湯気、人の血管の中を杯めぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力。

諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。

ただし、我輩がこれまで教えてきたウスノロたちより諸君がまだマシであればの話だが」


部屋はシーンと静まり返っていた。先生が完全に薄暗くて肌寒いこの地下牢を支配していた。


「ポッター!」


先生の鋭い声が響き渡る。
突然のことなので、ハリーが一瞬ビクゥっと身体を震わせたのが見えた。


「アスフォルデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたモノを加えると何になるか?」


…たしか、眠り薬。『生ける屍の水薬』と呼ばれる強力な眠り薬だったような気がする。
教科書の最初の『魔法薬学を始めるにあたって』と書かれたページに例として挙げられていた薬だ。


ハリーは分からないらしい。


「分かりません」
「チッ、チッ、チ。有名なだけではどうにもならんらしい。
ポッター、もう1つ聞こう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、どこを探すかね?」


ハリーの隣に座っているハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く伸ばしている。が、スネイプ先生の黒く冷静な双眸は真っ直ぐハリーだけを見ている。いや、冷静というより、憎悪の色が少し混じっている気がするが、気のせいだろうか?

それにしても、隣に座っているスリザリン馬鹿3人組が身をよじって笑っていてうざかった。

ベゾアール石は確か『解毒薬を始めるにあたって』のページに書いてあったと思う。
『山羊の胃から取り出す”ベゾアール石”の様にどんな毒にも効く解毒剤もあるが、簡単に手に入れられるものではないので、解毒薬の作り方を覚えた方がいい』と書いてあった。


だが、こんなところ覚えている人が何人いるだろう?
私はクイールと一緒に、『スネイプ先生の教える魔法薬学ってどんな科目だろうか?』と気になって何度も何度も読み直したから覚えている。が、例えば『学校でしっかり学べばいい』と思っていた『薬草学』で同じような質問をされたら、今のハリーの様に言葉に詰まる自信がある。たぶん、『生ける屍の水薬』や『ベゾアール石のありか』をドラコ達は答えられないと思う。自分も答えられないのに笑うのは間違っている。


恐らく、スネイプ先生が言いたいことは

『いくら有名であろうと答えられないことがある、ただの普通の11歳の少年に過ぎない。
だから彼を崇めるようなことはしないで、対等な立場として付き合いなさい』

ということを教えたかったのだろう。


……それにしては、憎悪の視線が感じられたが……

だが、この1週間の間にスネイプ先生に憎悪を持たれるような行動をハリーがするとはあまり考えられない。気のせいだろうか?



「セレネ、一緒にやらないかい?」


ドラコが話しかけてきた。
どうやら、いつの間にか話が終わって2人一組で薬を作ることになったみたいだ。私は断る理由もなかったので誘いを受けた。それにしても、意外とドラコは慣れた手で作業を進める。


「ちょっと意外だな。ドラコってふんぞり返って偉そうにしているけど実はなんにも出来ない坊ちゃんかと思ってた」
「失礼だな。僕は純血の一族、マルフォイ家の長男なんだ。教養としてこれくらい出来ていて当然さ」


怒ったようにしゃべるドラコだったが、褒められたのが嬉しかったのだろう。顔が少し赤くなっていた。


「僕の父上は在学中、2番目に得意だった科目が『魔法薬学』でね。
少し予習の手伝いをしてもらったのさ」


しゃべりながら干イラクサを計るドラコ。私は適当に相槌を打ちながらヘビの牙を砕く。
気をよくしたのか結構ペラペラとしゃべり続けるドラコ。
しかも、先生が他の生徒に質問したり、こちらに背を向けている隙に、近くにいる私にしか聞こえないような小さな声でしゃべるのだ。その上、作業の手も止まらずに順調に進めている。少し感心してしまった。






さて、どうやら、私達の所が一番進行速度が速く、うまく出来ていたらしい。
先生がスリザリンに得点を1点くれた後、皆に集まるようにと声をかけた。


その時、事件が起きた。


地下牢いっぱいに強烈な緑色の煙が上がり、シューシューという大きな音が広がった。
思わず手で鼻をふさぎあたりを見わたすと、発生源はネビルと黄土色の髪をした少年の鍋らしいことが判明した。

なぜか鍋の原型がなくなっていて、こぼれた薬が近くの生徒たちの靴に穴を空けていた。災難だったのはネビルだ。薬を直接浴びてしまったらしく、腕や足のそこらじゅうに真っ赤なおできが容赦なく吹き出し、痛くてうめき声をあげていた。


「馬鹿者!」


スネイプ先生が怒鳴り、魔法の杖を一振りすると、こぼれた薬が跡形もなく消えて行った。


「大方、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな。
医務室に連れて行きなさい」


苦々しげにスネイプ先生は黄土色の髪の子に言いつけた。
それから突然、彼らの隣で作業をしていたハリーと赤毛の子に矛先を向けた。


「君、ポッター、針を入れてはいけないと何故言わなかった?
彼が間違えれば、自分の方がよく見えると考えたな?
グリフィンドールもう1点減点」


ハリーは言い返そうとしていたが、赤毛の子に大鍋の陰で、先生に見えない様に、ハリーを小突いてから何かささやいている。善意に考えれば、先生はたぶん『自分のことだけをやるのではなく、常に他の人にも気を配れ』ということを言いたかったのかもしれない。
だが、ハリーに対する視線から考えると『ただ単に諌めたいだけ』にも見える。



この1週間で、ハリーはスネイプ先生の恨みをかうようなことをしたのだろうか?



赤毛の男の子に慰められているハリーを横目に見ながら、他のスリザリン生と一緒に地下牢を出たのだった。






[33878] 7話 飛行訓練
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/10 10:41


今度の木曜日に飛行訓練が始まる。

文字通り箒に乗って空を飛ぶ訓練、まさに魔法使いのイメージそのものだ。
少し私はそれを楽しみにしていた。だから、少しでも飛行に関する知識を得ようと思い、パンジー達に聞いたのだが……


「絶対に『ホリヘッド・ハーピーズ』が1番だわ!!」
「どこがいいのよ、パンジー!?女ばかりじゃない!
やっぱりここは『ファルマス・ファルコンズ』でしょ?」
「ミリセントには悪いけど、そのチームってなんか怖いと思う。
『ケンメアー・ケストレルズ』がいいんじゃないかなぁ?」


気が付くとパンジー、ミリセント、ダフネが箒で行う競技、『クィディッチ』の贔屓チームについての大論争になってしまっていた。こういう時に、うっかり何か口を挟むと火に油を注ぎかねない。
それにこのまま論争がエスカレートすると、ミリセントが2人につい手が出てしまうかもしれないとも思ったが、ミリセントの手が動く前に私に飛び火してきたら嫌なので、気が付かれない間に黙ってその場を立ち去ることにする。


この学校では体育の授業がない。
代わりに『飛行訓練』があるのだというが、それも1年生までだ。
体育嫌いの子にはいいのかもしれないが、2年以後は身体を動かす授業がないのだ。 だが、3食甘いモノだけという食事にしなければマージョリーさんみたいに太ることはないだろう。
なぜなら、城が広すぎるからだ。

長くて急な階段をひたすら上り下りをしたり、こっちの塔の上の方で魔法史の授業があったと思えば、次は向こうの塔の下に位置する温室で薬草学の授業というように、とにかく動かなければならない。

この間の双子が教えてくれた際に、いたるところに移動を短縮するための隠し通路があるということが判明したが、どこがどこに繋がるのか分からない。それ以前にまず隠し通路の位置が分からない。
なので、ひたすら短縮せずに歩き回ることになる。


それに、授業一つ一つでも結構疲れるのだ。

例えば変身術。

モノを変身させるということは、物凄く疲れるのだ。
初回の授業の時に、マッチを針に変身させる練習をした。なんとか針に変えることが出来たがとても疲れてその場に倒れ込みたかった。それに針に変身させる事が出来たのは、学年で私とあと1人らしい。
マッチを針に変身できたということで、厳しいで有名なマクゴナガル先生が点数をくれた珍しい機会だった。


他にも変身術で例を上げると、複雑な術式をノートに写すことがまず大変だ。
慣れぬ羽ペンと羊皮紙を使わないといけないということが難点の1つ。

なぜ使いやすいシャーペンを使わせてくれないのだろうか?
初回の授業の時にシャーペンにルーズリーフで書き写していたところ、マクゴナガル先生に…彼女の鋭い目がいつにも増して鋭くしてにらまれたのを覚えている。


『ミス・ゴーント?羽ペンはどうしたのですか?』


と聞いてきたので他の生徒たちにも注目されてしまった。 私は、あの時眉をしかめてこういったのだ。


『使いにくいからです。こっちの方が使いやすいし、インク瓶を割って周囲に被害を及ぼす心配はありませんし』


すると一瞬マクゴナガル先生は黙った。 だが、一段と目をきつくしてこういったのだ。


『しかし、ここでは羽ペンを使用してください。
羽ペンは試験の時に使わざる負えません。慣れていなければ試験の時に最高な状態で臨めません』

それ以後は私も慣れぬ羽ペンを使ってカリカリ書いている。
先生が言うには、カンニング防止の羽ペンがその場で配られるみたいだ。 それなら慣れておかないと後が大変なので、私も羽ペンを使うようになった。

このように、授業一つとってもかなりの疲労感がたまるのだ。
その分、自由時間もあるのだが、今はいいが期末テスト前になるとこの時間が全て勉強に費やすことになってしまう。となるとほとんど休む機会がない。

魔法学校というと『夢と希望が満ち溢れている楽園』という感じだったが、私は前言を完全に撤回した。
名門のマグルの学校と同じくらい…下手したらそれよりもかなり大変な学校だと断言できる。




「それにしても『クィディッチ』か」


見たことはないが、あの引っ込み思案なダフネが盛り上がるほどのスポーツとなると興味が出てきた。
そういえば、以前ドラコが『1年生は寮の代表選手に選ばれないから悔しい』といっていた気がする。寮ごとにクィディッチのチームがあるほど人気スポーツということか。

マグル界で言うサッカーやバスケ、それから野球のような感覚なのだろうか? いずれにしろ、当日がますます楽しみになった。























だが、その日はあまりいい思い出にはならなかった。











その日の午後3時30分。
空はどこまでも青々と澄み渡っていて、飛んだら自分も空気と一体化しそうなくらい気持ちのいい日だった。少し風があったが、無風の日より少し風のある日の方が好きだ。芝生の上には20本の箒が並べられている。


「マグルの世界にはクィディッチみたいなスポーツはあるの?」


クィディッチの説明を簡単にしてくれたパンジーが問う。 私は少し考えてから笑った。


「バスケットボールってのがあるな。でも、箒を使うこっちの方が面白そうかも」


バスケはバスケで楽しいと思うが、ここはパンジーの望む答えを言った方がいい。 パンジーは自分の気に入った人に対してかなり優しくなるのだ。

例えば、セオドール・ノットとブレーズ・ザビニらに対して厳しい態度で接するのに対し、同じことをパンジーの恋焦がれている異性、ドラコがすると何も言わない。パンジーは愛情を持って彼に接している。

ミリセントに対しても口喧嘩ばかりしているみたいに見えるが、実は結構楽しんで手加減をしながら喧嘩をしている。
本当に怒っている時はもっとズバズバと相手の痛いところをつくのが彼女だ。
だが、確かに痛いところをついてはいるが、手の早いミリセントの手が出ない一線をわきまえて口喧嘩をしているのが最近になって分かったことだった。


案の定、パンジーは気をよくしたらしくニコニコしていた。


「そうよね。箒に乗らないスポーツなんて考えられないわ。
セレネもきっと箒に乗るのが好きになると思うわよ?」
「そうだといいな」


そうしてしばらくしゃべっていると、グリフィンドール生がやって来た。
そういえば、最近あまりハーマイオニーやネビルと話してない。
寮が違うということが1番の原因だろう。もっとそれぞれの寮の交流的な事があったらいいのにと思う。

そんなことを考えているとすぐにマダム・フーチが来た。
彼女は白髪を短く切り、鷹のような黄色い目をしている。どこまでも箒ですばやく遠くまで飛んで行けそうな人だと思った。


「何をぼやぼやしてるんですか」


開口一番で怒鳴るフーチ先生。


「皆箒の側に立って。さぁ、早く!」


完全に体育系の人だ。
テキパキやらないとゲンコツが降ってくるかもしれない。 いや、ここは魔法使いの世界だから失神呪文あたりがとんできてもおかしくないかもしれないな。


「右手を箒の上に突き出して。
そして、『上がれ!』という」


皆が一斉に『上がれ!』と叫んだ。
すると、古くて小枝が何本かとんでもない方向に飛び出している箒がスゥッと私の手の中におさまった。 だが、飛び上がった箒は少なかった。

私の見える範囲だと、ハーマイオニーやダフネの箒は地面をコロリと転がっただけだったし、ネビルの箒は動かなかった。1度で飛び上がったのは、私を含めほんの数人だった。

もし、魔法使いの使う箒に意志というモノがあるのだとすれば、馬の様に乗り手の気持ちが分かるのかもしれない。中々飛び上がらないハーマイオニー達の顔は強張っていて緊張しているのが分かる。



次に箒のまたがり方をやった。 フーチ先生は1人1人箒の握り方を直していく。
ドラコが何回も注意されていた。が、それを笑うハリーと(いまだに名前が分からない)赤毛の子が笑っているのが見えた。

他の子も注意されているのにドラコの時だけ笑うのはおかしいと思う。
確かに彼は箒に関してかなり自慢をしていた。でも、笑うのは間違っていると思う。

昔、私はピアノを習っていたのだが、前の先生の時に指の使い方について変な癖をつけてしまっていた。だからそれを新しい先生に指摘されて直すのが大変だった。
ピアノは得意だし昏睡状態に陥る前は『ショパンの夜想曲』を弾いていた。直される前も『モーツアルトのトルコ行進曲』や『エリーゼのために』だって弾けていた。


ようは、正しい指使いでなくて変な癖があったとしてもできてしまうのだ。
ただ、変な癖があると見栄えが良くないのと、やはりどこか大変な箇所が出てくるので、正しい指使いの方がいいことは間違いないだろう。


だから、癖があったとして、それに気が付いたのであれば直せばいい。
ドラコは今、その癖に気が付いたのだ。直すのは大変だと思うが直した時、また一段と上手になれる。だから間違いを指摘されたのを笑うのは間違っていると思う。




「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強くけってください。3つ数えたら吹きますよ。
1,2…」


ところが3つ数え終える前に、おそらく緊張してしまったのだろう。
ネビルが『遅れたくない』というような顔をして地面を蹴ってしまったのだ。 しかも、思いっきり強く。


「こら、戻ってきなさい!!」


ネビルは先生の声が聞こえているのだと思うが、制御できないのだろう。
シャンパンのコルクの栓が抜けたように勢いよく飛んでいくネビル。真っ青な顔をしたネビルはどんどんと空へと上がっていく。 怖くて悲鳴も上げられないようだ。ネビルは、真っ逆さまに落ちた……そして……


ガーン!!ドサッ!ボキィっと嫌な音を立てて、ネビルは草の上にうつぶせで墜落した。
フーチ先生が真っ先に駆け寄った。

ネビルに意識があるみたいだ。

しかし、無傷というわけではさすがにいかなかったみたいだ。 手首が折れているらしい。


……あの高さ…軽く6メートル以上あったのに、手首骨折ですんでしまうとは……
ネビルは知らない間に魔法を使ったのかもしれない。いや、フーチ先生の魔法かもしれないが…


フーチ先生は『誰も箒に触らない事』というと、ネビルを連れて医務室へといった。
後で見舞いに行こう。
それにしても、彼は災難続きだ。この間の魔法薬学の時も痛そうだったし、汽車では蛙をなくしていた。



「アイツの顔を見たか?あの大まぬけの」


ドラコが大声で笑い出した。
まったく、笑う所じゃないだろ。私は、止めようかどうしようか考えていると、ドラコが手に何か丸いキラキラとした球体を持っているのが見えた。


「ごらんよ!ロングボトムの婆さんが送ってきたバカ玉だ」


よく分からないが、ネビルの持ち物が箒から落ちた衝撃で落としてしまったっという所だろう。
ガラス製みたいなのによく割れなかったな。


「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」


ハリーが聞いたことがないくらい静かで冷たく言う。
意外だ。ハリーって豚一族ダーズリーに弾圧されて生きてきたのでもっと引っ込み思案かと思っていた。それに、私と話すときは他人の話を聞かない自分勝手な感じのイメージがあった。

まさかあんな冷たい声が出せるなんて。

そんなことを考えているうちに、ドラコVSハリーはますますアツくなってしまい、ついにドラコはひらりっと箒に乗り飛び上がってしまった。あっという間に樫の木の梢と同じ高さまで舞い上がる。


「おい、ドラコ!先生の言いつけを忘れたのか?」


思わずそう言うと、ドラコは私を見下ろした。


「先生が戻ってくるまでに済ませればいいだけの話だ。
それに、最初に喧嘩を仕掛けてきたのはポッターだ。僕は悪くない」


いや、そうかもしれないけど。
私はハリーの方を見ると、ハリーも箒をつかんでいた。


「ダメ!フーチ先生がおっしゃったでしょう?動いちゃいけないって。
私達皆が迷惑するのよ」


ハーマイオニーが叫んだ。
彼女の言うとおり。まぁ見つからなければ怒られないが、見つかった時が大変だ。 あの先生は怒りだしたら止まらないと思う。

だが、ハリーはハーマイオニーを無視すると、箒にまたがり急上昇した。
初めてのはずなのに、ハリーは箒に何度も乗ったことがあるドラコより少しギコチナイだけだった。
しかし、規則を破っているのには変わりない。
キャーキャーと言う女子たちや、感心する赤毛の子はもう少し自粛するべきだと思う。
私はため息をついた。


「少し静かにしたらどうだ?騒いでいたら他の先生が気が付く。
言いつけを破るのを止めなかった私達も同罪で叱られるぞ?」


そう言うと、水を打ったかのようにピタリ…っと声が止まった。


「いや、でもハリーは凄いって。
だって初めてなのにあんなに飛べるんだ。マルフォイの奴なんて顔がこわばってるじゃないか」


赤毛の子が言う。いや、アレは怖くて強張ってるんじゃなくて、ハリーが初心者なのに頭角を現したからだろ。


「取れるものなら取るがいい、ほら!」


ドラコがそう言う声が聞こえたので一斉にみんなの眼が空に向く。
見るとドラコがガラス球を空中高く放り投げ、稲妻の様に地面に戻っていった。

ハリーは箒の使い方を熟知しているかのように、まっすぐガラス球に向かって飛んでいく。
地面すれすれのところで球をつかみ、間一髪でハリーは箒を引き揚げ水平に建て直し、草の上に転がるように軟着陸した。

ガラス球を握りしめて。


「ハリー・ポッター!」

マクゴナガル先生が駆け寄ってきた。ハリーの表情が誇らしげに輝いていたが、彼女の登場で一気に青ざめる。
マクゴナガル先生は授業が入っていなかったのだろう。
それで、私達の声を聴いて駆け付けたところ、さっきの様子を目撃したという感じだと思う。
ハリーはぶるぶる震えている。


「まさか……こんなことはホグワーツで一度も」


眼鏡が激しく光っている。
その時、私は小さな疑問が芽生えた。あの光は確かに激しいモノだが、怒りの色ではない気がした。
上手くは言い表せないが、例えるなら勝利への情熱というのだろうか?
それに、注意をするのであれば、ハリーだけではなくドラコにもしないとおかしい。


うなだれるままのハリーを連れてどこかへ去るマクゴナガル先生。 なんとなく嫌な予感が胸をよぎった。









ちなみに、この後戻ってきたフーチ先生が私の予想通り激怒した。
『止めなかった連帯責任』ということで私たちまで怒られる。授業は結局なくなり、日が暮れてフーチ先生の腹が減るまで説教は続く。

ハリーが戻ってくることはなく、私は空を1㎜も飛べないままその日は終わった。








[33878] 8話 私の瞳の色は…?
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/12 17:53

「っくそ、やはり使えないか」


ゲームのスイッチを入れるが、画面は白黒のモザイクがかかるばかりで音は耳障りな雑音。結局、家からゲーム機器はホグワーツに充満する魔力のせいで壊れてしまった。


「セレネ、早く行こう!」


ダフネが、髪をとかし終えたのだろう。鏡の前で立ち上がり私に呼びかけてきた。 私はため息をついてゲームの電源を切ると立ち上がった。


「そういえば、昨日マルフォイ君達が笑ってたけど、何かあったのかな?」
「知らない。アレだろ?ハリーが退学になったかもしれないからじゃないか?
それより、腹減ったな」


そう言いながら大広間に向かう。 すると大広間に入る前の階段にドラコとその取り巻き共がいるのが見えた。どうやら、彼らは食事をすでに終えたらしい。


「ん?セレネとダフネじゃないか。今から朝食かい?」
「まあな。ちょっと遅くはなったが、次は妖精呪文だろ?間に合う間に合う。
で、アンタ達は何してんだ?誰か待ってるのか?」



そう質問した時、ハリーと赤毛の子が駆け足で大広間から出てきた。ハリーはマクゴナガル先生に昨日怒られたばかりだというのに、満面の笑みを浮かべている上に何か細長い包みを持っている。
ハリーに、何か贈り物をする人がいただろうか? ハグリットという線も考えられるが、あれは一体なんなのだろう?


「ねぇ、アレって、あの形って」


ダフネが片手を口に当てて驚いている。 そういえば、あの包みの形ってどこかで見たことがある気がする。どこだったかを思い出そうと記憶を探っていると、ドラコ達が動き出す。

ハリーに近づきハリーの手にする包みをひったくるように手に取った。

まったく…一言かければいいのに。 だから軋轢が生まれてしまうということが何故分からないのだろう?そのことを注意しようかどうしようか迷っているうちに、ドラコの表情が変化した。彼は、少し触っただけでその包みが何か分かったのだろう。妬ましいのと悔しいのとが混じった顔をしたドラコがハリーを睨む。


「今度こそおしまいだな、ポッター。
1年生は箒をもっちゃいけないんだ」
「箒だって?」


思わずおうむ返しに聞いてしまった。
そういわれてみれば、箒のような形をした包み紙だ。私は珍しく目を大きく見開いてハリーを見た。
私が口を開く前に赤毛の子が得意そうに口を開いた。


「ただの箒なんかじゃないぞ。なんたってニンバス2000だぜ。君、家に何持ってるって言ってた?
コメット260かい?」


赤毛の子が嬉しそうにニヤッとハリーに笑いかける。


「コメットって見た目は派手だけどニンバスとは格が違うんだよ」
「君に何が分かる、ウィーズリー。柄の半分も買えないくせに。
君と兄貴たちとで小枝を一本ずつためなきゃならないくせに」


ドラコが噛みつくようにして、ウィーズリーと呼ばれた赤毛の子に話しかける。
これは少し不味いかもしれない。赤毛の子が拳を握ってわなわなと震えはじめた。
その時だった。


「君たち、言い争いじゃないだろうね?」


妖精呪文の授業を担当しているとっても小さな先生…フリットウィック先生がキーキー声で現れた。
先生はドラコの肘くらいの高さしかない。病気だろうか?それとも、人間とは別の種族なのだろうか?


「先生、ポッターの所に箒が送られてきたんですよ」
「いやー、いやー、そうらしいね」


先生はなんとハリーに笑いかけたのだ。
ドラコが引きつった顔をしている。取り巻きの2人もダフネも信じられない!という顔をしていた。たぶん、私もそれに近い顔をしているのだろう。


「マクゴナガル先生が特別措置について話してくれたよ。
ところでポッター、箒は何型かね?」
「ニンバス2000です。
実は、マルフォイのおかげで買っていただきました」


これが私の限界だった。
ハリーが怒りと当惑の入り混じった顔をするドラコを見て、笑いを必死でこらえているのを見るのはうんざりだった。


「何でそう思う……んですか?」


先生の手前、敬語を使う。つい地の言葉で話したら、色々と終わりだ。


「授業中にハリー・ポッターは先生の言いつけをやぶって箒に乗ったんですよ?
なのに、なんで彼は怒られることなく、罰されることもなく、規則をまげて箒を手に入れることが出来たのですか?」


先生は困ったような顔をした。
私を傷つけないように言葉を選んで話してくれようとしているみたいだった。


「ミス・ゴーント。
私が実際に現場を見たわけではないし、マクゴナガル先生からは『特別措置でポッターをシーカーにする』ということと、彼の腕前の素晴らしさしか聞いていないのだよ。
それに、校長先生が許可を出して決定していることなのだ。だからこの決定を覆すことは出来ない」


すまなそうにそう言うと、先生は授業の準備のため、短い脚を必死で動かしてどこかへ行ってしまった。


「なんでそんなに厳しい顔をするんだい、セレネ?」


ハリーは何で私が怒っているか分からないみたいだった。
当惑を浮かべながらも目がニヤついている。
私は息を吸うと元の口調に戻した。ダフネを先に大広間に行かせるとハリーに向き直った。


「ハリー、どういうことだ?
というか、そもそも君はマクゴナガル先生に叱られに行ったんじゃなかったのかい?」
「違うよ」


ハリーは首を横に振るって何があったかを話してくれた。
その時のことを思い出したのだろう…喜びを隠しきれない口調で、マクゴナガル先生がグリフィンドールのシーカーに任命してくれたことを話す。

私の隣にいるドラコは眉間に物凄い深いしわを寄せていた。


「だから、僕に箒が送られてきたのはマルフォイのおかげなんだ。
もし、マルフォイがネビルの『思い出し玉』をかすめていなかったら、僕はチームには入れなかったし」
「ふざけてるのか?」
「えっ?」


きっとハリーは私もその説明で納得すると思ったのだろう。
驚いて固まってしまっている。さてと、では何と言おうか。


「つまり、大元を正せば君は、ネビルのおかげ…っと言っているんだな?」
「えっと………」
「ネビルが玉を落とさなければ、アンタに箒が送られてくることはなかった」
「何が言いたいんだい?」


赤毛の子が前に一歩出てきた。私はその子を軽くにらむ。


「つまり、君たちは『ネビルが箒から落ちた』ということに感謝している」
「そ…そんなことないって!」
「いや、そんなことあるさ。
確かにドラコも人様のものを投げたのは悪いし、それをキャッチしたハリーは凄いと思う。

でも、そうはしゃぐことによって傷つく人がいるってことを忘れないでほしい。
それから……あまり浮かれない方がいい」


私は大広間の方をちらっと見た。
すると丁度ハーマイオニーが一段一段階段を踏むしめてのぼってくるところだった。 彼女の視線は、けしからんといわんばかりにまっすぐハリーの箒に向けられている。 あとは、彼女にまかせるとしよう。


「あまり浮かれない方がいいって、どういうこと、セレネ?
さっきの『ネビルが傷つく』ってこと?」
「それもあるが……

あのマクゴナガル先生が無料でアンタに箒を送ったんだ。
普通なら他の生徒に気を使って授業後に直接渡したりとか談話室にこっそり持っていったりとか手はあるはずなのに、それをしないで生徒の眼に付く普通の郵便の時間に送ったということは、先生自身我を忘れているってこと。
それだけ期待されているってことだ。

その期待を裏切ったら………まぁ、言わなくても分かると思うから言わないけどな。
私は早く朝食を食べないといけないし。

それから、ドラコももう少し立ち振る舞いに気を付けた方がいい。
あの時に、先生の言いつけを最初に破ったのはアンタだからな。いくら頭に来たからとはいえ行動に移すのが早すぎるぞ」


私は彼らの返事も聞かずに、まっすぐ大広間へと駆け下りて行く。
もうほとんど料理は残っていなかったが、いつも私が食べているソーセージとシリアルをダフネが確保してくれていた。やはり、持つべきものは友人だ。

私はダフネに礼を言うと、柔らかくてもっちりとしたソーセージを口にする。


「悪いな、ダフネ。あと少しで朝食の時間が終わるのに、つき合わせちゃって」
「ううん。いいの。 それにしてもよかった」


何が良かったのだろうか? ハリーが退学にならなくて、か?いや、それはない。彼女とハリーの接点がまずない。 私が不思議そうな顔をしているのが分かったのだろう。ダフネはあたりをキョロキョロと見わたした後、こっそり私に耳打ちをした。


「なんだか分からないけど、セレネの眼の色が赤くなっていた気がして……
たぶん、光の当たり具合だと思うけど」
「赤、だって?」


いったいどういうことだろうか? 蒼なら分かる。『眼』を使ったときは目が蒼く輝くからだ。

だが、赤というのが分からない。
ダフネは光の影響だと言っているけど、本当にそうなのだろうか?



私はその日1日、そのことばかり考えていたので授業に集中することが難しかった。






[33878] 9話 ハローウィン
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/10 10:44


「頭が3つある犬だって?」


私は眉をしかめてハーマイオニーを見た。 図書館で勉強をしていると、久々に彼女の姿を見かけたので、一緒に途中まで帰ることにしたのだった。

ハーマイオニーは図書館で借りた本を重そうに抱えているが、私は手助けできない。
私も同じくらいの本を抱えているからだ。ただ、ハーマイオニーの抱えている本とは種類が違う。 授業で使う本も混ざってはいるが、大半は魔法界の生物についてや魔法界の教育論に関してのものだ。 これらをまとめて今度家に帰った時にクイールに話すためだった。


「ケルベロスってことか?
まさかそんな生物がいるなんて………いや、ホグワーツだから逆に考えられるか」


神話の生き物『ケルベロス』が実際に存在するとは信じがたい話だったが、『幻の動物とその生息地』に載っていたのを思い出す。それに今私がいるのはそこらじゅうに魔法が溢れているホグワーツだ。神話の生物が1・2体いたとしてもおかしくはない。


「で、どこでみたんだ?」
「実はね、この間ちょっと迷っちゃって立ち入り禁止の4階の右側の廊下に行っちゃったの。
そこでフィルチをやり過ごすために入った部屋にいたのよ」


あの時の恐怖を思い出したのか、一瞬震えるハーマイオニー。


「なるほど……だから校長は『行っちゃいけない』って言っていたのか……
で、地獄の番犬ケルベロスってことは、何かを護っていたのか?」
「そうよ!あの犬の足元に隠し扉があったの!きっと何かを隠しているに違いないわ!でも……」
「肝心な何を隠しているか分からない、か」


ケルベロスはギリシャ神話の冥界の入り口を護る番犬だ。 ケルベロスの脇を安全に通り抜けるのためには、音楽を奏でるか、菓子を用意するかの2つしかないとされている。それ以外だと戦闘になり、99%の確率で命を落とすのだとか。


「まさかホグワーツに冥界に繋がる通路があるとは思えないしな」
「そうよね、一体何を護っているのかしら」


ハーマイオニーと別れて自分の寮に戻る私。

このホグワーツで何かを護っている、それもケルベロスが。よほど大事なものなのだろう。それはいったい何なのか。















結局、思いつくことなく月日は流れハロウィーンの日になった。
朝からパンプキンパイをこんがりと焼いているのだろう。その甘い匂いが廊下を漂っていた。幼いころは魔女の仮装をして友達のフィーナやラルフと一緒に菓子をねだって歩いたものだ。まさかあの頃は自分が本物の魔女だとは思ってもみなかったし、フィーナ達もまさか私が魔女だとは思わなかっただろう。
だが、ハロウィーンと言っても夕飯の時間までは特に変わったことはしないみたいだ。
授業もいつも通り進められて、いつも通り何も変わらず時が流れていく……………かに見えた。



「セレネ、Trick or Treat!!」
「はぃ?」


ニヤニヤと笑いながら手のひらを私に向けるパンジー。予想だにしなかった言葉を聞き、思わず私は、変な声を出してしまった。


「どうしたの?お菓子をくれないと悪戯しちゃうんだけど」


私は慌てずにポケットを探るが、今日に限って何もない。 うかつだった。アメでもなんでもいいから菓子をとにかく持っておくべきだった。


「……参った。何も持ってないよ」


降参だっと両手を上げるとパンジーは物凄くうれしそうに笑った。 ミリセントが少し驚いた顔をする。


「へぇ、まさか成功するとは思わなかったわ」
「あら、ミリセントはそう思っていたの?
こういう日でもないとセレネには悪戯出来ないから、いろいろと策は考えていたわ。
もしアメか何かを持っているそぶりをしたら先に私から欲しい『魔法界のお菓子』を選択することで、悪戯から逃れられない様にしようと思っていたし」

「そんなに私に悪戯したかったのか」

用意周到だ。でも、そこまでしてしたい悪戯ってなんなのだろうか?あまりひどいモノではないといいが。

パンジーが、嬉しそうな顔をして取り出したのはカボチャジュースの瓶2本。


「どっちかを飲んで」
「ただのジュース……のわけないよな」


臭いを嗅いでみるがジュースの甘い匂い以外の異臭はしない。 飲むのはためらわれたが、今日はハロウィーンだ。菓子を持っていないのだから悪戯を受けなければならない。さすがにパンジーが毒物を混入しているとは考えにくいし。

そう思って右側の瓶を飲み干した。 パンジーの顔がいつになく輝いて見えた。


「……なにが入ってたんだ?」
「カボチャジュースに決まってるでしょ。あと下剤」
「そうか………って………下剤だって!?」


思わず大きな声で叫んでしまったので、通りすがりの生徒たちが何事か?という顔をして見てくる。
が、私はそんなの気にしないでパンジーを睨みつけた。 パンジーの方は余裕の表情を浮かべている。


「ロシアンルーレットよ。ちなみに左には入っていなかったわ」


楽しそうに笑うパンジー。彼女をこんなにも恨めしく思ったことは一度もなかった。来年からは気を付けよう。





案の定、しばらくすると腹が悲鳴を上げ始めた。私は顔を少し歪ませると手近のトイレを捜す。 もうすぐハロウィーンの夕食だというのに、これだと遅れてしまう。


「っくそ、パンジーの奴」


少し文句を言いながら用を足すと、隣の個室で誰かが泣くのを堪えるような声が聞こえた気がした。 お節介かもしれないが聞こえてしまった以上、放って置くのは後味が悪い。トイレで泣いているなんてイジメでもあったのだろうか?魔法界でも人間である以上、いじめはつきものなのかもしれない。

私は手を洗い終えると、咳ばらいをした。


「誰だか知らないけどさ、もうすぐ夕飯だし、食べ損ねたら朝まで大変だぞ?
だからといって泣いてるだけだと進まないからな。その個室にいたままでいいから何があったか話してみなよ。これだと顔も見えないし、内容も誰にも言わないからさ」
「……その声は、セレネ?」
「って、ハーマイオニーか?」


まさか彼女だとは思わなかった。 一体どうしたのだろうか?寮が違うから接点はあまりないのだが、魔法薬学の授業を見る限りだと特に問題点は視られなかったのだが……


「セ、セレネは、私のことどう思ってる?」
「どうって、友達じゃないのか?組み分けの日に『寮が違っても仲良くしよう』って約束しなかったっけ?」
「そ、そうだけど……」


鼻をすするハーマイオニー。 私はため息をついてしまった。
恐らく寮でうまくいっていないのだろう。マグルの学校に通っていた時と同じく友達が上手く作れずにいるのかもしれない。でも強がって今まで何とか寂しさに耐えてきてはいたが、何かの拍子にそれが崩れてしまった。大方そういう感じだろう。


「何か言われたんだろ?お前には友達がいない、とかか?」
「う…うん、ロンがね、知ってる?ハリー・ポッターとよく一緒にいる赤毛の子。
彼が妖精魔法の授業の後にね……
『だから誰だってあいつには我慢できないって言うんだ。まったく悪夢みたいな奴さ』って」


あの赤毛がそんなことを言ったのか。 私は少し考えてから、言葉を選んで口を開けた。
安定状態に戻った腹が今度は空腹を訴えている。だが、ハーマイオニーの問題の方が重要だ。
なにせ、彼女は7年間もこの学校で過ごすことになるのだ。このままだと部屋から出なくなってしまって自主退学とまではならないかもしれないが、それに近い状態になってしまうかもしれない。


「たぶん、それって嫉妬なんじゃないか?
ほら、ハーマイオニーって勉強ができるだろ?たぶん見てはないけど妖精魔法の授業で彼より上手く呪文を使ったんじゃないか? それが気に入らなかったんだと思う」
「で…でも、ロンは、彼は事実を言ってるのよ、間違ってないわ。
私は友達がいないし、すぐに論理的に言い返す情がない最低な奴よ」


これは重傷だ。 まったく、あの赤毛め。少しは言葉を選んで話せっと思ったが、ここでいない人に対して文句を言っても仕方がない。応急措置でもいいからとにかくハーマイオニーを立ち直らせないと……


「でも、アンタがどう思ってるかは分からないけど、すくなくとも私はアンタのことを友達だって思ってる。 ネビルだってそうなんじゃないか?」
「ネ、ネビルは、友達じゃないわ。私が勝手に、振り回してるだけだもの」
「そうか?魔法薬学を見てる限り、アンタを友達だって思ってるみたいだったけど?
それにこの間さ、ネビルが箒から落ちた時ことあっただろ?あの後見舞いにいった際に少し話したんだ。
その時、ネビルは嬉しそうにこう言ってたぞ。

『ハーマイオニーはいつもとっても優しくて、宿題とか分からないところとか手伝ってくれるいい人だ。
他の人はそんなことしてくれないで、出来ない僕を馬鹿にして笑うだけなんだ。 でも、彼女は笑わない。だからいい人だと思う。 僕の大切な友達だよ』ってな」

「ネ、ネビルがそんなことを……」


ハーマイオニーの悲痛な口調に、驚きの色が混ざる。
ハーマイオニーからは私が見えないと思うけど、私は首を縦に振った。


「私だって寮は違うけど友達だ。 いつも大勢でワーワーやってるのが友達か?違うだろ?
少ない人数でも構わない。でも………?」


私はここで言葉を区切った。


「セレネ?どうかしたの?」
「黙って。何か聞こえる」


トイレの芳香剤の甘い匂いの中に、汚れたクイールのボロボロ靴下と、掃除を滅多にしない公園の公衆トイレの臭いを混ぜたような悪臭が鼻につく。それと同時に、少しずつ近づいてくる巨大な足を引きずるように歩く音、低いブァーブァーという唸り声も近づいてくる。


「何?何が来るの?」


ハーマイオニーが恐る恐る個室の戸をあけて顔を出してきた。 泣き腫らして真っ赤になった顔には不安の色が浮かんでいる。私は、袖の下にいつも隠し持っているナイフがあることを確認し直した。

そうしているうちに、何かがトイレに入ってきた。


「き…キャァァッァァァアアア!!!」


ハーマイオニーが悲鳴を上げる。私も目の前に立ちふさがる巨体に言葉をなくしてしまった。

そこにいたのは4メートルもある怪物だった。 墓石のような鈍い灰色の岩石のようなゴツゴツした身体を持ち、禿げ頭。 手には頑丈そうな棍棒を引きずっている。

記憶が間違ってなければ『トロール』という魔法生物に違いない。


私はためらうことなくナイフを構えた。 ハーマイオニーは恐怖で動けないのか、ガクガク震えたまま突っ立っていた。


「おいおい、ここは女子トイレだっての。女子……人間の女子じゃないのに入ってくんじゃないっての!」
「セレネ!?杖、じゃないわ、それ」
「ハーマイオニーは隙を見てあの扉から外に逃げな。
そこまで強烈な呪文は習ってないんだ。なら……これしかないだろ?」


ナイフをブンブンっと素振りする。


「セレ…ネ……目が……」
「気にするな。それよりモタモタすんな!早く走れ!!私なら大丈夫だ」


私はハーマイオニーの背を軽く押した途端、トロールが巨大な棍棒を振り下ろしてきた。 なんとか私たちは交わしたが、代わりにトイレの個室のドアが犠牲になった。

なんという力だろうか。だが………この『眼』の前では、無力だ。


「じゃあ、その武器から仕留めるか!!」


わざとその場を動かないで、挑発するような視線をトロールに向けて放つ。 すると、読み通り私目がけて振り下ろされる棍棒。ぶつかる寸前で転がるようにして横に避ける。 棍棒はさっきまで私の居た床にめり込んで大穴を開けていた。

その棍棒を再び持ち上げる前にナイフを振るう私。狙うは棍棒に纏わりついている『死の線』だ。それを斬ると棍棒はただの木片と化した。

トロールは何が起こったのか分からないようだ。
頭の悪そうな表情で壊れなかった棍棒の『持ち手』の部分をしげしげと見つめている。 振り落とした時のままの、身をかがめた態勢で……


「セレネ!どうしよう、開かない!!!」


ガタガタっとドアノブを回すハーマイオニーだったが、全く開かない。 なんでさっきまで開いていた扉が閉まってるんだ? 私はまだボケっとしているトロールの横を駆け抜けた。

トロールにはっきりとまとわりついている『線』を斬ってもよかったのだが、私が今しないといけないことはコレを殺すことではない。2人で逃げて、先生に知らせることだ。

あとで目のことをなんだかんだと尋ねられるのは面倒だ。棍棒は破壊してしまったが、そこは何とかはぐらかせばいい。


私は真っ青な顔をしているハーマイオニーの側まで来ると、杖を取り出した。 杖でドアノブを軽く叩く。


「『アロホモラ‐開け』!」


するとパッッと扉が開いた。 ようやく、動作を止めて呆けていたトロールが動きだす。唸り声を上げながら突進してきたので、私達は転がるようにして外に出ると、鍵を閉めた。


「うかつだったわ。私、魔女なのよ。アロホモラは基本呪文集に載っていた基礎呪文じゃない。
なんで私は出来なかったのかしら」


ブツブツと言っていたハーマイオニーだったが、ドスンドスンっと扉にトロールが激突する音で言葉を止めた。もし、この扉をトロールが破って襲い掛かってきたら、腹をくくって『眼』を使うしかない。
そう思った時だった。


「ハーマイオニー!?」
「って…セレネもなんでいるの!?」


廊下の向こうからハリーと赤毛の子が荒い息をして走ってきた。 彼らは私達を見て何か安心したらしい。 何か言おうと彼らは口を開きかけたが、トロールのタックル音を聞いた途端、ビクッとして口をつぐんでしまった。


「なんでもいいから早く先生を呼びに行かないと!!」


ドスン!ドスン!!っとトロールが扉にタックルをする音が廊下まで響く。
ハリー・赤毛・ハーマイオニーはビクリっと震えて動けないみたいだ。


「ブォォォン!!」


とうとうトロールが扉を破壊して出てきてしまった。 私は軽く舌打ちをすると、ナイフを構えてまだ固まっている3人の前に立った、その時だった。


「ステューピファイ!」


赤い閃光がトロールの顔面を直撃した。 トロールは何が起こったのか分からない間抜け面をしたまま後ろに倒れる。


「一体全体あなた方はどういうつもりなんですか!?」


杖を構えて走ってくるマクゴナガル先生が鋭い声を出した。 声だけでもわかるが、怒りと冷静さが入り混じった表情をしている。 彼女の後ろからはスネイプ先生、それからクィレル先生がいた。
クィレル先生はトロールを一目見ると、ヒーヒーと弱弱しい声を上げ、胸を押さえて廊下に座り込んでしまった。


「殺されなかったのは運が良かった。
なぜ寮にいるはずのあなた方がどうしてここにいるんです?」
「寮?みんなハロウィーンの夕食にでているのではないのですか?」


それは的外れな質問だったのかもしれない。 皆の眼が一斉に私の方を向いた。


「私のせいなんです。先生」


先生が何か言う前に、ハーマイオニーが小さいけどハッキリとした口調で話し始めた。


「私がトロールを捜しに来たんです。私、1人でやっつけられると思いました。
あの……本で読んでトロールについていろんなことを知っていたので。

でも、ダメでした。たまたまトロールと戦いになったトイレにいたセレネが助けてくれなかったら、私は死んでいました。
セレネが、トロールの棍棒を粉々にしてくれたんです。 ハリーとロンは、私がいないのに気が付いて心配して助けに来てくれたところなんです」


マクゴナガル先生は私とハリー、それからロン…と呼ばれた赤毛の子を見る。
ハリー達は『その通りだ』という顔をした。

私もうなずいた。本当のことを話してもよかったが、ハーマイオニーが悪口を言ったロンをかばったのだ。これが吉と出るか凶とでるかは分からない。 万が一、凶と出てロンとの関係が悪化したら悪化したらで私とネビルとで支えればいい。


「ミス・グレンジャー、なんという愚かな真似を。グリフィンドール5点減点です。貴方には失望しました。
貴方たちもですよ。1年生が野生のトロールと対決しようとするなんて、生きているのは運が良かったからです。ですが、友を思うその気持ちは大切なものです。よってミスター・ポッターとウィーズリー、それからミス・ゴーントには5点ずつ与えましょう」


まさか点がもらえるとは思わなかった。 実際にトロールと対決したのは私だけなのだから、私はもう少し点を貰ってもいい気がするが。点を貰いたくて行った行動ではない。何も言わないことにする。


「中断されたパーティーの続きは寮でやっていますので、まっすぐに帰るように」


そうか、中断されていたのか。
そうだよな。トロールが入り込んでいるのに、のんきにパーティーなんてやってられない。私も帰るとしよう。



それにしても、野生のトロールが何故学校に入り込んだのだろうか。実際に戦ってみて分かったのだが、あんなノロマで馬鹿な生物が、この城の中に入って来れるのか?

誰かの手引きだとしたら、一体何の目的でだろう?私の脳裏に、ハーマイオニーが教えてくれたケルベロスが護る隠し扉が浮かんでいた。





[33878] 10話 パーセルタング
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/10 10:48

「ったく、こんな時に」


私は、トランクにしまってしまった毛布やら断熱布やらをとりだしていた。 今から動物に詳しいという森番・ハグリットのところまでバーナードを持っていかなければならないからだ。

バーナードは最近調子が悪い。バーナード自身は平気だというが、万が一ということがある。帰宅してから動物病院に連れて行くより、少しでも早く動物に詳しい人に見せた方がいいと判断したからだ。まぁ、動物と言ってもバーナードは爬虫類だが、動物には変わりないだろう。
バーナードの入ったケージをしっかり毛布で包むと、寮の外に出る。
外に出た途端、コートを着ているのにもかかわらず思わず身体がブルッと震えてしまった。



月日が流れるのは早いモノで、もうすぐクリスマスだ。
ホグワーツとその周辺は雪化粧でおおわれている。湖はカチカチに凍り、魔法薬学の授業が行われる地下牢では吐く息が白い霧のように立ち上り、誰もが暖かい釜に近づいて暖をとっていた。



あれから特に私の周辺では変わったことはない。

あるとすれば、ハロウィーンの1件でハーマイオニーはハリーやロンと仲良くなれたということだろうか。よく3人で一緒にいることを見かけるようになった。以前はたまに会ったとしても、ハーマイオニーは勉強のことしか話さなかったのだが、ハリーやロンの話を笑顔で話すようになったので、少し胸を下ろすことが出来た。
ハリーもグリフィンドールのシーカーとして活躍をしていた。 スリザリンが負けたのはかなり悔しかったし、完全にグリフィンドール贔屓のリーの実況も気分を害した。が、乗り手が振り落とそうとした箒にしがみついていたハリーは凄いと思った。


ドラコはこのことが気に入らないみたいだ。
私自身、まだ彼ハリーが規則をまげてタダで新品の箒を手に入れたことが理解できない。
まして、ずっと前から『チームに入りたい』『何で一年生は入団できないのか理解できない』と言っていたドラコならなおさらだろう。実際に飛行訓練の時、ハリーと同じくらいドラコも飛べていたのだから。


ドラコと言ったら、彼へのクリスマスプレゼントはどうしようか。
彼だけではない。ダフネやパンジー、ミリセントや最近よく話すセオドール・ノットへのプレゼントもどうしようかと頭を悩ませていた。 ハーマイオニーやネビル達にはマグル関係の菓子でも構わないのだが、『純血主義』、つまりマグル嫌いの彼らにマグルの菓子なんてプレゼントに出来ない。喧嘩を売っているのか?ということになってしまう。

ダイアゴン横丁で何か買おうか、と考えながら角を曲がった時だった。


ドンっと誰かにぶつかってしまった。


「ひゃあっ!」
「すみません!!って、クィレル先生?」


ぶつかってしまったのはクィレル先生だった。
相変わらず変なにおいのするターバンをつけている。後頭部が若干湿っているのが見える。
たぶん赤毛の双子、フレッドとジョージが『今度、雪玉に魔法をかけて、クィレルのターバンの後ろでポンポン跳ね返るようにさせようと思っているんだ』とこの間語っていたのを実行に移したのだろう。


「べ…べつに……か…かまわない。
ん?ミス・ゴーント?そ…その手に…も…持っているのは?」


どもりながら、毛布で完全防寒させてあるバーナードのケージを指差すクィレル先生。 不審物だと思ったのだろうか?


「これは私のペットの蛇、バーナードの入っているケージです。
なんでも腹を壊したみたいで、彼自身は平気だと言い張るんですが、万が一ってことがあるのでハグリットに診せに行くところです」
「へ、蛇!?」


驚いたのか、少し私から離れるクィレル先生。
そんなあからさまに離れられると少し傷つく。でも、蛇なんて飼っている人はそうそういないから驚かれても仕方ないのかもしれない。パンジーやダフネなんて初めてバーナードを見た時は悲鳴を上げて近づかなかった。今も、怖がって近づかないか。


「そ…そうか。き…気を付けてハグリットの所までい…行きたまえ」
「はい」


私は足早にその場を去ろうとした。しかし―――


「ま…待ちなさい!」


去ろうとしたとたんにクィレルが話しかけてきた。
寒いから動いて温まりたいのに、なんのようだろうか?気のせいかもしれないがクィレルの顔色が、少しだけ悪く見えた。


「君…も…もしかして蛇と会話が…で…出来るのかい?」
「はい、出来ますよ?」


さしてためらうことなく返答する。パンジーが言うには、ヘビと話せる人はほんの一握りで、歴史上の人物だとサラザール・スリザリンやヴォルデモ―トくらいしかいないらしい。つまり貴重レアな能力だそうだ。

だが、蛇と話せるというだけで他に何の役に立つというのだろうか?
バーナードと話すのは好きだし、そのおかげで彼の不調にも気が付くことが出来た。が、他に需要がない。ヘビ限定の能力ではなく、どうせなら動物全般と話せる能力だったらいいなと思っていた。


「き…君…嘘ついて…ないね?」
「嘘ついてどうなるんですか?」
「き…君の…ご…ご家族も…は…話せるのかい?」
「知りません。父は私が生まれる前に心臓発作で死んだので。
母親はマグルだと聞いているので話せないと思います」
「そ……そうなんです…か……
あ……えっと………き…君は……孤児院から…来たのですか?」


何かにおびえるように話すクィレル。 そんなにも、蛇語が恐ろしいのだろうか?言葉を選んで話しているみたいだ。


「母の幼馴染のマグルに引き取られて生活していました。
あの、早くハグリットの所に行きたいのですが?」


躊躇いがちにそう聞くと、少しオドオドと何かに悩みこむクィレル。 顔色が物凄く悪く、返答も授業後の質問をするときよりずっと遅い。まるで何かと対話してから返事をしているみたいに。

まさか、日本の有名な漫画みたいにクィレルの中にもう1人のクィレルがいて、そいつと対話してから返答しているとか、か?いや、いくら魔法界とはいえ、それはありえない。


「クィレル先生、少しよろしいですかね?」


向こうの角からスネイプ先生が黒いマントを翻してこっちにやってくる。 これでクィレルから解放され、私は動けるようになったのだった。




結局、ハグリットに診てもらったがバーナードの言うとおり、ただ腹を壊しただけで命に別状はないということだった。

ハグリットは『スリザリン生が俺んとこに来るんは珍しい』と何度も何度も繰り返し不思議そうに言っていた。そんなに他のスリザリン生から嫌われているのだろうか? まぁ、彼の髭ボサボサで不潔っぽい容姿が、基本的にお坊ちゃん・お嬢様育ちの彼らには受け付けないのかもしれない。




そういえば、この日は変わったことがもう1つあった。
バーナードのケージを抱えたまま談話室に戻るために図書館の前を通過した時のこと。
図書館から本を大量に抱えたハーマイオニーやハリー、それからロンが出てくるのを目撃したのだった。
ハーマイオニーだけなら分かるが、滅多に図書館を利用しないハリーやロンが本を大量に抱えて出てくるとは珍しい。 あの全てをハーマイオニーが借りるので、それを運ぶ手伝いだろうか?いや、ハーマイオニーが友人にそんな手伝いを頼むとは思いにくい。

もしかしたら、いつかハーマイオニーが話していた『隠し扉』の向こうに隠されているものについて調べているのかもしれない。

少し気になったので話しかけようかとも思ったが、バーナードを連れて歩いているということと、早く談話室に戻ってパチパチっと燃える暖炉のそばで身体を暖めたいという気持ちが強かったので、話しかけずに談話室へと足を進める私だった。





[33878] 11話 人を呪わば穴2つ
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/10 10:48
ドラコの様子がおかしい。
昼過ぎになると、いつもの彼なら昼食を食べに子分を従えて大広間に向かうのだが、それをしなかった。 子分どもを先に大広間に行かせると、自分はどこかへ去ってしまったのだ。

パンジーが上級生から聞いた話だと、どうやら医務室に行っていたらしい。パンジーは最低でも5分に1回は『ドラコは大丈夫かしら』か『どこか具合が悪いのかしら』とつぶやいていた。

だが、見る限りどこも悪そうには見えない。 むしろ顔全体が喜んでいるように見える。面倒なことにならなければいいが。


「おいゴーント、お前の番だ」
「ん?あぁ、すまん」


私と同じスリザリン生の同学年、セオドール・ノットの声で現実に引き戻された。私のノットの間に置いてあるのは、将棋盤。
日本好きのクイールが手に入れた、日本のチェスのようなゲームだ。
クリスマス休暇から帰って来るホグワーツ特急の中で1人でやっていたのだが、たまたま通りがかったノットが興味を持ち、それから時間があるとこうして対戦をしている。 ノットはいつも『魔法使いのチェスの方が断然面白い』と言っているのだが、結局はいつも将棋をやるのだった。


「そうだな、これで終わりだ」
「何?」


私が龍王をつかみノットの王将に手をかける。 ノットは頭に片手を乗せて歯を食いしばって云々唸っていた。


「ふん。俺の角行を取れたから勝てたようなものだ。もう一度やったら」
「でも、ノットはまだ一度も勝ててないよな?」
「だが、確実に俺は回を重ねるごとにお前のレベルに近づいている。
もう一度だ。次こそは必ず俺が勝つ」
「聞き飽きたぞ、それ。
…… ん?どこか行くのか、ドラコ?」


顔がやけにニヤニヤしているドラコが談話室を通り過ぎようとしていた。 私は、少し眉をしかめた。ノットも不信感をあらわにしていた。


「こんな時間に出ていくなんて、罰則を受けても知らないぞ」
「外に出ているのは僕だけじゃない。
君達も明日になったら分かる。アズカバン送りになるかもしれない奴を陰で笑ってやるのさ」
「アズカバン?あぁ……魔法使いの牢獄だっけ?
なんだ?お前、まさか犯罪を犯すのか!? 悪いことは言わないから、その年で豚箱にはいるのは将来のためにも考え直した方がいいぞ」


少し強めの口調で言うと、ドラコは鼻で笑った。人がせっかく親切心で忠告してやっているのに、 少しイラッとした。


「僕が犯罪を犯すんじゃない。犯すのはポッターとグレンジャーさ。
あぁ、あとウスノロの森番だな。病室でおねんね中のウィーズリーも連帯責任で捕まるかもしれないぞ」


こちらの返事をまたずに、寮を抜け出すドラコ。 ノットが鼻でフンっと笑った。
先攻のノットが歩兵をパチンっと1マス進める。


「マルフォイの奴、そこまでしてポッターを追い出したいのか?
ゴーントがポッターを追い出そうと企んでいるなら分かるが」
「なんで私がハリーを追い出さないといけないんだ?」


私もパチンっと歩兵を進めた。


「お前は偉大なるスリザリンの血が入っているだろ?
スリザリンの末裔と言えば真っ先に浮かぶのが『闇の帝王』だ。 帝王を消滅させたポッターを憎むのが当然なんじゃないか?」


パチンっと今度は桂馬を進めるノット。 私は腕組みをしながら、ため息をついた。


「血なんてどうでもいいさ。
それに、蛇語が話せるからといって必ずしも創設者や帝王さんの血筋とは限らん。 突然変異かもしれないぞ」


パチンっと歩兵を進めながらそう言い返す。

私が蛇語を操れることは同室のパンジーやミリセントによって寮内に広まっていた。 それが原因で『闇の帝王の血筋』『スリザリン最後の生き残り』という噂が寮の中で広まっているのだ。
幸いにも他の寮から嫌われ気味のスリザリンの寮風のため、外には漏れていないようだが、ハッキリ言って恐れ敬うような目で見てくる奴がいるのはうっとうしい。
だが、何かの役に後々立つかもしれないので、無視はできない。


「蛇語に突然変異なんてあるわけないだろ」
「マグル生まれとかは突然変異みたいなものだろ。
ほら、集中しなよ」
「なっ!?そこに置くか?」



私は、手詰まりで汗を額に浮かべるノットを見ながら、心の中でため息をついた。














結局、ドラコは見つかって罰を受けたみたいだ。
点数はどうでもいいし、ドラコが罰を受けるのも外を夜中に出歩いていた自業自得。 最近の私をイラつかせるのは学校全体のハリーに対する嫌がらせだ。

あの日、ドラコが夜中歩き回っていた日のこと。彼の言うとおりハリーにハーマイオニー、それからネビルも出歩いていたみたいで、それぞれ150点も減点されていた。
だいたい一回にもらえる点数は5点、よくて10点だということから考えると150点はかなりの打撃だ。
だからといって、一気にハリー達を目の敵にするのは良くないことだと思う。

たしかに彼は理不尽なことをしてきたし、しゃべり出したらこちらの話を聞かなかったりと、あまり好印象ではないが、だからといってハリーに対する学校全体のいじめは良くない。


ハリーを無視するのは点数を減らされたグリフィンドール生からだけではない。レイブンクロー生もハッフルパフ生もだ。なんでも寮杯がスリザリンから奪われるのを楽しみにしていたのに期待を裏切ったからとか何とか。



ハリーは友人のハーマイオニーやロンと隅っこで小さくなるようにして行動していた。
せっかく豚達ダーズリーから解放されたのにっと思うと、少し可哀そうに感じる。

しかも、先生方もこれを止めないのはおかしいと思う。
生徒がいくらばれない様に悪口を言っていたとしても、先生の耳は馬鹿ではない。耳に入っているはずなのに。


「なんでセレネがポッターの肩を持つの?」


ハリーの悪口を言っていたハッフルパフ生を注意した時、隣にいたミリセントが不思議そうな顔で言われた。


「いい気味だとは思わないの?ちやほやされているポッターをアンタだってよく思ってなかったじゃない」
「確かにそうだけど、あまりにも度が過ぎてるって言ってんだ。こうも露骨に手のひらを返したような態度をされるとイラッとする」


ブツクサ言いながら去っていくハッフルパフ生の背中を軽く睨みつける。


「ハリーのせいでスリザリンが1位になったから期待を裏切られただと?
他人任せが、他人ハリーに期待するからこうなるんだ。なんで自分の手で自分の寮を1位にしようと考えない。
スリザリン生だって同じさ。私は特に思っていないが、ハリーはスリザリン生にとって憎い敵って感じているんだろ?
その敵のおかげで1位になったって、嬉しいかもしれないが達成感がないだろ。真の意味で勝ったということにはならないんじゃないか?

それに、『人を呪えば穴2つ』っていうしな。
指摘ならともかく、悪口は後で自分に帰って来るから言わない方が身のためだ」


私はそう言うとミリセントに背を向けて図書館に走った。
図書館にはいつもの通り、ハーマイオニーがいた。ポツンっと他の人から離れたところに腰を掛けている。私は彼女の隣に座った。


「セ、セレネ?」


『なんで私の隣に座るのか分からない』という顔をされた。だが、そんなことを気にしないで小さい声で話しかける。


「この間言っていたニコラス・フラメルについて何か分かったのか?」


試験範囲のページをパラパラとめくりながらこっそり聞く。 クリスマス休暇で帰路についたとき、キング・クロス駅の駐車場でハーマイオニーに偶然会ったのだ。
彼女のご両親とクイールが話している時に、ハーマイオニーがこっそり『ニコラス・フラメルって知ってる?』と聞かれたのだ。

どうやら、その人物の『宝』をケルベロスと何人かの先生の魔法で護っているらしい。私の持っている本にはその人物について何も分からなかった。もちろん、クイールも知らなかった。


私の問いかけを聞いたハーマイオニーは、少し驚いた顔をしたが、少し辺りを見わたしてから私にしか聞こえないくらい小さな声で話してくれた。


「『賢者の石』を作るのに成功した唯一の人よ。
だからフラッフィー、ケルベロスがスネイプの手から護っているのは『賢者の石』なの」
「スネイプ先生?」


私がおうむ返しに尋ねると、コクリっとうなずくハーマイオニー。

彼女が言うには、先生が何度もハリーの命を狙っているのだという。 しかもスネイプ先生は闇の魔術に関して物凄く詳しいのだとか。その上、つい先日のことだが『石』を護っている1人のクィレルを脅して何か聞き出そうとしていたらしい。

私は腕を組んで唸ってしまった。


「先生が闇の魔術に詳しいのは知ってるし、ハリーに厳しいことも知ってるけど……
父さんの友人がそんなことをするとは思えないな」
「父さん!?」


ハーマイオニーは余程驚いたのだろう。大きな声で叫んでしまった。
ジロっと非難の眼がハーマイオニーに突き刺さる。今のはハーマイオニーが悪い。

司書のマダム・ピンスもジロッと警戒する視線をかなり長い間向けてきた。しばらく勉強に没頭する私達だったが、マダム・ピンスが向こうに行ったときにハーマイオニーが口を開いた。


「ごめんなさい、かなり意外で」
「いや、普通驚くだろうから、気にしてない。
父さんは自慢ではないけど、一流の教師だから人を見抜く目を持っている。だから、そんな父さんが認めているスネイプ先生が悪い人には思えない」


私はそろそろダフネと待ち合わせしている時間だったので教科書をパタンっと閉じた。


「教えてくれてありがとう。じゃあハーマイオニーも試験がんばれ」
「あ、ありがとう。あの、1つ聞いていい?」


立ち上がりかけていた私を遠慮がちに引き留めるハーマイオニー。


「あの、ハロウィーンの時なんだけど。
セレネの眼が蒼く光っていた気がして、一体どうしたの?それに、棍棒も一瞬であんなに細切れにするなんて」
「あぁ、そのことか。
始まりがあるモノには終わりがある。私の眼が蒼くなっている時には、それが見えるんだよ」


事細かに魔眼について説明するのが面倒だったのと、待ち合わせの時間が迫っていたので、それだけ言うと私は図書館を去った。

それにしても、『賢者の石』がこの学校にあるとは思わなかった。 マグル界の物語にも登場する伝説の石。それを使えば永遠の命が得られ、黄金を作り出すという石だったと思う。

『賢者の石』を狙う人がいる、それはスネイプ先生かもしれないし、他の誰かかもしれない。


「遅いよ、セレネ!!」


ダフネやミリセント、パンジーが私に向かって手を振るのが見える。 一旦この思考を中断させて彼女たちに向かって走り出した。

















次にこの思考が頭に戻ってきたのは試験最終日のことだった。
試験が終わり、校庭でダフネ達とガールズトークに花を咲かせていたのだが、最後の試験…魔法史の教室に忘れ物をしたことに気が付き、走って城に戻ったのだ。そして玄関ホールまで来た時に、耳にしてしまったのだ。
ハリー達とマクゴナガル先生の会話を。


「――いや、誰かが『石』を盗もうとしています。どうしてもダンブルドア先生にお話ししなければならないのです――」
「――ダンブルドア先生は明日お帰りになります――安全です――」


ダンブルドアがいない。この学校で最も強敵…だと思われる魔法使いがこの学校には今日一日いないのだ。もし、盗人が行動を起こすとするなら今夜だろう。
マクゴナガル先生が去った後、私は3人に話しかけようか迷ったが、結局話しかけずに魔法史の教室へと走ったのだった。





[33878] 12話 2つの顔を持つ男
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/12 11:05

僕は、いまだに目の前の光景が信じられなかった。
ロンやハーマイオニー達と先生達の罠を乗り越えてここまで来た。極悪人のスネイプから『賢者の石』を護るために!!

ロンは『チェスの間』で自ら犠牲駒になって傷ついた。
ハーマイオニーは先程の『論理の間』で分からざる負えなくなってしまった。でも、僕を先に進ませるために、火に囲まれながら論理を解いてくれた。その期待に応えるために、僕は今ここにいる。
スネイプを倒すために!



なのに、目の前にいたのはスネイプではなくクィレルだった。いつものように彼は痙攣などしていない。
彼は落ち着き払った声で、冷たく話す。何かの間違いだとも思いたかったが、僕の考えをことごとく打ち砕いていくクィレル。
僕が『スネイプだと思った』ということを口にすると、彼はあざ笑った。そして『スネイプは僕(ポッター)を助けていた』と言い出したのだ。

スネイプが、僕をいつも授業で虐めてくるスネイプが、僕を助けようとしていただって!?僕を箒から落とそうと企んでいたのはクィレルだった!?

それに、今もこの話している今も『あの人』と一緒にいるだって?

頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。でも、1つわかってる事がある。
こいつから『石』を護らないといけないということ。もしかしたらクィレルの後ろにあるダンブルドアの最後の仕掛け『みぞの鏡』を見れば、『石』のありかが分かるかもしれない。

なんとしてでも先に手に入れて阻止しなければ!!

ちなみにクィレルは、鏡を睨みつけてブツブツ独り言を言っていて気味が悪い。今のうちになんとか鏡を見ようと努力していると、いきなりクィレルが僕の方を向いた。


「わかりました……ポッター、ここに来い」


僕は鏡の前にたった。
嘘をつかなくてはいけない。何が見えても嘘を言えばいい。必死で僕はそう考えた。
青白く怯えた自分の姿が鏡に映る。次の瞬間、鏡の向こうの自分が僕に笑いかけてきた。鏡の中の僕はポケットに手を突っ込み、血の様に赤い石を取り出した。そしてウィンクをしてポケットに石を戻す。
すると、そのとたんにポケットの中に何か重いモノが落ちるのを感じた。

なぜか、信じられないけど、僕は『石』を手に入れてしまったのだ。


「どうだ?何が見える!!」
「だ…ダンブルドアと握手してる!!僕…僕のおかげでグリフィンドールが優勝…」
「嘘だ!!」


クィレルが唇を動かしていないのに、どこからか声が響く。ここまで来るときに破った植物の罠…『悪魔の罠』が僕をその場に釘付けにしてしまったように動けなくなってしまった。

クィレルがターバンをほどこうとしている。見たくない!その中にあるモノが恐ろしいモノだと直感した。
でも、目が背けられない!!その時……






「楽しそうじゃないか。私も混ぜてくれるよな?」






鋭い声が部屋の中に響き渡った。
クィレルがターバンをほどく手を止め、声の主の方を向く。僕もつられて向いた。ダンブルドアか!っと一瞬思ったけど、それにしては声が若すぎる。

そこにいたのは、蒼く光る目を爛々と輝かせて近づいてくる1人の人物が見えた。
それは、ハーマイオニーをトロールから助けて、僕達が学校全体の嫌われ者となっても変わらずに接してくれたスリザリンの少女、セレネだった。



「せ…セレネ?なんで君が」
「ハリー。君は、少しは周りを観てから話した方がいい。マクゴナガル先生に賢者の石について話す時、近くに誰かいるかいないかを見てから話す余裕はなかったのかい?」


どうやら、昼間の玄関ホールでのことをセレネは言っているみたいだ。
まさかあの時近くにいたなんて………
クィレルはまさかセレネが来るとは思っていなかったのだろう。鋭く細めている目がわずかに大きく見開かれたのを僕は見た。


「なぜミス・ゴーントがここに?君はスリザリン生ではなかったか?」
「スリザリン生ですよ、クィレル先生。
勘違いしないでくださいよ、私はハリー・ポッターを助けに来たのではありません。
『賢者の石』を安全な場所に移動させようと思い来ただけです」


こつん、こつんっと階段を下りてくるセレネ。
杖のかわりにナイフを握りしめ、それを弄びながら下りてくる。


「マクゴナガル先生の話が正しいならば『石』が狙われる可能性が高いのは今夜です。
でも今夜ではない可能性もあります。マグルの世界と一緒ならば校長という職業は多忙です。出張で学校を開ける機会なんてザラにあります。
でも、なんで今日を選んだのか。いくつか理由がありますが、そのうちの1つは、いつも夜間の見回りに出ている先生方は、今夜はテストの採点で忙しいからです。つまり、見つかる可能性はほんの少し。
そうなれば『石』が狙われるのは今夜。
違う可能性も考えられますが、どちらにしろ今のうちに安全な場所に移しておいた方が『石』のためでもあると考え、来た、という感じですね。まぁ、テストが無事に終わり、暇だったからというのもありますが」


ナイフを右手でクルクル回しながらそう言うセレネ。
僕は、さっきから疑問に思っていることを口にした。


「セレネは、クィレルがいることに何で驚いてないの?
というより、まさか1人であの罠を全てクリアしてきたの?
それにしてはローブが綺麗すぎると思うけど。それに、途中でロンやハーマイオニーに会わなかった?」
「質問が多い……でも、それと同じことはクィレル先生も思っていると思うから答えるよ。
先生もその辛そうなポーズは止めて手を下ろしたらどうです?」


僕と同じ位置まで下りてきたセレネがクィレルに少し笑いかけた。クィレルはターバンに手をかけたままの恰好で止まっている。クィレルもその体勢は少し辛かったのかもしれない。手をだらんと下ろした。しっかり杖を握った状態で。


「クィレル先生が石を盗もうとしているってことは少し考えれば分かる話だ」
「えっ!?ぼ、僕はてっきりスネイプかと」


僕は、いや、僕だけじゃなくてロンたちも約半年以上、ずっとスネイプを疑い続けてきたのに……
セレネはずっと前から見抜いていたのだろうか?


「とはいっても、人の助けがなかったら分からなかったけど。

まず、こういった物事を考える時は常に最悪な場合を考えるのが常識だ。
この場合だと最悪な場合……つまり、罠をかけたメンバーの中に裏切り者がいると考えるのが1番の最悪な場合だ。なにしろ手の内が知られているのだから。
なら、なぜ今まで行動に移していないのか?さっきも言ったと思うけど、校長が学校を1日以上空けることがこの1年間で今日だけだったと思う?いや、何回かあったはずだ。

なのに、その人物は行動に移さなかった。つまりまだ移す準備が出来ていなかった」
「でも、それってフラッフィー、3頭犬の対策が分からなかったからだと」


僕がボソリというと、セレネの片目が僕を捕えた。そういえば、この間のトロールとの戦いのときも、いつもは黒いはずのセレネの眼が、こんな感じで青く光っていたような気がした。


「大方正解だと思う。
ケルベロスの対策で手間取ったに違いない。ケルベロスの伝承を調べればすぐにわかると思うけど、ケルベロスを出し抜くのに必要なのは『音楽』か『菓子』だ。両方ともそこそこの腕前でないと出し抜けない。だが、菓子で攻めるとは考えにくい。
学校外から大量の菓子を持ち込むことは不可能に近いから、まず『菓子』を用意するには厨房に入らなければならない。それに問題は他にもある。
『菓子』の種類は蜂蜜に芥子を混ぜたものだとも、堅パンだとも言われている。その曖昧な種類を全て用意するのも大変だし、自分がその隠し扉を通り抜けるまでケルベロスが食事を続けていられる量を用意し、誰にも見つからない様に運ぶのも至難の業だ。

となったら、音楽しか方法は残されていない」


いつのまにか、セレネは先生に対する口調から地の口調へと変わっていた。
それをクィレルは黙って聞いている。微かに青ざめているのは気のせいだろうか。
でも、まさかハグリットに尋ねなくても3頭犬の出し抜き方が分かったなんて……

そういえば、ハグリットが二ッフィーの出し抜き方を話したドラゴンの卵の売人がクィレルだったとしたならば、それは2か月以上も前の話だ。
2か月間、その間に一度もダンブルドアが学校を離れる機会がなかったなんて、ありえない。その間、クィレルは何故、『石』を盗みに入らなかったのだろう?



「もしかして……
クィレルは音楽が得意ではなかった?だから盗みに入れなかった?」

「その通りだ、ハリー。
音楽とはいっても竪琴の名手…オルフェウス並みの技量がなければ効かない可能性がある。
自分で奏でるとしても魔法で奏でるにしても、相当な練習が必要だ。
この学校にはマグルの学校と違って『音楽』が科目にないからな。音楽を習う機会がない。つまり、1から独学でやらなければいけない。

もし、1度どこかで音楽をかじったことがあったとしても、何年も弾いていないと腕は衰えてしまう。いずれにしろ練習のために『石』を盗むのがこんなに遅れてしまったと、考えられる。

まぁ、私がダメもとでオルゴールを回しただけで難なく通れた事を考えると、名手レベルにしなくても通れたみたいだから、骨折り損だったな」
「だが、それが何故私につながるというのだ?」


クィレルが鋭く問う。セレネは余裕の表情を崩さなかった。
相変わらずクルクルと器用にナイフを回している。本当に、セレネは杖を出さなくていいのだろうか?


「つまり、急に音楽の練習をしだした人が怪しいということ。
この時点でフリットウィック先生は外れる。彼は長年ホグワーツ歌唱団の指揮者だと聞く。指揮者は音楽を教えられるレベルではないと出来ないからだ。
となると他の候補はマクゴナガル先生・スネイプ先生・スプラウト先生・ハグリット…そして貴方だ。


ここである悪戯好きの双子に手伝ってもらったんだ。
先生たちの眼をそらすためにクソ爆弾をいくつか爆発させてもらってね。その間に先生たちの部屋に忍び込んで『最近練習した痕跡のある楽器』があるかどうかざっと調べさせてもらった。で、それにひっかかったのはクィレル先生だけだった。それも楽器はオルフェウスと同じ竪琴。
これはかなり黒の可能性が高い」



くるくるっとナイフを回していた手を止めて、ナイフの先端をクィレルに向けるセレネ。
蒼い双眸がまっすぐクィレルを睨んでいた。
クィレルの表情が物凄く強張っている。さっきより青白いように見えた。


「部屋に入った時は分からなかったけど。さっきハーマイオニー達と会った罠の1つ『チェスの間』で、クィレル先生が犯人だという確証は高まった。貴方の机の上には竪琴や闇の魔術関係の本の他に何故か『チェス入門書』があったからな。

さて、つぎは私1人でここまで来たか……だっけ?」


クィレルから目をそらさないセレネが僕に尋ねてきた。僕は『イエス』と答えると、セレネは首を縦に振った。


「もちろん1人だ。ダフネ達に迷惑をかけるわけにはいかないからな。
見回りにいつもなら出ている先生方はテストの採点で忙しい。ならあとはゴーストやポルターガイストのピーブズに気を付ければいい。
夕飯の時に何度か脳内でシミュレーションを重ね、こっそり部屋を出る。


到着してしまえばあとは簡単だった。
ケルベロスはダフネに借りたオルゴールでウトウトしてくれた。植物系の罠…『悪魔の罠』はスプラウと先生が言っていた通りならば光が苦手だ。そうでなかったとしても、あんな薄暗く湿ったところで繁殖している植物は光が苦手だと判断することは可能だ」


僕は呆気にとられてしまっていた。
よくあの極限状態の中でそんなことが考えられたのかが不思議でたまらなかった。
セレネが僕より1歩前に出る。


「次に大量のカギ型の鳥の中から本物のカギを見つける罠。ここは面倒なので扉を斬らさせてもらった。つぎのチェスの間でハーマイオニー達に会った。
とはいっても、赤毛の子……ロン・ウィーズリーは気絶したままだったけど。命には別状なさそうだったから安心していいと思う」


ここで微かに、本当に微かにだが、セレネが笑った気がした。ここからは見えないけど、そんな気がしたのだ。まるで僕を安心させるかのように。


「チェスの間は『魔法使いのチェス』…つまり敵の駒を破壊してプレイをするタイプだったから、まだ修復が出来てなかった。だから2言3言ハーマイオニーと話すと進んだ。
トロールも気絶したままだったし、魔法薬を用いた論理問題は、面倒だったので、罠は『壊させて』もらった。意外と簡単な冒険だったな。もっとも、この『眼』がなかったら大変だったと思うけど」


ココまでの経緯を話しおえたセレネ。
途中で『斬』とか『壊す』という言葉が目立っていたけど、どうやったのだろう?まさか…あのナイフで?

セレネって力が物凄いんだ。扉を切り刻むくらいの力を持っているなんて。いや、でも火は斬れないと思う。どういった意味なのだろか?

ちなみに、クィレルの表情は青白いを通り越して、すっかり白くなっていた。手が演技ではなく、本当にわなわなと震えている。


「い、一体君は何者なんだ?
成績はトップクラス!蛇語は使える!それにその眼はなんだ!?」
『黙れ、クィレルよ』


またどこからか声が響いた。
クィレルの表情に、セレネではなく、何者かに対する『畏れ』の色が浮かんだ。


『俺様が直に話そう。そのくらいの力なら、ある』
「分かりました」


再びターバンに手をかけるクィレル。
するりっとターバンが落ちた。ターバンを巻いていないクィレルの頭はずっと小さく見えた。クィレルが僕とセレネに背を向ける。

僕は悲鳴を上げそうになった。が、声が出なかった。
クィレルの頭にはもう1つの顔があった。僕がこれまでに一度も見たことがないような恐ろしい顔が。ろうの様に白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔は蛇のような裂け目になっていた。


「ハリー・ポッター。また会ったな」


低い声がささやく。僕は後ずさりしたかったが、怖くて動けなかった。


「この有様を見ろ。
ただの霞と影にすぎない。誰かの身体を借りて初めて形になれる……この数週間はユニコーンの血が俺様を強くしてくれた……この忠実なクィレルが俺様のためにユニコーンの血を飲んでいるところを森でみたはずだ。だが、完全なものとは程遠い。そのためにも『石』が必要だ。命の水さえあれば、俺様自身の身体を創造することができるのだ。
さて、ポッター、まずはお前からだ。ポケットにある『石』を渡してもらおう」


彼は知ってたんだ!
途端に僕の肢の感覚が戻ってきた。よろよろと僕は後ろに後退する。それをあざ笑うクィレルのもう1つ顔、僕が赤子の時に倒したと言われている闇の魔法使い、ヴォルデモートの顔。


「馬鹿な真似はよせ。
命を粗末にするな。俺様の側につけ。さもないとお前もお前の両親と同じ道をたどることになるぞ……
お前もだ、ゴーントの末裔よ。たった1人でそこまで頭が回ることは賞賛に値する。お前の父親とは大違いだ。いや、アイツはアイツで頭が回ったが」
「私の父を知ってるのか?」


セレネが口を開いた。セレネはその場を動いていなかった。さっきまでの僕と同じで動けないのだろうか。ヴォルデモートの顔が邪悪な笑みを浮かべる。

「もちろんだ。なにしろお前の父親…ディヴィ・ゴーントを殺したのは俺様だからだ」
「そうか…」


セレネの口調は落ち着いたままだった。自分の父親の敵がいるというのに、なんであんなに落ち着いているのだろうか?

僕は、両親の敵を前にしているけど、逃げ出したくてたまらなかった。怖い!確かに目の前の相手は憎くて仕方ないけど、怖くて仕方なかった。でも、セレネからはそういった感情が感じられなかった。


「ハリー……早く逃げな」


ポツリっとセレネがつぶやく。


「え、でも、セレネは?」
「見たところ、永遠の存在は帝王の魂だけだ。
さっき、こいつが言った言葉通りなら、器(クィレル)を破壊すれば奴はただの霞になって、こちらに手出しが出来ない」


ナイフを構えて腰を低くするセレネ。まさか、本当に彼女はアレと戦うつもりなのだろうか?1人で?


「お前は、ポッターの側につくというのか?愚かな小娘め」
「何を勘違いしてんだ?逃げるための手足のない『賢者の石』に手足(ポッター)をつけたまでのこと。
だが、正直がっかりだ。まさか帝王がこんな要領の悪い奴を器にしているなんてな。まぁ、それしかいなかったんだと思うけど。早く行け、ハリー!!!」


僕はその叫び声に背中を押され一目散に走り出した。だが、走り出した途端に、さっきからずきずきと鈍い痛みがしていた額のイナズマ型の傷跡が、パックリ頭が割れるくらいの痛みに変わった。僕は痛みのあまり、地面に倒れてしまった。

何も見えない。痛みはますます酷くなる。


「何をしている!迷わず殺せ!!」


遠くで声が聞こえる。でも、どうすることもできない。
僕の意識は下へ下へと沈んでいった。





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8月12日…一部改訂しました。




[33878] 13話 学期末パーティー
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/15 12:26

今日の大広間はいつもと一味違う。

なんといっても学年度末のパーティーだからだ。夕飯(ゆうはん)はいつもより品数も多く豪華で、どこか新入生歓迎会の時のメニューに似ている気がした。

だが、記憶にある新入生歓迎会と1つ違うのは装飾だ。
スリザリンが7年連続で寮対抗杯を獲得したお祝いというのもあるからだろう。広間は一面、グリーンとシルバーのスリザリンの寮色(カラー)で装飾されていた。スリザリンの蛇が描かれた巨大な横断幕が、ハイテーブルの後ろの壁を覆っている。7年連続ということもあり、どの寮の生徒よりもスリザリン生が1番嬉しそうにはしゃいでいた。私自身、ダフネやミリセント、パンジー達とワイワイ話して盛り上がっていた。


だいたい広間に人が入り終えた頃…突然、大広間の扉が開いた。遅れて姿を現したのは、医務室で入院していたハリーだった。


「みっともないな、遅れて入って来るなんて」


ドラコがクラッブに向かって文句を言っているのを耳にしたが、気にならなかった。ハリーを見た時、数日前の夜にあの隠し扉の奥で起こった出来事が私の瞼の奥に蘇ってきていた。












「さぁ、そろそろ帰ろうかの?」


私の足元に転がる『物体』から目を上げると、そこにいたのは…私の魔眼とは色合いの違うブルーの眼を持つ老人、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアだった。


「それよりも、いつからそこにいたのですか?」
「君がハリーに『質問が多い』と言ったところからじゃよ。ワシは透明になる方法があるのでの」
「ほとんど最初からではないですか」


少し微笑んでいるダンブルドアを軽くにらんだ。もう少し早く先生が来ていれば、私は『人殺し』をしなくて済んだのに。


「1人で、しかもハリー達よりずっと短時間でそこまで推論できるとは感心じゃな。
それよりも、君に聞きたいことがあったのじゃよ。君は『賢者の石』を使おうとは考えなかったのかね?」


ジィっと見透かすような目で見てくる校長先生。私も『眼』を発動させたままの青い瞳でジィィッと先生の眼を睨むようにしてみる。


「話を聞いてなかったのですか?私は『賢者の石を安全な場所に避難させよう』と思い、ココに来たんです。
もっと言えば、試験も終わり、暇だったので来ただけです。『石』を使おうなんて考えていませんでした」
「そうじゃ。永遠の命なんて愚かじゃ。まことに愚かな事よ」


繰り返してそう言う校長先生。気絶しているハリーを軽々と抱え上げると、来た道を戻り始める先生。私も彼の半歩後に続いた。


「見たじゃろう?永遠の命にしがみつこうとした者の末路を」
「末路?あぁ、クィレルの後頭部に憑りついていたヴォルデモートのことですか?」
「さよう。君はどう感じたかの?」


この爺さんは質問が多い。だが、校長先生の質問だ。いくら答えるのが面倒だからとはいえ、聞こえないふりわけにはいかないだろう。


「一言でいうなら『哀れ』ですね。
私は死が怖いです。以前、昏睡状態に陥っていた際に私が『』、つまり『死の概念』に触れたからだと思いますが、私は、あそこには戻りたくありません。

ですが、あんな姿になってまで生きていたいとも思えません」



ハリーが倒れる寸前、クィレルが帝王(ヴォルデモート)の命令に従って私より先にハリーを殺そうとしたのだ。私は杖より先にナイフが動いていた。

器(クィレル)を魔眼がうつす『死の線』をなぞるようにして『解体』した際に、……くっつけることが困難なくらいにバラバラな肉片になってしまった彼(クィレル)から飛び出した霞のような存在……
アレを見た時、正直目を疑ってしまった。ハリーの様に、アレの外見や放つオーラに恐怖したわけではない。

『死の線』が見えないどころではなかった。アレ、帝王には『死』そのモノがないのだ。

だが、『死』がないからとはいえ『器(クィレル)』が破壊されてしまったので私やハリーに手出しが出来なくなってしまったみたいだ。そのまま霞となってどこかへ去ってしまった。

帝王は死なない。
でも、あんな霞のようなゴースト以下の存在になってまで生に執着したいとは思わなかった。

もっとも、帝王自身もあの姿が嫌だったから肉体創造のために『石』を手に入れようとしていたみたいだが
だが、考えてみると『石』が約束しているのは『永遠の命』と『黄金の作成』の2つのみ。
『肉体の創造』なんて出来るとは限らないのだ。

帝王はものすごく焦っていたのかもしれない。それこそ藁にもすがる思いで復活を考えていたのだろう。
縛られている『寿命』という縄から抜け出したと思ったら、今度は自分一人では何もできない世界が永延と広がっていたのだ。そんな自分では何もできない世界から抜け出したくて『石』を求めたのかもしれない。
『死』を避けるつもりだったのに、生きていることが逆に苦痛だった時もあったのではないだろうか。でも死ねない、何もできない。


そう考えると、なんとなく帝王が『哀れ』に感じてしまったのだ。


「上々じゃ」


校長先生はニッコリ笑いかけてきた。一体何が『上々』なのだろうか?私は疑問に思ったまま先生を見上げていると、先生が立ち止った。


「覚えておるかの、セレネ?以前病室でワシが君に言った言葉を」


以前言った言葉?
私は何のことだか分からずに、少し考え込んだ。病室というのだから昏睡状態から目覚めた時の頃だろうか?私はあの時の記憶を順番に紐解いていった。そして思い出した。

夜中にいきなり訪ねてきた老人らしき人物の声を。
私は目をつい丸くしてしまった。あの夜尋ねてきた落ち着いた雰囲気を醸し出していた老人は、目の前にいる先生と同一人物だったのだ。

先生には悪いが、夢だと思っていた。


「『“死”を避けることを考えてはいけない』でしたっけ?」
「そうじゃ」


コクリっとうなずく先生。いつの間にか微笑が薄れ、真剣な表情になっていた。


「『死』を恐れても構わんが、『死』を避けてはいけない、ということじゃな。『死』を避けようとしたものの末路はもうすでに見たじゃろ?

君は、あの者と同じくらい深い闇まで沈む危険性があるのじゃ。だから一層注意しなければならん」
「深い闇、ですか?」
「さようじゃ。約束してくれるかの?」


有無を言わさない先生の視線。私は縦に首を振る。すると先生の表情に微笑が戻ってきた。

そして寮のある地下牢へと続く道の前で別れたのだった。私は無事にベットに戻り、何事もなかったかのように朝を迎えた。


その日、校長先生がハリー、ハーマイオニー、ロンとクィレルの話を朝食の席で話してくれたのだが、何故か私のことについては一言も触れられてなかった。
だが、私は別にかまわなかった。
話に名前を出されたハーマイオニーやロンは全校生徒の注目の的になってしまっていて、ひっきりなしに誰かに話しかけられていた。あれでは休む暇がない。ああいう風に注目されるのはうんざりだ。

だから先生が私の話題に触れてくれなくて本当に良かったと感謝している。


だが先生に対して、心残りが1つだけあった。今思えばあの時に、もう少し質問しておけばよかったと思う。

先生がなんで私の父を捜していたのか。なんで父を帝王が殺したのか。深い闇とはいったいなんなのか。


だが、もう過ぎたことだ。
いつまでも悔やんでいては仕方のないことかもしれない。





「また、1年が過ぎた」


校長先生が話し始めたことで、私の意識は一気に現実に戻ってきた。先生の口調は、あの夜に話した時と同じような朗らかで落ち着いた感じだった。
先生が寮対抗杯の順位の点数を発表する。

1位のスリザリンと4位のグリフィンドールの間には160点の差があった。
一体何をすればこんなに差が出るのだろうか。恐らく、ハリー達が150点を減らしたことが1番の要因になっているのだとは思うが、もし、ハリー達が減らさなくても10点もスリザリンの方が勝っているので、結局はスリザリンの優勝には変わりなかったのだ。
それなのに、学校中からイジメを受けたハリー達。少し可哀そうだと頭の片隅で感じた。


それにしても、みんな幸せそうだ。
ドラコがゴブレットでテーブルを叩いたり、ミリセントが足踏みしたりして全身で喜びを表している。あの引っ込み思案でおとなしいダフネでさえ、満面の笑顔で拍手をしていた。

7年間優勝を逃し続けて苦々しい顔をしている他の寮の人たちには悪いと思った。それに今まで優勝になんて興味がなかったはずなのに、気が付くと私も周りにつられて笑顔で手を叩いていた。


「よしよしスリザリン、よくやった
じゃが、最近の出来事も勘定に入れなければならん」


大広間がシーンとなった。スリザリン生から少し笑みが消えた。なんか嫌な予感がする。校長先生が咳払いをすると、口を開いた。


「駆け込みの点数をあたえよう。
ええーーっと、まずはロナウド・ウィーズリー君。
ここ何年か見なかったような最高のチェスを披露してくれた、50点」


グリフィンドールの歓声は、魔法で夜空を映し出している天井を吹き飛ばしそうなくらい凄かった。
ロンはまるでひどく日焼けしたかのように赤くなっていた。それにしても、チェスで点数って。

おそらく、あの隠し扉の向こうにあった罠の1つ、実寸大の『魔法使いのチェス』のことだろう。
ハーマイオニーから聞いたのだが、あのチェスで勝つためにロンが『犠牲駒』となって敵駒に攻撃されたのだとか……
『犠牲駒』になることは勇気がいった事だろう。もしかしたら…自分が死ぬのかもしれないのだから…

そんなことを考えていると、再び口を開く校長先生。


「次にハーマイオニー・グレンジャー嬢に。
火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処したことをたたえ、グリフィンドールに50点」


ハーマイオニーがうれし泣きをしているみたいだった。腕に顔をうずめている。グリフィンドール生たちは我を忘れて、まるで自分たちが1位になったかのように狂喜していた。

ちなみに、スリザリン生は声が出ないみたいだ。さっきまで浮かべていた笑顔が凍りついている人が多い。

最後の罠、火に囲まれながら論理的思考能力を試される罠を解いたことを先生は言っているのだろう。
一応、私にも解けると思うが、面倒だったので私は強行突破してしまった。それを考えずに短時間で解いたハーマイオニーは凄いと少し感心してしまった。


「次にハリー・ポッター君」


大広間が水をうったかのようにシーンと静まり返った。


「その完璧な精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」


耳をつんざくような大騒音だった。私は思わず耳をふさいだ。そして同時に耳を疑ってしまった。

並外れた勇気というのはなんとなくわかる。1人で『賢者の石』を護ろうと考えていたのだ。それを実行に移すには、かなりの勇気が必要だ。

完璧な精神力というのもなんとなくわかる。
気絶する前に額を押さえていたところを見る限り、帝王を前にして、呪いの傷が強烈に痛み始めたのだろう。痛みで気絶するというのは良くある話だ。その痛みさえなければ、気絶することはなかっただろう。魔法界で名前を呼ぶことすら恐れられている人を前に、立っていられたことが、まず精神力の高さに繋がってくるのかもしれない。


だが、60点というのが分からない。

ハリーは実際には何もしていないのだ。ハーマイオニーやロンと違って何もしていない。なのに彼らより10点多いのは何故なのだろう?


「勇気にもいろいろある」


また校長先生が口を開いた。
私達はまたシン――となった。スリザリン生の中には『もう終わった…』っと脱力するものがチラホラみられたが、大半は『最後まであきらめない!まだ俺たちが1位なんだ』という顔をしていた。

……勇気にもいろいろある……
流れ的に私かもしれない、とも思ったが、あの先生のグリフィンドールの方に向けられた笑顔から察するに、私ではないのだろう。


「敵に立ち向かうことより、味方に立ち向かう方が勇気がいることじゃ。
よってわしは、ネビル・ロングボトムに10点を与えたい」


もし、大広間の外に誰かいたとするならば、なかで爆発でも起こったのか?と思うに違いない。
それほど大きな歓声がグリフィンドールから湧きあがった。いや、グリフィンドールだけではない。レイブンクローやハッフルパフからも大歓声が沸きあがった。よほど、スリザリンがトップから滑り落ちたことが嬉しいのだろう。嵐のような大歓声だった。


一方のスリザリン生はみんな唖然としている。
何人か悔しくて泣いているスリザリン生もいた。斜め前に座っているドラコは『全身金縛り』を受けたかのように固まってしまうくらいショックを受けていた。ダフネのいつも薄いピンク色に染まっている顔からは色がなくなり、パンジーは終始下を向いていた。



「さて、グリフィンドールが優勝したので、装飾を変えなければならんのう」


ダンブルドアが手を叩き、グリーンとシルバーで彩られていた大広間が、レッドとゴールドのグリフィンドールをイメージした装飾に変わっていく。それと呼応するように1段と盛り上がる歓声。


寮対抗なんて興味がないと思っていた。あの場で私の名前も呼ばれていたら、その後の質問攻めでヘキヘキとしていたのは目に見えている。

だからこれでよかったのだ。

それに、スネイプ先生がこっそり教えてくれたのだが、どうやら全科目で1番いい成績を私はとったらしい。それだけで十分嬉しい。寮内でも『スリザリンの末裔』だの変な噂が飛んでいる。これ以上、有名になることなんて御免だ。だからこれでいいのだ。

そう思っていた。でも――――――

周りから孤立して静まり返るスリザリン生たちを見ていると、チラリチラリと、『いい気味だ』という目でこちらを見てくる他寮の生徒たちを見ていると。


沸々とアツいモノが胸の奥から押し上げてきたのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

賢者の石編はこれで終わります。




[33878] [秘密の部屋編]14話 本は心の栄養 
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/12 11:13
『忘れ薬』に関するレポートをようやく書き終えて、ぐぅっと伸びをした。
まったく、せっかくの夏休みだというのに宿題が多い。もうすぐ他の宿題も終わりそうだが、正直な話、家の家事もやらないといけないので、休む暇がなかった。


夏の休暇に入っていたので、私は家に帰ってきている。
ダフネやパンジーやドラコやノット達に『家に遊びに来ないか』と誘われたのだが、ほっといたらいつまでも仕事をしてしまい生活がおろそかになってしまいがちな養父、クイールの側を離れるわけにはいかないので、断ってしまった。というのは建前で、実際には久々に気が置けない家で、のんびりと約2か月を過ごしたかったからだが。
もっとも、ダフネ達の一家は皆、『純粋な魔法族以外との付き合いは認めん』という家だ。魔法族とマグルの混血児である私は、どっちにしろ彼女たちの家族によって門前払いをされてしまっていたかもしれないので、結果は同じだったかもしれない。

家に行けなかったとはいえ、たびたびフクロウのアクベンスを飛ばして手紙のやり取りをしていたので、交流はある。ミリセントが『猫』を飼ったとかで、その猫と一緒に写した写真を送ってきてくれたことがあった。魔法界の写真は動く。それを初めてみたクイールは驚きのあまり腰を抜かしそうになっていたことは記憶に新しい。


「やばいな、夕飯の支度しないと」


気が付くともう辺りは暗くなっていた。ポツリポツリと街頭に灯りがともり始めている。よほどレポートを書くことに集中していたのだろう。壺に入ったインクがかなり少なくなっていた。


「セレネ、今日はたまには外食しないかい?」


軽くノックをしてから部屋のドアを開けたのは、養父のクイールだった。
100人に尋ねれば100人が口をそろえて『平凡』という特徴のない顔の持ち主の彼だが、小学校教師としては一流だ。私の(自分でも自覚している)12歳らしからぬ思考は、この人物に育てられたからだろうと容易に想像がつく。そうでなけでば、もう少し子供らしいところもあったと思う。


「まぁたまにはいいと思う」
「本当かい?じゃあ10分後に出発しよう!
実はさっきベルベット夫人から『久しぶりに会いませんか?』という誘いがあってね。だから、一緒『日本料理屋』に行くことになったんだ」


ニッコリと笑うと部屋を出ていくクイール。ベルベット夫人というのはクイールの古い友人で、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している老女だ。私よりも少し年上の彼女の息子とも顔見知りで、たまにメールのやり取りをしていた。たしか、母親の方は日本好きだけど、息子は『日本が好きではない』とメールに書いてあったような気がする。

それにしてもクイールは、日本が大好きだ。大学では教育学の他に東洋史、特に日本史を専攻で学んでいたからだろう。私も彼に連れられて何回か日本に行ったことがあるし、彼の影響で日本語が片言なら話せるが。『こいつの前世って日本人だろ』と疑うくらい、彼は日本について詳しい。


「ん、どうしたんだアクベンス?」


窓を閉めようとしたときに、フクロウのアクベンスが何かを加えて戻ってきた。筆跡を見ると、友人のハーマイオニーからの手紙だった。

彼女は私と同じマグル出身なのだから、手紙ではなく電話でも平気だと思うのだが。細かいところのツッコミはしないでおこう。


もう出発の時間だったので手紙を持ったまま車に乗り込んだ。クイールからは『車の中で文字を読むと酔うぞ』と言われたが、手紙の厚さから考えるに、書いてあることは多くないと判断したので、忠告を無視して読むことにする。


彼女からの手紙は、細かい字でびっしりと文字で書いてあった。一瞬引いたのだが、一度開いてしまったので読むことにする。



≪セレネへ

セレネ、元気?

わたしは今、勉強でとても忙しいのだけれど。でも、気になることがあったので筆をとりました。

実はわたし、わたしだけじゃなくてロンもなんだけど、ハリーに手紙を書いているのに1枚も返事が来ないの。もしかしたらセレネもそう?

ハリーの話だと、セレネってハリーのおじさんとおばさんのことを知っているんでしょ?そのつてでハリーと連絡を取ってほしいんだけど。
このままだと、ロンが、『魔法の車で夜中に迎えに行く』とか言っていて。そんなの危ないでしょ?もしマグルに見られたら、それこそ退校処分だわ!!
出来るだけ早くに連絡を取ってもらえたら嬉しいです。でも、無理ならあきらめます。

じゃあまた今度会いましょう!


ハーマイオニー・グレンジャー≫


ため息がこぼれそうになった。
つまり私を(彼女にそんなつもりはないと思うのだが)パシリにさせようということか。
まったく、なんで私がそんなことをしないといけないのだ。

確かにハリーの養親とは面識がある。彼の養父の妹のマージョリーという金持ちが近所に住んでいて、お世辞を言ったり機嫌を取ったりしていたおかげで、私は彼女に結構気に入られているのだ。数年前に彼女直々にハリーの養親一家を紹介してもらっていた。だから『一応』彼らの住所も電話番号も私の机の引き出しの奥底に眠っている。

だが、連絡なんて取りたくない。


マージョリーさんに気に入られすぎたせいで、彼女はハリーの養親の子供、つまりハリーの従兄のダドリーという金髪生やした豚小僧の嫁に仕立て上げようとしているのだ!


『先方の意見も尊重しないといけませんし……』

と断るつもりで言ったら、彼女は笑いながら


『大丈夫、ダッダーちゃんはアンタのことを気に入ってるから』

と笑顔で返されたのだ。あの時は本当に背筋が一気にゾワッと冷え、血の気が引いたのを、今でも覚えている。

だから私から連絡を取るということは好ましくない。絶対にあの豚と会話させられる羽目になる。生理的にあの豚は受け付けることが出来なかった。


ハリーのために、そんな不快な思いはしたくない。それにハリーと私は、そこまで友達ではないのだ。

彼の友達のハーマイオニーと私は友達だけれども、私とハリーは友達ではない。ただの『知り合い』だと私は認知している。だからハーマイオニーには悪いが、この話は断らせてもらうことにする。
手紙を読む限りだと、ハリーの親友の赤毛の子、ロンも何か策を講じているみたいだ。彼に任せることにする。



「何て書いてあったんだい?」


クイールが車を走らせながら聞いてきた。


「近況報告って感じかな」


私は窓の外の風景をぼんやり眺めがら答える。もうすぐ、クイールの言っていた新しい日本料理の店にたどり着く頃だろう。ハーマイオニーの手紙のことは忘れて、目の前の料理のことだけを考える私だった。

























日課にしている朝のジョギングを終えて家に帰ると、少し嬉しそうな顔をしたクイールが封筒を3つ渡してきた。洗剤のお蔭で、白くてふわふわなタオルで汗をぬぐいながら、空いている手で宛名を確認する。


「1つは学校からで、残りは友達からみたいだよ」


クイールの言うとおり、1つの封筒には黄色味がかった羊皮紙の上に緑のインクで宛名が書かれてあった。新学期に必要な教科書のリストだろうか?そう思って封筒を開けると、思った通り教科書のリストだった。


ただ……


≪2年生は以下の教科書を新たに用意すること

・基本呪文集(2学年用) :ミランダ・ゴズホーク

・泣き妖怪バンジーとナウな休日 :ギルデロイ・ロックハート

・グールお化けとのクールな散策 :ギルデロイ・ロックハート

・鬼婆とオツな休暇 :ギルデロイ・ロックハート

・トロールとのとろい旅 :ギルデロイ・ロックハート

・バンパイアとバッチリ船旅 :ギルデロイ・ロックハート

・狼男との大いなる山歩き :ギルデロイ・ロックハート

・雪男とゆっくり1年 :ギルデロイ・ロックハート ≫



……なんなのだろうか、この本は。
表題(タイトル)から察するに、何かの物語のシリーズだろうか?主人公の男の子が伝説上の魔法生物と一緒に旅をしたり友情を深め合う、そんな話か?だが、そんな物語を授業で使うとは考えられにくい。同じことを覗き込んでいたクイールも考えたらしい。眉間にしわを寄せている。


「授業の一環で読書会でもあるのかい?」
「ない。たぶんこれは『闇の魔術に対する防衛術』っていう授業の新しい教科書だと思う」
「『教科書』?『鬼婆』や『バンジー妖怪』が出てくる教科書かい?」
「もしかしたら魔法世界には『鬼婆』も『バンジー』もいるのかもしれない。つい1か月前にはケルベロスを見たしな」
「『ケルベロス』!?」


クイールは目が落としそうになるくらい、目を開いた。そういえば、あの夜のことをまだクイールに話してなかった。私はあの夜のことをポツリ、ポツリと話した。

クィレルという人が、学校に隠されている『賢者の石』を狙おうとしていたこと。先に向かった友人(ハーマイオニー)達を追いかけるように禁じられた4階の廊下に足を踏み入れたこと。最初に立ちふさがっていた門番がケルベロスだったことを。


クイールは真剣な眼で聞いていた。
時折、うんうんと相槌を打ってくれる。私が言葉に詰まった時には、言葉を推測して助け舟を出して促してくれた。そして、そのままの流れで、あの場で起きた出来事全てを、クィレルを倒した(どう倒したかは言わない)ところまで話し終え口を閉じると、クイールは腕を組んだ。


「なるほど。伝説はやはり事実から作られているのか……」
「やはり?」


私が聞き返すと、クイールは『よくぞ聞いてくれた!』という顔をした。


「いいかい、伝説というのはケルベロスの件もそうだけど事実から作られているんだよ。例えば、僕がいま研究していることなんだけど」


そういいながら戸棚に向かい、なにやら地図を取り出すクイール。私の前で広げられた地図は、日本地図だった。なぜか『キュウシュウ』から『キョウト』の辺りまでしか載っていない。不良品だろうか。


「大昔、ほら、セレネが昔読んでいた『三国志』ってあるだろ?あの時代の日本に、卑弥呼っていう女王がいんだ。ただ、彼女が統治していた国が日本のどこにあるのかいまだにわからなくてね。僕は今、確証を得たよ!卑弥呼が治めていた邪馬台国があったのは『九州』なんだ!!」


そういうと、日本の南の方の大きな島『キュウシュウ』をトントンっと叩くクイール。私は眉間にしわを寄せた。


「なんでそう思ったの?」
「日本の古代の神話に『古事記』という、ギリシャ神話みたいなものがあるんだ。もちろん、神話だから完全にはあてにならない。だが、この書の中に『神武東征』という章がある。
これは天皇(エンペラー)の始祖が西から東へと拠点を移す話なんだけど、おそらくここは『邪馬台国』がのちの『大和朝廷』が置かれる奈良付近に拠点を移したことを暗に伝える箇所で……」


熱っぽく語るクイール。『ヤマトチョウテイ』とか『ヤマタイコク』というのが何なのかイマイチぴんとない。いつもなら彼の話に引き込まれていくのだが、今はそうではなかった。


学校の手紙と一緒に届いた友人、ハーマイオニー・グレンジャーとパンジー・パーキンソンからの手紙を早く読みたかったのだ。特にハーマイオニーからの手紙の内容が気になった。この間、ハリー救出の話を断る手紙を出したばかりで、その返事がまだだったから気になっていたのだ。


パンジーからの内容も気になる。
『純血以外の友達がいるって父上に知られたら面倒だから』ということで絶対に自分から手紙を出さなかった(それを知ってからは私も出さなかった)パンジーが、自分から手紙をよこすなんて珍しい。だからクイールには悪いが、はやくその話を終わらせてほしかった。



「―――それで実際に中国の記録と重ね合わしてみると、卑弥呼の時代に『皆既日食』が起こっていたらしいからね。ほら、全部ぴったり当てはまるだろ!!」
「ホントだ。伝説の中にも本当のことが混ざってるのかも知れないな」

そう言うと、嬉しそうにクイールはコクリとうなずいた。


「でも、こうなると九州より出雲の方がしっくりくるな……少し調べ直してくる」


そう言ってさっさと2階に駆け上がるクイール。バタンっと扉を閉める音が聞こえると、セレネも階段を上がりながら2つの手紙を読んだ。


………困った………


読み終えた感想は、『困った』としか表現できない。


なんと、2人とも≪水曜日にダイアゴン横丁で会わないか?≫という誘いの手紙だったのだ。
元々、『教科書のリストが今週中に届いたら、水曜日にロンドンへ行こう。その日は僕の仕事がないからね』とクイールと約束していたので日程的に問題はないのだが…問題はハーマイオニーとパンジーの仲が物凄く悪いということだ。まさに犬猿の関係といったら言い過ぎだと思うが、ハーマイオニーが『マグル出身』だから毛嫌いしているのが1番の原因だろう。

まったく、何故そこまで出自にこだわるのかが私にはわからない。貴族として育ち、貴族としての価値観しか持たないのだから仕方ないのかもしれない。なるべく早い段階で矯正しないと後が大変だ。万が一『マグル生まれを排除!』とか言ってパンジーが先導しマグル生まれを皆殺しにしてしまってからでは遅い。後の祭りだ。


でも、いったいどちらを取ることにしよう。私はベットに横になるとため息をついた。


『ため息をつくと幸せが逃げていくぞ』


ケージの中で、うっすら黄色い双眸を開けた蛇のバーナードがシューっとつぶやく。
ヘビに心配されるなんて。私はため息をつくと、バーナードのケースにマウスを放り込んだのだった。





















「この人、父さんはあまり好きになれないな」



クイールがパタンっと『トロールととろい旅』をとじた。
結局、クイールに事情を説明してさらに次の週の水曜日にダイアゴン横丁に行ったのだった。

パンジーと行動をしたら、きっとマグルであるクイールは肩身の狭い思いをすることになるだろう。
私が母親(マグル)の血が入っていてもスリザリンの中で認められているのは、もしかしたら父親の血筋、魔法使いの血筋が入っているからだ。もっと詳しくいうと、蛇語を操れるので、もしかしたらスリザリンの末裔なのではないかといううわさが飛んでいるからだ。

それが一切ないクイールは、せっかくダイアゴン横丁という日常から離れた別世界にいるのに、その日1日きっとつらい思いをするに違いない。




だからといってマグルの親を持つハーマイオニーと行動することになると、彼女の手紙にも書いてあったがハリーやロンもついて来るそうだ。


正直な話、ロンのことがあまり好きではない。


彼の兄であるフレッドとジョージと私は、そこそこに仲がいいのだが、彼はいつも私を、明らかに嫌悪の色が強い目で見てくるからあまり仲良くなれそうになかった。きっと理由は私がスリザリン生だからだと思う。基本的には私は、自分の中で嫌いと分類される人とも仲良くできるが、ああも嫌悪丸わかりの眼で見られていたら気分が悪くなる。新学期始まる前からそんな不快な思いはしたくなかった。



結局、どっちに転んでも不快な思いをするのならばっと、思い切って別の日に行くことにしたのだった。
2人には『その日は近所のオバサンの昼食に招待されているからいけない』と言い訳をした。



それで無事に何事もなく帰ってきた私たちは、『ギルデロイ・ロックハート』という人が書いた本を読んでいるのだった。私は、そろそろ終章に差し掛かろうとする『雪男とゆっくり1年』から顔を上げた。
クイールも同じことを考えていたとは意外だった。私もあまりこの人が好きになれそうな気がしなかった。そういう顔をしていると、クイールが促してきた。


「どうしてセレネはつまらないと思った?」
「面白いか面白くないかと言ったら、どちらかというと面白い。でも、たぶんこの人が体験したことではないと思うから」
「どうしてそう思ったんだい?」

「勘。あと表現が足りなさすぎるんだ」


表紙に映って私にウィンクし続けているロックハートと思われる人物の顔を、私はポンポンっと軽く叩く。写真の中のロックハートは叩かれたことでびっくりしたらしく目を丸くさせていた。


「もし実際に体験したことなら、もっとインパクトがあって臨場感が出る表現をするはずだ。
でもすべてが軽いタッチで書かれている。実際に体験した事とは思えない。まるで誰かの体験談をゴーストライダーが書いてるみたいだ」


クイールはその答えを聞くと微笑んだ。


「僕もそう思うよ……でもね」


クイールが急に真剣な顔になった。


「先生の前ではそんなことは言ってはいけないよ。先生はこの本が『最適』と思って選んだのだからね」
「そんなことは分かってるって。じゃあもう寝る。おやすみ」
「うん、おやすみ」


私は欠伸を1つするとテーブルの上に置いたままのロックハートの本を抱えると、自室に歩き始めた。
まったく、重くて仕方ない。一体こんな本を使ってする授業とはどんな授業なのか。まさか結構高い値を出して買ったこの本を使わずに終わるとは思えなかったので、どうにかして使うのだとは思うが。


それより、本は心の栄養というのだそうだ。この本は物語としての視点から見ても、あまり面白いとは思えなかった。臨場感がないのはさっきも述べたが、主人公(ロックハート)があまりにも美化され過ぎて書かれすぎているからだ。主人公(ロックハート)をカッコよくするために、他の描写が…実は対決の中でここが大切なのでは?と思われる描写がおろそかになってしまっているのだ。


それに引き込まれるような強烈なインパクトも目を引くような珍しい設定もない。一体何の栄養になるのだろう?


考えるのは後にしよう。
机に重い本の束を置きベットに倒れ込むと、吸い込まれるように眠ってしまった私だった。







[33878] 15話 休み明け
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/07/15 12:31

「凄いな。まさか壁をすり抜けられるなんて」


クイールが今しがたすり抜けた壁をマジマジと見ている。去年の9月1日は用事があって私を見送りに来れなかった彼だが、今日は切羽詰った予定がないので見送りに来てくれたのだ。


「それにしても、本当に汽車で学校に行くんだな」


初めてダイアゴン横丁を訪れた時の様に目をキラキラさせて紅色の汽車を眺めるクイール。私達は、煤けた蒸気をプラットホームに吐き出しているホグワーツ特急の横を、カートを押しながら歩いていく。外から中の様子を見て比較的すいている車両を見つけると、一旦クイールと別れ空いているコンパートメントを捜しに行く。
まだ発車時間より少し早いからだろうか。誰もいないコンパートメントはあっさり見つかった。重たいトランクを引きずるようにしてコンパートメントの中に入れると、その上に蛇のバーナードとフクロウのアクベンスが入ったケージを置いておく。

これで、誰かが私のトランクを荒らそうとしても、バーナードたちが何とかしてくれるはずだ。仮にバーナードたちが何もできなかったとしても、バーナードが後で何かあったか教えてくれると思う。盗難の心配はなく、安心してクイールの所へ走って戻ろうとした。





少し混んでいたせいだと思う。ドンっと音を立てて誰かとぶつかってしまったのだ。


「すみません」
「大丈夫だよ」


その子は少し変わった感じの子だった。濁り色のブロンドの髪をした子で、なにかを拾おうとしている。
彼女の視線を辿ってみると、そこには1冊の雑誌が落ちていた。何人もの人に踏まれたらしく、靴の痕がいくつもついていて、あまり触れたくない雰囲気を醸し出していた。

それでも少女は雑誌の表紙を軽くポンポンと叩くと大切そうに抱えた。もしかしたら、私とぶつかった拍子に落としてしまったのかもしれない。


「もしかして、ぶつかった時に落としたのか?」
「そうだよ。でも、気にしないで。たぶんラックスパートにやられてたんだと思うから」
「ラックスパート?」


何かの魔法生物だろうか?だが聞き覚えがない。いったいどんな生物だろうか。私が眉をしかめていると、少女はやや得意そうな感じで話してくれた。


「ラックスパートは人の眼には見えないの。そのあたりにふわふわって浮いていて、人の頭にはいってボンヤリさせちゃうんだ」
「へ、へぇ、そうか」


やっぱり聞いたことのない生物だ。そんな不思議な生物がいたとするなら、忘れないと思うのだが。とにかく、後で調べてみよう。私は少女と別れるとクイールの所へ急いだ。

クイールは先程と変わらない場所で、辺りを興味深そうに見わたしている。どうやら私には気が付いてないみたいだ。私が彼に近づこうと小走りで駆けだした時。


「久しぶりだな、ゴーント」


少し偉そうな声が耳に入った。振り返ると、そこにいたのは同級生で同じスリザリン寮のセオドール・ノットだった。もうすでに、しっかりと学校のローブを着ている。


「なんだ、ノットか」
「何だとはなんだ。久しぶりに会ったというのにその反応は」


ピキピキっと額に筋をたてるノット。気のせいかもしれないが、彼のローブは1年使ったというのに真新しい感じがした。もしかしたら買い直したのかもしれない。もともとノットの方が背が私より少し高かったが、今では頭一つ分ほど、ノットの方が高かった。


「このタイミングで話しかけてくる人は、これまでの経験から考えてると、ハリーかと思った」
「ハリー?グリフィンドールのポッターのことか?」
「他にハリーといったら誰がいると思ってるんだ?」
「3つ上の学年に『ハリー・ギボン』という奴がいるぞ、レイブンクローに。それから今年入学してくる奴に『ハリー・キャンティ』という奴がいるらしい」
「誰だよ?」


私が眉間にしわを寄せると、呆れたようにため息をつくノット。腕組みをして私を軽く睨んできた。


「お前がハリー・ポッターと仲良くするのは良くないことだ。お前はスリザリン生だろ?しかも俺の父上が言うには」
「セオドール!」


少ししわがれた、だがハッキリ通る声がノットの言葉を遮った。声のした方向を見ると、そこにいたのは厳格そうな顔をした老齢の男だった。いかにも魔法使いという感じの漆黒のローブを見にまとっている。しっかりとした足取りで私達の方へと歩いてきた。


「まったく、こんな誰が聞いているか分からんところでベラベラしゃべるでない!」
「すみません、父上」


ノットが老年の魔法使いに頭を下げた。『父上』と言っているところから察するに、ノットの父親なのだろう。


「ノット、セオドールのお父様ですか?」
「まぁそう言うものです。貴方がミス・ゴーントかね?」


興味深そうな目でジロジロと私を見てくるノットの父親。穏やかな口調だったが、どこか畏怖の色が含まれていたのは気のせいだろうか?


「はい、セレネ・ゴーントと申します」
「そうですか、そうですか。倅(せがれ)が世話になっています」


急にノットの父親が軽く頭を下げてきた。本当に軽く下げたので、辺りの人はそのことに気が付いていないようだ。


「いや、こちらこそ世話になっています」


こちらも軽く頭を下げると、少しノットの父親はたじろいた。まさか頭を下げられるなんて、という顔をしているノットの父親。なぜそんなに驚いた顔をするのか分からない……まさか……


「おい、ノット。もしかしてお前、私がスリザリンの末裔だとかなんとか言う、ふざけた噂を話したんじゃないんだろうな?」


ボソッと、ノット父の親には聞こえないくらいの声で隣にいるノットに話しかけた。ノットはしかめっ面のまま口を開いた。


「俺はその噂を口にしてない」
「なら、なんでアンタの父さんは私にあんな態度を取ってるんだ?」
「それはだな……」
「セレネの友達かい?」


ノットが話そうとしたとき、クイールが微笑を浮かべて近づいてくる。まずい。ノットはマグルを認めない主義、純血主義だ。ノット自身が純血主義なら、ノットの父親も純血主義だろう。クイールにひどいことを言いそうな気がした。


「まぁ、友達と言ったら友達だな。セオドール・ノットっていう同僚の男子だ」
「そうか、セオドール君か。それで、こちらの方が彼のお父さんだね?セレネがいつもお世話になってます。僕はセレネの養父(ちちおや)のクイール・ホワイトと申します」


ノットの父親より、少しだけ深いお辞儀をするクイール。クイールがマグルだと知っているノットは不快そうに目を細めたのだが、ノットの父親はクイールがマグルだと知らなかったのかもしれない。お辞儀をされて少し得意そうな感じだった。


「クイールさんですか。いやはやこちらこそ倅が世話になっております。
まさかホワイト家の人だったとは。ホワイト家ということは、レイブンクロー出身ですか?」


ノットの父親は、どうやらクイールを魔法使いだと勘違いしているらしい。
それにしても、ホワイト家という魔法使いの家柄があったとは。生粋のマグルであるクイールは苦笑いをした。


「あぁ……いえ、実は僕は一度もホグワーツに行ったことがないんです。そちらの言葉でいうと…マグルですから」
「なんと!」


これ以上ないというくらい目を丸くさせるノットの父親。


「いやはや……まさかゴーントの血をひくものがマグルに育てられるとは……
そういえば、あのお方もマグルに育てられたと聞いたしな。これは運命なのか?」


なにかよく分からないが、眼に怪しげな光を浮かべながらうんうんとうなずいている。クイールも私も何のことだかわからなかった。ノットは何のことだか察しがついたらしく、納得した顔をしていた。
隣にいるノットに先程と同じ音量の声で尋ねてみることにする。


「おい、どういう意味だ?」
「お前もいずれわかる」
「分かるって、どういうことだ?」
「さぁな。ちょっと『魔法使いの血筋』を調べれば分かる。さっさと新学期になったら図書室に行って調べて来い」
「調べて来いって、命令口調かよ。
まどろっこしいこと言わないで、さっさと教えr」

『ホグワーツ特急~ホグワーツ特急~あと5分で発車いたします』


ホームにアナウンスが流れた。まさかもうそんなに時間がたっていたとは。クイールが私の肩をポンッと叩く。


「そろそろ汽車に戻った方がいいんじゃないかい?」
「あ、そうだな、父さん」
「元気でやるんだぞ。何かあったらすぐにアクベンスを飛ばすんだ」
「それ、去年も聞いた。何かあったらすぐにスネイプ先生に言うか、父さんに連絡するから大丈夫だ」


そう言って私はクイールに少し笑いかけた。クイールは安心したような顔をするが、ちらりとノットの方を見てからまた私の方に笑いかけた。


「いいかい、セレネ。なんどもいうけど男は狼なんだぞ。男関係で何かあったら『すぐに』僕に連絡するんだぞ」
「分かってるけど、なんで今ノットの方を見たんだ?しかもほんの少し殺気を感じたような…」
「気のせいだ。早く行ってきなさい、セレネ」


顔は笑っているのに眼が全然笑っていないクイール。こういう時に質問するとろくなことがない。私は曖昧に笑うとクイールに背を向けた。


「じゃあ行ってくるな、父さん。先に行くぞ、ノット」


トランクをまだ持ったままのノットを置いて、さっさと先程とって置いた席に戻るセレネ。だが、誰もいなかったはずのコンパートメントには、すでに他の人物がいた。


「ほら、ネビル!蛇(バーナード)がいるから、ここはセレネのいるコンパートメントだと言ったとおりでしょ?」
「本当にハーマイオニーの言うとおりだね!
あの、セレネ、他に空いてないんだ。一緒に座ってもいい?」


そこにいたのはハーマイオニーとネビルだった。先程のノットとは違い、2人とも最後にあった時とあまり変わっていない。それはさておき、本当は1人でのんびりと汽車の旅を楽しみたかったのだが、そこそこに仲のよい2人を追い出すことは気が引ける。私は小さなため息をついた。


「まぁいいけど、またカエルを逃がすなよ、ネビル」
「大丈夫だよ、しっかり握ってるから」


両手にしっかりヒキガエルを握りしめているネビル。ちなみにハーマイオニーはギルデロイ・ロックハートが書いた本……『グールお化けとクールな散策』を後生大事に抱えていた。


「てっきりハーマイオニーはハリーや赤毛の子と一緒にいると思った」


私は席に腰を下ろすと、ふと感じたことを話した。ハーマイオニーの顔が曇った。


「それが、私も探したんだけれど見つからないのよ。
ハリーはあの後、無事に助け出されてロンの家に泊まってるから……たぶん一緒にいると思うんだけど」
「まぁ、気にしなくても、この汽車のどっかにいるだろ」
「そうね」


ハーマイオニーとネビルは少し不安そうな顔をしていた。
窓の外をのぞく。すると、人ごみの中をかき分けて、慌てて汽車に乗り込む赤毛の少年…と少女が見えた。その中に見覚えのある双子がいたところから考えると、おそらくウィーズリー家だろう。
その中にロンの姿が見えなかったのと、ウィーズリー家と一緒に行動しているというハリーの姿が見えないのが少し気になった。


だが、汽車が音を立てて発車するとハーマイオニーが、ロックハートの魅力について、私とネビルが思わず引いてしまうくらい熱弁をし始めたので、意識からとんでしまった。
ハリーとロンの姿が見当たらなかったことを………






[33878] 16話 吠えメールとナルシスト
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/05 16:10


「あ~、ロックハート様ってかっこいいわ」


教職員テーブルに座るブロンドで青い瞳のハンサムな男『闇の魔術に対する防衛術』の新教授、ギルデロイ・ロックハートをうっとり眺めるミリセント。ダフネも顔を赤らめながらチラリチラリとロックハートの方を見ている。


「あんな男のどこがいいのよ、男を見る目がないのねミリセント」


スクランブルエッグを食べながら馬鹿にするように笑うパンジー。
ミリセントは顔色を一変させてパンジーを睨んだ。ダフネも不服そうな顔をしている。


「あんたこそマルフォイのどこがいいのよ!あれって絶対に将来ハゲる顔じゃない!」
「今はハゲじゃないでしょ!」
「マルフォイの実家は金持ちだけど、それだけでしょ?しかもいつも子分連れてるし。側にいるクラッブとゴイルと比較するからカッコよく見えてるだけよ!」
「ドラコは単体でもカッコいいわよ!財力も影響力もロックハートより上よ!」
「ロックハートは1代で富を築きあげたのよ!?マルフォイは親の七光りじゃない!!」


いつもの通り朝からギャンギャンと口喧嘩をするミリセントとパンジー。
2人の目の前に座っているダフネがおろおろしている。そして助けを求めるような目で私を見てきた。


「せ…セレネ、止めた方がいいかな?」
「大丈夫だろ。フクロウ便の時間になったら収まる話だ」


2人が口喧嘩するのは見慣れた光景なので、特に気にせずに、こんがり焼けたトーストを頬張る。ダフネも『それもそうかな…』という顔をすると、再びオートミールを食べていた手を動かし始めた。


「そういえば、セレネはロックハート先生のことをどう思う?」
「……どう思うって」


先程のダフネの様子から考えると、彼女はロックハートに気があるのだろう。言葉を選ばないと傷つけてしまう。


「文才がある人だと思う。その辺の男どもより、顔はカッコイイと思う。でも、私の好みではないな」
「じゃあセレネの好みって?」
「さぁな。まだ『好み』と感じる人に会ったことがないから分からん」


そう答えながらサラダを皿によそった時だった。バサバサッと頭上にあわただしい音がして、100羽を超えるフクロウの大群が押し寄せ、大広間を旋回して、楽しそうにぺちゃくちゃしゃべり続ける生徒たちの上に、小包や手紙を落とし始めた。

ミリセントとパンジーはようやく口喧嘩を止めて、2人の膝に落とされた雑誌…『週刊魔女』をめくり始めた。ダフネは購読している新聞『日刊預言者新聞』をバサリと開く。


「何か面白いニュースはあった?」
「えっと、特にないかも。あっ!『妖女シスターズ』が新作を出すんだって!」
「魔法界のバンドか?」
「うん!人気バンドで曲もカッコイイの。特にね―――」


ダフネはこの後も言葉を続けようとしていたが、その言葉は何かの爆発音でかき消されてしまった。一体何が起こったのか把握する前に、大広間いっぱいに怒り狂った女性の声が響いた。


「車を盗み出すなんて、退校処分になっても当たり前です。戻ってみたら車がなくなっているのを見て、私とお父さんがどんな思いだったか、お前はちょっとでも考えたんですか!!!」


その声は大音量過ぎてテーブルの上の皿もゴブレットも振動でガチャガチャ揺れるほどだった。
耳をふさいだが、それでも声が聞こえる。一体どこから声が出ているのだろうか?


「昨夜、ダンブルドア先生からの手紙が来て、お父さんが恥ずかしさのあまり死んでしまうのでは?と私は心配するほど恥ずかしかったです。お前をこんなことする子に育てたのではありません!!お前もハリーも、まかり間違えば死ぬところだったのよ!!!」

ハリーと、おそらく椅子から落ちているロンに向けての説教だろう。それにしても、どこの誰が説教をしているのだろう。どこを見てもいつもの朝食の風景だ。違うのはこの大音量の怒鳴り声と、ロンの前に浮いている赤い手紙のようなもの。その赤い手紙が大広間全体に響き渡る大声で、説教を続けていた。


「………今度ちょっとでも規則を破ってごらんなさい!私がお前をすぐに家に引っ張って帰ります!!いいですね!」


赤い手紙のようなものが塵になって消えると同時に、声も収まる。くすくすと笑い声がそこら中から聞こえる。ハリーとロンは、ここからでもわかるくらい顔を真っ赤にさせていた。


「あのさ、今の何?」


今学期初の授業、『闇の魔術に対する防衛術』へ行く支度をしながらダフネに尋ねた。ダフネは少しクスクスっと笑いながら答えてくれた。


「『吼えメール』よ」
「『吼えメール』?」
「私には送られてきたことはないんだけど、手紙に文字の代わりに声を吹き込むの。
それで、届いた先で元の声の何十倍もの大きさの声で怒鳴り散らす手紙のことなのよ」


……つまり、よっぽどのことがない限り送らない手紙ということか……


「それにしても、まさか車で学校に来たとはな」


昨日、新入生歓迎会の時、大広間にハリーとロンの姿がなかったのでドラコが『アイツらは退学したんだ!きっとそうだ!』と言って笑っていたのを思い出す。
『重病で来られないのかもしれないのに、そんなことを言うなんて失礼だ』と注意したのだが。まさか、汽車に乗り遅れて未成年なのに車を運転して登校したなんて、考えたこともなかった。
どうしてハリーは彼の白フクロウのヘドウィグを飛ばそうとは思わなかったのだろうか?きっと、それだけ焦っていたということなのだろう。焦ると冷静さを失うというのはよくある話だ。


そんなことを考えながら、以前はクィレルの教室だった『闇の魔術に対する防衛術』の教室に入る。天井には恐竜の化石が下げてあり、さすがにニンニクの臭いはしなかった。

それにしても、ロックハート本人が先生だったとは思いもしなかった。あの物語のような教科書をどう使って授業するのか、少しだけ気になった。
しばらくすると、トルコ石色の高級そうなローブを着こなしたロックハートが部屋に偉そうに入ってきた。


「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞………
もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンジーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」


だったら、そんな話するなよ。『顔がいい』『自分は有名』だと自慢したいだけじゃないか。ドラコやノット、それからザビニ・フレーズら男子組はバカバカしいとあきれた表情をしている。パンジーもそういう表情をしていた。だが、斜め前に座っているミリセントは頬を赤らめて聞き入っているや、ダフネは曖昧に笑っていた。



「全員が私の本を全巻そろえたようだね?今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。心配無用―――君たちがどれくらい私の本を読んでいるか、どのくらい覚えているかをチェックするだけですからね」


紙を配り始めるロックハート。一応、本は読んだ。もっとも、教科書の予習というよりも、物語を読むような感覚でだが。テストをやるからには満点を取りたい。泣き妖怪バンジーの倒し方や、バンパイアの特性は頭に入ってる。羽ペンにインクを浸すと、ロックハートの『始め!』という合図と共に、テストの質問を読んだ。




1.ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?


知らない。
どこに書いてあっただろうか。とりあえず、後で考えよう。パス!


2.ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?

分からん。これもパス。次にいこう!


3.現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、アナタは何が一番偉大だと思うか?





……テストじゃなくなった……


思わず羽ペンを置いてしまいそうになる。1問目と2問目まではまだ許せる。本のどこか、私の気が付かなかったところに記述してあったのかもしれないからだ。でも、3問目、これはテストと言わない。アンケートだ。
いったいどこの雑誌の編集部に送ればいいのだろうか?

ちなみに、こんな感じの個人的な質問が延々と3ページ、裏表に渡ってビッシリと54問まで続いているのだ。私は、その後も一応問題を解いておいたが、一気にヤル気をなくしてしまっていた。これならまだクィレルの方が良かった。ターバンの下に隠された後頭部に大きな問題があったが、アレは授業中は無害だ。



30分間が経ち、ロックハートはテストを回収した。1位はダフネ。54点満点中46点だったそうだ。2位はミリセントで41点。ちなみに3位が私15点。点数だけ見ると、私がバカみたいに見えるが、テストの内容を考えると我ながらに、かなり上出来だったと思う。
ロックハートは、もう少し点数を採って欲しかった顔をしていた。だが、顔を引き締めると机の上に大きな籠をだした。籠の上には布がかかっていて中が見えない。



「さぁ気を付けて!!

魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授けるのが、私の役目です!この教室で君たちは、これまでにないくらい恐ろしい目に逢うことになるでしょう。ですが、私がいる限り何も心配することはありません。落ち着いているよう。それだけをお願いしておきましょう。どうか、叫ばないでもらいたい。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」


低い声でそう言うと、パッと布を取った。中に入っていたのは身の丈20センチほどの群青色の生物達。キーキーと甲高い声で騒いでいた。


「捕えたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精」


芝居じみた感じの声で話すロックハ-ト。ドラコがプッと、こらえきれずに噴き出していた。


「こいつらが、そんなに危険なんですか?」
「連中は厄介で危険な小悪魔になりえますぞ!さぁ、それでは、お手並み拝見!君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」


というと、籠の戸を開けた。

それから教室は大騒ぎになった。ピクシーが窓のガラスをバリンと破って自由への逃亡したり、インク瓶はひっくり返ったり、本やノートがビリビリに引き裂かれたり……

思わず袖の下のナイフに手が伸びたのだが、あまり『眼』のことは知られたくない。他の生徒たちと同じように、机の下に避難した。


「さぁさぁ、早く捕まえなさい。たかがピクシーでしょう。『ぺスキピクシペステルミノ―ピクシー虫よ去れ』!!」


ロックハートが自信満々で大声だし杖を振り上げる。が、何も効果が見えない。それどころか、ロックはハートは杖を奪われてしまっていた。そのまま1匹のピクシーがロックハートに襲い掛かろうとしていたので、自身も机の下に避難をする。


「そ、そんな…!!ロックハート先生でも手出しができないなんて!!」


ダフネが真っ青な顔をして震えていた。そうしている間に、ピクシー達が机の下に私たちが隠れていることに気が付いたらしい。醜悪な笑みを浮かべて、キーキー叫びながら机の下に入り込もうとしてきたのだ。もしそのまま入ってきたら、いろいろと厄介だ。面倒だが、仕方ない。入ってくる前に倒さないと。私は机の下から出て、杖を取り出した。そして、狙いをピクシーたちに定め叫ぶ。


「イモビラス―止まれ!!」


とたんに、ピクシーたちの動きが停止し、空中で浮かんでいたピクシーはトンっと音を立てて地面に落ちた。先程までキーキー声で満ちていた教室が、しんっと奇妙なくらい静まり返った。
そんな静けさを吹っ飛ばすように、授業終わりのチャイムが鳴り響く。名簿を片手にロックハートが近づいてきた。


「やぁやぁ、見事だったね、えっと、ミス・ゴーント。スリザリンに10点!でも、覚えておくといいよ?私がピクシーを退治しなかったのは、君たちに実戦経験を…闇の生物がどれほど恐ろしいのかを、教えるためだったってことをね!」


とびっきりのスマイルを浮かべ、ウィンクをするロックハート。いや、ただ単に倒せなかっただけだろ、と喉まで出かかったが、それが原因で罰則をくらいたくなかったので、曖昧に笑って教室を出たのだった。





[33878] 17話 継承者の敵よ、気をつけろ
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/07 18:41


「ねぇ、本当に大丈夫?
なんか去年みたいにだんだん表情が怖くなってきてるし、目にクマが出来てるし」

出来たてのオニオンスープを啜っている時、隣に腰を掛けていたダフネが心配そうに尋ねてきた。


「ちょっと本当にマダム・ポンプリーの所に行った方がいいんじゃない?顔色が本当にやばいよ?せっかくのハロウィーンなのに」


いつもは他人の体調のことなんて気にしないミリセントも私の顔を心配そうに見てきた。パンジーもベーコンを飲み込むと、私の方を見てくる。


「まだテストなんて当分先よ。それなのにクマを作るなんて。一体何かあったの?」

パンジーも他人のことを滅多に心配しない(ドラコは例外だが)のに、私の方を心配そうに見てくる。そこまでひどい顔をしているのだろうか?私は、3人を心配させないように無理に笑った。


「大丈夫。気になった本が何冊かあってね。少し夜中まで読みすぎてただけだ」
「本?」
「そう。父さんが誕生日にくれた本で、アーサー王の円卓の騎士、ランスロットの生涯を書いた本と、日漫画なのだが、医師の話だ。」
「ドクター?」


ダフネが首をかしげている。ミリセントは『何それ?』というような表情を浮かべている。まさか、魔法界には病気を治す人がいないのだろうか?パンジーが眉をしかめて私を見てきた。


「ドクターって人を切り刻むマグルの変人でしょ?」
「切り刻むって…。まぁ、確かに主人公は外科医だが、変人というわけではない。その人の症状から、どこの臓器が悪いのか判断して、それから切ってその臓器を治療するから、切り刻むという言い方は違うと思う」
「でも、切るんでしょ?その、人の身体を」
「切らないと手術が出来ないだろ?」
「でも、死なないの?お腹を切るんだよ?」
「痛いって問題じゃないわよ?痛みで逆に死んじゃうわ!」


若干震え気味の青ざめた顔のダフネ。ミリセントも少し青ざめている。どうやら、魔法界には『外科』という概念がないらしい。きっと杖を振ったり、魔法薬で治してしまうのだろう。



「しっかり麻酔、つまり感覚を薬で眠らせてから手術を開始するから、痛みは感じない。それに、しっかり切った後は元通りに縫うから何も問題はない」
「でも、本当に大丈夫なの?」
「痕とか残らないの?完璧に元通りになるの?」
「心の病の場合はどうするのよ?心臓を切るの?」


3人が『あれはどうだ?』『これはどうだ?』と次々に医師についての質問を投げかけてくる。あまり食事中にふさわしい話とは言い難い内容だったが、私は少しホッとしていた。



体調が悪そうに見える原因である2つを、誰にも話したくなかった。





原因の1つは、私の眼に宿る『魔眼』が見せる『死の線』だ。城内に満ち溢れている『魔法』の『死』。相当気を強くしていないと、気がおかしくなってしまいそうなのだ。去年は何とか耐えられたが、これがあと5年以上も続くとなると、正直、退学したい気分になってくる。
だが、こちらの理由より2つ目の理由の方が深刻だ。


その問題の2つ目とは寝不足だ。最近、夜になると妙な声が聞こえるのだ。『八つ裂きにしてやる』だの『殺してやる』だの。なるべく無視するようにしているのだが、なにしろ聞こえる時は夜中に聞こえるので、目が覚めてしまう。八つ裂きにしてやりたいくらい私を殺したいのならば、正々堂々姿を現せばいいのに、目を覚ましてすぐに辺りを見わたすのだが、まったく姿が見当たらない。

しかも、この声は他の人には聞こえないらしい。声を耳にして飛び起きても、同室のダフネ達はすやすやと眠っているのだ。ミリセントのペットの猫も、主人のベットの上で寝息を立てている。



唯一の例外は、蛇のバーナードだ。ケージに入っているバーナードは何か知っているようなそぶりをしているが、何も教えてくれない。

『不審な姿は見ていない』

というだけで、他には何も答えないのだ。絶対に何かを隠している。このあいだ、もう少し問い詰めてみたところ、『畏れ多くて名前が言えない』と言われた。
蛇であるバーナードが畏怖する存在とはいったい何者なのだろう?それ以前に、私とバーナードだけに聞こえる声とはいったい何だろうか?


















結局、理由が分からないままこの日も夕方を迎えた。
妙にウキウキしているダフネ達。
考えてみると、去年はハロウィーンの夕食に参加することができなかったのだ、パンジーの悪戯のせいで。

ちなみに、今年もパンジーがニヤニヤした顔で『Trick or treat』と言われた。だが、何度も同じミスをする私ではない。
グリフィンドールの双子、フレッドとジョージに調達してもらった『百味ビーンズ』を持っていたので、それを渡して悪戯を回避できた。パンジーは悔しそうに顔をゆがめていたが、また去年と同じ目にあったらたまったものではない。


もっとも、トロールと遭遇するとは思えないが。



初めて参加したホグワーツのハロウィーンの夕食は、新入生歓迎会とも学期末パーティーとも違う豪華さだった。
巨大なかぼちゃ型の提灯がいくつも宙に浮かび、生きたコウモリがとんでいる。
テーブルには、野菜がないことが気になった。だが、ハロウィーンらしく、手の込んだ豪華な菓子がずらりとテーブルの上に並んでいた。


「別に私を嵌められなかったからって、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないか?」

どことなくご機嫌斜めのパンジーに言うと、パンジーは不快そうに首を横に振った。心なしか、パンジーのフォークを握る手に力が入ったように見えた。


「セレネさぁ、あんたは、ゴーントの一族なんでしょ?もう少し付き合う人間を考えたらどう?ハーマイオニー・グレンジャーみたいな汚れたマグルと付き合ってたら、人間が汚れるわ」

「パンジー、何度も行ったと思うが、付き合う人間は私が決める。アンタはハーマイオニーがマグル生まれだから軽視しているのだと思うけど、彼女はそこそこに出来た人だ。頭の回転は速いし、思考能力も応用力もある。人の心も分かってくれる。
唯一の欠点は、完璧主義のところと、ロックハートに熱を上げていることくらいだ」


何事も完璧にこなそうとするのは悪いことではないと思うが、50回に1回の割合で損をすることになると思う。世の中には完璧にならない事なんて沢山あるのだから。それから、ロックハートに熱を上げているところが欠点だと思う。

汽車の中で彼の魅力について延々と話されたことは今でも思い出すと憂鬱な気分になる。
授業を受ける前からあまり好きになれない先生だとは思っていたが、実際に授業を受けてみて、そして終わった後に『わざと手を出さなかった』と言われてからは、完全に『嫌い』の分類にカテゴリーされていた。

もし自主性をみたかったとしても、他にも方法があるだろうに、あれだと放任だ。絶対に自分で何とかできると驕っていたに違いない。



「そういえば、なんだ?ゴーントの一族って有名だったのか?」


ずっと前にノットが『あとで”魔法使いの家系図”を調べろ』と言っていた気がする。夏休みが明けて急に言われるようになったことを考えると、どうやら『ゴーント』という名字は親たちに馴染みのある名前なのかもしれない。


「私もドラコに聞いただけだから、よく知らないけど…有名な一族みたいよ。後で調べてみたら?
それよりも、ポッターのことどう思う?」
「ハリーか?」


私は一旦食べる手を止めた。宙に浮かぶカボチャ型提灯を眺めながら口を開く。


「気が付いたらいつも目立っている人」



ハリーはいつも目立っている。

ハリーが言うには、ダドリーに虐められていたせいで、ある意味、彼の通っていたマグルの学校内で有名だったらしい。それに、帝王(ヴォルデモート)を(ハリーにその時の記憶はないけど)倒したということで魔法界では有名、というより英雄扱いだ。

先学期はクィディッチという魔法のスポーツに規則を曲げて参戦し、大活躍していた。
それから、いまだに納得できないが、滑り込みの60点を校長先生から貰い、グリフィンドールの優勝に貢献している。

それに噂では、サイン入りの写真をくばっているのだとか……
まぁ、サインの話は直接見たことがないので嘘(デマ)だと思う。
今も教職員テーブルで、苦々しい顔をしているスプラウト先生に対し、何やら得意げに話しているロックハートならしそうなことだけど、ハリーはそういうことはしないと思う。

それに、彼は目立ちたくて目立っているのでは、(たぶん)ないと思うが、まぁ、嘘でもそのような話がまことしやかに流れるということは、ハリーがそれだけ目立っているということをあらわしていると思う。



「たしかに目立っているわね、ポッターは。
でも、次のクィディッチの試合では『負け犬』として有名になるはずよ!
なんたって、愛しのドラコがスリザリンのシーカーになった上に、チーム全員の箒は最新型のニンバス2001になったんだから!」


あぁ、またその話か。
私は遠い眼をしてしまったが、顔を赤らめて話しはじめるパンジーは気が付いていないだろう。

実は、今学期からドラコがクィディッチのスリザリンチームに、ハリーと同じシーカーというポジションで入ったのだった。ドラコは1年生の時から、ずっとクィディッチのチームに入りたくて仕方なかったのを知っている。実際に初心者の私から見ても、飛び方がそこそこに上手いように見えた。

それなのに、規則があるので入隊できない。だから、規則をまげて1年生なのにチームに入れたハリーがずっと羨ましかったのだ。余程、チームに入れたことが嬉しかったのだろう。口を開けば必ず、自分がチームに入ったことを言うのだ。
そのことを、パンジーもドラコと同じように物凄く喜んでいて、口を開けば『ドラコがチームに入った』というのだった。


「セレネはドラコの初陣に来るよな?」
「初陣か。まぁ行く。他にすることなさそうだしな。気を抜かないで最期までプレイするといいな」
「言われなくても分かってると思うわ!」


少しムスっとしたパンジーだったが、どことなく嬉しそうな雰囲気だった。





校長先生のお開きの合図とともに、他のスリザリン生に交じって談話室に戻るための通路を進む。

久しぶりにバランスの悪い食事をしてしまったが、たまにはいいだろう。山のように豪華で高級そうな菓子を食べて、少し幸せだった。


「今年はトロールが来なくてよかった」

お腹いっぱいになったダフネが、幸せそうな顔をしてそうつぶやく。


「トロールが来ても、ロックハート様がいるから大丈夫よ、ダフネ」


ミリセントが恍惚とした顔をしていう。ダフネもうんうんっとうなずいている。ちなみにパンジーは、斜め後ろを歩くドラコが話すクィディッチの話に聞きほれていた。


『血のにおいがする……血の臭いがするぞ!』
「はっ!?」


私は思わずあたりをキョロキョロと見わたしてしまった。どこからか、いつもは夜中に聞こえる声が耳に入ってきた。ざわざわペチャクチャうるさい人ごみにいるのに、はっきりと聞き取れるとは一体どういうことだろう。


「どうしたんだ?」


隣を歩いていたノットが周囲を見わたす私が気になったのだろう。話した方がいいのだろうか?いや、誰にも聞こえない声が聞こえたのだ。きっと頭がおかしいと思われるにちがいない。
言おうか言わない方がいいのか、どちらにしようか迷っている時だった。


ピタリと騒がしかった楽しげなざわめきが、止まった。しんっと静まり返る廊下。


ドラコが、私やノット…そして他の人たちを押しのけて前に出ようとしていた。
一体何が起きているのか、普段の私なら面倒なことに巻き込まれない様にじっとしているのが常だったが、もしかしたら先程聞こえた妙な声に関係しているのかもしれないと思うと、前で何が起こっているのか気になって仕方がなかった。周囲の人に軽く頭を下げながら人垣を押しのけて最前列に出る。


何かに突き動かされるように最前列に出ると、禍禍しい文字が眼に入った。

その文字は、壁に何かが書かれて光っていた。高さ30センチほどのところに血を思わすような真紅のペンキで書かれた文字は、松明に照らされてチラチラと光っている。




≪秘密の部屋は開かれたり  継承者の敵よ、気をつけよ≫





そう書いてある下には水たまりが広がっていた。そこに管理人のフィルチの飼い猫…ミセス・ノリスが松明の腕木に尻尾を絡ませるようにしてぶら下がっているのだ。

その先には、ハーマイオニー・ハリー・ロンの3人の姿が視えた。彼ら自身も驚いたのだろう。状況が理解できないらしく、真っ青な顔をしていた。


「継承者の敵は気をつけろ!次はお前たちの番だぞ、『穢れた血』め!」


静けさを破るように叫ぶドラコ。
一体何が起こっているだろうか?『秘密の部屋』とは何か?ドラコが言った『穢れた血』とはどういう意味か……

なぜ、ミセス・ノリスは硬直しているのだろうか?


疑問が次から次へと湧き出てくる。先程までの少し幸せな気分が吹き飛ばされた。

大きな嵐が来る、そんな予感がした。






[33878] 18話 メリットとデメリットと怪物
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/16 20:36


ポットの中で十分蒸らした紅茶を、慎重に事前に暖めておいたカップに注ぎ終える。
湯気と共にダージリンの強い香りが、キッチンに漂い始めた。


「…よし」


数か月ぶりにいれた紅茶の出来栄えを確認すると、ソファーの上で書類とにらめっこしているクイールの所まで運んだ。普段浮かべている穏やかな表情の面影はなく、洗練された空気を纏った『仕事モード』に入っている。私は、わざと音を立てながらカップを並べた。


「まったく、お茶いれたから休憩にしなよ」
「あ、あぁ、ありがとう」


音を立てて置かれたカップをつかむクイール。書類に目を落としたまま、紅茶を啜っている。


「じゃあ、これから先生が来るまでさっき取り込んだ洗濯物を畳んでおくから」
「ありがとう……って、待て待て!!セレネは夕方には帰るんだろ?僕が、後でやっておくから休んでいなさい」
「葬式後の日曜日なのに、仕事をやっている人に言われたくない」


数日前に、クイールの遠い親戚…確かエーデルフェルト家の当主が、ここ数日で体調を崩し急死したのだ。遠い親戚なので葬儀には出席してもしなくても支障はなさそうだが、クイール曰く『あの家には顔を出した方がいい』ということで葬儀に参加することになった。

そこで、金曜の午前中の授業が終わってから今日の夕方まで特別に許可を取り、こうして帰宅している。
私1人のためにホグワーツ特急を動かすわけにいはいかないので、4時にスネイプ先生が迎えに来てくれることになっていた。



「いや、本当に僕がやっておくから!セレネが1人で洗濯物を畳んでいるのに僕だけお茶をしているわけにはいかないし。そうだ!セレネのことだから『お代り』の分がポットに残っているだろ?クッキーもあることだから一緒にお茶にしないかい?」



慌てて書類を端に寄せるクイールは、立ち上がり新しいカップを取り出し私の前に置く。私はため息をつくと、ポットをつかんだ。


「まったく……アンタには逆らえないな、父さん」


自分のカップにもダージリンを注ぐと、クッキーをつまんだ。口の中に甘い味が広がっていく。
それと同時に、ここ数週間はりつめていた緊張の糸がほぐれた気がした。


「最近学校で何かあったんじゃないか?帰って来た時、顔色が悪かったからずっと気になってたんだ」
「…最近妙な噂が流れているんだ」


本当に心配そうな目で私を見てくるクイール。どうせ、ホグワーツに足を踏み入れることのないマグルのクイールに言っても何も問題ないだろうっと思い口を開いた。


「ハロウィーンの日に、魔法使い出身なのに魔法を使えない、魔法族の言葉だと『スクイブ』と呼ばれている管理人の猫『ミセス・ノリス』が石になったんだ。
猫が石になっていたところの壁には『秘密の部屋が開かれた、継承者の敵よ気をつけろ』と書いてあった状態で」
「『秘密の部屋』?」


クイールが興味深そうに目をキラキラさせて聞き返した。私はコクリとうなずく。


「創設者の1人、サラザール・スリザリンって人が学校を去る時に作った秘密の部屋。
どこにあるのか分からないけが、うやらそこの中にはスリザリンの末裔にしか操れない怪物がいるんだと。
それで、どうやらその部屋が本当に開かれて、スリザリンの残した怪物が猫を石にしたんだって噂が広がっている。
どうやら、スリザリンって人はマグル出身者や魔法使いなのに魔法を使うことができない人を嫌っていたみたいらしい。なんでも、その人たちを『魔法使いの敵』とみなしていたとか。だから、マグル出身の子たちはみんなビクビクして過ごしてる」


カップの中の濃茶色の紅茶が、どことなく暗い私の顔を映していた。


「なるほどね。それで、その怪物を、セレネが操っているんじゃないかって疑われているのか?」
「そう…って、なんでわかったんだ?」


思わずカップを落としそうになった。一言もそんなことを言っていないのに、なぜわかったのだろうか?するとクイールは優しそうに微笑んだ。


「顔に書いてあるからね。それに、猫が襲われたからってセレネだったら顔色が悪くなるほど怖がらないよ」
「…さすが父親だな。その通り。私がスリザリンの継承者なんじゃないかって疑われているんだ」


文献によると、スリザリンも私と同じように蛇と話せる。
でも、この事実を知っているスリザリン生達は、私が疑われない様に黙っていてくれている。…だが、大半のスリザリン生は私が『スリザリンの末裔』だと考えているらしく、『グリフィンドールのフレッド・ウィーズリーを殺して欲しい』だの『ハッフルパフのセドリックを殺して欲しい』だの頼んでくる人たちがいて、うっとおしい。


ダフネ達もそうだと考えていたらしく、『違う』っと言い聞かせることは、ここには書きあらわせないくらい大変だった。


「まったく……『秘密の部屋』何てあるわけないのに……」
「何でそうだと言い切れるんだい?」
「だって、そんなのがあったらとっくに見つかっているはずだ。何世紀も昔の人だぞ?しかも、史実ではなく伝説だ伝説。『ホグワーツの歴史』って本にも『伝説』っと書いてあったしな」
「…そうとは限らないぞ」


いつになく真剣な顔をしたクイール。いつもの穏やかな顔ではなく、先程の様に仕事モードの時の厳しい顔をしていた。


「セレネは先学期、ケルベロスを見たんだろ?」
「…あまり思い出したくないけど見た」
「あれも伝説上の生物だと言われてきた。それに、トロイ遺跡も伝説だ!っと言われてきたけど実在しただろ?シュリーマンが見つけたじゃないか。
もしかしたら、本当にあるのかもしれないぞ?もちろん、継承者が誰だかは分からないけど」
「そういうものか?」
「そういうものさ」


クイールは私を落ち着かせるようにニッコリ笑った。

同じニッコリ笑いだが、ロックハートのニッコリ笑いとは大違いだ。あっちは偽物の笑顔っぽくて見ていてイラッとするが、クイールの笑顔は何故か落ち着く。

私は久しぶりに笑顔を浮かべた気がした。ずっと表情を変えていなかったせいか、顔がこわばって中々うまく笑えなかったが……












































スネイプ先生は約束通りの夕方4時に迎えに来てくれた。
『付添姿くらまし』という瞬間移動のような魔法で一気にホグワーツのふもとにある村、ホグズミートまで移動する。なんとなくジェットコースターに乗った時以上に吐き気がする移動方法だった。

本当はホグワーツまで『姿くらまし』が出来たらよかったのだが、校内では出来ない様な術がかかっているらしい。ホグズミート村から歩いて城に戻った。


その途中でスネイプ先生が教えてくれたのだが、昨日行われたクィディッチの試合でスリザリンはグリフィンドールに負けたらしい。
さらに、マグル出身の1年生でグリフィンドール生、コリン・クリービーという男の子が、石になっているところを発見されたそうだ。







私はその日に学校にいなかったということもあり、『セレネ=継承者説』は少し収まるとも思えた……

が、


『元々怪物に“クリスビーを襲え!”と命令しておいたに違いない』という噂が流れていた。

本当に誰が起こしている事件なのだろうか?どうせ、石になった猫(ミセス・ノリス)とクリスビーは、スプラウト先生が育てている『マンドレイク』という植物で作る解毒薬で、マンドレイクが成熟するまで待たなければならないというデメリットがあるが、しっかり元通りに戻れるそうなので、問題はないと思う。
それよりも、私にまで迷惑をかけないでほしい。



ちなみに怪物、ミセス・ノリスとコリン・クリスビーを石にさせた怪物の正体はなんとなくだが判明できた。

おそらく『バジリスク』だ。もちろん、南米にいる水の上を走るバジリスクではなく、神話上のバジリスクのことだ。
きっかけは今年起こった異変の1つが、夜な夜な聞こえる私と蛇(バーナード)にしか聞こえない妙な声だ。

私とバーナードに共通していることはただ1つ、『蛇語』しかない。この時点で、声の主は『蛇』か『蛇語を解する人間』の二択に絞られる。

その上でバーナードが畏れて口にしない名前、つまり、『蛇にとっての闇の帝王』の声ということが少し考えればわかる…その上で物的証拠…



ミセス・ノリスの足元には水が広がっていたこと……コリン・クリスビーが襲われたときカメラを構えていたこと………被害者はみんな石になったこと……『蛇の王様…バジリスク』が有力な怪物候補として考えられる。


バジリスクの眼はすべてを焼き殺し、間接的に見ると相手を石にするのだという。クリスビーはカメラごしに…ミセス・ノリスは水に映ったバジリスクを見たに違いない。


だが、1つだけ思い当たらないことがある。バジリスクがどうやって移動をしているかがわからない。

夜に声を聴くときも、ハロウィーンのときも、バジリスクの姿は見えなかった。アレはそう簡単に隠れることが出来ない。

蛇の王ということから分かるように、バジリスクは大蛇なのだ。そんな大蛇が誰にも気が付かれずに動き回れる方法が、いまだに分からない。
 
いったいどうやって……









「セレネ、どうしたの?」


ダフネがポンポンっと私の肩を叩いてくれたので、意識が一気に現実に戻ってきた。
私はなんとか笑みを返す。


「ごめん。ちょっと考え事」
「そう?セレネって最近ますます顔色が悪くなってるから心配で……」
「顔色が悪いと言ったら、グリフィンドールの…ほら、あそこにいる赤毛の女の子。あの子も相当悪いわよね」


ミリセントが少し先に立っている赤毛の女の子を指差した。彼女は私以上に顔色が青い。病気にかかっているように見えた。


「ミリセント。人を指差すのは失礼だと思うぞ?」
「どうせ向こうは気が付いてないから平気よ。この人混みだもの」


ミリセントがぶっきらぼうに答える。私は彼女から視線を外すと、あたりを見わたした。



私は今、ダフネ達と一緒に大広間で行われる『決闘クラブ』に来ていた。最近、物騒なことが多いので決闘の練習が役に立つかもしれないと思い、ダフネ達と一緒に来たのだ。

食事用の長いテーブルは全て取り払われ、一方の壁に沿って金色の舞台が設置してあった。何千ものロウソクが上を漂い、舞台を照らしている。
それにしても、本当にすごい数の人が集まっていた。もしかしたら、全校生徒がいるのではないだろうか?

少し先にはドラコやその子分達、それにノットやザビニもいる。さらに奥にはハーマイオニー達の姿もあった。


「パンジーも来ればよかったのにね」
「仕方ない、魔法薬の授業中に失敗して怪我を負って保健室にいるんだからな…」


ダフネの独り言のような問いかけに答えた時だった。金色の舞台に一人の男がさっそうと登場した。


ギルデロイ・ロックハートだ。

深紫色のローブを着た彼の後ろには、いつもの漆黒のローブを翻してスネイプ先生が現れた。嫌な予感が胸の中に広がっていく。

「静粛に!みなさん、集まっていますか!?結構結構!では…」


ロックハートが、いつもの笑顔で話し始めた。

なんというか、珍しい組み合わせだ。スネイプ先生は相当機嫌が悪いのだろう。上唇がめくれあがっている。今のスネイプ先生ならバジリスクではないけど、目だけで誰かを殺せそうだ。

よく、ロックハートは笑顔で『演説』をしてられるな、と少し感心してしまった。おそらく、周りを見ていないのだろう。ロックハートは女性を魅了する笑顔を浮かべながら、言葉を紡いでいく。



「ご覧のように二人で作法に従って杖を構えています。それから3つ数えて最初の術をかけます、大丈夫ですよ、お互い殺すつもりはありません」


長々とした演説が終わったようなので、ロックハートの説明に耳を傾けた。お互い殺すつもりはない、とロックハートは言うが、スネイプ先生はロックハートのことを殺しそうな勢いで睨んでいる。
もっとも、本当に殺したら牢獄行きになってしまうので、殺しはしないと思うが。


「1―2-3」
「エクスペリアームズ―武器よ去れ!」


『3』とカウントした直後に、スネイプ先生が振り返り杖から目のくらむような紅色の閃光を繰り出す。
ロックハートの杖は吹き飛び、ロックハートは派手な音とともに壁に打ち付けられた。ミリセントやダフネ、それから他の女子生徒たちが驚いて手で口を覆っている。

私は床に情けなく大の字に転がったロックハートを見て、思わず呆れてため息をつきそうになった。少し先にいるドラコやその子分は、堪えることなく笑っている。髪が乱れたままふらふらと立ち上がるロックハート。それでも笑顔を忘れない心がけが凄いと思う。


「さぁ皆さん、今のが『武装解除の術』です。ごらんのとおり…私は杖を失ったわけです―――あぁ、ミス・ブラウン、ありがとう。スネイプ先生が生徒に今の術を見せたのは素晴らしい考えです。
しかし、今先生がやろうとしたことはあまりにも見え透いていましたね。それを止めようとしたら、いとも簡単に出来たでしょうが……」


ここで言葉を止めるロックハート。さすがに、スネイプ先生の殺気を感じたらしい。少し離れている私がいる場所まで伝わってくる濃厚すぎる殺気だから、これに気が付かない人はいないだろう。


「模範演技はこれで十分ですね!さあ、2人1組になって練習です!」


ロックハートがパンパンっと手を叩いた。

ここで問題が起きた。
いつもは4人なのだが私達はパンジーがいないので、今は3人なのだ。誰か一人が分かれなければならない。


「なら、私が別の人とやるよ」
「え、いいの、セレネ?」
「別にかまわない。じゃあ、また後で」


そう言って少し彼女達から離れ、他に1人の人を探す。だが、だいたいみんな友達と来ているので1人の人はなかなか見つからなかった。


「あんた、1人?」


聞き覚えのない声をかけられ振り返るとそこには、1人の少年が立っていた。ネクタイの色から察するに『レイブンクロー』に所属する生徒だろう。背は高くもなく低くもないが、顔立ちは整っている。ミリセント曰く『イケメン』の分類に属する少年かもしれない。口端に笑みを浮かべて私に手を差し伸べてきていた。


「俺はレイブンクローの6年生『シルバー・ウィルクス』。1人なら俺と組まない?あぶれちゃってさぁ」
「…別にかまわない。私はセレネ・ゴーント。スリザリンの2年生だ」


そう言うと、目を丸くさせるシルバー。何かおかしなことを言っただろうか?それとも『継承者』という噂がついにレイブンクローに届いたのだろうか?


「ゴーント?今、ゴーントって言ったッスか?」
「そうだが、それより早く決闘をした方がイイのでは?」
「それは分かってるけどさ、もしかして君、『カドマス・ペベレル』の子孫!?」
「カド…なんだって?」


思わず聞き返す。脳内を隅々までさがしたが、聞き覚えのない単語だ。私は眉間に皺を寄せてシルバーを見上げた。


「『カドマス・ペベレル』。まぁ、伝説上の人物ってところッスかね。
伝説では、ペベレル三兄弟の次男で、『蘇りの石』を『死』から貰ったと伝えられてるみたいだ。ちょいっと都合でペベレルの三兄弟について調べた時に、一番最初にたどり着いた子孫がゴーントの子孫なんだが、家系図はモーフィン・ゴーントで途切れてたんだ。まさか生き残りがいたとはな」
「……」


シルバーが嬉々として話してくれたが、あまり内容を理解できなかった。『死』から何を貰った?蘇りの石?名前から考えると、死者が蘇るとかそういう効果がある石か?そんな石があるわけない。もしかして、賢者の石のことだろうか?
そのことを尋ねようと口を開きかけた時…

「ストーーップ!!やめなさい!!」


ロックハートの叫び声が大広間に木霊する。どうやら、他の組で問題があったようだ。ロックハートが叫んだ方を見ると、なぜか緑色の煙が漂っている。

はーはーと荒い息をしている生徒がほとんどだった。血を流している少年もいる。なぜかダフネと組んでいたはずのミリセントが、ハーマイオニーの首を絞めていた。ちなみに、後で知ったことなのだが、ダフネはレイブンクローの少年と組んでいたらしい。



「誰か見本を、そうだな。じゃあ、ハリーとマルフォイ、どうだい?」


指名されたハリーとドラコが舞台の上に上がる。


「あの有名なポッターと、マルフォイ家の次代頭首の対決ッスか。見ものだな」


シルバーは少し興奮した口調で話す。そして、ふと気づいたように私の方を見下ろした。


「そういえば、ハリー・ポッターが『継承者』だという噂あるの知ってるか?」
「…そうなのか?」


まさか、ハリーの方でもその類の噂が広まっていたとは考えもしなかった。きっと、闇の帝王を倒したから、帝王以上の闇の魔術が使えるにちがいない、とかそういう感じのモノだろう。


「シルバー先輩は、ハリーが『継承者』だと考えるんですか?」


そう問うと、シルバーは面倒くさそうに頭を掻く。


「さぁな。もしそうだとしても、『ヴォルデモート』を負かした奴を『継承者』と言いたくないな」


私はシルバーが言ったことに、驚いてしまった。
大抵の魔法族は、『ヴォルデモート』と口にするのを恐れ、配下の魔法使いでも『闇の帝王』と恐れ敬っている。私自身も、心の中では『ハゲ』やら『ヴォルデモート』と呼んでいるが、人の前では『あの人』や『帝王』と呼んでいる。だから、いままで『ヴォルデモート』と呼んでいる人を見たことがなかった。


そんな私の驚きとはよそに、平然と話し続けるシルバー。

「俺は純血だから襲われる心配は無い。今回も傍観者に徹しますかってところっスかね。首突っ込んでも、どうせ『スリザリンの怪物』を制御できる自信ないし」

「魔法省大臣のファッジでも制御できるンだから、アンタでも出来ると思うよ」


シルバーが頭の後ろで手を組んだ直後、第三者の声が聞こえてきた。
何処か夢見心地な声でシルバーの背後に立っていたのは、駅でぶつかってしまった銀髪の少女だった。あの時の様に雑誌を大事に抱えている。


「えっと、たしか1年のルーナ・ラグブット…だっけ?」


シルバーが言うと、ルーナはコクンと頷いた。そして私の方を向くと、ボンヤリとした表情のまま口を開く。


「アンタ、キングズ・クロスで会った」
「久しぶりだな、ルーナというのか。…私はセレネ・ゴーント。スリザリンの2年生だ。
ところで、どうして『スリザリンの怪物』を『魔法省大臣』が制御していると思うんだ?」


先程から疑問に思っていたことを、ぶつけてみる。するとルーナは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「だって、スリザリンの怪物が『アンガビューラ・スラッシュキルター』ってことを知ってるもン」
「「…なにそれ?」」


私とシルバーの声が見事に被る。そんな生物聞いたことがない。そういえば、この間の『ラックスパート』という生物も結局どこにも載っていなかった。もしかしたら、この子はからかうのが趣味なのだろうか?そう考えたが、本気でそれらを信じている目をしている。

そんな私の気持ちに気が付かないまま、目を輝かせて話を続けるルーナ。


「魔法省大臣のファッジがこっそり用いている生物だよ。人を一叫びで石にする能力を持っているンだ。
たぶん、学校中に張り巡らされているパイプを通って移動しているから誰も気が付かないンだよ」
「いや、それは無いっすよ」


シルバーが否定する。完全に信じてないような眼でルーナを見下ろすシルバー。本気で信じているルーナには悪いが、私もそう思う。まさか、魔法省大臣がそんな動物を飼っているとは思えない。



「よく分からないが…ん、ちょっと待て。そのアンなんとかは、どこを通って移動していると言ったか?」
「パイプだよ。壁の中に埋まっているでしょ?」
「なるほど、それでか!」


ルーナは納得してくれる人がいて嬉しいのかニコニコしている。
だが、ルーナの話に納得したのではない。バジリスクの移動手段が分かったのだ。おそらく、学校中に張り巡らされているパイプを移動しているのだ。だから姿が見えない。残る謎は『秘密の部屋』がどこにあるか、だ。
パイプが直接つながっている場所が怪しい。となると……トイレか?いや、でもさすがに『高貴』で知られるスリザリンが、トイレに隠し部屋を作ったとは考えにくい。

いったいどこに…


「帰ンなくていいの、終わったよ?それともまた、ラックスパートがとんでいた?」


ルーナが話しかけてきた。見てみるといつの間にかハリーVSドラコは終わっていた。どうやら、また考え事に夢中で辺りが見えていなかったようだ。向こうからダフネ達が近づいてくるのが見える。



私はシルバー・ルーナと別れるとダフネ達の方へ戻った。ダフネ達は近づいてくる私を見ると、興味津々の表情を浮かべながら、近づいてきた。


「ねぇ、さっきの何てポッターは言ってたの?」


ダフネが開口一番にそれを聞いてきた。私は頭をかいた。


「ハリーとここ数日口きいてないけど…」
「ちがうわ、さっきの決闘のときよ!ポッターがマルフォイの出した『蛇』に何か言ってたの!」
「…悪い。さっきの決闘見てない。ハリーが何をしてたかもう一度言ってくれないか?」


私が眉間にしわを寄せて聞き返す。


「ポッターが蛇と話してたの!」


ダフネの眼は嘘をついている目には見えなかった。隣にいるミリセントの眼も、ダフネが言ったことは本当だといっている。

「うそ、だろ?」


この学校にまさかもう1人、蛇語を操る人がいるとは思わなかった。もしかして『スリザリンの継承者』はハリーなのではないだろうか?だが、ミセス・ノリスを石にさせたり、クリスビーを石にさせたりしてハリーにどんなメリットがあるのだろう?

だいたい、『スリザリンの継承者』はマグル生まれを追い出したいのだ。それなのに、ハリーはマグル出身のハーマイオニーと仲がいい。

この時点で矛盾が生じている。


でも、もしかしたら私の盲点となっているところにハリーのメリットがあるのかもしれない。いずれにしろ、疑っておいた方がいいだろう。


「あれ、セレネどこに行くの?」


談話室に戻る通路の前を素通りする私を変な目で見てくるミリセント。


「ちょっと図書館に行ってくる。大丈夫、すぐ戻るって」


調べないといけないことがある。私は急ぎ足で図書館に向かったのであった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回1人、新たにオリキャラを出しました。
モブで終わらせないように頑張りたいと思います。






[33878] 19話 ポリジュース薬とクリスマス
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/16 20:35


≪SIDE:ハリー≫



この数か月に起こった事件のせいで、いつにもまして人がいないホグワーツのクリスマス。その日、僕とロンとハーマイオニーは、『ポリジュース薬』の最後の仕上げに入っていた。




ポリジュース薬っていうのは、飲んでから1時間だけ、変身したい人と同じ外見になれるって薬だとハーマイオニーが教えてくれた。僕達はこれを使い、スリザリンの談話室に入ってマルフォイに、一連の事件の真相を問いただそうと考えたんだ。
どう考えても『スリザリンの継承者』はマルフォイしか考えられない。あいつは一族代々魔法族のみの家柄『純血』だって公言してるし、マグル出身のハーマイオニーのことを『穢れた血』といって馬鹿にしてるんだから。しかも、奴の父親はヴォルデモートに仕えていた闇の魔法使い『死喰い人』の筆頭格だったみたいだし、『スリザリンの継承者』はマルフォイしかいない。


最近、物凄くマルフォイの奴は不機嫌だ。理由はもちろん、ほとんど学校中の生徒が、僕を『スリザリンの継承者』扱いするからに決まってるとロンが言っていた。僕がマルフォイの悪行を横取りしていると考えているに違いない。僕としてはいい迷惑だ。なんで、みんな気が付かないんだろう…



ポリジュース薬の最後の仕上げ、変身したい相手の髪の毛を手に入れることに成功した。あとは飲むだけだ。ちなみに、僕とロンはマルフォイの子分のクラッブとゴイルに変身することになった。ハーマイオニーが計画した作戦で彼らを眠らせた後、髪の毛を調達する。

ゴイルのエキスなんて飲みたくないけど、マルフォイの口から真相を聞き出すためなら仕方ない。
ちなみに、ハーマイオニーはスリザリンの女子、ミリセント・ブルストロードという生徒の髪の毛を調達したらしい。どんな女子なのかは知らないが、大柄でブスだとロンは言っていた。
ブルストロードは今、ホグワーツにいないから『スリザリン生には“帰ってきちゃった”と言えばいい』とハーマイオニーは考えているみたいだ。






勇気を振り絞って鼻をつまんでポリジュース薬を飲む。僕は思わず両手を口に当てて吐き出しそうになった。例えるなら、煮込みすぎたキャベツっていうのだろうか。いや、もっと酷い。
余りの不味さに身体が拒否反応を示すのと並行するように、身体に変化が起こり始めた。

息がまず詰まりそうになり、身体全体がどっと溶けていく気持ち悪い感じがした。身体が少し縮み、手がみるみる間に膨れ上がっていく。ハーマイオニーがこっそり調達してきたブカブカのローブが、ピッタリになった頃、僕は完全にゴイルの容姿になったみたいだ。


「2人とも大丈夫?」


ロンがいる隣の個室から、クラッブの声が聞こえる。


「あぁ」


僕は返事をする。でも、僕の口から出たのはゴイルの唸るような低音の声だった。僕は個室から出て先に個室から出ていたクラッブの姿をしたロンと対面した。どっからどう見てもクラッブ。今目の前で起こっていることが少し信じられなかった。

それにしても、ハーマイオニーは何で出てこないんだろ?何か起きてしまったのだろうか…
心配して声をかけようとしたとき、個室の中から金きり声が聞こえてきた。


「私、行けそうにない!早く行って!1時間しか持たないのよ!!」


確かに、ハーマイオニーが言う通り…実行できる時間は少ない。とりあえず、ハーマイオニーの言う通りに僕たちはトイレから出て、スリザリンの談話室に急いだ。

でも、スリザリンの談話室ってどこなんだろう?ロンに尋ねようとしたけど、僕と同じ疑問をロンも持っていたらしい。まさか、あんな不味い薬を飲んだのに、何もしないまま終わりになってしまうのか?

クラッブの姿をしたロンがどうするかウンウン唸りながら考えていた。はっきりいって、クラッブが何か考えているそぶりをしている姿は気味悪かった。クラッブもゴイルも何か考えて行動しているところって見たことない。



「とりあえず、スリザリン生って朝食の時、いつも地下牢の入り口から出てくるよな?」

ロンはそう言って地下牢の方を指差す。僕もうなずいて、そこでスリザリン生がやってくるのを見張ることにした。


運は僕たちに向いているのかもしれない。隠れた直後に、スリザリン生のセレネ・ゴーントが本を抱えて、僕たちが隠れているところの側を通りかかったのだ。僕とロンは互いに目で合図をすると、セレネの方に歩いていった。

セレネは僕たちに気が付いたみたいだ。重そうな本を抱えたまま、僕たちの方を向く。


「おい、クラッブとゴイル。さっきドラコが探してたぞ。なにか見せたいものがあるんだって」
「見せたいもの?」


僕は、顔をしかめた。セレネが不快な表情を浮かべたままコクリとうなずく。


「私も見させてもらったが、面白いものではないな」


顔をしかめたまま歩き出すセレネ。そして吐き捨てる様に呟いた。



「むしろ、不愉快だな」


すたすたと歩き去ろうとするセレネを、僕とロンは慌てて追いかけた。



「談話室に戻るの?」
「当たり前だろ?図書室から本を借りるという目的を、果たしたんだからな」


セレネは『何をいまさら』とでもいうような表情を浮かべる。そして、その表情のまま地下牢の方へ歩き出した。僕たちも彼女についていく。


そういえば、セレネと話したのは久しぶりな気がする。何時以来だろう?もしかして、今学期に入ってから初めて会話を交わしたかもしれない。
セレネは僕の初めての友達だ。ダドリーに苛められたとき助けてくれたし、スリザリン生なのにマグル生まれのハーマイオニーや出来そこないのネビルを軽蔑しないし、ハーマイオニーに匹敵するくらい頭がいいし…
でも、ロンは『気をつけろ』と忠告してくる。『アイツは何を考えているか分からない。いつも無表情だ。マルフォイじゃなかったら、あいつが“スリザリンの継承者”だ』と。僕は考え過ぎだと思うんだけど…




そんなことを考えていると、けだるそうに、湿ったむき出しの石が並ぶ壁に向かって、何かセレネは呟いていた。何をしているんだろう、と思ったが、次の瞬間壁に隠された石の扉が、スルスルと開いた。
どうやら、合言葉をつぶやいていたみたいだ。


その中に広がっていたのは、細長い談話室。粗く削られた石壁の、どことなく陰湿な感じの談話室だ。

ちなみに、グリフィンドールの談話室は深紅で統一されている部屋で、暖炉がいつも元気よく燃え上っている。スリザリンの談話室も暖炉はついているけど、陰湿な感じが充満している。作りは壁に立派な彫りが施されていて、金がかかっているのはわかるけど……何か全体的に冷たい感じがした。
こんな所ではくつろげない…



「ドラコ、まだその新聞を読んでいるのか?」


ため息をつくセレネ。彼女の視線の先には、深緑のソファの上に腰を掛けて日刊預言者新聞を、ふんぞり返って読んでいるマルフォイの姿があった。


「なんでだ?笑えるじゃないか?」


そういって僕たちの鼻先に新聞を突き付けるマルフォイ。僕は、それを急いで読む。
思わず新聞を握りしめそうになる衝動に駆られたが、なんとか無理に笑ってみせロンに渡した。

だって、その新聞には……

ロンのパパが、マグルの車に魔法をかけたせいで金貨50ガリオンの罰金を支払わされたことが書かれてある記事だったから。


「どうだ?おかしいだろう?」


マルフォイの問いかけに、僕は、ワンテンポ遅れて、沈んだ声で笑った。


「アーサー・ウィーズリーはあれほどマグルびいきなんだから、杖を真っ二つにへし折ってマグルの仲間に入ればいいのに」


マルフォイが蔑むように言う。『ロンのパパを馬鹿にするな!!』と叫んで殴り掛かりたかったが、そうしたら今までの計画が全て水の泡になってしまう。僕は何とか残った理性を総動員させて、我を保っていた。怒りで顔が歪んでいくのが自分でもわかる。隣に腰を掛けているロンの顔は、異常なほど怒りで赤く染まっていて、ぷるぷると震えていた。


「ドラコ、マグルの仲間になればいいのにとか口にしない方がいい。なんでそこまでマグルを嫌うのかが私にはわからない。だが、魔法使いは、マグルと結婚してなかったらとっくに全滅しているぞ」


そう言うセレネは、少し怒っているようにも見えた。
それにしても、純血主義ではないなんて、スリザリン生には珍しい発想だ。なんで、セレネはスリザリンなんかに入ったんだろう。組み分け帽子がボケたのだろうか?彼女こそ、グリフィンドールやレイブンクローにふさわしいのに…。
セレネの発言は、いつものことなんだろう。マルフォイも呆れた感じでセレネに答えていた。


「何度も言っているだろ?マグルは穢れた者なんだって。僕たち魔法使いの高貴さを理解できない愚か者なんだ」
「私の父さんは、愚か者じゃなかったけどな。むしろ人格者だ」
「でも、君の方が君の育ての親よりずっと…比べものにならないくらい高貴な出自じゃないか。もう少し、君の出自を意識して行動したらどうだ?」


セレネは、マルフォイを睨んだ。滅多なことで怒らないセレネが、怒っている。僕に対して言われている事ではないのに、血の気がサァッと引いてしまった。


「私の出自のことは軽々と口にしないで貰いたい」


セレネは、バンッと大きな音を立ててテーブルの上に借りてきた本を叩きつけた。その古びた本の表紙には、はげかけた文字で『“純血”魔法使いの出身地集』と書かれてあった。
その音と剣幕に怯えた表情を見せるマルフォイ。いつもの僕なら、マルフォイを笑い飛ばしたくなるだろう。だけど…いまは、そんな気分じゃなかった。


セレネが叩きつけた本の題名は『純血』に関する本。
先程まで、純血主義を否定していたはずなのに、これじゃあ滅茶苦茶だ。その矛盾にセレネは気が付いていないのだろうか?


「なんでその本を借りたんだい?」


僕は真相を確かめたくて、セレネに尋ねる。セレネは少し眉間にしわを寄せて僕を見た。


「ゴーントの家がどこにあったか調べるためだ。珍しいな、ゴイルが私に質問するなんて……」
「気になったから聞いただけだ」


僕は、慌てずに言い返す。セレネは少し訝しげに僕とロンを見ていたが、興味を亡くしたように本をペラペラめくり始めた。

ゴーントって有名な一族なのだろうか?マルフォイが『高貴』って言うくらいなんだから、『マルフォイ家』と並ぶかそれ以上の魔法使いの純血の家系なんだろうけど。
僕がそう考えていると、ロンがハッとした表情を浮かべた。そして、何かにせかされるように口を開く。


「セレネ、君が『スリザリンの継承者』なのかい?」


恐る恐る僕が聞く。すると、セレネはジロッとイラついた目をロンに向けてきた。


「あのなぁ…そういった噂は本気にしないで欲しいと何回言ったら分かるんだ?」
「だが、『継承者』というのは事実だろ?」


マルフォイが新聞を畳みながら話す。チラリっと隣に座るロンの方を見ると、いつになくポカン…っと口を開けていて、いつもより間抜けそうなクラッブの顔がそこにあった。セレネは小さなため息をついた。


「…まぁな。この間調べてみたらそうだったし。
だがな、今回の事件は私とは何の関係もない。そもそもだ、その事実を知ったのはつい3日前だ。ジャスティンとゴーストが襲われた後だぞ?」


セレネが嘘を言っているようには見えなかった。心のどこかで安心した僕だったが、隣のロンはそうでもなかったみたいだ。警戒するように少しセレネから距離をとっている。



「…それから…私はこの事件には、今のところ…かかわらないつもりだ」


そう言うと、パラパラと無気力な感じで本をめくるゴーント。それを聞いたマルフォイもロンも驚いた顔をしている。きっと、僕も同じような表情を浮かべているのかもしれない。でも…どうして…?


「珍しいな。君のことだから、すぐに『偽物』を探し出そうとすると思ったんだが」
「…今回の事件の狙いが、前にドラコが教えてくれた『マグル殺し』だったら積極的に調べていたと思うがな。マグル出身者の犠牲者が出る前に動く事をしただろう。私も『マグルに育てられた』ということで狙われる危険性があるから。だが…『偽物』の目的は違う」

「違う?」


僕は思わず身を乗り出すようにして聞いた。セレネは本から顔を上げないで、面倒そうに口を開く。


「本当にマグルを殺したいのであれば、とっとと前回『部屋』が開かれた50年前の様に殺せばいい。
だが、今回は殺そうと思って動いた形跡がない。それに、狙われた面々から考える限り…偏りがありすぎる」

「偏り?」

「管理人のフィルチとハリーが言い争いをした次の日に、フィルチの飼い猫が襲われた。
クリービーが嫌がるハリーに構わず写真を撮り続けたその日の夜に、クリービーは襲われた。
決闘クラブでジャスティンとハリーが、いざこざを起こした次の日に、ジャスティンは襲われた」
「つまり、君はハリー・ポッターが『偽継承者』だと?」


ロンが口を挟む。どことなく『こいつ馬鹿じゃないか?』と言っているみたいにも聞こえた。僕は胃が落ち込むような気がした。まさか、セレネまで僕を『継承者』だと考えていたなんて…

だけど、セレネは相変わらず本に目を落としたままだ。


「まさか。私が言いたいのは、ハリーが狙われているってことだ。その『偽物』にな」


パラリッと音を立ててページをめくるゴーント。


「恐らく、ハリーに関係した……奴の言葉を借りれば……『継承者の敵』を狙って襲っている。
そうすることで、ハリーを『継承者』に仕立て上げようとしているんじゃないか?そして、最後には、おそらく学期末辺りにハリーを襲って殺し、事件は永久に闇の中というシナリオだ。
もし、狙われているのがハリーじゃなくて他の誰か。たとえば、アンタ達だったりしたら、他の先生に伝えたりして保護対策を取ってもらうと思う。

でも、狙われているのはハリーだ。そうとなれば話は変わる。
ダンブルドア先生は彼に特別目をかけている。ハリーが狙われているということは、すでに気が付いているはずだ。きっと本人が知らない間に保護対策を施されている可能性がかなり高い」


パタンっと本を閉じて欠伸をするゴーント。
その時、つんつんっとロンがつついてきた。
みるとクラッブの髪が、どんどんロンそっくりの燃えるような赤髪に変わっていくところだったのだ。そう言われてみれば、今来ているぴったりだった服が、だんだんブカブカに戻ってきている気がする。

僕たちは打ち合わせ通りに、そろって腹を押さえると


「「胃薬が必要だ」」と叫んで一目散で、マルフォイとセレネに背を向け、ハーマイオニーが待つトイレへと駆け戻った。


どんどんブカブカになっていくローブを、たくし上げながら廊下を全力疾走する。ドタバタと階段を駆けのぼり、やっとの思いでいつも作業をしていたトイレに転がり込んだ。

僕は、ゼィゼィ…っと荒い呼吸を繰り返しながら、もうすっかり元に戻ったロンに話しかけられた。


「まぁ、全くの時間の無駄にはならなかったよな」
「うん…」


僕は少し落ち込んでいた。真犯人は分からなかったけど、セレネがスリザリンの『真』の継承者で、『偽』の継承者に僕が狙われているなんて…信じることが出来なかった。
そんな僕を励ますように、肩をロンは叩いてくれた。

「まさか、『スリザリンの継承者』は『セレネ・ゴーント』で、でも今回の騒ぎはハリーを嵌めようとしている『偽物』の仕業だったなんて。
でも『スリザリン生』のいうことなんてアテにならないよな。アイツが見栄を張るために嘘をついていたかもしれないし。しかも、しゃべり方がなんか変にクールぶっていたし。
まぁ、もし本当だったとしたら嵌められない様に気を付ければいいだろ?それに、ゴーントの話だとダンブルドアが、たぶん保護対策をハリーにしているって言ってたし。

ハリーは心配しないで今まで通り生活していいと思う」
「うん…そうだね」


僕は、ポツリとつぶやいた。
ロンは、「とりあえずさっきの驚くべき結果を報告しよう」と言うと、少し弾んだ様子でハーマイオニーがいる個室の戸をだんだんっと叩いた。


「帰って!」
「どうしたんだい?まだブルストロードの鼻でもつけてるのか?」


ロンが冗談交じりでそう言う。だが、彼女に反応がない。


「僕たちは君に話さないといけないことが山ほどあるんだ!」


ギィィッ……っとハーマイオニーが入っているトイレの個室の扉が開いた。すると、トイレに住み着いているゴースト『嘆きのマートル』が物凄くうれしそうにしている。

僕とロンはなんと声をかければいいのか分からなかった。思わず僕は後ろの手洗い台にはまりそうになってしまうほど驚いてしまった。


「あれ、ね…ネコの毛だったの!ミ、ミリセント・ブルストロードは猫を飼っていたに、ち、違いないわ!それに、このせ、煎じ薬は動物変身には使っちゃいけないの!」


泣きわめくハーマイオニーの顔は黒い毛で覆われ、目は鋭い黄色に変わっていたし、髪の毛の中からどう見ても三角耳が突き出していた。


この後、ハーマイオニーをかばうような感じで、僕たちは保健室に行ったのであった。





[33878] 20話 バレンタインデー
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/16 20:47

今日は2月14日のバレンタインデーだ。
だからといって、私には恋人がいるわけではないので特に何かあるわけではない。いつも通りの朝を迎え、ダフネの支度が終わるまで、本に目を落としていた。

「セレネ、行こう!」

髪をシュシュで2つに結わき終えたダフネが私を呼ぶ。私は読んでいた本をパタンっと閉じると、ベッドから立ち上がった。


「さっき何を読んでいたの?」
「ん……あぁ、クリスマスに父さんがくれた『竹取物語』って本。日本の童話みたいなものらしい」
「へぇ、童話か…」

懐かしそうな顔をするダフネ。きっと、自分が読んだ童話のことを思い出しているんだろう。


「そういえば、母様が寝る前に読んでくれたな……『ぺちゃくちゃウサちゃんとぺちゃくちゃ切り株』の話。あの話が私、大好きだったな」
「それって、どんな話なんだ?」

聞き覚えのない話だったので内容を尋ねてみると、少し前を歩いていたダフネが驚いたように振り返ってきた。歩みを遅めながら、まじまじっと私を見てくる。


「知らないの?有名だとおもったけど…。ほら、『吟遊詩人ビードルの物語』だよ。子供の昔話はみんなビードルじゃない。聞いたことないの?」
「…あのな、私はマグルに育てられたんだ。魔法界の童話は知らない。知っている童話といえば、『長靴をはいた猫』とか『赤ずきん』とか『灰かぶり』とかだ」
「なにそれ?」


珍しいモノを見るような目で私を見てくるダフネ。きっと、魔法界の童話がマグル界にないように、マグル界の童話は魔法界にはないのだろう。久々に文化の違いというやつを感じた気がした。


「猫が人間の長靴を履けるわけないと思うけど。だってサイズが合わないし」
「いや、童話だから有りだろ。それを言うなら、切株がしゃべるわけがないと思うが……」


私は思わずここで動きを止めてしまった。ダフネも少し驚いたみたいで、一瞬動きが止まっていた。

私達は話しているうちに大広間にたどり着いていた。道を間違えたわけがない。どう考えても目の前に広がるのは大広間だ。だが、部屋を間違えたかと思った。それとも、私の目がおかしくなったのだろうか。

壁という壁がケバケバしい大きなピンクの花で覆われ、おまけに淡いブルーの天井からは、ショッキングピンク色でハート型の紙吹雪が舞っている。


「え、えっと…なんか凄いね、セレネ。たまにはいいかもしれないけど。でも、私の趣味とはちょっと違うかも」
「……」


私はあきれてものが言えなかった。ダフネも戸惑いが隠せないみたいでオドオドしている。

周りの風景を一切無視することにして、スリザリンのテーブルに向かう。スリザリンのテーブルにはすでにパンジー達が座っていた。パンジーとミリセントは楽しそうにクスクス笑いをしている。だが、反対にドラコやノットたちは、アホらしい、という顔でソーセージについた紙吹雪を払いながら食べていた。

まったく、一体誰が大広間を装飾したのだろうか?そもそも去年はこんなこと無かったはずだ。…ということは…

「バレンタインおめでとう!」


教職員テーブルについていたロックハートが叫んだ。この大広間の装飾とぴったりあった目が痛くなるようなピンクのローブを着ている。笑顔でどや顔をしているロックハートとは違い、他の先生方は石の様に無表情だった。


「今までのところ、46人の皆さんにカードをいただきました。ありがとう。そうです!みなさんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました。
しかも――これだけではありませんよ」


まだ何かあるのか。そう思ったとき、大広間に何かが入ってきた。入ってきたのは無愛想な顔をした小人が12人。どう考えてもロックハートが小人全員に金色の翼をつけ、ハープを持たせていた。


「私の愛すべき配達キューピッドです!
今日は学校を巡回して皆さんのバレンタイン・カードを配達しますよ!

先生方もこのお祝いムードにはまりたいと思っているはずです!
スネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を教えてもらったらどうですか?『魅惑呪文』について、フリットウィック先生は私が知っているどの魔法使いよりもご存知ですよ」


フリットウィック先生は、あまりのことに両手で顔を覆い、スネイプ先生の方は『愛の妙薬を貰いに来たら毒薬を代わりに飲ませてやる』という感じの表情をしていた。この間の決闘クラブの時ほどではないが、殺気を感じた気がした。


その日はロックハートが、本当に周りの状況が読めてないなっと再確認できた日だった。
小人たちが1日中教室に乱入し、カードを配り始めるので、そのたびに授業が中断される。
先生たちはうんざりとした顔をしていた。せっかく集中して授業を受けているのに、微妙なところで中断されると少しイラッとする。それに、小人たちが出て行った後の先生の機嫌が悪いので、再会された授業はピリピリとした空気が漂っているのだ。
変身術のときに小人が乱入した時、マクゴナガル先生の手がピク、ピクっと杖の方に動きそうになるのを堪えている姿を目撃した。



















「あ、悪い!忘れ物したから取ってくる」


薬草学の授業に向かう途中で、『妖精の魔法』の教室に本を忘れたことに初めて気づき、ダフネ達と別れ階段を全速力で駆けあがる。
いつもは忘れないのに、何で今日に限って忘れたのだろうか。心の中で、ため息をつきながら階段を上りきると、突然、目の前に教科書が現れた。


「これ、忘れものッスよね?」


教科書を私の目の前で掲げていたのは、決闘クラブで一緒になったシルバー・ウィルクスだった。私はぺこりと頭を下げると、教科書を受け取る。


「ありがとうございます。それじゃあ…」
「そういえば、君…決闘クラブの数日前に、急に家に帰ったみたいだけど、どうして?」
「親戚の葬式があったんです」


私は平然を保っていたが、内心では驚いていた。まさか、レイブンクロー生が知っているとは思いもしなかった。


「ふーん、葬式ねぇ…。もしかして、エーデルフェルト家の葬式?」
「…あの家、有名だったんですか」


魔法界では、有名な家柄なのだろうか?だが、魔法使いらしい人影はみなかったが…みんな普通の喪服だったし。
すると、シルバーは面白そうな笑みを浮かべたまま、頭をフルッと横に振った。


「いや、有名じゃ無いっスよ。むしろ無名…こっちでは」


言葉の後ろの方を低くして話したシルバー。むしろ無名…ということは、マグル界で有名ということか?だが、そんな家の名前を聞いたことがないから、マグルの裏世界では有名ということか?…いや、そんな裏世界にあるような家とクイールが繋がっているとは思えない。


「…なにが言いたいんです?」


平静さを保ちながら、笑顔で尋ねる。シルバーは笑顔を崩さない。


「別に。あそこの新頭首は片割れだけど、名門だから簡単にはつぶれないから頼る価値はあるだろうなぁって思っただけ」
「頼る?私は頼るつもりなんて毛頭もない」


そう言うと、シルバーは声を出して笑い出した。私は浮かべた笑みを引っ込めて、思いっきりシルバーを睨みつけた。


「何がおかしい」
「ははは…ごめん、ごめん。ちょっと意地悪しただけ!やっぱり面白いな、学校ってさぁ。いろんな人がいて、いろんな考えがあって、そして――」


そのあとの言葉は聞こえなかった。
ガラガランと何かが崩れ落ちる音が前の方が、シルバーの声をかき消す。私とシルバーは、ほぼ同時に前の方に走り出した。

音がしたと思われる周辺の廊下には、渋滞して人だかりができてしまっていた。
私が人混みの間を縫って前に出ると、そこにはハリーが教科書を拾い集めていた。どうやら、鞄が壊れてしまったらしい。黒いインクや赤いインクも零れてしまっているので、本が赤く染まってしまっている。

そして、ハリーの足元にいるロックハートの小人がいた。どういう経緯で鞄が壊れたのかは分からないが、確実に小人がかかわっていると思う。小人は逃げようとするハリーの足首をがっちりつかんでいた。


災難だな、ハリー。


助けようかとも思ったが、生憎と助けられるような魔法が咄嗟に思いつかなかった。必死で逃げようとしているハリーが逃げ出せないくらい強い力で小人はハリーの足を握っているので、私の力では引きはがせないだろう。


『眼』を使えば助けられると思うが、あまり『眼』を人前で見せたくない。

何かいい方法はないかとあたりを見わたしていると、赤いインクの海に浮かんでいる一冊の古ぼけた日記帳に目が留まった。
他の本はインクまみれなのに、その日記帳だけどこも赤く染まっていない。
他の人の目がハリーに向けられている間に、こっそり日記帳を取り上げる。


ずいぶんと古いモノだ。
表紙に書かれている年度は50年前のモノ。最初のページをめくってみると、『T.M.リドル』という名前が記されてあった。


50年前と言えば、ちょうど前回『秘密の部屋』が開かれたときだと、ドラコが教えてくれたのを思い出す。中を見るのはまずいと思いながらも、ざっとめくってみる。


しかし、何も書かれていない。どのページも白紙だ。


なぜ何も書いていないのだろう?他の人が見た時に中身がわからない様に、魔法をかけてあるのだろうか?


「セレネ、その日記帳返してくれないかい?」


ハリーが言う。少しよそよそしい感じがするのは、気のせいではないだろう。彼はクリスマスの日にクラッブとゴイルに変身して、スリザリンの談話室に来たのだ。そして、その時に私が『スリザリンの継承者』だということを知ってしまったのだから。
たぶん、彼らは『ばれていない』と思っているのだろうが、顔の表情のみればすぐにわかる。本物のクラッブとゴイルの方が、もっと…あまり言い方ではないが『愚鈍』そうな顔をしている。



面会が出来なかったので、夜中にこっそり蛇のバーナードをケージからだし、代わりにハーマイオニーの様子を見て来てもらったところ、『半猫』状態のハーマイオニーが寝ていたそうだ。
それが決定的な証拠だ。
恐らく、変身に失敗したのだろう。ポリジュース薬の材料、たぶん変身しようと思っていたミリセントの髪の毛と、彼女の飼い猫のキャシーの毛を間違えたのだと思う。

ハリー達が私の血筋を知ってしまって、何かが変わるかもしれないと思ったが、彼らは誰にも言わなかったらしく、噂は他の寮に広まっていなかった。


「あぁ、ごめん。どの本もインクまみれだったから拾うのを手伝おうと思ってね」


ハリーに日記帳を手渡しする。


「聞きたいことがあるのだが、その日記帳をどこで手に入れたんだ?」


ハリーは言うべきか言わぬべきが迷っている顔をした。そして決意したように口を開いたその時……


「ほら、もう5分前のチャイムは鳴っているんだ!はやく教室に急いだ方がいいぞ!」


赤毛の監督生が大声で叫んだ。確か、グリフィンドールの監督生だった気がする。ハリーはモゴモゴと拾ってくれた礼を私に言うと、ハーマイオニーやロンと一緒にさっさとどこかへ行ってしまった。
代わりに、先程の出来事を見ていたドラコが取り巻きのクラッブ・ゴイルと一緒に近づいてくる。


「ポッターの日記帳には何か書いてあったか?」


足早に『薬草学』の教室に向かいながら興味津々に聞いてくるドラコ。


「何も書いてなかった」
「なんだ。残念だな」


少し残念そうな顔をするドラコ。
ちなみに後ろの子分どもは、無表情だった。

それにしても、なぜ50年前の日記を持っているのだろう?それも何も書いていない捨てられてもいいような日記を…


「『T.M.リドル』」


もう、どこかに行ったと思っていたシルバーが、私にだけ聞こえる声で呟いた。ちなみに、ドラコはクラッブと何か話しているみたいで、気が付いていない。私はドラコ達の方を向いたまま、シルバーにだけ聞こえるくらいの声で尋ねた。


「…知り合いですか?」
「いや。名前を知ってるだけ。…きっと、君も知っている名前だと思うッスね。いや、君だけじゃない」


何か含んだような笑顔を浮かべたまま、シルバーは去って行った。


遠くで授業開始のチャイムが鳴ったような気がする。…いろいろと調べてみることがありそうだと感じながら、ドラコに急かされ『薬草学』の教室をくぐったのだった。





[33878] 21話 珍しい名前
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/30 10:29
「嘘だろ?」


思わず口に出してしまい、慌てて誰かに聞かれていないかどうかあたりを見わたす。だが、誰も私の独り言には気が付いていないみたいだ。ホッと胸を下ろした。



私が今、受けている授業は『魔法史』の授業。ホグワーツの教師の中で唯一ゴーストのビンズ先生が教えている教科で、いつも先生が一本調子でノートを読み上げるだけで終わる授業だ。いつも5分と経たない間に、クラス全員が催眠術にかかったようにボーっとなってしまう。先生はそれすら気に留めず、淡々と講義を続けるのだ。

今も私の隣に座っているミリセントは涎を垂らして寝入っているし、さらにその向こう側に座るパンジーは窓の外をぼんやり眺めていた。基本的に真面目なノットとダフネでさえ、黒板の文字を眺めているみたいだが、目が死んでいる。本来は授業中に別のことをやっていてはいけないのだが、みんな放心状態で先生も絶対に注意してこない。先生の声をBGMとして聞き流していれば、他のことをやるには最適な時間だった。



私はもう一度、48年前の『卒業生名簿』と『生粋の貴族―魔法族家系図』を見比べるため目を落とす。

50年前前後の『卒業生名簿』の中で、『T.M.リドル』に当てはまる生徒はただ一人。『トム・マールヴォロ・リドル』しかいなかった。『トム』という名はありふれた名前だから気に止まらなかった。だが、それよりも私が気になったのは、彼のミドルネーム『マールヴォロ』という名だった。


これは、私が自分の血筋『ゴーント家』を調べてた時に出てきた私の曽祖父の名前と同じだ。『マールヴォロ』何て言う名前は、あまり聞いたことがない。私の覚え間違いかもしれないので、以前ノットに借りた『生粋の貴族―魔法族家系図』という古本で、もう一度『ゴーント』の血筋を調べ直していたところだった。


調べ直してみると、やはり私の曽祖父の名前は『マールヴォロ』。『マールヴォロ』という名はそうそういない。もしかすると『トム・マールヴォロ・リドル』という人物と、私は血縁関係なのではないだろうか?名簿に彼の所属寮は『スリザリン』と記されてあることからも、その可能性は高まる。だが、家系図には『トム』の名はどこにも記されていない。
ちなみに、私の父である『ディヴィ・ゴーント』の名は、『マールヴォロ・ゴーント』の娘の『メローピー・ゴーント』と息子の『モーフィン・ゴーント』の間に記されている。

だが、どこにも『トム・リドル』の名はない。家系図をさかのぼっても『マールヴォロ』の名は1つだけしか見つからなかった。一体この『トム・マールヴォロ・リドル』という人物は何者なのだろうか?誰だかは分からないが『マールヴォロ』と関係があるのかもしれない事から考えると、認知されない子であり、彼も私と同じ『スリザリンの継承者』だったのかもしれない。トム・リドルが在学していた時期を考えると、もしかしたら、50年前に『秘密の部屋』を開けたのはトムなのかもしれない。
だが、トムの足取りをつかむことは出来なかった。彼は卒業後『ボージン&バーンクス』という店に就職したらしいが、すぐに退職しているのだ。それから、彼がどこに行ったのか分からない。きっと、死んだか、遠い異国で妻と仲良く暮らしている可能性もある。



最近、私は少し考え直して『秘密の部屋』について調べている。
この間、さらに『偽』スリザリンの継承者のせいで、マグル出身の犠牲者が2人増えた。1人はレイブンクローの監督生、そしてもう1人は『ハーマイオニー』だった。さらに学校運営理事会で『ダンブルドア』の辞任が可決され、この危険な空気に学校がおおわれている時期に、ダンブルドアが学校を去ってしまったのだ。
『ハグリット』が『容疑者』として魔法使いの牢獄『アズカバン』に送られた。だが、まさか彼が『スリザリンの継承者』だと本気で考える人は少なかった。見た目は巨大で髭も髪もボサボサの彼は、不潔で怖いイメージがあるが、実は裏表ない人物なのだ。去年、バーナードの体調が悪くなった際に世話になった時も、ちゃんとどうすればいいか的確なアドバイスをくれた。『まさか、スリザリン生が俺んとこに来るなんて』という驚きを隠さないで。

もし彼が『マグル生まれ』を襲ったとしていたら、絶対に最後までその事実を隠し通すことが出来ないと思う。絶対に顔に出る。





事態を重くとらえた副校長も務めるマクゴナガル先生は、教室への移動の際は先生が必ず1人引率し、トイレに行く時も、必ず先生に付き添ってもらわなければならない校則を定めたのだ。友達の『ハーマイオニー』が襲われ石になったので、『秘密の部屋』について『T.M.リドル』の行方を調べることと、期末試験の勉強を両立させながら調べていた。
『ハリー』を狙っているのであろう『偽』スリザリンの継承者が、なんで『ハーマイオニー』を狙ったのかが私にはわからなかった。なぜなら、彼女が石になったことで『ポッターが、どうして親友ともいえる彼女を石にしたのだろう?』『彼はスリザリンの継承者ではないのだろうか?』という声が、ささやかれるようになっていたからだ。



これだと『ハリーに罪をなすりつける』ということが、うまくいかなくなるのではないだろうか?他に目的があるのかもしれないと、考えて『秘密の部屋』についても調べようと思ったのだった。



だが、手掛かりは『怪物はバジリスクで移動手段はパイプ』だということと『前回開かれたときに1人の生徒が死んだ』だけだ。もし、死んだ生徒が…未練を残して学校に留まっていたとするならば……

この学校で私の知る限り、生徒のゴーストは女子トイレに住まう『嘆きのマートル』しか思いつかない。彼女に話を聞きに行きたいのだが、トイレに行くときは先生についてきてもらわないといけないので、話しかけることは出来ない。

だから今は、これ以上進展するのが困難である可能性が高い『秘密の部屋』探しより、『トム・リドル』について、テスト勉強と並行させてやって調べている。




しかし、これ以上掘っても何も出てこないみたいだ。

前もって借りて置いた『監督生名簿』『主席名簿』『ホグワーツ功労賞受賞者名簿』などに名前を残す『リドル』は、どうやら優秀な生徒であったことが分かる。しかし、それ以上のことは分からなかった。
『功労賞』を受賞したとは記されてあるが、なんで受賞したかがどこにも記されていないのだ。


もしかしたら50年前という年から察するに、『秘密の部屋』について何かしたのかもしれないが……


私は時計をチラリと見る。時間は授業終了まで5分を切ったところだった。


仕方ない、今日はこれでいったん切り上げるか。そう思い、最後にもう一度だけ本に目を落とす。

そういえば、少し前にレイブンクローのシルバーが『T.M.リドルは君も知っている人』みたいなことを言っていた気がする。だが、私には思い当たる節なんてない。記憶の隅々までさがしても、『トム・マールヴォロ・リドル』なんていう不思議な名前の人物とは会ったことがないのだ。

パズルみたいに『トム・リドル』という名前を並び替えた人物に会ったことがあるのだろうか。ぼんやりとした頭に、そんな発想が浮かんできた。まさか、そんなことないだろうが、暇だし一応考えてみる。昔、読んだ『アルセーヌ・ルパン』でも、大泥棒のルパンが名前をアナグラムにして、変装してたし。本名が『トム・マールヴォロ・リドル』で、彼のペンネームを私は知っているみたいな感じなのかも。

そうして考え始めて、何十分も経過した。もうすぐ授業終了のチャイムが鳴るだろう。私は未だに名前を並び替えながら試行錯誤していた。どのスペルを入れ替えても、私の知っている名前は思い浮かばない。ノートに書かれている思いついた名前を見直したが、収穫はなさそうだ。そして思わず、ため息をついたときだ。何かのスイッチを入れたかのように、脳内を電気が走った。



≪TOM-MARVOLO-RIDDLE≫
(トム・マールヴォロ・リドル)



その下には、いくつもいくつも私が考えたアナグラムが並んでいる。私はたった今、思いついたアナグラムを一番下に走り書きした。




≪I AM LORD VOLDEMORT≫
(私はヴォルデモート卿だ)



自分で書いたその文字を見た時、脳裏に先学期末に起こった出来事が蘇ってきた。

クィレルのターバンの下に隠されていた、ギラギラと光る赤い目を持ったロウの様に白い顔。『死』から逃避し『生』に執着し続けた者の末路たる姿が。



『生徒は至急、それぞれの寮に戻りなさい。教師は全員、大至急、職員室の前まで来てください』


授業終了のチャイムの代わりに、魔法で拡大された、切羽詰った様子を隠しきれないマクゴナガル先生の声で、私を含めた全員の意識が現実に戻ってきた。


「一体何が起こったんだろう?」


魔法史の教科書をしまいながらダフネが不安そうに眉を寄せる。


「また誰かが襲われたんじゃないの。それよりも、もうすぐ魔法史のテストなのにまた寝ちゃったわ。セレネ、悪いけどノート貸して」

ミリセントが大きな欠伸をして、私の方に手を伸ばしす。


「悪い、今日はノートとってないんだ」


関係ない本と、今回の時間中全く開かなかった魔法史の教科書を鞄にしまいながら答えた。ダフネもミリセントも、ぐぅっと伸びをしていたパンジーも目を大きく見開いた。


「セレネが授業をさぼってたの!?」
「たまにはいいだろ、たまには。一回くらい聞かなくても、前後の流れで『魔法史』は分かる」
「さすがセレネ!じゃあ談話室に戻ったら前回までのノートを見せてよ。その中からテストに出そうなところを教えて欲しいんだけど?」
「たまには自力でテストに望んだらどうだ、パンジー」

と言いながらノートを取り出そうと鞄を探る。だが、ノートは鞄の中に入っていなかった。なんか最近、モノを教室に忘れることが多い。疲れているのだろうか?


「悪い、ノートを取りに戻る」


そう言ってダフネ達の反応も見ずに、私は回れ右をすると走り出した。


ノートは誰もいない教室に置き忘れてあった。それを鞄にしっかり入れると、談話室への道を急ぐ。早く談話室に戻りたいので、抜け道になっているタペストリーをめくり、道のりを短縮することにした。だが、ここで見てはいけないモノを見てしまった。

抜け道を潜り抜けた向こうの人気のない廊下の壁に、真っ赤な文字が光っていたのだ。ハロウィーンのときに書かれた文字のすぐ下に、日の光に照らされてチラチラ光る真っ赤な文字を。


≪彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう   ジニー・ウィーズリー≫


私は記されている名前を見て、目を疑ってしまった。

『ジニー』という名は知らないが、『ウィーズリー』といえばロンと同じ名字だ。『ウィーズリー家』は『生粋の貴族―魔法族家系図』にも載っている純血の家系のはずだ。なぜ、『マグル出身者』ではなく『純血』である彼女が攫われたのだろうか。


私は軽くその場で舌打ちをした。
幸か不幸か、今私がいるところは、『嘆きのマートル』が住んでいる女子トイレのすぐそばだ。暗くて血の文字だけが赤々と光る廊下には、人っ子一人見当たらない。


私は袖の下にナイフがしまってあることを確認すると、女子トイレの中に足を踏み入れた。この先に待っている『偽スリザリンの継承者』を懲らしめたくなった。私の所有物…バジリスクを勝手に人殺しの道具に使い、『継承者』の名を地に陥れる。私は、『継承者』何ていう肩書に愛着を持っていない。だが、こうなってくると勝手に他人が穢すなというムカムカした思いが強くなってくる。

だから、少し懲らしめてこないと。






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8月30日…一部改訂





[33878] 22話 感謝と対面
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/30 10:26

「誰なの?」


先程まで泣いていたのだろう。声が少しかすれているゴースト『嘆きのマートル』が私を睨むようにして話しかけてきた。私は、手洗い場より少し高い位置に浮いているマートルに向かって微笑みかける。


「私はセレネ・ゴーント。実は君にしか分からないことがあって来た。力になってくれないか?」
「私にしか分からないこと?」


警戒心丸出しの様子で噛みつくように言うマートル。きっと、前世で嫌なことがあったのかもしれない。マートルがなんだか人が近づくのを怖がって身体を丸めているハリネズミに見えてきた。



「思い出したくないと思うが、どうしても教えて欲しい。君がどのあたりで死んだかということを」


『嫌な事を思い出させないで!』と癇癪を起こすかと思ったが、マートルは反対に『こんなに誇らしく、嬉しい質問されたことがない』という顔をしていた。


「オォォォォォ、怖かったわ。貴方の言う通り、まさにここだったの。
オリーブ・ホーンビーが私の眼鏡のことでからかうものだから、ここに隠れて泣いていたの。そしたら誰かがトイレに入ってきてブツブツ言っているのが聞こえたのよ。誰だかは分からない。外国語をしゃべっているみたいだったし……でも嫌だったのが『男子』の声だったって事。だから、私は扉を開けて思いっきり叫んだの。
『出て行け』って。そしたら……」



マートルは、偉そうにそっくり返ると、顔を輝かせた。今までで、あれほど素晴らしいものはないとでも言いたそうなようにも見える。


「死んだの」
「そうか。もう一つ聞いてもいいか?声はどのあたりから聞こえたんだ?」
「ちょうどアンタが立っている手洗い場のところ」


マートルはそう言うと、半透明な指で手洗い場を指す。私は、手洗い場を調べ始めた。どこから見ても、普通の手洗い場と大差ないように見える。本当に私の読み通り、ここに入り口があるのだろうか。段々と自信が無くなってきたが、それでも調べ続け、銅製の蛇口に手をかけた。


「その蛇口、ずっと壊れっぱなしよ」


私がそれを捻る前に、マートルが教えてくれた。…少し怪しい。私は銅製の蛇口をそっとなでるようにして、何か手がかりがないか探す。すると、蛇口の脇のところに、ひっかいたような小さな蛇の形が彫ってあったのだ。



ホグワーツで蛇と言ったら『スリザリン』だ。


そしてマートルが死んだのは、ここだ。つまり、ここが『秘密の部屋』の入り口だ…たぶん。
私は、蛇の彫り物に向かって『開け』と蛇語で唱える。仕掛けが外れるようなガチャンという音がした。すると、手洗い場が動きだし、沈み始めたのだ。みるみる消え去った後に、大人一人が滑り込めるほどの太さのパイプがむき出しになった。パイプに滑り込む前に、マートルの方を向いた。


「ありがとう、マートル」


礼を言うと、マートルは物凄く驚いた顔をした。あんぐりと口を開けて私を見ている。


「あんた、今私に何て言った?」
「ありがとうと言ったんだ。君が教えてくれなかったら、私はこの入口にたどり着けなかった」
「私…『ありがとう』って言われたの、初めてだわ!!」


マートルが『自分が死んだ』話をしていた時よりも、顔を輝かせて私を見た。


「ねぇ、もしアンタが死んだら…私のトイレに住まわせてあげてもいいわよ」


少し照れた感じでそっぽを向きながら言うマートル。


「私はゴーストにはならないと思う。でも、誘ってくれてありがとう」


そう言うと、パイプの中に入り込む。そこは、ぬるぬるした暗い滑り台みたいだった。曲がりくねりながら、下に向かって急勾配で続いている。そのパイプは学校の地下牢よりも深いところまで落ちて行っているようだった。どこまでもどこまでも、パイプは続いている。
湖の下あたりまで来たのではないだろうかと思ったとき、パイプが平らになり、出口から放り出された。
私はうまく着地できたが、上手く着地できなかったらローブがネトネトになっていただろう。辺りは暗い石のトンネルのようだった。じめじめとしていて足元の土はネトネト湿っている。



「ルーモス―光よ!」


杖を取り出し呪文を唱えると、懐中電灯の様に杖に灯りが灯った。真っ暗なトンネルを、ピシャッピシャっと音をたてながら、慎重に進んでいく。杖灯りがあるとはいえ、目と鼻の先しか見えない。罠が仕掛けてある可能性もあるので、慎重に歩いていく。


しばらく進むと、バリンっと小動物の白骨を踏みつけるようになった。毒々しい鮮やかな緑色の皮が、その側でとぐろを巻いて横たわっている。だが、近づいても全く動かないところから考えると、抜け殻なのだろう。皮から推測すると、脱皮した蛇はゆうに6メートルはあるに違いない。

バジリスクの大きさを推測しながらトンネルを奥へ奥へと進んでいくと、行き止まりだった。

堅い壁に2匹の蛇が絡み合っている彫刻が施してあり、蛇の眼には大粒のエメラルドが輝いている。私は何をすればいいのか分かっていた。



『開け』



手洗い場のときの様に、『蛇語』を使う。すると壁が二つに裂け、絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁が、スルスルと滑るようにして見えなくなった。私は袖に隠してあったナイフを構えると、消えた壁の向こうに足を踏み入れた。






カツン、カツンっと軽快な音をたてながら先に進む。ジニーという子がいる気配はない。ただ、私の足音だけが響き渡っていた。左手に懐中電灯代わりの杖を持ち、右手にナイフを持ち進んでいくと、広い空間にたどり着いた。奥には巨大な、年老いて細長いあごひげを蓄えた顔をした石像がある。


その手前のところに、赤毛の女の子が横たわっていた。確か、決闘クラブの時に見かけた女の子だ。


気配を探るが、周囲に人の気配はない。バジリスクの気配も感じなかった。


おそらく、この子が『ジニー・ウィーズリー』なのだろう。慎重にその子に近づいて、手首の脈を図る。死人のように肌は冷たく、かなりゆっくりとした脈だったが、ジニーは生きていた。


「君は、誰だい?」


背後から声が聞こえたので振り返る。すぐそばの柱にもたれてこちらを見ている、背の高い黒髪の少年がいた。陽気という感じでもなく、かといって陰気という感じではない。どちらかというと、人に好かれそうな顔立ちをしていた。
奇妙なことに、彼は人には見えなかった。曇りガラスの向こうにいるかのように、輪郭がぼやけている。だが、ゴーストみたいに向こうが透き通って見えるようなことはなかった。
アレは、なんだ?不愉快な感じが、胸をよぎる。そんな気持ちを心に封じ込めると、あくまで平静を保ちながら口を開いた。


「アンタの方こそ何者だ?人に名前を聞く前に、まずは自分から名乗るのが礼儀だろ」


私がいる場所は十分に明るいので、魔力温存のため杖灯りを消す。だが、杖は構えたままで、左手を下ろすことはなかった。


「それもそうだね。僕の名前は『トム・リドル』。君は誰だい?てっきりジニーのおチビさんを助けに来るのは『ハリー・ポッター』かと思っていたんだが」


トムが興味深そうな目で私を見てきた。私の頭の中で、ピースがカチリっと全てはまり、パズルが完成した気がした。

ハリーを『スリザリンの継承者』に仕立て上げようとしていたのは、単なる通過点だった。その『誤解』を解くためにも、絶対にハリーは『秘密の部屋』について調べる。ハリーの親友の『ハーマイオニー』を石にさせたのは、彼女が石になったことで、『スリザリンの継承者』に対する敵意を増させるため。

そうすることで、絶対にハリーが『秘密の部屋』まで辿りつけるように、目の前の男は考えて1年間…行動していたのだろう。

この人は自分の手で、ハリーを『秘密の部屋』で殺したかったのだ。




「なるほどな、だからハリーの周りの人ばかり狙っていたのか」


ジニーの足元に転がっている、以前ハリーが持っていた古びた日記をチラリと見た。


「私はセレネ。スリザリンの2年生だ」
「そうか、じゃあ僕の後輩ということだね。僕もスリザリン生だからね。
それにしても、セレネは怯えないのかい?ここには『スリザリンの怪物』がいるのに…」
「怯えるか。私の所有物(バジリスク)に怯える理由がどこにある」
「どういう意味だい?」


私を見てくる目が、興味深い目から、探るような目に変わった。チラチラっと赤い光がその眼に混ざっているのが見えた気がした。


「その言葉の通り、私の祖先はサラザール・スリザリンだ。祖先が残したものを私が相続するのは当然のこと。
先程の君の言葉から察するに、ハリーを『秘密の部屋』に招待したんだろ?『魂』だけの存在が、本来の主を無視して客(ハリー)を招こうとは、少し度が過ぎると思ってね。そう思わないかい、トム・リドル。いや、未来の『闇の帝王』ヴォルデモート」


迷うことなく彼の名を口にすると案の定、驚いたのだろう。わずかに眉を上げるトム・リドル。だが、その驚きはすぐに感嘆する表情へと変化した。


「なぜ、そう考えたんだい?」
「色々と調べているうちに、たまたま君の名前を並び替えたら、ヴォルデモートの名前が出てきた。それだけのこと。さすがに、名前が文体になっているとは分からなかったから、少し時間がかかったけどな。

さてと、次は私が質問しようか。アンタの姿はどう見ても少年。だが、たしか帝王は、そろそろ70近い年齢だったはずだ」


ニタリっと笑うヴォルデモート、いや、この場合だとトム・リドルと言ったほうがいいのだろうか。彼は私から全く目を離さないで口を開いた。


「正解だ、セレネ。僕は前回、この秘密の部屋を開けた。その際にバジリスクを操り『穢れた血』を1人殺してハグリットを犯人に仕立て上げた。誰もがハグリットを有罪だと考えた。だが、変身術のダンブルドア先生だけが違った。

ハグリットの無実を訴え、僕をしつこく監視するようになった。だから在学中に『秘密の部屋』をもう一度開けることは不可能だと考え、16歳の僕をそこの日記の中に保存しようと考えたんだ」


なるほど、だから若かりし頃の姿というわけか。だけど、そんな呪文聞いたことない。つまり、魂を物体、この場合は日記に付着させたわけだが、そのためには魂を最低でも2つにわけないといけない。片方は普段通りに生活し、片方は日記に宿らせる。だが、そんな方法あるのだろうか。だが、現実には存在する。私はまだ2年生。きっと、高学年になったらそういう方法を習うのかもしれない。そういう結論に達すると、私は再び口を開いた。


「本体が日記にくくりつけられているということは、自由な行動は出来ない。
だから、どういう経緯か知らないが、日記の持ち主になった『ジニー・ウィーズリー』を媒介として活動をしていたのか」



私もリドルから目を離さずに、杖をまっすぐリドルの胸に向けたまま尋ねる。すると、リドルは乾いた拍手をした。どこか、上から人を見下ろすような視線を、私に向ける。


「またしても正解だ。
ちょっとした苦労もあったが、ジニーに僕をカウンセラーの様に頼らせることで、彼女の魂を手に入れた。ジニーのおチビさんが、僕に秘密を打ち明けてくれた。……バカバカしい小娘の話に同情するのはうんざりだったよ。とんだ茶番劇みたいだった。でも、その代わりにジニーの魂が手に入ったから僕は文句を言わないよ。僕は少しずつ強くなっていった。ジニーが弱るのと引き換えにね」

「つまりジニーが死ねば、アンタは完全に復活する。そして完全に復活を果たした頃、のこのことジニーを助けにやって来たハリーを殺そうという寸法か」


彼の顔には微笑が浮かんでいる。次に彼の口から出た言葉は、賞賛の言葉だった。


「2年生だというのによくそこまで推論できるね。君は『スリザリン』より『レイブンクロー』のほうが向いているんじゃないかい?」
「さぁな。どの寮が一番合っているなんて私の知った事じゃない。選ばれた寮で、出来る限り楽しく生きていくことが一番大事なことだ。去年に増して、お前のせいでこの1年、スリザリン生の間で『継承者』と言われ畏れ敬われる毎日。それに、毎晩毎晩バジリスクの独り言がうるさかった。

だから、これから少しでも落ち着いた毎日を送るため、私の所有物(バジリスク)を返してもらうため――

ここで『過去の産物』には消えてもらう」


私は殺気を放ちながら、ナイフの先端をトムに向けた。トムの微笑が崩れ、私をあざ笑うような顔に変化する。


「ナイフ一本で僕に挑もうと思っているのかい?」
「見たところ、アンタは杖を持っていないみたいじゃないか。こう見えても、私は運動能力には自信があってね」
「杖なくても僕にはバジリスクがいる。真の継承者は君ではない。―――この僕だ」


リドルは赤い双眸を私に向けたまま、一対の高い柱の側まで来た。ずっと上の方に、半分暗闇で覆われているスリザリンの石像の頭を見上げて、蛇語を唱え始める。


『スリザリンよ、ホグワーツ四強の中で最強のモノよ、われに話したまえ』


まるで、異議を許さないというような口調で、トムは命令する。すると、スリザリンの石像の口がゆっくり開着始めた。おそらく、あの口からバジリスクが出てくるのだろう。


「君ではバジリスクを操れない。万が一のために、僕しか操れない様に魔法をかけてあるからね。2年生が学ぶ程度の呪文と、どうみてもマグル製品のナイフで、バジリスクを倒せると思うのか?君はここで、愚かなジニーや、後でのこのこやってくるハリー・ポッターと一緒に、この『秘密の部屋』で永遠に横たえる運命にあるのだ」


トムは少し歪んだ笑みを浮かべて私を見る。勝ち誇ったようにも見えるし、私を馬鹿にしているようにも見える。まぁ、当たり前かもしれない。彼が言った通り、私の知っている呪文は2年生が学ぶ程度の奴と予習で覚えた+α。それと、武器はマグル製品のナイフ。なんの魔力も込められていない、ただのナイフだ。私は軽く舌打ちをした。

バジリスクなら何とか倒せるかもしれない。だが、バジリスクを倒すのには時間がかかると思う。なにせ、目を閉じたまま戦わないといけないのだ。その間に、私の手の内を教えて、対策を考える時間を与えてしまう。それに、バジリスクを傷つけるのは本望ではない。なにせ、アレは私が相続する生き物なのだ。生かしておけば、何かに使えるかもしれない。となると…
私はバジリスクが出てくるであろう穴の少し上に、杖をまっすぐ向けた。


「コンフリンゴ―爆発しろ!」


すると、黄色の閃光が杖先を走り出した。閃光は見事、バジリスクが出てくるであろう穴の少し上に激突し、ガラガラと壮大な音を立てながら大きな岩が崩れ落ちる。その無数の巨岩が出口を塞いだ。必死に予習で使った呪文集を思い返しながら、再び杖を振るう。


「デューロ―固まれ!」


再び閃光が奔り、バジリスクの出口を塞いでいる巨岩に当たった。当たったところから透明な液体のようなモノが巨岩に広がる。その様子を見たトム・リドルは、苦虫を潰したような表情を浮かべていた。


「なるほど。爆発呪文で崩落を起こし、凍結呪文で鉄壁の壁に仕立て上げたということか。2年生にしては見事だね。でも、君は勘違いをしている」


トム・リドルは狂ったように、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「バジリスクの出入り口が、あそこだけだと思うのかい?少し距離は離れているが、あと何か所か存在する。バジリスクが到着するまで時間の分だけ、君の命の残量が少しだけ増えただけだ」
「…っち」


私は舌打ちをした。やはり、他にも出入り口があったか。となると、早急に手を打たなければならない。私はいったん目を閉じると、『眼』を開ける。その時、私は内心驚いてしまった。


こいつ…視えない


今まで気を許しただけで視えてしまった『線』が、どこにもない。人間の身体には、いや、床や壁と言った無機物にも、なぞるだけ、その個所の活動を停止させてしまう『線』がある。それが、生命のほころびなのか分子か何かなのか、私にはわからない。でも、誰ひとり…例外なく存在した『線』。それが…目の前の男には存在しない。
バジリスクを倒すのではなく、杖すら持っていない青年を倒して勝利しようという考えが、これでは成り立たない。冷静になれ、冷静になれと言い聞かせながら、次の策を必死で考え始める。


一方、トム・リドルの方も驚いているみたいだ。彼の赤い眼は、私の瞳を凝視している。今まで浮かんでいなかった若干…未知のモノに対する類の恐怖が、赤い瞳の中にチラリと見えたような気がした。


「なんだ、その蒼い瞳は。いや…なんだ、その紫の瞳は!?」


紫?てっきり蒼色の瞳だとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。おそらく、魔眼の『蒼』と、普段怒った時に出る『赤』が混ざり合って『紫』になったのかもしれない。まぁ、紫でも効果は変わらない。


「さぁな。色なんて、どうでもいいだろ?アンタの眼が赤くなるみたいなものさ」


実際、色なんてどうでもいい。肝心なのは効能だ。トム・リドル以外の『線』は今まで通り、普通に視ることが出来る。壁も空気にも、そこに転がっているジニーやトム・リドルが宿っている日記帳にも…


そう考えた時、私は思わず笑い出したくなった。なんで、気が付かなかったんだろう。こうすれば、簡単じゃないか。その考えに至った私は、早足にトム・リドルの方へ近づいた。トム・リドルは先程よりも余裕のない引きつった笑みを浮かべながら、鼓膜が破れるくらい大声で素早く叫んだ。


『早くしろ、バジリスク!』


異議を言わせない命令が、秘密の部屋中に木霊する。


「安心しろ、アンタは殺せない」


私はトム・リドルの少し手前で立ち止まった。そう、そこはジニーが転がっている所。正確に言えば、ジニーと『日記帳』が転がっている所だ。私はジニーの足元に落ちている日記の側で片膝をつくと、ナイフを素早く持ち直した。


「その程度のナイフで、何をしようとしているんだ?まさか、日記帳をナイフで壊したくらいで、僕が倒せるとでも?」


私の無知をあざ笑うかのように、高圧的な様子で口を開くトム・リドル。私は問いには答えない。ただ、彼が言うには『紫色』をした『眼』を使い、日記を凝視する。そして、日記に纏わりついている禍々しい『死の線』をなぞるようにして真っ二つに切った。すると、日記からまるで血が溢れだすかのように、インクがあふれ出てきた。トムの笑みが固まる。ゴブッという音を立て、彼の口から血が滴り落ちた。


「な、なにをし、た」


私の読みは当たったみたいだ。トム・リドルの魂を壊すことが出来ないのなら、その『器』である『日記』を破壊すればいい。日記には『線』があったのだから。あと、この世に残留する時間がわずかとなった『トム・リドル』の方を視ずに、口を開いた。


「あぁ、ナイフは『その程度』のモノだが、私の眼は見ての通り、少々特別なんでね。私は、この世に存在する限りのあるモノを、全て壊すことができるのさ」



淡々とした口調で、トム・リドルに話しかける。そして、とどめとばかりに日記に奔る全ての『線』を解体した。ぐずぐずしていられない。だんだんと何か滑りながら近づいてくる音が、近づいてきているからだ。そろそろ、バジリスクが到着するのだろう。それまでに、終わらせないと面倒なことになる。


「やめろ!」


最後の力を振り絞るように、トム・リドルが叫ぶ。叫んでいる間にもトム・リドルの身体は、ずたずたに切り刻んだ日記に呼応するかのように、切り刻まれいていく。そんなトムに向かって、私はハッキリと言い放った。


「お前は、『やめろ』といわれて攻撃を『やめた』事があったか?」


かつて、日記帳を器としていたトム・リドルが立っていた場所を凝視する。トム・リドルがいたという痕跡は、跡形もない。ただ、私がいて気絶したかのように眠っているジニーがいて、そして…


『バジリスク…』


背後に気配を感じた。恐らく、バジリスクだろう。主人として認識していたトム・リドルがいなくなった今、バジリスクにかかってあった魔法も解け、私の言うことを聞くかもしれない。言うことを聞かなかったら、もう一度、『魔眼』に働いてもらわないと。


『安心してください。あの人がいなくなった今、私の主(マスター)は貴方です』


後ろでバジリスクが頭を垂れている気配がした。どうやら、私に従ってくれるみたいだが、騙しているのかもしれない。私は、後ろを振り向かなかった。


『ずいぶんと丁寧な言葉づかいじゃないか』
『普段の私はこの口調なのです。ですが、たまに空腹になると少々乱暴な言葉遣いになってしまいます。
ですので通常は“八つ裂きにしてやる”だの“殺してやる”だの言いません』


なるほど。つまり、この1年、何千年もの眠りから解き放たれて空腹だったから、あんな言葉づかいだったのか。


『なら、なんで今は普通の言葉づかいなんだ?』
『元主(もとマスター)に呼び出される前まで、そこら辺の小動物を捕まえて食事をしていたので』


だが、入り口で見た6メートル程ある抜け殻から察するに、私の後ろにいるバジリスクは相当大きいのだろう。少なくとも6メートル以上あるはずだ。
その巨体を維持するために、いったいどれだけのマウスを食さなければならないのだろうか。


『とりあえず、先程の場所に戻ってろ。そろそろジニー・ウィーズリーが目覚める』
『分かりました、主(マスター)』


スルスルっといわれたとおり、穴の中に戻っていくバジリスク。そろそろ戻ったかと思い振り返ると、丁度、穴の中にバジリスクの尻尾の先端が消えていくところだった。


「誰…?」


小さな声がした。振り返ると、ジニー・ウィーズリーが目を覚ましていた。ぼんやりした目であたりを見わたしている。


「私はセレネ・ゴーント。さっさとここを出るぞ」


そういいながら彼女の足元に落ちている真っ二つになった日記を拾った。それを見た瞬間、ガクガク震えだすジニー。


「そ、その日記。わ、私は、壊せなかったのに、どうやって」
「秘密だ」


そう言ってごまかす。感情が高ぶっているのだろう。ジニーは顔を手で覆って、ざめざめと泣き出してしまった。


「ぜ、全部私がやったの。リドルが、リドルが私を操って、コリンを襲ったのも、ミセス・ノリスを襲ったのも、みんな私が」
「いつまでも泣いていたら解決するのか?」


そう言うと、ジニーは顔を上げて私を見た。リドルの気持ちが分からなくもない。同情したり、慰めるのは必要な時もあるが大変だ。正直、うんざりする時だってある。
相手が悩んでいる時に必要なことは、同情をかけることだけではないと思う。ただ同情や慰めるだけで、その場にとどまり続けていると、ジニーみたいに操り人形になってしまう。


だから、その『悩み』を乗り越えていける手伝いをすることが1番大切なのだ。


「反省する気持ちがあるなら、それを行動で示したらいい。反省する気持ちを持っていることはとても大切なことだ。だが、それを次に生かせないと何も始まらない」
「じ、じゃあ、私は何を」
「自分の道は自分で考えな。
ただ、そう簡単に『道』は見つけられない。焦らずに自分のペースで探せばいいんじゃないか?」


ポンッと軽くジニーの頭の上に手を置いた。


「さてと、とっくに昼は過ぎている。早く帰って何か食べようか」


そう言うと、こっくりジニーはうなずいた。まだ少し涙を流していたが、先程よりはましになっていた。
先程『蛇語』を使って開けた『秘密の部屋』の入り口から外に出る。しばらく暗いトンネルの中を歩く音だけが木霊していた。

そのうち、前方の方で何か言い争うような声が聞こえてきた。


「オブリビエイト―忘れろ!」


幻聴だろうか?ロックハート先生の声が聞こえた。ジニーにも聞こえたか確かめる前に、またも前方で雷が落ちるような音が聞こえた。だが、こんなところで雷が落ちるわけがない。状況から考えて、何かの崩落音と考えるのが妥当だろう。


私は再び震えだしたジニーを一緒に慎重に先に進むことにする。


「ロン!」


また幻聴だろうか。ハリーの叫び声が聞こえた気がした。だが、これは幻聴ではないのだろう。


「い、今の声って、ハリー?」


とジニーが小さな声で呟いていたからだ。


「僕は大丈夫!でも、こいつはダメだ。呪文が逆噴射したみたい。そっちには行けそうにないよ、何年もかかっちゃう」


ロンらしき声が聞こえる。

まったく、呼び合うのは結構なことだが、ここが敵陣だということを忘れたのだろうか。私がリドルだったら、ああして呼び合っている間に、この状況を利用した策をねっていると思う。あとで注意しておくか。


「ロン!ロックハートと一緒にいて!僕は先に進む!」
「分かった!じゃあ僕は少しでもここを崩しておくよ!」
「それじゃあまt」


不自然なところで、聞こえてきたハリーの言葉が途切れる。何かあったのだろうか?
私は一度しまったナイフと杖を取り出した。ジニーに目配せして杖を出すように促す。ジニーは何が起きたのか分からず混乱しているようだったが、杖を取り出した。


もう、2人の声は聞こえない。誰の足音も聞こえない。誰もいなかったかのように、しんと静まり返っていた。しばらく様子見ということで、そのままじっと杖を構えていた。だが、耐え切れなくなったのだろう。自分の兄の声と、その親友の声がパタリと聞こえなくなったのだから、心配しないわけがない。ジニーは、私の制止する前に走り出した。

だが、トンネルの角をジニーが曲がっで見えなくなった瞬間、ジニーの足音が消えた。


ジニーに何かあったのだ。ジニーだけでなく、ハリーやロンにも。
私は音をたてないようにしながら、ゆっくりと気を引き締めながら歩く。右手でナイフをしっかり握り、左手で杖を握る。

あと一歩でジニーが消えた曲がり角まで辿りつく。深呼吸を何回かやり、気持ちを整えるとそっと何があったのかのぞいてみた。


私は目を丸くさせてしまった。


そこには湿っている地面に、ジニーやハリー。少し離れたところにロンとロックハートが眠るようにして転がっていた。


「なんだ、これ」


敵らしい影は見当たらない。一体何が起こったのだろうか。

予想外の事態がおこり、冷静に対処しようと頭をフル回転させていたからだろう。私は背後への注意を怠ってしまっていた。







だから、冷たい男の手が肩に置かれるまで、私は背後を取られたことに気が付く事が出来なかった




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8月30日…一部改訂&誤字訂正






[33878] 23話 一方的な
Name: 寺町 朱穂◆7673fd43 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/29 23:54

こんなあっさりと背後を取られるとは思ってもいなかった。先程まで自分の後ろには誰もいなかったはずだ。背後にいるのは誰なのだろう。振り返ろうかとも思ったが、声をかけられたのではなく、そっと肩をつかまれたことで、始めて後ろに誰かいるということに気が付いたのだ。バジリスクみたいに相手の眼を見た瞬間、殺されてしまうかもしれない。


「誰だ」

私は振り向かないで問う。

「警戒心が強いのぉ」

ものすごく聞いた覚えのある声が、背後から聞こえる。


「万が一ということがあるからな。杖や殺傷能力がある武器となるモノを全てを捨てな。私から見える位置に」


するとカランっと乾いた音を立てて、長めの杖が私の足元に転がった。ナイフと杖を構えたまま、ゆっくり振り返ると、そこにいたのは本当にダンブルドア先生だった。肩に深紅の鳥を止まらせている。あまりにも無法備すぎる雰囲気を漂わせていた。


「久しぶりじゃの、セレネ。最後にこうして話したのは、ちょうど1年近くまえじゃな」


そう言ってニッコリ笑いながら冷たい手を私の肩から退けるダンブルドア先生。その眼に敵意は見えなかったが、私はナイフも杖も下ろさなかった。


「ハリー達が倒れているのは、先生の仕業ですか?そもそも、なぜ私の背後に立つことが出来たのです?」


もし、『透明マント』や『めくらましの術』を使って他人の眼には見えなくなったとしても、私の『直死の魔眼』はそれを見通すことができる。いくら本人が隠されていても『マント』や『術』には『寿命』があるので『死の線』が見える。ハリー達を倒した後、私の後ろに立つまで、私がそれに気が付かなかったということはありえない。


「フォークス、つまり、わしの不死鳥は瞬間移動が出来るんじゃよ」


そう言いながらダンブルドアの肩で羽を休めている不死鳥(フォークス)を撫で始めた。フォークスは気持ちよさそうに鳴き声を上げた。


「ハリー達にはもう少し眠ってもらおうと思ったのじゃよ。君と話すためにのぉ、セレネ」
「私と話すためですか?」
「いかにも。この先で何があったのか教えて欲しいのじゃ」


真剣な目でじっと睨むようにして私を見てくるダンブルドア。私の『眼』の蒼い色とは違う青い色をした瞳で見つめられると、身体がビクリっと震えた。なにも後ろめたいことはしていない。だが、悪寒が奔ったのだ。
私は包み隠さず、『秘密の部屋』で起こったことを話す。どうせ隠したところで、この人は相手の心を読むことができるのだ。なら、変に隠すより隠さず話した方がいい。


「―――それでジニー・ウィーズリーと一緒にここまで出てきました」
「なるほどの」


うんうんっとうなずくダンブルドア先生。先程まで微笑んでいた先生の顔が、わずかに辛そうに歪む。

「非常に言いにくいんじゃが、ここであったことは誰にも口外しないと約束してくれないかのぉ?君の友人のミス・グリーングラスにもミス・パーキソンにも、他の誰にも話してはならんのじゃ」
「別にかまいません。元から話すつもりはありませんでしたし。私がここに来た理由は、私の所有物であるバジリスクを汚されたくなかったからです。だから、これ以上、変に目立ちたくないので口外することはないでしょう。
だから私に口止めをするより、そこで眠っているジニー・ウィーズリーに約束させた方がいいのではありませんか?」


未だ眠ったように気絶しているジニーは、他の人に何があったのか話すと思う。つらい経験だったので、話したがらないかもしれないが、両親や兄たちのように身内には話してしまいそうな気が何となくした。


「そうじゃな。君は先学期、ハリー達は点数がもらえたのに、君だけもらえなかったことを誰にも言わんかった。もちろん、そのことを不平に思ったじゃろうが。
君は目立ちたくなかったので、誰にも言わんかった。確かにジニー・ウィーズリーと約束した方がいいのかもしれんの」


先学期末のことをダンブルドアが口にした時、すっかり忘れていたあの時感じた不快感が、また沸々と湧き上がってきた。それが顔に出たのだろうか。ますます申し訳ないという顔になるダンブルドア先生。


「悪いが先学期末と同じ思いを、またしてもらうことになるのじゃよ」

本当にすまなそうな顔をするダンブルドア。私は、思いっきり眉間にしわを寄せた。

「同じ思いとはどういうことですか?もしかして、また、私がやったことを全てハリーがしたことにすり替えるのですか?」
「つまり君は、ワシがハリー達の記憶を書き換えたといいたいのじゃな。なぜそう考えたんじゃ?」


驚いたそぶりも見せず、ダンブルドアはまっすぐ私を見て、落ち着いた声で尋ねてきた。私は、前々から考えていた推測を口にした。


「ハリー達の私に対する態度です。特にハリーの態度が気になりました。

この1年間、ハリーは1度も私に対して『どうやってクィレルを倒したのか』と聞きませんでいた。それに、あの時、ハリーは私の眼が『魔眼』の影響で蒼くなっているのを目撃してます。それについても、何も尋ねてきませんでした。全てダンブルドア先生が私の許可なしに、この『眼』のことや、クィレルをどうやって倒したのかを話したのかとも思いましたが、それにしても、私に対する態度が全く変わらないことに違和感があります。

それからもう1つ、たった今、気が付いたことがあったんです。
なぜ、昼近くに魔法省に出かけて行ったダンブルドア先生が、夜中になってようやく帰ってきたのでしょうか?移動に時間がかかるというのは、ありえません。その不死鳥の力を使えば、あっという間に魔法省に行けるはずです。それに、あの罠ですが、ハリーがハーマイオニーやロン・ウィーズリーと協力すれば通り抜けられる罠でした。『ケルベロス』の弱点は調べれば出てきますし、いざとなったら彼らと仲がいいハグリットから聞き出せる可能性があります。

『悪魔の罠』は授業で習ったことでしたし、空を飛ぶ鍵を捕まえるのに必要な箒は用意されていました。
チェスはロンが得意だったらしいですし、トロールは元から倒されていたそうですが、以前、彼らはハロウィーンの時にトロールを退治しています。

それに最後の論理問題はハーマイオニーの得意な分野です。先生は、ハリーがハーマイオニーやロンの力を借りてクィレルを倒すように仕組んだのではないでしょうか?」


ダンブルドア先生は何も答えない。ただ黙って聞いている。否定もせず、肯定することもなく黙っている。私は、言葉を紡ぎ続けた。


「もし、先生がハリー達の記憶を書き換えて、クィレルを倒したことをハリーの手柄に書き換えたのなら、ハリーが他の2人より10点高い点を貰えたことが分かります。私があの場にいなかったら、ハリーがクィレルを倒していたはずなので。
それに、彼らが私に何も質問してこないのも分かります。ですが、1つだけ分からないことがあります。それならどうして私の記憶を消さなかったのでしょうか?私が全てをばらしてしまうかもしれなかったかもしれませんのに」


ダンブルドアは重い腰を上げるような感じで、ようやく口を開いた。

「君はクィレルを倒したことを口外しないと分かっていたからじゃよ。
君がクィレルを倒したということにしてしまうと、その眼のことを話さないと行けなくなってしまうからのぉ。それに、仮に話したとしても、その話を信じるのはスリザリン生だけじゃ。あの状況でそれを口にしたとしても、他の寮の生徒たちは、“セレネがでっち上げた作り話”だと思うに違いない。第一、ミス・グレンジャーもミスター・ウィーズリーも、もちろんハリーも君が、その場にいたということを忘れているからの」

「では、本当に彼らの記憶を書き換えたんですね?それで、今回も書き換えようとしている」

目の前にいる老人が、私の手柄を全てハリーの手柄にしようとしている。別に私としては目立ちたくないのでいいのだが、どこかムカムカしてくるものがあった。

「いかにもその通りじゃ。今からその術をハリー達にかける」
「なら、なんで私にもかけないのですか?」
「君が口外しないということもあるのじゃが。君にはかけられないのじゃよ。何故だかは分からんが『忘却術』のように記憶を操る術がのぅ」

すまなそうに言うダンブルドア。ごそごそとローブの中から何かを取り出そうとしている。

「君も見たと思うが、ヴォルデモートは生きている。そして何らかの策を講じて必ず復活し、ハリーの命を狙ってくる。
だからわしは今の内からハリーに対策を授けなればならなのじゃ。本や口頭で授けてもよいのじゃが、1番効果がある授け方は実戦じゃ。だから、クィレルと対決できるような罠をわしが用意した。本来ならもっとマクゴナガル先生のチェスの難易度は高め設定じゃったし、スプラウト先生も『悪魔の罠』の他にも植物系の罠を用意しておった。フリットウィック先生も他にも仕掛けを施していたのぉ。スネイプ先生の論理ももっと難易度が高い問題じゃった。

わしは先生方が知らないうちに、罠の難しいところは取り除いておいたのじゃよ。それに、『賢者の石』を使おうとはせずに、純粋に求める者にしか『石』を取り出せないような仕掛けをわしが作っておいたからの。罠の難易度を多少低くしても、クィレルが『石』を手に入れられない事実には変わりないんじゃ。
おっ、これじゃこれじゃ」

ダンブルドア先生が取り出したのは眼鏡ケースのようなものだった。実際に先生が開けてみると、そこには眼鏡が入っていた。このタイミングで何で眼鏡が出てくるのだろう?私は少し警戒するように、後ずさりした。


「先学期末の侘びと今回の侘びじゃ。この眼鏡をかけてごらんなさい」

そう言いながら、眼鏡ケースを渡してきた。


「私、視力は両目とも1.5です」
「それは視力を補うためのモノではない。君の眼の能力を封じるためのモノじゃ」
「能力を封じるため?」
「さよう。君の能力は脳の負担にはならんのじゃが、常に『死』を意識しなければならないとは通常ありえない事なのじゃ。現に君はそろそろ参っているのではないじゃろうか?じゃが、この眼鏡をかけている間だけ『直死の魔眼』の効果は封じられる」


疑うようにしてもう一度ダンブルドアを見たが、ダンブルドアの眼は嘘をついているようには見えなかった。その眼鏡をかけてみて、目を丸くしてしまった。

先程まで、そこらじゅうに漂っていた『死の線』が跡形もなく消えたのだ。まるで、何もなかったかのように、綺麗さっぱり。ダンブルドアがニッコリ笑った。そして、再びローブの中を探り始める。


「本当は、もっと早くに用意出来たらよかったのじゃが。なかなか交渉が進まなくてのぅ。なんとか交渉成立したのが、つい先日だったんじゃよ。今日からつけていたら怪しまれると思うから、つけるのは夏休みが明けてからにするんじゃぞ」


そう言うと、今度は小さな砂時計を私に渡してきた。


「そしてこれは『逆転時計』という品じゃ。1回ひっくり返すと1時間だけ戻すことができる。今からこれを2回ひっくり返して寮にまっすぐ戻るのじゃ。そうすれば、寮の人に『どこ行っていたのか』と尋ねられることはないじゃろう」


つまり先生はこれで過去に戻り、記憶の改変を終えたハリー達が、同じく記憶を変えられたジニーを連れて帰って来るのを待っていろ、ということか。その代り、この眼鏡を貰える。『魔眼』を殺してくれる眼鏡を。












私は2回、逆転時計をひっくり返した。



暗いトンネルが溶けるようにしてなくなった。目の前にいたはずのダンブルドアがあっという間に霞になって消えてしまった。まるで自分が後退していくような感覚がした。
そして、しばらくたつと、また周囲がはっきり見えてきた。ダンブルドアの姿はなく、ハリー達の姿も見えなかった。腕時計を見ると、時間は2時間前、ちょうどマクゴナガル先生の放送が流れる数分前だった。ということは、この奥にトム・リドルがいる。死んだように眠るジニーと一緒に。

トイレから出て寮に戻る途中、マクゴナガル先生の放送が流れた。私は寮に急ぐ人たちに紛れて戻る。しばらくしてからダフネ達が戻ってきた。一旦教室に戻った私が先についているのでびっくりしていた。だから『抜け道を使った』といっておいた。
スリザリン生全員が談話室に集結していたので狭くてガヤガヤしていたが、いつになく深刻そうな顔をしているスネイプ先生が『生徒が1人“秘密の部屋”にさらわれた。明日1番のホグワーツ特急で全員帰宅すること。学校は閉校する』と言ったとき、寮がシーンとなった。まさか『閉校』という事態になるとは思わなかったのだろう。皆、思ってもみなかった展開で呆然としていた。
ドラコも『こんなことになると思っていた』と得意げに言っていたが、顔が少し強張っていた。



さらに3時間ほどした頃、スネイプ先生がまた戻ってきて『“秘密の部屋”は閉ざされた。攫われた子は無事だ。今から宴会をやるから大広間に来い』と言ったとき、談話室に残っていた人達が歓声を上げた。
みんなホグワーツに残りたかったのだ。
ハリーとロンが事件を解決して、『ホグワーツ特別功労賞』を受賞し、さらにグリフィンドール寮の点数が400点加点されたことでグリフィンドールが昨年同様、優勝した。スリザリン生はそれに不平に思う人もいた。しかし、それよりもホグワーツが閉校しなかった事と御馳走を食べられることが嬉しいのだろう。不平に思っている生徒の顔も嬉しそうに笑っていた。


何も知らないハリーやロン…他の人たちがはしゃぎまくっているのを見ると、少し胸がもやもやした。

眼鏡のおかげで来年からは気を張らずに生活できそうだが、これで本当によかったのだろうか。目立たなくて済んでよかったが、これで本当によかったのだろうか。なんだかダンブルドアが仕組んだレールの上を歩いているような気がした。後悔の2文字が、脳裏に少しだけ横切る。

この宴会で、1番もやもやしないで心から良かったと思えることは、ロックハートが記憶喪失になってしまったそうなので、学校から去らなくてはならないうことだ。来年はもっとましな先生が来ることを期待する。
せっかくの御馳走も喉をあまり通らないまま、私は帰りのホグワーツ特急に乗ることになったのだった。





[33878] 【アズカバンの囚人編】24話 ミライ
Name: 寺町 朱穂◆7673fd43 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/29 23:55

イグサという藁で編まれた床に、私は眼鏡をかけたままゴロンと倒れこんだ。
夏休みということで、義父のクイールと一緒に日本旅行を楽しんでいたのだが、なんで、こんなに疲れないといけないのだろうか。
そもそもの予定では、こんなに疲れるはずじゃなかった。クイールの日本留学時代のフィールドワークで知り合った友人という男性の所を訪ねている。クイールと男性が楽しそうに話している暇な時間、のんびり辺りを散策しようと思っていた。なのに…


『暇なら手伝って』


という女将さん(だと思う割烹着を着込んだ人物)の一言で、全てが変わった。気が付くと、今まで嗅いだ事のない酒の臭いが充満する中、他の大人に交じって雑用全般をしている私がいた。あっちで呼ばれれば、すっとんで蒸米を汲み出しの手伝いをし、向こうで呼ばれれば、慣れぬ下駄で精いっぱい走って行く。

掌から、ほんのりと薫る日本酒の匂いを嗅いだとき、思わずため息がこぼれてしまった。とりあえず、今日は『酒造りの鬼』の家に泊めてもらい、明日の朝早くに次の知り合いの所へ出発するみたいだ。なんでも、バスの本数が少ないから、早めに出ないといけないらしい。

クイールは一体、何を考えているのだろうか。
どうせなら、京都や奈良と言った、もっと日本らしいところに行きたかった。もちろん両方とも以前、訪れたことがあったが、それはそれ、これはこれ。再び行くことで、何か新たな発見があるといいなと期待していたのに。今回の旅行では、どこに行くのか詳しく教えてもらっていない。クイールのことだから、危ないところには行かせないと思うが…少なくとも、ここよりマシなところだと願うことにしよう。










そんなことを思っているうちに、すぅっと眠りの世界に入り込んでしまっていたらしい。
誰かに揺すられて、ハッと目を覚ました。ガバリと起き上がり、枕元に置いておいた果物ナイフを構える。

「セレネ、僕だって」

そこにいたのは、クイールだった。優しげな笑みを浮かべながら、両手を上にあげている。

「そろそろ出る時間が近づいているよ。支度して。玄関で待ってる」

そういうと、彼は部屋を出て行った。今更ながら、何か草を模した絵が描かれている薄い掛布団が、そっと私の上に掛けられていることに気が付いた。古い時計が、遠くでボーン、ボーンと時を告げている。窓を見上げると、まだ藍色に染まっている西の空に、黄金色をした満月が沈もうとしていた。…どうやら、寝過ごしそうになっていたみたいだ。
私は、急いで身支度をする。シャツに短パンというラフな格好に着替えると、愛用のウェストポーチに先程のナイフを仕舞い、杖が入っているかどうかも確かめる。衣類やアメニティグッズ等がリュックサックを背負い直せば、準備万端だ。障子を開けクイールの所へと急ぐ。だが、玄関にクイールの姿は見当たらない。どうやら、先についてしまったみたいだ。ブーツを履いて、ぼんやりと縁に座り込む。
こうして、ボンヤリとしていると、つい先日のダンブルドアとの会話が蘇ってくる。あの時の、モヤモヤ感とともに。アレで良かったと思うけど、思えば思う程、腑に落ちない何かが広がっていく。この不思議な眼鏡のお蔭で、ずいぶんと楽に暮らせるようになったが、それを意識する度に……


「あ、あの…」

どことなく、か細い声が後ろから聞こえる。その声で現実に戻った私は、ゆっくりと振り返った。そこにいたのは、ここの一人娘だった。歳は、確か私より少し下。というより、見た感じ下。名前は知らない。昨日の酒造りの手伝いで、一言二言交わしただけだ。


「確か、セレネさん…でしたっけ。もう、帰るんですか?」
「みたいです。お世話になりました」


少しだけ、頭を下げると、向こうも頭を下げてきた。会話が途切れ、静寂が再び辺りを包み込む。

「セレネさんって、どこの人ですか?」

静寂が耐え切れなくなったのかもしれない。彼女は、なんとなくというような感じで口を開いた。


「イギリス」

短く答える。会話が続かない。三度、辺りに静寂が満ちる。何か私から声をかけてみようか。こういう時、クイールなら気の利いた言葉が出てくるのだが、私は何も思いつかなかった。こちらの学校生活について、聞いてみようか。そう思い、口を開こうとした時、妙なことに気が付いた。
なんとなく、少女の様子が変だ。まるで怯えるように、身体を震わせている。その視線は、まっすぐ私に向けられていた。だが、私は怯えられることをしていない。


「…どうしたんだ?」
「えっと…なんでもないです」

眉間に皺を寄せて尋ねると、ふるふると彼女は首を横に振った。

「いや、なんでもなくないだろ。震えてる」

私が、使い慣れていない日本語でもう一度だけ尋ねた。すると、少し何かに悩んだ様子だった彼女だが、勇気を振り絞ったように口を開いた。


「あの、驚かないで聞いてくださいね。セレネさん、汽車に乗らないでください」
「…?」


いきなり、何を言い出すのだろうか。私が当惑している間にも、彼女は言葉を続けている。

「き、汽車の中で、変なフードの人…なのかなぁ?よく分からないけど、変な人がセレネさんに襲い掛かって、セレネさん倒れちゃうんです。だから、汽車に乗らないでください」

蒼白になりながらも、必死に私に訴えかけてくる少女。何で、いきなりこんなことを言ってきたのだろうか?

「何で、そう思ったんだ?」
「そ、それは…」

少し後ろめたそうに、彼女は眼を板張りの床に落とした。冗談で言っているようには見えないから、何か根拠があるのだと思う。まさか、未来でも視たのだろうか。バカバカしいと一蹴しかけたが、ありえない話ではない。
私は選択しなかったが、3年生から選択可能になる授業に『占い学』という未来を占う授業があった気がする。それに、『死』を視てしまう眼があるくらいだ。『未来』を視る眼があっても、不思議ではない。

「なんとなく、です。私の勘って、よく当たるから。なんとなく、セレネさんが汽車の中でマントを被った変な人に襲われる、ような気がして」


どことなく寂しそうな表情を浮かべながら、小さく呟いた。『信じてもらいたい』という強い気持ちと、『どうせ、信じてもらえないだろう』という強い気持ちがぶつかり合っているようにも見える。


「マントを被った変な人か。どんな人だ?」
「全身マントを被っていて、顔は分からなかったです。でも、その人が汽車の個室に入ってきた瞬間、パリパリって、瓶の中の水が凍って、それから、真っ青な顔をしたセレネさんが床に倒れるんです」


今にも泣きそうな少女は、必死に私に告げてくれた。瓶の中の水が凍る、ということは氷結系の呪文を使ったということだろう。だけど、そんな呪文を使えそうな同学年はいない。ハーマイオニーやレイブンクロー生は使えるかもしれないけど、全身マントに身を包んで私を襲うか?そもそも、新学期が始まる前に、そんなことをして一体、何の得がある?絶対に寮監から、ホグワーツ到着早々、罰則を受けることになるだけだ。ということは、外部の魔法使い。外部の魔法使いで、私に敵対心を持っている可能性があるのは…『ヴォルデモート』くらいだ。だが、そんな簡単に現れるか?第一、私を狙う前にハリー・ポッターを狙うだろ。だけど、もし…ハリーを倒した後に私を狙うことだってあり得るかもしれない。私を殺せば、スリザリンの継承者は、もうアイツだけなんだから。


「あの、信じられないと思うんですけど、汽車に乗ったら…」
「信じるよ」

私が答えると、少女は呆然とした表情になった。まさか、信じてもらえるとは思っていなかったのかもしれない。私だって、『占い学』という科目があると知っていなかったら信じていなかったと思う。

「でも、9月に学校へ帰るときには必ず、汽車に乗らないといけない。気を付けることにする」


私がそう言った時、ちょうどクイールと彼女の両親が玄関に姿を現した。
なんでも、いらないと言っているのに朝食用の弁当を持たせてくれたみたいだ。女将さんから受け取った弁当には、和紙で丁寧に包まれた真っ白な握り飯が2つ入っている。私はリュックサックの中に、大事にしまうと、クイールと一緒に頭を下げた。ここに来ることは、2度とないだろうと思いながら、3人に背を向ける。一瞬、私に未来を教えてくれた少女の顔に、信じてくれたという嬉しそうな表情と、私の未来を心配する表情が浮かんでいたように見えた。
クイールの後について出ようとした私は、いったん立ち止まってから振り返った。


「学校に無事帰れたら、手紙を出すよ」

そう言って、少女に笑いかける。少女は最初こそ少し驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに、ますます心配そうな表情になってしまった。…どうやら、死亡フラグと思われてしまったのかもしれない。
私は彼女のことを振り返ることなく、クイールの背中を追いかけた。


「静音ちゃんと文通するのかい?」

少し先の電柱の所で足を止めていたクイールが、私に微笑みかける。そうか、あの子は静音というのか。


「文通、というか生存報告。あとで、住所を教えて」

そう言いながら、海沿いの国道を歩く。潮の香が風に運ばれ、鼻孔に届いた。イギリスの潮の香とは違うような気がする。異国に来たんだなと、今更ながらに思った。そんな私を見たクイールは、ニッコリと楽しそうな笑顔を浮かべる。


「じゃあ、帰ったら瀬尾静音ちゃんの住所を教えるよ。それとも、今がいい?」
「なくしそうだから、家に帰ってからでいいよ。それより、次はどこに行くの?」

私は、話題を切り替える。


「もう、特に用がないから…京都観光をしようと思ってるんだけど、どうかな?」

クイールが笑顔を浮かべながら、提案してくる。私が即決で頷くと、クイールの表情はますます嬉しそうに輝いた。

「じゃあ、伏見稲荷に行こうか?」
「義父さん…私はあそこ、嫌いって知ってるくせに。だって…」


私は言葉を区切った。背後から、バスと思われるエンジン音が近づいてくる。実際に振り返ってみると、遠くにバスが視えた。このあたりで走っているバスの路線は1つだけ。ということは…

あのバスに乗り遅れたら、次のバスが来るまでの2時間、待ちぼうけを食らうはめになってしまう。


バス停まで200メートル。早朝から私とクイールは全速力で走る羽目になったのだった。




[33878] 25話 ある夏の日に
Name: 寺町 朱穂◆7673fd43 ID:7dfad7d2
Date: 2012/08/29 23:57


「あら!わざわざ、ありがとね」


日本から帰ってきた私は、マージョリーさんに土産のカステラを渡す。
マージョリーさんは甘いモノが大好きだ。だから甘いモノを土産にしようと考えていたのだが、西洋人の好みに合う甘いモノが日本には少ないのだ。日本の料理は全般的に、イギリスと比べ物にならないくらい美味しい。日本で中華料理を食べた時、いままで母国イギリスで食べた中華はなんだったんだと思うくらい、めっちゃ食っちゃおいしい。だが、日本の甘い食べ物となると、話は違ってくる。餡子や饅頭といった薄味の甘い菓子は、イギリスで受け入れられないのだ。私も舌が肥えて初めて、美味しいと思うようになったが、最初に口にしたときは、味を感じることが出来なかった。

仕方ないので、『京都土産』を諦め、『日本土産』ということでカステラに決めた。デパートの地下で試食したら、甘かったし大きさも丁度よかった。つい、自分用にも買ってしまうくらい美味しいカステラだった。あとで、クイールから『カステラは元々は“カスドース”っていうポルトガルの菓子』だと教えてもらったが、見事に日本の菓子と化しているので、問題ないだろう。



「いえ、いつもマージョリーさんには土産物を貰っていますので。そういえば、今年の夏はどこかへ行ったのですか?」


私は笑顔を浮かべながら、マージョリーさんに問いかける。きっと、自慢話を聞かされるに違いないと思っていただけに、マージョリーさんは不快そうな顔をされて、少し驚いてしまった。

「兄のバーノンの所に行ったよ。ダッダーちゃんはますますカッコよく成長していてねぇ。写真見るかい?」


そう言われたので、かなり嫌々のぞいてみる。お世辞にもカッコイイとは言えなかった。この写真に写っている子鯨サイズの少年を『カッコイイ』と表現したとすると、ドラコの子分どもでさえ『カッコイイ!』と表現しないといけなくなる。マージョリーさんは一回検診に行って、目を診てもらった方がいいのではないだろうか?


「…体格がいいですね」


本音を言えないので曖昧にそう返す。すると、良い方向にとらえてくれたみたいだ。マージョリーさんは満面の笑みを浮かべていた。先程までの不満顔が、嘘のようだ。


「そうだろう、そうだろう!立派な体格のいい健全男子だわよねぇ~。それに比べたら、あんたさ、あそこに居候してるポッターってガキを覚えてるかい?」
「ハリー・ポッターですか?」


覚えているも何も、同じ学校に通っている。魔法薬学の時間くらいしか、会う機会はないし、寮が違うから話すことは稀だけど。


「そのポッターだよ!ダッダーちゃんとは比べものにならないくらい不健康な体をしてんだ。みすぼらしい生まれそこないの顔だ。まったく、その上、私に挨拶もしないで夜中にフラフラどっかに出て行ったんだ。本当にろくでなしの息子だよ!『更生不能非行少年院』に入れられて当然さ。もし私の家の前に捨てられていたら、すぐに孤児院行きにしていたね」
「……」


一体何をしているんだ、ハリー?夜中にフラフラとどこに行ったのだろう。危ない店にでも行ったのだろうか、13歳で。さすがに、ハリーに限ってそれはないと思う。『更生不能飛行少年院』について深く詮索はしないでおこう。


「それよりも早く帰った方がいいわよ、あんたは女の子なんだから。『シリウス・ブラック』が現れたら大変だからね」
「『シリウス・ブラック』ですか?」


思わず眉をしかめて聞き返した。するとマージョリーさんは、内緒話をするみたいに顔を寄せて低い声で話してくれた。


「どこぞの監獄から脱獄した凶悪犯さ。ボッサボサの髪をしていてね。ポッターと同じくらいみすぼらしい顔をしてんだ」
「凶悪犯ですか。でも、聞いたことない名前ですね」
「なんでも12年前に一度に13人も殺したんだ。まったく、そんな凶悪犯を脱獄させた看守は一体誰だい!どこの監獄から脱獄したのかも、ニュースで流れない!今そこに現れるかもしれないのに、国は安全管理や危機意識が低すぎる。とにかく1人歩きは気を付けるんだよ」


そう言いながら『犬の世話がある』といって家まで送ってくれないマージョリーさん。心配しているのか心配していないのかよく分からない。きっと、彼女もなるべく家の中で大人しくしていたいのだろう。下手に出歩いてシリウス・ブラックと鉢合わせなんて、嫌だろうし。

それにしても、まさかマグルの世界で『シリウス・ブラック』の名前を聞くことになるとは思わなかった。その名前は『生粋の貴族―魔法族家系図』で見かけた名前だ。純血の名門『ブラック家』の長男で、たしかスネイプ先生と同じ年に生まれていたような気がする。
もしかしたら、マグルの監獄からではなく、魔法族の監獄『アズカバン』からシリウス・ブラックは脱獄したのかもしれない。だから、どこから脱獄したかニュースにならない。というか、出来ない。
大方、ヴォルデモートの手先で、ヴォルデモート失脚後に逮捕されて収監されていたのだろう。ブラック家は『生粋の貴族』みたいだし。だが、どうやって脱獄したのか思いつかない。

魔法使いの監獄『アズカバン』がどういう所で、何処にあるのかは知らない。ダフネが前に教えてくれた話だと、そこには『吸魂鬼(ディメンター)』という化け物が看守をしているらしいということは知っている。そいつは『人の幸せ』を糧として生きている化け物で、ずっと近くにいると気が狂ってしまうらしい。
ダフネの父親が魔法省に務めているらしいのだが、その関係で一度だけアズカバンという所に行ったみたいだ。たった3時間足らずで帰ってきた父親は、すっかり衰弱し、震えが止まらなかったそうだ。
たった3時間で人を弱らせてしまうのであれば、12年間も一緒にいたらどうなるのだろうか。『我』を保っていられるのだろうか?普通の神経なら、考えられない。


考え事をしているうちに、家の前を過ぎるところだった。ポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込む。カチャリという嬢が外れる音。私は玄関に足を踏み入れた。


「ただいま」


しかし、返事は帰ってこない。…当然だ。家の中に、誰もいないのだから。クイールは、朝から研修でロンドンまで行っている。ついでにダイアゴン横丁に立ち寄って、新しい教科書や羽ペンなどの必要な学用品を買ってきてくれる事になっていた。今年は、あまり背が伸びなかったのでローブを新調する心配がない。万が一、新調しなければならなくなったとしても、3年生からは休日にホグワーツの近隣の村『ホグズミード』に外出する許可が与えられている。いざとなったら、そこにある服屋で新調してもらえばいい。村だから、一軒くらい服屋があるだろう。


私は宿題をするために自分の部屋に戻る。丸まった羊皮紙を広げてから、羽ペンにインクを浸した。宿題くらいボールペンやシャーペンで書きたいが、使ったせいで減点されたら嫌だ。だから、羽ペンを使う。カリカリッと音をたてながら『縮み薬』について、教科書を時折見直しながら書き始めた。


『今日は、どの宿題をやっているんだ?』


机の上に置いてあるケージの中から声がした。蛇のバーナードがゆっくりと重たい頭を持ち上げて私を見る。

『魔法薬。縮み薬のレポートだ』
『そうか』


それだけ言うと、再び頭を下げて目を閉じるバーナード。最近、バーナードの調子が悪い。いつも、どこか怠そうに寝ている。餌を食べる回数も量も、グッと減った。元々クイールが拾ってきた時点で、結構な年だったのだ。そろそろ寿命が来ても、おかしくはない。
クイールが新しい蛇を買うか?っと尋ねてくれたのだが、私は断った。ペットなら、今はハーマイオニーのところに手紙を運んでいるフクロウのアクベンスがいる。それに、ホグワーツに帰れば、バーナードの何倍もある巨蛇、バジリスクがいる。


バジリスクには『魔法族でもマグルでも人間を襲わないで、マウスみたいな小動物のみ襲うように』と言いきかせておいてあるので、餌の心配は不要だ。私が卒業したらバジリスクをどうするかが問題になってくるが、その時はその時で考えることにしよう。卒業まで4年もあるのだ。4年なんて、まだまだ先。


しばらく、羊皮紙の上に羽ペンを走らせていたが、だんだん蒸し暑くなってきた。汗が額からポツポツと滲んでくる気がする。エアコンをつけようかとも思ったが、手が届く範囲にリモコンは無い。ちょうど程よい具合に風が吹いているみたいなので、少しだけ手を伸ばして窓を押し開ける。すると、密閉された自室に、新鮮な風が入ってきた。

なんだか、生き返るような気がする。深呼吸をしてから、再びレポートに取り掛かろうとした時、ふと窓の外に広がる通りが目に入った。特に気にすることのない通りだが、今日は違った。



黒々とした巨大な犬が、通りをよろよろと歩いていく。


首輪はつけていなく、毛並みはここから見ても粗悪で、汚らしかった。まるで、遠くから旅をしてきたみたいに。そうとう腹を空かせているに違いない。遠目からでも、骨と皮ばかりに痩せ衰えているみたいだということが分かる。この辺りは高級住宅街なので、犬を飼っている人はいるが、たいていの人は家の中で飼っている。外に連れて歩くときは首輪とリードをしっかりつけているし、どの犬も血統書付きで毛並みも手入れが行き届いている。となると、通りを歩いている黒い犬は、野犬ということになる。だが、このあたりで野犬を見かけたことなんてない。


カーテンが揺れるのと呼応するみたいに私の髪も揺れる。教科書の読んでいるページを押さえておかなかったせいで、風が勝手にページをめくってしまっていた。風でめくれてしまったページを慌てて抑え、元のページに戻したときには、すでに黒い犬の姿はない。

私は気を取り直してレポートを書くことに戻った。だが、しばらくの間、黒い犬が頭から離れなかった。




[33878] 26話 休み明けの一時
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/24 09:47

「くれぐれも、気を付けるんだよ。何度も言うようだけど、男は優しい人の皮を被った狼なんだぞ?
どこに潜んでいるか分からないんだ」

クイールが先程、売店で購入したサンドイッチの入ったビニール袋を渡してきた。心配そうに顔を歪めながら、つい数分前にも言われたことを繰り返すクイール。私は微笑を浮かべながら、ビニール袋を受け取った。


「分かってる。父さんも気をつけなよ、最近の親のクレームは理不尽だから」
「理不尽なんて言ったら失礼だぞ!」

クイールの職業は小学校教師だ。少し顔をしかめて、本格的に説教モードに入る。

「いいかい、親はね、大事な子供を僕たち教師に預けているんだ。子供がどう過ごしているのかが心配になって、少し口うるさくなるのは当然のことだと思わないか?だいたい―――」

この先の言葉は、後ろに停車している深紅の列車、ホグワーツ特急の汽笛によってかき消された。私はクイールに笑いかけると手を振り、ひょいっと汽車に飛び乗った。ガタンゴトンっと音を立てて走り始める。プラットホームに立って私に手を振っているクイールの姿が点となり、ついに見えなくなるまで窓の側に立っていた。クイールの姿がすっかり見えなくなると、渡されたサンドイッチを持って、去年同様、少し前に確保しておいたコンパートメントの戸を開ける。ただ、去年とは違い、そこには誰もいなかった。
今年は、1人ゆっくり汽車の旅を楽しめそうだ。…もっとも、ただの汽車の旅で終わりそうにないけど。窓の外に広がる風景を横目で見ながら、日本旅行で予言されたことを思い出していた。
あの少女の予言通りに事が進むとすると、他のヒトを巻き込まないためにも、1人でいた方がイイ。とりあえず、何が起こるか分からないので杖の手入れをしようと、杖をポケットから取り出したとき……ガラリと扉が開いた。反射的に、杖を開かれた扉に向ける。


「おい、なに臨戦態勢とってんだよ?」


そこに立っていたのは、化け物でもヴォルデモートでもなかった。トランクを引きずっている背の高い少年で同じスリザリン寮に所属する友人…セオドール・ノットだ。去年同様、出発して間もないのにローブをしっかり着ている。私は杖を下ろすと、安堵の息を漏らした。


「なんだ、ノットか」
「なんだとは失礼だな。数か月ぶりに会ったというのに」


少し額にピキピキと筋をたてながら、私の前の座席にどさりと腰を掛ける。


「私は同席する許可を出した覚えはないんだが」
「いいだろ。他に席が空いてなかったんだ」


私はため息をついた。他に席がないというなら仕方がない。それに、ノットは同じ寮の友人だ。追い出すのは気が引ける。最低でもあと4年の付き合いになるのだ。ここで断って仲が険悪になる…ことはないだろうが、万が一険悪になってしまった場合、残りの4年間が辛い。いつ、瀬尾が予言した『化け物』がやって来るか分からないが、その時は先にノットを逃がせばいいだけの話。



「それにしても、眼鏡を買ったのか。ゴーントの視力は良かったんじゃなかったか?」
「あぁ、これか。急に悪くなったんだ」


眼鏡の冷たいふちを触る。恐らく、これから会う全員に眼鏡について訊かれるのだろう。実際に、プラットホームですれ違ったグリフィンドールのリー・ジョウダンや、レイブンクローのルーナにも訊かれた。
もう、不快感を感じることはなくなっていたが、当分の間、この眼鏡を好きになれそうにない。顔に違和感を感じる上に、なんとなく先学期末の不快感を思い出してしまうので、好きになれないのだ。
とはいえ、この眼鏡のおかげで『眼』がだいぶ楽になった。そこらじゅうに漂っている『死の線』を意識しなくてよくなったからだろう。クイールも『セレネの顔色が、ずいぶん良くなった』と言っていた。
それでも、わずかに不快感を感じるうちは、好きになれないのだろう。まぁ、いつかは慣れるはずだ。


「眼鏡、似合ってるぞ」


ノットが彼の父親のツテで手に入れた将棋盤をトランクから取り出しながら、ボソリとつぶやく。


「世辞は言うな」
「俺は嘘は言わん。お前と違ってな」


将棋盤から駒を取り出すと一つ一つ丁寧に並べていくノット。私も自軍の駒を並べながら、軽くノットを睨む。


「どういうことだ」
「視力が良かったはずのゴーントが一気に視力を悪くするとは思えない。まっ、言いたくなかったら言わなくていい」


そう言うと、どちらが先攻か決める前に、歩兵を動かすノット。私の嘘に気が付いていながらも、詳しい事情を言わなくて済んだということに少し感謝をしながら、私も歩兵の駒を動かした。


それから『シリウス・ブラック』の話をしたり、今年から行ける『ホグズミード村』の話をしながら将棋をしていた。昼の車内販売のカートを押したオバサンがやって来た時は、さすがに一時中断をした。昼を食べ終わると、ノットには一度だけコンパートメントの外に出てもらってから着替えをする。
それからは、またずっと雑談をしながら将棋をしていた。





どれくらい時間がたったのだろうか?
コンコンと、どこか遠慮がちなノック音。その後にガラリっと開いた扉の音で、私とノットは将棋盤から顔を上げる。そこにいたのは、グリフィンドールの丸顔の少年、私の友人の1人であるネビル・ロングボトムだった。物凄く困った顔をしていて、かすかに目元が赤かった。まるで、泣く寸前の子供みたいに。


「グリフィンドール生がなんのようだ?」

少しイラついた感じでネビルを睨むノット。ネビルは驚いたのか、身を小さくさせた。私はため息をつく。

「ノット…グリフィンドール生だからといって、煩いぞ。それで、ネビルはどうしたんだ?」
「え、えぇぇ!!セレネだったの!?眼鏡をしているから分からなかった!!」

どうやら、ネビルは私だと気が付かなかったらしい。目が飛び出そうになるくらい驚いている。

「似合ってるよ、セレネ!」
「ありがとう」
「…おい、俺の時と反応が違うぞ」


汽車に乗ってから、ほとんど負けているからイラついているのだろう。やけにムスッとした感じの声で問いかけてくるノット。私は将棋盤を睨みつけながら、口を開いた。

「ネビルの表情は読み取りやすいからな。ノットは表情に変化がないから真偽の判定がしにくい。それにしても、いったいどうしたんだ?」
「え、あ、うん。実は僕のトレバーがまた逃げちゃって、見かけなかった?」
「また逃げたのか、あのヒキガエル?」

ネビルのヒキガエルのトレバーは、脱走癖がある。1年生で初めてネビルと会った時も、彼は脱走したトレバーを捜していた。それに、学校内でも度々トレバーを探すネビルを見かけることがある。

「仕方ない、手伝うか」
「おい!まだこっちが終わってないぞ」
「これで王手だ」

パチンと『龍馬』と書かれた駒を『王』の前に動かす。ノットは逃げ道を捜そうとするが、私の考える限り、もうどこにも逃げ道はない。


「勘違いしないで欲しい。私は飲み物を買いに行くだけだ。そのついでにカエル探しを手伝ってもいいというだけのこと」


ネビルと一緒にコンパートメントを出る。そのとき、初めて窓の外が豪雨だったことに気が付いた。たしか昼ごろにも雨は降っていたと思うが、まさか窓から見えるはずの丘陵風景がかすむほどの雨が降っているとは気が付かなかった。汽車を出る時にはトランクから傘を出さないといけないな、と頭の片隅で考える。

「ありがとうセレネ」
「勘違いするな。私はオバサンのところまで飲み物を買いに行くだけだ。買いに行くまでの暇つぶしに、トレバーを捜そうかと思っただけ。それにしても、今度からケージに入れて育てたらどうだ?私のバーナードみたいに」
「それも考えたんだけど、やっぱり可哀そうで。
それに、僕のことだからケージをどこに置いたか忘れちゃって、見つけた時にはトレバーの干物が出来てそうだから」
「……」


その可能性を、否定できないところが怖い。




車内販売のオバサンから『かぼちゃジュース』を買い、立ち飲みしつつトレバーを捜して、コンパートメントに帰る途中のことだった。雨は激しさをさらに増していて、窓の外は墨色一色だった。風が唸りを上げるなか、通路に灯りがポッと灯る。
その灯りのおかげで、通路の隅に丸くなっているカエルがいたのを見つけた。そっと拾い上げると、トレバーは低い声で鳴いた。


「ネビル、トレバーじゃないか?」
「えっ、あっ!本当だ!ありがとうセレネ!」

ネビルはしっかりとトレバーをつかむと笑顔を浮かべた。だが、その笑顔はすぐに消えてしまった。
急に、ガクンと汽車の速度が落ち始めたのだ。


「これって何?もう着くの?」
「いや、まだ着くのは先のはずだ」

時計を見る限りだと、まだまだ到着時間ではない。予定より早く着いたとも考えられるが、この豪雨の中だ。速度を落として運転している可能性が高いのに、なんでこんなに早く着くのだろうか?不審に思っている間にも、どんどん汽車は減速していき、ピストンの音も比例するように弱弱しくなっていく。不審に思うのは私だけではなかったみたいだ。どのコンパートメントからも不思議そうな顔が突き出していた。


「あ、あれ、ハリーじゃない?」

見ると、少し先のコンパートメントから、ハリーの顔がキョロキョロと出ているのが見えた。だが、彼は私とネビルに気が付かなかったみたいだ。


「ねぇ、ハリーに何が起こったのか聞いてみる?」


ネビルが不安そうに言った。秘密の部屋での出来事について、何も知らないハリーと一緒にあまりいたくなかったが、私はネビルの案に賛成した。たぶん、先程チラリと見えたハリーの表情から推測するに、彼も何が起こったのか分からないのだろう。だが、この異常事態、こうして2人で通路に立っているより、誰か知り合いのコンパートメントに入れてもらった方が安全だ。それに恐らく、この兆候は瀬尾が予言した『化け物』が現れる前段階。1人で迎え撃つよりも、他の人と一緒にいた方が勝算が高くなるかもしれない。もし、私がやられたとしても他の人を逃がす時間は作れるし、その人が救援を呼んできてくれるかもしれない。

私とネビルは先程、ハリーが顔を出していたコンパートメントに直行した。

ハリー達の居るコンパートメントの前にたどり着いたとき、ちょうどガクンっと汽車が止まり、明かりも消えて真っ暗になった。ドシン、ドサリっとどこからかトランクが荷物棚から落ちる音が聞こえてきた。ネビルが思い切ってコンパートメントの扉を開ける。


「ごめんね、どうなっているのか分かる?」
「分からない…とりあえず座って」


ハリーの声がした。ネビルに続いて私も入る。すると、猫の唸り声が聞こえてきた。同時にネビルの悲鳴も。大方、猫の上にでも座ったのだろう。だが、ハリー達の中に猫を飼っている人がいたとは記憶にないが。


「大丈夫か、ネビル?…というか誰の猫の上に座ったんだ?」
「セレネ!?セレネもいるの!?」
「セレネ・ゴーントが何の用だ?」


ハリーが驚く声がした。ロンは威嚇するように言い放つ。

「ネビルのトレバー探しに付き合っていただけだ」
「その猫は私の猫なの。セレネは何が起こったのか分かる?」

ハーマイオニーの声がする。彼女の声は少し震えていた。

「分からない」
「ねぇ、何が起こっているの?」


背後から、どこかで聞いたような声が聞こえた。振り返るとそこに立っていたのは不安そうな顔をしたジニー・ウィーズリーだった。だが、私は彼女と『初対面』なので知らないふりをする。


「分からない。とりあえず私は入るけど…アンタの名前は?」
「こいつはジニー。僕の妹だ」


ロンが厳しい口調で言った。とりあえず、私は残り半分の『かぼちゃジュース』の瓶を座席の上に置かせてもらった。


「とりあえず、ここに座って――」
「痛い!!ここには僕がいるんだ!!」
「静かに」


知らない男の人の声がした。しわがれ声で、その人が杖に灯りをともす。
白髪交じりの人だったが、本当の歳はクイールやスネイプ先生と同じくらいなのではないだろうか?
疲れた感じの表情をしていた。しかし、目だけには油断がなく、鋭く警戒していた。彼の鞄には『リーマス・ルーピン』と刺繍してあるのが見える。おそらく、空席の『闇の魔術に対する防衛術』の先生だろう。他に空席の授業なんて、思いつかないし。
私は袖の下にナイフがあるということを服の上から確認すると、いつでも外せるように眼鏡の縁をつかんだ。


「あれ、セレネって眼鏡買ったの?」
「ハリー、少し黙っててくれないかい」

ルーピン先生が私に質問しようとしたハリーを制す。そのまま先生はゆっくり入口の方まで歩いていく。だが、先生がたどり着く前にドアが自然と開いた。

入り口に現れたのは、マントですっぽり体を覆った天井まで届きそうなくらい大きな黒い影だった。だが、単に背の高い人というわけではない。その手は灰白色に冷たく光り、触れることを躊躇うようなかさぶたに覆われ、まるで水中で腐敗したか死骸のような感じだ。それはグルリとコンパートメントを見まわした。そしてガラガラと音をたてながら、ゆっくりと長く息を吸い込んだ。まるで周囲から空気以外の何かを吸い込もうとしているみたいだった。ぞっとするような冷気があたりを覆った。座席に置いておいた『かぼちゃジュース』の中身がカチカチっと凍っていくのが視界の端に見えた気がした。

脳裏に瀬尾が教えてくれた『未来の光景』が横切る。急いで眼鏡を外そうと思ったが、つかんでいた手を動かすことが出来ない。息が詰まるみたいで苦しかった。寒気が皮膚を通り越して、身体の内側まで深く潜り込んでいく。私の胸の中、そして心臓へと…

私は立っていられなくなった。跪くようにして床に倒れてしまった。近くで他にも誰かが倒れる音がする。何も視えない。ただ、冷気が私の身体を支配していく感じだ。目玉がひっくり返りそうになりそうになりながらも、必死で我を保とうとしていた。だが、悪寒の奔る感覚は濁流の様に私に押し寄せてくる。まるで『』を観測していた頃のような感覚が、身体を支配していく。

遠くで、ルーピン先生が何か言っているのが聞こえた気がした。



「エクスペクト・パトローナム―守護霊よ、来たれ!」


誰かが、何か銀色の動物らしきものを杖の先から噴射させられたのが視界の端に映った。すると、侵入者はスルスルっと退散していった。何事もなかったかのように。身体に温かさが戻るのは少し先になりそうだが、押しつぶされそうだと感じるほどの重圧はなくなった。私は立ち上がろうとしたが、手足に力が入らない。


「大丈夫かい?」


ルーピン先生が優しく笑いながら手を貸してくれた。周りを見渡すと、ハーマイオニーもロンもネビルもジニーも、特にジニーは、ハリーを除くと1番ひどい状態で、ガタガタ震えていた。ハリーは顔面蒼白の状態で、床に気絶していた。


「…大丈夫…です」


かすれた声でボソリと呟く。


「今のはなに?」


ジニーが青ざめた表情で呟いた。ジニーは身体じゅうが震え、縮こまっている。

「『吸魂鬼』通称ディメンター。魔法使いの監獄『アズカバン』の看守だよ」


ルーピン先生が、床に倒れているハリーの調子や他の子たちの調子を確認しながら口を開いた。
今のが、『吸魂鬼』。本で読んだことがある存在で、著者は『アレは看守という生温い言葉で片付けられないバケモノ』と称していたが、まさしくその通りだと実感した。幸福を拭い去って、それを食料としていると記されていた。だけど、幸福どころか私のすべてを奪われてしまいそうな、そんな感じのバケモノだった。『眼』も杖もナイフも使わせる暇を、奴は与えない。こうなることは、予知できていたのにもかかわらず、素早く対応することが出来なかった。

あんなバケモノと12年間も共に過ごしていたのに気を狂わすことなく、脱獄までやり遂げた『シリウス・ブラック』とは何者なのだろうか?考えるだけで、ゾワゾワッとしたモノが背筋に奔る。


窓の外の雨は、激しさを増していた。当分やみそうにないなと頭の片隅で考えながら、気絶しているハリーが目覚めるのを他の人たちと一緒に待っていた。




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9月24日…一部改訂




[33878] 27話 吸魂鬼
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/24 09:49

再びランプに灯りが戻り、汽車が動き始めたが、ハリーが目を開ける気配はなかった。みんな蒼白な顔をしてハリーを見守っている。ふと、脳裏にノットとの約束が浮かんできた。早く帰らないと、心配するかもしれない。私はゆっくりと席を立った。

「悪い、そろそろコンパートメントに戻る」

まだ凍ったままの『かぼちゃジュース』の瓶を手に取ると、ふらつく足取りで扉に向かう。


「大丈夫、セレネ?少し休んでいったら?」
「そ、そうだよ!セレネだって気絶しかけていたんだから!」


ハーマイオニーとネビルが引き留めようとした時、それに被せる様にパキッっと大きな音がした。ルーピン先生が巨大な板チョコを割る音だ。


「さぁ、食べなさい。気分が良くなるから」


全員にチョコを配るルーピン先生。私は2番目に大きい一切れを貰った。軽く頭を下げて一口かじると、手足の先まで一気に暖かさが広がった気がした。魔法のチョコなのだろうか?いや、違う。普通のチョコだ。実際にチョコの包み紙を見て見ると、マグルの世界で購入できるメーカーチョコだった。そういえば、『チョコは雪山に行くときの必需品』だと、どこかで読んだ気がする。炭水化物やタンパク質、それから糖分も含まれている上に持ち運びも楽だからだそうだ。突如、吹雪に襲われたみたいに凍えきっている私達には、ぴったりの食べ物なのかもしれない。


「最後の一切れは、ハリーが目覚めたらあげてくれないかい?わたしは、これから運転手と話があるからね。一緒に出ようか?」


空になったチョコの包み紙をクシャクシャに丸めてポケットに入れる先生。心配そうな視線を背中で感じながら、先生と一緒にコンパートメントを出た。


「大丈夫かい?」


先生が心配そうな目で私を見てきた。どうやら先生は、私が気絶しかかっていたことが気になったみたいだ。私は、なんとか強張った顔を動かし、やっとの思いで微笑んだ。


「大丈夫です。問題ありません。すみませんが、私のことは学校に報告しないでくれませんか?」
「どうしてかな?」

ルーピン先生は少し驚いた顔をした。私は、内緒話をする時みたいに声を小さくする。

「あまり目立ちたくないんです。先生からいただいたチョコのおかげで体調はずいぶんと良くなりましたから。それに新学期早々、校医のマダム・ポンプリーに余計な心配をかけさせたくないので」
「目立ちたくない、か。でも、報告だけはさせてもらうよ。生徒の把握はしておかないといけないからね。えっと、君の名前と所属寮は?」

ルーピン先生は、仕方ないなというような表情を浮かべながら、尋ねてきた。

「セレネ・ゴーントと言います。スリザリン寮の3年生です」
「スリザリン?」


物凄く驚いた顔をされる。なんか、久々に感じた感覚だ。いつも思うが、そんなに驚かれることなのだろうか。

「てっきりグリフィンドールかと思ったよ、ごめんね。じゃあセレネ、次は学校で会おう」


そう言うと先生と私は分かれた。入学した当初も同じような事を言われたなっと、頭の片隅で思い出しながらコンパートメントのドアを開けると、不機嫌な顔をしたノットの他に、もう2人…友人のダフネ・グリーングラスとレイブンクローのシルバー・ウィルクス先輩がいた。なんで、このメンバーが集まっているんだ?


「遅いぞゴーント…って、どうしたんだ?」
「セレネどうしたの!?顔色が悪いってレベルじゃないよ!!」


ノットとダフネが心配そうな顔をしている。残りのシルバーも少し心配そうに顔を歪めている。そんなに顔色が悪いのだろうか。まぁ、確かに気絶したが。


「大方、吸魂鬼のせいで具合が悪いんっすよね。でも、妙だな…普通に吸魂鬼とすれ違ったくらいでそこまで衰弱するって聞いたことないっすよ?」


シルバーが尋ねてきた。特にごまかしても仕方がないので、コンパートメントで起こった出来事ことを話す。顛末を聞いたシルバーは、うーんと考え込む。


「吸魂鬼は、恐怖や絶望と言った負の感情に強く反応する生物っすよね。もしかして、昔…死に直面したことがあったッスか?」


シルバーの問いに、私はややあってから頷いた。


「ホグワーツに入学する1年前、事故で昏睡状態だった」
「それっすよ!昏睡状態…つまり死に直面していた状態が長かったから、吸魂鬼が寄って来たんっすね」


シルバーはポンっと手を叩いた。納得した様子のシルバーだったが、その隣に腰を掛けていたダフネの顔色は、物凄く青ざめていた。


「昏睡状態って、なんでなの、セレネ!?」
「ダフネには言ってなかったか?私は入学する寸前まで、事故のせいで昏睡状態だったんだ。まっ、後遺症は(ほとんど)ないし、命に別状はない」
「そう…なの?なら良かった」


ホッと一息ついたダフネ。


「でも、吸魂鬼って本当に怖いよね。私、急に灯りが消えて汽車も止まっちゃったからどうしたらいいか分からなくて。そしたら、ノットとウィルクス先輩に会って。本当に怖かったよ」


吸魂鬼に遭遇した時のことを思い出したのだろう。ブルッと震えるダフネ。


「あぁ、幸福な気持ちに一生なれないんじゃないかって思った。アズカバンに送られるようなマネはしたくねぇな」


ノットがぼそりとつぶやく。私はうなずいた。あんな生き物と一緒に24時間を共にするなんて堪えられない。それなら、この眼鏡を外して生活していた方がましだ。


「あれ?そういえばセレネって眼鏡かけてたっけ?」


ダフネは、ようやく心の整理がついたのだろう。表情を見る限り少しだけ、心にゆとりが生まれてきたみたいだ。ホグワーツに向かうための馬車に向かい合う形で乗った時、ダフネが思い出したかのようにたずねてきた。


「今年の夏に買ったんだ」
「へぇ、似合ってるよ!」
「ありがとう」


微かにカビと藁の臭いがする馬車に揺られながら、ホグワーツを目指す。馬車は壮大な鋳鉄の門をゆるゆると走り抜けた。門の両脇に石柱があり、そのてっぺんに羽を生やしたイノシシの像が立っている。いつも思うが、何故ここでイノシシの像なのだろうかと疑問に思う前に、見たくないモノが視界に飛び込んできた。

また、吸魂鬼だ。


イノシシの像の上の方に2体、頭巾をかぶったそびえ立つような吸魂鬼が漂っていた。ノットやダフネそれからウィルクス先輩の顔から血の気が引いていくのが見えた。私も、またしても冷たい吐き気に襲われそうになって、すわり心地の悪いボコボコした座席のクッションに深々と寄りかかった。だが、これだけでは終わらなかった。吸魂鬼が、2体とも私の方を見たのだ。頭巾で顔が分からないが、確実に私の方を見た。滑るようにして私の方に急降下してくる。とっさに杖を取り出し、呪文を叫んだ。


「プロテゴ―護れ!」


力いっぱい、渾身の魔力を込め防御魔法を放つ。杖先から噴出された透明の盾が、吸魂鬼の進行を阻もうとする。だが、奴らはそんな盾を気にするまでもないみたいだ。盾を日本の『のれん』みたいに軽々と押しのけると、一気に距離を詰めてくる。もう一度、呪文を唱える気力も、眼鏡を外しナイフを使う気力も残っていなかった。氷のように冷たい感覚が身体の芯を貫き、目の前が霧のように霞み始める。あの1年間、『』を観測していた時の感覚が一気に押し寄せてきた。それと同時に、頭が今にも割れそうな痛みが襲い掛かってくる。遠くで、誰かの叫び声が聞こえた。それと同時に、遠くから響いてくる恐ろしげな声。でも、それが誰の声なのか…知っている誰かなのか、それとも違うのか。もう、判別することが出来ない。
視界の端に何やら銀色の生き物が映ったのを最後に、私は意識を手放してしまった。












「――まさか、そんなことが―」
「生徒に吸魂鬼が危害を加えるなんて」
「先生がいてくれて助かりましたわ――いなかったらどうなった事か―――」
「『キス』の執行はしなかったみたいだから、まだ吸魂鬼はとどまるみたいですよ」
「――これを機に奴らがアズカバンに戻ってくれることを期待したいのぅ」


どこからかささやき声が聞こえてくる。どうやら吸魂鬼の話題みたいだが、なんでそんな話題をしているのだろう。それにしても、私は今、どこにいるのだろうか?ボンヤリと霞がかかったような脳で、考え込む。どうしてここにいるのか、そもそもどうやってここに来たのか、その前は何をしていたのか。さっぱりわからない。

ゆっくり目を開けてみると、何人かの先生…右からスネイプ先生、マクゴナガル先生、ルーピン先生、校医のマダム・ポンフリー、そして顔を合わせたくなかったダンブルドア…先生が私を囲んでいるのが目に入った。見知らぬ天井が見える。好きになれそうにない病院独特の薬の臭いから察するに、私は医務室にいるようだ。

「大丈夫か?」

スネイプ先生が真っ先に口を開いた。どの先生も物凄い心配そうな表情を浮かべているが、断トツで心配そうにしているのはスネイプ先生だった。こんなに顔を歪めたスネイプ先生なんて、見たことがない。迷惑をかけてしまい申し訳なく思うのと同時に、私は慌てて気を引き締めた。先生の首筋に、最近滅多に見ることがなかった『線』を見てしまったから。恐らく、今の私の瞳は普段の黒色とは違い、青々としているのだろう。


「君の『眼』のことは、ここにいる先生たちには話してあるから、気にしなくて平気じゃよ」


ダンブルドア…先生は、優しげな口調でそう言いながら、ベッドの脇に置いてあった眼鏡を渡してくれた。先学期末のことを思い出すと、あまり礼を言いたくなかったので軽く頭を下げて受け取る。眼鏡をかけると、スネイプ先生の首筋や、そこらじゅうに漂っていた『死の線』は、まるでなかったかのように視えなくなった。


「私、気絶したんですね。一緒に馬車に乗っていた人たちは無事ですか?」
「酷く衰弱していたが、命に別状はない。宴会にも途中からじゃが参加出来て、今はみんな寮のベットの上じゃ」


スネイプ先生に聞いたはずなのに、ダンブルドア…先生が答える。そうか、気絶したのは私だけか。だが、私のせいで迷惑をかけたことには変わりないだろう。私と一緒の馬車に乗っていなかったら、吸魂鬼が彼らに危害を及ぼすことにはならなかったのだから。


「また、先生に助けてもらったんですね」


そう言ってルーピン先生を見上げた。先生はにっこり微笑む。


「丁度、2つ後ろの馬車に乗っていてね。運が良かったよ。それにしても、まさかセブルスが君の名付け親だったなんてね」
「意外か、ルーピン」


スネイプ先生が先程とは打って変わり、ジロリっと冷ややかな目でルーピン先生を睨む。ルーピン先生の微笑の中に、微かに驚きの色が混ざる。


「だって、君がマグルの頼みで子供に名づけをするなんて思わなかったから。いくら、リリーと仲が良かったマグルだからって…」
「ルーピン!!」


スネイプ先生の叱責が飛ぶ。先生は、右手が杖の方に伸びようとするのを必死でこらえていた。空気を換えるため、ゴホンっと咳払いをするマクゴナガル先生。


「よろしいですか、ミス・ゴーント。貴方は誰よりも、おそらくこの学校にいる教師よりも、死に近い経験をしています。なので、貴方は誰よりも吸魂鬼の気をひきやすい体質なのです」


マクゴナガル先生がすまなそうな顔をしながら言葉を紡ぎ続ける。どこか重たい嫌な予感が、胸をよぎった。


「実は、今年からシリウス・ブラック対策として、吸魂鬼が学校への入り口という入口を固めているのです。もちろん、ホグズミード村へ向かう道も。なので、吸魂鬼がいる間は、貴方のホグズミード村行きを許可することが出来ません」
「これも、君の命のためなのじゃ、分かってくれないかのぅ?」
「ハリーは、ハリー・ポッターはホグズミード行きを許可されているんですか?」


自分でも驚くほど、感情のこもっていない声が出る。それと同時に、問うことを考えていなかった言葉が出たことにも、驚いてしまった。まっすぐダンブルドアの青い眼を、睨むようにして見つめる。ダンブルドアの眼が、悲しげに揺らいだ気がする。


「ポッターが許可書を持ってきても、我輩なら許可しませんな」


ダンブルドア先生が口を開く前に、スネイプ先生が口を挟んだ。私は、ダンブルドアから目を離してスネイプ先生を見上げる。


「その通りです。ポッターはシリウス・ブラックに命を狙われているのですから、少しでも危険だと思われる行動をさせることは出来ません。吸魂鬼に気絶させられることがなかったとしても、ブラックが逮捕されるまでは学校から一歩も外に出させないつもりです」


マクゴナガル先生がキッパリと言い放つ。私は内心、少しホッとした。私だけじゃなくハリーも気絶していたのに、彼はホグズミード行きを許可されるのではないかと心のどこかで思っていたから。でも、冷静に考えれば、ハリーがホグズミード行きを許可される可能性は低い。彼は、大量殺人犯のシリウス・ブラックに命を狙われているらしい。マクゴナガル先生の言う通り、シリウスが逮捕されるまでは城から外に出ないことが、ハリーの安全対策として最善の策だといえるだろう。


「先生方の言う通りじゃよ、セレネ。さて、そろそろワシらは戻ろうかのぅ。君は、ここに泊まりなさい」


ダンブルドアはそう言うと、医務室から姿を消した。マクゴナガル先生もルーピン先生、それからスネイプ先生も去っていく。私はマダム・ポンフリーが持ってきてくれた夕食をつまみながら、吸魂鬼について考えを巡らせていた。アイツに勝てる方法を考えないといけない。今後の人生で、吸魂鬼に出くわすたびに、こんな状態に陥ってしまうのは、あまり好ましいとは言えないからだ。その度に、助けてくれる人がいるとは限らない。即急に、吸魂鬼を追い払う呪文を覚えないと…


雨はまだ降り続いていた。雨粒が窓ガラスに当たって弾け、細かい水滴となり流れ落ちていく。ランプの灯りで照らされた室内からは、漆黒の闇に覆われた外の様子は見えない。見えるのはガラスに映し出された、私の青白い顔だけだった。






[33878] 28話 魔法生物飼育学
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/20 10:33


翌朝、目を開けると見知らぬ白い天井が広がっていた。最初はどこにいるのか分からなかった。だが、ずらりと並べられたベッドの向こうから、湯気が立っている盆を持ってマダム・ポンフリーがこちらに向かってくるのを見た時、『医務室』にいるのだということを思い出した。昨日、吸魂鬼に襲われた時のすべてが終わりそうな気分に陥った感覚も。

病院独得の薄味の朝食を食べた後、晴れて退院した私は、1時間目の授業『数占い』の授業に向かう。

今年から新たに、選択科目が増えた。5つの科目の中から、やりたい科目を去年の間に選んでおく。私はスネイプ先生や他の人たちにアドバイスを貰いながら3つの科目『魔法生物飼育学』『古代ルーン文字学』『数占い』を受講することに決めたのだ。魔法使いの視点からマグル界を学ぶ『マグル学』も、受講したかったが、『数占い』と重なりがちだったので、断念することにした。ちなみに、これから向かう『数占い』を受講する生徒は少ないので、他の寮の授業と合同になるのだそうだ。


「あっ、セレネ!」


あと1つの角を曲がれば教室にたどり着くというところで声をかけられる。声をした方を見ると、後ろの階段から、ハーマイオニーが駆け下りてきた。いつも彼女と一緒にいるハリーやロンの姿はない。

「大丈夫?もう退院していいの?」


急いできたのだろう。はぁはぁっと息をたてて駆けてくるハーマイオニー。


「私はもう平気。…それより、ハーマイオニーの鞄の方は大丈夫?」


彼女の鞄は、パンクしそうなほど大きく重たい本がギュウギュウに詰められていた。今学期、彼女の鞄が限界を迎えなかったとしたら、それは奇跡としか言えないだろう。


「大丈夫よ。それより、セレネはどの科目を受講するの?」
「『数占い』『魔法生物飼育学』『古代ルーン文字学』だな。今から『数占い』に向かっているところだ」
「じゃあ、私と同じね!一緒に行かない?」

ハーマイオニーが満面の笑みを浮かべる。彼女の横に並んで、私は階段を上り始める。


「グリフィンドールから『数占い』と『古代ルーン文字』に進むのは私しかいないの」
「そうなのか?スリザリン生は大体この3科目を受講するんだ」
「グリフィンドール生は『占い学』と『魔法生物飼育学』の2科目を受講する人が多いの。私は全教科を受講しているけど。あっ、ここみたいね!」


教室の中に入ると、もうすでに大方の人が着席していた。私はハーマイオニーと別れ、スリザリン生の座っているテーブルに向かう。

「セレネ!!本当に大丈夫!?」

真っ先にダフネが私に気が付いて、話しかけてきた。

「見たわよ!吸魂鬼がセレネに襲い掛かるところ!」
「私達、心配してたんだから!!」

私が答える前に、同じく心配そうな顔をしたミリセントやパンジーも話しかけてくる。

「平気だ。奴らに近づかなければ問題ない」
「でも、セレネに比べてポッターは情けないな」

ドラコがニヤニヤ笑いながら言う。ハリーの何が情けないのかを問う前に、先生が入ってきたので、この話は強制終了になった。


『数占い』は計算や論理を用いて占いをしていく授業だ。簡単に表すなら、よくある姓名判断みたいな占いだった。ゴイルやクラッブみたいに考えることが苦手な生徒には、苦痛の時間だったかもしれない。








午後からは『魔法生物飼育学』の授業が始まる。昨日の雨はとっくに上がり、空は澄みきって…はいなかった。薄い雲が空全体に覆いかぶさっていて、薄鼠色に見える。しっとりとして柔らかに弾む草地。歩くたびにピシャリっと泥がローブに跳ね返る。新学期始まって間もないのに、もう汚れるとは思っていなかった。洗濯に出すのが面倒くさいと頭の片隅で考える。白いスニーカーも泥まみれで、汚らしくなってしまっていた。魔法生物飼育学が行われるのは先生である森番、ハグリットの小屋の前だ。まだ、一緒に合同実習をするグリフィンドール生の姿は見えない。


「…そういえば、『数占い』が始まる前、ドラコは何を言おうとしていたんだ?」


話しかけてみると、ドラコは面白そうに口元を歪めた。


「汽車の中で吸魂鬼にやられてアイツも気絶したからさ。しかも、ロングボトムの話だと、セレネの方がポッターより吸魂鬼の近くにいたのに、ポッターの方が先に気絶したみたいじゃないか。セレネと違って、アイツは『例のアノ人』と何度も対峙して精神力が鍛えられているのかと思っていたのに、所詮はセレネより子供だったって事さ」
「たしかにそう見えるな。だが、ハリーが気絶したのは彼の精神力の問題ではなくて…」


ここで言葉を区切ってしまった。『ハリーが気絶した原因は彼の過去の経験に原因があるのだと思う』と言おうとしたが、ハリーの精神力が育っていないのは事実かも知れないのだ。記憶のみが成長していて、精神が追い付いていないのかもしれない。そのことを、ダンブルドアは気が付いているのだろうか。私に気が付いたということは、恐らく気が付いているはず。なのに何故、精神面の強化を考えないのだろう。それとも、もう何かしらの手を打っているのだろうか。


「まぁ、たしかに、ドラコの言うとおりかもしれないが、言い方に気を付けた方がいい。ハリー・ポッターだって好き好んで気絶したわけではないのだから」


そう言うと、私はダフネ達の方へ足を向けた。


しばらくすると、ハリー達グリフィンドール生が来る。それと同時に、ハグリットが『待ってました!』と言わんばかりに小屋から出て来た。いつもと同じ厚手木綿のオーバーを着こみ、足元にボアハウンド犬―たしかファングという犬―を従えていた。早く授業を始めたくて、うずうずしているのだろう。


「さぁ、急げ!早く来いや!今日はみんなにいいもんがあるぞ!」


声がとってもはずんでいる。『面白い』とハグリットが感じている授業を始めるのだろう。生徒の立ち入りが禁じられている『禁じられた森』のふちに沿ってどんどん歩き、5分後に放牧場のような所にたどり着いた。だが、そこには生物の気配がなかった。


「みんな、この柵の周りに集まれ!そーだ、ちゃんと見えるようにしろよ。さーて、イッチ番先にやるこたぁ、教科書を開くこった―」
「どうやって?」


どこか意地悪そうな笑みを浮かべながら、ドラコが質問する。すると、何を質問されているのか分からないという顔をするハグリット。


「どうやって、教科書を開けばいいんです?」


ドラコの教科書は、紐でグルグル巻きに縛ってあった。他の生徒たちもベルトで縛っていたり、大きなクリップで挟んでいる人もいた。その対応に、無理もないかもしれない。私は苦笑いを浮かべた。
夏休みにこの教科書『怪物的な怪物の本』を買ってきたクイールが苦笑をしていたのを思い出す。スマートな緑の表紙に鮮やかな金色の飾り文字で表題『怪物的な怪物の本』と書いてあった。ここまでは少ししゃれた教科書だろう。



問題はここからだ。

この本はその名の通り『怪物』を思わせる行動をする。紐などで行動を封じておかないと、蟹の様にガサガサと横ばいに動き出すのだ。さらに、この本はバクリと、凄い勢いで噛みついてくる。だから最初、この本を開くことが出来なかった。だが、クイールは『本なのだから読めないと意味がない…だから読める方法がきっとあるはずだ』と言い、一度はクリップで挟んで動きを封じた本を、特に危険なものが置いていない空部屋に放ったのだ。

しばらく2人で、この本の動き方を観察していると、1つの法則が見えた。いつもこの本は、背表紙を上にしてカシャカシャと動くのだ。背表紙を下に向けて動くことはない。さらに、この本はまるで『意志のある生物』のように動き回る。
私とクイールは『…もしかしたら、コレが暴れまわっているのは、怯えて自己防衛をしているのではないのか』という結論に達した。そこで、悪戦苦闘しながら暴れまわる教科書を捕まえて、『安心しろ』という風に背表紙を撫でると、急に手の中でおとなしくなった。


でも、大人しくさせるに至るまでの過程が大変だった――――と少し遠い目をしながら、クリップを外す。途端に『待ってました!』という勢いで襲い掛かろうとする本の背表紙を、夏休みの時のように撫でて落ち着かせてから、教科書を開く。

「セレネ、どうやったの?噛みつかなかった!?」

ダフネが驚いた声を上げるので、皆の視線が私に注目した。

「ただ、本としてではなく、普通の動物に接するみたいに背表紙を撫でればいいんだよ」
「お前さんの言うとおりだ。撫ぜりゃー良かったんだ!」


ハーマイオニーの教科書で実践してみるハグリット。本を縛り付けていたセロハンテープをビリっとはがし、本が噛みつく前に背表紙でひと撫ですると、おとなしくなる教科書。


「まぁええ。今から魔法生物を連れてくる。待っとれよ」


ハグリットが大股で森へと入り、姿が見えなくなった。授業が始まる前に、魔法生物をここに連れてきておけば、時間の無駄が減るのに。そう思ったのは、私だけではないと思う。
そういえば、去年までの先生が退職して、今年からハグリットが授業をすることになったらしい。きっとハグリットは授業になれていないのだろう。


「オォォォォォォォ!!」


グリフィンドールの女の子が急に甲高い声を出したので、耳に響く。まったく、どこからそんな声が出るのだろうと少し疑問に思いながら、彼女の視線の先を辿る。すると、そこには馬と鷲を合わせたような生物が十数頭ハグリットに連れられこっちに向かってきていた。

頭は鷲で身体は馬。鷲の羽がグリフィンみたいに胴体についていて、手足は蹄ではなく鉤爪がついていた。


「ヒッポグリフだ!美しかろう、え?」


ハグリットの言うとおり、目を奪われる生き物だった。毛並みは、夏休みに見た野良犬とは比べものにならないくらい滑らかだ。きっと、ハグリットが愛情をこめて育てているのだろう。


「まんず、イッチ番先にヒッポグリフについて知らなければなんねぇことは、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ、ヒッポグリフは。絶対、侮辱してはなんねぇ。そんなことしてみろ、それがお前さん達の最後の仕業になるかもしんねぇぞ。必ず、ヒッポグリフの方が先に動くのを待つんだぞ。それが礼儀ってもんだろう、な?
コイツの側まで歩いていく。そんでもってお辞儀をする。そんで、待つんだ。コイツがお辞儀を返したら、触ってもいいっちゅうこった。もしお辞儀を返さなかったら、すばやく離れろ。コイツの鉤爪は痛いからな。


よーし、…誰が一番乗りだ?」


おいおい待て待て。今の口頭の説明だけで、どれだけの生徒が理解できていると思っているんだ?
しかもドラコと、その子分どもはヒソヒソ話していたから、ろくに話を聞いてない可能性が高いぞ?
まずは、話を聞いていなかったであろうドラコ達を注意して、先生(ハグリット)が見本を見せてから生徒が実践する方が、良いと思う。

私の周りの生徒が、一気に後ずさりしている。ヒッポグリフ達は繋がれているのが窮屈なのだろう。猛々しい首を振りたて、たくましい羽をばたつかせている。近づくだけで、アレの鋭い鉤爪に引っかかれそうだ。


「誰もおらんのか?」

ハグリットがすがるような目をした。先生がそんな目をしてはいけないだろ。まぁ、新任なら仕方ない。まだ、右も左も分からない状態なのだ。緊張しているに決まっている。私は、真っ直ぐ手を上げて一歩前に出た。誰もやりたがるそぶりを見せていなかったし、もうオタオタするハグリットを見てられなかった。


「あぁ、確かお前さんは…蛇を飼っとるスリザリン生だったな」
「はい、セレネ・ゴーントです。あの時は、バーナードが世話になりました」


ハグリットに向かって一礼をすると、放牧場に入る。


「よーし、そんじゃ…バックビークとやってみよう」


ハグリットは鎖を一本ほどき、灰色のヒッポグリフを群れから引き離し、首輪を外した。クラス全員の視線が背中に突き刺さり、少し緊張で体がこわばる感じがした。


「目をそらすなよ。なるべく瞬きするな。ヒッポグリフは眼をしょぼしょぼさせる奴を信用せんからな」


静かに言うハグリット。つまり、馬を相手にするように考えればいいということか。昔、クイールに連れて行ってもらった牧場での乗馬体験を思い出す。馬に乗るときは、馬になめられないようにするため気を強く持たないといけないのだそうだ。私は瞬きをしないで、バックビークの前に立った。バックビークは、オレンジ色の眼で威嚇するかのように私を睨んでいる。私がお辞儀をすると、バックビークは鱗に覆われた前足を折り、どう見てもお辞儀だと思われる格好をした。

つまり、成功だ。


「やったぞ、セレネ!よーし、触ってもええぞ!嘴を撫でてやれ、ほれ!」


まるで、自分のことのように喜ぶハグリット。私は言われたとおりに、手を伸ばし、何度か堅い嘴をなでると、バックビークはそれを楽しむかのように、とろりと目を閉じた。


ヒッポグリフって、少し可愛い…かもしれない。


クラス全員が背後で拍手する音が聞こえた気がした。拍手されて嬉しいが、動物は、そういう大きな音に敏感なのでやめた方がいいと思う。突然の物音は、敵襲と勘違いする場合があるって図鑑で読んだことがあるような気がした。案の定、バックビークの気持ちよさそうにトロン…としていた眼に、微かに不快の色が混じり始めた気がする。ハグリットが口を開いた。


「よーし、そんじゃ、セレネ。こいつはお前さんを背中に乗せてくれると思うぞ」


…おい、今何て言ったんだ?拍手に対しての注意ではなく、私をバックビークの背中に乗せるって?私が質問する前に、私の足がヒョイっと地面から離れた。なんと、ハグリットが私をつかんでバックビークの上に乗せたのだ。一気に視界が高くなった。

ヒッポグリフには羽がある。私が乗っているバックビークも例外ではない。『よし、次は飛んでもいいぞ!!セレネ、お前さんは本当にラッキーな奴だ!』とハグリットが満面の笑みを浮かべて言う姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。万が一、その予想が現実になった時には、大人しく腹をくくればいい話だ。だが、飛ばずにすんだとしても、問題がある。


目の前は一面の羽で覆われている。どこにも捕まるところはない。この辺りを、引き馬をやるみたいに歩くだけだとしても、捕まるところがないと落ちる可能性がある。私は慎重に言葉を選ぶと、口を開いた。


「ハグリット先生?どこにつかまれば…」
「そーれいけ!!」


私の声なんて、彼の耳には聞こえなかったのだろう。そもそも、聞く気がなかったのかもしれない。ハグリットが、バックビークの尻をパシンっと叩く。すると前触れもなく4メートルほどもあるバックビークの翼が私の左右で開き、羽ばたいたのだ。なんとか飛翔する前に、かろうじてバックビークの首の周りにしがみつく。内股をギュッとしめてバックビークにしがみつき落ちないように心がけた。しがみつく体力がない人だったら、確実に墜落死していると思う。

ハグリットは先生には向いていない、と頭の片隅で考える。ダンブルドアは、それを見抜けなかったのだろうか。いや、あのダンブルドアのことだ。見抜いているに決まっている。他に本当に適任者がいなかったのだろうか。


それ以外は素晴らしかった。
1年生の時の飛行訓練は、あまり飛ぶことが出来なかった。1時間ほど授業時間が無くなってしまったせいもあるかもしれない。あの後、2,3回あった『飛行訓練』の授業では、城の3階くらいの高さまでしか、フーチ先生は飛ばせてくれなかった。だから、こうして城を空の上から眺めたことは初めてだ。飛行機に乗ったことはあるが、生憎と窓側の席に座ったことがなかったので、そもそも空の上からモノを見る体験自体が初めてといってもいいかもしれない。


だが、落ちないように態勢を整えるまでに時間がかかりすぎたようだ。空の旅を堪能しようとした頃、時間が来たのかバックビークは高度を落とし始めた。

地上がグングンと迫ってくる。ドサッっと着地する衝撃が腹から全身に伝わってきた。なんとか堪えた時には、バックビークは動きを止めていた。


「よーく出来た、セレネ!!」


大声を出すハグリット。クラス全員が歓声を上げるのが見える。ここでも注意しない。

私はバックビークをひと撫ですると、ダフネ達のところに戻った。途中、ハリーとすれ違った。どうやら次はハリーがバックビークとやるらしい。


「凄いな、セレネ!」
「怖くなかった?」
「というか、よく生きて帰ってこれたね」


ダフネ、ミリセント、パンジーが口々に言う。私自身も、よく生きて帰ってきたと思う。


「まぁ、しっかり言われたことを守れば何とかなったって感じかな」


放牧場をもう一回振り返ってみた。あちらこちらで、まぁ…こわごわという感じだが、生徒がヒッポグリフにお辞儀をしていた。


「私達も、出来るかな?」

ダフネが、おどおどと口を開いた。

「出来ると思うよ。意外と温和だったし」


先程のバックビークはハリーが撫でているので、空いている栗毛のヒッポグリフで試す。パンジーが、恐る恐るという感じでお辞儀をしているのを少し離れたところから見ていた。


「簡単じゃないか」


ドラコの声が聞こえたので、声がした方向に顔を向けてみる。すると、ハリーが終わった後のバックビークの相手をドラコがしていた。嘴を得意げに撫でている。


「ポッターにできるんだ、簡単に違いないと思ったよ。お前、全然危険なんかじゃないな。そうだろう?醜いデカブツの野獣君」


それは言い過ぎだろう、と思った瞬間の出来事だった。バックビークの爪が光った、と思ったときには、ドラコの悲鳴が放牧場全域に響き渡る。ドラコをバックビークが襲ったのだ。

「死んじゃう!!」

彼のローブはみるみる血に染まり、草の上で身を丸めていた。ハグリットは、興奮するバックビークに首輪をつけようと格闘している。


「ドラコ!」

私が走り出す前に、パンジーが猛スピードで私の横を駆け抜けた。パンジーがお辞儀を途中でやめたので、パンジーの相手をしていたヒッポグリフがイラッとした目をしている。私はそのヒッポグリフにお辞儀をしっかりして、彼の気を落ち着かせようと嘴を撫でた。ヒッポグリフは少し機嫌を直したのか、徐々に眼から不機嫌な色が消えて、先程のバックビーク同様、トロンとした目になってきた。


「…ドラコは?」

ひと段落が付いたので、近くにいたザビニに、その後の展開を聞く。本当はもっと近くにいたダフネに話しかけようかとも思ったが、彼女は恐怖で顔面蒼白になり口がきけそうになかったのだ。


「あぁ。ハグリットに抱えられて医務室に行った」
「それなら平気だな…ドラコは」


ドラコの腕は、校医のマダム・ポンフリーが治すだろう。問題はその後だ。ヒッポグリフに襲われた原因がドラコにあるからとはいえ、これは授業。監督者の責任になってしまう。教師というのはそういった責任を背負って生きて行かないといけないのだ。
人が信号を無視して飛び出してひかれてしまっても、有罪になるのは車を運転していた運転手となるように、もっとしっかり注意していなかった監督者であるハグリットがいけないということになってしまう。


私は、授業終了のチャイムが鳴り終えるまで、ヒッポグリフの嘴を撫でていた。





[33878] 29話 まね妖怪
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/24 09:56

『闇の魔術に対する防衛術』の教室は、前任者2人と比較すると『まとも』だといえるだろう。誰かの後頭部の匂いを隠すために漂っていた、にんにく臭は充満していないし、自分の写真をベタベタ貼り付けているわけでもない。ただ、机とイスと黒板だけがある質素な教室だった。
今年から『闇の魔術に対する防衛術』の授業を担当するルーピン先生は、汽車で見かけた時より健康そうにみえた。以前は頬がこけていたのだが、少し丸くなって血行が良さそうになっている。もしかしたら、ずっと貧しい暮らしをしていて、ろくに食事をとることが出来なかったのかもしれない。ルーピン先生は、私達を見ると笑みを浮かべた。


「教科書を鞄に戻してもらおうかな。今日は実地練習をすることにしよう。杖だけあればいいよ、ついてきて」
「何するんだ?…またピクシー?」

斜め前の席で教科書を鞄に戻しながら、子分(クラッブとゴイル)にヒソヒソと話しかけるドラコが見えた。彼の脳裏には昨年、ロックハートが行った授業…ピクシー妖精を一籠持ち込んでクラスに解き放ち捕まえさせようとした出来事が浮かんでいるのだろう。さすがに2年連続ピクシーはないと思うが、どんな実地練習なのだろう?ルーピン先生の雰囲気や汽車での対応から考えて、私達に無理難題を吹っかけてくることはないと思うが、用心に越したことはないかもしれない。

私達は、ルーピン先生に続いて廊下に出た。授業中のため、誰もいない廊下を歩いていく。時折、ゴーストがふわふわ浮いているのを見かけた。だが、それ以外は特に何もなく、辿りついたのは職員室。ちぐはぐな古い椅子が沢山おいてあり、ただ今授業中なので誰も先生はいなく、がらんとしていた。

いったいこのようなところで何を実習するのだろうか、と思っていると奥の方にガタガタっと不自然に揺れているタンスがあった。ひぃっと隣にいるダフネが小さな悲鳴を上げる。パンジーやミリセント達もビクッと固まったまま動かない。そんな3人を落ち着かせるように、優しげな笑みをルーピン先生は浮かべた。


「心配しないくていいよ。中には『まね妖怪』、通称『ボガート』が入っているんだ。こいつは暗くて狭いところを好む。これみたいなタンスとか流しの下、それから食器棚などかな。さてと、では『まね妖怪』とはいったい何でしょう」

バラバラと手が上がる。ルーピン先生は、一番最初に手を上げたノットを指名した。

「形態模写妖怪。一番怖いと思うものに姿を変えることが出来る」
「その通り。だから、中の暗がりに座り込んでいる『まね妖怪』は、まだ何の姿にもなっていない。
タンスの戸の外にいる誰かが、何を怖がるのかまだ知らない。『まね妖怪』が一人ぼっちの時にどんな姿をしているのか、誰も知らない。しかし、私が外に出してやると、たちまち、それぞれが一番怖いと思っているものに姿を変えるんだ」


ルーピン先生が話している間にも、再びガタガタっと揺れるタンス。ビデオカメラか何かを仕掛けておけば、その姿が分かるかもしれない。だが、ホグワーツに電気製品であるカメラを持ってきても、壊れてしまう。もし、『まね妖怪』の正体が知りたいなら、学校の外で探さないといけないのかと、ぼんやり考えている間にも、先生の説明は続いていく。


「『まね妖怪』を退治するときには、誰かと一緒にいるのが一番いい。どんな姿に変身すればいいのか分からずに、混乱するからね。
こいつを退散させる呪文は簡単だ。しかし、精神力が必要だ。こいつを本当にやっつけられるのは『笑い』なんだ。君たちは『滑稽』だと思う姿に『まね妖怪』を変身させる必要がある。
初めは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみようか――――『リディクラス―バカバカしい』!」
「「「リディクラス―バカバカしい!」」」


クラス全員が一斉に唱える。その声に反応したのか、タンスがガタガタと呼応する頭に揺れる。奥の方にも突然揺れたタンスがチラリと見えたことを考えると、どうやら他のクラスの分もあるらしい。ルーピン先生は、出席簿に目を落とした。


「よし、じゃあ、まずは…ダフネどうだい?」
「わ、私ですか!?」


『この世の終わりだ』という表情を浮かべながら、おずおずと先生に近づくダフネ。ルーピン先生は、安心させるように笑いかける。


「君が世界で一番怖いと思うものはなんだい?」
「バロール」


ささやくような感じで答えるダフネ。ルーピン先生はフムっと考える仕草をした。

確かバロールというのは、ケルト神話に登場する魔神だ。≪すべてを殺すという片眼を持っている≫と本で読んだ気がする。ある意味、私の『眼』に似ている能力を持つ魔神だ。


「『眼』さえなければバロールは怖くないよね?そうだな、出来るだけバカバカしいアイマスクか何かを思い浮かべるんだ。出来るかな?」

ルーピン先生の問いを聞いたダフネは、やや考えた後、躊躇いがちに頷いた。その反応を視た先生は、穏やかな口調を保ったまま口を開いた。


「『まね妖怪』がタンスからウワッーっと出てくるね?そして君を見ると『バロール』に変身するんだ。
そしたら杖を上げて叫ぶ『リディクラス』ってね。
その時に、脳内に思い描いたアイマスクに全神経を集中させる。全て上手くいけば、バロールはアイマスクで視界が遮断され、慌てふためくことになる」
「ほ、本当に?」


私にできるかな。という不安な顔を浮かべているダフネ。緊張で顔が真っ白になっているみたいだ。


「じゃあ、みんなもちょっと考えてみて。何が一番怖いかってことを、そしてどうやって可笑しな姿に変えられるかもね」


部屋が、しん…と静かになった。みんな目をつぶって考えている。私も目をつぶると、少し俯きながら考え始めた。
私の怖いモノは決まっている。昏睡状態の時に触れた『』。あれより怖いモノは思いつかない。だが、果たして『まね妖怪』が『』に変身できるだろうか?アレは表現できるモノではない。概念に近いモノだ。仮に『』に変身したとしても、私は『』をどうやったら可笑しくできるだろうか?


「みんな、いいかい?」

ハッと顔を上げると、みんな覚悟を決めたような顔になっている。チラリと後ろを見ると、ミリセントは準備万端らしく腕まくりをしていた。どうしよう、これは困った。まだ『まね妖怪』が何に変身するのかさえ思いつかない。私の順番が来ないことを、祈るしかない。


「ダフネ、3つ数えてからだ。いーち、にー、さん、それ!!」


先生の杖の先から、火花がバチバチとほとばしり、タンスの取っ手のつまみに当たった。タンスが勢いよく開き、中から何かが現れる。

寝起きのようにボサボサと広がった痛んだ長髪。ケルトの魔神『バロール』が、のっそりとタンスの中から姿を現した。片目は開きギラギラとした目でダフネを睨んでいたが、もう片方の『バロールの魔眼』と恐れられる方の眼は、大きく重い瞼で覆われていた。ダフネは杖を振り上げ、震える手で狙いを定めると、目をつぶった。


「り、リディクラス!!!」


パチンっと鞭を鳴らすような音がしたと思ったら、バロールが躓いた。バロールには、真っ赤な色をしていて真ん中に目が書いてある、バカバカしいアイマスクをかけられていた。それをはぎ取ろうとするバロールだったが、取れないらしく悪戦苦闘している。

どっと笑いが上がった。私もこらえきれずに笑ってしまう。『まね妖怪』はその笑い声に戸惑ったように動きを止めて、おどおどし始めていた。


「パンジー、前へ!」


パンジーが、慌てて後ろに下がったダフネの隣に立つ。バロールはパンジーの方を向いた。すると、またパチンっという音を立ててバロールは消えた。

そこに現れたのは粗い毛並に鋭い牙と爪をもった二足歩行の動物。ダラリと涎を垂らしている狼男が立っていた。ルーピン先生の横顔が辛そうに歪んだように見えたのは気のせいだろうか…
狼男は一吼えすると、パンジーに襲い掛かろうと膝をかがめた。パンジーは真っ直ぐ狙いを定めて叫ぶ。


「リディクラス!」


パチン!という音が響く。狼男の口に鉄の輪がはまり口が開かなくなった。手はコスプレで、よくありそうな犬の手みたいな手袋をはめていて、頭には狼男には不釣り合いな猫耳、いや、犬耳をつけている。いったいパンジーは、どこからそう言った知識を手に入れたのだろうか。


「次、ドラコ」


ドラコがキリッとした顔で前に進み出る。パチンっと音を立てて『まね妖怪』が変身したものは、頭をフードにすっぽり包んだ何かだ。とはいえ、『吸魂鬼』とは違う。動き方が『吸魂鬼』なら滑るように動くが、まるで獲物をあさる獣のように地面を這ってきた。銀色に光る液体が、フードに隠れた顔から滴り落ちている。
ドラコの顔は一瞬ギクリと強張っていたが、左手につかんだ杖で何とか狙いを定めると叫んだ。

「リディクラス!!」

パチンっと音とともに、それはネズミになって、自分のしっぽを追いかけてクルクル回り始める。

「次は、ザビニ!」

ネズミが尻尾を追いかけるのを止めてザビニのを方を見た途端、パチンっと音とともにそこに現れたのは巨大な黒い犬。目をギラつかせたクマほどもある大きな犬だ。どこかで見覚えがある気がする。私の後ろにいたミリセントが、『死神犬(グリム)よ』と呟いていた。


「リディクラス!」


ザビニが叫ぶと、パチンっと音を立てて、黒い風船で出来た間抜け面をした犬に変わる。


「次、セレネ!」

もう私の番が来てしまった。私は、杖を構えると、犬の間抜け面を見る。『』に変身するとは思えないが、いったい何に変身するのだろうか。


パチン!


現れたのは、5歳くらいで東洋系の顔立ちをした少女。黒い絹のような前髪を額に垂らし切り下げ、後髪を襟足辺りで真っ直ぐに切りそろえている。白い下地に鮮やかな蝶の柄が映える着物を纏っていて、どこか禍禍しくも美しく感じなくもない深紅の瞳を私に向けていた。その少女を一目見た瞬間、私は動きを止めてしまった。

脳裏を走馬灯のようにかけるのは、ずっと昔、まだ事故に遭う前の出来事。忘れかけていたあの時の恐怖が、一気に押し寄せてくる。
でも、あの時の私ではない。あの時の弱虫で、臆病で、力もなかった私ではない。それに、目の前にいる『あの少女』は『まね妖怪』なのだ。心を落ち着けるように、深呼吸をすると、杖を持ち上げた。呪文を唱えようと、口を開く。


「リディ…?」


突然、目の前にいたはずの『まね妖怪』が姿を消した。どこに消えたのだろうか。私の記憶の中にいる『あの少女』は、姿を消す能力なんて、なかったはずだ。まさか、後ろに回り込まれたのだろうかと思い、振り返るが『少女』の姿は何処にもない。いったいどこに行ったのだろうか、と思った瞬間の出来事だった。



『逃げちゃダメ』


まるで地面から湧き上がったかのように、姿を消していた『少女』が私の眼の前に現れたのだ。そして、私が杖を振り上げる前に、杖を持つ手をつかんでくる。その握力は弱い少女のモノではなく大の大人、いや、大人の握力よりも強いように感じた。普段の私なら、振り払うことが出来ただろう。だけど、振り払うことが出来なかった。私の手は、ぐいっと少女に引っ張られて抑え込まれる。耳元に少女の、どことなく血の臭いがする吐息がかかった。

脳裏に『あの時の出来事』が走馬灯のように浮かぶ。それと同時に、当時の恐怖が全身を支配し始めた。動くことが出来ない。
だんだんと少女の口が、私の首に近づいてきている。噛まれる、と直感が私に告げ、身体がぶるっと震えた。


「来るな、リディクラス!!」


目をつぶって、少女の手を振り払うように呪文を唱えた。『まね妖怪』は、相当勢いよく吹っ飛んだらしい。つかんでいた手を離し、何かに衝突する音と悲鳴が聞こえた。

そっと目を開けると、職員室は滅茶苦茶になっていた。書類が宙を舞い、机が倒れている。イスの中には木っ端みじんになっているイスもあり、ガラスの破片が床に散らばっていた。『まね妖怪』の姿はどこにも見当たらなかった。


「どうやらセレネが、『まね妖怪』を退治したみたいだね」


ルーピン先生が笑いかけてきた。顔は笑っているが、目が笑っていない。ショックで呆然としている人が多かったみたいだが、先生の言葉でハッと我に返ったようだ。


「『まね妖怪』と対決したスリザリン生にはそれぞれ5点あげようか。それから質問に答えてくれたノットにも5点。宿題として月曜までに『まね妖怪』についてのレポートを書いてくること。
セレネは少し残ってもらうけど、今日はこれでおしまい」


呆然と立ちすくんでいる私を、心配そうに振り返る人もいたが、みんなさっさと教室を出て行く。ただ1人、ダフネだけが最後まで残っていた。


「ダフネ、早く帰りなさい」
「え、でも先生、その、職員室の片付けなら私も手伝います」


私を心配してくれているのだろう。少し嬉しかったが、これは私の問題だ。


「ダフネ、これは私の責任だ。迷惑をかけられない。心配してくれてありがとう」


ダフネはまだ心配そうに顔を歪ませていたが、職員室を出て行った。それを見届けると私は、ルーピン先生の方を向く。


「それで、どこから片付ければいいですか?」
「いや、片付けは私がしておくよ。成績表みたいに生徒には見せられない重要な書類もあるしね。それよりも、大丈夫かい?」


心配するように、私を覗き込んできたルーピン先生。


「授業が始まる前に一通り、受け持つ子の過去の成績を見させてもらったんだけどね。
マグルの世界にいても魔力を暴走させずに無自覚で制御できていた君が、制御しきれずに暴走させるなんて思ってみなかったよ。…あの『まね妖怪』が変身した少女は、何か言っていたのかな?」


そういえば、あの『少女』が話していた言語は日本語だった。今更ながらに思い出す。あの時は、恐怖で何も考えることが出来なかったから、気にも留めていなかった。


「『逃げちゃダメ』と言われました。…小さい頃、義父さんと日本の神社へ行った時に、出会った少女みたいな吸血鬼です」


そう、あの時…もし、あの人が助けに来てくれなかったら、何も戦う手段を持たなかった私は死んでいただろう。もしくは、吸血鬼の仲間入りをしていたに違いない。そう思うと、ぞっとする。でも、実際には噛まれずに済んだ。だから、私はココにいる。アレは、もう過ぎた出来事なのだ。あの着物を着た少女の姿をした吸血鬼と出会うことは、もう二度とない。たかが『まね妖怪』に後れを取ってしまった自分が、情けなかった。
そんな私の様子を見たルーピン先生は、ポンッと私の頭に手を置き、ニッコリと笑う。


「失敗は成功への近道っていうから、次から気をつければ大丈夫だよ。セレネなら、次はきっと上手くいくと思う。…ほら、そろそろ昼食の時間帯だ。まずは、しっかり食べて元気を出さないと」
「ありがとうございます」


私は、先生に礼を言うと、私は職員室を出た。だけど、昼食が用意されているであろう大広間ではなく『秘密の部屋』へと続くトイレに走った。あの場所なら、絶対に誰も来ない。バジリスクの様子も気になるが、それよりも今は1人で、冷静に自分を見つめ直す時間が欲しかった。

私は、まだ『あの人』に近づけてない。あんな過去の出来事に、イチイチ動揺されるようでは、命を助けてくれたあの人に全然近づけていないじゃないか。

遠くの方で、授業終了のチャイムが聞こえたような気がした。


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9月24日…一部訂正



[33878] 30話 2度あることは3度ある
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/24 09:53

「セレネ!!」

振り返ると、玄関ホールの辺りに出る廊下からハリーが走ってくるところだった。私は階段を上っていたのだが、立ち止ってハリーを見下ろす。ハリーは、はぁはぁと荒い息を立てながら、私のところまで辿り着いた。

「マクゴナガル先生から聞いたんだけど、セレネも城に残るんだよね?」
「…まぁな」


そう答えると、ハリーはたちまち嬉しそうな表情を浮かべた。今日はハロウィーンであり、3年生にとっては第1回目の『ホグズミード村』へ行くことが許されている日。恐らく、3年生で城に残っているのは、『吸魂鬼』のせいで外に出ることが出来ないセレネと、許可証に保護者のサインを貰うことが出来なかったハリーだけだろう。


「セレネはこれから何するの?」
「トイレかな。それから、年寄りの蛇の介護」
「蛇の介護?」


聞き返すハリー。私は頷いた。一応、嘘はついていない。これから会いに行こうと思っていたバジリスクは、創設者の時代から生きている。1000年以上も生きている蛇は立派な『年寄り』以外の何物でもない。


「そうなんだ」


どこか、寂しげな顔をするハリー。そういえば、この間も何か言いたそうな顔をしていた気がする。何か、私に伝えたいことでもあるのだろうか?


「何か言いたいことでもあるのか?」
「いや、ないよ」


そう言ったハリーの眼は揺れていた。だから、嘘だ。絶対に何か言いたいことがあるのだと思う。私は、心の中で小さくため息をついた。


「さっきもいったが、今から私はトイレに行く。ハリーはグリフィンドールの塔に戻るんだよな?」
「まぁね」
「なら、あの角まで一緒に行かないか?」
「え、いいけど」


戸惑いながらもハリーはコクリと頷いた。私とハリーは、誰もいない廊下を歩きはじめる。私の方は、これといってハリーと話すことがないので、黙って歩いた。ハリーもなかなか話しださない。シーンとしている廊下に私とハリーの足音だけが響いていた。


「あの、セレネは最近困った事とかない?」


最初に沈黙を破ったのはハリー。僅かに頭をうなだれる感じで、私に問いかけてきた。


「しいてあげるなら、吸魂鬼のせいでホグズミードに行けないこと」
「え、あ…そうだね。他には?」


どうやら、ハリーが聞きたかったのはそのことではないみたいだ。

「特にない」
「そう…なんだ」

ぶっきらぼうに言葉を返すと、モゴモゴと言葉を濁らすハリー。きっと、言いにくいことなのだろう。


「なんだ?気になるじゃないか。笑わないから言ったらどうだ?」
「セレネは、なんでマルフォイやパーキンソンと付き合っていられるんだ?アイツらは、ハーマイオニーのことを『穢れた血』って呼んだり、ロンの家族のことを馬鹿にしたり…」


ハリーの深い緑色の眼が、まっすぐ私を見てきた。なるほど…。つまり、直訳すると『なんでドラコやパンジーみたいな最低な奴と付き合っているんだ?』ということか。ハリーが、そう思うのも無理もないかもしれない。
ドラコもパンジーも『純血主義』で実家は金持ちだ。『マグル生まれのモノは汚らわしい』と生まれた時から教えられ、ロン・ウィーズリーみたいに貧乏な魔法族を見下している。その2人の悪い一面しか見ていないハリーは、きっと2人が『最悪な奴』に見えているに違いない。


「それは友達だからだ。もちろん、アイツらのしていること、ハリーが指摘した行動は最低な行動だと思う。私も、2人のそう言った行動には再三注意している。その面だけを見たら、最低な奴かもしれない。
だが、そんなドラコにもパンジーにもいい面がある。例えば、ドラコもパンジーも、私がホグズミードに行けないから、私の分の菓子や文具を買ってきてくれると言ってくれたし、『吸魂鬼』に気絶させられた時も心配してくれた。彼らにだって人を思いやる気持ちがある。

ハーマイオニーやロンにそう言った行動をとるのは、育てられてきた環境が大きく原因しているだけなんだ」


ハリーは『信じられない』という顔をしている。深い緑色の瞳には『疑惑』の文字がチラついていた。


「でも、マルフォイは悪い奴だよ。きっと、何か下心があるからセレネの前では『イイ奴』として振る舞っているんだと思うよ」


ハリーがキッパリと言い放つ。私は、静かに首を横に振った。


「私には、下心があるようには視えなかったな。それに…いつも『いい人』、いつも『悪い人』なんて存在しないんだ。
例えば、1年生の時にホグワーツ特急で『菓子をドラコに渡した方がいい』と言った私はハリーの眼にどう映った?逆に同じ1年生の時、ハーマイオニーを助けた私は、ハリーの目にどう映った?」


もう遠い昔の出来事のように感じられる、つい2年前の出来事を思い返す。恐らく、前者の私は『悪人』として、後者の私は…少し恥ずかしいが『いい人』として、ハリーの眼に映っていたに違いない。

ハリーは曖昧な表情を浮かべていた。セレネの言い分に納得したような、でも…まだ消化不良のような微妙な表情だ。


「じゃあ、ここでお別れだハリー」

約束した曲がり角の所まで来たので、私はハリーに軽く手を振って別れようとした。


「セレネがいいなら別にかまわないけど、困ったことがあったら言って欲しいな」


ハリーは、そう言って私に笑いかけてきた。なんでハリーがそんな心配をするのだろうか。少し怪訝な顔をしていると、ハリーはきょとんとした顔になった。


「だって、セレネは僕の友達だよ?」


『何をいまさら』という感じで話し始めるハリー。


「魔法使いだってわかる前、ダドリーに虐められていたところを助けてくれた初めての人だし。初めて僕に手紙をくれた人だったし、物凄く嬉しかったんだ。ホグワーツに入ってからは疎遠になっちゃったけど、僕はセレネのことを友達だって思ってる。だから、困ったことがあったら相談してほしいな」
「…そうか。ありがとう」


私は少しだけ笑みを浮かべると、ハリーに背を向けて3階のトイレに急いだ。

意外だった。まさかハリーが私を『友達』だと認識していたなんて。てっきり、敵認定か知り合い認定だと思っていた。だが、私はハリーに対する態度を変えるつもりはない。ハリーは友達だと思っていても、私は彼を友達とは思っていないからだ。先学期末の出来事があってから、なおさら思えなくなってしまった。




















『――さい。起きてください、主』


何かが私の腹の辺りを押している。うっすらと目を開けると、腹を押していたのはバジリスクだった。もちろん目はしっかり閉じられている。頭でそっと私の腹を押していたようだ。そうでなかったら、私は死んでいただろう。


『…なんだ、アルファルド』
『アルファルド?なんですか、それは?』


私は目をこすりってから伸びをする。どうやら、すっかり眠り込んでしまっていたらしい。
意外と『秘密の部屋』は快適なのだ。最初来た時は気が付かなかったが、少し中を探索していると、ここの入り口みたいに、蛇が絡まった彫刻が施された壁が見つかった。なので『開け』と蛇語で試しに行ってみたところ、壁が開いて『快適』としか言えなそうな部屋を発見したのだった。
部屋に入った瞬間、その部屋のランプがいくつも灯り、暖炉には自然と火が燃え上がる。机はオーク素材のアンティークで、椅子はまるで大臣でも座りそうなイスだ。他にも家具は大方そろっていて、どれも銀と深緑で装飾されている高価な品だった。

トム・リドルはこの部屋の存在を知っていたのだろう。色々と物色してみた判明したのだが、どうみても、この間の日記みたいな50年程前の教科書やノートがいくつか見つかったのだ。しかも、その中のいくつかの教科書の背表紙に記されている名前も『T.M.リドル』と記されてあったのだ。

彼の残したノートや教科書には、ちょっとした悪戯に使用できそうな呪文から生活に直結しそうな呪文、そして身の毛もよだつような闇の魔術も記されていた。

暇つぶしには丁度いい場所だ。バジリスクの様子も確認できるし。

どうやら、トム・リドルの過去のノートを読んでいる最中に眠ってしまったみたいだ。


『聞いているのですか、主?“アルファルド”とはいったい……』
『あぁ、少し前から考えていたアンタの名前。“バジリスク”って呼ばれるのは、つまり…私が“人間”と呼ばれているみたいな感じだろ?
だから、何か名前を付けようかと思って。とりあえず、ウミヘビ座の恒星からとって“アルファルド”。嫌か?』


そう言うと、バジリスクは一瞬息を止めた。だが次の瞬間、私の顔をペロンと長い舌で舐める。


『いえ、嬉しいです。それよりも主、そろそろ時間の方は大丈夫なのでしょうか?』
『…いや、大丈夫じゃないみたいだ。ありがとう、アルファルド』


時計の針は、もうすぐハロウィーンの宴会が始まることを教えてくれた。私は急いで片づけをする。


『大広間の出来るだけ近くまで送りましょうか?』
『頼む』


バジリスク、改めアルファルドの頭に乗せてもらうと、人間よりずっと早い速度で移動し始めた。通り慣れているのであろう。数多のパイプを目をつぶって通り抜けていくアルファルド。

少し喧騒が耳につくようになってきた。恐らく、このパイプの向こう側には、大勢の生徒が話しているのだろう。パイプを何かが通っているということを知らずに。


『この辺りですね』
『ありがとう、もう帰っていい』


人の足音が聞こえないことを確かめると、私はパイプから外に出た。外には誰もいなかった。ここなら5分もたたない間に大広間まで辿りつける。

私は人混みに紛れるようにして、大広間に入った。例年通り、何百ものくり抜きかぼちゃに蝋燭の灯り、生きたコウモリが群がり飛んでいた。燃えるようなオレンジ色の吹き流しが、荒れ模様の空を模した天井の下で、何本も鮮やかな蛇のようにクネクネと泳いでいた。


「どこに行っていたの!?せっかく『ハニーデュークス』のお菓子を買ってきたのに!!」


スリザリンのテーブルに着くと、真っ先にパンジーが怒ったような感じで話しかけてきた。ドンっと、リンゴが5個くらい余裕で入りそうな袋を私の前に置いた。中を開けてみると、鮮やかな色どりの菓子が詰まっていた。


「私とミリセントからは、これ」


『悪戯専門店ゾンコ』と印刷された袋を渡してくるダフネ。中には『クソ爆弾』が入っていた。ニヤニヤとミリセントが笑う。


「セレネって優等生だからこういうモノ持ってないと思って」
「優等生、私が?」


そういうと、ミリセントは少しムスッとした表情を浮かべる。

「セレネが優等生じゃなかったら、誰を優等生だって言うの?セレネは成績もいいし、規則を破ったことないじゃない!」


私は苦笑した。規則なら何回か破ったことがある。立ち入り禁止の4階に入ったりとか、夜中に抜け出したりとか。

ドラコからは何か液体が詰まった瓶を貰った。触ってみると、ホッカイロみたいに温かい。


「『3本の箒』で売っている『バタービール』だ。甘くて寒い冬にはちょうどいい。マグル界にはないだろ?」


私はこっくりと頷き、同意を示した。実際にこれを夕食の時に飲んでみたのだが、身体の芯から温まっていく気がした。この飲み物が、マグルの世界にもあったらいいのにと思う。いつか、義父のクイールにも飲ませてあげたい。


「おい、どうもセレネがいないと思ったら…お前、行けなかったのか!?」


席について小説を読もうとしていたノットが、驚いた顔をして私を見ている。私は怪訝そうな顔をした。


「私は『吸魂鬼』に非常に弱いから『ホグズミード』行きが許可されていない。言わなかったか?」
「いや、知ってた。だが、それはもう解除になったと…」


ノットがザビニの方をチラリと見た。ザビニはノットにお構いなく黙々とパンプキンシチューを口に運んでいる、ように見えたのは一瞬で、笑いをこらえるように微かに震えていた。


「…おい、ザビニ。お前、嘘ついたな」
「嘘はついていない。ただ『セレネは“ホグズミード村”行きを許可された』って言っただけだ。『“誰に”許可された』とは言ってないけど」
「…俺で遊ぶな、ザビニ!」


ノットが怒って、ザビニが取ろうとしていた最後のクロワッサンを手に取った。ザビニが怒ってノットに言い返す。ちなみに、パンジーはドラコの世話を焼き、ミリセントがそれにちょっかいを出し、パンジーとミリセントも口喧嘩に発展していた。だが、ノットとザビニの口喧嘩も、パンジーとミリセントの口喧嘩も、どこか楽しそうに、ふざけ半分といった感じで喧嘩していた。

不幸なのは、ドラコかもしれない。2人の間に挟まれているドラコは煩そうに耳を押さえている。医務室にいるというクラッブとゴイルも不幸かもしれない。だが彼らの場合、ホグズミードで食べすぎて腹を壊したそうなので、自業自得だろう。


「あれ、セレネ、どうしたの?なんか楽しそうじゃないけど」


パンプキンパイに齧り付く手を止めたダフネが、私の顔を覗き込んできた。


「いや、楽しいし、貰ってすごくうれしい。ただ、ことわざで『2度あることは3度ある』というのがあるだろ?今年もハロウィーンに事件が起きそうだなっと思っただけだ」
「いや、ないと思うよ。そう毎年事件なんて起きないよ」


クスクスっと笑うダフネ。まぁ、それもそうかもしれない。

1年生の時はトロール乱入。2年生の時はミセス・ノリスの石化。そう特殊なことが毎年、それもハロウィーンの日に起こるわけがない。私は、再び御馳走と向き合ったのだ。


実際に食事を食べ終わり、談話室に戻るときも何事も事件は起きなかった。腹も膨れ、そろそろ寝る支度をしようかと思い始めた時、事件が起こった。突然、『大至急、大広間に戻るように』というアナウンスが流れたのだ。

先程までの幸せそうな顔は消え去り、どの生徒の顔にも『戸惑い』の色が浮かんでいた。大広間につくと、すでにグリフィンドール生が集まっていた。彼らがヒソヒソと『恐怖』と『好奇心』に満ちた顔で話していることから推測するに、どうやら『シリウス・ブラック』が現れグリフィンドール寮に押し入ろうとしたらしい。

だが、合言葉を持っていなかったので入れず、その鬱憤に『太った婦人』というグリフィンドール寮の入り口となっている肖像画を破損させたそうだ。レイブンクロー生やハッフルパフ生が大広間に戻った頃、ダンブルドアが口を開いた。


「先生たち全員で、シリウス・ブラックの捜索をせねばならん。気の毒じゃが、生徒諸君には安全のため、ここに泊まることになるのう。監督生は交代で大広間入口の見張りに立ってもらおう。主席の2人に、ここの指揮を任せようぞ。何か不審なことがあればゴーストを連絡役として、ワシに知らせるように」


ダンブルドアが話している間、大広間の戸をマクゴナガル先生やフリットウィック先生が閉めていた。
監督生の何人かが立ち上がり、大広間の入り口のところへ向かっていくのが見えた。恐怖と責任とで固い表情をしている監督生達中に、シルバーの姿もあった。彼だけがめんどくさそうな表情を浮かべ、やる気がなさそうに歩いていた。そんなシルバーとは対照的に、グリフィンドールの赤毛の首席は、厳めしくふんぞり返っており、やる気に満ち溢れていた。



「おお、そうじゃ。必要なものがあったのう」


ダンブルドアが、はらりと杖を振った。長いテーブルが全部大広間の片隅に飛んでいき、きちんと壁を背に並ぶ。もう一振りすると、何百ものフカフカとした紫色の寝袋が床一面に敷き詰められた。


「ぐっすりお休み」


ダンブルドアは、大広間から出て行った。その途端、息を吹き返したようにガヤガヤと大広間中がうるさくなった。


「みんな、寝袋に入りなさい!さぁさぁ、おしゃべりは止めたまえ!!消灯まであと10分!」


赤毛の首席が、大声でビシリと叫ぶ。私は近くの寝袋を取って、額を集めて話し込んでいる同学年の輪に入った。『シリウス・ブラックがどうやって侵入したのか?』という議論がそこでは繰り広げられていた。パンジーとミリセントだけではなく、普段は興奮しないダフネでさえ、頬を紅潮させて議論に参加していた。


「変装していたんじゃない?」
「違うわよ、飛んできたのよ」
「『姿現し』じゃないかな?ほら、どこからともなく突如現れる瞬間移動の術」
「セレネはどれだと思う?」


パンジーが私に話を振ってきた。私は首を横に振る。


「どれも違うと思う。この城を護っているのは城壁にかかっている魔法だけじゃない。こっそり入り込めないように、ありとあらゆる場所に魔法がかけられている。ここでは『姿現し』は出来ないって、『ホグワーツの歴史』という本に書いてあった。それに、飛んできたとしても、変装してきたとしても『吸魂鬼』が気が付くはずだ」
「じゃあ、いったい…」


「おしゃべりは止め!灯りを消すぞ!!
全員寝袋に入って、おしゃべりは止め!」


天井を漂っていた蝋燭の火が一斉に消された。残った灯りは、フワフワと漂いながら、眠そうに顔を歪めているシルバー以外の監督生たちと深刻な話をしているゴーストと、白の外の空と同じように星が瞬く魔法の天井の光だけだった。薄明かりの中、ヒソヒソと流れ続けるささやき声。なんだか屋内にいるとは思えなかった。


それにしても、いったいどうやって入り込んだのだろうか。


牢獄『アズカバン』を抜け出した時に使った秘術を使ったのだと思う。だが…それにしても、なんで今日、ハロウィーンの日に来たのだろうか。ハロウィーンだと知っていたならば、生徒が誰も寮にいないことが分かるはずだ。まさかシリウス・ブラックは、『生徒』ではなく『生徒の持ち物』か何かが狙いだったのか?それとも、誰もいない今のうちに、寮内に何かを仕掛けておきたかったのか?

はたまた、本当に今日がハロウィーンだということを知らなかったのか?いや、ハロウィーンじゃなかったとしても、この時間帯は夕食の時間帯だって分かるはず。


とりあえず今度、アルファルドに『“部屋”に帰る途中で、何か不審な人の気配を感じなかったか?』と聞いてみよう。何か手がかりが分かるかもしれない。

私は考えるのを止めて、瞼を閉じると、一気に深い眠りへと落ちて行ったのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


9月24日…一部改訂




[33878] 31話 本当の幸せ?
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/24 09:59

「まさか、スリザリンのセレネ・ゴーント!?」


チャリング・クロス駅の壁に寄りかかり、ぼーっとしていると、声をかけられた。声のした方を見ると、黒人の少年が驚いた顔をして私を見ている。どこかで見たことのある顔の気がするが、誰だかは思い出せない。


「そうだが、誰?」
「俺は、グリフィンドールのディーン・トーマス」
「あぁ。確かいつも鍋を爆発させているグリフィンドール生の友達か」


魔法薬学の時間、毎回のように鍋から煙を上げさせ、一ヶ月に2,3回くらいは爆発させているグリフィンドール生の隣にいつもいる少年だ。私でも知っている有名ブランドの服をカッコよく着こなしているところから見ると、マグル生まれなのかもしれない。ホグワーツ特急に乗る前に見かける、魔法使いのちぐはぐとしてマグルの格好ではなく、帽子・マフラー・コートのすべてが、上手にコーディネートされている。


「で、なんでここにいるんだ?しかもそんな小さな荷物で」


私が持っている唯一の荷物、ショルダーバックを見てディーンは問うてきた。


「家に帰れば服はある。一時帰宅に大きな荷物なんて必要ない。せいぜいアメニティーグッズと父さんへの土産。それで十分だ。あと、マグルの通貨。アンタこそ、なんでここにいるんだ?通常のホグワーツ生は昨日ホグワーツから出たと思うが」


『吸魂鬼』が天敵のわたしは、他の人たちと一緒に帰路につけない。なので、一日遅れてスネイプ先生の『姿くらまし』という瞬間移動のような術で、チャリング・クロス駅まで送ってもらったのだ。ちなみに、スネイプ先生はクリスマス休暇中、ホグワーツで過ごしているみたいだ。


「あぁ、昨日は一回ロンドンにある家に帰ったんだ。それで、今日はダートムーアに住んでいる親父の実家に行くんだ。寂しいところだけど…まぁ、行けば楽しいこともあるし。列車の出発はあと1時間。暇だからその辺りをぶらぶらしてたところさ。君はどうしてここに来たんだい?」


何処か楽しそうな表情を浮かべて、話すディーン。

「私は『吸魂鬼』に弱い。だからここまでスネイプ先生に送ってもらった」
「…なんでそんな効率の悪いことするんだ?送ってもらうなら自宅まで送ってもらった方がいいんじゃないか?」


ディーンが首をかしげる。その理由を話そうと、めんどくさいが口を開いた時だった。


「セレネ!セレネやろ!!?」


抑揚をつけた大声で叫びながら、私に近づいてくる大柄な少女がいた。コートをしっかりと着込み、赤いタータンチェックのマフラーをしっかり巻いて、頬を真っ赤に上気させている。


「そういう君はフィーナか」
「うぁ~、セレネってますます別嬪さんになったんやなぁ。眼鏡もよう似合っとるし」


ホグワーツに入学する前、マグルの学校に通っていた時の友人のフィーナが顔を赤らめて言う。私は、眉間に思いっきりしわを寄せた。


「別嬪ってなんだ。普通だぞ?」
「普通ちゃうねんって!もう、ごっつ可愛い!!なんやねん!アンタ私と同じ13歳やろ?13やんなぁ!?なんでこんな差が出来るん?やっぱ私立の学校行ってる子はちゃうなぁ……」


フィーナが、ガックリとうなだれる。全く変わってないなと思っていると、いつの間にか口元が笑っていたみたいだ。悪戯っぽい笑みを浮かべた、同じくホグワーツ入学以前の友達のラルフが近づいてきた。


「おいおい、笑われてるぜ、フィーナ。お前は全然変わってねーってな」
「わ、私だって変わってるやん!ほら、背とか胸とか、顔だって昔より」
「デブになった」
「ちゃうねん!ポチャッとしただけや、ポチャッと!!なぁ、そうやんなぁ、セレネ!!」


涙目の眼で私を見上げてくるフィーナ。否定は出来ない。確かに最後に会ったときから考えて、顔も体型も横に伸びている。


「…健康そうでいいんじゃないか?」
「なっ!そうやろ!?もう…めっちゃ優しいわ~セレネ!そう言ってくれたの、セレネだけやで?ラルフにも見習ってほしいわぁ」


そう言ってラルフを一瞥するフィーナ。だがその時、私の後ろで置いてけぼりになっているディーンに気が付いたみたいだ。ディーンと私の顔を交互に見ると、ニヤニヤっとフィーナは笑った。


「なんや、なんや。セレネに春が到来したんか?」
「春?そんなものまだ来てない」
「嘘つけ!後ろにいる美男子との関係を隠そうたってそうはいかんで!?」


ビシッとディーンに指をさすフィーナ。ディーンと私は、ほぼ同時にため息をついた。


「コイツの名前は今知ったばかりだ。そんな関係ではない」
「こいつは確かに学年でそこそこに人気だけど、俺は興味ないぞ。パーバディーの方が俺の好み。
で、話を戻すけど、まさかお前がココに送ってもらった理由って、こいつらに会う為なのか?」


なんか最初の方で在りえない内容が混じった気がしたが、気のせいだろう。私はこっくりと頷く。


「この2人は私がホグワーツに入学する前の学校での友達。フィーナとラルフ。ラルフの方が最近ロンドンに引っ越したみたいなんだ」
「数日前から私が昨日ラルフの家に遊びに行ってんねん。せやかてクリスマスは家族と私は過ごすつもりなんや。そんで、セレネが“ほぐわーつ”っちゅう学校から帰って来る列車で“キングズ・クロス”まで来るって教えてもろうて、ピンッとひらめいたんや!
キングズ・クロスはちょっと治安悪いけど、そこから乗り換えて行けば、チャリング・クロスに着ける。
その駅待ち合わせして久々に会おうってなぁ。チャリング・クロスの側にあるチャイナタウンって行ってみたかったんや!それになぁ、夜にクイール小父さんがセレネを迎えに来てくれはるやろ?それに私も同行して家に帰ろうって話になったんや!!」


途中からフィーナが、殆どノンストップで、ぺらぺらとディーンに説明し始めた。
話す手間が省けたから良かったが、フィーナはそんな理由で私をクリスマス・ショッピングに誘ったのか。



ディーンと別れ、クリスマスキャロルが至る所で流れるロンドンの街を歩く。駅から外の出た時は冬の冷たい空気で震えそうになったが、歩いてフィーナとラルフのやり取りを聞きながら、時に口を挟んみ笑ったりしている間に、寒さを感じなくなってきた。

主にチャイナタウンを中心に、その他近辺の賑やかな通りを歩いていた。茶葉を買ったり、菓子パンを買ったり、ちょっとした置物を買ったりしながら時が過ぎていく。日が傾き始めた頃のことだっただろうか。とっくにチャイナタウンを出て、ビッグベンの辺りを歩いていた。


「なぁなぁ、あの人たち、何のお芝居の人なんやろか?」


不思議そうに言うフィーナの視線を辿った時、歩きながら飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。
視線の先には、山高帽にローブを着た、マグルから見ると時代錯誤の4人組がいたのだ。

1人は紫色のローブ、1人はエメラルド色のローブで、残り2人は赤いローブを着ている。ものすごく目立っている。忙しげに歩いている人たちはチラッと見ただけで通り過ぎるか、見向きもしないで歩き去るかのどちらかなのだが、私達みたいにのんびりと観光気分で歩いている人たちにとっては、好奇の的になりかねない。

『魔法界の存在はマグルに秘匿』と習った気がする。大人の魔法使いが率先してそれを破ってどうするんだよ…と思った。よく今までバレなかったな。まぁ、目撃した人がいたとしても、マグルの世界に魔法使いが現れることが少ないみたいだから、『へぇ……不思議な人を見たね』で終わってしまうのかもしれない。



「なんのお芝居の人やろうか?ちょっと気になるから聞いて来てくれへん?」
「って、なんで俺に頼むんだよ!?」


フィーナに頼まれたラルフが不服そうな顔をする。フィーナは、両掌を合わせて頼み込むような仕草をした。


「頼む!私1人で聞きに行くの気が重いんや!!」
「なら、セレネも含めた俺たち全員で聞きに行けばいいだろ?」
「…それもそうやな。ほな、行くで!」


私の袖とラルフの袖を引っ張るようにして、魔法使い4人組に近づいていくフィーナ。魔法使い4人組が話している内容が聞こえてくる位置まで来た。


「聞いた?『シリウス・ブラック』がホグワーツに現れたって話!」
「聞いた聞いた。やっぱり……『生き残った男の子』を狙っているんじゃないか……」
「ダンブルドアがいるだろ?なら平気よ。吸魂鬼(ディメンター)もいるし」
「でも、ダンブルドアはもう歳だぞ?」


そう話している4人組は、私達が近づいていることに気が付いていない。電気製品がぎっしり並んでいる店の隣の店『パージ・アンド・ダウズ商会』と書いてある赤レンガの流行遅れの大きなデパートの前で4人は立ち止った。

みすぼらしい、しょぼくれた雰囲気の場所だ。ショーウィンドウには、あちらこちら欠けたマネキンが数体、曲がったカツラをつけて、少なくとも10年くらいは流行遅れの服を着ている。埃だらけのドアというドアには大きな看板が掛り、『改装のため閉店中』と書いてあった。ラルフが小さい声であっとつぶやく。


「ここ知ってる。ロンドン生まれのロンドン育ちの友達の母さんが話してた店だ。1回も開いているところを見たことがない店なんだってさ。何であの人たちはそんな場所に……」
「ここの前でチラシ配り始めるんやろ?でも妙やな、みんなこんなボロッちい所に目向けることないで?」


もしかしたらここは…キング・クロス駅やダイアゴン横丁みたいに……魔法界へとつながる『道』がある場所なのかもしれない。知って置いて損はないだろうが、マグルの2人に知られては不味い。あとで、変な詮索をされたら困る。そう思っていた時だった。


4人のうちの一人が、付けまつ毛のとれたマネキンに何やら小声で話しかけている。するとマネキンが小さく頷いたのだ。指で小さく手招きまでしている。その後、4人の魔法使いは何も躊躇うことなく、汚らしいショーウィンドーをまっすぐ突き抜けて姿を消したのだ。


そっとフィーナとラルフを見る。フィーナはアングリと口を開けて固まっていた。ラルフの方は、運よく、くしゃみをしていたらしく目をつぶった瞬間だったようだ。4人がショーウィンドーの向こう側に消えたということに気が付いてない。

さてと、ここはどういった反応をすればいいのか。


「ふ、2人とも!!今の見た?」


フィーナが口をパクパクさせながら、興奮気味に言う。


「今のって何だ?あ、さっきの4人がいないぞ?」
「その4人が、あの店のショーウィンドーを突き破って消えたんや!!アンタが目を離しとる隙に!セレネは?セレネは見たやろ?」


犬のように目を潤ませて私を見てくるフィーナ。フィーナには悪いが、ここは魔法使いの秘匿のため、嘘をつくことにする。


「フィーナは疲れているんじゃないか?さっきの4人なら、人混みの中に消えて行った。そっちの後を追おうかと思ったが。フィーナは固まったまま動かないし、ラルフはくしゃみをしていてそれどころじゃなかったから、何も言わなかった」
「嘘や!私は見た!見たんや!!」
「フィーナよりセレネの方が信用できる。ほら、昨日も夜中までお前は起きてただろ?疲れがたまってるんだ。一旦俺の家に行かないか?フィーナの荷物だってあるし」


フィーナは不服そうな顔をしていたが、太陽も傾いている事もあったが、彼女自身が

「せやな、急に人が消えるなんてありえへん。疲れとるんかもしれへん……」


と認めたので、『グリモールド・プレイス』にあるラルフ一家の新居に向かう。ラルフの両親は、私を見ると物凄く驚いて『美人になったね~』と言われた。

自分では容姿について何も気にしていなかったので、とくになんとも思わなかったのだが、それより気になったのは、この通りの一角だ。


眼鏡が息で曇ってしまったので一回外した時に気が付いた。この通りの一角に、物凄く密集した『死の線』があることに気が付いたのだ。家と家の間に、今までに見たことがないくらい密集した『死の線』が。


生憎、ラルフやフィーナに急かされて、じっくり見ることは出来なかった。あの密集した線のどれかを斬ったら、きっと魔法界に繋がっている。そんな気がした。私が今まで気が付かなかっただけで、いたるところに魔法界への入り口が隠されているのかもしれない。


ジリリリリッという玄関のチャイムの音で、私は現実に引き戻された。窓の外に、クイールの車が止まっているのが見える。


「あ~、寂しいわぁ。これでラルフとはお別れかぁ」
「また会いに来ればいいだろ?」
「せやかて、こうして3人そろうのは滅多にないで?」


本当に寂しそうにつぶやくフィーナ。ラルフも声は強がって入るが、寂しそうな顔をしていた。


「死んだわけじゃないんだ。また会える時があると思う」


私がそう言うと、フィーナが涙でいっぱいにたまった目をして私の方を向く。


「せやな!セレネの言う通りやぁ!!約束やで!また3人で会おうなぁ!?」
「おい、今似たようなことを俺も言ったような――」
「ほな、さいならオバサン!オジサン!行くで、セレネ!」


ダッシュで迎えに来てくれたクイールの車に乗り込むフィーナ。ラルフは苦笑していた。


「まったく、素直じゃねぇな。じゃあな、セレネ」
「あぁ」


ラルフに手を振ると、私も車に乗り込む。車の中ではフィーナが、鼻をすすっていた。


「楽しかったんだね」


運転中のクイールが優しい声を出す。涙で湿っている袖で、何度も何度も目元を拭うフィーナ。


「うん!物凄く『幸せ』だった!!」
「『幸せ』……か」


私は、ポツリとつぶやいた。


『幸せ』とはなんなのだろう?





ハロウィーンの時から学校内で『シリウス・ブラック』対策が強化されていた。私は観戦に行かなかったが、『グリフィンドールVSハッフルパフ』のクィディッチの試合で『吸魂鬼』が乱入してきたのだ。第2回のホグズミード村にも行くことが出来ず、学校から出る時は私だけ個別でスネイプ先生に送ってもらわないといけないし、また迎えに来てもらわなければならない。



ルーピン先生が使っていた吸魂鬼を追い払う技『守護霊の呪文』を練習したこともあった。だが、『幸せ』な経験が思いつかないのだ。日本に行ったときのことを思い浮かべたり、魔女だと知らされたときのことを思い浮かべたりしたが、ハッキリと形を持った守護霊が出てくることはなかった。いくらやっても、ボヤボヤっとした白い煙が出てくるだけ。クリスマスが明けたら、スネイプ先生かルーピン先生にコツを聞きに行こうと考えていたところだったのだ。



でも、今日何となく気が付いたかもしれない。『幸せ』というのは『特別な経験』を指す言葉じゃないのかもと。今日みたいに、友達と笑いあったり食事したりすることが、『幸せ』なのだろうか?




「『本当の幸せってなんだろう?』」


クイールがポツリと言う。フィーナは、いつの間にかすやすやと寝息を立てていた。ミラー越しにクイールと目が合った。クイールはいつもの優しげな眼差しを、私に向けている。


「今の言葉はね、日本の…とある物語の主人公が言ったセリフだよ。僕にも『本当の幸せ』が何か分からない。でも、こういうのが『本当の幸せ』というんじゃないかなって思うことはある」


ハンドルをきりながら、クイールは話し続ける。空はだんだん藍色に染まり、チラチラと星が顔を出し始めていた。


「自分が『幸せ』だと感じることが一番幸せなんじゃないかなって。でも、それは自分よがりのことではなくて、他人にとっても納得がいくものが『本当の幸せ』なんだと思う。そうしなかったら、殺人快楽者はみんな『“本当の幸せ”を知っている』ということになっちゃうだろ?」
「……」


私は何も言わなかった。しばらくの間、車のエンジン音とフィーナの寝息だけが車の中に響いている。


『幸せ』が何を現すのか。私にとっての『本当の幸せ』が何かは、ハッキリとは、まだ分からない。

でも、『これが幸せなんじゃないか?』と思うことは見つかった気がする。もう一度、学校に帰ったら『守護霊の呪文』を練習してみようと心に決めた。それでもだめだったら、先生に聞きに行こう。





[33878] 32話 蛇と獅子になりたかった蛇
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/20 10:57


クリスマスが終わり、学校に帰ってきて早数日。今日の『魔法生物飼育学』は前回までのつまらない、いや、物凄く安全過ぎる授業とは違っていた。ヒッポグリフの事件があって以来、安全すぎる授業をハグリットは行っていたのだ。だから、また今年も『レタス喰い虫』というレタスを好む自己防衛手段を全く持たない虫に餌をやるだけという授業かと思ったが、今回は違う。大きな焚火の中にサラマンダー、つまり火トカゲをたくさん集めた授業だった。

みんなで枯れ木や枯葉を集め、明々と焚火を燃やし続けた。炎好きの生物であるサラマンダ―は、白熱した薪が燃え崩れる中をチョロチョロと駆け回っている。パチパチっという音を立てながら燃え上がる焚火に、かじかんだ手をかざしながら、パンジー達と話し、薪が足りなくなってきたら集めに行くということを繰り返していた。


さて、残り時間が20分といったところだっただろうか?ふと探し求めていた動物の姿が視界に入ってきた。


「少し薪を探しに行ってくる」


と言って席を立つと、その動物の方へと歩く。その動物は、クマほどの大きさの犬。もじゃもじゃした真っ黒い毛をしていて、寒そうに身体を丸めている。私が近づいて来ることに気が付くと、僅かに毛を逆立てた。私は、警戒させないよう両手を上げながら犬に近づく。そして、犬の横にある岩に積もった雪を払い落とすと、その上に腰を下ろした。


「…率直に聞くけど。もしかして、アンタが『シリウス・ブラック』か?」
「……」


犬は何も答えない。ただ、うす灰色の眼を大きく見開いて、私を凝視している。


「…アルファルドという名の蛇がいる。ソイツが言うには、シリウス・ブラックが侵入した日、不審な人の気配を感じなかったみたいなんだ。言っておくが、アルファルドは並みの蛇ではない。学校を教師の誰よりも知り尽くした蛇だ。抜け道という抜け道を知り尽くしている。アルファルドは『抜け道を通った人はいなかった』と。つまり、裏を返せば、人以外が抜け道を通った可能性があるということだ」


犬は吠えることもせずに、ただ黙って聞いている。焚火を囲んでいる生徒たちの楽しそうな笑い声が、風に乗って耳に入ってきた。一応、寒さ対策に持ってきたホッカイロがあるが、その場しのぎにしかならない。ホッカイロを手袋を嵌めた両手でこすりながら、私は話を続けた。


「案の定、思った通り。アルファルドが言う特徴は『大きな黒い犬』。その犬が『隻眼の魔女』の後ろに隠されている『秘密の抜け道』から学校に侵入し、出て行ったそうだ。実際にアルファルドが回収した『隻眼の魔女』の後ろの抜け道に落ちていた黒毛からは、『獣の臭いがする』とバーナードっていう私のもう一匹の蛇も言っていたしな。普通の犬にそう言った知恵が働くとは思えない。
そうなると、思いつくのは『シリウス・ブラック』が犬に変身して城に入ってきたってことだ。それに…」



ここで言葉を区切って、誰も近くにいないことを確かめる。薪を拾い集めに行く生徒はいなく、どの生徒も体を丸めるようにして火に手をかざしているのが見える。今から言うことは、『シリウス・ブラック』以外には聞かれたくない事だった。


「シリウス・ブラックとルーピン先生は同期生で友達だ。去年、私が自分の先祖を調べる過程で、過去の監督生名簿を調べていた時に、ルーピン先生の名前が書かれてあったんだ。ルーピン先生の所属寮はグリフィンドール。さらに同期のグリフィンドール生にシリウス・ブラックもいる。同期の同寮の生徒とは仲良くなりやすいからな。おそらく、ルーピン先生とブラックは仲が良かったと考えられる。
そして、ブラックは、気が付いた可能性が高い。先生が『狼人間』だということに」



ピクリっと犬の耳が動いた。どうやら犬は私の話を、ちゃんと聞いてくれているみたいだ。



「ブラックがもし、ルーピン先生が友達だとして、先生が狼人間だということを知ったら、彼の辛さを少しでも減らそうと努力すると思う。少しでも側にいて、その辛さを減らしてあげたいと考えた可能性が高い。だが、最も辛い狼への変身の時、その時が最も危険な時だ。人間のままでは一緒にいられない」


もし、私の友達が…例えばミリセントやパンジー、ダフネたちがオオカミ人間だったら、私だって辛さを減らしてあげたいと思う。でも、人間のままでは無理。特効薬を作る知識も専門性もない。だったら…


「人間じゃなかったら、先生が狼に変身していたとしても一緒に行動できる。シリウス・ブラックを始めとする先生の友人達が、何かしらの動物に変身することで、一緒に行動しようとした。『勇敢な騎士道精神』を理念としたグリフィンドール生なら考えられなくもない」


足をブラブラさせた。子供っぽい行動かも知れないが、こうして時折、足を動かさないと感覚がなくなって足が使い物にならなくなってしまうかもしれない。手はホッカイロがあるので無事だが、足に貼るホッカイロは持っていない。


「もっとも、これはルーピン先生が『狼人間』ではなかったら、つながらない話なんだけどな。
先生が狼人間なのではないかと疑念を覚えたのは、最初の授業の時の先生の態度だ。パンジーと真似妖怪が対決した時に真似妖怪が変身したモノは『狼人間』。その時の先生の表情は、他の人の真似妖怪へと向ける表情と違っていた。
それだけだと、確信できない。これもまた確信的な話ではない上に私の想像も交じっているけど…」



チラリと犬の方を見ると、続きを促すように頷いた。その眼は真剣で、とても『普通の犬』には見えなかった。闘犬とも違う、意志を持った人間の目だ。


「ルーピン先生は最初に会ったときから、服はボロボロ。食事もろくにとっているようには見えなかった。つまり、ずっと失業状態にあったと考えるのが適切だろう。
なら、なんで就職できなかった?授業や人柄も申し分ない。それに、『吸魂鬼』を追い払えるくらいの『守護霊の呪文』が使える優秀な魔法使いだ。なのに、なぜ就職が出来なかったか。
となると、考えられるのは1つ。魔法界から忌避される病気を持っている。だから就職できなかった。

しかも、その病気にかかっているのは満月の前後だ。私のクラスは、たまたまなかったが、ちょうど今日みたいに満月が重なった日の『闇の魔術に対する防衛術』のクラスは、スネイプ先生が代理で受け持っているらしい。

満月の日に決まってかかる魔法界が忌避する病気。そうなると多少勉強をしていれば『ルーピン先生=狼人間』という図式が自然と浮かんでくる」


そこまで言い終わった時、ちょうど授業終了のチャイムが鳴り響いた。もうそろそろパンジー達のところに戻らないと不審に思われる。


「安心しろ。私はアンタが『シリウスかも知れない』ということは誰にも言わない。ただ、いくつかアンタがシリウスなら質問したいことがある。
今日は金曜日。昼過ぎから空いている。その時に3階の『嘆きのマートル』が住み着いている女子トイレまで来て欲しい。来なかったら、分かっているな?」


それだけ言うと、私はサクッサクッと雪を踏みしめながら城へ歩みを進める。吐く息が白い。ちょっと息をするだけで眼鏡がくもるので少しイライラした。





























「マートル?マートルいるか?」

通い慣れ始めた『故障中』と書かれている女子トイレに入ると、中に住み着いているゴーストを呼ぶ。
すると眼鏡をかけた少女のゴーストが、一番奥のトイレから現れる。私を見ると、不機嫌だった顔が少しうれしそうな顔になった。

「あら、セレネ。今日はどうしたの?」


先程まで泣いていたのだろうか?声が酷くかすれていた。


「どうしたんだ?何か嫌なことでも思い出したのか?」
「…そうなの。実はオリーブが『私の存在自体が時代遅れだ』って言われたことを思い出しちゃって…そこまで時代遅れに見える!?」
「見えない」
「そうよね!!セレネって本当に優しいわ」


別に優しくなんてない。ただ、このまま機嫌が悪い状態で追い出すと、関係が悪化し、ここに入り浸っていることを誰かにつけ口されたら嫌だという理由だ。決してマートルを可哀そうに思ったから口に出した言葉ではない。

「実はマートル。ちょっとここで用があるんだ。悪いけど別のところに行っててくれないか?」
「ええ、いいわよ」



そう言うと、すぅーっとどこかへ消えていくマートル。私は、しばらくトイレの洗面台に寄りかかるようにして立っていた。数分経っただろうか。気が付くと、入口のところに先程の大きな黒い犬が座っていた。

普通の犬は言われただけで、ここまで来ない。となると、私の読み通り『シリウス・ブラック』だという可能性が高まったというわけだ。私は口元に笑みを浮かべる。


「…来たな」
「お前が来いと言ったからだ」


犬がしゃべりだす。ハッキリ言って、正体が人間だと分かっていたとしても心臓に悪い。


「つまりアンタが『シリウス・ブラック』だということを認めるんだな?」
「あぁ、認めよう。だが、1つ。君が私に質問する前に答えてもらおうか。君は何者だ?」


シリウスがまっすぐ私を探るような目で睨んでくる。


「君は先程の会話の中で『蛇に聞いた』と言っていた。つまり、蛇と会話できるということか?」


やはり聞かれると思った。魔法界でも珍しい『蛇語』について漏らすことで、私にさらなる興味を持つように仕向けたのだ。向こうは私の正体が気になるはずだ。きっと約束通りにこのトイレに来ると考えたのだった。


「私はセレネ・ゴーント。スリザリン寮の3年生だ」
「やはりスリザリンか。ということは、ヴォルデモートの手先か!!」


ガルルルルっと低い声で唸り始めるシリウス。その反応は予想外のモノだったので、私は内心、首をかしげてしまった。


「おい、聞き間違いじゃないよな?アンタは今…」
「なんだ?怖気づいたのか?そうだ。私は『ヴォルデモート』って言ったんだ。嬢ちゃんはご主人様の名前にビビってんのか?アンタの大ボスだろ?」
「何言ってんだ?」


平然と言い返す。まさか、私…いや、魔法界はとんでもない思い違いをしているのではないのだろうか?


「私の親はとっくに死んで、育ての親は血の繋がりの無いマグル。あんな亡霊男の部下のわけがない。さてと、質問が一つ増えたな。

シリウス・ブラック…アンタは本当にヴォルデモートの手先『死喰い人』なのか?」



私は真っ直ぐに犬『シリウス・ブラック』の灰色の眼を睨むようにして見つめる。シリウスも私を睨むようにして見つめてくる。ぶつかり合った視線はバチバチと激しい火花を散らしているような気がした。


「もう一度、問おう。アンタは本当にヴォルデモートの部下『死喰い人』なのか?」
「私の方こそもう一度だけ問おうか。お前の大ボスはヴォルデモートなんだろ?」


相手を疑う姿勢を私もシリウスも一歩も崩さない。無言の火花が散る。このままではラチが開かないと思い、先に折れたのは私の方だった。


「私の名前はセレネ・ゴーント。ヴォルデモートの義母兄弟の娘。つまり『最後のスリザリンの継承者』だ。だから『蛇語』は使えるし、『秘密の部屋』も開くことが出来る。だが、勘違いするな。
私はこの力を誰かを傷つけるために使うつもりはない。もっとも、自己防衛には使うかもしれないが。

それから、私は亡霊男(ヴォルデモート)と馴れ合うつもりは毛頭ない。私は死ぬことが怖いが、奴みたいに死を永遠に避け続けたいとも思わない」


シリウスは黙って聞いていた。その眼には当惑の色が浮かんでいた。私は、小さくため息をつく。


「どうやら、私は勘違いをしていたみたいだ。さっさと目的を果たして来い。私は何も言わん」
「勘違い…だと?」
「私はお前が『死喰い人』だと思っていた。だが、違うことに気が付いた。だから質問する意味も、何をしようとしていたかを問いただす意味も、なくなったって事だ」


私はカツンカツンと足音を立てながらトイレから出ようとした。だが、それを呼び止めるようにシリウスが吼える。


「どこで気が付いた?俺が『死喰い人』じゃないってことに」



一人称が『私』から『俺』に変わるシリウス。私は足を止めると、シリウスに背を向けたまま口を開いた。


「それはアンタが『ヴォルデモート』って堂々と言っていたからな。普通の魔法使いや死喰い人なら『ヴォルデモート』って呼ばないだろ?まぁ、最初からアンタは無実かもなと、どこかで感じていたがな」
「…なるほどな。それで、なんで俺が無実だと思った?」


シリウスの視線が背中に刺さる。私はマートルが戻る雰囲気が全くないことを再度確かめると、口を開いた。


「簡単だ。…12年前の事件自体が妙なんだ」
「妙だと?」


少し眉を上げるシリウス。私は淡々と思ったことを話し始めた。


「そうだ。12年前、シリウス・ブラックは、友人のピーターという人物ごとマグル13人も殺したんだ。だが、この日の記事をよく考えてみると、おかしい箇所がある。
まずは新聞に掲載されていた現場の写真なのだが、道の真ん中に深くえぐれたクレータ。その底の方で下水管に亀裂が入っている。理由は『シリウス・ブラックが“爆発呪文”で吹き飛ばしたから』だ」


シリウスにくるりと背を向け、周囲の気配を確認する。マートルの気配もなければ、他の学生がいる気配もなかった。私は話し続ける。



「だが、本当に『爆発呪文』を使ったのだとすれば、ピーターの死体がもう少し残っていないとおかしい。巻き込まれた他のマグルの死体は、最低限の原形が分かる程度は残されているのに、ピーターの残骸は、血だらけのローブと一本の指だけだった。ローブと指が残るのであれば、他の肉片も残っているはずだ。頭も体も全て吹っ飛ぶほどの威力なのにもかかわらず、なんでローブまで粉々にならなかったのか理解に苦しむ。
クレータが出来るくらいの『消失呪文』を放ったとも考えられるが、それなら何故…巻き込まれたマグル達は消失しなかったのかという問題が湧いてくる。ほら、おかしいだろ?」



私は後ろを振り向かないまま、ここまで話すと一旦話を区切る。背中にはシリウスの視線が、先程よりも強く突き刺さっている感じがした。



「考えられるのは、シリウスではなくピーターが呪文を放ち、死を偽造し逃げたということだ。
もし、ピーターもシリウスやルーピンと同期の…同じグリフィンドール生だったとしたなら、シリウスと一緒に『動物もどき』を習得し、何かしらの動物に『変身』出来るのかもしれない。ピーターが何に変身するのか分からないが、それが小動物だとしたら?
ピーターが辺りを吹き飛ばした後、小動物に変身し、下水道辺りに潜り込んでしまえば逃走完了。そして、シリウスは無実なのにもかかわらず、アズカバンに収監されてしまう。例え無実だということを主張したとしても、主張するためにはピーターが『動物もどき』だということを明かさなければならない。
となると自分が『ルーピン先生のために“動物もどき”を覚え、夜な夜な歩き回っていた』だということも明らかになってしまい、アズカバンに収監されてしまう。『動物もどき』は魔法省の認可を得ないと習得できない技だからだ。


どっちにしろ収監されるなら、無実の罪を認めて収監された方がいいと思ったのではないか?無実を主張すると、友人のルーピン先生まで巻き込むことになる。もし、無実でも罪を認めれば、少なくとも先生を巻き込む必要はないと考えたんだろうな」


私が口を閉じると、あたりがシンっと静まり返った。開けっ放しの窓から、冷たい風に乗って、外で雪合戦をする子供の声が入り込んできた。


「見事だな。スリザリン生には思えん」


初めてシリウスの口調の中に、賞賛の色が混じった。だが、まだ嫌悪の色が抜けきっていない。よほど、スリザリンが嫌いなのかもしれない。


まったく、なんでグリフィンドール生はスリザリンに対して嫌悪感を持っているんだろうか。といっても、パッと思いつく例はロン・ウィーズリーしかいないのだが。


「君が今、推測したことを事実と言っていいだろう。私は無実だ。君はきっと『スリザリンの末裔』でなければ『グリフィンドール』に入っていただろう」
「馬鹿な事を言わないでくれ」


思わず強めの口調で言うと、振り返って思いっきりシリウスを睨みつけている私がいた。考える前に言葉が口から飛び出ていく。


「私はグリフィンドール生の素質は持っていない。『騎士道精神』なんてこれっぽっちも持ち合わせていない。
私がアンタの正体を誰にも明かしていないのは、私の質問に答えてもらいたかったからだけだ。もし、誰かに話してしまったら、質問する前にアンタは話せない状態になってそうだからな。それに反撃されたとしても、杖を持っていないアンタなら倒せる自信がある」


袖の上から、隠しているナイフに触る。あの犬状態で襲いかかられたとしても、眼鏡を外しナイフを構えるのに時間はかからない。襲ってきたら、あっという間に犬の肉片へと下してアルファルドの餌にすればいい。


「つまり、俺を誰にも言わないのは、お前自身の目的のためってことか」


シリウス・ブラックは鼻でフフンと笑う。


「そういうことだ。分かったなら、さっさと目的をすませてしまえ。そしてホグワーツからさっさと離れろ。『吸魂鬼』が鬱陶しい」



一応、クリスマス休暇から帰ってきた初日に、『守護霊の呪文』は習得できた。マグルの友人のフィーナやラルフ、魔法界の友人のダフネやパンジー達と話している日常を思い浮かべながら呪文を唱えると、杖先から銀色の生き物が現れた事を思い出す。私の守護霊、銀色の目を閉じた見慣れた巨蛇『バジリスク』は部屋をグルリと一周すると霞になって消えて行った。…だが、本当に『吸魂鬼』がいるところで試したのではないので、実戦の場で使用できるか不明。対抗策を手に入れたとはいえ、吸魂鬼は好きになれそうにない。むしろ嫌いだ。

だから、さっさと吸魂鬼はホグワーツから消えて欲しい。そのためには、シリウスが、さっさと『目的』をすませて、どこかへ消えてもらわないといけない。



「なぜだ?俺が目的を達成することを待たなくても、さっさと俺を先生にでも魔法省にでも差し出せば、俺は捕まり、吸魂鬼は――」
「なんだ?誰かにアンタの正体を伝えていいのか?」


そう言うとシリウスは黙り込んだ。私は少し微笑むと、再度シリウスに背を向けた。


「安心しろ、誰にも言わない。アンタの復讐相手はピーターなんだろ?ならグリフィンドールにいる生徒に被害を加えることはしないはずだ。なら、私には関係ないことだ。さっさとピーターに復讐して、城を去ってもらうことが、一番円満に済ませる方法だろ?

野良犬に変身して走り回るアンタを捕まえるのは、少し骨が必要そうだ」


私はシリウスを振り返ることはもうしなかった。シリウスが後ろで何か言った気がしたが、無視をしてトイレを出た。





それにしても…まさか、本当に私の考えが当たるとは思ってもいなかったことに、少し自分で驚いていた。友達のためとはいえ、規則を無視し、変身術でも最高度とされる『動物もどき』を成功させるほどの知恵を持っているなんて。ある意味、シリウスはスリザリンでもやっていけるのではないか?

そんなことを考えながら歩いていると、開けっ放しの窓から肌を刺すような冷気が入り込んできた。
コートもマフラーも着ていなかったので、身体が震えて、歯が噛みあわずにカチカチと音を立ててしまった。私は身体を猫のように丸め込む体勢をとると、足早に暖炉の火が煌々と燃えている談話室へと足を速めたのであった。





[33878] 33話 6月のある日に
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/04 16:19
早いモノでもう6月も終わろうとしている。
雪が降り積もっていたなんて思えないくらい、木々は深緑の葉を澄み切った青空に向けて伸ばしていた。湖は元気いっぱいの太陽の光をキラキラと反射させている。

そんな自然界の明るさとは無縁だったのは、スリザリン寮だった。スリザリン寮は、クィディッチの寮対抗試合で決勝戦まで勝ち残ったのだが、最後の最後でグリフィンドールに負けてしまってからは、寂しげな空気がしばらく漂っていた。それこそ『吸魂鬼』に幸せを全て吸い取られてしまったかのように、閑散としている。だが、いつまでも陰鬱な空気を漂わせているわけにはいかない。なぜならば、もうすぐ期末テストが待ち構えているからだ。どの生徒もテストに向けて猛勉強をし、図書室や談話室に入り浸る生徒が多くなっていた。

それは、私も例外ではない。テストに備えて、今までのノートを整理し直し、抜けているところをチェックする日々を送っていた。
パンジーやミリセント、それからダフネに分からない箇所を質問をされるので、そこを教えたり、逆に自分が不安な箇所を、ドラコやノットに尋ねたりしていた。そしてその日の私は、図書室で目当ての本を見つけると、大事に抱えて談話室に向かっていた。

少し小走りで歩いていると、ガシッと突然肩をつかまれた。誰だろうと不審に思って振り返るとそこにいたのは、大きな眼鏡をかけてスパンコールのついた服を着ている魔女だった。眼がギョロギョロと動き、口をだらりと開けている。今にも引き付の発作でも起こしそうだ。私は眉間にしわを寄せ、魔女を見上げた。


「…どこか悪いのですか?」
『崩れるぞ』
「…はい?」


間抜けな声を出してしまう。一体、何が崩れるのだろうか?というより、まずこの人は一体誰なのだろう?医務室へ連れて行くのが一番だろうか。それとも先生に報告するのが一番か。まずは、とりあえず話を聞いてあげるのが一番なのか。
魔女は私の肩に痕が付くくらい、力を入れて握っていた。私がどう対応するか戸惑っていると、女は荒々しい声で言葉を紡ぎ続ける。




『日輪を一周した時だ――――――徐々に広がり始めたヒビの入った家が――崩れるであろう。
家は、海の向こうから来た人物の手によって――音を立てて崩壊する――日輪が一周した時――それが起こるであろう――』





おどろおどろしい震える声で告げた魔女。言い終えると同時に頭がガクッと傾き、ダラリと手を下に伸ばした。そして、ハッと我に返ったように、頭がまたピンッと起き上がる。

パチパチっと何回か女は瞬きをした。


「あら、貴方は一体誰なのです?」
「それは、こちらのセリフです」


私は、我に返ったような様子の女から数歩距離を取る。


「今のは、なんですか?」
「今の?なんですの?私はただ、この廊下を用があって歩いていただけですわ。その途中でついウトウトしてしまいまして……」


どうやら先程のことが、記憶にないらしい。私をからかっているのかとも思ったが、そうではないようだ。目の前にいる女は、初対面の私に睨まれないといけないのかが分からないらしく、オドオドと戸惑っていた。


「…そうですか。気を付けてくださいね」


私は本を抱え直すと、先程よりもペースを上げて歩き始めた。その場を一刻も早く離れるように。
今のは、なんだったのだろうか?あの女の妄想だろうか?いや、それとは違う感じがする。妄想なら記憶にあるはずだ。もしかして、『予言』の類なのかもしれない。そういう『予言』のようなモノを受ける寸前は、トランス状態に陥ると本で読んだことがあるような気がする。だが、夏休みに出会った未来視の少女、瀬尾は別にトランス状態に陥っているようには見えなかった。でも、予言ではないとするといったい…




バッシャーーン!!!



考え事をしながら廊下の角を曲がると、なにかが頭上から降ってきた。ポタリ、ポタリと濡れた髪から水滴が床に滴り落ちる。


「ひ~かかった!!馬鹿な生徒が1人~!!」


見上げると、オレンジ色の蝶ネクタイを付けた大きな目をした男がプカプカと浮かんでいた。彼の名前は、ポルターガイストのピーブズ。空のバケツを抱えて、ゲラゲラ笑っている。胸の奥から沸々と静かな怒りが湧き上がってくる。


「なにしてくれるんだ、借りた本がビショビショじゃないか」


ジロリッと思いっきりピーブズを睨む。するとピーブズのゲラゲラ笑いがピタリっと止まった。この時の目撃者が、後に『あの時のセレネの背後に、鬼の顔が映っていたように見えた』と証言している。だが、この時の私に知る由もない。ただ、図書館の本を水びだしにされたことに、ムカついていた。ナイフを取り出して、目の前でプカプカと浮かんでいるピーブズの片腕を使えなくさせたら、少しはこの怒りが収まるだろうとまで、考えるほどに。
私は、掌をピーブズに向けて、口を開いた。


「5秒やる。その間に、私に対する無礼を詫びて去るか、私に細切れにされたいか――どちらかを選べ」
「すみませんでした!」



ピーブズは速攻で頭を下げると、どこかへ消えて行った。私は杖をローブの下から取り出すと、水を吸ってしまいダブダブになった本に軽く当てる。


「『テルジオ―拭え』」


杖の先に、本が吸い込んだ水が吸い込まれていく。まだ少し湿ってはいるが、読むことには困らない程度にはなった。同じ呪文を自身のローブに向けて唱える。同様に水は滴り落ちなくなったが、まだ湿っている。ヒンヤリと布が肌に張り付くような感触は、気持ち悪かった。早く談話室に戻って、清潔なタオルで身体を拭こう。その前に、暖かなシャワーを浴びようか。とにかく早く濡れた身体を暖めないと風邪をひいてしまう。

談話室へと足を再び向けたその時には、女の人が私に告げた『予言』のことなんて、もう頭の中には残っていなかった。










この後、私は見事に風邪をひいてしまい、試験が終わるのと同時に倒れてしまった。恐らく、ピーブズに水をかけられたのが原因だろう。…見舞いに来てくれたバジリスクのアルファルドが言うには『疲労』も原因の1つだと言っていた。
余談だが、眼が覚めた時には吸魂鬼が生徒を襲ったせいで、学校を出て行くことになった。それは非常に嬉しかったが、それと呼応するかのようにルーピン先生が辞職することになってしまっていたのだ。ルーピン先生は好きな先生の1人だったから、かなり残念だ。せめて去る前に、一言…話したかった。それにしても何で毎年、毎年『闇の魔術に対する防衛術』の先生が変わっていくのだろう。まさか、来年の先生も1年で辞めていくということはないと思うが…
汽車の中でミリセントとパンジーが蛙チョコレートのカードを取り合う様を眺めながら、そんなことを考えていた。






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10月4日…一部改訂




[33878] 32.5話 真夜中の散策
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/04 16:26

番外編のバジリスク:アルファルド視点です。



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校庭はすでに真っ暗でした。明かりと言えば、遠くに見える城の窓から洩れる光くらいです。今日は、久々に外に出て食事をしようと思っていました。初代の主であるサラザール様が、サラザール様の子孫様のために用意された『秘密の部屋』で生活をしています。ですが、そこから一歩も出ないという生活を送っているわけではありません。私だって、あんな狭くて、薄暗くて、じめじめしたところに、ずぅ~~~~っといたくないです。
第一に、飽きますし、やることだってありません。いくつかサラザール様が用意してくださった玩具がありました。サラザール様は私が退屈しないように、色々と工夫を施してくださいました。ですが、あの何も知らないガキが―――失礼、先代の主が全て壊してしまったので、暇をつぶせる道具がないんです。もちろん、私は反対しましたよ。でも、あの主が全く聞き耳を持ってくれなかったんです。本当に、いつか裏切ってやろうと何度思ったことか。

だから、こうして夜中に城を抜け出して、星を眺めながら食事をする時があるのです。リフレッシュになるんですよ。外の空気は『秘密の部屋』なんかより、ずっと澄んでいますし。それに、外の空気の方が甘く感じるんです。なんか最近は校庭やら湖の近辺やらに、得体のしれない怪物がウヨウヨしていますが、私自身には何の危害も及ぼさないので、無視することにしてます。今代の主が言うには、確か『でぃめんたー』という怪物らしいです。ちなみに、今代の主は、その怪物のせいで城から出られなくなってしまったみたいです。だけど、私にとっては好都合です。



だって、ずっと私は人と話していなかったんですよ?



先学期のジニーとか言う赤毛のお子様は、話になりませんでしたし。また会うはめになってしまった先代の主は、あの1年間、私を完全に『道具』として見ていましたからね。仕事…つまり、『ハリー・ポッター抹殺計画』についてしか話したことがありませんでした。もちろん50年前は、先代の主とも色々と話したかもしれません。ですが、私は50年も眠っていたんですよ。細かい記憶は忘れてしまいました。まぁ、それだけ、どうでもいい会話だったんでしょう。


新しい主との会話は、そこまで面白いモノだといえるとは思えません。主は主で、ずっと本と睨みあっています。それに、元々無口に近い主との話もそこまで弾みません。ですが、話し相手がいるというだけでも、暇つぶしにはなります。リフレッシュにもなります。本音を言うのであれば、時間があるときに玩具か何かを作ってほしいのですが、それは我儘だと思います。私は主に文句は言わないようにしていますから。

主が女性で嬉しかったです。だって、ガールズトークなるモノを楽しめると思っていたのですから。でも、実際は全くそう言うことがなくて、ショックに思っていることに関しても、私は文句を言いません。


主は主ですから。
根暗で陰気野郎でも主は主ですから。先代の俺様主義の主よりずっとマトモですから!!







――少し愚痴を言いすぎてしまったようですね――

雲が切れ、その合間から満月が顔を出し始めました。遠くで何やら狼の遠吠えが聞こえた気がしましたが、気のせいでしょうか?私の姿は月明かりを浴びてしまっています。夜の闇が晴れ、私の姿が遠くからでも分かるくらい明るくなってしまいました。ですが、誰も私に気が付くものなどいないでしょう。
誰もこんな時間に、窓を覗く者などいませんし。
だいたい、こんな夜中に私の姿を見たとしても、『夢でも見たんだろ』で終わるに決まっています。どう考えても、私のような巨大な蛇が、そこら辺をウロウロしているとは誰も思わないはずですから。


さてと、食事に入るとしましょうか。おや、さっそく食事を見つけました。
私は身体が大きいので、通常の蛇よりたくさんの小動物や鳥を食さなければなりません。私は、見つけた小動物目がけて進み始めました。草むらの中をコソコソかけている小動物、おそらくネズミでしょうか。でも、なんというか、ネズミにしては薄汚くて不味そうでした。オマケに微かに人の臭いもします。ですが、腹の足しにはなるでしょう。私は一口でそれを飲み込みました。やはり不味かったです。バタバタと喉の奥で暴れまわっているのを感じながら、新たな餌を捜しに進み始めます。次に見つけた肥えた鳥は、先程の不味さを帳消しにするくらい美味しかったです。鳥といっても、馬と鳥が合わさったような不思議な生き物でした。
直前まで人が乗っていたのかもしれません。少し人の匂いが残っています。もっとも、私が鳥を襲う前に、乗っていた人は逃げたみたいです。



途中、自分を傷つけながら暴れまわる狼人間を見つけました。ですが、今日は狼人間を食す気分ではありません。それ以前に今代の主が、人間を食することを禁じているからです。荒れ狂う狼人間を横目で見ながら、私は得物を探します。そして、この後も何匹かの小動物を食していき、そこそこに腹も膨れたところで城に戻りました。



次の日ですが、主は私の元を訪れてくれませんでした。昨日でテストが終わり、訪ねて来てくれるはずだったのですが。何かあったのでしょうか?私は、こっそり医務室の方へと進みました。
談話室にいるという可能性もあります。ですが、まずは医務室です。もしかしたら気分を悪くなされて倒れてしまったという可能性がありますから。案の定、私の予想は当たっていたようです。


主は規則的な寝息を立てながら、ベッドの上に横たわっていました。全く、いつも身体を無理して使っているから、こんなことになるんですよ。特に休んでいる様子も見られませんし、毎回脳をフルに使っていますしね。倒れて当然です。
これで少しは休みを取るようにするでしょう。

まったく。一体、どうして私の主は何かしらの問題がある人ばかりなのでしょうか?初代主であるサラザール様も、協調性のない方でしたし。ついでに言うなら顔もイマイチでした。いざという時はやってくれるんですけどね。


先代の主も、顔こそイケメンでしたが、この方も協調性のない人でした。まったく。『死』を恐れることは大切ですが、避けることを考えるとは馬鹿げたこと。愚か者の考えです。

今代の主には、今のところ協調性があるように思えます。ですが、脳を働かせすぎです。身体もろくに休ませていませんしね。考えすぎですよ。もう少し、年頃の娘らしく生活してもよいモノを。これはスリザリンの家系なのでしょうか?
サラザール様も歳にあわない低レベルの喧嘩をグリフィンドールとしていましたし、先代も年齢にあわない思考を持っていましたしね。



さて、しばらく医務室の側のパイプの中にいましたが、飽きてきました。また、夜になってから見舞いに来るとしましょう。そう思い、パイプの中を戻っていきました。どの人も、辛いテストが終わったことが嬉しいのでしょう。楽しげな声で友人たちと話す声が、壁の向こう側から聞こえてきます。中には主を心配する声も混ざっていて、少しホッとしました。主に友人がいて本当によかったです。先代なんて友人がいませんでしたから。
初代ですか?友人は、数えるほどしかいませんでしたね。多くて3人でしたっけ。今代の主の友人は何人いるのでしょう。あまり多いような気はしませんが、初代よりはいると信じています。



そして、夜中。満月よりも微かにかけた月が天の頂点に差し掛かる頃、私は再び医務室に向かいました。
婦長は、寝入っているみたいですね。医務室にいるのは、主だけです。わざわざ私が来たというのに、まだ眠っています。なんだか、イラッとします。ここまで来るのって、結構大変なんですよ。身体がようやく通れるくらいの狭いパイプを通らないといけませんし。

私は思わずため息をつきました。帰ろうかなっと思った時のことです。


『…アルファルド、か?』


主の口が動いたのです。眼はしっかりと閉じられていますが。私も固い瞼をを閉じました。

『はい。目を開けても大丈夫ですよ、主』

主がモゾモゾと動く気配がしました。そっと私の顔に触れるのは、主の柔らかくて小さな手。

『まったく、少しは身体を大切にしてくださいね』
『…そうだな、ありがとう』

主は私から手を離しました。主の声に、覇気を感じることが出来ませんでした。いつも落ち着いた雰囲気の声の持ち主なのですが、その声にハリがありません。

『主、どうかなさいましたか?普段より少し、声色が悪いですが』

そう言うと、主が驚いた気配が伝わってきました。

『そうか?』
『そうですよ。悪い夢でも見たのですか?』


主から漂ってくる空気が若干変化しました。驚いた空気から、少しさびしそうな。そんな感じの空気に。

『あぁ、そうだな。悪夢を見た』
『悪夢ですか』

悪夢という言葉は、適当に言ったのですが、当たりだったようですね。少し驚いてしまいました。


『どのような悪夢をご覧になったのですか?』
『…忘れた。でも、とてつもなく嫌な悪夢だってってことは覚えている。…心配させて悪かったな、アルファルド』


別に、そこまで心配はしていません。なんていったって、私の主がそう簡単に死ぬ御方には視えませんし。しかし、こう労いの言葉をかけてもらえると、少しうれしいです。今まで、言われたことは、ありませんでしたから。


『また1,2ヶ月くらい会えなくなるが、くれぐれも人を襲わないようにな』
『分かっています。主も身体に気を付けてください』


私はペロンと長い舌を使い主の手をなめると、医務室から出ました。もうしばらくしたら、誰とも話せない時間がやって来ます。ですが、それはたったの1,2ヶ月。今までの永い眠りと比べてみたら、どうってことありません。逆にほとんど人がいないので、のんびりできる期間になります。

去年は、もちろん人の気配を確認してからですが、昼間っからクィディッチの試合が行われる競技場で、日向ぼっこをして過ごしたことがありました。だから、意外とのんびり身体を伸ばして生活できる期間なのです。暇には違いありませんが…別にかまいません。


9月に主から、この2ヶ月どうやって過ごしたかを聞くことを楽しみにするとしましょう。




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今回で『アズカバン編』が終了です。
バジリスクが生き残ったことで、とある出来事が変化しました。次回からは、『炎のゴブレット編』が始まります。
これからも、寺町朱穂をよろしくお願いします!!



[33878] 【炎のゴブレット編】34話 遺産
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/09/24 10:08


胸の位置まで届く雑草が陽光を浴びて、そよいでいる。そんな雑草が生い茂る中を掻き分けながら、私は進んでいた。この先にあるはずの小屋を目指して。汗が絶え間なく額から流れ落ちる。汗のせいで、お気に入りのシャツがピッタリと身体と張り付喰感覚が、気持ち悪い。


夏休みも半ばを過ぎた頃、私とクイールは『リトル・ハングルトン』という村へ向かった。
この村には、私の先祖『ゴーント家』が住んでいた家があるらしい。本当は私1人で行きたかったのだが、『女の子の1人旅は危ない』とクイールが言い張ったので、私とクイールで訪れたのだ。


「ほら、あと少しだよ」


私が付かれているのを見抜いたのだろう。クイールは、口元に優しげな微笑を浮かべる。
生い茂る草の向こうに、小さな廃屋が見えてきた。年季の入った壁に、嫌というほど深緑のツタが巻き付いている。屋根瓦がごっそり剥がれ落ちて、垂木がところどころむき出しになっている。外装のほとんど全てがはげ、白いペンキが使われたのであろうと思われているところも、薄くなって消えかかっていた。


「…珍しい趣味だね」

扉に打ち付けられていた蛇のミイラを目にしたクイールは、先程の笑みをひきつらせた。私も眉間にしわを寄せてしまった。恐らく、ここがスリザリンの末裔『ゴーントの家』だということは間違いない。蛇はスリザリンを象徴しているのだろうが、扉に打ち付けるという趣向は、私の理解を越えている。私の曽祖父マールヴォロと、祖父のモーフィンが妹でありヴォルデモートの母親メローピーと住んでいた小屋。スリザリンの末裔が住んでいるにしては、貧相な作りだ。ここに、こんなところにスリザリンの末裔が住んでいたなんて、誰も思わないだろう。私だって調べるまでは、もっと豪邸に住んでいたのかと思っていた。


「とりあえず、マスクをしよっか。埃が凄そうだし」


そう言ったクイールは、私にマスクを手渡してくる。私は黙って頷くと、おとなしくマスクをした。さんさんと照りつける真夏の太陽の下なので、暑苦しくてたまらなかった。

クイールは私を後ろに下げ、扉に体重をかけるようにして押し開ける。その途端、何十年も小屋の中に充満していた埃が一気に私たちを襲う。マスクをしていても、咳き込んでしまいそうだ。それにしても、真っ暗で中が良く見えない。私はリュックサックの中に入れていたランプを取り出し、ライターで火を灯す。

小屋の中を見わたした時、さらに顔をしかめてしまった。


天井には蜘蛛の巣がはびこり、床は何十年も溜まりにたまった埃で覆われている。テーブルにはカビだらけの腐った食べ物と思われる残骸が放置されているし、汚れのこびり付いた深鍋の中にも蜘蛛の巣がかかっていた。そこらじゅうに酒瓶と思われるが転がり、溶けた蝋燭が1本だけ忘れられたかのように転がっている。
こんな汚れた廃屋が、私の財産。正確に言えば、ヴォルデモート亡き後、私の財産になるのかと思うと、今のうちに処分したい気持ちになる。どんな財産が残っているのか、興味本位で来てみたいと思ったのだが、来ない方が良かったと今では思う。まだ、ダフネに誘われたクィデッチワールドカップに行った方が楽しかったかもしれない。今頃、彼女はミリセント達とキャーキャー盛り上がっているのだろう。


私は眼鏡の縁に、手をかけた。いくら『廃屋』とはいえ『スリザリンの末裔』が住んでいた小屋だ。未知の魔法がかけられているかもしれない。たとえば、何かに触れた瞬間に死んでしまう呪いとか。安全の確認を、した方がイイだろう。そっと『眼』を開けてみると、そこら中に今にも崩れ落ちてきそうな『線』が浮かんでいる。だが、特に魔法をかけられた痕跡はなさそうだ。…ある一角を除いて。


「何か視えたのかい?」


私の様子に気が付いたクイールが低い声で問いかけてくる。私は無言でうなずいた。特にその一角、山になっている深鍋の近くに隠すように置いてあった小箱に、普通ではありえないくらい『線』が密集していた。あの小箱にだけ、複雑な魔法が幾重にもかけられている。怪しすぎる。何が、あの中に隠されているのだろう?割れた窓ガラスの傍を通り過ぎ、私は小箱の前に立つ。
そして、使い慣れたナイフを構えた。小箱を取り囲むように、複雑に張り巡らされた『線』を慎重に斬っていく。どんな強力な魔法でも、この『眼』の前には無力だ。作業をしている間にも、汗が絶え間なく流れ落ち、喉が渇いてきた。その様子をクイールは黙って見つめている。まるで、見守るように。
…ようやく小箱にかけられていた魔法を全て無効化することが出来た。私は慎重に小箱を開ける。すると、中には大きな金の指輪が入っていた。中央に嵌った黒い大きな石が何かを誘惑するように輝いている。



「ふん…確かにコイツは魔的だ」


私は、あざけるように呟いた。金の指輪は金メッキとは比べ物にならないくらいの味わいを醸し出していたし、怪しげに光る黒い石には不思議な三角の印が彫られている。まるで、美術館に展示されていたとしても、おかしくない。絶対にこの家にあるものすべてを売り払ったとしても、この指輪を購入することは出来ないだろう。私の溜めてきた貯金を全額叩いても、クイールに借金したとしても購入することは難しいに違いない。


「なら、きっちり殺さなくっちゃ」


私はナイフを掲げた。柄を逆手に持ち、黒い石の中心を奔る『線』を切り落とすために。だが、構えた瞬間、黒い石の中に人の顔のようなものが映し出された。私の顔ではない。確か2年生の時に『秘密の部屋』で対峙した、トム・リドルの顔だ。後ろから覗き込んできたクイールが、ハッと息をのむ。


「おまえの心を見たぞ……お前の心は俺様のものだ」


石の中心から、押し殺したような声が聞こえてきた。


「お前の夢を見たぞ、セレネ・ゴーント。俺様と組めば、その願望はたやすく叶えられる。さぁ、この指輪をはめろ、セレネ・ゴーント」


どうやら、この一瞬で私の心を読んでしまったらしい。表面だけなのか。それとも――まぁ、そんなことは、どうでもいい。


「言っている意味はよく分からないが…生憎と命乞いする奴と組む気はないな、トム・リドル」


刃が光り、ナイフが躊躇なく振り降ろされた。鋭い金属音と長々しい叫び声が、廃屋が音を立てて揺れるくらい響き渡る。天井が今にも崩れ落ちてくるのではないかと思った時、ようやく声が途切れた。パキンと乾いた音を立てて、黒い石に亀裂がはいる。


何年も忘れ去られていた廃屋に、静けさが戻った。


「そこに宿っていたモノは、消えたみたいだね」


クイールが静かに口を開いた。私は黙ってうなずくと、トム・リドルが消え去った高価な指輪を手に取る。掌の上で鈍く輝いている指輪は、先程までとは違い、何かを誘惑するような色を発していない。指輪を人撫ですると、ポケットの中に入れた。


「嵌めるんじゃないよ。まだ、何か宿っているかもしれないからね」


クイールが警戒するように、呟いた。私はコクリと頷く。一応、これに宿っていた魂は消し去ることが出来たが、私が認知できていない呪いがかけられているかもしれない。

他に金目の物、及び使えそうな物がないことを確認した私たちは、廃屋を後にすることにした。最後に、もう二度と訪れることがないだろう祖父が住んでいた廃屋を見渡してから、私は外に出た。外の空気は新鮮で、どこか甘く感じた。頬を撫でる風が、心地よく身体に滲みこんでくる。私は、雲1つない青い空を見上げた。太陽はもう私の真上で輝いている。




「おや、そこで何をしてたんじゃ?」


麦わら帽子をかぶった老人が、声をかけてくる。農具を手にしているところを視る限り、リトル・ハングルトン村で農業を営んでいるに違いない。


「この子の祖父が、ここに住んでいたみたいなんです」


クイールが優しげな笑みを浮かべながら、老人に応える。老人は私とクイールの顔を見比べた。


「そうか。もしかして、あの『トム・リドル』の孫?」
「…トム・リドルを知っているのですか?」


私は思わず口を開いてしまった。トム・リドル…ヴォルデモートはマグル嫌いで、孤児院育ちだったはずだ。なのに、この老人は何でトム・リドルのことを知っているのだろう?すると、老人は何食わぬ顔で丘の上を指さした。そこには、忘れ去られたような巨大な屋敷が建っていた。
遠目から見ても分かるくらい、荒廃した屋敷だ。窓には板が打ち付けられ、屋根は剥がれ、蔦が絡み放題になっている。


「あそこの屋敷に住んでいた傲慢一族の長男じゃよ。そこの小屋に住んでいた女と駆け落ちしたんじゃが、1年くらいして『騙されていた』と言って戻って来たんじゃよ。…そうか、子供がいる女を捨てて逃げて来たんか。だから、あんな罰が当たったんじゃよ」


1人で納得するようにフムフムと頷く老人。私とクイールは顔を見合わせた。
恐らく、私の祖父『モーフィン』ではなく、ヴォルデモートの母『メローピー』の事を言っているのだろう。だが『罰』とはどういうことだろう。


「あの、そのリドルという男に、何があったのでしょうか?」


クイールが躊躇いがちに、口を開く。すると、老人はニヤッと笑いながら口を開いた。


「リドルは、殺されたのじゃ。…非常に奇妙な死に方で」
「奇妙な死に方?」


クイールが声を潜めて聞いた。老人は低く怪しげに笑いながら、言葉を続ける。


「リドル一家のどの肢体にも、毒殺、視察、射殺、考察、窒息の痕もなく、全く傷つけられた様子がなかった。じゃが、彼らは全員健康そのものだったんじゃよ―――死んでいるということ以外は」


老人が呟くように話し終えた瞬間、背筋がゾワッとしてしまった。なんでだろうか、その事件の背後に『ヴォルデモート』がいるような気がする。あくまで直観でしかないが。傾き始めた太陽が、丘の上の館を朱色に染めるさまは、怪しげで近寄りがたい空気を醸し出していた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第四章『炎のゴブレット編』が始まります。




[33878] 35話 土下座する魔女
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/17 09:06
ガタンゴトン…ガタンゴトン…


列車に揺られながら、厚い灰色の雲で覆われた空を眺める。今年も恐らく、昼過ぎには一雨来る気がする。もうローブに着替えたので、本を読みながら、のんびりと汽車の旅を楽しむことにしよう。トランクから買ったばかりの本を引っ張り出した時、ガラリとコンパートメントのドアが開かれた。

そこに立っていたのは大きなトランクを引きずった2人の少女。さらっとした茶髪を綺麗に三つ編みにした1人の少女は、よく知った顔だった。彼女の名前は、ダフネ・グリーングラス。私と同期のスリザリン生であり、私の1番の友人だ。だが、もう1人の小さい少女は見覚えのない子だ。


「あっ、セレネ!一緒に座ってもいい?」
「いいぞ、ダフネ。…で、そっちの子は?」
「あっ、この子は私の妹よ。アステリアって言うの」


アリステアと言われた少女は私にニッコリと笑いかけてお辞儀した。私も少し頭を下げる。


「そうか、ダフネには妹がいたんだったよな。私はセレネ。よろしく」
「はい、いつもお姉さまがお世話になっています!こちらこそ、よろしくお願いします!!」


私の眼の前に座ったアステリアがハキハキと元気よく私に答えた。だが、一方のダフネは少し深刻そうな顔をしていた。ダフネは表情を歪めたまま、私に折りたたんだ新聞を渡してくる。

「セレネは知らないと思ったから、持ってきたの」

忘れていたが、ダフネの趣味は新聞収集だ。毎日『日刊預言者新聞』を購読している珍しいホグワーツ生徒で、ある程度の新聞がたまると、珍しい記事だけ切り取ってファイリングしていくのが楽しいらしい。
彼女から受け取った新聞は、少し端の方が黄ばみ始めていた。日付は丁度『クィディッチワールドカップ決勝戦』が行われた日。それについての記事だろうか、と思ったが、一面に大きく取り上げられている写真を見た途端、私は目を丸くしてしまった。


「『闇の印』…だと?」


宙に浮かぶ髑髏がチラチラ輝いているモノクロ写真を、睨むようにして見る。前の座席に座っているダフネがコクリコクリと頷いた。

「そうなの!『例のアノ人』の手下の『死喰い人』が現れたのよ、クィディッチワールドカップに!怖いよね」

確か『闇の印』というのは『死喰い人』が誰かを殺す時に打ち上げる『髑髏印』のこと、だったと思う。それが今になって何故。またクィレルのような『隠れ死喰い人』が現れたのだろう?


「それに≪死者が運び出された噂≫って書いてあるし。怖いなぁ…」
「≪噂≫って書いてあるだろ?嘘だと思うぞ」
「「えっ!?」」


グリーングラス姉妹は驚いた顔をする。2人とも口をあんぐり開けて驚いていた。私は新聞をバサリと折りたたみながら、口を開く。


「事実なら、もっとはっきり取り上げて大騒ぎするはずだ。例えば『魔法省の警戒ミス!』とか『大臣は責任をとるべきだ!』とか『遺族の嘆き』みたいな感じで。もっと大々的に『人が殺された』って事実を取り上げる。だが、それをしないで『噂』って言葉でぼかしている。……つまり、本当に死人は出ていないってこと」


私は少しのどが渇いてきたので、ペットボトルの茶を口に含む。


「凄いです……さすが『スリザリンの末裔』さんです!!」

アステリアの言葉を聞いたとき、思わず茶を吹き出しそうになってしまった。目をキラキラさせてアステリアが私を見上げてくる。尊敬やら敬愛やらそう言った類の色が入り混じった瞳だ。私が軽くダフネを睨むと、ダフネは視線をずらした。私はアステリアに視線を戻し、出来るだけ優しい声で語りかける。


「アステリア、だっけ?私のことを知っているのか?」
「知っています!!お姉さまが教えてくださりました!」

アステリアが自信満々に諳んじる。

「スリザリン寮の『セレネ・ゴーント』様!容姿端麗文武両道!それに血筋はあの『サラザール・スリザリン』の最後の末裔で、マグルに育てられながらも歪むことなく、またマグルを軽蔑しない寛大な心をお持ちで、公平な判断力を持っている素晴らしい方だとお聞きしています!!」


アステリアの中で私という存在は、ずいぶんと美化されているみたいだ。彼女が抱いている幻想を覚まさないといけない。私はそこまで立派な人間ではない。ため息をつくと、口を開いた。


「私は確かにマグルを軽蔑していないが、優しいというわけではない。容姿もそれほどでもないし、判断力もない。当然のことを言っているだけだ」
「そう言った謙遜の姿も素敵です!!あの、セレネさん、いやセレネ様!!」


ピリッとした空気がコンパートメントに立ちこめた、と思ったとき、アステリアは地面に額をつけたのだ。そう、それは日本の『土下座』の体勢だ。まさかイギリス、それもホグワーツに向かう汽車の中で視ることになろうとは想像したこともなかった。


「お願いします!私を弟子にしてください!」
「おい、ダフネ。この妹に何を吹き込んだんだ?」


ひたすらうつむいていたダフネに話を振る。ダフネはギクッと震えると、下を向きながらオドオドと話し始めた。


「えっとね、アステリアが『お姉さまには友達がいるのか?』って聞かれて―――それで『セレネっていう、マグルに育てられて日本好きで学年1位の友達がいる』って教えたの。『その人の特技は?』って聞かれたから、口を滑らせて『蛇語』って言っちゃって」
「なるほどな。それを美化されたってことか」


地面とキスしそうなほど、額を床に付けているアステリアを見る。彼女からは『冗談』という空気は伝わってこない。本気で土下座をやっている。


「とりあえず、その姿勢は止めろ」
「いえ!セレネ様の好きな日本では、『土下座は、忠臣の証を現す最上級の仕草』だと聞いています!」
「……」


何と返していいのか分からなくなった。下手に返事をしたら、この子を傷つけてしまうかもしれない。ここは慎重に言葉を選ばないと。


「分かった。弟子をとってもいい」
「ほ、本当ですか!!」
「ただし、条件がある」


眼に涙が溜まるほど喜んでいるアステリアを、まっすぐ見つめて、3本の指を立てた。


「1つ、私のことを『スリザリンの末裔』と軽々しく口にしないこと。
2つ、私を『様』づけで呼ばないこと。
3つ、土下座を軽々しくしないこと」

「え、そんな無礼な事をしていいのですか!?」


滅相もない!という顔をするアステリア。私は少し困った顔をして彼女を見る。すると、彼女は顔を赤らめた。そして、若干俯き気味の体勢になると、ボソリとつぶやいた。


「そ、それならば、『セレネ先輩』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「まぁいいか。もっと呼び捨てでも構わないのだが」
「呼び捨てなんて滅相もないです!!私の師匠様なのですから!!」


とんでもない子と知り合ってしまったかもしれない。今なら、コリン・クリービーに付きまとわれていたハリー・ポッターの気持ちが分かる気がした。


「あれ?そういえば、バーナードはどうしたの?」


私がいつも連れてきている蛇のバーナードの姿が見えないので、少し心配そうな顔をするダフネ。


「あぁ、もう命が長くないみたい。だから、クイールに面倒をみてもらうことになった」


今頃、リビングのテーブルの上に設置したケージの中で、とぐろを巻いて眠っているであろうバーナード。本当は連れてきたかったのだが、変温動物のバーナードには城での暮らしはキツイ。実際に1年目は体調を崩してしまっていた。いざという時は、すぐに動物病院に連れて行けるように家に残してくることに決めたのだ。








外では雨が降り始めた。先学期のように風と一緒に窓に雨粒が吹きつけらている。音を立てて水滴が弾けてが飛び散っていた。ここまでは先学期と同じだが、先学期より状況は悪かった。外の風景が、ほとんど見えない。窓から見えるはずの山々が、厚い雨のカーテンの向こうでボンヤリと霞んでいる。列車が風に合わせてユラリユラリと揺れている気がする。稲妻の光があちらこちらで空を走っている。
今日みたいな嵐の日に、列車を降りた後に船……というか、4人乗りの小型ボートでホグワーツに向かうアステリア達、つまり新入生は不幸だ。湖が溢れるんじゃないか?と思うくらい雨が降っているし、風がボートをひっくり返すかもしれないからだ。まぁ、アレは魔法で動いているから、ひっくり返ることはないと思うが。
それに、吸魂鬼が汽車に乗り込んでこないだけ今年の方がマシだと思うことにしよう。









列車が汽笛を鳴らして動きを止めた時には、外の様子は先程より悪くなっていた。1年生以外の生徒は、羽が生えた馬『セストラル』が引く馬車で学校に向かう。私とダフネはアステリアと別れ、近くの馬車に飛び乗った。その馬車の中にはすでにドラコと、その部下共が乗っていた。


「セレネじゃないか!」


少し嬉しそうに言うドラコ。彼のしっかり整えられたブロンドは雨でびっしょり濡れて、水がポタポタ神からしたたり落ちていた。


「久しぶりだな、ドラコとクラッブとゴイル」
「君もクィディッチワールドカップに来ればよかったのに。くだらないマグルとの用事なんて放っておいて。珍しいモノが見えたのに」
「本当は用事を放り出したかったんだが、父さん1人じゃ不安だったからな。
それよりも、ダフネから聞いたが、珍しいモノというより、胸糞悪いモノが見れたの間違いじゃないのか?」


少し眉を寄せてそう言うと、ドラコは意外そうな顔をした。


「胸糞悪いモノ?君は何を言っているんだい?マグルが無抵抗に宙に浮かんで、グルグル回ったり」
「胸糞悪いだろ」


少しドラコを軽くにらむ。クラッブとゴイルは顔を青ざめている。ドラコは訳が分からない、という顔をしていた。


「魔法に無抵抗なマグルなんかに、魔法をかけて楽しいのか?」
「なんで君は毎回、マグルの味方をするんだい?マグルは僕ら魔法族よりずっと劣っているんだ。それなのに…」

「私が言ったことが聞こえなかったのか?マグルは劣っているというが、私は父さんが劣っているとは思えない。少なくとも、父さんの方がクィレルやロックハートよりずっとイイ人だ。もしかしたら…」


『ダンブルドアより“人間として”優れているかもしれない』と言いそうになったが、さすがに通っている学校の校長先生を否定しては不味いので、口をつぐむ。ドラコがその先を問い質す前に、城にたどり着いた。セストラルは、いつもよりも早い速度で城へ進んでくれていたみたいだ。


雨はまだやまないので、私達は転ぶようにして馬車から出ると、一目散に石段を駆け上がった。私達が顔をやっとあげたのは、無事に玄関の中に入ってからだった。松明に照らされた玄関ホールは、広々とした大洞窟のようで、大理石の壮大な階段へと続いていた。


「まったく、風邪を引いたらどうするんだ?」


ドラコがブツクサ言っている。同じようなつぶやきが、あちらこちらで聞こえきた。2,3人前にいるロン・ウィーズリーがブルブルッと頭を振り、そこらじゅうに水をまき散らしている。

「この調子で降ると、湖が溢れるぜ?僕、びしょ濡れ―――うわぁ!!」


大きな赤い水風船が、天井からロン・ウィーズリーの頭に落ちて割れた。ぐしょ濡れで水をピシャピシャはね飛ばしながら、ロンは横にいたハリーの方によろけた。水風船を落とした主は、天井に浮かんでいる、ポルターガイストのピーブズだ。鈴のついた帽子にオレンジ色の蝶ネクタイ姿の小男が、性悪そうな大きな顔をしかめて、プカプカと浮かんでいた。彼は赤くて大きな水風船が数個ほど持っている。その姿を視た時、先学期末の嫌な思い出が脳裏に浮かんできた。



「…これ以上私達をびしょ濡れにさせて何になるんだ?」


思わずボソリとつぶやく。小さい声だったつもりだが、思った以上に大きな声だったらしく、ピーブズの耳に入ったらしい。彼のの動きがパタリと固まった。表情を固めたまま恐る恐ると言う感じで私の方を向く。笑みを浮かべたまま石になったかのように動きを止めたので、間抜けな顔に見えた。


「生徒に新学期早々、風邪をひかせるような真似をして何が楽しいのだか。理解しかねるな」


早く大広間に入って身体を乾かしたいのに、ピーブズが邪魔をしているので入れない。彼が狙いを定めているのは、主に大広間に入ろうとした生徒だからだ。少し私はイライラし始めていた。ピーブズの血の気が引いていくように見える。


「さっさと消えろ。暇なのは分かったが、人の邪魔をするのは男の風上にも置けない行動だ」
「す、すみませんでした!!」


飾りのついた帽子を脱いでから、私に頭を下げるピーブズ。彼は、すぐに姿を消した。


「セレネ、また目が赤くなってるよ?」


列が大広間に向かって再び動き出したとき、ダフネが心配そうに言う。私は鏡を持っていないので、分からない。だが、ダフネが言うのだからそうなのだろう。なぜか私が怒っている時に、目が赤く光るそうなのだ。特異性質なのだろうか?
大広間のいつも座っている席に着くと、すぐに『組み分けの儀式』が始まった。名前が次々に呼ばれ、それぞれに適した寮を高らかに『組み分け帽子』が叫んでいく。

はっきりいって組み分けの儀式はどうでもいい。それよりも早く何か食べたかった。腹と背骨がいまにも、くっつきそうだった。だから、目の前に大量の御馳走が現れた時、自分の皿を珍しく山盛りにしてしまった。もちろん、野菜と肉類のバランスを考えて山盛りにする。のだが――


「ダメです!食べてはダメです、セレネ先輩!!」


スリザリン寮に組み分けされたアステリアが私を制す。物凄い必死な顔をして彼女は私に訴えかけてきた。

「もしかしたら、先輩を殺そうと誰かが企んでいて、毒を盛っているかもしれません!まず、私が先輩の分の料理を食べて毒味をします!」
「いや、遠慮しておく」


キッパリそう言うと、アステリアを無視して料理を食べ始めた。

「あの小娘、何かあったのか?」

隣に座っていたドラコが、私に聞いてきた。


「あぁ、ダフネの妹のアステリア。なんか、私の弟子になりたいと言っているんだ」

その言葉を聞いたとき、ドラコの眉間に皺が寄る。チラリと落ち着いた様子でステーキを切り分けるダフネ・グリーングラスに視線を移し、その後でろくに切っていないレアステーキに齧り付いているアステリアに視線を戻す。


「あれがグリーングラスの妹なのか?性格が全然違うんじゃ――」
「そこの将来ハゲそうな男子!セレネ先輩に馴れ馴れしい口を利くんじゃないです!!」


ビシリッとドラコを指差すアステリア。気のせいだろうか。アステリアの背後に炎が見えた気がした。めらめらと燃え上がる憎悪の炎に非常に酷似した炎が。

「は、ハゲそうだとはなんだ!だいたい僕はまだハゲていないぞ。君こそ、先輩に対して馴れ馴れしいんじゃないか?」
「こらぁぁぁあ!!アンタ、新入生の分際でドラコを指差すなんて無礼な事をすんじゃないわよ!!」


ドラコよりパンジーの方が怒っている。まさにパンジーの顔は般若の顔。パンジーの隣に腰を掛けているドラコも少し引いていた。ドラコだけではない。パンジー近辺にいるスリザリン生全員が、青ざめた表情を浮かべている。だが、射殺すような視線を向けられているアステリア本人は何も感じないみたいだ。般若の顔をしたパンジーに怯むことせず、まっすぐにパンジーを睨み返す。


「新入生も上級生もありません!!私たちはホグワーツ生です、このパグ顔!!」
「言ってくれるじゃない!この身の程知らず!」
「身の程知らずではありません!正論を述べているだけです!!なんで怒られないといけないんですか!?」

パンジーとアステリアがギャンギャン言い合っている。私は無視してスープを掬う。どちらかが杖を取り出さない限り、止めなくて問題はないだろう。新入生歓迎会で杖を使う喧嘩をしない。そのくらいの理性はあるはずだ、たぶん。理性が吹っ飛ぶくらいになったら、私は止めないといけない。

彼女たちの口喧嘩は、ダンブルドアが口を開くまで続いた。口喧嘩をしながらも、しっかり食事とデザートを口に運んでいたことが凄いと思う。


「さて、おおいに食べて、語り、飲んだことじゃろう。さてと、いくつか告知をしなければならない。まず生徒の『禁じられた森』への立ち入りは禁止じゃ。それから今年の寮対抗のクィディッチ試合は中止とする」


あちらこちらから不満の声が上がる。呆気にとられている顔をしている人が、何人もいた。そんな生徒たちの反応が分かっていたのだろう。ダンブルドアは、辛そうな顔をしていた。


「ワシも本当に残念な事じゃと思うが、すべては10月から本校で行われる『三校対抗試合』のことじゃ。
ホグワーツ、ダームストラング、ボーバトンの3校の代表選手が行う魔法の競い合いじゃよ。夥しい数の死者が出るに至って競技そのものが中止されたのじゃが、今年から復活することにする」


いたるところで、興奮した声がささやきあうのが聞こえた。『夥しい死者』という箇所に触れている人はごく少数で、誰もが『どんな競技をするのか』とか『優勝したら何がもらえるのか?』とかそんな類の話に花を咲かせていた。


「優勝者には1000ガリオンが与えられる。じゃが、安全面を考慮して、参加資格がある生徒は17歳以上じゃ」


ダンブルドアがそう告げた瞬間に、少し騒ぎが静まった。『出場したい!』というオーラを醸し出し興奮していた16歳以下の生徒たちが、しゅんとなっている。17歳以上ということは、6年生以上ということ。4年生の私には、全く関係のないことだ。応援に徹するとしよう。

「凄いわ、1000ガリオン。セレネは立候補するの?」

少し夢見心地な声をしたミリセントが、肩肘で私の脇腹をつつく。


「あのな、私達は同じ歳だぞ?立候補するもなにも、参加資格がないだろ」
「あっ、そうか」


忘れていたようで、驚いた顔をしているミリセント。何年間の付き合いだっただろうか?何でもいいが、友人の年を忘れるなんて失礼だと思う。


それにしても、三校対抗試合。私は観戦するだけになってしまうが、そこから何か学べるものがあるかもしれない。何にしろ、外国の魔法使いを視ることが出来るのだ。しかも、三校対抗試合に出場するのだから、エリート中のエリート魔法使い。そうとう凄い人が来るのだろうから、勉強になること間違いなしだ。

雨に濡れて滑りやすい廊下を歩きながら、私は少しだけ10月が待ち遠しくなった。




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11月17日 誤字訂正




[33878] 36話 魔法の目
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/04 16:35


「もう沢山!あんな授業なんて、とるんじゃなかったわ!!」
「そうよ!危なくて死ぬかと思った!!」


パンジーとミリセントが文句を言いながら『数占い』の教科書を鞄にしまっている。私も思わずダフネと顔を見合わせて、苦笑をしてしまった。彼女たちが不満を口にするのが分かる気がする。
今日の午前中に行われた『魔法生物飼育学』の授業。あれは久しぶりに、思わず袖に隠してあるナイフを取り出しそうになった出来事だった。
今学期扱う生物は『尻尾爆発スクリュート』。初めて見る生物で、名前通り尻尾が爆発する。青白く胴体でヌメヌメしている液体を流している。顔や口がどこにあるのか分からず、蟹を思わせる足が沢山生えていて、腐った魚臭がしていた。今は15,6cmの奇妙な蟹という感じだが、孵化したばかりらしい。もし、成長したらどうなるか分からない。私の身長なんて軽く超えて、2mくらいには達するのではないだろうか。
まったく、ハグリットは去年、生徒に怪我をさせて訴えられたことを忘れたのだろうか?やっぱり教師失格だ。だが、1年生の時に、蛇のバーナードが世話になった恩があるから、それとなくサポートするつもりだ。とはいえ正直、気が進まない。


「あれ、どこ行くのセレネ?」


地下牢の方へ階段を降りようとしていた私を、ダフネが呼び止める。


「あぁ、スネイプ先生に用事があってな。渡さないといけない物があるんだ」


そう言いながら、ダフネたちと別れスネイプ先生の部屋へ足を進める。クイールがスネイプ先生に宛てた手紙を預かっているのだ。一体どういう内容が書かれているのか、とても気になる。だが、プライバシーの侵害になってしまうので、グッと堪えている。
先生の部屋まで、あっという間に辿り着いてしまった。ふぅと深呼吸をすると、扉に向かい合う。そして、重たそうな扉を、コンコンと軽く叩いた。


「失礼します。スリザリン寮4年生、セレネ・ゴーントです」
「…入れ」


扉を開けると、去年までと変わらない薄暗くてヒンヤリと肌寒い空間が広がっている。壁にはズラリと並んだ魔法薬を詰めた瓶。その奥の机で、スネイプ先生は新聞を広げていた。だが、今日付けの新聞ではないみたいだ。少し端が黄ばんでいる。


「義父さんから、先生に」

私は鞄の中から、白い封筒を取り出した。スネイプ先生は、微かに眉を上げる。新聞を簡単に折りたたむと、机の上に置き、私から受け取った手紙を開く。

「すまなかったな、ミス・ゴーント」

スネイプ先生は私に礼を言うと、手紙を読み始める。とりあえず、用事は済ませたので退出しようと半歩足を引いた時だった。机の上で無造作に置かれている新聞の記事に目が留まった。決して大きいとは言えない記事だったが、思わず目を引く記事だ。なんで、この記事が一面で大きく報道されていないのだろうか?


「その日は、『闇の印』が打ち上げられた日だ」

私の視線に気が付いたのだろう。スネイプ先生が淡々と口を開く。確かに、その日の一面には、ダフネに見せてもらった『闇の印』が空に瞬いでいる写真が、デカデカと掲載されている。


「…だから、普段なら1面を飾る記事が、2面に回されるんですね」


2面に掲載されている記事に目を落としたまま、呟く。

≪グリンゴッツ、侵入される!?≫…それが、『闇の印』のせいで霞んでしまっている記事の題名だ。記事によると、この日…小鬼の1人が『服従の呪文』にかかった形跡が発見されたのだという。その小鬼が最下層の有名貴族の金庫を開けた痕跡があったが、不思議なことに何も盗まれていなかったのだらしい。グリンゴッツの…特に最下層の金庫ともなると必要最大限の防衛魔法が、ほどこされているはずだ。その強力な防衛魔法を見事に潜り抜けたのに、何故…何も盗まなかったのだろう?まさか、盗みたいものがそこになかった…とか。


「でも、なんで今更…この記事を読み返しているのですか?」

記事から目を逸らし、先生を見上げる。先生はクイールからの手紙を、丁寧に折りたたんでいるところだった。


「君には関係ない。…そろそろ昼食の時間だ。大広間に行ったらどうかね?」

…どうやら、先生は話題を変えたいみたいだ。別に金庫が荒らされようと、私には関係ない。前まで通り、マグルの金がガリオンやシックルに両替できるのであれば、それで構わない。私は黙って先生に1礼すると、扉に手をかけた時――

どんどんどん

荒っぽく叩かれる音がした…と思ったとたん、ガチャリと開かれる扉。その向こうにいたのはドラコの首根っこをつかんだ男がいた。今年から『闇の魔術に対する防衛術』を担当することになった、ムーディ先生だ。歴戦の『闇払い』というだけあって、負傷により顔は傷だらけで、口は歪み、鼻は大きく削がれている。


「取込み中だったか、スネイプ?」

私の方を全く見ていないムーディ先生だったが、私がいるということには気が付いているみたいだ。噂に聞く360度周囲を見渡せる『魔法の目』というモノがあるから、気が付いたのだろう。
スネイプ先生は、訝しそうにムーディ先生とドラコを見比べた。

「いったい我がスリザリン生が、なにをしたというのだね…ムーディ先生?」
「こいつは、敵が後ろを見せた時に、襲う奴だ。わしが直々に罰を与えようと思ったのだが、マクゴナガルが『規則破りの生徒が属する寮の寮監に話をし、罰を決める』とな。だから、お前の所に来ただけだ」

右手に握りしめた杖で、コツコツと固い床を叩きながらスネイプ先生に近づくムーディ先生。スネイプ先生の方が背が高いが…何故だろうか。ムーディ先生がスネイプ先生のことを見下ろしているように錯覚してしまった。

「ダンブルドアが警戒を解いても、わしは解かんぞ」

ムーディ先生はスネイプ先生に近づくと、早口で呟いた。それも、聴力が良いと自負している私でさえ、やっと聞こえるくらい小さな声で。たぶん、不満そうな表情を浮かべているドラコには聞こえなかっただろう。

「隠し事をしても無駄だ。わしが徹底的に調べ上げてやる。――人には洗っても落ちないシミがあるものだ」

ムーディ先生の顔がにやりと歪んだ。それと同時に、スネイプ先生は突然奇妙な動きを見せた。発作的に右手で左腕をつかんだのだ。まるで、左腕が酷く痛むかのように。

「さて、この『自称:服従の呪文で操られていた死喰い人』の息子の処罰は、お前に任せるとしよう。規則にのっとりな」

ムーディ先生は不自由な片足を引きずりながら、部屋から出て行った。スネイプ先生は不愉快極まりないといった表情を浮かべたまま、左腕をつかんでいる。

「さて、これから君の処罰を決めるとしよう。…ミス・ゴーント、君は用が済んだのだろう。帰るといい」
「…はい」

私はスネイプ先生に1礼すると、ようやく部屋を出た。それにしても、スネイプ先生のああいう態度は、初めて見た。『闇払い』のムーディ先生と、『元・死喰い人』のスネイプ先生との間には、深い因縁がありそうだ。

「さっきスネイプの所にいた生徒だな」

角を曲がると、岩壁にもたれ掛ったムーディ先生がいた。どうやら、ここで私を待っていたのかもしれない。私は軽く頭を下げた。

「はい」
「何で、スネイプの所にいた?」
「義父から預かった手紙を、先生に届けただけです」

正直に話す。別に、何も不思議な点は無い。本当に義父のクイールの手紙を、スネイプ先生の所へ届けただけだ。ムーディ先生は鷹の様に鋭い視線を、私に向ける。

「そうか。そのネクタイの色からして、スリザリン生だな」

私はコクリと頷いて、肯定の意を示す。

「もしかして、お前が『セレネ・ゴーント』か?」

予想外の問いに、私は思わず眉を上げてしまった。ムーディ先生が、『セレネ・ゴーント』のことを探っている。いったい、何故だろうか。私は、そこまで『表向き』目立つ行いをしてきた生徒ではない。しいて目立つ行いをあげるというなら、『ハロウィーンに侵入したトロールと戦った』ことと『吸魂鬼のせいでホグズミードに行けなかった』ことくらいだ。何故私のことを探っているのか……。1つ考えられるのは、ダンブルドアから私の出自を聞いたということ。他に考えられるのは、たまたまムーディ先生が『ゴーント』について知っていたということだ。

「はい。私がセレネ・ゴーントですが…どのような用件でしょう?」

下手に隠すことをしない。どうせ、授業でばれてしまうのだ。変に隠して疑われるよりも、正直に話した方がいい。

「実はダンブルドアから、お前の話を聞いてな。なんでも、『闇の帝王』の配下を気取っていたクィレルを一撃で殺したとか」

私は無表情をそよ折っていたが内心、驚いてしまっていた。 記憶を改竄してまで、ダンブルドアが隠し通そうとしていた出来事を、ムーディ先生は知っている。

「お前は、実に興味深い才能の持ち主だ。その才能を、腐らせるような真似はしないことだな」

不敵な笑みを浮かべたムーディ先生は、分厚いコートの中に手を突っ込んだ。杖を取り出すのかと思い、私は素早く杖を構える。だが、先生が取り出したのは使い古した携帯用酒瓶だった。酒瓶を持ち上げグイッと飲み干すと、不味そうに顔をしかめる。

「話はここまでだ。行け」
「…失礼します」

私は、なるべく普段通りの声で返事をした。先生に背を向け、人気のない廊下を小走りで歩く。角を曲がるまで、ずっと先生の射抜くような視線を、背中に感じながら。




[33878] 37話 SPEW
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/12 15:15
「おい、セレネ。寝癖を直したらどうだ?」

こんがり焼けた菓子パンを食べていると、隣に座っていたノットが呆れた感じで話しかけてきた。パンを持っていない空いている方の手で少し髪を触ってみる。ノットの言うとおり、確かに寝癖が出来ていた。後頭部の髪がほんの少しだけ、変な方向に曲がっている。


「別に問題ないだろ。そのうち直る」
「お前、本当に女か?もう少し身だしなみに気を付けないと、今日は特に先生たちに何か言われるぞ」
「べつに私なんか見る人いないだろ?ホグワーツ全校生徒が、何人いると思ってるんだ?」



今日は『三校対抗試合』を開催するため、参加校である『ボーバトン』と『ダームストラング』の代表生徒が来校する日だ。だから、大広間はもちろん、廊下の隅から隅まで清掃され装飾がされていた。
この大広間1つとっても、普段とは様変わりしている。壁には各寮を示す巨大な絹の垂れ幕が掛けられている。スリザリンは緑地に銀の蛇で、グリフィンドールは赤に金の獅子。レイブンクローは青にブロンズの鷲で、ハッフルパフは黄色に黒の穴熊だ。廊下に飾ってあった煤けた肖像画の何枚かが汚れ落としされているし、甲冑も今までにないくらい磨かれ輝いていた。

パンの最後の一欠けらを飲み込み、かぼちゃジュースの瓶に手を伸ばした時…


「セレネ先輩、セレネ先輩!」



ノットと私の間に入り込んでくる少女がいた。いつものように黒い目を輝かせて、甲高い声で私を呼ぶ。

「どうしたんだ、アステリア?」
「先輩は、『三校対抗試合』にエントリーするんですか!?」
「いや、しない」

私が答えると、アステリアは驚いて目を大きく見開いた。

「えぇぇ!!なんでですか!?
だって先輩って唯一ムーディ先生の『服従の呪文』を破った生徒だって聞いていますし学年トップの脳の持ち主ですし私よりずっとスタイルいいですし体力だってそんじょそこらのヘナチョコ男子共よりずっとありますし家柄だって一流ですし他寮からの評判もいいですし友人思いの優しい人ですし勇気だってありますのになんでエントリーしないんですか!!?」

ここまで息継ぎなしで言い切ったアステリアの方が、私は凄いと思う。はぁはぁと荒い息をするアステリアを見て、ダフネの家族はどこで妹を育て間違えたのか、と考えていた。とりあえず、辛そうなので近くにあった水を渡す。

「あ、ありがどうございまず」

ゴブレットになみなみと注がれた水を、一気に飲み干すアステリア。彼女の顔が生き返るのを確認してから、私は口を開いた。


「私は、まだアンタの姉さんと同じ14歳だ。参加可能年齢は17歳以上。したがって参加は不可能。まぁ、もし私が17歳以上でも参加はしないけど」
「なんで!?先輩なら賞金の1000ガリオンを―――」
「命と金。どちらだ大切だ?」


そう言うと、アステリアの口が止まった。私はグラスに『かぼちゃジュース』を注ぎながら、話を続ける。

「命は一度っきりしかないんだ。そんな『夥しい死者』がでる試合に参加して、命を失ったらもったいない」
「まぁ、セレネらしいな」

アステリアの向こう側にいて、すっかり影が薄くなっていたノットがつぶやく。すると、アステリアは物凄い勢いでノットを睨んだ。

「セレネ先輩を呼び捨てにするとは、なんと無礼な!!」
「いや、俺とセレネは同級生――」
「セレネ先輩、この人に近づいてはダメです!男はケダモノです!危険物です!近づいてはいけません!!」 

真剣な目で私を見てくるアステリア。どうやら、冗談で言っている雰囲気ではない。私は話題を変えるため、アステリアから視線をずらす。

「ほら、アステリア。友達が向こうでアンタを待ってるぞ」

大広間の入り口で、アステリアの方を向いていたスリザリンの1年生2人組の方を見る。彼らは確か、アステリアといつも一緒にいる男子だったと思う。


「あっ!しまった、待たせているのを忘れていました!では、先輩!これで失礼させてもらいます!」


アステリアはパタパタと音を立ててその場を去っていった。アステリアはまるで、嵐のような子だ。元気がいいのはイイ事だが、加減というのも大事だと思う。


「…あの子の言うとおり、お前なら三校対抗試合を優勝できそうな気がするがな」


ノットが片手で焼き菓子をつまみながら、アステリアと2人の男子が仲良く大広間から出ていくのを見ていた。

「あの子の言うとおり、俺たちの学年でムーディの呪文に抗えたのはお前だけだったのは事実だ。数々の修羅場を潜り抜けているポッターでさえ、ムーディの『服従の呪文』の効果で机の上でタップダンスをしたんだぞ?」
「あれはまぐれだ」

席から立ち上がり、大広間から出る。私は玄関ホールで参加校の到着を待つ人の群れに入り、到着を待ちながら、数日前に行われた『闇の魔術に対する防衛術』の授業を思い出した。











魔法省が禁じている3つの呪文――人を操る『服従の呪文』――拷問に使用する『磔け呪文』――そして人を一瞬で殺す死の呪い『アバタ・ケタブラ』。そのうちの1つ、『服従の呪文』を生徒1人1人にかけて、呪文の力を示し、果たして生徒がその力に抵抗できるかという授業を、ムーディ先生はしたのだ。
先生の『服従の呪文』で支配された生徒は、例えば―――ドラコはマグル界で、私が入学する前に流行っていたヒット曲を歌いながら片足ケンケンで教室を2周し、その子分のクラッブとゴイルは見事としか言えない豚の物真似をし、運動神経がお世辞にもいいとはいえないダフネがオリンピック選手顔負けの体操を立て続けにやってのけていた。
以前、『秘密の部屋』にあったリドルの教科書に『服従の呪文』について書いてあったので存在は知っていたが、まさか、本人の身体能力を遥かに超えたことや、本人が知りえないことまでさせてしまうとは知らなかった。…嫌な呪文だ。

ただ、操られている人は、どことなく普通の人とは違う。眼が『薬』でもしているかのようにトロンと眠たそうな目をしているのだ。


そんなことを考えている間に、私の番になった。もし、本当の実践なら、メガネをはずして『服従の呪文』の『死の線』を斬ることで、操られる前に無効化できると思う。だが、今は授業。他の人の眼がある以上、簡単に眼鏡を外してナイフを持ち出すことなんてしてはいけない。


「『インぺリオ―服従せよ』」


ムーディ先生が私に杖を向けて呪文を唱える。とたんに、すべての思考も悩みも優しく拭い去られ、私の中に幸福感だけが残った。ふわふわっという心地よい気持ちに身を任せたくなる。だが、騙されてはいけない。私は今『服従の呪文』をかけられているのだ。そう思うことで、『幸福』だということしか考えられなかった思考が、徐々にだが戻ってきた。


―ロボットダンスをしろ―

洞穴で響き渡るような声がする。一瞬身体を動かしそうになったが、踏みとどまることが出来た。

―ロボットダンスをしろ―

先程よりも大きい声が、私に命令する。途端にフワフワっとした長閑な春の陽だまりのような感覚が、押し寄せてくる。だが、騙されてはいけない。これは『服従の呪文』。ムーディ先生の命令だ。


―早くしろ!モタモタするな―


「煩い!」


押し寄せる幸福な感情を打ち消すように、杖を鞭の様に振るう。途端にムーディ先生は教室の反対側まで飛ばされていった。冷水を浴びたかのように多少ボンヤリとしていた思考が一気にハッキリした。少しやりすぎたかと思ったが、先生は壁に強打した頭を押さえ、ヨロヨロと立ち上がりながら『見事だ。スリザリンに15点』と言ってくれた。



他のクラスでも行われた授業らしいが、一発で跳ねのけたのは私だけだったそうだ。何回かやるうちに次に跳ね除けたのはハリーだったらしいが、他の人は術を拒めなかったみたいだ。確かに実体験して分かったのだが、あの幸福感にだけ包まれたような状況下で、自分の意志を貫くことは難しいと思う。私は『服従の呪文』にかけられると分かっていて気を引き締めていたから、自分の意志を貫くことが出来た。もし、気が付かない間に『服従の呪文』をやられていたら、どうなるか分からない。
服従の呪文は、麻薬みたいだと思った。一度、使われてしまうと反抗するのは難しくなりそうだ。
それに、本気のムーディ先生には『魔法』では敵わない気がする。


なにせ、ムーディ先生はダンブルドアに認められた人だ。じゃなかったら、彼がどうして私が『賢者の石』を護ったということを知っているのだろう?まさか、ヴォルデモート本人に聞いたとは思えない。だから、ダンブルドアに直々に教えてもらったから、知っているのだろう。大事な秘密を明かせる関係、つまり、ダンブルドアの右腕、それがムーディ先生なのではないか?

今のままの魔法の力では、勝てない気がする。勝とうとも思わないが。







「セレネ?」

ポンポンっと軽く肩を叩かれて振り返る。そこにいたのはバッジを持ったハーマイオニーだった。

「SPEW?」

確か『反吐』という意味だったと思う。なんでハーマイオニーは『反吐』と書かれたバッジを作ったのだろうか?私が頭の上に『?』を浮かべていると、ハーマイオニーが自信満々に話し始めた。


「これは『S・P・E・W』。『しもべ妖精福祉振興協会』の略称よ」


ハキハキと話しはじめるハーマイオニー。『しもべ妖精』というのは、詳しくは知らないが、本で読んだこともあるし、ドラコ達から聞いたことがある。なんでも大きな屋敷に仕える生物らしい。
魔力を持っていて、『姿くらまし』という魔法使いが使う瞬間移動を封じる術が掛けられている場所でも、瞬間移動することが出来るみたいだ。ちなみに、解雇するには洋服を与えるのだとか。



「そんなに悪環境で働かされているのか?」
「そうよ!セレネは知らないと思うけど。ベッドのシーツを替え、暖炉の火をおこし、教室を掃除し、料理をしてくれる魔法生物よ。でもね、彼らは無休で奴隷働きをしているの。年金も病欠も貰っていないのよ」


激しい口調で言うハーマイオニー。アステリアとは違うが、彼女の眼も光り輝いていた。


「セレネはどう思う?」
「…まぁ、確かにほっとけないな」
「でしょ!?協会の目標としては『正当な報酬』と『労働条件』を確保すること。それから『杖の使用禁止法』を改正して、しもべ妖精を1人『魔法生物規制管理部』に参加させることなの。だって私達と同じくらい、いいえ、それ以上に魔法を使えるのに、こうも虐げられているのっておかしいと思わない?可哀そうよ。セレネもそう思うわよね?」
「私もそう思う。

でも、入会は出来ない」


SPEWへの入会をきっぱり断ると、困惑の色がハーマイオニーの顔に浮かぶ。きっと私が断るとは思ってもみなかったのだろう。


「しもべ妖精が奴隷働きをしているっていうのは、嫌な感じがする。ドラコやパンジー達が話していた口ぶりから察するに、まさに『しもべ妖精』は『奴隷』だ。だが、妙だとは思わないか?私達より魔力のある生物が、なんで反旗を翻してこないのか」
「それは、彼らが洗脳されているからよ」
「まぁ、それも一理あるかもな」


私は時計をチラリと見た。時間はもうすぐ6時。そろそろ参加校のボーバトンとダームストロングが到着する時間だ。

「だが、最初はそうではなかったんじゃないか?
例えば『ブラウニー』っていう生物がスコットランドの伝説に存在する。この生物は、人間の人助けをするらしい。主の居ない間に家畜の世話をしたりとか、掃除をしたりとかするみたいなんだ。彼らが働く理由は服が欲しいから。服を貰ったら満足してその家を去るっていう生物らしい。
きっと、しもべ妖精は、ブラウニーの一種だったんじゃないか?服が欲しいから働く。そうしている内に、働くことが生きがいになってきた。だから病欠も年金もいらない。自分たちは主に仕えて働きたいって思うようになったんだと思う」


ハーマイオニーは何も答えなかった。

「だが、ハーマイオニーが言うとおり、しもべ妖精が好きでやっていることとはいえ、扱いが悪いようにも思える。だから、改善したいと思うなら協会を作るんじゃなくて、もっと、しもべ妖精と同じ視点に立って、彼らに気持ちになって考えた方がいい。環境を変えるのではなく、彼らの心を変えないと、ハーマイオニーの考えは実行できないと思う」


話を聞き終わったハーマイオニーは、黙って首を横に振った。私よりも若干背が高い彼女は、まるで憐れむような、どこか悲しそうな目で私を見下ろした。


「違うわ、セレネ。しもべ妖精は、心のどこかで解放を望んでいるのよ。でも、自分たちは気が付いてないの。だから、私達が彼らの環境を整えてあげないといけないのよ」

何でわかってくれないの?という目で訴えかけてくるハーマイオニー。私は彼女に反論しようと思って口を開きかけた時のことだった。


「あそこだ!!」



誰かの声が響く。私とハーマイオニーが声のした方向を見ると、6年生生徒が、森の上空を指差して叫んでいた。見てみると、何か大きなもの…箒よりもずっと…何百倍も大きい何かが、濃紺の空の向こうからどんどんと城に向かって疾走してくる。


「ドラゴンです!!あれはドラゴンに違いありません!!」

アステリアの甲高い声が聞こえた。

「ちがうよ、あれは空を飛ぶ家だ!!」

アステリアの隣にいる小さな少年、グリフィンドールのコリン・クリービーに似た少年がアステリアに負けず劣らずの甲高い声を出している。コリンに似た少年の推測の方が近かった。巨大な黒い影が森の梢をかすめた時、城の窓明かりがその影を捕えた。
大きな屋敷ほどあるパステル・ブルーの馬車が、12頭の黄金の鬣(たてがみ)をした天馬に引かれて飛んで来たのだ。着陸すると、淡い水色のローブを着た少年が馬車から飛び降り、前かがみになって馬車の底をゴソゴソし始めた。金色の踏み台をひっぱり出すと、少年が恭しく飛びのく。すると馬車の中から、子供用のソリ程もあるピカピカの黒いハイヒールを履いた女性が現れた。


……デカい……


ダンブルドア先生も背が高い方だったが、そのダンブルドア先生は女性の胸の位置までしかない。
だが、いくら背が巨人並みにデカいからとはいえ、粗野な感じはしない。振る舞いも上品で、着ている服も高級品だ。ただ、彼女も含めてだが、彼女の連れてきた生徒たちの服は、薄手だ。生徒たちはブルブルと震えながら、不安そうな表情でホグワーツを見上げている。


「きっとあの人がボーバトンの校長先生、マダム・マクシームよ」

ハーマイオニーの斜め横にいた女子生徒がつぶやく声が聞こえる。そういえば、『西洋における魔法教育』という本の中で≪ボーバトンという学校は南フランスの何処かにあり、校長は女性でマダム・マクシーム≫と、読んだことがある気がする。ちなみに、もう1つの参加校…ダームストラングが何処にあるのかは、その本には書いていなかったが、その本に載っていた制服に毛皮が付いていたことから察するに、寒い地域にあるのだと思う。


さて、ボーバトンの生徒たちが、暖を取るために城の中に入っていく。私達ホグワーツ生は、まだダームストラングを迎えなければならないので、外で待たなければならない。

「じゃあ、また今度」

少し離れたところで、ダフネ達が私に向かって『こっちに来い』と手を振っているのが見えたのでハーマイオニーに言った。

「えぇ。また今度。その時には気持ちが変わっていると嬉しいわ」

気持ちが変わっていない可能性の方が高い。だが私は、特に何も言わずに彼女に背を向けた。


「ねぇ、なんであの女と一緒にいたの?」

パンジーが少しムッとした感じで話しかけてきた。パンジーはハーマイオニーが、ハーマイオニーはパンジーが生理的に無理らしい。そんな相手と私が話していたことが、パンジーの気に召さなかったらしい。

「しもべ妖精の話で盛り上がっただけだ」
「しもべ妖精で?」

パンジーが意外そうな顔をした。彼女が話し出す前に、ダフネに話しかける。

「ダームストラングの校長って誰?」
「えっと、たしかカルカロフって人。なんかドラコとかノットのお父さんと仲がいいんだって」

ドラコやノットの父親と仲がいい?つまり、『死喰い人』関係って事か。あの2人は違うが、彼らの父親はヴォルデモートの部下『死喰い人』の一員だったらしい。もっとも、今では、そのような活動は全くしていないらしいが。


「ねぇ、何か聞こえない?」

突然ミリセントが言った。言われて耳をすましてみると、闇の中からこちらに向かって、大きな…言いようのない不気味な音が伝わってきた。くぐもったゴロゴロという音、何かを吸い込む音。




「湖だ!!」


私よりもっと前にいたリー・ジョーダンが指をさして叫ぶ。湖の滑らかな水面が突然乱れた。中心の深いところで何かがざわめいている。ボコボコっと大きな泡が表面に湧きだし、波が岸の泥を洗う。そして、湖の真ん中が渦巻いた。まるで湖底の巨大な栓が抜かれたかのように。ゆっくりとその中心から現れたのは、まるで海賊船のような巨大な船。月明かりを受けたその船は、幽霊船みたいに見えた。どことなく骸骨のような感じがしている。
船はすべるように岸に到着し、碇を下ろすと、中からダームストラング生がぞろぞろと降りてきた。
モコモコの厚い毛皮の制服を着こんでいる生徒たちの中に、1人だけ…制服を着てなくて、際立って質の良い銀のマントを着ている男がいた。

恐らく、彼がカルカロフ校長なのだろう。
カルカロフをよく見ようと少し爪先立ちになりかけた時、パンジーが『信じられない!』という顔をしているのが視界に入った。パンジーは、わなわなと震えている。


「どうしたんだ、パンジー?」
「あ、あの人って」
「あっ!あの人!!」
「嘘、本物!?」


パンジーだけでなく、ミリセントやダフネも驚愕の顔をしていた。ミリセントは夢中でポケットの中をあさり始める。

「あぁ、なんで羽ペンがないの!?セレネは持ってる?」
「持っているが、何に使うんだ?」

鞄の中から羽ペンを一本取りだすと、ミリセントに渡す。ミリセントは顔を真っ赤に上気させて、歌うようにこういった。

「クラムよ!ビクトール・クラム様!!あぁ、まさか学生だったなんて…」
「そう言えば、ファンの雑誌にまだ17歳だって書いてあったわ。まさかダームストラング生だったのね。知らなかった!」


ミリセントやダフネが、数年前、ロックハートにしていた表情と同じ表情を浮かべている。ただ、ロックハートの時とは異なり、ドラコ一筋のパンジーまで頬を赤らめている。
私は頑張って、ダームストラング生徒の顔を視た。その中には、女子たちが色めき立つような美男子はいないように感じた。というより……




そもそも『クラム』って何者なんだ?


だが、それを聞けない空気が漂っている。魔法界ではとっても有名な人、だということは分かるが。仕方ない。あとで、誰かに聞いてみよう。


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10月12日 一部改訂





[33878] 38話 炎のゴブレット
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/12 15:15

「そうか、クラムは世界的に有名なクィディッチ選手なのか」

私はノットと一緒に、大理石で出来た階段の中腹辺りに腰を掛けていた。別に『クラム』について誰に聞いてもよかった。だが、あんなに盛り上がっていたダフネ達には尋ねにくい空気が漂っている。だから、感情に流されにくいノットに尋ねたのだった。

「なんというか、セレネでも知らないことがあるんだな」

珍しいモノを見るような目で私を見てくるノット。私は小さなため息をついた。

「クィディッチには、興味ない」
「まぁ、それじゃあ知らないよな。マグル育ちだし」
「そんなことより、スリザリンからは誰かエントリーしたのか?」


丁度、私達が眺めている玄関ホールの中心に恭しく安置されているゴブレットに視線を戻す。

そのゴブレットはただのゴブレットではない。黄金のゴブレットで、その縁から溢れんばかりの青白い炎が踊っている。あのゴブレットの中に『出身校・名前』を書いた紙を入れた生徒の中から1校につき1人『代表選手』が選ばれるのだ。ゴブレットに名前を入れた時点で、魔法契約によってその人物は拘束され、代表選手に選ばれた暁には、最後まで試合を戦い抜く義務が発生するのだという。つまり、腕の骨がなくなっても、足を切断しないといけない状況になっても。棄権することは出来ずに、最後まで戦わないといけないのだそうだ。

そんな危険な大会に出場しようと思う人の気がしれない。そこまでして、1000ガリオンが欲しいのだろうか?



「朝早くにワリントン先輩がいれたそうだ。ほら、寮対抗試合だとチェイサー、チームの得点王。…だが、お世辞にもココの出来はいいとはいえないから、選ばれないと思うぞ」


そう言ってコンコンっと頭を叩くノット。私は少し眉間にしわを寄せる。


「いくら先輩が馬鹿でも、そう言うのは失礼だと思うぞ。確かに、頭の良し悪しで代表選手が決まるのなら心配ないが、先輩の他にホグワーツ代表選手候補がいなかったら、話が違う。たとえ、頭が悪かったとしても彼がホグワーツの代表になるのだから」
「「…そういうセレネも失礼なんじゃないか?」」


背後で笑う声がする。振り返るとウィーズリーの双子、フレッドとジョージがいた。2人ともやけに興奮している。グリフィンドール生があまり好きではないノットは顔をしかめていたが、彼に構わず話し続けた双子。


「他にもいるぜ、代表選手候補は」
「ワリントンだけだと思ったら大間違い」


そういって私の眼の前で、小さな小瓶を振る。小瓶の中には半透明の液体が入っている。

「まさか、『老け薬』か?」


私の記憶の中の双子は6年生。誕生日は4月。まだ16歳のはずだ。だから、エントリーする資格はない。恐らくこの双子は『老け薬』を使用することで、自分の歳を数ヶ月分だけ年をとり、17歳になろうという考えなのだろう。


「「ご名答!」」


ニヤリっと笑う双子。私はつい、呆れた口調になってしまった。

「本当に騙せるのか?」
「平気平気。ゴブレットさえ騙せればOKだ!」


物凄い速度で、時折スキップをしながら階段を駆け下りる双子。遠くから見ても勝ち誇ったような表情を浮かべている。

「アイツら、騙せると思うか?」
「無理だろ」

ノットの問いに即答した。

「ゴブレットの周りに書いてある『年齢線』は、あのダンブルドアが直々に作成したものだ。そう簡単には破れない」


ゴブレットの周り半径1メートルほどに書かれている金の境界線。それはダンブルドアが『年齢制限』を設けるために作成した『年齢線』だ。17歳以上の魔法使い(又は魔女)ではないと、その線の内側に入ることは出来ない。だから、その弱点を克服するために、双子は『老け薬』を飲むことを決意したのだろう。ただ、その弱点に気が付かないダンブルドアではない。必ず、なにかしらの対策を考えているはずだ。


「それじゃ、いくぞ!」

薬を飲み終えたフレッドの声が、玄関ホール中に響く。深呼吸を幾度かしてから、思い切って線を飛び越えるフレッド。だが、私の予想に反して何も起こらない。安心した表情のジョージも飛び込んだ時だ。

ジュッという何かが焼けるような音がしたと思うと、双子は2人とも黄金の円の外に放り出された。見えない砲丸投げの選手が2人を押し出したかのように、2人は思いっきり地面に尻もちをつく。
痛そうにする双子だったが、次の瞬間。ポンッと場違いな音が響き渡ったと同時に、双子にダンブルドア先生そっくりの白い顎鬚が生えてきたのだ。これには双子は驚きのあまり、呆然と相方の顔を眺め続けていることしか出来ていなかった。

「誤魔化そうとしても無駄じゃよ」

面白がっているような声がする。そこにいたのはダンブルドアだった。目をキラキラさせて双子の髭を見ている。


「あの双子を見て思い出したんだが、ハッフルパフから『セドリック・ディゴリー』がエントリーするんだと。グリフィンドールからは『アンジェリーナ・ジョンソン』。2人とも寮対抗試合のクィディッチ選手だ」

口元がかすかに笑っているノットが、思い出したかのように言う。

「スポーツ選手の割合が高いな」

思わずつぶやく。まるでオリンピックみたいだ。命がけの。体力がないと、勝ち残れないというのが前提にあるからかもしれない。いくら魔力があり、才能があっても、体力がないと無事に勝ち残れない可能性が『大』だということは、子供でもわかるだろう。


「少し、嫌な予感がするな」

そろそろ夕食の時間なので、私達は立ち上がって大広間へと歩みを進める。私の呟きを聞き取ったのか、ノットが眉を上げた。

「どうしてだ?」
「今日は、ハロウィーンだからだ」

こちらにニタァーっと笑いかけているくり抜きカボチャを見た。ノットも納得したような表情を浮かべる。ここ数年、ハロウィーンの日には毎年何かが起こっている。


1年目はトロールの襲来
2年目はバジリスクのアルファルドが猫のミセス・ノリスを石化した
そして去年…3年目は、本当は無罪だけど大量殺人鬼だと思われているシリウス・ブラックが侵入した。

このように毎年何か事件が起こっているのだ。今年の『三校対抗試合』の『代表選手』を決める…という時点で1つの事件のような感じもするが、先程から感じる悪寒は何なのだろう。なんか、とんでもないことが起こりそうな気がする。


「さすがに4年連続はないだろ」


席に着くと、金の皿に盛られていた出来たてのパンプキンシチューを、なみなみとよそるノット。私の気にしすぎだといいのだが。私はカボチャで出来たスコーンに手を伸ばしながら、チラリと教職員用のテーブルを見る。ダンブルドアも、マダム・マクシームも、カルカロフも、他の先生方もみんな緊張と期待が入り混じったような表情を浮かべている。

その中で2人、異質の男がいた。教員という空気を全く纏っていない2人組。恐らくは、『三校対抗試合』を監督するために派遣された第3者、つまり魔法省の役人だろう。

鼻が折れ曲がっていて太っている男は、生徒の誰にということもなく、笑いかけウィンクをしている。気さくな感じの男だとも思える。だが、この状況で、何も考えていないのではないか?とも思えてた。
もう一人の男は、痩せ気味で無表情だった。うんざりしたような感じで淡々とサラダを口に運んでいる。あの異様な痩せ方は、病気のように見えた。不自然なくらい頬がこけて青ざめ、目が落ち窪み、クマが出来ている。

「どうしたの、セレネ?バグマンさんとクラウチさんが気になるの?」


私の視線を辿ったダフネが、パンプキンパイを頬張る手を止める。そうか、バグマンとクラウチという名前なのか。それにしても、クラウチという名前は、どこかで見たことがある気がする。どこだかは思い出せないが。


「―さて、ゴブレットは、ほぼ決定したようじゃのぉ」


いつの間にか玄関ホールのゴブレットがダンブルドア先生の前に移動していた。大広間にいるすべての人の視線が、静かに燃えるゴブレットに集まった。ダンブルドアがゆっくり手を伸ばすと、ゴブレットの炎が青から紫色に近い赤へと様変わりする。火花が飛び散り、一気にメラメラと宙を舐めるかのように燃え上がった。その炎の舌先から焦げた紙が1枚、ダンブルドア先生の手の中にハラリと落ちていく。炎の色は青白い色に戻り、静かにゴブレットは燃え続ける。



「ダームストラングの代表選手は…『ビクトール・クラム』」


老人とは思えない力強い声で読み上げる先生。大広間中が拍手の嵐、歓声の渦に包まれる。

「やっぱり、彼だと思ったわ」

うっとりと蕩けた目をしたミリセントが、スリザリン寮のテーブルの奥の方で立ち上がったクラムの後を追っている。彼は右に曲がり、教職員テーブルに沿って歩き、その後ろの扉から、隣の部屋へと姿を消した。クラムが私たちの前から姿を消した頃、再びゴブレットの炎が赤く染まる。炎に巻き上げられるように、焦げた紙が飛びだし、先生の手に収まった。


「ボーバトンの代表選手は……『フラー・デラクール』」


レイブンクローの席についていた美少女が、優雅に立ち上がる。シルバーブロンドの豊かな髪をさっと振って後ろに流し、滑るように進み始めた。なんか、あまり好きにはなれないタイプだ。『私が選ばれるのは当然よ』というオーラが滲み出ている。それなのに、男子共は…そのオーラに気が付かないみたいだ。

クラッブやゴイルは、ボケ――っと鼻の下を伸ばしてフラーに見入っている。いや、彼らだけではない。普段真面目そうな男子生徒でさえ、顔を赤らめフラーに視線を向けている。


「見てよ、がっかりしてるわ」

パンジーが残されたボーバトン生の方を顎で指す。

「がっかり、というレベルではないと思うぞ?」

思わずそうつぶやいていしまうくらい、選ばれなかったボーバトン生達は、落ち込んでいた。中にはワッと泣きだしたり、腕に顔をうずくめて、しゃっくりあげている子もいた。あの人たちは、それだけ本気だったということだ。1000ガリオンを手に入れるためだけに、わざわざ故郷を離れ、遠くて寒い見知らぬ土地まで来た。それが今、到着してから3日も経っていないのに、骨折り損と化したことが受け入れられないのは、当然かもしれない。

私は泣いている子から目を離すと、再び激しく燃えているゴブレットに注目する。興奮で張りつめた沈黙が、肌に食い込むみたいだ。…次は私達、ホグワーツの代表選手。

ワリントン先輩が代表選手になることは……まずないと思うから、グリフィンドールのアンジェリーナという人か、ハッフルパフのセドリックという人がなるのだろう。最後、3枚目の紙が溢れ出る炎の中から飛び上がりダンブルドア先生の手に収まると、あれほどまで燃え上がっていた炎が消えた。先生が力強い声で焦げた紙を読み上げる。



「ホグワーツの代表選手は……『セドリック・ディゴリー』」


まるで大統領就任式か?と思われるくらいの歓声が大広間を包み込む。ハッフルパフ生が総立ちになり、叫び、嬉しそうに足を踏み鳴らした。セドリックと思われる青年がニッコリと笑いながら立ち上がる。

煩いとは思ったが、不思議と嫌な感じはしない。ハッフルパフ生は『全てを受け入れる寛大な心』の持ち主が選ばれる寮。…その一方で、『他の寮に入れなかった生徒の集まる劣等生の寮』というイメージが強い。4寮の中で最も影が薄い分、ここでようやく注目を浴びることが出来る!っと思うと、嬉しくてたまらないのだろう。そんな彼らを見ていると、こちらまで嬉しくなってきそうだ。だが…


「…眠い…」


満腹になったことで眠くなってきた。早く寮に戻りたい。恐らく、この後は『選ばれなかった人たちは、代表選手を応援しよう』といった類の話をするのだろう。


「結構、結構。さて、これで3人の代表選手が決まった。選ばれなかった生徒も含め、皆うちそろって、あらんかぎりの力を振り絞り、代表選手たちを応援してくれることを信じている。選手に声援を送ることで、みんなが本当の意味で貢献でき―――」

いつまで話が続くのかと思っていたら、突然、言葉が切れた。不自然な静寂に大広間が包まれる。


「セ、セレネ。あれ…」

ダフネが、手で口を覆ってゴブレットを凝視している。ダフネだけではない。私を含めた全校生徒が『炎のゴブレット』に目を向けていた。


1度、火が消えたはずの『炎のゴブレット』に再び赤い火が激しく燃え上がっていた。何が起こったのだろう?っと考える前に、火花がほとばしり、炎が空中を舐めるように燃え上がり始める。
眼がおかしくなったのかもしれないと思い、眼鏡をさらに押し上げ腕で目をゴシゴシと擦る。そして眼鏡を元の位置に戻して見てみると、燃え上がっていた火は消えていた。

だが、代わりに…ダンブルドアが、手に持っている何を凝視している。

長い長い沈黙が大広間を支配する。ダンブルドアが珍しく、困惑した表情を浮かべていた。彼にも何が起きたか分からないみたいだ。


今日はハロウィーン。

今年も何か、『異常事態』が起こってしまったようだ。それに巻き込まれないといいが。


先生の口が開くのを、全生徒が注目している。先生は咳払いをすると、手に持っている何かを読み上げた。



「『ハリー・ポッター』『セレネ・ゴーント』」



重なっている2枚の紙に書かれている名前を読み上げるダンブルドア。またしてもハリーが事件に巻き込まれてしまったみたいだ。アイツには疫病神でも憑りついているのでないだろうか?お祓いに行った方がいいと、今度進めてみよう。いや、それ以前に…


私は、思わず間抜けな声を上げそうになってしまった。


何故、私の名前も呼ばれたんだ?


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10月12日 一部改訂





[33878] 39話 イレギュラーの代表選手
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/12 15:39



怒った蜂の群れのように、ワンワンという口々に話し始める声が大広間に広がり始めた。周囲を見わたすと、スリザリン生が、『先輩こそ代表選手にふさわしいです!』と真顔で話していたアステリアまでもが、口をあんぐりと大きく開き私を見つめていた。ハッフルパフ寮やレイブンクロー寮の方では隣の人とヒソヒソと私、またはハリーの方を見ながら話し始めている。どうやら、聞き間違いではなかったらしい。空耳だったら、どれほどよかっただろう。ちらりとグリフィンドールのテーブルに座るハリーの方を見る。彼は何が起こったのか理解できないようだ。呆然とした顔で凍りついたように座っていた。
私は周囲に聞こえるくらい大きなため息をつくと、音を立てて立ち上がった。ゴブレットから、何故だかわからないが名前が出たのだ。なら規則に従い、ひとまずここは、立ち上がって前に出なければならない。…そして、冤罪を証明してこなければ。
自分の足音だけが不自然に大広間に響き渡る。遠くの方で慌てて椅子を引いて立ち上がる音が聞こえた。

全校生徒の視線が背中に痛いくらい突き刺さっていた。悪態をつきたくなるのを堪えながらダンブルドアの前に立つ。少し遅れてハリも私の半歩後ろくらいにたどり着いた。

「さぁ…あの扉から。ハリー、セレネ」


ダンブルドアは微笑んでいなかった。教職員テーブルの横を黙って進みながら、他の先生方の反応を確認する。どの先生方も、客人であるマダム・マクシームやカルカロフ、それからクラウチやバグマンも驚ききった顔を浮かべている。ハリーを贔屓しがちなハグリットでさえ呆然とし、口を大きく開けていた。普段、生徒の前で動揺しているそぶりを見せないマクゴナガル先生とスネイプ先生でさえ、狼狽している。

代表選手達が消えて行った扉を開いて大広間から出てると、代表選手の控室に繋がっているのであろう短い廊下を歩き始める。


「せ、セレネ?どういうことだろう?」

困惑したようなハリーの声が後ろから聞こえる。


「私が聞きたいくらいだ」


色々と理由は考えられるが、一言で言い表せない。小部屋の扉を軽くノックしてから開けると、そこには暖炉の火が轟々と燃え盛っていた。心地よさそうな暖炉の前に、すでに選ばれていた代表選手のクラム、フラーそしてセドリックが座っていた。3人とも—―当然の反応だと思うが――何で私達が入って来たのか分からないらしく、当惑の色を浮かべていた。

最初に不愉快な沈黙を破ったのは、ボーバトンの代表選手、確かフラーという女だった。

「どうしまーしたか?わたーしたちに、広間に戻りなさーいということでーすか?」


訛りのある英語でたずねてくるフラー。どうやら、私達が伝言を伝えに来たのだと思ったらしい。少し振り返ってハリーの方を見ると、どうやって答えていいのか分からないらしい。助けを求めるような目を、私に向けてきた。


「そうだったら、どれだけよかったことか」
「なら、どーして…」


フラーの問いに答える前に、背後でセカセカした足音がし、最初にバグマンが部屋に入ってきた。もちろんバグマンの表情には、驚きの色が強い。だがそれ以上に『これほど面白い出来事はない!!』という顔をしている。私とハリーの腕をつかむと、私達を一歩前に押し出した。


「すごい!いや、まったく凄い!紳士淑女諸君。ご紹介しよう。信じがたいことかもしれないが、三校対抗試合代表選手だ―――4人目と5人目の」


クラムのムッツリとした顔が、私とハリーを眺め回しながら、暗い表情になった。セドリックは、聞き間違えたのだと思ったのだろう。途方に暮れた顔をしている。フラーは、これ以上ないというくらいニッコリと微笑んだ。でも、目が笑っていない。

「とてーも、面白いジョークです」
「いやいや、とんでもない!たったいま、ハリーと、えっと…この生徒の名前が『炎のゴブレット』から出てきたのだ!」


バグマンが名前を覚えていない、という程度のことに腹を立てる私ではない。ハリーは世界的に有名人だが、私は無名のホグワーツ生。彼が知らなくて当然のことだろう。

フラーは軽蔑したかのようにバグマンを見た。


「この人は、競技できませーん!若すぎまーす!!」


そう言った瞬間、背後の扉が再び開き、大勢の人が入ってきた。ダンブルドアを先頭に、すぐ後ろからスネイプ先生、魔法省の役人…確か名前はクラウチ氏。その背中を追うようにカルカロフ、マダム・マクシーム。そして、マクゴナガル先生最後にが部屋に入ってきた。マクゴナガル先生が扉を閉める前に、大広間にいる生徒たちがワーワーと騒ぐ声が聞こえた。

フラーがマダム・マクシームに、つかつかと歩む寄っていく。


「この小さーい子供たちも、競技に出ると、ミスター・バグマンが言ってまーす!」


思わず喉元まで出てきた反論を、なんとか押しとどめる。17歳の彼女からしたら、14,5歳なんて子供に見えるのだろう。3つ年下のアステリアが子供に見えるのと同じ原理だ。そう思うことで、無理矢理自分を納得させる。

ハリーの当惑した表情の中に、微かに怒りの色が見え隠れしていた。どうやらハリーも、フラーが『小さい子供たち』と言ったことが気に入らなかったらしい。

マダム・マクシームは、背筋を伸ばし、全身の大きさを12分に見せつけた。きりっとした頭の頂点が、蝋燭の灯っているシャンデリアに触れそうだ。彼女は、ダンブルドアを威圧的に見下ろすと口を開いた。


「これは、どういうこーとですか?」
「私もぜひ、知りたいですな、ダンブルドア」

カルカロフも言う。冷徹な笑みを浮かべていた。まるで彼の青い眼は氷のかけらのようだ。

「ホグワーツの代表選手が、3人とは?開催校は代表選手を3人出してもよいとは――伺っていないのですが――それとも、私の規則の読み方が浅かったのですかな?」


明らかに、意地の悪い笑い声を挙げるカルカロフ。思わず、ため息をついてしまった。幸か不幸か、その音は狭い一室の中では非常によく響いてしまった。一斉に、その場にいる人の眼が私に向けられる。


「私の言う事に何か不満でも?」
「大ありです」


冷ややかな笑みを浮かべているカルカロフに、向き合うことにした。ここで引き下がったら、冤罪をはらすことが出来ない。最悪、本当に競技に参加することになってしまう。命を懸けた、危険極まりないところに身を落とすなんて御免だ。


「カルカロフ校長先生の言い方だと、ダンブルドア…先生が私とハリー・ポッター代表選手として出場させたかった、と言っているみたいに聞こえます」


ダンブルドア先生が、ハリーを出場させたいと思ったことはあるかもしれない。だが、過去の経験から考えるに、私を出場させようとは思っていないはずだ。私が出場することによって、ダンブルドア先生のハリー育成に好影響を及ぼすとは考えにくい。私は、なるべくハッキリとした口調で話しつづけた。


「私はもちろん、彼も『炎のゴブレット』に名前を入れていません」
「この子は嘘をついてまーす!」

マダム・マクシームが威圧感のある声で叫んだ。私は、マダム・マクシームの方に顔を向けた。


「嘘でないと証明する方法は、いくつかあります。例えば、教科書に書いてありましたが『真実薬』という薬を私たちに飲ませてみるとか」


『真実薬』という薬を飲まされた相手は、問われたことに対して、すべて真実を答えてしまうという恐ろしい薬だ。『中級魔法薬』という教科書に書いてあった。あまりにも調合が複雑な薬のため、作り方は載っていなかったが。魔法薬学の先生のスネイプ先生なら、所持しているに違いない。


「『炎のゴブレット』の周囲に張られていた『年齢線』。それに、14歳である私たちは、その線がある限り『ゴブレット』に近づくことが出来ません。
そんな私達が『ゴブレット』に、名前を入れる方法があるとするなら、考えられることは2つ。

1つ目は『17歳以上の人に頼み、私達の名前が書かれた紙を入れてもらう』
そしてもう1つは……『“年齢線”を破り、再び“年齢線”を書き直す』」


2本の指をマダム・マクシームに見せつけるような感じで出した。私が話を区切ると、バチバチと暖炉が燃え盛る音だけが響いている。


「『年齢線』を破ること自体が難しいと思います。なにしろ、ダンブルドア先生が作られたのですから。万が一、破ったとしても、本来の『線』を作り出した先生も分からないくらい、そっくりな『年齢線』を作り出す必要があるのです。
『年齢線』を破り、全く同じに構築し直す。それが私や先生方ご自身にできるとお思いですか?
この試合において重要な役を果たす『炎のゴブレット』の管理を、全てダンブルドア先生に任せるくらいですから、先生方は…それだけ、ダンブルドア先生を『最適な人物』として『信用』していたのではありませんか?」


マダム・マクシームと、視界の端に映っているカルカロフは、少し言葉に詰まったような顔していた。この時、扉が再び開かれ、コツ…コツと杖で床を叩く音が耳に入ってきた。十中八九、ムーディ先生だろう。私は先生に構わず、言葉を紡ぎ続けた。



「一流の魔法使いである先生方が不可能な呪文を、14歳で半人前の私達にそれをこなすことは不可能。なので、考えられる方法としては、前者の『17歳以上の誰かが私達の名前を入れた』ということになります。

ですが、私もハリーも誰かに頼むようなことを、していません。そもそも、私の周りには、17歳以上でそのような事を頼める人はいません。恐らく、ハリーもそうだと思います。先生に頼んだということを考える人がいると思いますが、先生が半人前の魔法使いを出場させることにどういったメリットがあるのでしょうか?」


ハリーの方をチラリと見る。彼は、私の話に合わせて『その通りです』という顔をしていた。下手に口を出すより、私に任せた方がいいと判断したのだろう。


「私が気になることは、ゴブレットから出てき用紙に書かれている学校名です。それには、本当に『ホグワーツ』と書かれていたのですか?」

「いい着眼点だな、ゴーント」


振り返るとムーディ先生がニヤリっと笑っていた。『魔法の眼』が、ダンブルドアの手に握りしめたままの用紙に向けられていた。


「カルカロフもマクシームも確認してかまわん。そこに書いてある学校名は、『ホグワーツ』『ボーバトン』『ダームストラング』の3校の学校ではない、『ウィンチェスター・カレッジ』と『レイエン女学院』という全く別の2校だ。しかも、両方ともマグルの学校だ。それなのに用紙を『ゴブレット』が受け入れたということは、参加校は『3校』ではなく『この2校を含めた5校』だと、『ゴブレット』は思い込んでいた、というワケだ。
ポッターとゴーントの名前を、4校目と5校目の候補者として入れ、4校目と5校目にはポッターとゴーントしかいないということにしたのだろう。


簡単に言えば、何者かが『ゴブレット』を錯乱させた。ポッターとゴーントを代表選手にしたいという何者かがな」
「ありえませーん!ゴブレット自体が強力な魔力を持っていまーす。それを錯乱させーるともなーると、相当強力な呪文が必要でーす!そこまーでして、まだ14歳の彼らを参加させたーいと思う人がいるとーは、思えませーん」


マダム・マクシームがムーディ先生に詰め寄った。ムーディ先生は彼女を見上げていたが、片方の眼は私とハリーに向けられていた。



「それは決まっている。
ポッターとゴーント。2人を殺そうと企んだ輩がいるからだ。
死亡率が高い三校対抗試合に参加させることで、事故に見せかけて殺すことも可能だからな」


しんっと静まり返った。バチバチっと暖炉が燃える音のみが、狭い部屋の中で異常なくらい、大きく響いている。


「殺す?何を馬鹿な事を…。どうせ、生徒の悪戯の類だろ」


バグマンが、やれやれという感じで話し始めた。そんなバグマンをジロリとムーディは睨めつける。


「死者も出る大会に無理やり参加させることを、『悪戯』ですませるのか?」
「そ、それは…」
「規則は絶対だ」


バグマンの言葉を遮ったのは、今まで黙っていたクラウチだった。少し具合の悪そうな顔をしたクラウチに、視線が一気に集中する。眼の下に黒いクマが出来ていて、薄っぺらい紙のよう皮膚が骨の上に覆いかぶさっているみたいに見えた。


「ゴブレットから名前が出た。なら、殺そうと企んでいる者がいようがいまいが関係ない。試合で競うようにこの2人は選ばれた。なら、参加せねばならん」


異議があるモノはいないか?という感じで辺りを見わたすクラウチ。マダムとカルカロフは何か言いたそうな顔をしていたが、反論の余地がないみたいだ。バグマンが少年のような丸顔をハンカチで拭くと、ニッコリと5人に笑いかけた。


「なら、最初の課題を説明するぞ。それは君たちの勇気を試す課題だ。
どんな内容かは教えられないが。未知のものに遭遇した時の勇気は、魔法使いとして非常に重要な資質だ。最初の競技は」


ここでバグマンが言葉を詰まらせる。冷や汗を出しながら、助けを求めるようにクラウチの方を見たことから察するに、どうやら日付を忘れてしまったのだろう。それに気が付いたクラウチは、事務的な口調で話し始める。


「11月24日。全生徒、並びに審査員の前にて行われる。

選手は、競技の課題を完遂するに当たり、どのような形であれ、先生方を含む一切の他人(ひと)からの援助を頼むことも、受けることも許されない。自力で解決しないとならない。それから、選手が会場に持ち込める武器は杖だけだ。

第一の課題が終了後に、第二の課題についての情報が与えられる。試合は過酷で、また時間のかかるものであるため、選手たちは期末テストを免除される。
……アルバス、これで全部だと思うか?」
「ワシもそう思う」


ダンブルドア先生は、少しクラウチを気遣わしげに見ながら言った。

「バーディ、さっきも言うたが、今夜はホグワーツに泊まっていった方がよいのではないか?」
「いや、ダンブルドア。私は役所に戻らねばならない」
「私は泊まるぞ、クラウチ!」


同じ魔法省の役人であるバグマンが、陽気に言う。


「役所よりこっちの方がずっとおもしろいじゃないか!」


そう言う問題か?とツッコミたくなったが、クラウチは黙って首を横に振ると、小部屋から出て行った。
マダム・マクシームはフラーの肩を抱き、早口のフランス語で何か話しながら素早く部屋から出て行き、それに続くようにカルカロフもクラムと一緒に黙って部屋を出て行った。

「ハリー、セドリック、セレネ。3人とも寮に戻って寝るがよい」


ダンブルドアが微笑みながら言った。


「グリフィンドールも、ハッフルパフも、スリザリンも君たちと一緒にお祝いしたくて待っておるじゃろう」


私とハリーとセドリックは3人一緒に部屋を出た。大広間にはすでに誰もいなく、蝋燭が燃えて短くなり、くり抜きカボチャがニッと笑っているギザギザの歯を、不気味に光らせていた。


「いったい、どうやって名前を入れたんだ?」


セドリックが、興味深そうに私達を見てきた。やはり聞かれると思った。


「僕は入れてない。本当のことだよ」
「私も同じだ」
「ふーん…そうか」


セドリックは私達を信じていないみたいだ。セドリックは右側のドアから消えて行った。黙ったままハリーと別れ、地下牢に続く道に降りようと足を進める。


「セレネ!セレネは、信じてくれるよね?」


ハリーの声が後ろから聞こえる。私は一旦足を止めると、振り返った。


「さっきも言っただろ。私達(・・)は自分から立候補していない、とな。気をつけなよ、命を狙われてるんだから」


ハリーの返事を待たないで、さっと地下牢に続く道に入る。肌寒い廊下を小走りで進みながら、粗く削られた石壁に向かって合言葉を唱え、寮に入る。


その途端、大音響が私の耳を直撃した。
何が起こったのかを把握する前に10人余りの手が伸び、私をガッチリと捕まえて談話室に引っ張り込む。振り払おうとしたが、私をつかんでいるのは、私より2倍ほど体格のいい年上の男子生徒達だ。腕力で敵うわけがない。抵抗も出来ないまま、拍手喝采・大歓声・口笛を吹きならしているスリザリン生全員の前に立たされた。


「名前を入れたなら、なんで教えてくれなかったんだ?」


全く見知らぬスリザリン生が半ば当惑し、半ば感心した顔で声を張り上げている。


「先輩、先輩なら絶対に参加できると思いました!!」

アステリアが叫びながら、私に抱き着こうとしてきたので、横に避けてかわす。彼女が地面に激突する前に、ワリントンが私の肩を叩いてきた。


「俺が出られなくても、少なくともスリザリンから代表選手が出るんだな」
「どうやったの、セレネ!?」


同級生の中でも体格がいいミリセントが、年上の生徒をかき分けて私に近づいてくる。
だが、彼女が話しかけてくる前に、他の体格のいい生徒が私の前に立つ。


「御馳走があるから、何か食べろよ」
「ほら、バタービールがあるぞ!」
「どうやって代表選手に立候補したんだ?」


皆が口々に、私が口をはさむ隙がないくらい話しかけてきた。最初は、その言葉の嵐が一瞬でも途切れる時を待っていたのだが、途切れる気配がない。


「なぁ、どうやって入れたんだ?」


名前の知らない年上の男子生徒が馴れ馴れしく肩に手を回してきたとき…それが私の我慢の限界だった。


『黙れ』


肩に回っている手を乱暴に離しながら蛇語で言うと、一気に静まり返る。ジロリ…と眼鏡越しに私を囲んでいるスリザリン生を睨んだ。


「本来参加資格のない私が、無理矢理参加しようとして何のメリットがあるんだ?
こんな感じで騒がれて変に有名人になることを、私が想像できなかったと思うのか?
使い道も思い浮かばない名誉や1000ガリオンを手に入れるためだけに、命を無駄にするような競技に参加する必要が何処にある?いや、何処にもない」


周りを囲んでいるスリザリン生の表情に変化が現れた。最初は『セレネは自分で試合に名乗りを上げたのだ』と思っていた感じの表情から『やっぱり……違うよな』という表情に変わってきていた。



私はスリザリン寮の中で、有名人だ。ここにいる生徒のほぼ全員が…私が『スリザリンの末裔』だということを知っている。だが、それが他寮に漏れなかったのは、私が有名になって目立つことが嫌だというのを知っているからだ。
モットーとして『平穏に暮らす』を公言している私が、自分から名乗りを上げるわけないと、スリザリン生の誰もが信じていたのだ、と思う。


「なら、誰が先輩の名前をゴブレットに…?」


アステリアが最初に沈黙を破った。額に青いあざが出来ている。だが本人は、さほど気にしていないみたいだ。


「大方、闇の帝王の手先だろう。ハリー・ポッターの名前も一緒に出てきたことも考えるとなおさらだ。
これを機に、宿敵のハリーを殺し、ついでに『自分のみがスリザリンの末裔』ということにするために、私も殺そうとして入れたに違いない」
「まさか!でも『例のアノ人』って消滅したんじゃ…」


背の高い人に囲まれているので、姿は見えない。だが、ダフネが困惑する声が耳に入ってきた。

「なら、なんでハリーは1年生の時に点数を貰えたんだ?それは、本当に彼が帝王を目撃したからだ」


再びシンと沈まりかえる談話室。

「セレネの言う通りかもしれないな」


ドラコが人混みをかき分けて近づいてきた。正確に言えば、クラッブとゴイルが人混みをかき分けて、その2人に挟まれる感じでドラコが私の近くまで来た、という現し方が正しい。


「父上の腕にある『あの人』への忠誠の証。つまり『闇の印』がハッキリと色つき始めているそうだ。父上は『あの人』が段々と力を取り戻し始めていると、考えている」


ドラコの話を聞き、スリザリン生の多くの顔が半分恐怖、そして半分期待の表情に染まった。


「で、どうするんだ、セレネ。『あの人』相手にどうやって戦うんだ?」
「そうだな……とりあえず保留だ。まずは誰が私の名前をゴブレットに入れたのかを探らないといけない」
「分かりました!それ、私も手伝います!!
だって、課題は人の助けを借りてはいけないけど、『あの人』の部下を捜すことは課題と直接関係ないですし!」


アステリアが手を真っ直ぐ高く挙げた。それを皮切りに、次々とスリザリン生が先程とは違い、私を気遣い、応援するような声で話しかけてきた。


「頑張れよ、ゴーント」
「お前なら『あの人』に負けないかもしれないぞ!」
「生き残れよ」
「怪しい人を見かけたらすぐに知らせるぜ!」


どの人の声も、温かく感じられた。今までも、この寮は他の寮生が考えるみたいに冷たい雰囲気ではないと思っていた。だが、これほどまでに自分に協力的だとは考えたことがなかった。


だが、そんなスリザリン寮でも……談話室に入った最初は私の話を聞いてくれる人がいなかったのだ。蛇語で脅すような形で話を聞かせることが出来た。それをするとは思えない、ハリーは大丈夫だろうか?


ハーマイオニーは冷静に物事を見ることができるので、ハリーの味方になってくれると思うが…彼の親友のロン・ウィーズリーはどうだろう?


いつもハリーの『おまけ』として見られていた彼は、ハリーに嫉妬して、ハリーを信じない可能性が高い。

寝室への道を進みながら、天井から差し込む月明かりが急に消えて、辺りを照らしているのは壁にかかっているランプだけになった。おそらく雲が月を覆い隠したに違いない。
それにしても、誰が『あの人』に繋がっているのだろうか?明日からは忙しくなりそうだ。







[33878] 40話 鬼の形相
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/24 23:17
「信じられない!」


ダフネが、バンッと思いっきり『日刊預言者新聞』を机にたたきつけた。私だけじゃなく、パンジーもミリセントも…他のスリザリン生も驚いて彼女の方を向く。
ダフネとは4年の付き合いだが、顔を真っ赤にさせて怒っているのを見たのは初めてだったかもしれない。

なんで彼女はそんなに怒っているのだろうか?

「ちょっと、ダフネ?なんで機嫌が悪いのよ?預言者新聞に何か書いてあったの『妖女シスターズ』の解散発表か何か?」


パンジーが口を開くと、鬼も怯むような視線をパンジーにぶつけた。そして預言者新聞の一面を見えやすいように乱暴に広げる。


≪悲劇の12歳、対抗試合へ!?≫


「12歳?いつからポッターは若返ったの?」


横から記事を覗き込んだミリセントが、見出しにツッコミを入れる。パンジーが良く読もうと記事に思いっきり顔を近づけた。


「≪ハリー・ポッター、12歳。怪しくも『三校対抗試合』の代表に選ばれた彼の眼には、過去の亡霊(トラウマ)で溢れかえっていた≫……なにこれ?」

パンジーが眉間にしわを寄せながら音読をし続ける。

「≪「僕の力は両親から受け継いだものだと思っています。いま、僕を見たら両親はきっと誇りに思ってくれるに違いありません。…試合は危険だとは全く思いません。だって、両親が僕を見守ってくれると思うからです」ハリー・ポッターは緑色の眼を潤ませながら、記者に語った。≫」


嘘八百の文章だ。ハリーは試合を危険なものと判断していたし、これから先の課題を、怖がっているように見えた。
そういえば、この間、『日刊預言者新聞』のリータという女性記者がハリーにインタビューをしていたのを思い出す。代表選手4人で写真を撮るためと、杖が万全な状態か調べるため集まった際に、彼女が『記事にしたいから一人ひとりインタビューさせてくれ』と言ってきたのだ。嫌がるハリーを無理矢理どこかへ連れ去ろうとしていたので、よく覚えている。

パンジーの新聞を持つ手には、段々と力が入り始めていた。新聞にしわがより始めている。


「≪そんなハリーにも心を慰めてくれる愛を見つけた。
親友のコリン・クリービーによると、ハーマイオニー・グレンジャーなる人物と離れていることは滅多に見ないという。この人物は、マグル出身の飛びっきりかわいい女子生徒で、ハリーと同じく学校の優等生の1人である≫
なによこれ!嘘八百じゃない!!!」


パンジーは吐き気がする顔をすると新聞を投げ捨てた。それを上手く取ったドラコが、サッと記事を流し読みする。


「…なぁ、これはなんの記事だ?ハリー・ポッター大特集か?」


かぼちゃジュースを飲み干したドラコが、不快そうに言った。フルフルっと首を横に振るダフネ。


「三校対抗試合についての記事よ」
「どこが!?ポッター特集じゃない!!

なによ、これ!!
いつからグレンジャーが可愛い女子になったの!?何と比べて判断したのかしら。シマリス?」

「突っ込みどころはそこか、パンジー?他にもあるだろ。コリンはハリーの親友というよりストーカーだとか、ハリーは優等生と言える人物じゃないとか。
…で、どうしてダフネはこれが『三校対抗試合』の記事だって思ったんだ?」
「だって……ほら、ここ」


私が問いかけると、彼女は記事の本当に隅の方に2、3行で片づけられている部分を指差した。


≪ちなみに、ハリーと競い合うのは『ダームストラング校:ビクトール・クラム』と『ボーバトン校:フラー・デラクラール』だ≫

私は思いっきり眉間にしわを寄せた。まず、フラーの綴りが間違えているし、その上、セドリックと私の名前が何処にも載っていない。代表選手は『基本』みんな平等な立場として扱われるはずなのに……少し…いや、かなり不平等すぎるんじゃないか?百歩譲って週刊誌のゴシップ記事なら、まだ分かる気がする。でも、これはイギリス中の魔法使いが読む新聞だ。社説でもなければ、新聞購読者からの投稿文でもない。1人の新聞記者が書いた『三校対抗試合』に関する記事だ。
マグル界の新聞でも、記者の考えや新聞社の意向が含まれた記事は存在した。でも、さすがにここまでではなかったと思う。いくらなんでも、これは酷い。もう少し『公平』な態度で書いた方がいいのではないのだろうか。せめて、名前くらいは間違いないで書いた方がいいと思う。


「どうする、セレネ?父上の権力を使えば簡単に訴えられるが」
「ほっといていいだろ」


立ち上がると足早に大広間を出た。



不本意な事だが『代表選手』になってしまってから、早いモノでもう数日経っている。私は、足早に人気の少ない廊下を歩きながら、ここ数日の各寮の反応を振り返っていた。




ハッフルパフの生徒から冷たい蔑むような視線を浴びせられるのは、分かってはいた事だったが軽くイラッときた。
ハッフルパフ生が、自分たちの代表選手の栄光を私とハリーが横取りしたと思っているのは明らかだ。ハッフルパフは滅多に脚光を浴びることがない寮なので、ますます感情を悪化させたのだろう。いくら心の広い人が集まる寮だといっても、受け入れられない事だったに違いない。

ちなみに、ハッフルパフの寮監のスプラウト先生まで、若干よそよそしい感じだった。



レイブンクロー生は、すれ違う時に冷たい視線を投げかけてくることがしばしばあったが、思っていたよりかは少なかった。
レイブンクローに属しているルーナの話によると、私よりハリーの方が酷く言われているらしい。なんでも、ハリーがさらに有名になろうと躍起になって、ゴブレットを騙して自分の名前をいれた、と思われているそうだ。



酷いのはグリフィンドール生の態度だ。

寮監であるマクゴナガル先生の態度は、以前と何も変わらない。スプラウト先生みたいに、よそよそしくもないし、授業で正解したら点数もくれる。
だが、グリフィンドール寮生の方は違った。スリザリンと対立しているグリフィンドール生からは『姑息な手を使って名前を入れたのだろう』という態度だった。『ついに“スリザリン生”としての本性を現したか!』とかすれ違い際に言われたこともある。

…グリフィンドールはスリザリンに対して敵愾心を持っているから、仕方ないかもしれない。別に反論しても煽るだけの結果になってしまうので、気にしないことにしている。





スリザリン生とスネイプ先生は、以前と変わらない態度で過ごしてくれた。ホグワーツの代表選手としてではなく、スリザリン生として私を見てくれるし、いつも通りハリーやグリフィンドール生に、ちょっかいを出していた。…スリザリン生は、私と同じように、ハリーも『ゴブレット』に自ら名前を入れていないことを知っているし、ヴォルデモートに狙われているかもしれないということを知っている。

だが、どうやらハリー……というかグリフィンドール全般が生理的に無理なのだそうだ。
感覚的に無理だと感じている意識を変えるには、相手側の協力が必要なので、一方的にスリザリン生を注意しにくい。
『嫌いあっているグリフィンドール生とスリザリン生に仲良く平穏に』というのは、人それぞれ好みや趣向が違うから無理だと思う。だが、少し譲歩するということは出来ないのだろうか?



『アルファルド、首尾はどうだ?』


静まり返った『秘密の部屋』に私の声が反響する。奥でとぐろを巻いていた大蛇―アルファルド―が、ユックリと重そうに頭を持ち上げえるのが見えた。


『特に不審なことは城で起こっていません』


アルファルドが淡々と報告する。

ゴブレットから名前が出た次の日、私は朝一番で『秘密の部屋』に向かった。ゴブレットが安置されていた期間、怪しい行動をしている人がいたかどうかを尋ねるためだ。

だが、アルファルド曰く、不自然な行動をしている人も動物もいなかったという。そもそも、アルファルドはどうもゴブレットが苦手だったらしく、近づかないようにしていたらしいのだ。
アルファルドが目撃していたなら、もっと早くにヴォルデモートの手先を見つけることが出来たと思う。だが、目撃していないなら作戦を練るしかない。作戦はまだ思いつかない。とりあえず今は、目前に迫りつつある試合について対策を練らなければならない。


試合の規則では『人の助けを借りてはいけない』。でも、『蛇』の助けも借りてはいけないとはどこにも記されていない。だから、アルファルドを使い、城を探らせることで、試合についての情報を得ることと同時に、不審な行動をしている人物を探し出そうと思っていた。


『…そうか…』
『ですが、1つ。珍しい会話を耳にしました』
『珍しい会話?』


冷たい石の壁に寄りかかると、再びアルファルドの方を向いた。アルファルドの全てを殺す力を持った眼は、固く閉ざされていた。チロチロと深紅の長い舌を出し入れしている。


『なんでも、ドラゴンがやって来るみたいです』
『いつ?』
『数日以内に』


ドラゴンがやって来る。しかも、この時期に。確実に第一の課題に関係しているに違いない。
そういえば、確かバグマンが『私たちの勇気を示す課題』と言っていた気がする。『ドラゴンと戦う勇気』だと考えて間違いないだろう。


『おそらく、主が考えている通りだと思います』
『心が読めるのか?』
『私が主の考えを読み取れない訳がありません。
それで、どうなされますか?私が、ドラゴンを殺しますか?』


低い声で、どこか楽しそうに言うアルファルド。私は軽くアルファルドを睨んだ。


『…アルファルド。ドラゴンと戦いたいのか?』
『もちろんです!最近、身体がなまって仕方ないんです。それに、主を危険な目に合わせることは出来ませんから。
安心してください、ドラゴンなんて一睨みで終了です。サラザール様に仕えていた時、一度に5体のドラゴンを殺したことがあります』

その時のことを思い出しているのか、少し上を向いて懐かしそうに話すアルファルド。私は苦笑を浮かべた。


『アンタの気持ちは嬉しい。でも、アンタがドラゴンと戦うのを許可できない。
訓練や飼い慣らしをすることが不可能と言われているドラゴンを、たかが代表選手が倒せるとは思ってもいないはずだ。
つまり、出し抜くことが出来た時点で試合終了、と考えることが妥当だろう』


アルファルドが小さく舌打ちをする。余程、ドラゴンと戦いたかったのだろう。そのまま私から顔をそむけて、そっぽを向いてしまった。私はドラゴン対策を練るために、とりあえずホコリが溜まった書物を本棚から何冊か取り出した。パンパンっと叩いて表紙に積もったホコリを落としていく。


…ドラゴンを出し抜くだけだとはいえ、至難の業だ。

ドラゴンは皮・血液・心臓・角などに強力な魔法特性を持っている。が、そのぶん凶暴だと聞く。『失神呪文』を弾き返す皮を持っている上に、鋭い爪は空をも切り裂き、灼熱の炎を吐くのだとか……


『眼』を使うという手もある。別にナイフを使わなくても、この杖の先端でスッと『線』をなぞれば、その個所を切れる。だが、あまり人前で『眼』を使いたくない。なので、どうしても思いつかなかった時の最終手段にするとしよう。


「…待てよ…」


『ドラゴンと共に生きる』という本を読んでいるとき、ふと頭を横切ったことがあった。この課題のことをハリーやセドリックは知っているのだろうか?

『炎のゴブレット』から名前が出てきた日のことを思い返す。マダム・マクシームとカルカロフは、こっそり規則を破って各々の代表選手に知恵を授けそうな気がするが、ハリーやセドリックにこのことを教える人は1人もいない気がする。ハリーはもしかしたら、こういった凶暴な生き物が好きなハグリット経由で知るかもしれないが…


「…めんどくさい…」


軽く舌打ちをして、本を何冊か鞄に押し込んだ。


『送りましょうか、主』


アルファルドが背後で動く気配がする。


『ああ、頼むアルファルド。ハッフルパフ寮の近くまで送って行ってくれ』


このままいくと、課題を知らないで当日を迎えるのは、セドリックだけになりそうだ。
私は名誉も金も要らない。参加するからには死なない程度に努力するつもりだ。だが、出来れば優勝する人は代表選手として自ら名乗りを上げた人になって欲しい。だから、ここでセドリックを見殺しにするような真似をしたくなかった。


まだ試合日まで数日ある。
しっかりと6年間もホグワーツで学び、運動神経もあり、代表選手に選ばれたセドリックなら、数日あれば対策を練れるだろう。私は少し硬くてヒンヤリとしているアルファルドの頭によじ登ると、どうやってセドリックに話しかけようか考えることに頭を働かせたのだった。






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10月24日…一部訂正





[33878] 41話 強みを生かせ!
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/24 23:21



SIDE:ハリー




日曜日の朝
僕は起きて服を着始めたものの、どこか上の空だった。足に靴下を履かせる代わりに、帽子をかぶせようとしていたことに気づくまで少し時間がかかってしまうほどに。僕は大広間でオートミールを食べていたハーマイオニーを見つけると、その隣に座って彼女が食べ終わるのを待った。…僕は、昨日の今日で食欲がわかなかったんだ。

ハーマイオニーが最後の一口を食べ終わるのを待って、それから彼女を引っ張って校庭に出る。湖の方へ長い散歩をしながら、昨夜のことを話し始めた。












昨夜、シリウスと暖炉を使って話したのだ。
シリウスというのは僕の父さんの親友で、僕の名付け親で、指名手配犯だ。指名手配とはいっても、本当の犯罪者ではなく、濡れ衣で犯罪者になってしまった人だ。数か月前…僕はその事実を知り、再逮捕寸前だったシリウスの逃亡の手助けをしたのが、遠い昔のことのように思える。シリウスが逃亡に使ったヒッポグリフのバックビークは、逃亡開始してすぐに巨大な蛇に食べられてしまったそうだ。シリウス自身は犬に変身してなんとか逃げ延びたみたいだけど………その蛇ってたぶん、2年生の時に仕留め損ねたバジリスクだと思う。


そこらへんにヒッポグリフを丸呑みできる大きさの蛇が、他に生息しているとは思えないし。シリウスは『出発してすぐに襲われた』って言っていたので、校内に生息しているのか、校外に生息しているのか分からない。奴を野放しにしてしまったのは、ちゃんと倒せなかった僕の責任だ。でも秘密の部屋事件が解決した日、ダンブルドアは『バジリスクを殺すのは、時期が来てから』と言っていた。
だから、時期が来次第、責任を持って殺しに行くとしよう。


でも、それは置いておいて。

暖炉で燃え上がる火の中に、シリウスの生首が現れて、僕は話をした。確か『魔法の粉』を使うことで、暖炉越しに会話をすることが出来る。

僕はシリウスに、すべてを話した。
僕は『ゴブレット』に名前を入れた覚えがないのに代表選手になってしまったこと。僕の話を信じてくれているのはハーマイオニーと、同じく不本意で代表選手になってしまったセレネだけだということ。親友のロンが、僕を信じてくれなかったということ。そして、ハグリットから第一の課題が『ドラゴンと対決すること』だと教えてもらったということを話した。


シリウスは憂いに満ちた目で僕を見た。
アズカバンで12年間過ごしてきた際に刻み込んだ、死んだような、憑かれたような色が、まだ混じっていた。


「ドラゴンは何とかなる。簡単な呪文で倒せるからな。
だが、その話はあとだ。時間がない。君に警告しておかなければならないことがあるんだ」


僕は数段ほど気分が落ち込む気がした。ドラゴンより悪いものがあるのだろうか?


「まずはカルカロフだ。
あいつはヴォルデモートの手先…『死喰い人』だった男だ。あいつは魔法省と取引をして、自分が助かるためにほかの死喰い人の名前を吐いた。だから釈放されたんだ。
ダンブルドアが今年『闇払い』をホグワーツに置きたかったのは、そのせいだ。ムーディはカルカロフを監視するために呼ばれたんだ」


脳みそがショックな情報を吸収しようともがいている。つまり、カルカロフがヴォルデモートとつながっていて、僕の名前を入れたってこと?


「でも、僕が参加するのを阻止しようとカンカンに怒ってたよ?」
「奴は役者だ。魔法省に自分を信用させて、釈放させたほどの奴だぞ。
それからもう一人、君からの以前に受け取った手紙や先ほども話してくれた人物、『セレネ・ゴーント』という子だ。あの子にも用心しろ」


僕の脳内は、パンクしそうになった。なんでセレネを用心しないといけないのだろう?セレネも僕と同じで『ゴブレット』に名前を入れていないし、友達だ。それに、いい人なのに。

僕が何を言いたいのか分かっているような表情を、シリウスは浮かべた。


「君は知らないと思うが、サラザール・スリザリンの末裔だ」
「知ってるよ。……でも、なんでシリウスも知ってるの?」


2年生のクリスマスに、たまたま聞いてしまったセレネの発言を思い出す。


「それは、彼女から直接聞いた。
それに、彼女は頭の回転が速い。現に冬の時点で私が『動物もどき』だということも『無実』なのだということも見抜いていた」
「え…えっ!!」


僕は叫びそうになった。
僕たちがシリウスの口で言われた初めて気が付いたことを、セレネは冬の時点。つまり数か月前には気が付いていただって?セレネは学年トップの頭脳の持ち主だということは知っていたけど。まさか、そこまで頭がよかっただなんて…

でも、そこで通報しなかったというのがセレネらしいと思う。シリウスはピーターを殺そうとホグワーツに来たのであって、他に人を殺そうとしているわけではない。自分にも友人にも被害がないから、通報しなかったのだと思う。



「…でも、セレネがヴォルデモートに協力するとは思えないよ。セレネはマグルに育てられたんだ。ヴォルデモートが憎いマグルを憎んでいないし…」
「頭の回転が速いということは、それだけ演技もできるということだ。
最近、『死喰い人』の活動が活発化してきている。セレネとカルカロフが協力していることは、ほとんど間違いないだろう」
「そんな……」


信じたくなかった。

『気をつけろ』と言ってくれたセレネが、初めて僕の友達になってくれたセレネが、敵に回るなんて。













僕がすべてを話し終えると、ハーマイオニーは眼を大きく開いて立ち止まってしまった。やっぱり、ハーマイオニーも驚きを隠せないみたいだ。


「…セレネがそんなことをするとは思えないわ。カルカロフは分からないけど。
それは置いておいて、とにかく、あなたが火曜日の夜も生きているように考えましょう」


ハーマイオニーは、目の前に迫った『ドラゴン』のほうが緊急の問題だと判断したみたいだ。少し戸惑っている色が目に見え隠れしていたが、必死の面持ちだった。


「シリウスはなんて言っていたの?」
「それが、『簡単な呪文で倒せる』って言ってたんだけど……ちょうど人が来ちゃってその先はわからないんだ」


ハーマイオニーが手を顎に当てて考え込んでいたが、どうやら思いつかなかったみたいだ。一緒に図書室にこもって、ありとあらゆる本を引っ張り出し、山と積まれた本と格闘するかのように読みふけっていたけど………収穫ゼロ。


その夜もほとんど眠れず、朝になってしまった。
このままだと、対抗策がないまま試合になってしまう。僕は気が乗らないけど、授業に行こうと大広間を出たとき、セドリックが友達に囲まれて出ていくところを見つけた。


…ハグリットがドラゴンを見せてくれた日。
ハグリットは彼の思い人、マダム・マクシームを連れていた。それから…寮に帰るとき、茂みの陰にカルカロフがいたのを見た。カルカロフとセレネが手を結んでいなかったとしても、シリウスの正体を見抜いたセレネだ。きっと、ドラゴンのことも感づいているに違いない。


僕の予想通りなら、フラーとクラム、そしてセレネはきっと、ドラゴンと戦うということを知っている。でも、セドリックだけは知らない。


僕はセドリックに近づこうと思った。でも、彼の友達の前で話す気分になれなかった。彼らはハリーが近づくといつも、リータ・スキーターが書いた嘘八百の記事を持ち出してくるのだ。

僕は杖を取り出すと、柱の陰に隠れて狙いを定めた。


「『ディフィンド―裂けろ』!」


セドリックのカバンが裂けた。羊皮紙やら羽ペン、教科書がバラバラと床に落ち、インク瓶がいくつか割れた。セドリックが友達を先に行かすと、まいったな…という感じで散らばってしまった教科書類を拾い始めた。

僕の思う壺だった。
杖をローブにしまうと、セドリックに駆け寄った。セドリックがインクまみれで真っ黒に染まった『上級変身術』の教科書を拾い上げながら僕のほうを見た。


「やぁ」
「セドリック、第一の課題はドラゴンだ」
「えっ?」


セドリックが目を上げた。


「ドラゴンだよ。5頭で1人に1頭。僕たち、ドラゴンを出し抜かないといけないんだ」


僕は早口でしゃべった。誰かに聞かれたらまずい。すぐに用件を伝え終わらないといけないのだ。セドリックは驚いたように僕をマジマジと見てきた。


「やっぱりそうなのか…」
「絶対だよ、僕は見たんだ……って…なんだって?」


今、セドリックは『やっぱり』って言った?セドリックは知っていたとのだろうか?僕が戸惑っているとセドリックがあたりを少し見渡してから、小さい声で僕に教えてくれた。


「3日くらい前だったかな……セレネ・ゴーントが来て教えてくれたんだ。
僕は課題で何が出るのか分からなかったから、とりあえず役に立ちそうな呪文を、図書室で手当たり次第探していたんだ。その帰り道に彼女がやってきて、教えてくれたんだよ。

『最初の課題は、おそらくドラゴンを出し抜くことだ』…ってね」


セレネは、知っていたんだ。今回も自分より先に、カルカロフはドラゴンを見て驚いていたから、シリウスの時みたいに自力で気が付いたんだ。


でも、セレネは僕に教えてくれなかった。そう思うと、ドラゴンを見た後と同じくらい気分が落ち込んだ。その様子を見たセドリックが少し笑みを浮かべた。


「セレネは君に課題について教える必要ないと考えていたみたいだよ」
「えっ……」
「『ハリーは怪物好きのハグリットからドラゴンについて教えてもらえるはずだ。
だから、教える必要はない』って言っていたよ」


僕がハグリットから教えてもらえるということまで…よんでいただって?凄いと感心するのと同時に、途端にセレネが得体のしれないモノのように思えてきた。僕はセレネと付き合いが長いのに、彼女のことを本当は何もわかっていないのかもしれない。


「ポッター、一緒に来い」


いつの間にか、背後にムーディ先生がいた。もしかして、聞かれたのだろうか?セドリックが不安そうな顔をしている。僕はセドリックと別れ、ムーディ先生の後について行った。

僕がどうやってドラゴンについて知ったのか、先生は問いただすのかもしれない。ムーディはハグリットのことを告げ口するのだろうか…。セレネも問いただされることになるのかもしれない。


「いま、お前のしたことは非常に道徳的な行為だ」


部屋に入ったムーディが静かに言う。僕は何と答えていいのか分からなかった。こういう反応は全く予期していなかった。


「座れ」


ムーディに誘われて椅子に座ってあたりを見渡した。先生の部屋は飛びっきり奇妙なものでいっぱいだった。机にはひびの入った駒のようなもの、たしか『かくれん防止器』という嘘発見器があった。
足元には時折不自然に揺れるトランクが無造作に置いてあり、その向かい側の壁には部屋を映していない鏡がかかっていた。中で影のようなボンヤリとした姿が蠢いている。



「あれはわしの『敵鏡』だ。
こそこそ歩き回っている奴らの白目が見えるほどに接近してこないうちは、安泰だ。
見えたときは、わしのトランクを開ける時だ」


僕の視線をたどったムーディが答えてくれた。


「カンニングは三校対抗試合の伝統で、昔からあった」


にやり、と笑うムーディ。


「それで、どうやってドラゴンと戦うか策はあるのか?」


…あるわけないから困っているのだ。僕が曖昧な表情をしていると、ムーディが真剣な顔をした。


「よく聞け、ポッター。

セドリック・ディゴリーは、お前の年齢(とし)には魔法で笛を歌う時計へと変身させることができた。
フラー・デラクールは、わしの妖精のお姫様版だ。
ビクトール・クラムは、頭に詰まっているのはおが屑だが、カルカロフがついている。きっとクラムを生かす戦法を立ててくるに違いない。
セレネ・ゴーントは、お前も知ってのとおり、頭の回転が異常に早い。魔法も他の代表選手に匹敵するか、それ以上だ。
お前はどうだ?お前の強みは」



僕の強み?そんなの決まっている。でも、僕はためらいがちに答えることにした。


「クィディッチ。…えっと、飛ぶのは得意です」
「相当の腕前だと聞いている」
「でも、箒の持ち込みは禁止ですし、ドラゴン相手に飛ぶことが役に立つとは思えません」


ムーディが僕をじっと見据えてきた。普段はぎょろぎょろと動き回っている『魔法の目』は、ほとんど動かなかった。


「魔法の…杖があるだろ?」


杖?
あぁ…そういうことか。


僕は礼をすると走ってムーディの部屋を出た。箒を使えば、空中でドラゴンを出し抜けるかもしれない。でも、肝心な箒の持ち込みが禁止なら、魔法を使って手に入れればいいんだ!


そして薬草学の教室でハーマイオニーを見つけると、小声で呼びかけた。



「ハーマイオニー、助けてほしいんだ。『呼び寄せ呪文』を明日の午後までに覚えないといけないから、手伝ってくれないか?」
「ハリーったら、私、これまでだってそうしてきたでしょ?手伝うわ」


ハーマイオニーも小声で伝えた。今、剪定をしている灌木の上から顔を覗かせたハーマイオニーは、心配そうに眼を大きく見開いていた。が、練習する呪文が自分も知っている『呼び寄せ呪文』だとわかると、少し表情がいい意味で崩れた。

この作戦がうまくいけば……僕は、この試合を生き残れる。


セレネについては、また今度考えればいい。僕は友達を疑うような人にはなりたくない。誰がゴブレットに僕の名前を入れたのか分からないけど、セレネは関係していないと思う。歴戦の魔法使い、ムーディだって、それを臭わせる発言をしていなかったし。


もし、シリウスの言うとおり、セレネが僕の敵だったら……それは、その時に考えればいい。
今はハーマイオニーが昨日言っていた通り、『呼び寄せ呪文』を練習して本番…城に置いてある僕の箒、世界最速を誇る『ファイアボルト』を呼び寄せ出来るようにすることが大切だ。


自分の強みを最大限に生かして、必ず勝ち残ると、僕は心に誓った。






[33878] 42話 第一の課題
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/24 23:23

いつものように、こんがりと焼けたベーグルにクリームチーズを塗り始める。それを食べようと口を開けた時だった。私の上に影が落ちる。見上げるとそこにいたのはマクゴナガル先生だった。どことなく、焦ったような色を瞳に浮かべていた。


「ゴーント、代表選手は、すぐに競技場に行かないといけません。第一の課題の準備をするのです」
「わかりました」


先生の後ろにはハリーが立っていた。私より先に呼ばれていたのだろう。私はナプキンに、一口も食べていないベーグルを包み、未開封のミネラルウォーターを手に取ると立ち上がった。


「頑張ってね、セレネ」
「きっと平気だわ!」
「本当に気を付けろよ」


周りに座っていたスリザリン生が口々に応援してくれる。どの顔も心配そうに歪んでいた。私は少し表情を緩めて笑みを浮かべる。

「大丈夫、死なない程度にやるさ」
「先輩!頑張ってくださいね!!」

アステリアが今にも泣きだしそうな顔で、飛びついてきた。タックルされそうな勢いだったので、右にかわすと、彼女はそのまま床に落ちてしまった。アステリアは、痛そうに顔をゆがめる。そんな彼女を見て、思いついたことがあった。

私は、そっと眼鏡をとり、アステリアに渡した。アステリアはキョトン、とした表情で眼鏡を眺める。


「それは大切なものだ。試合が終わるまで預かっててくれないか?」
「は、はい!でも……視力は平気なんですか?」
「問題ない」


私は、マクゴナガル先生について、ハリーと一緒に大広間を出る。どうやら、他の代表選手は、すでに控室に行っているみたいだ。控室で日本のロケ弁のように、なにか弁当でも出るのだろうか?少なくとも、何か口に入れないとドラゴン相手に戦えそうにない。


「さぁ、落ち着いて」

マクゴナガル先生が言う。いつもの厳格そうに顔を引き締めている、マクゴナガル先生らしくない。先程、私を送り出してくれたスリザリン生達と同じくらい心配そうな顔をしている。
石階段を下りて、11月の午後の寒空の下に出た。思わず身体が、ぶるっと震える。


「冷静さを保ちなさい…手に負えなくなれば、事態を収める魔法使いたちが待機しています。大切なのは、ベストを尽くすことです。そうすれば、誰も貴方たちのことを悪く思ったりはしません…大丈夫ですか?」
「「はい」」


私とハリーの声が重なる。ハリーは『大丈夫』という顔をしていなかった。よほど緊張しているのか、前しか見ていない。今も足元の石につまずきかけていたが、それに気が付いていないみたいだ。
禁じられた森の縁を回り、ドラゴンがいると思われる場所に向かって歩みを進める。
だが、ドラゴンは見えず、代わりに見えたのは巨大なスタジアム。おそらく、あの中にドラゴンがいるのだろう。


「ここに入って、他の代表選手たちと一緒に待っていなさい」


そのそばにある小さな控室であろうテントの入り口で立ち止まった。マクゴナガル先生の声が少し震えていた。



「そして、ポッター、ゴーント…あなたたちの番を待つのです。中で説明があります。…2人とも、頑張りなさい」
「ありがとうございます」
「分かりました」


ハリーが抑揚のない言い方をする。私はできるだけ笑顔を作ろうとしたが、顔がこわばって動かなかった。……どうやら緊張してしまっているらしい。心の中で苦笑する。

マクゴナガル先生は、心配そうに何回か振り返りながら去って行った。先生の姿が見えなくなってから、私とハリーはテントの中に足を踏み入れる。フラーが片隅にある、低い木の椅子に座っている。いつもは落ち着きを払っている彼女だが、青ざめて冷や汗をかいていた。クラムはいつもよりさらに機嫌悪そうにむっつりしていた。…一見すると緊張していないように見えるが、あれが彼なりの不安の表し方なのかもしれない。いや、そもそも世界的に有名なクィディッチ選手だ。この程度の緊張は何度か経験しているので落ち着いているのかもしれない。
セドリックは、行ったり来たりを繰り返していたが、私たちを見ると立ち止まり、少し微笑んだ。


「よーし、全員そろったな!」


バグマンが極限まで張りつめた空気を壊すかのように、楽しそうに言う。


「楽にしたまえ。
さてと……では、話して聞かせる時が来た!」


陽気に私たち代表選手に向けて話すバグマン。右手に紫色の絹で作られた袋を振ってみせた。


「観衆が集まったら、私から諸君1人1人にこの袋を渡す。そして中から、諸君がこれから直面するものの小さな模型を選び取る!さまざまな――――――エー――違いがある。
それからもうひとつ、いうことがあったな。えっと……ああ、そうだ!諸君の課題は『金の卵』をとることだ!」


以上、というようにバグマンは私たちを見渡した。
セドリックが無言で頷き、再び行ったり来たりを始めた。フラーは椅子に座ってかすかに震えていた。クラムは同じく座り込んではいたが、微動だにしていなかった。ハリーはどうしたらいいのか分からないみたいで、隅のほうに突っ立っている。

私は近くにあった小さな椅子に座ると、先程のベーグルを取り出した。味を感じなかったが、何かを口にいれて腹を満たさないと動けない気がした。一口一口食べながら、これから自分がするであろうことを反芻する。

高得点をとれる可能性は決して高くないが、死ぬことはない。
私がしないといけないことは、優勝して名誉や金を得るためではない。生き残って次の試合に進むことだ。


何百、何千もの足音がテントの傍を通り過ぎるのが聞こえた。足音の主たちは興奮して笑いさざめき、冗談を言い合っている。……本来ならあの群衆の中に、私もいたはずなのだ。なのに、誰かが私の名前をゴブレットに入れたせいでこんな羽目に…


「さてと…レディー・ファーストだ」


バグマンは紫の絹の袋の口を開けると、フラーの方に持っていく。フラーは震える手で袋に手を入れ、精巧なドラゴンのミニチュア模型を取り出した。首の周りに『2』という札をつけている。

バグマンは次に私に袋を渡した。中に手を入れて手ごろな模型を取り出す。やはりフラーと同じ、ドラゴンの模型だ。首に『3』という札をつけている。ただ、種類は違うみたいだ。私の掌の上で翼を広げ始めたドラゴンは、背中に漆黒の隆起部がある。
私の記憶が正しいなら……これは『ノルウェー・リッジバック』。牙に毒があると本に書いてあった。


牙に毒があるドラゴンか…。容易に近づきにくくなった。
ハリーが小さい声で「あっ!」と叫んでいた。彼には、このドラゴンに見覚えがあるのだろうか?

次にクラムが首に『4』とついているドラゴンを取り出し、セドリックが『1』という札をつけた青みがかったドラゴンを取り出した。最後がハリーで『人生が終わった』という顔をしながら『5』という札をつけたドラゴンを取り出す。


「さぁ、これでよし!
諸君は、それぞれが出会うドラゴンを引き出した。番号はドラゴンと対決する順番だ。
いいかな?さて、私は間もなく行かねばならん。解説者なんでね。
ディゴリー君、君が1番だ。ホイッスルが聞こえたら、まっすぐに向こうのスタジアムまで来てくれ。さてと……ハリー、ちょっと話があるんだが……いいかな?」
「えーと……はい」


ハリーは何も考えていないような顔をして、バグマンと一緒に外に出て行った。なんかバグマンがヒントでも言おうとしているように、私には見えた。…だが、今までのバグマンの言動から考える知的能力だと…世辞にもいい案を提案するとは思えない。


私は再び椅子に腰を掛けると、ミネラルウォーターのビンを開けた。ひんやりと冷たいミネラルウォーターが、カラカラに乾いていた喉を潤していく。まるで体の芯から生き返るような感じだ。


どこか遠くでホイッスルが鳴った。
セドリックが青ざめた顔をしてテントから出ていく。代わりにハリーが『この世の絶望』という顔をして中に入ってきた。…どうやら、バグマンとの会話は、ハリーの恐怖心を駆り立てるだけで終わったようだ。


「とりあえず、座ったらどうだ?」

ずっと立ったままのハリーに向かって言う。ハリーは、私の隣に恐る恐るといった感じで腰を掛けた。

フラーがセドリックの足跡をたどるように、テントの中をグルグル歩き回っていた。クラムはまだ、地面をじっと見つめている。

バグマンの解説が、このテントの中にまで聞こえてきた。
自宅にあるウォークマンが、これほど恋しくなったことは今までになかったと思う。あの恐怖心を逆なでするかのような解説は不愉快だ。イヤホンをして、お気に入りの曲を最大限にかけながら時を待ちたい。


椅子ごとハリーが震えているので、目障りだった。思わずポンポンッと軽く彼の背を叩く。ハリーが驚きのあまり飛び上がり、そして眼をこれ以上ないというくらい丸くさせて、私を見てきた。


「震えすぎ」
「あ…ごめん」


ハリーはボソボソと謝るが、ほとんど聞こえなかった。ハリーが、何か言いたそうな眼をしていたが、無視することにする。15分ほどたった頃だろう。…耳をつんざく大歓声が聞こえた。どうやら、セドリックが無事に『金の卵』を取れたみたいだ。

フラーは頭のてっぺんから爪先まで震えていたが、名前を呼ばれると勇気を振り絞るような表情を浮かべている。頭を上げて、杖をしっかりつかんで、テントから出て行った。


…次は私の番だ。
ほとんど空になったミネラルウォーターのビンを握りしめて、最終確認をする。
1年生の時…クィレルと対峙した時や、2年生の時…バジリスクとトム・リドルと対峙した時のことが脳裏に浮かぶ。あの時の方が、ずっと気が楽だった。だが……よく考えれば、あの時の方が危機的状況だったのだ。
あの時は密室で、私が死ぬか、相手が死ぬかの一騎打ちに近い状態だったが、今回は違う。同じ一騎打ちでも、万が一死にそうな事態になった時には、助けが来てくれる。生き残る確率は、こちらの方がはるかに高い。



10分ほどたった頃

また歓声と拍手が爆発するのが聞こえた。フラーも成功したに違いない。私はビンに残っているミネラルウォーターを全て飲み干すと、立ち上がった。


ホイッスルの音が聞こえ、外に出る。ハリーが何か言った気がしたので、片手をあげて答えた。


木立を通り過ぎ、巨大なスタジアムの中に入る。できるだけ普段通りの足取りでスタジアムに入ると、大歓声が耳を貫いた。何百何千という人の顔が、私を見下ろしている。

すり鉢状になっているスタジアムは岩だらけで、その奥にドラゴンがいた。ドラゴンは黄金の卵をしっかりと抱え込み、両翼を半分だけ開き、黄色に光る眼で私を睨みつけている。
私はローブの左側に手を入れると、使い慣れた杖を取り出した。
そして私はドラゴンと距離をできるだけ取りながら、なるべく全体が見渡せそうな岩場を登る。ドラゴンは私を警戒しているらしく、チリチリっと牙を鳴らした。


「…物騒な奴」


ドラゴンが後生大事に守っている卵を奪わないといけないなんて、骨が折れる。スタジアム全体の構造を把握すると、私は深呼吸をした。
遠くで観衆が大騒ぎするのが聞こえる。それが好意的なものなのか、そうではないのか知ったことではない。
私は、ドラゴンの前足の間に挟まっている金の卵をとればいいだけだ。なるべく…無傷で。
本当なら『呼び寄せ呪文』を使って、『金の卵』を私の手元まで呼び寄せたいが、それが出来るのであれば課題にならないだろう。呼び寄せ呪文を防止する呪文が、かかっていると考えるのが妥当だ。

なら、当初の計画でやるしかない。

私は岩を思いっきり蹴ると、ドラゴンめがけて疾走し始めた。そんな私を視たドラゴンは、思いっきり息を吸い込む。

おそらく火を吐くのだろう。

案の定、全てを焼き払うような炎を噴射する。そのままの速度をなるべく維持しながら、私は真横に跳んだ。弾けるような真横への跳躍。そのまま巨大な岩の後ろに姿を隠した。
私が隠れた岩の真横を通り過ぎたオレンジ色の炎。

炎の威力は強力で、炎が当たった頑丈そうな岩は、音を立てて溶けてしまった。…思ったよりも、はるかに厄介な相手だ。
私はドラゴンの視界に入らない岩の後ろを選んで、徐々にドラゴンへ近づいて行った。2撃目を放とうと、ドラゴンが再び息を吸い込んでいる音が聞こえる。


いや、先程の一撃目より吸い込む量が多い。
どうやら、ドラゴンは私のいる位置がわからないので、手当たり次第に岩を壊そうと考えたらしい。オレンジ色の炎がいくつもの岩を溶かしていく。

私は炎から逃れるように岩の後ろを移動する。移動しながら思わず口元が歪みそうになる。……炎の威力は予想外だったが、何度も乱発してくれたおかげで、炎の『死の線』が視えた。もともと物質でないモノの線は視にくいのだが、何度も何度も炎を視たおかげで『死の線』を視ることができたのだ。
…オレンジ色の炎の中で渦巻いている、美しくも何処か禍々しい深紅の線を…

身を守る最終手段を手に入れたところで、いよいよ私は本腰をあげることにした。


ドラゴンがすべての炎を吐き終え、次の炎を発射するために再び息を吸い込もうとした時、私はドラゴンの目の前の岩の上に立った。まるで、ドラゴンに私の姿を見せつけるかのように。
ドラゴンは『やっと見つけた』という感じで、鼓膜が破れそうな音量で吠える。その時に私は杖を高く空に向けた。


「『エクスペクト・パトローナム‐守護霊よ、来たれ』!!」


杖の先から銀色の巨大な大蛇が噴射された。大蛇は、東洋のドラゴンのようにユラリユラリと身体を揺らしながら空へめがけて進んでいく。

観衆の目もドラゴンの目も、私から外れ大蛇に向けられた。その隙に私は、トム・リドルが『秘密の部屋』に残していった『上級魔法呪文集』に載っていた『目くらましの呪文』を自分にかける。


本当は、より正確に魔法をかけるために詠唱したかった。だが、声に出した途端に気が付かれてしまいそうなので、練習した無言呪文を使う。
頭の中で呪文を思い浮かべながら、コンコンっと脳天を叩く。すると、身体の表面全体に冷たいものが、トロトロと流れる感じがした。…そして、なるべく音をたてないように走りながら、自分の体を確認する。


成功だ。


呪文の効力で、私の身体は見えなくなっていた。透明になったというわけではなく、カメレオンの保護色のように、私の身体が背後の岩と同化した意をしているというのが正しいだろう。
上空に浮かんだ私の守護霊が何もしないまま霞になって消えたので、観衆の目もドラゴンの目も地上に戻された。すると、私の姿が見えないことが分かったのだろう。


観衆のどよめく声と、ドラゴンの怒りの咆哮が鼓膜を破きそうだ。
ドラゴンは、私がどこに消えたのか探すために、少し首を高く持ち上げた。そのおかげで、『金の卵』から少しだけドラゴンの身体が離れる。
私はできる限り気配を消しながら、卵に近づいていく。そして、あと……ほんの数歩でドラゴンの前足と前足の間に挟まっている卵に手が届く、という時に、さぁーっと熱い液体のようなものが身体の表面を流れた感じがした。何が起こったのだろうか、と思い自分の身体を見て愕然とした。


付け焼刃ともいえる無言呪文で、不完全にかかっていたのであろう『目くらましの呪文』が解けてしまっていたのだ。今にも見当違いの岩めがけて、炎を噴射しようと構えていたドラゴンの眼に、私の姿が大きく映る。真下で護っている大事な卵に、そっと手を伸ばしている私の姿が…


私が金の卵を抱えこんだのと、ドラゴンが私の方を向いて炎を吐くのは、ほぼ同時だった。オレンジ色の炎が私に襲い掛かる。

とっさに私は、杖で宙を切るように振るい、オレンジ色の炎の中で渦巻いている深紅の線を切った。途端に炎が、もともとなかったかのように消え失せる。


ドラゴンは何が起こったのか分からずに、闇雲に辺りかまわず炎を噴射させる。私は『金の卵』を左腕でしっかりと抱えたまま、再び杖の先で『線』を切る。混乱したドラゴンは、三度息を吸い込んだ。そして――


「「「『プロテゴ‐守れ』!」」」


もう一撃、私の方に炎が噴射された時、目の前に巨大な壁が現れ、炎を弾き飛ばす。振り返ると、ドラゴン使いだと思われるマントを着た人たちが、慌てて私の方にかけてくるところだった。その向こうには、スネイプ先生とマクゴナガル先生が蒼白な顔をして駆けてくる。さらに奥にはムーディ先生が少しニヤついた顔で立っていた。


そうだ。『金の卵』を無事にとったから、課題は終わったのだ。ぼんやりと頭の片隅で考える。課題が終わったという現実感がない。
私は、マクゴナガル先生とスネイプ先生がいる出口へと小走りで歩みを進める。


「大丈夫か?」

スネイプ先生が授業で一度も見たことがないくらい焦っている。マクゴナガル先生も、これ以上ないというくらい心配そうな表情を浮かべていた。

「どこも火傷していませんか、ゴーント?なんと危ない真似を……」
「お前が大怪我したら、クイールに殺されるからな。なんともないか?怖かったか?」

「問題ないです」


そう言って、立ち去ろうと思ったが、マクゴナガル先生が私の背中に話しかけた。

「素晴らしい呪文でしたよ。不完全とはいえ『目くらましの呪文』を無言呪文で行ったことは、驚きです。きっと好評価がもらえると思いますよ」
「まさか、守護霊を囮にして、自分から注意をそらさせるとは。いい思い付きだな」


振り返らなくてもわかる。マクゴナガル先生もスネイプ先生も、物凄く喜んでいるということが…。普段ほとんど生徒を誉めない2人が、ここまで誉めてくれた。それだけで、なんだか心が温かくなった。
そう、2人とも心配だったのだ。まだ14歳の私が、無事にドラゴンを出し抜けるか、心配だったに違いない。

「ありがとうございます」

ほほを赤らめたまま、振り返るのが恥ずかしかったので、背を向けたまま礼を言う。

「点数がもうすぐ出るが、見なくていいのか?」

ムーディ先生がコツ、コツ…と杖を突きながら近づいてくる。先生の声は、一見するとどこか嬉しそうな声だった。だが、地面を突く音が普段より大きく感じるのは気のせいだろうか?まるでイラつきを地面にぶつけているような…


「いいです。点数に興味がないので」
「そうか、なら最初のテントの隣のテントに行け。そこで次の課題の説明がある
……あの炎の『消失呪文』は、よかったぞ。あれは、訓練を積んだ魔法使いでも難しい『消失』だ」


ムーディ先生は私の肩を強くポンポンッと叩いてから去っていく。
普段、『めったに生徒を褒めてくれない先生3号』のムーディ先生までも誉めてくれた。しかも『眼』を使ったことはバレていないみたいだ。…いや、バレているのかもしれないが、私の『眼』の仕組みを知らない人が見たら、超高度な『消失呪文』に見えたということを、こっそりムーディ先生は教えてくれたのだろう。


11月の肌寒く突き刺さるような寒気が、私に襲いかかる。だが、不思議と私の心は…いつになくホカホカと温かかった。



テントの中には、まだ誰もいない。
とりあえず、手ごろな椅子に腰を掛けた途端、どっと身体全体が重くなった気がした。まるで鉛か何かをつけたみたいだ。…溜まっていた疲れが、一気に吹き出てきたのかもしれない。


瞼が徐々に重くなってくる。眠さに耐えられなくなり私は思わず目をつぶると、深い深い闇の中へ堕ちて行ってしまった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

10月24日:一部改訂



[33878] 43話 予期せぬ課題
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/15 22:38
12月が、風と霙を連れてホグワーツにやってきた。この時期が来るたびに、ホグワーツ城は隙間風だらけで、廊下の移動の時にはコートを着込んでいないといけなかったが、湖に浮かぶダームストラングの船を見るたびに、城の暖炉に燃える火や、厚い壁がありがたく思えた。校庭に停車しているボーバトンの馬車も、ずいぶんと寒そうだ。


「セレネはクリスマスの日、誰と過ごすの?」


パンジーが魔法史の授業が終わった途端に、少し引くくらいの笑みを浮かべて私に尋ねてきた。私は『魔法史』の教科書をしまいながら、怪訝そうに眉を寄せる。


「いつも通り、父さんと過ごすつもりだが…」
「「「「えっ!!」」」」


隣にいたミリセントやダフネだけでなく、少し離れたところで、次の『変身術』の教室へ行く準備をしていたドラコやノットまでもが、私の方を見ている。誰もが一様に驚いた表情を浮かべていた。


「えっと……それって本気?」


手で口を押えたミリセントが恐る恐るという感じで言う。私は、何か変なことでも言っただろうか?


「本気も何も…毎年、父さんとクリスマスを過ごしているからな。何か問題でも?」
「問題というか、セレネはクリスマスのダンスパーティに出ないの?」
「ダンスパーティ?」
「うん。えっと……三校対抗試合の伝統で、4年生以上の参加が許可されているらしいの。ほら、今年の用意するものの中に『ドレス』ってあったでしょ?」


ダフネが説明してくれる。そういえば、数日前から図書室で本を探したり、談話室で本を読んだりしている時に、『ダンスパーティ』がどうたらこうたらという話を小耳にはさんだ気がする。興味のない話だったので、気にも留めなかったが。


「正直、ダンスなんて面倒なだけだろ」
「そう…残念だけど、セレネらしいわね」


ミリセントが、そういってノットたちの方を見る。つられてそちらを見ると、なぜか彼らの上空に黒雲が漂っている気がした。ザビ二が笑うのを必死でこらえている。


「あっ、すまないが…この本の返本が今日の午後までだ。悪いが先に次の教室へ行ってくれないか?」


パンジー達に断りを入れて、教室を出る。


廊下は管理人のフィルチがいつにも増して、廊下を磨いていた。クリスマスは少し先だというのに、廊下はワックスを塗ったばかりのように、ツルツルで滑りそうだった。


図書室で本を返して、外に出た時だった。ハーマイオニーが1人で歩いているのが視界に入る。久々に彼女と話そうか…と思い、声をかける寸前で気が付いたことがあった。なんだか困惑している様子で、前を見ていないみたいだ。今も上級生とぶつかりそうになっていた。普段の彼女らしくない。


「どうしたんだ、ハーマイオニー?」
「セ、セレネ!?」


私が後ろにいることに気が付いて、手に持っていた本を落としそうになるハーマイオニー。


「…何かあったのか?」


こうしてハーマイオニーの顔を見ると、異常なくらい頬を赤く染めていた。たとえるなら、熟し過ぎたリンゴとでもいうのだろうか?やはり、いつもの冷静なハーマイオニーらしくない。


「あの……セレネって口が堅い、わよね?」
「そこら辺の人よりは」
「実は……相談に乗ってほしくて…」


珍しい。ハーマイオニーが相談に乗ってほしいと言ってくるなんて、今までになかったことだ。ちらりと時計を見ると、もうすぐ授業開始のチャイムが鳴りそうだ。


「午後なら空いているが……」
「ありがとう!じゃあ、昼食後に玄関ホールで待ってるわ。絶対に誰にも言わないでね!!」


そう言ってハーマイオニーは走って行ってしまった。…そんなに人に聞かれたくないのか?いったい何の話なのだろう。私より身近にいる同じグリフィンドール生のハリーやロンにも話せない事柄に違いない。
とりあえず変身術の教室にたどり着いたので、いったん疑問を頭の隅に追いやる。授業はいつも通り進行し、マクゴナガル先生が黒板に書いた図面を羊皮紙に写していく。

…もう羽ペンにつけるインクが切れそうだ。今度、ロンドンでマグルの友人…フィーナたちに会うので、その前にダイアゴン横丁で買っておこう。


「さて……そろそろ今日の授業が終わりますが…その前に、すでに知っているかもしれないことですが『ダンスパーティ』について説明しておきましょう」


授業終了3分前、マクゴナガル先生がコホンっと咳払いをしてから話し始める。どうせ私には関係のない話だが、先生の話なので形だけは聞いているふりをしておくことにした。マクゴナガル先生の額のあたりをボンヤリと眺めているうちにチャイムが鳴り響く。


「――ですので、ホグワーツ生として品位のある行動をしてください。羽目を外しすぎないように。以上です。あと、それからゴーントは、ちょっと来てください」


立ち上がりかけた私を、マクゴナガル先生は引き留めた。この間のレポートを眠いからと言って適当に書いたことが、バレたに違いない。だが、適当とはいえ…怒られるほど酷い内容のものを書いた覚えはないが…


ハーマイオニーとの約束があるので、早くして欲しい。そう思いながら先生が話し出すのを待つ。マクゴナガル先生は、生徒が全員いなくなるのを待ってから、ようやく口を開いた。


「ゴーント、代表選手とそのパートナーは…」
「パートナー?」


おうむ返しに聞き返してしまった。


「パートナーとは、ダンスパーティのパートナーですか?」
「それ以外に何があるのですか?」


『何を馬鹿げたことを』というような眼で私を見てくるマクゴナガル先生。


「先生、私はクリスマスに家に帰るつもりです。なので、ダンスパーティには参加できません」
「残念ですが、あなたはダンスパーティに出なければならないのです」


厳しい顔を崩さないで言うマクゴナガル先生。だが、先生の眼の奥に申し訳なさそうな色が見え隠れしていた。


「代表選手は伝統に従い、パーティの最初に踊るのです。ですので、家には『帰れない』と手紙を書きなさい。自分で書きたくないというのであれば、私が代わりに、家に手紙を書きましょう。とにかく、あなたは絶対にパートナーを連れてくるのですよ」
「ですが――」
「分かりましたね、ゴーント」


問答無用という口調でキッパリと言い放つマクゴナガル先生。マクゴナガル先生に礼をして、逃げるようにその場を立ち去った。…どうしたらいいのだろうか?
男子生徒を誘うことなんて考えたこともなかった。正直な話、もう1回ドラゴンと戦う方が、遥かに楽だ。…だが、なんで代表選手が最初に踊らないといけないのだろうか?三校対抗試合の中心人物だから?いや…それだけではないはずだ。


1つだけ考えられるのは『第二の課題』に何かかかわってくる、かもしれないということ。

第一の課題が終わった時に、バグマンが『第二の課題は2月。ヒントは今回手に入れた“金の卵”に隠されている』としか言わなかった。『金の卵』をパカリと開いても、この世のものとは思えない叫び声がするだけで、解読できない。…もしかしたら、このダンスパーティに『卵の秘密』が隠されているのかもしれない。なので、絶対に代表選手を参加させるために、最初に踊らせる……のだろうか?


「やぁ、セレネ」


名前を呼ばれたので顔を上げてみると、そこにいたのは、まったく見知らぬ男子学生。ネクタイが黄色と黒なので……恐らくハッフルパフ生だろう。鼻先が少し上を向いていて、背が高いブロンドの少年だ。


「君と同学年のザカリアス・スミスだ」
「…何の用だ?」


記憶の隅々まで探したが、聞き覚えのない名前だ。本当に何の用で来たのだろうか?


「君、僕と一緒にダンスパーティに行かないか?」
「断る」


即答してしまった。スミスは一瞬、憤慨したような顔になった。だが、すぐに元の愛想のよさそうな顔に戻る。


「何故だい?」
「何故も何も……私はアンタのことを何も知らないだろ?」
「なら、これから知っていけばいい話だ」


…どうしても、私と一緒に行きたいらしい。どうせ私が代表選手だから、一緒にいれば目立つだろう、と考えているのだろう。まったく、こういう軽い男とダンスパーティに行く仲だと、周りから思われるのは心外だ。どうやって断ろうか…


「悪いが、私がアンタの名前を知ったのは今だ。これから知っていけばいいといわれても、もしこのダンスパーティが、次の課題に影響する事だった場合、アンタにも迷惑をかけてしまう。知り合って間もないアンタを、危険に巻き込むわけにはいかない」


少し愛想のよい笑顔を浮かべて言う。そして彼に背を向けて、去ろうとした。だが、今度は私の腕をつかんできた。…振り払おうと思ったが、思った以上に力が強い。何か運動でもやっているのかも知れない。


「その点は問題ない。僕はハッフルパフ寮のクィディッチチームのチェイサーだ。
運動神経なら女の君にだって負けていないし、さすがに君ほどの魔法は使えないが、そこそこの魔法は使える。君の足手まといにはならないはずだ」
「なら、今ここで『武装解除』の呪文をやってくれるか?」


武装解除の呪文は、2年生の時……ほとんどの生徒が参加した『決闘クラブ』で習った呪文だ。一応、今年の『闇の魔術に関する防衛術』の教科書の参考の箇所に記載されていたが……大方の人が覚えていない呪文だろう。スミスの眉間のしわがピクピクと動いている。


「どうした?その程度の呪文もできないのか?」
「で、出来るに決まっている。『エクスペリアームス‐武器よ去れ』!」


しかし、私の杖も、袖の下に隠してあるナイフもピクリとも動かなかった。スミスの顔がイラつきで歪んでいく。


「…出来ないな」
「っく!そんなこと言って……本当は今、杖を持ってないんだろ!?」


どうしてそうなるのだろうか?まったく……いい加減、離してほしい。私はローブの取り出しやすい位置にしまってある杖を取り出して、スミスの前で軽く振った。


「そろそろ離してくれないか?この後に、大事な用事があるんだ」


そういうと、逆にさらに腕に手が食い込んでくる。絶対に痕が出来ている気がした。


「俺のどこが気に入らないんだ!?セドリックが卒業したら俺がキャプテンだ。父様も母様も純血の魔法使いで優秀な魔法使いだ。もし、俺が17歳でゴブレットに名前をいれていたら、絶対に俺が代表選手になっていたに決まってるんだ!だから、つべこべ言わずに……っ!」
「おい、やめろ」


スミスの肩に、誰かの手が乗っけられた。スミスがイラつきを隠さないで、その人物を見上げる。


「なんだ!?俺は今――」
「悪いが、俺の方が先約だ。…こいつが婉曲に断っているうちに去った方がいい。でないと…呪いをかけられても知らないぞ」


スミスは舌打ちをして「男がいるならとっとと言いやがれ」と捨て台詞を残して去って行った。


「助けてくれたのはありがたいが…お前と約束した覚えはない」


先程のスミスと同じくらいの位置に顔がある、ノットを軽くにらむ。ノットは睨まれても素知らぬ顔だ。


「ああでも言わないと、解放してくれなそうだっただろ?」
「…それもそうだな」


あのままだったら、私はスミスに呪いをかけていたかもしれない。いや、呪いまでとはいかなくても、『眼』を発動させて威嚇くらいはしていたかも。でも、それで妙な噂が広まってしまったら、それこそ大問題だ。


「で、どうするんだ?」
「どうするって…なにがだ?」


聞き返すとノットは頭をガシガシとかいた。小さく舌打ちの音が聞こえた気がする。


「結局、俺と行くか行かないかということだ。さっきの話だと、『第二の課題』に影響するかもしれないんだって?俺は、巻き込まれても文句は言わないし、俺の実力はお前も知っているだろ?」


ノットの実力は、よく知っている。
同学年のスリザリン男子の中で、魔法の実力はドラコと並ぶかそれ以上だ。将棋を指している時にも感じるが、頭のキレだって悪くない。まだ私の勝ち越しだ。だが、昔は10回に1回の割合だったのが、今では5回に1回の割合で負けてしまうようになってしまった。
ノットなら……万が一、巻き込まれても、なんとかなるかもしれない。他の実力もわからない見知らぬ人を誘うより、彼を誘った方がいいかもしれない。よく知っている相手なので、あまり気を使わなくて済むし…


「まぁ、いいか。よろしく頼む」


そういうと、ノットは嬉しそうに笑った。珍しい…こうして彼が笑っているのを見たのは、初めてかもしれない。


「……そういえば、何故お前はここにいたんだ?とっくに大広間に行っている時間だろ?」


そういうと、笑うのをやめて、なぜか視線をそらすノット。そして足早に歩きながらこう言った。


「……別に何でもいいだろ。早く大広間に行かないと、食べるものがなくなるぞ」
「そうだな」


私達は大広間へ向かった。玄関ホールのあたりまで来ると、いつも通り…大広間から、焼きたてのパンや身体を温めてくれそうなシチューの匂いが漂ってくる。が、今日の私がそれらを口にすることはないみたいだ。ちょうど食事を終えたハーマイオニーが玄関ホールに出てきたところだったからだ。しかも、目が合ってしまった。

私はノットに断わって、ハーマイオニーの方へ走る。ハーマイオニーは先程より落ち着きを取り戻しているみたいだ。何かナプキンで包んである。


「セレネの姿が大広間にないから、包んでおいたわ」


そういって彼女が包みを渡す。開けてみると、トーストが入っていた。……食べ物持参で来るということは……相当長い話になるのかもしれない。覚悟しておこう。人に聞かれたくない話のようなので、玄関ホールから外に出て、凍てつくような12月の寒空の下を歩く。まだ雪は降っていないが……もう少ししたら今歩いているところ一面が、雪で覆われるに違いない。


「…で、どうしたんだ?」
「あの………実は…………………クラムに申し込まれたの……」


俯き気味な顔を赤らめるハーマイオニーは、消えそうな声でそう言った。……ある意味、災難かもしれない。世界的に有名なクィディッチ選手で、代表選手のクラムは、ありとあらゆる女子の憧れの的で、熱狂的なファンがクラムを手段で追いかけているところを何度も目撃したことがある。

クラムのパートナーになった女は、そんなファンたちからの恨みの視線を受ける羽目になる。だが、ハーマイオニーは、それだけでは済まない。同じ代表選手でクィディッチが上手いハリーと(誤った)熱愛報道がされてしまっているのだ。
……新聞が次々と男を手駒に取る『悪女』として騒ぎ立てなければいいが……


「…で、どう答えたんだ?」
「……『少し待って』て……」
「『待て』と答えたのか?」


断らなかったということは、受けてもいいということ。でも、待っててほしい、ということは…


「…ハーマイオニー、好きな人でもいるのか?」
「い、いないわよ!!た、ただ、その……」


変身術の授業前に見かけた時よりも、ずっと顔を赤く染めたハーマイオニー。触ったら火傷しそうなくらい赤い。…おそらく、好きな人がいるのだろう。
その人に誘われたい。だから、その人の行動次第で、クラムの誘いに乗るか乗らないかが決まる、ということか。


「いいんじゃないか。少し待ってみて、気になる人が誰か誘ったようなら、クラムの誘いを受ける。数日の間に、その人から告白されるかもしれないし」
「でも…あの人、とっても鈍いのよ。私を女として見てくれていないし」


……私は頭をすこしかいた。恋愛相談は専門外だ。どう答えたらよいのだろう?


「…でも、誰かに話してすっきりしたかも」


ハーマイオニーは伸びをした。顔から少しだけ赤みが抜けている。


「誰かに話さないと、考えがまとまらなかったのよ。本当にこれがいいのか分からなかったし。クラムに答えたとおり、少し待ってから…答えを出すわ」
「そうか…よかった」


ハーマイオニーがくれたトーストを食べる。もうすっかり冷めてしまっていたが、腹の足しにはなった。


「そういえば、セレネは誰と行くの?」
「ノット。さっき誘われた」
「えっと……たしか背の高いスリザリン生?」


あまりよく知らないわね、という顔をするハーマイオニー。

「セレネも楽しいクリスマスを送ってね!」
「ハーマイオニーもな」

そういって城へと歩き始める。雪がちらつき始めたので、急いで玄関ホールに駆け込んだ。

「そういえば、セレネ……、いや、なんでもないわ、第二の課題も頑張ってね!」


何かを言いかけたハーマイオニーだったが、口を閉ざして、さっさと『闇の魔術に対する防衛術』の教室の方へ向かう廊下へと、姿を消した。それにしても、クラムはどこでハーマイオニーを見初めたのだろう?
少し気になったが、今はそれを考える時ではない。次の『呪文学』の授業が行われる教室へ走らないといけないからだ。私は2,3度深呼吸をして息を落ち着かせると、思いっきり大理石の床を蹴って、転びそうになりながらも階段を疾走したのだった。




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10月15日:一部改訂





[33878] 44話 クリスマスの夜
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/18 20:00
しんしんと雪が、何日にもわたり降り続けていたので、まるで城は砂糖にくるまれているみたいだ。ボーバトンの薄青い馬車は、粉砂糖のかかった巨大な冷えたカボチャの馬車のように見えたし、ダームストラングの船窓は氷で曇り、帆やロープは真っ白に霜で覆われていた。

全てを覆い隠すように、まっさらな雪で校庭がおおわれている。ダームストラング生とボーバトン生が城に行き帰りする道だけが、深い溝になって道が出来ていた。これほど雪が積もっていたら、夜になるまで校庭いっぱいに、無限にある雪を使って遊ぶ生徒で溢れていそうだが、太陽が傾き始めても遊ぶ生徒は数人だった。


ほとんどの生徒が、夜に始まるダンスパーティのために、夕方には寮で準備をしていたからだ。それは私も例外ではなく、図書室に閉じこもっていたが、8時に開始するパーティに備えて6時には寮に戻る。
すでに部屋にはパンジーたちが支度をしていた。私は小包を丁寧に開け始める。この小包は、クリスマス休暇に入り、山のように出された宿題をすべてやり終えたころに、クイールからの手紙と一緒に届いた小包だ。


その中に入っていたのは、端の方が薄桃色に染まっている全体的に白い着物。たしか『振袖』といわれる種類だった気がする。私の好きな深海を思わす蒼色の生地に淡い花模様が描かれている帯も、セットで入っていた。


同封された手紙には


≪いらないってセレネは言っていたけど、父さんがこっそり買っておいた着物だ。魔法を使えば着付けはできると思うし、送っておくよ。セレネと会えないのは悲しいが、4年生以上は残らないといけないっていう学校の決まりなら仕方ないな。…でも、絶対に覚えておきなさい。男は飢えた狼で女の子を虎視眈々と狙っていて―――(以下省略)≫


という内容が書かれていた。…過保護な親だとも思うが、それだけ私のことを考えてくれているということだ。恥ずかしいと思うのと同時に、嬉しいと思う私がいる。

「へぇ…これをセレネは着るのね」

ダフネが珍しそうに、桐の箱に入っていた振袖を繁々と覗き込む。そして、そっと手を伸ばして生地に触れた。


「これって、高級品なんじゃない?」


ダフネが目を大きく見開いた。私も触れてみると、ものすごく触り心地がいい。……とんでもない値段がしたに違いない。少し申し訳ない気にもなったが、せっかく買ってくれたものなので着ることにする。


「そういえば、ダフネは誰と行くの?」


フリルが沢山ついた淡いピンクのドレスを着ようと悪戦苦闘していたパンジーが、いったん手を止めて尋ねると、ダフネは顔をこれ以上ないというくらい真っ赤に染めた。


「……テリー・ブート君。2年前の『決闘クラブ』でペアを組んだよしみで、一緒に行かないかって誘われて……」
「マジで!?あの人結構イケメンじゃない!!あ~もう!なんで皆、イケメンをちゃっかりゲットしているわけ!?」


ミリセントが頭を抱え込んだ。彼女は、すでに深紅のルビーを連想させるドレスを着ていた。


「パンジーは、ドラコと一緒に行くでしょ。セレネはノットの奴と一緒に行く約束をしているのにもかかわらず、ありとあらゆるイケメンから声をかけられていたし。レイブンクローの『マイケル・コーナー』とか、『アンソニー・ゴールドスタイン』とか、グリフィンドールの『ジミー・ピークス』とか、キラッと爽やかスマイルを浮かべているダームストラング生とか!
その上ダフネまでもが、レイブンクローのイケメンをゲットしているなんて…」
「で、でも、ミリセントだってパートナーはいるでしょ?クラッブとゴイルみたいにパートナーが見つからなかったよりは、いいと思うけど…」


ダフネが遠慮がちに言うと、人を殺せるくらい鋭い視線をダフネに向けるミリセント。


「でも顔はフツメンよ。どちらかというとイマイチ。頭の出来がいい人が集まるレイブンクローの生徒なのに、バカなマーカス・ベルビィなのよ?」


力尽きたようにベッドに顔をうずめるミリセント。私は、小さなため息をついた。


「ダンスパーティでも出会いがあるんじゃないか?」
「そうよ!パートナーと喧嘩別れした後の他校生を狙うとかさ、いいんじゃないの?」


パンジーが1オクターブほど普段より高い声で、ミリセントに話しかける。ミリセントはハッとした顔をして顔を上げた。まるで、目からうろこが落ちたかのようだ。


「そうよ、それいいわ!!ありがとう、セレネにパンジー!私、頑張るわね!!」


ミリセントの顔に再び笑顔が戻った。そして小さな香水瓶を取り出すと、自信に満ちた顔で首筋や脇の下に液をかけ始めた。私は前におぼえた着物の着方を思い出しながら、難しい時には魔法を使いながら振袖を着る。袂にいつも持ち歩いているナイフをしまい、杖は帯の中に入れた。


「うわぁ……アジアンだね」


ダフネが、針葉樹を思い起こさせる深緑のドレスの上に、黒のボレロを羽織りながら私を見てきた。髪を丁寧にカールさせていたパンジーも私を見る。


「いいわね、髪を加工しなくても見栄えが良くて。そういえば、セレネはハーマイオニー・グレンジャーと仲が良かったけど、あのブスが誰と行くのか知ってる?」


パンジーはハーマイオニーをライバル視している。だから、ハーマイオニーが誰と行くのか気になるのだろう。…ハーマイオニーは、誰と行くのか言わないで欲しいと言っていた。どうせ、もうすぐ知ることになると思うが、ここは黙っておく。


「…知っているけど、誰にも言わない約束なんだ」
「もう!あと数時間以内に分かる話じゃない。教えてくれたって、別にかまわないと思うけど?」
「でも、教えない約束なんだ」
「…そう、なのね。まぁいいわ!私とドラコのペアより栄えるとは思えないし」


…パンジーがクラムと一緒にいるハーマイオニーを見たらどう思うだろうか?パンジーも、話に加わってこなかったミリセントも『クラムファンクラブ』の一員だ。ショックで脚色させた話を、新聞や週刊誌にスキャンダルとして投稿しなければいいが。


「セレネ、行かないの?」


入り口の扉を開けたダフネが振り返る。時計を見ると、もうパーティが始まる20分前だ。そろそろノットが待っているに違いない。
待ち合わせをしている談話室に行くと、いつもの黒いローブの群れではなく、色とりどりの服装で溢れかえり、ずっと華やかな雰囲気だった。いつも将棋を指す時に使うテーブルの傍でノットがドラコと話していた。
ノットの服装は……あまり普段と変わらない。黒が基調のシンプルなローブだ。ドラコは、牧師のような黒い詰襟ローブを着ている。ドラコが視界に入ったパンジーは、転びそうな勢いで駆け出し、彼に抱きついた。ドラコは、まんざらでもないという顔をしている。ノットは普段より目を大きく見開いて、私を上から下まで見た。


「……へぇ、似合ってるじゃないか」
「世辞はいらない。早く行くぞ」


ノットと一緒に、談話室を出ると玄関ホールも色とりどりのドレスを着た生徒でごった返していた。大広間のドアが解放される8時を待って、みんながウロウロしている。時折感じる、好奇心のような視線がうっとおしくて、ナイフを取り出したくなったが、右拳を握り締めることで、何とかこらえた。

クリスマス休暇が来ると毎年私は家に帰っていたので、学校に残るのは初めてだが………まさか、こんな豪華な飾り付けがされているとは思いもしなかった。まぁ、客人が来ているので例年以上に張り切って装飾をしたのかもしれない。


大理石の階段の手すりには、万年氷の氷柱が下がっている。クリスマスツリーの装飾も手が込んでいて、紅く輝くヒイラギの実から本物のホーホーと鳴くフクロウまで盛りだくさんだった。廊下に並んでいる甲冑の全部に魔法がかけられ、誰かがそばを通るたびにクリスマス・キャロルを歌った。……これの中に、たまにピーブズが入り、下品な合いの手を入れて歌うことがあったので、フィルチが何度も鎧の中からピーブズを引きずり出さなければならなかったのを思いだす。


正面の樫の木で作られた扉が開き、ダームストラングの生徒が、カルカロフと一緒に人で溢れかえりそうな玄関ホールに入ってくる。先頭にいるのがクラムとハーマイオニーのペアで、ハーマイオニーは以前あった時に着ていた目が覚めるような青いドレスを着こなしている。髪の毛に魔法でもかけたのだろうか?いつもは広がっていた髪の毛が、ストレートパーマをかけたかのように滑らかで、優雅なシニヨンに結い上げていた。



まだ私の周りにいる人は誰もハーマイオニーがクラムのパートナーだと気が付いていないみたいだ。あれは誰だろう?とひそひそ話している声がチラホラと耳に入ってくる。
フラーはシルバーグレーのドレスを着ていて、レイブンクロー生の……たしかクィディッチチームのキャプテンの人を従えている。フラーのパートナーの人は、足取りがおぼついていなくて、目がフラーにくぎ付けになっていた。セドリックはチャイナ服を着た東洋人の美女と一緒に話している。

ハリーはサリーを着たグリフィンドール生、たしかパーバティと一緒だ。だが、ハリーは一緒にいるパーバティよりも、セドリックの隣にいる東洋人に目を奪われていた。そして、私たちの視線に気が付いたのか、ハリーと目が合う。ハリーは驚いたように私を見てきた……が、すぐに東洋人に視線が戻る。


「代表選手はこちらへ」


マクゴナガル先生が代表選手を集める。私は袖に手を入れて、ハリーたちのいる方に歩くが、ノットに話しておかなければならないことを思い出して立ち止まった


「…そういえば、アンタはダンスできるのか?」
「出来るに決まっているだろ?父上に連れられて社交界に出ないといけない時があったからな」


バカにされたと思ったのか、少し怒ったような感じで言うノット。…私はホッと胸を下した。


「…なら、リードを頼む。私は卵のヒントがないか探らないといけないからな」
「なんだ。そう言うから、てっきり踊ったことがないのかと思った」
「父さんが嗜み程度に教えてくれた。高度な技術はないが」
「……だろうな」


納得したような声を出すノット。彼はそのあとも何かを言おうと口を開いていたが、その言葉はマクゴナガル先生の声にかき消された。


「準備が出来ました。ついてきなさい」


指示に従って大広間に入ると、先に入っていた他の生徒たちの拍手で迎えられた。
ノットの腕に手をかけてエスコートされながら、さりげなく周囲の様子を観察する。


大広間の飾りつけは、いつにもまして豪華だった。壁は銀色に輝く霜に覆われ、星の瞬く様子を映し出している黒い天井にはヤドリギや蔦の花綱が絡んでいる。今日はダンスを踊るためか、大きな寮ごとのテーブルは無い。代わりに10人程度座れるテーブルがいくつも置かれていた。その奥の方に、審査員の先生や役人が座っているテーブルがある。…ちょうど代表選手とそのパートナーの数分だけ席が空いているテーブルが。

だが、1つ妙な点に気が付いた。審査員の役人…クラウチの姿がなく、代わりに、どこかで見覚えのある赤毛の青年が胸を張って座っていたのだ。……クラウチの代理だろうか?きっとそうだろう。最後に見たとき、クラウチはどう見ても病気に侵されているみたいだったから。


金色に輝く皿には、まだ何も乗っていない。代わりに小さなメニューが乗っていた。…ウェイターらしき人影はいない。どうするのだろうかと思っていると、ダンブルドアが皿に向かって


「ポークチョップ」


と唱えた。すると、何もなかったはずの皿にポークチョップが現れたのだ。さすが、魔法界だ。マグルの世界のクリスマスとはスケールが違う。私はメニューをめくり1番値段が高そうな『牛フィレ肉フォアグラソース添え』を頼む。せっかく来ているので、高いものを食べた方が得に決まっている。

金の皿の上に出てきた肉は、これだけか…と落胆するくらい小さかったが、舌の上で肉が溶けるくらい美味しかった。これを食べた後、当分の間は普段食べている肉は食べられないだろう。

だが、この方法……これを行っている屋敷しもべ妖精にとっては、ずいぶん余分な労力を使うはずだ。しもべ妖精の扱いに関して人1倍、神経を尖らせているハーマイオニーはどう思うだろうか…と思い、ちらっとそちらを見てみると、どうやら考えていないみたいだ。クラムとすっかり話し込んでいて、何を食べているのか分からないみたいだ。

……珍しい……
普段、口を開かないクラムが、夢中になって話しこんでいる。話している内容は自分の学校の話や地元の話といった他愛もない話だった。クラムがハーマイオニーの頭脳目当てに近づいた、ということも考えられたが、それはないと今なら断言できる。クラムは本当にハーマイオニーが好きなのだ。


食事を食べつくせばダンブルドアは立ち上がり、生徒達も立つように促した。杖を一振りすれば、テーブルは壁際に退き、ダンスをするのに必要なスペースができる。そして右手の壁側に沿ってステージが現れた。上にはドラム一式、ギター数本、リュート、チェロ…そしてバグパイプが設置されている。
……特に『金の卵』のヒント…になりそうなものはない。


熱狂的な拍手と歓声が大広間に響き渡ると、ステージの上に異常に毛深い人たちが現れた。ダフネのベッドの上に貼ってある『妖女シスターズ』のポスターに印刷されている人たちだ。……まさか、本人たちが来るなんて……ものすごい金がかかったパーティだ。



テーブルのランタンが一斉に消え、それを合図に代表選手たちが立ち上がる。


「じゃあ、リード…頼むぞ」
「わ、分かってる」


遠慮がちに私の腰に触れるノット。差し出された手に自分の手を添えて、踊り始めた。妖女シスターズが、物悲しい曲をスローテンポで奏でていく。足の動きに気を配りながら、周囲をさりげなく見渡していくが…特にヒントになりそうなモノはない。
次第に、観客としてみていた代表選手以外の人達もダンスフロアに上がり始める。近くでは元気を爆発させて踊るフレッドと黒人女性…たしかアンジェリーナという人がいたので遠巻きにし始めたころから、もしかしたら私の勘違いだったのではないか…と思うようになってきていた。


他の代表選手もパートナーも、みんなダンスに夢中だ。1人だけ……ハリーという例外がいたが、それは私のように『金の卵』のヒントを探しているのではなく、ただダンスに興味がないだけのように思える。眼をうっとりとさせてハリーを見つめているパートナーのパーバティを見ずに、他の人が踊る様子を観察していた。


バグパイプが最後の音を振るわせるのが耳に入ってくる。大広間が再び拍手に包まれ、次の曲を奏で始める前に、ノットから手を放しダンスフロアから降りる。


「で、ヒントは見つかったか?」


彼は、近くにあったバタービールのビンを渡してくれた。私はビンを受け取ると、黙って首を横に振った。


「ダメだ。もしかしたら、私の勘違いだったのかもしれない。巻き込んで悪かったな」


栓を抜きながら謝ると、ノットは呆れたように息を吐いた。


「あのなぁ、俺は巻き込まれようが、巻き込まれなかろうが別にかまわない。ただ俺は…」


何かを言おうとしていたノットだったが、その先の言葉は紡がなかった。…何を言おうとしたかったのか、よく分からない。


「言いたくないなら無理して言わなくていいぞ」
「ったく……お前って奴は。ほら、行くぞ」


私の手を引っ張るノット。顔が仄かに紅潮しているように見えるし、腕をつかむ手も、どこか熱い気がする。


「…熱でもあるのか?」
「ねぇよ。気にしないで行くぞ。もしかしたら、外にヒントがあるかもしれないだろ?」


そのまま外に連れ出すノット。正面玄関の扉は開け放たれたままだった。
だが、その先に広がっていたのは何も変哲のない芝生ではなく、赤・黄色・白・橙…そして青色のバラが咲き誇るバラ園だった。電灯やランプの明かりではなく、そのバラ園を照らすのは自ら煌く妖精たち。園には何本かの散歩道が用意されていて、ところどころに豪華なベンチが設置されている。

時折聞こえる水音は、噴水の音だろう。実際に音のする方へ歩いていると巨大な噴水があった。魔法で刻一刻と色を変えていく……最初に見たときは緑色だったのに、今では橙色へと変化していた。


「…よくここまで出来たな…」


色を変えていく噴水を見て、感心するようにノットがつぶやく。本当にその通りだ。たしか昼の時点ではバラが生えている気配なんて少しもなかったことから察するに、ほんの数時間で用意したのだろう。


「…ここまで出来るなら、音姫をつけてくれたらいいのに」
「音姫?…なんだ?」
「いや、気にするな。日本で見かけた素晴らしい文化だ」


噴水の傍のベンチに腰を下ろす。…やはり、ヒントのようなものは見当たらない。完全に私の勘違いだったようだ。


「日本が好きだな、セレネは」
「父さんが好きだからな」
「日本人の友達とかいるのか?」
「あぁ、いるな」


脳裏に浮かぶのは、酒蔵の一人娘の顔。あれ以後も時折、『マグルの方法で』文通をしている。フクロウのアクベンスに、日本までの長旅をさせるのはつらい仕事だと思うし、瀬尾もフクロウが手紙を届けに来たら、驚くだろう。


「どんな奴だ?」
「…私達と同年代で、未来視が出来る女の子」
「未来視?そんな非現実的なモノを持つ女がいるのか?」


驚いたように目を見開くノット。半信半疑というような口ぶりだった。私はコクリと頷く。


「非現実というなら、『魔法』事態が非現実だ。森にいるケンタウロスも、湖にいる水中人も…」


私はここで言葉を切った。湖には『水中人』がいる。たしか水中人は、マーミッシュ語という私達とは違う言語で話すのだという。その声は、私達では到底理解できそうにない言葉なのだとか。もっと言うなら、この世のものとは思えない叫び声に聞こえるのだとか。

その時、私の中で何かがつながった気がした。


「…まさか…」
「この流れで何か気が付いたみたいだな」
「あぁ。ありがとう、ノット。早速、明日にでも試してみるか」
「明日だと?今から試すんじゃないのか?」


ノットが少しだけ眉を上げる。

「時間がまず遅すぎるからな。それに、せっかくの魔法界のパーティだ。出来る限り堪能しないと損だろ?」


ホタルのように淡い光を放つ妖精たちを眺めながら言う。


「…なら、今度俺の父上が主催するパーティに来るか?」


斜め上の方向を向いたノットは言った。……気のせいか、この暗がりでもよく分かるくらい顔を紅潮させている。


「…いいのか、そんな内輪のパーティに私が参加しても?」
「別にかまわない。だって俺は…お前を―――」




「ストーーップ!!ストップですよ!!!」


黄色いバラの茂みから、黒くて小さい影が弾丸のように飛び出してきた。私は反射的にベンチから立ち上がって避けることができた。……が、状況の把握が出来ずに驚いたまま固まっているノットが座ったベンチに、黒い影が激突したせいで後ろに倒れるベンチ。


「っ!誰だ?」
「痛いです!でも、先輩の貞操が守られるのであれば……このアステリア、これぐらいの痛みなど大した問題ではありません!!」


頭を押さえているノットの近くで、アステリアが元気いっぱいに立ちあがった。近くのバラの茂みに姿を隠していた男女が、何事か…と私たちを見てきた。…うっとおしかったが、説明が面倒なので帯の内側に隠しておいた杖を取り出すと、私たちの方を見ていた男女に向ける。2人は小さい悲鳴を上げると、一目散でどこかへ去って行った。


「…で、それは分かったが……なんでここにいるんだ?」


アステリアは1年生だ。
3年生以下は4年生以上に誘われないとダンスパーティに参加することができない。なので、4年生以上に誘われたのかもしれない、と考えるのが妥当だろう。だが、どう見てもアステリアの格好は、高そうなダッフルコートにチェックのスカート。パーティに参加している格好には見えない。


「こっそり寮から出てきました!安心してください、この暗さなので誰も気が付きませんよ」
「そういう問題か?」
「そういう問題です。ゴイルって人に誘われたので、その人と一緒に来て陰ながら先輩を見守る…っていう手もあったのですが、ゴイルって人が生理的に無理だったので、1人で来ました」


ピシッと敬礼をしながら言うアステリア。私は、はぁ…とため息を漏らしてしまった。


「あのな……ゴイルが生理的に無理だというのは理解できるが、ゴイルも先輩だ。失礼だと思わないか?せめて『口臭が無理』くらいにしておけ」
「…お前も失礼だぞ、セレネ」


ノットが呆れたように突っ込みを入れる。


「先輩~、先輩~、おなかが減りました。お腹が、くうくう言っているんです。
そこの石造の上に止まっている、コガネムシも食べたいくらい、お腹が減っているんです。何か食べるものでもありませんか?」
「…そういえば、バタービールが置いてあった近くに、デザートが置いてあったな。3人で取りに行くか?」
「いいですね!行きましょう!!スイーツ大好きです!」


ぴょんぴょんと跳ねながら正面玄関の方へ向かうアステリア。
「せっかくの貴重な時間が……」と、うなだれ気味のノットがつぶやいている。私も2人の後に続こうと思ったが……ふと、トナカイの形をした石造の上に止まっている、1匹のコガネムシに目が留まった。



……このコガネムシの触角の周りの模様、どこかで見たことがあるような気がする。しかも、普通のコガネムシより1回り大きい気がするし…


「先輩!早く早く!!」
「早くしろ、セレネ」


アステリアとノットが呼んでいる。私はコガネムシから視線を外すと、2人の方へ駈け出したのだった。




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10月15日:一部改訂






[33878] 45話 卵の謎と特ダネ
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/15 23:01
事前に教えてもらった合言葉を唱えると、ドアが軋みながら開く。
蝋燭のともった豪華なシャンデリアが、白い大理石造りの浴室を照らしている。床の真ん中に埋め込まれた、長方形のプールのような浴槽も白い大理石だ。浴槽の周囲には100本ほどの黄金で作られた蛇口があり、取手の1つ1つに種類の違う宝石が煌いている。

監督生しか使わない浴室に、ここまで金をかける必要があるのだろうか?まぁ、普段…模範生として振る舞わなければならない監督生達の息抜きのため、なのだろう。だからといって、ここまで豪華にする必要があるのだろうか?


『…アルファルド、とりあえず、見張りを頼むぞ』


すぐそばの壁に埋め込まれているパイプにいるであろう、バジリスクのアルファルドに向けて言う。たいして大きな声を出していないのに、壁に当たって反響し浴室中に木霊していた。


『分かっていますよ、主(マスター)。誰かが近づいてきたら、私が殺せばよいのですよね』
『いや、誰かが来るということを私に教えてくれるだけで構わない。一応、許可を得てここにいるんだし』


そう言いながら、金の蛇口をひねる。すると丁度良い温度の湯と一緒に、サッカーボール程もあるピンク色と青色の泡が噴き出してきた。1つの蛇口だけだと湯船は一杯にならないので、次の蛇口もひねる。すると今度は、ラベンダーの香りが強い紫色の気体が湯と一緒に出てきた。

…どうやら、1つ1つの蛇口から出る入浴剤は違うみたいだ。魔法界には『混ぜるな危険』という概念はないのだろうか?いや、混ぜるのが危険なものは入浴剤ではなく洗剤だっただろうか…


とりあえず、臭いがきついので、先程ひねったばかりの蛇口を再度…逆向きにひねり、湯を止める。しばらく最初の蛇口から流れる湯の音だけが、1人で使用するには、あまりにも広い浴室に木霊する。


湯は思っていたよりも早く湯船にたまった。
私は持ってきていた『金の卵』を湯に沈める。風呂に入ろうかとも思ったが、そこまでの許可は、もらっていない。私はスネイプ先生に『第二の課題ヒント解決のため、監督生用浴場を貸してください』と頼み、その許可をもらっただけだ。…だが、せっかく目の前に風呂があるのに入らないのはもったいない。足湯だけでもさせてもらうか。

靴と靴下を脱ぎ、そっと湯に足をつける。……でも、足がつかない。スカートを少しまくりあげ、もう少し足をつけてみるが、底に足がつかない。…どれだけ背の高い人専用なのだろうか。仕方ないので浴槽の縁に腰を下ろすことにした。
そっと眼鏡を外すと、一気に『死の線』が視界にびっしり映ったので、頭が痛くなった。湯に沈めたまま『金の卵』を開ける。そして、浴槽の縁に掴まり、息を思いっきり吸い込んでから、自分の頭を湯に突っ込んだ。泡が、うっとおしいと思うくらい浮いている湯の中で…今までは、開いても叫び声しか聞こえてこなかった卵から、不思議な声のコーラスが聞こえてくる。




『探しにおいで 声を頼りに  地上じゃ歌は 歌えない
 探しながらも 考えよう   我らが捕らえし 大切なもの
 探す時間は 1時間     取り返すべし 大切なもの
 1時間のその後は………もはや望みはありえない
 遅すぎたなら そのモノは もはや2度とは戻らない』



私は泡だらけの水面から顔をだし、目にかかった髪を振り払った。ポタリポタリと髪から滴る湯が床に落ちる。傍に置いておいた白いタオルで濡れた頭を拭きながら、先程聞いた不思議なコーラスを反芻する。


探す…大切なものを……1時間以内に。それが、第二の課題の内容なのだろう……まったく、ダンスパーティは全然関係なかったんだな。本当に他校との交流が目的だったとは…


未だに湯船に入れて開いたままの『金の卵』からは、まだ歌が流れているようで、卵からゴボゴボと音を立てて泡が湧き出ていた。私は卵を閉めると、湯から持ち上げる。これ以上の情報は、手に入れることが出来そうにない。


…湯……というか水の中でしか聞こえない言葉。ということは、戦いの舞台は水中……この学校でそういう舞台に指定されそうな場所は…湖か?…だけど、どうすればいい?泳ぐことは問題ない。幼い時にクイールが、よくプールに連れて行ってもらったものだ。ここ数年ほど泳いでないが、泳ぎは身体が忘れていない、はずだ。問題は、水の中で1時間も息を止めなければいけないのだ。魔法を使うのだろうとは思うが…


いくら魔法といっても、息を止めても生命活動を維持できる魔法なんて聞いたことがない。自分の身体を変身させるという手もあるが、どのような環境で『大切なもの』を探すのか分からない以上……出来る限り普段の状態を維持し続ける方がいい。その場に応じて臨機応変に自分の身体を使えるようにしておかないと、万が一の時に危ない。


……なら、どうする?ここは、空気を確保する魔法『泡頭の呪文』を使うのがいいかもしれない。



『…謎が解けそうですか?私が出来ることなら、手伝いますが…』


壁の中からアルファルドの声が、響いてくる。


『…1つだけ謎が残っているが……アルファルドには手伝ってもらえそうにない。ありがとう、アルファルド』
『そうですか……』


寂しそうな声を出すアルファルド。…悪いが、本当にアルファルドが手伝える謎ではないのだ。

第2の課題の最後の謎。

それは、私の大切な『モノ』がいったい何であるか、ということだ。もちろん1番大切なモノは『平穏』だが、それを1時間以内に助け出す。そういうことの意味が分からない。つまり、取り戻すべき大切なモノというのは……カタチあるモノ。
だが、私の大切なモノとは、いったいなんだろう?

肌身離さず持っている杖?それともナイフ?今の壁の向こう側にいるバジリスクのアルファルドだって大切なモノだし、友達だって大切なモノだ。育ててくれたクイールも大切なモノだ。


まぁ、細かいことは後で考えよう。湯から足をあげると、先程のタオルで簡単に拭きはじめた。












土曜日、今日は久々にホグズミード村へ行くことが許されている日だ。私はミリセントと一緒に、冷たく湿った校庭を横切り、校門の方へと歩いている。いつもならパンジーとダフネがいるのだが、パンジーはドラコと…ダフネはレイブンクローの男子生徒と一緒に行く約束をしていたのだ。要はデートというやつだ。そういう予定が入っていない私とミリセントで、ホグズミードに向かっている。
さっきからずっと、ミリセントがパンジーやダフネに呪詛に限りなく近い独り言を呟いている。正直、気味が悪い。本人にしてみれば、ストレス発散のいい機会かもしれないが。そろそろ止めた方がいいだろうか?


「まったく、なんでアイツらばかり青春を謳歌しやがって、パンジーやダフネなんかに抜かされるなんて――せめて許嫁でもいたら―――いや、そいつがデブで間抜けな奴だったら嫌だし――やっぱり学生時代にイケメンを捕まえるしかないわよね――だからセレネ、男を紹介しなさい!!」

「いきなり私に振るか?」

ミリセントが血走った目で私を見てくる。相当重症だ。

実はミリセントはダンスパーティで、いやいやパートナーになったマーカス・ベルビィという男子生徒と、さっさと別れたあとだ。いい男探しに明け暮れていたみたいだが、結果は見ての通り……惨敗だった。


「別にイケメンを求めなくてもいいんじゃないか?男は顔ではなく中身だろ?」
「違うわ!男は顔なの!!じゃあなに?セレネは、性格さえよければクラッブやゴイルでも付き合っていいっていうの?」
「……」
「ほら、すぐに答えないじゃない!!やっぱり男は顔なのよ!…って……クラム様じゃない!」


荒々しい口調だったが、急に一変して乙女らしい声を出すミリセント。普段のミリセントより、1オクターブは高い声だ。彼女の視線の先には、水泳用のパンツを履いたクラムがいた。ダームストラングの船のデッキの上で準備体操をしている。それから、船の縁によじ登り、両腕を伸ばしたかと思うと、まっすぐ湖に飛び込だのだ。…まだ、ところどころ…湖に氷が張っているにもかかわらず。

「あ~…素晴らしい筋肉。見事に腹が割れてたわ……」


瞳をトロンと潤ませているミリセント。ミリセントから見ると、クラムの行動は奇行ではないようだ。今日は1月の下旬。
耳あてをしマフラーを巻き、お気に入りの真っ赤な革ジャンを羽織り防寒対策をしているが、思わず猫背になってしまうくらい寒い。それなのに、平気で湖の中央を浮き沈みしているクラム。

これは、狂っているというのか。それとも、ここより寒い地方から来ているので、このくらいの寒さは大丈夫ということなのか。それとも、防寒の呪文を体に施してから飛び込んだのか。だが、なんで湖に飛び込んだのだろうか?考えられるのは第2の課題に備えて、泳ぎの練習だということ。そうでなかったら、誰が好き好んで1月の下旬に、ところどころ氷が張っている湖で泳ごうと思うだろうか?

課題と言えば、ハリーは大丈夫なのだろうか?卵のヒントもハリーに解けるかわからないし、それ以前にハリーは泳げるのだろうか?遠目から見ても、クラムは人並み以上に泳いでいる。セドリックやフラーも、私同様、プールに行ったりして泳ぎを習っている可能性が高い。



問題はハリーだ。ハリーは幼いころ、プールに連れて行ってもらえるような機会なんてなかったはずだ。昔、ハリーと手紙のやり取りをしていた頃≪1度も水泳訓練なんか受けたことないや。行きたいなって言ったら『ダメ』って即答されたよ…≫という手紙をもらった気がする。学校でプールの授業があったかもしれないが、それで泳げるようになれる人は稀だと思う。水中の中で呼吸する方法をハリーが見つけたとしても、泳げないと意味がない。あとで、こっそり聞いてみるか。


そう思いながら、雪でぬかるんだ大通りを歩く。歩くたびに、音を立てて泥が跳ねかえり、靴や服に茶色のシミを作っていく。後で洗うのが面倒だ。『秘密の部屋』にこもってリドルが残した本でも読んでいた方が良かったかもしれないということが、頭を横切った。だが、そうするとミリセントが独りぼっちになってしまうから、やめた方がいいと判断した。


「うわぁ~寒いわね。『三本の箒』に行って暖まらない?」


ミリセントは私の返答する前に、私の腕をつかむと物凄い力で引っ張り始めた。あっという間に1年を通して混み合っている人気パブ…『三本の箒』にたどり着く。見渡しても、どの席も楽しそうに言葉を交わしているホグワーツ生で賑わっていた。公衆の面前でいちゃつく男女の姿が見当たらない。パンジーが教えてくれたのだが、そういう男女は『マダム・パディフッド』という喫茶店の方に行っているそうだ。パンジーは、ピンクを基調としたフリルだらけの素敵な店だと言っていたが…正直、そういう店より、混んでいて騒がしくても『三本の箒』の方がいい。


「おい、セレネ……とミリセント!こっちに来い、こっちに!!」


名前を呼ばれたので振り向くと、ザビ二が手招きをしていた。彼と一緒にいたノットはムスッと顔をしかめている。


「あら、ザビ二!!ようやく私の魅力に気が付いてくれたの!?」


空いている椅子に座るや否や、ザビ二の方へ身を乗り出すミリセント。ザビニは失笑した。


「まさか!俺はもっと女らしい体型が好みだ」
「なによ!?私はそういう体型じゃないっていうの!?」
「違う違う。ミリセントは全体的にデカいだけ」
「失礼だぞ、ザビ二」


軽くザビ二を睨みながら、席に着く。冗談冗談といいながら、手を軽く上げて店主のマダム・ロスメルタを呼ぶザビ二。私とミリセントの分のバタービールの注文を受け取り、カウンターの方へ戻っていくロスメルタの後姿を睨みつけるミリセント。ロスメルタは、先程…ザビ二の好みの女性に当てはまるような体型をしている。


「…どうせ、ああいう女の方が男受けがいいのよね……」


そろそろ男関係の話題から離れてほしい。別の話題に変えようと口を開く前に、ザビ二が話し始めた。


「まぁ、万人が万人そうだとは限らないけどな」
「おい、なんで俺の方を見るんだ?」


黙ったまま不機嫌そうに座っていたノットが口を開く。ザビ二の顔が面白いものを見たときのようにニヤリと歪んだ。


「どういう意味か言って欲しいのか、ここで?」
「…お前な…」
「そういえば、この間の授業の話だが…」


張りつめた空気が漂い始めてきたので口を開いたが、その時に視界に入ったもののせいで、言葉を切ってしまった。私が不自然なところで言葉を切ったことが気になったのだろう。3人とも不思議そうな顔をして私の視線の先をたどった。そこにいたのは、大勢の小鬼に囲まれたバグマン。低い声で何かを言い合っているようだ。小鬼たちは全員、腕組みをしてバグマンを睨みつけていた。いつもは少年を思わす無邪気な笑みを浮かべているバグマンも、いつになく緊張した顔をしている。…このテーブルより、ずっと張りつめた雰囲気が漂っていた。


「…あいつ、仕事は平気なのか?」


ノットがつぶやく。
まさに彼の言う通りだ。今日は参考対抗試合関係のイベントがあるわけではない。なのに、なんでロンドンにある魔法省の役人である彼が、雪のせいで外に出るのが億劫に感じるような片田舎のパブにいるのだろうか?そんなバグマンの表情が途端にいつも私たちに見せている無邪気な表情になった。
立ち上がって、そのままハリー、ロン…そしてハーマイオニーのいるテーブルに歩いて行く。


「怪しくない?密談か何かかしら?」


ミリセントが声を低くして言う。ザビ二がコクリと頷いた。


「それしかないだろ?でも妙だな……どうせなら『ホッグズ・ヘッド』でやればいいのに。あそこなら人が少ないから、他の人に気づかれにくいのにな」
「いや『三本の箒』の方が密談向けだ」


そう言うと、バータービールを口に含む。爪先まで冷え切っていた身体中が一口飲むごとに、内側から暖まっていく気がした。


「なんで?こっちの方が盗み聞きされそうだよ?たくさん人いるし」
「ホッグズなんたらっていうパブについては私は知らないが……人が少ないってことは、それだけ声が周りに聞こえるってこと。こっちの方が、みんな互いの話に夢中だし……私たちの席からバグマンの席までそこまで離れていなかったのにもかかわらず、声がハッキリと聞こえなかっただろ?」
「なるほどね。でも、気になるわ。なんで争っていたのかしら?」


ミリセントが好奇心で目を輝かせながら、バグマンがハリーと話し込んでいる様子と、そんなバグマンに対して射殺すような視線を送る小鬼を交互に見るミリセント。


「…あれだろ?小鬼が絡んでくるってことは、金関係じゃないか?ほら、銀行(グリンゴッツ)を取り仕切ってるのは小鬼だし、バグマンって金遣いが荒いって聞いたことがあるしな」


ザビ二がバタービールを啜りながら、ミリセントの問いに答える。


「今の2人、だか3人だか前の親父が金貸しをやってたんだけどな、その取立てでバグマンとトラブったことがあったんだよ。…ま、大ごとになる前に親父は病気で死んだけど」


母親は美人で有名で、現在は母親と2人暮らしのザビ二には……たしか今までに父親が6人いて、全員悲劇的な死を迎えているらしい。ちなみに、その度に莫大の保険金がザビ二の母親のところに転がり込んだため金持ちだ。…何か事件の匂いがする気がするが、突っ込まないでおこう。




「また、誰かを破滅させるつもりか!!」


ハリーが叫ぶ声が聞こえた。

もうすでにバグマンの姿は見当たらない……が、代わりに『日刊預言者新聞』の記者…リータ・スキーターが、腹の出たカメラマンを従えて立っている。リータは黄色というよりバナナのような色をしたローブを着ていて、長い爪をショッキングピンクに塗りあげている。そして、どこかで見たことがあるような形をした眼鏡をかけていた。


「ハリー!」


怒り心頭という顔をしたハリーとは対照的に、リータの顔は物凄く嬉しそうな笑みを浮かべていた。席を立って今にも取材をしたいのだろうか。バッグの中から勝手に羽根ペンと羊皮紙が飛び出てくる。間に挟まるような形になっているロンがオロオロと、2人の顔を交互に見た。


「素敵ざんすわ!こっちに来て一緒に…」
「お前なんか、一切関わりたくない。3mの箒を間に挟んだって嫌だ!
一体何の為にハグリッドにあんな事をしたんだ?」
「読者には真実を知る権利があるのよ。ハリー、あたくしはただ自分の役目を…」
「ハグリッドは何にも悪くないのに!」


先程まで人の楽しげな笑い声で溢れていたパブが、いつの間にか静まり返っていた。店主のロスメルタも注目しているみたいで、カウンターの向こうで目を凝らしている。注いでいる蜂蜜酒がグラスから溢れているのに全く気付いていない。リータは少しだけ動揺したらしく、一瞬、笑顔が消えたが、次の瞬間には何事もなかったかのように笑みを浮かべ続けていた。


「君はハグリッドについてどう思う?『筋肉隆々に隠された顔』なんてのはどうざんす?」


その一言で、ハリーの怒りは頂点に達したようだ。これ以上ないというくらい顔を怒りで赤く染めているハリーを、私は初めて見た。

…数日前、預言者新聞の一面で、ハグリットが巨人の血を引いているという記事が出たのだ。巨人というのは乱暴で人を殺すことしか考えていない生き物なのだそうだ。もっとも、巨人が人を攻撃対象と認識したのは、人が巨人の住処である森や山を、断りもろくに入れずに切り開いていったからだが。だが、魔法界には『巨人=凶悪』というイメージが根強い。
実際にその記事を見た途端、ダフネは椅子から転げ落ちるのではないだろうか?と思うくらい驚いていた。……あの記事が出た日以降、一度もハグリットの姿を見たことがない。授業は代用教員の魔女に任せて、ずっと小屋に閉じこもっている。相当ショックが大きかったのだろう。自分が生まれて50年以上、ずっと隠し続けてきていた秘密が突然、公にされてしまったのだ。
このままハグリットが立ち直れるかどうかは私には分からない…が、幸いなことに、森番を長く務めてきたおかげでハグリットを知る人は多い。『偏見で物を判断する』や『怪物好き』や『騙されやすい』という困った面があるが…本当は非常に優しく、特に、自分が認めた相手に対しては、とことん優しいという利点を知っている人が多いのだ。そんな優しいハグリットを覚えている人たちが、ハグリットが再び元気を取り戻せるように、何かしら行動を起こすと思う。

もっとも……周囲の人たちができることは、ハグリットに対して呼びかけるだけで、殻を破れるのはハグリットだけだが。



「君の意外な友情とその裏の事情についてざんすけど。君はハグリットが父親代わりだと思う?それとも―――」


その先の言葉は、ハーマイオニーが椅子から立ち上がる音で消されてしまった。


「あなたって、最低な女よ!」

歯を食いしばっていうハーマイオニー。握りしめた拳が震えているのが遠目でもわかる。


「記事のためなら、なんにも気にしないのね。誰がどうなろうと。たとえル―ド・バグマンだって―――」
「お座りよ、バカな小娘のくせして。分かりもしないのに、分かったような口をきくんじゃないよ」


ハーマイオニーを睨みつけたリータは冷たく言った。

「バグマンについちゃ、あたしゃね、あんたの髪の毛が縮み上がるようなことをつかんでいるだから。もっとも……もう縮み上がっているようざんすけど」


ハーマイオニーの、あちらこちらに跳ねているボサボサの髪の毛をチラリと見て、苦笑するリータ。


「行きましょう、さぁ…ハリー…ロン…」


席に座っているハリーとロンを促すと、怒りに震えながらパブを出るハーマイオニー。
リータの方はというと、『獲物を見つけた』という顔をしていた。彼女の羽ペンが、テーブルに置かれた羊皮紙の上を、飛ぶように行ったり来たりし始めた。

…嫌な予感がする。ハグリットの次に新聞ネタになる人物は……ハーマイオニーなのではないか?
再び、パブに活気が戻る。何事もなかったかのように………


「あら、たしか…あなたも代表選手でざんすよね?」


リータが気取った感じで私たちの方へ近づいてくる。吐き気がするような作り笑いを浮かべて、私……それから同じテーブルに座っているメンバーの顔を1人1人を品定めするように見てきた。


「何か御用でしょうか?」

ことを荒立てて、今度は自分が新聞ネタにされたら嫌なので、なるべく丁寧で好印象を与えるように話す。ますます笑みを浮かべるリータ。


「ねぇ、たしかスリザリン生だと思うけど…。ハッキリ言って、さっきの子についてどう思う?」


私たちは何も答えなかった。…予想通り、ハーマイオニーの荒捜しをしているみたいだ。


「…人の秘密を話すような真似はしません」
「あら?あなたスリザリン生ではなかったでざんすの?スリザリン生はグリフィンドール生と仲が悪いと思っていたんだけど?」


少し残念そうな笑みを浮かべるリータ。だが、リータはその場を動かない。ジッと私を見てきた。


「そういえば…あなたは同じ代表選手としてハリーのことはどう思っているの?」
「同級生ですよ」
「ハリーの意中の人を知ってる?」
「本人に聞いてください」
「あら、そう。なら次の質問だけど……」


うっとうおしい。さっさと話を切り上げたい。変に記事にされたら嫌だし。でも、ここで無視すると、後でろくなことが起こらない気がする。どうにかして切り抜けなくては。


「すみません。2時から『ハニーデュークス』で新作菓子の限定販売会があるから行こうって、前から言っていたんです」


私がチラリとミリセントたちの方を向いた。彼女たちは私の意図を呼んでくれたらしい。『その通り』という顔をしてリータを見上げる。

…嘘ではない。『今日は、菓子の限定発売会がある』と満面の笑みを浮かべたダフネが、ずいぶん前から言っていた。だから、嘘をついたわけではない。行くという予定はなかったが。リータは、ほんの少し残念そうな顔をしてパチンっとバッグを閉めた。


「そう……また、今度お話を聞かせて欲しいざんす」
「はい、リーターさんも雪道ですが、気を付けてお帰りくださいね」


心にもないことを言って、ミリセントたちと外に出る。外に出ると、今まで暖かい店内にいたからだろう。冷気が身体を、これでもかというくらい突き刺してきた。

そういえば、なんでリータはハグリットが50年以上も隠し続けてきていた秘密を知ったのだろうか?いくらハグリットの口が軽いとはいえ、そう簡単に教えるとは思えないが。

もしかして、盗聴されていたのだろうか?今も、誰かのことをリータは盗聴しているのだろうか?

いったいどうやって盗聴しているのだろうか?盗聴なんて簡単にできることではない。

吐く息が白い……眼鏡が曇る。暖まったはずの身体が、もう冷たくなっていた。


「どうする?」
「もう帰って『爆発スナップ』でもしないか?どうせ『ハニーデュークス』に行っても、混んでいると思うしさ」


私たちはザビ二の案に賛成した。そして、相変わらず雪と水とで作られた、ぬかるんだ地面を城に向かって歩き始めたのだった。

……モヤモヤとした嫌な予感を胸に抱いて……




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10月15日:一部改訂











[33878] 46話 第二の課題
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/24 23:26

「…遅い…」

2月の肌を刺すような寒さを、温め呪文で緩和させているとはいえ、待たされるのは嫌な気分だ。大興奮で話している観客達は、毛皮のコートを着たり、手編みのマフラーを着けたりして防寒対策ができるからいいが、私達…代表選手はこれから極寒の湖の中に潜らなければならないので水着なのだ。隣にいるフラーは競泳用の水着だし、セドリックもクラムも水着だ。ちなみに、私はタンクトップに短パン型の水着だ。ポケットには、今回は持ち込みが許可されているナイフが入っている。

眼鏡はダフネに預けておいた。この間みたいにアステリアに預けようかと思った。だが彼女の姿が見つからなかったので、ダフネに預けたのだった。



……それにしても、ハリーがまだ来ない。
何段にも組み上げられたスタンドは、すでに超満員で、下の湖に影を映している。スタンドに設置されている大時計を確認すると、課題開始まで10分をきっていた。


「来ないと思うかい?」


眼下に広がる湖に映った自分の顔を凝視しているセドリックが、問いかけてくる。


「ハリーに限ってそれはない」


ハリーは、ここで逃げるような奴ではないと思う。ここで逃げる程度の男なら、1年生の時に『賢者の石』を護ろうとしなかっただろうし、『秘密の部屋』に行こうとはしなかっただろう。それに、課題でおそらく何をするかということを、ハリーは知っているのだ。一昨日の『魔法薬学』の時間のやり取りが、つい数分前のことのように脳裏に浮かぶ。







あの日、教室に足を踏み入れ、いつも座っている自分の席が視界に入った直後、無言呪文を使い、その席を破壊した。

一緒に教室に入ったダフネやミリセントが、いきなり壊れた私の席を見て悲鳴を上げる。すでに教室に入っていた生徒たちも、何が起きたのか分からないみたいだ。

もちろん、あの程度なら簡単に直せる。だが、私は『直すのが面倒』と言って、ハリーの隣に腰を下ろしたのだった。スネイプ先生が「何を企んでいる?」という疑惑の目で見てきたが……申し訳ないけど、無視することにした。

ハリーは、私が隣に座ったことで動揺しているみたいだった。ハリーの反対隣りに座っているロンが私を睨んでいる。その眼には、明らかに嫌悪の色がチラついていた。


授業が始まってもロンが私の方を睨んでくる。だが、手元をあまり見ていないので、作業がおろそかになり、イチジクを刻むはずなのに、自分の手を刻もうとしていたり、蛇の牙を砕こうとしたのに、そばにいたコガネムシを砕こうとしていた。だが、残り15分になっても私が黙々と魔法薬を作っているのを見ると、何もする気がないと判断したのだろう。ロンは、ようやく自分の魔法薬作りに集中し始めた。スネイプ先生が他の生徒のところを見ている時を見計らって、ハリーに話しかける。


「…卵の謎は解けたか?」

ハリーは一瞬…ニガヨモギを刻む手を止めたが、何事もなかったかのように刻み始める。

「もちろん」


一見すると自信満々に言っているハリーだが、目が少し泳いでいる。ハリーは、見栄を張ってウソをついている可能性が高い。たぶん、何もわかっていないのだろう。
私は小さなため息をついた。


「第二の課題は1時間以内に湖の中で探し物をすること。それが卵に隠された謎だ」
「えっ…何それ?」


隣でニガヨモギを刻んでいるハリーが聞き返してきた。私はスネイプ先生が、こちらに背を向けているのを確認すると、殆ど口を動かさないで言う。


「何度も言わせるな。第二の課題は1時間以内に湖の中で探し物をすること。それが卵に隠された謎」


私は立ち上がり、アルマジロの胆汁を入れると琥珀色に変化した液体を、かき回す。ハリーは刻み終えたニガヨモギを鍋に入れるため立ち上がった。


「それって…本当?」
「嘘をついて、何の得がある?私は優勝する気なんてない。名誉も金にも興味がないし、目立つのは嫌いだ。他の誰かに優勝してもらわないと困る」


琥珀色から夕焼けのような茜色に液体が変化してきたところで、混ぜるのをやめて座る。
ニガヨモギに続いて、アルマジロの胆汁を入れ終えたハリーも、席に着く。もう彼の目は泳いではいなかったが、今度はドラゴンと対決する前の時みたいに、ハリーの表情から不安な様子がにじみ出ていた。


「でも……1時間も息を止めるなんて、死んじゃうよ」
「『死人を出さない』ということを前提に課題を決めているはずだ。…出来ないと思うなら、発想を変えてみたらどうだ?」


丁度、教室に授業終了のチャイムが鳴り響く。…ここまでヒントを教えたのだから、あとは自力で出来るだろう。ハリーにはハーマイオニーがついているし。後、知らなそうなのは、セドリックだ。でも今回はドラゴンの時と違い、ヒントは出ているのだ。セドリックのことだから、ハリーとは違い見栄を張ることはないと思うから、きっと、寮監のスプラウト先生に助けを求めて、解決できるに違いない。


私は出来上がった薬を試験管に詰めて、提出するために席を立ったのだった。
















「お、遅れてすみません」


泥に足を取られながら、私たちの方へ走ってくるハリー。…時間は課題開始の3分前。本当に運がいい男だ。よほど焦ってきたのだろう。いつも以上に髪が乱れているし、眼鏡も斜めに曲がって掛けられていた。クラウチの代理の赤毛の青年が、どこか威張った感じで注意する。


「いったい、どこに行ってたんだ!?課題が間もなく始まるというのに!!」
「まあ、まぁ、パーシー。息ぐらいつかせてやれ」


心底ホッとした様子のバグマンが、パーシ―と呼ばれた青年を、いさめた。ダンブルドアもハリーに『安心しろ』というように微笑みかけていたが、マダム・マクシームとカルカロフは、嬉しくない様子だった。……きっと、ハリーが逃げ出したのだと思っていたのだろう。第一の課題を高得点で通過したハリーは、優勝候補の1人に上がっているのだ。マダム・マクシームとカルカロフは、ハリーに課題から逃げ出て欲しかったに違いない。


ハリーの息が落ち着くのを確認したバグマンは、杖を自分の喉に向け、『ソノーラス‐響け』と言った。すると、バグマンの声が暗い水面を渡り、スタンドに轟く。


「さて、全選手の準備ができました。代表選手たちは、それぞれの奪われたものを取り返しに行きます。制限時間は、きっちり1時間!では、3つ数えたら始めます。いち…に………さん!!」


ホイッスルが冷たく静かな空気に、鋭く鳴り響いた。スタンドは拍手と歓声でどよめくのを耳にしながら、私は杖を振って『泡頭の呪文』を使うと、湖に飛び込んだ。

呪文の効果で、頭の周りに大きな泡がついて、新鮮な空気が確保できた。呪文の効力で、余裕で1時間は水の中で行動できる。…水の中は動きにくいので、あとは体力がなくならないことを祈ろう。


私は杖を右手で握ったまま、バタ足で湖の奥へ進む。

見たこともない暗い霧のかかったような景色を下に見ながら。とりあえず、湖の中心辺りを目指して泳ぎ続けた。何か手がかりになるものはないかと、慎重に辺りを見渡しながら進む。…他の代表選手が泳ぐ音も聞こえない。どこまでも静寂に包まれた世界だった。


もつれあった黒い水草が、左右にユラユラと揺れる森。泥の中に鈍い光を放つ石が点々と転がる平原。
小さな魚が、私の脇を銀の矢みたいに輝きながら、通り過ぎて行った。淡い緑色の水草が、目の届く限り先まで広がっている。1メートルにも満たない水草が生える様子は、まるで手入れの行き届いていない牧草地のようだった。このように水草が集まっているところには、近づかない方がいい。
水草に足を取られて溺れてしまうかもしれないし、何かが隠れているかもしれない。実際に、水草と水草の合間から、長い指のようなものが揺らめいているのを見た気がした。



「賢明な判断だわね」


どこかで聞いたような声がする。振り返ると『秘密の部屋』に通じるトイレを根城としているゴースト『嘆きのマートル』がいた。私の目の前に朧気に浮かび、分厚い半透明のメガネの向こうから私を見ている。


「…なんでここに?」


呪文の効果で声が出なかったので、口の動きだけでマートルに伝える。そんな私の様子が可笑しいのだろうか?マートルはクスクスと笑い始めた。


「ちょっと試合観戦をしようと思ったの。あっちを探してみなさいよ」


マートルが斜め向こうを指さす。


「私は行かないわ。あの連中、好きじゃないの。1位になりたいなら、急いだ方がいいわよ。さっき蛙みたいな水掻きをつけたハリーが、ここを通り過ぎて行ったから」

「ありがとう」


私はマートルに別れを告げると、再び泳ぎだす。
……ハリーはおそらく、『鰓昆布』を使ったのではないだろうか?『鰓昆布』というのは、特殊な水草の一種で、食べると1時間ほど水中で活動できるように体の構造を維持的に変えてしまう効果がある。『蛙みたいな水掻き』とマートルが教えてくれたことから考えて、『鰓昆布』以外の何物でもないだろう。

そうでもない限り、私より先にたどり着くなんてありえない。入手困難な水草だが、きっとスネイプ先生辺りなら持ってそうな気がするので、頼み込んで手に入れようかと思ったが…あの水草は『淡水』で使用可能なのか、それとも『海水』で使用可能なのかが、ハッキリわかっていないのだ。

そんな危ないものを使用して、死んでしまったら元も子のないので『泡頭の呪文』を使った。でもどうやら、鰓昆布でも問題がなかったみたいだ。

……水を掻くたびに、黒い泥が巻き上がり視界を遮る。
遠くから不思議なコーラスが聞こえてきた。『金の卵』から聞こえてきた歌だ。


「探しにおいで 声を頼りに
 取り返すべし 大切なモノ
 

…時間は半分 ぐずぐずするな
求めるモノが 朽ち果てぬよう…」




……歌の細部が違う。奪われたモノが何なのかは、まだ予想がつかないが、とにかく制限時間1時間のうち、半分の30分は過ぎてしまったということだ。私は、歌の聞こえてきた方に水を思いっきり掻いた。

……しばらく進むと、藻に覆われた荒削りの石の住居の群れが、薄暗がりの中から突然姿を現した。あちらこちらの暗い窓から覗いている顔、顔、顔。おそらく水中人だろう。彼らの肌は灰色味を帯び、眼は黄色く、首には丸石を繋げたロープ…おそらく首飾りを巻きつけていた。鎧をまとい槍を構えた威圧的な亜雰囲気を醸し出している。

だが、襲ってこない。私のことを遠巻きに眺め、ヒソヒソと仲間内でささやいているようだ。
集落のような場所を抜けると、広場にたどり着いた。その真ん中で、水中人のコーラス隊が先程の歌を歌っている。その後ろに、荒削りの大きな水中人をかたどった石像が立っていた。
その像の尾の部分に4人の人が括り付けられている。その4人を心配そうに眺めているハリーがいた。なぜか水中人に拘束された状態で。ちなみに、その4人とは、ロン、ハーマイオニー……フラーを小さくしたような銀髪の11歳にも満たない少女…それから、最後にノットが括り付けられていた。何かの魔法薬の効果だろうか。呼吸をしているみたいに見えなかった。4人ともぐっすりと眠りこんでいるみたいに、全く動かない。どうやら、意識がないようだ。




この瞬間、ずっと理解できなかったダンスパーティーの謎が解けた。きっとあのパーティは、代表選手がダンスのパートナーに選ぶくらい大切な者を、審査員が確認するために開かれたのだろう。

ハーマイオニーは、おそらくクラムの人質だ。ダンスパーティでの様子を見る限り、『クラムにとって大切な者』は、ハーマイオニーだろうから。

その隣に浮かんでいたのは、ロン・ウィーズリーだった。ダンスパーティでハリーのパートナーだったパーバディは、その後ハリーと上手くいかなかったので、彼が選ばれなかったのだろう。代わりに親友のロンが人質になったということか。

同様のことが、フラーにも言えるのかもしれない。まるで、『フラーのミニチュア版』と言っても過言ではない、完璧な幼女が浮かんでいた。恐らく、フラーの妹なのではないだろうか。フラーが双子だという噂は聞いたことがないが、姉妹がいるとは小耳にはさんだことがある。幼女の銀色の髪が、ゆらゆらと揺れている。そういえば、クリスマス直後に異常なくらい意気消沈しているフラーのパートナーを見かけたことがあった気がする。足元がふらついていて焦点も定かではない様子だったのは、フラーに振られた直後だったのかもしれない。

……で、私はノットということか。
ダンスパーティで踊った後も、ハリーやフラーのパートナーのように、仲違いせずに付き合っていたから、友人としてだけど。それにしても、なんでハリーは自分の人質(ロン)を助けないのだろうか?…グリフィンドール特有の『騎士道精神』『英雄思想』が原因かもしれない。きっと、他の人質も助けようとしているに違いない。他に誰も来なかったら、来なかった人の分の人質も助けて帰還しよう、といったところだろう。

まったく、私には理解できない。なんで知りもしない人まで助けようとするのだろうか?
ハリーが何か言いたそうな顔をしていたが、無視してノットを縛ってある縄を切ることにした。私はポケットの中にしまっておいたナイフを構える。縄である滑り易そうで頑丈な水草の『線』を、『眼』を使って見定めると、『線』にそって切り裂く。ノットの全体重が私に圧し掛かってきたので、ふらつきかけたが体勢を立て直す。


「早く来い」


声が相変わらずでないので、口の動きでハリーに伝える。ハリーは首を縦に振った。ハリーの手や足には鰭が付いていた。案の定、鰓昆布を使ったのだろう。


私は思いっきり水を蹴って、湖面を目指した。

湖面までの水は暗く、遠い道のりだったが、ただまっすぐ上を目指して泳ぎ続ける。
ハーマイオニーとロンの間に不自然なくらい空いている場所があった。消去法で考え、セドリックの大切な者――おそらくダンスパーティーで見かけた東洋系の少女だと思う――が囚われていたのだろう。その大切な者の姿が見えないということは、すでにセドリックは人質を助け出し、浮上したということ。ぐずぐずしている暇はない。私は懸命に足を動かした。


私の様子を鑑賞するように、水中人が楽々と私の周りを泳ぎまわっている。槍を携えているが、先程同様、攻撃する気配はまるでない。吹き矢を持っている水中人もいたが、かまえてすらない。やる気がなさそうに吹き矢を握っている。


それにしても、湖面に到着するまで、予想以上に距離がある。面倒なので魔法を使い、上昇することを思いついた。そうすれば、時間短縮にもつながる。私は杖を取り出すと、キラキラと太陽の光で反射している湖面に向けた。



「アセン…」


だが、呪文を全て言い終える前に、杖を硬く握っていた右手に鋭い痛みが走る。なんとかノットを抱えている左手は離さなかったが、痛みのあまり杖が右手から抜け落ちて、くるくると湖底へと沈んでいった。右腕に矢のようなものが刺さって、傷口から血がにじみ出ている。
途端に私の周囲で湧き上がってくる濃厚な殺気。

敵意のかけらも感じられなかった水中人たちが、それぞれ槍を構えている。先程までやる気なさそうに漂っていた水中人も、黄色い眼を異様なまでに光らせて吹き矢を咥えている。……間違いなく、戦闘態勢だ。
これは、私を試すための課題なのだろうか?それとも、何か水中人の掟を冒涜する行為を気が付かないうちにしてしまったのだろうか?
ここで刺さっている矢を抜いたら、出血すること間違いなしだ。こんな水中で出血したら、血が固まりにくくて最悪な場合、出血死をしてしまうかも知れない。私は、腕の痛みを我慢しながらナイフを再びポケットから出す。痛みに我慢すれば右手は動かせた。


杖は湖底。左手には自分の倍の背や体重のノットを抱えている。
対する水中人は4人。…槍を持っているのが3人と、遠くで吹き矢を咥えているのが1人。


面倒だが、仕方ない。


私は声にならない言葉をつぶやいた瞬間に放たれた吹き矢を避ける。間一髪だったようで頬にかすりそうになりながらも、矢は当たらずに湖底へと沈んでいった。

それを皮切りに、瞳に狂気の色を浮かべて襲いかかってくる水中人。私の喉元目掛けて3匹の水中人が槍を伸ばしてきた。私は右手に走る痛みで顔を歪めながら、槍に纏わりついている『死の線』を切り裂く。途端に槍は形を保てなくなり、私の喉元に達する前に3人の槍は解体された。
槍使いの水中人が、何が起こったのか理解する前に、1番近くにいた水中人の腹を思いっきり蹴り飛ばして、その反動で上昇する。


だが次の瞬間、何とも言えないヌメリとした不快感が足に纏わりつく。得物がなくなった3匹の水中人が、私の足をつかんできたのだ。そのまま湖底へ引きずり降ろそうとしてくる。足に痕が残るのではないかと思われるくらい、強い力でつかみ、そのまま引き摺り下ろそうとしてくるのだ。


振り払おうと足をバタつかせるが、その瞬間に鋭いモノが脇腹を切り裂く。矢がかすった痛みを感じる前に、頬から深紅の液体が霞のように水中で広がっていく。吹き矢を咥えている水中人が悔しそうな表情を浮かべていた。再び次の矢を装てんしようと動く水中人。


このままだと、体力切れで負けてしまう。
私は未だに眠ったままのノットを抱えている左手を動かし、彼の杖を取り出した。私に忠誠心を抱いていたない他人の杖だと、杖に拒絶されて、自分の杖を使う時みたいに本来の力を発揮することができない。だから、本当は人の杖を無断で使いたくないが…自分の杖がない以上、仕方ない。私は迷わず杖を宙に掲げて叫んだ。


「『アセンディオ‐昇れ』!!!」


身体が水中人たちの力とは比べ物にならないくらいの力で、一気に持ち上げられた気がした。そのまま魔法に身を任せていると、頭が水面を突き破るのを感じた。途端に『泡頭の呪文』の効果で頭を覆っていた泡も音を立てて砕ける。冷たく澄んだ空気が、私の濡れた顔を刺した。隣で、目を覚ましたノットが咳き込む音が聞こえる。

スタジアムの観衆が歓喜の声を上げるのが耳に入った。私は、そのままスタジアムの方へ泳ごうとしたが……


「がっ!」


呪文の効果が切れたことで、再び足をつかんでいる水中人が、湖底に戻そうとしてくるのだ。少し水を飲みこんでしまった。下からくる力に逆らうように、思いっきり足をバタつかせて浮上する。再び水面に顔を出して酸素を吸い込む。そして握りしめたままの杖を、水面に透けて見える血走った眼をした水中人たちに向けた。


「『レラシオ‐放せ』!』


紅い火花が奔り、3匹の水中人に直撃する。私の足をつかんでいた手を放したのだろう。途端に身体が軽くなって動きやすくなった。が、それと同時に身体の底から湧き上がってきた疲労感。誰かが息絶え絶えに叫ぶ声がする。壁なんかないはずなのに、壁の向こうから聞こえてくるような…

とにかく岸に辿り着かないといけない。私は最後の力を振り絞って水を掻きわけ、足を動かした。途中から自力で泳いでいるのか、誰かに引きずられるようにして泳いでいるのか分からなくなってきた。


小さな影が、水しぶきを上げて駆け寄ってくるのが見える。その後ろからは、蒼白な顔をした何人もの人が走っている。そのうちの1人が、前を走る小さな影を追い越し、白いタオルを広げた。誰かが広げた白いタオルに倒れこむようにして包まれた時……私の意識は途切れてしまった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

10月15日:一部改訂
24日:〃




[33878] 47話 久々の休息
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/15 23:26
 

SIDE:ハリー




校庭を淡い銀色の太陽が照らしている。これまでになく穏やかな天気で、ホグズミード村に着くころには、僕もロンもハーマイオニーもマントを脱いで片方の肩に引っ掛けていた。


これから、僕はシリウスに会う。シリウスは、ホグズミード村に隠れ住んでいるみたいだ。…とはいっても、指名手配犯であることには変わりないので、人としてではなく野良犬として。だから、食糧には困っているみたいで、今日会う約束をした時に、ついでに鳥の足を12本、パン1本…それから、かぼちゃジュース1瓶を持ってくるようにって頼んできたんだ。


「シリウスとの待ち合わせは正午だったわね?」


暑さで顔を赤らめながら、時計を確認するハーマイオニー。


「ずいぶん時間があるわ。どこに行く?」
「僕は――」


その先は、別の声でかき消された。今、1番聞きたくなかった最低な奴らの声だ。


「あら、ポッター!『穢れた血』で、有名人に尻尾を振る『尻軽女』の彼女とデート?」
「いや、ウィーズリーも一緒じゃないか。まさかポッターやクラムの次はウィーズリーってことか?『魔法使い1の貧乏』だからか?」


ケタケタと醜く笑いながら傍を通り過ぎるマルフォイとパンジー。ロンが顔を真っ赤にさせて殴りかかろうとしていたが、なんとか思いとどまったみたいだ。ハーマイオニーは、2人を完全に無視している。

最近、『週刊魔女』っていう週刊誌でハーマイオニーを中傷する記事が載ったんだ。書いた記者はリータ・スキータ。前に、ハーマイオニーがスキータを非難したことがあってから、何かハーマイオニーによくないことが起こるんじゃないかって不安だった。事実、その予感は的中してしまったんだ。


≪ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み≫という表題が書かれた記事で、簡単にまとめれば――ハリーのガールフレンド――と記事の中で書かれているハーマイオニーは、クラムとも関係を持っており、ハリーとクラムの愛をもて遊んでいる。そしてクラムは、ハーマイオニーに『夏休みにはブルガリアに来てほしい』と招待しているらしい。
そして『こんな気持ちをほかの女の子に感じたことはない』とクラムは、はっきり言ったのだとか…



その記事は瞬く間に学校中に広まったんだ。あの記事が出てから数日間、本当に大変だった。僕は、ハーマイオニーは彼女じゃないって訂正しないといけなかったし、ロンは、理由は察しが付くけど、その話が出るたびに機嫌悪くなるし。でも1番大変だったのは、ハーマイオニーだ。


ハーマイオニーを知らない読者からは『尻軽女』って中傷されて、抗議の手紙が届くようになったんだ。中には『吠えメール』を送ってくる人がいて、そのせいで『週刊魔女』を読んでいない生徒たちにも噂が広まってしまるなんて、本当に最低だ。
ハーマイオニーは言われもない中傷に激怒して、『絶対にリータ・スキーターがどうやって個人情報を取材しているか、調べてやるわ!』といって日夜、図書室にこもることが多くなった。


それにしても、あの最悪な記事の最後の行に

≪だが、恋人との関係に頭を悩ませるハリー・ポッターの心に、新しい少女の影がチラつき始めた。常に冷静で大人っぽい可愛さの少女は、第二の課題に頭を悩ますハリーに、そっと手を差し伸べたり、励ましたりと陰ながらにサポートをしている。ハリー・ポッター応援団としては、ミス・グレンジャーよりも、この少女に心を捧げることを願いたい≫
…って書かれてあったんだ。よく分からないけど、僕の周りにいる女子で、冷静で、かつ大人っぽい可愛さを持つ少女って……セレネのこと?僕はセレネよりも、レイブンクローのチョウ・チャンの方が大人っぽくて可愛いって思うんだけど……じゃなくて、なんでスキーターは、セレネが僕に『第二の課題』のアドバイスをくれたってことを知ってるんだ?
僕は、盗聴器を使ったんじゃないかって思う。でも、スネイプの私室が直結している教室に盗聴器を仕掛けられるわけない。スネイプにすぐ気付かれて、半殺しの目に合うのが目に見えている。スネイプといえば、今日の魔法薬学の時間に尋ねてきたカルカロフが、自分の腕を見せて怖がりながら、何かスネイプに相談していたっけ。


「ハリー、どうしたんだ?」


ちょうどロンが『グラドラグス・魔法ファッション店』に入ろうとしているところだった。ハーマイオニーはもう店に入ったみたい。僕は慌ててロンの方に走った。



































正午になって、シリウスと会う場所に3人で歩いていく。
人気のない曲がりくねっている校外へと続く小道を歩いていくと、山と村との境にある柵が見えてきた。柵の1番高いところに、2本の前足を載せ、新聞らしいものを口にくわえて僕たちを待っている大きな毛むくじゃらの黒い犬、見覚えのある懐かしい姿

黒い犬は僕のカバンの匂いを夢中で嗅ぐ。そして尻尾を1度だけ振り、向きを変えてトコトコと歩き始めた。…低木で生い茂られている場所を抜け…岩だらけの道を進め…汗で服がびしょ濡れになりながら、歩いていく。僕だけじゃなくてハーマイオニーやロンも同じみたいだ。…4本足で歩いているシリウスは問題ないみたいだけど。


そんな苦痛の時間を30分、シリウスの体が急に見えなくなった。僕たちが慌てて姿の消えた場所まで行くと、狭い岩の裂け目を見つけた。裂け目に身体を押し込むようにして入ると、意外にも中は薄暗い涼しい洞窟だった。

その奥に丁度、黒い犬が名付け親の姿に戻るのを目撃した。


相変わらず灰色のボロボロなローブを纏っている。少し、痩せていたみたい。僕が鞄を開けると、鳥の足をつかみシリウスに渡した。


「ありがとう」


シリウスが本当に嬉しそうにそう言うと、歯で大きく食いちぎった。


「ネズミばかり食べて生きてきた。ホグズミードからたくさん食べ物を盗むわけにはいかないからね」


シリウスがにっこりと笑ってくれたけど、僕は心から笑い返す気分に中々なれなかった。


「シリウスおじさん、どうしてこんなところにいるの?」
「私のことは心配しなくていい。私は現場にいたいのだ。誰かが新聞を捨てるたびに拾っていたのだが、どうやら、心配しているのは私だけではないようだ」


シリウスは洞窟の床にある、黄色く変色した『日刊預言者新聞』を顎で指した。ロンが何枚か拾い上げて広げる。


「≪バーテミウス・クラウチの不可解な病気≫…≪魔法省の魔女、いまだに行方不明≫」


ロンがそれを読み上げた。確か魔法省の魔女、バーサー・ジョーキンズが、夏からずっと、もう3月だというのに姿が確認されていないらしい。


「まるでクラウチが死にかけているみたいだ」


11月以来、公の場に現れず、家に人影はなく、病院もコメントを拒否していて、魔法省は重症のうわさを否定しているのだという。


「僕の兄さんが、クラウチの秘書なんだ」


ロンがそう口にした。去年、ホグワーツを卒業したロンの兄…パーシーは、クラウチの秘書として働いているのだ。


「ウィンキーをクビにした当然の報いじゃない?クビにしなきゃよかったって、後悔しているのよ。世話してくれるウィンキーがいないと、どんなに困るか分かったんだわ」


冷たく言い放つハーマイオニー。ロンは脱力した感じでハーマイオニーを見たが、シリウスは違ったみたいだ。


「クラウチが屋敷しもべ妖精をクビに!?」
「うん、クィディッチワールドカップの時に」


『闇の印』が上がった日、何が起こったのかは新聞には詳しく載っていなかったらしい。勿論、クラウチのしもべであるウィンキーが、『闇の印』が打ち上げられた場所の真下で、僕の杖を握ったまま発見されたことも……。シリウスは興味深げに話を聞き、洞窟をうろついた。


「話を整理しよう。初めは、しもべ妖精が貴賓席に座ってクラウチの席を確保していた。だがクラウチは来なかった」


鳥の足を1本振りながら、シリウスが問いかけてきた。


「「そうだよ」」


僕もロンもハーマイオニーも同時に答えた。


「あの人、忙しすぎて来れなかったって言ったと思う」
「ハリー、貴賓席を離れたとき、杖があるかどうか確かめたか?」
「うーん……『死喰い人』が暴れ始めるまで杖を使わなかったから、確かめなかった。気が付いたら、ポケットの中になかったんだ」


ずっと大昔のことみたいに思える出来事を、出来るだけ鮮明に思い出そうとした。考えてみたら、あれから1年も経っていないのだ。時が過ぎるのは、早いものだとしみじみ感じる。


「『闇の印』を作り出した誰かがハリーの杖を盗んだ可能性があるってことだ」
「ウィンキーは杖を盗んだりしないわ!!」


ハーマイオニーが鋭い声を出す。そんなハーマイオニーを横目で見たシリウスは、眉根に皺を寄せて、歩き回っていた。


「貴賓席にいたのは、妖精(ウィンキー)だけじゃない。君の後ろにはだれがいたのかね?」
「いっぱいいた。ブルガリアの大臣たちとか、コーネリウス・ファッジとか、マルフォイ一家とか」
「そうだ、マルフォイだ!」


ロンが突然叫んだ。確信を持った表情のロンは、半ば興奮気味に言葉をつづける。


「絶対、ルシウス・マルフォイだ!」
「他には?」
「いたわ、ル―ド・バグマンが」


ハーマイオニーが言う。そういえばいた。でも、あの人は、試合中継をしていたから、そんな暇なかったと思う。それに、僕のことを気に入ってくれていて、いつも助けたいって言ってくれるし。


「バグマンについてはよく知らないな。クィディッチチームの名ビーターだったこと以外は」


シリウスも彼のことを、よく知らないみたいだ。


「話を進めるぞ。闇の印が現れたとき、君達は茂みの傍で声を聞いた。その後に妖精がハリーの杖を持ったまま発見された。その時、クラウチは何をしていた?」


何でそんなにクラウチのことを、気にするのだろう?

「茂みの様子を見に行った。でも、そこには何もなかった」


僕が答えると、シリウスは頷きながら、洞窟の中を行ったり来たりし始めた。


「クラウチは、自分のしもべ妖精以外の犯人を見つけたかったことだろうな。それで、しもべ妖精をクビにしたのか?」
「そうよ」


ハーマイオニーの声が熱くなった。

「クビにしたの!テントに残って、踏みつぶされるままになっていなかったのがいけなかったっていうわけ―――」
「妖精のことはちょっとほっといてくれ!」


うんざりしたように頼み込むロン。だが、シリウスは違ったみたいだ。頭を振ってこう言った。


「クラウチのことはハーマイオニーの方がよく見ているぞ、ロン。その人間を知るには、その人が自分と同等の者より、目下の者をどう扱うかで分かるものだ」



シリウスの答えを聞いたハーマイオニーが得意げに胸を張る。ロンが少し頬を膨らませた。それにしても…、とシリウスは顔を歪めながら独り言のように呟いていた。


「バーティ・クラウチは仕事だろうと何だろうと、一度決めたことは曲げない奴だ。しもべ妖精に席取りまで遣らせておきながら、観戦に来ない。三校対抗試合に尽力しながらも自分の成果を確かめに来ていない。クラウチらしくないな。」
「クラウチのことを知ってるの?」


思わずそう尋ねると、シリウスの顔が曇った。なんだか、最初に会った時みたいに恐ろしげな顔になる。


「ああ、知っている。私を裁判なしでアズカバンに送れと命令した奴だ。」
「「「ええ!?」」」
「いや、嘘じゃない。あいつは当時『魔法法執行部』の部長だった。知らなかったのか?」


魔法法執行部、というのは魔法界でいう警察なのだろう。僕達は揃って首を横に振る。シリウスは残っていたパンを乱暴にかじりながら、説明を続けた。


「素晴らしい魔法使いで、次期魔法省大臣を期待されていた。強力な魔法力――それに、誰よりも権力を持ちたいという欲が強かった。もちろん、ヴォルデモートの支持者であったことは無い。常にクラウチは、闇の陣営にはハッキリ対抗していた。ヴォルデモートに与する者は、捕まえるのではなく、暴力には暴力で立ち向かい、疑わしい者には『許されざる呪文』の使用も許可した。
あいつを支持する者はたくさんいた。だから、ヴォルデモートがいなくなったとき、クラウチが最高の職に就くのは時間も問題だと思われた。…息子が『死喰い人』の一味と捕まらなければな」


シリウスがニヤリと、笑みを浮かべる。


「クラウチの息子が捕まった?」


ハーマイオニーが息をのんだ。シリウスは軽く頷いて、残りのパンを口に放り込む。


「最後まで、息子が本当に死喰人かは分からないままだったがな。裁判の場で、息子を庇うどころか『お前は俺の息子などではない』とまで言い切ったそうだ。その後、クラウチは実の息子を躊躇いもなくアズカバンへ送った。
息子はまもなく亡くなって、憔悴していた彼の妻も亡くなった。この事件であいつは名誉も信頼も何もかもを失い、大臣への道を断たれたというわけだ」


沈黙が洞窟を支配する。誰も口を開かない。ハーマイオニーもロンも下を向いていた。最初に重い沈黙を破ったのは、シリウスだった。思い出したかのように、僕たちに問いかける。


「ところで、あいつはどうした?」
「あいつって?」
「セレネ・ゴーント」
「セレネが『あの人』の手先になるわけないわ!!」


ハーマイオニーが、『しもべ妖精擁護論』を展開する時みたいに、顔を真っ赤にさせて即答した。相当怒っているみたいで、握った拳が震えている。


「どうかな?あいつはスリザリン生だぞ?」


ロンが呆れた感じで言い返す。そんなロンをハーマイオニーは鋭く睨み返した。


「スリザリン生だからって皆が悪いとは限らないわ。セレネは第二の課題のヒントをハリーにくれたし、スネイプだってスリザリン出身だけどダンブルドアの味方でしょ?」
「ダンブルドアはさ、そりゃ素晴らしいよ。でも、本当に狡賢い闇の魔法使いだったら、ダンブルドアを騙せるかもしれないだろ?」
「なら、なんで1年生の時にスネイプはハリーを助けたの?なんでセレネは、1年生の時にトロールから守ってくれたの?」
「ダンブルドアの信用を失いたくなかったからじゃない?」


睨み合っているハーマイオニーとロン。このままではまずいと思った僕は、慌ててシリウスに話題を振った。


「シリウスはどう思う?」
「2人ともそれぞれイイ点をついている」


シリウスは、少しニヤリと口元を歪ませた。


「スネイプがここで教えているということを知って以来、どうしてスネイプを雇ったのか不思議に思っていた。闇の魔術にどっぷり魅せられていて、気味の悪い奴だったよ。
セレネの血筋を知った時も、なんでダンブルドアが入学を許可させたか不思議に思った。ハリーが同学年にいるにもかかわらず、ヴォルデモートの姪を入学させるなんて正気の沙汰じゃない」


考え込んでいるシリウス。


「だが、なんでハリーにヒントを教えた?」
「セレネは優勝したくないからに決まってるわよ」


キッパリと言い放つハーマイオニー。


「セレネは、有名になりたがらないもの。自分が優勝する確率を、出来る限り減らしたいんだと思うわ。
それに、セレネは水中人に襲われたのよ?水中人は課題における見張り役のような存在で、代表選手を襲わないって取り決めてあったみたいなのに。危うく、死ぬところだったのよ?」

「水中人に襲われた!?」


シリウスが当惑した表情になった。何かに気を取られたように、汚れた髪を指でかきむしり始め、肩をすくめた。


「どういうことだ。水中人は滅多なことで人を襲ったりしないはずだ。あいつが、連中を怒らせるとは思えないし。自分が殺されないという絶対的な自信があったのか?」


洞窟の壁を睨みつけて考え込むシリウス。その時のシリウスの顔は、いつになく当惑していた。しばらくして大きなため息をつくと、落ち窪んだ眼をこすった。


「何時だ?」


僕は腕時計を見たが、湖で1時間も過ごしたからだと思う。ずっと時計の針は止まったままだった。


「3時半よ」


代わりに答えるハーマイオニー。


「もう学校に戻った方がいい。いいか。よく聞きなさい。対抗試合が終わるまで1人で行動しないことだ。君に万が一、何かがあったらジェームズ…君のお父さんに顔向けができない。試合さえ終われば、わたしはまた枕を高くして眠れる。
引き続きカルカロフとセレネには気を付けて、出来るだけ接触をしないこと。それから、君たちの間で私の話をするときは『スナッフルズ』と呼びなさい。いいかい?『シリウス』と呼ぶのは危険だからね」


すっかり空になった瓶を僕に返すシリウス。先程まで浮かんでいた戸惑いの色はすっかり消えて、眼には真剣な色が浮かんでいた。僕たちは頷いた。


「村境まで送っていこう…新聞が拾えるかもしれない」


黒い犬に変身するシリウス。僕たちは再び、岩だらけの山道を下り、柵の所まで戻った。そこで、僕たちは、かわるがわるシリウスの頭を撫でた。シリウスは少し尻尾を振ると、村のどこかへ新聞を求めて走り去っていった。

僕たちは城に戻るため、来た道を戻っていく。その途中にあったパン屋から、パンが焼けるいい匂いが漂ってきた。それを思いっきり吸い込むロン。


「かわいそうなスナッフルズ」


シリウスが走り去っていった方向を振り返って、ロンがつぶやいた。


「本当に君のことを可愛がっているんだね………ネズミを食って生き延びてまで」






[33878] 48話 来訪者
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/24 23:31
つい先日まで若々しい黄緑色だった木々が、すっかり深緑色に染まり、勢いよく空に向かって枝を伸ばしている。もうすぐ来る夏を謳歌しようと、元気溌溂とした木々とは反対に、私の心は重く沈んでいた。


――とうとう来てしまった。


朝食の席に着きながら、ちいさなため息をつく。普段の私なら、目の前に置いてある丁度良い感じに焦げ目がついたデニッシュを、喜んで頬張るのだが今日は違う。食欲がわかないのだ。だからといって、何か食べないと身体が持たないので口に押し込むようにして食べる。普段なら口の中いっぱいに広がる甘い味を感じるのに、今日は何も感じなかった。


「大丈夫、セレネ?」

ダフネが心配そうに覗き込んでくる。私は笑顔を浮かべようとしたが、顔の筋肉が強張っているのか上手く笑えない。…珍しく、緊張しているらしい。


「そりゃ不安よね。あの『スクリュート』と戦うかもしれないんだから」


パンジーが励ますように私の背中をたたく。それも一理あるのかもしれない。



なにせ今日の午後には、第三の課題が行われる。1か月前、事前に発表された課題内容を一言で表せば『迷路』。『迷路』の中心に置かれた『優勝杯』を手に入れるのが目的なのだが、その途中に『障害物』として先生方が魔法を仕掛けたり、ハグリットが『怪物』を置くみたいなのだ。
先生方の魔法も危険だが、それと同じくらい…下手したらソレよりも危険なのはハグリットの怪物『尻尾爆発スクリュート』。当初は私達、つまり生徒がハグリットの授業で世話をしていた奴らだが、趣味が『殺し合い』という困った趣味がある。しかも、体格が物凄くいいのだ。最近は、飼育しようとするたびに『殺し合い』に巻き込まれ、飼育をしようとした生徒たちに生命の危険が出てきたので、スクリュートの世話を私たちがすることはなくなったが、最後にスクリュートを見た時、奴の大きさは、軽く1メートルを越してたのではないだろうか。しかも、ほぼ全身を殻で覆っているので呪文が跳ね返されてしまう。もちろん『眼』を使えば倒せるが、そのためには奴に、触れることができるくらいの距離まで近づかなければならない。

私は、誰かが『優勝杯』のところにたどり着くまで、適当に歩いて時間を潰すつもりだ。でも、その途中にスクリュートに出会ってしまったら………そう考えると、背中に冷たいものが奔る。


「先輩!先輩!迷路の中でハリー・ポッターを見たら、間違えて殺しても構わないんですよ!!事故だと言えばいいんですし!」
「小娘の言う通りだ、セレネ。殺すとまで行かなくても、迷路の中でポッターの額に傷を増やしたらどうだ?」


私の前の席で、口の周りにスクランブルエッグを付けているアステリアと、斜め前の席でパンをちぎっているドラコが言う。


「嫌いだからと言って人を殺したり、傷つけるのはダメだろ」


私は、ハリーのことが好きだという変な噂が一部で飛んでいる。何度も周りにそのことを聞かれて、誤りを正すのが面倒だった。今度、新聞記者(リータ・スキーター)の姿を見つけたら、半殺しの目に遭わせようと心に決めている。あの女が人に頭を下げて、これまで自分がしたことを謝る女だとは到底思えない。だが、私はあの女の弱点かもしれない事実を握っている。それをチラつかせれば、今後、こういった人を不快にさせるような真似をやめさせることが出来るに違いない。あの事実に気が付いてから、あの女の姿を見かけていないので確かめようがないが。



「今日はどうするのセレネ?また図書室?」


ミリセントが睨めつけるように読んでいた教科書から顔を上げる。…他の生徒は期末試験があるが、代表選手は試験が免除されていた。なので試験の時間は、マクゴナガル先生やムーディー先生みたいに厳しい先生の授業の際には、教室の一番後ろで本を読み、スプラウト先生やフリックウィック先生のように優しいというか、その時間に教室にいなくても許してくれそうな先生の場合には『秘密の部屋』にこもって、使えそうな呪文をあさっていたのだ。…『秘密の部屋』に行っているとは言えないので、みんなには『図書室』に行っているということにしてある。



今日のテストは『魔法史』だけ。魔法史担当のビンズ先生は、絶対に教室に私が行かなくても気が付かないと確信できる。喉に詰まりかけているデニッシュを流し込むように、コップの水を飲み干した。



「ミス・ゴーント」


上から声が降ってくる。見上げてみると、マクゴナガル先生が立っていた。


「代表選手は朝食後に大広間の脇の小部屋に集合です」
「…課題は今夜ではなかったでしょうか?」


少し眉間に皺を寄せて答える。


「それは分かっています。いいですか、代表選手の家族が招待されて、最終課題の観戦に来ています。みなさんにご挨拶する機会というだけです」
「本当ですか!?」


思わず立ち上がってしまった。急に私が立ち上がったので、隣に座っていたダフネが驚いて、飲んでいたカフェオレをローブに溢してしまっていた。私は杖の先を、ダフネのローブに向ける。


「すまん…『テルジオ‐拭え』」
「あ、ありがとうセレネ。でも…セレネのお父様って、マグルだったよね?」


立ち去っていくマクゴナガル先生の背中を見ながらダフネが問う。私は軽く頷いた。クイールが来ているのだろうか?…彼はマグルだ。マグルなのにホグワーツに来ていいのだろうか?関係者だから問題ないのかもしれない。ということはハリーの場合、ハリーの育て親であるダーズリー一家がいるのだろうか?



私はそのまま、大広間を横切り、小部屋のドアを開いた。小部屋のすぐ内側にはセドリックが両親と思われる男女と話している。彼の父親と思われる男性の方は『人生最高の瞬間』という表情を浮かべているが、母親と思われる女性の方は、喜びの中に少し心配だという色が見え隠れしていた。その隣には、クラムに似た男と、スレンダーな女が座っている。…おそらく、まだ部屋に入ってきていないクラムの両親だろう。その反対側で、フラーが彼女の母親とフランス語と思われる言語で楽しそうに話していた。フラーの母親は、第二の課題の時に湖の中で目撃した小さな女の子の手をしっかり握っている。やはり、彼女はフラーの妹だったみたいだ。誰かを待っているのか、私が入ってきた扉を、じぃっと見つめている。

暖炉の前には、ポッチャリとした赤毛の女性と、耳に牙のイヤリングを付けた…同じく赤毛で長髪の男性と、クイールが楽しそうに話していた。


クイールは、私を見ると少し嬉しそうな表情になったが、無言で立ち上がって私に近づく。感情をすべて押し殺したような表情をしているクイール。こんなクイールは初めて見た。私が何か言おうと口を開きかけた次の瞬間…パンっという乾いた音が小部屋に響く。頬に軽い痛みが広がる。…何が起こったのか分からなかった。


「なんで、こんな危険な課題に参加しているって教えてくれなかったんだ!?」


気が付くと、泣きそうな顔をしたクイールの顔が目の前にあった。私の肩をつかんだクイールは、懇願するように言葉をつづける。…私の肩を持つクイールの手は、かすかに震えていた。


「セレネに万が一のことがあったら……僕は、あの世で君のお母さんに何て言えばいいんだ?こんな事に、セレネが自分の意志で参加する訳ないから、誰かの意図で、断りきれなかったんだってわかる。でも、教えてくれたっていいじゃないか。魔法の使えない僕には何もできない。課題の内容を知ったら、僕が心配すると思って、今回のことを一切も話さなかったのはわかる。


それでも……僕たちは家族じゃないか。嬉しいことも、辛いことも、悲しいことも、分け合うことができる。それが家族だろ?」


辺りがしん、と静まり返っている。私は、これ以上クイールの泣きそうな顔を見ていられないので、少しだけ俯いた。


「…ごめんなさい」


謝ったのは何時以来だろうか?いや…それ以前に、怒られたのは何時以来だろう?物心ついてから、そういった記憶が一度もない。
ただただ、余計に心配をかけてしまったという罪悪感だけが胸に広がった。私が俯いていると、クイールの震えていた手が肩から離れ、ポンッと軽く頭に乗せられる。顔を上げると、優しく私に微笑みかけてくれているクイールの顔。さっきまで自分らしからぬ緊張や不安感で張りつめていた心が、解けていく感じがした。


「分かったならいいんだ。じゃあ、せっかくだから…学校の案内をしてくれないかい?滅多に魔法学校なんて来ることが、出来ないからね」


クイールは、私の腕を取るとドアの方に向かって歩き始めた。ドアを開くと、クラムとすれ違ったので頭だけ下げておいた。…ほとんど人の残っていない大広間の天井を見上げたクイールは目を大きく見開いていた。


「凄いな、プラネタリウムみたいだ。これも魔法なのかい?」


外と違わぬ青空を映し出している天井を、見惚れたように凝視するクイール。なんだか、私が最初に大広間に入った時のことが脳裏に蘇ってきた。あの時の私も、空を映し出す天井に目を奪われていた気がする。


「凄いね…あっ!あれはハリー君じゃないか?」


目線を上から戻したクイールが、グリフィンドール寮の席で黙々と朝食を食べているハリーに気が付いたらしい。クイールが微笑みを浮かべながら、ハリーに近づく。近づいてくるクイールを見たハリーは、少し驚いたような表情を浮かべた。


「あ、えっと……クイールさん、でしたっけ?セレネのお父さんの」
「覚えていてくれたんだね。いやー最後にあったのは、4年前、かな?大きくなったね」
「…どうも」


戸惑った表情を浮かべるハリー。その瞳の奥には、どことなく寂しそうな色が見え隠れしていた。そんなハリーに微笑みを向けるクイール。


「ちゃんと君を案じて待っている人がいるよ。早く行ってあげなさい」
「えっ!?」


かなり驚いた表情を浮かべるハリー。眼鏡の奥の目が大きく見開いていた。慌てて皿に残っていた残りのベーコンを、口に頬りこんでドアの方へと走り去っていった。




学校内を案内してもよかったが、他の人達がテスト中なので、校庭を案内することにする。陽光が降り注ぐ校庭をクイールと歩き、ボーバトンの馬車やダームストラングの船を見せたりした。特にボーバトンの馬車をひく天馬に興味を持ったらしく、太陽の日差しで普段より一層輝く黄金の鬣に、クイールの眼は、しばらく奪われていた。
近づくものに攻撃する『暴れ柳』を、遠くから眺めた時には、どうしてこの危険極まりない植物が植えられたのかと、クイールは考えを巡らせていた。暴れ柳は何故植えられたのだろうか?気にも留めていなかったので考えてもみなかった。この課題がひと段落したら、少し調べてみてもいいかもしれない。



「そういえば……今年の夏の休暇に、また日本に行くかもしれないんだけど、セレネはどこに行きたい?」


昼食を取るため城に戻る途中で、クイールが思ってもみなかったことを話してきた。寝耳に水の話だったので、つい足を止めてクイールの顔をまじまじと見てしまう。


「嘘だろ?この間行ったばかりじゃないか。旅行するための資金はあるのか?」
「ははは、そうだね。大丈夫、金はあるよ。実は、ここ数年連絡が取れなかった友人が住んでいるかもしれないところが分かったから、会いに行こうって思ったんだ。ちょっと聞きたいことがあったし」


クイールの目は遠くを見ていた。何か不思議な思い出に浸っているような表情だ。


「…その人は日本のどこに住んでいるかもしれないんだ?」
「東京の郊外って噂なんだ」
「…大ざっぱだな」


冷めた声で言うと、力なく笑うクイール。クイールがその先の言葉を紡ごうとしたときだった。


「先輩!あのですね、ベゾアール石があるのって山羊の腹であってますよね!?正解ですよね!?」


階段を物凄い勢いで駆け下りてきたアステリアが、肩を上下させながら不安そうな眼で私を見上げてくる。…どうやら、さっきまで魔法薬学の筆記試験だったみたいだ。私がコクリと頷くと、ホッとしたように脱力し、その場にしゃがみ込むアステリア。


「よかったです……って………先輩、この人は……」
「あぁ、私の義父さんだ」
「せ……先輩の義父上様ですか!!」


途端に立ち上がり背を伸ばすと、90度に体を折り曲げるアステリア。


「セレネ先輩の一番弟子のアステリア・グリーングラスと言います!!以後、よろしくお願いします!!!」
「へぇ、セレネに弟子がいたんだ。こちらこそ、よろしくね」


若干、アステリアの行き過ぎた態度に、驚いたのか眉を上げるクイールだったが、すぐに普段の優しげな表情に戻って頭を下げた。アステリアの表情は下を向いているので見えないが、耳が真っ赤に染まっていた。


「そういえば、セレネに悪い虫はついていないかい?」
「はっ!その件なんですが……」
「セレネ!」


その先の言葉は、私には聞き取れなかった。向こうから泣きそうな顔をして駆けてくるミリセントが私を呼ぶ声でかき消されたからだ。涙を瞳いっぱいに溜めたミリセントの後ろには、少し脱力した感じのダフネの姿が見えた。


「絶対に勝ってね、セレネ!!勝たないと私の夏が終わっちゃうの!!」
「とりあえず落ち着け、ミリセント」
「落ち着けないよ!セレネが優勝しなかったら……優勝しなかったら……私の夏が!今年の幸せが!!」
「……ダフネ、ミリセントに何が起きた?」


ミリセントでは話にならないので、どうしてこうなったかを知っていそうなダフネに話を振る。するとダフネは珍しく、ため息をした。


「あのね。さっき、ハッフルパフのザカリアス・スミスって男子生徒とミリセントが、セドリックが優勝するか、セレネが優勝するかで口論になっちゃって。それで、賭けをすることになったの。その内容が、賭けに負けた方が勝った方に、自分が相続することになっている別荘を無償で譲るってことになったのよ」
「……だから泣きそうなのか」


ミリセントは、ブルストロード家の長女だ。ブルストロード家というのは、以前調べた魔法界の純血貴族の中では、あまり目立ったところのない中流の家系だが、歴史は古い。前に『家を継ぐのは歳の離れたお兄様なんだけど、ブライントン……ほら、ストーンエッジとかある辺りにあるリゾート地よ……そこの別荘は、私が相続することになっているの』と自慢していたのを思い出す。


ザカリアス・スミスという人物について、どこかで聞いたような気がするが記憶にない。だが…相続することが決まっている別荘があるということから察するに、きっと金持ちのボンボンなのだろう。


「あそこの別荘は最高なの!海辺のリゾート地でね、ロンドンにも日帰りで行けるのよ!!絶対に手放したくないの。だからセレネが優勝してくれないとまずいの!!」


私のローブに泣きながらしがみついてくるミリセント。私は優勝して目立ちたくなかったが、優勝しないと呪われそうな気がしてきた。仕方ない。さっさと優勝杯までたどり着いて、セドリック以外の誰かが優勝杯を手に入れるよう画策しないといけないかもしれない。


「分かった。別荘が他人の手に渡らないように努力するから離れてくれる?」
「ほ、ほんと!?」


真っ赤に目を充血させて私を見るミリセント。少し嬉しそうに笑うと、ようやく私から離れてくれた。


「本当に頑張ってね!!」


パンジーと一緒に歩いてきたドラコが心配そうな顔をして近づいてきた。ドラコは辺りにスリザリン寮関係者しかいないことを、ざっと確認して、小声でささやいた。


「今朝届いた知らせなんだが……父上の『闇の印』が、異常なくらい濃くなっているらしい」
「同じことが俺の父上にも起こっている」


いつの間にか隣にいたノットが神妙な顔をして告げた。ドラコの父もノットの父もヴォルデモートの配下の『死喰い人』だった。最後の課題が行われる日に、『ヴォルデモート』への忠誠の証『闇の印』が異常なくらい濃く染まっているというのは、はたして偶然だろうか?


「俺の父上が言うには……もしかしたら今日…」
「だったら、阻止するだけだ」


私はパンッと音を立てて、左掌に右拳を打ちこむ。驚いた顔で固まるドラコ達。さっきまで泣きそうな顔をしていたミリセントも口を開けたま固まっている。怒ったような表情になったノットが私に詰め寄ってきた。


「阻止するってお前!いったい何を……」
「これは偶然じゃないってことくらい、アンタも気が付いているだろ?きっと……あの迷路の中で何かが起きることは間違いない。『闇の帝王』がどうやって復活するのかは、なんとなく予想はつく。だが、それを実行するためには、少なくともこの学校では無理だ」


『秘密の部屋』で見つけたリドルの手記に残っていた、『失われた肉体を戻す呪文』を思い出す。それには『父親の骨』と『しもべの肉』……そして『敵の血』が必要だ。『敵の血』を手に入れる手段として、最後の課題の迷路を利用する可能性が非常に高い。自分を破滅させたハリー・ポッターの血を、たぶんヴォルデモートは欲している。迷路のどこかに、ヴォルデモート復活の儀式が整っている何処かへ飛ばす術式が用意されている可能性が高い。



「この学校では無理だってことは、迷路内でどこか知らないところに移動する魔法がかかっている罠がある可能性が高いってこと?なら。『あの人』の手先は、最後の課題の迷路に魔法を仕掛けた誰かってことかな?」


ダフネが顔面を蒼白にさせて尋ねてきた。私は黙って頷く。


「えっと……ってことは、マクゴナガル先生…フリットウィック先生…ムーディ先生…それからハグリットの誰かが『あの人』の手先ってこと!?」
「バカね、ダフネ。あの半巨人が転移みたいに高度な呪文をつかえるわけないじゃない。アイツは除外して。でも、それでも3人とも、ダンブルドアの側近的な人じゃない。あの爺さんは、味方に裏切られているって気が付いてないってこと?」


口ではバカにした感じで反論するパンジーだったが、腕を組んだ彼女は、いつになく真剣な表情で考え込んでいた。


「気が付いていて、わざと泳がしているんだろう。ハリーでないと、奴を殺せないってダンブルドアは考えているみたいだから」


1年生の時と2年生の時に感じた不快感が、岩から沁み出てくる湧水のように、じわりじわりと蘇ってきた。


「なんでポッターじゃないと殺せないってことになるんだ?英雄気取りのポッターより、セレネの方が強いだろ?」


ドラコが眉間に皺を寄せながら言う。自慢ではないが、私もその通りだと思う。…何度かハリーが呪文の練習をしているところを目撃したが、あの程度の呪文はすでに習得済みだった。それに、ハリーの武器は杖だけだが、私には『眼』がある。死の呪文である『アバタ・ケタブラ』に匹敵する『眼』が。


「…分からない」
「なら、棄権したほうがいい」


何時になく強く怒ったような口調で告げるノット。ミリセントが途端に目を吊り上げた。


「ちょっと!セレネは優勝しないといけないの!そうしないと私の別荘が……」
「別荘とセレネの命なら、どっちが大事だよ?ポッターと『闇の帝王』のために用意された迷路と言ってもいいんだろ?ならセレネは関係ないじゃないか!そんなところでセレネに万が一のことがあったら…」
「『帝王』の部下がゴブレットに私の名前を入れられた瞬間から、課題を棄権することは許されない」


私は、驚いたような眼をするノットとミリセントの方を見た。


「私が簡単に死ぬ女に見えるか?大丈夫。復活して間もない赤子同然の『帝王』相手に負けるはずがない」


そういって少しだけ微笑を浮かべた。彼らは私の『眼』に宿る異能の力について知らない。私自身、『眼』がヴォルデモートにも使えるかが不安だ。対峙して勝てるかどうかわからない。対峙する前に、思わぬ方法で殺される可能性もあるのだ。

でも、私を心配してくれる友達を不安にさせてはいけない。


私を心配してくれると言ったら、クイールはどうしたんだろう?そう思って少し辺りを見渡すと、かなり離れたところでクイールはスネイプ先生と楽しそうに話していた。アステリアの姿が見えないが、どこに行ったのだろう。でも、少しだけ安堵した。いくら家族だからとはいえ、無闇に心配させたくない。いや……家族だからこそ、心配させたくないのかもしれない。


「あっ!そういえば昼ご飯食べてないよ!!」


ふと時計に目を落としたダフネが悲鳴に近い声を上げた。見ると、とっくに昼の時間が過ぎていた。…話していた場所が人気のない玄関ホールの隅の方だったので気が付かなかった。大広間の扉もいつの間にか閉まっている。ドラコが大広間の扉に近づいて、力いっぱい押したがびくともしない。


「あ~……私、おなかペコペコなのに」


ミリセントがヘナヘナと扉の前に座り込んだ。ダフネの腹の虫がグゥ~っと間抜けな音を出す。ダフネは顔から火が出るのではないかというくらい顔を赤らめた。パンジーがガックリとうなだれながら口を開いた。


「どうしよう……あと数分で午後のテストだし。お腹すかせた状態で『数占い』。無理よ、寝る」

「あっ、話は終わったかな?」


私たちの様子に気が付いたクイールが近づいてきた。


「大丈夫だよ。なんか夢中で話をしているみたいだったから、君たちの分の昼は取っておいたよ」


クイールが何かを包んでいる白いナプキンを7つ私の前で掲げた。


「あ、ありがとうございます」
「っていうか、おじさん誰?」


ダフネがクイールから包みを受け取りながら、戸惑ったように微笑むが、ミリセントは頭上に疑問符を浮かべながら包みを受け取った。


「そういえば、紹介がまだだったね。僕はクイール。セレネの義父親。いつもセレネが迷惑かけてすまないね」


頭を軽く下げながら、包みを渡すクイール。
クイールがマグルだということを知っているドラコ達は、どことなく素っ気ない感じの受け取り方だった。彼らは、包みを受け取ると物凄い勢いで『数占い』の教室へと走って行った。



「それで、セブルス…話を戻すけど、その何とか薬の材料を盗んだ犯人の目星はついているのか?」
「ポリジュース薬だ。犯人の目星はついているが確証は取れていない」
「ポリジュース薬の材料が盗まれたんですか?」


思わず話に割り込んでしまった。たしかあの薬は、1時間だけ他人に変身することができるという薬。…調合に1か月は軽くかかってしまうが、その分…強力な薬だ。苦々しい顔をしたスネイプ先生。


「毒ツルヘビの皮がな。少しずつ盗まれている」


私は自分の顔色が悪くなっていくのが分かる気がした。もしかしたら、マクゴナガル先生か、ムーディ先生がポリジュース薬を使っていた偽物だとしたら?ハグリットとフリットウィック先生はありえないと断言できる。……あの薬の使用は、『人間』に限定されているから。ハグリットは巨人の血を、フリットウィック先生はレプラコーンの血を引いているから、薬を使用できない。


「どうしたんだ、具合が悪いのか?」


不安そうな顔をするクイール。私は慌てて普段の顔に戻した。今…思いついたことを話そうかとも思ったが、どうせダンブルドアは気づいている。変に刺激するより、流れに身を任せていた方がいいかもしれない。

それから、私たちは初夏の香りが漂う城の周りを散歩しながら午後を過ごし、夕食をとるために大広間に戻った。朝と違い…バグマンと……知らない初老の男性が教職員テーブルに座っている。妙にウキウキとしているバグマンと反対に、初老の男性は厳しい表情で黙りこくっていた。その隣に座っているマダム・マクシームは食事に没頭しているように見えたが、目が泣きはらしたように真っ赤に充血しているみたいに見える。


食事の品数は普段より多かったが、食べる気になれなかった。栄養価の高そうな料理を、スープや水で流し込むようにして飲み込む。魔法の天井が、さっぱりとした雰囲気の青色から日暮れの橙色へと変わり始めたとき、ダンブルドア先生が立ち上がった。


「そろそろ試合の時間じゃ。代表選手は今すぐ競技場へ行くのじゃ。…紳士、淑女の皆さんはあと5分後に競技場に向かうように、わしからお願いすることになる」


私は眼鏡を取ると、クイールの掌の上に置いた。


「父さん、これ……預けておく」
「あぁ、気を付けるんだぞ」


クイールが頷いた。その瞳は『絶対に帰ってこい』と私に告げていた。

私は立ち上がった。スリザリン寮から拍手が起こった。クイールやダフネたち……名前も知らないスリザリン生から激励の言葉を受ける。私は心配そうな色が見え隠れするクイール達に、精いっぱいの笑みを浮かべて手を振ると、それ以来、振り返らなかった。

大丈夫だ……備えは万全。


ハリーやセドリック……フラーやクラムと一緒に……私は大広間の出口に向かって歩き始める。もう戻れない。もう引き返せない。

私は袖の下に隠し持っているナイフを握り締めると、大広間から出た。




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10月24日:一部改訂




[33878] 49話 第三の課題
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/15 23:30


「……はぁ…はぁ……」

生垣に寄りかかって、荒い息を整える。第三の課題が始まってから、初めて立ち止まった瞬間だったかもしれない。
…同点1位のハリーやセドリックと一緒に、この迷路の中に入って別れてからずっと、5メートルの高さはある生垣で作られた、果てしなく続く迷路を進んでいた。尋常じゃない数の怪物や魔法のトラップを潜り抜けながら。腕時計を片目で確認する。『第三の課題』が始まってから、まだ10分。その短期間に、タランチュラなんて比ではない、通路をふさぐ程の大蜘蛛に5回は遭遇し、踏み入れた瞬間に目の前で爆発が起こったこと4回。世界が逆転する霧が発生した回数が6回。

その上、全長3メートルほどに成長したハグリットが所有する最凶の生物『尻尾爆発スクリュート』に3回は遭遇している。私の知る限り、生き残っているスクリュートの数は5匹。何度もスクリュートと戦いたくないので、『眼』を使って足を切り落として行動不能にしている。さすがのスクリュートでも足を切り落とされたら動けない。


もし、この『眼』が無かったら、すでに脱落していたかもしれない。
運がいいと思うべきなのか。それとも、不運だと恨むべきなのか。


「キ…キャァァァアア!!」


深閑としている空間を、引き裂くような甲高い叫び声が耳に響く。数秒間、叫び声が迷路中に響き渡ったが、ピタリ……と声が止んだ後は、不気味に思うくらいの静寂があたりを包む。

……確かあの声は、フラーの声だった。唐突に止まった叫び声から察するに、あれは最悪な事態を切り抜けたというより、最悪な事態を避けられなかった…ということだろうか?いずれにしろ、彼女は脱落したに違いない。

空は、すっかり漆黒の闇で覆われている。今日は新月なので気味が悪くなる程の数の星が瞬いていた。大量の星が、いまにも落ちてきそうな錯覚に陥る。そろそろ移動しないと、ここも安全ではない。私は深呼吸をして再び息を整えると、慎重に歩き始めた。杖明かりが波打ち、生垣に映った自分の影が揺れている。


「…また会ったな」


角を曲がったところで、私はため息を漏らしそうになった。

またスクリュートに出会ってしまった。
先程までに出会った3匹と同様デカい。巨大な蠍にそっくりな奴は、鋏でカチカチと音を立てながら、近づいてくる。長い棘を背中の方に丸め込んでいる。杖明かりを向けると、青白い光で分厚い甲殻が怪しげに光った。


「…仕方ない」


使い慣れた刃渡り6寸のナイフの柄を逆手に握り直す。スクリュートの足目掛けて走り出した。スクリュートが巨大な鋏を振り上げてきた。攻撃パターンは先程の奴らと同じだ。鋏が私にぶつかる寸前で、転がるようにして横に避ける。巨大な鋏は、先程まで私の居た地面にめり込んで大穴を開けていた。そのまま地面にめり込んだままの鋏に目掛けて、ナイフを振り下ろした。鋼鉄の強度を誇る鋏でも、この眼の前では無力な紙切れ同然だ。スクリュートの自慢の鋏は、あっという間に粉々になった。


鋏さえ無くなったら此方のものだ。あとは尻尾の爆発だけ注意すればいい。私は地面を思いっきり蹴って走り出した。自慢の鋏を失ったスクリュートは、私目掛けて突進してくる。…尻尾を持ち上げたところから察するに、このまま尻尾を爆発させることを狙っているのかもしれない。

その様子を見た私は、軽く舌打ちをした。


「その尻尾を殺すか」


徐々に赤味を帯びていく尻尾に近づく。スクリュートが威嚇するように低い唸り声を上げた。私は、地面を思いっきり蹴って一気に跳躍する。そして、分厚い甲羅の上に乗ると、目の前に持ち上げられた真っ赤になって爆発する寸前の尻尾を切り落とす。


痛みで叫び声に近い悲鳴を上げながら、よろめくスクリュート。揺れて安定しない分厚い甲殻から降り、私はスクリュートの背後に着地する。今も『眼』に映っている『線』を切れば、スクリュートを殺すことはたやすい。
…だが、私の目的は、スクリュートを殺すことではない。生きて……無事に第三の課題を終了させることだ。もう攻撃手段が残っていないスクリュートに、これ以上かまっていても体力の無駄になるだけ。



痛みで苦しみ…這いずり回るスクリュートを尻目に、私は、その場を走り去った。



そのあとは、不気味なくらい障害物にぶつからなかった。まさか、全ての罠を攻略してしまったとは考えにくい。ガランとした迷路を歩く私の足音だけが響き渡る。まるで、どこかに誘いこまれているような。


一旦立ち止まって、辺りを見渡す。先程と何の変哲もない生垣に囲まれている。…同じところを何回も何回も廻っているのではないかという錯覚に陥った。だが、通過してきたところに残してきた『印』を目にしていない。

私は、左手に持っている杖を生垣に向けた。



「『フラグレート‐焼印』」


呪文を唱えて、杖で空中に『×』を描く。すると生垣に燃えるように赤い『×』が印された。この焼印は、時間がたてば消えてしまうが…最低でも1時間はもつ。迷路に入ってから30分も経っているが、まだ焼印が消える時間ではないはずだ。だから、同じ道を何回も繰り返し通っているという可能性は極めて低い。


『印』をつけたので、その場を去ろうとした時、空に赤い花火が打ち上げられた。火花が空中に漂っている。あの火花は確か、救援を求める時に打ち上げる火花だ。…これで誰か1人が脱落した。先程、悲鳴を上げていたフラーが打ち上げたという可能性もあるが、それにしては間が空きすぎている。プライドの高いハリーが打ち上げるとは思えない。考えられるのは、セドリックかクラム。


火花が打ち上げられた方向は、私の少し前方だ。つまり、代表選手が、目の前に輝いている『賞金』と『名誉』を捨ててもいいから、迷路から抜け出したいという程の脅威が、この先に待ち構えているということ。私は再び歩き始める。先程よりも神経を張りつめながら……慎重に一歩一歩進んでいく。

だが、一向に何も起きない。一体どういうことだ?迷路に入った当初は、角を曲がるたびに怪物や罠に遭遇したのに、先程から怪物の気配も罠が仕掛けられている様子もない。だからといって、同じところを廻っているわけでもなさそうだ。


……不自然なくらいの静寂……


もしかしたら、誰かが故意に障害物を取り除いているのかもしれない。だとしたら、説明がつく。


私の推論だと、今…この迷路の外側を巡回している先生方…マクゴナガル先生、フリットウィック先生、ムーディ先生のうちの誰かが、ポリジュース薬で入れ替わった『死喰い人』。そいつが、こっそり障害物を取り除いているのだとしたら。


いや、でも普通に考えたら、それは不可能だ。その偽教師が、私の進む道の障害物を取り除いているのなら、私が何処を進んでいるかを把握しておかないといけない。生垣を透視でもしない限り、私の場所が分かるはずない。透視しない……限り………?



「……まさか……」



その時、私の中で全てのパズルのピースが埋まった。思わず立ち止まりそうになったが、この様子も『偽教師』に見られているかもしれないので、何食わぬ顔で足を動かし続ける。
たぶん、誰が『死喰い人』なのかは想像がついた。だが、解せない。……なんで、私の行く手の障害物を取り除く必要がある?そのまま迷路内で数々の障害物を効率よく使えば、私を事故に見せかけて殺す、もしくは重症にさせることができるはずだ。事実、最初と同じ頻度で怪物や罠に遭遇していたら、疲労がかなり蓄積され、下手をすれば死に直結するような重症を負ってしまっていたかもしれないのに。


思考を続けながら角を曲がる。すると、杖明りで数歩先しか見ることが出来ないくらい闇に包まれている迷路の前方に、青白い光が燈っているのが見えた。三校対抗試合の優勝杯が150メートル程先で、怪しげに輝いている。それを目指して全速力で走るセドリックとハリーの姿も目に入った。彼らは私の存在には気が付いていないみたいだ。彼らの目は、優勝杯だけを見ている。ハリーの方が先に見つけたらしく、先を走っている。でもセドリックの方が、いい体格をしている。この分で行くと、セドリックがハリーを追い抜き優勝杯に触れるだろう。


その時だった。巨大なシルエットが、全力疾走をする彼らの左手側の生垣の上に構えているのを、目にした。彼らの行く手と交差する道に沿って、急速に動いている。このままでは、ハリーもセドリックもあれに衝突してしまう。



「ハリー!セドリック!左を見ろ!!」

私は叫んだ。セドリックとハリーは、ほぼ同時に左を見る。そして間一髪で身を翻し、衝突を避けた。しかし、慌てたのだろう。足がもつれて2人は転んだ。ハリーの杖もセドリックの杖も、手から離れて飛ぶ。


闇の中でも輝く8つの黒い目と、カミソリのような鋏を持った巨大蜘蛛。先程まで遭遇した蜘蛛達より、1回り大きい。巨大な蜘蛛が行く手の道に現れ、地面に転がっているハリーとセドリックに伸し掛かろうとした。私はナイフを左手に、杖を右手に持ち直すと、まっすぐ杖の先を蜘蛛の最も防御率が低そうな部分、下腹に狙いを定める。


「『ステューピファイ‐麻痺せよ』!」


暗闇を貫く紅い閃光が蜘蛛の下腹に直撃する。ハリーたちに襲い掛かろうとしていた蜘蛛は、ゴロンと横倒しになり、側の生垣を押しつぶした。毛むくじゃらの脚をバタつかせ、必死に起き上がろうともがいていた。だが、身体が痺れているためだろう……なかなか上手く動かせないらしく、一向に元の体勢に戻れないみたいだ。



「セレネ!」


杖を拾ったハリーが近づいてくる。その後ろからセドリックも私の方に近づいてきた。思わず眉間に皺を寄せてしまった。


「さっさとハリーかセドリックが優勝杯を取ったらどうだ?」
「いや、君が取りなよ」


セドリックが言う。彼の背後で優勝杯が輝いている。


「君は僕の命を救ってくれたし、第一の課題の時に前もって教えてくれた。あれがなかったら……第一の課題の時点で、落伍していた」
「僕だって、第二の課題の時……セレネがいなかったら今頃、僕はここにいなかった」


ハリーもセドリックも、どうやら私に優勝杯を取ってほしいみたいだ。セドリックは断固とした表情で、腕組みをしている。一体何を馬鹿なことを考えているのだろう?私は思わず、ため息をついてしまった。


「それはそれ、これはこれだ。私は目立ちたくない。さっさと生きてこの迷路から抜け出したいだけだから、名誉だの金などに興味がない。優勝なんて……」
「なら、3人同時に、ていうのはどうかな?」


ハリーが言った。セドリックが驚きのあまり、目を大きく見開いている。


「3人一緒に取ろうよ。ホグワーツの優勝には変わりない。3人引き分けだ」
「君―――君たちはそれでいいのか?」


セドリックが組んでいた腕をほどいた。彼はハリーをじっと見た。


「ああ、僕たち3人ともここまで辿り着いた。一緒に取ろう。セレネもそう思うよね?」


セドリックから目を離したハリーが、今度は私の方を向く。


ハリーの瞳を覗き込んでいる時に、ふと思ったことがあった。それは、復活に必要な『敵の血』。自分を破滅させたハリーの血を、たぶんヴォルデモートは欲しているということ。この迷路のどこかに、ハリーをヴォルデモート復活の儀式が整っている何処かへ飛ばす術式が用意されている可能性が高いと思っていたのだが、ハリーの様子から察するに、そのようなことは起こらなかったみたいだ。

私の考えすぎだったのだろうか。


「ほら、セレネ!」


黙っているのを勝手に『了承した』と受け取ったのだろう。私の腕を、左手で引っ張るハリー。ハリーの右手は優勝杯の輝く取っ手に伸ばされている。セドリックの右手も、取っ手に伸ばされていた。


「…分かった」


注目度は3分の1。その3人の中で、1番影が薄いのは私だから、1番目立たない。それなら、別に優勝しても構わないかもしれないと思った。私もセドリックも優勝したから、ミリセントの賭けも円満に終わりそうだし。ナイフをローブの内側にしまうと、右手を取っ手に伸ばす。


「じゃあ、3つ数えて。1……2………3!」


3人で同時に、青白く輝く取っ手をつかむ。とたんに、私はヘソの内側のあたりがグイッと見えない力で引っ張られたように感じた。両足が地面を離れる。優勝杯の取っ手から手が外れない。風の唸り、色の渦の中を、優勝杯は私を何処かへと引っ張っていく。


…ハリーやセドリックも一緒に…




[33878] 50話 骨肉…それと…
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/15 23:31


足が地面を打つのを感じた。優勝杯から、ようやく手が離れる。


「ここはどこだろう?」


ハリーが心配そうな声を出す。セドリックは首を横に振り、辺りを見渡していた。
ホグワーツから完全に離れていた。何キロも。下手したら、何百キロも遠くまで来てしまったのかもしれない。城を取り囲む山々さえ見えなかった。私たちは、闇に覆われている荒れ果てた墓場に立っていた。墓石はどれも長年手入れされていないらしく、欠けたまま放置されているものや、蔦が巻き付いて字が読めなくなっているものが多い。向こうの方に小さな教会らしい十字架を掲げた黒い輪郭が見えた。左手には丘がそびえ、その斜面には堂々とした古い館が立っている。

…気のせいだろうか、どこかで見覚えのある場所だ。

「優勝杯が『移動(ポート)キー』になっているって、君たちは誰かから聞いていたか?」


いまだに青く輝いている優勝杯を見下ろしているセドリック。ハリーは首を横に振りながら杖を持ち直していた。


「全然」
「私も知らない」


そうか、これが『移動(ポート)キー』なのか。教科書で読んだことがある。確か、瞬間移動ができる魔法。『移動キー』に触れることで移動できるらしい。鍵となる物は、何でも良い。『姿あらわし』や『姿くらまし』よりも安全性が高く、複数人が同時に移動でき、かつ未成年者でも合法的に利用可能なのだそうだ。



「これも課題の続きなのかな?」
「分からない…杖を出しておいた方がいいかもしれない」


ハリーとセドリックは不安げな感じで話し続けている。まだ、ヴォルデモートとその部下が来る気配はない。その前に逃げないといけない。


「早く、もう一度『移動キー』に触れるぞ」
「えっ、でも、これが課題の続きだったら」
「そんなわけないだろ」


声を低くして、困惑するハリーを睨みつける。


「どう考えても罠にはめられたんだ、私たちは!早くしないと、取り返しのつかないことに…」
「しっ、誰か来る」


セドリックが口をはさむ。暗がりで目を凝らすと、墓石の間を間違いなく私たちの方に近づいてくる人影が見えた。フードつきのマントを被った人影は、何か赤ん坊のようなものを抱えている。

謎の人物が一歩…一歩…私たちの方に近づいてくる。なのに、誰も動かない……まるで、そこに縫い付けられてしまったみたいに。


「早く走れ!」


杖を怪しげな人影に向けたまま叫んだ。我に返った様子のセドリックと一緒に、私は地面を蹴ったが、ハリーだけがうずくまってしまった。


「ハリー!?」
「あ、頭が――!!!」


両手で額を覆い、地面に座り込んでいるハリー。指の間から見える顔は、苦痛の色で染まっていた。


「よけいな奴は殺せ!」


冷たく甲高い声が響く。怪しげな人影は杖を振り上げた。


「『クルーシオ‐苦しめ』!!」


迫りくる閃光。私はセドリックの前に躍り出ると、ナイフで閃光を斬る。


「ありがとう、セレネ」
「礼はあとだ……っ!?」



前の敵ばかり気にしていて、背後がおろそかだったのが原因かもしれない。背後から物凄い力で大きな蛇に締め付けられた。さすがにアルファルド程大きくはないが、家に残してきたバーナードの倍以上の大きさだ。何とかして脱出しようと身体を動かそうとした。だが、しっかりと締めつけられているので手足を動かすこともままならない。

肺が酸素を求めているのが分かる。息ができなくて苦しい。蛇に話しかけようと口を開くが、酸素をヒューヒューと酸素を求める音が出るばかりで、肝心の声が出ない。ますます締め付けてくる蛇。身体中の力が抜け、右手に握りしめていた愛用のナイフが、カラン…と音を立てて地面に落ちた。


セドリックが、謎の人物に向けていた杖を、蛇に向けているのが見えた気がした。


「離れろ、『レラン…」
「『クルーシオ‐苦しめ』」


セドリック目掛けて閃光が奔る。途端に、セドリックの悲鳴が、墓場に響き渡った。
朦朧とする意識の中、隣にいるはずのセドリックが、どこか遠くの方で叫んでいる気がした。



「おい…殺せと俺様は言ったはずだ」
「殺すのはあっという間だけどさ、殺したらお終いだと思わない?簡単に殺すなんて言っていると、心が狭い人に思われるって」


どこかで聞いたことのある声がする。だが、それが誰の声だか思い出す前に、気が付くと無理やり大理石の墓石に、頑丈な縄で縛り付けられた。先程の蛇の締め付けよりは拘束されていないが、身体に力が入らない。拘束から逃れるよりも、身体は酸素を欲しているみたいだ。


荒い息をしながら、眼でセドリックとハリーがいる場所を探す。
セドリックも、私と同じように、近くの墓石に縛り付けられていた。先程の『磔呪文』の痛みが尾を引いているらしい。ぐったりとしている。そのさらに奥の、ここにある墓石の中で一番大きく立派な墓石では、ハリーが縛り付けられている最中だった。ハリーは、額の傷が動きに支障を侵すほど、痛むみたいだ。ほぼ無抵抗で縛り付けられている。


「……誰…?」


ハリーがつぶやく。マントを被った人物は、それを無視する。大鍋に火をつける。何か水のような液体が、なみなみと満たされていた。ピシャピシャっと液体が跳ねる音が聞こえる。液体の表面が、すぐにマグマみたいにゴボゴボと沸騰し始めた。紫色の湯気が空に昇っていく。


「…あつー」


マントを被った人物は、フードを脱ぐ。パタパタと手を扇代わりにしていた。


「あっ、まさか…あなたはレイブンクローの」


セドリックが『信じられない』という顔をした。ハリーは誰なのかわからないらしく、顔を痛みで歪めたまま、その人物を凝視していた。


「よく覚えていたね、ディゴリー。初めまして、ポッター。ゴーントは久しぶり」


整った顔とスラリと高い背。どこかで見たことがある気がする。私が眉間に皺を寄せて思い出そうとしていると、火加減を見ているソイツは肩を落とした。


「…まぁ、思い出せないみたいだから名乗るか。俺の名前は『シルバー・ウィルクス』。レイブンクローの卒業生で、今は魔法省に務めている。んでもって、帝王様の下僕」


1年以上も前の、すっかり忘れていた私の記憶が蘇る。そうだ、シルバー・ウィルクス。『決闘クラブ』で出会いった先輩だ。セドリックは悲痛で顔を歪ませながら、身を乗り出すようにして叫んでいる。

「なんで、なんでウィルクス先輩が…これはいったいどういうことですか!?」
「うるさい、そいつを黙らせろ、シルバー」


シルバーが片手で楽々と抱えている包みがモゾモゾと動きながら、声を上げる。だが、叱責されても、シルバーは笑顔を浮かべたまま、セドリックを殺そうとしない。


「了解っと……『シレンシオ‐黙れ』」


杖をめんどくさそうに振る。途端にセドリックから声が奪われた。口は動いているのに、言葉が出ていない。


「ちょっと黙ってて欲しいんだ、ディゴリー。後でたっぷり話してあげるから」


今や液面全体が火花で眩いばかりの鍋を見つめているシルバー。鍋はダイヤモンドを散りばめられてあるみたいに輝いていた。


「んじゃあ、行くよ…帝王様」


包みをゆっくり、私たちに見せつけるように開く。中に包まれていたものがあらわになった時、ハリーは悲鳴を上げたのが分かる気がした。


縮こまった人間の赤ん坊…に見えなくもないが、あんなに赤ん坊らしくない生き物は見たことがない。髪の毛はなく、鱗に覆われたような皮膚。今にも折れてしまいそうなくらい細く弱弱しい手足。そして、憎しみの色でギラギラと輝く赤く染まった瞳。
ソレをそっと液体の中に入れるシルバー。ジュっという音とともに、その姿は液体の中に沈んで見えなくなった。その途端に、悲鳴を上げ続けるハリー。気のせいか、ハリーの額の稲妻型の傷が赤く光ったように見える。セドリックは吐き気を催しそうな顔をしていた。



「父親の骨…知らぬ間に与えられん」


途端に、ハリーの足元の墓の表面が、パックリと割れた。そこから、灰色の骨が1本…宙に浮かぶ……そして、静かに鍋の中に沈んでいった。途端に、ダイヤモンドのような液面が割れ、蛇の声のような音がした。四方八方に火花を散らし、液体は鮮やかな…されど、どこか毒毒しい青色に変化した。


「しもべの肉、喜んで差し出されん。しもべは御主人様を蘇らせん!」


今にも鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気を漂わせていたシルバーの顔が、急に引き締まった。そしてマントの中に杖をしまい、代わりに、細長い銀色に光る短剣を取り出す。左手を鍋の上に伸ばし、もう片方の短剣を握っている右手を、思いっきりを振り上げる。そして……一気に振り下ろした。


左手首が音を立てて鍋の中に沈んでいく。左手首の断面から、しめ損なった蛇口のように鮮血が迸る。痛みで顔を歪めるシルバー。ナイフを地面に落とす。そして、マントの中から先程しまった杖を取り出し、一振りさせると、嘘のように血が止まった。
液体は、アルカリ絵の具みたいな原色に近い…混ざり気のない赤色に変化した。少しふらつきながら、地面に落ちたナイフを手に取ると、シルバーはハリーに近づいていく。ハリーは固く目を閉じていた。


「敵の血……力ずくで奪われん。汝は、敵を蘇らせん」


どこか楽しんでいるように言うシルバー。すぐ近くで声がしたからだろう。ハリーがギョッと目を大きく開けた。逃げようと体をねじらすハリーだったが、縛られているので逃げられない。

少し鮮血が付着している銀色の短剣が、ギラリと光った。その切っ先が、ハリーの右腕の内側を貫く。ローブの袖に深紅の液体が滲み、ポタリ…ポタリ…と滴り落ちた。ハリーの血で染まった短剣を鍋の上まで運ぶ。その血を大切そうに煮えたぎる鍋の中に落とす。


…これが完了したら……ヴォルデモートが復活してしまう。頭では分かっていた。だから阻止したい。…でも…縄で縛りつけられているので動けない。私は、歯を食いしばった。



鍋の中の液体が、混ざり気のない白に変化した。しばらく、何も起こらなかった。ハリーが苦痛でうめく声と大鍋がグツグツと煮えたぎる音だけが、静まり返った墓地に響き渡る。





……失敗したのだろうか……


そう思った時だった。

一気に四方八方に眼を眩ます閃光が奔った。そして、それと同時に鍋が一気に黄金の炎と白い蒸気に包まれる。黄金の炎と白い蒸気は、鍋を完全に隠した。ようやく炎が鎮圧してきたが、蒸気がまだ立ち込めている。その蒸気の中に隠されている大鍋の中から、何かがゆっくりと立ち上がったのを見た気がした。


セドリックの顔から表情が消えている。ハリーは痛みでうめいている。シルバーは失われた左手を押えながら、恍惚とした表情を浮かべていた。


「ローブを着せろ」


蒸気の向こうから、甲高い冷たい声がした。地面にあらかじめおいてあった、黒いローブを拾い、恭しく蒸気の向こうにいる痩せた男に着せるシルバー。
蒸気がだんだん消えていく。痩せた男は、じっとハリーの方を見て…それから、私の方を見た。…その男は、人間離れをした顔をしていた。骸骨よりも白い顔…細長い深紅の目……蛇のように平らな鼻……切れ込みを入れたような鼻の孔……。




ヴォルデモート卿が復活した。





[33878] 51話 墓場での再会
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/24 23:35
ヴォルデモートは私から目を逸らすと、自分の身体を調べ始めた。青白い長い指で自分の胸を、腕を、顔を愛おしむようになぜた。暗闇でさらに明るく光る赤い目の瞳孔が……いや、顔全体が勝ち誇ったような喜びを表していた。きっと、再び肉体が得られたことが嬉しくてたまらないのだろう。


「腕を出せ、シルバー」
「……労いの言葉とか無いんっすか?まぁ、いいですけど」


右手をヴォルデモートの方に伸ばすシルバー。ヴォルデモートは、シルバーのローブの袖をグイと乱暴にめくり上げた。その肌に生々しい赤い刺青のようなものが刻まれている。髑髏をかだどったそれは、新聞で見た『闇の印』と同じ形をしていた。


「…戻っているな。全員が、これに気づいたはずだ。そして、いまこそ、わかるのだ……今こそハッキリする」


ヴォルデモートは長く蒼白い人差し指を、シルバーの腕の印に押し当てた。シルバーは小さく呻く。…だが、それと同時に、なぜかハリーも悲鳴に近い叫び声をあげた。額の傷が怪しげに光っているように見える。もしかしたら、額の傷が相当痛むのかもしれない。


ヴォルデモートは満足そうな笑みを浮かべて、シルバーの手を放すと、夜空を見渡した。深紅の目をギラつかせて、星を見据えながら、何かを待っているかのように。


すると、空から黒い煙の尾を引いて、長いマントを着込んだ人が何人も現れた。全員がフードを深くかぶり、銀の仮面をつけている。性別も表情も判別できない。ただ、慎重に…我が目を疑うように、ゆっくりとヴォルデモートを囲んだ。正確に言えば、ヴォルデモートと、墓石に縛り付けられたままの私達…そして、左手を失ったシルバーを。

だが、輪には所々に切れ目があった。…まるで、後から来るものを待つかのように。だが、ヴォルデモートは、これ以上誰かが来るとは思っていないみたいだ。ヴォルデモートは、仮面をかぶった集団を、ぐるりと見渡す。…風もないのに、輪がガサガサと震えた。


「よう来た『死喰い人(デスイータ)』達よ。13年経った。あれから13年。だが、お前達は、それが昨日のことのように、俺様の呼びかけに応えた。つまり、俺様たちは『闇の印』の下に結ばれている。それに違いないか?」


憤怒の表情で、死喰い人達を見渡す。空気が更に張りつめたものに変化した。死喰い人達の中に再度…震えが奔る。誰もがヴォルデモートから後ずさりしたくてたまらなそうなのに、どうしてもそれが出来ない……そんな震えだった。


「お前たち全員が、無傷で健やかだ。魔力も失われていない。お前たちは、この魔法使いの一団は、御主人様に永遠の忠誠を誓ったのに、何故その御主人様を助けに来なかった!?」


誰も口を開かない。死喰い人達の中には、まだ微かに震えている人がいた。セドリックとハリーも蒼白な顔をしている。シルバーだけが、面白そうに口元に笑みを浮かべていた。


「お前たちは、俺様が敗れたと信じたに違いない。だから俺様の敵の間にスルリと入り込み、無罪を、無知を、そして呪縛されていたことを申し立てたのであろう」


ささやくように言うヴォルデモート。


「なんで俺様が再び立つとは思わなかったのか?俺様がとっくの昔に、死から身を守る手段を講じていたと知っているお前たちがなぜ。生ける魔法使いの誰よりも、俺様の力が強かったとき、その絶大なる力の証を見てきたお前たちがなぜ。俺様は失望した……失望させられたと告白する」


その時だった。耐えきれなくなったのだろうか、1人の死喰い人が輪を崩して、突然ヴォルデモートの前に転がり出た。頭から爪先まで震えながら、ヴォルデモートの足元に跪く死喰い人。


「御主人様!御主人様、どうかお許しを!我々全員をお許しください!!」


血を吐くような声で訴える死喰い人。ヴォルデモートは笑いだした。そしてローブの内側に手を伸ばすと、長い杖を取り出す。そして、杖を振り上げた。


「『クルーシオ‐苦しめ』!」


遠くに見える丘の麓まで聞こえるのではないか…と思うくらいの悲鳴を上げる死喰い人。苦しみのあまり、地面にのた打ち回っている。爪が伸びた指で、己の首を掻き毟る。それを黙ってみている他の死喰い人達……墓石に縛られたままのセドリックが、思わず目を閉じているのが視界の端に映った。ヴォルデモートが杖を下げる。拷問された死喰い人は、息も絶え絶えに地面にグッタリと横たわっていた。


「起きろ、エイブリ―。赦しをこうだと?俺様は許さぬ。13年もの長い間……お前を許す前に、13年分のツケを払ってもらうぞ」


今にも消え入りそうな声で、感謝の言葉を口にした、エイブリ―という名の死喰い人。そのまま、ふらつきながら輪に戻っていく。ヴォルデモートは、エイブリ―の隣に立っている背の高い死喰い人に近づいた。


「ルシウス、抜け目のない友よ。世間的には立派な体面を保ちながら、お前はまだ昔のやり方を捨てていないと聞く。いまでも先頭に立ってマグルいじめを楽しんでいるようだが」
「わが君、私は常に準備をしておりました。あなた様に何らかの印があれば、すぐにでも馳せん参ずる所存でありました」


ルシウスと言われた死喰い人が素早くこたえる。ルシウスという名に聞き覚えがある……確か、ドラコの父親だ。少し声がドラコに似ている気がする。


「それなのに、お前は…この夏に忠実なる死喰い人が空に打ち上げた俺様の印を見て、逃げたというのか?」


どこか気だるそうに言うヴォルデモート。ルシウスは口をつぐんだ。


「そうだ、ルシウス。俺様はすべてを知っているぞ。お前には失望した。これからは、もっと忠実に使えてもらう」
「もちろんでございます、わが君。お慈悲に感謝いたします」


ヴォルデモートは、先へと進む。ルシウス・マルフォイの隣に空いている空間を。人が2人分ほど入れるくらいの大きさの空間を……立ち止まって、じっと見た。



「レストレンジたちが、ここに立つはずだった」


何かを惜しむように、静かに言うヴォルデモート。…そこは、自身の腹心の部下が立つ場所だったのかもしれない。


「しかし、あの2人はアズカバンにいる。俺様を見捨てるより、アズカバン行きを選んだ。アズカバンが解放された暁には、レストレンジ達は最高の栄誉をうけるだろう」


さらに歩を進めるヴォルデモート。何人かの死喰い人達の前を黙って歩き、何人かの前では立ち止まって話しかけた。


「マクネア…今では魔法省で危険な動物の処分をしていると聞く……マクネアよ、俺様が、まもなくもっといい犠牲者を与えて遣わす…」
「御主人様…ありがたき幸せ……」


呟くように言うマクネア。ヴォルデモートは次にフードをかぶった1番大きい2人組の前に移動した。


「そしてお前達…クラッブだな…今度はマシなことをしてくれるのだろうな?お前もだ、ゴイル」


どうやら、ドラコの腰巾着…クラッブとゴイルの父親だったらしい。2人はぎこちなく頭を下げて、ゆっくり呟いた。


「はい、御主人様……」
「そういたします。御主人様……」
「お前もそうだ、ノットよ」


ゴイルの父親の影の中で、前かがみになっている人物の前で立ち止まる。2年生になったばかりの時に見かけた、厳格そうな顔の老齢な魔法使いが脳裏に蘇ってきた。


「わが君、あなたの様の前にひれ伏します。私は最も忠実なる――」
「もういい」


ヴォルデモートが言う。ヴォルデモートは次に輪の一番大きく開いているところに立ち、まるでそこに立つ死喰い人が見えているかのように、虚ろな赤い目でその空間を見渡した。


「そしてここには、6人の死喰い人が欠けている。3人は俺様の任務で死んだ…1人は臆病風に吹かれて戻らぬ…思い知ることになるだろう。1人は永遠に俺様の下を去った……もちろん、死があるのみ。そして、もう1人…最も忠実なる下僕であり続けたものは、すでに任務に就いている、ホグワーツでな」


死喰い人達がざわついた。仮面の下から、横眼使いで、互いにすばやく目を交わしているのを見た。ハリーは、さして驚いた様子ではなかったが、セドリックは目をこれ以上ないというくらい大きく見開いていた。




「その者の尽力により、今夜は我らが若き友人をお迎えした。ハリー・ポッターが、俺様の蘇りパーティにわざわざ御参加くださった。俺様と同じ血を引くスリザリンの末裔のセレネ・ゴーントもな。…1名…招待していないはずの者もいるが…」


沈黙が流れた。私の血筋について何も知らなかったセドリックが、私を凝視している。何か話したそうに口を動かしているが、まだ呪文の効果が続いているらしい。口が開いても、声が出ることはなかった。
私は、先程ヴォルデモートが言った言葉を、頭の中で繰り返していた。どうやら、ホグワーツに送り込んだ死喰い人が『尽力』の結果……私とハリーが招かれたらしい。尽力と言っているが、私は3つの課題で、死と直面しそうになったことが何度あったことか。
ドラゴンを前にして術が解けてしまったり、友好的なはずの水中人に襲われたり、スクリュートに襲われたり。
てっきり、私を課題中に殺そうとしていたのかと思ったが、そうではないみたいだ。そんな風に考えていると、ルシウスが一歩前に出て、沈黙を破った。


「わが君、いくつか知りたくてたまらないことがあります。この奇跡を、どのようにして、あなた様は我々の下にお戻りになられたのでしょう。それに…その男は」


ルシウスが視線をヴォルデモートから、シルバーに移す。シルバーは、まだ煌々と燃えている鍋の傍にいるからだろうか。暑くてたまらないといった感じで、パタパタと手を扇代わりにして涼んでいた。


「あぁ、紹介していなかったな。こいつはシルバー・ウィルクス。俺様の任務で死んだウィルクスの息子だ。知っている奴もいると思うが、魔法省の『魔法生物規制管理部』の『害虫相談室』に今年度から所属している。去年の夏から俺様の下僕となった者だ」
「おーい、もっとマシな紹介の仕方があるんじゃないか?」


シルバーがヤル気のなさそうな声で言う。死喰い人達が、怒ったような声を出す。呪詛の言葉をつぶやく人もいた。ヴォルデモートは、シルバーを軽く睨む。


「勝手にしろ」
「了解っと。えっと……はじめまして。俺はさっきの紹介にもあったと思うけど、魔法省の魔法生物規制管理局の害虫相談室所属の、シルバー・ウィルクスっす。そこのディゴリー君の父親の部下です。
ルシウスなら知っていると思うけど、最初はさ、帝王様のこと嫌いだったんだよね。親父を殺したも同然だしさ。だけど、考えが変わった。…きっかけは、今年、卒業旅行ってことで、ギリシャに行ったことかな。最終日にさ、ギリシャの隣の国のアルバニアにも行ってみようかなって、ふっと思って、ちょっと足を延ばしたんだよ。
んで、途中で会った魔法省の魔女さんと、肝試しのノリで森に入ったんだ。そしたら……」


人生最高の時を思い出しているみたいだ。シルバーは、恍惚とした表情を浮かべながら、話し続ける。


「あの森の中で……帝王様と出会った。んで、意気投合して今に至るってこと」
「ということだ。アルバニアの森で出会ったコイツは、こう見えても、俺様の忠実なる下僕だ。魔法省の女を説得したり、イギリスに俺様を連れて帰ってくれたり、俺様が肉体を得る手伝いもしたりしてくれた。

さてと、どうして俺様が復活出来たかを聞きたいといったな?あぁ、それはルシウス…長い話だ。その始まりは――そして終わりは、そこにいる若き友人なのだ」


ヴォルデモートが、再び話し始める。悠々とハリーの隣に来て立ち、輪の全員の目が自分とハリーの2人に注がれるようにした。先程、私を締め付けた大蛇は、私の足元で、とぐろを巻いていた。



「…皆に紹介するまでもあるまい。いまや、俺様同様…有名になったようだからな。巷ではこう呼ばれているようではないか……『生き残った男の子』と。なぜ、俺様が力を失うはめになったのか?お優しい母親が自分を犠牲にして、一人息子に究極の守りを授けた。…俺様は、お前に触れられなかった。……古くからある魔法だ。…不覚にも見逃した。だが……それは、もういい。今の俺様は、この小僧に触れることができる」


思わず目をつむるハリー。その額にヴォルデモートが触れた。ハリーが苦痛の悲鳴を上げる。額の傷が、これでもかというくらい、痛々しい色を放っていた。ヴォルデモートは低く笑うと、指を離した。グッタリした様子で息をするハリー。
セドリックはハリーを、心配そうに見ていた。


「俺様の誤算だった。認めよう。俺様の呪いは、あの女の愚かな犠牲のお蔭で跳ね返り、わが身を襲った。…痛みを超えた痛み……これほどの苦しみとは思わなかった。俺様は肉体から引き裂かれ、霊魂にも満たない存在になった………が、俺様は生きていた。誰よりも深く不死の道へと入り込んだ俺様が、そういう状態になったのだ。

どうやら、今までの実験のうちのどれかが功を奏したらしい。だが、俺様は1人では何もできなかった。自らを救うに役立つかもしれぬ呪文のすべては、杖を使う必要があったからだ……肉体が無い俺様は…杖が持てなかった」


13年間の長い月日を思い返しているのだろう。ヴォルデモートは、悔しさと憎悪が入り混じった表情を浮かべていた。


「誰かが俺様を見つけようと努力するに違いない。俺様は待った。ずいぶんと長い間……眠ることもなく、ただ存在し続けた。だが、誰も来なかった」


聞き入る死喰い人の中に、またしても震えが奔った。ヴォルデモートは、その恐怖の沈黙がうねり高まるのを待ってから、再び話し続ける。


「俺様に残された力。それは、誰かの肉体に憑りつくことだ。だが、人がウジャウジャいるところには怖くて行けなかった。まだ魔法省の連中が、俺様を探していることを知っていたからな。
そして、4年前のことだ。俺様の蘇りが確実になったかのように思われた。愚かな、騙されやすい若造だった。そいつが、我が住処としていた森に迷い込んできたのだ。しかも、幸運なことにホグワーツの教師だった。その男は、やすやすと俺様の思い通りになった。その男が俺様をこの国に連れて帰り、やがて俺様はその男の肉体に憑りついた。

そして、俺様の命令を実行するのを、身近で監視した。永遠の命が得られるという『賢者の石』。あと一歩で手に入れられるはずだったが」


ヴォルデモートの深紅の目が、私に向けられた。


「こいつのせいで、すべて水の泡となった。俺様から質問だ、セレネ・ゴーント。あの力はなんだ?俺様の部下は『消失呪文』の一種だと連絡してきたが、あんな消失呪文を俺様は知らん」


私を品定めするように見てくるヴォルデモート。その瞳に映る色は、先程まで燃え上がっていた憎悪の色よりも、好奇の色の方が強かった。


「お前が独学で編み出したとは考えにくい。俺様同様…マグルの中で過ごしてきたお前が、たった1年で、あんな魔法を作り出すことができると思えん。このナイフには…見た感じ何の魔力も籠っていないみたいだしな」


地面に転がったままのナイフを一瞥すると、1歩…また1歩と、私の方に歩み寄るヴォルデモート。不意に、おぞましい寒気を感じた気がした。まるで、誰かに背中を冷たいもので触られたみたいだ。血の気が引くとはこういうことなのかもしれない。


「アンタに教える義理はない。それよりも、私はアンタに慰謝料を貰いたい。アンタの部下のせいで、何度死にかけたことか」


思いっきりヴォルデモートを睨みつける。ヴォルデモートに絡みついている『線』は、相変わらず視えない。よく見ようと目を細め集中すると、内側から刺されるような頭痛が奔った。その痛みに気を取られてしまい、良く『線』が見えない。他の死喰い人達や、ヴォルデモートの足元に生えている草に絡みついている『死の線』は視えているから、私の『眼』が、『これ以上』おかしくなったというわけではなさそうだ。

先程の『誰よりも不死の道に入り込んだ』というのが、関係しているのかもしれない。


「『生き残った男の子』とは違い、お前は『第三の課題開始から10分経過しても死ななかった』場合にのみ、ここに連れてこようと思っていた。だから、俺様の忠実なる死喰い人は、お前を課題中に殺そうと、色々と仕組んだらしい」


やっぱり、そうだったのか。どうりで、おかしいと思った。あんな短期間に、あんな沢山の怪物に会うわけがない。温厚な水中人が何もしていないのに、襲い掛かってくるわけがない。無言呪文とはいえ、あんな短期間で自分にかけた『目くらましの呪文』が解けるわけがない。


「慰謝料の代わりと言ってはなんだが、俺様の下につけ、ゴーントの末裔よ。『賢者の石』を素直に渡さなかった件は、特別に水に流してやる。お前の力を俺様のために使え」


ヴォルデモートが私に手を差し伸べるような仕草をした。ヴォルデモートの目は、本気で私を仲間に加えようとしているみたいだ。





「違う…」


私が口を開く前に、ハリーがボソリ…と消え入りそうな声で呟いた。ヴォルデモートの目に、再び憎悪の色が燃え上がる。


「違う?何がだ、小僧」
「『賢者の石』を護りきったのはセレネじゃない」


ヴォルデモートの目が大きく見開かれた。そうか、ヴォルデモートは知らないのだ。ハリーが記憶の改竄を受けていることを。


「『賢者の石』は――」
「俺様の前で嘘はいかんぞ、小僧」


杖を振り上げるヴォルデモート。


「『クルーシオ‐苦しめ』!!」


再び、悲鳴を上げるハリー。ハリーの悲鳴と死喰い人達の笑い声とが、夜の闇を満たして響いていた。


「見たか。この小僧がただ一度でも、俺様より強かったと考えるのは、なんと愚かしいことだったか。ハリー・ポッターが俺様の手を逃れたのは、単なる幸運だったのだ。
最初は母親…次はセレネという同級生のお蔭でな。こいつ自身は、俺様に匹敵する能力は全くない。ここならダンブルドアの助けも来く、壁になってくれるかもしれない2人は、動けない状態だ」


杖を下すヴォルデモート。ハリーの悲鳴がピタリと止まる。ヴォルデモートはニタリと口元に笑みを浮かべた。夜の闇に溶け込みそうな漆黒のマントを翻して、後ろに下がりながらヴォルデモートは口を開いた。



「さぁ、縄目を解け、シルバー。そして、小僧に杖を返してやれ」



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10月24日:一部改訂



[33878] 52話 終わりの夜に
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/15 23:34

シルバーがハリーに近づく。そして、ハリーに向けて杖を一振りさせると、ハリーをきつく墓石に縛り付けていた縄が簡単にほどかれた。手入れが行き届いない野草の生い茂った墓場に、拘束から逃れたハリーは崩れ落ちる。ふらつきながらも立ち上がり、逃げようと辺りを見渡していた。だが、私たちを囲んでいる死喰い人達の輪が小さくなり、現れなかった死喰い人の空間も埋まっていた。

シルバーは、地面に転がっている杖をハリーに投げる。ハリーが杖を握り、ヴォルデモートの方を向く。足元が微かに震えているように見えた。


「決闘のやり方は学んでいるな?……まずは互いにお辞儀だ」

と言って軽く頭を下げたヴォルデモート。だが、蛇を思わす顔を、まっすぐハリーに向けたままだった。 

「格式ある儀式は守らねばならぬ。ダンブルドアは礼儀を守れと教えただろ。……お辞儀をするのだ!」


杖を振るうヴォルデモート。どうやら、無言呪文をつかったらしい。突然ハリーが腹を抱えながら、まるで、お辞儀をするかのように、首を垂れていた。ヴォルデモートは、細く微笑んでいる。死喰い人達は、先程までの恐怖はどこに行ったのだろう。面白そうに笑っていた。彼らと同じ死喰い人のシルバーは、口元が笑ってはいた。が、ハリーを笑っている死喰い人をチラリチラリと見て、笑っているみたいだ。私同様…墓石に縛り付けられたままのセドリックは、悔しそうに歯を食いしばってヴォルデモートを睨んでいる。


(若干1名を除いた)全ての目が、ハリーと…対峙するヴォルデモートに注がれていた。


私を見ている人がいない。逃げ出す機会(チャンス)かもしれない。だが、頼りのナイフは地面に転がったままだし、杖はローブの内側に入ったままだ。袖の内側に、予備のナイフがあるが、うまく取れそうにない。腕を動かして予備のナイフの位置を動かそうとしているが、取れる位置まで落ちてくるのには、時間がかかり過ぎる。…どうすればいい。


私が考えている間にも、目の前でハリーとヴォルデモートの決闘は続いていく。何回も何回も…磔呪文を受けたハリーの目は、虚ろになりかけていたが、それでも必死に逃げていた。間一髪のところで、ヴォルデモートが放った。おそらく、死の呪文だと思われる緑色の閃光を避け、墓石の後ろに隠れる。的を外した緑の閃光は、近くにあった別の墓石を粉々に破壊した。


「背中を見せるな、ハリー・ポッター!死の瞬間まで俺様を見ていろ!…俺様は光が消えるのを見たい!」


ヴォルデモートは叫んでいる。負けるはずがないと信じていた自分を…破滅へと導いた少年(ハリー)を…自らの手で殺したいのだろう。ヴォルデモートの骨のように白い肌が、怒りで赤く染まっているように見えた。ハリーは意を固めたように、墓石の後ろからヴォルデモートの前に姿を現す。2人が杖を振り上げたのは、ほぼ同時だった。


「『アバタ・ケタブラ』」「『エクスペリアームス』」


ヴォルデモートが放った『死の呪文』の緑の閃光が……ハリーは放った『武装解除』の赤の閃光が……夜空を奔る。そして、2つの赤と緑の閃光が空中で激しくぶつかった。


その時だ。


急に身体が楽になった、と思ったら、次の瞬間には地面に足がついていた。いきなり足に負担がかかる。よろけて転びそうになったが、誰かが支えてくれたので、倒れずにすんだ。


「大丈夫?」


頭上から声がする。ハッと上を向くと、セドリックが私に笑顔を向けていた。一体どうやって抜け出せたのだろうか。私が困惑していると、セドリックが地面に転がっているナイフを拾ってくれた。そのまま引っ張るようにして、巨大な墓石の陰に隠れる。


「今は僕たちに注意が向いていないからね。『姿くらまし』で縄抜けしたんだ」


セドリックがナイフを渡しに渡しながら、教えてくれた。『姿くらまし』というのは、一種の瞬間移動の呪文だ。17歳以上で車の免許と同じように、魔法省が発行した免許を持っていないと使用することができない呪文。それに、杖を使わない呪文だと聞いたことがある。だから、セドリックは抜け出すことが出来たのだろう。


「…ありがとう」


小さな声で礼を言う。セドリックは、人を安心させるような笑みを浮かべた。だが、次の瞬間、鋭い剣を思わすような真剣な表情になって、ハリーの方を見た。


「次はハリーだけど、あれはいったい…」



いまや、宙でぶつかりあっている光は、緑色でもなければ赤色でもない。濃い金色の糸のように2つの杖を結んでいた。杖同士を繋いだまま、光が1000本あまりに分かれ、ハリーとヴォルデモートの上に高々と弧を描き、2人の周りを縦横に交差し、やがて2人は、金色のドーム型の光の籠ですっぽりと覆われていた。その外側で、死喰い人達が慌てふためいている。ハリーもヴォルデモートも、何が起こったのか分からないらしく、眼を見開いていた。


「知らない。だが今は、この場から逃げる方を考えた方がいい」
「そうだね…」


セドリックはゴクリと唾を飲み込んでいた。逃げるのは簡単だ。セドリックが私とハリーを連れて『姿くらまし』をすればいいのだから。だが……誰か同伴者を連れて『姿くらまし』をするためには、同伴者の一部に触れていなければならない。どうやってあの状態のハリーに、触れることが出来るだろうか?


不思議な光の籠のようなものの中で、正真正銘、命を懸けた決闘中のハリーに触れる距離まで『姿くらまし』をすることが出来るのか分からない。失敗して取り返しのつかない事態になったら、目も当てられない。早く妙案を考えてつかないと、死喰い人達に気が付かれてしまう。予想もしていなかった事態に、慌てふためき右往左往している死喰い人達に。その時、気が付いたことがあった。………死喰い人の数が1人足りない?



「…逃げよう何て無駄だよ」


誰かの声が背後から聞こえた。その瞬間、隣にいるセドリックの身体が銀の光で包まれた。私はナイフを構えて振り返る。そこにいたのは、シルバーだった。

シルバーの杖の先は、セドリックの背中を突いていた。セドリックは、音を立てずに地面に倒れこむ。セドリックの瞳は、一体何が起こったのか、理解の色を宿していなかった。ただ、途方に暮れて唖然とした色を浮かべたまま、地面に伏している。


だが、セドリックは死んでなかった。セドリックの口元に被るようにして生えている野草が、微風を受けて微かに、そよいで揺れていた。…風が吹いていないのに、草が揺れているということは、セドリックが呼吸をしているということ。

まだ、生きている。


「殺しはしないよ。一応さ、魔法省の上司の息子だし……」


杖の先を今度は私に向けるシルバー。私はナイフを逆手に持ち直すと、腰を少しだけ落とし、いつでも走り出せる体勢をとった。シルバーは、先程から笑みを浮かべていた……が、この笑みは嫌いだ。得体のしれない何かを感じる。虫唾が走った。


「アンタの御主人様はいいのか?なんか大変な状況になっているが…」
「帝王様は、なんとかなるって。っていうかさ、俺が下手に手を出してポッターを殺しちゃったらどうすんだよ?自分が狙っていた得物が俺に横取りされたら、あの人さ、絶対に俺を殺すって。俺はまだ死にたくない。まだ……」


軽い感じで話し続けるシルバー。私はシルバーを睨みつけながら、セドリックが倒れた今、どうやって、この場から逃げようか頭を働かせていた。

思いつく手段は2つ。

1つは、ここにいる死喰い人達とヴォルデモートを倒して、逃げる。……現実的に、この案は不可能だ。この場にいる死喰い人は、10人以上……不意を突いたとしても、全員倒せるとは限らない。それに、今の私では、ヴォルデモートを倒せる自信がない。ハリーは確実に足手まといになりそうだし。


となると、必然的に2つ目の手段を取るしかない。

私たちを墓場(ココ)まで運んできた『優勝杯』に再び触れること。地面に青白く輝いたまま転がっている優勝杯まで、数歩。少し手を伸ばせば触れることが出来る。


だが、これにも穴がある。私がセドリックだけを連れて触れる事には、問題ないだろう。目の前のシルバーの気を一瞬でも逸らせばいいのだから。
問題はハリーだ。ヴォルデモートと決闘をしている彼とは少し距離がある。たった数秒だが、全員の気を別のところに向ける必要性が出てくる。思いつく案は、あることにはある。だが、あんな子供騙しの方法で、死喰い人やヴォルデモートの気をハリーから逸らすことが出来るだろうか。


私は覚悟を決めた。
迷っていても仕方がない。あの場所に、大切な人たちが待っている場所に、帰るためなら、行動しないと意味がないのだ。



私はローブの内側にしまっておいた杖を取り出すと、素早く振り上げた。それにいち早く気が付いたシルバーも、素早く呪文を唱える。


「『エクスペクト・パトローナム‐守護霊よ、来たれ』!」
「『プロテゴ‐守れ』……え?」


シルバーの顔から、初めて笑みが消えた。目を丸くさせて、ただ想像もしてなかった事態に驚いているみたいだ。私の杖の先から出た白銀の大蛇は、あっさりとシルバーの防御呪文を破って、絡みつくように襲い掛かる。私は動揺しているシルバーが一瞬だけ隙を見せた時を見逃さなかった。再び杖を振り上げる。


「『ペトリフィカス・トタルス‐石になれ』!」


青い閃光が杖の先から放出されて、守護霊に襲われて動きにくそうなシルバーに直撃した。シルバーは直立不動の体勢になると、そのままの姿勢で地面に倒れた。…『全身金縛りの呪文』を使ったので、しばらくの間は指を動かすこともできなければ、口蓋まで動かすことが出来ないので、声を出すこともできない。

眼だけをギョロギョロと動かしているシルバーを一瞥すると、気絶したままセドリックを引きずるようにして『優勝杯』が転がっている場所まで走った。



後は、ハリーに向いている死喰い人達やヴォルデモートの気を逸らせるだけだ。私はハリーの方をちらりと見た。ハリーの杖とヴォルデモートの杖は繋がったままだった……が、少し様子がおかしい。ヴォルデモートの杖から次々に、ゴーストが湧いて出てきているのだ。ハリーを励ますように男女のゴーストが呟いているみたいに見える。ハリーは覚悟を決めたような顔になると、一輝に杖を上に捩じ上げた。ヴォルデモートの杖と結ばれていた金色の糸は切れ、2人を囲っていた光の籠も消え去った。


ハリーを励ましていたゴーストたちが、視界を遮るようなにヴォルデモートに向かっていくのが見えた。ハリーは必死に足を動かして、私達……というより『優勝杯』に向けて駈け出した。



どうやら、運は私たちに味方してくれているらしい。


ローブの内側から、ずっと前にダフネやミリセントがくれた『クソ爆弾』を取り出す。
その爆弾を、目の前で何が起こったのか理解できていない、ただヴォルデモートの指示を待つ死喰い人の集団に向けて、投げた。死喰い人達の目と鼻の先で爆発し、その爆風が、死喰い人達を覆う。苦しそうに咳き込む死喰い人達に目も向けず、とにかく走り続けるハリー。


「ハリー!」


ハリーに、千切れそうになるくらい手を伸ばす。転びそうになりながら走るハリーも、私に手を伸ばす。


「逃がすな!失神させろ!!」


ハリーとの距離が、あと2メートルというところで、ヴォルデモートの声が墓場に響く。それと同時に、死喰い人達を覆っていた爆風が嘘のように晴れる。まだ苦しそうに喘いでいた死喰い人もいたが、すぐに立ち直った死喰い人が私たちに杖を向ける。赤い閃光が私たち目掛けて宙を奔る。少し頭を下げると、頭上を閃光が飛び越していく音が聞こえた。


私に向かって伸ばされたハリーの手を、しっかりと握りしめる。ハリーが空いている方の手で、私の足元に転がってる『優勝杯』の取っ手に触れた。遠くでヴォルデモートが叫ぶ声が聞こえる。

それとほぼ同時に、ヘソの裏側が引っ張りあげられる感じがした。……上手く『移動キー』が作動したのだ。ヴォルデモートの深紅の眼と、私の『魔眼』の影響で青い眼が交差する。だが、それは…ほんの一瞬の出来事だった。次の瞬間には風と色の渦の中を、移動キーはぐんぐんと墓場から遠ざかる。私とハリー…そして、気絶したままのセドリックを連れて……。


























私は思いっきり地面にたたきつけられるのを感じた。顔が整えられた芝生に押し付けられ、柔らかな草の匂いが鼻腔を満たす。陽気なファンファーレと会場を揺るがす拍手が耳に飛び込んできた。うっすらと目を開けてみると、迷路の迷路の入り口が広がっていた。どうやら、無事に戻ってきたみたいだ。私は握っていたハリーやセドリックの手を放して立ち上がる。…歓声が悲鳴に変わるのに、時間はかからなかった。

いつまで経っても、全く動かないセドリックと、セドリックにしがみつくようにしてハリーが泣いているのだ。…セドリックが死んで、ハリーが泣いているみたいに見える。


「ハリー、ハリー!!」


向こうから、ダンブルドアを先頭にして先生方が走ってきた。その後ろの方で、マダム・マクシームが傷だらけのフラーの肩を抱きながら、不安そうに私たちの方を見ているのが視界に入る。ダンブルドアはハリーを乱暴につかんで上を向かせていた。



「あ…あの人が戻ってきました。戻ってきたんです。ヴォ…ヴォルデモート卿が!!」


震える声で、訴えかけるように言うハリー。ダンブルドアの表情に変化はない。少し遅れてハリーの傍に来た審査員の1人……魔法省大臣のコーネリウス・ファッジがハリーを覗き込む。愕然として蒼白の色を浮かべていた。次々に周りに集まってきた人々が、ハリーを見て…そのまま地面に伏したままのセドリックに視線を向けた。


「なんたることだ――ディゴリー!」
「死んでいるぞ!?」
「違う―――息はしている」
「仮死状態……だと?」
「いったいどうして―――」


息を呑み、口々に…ある人は、叫ぶように…またある人は、金切り声で近くの人に言葉を伝える。


「大丈夫か、セレネ?」


スネイプ先生が、私の肩をたたく。その言葉に応える前に、『偽教師』の姿が視界に飛び込んできた。そいつは、ダンブルドアがハリーから離れたすきを突いて、ハリーを何処かへ連れて行くつもりらしい。そのまま人ごみの中に姿を消した。


「…先生……ポリジュース薬の材料が盗まれた、と言っていましたよね」
「それは、どうでもいい。今は、マダム・ポンプリーのところへ…」
「犯人が逃げていきますよ」


肩に置かれたスネイプ先生の手をどかすと、私は立ち上がった。


「犯人は、ムーディ先生です。いや、ムーディ先生にポリジュース薬で成りすましていた『死喰い人』…と言った方がいいのかもしれません」


そう伝えると、スネイプ先生の表情が固まった。私は早口で話し続けた。この間にも、ハリーを連れた偽ムーディは、どんどん遠くに行ってしまう。


「ムーディ先生だけなんです。壁の向こう側を見ることが出来るのは。それに、以前…ドラコに対して異常なほどの嫌悪感を持っていました。あれはおそらく、『闇の帝王』を見捨てて逃げたドラコの父親、ルシウスに向けられたものだったのではないでしょうか?それに、あの人は…」


その先の言葉は、あえて言わなかった。
…あのムーディは、私の『眼』について知っていた。最初は、ダンブルドアが『眼』について教えたのだろうと思った。でもあの時、ムーディは『…せっかくクィレルを倒した技が見られると思ったのだがな…』と言ったのだ。ダンブルドアは、私が吸魂鬼に襲われて、医務室に運ばれた時m一部の先生に『眼』について話した。そういっていたが、『クィレル』と対峙した時のことまで話したとは言っていなかった。わざわざ、記憶を改編したことまでダンブルドアが先生方に話すとは思えない。というか、そんなことを話したら……いくらダンブルドアに心酔している先生でも、抗議したくなるのではないだろうか?


それなのに、あいつは…私がクィレルと対峙したということを知っていた。あの時気が付いていれば、もう少し違った結末が迎えられたかもしれない。



「私が、後を追います。…ムーディを演じていた死喰い人を1人で相手するのは、少し、骨が折れそうなので、スネイプ先生は応援の先生を呼んできてください」


スネイプ先生の返事を待たずに、私は走り出した。


会場はまだ混乱していて、誰も外に出ている人はいないみたいだった。誰もが、いったい何が起こったのかということを、近くの人と意見を交わしている。セドリックのファンだった女子生徒は、泣きわめき、ヒステリー気味に、しゃくり上げていた。誰かが私を呼び止める声が聞こえた気がしたが、届いていないふりをし走り続ける。
遠くに、ぐったりしているハリーを抱えながら、急ぎ足で城に戻るムーディの姿が見えた。今なら追いつける。私は地面を蹴った。

急がなくても、すぐにスネイプ先生が応援を呼んできてくれるに違いないが……物事は早くに済ませた方がいい。




だが、後方で…誰かがすすり泣く声を耳にしてしまった。会場の女子生徒の泣き声かとも思ったが……それとは、どこか違う……押し殺したような切ない泣き声……
一旦足を止めて振り返ると、会場の向こう側………校門の近くで、うずくまっている小さな背中が目に入った。『ムーディを追いかけないといけない』と頭の片隅で叫ぶ声が聞こえたが……気が付かないふりをして、その人物に近づく。



「……アステリア?」


まだ少し距離があったが………私は悲鳴を上げているみたいに見える、その小さな背中に声をかける。夜の闇に覆われているので、顔はよく見えなかったが……アステリアは泣き腫らして真っ赤になった眼を私に向けた。



その時……気が付いてしまった。





アステリアの前に、夜の闇よりも、一段と暗い黒い塊が横たわっていることを。岩だ、岩を台代わりにして泣いているのかもしれない。きっと、誰かと喧嘩して、アステリアは負けたんだ。それで、悔しくて…でも、人前で涙を見せるわけにはいかないから……こんな所で泣いているんだ。


私は無理やり、そう解釈しようとした。

でも、本当は、どういう状態なのか分かっていた。


私は一歩…一歩…未だに騒々しい会場と比べて……不気味なほど静まり返った校庭を歩く。ほんの数歩先にいるはずの、アステリア…とその前に横たわっているナニカが、大げさかもしれないが、千里離れているように感じた。


足が重い


「何泣いてるんだ?泣き虫は嫌われるぞ」


なるべく明るい声を出すが、どこか空回りになっている感じがした。アステリアは、顔を両手で覆う。しゃくり上げた声で、何かをつぶやくアステリア。


「風邪をひくぞ、だから泣くな」


足が重い……心臓の鼓動を感じる……普段は鼓動なんて意識したことがないのに。進むのを心が拒否している気がする……でも、前に行かないといけない。確かめないと……






ナニヲ確カメル?






それは決まっている。アステリアの前に横たわっている黒い塊の正体を―――







「ごめんなさい、先輩……」





アステリアが、呟いた時と、私が黒い塊の正体を判別した時は、ほぼ同時だった。



世界が止まる。



頭の芯が痺れている気がする。何も考えられない……ただ……目の前に横たわっている見慣れた上着を着た黒い塊を、凝視する。吐き気がした……目の前が揺らいで倒れそうだ。


「……ごめんなさい、先輩……私……止められなくて。あの時に、引き留めていたら。カルカロフの奴が……カルカロフの奴が…」



私のすぐ下で、うずくまっているはずのアステリアの声が、壁の向こうから聞こえる気がした。



「…自分を責めるな、アステリア」


セドリックとは違い、微風でそよいで揺れている草は見当たらない。そっとソレに触れる。……まだ、ほんのりと温かい。でも、私が触ってもソレはピクリとも動かない。反応してくれない。


「……馬鹿」



小さい声でつぶやく。



脳裏で…いつだっただろうか……もう忘れ去っていたはずの女の言葉が再生された。





≪日輪を一周した時だ………徐々に広がり始めたヒビの入った家が…崩れるであろう。家は、海の向こうから来た人物の手によって…音を立てて崩壊する。日輪を一周したとき、それが起こるであろう≫






あぁ、そういうことだったのか。
日輪を一周…つまり1年後。海の向こうから来た人物……つまりカルカロフ。
そして、家が崩壊する……つまり、











『帰るべき場所(クイール)』の喪失だ。


頬を伝い、落ちる滴。しばらく、静まり返った校庭にはアステリアが、すすり泣く声だけが響いていた。



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『炎のゴブレット編』は終了です。
次回からは『不死鳥の騎士団編』に入ります。

これからも、寺町朱穂をよろしくお願いします!






[33878] 【不死鳥の騎士団編】53話 カルカロフ逃亡記
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/25 00:20
 


「≪時間に忘れ去られたように放置してある廃屋を、村人であれば知らない者はいない。村人であれば、子供のころに……1度は肝試しとして訪れたことがある廃屋だ。最後に人が住んでから何十年たっているのだろうか?正確な年月を覚えている人は村には残っていない。そもそも、誰もそんなことに興味を持っている人はいなかった。
年季の入った壁に、嫌というほど深緑のツタが巻き付いている。外装のほとんど全てがはげ、白いペンキが使われたのであろうと思われているところも、薄くなって消えかかっていた。覆い茂ったツタのせいで、判別しにくくなっている重い扉は不気味な音を立てて開く。肺の弱くない人でも、咳き込んでしまうくらい、埃が部屋に充満している。
蜘蛛の巣があちらこちらに巣を張り、カサコソと虫が跋扈する。

電気なんて、もちろん通っていない。燭台の上に置いてある、小指にも満たない蝋燭に灯りを灯すか…または、自分の家から懐中電灯を持って来るかしないと、太陽が輝く昼間でも廃屋の中をすべて見渡すことができなかった。
だから、今は廃屋の中は、ちっぽけな蝋燭に火はともっていないし、懐中電灯の明かりもない。数歩先も判別できないような暗闇に包まれていた。一見すると誰もいないように見えるし、どんな人でも中に人がいるとは微塵も考えないだろう。

だが、そんな暗闇に覆われた廃屋の一段と暗い隅の方で、頭を抱えてうずくまっている男がいた。


彼の名前は、カルカロフ。元々は有名な学校の校長職を務めていた男だ。だが、数週間前までの彼を知っているのであれば、彼の変貌に誰しもが目を疑っただろう。

誰の目から見ても高級そうな毛皮のマントは、泥や埃がこびりついている。あれほど手入れを欠かしたことがなかった自慢の髭は、伸び放題で貧相に見えた。目は危ない薬に手を出していたのだろうか、と思われるくらい落ち窪み、そして血走っている。血色のよかった肌は、骸骨のように白くなっていた。それに、彼は左腕をなくしていた。正確に言えば、自分で切り落としたのだ。左腕でハッキリと漆黒の髑髏を模った刺青が刻まれている左腕を。



名誉あるダームストラング校の校長が、なぜこの数週間の間に落ちぶれてしまったのだろうか?
誰もが恐れる今世紀最大の闇の魔法使いヴォルデモート卿。彼の復活が、カルカロフをここまで堕ちぶらせた。もっとも、『復活説』を魔法省が認めていないので、世間一般には知られていない。
三校対抗試合の第三の課題の会場に座っていたとき、今は無き左腕に刻まれていた『闇の印』。それが『闇の帝王』が活動していた全盛期の時のように、ハッキリと痛みを帯びて漆黒に染まったのだ。…彼は恐怖で真っ青になった。

そもそも、彼は本来であれば、校長という地位につける人物ではないのだ。13年前まで『死喰い人』として闇の魔術を実際に使用していた彼は、監獄に収監されていた。……終身刑として。

だが、彼は『死喰い人』として活動していた仲間の情報を、自分の知る限りすべてを魔法省に売ることで、その見返りとして監獄から出ることができたのだ。だから、カルカロフは『死喰い人』、そして、『ヴォルデモート卿』に対する反逆者だ。


裏切り者は許さない。

目の前で『闇の帝王』の残虐な魔法を見てきたカルカロフは、恐怖した。このままでは
殺される。とにかく身を隠さなければ……と。



だから、彼は逃げ出したのだ。周りにいる自校の生徒たちは、負傷して気を失った状態で迷路から救出された代表選手(クラム)の周りに集まっている。だから、カルカロフが会場を抜け出したことに気が付いた人物はいなかった。1人を除いて……



ホグワーツの敷地内では『姿くらまし』の魔法を使用することができない。だから彼は、校門まで必死で走った。


「何をしているのですか、カルカロフ校長先生?」


突き刺さるような鋭い声が、カルカロフの足を止めた。このまま無視して走っても構わない。だが、万が一にもついてこられたら困る…と残った理性で考えたカルカロフは振り返る。そこにいたのは、平凡を絵にかいたような男だった。咎めるような目で、カルカロフを見ている。



「誰だね?私は忙しいのだが…」
「自校の生徒が、気を失っているのですよ?貴方は何も思わないのですか?」
「非常に残念なことだと思っている。だが、私にはどうしても避けられない用事が……」
「本当に緊急な用事なのですか?自分があずかる生徒より大切な用事なのですか!?」


その男は、信じられない…といった目をしている。その時だった。


「ま、待ってください!何処に行くんですか、セレネ先輩のお父様!!」


会場のほうから、叫びながら走ってくる小さな影。カルカロフの心臓が大きく跳ねた。数日前に『闇払い』の男に言われた言葉が脳内に響く。


『あのセレネという代表選手は、お前の昔のご主人様の親族だ』と、『闇払い』の男はカルカロフに囁いたのだ。今、カルカロフの目の前にいる男は、帝王の親族の父親。つまり…彼も帝王の親族。


「う……うわぁぁ、く……来るナ!!」


震える手で杖を取り出して、男に向ける。男は動揺していた。落ち着かせるように手を挙げるが、今のカルカロフには無意味な動作だった。


「私は…オレは……!!生きるタメに仕方なかったンダ!殺さナイでクレ!!」


血走った目で男を睨むカルカロフ男は、できるだけ丁寧に…落ち着いた声で話しかけようとした。


「殺さないので落ち着いて…」
「嘘だ!!オレは……生きタイ!!邪魔ヲ…スルナ!!『アバタ・ケタブラ』!」


カルカロフの杖が緑色の閃光を放つ。それが男に命中したかどうか確かめないで、回れ右をし…ひたすら校門へ走った。そして、校門から一歩外に出た瞬間……ここから遠く離れた地に『姿くらまし』をしたのだった。




あの日以降、廃屋という廃屋を転々としていた。最初は、1つの場所に3日程とどまっていた。……が、そのうちに不安になってきた。ここもすぐに見つかるのではないかという恐怖心にかられたカルカロフは、移動した。南に行ったら次は最北端に、その次は、西に……また最北端に戻ると、今度はアイルランドに……といった感じで、移動し続けた。

彼が現在、うずくまっている廃屋にたどり着いたのは昨日。暗闇の中でうずくまる彼は、校長として輝かしい日々を送っていた頃の面影はおろか、記憶すら残っていないに等しかった。思い出す時があっても、夢の中の話だ。


逃亡してから数日の間が過ぎると、彼の脳内に占めているのは、深紅の瞳をギラギラと輝かせた『闇の帝王』だけになっていた。自分が知っていた域をはるかに超えた、最悪な魔法を駆使する帝王が、いまにも扉を吹き飛ばして襲い掛かってくるか分からない…という『恐怖』の感情だけだった。


だが、その感情もだんだんと消失し、今では何も考えられなくなっていた。ただ……どうすれば『深紅の目』をした人物から逃げることができるか。それしか考えられない。

なんで『逃げよう』と思ったかなんて思い出せなかった。ただ、『深紅の目』を持った人物から逃げないといけない、そのことだけが今の彼を動かしていた。



「すみません……大丈夫ですか?」


コンコン…というノック音と共にカルカロフの耳に入ってきたのは、人をどこか安心にさせる男の声。ギィッと音を立てて開く扉……入り込んできた眩い光に、小さな悲鳴を上げながら、反射的に目をつぶるカルカロフ。
彼の前に立っていたのは、今どきの服を着こなした青年だった。見覚えのない青年の姿。カルカロフは瞬時に『姿くらまし』をして遠くへ逃げようとした。


だが、カルカロフが目をつぶっていた数秒の間に……彼の命運は決まってしまっていた。その青年は、カルカロフが『姿くらまし』をする前に、見たこともないくらい素早く杖を振り下ろしたのであった。
カルカロフの意識は深い闇の底に沈み、二度と浮かび上がってくることは無かった…≫

……って感じッス」


ようやく羊皮紙に書いておいた報告書を読みあげ終わった。で、俺が作った自慢の報告書。題して『カルカロフ逃亡記』の内容を聞いた帝王様の反応はというと…



不機嫌そうだった。
いや、ハリー・ポッターとセレネ・ゴーントに逃げられた時から、ずっと不機嫌だけどさ。輪にかけた不機嫌っていうのかな?



「シルバー……今、読み上げたのは何の物語だ?」
「やだな、帝王様。物語テイストに纏めた報告書」


俺を睨みつける帝王様の不機嫌な紅い目は、少し怖い。でも、こんなもので怯んでいたら、人生やっていけない。俺は、少しさっきを感じる視線を気にしないで話し続けた。


「あのさ、帝王様がコイツを捕えてこいって言ったんじゃないか?だから、わざわざ俺が仕事の合間を縫って潜伏場所を探し当て、こうして捕えて尋問した結果を、報告書にまとめたんじゃん」
「ふざけているのか?」
「物語っぽくした方が伝わりやすいかなって思って」

「無礼すぎるぞ、シルバー!!」


俺の頭に衝撃が走る。ルシウスが鬼のような形相で俺を睨んでいた。……真っ赤に右拳がはれ上がった状態で。俺を殴った衝撃で、ルシウスの右拳もダメージを受けたみたいだ。


「え~、そうかな?でもさ、いまさら言葉づかいを変えるのは面倒じゃない?」
「面倒だと!?お前は何を考えて…」
「もうよい、ルシウス。こいつに何を言っても無駄だ」


帝王様がルシウスを制す。さっすが帝王様だ。俺のことを、わかってくれてるじゃん。俺が勝ち誇った笑みをルシウスに向けると、ルシウスは苦々しい表情をしていた。



「よく、この短期間でコイツを俺様の前に連れて来たな」


帝王様は、足元で転がっている薄汚れたオッサン…カルカロフを転がした。
カルカロフはピクリとも動かない。それも当然だ。だって、俺がこいつを見つけた瞬間にかけた『服従の呪文』の効果が続いているんだから。カルカロフは、恍惚とした顔をしている。半開きになった口からは、涎が垂れていた。


「…ですが、御主人様。何故、殺さないのでしょうか?」


ルシウスも同じことを考えていたみたいだ。俺とルシウスの疑念の視線が、帝王様に注がれる。帝王様は面白そうに紅い目を輝かせた。


「これから会いに行く人物への手土産だ」


……そういえば、これから誰かに会いに行くって言っていた気がする。俺は窓の外を見た。西の空は完全に茜色に染まっているし、東の空の端は、藍色に染まり始めている。


「でも、こんな薄汚いオッサン……手土産になるんッスか?」
「なる。つべこべ言わずに、ついてこい」


帝王様が、豪華な装飾が施された扉のほうに歩いていく。あれ?俺もついていかないといけないのか?聞いてないんだけど。


「ちょ、帝王様?俺、いまから職場の同僚と一緒に、夕飯を食べようっていう約束が…」
「断れ」
「俺の意見は無視?」
「早く来い!」


……無視された。仕方ない。断りの手紙を書いておくか。
いい気味だという感じで笑いながら帝王様の後に続くルシウス。思わず御綺麗なルシウスの顔を、呪いで誰にも見せられないようにしたいmと思ったが、その思いを無理やり押し殺す。そんなことをしたら、帝王様についていけなくなってしまう。

だって、帝王様が、自らどこかに行くのだから。わざわざ手土産を持ってまで。一体、どんな面白いところに行くのだろうか?カルカロフの親族の家?そうだったら、いいな…。
面影もないくらい汚れて、骨抜きになったカルカロフを見た親族。とりわけ、妻や息子や娘たちはどう感じるんだろう?恐怖で顔をゆがめる?それとも…憎しみに満ちた目で俺たちを見るのかな?それを、どうやって帝王様は料理するのだろう?俺も連れて行くってことは、俺もその料理にかかわっていいってことか?

考えるだけで、わくわくしてくる。口元がニヤリっと緩むのが、自分でもわかる。俺は、とっくに外に出た帝王様の後を慌てて追いかけた。




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今回から【不死鳥の騎士団】編です。






[33878] 54話 予期せぬ来訪者
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/10 18:49


少し冷たすぎる水で軽く洗ってから、マンゴーの皮を丁寧に剥いていく。昨日購入した少し高級なスペアリブを、冷蔵庫から取り出した。手ごろな大きさに肉を整えると、肉を柔らかくするために、先ほど皮をむいたマンゴーを上に乗っける。アルミホイルでそれを包むと、元々温めておいたオーブンに、放り込んだ。


焼けるまでに時間がかかる。その間に付け合せを作ろうと思い、冷蔵庫を開けた。
日曜日の日、学校に入学する以前からの友人、フィーナに誘われて少し買い物に出かけた帰り道で、仕入れた野菜が顔を出す。どうやら私が家にいない1年の間に法律が変更したらしく、日曜日でも店のシャッターが開いていたのだった。


トントントン……

ジャガイモを刻む音だけが、静まり返った家に響き渡る。先程までテレビの中でアナウンサーがニュースを読み上げていたが、そのあとに悩みとは無縁なくらい陽気な子供向けの番組が始まったので、つい電源をきってしまったのだ。
ジャガイモを刻み終えたら剥いたトマトを、次はコリンキーを同じように刻んでいく。手を休めることなく、とにかく料理に没頭していた。そうすれば、何も考えなくて済むから。


『気分転換にテレビでもつけたらどうだ?』


少し離れたところに置いてあるケージの中で、眠そうにしている老蛇のバーナードが話しかけてきた。


「今の時間は面白いものがやっていないだろ?電気の無駄だ」


ぶっきらぼうにそういいながら、もう一つのコンロで茹でたマカロニを、切った野菜が入ったボウルに入れる。その中に、市販のパスタ用のバジルソースを加え、和えていく。あっという間にマカロニと切ったばかりの野菜が緑色に染まった。


「それに、急がないとスネイプ先生が来るだろ?」


今日の6時に、スネイプ先生が夕食を食べに来るのだ。クイールが生きていた頃から何度か夕食に招待を伴にしていたので、とくに不思議に思うことではない。ただ今年の夏休暇に入ってから、こうして訪ねてくる頻度がグンっと増えた。先生曰く『ホグワーツの料理よりも、お前の作る料理の方が旨い』から来てくれるらしい。でもホグワーツで専門のしもべ妖精が作る料理に比べたら、趣味の域を出ない私の手料理は、見劣りするものに違いなかった。恐らくスネイプ先生は、急に1人になってしまった私を気遣ってくれているのだろう。


時計を確認すると、もうすぐ5時。
先生が来る時間まで1時間以上もある。私はスープの準備をするために、鍋の中に入っているマカロニを茹で終わった湯を捨てた。もうすでに鍋は熱を持っているので、中にバターを一欠けら落とす。玉ネギを使い慣れた包丁で縦半分に切ってから、繊維に直角になるように薄切りにする。涙が出そうになったが、我慢する。玉ネギを切り終わる頃には、バターは鍋の底で、すっかり溶けていた。そのまま玉ネギを鍋で炒める。
玉ネギの色が徐々に透き通ってきたので、そろそろスープ作りに入ろうか…と思った時だった。




ピンポーン



早い。
いつも待ち合わせの時間ピッタリか、5分前に来るスネイプ先生だが、なぜこんな早くに来たのだろう。それとも、別の誰かだろうか。私は鍋にかけていた火を止めると、玄関に走った。


「……」


玄関の外にいた人物を見て、私は一気に警戒心を高める。
数週間前に『全身金縛り』の呪文をかけたシルバーと、ドラコに似た男性、おそらくドラコの父親であるルシウス・マルフォイだろう。そして彼らの後ろには最後に赤い目を光らせたヴォルデモートが立っていた。少し姿勢を低くして、いつでも走り出せるように準備すると、口を開いた。


「…で、用件は何?」



杖は『万が一のため』ベルトにさしていたし、愛用のナイフは折りたたみ、ポケットの中に入っている。もし…戦闘状態になっても戦える状況だ。もっとも、こんな住宅地の真ん中で戦うつもりは、私にはないが。そういえば、先程から通りに人が誰もいないのが気になる。…もしかしたら、人避けの呪文でもかけたのかもしれない。
ヴォルデモートが一歩私の近くに進み出た。


「単刀直入に言う。セレネ・ゴーント…俺様の下につけ」
「断る。だから帰れ」


即答して玄関のドアを閉めようとした。だが、シルバーがドアをつかんで、閉められなくした。私はシルバーを思いっきり睨む。だが、シルバーは笑みを浮かべたまま怯まなかった。


「アンタたちの用件は済んだはずだ。私は、アンタたちの申し出を断った。まだ何か用があるのか?」
「いや、だって理由とか聞いてないしさ」
「理由?あぁ…死にたくないからだ」


ルシウスもシルバーもあっけにとられた顔をした。ヴォルデモートでさえ少し眉を上げて驚いているみたいに見える。


「え……それだけ?」


シルバーが疑うような眼で私を見てくる。私はため息をついた。


「……アンタの下につくなんて自殺行為だろ?命がいくらあっても足りない。それに、アンタの下について私に何か得がある?何もないだろ」


そういって1人1人を順番に軽く睨んだ。
しばらく私を品定めするかのように見ていたヴォルデモート。沈黙が玄関を支配する。こうしている間にもスネイプ先生来宅の時間が、刻一刻と迫っている。スネイプ先生は『ダンブルドア寄り』の人物でもあり、『元・死喰い人』。ヴォルデモートと鉢合わせになったら、不味い気がする。無理やり追い返そうかと考えていたとき、シルバーが口を開いた。


「ならセレネ、お前は『不死鳥の騎士団』につくつもりか?」
「『不死鳥の騎士団』?」


聞きなれない言葉に聞き返す。『騎士団』という言葉が入っていたから、グリフィンドール関係の人達……おそらくダンブルドアを中心に設立された『対ヴォルデモート組織』なのだろう。シルバーの口元が少し歪んだ気がした。


「そっちも入らない」
「そうか、お前は分かってないな」


馬鹿にしたように笑みを浮かべるヴォルデモート。深紅の目が爛々と怪しく光り輝いていた。


「力を持っている奴は、吸い寄せられるように戦いが舞い込んでくる。お前はどちらかの組織に所属せざる得ないことが、分からないとは…まだまだガキだな」


私は何も答えなかった。ヴォルデモートは漆黒のマントを翻し、私に背を向けた。


「また来る。その時までに、どちらに付くか決めておけ。俺様に付くか…ダンブルドアに付くかをな」


『姿くらまし』で消えるヴォルデモート。後を追うようにルシウスとシルバーも消える。
…私はしばらく…その場に立ち尽くしていた。





















シャァァァ――――


家の中に、蛇口から止めどなく流れる水音だけが響き渡る。既に洗い物は終えたといのに、音がなくなるのが怖くて水を流し続けている。
クイールが『学校時代の友人と作った大切なモノが入ってるから、開けちゃダメ』と繰り返し言っていた、黒いアタッシュケースの横でボンヤリと座りこんでいた。


スネイプ先生は、いつも通り5分前に来た。作った料理は、いつも以上の出来だったらしくスネイプ先生が、いつになく褒めてくれたが、私には味が感じられなかった。柔らかいはずの肉が、なかなか喉を通らなかったし、オニオンスープは生温い液体みたいだ。
そんな私の様子に気が付いたスネイプ先生は、体調が悪いのかと思ったらしい。『何かあったのか?』と尋ねてきたが、私は『何もない』と返答し続けた。



私はどうしたらいいのだろうか?



こういう時に相談に乗ってくれていたクイールはもういない。アステリアの話だと、会場を逃げ出したカルカロフを止めようとしたクイールだったが、正気を失っていたカルカロフが放った『死の呪い』が胸の中心に命中し、死んでしまったのだそうだ。


…だが、世間一般では違う。世間ではクイールの死因は『心臓発作』とされていた。
『元』とはいえ学校長が起こした殺人事件というのは『ダームストラング校』の威信を地に落とすものだったし、ホグワーツでも敷地内で殺人事件が起こったというのは醜聞だ。
ダンブルドアを嫌っている魔法省が、クイールの死の原因を知っていたら話は変わってきたかもしれない。だが、魔法省は、クイールがホグワーツの敷地内で殺されたということを知らない。…もしかしたら、ホグワーツに通う生徒の中にも、その事実を知らない人が多いのではないだろうか?

人々の関心の多くは、未だ意識がもどることなく入院したままのセドリックや、ヴォルデモートが復活したという戯言を言うハリーやダンブルドアに向けられていたから…。



『分かってくれ、セレネ』


殺人事件についての話を隠蔽すると言ったダンブルドアの声が脳裏に浮かぶ。ダンブルドアは、2年前に見た時と同じように、申し訳ないような表情を浮かべていた。

…ダンブルドアは……私をどうしたいんだ?


遠くない未来に、ヴォルデモートが復活したと世間も気が付く。その時に真実を語り続けていたハリーは再び……英雄扱いされるだろう。そして、ダンブルドアの筋書き通りに歩んできたハリーが、ダンブルドアからの入れ知恵を使ってヴォルデモートを倒す。そんな未来が瞳の裏に浮かぶ。きっと、ハリーの話は将来……伝記になるに違いない。赤子の時から、ヴォルデモートを倒すまでの伝記。私が倒したはずのクィレルもトム・リドルの話もハリーの手柄として。


そう考えると、訳も分からずイライラしてしまった。眼鏡を外し、そっと閉じた瞼に触れる。


…この『眼』の力はきっと、これから『ヴォルデモート』と『不死鳥の騎士団』の戦いが始まった時、両陣営から求められるに違いない。ダンブルドアは『眼』について私以上に熟知しているし、ヴォルデモートも『眼』というか私の力に並々ならない興味を抱いている。


どちらかが倒れるまで、勧誘の日々は続くと思うし、もしかしたら私の友達が人質にとられて無理やり戦いに参加せざる得なくなるかもしれない。『賢者の石』の時や『秘密の部屋』の時みたいに、その場の流れで参加することになるかもしれない。まるで、ダンブルドアが作った線路の上を従順に走る列車のように……



私はどうしたらいいのだろうか?



どちらに味方をしても、血が流れる。
どちらに味方しても、争いを避けることはできない。そして、それに私が巻き込まれるのは必然的なこと……もしかしたら、私の友人が巻き込まれるかもしれない。ダフネやノット達の顔が脳裏に浮かんでは消えていく。とりわけ、ハリーと仲が良いハーマイオニーは確実に、『不死鳥の騎士団』として杖を取るだろう。彼女と敵対しないためには、私も『騎士団』に所属しなければならない。でも……

ダンブルドアの下で戦いたくない。かといってヴォルデモートの下で戦うのも嫌だ。


私は、思い出したかのように蛇口の水を止める。ぽちゃん…という水がシルクに落ちる音を最後に、再び家は静寂で包まれた。


コンコン


窓を弱弱しく叩く音がする。こんな時間に誰だろうかと思い、窓の方を見たとき、私は固まってしまった。そこにいたのは、見る影もなくやつれたカルカロフ。クイールを殺した張本人がいたのだから。私はガラリと窓を開け、すっかり変わり果てた男を見下ろした。


「何をしていらっしゃるのですか、カルカロフ校長先生?」
「…頼む……何か食べ物を恵んでくれ」


嫌味っぽく話しかけてみたが、全く違う反応が返ってきた。…それに、私が誰なのかわからないみたいだ。眼の焦点が合っていない。目は危ない薬に手を出していたのだろうか、と思われるくらい落ち窪み、そして血走っている。頬はこけ、血色のよかった肌は、骸骨のように白くなっていた。誰の目から見ても高級そうだった毛皮のマントは、泥や埃がこびりついていて、手入れを欠かしたことがなかった自慢の髭は、伸び放題で貧相に見えた。


それに、彼は左腕をなくしている。恐らく、左腕に刻まれている『闇の印』を切り落としたかったのかもしれない。…たった数週間で、ここまで人は変われるのかと思うと、少し驚いてしまった


「頼む。パン一切れでも構わない!何か……食べるものを……!!」


救いを求めるように、残った右手を私に向けるカルカロフ。…クイールがこの場所にいたら…どうしただろう?助けた?それとも……



私は窓を開けた。夏の蒸し暑い空気が、エアコンの効いた部屋の中に入ってくる。窓を開けた途端にカルカロフの顔は、花が咲いたように明るくなった。だが、眼は正気を失ったままだ。


「頼む!何か食べるものを……!!」
「私は、アンタを殺したくない」


私が静かにそう告げても、カルカロフは何かを求めるように私に右手を伸ばす。


「ナニカ…食べるものを……」


私が何を言ったか分からないみたいだ。ここまで狂ってしまっていたら、殺す価値がないように思えてくる。もう、こいつは十分『罰』を受けた。見逃してもいいのではないだろうか…という声が頭の片隅で聞こえてきた。だが、その一方では、目の前の男を殺すべきだと主張する私がいた。こいつのせいでクイールが死んだのだと…。いや、元を正せば、そもそもカルカロフを、しっかり監視していなかったダンブルドアが悪いのではないか?それとも、ダンブルドアはわざと…?


「あぁ…そうか」


刹那、頭の中に、とある考えが閃いた。『誰か』の言葉を借りると、『最大の効率と最小の浪費で、最短のうちに処理をつけることが出来る』かもしれない。思わず口元が歪んでいるのに気が付いた。


そんなことを考えている間にも、私に縋り付こうとしてくるカルカロフ。一瞬…私はカルカロフの存在を忘れていた。カルカロフの、今にも折れそうなくらい伸び泥がこびり付いた爪が、私の足をつかもうとしてきた。


「…頼む…」
「悪い、私は……」



懐からナイフを取り出すと、素早く振り落した。ザン、という音が、夜の住宅街に木霊する。カルカロフは、何か起こったのか分からなかっただろう。残されていた唯一の腕が、音もなく庭に落ちる。

夜の闇の中でも目に入る鮮血が、庭の芝生の上に飛び散った。


「私はアンタが『有る』ことが我慢できない」


クイールが死んだのに、なんでコイツは生きていられる?心は死んでいるかもしれないが、なんでコイツの心臓は脈を打ち続けているんだ?


「…わ、ワタシの……腕……ない……?」


痛みを感じていないのだろうか?切り落とされた腕を呆然と見下ろすカルカロフ。しばらく、どうするのかとみていたが、一向に変化は訪れなかった。これ以上見ていても何も起きないだろう。私は最後の引導を渡そうと、再びナイフを持つ手に力を込めた。そして、今度は真横に薙ぎ切った。今度は、カルカロフの元々は手入れが行き届いていた髭が、パサリっと地面に落ちた。


「…髭の手入れもマトモにできない奴は、興味ない」


カルカロフの虚ろな目が私に向けられる。


「正気を取り戻したら、来い。その時は……きっちり殺してやるよ」


テーブルの上に置いてあった固くなり始めたパンを投げてから、音を立てて窓を閉めた。とりあえず、食べ物を恵んでやったので、この場所を去るだろう…そう思ってリビングに戻ったとき、再び私の心に緊張が張り詰めた。


「また来るといったが……いささか早すぎじゃないか?」


さも当然という感じで、ソファに腰を掛けている人物がいた。いつの間に入ってきたのだろうか。クイール秘蔵の日本酒を飲んでいるシルバーとルシウス、それからヴォルデモートを、私は思いっきり睨みつける。


「手緩いな、敵討ちに興味ないのか?」


いくら睨めつけても、ヴォルデモートは、お猪口に日本酒を注ぎながら私から目を離さない。私はアタッシュケースの横に立ったまま、ヴォルデモートを睨み続ける。


「正気を失ってるやつには興味ない」
「そういうものかな~、俺だったらその状態でも殺すけど。…で、決まった?」


弔問に来たクイールの友人が置いて帰った『東●バナナ』を取り出すシルバー。「人の家の食べ物を勝手に食べるな」とルシウスが諌めている。私はスゥッと息を吸い込み、自分を落ち着かせる。…私は、覚悟を決めることにした。



「私は…『ダンブルドア』の反対勢力につく」


ヴォルデモートの赤い瞳が燃え上がった気がした。シルバーを諌めようとしていたルシウスの動きが止まり、シルバーも菓子を食べようとする手を止めて、私を凝視する。


「何かおかしいか?」
「え……いや、仲間になってくれるのは有難いけどさ、なんつーの?あっさりしてるな~って」


疑惑色に染まったシルバーの視線が、私に突き刺さる。私はヴォルデモートを指さすと、口を開いた。





「アンタが死ぬと、私が正真正銘の『スリザリンの継承者』になるから」




そう言うと、ルシウスとシルバーの眉が上がる。だが、ヴォルデモートもいささか驚いているように見えた。


「…『スリザリンの継承者』だということが、どうして俺様側につくということに繋がる?ダンブルドアの爺やハリー・ポッターが『グリフィンドール生』だからか?」


ヴォルデモートが私に問う。


「アンタも私と同じ『スリザリンの末裔』だ、闇の帝王。どうせ、『不死鳥の騎士団』として戦ったとしても、戦後『スリザリンの血を引く危険分子』として闇から闇へと葬られるのがオチ」


クイールが教えてくれた日本史が脳裏に浮かぶ。確か、その人物の名前は『蘇我倉山田石川麻呂』。強大な権力を握っていた従兄弟『蘇我入鹿』を、『中大兄皇子』や『中臣鎌足』と一緒に倒し、大臣の座を得た人物だ。しかし、その後に『中大兄皇子』達から『蘇我一族』ということで『危険分子』と認定されてしまう。そして、クーデターから4年後、ありもしない『謀反』の疑いをかけられ、自殺に追い込まれてしまった人物だ。

私もヴォルデモートと同じ『スリザリンの末裔』、それも正真正銘『最後の継承者』ということで、『危険分子』と認定されてしまう気がする。しかも、敵に回ったら恐ろしいと『眼』まで、私は持っているのだ。さっさと利用するだけ利用して、ことが終わったら殺すと考えるのが、妥当なところだろう。
恐らくヴォルデモートも、私を『危険分子』と認識している。なぜなら、『スリザリンの継承者』という自分の立場を、脅かしかねない存在なのだから。


「どっちの陣営についても死ぬんだ。なら、最後くらいダンブルドアに今までの『礼』をしてから、死んだ方がいいと思わないか?」


苦笑しそうになる。どっちについても『危険分子』であり、戦後『処分』される。それならヴォルデモート陣営に味方をし、『ダンブルドア』に今までの『礼』をする。そして用が済んだら『ヴォルデモート』に殺される、もしくは薬か何かで身体の自由を奪われる前に脱走。クイールの『魔法界に関わりなさそうな』知人を頼りにして、遠い日本かどこかで余生を生きる。…それがいい。

眼鏡越しにヴォルデモートを睨みつける。ヴォルデモートは私を推し量るような眼で見てきた。私は黙ったままヴォルデモートの赤い瞳に、視線を向け続ける。この時間が、ほんの数分か…もしかしたら数秒の出来事だったかもしれない。だが、私にはその時間が、何十時間も、何時間も、押しつぶされそうになるくらい重い圧力をかけられていた感じだった。額から汗が一筋、流れる。


「まぁいいだろう。左腕を出せ」
「…何を勘違いしてるんだ?」


私は服の袖をまくらなかった。出来るだけ冷めた視線をヴォルデモートに向ける。


「言っただろ?私は自分の利益のためにアンタに力を貸すだけ。配下に加わるつもりは、ない。私は、ダンブルドアを殺れれば、それでいいんだ」

ヴォルデモートの赤い目が私の眼を見据えている。ヴォルデモートの唇のない口が動き、笑うような形になった。


「では『破れぬ誓い』をしたら、どうでしょう?」


今まで黙っていたルシウス・マルフォイが口を開く。『破れぬ誓い』という呪文は、聞いたことくらいはある。両者が交わした誓いを破ると、破った者が死ぬと本に書いてあった。


「そうだな、それがいい。異論はないな、セレネ・ゴーント」
「あぁ、ない」


ルシウスの眼差しの下で、私とヴォルデモートは右手を握り合った。それを確認したルシウスは、ローブの中から杖を取り出す。ルシウスは前に進み出て、私たちの頭上に立ち、結ばれた両手の上に杖の先を置いた。


「俺様がダンブルドアを殺すのを手伝うか、セレネ・ゴーント」

ヴォルデモートが言葉を発した。私は、少しだけ頷く。

「手伝いましょう」


眩い炎が、細い舌のように杖から飛び出し、灼熱の赤い紐のように私たちの手の周りに巻き付いた。今度は私が口を開く。


「ダンブルドアが死ぬまで、私…と、私の仲間に危害を加えないと誓いますか?」
「誓おう」


ヴォルデモートが言った。2つ目の炎の舌が杖から吹き出し、最初の炎と絡み合い、輝く細い鎖を形作った。


「お前も、ダンブルドアが死ぬまで…俺様に危害を加えないと誓えるか?」


私は一瞬、言葉に詰まった。『ここでYESと答えてはいけない』と、脳のどこかで叫んでいる自分がいた。でも、ここで答えないと…ダンブルドアに『礼』をするチャンスが遠ざかる気がする。


「お前が危害を加えてこなければ、な」


驚くルシウスの顔が、3つ目の細い炎の閃光で赤く照り輝いた。下のような炎が杖から飛び出し、他の炎と絡み合い、握り合わされた私たちの手にがっしりと巻きついた。

縄のように、炎の蛇のように。



その様子を、ケージの中で寝ていたはずのバーナードが、重そうに鎌首を持ち上げて見ていた。バーナードの黄色の目が、咎めるような色をしている。私は、非難するようなバーナードの視線を無視した。



これは、間違いではない。これは、私の生存率を出来る限り高めた最善の策。もう、ダンブルドアの作った『道』に沿ってなんか歩くものか。…私の未来は私が決めて、私が切り開いていく。誰にもセレネ・ゴーントを渡さない。
それが、たとえ…悪魔(ヴォルデモート)に魂を売る結果になったとしても。




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11月10日:一部訂正






[33878] 55話 『P』
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/10 19:04
9月の弱い陽光の中、私は人ごみに逆らうようにしながらカートを押す。
カートの上にはトランクだけではなく、蛇が入っているケージや、フクロウが眠る入ったケージを乗せているので、行き交う人は私の方をチラリと横目で見る。だが、彼らは彼らの用事があるのだろう。何事もなかったかのように私の横を通り過ぎて行った。

朝早くから電車を乗り継いでここまで辿り着いたので、私は少し疲れていた。例年なら、クイールに車で送ってもらっていた。でも、今年から違う。車は便利だなと今更ながらに再認識した。

何気なく壁に寄りかかるようにして、9と4分の3番線を通り抜ける。深紅のホグワーツ特急はすでに到着していて、煤けた蒸気をプラットホームに吐き出していた。


「あれ、セレネ?」


後ろの方から声をかけられる。声を聴いた瞬間、心が一気に重くなったが…それを悟られたくはないので無表情という仮面をかぶってから振り返る。思った通り、後ろにいたのは同じくカートを押すハリー。その隣にいるのはハーマイオニーとロンだ。その足元に纏わりつくように黒い大きな犬が歩いている。……見覚えがある。確か犬の正体はシリウス・ブラック。てっきり南の国にでも逃亡したかと思ったが、まさかイギリスにいたとは。



「久しぶり、セレネ!」


ハーマイオニーも駆け寄ってきた。ロンは警戒心を隠せないみたいだ。いつものように私を怪しむような眼で見てくる。


「久しぶり…3人で夏を過ごしていたのか?」
「「俺たちもいるって」」


私達を追い越していく赤毛の双子、フレッドとジョージ。末っ子のジニーは父親と思われる背の高い男性と一緒に歩いている。…どうやら、ウィーズリー一家と一緒にハリーとハーマイオニーは過ごしていたみたいだ。


「ねぇ、セレネ!セレネも貰った!?」


少し興奮気味で頬を紅潮させたハーマイオニーは、グリフィンドールのライオンのシンボルの上に、大きく『P』の文字が書かれているバッジを私に見せてきた。


「『監督生バッジ』のことか?やっぱりハーマイオニーも貰ったんだ」


ポケットからスリザリンの蛇のシンボルの上に、同じく『P』と書かれたバッジを取り出した。


「スリザリンの男の監督生は誰なの?グリフィンドールのもう1人は、ロンなんだけど…」
「……そうなのか?」


…予期していない出来事だったので、眼を大きく開けて、穴が開くほどロンを見てしまった。ロンの不愉快そうに歪めていた顔が、一気に鮮やかな赤色に染まる。恐らく照れているのだろう。


だが…意外だ。

監督生とは、5年生になると閣僚から男女1人ずつ選ばれる、いわば寮長のようなものだ。監督生に選ばれた生徒は、特別な事情がない限り、卒業まで継続して監督生を務めることになる。仕事は寮生の模範となり、下級生や他の寮生を指導すること。必要なら、監督生以外の生徒に罰則を与えることも出来る。もっとも、そういう場面を目撃したことはあまりないが…。ホグワーツ特急の通路を巡回したり、入学したばかりの1年生を寮へ導いたりするのも監督生の役目だ。

任命権はダンブルドアにあるらしい。


…私の予想では、スリザリンのもう1人はドラコかノット。ハッフルパフとレイブンクローからは誰がなるのか分からないが、グリフィンドールからはハーマイオニーとハリーが監督生に選ばれると思っていた。


まさか、ロン・ウィーズリーが監督生になるとは……

1つ考えられるとしたら、ロンをハリーの味方に引き留めておくための手段…だろうか?ロンといえば、ハリーの親友ということと、スリザリン生に偏見を持っていることしか思い浮かばない。つまり、他にこれといった取り柄がない少年だ。

そんな少年が、有名なハリー・ポッターと、学年でもトップクラスの秀才…ハーマイオニーと一緒にいるのだ。自分を卑下するのは当然だと思うし、彼らに嫉妬心を抱くのは当然だと思う。自分に自信を持つことが出来ないに違いない。そんなロンの心をヴォルデモートが利用し、ハリーの個人情報を手に入れることがあるかもしれない。少しロンに自信をつけさせるために、ダンブルドアはロンを監督生にさせたのではないだろう。


考えすぎかもしれないが…ダンブルドアに対しては考え過ぎの方がいいような気がする。あの老人は、何重にも策を張り巡らせているのだから。



「セレネ……どうしたの?」


心配そうに私を見てくるハーマイオニー。少し自分の世界に入ってしまっていたみたいだ。私は苦笑する。


「悪い、少し考え込んでた。スリザリンのもう1人は分からない。ドラコかノットだと思う。…2人ともおめでとう」
「ありがとう!セレネもおめでとう。そういえば、セレネは1人で来たの?」


私が1人だということに気が付いたのだろう。辺りを見渡すハーマイオニー。きっと、クイールが死んだということを知らないに違いない。私は、ゆっくりと頭を縦に振った。


「…あぁ」

私の小さすぎる返答に、ハーマイオニーは何か察したのだろう。不安げに眉をひそめるハーマイオニーは、それ以上何も詮索してこなかった。……だが、代わりに眉間に皺を寄せたロンが話しかけてきた。


「あれ?家族とか送ってきてくれた人はいないの?」
「……1人で来たって言っただろ」


私は彼から視線を逸らし、斜め下を向いた。ここで何か察してくれるとよかったのだが、ロンは何も気が付かなかったみたいだ。黒い犬に変身したままのシリウスも何か気が付いたみたいなのに。

「ふ~ん、そんなに忙しい両親なんだ」
「ロン!」

ハーマイオニーが厳しい声を上げ、ジロッとロン・ウィーズリーを睨めつける。チクリ、と胸を刺すような痛みを感じたが、私は何事もなかったかのように無表情を装った。


「なんだよ、ハーマイオニー。僕はただ『忙しい両親なんだな』って言っただけだろ?」
「セレネのお母様は、すでに亡くなっているのよ」


ハーマイオニーが口にすると、さすがにロンはばつの悪そうな表情を浮かべた。


「…ごめん。君に母親がいないって知らなかったんだ」
「……別にいい」


今の私に『父親』もいないということを、ハーマイオニーも知らなかったらしい。少し忘れていた寂しい気持ちが、再び胸に押し寄せてきた。そんな弱い自分を悟られないように、私は無表情の仮面をかぶる。だが、その無表情がロンに誤解を与えてしまったらしい。


「なんだよ、せっかく謝ったのにソレだけかよ。……変な奴」
「変な奴って言わないでください!何も知らないくせに!!」


ロンに殴り掛かる勢いで走ってくる小さな影。小さな影…アステリアは顔を真っ赤にさせてロンを睨んだ。ロンが、その剣幕に少したじろいた。


「先輩のお父様は…先輩のお父様は……殺されたんです!カルカロフに!!」
「えっ…!?」


ロンだけではなく、ハリーとハーマイオニーとジニー……それからロンの両親やシリウス、そして近くにいた3人の魔法使いもアステリアを凝視した。そういえば今気が付いたのだが、ハリーを護衛するみたいに囲んでいる3人だが……1人は分からないが、残りの2人はルーピン先生とムーディ先生だ。たしか先学期、ムーディとして振る舞っていた死喰い人は、アズカバンに護送されたと聞いているので、目の前にいるのは本物のムーディなのだろう。ダンブルドアの腹心の部下ともいえるであろうムーディ先生が、驚いたように眉を上げている。

ダンブルドアは、他の誰にもカルカロフが犯した事件を言っていないのだろうか?
いや、そもそも…なんで後難のためにダンブルドアはアステリアの記憶を消さなかったんだ?


「昨日思い出したんです!先輩に会える嬉しさで小躍りしてたら、頭ぶつけちゃって…」


……予想外の出来事(アクシデント)が原因か。だが、そんな簡単な理由で記憶を思い出せるのだろうか?ダンブルドアがそんな乱雑に忘却術をかけたということしか考えられない。だが、どうして乱雑にかけた?面倒だったから?それとも…


その時、空気を裂くように鳴り響く汽笛。我に返って時計を見ると、あと1分で発車する時間だった。


「早く、早く!」


慌ててロンの母親らしき魔女が、私たちをせかした。慌ててハリー達を抱きしめる魔女。私はアステリアと一緒に立ち去ろうとしたが、立ち去る前に抱きしめられた。


「ごめんなさいね、息子が…」


耳元でささやく魔女。そういえば、この魔女……第三の課題が行われた日に、クイールと話していた魔女だ。あの時よりも少しだけ、やつれているように思えた。


「先輩!早く、早く!!」


すでに汽車に乗り込んだアステリアが、私を呼ぶ声が聞こえる。すでに私の分の荷物まで汽車に運んでくれていた。私は魔女から離れると、汽車に飛び乗った。飛び乗った時、視界の端で大きな黒い犬が後脚で立ち上がり、名残惜しそうに前脚をハリーの両肩にかけているところが映った。


「間に合ってよかったです……あっ、先輩!よかったら私と姉さんのコンパートメントに来ませんか?もう席は取ってあるんです!」


ふぅと息をつくアステリア。席を取っていないし、アステリアと彼女の姉、ダフネとは友達だし、本当は行きたい。でも、監督生は最前列の車両に集まらないといけない。私は、アステリアに少しだけ笑みを向けた。



「ありがとう。少し経ってから行く」
「あっ…もしかして、監督生になったのですか!?おめでとうございます!!」


90度に頭を下げるアステリア。なんだか周りの人たちが見てくるので恥ずかしい。思わず眉をしかめてしまった。


「祝ってくれるのはうれしいが、少し大げさだ。じゃあ、また後で」
「は、はい!」


窓の外の家々の屋根が、飛ぶように過ぎていくのを片目で見ながら、最前列を目指す。『これから、忙しくなりそうだ』と思いながら。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


11月10日:一部改訂








[33878] 56話 ピンクの皮を着たガマガエル
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/10 19:06
淀んだ空気を一掃するように鳴り響くチャイムの音。
今学期初めての『闇の魔術に対する防衛術』の授業だったわけだが……正直、2年生の時のナルシスト男の授業より退屈だった。だが、愚痴を言う人は誰もいない。みんなさっさと教科書を片付けて帰る支度をし始めた。


「ちょっと残ってくれないかしら?」


『防衛術の理論』と題された分厚い教科書を鞄にしまったとき、教卓の向こう側にいる新任のアンブリッジ先生が声をかけてきた。やけに甘ったるい猫撫で声で、不愉快な気分になった。それでも、なんとか私は笑みを浮かべる。頭をコクリと下げて了承の意を示した。


今年から闇の魔術に対する防衛術を担当するアンブリッジ先生は、あまり好きそうになれなかった。
…まるで作り物のような優しげな笑みも、桃色の服も気に入らなかったし、化粧が濃く、少し太っている先生の外見も、あまり好きにはなれなかった。でも、なにより気に入らなかったのは、授業に対するやる気のなさだ。


たった今しまった教科書ひとつ見ても、やる気がないように感じる。この教科書には『防衛術を使用する』という意味の言葉が全く出てこないのだ。『話し合いで何とかなる』といったことが永延と言葉を変えながら綴ってある。何か説明があるのかと思ったが、先生は『1章を読みなさい』と私たちに言うと、教卓の後ろに置かれた座り心地のよさそうな椅子に腰を掛けると、それっきりだった。私たちを品定めするように眺め見てくる。
やる気がないことは火を見るより明らかだ。

学期末に行われる試験には、実技として防衛術を使用することが求められる。試験で出るような防衛術は習得済みなので私は大丈夫だが、他の生徒は違うだろう。このままの調子で、ただ教科書を読むだけの授業が1年間続いた場合…いったい何人の生徒が試験に落第することになるだろうか?


「そんなところでボーっとしていないで、こちらに来なさい」


甘ったるい声が催促してくる。
私は顔に笑みを浮かべたまま、アンブリッジ先生の前まで歩いて行った。先生は私が嫌な顔一つせずに先生の言うことを聞いたので満足した顔だった……が、その瞳に探るような色が混じっていることに、私は気が付いていた。先程よりも少し警戒心を高める。


「この後、何か予定はある?」
「いえ、今日はこの時間で終わりです」


先生はますます満足そうな顔をした。なんだか、先生には悪いが……太ったガマガエルのように見える。瞳の奥に欲望や意地悪さを隠しきれていない、醜いガマガエルだ。


「そう、なら少しお話しません?」


私の返事を聞かずに、私の腕を無理やり引っ張ると自室に連れ込む先生。部屋もこれまたピンク一色の部屋で、思わず出て行きたくなった。趣味の悪い子猫が描かれた小皿が沢山飾ってある。私と同年代の少女の部屋なら、まだ理解出来る。だが、どう見ても中年のおばさんの部屋がこれだと……かなり引く。
それに、頭がクラクラする様なくらい鼻にツンとくる香水の匂いが充満していた。密室だったので窓を開けたかったが、失礼な気がするので我慢することにする。

私の心中には気が付かないらしいアンブリッジ先生は、にんまりと笑みを浮かべたままカップを用意していた。


「何が飲みたい?紅茶?それともコーヒー?」
「……紅茶でお願いします。あっ、私が淹れましょうか」
「いいのよ、お茶会に招待したのは私なのだから」


クスクス笑いながら大げさな身振りで紅茶を入れるアンブリッジ先生。…嫌な感じがする。毒……は無いと思う。でも、飲んだら真実を話してしまう『真実薬』が盛られている可能性が高い。先生が私を見ていない僅かの隙をついて、ローブの下にしまってある杖を、袖の下に移した。


「さぁ、おまたせ」


コトン…と音を立てて置かれる紅茶。見た感じ普通の紅茶だ。だけど、あまり上等な香りではない。もちろん、そのあたりで売られている安物の紅茶の香りではない。だが、例えるなら…かゆいところに手が届かないみたいな感じで、あと一歩、高級と称せない香りだ。


「冷めないうちに飲んでね」


そういう先生だったが、先生自身は紅茶に口を付けない。明らかに何か盛られている。私はカップを口元まで持っていくと、唇を固く結んだまま、飲んだふりをする。アンブリッジ先生の口がますます横に広がった。…どうやら、私が飲んだと思ってくれたみたいだ。


「ありがとう。さてと…あなたは本当にスリザリン生なの?」
「私はスリザリン生です」


アンブリッジ先生の目をまっすぐ見つめて話す。…どうやら、先生の眼には私が『異端のスリザリン生』に見えたらしい。


「そう……じゃあ、もう一つ聞いてもいいかしら。あなた、ハリー・ポッターのことをどう思う?」


…なるほど。私は1人で納得をした。周囲から見たら私はグリフィンドール生と仲が良好な異端のスリザリン生だ。闇の魔術に対する防衛術の授業が始まる前に、次の監督生の集まりについてハーマイオニーと少し話していたところを、先生に見られていたのかもしれない。


「特に何も」
「本当に?」
「はい。知り合い以上友達以下、というところでしょう」


私の眼をじぃっと睨むように見てくるアンブリッジ先生。私も笑みを保ったまま、先生から目を離さないで見続けた。


「良かったわ……あなたは『正常』みたいね」
「『正常』?」


私が思わず聞き返す。アンブリッジ先生は、ほっとしたような表情を浮かべながら、スプーンで紅茶を掻きまわしていた。


「知っていると思うけど、ハリー・ポッターは情緒不安定でしょ?それが貴方にも悪影響を及ぼしているんじゃないかって心配したの。ポッターやその取り巻きと仲良くしていたら貴方の将来に傷がつくから」


…私を心配するような眼で見てくるアンブリッジ先生。一見すると母鳥が雛を見守るような表情に見えなくもないが、やっぱり瞳が濁っている。駅のプラットホームで他人の私を気にかけてくれた、ウィーズリー夫人の方が、私を思ってくれていた気がする。


「ハリー・ポッターが情緒不安定…?私が見る限り、彼は至って正常だと思いますが?」
「優しい子ね…でも、彼を気遣わなくていいのよ。本当のことなんだもの」


困ったような顔をするアンブリッジ先生。

あぁ、そうだった。目の前にいる先生はドラコ情報によると、元魔法省大臣の上級補佐官。ダンブルドアやハリーが唱える『ヴォルデモート復活説』を反対する魔法省側の人間だ。しかもその頂点に限りなく近い人物。つまり、ハリーが戯言を言っていると思っているのだ。…あの第三の課題で何があったのかを語れる人物は、ハリーの他に私とセドリックしかいない。

だが、セドリックは未だに意識が戻らないし、私は何があったのかを話さない。何回か聞かれたが、面倒なので『ハリーに聞いて』と言うだけにしている。今学期に入ってから、見覚えのあるハッフルパフ生が、あまりにもしつこく尋ねてきて、まくのが大変だったのを思い出す。


「あのね、あなた…卒業後は魔法省に入らない?」
「魔法省ですか?」
「そうよ、あなたの素行と成績だったら、卒業して1年目で大臣下級補佐官に任命されるのも夢ではないわよ」


子どもの前に、とびっきりのお菓子を目の前に出したような顔をするアンブリッジ。私は呆れ顔になりそうだったが、なんとか笑顔の仮面を被り続けていた。

将来の高い地位を保証する代わりに、魔法省側、つまりアンブリッジの陣営に下れ…ということか。
さて、どうしよう。正直、こんな見るからに小物のオバサンに従うのは遠慮したい。まだダンブルドアに仮初の忠誠を誓った方がましだ。

魔法省に就職するなんて考えたこともなかった。上の地位に行けばいくほど、イギリスの魔法界の責任を背負わないといけないのだ。だからといって低い地位だと給料が少なくて、生活が困窮するだろう。他の職業でもそうだとおもうが、魔法省は特にそのイメージが強い。だからあまり就職したくない。それに……目の前にいる女(アンブリッジ)がいつまで高い地位にいるのは、せいぜい現魔法省大臣がヴォルデモートの復活に気が付いて、責任をとって辞任するまでだ。そう考えると、このガマガエル女が鼻を高くして生きていられるのは、あまり長くないと思う。


だからといって、断ると後が面倒になりそうだ。


「少し、考えさせてください」


私はゆっくりと告げると、席を立った。…無言呪文を使って、カップの中の紅茶を消失させてから…


「あ、あら?もう帰ってしまうの?紅茶がまだ……残ってないけど、もう少しお話しない?」


アンブリッジが引き止める声が聞こえたので、すまなそうな顔をして振り返る。


「すみません、ちょっと用事を思い出したので、席を立たせてもらいます。先生も学校に来たばかりで忙しいと思いますし」


一礼して部屋を出た。部屋を出て、新鮮な空気を思いっきり吸う。…頭がはっきりしてきた。


「やっと解放されたのか、セレネ」


廊下の向こうから、ドラコが歩いてくるのが見えた。何か手に少し通常のサイズより大きい白い封筒を持っている。


「まぁな。…それは?」
「セレネに頼まれていたものだ。…でも、ここまで慎重に行動する必要があるのか?」
「慎重になるに越したことはない」


私はドラコから、白い封筒を受け取った。宛名として記されている名前はドラコの名前だが、封筒の中に入っていた一回り小さい封筒に書かれていた宛名は私宛だ。


魔法省が学校を支配下に置こうと身を乗り出している。そんな魔法省と敵対しているハリー・ポッターと関わりのある人物は要注意人物としてマークされていてもおかしくはない。そんな要注意人物が、誰か外部の人と接触を持っていないかを確かめるために、魔法省側の人間、つまりアンブリッジとその仲間が、要注意人物あてに届いた手紙を勝手に読むということがあるかもしれない。

明らかに要注意人物に含まれていそうな(…というか、先程のアンブリッジの発言からして含まれていた)私宛の手紙は、全て魔法省側の人間に読まれていると思った方がいい。それなら話は簡単だ。絶対に魔法省から要注意人物として扱われない人経由で私宛の手紙が届くようにすればいい。

だから、魔法省上層部と仲の良い父親を持つドラコに協力を要請した。……私宛の手紙はドラコ経由で届くように細工をすることにしたのだ。事前に、先方へ送る封筒の中に返信用封筒として『ドラコ』の名前が書かれた封筒と私の名前が書かれた封筒…そして、面倒な事情を説明する手紙を入れておく。そうすることで、私の手紙の内容が誰かに見られるということはなくなる、という細工だ。


手間がかかるが、読まれることはない。今やり取りしている手紙は、あまり人に見られたくない手紙だから。


「…で、誰からなんだ?」


覗き込むように私が拡げた手紙を見るドラコ。私はドラコが読もうとする前に、手紙を折りたたんだ。


「父さんの友人からの返信。魔法界のツテだと手に入れられないものを、手に入れるため交渉をしている最中。今度の日曜日に会うことになった」


淡々と私が要約した内容を話すと、怪訝そうな顔をするドラコ。


「魔法界で手に入らないもの?忘れているかもしれないが、ホグワーツでマグル製品は…」
「狂うのは電気機器だけだ。私が手に入れたいものは、ホグワーツの中でも絶対に狂わない」


口元が歪んでいるのが自分でもわかった。私は折りたたんだ手紙を封筒に入れ直すと、杖を袖の下から取り出す。


「『インセンディオ‐燃えろ』」


呪文を唱えると、杖先から緑色の炎が噴射される。そのまま封筒は、あっという間に全体が黒く変化し崩れ落ちた。


「セレネ、やっと見つけた!」


丁度その時、廊下の向こう側からダフネが姿を現した。少し息が荒く額に丸い汗が浮かんでいた。恐らく、走って来たのだろう。


「汽車の中でセレネに言われたことなんだけど……成功したよ」
「ありがとう、ダフネ」


私はホッと一息ついた。正直あまり友人を巻き込みたくなかったが、自分では難しい内容だったので協力してもらったのだ。これが上手くいかなかったら、今後の予定が一気に崩れる。


「ごめん、使い走りみたいなことをさせて」
「いいの。でも、セレネは平気なの?」


心配そうな顔をするダフネ。私はダフネを安心させるように笑みを浮かべる。


「大丈夫。じゃあ、また後で」


ダフネとドラコに別れを告げて、『秘密の部屋』へと足を進めた。こつんこつんと私の足音だけが、人気のない3階の廊下に響き渡る。
水面下で行動を始める最低限の準備は整った。後は、奴らに気が付かれないように、さらに策を仕込まないと。
私は一度、心を落ち着かせるために深呼吸をして…それから、2か月ぶりに『秘密の部屋』へと足を踏み入れたのだった。





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11月10日:一部改訂






[33878] 57話 叫びの屋敷
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/10 19:08


SIDE:ハリー



「疲れた」

僕はパジャマに着替えないで、そのままベッドに潜り込む。ずっと羽ペンを使っていたので、右手が麻痺しているみたいで感覚がない。ベッドの上についている天幕を眺めて、ため息をついた。

…本当に今日は、朝から最悪な気分だった。

今学期末に迫っている『OWL(普通魔法レベル試験)』のせいで先生たちは処理しきれないんじゃないかってくらいの量の宿題を出したせいで、せっかくの日曜日なのに、ろくに休めなかった。それに、昨夜のクィディッチの練習は最悪だったし。

…なんか思い出すだけで腹が立つ。
今学期からクィディッチのキーパーになったロンを加えた新生・グリフィンドールチームの初練習だったんだけど、そこにスリザリンの連中が来て野次をとばしたんだ。それも、物凄く胸糞悪い野次。ロンの家族を中傷するような野次のせいで、ロンが怒って顔を真っ赤にしていた。しかも、ロンがチームに入ったことを快く思っていないフレッドとジョージも悪ふざけをして練習を滅茶滅茶にしたし…。

その上、パーシー……ロンのお兄さんからロン宛に手紙が届いたのだ。野心家で権威に対する執着心が強くて、そこまで好きというわけじゃなかったけど、それでも比較的良好な関係を築いていたパーシーが、僕を『情緒不安定』と断定しているなんて。


最悪だ。


本当に僕は運がない。


今年の夏休みだって、最悪だった。
なんかよく分からないけど、吸魂鬼に従兄(ダドリー)と一緒に襲われて、呪文を使ったせいで退学処分になりかけたし。やっとダーズリー家から解放された!って思ったのもつかの間で、『不死鳥の騎士団』っていう反ヴォルデモート運動のアジトになったシリウスの屋敷の掃除をしないといけなくなるし。懲戒尋問で刑事事件の大法廷で裁きを受けないといけなくなるし、付添人のダンブルドアは僕のことを見ないし。

ハーマイオニーもロンも……誰も僕のことなんて考えてくれないし。
挙句の果てには、新聞で『狂った』とか『目立ちたがり屋』とか『うそつき』呼ばわりされるのは僕だけだ。なんで僕と同じようにヴォルデモートが復活のを目撃したセレネは狂人扱いされないんだ?セドリックが騒がれないのは分かる。……だって、まだ病院で入院しているみたいだから。




僕の右手の甲に刻まれた文字が目に入ってきた。

《嘘をついてはいけない》

この文字は、アンブリッジの罰則で刻まれた文字だ。ただの書き取りの罰だと思ったら、使用するインクは自分の血、つまり筆者の血を使って書く羽ペンを使った書き取りの罰だったんだ。


「嘘なんてついてないのに…」


嘘はついてはいけない。そんなこと百も承知だし、僕は嘘なんてついていない。ヴォルデモートは本当に復活したのに……嘘なんてついてないのに。なんで僕だけ………


セレネだって見ているのに。『ヴォルデモートは復活していない』ってセレネは嘘をついたのだろうか?自分の保身のために、僕が言っていることを全て狂言だということにして。セレネは、ヴォルデモートと戦わないのか?



「あれ?」


窓の外に広がる夜の闇の中に、小さな人影が動くのを見た気がした。僕は足音を立てないようにしながら窓に近づいて、それが何なのか確かめようと目を細める。


「セレネ?」


思わずつぶやいてしまった。…腕時計を見ると、もうすぐ短針が11時を指すところだった。…こんな深夜に1人で何をしているんだろう?
僕がジッと目を凝らしてみていると、セレネは…なんと『暴れ柳』の木に近づいて行ったんだ。『暴れ柳』といえば、ルーピンが入学したから植えられた、近づくものを攻撃する柳だ。とにかく触られるのを嫌い、ロンのお父さんの車(フォードアングリア)を攻撃したり、僕のニンバス2000を修復不可能なほどに破壊するほど。でも、あの樹を止める方法はある。ここからだと分からないけど、幹のある一点を突けば動きが止まり、ホグズミードにある『叫びの屋敷』に繋がる道が出来るんだ。


まさか、セレネもそれを知っていたってこと?一体どうして?


僕は考えるより先に行動していた。トランクの中から『透明マント』を取り出すと、それを羽織る。
僕は、セレネがなんであんなところにいるのか気になったんだ。こんな時間に、暴れ柳に近づくってことは十中八九『叫びの屋敷』に行こうとしているとみて間違いないと思う。
…もしかしたら、セレネはヴォルデモートと手を結んでいるのかもしれない。だから、こんな夜中に城を抜け出そうとするに違いない。信じたくないけど、だってセレネはスリザリンの血を引いているし。…でも、セレネのお父さんは『(元)死喰い人』のカルカロフに殺されているみたいだから、ヴォルデモートと手を組みそうにないんだけど。


僕はロンを起こそうかと思ったけど、ぐっすり眠りこんでいるロンを起こすには時間がかかりそうだ。ロンを起こして事情を説明しているうちにセレネを見失いそうだと思った僕は、早足で寮の階段を下りた。


「『ルーモス‐明かりよ』」

杖先に頼りない明かりが燈る。その足元だけを照らす明かりだけが、誰もいない静まり返った廊下を照らしていた。


そういえば、こうして『透明マント』で姿を消して移動するのは何度目だろうか?そんなことを考えながら校庭に出る。


とっくにセレネの姿は、見えなくなっていた。もう『暴れ柳』を通過してしまったのだろう。暴れ柳は強風で煽られているみたいに枝を軋ませ、僕を……誰も近づけないように枝を前へ後ろへと叩きつけていた。

僕は握りしめていた杖を、近くに落ちている木の棒に向けた。


「『ウィンガーディアム・レビオーサ‐浮遊せよ』」


木の棒がフワリと宙に浮く。僕はそのまま木の枝を荒れ狂う暴れ柳の枝をかいくぐるように動かすと、幹の一点に触れさせた。すると、まるで大理石の彫刻のように動きを止める暴れ柳。そして根元のところに人が一人通れるくらいの隙間が出来た。僕は透明マントをしっかり体に巻きつけなおすと、先が見えない埃っぽいトンネルの中に潜り込んだ。


だんだんとトンネルが急な上り坂になってきた。はぁ…はぁ…と荒い息が漏れそうになる。でも、ここで変に音を立てたら聡いセレネのことだ。気が付かれてしまう可能性が高い。僕はなんとか息を押し殺して進む。


「『ノックス‐闇よ』」


聞き取れないくらい小さい声でつぶやく。すると頼りなさ気に燈っていた杖明かりが消え、辺りが闇に包まれた。


「――――なのか?」
「あぁ――――ということだ」
「――――だね。2人とも会ったことがないから分からないけど―――の方は、特に会ってみたかったな。セブルスと仲良くなった珍しいマグルだし」


微かに明るい前方から、風に乗って声が聞こえてくる。1人目は知らない男の声だったが、2人目はよく知っている声、セレネの声だ。でも、3人目の声を聞いたとき耳を疑ってしまった。だって、その声もよく知った声で…でも、ここにいるはずがない人物の声だったから。


はやる気持ちを抑えて、僕は坂を上りきってトンネルから出た。扉の向こうから明かりが漏れている。…僕は恐る恐る隙間を覗き込んだとき、思わず声を出しそうになってしまった。


そこにいた人は3人。


板が打ち付けられた窓の傍に立っているのは、着古した闇に溶け込みそうなコートを羽織る知らない男。その近くの素朴な扉に寄りかかるようにして立っているのはセレネ。足元に蛇のバーナードをはべらせている。眼鏡はかけていなかった。闇の中で得物を見つけた獣みたいに、瞳が青く爛々と輝いている。…そういえば、ヴォルデモートと対決した時も、あんな感じで目が蒼くなっていたけど、どうしてだろう?という疑問が浮かんできたが、それを打ち消すような衝撃が僕に走った。


やや無表情な2人の前に置いてある、今にも脚が折れそうな丸椅子に腰を掛けて微笑んでいる人物。継ぎ接ぎだらけのローブを身にまとった若白髪の男、ルーピンがいたのだ。


なんでこんなところに…?



僕が困惑している間にも話は進んでいた。知らない男が、ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつける。ふぅ…と煙草の白い煙を吐きながら男は無感情なまなざしをセレネとルーピンに向けた。


「……だが、納得がいかないな。君はまだ成人すらしていない女の子だ。…その重みを背負って生きていく決心をしたことに、いつか必ず後悔する日が来る。それでも、やるのかい?」
「後悔は、ありません」


まっすぐ男を睨むように見つめるセレネ。そんなセレネを見たルーピンは、立ち上がってセレネの肩に手を置いた。


「心配するな。セレネが道を踏み外さないように僕やセブルス……この子の名付け親が面倒を見るから」


……え?セブルス?今ルーピンは、セブルスって言った?
僕の思考が凍結しかけた。えっと、なんでセレネの名付け親がスネイプなんだ?セレネってマグルの中で育てられて、ホグワーツに入学するまでスリザリンの末裔ってことを知らなかったんじゃなかったっけ?


「……いつまでも面倒を見れると思っているのか?」
「まさか!でも、その時が来るまでのストッパーになることは出来る。…その時にはセレネの心の準備もできているさ」


ルーピンは男の無感情な目をまっすぐ射抜くように見ている。決意を固めた色だ。でも、どうしてセレネのストッパーになろうと思ったんだろう?2人に共通点なんてないように思えるのに。


「……そうか。まぁ、君の計画は僕にとっても利益になるから止めることはしない」


煙草を踏み消す。それから男は、セレネの立っている傍の扉の取っ手に手をかけた。


「……例の物はクリスマスまでに用意できる。受け取りは、どこにする?ダイアゴン横丁かな?」


その時、部屋の空気が変わった。ルーピンとセレネの目が見開き、互いに目配せをしているのが分かった。


「……切嗣さん、あなたは何でダイアゴン横丁を知っているのですか?」


セレネが言葉を慎重に選んでいるみたいだ。…えっと、今の雰囲気から察するに、キリツグって呼ばれた男はマグルだと思われていたってこと?いや、それよりも、ダイアゴン横丁も知らないと思っていたマグル相手に、セレネは何を頼もうとしていたんだ?


「そうか、君たちには伏せられているのか」


少し驚いたような眼をするキリツグ。取っ手にかけていた手を外し、扉に背を預けると、口を開いた。


「僕も魔法使いだ。正確に言えば魔術師と言った方がいいのかもしれない」
「「魔術師?」」


ルーピンの言葉とセレネの言葉が、見事にはもった。セレネの足元にいた蛇は、話を聞いていないみたいだ。ただボンヤリと辺りを見渡している。キリツグは再び白い煙草を取り出すと、ライターで火をつけた。


「まぁ、分類上の話だ。君たちの使う『魔法』は、日々の生活のために使われている。
だが、魔術師は違う。魔術師は『根源』…簡単に言えば、『この世の始まりから、終わりまでの全ての情報を保存した究極の知識』へ到達することを探究する学者のようなものだ。その探求に魔術を使うから魔術師というだけだよ」


白い煙を吐きながら、淡々と話すキリツグ。
この部屋にいる蛇を除いた全ての目が、全てキリツグを見ていた。


「君たちが知らなかったのは当然だ。この世界に魔術師は一握りだし、魔術師は一族に代々伝わってきた魔術を秘匿することに専念している。根源に到達するために研究を重ねてきた秘術を、他人に知られないように、ひっそりと生活しているんだ。
魔法使いの中でも、魔術師の存在を知っているのは魔法省大臣くらいだろう」


知らなかった。つまり、生活のために魔法を使うのが僕たちで、研究のためだけに魔法を使うのが魔術師ってこと?


誰も身動きをしない。ただ、蛇だけがセレネの身体を巻きつけるように、セレネの身体を登っていく。耳元で何かを囁くように、口を開いて赤い舌をチロチロと出しているのが見えた。セレネは蛇を気にしていないらしい。最初に浮かんでいた驚きの色は消え、無表情でキリツグを見ていた。


「……切嗣さんは、クイールの友人で傭兵(ナタリア)の弟子だったと思うのですが…傭兵活動の傍らに研究をしていたのですか?」


セレネが尋ねると、キリツグは首を横に振った。煙草の灰が埃の溜まった床に落ちていく。


「僕の父親までは列記とした魔術師だ。だが、僕はナタリアと同じ道を選んだ。
父親から衛宮の魔術に関する秘術を継いではいるが、研究はしていない。今は妻や娘達と一緒に、魔術とは、ほぼ無縁に暮らしている。……もちろん、君たちの使う魔法ともね」


少しだけ感情がない瞳に柔らかな色が混じった気がした。さっきまで得体の知らない男に見えたけど、なんだか普通の家族思いの男に見えた。…もっとも、それは一瞬だけで、すぐに何も感じていないような眼に戻ったけど。


「……じゃあ僕はもう帰る」
「…少し待ってください。今、問題が発生しました」


セレネはそうつぶやいた途端、眼にもとまらぬ速さで杖を取り出した。



「『ステューピファイ-麻痺せよ』」


深紅の閃光が杖の先から噴射された。それも僕に向かって。僕は杖を取り出す前に、閃光が胸を貫いた。透明マントがずれ堕ち、僕の姿がセレネ達に完全に見えてしまったみたいだ。


「ハリー!?なんでここに…」


ルーピンが驚いて目を丸くさせている。口を開きたかったけど、口が痺れて動かない。たった一撃でこの威力。それだけセレネの魔力が高いってこと。


「…バーナードが『人間の臭いがする』って教えてくれたから気が付いたが…。なんだこの透明マント、死の線がほとんど視えない」


蛇の頭を撫でながら、眉間に皺を寄せるセレネ。キリツグも訝しげな顔をして近づいてくる。


「聖遺物なのかもしれないな。人間には理解出来ないものは『その眼』で認識できない可能性がある」
「聖遺物?……確かにジェームズは『家に代々伝わる透明マント』だって言っていたな。考えてみればおかしい。透明マントは時間が経てば効果が切れてくるはずなのに……」



何か言っているけど、よく分からない。えっと、つまり僕の透明マントが異常ってこと?というか…その眼…って……なんだろう?セレネの……青く光ってる眼の…こと?ダメだ、頭が…うまく働かない。


「…で、どうするんだい、御嬢さん?」


キリツグという男が、無感情な眼で僕を見下ろしてくる。僕は……僕はどうなるんだろう。
動け、動け。あと少しでも動けば…逃げられるかもしれないのに。


「私達の話を聞かれた。…どうするか、言わなくても分かると思いますけど」


僕を見下ろす蒼く輝くセレネの眼が、無性に怖く感じた。なんだか、そのまま見ていると『死』に誘われそうな気がした。


「でも、今は殺さない」


セレネが杖を振り上げて何かをつぶやいた。深紅の光線が再び僕を貫き、身体じゅうに走る激痛。


ルーピンが憐れむような顔をして何か言っているのが視界に入ったけど、何を言っているのか聞こえない。だんだん意識が遠く……遠く……沈んでいく………















「…リー…ハリー!」


誰かに強くゆすられて、ボンヤリと目を開ける。目の前に心配そうに顔を歪ませるロンとハーマイオニーの姿が見えた。


「ロン…ハーマイオニー……っ!そうだ、セレネ!!」


僕は辺りを見渡した。僕の目の前に広がっているのは、いつもの談話室。深紅で統一された家具、勢いよく燃えている暖炉…そして黄金のライオンのタペストリー。僕が座っているのは、お気に入りの座り心地の良いふかふかのソファだった。あの埃まみれで汚らしい『叫びの屋敷』とは雲泥の差。


「夢でも見ていたんじゃない?セレネはどこにもいないわよ?」
「夢…?」


そうだ。あれは夢だったんだ。冷静に考えてありえないじゃないか。
セレネが叫びの屋敷にいるとか、ルーピンがいつの間にかセレネと仲良くなっているとか。得体のしれない男がいたとか、何か取引をしていたとか、魔術がどうたらこうたらとか。
セレネが僕をここまで運んでくれたって考えられるけど、セレネはスリザリンの女子生徒。グリフィンドールの合言葉を知っているわけないから、送り届けるなんて不可能だ。夢にしてはかなり鮮明に思い出せるけど、ありえないことだらけ。きっと夢だったんだ。

僕は苦笑いを浮かべると立ち上がった。


「今日の最初の科目はなんだっけ?」


朝食をとるため、大広間に向かいながら2人に尋ねる。ロンが鞄から時間割を取り出す前に、ハーマイオニーが口を開いた。


「魔法史よ」
「魔法史か……後でノートを見せて、ハーマイオニー」

ロンが当然のように言う。そんなロンをハーマイオニーは思いっきり睨みつけた。

「もう!私に頼らないという発想がないの?」
「ない」


断言するロン。ロンの言う通り、魔法史の授業はハーマイオニーに頼らないといけない。淡々と一本調子で先生が話すだけのつまらない授業だから、10分も眠気に耐えていれば奇跡という授業なのだ。唯一聞いていることが出来るハーマイオニーが、テスト前にノートを見せてくれたから、今まで合格点を取れたようなものだ。


「あのねぇ!あなたたちは……」
「そんなことよりも朝食だ!僕、腹ペコだよ」


説教を始めようとするハーマイオニーの言葉を遮るように、音を立てて席に着くロン。ハーマイオニーは少しムスッとしていたけど、僕は無視することにした。朝食のトーストにバターを塗りながら、そっとスリザリン寮のテーブルを見る。丁度セレネが欠伸をしながら席に着くところだった。……なんだか寝不足みたいだ。やっぱり夢じゃなかったんじゃないかな。


「あっ!!」


ハーマイオニーが息をのむ声がそばで聞こえたので、セレネから視線を外した。

「どうしたんだ?」


僕は、スプーンを落としてしまったハーマイオニーに何事かと声をかけた時……なんで驚いているのか理解できた。ハーマイオニーが拡げていた『日刊預言者新聞』……その一面にドローレス・アンブリッジの写真がでかでかと載っていたのだ。胸糞が悪くなるような笑みを浮かべながら、大見出しの下でゆっくりと瞬きをしている。



≪魔法省、教育改革に乗り出す。ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命≫


「アンブリッジ――――――高等尋問官?」


僕は暗い声で思わずつぶやいてしまった。摘まんでいた食べかけのトーストがズルリと落ちる。…僕の思考から、昨日の出来事が夢かどうかなんて吹っ飛んでしまった瞬間だった。




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11月10日:一部改訂






[33878] 58話 ミンビュラス・ミンブルトニア
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/10 19:12

大鍋から黄色の煙が天井へと螺旋を描きながら昇っていく。
どうやら無事に魔法薬が完成したらしい。私は立ち上がると、橙色の液体を試験管で掬いとる。コルクで栓をすると、いつも通りスネイプ先生に提出する。スネイプ先生は難しい顔をして試験管を受け取った。


「…本当に、我輩の言いつけを守っているか?」


近くにいる私にしか聞こえないくらい小さな声でスネイプ先生は問いかけてきた。しかも、ほとんど口が動いていない。私は小さなため息をついた。


「大丈夫です。まだ、死にたくないですから」


先生の目を見ながら、私も先生にしか聞こえないくらい小さな声で言う。先生は疑惑の色を隠さない。その眼はまるで、私の考えを読もうとしているみたいだ。

…スネイプ先生は、私の名付け親でありクイールが死んでからは保護者になってくれた。内輪で執り行ったクイールの葬儀の時に、先生が保護者として名乗り上げてくれたのだ。その時に先生が私に言った言葉は、今でもハッキリと思いだすことが出来る。
先生は、あの葬式の日…他の弔問客みたいに、私に対する同情の眼差しを向けることはなかった。保護者として名乗り上げてくれたスネイプ先生は、去り際にただ一言、こう言った。

『命を無駄にするな』と。



何故だかわからない。だけどその言葉が、クイールを失ったことに対する他のどんな慰めの言葉よりも、すんなりと心に浸透したのは確かだ。
先生は『クイールが死んだ分、彼の分まで生き続けろ』という意味で言ったのだと思う。それまでは、どうやってカルカロフに復讐をするかをだけを考えていた。たとえ自分が死んででも、カルカロフに復讐が出来ればそれでいい。そう思っていた。


だけど、先生のその一言が、不思議と脳内に重く響いた。一気に頭から水をかけられたかのように、熱が引いていくのが自分でも分かった。

クイールはきっと、私が死ぬことを望まない。

そのことに気が付いたとき、私はまだ死にたくない。ここで命を捨てるようなことをしたくないと思えるようになった。『死』に対する底知れない恐怖も、押し寄せる波のように戻ってきた。復讐するとしても、自分が死なない方法を選ぼうと思った。それと同時に、今後の身の振り方を考え始めていた、そんな時だ。…ヴォルデモートが家にやってきたのは。




先生には私が『破れぬ誓い』を結んだことを話していない。私がヴォルデモートと『破れぬ誓い』を結んでいるなんてダンブルドアに知られたら、行動を起こしにくくなる。万が一、スネイプ先生経由でダンブルドアに知られたらまずい。だからヴォルデモートに、他言しない様にと釘を刺しておいた。もちろん、その配下のシルバーやルシウス・マルフォイにも。
だから『破れぬ誓い』のことを知っているのは、あの場にいた私達4人。…それから『あるもの』を調達するために協力を仰いだ衛宮切嗣と、不本意ながらに知られてしまったが、私に協力をしてくれているルーピン先生くらいだ。一昨日の出来事を見てしまったハリーも知ってしまった可能性があるが、あたかも『夢』であるように勘違いさせたので、たぶん知らないし、気づくことはないだろう。今のところの話、だが。




先生は、まだ疑惑の目をしている。…だが、こうしているのは時間の無駄だと思ったのだろう。先に折れたのは先生の方だった。


「……言いつけを守っているのであれば構わない。だが、忘れないことだ。……クイールを真に思うのであれば、道を踏み外さないようにしたまえ」


気のせいだろうか……少し寂しげな色が先生の顔に浮かんだ気がした。だが、それは一瞬で、よく見直した時には、いつもの感情を押し殺したような仮面をつけた表情になっていた。

私は一礼をすると、その場を辞した。もう教室に残っている生徒はいない。今日の授業は魔法薬学で終わりだから、誰もが予定を入れている。
いつも行動を共にしているダフネは、これから付き合っているレイブンクローのテリー・ブートと落ち合う約束をしているらしい。パンジーはクィディッチの練習に出かけたドラコの応援で、ミリセントはそれに野次を飛ばしに行くと言っていた。私も誘われたが、クィディッチに興味がないので断った。



手際よく荷物をまとめ、ほんの数人しか残っていない教室を出る。その時にトボトボと意気消沈といった様子で歩くネビルの背中を見つけた。

私が近づくと、力なく笑うネビル。そういえば、ネビルは今回も魔法薬の調合を失敗していた。橙色の液体になるはずの魔法薬が、何故か桃色のスライムみたいな固形物になっていたのが脳裏に浮かぶ。


「セレネは凄いよね。いつも完璧に調合しているし」


ため息交じりに言うネビル。…やっぱり、今日の授業の失敗のせいで落ち込んでいるみたいだ。なんだかネビルの周りに悪雲が漂っているのが見えた気がした。


「ネビルだって凄いと思うぞ?特に薬草学の知識が。私は『ミンビュラス・ミンブルトニア』って植物を知らなかった」


そういうと、ネビルの表情は少しだけ明るくなったが、依然として暗いままだった。


「『ミンビュラス・ミンブルトニア』なんて知っていても何も役に立たないよ」
「知らないよりも知っていた方が役に立つ。それに前にネビルは言っていただろ?『いつも覚えられない寮の合言葉だけど、今年は“ミンビュラス・ミンブルトニア”だから忘れないよ』って。
私もネビルに『ミンビュラス・ミンブルトニア』を教えてもらっていたから助かったことがあったし」



私は、自分の口元が微かに歪んでいるような感じがした。そう、ネビルのお蔭だ。一昨日の夜、ルーピン先生や衛宮切嗣との密会をハリーが聞いていたことを思い出す。
最初は気が付かなかったが、バーナードが『ピット器官』という蛇が持っている探知能力でハリーがいるということを教えてくれたのだ。話しの内容を聞かれたらまずいので、直ぐにハリーを気絶させた。でも、ダンブルドアみたいに記憶を改竄する様な行為はしたくない。
仕方ないので、ハリーをグリフィンドールの談話室まで運んだのだ。寮に入るための合言葉については、前にネビルに教えてもらっていた。ネビルに教えてもらっていなかったら、私はいったいどうしていただろうか。



「助けてもらったって……本当に?」


驚いたような眼で私を見てくるネビル。私は真顔で頷いた。


「だからネビルは、少し自信を持っていいと思う」
「ありがとう、セレネ……あっ、そうだ!」


嬉しそうな顔をしたネビルは、きょろきょろと辺りを見渡して誰もいないことを確かめている。聞かれたくない話なのだろう。ネビルは、内緒の話をするみたいに声を低くする。


「あのさ……アンブリッジ先生の授業についてどう思う?」


なるほど、だから周りを気にしていたのか。あの先生の悪口を言ったことが、先生にバレたら、後々つらい目に合うのは自分だ。私も四方に人がいないのを確認すると、声を小さくした。


「魔法省の決めたことを的確にこなしているだけ。あの女が行っている教育は実質陶治……つまり知識の詰め込み教育だ。確かに知識や理論は必要だが、それを扱う能力を育てないと意味がないのに、それが分かっていない」
「だよね。あの授業だと、本当の防衛術が学べないよね」


同意を得られてホッとしているネビル。先程までの暗い表情ではなく、どこか生き生きとした表情になっていた。


「ハーマイオニーに誘われたんだけど、次のホグズミード村に行く日に、自主的に『闇の魔術に対する防衛術』の自習をしないかって。セレネも行かない?」
「自習か…」


正直、試験レベルの防衛術は出来る自信がある。
だが、少しは練習をしないと腕が落ちそうな気がするし、アンブリッジに強い反対意見を持っている人が………アンブリッジと敵対するダンブルドアの味方として私の前に立ちふさがる可能性のある人が、現時点でどれだけの実力を持っているのかを知ることが出来る機会かもしれない。



「少し興味が出てきたな。ちなみに…他に誰が来るのかネビルは知っているのか?」
「まずハーマイオニーでしょ。それから…えっとね、ハリーが先生で…それから…」
「待て!ハリーが先生?」


顔を歪めて誰が参加するのかを思い出そうとしているネビルに口を挟んでしまった。

てっきり、互いに呪文を掛け合って、指摘したり指摘されたり、ああでもない、こうでもないと言いながら、互いに成長していけるような自習をするのだとばっかり思っていた。
なのに、ハリーが先生で、参加する人が生徒?互いに呪文をかけあうよりも、危険な気がする。というより、ハリーに教師が務まるのだろうか?


「どうしてハリーなんだ?」
「だって……ほら、セレネも見たんでしょ?『例のあの人』が復活したところを」


ネビルが恐々とした様子で聞いてきた。だが、ネビルの眼はいつになく真剣な光を放っている。…どうやら、ネビルはヴォルデモート復活説を信じているみたいだ。


「ああ、見たな」
「僕たち『あの人』に立ち向かわないといけないんだ。…怖いけど……でも…怖がっているだけじゃ、だめだから。だから、『あの人』と一番多く戦って生き延びているハリーが先生に適任だと思うんだ。それに1年生の時からずっと……」


ネビルの手が震えている。本気だ。ネビルは本気で『ヴォルデモート』に立ち向かうきだ。ネビルはダンブルドアの味方に付くだろうと、なんとなく予想はついていたし、ハリーのことを信頼しているということも分かっていた。でも…実際に目にすると、なんだか少し寂しいような悲しいような気分になってきた。私は、無意識のうちに自分の右腕を強くつかんでいた。ヴォルデモートと契約を結んだ、右腕を…。


「どうしたの、セレネ?顔色が悪いよ」


ネビルが心配そうにのぞきこんでくる。私は無理やり笑みを作る。


「大丈夫」

私は、ネビルに言い聞かせるように言った。それと同時に、自分自身に言い聞かせるように、自分の気持ちを再度確認するかのように。




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11月10日:一部改訂






[33878] 59話 ホッグズ・ヘッド
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/10/25 00:10


10月の陽光が降り注ぐ、風の強い日だった。
陽光が当たるところは暖かい。だが吹き付ける風は、真冬程ではないが肌に突き刺さる。私は、制服の上に羽織った赤いブルゾンのポケットに手をつっこみながら、前かがみでホグズミード村を歩いた。
『ゾンコの悪戯専門店』の前を通り過ぎ、何百羽ものフクロウが鳴き声を上げている郵便局の前も通過する。だんだんと通りを歩くホグワーツ生の数は少なくなり、逆にフードで顔を隠しながら、いそいそと歩いている人の方が目立つようになってきた。


「…ここか…」


『ホッグズ・ヘッド』という小さなパブの前で、私は立ち止まった。同じパブでも『三本の箒』とはまるで違う。ドアの上に張りだした錆びついた腕木に、今にも朽ち果てそうな木の看板がかかっている。


ドアを押すと、ギィィッと音を立てて開いた。小さくみすぼらしい内装だ。山羊小屋が思い出される臭いが店内に充満している。出窓には汚れがたまっていて、陽の光が店内までほとんど差し込まない。代わりに、ざらざらとした木のテーブルの上に置いてある、小さな蝋燭が店内を照らしていた。床は一見すると、土を踏み固めた土間のように見えたが、よく見ると何年も降り積もった埃だということが判明した。

客層も一癖も二癖もありそうな人ばかりだ。誰もがフードや包帯で顔を隠している。私は小さく舌打ちをする。

…どう考えても『裏世界』に通じている店だ。なんでこんな店でハーマイオニーは『自習会』、という名目の『反アンブリッジ』の集会をする気になったのだろうか……


「注文は?」


裏の部屋からバーテンと思われる老人が出てきた。白髪に顎鬚、そしてどこかで見覚えのあるようなブルーの瞳。


「……バタービールを1つ」


カウンターに腰を掛け注文する。老人はカウンターの下から埃の被った瓶を取り出すと、私の前に置いた。


「2シックルだ」


私が財布から銀貨を2枚取り出す。ずっと不機嫌な色を崩さない老人。やはり、どこかで見たことがある。どこだかは思い出せないが。

バタービールを飲むふりをしながら、店内を少し見渡すことにする。…こういう店だったと知っていたなら、私も顔を隠せる帽子でも被ってくれば良かった。


そんなことを考えていると、パブのドアが音を立てて開いた。埃っぽい店内に、陽の光が太い帯状に差し込む。逆光なので顔はよく見えないが、3人組だということ。これから行われることと、背丈を考えると、ハリー・ロン・ハーマイオニーの3人だろう。

案の定、ドアが閉められ元の密室状態に戻った時…ろうそくの光で照らされた人物は、その3人だった。恐々といった様子でカウンターに近づいてきた。


「注文は?」
「あっ、バタービール3本お願い」


唸るように注文をとる老人に対応するハーマイオニー。先程よりも機嫌が悪い老人は、荒々しくカウンターの上に3本のバタービールの瓶を置く。……こういう店を営む老人だ。…きっと、これからこの場所で起こる『嫌な予感』を感じたのかもしれない。


「6シックルだ」
「僕が払うよ」


ハリーが財布を開き、銀貨6枚を取り出す。老人は6枚の銀かを受け取ると、汚れた布でコップを拭き始めた。
そのままカウンターから離れた目立たない場所に行き、バタービールの栓を抜くハリー達。どうやら、私に気が付いていないみたいだ。あまり目立ちたくないので、風景に溶け込めるように影を薄くしていたが、まさか気が付いてもらえないとは。
話しかけようかとも思ったが、面倒なので辞めた。


そんなことを考えていると、再びドアが開いて薄暗い店内に光が差し込んだ。それと同時に賑やかな話声も入ってくる。



先頭にネビル…続いてグリフィンドール生9名、そのうちの4人には見覚えがあった。確かクリスマス・ダンスパーティーでハリーのパートナーだった子。もう1人は以前、チャリング・クロス駅で出会った、ディーン・トーマスという黒人の子だ。

残る2人は4年生と2年生のハリーを尊敬している兄弟コリンとデニス・クリービー。特にデニスの方はアステリアの友人で、よく行動を共にしているらしいが……待て、ホグズミード村行きを許されるのは、3年生以上だったはず。デニスの方は、どうやって来たんだ?秘密の抜け道を知っているとは思えないし。



次に入ってきたのはハッフルパフ生は5人。私と同じ監督生のアーニー・マクミランとハンナ・アボット。それから『秘密の部屋』事件の被害者の1人、確かジャスティンとかいう名前だったと思う…と、何かと私に絡んでくるハッフルパフ生、ザカリアスとかいう不愉快な奴。あとの1人は、見知らぬ長い3つ編みを1本背中に垂らした子だ。

次に入ってきたのはジニー・ウィーズリー。その後ろからレイブンクローのネクタイを締めた少年が2人入ってくる。そのうちの1人…背の低い方は、ジニーと好い関係なのかもしれない。背の低い方はジニーと仲良く話しているが、もう1人の方は2人の半歩後ろを気まずそうに歩いていた。


クリスマス・ダンスパーティでセドリックと踊っていたアジア系のレイブンクロー生が、同じくレイブンクロー生の女子生徒と話しながら入ってくる。でも、楽しそうに頬を赤らめているのはセドリックのパートナーを務めた少女の方だけで、もう片方の少女は笑ってはいるが、どことなく不機嫌だった。その2人の後から…まるで迷い込んできたみたいに入ってきたのは、ルーナだった。久々に見かけたが、以前とあまり変わっていない。『ザ・クィブラー』と印刷された雑誌を大切そうに抱えている。


そして最後に入ってきたのは、フレッドとジョージとリーの3人組だった。手に提げているはち切れそうな袋からは、ゾンコの悪戯グッズが顔を覗かせている。



合計…23人……か。


ハーマイオニーが呼びかけたと聞いていたが、意外と数が多い。集まった生徒を眺めて嬉しそうな顔をしているハーマイオニーは気が付いていないのだろう。それから楽しげに話を続けている集まった生徒たちも。
予想以上の人数に驚いた表情のままのロンや、セドリックのパートナーだった子をチラリチラリとみて鼻の下を伸ばしているハリーも、誰もが気が付かついていない。



店内の空気がガラリと変わったことに。


…カウンターでコップを拭いていた老人が、固まっている。なんだか『面倒なことに巻き込まれた』という色が瞳に見え隠れしていた。怪しげなフードや包帯で顔を隠している人たちも、それぞれの作業を中断させて、ハリー達にを視線を向けていた。



「え――みなさん、こんにちわ」


緊張しているのだろう。若干上ずった声で挨拶をするハーマイオニー。楽しげなしゃべり声が消えて、視線がハーマイオニーに注がれる。…この店内にいる人達の視線が…バーテンの老人だけがコップを汚れた布で拭いていたが、集中してハーマイオニーの話に耳を傾けているみたいだ。



「……つまり、ハリーの…(この時ハリーが物凄い勢いでハーマイオニーを睨んだ)……私の考えでは……ここに集まったのはいい考えだと思うんだけど。…『闇の魔術に対する防衛術』を学びたい人が……つまり、アンブリッジが教えるような屑みたいな授業じゃなくて、自主的に本物を勉強指定という意味だけど。

あの授業は誰が見ても『闇の魔術に対する防衛術』とはいえません!」


そうだそうだ、と合いの手を入れるレイブンクロー生の背が高い方。緊張気味だったハーマイオニーの表情に、少しずつ自信の色が戻ってきた。


「それはつまり、適切な自己防衛を学ぶと言うことであり、単なる理論ではなく本物の呪文を――」
「だけど、君は『闇の魔術に対する防衛術』のOWLもパスしたいんだろ?」


今度はレイブンクロー生で背が低い方…ジニーと仲良く話していた方が口を開いた。
ハーマイオニーは力強く頷く。


「もちろんよ。だけど、それ以上に、私はきちんと身を護る訓練を受けたいの…なぜなら…」


ハーマイオニーはここでいったん言葉を区切った。そして大きく息をついこんでから最後の言葉を告げる。


「何故なら、ヴォルデモート卿が戻ってきたからです」


そこら中から、息を呑む気配がした。
痙攣をしたり身震いをしたり奇声を発したり、そして生徒たちの目がハリーに向けられた。私の位置からだと表情の確認はできないが、何か期待をしているような雰囲気だった。店内の他の客は、指一つ動かさない。……そのことに、ホグワーツ生達は気が付いているのだろうか?



「兎に角、そう言う計画です。皆さんが一緒にやりたければ、どうやってやるかを決めなければなりません」
「『例のあの人』が戻ってきたっていう証拠がどこにあるんだ?」


ザカリアスが喰ってかかるような声で言った。


「まず、ダンブルドアがそう信じていますし……」
「ダンブルドアが、その人を信じるって意味だろ?」


ザカリアスはハリーの方に顎をしゃくった。


「セレネ・ゴーントは、何も教えてくれないし。……ハリー・ポッターが幻か何かを見ただけかもしれないじゃないか。僕たちは、なぜ『例のあの人』が戻ってきたなんて言うのか、正確に知る権利があると思うよ」


正面切っていうザカリアス。ネビルが、何か言いたそうに口をモゴモゴさせていた。だが、ザカリアスはネビルの方を見ずにまっすぐハリーを睨みつけるように見ている。


…そんな光景を見ていると、今学期が始まってから数日後の出来事が脳裏に浮かんできた。

新学期が始まってすぐ、ザカリアスは、同じような内容を私に尋ねてきたのだ。最初は適当にはぐらかしていたのだが、毎時間毎時間…空いている時間が出来るごとに尋ねてくるのだ。『セドリックは誰にやられたのか』『あの人は本当に復活したのか』『そのことについて、一緒に茶でも飲みながら語り合わないか』などなど…

あまりにもしつこいのでハッフルパフの寮監……スプラウト先生にストーカー行為ということで訴えた。その選択は正解だったらしい。それ以後、ザカリアスは私を付け纏うことをしなくなった。

噂だと、スプラウト先生から説教を受けた後、スネイプ先生からも説教と反省文提出を宣告されたとか。

私が、そんなことを思い出している間にも話が進んでいる。


「君は先学期、ダンブルドアが言ったことを覚えていないのか?」
「覚えているさ。だが、セドリックがどうして気絶したまま今も目を覚まさないのかを教えてくれなかった。僕たち、もっと何が起こったのかを知りたいんだ!」
「ヴォルデモートがセドリックに何をしたかを聞きたくて来たなら、今すぐ出て行け」


……おいおい。思わず椅子からずれ堕ちそうになった。ヴォルデモートがセドリックを気絶させたわけじゃないだろ。というか、その場面をハリーは見ていないし。訂正しようかとも思ったが、不自然なくらい静まりかえった店内で声を上げるのは少し気が引ける。


「それじゃ、さっきも言ったように、みんなが防衛術を習いたいのなら、やり方を決める必要があるわ。会合の頻度とか場所とか」

「守護霊を創り出せるって、ほんと?」

集まった生徒が関心を示してざわめいた。……守護霊の呪文は習得が難しい呪文だ。私も習得するのに普通の呪文の倍以上の時間がかかった。
あれは理論や知識を覚えて出来るというレベルの呪文ではない。ハーマイオニーのように理論を覚えてから行動に移す人には、難しい呪文だと思う。…どうやら、ハリーも習得できていたらしい。きっと3年生の時に習得したのだろう。


「うん」

ハリーが答える。少しだけ身構えているようだった。

「有体の守護霊を?」
「あ――君、マダム・ボーンズを知ってるの?」

ハリーが閃いたような表情になる。…どうやら、何か思い当たる節があるらしい。女子生徒がにっこりした。


「私の叔母よ。私はスーザン・ボーンズ。夏休みに叔母があなたの受けた尋問のことを話してくれたの。それで、あなたが牡鹿の守護霊を創るって」
「本当だよ。でも有体の守護霊ならセレネも作り出せるし…」


スーザンの表情を読み取り、ハリーが躊躇いながらも頷いた。というか、尋問って……ハリーは何をしたんだ?


「すげぇぞ、ハリー!全然知らなかった!」

リーは、心底驚いたという表情を浮かべている。そんなリーを見たフレッドとジョージがニヤリと笑った。

「「お袋が言ったんだ。そのことについて、吹聴するなって」」



その時、ぽつんと座っていたベールをかぶった魔女が、座ったまま居心地が悪そうに少しだけ身体をモゾモゾと動かしているのが視界の端に映った。その魔女を詳しく観察しようと視線を何気なく向けた。だが、すぐにある1人の発言によってハリー達の会話に耳を戻した。


「テリーから聞いたんだけど、君はダンブルドアの校長室にある剣で『バジリスク』を殺したのかい?」


背が低い方のレイブンクロー生が言う。ハリーは少しだけ笑みを浮かべた。だが、眼が泳いでいる。


「あ……まぁ、瀕死にさせたというか」
「すげぇ…バジリスクって蛇の王者だろ?」


ジャスティンがつぶやく。グリフィンドールの女子生徒が「うわぁ!」と小さく叫んだ。クリービー兄弟は尊敬で打ちのめされたように目を交わしている。ネビルも顔を真っ赤にさせて口を開いた。


「それに1年生の時には『言者の石』を『例のあの人』から救ったよ!」
「『賢者の石』よ」


ハーマイオニーが訂正する。…いつの間にか、私はバタービールの瓶を持つ手に力を入れていた。ハリーは嬉しそうな、でもどこか戸惑っているような表情を浮かべている。


「まぁ……でも、あれは運が良かっただけで…」
「それにまだあるわ」


ハリーの言葉を遮り、話し始めたのはセドリックのパートナーだったアジア系の少女。


「先学期、3校対抗試合で、ハリーがどんなに色々な課題をやり遂げたか。ドラゴンや水中人、それから大蜘蛛なんか色々と切り抜けて……」


アジア系の少女の少女に賛同する声が、生徒たちの中から上がった。ハリーの顔は熟れ過ぎたトマトのように赤く染まっている。


「聞いてくれ!」


ハリーが少し大きな声を出す。すると、たちまち店内に静けさが戻った。


「僕……僕、何も謙遜するとか、そういうわけじゃないんだけど。僕はずいぶん助けてもらって、そういういろんなことをしたんだ…」
「ドラゴンの時は違う。助けはなかった。あの切り抜け方は本当に、かっこよかった」


レイブンクローの背が低い方が口を開く。ハリーは、戸惑った表情を浮かべたまま固まった。


「うん…まぁね……」
「それに、夏休みに『吸魂鬼』を撃退した時も、誰も貴方を助けはしなかった」


スーザンがハリーの方をまっすぐ向いて言う。


「ああ。そりゃ、まあね。助けなしでやったことも少しはあるさ。でも、僕が言いたいのは…」

「『賢者の石』を最終的に『あの人』から守ったのは君でしょ?」
「『秘密の部屋』の怪物(バジリスク)を退治してくれたのも、ハリーだ」

「いや、そうだけど…でも……」


私はここで、耳を傾けるのをやめてしまった。
私はハーマイオニーやネビルから『OWLに合格する程度の防衛術の自習』をすると聞いたから来た。だが、これだと『ハリー・ポッターを褒め称える会』になっているじゃないか。だが、あくまでこれはオリエンテーション。最初こそこういう会合だが、次回からは『自習』をするのだろう、たぶん。


「ェヘン、ェヘン!」


アンブリッジに、そっくりな声が聞こえてきた。ついにバレたか、と思い振り返ると、どうやらジニーの声真似だったらしい。


「防衛の練習で、どこに集まるか、決めるところじゃなかったの?」


ジニーが話を元に戻そうとしているらしい。『褒め称える会』が終わったらしいので、私は再び耳を傾けることにする。


「とりあえず、場所を探しておきます。見つけ次第、伝言を回すわ」


ハーマイオニーはテキパキというと、鞄を探って羊皮紙と羽ペンを取り出した。それから、ちょっと何かをためらうようにしてから、意を決したように口を開く。


「私…私、考えたんだけど、ここに全員の名前を書いて欲しいの。私たちのしていることを、言いふらさないと全員が約束するべきだわ」


ハーマイオニーが名前を羊皮紙に書き込む。それの後に続くけるようにして、フレッドやジョージが、他の人達が次々に自分の名前を書き込んでいく。だが、何人かはリストに名前を連ねることに乗り気になれない人もいた。


その筆頭がアーニー・マクミランだった。

「あの、僕は…いや、僕たちは『監督生』だ」


苦し紛れというような感じで口を開くアーニー。…どうやら彼は『監督生』だということに誇りを持っているみたいだ。自習会の内容には賛同できるが、監督生の資格を失いかねない危険な行為をしたくないのだろう。


「その……自習会を行うのは、大切だし、何よりも、あの授業だと確実にOWLを合格できない。だが万が一…万が一だ。このリストがバレたら」


ハーマイオニーは、戸惑いを隠せないアーニーに詰め寄った。


「アーニー。私がこのリストをその辺に置きっぱなしにするとでも思ってるの?」
「そ、そんなことないさ。僕………書くよ」


少しだけ安心した顔になったアーニーは、名前を書きこんだ。そのあとは特に誰も異論を唱えることがなかった。ただ…アジア系の少女の友人の子が、恨みがましい顔をしているのが見えた。もしかしたら…無理やり連れてこられたのかもしれない。話を聞いているときだって、あまり乗り気には見えなかったし。

ハーマイオニーは羊皮紙を回収した。慎重にそれを鞄の中に入れると、3人は帰り支度を始める。これで今日の会合は終了したみたいだ。腕時計を見て時間を確認する。…私が店に入ってから、あと数分で1時間、といったところだろう。意外と早く終わって助かった。

私は2シックル払い席を立つと、3人を追うように外に出る。眩い陽光の中に戻った時、一瞬眼が眩みそうになった。


「今の会合、私も入れてくれる?」


3人の背中に話しかけると、よほど驚いたのだろう。飛び上がらんばかりの勢いで3人は振り返った。


「セレネ!いつからそこに…」

ハリーが目を、これ以上ないってくらい丸くさせて尋ねてきた。


「最初からいたんだけど」
「スリザリン生が何考えてるんだ?」


ロン・ウィーズリーが明らかに警戒心むき出しの様子で、私に歩み寄る。

「あの授業では、何も学べないから、ためしに参加してみようと思っただけ」
「そんな嘘が通じると…!」
「ロン、やめて!」


ハーマイオニーがロンを叱る。そして、すまなそうに私を見ると先程の羊皮紙を取り出した。


「貴女が参加してくれて嬉しいわ。だって、貴女もヴォルデモートが復活したって知る1人だもの。ロンだって、セレネが強いことは知っているでしょ?」
「まぁ…そうだけど…」


ロンは渋々という感じで頷いた。それを確認した私は、さっさと自分の名前を書き込む。
計画の成功率をあげるために、『セレネ・ゴーントは、ハリー側の人間』だと思わせる第一段階は、これでクリアした。だましているようで、少し罪悪感が胸を横切る。でも、仕方ない。これは仕方ないことなのだ。


「じゃあ、私はこれで」


それだけ言うと私は、歩みを止めずに『三本の箒』へと急ぐ。

人通りがだんだんと多くなり、目的地に到着する頃には人の間を縫って歩かないといけないくらい混雑していた。私は『三本の箒』の横にある裏路地に入り込むと、襟の中から小さな金色の砂時計がついている鎖を取り出した。数年前にダンブルドアがくれた『逆転時計』。1回ひっくり返すと1時間だけ戻すことができる不思議な道具だ。
私は1回だけひっくり返す。すると少しだけ薄暗い裏路地が溶けるように無くなった。とても速く、後ろ向きに飛んでいるような感覚だ。……やがて固い地面に足が付くのを感じた。時計を確認すると、きっちり1時間前。


私は路地から出ると『三本の箒』に足を踏み入れた。先程の『ホッグズ・ヘッド』とは比べ物にならないくらい活気盛んのパブで、暖かい感じがした。私はイラついた表情で椅子に腰かけているミリセントに近づく。


「まったく!」


ミリセントが私を睨んできた。

「トイレなら寮ですませてきなさいよ。せっかくホグズミード村に行ける日なのに…」
「あぁ悪かった」


愛想笑いを浮かべながら、椅子に座る。彼女には『自習会』に行くということを話していなかった。私はまだハーマイオニーやネビルと話せるからいいが、ミリセントは話以前にハーマイオニーとそれほど仲が良いわけではないし、両親が魔法省に務めている。

それに、いつも一緒に行動をしているパンジーやダフネは、それぞれの彼氏とデート中だ。1人で行動をすることが嫌いなミリセントは、数日前……私の腕をつかんで必死の形相で『今度のホグズミード村で一緒に、いい男を探しましょうよ!』と言ったのだ。…まさか『かなり反アンブリッジ運動に近い自習会に行く』なんて言えない。


だから『逆転時計』を使った。

トイレに行くふりをして『ホッグズ・ヘッド』に向かう。それが終わった後に『逆転時計』を使って何食わぬ顔をしてミリセントのところに戻ればバレない。


「…ちょっと、セレネ聞いてる!?」


ミリセントは口を尖らせている。だが、眼が爛々と輝いていた。


「どうした?」
「ほら、あの男…イケメンじゃない?何年生かな?」


視線をたどると、確かに顔立ちの整った少年が1人で座っていた。服の上からでも、引き締まった体をしていることが分かる。……体格的に私達より年上だろう。


「私、ちょっと話してくるね」


言った傍から立ち上がると、何気なく少年に近づくミリセント。わざと、少年にぶつかり少年に謝るミリセント。少年が何かミリセントに話しかけている。

私は注文しておいた唐傘飾り付きのシロップソーダを飲み始めた。バタービールとは違う甘さが、身体じゅうに浸透していく、徐々に先程までのイラつきが溶けていく感じがする。やはり、こういう時には甘いものを摂取することが一番なのかもしれない。



「最低!」


ミリセントが音を立てて席に座った。顔全体を赤く染めるほど、怒り狂っている。ミリセントは荒々しくテーブルの上に残っていたバタービールを飲み干した。


「聞いてよ、セレネ!あのさっきの人!グリフィンドール生でマクラ―ゲンとかいったんだけどさ!何よ!自分のクィディッチの自慢話ばかりで私について何も聞いてこないのよ!信じられない!どれだけナルシストなの!?そもそもよ?こういった時は……」


永遠としゃべり続けるミリセント。私は心の中でため息をつきながら、彼女の話に夕方まで付き合ったのだった。






[33878] 番外編 君達がいない夏
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/11 09:35

今回は番外編なので、スネイプ先生視点です。


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 僕は脚を動かす速度を緩めずに、チラリと振り返った。…僕の後を追いかけて来ていたのは小さな茶色の犬。たぶんトイ・プードルだと思う。僕の家の周りで見かける野犬とは比べ物にならないくらい毛並みの状態が良い。緑色の首輪をしているから、飼い主とはぐれてしまったのだろう。犬は、小さな足を必死で動かして、僕の後を追ってくる。


僕は前を向いて、歩く速度を速めた。でも、犬はついてくる。はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら犬は必死で僕の後を追ってくる。鬱陶しい…
魔法を使って追い払おうかという考えが、僕の頭をかすめた。でも、そんなことはしない。
いちいち犬ごときのために魔法を使うなんて笑止千万だ。無視していれば追ってこないはず。僕はただ前の丘だけを見て歩いた。丘の上の四方に太い枝を伸ばした樹が見えてきた。その根元のところに寄りかかって本を読む、愛おしい少女の姿も…

少女…リリーは僕が近づいてくるのに気が付いたのだろう。本から顔をあげると、まるでヒマワリの花が咲いたみたいな明るい笑みを浮かべた。強張っていた僕の顔も、自然と柔らかい表情になるのが自分でもわかった。それと同時に、丘を登る速度が上がる。


「ごめん、待った?」


丘を一気に駆け上ったので息が荒くなってしまった。リリーは笑みを浮かべたまま、首を横に振る。


「私も今来たところなの。…あら、その犬ってセブの犬?」


振り返ると、僕と同じように荒い息をしている犬が座っていた。赤い舌を、だらしなく伸ばして。


「いや、知らない犬。ずっとついてくるんだ」


僕がそう言うと、リリーは犬に近づいて行った。犬の頭を恐る恐るといった感じで撫でる。すると嬉しそうに犬は尻尾を振った。…なんだか、尻尾だけ動く人形みたいだ。リリーは犬を抱えると、丘を下り始めた。僕は慌ててその後を追う。


「どこに行くんだ?」
「決まっているじゃない。飼い主のところに連れて行くの」


当然だという顔をしたリリー。…せっかくリリーと過ごせる時間なのに、犬のせいで時間を取られることになるなんて。僕は心の中で、ため息をついた。


「…どこの犬だ?」


僕は、少し乱暴に犬の首輪についている鑑札を見た。鑑札に書かれている住所は、リリーの家と僕の家の中間あたりの場所を指していた。


「≪S・W≫……『S』が犬の名前の頭文字で、Wが飼い主の苗字の頭文字か」
「W…W、ねぇ。……あっ!」


『W』から始まる苗字について考え込んでいたリリーが、何か思い出したみたいだ。


「きっと『ホワイト』さんの家よ!そういえば、昨日…妹(チュ二ー)が『クイール君の犬がいなくなった』って言っていた気がするわ」


すると『クイール』という名前に反応したのか、犬は嬉しそうに尻尾を振り始めた。よしよしとあやす様にリリーが犬を撫でる。……いいな、犬。僕は慌てて視線を逸らした。なんで僕が犬なんかに嫉妬しているんだ!とにかく早く犬の飼い主のところへ連れて行こう。


「そのクイールとやらは、リリーと仲が良いのか?」
「近所だから話したことがある程度。彼の家は基本的に人づきあいが悪いんだけど、クイール君は別なの。頼み事は断れない性格でね、物凄いお人よし。普段はロンドンの寄宿舎学校に通っているみたい。それで……そうそう、あとチュニーの初恋の相手よ。まぁ、クイール君にはすでに好きな人がいるみたいだから、チュニーの初恋は実らなかったけどね。…あっ、この家よ」


豪華でもなくかといって特別貧乏というわけでもなさそうな普通の家に辿り着いた。小さいながらも手入れが行き届いた庭があり、3階建てで、僕の家よりもずっと裕福な暮らしをしているみたいだ。リリーがインターホンを押す。…でも、誰も出てこない。


「あれ?おかしいわね」

何回押しても出てこない。留守なのだろう。まったく、さっさと犬を手放したいのに。


「…僕の家に何か用ですか?」


ふいに背後から声が聞こえた。振り返るとそこにいたのは、身体中が泥まみれになった少年だった。これといって特徴のない顔をしている。…おそらく、この少年が『クイール』なのだろう。頬に殴られた痕があり、左手で右腕をかばっている。それに加え、足元がふらついていることから察すると、誰かと喧嘩した後なのだろうか?


「ちょっと!?どうしたの、その怪我?」


リリーの顔が真っ青になる。その拍子にリリーは犬を地面に落としてしまった。犬は驚いてキャンっと吠えた。だが、すぐに体勢を立て直すとクイールと思われる少年の所に走りだした。

「ス、スポット!?」

泥まみれの顔が、一気に明るくなる。スポットと呼んだ犬を愛おしそうに抱きかかえるクイール。

「よかった…。てっきり父さんに……本当に良かった」

目を潤ませながら、クイールはスポットの背を優しく撫でている。スポットは気持ちよさそうに目をつむる。


「ありがとう!リリーとその子が保護してくれたの?」
「その犬を保護したのは私じゃなくてセブよ。それよりもクイール君……その怪我はどうしたの!?」


クイールは、リリーと僕に笑いかけた。


「ちょっと転んだだけだって。ありがとう。えっと、僕の名前はクイール・ホワイト。君は?」
「…セブルス・スネイプ。別に礼を言われるようなことはしていない。ただ犬が僕に付いてきただけで…」
「でも、スポットを連れてきてくれたんでしょ?ありがとう!」


僕は、にっこりと邪気のない笑みを浮かべているクイールから視線を逸らした。何時以来だっただろう、礼を言われたのは。…記憶を掘り起こしてみても何も出てこない。出てくるのは、喧嘩している両親と……リリーだけだ。


「そうだ、なにかお礼をしたいから……家に上がっていかない?今日はお父さんもお母さんもロンドンに行っているから、いないし。それにお菓子くらいならだせるよ?」


犬を抱えながら、玄関の扉を開けるクイール。


「いや、だから僕は……」
「行きましょう、セブ!」


僕は帰ろうとしたけど、リリーが僕の腕をつかんで離さない。


「だが、僕はリリーと…」


今日一日、ずっと2人だけで過ごしたかったのに。…そう言おうとしたが、リリーのアーモンド型をした緑色の瞳を視た途端、反論できなくなってしまった。否、その瞳に見惚れてしまって、何も言えなくなってしまったというべきなのだろうか。

そのまま僕はクイールの家の中に連行されたのだった―――




























「…スネイプ先生、お願いがあるんです!!」


研究室の扉が壊れそうになるくらいの勢いで開かれる。真っ青な顔をして飛び込んできたのは、たしか2年生のアステリア・グリーングラス。5年のダフネ・グリーングラスの妹だと記憶しているが、物静かな姉とは正反対で溌剌としていて落ち着かない女子生徒だ。


「スリザリン、1点減点」
「え、え――!!なんで、ですか!?私、何か悪いことしましたか!?」
「スリザリン生なら、もう少し余裕をもって行動してもらいたいものだ、ミス・グリーングラス。家ではノックもなしで入室することが失礼極まりないことだと教授されていなかったのか?」
「…すみません…」


アステリアの昂揚して赤くなっていた顔が、水でも被ったように覚めていき、90度に身体を折り曲げ、謝る。私は手に持っていた写真を机の上に伏せると、腕を組んだ。


「…それで、いったい何の用かな?生憎と我輩は忙しい。用件は手身近にすませてもらいたいのだが」
「あっ、そうでした!」


パッと顔を上げるアステリア。……表情が変わるのが速い。再び昂揚気味た表情を浮かべていた。


「先生!犬を寮で飼ってもいいですか?」
「犬だと?」


耳がおかしくなったかと思い、聞き返す。だが、私の耳がおかしくなったわけではなかったみたいだ。


「はい!まだ犬種は決めてないんですけど。小型ならトイ・プードルとかポメラニアンとか…で、大型ならラブラドールとかシェパードみたな犬を飼いたいんです!」


……なるほど。ホグワーツの校則では、寮に持ち込みが許可されている動物を『フクロウ』『猫』『ヒキガエル』に指定している。それ以外の動物は、寮監に許可を貰わないと飼うことが出来ない。数年前はグリフィンドールのウィーズリー家が『ねずみ』の申請をミネルバ・マクゴナガルに提出していた。それに、私自身もセレネが『蛇(バーナード)』を寮に持ち込むことを許可した。


だが、今回のこれは許可しても良いのだろうか?そもそもどうして今頃、犬を飼いたいと思ったのだろう?だが、それを問う前にアステリアの方から答えてくれた。


「アニマルセラピーって知っていますか?動物と一緒に暮らすことで、精神的な健康を回復するマグルの医療方法です!犬という一般的愛玩動物を飼うことにより、セレネ先輩の心のケアにつながるのではないでしょうか?」

…つまり、自分のためではなくセレネのためだということか。確かに最近のセレネはおかしい。今までと何も変わらないように過ごしているが、逆にそれがおかしい。普通なら、大切な人を失った後は、何か変わるはずなのに……セレネは何も変わらない。
恐らく、自分の中にストレスをため込んで無理をしているのだろう。

そう考えると、ある意味…そのアニマルセラピーというのは、セレネにプラスの影響をもたらす可能性があるかもしれない。だが…


「却下だ」
「えぇぇ!!なんで、ですか!?」


アステリアが憤慨する。だが、私は出来るだけ淡々とした口調で話した。


「君の同室のミス・アインバッハが、動物アレルギーだということを知らないのかね?
そんな話をする前に、ミス・グリーングラス。君は、前回の課題を提出していないようだが、どうしたのかな?」
「げっ………じ、次回持ってきます!」


首を絞められた時のような声を出すと、研究室を飛び出していった。…騒がしかったアステリアが消え、再び静寂が研究室に戻ってきた。私は先程伏せた写真を裏返す。…そこに映っているのは3人と1匹。

その中で生きているのは、不機嫌な顔をした私だけだ。緑色の瞳を輝かせているリリーも、まだ顔に泥を付けているクイールも、クイールが抱えている犬も、この世にはいない。

初めてクイールと会った日に、3人で撮った唯一の写真で……唯一、私が持っているリリーが映っている写真だ。クイールはお人好しで、最初は私たちの仲に割り込んでくるマグルだと思っていた。
でも、3人でいるとホグワーツにいる時より楽しくて、心が落ち着いて…あの数年間の夏は、今まで過ごしてきた日々の中で一番楽しかった。学校で生活している時、幾度となく『クイールも魔法使いだったらいいのに』と思ったのを覚えている。


5年生の最後でリリーを傷つけてしまって、それからは、3人で遊ぶということはなくなってしまったけど、クイールとの交流は続いていた。学校では私のことを唯一理解してくれるルシウス・マルフォイにも相談できないリリーのことを、親身になって相談に乗ってくれたし、クイールなりにリリーとの仲を保たせようと奔走してくれていた。


……その努力が実を結ぶことがなかったが。


クイールの飼っていた犬のスポットは、かなり長生きした。今から15年前、クイール曰く『心臓病の発作』でスポットは死んだ。享年17歳だったらしい。それと時同じくして…クイールがひそかに思いを寄せていた女性も、別の男と結婚した。クイールの両親は彼が16歳の時に死んでいる。
特に親しい友人がいるわけでもなく。…いたとしても、日本という最東の国の友人や、怪しげな流れ者の類が多かったらしい。…私は私で『死喰い人』として活動していたから、あまりマグルのクイールには近づくことが出来ない。やりとりしていた手紙の文面でのクイールは『明るい』雰囲気だったが、無理に『明るく』ふるまっているようにも見える手紙だった。

そういえば1回だけ、ロンドンでクイールを見かけたことがある。所要で『聖マンゴ魔法疾患傷害病院』を訪れた時、行きかう人々の中にクイールの姿を見つけたのだ。その時のクイールは、少年時代の彼からは考えられない雰囲気を纏っていた。一見するとマグルに溶け込んだ無色無臭の存在。だが、私は気がついた。クイールの瞳は、何も映していない。そう、例えるなら感情のこもっていない機械のような瞳だ。私が呆然としている間に、クイールは異様な雰囲気を醸し出していた青年に話しかけられた。赤い帽子に赤いロングコートを纏った金髪の青年とクイールは、どこか親しげに話し合いながら近くの路地へと消えていく。私は、慌てて2人の後を追いかけた。
でも、時はすでに遅く…薄暗く汚らしい路地の中に、彼の姿を見つけることが出来なかった。もちろん、あの異様な雰囲気を醸し出していた青年の姿も。




……もし、セレネを引き取っていなかったら、クイールはもっと早くに死んでいたかもしれない。セレネが、抜け殻となったクイールの新しい中身になったお蔭で、クイールは生き続けることが出来た。自分の娘のようにセレネを育て、教職に再就職し……彼は人生に終止符を打った。

『この娘の名付け親になってくれ』と私に頼み込んできたときの、輝いた眼を今でも思い出せる。あのとき、『あぁ、こいつはもう大丈夫だ』と思えたのに、私より早く死んでしまうとは…

私は、あの娘を幸せにすることが出来るのか。正直、自信がない。
リリーの子も必死で守っているが、セレネもヴォルデモートから護りきれる自信がない。むしろ、セレネからヴォルデモートの方へ行ってしまう日が来るのではないかと思う日がある。むろん、根拠のない話だ。でも、妙な胸騒ぎがする。だから何度もセレネには警告をしているが…


コンコン

小さく扉をノックする音が聞こえる。再び写真を机に伏せて、扉を開けると………そこにいたのはブルーの瞳の老人が立っていた。





[33878] 60話 再会
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:04
 
深い雪を小さなブーツで踏み分けながら、村への道のりを一歩一歩歩いていく。空気は肌を刺すように冷たく、吐く息は白い霧みたいに見える。だが、数日ぶりに吸う外気は新鮮で肺の奥まで透き通るみたいに感じた。ただの空気がどことなく甘いような感じがするのは気のせいだろうか…

クリスマス休暇を、私はオッタリー・セント・キャッチポール村というところのはずれで過ごしていた。そこは、切嗣が以前…隠れ家として暮らしていた掘立小屋だが、地下に修練場のような場所が設けられていた。

私はそこで、クリスマス休暇中ずっと、朝から晩まで切嗣の助手である『久宇舞弥』と名乗る女性に、銃火器の使い方を学んでいた。

本来なら頼んでおいたモノの引き渡しとともに、それの使い方に関する指導は切嗣がやってくれる予定だったのだが、急に年末年始に予定が詰まってしまったのだそうだ。だからクリスマス休暇中、助手の舞弥が私に手ほどきをしてくれている。


舞弥は、色白の端正な美人で、いつも鋭く訝しげに眇めているかのような切れ長の眼差しを、まっすぐ私に向けている。表情の変化が乏しく、感情があるのかないのか分からない人だった。……そのことを蛇のバーナードにつぶやくと、『お前が言うな』と言われた。


今日も朝から夜まで…学校が始まると、滅多に修練をする時間が無くなるので、その分まで取り込もう…と張り切っていたのだが、目が覚めると舞弥に『明日は学校に戻る日だから、今日は身体を休めなさい』と言われた。

とりあえず寝ることにしたが、朝から夜まで寝ているだけというのは健康上良くない。だから、気分転換に少し離れたところにある村の近くまで散歩をすることにしたのだ。お気に入りの赤いブルゾンをシャツの上に羽織り、少し前かがみになって雪を踏みしめていく。


私は村に入る一歩手前の丘に辿り着いたとき、足を止めた。眼下には古民家という雰囲気の家々が密集している。どの家の煙突からも白い煙が立ち上り、氷空に吸い込まれて消えていく。小さい子供がはしゃぎまわる声が、風に乗って丘の上まで響いてきていた。


村に入って、ぶらりぶらりと店を見て回りたい気もする。だが…私は、村の人間ではない。変な散策をされたら、あとが面倒だ。こうして暖かそうな村を眺めているだけでも、暇つぶしになる。


「貴方は……ゴーント…さん?」


ふいに、背後から声をかけられる。振り返ると、そこにいたのはどこかで見たことがあるような女性だった。折れそうなくらい細い女性で、白髪が混じっている。やつれた顔をした女性は、眼をこれでもかというくらい大きく見開いていた。


……何処かで見た顔だが、用心は大切だ。私は、相手に気が付かれないように、胸ポケットにしまってある『P230自動拳銃』と袖に隠してある使い慣れたナイフがあることを確認した。


「えっと……貴方は覚えていないと思うけど、私はアリス・ディゴリー。セドリックの母親です」
「…あっ、久しぶりです」


そうだ。第三の課題の日の朝、一瞬だけ見かけたセドリックの母親だ。記憶の奥底から当時の光景が蘇ってくる。あの時は、息子を心配する傍ら、どことなく幸せそうな顔をしていたが……その色はどこにもない。元は美しかったその顔に浮かんでいるのは、疲労感だけだった。


「本当に久しぶりね……あの時は息子を連れて帰ってきてくださり、ありがとうございました」


丁寧に頭を私に下げるディゴリー夫人。私はディゴリー夫人から顔をそむけた。……なんだか私の胸の中に暖かいものが広がった気がする。


「当然のことをしただけです。…それより、貴方はどうしてここに?」
「私はもう少し南に行った場所に家があるんです。村で少し買い物をした帰りにあなたを見かけて、つい話しかけてしまいました。……貴方はどうしてここに?」


不思議そうに尋ねてくるディゴリー夫人。私は、微かに笑みを浮かべてから口を開いた。

「父の友人の別宅がこの近くにあるので、そこに滞在させてもらっているんです」


……まさか言えない。クイールの友人の弟子に、銃火器の使い方を教えてもらうため、その人の隠れ家で暮らしているなんて。…なんで銃火器の使用方法を学んでいるということまで話さないといけなくなるだろう。



――銃は杖と比べ機能性が悪い――

静止物に向けて発砲するのは楽だが、運動をしている物体だと難しい。頭の中で的が数秒後、標的がどういった行動をしているかを考え、それを先回りした場所に狙いを定めて引き金を引かなければならない。…まぁ、その一連の動作は、魔法を使用する時とほとんど同じだ。持ち運びは両方とも楽。だが、銃には難点がある。それは、発砲した時に、下手をすれば脱臼しかねない程の反動が来るということ。魔法には反動がない。
そう考えると、銃は杖と比較し効率が悪いモノのように見えてくる。純血魔法族のドラコが常日頃言うように『マグルの低俗なおもちゃ』なのかもしれない。

…だから私は、その盲点を突く。

確かに銃火器だけだと、魔法の前では『おもちゃ』に見えてしまうかもしれない。だが、マグルにだって魔法のような『科学技術』が存在する。ホグワーツに通って感じたことは、魔法使いが魔法に頼っていることを、マグルは科学技術で賄っているということだ。むしろ、魔法使いよりもマグルの方が快適に暮らしているかもしれない。


同じことが銃火器においてもいえる。
魔法でも相手を傷つけることは出来るが『アバタ・ケタブラ』以外の呪文は、殺傷能力が低かったり、発動までに時間がかかったりするものばかりだ。それに、今年(・・)以外(・・)の『闇の魔術に対する防衛術』の教科書を読めばわかることだが、記されている防衛術を突き詰めていけば、どれも『いかに“抗魔的措置”をとるか』というところに辿り着いた。
だから魔法界になじみのない科学技術の結晶である銃火器を使用すれば、大抵の魔法使いの……あわよくば大物魔法使いも簡単に倒すことが出来るのではないだろう。そう私は考えたのだ。


誰でも予想だにしなかった不意打ちには弱い。そう私は三校対抗試合で学んだ。相手の意表をついて『守護霊の呪文』を放ったり、『眼』を使ってナイフを振るったり、『クソ爆弾』を投げたとき……相手は動揺して動作が遅れた。だから私は―――




「ゴーントさん?顔色が悪いけど大丈夫?」


ディゴリー夫人の声で、私は現実に引き戻された。少し自分の世界に入ってしまっていたみたいだ。私は急いで笑みをディゴリー夫人に向ける。


「問題ありません。心配をかけてしまい、すみません」
「そう?…ならいいですけど…」


心配そうにするディゴリー夫人。
…だんだん雪に浸かっている足が、痛くなってきた。そろそろ動かないと凍傷を起こしてしまうかもしれない。私はディゴリー夫人に頭を下げた。


「それでは、そろそろ私は行かなければならないので」
「そうね……私もそろそろ帰らないと夫が心配するわ」


『夫』という言葉を聞いて、思わず私は眉間に皺を寄せてしまった。今日は休みの日ではない。普通に仕事がある日だ。ディゴリー氏は役所に勤めていると聞いたが、私の記憶違いだったのだろうか。
そんな私の表情を見て、ディゴリー夫人は寂しげな微笑を浮かべる。


「夫はセドリックにあんなことが起きて以来……気を塞ぎこんでしまって、今は仕事を休んでいるんです」


それでは、と頭を下げて去っていくディゴリー夫人。……無理もない。自慢の一人息子が突然……死んだように目を覚まさなくなってしまったのだから。
しかも、聞いた話だと……明日か1年後か10年後かそれとも永遠にか、いつ目覚めるかわからないこん睡状態に陥っているらしい。
……大事な息子を亡くしたといっても、過言ではないだろう。
予想していなかった状況に直面したディゴリー氏は、這い上がる気力がなくなってしまったのかもしれない。


明日から、再び学校が始まる。以前と変わらずに授業が開始され、以前と変わらずに授業が終わる。

その中に、セドリック・ディゴリーという生徒の姿はどこにも見当たらない。彼の目が覚めることは、あるのだろうか…


舞弥が待っている家に、戻ろうと歩き始めたが、数歩歩いたところで後ろを振り返ってみた。


ディゴリー夫人がどこにいるのか、一瞬わからない。だが、目を凝らしてみると小さくディゴリー夫人の白いコートが目に入ってきた。
白銀のベールに包まれた山々の方向へ歩いていくディゴリー夫人の後姿は、どこか寂しげで、そのまま背景に溶け込んで消えてしまいそうに思えたのは……私の気のせいだろうか?























SIDE:???



―――その日の夜中―――






俺は、暗い暗い廊下を歩いていた。
病院独特の薬品のにおいが満ちている廊下を、忍び足で歩くいている。ご丁寧にも廊下に掲げられた数多の肖像画の目に留まらぬよう、買ったばかりの透明マントを羽織った状態で。

俺は『特殊治療室』と記された頑丈そうな扉の前で立ち止まった。取っ手に手を触れまわしてみるが、思った通り。触っても、びくともしない。コートの内側から杖を取り出すと、無言のまま杖先を扉に向けた。



ガチャリ


一秒もたたないうちに、音を立てて……俺を従順に招き入れるように扉が開く。俺は、無表情のまま治療室へと足を踏み入れた。


…しん…と静まり返ったその場所には、誰かいるとは思えなかった。

部屋の中にいるのは、今のように静まり返っていないと聞こえないほど小さな呼吸を繰り返す青年のみ……側に置いてある花瓶に、少し萎びはじめた花がいけてあるが……他にインテリアのようなものはなかった。俺は、顔立ちの整った青年の顔を覗き込むと、にやりと楽しそうに笑った。


「久しぶり、ディゴリー」


その声に返事をする者は誰もいない。俺は死んだように眠り続ける男に、杖を向けた。


「そして、さよなら」


杖の先から放たれた光が、薄暗い病室に満ちたことを、俺以外、誰も知らない。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

11月18日:誤字訂正




[33878] 61話 帰ってきた森番
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/11 09:45


SIDE:ハリー



学校が始まって初めての火曜日。僕とロンとハーマイオニーは、防寒用の重装備をし、かなり不安な気持ちで『魔法生物飼育学』の授業へと向かった。

今学期が始まっても姿を現さなかったハグリットが帰ってきてくれたことは嬉しい。でも、ハグリットの考える『面白い授業』って……誰かの頭が食いちぎられる危険性がある授業ばかりだし……それに今年はアンブリッジもいる。奴は今、高等尋問官として副校長のマクゴナガルより権力を持っている。魔法省の犬だから、半巨人のハグリットに好印象なんて持っているはずないし。


ハッキリ言って嫌な予感しかしない。

雪と格闘しながら、森の端で待っているハグリットに近づいてみると、アンブリッジの姿はどこにも見当たらなかった。少しホッとしたけど、ハグリットの様子は不安を和らげてくれるどころではなかった。ハグリットの顔半分は、緑や黄色が混じった傷で覆われていたし、切り傷の何か所かから血がにじみ出ていた。しかも、何故か死んだ牛の半身らしいものを肩に担いでいる。本当に、嫌な予感しかしない。


「今日はあそこで授業だ!」


近付いてくる生徒たちに、ハグリッドは背後の暗い木立を振り返りながら嬉々として呼び掛けた。


「少しは寒さしのぎになるぞ!どっちみち、あいつらは暗いとこが好きなんだ」
「…何が暗いところが好きだって?」


ハグリットが言った言葉を聞いたマルフォイが、クラッブとゴイルと話している。どことなく恐怖を覗かせた声だった。……いい気味だ。いつもマルフォイは偉そうにしているけど、本当は物凄く臆病だってことを僕は知っている。権力に尻尾を振っているだけの臆病者だ。1年生の時に罰則で一緒に『禁じられた森』に入ったけど、全然勇敢じゃなかったし。

思わずニンマリと笑みを浮かべてしまった。

ものの10分も歩くと、木が密生して夕暮れどきのような暗い場所に出た。地面に雪は積もっていない。枯れた木や土が暗い色を発している。気味が悪い場所だ。ハグリットは後ろを向き、もじゃもじゃの頭を振って、髪の毛を顔から払いのけ、甲高い奇妙な叫び声をあげた。その叫びは、怪鳥が呼び交わす声のように、暗い木々の間に木霊した。誰も笑わなかった……というか、誰も怖くて声が出せなかったんだと思う。

まぁ、僕は怖くないけど。


ハグリットがもう一度呼んだ。誰もが暗い木立の間を透かし見たりして、近づいてくるはずの何かの姿をとらえようとした。…何も起こらない。何でハグリットはもう一度呼ばないのだろう?


「ハグリットは、どうしてもう一度呼ばないのかな?」


ロンにも見えないらしい。当惑した表情を浮かべて辺りを見渡している。誰しもが怖いもの見たさの当惑した表情で目を凝らしている。……いや、誰もがっているわけじゃない。
ネビルは、ある一点を凝視しているし、ゴイルのすぐ後ろにいる背の高いスリザリン生が、苦々しげに何かを見ている。その男子生徒の隣でセレネも真顔で何かを見ていた。


…そういえば、セレネを見かけたのは久しぶりかもしれない。

セレネはDA…第2回の『闇の魔術に対する防衛術の自習』以来、あまり姿を見かけていなかった。

第2回の闇の魔術に対する防衛術の自習会は、無事に行われた。あれ以降、週に1回のペースでやっているけど、セレネが来ることはない。あの日、屋敷しもべ妖精のドビーが教えてくれた『必要の部屋』という不思議な部屋で第2回の会合をしている時だ。その会合で行ったことは会合の名前を決めること。

ほぼ全会一致で『DA(ダンブルドア軍団)』に決まった。……そう、ほぼ一致……セレネ以外のみんなはそれに賛成したんだ。


あの時のセレネの顔は、今までに見たことがないような顔をしていた。苦虫を潰したような……何かに耐えるような顔だった。机の上に置いてあった『名簿』を手に取り、それを変な顔をして睨みつけていた。そして、それを机に叩き付けると、僕たちに向けて淡々と話したんだ。


『悪い、もう会合に参加できない。誰にも言わないから安心しろ』


そう言うと、振り返らずに外へ出て行ったんだ。すぐにハーマイオニーが後を追いかけて、半分泣きながら戻ってきた。どうやら、彼女を見失ってしまったらしい。…あれ以後、ハーマイオニーが機会を見つけてセレネに戻るよう誘いかけているみたいだけど、セレネは首を縦に振らないみたいだ。


…いったいどうしたんだろう…


「ほれ、もう一頭来たぞ!」


自慢げに言うハグリット。僕はハグリットの方に視線を戻した。でも、何も起こらない。なんとなく、何かいるってことは分かるんだけど。


「さーて、手を挙げてみろや。こいつらが見える者は?」


やっぱり、見えている人と見えていない人がいるんだ。
手を挙げたのはネビルとセレネと、背が高いスリザリンの男子生徒だけ。残りの人達は困惑した表情を浮かべていた。


「何がいるの、ハグリット?」


ハーマイオニーが難しい顔をして質問する。
ハグリットは黙って担いできていた死んだ牛の半身を指さした。僕は目を丸くしてしまった。だって肉が独りでに骨から剥がれて空中に消えていっていたのだから。僕の少し後ろにいたスリザリンの女子が小さな悲鳴を上げているのが耳に入った。


「何がいるの?何が食べているの?」


パーバディが後ずさりして近くの木の陰に隠れ、震える声でハグリットに聞いた。



「セストラルだ」


ハグリットが誇らしげに言う。すると僕の隣でハーマイオニーが納得したように「あっ!」と小さな声を上げた。『セストラル』…どこかで、ずっと昔にどこかで聞いたような気がする。どこだったか、思い出せないけど…


「だけど、それってとっても縁起が悪いのよ?」

パーバティがとんでもないという顔で口を挟む。

「見た人に、ありとあらゆる恐ろしい災難が降りかかるって言われてるわ。トレローニ先生が1度教えてくださった話では……」
「いや、いや、いや」


彼女の言葉に、ハグリッドはクックッと笑った。


「そりゃ、単なる迷信だ。こいつらは縁起が悪いんじゃねぇ。どえらく賢いし、役に立つ!重要なんは、学校の馬車牽きだけだ。あとはダンブルドアが遠出するのに『姿現し』をなさらねぇときだけだな―――ほれ、また2頭来た。
大丈夫だ。おまえさん達に怪我させるようなことはしねぇ。……そんじゃ、知っとる者はいるか?どうして見える者と見えねぇ者がおるのか」


誰よりも早く、ハーマイオニーが手を挙げた。ハグリットは、にっこり笑いながら、ハーマイオニーを指名する。


「セストラルを見ることができるのは、死を見たことがあるものだけです」
「その通りだ。グリフィンドールに10点。さーて、セストラルは――」

「ェヘン、ェヘン」

アンブリッジのお出ましだった。ほんの数十センチの所に、また趣味の悪いピンク一色の服装で、クリップボードを構えて立っている。彼女の空咳を初めて聞いたハグリッドは、変な方向を向いた。…たぶん、そこにセストラルがいて、そのセストラルが咳をしているんじゃないかと思ったんだと思う。


「ェヘン、ェヘン」
「おう、やぁ!」


アンブリッジがもう1度空咳をすると、音の出所がわかったハグリッドがニッコリと笑みを浮かべた。


「今朝、あなたの小屋に送ったメモは、受け取りましたか?」


アンブリッジはハグリットに大きな声でゆっくり話しかけた。まるで、外国人に、しかもトロイ人間に話しかけているみたいだ。


「あなたの授業を査察しますと書きましたが?」
「あぁ、うん。この場所がわかってよかった。見ての通り――はて、どうかな――見えるか?今日はセストラルをやっちょる」


ハグリッドは明るく言った。


「え?何?」


アンブリッジは耳に手を当て、顔をしかめて大声で聞き直した。……絶対に聞こえていたはずなのに。本当に嫌な女だ。アンブリッジをよく知らないハグリッドは、ちょっと戸惑った顔をした。


「あー―――セストラル。大きな――あー―――翼のある馬だ。ほれ!」


ハグリッドは、分かりやすく示そうと巨大な両腕をパタパタ上下させた。それを見たアンブリッジは、眉を吊り上げ、ブツブツ言いながらクリップボードに書きつける。


「原始的な……身振りによる……言葉に……頼らなければならない」
「さて、とにかくだ。…む?何を言いかけたんだっけな?」


ハグリッドは生徒の方に向き直る。少しまごついている。そんなハグリットを見たアンブリッジの手は、更に早くクリップボードの上を動いた。


「記憶力が……弱く……直前のことも……覚えて……ないらしい」


ブツブツと、不愉快な単語が並んでいるアンブリッジの言葉は、誰にでも聞こえるくらい大きい。マルフォイが笑いをこらえているのが見えた。顔を真っ赤にさせて俯いている様は、一見すると悔しがっている様子にも見えたけど、あのマルフォイが…ハグリットのことが嫌いなマルフォイが悔しがる理由がない。反対にハーマイオニーは、怒りを抑えるのに真っ赤になっていた。

持ち直して何か話しはじめようとしたハグリッド。だが、彼が口を開く前にアンブリッジが口を挟んだ。


「御存じかしら?魔法省はセストラルを『危険生物』に分類しているのですが?」


あ……まずい。僕は心臓が石のように重くなった。でも、ハグリットは少し笑っただけだった。


「セストラルが危険なものか!そりゃ、さんざん嫌がらせをすりゃあ、噛みつくかもしらんが――」
「暴力の……行使を……楽しむ……傾向がある」


アンブリッジが、またもブツブツと言いながらクリップボードに走り書きをした。ハグリットは少し心配そうな顔になった。


「そりゃ違うぞ!けしかけりゃ犬だって噛みつくだろうが。だけど、セストラルは、死とか何とかで、悪い評判が立っとるだけだ。こいつらが不吉だと思いこんどるだけだろうが?」


アンブリッジは何も答えずに、最後のメモを書き終えるとハグリットを見上げた。そして…またしても、大きな声でゆっくりと話しかけた。


「授業を普段通り続けて下さい。私は歩いて見回ります。生徒さんの間をね。そして…みんなに質問します」


生徒たち1人ひとりを指差したり、自分の口を示しパクパクさせてみたりする。ハグリットは、なぜそんな言い方をするのか、分からないという顔をしていた。ハーマイオニーは、いまや悔し涙を浮かべている。


「むむむ…とにかくだ。そんで―セストラルだ。うん。まぁ、こいつらには、色々とええところがある……」
「どうかしら?」


流れを取り戻そうと奮闘しているハグリット。でも、その邪魔をするようにアンブリッジが声を響かせて、パンジー・パーキンソンに質問していた。


「あなた、ハグリット先生(・・)が話していることを、理解できるかしら?」
「……あの……話し方が…いつも唸っているみたいで……」


クスクス笑いを堪えながら答えるので、パンジーが何を言っているのか分からない。アンブリッジが何かクリップボードに走り書きをした。どうせ、ろくでもないことを書き込んだのだろう。ハグリットの顔の、怪我をしていない部分が赤くなった。それでも、ハグリットはパンジーの答えを聞かなかったように振る舞おうとした。


「あー……うん。セストラルのええとこだが。
ココの群れみたいに飼い慣らされると、もう絶対に道に迷うことはねぇぞ。方向感覚抜群だ。どこへ行きてぇって、こいつらに言うだけでええ―――」

「セストラルが見えるのね、ゴーント」


ハグリットの説明を遮るように、質問するアンブリッジ。セレネは、眉間に皺を寄せたまま、同じくセストラルが見えていたスリザリン生と一緒に木に寄りかかっていた。
セレネは「はい」という一言だけ…淡々と、つぶやくようにアンブリッジに告げた。


「誰が死ぬところを見たの?」


無神経な調子で尋ねるアンブリッジ。一瞬…ほんの一瞬だけ…セレネの瞳が赤くなっていた気がするけど……光の当たり具合だったのかもしれない。次の瞬間にはいつもの黒い瞳に戻っていた。セレネは、にっこりと笑顔を浮かべ、アンブリッジの方を見ていた。


「それは、授業査察に関係があることですか?」


アンブリッジの動きが止まって表情が固まった。その隙を逃さないみたいな感じで口を開くセレネ。


「私は授業料を払って受講しているんです。たとえ、どんな授業であったとしても集中して取り組みたいので。あまり、先生(・・)を戸惑わせるような発言は控えて欲しいです。先生(・・)も本調子を出せないでしょうし」


セレネは木から離れ、アンブリッジの方へ歩き始めた。セレネがアンブリッジの傍を通り過ぎる時……本当に小さい声で、アンブリッジが何か言っていたのが耳に入った。


「…貴方は私の味方でしょ?」
「私は『中立』だと言ったはずです。手を貸す時は貸しますよ。
ただ、私は義父が残した金で学校に通っています。だから、この時間を無駄な時間にしたくはありません。少しでも得られる知識は吸収しておきたいんです。たとえ半巨人の授業であっても、何か得られるものがあるはずです。だから……これ以上、授業に対する『妨害』をしないでください」


セレネはアンブリッジの傍を通り過ぎた途端、無表情になってスリザリン女子が集まっている場所で止まった。アンブリッジは少しイラついているみたいだが、再び気持ち悪いガマガエルみたいな笑顔を浮かべた。


しばらく、ハグリットが時折どもりながらもセストラルの授業は続けられ、遠くから響いてきたチャイムと同時に終了した。アンブリッジは、またも大声や身振り手振りでハグリットに査察の結果がいつ渡されるかを説明し、意気揚々と引き揚げて行った。

ハグリットは、しばらくアンブリッジの後姿を見ていたが、気を取り直したように、何も見えない空間に、残っている牛の生肉を持ち上げた。すると、何の前触れもなく消滅していく肉……あそこにセストラルがいるのだろう。


見える人と見えない人がいるなんて……セストラルは面白い馬だ。僕も見れたらよかったのに。ロンやハーマイオニーの意見も聞きたくて、2人がいる方を振り返ったけど、ハーマイオニーの姿は何処にも見当たらなかった。


「ハーマイオニーなら、あいつのところに行ったよ」


呆れ口調のロンが指さした方を見ると、ハーマイオニーがセレネに何か言っているのが見えた。ハーマイオニーが熱心に話しかけているのに対し、セレネは無表情で答えている。


「懲りないよな、本当に。先に帰ろうぜ」


ロンが歩き始めたので、僕も後を追った。

積もりに積もった雪が邪魔で歩きにくい。足を持ち上げないと歩けないから疲れる。…行きはハーマイオニーが『熱風呪文』で新雪を溶かして歩きやすい道を確保してくれていたけど。

やっぱりハーマイオニーを待っていた方がよかった、と思う。ロンも同感らしく、ちらちら後ろを振り返ってハーマイオニーがいつ来るか、いつ来るか確かめながら歩いていた。だけど、いつまでたってもハーマイオニーの姿は見えない。

結局、ハーマイオニーが来る前に、次の授業が行われる温室まで辿り着いてしまった。なんだか騒がしい。一緒に授業を受けるハッフルパフ生達が興奮して何か話し合っている。いつもはムカつくほど高慢な表情を崩さないザカリアス・スミスでさえ、興奮してアーニーと話していた。

……なんだか耳障りだ。イライラする。僕は疲れているから、静かにしてほしいのに。本当に最近、ストレスがたまる。
みんな僕のことを目の上のたんこぶみたいに扱うし、変な夢見るし……まぁ、その夢のお蔭でロンのお父さんが助かったからいいけど……でも、その夢を見ないようにする訓練を、来週からスネイプとはじめないといけないし。

唯一の心の安らぎと言ったら、クリスマス休暇に入る前の最後のDAで、レイブンクローの美女……チョウとしたキス。あの時のことを思い出す一時だけが、心休まる時だった。


「何かあったの?」


ロンが、近くにいたジャスティンに尋ねた。ジャスティンも、他のハッフルパフ生同様、非常に興奮した顔をしている。


「僕もたった今聞いた話なんだけど、セドリックが来週から戻ってくるんだって!」
「本当に!?」


僕は聞き返してしまった。セドリックが、ずっと気を失っていた、目を覚ますことはないと思われていたセドリックが、戻ってくるんだって!?


僕は『狂人』だと周りから誤解されているけど、セドリックは違う。きっと……セドリックなら、僕の言っている事が正しいって言ってくれるに違いない!そして、みんなの目が覚めるんだ!僕が言っていたことが正しいって!ヴォルデモートは本当に復活したんだって!


急に世界が明るく見え始めた。耳障りだった話し声も、温室の隅に咲き誇っているヒースも、何もかもが、素晴らしいもののように見えてきた。


もう、僕を悪く言う人はいなくなるんだ。そう思うだけで、先程感じていたイライラが吹っ飛んでいった気がした。チョウとしたキスのことを思い出すよりも、ずっと心が安らいだ気がしたんだ。








[33878] 62話 価値観の相違
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/11 09:57

朝、ちょうど最後の一欠けらになったパンを口に放り込んだ頃。斜め前に座っていたダフネが悲鳴を上げた。私を含めた周りのスリザリン生が、何事かと振り返ってダフネを見つめた。


「どうしたのよ、ダフネ?」


突然の悲鳴に驚いてポタージュを溢してしまったパンジーが、少し声を荒げて問いかける。答える代りにダフネは『日刊預言者新聞』の一面をテーブルの上に広げた。

10枚の白黒写真が載っていた。9人の魔法使いと1人の魔女。何人かは黙って嘲るような笑みを浮かべ、他は傲慢そうな表情を浮かべながら写真の枠をつついている。1枚ずつ名前とアズカバン送りになった罪名が書いてあった。


「…アズカバンからの集団脱獄!?」


普段は落ち着きを払っているザビ二が、目を丸くしながら叫ぶ。カタン、とミリセントが手にしていたスプーンが地面に落ちた。……だが、ミリセントは拾うことをしないで、食い入るように一面を凝視している。


簡単に内容をまとめれば、こんなことが書いてあった。
昨夜未明、アズカバンから『特別監視下』にある10人の死喰い人が脱獄したらしい。規模が規模なだけに外部犯の可能性が高く、魔法省大臣…ファッジは『シリウス・ブラックの手引きがあった可能性が高い』と発表していた。

…シリウス・ブラックは死喰い人ではないから、この10人の手引きをするわけがない。
どう考えても、ヴォルデモートが直々に乗り込んでいって……大方『吸魂鬼』を手なずけたのだろう。


私は、教職員テーブルに目を走らせた。……いつもと様子が違う……


ダンブルドアとマクゴナガル先生が深刻な表情で話しこんでいる。スプラウト先生は、ケチャップの瓶に『日刊預言者新聞』を立て掛け、食い入るように読んでいた……が、スプーンは止まったままで、そこから半熟卵の黄身がポタポタと膝に落ちているのにも気が付いていない。スネイプ先生は、全く表情を変えることなく新聞を読んでいたが、気のせいか、少しだけ食べる速度が遅くなっている気がした。
テーブルの端に座っているアンブリッジは、オートミールを旺盛にかっ込んでいた。普段ならガマガエルのような眼が、行儀の悪い生徒がいないかどうか大広間を舐めまわしているのに、今日だけは違う。食べ物を飲み込むたびに、しかめっ面をして、時々テーブルの中央をチラリと見ては、ダンブルドアとマクゴナガル先生が話し込んでいる様子に、毒々しい視線を投げかけていた。



私は席から立とうとしたとき、未だに広げてある新聞の一面に掲載されている1名の写真に眼がとまった。櫛を何年もいれていなそうな長い黒髪が特徴的な女性……顔立ちは整っているので、髪をとかして化粧をしたら、かなりの美人になるのではないだろうか?

写真の下に書いてある名前は≪ベラトリックス・レストレンジ≫……≪フランクならびにアリス・ロングボトムを拷問し、廃人にした罪≫だと記されていた。それに……ヴォルデモートの右腕だとも。

ロングボトムといったら……脳裏に浮かぶのは、同学年の丸顔の男子、ネビルだ。

私はグリフィンドールのテーブルをチラリと見る。大方のグリフィンドール生は、友達とクィディッチの話やら宿題の話やらで盛り上がっているが、新聞を睨んでいるハーマイオニーの周囲だけが違う空気を醸し出していた。

ハリーもロンも目を丸くして新聞の一面を凝視している。その隣で、ネビルが何かを押し殺したような顔をしていた。オムレツがまだ半分以上も残っているのに新聞を睨んだまま動かない。


……そういえば、ネビルの両親の話を聞いたことがなかった。
いつも厳しくて怖い祖母の話ばかり。その理由が今になって分かった。彼の両親は、ベラトリックスに拷問されて…


私は視線をネビルから逸らすと、そのまま大広間から外に出た。

今日は日曜日。授業はない。玄関の向こう側には、憎たらしいくらい晴れ晴れと青空が広がっている。殆どの生徒が外に遊びに向かう中、私は流れに逆らって階段を上っていた。このまま『秘密の部屋』に行って、調べ物をしようかと考えていた時だ。


「セレネ!」


後ろから声をかけられる。よく知った声だったので振り返ると、ハーマイオニーが顔を強張らせて人混みをかき分けながら、走り寄ってくるところだった。


「新聞読んだ?」
「あぁ、一面だけなら」
「なら、話が早いわ。セレネ、今からでも遅くないから『DA』に戻って!」


私は無表情の仮面をかぶりハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは必死の形相をしている。

……何度目だろう。ハーマイオニーは何かにつけて『DA』…『闇の魔術に対する防衛術の自習』件『反アンブリッジ連盟』に加担するよう勧誘してくる。


『私が最初に入っていたのは、ハリー陣営だと思い込ませるため』なんて言えるはずがない。だから、勧誘されるたびに『私はアンブリッジに目を付けられているから』とか『他のスリザリン生との仲に溝を作りたくないから』とか『気が進まなくなった』と言ってやり過ごしていた。


でも、しつこくしつこく勧誘してくるハーマイオニー。
最近、ハーマイオニーの顔を見るたびに、少しうんざりすることが多い。まぁ、彼女は私が何をしようとしているのか知らないから仕方ないが。


「私は…」
「新聞を見たんでしょ?それに、貴方もシリウスが無実だって知っているんでしょ?」


少し声を低くして私に尋ねるハーマイオニー。…どうやら、私がシリウスの正体を知っているということを知っているみたいだ。おそらく、シリウス本人から聞いたのだろう。


「だから、あの集団脱獄は、きっとヴォルデモートがかかわっているに違いないわ」
「まぁ、十中八九そうだろうな」


私が肯定すると、ぱぁっと花が咲いたみたいに顔を明るくするハーマイオニー。


「セレネ、あなたならわかるでしょ?悪(ヴォルデモート)を殺さない限り、魔法界に平和は訪れないって。だから、自主的にヴォルデモートに対する対抗力をつけないといけないと思うの。ちょうど、今から『DA』が『必要の部屋』で始まるの。セレネも一緒に行きましょう!」


必死の形相で訴えかけるハーマイオニー。私のためを思って、彼女は誘ってくれている。
私は、ハーマイオニーから顔を逸らしたくなった。


「私は……そうは思えない」


小さく……でもハッキリとそう告げる。ハーマイオニーは固まったまま動かない。私はハーマイオニーが話し始める前に口を開いた。


「平和なんてものは、ヴォルデモートを殺したからって訪れない。確かに奴は傍迷惑な奴。記録によればマグルを殺し、反論する者を殺した。
でも……奴を殺したからって『平和』が訪れるとは思えない」


瞳を閉じると、脳裏に浮かぶのは、ブルーの瞳を持った老人の顔。ヴォルデモートがしていることは『悪いこと』だということは分かる。でも、私からしてみれば、正義面をしているあの老人の方が、ヴォルデモートより『悪』だ。


「善悪の基準なんて人それぞれだ。例えば…ほら、どの人も考えている事が同じというわけではないだろ?それと同じ。『平和』に対する価値観も人それぞれだ。ヴォルデモートを倒したら『平和』と感じる人は確かにいると思う。でも……それを『平和』と感じない人だっている」


私は、ハーマイオニーに背を向けると、ゆっくり歩き始めた。私の背中を追いかけるように、ハーマイオニーが悲痛の色が濃い声を出した。


「セレネは、ヴォルデモートにつくの!?」


私はいったん……足を止めた。思わず振り返りそうになったが、拳を握りしめて堪える。……ここで振り返ったら……私は、先に進むことが出来ない。


「私は、アイツに抵抗して命を落としたくない」


私は、再び歩き出した。誰が何を言おうと、私の道は私で決める。もう、誰にもセレネ・ゴーントは渡さないと、あの日に決めたんだ。


「セレ…」
「私は!」


ハーマイオニーが、私の名前を呼ぼうとする。それを遮るように私は声を発した。


「私は、ハーマイオニーのことを友達だと……思っている」


ハーマイオニーを裏切るような真似はしたくない。…私が進もうと思っている道を考えたとき、結果として裏切ることになってしまうかもしれない。むしろ、なる可能性の方が非常に高い。でも、私はハーマイオニーを裏切るような真似をしたくない。

出来ることなら、ここで私が今しようとしていることを吐露したい。それをしたら、今後の計画がすべて水の泡になるので言えないが。


ハーマイオニーが反応する前に走り出す。私とハーマイオニーしかいない廊下を走り……右に曲がるとその近くにかけてあったタペストリーをめくって抜け道へと飛び込んだ。


暗い…暗い抜け道を抜け扉を開く。明るい陽光が差し込んできて、思わず目をつぶってしまった。


「……やっと見つけた」


光の向こうから声がする。ゆっくり目を開けると、そこに立っていたのは不機嫌に眉間に皺を寄せたドラコだった。嫌になるくらい白い封筒を手にしている。


「…ありがとう」


封筒を受け取り、差出人の名前を見た時、私は先程までのハーマイオニーとのやりとりを、即座に胸の奥にしまった。

差出人は『ヴォルデモート』。アイツが私に手紙を書くなんてことは、今までなかった。これは…十中八九、私宛の指令だ。


右袖に隠してあったナイフを取り出し、それを使いながら丁寧に端を切り落とす。予想以上に達筆な字で綴られた『指令書』を、一行…また一行と読むたびに、口元が歪みそうになった。


「何が書いてあったんだ?」


ドラコが怪訝そうな顔で尋ねてくる。ドラコの問いに、私は答えず、出来るだけ無表情を保ったまま、折りたたんだ手紙を封筒に入れ直す。そして、ローブの内側から杖を取り出した。


「『インセンディオ‐燃えろ』」


呪文を唱えると、杖先から緑色の炎が噴射される。そのまま封筒は、あっという間に全体が黒く変化し崩れ落ちた。



「なぁ、何て書いてあったんだ?」


再度問いを投げかけてくるドラコ。私は顔が歪みそうになるのを必死でこらえながら……限りなく無表情に近い表情で……書いてあった内容の要約を口にした。


「『引き続き、“おもり”を頼む』ってこと。あと『“例の予言”を手に入れる手助けをしろ』だってさ」
「引き続き“おもり”?いや……それ以前に『例の予言』って何の予言だ?」


腕を組んで考えるドラコ。


「言えるのはそれだけ。これ以上は禁則事項だ」


私は、杖をローブの内側に戻しながら歩き始める。
『予言』についての対策を考えてあるが、『おもり』については、いまだに良作が見つかっていない。まず『おもり対象』とは寮が違うし、学年も違う。『おもり対象』の部屋に忍ばせてある蛇(バーナード)の定期報告だと朝から晩まで、基本的に『おもり対象』は遅れてしまった勉強に励んでいるみたいだ。ハリーと良い仲になりかけていたレイブンクローの東洋系ガールフレンドに支えられながら。

『記憶の混乱』が生じているということで『おもり対象』は『第三の課題』について話せない。だから、状況はハリー達にとってみたら暗転している。以前としてハリーやダンブルドアは『嘘つき』と呼ばれている。でも、それが私や奴にとって見たら好都合だ。このまま上手く計画が熟してくれたら…


「―――なの?」


耳にこびり付くような甘ったるい作り声が、どこからか聞こえてくる。私の少し後ろを追うようにして歩いてきたドラコにも聞こえたらしい。首を回して声の出どころを確認している。


「―――あの―――――んです」
「そうなの。続けてくださるかしら?ミス・エッジコム」


声の出どころは、半開きになった扉。空いた教室の中から話声が漏れているみたいだ。
扉に出来るだけ近づいて中を覗き込むと、中には扉側に背を向けている…いつも通り気持ち悪くなるくらい濃いピンクの服を着ているアンブリッジ。そして戸惑いながら何かをアンブリッジに打ち明けている赤い巻き毛の少女。確か名前はマリエッタ・エッジコム。この間『ホッグズ・ヘッド』で見かけたレイブンクローの女子生徒だ。


「あの……8階の『必要の部屋』に行けば、先生にとって都合の良いものが見つかると思います」


…私は息をのんだ。私の隣で耳を立てているドラコには何のことだか分からないみたいだ。でも、私には何が目の前で行われているか分かった。

あの少女は、『DA』のメンバーを売ろうとしている。そういえば、ハーマイオニーが『今日はこれから会合がある』みたいなことを、さっき言っていた。


「…っち」


小さく舌打ちを打つ。そして、気が付くと再びしまったばかりの杖を取り出している私がいた。その行動の意味を考える暇もなく、すぐ近くにいるドラコでさえ判別できないような小さな声で、私は呪文を唱えた。


「『エクスペクト・パトローナム―守護霊よ、来たれ』」


杖先から白銀の大蛇が飛び出す。……音もなく出現した大蛇に、ドラコは気が付いていない。私は『警告文』を脳裏に思い浮かべながら、大蛇に向かって杖を一振りすると、白銀の大蛇は霞になって何処かへと向かう。

私の名前が記されたままだと考えられる『DAの名簿』には、あの場を去る前に呪いをかけておいた。用紙に名前を記した誰かが密告した場合、用紙が燃えるという証拠隠滅の呪いを。


それに『DA』のメンバーを逃がす義理は私にはない。なのに……何で私は杖を振ったのだろう?何で、私は『守護霊』に『警告』を載せて……『DA』のメンバーがいる『必要の部屋』まで飛ばしたのだろう?


あのメンバーの中にはネビルやハーマイオニーがいるから?本当にそれだけの理由なのだろうか?

気が付かない間に、クイールのお人好しな性格が移ってしまっていたのかもしれない。私は苦笑を浮かべながら、再びアンブリッジとマリエッタ・エッジコムの密談に耳を傾けた。


「そう……具体的には何が起きているの?」
「……秘密の会合です……教育令違反の」


マリエッタが、アンブリッジに対して懺悔するように言葉を発した時だった。マリエッタの頬から鼻を横切って、膿んだ紫色の『できもの』がびっしりと広がり、文字を書き始めていた。

≪密告者≫

という反逆の言葉を。








[33878] 63話 進路指導
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:12

テーブルに積まれた資料の山。
休暇が終わる少し前、魔法界の職業を紹介する小冊子やチラシ、ビラなどが談話室に運ばれていた。掲示板には、今学期になって張り出された、まだ紙の色が白い教育令の数々に混ざって、簡素なプリントが掲示されていた。


《―進路指導―イースター明けの最初の週に、5年生は寮監と短時間面接し、将来の職業について相談すること。個人面接の時間は左記リストのとおり》


リストは、ほぼアルファベット順に並んでいるようだ。『ほぼ』というのは、時間の都合により、交代している場合があるからだった。私の名前は『G』だから上から2番目、ミリセントの後に記されていた。ちょうど『古代ルーン文字学』の時間とかぶっているので、その授業は休むことになる。まぁ、あの科目は何とかなるので、1日くらい休んでも問題ない。
私はイースター休暇最後の週末の大部分を、パンジー達と一緒に、職業紹介のパンフレットを読んで過ごしていた。


「……進路ねぇ…」


ため息をつきながらパンジーがパンフレットを閉じた。表紙には『聖マンゴ魔法疾患傷害病院』と記されてある。


「私、将来について何も考えていないわ」
「私も同じ」


ミリセントがテーブルの上に突っ伏した。彼女の手には『グリンゴッツ魔法銀行』のパンフレットが握られていた。


「『銀行』だから給料いいだろうな~って読んでみたけど、何よ…『数占い』で『O-最優』を取らないといけないって……私、いつも『P-よくない』なんだけど。やっぱり、さっさと良い相手見つけて結婚しないと……」
「…セレネとダフネはどうするの?」


パンジーが私とダフネの方を向いた。ダフネは読んでいたパンフレットから顔をあげる。


「『魔法省に勤めなさい』ってお父様に言われているから、魔法省に就職するつもりなの」
「へぇ~どの部署にするの?」


テーブルから顔をあげたミリセントが尋ねる。ダフネは少し考えてから、口を開いた。


「そのぅ、出来たら『神秘部』かな」
「『神秘部』?」


聞き覚えのない単語だ。私は、思わず眉をしかめる。


「神秘的なこと。えっと、つまり『時』とか『死後の世界』の研究をしたり、それから『逆転時計』と『本当の予言』を管理する仕事なの。一応、必修とされている『占い学』の授業は受講しているから、就職資格はあるし」


楽しそうに話すダフネ。かなり本気でその部署に就職したいのだろう。


「つまり研究者ってこと?まぁ、ダフネらしいかもね。セレネは?」


パンジーが矛先を私に向ける。私は苦笑した。


「何も考えてない、な」


今まで、進路について何も考えてこなかった。テーブルの上に置いてある一通りのパンフレットは流し読みしたが、これといって興味を持った職業は見つからない。


「セレネなら、どこに就職を希望しても大抵叶えられそうよね。成績良いし、銀行でも魔法省でも癒者(いしゃ)でも。本当により取り見取りで羨ましいわ。そういえば、そこの男子たちは、読まなくていいわけ?」


ミリセントが高収入そうな職業のパンフレットを私の方に投げながら、チェスをしているドラコたちを見た。


「僕達は父上の跡を継ぐって決まっているから、見る必要がないだけさ」


白のルークを動かしながら、口元に笑みを浮かべながらドラコが答える。それを覗き込んでいるクラッブとゴイルもニンマリと笑っていた。パンジーとミリセント、それからダフネの顔に納得の色が広がる。


「そういえば、あんた達は土地の管理だけで儲かるから、パンフレットを見る必要がなかったのよね。…ん、待って。ザビニとノットは仕事をしないと不味いんじゃないの?」


パンジーが眉間にしわを寄せる。ザビニは、黒のナイトを動かしながらニンマリと笑った。


「僕は銀行(グリンゴッツ)にツテがあるから、読まなくていいのさ。どちらかというと、セオドールの方が読まないと不味いんじゃないか?」


チェスを黙って観戦していたノットは、腕を組んでザビニを見下ろした。


「俺は昔から癒術に興味がある。だから聖マンゴ魔法疾患傷害病院への就職を希望している。成績も足りているから、他の選択肢を考える必要はない」


その答えを聞いたミリセントが、本日何度目かになるため息をついた。


「そうやって将来を決めることが出来るって凄いわよね。はぁ……」


辺りに散らばっていたパンフレットの何冊かをつかみ取り、部屋にミリセントは戻っていった。彼女の言っていることが、私には分かる気がした。私は将来、どういった道に進もうか。私が1番したいことといえば、ダンブルドアに復讐すること。だが、肝心なダンブルドアは、この学校にいない。先日……ちょうどDAが密告された次の日に、ダンブルドアは消え、代わりにアンブリッジが校長に就任した。


突然おこったアンブリッジの新校長就任。校内では『ダンブルドアを追い出しに来た魔法省大臣・アンブリッジ・闇払い2名を全員倒して逃亡した』という噂がささやかれている。それが嘘か真か私には知る由もない。ただ今回の突然の逃亡の背景に、DAに深く絡んでいたことは間違いないだろう。…まぁ、あのダンブルドアのことだ。絶対に奴は生きている。というか、復讐するまで生きていてもらわないと困る。

とにかく、そんなことを『進路相談』の時に言えるわけがないし、復讐に私の人生のすべてを当ててしまうのは勿体ない。だから、生きるため、どこかに就職したいのだが、やりたい仕事が全く思いつかない。そもそも、私は『日本』に逃亡することを前提に、この戦いに臨んでいる。『イギリス』で付きたい仕事など、思いつくわけがない。それでは『日本』で何かする仕事を考えようとするが、全く持って思いつかない。働いている自分が想像できないのだ。ダンブルドアやヴォルデモートを追い詰める方法は、思いつくのに……。私は苦笑を浮かべる。
とりあえず、何かでっち上げる職種を探そう。私はパンパンっと頬を叩いた。そして、手近にあった鮮やかな紫色のパンフレットに手を伸ばしたのだった。





























時が経つのは早い。
何をするのか、明確に思い浮かべることが出来ないまま、進路相談の日が来てしまった。下手な嘘だと、スネイプ先生に見抜かれてしまう。なので、必死に考えたが全く思いつかなかった。私は、少し重い足取りでスネイプ先生の研究室へと足を運ぶ。


「辛気臭いな、セレネ」
「御悩み事かい?」


後ろから陽気な声をかけられる。振り返るとそこにいたのは、赤毛の双子……フレッドとジョージ・ウィーズリーだった。


「進路について少し。今から面談」


そういうと、双子は顔を見合わせた。


「ふーん。じゃあアンブリッジは、スネイプの研究室にいるのか」
「アンブリッジ?」


何故このタイミングでカエル女の名前が出てくるのだろうか?私が眉間に皺を寄せると、双子は笑みを深めた。そして2人は、大げさな身振りを交えながら交互に話しはじめる。


「ダンブルドアもいなくなったし」
「ちょっとした大混乱(イベント)こそ」
「まさに親愛なる新校長にふさわしい」
「いや、待て。退学になったらどうするんだ?」


私は足を止めて、自分より背の高い双子を見上げる。自身の履歴書に『中退』の文字が刻まれていたら、目に見えて就職に不利だ。だが、双子は笑みを崩さない。


「退学か~上等だね」
「というか、そろそろ時期だと思っていたんだ」
「『ずる休みスナックボックス』も完成したし」
「君のお蔭だぜ、セレネ」
「私のお蔭?」


話が見えてこない。私は最近、あまり双子に関わったことがなかった。間接的にかかわっていた、ということだろうか。だが、寮も学年も違う私達がかかわる機会なんて…


「三校対抗試合の賞金さ!」
「総額1000ガリオン!」
「ハリーから貰ったその資金で、『ダイアゴン横丁』に『悪戯専門店』を開いたんだ」
「あ……」


今の今まで、すっかり三校対抗試合の賞金のことが頭から抜け落ちていた。そういえば、1000ガリオンをハリーとセドリックの両親と山分けする話になったことがあった気がする。…だが、私としては賞金に興味がなかったし、それ以前にクイールのことで頭がいっぱいで、他のことは考える気になれなかった。セドリックの両親も同じような感じだったらしく、結局ハリーが全額貰うことになった、ということが頭の片隅に残っていた。


「君がハリーに全額渡していなかったら」
「俺達はダイアゴン横丁に店なんて出せなかったし」
「悪戯グッズの開発も、ここまで進まなかった」
「君には感謝しているんだ、セレネ」


双子は本当にうれしそうにニィっと笑った。なんだか、久々に感謝された気がする。心の中に暖かい何かが広がった気がした。賞金に未練はない。ハリーが私利私欲のために使ったというのなら、どこか嫌な気分になることがあったかもしれない。だが、こういう形で第三者が使ってくれて良かった。それに…使い道が悪戯グッズの開発というところが、面白い。


「ほら、そろそろ行かないと時間じゃないのか?」


双子のうちのどちらか……たぶんジョージの方だと思う……が腕時計をコンコンと叩く。時計をチラッと見てみると、面談の時間まで5分を切っている。急がないと間に合わなくなる。


「本当だ。ありがとう」


私はスネイプ先生の研究室に向かって走る……が、角を曲がる前に立ち止まって双子を振り返った。


「いつか店に行くよ」


それだけ言うと再び私は走り出す。双子が、嬉しそうに笑みを浮かべているのが視界の端に小さく映っていた気がした。


飛ぶように階段を駆け下り、息せきって研究室の前に辿り着いた。時間は、予定時間の2分前。私は息を調えると扉をノックする。中から入室を許可するスネイプ先生の声が聞こえてくる。…いつになく先生の不機嫌そうな声が。
私が扉を開けると、スネイプ先生が座っていた。だが、部屋にいたのはスネイプ先生だけではない。隅の方に新校長(アンブリッジ)が座っていた。膝にはクリップボードを載せ、首の周りにはごちゃごちゃとフリルで囲み、悦に入った薄ら笑いを浮かべている。

てっきりスネイプ先生と2人だけで進路指導を執り行うのだと思っていたのに。絶対に、あのカエル女は私の将来について、口出ししてくる……そんな気がした。


「座れ」

短く告げるスネイプ先生。私はアンブリッジに背を向けるようにして座る。


「この面接は、進路について話し合い、今後6年目と7年目でどの科目を継続するかを決める指導をするためのものだ。ホグワーツ卒業後、何をしたいか考えてあるかな、ミス・ゴーント?」


淡々と聞いてくるスネイプ先生。…後ろでカリカリと羽ペンで何か書いている音がするので、気が散った。というか、今のやり取りで何か書き込むことがあったのだろうか?


「特に何も」


そういうと、スネイプ先生は『やはりな…』という顔をした。


「趣味や得意なことを生かしたいとは思わないのかね?」
「……仕事に生かせる特技なんてないです」


『線』を切ってモノを解体することは得意だし、蛇と話すこともできる。だが、就職に役立つとは思えない。


「憧れる人とかいないのか?」


私は考え込んだ。真っ先に思い浮かんだのはクイールの顔。だが、私に教師という仕事は向いていない気がするし、出来ない子の立場になって考えることが難しい。ミリセントやパンジーが簡単な問題につまずき、唸っているのを見て、心のどこかで『馬鹿だ』と感じでしまう私には……人を教えることなんてできない。

となると、次に思い浮かんできたのは、水色の髪をした……


「ちょっといいかしら、セブルス?」


アンブリッジが話に割り込んできた。私はアンブリッジに背を向けているので表情が見えないが……どうせ、いつものニンマリとした笑みを浮かべているのだろう。スネイプ先生は、難しい顔をアンブリッジに向けた。だが、スネイプ先生は口を開かない。


…無言の時間が続く…

その沈黙を肯定と受け取ったのだろう。アンブリッジが甘ったるい声で私に話しかけてきた。


「将来が決まっていないのなら、魔法省に就職を希望したらどうかしら?」


あまりにも予想通り過ぎる答えで、思わず笑いそうになった。だが、笑ったら不審に思われるので、出来るだけ無表情を保つ。そして、その表情のままアンブリッジを振り返った。


「前にも言ったと思うけど、貴方には魔法省があっていると思うわよ。私が最大限のバックアップを約束するわ。きっと同期の誰よりも出世するわよ」
「出世…ですか」
「そう!特にあなたの場合はお父様を病で亡くされたばかりでしょ?魔法省大臣補佐官になれば、生活に関するお金の心配もないし、天国のお父様だって…きっと喜んでくれるわ!」


これ以上ないってくらいの笑みを浮かべるアンブリッジ。…突然、身体の奥から怒りが湧き上ってきた。クイールのことを知ったような口で話さないで欲しい。無遠慮で、人を下僕にすることしか考えていないガマガエル女め。
…だが、そんなことを正面切って発言できるわけがないので、私は喉元まで出かけた反論の言葉を必死で飲み込む。膝の上に置いておいた手を思いっきり握りしめ、少しだけ俯いてアンブリッジが視界に入らないようにした。


「…確かにアンブリッジ校長(・・)先生(・・)の言い分にはかなりの利があるように思えます」


少し心が落ち着いたので顔を上げる。そしてアンブリッジをまっすぐ見つめて、こう告げた。


「ですが、魔法省に就職するつもりはないです」


アンブリッジの表情が固まった。嬉しそうに笑っていた顔から表情が拭い取られ、憤怒の色が見え始めていた。…アンブリッジは何回か咳払いをすると、私の方に作り笑いを浮かべた。


「どうしてそう思うの?」
「私に政治が向いているかどうか、分かりません。それに……私の生い立ちが、ふさわしいものではないですから」
「何を言っているの?」


少しキビキビとした口調になるアンブリッジ。


「あなた程の能力は、滅多にいないわ。由緒正しい魔法使いの家系であることに間違いないわよ?魔法省に就職すれば、あなたは間違いなく出世する。大臣も私も最大のバックアップをするわ!」


その見返りとして、私はアンブリッジ達に体の良い馬車馬として働かされる。口では言っていないが、大方そんなところだろう。見返りもなしに、アンブリッジが私に好待遇を用意するとは考えられない。


「ありがとうございます。ですが、お断りさせてもらいます。まだ進路については考えていないので、試験の結果、受講許可された科目は全て続けたいと思います。自分の将来のことなので焦らず、来年以降…慎重に考えていきたいです」



それでいいか?と尋ねるようにスネイプ先生の方を向く。スネイプ先生は黙ってうなずいた。


「では、私は次の授業があるので…」


そろそろ帰ると言おうとした時だった。

なんだか、部屋の外が騒がしい。何故か、時折爆発音のようなものが聞こえてくる。正確に言えば、天井の方……玄関ホールがある辺りからだ。

脳裏に先程交わした双子の会話が蘇ってきた。十中八九、あの双子が何かしでかしたに違いない。

……そんなことを考えている間にも、頭上で…研究室が揺れるくらいの音が響く。壁一面に整理されている薬品が入った瓶がカタカタと音を立てて揺れた。ひぃっと小さな悲鳴を上げてアンブリッジは机にしがみついた。

スネイプ先生と自然と目があい、同じタイミングで席を立つ。スネイプ先生は杖を構えながら、研究室のドアを開け素早く出て行く。私もスネイプ先生の背を追うように研究室から出た。…それから少し遅れた様子で、ドタドタとアンブリッジが駆けてくる音が聞こえた。


爆発音は大きくなっていく。というか、それに混じって双子の声が聞こえてくるのは、気のせいではないだろう。
角を曲がったところで、すぐ前を走っていたスネイプ先生の姿を見失ってしまった。…こんなところで見失うなんて……ありえない……と思った途端のことだ。どこからどう見ても石壁にしか見えない廊下の一部がスライド式の扉のように横に開き、中から伸びてきた手が私の腕をつかみ、中に引きずり込まれた。

……引きずり込んだ主は、スネイプ先生だ。扉の向こうでアンブリッジが、はぁ…はぁ…言いながら走り去っていく音が聞こえてきた。完全に音が遠ざかった時、ようやくスネイプ先生は再び扉を開いた。


「どうしたんですか?というか、あの人を1人行かせてよろしかったのでしょうか?」
「我輩が出る幕ではない」


そういうと、スネイプ先生はマントを翻し、来た道を戻り始めた。


「どの道に進むとしても、命を無駄にする道を選ばないことだ」


角を曲がるとき、一瞬立ち止まったスネイプ先生がそう言う。私は笑って頷いた。


「大丈夫です。死にたくないですから」


それだけ言うと、先生の方を振り返らずに騒ぎの下…と思われる玄関ホールに向かって走り出した。


玄関ホールに近づくにつれて、騒ぎや爆発音が大きくなる。辿り着いてみたとき、そこは祭り騒ぎだった。
巨大な魔法の仕掛け花火が、そこら中で破裂している。ロケット花火が光り輝く銀色の星を長々と噴射しながら、壁に当たって跳ね返っている。ショッキングピンクのねずみ花火が、空飛ぶ円盤のようにビュンビュンと破壊的に飛び回っている。

それを遠巻きにして……安全なところから見守る生徒たち……花火の中心で杖を構えているのは、案の定アンブリッジ。その隣にいるのは管理人のフィルチだ。彼らが忌々しく睨みつけている対象は、やっぱりフレッドとジョージ。2人とも箒に乗って空高く飛んでいる。


「私の学校で、こんなことをして許されると思っているのですか?」


爆発音に負けないよう声を張り上げるアンブリッジ。顔を真っ赤にさせて激怒しているアンブリッジを見た双子は心底楽しそうに大笑いした。


「別に気にしてないし」
「もう学生家業を卒業しようと思っていたしな」
「まったくだ」


さらに高度を上げる双子。彼らはアンブリッジを見下ろしていたが、視線を安全そうなところから眺めている生徒たちに移した。



「たった今、実演中の『ウィーズリー・暴れバンバン花火』をお買い求めになりたい方は、ダイアゴン横丁93番地までお越しください。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店』でございます」
「我々の新店舗です!」
「我々の商品を、この老いぼれババァを追い出すために使うと誓っていただいたホグワーツ生には」


ジョージがアンブリッジを指さしている。その傍らで新しい花火に火をつけるフレッド。


「「特別割引をいたします」」


双子の声が重なった途端…フレッドが手にしていた新しい花火を、空高くに投げた。花火からは全身が緑色と金色の火花でできたドラゴンが、何匹も現れアンブリッジに襲い掛かる。アンブリッジは悲鳴を上げて杖を振り上げた。


「『ステュービファイ―麻痺せよ』!!」


アンブリッジの杖先から、赤い光が飛び出しドラゴンの一体に命中した。だが、火花は空中で固まるどころか、大爆発を起こし、野原の真ん中にいる憂鬱な表情を浮かべた魔女の絵に穴をあけた。絵の魔女は間一髪で逃げし、隣の絵に避難している。


「し…失神させてはダメ、フィルチ!」


アンブリッジがフィルチに怒鳴りつける。まるで、呪文を唱えたのは、何が何でも…魔法が仕えないはずのフィルチだったかのような言い草だ。


「承知しました。校長先生!」


フィルチがぜいぜい声で言った。手にしていた箒で、空中の火花を叩き落とし始めた……が、数秒後には箒の先で火花が燃えだした。
次々に2人に襲い掛かる花火の数々。火花で作られた巨大ドラゴンが、アンブリッジを飲み込もうと口を大きく開ける。アンブリッジは悲鳴を上げながら『消失呪文』を唱える。すると、たしかに巨大ドラゴンは消えた。だが、代わりに小さく動きが速いドラゴンが10体に増える。


「…助けなくていいのか?」


いつの間にか隣に立っていたノットが、私に話しかけてきた。ノットは、面白いような…不快のような…不思議な顔をしている。


「私が助けに行ったところで何になる?『失神呪文』も『消失呪文』も逆効果。…気の毒かもしれないが、あれは自然消滅を待つしかない」
「気の毒とか言いながらも、セレネは楽しそうだな」


ノットに指摘されて初めて……私は今、口元が笑っていることに気が付いた。


「楽しい……か」


確かにそうかもしれない。いつになく、私の心が晴れ晴れとしている。……アンブリッジ(とフィルチ)にとってみれば最悪な日かもしれないが、私にとっては……かなり良い日だ。

フレッドとジョージは眼下で慌てふためくアンブリッジとフィルチを見て大笑いすると、くるりと向きを変えた。そして開け放たれた正面の扉を素早く通り抜け、輝かしい夕焼けの空へと吸い込まれていった。


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11月18日:一部訂正




[33878] 64話 誰よりも深く……
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:15
SIDE:アルファルド


3階の女子トイレにある壊れた蛇口……そこが『秘密の部屋』へと繋がる入口になっています。一見すると冷たく張りつめた雰囲気の『秘密の部屋』ですが、その先にある『もう1つの秘密の部屋』は、意外と快適な空間です。今も、いくつものランプの灯火と、煌々と燃え続ける暖炉の炎が、壁一面…本で埋め尽くされた室内を照らしています。


そんな部屋で、今日も主は、猿顔翁(サラザール・スリザリン)や馬鹿リドルが残した本の数々を読みふけっていました。


『…そろそろ休まれては?』


もう、ずっと……12時間は椅子に座って本とにらめっこしている主。主は本に目を落としたまま、蛇語で私の問いかけに、答えてくれました。


『いや、もう少し読んでから休む』


せっかく心配したのに、何を考えているのでしょうか。主は、首を横に振って、目を落としていた本の最後のページをめくります。……どうやら、その本にも主が探している内容はなかったみたいです。主はため息をつきながら、パタンと、今にも壊れそうな灰色の本を閉じました。


『…これも違うか』


『既読済み』の本で作られた山の上に、閉じたばかりの本を乗せる主。時計の針は、そろそろ夜の12時を廻ろうとしています。


主は、スッカリ冷めたコーヒーを啜りました。…私に手があればコーヒーを入れてあげられるのですが、私は蛇です。主の背中を見ていることしかできません。

主が次に手にしたのは、擦り切れた黒い革綴じの分厚い本、本の上に被さっていた埃を払うと『深い闇の秘術』という表題が見えた気がしました。


『……急がなくても良いのでは、主?主にはまだ、時間があります』


主の顔色が青ざめていて病人みたいです。目の下にはクマが出来ています。主が、今日で秘密の部屋に滞在して6日目……授業と食事の時以外は、この部屋から外に出ず、ずっと本とにらめっこしています。寮に戻らない理由として、主の同室の御学友の方々には『試験勉強に集中したいから“秘密の部屋”にこもる』と言ってあるそうです。御学友の方々は主が『スリザリンの継承者』だということを知っているから、たぶん問題は、おこらないでしょう。


主が寝る間を惜しんで本を読み漁っているのには、訳があります。それは馬鹿リドル…つまり、私の元・主の『弱点』を探るためです。
確かに今は『協力者』として行動しているみたいですが、元主はあの性格です。いつ裏切られるかわかりません。ダンブルドアとかいう爺を殺し契約が終わったらすぐに、殺しにかかってくるでしょう。なので、亡命するまでの間、少しでも抵抗できるように、生き残れるように、今のうちに奴の弱点を探っておくに越したことはないと、私も思います。だから、主は試験勉強の合間を縫ってまで、こうして『弱点』を探しているのです。


幸いにも、ここには『闇の魔術』に関する本が500冊以上あります。全て読むことは主が在学している間には出来ないかもしれません。ですが、出来るだけ読んで、読み切れなかった分は……いったいどうするのでしょうか?というか、主が卒業したら、私はどうすればいいのでしょう?
…とにかく、その問題は後回しです。



主は、この大量の本の中からヴォルデモートが興味を持ちそうな『不老不死』に関する話題を探しています。なんでもヴォルデモートが『不死』になった方法を調べれば、必ず、それに対抗する術があるはずだし、今後の対策を練ることが出来るから、だそうです。
確かにそれは正論です。でも、主に倒れらたら……正直、医務室まで連れて行くのが面倒です。誰にも見つからずに、私がやっと通れるくらいの通路を通って辿り着く医務室まで行くのは、骨が折れます。なので、私は主を心配する声をかけました。


『主は、…このままでは身体を壊してしまいます』
『大丈夫。自分の身体の……こと、は……』


主はページをめくった時……固まってしまいました。眼は大きく見開かれて、文字を凝視しています。とうとう倒れるのかな、と思いましたが違いました。

…どうやら、目当てのものが見つかったみたいです。


主は目をこすり、ゆっくりと息を調えました。そして、いつになく集中した面持ちでその項目を読み始めます。時折ぶるっと身体を震わせながら主は一行、一行を丁寧に文字を読んでいました。


『…分かったのですか?』


主が本から顔を上げ、残りのコーヒーを全て飲み干したとき……恐々とした感じで私は口を開きました。


『一体どういった方法なのでしょう?』
『まったく、物騒な方法だ』


主は、背もたれに身体を預けると、ふぅ……と息を吐きました。その表情からは何も読み取れません。


『十中八九…方法は“分霊箱(ホークラックス)”。分割した霊魂を隠した物、という意味だ。分霊箱に納められた魂の断片は、魂をこの世に繋ぎとめる役割を持ち“完全な死”を防ぐ効果を持つ、らしい』
『つまり、本体の肉体や、それに宿る魂を破壊されても……他の魂があるから平気ということでしょうか?』


胡散臭いです。私はシューっという声を上げました。魂という目に見えない物を分割するなんて……信じられる話ではありません。そんな私の態度を見た主は、力なく笑っていました。


『信じがたい話だが、証拠がある』
『証拠がある?主は、馬鹿リドルの魂の欠片を見たことが…』


私はハッとしたように言葉を止めました。


『“リドルの日記”ですね』


2年生の時、ちょうど扉の向こうの部屋で起こった事件を思い出しました。生きる力を吸い取り、実体を持つトム・リドルの記憶。あれをそう簡単に忘れられるはずがありません。ましては、あの事件に私は深くかかわっていたのですから。もう少しで私は、目の前にいる主を傷つけるところでした。


『主が魂の“器”になっていた“日記”を壊したから、帰る場所を失った“魂”は消滅した?』
『大方そんなところだろう。で、奴のことだから念には念を入れて、1つではなく2つ以上……分霊箱を作った可能性が高い』


主は背もたれに体を預けたまま、足をフラフラ前後させています。


『このことは、墓場で奴は“誰よりも深く不死の道へと入り込んだ俺様”と言っていたことからも、分かる。…1回分けるだけで魂は不安定になると、この本は再三、うんざりするほど警告している。2回以上分けたって考えるのが妥当だろ。
違うかもしれないから、他の方法も探してみるが、それと並行して分霊箱を探すのが得策だな』


私は、頷いて同意の意を示しました。


『そこでだ、アルファルド。ヴォルデモート、トム・リドルが分霊箱と思われるのものを所持していた覚えはないか?』
『そうですね…』


私は、いつになく脳を働かせました。馬鹿リドルの行動の中で『特に』不審な点はないか、記憶の隅々まで探します。ですが、馬鹿リドルは孤児です。学用品以外に持っていた私物なんて…


『あっ…』


ありました。何時でしたでしょうか、そう、確か私が目覚めたばかりの時です。なんか、今の主同様……おしゃれに興味がなかったはずなのに、何故か急に指輪をはめていました。気になって指輪について聞く前に、馬鹿リドルは教えてくれたんです。確か…


『マールヴォロの指輪というモノを、指に嵌めていました。おしゃれに興味がない人だったので良く覚えています』
『マールヴォロの指輪…か』


私の答えを聞いた主は、なにやら不敵な笑みを浮かべました。

『…もしかして、これか?』


主はポケットの中から古びた指輪を取り出しました。どこか見覚えのある金の指輪です。いえ、見覚えがあるどころではありません。あの指輪は…

『間違いありません。マールヴォロの指輪です』
『なるほど、壊しておいて正解だったな。…念のため、他にも探すか』


主はフフフと笑いながら、荷物をまとめ始めました。鞄に先程の本を入れると、立ち上がり思いっきり腕を空に伸ばしストレッチをしています。馬鹿リドルの弱点が見つかったのだから嬉しい顔をすればいいのに、主は悔しそうです。右腕をさすりながら、必死に何かを考えています。


『“破れぬ誓い”の破棄は無理か……』
『破れぬ誓い?』


私が問い返すと、主は苦虫を潰したような顔になりました。


『私がヴォルデモートと結んだ契約だが、通常の魔法契約と違い“線”が視えない。だから、消せないんだ。ダンブルドアが死ぬまで、ヴォルデモートの件は先送りか。……とりあえず、今日は寝る。…アルファルド、悪いけど寮まで送ってくれる?』


とりあえず最低限の情報は手に入れたから、今日からはベッドで寝たい…と、眠そうな顔をしながら言う主。まったく、今は何時だと思っているのでしょうか?深夜ですよ?今日は泊まっていけばいいのに。まぁ、医務室まで行くよりスリザリン寮に行く方が楽なので私は構いませんが。


私は主に近づき、頭を垂らし主が背に乗りやすいようにしました。主は小さな声で『ありがとう』と礼を言ってから背に乗ります。こうして礼を言ってくれると物凄く嬉しいです。馬鹿リドルは、そんなことをいいませんでしたから。



私は主を落とさないように慎重に進み始めました。
相当疲れていたのでしょう。寮に辿り着いたときに…主は私の上で小さく寝息を立てていました。私は小さく笑い、ベッドの上、に連れて行くのは身体が大きすぎて部屋に入ることが出来ないので、談話室のソファの上に主を下しました。主は少し身動きをしましたが、すぐに夢の世界に戻ったみたいです。私は、ため息をつきながらも口元は笑っていました。


私は……いい主に巡り合えてよかったです。




あっ、そういえば、分霊箱とは、いったいどうやって作るのでしょう?聞いていませんでした。今度、主が尋ねてきたときに聞いてみましょう。



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11月18日…一部訂正






[33878] 65話 OWL試験
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/11 10:05


城の庭はペンキを塗ったばかりのように、陽光を受けて光り輝いていた。雲ひとつない空が、光を乱反射している滑らかな湖に映し出されている。若緑色の艶やかな芝生が、優しいそよ風に時折さざ波を立てている。思わず、うたた寝をしたくなる6月。

しかし、私達5年生には、のほほんと寝ている暇なんてない。眼と鼻の先に迫った『OWL試験』が迫っているからだ。
どの先生方も、もう宿題をだすことはなくなった……が、代わりに最も出題されそうな予想問題の練習に時間を費やした。特にスネイプ先生は、私達…スリザリン生に『闇の魔術に対する防衛術』の実技補習をしてくれた。もちろん、アンブリッジの許可を取って…だが。
『いきなり試験本番で呪文を初めて使うということは、さすがに不味い。少しは練習させるべきだ』とスネイプ先生がアンブリッジに言ったところ、納得してくれたみたいだ。…迫る試験の勉強に誰もが打ち込む。だから、精神集中、頭の回転、眠気覚ましに役立つ物の闇取引が大繁盛していた。


例として挙げると……ゴイルとミリセントは、レイブンクローの6年生…エディ・カーマイケルが売り込んだ『バルフィオの脳活性秘薬』に相当惹かれていた。1年前…自分が試験で9科目『O―優』を取れたのは、この秘薬のお蔭だと請け合い、半リットル瓶1本を、たったの12ガリオンで売るというのだ。

…だが、ゴイルとミリセントが購入しようと財布を取り出したところで、たまたま現場を目撃したダフネが『カーマイケルは胡散臭い品を売りつけてくる上級生』だと恋人(テリー)から教えてもらったこと思い出し、交渉を中断させようとした。実際に瓶の中身を見てみると、『ブボチューバー』。触れると皮膚が物凄くかぶれる魔法植物から搾り取った汁の原液だった。……つまり、脳を活性させる薬だというのは、真っ赤な嘘。

怒り狂ったゴイルとミリセントが今にもエディに殴り掛かりそうだったので、私が仲裁しないといけなくなってしまった。私が『監督生』としての特権を使い、瓶をエディから没収し、彼の寮監…フリットウィック先生に報告する、ということで落ち着いた。


…つまり、そんな怪しげな薬に手を出す誘惑に駆られるほど……5年生はせっぱつまっている状況だった。


誰もが夜遅くまで目を真っ赤に充血させて談話室で勉強し、5年生にはピリピリと緊張した空気が漂っていた。それは試験が近づくにつれて酷くなり、試験の日の朝、ピークを迎えた。


口数が少なく、食べなれているはずのオニオンスープの味を感じない。パンジーは小声で呪文の練習をし、目の前の塩入れをピクピク動かしていた。ノットは『基礎呪文集』を読み直しながら食事をしている。ダフネは緊張のあまり、ナイフとフォークを落としてばかりだった。

朝食が終わると、生徒はみんな教室に行ったが、5・7年生は玄関ホールに屯してうろうろしていた。9時半になるとクラスごとに呼ばれ、再び大広間に入る。見慣れた4つの寮のテーブルが片付けられ、代わりに個人用の小さな机がたくさん、奥の教職員テーブルの方を向いて並んでいた。その最奥にはマクゴナガル先生が生徒と向かい合う形で立っている。全員机に着席すると、マクゴナガル先生の「始めてよろしい」の声とともに、皆一斉に試験用紙をひっくり返した。先生は自分の机に置かれた巨大な砂時計をひっくり返す。これが残り時間を示しているのだろう。


(a) 物体を飛ばすために必要な呪文を述べよ。
(b) さらにそのための杖の動きを記述せよ。


私は口元に、ふっと笑みを浮かべた。この呪文は1年生レベルじゃないか。もっと難しいレベルの内容を聞かれると思った。私は少しホッと胸を下ろして羽ペンを解答用紙の上で走らせた。















「やった――!これで解放されたわ!」


手を空高く上げて、大きく万歳をするミリセント。その隣ではぐったりとした様子のパンジーが呆れた顔をしてミリセントを見上げた。


「あのねぇ……まだ試験はあるでしょ?」
「でも、残っているのは『天文学』と『魔法史』だけじゃない!どっちも捨てた科目だし~将来に関係ないし!」


さぁ、寝るぞ!といって寮へ脇目も振らずに走っていくミリセント。眼の下にクマを作ったパンジーも、たしかに……と言いながら、ふらふらと後を追う。


「いいなぁ、2人は。私は、まだ天文学があるから寝れないよ」


目をこすりながら、疲れきった声でつぶやくダフネ。充血した眼の下にはハッキリとクマを作っていた。私は、その肩をポンポンと優しく叩く。


「少しは寝たらどうだ?今日の夜には大事な『天文学』の実技だ。その途中で寝たらおしまいだぞ」
「うん………そうかも。私も少し寝てくるね」


ダフネは大きな欠伸をすると、パンジー達の後を追いかけた。私もそのあとを追おうとしたが、視界の端に、蕪のイヤリングをつけた色素の薄い髪の少女が映ったので足を止めた。…ルーナ・ラグブッドだ。何か書かれた紙を掲示板に張り出している。


「こんにちは」


私が見ているのに気が付いたルーナが、ぼんやりとした挨拶をかけてきた。


「試験はどうですか?」
「あぁ、あと2科目」


試験前はあれだけ長く感じた時間も、いざ試験が始まると、あっという間に過ぎていく。
想像していたより簡単で、圧力(プレッシャー)も三校対抗試合の時に感じたものよりずっと軽い。比較的落ち着いた気持ちで試験に臨んでいた。


「それよりも、そのリストは?」
「あのさ、あたし、持ち物をほとんどなくしちゃったんだ」


のんびりと貼り付けたリストを見ながら言うルーナ。


「みんなが持って行って隠しちゃうんだもン。でも、そろそろ返してほしいんだ。
だから掲示をあちこちにだしたんだ」


私もリストを見る。そこには無くなった本やら洋服やらのリストと、返してくださいというお願いが貼ってあった。私は、つい眉を寄せた。


「どうしてルーナの物が隠されるんだ?」
「あぁ…。うん……みんな、あたしがちょっと変だって思ってるみたい。実際、あたしのことを『変人(ルーニー)・ラグブット』って呼ぶ人もいるもンね」


肩をすくめて答えるルーナ。


「酷い話だな。先生は知っているのか?」


ルーナは頭を横に振る。


「知らないと思うよ。でも、これは私の問題だからいいンだ。いつも最後には返ってくるし」


前向きな笑みを浮かべるルーナ。物を取られたというのに、怒っている雰囲気ではない。濁っていない瞳を私に向けるルーナが、私には不思議に思えた。復讐しよう、とかそういった気持ちにはならないのだろうか?


「そういえば、この間ありがとう」


突然ルーナの口から飛び出した感謝の言葉に、私は戸惑ってしまった。何か最近、感謝されるようなことをしただろうか?しいていうなら、双子の悪戯グッズ開発費用を知らず知らずのうちに出していたことくらいだ。


「何か私がしたか?」

そういうと、ルーナは信じられないという風に頭を振った。

「ほら、セレネでしょ?守護霊で警告してくれたの」
「…あれか」


そういえば、ルーナもDAに参加していた。あの私がとっさに発した警告で、アンブリッジの魔の手から彼女は逃げられたのだろう。


「DAにね、セレネがいなくて寂しかったな」


淡々と話すルーナ。


「なんかね、DAって友達が出来たみたいで楽しかったンだ。セレネもDAいたらいいのにって思った」


少しだけ、ルーナの瞳に何かを…たぶんDAを…懐かしむ色が加わった。私は曖昧な笑みを浮かべて、他の話題を探した。…あまりDAについて考えたくない。だが、私が口を開く前にルーナが口を開いた。


「セレネ、あんたさ、…何か辛いことするの?」


世界が止まった気がした。
ルーナの言うとおりだ。試験が終わった後に、しなければいけないことがある。だが、アレについてはヴォルデモートとの契約内容を知っているドラコすら話していない。なんで情報が漏れたのだろう?いったい、どこで…
私は、無理やり笑みを浮かべてルーナを笑った。


「確かに試験の後は、家に帰らないといけないから、寂しいかもしれないけど……だが、辛いってことはない」
「でも、なんか辛そうな目をしてる」


私は予想外の展開に驚いてしまった。ルーナのことは、空想的でマイペースな後輩だと思っていた。でも、私は彼女がレイブンクロー生だということを忘れていた。レイブンクローに入るということは、賢いということ。目の前にいる少女は…もしかしたら、誰よりも観察眼が優れているのかもしれない。


さて、どう言い訳しようか。

この計画を漏らすことは出来ないし、漏らしたら絶対にルーナはハリーにこの話を告げるに違いない。そしたら、元も子もない。計画が破たんする。それを阻止しないと……


その時、次の時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。私は次の予定はないが、ルーナは違ったらしい。チャイムの音を聞くと、本当に少しだけ驚いた顔になった。


「あっ、次の授業が始まる音だ。私、行くね」

ルーナが去っていく。だが、階段を半分ほど登った時に、私の方を振り返った。


「辛い時はね、笑えばいいンだよって、お母さんが言ってた。だから、セレネも笑いなよ」


そういったルーナは、少し微笑を浮かべると、再びいそいそと階段を上り、上の階へと消えて行った。


笑えばいい、か。予想以上に心の底まで、その言葉が響いた気がした。笑ったことならたくさんある。自分の考えを隠す笑顔……相手を安心させる笑顔……つまり、作った笑顔をしたことなら、何度もある。でも……辛い時だからこそ笑顔を作るという考えは今までになかった。
それと同時に、私が心の底から笑ったのは何回あるのだろうか、と思った。最後に『私』が笑ったのは、いつだろう?




頬に冷たい何かが流れていることに気がつくまで……私はずっと、その場所で佇んでいた。









[33878] 66話 霧の都へ
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:20

最後の試験が、試験官の「はじめ」という合図とともに幕を開けた。

試験科目は魔法史。私は解答用紙の上に羽ペンを走らせる。少し熱気のこもった部屋の中、傍の窓ガラスにスズメバチがぶつかる音が、うっとうしく聞こえたが、無視して解答を書き続けた。

大方の回答を書き終えたると、時間を確認する。そろそろ試験時間の半分が経過しようとしていた。心の中で、そろそろヴォルデモートが企てた計画が始まるかと思うと、つい身構えてしまう。まったく……最後の試験とはいえ、試験に対する集中力を妨げるような策を企てるのはやめてほしい。私は書き終わったからいいが、まだ周りには書いている人がいるというのに。羽ペンをもてあそびながら、そんなことを考えていたときだ。


「うわぁぁぁぁあ!!」


試験の静寂を破るように響き渡る叫び声が辺りに満ちた。それと同時にガタン!と後方の方で椅子から誰かが落ちる音。驚いて、周囲の生徒が一斉に後ろを振り返る。私も確認のため振り返った。案の定、ハリーが椅子から落ちて痙攣していた。表情はこの位置からだと見えない。


「席を立たないで試験を続けなさい!」

年老いた試験監督がハリーを立たせると、大広間からハリーを退出させた。再び試験会場に静寂が戻ったが、先程までのピリピリと張りつめた緊張感はない。誰もがそわそわして試験に集中しているようには思えなかった。

それは私も例外ではない。

ハリーの悲鳴が、私にはヴォルデモートが企てた計画開始のベルが鳴り響いたように感じられたし、それは事実だろう。試験問題に目を向けながら、これからしの流れを脳裏で反芻し、計画に穴がないかを考える。


「試験やめ!」


思った以上に残りの時間は矢のように早く過ぎてしまった。私は手際よく片付けると、先に退出したハリーの所へ行こうとするハーマイオニーやロン・ウィーズリーに近づこうと足を進めた。……だが……


誰かに手をつかまれる。無視して振りほどこうとしたが、つかむ力が強い。私は振り返って、誰が私の手をつかんでいるかを確認した。


「…放してくれないか?」
「ったく。昨日約束したのを忘れたのか、セレネ?」


呆れ顔で私をつかんでいたのは、ノットだった。約束なんてした覚えがない。私は眉間に皺を寄せて、私よりずっと背が高いノットを見上げる。


「約束?なにかしたか?」
「忘れたのか?昨日の夜、俺が話しかけようとしたら『眠いから明日』って言っただろ?」


……しまった。すっかり忘れてた。昨日の天文学の実技試験の後、ノットに話しかけられたのだが、あまりにも眠かったので「眠いから明日」といって、さっさと寮に帰ったのだ。いくら眠くても、話を聞いておけばよかった。昨日の私を「バカ」と罵りたくなった。無意識のうちに唇をかみしめる。ちらりとハーマイオニー達がいた場所を見るが、そこに彼女たちの姿は見えない。…一応、私が彼女たちの跡を追えなくなった場合にそなえ、壁の中からアルファルドに追跡してもらっている。だから何か変化が起きたときはすぐに情報が私に伝わるだろう。私はノットに向き直った。


「分かった。で、昨日は何を言おうとしてたんだ?」
「別に。大した用じゃない。セレネは昨夜の出来事についてどう思ったか聞きたかっただけだ」


あぁ、あのことか。

私は納得すると、腕を組んだ。昨夜の出来事というのは、天文学の実技試験の時の出来事だろう。アンブリッジとその配下の闇払い3名が、ハグリットを学校から追い出そうと襲いかかり、止めに入ったマクゴナガル先生の不意を衝いて失神させたという事件が起こったのだ。ちなみに、ハグリットは、その場を逃走。マクゴナガル先生は……亡くなったという話を聞かないので、恐らく病院に搬送されたのだろう。ダンブルドアほどではないが、この学校の中では古参の教師であるマクゴナガル先生が、胸に4本のもの失神光線を浴びたのだ。生きている方が、不思議だと私は思う。少なくとも、学校の医務室で処置できるレベルを越している。


「マクゴナガル先生が一命を取り留められるか心配だな」
「だよな」


……沈黙が続く……

他に用がないのなら早く行きたい。だがノットは、何か言おうか言わないか迷っている様子だった。


「あのなぁ…他に用がないなら私は帰るけど?」
「ったく、ここだと言いにくい。…ちょっと来い」


あたりを見渡したノットは、外に向かって歩き始めた。夕食の時間が近づいているので、私たちが話していた大広間に人があふれ始めていた。一体彼は何を話したいのだろうか?途中、すれ違ったアステリアや他のスリザリン生に「テストはどうだったか」と聞かれたが、生返事をしながら人ごみをかき分け、外に出る。先程まで人ごみの中にいたからだろうか?外の空気が新鮮に感じた。


「で、他の人に聞かれたくないことってなんだ?」


禁じられた森の近くまで来たとき、ようやくノットは立ち止った。だが、私の問いかけに答えようとしない。森の方から何かの小さく唸るような声が風に乗って聞こえてくるくらい、あたりは静まり返っていた。私は少し声を荒げて、同じことを繰り返し問う。すると、ノットはこう言った。


「お前、変なことに足を突っ込んでいるんじゃないだろうな?」


ノットがいつになく厳しい顔で問い詰める。私は、何事もないような笑みを浮かべながら、いつも通り口を開いた。


「あのな、私も試験勉強で忙しかったんだ。変なことに足を突っ込む余裕なんてない」
「嘘だろ」
「嘘を言ってどうなるんだ?」

私がそう告げると、ノットは覚悟を決めたような表情を浮かべた。

「『例のあの人』と取引していることは、十分『変なこと』って言えると思うけどな」


私は、思わず驚いて顔をあげた。ノットが適当に言ったのかと思ったが、そうではないみたいだ。ノットの目には確信の色がうつっている。


「ヴォルデモートと取引?寝言は寝てる時に言ったらどうだ?」
「ずっと、おかしいと思ってたんだよ」


低い声で問い詰めるように話し始めるノット。…ヴォルデモートと取引をしていることは事実だが、誰にもわからないように隠し通してきたはずだ。だから、このまましらを切り通すつもりだ。でも、どうしてノットは気が付いたのか気になった。彼の父親経由で知ったとも考えられるが、それはありえない。あの取引は極少数の人間しかしらないはずだ。私は黙って、その続きの言葉を待った。


「たった一人の家族の死を、あんな短時間で乗り越えられるわけがない。しかも、殺される以前と行動がほとんど変わらないなんておかしいだろ?他の奴らは、乗り越えたんだと安心してたみたいだがな。でも、俺は騙されないぞ。あまりにも不自然だからな」


私は黙って聞いていた。否定もしないし、かといって肯定を示すこともなく、ただ黙って聞いていた。


「ダンブルドア側について復讐を試みた可能性も高いが、それはない。ダンブルドアの味方のグレンジャーやロングボトムと話している時、どこか寂しそうな表情を浮かべていたからさ。もしグレンジャー達が中立の立場だったなら、あんな表情を浮かべるわけがない。
だからといって、魔法省の味方でもないみたいだ。アンブリッジが花火の対処に戸惑うのを笑ってみていたからな。
となると……『例のあの人』側について復讐を試みている可能性が高いというわけだ」


どこか間違っているか?というような目で私を見下ろすノット。私は、小さく笑みを浮かべた。


「あのなぁ、私とクイールは養子縁組。仲の良さは上辺だけだ。あんな奴のために、私がどうして…」
「どこが上辺だけだ。誰が見ても三校対抗試合の前に会っていたお前たちは、中良さそうだったぞ。駅ホームでも、仲良さそうだったし」


私は黙り込む。これ以上シラを切るのは無理そうだ。それにしても、ノットは私のことをよく見ているな、と思う。次にこういう計画をするときは、注意人物として警戒しておかないと。


「もし、その推論の通りだったら、どうするつもりだ?」
「止めることはしない。俺がお前の立場だったら、復讐を考えていたはずだからな。
他の人に迷惑をかけないように、誰にも言わずにさ。ただ……」



私から視線をそらすノット。全く、なんでこいつは、たびたび言いよどむのだろう?自分に自信がないようには見えないから、私のことを考えて言おうか言わないか考えてくれているのだと思うが。男なら、迷っていないで、ハッキリと口に出して言って欲しい。


「いつも思うけど……言いたいことがあるなら、ハッキリと言ったらどうだ?」


私は、腰に手を当てると、ため息をつく。太陽が『禁じられた森』の木々の梢に、まさに沈もうとしている時だった。何か決心を固めたように、ノットは私の方に向き直る。



「俺も手伝っていいか?」
「ダメだ」


切り捨てるように、私は言い放った。ノットは「やっぱりな」という表情を浮かべている。が、それと同時に、ここでは引かないという意志の強い色が瞳に見え隠れしていた。


「もし、ヴォルデモートと取引していたとしても、それは私の問題だ。あんたには関係ないだろ」
「関係ある。俺だってダンブルドアが嫌いだ。それに、俺の父上は死喰い人だ。俺なら『例のあの人』の一味に加わることが出来る」
「戦闘訓練も積んでいないのに、生半可な気持ちで死地に向かうつもりか?」
「セレネだって戦闘訓練なんか積んでないだろ?セレネ程じゃないが、俺だって人並み以上に魔法を使うことが出来る。足手まといにはならないはずだ」
「ダメだ……っ!」


そういってから、誰かが近づいてくる気配を感じた。少し遅れてノットも気が付いたらしい。何か言いたそうな口を閉じると、気配がする方向に視線を向けた。

芝生の上を、歩いてくる3人の人影。先頭を歩いているのは、ハーマイオニー。そのすぐ後ろにいるのはハリーで、更に数歩遅れて小走りでついて来ているのはアンブリッジだ。

まっすぐ私たちがいるところに向かってくる3人、身を隠す場所はない。私は小さく笑みを浮かべると、わざと見つかるように3人がいる方へと歩き始めた。背後でノットが小さく抗議の声を出していたが、無視することにする。

案の定、すぐに私は見つかった。


「そこで何をしているの、ミス・ゴーント。それからミスター・ノット?」


アンブリッジが戸惑いを隠せない声で言う。ハリーやハーマイオニーは何も言わなかったが、困惑した表情を浮かべていた。


「試験が終わったので、少し散歩していました」


平然とした表情の仮面をかぶり、アンブリッジの目をまっすぐ見る。アンブリッジの表情からは戸惑いの色は消え、いつもの意地悪い笑みが浮かんだ。


「ちょうどよかったわ、ゴーント。貴方は『中立』だと言っていたわよね?」
「はい」


私は頷いた。アンブリッジは、いつも通り…私を利用しようとしているみたいだ。私は思わず笑いたくなった。これから私の方がアンブリッジを利用しようとしているなんて、夢にも思っていないに違いない。


「ミス・グレンジャーとミスター・ポッターが違反物を森の中に隠しているみたいなの。
一応、杖は取り上げてあるから私1人でも大丈夫な気がするのですが、万が一ということもあるから…私の護衛をしてくださる?」
「はい、わかりました」


私は、これ以上ないというくらい満面の笑みを浮かべた。アンブリッジは、その結果に満足したらしい。嬉しそうにカエルそっくりな顔で笑うと、ノットの方を向いた。


「ポッターの仲間を、有志で募ったスリザリン生が、私の部屋で見張っています。あなたも手伝ってくださる?」


ノットは私の方を見た。私は腕を組むと、感情を悟られないように無表情を保ちながら、ノットの方に顔を向けた。


「アンブリッジの部屋に行ってくれないか、ノット。さっきの話は…あとで話そう」


ノットは頭を掻きながら小さく…本当に小さく舌打ちをした。


「分かったよ、行けばいいんだろ。その代わり……絶対に森から戻ってこいよ」


私がこれから何をしようとしているのか、なんとなくだと思うが感づいているみたいだ。私のことを気遣ってくれる優しさは、先程まで感じていた…これからしようとしていることに対する緊張を解してくれた気がした。それと同時に、別の緊張感を感じる。ノットだけではない…この場にいないけどアステリアもスネイプ先生も…ルーナやダフネたちも…私のことを心配してくれている。与えられた仕事はしっかりこなすつもりだ。でも……絶対に私はこの場所に戻ってくる……戻ってこないといけない。


私はノットに背を向けると、ハーマイオニーより先に森の中に足を踏み入れた。


「…で、どっち?」


振り返らずに、前だけを見て尋ねる。ハーマイオニーは、まるで転がるように…私の前に慌てて進み出た。


「こっちよ」


ハーマイオニーが森の奥へと歩き続ける。そのすぐ後ろを、不安顔をしたハリーが続き、嫌悪感丸出しの表情を浮かべたアンブリッジが少し遅れて続いた。私は『アンブリッジの護衛』という役割を与えられているので、アンブリッジの少し後ろを歩いた。


木立の中は、もう夏が到来寸前の頃合いだというのに、ひんやりとしている。ハーマイオニーが森の動物たちを威嚇するかのように、不自然なくらい大きな音を立てて下草を踏みつけながら歩いていく。アンブリッジは、時折…倒れた若木につまずきそうになっていた。


…ハーマイオニーがどこに行くつもりなのか、見当がつかなかったし、先程から妙な視線を感じる。みえない何者かの目がジッとわたしたちに注がれている気がする。嫌な予感がする。私は、いつでも戦闘態勢に移行できるように身構えて歩き続けた。



「あと、どのくらいなんですか!」


少し怒ったように問いただすアンブリッジ。薄暗い湿った平地に出たとき、ハーマイオニーが叫んだ。


「もうそんなに遠くないです!もうほんのちょっと―――」


その時だ。空を切って一本の矢が飛んできた。ドンっと音を立ててハーマイオニーの頭上の木に突き刺さる。そして、辺りの空気が蹄の音で満ちた。森が揺れているような気がする。アンブリッジは小さく悲鳴を上げ、私を盾にするように自分の前に押し出した。
まったく、自校の生徒をなんだと思っているのだろう。やっぱり、このカエルは校長以前に教師失格だ。


私は、アンブリッジの手を振りほどき、周りを見た。四方八方から50頭あまりのケンタウルスが矢をつがえ…弓を構え、私たちを狙っている。

初めて見たケンタウルスは、教科書に掲載されている図面で見るより『孤高』という雰囲気があっていた。目の前で怯えて腰を抜かしかけているアンブリッジより、己に『誇り』というものを抱いている。思わず目を奪われてしまいそうだ。
上半身は人だが、絶対に人とは交わらない。そんな孤高の生物が、私たちに敵意の視線を向けている。


「誰だ?」


男の裸の胴体が、斑な緑色の薄明かりの中で、一瞬宙に浮いているように見えた。それは弓を構えながら、少しずつ私たちに近づいてくるにつれて、男の腰の部分が、栗毛の馬の胴体に滑らかに続いているのが見えた。私が口を開く前に、アンブリッジが震える杖をケンタウルスに向けた。


「私はドローレス・アンブリッジ!」


アンブリッジは、恐怖で上ずった声で答えた。


「魔法省大臣上級次官、ホグワーツ校長、並びにホグワーツ高等尋問官です!」
「魔法省の者だと?」


落ち着かない様子でざわざわと動き始めるケンタウルス達。


「そうです!だから、気をつけなさい!魔法生物規制管理部の法令により、お前たちのような半獣がヒトに攻撃すれば――」
「我々のことを何と呼んだ?」


荒々しい風貌の黒毛のケンタウルスが叫んだ。弓の弦がキリキリとしぼられる。


「この人たちをそんな風に呼ばないで!」


ハーマイオニーが憤慨したが、アンブリッジには聞こえていないみたいだ。


「法令第十五号『B』にハッキリ規定されているように、『ヒトに近い知能を持つと推定され、それ故にその行為に責任が伴うと思料されている魔法生物による攻撃は――』」
「ヒトに近い知能!?我々の知能は、有難いことに、お前たちのそれをはるかに凌駕している!…いったい我々の森で何をしている?」
「お前たちの森!?」


アンブリッジは恐怖だけではなく、今度は憤慨で震えているみたいだ。チラリとハーマイオニーの表情を見ると、恐怖で歪んでいるようにも見えるが、どことなく、この展開を予想していたようにも見える。……ここでケンタウルス達とアンブリッジを衝突させようとしていたみたいに。いや、させようとしていたのだ。どう見ても、勝算はケンタウルス側にある。このような展開にすることで、アンブリッジを振り払おうと考えたのかもしれない。


そんなことを考えている間にも、アンブリッジとケンタウルスの口論は激しさを増していた。


「人間よ、さぁ誰の森だ!」


アンブリッジは、先程よりも数歩前に出て怒りでると顔を真っ赤に染めた。


「汚らわしい半獣!手におえない動物め!ここは魔法省が管理する土地です!『インカーセラス‐縛れ』!!」


金切り声で、栗毛のケンタウルスに叫ぶアンブリッジ。ロープが太いヘビのように空中に飛び出して、ケンタウルスの胴体に強く巻きつき、両腕をとらえた。ケンタウルスは激怒して叫び、後足で立ち上がって縄を振りほどこうとした。他のケンタウルス達がアンブリッジに襲いかかる。私は地面を思いっきり蹴って、後ろに後退した。

ハリーはハーマイオニーを地面に押し付け小さくうずくまるようにして、ケンタウルス達をやり過ごしていた。赤い閃光がアンブリッジの杖から噴射される。だが、どのケンタウルスに当たることもなかった。…杖はアンブリッジの手から滑り落ち、ケンタウルスの蹄で真っ二つに折れた。



「は、放しなさい!私は魔法省大臣上級事務次官です!お願い、放して!!」


ケンタウルスに連れ去られ、森の奥へと消えていくアンブリッジ。ひっきりなしに悲鳴や叫び声をあげていたが、その声はだんだん微かになり、蹄で地面を蹴る音にかき消されて、ついに聞こえなくなった。


「…コイツらはどうする?」


その場に残った数頭のケンタウルスが私たちを取り囲む。


「この子たちは幼い。我々は子馬を襲わない」


ゆったりとした悲しげな声を出す栗毛の毛のケンタウルス。だが、それに反対するように黒毛のケンタウルスが一歩前に出た。


「コイツらはあの女を連れてきたんだぞ、フィレンツェ?しかも、それほど幼くない。こっちの男の子は、もう青年になりかかっている」
「だがべイン。この男の子はハリー・ポッターだ」
「ハリー・ポッターとはいえ、特別扱いにするつもりか?」
「そんなつもりはない。ただ……」
「あの女を連れてきた。それはあの女と同罪だ!だから――」



そのあとの言葉は聞き取れなかった。開けた平地の端で、バキバキっという大音響が聞こえてきたのだ。あまりの物音に、私もハリーもハーマイオニーも、その場に残ったケンタウルス全員も振り返った。2本の太い木の幹が、不気味に左右に押し開かれ、そこの隙間から巨大な男が顔を出した。


明らかに人間ではない。


苔むした大岩にも見える頭部。そして申し訳ない程度に首がある。レンガのように大きく黄色い歯が、おぼろげな明かりの中で微かに光る。獣の皮を縫い合わせた汚い褐色の野良着を着ているその姿は、軽く5,6メートルはある。


「巨人、だと?」


目を疑ってしまった。教科書によると巨人はイギリスにはいないはず。確かフランスの山奥やスイスの山岳地帯にひっそりと暮らしていると書いてあった。いったいこれは、どういうことなのだろうか?

私が困惑しているほど、他の人達は困惑していないみたいだ。ハリーとハーマイオニーの顔は恐怖で覆われ、ケンタウルス達の間に緊張が走る。


「ハガー!」


何かを探す様に、足元を見渡す巨人。ハガー?巨人特有の言語だろうか?


「ハガー!!」
「ココを立ち去れ、巨人よ!」


ケンタウルスの一頭が弓を引き絞りながら叫ぶ。しかし、巨人には何の影響も与えなかったようだ。少し前かがみになり、足元をよく見ようとする。そしてまた声を轟かせた。


「ハガー!!!」


数頭のケンタウルスが、今度は心配そうな戸惑い顔をした。しかし、ハーマイオニーだけが違った。ハッと息をのむと小さい声でつぶやいた。


「ハリー…『ハグリット』って言いたいんだと思うわ!」
「なんだって?」


思わずハーマイオニーに聞き返してしまった。だが、その言葉に返答しようと口を開いたまま、ハーマイオニーは恐怖で固まってしまう。巨人がハーマイオニーに気が付いたのだ。じぃっとハーマイオニーを見る。


「ハーミー、ハガー、どこ?グロウプ、ハガー、欲しい!!」


吠えるようにそういうと、巨人がハーマイオニーに手を伸ばした。ハーマイオニーは空気を裂くような悲鳴を上げる。それと同時に、放たれるケンタウルスの矢。どうやら、巨人が射程距離に入るのを待っていたみたいだ。
ケンタウルスの矢は、巨大な顔に浴びせかかり、巨人は痛みと怒りで吠えながら、身を起こした。血が辺りに飛び散る。私は、素早く杖を頭上に向けた。


「『プロテゴ‐守れ』!」


とっさに作った透明な盾が巨人の血のシャワーから身を守ることが出来たが、ハリーとハーマイオニーは血を浴びてしまった。巨人が痛みのあまり暴れはじめていたので、私達は、全力でその場から避難をする。

ケンタウルス達が散り散りになって森の奥へと逃げていくのを、唸りながら追いかけていく巨人。辺りに少しずつ、元の静寂が戻りはじめた。


「……さてと……これから、どうする?」


固まったまま動かない2人に話しかけると、2人は現実にようやく戻ってくることが出来たみたいだ。


「お城に戻らなくちゃ」


消え入りそうな声で、つぶやくハーマイオニー。それに対して噛みつくようにハリーが言う。


「そうだね。その頃にはシリウスきっと死んでるよ。本当に名案だ」
「でも杖がなきゃ何にも出来ないわ」
「待て、シリウス・ブラックに何かあったのか?」


『シリウス』が『どうしたのか』を私は知っているが、知らないふりをして尋ねる。すると一瞬口をつぐんだハリーだが、すぐに口を開いた。


「シリウスが神秘部でヴォルデモートにつかまって、今にも殺されそうなんだ!」
「…それは、どこから得た情報だ?」
「夢で見たんだ!さっきの魔法史の試験の時……僕は、現実を夢で見ることがあるんだよ!」

「そうか」

…成功だ。私は、口元が歪みそうになるのを必死でこらえた。ヴォルデモートが立てた計画は、順調だ、あまりにも順調。もう笑いたくなるくらいに順調だ。
ハーマイオニーが、少し疲れたように項垂れながら口を開いた。


「でも、神秘部があるのはロンドンよ?今からロンドンまでどうやって行くつもりなの?」
「セストラルを使えばいい」

「セストラルだって!?」


背後から驚きの声が上がった。そこにはロン、ジニー、ネビル、ルーナ、そしてセドリックがいた。全員かなりボロボロだ。ネビルの右目の上にはコブが紫色に膨れ上がっているし、ジニーの顔には擦り傷が幾本も見える。ロンの唇からはひどく出血をしていた。…ほとんど無傷といえるのは、セドリックだけだろう。


「どうやって逃げたんだ?」


目を丸くするハリー。ロンはハリーとハーマイオニーに杖を差し出しながら得意げに答えた。


「失神呪文を2、3発。それから武装解除呪文。ネビルも『妨害呪い』の凄い奴を1発かましてくれたぜ。でも、なんたってジニーが一番だな。『コウモリの鼻くそ呪い』でマルフォイをやっつけたんだ。…それで、君たちが森に入るのを見たから追ってきたんだけど、どうしてソイツがいるんだ?それに、アンブリッジはいったい」


困惑した表情を浮かべるロン。……そうか……ドラコ達は負けたのか。彼らの命が無事だといいが。気になったので様子を確かめに城へ戻りたかったが、今は仕事の方が大切だ。私はぐっとこらえる。ハリーが口を開いた。


「ケンタウルスの群れに連れてかれたよ。そこでグロウプに助けられたんだ?」
「グロウプって?」


ルーナが不思議そうな顔をすると、ロンが『ハグリットの弟』だと即座に答えた。


……なるほど。ハグリットの母親は巨人だ。異母弟を、どこからか連れてきて『禁じられた森』に隠しておいた、というところか。なんという危ない真似を…。ここは学校だぞ?巨人は凶暴で知られている生物だと思ったが、あの巨人は例外だと思いたい。


「…なるほど、だからアンブリッジがいないのか。で、どうやっていくんだ?ロンドンに」
「セストラルを使えばいいだろ」


私は杖をしまうと、カサカサと揺れた木陰を指さした。長い黒い鬣を揺らしながら、セストラルが姿現す。


「ハグリットが授業で言ってたのを覚えていないのか?『飼い慣らせれているセストラルは、道に迷わない』。それに、ハリーもハーマイオニーも、セストラルの好物の『血』を浴びているから、どんどん集まってくると思うし」



そういっている間にも、また2頭……木陰から姿を見せた。


「何頭いるの?」


少し震え気味だったが、どこか覚悟を決めた表情で問うハーマイオニー。


「4頭いるよ。だから、あと4頭必要だね」


ネビルが言う。するとハリーが怒ったような表情になった。


「何言ってるんだ!君たちは連れて行けない!君たちは関係ないんだ!」


ジニー、ネビル、ルーナ、セドリックそして私を指さすハリー。だが、4人ともついていく気なのだろう。もちろん、私もついていくつもりだが。


「シリウスのことなら、私だって関係あるわ!」


ジニーが歯を食いしばると、驚くほどフレッドとジョージにそっくりな顔になった。
ネビルも少し青ざめながらも、一歩前に出る。


「…DAは『例のあの人』に対抗するために訓練していたんじゃないの?…あれは遊びだったの、ハリー?」
「私も手伝いたい!」
「……私は足手まといだと思うか、ハリー?」


にっこりと笑いながら口を開くルーナに続く形で、私も口を開いた。一瞬、脳裏に先程のノットとの会話が浮かんできた。でも、すぐに頭の片隅に追いやる。セドリックもハリーの前に立った。


「ハリー、神秘部にはヴォルデモートがいるんだろ?アイツの部下には借りがあるんだ。だから、行かせてくれ」


私達の決意が揺るがないと感じたのだろう。ハリーは、大きくため息をついた。


「分かったよ……みんなで行こう」


暗闇に目を光らせながら、慎重に私たちに近づいてくるセストラル。その数は、ちょうど8頭いるから、いつでも出発できる。私は近くにいるセストラルにまたがろうとした……が、その前に重要なことを忘れていた。セストラルには見える人と見えない人がいるということを。


やっとの思いでセストラルの上に乗ることが出来たネビルと、慣れた様子でセストラルにまたがり、ローブを調えているルーナ以外の人には見えていない。私は、またがりかけていたセストラルから離れると、ルーナと協力して他の人達をセストラルに乗せた。
全員が乗れたみたいなので、私もセストラルに跨る。ちょうど翼の付け根のところに膝を入れると安定した。…ヒッポグリフに乗るような感じかと思っていたが、もっと馬に近い。ヒッポグリフとは違い、毛並みが馬のように艶々と滑らかだった。


「それじゃあ、ロンドンの魔法省来訪者入り口まで……どこに行くかわかったらだけど」


遠慮がちに告げるハリー。だが…セストラルは何も行動を示さない。失敗したか…そう思った時だった。
危うく落馬しそうになるほど素早い勢いで、両翼がさっと伸びた。セストラルは、ゆっくりとかがみこみ、それから弾丸のように急上昇する。
骨ばったセストラルの尻から滑り落ちないように、両腕両足でがっちりと胴体にしがみつかなければならなかった。セストラルは、力強く飛翔する。


―――――魔法省へ向けて――――――




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

11月18日:一部訂正





[33878] 67話 神秘部の悪魔
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:26


SIDE:ハリー




前後左右の明るいオレンジ色の明かりが、だんだんと大きく丸くなってきた。光る昆虫の眼のようなヘッドライトの流れや、四角い淡黄色の窓明かりが近づいてくる。冷たい夜風で口は渇き、風が耳元で轟轟と唸る。手がかじかんで凍りつきそうだった。
でも、そんなことは気にならない。僕は、セストラルの首だと教えてもらった場所にしがみつき、必死で前だけを見た。



もしも―――遅すぎたら………



僕は脳裏を横切った最悪な事態を振り払うように首を横に振った。

シリウスは、まだ生きている。僕が何度も夢で行った『神秘部』の部屋で、97列目の棚の所で……ヴォルデモートがシリウスを殺したのなら、僕は感じるはずだ。


ヴォルデモートが復活してから、僕は夢で現実を見るようになった。正確に言えば、ヴォルデモートが今していることを夢で見ることが出来るようになったんだ。
そのおかげで、ロンのお父さんも助けることが出来たし、アズカバンの集団脱獄も…なんとなくだったけど、新聞で読む前に知ることが出来た。そんな僕は魔法史の試験中に、ヴォルデモートに拷問を受けるシリウスの姿を見た。夢で何度も行ったことがある、神秘部の小さなガラスの球で埋まった棚が沢山ある部屋で。シリウスを最後には殺すっていいながら……


ハーマイオニーが『本当の夢だったらどうするの?』って馬鹿なことを言ってきた。僕は時間の無駄だと思ったけど、念のため、アンブリッジの部屋の暖炉からシリウスが家にいるかどうか確かめることにしたんだ。

でも……やっぱり、シリウスは家にいなかった。それどころか、アンブリッジに見つかって、散々な目にあった。時間を大幅に使うことになった。でも、こうして僕はロンドンに向かっている。

ジニーやネビル、それからルーナは役に立つかわからないけど…というか思えないけど、ロンとハーマイオニーはいつも一緒に戦いをくぐり抜けてきた仲間だ。それに、一緒に『三校対抗試合』に参加したセドリックとセレネもいる。
今ならヴォルデモートからシリウスを助け出せる…という確証が僕にはあった。



そんなことを考えていると、急にセストラルが地上に向かって方向転換をした。重力で少し前のめりになり、僕は落ちるかと思った。でも、高度を下げただけで思ったより穏やかな着地をするセストラル。


ロンが青ざめた顔で転げ落ちるようにセストラルから降りたのが見えた。僕もセストラルから降りて地面に足をつける。あぁ…地上に戻ってこれたんだ…と思うと、少し緊張がほぐれたような気がしたが、すぐに緊張感が戻ってきた。

シリウスを助け出すまで、気を緩めてはいけない。


「それで、ここからどこ行くの?」


1番すっと下馬したルーナは、まるで楽しい遠足でもしているような感じで口を開いた。


「こっち、入れよ…早く!」


壊れた電話ボックスのドアを開けて、全員に入るよう促した。でも……15・6・7歳の8人の少年少女が入るには狭すぎる。僕はロンに押しつぶされそうになりながら、思いっきり叫んだ。


「受話器に1番近い人、ダイヤルして!62442!」


セドリックが数字を回したのがハーマイオニーとセレネの隙間から見えた。ダイヤルが元の位置に戻ると、電話ボックスに落ち着きはらった女性の声が響く。


「魔法省へようこそ。お名前とご用件をおっしゃってください」
「ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、セレネ・ゴーント、セドリック・ディゴリー、ジニー・ウィーズリー、ネビル・ロングボトム、ルーナ・ラブグッド」


僕は早口で言った。


「ある人を助けに来ました。魔法省が先に助けてくれるなら別ですが!」
「ありがとうございます。外来の方は杖を登録いたしますので、守衛室にてセキュリティ・チェックを受けてください」


僕の焦りを気にしていない電話ボックスの声…何でもいいから早く出発してほしい。電話ボックスがガタガタと揺れたかと思うと、ボックスのガラス窓越しに、歩道がせり上がり始めた。頭上が闇に飲まれ、一行はガリガリと鈍い軋み音とともに魔法省のある深みへと沈んでいく。


「魔法省です。本日はご来省ありがとうございます」


緊張感のない声とともに、電話ボックスのドアが開く。僕たちは転がるように外に出た。怖いくらい、誰もいない。人の気配がまるでない。

アトリウムには、黄金の噴水が絶え間なく吹き上げる水音しか聞こえなかった。魔法使いと魔女の杖、ケンタウルスの矢じりや小鬼の帽子の先、しもべ妖精の両耳から、間断なく水が吹上、周りの水盆に落ちていた。


「こっちだ」


僕は小声で言うと、ホールを抜ける。守衛部屋に誰もいないことが、何か嫌な予感を倍増させた。エレベーターが、金の格子扉をガチャガチャ大きな音を響かせて横に開く。神秘部までは、あっという間に辿り着いた。

その廊下に出たが、やはり何の気配もなかった。動くものは、エレベーターからの一陣の風で揺らめく手近のたいまつしかない。僕は取っ手のない黒い扉に向かった。何か月も夢に見たその場所に、僕はついにやって来たんだ。




そこには美しい、ダイヤの煌くような照明が踊っている。大小様々な時計が部屋全体に並んだ本棚の間や机にあり、絶え間なく忙しそうにチクタクと音を立てていた。


「こっちだ!」


正しい方向が見つかったという思いで、僕は心臓は激しく脈打ち始めていた。僕は先頭に立って、何列にも並んだ机の間の狭い空間を、夢で見たと同じように光の源に向かって歩いた。クリスタルで作られた釣鐘の横にある扉の前についたとき、僕は深呼吸をする。


「ここを通るんだ」


僕は、振り向いて不安そうな顔をしているハーマイオニー達を見渡した。誰もが杖を構え、真剣で不安な表情を浮かべている……と思ったら、セレネだけ杖の代わりにナイフを構えていた。そういえば、セレネはいつも杖じゃなくナイフを使っているけど、どうしてだろう?シリウスを助け出した後で聞いてみよう。


僕は扉に向き直り、押した。扉は音を立てずに開いた。

……さっき夢で見たばかりの空間が広がっている……


静かすぎるその部屋は、教会のように高く、ぎっしりとそびえ立つ棚以外には何もない。棚には小さな埃っぽいガラスの球がびっしりと置かれている。棚の間に、間隔を置いて取り付けられた燭台の明かりで、ガラス球は鈍い光を放っていた。蝋燭は蒼く燃えている。……夏だというのに、とても寒かった。僕たちは、ジワジワと前に進み、棚の間の薄暗い通路の1つを覗いた。何も聞こえず、何一つ動く気配がない。……僕たちが歩く音だけが、木霊している。


「97列目の棚だって言ってたわよね?」


ハーマイオニーが消え入りそうな声で確認してきた。
僕は頷きながら、1番近くの棚の端を見上げた。蒼く燃える蝋燭を載せた腕木がそこから突きだし、その下にボンヤリと銀色の数字が見えた。『53』と記された銀色の数字が……


「右に行くんじゃないか?ほら、こっちは54だ」


セドリックが杖を握り締めて言った。


「杖を構えたままにして。あとセレネは杖を構えなよ」


僕が低い声で言う。でも、セレネはナイフを構えたままだった。


「私は杖よりこっちの方が使い慣れている。問題ない」


セレネはどこか自信に満ちた声で淡々と答える。まぁ、セレネが大丈夫だっていうなら大丈夫なのだろう。

延々と伸びる棚の通路を、時々振り返りながら、全員が忍び足で前進した。通路の先の先は、殆ど真っ暗だ。ガラス球の1つ1つに、小さな黄色く退色したラベルが棚に張り付けられている。気味悪い液体が光っている球もあれば、切れた電球のように暗く鈍い色をしている球もある。



…85番目の列を過ぎた…
86……87と、僅かな物音でも聞き逃すまいと、僕は精いっぱい耳をそばだてる。シリウスは今、猿ぐつわを噛まされているのか…それとも、気を失っているのか…それとも――――――不吉な予感が横切った。僕はその予感を振り払うように、頭を振った。


ヴォルデモートに殺されたのなら、僕にはわかるはずだ。


「97よ!」


ジニーが囁いた。全員がその列の端にかたまって立ち、棚の脇の通路を見つめた。そこには、だれもいない。


「シリウスは1番奥にいるんだ。ここからじゃ、ちゃんと見えない」


僕は、両側にそそり立つようなガラスの球の列の間を、みんなを連れて進んだ。通り過ぎる時、いくつかのガラスの球が、柔らかい光を放った。



でも、どこまで行っても人の姿はおろか、気配さえ感じない。


ヴォルデモートの気配すら、感じることが出来ない。全員がその列の反対側の端につき、そこを出ると、またしても薄暗い蝋燭の明かりだった。誰もいない、埃っぽい静寂が木霊するばかりだった。


「ねぇ、ハリー……」


遠慮がちにハーマイオニーが声をかけてきた。


「なんだ?」


僕は唸るように言った。


「シリウスは……ここに、いないんじゃないかしら?」

誰も、何も言わなかった。ここには誰かがいた様子も、争った形跡すらもない。
本当に、シリウスはここに居ないのだろか?いや、いないはずはない!僕は、確かにシリウスを見たんだ。本当に本当に見たんだから。でも、それが……もし、そうじゃなかったら……僕は…僕は……!!


「ハリー、これ見た?」


ロンが少し離れたところから声をかけてきた。僕は飛びつくように、ロンがいる所へ走った。きっとシリウスがここにいたという証。もしくは、手掛かりに違いない。でも、ロンは棚の埃っぽいガラス球を見つめているだけだった。期待が外れた。僕は肩を落とす。


「なんだ?」
「これ……君の名前が書いてある」


僕の名前だって?ロンが指差す先に、長年誰も触れなかったらしく、ずいぶん埃をかぶっていたけど、内側から鈍い明かりで光る小さなガラス球があった。僕はロンほど背が高くないから、埃っぽいガラス球のすぐ下の棚に張り付けられている気色味を帯びたラベルを読むのに、首を伸ばさなければならなかった。

およそ16年前の日付が、細長い蜘蛛の脚のような字で書いてあり、その下にはこう記されてあった。


≪S.P.TからA.P.W.B.Dへ闇の帝王そして(?)ハリー・ポッター≫


僕は目を見張った。いったいこれは………どういうことなんだろう?


「他の人の名前はないみたいだね」


セドリックが他のガラス球のラベルを確認する。僕はガラス球に手を伸ばした。


「触らないで、ハリー」


突然ネビルが言った。丸い顔が汗で少し光っている。


「僕の名前が書いてあるんだ」


少し無謀な気持ちになり、僕は埃っぽいガラス球の表面に触れた。冷たいだろうと思っていたのに、そうではない。反対に何時間も太陽の下で温めていたかのように、ほんのり暖かかった。

劇的なことが起こって欲しい。この長く危険な旅が、やはり価値のあるものだったと思えるような、ワクワクする何かが起こって欲しい。そう期待し、願いながら、僕はガラス球を棚からおろし、じっと見つめた。



……でも、何も起こらない。
代わりに、背後から気取った声が聞こえてきた。



「よくやった、ポッター。さぁ、こっちを向きたまえ。そして、それを私に渡すのだ」


何処からともなく僕たちの倍くらいの数の黒い人影が現れ、右手も左手も僕たちの進路を立った。フードの裂け目から目をギラつかせ、十数本の光る杖先が、まっすぐに僕たちの心臓を狙っている。ジニーが恐怖で息をのんだ。


「私に渡すのだ、ポッター」


片手を突出し、掌を見せて、ルシウス・マルフォイの気取った声が繰り返して言う。


「言い方を考えた方がイイっすよ、ルシウスさん。そんな高圧的な言い方だと、警戒されるって」


ルシウスの左隣に立った少し痩せ気味の青年……たしか墓地にいた死喰い人で、シルバー・ウィルクスだ。他の死喰い人とは違い、ごくごく普通のシャツに黒の革ジャンを羽織り、ジーンズを履いているといったラフな格好をしていた。


「シリウスはどこだ?」


僕が尋ねると、何人かの死喰い人が声を上げて笑う。僕の左側の死喰い人達の中から、残酷な女の声が勝ち誇ったように言った。


「闇の帝王は常にご存じだ!」
「シリウスがどこにいるか知りたいんだ!」


僕がもう一度言うと、女は馬鹿にしたように歩きながら迫ってきた。僕は胸に突き上げてくる恐怖を無視して、叫んだ。


「お前たちが捕まえているんだろ?シリウスはココにいる…僕にはわかっている」
「ちぃさな赤ん坊が、こわ~い夢を本物だよぉ~って、思ってちまいました」


女がぞっとするような赤ちゃん声で言った。脇でロンが微かに身動きするのを、僕は感じた。


「ベラトリックスさん、マジ気味悪いって。イイ歳したオバサンが、そんな言葉づかいしない方がイイっすよ?」


シルバーが呆れた感じで言うと、女…ベラトリックスは思いっきりシルバーを睨みつけた。


「若造が。あのお方のお気に入りだからって調子に乗るんじゃないよ!」
「調子に乗ってなんかないって。さてと……シリウスは、ここに来てないよ、ポッター。現実と夢の区別くらいつけておきなよ、もう15歳なんだからさ」

「嘘だ!シリウスはここに来たのは事実なんだ!」


僕が否定すると、さらに何人かの死喰い人が笑う。その中でも最も大きな声で笑ったのは、ベラトリックスだった。ルシウス・マルフォイが一歩前に出てきて杖を構える。


「さぁ、予言を渡せ。さもないと我々は杖を使うことになる」
「使うなら使え」


僕は自分の杖を胸の高さまで構えた。同時に、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニー、ルーナ、セレネ、そしてセドリックの6本の杖+1本のナイフが僕の両脇で上がった。
僕は胃がグッと締め付けられる思いだった。もし本当にシリウスがいなかったら、僕は友達を犬死させることになる。それは、絶対に嫌だ。なんとかして回避しないといけない。


「…ハリー、その球を私に渡してくれないか?」


耳元でセレネの声が聞こえた。セレネが、ほとんど口を動かさずに僕に話しかけてきたんだ。


「私には策がある」
「策?」


僕も、口をなるべく動かさずに聞き直した。セレネは頭がいいということを、僕はよく知っている。セレネは、学年1位の頭脳の持ち主だ。それに、僕が気が付く数か月も前からシリウスの正体を見抜いていたし、三校対抗試合でも最後まで勝ち残っていた。

この状況下を脱する策が思い浮かんだに違いない!


僕は、そっとセレネにガラス球を渡した。セレネは、ふっと笑みを浮かべてガラス球を受け取った。そして―――――


「……えっ?」


次の瞬間には、大きな弧を描くようにガラス球が宙を飛んでいた。セレネは、ガラス球を放り投げたのだ。そしてガラス球はシルバーの手の中に、すっぽり収まる。
シルバーは、これ以上ないという笑顔をセレネに向けた。



「サンキュー、セレネ」
「…仕事の一環だ」


セレネはそういいながら、眼鏡を外す。誰もが当惑している。僕がセレネに説明を求めようと、一歩前に出たときだ。


「『インカーセラス‐縛れ』」


背後から魔法を唱える声が聞こえた。全くの不意打ちだったので、僕はもちろん…ハーマイオニー達も丈夫そうな縄に巻かれてしまった。


……セドリックの杖先から現れた縄で……


セドリックは、いつもと変わらない笑みを浮かべて僕たちを見下ろしている。
普段とは異なる蒼く輝かせた瞳のセレネが、その隣に立っている。憑き物が取れたような…晴れやかな笑顔を浮かべながら、セレネは口を開いた。


「さてと……これで、アンタの役割は終わりだ。道化のポッター」





―――何が起こったのか分からない―――




なんで、セドリックが僕たちを縛り付けたのだろう?
なんで、セレネが僕のことを冷めた目で見下ろしているんだろう?
なんでセレネは、あの死喰い人に『ガラス球』を渡したんだろう?それがセレネが言っていた策?
それは、何のために?
なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?

疑問符しか浮かんでこない。

僕は、ハーマイオニー達の方をチラリと見た。みんな僕と同じだ。何が起こったのか分からないという顔をしている。ハーマイオニーとジニーは、ぽかん…と口を開けているし、ネビルは、目玉が零れ落ちそうになるくらい目を丸くさせたまま微動だにしない。普段は何があってもボーっとしているルーナでさえ、驚いたようにセレネを凝視している。

ただ、ロンだけがセレネに軽蔑を込めた眼差しを向けていた。前々からロンは、セレネのことを敵視していたから。本性を現したなって思っているのかもしれない。でも……時折、セドリックに対して戸惑いの視線をチラチラ向けていることから察するに、ロンもセドリックが何でこんなことをしたのか、分からないのだろう。


「仲間割れかい、お嬢ちゃん達?」


赤ん坊に話しかけるみたいにベラトリックス・レストレンジが口を開いた。僕たちを嘲笑うような眼を向けるベラトリックスを見ていると吐き気がした。こんな女とシリウスに血のつながりがあるなんて。そんなことを頭の片隅で考えていると、クスクス笑う声が耳に入った。大切そうにセレネから受け取ったガラス球を抱えているシルバーが笑っている。ベラトリックスはシルバーを咎めるように睨んだ。


「何がおかしいんだい!?」
「……笑うのはやめろ、シルバー」


ルシウス・マルフォイが、小さくため息をつく。シルバーは、ようやく笑うのを止め。だが、笑みを浮かべたままだった。


「くくく……あぁ、悪い悪い。そういや、ベラトリックスさんには言ってなかったよな。このことは、帝王様のほかには…俺とルシウスさん、それからセレネとディゴリーだけの内密計画だったからさ、驚くのも無理ないか」
「内密計画!?」
「セレネどういうこと!?それからセドリックも!?」


ハーマイオニーが、せっぱつまったような声を出す。ハーマイオニーの眼からは、ボロボロと大粒の涙が埃の溜まった床に流れ落ちていた。セレネは蒼く染まった両眼を爛と輝かせ、ハーマイオニーを一瞥した。


「…言っただろ、ハーマイオニー。私は、ヴォルデモートにつかないって」
「それならなんで……なんで、こんな酷いことを」
「酷い?」


その時のセレネの表情を…僕は一生忘れることが出来ないだろう。先程までの、何度か見てきた『蒼』でも、普段の『黒』でもない。見ているだけで背筋が震えるような、禍禍しい不吉な予感を醸し出している『紫色』の両眼を、ハーマイオニーに向けていた。
ハーマイオニーが小さな悲鳴を上げて縮こまる。その隣で縛られているジニーなんて、今にも気を失いそうな顔をしていた。


「私は誰の下にもつかないって言わなかったか?私は、自分の目的のためにヴォルデモートに協力しているだけだ」
「裏切り者!」


ロンが、顔を紅潮させ、わなわなと震えながら、吐き捨てるように叫ぶ。


「ハリー達は、お前のことを信じてたんだぞ!それを裏切るなんて。やっぱり良い子ぶってても、所詮はスリザリン生だな。セドリックまで、たぶらかして。ヴォ、ヴォルデモートに協力しているじゃなくて正直に『死喰い人』だって認めたらどうだ?この裏切り者!」


軽蔑した眼差しをセレネに向けたロンは、ペッとセレネの足に唾を吐く。恐る恐るセレネの顔を見上げた僕は、頭の先から爪先まで震えあがってしまった。セレネは、笑っていた。唇が声もなく笑みの形を作っている。だが、恐怖心を煽るような『紫』の両眼は笑っていなかった。


「裏切り者?」


セレネは、ゆっくりとロンが言った言葉を繰り返した。その言葉を噛みしめる様に、ゆっくりと。杖を軽く一振りし、足に付着した唾を消すと、再び口を開く。


「へぇ、そう見えたか」
「なにがおかしい?」


ロンが微かに眉を寄せた。セレネの右手に収まっているナイフが、青い蝋燭の明かりに照らされ、ギラリと反射している。


「裏切るも何も、最初からアンタたちの仲間だった覚えはない。友達と仲間は違うだろ?というか、ハリー・ポッター。アンタは『私の敵』だったじゃないか」
「えっ?」


拍子抜けした声を発する僕の声。いつ?どこで?僕は記憶の隅々まで探したが、敵対したような覚えは何処にもない。セレネの、思い違いじゃないだろうか?

セドリックが苦々しい笑みを浮かべながら、セレネの肩を励ますように叩いた。


「セレネ、言っても分からないと思うけど?」
「……そうだったな」


セレネは何か言いたげな表情を浮かべながら、ナイフを袖の下に戻した。そんなセレネの肩を、シルバーが楽しそうに笑いながら叩く。


「んじゃあ、俺が説明してやるっすよ。分かりにくい例えだけど、記憶媒体に完全な消去はあり得ない。どこかに、必ず……復元の手掛かりが残っているって本で読んだことがある」


その場にいる全ての目が、シルバーと、その横にいるセレネに向けられていた。


「『オブリビエイト‐忘れろ』という呪文は…正確には『忘却の呪文』じゃない。記憶を上書きさせる呪文だ。事実、拷問や真実薬で、上書きする前の記憶を取り出せた前例がある。そう魔法史の授業でも出てきたはずだよな、えっと……グレンジャー?」


僕たちの中で最も知識量が多いハーマイオニーに確認するシルバー。ハーマイオニーは病人のように青白い顔を、啜り泣きしながら微かに上下させる。泣き腫らしたのだろう。目が充血していた。


「も、もしかして……僕たちの記憶は、まがい物なの?」


僕は、身体中の勇気を振り絞り、シルバーに問いかけた。シルバーは僕の方を向かなかった。代わに、ジニーの方を見ている。ジニーはガタガタと震えていた。


「まがい物は、その仲良し3人組の記憶だ。あと、ジニー・ウィーズリーの記憶」


名前を呼ばれたジニーは、声にならない悲鳴を上げた。


「『賢者の石』を救ったのは誰?トム・リドルが宿った日記を破壊し、ジニーを助けたのは誰?自分の功績を人にどうこうされるのは、少し腹立たしい。でも…まぁ、それだけなら我慢もできる。目立ちたくないし」

「何言ってんだよ。全部ハリーがやったことだろ?お前は何もしなかったじゃないか!」


ロンの頭に再び血が上り始めたみたいだ。だが、最初より威勢がないのは……気のせいだろうか?


「僕たちが命がけで『賢者の石』を護った時、セレネは寮で寝てただろ!?
それに『秘密の部屋』で日記を破壊したのはハリーだし、ジニーを助けたのも。僕達が『秘密の部屋』に乗り込んだとき、セレネは寮で座り込んでいたんだろ?」
「待って、ロン」


ハーマイオニーの不自然なくらい静かな声が、怒りにまかせて口を動かすロンを止めた。ハーマイオニーの顔には、色がない。セレネの瞳ほどではないが、ハーマイオニーの唇は紫色に染まっていた。恐怖で見開かれた目で、シルバーの隣で黙っているセレネを見上げるハーマイオニー。


「何で……日記にリドルが宿っていたことを知っているの?」


そういえば、なんでシルバーは知っているんだ?

あのことを知っているのは、事件に巻き込まれたウィーズリー一家を除いたら、僕とハーマイオニー。それからダンブルドアだけのはず。


「そんなの決まってるだろ?」


ロンが怒気を孕んだ声を上げる。


「あの日記をジニーに渡した、ルシウス・マルフォイが教えたんだ。グルなんだから知ってて当然だろ?」
「…っぶ!」


ロンの発言の何処がおかしいのだろう?ガラス球を愛おしそうに布巾で拭いていたシルバーが噴き出した。


「アンタ馬鹿かぁ?話の流れ的にさ、それはないだろ」


シルバーは、鼻でロンを笑うと、コツコツと音を立てて暗い通路を歩き始める。ベラトリックスは、その飄々と去っていくシルバー後姿に不快の意を示した。


「何処へ行くつもりだ?」
「ん?俺は、一足先に『予言』を帝王様に届けてくるわ。『ハリー・ポッター+その他』を捕獲してから3分経ったら、俺が先に退出する。それが『計画』だろ?」


ベラトリックスは何も答えない。どうやら、そういう『計画』らしい。唇を曲げながら、ベラトリックスは黙り込んでいる。


「んじゃあ、俺はお先に。『生き残っちゃった道化君』。たぶん、今回は生き残れないと思うよ。救世主が来たとしてもさ」


楽しそうな笑みを僕に向けると、軽い足取りで去っていくシルバー。シルバーの進行方向にいた死喰い人達が、脇によって道を作っているところから見るに、シルバーは死喰い人の中では相当高い地位にいるに違いない。いや、そうじゃなくて!


なんで、僕のことを『道化』って言ったんだろう?


「ロン・ウィーズリーって言ったっけ?」


セドリックが、普段と変わらない。いつもの優しげな声をロンにかけた。怒りで満ち溢れていたロンの瞳に、戸惑いの色が混じる。


「そうだ」
「…僕もね、あの話を聞いたときは、嘘だと思った」


寂しげな表情を浮かべるセドリック。セドリックの灰色の瞳には、ロンを憐みような色が混じっていた。


「起きてすぐ、目の前にシルバー先輩がいたときは驚いたよ。でもね、先輩は……興味深い話をしてくれたんだ。

『賢者の石』を『例のあの人』から護ったのも、『秘密の部屋』でジニー・ウィーズリーを助け出したのも、全てセレネがやったことだって話をね」


しん……と、その場に静寂が訪れた。


言っている意味が分からない。だって、どっちも、僕がやったことだから。僕が、全てやったんだ。セレネと一緒に戦ったのは、三校対抗試合の時だけで、僕が潜り抜けてきた他の戦いにセレネの姿はない。


僕は、首を横に振った。


「嘘だ。僕が、全部さ、僕がやったことだよ」
「ダンブルドア先生がね、ハリーがやったように記憶を改竄したんだって。ただね、セレネの記憶を改竄することは出来なかったみたいなんだよ。だから、ダンブルドア先生は、一連の出来事について、セレネに黙っててくれって頼んだんだって」



嘘だ。


「信じがたい理不尽な話だよ。でもね、筋は通ってるんだ。『例のあの人』は墓地で『セレネが“石”を護った』と言っていた。『あの人』が嘘をつくとは思えないし、嘘をつく理由がないだろ?」



嘘だ。


「僕は、他にも色々と聞いたよ、ハリー。僕が気絶している間、チョウが世話になったみたいだね」


『チョウ』の名前を聞いたとき、心臓が飛び上がって喉仏のあたりまで上がってきた気がした。脳裏に浮かぶのは、セドリックがホグワーツに戻ってくる前、チョウが僕に見せた泣き顔と、果実のように柔らかい唇。

セドリックが戻ってきた途端、僕のことを忘れたかのようにセドリックと仲良く話すチョウの姿を見たとき、チョウが心底すまなそうな顔をして僕に別れを告げたとき、身体の中に眠る何かが暴れまくった。
セドリックが戻ってこなければ、チョウの隣にいたのは僕だったのに。


「そうだね。きっと、そうなっていただろう」


僕の心を読んでいるかのように話すセドリック。僕は、優しげな表情で話すセドリックの瞳を見たとき、『失神の呪文』を受けたかのように固まってしまった。

セドリックの灰色の眼の奥に、深い底なしの闇が広がっている気がしたんだ。


「たった数か月、気を失っていただけで死んでなかったのに、心変わりしたチョウの気持ちが僕には分からない。チョウの気持ちだけじゃない。一緒にあの墓場で戦ったセレネが、ずっと1人で苦しんでいたことも分からなかったし、君の『英雄譚』が作られた虚像に過ぎないということも分からなかった。


世の中にはね、まだまだ僕が知らないことが沢山ある」


だからね…と言いながら、悪戯をしたときのように無邪気な笑みを浮かべるセドリック。そんなセドリックを、僕は『怖い』と感じた。背筋が凍りつくような感じだ。


僕は、こんなセドリックを知らなかった。というか……目の前にいる青年が、セドリックとは思えなかった。
笑み1つで、こんなにも印象が変わって見えるなんて。



「僕は『例のあの人』側につく。
物事を公平に見るためには、両方の心情を、自分の眼で確かめないといけないんだって思ったんだ。僕だけの価値観で考えるんじゃなくて、多角的な視点から物事を考えるようにしないと、知らないうちに誰かを傷つけてしまうから」


そんな。僕は呆然と、ただ笑みを浮かべるセドリックを見上げていた。


「おしゃべりは、そこまでだ」


パンパンと気だるそうに手を叩くセレネ。いつの間にか紫色の両眼は、いつもの黒色に戻っていた。


「『計画』だと、シルバーが退出してから2分後に『ハリー・ポッター』と『その仲間達』を連れて、この部屋を出るんだろ?『姿現し』も『姿くらまし』も、この部屋では使用できないからな」


そういってセレネは出口へと足を進めた。
僕たちを囲んでいた『死喰い人』達も、セレネに続くように出口へと足を進める。その中の何人かが僕たちを縛り付ける縄をつかみ、無理やり僕たちを歩かせた。しんがりを務めるのはセドリックとルシウス。セレネの隣を歩くベラトリックスは、セレネに対して明らかに殺意のこもった眼差しを向けている。……セレネはベラトリックスに信用されてないみたい。僕は逃げられる隙はないかと、辺りを見渡したけど、どこにも隙がない。僕たちは、どうなってしまうのだろう?

ネビルとジニーが、啜り泣きをする声が聞こえる。ハーマイオニーは小刻みに震えているし、ルーナも不安そうな顔をしていた。ロンはセレネの背中に軽蔑の眼差しを向けていたけど、先程までとは異なり、顔は真っ青に染まっていた。

先程通ってきたクリスタルの釣鐘が垂れ下がっている部屋を通り過ぎ、神秘部のエントランスホールへ辿り着いたときだ。ずっと上の方で扉がバタンっと開いて5人の姿が駆け込んでくる。


シリウス、ルーピン、アラスター・ムーディ、ニンファドーラ・トンクス、エメリーン・バンスそしてキングズリー・シャックルボルトだ。騎士団のメンバーが助けに来てくれたんだ。


まるで、待ち構えていたように死喰い人達は、一斉に杖を構える。石段を飛び下りながら騎士団の6人は、僕たちより少し手前にいる死喰い人達に呪文を雨霰と浴びせた。


「『プロテゴ‐守れ』」


セレネが素早く呪文を唱える。すると死喰い人全体を覆うような巨大な盾が出現し、騎士団の呪文を相殺した。
矢のように動く人影と閃光が飛び交う中で、急に身体が楽になった気がした。飛び交う呪文が、運よく僕の縄に当たり、縛りが弱くなったんだ。


「ハリー、早く!」


ハーマイオニーが僕の腕をつかむ。ハーマイオニーだけじゃない。縛られていた皆が自由になっていた。


「戦わなくちゃ」
「馬鹿言わないで!」


僕が杖を構えると、蒼い顔をしたジニーが即座に否定する。


「私達じゃ無理よ。逃げなくちゃ……きゃっ!」


ジニーとルーナの間に呪文が命中し、石の床が炸裂した。先程までルーナが立っていた箇所が抉られて、穴をあけている。僕たちは急いでその場から離れると、少し離れた場所から戦闘の様子を眺める。


2,3メートル先でセドリックとシリウスが決闘しているのが見えた。
キングズリーが額に汗を浮かべながら5人の死喰い人を同時に相手をしている。
エネラルド・グリーンのショールを巻いたエメリーンは、6人の死喰い人を相手にし、僕たちが見ている間に1人を吹っ飛ばしていた。でも、苦戦を強いられているみたいで、遠目から見ても顔に余裕が感じられなかった。
セレネがルーピンと戦っている。ルーピンの顔には苦痛の色が浮かんでいた。
トンクスはまだ階段の半分ほどの所だったが、下のベラトリックスに向かって呪文を発射している。狂喜で歪んだ顔をしているベラトリックスのすぐ近くで……ムーディがマルフォイを含む死喰い人7名と戦っていた。いつもついている歩行用の杖で床をバンっと叩いただけで、3人の死喰い人が飛ばされた。だけど、まだ5人の死喰い人がムーディの周りには残っている。



「明らかに騎士団の劣勢じゃないか!」


ロンが叫ぶ。僕は頷いたけど、ハーマイオニーは首を横に振った。


「私達は、確かにDAで戦う練習をしてきたわ。でも、あの戦いの中に入っても足手まといになっちゃう。戦いの次元が違う!」
「あぁ、なら君達だけが逃げてくれ。僕は戦うよ」


僕はそういって戦場に走り出そうとしたけど、ハーマイオニーとジニーになって僕を必死で止めた。


「騎士団の優先事項は『ハリー』を護ることでしょ?それに……私、嫌な予感がするの。早くここを逃げないといけないって」
「予感なんかに振り回されてたまるか!シリウス達が苦戦しているんだから助けないと!」
「でも」


そのあとの言葉は、聞き取ることが出来なかった。僕の世界が、その瞬間に停止した気がした。


ハーマイオニーを振り切って戦場へ駈け出そうとしたとき、僕は見てしまったんだ。蒼く怪しげに光る眼を持つ少女が、深々とルーピンの身体にナイフを突き刺す瞬間を。

深紅の血を口から垂らしながら、ゆっくりと後ろ向きに倒れていくルーピンの姿を。



「「「うぉぉぉぉぉおお!!」」」


僕とロン、それからネビルの声が重なった。もうハーマイオニーとジニーの声は聞こえない。セレネは、ずっと、友達だと思っていた。僕の仲間だと思っていた。さっき裏切られたけど、僕の記憶が改竄されたものだとか嘘を言っていたけど、僕を敵だって言ったけど。まだ、信じていた。信じていたのに!!

ルーピンを殺すなんて!あんな深々とナイフを刺すなんて!

僕は血の涙を流しながら、セレネに狙いを定めた。


「『クルーシオ‐苦しめ』!!」


赤い閃光がセレネの胸を目掛けて奔る。でも、その閃光がセレネに当たることはなった。セレネはルーピンからナイフを引き抜くと、その閃光を目掛けてナイフを振り下ろした。
すると、何事もなかったかのように消える閃光。ロンとネビルが放った呪文も、同じようにナイフを振るっただけで『無効化』するセレネ。


「よくも、ルーピンを!!『クルーシオ‐苦しめ』!」
「そんな呪文じゃ、私を倒せないよ。ハリー・ポッター」


セレネは口元に笑みを浮かべた。いつもは無気力そうなセレネの目に浮かぶのは、歓喜の色。本当に愉しそうにセレネは笑っていた。
ルーピンを殺したのに。僕は、そんなセレネが赦せなかった。徹底的に殺そう。友達だったとか信じていたとか関係ない。

目の前にいる少女は、僕の敵だ。ヴォルデモートと同じ悪魔だ。だから、許されざる呪文を使っても……問題はない!だって目の前で愉しんでいる『アレ』は僕と同じ人間じゃないから。
僕は、杖を構えて直すと、もう一度セレネに呪文を放った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

11月18日:一部訂正




[33878] 68話 敵討ちの幕開け
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:40

まったく、こいつら馬鹿か?私に対する怒りを隠さず襲い掛かってきた3人を見て、心の中でため息をついた。ルーピン先生を死んだと決めつけて、襲い掛かってくるなんて。たしかに私は先生を斬った。でも『眼』を使って斬ったのではない。普通に軽く服の部分を斬っただけだ。だから、近づけば一目で死んでいないって分かるはずなのに。


だが、怒りで我を忘れているハリー、ロン、ネビルに、そんなことを言っても聞き入れてくれないだろう。まぁ、予想通りの展開だが。



ダンブルドアを誘き寄せるため、ハリー・ポッターを危機的状況に陥らせないといけない。ハリーを徹底的に傷つけ、されど、殺すことはしないという微妙な手加減で戦わないといけないのだ。今回の計画について、『予言』を奪うことしか知らされていない下っ端の死喰い人達に、ハリーの相手をさせることは出来ない。万が一、うっかり殺してしまったら、ダンブルドアは『ハリーを用済みの駒』と判断し、ノコノコ魔法省まで来ない可能性がある。そうなることを絶対に避けないとならない。

だから、私がハリーの相手をすると、ルシウスやシルバーと決めていた。

とはいえ、私を『友達』だと認識しているハリーが、私に戦いを挑んでくるとは考えにくい。本当のことを全て話し、目の前で反旗を翻したとしても、現実だと受け止めない可能性が高いからだ。

しかたないので、私は前準備として、ルーピン先生には『わざと負けてくれ』と頼んでおいた。ハーマイオニーから聞いた話だと、ハリーはルーピン先生に懐いていたらしい。だから、そんなルーピン先生が私の手で倒れたら、その敵討ちとしてハリーが私に襲い掛かってくるのは一目瞭然だ。

計画は順調。唯一予想外だったのは、ハリーが『磔の呪文』を放ってくること。『磔の呪文』は『人間』相手に使ってはいけない『許されざる呪文』だと知っているはずなのに。どうやら、私は人間だと認識されていないのかもしれない。

私は、ハリーが放った『磔の呪文』を左に避けながら、右手につかんでいるナイフで、ロンの放つ『失神呪文』を斬った。


「『エクスペリアームス‐武器よ去れ』!」


ネビルが放った『武装解除』の呪文を間一髪のところで、地面を蹴って避ける。だが、地面に足が付く前に赤い閃光が目の前に現れる。その閃光に気が付いたのと、ほぼ同時に右方向から黄色の閃光が放たれたのが視界に入った。


「っち、『プロテゴ‐守れ』」


私は左手に握る杖で赤い閃光から身を護り、右手に握りしめるナイフを振り降ろし黄色の閃光の中に視えた橙の『線』を切り落とす。私が相手をしないといけないのは、ハリーだけ。ハリーを援護するかのように襲い掛かってくるロンとネビルが邪魔だ。だが、仲良くしてきたネビルを傷つけるのが躊躇われる。その攻撃を躊躇する心がある以上、私はハリーを追い詰めることが出来ない。

なら、どうすればいい?……そんなの簡単だ。私は、声を出さずに笑みを浮かべる。


「さっさと穏便に退場してもらうか」


右手に握りしめていたナイフを、ローブの内側にしまう。そして代わりに、この数か月で触り慣れた『P230自動拳銃』を取り出した。初めて実戦で使用する自動拳銃を取り出したとき、周囲の空気が少し変わった。
狂気の色で満ちていたハリーの瞳に動揺の色が混ざり、警戒するように動きを止めた。
ネビルは眉をしかめて拳銃を凝視した。そしてロン・ウィーズリーは


「なんだよ、マグルの玩具か?馬鹿にしやがって!!『ステューピファイ‐麻痺せよ』!!」


どうやら、これの威力を知らないみたいだ。…当然か。マグル学を受講していたとしても、拳銃とその破壊力について習うとは思えない。先程と変わらずにロンが放った赤い閃光を、しゃがんで交わす。頭上を閃光が通り過ぎていくのを感じながら、私はカチリと音を立てながら安全装置を外した。


最初に狙うのは最も油断をしているロン。その次にネビル。最後にハリーの順に狙おう。狙う個所は、それぞれの右肩の辺り。心臓や喉、頭蓋といった場所は狙おうと思えば狙えるが、狙わない。私がしなければならないことは、ロンとネビルを戦闘不能にすることであって、殺すことではないからだ。死ぬとまではいかないが、戦闘を離脱させる程度の怪我を与えられれば、それでいい。

そうと決めた私が引き金を引くと、パンっと乾いた音が響いた。続いてネビルに向けて発砲し、ほとんど間をおかずにハリー目掛けて発砲する。



「プ、『プロテゴ‐守れ』!」


間一髪のところでハリーの前に透明な盾が広がり、身を守ることが出来たみたいだ。だが、ロンとネビルは防御しなかった。正確に言えば、防御できなかった。


ロンとネビルの右肩の辺りから鮮血がほとばしる。みるみる間にロンとネビルの制服が赤く染まっていく。今までに体感したことがない激しい痛みでロンとネビルが悲鳴を上げた。握りしめていた杖がカランっと音を立てて地面に転がる。2人が痛みで呻きながら転げまわっている隙に、私は杖を振るう。


「『アクシオ‐来い』!」


床に転がる2本の杖が、私の手の中に飛び込んでくる。私はためらいもなく、握りしめた2本の杖を持つ手に力を込めた。パキッという音とともに、簡単に折れる杖。もう、私の手の中にあるのは杖ではない。何の能力もない木の棒だ。


「返すよ」


苦しげに呻いているロンとネビルの方に、杖だった棒を投げる。それは、カランと乾いた音を立て、床に転がった。武器を失って丸腰となってしまったネビルとロンの顔は、恐怖で歪んだ。銃弾で抉られた右肩を抑えながら、先程まで『杖』だった木片を呆然と見下ろしている。


「セレネ、よくも!!」


ハリーが血走った眼で私を睨んできた。


「私は、その2人が戦闘に参加できないようにしただけ」


私は淡々と感情を込めずに口にすると、銃口をハリーに向けた。ハリーも震える手で杖を構えている。額から流れ落ちる汗で前髪が濡れていた。


「杖さえなければ魔法使いは、一般人と同じだ。それともなんだ。アンタは友達を戦いに巻き込ませたいのか?どうしても戦いに巻き込ませたいなら、2人を盾にしようか」
「だからって1歩間違えれば死んでいた。僕は………もうセレネを許さない!嘘をついているのは、セレネの方じゃないか!『クルーシオ‐苦しめ』!!」


再び『磔の呪文』を放つハリー。間一髪、右方向へ飛び退いた私の鼻先を、『失神呪文』の赤より禍禍しい赤い閃光が掠め過ぎる。『許されざる呪文』は魔力の消耗が激しいのに、よく何発も放てるなと感心してしまった。


「現実を直視しないお子様が、私に説教する資格なんてない」


そう言いながら、ハリーの右肩に狙いを定めて2発発砲する。だが、銃弾がハリーの右肩を抉る前に、ハリーの身体は唐突に右方向へ、まるで何か透明の手に強い力で押されたかのように、よろめいた。標的を外した銃弾は、速度を落とさないまま人をかたどった石造を頭部を砕く。石の破片が四方八方に四散し、ハリーの頬や腕をかすった。


一体どうしてあのタイミングで、よろめいたのだろう?その答えは案外簡単に見つかった。私達より少し前方で戦闘を繰り広げていたマッド・アイ・ムーディの義眼『魔法の眼』がハリーの方を凝視しているのが見えた。恐らく、ハリーの危機に気が付いたムーディが、ハリーを助けたのだろう。とはいえ、ムーディも己の戦いを楽観視できる立場ではない。ルシウスを含む2人の死喰い人と戦っている。閃光が嵐のように飛び交う中、よくハリーを気にする暇があったものだと思わずにはいられない。
私は、苦戦しているムーディから視線を逸らし、体勢を立て直そうとしているハリーに視線を戻した。装填されている銃弾は、残りわずか。新たに装填する時間は、ない。私は、ナイフと銃を左右持ち替えると、地面を一気に蹴った。まだ体勢を整えていないハリーは、ぎょっとした視線を私に向ける。


「『ステューピファイ‐麻痺せよ』」


しかし、しっかりと狙いを定めないで放ったからだろう。赤い閃光は見当違いの方向へ奔った。私はハリーの鼻先まで近づくと、思いっきりハリーの腹を蹴り飛ばす。


「くはっ!」


ハリーの身体は宙を飛び、大理石の壁に激突した。口から血反吐を迸らせる。白い床に赤い血痕が散らばった。



私は、予備のマシンガンを装填しながら、痛みで唸るハリーに近づいていく。視界の端で、セドリックがシリウスと相手に戦っているのが見えた。かなり激しい決闘で、2人の杖が霞んで見えた。起き上がったルーピンは、右肩を抑えて顔をしかめているロンとネビルを護るようにして戦っていた。
部屋の向こう側でトンクスが石段の途中から転がり落ちていくのが見えた。ハーマイオニーやジニー、そしてルーナが昇っていく石段を、転がり落ちていく。ハーマイオニー達は立ち止まると、勝ち誇ったような笑みを浮かべるベラトリックスに杖を向けた。


まずい。あの3人ではベラトリックスに勝てない。絶対に殺されて……


「『麻痺せよ』」


ハーマイオニー達の方へ気を取られ過ぎていたからだろう。ハリーがつぶやいた『失神の呪文』に反応するのが遅れてしまった。禍禍しい閃光が視界に入ったとたん、弾けるように真横へ跳躍する。間一髪だったようで、私の耳元を閃光が掠め過ぎた。そして、背後で切り裂くような悲鳴が上がる。……おそらく、ハリーが放った呪文が誰かに当たってしまったのだろう。振り返って誰に当たったのか確かめたい気もしたが、敵(ハリー)の手に杖が握られている以上、目の前の敵から目を離すわけにはいかない。


私は、銃口をハリーの肩口に押し付ける。ハリーが物凄い勢いで私を睨んできた。…まるで親の仇を見るような眼をしている。ハリーが呪文を唱える前に、ハリーの手の甲を踏みつけた。体重をかけて踏んだので、かなり痛かったのだろう。ハリーは苦痛で顔を歪め杖を握りしめていた手を開いた。……コトン、とハリーの手から杖が床に落ちる。


「これで終わると思うな。償いはこれから、だ?」


その時、私は妙なことに気が付いた。うっすらとだが、ハリーに纏わりついている『線』に重なるようにして、うっすらと『線』が絡まっている。なんというか、以前破壊した『リドルの日記』みたいに。
とりあえず、薄い『線』を斬ってみるかと思ったその時だった。視界の端に黄色の閃光が奔るのが見えた。間一髪のところで、床を蹴って後ろに飛び跳ねる。閃光が放たれた方に顔を向けると、ハゲの長身の黒人で、片耳に金のイヤリングをつけている男が私に杖を向けていた。男の周囲には5人の死喰い人が倒れている。


…どうやら相当強い不死鳥の騎士団員らしい。肩で息をしているようにも見えるが、まだ余裕があるようにも見える。そうしている間にも、男は杖を鞭の様に振るい、幾筋もの閃光を放ってきた。


転がるようにして閃光を避ける。まずい、残っている銃弾は対ダンブルドアに用意していたモノだ。ここで使用するわけにはいかない。


私は、いったん石造の陰に隠れた。左手につかんでいた杖を咥え、空いた手で銃の安全装置を戻しながら、ローブの内側にしまう。そして空いている右でナイフを握る。

咥えていた杖を左手に持ち直すと、石造の影から躍り出た。だが、その時、私の足が何か丸くて固いものに触れて、滑りそうになる。それは、床にコロコロと転がっていくムーディの義眼『魔法の眼』だと分かった。

眼の持ち主は、ルシウスの配下、ドロホフが放ったちょうど緑色の光に包まれていた。頭から血を流して、ゆっくりと倒れていく。


残る不死鳥の騎士団員は4人。そのうちルーピンはロンとネビルを護らないといけないし、エメラルド色のショールを巻いている魔女の周囲には4人ほど死喰い人が倒れていたが、まだ2人の死喰い人と戦っている。青白い長い顔を歓喜で歪ませているドロホフが、杖を振り回しながら魔女に呪文を放った。
シリウス・ブラックはセドリックと間に入れないような激しい閃光の応酬を繰り広げている。セドリックの方が若干押されているようにも見えるが、まだ平行戦のようだ。そして目の前にいる黒人の男。
…そういえば、ベラトリックスと戦っていたハーマイオニー達は大丈夫だろうか。チラリと階段の方を見て、目を見張った。ハーマイオニーとジニーが、戦意焼失したように座り込んでいるのが見えた。だが、ルーナとベラトリックスの姿が見えない。


「こっちに来なよ、ハリーちゃん!」


赤ちゃん声を作ったベラトリックスが叫んでいる。ダラリと腕を垂らしたルーナを抱え、楽しそうに…挑発するように笑うベラトリックス。
フラフラと起き上がったハリーは、怒りで顔を歪めながら、ベラトリックスの後を追いかける。

ベラトリックスの奴、何をする気だ?自分1人でハリーを倒して、さらにヴォルデモートの寵愛を受けようと考えているのか?ベラトリックスとハリーはエレベーターの格子戸の向こうへと消えて行った。私も後を追いたい。でも、その前に目の前の敵をなんとかしないといけない。


「『サーペンソーティア‐蛇よ出ろ』」


私の杖の先から、毒が滴る牙を鋭く尖らせた蛇が数匹飛び出してきた。


『襲え!』


蛇語で命令すると、蛇達は一斉に黒人の男へ跳びかかった。男が蛇を相手にしているすきに、私は廊下を疾走する。ジャラジャラっと音を立てながら開くエレベーターに転がり込み、地下1階へ通じるボタンを叩いた。私はエレベーターの壁に寄りかかると、ポケットにしまっておいた眼鏡をかけた。いたるところに覆われていた『線』が消える。『線』を視るのは苦ではないが、やはり辛い。今は少しでも休まないと……

最高の状態で、ダンブルドアを殺せない。




「ポッター、お前が私に勝てるわけがない!」


ベラトリックスが叫ぶ声が、上の方から聞こえてきた。どうやら、ハリーとベラトリックスが戦っているみたいだ。ベラトリックスの方が死線を潜り抜けてきたベテランの魔女。どう贔屓目に見てもベラトリックスが勝利する可能性が高い。
ベラトリックスがハリーを勢い余って殺していなければいいけど。格子戸が開き、私はホールへと躍り出る。黄金で作られた泉の立像の傍で、2人が戦っていた。……正確に言えば、ハリーがベラトリックスに遊ばれている。
ルーナは、床に転がっていた。私は2人に気が付かれないように、そっとルーナに近づく。ルーナはピクリとも動かない。ただ、疲れ切ったようにグッタリと床に倒れている。私はルーナの傍に跪くそしてルーナに肩に触り、ゆっくり揺る。するとルーナの口から、ツゥーっと深紅の液体が滴り落ちた。それを見たとき、背筋がぞわっと逆立つ気がした。私は急いでルーナの手首を触って、彼女の脈を測定する。……しかし、ルーナの冷たすぎる手首の何処に触れても、脈を感じることは出来なかった。


喉元に息が詰まる。


ダンブルドアと敵対すると明らかにし、ルーナとも縁を切ったはずなのに……なんで、苦しいのだろう。震えそうになる身体を必死で抑え、何かに驚いたように開いていたルーナの瞼を閉じる。ベラトリックスが殺したのか。それとも、他の誰かが放った呪文の流れ弾が当たったのか、それは分からない。私は深呼吸をして立ち上がると、2人の戦いを傍観することにした。


先程から続く戦いで、かなり私は体力を消耗している。これ以上、消耗するのは得策ではないから。


「よっ、順調?」


ポンっと音を立てて隣に現れたのは、シルバーだった。どうやら、彼は仕事を無事に遂行したらしい。それとほぼ同時に背の高い痩せた男が、シルバーの隣に現れた。言うまでもなく、現れたのはヴォルデモート。縦に裂けたような瞳孔の血を思わす真っ赤な両眼が、ハリーを黙って睨んでいる。
どうやら、ハリーもベラトリックスも、ヴォルデモートの出現に気がついていない。ハリーは憎しみにとらわれた眼でベラトリックスに呪文を放つことに……そして、ベラトリックスはハリーとのお遊びに夢中で、ヴォルデモートが現れたことに気が付かないみたいだ。



「『予言』の内容は全部聞けたのか?」


消え入りそうなくらい小さな声でシルバーに尋ねる。するとシルバーは軽く笑った。


「もちろん。まぁ…期待外れと言ったら期待外れの内容。ただ、《一方が生きる限り他方は生きられぬ》ことが分かっただけ、上々ってとこかな。で、そっちは順調?」


一方が生きる限り他方は生きられぬ。あの『ガラス球』に納められていた予言は、ハリーとヴォルデモートについてされた予言だから、『ハリー』が生きる限り『ヴォルデモート』は生きられないし、その逆もまたしかりってことか。
私は杖を左手で回しながら、口を開いた。


「他の騎士団員は、ほぼ戦闘続行不可能。とはいえ、こっちの被害も甚大。下で戦っている奴の残りはセドリックとルシウスを含めて6,7人。当初の半数以下だ」
「半数か」


頭を抱えるシルバー。ヴォルデモートは、何も答えなかった。



ハリーの呪文が、油断していたベラトリックスの足元に当たった。急に体勢を崩されたベラトリックスは、ステンっと尻餅をつく。ハリーが勝ち誇ったように叫んだ。


「さっさと降参して逃げたらどうだ、ベラトリックス!」
「それは俺様のセリフだ、ポッター」


ヴォルデモートは、地の底から響いているような声を出す。ハリーもベラトリックスも、ようやく私達がいることに気が付いたみたいだ。ベラトリックスは歓喜のあまり頬を上気させる。だが、反対にハリーは昂揚していた顔が、一気に青ざめ、凍ったように動かなくなっていた。杖をベラトリックスに向けたままの姿勢で固まっている。


ヴォルデモートは杖をハリーに向けた。シルバーの隣に立っているヴォルデモートが、怒気のオーラを放っている。


「予言に従い、死んでもらうぞ、ポッター。『アバタ・ケタブラ』!」


だが、その緑色の閃光がハリーに届くことはなかった。泉に設置された黄金の立像の1つが突如立ち上がり、台座から飛び降りるとハリーを護るように閃光の進行方向に躍り出てきたのだ。

『死の呪い』は黄金の立像の胸の部分に当たり、粉砕される。この状況でこんなことが出来る魔法使いは、1人しか思い浮かばない。入り口付近を見て視ると、金色のゲートの前にダンブルドアが立っていた。


ようやく、この時が来た。


酷く笑みがこぼれる。私は、杖を握った左手で眼鏡を外し、ナイフを握った右手で眼鏡を外した顔を抑えた。これから、やることを考えると……言葉にしがたい感情が一気に押し寄せてくる。ダンブルドアに対する憎悪やら、引導を渡せる喜びやらが、全てごちゃ混ぜになって、堪えられない。いつも通り無表情の仮面をかぶり、ダンブルドアを睨みつける。


私の人生を狂わせた元凶(ダンブルドア)を……今ここでキッチリ殺さないと!!



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11月18日:一部訂正



[33878] 69話 赤い世界
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:41




金色のゲートの前に立っていたダンブルドアは、ゆっくりと私たちの方へ歩みを進めた。
ヴォルデモートが杖を振り上げ、緑色の閃光がまた一筋、ダンブルドア目掛けて跳んだ。ダンブルドアは、くるりと一回転しマントの渦の中に消える。そして次の瞬間、ヴォルデモートの背後に現れたダンブルドアは、噴水に残った立像に向けて杖を振った。立像は一斉に動き出し、ダンブルドア以外の…その場にいるすべての人を抑え込みにかかってきた。


私も例外ではない。


ケンタウルスの立像が私を抑え込もうと跳びかかってきたので、ナイフを構える。そして、疾走してくる敵(ケンタウルス)を見つめた。抑え込もうと伸ばしてきた腕を、思いっきり断ち切った。そのまま4本の脚を一息で切断する。風船のように宙に浮いたままのケンタウルス。その身体にナイフを突き立て、容赦なく地面にたたきつけた。

……腕と脚を失い行動不能となったケンタウルス。私はケンタウルスから離れ、ダンブルドアに視線を戻した。


……どうやら、立像を退けられたのは、私の他には、ヴォルデモートだけだったみたいだ。
首なしの像が、ハリーを戦闘の場から遠ざける様に後ろに押しやられている。魔女の像に床に押し付けられているベラトリックスは、逃れようと暴れていた。シルバーは………この場からいなくなっていた。『姿くらまし』で逃げたのかもしれない。

ダンブルドアが、ヴォルデモートの前に進み出る。落ち着き払ったその様子は、どことなく昔ながらの友達に歩み寄るように見えた。


「今夜ここに現れたのは愚かじゃったな、トム。闇払い達が、まもなくやって来よう」


静かに告げるダンブルドア。


「その前に、俺様はいなくなる。そして貴様は死んでおるわ!」


ヴォルデモートが吐き捨てるように口にする。またしても『死の呪文』がダンブルドア目掛けて飛んだが、外れて守衛の机に当たり、机が瞬く間に炎上した。


戦闘開始だ。

ダンブルドアが杖を素早く動かした。ダンブルドアが何かヴォルデモートに呪文を放った。少し離れた位置にいる私でさえ、呪文が通り過ぎるとき髪の毛が逆立つくらい強力な呪文を。

だが、その呪文はヴォルデモートに向けて放たれたものだ。私は傍を通り過ぎた見向きもせず、がら空きとなったダンブルドアの背後に回り込むように、私は疾走する。ヴォルデモートが身を護るために作り出した巨大な盾に、ダンブルドアの呪文が衝突し、低い音がホール全体に反響した。

その音に隠れるように呪文を唱えた。コンコンっと左手に握りしめた杖で脳天を叩きながら。


「『ディサリジョン‐目くらまし』」


身体の表面全体に冷たいものが、トロトロと流れる感じがした。念のため、身体を見下ろしてみて、思わず笑みがこぼれる。


成功だ。

呪文の効力で、私の身体は見えなくなっていた。透明になったというわけではなく、カメレオンの保護色のように、背景と同じ色をしているというのが正しいだろう。
……誰も私が消えたことに気が付いていない。私は握りしめていた杖をしまい、代わりに拳銃を取り出した。


打ち合わせ通りに、ことが進んでいる。ヴォルデモートが杖を振るうと、バジリスクを模した禍禍しい炎が噴射された。バジリスクを模した炎が、脇目も振らずダンブルドアに襲いかかる。それを打ち消す様にダンブルドアが杖を振るった。泉にたまっていた水が宙に持ち上がり、ダンブルドアを守護するように防御壁のような形へと変化する。そして、バジリスクを模した炎と衝突した。
水で作られた防御壁が炎を打消し、打ち消したのとほぼ同時にヴォルデモートを水で作られた牢に閉じ込める。


……どうやら、ダンブルドアはヴォルデモートを溺死させようという魂胆らしい。巨大な泡のように見える水牢の形を崩さないように、ダンブルドアは全神経を注いでいた。

ダンブルドアの背中は、がら空きだ。


私は微笑を浮かべながら、安全装置を外し、無防備過ぎるダンブルドアの背中に銃口を向ける。ダンブルドアをこの手で殺す時が来た。夢にまで見た機会に心が躍る。
脳裏に浮かぶのは、第三の課題が始まる前、泣きそうな顔をしたクイールの顔。私を心配してくれた、血の繋がりのない私を…本当の娘の様に心配してくれたクイール。そのクイールを、ダンブルドアは見殺しにしたのだ。隠蔽工作までして。思い出すだけで沸々と煮えたぎる思い。



私は………許さない!


何も躊躇うこともなく、私は引き金を引いた。そして……



バン!―――と軽く乾いた音が、ホールに反響する。


ダンブルドアは、つんのめるようにして前に倒れこんだ。それと同時にバシャンっと音を立てて床に飛び散る、牢をかたどっていた大量の水。水浸しのヴォルデモートは勝ち誇った笑みを浮かべながら、地面に降り立った。


「わしを殺させぬよ、セレネ」


むっくりと起き上がるダンブルドア。私は、その場から動けなかった。……おかしい。私は狙いを外さなかったはずだ。なのに、なんでダンブルドアは立ち上がったんだ?平然とした顔をして。


「こんなこともあろうかと、防弾チョッキを着ていたのじゃ。歳を取ると心配事が多くてのぉ」


ダンブルドアが、のほほんとした微笑みを浮かべる。何故笑う?私を馬鹿にしているのだろうか?というより……防弾チョッキを着ていたということは、私の作戦が読まれていた?ゾクゾクっと冷たいものが背中を奔る。ダンブルドアの裏の裏をかこうと考えに考えた策だったのに。これで、私の願いが成就されるかと思ったのに。


「セレネ、君は闇に染まってはならぬ」


闇?
私は声を出して笑いたくなった。だが、その声の出所で私が隠れている場所がバレてしまう可能性があるので、堪える。私がヴォルデモートの陣営に味方をしていることを『闇』と表わすなら、自分(ダンブルドア)を『光』だと思っているのだろうか?私からしたら、ダンブルドアの方が『闇』だと思う。
私は、地面を蹴った。防弾チョッキを着ているなら、ナイフを使えばいいだけのこと。狙いは、身体の中心よりも少し右寄りにはしる『線』。あの辺りを狙えば、あの爺は即死する。なんとなく、そんな気がした。
私は右手だけでナイフを掲げる。柄を逆手に持ち、目の前に迫ったダンブルドアに、思いっきり振り降ろした。


だが、ナイフを振り降ろせる距離に突入する直前で、ダンブルドアは体の向きを急に変えた。そしてダンブルドアは、当然のように杖を振るう。私が疾走している位置より少しずれたところを狙っていたが、その余波のようなものが私の頬をかする。

その途端、さぁーっと熱い液体のようなものが身体の表面を流れた感じがした。どうやら、先程頬をかすった魔法は、『目くらましの呪文』を解く魔法だったのかもしれない。

だが今更、脚を止めることは出来ない。私は、速度を落とさず走り続ける。最初に狙いを定めた胸の位置は狙いにくい。だが、その代り……別の箇所を狙うことにする。さくっと、ひと思いに殺すより…じわりじわりと浸食されていくような恐怖を感じさせながら殺した方が、目の前にいる翁の最期にはピッタリだ。


ダンブルドアが杖先から何か呪文を放つ。放たれた閃光を何のためらいもなく切り裂くと、そのままの勢いでダンブルドアの右腕を切断する。


真っ赤な生温い血が、私の頬に、制服に飛散した。急には立ち止まれないので、ゆっくりとダンブルドアから距離を置いた場所で立ち止まる。

振り返ってみると、ちょうど私が切断した右腕が杖をしっかり握ったまま、くるくると宙を舞っている。絞めそこなった蛇口の様に、鮮血をほとばしらせながら、円を描くように宙を舞っていた。

生臭い鉄のサビのような臭いが、ダンブルドアのいる方から漂ってくる。


「杖も腕も失ったか。無様だな、ダンブルドア」



ヴォルデモートが面白そうに笑う。ベラトリックスも甲高い、どこか狂喜気味た笑い声をあげた。
ヴォルデモートが軽く杖を振る。すると、ダンブルドアの右腕は床に落ちる前に、勢いよく燃え上がって消滅した。杖は腕とともに黒ずみ、灰になると風にさらわれ…消えてしまった。



「そのままダンブルドアを殺せ、セレネ。それが、お前の望みだろ?」
「…アンタに命じられなくても、老いぼれを殺すつもりだ」


姿勢を立て直して、ナイフを構え直す。


「卑怯者!」


黄金の立像によって壁に押し付けられたハリーが、呻くように叫ぶ。私は一歩前に出しかけた足を止めそうになったが、動きを止めない。

チラリと横目でハリーの方を見る。彼の緑色の瞳は、冷ややかに燃えていた。もはや、たった数時間前まで私に向けていた『仲間』へ対する眼差しではない。敵と定めたを射抜くためだけの眼差し、と言ったらいいのだろうか。


「姿を隠してコソコソとダンブルドアを殺そうとするなんて!正々堂々と立ち向かえないのか?それに……ダンブルドアは、セレネを心配してくれたのに!なんでこんな仕打ちを!」


ハリーの叫び声が耳に入ってくる。それとともに胸の内に湧き上がって来るのは、どす黒い感情。私は、ナイフを握る手に力を入れ、足を止めてしまった。


「アンタが組織したDAは『正々堂々』なのか?」
「…何が言いたい」


ハリーが冷淡な口調で尋ねる。だが、微かに当惑の色が瞳に浮かんでいた。私が、何でこの場でDAの話題を出したのかが分からないらしい。


「アンブリッジと正面から戦おうとせず、陰でコソコソと抵抗運動をしただろ?あれが正々堂々?」
「僕達は、魔法省とアンブリッジの目と鼻の先で抵抗運動をしてたんだ!」
「アンブリッジの監視の目から逃れるように工夫しながら、だろ?ほら、見つからないようにコソコソしてるじゃないか。それと同じさ」


私はハリーから視線をダンブルドアに戻した。奴は無防備、杖もなければ腕もない。体力も、あるようには見えない。私の眼の前にいるのは、タダの老いぼれた老人だ。ダンブルドアの顔には、不思議なくらい何も浮かんでいない。ただ無表情、恐怖も痛みも感じてないみたいだ。ただ、ブルーの瞳だけは違った。瞳には、いつもの何かを憐れむような色が浮かんでいる。



「それから、私を心配してくれてただっけ?」


私は腰を落とした。ダンブルドアが完全無防備の今なら、あの胸に走る『線』を斬ることが出来る。


「アンタには視えなかったのか?心配と言いながらも……あの老いぼれは……」



そう、ずっと気が付いていた。私は、気が付いてたんだ。蒼く輝いているだろう両眼で得物(ダンブルドア)を睨みつける。


「『私(セレネ・ゴーント)』じゃなくて、『眼』を心配してたんだよ!」


私は走り出した。そうだ、ずっと前から気が付いてたんだ。気がつかないふりをしていただけなんだ。あの『憐れむ』ような視線は、『セレネ・ゴーント』に向けられたものじゃない。心配するような態度は、『セレネ・ゴーント』に向けられたものじゃない。

『深い闇へと堕ちていく可能性がある』と言ったのも、『セレネ・ゴーント』に向けられたものじゃない。


この『眼』を心配してたんだ。
善にも悪にも、どちらのためにも使うことが出来る『眼』を。この世の中に、私くらいしか使える人間がいない、珍しい『眼』を。


ただ、親がいないというだけで、ダンブルドアは心配なんでしない。
事実………母親を幼いころに亡くしたノットのことを、ダンブルドアが心配している様子なんて見たことがない。両親がいないといっても過言ではないネビルのことも、ダンブルドアが心配している様子なんて見かけたことがない。


心配して、私のことを気遣っているふりをしながら、ダンブルドアは自軍に組み入れようとしてた。きっとそうに違いない。もし、私が1年生の時や2年生の時に事件に巻き込まれていなかったら……4年生の時に三校対抗試合に出場していなかったら……私はハーマイオニーに誘われて……少しは嫌に感じたかもしれないが、DAに入り……ダンブルドアの味方に付いていた可能性が高い。



自分を心配してくれた……優しい翁の仮面をかぶった爺に恩を返すため……




「これで終わりだ!」



ダンブルドアの…胸の位置に存在する凶凶しくも清廉な……今にも『死』が滲みだしてきそうな『線』目掛けて、ナイフを振り降ろした。











視界一面が赤く染まった。












比喩ではない。本当に赤く染まった。







左脇腹の辺りに激痛を感じ、それと同時に急速にダンブルドアから遠ざかっていく私の身体。短い髪が、風で浮き上がっているのを感じる。



私は……宙を浮いていた。



何で浮いてるんだろう?



眼を動かし、激痛を感じた左の方向を見る。すると、遠くの方に、先程、蛇の相手をさせたまま放置してきた黒人の男が、厳しい顔で杖を構えていた。何度も何度も、発砲するように、赤い閃光を私に向けて放ってくる。


見慣れた『失神呪文』だ。そう思い防ごうとナイフを動かそうとしたが、腕が動かない。




ガンっと鋭い衝撃が脳髄まで響いた。徐々に視界が黒く染まっていく。遠くで誰かが叫ぶ声がする。でも、誰の声だかわからない。カランっと手に握りしめていたナイフと拳銃が、床に転がる音を最後に、私の視界は闇で覆われ、意識は下へ下へと……深いところまで堕ちて行ったのだった――――

















≪日刊預言者新聞‐号外‐‐『名前を言ってはいけないあの人』復活する‐


昨夜、『名前を言ってはいけないあの人』が復活したと魔法省大臣・コーネリウス・ファッジが発表した。
この数か月、アルバス・ダンブルドア(ホグワーツ魔法学校校長として復職、国際魔法使い連盟会員資格復活)や『生き残った男の子』ハリー・ポッターが主張し続けてきていた『復活説』を『事実無根』と主張していた魔法省の180度転換した発言に、戸惑いを隠せない人が多くいるだろう。
魔法省がこのように主張を翻すにいたった経緯は、魔法省に『例のあの人』とその一味『死喰い人』が侵入したからだ。魔法省に侵入した『例のあの人』が何をしようとしていたかは明らかにされていない。

なお今回の事件で、現場に残っていた『ルシウス・マルフォイ』を含む数名の『死喰い人』は、『アズカバン』へと送還された≫





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『不死鳥の騎士団編』は、これで終わりです。





[33878] IF最終話 魔法少女プリズマ☆セレネ!?
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/11 10:59



これは、あくまで『IF』最終回です。
本編はまだまだ続きます!

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私は、大きな棚に激突した。
銀砂が目の前で四方に散る。それと同時に薄れゆく意識。


くやしい。


それは薄れゆく意識の中、鮮明に浮かんだ言葉。一瞬の隙が命取りになるってことなんて、百も承知だったはず。なのに、私は隙を与えてしまった。負けて当然だ。
『失神呪文』と『強打』による強すぎる痛みが、全身の感覚を麻痺させていた。もう、手足の感覚がない。だから、目の前で戦っているヴォルデモートとダンブルドア、そしてハリー・ポッターの手から逃れることは出来ない。誰が勝ったとしても、その勝者は私をお終いにさせる。ヴォルデモートは用済みの私を殺し、ダンブルドア達はアズカバンへ送るに決まっている。『姿現し』の理論が分からない私に、逃げ道はない。だから、最後の抵抗として必死に手を動かそうとする。まだ『眼』が生きている。『眼』の能力は生きている。
指で彼らに奔る『線』を、つぅっとなぞれば、彼らの命を散らすことが出来る。でも、指が一本も動かない。くそ、動け、動け、動け、動け、動け、動け!!



『採血――完了』


耳元で不穏な声がする。聞こえたのは可愛らしくはしゃいだ女の子の声だったが、その声から不穏な空気を、私は感じ取った。耳元に何かがいるのは分かったが、息遣いを感じないところから察するに、私に声をかけたのは『無機物』。未だ戦い続けているダンブルドア達から視線を外すことは出来ないので、私は口を動かさずに、小さな声で呟いた。


「だ…れだ?」
『はじめまして!私は愛と正義のマジカルステッキ『マジカルルビー』ちゃんです!
貴女は次なる魔法少女候補に選ばれました。さぁ私を手にとって下さい!力を合わせて(わたしにとっての)悪と戦うのです!!』


耳元にいるソレが告げたのは、あまりに突然な誘いだったが…私の直感が告げていた。



こいつ、うさんくさい。


『あぁ!今、貴女わたしのことを、うさんくさいって思いましたね!?ショックです!ルビーちゃんはショックを受けました~!!
嘆かわしいことですね…現代ではもう魔法少女に憧れる(都合の良い)少女は絶滅してしまったのでしょーか!!』


心の中で舌打ちをする。耳元にいるソレは、私の心を読んだらしい。だいだい、私はもう『魔法少女』みたいなものだ。私は、魔法が使える少女だから『魔法少女』。いや、もうすぐ魔法使いとしての成人年齢『17歳』になろうとしているから、『少女』とは言えないかもしれないけど。


『そんな、些細なことどーでもいいですよ☆それよりも、このままだと貴女、けっこー危ないですよ?アズカバンに送られてしまいますよ?最悪、死にますよ?どっちにしろ、もう恋も何もできないんですよ!?』


だから、契約をしろと?こんな怪しげなモノと契約したら、後に何が起こるかわかったもんじゃない。でも、コイツの言う通り…こうなる前に『普通の恋』をして、幸せになりたかった。色恋沙汰になんか目もくれていなかったけど、眼も向けなかった自分を叱責したくなった。


「ふふふ、甘いですね。ルビーちゃんの手にかかったら、こんなの朝飯前です!」


耳元で怪しげな声がする。しまった、なんだかよく分からないが嵌められた。このままでは、何か非常にまずいことが起こる。
そう直感した私は、ルビーと名乗ったソレを遠くに投げ飛ばそうと、辛うじて動いた右手でつかんだ。だが……



身体が、動かない。先程までは、痛みと疲労で動かなかった。でも、今は違う。まるで、何かに押さえつけられているかのように動かないのだ。


「ふふふ、見た目以上にちょろかったですね。
血液によるマスター承認、接触による使用の契約、そして起動のキーとなる乙女のラヴパワー!すべて滞りなく頂戴いたしました!!
さぁ…最後の仕上げといきましょうか。貴女の名前を教えてくださいまし」


ルビーと名乗ったステッキは、心底楽しそうに命令してくる。ヘッド部分は五芒星を羽の生えたリングが飾っているステッキは、一見すると『子供の玩具』みたいだ。でも、違う。私にとっては『悪魔のステッキ』。だから、答えては駄目だ。答えた瞬間、なにか私の大切なモノが失われる気がする。このステッキを壊してしまおうと思ったが、本来ならあるべき『線』が視えない。私はなすすべもなく、半ば操られるかのように叫んだ。


「セレネ……セレネ・ゴーントだ!!」
「マスター登録完了!!…まぁ、ぶっちゃけ本当はロリがいいんですけど…この際(私が楽しめれば)どうでもいいですー!」


瞬間、私の身体が赤い光に包まれた。今まで纏っていたホグワーツの制服が、解けるように赤い光の中へと消えて行く。その代り、新たな衣装が弾ける様に現れた。


「コンパクト フルオープン!境界回廊 最大展開!」


ステッキをクルクル手の中で華麗に回し、そのまま決めポーズをビシッととる。


「正義と平和の使者、『魔法少女プリズマ☆セレネ』参上!!」


ここで、ようやく身体を自由に動かせるようになった。自分の意志とは全く関係ない、されど自分がした一連の動作、そして自分の服装を視た私は凄い勢いで赤面した。いままで、こんなに赤面して事は無いだろう。私はステッキを思いっきり、固い床にぶつけた。


「早く戻せ!」
「え~どうしてですか?イイ感じに決まってますよ!和風テイストの魔法少女って感じで!」


膝丈よりも短い、藍色の和服。ご丁寧なことに、ほんのりとしたピンク色のレースで和服の端が縁どられている。帯は、蛇を思わす柄が銀糸で施された深緑。ルビーのような赤色をした魔女のマント。そして、耳には緑色のイヤリング。確かに和風テイストと言えば和風テイストだ。和風なら全般的に私は好きだし、いくつか着物だって持っている。だが、これは違う。この衣装は、私の趣味ではない。私にしては派手すぎるし、子供っぽい。


「私は了承なんてしていない。というか、『正義と平和の使者』ってなんだ。気持ち悪い事言わせるな」
「えぇ~、じゃあ『愛と正義の使者』がイイですか?」
「それも嫌だ。だから、早く契約解除して元に戻せ」
「うん、いいですね、そっちの方が!『愛と正義』…なんて独善的な響きでしょう」
「人の話を聞けって……!」


この時、私は忘れていた事実に気が付いてしまった。
そう、ここは『魔法省』。しかも、目の前ではダンブルドアとヴォルデモートが戦っている途中だったということを、すっかり忘れていた。ゆえに、一連のやり取りも全て…彼らは見ていた。場が不自然なくらいシーンと静まり返る。ダンブルドアもヴォルデモートも黒人魔法使いも、そしてハリーも、呆然としている。


「セレネ……そういう趣味があったんだね。大丈夫、誰にも言わないよ」


生暖かい視線を投げかけてきたハリーが、ポツリとつぶやいた。プチン、と脳内で何かがキレる音がする。


「忘れろ、ハリー・ポッター」
「ほほほ、そのステッキに選ばれたようじゃの、セレネ」


面白そうに笑うダンブルドア。なんだか、無性に腹が立ってきた。というか、このステッキをダンブルドアは知っている?


「あら、あなたはダンブルドアじゃないですか?大師父が私を貴方に預けたんでしたよね?」
「もっと魔法少女にふさわしい魔女に渡そうと思っていたんじゃが……その少女は黒すぎるし、年を取り過ぎている。だから、契約を解除したらどうかの?」


ダンブルドアは左手を差し伸べてきた。どうやら、このステッキを回収したいらしい。黒すぎるとか年を取り過ぎているとか聞き捨てならない言葉があるが、そんなことどうでもいい。今は、このステッキを手放せれば十分だ。だが、……不思議なことに手が離れない。ステッキに手が吸い付けられたように、手が離れないのだ。


「仕方ないですね。セレネさん、『このやろー』って思いながら、ステッキをダンブルドアに振り降ろしてください」


ルビーが陽気な声で叫ぶ。よく分からないが、私は早くルビーとの関係を終わらせたい。だから、早くコイツの欲求に応じて、さっさと要求解消。望みさえ叶えられれば、こいつは私に興味を無くすはず。


「このやろー!」


ダンブルドアに杖を振り降ろす。すると、杖の先からは光り輝く閃光弾が放たれた。先程放たれた黒人魔法使いの『失神呪文』よりも遥かに強い魔力だ。下手したら、『磔の呪い』よりも強力かもしれない。ダンブルドアの『盾呪文』をもろともせず、閃光弾は盾を突き抜け、ダンブルドアに直撃した。


「先生!?」
「ダンブルドア!?」

ハリーと黒人魔法使いが叫ぶ。ダンブルドアは壁に叩きつけられた。大理石で作られた壁は崩れ、ダンブルドアは大きな破片の下敷きになる。

「セレネさんの返答はこうです。『ステッキは誰にも渡さねぇ。変態爺は引っ込んでいな!』…って言っても、貴方はもう死んじゃっていますけど」
「私は、さっさとアンタを手放したいんだけど」
「「ダンブルドアをよくも!」」


黒人魔法使いとハリーが、私に失神呪文を放ってくる。慌てて杖を取り出そうとしたが、変身してしまったせいだろう。杖がどこにもない。だから、私は失神呪文の直撃を受けてしまった。……しかし……


「あれ?」

不思議なことに、傷一つついていない。衣装も破れていないし、痛みも何も感じなかった。

「カレイドルビーにはAランクの魔術障壁・物理保護・治癒促進・身体能力強化などなどが常にかかっています。今や英霊にも等しい力を持ったセレネさんに、人間ごときがかなうわけありません!!」

ルビーが楽しそうに断言した。予想以上に強い力を秘めたステッキだったらしい。余りにも恥ずかしすぎる容姿を無視すれば、もしかしたら…今の私って最強か?このステッキを駆使して、さっさと唖然としているヴォルデモートを倒せば……


そうして、ヴォルデモートの方にチラリと視線を向けた時、思わず後ずさりしてしそうになった。…気のせいだろうか。ヴォルデモートの鼻息が荒い気がする。なんだか、気持ち悪い。前々から気味悪い外見だと思っていたが、さらに拍車をかけて気持ち悪い。


「よくやったセレネ。俺様とともに来い」
「…断る、アンタと一緒に活動することにメリットはない」

それは、ヴォルデモートも同じこと。だから、すぐに私を殺しにかかってくると読んでいたのに、なんだか様子が変だ。


「お前は、俺様率いる『死喰い人』のマスコットにふさわしい。魔法省を掌握しただけでは、魔法界を制することは出来ない。お前のようなマスコットがいれば、それにつられる魔法使いがいるはず。『魔法少女プリズマ☆セレネ』の漫画化、アニメ化、そして映画化。ガリオン金貨も大量にがっぽがっぽ懐に入ってくる。それを元手に計画よりも遥かに早く、世界征服に乗り出すことが出来る。……だから、俺様とともに来い!」
「アンタ、本当にヴォルデモート?」

もしかしたら、目の前のヴォルデモートも、ルビーに洗脳されてしまったのかもしれない。そんなヴォルデモートをハリーや黒人魔法使いは生暖かい視線を向けている。ハリーは


「これが…あのヴォルデモート?」

と呟いていた。


「面白くなっているな」

ハリのある男性の声が、魔法省に木霊する。振り返るとそこに声の主がいた。それは、ひげを蓄えた老人。ダンブルドアと同じ、いやダンブルドアよりも高貴で力強いオーラを放っている。


「あっ、大師父?」
「君が噂に聞くセレネか…」

ルビーに大師父と呼ばれた老人は、私を頭の上から爪先まで眺める。私は無意識のうちに背筋をピンと伸ばしていた。それにしても…よく分からないが、大師父という老人は私の名前を知っている。そのことを問おうとした時だった。老人の後ろから、ぴょこんと何かが飛び出してきた。ルビーと同じようなステッキだ。ルビーと違うところは全体的に青いということと、五芒星が六芒星だという所だろう。


「あっ、サファイアちゃんじゃないですか!お姉ちゃん、久しぶりに会えて嬉しいです!!」
「姉さん、仕事ですよ」

サファイアと呼ばれたステッキは、淡々と告げる。ルビーの反応から察するに、姉妹機というところだろう。


「えー?仕事ですか。私、今この人と契約したばかりなんですけどー!」
「実は、冬木という町で問題が起きているみたいなんですよ。その問題を解決するために、私たちが必要みたいです。そのために私も、あるお方と契約を交わしたばかりです。姉さんとも契約する相手がいたんですけど……姉さんは、すでにその人と契約したみたいだから再契約の必要はなさそうですね」


サファイアというステッキは、冷静に淡々と説明する。大師父という老人は、うんと頷いた。


「そういうことだ。可哀そうだが、一緒に来てもらおう、セレネ・ゴーント」
「待て!そいつは俺様のものだ!!」


ヴォルデモートが杖を振り上げ緑色の閃光を、大師父に飛ばした。だが、大師父は『やれやれ』というように頭を振るう。ゆっくりした動作で、大師父は閃光を避ける。そして、面倒くさそうに小さな剣を振るった。すると、剣の先から目もくらむくらい眩いばかりの光が放たれた。


「安心しろ、気絶しただけだ。……この後、そこの男はワシの弟子が処理しよう。さぁ、行こうセレネ」
「いや、私はこんなステッキ、いらないから。さっさとステッキだけ持って行ってください」


そう言いながら、大師父なる人物にルビーを渡そうとする。だが、相変わらずルビーは手にこびり付いたまま離れない。相変わらず『線』は視えないし、魔法を使いたくても杖がない。


「何言っているんですか、セレネさん…いえ、魔法少女プリズマ☆セレネ!!さぁ、行きますよ!冬木の平和を護るのために!!」


こうして、大師父なる人物とおかしなステッキに連行され、私は……不本意ながら日本に渡ったのだった。




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冒頭でも書きましたが、あくまで『IF』最終回です。この後、ルヴィアと一緒に『クラスカード』の回収を始める感じですね。でも、ささいなことでルヴィアと喧嘩してしまい……ソレ以降は『プリズマ☆イリヤ』みたいな感じになる予定です。



次回からは本編に戻り、『謎のプリンス編』が始まります。

物語もそろそろ終盤。これからも、寺町朱穂をよろしくお願いします!



[33878] 【謎のプリンス編】70話:夏のひと時
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/28 18:35
SIDE:ヴォルデモート


「ふ~ん、他にはないの?」


つまらなそうにシルバーが聞く。大臣専用の椅子に深々と腰を下ろしたまま、俺様は床に這いつくばる哀れな男を見下ろした。男の名前は『コーネリウス・ファッジ』。つい数日前まで『魔法省大臣』としてイギリスのトップに君臨していた男だ。そんな男が、今ではだらしなく床に這いつくばり、恍惚とした顔をしている。半開きになった口からは、涎が垂れていた。


『ご意見番』としていまだに君臨しているファッジに近づき、セドリックが『服従の呪文』をかけたのだ。大臣ではないとはいえ、魔法省の高官。様々な情報を握ってはいるが、『とんでもない失態』を演じたため警護をほとんどされていない。情報を握るにはうってつけの人物だ。


「明日の予定は…マグル首相との警備確認をします。あとは…そうです、午後から『ミリョネカリオン』様のもとへ行かなくては」
「ミリョネカリオン?」


全く聞き覚えのない人物だ。元大臣が『様』づけで呼ぶ人物なのだから、恐らく上級貴族か他国の偉い人物なのだろう。


「どんな奴だ?」
「時計塔の男で、封印指定執行人を統べる者です」
「時計塔?」


時計塔と言えば、真っ先に思いつくのはロンドンのビックベンだ。だが、あれはマグルの建造物だから、魔法界には関係ない。それに、『ミリョネカリオン』という人物は誰だ?


「それって、封印指定総与の『ミリョネカリオン』?」


シルバーが呟く。俺様は目を大きく見開いてしまった。若造のシルバーが知っているのに、俺様が知らない人物がいるなど考えもしなかった。俺様が弱体化してから出てきた新参者かとも思ったが、どうもそういう雰囲気ではない。セドリックも首をかしげているからだ。


「知り合いか?」
「いや、だって俺の母さんさ、封印指定の魔術師だったし。魔術方面についての知識くらいはあるって。まぁ、俺が刻印を受け継ぐ前に、母さんは執行者に殺されちゃったからさ、無用の知識になっちゃったけど………あっ」


シルバーは『しまった!』という表情を浮かべる。常に飄々としている奴にしては、非常に珍しい表情だ。俺様は思わず、ニヤリと口元をゆがめた。その笑みに不穏なものを感じ取ったのだろう。シルバーは、いつものヘラヘラとした表情を浮かべてはいるが、体をこわばらせている。セドリックは気の毒そうな表情を浮かべ、ベラトリックスは『いい気味だ』とでも言わんばかりに笑い声をあげた。


























「はぁ…はぁ…」


シルバーは、辛そうに荒い息を繰り返している。『魔術』とやらについての詳細な説明を、さりげなく誤魔化そうとしていたので、少し『仕置き』をしたのだ。『磔の呪い』を3発ほど放ったところで、ようやくシルバーは語り始めた。普通は1発で気を失いかける『磔の呪い』を、3発も打たせてまで隠し通そうとするなんて、いい度胸だ。
普段は軽口こそ叩いているが、俺様に絶対なる忠誠を誓っているシルバー。そんな奴が、俺様から隠そうとした『魔術』の知識は、なかなか興味をそそるものだった。いままでホグワーツで習った『杖を使う魔法』とは違うし、独学で学んだ『闇の魔術』とも違う系統。まさか、そんな集団がいたとは考えもしなかった。


「…って感じで良いッスか?」


辛そうに口を開くシルバー。献身的…とは言い難いが、俺様の手駒の中でも非常に優秀な分類に入る男だ。ベラトリックスが右腕だとしたら、こいつは左腕と言っても過言ではないだろう。ここらで辞めておくか、と俺様は考えた。だが、まだ肝心なところを聞いていない。俺様は、両膝を床に着けるシルバーを見下ろした。


「その魔術とやらを使えば『永遠の命』を手に入れることは出来るか?」
「出来なくは無いけど…難しいッス」


シルバーは首を横に振る。


「失われた『第三の魔法』が、不老不死に関するものらしいッス。
詳しいことは、知らないんっすけど……物質界において唯一永劫不滅でありながら、肉体という枷に引きずられる魂を、それ単体で存続できるよう固定化。精神体のまま魂単体で自然界に干渉できるという、高次元の存在を作る業があるらしいッス。魂そのものを生き物にして、次の段階に向かう生命体として確立するとか……要するに、真の意味での不老不死ってとこッスかね」


『不老不死』という単語が聞こえた途端、俺様は身を乗り出してしまった。しかも、『真』の不老不死ときた。

一応、俺様は『死』への対策の一環として『7つの分霊箱』を作った。だが『分霊箱』だけでは、少し不安だ。いくら誰も想像つかない場所に隠したとしても、いくら防御魔法をかけたとしても、辿り着いてしまうものがいる、かもしれない。理論上、『分霊箱』は『外側』を壊されたら終わりなのだ。それと比べ、シルバーが語った『第三魔法』とやらはどうだろう。『魂のエーテル化』。これが実現すれば、俺は『本当の意味で』永遠に生き続けることが出来る。だが…


「失われたとは、どういうことだ?」
「アインツベルンとかいう一族の誰かが、たどり着いたとは聞いているッス。だけど今は、それの使い手が『いない』とか」
「…そのアインツベルンという一族は、どこにいる?」


使い手が『いない』というだけで、不老不死にいたる『設計図』のようなものが現存する可能性はある。もしかしたら『使い手がいない』というのは表向きだけで、本当は使い手が存在するかもしれない。


「…ドイツに本家があるってことは知っているッスけど…」


シルバーは何かを躊躇うように、俺様から視線を逸らした。拷問が足りなかったのだろうか?俺様が杖を向けると、シルバーは覚悟を決めた表情を浮かべ、まっすぐ俺様を見返してきた。


「本家は潰れたみたいッス、数年前に」
「なん…だと!?」


額にピキピキッと血管が浮き出た気がした。


「ふ、不老不死って興味あったし、アインツベルンについて調べたことがあるんッスよ。それで6年位前、日本で、デカい儀式をしようとしていたことまでは分かったッス。まぁ…儀式っていうか、『聖杯』っていう万能の願望器を取り合う戦いッスね。その戦いでアインツベルンは勝ち残ったみたいなんですけど……その後、ぱったり活動しなくなったんッス。不思議なくらい、ぱったりと」


それで調べてみたら、潰れてたんッスと、シルバーは続けた。


「その『アインツベルン』は、戦いに勝ったんだろ?なら、生き残っているんじゃないか?」


俺様たちの話を聞いていたセドリックが、不思議そうにつぶやく。


「生き残ったらしいッス。でも、何故か本家を潰して、逃亡したとか…」


何故、逃亡したのだろう。『聖杯』という願望器を手に入れたから、本家なんてどうでもいいということなのだろうか。俺様は杖をローブの内側にしまうと、椅子に座り込んだ。


「シルバー、命令だ。アインツベルンの生き残りを探し出せ」


わざわざ『聖杯』を手に入れたモノが、愚かにも『死』に屈しるとは思えない。きっと、どこかで生きているはずだ。いや、生きていなければ困る。出来る限り『第三の魔法』についての知識を兼ねそろえた状態で。せっかく、本当の意味での『不死』に辿り着くチャンスなのだから。










SIDE:瀬尾静音


「疲れた~」

バタンと布団にダイブする。今年の夏も、いつも通り。朝から晩まで酒蔵の魔人達に、こき使われ続ける毎日。お酒の臭いが満ちた蔵の中、下駄をはいて蒸米をくみ出し続けるのだ。せっかくの夏休みだというのに、ぜんぜん休みではない。むしろ、普段の学校生活よりも疲れてしまう。これだと趣味の同――ごほん、いや机に向かうゆとりがないではないか。


「はぁ…でも、書かないとなぁ」


まだ時間は、8時前。窓の向こうは、ようやく安心させるような藍色に染まり、星々が遊んでいる。とりあえず、9時…いや10時まで机に向かうことにしよう。机に向かえば、意外と気力がわきあがってくるのだ。よっこらせ、と起き上がると椅子を引く。
普段は寄宿舎で生活しているから、自分の机の上の物は少ない。夏休みの宿題は、帰省前に全部処理したから、学校の勉強道具は無いに等しい。ちょっとした文具とデジタル時計。統一性のない小物や漫画の類がちらほら置いてあるだけ。イギリス人の文通相手、セレネが誕生日の日に郵送してくれた絵本『Peter Rabbit』が少し邪魔だったので、そっとどかす。すると、絵本の合間から写真のようなモノはみ出しているのに気がついた。抜き出してみると、それはセレネの写真。たしかこれは一昨年の9月の写真だ。相変わらず、魔法使いのコスプレっぽい制服を格好よく着こなして、凛とした笑みを浮かべている。…それから……




じゃりっという重々しい鎖の音。両手首には太い鎖が絡みつき、壁に括り付けられている。両足は自由で、いかにも冷たそうな石の床に座っている。でも、手首に絡みついた鎖の長さから考えると、満足に立つことも難しいかもしれない。そして、まるで両目を封印するかのように黒い布が、少女の視界を覆っていた。

そんな彼女に近づいていくのは、一匹の大きな……



「はっ!」


今までにない強烈な目みに、現実の時間さえふっとばされてしまった。額から、冷や汗がたらたらと流れ落ちる。
今…私が視たのは、どう考えてもセレネだ。背筋がぞわぞわっと逆立つ。私は何か得体のしれない力に急かされるように、部屋を飛び出た。いつもの『未来視』だったら、近いうちに以内にセレネは…セレネは……大変なことになる。急いで、その事実を伝えなければならない。電話の棚に立てかけてあった埃のたまった電話帳を、急いでめくる。



「あった」


重たい電話帳を抱えたまま、急いでダイヤルを回す。国際電話だから、普通の電話より料金がかかってしまうけど、人命には代えられない。あとで両親に怒られたら、お小遣いを崩して謝ろう。
でも、なかなか繋がらない。呼び出し音が、いつまでたっても流れている。もしかしたら、番号を間違えてしまったのだろうかと思い、いったん受話器を置いて、かけなおすことにした。それでも、繋がらない。数分してから、もう一回かけなおそうかと諦めかけたとき、ようやく呼び出し音が止まった。


「あ、もしもし!ホワイトさんの家ですか?」
『もし、もし?聞こえますか!?このくらいの大きさの声で、聞こえていますか!?』


とてつもない叫び声(しかも英語)が、受話器から聞こえてきた。あまりに声が大きかったので思わず私は飛び上がり、受話器から30センチも離してしまった。


「はい、聞こえています。だから、あの…少し声の大きさを抑えて…」
『素晴らしい!凄い!本当に声が伝わっているとは!?こんな細い紐…ケーブルだったかな?を通って声が伝わるなんて、魔法じゃないか!!さすがマグル!私達にはない発想だ!』


受話器の向こうの人は、なんだかよくわからないけど異様なくらい興奮している。まるで、初めて電話を見た子供みたいだ。でも、声は明らかに大人の男性の声。一体誰なのだろう?もしかして、間違えてかけてしまったのだろうか。必死に頭の中で英文を組み立てる。


「私、瀬尾静音といいます。えっと、セレネちゃん…セレネ・ゴーントという子はいますか?私、セレネの友達です」


すると、受話器の向こうの人がピタリと動きを止めた……ような空気が伝わってきた。なんというか、受話器の向こうで緊張感が走ったとでも言えばいいのだろうか。


『セレネは今、いないんだ。要件があれば、伝えておくよ?』


先程よりも、音量を若干押さえた声が受話器の向こうから聞こえる。私は悩みこんでしまった。伝えておくと言われても、あんな難しい光景を英語で表すなんて出来ない。身振り手振りだったら、何とか伝えられると思うけど、生憎『テレビ電話』なんていう高尚な電話ではない。私が今使っているのは、一昔前の黒電話だ。仕方ない。後で、かけなおそう。私は小さくため息をつくと、頭の中で英文を組み立てた。


「あのぅ…セレネはいつ、帰ってきますか?」
『えっ…あ~……実は……ん?どうしたんだ、トンクス?』
『ねぇアーサー?その向こうの子って日本人の女の子なんでしょ?それの使い方は、なんとなく分かったから、変わってくれない?』


受話器の向こうから、今度は女性の声が聞こえてきた。何を言っているのか上手く聞き取れないけど、明るくて溌剌とした声の女性だ。


『ごめん、電話変ったわ。私、トンクスっていうの。…日本語、通じてる?』
『あ…分かります。…って、日本語出来るんですか!?』


先程まで英語一色だった受話器の向こうから、流暢ではないとはいえ日本語が聞こえてきたから、少し驚いてしまった。


『ちょっとだけ。えっと……静音ちゃん。実はセレネは当分の間帰ってこないの。…あ、でもね!セレネに用件を伝えることは出来るから、話してくれたら…嬉しいんだけど?』
「セレネ、当分帰ってこないんですか……?」


思わず床に、ぺたんと座り込んでしまった。出来れば伝言という形ではなく、セレネに直接『未来』を伝えたい。でも、それが叶わないのなら……


「あのぅ…『危ないところに行かないで』ってセレネちゃんに伝えてください。えっと、セレネちゃん、このままだと目隠しされて、鎖で繋がれて、蛇に襲われちゃうんです。だから―-」
「静音ちゃん、貴女……どうしてそう思ったの?」


トンクスと名乗った女性の声が、1オクターブほど低くなる。まるで、私を警戒しているみたいに。


「どうしてって…それは……」


言えない。『未来が視えた』なんて、言えない。言ったとしても、信じてもらえない。本当のことを話しても、馬鹿なことをと怒られるか、笑われるかの二択。私の話を信じてくれたのは、いまのところセレネだけ。この人に同じことを言ったとしても、信じてくれるわけがない。


「勘…です。私の勘って、よく当たるんです」


私はつまらない言い訳をする。他になんて言えばいいのか、分からない。受話器の向こうのトンクスは、何か考え込んでいるのか、ただ黙っていた。


「あ、あの…絶対にセレネちゃんに伝えてくださいね!それじゃあ…」


がちゃんと私は電話を切る。一気に静かになった気がする。波のさぁっと満ち引きする音や、バラエティのわざとらしい司会者の声と、それを笑う家族の声が遠くから聞こえてきた。
部屋に戻っても、再び机と向き合う気になれなかった。ただボンヤリとエアコンが効いた室内から、窓の外を見上げる。藍色だった空は、雲がかかっているせいで満天の星空ではない。でも、雲の隙間から顔を出した星が、精いっぱいに自分の存在をアピールしていた。



「大丈夫…かな、セレネちゃん」


イギリスにも繋がっている夜空を見上げ、私は小さな声で呟くのだった。





















SIDE:セレネ


じゃりっと聞きなれてしまった鎖の音が聞こえた。
右手も左手も、太い鎖で壁に括り付けられている。足は自由で冷たい石の床に座ることが出来るが、自由に歩き回れるわけではない。眼も包帯のようなもので覆われているらしく、辺り一面に広がる暗闇の世界。


私は独り、苦笑を浮かべた。


なんで冷静さを失ってしまったのだろう?

あの時……ハリーの言葉に耳を傾けず、ダンブルドアに襲い掛かっていたら……失敗せずに済んだのに。あの時……ダンブルドアを殺して、とんずらしていたら、アズカバンに投獄されることなくすんだのに。そもそも何故、ダンブルドアの心臓を狙ったのだろうか。防弾チョッキも役に立たない眉間の辺りを、スパンと打ち抜いていれば、ダンブルドアは死んでいたのに。


……悔いていても始まらない。反省も大事だが、それは程ほどにしないと前に進むことが出来ない。さてと……これからどうしようか。


幸いなことに、吸魂鬼(ディメンター)がアズカバンを放棄したので、思考力も判断力も、私が、しっかりしていれば見失うことはない。

脱獄したら、何をすればいいのか。それは、その時の情勢に触れなければわからない。だから今は、どうやって脱獄するかを考えなけらばならない。


その時だった。
遠くの方で何かが争う音が聞こえる。アズカバンの職員と思われる人と、何かが争う音。しかし、すぐに職員と思われる方の声は消え、何かが進む音しか聞こえなくなった。

ずるずるっと這うような音……そして……


私の前で、何かが砕かれる音が聞こえた。視えないので分からないが、恐らく牢が破られたのだろう。だが、いったい誰がこんなことを?


『まったく…何で捕まってるんですか、主』


バジリスクのアルファルドが、少し呆れながらも、どこか暖かい声が聞こえた。凍えるような寒さで、冷え切っていた身体の奥から、アツいものがこみあげてくるのを感じる。

だが、それを何とか押し込めた。

私の敗因は、感情的になってしまったこと。感情的になっては、いけない。感情的になったら、そこに隙が生まれてしまう。


『迎えに来ましたよ、主』


優しく言いながら、私の腕を縛る鎖を噛み千切るアルファルド。自由を取り戻した両手を使い、きつく巻かれた包帯を外していく。

一面に広がる『死』。目の前に広がる世界のなにもかもが死に易そうで、ひどい頭痛がし、それと同時にムゥッと吐き気がした。久々に視たからだろう、早く慣れないと。荒い息をする私を気遣うように覗き込んでくるアルファルドの頭をそっと撫でる。


『アルファルド、今日が何日だか分かるか?』
『さぁ……ただ、昨日ホグワーツから生徒達が大勢去っていきましたよ。“また来学期”と言っていたので、閉校となったわけではありません』


つまり、7月の最初の週ということだ。あまり時間が立っていないみたいで、少し安心した。これなら、そこまで外の世界に変化はないだろう。…それなら、策も立てやすい。さっさと行動しよう。だが、その前に……他の囚人たちも脱獄させる手引きをしないと。

私の考えている策を、今度こそ成功に導くために。





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11月28日:大幅改定





[33878] 71話 夕暮れ時の訪問者
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/18 08:45

SIDE:ルーピン


僕は、額に腕をのせて、ぼんやりと天井を見つめていた。表通りの喧騒が遠く聞こえてくる。教会が告げる5時の鐘の音が、僕が住んでいる裏路地まで響いてきていた。

目はとっくに覚めているけど、起き上がる気にはなれない。こうして夕暮れ時の橙の色に染まった天井を、ぼんやりと眺めている。

ここのところ…寝る間も惜しんで騎士団の仕事をしていた。ヴォルデモート復活で混乱が生じている魔法界の治安を守るため、僕は奔走している。騎士団の他のメンバーは職を持っている人が大半だから。

そういえば……この家に戻ったのは何日ぶりだろう?

疲れ切ってベッドに倒れこんだときには、気が付かなかったけど……歩くと軋む木の床にも、使い古したテーブルにも、うっすらと埃がたまっていた。同じように埃の溜まった台所には、萎びたリンゴが1つだけ…哀愁を漂わせながら転がっている。


同居していた両親が死んでから、もう10年以上が経過している。帰宅しても、誰もいないガランとした部屋。……そういえば、ここ数年、誰も家に上げていない。あの女性を除けば……


脳裏に浮かんだのは、同じ騎士団員で闇払いの女性『ニンファドーラ・トンクス』。あの寒い冬の日のこと。雪を肩に積もらせた彼女が、いきなり訪ねてきたのだ。いつも陽気なトンクスが、あの日は何故か戸惑っているような表情を浮かべながら……


何を話したのかは覚えていない。トンクスが何か楽しそうに話している姿は、ボンヤリと思いだせるけど。それ以外は何も。だから、きっと他愛もない話をして別れたのだと思う。でも、そのあとも、度々……何を思ったのかトンクスがやって来た。トンクスが来る時間帯は、決まって今みたいに橙色の光が差し込む時間帯だ。『マグルのスーパーで買ってきた』といいながら、惣菜をテーブルの上に並べる。


「小腹がすいちゃって」とか「今日はお母さんもお父さんも留守なのよ」とか「飲み会がキャンセルになったから」とか色々な理由をつけては、僕と一緒に夕食を食べた。

僕はあまり話さなかった。ただ、トンクスが日常生活で起きた何気ないことを面白おかしく話して、それに相槌を打っていた。嫌だと思ったことは一度もない。トンクスと話している時は、親友のシリウスと話している感じとは少し違う楽しさだった。

…トンクスが何で僕の家なんかを訪ねて来ているのか、薄々感づいていた。ただ、彼女の気持ちを受け入れるわけにはいかない。僕は人狼だし、トンクスより13歳も年上だ。収入も0に等しい。これ以上、僕に近づいてはいけない。

僕は、トンクスと距離を置こうとした。その一方で、トンクスともっと話していたいと訴える自分が心の奥に潜んでいた。だから、距離を置こうと思いながらも、トンクスを家に上げてしまっていた。



でも………その曖昧な関係も……ついこの間、崩れた。この間の魔法省で起きた戦闘の最中に大怪我をしたトンクスの見舞いに行ったとき、彼女に言われたのだ。

去り際に、腕をつかまれ、上目使いで………僕のことが好きだって。ずっと傍にいさせて………って。


あの時のことは、あまりよく覚えていない。トンクスに捕まれた腕を振り払い、「だめだ」と告げて去った気がする。その時、トンクスがどんな顔をしていたのか見ていない。アレでよかったのだ。トンクスには、もっと健康的で若い男の方が相応しい。


僕は、脳裏に浮かぶトンクスの笑顔を振り払うように頭を振ると、起き上がった。すると、テーブルの上に置いてある新聞の一面が目に入る。一面に掲載されているのは、僕の教え子『ドラコ・マルフォイ』の顔写真。

ますます心が、ずっしりと重くなった気がした。

魔法省での戦いで、ドラコの父親『ルシウス・マルフォイ』が逮捕され、純血の名家マルフォイ家をドラコが相続することになったのだ。たった15、6歳で当主になったドラコの顔には何も浮かんでいない。いつも僕が貧乏だってことを馬鹿にしていた頃の明るさは、何処にもなかった。

いくら父親が死喰い人だったとしても、残された教え子達のことを考えると、胸が痛くなる。


そういえば、僕の教え子……特に今年6年生になる学年の子は、可哀そうな体験をした子が多い。


今回の父親(ルシウス)逮捕で、魔法界屈指の名家の当主になったドラコ。同様に父親が逮捕され、母親はすでに他界しているセオドール・ノット。同じように父親が逮捕された、クラッブとゴイル。物心ついたときから両親は精神病院に入院しているネビル・ロングボトム。死喰い人に親戚のほとんどを惨殺されているスーザン・ボーンズ。しかも、この間は叔母のアメリア・ボーンズをヴォルデモート自身の手で殺されていた。両親を赤子の時に殺され、ヴォルデモートに命を狙われているハリー。 そして………セレネ・ゴーント。


僕は右手で顔を覆った。今のセレネが誰よりも、ハリーよりも辛い境遇だと思う。
最初にセレネのことを注意してみるようになったのは、『吸魂鬼(ディメンター)』に彼女が襲われ、なりゆきでダンブルドアから彼女の略歴を聞いたときだ。そのころからセレネは、ハリーよりも辛い境遇に置かれていた。

セレネには両親がいないだけではなく、10歳の時にフェンリール・グレイバックに噛まれかけていたのだ。グレイバックというのは、見せしめとして僕を噛んだ狼人間だ。最も残虐な狼人間と言われている彼は、義父とハイキングに来ていたセレネに襲い掛かったらしい。最も、間一髪のところで闇払い達が駆けつけたので事なきを得た。だが、ここで問題が起こる。
駆けつけた闇払い達の大半が、新米闇払いで、昼間から酒を飲んでいたのだ。ヴォルデモートの脅威が薄くなったあの当時……闇払いという職業は、ほとんど閑職になりかけていたのだ。普通の犯罪者を捕まえるのは魔法警察部隊の仕事だから。

そして手元を狂わせ8本中3本の『失神呪文』がセレネの胸を直撃したらしい。セレネは記憶修正の後、マグルの病院に搬送され……目が覚めたのが1年後だったそうだ。

その時に、ダンブルドア曰く『』という『死の概念』に触れ続け、その影響で『直死の魔眼』という不思議な能力を手に入れたのだそうだ。…『死』を認識してしまう悪夢のような『眼』を。
それだけでも辛いはずなのに、彼女はもっとつらい経験をしていたのだ。そのことを知ってから、まだ1年も経過していない。セレネの友人『ダフネ・グリーングラス』経由で、僕の下に一通の手紙が届いたんだ。夜中の11時に『叫びの屋敷』まで来てほしい……と書かれたセレネからの手紙が。

義父をカルカロフに殺されたという話を、ダフネ・グリーングラスとよく似た小さな女の子から聞いたときから、ずっと話をしたかったので、僕はすぐに了承した。あの話を聞いたとき、僕は握っていた杖を落としてしまうほど……衝撃を受けた。

『賢者の石』を守ったのも、『秘密の部屋』で戦ったのもセレネで、義父の死をみんなが知らないのは、それをダンブルドアが隠蔽したから。
セレネは淡々と話してくれたけど、時折…眼鏡の奥の瞳が燃える様に赤く染まる時があった。


その時……僕は決めた。セレネを見守ろうと。


ダンブルドアに復讐をすると心に誓ったセレネが、僕にはとっても不安定なものに見えた。
いつか崩れてしまいそうで、ダンブルドアを倒した後の目的を成し遂げたセレネが酷い虚無感に襲われてしまいそうで……


僕はダンブルドアに縁があるし、親友(ジェームズ)の息子であるハリーの先行きも見守らないといけないから、人前でセレネに協力できない。だから、陰から協力してきた。縁があるダンブルドアを裏切るようで、あまりいい気分はしない。でも、セレネの役に立ちたかった。あの不安定な子を、守ってあげたかった。


でも………



セレネは失敗して、アズカバンへと送られてしまった。新しい魔法省大臣の護衛でアズカバン視察に出かけたキングズリーの話だと、右手と左手を離すように太い鎖で縛りつけられていたらしい。その上、まるで視覚そのものを封印するように包帯を巻かれていたそうだ。僕は、眼から涙が溢れそうになった。


キングズリーは「仕方ないこと」だと言っていた。「頭が良すぎたせいで現実に悲観し、死喰い人に堕ちてしまった可哀そうな子だ。しかし、放っておけば後々の脅威となる。本来なら生かしておくべきではない」だと。


生かしておくべきではない命なんて、あるのだろうか?

だとしたら、僕の命も生かしておく価値がない。今日は満月じゃないし、薬のお蔭で抑えられているが、人狼として人を傷つけ殺してしまう可能性がある僕も、他の人の安全を考えるのであれば、生きていく価値がない。

だけれども、セレネを監獄から出す手段が思いつかない。セレネが逮捕されたと聞いたとき、卒倒し椅子に座り込んでしまったセブルスに相談すれば、何か策が思いつくかもしれないが。


トントン


家の扉が叩かれる音がした。こんな時間にいったい誰だろうか?太陽は西の空に沈み、すっかり藍色に染まった東の空には星々が瞬いている。トンクスの顔が一瞬浮かんだが、すぐに打ち消した。僕は彼女を拒絶したから、来るとは思えないし、まだ彼女は入院中だ。


僕は杖を構えながら、そっと玄関の戸を開けた。その向こうで申し訳なさそうに…されど、どこか必死な形相で立っていた少女を見たとき、僕は思わず涙を流さずにはいられなかった。







[33878] 72話 夜の闇の横丁
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/12/03 02:06
SIDE:ドラコ・マルフォイ


僕は、様変わりしたダイアゴン横丁を足早に歩いていた。


色鮮やかに飾り付けられたショーウィンドウの呪文集も魔法薬の材料も大鍋も、その上に張りつけられた魔法省のポスターに覆われて見えない。くすんだ紫色のポスターのほとんどは、この夏に配布された魔法省パンフレットに書かれていた、防衛に関する気休めの心構えを拡大したものだった。だが中には、まだ手配中の『死喰い人』の動くモノクロ写真もあった。
例えば、1番近くの薬問屋の店先で、伯母上(ベラトリックス)の手配写真が笑っていた。
その隣には、この間…脱獄したセレネの手配写真も張り出されてある。不敵に口元だけ笑みを浮かべているセレネの手配写真を見たとき、どす黒い感情が湧き上ってきた。





数日前、セレネはバジリスクの手を借り、僕の父上たちを助け出し脱獄した。でも、僕の父上達は『あの人』の所に真っ先に戻って来たのに、セレネだけ戻ってこなかった。なんでも他にやることがあるのだとか。
それを聞いた『あの人』は意地悪い笑みを浮かべた。僕は、よく覚えている。あの血を思わす深紅の目をギラつかせて、報告した僕の父上を睨んでいたその顔を。 『あの人』は笑っていた。この展開が読めていたかのように。そして、傍に控えていたディゴリーに告げたんだ……「セレネを探しだせ、もし抵抗するようであれば……分かってるな」って。
その言葉を聞いたディゴリーは、少し眉間に皺を寄せた後「それは…殺せということですか?」と尋ねた。『あの人』はニンマリとした笑みを浮かべるだけで、肯定も否定もしなかったけど…あれは、間違いなく『肯定』の笑みだ。


僕は眼を疑った。セレネは僕の父上と同じ死喰い人で、しかも父上達を助け出してくれたのに。すると、僕の心を読んだのかもしれない。『あの人』は僕を睨みつけた。あの人睨みで僕は、凍りついたみたいに動けなくなってしまった。
『あの人』は、セレネのことを最初から始末する予定だったらしい。ダンブルドアをセレネに殺させたら、その後は殺すつもりだったようだ。『破れぬ誓い』で『セレネとセレネの仲間に危害を加える』ことは出来ないが、それは『あの人』がセレネに直接危害を加えられないだけ。他の方法でなら、危害を加えられる。現に、『あの人』は『セレネを殺せ』と一言も言っていない。

あの時、思わず『どうして、セレネを殺そうとするのですか』と口走ってしまった。すると、『あの人』は、高笑いをし始めたのだ。

『スリザリンの継承者』は2人もいらない。ただ、セレネの『眼』の力には興味がある。あの力を手にすることが出来れば、もっと強大な力を手に入れ魔法界を統べるために必要な時間を大幅に短縮できる。だから、まだセレネは必要だ。……あの『眼』に宿る力を解明するために、その力を自分のものにするために。
だからといって、抵抗するようであれば、殺しても構わないということだそうだ。


どう足掻いてもセレネが殺されるということを、パンジーやノット達が知ったらどう思うだろうか?セレネに尻尾を振って付きまとっていたダフネの妹が知ったらどう思うだろうか?


僕は頭を振って、雑念を振り払った。セレネの心配は後回し。僕は……僕に与えられた仕事をやり遂げて、マルフォイ家の名誉を取り戻さないといけないんだ。父上は戻って来たけど、父上の失態を『あの人』は赦していない。僕が……マルフォイ家の名誉を取り戻さないと。僕がやり遂げないと、僕も母上も父上も、みんな殺されてしまう。


でも、本当にできるのだろうか。

『夜の闇(ノクターン)横丁』を歩きながら、僕は自問自答する。
あのセレネでさえ出来なかった『ダンブルドア殺害』が、僕なんかに出来るのだろうか?ホグワーツに増援の死喰い人を招き入れる方法は考えてある。険しい道のりだと思うが、これしか手はない。セレネが度々言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。


『ダンブルドアの裏の裏のそのまた裏を読まないと、ダンブルドアに勝てない』という言葉。ダンブルドアは策略家だ。それを上回ることなんて……でも、上回らないと、罰として僕が殺される。僕は……まだ死にたくない。


ふぅっと息を調えると、『ボージン・アンド・バークス』の扉を開く。この店には度々、父上と一緒に来たことがある。闇の魔術がかけられている物を手広く扱っている店だった…僕の記憶が正しければ、僕が必要としている物が売っていたはずだ。店主のボージンは、僕が入ってきたのを見ると驚いたように目を開いた。


「これはマルフォイ家の若様」
「久しぶりだなボージン、『姿をくらますキャビネット棚』は残ってるか?」


ボージンは眉を上げた。そして、僕の考えを読もうとしているかのように、じっと僕の目を見る。


「まだありますよ。こちらに……しかし、これは不良品です」


黒い大きなキャビネット棚の前に立つボージン。僕はキャビネット棚に触れた。壊れている様子は、ぱっと見当たらない。


「ボージン…お前は、この棚の効果を知っているか?」
「はい……名前にもある通り、この棚を使えば『姿くらまし』が出来なくても『姿くらまし』をすることが出来ます。しかし、この『キャビネット棚』と対になっている『キャビネット棚』にしか『姿くらまし』をすることが出来ませんし、そもそも…この『キャビネット棚』と対になっている『キャビネット棚』が壊れているらしく………これは不良品です。お求めになっても無意味かと」


僕は、少しだけ気分が高揚した。ボージンでさえ知りえなかった秘密に僕は気が付いたんだと思うと、少し嬉しかった。


「いや……実は、これの対になっているキャビネット棚を、僕は知っていると思う。ただ、直し方が分からない。知っているか?」


ボージンは考え込む仕草をした。

「拝見いたしませんと何とも…店の方にお持ちいただけませんか?」
「出来ない。どうやるのか教えて欲しいだけだ」


ボージンが神経質に唇を舐める。

「さぁ……大変難しい仕事でして…もしかしたら不可能かと。何もお約束できない次第で」
「嘘は泥棒の始まりと言いますよ、ボージン」


何かを躊躇っているボージンの声を遮るように、声が被さった。店の奥に座っていた女の影が立ち上がる。


「君は……!」


今度は僕が目を見開く番だった。なんで、なんで彼女がここにいるんだろう?ボージンは僕の表情をチラリとみると、口を開いた。


「若様は御存じでいらっしゃいますかな?グリーングラス家の次女であり次期頭首『アステリア・グリーングラス嬢』でございます。アステリア嬢、こちらは…」
「ドラコ・マルフォイですよね。知っていますよ。先輩と仲が良かった男子の1人ですから」


アステリアは僕の方に一歩近づいた。僕はアステリアが浮かべている表情に、驚いて1歩後ろに下がってしまった。いつも浮かべていた子供らしい無邪気な色は影をひそめ、深い寂寥が刻まれている。


「…ダフネはいないのか?」
「姉様はいませんよ。姉様は先輩があんなことになってから、部屋に閉じこもっているんです。先輩が『あの人』に手を貸してまでダンブルドアに復讐しようと考えていたことに気が付かなかった自分を責めて。母様は友達とサロンパーティに行っていて、父様も仕事なので、いません。ここに来たのは、私だけです」


キッパリと言い放つアステリア。その様子は、僕より3つ年下の少女には見えない。僕よりもずっと年上で、社会で働いている女性のような雰囲気を纏っていた。


「私はボージンと……とある契約をしています。私が相続する予定になっているグリーングラス家の財産の全てを、ボージンに譲渡することで結んだ契約です。先輩を助け出すためなら、この程度のことは造作でもないので」


アステリアの口調は淡々としていて感情がこもっていなかった。僕が知っているアステリアとは違いすぎる。『ポリジュース薬』を用いた別人なのではないかと疑いたくなった。


「それで……それの直し方を知っているのですか、ボージン?」
「……はい、存じ上げています。ただ、若様に申した通り非常に難しく、直る可能性は五分五分です」


俯き気味に打ち明けるボージン。先程の僕に対する態度とは違う。いったいアステリアは何を契約したんだろう?


「それでも、キャビネット棚を修理するのですか?ドラコ・マルフォイ」


アステリアが、僕に視線を投げかけた。その眼差しには憎しみの色も怒りの色も浮かんでいない。ただ感情が浮かんでいない目を僕に向けている。


「ああ…僕は修理しないといけない。だから、こっちのキャビネット棚を安全に保管しておけ、ボージン」
「しかし……本当に難しく危険な方法でして、何しろ空間転移に関わる魔法ですから。まだ若様には扱えない魔法でございますし」


そんなに僕に協力したくないのか。僕はだんだんイライラしてきた。ボージンに近づき、袖をめくり、そこに刻まれている『闇の印』を見せた。ボージンの顔に、恐怖の表情が浮かぶ。


「僕に協力しろ、ボージン。協力しないと痛い目にあるぞ。フェンリール・グレイバックを知っているな?僕の家族と親しい、時々ここに寄って、ちゃんとソレを管理しているか確かめさせるぞ」
「そんな必要は―――」
「僕が決めることだ。さぁ、僕はもう行かないと。母上が心配するからな」


僕は、出口に向かって歩いた。そして扉を開ける時になって、振り返って未だ恐怖の色を浮かべているボージンに命令する。


「誰にも言うなよ、ボージン。僕の母上を含めてだ。お前もだぞ、アステリア・グリーングラス」
「もちろんですよも、若様」


ボージンは深々とお辞儀をする。それでいい。僕は満足感に浸っていた。これで、僕がダンブルドアの裏の裏のそのまた裏をかいた作戦に一歩近づいたんだ。僕は、店を出た。その後を追うようにしてアステリアが店を出てくる。


「何か僕に用があるのか?」
「ありますよ!ありますから出てきたんです!!」


…僕は耳を疑いそうになった。先程の淡々とした声とは雲泥の差だ。僕より背が低いアステリアの顔を見下ろす。すると、いつも浮かべていた無邪気な色に戻っているではないか。


「おい……お前、さっきと違いすぎじゃないか」
「そりゃそうですよ。あれくらいしないとボージンには舐められちゃいますって。舐められたら試合終了なんですから」


当然のように言うアステリア。確かに舐められたら終いだが、よくボージンを騙す演技が出来たと驚いてしまう。


「さてと、本題はココからです」


アステリアは、僕に手を差し伸べてきた。一体何を考えているのか、さっぱり僕には理解できない。アステリアは満面の笑みを浮かべると、口を開いた。


「『ダンブルドアのクソ爺とヴォルデモートのハゲ親父を殺そう同盟』を結びませんか?」
「……はぁ?」


真面目な顔をして、なんてことを言うのだろうか。ダンブルドアを殺すだけでなく、『あの人』まで殺すなんて。大真面目な顔をして何夢みたいなことを。


「だって、ダンブルドアのせいでセレネ先輩はヴォルデモートに手を貸すことになったんですよ?そりゃあ、セレネ先輩にも…多少は非があると思います。しかし!セレネ先輩を、道具の様に扱う奴らを許すことは出来ません!!」


アステリアの瞳には、強い意志が宿っているように見えた。絶対に折り曲げない。絶対に翻さない。そういう強い意志で満ちていた。

それと同時に脳裏に浮かぶのは、セレネを『道具』として見ていた『あの人』の声。そして、僕が今から行おうとしているダンブルドア殺害計画。


「返事は新学期が始まってからでも構わないです。ただ、このことは他言無用でお願いします。さすがにバレたら不味いので」


僕が迷っていると、アステリアはそれだけ言って人混みの中に消えて行った。
ダンブルドアと『あの人』を殺す計画。そんなことが可能なのだろうか。出来るなら参加したいと思っている僕がいた。

でも………バレてしまったら………確実に殺される。ダンブルドアを殺し損ねたら『あの人』に殺されるし、『あの人』を殺し損ねても…『あの人』に殺される。要は成功すればいい話だが、果たしてそう簡単にいくのだろうか。




窓に板が打ち付けられた店の前で、何かを、おそらく僕を探すようにキョロキョロと頭を動かしていた母上の所に歩き出した。何事もなかったかのように、平然とした足取りで……





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11月28日:一部訂正
12月3日:〃




[33878] 73話 エディンバラの昼下がり
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/28 18:30

平日の正午前なのに人通りの多いのは、残り日数は少ないとはいえ、まだ夏休みだからだろうか。汗を垂らしながら、どこか楽しげに行き交う人混みの中、私は誰の注意を引くこともなく歩いていた。顔を隠すためにキャップ帽を深くかぶり、魔法で背中まで伸ばした髪が風に遊ばせながら、足早に待ち合わせの場所へと向かう。


世界中に展開している大手ファーストフード店に入ると、合う約束をしていた人物の姿は見当たらなかった。店内の時計を見ると、まだ約束の時間より5分程早い。私は、1番安いハンバーガーのセットを注文し、窓から離れた位置の4人掛けの席に腰を下ろした。久しぶりに飲んだシェイクの甘い味が口の中に広がる。


「待ったかな?」


約束の人物『衛宮切嗣』と『久宇舞弥』は、待ち合わせ時間ちょうどに現れた。外国人、しかも東洋系である2人はイギリスでは目立つ。でも、この町ではそこまで目立たない。なにせここはイギリス北部の観光地『エディンバラ』。ロンドンの次に人気のある観光地として知られているから、東洋系の人をみかけてもおかしくはない。本当は勝手を知ったロンドンで待ち合わせをしたかったが、切嗣曰く『念には念を』ということらしい。
私は、向かい合うように席に座った2人に対し、黙って首を横に振る。


「それで、約束の物は?」


そういうと、舞弥が手にしていた鞄の口を小さく開けた。…中には先学期に私が頼んでおいたモノが入っている。あの時は、こんな形で受け取ることになるなんて思わなかった。私は鞄を舞弥から、そっと受け取る。予想以上に鞄は重く、落としそうになってしまった。


「確かに受け取った」
「あぁ……それにしても、君に関する記事を読んだよ。失敗したみたいだね」


煙草に火をつけながら私に話しかける切嗣。彼の表情から、何を考えているのか読み取れない。とりあえず、私は苦笑を浮かべた。


「感情的になり過ぎた。次は失敗しない」
「じゃあ、まだ『破れぬ誓い』は続いているみたいだね」


夏だというのに日焼けをしていない私の白い左腕を、切嗣は横目で見た。私は目を細め、その腕をそっと擦る。


「…あぁ」

ヴォルデモートと結んだ『破れぬ誓い』。そのせいで、私はダンブルドアを殺さない限りヴォルデモートに危害を加えられないというデメリットを課せられている。もちろん、それは向こうも同じことだが。


「生活は大丈夫なのですか?」
「大丈夫といえば大丈夫だし、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃない。こんなこともあろうかと、マグルの金と魔法界の金を少しだけ、去年の夏休暇中にとある公園の一角に埋めておいた。それで何とかするしかない」


ポテトをつまみながら答える。パフェを無表情で食べていた舞弥は、顔を少ししかめた。切嗣は煙草をふかしたまま、目の前に置かれたチキンナゲットに手を出していない。


「野宿かい?」


私は首を横に振る。


「切嗣さんも会ったことがある元教師の家。他にアテが無かった」


アルファルドの力を借りアズカバンから脱獄した私は、ルーピン先生の家に滞在させてもらっていた。自宅は絶対に魔法省が監視の目を光らせているだろうし、冬に舞弥さんと滞在した小屋の近くにはセドリック・ディゴリーの家族が住んでいるので止めた方がいい。自分が魔法使いだと分かる前の友人、フィーナやラルフそして、近所のマージョリーさんの家に行くことも考えたが、過去の交流関係を調べられていたらバレてしまうし、なにより、今の状態を説明するのが大変だ。

スネイプ先生は、私の名付け親だということで魔法省に目をつけられていそうだし、ダンブルドアとヴォルデモートともつながっている。…そう考えると、ルーピン先生の所に行くしかなかった。もっとも……ルーピン先生の所にもダンブルドアの味方が尋ねてくる可能性が高い。だが、スネイプ先生の所よりかは少ないだろう。


ルーピン先生は、私を家に置いてくれた。先生は騎士団の仕事で家を留守にすることが多いみたいだが、運よく非番の日に先生の家のドアを叩くことが出来て、本当によかった。
ちなみに、アルファルドには『縮小呪文』をかけ、普通の蛇サイズになってもらっている。今はルーピン先生の家で留守番だ。こんな街中で蛇を連れて歩いたら、注目されてしまう。


「目立たないよう服も購入してくれたし、魔法で髪を伸ばしてくれた」
「でも、いつまでもそこにいるわけにはいかないでしょう。…これからの予定は決まっているのですか?」


2つ目のパフェを食べ終わり、3つ目のパフェを無表情で食べ始める舞弥さんが話しかけてきた。…あんなに冷たいものを食べて、腹を壊さないのだろうか、と思いながら私は口を開く。


「大まかな構想だけど一応は、な」


そういうと、私はハンバーガーの最後の一口を口に押し込む。そんな私を見ながら切嗣は、煙草を灰皿に押し付けて消すと、テーブルに肘をついた。


「どういった構想かな?」
「…あるものを探す」
「それは、なんだい?」
「…」


分霊箱のことを話していいだろうか?これ以上、切嗣達を巻き込んでいいのだろうか?一瞬迷ったが、話すことにする。もうすでに、ルーピン先生には話してしまったことなのだ。同じ協力者である切嗣達に話しても、何ら問題はない。むしろ、世界中を見てきた切嗣達のことだ。なにか手がかりになりそうな情報を、持っているかもしれない。


「ヴォルデモートの分割した魂が封じられているモノ。どこにあるのか、いくつあるのか分からないけど。それを全て壊してようやく……ヴォルデモート本体を殺すことが出来る」


私の言葉を聞いた2人は、黙って何かを考え込んでいるみたいだ。そして、切嗣はポツリと言葉を漏らした


「…分霊箱か。だが、『今の』君は壊せないはずだ」


そのことを分かっているのか?と問いかけるような視線を私に向ける。私はコクリと頷いた。そんなことは、分かっている。

分霊箱に入っている『ヴォルデモート』も『ヴォルデモート』。『破れぬ誓い』がある限り、私は分霊箱を壊すことが出来ない。たとえ『眼』があっても。でも…


「アルファルドはバジリスクだ。あれの牙なら、壊せる」
「…そうだね、その手があったか」


なるほどね、と納得したような表情を浮かべる切嗣。以前、分霊箱についての記述があった本には、壊し方が記されていた。強力な魔法特性を持った物でしか破壊出来ないらしく、壊す方法は数個しか記載されていなかった。その中に、制御が大の魔法使いでも困難とされる『悪霊の火』の隣に、『バジリスクの毒』と書かれていたのだ。……バジリスクがいてくれて、本当に助かった。

舞弥はパフェを追加注文すると、淡々と私に言葉を投げかけた。


「いくつ壊したんですか?」
「2つ。でも奴のことだから、他にも作っているはず。…いくつか分からないけど」
「では、残り4つですね」
「…そうですね。…………えっ!?」


私は、甘ったるいオレンジジュースを飲む手を止めた。


「どうして数がわかるんですか?」
「魔法界で強力だと言われている数は『7』だからさ」


再び煙草に火をつけながら、切嗣が返答する。…あの墓地で、わざわざ『礼儀を守った古流』の決闘をしようとしていたヴォルデモートのことだ。ああ見えて、実は形式だのなんだのにこだわっている。だから、迷信の類を信じ、『7つ』に魂を分割した可能性が高いことは否定できない。でも…


「なら、『5』になるはずだ。『7-2=5』だから」


まさか、計算を間違えたとは考えられない。何か意図して『4』と言っているはずだ。もしかして、すでに切嗣達は1つ破壊している、ということだろうか?


「以前、その分霊箱らしきモノを見たことがあってね。実は1つ、壊している」


服のポケットを探る切嗣。何か小さな欠片を、取り出した。カップの底みたいな欠片だ。というか…


「アナグマと…H?……『ヘルガ・ハッフルパフ』のカップ?」
「その通りですよ」


追加注文したパフェを、ふたたび口に運びつつ舞弥が答える。私は眉間にしわを寄せてしまった。ハッフルパフのカップと言えば、魔法界において歴史的な価値がある。しかるべき場所に売ったら、1000ガリオンなんて、ちっぽけな金に見えるくらい大金が手に入るはずだ。なのに、なぜ壊した?分霊箱だと知っていたから?

私の胸に渦巻く疑問が伝わったらしく、舞弥は食べる手を止めた。そして、トントンと軽くテーブルをたたく。


「このくらいの高さのテーブルから、落としてしまったのです。当然、割れると思いましたが全くの無傷。不審に思ったので色々と試してみましたが、全くの無傷。これは変だと気がつき、ある方法で壊したんです」
「ある方法…?」


言葉がぼかされる。尋ねられたくないのかとも思ったが、分霊箱を壊す方法は、出来るだけ多く知っておいた方がいい。私は詳しく尋ねようと思い、口を開きかけたが…その時だ。



「そういえば、いつものナイフを、まだ持っているかい?」


切嗣は、唐突に呟いた。どうやら、話題を逸らしたいようだ。私は視線を斜め下に向けると、ゆっくり口を開いた。


「…ない」


アズカバンから脱獄する際、私の私物は残っていないか隅から隅まで探した。だが、保管されていたのは杖だけ。他の私物は、ひとつ残らず残されていなかった。生き残っていた看守に問いただしてみたところ、『闇の魔術』の痕跡がないか調べるため、魔法省に保管されているみたいだ。ただ、『闇の魔術』の痕跡がなかった場合…速やかに処分されるらしい。

切嗣は、黙って何かを考えている。そして、ふぅっと息を静かに吐き出すと、服の内ポケットから何かを取り出した。それは、品の良さそうなナイフだった。窓から差し込む陽光を受け、銀の刃がキラリと光る。それを横目で見た舞弥は、食べる手を止めて息をのんでいる。切嗣は、ナイフを私に差し出してきた。


「…これをあげるよ」
「ありがとうございま…す?」


ナイフを受け取った私は、眉間にしわを寄せてしまった。普段、持ちなれていたナイフと重さが全く違う。明らかに軽い。まるで、『玩具』のように軽いのだ。だが、玩具にしては出来が良すぎる。小さいころ遊んだママゴトのナイフとは違い、細部まできめ細かに作られているのだ。もしかしたら、前まで使っていたナイフよりも高級品かもしれない。もち心地が良く、見た目も素材も一級品みたいだ。


「イリヤ…僕の娘が使っていた玩具のナイフだよ。…とはいっても、人を傷つけられないってところ以外は、本物のナイフと同じだけどね」


切嗣は、優しげな笑みを浮かべた。私は納得する。切嗣の妻の実家『アインツベルン』は、言葉では表せないくらいの財力があるらしい。だから、玩具一つとっても特注品なのだろう。


「本当にいいんですか?」


私が確認すると、切嗣はゆっくりと頷いた。それを見た私は、頭を軽く下げるとナイフを鞄の中にしまった。



ドォォン、とエディンバラ上の砲台から、弾が発射される音が聞こえてきた。たしか午後1時に発射されると聞いている。ここに入ったのは12時くらい。もうそんなに時間がたってしまったのかと、少し驚いてしまう。


「さてと、そろそろ時間かな。帰りの飛行機があるから、今日はこれで」


煙草を灰皿に押し付けると、切嗣は席を立った。続いて舞弥と私も立ち上がる。外に出ると日差しのまぶしさに、たまらず帽子を深くかぶりなおした。


「じゃあ、次は君が誕生日を迎えたときでイイかな?」


私は声を出さずに頷いたのを確認すると、2人は観光客の群れの中に入り込み、次の瞬間にはどこにいるか分からない。私は2人が去った方向に背を向けると、帰路に就くのだった。




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11月28日:大幅改定





[33878] 74話 フェリックス・フェリシス
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/11/28 18:49


今回は、ダフネ・グリーングラス視点です。


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……何も悩みなんて抱えていなさそうな周囲の声が、全て忌まわしく思える……

楽しそうに言葉を弾ませる声……勉学に対して愚痴をこぼす声……今日の予定について確認し合う声。全てが私の心を逆なでする。あまり…この場所にいたくない。私は、いつの間にかオニオンスープを口に運ぼうとした手を降ろしてしまっていた。そして、そっとテーブルの上にスプーンを置く。


「ちょっと、ダフネ。アンタさ、全然食べてないじゃない!」


隣に腰を掛けていたミリセントが、眉をしかめて私の顔を覗き込んできた。周囲の子達もミリセントにつられて、食べる手を止め、うかがうように私の方を見る。


「…本当にどうしたのよ?半分どころか一口しか食べてないわ。これじゃあ、午前中もたないわよ?」


ドラコと頬を赤らめて話していたパンジーの顔が、蒼く染まる。丁度良い具合に焦げ目がついたフランスパンを手に取り、私に押し付けてくるパンジー。


「ごめん…私、お腹すいてないの」
「すいてないわけないでしょ!まったく……食べないと駄目じゃない!」


掌の上に乗せられたフランスパンは、ほんのりと温かい。私はフランスパンを、そっとナプキンで包んだ。出来る限り精一杯の笑みを浮かべる。


「分かった、後で食べるから心配しないで」
「そういって食べないのを知ってるわよ。この間だって、食べなかったパンを校庭に撒いてたじゃない!」


パンジーが眉を吊り上げた。誰もいないと思ったのに、見られていたなんて。


「分かったよ、ちゃんと食べるよ……でも、今はちょっと……ごめん、また後で」



私は席を立つと、大広間の出口に向かって走りだした。パンジーやミリセントが私を呼び止めるような声が聞こえたけど……無視して走り続ける。

何処へ行こうとは考えていなかった。とにかく、大広間から離れたかった。とにかく、人の少ない所に逃避したかった。1人になりたい………だから、ひたすら足を動かし続ける。

大広間から遠く離れた北塔にたどり着いたとき、ようやく足を止めることが出来た。ひんやりと氷のように冷たい壁に右手をつけて、荒い息を落ち着かせる。音までもが停止したように思えるくらい静かな北塔に、私の呼吸音だけが不自然なくらい響いていた。

ぼんやりと、目の前に飾ってあったたステンドガラスを眺める。赤や青のガラスが、何かに懺悔するように膝を折り曲げる修道女を模っていた。そのガラスに陽光が優しく降り注ぎ反射している光景は、言葉に言い表すことが出来ないくらい幻想的で………夏前の私だったら、きっと見惚れてしまっていただろう。


でも、今の私では何も感じることが出来なかった。


………何をしても、食欲がわかない。………何をしても、心の底から笑えない。………何をしても、セレネの笑う顔が頭から離れない。
私は思わず頭を押さえて、その場にうずくまってしまった。







私の親友のセレネは、夏の休暇前に逮捕された。理由は、死喰い人、つまり『例のあの人』の仲間だったから。テスト最終日の日の夕食に姿はなく、夜になってもセレネは寮に戻って来なかった。私は心配したけど、きっと『秘密の部屋』に行ったんだろうって思ってた。でも、次の日の朝刊を見た私は、自分の考えが間違だったことに気がついた。

『“あの人”が復活した』と騒いでいる新聞の一面よりも、その3面の逮捕された『死喰い人』のリストを見た時に、世界が制止した。そこに書いてあることが信じられなくて。
ヴォルデモートの一味に加担した罪でアズカバンへ送還されたことが信じられなくて。その記事を読めば読むほど、何かが身体の底から喉に上がってきて、数年ぶりに。嗚咽をこらえきれなくなってしまった。



何で、セレネの変化に気が付かなかったんだろう?


私は、私は、彼女の一番近くにいたつもりだったのに。思い返せば、セレネは、お義父さんを殺されたのに、以前とあまりにも変わらなかった。私は、乗り越えたんだって思って…安心してた。でも、乗り越えてなんかなかったんだ。私だって、母様や父様、それにアステリアが死んだら、それも殺されたら、きっと乗り越えるのに時間がかかると思うし、もしかしたら乗り越えられないかもしれない。


親友なのに気が付かなかったんだろう。

苦しんでいるのに気が付かないで、助けてあげられなかった。もし…私が気が付いていれば、何かが変わったかもしれないのに!今年も一緒に授業受けたり、遊んだり出来たかも知れなかったのに!私が気が付いていれば、セレネの人生が壊れなくて済んだのに!犯罪者にならずに済んだのに!!





同じことを妹のアステリアも考えていたみたいで、家に帰ってから数日間、アステリアも部屋から出てこなかった。母上がアステリアの名前を呼んでも、しもべ妖精達がアステリアの好物『パンプキンパイ』を作っても、部屋から出てこようとはしなかった。ようやく、数日ぶりに部屋から出てきたアステリアは、何か吹っ切れた顔をしていた。いつもの無邪気な笑顔が戻っていたけど、不吉感じがした。無理やり笑顔を浮かべているみたいで。


実際に、アステリアはとんでもない計画を考えていた。自信満々の笑みを浮かべて私に語ってくれた話を要約すると、セレネの人生を壊した元凶…ダンブルドア校長先生と、セレネを見捨てた『例のあの人』を殺そうとしているらしい。『姉様も参加して!』とアステリアは私に手を差し伸べてきた。アステリアの提案は、魅力的なモノだったけど………私は、その手を取ることが出来なかった。

確かに、セレネを追い詰めたダンブルドア校長先生は赦せない。セレネを見捨てて魔法省から逃げた『例のあの人』も赦せない。


でも…『何も殺さなくても』と思う私がいる。だって、殺しても解決する問題じゃないと思うから。復讐は復讐を呼ぶと思うから。きっと、ダンブルドア校長先生を殺したら、ダンブルドア校長先生に心酔しているグリフィンドール生を筆頭とした魔法使いが復讐に立ち上がりそうだし。それは、『あの人』だって同じ。『あの人』に心酔する魔法使い、例えば『あの人』の腹心の部下とされているベラトリックス・レストレンジが復讐のために立ち上がる気がする。

でも、他にどういう解決方法があるのだろう?どうすれば、セレネを救えるんだろう?





遠くからチャイムの音が聞こえてきた。慌てて時計を見ると、1時間目が終わるチャイムだったみたい。1時間目からは授業が入っている。確か、『魔法薬学』。私は急いで階段を駆け下りた。



















教室の重たい扉を開けたとき、既に他の生徒たちは席についていた。OWL試験の成績で、最優秀の成績を採らないと、6年生以降の魔法薬学は受講できない。だから教室にいた生徒の数は少なかった。グリフィンドール生は『ハーマイオニー・グレンジャー』と『ハリー・ポッター』それから『ロン・ウィーズリー』の3人だけだったし、ハッフルパフは監督生の男子学生1人だけだった。
レイブンクローは4人が残っていた。私の恋人のテリーの姿はない。彼はマグル関係の仕事に就職したいと考えているみたいで、魔法薬学の受講を希望しなかったらしい。私はテリーの友人のパドマ達に小さく手を振ると、スリザリン生が集まっている教室の隅へと足を進めた。

スリザリン生で私の他に魔法薬学を受講しているのは3人。ドラコとザビ二、それからノットだけ。3人は真剣な顔をして何かを話していたけど、私が近づくと、話を止めて席を用意してくれた。私は、椅子に腰を掛ける。そして、ザビ二が私に何か話しかけようと口を開いたとき―――巨大なセイウチ髭を生やしている太った男が教室に入ってきた。


男の名前はスラグホーン先生。『闇の魔術に対する防衛術』を担当することになったスネイプ先生の後任として、『魔法薬学』を担当することになった先生だ。


「さーてと」


スラグホーン先生は、興奮気味に胸を膨らませると、腹の前で掌を合わせる。その時に、ポッターとウィーズリーが立ち上がり、先生の方へと歩き始めた。OWL試験の成績から、魔法薬学の授業が受講できるとは思っていなかったらしく、教科書を購入していなかったらしい。先生はニッコリと優しそうな笑みを浮かべると、古い教科書を2冊取り出し、2人に渡していた。…なんで授業が始まる前に、先生に言いに行かなかったのかなっと、ボンヤリと感じた。私も、この授業が受講できるとは思っていなかったから、教科書を購入してなかった。だから昨日のうちに先生を訪ね、古い『上級魔法薬学』の教科書を先生に貸してもらっていた。なんか……色々と書き込んであって読みにくかったけど、授業に差し支えはないと思う。

ポッターとウィーズリーが席に戻ったのを確認した先生は、煙を上げている4つの大鍋の前に立ち、少し偉そうに辺りを見渡した。


「皆に見せようと思って、いくつか魔法薬を煎じておいた。N・E・W・Tを終えた時には、皆もこういう物を煎じることができるようになっているはずだ。これが何だか、わかる者はおるかね?」


1番近くにあった鍋を指さすスラグホーン先生。少しだけ椅子から腰を浮かしてみると、鍋の中に入っているのは無色透明の湯。でも、きっと先生が尋ねてくるのだから、魔法薬の一種なのだろう。グリフィンドールのグレンジャーが、天井に着くくらい手を高く上げた。


「真実薬(ぺリタセラム)です、無色無臭で飲んだ者に無理やり真実を吐かせます」


落ち着きの払った声でスラスラと答えるグレンジャー。そういえば、彼女はセレネの友人だった気がする。犯罪者になってしまったセレネのことを、彼女はどう考えているのだろうか。


「大変よろしい!」


次々に大鍋の中で煮立っている魔法薬の名前を言い当てていくグレンジャーに、スラグホーン先生は大層上機嫌で愛想よく20点もグリフィンドールに追加した。


「では、実習を始めよう」
「すみません、先生、これは何ですか?」


ハッフルパフ生がスラグホーン先生の机に置いてある小さな黒い鍋を指す。まるで黄金を溶かしたような色の魔法薬だ。表面から金魚が跳び上がるように飛沫が跳ねているのに、不思議なことに鍋からは1滴も溢れていない。


「ほっほう」


口髭を擦るスラグホーン先生。まるで、尋ねてもらうのを待っていたような感じだ。


「さて、これこそは…紳士淑女諸君、最も興味深い、ひと癖ある魔法薬で、『フェリックス・フェリシス』と言う。『フェリックス・フェリシス』が何かを知っているかね、ミス・グレンジャー?」
「幸運の液体です。人に幸福をもたらします!」


グレンジャーは、興奮気味に答えた。途端にクラス中が背筋を正し、スラグホーン先生の机をよく見ようとし始めた。それまで興味なさそうにテーブルに肘をつけていたドラコも、目を丸くして姿勢を正した。


「その通り。グリフィンドールにもう10点あげよう。…この魔法薬はちょっと面白い。調合は極めて難しく、間違えると惨憺たる結果になる。しかし―――正しく煎じれば、全ての企てが成功へと傾いていく。もちろん、薬効が切れるまでだが」
「先生、どうしてみんな、しょっちゅう飲まないんですか?」


テリーの友人のアンソニーが勢い込んで聞いていた。


「それは飲みすぎると有頂天になったり、危険な自己過信に陥るからだ。大量に摂取すれば毒性が高い。しかし、ちびちびと…ほんの時々なら……」


きっと、先生は飲んだことがあるのだろう。スラグホーン先生は、夢を見る様に遠くを見つめる。…もし、演技だったとしても、効果は抜群だった。


「そして、この薬を……この授業の褒美として差し上げよう」


途端に教室中が、これ以上ないというくらい静まり返る。先生は、コルクで栓がされた小さなガラス瓶をポケットから取り出すと、生徒全員に見えるように掲げた。効果は12時間……しかし競技や競争では決して使ってはいけないと忠告した。



「これを、今日の授業で1番を取った者に与えよう。『フェリックス・フェリシス』の小瓶を1本!約1時間しか残っていないが『上級魔法薬学』の10ページ『生ける屍の水薬』を1回分調合するには十分だろう。……君たちが取り組んできた薬よりも遥かに複雑だから完璧な仕上がりは期待しておらんが。しかし、1番良くできた者が、このフェリックスを獲得する。さぁ、はじめ!」


途端に大鍋を手元に引き寄せる音が聞こえてきた。誰もが口を利かなくなる。部屋中が固く集中する気配は、手で触れるかと思う程だった。数分前まで興味なさそうに座っていたドラコでさえ、全速力でカノコソウの根を刻んでいるのが視界の端に入ってきた。ノットもザビ二も、いつになく真剣にメモリを図っている。


誰もが『幸運』を手にしたいに決まっている。
私も、幸運が欲しい。もし、あの薬を飲んだら……セレネを助けることが出来るかもしれない。
前の持ち主がページ一杯に書き込みをしていて、余白が本分と同じくらい黒々としているのに閉口したけど……なんとか材料を読み取り、材料棚に急いだ。火をつけている時間がもったいないので、杖を使って素早く大鍋に火をつける。

10分程経過すると、鍋から青い湯気が立ち始めた。教室全体に青みがかった湯気が広がっている。教科書に色々と書き込みがしてあるから、読みにくい。このクラスの中で1番遅れているのは私みたいだ。…でも、急いでも成功につながるとは限らない。深呼吸をして焦る気持ちを落ち着かせ、教科書を覗き込んだ。

次の記述は他の箇所にも増して読みにくかった。『催眠豆』という豆をどう処理するか、という記述みたいだ。だが、《銀の小刀の平たい面で砕け、切るより多くの汁が出る》と、本文の上から書き直されていた。……誤字訂正……にしては、違和感がある。ちなみに、解読した本文には『切って汁を鍋に入れろ』としか記されていなかった。

まずは、本文に書いてある通り『催眠豆』を切ろうとしたけど、非常に刻みにくい。小さくて抑えにくいし、少し抑える手を緩めただけで、テーブルの下へと転がり落ちてしまう。

……訂正されている方を試してみようか……

ちょうど私が使っているのは、銀の小刀だ。でも、これが嘘の情報だったら、という不安が一瞬頭をかすめた。でも、物は試しだ。なんでもやってみないと分からないって、聞いたことがある。もし、豆を砕いて汁が全くでなかったら、新しい催眠豆を材料棚から持って来ればいい。

私は、銀の小刀の平たい面で豆を砕いた。その瞬間に、私は思わず声が出そうになるくらい驚いてしまった。こんな萎びた豆のどこにこれだけの汁があったのだろう、と思う程の汁が出てきたのだ。急いで全部すくって大鍋に入れると、たちまち教科書通りのライラック色に変化した。私は息をのんだ。どうやら、嘘ではなかったらしい。


次の記述を読むと、また本文が訂正されていた。
薬が水のように澄んでくるまで、反時計回りに、かき回さないといけない。でも、追加された書き込みでは、7回反時計回りにかき回し、その後に1回…時計回りを加えなければならないと記されていた。

2回目も、正しいのだろうか。ここで失敗したら、薬を手に入れることは出来ない。いや、それだけじゃなくて、評価も0点になってしまう。

面倒だけど、2通り試してみよう。私はボウルを鍋に突っ込み、予備の液体を採取した。……失敗したとしても、この予備の液体を使って教科書通りに魔法薬を作ればいい。そうしたら、0点は免れるだろう……たぶん……。


私は思い切って反時計周りに7回掻きまわし、時計回りに1回、掻きまわした。たちまち効果が表れた。ライラック色の液体は、ごく淡いピンク色へと変化した。私は同じやり方を続けながら、辺りをそっと見渡した。低い声で悪態をついているザビ二。彼の薬は、まるで……アステリアが昔遊んでいた『スライム』みたいな形状になっていた。その隣に腰を掛けているドラコの薬は、くすんだ紫色。湯気で顔を真っ赤にさせながら大鍋を掻きまわしているノットの薬は、ライラック色……に限りなく近いけど、どこか違う紫色をしていた。

私の眼の届く限り、私の薬のような薄い色になっている薬は1つもない。セレネに次いで学年2位のグレンジャーの薬でさえ、紫色のままだった。


「さぁ、時間終了!」


スラグホーン先生は、大鍋を覗き込みながら、何も言わずに、時々薬を掻きまわしたり、臭いをかいだりして、ゆっくりとテーブルを巡った。今の所、先生が満足そうに頷いていたのはグレンジャーの薬だけだった。私達のテーブルに回ってきた先生は、まずザビ二のスライム状の物質を素通りし、ドラコの薬の匂いを嗅ぎ、気の毒そうな笑みを浮かべた。ノットの薬には、よしよし…と頷いた。


そして私の薬を覗き込んだとたん、『信じられない』という喜びの表情がスラグホーン先生の顔に広がった。


「まぎれもない勝利者だ!」


スラグホーン先生の声が教室中に響き渡る。一斉に私の方に全員の視線が注がれて、恥ずかしく、身体を小さく縮ませた。


「すばらしい!すばらしい!えっと……君の名前と所属寮は何だったかな?」
「ダ、ダフネ・グリーングラス……スリザリンです」
「あぁ、貿易業で有名なグリーングラス家の子か!」


スラグホーン先生が、金色の液体が入った小さな瓶、を胸ポケットから取り出すと、私に握らせた。


「約束の『フェリックス・フェリシス』の瓶だ。上手に使いなさい!」
「え、あの……実は……」
「いや~、最初の授業で、ここまで完璧に『生ける屍の水薬』を完成させた生徒を見たのは初めてだ!」


教科書の本文の上から書きこまれていた記述通りにやったのだということを説明しようとしたけど、上機嫌の先生は私の背中をポンポンと叩き、教室を出て行ってしまった。

ズルをしたような罪悪感が胸に広がる。


「一体どうやったんだ?」


不満顔のドラコが私を問い詰めてくる。ノットもザビ二も驚いた表情を浮かべていた。ずっと可もなく不可もなくという成績だった私が、いきなりグレンジャーを超える成績をたたき出したのだ。驚かれるに決まっている。


「あの、実は……」


私は歩きながら3人に何があったのかを話すことにした。話を進めるたびに、3人の顔が固くなっていく。


「その本におかしなところがないか、調べた方がいいんじゃないか?」


ザビ二が古ぼけた教科書を触りながら、呟いた。


「この書き込みは、魔法省の認可を受けてない書き込みだろ?…危険かもしれない」
「見た目は普通の教科書、だけどな」


腕を組んでいたノットは、ローブの内側からするりと杖を取り出し、教科書に狙いを定めた。


「『スぺシアリス・レべリオ‐化けの皮 剥がれよ!』」


ノットは、表紙をコツコツ叩きながら呪文を唱える。しかし、何も起こらない。ザビ二の手の中に、おとなしく収まっていた。古くて汚くて、ページの角が折れているだけの教科書。


「見かけは、ただの教科書ってことか」


ドラコは、ザビ二の手から教科書を取り上げると、裏表紙を見る。何か書かれてあるらしく、ドラコは目を細めていた。


「『半純血のプリンス蔵書』?」


ドラコは眉間に皺を寄せて、何かを考え込んでいた。私は首をかしげる。『プリンス』なんて苗字は知らないし、魔法界に『プリンス‐王子』なんていない。


「知ってるの?」
「いや、プリンスなんて聞いたことがないな」


ドラコは興味なさそうに呟くと、私に教科書を放り投げる。教科書は上手く受け取ることが出来ず、床に落ちてしまった。


「幸運の薬、上手に使えよ」


ドラコは私に背を向けて階段を上り始めた。もうすぐ昼食なのに、何か用事でもあるのだろうか?


「おーい、3人とも!」


大広間の入り口で、ミリセントとパンジーが私達に手を振っている。ノットとザビ二が彼女たちの方に面倒くさそうに歩き始めた。私も教科書を滑り込ませるようにして鞄の中にしまい、2人の背中を追いかける。







『幸運(フェリックス・フェリシス)』を手に入れた。後は、これを使うタイミングを見極めよう。何しろ……1回分しかないのだから、失敗は許されない。

今もどこかで苦しんでいるセレネを助け出すために必要な……絶好なタイミングを。





[33878] 75話 スリザリンの印
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/12/02 18:51

窓から差し込んでくる光が、柔らかな橙色へと変わった頃。私はようやく本から顔を上げた。壁にかかっている古い時計を横目で見ると、長針は既に午後の5時を過ぎている。今日の収穫はなさそうだ。私は小さくため息をつくと、端の折れた本を机の上に置いた。

ルーピン先生の家に滞在し始めてから、早いもので約2か月が過ぎようとしている。17歳未満の者が魔法を使用した場合、逆探知されてしまうので、いざという時に身を護ることが出来ない。もちろん『眼』を使えば、大抵の呪文は無効化できるし、先日、切嗣に調達してもらった銃器もある。だから魔法が使えなくても自己防衛することは可能だ。でも、銃器の場合だと弾が無くなったら抗戦できないし、切嗣曰く『眼』を乱用し過ぎると脳に負荷がかかるそうだ。そうなると、やはり魔法を自由に使える状態でルーピン先生の家(安全地帯)を出た方がいい。なので、最低でも10月17日に誕生日を迎えるまで、ここに滞在することに決めていた。だからこの2か月、家に防音呪文をかけてもらい、狙撃の練習をくりかえしたり、先生の本を読んで知識を深めたり、過去の新聞を読んで何か気になる点が見受けられないかを調べてたりしている。

何もしないで2か月を過ごすより、こうして少しでも情報を集め、呪文…は使えないにしても、せめて狙撃の腕だけは上げておきたい。実際に狙撃の命中率は夏前よりも、ぐんと上達したし、新しいナイフもうまく扱えるようになってきた。その上、いくつか興味深い情報も仕入れることが出来た。


『主……日刊預言者新聞の夕刊が届きましたよ』


ぐぅっと伸びをしていると、アルファルドが新聞を咥えて近づいてきた。私は軽く礼を言い新聞を受け取り、ざっと1面に目を通す。そこに書いてある記事を見た私は、ため息をついてしまった。その音が聞こえたのだろう。アルファルドが下げていた頭を上げると、私の方に向けた。


『どうかなさいましたか?』
『あぁ……≪魔法使いに人気の夜の騎士(ナイト)バスの車掌、スタンリー・シャンパイク(21)は死喰い人の活動をした容疑で逮捕され、今日の午後…アズカバンに送還された≫だと。記事によると、≪容疑者がパブで、死喰い人の極秘計画を話しているのを、誰かが漏れ聞いて、その後に逮捕した≫らしい。』
『…その人って、本当に“死喰い人”でしょうか?』


アルファルドは、胡散臭そうな声を出す。私は夕刊をめくりながら、アルファルドに話を振ることにした。


『何でそう思った?』
『死喰い人なら、パブの様に誰が聞いているかわからない場所で、極秘計画を話すでしょうか?』
『私もそう思う』


私は頷きながら、夕刊を折り畳んだ。ヴォルデモートの復活が公になってから2か月たつのに、主だった『死喰い人』の逮捕なんてない。それどころか、脱獄されているのだ。あるのは、被害だけ。…おそらく、魔法省は何かしらの手を打っているように見せたいのだろう。

まったく、裁判にもかけられずにアズカバンに投獄するなんて、法制度を疑ってしまう。私の時もそうだった。裁判なしに、アズカバンに送り込まれ、アルファルドが助けに来てくれるまでの数日間、本当につらかった。手を鎖で縛られ、視界を奪われ、満足に座りことさえ出来ない。食事も朝夕の2回で、固いパンらしき食べ物と冷たい野菜スープのようなモノだけ。いくら囚人に対する対応とはいえ、あまりにも酷すぎる。ホグワーツからかなりの距離があるのに、わざわざ助けに来てくれたアルファルドの声が聞こえたとき、涙腺がうるんでしまったのを昨日のことのように思い出せる。



魔法省は民主政治ではなく、完全な独裁政治。分立すべき三権が一か所に集中してしまっているから、魔法省大臣(トップ)の思い通りに政治だけでなく、社会全体が動かせてしまう。今回の様に昔、ヴォルデモートが脅威を振るっていた時代も、証拠が無くとも、疑わしい者はそれだけで逮捕され、裁判にもかけられずにアズカバンに投獄されるといったことからも、魔法省に権力が集中している事が分かる。法案の成立だって議会は存在せず、魔法省大臣と数名で法案を採決する権限を持っているらしい。最近の例でいえば……確か1年近く前、『未成年者の魔法』で『刑事事件の大法廷』を召集するように、魔法省大臣と側近達が法案を改定していた。

立法権も司法権も行政権も魔法省大臣の掌の上だから、魔法省大臣さえ押さえれば、イギリス魔法界全体が握れるのではないだろうか?だいたい、危機管理能力も甘すぎる。いくつか例は挙げられるが……例えば、前大臣のファッジ。彼は、自身の保身のためにヴォルデモート復活説を否定した。そのせいでファッジが復活を認めるまでの1年間、魔法界はヴォルデモートに対して無法備な状態になったのだ。ちなみに、新聞によればファッジは大臣を辞めただけで、魔法省大臣顧問としてとどまりつづけることになったらしい。そういえばアンブリッジもホグワーツ校長の座は辞任したらしいが、魔法省上級事務次官として魔法省にとどまり続けるそうだ。何を考えているんだろう。他に優秀な職員はいないのだろうか。それとも、埋もれているだけ?
だいたい、深夜の魔法省に子供8人…と死喰い人10数名が忍び込めるのがおかしいと思う。マグルの世界に言い換えれば、国会議事堂と省庁が合わさった国の中枢部に、学生8人とテロリスト10数名が、忍び込むみたいな話だ。しかも、職員が駆けつけたのは、ほとんど全てが終わってから。一応、ヴォルデモート…というより、ルシウスやシルバーが人払いをしていたみたいだが、それでも、セキリュティーが甘すぎる。平和ボケにも程がある。いや、平和ボケではなく、価値観が現代マグルと大きく違いすぎるから、『平和ボケ』と感じてしまうのだろうか?
魔法界は紙幣ではなく、金貨を取り扱っている。それに11歳でホグワーツに入学するまで幼児教育はもちろん、初等教育すら存在しない。もちろん電気やガスなんてないし、通信手段はフクロウだ。……今思えば、なんて世界で生きようとしていたのだろうか。11歳のあの夏、スネイプ先生の申し出を断りマグルの世界で生きていくことを決めていたら………




ガチャリ



玄関を開ける音が聞こえてきた。ルーピン先生が帰宅したのだろうか?私は息をひそめ、ホルスターに収めていたベレッタM92Fを取り出し握りしめる。足音が徐々に近づいてくる。そして、私がいる部屋の前でピタリ、と止まった。


「リーマス・ルーピン。狼人間であだ名はムーニ。『まね妖怪』は水晶玉みたいな満月に変身する。……君の『まね妖怪』は何に変身する?」


取り決め通りの口上だ。……扉の向こう側にいる人の気配は、1つ。他に気配がないか慎重に確認してから私は、そっと口を開いた。


「8歳で義父さんと日本の神社へ行った時に、出会った少女みたいな吸血鬼」


私は鍵を外し、扉を開けると、ルーピン先生が姿を現した。いつも外出する時に着ている継ぎ接ぎだらけのマントを翻し、少しだけ笑みを浮かべた顔を私に向けた。


「セレネ、君は確か『スリザリンの末裔』だったよね?」
「……それがどうしたんですか?」


私が怪訝な顔をして先生を見上げると、先生はマントの内側から金色に光る物体を取り出した。そして嬉しそうな笑みを浮かべたまま、私の掌の上に載せる。
私の掌の上に載せられたそれは、どっしりとした金色のロケット。先生は何故ロケットを私に渡したのだろう。でも、私は尋ねる前に、ロケットに刻んである文字に気が付き息をのんだ。


「…スリザリンの…印?」


曲がりくねった蛇を連想させる飾り文字の≪S≫に光が踊り、煌かせていた。


「そうだと思うよ。今日はシリウスの家に行ってきたんだけど……そこで見つけたんだ。シリウスは、いらないって言っていたから、これは君の物だよ」


ルーピン先生が優しそうに笑った。私の首の周りに胴体を預けていたアルファルドも、しげしげとロケットを眺める。しかし突然、誰もいない方向に鎌首を向けた。私もつられてアルファルドが向いている方向に目を向ける。……誰もいないが、本当に少しだけ……誰かがいる気配を感じた。


「誰だ?」


ルーピン先生が、誰もいない空間に杖を向ける。すると観念したように、そいつは姿を現した。だが………そいつは『ヒト』ではなかった。人間の半分ほどの小さな体に、青白い皮膚が折り重なって垂れ下がり、コウモリのような大耳から白い毛が生えている。汚らしく変色したキッチンタオルを腰に巻きつけていた。



「…クリーチャー?」


ルーピン先生が少しだけ杖を下した。知り合いなのだろうか?


「生物(クリーチャー)?」
「シリウスの家の『屋敷しもべ妖精』だ。何で君がここに……」


しもべ妖精……クリーチャーは恨ましそうに両眼を潤ませながら、金色のロケットを見上げていた。


「それを返して貰いたいのでございます」
「このロケットを?……アンタの主人(シリウス)から貰ったモノだと聞いたが」


私がそう口にすると、クリーチャーは憤慨し怒りで顔が歪んだ。


「このロケットはシリウス様のモノではありません!このロケットはレギュラス坊ちゃまのモノです!こんな狼人間と身元も分からない小娘のモノになっていい物ではないのです」
「レギュラス?」


聞き覚えのない名前だ。クリーチャーは何も答えなかったが、ルーピン先生が代わりに教えてくれた。


「レギュラス・ブラックはシリウスの弟で、学生時代から『死喰い人』の一員になったんだ。……ただ一員になってから2年も経たないうちに死んだらしい。でも、まさかレギュラスのロケットだったなんて。シリウスは何も言ってなかったな。『いつの間にか家にあった』とは言ってたけど」

「純血の死喰い人か。だが、なんでこのロケットがレギュラスのモノになったんだ?」



私は、口元に手を当てて考え込んだ。


ブラック家は、代々純血で名家中の名家。だが…このロケットは家に伝わってきた品ではなく、レギュラス・ブラックのモノ。つまりレギュラスが、どこからか仕入れてきた品物らしい。でも、そう簡単に手に入る品物だろうか。

素人の私が一目見ただけで高価なモノと分かる。鶏の卵くらいの大きさで、金メッキとは比べ物にならないくらいの味わいを醸し出している所を見る限り、本物の黄金で作られているのだろう。それに≪S≫の装飾文字は、よく見ると小さくて品の良いエメラルドを沢山はめ込んで作られていた。いくら名家の坊ちゃんとはいえ、こんな高価なモノが購入できるほど、お小遣いを貰っていたとは思えない。つまり、レギュラス自身が購入した線が薄い。となると、誰かから貰ったということになる。だが、こんな高価な品物をあげる人がいるだろうか。いや、考えられない。……唯一、考えられるとしたら……何かしらの都合で、レギュラスに預けたってことくらいだ。


それでは、誰がレギュラスに預けた?なにせ、これだけ高価な品を預けるのだ。よほど、レギュラスが心酔していた人物しか考えられない。レギュラスの生きていた時代背景とレギュラスが送っていた生活から察すると……


「まさか、これってヴォルデモートから賜った品…とかじゃないか」


私と同じことを考えたルーピン先生が、聞きにくそうにクリーチャーを問いただす。だが、クリーチャーは怒ったような視線をルーピン先生に注いだ。


「『闇の帝王』から賜ったロケットではありません。レギュラス坊ちゃまが、途方もない苦難の末に手に入れたロケットです!…この汚らわしい狼男」


どうやら、違ったみたいだ。それにしても、手に入れた…だって?私は眼を細め、必死に思考を巡らせる。


途方もない苦難の末に手に入れたロケット。そもそも…そんなに難解な場所にあったロケットを、どうして手に入れたいと思ったのだろうか?いや、不可解な点はソレだけではない。そんな苦労をしてまで手に入れたロケットを、誰にも自慢せずに置いておくだろうか。普通の坊ちゃんだったら…ドラコみたいな坊ちゃんだったら、絶対に自慢する。四六時中自慢する。いくら、家を嫌っていたシリウスでも、レギュラスが手に入れたロケットの話を、小耳に挟むはずだ。


では、なんで黙ってたんだ?どうしても、隠しておかないといけない物だった、とか……。

私は『眼』を使い、ロケットを睨みつける。その時、私は思わず息をのみそうになった。なにしろ、そのロケットに絡みつく『線』は……私が昔持っていた『指輪』に絡みついた『線』と非常に酷似していたから……



パチン、と音を立て、何かが私の中で繋がった。



「なぁ……もしかして、『このロケットを破壊しろ』と命令されているんじゃないか?」


横目でクリーチャーを見ると、驚いたのだろう。テニスボールの様に大きな両眼を更に大きく見開いていた。だが何も答えない。肯定も否定もせず、クリーチャーは驚いたように私を見上げていた。


「否定をしないということは、その通り?」


クリーチャーは何も答えない。だが、少しだけ……本当に少しだけ、コクリと頷いて肯定の意を示した。


「どうしてそう思ったんだい?」

沈黙を破ったのは、ルーピン先生だった。困惑した色を浮かべている。私はロケットを机の上に置くと、腕を組んだ。


「レギュラス・ブラックは誰よりもヴォルデモートを尊敬していた。だがその分……もし、万が一、酷い仕打ちでも受けて、これ以上は無いと言う程に失望させられたのなら、誰よりも深くヴォルデモートを憎むんじゃない?」


私は、そっとアルファルドに目配せをする。視線を向けられていることに、アルファルドは気がついたのだろう。『了解』と言わんばかりにに牙をむいた。窓から差し込む陽光が毒の滴る牙に反射され、鋭く光っている。


「ヴォルデモートは自信家だからな。前に墓場で私とハリーとセドリックに、ポロッと分霊箱のことを話していた。だからレギュラスも、ヴォルデモートから分霊箱につながるヒントを聞き出せた可能性が高い。レギュラスが、ヴォルデモートに失望した理由は分からない……でも、レギュラスは、どうにかして分霊箱(ロケット)が隠された場所からロケットを手に入れ、破壊しようとした。でも、それがバレて……ヴォルデモートに殺された。大方、そんなところだろ」


クリーチャーは黙って話を聞いていたが、観念したように口を開いた。


「細部は違っていますが……確かにレギュラス坊ちゃまはクリーチャーに、ロケットを破壊しろと命じられました。ですが、クリーチャーはロケットを破壊できませんでした」


大粒の涙をこぼしながら、古い木の床に膝をつけるクリーチャー。濡れた顔を膝の間に突っ込んで丸くなり、前後に身体を揺すり始めた。


「だから……クリーチャーにロケットを返してください。クリーチャーはレギュラス様のロケットを破壊しないといけないのです!」


喉の奥から絞り出すような声で、私に頼み込むクリーチャー。


「なら、一緒に壊すか?」


淡々とそう言うと、クリーチャーは顔を上げた。耐えずに涙が溢れている両眼で、不思議そうに私を見上げていた。私は出来るだけ優しい笑みを浮かべると、机の上で鈍く輝くロケットを床におろした。


「私はロケットを破壊する方法を知っている。アルファルド…この蛇の牙の毒には、ロケットを破壊する威力が込められているんだ。だから、この子の頭の上にアンタの手を重ねた状態で、こいつが牙を突き刺せば、一緒に破壊したことになるんじゃないか?」


クリーチャーは子供の様に拳で目をこすった。そして恐る恐る、アルファルドの頭部に、そっと自身の骨ばった手を重ねた。


『…いいですか?』


アルファルドが低い声で呟く。私は、ゆっくりと頷いた。本当は私自身の手で殺りたいが、まだ『破れぬ誓い』が続いている。ここは、アルファルドに任せるしかない。


『やれ』


その言葉を聞いたアルファルドは、ぐわっと口を大きく開けた。そのまま、ロケットの真ん中辺りに狙いを定める。これから、どういう結末になるのか、ロケットは察したのだろうか。ロケットの中身が捕らわれた虫のようにカタカタと動く。そしてロケットの金色の蓋が2つ、パッと開いた。

その中にあったものを一目見たとき、私もルーピン先生もクリーチャーも驚いて息をのんだ。
2つに分かれたガラスケースの内側で、生きた眼玉が1つずつ瞬いていた。細い瞳孔が縦に刻まれた、トム・リドルの黒い瞳だ。


「おまえ達の心を見たぞ……おまえ達の心は俺様のものだ……」


押し殺したような冷たい声が、ロケットの中心部分から聞こえてきた。ヒィッとクリーチャーが小さな悲鳴を上げた。アルファルドの頭部に置かれた手が、がくがくと恐怖で震えている。


『バジリスク…お前は“スリザリンの継承者”に従うよう言いつけられているはずだが?』


今度は、蛇語がロケットの中から響いてくる。アルファルドは瞳を固く閉ざしたまま、鼻で笑った。


『私が使えるのは、“真”の“継承者”だけです』


アルファルドはそれだけ言うと、何もためらうことなく目玉に牙を突き刺した。鋭い金属音と長々しい叫び声が、決して広いとは言えないルーピン先生の家に響き渡る。部屋に置かれた僅かな家具が、反響しカタカタと音を立てて震えた。そして、永遠にこの悲鳴が続くのではないかと思ったころ、パキンと乾いた音を立ててガラスに亀裂がはしった。苦悶の色を浮かべていたリドルの両眼は消え、シミのついた絹の裏地が微かに煙を上げていた。


「終わった……のか」


ルーピン先生が口を開いた。声が微かに震えている。私は黙って頷いた。添えられるように置かれていたクリーチャーの手が、アルファルドから離れる。クリーチャーは両手で顔を覆い、小さな身体を震わせていた。


「坊ちゃま……坊ちゃま……クリーチャーは…クリーチャーは、破壊しました。坊ちゃまの命令通りに……」


啜り泣きをしながら、祈るように呟くクリーチャー。クリーチャーは、ゆっくりと立ち上がると姿勢を正す。そして、深々と私とアルファルドに向けて、お辞儀をした。テニスボールを連想させる大きな瞳からは、ポタポタと大粒の涙が絶え間なく床に零れ落ちた。


「あ、ありがとうございます……こ、これで、ようやく坊ちゃまの命令を……最期の命令を成し遂げることが出来ました。……この恩は……決して、忘れません……」


しゃくり上げながら、言葉が言葉として繋がらなくなりながらも言葉を紡ぐクリーチャー。アルファルドは、するすると私の足に巻きついてきた。徐々に胸の奥に広がってきた気恥ずかしさを紛らわすために、私はナイフを、いつもより時間をかけて元の位置に戻した。


「別に、私達は当然のことをしただけだ」


さっさと帰れというように、無造作に手を振った。クリーチャーは拳で乱暴に顔を拭いながら顔を上げると、首を横に振った。


「貴方様達にとってはそうかもしれませんが、クリーチャーにとっては当然のことではないのです。ぜひ、何か礼をさせてください」
「礼なんていらない。……今日のことを誰にも話さないと誓ってくれるなら、それでいい。私がここにいることを知られた場合、先生に迷惑がかかるから」


クリーチャーは少しだけ驚いたように瞬きをした。


「本当にそれだけで、よろしいのでしょうか?」
「構わない。分かったなら、さっさと涙を拭いて主人(シリウス・ブラック)の所に戻りな。怪しまれるぞ」


私は、クリーチャーに背を向け窓の外を眺めた。しばらく背後にクリーチャーがいる気配がしたが、パチン、という指を鳴らすような音とともに気配が消えた。

太陽は沈み、西の空を鮮血を思わす朱色に染め上げていた。深海を思わす藍色に染まった東の空には、ちらほらと星が瞬き始めている。

これで破壊した分霊箱は『日記』『指輪』『ロケット』の3種類。
残る分霊箱は、あと3つ。いったいどこに隠されているのだろうか。もしかしたら、今回みたいに意外と身近にヒントが隠されているかもしれない。


「よかったね、セレネ」


ルーピン先生が嬉しそうに手を叩く。


「今日はお祝いにしようか?…芋とパンしかないから何か買ってくるよ」
「別に、祝う程の話ではないと思いますが」
「いや、ヴォルデモートの魂の一部を破壊で来たんだ。セレネの目標に一歩近づけたんだから祝わないと」


まるで自分のことのように嬉しそうに顔を崩しているルーピン先生の姿が、一瞬……ほんの一瞬だけクイールと重なった気がした。もし、クイールが生きていたら……今の私を見て何を感じるだろう。私は、脳裏に浮かんだ想像をかき消すように頭を振った。

馬鹿馬鹿しい。『もし~だったら…』なんて考えるだけで虚しくなるじゃないか。だって、そもそもクイールが生きていたら………

私は、ダンブルドアやヴォルデモートを殺そうと思って行動したかどうかも定かではないのだから。


「セレネ、何か食べたいものはあるかい?」


ルーピン先生が私の顔を覗き込んでくる。私は空に瞬く星から目を逸らすと、少しだけ、本当に少しだけ笑みを浮かべた。








[33878] 76話 『青』
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/12/15 16:42

今回は、ハリー視点です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日は、せっかくのホグズミード村へ行ける日なのに、風と雪が容赦なく窓を叩いている。僕は、ウィーズリーおばさんの手編みのセーターを何枚も重ね着し、マントやマフラーと手袋も用意し、完全防寒したつもりだったのに、まだ寒かった。


風と雪が舞う中を、僕はロンとハーマイオニーと一緒に歩く。顔の下半分にマフラーを巻きつけていたけど、さらされている肌がヒリヒリと痛み、すぐにかじかんだ。村までの道は、刺すような向かい風に身体を折り曲げて進む生徒でいっぱいだった。暖かな談話室で過ごした方がよかったのではないか……という考えが、何度も脳裏を横切る。ようやくホグズミードに到着しても、去年までの華が咲いたような賑やかさは、どこにも見当たらない。お気に入りの店だった『ゾンコの悪戯専門店』に板が打ち付けられている。

僕も、ロンもハーマイオニーも口を開かない。黙って身を縮ませ、ダイアゴン横丁と同様に変わり果てたホグズミード村を歩いた。どこの店も先程の悪戯専門店みたいに、板が乱雑に打ち付けられている。そして、その上からダイアゴン横丁みたいに、この夏に配布された紫色のポスターとだが、まだ手配中の『死喰い人』の動くモノクロ写真が張り付けられていた。『もう帰ろうか』という言葉が喉の辺りまで出てきたとき、ロンが手袋に分厚く包まれた手で、お菓子の専門店『ハニーデュークス』を指した。ありがたいことに、開いている。僕とハーマイオニーは、ロンの進む後を、よろめきながら歩いた。


他の人気の店が閉店してしまっているからだろう。いつにも増して店内はホグワーツ生で混雑していた。


「助かったぁ」


ヌガーの香りがする温かい空気に包まれ、ロンは体を震わせた。


「午後はずっとここにいようよ」
「しっ、黙って…ロン」


ハーマイオニーが、小さいけれども鋭い声を発した。僕とロンが眉間に皺を寄せる。そんな僕たちの様子を見たハーマイオニーは、苦虫を潰したような表情を浮かべると、そっと前方を指さした。ハーマイオニーが指差す方向に顔を向けた時、どうしてハーマイオニーが妙な表情を浮かべたのかが分かった。

ハーマイオニーの指の先をたどると、そこには同学年のスリザリン生…ダフネ・グリーングラスと話し込んでいるスラグホーン先生の姿があったからだ。巨大な毛皮の帽子に、おそろいの毛皮の襟のついたオーバーを纏い、砂糖漬けパイナップルの大きな袋を抱えている。スラグホーン先生は、新聞で『選ばれし者』と呼ばれている僕や、学年トップクラスの頭脳を持つハーマイオニーのことを気に入っていた。でも、僕はスラグホーン先生のことを、あまり好きになることが出来なかった。あの人はあの人なりに、いい人なのだろうとは思ったけど。まるで、僕のことを『ハリー・ポッター』としてではなく、『蒐集物の宝石』としか見ていないような、不愉快な感じがするのだ。


「早く行こうぜ。スラグホーンがインチキ娘と話している間に」
「ロン、失礼よ」


ハーマイオニーが、ロンを小さな声で諌める。だが、ロンは首を横に振った。


「インキチだろ。だって…いきなり魔法薬の成績が学年トップになったんだぞ?」


ハーマイオニーは、開きかけた口を閉ざした。ダフネ・グリーングラスは、この6年間、さほど目立つ生徒ではなかった。だけど、今学期になってから、いきなりに魔法薬の成績が学年トップに躍り出たのだ。僕やロン、そしてハーマイオニーは、一体なんで彼女の成績が跳ね上がったのかを密かに調べている。何か裏があるに違いない、スリザリン生だし。


「それに、あのゴーントの親友だった奴だし。闇の魔術に傾倒してるのかもしれないぜ」


ロンは、光り輝くショーウィンドーを覆い隠すように張り出されていた、脱獄したセレネの手配写真を指した。不敵に口元だけ笑みを浮かべているセレネの手配写真を見たとき、魔法省での出来事が脳裏に浮かび上がってくる。僕は、その光景を消し去るように頭を振るい、扉を開けた。

ハニーデュークスの甘いぬくもりの後は、なおさら冷たい風が、ナイフの様に顔を突き刺す。そんな肌を刺す風の音に負けてしまいそうなくらい小さな声で、ハーマイオニーは呟いた。


「…セレネを悪く言わないで」


ロンは何も答えない。僕も何も口にしなかった。黙りこんだまま、足早に歩き続ける。僕たちの足は、自然と暖かな光を放っているパブ『三本の箒』に向けて動かしていた。『三本の箒』に入ると、以前と同じように愉しそうに弾んだ会話が、あちらこちらで飛び交っていた。でも、どんよりと重たい沈黙が僕たちの周りには漂っている。バタービールの瓶を開けたとき、ようやくハーマイオニーが口を開いた。


「セレネは、死喰い人じゃないわ」
「死喰い人さ」


僕は思わず力を込めて言い返すと、バタービールを一気に飲む。凍えきった体の内側から暖かくなるような感じがしたけど、いつもに比べると実感がわかなかった。


「違うわ。だってセレネは―――」
「『ヴォルデモート』の名前を口にしていた、だろ?」


聞き飽きたという風に手を横に振ると、ロンもバタービールを飲み始めた。ハーマイオニーは、辛そうに顔を歪めている。ハーマイオニーは凍えきった両手を温める様に、バタービールの瓶を握りしめていた。そんなハーマイオニーの様子を見たロンは、大げさにため息をついた。


「何度も言わせるなよ、ハーマイオニー。アイツは『死喰い人』だって。5年間、ずっと君を騙し続けてたんだ」
「そんなことないわ!」


ハーマイオニーは鋭く尖った声を出す。テーブルの木目の辺りを、親の仇でも見るかのように睨めつけている。


「でも、死喰い人だ。僕もハーマイオニーも騙されてたんだよ」


思い出すだけでも胸の奥がムカムカする。だって……セレネは、ダンブルドアに攻撃したんだ。しかも、ダンブルドアの右腕も切り落としていた。何もためらうことなく、スパっと。


「ダンブルドアが言ってた。『セレネ・ゴーントは義父を亡くしたショックで気が狂い、進むべき道を誤った』って」

「先輩は正常です!!」


甲高い声とともに、バンっと机をたたく音が店内に響いた。先程までとは打って変わり、しん、と静まり返る店内。

音がした方向を見ると、女の子が僕を睨みつけていた。僕を睨みつけている瞳の中では、憎しみの炎が燃えている。彼女と同じテーブルにマルフォイが座っているところから察するに、スリザリン生なのかもしれない。


「セレネ先輩は正常です!先輩は……先輩はダンブルドアの爺とヴォ、ヴォルデモートのハゲに騙されてたんです!!」


半分泣きそうな顔をしながら、歯を食いしばって言葉を放つ女の子。誰もが同じテーブルについている人と額を合わせ「誰アレ?」「何言ってんだ?」という言葉を交わす。バーテンのマダム・ロスメルタは、驚いた表情を浮かべ固まっていた。注いでいる蜂蜜酒がグラスから溢れているのに全く気付いていない。

女の子は何か言いたそうにしていたけど、同じテーブルに腰を下ろしていたマルフォイが何か耳打ちすると、開きかけた口を閉じた。そして荒々しく席を立つ。女の子はマルフォイと一緒に出口へと歩き始めた。


だけど、僕たちのテーブルの傍まで来たとき……一瞬立ち止まり、口を開いた。



「アンタは……何もわかっていません。アンタはダンブルドアの、掌で踊るピエロです」


小さい声で、絞り出すように呟いいた女の子は、僕たちの方を見ずに去って行った。
ダンブルドアのピエロ?僕が、いつピエロになったんだろう?そういえば、セレネも似たようなことを言っていたっけ?


「出ましょう、ハリー」


気が付くと、ロンとハーマイオニーが席を立ちあがっていた。僕は黙って頷くと、立ち上がった。もう今日は散々だ。……暖炉がパチパチと燃えている暖かい談話室にいればよかった。

天気は、ここにいる間にもどんどん悪くなっていた。マントをきっちり体に巻きつけ直し、マフラーを調えて手袋も嵌めた僕たち3人は、外に出るとハイストリート通りを戻り始めた。
雪が降り積もって凍りついた道をホグワーツに向かって一歩…また一歩と踏みしめながら歩いていると、ふと前方から誰かが近づいてくるのが見えた。
どう見ても若い女性の体形をしているから、ホグワーツの教師ではないことは確実だ。服装も、『魔法使い』らしくはない。なんというか、マグルみたいだ。これ以上ないというくらい白い雪が混じる風に、長い深紅の髪を遊ばせている。



「あれ誰?見たことないけど」


ロンが耳打ちをする。ハーマイオニーは困惑した表情を浮かべると、首を横に振った。


「分からない。ホグワーツの教師ではないから、きっと魔法省の役人…か生徒の保護者じゃないかしら?」


女性との距離は少しずつ縮まっていく。大きなトランクを右手で握り、深々と積もった雪を颯爽と踏みしめて歩く女性。赤いコートを纏っているけど、あれだけじゃ寒いはずだ。彼女よりも分厚いコートを着込み、マフラーを幾重にも巻いている僕達でさえ、身体を丸めたくなるくらい寒い。それなのに、彼女はピンと背筋を伸ばしていた。寒さを感じていないのだろうか?


「君は……もしかして、ハリー・ポッター?」


女性の蒼い瞳が、僕の額に刻まれている稲妻型の傷跡をとらえた。珍しいものを見たという風に稲妻型の傷跡を眺める。


「そうですけど、あなたは?」
「そうね……『マジックガンナー』や『ミスブルー』って呼ばれてるわ。まぁ、もう会うことはないだろうけど」

マジックガンナー?ミスブルー?全く聞き覚えのない言葉だ。ロンに尋ねようと顔を横に向けると、お手上げだというように頭を横に振った。その隣に立っていたハーマイオニーにも分からないらしい。眉間に皺を寄せて、何かを考え込んでいる。女性は楽しそうに笑みを浮かべると、トランクを少しだけ開き、中から眼鏡ケースを取り出した。
そして、その眼鏡ケースを無理やり僕に握らせる。……僕に新しい眼鏡をくれる、という意味なのだろうか?


「えっと……」
「その眼鏡を『セレネ・ゴーント』に渡してほしいの」


笑みを浮かべたまま女性は、全く予想してなかった返答をした。僕は口を大きく開けて、女性を見上げる。


「なんで、セレネに?あなたが直接渡せば…」
「私、これから『仕事』があるのよ。弱小組織の下請けの仕事。本当は他の子に預けたいんだけど、あの子に会えなかったから、君にお願いするわね。……セレネって子、その眼鏡がなくて困っていると思うから」


そう言いながら、女性は僕たちの横を通り過ぎた。僕は急いで振り返り、女性の背中に声をかけた。


「セレネと僕が次ぎ会う時は、セレネが死ぬかアズカバンに送られる時です」


そう告げると、女性の動きが止まった。立ち止まったまま俯いて、先程までの笑みを浮かべた顔を僕に向ける。


「そうじゃないかもしれないわよ。じゃあね、ハリー・ポッター。縁があったらまた会いましょう」


何でもない事のように女性は言った。
すると、少し強い風が吹いた。雪が混じった風で、霧がかかったように辺りが真っ白に染まって何も見えなくなった。
そして、風が収まった時……まるで、先程の風にさらわれたかのように、女性の姿は綺麗に無くなっていた。ホグズミード村に向かったわけでもなさそうだ。


だって、村へ続く雪の積もった道には…僕たちの足跡しか無かったのだから。



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12/15…一部訂正





[33878] 77話 …気持ち悪い…
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/12/16 01:58
私は、元の大きさに戻ったアルファルドに道を案内してもらいながら、カビの臭いが充満するパイプの中を進んでいた。食料の積もった重たい袋を背負い、隠れ家へと急ぐ。きっと、指名手配中の私と蛇の王者が、こんなところにいるとは誰も予想だにしないだろう。


ルーピン先生の協力を経て、私はアルファルドと舞弥さんと一緒に、ホグワーツへ戻ってきていた。ホグワーツの周囲に張られている防衛呪文の『線』を切る。そして、異常に気が付かれる前に、ホグワーツ敷地内に入り込み、ルーピン先生から教えてもらった防衛呪文を張り巡らす。その後、すぐに『秘密の部屋』に隠れたが、どうやら侵入したことに気が付かれていないみたいだ。数か月ぶりに踏み入れた『秘密の部屋』は、いつも通り、洞窟の中にいるみたいにひんやりとした空気を漂わせている。
今日から時が来るまで、ここで舞弥さんと銃火器の扱い方や杖を使う魔法などの修行をつけてもらっていた。人が訪れることがないこの場所なら、いくら修行をしても問題ないし、見つかる心配もないからだ。だが、1つだけ……大きな問題が存在した。


それは、食糧問題。


ホグワーツ在学時代は、時折、ここにこもる程度だったので特に問題は起こらなかったが、今回はそれと話が違う。魔法で食料を出すことは『ガンプの元素変容の法則』の例外だから不可能だ。なので、こうして数日に一遍、夜中にホグワーツ中に張り巡らされているパイプを通り、厨房へと向かう。だが、食料を調達する途中でバレてしまったら、ホグワーツに潜伏することが困難になってしまうので、何があってもバレるわけにはいかない。だから、屋敷しもべ妖精が各寮や廊下の掃除に出ている夜中を見計らって、厨房に忍び込んでいた。


今日も日持ちする食料を手に入れ、アルファルドと一緒に『秘密の部屋』へ帰る途中のことだった。パイプの向こう側から、なにやら、ひそひそと話す声が聞こえてきた。物凄く聞き覚えのある懐かしい声だ。思わずアルファルドに停止するように手で指示をし、聞き耳を立ててしまった。





SIDE:ドラコ・マルフォイ


「うぅ…もうやめましょうよ、マルフォイ先輩」
「続けろ、アステリア!」


僕は、作業の手を止めたアステリアを叱責した。アステリアは、不満そうに口を膨らませる。


「だって、これを修理するの…難しすぎますって。…私達には荷が重すぎます」
「お前は魔女で、僕は魔法使いじゃないか?荷が重いなんてことはないだろ」


先程から寝ぼけたようなことを言うアステリアに、僕はイライラしていた。
本当は、ガラクタの類が大量においてある部屋になんていたくない。噛みつきフリスビーや帽子、見るからに重そうな血染めの斧から古い鬘などが積み上げられているのだ。埃っぽいし、汚らしい。でも、僕はここで『姿をくらますキャビネット棚』を修理しなければならないのだ。

これを直せば、簡単に外の世界に出ることが出来る。

正確に言えば、対のキャビネット棚が保管されている『ボージン&バークス』に出ることが出来るのだ。しっかりと修理すれば、『加勢』を呼び込めることが出来るし、素早く逃走することもできる。アステリアもそれは重々承知で、最初はやる気になっていたのだが…


「今日はもう無理ですって。やめましょうよ」


…と言いながら、傍に置いてある古びたティアラで遊び始めていた。『セレネを助けたい!』という純粋な姿に、思わず目を奪われたこともあったが、まだまだ子供だ。もっとも、子供だからこそ、純粋な気持ちで一途にセレネを思い続けることが出来ているのかもしれない。


「あのなぁ、お前…セレネを助けたいんだろ?」
「決まっているじゃないですか!でも、こんなことをしても先輩は助けられないって思っただけです!!もっと…こう…なんていうか…そのぅ…………アレ?」


アステリアは、何かに気がついたように眉間にしわを寄せた。手にしていたティアラに、ぐいっと顔を近づけている。


「えっと…なんだろう。マルフォイ先輩、なんか書いてあるんですけど、読み取れないんです。読んでくれませんか?」
「…それは、関係あることなのか?」


僕がイライラした口調のまま尋ねると、アステリアは大きく頷いた。キラキラと輝いた真っ直ぐな視線を、僕に向ける。


「はい!これになんて書かれているか分かれば、スッキリして、再び修理に取り掛かれそうです!」
「…本当だな?」
「本当ですとも!!」


僕は大きくため息をついた。アステリアが抱えていたティアラを乱暴に手を取り、目線と同じ高さまで持ち上げてみると、相当な年代物だということが判明した。僕の家にあるティアラよりも、ずっと古く高級そうな品みたいに見える。元々は銀製品だったようだが、年月が経ち過ぎたのだろう。輝かしい銀色はどこにもなく、黒ずんだ錆で覆われていた。よく見てみると、何か文字が彫られているようだ。文字をそっと指でなぞり、読んでみる。


「『計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり』……ロウェウナ・レイブンクローの格言か?」


格言の横には、レイブンクローを象徴する『鷲』が彫られていた。数々の高級品を見てきたからわかる。これは…ほぼ間違いなく、レイブンクローの遺品だろう。だが、なんでこんな高級そうなティアラが、ガラクタの山に転がっているのだろうか?パッと見渡す限り、他にティアラと並ぶ高級品なんて、どこに見当たらない。これだけが異質だ。高級品だからこそ、誰にも見つからないようにするため、こんなガラクタの山に隠しておいたのだろうか?いや、そもそも、こんな高級品をホグワーツに持って来る生徒がいるだろうか?こういったものは売却するか、さもなければ家で丁寧に保管しておいておくもの。

では、誰が隠した?

生徒ではないとするなら、教師だろうか?いや、それならなんで教師が隠すような真似をするのだろうか。各々の自室なんて、罰則を受けた生徒や呼び出した生徒くらいしか立ち入ることはない。だから、こんなところに隠しておく意味はないはずだ。


「とりあえず、返してきましょうか」
「返す?持ち主を知っているのか?」


僕は、まじまじとアステリアを見た。アステリアは、きょとん…とした表情を浮かべる。


「え?それって、ロウェナ・レイブンクローのモノなんですよね?だったら、彼女の娘さんに返すのが妥当じゃないですか?」


僕は失笑してしまった。


「ロウェナ・レイブンクローが、いつの時代の人だか知っているか?…娘じゃなくて、子孫の間違いだろ」


そんな僕の反応を見たアステリアは、驚いたように目を見開いた。


「レイブンクロー寮憑きのゴースト『灰色のレディ』を知らないんですか?レイブンクローの娘さんなんですよ?」
「……はぁ?」


そんなこと初耳だ。僕は、間の抜けた声を出してしまった。一瞬、僕をからかっているのかと思ったら、そうでもないみたいだ。


「誰に聞いたんだ?」
「『血みどろ男爵』に聞きました」


『血みどろ男爵』といえば、スリザリン寮憑きのゴーストだ。血だらけでげっそりとしており、加えて目は虚ろという恐ろしい風貌なので、入学当初のスリザリン生からは避けられ気味になりがちなゴーストだ。僕たちも最初は近寄りにくかったが、話してみると、基本的に良い奴だと分かり、普通に接するようになったが、そこにいたる道のりは長かった…。


「では、行きましょう!」


アステリアは僕が手にしていたティアラを取ると、すたすたと部屋から出て行ってしまった。僕は、ため息をついた。まだ、今日の分のノルマが終わっていないのに…。『ティアラに書いてある文字がわかったら、作業に戻る』と言っていたのは、誰だったかことやら。


「ほら、マルフォイ先輩も行きましょうよ」


天井高く積みあがった本と本の合間から、ひょっこりとアステリアは顔を出す。アステリアに対する文句の言葉が、のど元まで上がってきた。しかし、実際に僕の口から飛び出た言葉は……こうだった。


「分かった。行こう」


なんで、そんなことを言ってしまったのかはわからない。気がつくと、了承の言葉を口にしており、アステリアと一緒に『灰色のレディ』の前に立っていた。腰まで届く長い髪に、足元までの長いマントを纏っている。一見すると美しいかもしれないが、同時に傲慢で気位が高いようにも見えた。近づいてくるアステリアと僕を見たレディは、話したくない気分だったのだろうか。眉を吊り上げ、固い壁を通り抜けようとした。それに待ったをかけるように、アステリアが声を張り上げた。


「『灰色のレディ』!これって、貴女のお母様のモノですよね?」


アステリアが『灰色のレディ』に、ティアラを見せる。『灰色のレディ』はチラリと見ただけで、目玉が零れ落ちるのではないかというくらい、大きく目を見開いた。


「ど、どこでそれを……それは、確かアルバニアの森にあるはず、なのに…」

酷く狼狽する『灰色のレディ』。ティアラをよく見ようと、ぐぃっと顔を寄せてきた。


「アルバニアの森って…ハゲ爺が隠れていたって言われている森でしょうか?」


アステリアは、僕の耳元で確認するかのように囁いた。僕は小さく頷く。


「噂では、な。……それで、それは君の母親のティアラなのか?」


信じられないとでも言わんばかりに、ティアラを見つめ続けているレディに問いかける。すると、レディは、するすると後ろに後退した。当惑した表情を浮かべた彼女は、首を縦に振る。


「確かに、これは母の『髪飾り』です。間違いありません。……しかし…」


何か言いよどむように、レディは口を濁す。


「それを受け取ることは出来ません。元あった場所に、戻しておいてください」


それだけ言うと、逃げるように壁の向こうへ消えて行ってしまった。僕とアステリアは、誰もいない冷たい廊下に、ぽつんと残されてしまった。アステリアは黙って手の中のティアラを、じぃっと見つめている。


「ほら、戻しに行くぞ」


僕は、根が生えたかのように動こうとしないアステリアを急かす。だが、アステリアは依然として動こうとしない。痺れを切らした僕が、腕をつかんで強引に連れて行こうとしたとき、ようやく口を開いた。


「マルフォイ先輩…これを完膚なきまで壊す方法って…知っていますか?」


僕は眉をあげた。いきなり、何を言い出すのだろうか。僕がそのことを問いただす前に、アステリアは再び口を開いた。


「だって、気持ち悪くないですか?アルバニアの森にあったはずのコレが、いつの間にかホグワーツの…しかも『必要の部屋』に置いてあったんですよ?アルバニアと言ったら、ヴォルデモートが潜伏していた場所です。…気持ち悪いですよ!はやく壊しましょうよ!!」


必死な表情を浮かべたアステリアが、僕を見上げてくる。言われてみれば、アステリアの言うとおりだ。アルバニアの森といえば、ヴォルデモートが潜伏していたとされる森。そんな森に安置されていたティアラが、どうして国境をはるかに超えたホグワーツに置いてあったのだろう。

「…誰かが持ってきたんだろ?」
「じゃあ、なんで『必要の部屋』に隠したんですか?」
「それは……」


分からない。


いくらなんでも、『アルバニアの森=ヴォルデモート』とつなぐのは、欄楽過ぎのような気もする。だけど、アステリアの話を聞いているうちに、得体のしれないモノが潜んでいる気がしてきた。僕たちに害をもたらすような、気味悪いモノが、ティアラの中にいるような気がしてたまらない。僕は、ローブの内側から杖を取り出した。


「『レダクト‐粉々』!」


ティアラに向けて、呪文を放つ。杖先から出た黄色い閃光は、確かにティアラを貫いた。だが、ティアラはカランと地面に落ちただけで、外傷はひとつも見られない。ぷっとアステリアが笑った。


「マルフォイ先輩、そんな簡単な呪文も使えないですか?」
「…今のは、何かの間違いだ。…『レダクト』!」


再び閃光がティアラを貫く。しかし、相変わらずティアラには傷一つついていない。これはおかしい。今の呪文も先程の呪文も、確実にティアラを貫いていた。それなのに、傷一つもつかないなんて、ありえない。この間の『闇の魔術に対する防衛術』の時間では、無言呪文でも出来た呪文だ。スネイプに30点を貰ったから、よく覚えている。なのに、なんで今は出来ないのだろうか?困惑する僕を横目で見たアステリアは、やれやれと言いながら杖を取り出した。


「マルフォイ先輩、じゃあ私が手本を見せますね。『レダクト』!!………あれ?」


アステリアの杖の先端からも、閃光が奔るが相変わらず…ティアラに傷が一つもついていない。僕はティアラを乱暴につかむと、石で造られた壁に思いっきり叩きつける。ガツンっと大きな音が、静まり返った廊下に響き渡る。だが、壁にぶつかったティアラに傷はない。…背筋がぞわぞわっと逆立つ。なんで、傷がつかないのだろうか。これは、明らかに変だ。


「な、なんで破壊されないんですかー!『コンフリンゴ‐爆発せよ』『ボンバーダ‐砕けろ』『エクスパルソ‐爆破』!!」


アステリアは覚えている破壊系統の呪文を、端から唱え始めているようだ。そのたびに鋭い閃光が杖先から走るのだが、相変わらずティアラに傷がつくことはない。


「アステリア、これはスネイプかマクゴナガルに見せに行った方が…」
「だったら……これならどうです!!」


静止を呼びかける僕の声を遮り、アステリアは杖を振るう。何か呪文を叫んだように聞こえたが、聞き覚えのない呪文だった。杖先から噴射されたのは、炎。それも、尋常な火ではない。普通、魔法で生み出された炎は『緑色』なのに、アステリアの生み出した炎は禍々しい朱色だ。炎はキメラに姿を変えると、あっという間にティアラをのみ込んだ。それと同時に、まるで断末魔のような苦痛の悲鳴のような音が廊下に木霊する。だが、そんな音も一瞬のうちに炎が轟々と燃え盛る音にかき消されてしまった。


「おい、早く止めろ!」


不気味なティアラをのみ込んだ炎は、一向に静まる気配をみせない。それどころか、炎で形作られたキメラは、まるで本物のキメラであるかのようにアステリアに襲い掛かっていた。


「む、無理です!おかしいんです、収まらないんです!!」


今にも泣きだしそうな顔をしたアステリアが、顔をぐしょぐしょに歪めながら叫んでいる。僕はアステリアの前に立つと、杖を真っ直ぐキメラに向けた。


「『アグアメンティ‐水よ!』」


僕は声を張り上げたが、杖先から噴出した水はキメラに届くことはなく、空中で蒸発した。水が効かないなんて……。他に水系の呪文はいくつか知っているが、今の呪文が駄目だったのだ。他の水系の呪文も、効果がないだろう。となると、呪文を終わらせる呪文を使った方がいい。そう考えた僕は、再び杖を振り降ろす。


「『フィニート・インカンターテム―呪文よ、終われ』『エバネスコ―消えろ』!!」


だが、炎はますます燃え上がるばかり。一向に収まる気配がない。それを見た僕はアステリアの手をつかむと、一目散に走りだした。もう僕とアステリアの力では、どうにもならない。なんとしてでも、ここから逃げて、誰か対処できそうな人に伝えないと不味い。

だが、キメラは巨大な尻尾を振り上げると、僕たちの進行方向に打ち付けたのだ。あわてて反対側へ逃げようと振り返るが、退路は炎の壁で塞がれていた。もう逃げられない。今までに感じたことのない絶望が、僕の心に広がった。炎だけではなく、目が痛くなる黒い煙が、僕たちを取り巻いていく。


ここで、僕は…何もできずに死んでいくのだろうか…


もう、轟々と燃え盛る炎の音しか聞こえない。アステリアが必死な形相で、隣で何か言っているようだが、それすら聞き取れないくらい炎が間近に迫ってきていた。


死にたくない。死にたくない。僕は、こんなところで死にたくない!

黒い煙を吸い込んでしまい、ごほごほと咳き込む。もう、恐怖が極限状態に陥ってしまったのだろうか。轟々と燃え盛る激しい炎の音が聞こえない。煙と熱が耐え難いほど激しくて、思わずアステリアを抱え込む感じで、しゃがみこんでしまった。床に近いからだろう。立っているよりも幾分かは煙が薄まり、呼吸がマシになる。だが、煙がなくなったわけではない。だんだんと、視界が暗くなっていく。


「『悪霊の火』か…危険すぎるだろ」


聞き覚えのある少女の声が、上から聞こえてきた。まさか、と思い僕は重たい頭をあげる。頭上に広がっていたのは黒々とした煙と混濁しつつある意識のせいで、ぼんやりとした輪郭しか分からない。ただ…ゾッとするくらい黒い煙の中で、少女のモノと思われる蒼い瞳だけが、爛々と輝いているのだけは分かった。


「先生が来る前に、ココは何とかしておく。……ごめん、だから今は寝てろ」


左手に持っていた杖を、僕に向ける。そして、何かつぶやいた。青白い閃光が目の前でさく裂し、不自然なくらい急に眠くなる。頭の片隅で『催眠魔法だ、気を確かにもて!』と叫ぶ声がした気がする。でも、眠気に逆らうことは出来なかった。僕は少女に、話しかけようと口を開こうとするが、わずかに口が開いただけで声が出ない。



なすすべもなく、僕の意識は消失した。

















気がつくと、目が痛くなるくらい白い天井が広がっていた。ここは、どこなのだろう。確か、僕は『必要の部屋』で『キャビネット棚』を修理していた。その途中で見つけたティアラを壊そうとしたアステリアの呪文が暴走し、炎に囲まれた気がする。黒い煙に囲まれ、もうこれまでか!と思った時に助けてくれたのは……


「…セレネ…」
「起きてそうそう『セレネ』かよ」


聞き覚えのある声が、隣から聞こえてくる。声の方に視線を向けると、ザビニとノットが立っていた。ザビニは、どこか面白がるような表情を浮かべている。


「よかったな、パンジーが授業でいなくて。あいつ、『不倫ね!ダフネの妹と不倫するなんて!!』ってキレてたぞ。それに加えて目覚めて一番最初に発した言葉が『セレネ』ときた。いや~、いなくて良かったな」
「……不倫?」


ザビニの言葉の中に、聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。僕は眉間にしわを寄せて、聞き返す。すると、ノットがいつも通り淡々とした口調で教えてくれた。


「アステリアと一緒に昨夜、悪戯専門店『WWW』製品の『試作品版:暴れバンバン花火』で遊び、最終的に煙に巻かれて気絶したんだと、俺は聞いたぞ。まったく、アステリアの杖が折れるくらい花火遊びに夢中になるなんて、らしくない」
「花火…だって?」


確かに、最終的に煙に巻かれた。でも、気絶はしていない。あれは…


「違うのか?」


察しのいいノットは、僕の顔に浮かんだ困惑の色に気がついたらしい。
僕は、あの場であったことを話そうと口を開きかけた。でも、口から飛び出たのは全く違う言葉だった。


「いや、その通りだ。……まったく、ひどい目にあった」


本当のことを言えなかった。もし、言ってしまったら……『セレネ』のことまで話さなければならなくなる。あのセレネは、絶対に幻覚ではない。あの絶体絶命な状況を打破できるのは、僕の知る限りセレネしかいない。ということは、セレネは『ホグワーツ』に潜伏しているということになる。彼女が、何の目的でここにいるのか分からない。でも、彼女のことだから、きっと作戦があるのだろう。だから、僕は黙っている。セレネを邪魔してはいけないから。アステリアにも、よく言っておかないと。


「あっ!起きたのね、ドラコ!!」


パンジーが医務室に飛び込んできた。喜びと怒りが混ざり合ったような表情を浮かべて、ずかずかと近づいてくる。


「ねぇ、どういうことなの!説明してよ、ドラコォォ!!」


瞳が真っ赤に染まったパンジーが、迫ってくる。いったん、セレネのことは頭の片隅に追いやることにする。今は、どうやって、パンジーの怒りを鎮めるかが最優先だ。助けを求めようと、チラリとザビ二達の方に視線を向けたが……助けてくれる気配はなさそうだ。ザビニは、笑いをこらえるのに必死だし、ノットは関係ないとでも言わんばかりの表情だ。

ため息をつきたくなるのを堪えると、僕はパンジーに視線を戻すのだった。




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12月15日…訂正





[33878] 78話 名前
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/01/01 11:37
今回は、ハリー視点です。

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凍りついた窓に、今日も雪が乱舞していた。もうそろそろクリスマスの時期が訪れようとしている。
ハグリットは既にクリスマスツリーを1人で大広間に運び込んでいたし、ヒイラギで作られた飾りが階段の手すりに巻きつけられ、鎧兜の中からは永久に燃える蝋燭が輝いていた。廊下には大きなヤドリギの塊が、一定間隔を置いて釣り下げられていて、その下を通るたびに大勢の女の子が群れを成して集まってくる。そのせいで、いつも廊下が渋滞した。だから、ヤドリギのない通路を移動しなければならなかった。幸い城の抜け道に関しては並々ならぬ知識を持っていたから、特に苦労することはなくて……本当に助かった。


だから僕がいま抱えている問題は、ロンとハーマイオニーのことだ。


いま、この2人は絶縁状態になってしまっている。先日のクィディッチ寮対抗試合のスリザリン戦の後、ロンと同学年のラベンダーが付き合い始めたのが原因だ。ロンが、2年前にクラムと付き合ったハーマイオニーに対する当てつけのような感覚で、ラベンダーと付き合い始めたのだ。ハーマイオニーは気にしていないように振る舞っているけど、絶対に気にしている。まず最初に、絶対に授業の時以外はロンと同じ空間にいようとはしない。今、僕とハーマイオニーは図書室の一角に並んで勉強をしているけど、ハーマイオニーが図書室に足を踏み入れたのは、ロンとラベンダーが出て行ってからだった。その数分前に、図書室に入ろうとしたけど、すぐに引き返していったハーマイオニーを僕は目撃している。
なんとか2人の仲を元通りにしたいけど、修復するのは非常に難しそうだ。だから僕は、何も言わない。ロンの話題を出すことなく、貝のように押し黙って勉強をする。


「ハリー…そういえば、あのことを調べたわよ」


ハーマイオニーは鞄から、比較的新しい本を取り出した。表紙には≪杖を使わない魔法≫と記されている。僕は何のことかわからず、首をかしげた。その様子を見たハーマイオニーは、小さなため息を吐き、ページをパラパラをめくり始めた。


「『マジックガンナー』とか『ミス・ブルー』と呼ばれている女性について調べてみたの」


ハーマイオニーが言って、ようやく先日であった赤い髪の女性が脳裏に浮かんだ。風に攫われたかのように消えてしまった女性。あそこは、ホグワーツの敷地内だから『姿現し』も『姿くらまし』も使えないはずなのに、なんで消えてしまったのか不思議に思っていたのだ。


「ほら、ここよ。≪蒼崎青子(アオコ・アオザキ)。第五魔法『魔法・青』の継承者≫」
「えっと、『魔法・青』って何?そもそも『杖を使わない魔法』って?」

聞きなれない言葉なので、ハーマイオニーに尋ねてみる。ハーマイオニーは、ページに羽ペンの羽の部分を挟むと、前のページに戻った。


「詳しくは書かれてないけど、時に関係する魔法らしいの。なんでも、この人の曾祖父が『逆転時計』を制作したらしいわ。―――あった、このページよ」


本のかなり初めのページを僕に見せてくるハーマイオニー。本棚に背を向けている司書の姿を振り返って確認すると、小さい声で要約しながら教えてくれた。


「この本は、著者が旅行でインドに行った時に、カレーの話で意気投合した少女から聞いた話を纏めてあるものなの。オカルトの棚に置いてあった本だから信憑性はないけど……この本曰く、魔法には2種類あるらしいわ」


そういって指を2つ立てるハーマイオニー。


「もともと1つの魔法だったみたいだけど、2つに分かれたらしいの」
「それって、もしかして『魔術』のこと?」


去年、夢かもしれないと思い込んでいた記憶が浮上してくる。僕は、去年『叫びの屋敷』で聞いてしまったセレネ達の会話を思い出せる限り話した。セレネと『魔術師』と名乗る東洋系の男と、あと1人…思い出せないけど男の人の会話だったと思う。

その話をすると、ハーマイオニーは腕を組んで考え込んだ。


「じゃあ、まんざら嘘じゃないかもしれないのね。でも、なんで彼女がホグワーツに来たのかしら……」
「きっと、ダンブルドアに用があったんじゃないか?」
「そうだといいんだけど、何かモヤモヤするのよ」


しばらく羽ペンを動かす手を止めていたハーマイオニーだったけど、次の授業があるらしい。チャイムの音が鳴り響いたのと同時に、荷をまとめ走って行ってしまった。授業がない僕は、しばらく羊皮紙を広げて勉強をしていたけど、10分もしないうちに勉強をする気分じゃなくなってしまった。荷物をまとめて、図書室を出る。


僕は歩きながら、先程まで話していた蒼崎青子のことではなく、マルフォイのことを考えていた。最近、マルフォイの行動が怪しい。


休みの間、闇の魔術がかけられている商品を取り扱うボージン&バークスを訪ねていたし、ホグワーツ特急の中では『ヴォルデモートの重要な仕事を任された』みたいなことを言っていた。死喰い人になったセレネの後ろを歩いていた少女と行動をしているし、あんなに好きで自慢をしていたクィディッチの試合にも出場しなかった。風も強くないし、良く晴れた絶好のクィディッチ日和だったのに……


絶対に何か企んでいる。
そう思った僕は、時間があると必ず『忍びの地図』を取り出して、ドラコ・マルフォイの居場所を探すようにしている。この地図は、僕の父さんやシリウス、ルーピンや裏切り者のペディグリューが作ったホグワーツの地図で、地図の範囲内に存在する人物の名前が地図の中に表示され、誰がどこにいるか把握することが出来るのだ。僕は地図を広げて、マルフォイの居場所を探す。



でも、マルフォイの居場所が見つかる前に、とんでもない名前を見つけてしまった。










ホグワーツのパイプの中を通る3つの点、1つにはアルファルドと記されていて、2つ目にはマイヤと記されたアジア系の名前、そして3つ目に記されていたのは―――――――




「《セレネ・ゴーント》だって?」



何度見ても、そこに書いてある文字は≪セレネ・ゴーント≫。
そのまま3つの点は、嘆きのマートルが住み着いている女子トイレの脇を通ると、すぅっと地図の外に出てしまった。あの先にあるのは、秘密の部屋。きっと、そこにセレネが隠れ住んでいるのだ。
僕はダンブルドアに知らせないと、と思い校長室に走り始めた。でも、校長室に着く前にロンとジニー、それからネビルに呼び止められてしまった。ジニーに声をかけてもらい、淡いピンク色の感情が心に少しだけ広がったが、そんなことを考えている場合じゃない。少しイラついた声を僕は出した。


「何だ?」
「何だ、じゃないわよ。そんなに急いでどうしたの?ダンブルドア先生なら、さっきホグズミード村に出かけるところを見たけど」
「何だって!?」


僕は叫んでしまった。ネビルが突然の叫び声に驚き、小さく悲鳴を上げる。


「どうしたの、ハリー?顔色が悪いけど」


ネビルが心配そうに尋ねてくる。ロンは親友だし、ネビルとジニーはDAのメンバーだし、この間…魔法省に乗り込んだメンバーだ。信用できる。僕は腹をくくった。


「秘密の部屋に『セレネ・ゴーント』がいるらしいんだ」


『秘密の部屋』と聞いた途端、ジニーの顔は一気に青ざめ、ネビルは雷を受けたかのように、驚いた顔のまま固まってしまった。ロンは眼を大きく見開きながら、拳を握りしめた。


「それって、本当?」


震える声で尋ねるネビル。僕は黙ってうなずいた。


「僕は、今から『秘密の部屋』に行く。君たちはマクゴナガルに伝えてくれ」
「僕も行くよ!」


真っ先に声を上げたのは、ネビルだった。ネビルはハーマイオニー同様、まだセレネが『死喰い人』だと認めようとしない。きっと、ついてきてセレネに真実を確かめようと思っているのかもしれない。僕もセレネが『死喰い人』なんて信じられないけど、あの紫色に燃える瞳を見た時、確信したんだ。セレネは僕達とは違うって。でも、そんなことを今ネビルに話しても時間の無駄だ。僕は声を荒げて話し始めようとする前に、ロンが口を開いた。


「じゃあ、僕とジニーでマクゴナガルに知らせてくる。ほら、君が毎晩毎晩、蛇語で『開け』って言っていたから、その単語だけなら蛇語で話せるぜ。マクゴナガルの所に行っても、誰も『秘密の部屋』を開けられないんじゃ意味ないだろ?ちょうど二手に分かれた方が、効率いいし」


僕はロンの意見に賛成した。本当は皆を危険に巻き込まないようにしたかったけど、敵はセレネだけじゃない。見知らぬ人を連れているのだ。きっと、セレネが連れているくらいだから、かなり強いに決まっている。僕1人で勝てる自信がない。


「じゃあそうしよう。出来るだけ早く来てくれ」


僕はネビルと一緒に走り始めた。ネビルは僕より足が遅いけど、前より早くなったし、何よりDAに入ってから魔法の腕がぐんっと上がったのだ。DAに入る以前のネビルだったら足手まといだったかもしれないけど、今は心強い仲間だ。


僕は、2年生の時に通い慣れたトイレに走る。幸か不幸かマートルの姿は見当たらない。
パイプの中に入り込むと、ぬるぬるした暗い滑り台みたいだった。曲がりくねりながら、下に向かって急勾配で続いている。時折、後ろからネビルが、ひぃっと言葉を漏らす声が聞こえてきた。


湖の下あたりまで来たのではないだろうか、と思ったとき、パイプが平らになり、出口から放り出された。僕はうまく着地できたが、上手く着地できなかったネビルは、ローブがネトネトに汚してしまっていた。そういえば、2年生の時の僕とロンもネトネトにしていた気がする。辺りは暗い石のトンネルのようだった。じめじめとしていて足元の土はネトネト湿っていた。


「『ルーモス―光よ』!」


杖を取り出し呪文を唱えると、懐中電灯の様に杖に灯りが灯る。真っ暗なトンネルを、ピシャッピシャっと音をたてながら、慎重に進んだ。杖灯りがあるとはいえ、目と鼻の先しか見えない。


しばらく見たことがあるはずなのに、見覚えがないと感じてしまう道を歩いていくと、何かが彫られている壁にぶつかった。堅い壁に2匹の蛇が絡み合っている彫刻が施してあり、蛇の眼には大粒のエメラルドが輝いている。


『開け』


手洗い場のときの様に、『蛇語』を使う。すると壁が二つに裂け、絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁が、スルスルと滑るようにして見えなくなった。僕とネビルは杖を構えると、消えた壁の向こうに足を踏み入れた。



ひんやりと冷たい右手に杖を持ち進んでいくと、広い空間にたどり着いた。誰かがいる気配はしない。僕とネビルは足音を立てないようにしながら、奥へと進み始めた。奥には巨大な、年老いて細長いあごひげを蓄えた顔をした石像がある。


その手前のところに、セレネが立っていた。


動きやすそうな藍色のパーカーに、同じく動きやすそうな深緑色をした短パン。右手には、この間とは違う種類の銃を握り、左手には、杖を握りしめて僕たちを見据えていた。まだ黒い瞳には、何の感情も浮かんでいない。一切の表情を欠いた冷淡な視線を僕たちに向けている。

地図に記されていた、もう1人の名前の主と、バジリスクの姿がどこにも見当たらない。
自分1人で十分だと高をくくっているのだろうか?ネビルは、僕の隣で微かに震えていた。その様子を確認すると、躊躇いなくセレネに杖の先を向けた。



「セレネ・ゴーント、僕はココでお前を倒す!」


セレネは、何も答えない。ただ、黙って銃口を僕たちに向ける。2年生の時に、この部屋を訪れた際に感じた時とは比にならない、殺伐とした緊張感が広い部屋が狭く感じるくらいに広がった。








[33878] 78.5話 誓い
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2012/12/15 16:58

何時のことだっただろう?



焔よりも赤く染まった紅葉の葉や、黄金色に染まったイチョウの葉が、ひらひらと舞い降りて落ちていたのを覚えている。
まだ『眼』を手に入れる前の私は、クイールと一緒に日本の京都にある神社『伏見稲荷』に来ていた。そこに広がっていたのは不思議な空間で、深紅に塗った木で作られた『鳥居』という物が連なる坂道を、ひたすら歩いて参拝したのだ。昼間だというのに薄暗く、どこまでも『鳥居』が続く。だから、まるで異次元に続いているのではないかという錯覚に陥ってしまった。


「凄いね、父さん……あれ?」


後ろを歩いているとばかり思ったクイールの姿が、どこにも見当たらない。朱色の世界に私は1人、取り残されたかのようにポツン、と立っていた。


「父さん?どこにいるの?」


私は昇ってきた坂を、そろりそろりと降り始める。遠くで鳥が鳴いている声が、無性に物悲しく聞こえ、背筋が冷たくなってきた。


「あっ!」


少し高いサンダルを履いていたせいで、バランスを崩して転んでしまった。なんとか地面に手が付けたから大した怪我をしなくて済んだが、膝が剥けて、血が出ていた。私は鞄の中に入っていたペットボトルのお茶を取り出すと、血が出ているところにかけた。血が出ているところに茶がしみ込んだせいで、じんわりとした痛みを感じたけど、周りに着いていた土は取ることが出来た。


「父さん……どこだろう?」


膝の痛みに顔をしかめながら立ち上がり、もう1度辺りを見渡した。でも、前にも後ろにもクイールの姿はなく、それどころか人っ子一人いる気配がしない。


そういえば、『伏見稲荷』の最初の鳥居をくぐった時には疎らだったけど人がいた。クイールと一緒に鳥居をくぐって坂を上っていたとき、何人かの人とすれ違い、時には挨拶もした。私の後ろを歩いていた人もいた。

さっきから誰ともすれ違わないというのは、どういうことだろう?


まばらだったけど最初の鳥居をくぐった時には、人がいた。私の前にも後ろにも人がいた。
でも、クイールがいないということに気が付いてから、1人も人とすれ違っていない。これは、少し異常かもしれない。一気に周囲の温度が下がったような気がした。


「父さん、どこ!?」


私は息を思いっきり吸い込んで叫んだ。でも、その悲鳴に似た叫び声は鳥居の中に吸い込まれたように消えてしまった。無性に怖くなる。私は、慌てて地面を蹴り、坂を一気に下った。はぁ、はぁ、と荒い息をしながら懸命に走ったけど、誰ともすれ違わない。どこまでも、どこまでも続く鳥居の迷宮に迷い込んでしまったみたいだ。

走りつかれた私は、ふらふらと近くの鳥居に寄りかかって息を調えた。心細くて、涙が溢れそうになる。その時だった。



タン、タン、タン――――――



上の方から誰かが近づいてくる音が耳に入ってきた。ようやく人と会える、そう思った私の心の中に安心感が広がった。そして少し笑みを浮かべながらさっきまで走っていた道を振り向いた。


そこにいたのは、当時の私と同じくらいの少女。
黒い絹のような前髪を額に垂らし切り下げ、後髪を襟足辺りで真っ直ぐに切りそろえている。白い下地に鮮やかな蝶の柄が映える着物を纏っていて、禍禍しくも美しく感じなくもない深紅の瞳を私に向けていた。



軽い足取りで私に近づいてくる少女が、無性に怖くなった。
あの少女に捕まったらまずい。逃げないと、そう本能が告げている気がした。身体が急に震えだす。私は悲鳴を上げている足に鞭を打って、思いっきり地面を蹴った。だが―――――――――


「逃げちゃダメ」


まるで地面から湧き上がったかのように、さっきまで後ろにいた少女が私の眼の前に現れたのだ。


「ひぃ!」


私は慌てて立ち止まり、来た道を戻ろうと回れ右をしようとした。しかし、少女が私の手をつかんだ。その握力は少女のモノではなく大の大人、いや、大人のものよりも強いように感じた。前に足が進まない。私の手は、ぐいっと少女に引っ張られて抑え込まれる。耳元に少女の、どこか血の臭いがする吐息がかかった。



だんだんと少女の口が、私の首に近づいてきている。噛まれる、と直感が私に告げ、身体がぶるっと震えた。ほんの数秒のことだったと思う。でも、その数秒が果てしなく長いものに感じられた。


「やめて!」


少女の歯が私の首筋に当たった瞬間、私は悲鳴を上げた。

その瞬間、眩いばかりの閃光が辺りに満ちる。バンっという発砲音のような音が静まり返っていた世界に響き渡った。あまりに眩かったので目を閉じ、そして再び開くと、少女は私から少し距離を取った位置に跪いていた。
今思えば、自分の身を護るために魔力が暴走したのだろう。だが、まだ自分が魔女だということを知らない当時の私は、ただただ恐怖だけが心を支配していた。突然、磁石の反発みたいに私から手を放して距離を取った少女も怖かったし、自分が起こした不思議な力も怖かった。眼から涙が零れ落ちそうになる。



私は、後ずさりするように去ろうとした。でも、少女の憎悪で燃える血のような瞳でにらまれた途端、身体が動かなくなってしまった。まるで、地面に縫い付けられたかのように。それでも無理やり足を動かそうとすると、コンクリートの窪みに足を取られ、尻餅をついてしまった。尻に激しい痛みが走る。
私は顔を歪めて立ち上がろうとする前に、物凄い速度で少女が距離を詰めてきた。今度こそ、仕留めてやるというような形相を浮かべながら。



もう……駄目だ………



その時パンッと響き渡った乾いた銃声。それとほぼ同時に、1人の女性が漆黒のレインコートを翻しながら、私と少女の間に入り込み何も躊躇うことなく発砲した。私に襲い掛かろうとしていた少女は、背中を反けり後ろに後ずさりする。鮮血の迸る腹部を右手で触りながら、バタリ、と後ろ向きに倒れた。


「………立てるか?」


私を助けてくれた銀髪で碧眼の女性が、近づいてきた。女性の背後で糸の切れた人形のように転がっている先程の少女を、1人の青年が担ぎ上げている。青年は死んだような瞳で黙々と何か作業をしていた。


「今のは……何?」


やっとの思いで立ち上がりながら、女性を見上げた。女性は無表情のまま鼻を鳴らした。


「アンタを殺そうとしていた化け物ってところさ。ほら、ついて来な。……切嗣はソイツを頼む」


女性は颯爽と歩き始めた。私は慌てて後を追う。


歩き始めて数分もしないうちに、人の声が聞こえてきた。だんだんと辺りに陽光が届いて、周囲が明るく見え始めている。やはり、先程までの場所が『異常』だったのだろう。


「セレネ、よかった無事で!」


鳥居の真ん中で辺りを必死の形相で見渡していた、クイールが走ってきた。私をぎゅっと抱きしめると、半分泣きながら、よかった…よかった…と呟く。私はクイールの胸に顔をうずめながら、言葉を絞り出した。


「泣きすぎだよ、父さん。……この女(ひと)が助けてくれたんだ」
「そうか、ありがとうございます……って、ナタリアじゃないか!」


クイールは驚いたように目を見開いた。ナタリアと呼ばれた女の人は、少し顔をしかめる。


「クイールか。自分の子供なら目を離すな。こいつ、さっきの死徒が作り出した結界の中に迷い込んでいたぞ。私がいたからよかったようなものの……一歩間違えれば、めでたく吸血鬼の仲間入りだ」


何を話しているのか全く分からなかった。
ただ、命が危険に冒されていたのを助けてくれた、この『ナタリア』という女性がカッコよかった。


あぁいうカッコいい女になりたい。だから私は、強くなろうと決めた。
せめて、自己防衛くらいは出来る様にと筋トレをし、ナイフをうまく使える様に毎日、特訓を重ねた。玩具の銃で射的練習をし、ジョギングを始めたのもこの頃だったような気がする。



あの日、燃え上がるような夕焼けが、西の空に広がっていたのを覚えている。



私は、彼女に近づくことが出来ただろうか?

ひんやりと湿った『秘密の部屋』で、刹那…思考を巡らす。それは、まだわからない。ただ……1つ言えることがある。あの時、彼女に出会わなければ……私は『人間』でなくなっていたということ。あの時から特訓を重ねたおかげで、こうして目の前の敵を倒すことが出来るということ。


私は、目の前で杖を構えているハリー・ポッターに銃口の標準を定めた。




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12月15日…一部訂正




[33878] 79話 秘密の部屋
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2012/12/27 19:05
今回は、ネビル視点です。

―――――――――――――――――――――――――――――――


僕は…分からない。


セレネと初めて出会った場所は、ホグワーツ特急だったと思う。誰も手伝ってくれなかったヒキガエル探しを、ハーマイオニーと一緒に手伝ってくれたんだ。優しい人だなって思ったけど、それと同時に…ちょっと怖かった。だって、怖そうな蛇を飼ってたし、寮は…あの『スリザリン』になったから。
でも、怖い人じゃないって、すぐ分かったんだ。

初めて魔法薬学の授業に向かう途中、ばったりセレネに出会った。あのときの僕は、まだ友達がいなかった。他の子とあまり仲良くできず、唯一、話すことが出来たハーマイオニーは、さっさと先に行ってしまう。こっちで教室へ向かう道は正しいのだろうか?でも、周りに聞ける人は誰もいない。そんな心細い時に、セレネに出会った。
知り合いにあってホッとした反面、セレネはスリザリン。グリフィンドールの僕と一緒にいたら色々と嫌味を言われるのではないかって思ったんだ。そのことを口にしたら、セレネは

『あぁ、そんなことか。大丈夫だ。色々と言われたら3倍にしてやり返せばいいだけの話だから』


と言った。やり返すなんて、怖い人だ……と思う反面、どこかセレネを凄いと思う自分がいた。寮同士の確執を『そんなこと』って言いきれるセレネが、凄いなって思ったんだ。


セレネは、優しいし強いし凄い人だと思う。
魔法薬学の授業で、何回も助けてくれたし、寮なんて関係なしに話しかけてくれた。僕が一番好きな人は、ハーマイオニーだけど…その次に好きな人を挙げろって言われたら、セレネを挙げると思う。もちろん恋愛感情ではなく、あくまで女友達としてだけど。



だからこそ、分からない。


セレネはヴォルデモートの協力者で、ダンブルドアの右腕を切り落とした悪人だ。僕の両親を拷問して廃人にしたり、せっかく仲良くなれたルーナ・ラグブットを殺したベラトリックス・レストレンジの仲間なのだ。そう思うだけで、ドロドロとした憎悪の感情が、沸々と浮かび上がってくる。それだけじゃない。セレネは、あの誰にでも優しかったルーピン先生を、未遂とはいえ殺そうとしたし、僕たちにも躊躇うことなく攻撃してきた。


今だって、マグルの武器の先端を向けられている。この間と形は違うけど、きっと威力はこの間のモノと同様か、それ以上なのだろう。


でも、僕は分からない。セレネを信じたい、セレネと分かりあいたい。話せば分かりあえるかもしれないって思う僕がいるのだ。そんなこと、もう不可能だって、頭では分かっているのに!


「…セレネ…」


気がつくと僕は、セレネに話しかけていた。セレネは相変わらず鉄の仮面でも被ったみたいに、無表情だった。だけど、一瞬、ほんの一瞬だけセレネの顔が歪んだように見えたのは…気のせいだろうか。


「私は、アンタたちを傷つけたくない」
「今さら何を言ってるんだ」


ハリーが口を開いた。最後にセレネと会った時よりは落ち着いているけど、やっぱり憎悪の色が消えていない。僕の友達の中で、一番セレネを憎んでいたのはロンだけど、その次に憎んでいたのはハリーだ。どうやら『セレネに裏切られた』って思っているらしい。
無理もない。だってもし……あの場で指揮を執っていたハリーが、セレネに『球』を渡さなかったら、セレネを仲間に加えなかったら……セレネの計画は破たんし、ルーナが死なずに済んだかもしれないのだから。僕が指揮を執っている立場だったら、きっと後悔する。でも、ハリーは悪くない。セレネが何を考えていたのかを見抜けなかった僕達にも、責任があるのだ。


「傷つけたくないなら、手に持っているソレを捨てればいいだろ」
「これは防衛手段だ。攻撃されてから武器を手にするなんて、リスクが高すぎる」


ハリーの問いかけに、セレネが淡々と答える。僕は、どこか納得したような表情を浮かべた。防衛手段を持つことは、非常に大切だ。彼女が武器を手放した途端、僕とハリーが襲い掛かってセレネを殺さないという保証は、どこにもないのだから。僕は杖を持つ手を、少しだけ下げた。


「僕たちは、攻撃しないよ。僕は、セレネがどうしてあんなことをしたのか…」
「ネビル!」


おどおどとセレネに話しかける僕を、ハリーがけん制する。


「そんなこと、捕まえてから聞けばいい。それよりも、『眼』には気を付けるんだ」


どうやら、ハリーはセレネの『眼』を警戒しているみたいだ。今は『黒の瞳』だが、それが三校対抗試合で見せた『青』や、あの時の禍々しい『紫』に変化するのを恐れているらしい。ハリーに言われなくても僕だって、あの『眼』が怖い。詳しい理屈は知らない。でも、ハリーがダンブルドアから聞いた話だと、《直死の魔眼》という魔眼らしく、《『死の線』が視える》効果を持つらしい。たぶん、いつも持ち歩いていたナイフで、その『線』を切るのだろう。つまり、『線』さえ視えれば、何でも殺せる。たとえ、神であっても……

ダンブルドアは、『神を殺す力』って、言っていたらしい。そんな途方もない力と戦って、僕程度の魔法使いに勝ち目があるのだろうか。いや、ない。僕には、勝てない。


「『眼』なんか使わなくても、コレとコレで十分だ」


セレネは杖を握った左手を、そっと内ポケットに入れる。そして『ナイフ』を床に落とした。見慣れていたセレネのナイフとは違う。あれは、食事に使われる銀のナイフだ。あまり使いこまれているようには見えない。もしかしたら、予備のナイフなのかも…
セレネは、ハリー達からも手が届かない場所へ向けて、落としたナイフを軽く蹴り飛ばす。カランカランという寂しく転がる音が、『秘密の部屋』に木霊する。それを確認したセレネは、杖を軽く一振りした。


「『クラック‐割れろ』」


途端にナイフは、パキンと呆気なく割れた。ハリーは目を見開き、僕は眉間にしわを寄せる。
あんな簡単に、ナイフを壊してしまっていいのだろうか。やっぱり、あれは予備で…僕たちを油断させるため?馬鹿にしているのだろうか。…隣に立っているハリーも、同じこと考えたのかもしれない。割れたナイフに視線を向けていたハリーは、セレネの方に振り返った。


「バカにしているのか?」
「そうだといったら、どうする?」


まずい、これは挑発だ。セレネは、僕たちが攻撃を仕掛けるのを待っている。頭に血が上った僕らが、攻撃を仕掛けるのを待っている。セレネは『自分から攻撃したくない』といっていた。でも…僕たちが先に攻撃したら、『正当防衛』ということで、戦う名目が成立してしまう。それは、不味い。僕は、セレネと話し合いで分かりあいたいのに!僕は、慌てて口を開こうとした。でも、遅かった。

ハリーは、杖を振り上げてしまった。


「『エクスペリアームス‐武器よ去れ』!!」


セレネは身をかがめることで、ハリーが放った呪文を避ける。セレネの頭上すれすれのところを、『武装解除の呪文』が通り過ぎて行った。通り過ぎたことを確認したセレネは、なにも躊躇うことなく、冷たくて重い引き金を引く。口径9ミリ程もあるマグルの武器から打ち続けられる無慈悲な銃弾の嵐が僕達を襲かかる。でも、もちろん…この程度のことは予想の範疇だ。僕とハリーは、セレネが引き金を引く前に無言で『盾呪文』を使っていた。杖を軽く振るだけで、限りなく透明に近い盾が、僕たちを守護する。

でも、所詮は『無言呪文』。通常の詠唱有の呪文よりも、がくんと精度が落ちる。まだ、5秒くらいしか経過していないのに、もう盾は限界だ。このまま打ち続けていれば、盾は耐え切れなくなり、僕達の体に無数の穴が開くことになる。そういう風になるのは、嫌だ。僕はまだ死にたくないし、ハリーだってそうだろう。雷鳴を思わす大音量の銃弾の豪雨に負けないくらい大きな声で、僕は叫んだ。


「ハリー!大丈夫!?」
「僕は平気。それにしても、セレネが短機関銃を持ってるなんて…!」


盾を維持し続けるハリーも叫ぶ。たぶん、『短機関銃』というのは武器の名前なのだろう。


「その…短機関銃って…あと、どれくらいの弾があるの?」
「分からない。とにかく弾丸がなくなるまで耐えるんだ!」


ハリーの顔が、いつになく苦しげに歪んでいる。僕の額からも、汗がにじみ出て来ていた。流れ落ちた汗が、目に入って痛い。でも、目をこすることは出来ない。一瞬でも意識を他に向けたら、盾を維持できなくなってしまうからだ。


「ぷ、『プロテゴ‐守れ』!!」


僕は、出来る限り素早く呪文を唱える。すると、僕たちの作った壊れそうな盾の上に、見るからに頑丈そうな盾が現れた。短機関銃の放つ銃弾の雨に、ビクともしていない。よかった…成功したみたいだ。僕は少しホッと胸を下ろした。


「ハリー、守るのは僕がやるから、君はセレネを…!」
「ありがとう、ネビル。『インペディメンタ‐妨害せよ』『ステューピファイ‐麻痺せよ』!!」



乾いた発砲音や、閃光が杖先から奔る音だけが、部屋いっぱいに響き渡っていた。セレネはハリーの放つ閃光を避けながら、ハリーは僕の作りだした盾の陰から戦う。


「…っち」


セレネは、大きく舌打ちをつくと、短機関銃とやらを投げ捨てて代わりに杖を握る。どうやら、弾丸が切れたみたいだ。ハリーは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。これで、セレネの武器は、僕達と同じ『杖』だけになったから。


でも、本当に『杖』だけになったのだろうか?
慎重なセレネが、短機関銃の弾丸の予備を持っていないとは思えないし、ナイフだってまだ持っているに決まっている。それに、この数か月…僕たちは確かに強くなったけど、それはセレネだって同じこと。僕たちが成長したのと同じように、セレネだって成長しているはずなのだ。こんな、『隙』を見せるような真似をするだろうか?


「『ステューピファイ‐麻痺せよ』!」


ハリーが叫ぶのと同時に、赤い閃光が奔る。セレネは一気に地面を蹴り、横に跳ねとぶことで閃光を避けた。僕もハリーを援護する。


「『インペディメンタ‐妨害せよ』!」


だが、閃光はセレネの耳元を通り過ぎただけに終わった。僕達から十分に距離を取り、杖で狙いを定めにくい位置に逃げたセレネは、口を開いた。


『●●●●●、●●!!』


何かを思いっきり叫んでいる。シューシューという音が、とてつもなく気持ちが悪い。でも、ハリーは違うみたいだ。その意味を理解したのだろう。ハリーは、警戒するように辺りを見渡し始めたのだ。


「ネビル、バジリスクだ」


僕は、ぞっとした。バジリスクと言えば毒蛇の王者だ。直接バジリスクの目を見たら即死だし、鏡越しに見ても石になってしまう。しかも、恐ろしいのは目だけではない。獰猛な牙で刺されたら最期、『不死鳥の涙』じゃないと、毒を癒すことが出来ないのだ。まさに『スリザリンの怪物』の異名にふさわしい蛇だと思う。


「僕達…どうしたら…」
「…ん?ちょっと待って、ネビル」


警戒態勢を取っていたハリーが、少し警戒を解いたように見えた。何かあったのだろうか?僕も耳をすます。
すると、『秘密の部屋』の最深部の方から、いかにも眠たげなシューっという音が聞こえてきた。セレネは、それにイラついたように、荒々しい舌打ちをした。

シューシューという応答がしばらく続く。僕は蛇語を理解することが出来ないので、よくわからない。だけど、蛇語がわかるハリーは、ホッとしたような笑みを強めた。ハリーの様子から考えると、僕たちに都合のいい状態になりつつあるのかも……。


「チャンスだ、ネビル。バジリスクは、眠くて起きて来られない。いくぞ…『インカーセラス‐縛れ』!!」
「しまっ!」


ハリーの杖から噴射された縄が、セレネの腕を縛る。予想以上にきつく縛られたのか、セレネの顔に苦悶の色が広がる。セレネの右手には杖が握られたままだった。でも、腕がしっかりと縄で封じられているから、うまく狙いを定めることが出来ないだろう。……これは、計算外かもしれない。もし、セレネの袖に、使い勝手の良いナイフが収納されていた場合…簡単に縄を切って抜け出せる。でも、それをしないで焦りと苦悶の表情を浮かべているということは……本当に予備のナイフがないのだろうか?

僕が杖を向けると、セレネは焦りの表情を浮かべ、パイプで作られた横道に飛び込んだ。僕はハリーと顔を見合わせると、セレネの後を追う。

パシャリ、パシャリと水が溜まった床を蹴る音と荒い息の音が、狭いパイプに響いている。



「ハリー…おかしいよ。セレネのことだから、きっと何か考えているはずだよ」


これは、おかしい。あんなに慎重なセレネが、こんなドジを踏むはずがないのだ。だいたい、バジリスクが起きて来られないというところからしておかしい。セレネが脱獄できた理由は、バジリスクが助けに来たからだと新聞に書いてあった。ここからホグワーツまで、ものすごく距離が離れている。それなのに、あれほど迅速に脱獄の手伝いが出来たなんて、それだけ忠誠心が強いってことじゃないかって思う。そんなバジリスクが、『眠い』なんて理由で、主人の危機を助けないなんて……おかしい。


「そうだとしても、それを打ち破るだけだ」


ハリーは、キッパリ言い切った。僕は、ハリーの意見に納得する。セレネが何を考えていようとも、僕たちは乗り越えて先に進むしかないんだ。そう思った僕だったけど、まだ不安そうな顔をしていたのかもしれない。ハリーは僕を励ますように、口を開いた。


「僕は…僕たちは、ここでセレネを倒さないといけないんだ。セレネが無策とは、確かに思えないけど……でも、本当に油断していたのかもしれないじゃないか。
それに、ロンやジニーが、そろそろマクゴナガル達を連れて来てくれる」


…そういえば、ロンたちと別れてから時間がかなり経過している。ということは、そろそろマクゴナガル先生たちが援軍に来てくれるはずだ。戦闘経験も魔法の熟練度もマクゴナガル先生の方が、遥かに上だ。どう考えても、セレネ1人では不利。たとえ、バジリスクがいたとしても、マクゴナガル先生なら……なんとかなりそうな気がする。それに、マクゴナガル先生1人で来るとは考えられない。安全面を考えて、もう1人先生が来ると思う。そうなると、ますますセレネの勝つ確率が低くなる。でも、その程度のことはセレネも考えているはずだし……


「ここまでだ、セレネ!」


ハリーは、立ち止まると低い声で言い放つ。セレネの後ろに広がるのは、大きな壁。どうやら、セレネは道を間違えてしまったようだ。セレネは悔しそうな表情を浮かべ、壁に背を預ける。瞳の色は……見慣れた『黒』のままだ。


「セレネ…罪を償うんだ」
「ハリー。ホラー映画って知ってる?」


会話が噛み合っていない。僕は首をかしげたし、ハリーも眉をあげた。この追い詰められた状況で、気が狂ってしまったのだろうか。それとも、僕たちの気を逸らすため?……というか、ホラー映画ってなんだろう?


「マグルの恐怖映画だっけ。『オ●ラ座の怪人』とか『オーメ●』とか……。でも、そんな話…今関係ない。おとなしく…」
「面白いよ、ホラー映画って。画面の中の世界なのに、現実でも起こりそうな錯覚に陥る時があるんだ」


ハリーの言葉を無視して、セレネは言葉を紡ぎ続ける。時間稼ぎか、何かかもしれない。僕は、慌てて杖をセレネに向ける。だが、セレネは僕の行動なんか、まるで気にしていないみたいだ。まるで気が狂ったかのようにセレネは、淡々と言葉を紡ぎ続けた。


「その理由は簡単だ。ホラー映画の恐怖って、現実の恐怖と重なるから怖いんだよ。……そら、これがその証明だ!」


セレネがそう言い放った時だった。殺気の気配もなかった壁から、一気に殺気が沸き起こる……と思った途端、僕は冷たい床に倒れていた。叫びたくなるような激痛が、足に奔る。つい数か月前…神秘部での光景が脳内でフラッシュバックする。まさか、と思い視線を足に向けると、案の定…足に銃弾なるものが命中したらしい。ハリーは、今回も何とか避けるのに成功したらしい。盾越しに見るハリーの表情には、恐怖の色と驚きの色が浮かんでいた。


「ありがとうございます。舞弥さん」
「…露骨ですよ、合図が。次はもう少し、分からないような合図を考えた方がいいですよ」


セレネの後ろに広がっていた壁がなくなり、奥まで続いている。それだけじゃない。セレネの横に、東洋系の顔立ちをした女性が立っているのだ。セレネが先程持っていた銃とは違う、別種のマグルの武器を手にしている。女性が持つ武器の口からは、白い煙がゆっくりと立ちあがっていた。この女性が、僕を撃ったのは明白だ。でも、どうして……誰もいなかったのに。そもそも、あそこは壁だったのに。


「今のは…一体…」


ハリーも動揺している。無理もない、僕だって何が何だか…訳が分からない。セレネは袖に隠しておいたと思われるナイフで、簡単に縄を切る。今度のナイフは、見るからに高級感漂うナイフだった。
身体の自由を取り戻したセレネは、呆れたような表情を浮かべた。


「まさか、ここが外敵の侵入に対処していないとでも?」


迂闊だった。
セレネが何の対策もせずに、ココを使っているとは考えられない。もう少し、僕たちは対策を練ってから、飛び込んだ方が良かったのだ。いや、むしろセレネが外に出てきたときに、戦えば……もう少し、勝機があったかもしれない。


「あの壁は、幻覚…だったんだ」


ハリーは微かに震えながら、悔しそうに呟く。セレネは口元に笑みを浮かべた。そして、ハリーの方へ一歩…足を動かそうとする。


「『エクスペリアームス‐武器よ去れ』!!」


セレネが動く前に、ハリーは素早く呪文を唱えた。それこそ、眼にもとまらぬ速さで。だけど、ハリーの呪文はセレネに届かない。軽くナイフを一振りしただけで、セレネめがけて宙を奔っていた閃光が消える。青い瞳をしたセレネは地面を蹴り、ハリーに急接近すると、躊躇うことなく杖を振るった。


「『インカーセラス‐縛れ』」
「ぅわぁ!」


セレネの杖から飛び出した縄は、がっちりハリーの体を縛り付ける。ハリーは身動きできない。物凄い力で巻き付けられているらしく、ハリーは腕の力を失い、杖を落としてしまった。セレネはむなしく転がったハリーの杖を、拾い上げる。


もともとひんやりとしていた周囲の空気が、いちだんと冷え込んだ気がした。どくどくっと足から血が流れ、意識がもうろうとしてくる。


「僕たちを、どうする気だ」


ハリーが忌々しげにセレネを睨みつける。セレネは、そんなハリーを無視し、僕に近づいてきた。セレネの近づいてくるカツン、カツンという足音が、死へのカウントダウンに聞こえてくる。


「やめろ!!ネビルに手を出すな!!」


セレネは僕に杖を向ける。凍てつくようなセレネの視線。僕は思わず目をつぶった。こんなセレネ、もう見たくない。




「やめろぉぉぉ!!」




ハリーの悲痛の叫び声が、狭いパイプの中に木霊する。それと同時に、セレネが杖を振り上げた気配がした。ここまで、僕の人生は……ここまでなんだ。セレネに殺されて、変わってしまったセレネに殺されて……





「『エピスキー‐癒えろ』」


途端に、足に感じていた痛みが消えていく。僕は呆気にとられてしまった。ハリーも、呆気にとられたような視線をセレネに向けている。

なんで、セレネに足を治療されているのだろう?そんな湧き上がる疑問をよそに、セレネは無表情のまま治療を続ける。瞳の色は、いつの間にか『青』から『黒』に戻っていた。


「ど、どうして…」


僕の問いに、セレネは答えない。ただ、黙々と治療をしている。その背後に立つ女性も、何も答えなかった。その沈黙は足の痛みが、ずきん…ずきんという、まだ我慢できる範囲になるまで続いた。そして、僕が口を再び開こうとしたとき、セレネが僕の言葉を遮るように口を開いた。


「『ペトリフィカス・トタルス‐石になれ』『インカーセラス‐縛れ』」


ピタリと両手両足が磁石のようにくっついた。動かそうとしても、動かない。無理に動かそうとすると、足が悲鳴を上げた。痛みで顔をゆがめそうだったけど、顔の筋肉すら動かない。唯一動かせる場所と言ったら、目玉だけだった。しかも、『凍結呪文』が解けた時の対策だろう。きつく縄で身体が巻かれているから、呪文が解けたとしても四肢を動かすことが出来ない。


「しばらく動くな。完璧に治したわけじゃないから。それにしても、ここは狭いな。『ロコモーター‐動け』」


セレネがひょいっと杖を一振りする。すると、縛られたままの僕とハリーの体が宙に浮いた。体の自由を奪われた僕らは、抵抗することが出来ない。ハリーは言葉を話すことが出来たけど、僕は言葉すら話せないのだから…本当に、抵抗が出来なかった。


「なにを…考えているんだ?」


ハリーがセレネに尋ねる。ハリーの声色に憎悪の感情は、ほとんど残っていなかった。戸惑いの色が、かなり強い。セレネはハリーの方を見向きもしないで、口を開いた。


「…アンタは殺したくても、殺せないから」
「どういう意味?」


ハリーが眉間にしわを寄せ、セレネに尋ねる。セレネはひょいっと…ナイフの先端をハリーの心臓のあたりに向けた。ハリーの顔が、一気に強張るのが視界に入る。セレネは、まるで『今日の天気』を聞かれたかのように、退屈そうな声で……理由を答えてくれた。



「アンタの中に、ヴォルデモートの魂がいるからだ」





―――――――――――――――――――――――――――――――――

12月16日…一部訂正
12月27日…〃




[33878] 80話 問いと解答
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2013/01/01 09:58
ハリーは、目玉が零れ落ちそうになるくらい、目を大きく見開いている。それは、当然の反応だろう。自分の両親を殺して、自分の人生を狂わした男の魂(の欠片)が、自分の中に眠っていると言われたのだから。驚かないわけがない。

パイプを抜けると、再び杖を振るった。ぼぅっと壁一面の蝋燭に火が灯る。先程までひんやりと肌寒かったのだが、これで少しはマシになった。


「『フィニート‐終われ』」


軽くつぶやくと、浮いていたハリー達が静かに床に転がる。ハリーは難しい表情を浮かべていた。凍結呪文が解けたときのため、ハリー同様縄に巻かれたネビルの表情は読み取りにくかった。まだネビルは凍結呪文の効果で、顔の筋肉まで動けないのだ。だが、ネビルの唯一動かすことを許された目玉には、ハリーと同じ動揺の色が浮かび上がっていた。


「では、作戦が成功したと連絡を取ってきます」


幻覚の魔術で作り出した壁の向こうにいた舞弥が、ゆっくりと口を開く。私は頷いて了承の意を示すと、舞弥は私に背を向けて去って行った。ここではマグルの通信機器が使えない。使うためには、特別なパイプを通りホグワーツの敷地外へ出なければならない。片道の所要時間は20分前後。近いようで遠い距離だ。遠くから、舞弥がパイプを走る音が響いてくる。かつん、かつんという舞弥の足音が徐々にフェードアウトし、ついに聞こえなくなった頃、ようやくハリーの口が開いた。


「それは、本当の話?」


ハリーが戸惑うような声で尋ねてくる。私は、コクリと頷いた。


「本当だ」


ハリーの顔に、ますます動揺した色が浮かび上がってくる。苦しそうに顔をゆがめ、眉間にしわを寄せ、私を見上げている。


「確かに僕は蛇語も話せるし、ヴォルデモートの心ものぞけるよ。でも、僕の中にヴォルデモートの魂があるなんて…ありえないよ」
「ありえないことが、ありえてしまう。……それが、魔法だろ」


私は淡々と答えると、投げ捨ててしまったキャレコ短機関銃を拾う。視た感じだと壊れていないようだ。ホッと安堵の息をこぼすと、鞄の中にしまった。ハリーに視線を戻すと、まだ納得がいっていないような愕然とした表情を浮かべている。私は心の中でため息をつくと、鞄の中に手を突っ込んだ。私は昼に食べようと思っていた、みずみずしい真っ赤なリンゴを取り出す。私は掌の上に置かれたリンゴを、ハリーの前にかざした。


「これ、なんだかわかる?」


ハリーの眉間には、さらに深い皺が刻まれた。間違い探しをする子供のように、掌の上に置かれた赤い果実を見つめる。


「…リンゴ、だろ?」
「そう、リンゴ」


左手に握った杖の先で、リンゴを横断する『線』を軽くなぞる。すぱん、とリンゴは呆気なく簡単に2つに割れた。リンゴ特有の甘い香りが、ふんわりと私の鼻孔をくすぐる。私は、半分に分けられたリンゴを口に近づけた。だが、視界の端に縄で縛られたハリーとネビルの姿が映った瞬間、思わず口元から離してしまった。そして、そのまま2つに割れたリンゴをジッと見つめる。私は、小さなため息とともにリンゴを冷たい床に置き、残った片割れを更に3つに切っていた。


「食べる?」
「いらない」


ハリーは首を横に振る。私は、続いてネビルの方へ視線を向けた。凍結呪文が薄れ始めていたネビルは、やっとの思いで口を動かす。


「い、ら…ない」
「……そう」


私は半分の、そのまた3分の1になったリンゴに噛り付いた。さくっという軽快な音が、静まり返った部屋に木霊する。甘い蜜が口の中を、続いて喉を支配していく。私がリンゴをしゃくしゃくと食べた時間は、わずか数秒ほど。だが、それが途方もない長い時間のように感じられた。
最後のひとかけらをのみ込むと、私は残った2切れのリンゴを差し出した。


「…食べる?」
「いらない」


だが、ハリーの返答は、ぐぅっという音に掻き消された。音の発信源はネビルの腹。ネビルの頬は、ポッとリンゴのように赤く染まった。私は、チラリとハリーの左腕を黙視する。ハリーの左腕につけられた時計の針は、12時をとっくにまわり、1時に差し掛かりかけていた。腹が減っていても、なにも不思議ではない。


「…僕は食べたいな」
「ネビル!」


ハリーがネビルを制しようとする。おそらく、このリンゴに何かが仕掛けられていると思っているのだろう。敵が与えてくる食べ物には、手を出さない。それは、普通のことだし逆の立場だったら手を出さないことだろう。もっとも、このリンゴは毒リンゴでもなんでもない普通のリンゴ。しいて特質する点を挙げるのだとしたら、蜜入りリンゴということくらいだ。


「大丈夫だよ、ハリー。だって、あのリンゴはセレネも食べたんだよ?毒リンゴなら、セレネは食べないはず。だから、食べても大丈夫」


ネビルは、私に挑戦するような視線を飛ばしてきた。私は少し微笑を浮かべると、2切れ目のリンゴをネビルの口元に差し出す。ネビルは口を大きく開け、リンゴに噛り付いた。ネビルの口からはリンゴの黄金の汁が、つぅっと滴り落ちる。


「ありがとう、セレネ」
「どうも」


私はそれだけ言うと、ネビルの傍から離れた。そして最後の一切れのリンゴを、ハリーに差し出す。ハリーは、様々な気持ちと葛藤しているようだ。ハリーは、悶えたり苦しんだりしないネビルを、横目で見る。そして私の掌の上に置かれているリンゴに、視線を戻した。


「……」
「見返りを求めたりしない。私はただ、1人で食べるのが嫌だっただけ」


私はハリーの口に、リンゴを突きつける。しばらく固く結ばれたハリーの唇だったが、堪忍したかのように少しだけ開かれた。しゃくしゃくと小さな音を立てて、ハリーはリンゴを食べきる。



「……ありがとう」
「どうも」


ハリーの返答を聞いた私は、リンゴの汁で濡れたナイフを丁寧に拭った。


「食べたリンゴは、戻ってこない」
「そりゃ…そうだよ。まさか、今食べたリンゴを返せっていうのか!?」


ハリーは、騙したのかとでも言いたそうな表情を浮かべた。私は首を横に振るって異議を唱えた。


「言っただろ、見返りは求めないって。
食べたリンゴは戻ってこない。だが、完全な形ではないけど、リンゴはまだここに『存在』している」


床に置かれたままの片割れを、再び掌の上に乗せた。ろうそくの明かりに反射され、きらきらと黄金の側面が光り輝いている。その中央にある黒い種は、小さな黒曜石のようだ。


「それと同じだ。人は殺されたら、そのまま死ぬ。だが、もし魂をこうして事前に半分にしておいたら、残された魂は死から逃避し、この世に存在し続けることが出来る」


私の言葉を聞いたネビルは、頭上に『?』を浮かべていた。だが、ハリーは何かに気がついたように、目を大きく見開く。


「まさか……僕を襲った時に、ヴォルデモートが死なずに済んだのは……事前に魂の一部を切り離していたから?」


ハリーの呟きを聞いたネビルは、目玉が転げ落ちるのではないかというくらい見開いた。私も少し驚いてしまった。もう少し、理解するのに時間がかかると思っていた。だが、ハリーも成長したらしい。私は微笑を浮かべた。


「正解だ、ハリー・ポッター。ヴォルデモートは事前に魂を一部…というか、複数に分割していた。だから、生き残ることが出来た」
「セ、セレネ!それは、ありえないよ」


ネビルが慌てたように口を開く。顔は真っ青に青ざめ、ぶるぶると震えていた。


「だって、それは…禁忌だよ!そんな恐ろしいこと、出来るわけない!」
「それが出来るのが、ヴォルデモート。アイツが禁忌なんて気にすると思うか?むしろ、1つ2つ破っていたって不思議ではない」


私は掌の中のリンゴを見つめながら、出来る限り淡々とした口調でネビルの問いかけに答える。


「…方法は十中八九『分霊箱』。人を殺すことで、引き裂かれた己の霊魂を隠し保存しておく入れ物という意味だ。『ホークラックス』とも言うな。……分霊箱に納められた魂の断片は、魂をこの世に繋ぎとめる役割を持ち『完全な死』を防ぐ効果を持つと言われている」
「そ、そんな魔法があったなんて」


愕然とした表情をネビルは浮かべた。彼が口を閉ざしたのを見計らったように、今度はハリーが口を開いた。


「でも……その『分霊箱』は、どこにあるの?」
「とりあえず、私と切嗣さんとで破壊した。数は4……いや、5つか。後はヴォルデモート本人が持つ魂と、形状も所在も分からない分霊箱が1つ。それから……アンタの中にあるヴォルデモートの魂を破壊すればいいだけ」


最後の言葉を口にすると、ハリーの表情もさぁっと青ざめた。私は半分になったリンゴの皮を丁寧に剥きながら、言葉を続ける。

「大方、アンタの母親の魔法で跳ね返った『アバタ・ケタブラ』がヴォルデモートの魂を破壊し、破壊された一部が、その場に居合わせた唯一生きていた人間……つまり、赤子だった頃のアンタの魂に引っかかったんだろうな。『アバタ・ケタブラ』と『分霊箱』を作り出す呪文は密接に絡み合っているし」
「……だから、『一方が生きる限り、他方は生きられぬ』なんだ」


ハリーは、消え入りそうな声で呟いた。ハリーの顔には、何の表情も浮かんでいない。だが、これは何も感じていないということではなさそうだ。あまりにも激しい恐怖と絶望で、感情同行では表せない領域に突き抜けてしまったのだろう。


「そんな……あんまりだよ。酷すぎる」


ネビルの震えた声が、『秘密の部屋』を木霊する。ネビルは涙で顔をくしゃくしゃにさせ、嗚咽を繰り返している。私は黙って、半分になったリンゴに噛り付いた。先程と同じリンゴのはずなのに、何故だろうか。口の中に広がっていく甘さが、半減している気がする。


「…今の話は、本当ですか……ミス・ゴーント」


入口の方から、細く震える声が響いてきた。私は危うく、齧りかけのリンゴを落とすところだった。入口に、人がいたことに気がつかなかった。もし、敵意を感じる『来客』がいた場合、アルファルドが警告を発してくれる手はずになっているから、警戒を怠っていた。まだ未熟な自分の落ち度に対して、下唇を少し噛みしめる。
だが、アルファルドが警告を発しなかったということは、『来客』が私に対して敵意を抱いていないということ。私は、そっと顔をあげて『来客』を見つめた。


「はい。ハリーの魂とは別の魂が、ハリーの中にあるのが視えるので、間違いないですよ……マクゴナガル先生」


マクゴナガル先生が胸元を押さえながら、立っていた。そこにいたのは、マクゴナガル先生だけではない。その隣には、さらに一回り背が高くなったロン・ウィーズリーとジニー・ウィーズリー。そして、スネイプ先生が立っていた。どの顔も、ひどく衝撃を受けたような色を浮かべている。


「で、でたらめを言うな!!そう言って、僕たちを騙そうとするなんて……」


目を真っ赤に充血させたロン・ウィーズリーは、私に真っ直ぐ杖を向ける。だが、ロンの震える手を降ろさせたのは、スネイプ先生だった。驚いたようにロンは目を見開き、スネイプ先生の顔を見た。


「いや、その話は本当だ」
「そうだとも!………え?」


ぽかん、とロンの口が開く。私も眉間にしわを寄せてしまった。ハリーの中にヴォルデモートの魂があるという考えにいたったのは、秘密の部屋に戻ってきてから。このことは、切嗣と舞弥にしか話していないのだ。なのに、スネイプ先生が知っていたということは、先生は独自に調べていたのだろうか?


「セブルス、どうして…断言できるのですか?」


マクゴナガル先生は、戸惑いを隠せない声色でスネイプ先生に尋ねる。スネイプ先生の顔は、若干青ざめているようにも見えた。


「セレネ・ゴーントの言っていることの内容は、考えられない事柄ではない」
「それは、そうですけど………でも、でしたらポッターは……」


マクゴナガル先生は、ふらふらっとよろめくと壁に背を預けた。だが、壁に背が当たった瞬間、ハッと何かに気がついたような表情を浮かべた。そして、私に素早く視線を走らせる。


「…ミス・ゴーント、貴女は『ヴォルデモート』の魂だけを斬ることが出来ますか?」


さすがマクゴナガル先生だ。頭の回転が速い。私は最後の一口を口の中に押し込むと、笑みを浮かべた。


「先生の言うとおり、私なら『ハリー・ポッター』を殺さずに『ヴォルデモートの魂』だけ殺すことが出来ます」


そう言った瞬間、うなだれていたハリーが顔をあげた。負の感情が大きすぎて虚ろだったハリーの瞳に、『希望』の色が浮かんでいる。


「本当なの、セレネ!?」
「ただ……1つ問題がある」


私はしゃがみこみ、ハリーの目を見つめた。


「私は、『ある目的が達成するまで、ヴォルデモートを攻撃しない』という『破れぬ誓い』を結んでいる。だから、目的達成までヴォルデモートの魂に攻撃できない」
「ある…目的?」


ハリーが聞き返す。『秘密の部屋』で呼吸している生物のすべてが、私に注目をしている。私はゆっくりと頷くと、口を開いた。


「アルバス・ダンブルドアを殺すこと」


周囲に動揺が走った。せっかく温まった『秘密の部屋』が、一段と冷え込んだ気がした。私を見つめていたハリーの瞳には、再び絶望の色が浮かび上がる。ハリーだけではない。ハリーの横で転がっているネビルも目にも、入口の所に立っている
先生方やロン、ジニーの目にも、明らかな動揺が浮かんでいた。ジニーが、ひぃっと小さな悲鳴を上げる。


「つまり……貴女は、貴女は…ダンブルドアが死ななければヴォルデモートに危害を加えることが出来ないのですか?」


マクゴナガル先生が、やっとの思いで絞り出したような震える声を出す。


「先生、その…分霊箱を壊す方法は……この人の『眼』を使う以外にないの?」


ジニーが恐る恐るという感じで、マクゴナガル先生に尋ねる。だが、マクゴナガル先生は答えない。代わりに答えたのはスネイプ先生だった。


「『バジリスクの毒』や『悪霊の火』で壊すことは可能だ」
「なら……」
「だが、ミス・ウィーズリー。それは『通常の分霊箱』の場合だ。ポッターにバジリスクの毒を注入すれば、確かに闇の帝王の魂は破壊できる。だが、それと同時にポッターの肉体も死ぬ」


スネイプ先生は、苦虫を潰したような顔をしていた。スネイプ先生の言葉を聞いたジニーの青かった顔色は、幽霊のように白く変化した。
分霊箱を壊すことは、簡単だ。今も監視を続けてくれているアルファルドに頼み、牙で一刺ししてくれればいいのだ。だが、それだと『ハリー・ポッター』という肉体まで滅んでしまう。肉体という器がなくなったハリー自身の魂は、行き場をなくしそのまま死ぬしかなくなる。同様のことが、悪霊の火など他の方法にも当てはまるのだ。


「じゃあ、『アバタ・ケタブラ』は?それで、ヴォルデモートの魂だけ殺すんだ!そうだよ、そうすれば、こんな奴に頼る必要なんて、ないじゃないか!」


ロンが『名案だ!』とでも言わんばかりの表情で叫ぶ。だが、マクゴナガル先生は渋い顔のまま首を横に振った。


「ですが、……ポッターの魂が殺され、ヴォルデモートの魂が生き残る可能性もあるんですよ」
「あっ……」


若干昂揚していたロンの表情が、一気に萎んでいく。
『アバタ・ケタブラ』で、ヴォルデモートの魂だけを殺せる可能性はある。もともと、ハリーという魂に付着している寄生虫のようなもの。ハリーの盾代わりになって、ヴォルデモートの魂だけ死ぬかもしれない。だが、ヴォルデモートの魂だけが残って、ハリー自身の魂が死んでしまう可能性もあるのだ。肉体の主導権を得たヴォルデモートの魂は、『ハリー・ポッター』になり替わってしまう。そうなってしまったら、大問題だ。


私は微かに震えているハリー・ポッターに視線を戻した。そして、この場にいるすべての人に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「ダンブルドアを殺して、ハリーを救うか。ダンブルドアを殺さずに、ハリーを殺すか。ヴォルデモートを倒す選択肢は、それしかない」


どの人の瞳も、葛藤が浮かんでいる。
ダンブルドアが死んでも、ハリーが死んでも、魔法界に奔る戦慄は激しいものとなる。どちらも(恐らく)この場にいる人達の心の柱であり、反ヴォルデモート運動の象徴だ。だが、ヴォルデモートを倒すには、そのどちらかを亡くさなければならない。まさに『苦渋の決断』だろう。
息が詰まるくらいの沈黙が続く。そして、それを最初に破ったのは……


「僕は……」


ハリー・ポッターだった。ピリッとした緊張感が、秘密の部屋に奔る。……まさかハリーが最初に口を開くと思わなかった。てっきり、マクゴナガル先生かスネイプ先生、または私を否定する言葉をロンが叫ぶと思っていた。じぃっとハリーの虚ろな瞳を見返す。

ハリー・ポッターは、絞り出すように……自分の意志を口にした。





















SIDE:アルバス・ダンブルドア


帰ってきたワシは、座りなれた椅子に腰を掛ける。歴代の校長たちを描いた肖像画が、口々に『おかえりなさい』と告げる。ワシは彼らに軽く会釈をすると、そっと目を閉じた。
だからといって、眠ったわけではない。これまでの考察を整理することにしたのじゃ。


分霊箱のありそうな場所の特定が出来た。トム・リドルが、孤児院時代に訪れた洞窟じゃ。もう少ししてから、ハリーに分霊箱の件を話そう。ハリーが分霊箱を壊そうと決意して初めて、ワシの計画も最終段階へと進む。トム・リドルも、まさかワシがここまで行動しているとは予想していないじゃろう。トムが魔法界最強の杖、通称『ニワトコの杖』を探している間に、確実に奴の退路をワシは潰していく。まさか、『ニワトコの杖』はワシの杖で、それはトムの目の前で破壊されたとは想像もしていないはずじゃ。そして、トムが我に返った時、すでにハリーに課した全ての準備が整っているはず。その頃には、ワシは死んでいるということにしておこう。ワシがいたのでは、ハリーがワシを頼りにしてしまい、一歩前に踏み出せん。すべての伏線が仕上がったら、死を偽装して、遠くで暮らすことにしようかの。


『ヴォルデモート』を倒し、英雄としてイギリス魔法界の頂点に立つ。その役目の適任者は、『生き残った男の子』であるハリーしかおらん。



ただ、1人、要注意人物がいる。
ワシは、義手となってしまった右腕に目を落とした。


『セレネ・ゴーント』。『スリザリンの継承者』であり、『直死の魔眼』を持つ少女。元・封印指定執行者のクイール・ホワイトに育てられたと知った時には、魔術もたしなんでいるのかと疑ったのじゃが……そんなことはなかった。クイール・ホワイトは魔術の存在自体をセレネに教えなかった。恐らく、『普通の少女』として生きてほしかったのじゃろう。それは、ワシにとって好都合じゃ。
下手に、魔術師と敵対できないからの。時計塔と戦わなければならなくなったら、いくらワシでも少々キツイ。だから、セレネが魔術師じゃなくて本当に助かった。

最初の年、放っておいたのじゃが…ハリーのために用意した課題を、いとも簡単に解いてしまった。あれでは不味い。そう考えたワシは、気を失ったセレネ・ゴーントに『記憶修正魔法』をかけようとした。じゃが、ワシは魔法をかけるのをやめた。セレネには『他の人と異なり、セレネだけ記憶を操る術が効かない』と言ってあるが、あれは嘘じゃ。


空気をためすぎた風船が破裂するように、負の感情をためすぎた人間は爆発する。


それを狙ったワシは、わざと嘘をついたのじゃ。もっとも、『』と脳が密接に関係しているせいで、記憶を操る術が効きにくいということは確かじゃがの。

マグルの世界に『原子力』というモノがあると聞く。原子力は『電気』を発生させ、マグルの暮らし向上に大きく貢献しておる。だが、使い方を間違えれば、世界崩壊の危機に直面する破壊力を秘めているのだそうじゃ。それと同じで、セレネ・ゴーントは味方に付いてくれればこれほど頼りになる戦力はいない。だが、それと同時に不安要素じゃ。ヴォルデモートの血縁として、裏切る可能性がある。ワシがいくら『信用しておる』と公言しているセブルス・スネイプでさえ、元死喰い人だから騎士団から忌避されている。『継承者』であるセレネが入団したら、セブルスより一層嫌われるじゃろう。だがセレネは、ああ見えて人望があるのじゃ。現にスリザリン生からの信用は厚く、ハーマイオニー・グレンジャーやネビル・ロングボトムといったグリフィンドール生からも信用されている。騎士団員にしてしまったら、確実に『ハリー派』と『セレネ派』に分かれ、『不死鳥の騎士団』が内部分裂を起こしてしまう。そんな未来が浮かんでくるのじゃ。
だから、ワシはセレネをわざとトムの陣営に入るように仕向けた。


ハリーの友人らしいが、不安要素は取り除いておくのが大切じゃ。すべては、出来る限り最小の犠牲でトム・リドルに勝つため。可哀そうじゃが、セレネには表舞台から退場してもらわなければならぬ。もちろん、殺すという意味ではない。記憶をけし、マグルの世界で新たな人生を歩めるようにバックアップするつもりじゃ。『スリザリンの継承者』『ヴォルデモートの身内』という汚名を背負い、魔法界を生きていくよりも、全てを忘れてマグル界で生きていく方が……彼女のためじゃ。


ワシがセレネを取り除こうとしていることを、素早く察知したクイール・ホワイトの行動は見事としかいえん。ワシの手が届かぬ日本へ、いつでも逃げられるように手はずを整えるなんて感服じゃ。しかも、リドルが復活するはるか前から行動するなんて、ふつう考えられん。まぁ、実際に逃げる手はずについてセレネに伝える前に、カルカロフに殺されクイールが立てた計画は、全て水の泡になったようだがの。『教師』として行動したのが仇になったようじゃ。『父親』として観客席に腰を掛けておれば、死なずに済んだのに。



今までの計画で、誤算じゃったのは『アステリア・グリーングラス』にかけた『忘却呪文』が切れていたことじゃ。完璧にかけたはずなのに、なぜ解けてしまったのじゃろう?おかげで、アラスター・ムーディを誤魔化すのに苦労した。謎を解明すべく、ワシは自然な流れでアステリアと接触をしようとしたのじゃが、ミス・ブルーの訪問で接触できなかった。何でも『近くに寄ったから、遊びに来たわ』と言っていたが……果たして本当にそうなのじゃろうか?
それから、バジリスクことも気になる。遅かれ早かれセレネ・ゴーントは脱獄したじゃろう。だが、その方法にバジリスクが加担するとは予想外じゃった。この城からアズカバンまで、動物の足では3か月かかる。いくら蛇の王者バジリスクでも、人目につかずに、たった数日でアズカバンまで到着するなど不可能。いったい、だれが連れて行ったのじゃろうか。
あの数日、城に誰かが不法侵入した形跡はない。セレネは気がつかれていないと思っているが、秘密の部屋から外に出るパイプは、常日頃…不死鳥のフォークスに監視させておる。だが、そこからも侵入した人物はいなかった。ということは、内部犯の仕業じゃ。一番最初に候補として挙げられるのはセブルスじゃが、セブルスは違う。セブルスには、もし裏切った場合、それが判明する魔法をかけてある。その魔法が発動していないということは、まだ裏切っていないということじゃ。では、誰じゃ?生徒とは考えにくいが……



ワシは、大きく息を吐き出す。そして椅子から立ち上がったワシは、すたすたと戸棚の方へ歩いた。あの戸棚には『憂いの篩』が収納されておる。あれに今考えたことを蓄積させ、あとでもう一度見直すことにしよう。

そう考えながら、戸棚の途に手をかけたときじゃった。杖の先端のような感触が、背中に突き付けられたのじゃ。


「…アルバス・ダンブルドア」


静かな怒りに満ちた声が、背後から聞こえてくる。まさか、こんなに早くここまで来るとは思ってもみなかった。じゃが、それも計画のうちじゃ。
ワシは心の中で笑みを浮かべると、背後の生徒に話しかけることにした。まるで、昔からの友人と話すみたいに。


「君が来るのを、待っておったよ」





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12月27日…一部訂正
1月1日…〃



[33878] 81話 殺意を抱く者達
Name: 寺町 朱穂◆ef52c802 ID:7dfad7d2
Date: 2013/01/20 15:00
SIDE:ハリー・ポッター


僕は、セレネの黒々とした瞳を見上げる。
ダンブルドアが死んで僕が助かるか、僕が死んでダンブルドアが助かるかの二択だとしたら、僕が選ぶ答えなんて決まっている。


「僕は、ダンブルドアを殺したくない」



僕の声が、『秘密の部屋』に響き渡る。
僕はダンブルドアを殺したくない。だけど、僕はまだ死にたくない。なら、選択肢3番を探せばいい。ダンブルドアを殺さずに、僕の中にあるヴォルデモートの魂だけを殺す方法を探すのだ。もちろん、そんな都合の良い話が転がっているわけない。探すのは苦難の道になることだろう。でも、これが一番だと僕の直感が告げていた。

そんな僕の返答は、セレネにとって予想外だったのだろう。今まで無表情と言う名の仮面を被っていたセレネの表情に、驚きの色が奔った。セレネは眉をあげて、僕を見下ろす。


「……アンタ、それでいいの?」
「ダメだ、ハリー!!」


ロンが叫ぶ声が聞こえてくる。僕の大切な親友の悲痛に染まった声だ。ロンは僕とセレネの間に入ると、迷わず杖を取り出した。


「こいつは、スリザリンの継承者だ!ヴォルデモートの手先だぞ?僕たちを騙して、ヴォルデモートの都合のいいようにしようとしているんだ!!」


ロンの杖を持つ手が、震えている。セレネは、黙ってロンを見上げていた。そして、どこか呆れたような口調で話し始める。


「あのな、私はヴォルデモートと利害関係が一致しているってだけ。ダンブルドアさえ死ねば、ヴォルデモートは……ただの敵だ」
「そんなの…」
「待って、ロン」


僕はロンの言葉を遮った。ロンが驚いたように、僕を見下ろす。セレネの視線が、ロンから僕に移った。僕はセレネの黒い瞳を、真っ直ぐ見つめた。セレネには聞きたいことが、山ほどある。ルーナを殺したのは誰なのかということとか、僕たちの記憶が改ざんされているかもしれないということとか。その中でも、一番聞きたいことは……


「セレネ、僕は…どうして君が、そんなにダンブルドアに執着するのか分からないんだ」


ダンブルドアとセレネが対峙した時、セレネが発する殺気は言葉で言い表せないくらい激しいモノだった。キングズリーの放った『失神呪文』でセレネが倒れた後も、僕の背中には耐え難い悪寒が残っていたのを覚えている。普通、あそこまで殺気を放てない。どうして、セレネはあそこまでダンブルドアに執着するのだろう?たかが、記憶を改ざんされたくらいで人を殺そうとするとは信じられない。僕はセレネが、そんな心の狭い人間に思えなかった。
それだけじゃない。セレネの義父であるクイールは、死喰い人『カルカロフ』に殺されたのだ。何故、わざわざ敵側につくのだろう?僕は、実の両親を殺したヴォルデモートが憎くて仕方ない。セレネは……憎くないのだろうか?


「殺される前に殺す。……それだけだ」


セレネは感情がこもっていない声で、返答する。僕の頭は、真っ白になった。
ダンブルドアが、セレネを殺す?そんなことありえない。ダンブルドアが、そんなことするはずない。僕がそのことを口にする前に、先生方が声を出した。2人とも、訳が分からないという表情を浮かべている。


「どういうことだ、セレネ」
「説明してください、ミス・ゴーント!」


2人とも、秘密の部屋に足を踏み入れる。ジニーが慌てたように2人の背中を追った。そんな3人を、セレネは黙って見つめている。


「先生、私は『スリザリンの継承者』です。あのダンブルドアが…そんな危険分子を野放しにしておきますか?いいえ、野放しにするわけありません。私は、死んだ父さんのためにも……生きなければならないんです。こんなところで、危険分子って理由だけで死んだら、あの世で父さんに顔向けができない。父さんは私に『生きて』欲しかったんだから」
「ミス・ゴーント、貴女は何を言っているのですか?」


マクゴナガル先生が、驚いたように目を見開く。そして、セレネに言い聞かせるような調子で言葉を紡いだ。


「いいですか、ダンブルドアは、どのような人物であったとしても『やり直すチャンス』を与えてくださいます」


マクゴナガル先生の視線が一瞬だけ、真っ青な顔をしたスネイプに向けられたのを、僕は見逃さなかった。だが、それはほんの一瞬で、マクゴナガル先生は再びセレネに視線を戻した。


「それに、ダンブルドアは貴女に、不思議なメガネを渡していたではありませんか。貴女を苦しませないように、眼鏡を渡したんですよ?」
「まさか」


耐え切れなくなったように、セレネは口を開いた。それは、今まで聞いたことがない…セレネの悲痛に満ちた声だった。マクゴナガル先生は、ハッとしたかのように口を閉じる。


「ダンブルドアは、私を誘導していた」


まるで僕たちを軽蔑するかのように、セレネは一連の出来事を語り始めるのだった。


「そこにいる4人には、すでに話しただろ?賢者の石を護りきったのも、トム・リドルの宿った日記を破壊し、そこの少女を救ったのも私だ。あの時は下手に目立ちたくなかったから……それらの行いをハリー・ポッターがしたということに周囲の記憶を改竄するダンブルドアの提案に賛成した。だが……」



セレネの瞳の奥に、一瞬…ほんの一瞬だけ赤い光がチラつく。


「父さんの死を『心臓病』と偽ったことは、赦したくない」
「なに!?」


沈鬱そうな表情を浮かべていたスネイプの表情に、驚きの色が奔った。マクゴナガル先生も驚いたような表情を浮かべる。


「……確かに『心臓病』とした方が都合がいい。城内で死人が出るというのは醜聞に繋がる。魔法省やマスコミへの対応やらなんやらで、まともに授業が行えない。……私1人が我慢すれば、残りの生徒たちが迷惑しなくて済む。そう考えれば、ダンブルドアの選択は正しいかもしれないな。

だけど、私にも我慢の限度というモノが存在する」


セレネはそっと目を閉じる。何かを耐えるかのように……


「それに、マクゴナガル先生。もしダンブルドアが、『やり直すチャンス』を与えるとするならば、私が投獄された際……すぐさま『私』を助けようと動いたはずです。……でも、ダンブルドアはそんなことをしなかった」


マクゴナガル先生は、『そういえば……』というような表情を浮かべた。
ロンが何か言おうと、口を開こうとする。たぶん、怒りのあまり赤く染まったロンの表情から察するに、セレネの言い分に反論しようとしていたのだろう。だけど、スネイプがロンを手で制した。


「ダンブルドアが私に『眼鏡』を与えたのは、『飴と鞭』の『飴』を与えられたようなモノ。善意で与えられたものではなかったんだ」


秘密の部屋に重い空気が漂う。押しつぶされそうな重い空気だ。誰もが沈鬱な表情を浮かべ、セレネを凝視している。


「…信じ…られないわ」


最初に沈黙を破ったのは、ジニーだった。可哀そうなくらい顔から色が抜け落ち、震えている。頭を抱え、今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。


「わ、私……やっぱり、信じられない。私は…私は……」


だが、ジニーがその先の言葉を紡ぐことは出来なかった。秘密の部屋の入口辺りから、一筋の銀色の光が飛び込んできたからだ。銀色の光の塊は、マクゴナガル先生の前で止まり、オオカミの姿へと形を変えた。ぐわっとオオカミが口を開き、そこから信じがたい言葉が飛び出した。














SIDE:???


「『アバタ・ケタブラ』!」


眼をギュッと閉じて、俺は『死の呪い』を叫んだ。とてつもなく重たい閃光が、ダンブルドアめがけて噴出される感じが杖から伝わってくる。肖像画たちが甲高い悲鳴を上げ、何かが床に落ちる音が耳に入ってきた。……これで、ダンブルドアが死んだはず。俺は……人殺しになってしまった。なんともいえない感覚が、体中に奔る。そう、俺は本当にダンブルドアを殺してしまったのだ。


「君には人を殺せぬよ。ミスター・ノット」
「!?」


死んだはずのダンブルドアの声。俺は、慌てて目を開けた。ダンブルドアは、俺をじぃっと見つめている。ダンブルドアの足元には、一山の灰が落ちていた。灰の中では、小さく萎びた鳥のヒナらしき生き物が動いている。……どうやらダンブルドアは、不死鳥に命を救われたらしい。俺は杖を構えたまま、ダンブルドアを睨み返した。


「…いや、俺はお前を殺せる。『アバタ…」


だが、その呪文が言い終えることは出来なかった。ダンブルドアが流れるような動きで杖を振ったとたん、手から杖が抜け落ちてしまったのだ。宙を枯れ木のようにくるくる回り、俺の杖はダンブルドアの義手の中に納まった。ダンブルドアは俺の杖を、ゆっくりとローブの中にしまう。

俺には、もう杖はない。一応、制服の内ポケットに、ペーパーナイフを仕込んでいる。だが、このタイミングで使用したとしても杖同様、簡単に武装解除されてしまうだろう。今の俺に攻撃手段はもちろん、防衛手段もない。……万事休す。俺は、がっくりと膝をついた。


「さて、どうしてここに忍び込んだのか…話してもらおうかのぅ、セオドール」


先程は苗字で呼ばれたが、今度は名前で呼ばれた。その口調は、長年の友人と会話しているかのようだ。だが…俺は何も答えない。


「なるほどのぅ。WWW製『透明帽子』を使って、この部屋に忍び込んだんじゃな。…あぁ、エバラードとエルフリーダ、すまんが魔法省への連絡は待ってくれ。少し、この青年と話がしたいんじゃ」


エバラードとエルフリーダと呼ばれた肖像画は、しぶしぶという雰囲気で額縁の中にとどまった。再びダンブルドアの青い目が、俺に向けられた。セレネの『蒼』とは違う、全てを見透かすような『青』。背筋に蛇が這いずられたかのように、ぞくぞくとした。


「君は、どうしてワシを殺そうとしたんじゃ?」
「……さぁ、なんでだろうな」


俺は、華奢な足のテーブルの上で、のどかにポッポっと煙を吐いている銀の道具に視線を向けた。

何で、ダンブルドアを殺そうとしたか?あぁ、理由なんて決まっている。


アイツに人殺しをさせたくないからだ。いくら、アイツがダンブルドアに対して深い憎悪の感情を持っていたとしても、人殺しだけはいけない。


セレネが好きだから。セレネに幸せになってほしいから、これ以上傷ついて欲しくない。ただでさえ、義理の父親を亡くし、辛い思いをして、アイツは自分を追い込んでしまったのだ。それを思うと、胸が痛い。なんでもっと早くに、気がつくことが出来なかったのだろうか。俺は、何故……セレネを支えることが出来なかったのだろう。後悔ばかりが渦巻いていく。



「こんな夜中に、どんな要件かな?」


ダンブルドアは、落ち着いた雰囲気を保ったまま問いかける。


「さぁ」


俺ははぐらかすと、そっぽを向いた。窓の外は、だんだんと西日の影響でオレンジ色に染まっていく。



アイツがアズカバンから脱獄したというニュースを聞いたときは、嬉しかった。アズカバンから脱獄して、そのまま国外へ逃亡したならそれでいい。たとえ逃亡先であったとしても、アイツが幸せに暮らせるなら、俺は満足だ。……俺はイギリスで、遠くに暮らすアイツが幸せになってくれることを祈るだけで、ダンブルドアの殺害を実行に移すことなんてしなかったはずだ。


だが、俺はセレネが『ここ』にいるということに気がついてしまった。




先日、ドラコの見舞いに行ったとき……ドラコが起きてすぐに口にした『セレネ』という言葉。そして、ドラコの顔に浮かんだ困惑の色。ドラコは『何でもない』と言っていたが、どうも怪しい。そう思った俺は、ドラコと一緒に行動していたというアステリアを問い詰めることにした。最初は渋っていたアステリアだったが、つい数時間前に教えてくれた。

まさか、アイツがホグワーツにいるとは……。あのセレネが、ホグワーツと言う危険な場所にとどまり続けている理由は、1つしか考えられない。十中八九、アイツはダンブルドアを殺そうとしているのだろう。自分の運命を狂わせた1人であるダンブルドアを殺すため、虎視眈々と息をひそめているセレネの姿が脳裏に浮かぶ。
俺は、これ以上…アイツに罪を背負ってほしくない。そのためなら、俺は……


「セレネ・ゴーントのためじゃな?」


ダンブルドアは、俺の考えを見通しているらしい。女のために、命を捨てるなんて気恥ずかしい。それに、アイツをあんな目に合わせた内の1人に、こんなことを頼むのは嫌だ。…だが、これもアイツのためだ。俺はごくりと唾を飲み込むと、決意を固めた。


「…アイツを殺すつもりですか?」
「殺しはしない」


ダンブルドアは、ゆっくりと言う。俺の心の中に、ほんの少しだけ安堵の色が浮かぶ。だが、忘れていはいけない。目の前にいる老人は『殺しはしない』と言っただけ。他の危害を加える可能性があるということだ。俺は更に気を引き締める。ダンブルドアは、俺の心を読んだのだろう。悲しそうに顔を歪ませると、静かに口を開いた。


「セレネ・ゴーントは、罪を犯し過ぎておる。ワシには何もできん。『罪には罰を』という言葉があるのを知っておるかの?」
「『セブルス・スネイプ』にも、罪があると思いますが」


俺がスネイプ先生のことを口にすると、ほんの少しダンブルドアの身体が動いた。俺はダンブルドアが話し始める前に、言葉を続ける。


「スネイプ先生は、もともと『死喰い人』です。それなのに、一回も裁判にかけられることもなく、アズカバンに収監されたこともない」
「スネイプ先生は、信頼に値する人物だからじゃ」
「アイツは、信頼に値しないのですか!!」


俺は、ダンブルドアの青い瞳を凝視した。ダンブルドアの瞳の奥には、寂しげな色がちらついていた。一言一言を繰り出すのがつらいように、ダンブルドアはゆっくりと言った。


「ワシとて、セレネ・ゴーントを信頼したい。だが、魔法省は信頼しないじゃろう。スネイプ先生は、死喰い人として表舞台に立っていなかったから、まだ助けることが出来た。しかしセレネは、ワシの右腕を切り落としてしまった」


そう言いながら、義手をさするダンブルドア。俺は奥歯を噛みしめた。つまり、もう打つ手がないということなのだろうか。……いいや、ここで諦めたらダメだ。ダンブルドアはもっとも偉大な魔法使いと世間で称されているし、それは今でも変わらない。ダンブルドアは、イギリスで魔法省大臣に匹敵する権力を持っているのだ。人を傷つけたという罪を消すことは出来なくても、少しでも刑を軽くすることくらいは、出来るのではないだろうか。


「ダンブルドア…先生なら、それでもセレネを救うことが出来るのではないでしょうか?」


すると、ダンブルドアは俺を見下ろした。そのまなざしは、どこか冷めているようでもあり、どこか懐かしい光景を見ているようにも感じた。


「では、セオドール。その代わりに、君はワシに何をくれるんじゃ?」
「か、代わりに…ですか?」


思考が停止する。
ダンブルドアが言っていることは、一理ある。何かを得るためには、同等の対価を支払わなければならない。それは当然のことだ。
セレネを助けてもらう代わりに、俺が差し出す対価。いったい、何を支払えばいいのだろうか。俺の手元には、セレネの対価と言えるものが何もない。金?家?それとも俺の命?…いいや、そんなものではセレネの命と釣り合わない。
俺はしばらく黙った後、ようやく答えた。


「なんでも構いません。俺が出来ることなら、なんでもします」


ダンブルドアは、俺が答えた後も黙っていた。黙って俺を見下ろしている。校長室を取り囲むように掲げられている肖像画たちも、じっと黙って俺たちを見下ろしていた。絶対的な沈黙が、空間を支配していた。俺もダンブルドアも何も言わないし、肖像画たちも物音ひとつ立てなかった。先程まで囀っていたヒナ鳥ですら、沈黙している。

そして、永遠という時間が流れたように思えた頃……ようやくダンブルドアの口が開いた。


「そうか、君は似ておるの。…いや、似ておらんか」


どこか興味深そうな口調で言いながら、ダンブルドアはゆっくりと棚を開けた。一体、ダンブルドアは、どのような結論に達したのだろうか。俺が呆気にとられているうちに、ダンブルドアは棚の中から瓶を取り出した。当惑を隠せない俺に対して、ダンブルドアは初めて、ニコッと笑いかける。


「実は、君と同じような提案をしてきた少女から、『クリスマスプレゼント』として送られてきたんじゃよ」


ダンブルドアの手の中にある瓶のラベルに記されていたのは《オーク樽熟成蜂蜜酒》という文字。俺は思わず目を丸くしてしまった。たしか『三本の箒』で売られている飲み物の中では、1番高額な酒だったはずだ。酒が苦手な人であっても、飲めば上機嫌になると言われている。ダンブルドアは黄金色の酒を惜しむことなく、こぽこぽとゴブレットに注いでいく。


「和解と契約の印じゃ。セレネ・ゴーントを助けよう」


ダンブルドアは微笑みながら、ゴブレットを俺に差し出した。どうやら、契約が成立したという意味らしい。俺はホッと安堵の息を漏らして、ゴブレットを受け取る。だが、飲むことが出来なかった。何故だかわからないが、ダンブルドアをまだ信用してはいけないような気がしたのだ。『ダンブルドアを相手にするときには、裏の裏のそのまた裏を考えなければならない』と言うセレネの姿が脳裏に浮かぶ。…本当に、これでいいのだろうか。
そんな俺の疑念を見破ったらしいダンブルドアは、ゴブレットを少しだけ掲げた。


「安心しなさい、毒など入っておらん」


ダンブルドアは不快そうな顔一つせず、蜂蜜酒を口に含んだ。ダンブルドアは『ほれ、なんともない』と言わんばかりの表情を俺に向けた


「おい!」


…かに見えた。ダンブルドアはゴブレットをポトリと床に落とす。まだ半分ほど残っている蜂蜜酒が、床全体に広がっていく。ダンブルドアの体はぐしゃりと崩れ、手足が激しく痙攣し始めた。口から泡を吹き、両眼が飛び出しかけていた。


「ふざけるなよ!」


せっかく、約束までたどり着けたのに。これでは、セレネを本当に助けることなんてできない。すぐにダンブルドアを助けようと思ったが、解毒薬なんて普段から持ち歩いていない。そもそも、この毒の成分が何だかわからない以上、下手に解毒薬を投与できないのだ。


「右の棚、右の棚じゃ!!」


一番近くにいた赤鼻の肖像画が、慌てたように叫ぶ。俺は言われた通り、右の棚に飛びつく。そこには、俺が持っているモノよりも遥かに上等な、魔法薬キットが入っていた。様々な瓶や袋を引っ張り出す。だが、どれも役に立てそうなものは入っていない。その間にも、ゼイゼイと苦しそうなダンブルドアの断末魔が耳に入ってくる。畜生、畜生、なんで見つからないのだろう。俺は必死で袋を探り、やっとの思いで1つの石をつかんだ。萎びた腎臓のような石……ベゾアール石だ。ヤギの胃から取り出す石で、たいていの毒薬に対する解毒剤になる珍しく高価な石。俺はダンブルドアの傍に飛んで戻り、顎を開け、ベゾアール石を口に押し込んだ。


だが、何も起こらなかった。なぜなら、ダンブルドアは動かなくなっていたからだ。

ダンブルドアの眼鏡が外れ、口はぱっかりと開き、そしてあの青い瞳は閉じられていた。俺がベゾアール石から手を離すと、コトンと音を立てて石は転がる。肖像画が嘆く声が、不思議と遠くから聞こえてきた。


「ちょっと……なによ、これ…」


くすんだ茶髪の女性が、いつの間にか入口に立っていた。確か、ニンファドーラ・トンクス。父親の仕事の関係で一緒に魔法省に出かけたとき、見かけた闇払いの女性だ。ダンブルドアと会う約束でもしていたのだろうか、と思考停止寸前の脳は考える。俺は、トンクスに返事をすることが出来なかった。口を開いても、言葉が出ない。そんな俺を見るに見かねたのか、1人の肖像画が、やれやれと言わんばかりの表情で口を開いた。


「…蜂蜜酒を飲んだ瞬間、ああなってしまったのだ」


少し偉そうな雰囲気を漂わせているその肖像画は、トンクスの問いに対し、沈鬱な面持ちで答えている。トンクスはフラフラと後ずさりしたが、やはり闇払いだ。ギュッと感情を押し殺すように唇を噛みしめると、杖を振るった。杖先からは、とても大きな銀色の四足の生き物が現れ、校長室から矢のように飛び去って行った。恐らく、あれはトンクスの守護霊なのだろう。ここで起こった出来事を、誰かに伝えに行ったのかもしれない。
どこかへ飛び去って行く守護霊を見送ったトンクスは、力尽きたように近くの椅子に座り込んでしまった。ダンブルドアの死を嘆く肖像画の声と、ヒナ鳥の不死鳥が灰の中で、チュッチュッと何かを惜しむように鳴く声だけが、校長室に満ちている。



ダンブルドアが死んだ。

これで、セレネが人殺しをする必要はなくなったのだ。それは嬉しいことだが、せっかくダンブルドアがセレネを救うと約束してくれたのに、このざまだ。一体、誰が蜂蜜酒に毒なんて盛ったのだろうか?あそこまで穏やかな顔で疑いもなく毒を飲めるとは、考えられない。だから、きっとダンブルドアは毒が入っていることを知らなかったのだろう。


送り主は、誰だ?

俺は徐々に暗くなっていく床を見つめたまま、全力で頭を働かせた。
確か、ダンブルドアは送り主を『少女』と言っていた。しかも俺と同じような提案…つまり、セレネを助けてほしいという提案をしたらしい。そんな提案をする少女は、俺の知る限り5人しかいないし、実際…その5人しかいないだろう。
ダフネ・グリーングラス、アステリア・グリーングラスの姉妹。ミリセント・ブルストロードとパンジー・パーキンソン。他寮で考えるとするなら、ハーマイオニー・グレンジャーの5人だ。その中で、一番ダンブルドアにクリスマスプレゼントを送っても怪しまれないのは……


「まさか、な」


1人の少女の顔が、脳裏に浮かび上がってくる。学年有数の頭脳を持ち、ハリー・ポッターとも親しい少女。だが、彼女が犯人であるとすれば、もっと頭の良い殺し方をする気がする。だが、人は追い詰められたら思いもよらない行動に出る。世間一般には『頭の良い行動』と言わないような行動に奔ることが多々あるのだ。それこそ……セレネのように。


「ダンブルドア!!」


マクゴナガルとその他数人が入ってくる足音が聞こえる。新しく入ってきた人たちが、息をのみ、ダンブルドアに駆け寄る音を耳にした。誰かが嘆き、誰かが激高し、誰かが床に座り込む音を耳にした。だけど俺はただ黙って、床を見つめていた。


「…ノット、か」


ふと、懐かしい声が聞こえてくる。ここにいるはずのない人の声。はじかれたように俺は、うつむいていた顔をあげた。

肩より少し長い髪も、黒々とした瞳も、服の袖口からすらりと伸びた白い手も、記憶にある彼女と変わらない。異なる点を挙げるとするなら、縄で両手の動きを封じられていることくらいだろう。
ダンブルドアが死んでいることに、そしてその場に何故か俺がいることに、驚いているのか驚いていないのか、それは分からない。ただ、眼鏡がない分、新鮮に感じた。
セレネに言いたいことは、色々ある。数えきれないくらい沢山の文句を言いたい。でも、その中で一番言いたいことは……


「ようやく、森から戻ってきたんだな」


どことなく拗ねたような口調で、その一言だけをセレネに告げた。
その一言が告げられただけでも、良かったと思うべきなのだろう。こうして、再びセレネとホグワーツで会えるなんて、考えたこともなかったのだから……


「……あぁ、ちょっと迷った」


セレネは少し戸惑うような表情を浮かべた後、ほんの少しだけ微笑んで答えてくれた。それだけで、俺は十分だ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

1月1日…一部訂正

1月20日…一部加筆




[33878] 番外編 お願い!アステリア相談室
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/01/06 16:56
時間系列の決まっていない、番外編です。本編との関係は、全くありません。
一種のパラレルワールドのように、考えてくれたら嬉しいと思います。

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1月1日

キャスター付きの椅子に、ぼんやりと腰を掛けていた。面倒だった新年会も無事、抜け出すことに成功。ホッと一息ついたとき、目の前にアステリアがひょっこり現れたのだ。日本の袴姿で薙刀を携えていた姿は、西洋人にしては意外にも似合っていた。どうして、アステリアがあんな恰好をしていたのかは、分からない。それを問う前に、私はアステリアに拉致されてしまったからだ。アステリアに腕を強くつかまれ、どこにでもあるような小さな教室に連れて行かれた。


「これは、せっかく新年を迎えたのに、あまり喜ぶことのできない憂鬱な気持ちを抱えている人達のための相談室ですよ。ここで悩みを相談することで、少しでも心軽やかに新年を過ごしてもらおうという相談室です!」


…そのような相談室は、新年よりも大晦日に設けた方がいいのでは?と考えたセレネだったが、何も言わないことにした。作ってしまった企画は仕方がない。起こった出来事を元に戻すことなんて、『逆転時計』を使ったとしても、無理な課題なのだから。


「それで?なんで私を連れてきたんだ?」


少しぶっきらぼうに尋ねると、アステリアは泣き出しそうな表情を浮かべた。大きな瞳をチワワのように潤わせながら、私を見上げてくる。


「すみません、先輩!私…この後、ある人の所へあいさつ行かないといけなくなってしまったんです。だから、代わってください!!」
「代わってくださいって……そりゃあ、代わってあげたいが……」
「ありがとうございます、先輩!!」


私の言葉を中途半端なところで遮ったアステリアは、風のように去って行った。まるで、私が反論する暇を与えないように……。1人…相談室に残された私は、仕方ないので、そのまま部屋にとどまっている。面倒だからアステリアの代理なんてやりたくなかったが、だからといって他にすることもないのだ。暇つぶしにはなるだろう。


「でも、本当に誰か来るのか?」


机に肘をつけ、衝立を眺める。そう思った時のことだった。都合よく、扉をノックする音が聞こえてくる。私はやる気のない声で、


「どうぞ」


と入室を許可する言葉を告げた。すると、ドアがガラガラと開く。


『“アステリア相談室”は、ここであってるか?』


ご丁寧に、ボイスチェンジされた声。衝立の向こうの人物が、男なのか女なのか、子どもなのか大人なのか、それすら分からなかった。……それにしても、なんという安直なネーミングだろう。だが、突っ込むのが面倒なので、私は一言「そうだ」と告げることにする。


「それで、悩みは何?私、早く帰りたいんだ」
『なんだよ、このやる気0な相談室!!
……まぁいいか。匿名希望の俺の悩みはな、原作に比べて…登場回数が少なすぎることだ。…どう思う?』


なんと答えていいのか、よく分からない。相手は自分の名前を私に教えていないのだ。どう思うも何も、相手のキャラが分からないので、答えることが出来るわけない。この相談者、頭が軽い人物なのだろうか。何人か、候補に挙がる人を思い浮かべながら、私は相談者に問い返した。


「…そうか……それは、作者の匙加減だからな。どうにもならないから、もう帰れ」
『おいぃぃ!!帰れってないだろ、帰れって!!』


衝立の向こうの相談者は、犬のように吠える。


『原作ではさぁ、ハリーに適切な助言を与える良き名付け親だったのに、この話ではなんだよ!影薄いし、噛ませ犬だし。せっかく『不死鳥の騎士団編』を生き残ったのに、それ以後の登場回数0だし』


おいおいと泣くような雰囲気で、相談者は語り続ける。私は微妙な表情を浮かべると、小さくため息をついた。


「…シリウス・ブラックか…」
『匿名希望だ!!』
「いや、ハリーの名付け親は、シリウス・ブラックしかいないだろ」


私が指摘すると、相談者…シリウス・ブラックは黙り込んだ。


『俺だって、俺だって……目立ちたいさ。せっかく生き残ったから、目立ちたいさ。なのに、扱い悪くないか?原作と違って生き残ったセドリック・ディゴリーは、結構重要なポジションで再登場しているのにさ』


ボイスチェンジされているので、よく分からないが……どうやら泣いているらしい。大の男が情けないというか、なんというか…。スネイプ先生やルーピン先生と同じ年だとは、まったく思えなかった。まぁ、目の前にいる大人は、青年期のほとんどを『アズカバン』で過ごしたのだ。しかも、私とは異なり吸魂鬼のいるアズカバンだ。少しくらい、精神年齢が後退していたとしても、仕方ないことなのかもしれない。
私は慰め言葉を選んで、シリウスに語りかける。あまり長居されたくない。私は早く、帰りたいのだ。


「だが、この後に出番があるかもしれないぞ?」
『うぅ……実は、出番がない可能性の方が高いんだって……』


空気が一段と下がる。窓なんて開けていないはずなのに、木枯らしが吹きぬけたような気がした。衝立の向こうで、シリウスの泣く声だけが相談室に満ちる。


「まぁ、可能性が高いだけで、0%じゃないんだろ?それに、原作と違って生きているんだ。100%無かったとしても、残りの1%の可能性を追い求めるんだよ」
「いや、100%無理なら、残りの1%なんてないだろ」


シリウスがいったん泣き止み、私の意見を指摘する。私は少しだけ笑みを浮かべた。


「ほら、突っ込む気力あるじゃん。まだ元気なんだから、諦めるなよ。…大人なんだし」


私が言うと、シリウスは少し黙った。何かを考えているみたいだ。


「……そうだな、俺はまだ生きているんだ。もしかしたら、まだカッコいい出番があるかもしれないよな!ありがとう、おかげで吹っ切れたぜ!!」


衝立の向こうのシリウスは、あっけらかんとした雰囲気で吠えると、部屋を出て行った。誰もいなかったかのように、相談室は静まり返る。…私は背もたれに寄りかかり、ぐぅっと伸びをした。本当に疲れたが、まだ1人目なのだ。最初の1人でこんなに疲れていたら、どうするのだろうか。

ガラリ


ノックもなしに、扉が開けられる音がした。そして、音を立てながら椅子に座る相談者。なんて、乱暴な人物だろうか。乱暴者の相手をしないといけないなんて、面倒だ…早く帰りたい…と思いながら、相談者に向き合った。


「それで、名前は?」
『名前は言ってはいけない』


ボイスチェンジされた声が、ゆっくりと告げる。先程のシリウスと同様、男か女かも分からない。もちろん、年齢や職種も一切不明だ。


「そうか。…それで、悩みは?」
『……効果のある育毛剤を知らないか?』
「なんだ、ドラコか」


私は、呆れたように大きく息を吐く。最近のドラコ・マルフォイは苦労が多いせいだからだろう。髪の毛が、どんどん恐ろしいくらいの速さで後退しているのだ。


『違う!』
「……そうか」


私はドラコの否定の言葉を、信じたふりをする。育毛剤を探しているなんて、あまり大きな声で言いたくないことだということを失念していた。しかも、ドラコはまだ成人前だ。言いふらされたくない事柄に、決まっている。クイールだって、育毛剤を使っている姿を私が視た途端、物凄くうろたえていた光景が脳裏によみがえった。


「育毛剤なんて……頼めばいいんじゃないか?ルシウスさんに」
『頼めるか!!』


机の上を、ドンと力強く叩く音が聞こえてくる。……確かに、親には頼みがたい事柄だったかもしれない。愛する1人息子がハゲ始めているなんて、何かあったのではないかと、親を心配させてしまうだろう。ドラコはああ見えて、両親思いなのだ。両親の自慢話をするときの顔は、いつも誇らしげに輝いているし、ミリセントが(もちろん冗談で)ドラコの両親に対する悪口を言うと烈火のごとく怒るのだ。そう、それこそ怒り過ぎて器物を破損させ、あのスネイプ先生に減点されるほどに……


「…そうだな…」


私は唸った。私は育毛剤に世話になったことなんて、1度もない。新年早々、どうして育毛剤に悩まされないといけないのだろうか。


「育毛剤を探すより、ストレスを解消した方がいいんじゃないか?」


悩みに悩んだ末、私は答えを絞り出す。すると、衝立の向こうのドラコが首を傾げる気配が伝わってきた。


『何故だ?』
「いくら、よい育毛剤を使ったとしても、ストレスがたまったら抜けていく一方だ。でも、ストレスなんて生きている限り溜まるもの。なら、効率よくストレス解消して髪が抜けるような事態を防ぐのが大切なんじゃないか?育毛剤に使う予定の金も浮くし、髪の毛も抜けなくなるしで、一石二鳥だぞ」


そう告げると、『ふむ…』と悩む声が衝立越しに聞こえてきた。よし、そのまま帰れ。納得して帰ってしまえ。そう思いながら衝立を眺めていると、幸運なことに椅子が引かれる音が聞こえてきた。どうやら、納得してくれたみたいだ。私は口元に微笑を浮かべた。


『なるほど、その通りだな。では、さっそくマグル狩りでも…』
「待て、待て!それは、待て!」


半ば立ち上がりながら、必死になってドラコを止める。マグル狩りなんて、そんな物騒なことをするとは考えもしなかった。ドラコはいくらマグル嫌いであったとしても、人殺しなんてしないと思っていたのに。そう思っていたのは、私だけだったのだろうか?


『…なにか問題でもあるのか?』
「いや、ありすぎだろ。逆にストレス増えて、髪が抜けるって」
『……』


再び衝立の向こうの人物が、椅子に腰かける音が聞こえてきた。私は、ホッと胸を降ろした。


『マグル狩りがストレスに繋がるのか?』
「マグル狩りと言うか、人殺し全般。いくら自覚症状がなかったとしても、人を殺すという行いには、精神的負担を強いる」


同じ寮の友人であるドラコに、殺人者の道を歩ませたくない。どうすれば『マグル狩り』をやめさせることが出来るか、慎重に言葉を選んで話した。


「空気をためすぎた風船が破裂するように、負担を溜めすぎた心は崩壊する。そうしたら、もう廃人。つまり、生きながらの『死』だ」
『“死”……だと!?』


『死』という言葉が、グサリと心に突き刺さったらしい。衝立の向こうのドラコが、動揺している雰囲気が漂ってくる。私は少し首をかしげた。…ドラコは、そこまで『生』に執着しているように思えなかったからだ。だが、『死』は誰でも恐れる言葉。あのヴォルデモートでさえ、『死』を恐れている。ドラコも『死』を怖がっている可能性は、ないわけではない。むしろ、怖がって当然だ。


『では、俺様はどうすれば……どうすればストレス解消できるのだろうか……』


ドラコは、すがりつくような雰囲気で尋ねてきた。ボイスチェンジされているので、声の調子は分からない。だが、衝立越しに伝わってくる必死さは、思わず椅子を後ろに引いてしまうくらいの迫力だった。私は腕を組みながら、薄汚れた天井を見上げる。
どうすればストレス解消できるか?そんなこと、『自分で考えろ』と言って相談室から追い出せばいい。人に頼っていたら成長なんてしないのだから。…だが、ドラコに考えさせたら『マグル狩り』という結論に再び達してしまう可能性がある。まずは、『マグル狩り』なんて危険な発想に奔るドラコを止めさせる方法と、ストレス解消が繋げられる方法を考えなくては……。


「そうだな……慈善活動でもしてみたらどうだ?」
『慈善…活動?』
「アンタのトコには十分な資金もあるし、ちょうどいいんじゃないか?
下手に趣味を広げて散財するよりも、社会に貢献して汗水流し、感謝された方が気持ちいいと思う」


私が言うと、ドラコが鼻で笑う音が聞こえてきた。


『くだらんな。“無償の愛”か?吐き気がする』
「いや、ストレス解消のための一環……つまり、“下心しかない愛”。感謝されるっていうのは、なかなか気持ち良いもの。騙されたと思って、一度試してみたらどうだ?」
『……考えておこう』


しばしの沈黙の後、ドラコはポツリと呟く。ボイスチェンジされているので、声から雰囲気を判別することは出来ない。ただ、衝立越しに伝わってくる雰囲気は、私の言葉を信じたように感じられた。……ドラコは相談室を去って行った。












~数年後~


『今年の『魔法使い平和賞』に輝いたのは―――『名前を言ってはいけないあの人』!!』


どっと拍手が会場に鳴り響く。それと共に、壇上に上がったのは黒々としたマントを翻す男だった。一見すると、悪人面で慈善活動家には見えないが、この男ほど慈善活動をした男はいない。

マンホールの中や路上で暮らす子供たちには、温かい食事と手厚い看護、そして仕事を与え、大地震が起こったと聞けば、すぐに『姿くらまし』で被災地に急行し、我先にと救援活動をする。マグルが埋めた地雷を、全て『呼び出し呪文』の応用で取り除いたり、戦争が始まる兆候が視えた瞬間、両国の首脳と対面して和解させたりもした。迫害されている巨人やドラゴンにも手を差し伸べ、ともに歩むことを呼びかけた。中世レベルの生活が続いていた魔法界の近代化にも積極的に取り組み、数年で魔法使いが宇宙まで行けるまで科学技術が追いついたのも、彼の功績と言えるだろう。


もう、『今世紀最大の闇の魔法使い』と呼ばれた男には見えない。

魔法使いの多くは、依然として彼を『名前を言ってはいけないあの人』と呼び続けたが、それは恐怖心から呼んだのではない。その呼び名は、『恐れ』ではなく、敬愛の意を込めた『畏れ』へと変化していたのだ。


もちろん最後まで、『ヴォルデモートは、何か企んでいるんだ!』と疑っていた人物もいた。ハリー・ポッターと『不死鳥の騎士団』だ。だが、気がつくと彼らはヴォルデモートに従順な信者に成り下がっていた。…信者になった初期の頃、『服従の呪文』に掛けられたかのように視線が定まっていないときもあったが、大方…記憶操作でも受けたのだろう。視線が定まってなお、ヴォルデモートに従い続けていた。



「…まさか、ヴォルデモートだったとはな…」


魔法界に普及したばかりのテレビを眺めながら、私はポツリとつぶやく。数年前にアステリアから頼まれた相談室のやり取りが、脳裏に浮かび上がってきた。あのときは、てっきりドラコが相談相手だと思い込んでいたが、どうやらヴォルデモートだったらしい。何故、私は気がつかなかったのだろうか……


「おい、失礼だぞ。『あの人』を名前で呼ぶなんて」


隣でパンを口に運んでいたノットが、私を指摘する。その隣に腰を掛けていたダフネやミリセントも、私を非難するような視線を投げかけていた。


「あぁ、すまないな」


私はそう呟くと、ストローを咥えた。画面の向こうに移るヴォルデモートは、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。


『では、受賞者のスピーチです!』


ヴォルデモートがスピーチ台の前に立つ。大歓声に包まれたヴォルデモートが、スゥッと手を挙げた瞬間、場がしん……と静まり返る。物音ひとつ立たない、静かな空間だ。それを確認したヴォルデモートは、にやりと口元を歪ませながらスピーチを始めた。


「この場を借りて宣言したい。誰もが平等で、誰もが幸福だと思える生活を過ごせる国…『魔法界連合国』建国をここに宣言する!!」


耳を貫くような大歓声がテレビの中、いや、私の周りからも湧き上がる。ヴォルデモートを賛美する声だ。数年前の魔法界では、全く考えられない光景。まさか、何気ないあの育毛剤の相談から、ここまで発展するとは思わなかった。


「…セレネ?」


ダフネが心配そうに尋ねてくる。歓声を挙げずに、髪の毛が生えたヴォルデモートを睨みつけている私を異様に思ったのだろう。私は微笑を浮かべる。


「ごめん、ちょっと気分が悪くて」


そう言って席を立つ。もう、こうなってしまっては変えられない。いくら『眼』を使ったとしても、世界は変えることが出来ない。ヴォルデモートが政権を取るなんて嫌だけど、周りに合わせて生き延びるしか手は残されていないのだ。


「セレネ・ゴーントだな?」


部屋を出ると、杖を構えた男たちが待ち構えていた。髑髏の仮面を被っているところから察すると、ヴォルデモートの配下『死喰い人』たちなのだろう。ヴォルデモートが慈善活動をし始めた日から、息をひそめて、ヴォルデモートに危害を加えないよう『普通の学生』として生きていた。だから目を就けれられることはないと思っていたが、やはりヴォルデモートにとって私は『眼の上のたんこぶ』だったようだ。


「選べ。『洗脳』か『死』か」


どっちにしろ、ヴォルデモートの思い通り。私は袖の下に隠しておいたナイフを握りしめると、杖を構える死喰い人めがけて走り出す。

生きよう。

生き残るんだ。

闇の帝王の手に堕ちた魔法界から、遠く離れた世界で。ひっそりと生き延びよう。


「答えは、3番の『セレネ・ゴーントとして生きる』だ!!」


『服従の呪文』と『アバタ・ケタブラ』の閃光を、真っ二つに切った。







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あけまして、おめでとうございます。寺町朱穂です。
至らない点も多いと思いますが、今年も、よろしくお願いします!

1月6日…誤字訂正



[33878] 82話 どうして?
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/01/20 15:12
校長室を訪れたのは、初めてかもしれない。
華奢な足のテーブルの上では銀の小道具がクルクルと回り、ポッポっと不思議な煙を上げている。入学したばかりの私を『スリザリン寮』に入れた『組み分け帽子』は、奥の方の棚に安置されていた。窓から差し込む蜜色の光が、不思議な剣の入ったガラスケースを照らしている。剣の柄に嵌った深紅のルビーは夕日を浴びて、メラメラと燃え上がっているようだった。……ここは校長室と言うよりも、どこかの美術館みたいだ。


……一目で致死量と分かる血液を吐いたダンブルドアがいなければ……


私は興ざめたように、ダンブルドアの死体を見下ろした。まさか、ノットがいるとは思わなかったが、彼が犯人ではないらしい。
一気にやる気がそがれた気分だ。これだと、危険を冒してまでホグワーツに潜入していた意味がない。まさか、私ではない別の人に殺されるなんて……無様だ、ダンブルドア。


「いったい、だれが蜂蜜酒を送ったのでしょう…」


ハンカチを目に押し付けながら、マクゴナガル先生が呟く。


「マルフォイだ。マルフォイに違いない」


半口を開けたまま起き上がらないダンブルドアを見つめながら、ハリーが断言する。ハリーの発言を耳にしたマクゴナガル先生は、驚いたように目をパチパチさせた。明らかに当惑したようなロンが鼻をすする音が、静かな校長室に響き渡った。


「それはゆゆしき告発ですよ、ポッター」


衝撃を受けたように間を置いた後、マクゴナガル先生が言った。


「証拠がありますか?」
「いいえ」


ハリーは首を横に振ったが、どこか確信のある表情だった。


「マルフォイは何か企んでいます。夏休みに『マダム・マルキンの洋裁店』で左の腕をマルキンに見せるのを避けていました。同じときに『ボージン&バークス』で、ボージンに対して『腕に刻まれた何か』を見せていました。それを見たボージンが怖がっていたのを覚えています。
きっと、マルフォイは『死喰い人』なんです。『死喰い人』で、ダンブルドアを殺そうと企んでいたんだ!」


それを聞いたロンは、聞き飽きたとでもいいそうな表情を浮かべていた。ネビルもジニーも困惑したような表情を浮かべている。だが……ハリーの言い分には一理あると私は感じていた。ちらりと横目をノットの方を向けると、案の定…ノットはそこまで驚いていなかった。スネイプ先生も若干眉間にしわを寄せただけで、そこまで驚いていないような反応をしている。


「あのさ、ハリー。いくらなんでもマルフォイは16歳だぜ?『例のあの人』が、マルフォイなんかを入れると思うか?」
「何言ってんだよ、ロン!!
だけど、ボージンはマルフォイの腕を視た瞬間、驚いていただろ?きっと、あそこに『闇の印』が刻まれていたんだよ!」
「でも………ごめん。僕もロンの言うとおりだと思うよ、ハリー」


すまなそうに身体を縮めながら、ネビルもロンの言い分に同意する。ハリーはイラ立ちを隠せないみたいだ。舌打ちでもしたそうな表情を浮かべると、何か言おうと口を開こうとした。


「アツくなり過ぎだ、ハリー・ポッター」


つい、私は口をはさむ。ハリーは私に対して睨みつけるような視線を向けた。


「アツくなり過ぎ?どこが?」
「冷静になって考えないと、答えにはたどり着けないだろ。あぁ、確かにドラコが『死喰い人』の可能性は0じゃない。例えば…ルシウス・マルフォイの失敗で失墜したマルフォイ家の信頼を取り戻すため『死喰い人』に志願しなければならなかった、とか」


そう言いながら、ノットに視線を投げかける。私が言おうとしていることが通じたのだろう。ノットは眉間にしわを寄せたまま、首を縦に振りおろした。


「セレネの言うとおり、ドラコは『死喰い人』の可能性がある。左腕を見せたがらないしな。ただ……今回の犯人はドラコじゃない」
「マルフォイを、かばっているのか?」


ハリーが疑惑の目でノットを見る。ノットは『まさか』と言うように手を挙げた。


「ダンブルドアが、蜂蜜酒を飲む前に言ってたんだよ。『君と同じ目的の少女からの贈り物』だって。つまり、送り主は少女」


校長室内にどよめきが走る。マクゴナガル先生がノットの言葉の真偽を確かめるように、肖像画に視線を走らせた。だが、ノットの発言を否定する肖像画はいない。


「えっと、じゃあ……ダンブルドアは『自分に敵意を抱いている少女』から送られてきた飲み物を飲んだの?」


ジニーが当惑した顔で言う。マクゴナガル先生は、神妙な表情を浮かべていた。


「ダンブルドアは人を信じることが出来たお方です。滅多なことがないかぎり人を疑うことをしなかった。だから、疑わずに飲んでしまったのでしょう」
「……先生が言ったことが、嘘か本当か分からないけどな」


ノットはマクゴナガル先生を一瞥しながら、ローブの中から手帳を取り出す。そして、机の上に置いてあった高級そうな羽ペンで、手帳に何かを書き込み始めた。


「セレネ・ゴーントを助けようと考えている少女は、俺の思いつく限りこの5人だ」


私達はその手帳を覗き込む。几帳面な字で書かれていた名前は、どれも見覚えのある名前ばかりだった。
ダフネ・グリーングラス、アステリア・グリーングラスの姉妹。ミリセント・ブルストロードとパンジー・パーキンソン。そして、最後にハーマイオニー・グレンジャーと記されている。確かに、この5人は私が仲良くしていた女子生徒だし、他に特別仲良くしていた少女はいない。
つまり、犯人はこの5人のうちの誰かだと考えるのが妥当だろう。


「「グリーングラス姉妹だ!」」


手帳を覗き込んだハリーとロン・ウィーズリーが、ほぼ同時に叫んだ。私は思わず眉間にしわを寄せて、聞き返してしまった。


「グリーングラス姉妹?あのなぁ…アステリアは無鉄砲だけど、こんなバカげたことをしないし、姉のダフネはなおさらだ。ダフネには人を殺すなんてできない」


2つにきゅっと結わいた麦わら色の髪が特徴的な少女と、同じ髪色に赤いリボンが良く映える少女の姿を思い浮かべる。後者のアステリアは私のことを慕ってくれていたが、ここまでのことをするとは思えないし、まだ13歳だ。前者のダフネだったらなおさらするわけがない。
ダフネはスリザリン生にしては珍しくマグル生まれに対して、偏見をあまり持っていない。争いごとを好まず、人を傷つけたがらない。もし、川の激流にのまれたのであれば、私だったら逆らって泳ぎながら岸を目指すだろう。でも、ダフネは身体を丸めるように手足をぎゅっと縮めて、流れに逆らわずに流されていくような……そんな気がする。


だから、ダフネはダンブルドアを殺せない。


「ダフネ・グリーングラスは、魔法薬の成績が一気に上がったじゃないか。きっと、危険な毒薬を作り出すために、魔法薬の知識を深めていたんだよ!」
「それに妹の方だってマルフォイと行動をしていたし。一緒に『ボージン&バークス』に行ってたよな」
「キングス・クロス駅では、僕のことを殴りかかりそうな勢いで突進してきたかと思えば、ダンブルドアの悪口を言っていたし」
「そうだよ!それに僕のことを『ダンブルドアの、掌で踊るピエロです』って言ってたよね!?」


ハリーとロンが、我先にと言わんばかりに言葉を続ける。私は目を丸くしてしまった。ダフネの成績が上がったことは『よくあること』ですませられるが、アステリアの方はそうはいかない。アステリアの行動を聞く限り、ダンブルドアへの『殺意』をかんじてしまうのだ。
まさか、本当にアステリアがこんなことをしたのだろうか?たしかにアステリアは、私のことを『異常』と思えるくらい慕ってくれていた。ダンブルドアを殺害する動機は、アステリアにある。だけど、ダンブルドアに毒を盛るなんて出来るだろうか?


しかし、ハリー達の意見に大人は賛同しなかった。スネイプ先生は首を横に振ったのだ。


「ミス・グリーングラスの可能性は低い」
「どうしてですか!?……先生」


ハリーが苦虫を潰したような表情で、スネイプ先生の発言に喰らいつく。先生は落ち着き払った表情で、答えてくれた。


「逃亡中のセレネ・ゴーントとやり取りする可能性のある生徒『ドラコ・マルフォイ』『ザビニ・ブレーズ』『セオドール・ノット』『グリーングラス姉妹』『ミリセント・ブルストロード』『パンジー・パーキンソン』の郵便物は、魔法省がチェックする決まりになっている。アステリア・グリーングラスが、ダンブルドアと文通をしていた形跡はない」


私は驚いてしまった。まさか、私が迷惑をかけていたなんて…。だが、気がつかれないようにやっていたのだろう。自分の郵便物が視られていたなんて知らなかったノットは、呆然とした表情を浮かべていた。


「…すまん。私のせいで…」
「いや、別にかまわない。……で、スネイプ先生が言う通りなら、パンジーとミリセント、それからダフネも除外…か…」


と言いながら、ノットは手帳に書いた名前に横線を引いていく。残った名前はただ一つ…


「ハーマイオニーがそんなことするわけないだろ!!」


手帳に残された名前を視た途端、ロン・ウィーズリーが叫んだ。顔だけではなく、耳まで赤く染めるくらい、激怒している。


「その、アステリアって子が、直接ダンブルドアに渡したのかもしれないじゃないか!」
「いや、それはないのぅ」


ロンの問いに答えたのは、赤い鼻をした肖像画だった。旧式のパイプを咥えながら、ロンを見下ろしている。


「ダンブルドアは、今学期になってから、ほぼ毎日どこかへ出張していた。たまに帰ってきた日には、校長室にこもって書類整理だ。アステリアなる小娘が蜂蜜酒を渡すなら、この校長室に来なければならない。今学期に入ってから校長室に来た女子生徒はいなかった」


同意を求めるように、赤い鼻の肖像画は他の肖像画の方を向く。他の肖像画たちは首を縦に振り、同意を示した。


「そういえば、どうして私の捕縛にハーマイオニーが来なかったんだ?」


まだ、ダンブルドア死亡のショックが抜けきらないネビルに尋ねる。ネビルは青ざめた表情のまま、教えてくれた。


「今、ハーマイオニーとロンの仲が物凄く悪いんだ。だから、ハーマイオニーは一緒にいなかったんだよ」
「へぇ……」


また、あの二人は喧嘩したのか。確か、私が3年生の時にも、喧嘩して2人が絶縁状態になったことがあった気がする。あの頃のハーマイオニーは、ひどく精神的に不安定だった。『逆転時計』を一日に何回も使い、大量の宿題に追われ、友達からは非難の視線を浴びせられ、本当に辛そうだった。助けてあげたかったが、私はスリザリン生。下手に助け舟を出したら、余計にグリフィンドール生のハーマイオニーを苦しませてしまう。だから、何もできなかった。

今も、頼れる人がいない状態で、追い詰められているのだとしたら……


「…ミス・グレンジャーの可能性が高いですね」


血の気が失せた顔のマクゴナガル先生は、震えながら呟く。


「そんな!」
「ミス・グレンジャーを重要参考人として、呼んできてください」


マクゴナガル先生は、スネイプ先生に命令する。スネイプ先生は一礼をすると、黒いマントを翻して去っていった。それを見届けたマクゴナガル先生は、壁に寄りかかるように立つと、深呼吸を繰り返す。


「あ、あの……僕、思ったんだけど」


ネビルが躊躇いがちに口を開く。この部屋にいるすべての視線がネビルに集まった。ネビルは恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染め、そして…


「だ、ダンブルドア先生の肖像画に犯人の名前を聞くのが、一番早いんじゃ…ないかな?」
「…肖像画?」


気がつくと、マクゴナガル先生の後ろにはダンブルドアの肖像画が現れていた。金で縁取られた肖像画のダンブルドアは、疲れたように眠り込んでいる。

校長室に飾られる肖像画は、校長が死ぬと現れる仕組みになっていたらしい。…と言うことは、ダンブルドアは本当に死んだということだ。毒殺とは、スタンダードな方法だけど、まさか本当に殺されていたとは、いまだに信じられない。


こんなことになるんだったら、さっさと海外へ亡命していればよかった。
マクゴナガル先生とハリーが、肖像画のダンブルドアを起こそうとしている光景が目に入る。私はその光景を、どこか冷めた目で見つめていた。
















SIDE:ダフネ・グリーングラス


何度も立ち止りそうになりながらも、私は走った。なんとしてでも、今晩中に北棟の天文台まで行かなければならない。さっき飲んだ『幸運薬(フェリックス・フェリシス)』が、私に告げていたからだ。あの魔法薬学の最初の授業で貰った黄金色の薬は、一滴口に含んだだけで、無限大な可能性が広がるような、高揚感を身体に染み込ませてくれた。これから、私が目的を達成するために、何をすればよいのかという道案内を、フェリックス・フェリシスがしてくれている。


だから、私は北棟の天文台を目指しているのだった。


不思議なことに道中、誰にも会わなかった。ゴーストともすれ違わなかったし、神出鬼没なミセス・ノリスや管理人のフィルチにも見つからなかった。北棟に通じるドアは、なぜか開いていたし……

今のホグワーツで一番幸運な人物は、私なのだ。そう感じでいた。だからといって、私が計画していたことが『本当に』出来るとは限らないけれど……


天文台には、まだ誰もいなかった。


東の空はすでに藍色に染まり、西の空は蜜色に染まっていた。太陽はすっかり黒ずんだ山際に隠れ、空には無数の飴玉みたいな星々が瞬き始めている。冬の凍てつく寒さが風に乗り、私の頬を突き刺した。分厚いコートや手編みのマフラー、そして手袋で防寒はしてあるけど、天文台は震えるくらい寒い。氷のような城壁に寄りかかり、私は人が来るのを待った。

あの娘に、話を聴かなければならない。私が推測した通りなら、今頃ダンブルドアが死んでしまっているのだ。セレネは確かに助けたいし、人殺しなんてさせたくないけど、だからと言って代わりに誰かを殺すのなんて…間違っている。彼女の計画に気がついた私は、何度も何度も止めようとした。でも、こんな話……人がいるところで話せない。誰かに聞かれたくない。だけど、あの娘は、いつも誰かと一緒にいる。2人だけで話す機会なんて、いくら待っても訪れない。

だから私は、『フェリックス・フェリシス』を飲んだのだ。






「あれ、お姉さま。そこで何してるの?」


現れたのはアステリアだった。
不思議そうに眉を寄せながら、寒さでぶるぶる震えている。私はスッと立ち上がると、アステリアに向き合った。


「アステリア。……私は、貴女に聞きたいことがあるの」


私は言葉を選びながら、アステリアに話しかけた。アステリアは『よく分からない』というような表情を浮かべている。どこか子供っぽさが残る彼女の様子だけ見ると、私のよく知っているアステリアだ。だけど……違う。私はゴクリとつばを飲み込むと、口を開いた。


「聞いたよ、『あの人』を殺そうとしているんでしょ?」
「その通りですよ!だって、あの人達…セレネ先輩をあんな目に合わせたんですから!!」


アステリアはプクッと頬を膨らませる。まるで、目の前のお菓子を取られた子供みたい。私はクスッと笑みをこぼす。


「な、なんで笑うんですか!?」
「だって、まじめにやって勝てるわけないわよ。殺したらね、その分だけの憎しみが生まれるの。それが分からないアステリアは、まだまだ子供だなって」
「うぅ…子供じゃありません!お姉さまこそ…お姉さまこそ、なんでわからないんですか!?お姉さまは、セレネ先輩の豹変を見抜けなかったくせに!!」


グサリとアステリアの言葉が、私の胸に突き刺さる。でも、不思議なことに痛みは感じなかった。私は、痛みに麻痺しているのかもしれない。悲しげな微笑みを浮かべながら、私はアステリアをしっかりと見据えた。


「…そうね、私が見抜けなかったことを、アステリアは見抜いていたのよね。『第二の課題』のときだって私より先に、セレネが溺れかかっていることに気がついていたし」
「そうですよ!まったく…スネイプ先生があんなに足が速いとは覚えていませんでした。もう少し速く走れば、私がセレネ先輩を救出していたのに…」


悔しそうな表情を浮かべたアステリアは、口をとがらせソッポを向いた。私は楽しそうに笑うと、言葉をつづける。


「ふふふ…確かにアステリアの言うとおりかも。知らなかったに、決まってるよね。スネイプ先生が走った姿を見たのは、第二の課題が、初めてだし。私…スネイプ先生は運動音痴っぽいなぁって思ってたよ」
「そうですよ、まったく。あの先生は見かけによらず運動できるってことを、忘れていたなんて」


私とアステリアの笑い声が、天文台に響き渡る。楽しげな笑声が、冬の夜空に反響し…そして、だんだんと小さくなっていく。


「アステリア……貴女は何を知ってるの?」
「えっ?」


アステリアはキョトンと顔を傾ける。私と同じ麦わら色の髪によく映える赤いリボンが、凍てつく風になびいていた。


「前から思ってたの、変だなって。そう…たとえば……どうしてアステリアは、セレネの『苗字』を知っていたの?」


ずっと前から感じていた違和感を、私はようやく口にする。アステリアはポカンと口を開けたまま、動かない。


「どうしたの、お姉さま?セレネ先輩の苗字を知っていたら、何か変なの?」
「変なのよ。だって私……家族の前では一度も『ゴーント』という苗字を口にしていないんだもの」


不注意で『蛇語を話すことが出来る子』とアステリアに漏らしてしまったけど、それ以外の情報は漏らしていない。セレネ自身、アステリアと初めて会った際には『セレネ』と名乗っていた。だから、アステリアがセレネの苗字を知っているわけがないのだ。


「他にもあるわ。私の知るアステリアは、確かに子供っぽい無邪気さがあったけど……貴方のそれは、どこか無理しているように見えるの。まるで、『アステリア・グリーングラス』を演じているみたい」


アステリアは目を大きく見開いたまま、何も答えない。私は堰が切れたように、言葉を紡ぎ続けた。


「ドラコが言ってた…『ボージンと対応したときのアステリアは、自分の知るアステリアと別人だった』。他にも、私がグリーングラス家次期頭首なのに、ドラコは『アステリアが次期頭首だとボージンが言っていた』と教えてくれた。
それに、この間の火遊び事件の後…私、フリットウィック先生に呼び出されて聞かれたわ。
『あり得ないと思うが“悪霊の火”をアステリア嬢は使えるのかい』って。『3年生が“悪霊の火”を使えるわけがない。それに、現場に“花火の燃えカス”が落ちていたから、火遊びとして片づけたが…それにしては、あの城壁の焼け方は異常だ』…そう聞かれたの」


グリーングラス家では、ホグワーツ入学前から家庭教師を雇って勉強を重ねていた。確かに魔法の腕は私よりアステリアの方が遥かに上だったけど、五十歩百歩。アステリアには何故か私とは違う家庭教師がついていたけど、でも……『悪霊の火』なんて禁忌に該当する魔法を教わるわけがない。私だって、『悪霊の火』を知ったのは、最近。それも、教科書のコラムページに存在がわずかに記されていただけで、詳しい理論なんて習っていないのだ。とても……たった13歳の魔女見習いが出来る魔法ではない。


「貴女は、本当にアステリア・グリーングラスなの?本当に私の妹なの?」


言葉にしてはいけない。でも、心のどこかでずっと思い続けてきたことを、ようやく口にする。


「馬鹿げているよね、実の妹にこんなことを言うなんて。出来れば、違うって否定して欲しいの。この考えには、ありえない点が多いから。……違うって言ってくれるなら、私は謝るよ」


アステリアは私の大切な妹だから、こんなこと思いたくない。きっと、私の推理違いだったんだ。そう思いたいけど、その一方で、そんな甘い考えにすがる私を許さない自分がいる。
アステリアは何も答えない。驚いた表情を変えずに、私を見つめている。私と同じセピア色の瞳を見開いて。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――

すみません!もう少し『謎のプリンス編』は続きます!

1月20日…一部訂正




[33878] 83話 分からず屋
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/03/01 18:38
「…あの姉様が、ここまで推測できたのは久しぶりですね」


アステリアが面白そうに笑う。今までに見たことがないような大人っぽい笑み。私なんかよりずっと…ずっと大人っぽい雰囲気を醸し出している。アステリアは私より身長が低く、立っている位置もアステリアの方が下。だから、アステリアが私を見上げている……という構造になっているはず。それなのに、何故だか私はアステリアから見下ろされているような錯覚に陥っていた。


「久しぶり…?どういうことなの?」
「言葉のとおりですよ」


アステリアは流れるような動作で、右手に杖を握りしめた。
そんなアステリアを見た瞬間、嫌な予感が電撃のように脳を奔る。それは『死』の予感。アステリアが杖を振り上げた瞬間、私の未来は『死』。もちろん、ただの直観だ。だが……普通の直観と違うのは、これは『フェリックス・フェリシス』が告げている直感だということ。
私は気がつくと、呪文を唱えていた。


「『エクスペリアームズ‐武器よ去れ』!!」
「っ!?」


普段の私が放つよりも、鋭い閃光が私とアステリアの間を奔る。その次の瞬間には、アステリアが握っていた杖が、くるくると夜空を舞っていた。小さな木の杖は、そのままゆっくりと……遠い地面へ吸い込まれるように落ちていく。だが、宙を舞ったのは杖だけではなかった。同時にアステリアの纏うローブの下から、杖より太い何かが飛び出し宙に弧を描く。そして、それはカランと乾いた音を立てながら、私の足元に落ちた。


「これは…?」


恐る恐る拾い上げてみると、それは少し古びた短剣。いや、ただの短剣ではない。柄に嵌め込まれた深緑の宝玉に刻まれている文字は『AZOTH』。つまりこれは、戦闘に使用する短剣ではなく、儀式用の短剣――


「アゾット剣!なんで貴女がこれを…?」
「あれ、姉様よく知っていましたね?『こちらの世界』では使われないはずなのに」


身を守る術がなくなったアステリアは、先程と変わらぬ無邪気な様子で私に尋ね返す。私はアゾット剣を優しく握ると、アステリアを見つめ返した。


「昔、父様が持っているのを見たことがあるのよ。つまり、これは父様のモノ。…どうして、貴女がこれを持っているの!?まさか…」
「盗んだわけではないですよ」


私が言葉をつづける前に、言おうとしていた言葉を先に言うアステリア。


「それは、15歳の誕生日に父様から譲り受けた剣です。グリーングラス家の『次期頭首』が、見習いを卒業した際に受け継がれる品。姉様は本当の頭首ではないから、知らないと思っていましたが…」


私が次期頭首のはずなのに、アステリアは再び妙なことを口にしている。いや、それよりも妙な点は…


「15歳?」


私は、気がつくと呟いていた。
アステリアは、まだ『13歳』。15歳になるためには、まだ2年の歳月が必要なのだ。最初は言い間違えたのかと思ったけど、そうは見えない。アステリアは、自信を持って『15歳』と答えていた。私は口元に手を当て、考え込む。


『覚えていた』、『久しぶり』、『15歳の誕生日』――?


先程からのやり取りで出てきた単語(いと)が、急速に紡がれ一つの推測(ぬの)が織られ始めた。


以前から感じていた違和感と、『フェリックス・フェリシス』の効果が上乗せされて、導き出された答え。それは『あり得ない』ことで、私も『あり得ない』と、ここに来るまで思っていた。だから、アステリアに感じる違和感は、誰かが『ポリジュース薬』で、アステリアに変身しているモノだと確信していた。でも、違う。

ポリジュース薬でアステリアに変身しているとするなら、父のアゾット剣を持っているはずないのだ。なぜなら、父のアゾット剣を最後に見たのは今年の8月。それ以後、目の前にいるアステリアが父に接触したことはない。アステリアは、他のホグワーツ生と同様、ホグズミード村より向こうの世界に出ていないのだから……


「まさか…『時間逆行』?」


アステリアの表情がピタリ、と固まった。


「貴女の話を総合すると、なんていうか……もう、一回…いえ、それ以上、今までのことを体験してきたように聞こえるの。も、もちろん、そんなことあり得ないよね。でも…」
「いえ、姉様の推理は間違っていませんよ」


私の言葉を遮り、アステリアが肯定する。再びその顔に張り付けたような笑みを浮かべながら、アステリアは私を見ていた。


「ただ…正確に言えば、『時間逆行』ではありません。『第二の魔法』……『時間旅行』と『平行世界の運用』といったところでしょうか」


アステリアは壁に寄りかかりながら、ほとんど私の推理を肯定する。専門用語は分からないが、簡単にアステリアの言う内容が想像できる。『時間旅行』と言う言葉から考えるに、未来から遡ってきたアステリア。そして『平行世界』と言う言葉は、目の前にいるアステリアは別の世界のアステリア、ということになるのだろう。つまり、その2つを合わせると……


「貴女は、平行世界の未来から来たアステリアなのね。なら、私の知っているこの世界のアステリアは?」


こんな異常事態なのに、私の脳は意外にも冷静だった。もしかしたら、何か大切な感覚が麻痺していたのかもしれない。いや、これも『フェリウス』の効果なのだろうか……?


「決まっているじゃないですか。2年前にこの世界に来た私は、この世界の『アステリア・グリーングラス』を殺したんです。そうしないと入れ替われないでしょ?……私の魔法はまだ、未熟ですから」


ころした?誰を誰がころした?
私の頭の中は、白くなり始めていた。そんなの正気の沙汰じゃない。私は、震えそうになる声でアステリアに聞き返す。


「アステリア……どうして、そんなことを?」
「そんなこと、姉様は分かっているはずですよ」


アステリアは初めて、作ったような笑みを引っ込めた。すべての感情を亡くしたような、機会のような無表情。ただ、私と同じセピア色の瞳には、轟々と燃え上がるような憎悪の炎が浮かんでいた。ぞわりと、言い知れぬ恐怖が背筋に奔る。


「私は、セレネ先輩が生きる世界を見たい。
そのためには、邪魔な『アルバス・ダンブルドア』と『トム・リドル』……『アステリア・グリーングラス』という同一の存在だって殺す。…ただ、それだけです」
「セレネが……生きる世界……」


そう、それはアステリアが今まで抱いてきた願い。そして、同じ願いを抱く…私を含めたセレネの友人たちに、アステリアが言い続けてきた願いと同じモノだ。


「アステリア、何もそこまでして……」


そう、何も人殺しまでしてセレネを救おうとするのは間違っている。人を殺さなくても、セレネを救う道がきっとあるはずだ。だが、私の思いはアステリアに伝わらなかったみたいで、反応はとても冷たいモノだった。きゅっと目を細め、凍てつくような非難の視線を私に向ける。


「そこまでして?私が手を回さないと、セレネ先輩は5年生になる前に死ぬ運命にあると知っても、まだそんなことを言うんですか?」

「えっ……?」


呆けたような声が、口から洩れる。全身から血の気が引いていくような感じがした。今……アステリアは何を言ったのだろう?


「最初に私が出会った先輩は、クイールさんが死んだ年の夏に、ヴォルデモートの手によって殺されました」


まだ情報を脳で処理しきれていない私に対して、アステリアは冷ややかな声で淡々と話す。
セレネは5年生になる前に、死んでいた?しかも、セレネの協力相手であるはずの『あの人』の手によって?訳が分からない。

そんな私を見たアステリアは、やれやれと言わんばかりに目を細めた。


「セレネ先輩は、私が初めて出くわした『越えられない壁』だったんです」


遠い昔を思い返すように、アステリアは話し始めた。口調こそ、昔話を聞かせる親のような口調だが、瞳にはまだ憎悪の炎が静かにチラついている。


「グリーングラス家の人間は、代を重ねるごとに魔術回路が失われていきました。そして9代目になる予定だったダフネ・グリーングラスには、とうとう皆無と言っていいほど魔術回路がなかったんです。
ですが……その妹である私は違いました。この身には…20本余りの魔術回路が宿っています」


アステリアは右手を、そっと胸の上に乗せながら話を続ける。


「年齢的な問題で『表向き次期頭首』は姉様でしたが、魔術師としての次期頭首は私。代々伝わってきた魔術を継承し、私こそが『根源の渦』に辿り着く。そう思っていたのに……先輩の登場で全てが変わりました。

全てが下に見えた世界で、初めて超えられなかった存在。悔しくて悔しくて、何度も何度も越えようとしました。『魔術師』である私が、ただの『杖を使う魔法使い』に対して、歯が立たないなんて許されないことなんです。そう、本来なら私はホグワーツへ入学する必要なんてなかった。ただ、『才能のない』ダフネが入学したのに、妹の私が入学しないのは『杖を扱う魔法使いの中流一族:グリーングラス家』の外聞が悪くなるということで入学しただけ。

そう、『才能のない』人の集団の中で、私は特別な存在なんですよ。なのに、なのに、自分より強いなんて許せない。ありとあらゆる分野で私を超えるなんて、絶対に許されてはいけないんです。グリーングラス家の名に懸けても……」


意味が分からない。『魔術師』とか『根源の渦』とか『魔術回路』とか……アステリアの言っていることが、よく分からない。ただ……アステリアがセレネを異常な程『ライバル視』していたことは、なんとなく伝わってきた。


「しかし、勝つことが出来ないまま時は過ぎ、迎えた学期末。この日……私は、先輩に初めて『勝った』と確信する出来事が起こりました」
「……学期末……?」


アステリアが入学した時の学期末、といったら『三校対抗試合』が終了した頃の話だ。だが、三校対抗試合にセレネはハリー・ポッターやセドリック・ディゴリーと『同時優勝』をしている。それは、アステリアが『勝った』と確信する出来事に通じるとは思えない。となると、学期末にセレネの身に降りかかった出来事と言えば、たった1つ……


「セレネのお父様がなくなったこと?」
「その通りです」


アステリアは、懐かしむような口調で答える。天文台の桟に寄りかかり、アステリアは空を見上げていた。


「大切なのは『力』。力こそ全てなんですよ。そして、力あるものは舐められないよう、常に堂々と振る舞い、弱さを見せてはいけないんです。だけど、先輩は『弱さ』を隠していませんでした。つまり、泣いていたんです。私は嬉しくなって、静かに泣いていた先輩に告げました。


『私の勝ちです。だって、貴女は人の死なんかに嘆く弱者。人の命なんて塵芥なんですから、嘆く価値なんてないってことも知らないんですか?』


その時のことを、今でも忘れません。吐き出したくなるくらい濃厚すぎる殺気が、突然セレネ先輩から放たれたんです。それと同時に、私の身体を襲うのは、髪の毛が逆立つくらいの悪寒。そして……私に向けられた、禍々しくも見惚れてしまいそうな紫色の瞳。


『私のことを弱者と呼んでも構わない。だが、人の命を『塵芥』と呼ぶのは、最低だな』


…もちろん、私は反論したかったです。でも、先輩から放たれる殺気。そして美しすぎる瞳が、私が反論することを邪魔していました。黙り込んだ私に対して、先輩は淡々と諭してくれたのです。


『塵芥だったとしても、その塵みたいな命を、どうにか光らせようと……父さんは心臓麻痺で死ぬ直前まで、足掻いていたんだ。この人の命を『塵芥』と称するならば、いくら親友の妹であっても許せない』


……気がつくと私は、謝っていました。物心ついてから初めての、涙を流しながら。……私は自分が否定されると、言い難い怒りが胸の奥から沸きあがってくるんです。でも、この時は違いました。
乾ききった喉に澄んだ湧水が流れ込むように、すぅっと心に浸透したんです。……不思議ですよね。


『分かったならいい』


そう言いながら、セレネ先輩はクイールさんに視線を戻しました。その時のセレネ先輩の瞳の色は、黒に戻っていました。……愁いを帯びた黒に」



その時のことを思い出しているのだろう。月の光を浴びたアステリアの横顔は、どこか淋しげなものに見えた。


「あの時のセレネ先輩に、惚れてしまったんでしょうね。もちろん、勝ちたいという気持ちはありました。でも、勝ちたいという感情よりも、憧れの方が遥かに勝っていたんです。私は、学期が明けたら先輩に弟子入りをしようと決意しました。私に足りないモノを持っている先輩に……。だけど……」


アステリアの寂しげだった表情は、だんだんと悪鬼に近いものになり始めた。私はゴクリと唾をのみこむ。こんな表情のアステリア……なんて、知らない。


「ヴォルデモートの協力要請を、先輩は断ったんです。クイールさんが、『カルカロフに殺された』という事実を知らない先輩は、『命の方が大事。騎士団にもヴォルデモートにも協力しない』と言ったそうです。そして、ヴォルデモートとその配下数名と戦いました。

その時の現場から判断すると、先輩は善戦していたみたいです。何人かの死喰い人は倒したみたいなんですけど、ヴォルデモートの放つ『アバタ・ケタブラ』を完全に避けきることが出来ず……死にました」


ぎりぎりっと少し離れた所にいる私に聞こえるくらい、大きな歯ぎしりをするアステリア。暗闇の中、アステリアの瞳は怒りのあまり充血しているように見える。そんなアステリアに対し、私は何も言葉を放つことが、出来なかった。ただ、アステリアの話を聴いているだけ。


「せっかく、憧れの人が出来たのに。せっかく、超えるべき壁が出来たのに……それを一瞬でヴォルデモートが奪い去りました。

だから、ヴォルデモートを殺しに行きました。杖さえ奪ってしまえば、『こちらの』魔法使いなんて赤子同然。あっけないくらい簡単にヴォルデモートは消滅しました。……でも、ヴォルデモートを完全に殺すことが出来なかったんです。あのハゲが生み出した『分霊箱』の存在を、私は知らなかったんです……」


分霊箱?……知らない単語が次々と出てくる。もう、脳内の窓口を閉めて、『本日は終了しました』という表札を出してしまいたい。でも、アステリアの話を耳を傾けている私がいた。


「その後、『ヴォルデモート殺しの少女』として祭り上げられかけた私でしたけど、それは私の望みではありません。私の望みは、『ヴォルデモートを、本当の意味で殺すこと』と、『再びセレネ先輩に会うこと』。だから私は、家族の反対を押し切りホグワーツを中退し、魔法界から姿を消すことにしました。

魔術協会の総本山『時計塔』の門を叩いたんです。そこで私は、魔術の研究に没頭しました。セレネ先輩と再び出会うためだけに……

そんなある日のことです。そう確か……2001年頃……セレネ先輩が大好きだった日本で、とある事件が起こりました」
「事件?」


私が口をはさむと、アステリアはコクリと頷いた。2001年、それは『未来視』のない私にとっては想像もつかない未来のこと。だけどアステリアにとっては、遠い昔のこと。アステリアは遠い昔を思い出すかのように、遠くで瞬く星々を見つめながら言葉を紡ぎ続けた。


「極東の島国で行われた大規模な魔術儀式。そこで起きた大事件の後始末として呼ばれた魔術師の少女を助ける形で、魔法使いが現れたんです」
「魔法…使い?」


思わず、私は聞き返す。
先程まで、アステリアは『私達とは違う魔法』のことを、『魔術』と呼び続けていた。なのに、『魔術師』ではなく口にした単語は『魔法使い』。つまり、私達『魔法使い』やアステリアの言う『魔術師』とも違う別種の『魔法使い』がいるのだろう。……なんというか……情報量が多くて、頭がおかしくなってしまいそうだ。

アステリアは『あぁ……そういえば、姉様は知らないんでしたっけ』とでも言いたそうな表情を浮かべると、面倒くさそうに口を開いた。


「簡単に言えば…現代文明で再現不可能な、杖を使わぬ魔術を『魔法』と言うのです。平行世界を移動するとか、過去や未来に旅行するとか、真の不老不死とか……」


例えるなら魔術を用いて何もない虚空に火炎を出現させ、敵を攻撃して燃やすことは、一見してありえない奇跡だということ。だけど、それはマグルの扱う『マッチ』や『ライター』といったものでも代用できてしまう。

つまりアステリア達『杖を使わない魔術師』は、そういったマグルの文明で再現できない現象を『魔法』と称しているのだろう。

私が、納得したというように頷く。それを見たアステリアは再び話し始めた。


「数百年ぶりに現れた魔法使いは、少女にかけられた罪状を全て帳消しにしました。ですが、魔術師の世界は『等価交換』が原則。ただで少女に掛けられた罪状を帳消しに出来るわけがありません。だから、あの魔法使いは代わりに、こんな交換条件を出したんです。


『よかろう、では弟子をとることにする。教授するのは3人までだ。各部門、協議の末、見込みのあるものを選出せよ』


時計塔は大混乱。ええ、それは凄い混乱でしたよ。何しろ『あの魔法使いの弟子になる=ほぼ確実に廃人』でしたからね。
お偉いさんたちが言うには『一番有能な奴じゃないと戻ってこないけど、一番有能な奴が使い物にならなくなったらソレこそ大損害だ』ということです」


その時の混乱を思い出しているのかもしれない。アステリアは、楽しそうにクスリと笑みをこぼした。


「私は、選ばれました。グリーングラス家が専門とする『死霊魔術』のほかにも『宝石魔術』や『元素転換魔術』も修めていましたし、次期主席最有力候補でした。そして、なにより私自身が『弟子になりたい』と志願したんです。
私は……不完全でもいいから『第二魔法』に到達したかったんですよ。あの魔法使いに弟子入りすれば、『時間旅行』で過去に行き、『平行世界』のセレネ先輩に会うことが出来る」


それで、弟子入りした結果、見事……『魔法』を手にした……のだろう。だが、これにはいくつか疑問点が残る。私は、思い切って尋ねてみることにした。


「で、でも……そんな凄い力を手に入れるなら、膨大な時間がかかるんじゃない……かな?」


背だけ見れば私より低いアステリアだが、子どもっぽい仕草をやめれば私より年上にも見える。ただ……いくら贔屓目に見えても20歳を超えているようには見えないのだ。平行世界の移動とか、時間旅行とか途方もないくらい未知の力を、たった数年で習得できるわけがないということは、魔術の知識が無いに等しい私でも想像がつく。
私の質問を聞いたアステリアは、にっこりと笑みを浮かべた。



「『死霊魔術』の効力ですよ。この世界のアステリア・グリーングラスを殺して、魂のなくなった肉体に憑依しているんです」


アステリアの返答は簡潔だった。気がつくと、私は己の身体を押さえていた。死んだ肉体に憑依?アステリアが?いや……言われてみればアステリアは『外に出たがらない』。少なくとも、空に太陽が輝いている時は、ホグズミード村にも積極的に行きたがらないのだ。三校対抗試合のときだって、さほど太陽が照っていないのに日傘をさしていたし……


「私の『魔法』は不完全なんですよ。だから、魂は移動できても肉体まで移動できないんですよ。だから、この『肉体』は…姉様の知る『アステリア・グリーングラス』ということになりますね」



にこりと、天使を連想させるような無邪気な微笑みを浮かべるアステリア。むしろ好感がもてそうな笑みのはずなのに、ぞわり、と背筋が逆立つ。私は、これ以上…アステリアを観ていられなくて、校庭に視線を移した。その時、校庭の向こうから校舎に近づいてくる複数の陰が目に入る。杖に灯りをともして、誰かを警護するかのようにホグワーツの敷地へ近づいてくる。でも、ここからでは、誰だか判別がつかない。

……いったい、こんな時間に誰だろう……?

私は少しだけ身を乗り出して、謎の集団を見つめた。そんな私の行動を見たアステリアは、あぁ…と呟くと、こう言いだしたのだ。


「魔法省が、ようやく到着したんですね」
「魔法省?」


何故、こんな夜中に魔法省が来たのだろうか。だが、アステリアにはこの展開が分かっていたのだろう。さして悩む様子もなく、むしろ『やっと来たか』という表情を浮かべていた。


「馬鹿ですか、姉様?魔法省がわざわざ来るなんて、よほどのことがあったから……に決まっていますよ」
「よほどの…こと?」



そう口にしてから、突然脳内に答えが降ってきた。そうだ、私は何でここに来た?それは、アステリアの真意を確かめるため。アステリアの正体と、アステリアがやろうとしている行動を止めようとしたから。そう、アステリアがしようとしていたことは……


「アステリア……貴女まさか、もうダンブルドア先生を……!?」
「私が殺したのではありませんよ。毒を入れた蜂蜜酒を送ったのは、『服従の呪文』をかけられたグレンジャー。そして、毒を盛った真犯人は……」


ゆっくりと右腕を持ち上げるアステリア。そのまま右手を伸ばし、そして―――


「貴女になるんですから、姉様」



夜の闇の中では際立って白いアステリアの人差し指は、まっすぐ私に向けられていた。私の頭は、一瞬で真っ白に染まる。


「な、何を言ってるの?私は、そんなことしていないよ!やったのは、アステリアなんでしょ!?」
「『なるのですから』と言ったはずですよ、馬鹿な姉様」


女神のような微笑みを浮かべたアステリアが、話し始めた。


「ダンブルドアを殺したのはいいけど、罪の意識にさいなまれ自殺…というシナリオです。私の役割は、姉の自殺を止めに来た優しい妹になります。ただ、姉に武装解除され自殺を止めることが出来なかった」


私はハッと息をのむ。そう、『武装解除の呪文』の効果で、アステリアの手には杖がない。つまり、あの時の殺気は……わざと私に『武装解除の呪文』を使わせるための演出、だったのだろうか?
そうだ、言われてみればオカシイ。もし、今までアステリアが話していたことが真実だとするのであれば、私の倍以上も魔法力のあるアステリアが、私の放った『武装解除の呪文』を防げないなんて変な話。あの時から……すべてが仕組まれていたのだろう。


アステリアは淋しそうな表情を浮かべながら、言葉を紡いだ。彼女の目じりには、きらりと一粒の涙が浮かんでいるようにも見える。


「さぁ、姉様。天文台から落ちてください。ここで誰かが『ダンブルドア殺害犯』にならないと、必然的にセレネ先輩が魔法省に犯人扱いされてしまうんです。
セレネ先輩を救うためにも、死んでください…姉様」



セレネが……救われる?



そう、私の最終的な目標は、アステリアと同じなのだ。セレネを救うため、私がセレネの代わりに『犯罪者』の仮面を被って死ぬ。そうすれば、犠牲は最小限。セレネだけではなく、アステリアもつらい思いをしなくて済む。だけど……そっと下を覗き込むと、漆黒の闇が広がっている。遠すぎるのと暗すぎるのとで、地面が見えない。恐怖が腹の底から湧き上がってきた。


「アステリア……ダメだよ。こんなのって、ないよ」
「姉様の分からず屋」


アステリアは、私を侮蔑するように叫んだ。


「ヴォルデモート陣営に進むよう誘導したら、先輩は『犯罪者』として処分される。
だからといって、ダンブルドア陣営に進むように誘導したら、『危険分子』として殺される。

もちろん、いいところまで行った時もありましたよ?
例えば前回なんて『第二次ホグワーツ戦線』まで、先輩は恨まれること無く生き残っていましたから。暗殺要因をすべてなくして、これで大丈夫……ってホッと一安心していたのに、先輩は『分霊箱』の存在に気がついてしまったんです。それで、『このままの状態で、ポッターがヴォルデモートを殺しても、いずれ復活してしまう』と判断した先輩は、すぐにポッターの中のヴォルデモートの魂を破壊。その結果、ポッターは一時的な仮死状態に陥ってしまったんです。『裏切り者』と称された先輩は、誤解を解こうとしたんですけど、効果むなしく……激高したウィーズリー兄妹の手によって殺されたんですよ!?


……でも、この方法なら……これなら、今度こそ……先輩は逃げることが出来る。魔法省の目は自殺した姉様に向けられ、先輩は無事…マクゴナガルとスネイプと『魔術師殺し』の手を借りて、国外に逃亡できるんです」


狂ったような光が、アステリアの潤んだ瞳に浮かんでいた。確かに、アステリアの言い分にも一理ある。だけど……


「私は、死にたくない」


気がつくと、頬を冷たい液体がなぞっていた。


「私は……死にたくない。まだ、死にたくないよ。私は……セレネのために死ねないよ」


私は弱虫だから。セレネのために死ねない。セレネのために命を使えない。セレネのために人を殺せないし、罪をなすりつけるなんて出来ない。だから、セレネもダンブルドアも、そして『あの人』であっても……誰もが辛い思いをしないような風にしたかった。ただ、それだけなんだ。

そんな弱虫な私を、アステリアは冷たい目で睨みつけている。まるで、使えない道具か何かを見るように…。アステリアは機械のような冷たい仕草で、ローブの内側から瓶を取り出す。この闇の中でも『黒』と判別できるくらい黒い液体が入った瓶だ。アステリアはキュッと音を立てながら、瓶のふたを開ける。


「なら、しかたありません…最終手段です。
『'M PATHETICUS anima. Fiet de artus, calcitrare hostes Ganzen(哀れな魂よ。我の手足となり、眼前の外敵を蹴散らせ)』」


アステリアは感情のない声で呟くと、聞き覚えのない呪文を唱えながら、瓶の中の液体をポタリ…ポタリト床に浸していく。黒い液体は瞬く間にアステリアの足元に広がり、なにやら形を作っていく。


「い、いやぁぁぁああ!!!」


気がつくと叫んでいた。

それは、形容しがたいモノ。
黒い液体から、雪のように白い頭や手が付きだしている。男、女、そして子供。薄ら笑いを浮かべながら亡者たちの落ち窪んだ虚ろな眼が、全て私に向けられている。ぷぅんと鼻をふさぎたくなるような腐敗臭が、天文台に漂い始めていた。


「『死霊魔術』で操る亡者…といったところでしょうか。さぁ、そのまま姉様を落としなさい」


感情のこもっていないアステリアの声が、亡者たちに告げる。心臓を握られたような息苦しい感覚が身体に奔る。私は亡者たちかが視線を外すと、何も知らずに校庭を歩く魔法省の一段に叫ぶ。


「助けて!!助けてください!!」


私は精一杯の大声で、声がかれそうになるくらいの大声でまだ校庭を歩いている魔法省一向に叫ぶ。だが、声が届かないのか、北棟の方を見ずに歩き続けている。ただでさえ蒼白だった顔から、ますます血の気が遠ざかった感じがした。


「無駄ですよ、この北棟の周りには『認識阻害』の結界を張ってあるんです。この結界の外で話を聞いている人間は、ここで会話した内容に対して興味を持たなります。いくら姉様が叫んでも、アイツらは認識しませんよ」


冷たく突き放すような口調で、アステリアが説明する。

真冬なのに、生暖かい空気がアステリアの周囲から放たれているような感じがした。どうにかして、逃げないといけない。せめて、鳥のように翼でもあれば天文台から飛んで逃げられるのに……。生憎と、私は普通の魔女。翼なんてどこにも……


………その時、自分の手の中に『杖』があることを思い出した。そう、私は魔女。この杖を使えば逃げられる、かもしれない。


「ぺ…『ペトリフィカス トルタス‐石になれ!』」


握りしめた杖で、必死になって叫ぶ。亡者はのけぞって、ゆっくり後ろ向きに倒れた。一瞬だけ、ホッとした。良かった……魔法が通じる相手なら、まだ勝機はある。勝てない可能性の方が高いけど、逃げ出すチャンスくらいはあるかもしれない。いや、きっとあるはずだ。

私は、思いつく限り魔法を叫び続けた。


「『ペトリフィカス トルタス!』『インペティメンタ!』『インセンディオ!』『スティーピファイ!!』」


杖先から放たれた色とりどりの閃光が、亡者に襲いかかる。ある亡者は倒れ、ある亡者は煌々と燃え上がり、ある亡者は凍結し、またある亡者は縄で四肢の自由を封じられる。だが倒された亡者たちは、再び液体に戻り、瞬く間に先程までの形を取り戻すのだ。
復活するたびにアステリアが退屈そうな様子で何かを詠唱しているが、そんなの気にしている暇なんてない。……気のせいだろうか、数が増えている気がする。


「っあ!」


亡者の萎びた手が、私の右腕をつかむ。死んだ人間とは思えないくらいの強い力で、一気に私の腕を締め上げてきたのだ。
杖が手から離れ、むなしく地面に転がる。痩せこけた薄っぺらな腕が、私を吊し上げ、ゆっくりと…ゆっくりと……天文台の外へ近づけていく。


「ようやく、薬の薬効が切れたみたいですね。……想像していたよりも、長かったです」


アステリアが不敵な笑みを浮かべている。


あぁ、私……今まで『フェリックス・フェリウス』のおかげで生き延びられたんだ。
吐きたくなるような腐敗臭が混ざる夜の風を感じながら、漠然と感じた。

アステリアが『死ぬ予定の私』にすべてを説明してくれたのは、ただ薬効が切れるまでの時間稼ぎ。薬効が切れてしまえば、幸運の加護はなくなる。アステリアは、この瞬間を待っていたんだ。



「ばいばい、姉様」


アステリアの声が、遠くから聞こえる。
それと同時に、私は桟の向こうへ放り出された。ふわりと、髪の毛やローブが舞い上がった。

眼下に広がる闇を感じる。私、死ぬんだ。この暗闇の中に堕ちていくんだ。痛いのかな、痛いのは嫌だな……死にたく……ないな……


耳元で轟々と唸る風。目の前に広がるのは、満天の星空。ちらちらと数えきれないほどの星が、漆黒の夜空に散らばっている。ただでさえ、遠くに見える星々が、物凄い勢いで私から遠ざかっていく。

あぁ、私……死ぬんだ。さっき見た暗闇の中に、堕ちていくんだ。痛いのかな……痛いのは、嫌だな……

私は遠ざかっていく夜空を見るのが怖くて、ギュッと目をつぶった。





















「『レビコーパス‐身体浮遊』」


なにやら鋭い声が飛んできた、と思った矢先、ビリッとした感覚が身体を奔る。それと同時に、ぐぃっと頭が空に持ち上げられた。そっと目を開けると、遠ざかっていたはずの夜空がどんどん近づいている。


「う…そ?」


天文台の桟によじ登った誰かが、私に杖を向けている。どうやら、その人物が私を引き上げてくれたのだろう。


「…次に無茶したら、助けないからな」


呆れたような口調で、その人物は私に杖を向けている。暗闇の中、つい見惚れてしまう蒼い瞳を爛々と輝かせて……




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
次回で、『謎のプリンス編』終了予定です。



※2月19日…大幅改定
※3月1日…一部改訂



[33878] 84話 そして2人は夜の闇へ
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/03/01 19:06
引き上げたダフネの瞳は、恐怖の色に支配されていた。……無理もない。自分の妹に殺されかけたのだから。それに、あんな信じがたい話を聴かされたのだ。私自身、大量の情報を処理しきれず、頭が混乱しそうだ。だから、冷静な表情を保っているのはスネイプ先生と、闇払いの女性…トンクスという名前らしい…には関心してしまう。ハリーも目を白黒させていたが、まだ辛うじて冷静さを失っていないところを見ると、私が知っているあの頃よりも成長したらしい。


「『リベラコーパス‐身体自由』」


右手に握りしめた杖を軽く振ると、閃光が奔る。浮きあげる力がなくなったダフネの身体は、再び降下し始めた。…が、降下する前にスネイプ先生がダフネを受け止める。


「先生…それに…セレネ……ポッターまで……どう、して?」
「…大方、幸運薬の効果だろうな。…少し休んでろ」
「……うん……」


ダフネは糸が切れた人形のように、スネイプ先生の腕の中で崩れ落ちると、ゆっくり目を閉じた。口元にかかる髪が、僅かにだが揺れているので呼吸はしている。きっと、気絶しただけだ。心の中で、ホッと一息つく。


「脈も正常よ。だから、身体面に問題はないわね」


少し眉間にしわを寄せたトンクスは、ダフネの首に手を当て、脈が正常か確かめた。
…身体面に問題はない…
つまり、精神面はどうだかわからないということ。…大切な親友を、しかもこんな最悪な状態で残していくのは気がかりだ。だけど、私は……


「……せん…ぱい?」


か細い声が、静まり返った空間に響いた。声の主はダフネの妹―アステリア―。よほど驚いているのだろう。これ以上ないくらい目を丸くさせたアステリアは、先程までの面影はない。呆然と壁に寄りかかる姿は、ただの無力な少女にも見える。私は目を細めた。


「マクゴナガル先生が『北塔から箒で、トンクスの実家へ逃げなさい』って言われたんだ。……それは、『知らなかった』みたいだな」


私が告げると、アステリアは『まいった…』とでもいうかのように頭を押さえる。どうやら、私が最後に告げた一言で『私が聞いていた』ことを理解したらしい。寂しそうに顔を歪め、大きな瞳から涙が滲み始めていた。


「……私が知る先輩は、ここに来る前につかまってしまいましたから…」


どこか遠くを見るアステリア。ポタリ、ポタリと瞳から涙が冷たい床に零れ落ちる。アステリアは絶え間なく零れ落ちる涙を、袖で乱暴に拭いながら、言葉をつづけた。


「私は……私は…!!セレネ先輩に、生きてて欲しいだけなんです。どうしても、生きていて欲しいんです!」


そう、それはアステリアの『本音』。嘘偽りのない言葉だってことはわかる。
だけど……アステリアの言葉が、どこか苦々しく感じるのは、たぶん気のせいではない。事実、私と一緒にここまで来てくれたスネイプ先生やトンクス、そしてハリーも顔をしかめている。


「それなら、何故…こいつの義父を助けない」


スネイプ先生が、アステリアに杖を向ける。 そう、それは私も感じていたことだ。クイールを助ければ私が『ダンブルドア』や『ヴォルデモート』に対して敵対心を抱くこともなかったはずだ。もちろん、クイールを危険に巻き込まないように、可能な限り戦いから遠ざかろうと考えたと思う。もしかしたら、さっさとイギリスを捨て、クイールと共に海外へ逃亡していたかもしれない。…そんな可能性をアステリアは、思いつかなかったのだろうか?

アステリアは身体を震わせ、少し怯えたような表情を浮かべた。だけど、それは表情だけ。アステリアの目は、全然怯えていない。


「…無理なんです。何回繰り返しても、あの人を救うことが出来ないんです。むしろ、そのせいで……」


アステリアは歯を食いしばると、俯いた。…クイールを救う行動をしたせいで、私が死ぬのか。しかも、あの様子から察するに、相当無残な死に方をすることになるのだろう。だから、それを回避するため、アステリアはクイールを救わない道を選んだということか。
何か釈然としない。私を救うために動いてくれたのは嬉しいし、私だって死にたくない。…だけど……


「そろそろ時間よ。セレネ・ゴーント」


私が口を開く前に、トンクスが時計を向けた。校長室を出てから、すでに10分以上が経過している。天文台からチラリと見える魔法省の一行も、先程よりも校舎に近づいてきていた。もう、出ないと間に合わない。アステリアに聞きたいことは、手の指では足りないくらいあるが……それを聞く時間はなさそうだ。


『もう、この城に戻ってくることはないと思う。『縮小魔法』を解くことも…稀だろうな。…それでも、ついて来るか?』


マフラーのように首に巻きついたアルファルドに向かって、小さく呟く。アルファルドは依然として目を閉じたまま、グッと鎌首を持ち上げた。


『…構わないですよ。“スリザリンの継承者”に仕えることが、私の使命ですから。
それに、ホグワーツの外の世界って珍しくて楽しいですし、大きいと不便なことって多いんですよ』


アルファルドは、楽しそうに赤い舌をチロチロと出す。そんなアルファルドを優しく撫ですると、私はトンクスに向き直った。もう、覚悟なんてとっくに決めているんだ。


「分かりました」


雲間から、青白い月の光が注ぐ中、私はトンクスから箒を受け取る。…箒に乗るのなんて、1年生の時以来だ。果たして、うまく乗れるだろうか?自分らしくない不安が、徐々にこみあげてきた。


『大丈夫ですよ、主。主はヒッポグリフやセストラルに乗ったことがあるじゃないですか』


アルファルドが、私を励ましてくれる。…だが、箒とセストラルは全くの別物だ。ヒッポグリフやセストラルは生き物で、しっかり指示しないと飛んでくれない。その点だけを見ると、自分の思った方向へ素直に飛ぶ箒は便利に思える。だが、箒は自力で飛べない。常に己の魔力を高めなければ、1ミリも飛ぶことが出来ないのだ。私は苦笑を浮かべた。


『そうだな。なんとかなる…か』


囁くようにつぶやくと、私は箒に跨った。

これから、トンクスの実家に行く。そこで、数週間滞在。その間に舞弥や切嗣と連絡を取り、海外への逃亡計画を立てる。海外へ亡命してしまえば、もう大丈夫。ヴォルデモートの勢力もダンブルドア亡き不死鳥の騎士団の勢力も、海外では無力。唯一、恐れないといけない勢力は魔法省だ。イギリス魔法省が逃亡先の魔法省と連携し、私を捕まえようとするかもしれない。だけど、私が生きようとしているのはマグルの世界。よほどのことがない限り、捕まることはないだろう。

そう、この国に未練は……ない。ダンブルドアがいなく、ヴォルデモートが襲ってくる可能性のあるならば、早々に全てを捨て、躊躇うことなく逃げるのが一番だ。


「セレネ」


スネイプ先生が、つかつかと近づいてきた。そして、いつも先生が羽織っているマントの内側から、小さな何かを取り出す。


「これは、クイールが10代の頃、日本旅行の土産にとくれたモノだ。『セブルスに幸せが来るように』だとか言っていた。…恐らく、幸せを呼ぶものなのだろう。これをやるから、幸せになれ…セレネ」


掌に置かれた、少々色あせた朱色の平たい袋を見た私は頷いた。なるほど、確かに幸せを呼ぶ『お守り』だ。ただ……桃色の糸で真ん中に刺繍された文字は『地主神社』。私の記憶が確かなら、『恋愛成就』で有名な神社だ。確かに『結婚』という名の幸せは呼ぶかもしれないが……スネイプ先生が私に伝えようとしている意味と、少し違う気がする。というか、クイールはいったい何故、スネイプ先生に恋愛成就守りを渡したのだろうか?


「ありがとうございます」


そっと頭を下げる。先生の好意を無駄にするわけにはいかない。恋愛成就…はないと思うが、大事にしているだけで他の加護が訪れるかもしれない。それに何よりも、クイールの形見なのだ。アズカバンに送り込まれ、形見のナイフまで奪われ、家にも帰れない私にとって、唯一の…形見。

お守りの紐を伸ばし、ギュッと手首に結び付ける。これで、空を飛んでいる時にポケットから落ちるという事態を避けられるだろう。


「セレネ、その……また次の機会に渡すものがあるんだ」


ハリーが戸惑いがちに、私に声をかけてくる。
先程まで敵対していたし、アステリアの口からあんな話を聴かされたばかりなのだ。ぎこちないのは分かる。私自身、ハリーとどう接すればよいのか、わからない。まだ敵という感じもあるし、すでに味方という感じでもある。


「渡すもの?」
「ある人から、預かっているんだ。今は持っていないけど、今度会った時に渡すよ」


…今度会う時か。


私とハリーは、ここ数種間のうちに会うことが決まっている。理由は簡単。ホグワーツから逃げるため、ハリーの中に存在する『ヴォルデモート』を殺す時間がなかったからだ。ハリーの魂と密接に絡み合ってしまっているため、いくら『眼』を使ったとしても完全に切断するには時間と極度の集中力が必要とされる作業。だから、海外へ逃げる前に、ハリーと会わなければならない。

それは、とても面倒なこと。万が一にも手を誤ってしまったら、不死鳥の騎士団と完全に敵対してしまう。だから、ハリーとは『何もなかった』ということにし海外に逃亡したい。だけれども…何故だろう。


「生きろよ、ハリー・ポッター」


気がつくと、微笑を浮かべながら言葉を発している私がいた。


「せ、セレネ先輩!」


私が桟に足をかけた時、アステリアが私の名を呼んだ。
思わず振り返りそうになったが、あえて振り返らなかった。今にも言いたいことが氾濫しそうで、抑えるのが一苦労なのだ。振り返ってしまったら、アステリアの顔を見てしまったら、もう飛べない。この場所から逃げられず、魔法省に拘束されてしまう。そんな予感がした。


「先輩!」


アステリアが再度、私を呼ぶ声が聞こえてくる。だけど、私は振り返らない。先に夜空に浮くトンクスを、ただただ見据えていた。


「大丈夫、私は生きる」


自分に言い聞かせるように囁くと、桟を蹴り、暗い夜空へと跳び出した。ふわり、と髪が浮き上がる。マクゴナガル先生に貸してもらったマントが、風に吹かれ宙をひらめく。


「こっちよ、セレネ」


上空を旋回していたトンクスは手招きをすると、さらに北へ飛び始めた。私はトンクスの後に続くよう、箒を動かした。すっと背筋を屈め、速度を上げる。虚空へ虚空へと進む私は、そっとホグワーツを振り返ってみた。次第に慣れ親しんだホグワーツが遠ざかっていく。真冬に潜った湖が針葉樹に隠れ、威容を誇った学び舎も視えなくなり……


そこで初めて、本当にホグワーツから離れるのだと実感した。


「…寂しい?」


敷地から外に出たので、北から南へと進路を変更したトンクスが、気遣うような声を出す。私は前を向くと、首を横に振った。








死んで花実が咲くものか。ここまで生き残れたこの命、そう簡単に投げ捨ててよいモノではないのだ。

何があっても、生き残って見せる。

そんな決意を胸に、私はトンクスと一緒に飛び続けた。まだ見ぬ、トンクスの実家を目指して……




















Side:ハリー・ポッター


飛んでいった2人のシルエット。雲の合間に消えていくのを見届けた僕は、アステリアと向き合った。アステリアの顔からは、表情というモノがスッカリ消えている。ゾッとするくらい白い顔で、表情といえる表情を浮かべていない。それは、正真正銘の『無表情』。ここまで感情を排斥した表情なんて、みたことがない。


「ハリー・ポッター」


アステリアが呟く。きゃんきゃんと、はしゃぎまわる子犬のような声とは程遠い……氷のような冷たい声だ。僕は思わず、一歩後ずさりしそうになる。だけど、なんとか堪え、その場に踏みとどまると、アステリアを見据える。そんな僕を見るアステリアの眼は、どこまでも、どこまでも凍えるように冷たいモノだ。ゆっくりとアステリアは、口を開く。


「貴方がキッカケで……幾度となく、先輩は死にました」


僕は思わず、杖を握る力を強めていた。どす黒い殺気が、アステリアの小さな身体から滲み出している。ゆっくりと床に転がっている短剣を拾い、傷がついていないかどうか確かめていた。 まずい――このままじゃ、殺される―― なんとなくだけど、そんな感覚が身体を駆け巡った。しかし―――


「ですが、貴方を殺しません」
「えっ?」


呆気にとられ、僕は変な声を出してしまった。アステリアは、短剣をローブの内側にしまい込みながら、話を続けた。


「殺されたいのであれば、殺しても構いませんよ。だけど……このタイミングで殺しても、最良の結果に繋がりそうにありませんから」


感謝しなさい…とでも、言いたそうな顔をしたアステリアは、僕たちに背を向ける。依然として殺気は放たれていた。だけど、少なくとも僕たちの命を奪うつもりはないみたいだ。
その背中は、どこか淋しげで、人を拒絶するようで、見ていて辛くなってきた。


「…あっ」


僕は今、たったいま思いついたことを言おうと口を開きかけた。だけど、こんなことを言って何になるんだろうか?僕は首を横に振ると、開きかけた口を閉ざす。


「何か、言いたいことでも?」


アステリアは、僕が何か言おうとしていたことに気がついたらしい。背を向けたまま、淡々と尋ねてきた。正直に、思ったことを言っていいのだろうか?僕が今から言おうとしていることは、確実にアステリアを傷つけてしまう。


「何も用がないなら、話しかけないでください」


突き放すように告げたアステリアは、一段、また一段と階段を下り始めた。…ここで言わなければ、もういう機会なんて訪れない。ダンブルドアが死んだ以上、学校は閉鎖されるということは容易に想像がつく。だあら、もう…アステリア・グリーングラスと言葉を交わす機会なんてない。僕は深呼吸をすると、去りゆくアステリアの背中に言葉を投げかけた。


「アステリア・グリーングラス。君は…違う道に逃げ込んでいるだけ、なんじゃないか?」
「……」


ピタリ…と、アステリアの動きが止まる。まるで、機械のように。


「逃げてる?」
「うん。…人が死んだら、もう戻ってこない」


いますぐに校長室に戻れば、ダンブルドアが笑いかけてくれる気がする。だけど、逝ってしまった彼らは、僕たちの世界に戻ってこないのだ。ダンブルドア亡き今、誰がヴォルデモートと戦っていくのだろうか?この学校は、誰がまとめていくのだろうか?…僕たちはどうすればいいのだろうか?…その答えは、分かりきっている。


「その事実に目を背けて…逃げてばかりじゃ、いけないんだ。その……死んだ人の気持ちを背負って、その人の分まで生きる。そうすれば僕たちの心の中で、ずっと生き続けているってことになるんじゃないか?」


ダンブルドアの意志を継いだ『不死鳥の騎士団』や僕たちが、ヴォルデモートと戦い続ける。ホグワーツは、ダンブルドアの意志を継いだ副校長のマクゴナガルが動かしていく。ムーディが戦死してから、キングズリーやトンクスは『油断大敵!』と、よく口にするようになった。


「それに、今のアステリアは辛そうだよ。このままだと、アステリア…君自身が壊れそうだ。もう、やめた方がいい」


アステリアは動かない。天文台を横切る風が、彼女の髪を揺らしている。


「いったい、何度繰り返したんだ?そして、あと何度繰り返すつもりなんだ?あと、どれくらい君は自分自身を殺し続け、クイールさんを見殺しにして、他の何もかもを犠牲にしていくつもりなんだ?」
「……」


相変わらず、アステリアは何も答えない。ただ、何も言わず…僕に背を向け続ける。そんな彼女の背中に、僕は言葉を投げかけ続けた。


「僕は…」
「19度目ですよ」


唐突に、アステリアは口を開いた。


「この世界で、19度目です。えぇ、確かに辛かったです。私の選択ミスで、先輩が吸魂鬼のせいで廃人にさせられたり、東洋の坊主に身体をのっとられたり、ハゲ帝王に強姦されたり、ダンブルドアの手下に暗殺されたり、同僚男子に無理心中させられたり……酷かったですね」


アステリアは、まだ振り返らない。ただ、氷を連想させるくらい冷たかった声が、まさに絶対零度と言い表したらいいくらい、冷ややかなものに変化していた。


「私は諦めませんよ。セレネ先輩が、無事に生き残れるまで何度も繰り返します」
「何度も?それは君の首を絞めるだけだよ。人を殺してまで、目的を達成しようとするなんて、ヴォルデモートと一緒だ。もう、やめた方が…」


「そろそろ自分が『操り人形』だと自覚したらどうです!?」


振り返ったアステリアは、鬼のような形相だった。吊り上った眼は憎悪でギラギラと光り、深いしわが刻まれている。背後に炎まで見えた気がした。そんなアステリアの気迫に押され、倒れそうになる。だけど僕は耐え、なんとかその場に踏みとどまる。そして、燃え盛る憎悪を隠していないアステリアの瞳を、じっと見つめた。


「確かに、僕はダンブルドアの描いた道を…進んできただけかもしれない」


脳裏に浮かぶのは、何回もセレネの口から言い放たれた言葉。僕は『道化』かもしれない、『操り人形』かもしれない。でも……でも……


「だけど!!僕は自分の意志で、この道を選んだんだ。きっと、ダンブルドアが用意しなくても、僕はこの道を選んだ。それに、後悔はない!」

アステリアの青白い顔のしわには、嫌悪と憎しみが刻み込まれていた。距離が離れている僕にまで、彼女の歯ぎしりが聞こえてくる。気のせいか、アステリアの髪の毛が逆立っているような感じがした。


「…この操り人形風情に、私の気持ちなんて分かってたまるか!!」


ローブの内側から短剣を引き抜いたアステリアは、地面を蹴る。慌てて僕は、杖を向けた。だけど、アステリアの方が一歩上手だった。短剣を握りしめていない方の手で、蝿でも払うかのような仕草をする。すると、すぽんっと杖が抜けてしまったのだ。


くるくるっと宙を舞う杖が、視界の端に見えた時、僕は負けを悟った。



あぁ、終わった。
僕には、防衛手段が……もうない。あの疾走する少女と立ち向かう術は、ない。




アステリアが一直線に、向かってくる。僕は避けることも、逃げることもできなかった。足が地面に縫い付けられたかのように、動けないのだ。もしかしたら、これもアステリアの能力なのかもしれないし、僕が恐怖で動けないのかもしれない。とにかく、これで僕の命が終わってしまう。



いやだ!死にたくない。こんな所で、こんな場所で。
なにか、何か手があるはずだ。そう思い必死に考える。だけれども、何も思いつかない。

これは、本当に……死んでしまう……

そう感じた刹那、僕の目の前に飛び込んできたのは鋭利に研ぎあげられた切っ先、ではなかった。


「えっ…?」
「なっ!?」


僕の前に翻るのは、黒いマント。
それは、僕の苦手とする人物が纏っていたマントだ。魔法薬学の時間の度に、作り途中の魔法薬を投げつけてやりたいと思った人物のマントだ。そして……ダンブルドアの信頼を得た元・死喰い人のマント……


僕をかばい、短剣で刺されたのは…セブルス・スネイプだった。


徐々に漂うのは、血の臭い。僕はそっと身体をずらし、スネイプの表情を視ようとする。だけど、顔は影になり視えなかった。だけど……アステリアが突いた短剣が、スネイプの胸を貫いているのは視える。僕は息をのんだ。何も言えない。


…どうしえて、スネイプは僕を助けたのだろう?

僕の父親を、殺したいくらい憎んでいたはずなのに。僕の母親を『穢れた血』って呼んでいたはずなのに……なんで?


僕が呆気にとられている間に、スネイプは動いていた。いまだに短剣を握るアステリアの腕を、両手でがっちりと握り締める。そして、血で染まる唇を開いた。


「この子には…手を出すな」
「っ!?」


スネイプの表情は、相変わらず見ることが出来ない。ただ、アステリアからはスネイプの表情が視えていたのだろう。あれほど怒りで歪んでいたアステリアの表情から、色が消えていく。彼女の表情は、さぁっと青を通り越して白くそまっていき、憎悪の炎を燃やしていた瞳には、驚愕の色がちらり、ちらりと見え始めていた。


「貴方、貴方は……何を!」


アステリアの声が震えている。きっと、彼女にとってもスネイプのこの行動は、計算外だったのかもしれない。


「そうだな。……では、我輩と一緒に、地獄へ落ちてもらおうか」


魔法薬学の授業をしている時みたいな、どこか人を馬鹿にしたような口調でスネイプは呟く。そして、アステリアの腕を握りしめたまま天文台の桟へ近づいていく。


「な、何するんですか!…やめっ、止めててください!離してください!!」


アステリアは必死に力を籠め、スネイプの拘束から逃れようとする。しかし、スネイプはビクともしない。


「ま、待ってください!!」


僕は叫ぶ。
桟に近づくスネイプが何を考えているのか、いくら僕でも分かる。スネイプ先生が今からやろうとしている方法で、確実にアステリアを行動不能にできる。だけど、他にも方法があるのではないかって思わずにはいられないのだ。慌ててスネイプに駆け寄ろうと一歩前に出る、が……


「来るな!」


空気をビリッと振動させるくらい大きなスネイプの声が、空間を貫く。僕は、その場に立ち尽くしてしまった。逃れようと暴れていたアステリアでさえ、動きを止めてしまった。


この一瞬が、勝敗を分けることになった。


アステリアの身体を寄せ、スネイプは桟を飛び越える。

桟の向こうに消える瞬間のアステリアの表情は視えなかった。だけど、スネイプは、僕の瞳を見て……静かな微笑を浮かべていた。どこか救われたような、それでいて淋しげな微笑を……




唖然とした僕が見つめる中、2人の男女が、夜の闇へと吸い込まれていった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『謎のプリンス編』、これにて完結です。
次話から、最終章『死の秘宝編』に入ります。

ついに、正真正銘ラストスパート。
これからも、寺町朱穂をよろしくお願いします!!

※3月1日…一部訂正





[33878] 【死の秘宝編】85話 『死』を超える
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/03/01 19:25


Side:セドリック・ディゴリー


月明かりに照らされた大理石造りの豪邸。
30人ほどが会議したとしても、まだスペースが有り余る一室で、僕は『あの人』と向かい合っていた。髪はなく、蛇のような顔に鼻孔が切り込まれ、赤い両眼の瞳は、細い縦線のようだ。…蝋づくりのような顔は、月の光を浴びてますます青白い光を発しているようにも見える。
それだけでも恐ろしいのに、僕の『報告』を聞いた『あの人』は殺気をチラつかせ始めた。こうなることは予想できていたけれども、実際に殺気を向けられると足がすくみそうになる。僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「ディゴリー……貴様、何と言った?」


『あの人』は、静かな声で僕に問う。静かなはずのその声に、僕は背筋がゾクリと逆立つのを感じた。この場から、一目散に逃げ出したい。『姿くらまし』で、どこか遠いところへ逃げてしまいたい。だけど、その衝動をなんとか堪え、『あの人』を見据え続けた。


「貴方が欲していた『ニワトコの杖』は、もうすでにこの世界に存在しません」
「…根拠は?」


『あの人』の大蛇(ペット)が、するすると近づいてくる。このまま『あの人』の機嫌を削ぐようなことを僕が言ったら……。蛇に頭から丸呑みされるような映像が、脳内に浮かび上がってきた。あまりにもリアルに想像してしまったせいで、震えそうになる身体を必死で制す。僕は、『あの人』の地雷を踏まないように、慎重に言葉を選んだ。


「オリバンダーの発言を頼りに、グレゴロビッチの所へ向かいました。しかし、当の昔に、杖を奪われたらしいのです。杖は、とある青年魔法使いに奪われた…と」
「誰だ?その魔法使いとやらは」 


ナギニとの距離が、さらに縮まる。僕たちの周りには、他にも幹部クラスの『死喰い人』が勢ぞろいしていた。その全員が僕を見ているのだろうけれども、僕は蛇の黄色い瞳と、『あの人』の赤い瞳が放つ、あの射抜くような視線だけを感じていた。


「『ゲラート・グリンデルバルド』」
「『ゲラート・グリンデルバルド』?…監獄『ヌルメンガード』に幽閉されている老いぼれか」


どうやら、『あの人』も『ゲラート・グリンデルバルド』を知っていたらしい。もちろん、他の死喰い人達も知っているはずだ。
グリンデルバルドといえば、『あの人』が現れなければ、『史上最悪の闇の魔法使い』であったと評されるほどの有名人だ。現在は、自らが作った孤島の監獄『ヌルメンガード』に収監されている。確か、収監されてから50年は経過していたような気がする。


「ですが、グリンデルバルドは『1度だけ』…とある魔法使いに決闘で負けています。その時に、杖を奪われたみたいなのです」


ぞわぞわと周りがざわめき始める。そう、ゲラート・グリンデルバルドを破った魔法使いといえば唯1人しかいない。誰もが知っている魔法使いで、『あの人』が唯一恐れる魔法使い……。『あの人』も少し考えただけで、その人物を思い至ったのだろう。


「……ダンブルドアか!!」


ぴきぴきっと『あの人』の額に、青筋が浮かび上がる。そう、ダンブルドアの杖はすでに破壊されてしまっているのだ。しかも、『あの人』自身の手によって……
断片が残っていれば、復元の手立てが出来るかもしれない。だけど、それも不可能な話だ。なぜなら、『あの人』は『ニワトコの杖』を燃やして灰になり、風に浚われ霧散してしまったのだから……。


「あの老いぼれめ!!!」


『あの人』が叫ぶ。『あの人』は激高し、感情の赴くままに杖を振り上げた、その時―――





「ただいま帰国したッス!!」


ガタンっと大きな音を挙げながら、会議室のドアが開かれた。
『あの人』は杖を振り上げたまま、コートに身を包んだシルバーをギロリと睨みつける。なのに、シルバーは何も感じていないらしい。いつものようにヘラついた笑みを浮かべながら、土産を机の上に並べていた。


「いや~本当に楽しかったッスよ、日本!
京都に金閣寺って寺があったんッスけど、凄かったッス!3階建ての寺一面に金箔が貼られて光り輝いているんッスから!
それから、大阪っていう都市!もう、食べ物が安くて美味しいのなんのって!!串揚げに、お好み焼きに、タコ焼き……もう、俺が今まで食べてきた料理は、なんだったんだ―――!!って感じッス!どの料理も口に入れた途端、ふわっと味が広がるんッスよ?あのタコでさえ、日本人の料理人の手にかかれば、何匹でも食えるッス!いや~イギリスの料理が、いかに雑か分かったッスよ。 もう日本サイコー!!あ、今度の『死喰い人慰安旅行』で行かないッスか?『姿くらまし』すれば、パスポートなしでも入国出来るし」

「シルバー!!」


いつまでも続きそうな『シルバー土産話』を止めるべく、ルシウスが立ち上がる。


「お前はいつもいつも、緊張感がない奴だな!空気を読むということを少しは考えたら…」
「この『吉本●業特製クッキー』は、ルシウスさんへの土産ッス!」
「うむ、ありがとう……で、なくてだな!!」
「おっ、そこにいるのはドロホフさんッスね!エイブリーさんも!えっと…ドロホフさんには『チョコレート味の八つ橋』、エイブリーさんには『特製鎌(草取り用)』ッスよ!」


次から次へと、トランクの中から土産物を取り出すシルバー。ルシウスは口をはさむタイミングを完全になくしてしまっていた。日本人の芸人らしい似顔絵が描かれた箱を手にしたまま、ルシウスは呆れたように座り込んでしまった。シルバーを注意する気力を、無くしてしまったらしい。


「貴様!!」


代わりにベラトリックスが、耐えかねたように立ち上がった。立ち上がった反動で、バンッと椅子が後ろに倒れたが、そんなことなんか気にせずにシルバーに詰め寄る。ベラトリックスは、『あの人』に対してタメ口で接するシルバーが嫌で嫌で仕方ないのは、周知の事実。現に、ベラトリックスの瞳からは、『あの人』に負け劣らない殺気が迸っていた。誰もがゴクリ、と唾をのむ。ベラトリックスは、悪魔も縮むような殺気をシルバーに向け、そして叫んだ。


「貴様!何故、わが君への土産を最初に渡さないのだ!?」


いや、そっちですか?と心の中で突っ込んでしまった。何人かの『死喰い人』は、僕と同じことを考えたみたいで、がくっと転びそうになっている。


「いや~、タイミングって奴ッスよ。あ、これはベラトリックスさんへの土産ッス」
「わ、私よりも先に渡す人がいると言ったばかりではないか!!」


顔を真っ赤に染めたベラトリックスは、怒り狂っているようだ。……が、土産物を受け取ったからだろうか。どこか、まんざらでもなさそうな表情を浮かべているような気もする。

これでいいのか、死喰い人?


そう思わずにはいられない。
……僕がこの陣営に入ったのは、真実を知りたいから。一見、正論を唱えている『不死鳥の騎士団』側に立つよりも、異論ともいえるこちら側に就くことで、見えなかった真実が見えてくるのではないか、って思ったからだ。もちろん、『あの人』に従うようになってから、汚い仕事もした。もう、この手は血で染まり始めている。

でも、『悪』と呼ばれ続けている人達にも、こういった一面があるのだ。それは、ホグワーツに通っていた頃の僕が気付かなかった『真実』。それが視れただけでも、僕は良かったって思う。
……でも、本当にこれでイギリス征服できると考えているのだろうか?少し疑問だ。


「これ、セドリックへの土産!『鬼畜米英Tシャツ!』」
「ど、どうも」


そう言いながら、僕も土産を受け取る。何やら軽い箱を開けてみると…何やら東洋の文字が書かれたTシャツだった。……シャツの真ん中に力強く書かれている文字は、カッコいい。だが、なんて書いてあるのか不安なので、文字の意味が判明するまで着ないでおこう。


「あれ?スネイプはいないんッスか?」


シャンプーらしきボトルを手に、きょろきょろと周囲を見渡すシルバー。どうやら、あの出来事について、まだ耳に入っていないようだ。誰も話そうとしないので、僕が教えることにする。


「スネイプ先生は意識不明の重体で、病院に入院中です」


数日前、ダンブルドアが死んだ日……スネイプは1人の少女と一緒に、北塔から身を投げた。心中とも言われているし、その場にいあわせた『誰か』を護るためとも言われている。幸いにも、魔法省の弔問使節の中に、闇払いの手練れ、キングズリーが北塔から落ちていく2人を発見。即座、速度を落とす魔法を使ったおかげで、命が奪われることはなかったらしい。……その少女とどうして飛び降りたのか、詳しい理由はスネイプか少女が目覚めるまで闇の中。最近、僕の興味を引いている事なので、出来るだけ早く目覚めてほしいと思っている。


「ふ~ん、そうなんッスか。……あっ、これはオリバンダーさんへッスよ」


縄で拘束されているオリバンダーにも、律儀に土産を渡すシルバー。……今の話を聴いて『ふ~ん』で済ませられる神経といい、誘拐したオリバンダーに土産を買ってくる神経といい、この人はどういった感覚の持ち主なのだろう?と思わずにはいられない。


「そして、これが『帝王様』への土産ッスよ。……主に日本酒ッス」


シルバーは『欲しかった玩具を見つけた子供』のような笑みを浮かべると、『あの人』に箱を差し出す。Tシャツに書かれた文字とは異なる東洋の文字が書かれた箱を、『あの人』は乱雑にあける。中に入っていたのは、白い酒が入った瓶と……1枚の写真だった。雪のように白い髪の少女が、楽しそうに誰かと話している写真だ。それを見た『あの人』の表情が、雷にでも打たれたかのような表情へと変化する。


「例の一族の子。近々、ロンドンへ来るように根回ししておいたッスよ」


『あの人』が口を開く前に、シルバーが囁くように告げた。どうやら、観光だけではなくしっかりと『仕事』もこなしてきたみたいだ。いや、そうでないと困るのだけど。


「…そうか、よくやったシルバー」


『あの人』は、満足そうな笑みを浮かべると、ようやく杖をしまった。ナギニは僕の足元から去り、ゆっくりと『あの人』の元へと戻って行く。


「……そういえば、オリバンダー。お前は最初、俺に別の杖を売ろうとしていたな?」


思い出したかのように、『あの人』がポツリと告げる。手錠をはめられ、捕えられた時よりも幾分か老いたオリバンダーは、わずかに眉間にしわを寄せた。なぜ、そんなことを今聞くのだろうと考えているのだろう。


「沙羅の木にセストラルの毛、29㎝の杖が、貴方様を選んでおいででした。ですが、貴方様はイチイの杖を選んだのでしたよね?」


『あの人』が杖を買ったということは、今から50年以上も前の出来事。なのに、オリバンダーは覚えていたみたいだ。すらすらと話し始める。1年間にホグワーツ新入生の大半…つまり140人程の杖を売っているのだ。まさか目の前の老人は、それらを全て記憶しているのだというのだろうか?

僕は感心してしまう。杖に使用する木は非常に様々だし、長さもしかり。芯に使用されるモノは『ドラゴンの琴線』『不死鳥の尾羽』『ユニコーンの毛』の3つだけなのだから、あてずっぽうでもあてられる気がするが……


……3つ?


「オリバンダーさん、それはオカシイです」


小さな疑問が芽生え、思わず僕が口を挟んだ。オリバンダーは、ゆっくりと僕を見上げる。


「どこがオカシイのでしょうか、ディゴリーさん?」
「ホグワーツの授業で習いました。ユニコーンの毛や、ドラゴンの琴線、そして不死鳥の尾羽が杖づくりに使われるのは、杖に馴染みやすいからです。それ以外の魔法を帯びた物質は、馴染みにくいので使われないと聞いたことがあります」


教科書で習った事柄を思い返しながら僕が尋ねる。オリバンダーは、ゆっくりと頷いた。


「よく勉強しておいでです。ですが、貴方はひとつ間違っていますよ。
『馴染みにくい』というだけで、『使われない』というわけではないのです。実際に三校対抗試合に出場していたボーバトンのフラー嬢の杖は『ヴィーラ―の髪の毛』が使用されていたでしょう?まぁ、杖に馴染みにくいのには変わりませんが。………特に、セストラルの毛は、非常に馴染みにくいのです。作った途端に、セストラルの魔力に耐えられず、ポキンと折れてしまう」
「なら、どうして……そんな材料で杖を作ったのですか?」


オリバンダーの目に、光が灯る。それは、希望の光……ではなく、好奇の光。だけど、どこか諦めた光のようにも感じ取れた。


「『ニワトコの杖』の芯に使われているのが、『セストラルの毛』なのですよ」


僕は息をのんだ。急に来て、まだ事情を把握していないはずのシルバーでさえ、驚いたような表情を浮かべている。…『あの人』は目を輝かせながら、ゆっくり口を開いた。


「馴染まないはずなのに、お前の作り出した『その杖』は、例外だった。つまり、ニワトコの杖と同等か、それに匹敵する力を秘めていてもおかしくはない」
「まぁ……理論上は……」


その答えを待っていたかのように、『あの人』の表情はニタリと歪んだ。


「その杖は、どこにある?」


ハッとしたように、オリバンダーは顔をあげる。そして、非常に言いにくそうな表情を浮かべた。恐らく、もう誰かに売ってしまったのだろう。……だけど、僕は何となく、その杖の持ち主が分かったような気がした。……フラーの杖を例えで挙げられたことがキッカケで、思い出したのだ。
『三校対抗試合』に出場する5人の選手は、オリバンダーの手による『杖しらべ』を受けていた。杖が使用者の力を十分に発揮出来るかを調べるためで、5人の杖を順に確かめている光景が、今でも瞼の裏によみがえる。そう……あの時、『沙羅の木にセストラルの毛』という言葉を耳にしたのだ。時折、青や赤、そして紫色へ瞳の色が変化する不思議な力を持った少女の杖を調べている時に……


オリバンダーは、ゆっくりと言葉を選ぶように、こう告げた。


「……姪御様の杖になっています」
「姪御、だと?」


『あの人』の目は、今までにないくらい見開かれた。赤い瞳の奥には、憎悪の炎がメラメラと燃え盛っているようにも見える。


「…そうか、あの小娘の杖か…」


一言、一言を噛みしめるように、『あの人』は呟いた。少し何かを考え込むように、テーブルの一点を睨みつける。


「ヤックスリー」
「は、はい!」


突然話を振られた死喰い人は、慌てて立ち上がる。よほど慌てたのだろう。椅子がガタンと大きな音を立てて床に転がったのに、気がついていないみたいだ。


「魔法省の乗っ取りは、どれくらい進んだ?」
「わが君、非常に努力しております。物凄く努力しております。先日は『闇払い』のドーリッシュに『服従の呪文』をかけることに成功しました」


ヤックスリーは『純血の名家』という名前を利用し、魔法省の掌握を任されている。本来であれば、ルシウスや僕、シルバーの役割だった。だけど、僕は『ニワトコの杖』の調査をしなければいけなかったし、シルバーも『天の杯』の調査。ルシウスに至っては、脱獄囚になってしまったので、そう簡単に魔法省へ出入りできる身分ではなくなってしまったのだ。


魔法の実力は……置いておいて、魔法省へ自由に出入りできる貴重な人材ヤックスリーは、死喰い人の中でも幹部クラスと言っても過言ではない。


「…そうか」


もて遊ぶかのように、『あの人』は杖を回し始めた。ヤックスリーは座っていいのか悪いのか分からないらしく、直立不動の体制のまま不安そうにしている。


「パイアス・シックネスの件は、どうなったか?」


『あの人』は、甲高いハッキリとした声で問う。ヤックスリーは、死刑宣告された囚人のような表情を浮かべ、俯いた。

恐らく、計画が順調に進んでいないのだろう。パイアス・シックネスといえば、魔法省の中でも重鎮。現魔法省大臣のスクリムジョールに万が一のことがあった場合、最も魔法省大臣に近い男とも言われているのだ。……味方に引き入れれば戦力になるが、その分、シックネス自身も警戒しているので、手駒にするのは相当難しい。実際に、彼は常に手練れの『闇払い』に警備を依頼しているのだ。

ヤックスリーは目を床に落としたまま、震える口を開いた。


「…あと数日もあれば、パイアス・シックネスに『服従の呪文』をかけることが可能だと」
「嘘はいかんぞ。……俺様の前では、嘘は通じない」


『あの人』の赤い両眼が、じろり…とヤックスリーを睨みつける。ヤックスリーは恐怖のあまり、倒れてしまいそうだ。


「…まぁよい。どのみち、『穢れた血』の母親にかけられた魔法の効果が切れるまで、ポッターに手を出すことは出来ないからな。……夏までで構わん」
「つまり、夏になってから動くってことッスか?」


シルバーが『わさびチップス』を頬張りながら、あの人に尋ねる。


「いや、それまでにするべきことがある」


赤い目に、暖炉の朱色の灯りが不気味に反射している。『あの人』寄り添っていた大蛇が、ゆらりと鎌首をもたげた。


「それは何でしょうか、わが君?」


ベラトリックスが身を乗り出す。お側に侍りたいという渇望を言葉で表しきれない、とでも言わんように『あの人』の方へ身を乗り出す。


「夏までに、あの小娘が持つ力を、手に入れなければならない」


『あの小娘』……『あの人』が『小娘』と称するのは、ただ1人だ。場に集まっていた何人かの死喰い人…の息子たちの顔が青ざめる。確か、右からセオドール・ノット、ドラコ・マルフォイ、ビンセント・クラッブ、グレゴリー・ゴイル。4人ともスリザリン生で、たった今『小娘』と称された少女と同学年だったはずだ。


「…何か言いたそうだな、ドラコ」


死喰い人の息子たちの中で、最も権力を持つ少年…ドラコ・マルフォイに『あの人』は声をかける。『あの人』の声は静かだったが、突き抜けてハッキリと響いた。


「その…」


ドラコ・マルフォイは、恐怖で目を見開いている。直接目を合わすことを恐れたのだろう。ドラコは、すぐに俯いてしまった。


「…何か言おうとしていたな、ドラコ」
「……小娘の力を手に入れる、ということは……」
「セレネ・ゴーントを、殺せ…ということでしょうか?」


ドラコの言葉を引き継ぎ、代わりにセオドールが尋ねた。セオドールも『あの人』と目を合わすことが出来ないのだろう。セオドールは、床の一点を睨みつけている。


「『ニワトコの杖』は、主に『殺害』によって継承される。木は違えど『セストラルの毛』を使っているのだ。『沙羅の杖』でも同じだろう」


後は、言わないでもわかるだろ…という視線を『あの人』はセオドールに投げかけた。ドラコ達3人の表情が、さぁーっと青ざめる。ただ、俯いているせいで、セオドールの表情だけは見えない。ただ、開いた手をギュッと握りしめている。まるで、感情を握りつぶそうとしているかのように。

そんなセオドール達の反応を一瞥した『あの人』は、視線を宙に移した。


「死を克服する『最強の杖』……そして、永久の命に繋がる『天の杯』…」


そこには存在しないソレらをつかみ取るように、『あの人』は宙へ手を伸ばす。その姿に、ある者は畏怖の視線を向け、ある者は敬愛の視線を向け、またある者は敬愛を通り超えた崇拝の視線を向ける。…その様子を、僕は一歩離れて『記憶』する。



「……その2つを手に入れたとき……俺様は、『死』を超える!」


『あの人』は、宙を握りしめる。その赤い両眼には、目的のものを絶対に手に入れるという意欲のみが、メラメラと燃え盛っていた。



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最終章『死の秘宝編』に入りました。
最後まで、寺町朱穂をよろしくお願いします!






[33878] 86話 プリベット通り4番地
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/04/12 09:32
Side:ダドリ―・ダーズリー


あれは、何歳の時だっただろう?
よく覚えていないけど、なんか小さい頃だった気がする。少なくとも、ハリーの奴が魔法学校とやらに入学する前のことだ。


マージー伯母さんの家に遊びに行ったとき、いつものようにハリーを蹴り飛ばして遊んでいた。いまにも転びそうな勢いで逃げ回るハリーを見ているだけで面白かったし、蹴り飛ばした時の爽快感も極上だ。


ほら、もっと逃げろ。もっと逃げて逃げて逃げまくれ。


怯えるハリーを庭の隅まで追い詰め、逃げ場をなくす。ハリーは『この世の終わりだ』と言いだしそうな表情を浮かべ、俺を見上げる。


『ゲームオーバーだな、ハリー!』


俺は足を振り上げ、そして―――


『やめたほうがいい』


声が通る。
空間を遠くまで切り裂くような、透き通った声が。

俺は声がした方に、身体を向ける。すると、そこには1人の少女が立っていた。
年のころは、俺と同じくらいだと思う。だけど、俺が知っている女の子の誰よりも、大人っぽい雰囲気を漂わせていた。さらりとした黒い髪、陶器のように白い肌、そして全てを見透かされそうな黒い瞳。
どこか呆れ気味な表情を浮かべながら、ハリーに近づいていく。
二言三言、何か言葉を交わしているみたいだったけれども、俺の耳には入らなかった。俺は、振り上げたままの足を地面に降ろすと、少女に声をかけてみる。


『お前、誰?』


少女は俺を見上げると、嫌そうに眉をしかめた。だけど、耳心地の良い鈴のような声で、俺の問いに答えてくれた。


『私?私は―――』


そう、まだ俺の心から消えてくれない彼女の名前は―――


















「……ダドリー?」


どこか心配そうな声で、ハッと我に返った。
つい、俺は思い出にふけってしまっていたみたいだ。途端に、恥ずかしさが込み上げてくる。今日は、絶対にシャキっとカッコいいところを見せようと思っていたのに……


「大丈夫か?」
「あ、あぁ……大丈夫」


なんとか俺が答えると、向かい合わせに座った彼女は、ホッと胸を落としたみたいだ。


「よかった。でも、無理するなよな」


そういうと、天使のような微笑みを俺に向ける。
せっかく気を確かに持とうと思ったのに、あの笑顔は酷過ぎる。顔はますます赤くなるばかりで、もう火が出そうだ。



……俺の前に座る彼女の名前は、セレネ・ゴーント。
マージー伯母さんの家の近所に住む少女で、俺の初恋の相手でもある。会った回数は指の数より少ないけれども、彼女の仕草一つ一つが魅力的で……想いは増すばかりだった。マージー伯母さんに頼んで、彼女と逢瀬する機会を設けようとしたが、ことごとく失敗。意識不明で病院に入院していたり(交通事故にあってしまったらしい)、学校の寮へ入ってしまったり(海外の学校なのだろうか?)、TVドラマの殺し屋みたいな眼をした父親と旅行に出かけてしまったり(アジアに行っていたらしい。中国だろうか?)……本当に、運がない。



だから、もう諦めていたんだ。
セレネとは、縁がなかったんだって。



でも、神は俺を見捨てなかった!

なんでも、数日前『近くに行く用事があるから、久しぶりに寄りたい』という電話がかかってきたのだ。
セレネが『来るかも』と言った日は平日だったけれども、創立記念日の俺には関係ない。パパは仕事で留守だし、ママも用事で先程出かけたばかり。
つまり……夢にまで見た、俺とセレネの2人っきりの時間を過ごしているのだ!


……ハリーという邪魔者もいるけど、アイツは自分の部屋から出てこないからノーカウントとしておこう。
でも、せっかく2人っきりだというのに、俺は何も話せなかった。がらにもなく、緊張してしまっているみたいだ。あれを話そう、これを話そうって考えているんだけれども、考えるばかりで口に出せない。


「ダドリー。これ、アンタのために持ってきたんだ」


セレネが取り出したのは、不思議な色をした飴玉だった。桃色にも見えるし、白にも見える。光の角度で、色が変わっているのかもしれない。


「これ、どこで買ったんだ?」
「……作ったんだ。アンタのために」


恥ずかしいのだろうか?
セレネは顔を赤らめると、少し俯いてしまった。ドキンっと心臓が跳ね上がる。

手作りの飴玉……といえば、嫌な思い出が頭を横切る。あの赤毛の双子がつくった飴玉を食べたせいで、危うく死ぬところだった。あぁ、思い出したくもない……自分の舌で窒息しかけたなんて。
だから、あれ以降……飴は市販のモノ以外食べていない。

『手作りの飴玉』を、こうして見ているだけで、なんだかトラウマが蘇ってきそうだ。なんだか、食べてもないのに吐きたい。
いや、だけどセレネが作ってくれた飴玉だぞ?あのセレネが『俺』のために作ってくれた飴玉だぞ?食べずに破棄するなんて、もったいなさ過ぎる。
どうしたらいいのだろうか?俺は、悶々と悩みこんでしまう。


「……だめか?」


声に気付き、ハッと顔をあげるとセレネと目があった。セレネは上目づかいで、俺を見上げてきている。黒々とした瞳を、不安そうに潤ませながら。


「いや、食べる!とっても美味しそうだ!!」


俺は迷わず飴玉に手を伸ばす。
あの赤毛の双子と、セレネは違う。セレネは俺と同じ『まとも』な人間だ。そう、セレネは『魔法』なんかとは縁もゆかりもない人なのだから、なにを不安がる必要があるのだろうか。
俺は、馬鹿か!?


飴玉を口の中に放り込む。
脳をも溶かすような甘さが、口の中に広がる。今までに食べたことがないような甘さに、とろんっと眠くなってしまいそうだ。


「旨いか?」
「うん……甘くて、とっても」


『美味しいよ』と続けようとしたけれども、言葉を続けることが出来なかった。
なぜだろうか?急に視界が暗くなり始めたんだ。まるで、劇の幕が閉じるかのように視界が端から暗くなり始める。


「ぅ!」


ぐらり、と身体が前のめりになった。ふかふかのカーペットが急速に近づいてくる。
何が起こったのだろうか?急に眠くなるなんて…急に、身体が重くなるだなんて……

ガツン、という強い衝撃が顔面に奔ったのと同時に、俺の意識は黒く染まった。














Side:セレネ


『本当に効いたみたいですね』


ボストンバックの口から、アルファルドが顔を出した。私は何も答えずに、そっとダドリ-・ダーズリーの横に座り込む。脈があるかどうか確かめるため、手首に手を伸ばしかけた……が、その瞬間にダドリ-は、地響きと間違えるような鼾をかき始めた。私は手首を引っ込めると、ゆっくり立ち上がる。


『ポッターの従兄弟ですか…同じ一族なのに、全然似ていませんね』
『それを言うなら、私とヴォルデモートも似ていないだろ』


足元から絡みつくように上ってくるアルファルドに返事をすると、白目をむいて床に転げ落ちた豚…ダドリー・ダーズリーを見下ろした。


「何を食べさせたの?」


火の気がない暖炉の横に、ハリーが現れた。薄汚れた布を手にしているところを見ると、手筈通り……透明マントで隠れていたらしい。


「トンクスに頼んで仕入れてもらった『気絶キャンディ』だ。フレッドとジョージ兄弟が作った品らしい」


ダドリ―程度のマグルを眠らせるなんて容易なこと。上着の下に隠された杖を一振りすれば、いいだけなのだ。それをしないのは、このあたりでむやみに魔法を使うことが出来ないから。
下手に近くで魔法を使うと、『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』に引っかかり、ややこしいことになる気がする。ダンブルドアが死んだ今、ハリー・ポッターは『反ヴォルデモート運動』の象徴だ。『なにかあったのかもしれない!』と闇払いあたりが慌てて駆けつけてくる可能性が高い。そうなったら最後、話が物凄くこじれてしまう。
……『不死鳥の騎士団』の保護を受けているとはいえ、魔法省側の保護を受けているわけではない。……まだ、私の手配書は解除されていないのだ。


「さてと、ハリー・ポッター。アンタと私が11歳の時に再会した店の名前は?」


不自然なくらい磨き上げられたキッチンに腰をおろしながら、ハリーに問う。
ハリーは不思議そうに顔を歪ませながら


「『イーロップのフクロウ百貨店』。でも、なんでそんなことを今さら?」


と答えた。私は口元に笑みを浮かべると、口を開いた。


「万が一、アンタが偽物ってこともあるからな。……ま、ありえないけど。
私にも、何か質問した方がいいんじゃないか?」


呆れ口調で言うと、ハリーの顔に納得の色が広がった。それと同時に、考え込むように腕を組む。…恐らく、私に何を質問するか悩んでいるのだろう。


「そうだね……う~ん……えっと……じゃあ、『秘密の部屋』でセレネが最初に使った武器は?」
「『キャリコM950A』…短機関銃だ」
「正解!……それにしても、短機関銃なんて良く手に入れられたね」


関心したように、ハリーは呟いた。ハリーは透明マントを畳みながら、気絶したダドリーをまたぐ。


「でも、どうしてわざわざ『ダーズリー家にたまたま遊びに来た女子学生』なんていう設定にしたんだ?素直に、『僕を訪ねてきた』ってすればよかったのに」
「すべては、変に警戒されないためだ。
……知ってるか?遠くから見ると、プリペッド通り上空に魔法使いが2名旋回している。恐らく、お前に対する見張りだ」


テーブルの上のビスケットをつまみながら、ここに来る途中に見た魔法使いを思い出す。
ほとんど雲と同じ位置を旋回していた2つの点。あの位置から魔法でも使って、プリベッド通りを監視しているのだろう。


「セレネ、バレてない?」


さぁーっと顔色を青ざめたハリーは、声を潜めて聞いてきた。私は、いつも通り淡々と言葉を返す。


「バレるか。帽子もかぶったし、全身何処からどう見てもマグルの女子学生だろ」


魔法族の血を引いてはいるけれども、私はマグルの世界で11年以上暮らしてきたのだ。他の魔法使いのように、とんちんかんな服の組み合わせをしてしまうなんて間違いは起こすわけがない。
ハリーも納得がいったのか、うんうんと頷いていた。


「そうだ。これ、セレネに渡そうと思っていたんだ」


ハリーは、黒い眼鏡ケースを取り出した。
開けてみると、中に入っていたのは新品の眼鏡だった。私は眉間にしわを寄せる。


「ありがとう。だが、私の視力は」
「セレネに渡してくれって言われたんだ」


『両目とも1.5だぞ?』という言葉をつづける前に、ハリーが言葉を発した。私は、少しだけ目を細めた。


「誰に?…ダンブルドアか?」
「えっと……『青崎青子』って女性。『マジックガンナー』や『ミスブルー』とも呼ばれているみたいだよ。
なんか、この眼鏡が無くてセレネが困っているから渡してほしいって言ってた」


…知らない女性だ。
全く聞き覚えのない名前。だけれども、『眼鏡』が無くて困っていた事を知っていた。……それは、私の眼鏡が『魔眼殺し』だと知っていたということなのだろうか?それとも、ただ単純に私の視力が低いと思っていた?


「そうか」


眼鏡はかけなかった。
アオコという女性が好意的に眼鏡をくれたのかもしれないが、悪意のある魔法がかけられているかもしれない。例えば、眼鏡をかけた瞬間に爆発するとか。
……素性を調べてから、かけることにしよう。


「さてと、始めるぞ。早くしないと、そこの豚が起きる」


私は、ボストンバックに入れておいたナイフを取り出した。床に転がっているダドリ-・ダーズリーの巨体をまたぎ、ゆっくりとハリーの方へ歩みを進める。近づいてくる私を見たハリーは、やはり緊張しているようだ。ごくり、と唾を飲み込む。


「セレネ」
「私は、アンタを殺すことが出来ない。『破れぬ誓い』をトンクスと結んでいるからな」


ロンドン郊外にあるトンクスのアパートで、最初に結んだ『破れぬ誓い』を思い出す。


《ハリー・ポッターを殺さない》……そんな必死な形相で結ばなくてもいいではないかと、引きそうになってしまった。私は、ハリーを殺す気なんてない。私が殺したいほど憎んでいた相手は、もう死んでしまったのだから。



「じゃあ……殺るぞ」


目をつぶり、すぅっと…ゆっくり息を吐き出す。『ハリーの中のヴォルデモートだけを殺す』という難易度が高めな技で緊張してもおかしくはない。だが、不思議と緊張はしない。むしろ、すがすがしい気分だ。
再び目を開ける。そして、ハリーの内側に蠢くモノの死を直視する。あぁ、よく視れば視るほど吐き気がしたくなる。
今まで見た何よりも醜悪。人間的な欲望の塊でもあり、怪物的な欲望の塊のようにもみえる。


「ありがとう、セレネ」


ハリーは呟く。どことなく、少し震え気味の声で。


「礼をされる意味が分からないな」


ナイフの切っ先が、ハリーの胸に触れる。貫くのはハリーの肉体だ。けれど、それは在ることもできない粗雑なモノを殺すだけのこと。何故だかわからないけれども、ハリー自身は決して傷などつかないと、私は確信していた。
そうして、私は力を込めた。ハリーの中に潜む誰かさんの魂は、これから何が起きるのか気が付いたのだろう。魂は明らかに焦りはじめ、私を落ち着かせるようなことを喚き始めた。


だが、そんな魂の戯言なんて聞こえない。私は『視える』だけなのだ。


「じゃあな、トム・リドル」


ナイフは滑らかに、ハリー・ポッターの胸を突き刺した。





















銀の刃が引き抜かれる。
血は出なかった。もちろん、刃にも血なんか付着していない。私はぶんっとナイフを振るう。刀身についた汚れた霊でも払うかのように。


『本当に、アイツを殺せたんですか?』


髪の毛の下から顔を出したアルファルドが、不安そうに私を見上げてくる。その頭を撫でながら、私は答えた。


『大丈夫、殺せたさ』


撫でる手を止めずに、ちらりとハリーの方へ視線を向ける。
血は出ていないとはいえ、刺されたという事実には変わりない。強烈な痛みに耐えきれず、ハリーは崩れ落ちるように倒れ込む。

私はナイフを鞄にしまいながら、彼に近づいた。


「気分はどうだ、ハリー・ポッター?」


足元に転がるハリーを見下ろす。ハリーは弱弱しい笑みを浮かべ、でも瞳には強い光を保ったまま口を開いた。


「大丈夫、悪くない」


呼吸は荒いし、汗は滝のように流れている。明らかな強がりだけれども、結果は上々。保護された際に結んだ『破れぬ誓い』の制約にも触れていないし、これで私の役割は終わった。口元に笑みを浮かべると、机の上に置いておいた帽子を手に取った。


「そうか。ならいい」


帽子を目深にかぶり、ボストンバックを背負う。開けっ放しのボストンバックの口に、アルファルドが滑り込んだ。何の変哲もないボストンバックに見えるが、『検知不可能拡大呪文』で、日本で有名な某猫型ロボットのポケットのような空間が広がっているのだ。だから、アルファルドも文句を言わずに入ってくれる。
……もっとも、最初に『入れ』と言った時には、ずいぶんと渋っていたが……


「さよならだ、ハリー・ポッター」


ハリーに背を向け、歩き出す。


「ありがとう、セレネ」


囁くように、ハリーの呟く声が耳に入る。
私は何も答えずに、ドアを開けた。
無言で廊下へ通じるドアを開け、無言で玄関を開ける。ギィッと音を立てながら玄関を開け、磨き上げられた敷居を跨いだとき、ようやく私は口を開いた。


「私は、礼を言われるようなことをしたか………ハリー」


私はハリーを助けたのではない。
ハリーの中のヴォルデモートを殺したのだ。あのヴォルデモートを倒さないと、本体のヴォルデモートも死なない。本体が死ななければ、いくら海外へ亡命したからとはいえ、命を狙われる危険性がある。だから、手を貸した。……それだけの話。


『これで、魔法界ともお別れですね』


バックの中から、アルファルドが呟く声が聞こえてきた。


アルファルドの言うとおりだ。もう、これで魔法界に用なんてない。
あとは、切嗣さんが用意してくれた偽造パスポートを使い、日本へ亡命するのだ。飛行機の手配も既に終わっている。明日の夕方には、空の上を飛んでいることだろう。それまでは、どこか地方都市でのんびりイギリスでの最後の時を過ごすことにしよう。


『……行きたいところはあるか?学校以外で』


口を動かさず、囁き返す。もちろん、周りに人がいないことを確認したうえで。


『主の行きたいところであれば、どこでも』


どこか楽しむような口調で、アルファルドは答える。私も口元に笑みを浮かべた。いつにない解放感。だけど、私がいるのは敵陣(イギリス)。ここから出ないと、本当に緊張を解くことが出来ない。
気を引き締めなければ……とを考えながら、少し先の角を見つめる。この角を曲がれば、『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』の範囲から逃れられるし、上空の死喰い人らしき奴らの監視下からも出ることが出来る。


『どこに行くか、決めましたか?』
『……』


アルファルドの問いには答えない。
私は黙って角を曲がり、そして――――


「……アンタは……」


角を曲がったそこに立っていた人物に、驚いてしまった。
楽しそうにキラキラと輝く黒い瞳、鮮やかなピンク色をした短い髪。マグルの服装に身を包んだ女性は、にこやかな笑顔で片手をあげて


「よっ、セレネ!」


と話しかけてきた。私は杖をいつでも握れる状態にしながら、ニンファドーラ・トンクスを軽く睨む。


「私は言われたことをやり遂げました。あとどう行動しても、『誓い』に触れない限りは私の自由だったはずですよね?」


……ハリーと接触する機会が巡ってくるまでの数か月間、目の前にいる女性の元で暮らしたのだ。敵を騙すなんて出来ない、感情がストレートに出てしまう裏表ない人だと分かった。本当に少しだけだけど、信頼していた。
裏切られたのだろうか?それとも……


「貴女の守護霊はなんでしょうか?」


以前取り決めていた言葉を尋ねる。……これで、目の前の相手が本当に『ニンファドーラ・トンクス』かどうか分かるはずだ。


「私の守護霊は『狼』で、貴方の守護霊は『バジリスク』のアルファルドよね?」


トンクスの答えは、正解だった。
つまり、私の眼の前にいる女性は『ニンファドーラ・トンクス』本人だということになる。そのトンクスが今更私に、何の用があるのだろうか?
トンクスの口元に浮かぶニンマリとした微笑が、これから起こる面倒事を告げているような気がしてならない。


「用なら手短に済ませてください」


ため息をつきたくなるのを堪えると、腰に手を当てて尋ねてみる。


トンクスはバンッと両手を合わせた。そして、どこか申し訳なさそうな、だけど嬉しそうな表情を浮かべると、こんな言葉を紡いだのだった。


「ごめんね、セレネ。実は……貴女に会わせたい人がいるの」






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4月12日:一部訂正







[33878] 87話 午後のひととき
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/05/07 00:51
私は驚きの余り目を見開いたまま、固まってしまった。
出来たてのサクサクとしたパイ生地と、朝摘み木苺のジャムの甘酸っぱい味。それと、バニラアイスの濃厚な甘さが本当に良い具合で絡み合っている。
それと、どう表現したらいいのだろうか。懐かしい感覚が、身体中に広がるような……そんな不思議な感じがした。


「味はどう?」


前の席に腰かける中年の魔女が、向日葵のような笑みを浮かべた。即座に私は、コクリと頷く。


「今まで食べたどのパイよりも、ずっと美味しいです。ありがとうございます、アンドロメダ夫人」
「ふふふ、良かった」


アンドロメダ・トンクス夫人は笑みを浮かべながら、パイを頬張る。
……『トンクス』という苗字からわかると思うが、彼女は騎士団員『ニンファドーラ・トンクス』の母親だ。ヴォルデモートの腹心であるベラトリックス・レストレンジやドラコの母親と姉妹だと聞いていただけあって、かなりの美人。髪は明るくて柔らかい褐色で、大きくて親しげな瞳の持ち主だ。


だけど、あのベラトリックスや、ドラコが発しているような『純血主義』や『貴族意識』というたぐいのオーラを発していない。ただ、育ちの良さそうな優しげな雰囲気を纏っている。
私はパイをフォークで器用に食べながら、すまなそうな表情を浮かべる。


「すみません……1日泊まらせて貰っただけではなく、こんな美味しいパイまで……」


すると夫人は、眉をしかめた。ゆっくりと首を横に振り、上品にフォークをテーブルに置いた。


「いいえ、感謝するのは私の方よ。
ドーラ(ニンファドーラ・トンクスの愛称)の家事魔法レベルを上げてくれたのは、貴女でしょう?それに、こんなにおいしい紅茶も淹れてくれたし、溜まっていた家事まで全部片付けてくれたのだから。……『一晩泊まって欲しい』なんてお礼じゃ足りないくらいだわ」


アンドロメダ夫人は、ポットに手を伸ばした。だけど、その手がポットに届く前に、私の手がポットに触る。そして、夫人の空になったティーカップに紅茶を注いだ。湯気と共に、ティーカップに注がれるアールグレイの香りが鼻孔をくすぐる。


「ありがとう」


アンドロメダ夫人はニッコリと笑い、紅茶を啜った。私も、残ったパイを口に運ぶ。……やっぱり美味しい。というか、ここ数年間の食べたモノで1番美味しいかもしれない。いや、それ以前に………

久々に、他人に作ってもらった料理かもしれない。
昨日の夕食と今朝の朝食は、アンドロメダ夫人と協力して作った料理だった。ルーピン先生の家にいる時も、秘密の部屋にいる時も、一人暮らしているトンクスの所でも、私が三食を作っていた。


他人に作ってもらったから、さらに美味しく感じるのだろうか?いや、それだけの理由で、これだけ美味しくなるのか?実は、特殊な料理魔法があったり……いや、魔法で出せる味には思えない深みが舌の上に残っている。では、いったい―――


「味の秘密はね、杖を使ってないからよ」


私の表情から、何を考えているのか悟ったらしい。どことなくトンクスに似た悪戯っぽい笑みを浮かべた夫人は、紅茶に角砂糖をポチャンと落とした。


「杖を使ってない?」
「この木苺パイはね、全てマグルの技法で作られているの」
「それが……秘密なんですか?」


逆に、疑問が膨らんだ。
私だってマグルの方法でパイを作ったことがある。だけど、ここまで美味しくならなかった。


「パイ生地も、木苺のジャムも、……バニラアイスは市販モノだけど、でも、オーブンの火だってマッチ?でつけたの」


なるほど。
薪を使うオーブンで焼いたから、これほど美味しいのか。私が作ったパイは、電子レンジのオーブン機能でチンしたものだ。窯で焼かれたパイと比べたら、その結果は一目瞭然だろう。それに、使用した素材もアンドロメダ夫人が作ってくれたパイの方が遥かに新鮮だ。もちろん、パイ作りの技量の問題もあると思う。ついつい忙しくて、パイ生地を折りたたむ回数を減らしてしまったり、バターをケチってしまったりなど、手を抜いてしまうこともあったから……


これは、負けるのも無理ないかもしれない。


だが―――1つ、腑に落ちないことがある。


「珍しいですね。杖を使わないなんて」


アンドロメダ夫人は、純血主義で有名なブラック家出身だ。いくら、マグル生まれの魔法使いと結ばれたからとはいえ、杖を使わないというのは珍しい。思い起こしてみれば、この家に来てから……料理の時は一切、杖を使っていない。杖を軽く一振りで、家中を何時間も掃除したかのように輝いていたし、洗濯物だって魔法で畳まれていた。
だけど、料理中は一切、魔法を使っていない。



マグルの中で過ごしてきて、マグルの料理方法にも慣れ親しんだ私であっても、料理中に魔法を使う。例えば、火をおこすときとか、魚を捌くときに。
魔法を使った方が何倍も楽だし、上手にできる。何より、調理時間の短縮になるのだ。


「意外よね」


紅茶を飲みながら、微笑むアンドロメダ夫人。夫人はカップをコトリ、とテーブルの上に置くと少し上を向いた。


「私の実家にはね、屋敷しもべ妖精がいたの」


アンドロメダ夫人は優しげな目つきで、ゆっくりと語り始める。その瞳には、懐かしそうな郷愁の色が浮かんでいた。


「だから、料理は彼らがする仕事。ベラもシーシーも…あ、私の姉妹のことよ…料理なんて興味なかったし、しようとも思っていなかった。でもね、私は違ったの。
美味しい料理を食べたら、それを自分でも作ってみたいって。だから、しもべ妖精に料理のコツを教えて貰ったり、料理を手伝ったり……もちろん、そんな私をベラたちは笑ったわ。

『そんな、しもべ妖精の真似なんてして恥ずかしくないのか』ってね」


でもね、と言葉を続けるアンドロメダ夫人。


「料理は楽しくてね、仕方なかったの。だから、恥ずかしくなんてなかったわ。
あぁ、そうそう。1年生の夏休み……ほら、夏休みって杖禁止でしょ?だから、杖を使わずに料理したのよ。そうしたら、すごく大変だったんだけど、その分すごく美味しくてね。本当に『魔法』を使ったんじゃないかってくらい」
「分かるような気がします」


私も微笑み返す。
料理は苦労した分だけ完成した時……物凄く美味しく感じるのだ。私にも経験がある。クイールの誕生日プレゼント代わりに作った『カレーライス』。『カリー』の作り方が書かれた料理本と格闘しながら、玉ねぎを半分泣きながら剥いたのを、今でも覚えている。
舌がヒリヒリ痛むほど辛かったのに、『美味しいよ』と、おかわりしてくれたクイールの顔も。


「だからね、それ以来、料理は出来るだけマグルの技法でやるようにしているの。マグルの料理雑誌で勉強したり、マグル出身の友人にレシピを尋ねたりしてね。
ふふふ、夫と知り合ったのも、お菓子のレシピを尋ねたことがキッカケなのよ」


ころころと笑うアンドロメダ夫人。だけど、その笑顔も『夫』という単語を発した際に、色あせてしまった。


「……夫と言えば、ドーラは何を考えているのかしら?」


夫人は声を潜める。何かを確認するように辺りを見渡した後、私に額を寄せてきた。


「あのねぇ、ドーラの結婚相手を知ってる?」
「トンクス…ニンファドーラの結婚相手と言えば、ルーピン先生でしたっけ」


私は紅茶の飲む手を止めて、眉間にしわを寄せる。

そう、あと数日後にトンクスとルーピン先生が結婚するのだ。意外や意外。年齢も一回り違うし、趣味も性格も合いそうにない。……しいて共通点を上げるのだとすれば『お人好し』『騎士団員』ということくらいだろう。
お世話になった2人だから、出来ればお祝いをしたい。だけれども、私は数時間後にはイギリスから遠い空の上。大したお祝いもできずに去ることになるのだ。……少し後ろめたいが、それは仕方のないこと。言葉で『おめでとう』と伝えたから、良しとしよう。


「そう、そのルーピンという男。どう思う?そんなに……その、魅力的な人なのかしら?」
「まぁ、見た目は魅力的……ではないですね」


ルーピン先生の容姿を思い浮かべ、苦笑を浮かべる。お世辞にも…たとえば、ミリセントがキャーキャー黄色い声を上げるような容姿ではない。継ぎ接ぎだらけのローブや傷だらけのトランクを見れば、一目で金に困っていることが分かる。
その上、満月の夜には『狼人間』になってしまうのだ。……それだけ聞けば、魅力も欠片もない。だけど―――


「性格は魅力的だと思いますよ」
「性格は?」


アンドロメダ夫人は、聞き飽きたとでも言わんばかりの表情を浮かべていた。


「とっても繊細だけど優しい人なんでしょ。だけどね、優しいだけでは生きていけないのよ」


夫人は、疲れたように首を横に振る。


「マグル生まれのテッドとの結婚でも、風当たりは強かったわ。でも、私はあの人を愛している。だから、乗り越えられたの。だけど、だけど……相手は『狼男』なのよ。風当たりが強いどころの話ではないわ。ドーラは、ドーラは」


『社会からつまはじきにされてしまった』


そう呟いた夫人の言葉は、すすり泣く声にいつの間にか変わっている。最後の方は、押し殺したような、絞り出すような、悲痛に満ちた声に。


「……」


私は何も答えることが出来なかった。
ルーピン先生の人柄は良く知っている。あぁ、先生は優しい。どことなくクイールを思い起こさせるような、柔らかな優しさの持ち主だ。もし先生がもう少し若かったら、もし私と同年代の男だったら、惚れていたかもしれない。
だけれども、『なんであんな男と愛娘が!』という夫人の嘆きも分かるような気がする。


障害を持った人と結婚するなんて、醜聞で世間体に悪い。
マグルの世界でも、身体的障害や特定の病を持った人との結婚は忌避される傾向が強いし、その先に続く道は非常に困難極まりないモノだと聞く。少し福祉が充実し始めたマグル界でさえ、それが健常者以外との結婚に関する認識なのだ。
まして魔法界は、中世に近い生活水準。石を投げられたり、罵詈雑言を浴びせられたり、魔法省から受けられるべき恩恵を受けられなかったり、勝手に犯罪者に仕立て上げられたり……


だから、夫人の嘆きが分かってしまうのだ。


「私には、分かりません」


だけど、私は『分からない』と答えていた。


「でも、例え私が反対しても、貴女が反対しても、だれが反対しても、ニンファドーラ・トンクスが私たちの言葉に耳を貸すと思いますか?」


ゆっくりと言葉を選ぶ。
私の知るニンファドーラ・トンクスは、悪く言えば非常に強情だ。一度決めたことは、なんとしてでも成し遂げる強い意志を持った人。だからこそ、私は彼女を信頼することが出来たのだ。


…アンドロメダ夫人の抱いてる未来に関する不安感の解消になっていない。
だけれども、これでいい。夫人の抱く問題は『トンクス家』の問題。トンクスと夫人が話し合って決めることであって、他人が勝手に介入していいものではないのだ。


「…そうね、そうですわね。あの娘に何を言っても、聞かないか」


夫人は未だに顔を歪めていたが、どこか納得したような、憑き物が落ちたかのような表情を浮かべていた。


「ごめんなさいね、セレネさん。貴女にこんな話をしてしまって」
「いいえ、別にかまいません」


そう言いながら、紅茶を飲む。とっくに冷え切ってしまっていたけど、使っている茶葉が良いのだろう。まだまだ飲める味だった。


「そういえば、ヒースロークウコウへ行く時間は大丈夫なの?」


ふと思い出したかのように、夫人が囁いた。


「『ヒースロー空港』ですか?」


ちらりと、柱時計に視線を走らせる。私の腕時計は、水に落ちて壊れてしまったのだ。
そう、あれは独り暮らし中のトンクスの家での出来事だ。……蜘蛛の巣が張り巡らされた風呂掃除の最終段階として、一度水を溜めていた時のこと。帰宅したニンファドーラ・トンクスに押され、水を溜めた浴槽へダイブしてしまうはめになったのだ。



……あまり思い出したくない。



柱時計が指す時間は《2時30分》。飛行機が離陸する時間は4時ジャスト。……離陸時間の1時間前までに、出国カウンターでチェックインをするらしいから、3時には『ヒースロー空港』に着いていたい。クイールと一緒に何回か訪れたことのある場所だが、あそこは世界最大級の空港。広い上に、いつ行っても混雑している。だから、いつも迷いそうになる


『姿くらまし』を使用し一瞬で辿り着けるとはいえ、私が現れる予定の場所は駐車場のトイレ。いくらなんでも、出国カウンターの前に『姿くらまし』すること何て出来ないのだ。


「そうですね、ゆとりを持って行動したいので、そろそろ出ます。どんなに遅くても3時にはチェックインを済ませたいので」


私が答えると、夫人の顔はサァッと一気に青ざめる。一体、どうしたのだろうか。どこかで失言でもしたかと口を開いたとき、夫人は悲鳴に近い叫び声をあげた。


「大変!あの時計は30分遅れているのよ!」
「嘘だろ!」


音を立てて、椅子から立ち上がる。『行儀が悪い』とチラリと考えたが、今はそれどころではない。……30分遅れているということは……つまり、本当の時間は《3時》。


「すみません、もう行きます!『アクシオ‐来い』」


間に合うかどうかなんて、考えている時間なんてない。
呪文を唱え杖を軽く振り上げると、部屋の隅に置いておいたボストンバックが飛び込んできた。


『な、なんですか急に!?』


鞄の中からアルファルドの声が聞こえてくる。だが、答える時間も惜しい。ボストンバックの中を軽く覗き込み、最低限必要なモノが入っているかどうか確かめながら、杖でティーカップや皿を台所へ片づける。


「忘れ物はないかしら?」
「大丈夫です、夫人」


私は財布や杖、そしてナイフといった最低限必要なモノを常に身に着けている。何か忘れてしまった場合は、現地で買い直せばいい。私は椅子に腰かけたままの夫人を振り返ると、頭を下げた。


「ありがとうございました。ニンファドーラやルーピン先生にも『ありがとう』とお伝えくださると嬉しいです」


それでは、と去ろうとする私を、夫人は手で制した。


「待って。これ、少ないけど」


そう言って握らされたのは、小さな巾着袋。紐をほどいて中を開けてみると、そこには大粒の宝石が5,6粒も入っていた。私は、思わず目を見開く。そして慌ててソレを夫人の方へ押しかえした。


「これは、受け取れません」
「いえ、受け取って欲しいの。これは、私の我儘に付き合ってくれたお礼なのだから」


我儘と言っても、私は夫人の話を聴いただけだ。こんな高価なモノを、受け取れるわけがないではないか。反論しようと口を開いた。だが、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出す夫人の表情を見て、口を閉ざす。
たぶん、私がいくら言葉を並べても、首を横に振らないだろう。……そのあたりの頑固さというか強情さというかが、どことなくトンクスに似ている気がした。


「…では、受け取らせていただきます」


さっと頭を下げる。そして私は、パチンという音とともに『姿くらまし』をした。






























空に飛び立つ飛行機を、ぼんやりと眺める。


『行ってしまいましたか?』
『……あぁ』


どんどん遠く飛び上がっていく鉄の鳥を、眺め続けていた。もともと、アレは私が乗るはずだった飛行機だ。


そう、今から1時間前。私は人混みに巻き込まれなかなか前に進むことが出来なかった。やっとの思いで、出国カウンターに到着したのは、チェックイン終了時間を3分も過ぎていたのだ。
だから、仕方なく次の日本行きの便で出国することになった。≪6時締切≫のチェックインは済ませてしまった。だから、離陸時間の《7時》まで……つまり、今から約3時間も待たなければいけないのだ。夕暮れの空高く小さく、小さく遠ざかっていく飛行機を見上げながら、ため息をつきたくなってくる。というか、ため息をつきたい。


『あと3時間、いったい何をするのでしょうか?土産物コーナー巡りも、さすがに飽きてくる頃だと思いますが』
『あぁ、さすがに飽きた。』


チェックインを断られ、次の便を手配してからの約1時間、私はずっと空港の土産物売り場を物色していた。いくら世界最大級の空港とはいえ、1時間も土産物売り場を巡っていたら飽きがくるのは当然だ。
こうして、次々に出国していく飛行機を眺めて時間を潰すという手がある。だが、ああして飛び立っていく飛行機を見ていると、なんだか取り残されたみたいで憂鬱な気持ちになっていくのだ。
では、喫茶店にでも入って軽食を取ろうかという案もあるが、生憎と夫人が作ってくれたアップルパイのお蔭で腹は膨れている。しばらくの間、何も食べることが出来そうにない。


『到着が遅れるという連絡も、日本になさったのですよね』
『とっくにしたよ。……チェックインも終わったし、“姿くらまし”でもして外の本屋にでも行ってくるか』
『……私が暇なんですけど』


鞄の中にいるアルファルドが、むすっとした声で反論する。だが、その反論は聞かなかったことにしよう。そう思い、たった今、遥か上空へと飛びたった飛行機から目を離した。


その時のことだ。



低くて鈍い音がしたかと思うと、先程目を離したばかりの飛行機が赤い炎に包まれた。まるでベテルギウスのごとく輝いた飛行機は、あっという間に幾本もの流れ星へと姿を変える。轟音と共に分解され、散り散りになっていく飛行機を、私は茫然と眺めることしかできなかった。


それから数秒と待たずに、あちらこちらで湧き上がるのは、貫くような悲鳴。その悲鳴と一緒に流れるのは、待機中の飛行機が響かす爆発音。怯え逃げ惑い、泣き叫ぶ人々。必死に落ち着かせようとアナウンスが流れるのだが、そのアナウンスも冷静な声とは程遠いい。かえって、人々の恐怖を増長させていく。


『何が起こったのですか!?』


外の異変を察知したのだろう。アルファルドが、緊迫した声で問いかけてくる。私は首を横に振ると


『分からない、とりあえず面倒事に巻き込まれる前に逃げるぞ』


この状況だと、7時の便もその後の便も出そうにない。
この場に残って、下手に事情聴衆を受けるのは御免だ。もちろん、ただのマグル相手なので杖を一振りすれば面倒事から逃げられる……が、嫌な予感がする。さっさと、この場から逃げることにしよう。
そう思い、『姿くらまし』をしようとする。だが


「できない、だと?」


まるで、何か大きな力に押さえつけられているかのように、『姿くらまし』が出来ないのだ。私は左手でベルトに挟んだ杖を引き抜き、鞄に右手を入れナイフを探る。混乱して出口に殺到する人々の流れから抜け出し、人気のない方へと歩みを進めた。


『どこへ行くつもりですか、主!マグルの人混みに紛れて逃げた方が得策だと思いますよ』
『“姿くらまし防止呪文”を使われたということは、魔法使い又は魔女を閉じ込めるためだろ。つまり、この状況で狙われているのは私の可能性が高い』


抗議するアルファルドに対して、私は反論する。


『それにマグルを、巻き込んでみろ。下手したら、シリウス・ブラックの二の舞だ』
『……また、アズカバンまで行くのは辛い道のりですから、逮捕されないで欲しいですね。………主、数十メートル先の角に多数の魔法使いがいる気配がします』


真剣な声で、アルファルドは告げる。私は緊張感を高め、鞄の奥底にしまいこんでいた銃を足のホルスターに収めた。そして、ゆっくりと角を曲がる。


「『姿くらまし防止呪文』で、私を閉じ込めたのはアンタ達か?」


そこにいた人物たちは、大方予想通りのメンバーだった。……少しだけ安心した。こいつらなら気兼ねなく倒すことが出来る。


「ご名答」


パンパンと称賛するかのように、先頭にいた男が手を叩く。だけど、男の表情からは『称賛』の色が全く見えない。むしろ、私を小馬鹿にしているような表情だった。


「いやぁ、マグルの英国首相が搭乗したヒコーキの爆破に成功しただけじゃなくて、まさか『小鰯を投げて、クジラを釣る』って言葉があるらしいっすけど、この場合は『マグルで継承者を釣る』ッスかね」


多数の死喰い人を引き連れたシルバー・ウィルクスは、不敵な笑みを浮かべる。その後ろにいた死喰い人達の大半は、目深いローブを被っているので誰が誰だかは分からない。だが、何人かはシルバーの言葉に賛同して笑ったのは分かった。


「なるほど、あの飛行機に乗ってたのは、英国首相だったってことか」


だが、なんでこいつらがイギリス首相を狙う?いくつか理由を考えることが出来るが、そんなこと私には関係がない。私が今、やらないといけないことは1つだけ。


「私の行動を邪魔した責任を、しっかり償ってもらうか」




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5月7日:一部訂正





[33878] 88話 空港の攻防
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/05/22 18:22

ナイフを引き抜くのと、死喰い人達の杖から閃光が放たれたのは、ほとんど同時だった。真っ赤な閃光が幾重にも重なり、私に襲い掛かってくる。
これは『眼』を使い『線』を斬るよりも、防御魔法の方が素早く防げそうだ。そう考えた私は、先程から左手に握りしめていた杖を振り上げる。


「『プロテゴ‐守れ』!」


呪文を唱えると同時に、私の目の前に広がる透明な壁。目と鼻の先まで迫った閃光が、防御壁に衝突し四散した。それを見届けるのと同時に、左袖の下に隠し持っていた閃光弾を取り出す。
そして、投げた。
キャッチボールをしているかのように、ポーンと。



目も眩むほどの光が、死喰い人一団の上空で炸裂する。その様子を目の端で見届けるとすぐに、私は地面を蹴り走り出した。とにかくまず、身を隠さなければいけない。時間稼ぎにしかならないけれども、少し冷静になって対策を考えないと負けてしまう。
柱の陰に滑り込むようにして隠れた私は、杖で頭の上をコンコンと叩きながら呪文を呟いた。


「『ディサリジョン‐目くらまし』」


身体の表面全体に冷たいものが、トロトロと流れる感じがした。杖を握りしめる自分の手さえも、だんだんと保護色のように見えなくなっていく。


「おい!何処に消えた!?」
「いない、いないぞ小娘!」
「近くにいるはずッスよ。遠くには行けないはずッスから。……なるべく早く探しだすッスよ。俺は今から行くところがあるから、指示はディゴリーに任せるッス」


シルバーは、そういうと1人の死喰い人の肩をポンッと叩いた。そして、マントを翻してどこかへ去っていく。


「では、みなさん。セレネ・ゴーントを探し出してください。『帝王様』のためにも」


セドリックが告げると、死喰い人達は軽く頭を下げ私を探しに去っていった。
辺りには、誰もいなくなる。しーんと静まり返った空港のロビーには、遠くの方で死喰い人達が走り回る音のみが響いていた。


私も音を立てないよう気を付けながら、慎重に歩きはじめる。




……まず、長期戦は不利だ。
『姿くらまし』が出来ない以上、逃げる手段は徒歩に限定されてしまう。
だが、『目くらまし』の呪文の効果は、そう長く続くものではない。せいぜい15分持てばいい程度だ。実際に、もうすでにチラリチラリと保護色が切れ始めている。


……とりあえず『姿くらまし防止呪文』を使った奴が誰なのかを確かめないと、どうにもならない。空気中に張り巡らされた―恐らく防止呪文と推測される―『線』を全て切れば、ここから脱出できる。だが、それはあまりにも非効率だ。線が幾重にも重ね合い、全て断ち切るのには時間がかかりすぎる。それで時間を潰すくらいなら、この呪文を使用した『死喰い人』を戦闘不能に陥れた方が効率が良い。
私は高く積まれた土産物の陰に隠れて、様子をうかがった。


……向こうから、マントを深くかぶった死喰い人が1人で近づいてくる。まるで、何かを探しているみたいに。……たぶん、隠れたまま出てこない私を探しているのだろう。
なら、私から出て行ってやるか。私に気が付かず通り過ぎようとしていた死喰い人の足を、軽くつかんだ。


「うわっ!?」


前のめりになる死喰い人。
私は躊躇うことなく、そいつの上にまたがると、喉元にナイフを突きつけた。


「殺されたくなければ」
「待て!待ってくれ、セレネ!俺だって!」


降参だ、というように両手を上にあげる死喰い人。杖がカランと音を立てながら、地面に転がる。……どこかで聞いた覚えのある声だ。私は、慎重にその死喰い人の仮面を外した。


「……お前か」


どこか呆れ口調で呟いてしまう。仮面の下で苦笑いを浮かべていたのは、ノットだった。耳まで赤くなり、心拍数が上がっているところから察するに……はしたないことを考えているのかもしれない。まったく……命を握られているというのに、のんきなモノだ。


その考えを叩きのめしてやろうか、と思ったが……今はそれどころではない。
ポリジュース薬で変身したノットの偽物ということも考えられるのだ。私がノットだと思い油断した隙に、『死の呪文』で攻撃してくるかもしれない。まずは、本当にセオドール・ノットかどうか確認しなければ……


「歩兵が成ると何になる?」


ノットが口を開く前に私は、小さな声で問う。するとノットは、悩むことなくはっきり答えた。


「『と金』だろ」
「……」



どうやら、本物らしい。
イギリスの、しかも魔法界で将棋の知識を持っている奴は滅多にいない。私は、ゆっくりとノットの首元からナイフを放し、彼の上からどいた。だけど、不意をついて私を攻撃してくる可能性も捨てきれない。『眼』を開いたまま、立ち上がろうとするノットを見下ろしていた。


「『姿くらまし防止呪文』を使ったのは、誰だ?」
「そいつが誰か知ったら、セレネはそいつを倒しに行くんだよな?」


そんなことお見通しだ、とでもいわんばかりの口調でノットは呟く。立ち上がったノットが、私のことを見下ろすと諭すような口ぶりで話し始めた。


「いいか、セレネ。お前は、狙われてるんだ。そりゃ…お前が強くことを知ってるけどさ、ここは戦わずに逃げることだけを考えろ!」


ノットは、必死な形相で訴える。普段、表情を滅多に変えないノットにしては、珍しい。私は反論しようと口を開こうとしたが、言葉を発する前にノットが


「俺が死喰い人達の配置を縫って、出口まで連れて行ってやる!」


と言った。私は黙ってノットを見上げ、思案する。


ノットがここにいる以上、死喰い人の中にはドラコやクラッブ、ゴイルもいる可能性が高いのだ。私だって、あまり戦いたくない。だが……案内された先で、死喰い人達が待ち構えている可能性もある。ノットは本当に好意で逃げることを進めてくれているのだろうけど、ここにいる死喰い人を統括しているのはシルバー・ウィルクスだ。今のノットの行動を見越しているだろう。……となると、ここは……


「私の質問に答えてくれないか」
「セレネ!」


今度は杖を、ノットの喉元に突き付ける。もちろん、空いた手には、ナイフをしっかり握りしめた状態で。


「分かってるのか!?これは、他人事じゃない。…『闇の帝王』は『セレネ・ゴーントを殺せ』って言ってる!……俺は、お前を心配してるんだぞ?」
「あぁ、他人事じゃない。だがな、お前に心配される道理はないだろ」
「心配するに決まってるだろ!ずっと前から俺は……」


だが、その先の言葉をノットが口にすることはなかった。
ノットの向こうから走り出す赤い閃光を視たから。
首元に突き付けた杖を離し、そのままノットの腕をつかんでしゃがみこむ。突然のことで、ノットは驚いたのだろう。そのままバランスを崩し、派手に床に激突してしまったようだ。痛そうに呻くノットと、そのまましゃがんだ私の頭上を本の閃光が通り過ぎる。


「……多いな」


今の攻撃は、仲間であるはずのノットに当たる危険性のあるものだった。どうやら、死喰い人は何としてでも私を捕えたいらしい。


「ノット、もう1度聞く。……誰がここに『防止呪文』をかけたんだ?」


今、私達を囲んでいるのは先程いた死喰い人と同じくらいだ。こいつらは、2度も目くらましが通じるような相手ではない。あの中の誰かがドラコかもしれないし、ゴイル達かもしれないけど、ここは覚悟を決めて戦うしかない。
ノットは躊躇うように視線を彷徨わせた後、覚悟を決めたように立ち上がった。ぎゅっと杖を握り直した様子が、視界の端に映る。そして、ノットは私の耳元で囁いた。


「セドリック・ディゴリーだ。…お前の背中は俺が守る。どうやら、俺も敵認定されたみたいだからな」
「そうか、ありがとう」


私はそれだけ囁き返すと、地面を蹴った。途端に呪文の集中砲火が再開される。色とりどりの呪文の雨の間を縫うように、時にはナイフを使って切り裂きながら疾走する。
仮面を被っているから、誰がセドリック・ディゴリーなのかイマイチわからない。だが、セドリックは180㎝後半くらいだったような気がする。つまり、死喰い人の中で背が高い奴を片っ端から倒していけばいい話。私は一番手前にいた死喰い人に、杖を向けた。


「『ステューピファイ‐麻痺せよ!』」


死喰い人は、慌てて防御呪文を唱えようとしたらしい。だが、それは遅すぎた。私の杖先から放たれた失神呪文が見事、死喰い人の顔を直撃する。マスクが外れ、遥か後方へ飛んでいく死喰い人を見向きもせず、次の死喰い人に狙いを定めた。あの程度の呪文を防御できない死喰い人が、セドリック・ディゴリーには思えない。次に狙いを定めた死喰い人は、私に睨みつけられ、ビクッと身体を震わせた。だが、


「数撃てば当たる!」


そう叫ぶと、無言呪文を乱射する。だが、筋が甘すぎる。


「違う」


仮面の下に現れたのは、恐怖に歪んだ見知らぬ顔。殺す価値もない男の顔だ。
私は何のためらいもなく、男に蹴りの一撃を入れる。そして男が白目をむいて地面に崩れ落ちる前に、3人目のターゲットを絞り込んだ。


「ひぃっ!」


仮面越しに視線が合った途端、情けない声で鳴く3人目。……なんとなく、セドリックではない気がするが、気にせず走り出す。3人目の男は、よろめくとドサリと座り込んでしまった。戦意消失と言えばいいのだろうか。握りしめていた杖が、床に転がり落ちている。
殺気も何も感じ取ることが出来ない。だが、私は彼にも杖を向ける。


「『ステューピファイ‐麻痺せよ!』」


万が一、演技だったら大変なことになるから。
赤い閃光は座り込んだ死喰い人に直撃し、そのままガクリと首を垂れる。少しずれた仮面の隙間からのぞかれる顔をみて、少し眉間にしわがよるのを感じた。その顔は、見慣れていたドラコの取り巻き、クラッブのもの。……セドリックではない。


「容赦ないね」


そんな呟きが聞こえたと思った瞬間、左側から赤い閃光が奔る。咄嗟に左足を回し、ナイフで斬り殺そうとするまえに、目の前に透明な壁が広がった。
自分が張った覚えのない防御呪文に弾き返され、赤い閃光が私に届くことはなかった。誰が防御呪文を放ったのか。……なんとなく分かる気がするが、確認のため後ろを振り返ろうとする。だが、


「よそ見するな、セレネ!お前は目の前の奴らのことだけを考えればいいんだ!」


私を叱責するノットの叫び声が響く。『余計なお世話だ』という言葉を飲み込むと、私は口元に笑みを浮かべる。振り向きかけていた視線を戻し、次の標的に注いだ。ナイフを持ち直し、杖を握りしめると4番目の標的を目がけて疾走する。


「やれやれ、見難いな」


標的にした死喰い人は鬱陶しそうな声で呟くと、仮面を外した。仮面の下の顔を見た途端、私は走る速度を速める。


「久しぶり、セレネ」


すらりと整った顔立ちに灰色の瞳の青年。間違いなく、一緒に三校対抗試合に出場した、ハッフルパフのセドリックだ。


「こちらこそ、久しぶりだな。セドリック・ディゴリー」


私が応えると、セドリックは柔らかい温和な笑みを浮かべた。そして、その表情のまま杖を振るう。しかし杖先から放たれた幾本もの閃光は、私を狙ったものではなかった。セドリックの呪文は、外れた数々の失神呪文で砕けた床や柱の瓦礫に命中する。


「君が僕を狙うことは、分かっていたよ」


床や柱が生み出した瓦礫は、次々と犬―ラブラドールレトリバー―へと姿を変える。本来ならセドリックと似た優しげな瞳をした犬種なのだが、今生み出された犬はどれも獰猛で血走った目をしていた。何匹もの犬は、迷うことなく一斉に私目がけて飛びかかってくる。


「っち!」


次々に襲い掛かる犬達を、避けることなくナイフで斬り捨てた。ナイフが間に合いそうもない時は、無言呪文を放つ。足元を狙われた時には蹴りを、背後から襲いかかられたときは裏拳で応戦していく。
そのうちに、犬達が攻撃してくる場所が限定されていることに気がついた。
ある犬は、私の喉元目がけて。また、ある犬は私の足首を、手首を、脇腹を噛みつこうとしてくるのだ。そう、太い血管が通る場所ばかりを狙ってくる。噛み千切られれば確実に致命傷になる、そんな場所ばかりを。


「……数が多い」


次から次へと沸いてくる犬達。いくら倒しても、終わりが見えてこない。むしろ、増殖しているように思う。
まるで、時間を稼いでいるかのように―――


「…まさか!」


嫌な予感が、電撃のように脳裏を奔る。


――騎士団との戦闘では、無数に飛び交っていた緑色の閃光『アバタ・ケタブラ』を、今日は1度も目にしていない。
――今まさに繰り広げられている、セドリックの時間稼ぎとしか思えない戦術。
――そして、ノットが教えてくれた『ヴォルデモートが私の命を狙っている』という情報。


あまり考えたくないが、ヴォルデモートは『自らの手で』私を殺したいのだ。
何らかの理由でヴォルデモートは、すぐにこの場に来ることが出来ない。だから、セドリックが私を逃がさないように『姿くらまし防止呪文』を使用し、こうして時間稼ぎをしている。


「ちょっとまずいな」


ナイフを振り下ろし、大口を開けて飛びかかってきた犬を一刀両断しながら呟く。


いくら分霊箱を全て破壊したとはいえ、『今』ヴォルデモートと戦いたくない。もちろん、ヴォルデモートをこの手で殺したい気持ちはある。だけどヴォルデモートを殺すのであれば、もっと万全な体勢で臨みたい。
弾薬も作戦も中途半端な状態で勝てるような、軟な敵ではないのだ。伊達に『史上最悪の闇の魔法使い』と言われた男ではない。


「さっさと終わらせるか。『フィニート・インカンターテム―呪文よ、終われ』!」


杖先から噴射された閃光が風を巻き起こし、私を取り囲んでいた犬達を吹き飛ばす。犬達は次々に元々の瓦礫へと戻っていく。犬を生み出すべく呪文を唱えていたセドリックは、作り出した犬達が一斉に元の石ころに戻ってしまったからだろう。杖を振り上げようとする姿勢のまま、少し呆然とたたずんでしまった。絶え間なく続いた犬の猛攻が、完全に途切れる。その瞬間を見逃さずに、袖の内側から予備の閃光弾を取り出した。


「なっ!?」


セドリックが驚きの声を上げた途端、私の手から放たれた閃光弾は炸裂した。
眩いばかりの光が、戦場を一面を白く染め上げる。そして私は、一直線に走る。セドリック・ディゴリーが立っていた場所は、しっかり覚えている。
あっさりと間合いを詰めた私は、セドリック・ディゴリーの腹にナイフを深々と貫いた。



…いや、正確には少し違う。


セドリックの体内に蠢く、『得体のしれないナニカ』を貫いた。
例えるのであれば、ハリーの魂に寄生していた『ヴォルデモート』と似た類のモノ。だけど、アイツほど禍々しくなければ怪物じみてない。それは、もっと人間的な欲望の塊。


「っぐ」


セドリックは、大きく目を見開き、口を開き声にならない悲鳴を上げる。突然殺されたセドリックの中に巣くっていた『ナニカ』は、悲鳴を上げていない。いや、あげる暇を与えなかったという表現が正しいかもしれない。現状を理解することが出来ないまま、ナニカは『ヴォルデモートの魂の欠片』よりも無抵抗に消えて行った。


「あっけない」


ナイフを引き抜きながら、淡々と呟く。もちろん、血なんて付着していない。ナイフで斬られた後すら、見当たらなかった。
ナイフという支えを失ったセドリックは、どさりと地面に倒れた。
すっかり気を失っているらしく、白目をむいている。私は、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。……これで、無事に『姿くらまし』で逃げることが出来る。
というか、早く逃げなければならない。ヴォルデモートが合流する前に、一刻も早く逃げださなければ。


だが―――――


振り返るとそこには、いまだ戦う4人の死喰い人の姿が目に入る。
3人の死喰い人を相手に、1人杖を振るい続ける死喰い人。額からは汗を流し、かすった呪文の効果で身体中からジワジワと血が流れ出ている。
『どうしても、諦めない』といった類の光が、いまだノットの瞳には浮かんでいた。しかし、動きもだんだん悪くなる一方で勝ち目はない。どことなく足元をふらつかせながら、それでも決死の形相で死喰い人に立ちむかっていく。気力だけで戦い続けているような状況だ。
容赦なく襲い掛かる『アバタ・ケタブラ』の緑色の閃光を間一髪で避け、ノットは杖を振り上げようとする。だが、杖を振り上げる前に新たな呪文が至近距離から迫ってくるのだ。あれでは、避けるのに精一杯だろう。


「っち!」


軽く舌打ちをすると、しまいかけていた杖を構え直す。そして、素早い手つきで狙いを定めた。


「『インペディメンタ‐妨害せよ』!」


紫色の閃光が飛び、杖を振り上げていた3人の死喰い人が吹っ飛ぶ。
そのうち1人の仮面が、衝撃によって外れて目があった。一瞬、罪悪感が胸を横切ったが感傷に浸っている暇なんて私には存在しない。出血多量で目が虚ろになり始めているノットの腕を握ると、迷うことなく私はその場で回転する。



『姿くらまし』をする間際、遠くの方からアイツが飛んでくる様子が見えた気がした。そう、まるで蝙蝠かカラスのように漆黒のマントを靡かせて。


だけど、私には関係ない。



咄嗟にひらめいた身を隠す場所は、憤怒と歓喜が入り混じった形相で飛んでくるヴォルデモートが思いつくわけない家なのだから。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

5月22日…一部改訂







[33878] 89話 一時の休息
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/06/01 22:38


Side:セオドール・ノット





「『オブリエイト‐忘れろ』!」


しまった!と思った時には、もうすでに遅い。
3年生になったばかりの俺は、ドレットヘアーのグリフィンドール生に対して『忘却呪文』を放っていた。忘却呪文の理論は、しっかりと頭の中に入っている。だから、忘却される記憶は俺が指定した記憶のみ。相手の記憶をすべて消すなんていう三下紛いのヘマをするわけがない。
だけど―――


「―――――、ぁ」


落としそうになる杖を、俺は何とか握り直した。
『許されざる呪文』ではないから、アズカバンへ送られることはないし、退学にはなることもないだろう。だが、相手の記憶を勝手に上書きする呪文を放ってしまったのだ。見つかったら最後、新学期早々『失神呪文』や『妨害呪文』を放ったよりも厳しい罰則が科せられるに決まっている。いや、罰則だけではない。魔法界での我が家の評判も、それに伴い一気に急降下してしまう。そして何より――――――


「――――俺は」


誰に関する記憶を消し去りたかったのか、周知の事実になってしまう。
数分前まで一緒にいた少女の顔が、脳裏に横切った。その少女の面影を振り払うように、俺は頭を振るう。


「そんなつもりじゃ、なかったんだ」


何を考えていたのか、分からない。俺自身の感情が、全く分からない。いや、分かりたくない。湧き上がる感情を理解したくない。
呪文の効果で、ボンヤリと突っ立ったままのグリフィンドール生の横を押し通り、そのコンパートメントから逃げるように走り去った。


だが


「あ~あ、セオドールは悪い子ッスねぇ」


退路を塞ぐかのように立っていたのは、レイブンクロー生。
俺と同じ親が死喰い人だったという、シルバー・ウィルクスだった。……今この場所で起こった一連の出来事を、この生徒は目撃していたのだ。俺の顔から、完全に血の気が失せる。


「『継承者(セレネ)』と付き合おうと考えていたリー・ジョーダンの記憶を、全て消すだなんて」
「全てを消したわけじゃ、ない」
「ふ~ん、じゃあ、『どの記憶』を消したんッスか?いや、『誰に関する記憶』を消したんッスか?」
「そ、それは……」


冷ややかな目で見下ろすウィルクスの視線から逃れるように、俺は床に目を落とす。
……リーから忘却した記憶は、あの少女に関する記憶のみ。


『スリザリンの継承者』であり、同級生のセレネ・ゴーントに関する記憶だけだった。












リーが尋ねてきたのは、『ネビル・ロングボトムのヒキガエル探し』と『飲み物を購入』するため、ゴーントがコンパートメントから出て行ってしまった直後のことだった。

リーは、ゴーントに『大事な話』を伝えに来たらしい。俺は、『ゴーントはいつ帰るか分からない』といって追い返そうとした。だが、リーは帰らなかった。将棋の駒を片付ける俺を、じぃっと見ている。
そして、俺が『なんだ?』と尋ねる前に、こう尋ねてきたのだ。


『君、セレネのことをどう思ってる?』


と。
だから俺は正直に


『ただの同級生』


だと答えた。



俺にとっての『セレネ・ゴーント』は、蛇と話すことが出来る『スリザリンの継承者』であり、マグル育ちのくせして魔力も異常に高く、成績も良い同期生。
そして、父上から命じられた『監視対象』だ。


たぶん、ゴーントが『スリザリンの継承者』だといち早く気がついたのは父上だっただろう。俺の父上は、在学時から『闇の帝王』に仕えていた。1番近しい部下……ではなかったらしいが、学生時代の『闇の帝王』から、色々と魔法界の出来事を尋ねられたそうだ。その中に『ゴーント』に尋ねられた話もあったらしい。
なんでも、ゴーントという廃れた純血魔法族がスリザリンの直系だということを感づいたのは、父上だったとか……



まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく《継承者は、『帝王』のみでなければならない》ということが大切なのだ。

よって、セレネ・ゴーントという『継承者』は存在してはいけない人物だ。
いつか、『帝王』が復活したとき、速やかに始末できるよう監視しておくこと。それが、父上から与えられた命令だ。だから、俺は彼女に警戒されぬように近づき、『将棋』というマグルのゲームを時折やる仲まで進展させた。それ以上の感情なんて、抱いているわけがない。



いや、抱いてはいけないのだ。


なのに、どこで崩れてしまったのだろう?



最初は、蛇と話す気持ちの悪い女だった。
いや、顔立ちは良かったが、蛇と話せるなんて気味が悪い。サラザール・スリザリンも蛇と話せたみたいだが、あいつはマグルの中で育ってきたのだ。気味が悪すぎる。
しかも、その蛇の治療のため、わざわざ『あの』ハグリットの下へ駆けて行っていたのだ。ありえない……とてもじゃないが、スリザリン生とは認められない。
他の同期連中は普通に付き合っているみたいだが、俺は父上の命令が無ければ、口をきくこともなかっただろう。



だけど、おかしくなり始めたのは、1年生の学期末パーティーだ。

あの日、ゴーントが自然と零した笑みに目が釘付けになってしまった。普段、滅多に笑わない…笑ったとしても作り物気味ている笑みの彼女が、初めて笑ったのだ。蕾が花開くように、ふわっとした心の底から嬉しそうな笑顔を、浮かべている。
そして、スリザリンが1位から転落した瞬間に見せた『紫』の瞳からも、目を離すことが出来なくなってしまっていた。


それは、純粋すぎる怒りの赤色。その中に見え隠れするのは、どことなく控えめな寂寥の青色。
ぞわり、と背筋を奔った『恐怖』よりも、『危なっかしいな』という庇護心を感じた自分に驚いてしまった。



なんで、そんなに怒っているんだろう?
なんで、そんなに悲しそうなんだろう?


何事にも動じないはずのセレネ・ゴーントが、揺れている。危なっかしいくらいに、揺れている。それに誰も、気がついていない。……そのことを問いただす前に、ゴーントは席を立ってしまった。


あれから、もう1年と数か月。
それ以後、俺はゴーントのことを『ただの同級生』だと感じなくなっていた。


どことなくだけど、怪我をしそうな危うさを持った不安定な少女。もちろん、実際のゴーントは怪我なんてしそうもないくらいしっかりしているが、でも……ふとした拍子にバランスを崩してしまいそうな危うさがあった。


だから、放っておけない。
これ以上、あまり傷ついて欲しくないのだ。だから、いつの間にか『継承者を監視』ではなく『辛い思いをしていないか監視』に目的がすり替わってしまっていた。




その思いに気が付いたのは、2年生の学期末。
誰もが期末試験免除で喜びにあふれている中、セレネは感情を押し殺したような眼をしていた。辛そうに、何かに耐える様に無理やり笑顔を浮かべていた。


『どうしたんだ?』


そう話しかけようとした時、俺は愕然とした。
それは監視対象としてではなく、純粋にセレネを心配して起こした行動だったということに、気が付いてしまったのだ。



これは不味い。このままでは、『帝王』が復活したときに彼女を殺すことが出来そうにない。
だから、一旦距離を置くため、他の友人たちのように『セレネ』とは呼ばず、彼女のことを『ゴーント』と、呼び続けていた。……今抱いてしまっている感情を、無視するために。





『俺さ、セレネのこと好きなんだよね』


セカイが止まる。
将棋の駒を終う手が止まり、まじまじとリーの顔を見てしまった。少し照れ気味なリーは、セレネがいかに可愛いかを話し始めた。
その言葉は、ほとんど俺の耳を通過するばかりで、内容まで頭の中に入ってこない。


でも、最後の一言。


『だから、告ってみようかな~なんて」



その言葉だけは聞こえた。
静止したセカイから、色が消えた。視界が徐々に灰色に染まり始める。
コイツ、告白するつもりなのか?セレネに?


「ほら、“思い立ったら吉日”って言葉もあるだろ?
ジョージがアンジェリーナに告ってふらているところを見てさ、あ~俺も気持ちだけでもいいから伝えてみようって』



俺のできないことを、いとも簡単にやろうとするなんて。俺だって、セレネに思いを伝えたいのだ。コイツに先を越されるなんて……こんな奴に、先を越されるなんて……。



でも、セレネは友人ではない。監視対象に過ぎないのだ。
そう、心のどこかで自制する声が小さく響いていた。だけど、その声をかき消すくらい大きな声で胸の内の何かが暴れだす。


目の前のコイツを、赦すものか!と、いつの間にか右手で杖を握りしめている俺がいた。だけど、一方……その杖を振り上げるものか!と抑え込むように左手が右腕をつかんでいる。



そんな俺の葛藤をつゆ知らず、リーは照れた顔で話を続けていた。



『まっ、今回は振られると思うけどさ。いきなりだし。
でも、セレネの中に俺の存在を意識づけるだけでいいんだ。あとは、じっくり外堀から埋めていけばいい。……セレネみたいに気の強くてプライドの高い女の子は、1度でもガードを壊せば、もう後は簡単だから』


灰色に染まりきった俺の視界の中で、嬉しそうに話すリー。




コイツ、ユルセナイ。


ちゃらっちゃらした男が、こんな男が、セレネと付き合うことになるなんて!!
俺は、ユルセナイ!ユルスものカ!!



待った!と心のどこかで叫ぶ声を無視し、俺は杖を振り上げてしまったんだ。



「ま、このことは誰にもいわないから安心するッスよ、セオドール」


ウィルクスはそう言って悪戯っぽく笑うと、ボーっと立ったままのリーに杖を向ける。すると、リーの意識が戻ったようだ。


「あれ、ここで何を……」
「おっ、そこのグリフィンドール生。人のコンパートメントの前で、何してるんッスか?」


何事もなかったかのように、ウィルクスが話しかける。すると、リーも何事もなかったかのように笑い出した。


「悪い悪い、何やってたのかさっぱり思い出せないんだよ。まぁ、ちょっとボーっとしてたってことで」


そう言いながら去っていく。


「良かったじゃないッスか。忘却呪文は成功してたみたいッスよ」
「……なんで、助けてくれるんだ?」
「それは―――」


その先の言葉を、シルバー・ウィルクスが言うことはなかった。
暗い表情でトランクを引きずるダフネ・グリーングラスに話しかけられたからだ。
どうやら、ミリセントとパンジーと同じコンパートメントにいたらしいが、新学期早々始まった2人の喧嘩に耐えられなくなったので出てきてしまったらしい。


それからは、ゴーントが戻ってくるまで3人で話していた。
特に意味のない話をしながら、俺は、これ以上ゴーントに深くとらわれては不味いと危機感を覚えた。もっと、距離を置かないといけないと強く感じた。


だけど、俺は―――――



























ゆっくりと、眼を開ける。


「ん?なんだ、起きたか」


俺を覗き込んでくる人影。暗がりで顔は見えなかったが、細い顔立ちと黒い髪は視界に入ってきた。


「セレネ?」
「悪かったな、セレネじゃなくて」


そこにいたのは、見知らぬ髪の長い男だった。
東洋の方の言語と地図が印刷されたシャツを着た男は、物凄く不機嫌そうに俺を見下ろしている。


「お前は……」
「私は、この家の主だ。……まったく、あの女め。いきなり訪ねてきたと思えば、自分と男を匿えだと?私をなんだと思ってるんだ」


ぶつぶつ言いながら、男はどさりと近くの椅子に腰をおろす。そして、机の上に投げ出された書類に目を通し始めた。


「…セレネは?」

少し遠慮がちに尋ねる。だが、男が面倒くさそうに口を開く前に、


「おっ、起きたのか」


ドアが開き、セレネが現れた。ところどころ、服や髪に埃がついている。もしかしたら、どこか他の部屋を掃除していたのかもしれない。俺は辺りを見渡しながら、難しい表情を浮かべて言葉を発する。


「……ここは?」
「友人の家さ」
「友人?私とお前が友人だと?勝手に押しかけて、ふざけるのも大概にしろ」


椅子にドサリと腰を掛けた髪の長い男が、不機嫌そうにセレネを見る。セレネは普段と変わらぬ無表情で……だけど、どこか面白がるような表情で男を見た。


「お前と私の仲じゃないか。約束無しで押しかけたのは悪いかもしれないが、別にいいだろ」
「いいわけあるか!自宅に張っておいた警戒用の結界を壊された上に、魔術礼装まであの有様だ!」


男はビシリッと部屋の隅を指した。
その一角には、銀色の液体が広がっていた。いや、ただの液体じゃない。光沢をもったそれは……水銀だ。礼装ということは、魔具ということなのだろうが……どこからどう見ても水銀。魔力を持っているようには全く見えず、にわかに信じがたい。だが、そのことを尋ねる空気ではなさそうだ。


「お前が、家に入れてくれないのが悪いんだ」
「厄介ごとの塊みたいなお前を、匿いたくないに決まってるだろ」


吐き捨てるように男は呟く。


「アンタたちは等価交換が原則なんだろ?ちゃんと、アンタが提示した対価を払ったからいいじゃないか」


セレネは当然のような口ぶりで、男に反論する。
しばらく男は、何か言いたげな顔で口を動かしていた。だが、手にした書類をバシンっと机に叩き付けると立ち上がった。


「もういい、私は研究に戻る。3日間帰ってこないから、好きに使え」


そう言いながら、男は荒々しく部屋を出て行った。
『研究に戻る』という言葉から察するに、どうやら男は研究者だったらしい。そう言えば、整頓されていると言い難い机の上には、幾多のフラスコやらビーカーやらが積み重ねられている。本や書類も適度に散在していた。その本と本の隙間には、見慣れぬ四角い箱が置かれている。セレネは俺の前を素通りすると、その箱の前に腰をおろした。


「対価って、何を支払ったんだ?」


四角い箱や、その前に転がった視たこともない器具を動かし始めたセレネに向かって、ぼそりと尋ねる。


「大したことじゃないさ。掃除・洗濯・料理といった身の回りの世話をすること。あと、対戦ゲームに付き合うこと。それから……あぁ、そうだ。魔法界について話せってことくらいだな」


思った以上に、安い対価だ。突然訪ねてきて、結界を破壊し、3日間も匿ってくれるのにもかかわらず、この対価は何かの間違いだろう。そう思い再度尋ねてみたが、


「さっきも言っただろ。対価は、それだけだ」


と、うっとうしそうにセレネは答えた。だから俺は、何も言い返せない。だけど、黙々と変な機器と四角い箱をつなげるセレネを見ているうちに、ふと疑問が思い浮かんできた。


「おい、ちょっと待て!あのマグルに、魔法界のことを話したのか!?」
「あぁ、話した」


セレネは平然とした様子で、変な機器のボタンを押す。すると、四角い箱が光はじめ何やら音楽を奏で始めた。視たことのない現象に、俺は眉をひそめる。


「お前、何をしたんだ?」
「テレビの電源を着けたんだ。……マグルのゲームをするために」
「マグルのゲーム?」


箱の前面に《アドミラブル大戦略》という文字が、でかでかと映し出された。


「これが、マグルのゲームか。本物を見るのは、初めてだが………じゃない!お前、相手はマグルだぞ?勝手に話していいと思っているのか?」
「別にアイツは厳密なマグルじゃないから、平気だろ。ダイアゴン横丁も知ってたし」


小さなボタンやらなんやらをリズミカルに動かしながら、セレネは応える。


「で、私をヴォルデモートが狙っていたのは『継承者』だからか?」
「まぁ、それもあるが……」


思わず言葉を濁してしまう。すると、それを怪しく思ったのだろう。光を点滅させる箱に目を向けたまま、少し先程よりも厳しい口調で俺を問い詰めてくる。


「他にも理由があるのか?……じゃあ、この『眼』が欲しいと?」
「いや、『眼』じゃなくてだな、杖を欲しがってるんだ」
「杖?」


セレネはいったん動きを止める。その瞬間に、セレネが動かしていたキャラクターがグサリっと敵に切り刻まれてしまった。『HP』と書かれたバーの量が、一気に削られている。


「杖ならヴォルデモートも持ってるだろ。確か……イチイの杖だったか?」
「なんの杖だか忘れたが……お前のセストラルの毛を使った杖が欲しいらしい」


俺は、以前ドラコの屋敷で耳にした会話を思い返す。


「最強の杖と名高い『ニワトコの杖』の代用品として、同じセストラルの毛が使われた『セレネの杖』を欲しているらしい」
「ニワトコの杖って言ったら……『最強の杖』か?別名『死を呼ぶ杖』だったっけ」


セレネのキャラクターが、幾本もの閃光を放ち敵を殲滅しようとする。だが、敵の大将が繰り出す盾によって弾き返されてしまっていた。


「それなら簡単だ。私の杖とヴォルデモートの杖を交換すればいい。そうすれば、面倒なことにはならないだろ」
「いや……『ニワトコの杖』は、持ち主を殺さなければ忠誠心が新しい持ち主に移らないらしいんだ。だから、帝王はお前を殺そうと企んでいる」


セレネは、しばらく何も話さなかった。点滅する四角い箱を黙って睨めつけながら、機械的にボタンを押していく。


「つまり、遠い異国に逃げても意味ないってことか」


ついに、セレネの操っていたキャラクターのHPバーの色が無くなる。そして、憂鬱な音楽が流れるのと共に、大きく《GAME OVER》の文字が映し出された。


「いや、だが異国なら『闇の帝王』も探し出しにくくなると思いぞ。だから、早めにこの国から逃げた方がいい。……支援者がいるんだろ?」
「そうだな」


セレネは、真っ暗に染まった箱を見たまま口元に笑みを浮かべる。


「なら、ヴォルデモートを倒せばいいだけだ」


小さく映し出された《Continue?》の文字を、セレネは躊躇うことなく押した。途端に、陽気な音楽が流れ始め、箱が一気に明るくなる。俺は思わずベッドから跳ね起きてしまった。


「お前!何言ってるんだ!?」


急に動いたからだろう。身体の節々が痛むが、そんなの関係ない。


「逃げるんじゃなかったのかよ?いくらセレネでも『帝王』と戦うなんて、命がいくつあっても足りないぞ!」
「準備すればなんとかなるさ」


《Shop》と書かれた場所で、次々に道具を買いこむセレネ。


「圧倒的劣勢の状態でも、策がしっかりとしていれば勝つことが出来る。
例えるなら、『アレシアの戦い』やシモ・ヘイヘの『殺戮の丘』……アジアでは『赤壁の戦い』や『日本海海戦』が思いつくな」
「悪い、1つも分からん……が、言いたいことは分かった」


恐らく、どれもマグルの世界の出来事だろう。魔法界の出来事ではない。
だが、兵力の差は敵前としているのにもかかわらず策をしっかり構築していれば勝てるのだという事例は、魔法界にも存在する。例えば、『第34次巨人戦争』とか『ゴブリンの反乱事件』とか。


「だがな、相手が誰なのか分かってるのか?」
「分かってる。しかも、ゲームみたいにリセットやリトライが出来ない」


再度、先程の敵がセレネのキャラの前に現れる。
先程と同じ言葉を話した敵は、同じ攻撃パターンでセレネのキャラを倒しにかかる。1度戦っているからだろう、セレネは見事としか言えないタイミングで敵の攻撃を避け続ける。


「だから、しっかりと作戦を練り、行動パターンを何度も何度も考える。万全に整えた状態で、戦いに臨む。……それに、ヴォルデモートが『見つからないから、探すのを諦めるか』とでも言うと思うか?」


セレネは楽しげな笑みを浮かべながら、話す。セレネが軽やかな攻撃を繰り出すたびに、敵のHPバーの色が視る見る間に無くなっていった。楽しげなセレネとは対照的に、ゲームの敵は苦しげに冷や汗をたらし始めた。


「どうせ、どこに逃げても殺しに来る。だから、立ち向かうってわけか」


俺は呟いた。
確かに一理ある。俺は頷きながら、セレネに言った。


「だがな、セレネ。ヴォルデモート相手とはいえ『人殺し』は不味いんじゃないか?」


セレネの動きが一瞬止まる。
その隙をついたのだろう。防戦一方だった敵キャラクターが猛反撃に出始めた。セレネのキャラの背後へ瞬間的に移動し、いかにも強烈な拳をたたき出す。セレネのキャラクターは遠くへ吹っ飛び、壁にぶつかってしまった。HPバーの色が、瞬く間に削れていく。


「人殺しは不味い?」
「あぁ、倫理的にダメだろ」


倫理的に不味い。
ただでさえ危ういセレネが、『人殺し』なんていう人の道を外れた所へ走ってしまったら……なにか、取り返しのつかないことになってしまいそうだ。


「面白いことをいうな、ノット」


セレネは、どことなく空虚な微笑みを浮かべる。
だけど、それだけだった。


それっきり、セレネは俺の問いには答えることなく、マグルのゲームとやらに没頭していた。
部屋に差し込む陽光が蜜色に染まる頃まで、ずっと。




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6月1日:一部訂正




[33878] 90話 それぞれの後悔
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/06/25 10:58


何処までも続く鳥居の中を走っている。




赤い世界に1人取り残された『小さな』私は、必死に義父の名を叫びながら、走り続けている。今にも転びそうなくらい無我夢中で走っている私を『今の』私は黙って見守っていた。


あぁ、夢なんだ。


なんとなく、そんな気がした。私はアステリアと違って、過去に戻ることなんてできない。それに、目の前を走る小さな私は、後ろにいる私に気がついていないのだ。だから、きっと昔の夢を見ているのだろう。
この後、私は吸血鬼に出会うはずだ。『魔法』も使えるし、『眼』を持つ今の私なら対処は簡単だろう。しかし、『魔法』を知らなかった当時の私は手も足も出るわけがない。


だが、この夢は大っ嫌いな夢であるのと同時に、良い夢でもある。だって、憧れの人と出会えた、記念すべき日でもあるのだから。今でもはっきりと覚えているその人の姿を思い浮かべると、口元に笑みが浮かんだ。


「殺し屋に、憧れているの?」


いつの間にか立ち止まっていた小さな私は、キョトンとした表情を浮かべていた。私は小さな私を見下ろした。
ナタリアさんは、『殺し屋』とは少し違うような気がしたが……吸血鬼やバケモノの『殺し屋』ということには変わりないだろう。


「まぁな」
「貴女も、人を殺すの?」


黒くて大きな瞳に涙を溜めこんだ小さな私は、絞り出すような声で話しかけてきた。


「今のアンタには、関係ないことだ」
「関係あるよ。だって、貴女は私だもの」


小さな私は、今の私に詰め寄る。
今にも泣き出しそうな顔で私を睨みつけながら、小さな私は訴えてきた。


「私は殺したくないよ!父さん言ってたもん、『殺しはダメなこと』なんだって!」
「あぁ、ダメだな」


淡々とした口調で、言葉を返す。赤い世界にいるのは、私と小さな私の2人だけ。あの恐ろしい吸血鬼が現れる気配はなかった。……まぁ、夢だから現れても何とかできるだろう。

私は、小刻みに震える小さな私に一歩近づいた。


「大丈夫。『私』は『まだ』誰も殺していないから」


安心させるように、小さな私の頭を撫でる。小さな私の表情は、私から見えない。でも、どこか緊張した空気が解けてきているような気がした。


「……き」


小さな私が、何かを呟く。
本当に小さな声で言ったので、何を言ったのか聞こえなかった。私は聞き返そうと口を開く。だが、その必要はなかったみたいだ。
小さな私が、もう少し大きな声で同じ言葉を繰り返してくれたから。


「うそつき」


私は撫でる手を止める。


「うそつき?」
「そう。だって、『私』はすでに人を殺しているわ」


ナニか巨大なモノで殴られたかのような、衝撃が私を揺るがす。ドクン、と心臓が高鳴る音が聞こえた気がした。
『信じられない』という目をしたまま『肉片』に変わり果てたクィレルの姿。もう、何年も『思い出さない』ように心がけていた、心の奥に封じていたはずの光景が脳裏に浮かんできた。
それと同時に、ノットの言葉がフィードバックする。


『『人殺し』は不味いんじゃないか?―――あぁ、倫理的にダメだろ』


ノットは、真剣に私の身を案じてくれているみたいだった。
私に人としての道を、踏み外してほしくないんだろう。でも、私はもう―――とっくの昔に―――


「人を殺した経験が、私にはあるんだよ」


……目の前にいる『私』に対してなのか、それともノットに対してなのか、はたまた、自分自身に言い聞かせてなのか……
私はポツリと囁いた。





だけど、アレは仕方なかった。
あの場でクィレルを殺さなかったら、私とハリーは死んでいた。ヴォルデモートに『線』は視えなかったし、逃げ切れる要素は確実に0だった。だから、私は殺したんだ。『正当防衛』という言葉が一番ぴったり当てはまるだろう。


「でも、人殺しよ」


小さな私は、私に話し続ける。


「人殺しは、いけないこと。それを行った貴女は、もう普通の世界で生きられない」


でも『私』は、生きている。


「ええ。生きているわ。でも、貴女の生きる世界は『裏』に決定してしまった」


それでも、平然と生きている。


「なんて醜い」


小さな私の声が、赤い世界に響き渡る。


「なんて醜いの。人を殺してまで、貴女は生に執着したいの?」


小さな私は唄うように、そんな言葉を口にした。


あぁ、確かに私は死にたくない。行動理念は常に『死にたくない』というところにある。だって、『』に堕ちたくないから。まだ、死にたくない。いつか死ななければならないなら、それを少しでも先送りにしたい。


だから、正当防衛という名のもとに殺人を犯した。
友人を裏切ってまで、ヴォルデモートの手伝いをした。
そして、今はヴォルデモートを殺す最終段階に入っている。


「貴女は、トム・リドルと変わらないわ」


小さな私の言葉が、グサリと刺さる。
思わず私は、小さな私を睨みつけてしまった。小さな私は、全く動揺した様子を見せない。彼女の黒い瞳には、赤い瞳をした私が、くっきりと映っていた。


「だって、トムも行動理念は『長く生きたい』だもの。だから、人を殺すし分霊箱を作ったのよ」


だけど、私は私利私欲のためだけに殺人を犯してなんかない。
ヴォルデモートと根本的に違う。生きるための努力は惜しんでないが、さすがに人を殺してまで生きたいとなんて考えたこともないのだ。だから私は、ヴォルデモートと違う。


「1回でも殺人。たとえ、正当防衛であったとしても、殺人には変わりないわ」
「じゃあ、私はあの場で死ねばよかった?」


小さな私に、尋ね返す。
すると、小さな私はコクリと躊躇うことなく頷いた。


「ええ。だって、あの場で私が死ねば被害は最小限で済んだのよ」


くるり、と回る小さな私。
小さな私の腕には、いつの間にか大きな本が抱えられていた。


「私が『4年生』にならなければ、クイールは死なずに済んだ。
私が『シリウス奪還作戦』に参加しなければ、ムーディーもルーナも死なずに済んだ。
私が『秘密の部屋』に隠れていなければ、ダンブルドアの死期は少し遅くなった上に、スネイプ先生もアステリアも意識不明の重症に陥ることはなかった。
もっと言えば、私さえいなければ、そもそもアステリアが平行世界を移動する必要がなかったのよ」


そう、全てその通りだ。
私がいなければ、私さえいなければ、クイールもルーナも死ぬことなんてなかったんだ。スネイプ先生もアステリアも、半ば植物人間状態になることなんてなかったんだ。
だけど――――


「だけど、私に何が出来たって言うんだ?」


あの時、あの時、その時、その時で考えられた最良の一手だったんだ。
生きたいから。『』に堕ちたくないから。だから、精一杯考え抜いて導き出した行動だったんだ。


「そういう言葉で、貴女は逃げるの?」
「ああ、逃げるさ」


戦いに、いや人生に理不尽はつきものだ。本当に『納得できない』ことだらけ。
後からなら、何でも言える。それに理屈をつけることも、ああすればよかったと後悔することも沢山ある。その度に落ち込んで、悩んで、痛みに目を向け続ける。それが、正しい人の在り方なのかもしれない。でも―――


「でもな、これは『私』が選んで歩んできた道だ。だから、後悔はしない」
「後悔しないの?」
「あぁ。そりゃ、後悔も大切だろうさ」


少しだけフッと笑みを浮かべる。


「だけど、後悔ばかりしていたらいいのか?過ぎたことを悩み続ければいいのか?
いや、そうじゃないだろ。
『今』を精一杯生きることが、大事なんじゃないか」


悩み過ぎたら、潰れてしまう。
後悔し過ぎたら潰れてしまう。
もちろん、正当防衛とはいえ犯した殺人も、巻き込んで結果的に死んでしまったルーナやクイールの死も、全てを後悔している。もっと大きな幅を広げるのだとすれば、分霊箱として破壊したヴォルデモートの魂を殺したのだって、殺人だ。それも、人の命を奪うという意味で少し後悔している。


だが、それだけでいいのか?


「精一杯生き続けることが、残されたものに大切なことだろ。死んだら、御終いなんだから」


そう言いながら、私はナイフを抜く。そして、小さな私に突き付けた。小さな私は臆することなく、その先端を見つめている。


「お前は、誰だ」


私は、静かな声で告げる。小さな私の大きな瞳に映った私の眼は、赤から紫へと変化していた。……そんな私の瞳の変化に驚くことなく、小さな私は、私らしからぬ笑みを浮かる。そうして、こう言った。


「私は貴女よ。それ以外の何物でもないわ」


胡散臭い笑みだ。
だが、妙に説得力のあるような感じもする。一体、コイツは誰だ?もう少しナイフを近づけてみるが、小さな私は全く怯えない。それどころか、ゆっくりと私に近づいてくる。そして、耳元でボソリ、と囁いた。


「でも、覚えておいて。貴女は、トム・リドルと同じよ」


思わず私はナイフを振るう。しかし、ナイフが小さな私を捕えることはなかった。
そのまま意識が反転し、下へ下へ下へ―――――――――――――――――――

















『主、主!』


耳元で、アルファルドの声がする。
ゆっくりと目を開けてみると、アルファルドが私の顔を覗き込んでいた。もちろん、眼を閉じた状態で。


『……ここは?』
『何言っているんですか?主の友人とかいうウェイバーの家ですよ』


部屋は暗い。
時計を見ると、まだ4時だ。東の空が少し明るくなり始めていたが、それでも外は薄暗い闇に包まれている。
ソファーで横になっていたからだろう。身体の節々が痛かった。ベッドは、まだ怪我が完治していないノットが使っているのだ。怪我を負ったのは数か月前のはずなのに、呪いの傷だからだろう。中々完治しないのだ。


ちなみに、ノットは静かな寝息を立てて寝ていた。この家の主であるウェイバーの姿はない。そりゃそうだ、アイツは今『仕事』に行っている。この家にいるのは、私とノット、それからアルファルドだけだった。




―――私は、トム・リドルと同じなのか?―――


夢の最後で言われた言葉が、頭の中を反芻する。



『うなされていましたよ。大丈夫ですか?』
『……』


何も答えない。
肯定も否定もせず、私は机の上のペットボトルに手を伸ばした。





















































SIDE:ハリー・ポッター


「よく来た、ハリー!」


シリウスが笑顔で、迎え入れてくれた。
だけど、その笑顔が少し強張っているように見える。


「リーマスとキングズリーは?」


ドアを閉めたトンクスが、間髪入れずにシリウスに詰め寄った。シリウスは、笑顔のまま頷く。


「大丈夫さ。つい数分前に戻ってきた。今は、リビングにいるさ」


その言葉を聞き終える前に、トンクスはリビングに駈け出して行った。あまりにも早くトンクスが動いたからだろう。鳥かごの中で先程まで眠そうだったヘドウィグが、『何事か!?』と驚いたように目を開けた。


「よかった。キングズリーもルーピン先生も無事で」


僕は、ホッと一息を着く。
透明マントに隠れてきたルーピン先生に、髪の毛を渡したのは僕だ。ポリジュース薬で僕に変身し、身代わりとしてキングズリーと一緒に箒で飛び立ち監視の目をダーズリー家から一時でも遠ざける。その作戦が、無事に成功したのだ。


「それで、ハリーはどうやってここまで来たんだ?箒か?」
「フィッグ婆さんが呼んだタクシー……あー、マグルの乗り物で、ここまで送ってもらったんだ」


フィッグ婆さんと、婆さんの家に潜んでいたトンクスが、ダーズリー家を見張る死喰い人達が全て、キングズリーと僕に変身したルーピン先生を追いかけて行ったのを確認する。それから、僕とトンクスは、フィッグ婆さんが呼んだタクシーに乗り込んだんだ。



ちなみに、叔父さんたちは既に僕の知らない別の場所に姿を隠しているはずだ。ヘスチアとディーダラスが、キングズリーたちが尋ねてくる少し前にダーズリー家に来訪し、『責任を持って安全な場所に避難させます』と話していたことをボンヤリと思い出す。
それと同時に、再び気持ちが沈み始めてしまった。


「ん、どうしたんだ、ハリー?」


僕の顔色が優れないことに、気がついたのだろう。シリウスが心配そうに尋ねてきた。
僕は、何でもないように首を横に振った。


「いや、なんでもない」
「なんでもなくないだろ。私は君の名付け親だ」


何かあったのか、正直に話せというように、シリウスは僕の眼を覗き込んでくる。
こういうことは、ちゃんと話した方がいいのかもしれない。僕は正直に話そうと口を開こうとした、が………


「ハリー、早く!」


リビングの方からルーピン先生の声が、聞こえてくる。
僕は開きかけた口を閉じ、ルーピン先生がいる方へ急いだ。リビング入ると、まず目に飛び込んできたのは、ホッとしたようにソファーに腰を掛けるトンクス。テーブルの横には顔に呪文の跡だと思われるかすり傷を負っルーピン先生。その隣では、額から血を流したキングズリーが、時計とにらみ合っている。


「あと30秒で、『隠れ穴』行の『移動キー』が発動するんだ。忘れ物はないかい、ハリー?」


そう言いながら、ルーピン先生はテーブルの上の折れた櫛を指さす。
僕はリュックサックを背負い直し、鳥かごをきつく握りしめた。ゆっくり腰を屈め、櫛に触れる準備をする。残された時間は、僅か30秒。でも、その間に言っておきたいことがあるんだ。


「ごめんなさい、僕のせいで」


僕は絞り出すように、声を出した。


「傷を負ったことかい?まさか、大した傷じゃないよ」
「みんなかすり傷ですんでいるもの。ハリーが気に病む必要はないわ」
「それに、ハリーは怪我1つ負ってない。それだけで、私達は十分だ」


ルーピン先生もキングズリーも、トンクスも笑顔を僕に向けてくれた。ただ一人、シリウスだけが不安そうな顔をしていた。
僕はシリウスの顔を見て、口を開こうとする。だけど、それを制するかのように、シリウスは早口で言葉を放った。


「ハリー、次に会うのは『ビルとフラーの結婚式』だ。その時に、また話そう」


その瞬間に、『移動キー』が光に包まれる。ヘソの内側のあたりがグイッと『移動キー』の力で引っ張られる。
風の唸り、色の渦の中、ぼんやりと僕の頭に『後悔』の二文字が頭を横切った。



僕は、みんなに迷惑かけてばかりだ。
護られてばかりだ。みんなを傷つけて、ぬくぬくと育ってきてしまった。


本当に、どうしよもない奴だ。


これじゃあ……全然、グリフィンドール生ではない。
騎士道とは、程遠いじゃないか。むしろ、これじゃあ―――――




折れた櫛を握りしめた僕は、自嘲気味た笑みを浮かべた。





























SIDE:???


「うわぁ……本当に、ロンドンに来たんだ」


タクシーから我先にと降り立った白銀色の髪をした少女は、赤い瞳をキラキラと輝かせている。まるで『雪の妖精』みたいな容姿の少女だ。……もっとも、今は夏真っ盛りの8月だ。だから、もう少しましな表現があるかもしれないが……『雪の妖精』としか思いつく言葉が見つからなかった。


「お兄ちゃん、ほら、こっちこっち!」


タクシーから降りたばかりの少年に向かって、少女は手招きをする。『お兄ちゃん』と呼ばれていたが、少女とあまりにも似ていない。赤銅色の髪に、東洋系の顔立ちをした少年は、にっこりとした笑みを浮かべると『妹』の方へ歩みを進める。


どうやら、ロンドン観光に来た家族のようだ。
それも、そこそこの大家族らしい。


くたびれたスーツを纏った東洋人の男と、その男に寄り添う白銀の髪の女性。
その後ろにつき従うように、3人の女がタクシーから降りたった。


「キリツグも、お母様も早く!」


『キリツグ』と呼ばれた男と『お母様』と呼ばれた女は、顔を見合わせると微笑みを浮かべた。ゆっくりと、少女の方へ歩みを向ける。だが、『キリツグ』と呼ばれた男は、ふと足を止めた。何かに警戒するように、あたりを見渡す。半歩遅れて、『お母様』と呼ばれた女も眉を顰め、警戒し始めた。



……もしかしたら、こちらの存在に気がついたのかもしれない。


「どうしたんだ、爺さん?」
「お母様もどうかしたの?」


赤銅色の髪をした少年が、不思議そうに眉をひそめる。それにつられて白銀の少女も、不安そうに顔を歪めた。


「…キリツグ?」
「あぁ、なんでもないよ」
「ほら!士郎もイリヤもせっかくロンドンに来たんだから、もっとはしゃいでいいのよ」


なんでもないように笑いながら、キリツグも母親も2人に歩み寄った。どうやら、気がつかれなかったらしい。いや、気がついているけど無視しているのか?
出来れば、声をかけて欲しかった。そうしたら、もっと楽に事が進めたのに……


まぁいい。そっと後をつけて、声をかけるタイミングを見計らおう。
幸いにも、あの家族はロンドンに来たばかりのようだ。時間もまだ9時過ぎ。きっと、昼までに1人になる機会はあるだろう。



緩みかけた服を巻きなおすと、幸せそうに歩き始めた家族の後を追いかけるのだった。





――――――――――――――――――――――――――――

6月25日:一部改訂




[33878] 91話 護る戦い
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/07/16 01:00
Side:シリウス・ブラック


――――からんっ――――


路地裏の方で、何か金属の落ちる音が聞こえてきた。……一体、何が起きたのだろう?俺は歩みを止めて、音がした方向へ足を進めてみることにした。



今日も、犬の姿でロンドンの町をパトロールしている。
ヴォルデモートが魔法省を乗っ取り、ハリー・ロン・ハーマイオニーも行方不明。不死鳥の騎士団本部であり我が家『グリーモールド・プレス』に幽閉されていた俺の手も必要になるくらい、状況は切羽詰まっていた。


ロンドンは、言わずと知れたイギリス最大の都市。
つまり、1番マグルが住んでいる土地であり、死喰い人達がマグル狩りをしに来る場所である。もちろん、そんなことがあってはならない。
だから、マグルに魔法をかけようとする死喰い人達を、俺が事前に察知し阻止しているのだ。もう、今月に入ってから4回も阻止に成功した。。……まぁ、当然のことだから、誰も誉めてくれないんだけどさ。


きっと、今回も死喰い人のマグル狩りなのだろう。
ただのマグル同士のいざこざであったとしても、路地裏で喧嘩なんて見逃せないからな。そんな面白そうな……いや、そんな危ないことをやらせるわけにはいかない。


俺は気を引き締めると、犬の姿のままで路地裏を覗きこんだ。
日が傾き始めているとはいえ、時間的にはまだ昼。それなのに、やはり路地裏。どことなく暗くて沈んだ雰囲気漂っている。


だが、その中で一際映える一団が目に留まった。



まず、眼に入ったのは地面に転がるハルバード。
ハルバードと並ぶように、倒れ込む女性。


そしてその先には、雪を思わす髪をした小さな女の子。
倒れ込む女性の顔の当たりにしゃがみ込むと、


「リズ、しっかりして!リズ!!」


と叫んでいる。だが、『リズ』と呼ばれた女性はピクリとも動かない。その2人に近づくのは、長身の2人組。白銀の長髪に杖を携えたルシウス・マルフォイと、にんまりと張り付けられたような笑みを浮かべるシルバー・ウィルクス……両者とも、かなり大物死喰い人だ。


こんなところで『マグル狩り』を行うのは、基本的に下っ端死喰い人だ。何故、幹部クラスの死喰い人がいるのだろうか?……暇つぶし、レジャー感覚と考えればいいのだろうか?いずれにせよ、気を引き締めなければ―――


「……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。一緒に来てもらおう」


一緒に来てもらう?


頭の上に疑問符が浮かんだ。
……死喰い人は『マグル』を『害虫』としか認識していない。だから、害虫を殺す感覚で『マグル狩り』を楽しんでいたはずだ。それなのに、なぜ『一緒に来てもらう』必要があるのだろうか?


少女に、なにか特殊な能力でも宿っていると考えるのが普通だが……どこからどう見ても、可愛らしい普通の少女にしか見えなかった。杖を持っている気配もない。唯一の武器と思われるハルバードは、折られてしまっている。……というか、今どきハルバードを持ち歩いている奴の方が、魔法使いより貴重だと思う。


「アンタ達なんか、キリツグとキャッ!」
「大人しくしようね、イリヤちゃん」


シルバーが、『イリヤ』と呼ばれた少女の口をふさぐ。
俺は考えるより先に、行動に移していた。素早く人間に戻り、杖を真っ直ぐシルバーに向ける。


「『レラシオ―放せ!』」


杖先から放たれた黄色い閃光が、瞬く間に路地裏を奔った。


「ってぇ!!」


突然現れた閃光は、シルバーの腕に見事命中した。
シルバーの手が開かれ、イリヤと呼ばれていた少女は地面に落とされた。がくんっと膝をついたイリヤは、よろよろと立ち上がりながら、慌ててシルバーから離れようと足を踏み出す。


「っち、来い」


ルシウス・マルフォイが、逃げるイリヤを捕まえようと手を伸ばす。だが、


「いやよ!!」


伸ばされた手を、イリヤは交わした。そしてそのまま、転びそうになりながらも必死にリズが倒れている場所まで引き返す。俺はイリヤが比較的安全な場所にいることを、目で確認する確認すると、死喰い人2人組に目を戻した。


「…シリウス・ブラックか」
「久しぶりだな、ルシウス・マルフォイ、シルバー・ウィルクス。
さて、こちらの質問に答えてもらうか。何故、この御嬢さんを誘拐しようとしていたんだ?」


杖を構えながら、低い声で尋ねる。すると、ルシウスは鼻で笑った。


「わが君の計画のためだ。君には関係ないことなのだよ、シリウス・ブラック」


次の瞬間、ルシウスとシルバーの杖先から赤い閃光が奔った。


「『プロテゴ‐守れ』!」


俺は杖を振るうと、透明な盾が閃光を四散させる。しかし、畳みかけるように死喰い人達は失神呪文やら妨害呪文をかぶせてくる。


「っく、」


畳みかけるように襲い掛かる呪文。いくら詠唱有の盾魔法であったとしても、これは耐え切れない。杖を握る腕が、じんじんっと痛みを訴えかけてくる。


「早く逃げろよ、ガキ!」


いつまでたっても、イリヤは地面に転がる女の横から離れようとしない。この自衛不能な2人を護りながら、大物死喰い人と戦わなければならないのだ。これは、非常にキツイ。
だから、逃げて欲しかったのに――――――


「いや!リズを置いて逃げられるわけないじゃない」


震えのないハッキリとした声。俺は思わず少しだけ、イリヤの方を振り返った。
意志の強い赤い瞳を、向け続けている。その瞳は、テコでも動かない、と訴えかけているようだった。


「っち」


軽く舌打ちをする。
イリヤの小さな体格では、とてもじゃないが大人の女性を担いで逃げられると思えない。
つまり、俺が手を貸してやらなければならないということだ。だけど、目の前には敵が、それも2人。奴らを倒さない限り、2人は路地裏から逃げることが出来ないのだ。


それが出来るのは現状、俺だけ。


「後で覚えとけよ、糞ガキ!」


戦いは久しぶりだけどな、嫌いじゃないけどな、物凄く血がはしゃぐけどな!だけど辛いんだぞ。人を護りながら戦うっていうのは。


「『ステューピファイ―麻痺せよ』!」


奴らの杖から噴出される魔法の威力が、一段と強まる。腕にかかる負担も、それに伴い倍増。盾はピキピキッと嫌な音を立てはじめた。


「っくそ」


本当に、護るって大変だ。
もちろん、過去にも戦いで『守った』ことがある。それは、ほんの数年前の出来事だ。
以前、魔法省で死喰い人達と戦った時は、『ハリーを護る』という名目があった。だがな、俺はそれ以上に戦いを楽しんでいた。今なら分かる。


俺は、ジェームズと一緒に戦っているような気分になってたんだ。


護るべき対象のハリーが敵に立ち向かう姿に、すでに亡き親友の面影を重ねていた。
あの戦いは、ハリーを助けるという皮を被った、日ごろの鬱憤晴らしだった。……そうだ、馬鹿だな、俺。こんな遊び半分の名付け親だから、連れて行ってもらえなかったんだ。肝心な時に、頼りにされなかったんだ。


「だけど、俺だって大人だ」


ただの自己満足に過ぎないけど、でも頼りにされて欲しい。
ハリーの悩みを聞くことが出来ないような、ダメな大人だ。だからこそ、俺は今、大人になろう。少なくとも、誰かを本当に守ることが出来る大人に。


「護ってやるさ、こいつらをな!」


俺は口元に笑みを浮かべる。そして、『盾』を維持することを放棄した。
もちろん、放棄するといっても、2,3秒は『盾』としての効果を維持し続ける。だから、その2,3秒が勝負だ。


策戦はいたって簡単だ。
盾が維持されている間に、リズとかいう女を握りしめているイリヤの身体の一部を、つかめばいい。そうしたら、すぐさま『姿くらまし』だ。ロンドンから離れた場所へ逃げれば、少なくとも『今は』死喰い人に襲われなくて済む。あとで、『ろくに戦わずに尻尾を巻いて逃げた』とか言われるかもしれねぇけどな。でも、これは人を救うためなのだ。……決して、『逃げた』のではない。避難だ。


「『レラシオ―放せ』」


バシッという音とともに、せっかく触れかけていた指と指が一気に離れる。
俺はそのまま壁に、背中から叩き付けられた。頭と背骨に強い衝撃を感じる。それは、握りしめていた杖を手放してしまいたくなるくらいの痛みだった。必死に杖を握りしめているけれども、視界が揺れ、どこからともなく銀砂がちらちらと飛び始めていた。


上手く視界が、定まらない。


「逃げようとしたッスか?無駄なことを……今、ロンドン全域に『姿くらまし防止呪文』を張っているんッスよ?馬鹿犬ッスね、ほんと」


俺の顔を覗き込み、面白そうに笑うシルバー。
まったく、こいつは何を考えているのかまるで分らん。だが、俺をバカにしてるってことは分かる。この男は、確実に俺を『格下』として扱い、侮っている。つまり―――


「っは。馬鹿は、てめぇ、だよ」


動かしづらい指を、必死に動かす。杖をほんの少しだけ上げ、杖先を顎の当たりに向けた。


「『エヴァーテ・スタティム―宙を踊れ』」
「なっ!?」


シルバーは驚愕の色を浮かべたまま、一気に向こう側の壁まで吹き飛んだ。いや、吹き飛んだように見えた。
なぜなら、俺の視界からシルバーが消えただけだから。どうなったのか分からない。だけど、何かにぶつかる音は聞こえた。だからきっと、壁に激突したのだろう。
呪文による痛みと、壁に勢いよく叩き付けられた痛みは、相当なモノだと思う。少なくとも壁の痛みは、現在進行形で経験しているからな。


「……白目をむいて気絶か。……だから、お前は手ぬるい。こういう時は、迷わず殺せ」


呆れたような声を出すルシウス。
マントを翻し、俺に近づいてくるのが、黒く幕を閉じはじめた視界に見えだした。冷たい目で見下ろすルシウス・マルフォイは、まっすぐ俺に杖を向ける。 命を救ってくれる頼みの杖は、棒っきれの様に地面を転がっている。身体は激しすぎる痛みのせいで、いうことを聞いてくれない。先程から、指一本も動くことが出来ないのだ。


「さらばだ、シリウス・ブラック」



脳裏に浮かぶのは、護りきれなかったイリヤの顔。
我が子の様に大切な、ハリーの顔。
そして―――――――一緒に悪戯を相談し合った親友:ジェームズの顔。


「『アバタ・ケタブラ』」


緑の光が、視界いっぱいに満ちる。



あぁ、俺は死ぬんだ。


最期に考えたことは、それだけ。
強烈すぎる痛みを感じることはなかった。何故なら、俺の視界は眠りに落ちるよりも簡単に、真っ暗な幕を下ろしたのだから――――――










































































































「―――、」
「――――!?――!」


どこからか、声が聞こえる。
騒がしい……死後の世界とは、ここまで騒がしいところなのだろうか。
そう思うと、温かい力に包まれたような感覚と共に、不思議と身体に力が満ちてきた。


「死の呪文は私が防いだから、貴女は死んでないわ。それに、治癒をしたから、動けるはずよ」


すっかり軽くなった瞼を開ける。
すると、そこに広がっていたのは『死後の世界』とは思えない場所……つまり、路地裏だった。シルバーとルシウスがいて、奥に倒れたリズとイリヤがいて。その2人を守護するように立っていたのは―――イリヤとよく似た貴婦人だった。


白銀の髪を風になびかせ、凛と澄ました笑みを浮かべている。


「娘を……イリヤを護ってくれてありがとう。それから、リズのことも」


ちょっと誤算があって、離れ離れになっちゃったのよ。と言いながら貴婦人は俺に手を伸ばした。俺は彼女の手を取り、立ち上がる。


「貴方はシリウス・ブラックね、セレネから聞いているわ」
「セレネ……セレネ・ゴーントの知り合い、なのか?」


俺が問うと、貴婦人はニッコリと微笑みを浮かべた。どことなくすべてを包み込む慈母のような貴婦人と、あの得体のしれないスリザリン生『セレネ・ゴーント』が繋がっているとは思えないのだ。


「ええ、あの子のことはよく知ってるわ。
……さてと、傷が癒えたとはいえ疲れていると思うから、貴方はイリヤ達の所にいてくれるかしら?あの長髪は、私が倒しておくから」


優しげな微笑みを浮かべたまま、貴婦人はルシウスと向き合った。
ルシウスは眉を顰めながら、杖先を貴婦人に迷いなく向ける。


「そこの娘と似た容姿……アイリスフィール・フォン・アインツベルンで間違いないな」
「えぇ、その通りよ。死喰い人さん」


毅然のある表情を向けた貴婦人…改め、アイリスフィールは、袖口から『何か』を抜き放った。一瞬、杖を抜いたのかと思ったが、それは杖とはかけ離れたものだった。


それは、『戦闘』の二文字を全く連想させない頼りなさげな品物。彼女の白魚を思わす5本の指の間に広げたのは、細く柔軟な針金の束だった。


「お、おい!やめろ、そんなもので戦えると―――」


思ってるのか、と続ける前に、アイリスフィールは静かな微笑を俺に向けた。


「大丈夫よ、戦えるわ」


言葉を失う俺とルシウスの前で、アイリスフィールは針金を握り直した。すると、なんと自在に針金の束が解けたではないか。それも、気持ちよいほどするりと自然に。
解けた針金は、まるで生き物であるかのように、アイリスフィールの手の中で脈打ち始める。


「お母様は、負けないよ」


イリヤが小さく呟いた。彼女の瞳には、アイリスフィールが勝つと信じる『ナニか』が宿っている。俺は、いつでも魔法を放てるように構えながら、アイリスフィールを見守ることに決めた。


「『Shape ist leben‐形態よ、生命を宿せ!』」


可憐な声で宣言すると、銀の光を反射させながら針金が動き始めた。縦横に輪を描き、複雑な輪郭を作り上げていく。互いに絡まり、束ね合い、まるで籠でも編むかのように複雑な立体物へと変化していく―――


「なっ、なんだ…それは!?」


基本的に冷静沈着なルシウスが、驚いてこれ以上ないというくらい目を丸くさせている。俺も、唖然と変わりゆく針金細工を見つめていた。
アイリスフィールの頭上で形成されていく、猛々しい翼とくちばし、そして鋭利なかぎ爪を持つ2本の脚。そう、それは針金で作られた巨大な鷹だった。いや、違う。


「『Kyeeeeee!』」


『生命』が宿った針金細工の鷹だ。
まるで金属の刃が軋るかと思わす甲高い鳴き声をあげた鷹は、アイリスフィールの手から飛び立つ。


魔法の閃光にも負けず劣らぬ速さで、針金の鷹はルシウス・マルフォイへと迫った。だが、それをただ茫然と構えるルシウスではない。颯爽と杖を振り、防御壁と作り出す。透明な盾に激突した鷹は、痛そうに鳴きながら空へと旋回し、再びルシウスへ狙いを定めた。
両脚の鉤爪で、ルシウスの頭辺りを掴みにかかろうと、降下してくる。


「『ステューピファイ』!」


ルシウスの杖から放たれた赤い閃光は、白銀の鷹の腹辺りに命中した。


「「なっ!?」」


俺とルシウスの声が、被る。
閃光が直撃するのと同時に、鷹は元通りの針金に戻ったのだ。だが、ただの針金ではない。意志を持ったツタの様に、杖を握る右手に絡みついた。ルシウスは慌てて取り外そうと左手を伸ばすが、針金の先端がくるくるっと動き、左手も巻き込む。
つい数瞬前まで鷹の姿を保っていた針金は、今度は手錠の様にルシウスの両手を拘束していた。


「っく、こんな針金など――!!」


無理やり解こうと、力を込めるルシウス。薄暗い路地裏でも目立つ青白い顔が、視たことがないくらい赤く染まる。それだけ力を込めているのにもかかわらず、一向に針金は緩まない。いや、緩むどころか―――


「シリウス・ブラック!イリヤの眼を塞いで!」


アイリスフィールが叫ぶ前に、俺の身体は動いていた。
これから起きることを予期し、咄嗟に両手でイリヤの視界を塞ぐ。そして、タイミングを見計らったかのように、視界を塞いだ途端


「ぐわぁっぁぁあ!!」


路地裏を反響する悲鳴とともに、汚れたアスファルトの上に落ちるのは、杖を握りしめた両腕。
路地に舞い散る多量の鮮血。路地に映える赤色は、白銀の針金とルシウスの白い髪を染めていく。
苦悩の色を刻みながらも、それでもどことなく優雅さを保っていたルシウスの表情が、これ以上ないくらい醜く歪む。その変わり果てた形相を見ているだけで、痛みを想像してしまい、こちらが狂いそうだ。


「お前……」
「シリウス・ブラック、ありがとう」


額に汗をにじませながら、アイリスフィールは微笑んだ。だが、心から湧き上がるような微笑みではない。それは、どこか無理して笑っているような苦しげな笑みだった。


「…『ステューピファイ』」


失神呪文を、苦しみのた打ち回るルシウスに放つ。杖を握る両腕を切断された以上、ルシウスに身を護るすべはない。避けることも出来ずに、ルシウスは路地に伏せることになった。


「とりあえず、こいつから情報を聞き出すか。おい、嬢ちゃんはこっちを見るんじゃねぇぞ」


血の海に倒れるルシウスとは逆方向に、イリヤの身体を向けさせながら囁いた。


「それにしても『姿くらまし』が使えないなんて、面倒だな。
……で、アンタ達はなんで狙われてたんだよ。なんつーか、見たことのない魔法だったが」


イリヤの目隠しをしていた手を離しながら、アイリスフィールに視線を向ける。
だが、アイリスフィールは何か悩んでいるみたいだ。何か、話したくない事情があるのだろう。まぁ、だから死喰い人に狙われたのかもしれないが。


「そうね……貴方たちと少し情報を共有するのも、悪くないかもしれないわね。でも―――」


だが、この次の言葉は貴婦人の口から発せられることがなかった。
アイリスフィールは真っ赤な閃光に包まれ、そのまま静かに路地に倒れ込む。彼女自身、何が起こったのか分からなかったらしいし、俺にも何が起こったのか分からない。一瞬の気の緩みが張り詰める前に、俺の背中にも何か強烈な痛みが走った。



それと同時に、真っ赤に染まる視界。
ぐらり、と傾く身体。
言葉に言い表せないような強烈な痛みに呼応するように、薄れゆく意識。幕を下ろすように暗くなる視界の中、



「ふんっ、ルシウスもシルバーも手を抜くなんて、情けないったらありゃしない!」


聞き覚えのある声が、俺の意識をつなぎとめた。
最後の力を振り絞り、閉じようとする瞼を無理やりこじ開け続ける。


「まったく!ほら、ラバスタン。アンタはルシウスとシルバーの意識だけでも蘇生させな」


すらりと長い脚、そして黒々とした魔女そのものといった衣装。
そう、気に食わない俺の従姉…ベラトリックス・レストレンジ。シルバーをヴォルデモートの左腕と称するなら、こいつは右腕だ。


どうする?



痛みで気を失う一歩手前。
杖は握っているが、相手はベラトリックス・レストレンジ。……いや、彼女だけなら何とかなったかもしれないが、会話から察するに、彼女の弟:ラバスタンもいるのだろう。



……いや、俺はここで諦めるのか?
このまま気絶して、連れ去られようとするアイリスフィールたちを見捨てるのか?
おいおい、それじゃあ文字通り『負け犬』だ。



口元に力なく浮かぶ苦笑。
痛みで気絶する前に、最後の悪あがきぐらいしてやろう。





ここで立たなきゃ……オトコじゃない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

7月16日:一部改訂




[33878] 92話 不死への手がかり
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2013/09/20 18:48

Side:ヴォルデモート


苦しげに呻く声を聞きとがめ、俺様は部屋の中央へと目を移す。
そこには、縄で巻かれたアインツベルンの女が転がっていた。白い髪が赤い絨毯の上に乱れている様は、まるで殺人現場のようだ。もっとも、女は死体ではなく、浅い息を繰りかえしているが。


「娘の方は、シリウス・ブラックに連れ去られましたが、母親の方は手に入れましたわ」


ベラトリックスが、誉めてくれ、と言わんばかりに擦り寄ってくる。だが、俺様はベラトリックスに目も向けず、こう言い放った。


「俺様は、娘の方も連れてこいと言ったはずだ」


頬を紅潮させていたベラトリックスの表情が、面白いくらいサァッと青白く染まっていく。
飛びのくように俺から離れ、片膝をついた姿を鏡越しに見た。


「申し訳ございません、わが君。今からでも、娘の方を捕えてまいります」
「……」


敢えて何も答えない。
俺様は鏡に映るベラトリックスからも目を逸らし、床に横たわる女にのみ視線を向けた。


「わが君?」


再度、問いかける声が聞こえる。ベラの声色は、どことなく不安そうな色が漂っていた。だが、その問いにも俺様は答えなかった。
ベラトリックスは、俺の無言を『肯定』と受け取ったのかもしれない。何も言わずに、部屋を出て行った。――ちなみに、この部屋では『姿くらまし』を防止する呪文がかけられている。そんな安全装置など不要なモノのようにも思えるが、万が一のためだ。

さて……これで、部屋には俺とナギニと女しかいなくなった。セブルスが以前、開発した『マフリアーと‐耳塞ぎ』の呪文の効果で、しばらくの間はこの中で起こっている音が、外に漏れることはないだろう。
未だに死んだように横たわる女に近づき、杖を引き抜いた。


「『エネルベート‐活きよ』」


杖先から生み出された活性化の閃光は、女の胸に突き刺さる。
その途端、女は掠れた息とともに、女は瞼を開けた。


「うぅ……」


虚ろな紅い瞳は、明らかに焦点を失っていた。だが、徐々に光を取り戻し、俺をゆっくりと見上げてくる。


「あな、たは……ヴォルデ、モート。…やっぱり、お前の差し金だったのね」
「ほう、俺様がお前を捕えると分かっていたのか?」


少し意外だ。
まさか、感づかれていたとは。だが、過程はどうであれ結果として女は逃げ切ることが出来なかった。努力よりも、結果が全て。俺様は喜びのあまり、口元がゆがむのを抑えきれなかった。


「なら、俺様の要求は分かっているな?」


しばらく女は、どこか虚ろな紅色の眼差しを俺様に向けていた。やがて震えながらも自信に満ちた声で、自分を拘束した俺様に告げる。


「例え知識を盗んだとしても……『魔法』に到達できないわ」


口の下から鼻のあたりまで禍々しい傷が奔り、しゃべるのも困難であるだろうに。それでも、声色に憎悪の感情をにじませて断言する。


「魔術は、一朝一夕で身に着けられるものではないの。魔法ならなおさら。
それに、『永遠』を求めた魔術師は全て『人間』を辞めているわ。そこまでしてでも、真の『第三魔法』にはたどり着くことが出来ない。いずれ、朽ちていく」


まるで、俺様を憐れむような侮蔑するような視線を迷うことなく女は向け続ける。
こんな『人形』に過ぎない女の言葉で、頭の中は怒りと恐れが燃えあがっていた。この最も強大な俺様が、名もない虫けら魔法使いどもを数えきれないほど始末してきた俺様が、偉大なるサラザール・スリザリンの血を引く俺様に―――出来ないことがある?


「出来ない、だと?その『魔法』とやらが俺様に使えないだと?」


自分が使えないから、俺様にも使えるわけがない。
そのような意味で、言っているのではないだろうか。俺様は疑いの眼差しを女に向けた。すると、俺様の考えていることを察したのだろうか?女はゆっくりと首を横に振るう。


「そうね……お前にいくら言っても考えは変わらないようだから、聞き方を変えるわ。
そこまでして生に執着したいの?どんな命になってでも、どんな形になってでも、それでも生きたいのかしら?」


女は恐怖の欠片も見せることがない。
痛々しいほどの傷だらけの容姿に、幾分かましになったとはいえ浅い呼吸。それでもなお、俺様を睨みつける眼差しには、どことなく間違っていないという自信と、何故か憐みを感じられた。俺は舌打ちをすると、杖を振るう。迸る真っ赤な閃光は、女の悲鳴を生み出した。


「もう一度言う。おとなしく、その秘術を教えろ」
「……」
「どうやら、話したくないようだな」


どうやら、この女は自分の口から『秘術』を語りたくないらしい。
それは、俺様にもわかる。誰でも己の一族が代々にわたり蓄積してきた『秘術』を、赤の他人にペラペラと話しがるわけがない。なら、どうやって聞き出す?簡単なことだ。


「もう1度言うわ。お前は『魔法』に至れない」
「そう言っていられるのも、今の内だ」


抑揚を失って平坦な声で、俺様はあざ笑う。杖を真っ直ぐ女の額に向け、何度も使い古された呪文を唱えた。


「『レジリメンス‐開心せよ』!」


空間が破られる。
その隙間に飛び込むように、俺様は女の記憶を覗き込んだ。
感覚、五感の全てが女の記憶に含まれたためだろうか。いや、女の奥底に眠る『第三魔法』に通じる知識を引きずり出そうと、『女の中に眠る別人物』の記憶をさかのぼっているためだろう。
通常の『開心術』の際に感じる圧力とは桁違いだ。痛みと言う痛みが何重にも重なり圧しかかってくる。まるで、痛みの渦の中で回転しているかのようだ。


気をしっかり保て!この程度の痛みで、諦めるのか?


気を失いそうな痛みを食いしばりながら、目当ての記憶を探る。
死ぬのだけは、ごめんだ。死に屈するのだけは、ごめんだ。そのためなら、なんだって実行した。いま、目の前に俺様がたどり着けなかった『真の不死』への方法が眠っているのだ。ここで、諦めてなるものか!


そのうちに、一つの記憶に吸い寄せられる。目を奪われるように、その記憶の中に俺は入り込んだ。


そこに広がっていたのは、巨大な回路。
半径は50メートル以上はあるだろう。すり鉢状の岩肌に何重層にも描かれた魔法陣。
幾重にも張り巡らされた回路。回転する幾何学模様。まるで、美しい蜘蛛の巣の中心に添えられた白い少女がいた。


床に横たわっている女と瓜二つ。
白銀の髪を持ち、祈るように目をつぶる。その少女はまるで、儀式の生贄のように蹲っていた。あの少女は―――誰だろうか?


視界がさらに狭まる。
違う、この記憶ではない。


俺様は、少女から目を背け別の記憶へとさかのぼる。どこだ、俺の求める物は、どこにあるのだ?

縮み低くなってしまった視界では、世界があまりにも広すぎる。いずれ、何も見えなくなってしまう。その前に、早く探し出さなければならない。



弾かれる。
これより先に進むな!と言わんばかりに弾かれる。
だが、俺様は進む。
届かない。届かないなど、許されるわけがないのだ。先へ進む。少しでも『記憶』の底へと手を伸ばす。焼き切れた眼球、焼き切れた腕、そんな些細な痛みなど関係ない。
どこだ?どこにあるんだ、俺の求める―――知識は―――永遠は―――――っ!


「はっ!?」


自分で跳ねたのか、それとも何かに跳ね飛ばされたのか。
気がつくと身体は宙を飛び、背中から絨毯に落下した。そんな俺を案じるように、ナギニが長い影のようにスルスルと寄り添ってきた。


「だから言ったでしょ。お前には無理だと」


どことなく呆れたような失笑を、女は浮かべていた。
俺は立ち上がると、そんな女の喉元に杖を突き刺す。俺に絡みつくナギニも、下を出し入れしながら鋭い瞳孔で女を睨みつけていた。だが、女は未だに恐怖の色を見せない。
『余裕』の二文字を見せつけられているかのようで、怒りが煮えたぎってくる。その怒りは、まるで焼き切られたような痛みを忘れさせてくれた。


「黙れ。『レジメ――」


と言った瞬間に、視界の端で銀色の光が奔るのを捕えた。
俺様はとっさに、女に向けていた杖を光の方に向ける。杖の先から生れた防御の盾は、かきんと軽い音を立てて銀の軌跡を弾いた。いや、弾いたのは一瞬だった。目に追えないくらい素早く繰り出された二撃目の銀の光が、呆気ないくらい簡単に盾を四散される。


「なっ!?」


銀の光が『ナイフの残光』だと気がついたのは、ナギニの首が胴体から離れた瞬間だった。
赤い絨毯の上を、弧を描くようにナギニの血が噴出される。ぬめっとした首は、シャンデリアに照らされた灯りに照らされ回りながら赤い絨毯へと落ちていく。
一太刀でナギニの首を切り落とした人物は、床に転がる女を抱きしめると、俺から一気に距離を取った。
俺様は、その人物に杖を向け呪文を唱えようとした。それと同時に、その人物が『誰』であるのか気がつき声を失った。


「貴様は―――」


少しくたびれた黒いコート。そして、俺様ですら禍々しいと忌避する『紫』の瞳。
絹を思わす黒髪をたなびかせ、血の滴るナイフを構える少女は、クスリと笑った。


「久しぶりだな、ヴォルデモート」


少女はタオルで血に塗れたナイフを軽くふきながら、絨毯に転がるナギニの首を見つめている。


「最愛の『蛇(ナギニ)』を失った気分はどう?」


心臓が早鐘を打ち始める。



目の前の少女は、『最後の分霊箱』として作り上げた大切なナギニを、いとも簡単に壊した。



その怒りは、想像を絶するもので『普段の俺様』だったら、所構わず呪文を唱えていただろう。絶叫を上げながら、煮えくり返った感情に身を任せるまま、少女に襲い掛かっていた。大切な『分霊箱』と『ナギニ』を同時に殺された怒りを力に変えて、呪文を乱射していただろう。
だが、その理解を超えた怒りは、逆に俺様を冷静にさせていた。
俺は杖を真っ直ぐ少女に向け、低い声で問いただす。



「おまえは、誰だ?」



記憶の中に該当する少女は、1人。
その少女と目の前にいる少女は、瓜二つといっていいだろう。だが、とてつもない違和感を覚えた。そう、自分の知る少女は、どこか根本的な部分で俺と似た臭いを感じた。方法論は違えども、『死』に恐怖し、『生』に執着する貪欲さがあった。
だが、目の前の少女からは、その臭いを感じ取ることが出来ない。


「セレネ・ゴーント。それ以外の何者でもないけど?」


ナイフをくるりっと手で回すと、もう片方の手で髪を軽くかきあげた。瞳は禍々しい紫色なのに、どことなく眠そうな力のない眼差しを俺に向けていた。


「あぁ、安心しろ。私は『ヴォルデモート』を殺すために来たんじゃない。アイリスフィールを助けるために来ただけだ。このまま彼女を連れて帰る」
「それは困るな。おいて行ってもらおう」


つまらなそうに話すセレネ・ゴーントに、俺様は杖を突きつけた。
俺の問いかけに、セレネと名乗る少女は顔を半分傾かせる。そして、話しなど聞くもんか、と言わんばかりに背を向けた。その無法備な背中目がけて、『死の呪文』を放つ。しかし、振るわれた杖先から迸る緑色の閃光が、セレネ・ゴーントに当たることはなかった。彼女は素早く振り返ると、ナイフで閃光を薙ぐ。そうして、俺が再び次弾を放つ前に、思い出したかのように言葉を告げた。


「あぁ、そうだ。これを返しておく。これ、アンタのだろ?」


ひょいっと惜しみもなく投げられる小さな欠片。
欠片は宙をゆっくりと舞い、俺様の足元に転がり落ちる。そして呼応するように、女を抱えたセレネ・ゴーントは、回転して消えていく。だが、『姿くらまし』を食い止めるよりも先に、その小さな欠片が目に留まってしまった。
それは、俄かに信じがたい欠片だった。記憶の奥に光る、大切な大切な品物の欠片にそっくりなのだ。屈みこみ、震える手で、その欠片をつかんでみる。


「なん、だと……?」


良く視なくても分かった。
分かってしまった。


欠片の正体は、鈍い金色に輝くカップの底。
そう、それも『アナグマ』と『H』と刻まれた―分霊箱『ヘルガ・ハッフルパフ』のカップの無残な欠片だった―







Side:久宇舞弥


「そうか、最後の『分霊箱』は『蛇』だったのか」


無線越しに報告を受ける衛宮切嗣は、『仕事』の顔をしている。
硬さと冷徹さが滲み出ている無表情で、武器の準備に勤しんでいた。くたびれたコートの下のサスペンダーに、各種の手榴弾や短機関銃の予備弾倉を治めたポーチなどを次々と取り付けていく。だが、どことなく数秒前よりも『ホッと』安心していることは確かだ。声色から緊張と不安とで張りつめた色は、失われている。


きっと、最愛の妻『アイリスフィール』の無事を確認したからだろう。


「あぁ……君の言うとおりだ。さすがの奴も、これ以上は魂を分割しないだろう」


切嗣は、腰に巻いたガンベルトに愛用のコンテンダーを収めながら、無線の向こうの人物と言葉を交わしていく。


「とはいえ、ここからが本番だ。折り返し、数分後に連絡する。それまで、アイリをよろしく頼む」


無線の電源を切ると、何か思いつめるように、切嗣は窓の外を見つめていた。
その背中に、私は声をかけてみる。


「切嗣」
「舞弥……僕をどう思うかい?」


相変わらず、切嗣の表情は見えない。
だが、長年の付き合いの成果だろう。彼が、どのような表情を浮かべているのか想像することは容易かった。


「このまま作戦を決行したら、あの娘を危険な目に合わせることになる」


手すりに寄りかかった切嗣の声は、弱弱しく掠れている。


無理もない。
セレネ・ゴーント。知り合いの愛娘であり、ここ数年間ずっと協力関係にあったそれは、私と違い対等……とまではいかなかったが、それに等しいものだった。
それに彼女は、私が持つ技術の全てを叩きこんだ愛弟子だ。
だから、これから行おうとしている作戦で命を落とすのは、私にとっても忍びない。出来れば死なずに戻ってきてもらいたいが、その確率は非常に低いのだ。
私はいったん目を閉じ、言葉を選んだ。


「ですが、あの作戦は彼女の本望です。貴方が悔いる必要はどこにもありません」


切嗣は何も答えなかった。
ただ、思いつめたように窓の外を見つめ続けている。そして、ゆっくりとこちらを振り返った時には、無線に向き合っている時と同じ―――冷徹で、無慈悲な表情に戻っていた。


「『あの人』の蛇が最後の分霊箱だった。よって、予定を変更し『作戦B』で行こうと思う」


心を落ち着かせるためだろうか。懐から煙草を取り出すと、ライターでかちりと火を灯す。


「分かりました」


短く告げる。
それ以外の答えなど、存在しない。切嗣は、感情のこもっていない眼差で私達を見ていた。


「かしこまりました。作戦Aを破棄し、Bでいくのですね?」


紫煙の向こうに佇む小さな影は、そう答えながら深々と頭を下げる。
腰布一枚の影は、ただ黙々と与えられた遂行するつもりらしい。切嗣は黙って頷くと、機械的に煙草の煙を吐いた。そして、まだ長い煙草を灰皿に押し付け歩き出す。
小さな影が、切嗣の行動を察知した様に素早く動くと古びたドアを開けた。私は、切嗣の背後を護るように半歩後ろに続く。


切嗣は、開け放たれたドアの前に立つ。
そして、とある言葉を紡ぎながら敷居を超えた。それは、まるで私達、いや自分自身に言い聞かせるように。そして―――


「さぁ、行こうか」


――ここにはいない『誰か』へ言い聞かせるように――






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

9月20日:誤字訂正






[33878] 93話 トテナム・コートの回想
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2014/01/09 12:02
Side: ハリー・ポッター



あれは、8月の初め―――ビルとフラーの結婚式の時だ。
幸せな雰囲気を漂わせた空間は、『魔法省陥落の知らせ』と同時に一変する。
死喰い人達が客に襲い掛かり、ある者は悲鳴を上げて逃げ惑い、ある者は杖を取り戦った。
そう―――そんな『最低な結婚式』から逃げた先で起こった出来事。


もし、あの時―――あの場所を選んでいなかったら。
もし、あの時―――あの選択を選んでいなかったら。
僕は、いや僕たちは、こうして歩いてはいなかった。
目の前を歩く友人たちの背中を視ながら、僕は『結婚式』から逃げた後の出来事を思い出していた。



















ハーマイオニーの手だけを感じ、結婚式が行われていた『隠れ穴』から離れ、降ってきた『死喰い人』からも、そして襲い来るヴォルデモートの魔の手からも逃れた僕たちは、気がつくと、目の前に赤い2階建てバスが目の前に迫っているところだった。
慌てて道端に避けて、衝突を避ける。


「ここは、どこだ?」


ロンが真っ先に声を出す。
明らかにマグルの通りだということは分かったが、それ以外は全く分からない。
なんとなく、ロンドンみたいな気はするけど―――


「トテナム・コート通りよ」


暗い広い通りを、僕たちは半分走りながら歩いた。通りの両側には閉店した店が並び、酔客で溢れていた。パブから出てきたばかりのグループが、僕たちを見てヒソヒソと話している。
そこで改めて、僕とロンはドレスローブ姿だということを思い出すのだ。
ハーマイオニーは、現代でも目立たないライラック色の薄布なドレスだから『あぁ、パーティーの帰りなんだな』って思われると思う。だけど、僕とロンは明らかに『魔法使いの仮装大会』から出てきたような服装だ。
たった今、そばを通りかかった若い女性なんて、さもおかしそうに吹き出し、耳障りな笑い声を立てている。


「ハーマイオニー、着替える服がないぜ」
「『透明マント』を肌身離さず持っているべきだったのに……どうしてそうしなかったんだろう」


間抜けな自分を呪う。
この1年間、ずっと持ち歩いていたのに―――


「大丈夫、『マント』も持ってきたし、2人の服もあるわ」


だけど、ハーマイオニーは安心させるように言った。
人目のない薄暗い裏道に入ったハーマイオニーは、小さなビーズバッグの中から、なんと僕たちの着替えと、見慣れた銀色の『透明マント』を取り出したのだ。
『検知不可能拡大呪文』という呪文をかけて、旅に必要なモノは全てビーズバッグにしまっておいたらしい。なんでも、嫌な予感がした、と。


「後学のために聞くけど、どうしてトテナム・コート通りなの?」


無事に3人とも着替え終わり、再び広い通りに出た際、ロンが口を開いた。
ハーマイオニーは頭を振るう。


「分からないわ。ふと思いついただけ。でも、マグルの世界にいた方が安全だと思うの」
「だけど、ちょっと剥きだし過ぎないか?」
「他に何処があるって言うの?」


確かに、ハーマイオニーの言うとおりだ。
『漏れ鍋』の予約なんて出来るわけがないし、グリモールド・プレイスは、シリウスが管理しているとはいえ、油断は禁物だ。僕やハーマイオニーの家という手もあったけど、連中が底を調べに来る可能性もあるわけだし―――


「ハーマイオニー?それから、ハリーにロン・ウィーズリー?」


その時だ。
突然、後ろから声をかけられたのだ。僕たちは慌てて振り返る。
すると、そこに立っていたのは、1人の女性だった。スーツをしっかり着こなした風貌は、まさにキャリアウーマン。ふんわりとした金髪を効率よく纏め上げ、碧眼の女性は、僕たちに驚いたように口を押えている。
知り合いかと思ったけど、全く知らない女性だ。ハーマイオニーもロンも眉間にしわを寄せている。……反応を視る限り、知らない人間のようだ。


「えっと……誰ですか?」
「そっか……薬で変身しているから、分からないのも無理ないか。
そうだな……『スリザリンの継承者』って言えばわかる?」


そう言いながら、新緑を思わす碧眼が禍々しい青色に染まり、そして再び碧眼に戻った。耳の辺りにかかった金色の髪の奥に、黒い毛が視えたような気がする。
そして、『スリザリンの継承者』ってことは、まさか――
僕は、声を出来る限り潜めて尋ねる。


「君、もしかしてセレネ?」
「そ、で……アンタ達、なんでここにいるの?」
「それは、僕の台詞だよ。セレネこそ、どうして―――」
「待って、ハリー」


その先の言葉を言う前に、ハーマイオニーが遮った。
いつになく険しい表情のハーマイオニーは、探るような眼でセレネだと名乗る女性を睨む。


「悪いけど、本当にセレネか証明して」
「……なるほど。確かにそうだな」


少しだけ苦笑を浮かべた女性は、あまり悩まずに言葉を紡いだ。


「セレネ・ゴーント。義理の父親はクイール・ホワイト。
……ハーマイオニーと出会ったのは、ホグワーツ特急の中。そこで、ハーマイオニーが当てた蛙チョコのカードは『マーリン』。
魔法使いだと知ったハリーと再会した店は、ダイヤゴン横丁のペットショップ。
ロン・ウィーズリーとは――特に何もなかったが……初めて会った時、アンタはドラコ達と菓子の取り合いをしていた」


……このキャリアウーマンが、本当にセレネだということは分かった。
僕とセレネが再会した場所は、確かにダイヤゴン横丁のペットショップだった。ハーマイオニーのことは分からないけど、菓子の取り合いはよく覚えている。


「続いて、こちらから質問していいか?そうだな―――私とハリーが最後に出会ったのはどこだ?」
「「「ダーズリーの家」」」


見事に僕たちの声が重なる。
セレネはコクリと頷くと、不思議そうに顔を歪めた。


「なるほど、アンタ達も本物みたいだな」


とりあえず、僕たちはその足で喫茶店に入った。
プラスチック製のテーブルは、どれもうっすらと油汚れが付いている。だけど、遅い時間帯だからだろう。幸いなことに、客は僕たちだけだった。


「それで、セレネはどうしてここに?」
「匿ってくれた友人が、このあたりに勤めている。買い物ついでに迎えに行ったってとこ。
ま、この時間まで出てこないとなれば―――今日も徹夜だろうけど」


それで、アンタ達は?と尋ねてきた。


「実は、逃げてきたところなんだ」


僕たちは、かわるがわるセレネに事情を説明する。
それをセレネは無表情で、しかし、一字一句漏らさぬよう真剣に聞き入っていた。
だけど、ロンはスリザリン生で、僕たちを裏切ったセレネを『味方』と思いきれていないらしい。依然として疑わしげにセレネを睨みつけていた。




「そっか……なるほどね。ついに、魔法省が陥落したんだ」


もっと早くに陥落していると思ってた。
そう口にするセレネは、なんだか楽しんでいるようにも見える。


「ある意味、待ってたのかもな。確実に、アンタがいる場所を突き止められる日を」
「……そうかもしれない」


そう口にしてから、申し訳なさが湧き上がってくる。
厄介ごとの塊である僕を受け入れてくれたロンの一家、そしてあの場に集まっていた結婚式の客人達に。
みんな、僕のせいで巻き込まれている。だけど、僕は何もできない。
ただ、逃げることしか―――


「でも、これからどこへ行く?」


ハーマイオニーが心配そうに額を寄せてくる。
すると、ロンが注文したカプチーノを不味そうに啜りながら答えた。


「なぁ、ここから『漏れ鍋』までなら遠くないぜ。あれは、チャリング・クロスにあるから――」
「ロン、それは出来ないわ」
「泊まるんじゃなくて、何が起きているのか知るためさ。ゴーントは潜伏中で、何も情報を持ってないみたいだしさ。ここにとどまるのは、時間の無駄だ。まだ、『漏れ鍋』の方が知れるよ!」
「どうなっているかは、分かってるわ!ヴォルデモートが魔法省を乗っ取ったのよ。
他に何を知る必要があるの?」


若干、ヒステリー気味のハーマイオニーが呟く。


「とりあえず、アンタ達は仲間に居場所を伝えた方がいいんじゃないのか?
ハーマイオニーのことだから、守護霊の術は使えるだろ」


セレネが呆れたように、提言する。
ロンは、お前は黙ってろ!と言わんばかりにセレネを一瞥し、ハーマイオニーと向き直った。


「君、あのしゃべる守護霊とか出来るの?」
「練習してきたから、出来ると思う。だけど……」


不安だ。
ハーマイオニーの萎んだ語尾は、そう告げたように思えた。
重たい沈黙に包まれた店内に、がっちりした労働者風の男が入ってくる。そして、僕達からそう離れていない狭いボックス席に、窮屈そうに腰をおろした。


「とりあえず、私達は安全そうな郊外へ『姿くらまし』しましょう。
……貴方に会えて、嬉しかったわ」


最後の一言は、セレネに向けて言う。
セレネの表情は、いつもと変わらない。そして、いつもと変わらないように素っ気なく


「ま、長生きしろよ」


と、告げた。
財布を取り出しながら、ふと何かに気がついたように口を開く。


「で、会計はどうなる?ないなら、今日くらいは払ってやってもいいが」
「冗談じゃない。ハーマイオニー、マグルの金はあるんだろ?」


憤慨した様に、ロンは叫ぶ。そして、カプチーノを一気に飲み干すと、ハーマイオニーに視線を向けた。ハーマイオニーはため息を吐きながら、鞄に手を伸ばした。


「ええ、住宅金融組合の貯金を全部降ろしてきたから。…でも、小銭はきっと、一番底に沈んでいるに決まっているわ」


その言葉が言い終わるか、終らないかという時に、僕は気がついた。
気がついてしまった。
たった今、店内に入ってきた労働者風の男2人組が、ポケットから『杖』を引き抜いたことに。


「伏せろ!」


僕の掛け声とともに、ロンもハーマイオニーも、そしてセレネも、いっせいに杖を引き抜いた。だけど、気がつくのが一瞬でも遅れてしまったからだろう。先制攻撃を放ったのは、死喰い人の方だった。


「『ステュービファイ‐麻痺せよ!』」


労働者風の男たちが、僕たち目がけて閃光を放つ。
目の前に、見慣れた赤い閃光が宙を奔る。これは、すぐに防御呪文を―――


「盾はいい、ハリー!」


防御呪文を詠唱する前に、セレネがテーブルを蹴って前に飛び出した。
赤い2本の閃光を、ナイフで流れる様に一太刀する。
そのままセレネが大柄な死喰い人に、飛びかかる。なら僕は――と、もう1人の死喰い人に杖を向けた。


「『ステュービ―――」
「『エクスバルソ‐爆破!』」


僕が狙いを定めた死喰い人が大声で唱えると、僕達の前のテーブルが爆発する。その衝撃で、ロンが壁に打ち付けられた。だけど、ロンに構っている場合ではない。


「『フリペンド‐撃て!』」


銃弾のような閃光が、死喰い人の肩を貫く。
痛みでうめく死喰い人に、僕は追い打ちをかけるように呪文を詠唱した。


「『ステュービファイ‐麻痺せよ!』」


赤い閃光は見事に男の胸に当たり、そのまま後ろ向きに倒れた。
僕は肩で息をし、失神したまま動かない男を見下ろす。
記憶が正しければ、この男の名前はドロホフ。お尋ね者のポスターに掲載されていた男だ。


「なんで、私達の居場所が分かったのかしら」


店員の避難を促し、シャッターを下ろしたハーマイオニーは茫然と呟く。
どうやらセレネも、大柄な死喰い人を倒し終えたらしい。ナイフをしまいながら、僕達の方へ近づいてきた。カウンターの向こうに白目をむいた頭がはみ出している。


「こいつだ!こいつ、やっぱりグルだったんだな!?」


頭をさすりながら、ロンが叫ぶ。
すると、セレネはため息をついた。


「私も、こいつらに殺されかけたんだ。やらなければ、やられてた」


そう言いながら、今度は小瓶を取り出す。


「あまり使いたくないんだけど……仕方ない。」


小瓶の中には、無色の液体が入っていた。それを一目見たハーマイオニーは、あっと息をのむ。


「それって、『真実薬』!?」
「あぁ。これで、自白させる。そうすれば、どうしてここが分かったのか知れるだろ」


そう言いながら、セレネは薬をドロホフの口に流し込む。


「『エネルベート‐活きよ』」


硬い瞼が開き、ドロホフは驚いたように2,3回瞬きをした。
そして、すぐに攻撃に移ろうと杖を握ろうとする。咄嗟に、僕とロンとハーマイオニーは動いた。


「『エクスペリアームス‐武器よ去れ』」
「「『インカセーラス‐縛れ』」」


僕の放った呪文が、ドロホフの杖を奪い、ロンたちの杖から噴射した縄がドロホフの自由を奪った。


「さて、尋問だ。アンタ、名前は?」
「アントニン・ドロホフ」
「アズカバンに収監された理由は?」
「プルウェット家の兄弟を殺害したからだ。それから、魔法省を襲撃した際につかまり、再度収監された」


驚くほど素直に口にする。顔は苦渋に満ちているというのに、薬の効果だろう。ぺらぺらと話せるようだ。


「それで、なんで僕たちの居場所が分かったんだ?」
「お前たちが『闇の帝王』の名前を呼んだからだ」
「呼んだから?」


イマイチ、よく分からない。
僕が首をかしげていると、ドロホフは薬の効果で全てを語り始めた。


「『闇の帝王』の名前を口にしたものは、反逆の意志があるとみなされる」
「なるほどね……確かに、反対勢力を見つけるには効果的な方法だわ」


青ざめた表情ながらも、ハーマイオニーは納得したように呟いた。


「じゃあ、次の質問。セレネ・ゴーントは『あの人』の手先なのか?」


ロンが荒々しく尋ねる。すると、ドロホフは笑いながら即答する。


「違う。むしろ、敵だ。
見つけ次第、『闇の帝王』が来るまで時間を稼げと言われている。時間を稼いで、帝王自らが仕留めるという命令が出されている」
「つまり、セレネは『あの人』に命を狙われているってことね。
……だから、私達の味方よ、ロン」
「ぐっ!」


それでも、ロンはまだ信じがたいのだろう。
信用ならない目で、ドロホフとセレネを代わる代わる睨みつけていた。


「有意義な情報が手に入ったところで、こいつらをどうする?殺すか?」


ロンが言うと、真っ先にハーマイオニーとセレネが首を横に振った。続いて僕も振るおうとしたが―――


「ほら見ろ!やっぱり、仲間だから殺したくないんだろ?」


ロンは、セレネに指を突きつける。


「ロン!」
「いや、あまり人殺しはしたくないだけ。でも、望むなら殺ってもかまわん。
このままだと――私がここにいたっていう情報が、帝王に伝わるからな」


淡々とした無表情で、セレネは杖を引き抜いた。
冷徹な空気を纏い、触れるのも怖くなってしまう。セレネは、逃げ出したくなるくらいの殺気をチラつかせる。提案した本人であるロンでさえ、その殺気の高さに引いてしまっているみたいだ。


「ま、待て!殺さないでくれ!!」
「じゃあ殺るぞ」


懇願の言葉を聞き入れることなく、セレネは杖をドロホフの胸に突き付けた。
そして―――


「待て。辞めるんだ、セレネ!」


気がつくと、僕は叫んでいた。
セレネは突きつけた杖を、若干離す。


「……」
「こいつらの記憶を消すだけでいい。その方がいいんだ。殺したら、誰かがここにいたことが、ハッキリしてしまう」


そう、何も殺すまでもない。
殺したら――殺したら、僕達は、ヴォルデモートや死喰い人と同じ、人殺しになってしまう。


「君がボスだ」


ロンは、心からホッとしたように言った。


「だけど、僕は『忘却呪文』を使ったことがない」


そう言って、セレネを視る。だけど、セレネはドロホフから距離を取ると、ゆっくり首を横に振るった。


「私も無理。理論も知らないし、知りたくもない」
「私もないわ。でも―――理論は知っている」


ハーマイオニーは深呼吸をして気を落ち着かせ、杖の先端をドロホフの額に向けて唱えた。


「『オブリビエイト‐忘れよ』」


たちまち、しっかりとしていたドロホフの眼から光が失われる。とろんとした、まるで夢を見ているような感じになった。
そのまま、ハーマイオニー自身も夢見心地で、カウンターの向こうに伸びた1人の方にも呪文を駆けに向かう。
一方のセレネは、再びドロホフに近づき、首の後ろに手刀を叩きこんでいた。
ドロホフは、再び意識を完全に手放すと床に転がった。


「とりあえず、片づけよっか」


僕は半壊したカフェを見渡しながら、ロンとセレネに言う。


「なんで?」
「こいつらが正気に戻った時、自分たちがいる場所が破壊されつくされたばかりの場所だったら―――何があったか、疑問を抱くに決まってるだろ」
「あぁ……そうだな」


ハーマイオニーが呪文をかけている間、僕達は喫茶店を元通りに直す。
もちろん、ただ直しているわけではない。直す作業自体は、結構簡単に終わった。たいていが『レパロ‐直れ』の呪文で元通りになったし、床に散らばった破片を『消失』させるのは、『OWL-普通魔法レベル試験』程度。あっというまに店内を元通りにした僕たちは、それぞれ思い思いの場所に腰を掛けた。
セレネは、手近な椅子に腰をおろすと、『私は関係ない』と言わんばかりの雰囲気で、文庫本を読み始めてしまった。


「それで、これからどうするんだ?僕の家に戻る?」


ロンは、嫌そうにセレネを一瞥した後、椅子に座りながら提案をする。
だけど、その案を僕に対して僕は首を横に振るった。
もちろん、ウィーズリーおばさんや、ジニー達の安否は気になる。だけど―――先程、襲撃されたばかりの場所は、さすがに戻ったら不味い気がする。


「グリー……騎士団の本拠地に行こう」


僕はその反対の椅子に腰をおろす。
あの場所なら、安全だ。『秘密の守り人』という魔法で、死喰い人に知られることは無い。


「そこはダメだ」


しかし、ロンは反対する。


「あの時、会場には騎士団の半数以上がいた。
……誰かが口を割ってるかもしれないじゃないか」
「そんなこと―――」


ない、とは言い切れない。
いくら確固とした意思があろうと、『服従の呪文』に逆らうことは容易ではない。
それに、いざとなったら先程のセレネみたいに『真実薬』を使わされる。そんなことをされた場合――いくら『秘密の守り人』をかけてあったところで、『安全な隠れ家』とは言い切れないのだ。


「……行き場所がないなら、私の所に来る?」


セレネが何でもないように、呟いた。


「匿ってくれている友人にも一言言わないといけないけどな。まぁ―――機嫌は悪いが、気の悪い奴じゃない。私のほかにも、もう1人匿ってくれているし」
「セレネ、珍しいわね」


呪文を終えたハーマイオニーが、戻ってくる。


「なに、アンタ達と行動することが『あの人』倒しの近道になりそうだから」


命を狙われているんだ。だったら、殺される前に倒してみせる。セレネは、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。ロンが不満そうに顔を歪め、言い返す前に僕が口を開くことにした。


「分かった、セレネの所へ行こう」


僕は腕を差し伸べる。
どちらにしろ、『破れぬ誓い』の影響で、僕を殺すことが出来ない。
セレネと僕は、久しぶりに握手を交わす。
その瞬間から、僕達は一緒に行動するようになったのだ。


























『―――』


セレネは、肩に乗せたバジリスクに語りかける。瞼を閉じているバジリスクは、するするっとセレネの腕を伝い冷たい地面に降りると、まるで先導する様に進み始めた。


「城への抜け道を、案内してくれるらしい」
「城への抜け道?でも、学校に入る道は全部監視されているんじゃ……」


僕が囁くように尋ねると、代わりにハーマイオニーが説明してくれた。


「監視されているのは、あの人達が知っている道だけよ。
セレネのバジリスクは、『あの人』と仲が悪くて話していなかったみたいだから、たぶん、この道は安全なはず」
「安全って言ったって、もっとマシな道はないのか?」


ロンが悪態を吐きたくなるのも、よく分かる。
下水の臭いが充満し、陰鬱な空気が淀むパイプの中を、好んで歩きたいわけがない。
本当なら、今日はホグワーツ特急に乗車して学校に向かっている頃なのだ。
間違っても、こんな下水管伝いで城に向かうことなんて―――人生で二度とないだろう。


「これで、ハーマイオニーの推測が間違ってたら……本気で怒るからな」



ロンがブツブツ言いながら、歩いている。
昨日、ハーマイオニーがある仮説を言い出したのだ。
だからこうして、手掛かりを求めてホグワーツ城へと向かっている。


「分霊箱が、最後の1つ残っているかもしれないか。
ハーマイオニーに言われて、ようやく気がついたな」


セレネが感心する様に呟いた。



セレネが破壊した分霊箱は、『リドルの日記』『マールヴォロの指輪』『スリザリンのロケット』。
アステリア・グリーングラスが破壊した分霊箱が『レイブンクローの髪飾り』で、セレネの協力者が『ハッフルパフのカップ』を破壊した。
そして、先日破壊された僕の中の分霊箱。
これで、7つ。
全て壊し終えた。
でも、ハーマイオニーが気がついたのだ。―――ヴォルデモートは、7つ目を意図してなかったとしたら?
大切な魂の欠片が入った僕を、何度も殺そうとするわけがないではないか。
むしろ、生け捕りにして家畜のように、または実験サンプルのように自由を奪って生かし続けるのではないか、と。



つまり、7つ目はどこか別の所に存在する。


「今までの分霊箱は、すべて『ホグワーツ創設者』の遺品。だけど、まだグリフィンドールの遺品だけが破壊していない」


確認する様に、セレネが囁く。
僕が知っているグリフィンドールの遺品と言ったら、ただ1つ―――そう、校長室に飾られていた『グリフィンドールの剣』だ。


「最後の分霊箱は、きっと『剣』よ」


ハーマイオニーの理屈は通っている。


「日本のことわざに『灯台下暗し』というものがある。
…この推測が本当なら、絶対に破壊されないな」


セレネが汗をかきながら、ハーマイオニーに同意する。
だけど――僕はなんかピンと来ない。それならどうして、ダンブルドアは剣を破壊しなかったのだろうか。ダンブルドアも気がつかなかったのか、それとも――別の何か意図があるのではないか?


いずれにしろ、僕達が取る行動は1つ。



「今度こそ、『最後の分霊箱』を壊そう」




――僕達の手で、確実にヴォルデモートの息の根を止めるために―――






―――――――
11月1日…誤字訂正
1月9日…一部改訂





[33878] 94話 アステリア・グリーングラス
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2014/01/09 12:11
アステリア・グリーングラスと呼ばれていた少女は―――ゆっくりと目を開ける。


そこは、薄暗かった。
とても、とても薄暗い。
そして、寒い。
刃で全身を突き刺すように、また心の奥の郷愁を煽る様に、凍える寒さが肌を伝う。
空に視線を向ければ、紺碧の霧が立ち込めていた。



「ここは……どこでしょうか?」


口から出るのは疑問だが、本当はどこだか見当がついていた。
少女は長い髪をぱさりっと払うと、ベッドに腰を掛ける。ほのかに鼻につくのは薬品の香り、そして窓の外は古びたロンドンの町並み―――大方、聖マンゴ魔法疾患病院だろう。
とりあえず、自分は助かったようだ。


「――あの男の生死は、分からないですけどね」


19回目の世界も、空振りに終わりそうだ。
時計の隅に映る日付は、8月31日。ちょうど、明日からホグワーツが再開される。また、新しい学期が回り始める。ルーチンワークのような日々が、学生たちに戻ってくるのだ。


「…だけど、ソレがなんというのでしょう?」


少女が大切に思っているのは、そんな退屈極まりない事柄ではない。
問題なのは、憧れの先輩がいるかどうかの一点に尽きる。かなり長い間眠っていたが、その間に彼女はどうなっただろうか?箒で飛び立った彼女は、何処へ行ったのだろう。まさか、日本に行ってしまっていたら、もう世界をもう一度――跳躍する必要が出てきそうだ。


「あ……」



その時だ。
入口から驚きの声が漏れる。
見てみれば、そこにいたのは平凡なようで賢い憶病すぎる――少女の姉だった。
口をわなわなと動かし、眼をまん丸くさせている。
私はしぃっと口元に人差し指を当てると、片方の手で姉を手招きした。


「姉様、癒師たちが来る前に話がしたいんです。急用なので、静かに入ってくれませんか?」


少女の姉は警戒する様に、それでも何も言わずに後ろ手でドアを閉める。
内心、少女はにたりと笑った。馬鹿な姉は、命を失う危険な目にあってもなお、少女を信じているらしい。


「アステリア、大丈夫なの?」


開口一番、少女を心配する声を発した。
少女はそれに無邪気な微笑みを返すと、最重要事項を問う。


「姉様、セレネ先輩は?」
「セレネは―――今は生きているよ」


振るえる唇から紡がれる安否の報告。
少女はホッと内心息を吐きながらも、僅かな引っ掛かりを感じとる。


「『今は』?どういうこと、姉様?そもそも、その情報をどこで手に入れたの!?」


アズカバンに放り込まれて、『形だけ生きている』状態のセレネなど興味がないし、意味がない。少女にとって大切なことは、意志を持った状態で生きていることなのだ。
でなかったら、19回も世界を跨ぐ理由がない。5回目くらいで、私は魔法を封印していたはずだ。


「ごめん、でもノットから聞いたの。ちょうど……16時くらいだったかな?
守護霊が部屋の窓から飛び込んで来てね、
『セレネが逃げてきたら、保護してくれ』って、急に連絡が入ってきたの。
それで待ってたんだけど、何も起きなくて―――」


―――つまり、生死不明ではないか。
少女は考え込んだ。
このまま『死んだ』と断定して世界跳躍するか、はたまた生存を確認してから行動を起こすべきか。個人的には、後者を取りたい。しかし、セレネを探すのに時間がかかってしまう。


(―――私には時間がないんです)


少女には、圧倒的に時間がなかった。
気を抜いた瞬間に『アレ』が近づいてくるからだ。
世界を渡る、そんな大魔法が無代償ですむわけがない。
ましては、見習い魔法使いならなおのこと、その代償の大きさに潰されてしまう。
代償を払え、代償を払え、と両手を血に染めた『赤い死』が追いかけてくるのだ。本気になればすぐに追いつけるだろうに、わざわざ私をいたぶる様に、じわじわと近づいてくる。


だから、時間がない。
さっさとセレネに待ち受ける『死』の運命を回避しなければならない。
出来るなら世界を跳躍することなんかしたくないし、これ以上――対価を増やしたくない。セレネの死を回避したら、いつでも代償を払う準備が出来ている。
しかし、裏を返せばセレネを助けるまで『代償』を払えないということだ。
早急に、死を回避する。だから、この世界には見切りをつけて跳躍しよう。いや――でも―――


「先輩は――逃げて来ていない。つまり、生死不明ってことですよね、姉様」
「そうよ。でも、生きているって私は信じたい」


姉は、何かを握りしめる。
それは、小瓶。太陽の滴が詰まったような――黄金の液体が揺れる小瓶だった。


「それ、『幸運薬』ですか?」
「うん、お守り代わりに持ち歩いているの。あの時も――この薬のおかげでセレネに会えたのだから」


その薬のせいで、少女に殺されかけたことを忘れているのだろうか。
少女はニタリっと笑うと、立ち上がった。急に立ち上がったので、姉はきょっとんと首をかしげる。


「どうしたの、アステリア?」
「そうですね、姉様―――」


魔法界の貴族らしい上品な笑みを、姉に向ける。
舞踏会に登場してもおかしくはない気品あふれる少女は、荒野の悪魔のような笑みを浮かべた。


「代わりに眠ってください、姉様」


少女の狂気に気がついた姉は、咄嗟に杖を上げる。
何処かの誰かと同じように、袖口の下に隠し持っていたらしい。しかし、その程度のこと
少女はとうに見通していた。
姉が呪文を放つ前に、少女は杖を奪い取る。杖さえなければ、彼女はただのマグルも同然だ。少女は、焦りの色を浮かべる姉に呪文を放った。


「悪いですね、姉様」


姉が意識を手放しきる前に、少女は次の行動を起こす。
部屋から轟く魔術反応に、気がつかない癒者はいない。彼らが少女の病室に辿り着くまで、ほんの数分もかからなかっただろう。


「君っ、大丈夫かい!?」
「は、はい!大丈夫です!!!」


ベッドに横たわる病人服を着た姉を見下ろしながら、少女は震える声で話し始める。


「ちょっとゴキブリが出て……びっくりして『消失呪文』を使ってしまいました」


憶病な姉の服を纏った少女は、泣きべそをかく。
癒者たちは、どことなく少女に違和感を感じ取ったが深く追及はしなかった。
こうして、少女と姉は入れ替わってしまったのである―――


「とりあえず、イギリスの様子を視なくてはいけませんね」


廊下を歩く少女は、ポツリっと呟いた。
売店で新聞を買って、ロンドンの街を歩く。もうすっかり夏が世界を覆いつくしていたけれども、そんなことは少女の関心ではない。いまは、イギリス魔法界の情勢を知ることが大切だ。


「ふーん、ホグワーツ新校長ですか」


一面に映るのは、新校長として紹介されるマクゴナガル――ではなく、セブルス・スネイプだった。しかし、彼は入院中で教鞭に立てないため、副校長と副校長補佐に就任した死喰い人が学校を運営するらしい。


「ホグワーツがヴォルデモートの手に落ちた、ってことですね。
まぁ、ダンブルドアの糞爺がいなくなった以上、ハゲが調子に乗るのは当然でしょうけど」


新聞を畳みながら、魔術の炎で新聞を刻む。
少女は、のんびりと――しかし実際には緊迫した様子で歩みを進めた。そんな少女に、忍び寄る影が1つ、2つ、3つ―――


「何の用ですか、貴方たち?」


静かな声で、後ろに立つ男共に告げる。
男共は、下品な笑いを立てる。そして、少女に向かって色々と言葉をまくし立てた。
それを全て列挙するのは、少女にとって浪費でしかない。必要な部分だけをかいつまんで、少女は問い返した。


「つまり、ハゲの通り名を口に出すと保護魔法が破れ、居場所が感知され、即座に死食い人の襲撃を受ける――ってことですね。なんとまぁ、ちょっと眠っているうちに生きにくい世の中になりましたね」


しかし、それは死喰い人達を逆上させてしまったらしい。


「貴様っ!闇の帝王をは、ハゲとは何事か!?」
「事実、ハゲじゃないですか。それとも、『毛根無し男』とか『厨二爺』とかの方が良かったですか?
あぁ、『世界征服し隊の隊長さん』でもいいかもしれませんね。ちょっと長い名前ですけど」


その言葉を発した瞬間、呪文が飛んできた。
彼らにしては早い速度で宙を奔ったのだろうけど、少女にとっては愚鈍以外の何物でもなかった。ゆらりっと身体を逸らせて交わすと、そのまま彼らに向かって歩く。


「―――1つ、聞きたいことがあります」


まるで呪文が少女を避けるように、逸れていく。
死喰い人達は顔をしかめながらも、悠々と歩く少女に呪文を放ち続けた。呪文の発声は最初は余裕たっぷり、しかし少女が近づくにつれ声が震え、しまいには恐怖を叫ぶように呪文がはじき出される。


「セレネ・ゴーントの居場所――彼女の同行を知りませんか?」














































少女は、ホグワーツ特急から降りる。
姉の制服を纏い、姉の同級生たちと城を上がる。姉はもともと口達者ではなかったので、何も口を開かなくても意識されなかった。
そのうち、校舎に響くように―――そう、まるで城を構築する石1つ1つが声を出したかのように、重たく響き渡る。


「命が惜しければ、ハリー・ポッターとセレネ・ゴーントを差し出せ。
さすれば、お前たちは救われる」


城内は、酷いどよめきようだ。
その様子は、一周前、いや……何回か巡り歩いた世界を連想させられた。
そう、それはセレネ・ゴーントがハリー・ポッターと手を取り合って進んだ周。彼らが手を取り合った時は、たいていこの場面までことが進むのだ。……時に、『ハリー・ポッターを差し出せ』としか言わないときもあるけど。
少女は楽しげに、微かに口元を釣り上げた。


「ここまで来た、なら探さないと―――あれ?」


ここで、少女は疑問をおぼえる。
城にある分霊箱は、前回とは違い自分がすでに壊してある。そのことは、セレネも気がついているはずだ。なのに、何故―――城に来た?
他にも分霊箱があると、思ったからなのだろうか?そういえば、校長室にはグリフィンドールの剣が置いてある。もしかしたら、あれを分霊箱と考えたのかもしれない。


「うん、それなら納得がいきますね」
「なにボケーっとしてんのよ!早く逃げるわよ!!」


パンジー・パーキンソンが何かを叫ぶ。
その近くにいた男子生徒も、慌てたように駆けだし始めた。


「はい、それでは逃げましょうか―――貴女たちだけは」


彼女たちが疑問を発する前に、少女は軽く暗示の魔術をかける。
パンジーと隣の男子生徒は、コクリと頷きふらふらと人混みの中に流れて行った。
確か、姉の友人はもう1人いたはずだが、彼女の姿が見当たらない。どうせ、逃げたのだろう。少女は早々と結論付けると、反対方向に歩き始める。


「確か、ハゲが隠れているのは―――『叫びの屋敷』でしたっけ」


暴れ柳の木を潜りながら、小さく呟いた。
消去法で考えても想像つく話だ。校舎内に入る術がない以上、ホグズミート村にいると考えるのが妥当。村の施設の中で、最も奴らが好みそうな場所と言ったら『叫びの屋敷』しか考えられない。


「来たな、小娘」


その声に、びくりっとさすがの少女であっても震えてしまった。
まだ少女がいる場所は、木の根元からそう離れていない。気がつかれるのが早すぎだろ、と内心驚きながらも黙って進む。
しかし、どうやら少女に向けられた言葉ではなかったようだ。
トンネルの出口の向こう側からは、2人分の気配があった。ただ、それが誰のものなのか分からない。出口を塞ぐように、梱包用の古い木箱のようなものが邪魔しているからだ。
少女は息を殺しながら、出口のギリギリのところまで近づき、木枠と壁の間に残されたわずかな隙間から覗いた。


「私を呼んで、どうするつもりだ?」


セレネ・ゴーントが腕を組んで佇んでいる。
その向こう側に、ヴォルデモートらしき影が視えた。ヴォルデモートは、長く青白い指で杖をもてあそんでいる。


「決まっている。ただ―――それを確認する前に1つ聞いておこう。
お前は、誰だ?」


誰?
そんなの問うまでもないではないか。
少女は目を細めた。そして、セレネ・ゴーントは清々しい笑みを浮かべて言い放つ。


「セレネ・ゴーントに決まってる。
で、再度聞くけど……用件は何?まさか、呼び出して終わり?」
「ハリー・ポッターは一緒じゃないのか?」
「あんな眼鏡と一緒に行動?そんなこと、するわけない。それは、アンタの勘違いだ」


はんっと、セレネは鼻で笑う。
ヴォルデモートは赤い瞳を細め、セレネ・ゴーントを睨みつけた。


「それで、用件は何?私は忙しいんだ」
「忙しい?……まだ『アレ』を探している途中なんだな」


にやりっと笑う。
どうやらヴォルデモートは、少女が壊した分霊箱の存在を知らないらしい。


「『アレ』?」


一瞬、何のことやら?と言わんげな表情を浮かべたセレネだったが、すぐに嘲笑するような表情に戻った。


「え――、そう。『アレ』を、まだ探している最中。なに、見つけたら不味かった?
それとも、見つけて欲しかった?」


どことなくセレネの歯切れが微妙に悪いのは、気のせいだろうか?


「でも、それを確認するためだけに呼んだのか?
わざわざ、ご苦労なことで」


皮肉交じりの言葉。
この時期のセレネを、少女はあまり知らない。だから、少しくらい言葉尻が違っていても、あぁそう育たったのかとしか思わなかった。


「あぁ、もちろんだ」


ヴォルデモートは、赤い瞳を向け続ける。
セレネは、いまだに黒い瞳を向け続ける。少女の位置からだと、杖を後ろ手に握っているのが見てとれた。


「俺様の杖は、イチイの杖だ」


ヴォルデモートは立ち上がり、セレネにゆっくりと近づいていく。
マントを翻す音は、まるで蛇の這う音のようだ。少女は、いつでも動きだせるように身を構える。


「だが、あの杖はポッターを殺し損ねる。
俺は『最強の杖』を求めた。しかし、それは既に無き杖だ。ところで、最強の杖に使われる芯を知っているか?」


最強の杖――それは、ニワトコの杖だ。
曰くありきの杖だということは知っているが、細かいことまでは知らない。
それは、セレネも同様だったらしい。眉間にしわを寄せ、小さく『いや、知らない』とだけ答えた。


「それでは、教えてやろう――――『セストラルの毛』だ」


その時、少女に同じ衝撃が走った。
少女は知っている―――セレネ・ゴーントの杖に使用されている芯も『セストラルの毛』なのだ。しかし、セレネはことの重要性に気がついていない。
ムスッと近づいてくるヴォルデモートに、杖を真っ直ぐ向けるだけ。それが、挑発にしかならないということを知らないようで―――


「……それが、なんだっていうんだ?それから、それ以上近づくな。
近づくなら―――」
「『アバタ・ケタブラ』」


唐突に―――そして瞬きをするくらい自然に、緑色の閃光が破裂する。
少女は、悲鳴と共に出口を吹き飛ばした。


「先輩っ!!」


ヴォルデモートなどには目もくれず、少女はセレネに駆け寄った。
傷一つないセレネの身体を抱き寄せ、耳元で叫んだ。


「先輩っ、先輩っ!」


セレネ・ゴーントの墨のような瞳は、何も映していなかった。
心音も、脈も感じられない。一瞬の出来事で、驚く暇もなかったのだろう。口はぽっかり空いたまま、瞳は天井を向けられていた。


「……」


その様子を、ヴォルデモートが黙って視ている。
少女は、動かなくなった先輩を抱きしめながらヴォルデモートを見上げた。
その少女の眼差しを視て、ヴォルデモートは少し――おや?と疑念を抱く。


「……やけに冷静だな、小娘」


先程までの取り乱しようが嘘のよう―――少女は冷やかな瞳をヴォルデモートに向けている。大切な人を殺されたという憎しみも、悲しみも、憎悪も、意志のないガラス玉の瞳は、ただただヴォルデモートを映し出していた。


「いえ、また失敗してしまっただけですから」


なんとなく―――予想は出来ていた。
あぁ、まただ。という気持ちは、落胆やもろもろの感情を抑え込み、次にとるべき行動の計画を立てはじめている。
今回は、セレネをヴォルデモート側につけさせることに成功した。
その上で、ハリー・ポッターと行動することで――ここまで生きることが出来た。今回の敗因はなんだろうか?それは、ヴォルデモートが求めるモノを知らなかった。


「ニワトコの杖が亡き今、先輩の杖を欲する。そのことを、しっかり頭に入れて貰わないといけませんね」


ポツリ、と呟く。
それは、いったい…誰に向けた言葉だったのか。それを知る者は、誰もいない。
ヴォルデモートが問う前に、少女は消えてしまったからだ。




そう―――アステリア・グリーングラスは、世界を渡った。
次の世界に待つセレネ・ゴーントを……今度こそ、救うために。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1月9日…一部訂正

最終回っぽいですけど、まだ違いますよ!!





[33878] 95話 19年後…
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2014/01/10 21:46

「《かくして、セレネ・ゴーントは18年と言う短い人生にピリオドを打った。
彼女の杖を奪った闇の帝王は、ハリー・ポッターと最後の対決に出る。その先に何が起こったのか、ここで書き記さなくても良いだろう。


帝王はポッターの一撃で死に、ついにサラザール・スリザリンの血筋は絶えた。


その事実には変わりがない。だが、『帝王の目的』にだけは、諸説さまざまある。
帝王が求めた事象は、全てのマグルを根絶やしにすることだと書き記すモノが多い。自分が魔法界の頂点に立とうとした、と記す書物も多い。だが、著者はそれに「否」と唱える。
帝王は、ただ「死にたくない」だけだったのだ。「死」と言う絶対的な運命を回避するため、さまざまな行動を起こした。そう、方法こそ違えど、それはセレネ・ゴーントと同じ願いである。両者ともに「死」を回避すべく行動した。帝王は来るべき「死」を回避のために「分霊箱」を選び、セレネは回避のために「偽る」ことを選んだ。
帝王は生きるために直接人を殺したが、セレネは生きるために間接的に人を殺した。
では、どちらが正しいのか?それとも、どちらも悪いのか?これは、ここまで読み進めてきた読者に任せたいと思う。


ただ1つ――ハッキリとしている事実がある。
それは『歴史は単純な想いによって、乱されていく』ということだ。今回の騒動――魔法史で永遠と語り継がれていくこの騒動の発端は、ただ『死にたくない』という極めて人間らしい魔法使いの単純かつ素朴な願いだった。そのことを、読者諸君の心に留めておいてほしい。帝王は、最初から世間一般に言われるサイコパスだったわけではないのである。




さて、興味深い後日談を紹介した後――筆をおくことにしよう。


「ベラトリックス・レストレンジ」は死に、「アントニオ・ドロホフ」、「ワルデン・マクネア」「ヤックスリー」といった死喰い人は終身刑が言い渡された。一方、「セドリック・ディゴリー」や「セブルス・スネイプ」など功績を認められ社会復帰を果たした『死喰い人』も僅かながら存在する。
しかし、それ以外の選択―――つまり、姿を隠した死喰い人も多い。
まず、死喰い人幹部の「シルバー・ウィルクス」が行方をくらました。最終決戦の混乱の最中、彼を視た者は少ない。数少ない目撃者によれば、あの激闘の最中、同じく行方が分からなくなっている「レストレンジ兄弟」「ソーフィン・ロウル」といった有名な死喰い人を連れて、笑いながら場を脱出したらしい。
彼らの動向について、さまざまな説が入り乱れている。現在、最も有力視されている説では、彼らは南米に潜伏しており、着々と行動を移す準備の最中だという。
しかし、多数の『闇払い』やフリーの魔法使い・魔女が彼らを探しているが、19年経過した今でも足取りは完全につかめていない。



いつの日にか、また運命は大きく動き出すのか?
第二の帝王が現れる。それは、――そう遠くない未来の出来事かもしれない》――っと」


羽ペンを置く。
ようやく書き終えた。
最後の一行を記した時、肩から力が抜ける。達成感とともに訪れたのは言葉にしがたい虚脱。仕事の合間を縫うように書き上げた作品は、これで終わりを迎えた。カーテンの隙間からは、朝日が差し込んでいる。
眩しくて、つい目を細めてしまった。結局、徹夜してしまったらしい。
そのまま寝具に包まろうとし、ハッと我に返る。


「まずい、朝飯作らないと」


やっとの思いで勝ち取った非番は、このまま寝入るためのものではない。
慌てて身支度を整え、扉を開ける。そのまま階段を駆け下りようとする俺の前に、小さな娘が立っていた。


「父様、ずいぶんと遅い朝ですね」


真新しい制服に身を包んだ11歳の愛娘は、少しムッとした顔で立っていた。


「私――怒っていませんから。だけど、せめて朝ご飯の時間には起きてくださいね」
「朝飯――って、もう10時か?」


まずい。
非常に不味い。あと1時間後には、娘を送り出さなければならないのに、まだ何もしていないではないか。
普段から大人びている愛娘の瞳には、明らかに苛立ちが刻まれていた。


「久し振りに帰ってきたと思ったのに、いつまでたっても部屋から出てこないなんて――薄情な父様」
「わ、悪かった、悪かった」
「でも、仕事の方が大切だって知っていますから。なにも怒っていませんよ」


つんっと言い放つ娘。
罪悪感が、胸をしめていく。
母親は不在で、俺自身も癒者という多忙な職業を選択しているせいで、老体の父さんに娘の世話はまかせっきりにしていた。心なしか、娘のペットのフクロウまで俺を睨んでいるように思えてくる。


「本当にごめん、その代り――最後まで見送るから、な?」


水で濡れたような滑らかな髪を触る。
娘はまだふて腐れたままだったが、少しばかり機嫌を持ち直したようだ。


「それでは、出かけますよ父様!スコーピウスたちと、同じコンパートメントに座る約束をしているのです」
「了解」


スコーピウスというのは、ドラコ・マルフォイとアステリアの息子だ。
いや、アステリアと入れ替えられたダフネ・グリーングラス、と言った方が正しいか。


「父様、早く!」
「分かった、分かった」


娘の声に急かされ、俺は白い腕を手に取った。
パチンっという音と共に『姿くらまし』をすれば、既に紅色のホグワーツ特急が停車している。白い煙を吐きだしているので、辺りが見えにくい。


「これに乗ってホグワーツに行けるんですね!!」


どこか興奮した口調で、娘が尋ねてきた。
俺は、トランクを持ち上げながら頷く。徹夜明けで眠くてたまらないが、娘の晴れ舞台におちおちしていられない。ぴょっこぴょっこ跳ねるように、されども凛とした気品を漂わせながら歩く娘の後に続く。
娘は紅色の蒸気機関車を興味深げにしげしげと見つめた、かと思えば人混みの中へ目を向け、次の瞬間には己のペットに囁きかけている。なんとまぁ、忙しいことだろうか。


「誰に似たんだ、いったい?」


独り言をつぶやいた瞬間、パッと娘が振り返る。
娘はこの話題には敏感だ。『自分は確実に両親の血を受け継いでいる』と怒った口調で、軽く30分以上も語り続けるのだ。
つい呟いてしまった独り言を、また聞かれてしまっただろうか――と、つい身構えてしまう。だけど、それは杞憂に終わった。


「父様!あれは、マルフォイおじさまですよね?」


娘には、今の言葉が聞こえなかったらしい。
さきほどまでの不機嫌を思わせない無邪気な顔で、人混みの中を指さしていた。
娘の指先を辿ってみる。そこには、懐かしい旧友の姿があった。
ボタンを喉元まできっちり止めた黒いコートを着たドラコ・マルフォイは、息子の晴れ舞台だというのに気難しい顔をしている。

――まぁ、いつもの光景。


「こんにちは、マルフォイおじさま、おばさま」
「あら、エルザ……久しぶり、少し背が伸びたかしら?」


ダフネが娘――エルザに笑いかける。
エルザが、ふふんっと自慢げに胸を張って


「はい、おばさま。この調子でスコーピウスを抜かすつもりです!」


と、宣言をすれば

「女のお前なんかに、負けてたまるか!」


ドラコそっくりな息子のスコーピウスが、エルザに詰め寄った。
だけど、エルザは気にも留めない。平然と余裕たっぷりの表情で、なにやらスコーピウスに言い返している。それを聞いたスコーピウスは青筋を立て言い返し、あっという間に口喧嘩へと発展してしまった。
ダフネが、困ったように笑いながら二人の仲裁に入る。場には、俺とドラコだけが残された。


「あいつら、誰に似たんだ?」


俺は、疲れたように囁いた。
仲が良いのか悪いのか、2人は仲よく遊んでいたと思うと次の瞬間、口論しているのだ。だけど、止める前に仲直りしている。俺もエルザの母親も、マルフォイ夫婦も口達者ではないのに、どこから遺伝してきたのだろうか?


「さぁな。まぁ、どうせすぐおさまるだろ。
それよりも、知ってるか?今年、ポッターやウィーズリーのとこの子どもも入学するんだと」


ドラコは、吐き捨てるように言い放つ。
視線の先を凝らしてみると、確かにポッターらしき人物が視えた。本当に魔法界の英雄となったポッターとウィーズリー兄妹、そしてグレンジャーは、たくさんの子どもに囲まれている。どことなく面影は各々の少年・少女時代を沸騰させ、まるで昔のアイツらを見ているかのようだった。誰もが幸せそうに笑っている。なんとなく、胸の中に郷愁が広がり始めた。


「なんか、不思議な巡り合わせだな」


ぽつり、と言葉が零れる。


「そうだな」


白煙の向こうに見えるポッター達は、何も変わっていないように思えた。
富も名声も得ているが、嫌味っぽい雰囲気はなく、子どものときみたいに笑っている。
俺もドラコも――名前こそ変わってしまったが、ダフネも本質は変わっていない、と思う。何年経って次第に変わってしまうものもあるが、変わらないものもある。だから、受け継がれていかないものもあれば、受け継がれているモノもあるのは当然だろう。
……俺や彼女の母親からエルザに受け継がれたモノは、何かあるのだろうか?


「父様っ、スコーピウスったら酷いんですよ!」


物思いに耽っていると、ふいにエルザの呼ぶ声が聞こえてきた。
ぷくぅっと顔を膨らませたエルザは、俺のシャツをつかんだまま放さない。心なしか涙ぐんでいるようにも見えた。


「お前の頭だと、ハッフルパフだなんていうのです!私は、父様たちと同じスリザリンですよね?むしろ、スコーピウスの方がハッフルパフです!」
「スコーピウス、お前はそんなことを言ったのか」


ドラコが呆れたようにため息をついた。
スコーピウスはバツが悪そうに、それでも自分は悪くないという風に立っている。


「あのな、2人とも……そもそも『ハッフルパフ=頭が悪い』というわけではないっての。
新設された『魔法裁判所』の最高裁判長……セドリック・ディゴリーは『ハッフルパフ』だ」


まぁ……確かに『落ちこぼれ』が集まっている目立たない寮と言うイメージはあるが、嘘を教えてはいけない。ハッフルパフからも、優秀な人材が出るのだから。


「安心しろ、お前たち」


ドラコも励ますように口を開く。いや、鼓舞する様にというのか。一指し指をピンっと立て、どことなく自信を持った声色で2人に告げる。


「スコーピウスもエルザも優れた血を受け継いでいる。ほぼ間違いなく、スリザリンに入ることが出来るはずだ。それよりも、僕が言いたいのは――」


その指を、ついっとホームの向こう側――ポッターとウィーズリー一家がいる場所へ向けた。そして声を低めて、こう言った。


「あそこにいる赤毛の女の子、ローズ・ウィーズリーに負けるな。試験は全科目でアイツに勝て、いいな?」
「ど、ドラコさん!反目させるのはいけないと思いますよ」


ダフネが慌てて2人の間に立つ。しかし、ドラコは素知らぬ顔だ。


「反目なんてさせるか。ただ、倒さねばならぬ敵を教えただけだ」
「敵って――そんなことないですよ、ねぇ?」


ダフネの縋るような――助けを求める視線が俺に向けられる。
いや、俺に助けを振られても、正直困る。俺は少し悩んだような仕草をした後、まだ涙目なエルザの頭をポンッと叩いた。


「エルザ、お前はホグワーツでどのように過ごしたい?」
「私は――」


エルザは真一文字に口を結ぶと、凛っと背筋を伸ばした。
大人びた瞳に、どことなく心配そうな俺の姿が映っている。送り出す側がこんな心配顔だと、安心して汽車に乗れないな――と内心苦笑いをこぼした。


「余裕をもって優雅に平穏な学校生活を送りたいです!そのためには、試験でも全科目1位になります!」
「よし、その意気だ、エルザ」
「ドラコさん!!まったくもう、あ、あれ?あれはルーピン先生?」


ダフネの声に気がついたのだろう。
すっかり白くなった頭をきょろきょろっと動かし、ぴたりっと俺達の方を向いた。にっこりとした会釈と共に、こちらに手を振る。


「父様、あの人はお知り合いですか?」
「ん?あぁ――『闇の魔術に対する防衛術』の先生だ」


リーマス・ルーピンは、『闇の魔術に対する防衛術』として教鞭をとっている。
人狼としての醜聞もあるが、それでも子供受けはイイらしい。ちょっと見ているだけでも、ホグワーツ在学中だと思われる子どもたちが、我先にと駆け寄っていく。


「あっ、思い出しました。
確かスネイプ校長先生と同期の方でしたよね?」


ポンッとエルザは拳を叩いた。
どうやら、以前――スネイプ校長を招いたときに話した内容を覚えていたらしい。
肝心なことは覚えていないくせに、くだらないことは、よく覚えているモノだ。


「そうだな、校長先生の同期生だ。くれぐれも粗相のないように」
「分かっていますよ、父様」



思えば、あのスネイプ先生が校長だと信じられない。
マクゴナガル先生が何年か勤めた後、副校長に就任したスネイプ先生が校長となってホグワーツを仕切っている。ちなみに、今の副校長が『落ちこぼれ』のネビル・ロングボトムだというのだから、いろいろと驚きだ。人間、どんな道を歩くか分からないものだ。


「誰がどうなるのか、分からないものだ」


ぽろりっと、言葉が零れ落ちてしまう。
それをエルザは聞き逃さない。


「父様、じじ臭いです」
「そうか?――ほら、そろそろ11時だから、さっさと汽車に乗った方がいいぞ」


話題を逸らすために、時計に目をやる。
エルザもスコーピウスも俺の時計を覗き込み、不安げに顔を曇らせた。


「もう行く時間ですね、それでは父様、マルフォイおじさま、おばさま、ごきげんよう」


優雅に一礼すると、そのままスコーピウスの腕を引っ張って汽車に飛び乗った。
紅蓮色の汽車から顔を出したエルザとスコーピウスは、さっそく見つけたコンパートメントから、ひょっこりと顔を出す。ダフネは蒸気で霞んだ人を押しのけ、車窓から顔を出す2人に駆けだしている。俺もドラコも後に続けと、歩き始めた。その時、ふと思い出したように、ドラコが囁いた。


「それで、エルザの母親は?」


ドラコが意地悪い質問をしてくる。
言わなくても答えは分かりきっているはずなのに。俺は、ゆっくりと首を横に振った。


「さあな。連絡がつかない。どうせ、南米辺りをうろついているんだろ?」


エルザと俺は、戸籍上の血のつながりはない。
諸事情により、私生児として生まれたエルザを、俺が養子にしたという建前なのだ。
エルザの母親は、海外で仕事をしているので滅多に帰宅しない。最後に顔を合わせたのは、もう3年も前だ。もちろん時折、グリンゴッツの口座に大量のガリオン金貨が振り込まれていることから、ちゃんと無事に生きていることは分かる。だけど、それだけなのだ。フリーランスの傭兵として、世界各国の戦場を飛び回りつつ――消えた死喰い人の行方を追うのだから、いつ命が絶えてもおかしくはない。送金が途絶えた瞬間、それが母親の死を意味しているなんて、寂しいにも程がある。
それがアイツらしいといえばアイツらしいのだが、娘の旅立ちの日にまで帰ってこないなんて、ちょっと薄情な奴だと思ってしまうのだ。


「はぁ……誰が、南米辺りをうろついているだって?」


秋の空のように澄んだ声が、俺の耳に飛び込んできた。
帽子を深くかぶり顔は見えないのに、凛っとした空気を纏った姿恰好だけで、俺には輝いて見えた。


「お前っ、こんなところに来ていいのか!?仕事は!?」
「気にしている人なんていないさ。それに、ここに立ち寄ったのは仕事のついでだ」


エルザの母親は、ゆっくりと蒸気の中を歩いて行く。母親がエルザに手を挙げる。それをいち早く視止めたエルザの不安げな顔色に、ぱぁぁっと嬉しそうな安堵の色が広がっていく。
エルザそっくりな黒髪からは、のっそりと瞼を閉じた蛇が顔をのぞかした。その蛇を嬉しそうに頬ずりし、エルザは蛇に何かを囁いている。
するりするりと母親の首からエルザの首へ移る蛇に、スコーピウスは気持ち悪げな視線を向ける。


……まぁ、当然の反応だろう。
俺だって、いまだに蛇に慣れることが出来ない。
あのヌメッとしたような肌や、ちろちろっと口から出る赤い舌がどうしても苦手だ。
どうしてエルザもアイツの母親も、あんな爬虫類を愛でる気になるのか分からん。
そんなことを考えていると、エルザの母親はくるりっと汽車に背を向けこちらへ歩いてくる。その首には、いつも通り蛇が………いない。俺は、慌てて彼女に駆け寄った。


「って、本当にあの蛇を渡していいのか?」
「別にかまわないだろ。もともとホグワーツに住んでた奴だし」
「いや、そうかもしれないけどな」


エルザの母親の持つ蛇は、何を隠そうバジリスクだ。
エルザの母親の懐刀として、日夜暗躍していたバジリスクを、まさか娘に渡すなんて正気の沙汰ではない。エルザが悪い遊びを覚えてしまったら――いや、使い道を誤って人を殺してしまってからだと、何もかも遅いのだ。


「エルザは人殺しをしないよ」


黒い髪をたなびかせた彼女は、そう断言する。


「なぜ?」
「さぁな」


明確な根拠がないのに、黒い瞳は、声は、確信をもった色を携えている。
エルザは人殺しなんてするわけない、と。
まぁ、それは育てた俺自身もよく分かっている事実だけどな。


「それで、奴らの足取りはつかめたのか、セレ――」


そこまで言いかけて、慌てて口を閉ざす。
彼女は夜色の瞳を禍禍しい紫色に染め、じろっと俺を睨みあげてきた。
だけど、桜色の唇は全く動かない。きりっと結ばれたまま、文句を口にすることもなく、ただ黙って殺気をにじませた視線を向けられる。


「悪い、うっかりしてた」


そう言ってようやく、彼女は息を吐いた。
視線を汽車に――いや、汽車に乗車する娘へ向ける。その時には、あの紫色は影も形も残っていなかった。




目の前で娘を送る彼女は、19年前に名前を捨てた。
すでに死んだ人間として、扱われている。
ポリジュース薬で彼女に化けたミリセントが、ヴォルデモートに殺されてから―――、どこか変わった。どんなことがあっても人殺しをすることがなかったセレネが、『傭兵』として世界を駆けまわり、その業務の傍ら、逃げた死喰い人の行方を追っているのだ。


一度、何故こんなことをする必要があるのかと、問うてみたことがある。


セレネは、平穏に生きたかったはずだ。
常に、己の平穏のために、死ぬリスクが低い可能性を選んで生きていた。なのに、19年前を皮切りに代わってしまったのは何故なのか。
彼女の返答は、あっさりしたものだった。


『憧れの人に、少しでも近づくため』


それっきり、何も答えない。
黙秘を貫くか、別の話題に変えてしまうか、そのどちらかだ。まさか、そんな理由で仕事を選んだとは思えないし、そもそもその『憧れの人』がどんな人なのか聞いても教えてくれない。
だから、きっと他に理由があると思うのだが―――




「行ったな」


紅い汽車が遠ざかり、蒸気が空へ消えて行った頃――彼女が口を開いた。
そして、そのまま花弁の思わすスカートを翻し、俺に背を向けてしまう。


「お、おい!」


しかし、俺の呼びとめなんか気にも留めない。
そのまま小さな背中は人の波へと紛れてしまう。波にのまれる寸前、俺はやっとの思いで彼女の細腕をつかんだ。


「もう行くのか?」



俺は、『傭兵』が―――『殺し屋』が嫌いだ。
たとえ、聖人として崇め奉られる人であっても、どこまでも極悪非道の悪人であったとしても命は1つ。命と金銭は、決して釣り合うものではない。いや、そもそも天秤にかけていいものではないのだ。

しかし、彼女は躊躇なく仕事を実行に移す。金銭のためであり、自らの腕を磨くためであり、情報を集めるためでもあるが、それでも躊躇うことなく人を殺す。穴をあけたことは、一度もないらしい。この折れてしまいそうな白い細腕は、どれほどの血を浴びているのだろう?
人殺しは、いくら後悔しても謝罪しても、赦されることが出来ない。
そんな後戻りできない領域へ、彼女は足を踏み入れてしまっている。もう、俺の理解の範疇を超えた遠くへ行ってしまったとさえ、思えるのだ。


俺は、彼女のことを理解できない。
やっぱり気持ち悪い女だ、と思ってしまう。それでも――


「なぁ、俺と茶を飲む時間もないくらい忙しいのか?」


彼女を1人にすることは、出来なかった。
理解の範疇を超え、どんどん遠くへ去ってしまう彼女だけど、それでも一人の人間であることに変わりはない。人を殺すたびに、きっとどこか傷ついている。そんな日々を19年も送っているのだ。
ただでさえ転びそうな少女は、傷だらけの身体を引きずって歩いている。
だからこそ、傍にいようと思う。ふらふらな彼女が倒れた時に支えられるように、時間があるときは少しでも傍にいたい。


「……」


彼女は、ゆっくりと振り返る。
遠くを見透かすような黒い瞳には、俺が映し出されていた。俺も黙って彼女の瞳の中を見つめる。
しばらく無表情だった彼女は、疲れた様に息を長く吐いた。肩を下ろすと、俺がつかんだ腕を簡単に振り払う。


「15時」
「えっ?」
「だから、15時までだ」


白い頬が、ほんのりと林檎色に染まっている。
だけど、それをしっかり確認する前に、彼女はパッと俺に背を向けてしまう。


「15時までに空港へ戻ればいい。それまで、久しぶりのロンドンだから観光案内を頼む」


早口にそう呟いたか、と思うと強引に俺の腕を引っ張り歩き出した。観光案内をするのは俺の方なのに、結局のところ彼女が先導している。だけど、不思議と嫌な感じはしない。俺は頬を緩め、小さく呟いた。


「了解」


秋の青空に、最後の蒸気が消えて行く。
この19年間――すべてが平和だったわけではない。
だけど、セレネが俺の手を引くこの瞬間は、確かに平和を噛みしめていた。





[33878] 96話 19年前の夜
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2014/01/10 21:48



それは、19年前の夜のこと―――



ガラスケースを叩く音が空しく響き、消えていく。
グリフィンドールの剣は、惚れてしまうくらい精巧な輝きを放っていた。不純物が憑いている気配は、まるでない。『眼』を通して剣を視たが、全てを切り裂く切っ先には『線』なんて一本も奔っていないのだ。
つまり――私の読みは、空振りに終わってしまった。


「読みが、外れた」


口から言葉が零れ落ちる。
その言葉も、静かすぎる校長室に消えて行った。
額縁には、誰も残っていない。どの歴代校長も、外の乱戦を応援しに行ってしまっているのだ。戦闘は続いているらしく、私の声は消えていくのに、悲鳴や倒壊音が途絶えることは無い。


『バジリスクを操ることが出来るのは、セレネだけだから、僕達のことは気にしないで校長室へ向かってくれ!』


と言われ、私が校長室までやって来た。
『合い言葉』なんて分からなかったから、ナイフで魔法を破って押し入った。
でも、最後の分霊箱は『グリフィンドールの剣』ではなかったのだ。では、最後の分霊箱は、どこにあるのだろうか?ホグワーツに、これ以上隠されているとは思えない。だからといって、他に隠されている場所なんて見当もつかないし、いまからそこへ駆けつけたところで、間に合うかどうか定かではない。
そもそも、『分霊箱があるかもしれない』というだけでホグワーツ侵入を企てたのは、他ならない私だ。秘密の部屋伝いに城へ侵入できたのはいいが、その後見つかってしまうことなんて予想できたことだし、その危険を冒してでも侵入すべきと主張したのはこの私だ。


騒ぎは拡大し、騎士団と死喰い人が入り混じった乱戦状態へと発展してしまった。この瞬間にも外で呪文が稲妻のように光る。一体、この戦争で何人の人が命を落とすことになるだろう?もしかしたら、この瞬間にも私の知っている人が危険に陥っているかもしれない。


「王手……いや、そんなことない」


まだ、挽回の策はあるはずだ。
必死に思考を回転させる。一秒、一秒が惜しくてたまらないのに、何も思いつかない。この状況になって、ハリーの中の分霊箱を壊さなければよかったと後悔する。ハリーには悪いが、彼にヴォルデモートの心理状態を覗いてもらうことによって、最後の分霊箱のありかが分かったかもしれないのに。
自分の考えの甘さが、何処まで行っても憎い。でも、悔やむのは後だ。とにかく最善の策を考えなければ――。


「セレネ様」


その時だ。
しわがれた声が、背中にかけられた。
はた、と振り返る。すると、そこにはいつかの老いたしもべ妖精が佇んでいた。私は目を丸くし、彼女を見つめる。


「クリーチャー?」
「はい、クリーチャーでございます」


行儀正しく礼をするクリーチャーを視て、私は疑問を抱いた。
このしもべ妖精は、私に恩義を感じている。だから、私は――勝手に外を出歩くことが出来ない自分に代わり、ロンドンに来訪したキリツグさんたちと接触するように頼んだのだ。その用は既に終わり、お疲れ様、ありがとうと別れたはず。なのに、何故――今ここにいるのだろう?


「あなたに頼んだ用事は――終わったと思ったと伝えたはず」
「いえ、クリーチャーには残っているのです」


クリーチャーは、ハッキリと言い放つ。
テニスボールみたいな眼には、困惑する私がハッキリと映し出されていた。


「実は、キリツグ様から言伝があります」
「キリツグさんから?」


もう彼とは別れたはずなのだが――どうしたのだろうか?


「はい、最後の分霊箱『蛇のナギニ』は既に破壊したとのことです」
「そうか―――はぁ!?」


驚きのあまり、口が開いてしまう。
いつ、どこで、どのようにして、ナギニを倒したのだろうか?その背景がまるで見えてこない。いくら質問しても、クリーチャーは『存じません』の一点張りだった。本当に存じないように見えるから、これ以上尋ねてみても意味がないだろうと判断し、私は階段に足をかけた。この階段を降りれば、私も乱戦に身を投じなければならない。
その覚悟は、とうに出来ている。


「おしえてくれて、ありがとう――クリーチャー」
「いえ、お気をつけて――セレネ様」


私は階段を降りる。
徐々に、呪文の破裂音やら悲鳴が近くなっていくのを感じた。階段を降りれば降りるほど、足が軽くなっていくのがよく分かる。あの乱戦だと、自分でも死ぬ確率が高い。だから、死から逃げたい。でも、それよりも自分の大切な場所を護りたいという気持ちの方が強かった。
それに、全ての分霊箱が破壊されたって伝えないといけない人がいる。だから、ここで立ち止まっているわけにはいかない。ほとんど躊躇することなく、最後の一段を降りた瞬間、地面すれすれを呪文が奔ってきた。
私は飛び跳ねてかわすと、まだ足が地面に着く前に左手を伸ばした。


「『ステューピファイ―失神せよ!』」


名前も知らぬ死喰い人は、弧を描いて飛んでいく。
だが、それを悠長に見届ける暇はない。視線の端に、こちらへ飛んでくる緑の閃光を見つけたからだ。ひょいっと半歩後ろに下がり、右手のナイフを回した。寸断された緑色の閃光を放った魔法使いから表情が消えた。そして、まずナイフに視線を向け、そのまま私の瞳の色を視た瞬間、回れ右!と言わんばかりの速度で逃げ始める。
後を追いかけようか、と思ったが、よすことにした。逃げている奴を深追いする時間なんて、もったいないではないか。
逃げた男に背を向け、私は外へと走る。その途中で、ふと、こんな言葉を思い出した。


『「命が惜しければ、ハリー・ポッターとセレネ・ゴーントを差し出せ。
さすれば、お前たちは救われる』


校長室へ飛び込む前、どこからともなく聞こえてきたヴォルデモートの声。
まるで、拡声器で呼びかけたような声だった。ということは、すなわち呼びかけられる程近くにいるということ。まぁ、アイツ自身が参戦しているような騒ぎには思えないので、自分は少し離れた場所で安穏と戦況を分析していると推測する。


「この近辺で、隠れるのに適した場所は――叫びの屋敷か」


ヴォルデモートは、卒業後に植えられた『暴れ柳』と、そこに隠されている通路の存在を知らないはずだ。むかし、ルーピン先生の案内に従い通った道を反芻しながら、杖を一振りした。


『さて、行こうか』


呪文を使い、あっさりと身体を透明にする。もう、誰も私の存在に気がつかない。そのまま乱戦の合間を縫うように駆け抜ける。一気に大将の首を獲ろう――というのは、私の役目ではない。ならせめて、名誉挽回として大将が潜んでいる位置は明らかにしよう。
ホグワーツの校庭は、通常――夜になると灯りが全く存在しない暗闇に包まれる。それは、今日も例外ではなかった。校門に近い辺りや校舎の近くでは、呪文の閃光が飛び交い、まるで花火を灯しているようだ。だけれども、『暴れ柳』が植えてある位置まで来ると静かなモノで、そこだけ普段の夜と変わらない空間が広がっていた。


「――まさか、またここを通るなんて、な」


アルファルドが『暴れ柳』の動きを止めた隙を狙い、窪みに偽装された通路に転がり込む。埃っぽいことこの上なく、息が詰まるほど狭かったが、文句など言っていられない。
黙々と這うようにして、狭い通路の奥に視える小さな光目がけて進んでいく。匍匐前進は、舞弥さんとの修行で何度となく繰り返し行ったことだ。別に造作もないことだ。


『アルファルド、先行してくれる?』


この先、何があるのか分からない。
いくらホグワーツ内部から『叫びの屋敷』へ侵入できると知らないとはいえ、警戒を怠るだろうか?いや、そんなことないだろう。むしろ用心に越したことは無いだろう。


『了解しました、主』


アルファルドは、従順に頷くと先行する。
あっというまに、アルファルドの姿は光の中へ消えて行った。私も慎重に後を追う。もしかしたら、あの光の向こうにヴォルデモートがいるかもしれないのだ。気を抜けるわけがない。もっとも、アルファルドが躊躇いもなく進んでいったことから、ここを抜けた先の部屋には誰もいないのだろうと推測できる。それでも、用心に越したことは無いのだ。


『主』


先行したアルファルドが、戻ってきた。
私は匍匐を止めると、眉間にしわを寄せた。出口で待たず、わざわざ報告するために戻ってきたのだ。抜けた先の部屋に、なにかあったに違いない。


『どうした?』


これ以上ない、というくらい小さな声で囁き返した。
だけど、アルファルドは何も答えない。ただ沈黙をつづけている。


『なにか、危険なモノでも見つかったのか?』
『いいえ、恐らく危険なものではありません』


妙に歯切れが悪い。
ハッキリと言いたくない何かがある、というのだろうか?


『とりあえず、進んでも危険はない?』
『はい、恐らくは』


私は一層、慎重に進む。
アルファルドをここまで動揺させるものとは、いったいなんなのだろうか?この先に、その答えが待っている。そして、出来るだけそっと部屋に入り込む。
埃っぽい部屋には、ほんの少し前まで人がいたのだろう。暗くて、周囲はよく分からない。


『ルーモス-光よ』


赤子みたいな灯りが、ポンッと杖先に灯る。
最初に視界に入ったのは、埃のたまった床だった。灰色の床には、何人かの人が歩いた痕跡が残されている。次に映し出したのは、誰かの脚だった。血の気のない白い脚が、スカートの中から伸びている。記憶が正しければ、ホグワーツ指定のスカートだ。私は震える杖先を、ゆっくりと上へ動かしていく。指定のスカートから、指定のローブに、胸に縫い付けられた見慣れた蛇のエンブレムが目に入った瞬間、杖の震えが大きくなった。
緑色に銀糸で描かれた『蛇』と『S』の文字が示すものは、1つしかない。私は震える右手を支えるように、左手を添える。また、上へと杖を動かした。
脚同様、不自然なくらい白くなり過ぎた首から、ゆっくりと顔の方へ灯りを向ける。


「えっ…?」


私の口から、声が零れ落ちる。
震えはピタリ、と止まってしまう。驚きのあまり、身体から力が抜けてしまう。気がつけば、ぺたりと座り込んでしまっていた。
杖灯りの先に転がっていた死体は、まぎれもなく『私』―――セレネ・ゴーントだったのだから。






茫然とする感情をよそに、セレネの身体は動く。
てきぱきと死体の手の中に杖がないことを確認し、ローブのポケットを探った。そして見つけた使い古された生徒手帳。そこに記されていた名前は、『ミリセント・ブルストロード』――私の友人の名前だった。
そこから何が起きたのか、真っ白になる感情とは別の冷静な部分が推理する。


事実は分からない。
ただ、推測することは出来た。
ノットの話によれば、私はまだ『退学』になったわけではなく、トランクや衣類といった私物は寮に置かれたままだったらしい。ミリセントは、そこに付着した髪の毛を手に入れたのだろう。ポリジュース薬は、簡単に調合できるものではないから――魔法薬学の新しい先生が、教室に――『珍しい薬』として持ってきた際に、手に入れたのだろう。
ポリジュース薬と髪の毛を使って、ミリセントは私に化けた。



そして死んだ。
何故私に化けたのか、分からない。
ただ、ハッキリしていることは、1つ――ミリセントはセレネとして死んだことだ。そして、その要因を作ってしまったのは――ヴォルデモートをここに招きよせてしまった私だ。
私が、分霊箱がホグワーツにあると思ってしまったばかりにヴォルデモートを呼び寄せ、こんな結末になってしまったのだ。


私は――大切な友人の命を――また救えなかった。


最初は、ルーナ。次は、ミリセント。2人も殺してしまった。
風に乗って、遠くから声が聞こえてくる。ヴォルデモートの声だ。


『ハリー・ポッター、1時間以内に『禁じられた森』へ来い。
すでにセレネ・ゴーントは命乞いをしながら死に、蛇語を操る者も俺とお前だけだ。2人っきりで話そうではないか』


他の言葉は、耳に入らない。
ただ、私はヴォルデモートの手によって殺されたことになっていると、ぼんやり思うだけ。でも、実際に殺されたのは私に化けたミリセントだ。私は――何をすればいいのだろうか?
弔い合戦、をすればいい?
でも、はたしてそれは正解か?そもそも、私はヴォルデモートを傷つけることが出来ない。
なら、どうする?ヴォルデモートに着き従う死喰い人を代わりに倒す?


分からない。
どうしたらいいのか、わからない。
目を伏せ、そのまま動きを停止させる。アルファルドが何か囁きかけてきたが、もう何も聞こえない。暗い暗い闇の中に、セレネ・ゴーントは沈んでいく。


「……立てるか?」


その時、声が聞こえてきた。
顔を上げれば、そこに立っていたのは銀髪に碧眼の女性。幼い私が憧れた命の恩人が、その手を指し伸ばしている。


(ナタリア、さん?)


思わず瞬きをする。
彼女は、とうの昔に死んでしまっていると聞く。だから、ここにいるわけがないのだ。
案の定、手を伸ばしていたのは、ナタリアではなかった。姿背格好だけでなく性別まで違うノットが、手を伸ばしている。


「セレネ、大丈夫か?」


私を案じるような声は、壁一枚隔てた遠くから聞こえてくるようだ。
ノットの手を借り立ち上がった私は、ふとナタリアに思いをはせる。
本来であれば、私はあの時に死んでいた。だけど、ナタリアがいたから助かった。
でも、私は誰も助けていない。むしろ、周りの人間を殺してばかりだ。
ルーナも、ミリセントも、クイールも、私のせいで死んでいった。私がいなかったら、彼らが死ななくて済んだ未来があったかもしれないのだ。
だけど、私はアステリアではないから、それを知ることが出来ない。私は、この世界に生まれて、死んでいくしかないのだ。


「私は――」


償っても、どうにもならない。彼らは既に、死んでしまっているのだから。
それならば、残った友人を護ろう。でも、それでは私の見ていなかったところで命を落とす友人が出てくるに違いない。
私は――この強さで、どうすれば友人を護ることが出来るのだろうか。
事前に、友人の平和を害する者を倒せばいいのだろうか。そう、それがいい。


カルカロフの行動を事前に予期していれば、クイールは死ななかった。
そもそもハリー・ポッターだけを『神秘部』へ招けば、ルーナ―がついてくることは無かった。
寮の荷物をトンクスか誰かに頼んでさっさと取り除いてもらっていれば、ミリセントは変身する術を持たなかった。



そう、全ては私の準備や配慮が足りないせいで起こった出来事だ。
だから、今度は失敗しない。ヴォルデモートは、ハリー・ポッターに敗れる。そんなこと、容易に想像が出来た。私とミリセントの区別もつかない老人に、ハリー・ポッターが負けるわけがない。分霊箱がないいま、ヴォルデモートは死ぬ。だけど、その取り巻きは死なない。何人かは逃げ延び、再起を待つはずだ。
10年後、20年後、彼らが再起したとき――私の友人が殺されるかもしれない。
恨みは募れば募るほど、恋のように焦がされるのだと本で読んだことがある。19年前の関係者として、ハーマイオニーが、ノットが、ダフネが、ドラコが、みんなが殺されないとは限らない。


だったら私は、先にその芽を摘もう。
ナタリアさんのように、傭兵として世界を回りながら――己の腕を磨いて、逃げ延びた奴らの息の根を断とう。
拳を血が滲むまで強く握りしめ、歯を食いしばる。




19年前の夜。
それは、今までのセレネを捨てることを決意した瞬間だった。




END




[33878] 設定&秘話:『アステリア道場』
Name: 寺町 朱穂◆20127422 ID:7dfad7d2
Date: 2014/01/10 21:52

「はーい、みなさんこんにちは!!
パソコンは一日1時間!ここまで読んでくださった皆さんの疑問に答えるQ&Aコーナー『グリーングラス道場』!
師範は私、アステリア・グリーングラス。弟子はもちろん――ってあれ?」


目の前で竹刀を振るうアステリアに、私はため息をついた。
しっかりとホグワーツの制服に身を包んだ私は、いまさらながらに自己紹介をする。


「ダフネに代わって来た。セレネ・ゴーントだ」
「せ、セレネ先輩っ!!」
「で、このコーナーの趣旨は?」


なんか泣き出しそうなくらい驚いているアステリアをスルーし、さっさと本題に入ることにする。アステリアは何か言いたそうな顔をしていたが、気を取り直してあっけらかんとした笑顔になった。


「はい!ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!!という意味を込めて、このコーナーはスリザリンの継承者作成秘話や、本編に出せなかった伏線を回収するコーナーであります!!」
「まぁ――秘話は分かるけど、出せなかった伏線なんかあるのか?」
「ありますよ!たんまーりと」


アステリアは、ぷくんっと顔を膨らませる。
そして、『設定資料集』と書かれた紙束をドサリっと道場にばらまいた。


「例えばこれです!
『アステリアが回ってきた平行世界のセレネ末路集』!」
「…わざわざ作成してたんだな」
「当然です!本編で断片だけを書こうとしたのですが、展開の都合上お蔵入りになってしまったんですよ」


私はその資料を受け取り、ざっと目を通した。
読めば読むほど、気持ち悪くなる。なにせ、自分の死が書かれているのだから。


「54話の提案を断っていたら、ヴォルデモートにレイプされていたのか。精神的に壊されて廃人になるENDも多すぎないか?
というか、国外逃亡しても、アラヤって魔術師に私は殺される運命にあるんだな」
「正確には、『身体を乗っ取られる』です」


どっちにしろ、『セレネ・ゴーントが死ぬ』事実には変わりない。
セレネが死んでいない回も沢山あったが、肉体的に死んでいないだけで、吸魂鬼に心を壊される回数があまりにも多かった。主に、吸魂鬼がうようよと徘徊するアズカバンに投獄されて。
私は顔をしかめながら、最後まで読み通す。


「それで、最後――18度目のループ、これは本編でもアステリアが説明していたな」


83話で説明されたループを思い返してみる。
最終決戦の時になって、ようやくポッターの中に宿るヴォルデモートに気がついた回だ。この回の私はハリーの味方であり、慌ててハリーの中の分霊箱を破壊した――のはいいのだが、周りに説明せずに破壊してしまったせいで『裏切り者』と誤解され、激高したウィーズリー兄妹に殺されたのだとか。


「ん?ここ――補足って書いてあるけど、なんだこれ?」
「あっ、実は18回目のループが今作本編に大きくかかわってきているんです!」
「なんでだ?」


私が首をかしげると、アステリアは竹刀をトンっとついた。


「実は、ハリーは先輩が殺された後――すぐに意識を取り戻すんです」
「まぁ、そうだろうな」


私が壊したのは、ハリー・ポッターの中に巣くうヴォルデモートの魂のみ、だが――壊した直後はショックでハリーが仮死状態に陥ってしまう。だが、仮死状態であって本人に戻ってくる意志があれば、ちゃんと此方側へ戻ってこられるのだ。


「目覚めたハリーは、今まで自分が仮死状態であったことや、セレネは自分の中のヴォルデモートを殺してくれたことを皆に説明するんですよ。つまり死後、誤解が解けた先輩は信仰の対象になるんです!」
「は、はぁ?私が信仰の対象!?」


思わず唖然としてしまった。
今までの話の流れのどこに、信仰云々っぽい言葉が出てきたのだろう?驚きのあまり開いた口がふさがらないとは、まさにこのこと。しかしアステリアは驚く私に構わず、大真面目な顔で言葉を続ける。


「はい。『世界を救うために命を賭した聖少女』として」
「物は言いようだな――で、それがどうしたの?」
「はい。それで『英霊(守護者)』になり、衛宮切嗣のもとに召喚されるようになるのでした!」
「待て待て待て!!」


つい、バンバンっと卓袱台を叩いてしまった。
話がついていけない。


「つまり、なんだ?いきなりFateの第四次聖杯戦争の話になるのか!?」
「はい。触媒は、イリヤの玩具のナイフ――つまり、物語後半で先輩が使っていたナイフですね。衛宮切嗣のサーヴァント:キャスターとして現界した先輩は、見事、聖杯戦争を終結に導くのです!
もっとも、全てが終わってからは切嗣との契約を断って、アイリスフィールと契約していましたらしいですが」
「いや、だからちょっと待て!!『プリズマ☆イリヤ』時空の流れだと公言してなかったか?」
「『プリヤっぽい平行世界』と言いましたよ。
セイバーが召喚されずに、アイリスフィールとイリヤの中の聖杯も直死の魔眼で壊されたけど、なんやかんやで大火災が起こって士郎が孤児になってしまった世界です」
「……」


話がついていけない。
私は少し頭を抱えると、なんとか理解できるように話を整理した。


「つまり――なんだ?
衛宮切嗣さんが、10年前――平行軸の『セレネ・ゴーント』を召喚した?」
「はい!92話に登場した先輩は、サーヴァントになった先輩です!
ハッフルパフのカップを破壊したのも、サーヴァントになった先輩ですよ。本当は本編で明らかにしたかったんですけど――」
「ですけど?」
「『あまりにもハリポタとかけ離れて説明が大変』とのことで、お蔵入りになりました」
「……」


いや、説明をお蔵入りにするな。
あの私を『両儀式』みたいな存在だと思った人が大半だったんだぞ?説明を投げ出すな。
伏線がちりばめられてなくもないが、これを拾い集めて正解した人が何人いることやら――。


「ちなみに、先輩がキャスターとして召喚されたことによって、雁夜おじさんがバーサーカーをセイバーの位で、龍之介がキャスターの代わりにCCCランサーをバーサーカーの位で召喚しています!」
「いや、もう型月設定はいい。
そもそもこれは『ちょっとだけ型月』じゃなかったのか?」


それを指摘すると、アステリアはバツの悪そうな顔になった。


「最初は『ハリポタ世界に魔眼持ちがいたら面白くない?』と思っていた寺町でしたが、途中で『いや、魔眼殺しがないとセレネが正気失う』と言うことに思い至り、『少しだけ型月世界と合わせよう』と暴走した結果、こんなことになってしまったんです。
つまり寺町朱穂が初心を貫いていれば、こんなことには――」
「はいはい、寺町のせい寺町のせい!」


ポンポンッと手を叩いた。


「だいたい型月の皆さんのキャラが濃いんですよ!」
「しつこい、型月ネタ!
ってことはアレか?シルバー・ウィルクスも型月関係者なのか?」
「違います」


断言され、少し驚いてしまった。
シルバー・ウィルクスと言うオリキャラは、明らかに魔術協会とか型月用語をたくさん知っていた。だから、もっと深くかかわってくるのかと思ったのだが――


「あれは、序盤――型月世界と重なっていますよーって言うだけのキャラです」
「キャラ濃かっただろ、アイツ?」
「いや、本当にそれだけのキャラなんです。
物語の進行上、両方の世界を知っている人を増やそうと思って作り出したキャラです。
ヴォルデモートに仕えた理由も、ただ『面白そうだから』という快楽主義者。たぶん、本編終了後に遊び半分で世界をひっくり返します」
「とんでもなく迷惑な奴だな」


言われてみれば、つかみどころのない奴のような気がしていたが……


「死喰い人つながりで思い出したんだが、セドリックはどうなったんだ?
なんだか、裁判長になったとか語られていたが?」
「セドリックさんは、死喰い人でしたが人殺しなどしたことがないので、あっさりと釈放されたみたいですよ。そして、魔法界の司法の立て直しをしたみたいです」
「司法の立て直し?」


言われてみれば、魔法界の三権分立されていない。
魔法省がトップで、罪人を捌く権利を得て、法律も作成する。全て魔法省に権力が集まっている。セドリックはそんな状況を打破したかったのだろう。
『公平に物事を考える』をモットーとしていた奴だから、魔法界の裁判が納得いかなかったのかもしれない。ぼんやりと、そんなことを考えた。


「それで、他にお蔵入りした設定や秘話は何かあるのか?」
「うん、そうですね――
それなら、『カルカロフが腕を自ら切り落とす設定は、寺町朱穂のオリジナル設定です』でしょう」


……。
それは『設定』というのだろうか?
いや、設定には変わりない。だけど、ここでぶっちゃけることなのか?
私は首をかしげてしまった。


「いや、今言わなくてもいいだろ。原作を読み返してみても、そんな描写はない」


カルカロフは4巻で逃走してから、以後――消息にまつわる話が登場したのは6巻の最初だ。掘立小屋かどこかで死体になって発見された、という奴。それまで、なにも現在のカルカロフに関する情報は出てこなかったはずだ。日刊預言者新聞も闇払いも騎士団もカルカロフの現在に関する情報を公開していなかった。
あのカルカロフ語りは、完全に寺町の想像にすぎないのだ。


「はい。だからこその確認です。
あれは、あくまで寺町朱穂の予想したカルカロフの結末。
ですが、にじふぁん時代の最後の頃――某ハリポタ二次創作に、それもハリー視点で『カルカロフが腕を切り落として逃走した』って一文があったのです!」
「……はい?」
「その一文が某作品に書かれたのは、にじふぁん閉鎖寸前でしたし、その作品も既に削除されているので、特に気に留めないようにしていました。
まぁ、『スリザリンの継承者』にも、よくあるハリポタ二次創作の約束的なシーンが組み込まれていますし、仕方ないですよね。カルカロフの腕の一件も、約束的なシーンになったということでしょう。
それでも、『カルカロフが腕を斬って逃走した』っていう文はおかしいですよ。カルカロフの痕跡が発見されたのは死んでからなんですから。いくら超人的なハリー・ポッターであっても、4巻だか5巻の時点で知るわけがないのですから!!」
「……それで、他に設定秘話は?」


無理やり話題を変えようとする。
こんなところで、過去の愚痴を語ったところで何もならないではないか。
アステリアは、設定資料集をバラバラっと捲った。


「そうですね――他にコレと言って話す価値のある話はないのですが」


いや、今までの話も微妙だっただろ。と、突っ込みたくなる気持ちを抑える。


「じゃあ、反省とかないのか?」
「もちろん、セレネ先輩を救えなかったことです!!」
「いや、それ以外で」
「そうですね――
更新速度が一気に遅くなってしまったことです。本当でしたら、去年――いや、一昨年の夏には終わっているはずだったんですけど、移転したりや改訂したり量を増やしたり書くのが辛くなったりで、こんな時期になってしまいましたってことですね」


それは、アステリアの反省じゃなくて、作者の反省だろ。


「それで?
反省はしているだけでは意味がない。しっかりと教訓を学び取ったのか?」
「もちろんですよ!」


アステリアは、ガッツポーズと共に不敵な笑みを浮かべた。


「1つ!
作品の根本的な部分を揺るがさない事!面白そうだって思っても、勝手に話を膨らませるべからず!慎重に作品展開を組み立てること!
2つ!
執筆中の作品が軌道にのって人気を得たら、2chを見るべからず!執筆意欲を失う危険性が大!……でも、中にはまっとうな指摘もあるので、しっかりと受け入れることも吉。
3つ!
長く書きすぎない!長引けば長引くほど、作者も寄り道したくなるし、読者も離れていくことを忘れること無かれ!
以上です!!」


それを生かせるかどうかは、また別だけど。


「それで、今後――寺町は二次創作を書いていく予定はあるのか?」
「そうですね。
理想郷で書くかは決めていませんが、ぼちぼち書いていくつもりみたいです。
ハリポタ含む二次創作の構想としては、そこまでチート&アンチ路線に奔らない作品を執筆したいです。また、二次創作を執筆する際には、小説家になろうの活動報告で発表させていただきますのでチェックしてください!
出来れば、他の作品も読んで下さるとうれしいです!」
「宣伝かよ!?」


なんか、突っ込みつかれてきた。
最後の最後でこの始末。色々と期待を裏切ってしまったような気がして、どことなく悪いように思わないのだろうか。
だが、これで終わりなのは事実なのだ。最後は笑顔で締めることにしよう。こほんっと、咳払いをすると、アステリアも察したのだろう。たたずまいを丁寧に直し、口を開いた。


「それでは、『スリザリンの継承者』は、これにて終了だ。
全7章、96話+αという長い話数にめげず、ここ読んでくださり、ありがとうございました!」
「これで、本当のお別れです!縁があれば、またお会いしましょう!!」


「「今までありがとうございました!!」」





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