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[33343] 異世界帰りの2年C組
Name: 七号◆3aacea22 ID:2e85dff5
Date: 2012/06/03 19:33


 最初の数話はタイトル詐欺。



[33343] プロローグに続くエピローグ、1
Name: 七号◆3aacea22 ID:2e85dff5
Date: 2012/06/03 20:32
 そこは、一つの地獄だった。
 砂漠に囲まれた国を、更に囲む異形の集団。
 その集団はただただ全体が黒く、シルエットだけは人に近い形をしており、所謂顔の部分の中心地にある二つの瞳は紅く不気味な瞳を放っていた。
 その異形の化け物は何も言わず、何の感情も出さず、ただその歩みを進めていた。
 数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの軍勢が、一つの国を四方から囲んでいる。
 彼らの狙いは、『命』。
 それだけである。金銀財宝や土地、もしくは人の支配など、そんなものは眼中にない。
 ただこの世界の命を。人の。動物の。植物の。魔族の。
 ありとあらえる『生』を奪いに来た、正しく異物。
 その目的は不明。出生も不明。正体も不明。
 数年前からこの世界に現れて、その圧倒的な物量で、全ての生物の命を脅かして来た。
 分かっている事は、この集団はただ生命を蹂躙するだけの存在で、『普通の生物』では到底敵わない様な戦闘力を備えており、そして。
 

『圧倒的な物量』と評したその数も、この世界に残すのはここに居る集団だけ、と言う事。



「世界を飲み込め! 天の果て、大地の終わり、海の底、全てこの手中にあり!」

 どこからともなく、朗々とした少女の声が聞こえる。
 だけども、異形の集団には、聞こえなかった様に(事実、聞こえているか分からない)、進軍を続ける。
 何事もなかったように、ただ憮然とあるいは悠然と、その歩みを進めていく。
 彼らには感情がない。躊躇いがない。慈悲がない。恐怖もない。
 ――――だからこそ、彼らはこの『詠唱』の危険性が分からなかった。

「吼えろ、ヨルムンガンド! 全を一に、灼熱の彼方へ!」

 世界が、赤に染まる。

「ムスペルへイム!」

 赤が炎に変わり、炎が異形を包む。黒が赤になり、赤は灰になった。
 途切れることない灼熱がうねり、異形の焼き尽くしていく。
 しかし彼らは声を上げず、無言で朽ちて行く。その「魔法」の射程から逃れた後続も、仲間がやられたことも顧みず、何事もなかったように歩み続ける。
 かつて同族だった焼け落ちた灰を、何の抵抗もなく踏みしめ、そして彼らは前進を止めない。

 これこれが彼らの強みであり、また。

 それこそが、彼らの敗因だった。




 ――砂漠の国、『ガルウォーク』、西の門。


「マリちゃんの開幕ぶっぱキタぁあああああああああああ! ひょーぅ!」
「マジぱねぇ! マリちゃんのムスペルへイムマジぱねぇ! けききききき!」
「マリちゃんマジ大魔導師! あひゃーぉ!」
「マリちゃんパネェ! ガチパネェ! にっひゃひゃひゃひゃ!」
「マリちゃんマジヨルムンガンド! かかかかかかかか!」
「マリちゃんペロペロ! ひっぎゃあああああああああ!」

 六人の男女が、明らかに何かヤバイ薬をキメたテンションで、一人の黒いローブを纏った小柄な少女に言った。
 言われた少女は肩で息をし、手に抱える自身の身長程ある杖を抱きかかえ、その額に汗を滲ませながらも、やりきったような顔で頷いた。

「う、うん……こ、これでかなり、数を減らせたと思う……」
「休みなよ、マリ。あれだけの魔法を使ったんだ。アンタは十分やったよ」

 少女、マリを労う様に、鎧に身を固めた女性がマリの肩を抱いた。
 マリは彼女に向き直り、そして笑顔を見せる。

「ありがとう、マモリちゃん……」
「礼はいいって。アタシはアンタの『ガーディアン』なんだからさ」
「マモリちゃん……」

 二人は互いに笑みを見せあい、そして目線を合わせた。
 マリが着ているローブが砂漠に吹く風に揺られ、マモリが纏った鎧が太陽の光を反射する。
 そんな絵になりそうな美しい情景は、しかしこの場では『格好の餌』でしかなかった。

「ひょーぅ! 二人はラブラブってかぁ!?」
「けききききき! 見せ付けてくれんじゃねぇーかよぅ!」
「あひゃーぉ! あんたらガチ? ガチなのぉ!?」
「にっひゃひゃひゃひゃ! ゴホッ、ゲホッ……にっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「かかかかかかか! おいおいおいおい! ついにこのクラスからカップル登場かぁー!?」
「マリちゃんペロペロ」

 六人の男女は、別に狂っていない。
 これが平常である。いつものことである。
 しかしいつものことと言えど、散々好き勝手言われたマリはその顔を真っ赤にし、マモリは額に青筋を出し、叫ぶ。

「うっせーんだよぉおお! このチンピラーズがぁ! つか、さっきからマリをペロペロしようとしているのは誰だぁああああああああああ!」
「あ、それタロウ」
「タロウだな」
「ああ、タロウだね」
「タロウだよね」
「どう見てもタロウだよな」
「スズキタロウ以外にいないよな」

 叫ぶマモリに対し、急激にテンションを落とした六人が、真面目な顔をして言った。
 その言葉の先には、彼らから少し距離を置いて自身の愛剣を磨き男が居た。
 彼、タロウはその剣を磨いていた手を止め、自身を指差す。

「え……、お、俺……?」
「スズキぃいいいいいいいいいい? アンタ、いい度胸じゃないのぉおおおおお? お? お? あん? ぶっ潰されたいのぉ!?」
「ち、ちが、って言うか明らかに俺じゃないだろぉ!?」
「くるぁああああああああああああ!」
「お、おおおおおおおおおおおおお!?」 
 
 激昂したマモリは担いでいた巨大な盾を構え、タロウに突進する。
 そんな謎の展開に、勿論濡れ衣を着せられたタロウは、それでも咄嗟に剣を構え、驚異的なタイミングで見事にマモリの突撃を流した。

「ひょーぅ! ぅやるじゃねぇぇぇえかぁ、タロウよぉ!」
「けきききききき! おいおいマモリぃ! アイギスで突進するんじゃねーよぉ!」
「それそう言う武器じゃねーからぁ! あひゃーぉ!」
「盾で突進とか神器の無駄使い過ぎるでしょぉおおおぉおお! にっひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「かかかかかかか! タロウも良くあの突撃を弾けたよなぁ!」
「まぁマモリはそもそも攻撃しねーからなぁ! ひっぎゃあああああああああ!」
「唸れ、アイギスぅうううううう!」
「ア、アイギスを攻撃に唸らせちゃ駄目だろうがよぉ! くそぉおおお! 弾けぇええええええ!」


 笑う六人の男女に、咆哮を上げながら突進をかますマモリ。そして必死にそれを捌くタロウ。
 これもまたいつもの日常である。そして、これを止めるのは。

「えいっ!」
『あばばばばばばばばばばばば!』

 そう可愛らしく杖を振るったのは、マリだった。
 だが文字面だけ見ればなんとも微笑ましいが、結果は彼女の持つ杖から放たれた雷撃による、死屍累々だった。

「ひょ、ひょーぅ……」
「け、けききき……」
「あ、あひょーぉ……」
「に、にひゃ……」
「か、か、かかか……」
「ぺ、ペロペ、ひぎゃ……」
「な、なんで俺までぇ……」
「ふぅ、流石はマリね。アイギスがなかったらやばかったわ」

 一人だけ難を逃れたのは、神の盾を持つマモリだ。
 アイギスの正しい使い方だった。味方の攻撃に対して使っている、と言うことに目を瞑ればだが。


「みんな、真面目にやってよぉ!」
『い、いえっさー……』
「俺、悪くねぇよぉ……」
「流石はマリね」


 何が流石なのか。




「さ、気を取り直して、と」
「ま、マモリちゃん、ちょっと、苦しいかなって……」

 マリを手元に抱き寄せながら、マモリは改めてそう言った。
 その時のマリの苦言は聞こえなかった。世の中には決して聞こえない声があるのだ。あるったらあるのだ。

「行きなさいよ、チンピラーズ、タロウ。せっかくマリが数を減らしたんだから、今がチャンスよ」
「っておいおい。マジかよぉ。俺らだけぇ!?」
「せめて委員長ズか、ツインエースを待とうぜぇ!?」
「そうそう! それかネクロトリオか、ユッキーか、コージでもいいから呼んでよぉ!」
「マモリは戦わないし、マリちゃんはほとんど打ち止めだしぃ、私たちとタロウだけじゃキツイよぉ!」
「ミウは呼べないのは分かっていたけどよぉ、ガチで俺たちだけかよぉ!?」
「アタッカーも、援護もなし、か……」
「メイも居ないし、これはマジでキツイぞ……」

 マモリの進言にそれぞれ愚痴を溢す彼ら。
 ――――マモリとて、それは分かっていた。
 六人の男女も、タロウも、実力は確かだ。加え、今はマリの大魔法により敵の異形は消耗している。
 しかしそれでも、相手の数は脅威だった。
 そもそも、『東門』を除けば、他の二門は千近い軍勢が異形を相手取っているのだ。
 対し、ここ、西門を守る人数は九人。更に、マリは先程の魔法で魔力を消費しており、マモリは護衛に特化しているので、倒すことには向いてない。
 そして、先程彼らが名を上げた11人の仲間は、今西門には不在だ。彼らはそれぞれ別の門の援護に向かっている。そしてそれらが落ち着いたら西門に合流する手筈になっているが、未だその連絡は来ない。他の門も苦戦を強いられているようだ。

 だが、それでもやらなきゃいけないのだ。
 自分たちが西門を任せられたのは、任せられる実力があるからだ。
 もっと言えば、彼らしかいないのだ。あの異形の化け物を、少人数で食い止められるのは。
 苦しい状況だと言うのは、マモリも良く分かっている。
 しかし、ここは彼ら7人になんとかして貰うしかないのだ。

「みんな、聞い……」
「みんな、行って」

 マモリが心を鬼にして彼らを死地へ向かわそうと決意した時、彼女の腕に収まっていたマリが静かな声でそう言った。
 砂漠に吹く熱い風にそぐわない、冷たく、だけど熱砂よりも遥かに暖かい想いが篭っていた。
 マリはぎゅっと杖を強く抱きしめながら、そしてその目を潤ませて、言う。

「信じている。私たちは、みんなは、最強だって! 誰にも、何にも負けないって! 私、信じているから! だから……!」
「……そーこまで言われたら、よぉ」
「ああ」
「そーね」
「ふふ、マリちゃんも言うようになったねー」
「期待されちゃあ、なぁ」
「答えない訳にはいかねぇーよなぁ!」
「……やるか!」

 三人の男女が、剣を上に構えた。
 彼らは騎士。高潔でもなければ、気高くもない。
 だけれど、騎士だ。誇りは守らない、要らない騎士。
 彼らが守るのは仲間の命と信頼、そして笑顔だ。
 ――――他に、何の価値がある?

「チンピラーズA、秋瀬 健とエクスカリバーMK3」
「チンピラーズA、市井 敦とガラティーンレプリカ」
「チンピラーズA、樋口 胡桃とアロンダイト改」

 ――――笑顔以外の表情に、価値はないのだから!

『“突撃騎士団”、推して参るッ!』

 次いで、別の三人の男女が剣を構えた。
 その剣は、先程の男女が掲げた剣に比べ禍々しさが宿ったものだった。
 彼らは騎士ではなかった。騎士になれない剣士だった。彼らが持つ剣は、呪われているのだ。
 だけれども、彼らはそれでも誓いを違えたことはなかった。
 それは、生きること。生き延びること。
 それは、戦うこと。戦い抜くこと。
 ――――魔剣だろうが、なんだろうが。

「チンピラーズB、照井 恵子とストームブリンガー白」
「チンピラーズB、長野 一樹とティルヴィングVER5.0」
「チンピラーズB、千代田 義嗣とダインスレイブ弐式」

 ――――勝てばっ! 守れればっ! それでいいっ!

『“特攻魔剣団”、吶喊するッ!』

 そして、残る一人の男がやれやれと首を横に振った。
 彼は、先の六人に比べると、聊か気迫に欠けていた。
 昔から、彼はそうだった。闘志が少なく覇気が薄い。
 だけれども、彼はそれでもここの連中と変わりない心を持っていた。
 なにがなんでもやりとげる鋼鉄の魂を持っていた。狂った心意を持っていた。
 ――――ここにマトモなやつなんて、誰もいないのだ。

「魔法剣士、鈴木 太郎と量産型レーヴァテイン」

 ――――マトモである意味なんて、とっくにないのだから!

「“炎剣”、出るぞッ!」

 そんな七人を見て、ともすればいよいよを持って『死ぬ』かもしれない七人を見て、マリは更に瞳に潤ませた。そんな彼女を、マモリが心配そうに見つめた。
 だけれど、マリは泣かなかった。涙を精神力で引っ込めた。
 ここで必要なのは泣き顔ではなく、笑顔なのだ。
 かつて、ここに来たばかりの彼女は泣いてばかりだった。
 だが、今は違う。世界最強クラスの魔力を身に宿し、そして、世界最強の『クラスメート達』と共に居るのだから。
 マリは地獄に向かう友の為に、杖を大きく掲げた。
 ――――だって、マリは。

「魔導師、江口 真理とヨルムンガンド」

 ――――みんなを、信じているから。

「“終わりの蛇”が命じます。……勝ってッ!」
『おおともよぉ!」

 彼女の祈りの言葉は、確かに彼らに届き、そして士気は最高潮だ。

(強く、強くなったね……マリ……)

 かつて泣いてばかりで、そしてかつて『嫌い』だった彼女の様子をみて、マモリは感慨深く頷いた。
 だけど今のマリは誰より強く、そして誰より優しい。この世界に来て一番変わったのはマリだろう、と彼女は胸を張って言えるし、他の仲間達もまた、一も二もなく賛同してくれるだろう。
 ならば、今、彼女の親友を名乗る自分が遅れては駄目だろう。
 ――――彼女は盾。鉄壁で無敵の盾。

「ガーディアン、岸 まもりとアイギス」

 ――――何事も防ぐ、神の盾。

「“守護神”は此処に居る、ふふ、無理だったらこっちに回してもいいよ?」

 悪戯そうに、シニカルに笑う彼女に、七人は凶悪に笑い、吼える。

「上等だコラァ! ひょーぅ!」
「あんまし俺らなめんなよぉおお! けききききき!」
「目に物見せてやるからぁ! あひょーぉ!」
「あんたらはそこでくつろいでなっ! にゃひゃひゃひゃひゃ!」
「っしゃーこらぁ! っくぜぇええええええええ! かかかかかかか!」
「ひっぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」
「うしっ、行くぜお前ら!」
「え、なんでタロウが仕切んの……?」
「ないわー」
「マジないわー」
「空気読めてないわー」
「引くわー」
「あーあ」
「流石スズキ、KYね、マリ」
「え、え、あ、……う、うん?」
「イジメ良くない!」

 このクラスにイジメはなかった。



[33343] プロローグに続くエピローグ、2
Name: 七号◆3aacea22 ID:2e85dff5
Date: 2012/06/24 00:06
「オラオラオラオラァ! どけよゴルァ!」
「此処から先は侵入禁止ですぅ! 一昨日来やがれぇええええええ!」
「邪魔ぁあああああああああ!」

 黒い異形に、剣閃が迸る。
 真っ二つになる異形、腕を切られる異形、胸を貫かれる異形。
 様々な形で、黒の怪物がその剣に切り刻まられる。

 だが。

『―――――――』
「ぉわっ!?」
「ケンッ!?」
「だ、大丈夫だ、ケーコ! ……いい加減っ滅びろっつーのぉおおお!」

 真っ二つになった筈の怪物が、それでも半身の状態で拳を作り、ケンの顔面目掛けて放った。
 直撃なら顔を粉砕されてもおかしくないそれを、ケンは紙一重で避ける。
 返す刀で袈裟斬り気味に振るわれた剣は、怪物の半身を更に二つに切った。
 途端、怪物は沈黙し、しかしその沈黙し倒れたその上を、何の躊躇もなく別の怪物が踏んで前進した。
 見ると、他の頭がない怪物も、足がない怪物も、腕がない怪物も、まるで何事もなかったように歩を進め、そして徒手空拳を放っていた。

 これこそが、異形の最大の脅威だった。
 ――――核を潰さない限り、倒れない。
 そしてその核は一体一体が別の場所にある。頭にある固体があれば、腰にある固体もある。足の付け根、なんてところに核を持っている個体さえ居る。勿論、核の場所は分からない。分かる術がない。
 決定打としては、例えばマリの様に焼き尽くすしかないのだ。

「くっそ、キッつくなって来たなこりゃ、よぉ!」
「うろたえんなぁ、お前らぁ! これしきのことで引けるかよぉおおおお!」
「だ、だけどさぁ!」
「……みんな、散れっ!」
「お!?」
「タロウか!」

 言葉に従い、それぞれがタロウの射線上から逃れる。
 彼は腰溜めに剣を構え、そして、その場で横に振り切った。

「燃えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 咆哮一閃。
 剣閃と同時に煌き出でる炎が、体の様々な部位を欠損しているにも関わらず未だ活動を止めない異形を包み込む。
 業火に晒された異形は、成す術もなく灰になった。

「ひょーぅ! いいぜいいぜいいぜぇえええええええ!」
「やるじゃんタロウ! けききききききききききき!」
「あひゃーぉ! 魔法を使える剣士は伊達じゃないねぇー!」
「にゃははははは! でも正直もう少し火力が欲しかった!」
「言えてる言えてる! かかかかかかかかかかか!」
「ひっぎゃあああああああああああ! もう少しがんばりましょう!」
「なんで俺ちょっとディスられてんの!?」

 魔法剣士、タロウ。
 そこそこの剣術とそこそこの魔法を使うそこそこの実力者。
 トータルで言えばかなりの使い手なのだが、状況が状況であり、抜きん出たものがない為、いっつもこんな感じの扱いである。

(とは言え、冗談なくやべぇなこりゃ……)

 チンピラーズAのリーダー、ケンは迫り来る異形を蹴散らし、表向きにはテンションを上げて、だけど心中は冷静に思案を重ねる。
 戦術的には六人がとにかく向かい来る異形を斬り、そしてその間唯一この場で広域攻撃が出来るタロウが魔力をチャージ、そして炎をぶっぱなす、と言ったものだ。
 しかし。

(数が多い! くっそ、これでもマリちゃんが減らしてくれたのによぉ!)

 今はまだ良い。個々の力は遥かに異形を超えている。
 しかし、それがいつまで続く?
 体力には限りがある。勿論タロウの魔力にもだ。
 そして、相手の攻撃は決して避けきれないものでないが、急所に当たれば致命傷は免れない。
 正しく、ジリ貧だった。終わりが見えない悪夢。希望も夢も、此処にはない。

(『アレ』はまだ早いか……?)

 チラリ、とケンは目線を同じく必死に腕を振りぬくケーコに向けた。
 チンピラーズBのリーダー、ケーコはそれに気づき、そして頭を横に振った。

(チッ、まだ早いって、かぁ!? くっそがぁ!)

 Bチームの三人は魔剣を持っており、その力を解放すれば、あるいはこの状況をひっくり返せるかもしれない。
 だが、それは賭けだ。一度開放してしまえば、三人は暫く動けなくなってしまう。
 切り札は、文字通り切りどころを間違えてしまうと最悪の結末になりかねない。

「あっ……!」
「クルミっ!?」
「だ、大丈夫っ! だけど、何体か後ろに行った!」
「ま、マジかよぉ! クソォ!」
「追うな、カズキ! そんな暇はない!」
「だ、だけどよぉ、ケーコォ!」
「ま、不味くないかっ!?」


 後ろを向いて門の方に向かおうとしたカズキを、ケーコが制する。
 ――――士気が落ちてきている……!
 ケーコは場に漂う悲壮な空気に眉を潜めた。
 これでは駄目だ。この場において諦めは最悪手。
 剣を止めれば、それは死につながるのだから。

「落ち着けテメェらぁ! それでも金玉ついてんのかぁ!? ああ!?」
「わ、私、ついてないよぉ!」
「クルミは黙ってて! それより、心配はないっつーのぉおおおお! あっちには“守護神”が居るでしょーがぁ!」
「……そうだ、あっちにはマモリが居る。そう易々と負けない! あひょーぅ!」
「だけどっ! マモリは防御しかない! 只管耐えるしかないんだぞ!?」
「おまけに、大砲役のマリちゃんは魔力が残り少ない。……やばくね?」

 各々の口々から出る不安。
 それでも彼らは剣を止めない。動きを止めない。
 不安を口にする彼らとて、分かっているのだ。どうしようもないと言うことは。
 だけども、それでも気持ちは焦りを生んでしまう。ずっと、地獄をずっと一緒に這いずり回った仲間達の危機。予想していたこととは言え、これは精神的にキツイ。


「アツシ、ヨシツグも、落ち着け」


 もう何度目か分からない、炎の一閃。
 そして燃え尽きる異形。しかし後から変わらず涌き出る異形。
 しかし、タロウは取り乱さなかった。炎を出した後、また魔力をチャージ。それが彼の仕事だった。
 魔力を消費して、汗をぬぐうこともせず、タロウは言う。

「俺がこうして炎を出せてるのは、お前らを信頼しているからだ。チャージしている間、俺は無防備になるからな。んで、今まで上手く行っている。じゃあ、何も問題はないじゃん。きっと上手く行く! 勝つのは、俺達だっ!」

 根拠もない。証拠もない。
 状況は変わらない。どころか、相手の数は底を見せないし、こちらの消耗は刻々と続いている。
 だけれども、絶望はない。希望も夢もないかも知れない。
 だが、それは「今」の話なのだ。彼は信じているから。仲間を。絆を。
 何時になく熱い彼を見て、アツシとヨシツグは互いに顔を見合わせ、そして凶悪に笑う。

「けききききききききききぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい! なめんなオルァああああああ! この地味メンがぁあああああああああああ!」
「ひっぎゃああああああああああああああああああああああああああ! だぁーれがアイツラを信じてないってぇええええええ!? ナマぶっこいてんじゃねぇーぞぉ! こちとら信じまくってるっつーの! マリちゃんをペロペロするのは、俺だぁあああああああああああ!」
「ならもっと気張れよ! あとヨシツグ、さっきのペロペロはお前かよ!」

 咆哮が戦場に響く。
 メンタビリィティだけでこの地獄を切り抜けるなんて、甘い話ではある。
 だけれども、決してこの咆哮は、想いは、無駄ではない。

「っしゃああああああ!」
「うららああああああああああああっ!」

 斬る斬る斬るぶった斬る。
 腕を切る。まだ動く。では頭だ。まだ動く。腰。足。背中。腹。そして炎ぶっぱなし。
 押され気味だった戦況は、僅かながらもこちらが優勢になった。
 この流れはそう簡単には終わらない。
 元来、チンピラーズは一度調子に乗ると手がつけられないのだ。
 そしてチンピラーズはすぐ調子に乗る。
 やっかい極まりない愉快犯的な脳みそだが、この場ではそれが上手く働き、そしてだからこそ、彼らは少人数での戦闘を任せられたのだ。
 


 ――――そして一度掴んだ流れは易々と離さないのが、このクラスの真骨頂だった。




 ――――ぽろん、と音色が薄く聞こえる。






 歌姫、と言う職業がある。
 美しい声と、聞く人の心を捉える音色のハープを持ち、戦場を賭ける魅惑の女。
 その歌は戦場に希望を齎し、優しくも力強いそれは、感動と共に戦士達の力を倍増させる。






 ――――ぽろん、と音色が薄く聞こえる。





 そして、彼らの仲間にも、歌姫は居る。
 戦場に希望と勇気を運ぶ、そんな歌姫が。 






 ――――居るの、だけど。












「Hey Yo! Say Ho! 意気揚々! ついて来なパーリィバーンナップッ!」
「!?」
「こ、このインチキ臭いラップは……!」



 ――――それが、マトモな歌姫かと言うと、それはまた別の話。




 どこからともなく聞こえてきた人をイラッとさせる、無駄に韻を踏んだ歌が、場違いな地獄に響き渡る。
 剣を振るう腕は止めなくとも、それでも戦場の七人はあたりをキョロキョロと見渡した。
 そして、彼女は現れた。

 色つきのメガネに、赤を貴重とした無駄に派手なタンクトップにホットパンツ。首には金に輝くアクセサリー。
 彼女こそ、このクラスが誇る歌姫にして、究極のネタキャラである。 
 彼女は手に持ったハープをガンガンに掻き鳴らして、高らかに歌う。


「私参上! ここに登場! 気分上々! お前らのやる気最高潮! チェキダウンッ!」
「き、キタああああああああああああああああ! 歌姫だああああああああああああ!」
「ユッキぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「し、シラユキぃいいいいいいいい!」

 剣と炎が乱れる戦場だと言うのに、馬鹿丸出しの格好で気分良く歌う馬鹿女、シラユキ。
 涌出た観客達の歓声に更に気分を良くした彼女は、更にハープを鳴らす。



「私のリリックに酔いなっ!」



 途端、ハープから出る、ぎゅいーん、や、きゅっきゅっ、果てはどどどどどどど、と言ったドラム音。
 彼女が持っているのは間違いなくハープである。手に持てるタイプの、やたら弦があるお洒落な楽器である。
 そんなハープ界の常識を覆すあり得ない音色に、七人のテンションは上がりに上がる。


「出たあああああああああ! 相変わらずどうやってそんな音を出しているか分からないハープだああああああ!」
「ハープでラップするシラユキマジぱねぇええええええ!」
「他の歌姫に土下座するべき歌姫キタああああああああ!」
「そして実際マジで力が湧いて来るから困るぅううううううう!」
「こ、こんなヘンテコな歌姫にぃいいいいいいいいい! く、くやしぃいいいいいい!」
「な、何回受けても慣れねぇなこの理不尽ブースト!」
「う、うわわわわわわ! チャ、チャージがもう終わったあああああああ! なんだよこれぇええええええ! 気持ち悪ぅううううううう!」


 剣を振るう速度は上がり、相手の攻撃は華麗に避けられ、剣の徹りも上昇。
 挙句、タロウの魔力チャージもすぐ終わり、体力も回復。正にやりたい放題である。


「戦う素敵なお前らにぃ、抗う無敵のワンチューナー! 受け取れ私のライムYo、これでお前らライドオン! 踊りなテメェら優雅にな、叫べよYEAHと狂ってさぁ! Say!」
『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!』

 何度も言うが、ここは戦場で、屈指の地獄だ。
 そんな中、物凄いノリノリな歌姫、シラユキ。
 彼女が叫べばオーディエンスも叫ぶ(異形は除く)。

 こうでなくては、と彼女は思う。
 彼女が此処に来る直前、多少はマシだったが、それでも士気が少し落ちていた。
 駄目だ、それでは駄目なのだ。勝ち負けや生死ではなく、そもそもシラユキはそんな空気が嫌いなのだ。
 勿論、死は許さない。そんなもの、シラユキは認めない。
 ――――だけどそれ以上に彼女は悲壮な空気を認めない。何故なら。



「歌姫、国井 白雪とシンセハープ」



 ――――彼女は歌姫。戦場を翔る、希望なのだから。



「アイムア“NO.1ヒップホッパー”、華麗な地獄のグラスホッパー!」
「にっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! やっぱり二つ名がおかしぃよぉおおおおお!」
「そりゃナンバーワンだよぉ! だってあんたしかいないもんヒップホッパー!」

 誤解なきように示すが、他所の歌姫はこんなんじゃない。
 ハープだってもっと上品に鳴らすし、そもそもラップなんてしない。
 余談だが、シラユキのパフォーマンスを見た真っ当な歌姫が、あまりにもぶっ飛んだそれに思わず気絶した、と言う逸話が残っている。


 閑話休題。
 シラユキは、暖まったライブ会場(シラユキ視点)に満足そうに頷いた。

「みんなー! 今日はMC.SHIRAYUKIのライブに来てくれてサンキュッ! 愛してるぜー!」
「ちっげぇええええええええええええ!」
「戦場ぅううううううううう! ここ戦場だからぁあああああ!」

 正にやりたい放題である。大事なことなので二回、ここに記す。

「そんな愉快で素敵な君達にぃ、お知らせがありますっ!」
「こいつ人の話聞いてねぇええええええええええええ!」
「うっぜぇええええええええええええええええええ!」
「あああああ、でもこいつが居て良かった! 炎ぶっぱ、行くぜっ!」

 最早そんな空気なんぞ微塵も残ってないが、未だ戦闘中である。
 剣閃は舞うし、異形の拳だって飛べば、炎も迸る。そんな中ホッパンツでノリノリの歌姫。
 彼女は、手にあるハープをぎゅぃぃぃっぃぃいいいいいいん、と盛大に鳴らした。




「なんと! ここでスペシャルゲストだッ! ネクロトリオ、カマンッイエッ!」
『き、来てるんなら早く呼べえええええええええええええええええええええええ!』



 どもりまでシンクロするほど、彼らの心は一つだった。この歌姫、正にやりたい放題である(三度目)。



 馬鹿女シラユキが言った後、申し訳なさそうに、一人の男と二人の女が現れた。
 彼らはそれぞれ薄汚れた本を持っており、油断なしにそれ開き、右手に持っていた。


「ご、ごめん皆、ホントはシラユキと一緒に来たんだけど」
「アイツが『ちょっと待ってて!』って五月蝿くてねぇー……」
「多分目立ちたいからだヨ、アイツ。とりあえず一回主役やんないと気がすまないから、ね」
「ざっつらいと!」
「テメェゴルァあああああああああああああああああああ!」
「テヘペロ! ゴメンネ!」
「くっそぉおおおおお! むかつくけどちょっと可愛いぃいいいいいいいいいいい!」
「だ、騙されるなカズキぃいぃいいいいいい!」

 響き渡るどう足掻いてもコメディな悲鳴。
 だけれども、シラユキは自分のペースを崩さない。

「さぁさぁ名乗れよネクロトリオ! 時間は有限いかんぞ妄言!」
「くっ! こいつ殴りてぇええええええええ!」
「け、ケン、落ち着けっ!」
「こ、この空気で俺達名乗るの……?」
「クラスの決め事とは言えねぇー……」
「……なんの罰ゲームだよって感じだヨ」

 溜息を吐く、三人の男女。
 だけど、その溜息には安堵の色が混じっていた。
 ホントは、心配だった。
 この三人加えシラユキは、別の門の援護に向かっていた。
 元々彼らが向かった『南軍』は通称『勇者軍』。人間の軍勢でもトップクラスの実力者たちの集団である。それが約千人、そしてシラユキの(意味不明の)ブーストに三人の援護。
 それだけやっても戦況が安定するまで時間が掛かったのだ。
 いくらマリの大魔法を開幕にぶっ放す作戦だとしても、安心出来なかったのだ。
 
 実を言うと、この四人の中で一番心配していたのはシラユキで、『誰か死んでいたらどうしよう』と直前まで泣いていたりする。
 しかしこの場が全員無事なのを確認した途端、あのテンションである。
 ――――とりあえず、『泣いてたのは内緒ッ!』と顔を真っ赤にして言ったシラユキの痴態をばらそうと彼らは決めた。


「ネクロトリオ、真壁 良助とネクロノミコン第四版」
「ネクロトリオ、七節 綾子とネクロノミコン第七版」
「ネクロトリオ、奥田 楓とネクロノミコン第八版」



 ――――戦いが終わった後の、祝杯会で。



『“混沌疾駆隊”、行きますっ!』


 三人は息を吸い、そして精神を集中させる。
 手に持つ本が、淡い輝きを放つ。



「ふんぐるい、むぐるなふ……深遠より来たれ、何か!」
「くとぅるぅ、るるいえ……館は夢より待ちいたり、何か!」
「うが、ふながる、ふたぐん……とにかく何か来い!」
「ひょーぅ! 相変わらず適当な詠唱だぜー!」
 

 この三人も結構アレだった。




[33343] プロローグに続くエピローグ、3
Name: 七号◆3aacea22 ID:d45356c4
Date: 2012/06/24 02:39
 ――――西の門、門前。

「くつろいでな、って言われたのに」

 くすんだ黒髪を靡かせて、マモリはそう一人ごちた。
 目の前には異形の黒。それが一体や二体どころではなく、少なくとも黒:8の砂漠:2などと言われても頷いてしまうくらい、黒の塊が眼前に蠢いていた。

 これでくつろげる奴を是非見てみたい、とマモリは薄ぼんやりと思う。

「……この数、『流れ』、だよね」
「まぁそうだろうね。ムスペルヘイムで数は減っている筈だし、なによりあいつらがこんなに見逃す筈がない」

 マリの言葉に頷きそう返すマモリ。
 流れ、とは他の門から流れて来た異形のことだ。
 ここ西門と隣接している門は、多数の軍勢で異形達を相手取っている。
 そして、異形達は基本的には「生命」を殺すために愚直に動くが、別に思考能力がない訳ではない。
 例えば、前が詰まっていたら横に移動したり後ろに下がったり、なんて単純な動きなら可能である。
 早い話、隣接している門、南門と北門は多数の人員で門の前を陣取り、異形達を国の中に入らせない様に踏ん張っているのだ。
 それは良い。あるいは作戦通りでもある。
 だが、これもまた予想していたが、門の前を陣取っている連中は、国の中に入らせないのが目的だ。つまり、異形の生死はこの際関係がないということ。そもそもが死ににくい怪物だ。一々『核』を見つけ潰す余裕なんてありはしない。
 結果、異形は前に進むが、進めず。しかし数は中々減らない。後続は前が詰まると、移動する。後ろや……他の門へ。
 それが、この有様だった。
 あおりを受けているのだ、この西門は。

(これしか方法がなかったとは言え……はん、相変わらず貧乏くじを引いてるね、アタシ達)

 ガショ、と金属音を高々と上げさせ、マモリは背負っていた盾を構えた。
 ふと隣を見ると、マリと視線がかち合った。
 マリは何も言わず微笑み、マモリもまた無言で微笑んだ。

(……いや、貧乏くじを引いてしまうんじゃ、ない。アタシ達が進んで引いているんだ)

 眼前には黒。異形の黒。
 情けはない。ただそこにある命を蹂躙する存在。
 それが、目の前に居る。暴力を司る様な連中が、まさしく暴力的な数でそこに居る。
 だけど。

(アタシ達が貧乏になれば、その分『誰か』は裕福になる。それに)
 
 別に自己犠牲を好んでいる訳ではない。
 手にした強大な力に酔っている訳でもない。
 ただ、誓ったのだ。彼女は、彼女達は。
 愉快に生きると。笑って戦うと。
 愉快に生きるには、異形が邪魔だ。
 笑って戦うには、否定が邪魔だ。
 だから彼女達は受け入れる。そうして、彼女達は勝って来たのだ。
 違わぬ誓いを胸に、マモリは盾を両手に持ち、目を瞑る。
 彼女は黒を見ず、ただただ力を込める。意思を篭める。魂を籠める。
 すっと息を吸う。頬を吊り上げ、凶悪な笑顔を見せながら叫ぶ。

「アタシ達はっ! 何時だって這い上がって来たっ! 来いよバケモノ! アタシ達が引いた『大凶』を、そっくりそのまま叩き付けてやるからさぁ!」

 ぶん、と鈍い音を立てて彼女の持つ盾、アイギスの両端から淡い桃色の光が漏れる。
 やがてそれは大きな円になり、マモリを、隣に居るマリを、そして後ろに悠然と佇む門を覆った。

「オーバースフィア」

 全てを護る桃色の神の盾と、全てを殺す黒の暴力が、此処に激突した。






 ――――西の門、戦場
 
「た、たたたたたすけてぇええええぇぇぇええええええええええ!」
『うっひょひょひょひょひょ! シラユキたんペロペロペロペロレロペロペロペロ!』
「くんなくんなくんなくんなくんなぁあああああああああああああ!」

 戦場に響く、美しい悲鳴。
 歌姫、シラユキは目に涙を浮かべながら逃げていた。
 彼女を追っているのは、巨大な青い塊、そこから出でる数本の触手である。
 ただそれは、異形とは関係ない。
 と言うか、むしろシラユキの味方ですらある。

 這い寄る触手から涙目で逃げるシラユキを尻目に、異形を剣で蹴散らしながら、クルミが言う。

「あひゃーぉ……なんと言うか、流石ユッキーだよね。ここで『触手先生』にカチ当たるとか。『持ち』過ぎでしょ、あいつ」
「けききききき。あいつは何時だって目立つからな。ガチパネェ」
「こ、こんな目立ち方は嫌だよヘイメーン! アツシ助けてヘルプミー!」
「けきききき。今忙しいからムーリー!」
「そ、そんなぁあああああ! クルミ!」
「私も忙しいしぃー」
「ケーコ!」
「にっひゃひゃひゃひゃ! 無理!」
「ケン!」
「いいぞ先生! アイツをもっと追い込め! ひょーう!」
「やだ、私の性格、嫌われすぎ!? カズキ! ヨシツグ!」
「捕まるに100」
「じゃあ逃げ切れるに100」
「賭けすんなぁああああ! じゃあタロウ!」
「わり、今集中してんだ、邪魔しないで」
「なに真面目に仕事してんの!? だからKYって言われんのよッ!」
「お前に言われたくねぇ炎ぉおおおおおお!」
「あち、あ、あっちゅい! すこ、少し焦げたぁあああああああ!」 

 悲痛な叫びを上げ、タンクトップから出る白い腹をチラチラ見せながら、シラユキは直走る。
 そしてそれを追う二、三本の触手、と黒の異形を叩き潰し、締め付け、薙ぎ払う無数の触手。
 そう、この戦場にある巨大な塊は、ネクロマンサーであるリョースケ、アヤコ、カエデが召喚した『この世在らざるもの』なのだ。
 何故それがシラユキを追い掛け回して居るかと言うと。

『ワイとラブラブランデブーやでシラユキたあああああああああん!』

 この触手塊、通称『触手先生』はシラユキのファンなのだ。それも、かなり過激な。
 余談であるが、この『触手先生』は狙って召喚出来るものではない。
 ネクロトリオが誇る奥義、『混沌召喚』。それは三人の死霊使いが同時に詠唱することにより強力な『この世在らざるもの』を呼べると言うものである。
 しかし、『この世在らざるもの』の内、誰か来るのかは分からない。完璧なランダムなのだ。
 クルミが言う『ここでカチ当たるとは』と言うのは、つまるところこんな土壇場な状況で己の天敵とも言える触手先生に出会ってしまう、シラユキの天性のエンターテイメント性に慄いた言葉なのである。

「くそっくそくっそぉおおおおおおおおお! 歌姫奥義! ダウナーディストーショナルグラビテンション!」
『ぐはははは! 効かへん、効かへんよぉおおお!』
「滅多に見れない奥義キタああああああああ!」
「しかし流石先生、なんともないぜ」
「……あれって、ガチでシラユキの最大奥義だろ? 確か、ハープと超高音の声で重力を発生させるとか云々」
「『私は歌姫。歌を歌うのが誇り。攻撃には、使わない』とか言ってたのにコレだヨ」
「しかもそれを仲間のピンチとかに使うんじゃなくて、こんな場面で使うのがアイツらしいよねぇー」
「歌姫の誇り(笑)」
「みみみみみ、みんなぁあああ! 笑ってないで助けてよぉ! 今は結構手ぇ空いてるでしょぉ!」
「にゃひゃひゃひゃ。まぁ空いてるっちゃ空いてるけど……」
「それは先生が頑張ってるからで、ぐっ、ぐふ、かか、かかか。先生が消えた時の為に体力を温存しとかなきゃなぁ……かかかかっ!」

 逃げるシラユキ。追う触手。蹴散らされる異形。そしてダルそうに適当に剣を振るい、高笑いしている仲間たち。
 シラユキは若干涙目になりながら、本を開きながら魔力を放出し、触手先生の顕現を維持する三人に声を掛ける。

「お前ら超笑ってんじゃーん! YOYOYOYOYO! 助けてYO! ネクロトリオぅ!」
「いやー、だけどさ、触手先生、超仕事してんじゃん。ざまぁ」
「あくまで片手間にシラユキを追っかけてるだけなんだヨね。ざまぁ」
「せっかく先生を召喚出来たのに、わざわざ還すのは勿体無いしねぇ。ざまぁ」
「語尾から出る抑えられない愉悦!? それは何故だと問うのは愚問!?」
「……まぁ、愚問だな。おらぁッ、炎ぶっぱ!」
「っぅららららららららららららぁっ!」
「ひっぎゃああああああああ! っしゃ死ね死ね死ねぇえええええ!」

 青い触手の間隙を縫う様に、タロウが炎を飛ばし、チンピラーズが異形を斬る。
 そしてシラユキは全力ダッシュ。そんな中でもハープは鳴らしっぱなしでブーストを止めない彼女は正しくプロの鏡だった。

「南門の時は、誰が出たの?」
「顔面凶器先輩。外れではないけど、先生と比べるとな」
「ガチンコ対決だったら先輩が有利なんだけどねぇー」
「圧倒的な数を相手にする時は、やっぱり先生に限るヨ」
「ところで、時間は?」
「うーん、先生は最初から最後まで弱体しないからねぇー」
「聞いてみないと分からないヨ」
「よし。……おーい先生ー! あとどんぐらい顕現してられるー!?」
『シラユキたんがおるんなら、あと2時間くらいはイケルでぇ!』
「うっそぉおおおおお!? 私が居るだけでそんなにぃ!?」
『嘘や。まぁあと1分ないやろ』
「ちくしょうちくしょうちくしょぉおおおおおおお!」

 とことん触手先生に弄ばられるシラユキは、歌姫ならではのとんでもない声量で悔しさが籠もる咆哮をあげた。
 砂漠の中に轟くその叫びは、無駄にエコー音として響き、やがては触手先生の姿がうっすらと透明になっていく様と呼応するかの如く、消えていった。

「お、時間か」
『それじゃーの! みんな気張りやぁ! ワイの見立てだと、やっこさん達の数も底が近いでぇ!』
「お疲れー! 先生ありがとー!」
『あ、リョースケ、アヤコ、カエデ。今度呼ぶ時は、シラユキたんとのマンツーマンを期待しとるで』
「了解」
「善処するヨ」
「前向きに検討しとくねぇー」
「了解すんな善処すんな検討すんなふざけんなぁあああああああ!」

 無数の触手を『バイバイ』と振りながら消えていく触手先生と、それに応えて手を振る彼ら。
 シラユキはそんな様子を恨みがましい眼で見ながら、異形から離れ一人息を吐いた。

「っはぁ、はぁ……ふ、ふひ。ふひゃぁ…………」

 ハープを置き、乱れに乱れた息を何とか整えようとするシラユキ。
 先生のお陰で眼前にはそれほど異形がおらず、奥の方で蠢くそれらとは未だ距離がある。
 だがシラユキが休められるのが先生のお陰であるならば、そもそもこうして疲れてしまったのも先生の所為なのだ。

「だけど実際、先生はホントにペロペロしたい訳じゃなくて、ただ逃げる姿が可愛くて見たいだけだからね。シラユキが諦めてその場に座り込んだりしたら、優しく頭を撫でてくれるヨ」
「やだ、先生超紳士……」
「まぁその頭を撫でる触手はヌルヌルした謎の液体が付いてるけどねぇー」
「やだ、超気持ち悪い……」
「そしてそのヌルヌルに涙目になった女の子が一番萌えるんだと」
「これが変態紳士か……」
「流石先生は格が違うな」

 シラユキは暢気に会話しているネクロトリオとその他のことを、一旦意識の埒外に置いた。
 今はあの先生の所為で醜態を晒してしまい、望まない目立ち方をしてしまったが、本来の彼女はスターなのだ。ヒップホッパーなのだ。ナンバーワンでなければならないのだ。ライブハウス的な意味で。
 彼女は早々に立ち上がり、そしてハープを持った。

「くふ、くふふふふふ。カミングなう、私の時代」

 右手で軽やかに弦を弾く。
 きゅいーんきゅいーん、と相変わらずハープから出ているとは思えない謎音にノリにノって、シラユキ、オンステージ。

「っしゃこらー! HeyHeyHey! ようようようよう! 魑魅魍魎! 飽くなき声だしシチュエーション! ぼーいずえーんどぅがーるぅ! リッスン! 私SHIRAYUKI、歌の申し子! ライムに酔うなり? これがオーディオ! 決めだYOチェキ……」
「あれ、なんかコイツ等動き鈍くなってね?」
「そう言えば、少しだけ……」
「ちょっ、聞けよっ! 私のラップぅううううううう!」

 もう何度目か分からないシラユキの慟哭は置いといて。
 確かに、異形の動きは少し鈍っていた。
 先生が打ち漏らした僅かに前線に残る異形は、どことなく先程とは違く、僅かに行動が遅くなっている様に見えた。

「良かった! 全員無事か!」
「お! この爽やかなイケメンヴォイスは!」
「コージか!」

 どこからともかく、爽やかさを感じる透き通った男の声が聞こえる。
 見ると、北門がある方向から一人の少年が現れた。
 彼は仲間の様子を見ると、白い歯をむき出しにして笑顔を見せる。 

「おう! 少し遅くなったけど、皆元気そうだな!」
「ってことはアレか。『遅行の風』か、これ!」
「ああ! この砂漠に吹く風に『呪い』を混ぜたんだ! 相手の数が数だから効きは薄いが、これで多少は楽になる!」
「えげつねぇえええ! けど爽やかぁああああああああ!」
「かつてここまでイケメンな呪術師がいただろうか」
「まぁそもそも歌姫がラップする時点でおかしいよな、俺ら」
「希少な筈のネクロマンサーが無駄に三人居るってのも、なぁ」
「チンピラ騎士には言われたくないヨ」

 要はマトモな奴なんていないと言う事だ。

「おいコライケメン! これから私の見せ場だったんだぞ! どういうつもりだ!」
「ひょーう、お前がどう言うつもりだよ」
「シラユキは十分目立ったと思うけど」
「ケンもタロウも黙ってYOチェキッ! テメェ、この、この……ハンサムがッ!」
「ああ! ありがとうな、シラユキ!」
「何も悪口思いつかないんだねぇー」
「相手がコージだと、皮肉にもならんからな」
「けきききき! 先生に次いで今度は天然のコージに当たるとは!」
「やっぱシラユキは持ってるヨ」
「かかかかかかかかかかかかかか!」


 笑い合う彼らを見て、コージはその整った顔を微笑の形にした。首にある黒い十字架のアクセサリーを軽く握る。
 元より、彼は心配なんぞしていなかった。
 彼らが悲しんでいるところなんて、想像が付かないからだ。
 笑いが絶えない。悲しまない諦めない省みない嘆かない。
 それが、彼らで。そして、コージはそんな彼らが好きで、また誇りでもあった。
 ――――そんなどこまでも前向きな彼らにふさわしくない、後ろ向きな職業の彼だけど。

「呪術師、常盤 浩二とアナテマセカンド」

 ――――彼は呪う者。呪いが必要な世界を呪う、世界一ポジティブでイケメンな呪術師なのだ。

「”嘆き”、勝つぞっ! お前らっ! 勝って、これで終わりだっ!」
『言われなくてもぉおおおおおおおおおおおおおおお!』

 コージの叫びに、剣士たちはそれぞれの得物を構え、砂漠の奥から出でる異形を迎え撃たんとする。
 そこで、今度はどぅーんどぅーん、と言う世界観が違う重低音が響き渡る。
 言わずもがな、シラユキであった。それはもう皆分かっていた。

「コージばっかり良いカッコさせないぞぉ! うるうぁっ! 聞けよソルジャー走れよデンジャー! 高らか叫べばあかさたなはまやらわ!」
「くっそぉおおおおおおお! 最早適当なラップなのにぃいいいいいい!」
「ちっくしょぉおおおおお! 力は無駄に湧くぅうううううううううう!」
「あひゃーぉ! ユッキーのブースト、加え、コージの呪い!」
「にっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 勝てる! 勝てるよぉ!」
「……なぁ! これ、何人か門に行った方がいいんじゃないか!?」
「ん、そうかも。こっちにコージが来た事だし……って、あ」
「あっ! そうか、コージがここにいるっつーことは!」

 その言葉に、コージは親指をぐっと立てて、白い歯を剥け笑った。

「ああ、大丈夫だ! 門には委員長ズが行ってる!」




 ――――西の門、門前。

 マモリのアイギスは、神の盾。
 そこから出でる桃色のフィールドは、彼女の体力を利用し、無敵の膜を出し続ける。
 そしてマモリは仲間内で最もスタミナがある。なんだったら、丸一日、守護球体『オーバースフィア』を維持することだって出来る。
 だけどそれは、守る対象が自分だけだったらの話。
 ――――今彼女が展開しているのは、後ろに聳える壁を覆うほどの巨大な球体なのだ。
 黒の異形は、『壊す』ことや『殺す』ことに対して判断能力があるようで、自然、壊しやすい方向に進行していく。
 この国を囲む壁は、攻略は容易くない。徒手空拳しか使わない異形には、この壁は壊せない。
 しかし、『門』は違う。
 元々は開閉する役目を持つ門だ。つまり、『開く』ことが前提の、守り。
 無論、壁よりもその破壊難易度は易い。
 だからこそ、マモリは門を覆う球体を展開させて。
 だからこそ、おぞましい程の数の異形が球体にむらがり。
 そうして、一刻と、ゆっくりと、だが確実に、マモリの体力は減っていくのだ。

「……マモリちゃん」
「……心配は要らないわ」

 横に佇むマリの言葉に、額に汗を滲ませながらマモリは頷く。
 しかしその言葉は、強がり意外の何ものでもなかった。
 彼女の切り札の、かつてない展開量。
 常に加えられる、圧力。
 オーバースフィアは無敵だ。決して崩れることはない。
 だが、マモリの体力が尽きればそれは消えるし、圧力を掛けられれば、その分体力を消耗してしまう。
 限界が近いわけではない。すぐに尽きてしまう程、マモリは柔ではない。
 だが、この状態がいつまで続く?
 守護球体に攻撃能力はない。ただ防ぐだけだ。
 そして、圧力を掛ける異形の数は増える一方だ。
 ここで削れらるのは、体力だけではない。何時終わるかも分からない、無限地獄に対抗するための精神力だ。

 だけど、彼女は尽きない。彼女は折れない。
 マモリは、チラリと横に佇む少女に目線を送る。

「……歪、塒、捩じ切れる螺旋、共振、蛇行、堕ちる腕、瞬く黒、毒は此処に、この胸に、この杖に」

 ぶつぶつと、意味不明な言葉を羅列するマリ。
 目を瞑り、自身の身長程ある杖を腕に抱きながら、マリは呟き続ける。
 彼女が行っているのは、魔力の回復。精神を深く集中させ、思いついた単語を並べると言う単純な瞑想法である。
 広域殲滅魔法、ムスペルへイムを全力で放った彼女に、残った魔力は僅か。
 先程のお遊びの様に放った、対チンピラーズ用のお仕置き雷撃程度ならともかく、異形を相手取る為の魔力なぞ、残っていない。
 だがそもそも、マリの役目は初手の大魔法で数を減らす、と言うものだ。
 つまり、彼女の役割はもう終了していると言う事。
 それなのに、こうして無理やり魔力を回復させているのは、マモリを信頼していないから、では勿論ない。
 マリは、マモリは無論のこと、仲間たちを絶対的に信頼している。
 だけど。
 彼女は守られるだけのお姫様ではない。
 仲間たちが地獄を這いずり回っているのに、役目を果たしたとは言え、ただ指を咥えて待つのは、彼女の矜持に反すのだ。
 マリが求めたのは、可憐で優雅な、ヒーローを待つお姫様ではない。
 彼女は、狡猾で、時に残酷で、敵を丸呑みし、仲間と泥沼を泳ぎ抜く、大蛇の様な魔導師なのだ。

 しかし、それこそだからこそ。マリの信念を分かっているからこそ。
 マモリもまた、容易く尽きることは出来なかった。
 単純なプライドの問題だった。
 彼女はガーディアンだ。災厄から守る、守護者だ。
 それがどうして、易々と諦める事が出来ようか、折れることが出来ようか。

(よしっ……!)

 マモリはアイギスを両の手で強く握り、そして決意する。
 守護球体を維持するのに必要なのは体力だ。だけれども、そこには使用者のメンタリビティが色濃く影響する。心を強く保てば保つほど、オーバースフィアは更に輝くのだ。
 そして、今、マモリの精神を強く満たす為には。

「マリ、ごめん、ちょっといい?」
「……ん。なに? マモリちゃん」
「…………『アレ』、お願いできる?」

 その言葉を聞いた途端、マリの顔が引きつった。
 幼く見える顔の造詣が、しかし似つかわしくないほど、頬の筋肉が吊り上り、歪に笑った様になってしまう。
 瞑想を途中で打ち切り、マリはジトっとした目でマモリを見た。

「……私ね、マモリちゃん」
「うん」
「マモリちゃんのこと、一番の親友だと思っているんだ」
「それは、アタシもだよ」
「だけど、マモリちゃんの『それ』だけは理解できないよ……」
「ちょ、ちょっとだけ! ちょっとだけだから! 先っぽだけだから!」
「なんの先っぽなのぉ……?」

 溜息混じりに再びマモリを見ると、目を輝かして期待するような目で自分を見ていることにマリは気付いた。
 だが、マモリが言う『アレ』は、特にデメリットがないのだ。加え、『アレ』を使えばマモリの守護球体は殊更輝きを増す。
 それは分かっている、分かっているのだけど、生理的に受け入れにくいのだ。
 だけれども、今はそんなことを言っている場合でもないのも、分かっていた。

「はぁ……」

 諦観が篭る息を吐いたマリは、心を決める。
 幼さの中にも強い意志が籠もっている筈の瞳は、汚されたように濁っていた。
 マリは己の持てる表情筋を全力で操作し、なんとか『笑顔』を作って、それをマモリに向けた。

「が、がんばって! お、おねえちゃん!」

 途端、マモリに駆け巡る脳内物質っ……!
   
   アドレナリンっ……!
   
       アドレナリンっ……!

 アドレナリンっ……!

          アドレナリンっ……!
  
   アドレナリンっ……!


 そして、アドレナリンっ……!


「ふ、ふぉおおおおおおおおおおおおおおおお! おおおおおお、おおおおおおお! おねねねねね、おねぇちゃんがんばるよぉおぉおおおおおおおおぉおおお! マリの為にがんばるからねぇえええええええええええええええ! ああああああ! マリ可愛いよぉ! 同じベッドの中に入って頭を撫で撫でしたいよぉ! え? 怖くて一人でトイレに行けない? ふひひひひ、んもぅ、マリは甘えんぼさんねぇ。うん、大丈夫、おねぇちゃんが一緒に行ってあげるから。ほら、ちっちしましょうねー」

「ああああ、マモリちゃんの妄想の私が汚されていく……」

 頭を抱えるマリに、自身の妄想を広げながらニヤけるマモリ。
 ヤバイ性癖を盛大に披露しているマモリだが、彼女のテンションに比例して、球体も色濃く輝いている。具体的には美しい桃色から、エロティックなショッキングピンクに。これ以上ない下種な輝き方だった。
 ちなみにマリとマモリは勿論姉妹ではないし、そもそも同年代である。
 マモリは『幼い少女(又は幼く見える少女)』を『自身の妹』とすることに快楽を感じるロリコンとシスコンのハイブリッターなのだ。

「ふふふ、マリも遂に小学生か……時が経つのは早いね……おねぇちゃんおねえちゃんって言ってたあの子が、もうこんなに大きくなったんだ……ふふふふ、いくつぐらいまで一緒にお風呂入って来るのかなぁ。いくつまで一緒に寝てくれるのかなぁ。も、もしかして彼氏とか出来ちゃったりして……い、いやそれはまだ早いはず……!」
「私、マモリちゃん同い年なんだけど……」

 ちなみにマリが小学生だった時、マモリとは出会っていない。あくまでマモリの妄想である。

「誰か来てくれないなぁ……出来ればヒサシ君辺りがいいんだけど、キャラの濃いシラユキちゃんでもいいなぁ……と言うか最早誰でもいいなぁ……この空気どうすればいいの」

 ポツリと弱音を吐くマリ。
 戦力的な意味では助けはそれほど必要ではないが、なんというか、誰かに来て欲しかった。
 今、この場に居るのは生命を奪い尽くす黒い異形と、バッドトリップをかましている無二の親友だけである。
 マリは攻め立てる異形よりも隣に居る親友に心折られそうになっていた。敵は身内にあり、とは良く言ったものである。

 と、そこで。

「ライトニング乱れ月下!」
「ダブル疾風刃っ!」

 マモリが展開する球体に群がっていた異形たちが、忽ち切り刻まれる。
 内何体かは『核』に当たった模様で、砂漠の中に音も立てず消えて行った。

「あっ!」

 と、喜色満面と言った表情でマリは声を上げる。
 ショッキングピングに広がる球体の向こうには、二人の男女が異形を蹴散らしていた。
 利発そうな顔の少年と髪の毛を後ろで二つ結びにしている少女。
 少年は二本の小太刀をそれぞれ逆手に持ち、少女は白刃輝く刀を横に構え、球体の中に居る二人を見た。

「すまん! 遅くなったぜ!」
「大丈夫……なの、これ? なんか……マモリがトリップしてるんだけど」
「うん……ダメージは受けてないけど、私の大事な何かがゴリゴリ削られてて、ちょっとヤバかった」
「え……っ! バレンタインにチョコを渡す……!? だ、駄目よ! まだ早いわっ! て、手作りしたいぃいぃぃいぃぃい!? 誰!? 誰なの!? おねぇちゃんに教えなさい!」

「……ね?」
「お、おう……」
「う、うん……」

 なんも言えねぇ、そんな空気が、確かに此処に蔓延った。

「ごめん、ちゃっちゃと名乗って、ちゃっちゃと終わらせて。私も早いとこ魔力回復して、手伝うから」
「マリ、すっかり眼が濁ってるんだけど」
「何時もはもっと丁寧なのに、投げやりだぜ」
「え!? 駄目よマリ! こんな水着はまだ早いわ! ほらこのスクール水着で十分……あらやだ可愛いぃいいいいいいいいぃいぃぃい!」
「……早く! このままだと、私が成人式を向かえちゃう!」
『悪かった』

 マリの最早金切り声に近い悲鳴を受けて、二人は浅く息を吐いた。
 北門の戦線が安定したので、急いで門に来た彼らだったが、安定のカオス空間に、今度は二人で安堵の息を吐く。
 『最終決戦』でもマリとマモリのペアはこんななのだ。
 恐らく、コージに任せた前線の戦場も、やっぱり何時も通りなのだろう、二人は互いに顔を見て、そして笑った。
 ―――――ならばこそ、刀を振ろう。祭りに斬り込もう。

「委員長、伊賀 玲子と妖刀正宗フルカスタム」
「委員長、海田仁 哲也と青眼アドバンス&バースト水月」

 ――――盛大な祭りももう終盤。最後まで自分たちらしく、愉快に斬ろうじゃないか。

「”一刀二刃”、ぶっち斬るわ!」
「”二刀一刃”、斬り刻むぜっ!」

 砂漠に無数の剣閃、煌く。



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