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[33586] そう、ここはナイトスプリングス(Alan Wake )【セカンドシーズン開始】
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/10 00:22
 俺はインターネットを利用していた。
 書物を書く際にインターネットは有用だったが、情報の正確さに難点があった。
 だがアイディアを得るきっかけとしてのインターネットは、まさに大海原の回遊魚のように膨大で流動的で愛すべき人のように魅力を持っていた。
 俺は自身の情報には極力触れないように画面を見つめていた。
 熱狂的なファン。批評家。商売屋。どれも好みになれなかった。特に熱狂的なファンは煩わしく、手に負えなかった。
 ふと我に返ると掲示板にアクセスしていた。
 俺は、書き込みの節々で登場する単語に目を見開いた。
 ありえない。こんなことがあっていいはずがない。

 「ナイトスプリングス」

 俺の小説に登場する地名がなぜ、インターネットに掲載されているのだ。
 まだ未発表どころか完成させてすらいないはずだった。
 誰かに相談するべきだろう。
 俺は携帯電話を握っていた。今の俺にとって、まさにうってつけの道具だった。



[33586] 「霧のつまった箱」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:22

 可能性は無限に広がっている―――……。
 そう、何事にも可能性は広がっている。
 その広がりはまるで霧のようだ。成功の可能性、失敗の可能性、ともに我々には見通すことができない。

 一日中霧の晴れぬ場所、それがナイトスプリングス。




 今夜のお話は「霧のつまった箱」。
 あるところにエルヴィンという男が住んでいた。彼はその箱を開けることをためらっていた。
 霧をびっしりと詰め込んだ箱は無限の可能性を秘めていたが、中を開けてしまうと可能性が縮んでしまうということを知っていたからだ。
 ある日高慢ちきな女がやってきて箱を開けることをせがんだ。
 
 「ねぇエルヴィン、その箱を開けるべきじゃない?」
 「駄目だ。この箱は開けてはいけない」

 エルヴィンはそういうと箱を隠してシャワーを浴びにいった。
 箱を開けられないようにと骨董品の壺の中に収めておいた。これで、見つかることはないだろう。
 ところが女はその隠すところをしっかりとみていた。
 
 「しめたものだわ。開けるなと言われると開けたくなるのよね」

 エルヴィンが居なくなったのを見計らって女は箱を開けてしまった。女は忽然と姿を消した。
 シャワーを浴びて戻ってきたエルヴィンは悲しそうな目で蓋の開いた箱を見つめた。

 「だから言ったのに」


 
 全ての可能性を内包した世界。

 それがナイトスプリングス。





[33586] 「想像力」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:23
 人は物事を想像することで未来を切り開いてきた。
 どんな些細なことでも誰かの想像から生まれてきたのだ。
 だが時に想像力は神様さえも何のマス目が出るかもわからないサイコロになることがある。

 想像力が形になる場所。
 そう、ここはナイトスプリングス。





 今日のお話は「想像力」。
 ジャック青年は夢を見ていた。ガールフレンドが自分に尽くしてくれる素晴らしい夢だ。
 次の日、ガールフレンドが家にやってきた。

 「まあジャック!」

 言うなり彼女は夢であった通りのことをしてくれた。
 とても素晴らしい時間だった。
 ジャック青年は夢が操れることを知った。
 夢の中で意識を保ったまま望むと、現実でも同じことが起こるのだ。
 ジャック青年は嬉しくなり毎日のように夢を操っては現実を変え続けた。

 「ありがとう神様! ああ、こんな夢のようなことがあるなんて!」

 その夜、彼は夢を見た。
 夢から覚めようとすると、見えざる手によって眠りにつかされてしまうという夢だ。
 これではいつまで経ってもも夢から覚めることができない。目覚まし時計をセットしておいても鳴る一歩手前で止まってしまう。誰かに目を覚ますように頼んでおいてもなぜか忘れてしまう。




 夢も現実もそれほど変わらない。

 それがナイトスプリングス。 



[33586] 「死ねない男」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:25

 ―――死。
 死は誰にも平等で、誰にでも不公平だ。
 だが一つだけ言えるのは死を免れることができた人類は存在しないという事実だ。
 もし逃れられるとすれば、我々の考えもつかない手段が必要となるだろう。

 ありえないことが現実になる場所。
 そう、それこそがナイトスプリングス。

 今日のお話は「死ねない男」。


 仕事も、人生も、何もかも上手くいかなくなっていたロバート氏は、大きな借金を作ってしまった。
 ギャンブル、酒、女に溺れていよいよにっちもさっちもいかなくなった。
 もう死んでしまおうとロバート氏は遺書を書き残すとビルの屋上から飛び降り自殺をした。
 彼の肉体はばらばらとなり血肉骨の残骸と化した。
 
 ふとロバート氏が気が付くと、全裸で地面に横たわっていた。

 「私は死んだはずじゃないのか」
 「ようそこであんた何してる。酒もほどほどにしろよ」

 呆然とするロバート氏の横を一人の男が声をかけて立ち去って行った。
 ロバート氏は調べてみたところ、たしかにロバートという男は死んでいた。
 墓の中にはロバートのものとしか思えない死体が埋められているという。
 第二の人生を手に入れたと神に感謝した彼だったが、不幸なことにも車に轢かれてミンチになってしまった。
 またロバート氏が気がつくと、全裸で横たわっていた。身元不明の死体が事故の原因となっていた。が、それは確かにロバート氏であった。
 彼は気が付いた。
 これではいつまでたっても死ねないじゃないかと。
 いや、そもそも自分は自分なのだろうか? ひょっとすると死の間際に夢を見ているのかもしれない。
 自殺をはかった彼であったが再び全裸で蘇ってしまう。
 彼はもう一つの事柄に気が付いた。
 地面が自分と同じ質量分だけ抉れていたのだ。
 もしかすると、死と同時に、なんらかの奇跡が起こって土が自分自身と同じ構成をした物体に変化しているのかもしれない。
 構成が変わってしまった自分というのは、はたして自分と言えるのだろうか?
 ロバート氏はこれで五度目になる死からの覚醒を経て、しばし考え込んだ。



 限りない答えの道が示されるも、決して道しるべの無い町。
 それがナイトスプリングス。




[33586] 「正夢」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:26

 ―――夢とは脳の情報整理中の風景だとも、たんなる錯覚だとも言われている。
 また一説では夢とは自らが望む欲望の映像だとも言う。
 オカルティズム的な観点では夢とは未来と過去の両方をも超越した風景を映し出すこともあるという。
 夢とは、将来への希望でもある。
 我々は夢を見るとき、本当にそれが夢なのか、現実なのかの区別ができない夢を見ることもある。
 もしかすると我々は夢そのものなのかもしれない。

 さまざまな夢が交差する場所。
 まさにこれこそが、ナイトスプリングス。



 今夜のお話は「正夢」。
 ジークムント氏は夢を見た。決して素晴らしいとは言い難い夢だ。
 朝、仕事に出かける際に空き缶に足を取られて転倒するという夢である。
 彼はそれが正夢に違いないとして、足元に気を付けることにした。

 「やはりそうか。その手には乗らんぞ」

 足元にあった空き缶を躱した彼はほくそ笑んだ。
 ところが、次の瞬間横から滑り込んできた自転車があった。
 彼は自転車を避けるためによろよろとよろめいた。そして結局彼は転んでしまった。空き缶を踏むことはなかったが転んでしまったのである。
 次の日も彼は夢を見た。電車が事故で止まってしまい遅刻するという夢だった。
 彼はそれに見越して電車に乗るのをやめると車で出勤した。
 ところがその日に限って道が大渋滞して、結果的に遅刻してしまった。

 「酷い正夢もあったものだ」

 彼は憤慨して眠りにつくと、夢に黒服の胡散臭い男が登場した。
 ジークムント氏は怒りにまかせて詰問した。

 「あーあー、困るんですよ。あまり先と後の関係性を乱されちゃ壊れてしまう」
 「誰だお前は」
 「私? 名前は特にないですが、あなたたちの生活を守るものとだけお答えします」
 「私の夢を操っているのはお前なのか?」
 「操る? いいえ、違います。ああなることが決まっていたと言いましょうか。あなたがいかに夢を見て未来を変えようともすべて決まっていることなのですから。変えられたとしても……」
 「何をわけのわからないことを!」
 「私だってそう。あなたも同じ。あの月も、星々もそうですよ」

 抽象的なことしか言わない黒服に、ジークムント氏は青筋を立てた。
 胡散臭い男はどこかを見上げた。

 「……きっとこれを読んでる人だって」





 変えたつもりでも、変わらないことだってある。
 ナイトスプリングスでは、特に。




[33586] 「死人ばかりの町」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:26

 ――我々は他者が人間であるとして接している。この事実は紛れもない真実であると言い切れるだろうか?
 もしかすると私以外はすでに死人となっていて、人の振りをしているだけかもしれない。
 どれだけ人間に近いとしても、死人かもしれない。
 証明する手段がない、いわゆる悪魔の証明ではあるが、嘘か真かさえ我々は断言できない。

 
 証明することさえ憚られる現実が霧にかすんでいる場所。
 それがナイトスプリングス。



 恐怖心に打ち勝つということは難しいことだ。
 デイヴィッド=ラヴクラフト氏はある日、町中の人間はすでに歩く死人であることに気が付いてしまった。
 歩く死人が眠り、起きて、食べて、仕事に出かけて、家で家族と過ごしているのである。
 老若男女問わずどの人間も歩く死体だった。死人が歩くことなどありえなかったが、実際に生活しているのだ。
 誰もが異常に気が付かない中でただ一人、彼だけが異常に感づいたのである。
 彼は日々を過ごす中で命ある人間を探すも、誰一人として生きてはいなかった。

 「もう我慢ならない。俺は逃げるぞ!」

 彼はある日、とうとう決心すると、おそらくは大丈夫であろう隣の町に逃げ込んだ。
 警察署に駆け込んだ彼は自分の町が死人ばかりになっていることを知らせようとして、腰を抜かした。
 警察官がいたのだが、まるで一人たりとも生きてはいなかったのだ。

 「どうなさいました?」
 「ほっといてくれ!!」

 汗をかき、地べたに這いつくばって恐怖の表情を浮かべたデイヴィッド氏を不審に思った警官の一人が声をかけるも、彼は拒絶して警察署を飛び出した。
 次に彼は教会に飛び込んだ。教会ならば、歩く死者という不浄の者を野放しにしたりはしないだろうと考えたのだ。
 ところが、教会で祈りをささげる者も残らず死人だった。
 神父がやってくると彼に声をかけた。

 「歓迎しますよ。さぁお座りください」
 「こ、断る!」

 教会を飛び出した彼は学校やお店などに生きる者を探して放浪したが、一人たりとも発見できなかった。
 いつしか彼は眠くなり、公園のベンチでぐったりと動かなくなった。

 「ありえない」
 「不自然すぎる死に方だ」
 「死後硬直している」

 半日後発見された彼は死後硬直の始まった死体となっていた。
 不思議なことに、彼が死亡したのは一週間程度は前だったということである。





 たとえ目撃したことでさえ、現実とは異なることがある。
 ナイトスプリングスでは。




[33586] 「神の木」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:27

 ―――人はまず自らの手の広さを知り、次に大地の広さを知り、空の広さを知った。
 科学の発展に伴い人は宇宙の広さを知った。
 だが人は、広さに潜む影を目にしようとはしなかった。
 洞窟の壁に映った影絵の真の姿が隣り合わせの町。

 それがナイトスプリングス。



 今夜のお話は「神の木」
 民俗学者のジャンは湖がある町へとやってきた際に奇妙な物語を耳にした。
 恐ろしく高い木にお供え物をして住民皆で円を作って空から神様が下りてくるのを待つというものだ。
 学者としてはなんとしてもその不思議な風習を記録したいと思い立った彼は住民に話を持ちかけた。

 「不思議な儀式があると耳にしたのですが……私、ミスカトニック大学のジャン=ブルンヴァンと申します」
 「ああ、あの大先生。お話は耳にしておりますよ」
 「儀式に参加することは可能ですか? もし駄目ならば、映像だけでも記録させていただきたいのです」
 「構いませんよ。参加人数が多ければ多いほど神は喜ぶことでしょう」

 儀式の内容について詳しく話を聞いてみた博士は驚きを隠せなかった。
 この現代に、キリストや仏教などの派生でもない、独自な宗教が生き残っていることは驚きであった。
 まず参加して儀式の詳細を調べあげ、フィールドワークの一環として村に滞在することを検討しようと考えた。
 儀式の当日は晴天の空であった。
 住民が集まっている。枯れてしまって、キノコや蔓の住処となってしまっている巨大な木の周りに、円を描くようにして整列していた。
 博士は住民のレクチャーを受けると、木を囲んで座った。
 暫くして町の鐘が鳴ると、住民たちは一斉に円を維持したまま手を繋いで木をぐるぐる回り始めた。

 「………な、なんだ………あの光は……」

 十五分もまわっていただろうか。
 博士の目に飛び込んできたのは、木の真上に球体状の光り輝く物体が下りてきた光景であった。
 絶句する博士に、その球体から一条の光線が放たれるや、まるで重力を無視して空に浮かびあがった。

 「うわああああ助けてくれぇ! 誰か!」

 住民達はドッと盛り上がって、手を叩き始めた。
 博士の絶叫と、球状の光は空に消えた。





 儀式の生贄とされたのか、神に気に入られたのか、いずれにせよ。
 限りない宇宙と有限の地球が繋がる場所……
 そこがナイトスプリングス。




[33586] 「会話だけの世界」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:28

 「ああ、何も見えない。灯りをつけてくれ」

 「灯り? 俺にはその概念は理解できないね」

 「何を言ってるんだ、こんなに暗いじゃないか。何も見えやしない。1フィート先も霞んでやがる」

 「違うね。見えないんじゃなくて、そもそも無いんだ。ほうらわかるだろう。俺たちが誰かも無いから顔を見ることだってできないんだ」

 「確かに……そうだが。おかしいじゃないか、何も見えないなんて」

 「わからないぜ? 見えないんじゃなくて、そもそも見ることができないのかもしれない。目の無い生物かもしれない」

 「何を言っているんだ。俺らは人間だろうに。それにここはどこなんだ」

 「ンぁあ。物わかりの悪い奴だが、俺は嫌いじゃない。よく見てみろってのも変だが俺らは人間でもない。猫かもしれないし、犬かもしれない。誰かの夢かもしれない」

 「どういうことなんだ?」

 「深刻な顔をしなさんなって。まだ俺らの設定すらないどころかここがどこかなのかさえ書いちゃいないんだ」

 「なんだって? もっとわかりやすく頼む」

 「簡単に言えば、俺らは作品なんだ。書かれてないことはないのと同じだ。ほら、あんたが灯りをつけてというからここが暗闇になってしまったじゃないか。んまぁ灯りが無い、暗闇も無い、どっちつかずの状態はありえないんだがね」

 「俺らはこの先どうすればいいんだろうか。まだ書かれてないんだろう」

 「落ち着けって。俺らは人殺しに快楽を感じるような男とは書かれてないし、斧でドアをブチ破るような奴とも書かれてない。ベッドの下の殺人者でもなければ、変な話になるが一晩過ごした翌日にバスルームに口紅でエイズの世界にようこそとも書かない。鳥が襲ってくる世界観でもない」

 「だから、一体、どうすればいいんだろうってな」

 「どうしようもないさ。他人の夢を覗けるか? 弄れるか? なぁ、俺には無理だ」

 「なるほど。では、話が終わるまで待っていればいいのか」

 「そういうことさね」





 暗闇と無限は同じ意味合いを持つこともある。
 想像一つで変化自在に形を変える力が宿る場所……
 そう、そこはナイトスプリングス。 




[33586] 「小説家になろう」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:29
 ―――創造力。
 それは人の欲望、理想、思想、ありとあらゆるものを源泉とする一方、奪い去る要素を多数内包した世界。
 現実、知識、経験。
 どれも創造のためには欠かせないとされながらも、自由を奪う存在である。
 だが、ここでは創造力への阻害が自由どころか人生を左右することもあるのだ。

 そう、ナイトスプリングスでは。


 今夜の話は「小説家になろう」。
 スティーヴン氏は小説家特有のスランプに苦しんでいた。
 書きたいことは山積みだというのに、文章に起こすことができない。少し書いただけで「これが俺の書きたい文ではない」と削除してしまう。
 先人たちに習って彼は散歩に出かけてみることにした。
 ある程度売れている小説家であった彼は一日中肉体労働を行わなくてもよかった。
 遠出をした彼は素敵な公園を見つけた。比較的新しく、池は浄化システムが素晴らしい構造をしているのか汚れひとつ無い透明度の高さを誇っていた。彼はベンチに腰かけて気が付いた。
 何やら封筒が落ちているのだ。

 「なんだ……書類だろうか?」

 中を開けるという誘惑に負けた彼は、周囲に誰もいないことを確かめると、慎重に開封した。
 「小説家になろう」という題名の紙切れが入っていた。

 「なんという天からの贈り物……誰かは知らないが、嫉妬を覚える……」

 彼はそれを読んで驚愕を受けた。驚くべき才気に溢れた瑞々しいアイディアが詰まっていたのだ。
 彼は帰宅すると早速それを小説に書き起こした。瞬く間に指先は踊り、あっという間に本を書きあげてしまった。それを読んだ編集者は文の素晴らしさに唸った。本はたちまち出版されベストセラーになった。
 だが彼は再びスランプに陥ってしまった。
 同じようにあの公園へと赴くと、封筒があった。
 その内容を本に起こして、スランプに嵌まる。そんなことを何回も繰り返した彼は気が付いてしまった。
 自分だけではアイディアを作り出すことができなくなっていたのだ。
 彼は只管頭を悩ましたが、結局封筒に頼ってしまった。
 封筒を頼りにアイディアを練り上げる日々。
 彼は、もう公園に行くべきではないとわかりきっていながらも、どうしても足を止めることができなかった。
 テレビのインタビューに出演した彼は暗い顔をしてこう言った。

 「私のアイディアは決して素晴らしいものなんかじゃない。あえて言うなら……いやこのへんでよしておきましょう」
 「では最後に小説家の卵たちに一言」
 「自分一人で書くに限る。特に、小説はね」




 馬鹿げた話だと笑うのなら、きっと誰かに笑われる。
 それが、ナイトスプリングス。




[33586] 「反抗心」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:30

 ―――自立心は時に反社会的な性質と解釈される。
 意志が強いということは他者の考えに反抗するということでもある。
 それでも人は反抗せずにいられない生き物なのだ。

 ここナイトスプリングスでも。

 今夜のお話は「反抗心」。
 
 カール青年は鏡の中にもう一人の自分を見出すようになっていた。
 両親の言いつけを守ってとことん自分を抑制してきた自分とは似ても似つかない派手な格好と態度の自分が鏡に映っているのを何度も目撃したのだ。
 彼はなんとかもう一人の自分に会おうと部屋に鏡を設置すると、実験を試みた。
 深夜になって鏡の前に立つともう一人の自分が居た。
 彼は咄嗟に言葉をかけた。

 「お前は誰なんだ!」

 鏡の中の自分は笑みを浮かべて答えた。

 「俺かい? 俺はお前さ。特にお前さんの好き勝手したいって欲望の面さ」
 「なんだって? 信じられない」
 「驚くことじゃないさ。医者にかかるようなことはするなよ。これはお前の心の風景なんだから」
 「なぜ鏡にお前が映ってしまったんだ?」
 「なぜって、お前が俺を憎んでるからさ。ほっとくと自分自身を引き裂いちまうからな。けど離れすぎても駄目だ。俺たちは所詮運命共同体なんだ」
 「お前が居たせいで、どれだけ苦労したと思ってる」
 「苦労しに行ったのはお前さんじゃないか。両親の言うことばかり聞いて苦労に飛び込んでいく。好きな人生も歩めない。結構だが、まるで面白くない」
 「いいやお前なんかいらない。吐き気がするね」

 カール青年がそう強めに言葉を発すると、鏡の中のカール青年は悲しそうな顔をした。
 するとあろうことかカール青年の体から、カール青年と同じ姿をした青年が飛び出して鏡に入っていった。
 カール青年はその場に蹲ってしまった。呼吸はしていたが目に光が無い。
 鏡の中の二人は顔を見合わせあった。
 後から鏡に入っていったカール青年の反抗心が言った。

 「言わんこっちゃない。あんまり否定しすぎて反抗心に対する反抗心まで捨てちまった」
 
 最初に鏡に居た反抗心は首を振った。

 「捨てればいいもんでもないってのに」



 取り返しのつかないことが頻繁に起こる場所……
 それがナイトスプリングス。




[33586] 「予言」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:31

 ―――時間、それは不可侵にして決して侵されることのない法則。
 科学の進歩に伴って人の独力では時間の壁に挑むことはできないと結論付けられたが、それでも人は時間という神秘を変えたがる。
 昨日のことですらなかったことにはできないと知りながら。
 過去と未来が交錯する町。


 ここはナイトスプリングス。



 今日のお話は「予言」


 アインシュタイン少年はふと気が付くと未来の光景を知ることができるようになっていた。
 明日の授業はどんな内容なのか、フットボールの試合の結果は、次期大統領は誰なのか、すべてだ。
 ある日彼は夢に法則性を見出した。
 自分の興味が向いた事象についてだけ知ることができるのだった。
 彼はこの能力を使って様々な素晴らしく楽しい日々を過ごした。

 「僕は未来予知できるんだ!」
 「うそだー」
 「じゃー当ててみろよー」

 クラスメイトに自分の能力を暴露した彼だったが、信じてもらえなかった。
 どうやら冗談を言っているとさえ受け取られている反応が返ってきたことに少々憤りを感じた彼は、腕を組むとクラスメイトを睨み付けた。

 「当ててやるよ! なんだってさ!」
 「アインシュタインの寿命!」

 アインシュタイン少年は思わず口を半開きにしたが、すぐに予知を待った。
 一向に予知はやってこない。その場をなんとか取り繕ったものの一向に能力がやってこない。
 嗚呼能力は失われてしまったのか?
 そんなことはなかった。アインシュタイン青年はある日予知を見た。
 彼は青ざめるとすぐに建物を飛び出したが、車に轢かれて死んでしまった。
 彼は最後にこう口にした。

 「そんな。僕は建物に押しつぶされるはずじゃ」




 理解できることだけが世界のすべてではない。
 特にナイトスプリングスでは。




[33586] 「キャトルミューティレーション」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:32

 ―――怪奇現象。
 人の知識の及ばない現象であると同時に、いまだ観測・分析されていない事象。
 人は時に想像力を働かせ真実から目を背けてしまうが、それでも人は未知に憧れる。
 
 そう、ここナイトスプリングスでも。


 今夜のお話は「キャトルミューティレーション」


 ケネス・アダムスキー氏は常日頃から息子たちが好んで読んでいるオカルト雑誌を目にしてきた。
 彼自身は科学の信仰者だったのでやれ宇宙人だ幽霊だと言う話は大嫌いであったが息子の手前悪口を吐けないで悶々としていた。
 彼はある日、牛の世話をしていると奇妙なことを発見してしまった。

 「なんだこりゃ。死んでるぞ」

 牛が死んでおり、死体の一部が鋭く切り取られ、血液が抜けてビーフジャーキのようにカラカラになっていた。
 彼は知識として牛の死体を放置しておくと野生動物や虫などに食われてしまい血液は重力に従って地面に沁み込むことを知っていた。
 息子たちに見せると案の定宇宙人の仕業扱いした。

 「やっぱりいたんだよ!」
 「写真撮っとこう!」

 興奮してデジタルカメラでフラッシュを連射する息子たちを前に、アダムスキー氏はため息を吐いた。

 「宇宙人なんているはずないのに」

 その夜、アダムスキー氏は異音を聞いた。
 ショットガンを構えて家を飛び出すと、その音は家畜小屋の方からきていた。
 彼が小屋に飛び込むとおぞましい光景が広がっていた。
 蛆虫の集合体があたかも意識があるかのように牛の死体を貪り血を啜っていたのだ。

 「ありえない!」

 彼は小屋を飛び出すと部屋に引きこもってしまった。




 ありえないことだってありえてしまう。
 それがナイトスプリングス。




[33586] 「盲目の男」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:33
 ―――人は外界を認識する手段として視覚に大部分を頼り切っている。
 我々が物を見るということは、情報のほとんどを視覚から入手していることなのだ。
 だが時に、見えなくてもいいものが見えてしまうこともある。

 ここナイトスプリングではとても。


 今夜のお話は「盲目の男」



 ルイ・ブライユ氏は先天的に目が弱く、文字を読むのにも一苦労な生活を強いられてきたが、ある日事故にあってしまう……。
 事故により視力を完全に喪失してしまった彼は務めていた仕事先を辞めると、故郷へと帰った。
 湖が美しい町へ。
 彼は少年時代、ぼやけた視界のなかでも美しいと感じられた町でのんびりとした日々を過ごした。
 ある日彼が家のテラスに出ると何者かの気配を感じた。

 「誰かいるのか?」

 何かの気配があるのは確実で、息遣いさえ感じ取れるというのに、返事はなかった。

 「メアリ! メアリ!」
 「どうしました、こんな夜更けに」

 妻がやってきた。彼は身振り手振りで何者かが居ることを告げた。

 「何かがいるんだ。嘘はついていない。誰かが潜んでいる!」
 「私には何も……」

 妻が嘘をついている様子はなかった。彼は恐怖に震えながら眠りについた。
 それから数年間の間彼は気配に悩まされ続けてきたが、科学の進歩によりその目で確認することができる日を迎えた。
 カメラから取り入れた映像を脳に流すことで視界を得ると言う技術だ。
 システムの電源を入れた彼は半狂乱になった。

 「なんて……なんて恐ろしい!! ああ神様! 神様!」




 見えないことが幸せなこともある。
 それがナイトスプリングの掟なのだ……。



[33586] 「月面より」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:33

 ――――宇宙、それは人の尺度では無限大。神の尺度では有限の領域。
 人が暗闇に幽霊を見出したように、多くの者が様々なものを見出してきた。
 果たしてそれが実像なのか、想像力の見せる幻想なのかもわからずに我々は生きていくしかないのだ。

 それは、ナイトスプリングスでも。


 今夜のお話は「月面より」

 ダヴィンチ少年はお父さんから買ってもらったばかりの望遠鏡で様々なものを見ることが好きだった。
 ある日彼は空を観察してみようと思い立ち、両親には内緒で夜更かしをした。
 その夜は美しい満点の夜空だった。
 彼は望遠鏡で星屑を観察した。まるでドロップのような輝きに彼は瞳を大きく見開いた。
 次に彼は月を見た。高性能な望遠鏡は見事に月面の凹凸を捉えた。

 「あっ……なんだろう」

 彼は目を見張った。
 月の上に何かがうろついているではないか!
 彼は望遠鏡の倍率をあげると、それは急速に大きくなった。月の方から地球の方に近寄ってきたのだろうか?

 「へんなのー。毛むくじゃらー」

 それがくっきりと見えるや否や彼は笑った。
 あえて表現するならばスパゲッティをボールに張り付けたような奇妙な物体だったからだ。
 彼はそれについて両親に質問してみたが夜更かしについて怒られただけだった。




 月の明かりがくまなく照らすも、影が色濃く残る場所。
 それがナイトスプリングス。




[33586] 「ナイトスプリングス」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:35

 ――――絶望的で、暗澹立ち込める町……。
 その町は不定形でどこにでもありうる。誰かがそこにあると認識すれば、もうそこにあるのである。
 その町こそがナイトスプリングスと言うらしい。

 今夜のお話は「ナイトスプリングス」



 ウェイク氏はふと気が付くと暗黒の町に佇んでいた。
 今すぐにでも小説を書かなくては愛すべき人が死んでしまうと彼は声を張り上げて町中を徘徊していたが、危険人物にしかみえないとされて彼は警察に拘束されていた。

 「離せ! 離してくれ!」
 「ウェイクさん、あなたが言う事実はないんですよ。消えるヒッチハイカーの件も、そもそも車に轢いた跡もブレーキ痕もない
 「嘘だ」
 「キャビンで襲撃を受けたと聞いたので調査員を向かわせましたが、事件の痕跡はありませんでした。銃痕もありません。人が行方不明になってもいません」
 「妻は! 妻は無事なのか!」
 「ああ、アリスさんですね、今朝方電話がありまして無事を確認しています」
 「本当……ですか?」
 「安心してください」

 ウェイク氏は興奮収まらぬ様子であったが、警察官に連れられて電話をとった。
 妻のアリスは彼を心配した様子で迎えたが無事であることが分かった。
 アリス曰く、ウェイクが夜中に突然起き上がると、ショットガン片手に車に乗り込んで走り出したというのである。
 彼は徐々に落ち着きを取り戻すと警察官に礼を言って帰っていった。





 何か危険なことが起こるとは限らない。
 それはナイトスプリングスでも変わらない普遍的な事実である。




[33586] 「傑作」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:38

 ――――作品、それは現実と非現実を彷徨う事柄。
 人は時に自然に作品という概念を当て嵌め、ただのゴミにさえ作品性を見出してしまう。
 逆説的には、人は存在しえた作品を作品として扱えていないのである。
 
 ここナイトスプリングスでも数多くの作品が………。



 今夜のお話は「傑作」。
 キング氏は小説家を目指す文学青年だった。聖書から娯楽小説までを穴が空くまで読み込み、日々の研究を重ねるような彼だったが、投稿する小説すべてが悉く落選してしまうのであった。
 キング氏は絶望的な気持ちにあったが諦めることなく立ち向かっていった。
 
 「………それだ!」

 ある日キング氏は本を読まずキーをタイプせずに椅子に深く腰掛けて考えていた。
 素晴らしいアイディア。インスピレーション。そのひらめきと情熱に任せて筆を進めてみようと思い立ったのである。
 半日の苦悩と、靄が彼の作品作りを阻害していたが、ある瞬間に晴れた。
 彼は大喜びして作品作りに取り掛かった。
 一時間。
 彼はタイプを止めることなく只管文章を並べていった。
 それは宇宙だった。星間物質をより集めて整合性を見出し星屑となった物体を更に星座に並べていくのだ。有限の中に成り立った無限をもとめて彼は指でキーを叩いた。
 一日目、二日目、そして一か月。
 とうとう彼の作品は作品となった。
 彼はタイトルに「ディパーチャー」と銘を打つと、まずは文学仲間に見て貰おうと印刷して封筒に入れた。

 「よし、これは素晴らしいできだ」

 彼は印刷した作品に軽く目を通し、満足げに頷くと、再度封筒に入れ直して家を出発した。
 友人宅着。
 彼は早速封筒を友人に手渡した。友人は早速読み始めたが二枚目つまり作品本文に目を通すや顔色が変わった。

 「どうやら印刷ミスのようだ。白紙だよ。これも白紙。ああ全て白紙だ」
 「なんだって? それは本当かい?」
 「見てごらんよ。ウーム」

 友人から作品を渡されたキング氏は眩暈を覚えた。たしかに白紙だった。タイトルさえなかったのだ。
 キング氏は友人に謝罪すると帰宅し、悲鳴をあげた。

 「ない! ない! そんなばかなことがあるもんか!」

 確かに書き上げた作品は、パソコンの中にも、それどころか印刷機にもその痕跡がきれいさっぱり消えていたのだ。まるで書かなかったかのように。





 駄作と傑作、黒と白、光と闇、有と無が紙一重の場所……
 それがナイトスプリングス。




[33586] 「救いの神」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:39

 ――――宗教、哲学が避けて通れない道の一つに神の存在意義についての問題がある。
 神が在るから宗教があるのか、宗教が在るから神が在るのか、難解になりがちなこの議論にピリオドが打たれた試しはない。
 ここナイトスプリングスにおいてもこの問いかけに白黒付けられるものが居ないのは確かである。

 今夜のお話は「救いの神」



 ダンテ青年は人生にうんざりしていた。
 退屈な日々。つまらない教師。未来への閉塞感。両親の不仲。加速する世界的な破滅への傾向。
 そんなある日彼は事故で死んでしまった。
 あっさりとした死の後、彼は自分の意識が保たれていることに気が付いた。

 「地獄ってのは暇なんだな」
 「そうでもないぞ」

 何もない空間で彼が呟くと、誰かが返事をした。
 彼は直感でその存在が神であると認識した。
 彼は光り輝くその存在が意外とフレンドリーであることに驚愕を覚えつつも、質問した。

 「俺は死んだのか」
 「死んだ」
 「これから俺はどうなるんだ」
 「私の気まぐれで第二の人生を歩ませてやろう」

 彼はその提案に喜び、自分の考える限りの最高の人生を希望した。
 その存在はそれを了承した。
 彼が気が付くと、限りない荒野に立っていた。多くのボロ服を着た人達が黒い翼を生やした者たちに重労働を強いられていた。別の方に目を向ければ、業火に焼かれる人がいた。別の方には体を切り刻まれる人が居た。
 彼が呆然としていると、そのうちの一人が顔を向けてこう言った。

 「地獄へようこそ新入り」




 詐欺師の常套手段は相手に勘違いさせることと言うが、このケースでは果たして……。
 ダンテ青年がこの後どうなったかを知る者はいない。
 きっとナイトスプリングスでさえ。




[33586] 「井戸の底」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:40

 ――――ニーチェ曰く、暗闇を覗くとき暗闇もまた我らを覗いているのだという。
 光と闇は表裏一体であるならば、我々が闇を見つめるとき我々は自己の鏡写しを見ているのである。
 晴れない霧と、不可視の追跡者の気配が蔓延する町……

 ナイトスプリングスでは。


 今夜のお話は「井戸の底」





 落し物ほど気がかりになる紛失物はない。
 ホシ氏はある日お気に入りのナイフを古井戸に落としてしまった。

 「困った。取れないじゃあないか」

 井戸は暗く、そして深い。ホシ氏は身体能力には自信を持っていたが無装備で井戸の底へ探検することはできないとわかっていた。
 ホシ氏はロープを用意するとブーツを履いて井戸の底を目指した。
 えっちらおっちらという危なげな様子であったが、徐々に慣れてスムースに降下していった。
 
 「ム、なんてことだ」

 懐中電灯が途中で切れてしまった。振っても叩いても発光しない。
 ホシ氏は太陽の光を頼りに降りて行った。
 と、彼は何者かの気配を感じ取った。
 井戸の底に誰かが居るはずがない。一笑で済ます彼だったが、あろうことかそれがちらりと見えてしまった。

 「お前は……!」

 それは、丁度井戸の底から地上へと重力が反転してしまったかのように逆向きになったホシ氏自身だった。
 違いと言えば全身が黒ずみ影を纏っていた程度だった。
 その影は命綱をつけて井戸の底から地上へ“降りて”いる真っ最中だったのである。




 思わぬ遭遇が二人の同一人物にいかなる影響を与えたかは定かではないが……光無くして闇はない。
 その簡単な事実が全てを支配する場所……それがナイトスプリングス。




[33586] 「本」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:40
 ――――例え一生かけても伝えられる情報はごくごく少ないことは周知の事実だが、媒体を用いることで時代を超えて伝えることは可能である。
 だが時に、媒体とは名ばかりの恐怖が潜んでいることがある。
 
 ナイトスプリングスでは。



 物欲は人の渇望が招く現象だ。
 ダーレス氏は古今東西の書物のコレクターであったが、どうしても手に入らないものがあった。
 とあるコレクターが秘蔵しているという書物がその最もたるものであった。
 ダーレス氏はありとあらゆる手段を用いてコレクターに接触して本を譲り受けた。

 「さて、読んでみるか」

 ダーレス氏はその書物をまずは目を通してみようと手袋を嵌めると包み紙からそっと出した。
 それは何かの皮を縫い合わせた奇妙な本であったが、外側の奇異性にさえ目を瞑れば普通の本に思えた。
 古代から続いてきたオカルティズムに関する貴重な資料ということもあり、ダーレス氏はコレクションに加えたいと考えてきたのである。
 一ページ捲った。

 「あああ……」

 ダーレス氏は奇妙な声を漏らした。
 ページには何やら冒涜的な文字列が並んでおりとても三次元上では理解することもはばかられる恐ろしき内容だった。
 三次元上でさえ狂った文字の配列と脳髄まで外なる神秘で汚されてしまうような、あまりの恐怖に涙がとめどなく溢れ、やがて出血が始まった。
 まるで涙を流すかのように目から出血しはじめたダーレス氏は悲鳴を上げて顔を掻きむしると突然走り出した。
 壁にぶつかった彼は天に許しを請うかのように両手を掲げると、窓ガラスに頭を打ちつけた。

 「ああ許してくれ! 許してくれ! 神よ! このようなことが!! ああ窓に! 窓が!」

 ダーレス氏は口から泡を吹き、そして窓を頭突きで破った。
 次の瞬間彼は窓から身を躍らせた。
 彼の体は重力と言う理に引かれてミンチと化した。





 好奇心が身を滅ぼしてしまう場所……
 それがナイトスプリングス。



[33586] 「壁を抜ける男」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:41
 ―――――確率を制御する存在があるとすれば、その存在は神と呼べるだろう。
 だが確率は無常にも牙を剥くことがある。
 
 ナイトスプリングスでも。



 アイヴァー・ジェーバー氏はある日とんでもない能力を身につけてしまった。
 彼は壁などの障害物を素通りして反対側に抜けることができるのであった。

 「素晴らしい能力だ! 神様ありがとう!」

 彼はまっとうな商売をしていなかった。つまり泥棒を生業としていたので、この能力はまさに打ってつけだった。
 彼の行くところ敵は無かった。
 ある日彼は豪邸に忍び込んだ。

 「お安いもんだ」

 彼は守衛の目を盗んで壁に潜り込むと反対側に出た。
 更に建物の壁に潜り込むと内部に侵入することに成功した。能力を使えば侵入などお茶の子さいさいであった。
 彼は豪邸の金庫に入り込むと札束をバッグに詰め込んだ。ざっと計算しても数十年は遊んで暮らせる金額だった。
 能力で三階まで上った彼は貴重品類を盗んだ。

 「誰かそこにいるの!?」
 「しまった!」

 ところが彼の行動が大胆すぎたのかハウスキーパーに見つかってしまった。
 彼は気が動転して能力で壁に潜り込むのではなく、普通の泥棒時代にやっていたように窓から飛び降りようとした。
 彼の体は地面に着くなり潜り込んでいった。
 警備員が駆けつけてきたが泥棒の姿は見えない。
 ただ、地面には赤い染みが残されていた。





 能力を過信した彼はどこかに消えてしまった。
 確率の神に弄ばれたのか、それとも呪われたのか、いずれにせよ、何かおぞましいことがあったのだ。
 見えない力が支配的な町……それがナイトスプリングス。



[33586] 「エンドレス」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:41

 ―――――無限。
 それは人が夢見た幻想。人は有限を認識することしかできない。
 ではもし、有限でしか生きることの許されない人が無限を認識してしまったとしたら……


 ナイトスプリングスにおいては。


 今夜のお話は「エンドレス」



 日常に潜む驚異は常に機会をうかがっているものだ。
 デカルト氏が目を覚ましてみると、そこは白い部屋だった。

 「なんなんだここは? 私の部屋ではないようだが」

 デカルト氏は首をひねりつつも部屋から出ようとした。
 ところが扉を開けても同じ部屋に戻ってきてしまう。
 扉を開けると、部屋への入り口に入ってきてしまうのだ。数十回はこれを繰り返した彼は途端に恐怖に襲われた。
 無限という牢獄に閉じ込められてしまったのではないだろうか。
 現代科学では到底説明のつかない事象に、デカルト氏はパニックに陥った。

 「出してくれ! だれかここから出してくれ!」

 部屋には窓はなかった。携帯電話も通じない。テレビもノイズを拾うだけだ。
 デカルト氏は喉の渇きを覚えた。
 幸いなことに水道は出た。
 が、食料はどうだろうか。デカルト氏は冷蔵を漁った。あったが、有限である。
 いつか私は死ぬだろう。
 デカルト氏は脱出の手段を考えるべくベッドに入って目を瞑った。

 「む、朝か」

 無限とも思われた時間が経過した。
 目を開くと、自分の書斎にいた。

 「やった! 出られたぞ!」

 デカルト氏は小躍りしながら部屋から出た。
 そして、自分の書斎の入り口から部屋の中に戻ってきた。




 始まりも終わりも同一のもの。
 ナイトスプリングスでは、そう語られている。




[33586] 「アルカディア」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/26 00:44
 ―――桃源郷。理想郷。ユートピア。
 すべてに共通しているのは、手の届かない場所にあることと、二度と巡り合うことはないことだ。
 
 ナイトスプリングスでは、そのような教えがある。


 今夜のお話は「アルカディア」

 
 
 バリー=ウィーラーは編集者である。
 あるとき彼は、彼自身が受け持つ作家がスランプに陥ったと話を聞きつけた。
 売れっ子作家特有の症状だが、その作家は神経質で内面に暴力的な一面を隠していることもあり、それなりに充実した休暇が必要だった。もしくは、充実感はなくても、考えることのない、のんびりとした休暇が。
 バリーは彼の休暇を了承した。

 「まぁ奥さんによろしくな」

 そう言って送った。
 ある日、彼からSOSの電話がかかってきた。
 
 「よぉ、休暇を満喫してるか」
 「バリーか? 助けてくれ! ここの連中は何かおかしい……」
 「冗談はよせよ」
 「冗談なんかじゃない。俺は本気だ」

 鬼気迫る電話内容にはじめはバカにした調子のバリーも、様子がおかしいことに気が付いた。
 彼は神経質な男だったが、冗談くらいは言う。酒によって下品なことも口にする。
 だが、少なくとも悪戯に時間だけを消費する男ではなかった。
 バリーは一度電話を切ると、再び電話をかけようとした。
 鳴り響く電話。
 受話器を取ると、酷く落ち着き払った声が聞こえてきた。

 「取り乱してすまなかった。休暇はやめにした。今から仕事をする。原稿を渡しに来たから扉をあけてくれ」

 ――休暇中ではなかったのか?
 バリーは疑問に思いながらも自宅の扉を開けてみれば、髪をオールバックにした彼がいた。
 格好も随分とラフである。20代のプレイボーイのような色気さえある。
 手にあった原稿を受け取り、目を通す。
 確かに文章は彼のものだ。
 何か釈然としない気持ちを抱きつつも、バリーは尋ねた。

 「雰囲気変わったな」
 「これが普通さ」




 時に理想郷は人を飲み込んでしまう。
 ナイトスプリングスも同じなのかもしれない。



[33586]
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/06/29 22:51
 俺は文字に埋もれていた。
 湖だ。文章はまるで深夜の湖にたまった黒々とした水のように俺を取り囲んでいた。
 文章に限らず創作活動は光と闇、熱と冷たさ、無数の状態を重ね合わせているのだ。
 今、世界は闇に満ちていた。
 コールドロンレイクに潜む得体のしれない闇が俺を取り囲み蝕んでいた。
 酷く吐き気がしたが、立ち止まることはできなかった。
 もう一人の俺に負けるわけにはいかないのだ。
 シナリオを書き換えるためにはパラドクスがあってはならない。矛盾も許されない。現実がそうであるように、作品もまたバランスによって成り立っていた。
 ゼインが失敗したのは天秤を狂わせたからだ。
 闇が俺に直接的な干渉をしないのは、バランスが崩れてしまうからだ。
 世界の理には闇も逆らえない。
 そして俺も抗うことができなかった。
 唯一世界を変える方法は散らばった欠片をつなぎ合わせ光を追うことだ。
 光の力は強大だ。闇が光を殺す存在ならば、光は闇を殺す存在だ。
 Mr.スクラッチと俺。どちらが早いか、決着をつける時がいずれ来るだろう。
 闇を振り払い、世界を渡る術を見出した俺は、次の目的地を決めた。
 仮初の土地。
 その名は、これが相応しい。

 「ナイトスプリングスだ」



[33586] 船上にて(セカンドシーズン序)
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/06 12:28
 俺が目を覚ますと見たこともない船の上だった。
 俺は木製デッキに頬をつけて気を失っていた。手元には懐中電灯のみがあったが、接触不良か電池不足かスイッチが反応しなかった。
 闇と戦うためには懐中電灯は必須だが、光が点かなければ棍棒にも劣る代物だ。
 俺はまず電池を探さなくてはならなかった。
 デッキから水面を見てみると、そこはまるで鏡のようだった。黒々とした雲に隠された月明かりを反射して、湖底、もしくは海底にカーテンをかけていた。
 俺はまずデッキを調べた。
 デッキには何もなかった。ただ一枚の原稿を除いて。
 原稿には俺が恐怖に狂い船の上から身を投げる様子が描写されていた。まぎれもなく俺の文体だ。
 原稿を手に入れた途端、あたりがざわめきだった。
 刹那、暗闇から霧のような影を纏った斧男が俺に襲いかかってきた。
 俺は間一髪身をかわすと敵を排除する手段を探した。
 駄目だ。光もなければ銃もない。素手でやるしかなかったが、斧を持った相手に勝てるとは到底思えなかった。
 「こっちよ!」
 突如、斧男がよろめいた。
 ショットガンを構えた女性が背後から散弾を発射して背中に命中させたのだ。
 俺は言った。
 「闇を倒すには、光が無くては!」
 女性が言い返した。
 「電池があるわ!」
 俺は投げられた電池を空中でキャッチすると懐中電灯に差し込んで、強く握った。迸る光が斧男の闇をはぎ取った。無防備となった闇に、女性が放った散弾がめり込んだ。男はピントが暈けるかのように四散した。
 「危なかったわね」
 あろうことか、いつか出会った保安官その人がいた。



[33586] 「幻痛」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/07 22:38
 ―――痛みは危険信号だと言うが、時に人の脳は偽りの痛みを伝えることがある。
 だが偽りかどうかを確かめる術はない。

 そう、ここナイトスプリングスでも……。



 今夜のお話は「幻痛」。



 痛みに耐えることは酷く体力を使うものだ。
 アンダーソン・ティプラーはある日病院に行った。
 彼は酷い痛みを訴えていたのだが、医師の検査の結果ではどこも悪くないのだ。
 外傷、内傷ともになく、健康的な体なのだが、ティプラー氏はとにかく痛いと言うのである。
 彼の指示通りに精密検査が行われたが問題が見当たらない。健康そのもの。もはや医学では手が出せない。なにせ健康なのだから。
 応対した医師は念のため彼の主張を聞いてみることにした。
 ティプラー氏は明らかに無事な腕を振り回しながら涙をこぼしていた。

 「それで、どこが痛いんです」
 「腕だよぉ! 腕が痛いんだよ!」
 「しかしあなたは健康だ。我々にはあなたが嘘をついているようにしか思えないのですが」
 「腕だ! ほら、ここを見てくれよ!」

 医師は、ティプラー氏が典型的な薬物中毒者かと思ったが、検査結果がそれを否定していた。
 だが医師は彼の言う腕という単語に違和感を覚えた。
 彼は腕というよりも背中をしきりに叩いているのである。
 念のため服を脱がせて背中を見るも、傷一つ無い。
 医師は首を捻った。精神的な病だろうか。だとすれば私の手に余るぞと。
 もし未発見の病状にしても、こんなものは聞いたことすらなかった。

 「なにもないじゃないですか。診察料はいただきますが、おふざけは社会的地位を損ないますよ」
 「やっぱり見えてない! もう私は帰るぞ!」

 彼は医師の手を振り払うと、苦痛に顔を歪めながら衣服を着て、診察室を出た。
 診察料を払っている最中、彼の容体は急変した。
 腕と背中の付け根あたりを押さえて大声をあげて転げまわり、ばったりと倒れたのだ。
 医師が集まって彼の蘇生を試みるも、ダメであった。
 彼は息絶えた。
 医師たちは彼の服を脱がせて全身を調べたが、一点を除いて不審な点は見当たらなかった。

 「なんだろうな、これは」
 「知るかよ。珍しい外傷だが死因に直結するとも思えん」

 彼がしきりに痛がっていた両腕と背中の付け根には丸い痣が出来ていたが、医師は首を振って心不全と診断した。


 ―――彼は怪我をしていたのか? それとも単なる幻痛か。
 いずれにせよ痛みは死を招くのだ。

 特に、ナイトスプリングスでは……。



[33586] 「スランプ」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/08 15:50


 ―――書けないから書かないのか、それとも書かないから書けないのか。
 先入観があるから思い込むのか、思い込むから先入観になるのか。
 いずれの問いも兎角難解になりがちだが興味深い事例を示す場所がある。


 そう、ナイトスプリングスでは……。




 今夜のお話は「スランプ」




 生みの苦しみは理解されないものだ……。
 ムラカミ氏は今日も文章を書けないでいた。
 パソコンを起動していざ小説を書こうとするとフリーズを起こすか、故障する。
 紙に文を書こうとするとペンが折れ、インクが詰まる。
 今日もパソコンを起動して執筆のためのソフトウェアを立ち上げてみたが、キーが反応しなかった。

 「ふざけるな! 私の妨害をするつもりか!」

 ムラカミ氏は小説家ではなかったが、なりたくて文章を書いていた。
 にもかかわらず、まるで呪われているのかのように文章を書くことを世界から拒まれていたのだ。
 今や彼にとって文章とは頭の中で思い描くストーリーでしかなかった。
 ムラカミ氏はパソコンの電源を落とすと、再度執筆を試みた。
 が、パソコンは黒い画面を表示し続けるだけであった。
 机の上からエンピツを手に取ると、文を書こうとした。一文字目にして芯が折れた。
 ボールペンに切り替えてみても、インクが出ない。
 頭に来た彼はとうとうペンを逆手に持つと、無地の紙に突き刺した。
 まるで親の敵のように何度も何度も突き刺す。ペンからインクが漏れて血のように飛び散った。紙はどんどんへしゃげていく。

 「あああああああああああああああああ!」

 すると、あろうことか、部屋中に悲鳴が響き渡った。
 紙が、本が、パソコンが、断末魔の悲鳴を上げたのだ。
 ムラカミ氏は悲鳴に耳を塞いだ。気が狂いそうだ。冒涜的な音色が頭痛を誘発する。
 ふと気が付くとムラカミ氏は茫然と部屋に佇んでいた。

 「書ける! 書けるぞ!」

 新しいペンを取り、執筆を開始してみたところ、書けるようになっていた。
 だが。

 「………ストーリー……人物………駄目だ! まるで思い浮かばないではないか!」

 彼はペンを投げて頭を抱えた。



 彼が殺したのは何者だったのか?
 答えは神も存じないが、いずれにせよ。

 そう、ここはナイトスプリングス。



[33586] 「酒」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/09 23:08

 ―――嗜好品の類はあくまで精神のリフレッシュのためにある。
 さもなくば、嗜好品が生活にとって代わることになるだろう。
 
 ナイトスプリングスでも……



 今夜のお話は「酒」


 誘惑は心をときめかす。
 レイモンド=チャンドラー氏は酒好きで知られていた。
 世界中の酒を取り寄せては飲んでいた彼だが、ワイン、シャンパン、ウィスキー、ビール、その他の酒のほとんどを飲んでしまい。もはや珍しい酒はなかった。
 酒を飲むことだけが生きがいだったせいか高価な酒も惜しげなく購入して、あるいは物々交換で手に入れてきたため、口をつけていない酒などなかったのだ。
 彼は試行錯誤の末、地元でちまちまと生産されているという酒を取り寄せることにした。
 灯台下暗し―――ただしその酒は湖の水を用いて作られているらしい。
 やってきた酒を前に彼は舌なめずりしていた。
 グラスを用意。
 どんな酒かは知らない。製造者に問うても口を閉ざすばかりだったからだ。
 だが彼は構わないと思っていた。種別も製造法も知らない酒。酒に詳しい彼にとってそれはまるで宝物だった。
 黒々とした瓶にラベルのシンプルな瓶を箱から取り出すと、とくと観察する。
 『ダークネス』
 なにやらおどろおどろしい銘柄だったが、血塗れのマリーやらなんやらと比べればまともである。
 チャンドラー氏はそれをグラスに注いでみた。
 まるでタールのように黒々としているのに匂いがまるでない。
 一口飲んで彼は驚いた。

 「こんな酒があり得るのか? 味がないとは!」

 味がないのだ。
 アルコール特有の苦みや鼻に抜ける感覚はあるものの、まるで水のように味がない。
 タールのような舌触りこそあっても味がなく、コクもない。
 一口目にしておいしくないという感想を抱いたが、これはこれで乙なものだった。
 彼はさっそくつまみのチーズに手を伸ばした。
 すると次の瞬間、瓶の中の酒が泡立ち、みるみるうちに机へと零れた。
 チーズからグラスに目を移したチャンドラー氏は、それが自身の顔へ襲いかかったことすら認知できなかった。

 「ぐう!?」

 酒は意思をもってチャンドラー氏の肉体を覆い隠すと、咀嚼した。
 部屋中の灯りという灯りが消えていき、椅子や机が不自然に震えながら空中に浮かび上がるや、四方八方に弾けた。
 十秒とかからずに彼は闇に飲まれてしまった。



 ―――本当に彼が飲んでいたのは酒だったのだろうか。
 古来から言われているように酒は安易に口にするものではないのだ。
 闇を覗くとき、闇もまたこちらを覗く場所……

 そう、ここはナイトスプリングス。



[33586] アラン、暗闇と対峙する
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/10 00:55

 俺は保安官と二手に分かれて船の制御を取り戻すべく行動していた。
 何よりもまず、船を止めなくては。
 どこともしれない暗闇に向かって船を進ませるのは得策とは言い難かった。
 保安官は俺よりも武器の取り扱いに優れていたし、何より体力があった。むしろ危険なのは俺だった。
 俺は保安官から預かったハンドガンを手に、デッキの奥に進んでいた。
 船は入り組んでいる。いつどこから襲撃があるかもわからない。
 俺は背筋に剃刀を宛がわれていた。
 その時だった。
 船に常備されている破壊用の斧を手に持った暗闇が出現すると奇声を上げて襲いかかってきたのだ。

 「右手にィ! ミエマスノガ! コノマチ一番のォ!!」

 それは闇に飲まれた船員だった。
 船員の形をした闇が、俺の頭を薪のように割ろうと迫った。



[33586] 「移住者」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/10 22:50

 ―――よそ者が忌み嫌われる一方で強力な力を持つのは、マレビトの概念で説明される。
 かの大工の息子もマレビトであった。
 ではマレビトはすべてが有益なのか? 答えられるものは、きっといないのだ……。

 ここナイトスプリングスでさえも……。



 今夜のお話は「移住者」。



 隣人ほど憎いものはない……。
 ピークス一家の引っ越しをサラ=ジャガーは気に入らないでいた。
 彼女は、ピークス一家が無作法にも夜中になっても音楽をかけて大騒ぎしていることがどうにも気に食わなかったのだ。
 村に広がる閉鎖的な空気がその感情を呼び起こしているのかもしれなかったが、とにかく煩わしかった。
 夫に相談してみると、彼も同意見だった。

 「あの家はうるさすぎる」
 「いずれ天罰が下るわ!」
 「だといいが。天罰を下しているほど神もお暇ではない」

 ヒステリックな気のあった妻とは違い、夫は冷静だった。
 夫が冷静になれと暗に諭してもサラは興奮が冷めなかった。
 彼女はこっそりと家を出るとピークス一家の様子を見に行った。

 「あら?」

 家は先ほどまでの騒音などなかったかのように不気味なほどに静まり返っていた。
 サラは不思議に思うと、家の門前から様子をうかがった。
 窓ガラスにかかったカーテンの奥では蝋燭が揺らめいていた。

 「なにかしら……」

 サラはさらに寄ってみた。門をくぐって、窓のそばへと。
 なにやら蝋燭がサークル状に並べられており、その中央には―――。
 サラは顔色を失った。

 「もしもし?」

 そこで彼女は肩を叩かれた。


 サラは帰宅した。
 夫は新聞に目を通しながら問いかけた。

 「どうだった? やけに静かになったようだが」
 「何も問題はなかったわ」

 サラの顔には奇妙な笑みが張り付いていた。
 まるで作り物のような。


 ―――知らないほうがいいこともあるのだ。

 ここ、ナイトスプリングスでは……。




[33586] 「創造力の源泉」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/07/13 02:38

 ―――創作物が独り歩きすることは決して珍しいことではない。
 命を吹き込まれた泥人形が命令に背いたように、創作物もまた独立したがるのだ。
 時に自壊することさえ……。

 そう、ここはナイトスプリングス。



 今夜のお話は「創造力の源泉」



 湖を持つ村に住まうマーサはある日、自宅の裏庭で岩がガタガタと揺れているのを発見した。

 「……何かしら」

 不自然な揺れ方だった。まるで、岩が何かの圧力に押されているような。
 マーサは岩をどけてみようとしたが、重すぎた。
 そこでテコの原理を利用してひっくり返した。
 次の瞬間、黒い霧のようなものが岩を跳ね除けて空高く噴出したのだった。
 重油か?
 一瞬期待した彼女だったが、裏切られた。それは重油のように黒かったが、気体のようでもあり、液体のようでもあり、一つだけ言えるのは意味の分からないものだということだ。
 マーサとお茶会をしようと庭先までやってきていた友人のリディアがやってくると、おもむろに尋ねる。

 「あらまあ不思議だこと。ねぇマーサ。これはなんなの?」
 「知らないわ。見たこともない」

 とそこで、二人は腰を抜かした。
 黒い霧から猫が実体化すると、地面にぼてっと落ちた。猫は逃亡した。
 黒い霧の一部は飛行船となり空に浮かび、ある霧は周囲の植物を枯れさせた。
 またある霧は深海で作業するための耐圧服に変わった。
 二人が目を丸くしていると、黒い霧の根元からスーツを着込んだ男がぬっと姿を現した。

 「やぁ。実は困っているんだ」
 「あなたはだれなの?」

 リディアが質問をすると、男は腕を組み、困り顔で黒い霧を見つめた。

 「なんというか、その、創作をね」
 「困っていることってなんなのかしら。ねぇ、マーサ」
 「知らないわ」

 男は口をヘの字に曲げると、美しい蝶に変化した霧に視線を固定させた。

 「こいつのことさ。困ったことに溢れて溢れて止まらない。君たちを書いたはいいが、いろんなアイディアが場面を埋め尽くしてしまってね」
 「まぁ大変。止めてしまってはいけないの?」
 「それは駄目だ。アイディアは創作の第一歩だからね。でも有効活用はできない」
 
 リディアが問いかけた。

 「ならどうすればいいのかしら」
 「どうしようもできない。源泉を止めることもできない。止めるとプロットどころかほかの作品に影響がでるからね。正直、私には手に負えないし、もしよかったらコーヒーでも淹れてきてほしいんだけど」
 「まぁ、あなたが言うなら……」

 二人が去った後で、次々と溢れては作品の進行を妨げるアイディアたちを見つめて、男がため息を吐いた。

 「いっそかたっぱしから書いてみようかな? でもそれって、この作品が壊れてしまうことだ」


 創作活動が創作物を脅かすことが頻繁に起こる場所……

 
 それが、ナイトスプリングス。



[33586] 「恐怖」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/08/02 12:58
 ――――進化、それは生命の血脈。
 人類が進化するにあたってさまざまなものをなくしてきた一方、なくせなかったものも数多くある。
 それらは果たして無くすべきだったのか? 答えはきっと出ないだろう。
 
 ここナイトスプリングスでも。



 今夜のお話は「恐怖」

 ミッチ・ブレナーは、何かおぞましいものが潜んでいると家族や知人が説得するにも関わらず、その家に住み続けていた。
 私が買った家だ。誰にも文句はつけさせないと彼は意気込んでいた。
 何しろ彼に怖いものはなかったのだ。
 彼は子供のころから恐怖という感情を抱いたことがなかった。
 彼は今日も自慢の自室で蜂蜜酒を煽っていた。

 「やかましいぞ!」

 彼は、壁の奥でガチガチと音を立てる何かに対し、壁を殴って黙らせた。

 「まったく。何がおぞましいものだ。うるさいだけではないか!」

 そして彼は、窓の向こうでこの世のものとは思えぬ光を放つ物体を目ざとく見つけると、ショットガンを取り出して放った。その何かはどこかに消えた。
 椅子に腰かけた彼は、人の手が指を足のように使って机の上を這っているのを見つけた。

 「ここは私の机だぞ!」

 彼はその手をひっつかむと、指をへし折って窓から捨てた。
 彼は、仕事をしようとして書類の入ったカバンの中を探った。中に光る二つの目玉があったが無言で潰すと、書類を机に広げる。
 ペンを取り、何気なく書こうとして、先から血液が垂れるのを見た。

 「また血か。度し難いな」

 彼はペンを変えて作業を続けた。
 そのうち、家族も知人も彼の家に寄らなくなったが、彼にはどうでもいいことだった。



 恐怖しないことはいいことなのか?
 答えは誰にも出せないが、示唆的な現実を投げかけてくる場所……

 そう、ここはナイトスプリングス。



[33586] 「頭痛」
Name: キサラギ職員◆7d11a6c8 ID:3a9e008c
Date: 2012/12/11 04:13
 ――――卵があるから鶏がいるのか、
 鶏がいるから卵があるのか、
 兎角難解に成りがちな問題だが、ヒントをくれる場所がある……。

 そう、ここナイトスプリングスでは。



 ケビンは昔から水道水を飲まなくては頭痛がするという体質の持ち主だった。
 彼は今日も水道水を口にしていた。

 「これがないと始まらないよ」
 「ミネラルウォーターじゃだめなの?」

 妻がそう尋ねると彼は首を振ってコップになみなみ注がれたカルキの匂いがする透明な液体を見せつけた。
 それは水道水だった。
 湖の水を施設でろ過したものでありその地域では特別なものではなかった、ごくありふれた飲み物である。

 「飲まないと頭が痛いから仕方がないだろう。水道水じゃないとダメなんだ」
 「変な体質ね。飲むのをやめてみたらどうかしら」

 妻の思わぬ提案に彼は一瞬まばたきをやめたが、ややあって神妙な顔つきで答えた。

 「それもいいかもしれないな、実験してみよう」

 だが半日もすると彼の頭痛がぶりかえしてきたのだった。
 彼は水道水を蛇口からじかに飲むと、口元を拭った。
 そこでふと、幼いころを思い出した。
 水道水しか飲めないほど貧しいころ。水道水を飲むと頭痛がしていたことに。
 
 「もしかするとこいつが原因なのか? いや、だからと言って飲むのをやめるのは問題だ……」

 彼の目の前で透明な液体は蛇口から流れ続けるのだった。




 水が体調に干渉することは広く知られているが、彼の場合は特殊なケースだったのだろうか?
 いずれにせよ。
 そう、ここはナイトスプリングス。


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