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[33206] 星の精霊 
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:34
「なあ、忠夫」
その日いつにもまして真剣な顔をした両親を前に、牡丹鍋をつついていた横島忠夫は箸を置いた。
「お前は、吸血鬼なんや」

第一夜 とある夏の日の真実

かったるい。それがその日、朝一番に思ったことだった。
蝉がうるさいその日は、太陽すら元気で、紫外線と赤外線、その他もろもろを地上に送り出し、オゾン層は少しばかり早い夏休みの真っ最中ではないのかと疑うほど暑かった。
かったるい。先ほど思ったことを違う目線で見てまた思う。わいわいがやがやと熱気は何処に言ったと言わんばかりにはしゃぐ少年少女たちに、それでも小学五年生なのかと問いかけ、だからこそ騒がしいのだと愕然とした。そしてその中に自分も含まれることが更にテンションを下げる。
夏は嫌いだった。それはもう年頃の少女たちが台所に出没するGなる生き物を蛇蝎のごとく嫌うように。
そもそも、この炎天下にプールではなく態々京都の海に行くと言うのが信じられなかった。
海と山、どちらがすきかと聞かれればどちらも同じだと答え、あえて言うならば空と答える横島にとって、海はそれほど好むものではなかった。尤もこれが海水浴ではなく、船に乗り糸たらす船釣りだったならば話は別だっただろう。色気よりも食い気。本来ならばそろそろ異性に対し何らかの自意識を持つころあいであるにもかかわらず、横島にはそのような感情がないのではないかと思うほど無関心だった。
性格は遺伝しないと言うことなのか、父、大樹は女好きで、母、百合子にぞっこんだと言うにもかかわらず最後まで行く気がないのに女を口説いている。男としての魅力もあり、放っておいても女は寄ってくるほどの父は、決定的な浮気をしないほどには女好きであった。母もそれを分かっているからこそ、目くじらを立てないのだが、その性格は全くと言っていいほど受け継がれていなかった。
だからこそ、年頃の男子ならば妄想を掻き立てられる請け合いの夏の砂浜に向かうと言うのに、いっそすがすがしいまでに無関心、無感動だった。
加えて憂鬱なのは弁当ではなく海の家で昼食を取るとのこと。早い、美味い、安いが本来食事所に求められる条件である。にもかかわらず海の家はそれを真っ向から否定するがごとく存在する。寧ろ、暑い、不味い、高いが存在意義だといわんばかりに手を抜きに抜きまくっているのだから、海岸に興味の無い横島にとっては冗談ではなかった。
だからこそ、横っち元気ないなぁ、と小学校に入学して以来ずっと同じクラスの銀一と夏子に心配されても空元気一つ出ないのだ。
かといって休むわけにも行かなかった。息子の趣向は全て知っているといわんばかりの父と母。父はともかく母は学校行事なのだから参加しなさいと、ミイラになりたくなかったらと言う脅しを込めて送り出した。ミイラになっても死ぬことはないが、回復に時間がかかることは必至。さらにはまだ成熟していないことから夏休み一杯はそれで時間を潰すだろうと理解していたが故に、限りない憂鬱さを背負い参加した。
もうどうにでもなれ。それが偽り無い気持ちだった。

輝く海! 白い砂浜! ピッチピチのあられもない女の姿! 目の前の光景を見たらまず間違いなく言葉にするだろう父を思い出しながら、準備体操をして海に入る。ライフセイバーが見守る中、誰一人沖に行こうとしないのは野生というものがめっきり減退したとはいえ人間が地球の一生物である事を明確に表していたのだろう。その原因が明確に分かる横島は、まあこれも修行かと一人誰にも悟られること無く海にもぐった。
潜行する横島は手足を動かすことなく進んでいった。目にはテレビで見るような、あるいはプールで潜り水面を見るような輝かしさはない。あるのは光もそこから生まれたという闇が広がっていた。
そこまで深い深度ではないのだが、暗いのは光量の問題ではない。暗い暗い、宇宙のそれよりも尚暗い生きるものが生み出す怨嗟がそこにあった。
暗い闇は、そっと糸のように漂うと、横島の手に足にに絡み付こうとした。そんな行動を眺め見て、かったるい、ともう一度愚痴る。絡み付こうとした闇の糸は、白い肌に触れた瞬間霧散した。
それにいきり立ったがごとくうごめきだす周囲の空間。それを知っても尚横島はめんどくさそうな、あるいはだるそうな光の無い、寧ろ周囲の闇に同化でもしているような暗さを漆黒の瞳に宿し、ただ成り行きを見つめる。
先ほど言ったように横島は釣りは好きだ。だが稚魚などは海に返すが、キャッチアンドリリースは決してしない。現在欧米ではやっているバスつりは暇人がやるものだとバカにしている。釣りは獲物を食ってこそなんぼと思っているからだ。
今の状況は釣りだ。横島、つまり抵抗力の弱い幼子を餌に、この時期現れるものを釣るさおの無いつり。
だが、横島は全く楽しくはない。獲物が食べれるものではないからだ。これでは夜の街に出かけるほうが効率がいいと、うんざりする。それでも見つけたからには成さねばならぬと、僅かに力を発現させた。
暗い闇の中にぼんやりと淡い青色の光がともる。霊気と呼ばれるそれを両目にまわした横島は、ニタリと笑うどころか、だるそうに肩を落とした。
雑魚だ。それが思わず漏れた本音。目の前には既に頭蓋しか明確な形を残していない霊魂の姿があった。
まるでクラゲのように幾つもの霊絡を伸ばすそれは、姿こそ巨大であったが霊格があまりにも低すぎた。
これは”死”んでるわ、ともともとから低かったやる気が更に降下した。霊が死んでいると言うのは当たり前だが、視線がかち合っても襲ってこない悪霊というのはどうだろうか。霊として存在するには、エネルギーが必要だ。それは霊脈からのエネルギーだったり、魂だったりと様々だが、それが無ければ霊は”死”に掻き消える。そして目の前の存在がまさにそれだった。
厄日やろか、と呟きながら、無造作に手を突き出し、手が消えた。正確には特定の別次元、あるいは異空間に手を入れたのだ。そして一瞬で出された手に握られていたのは小さな小瓶だった。コルクで蓋をされた瓶のなかには、墨のように真っ黒でいて実体の無い何かが詰まっていた。
そしてふとあごに手を当てる。明らかに目の前の存在は薄い。どうすればより濃くなるだろうかと思案し、ひらめいた。薄いなら圧縮してしまえばいいではないかと。
気が付いたならば後は簡単だと、瞬時に空間を掌握する。そして開いていた左手を、
「ギョアワァッァァッァア」
握った。

だるい、だるい。ああだるい。帰って来た横島は明らかに憔悴していた。バスから降り、わいわい騒ぐ同級生を見つめ、若さっていいね、と黄昏た。
死んでいる悪霊を小瓶に詰め、他にいないかと回ったのだが、浮遊霊一つ存在せず諦めた。食べたのはチャーシュー一つ無いラーメン。不味かった。二度と食うもんかと心に決めた。
寧ろ何で元気なのと、問いかけるべきだろうかと思い、止めた。母の命がなければ行く事もなかったのにと。
「忠夫、あんたGSには会わなかったのかい」
そんな憔悴した横島を迎えたのは、呆れ顔の母だった。GS。ゴーストスイーパー。エクソシスト、退魔師、除霊師、祓い屋、呪い屋。そんな超常現象を起こすことの出来る集団の中で一定以上の力あるものに国際免許を与えることで統一した呼び名だ。
だからこそ、その一言で分かってしまった。母はGSと戦わすつもりだったのだ。
どんな海水浴場であっても必ず一度はあること、それが溺死事件。それは積もり積もって怨霊となる。クラゲのような死んでいたのも怨霊の成れの果てだ。
おかしいと思っていたのだ。いくら小学校が行くほど安全だといっても、あそこまで死んでいる悪霊は居ない。恐らくGSが祓った後だったのだろう。
海という言葉から、そういった悪霊の蒐集することを課したのだろうと思っていた。だが漸くそれをもとに集まってくるGSとの正体を明かさないようにする戦いをやって来いという意味で行かせたのだと、母の意を悟った。
「やっぱ厄日や」
だから頭を抱えて天を仰いだのも無理は無かった。

マントをたなびかせ空をはしる。天空に輝くのは今では空気が薄いからこそ見える二世紀以上前では当然のように地上からも見えた輝く星々。
「やっぱ空はええなぁ」
高速で進みながら和んでしまうのも無理は無いだろう。それほどまでに星々は美しく、天を舞うのは心地よかった。
航路が開け、飛行機が登場したこの世界。地球のいたるところに人間が住み着き、人類の繁栄は約束されたも同然のように見えた。だがその人類をしても体一つで空を舞うことなどできはしないのだ。
横島はこの瞬間が好きだった。何もかもを、母なる大地ですら振り切って泳ぐ一切の束縛の無い自由な空間。まるで世界と一つになったかのようだといつも思う。
ただ不満なのが身に纏っているマント。ハーフマントの付いた襟の高いそれは、自分のセンスとピタリと一致していた。しかしそれは自分のものではなく、父のお下がりで、小さなこの身には大きすぎるのが難点だった。防御力を初めとした付属性能がとても高いことは知っている。未だ幼い自分を守る盾の代わりだという事も。だがそれでも身体にマッチしたものを着たいと思うのは無理からぬことではないだろうか? 尤も蝙蝠を操りぶかぶかのマントとしている知り合いに比べればまとものようにも思えないことは無かったが。
そんなことを考えつつ大阪最大の繁華街上空に到着した。眼下に見えるカラフルなネオンの塊。それに口の端を吊り上げ笑った。
火を、そして電気を得て夜の闇を切り開いた人間は、本来の姿を忘れ去っている。切り開き自らの領土と思い込んでいる宵闇は、当然のごとく人間の領土ではない。
人類の限界をはるかに超えた視力で、繁華街の路地裏に踏み入った一人の女性を捕らえた。考えたのは一瞬。音速を超えされど音は無く急降下し、物音一つ無く降り立った。
そう、人間は忘れているのだ。
「こんばんわお嬢さん」
ハッと振り返る女性の顔を見てうっすらと笑う。そう闇が覆い尽くすこの時間は、夜の一族の領土だと。
「子供? え、うそ!」
女性は確かに横島を見た。そう人間ではありえない宙に浮かぶ少年を。その顔に浮かぶ子供は決して浮かべることの無い冷たい笑みを。
「どんな声で」
驚愕する女性の後ろを取り、片手で口を覆い露出したうなじに顔を近づけそっと囁く。
「なくのかな」
尖った犬歯を首筋に突き刺すその瞬間。高揚を覚える自分は確かに吸血鬼なのだと、今更なことに狂喜した。



[33206] 星の精霊 第二夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:35
暗闇の中、漆黒の個体とも、液体とも、そして気体とも違った何かが丸底フラスコの中で渦を撒く。ゴムでとめられた口から一つ、ガラスのチューブが途中を蒼き炎で熱せられ同じように口を止められた試験管に伸びていた。
漆黒の何かは炎で成分を変えられ、銀色の何かに変化する。チューブから試験管へ少しずつ漏れる何かは、密閉されているにもかかわらず漆黒のときとは違い、確かに量を減らしていた。
丸底フラスコ一個と、試験管一本。それが同等の値を結ぶそれ。漆黒のそれは確かに悪霊を封じ込めたそれであったが、銀色のそれは一体何だというのだろうか。
光の差さないその部屋で、緩やかに行われる変換は、一体何をもたらすのか。それは棚に置かれた試験管の量が尋常ならざることだと物語っていた。

第二夜 「あっはー」という笑い声

夏休み。そう日本の学校で最も長い学生には必須の休み。その休みの中、横島忠夫は唸っていた。
休みだというのに膨大に出される宿題はとっくの昔に終わっていた。だが学校の成績は最高の評価はもらえない。いつも一つ下の成績。それは横島が劣っているからではない。寧ろ横島の学力は一般人を凌駕している。にもかかわらず最高の成績が付かないのは、教師に嫌われているからだ。
授業はほとんど寝て過ごし、問題を当てられても考える間もなく返答する。起きていたら起きていたで、教師の教え方のミスをただし、より分かりやすく実践的なものを独断で披露する。そんな態度が大人のプライドに触ってしまうのだ。
それは勿論母、百合子も知っている。だからこそあれこれうるさく言うことはない。態度も直せとはいわない。それは彼女も夜の一族だからだ。
その底力を知っているが故に人間を見下しはしないが、何世紀も前から生きているが故に世界を知り、年で判断するよりもその力量にあった評価の仕方をするべきだと常々思っている。授業で寝てしまうことは、夜も活動しそしてまだ幼いが故に体質的なものから仕方が無いと、授業態度としては悪いが、そのことで成績が下がるのは無理もないと判断している。だが、より身に付く教え方をして恨みを買うことは醜くは無いのかと思っており、実際授業参観時、教師と衝突した。
そういったことを横島自身も知っているが故に、授業中寝てしまうことは悪いことだと成長するにつれ直していく課題だと判断し、教師の説明の補足や、間違いの指摘はこれからもやっていこうと、出るくいは打たれると知っていながら正しいことは正しいのだからと、胸を張っている。それが教える同級生から恨まれるのならばともかく、分かりやすく塾に行っている者にも授業が面白くなったとうけているのだから。
そんな横島は、昼は友と遊び、夜は街に繰り出していたが、午前中はというと魔道書を捲る日々が続いていた。
一人前とみなされ、親の加護を離れる十四歳まで後三年。去年ごろから使い魔の必要性を漸く感じ、今その最終段階に入った。
使い魔の有効性は耳にたこができるほど母に聞かされていた。一人前といわれてもまだ年若い間は何かと必要になるのだと、その様々な実例を出されながら。
吸血鬼の使い魔として頭に浮かぶのは蝙蝠だろうが、実際蝙蝠を使い魔にしている吸血鬼は少ない。尤も吸血鬼自体が少ないのだが。
知り合いは蝙蝠を使うが、使い魔ではない。蝙蝠の利点はただ一つ、集団であるだけであるといっても良い。使い魔は時に守護獣とも呼ばれる。蝙蝠に主人を守護することは出来ない。
候補自体は既に考えており、後は術式を構成するだけなのだが、それが酷く難解なのだ。
成人年齢から分かるとおり、吸血鬼は早熟だ。幼い横島もその例にもれず、言語学と科学は大学卒業レヴェルに達しており、その他の雑学の分野に及ぶものも含めて中学卒業レヴェルは既に収めている。
科学は完璧な趣味だったが、言語学は母に教わった。というよりも叩き込まれたのだ。
今読んでいるものもそうだが、魔道書の多くは今は使われていない言語で記されたもの。直接記しているものもあれば、暗号化しているものもある。時には天使語で記されたものまでも存在し、解読が必要なものが存在する。
使い魔の作成はそれら魔道書の中に書かれた術式において中級の初めごろに値するが、それでも英語など現在使われている言語ではない。
だがその方法は普通の使い魔であり、横島の望むものではなかった。それはかなり上級レヴェルの術式であり、材料も質がいいものを使用せねばならず、一年間ためて漸くそろったというほど集めるのが大変だった。
出来るか出来ないか。そのぎりぎりのレヴェルのものだからこそ、魔道書を読み返しているのだ。適切な時は満月が中天に昇る魔力が満ちたとき。そして満月は今日だった。

横島宅は霊脈の真上に建っていた。勿論偶然ではなく、そういった物件を狙ったのだが、始めは地下室など付いてはいなかった。
地下室が作られたのは子供が生まれたからだった。吸血鬼の子は一般常識は勿論、表向き失われたといわれている秘術も習得するのが普通だった。それは風習ではなく、長い年月を生きる吸血鬼は、ゆっくりと変化する人間界に対応しなければならないからだ。
それが常識などの習慣だけならばその必要は無い。だが今の世でわかるとおり、霊能力を持つ人間は時に霊能力を劣化させ、時に鋭くさせ、道具を発展させる。それに対応する、正確には騙す為に様々な術式が必要なのだ。
その地下室にて、今宵、人間にははるか昔に失われたといわれている秘儀が行われようとしていた。
魔法陣上に、きっちり計った材料をばら撒いていく。水や鉄分といった生き物を形作るには欠かせない、されど普遍的な材料を。
「後はこいつや」
そういって振りまかれる銀色の何か。個体ではない。されど液体でも、気体でもないそれは、幾つもの試験から飛び出し、魔法陣に誘導されるがごとく魔法陣の上でスズメバチの巣のような渦を巻いた。
トクリと、心臓が鼓動する。横島は覚悟を決めるように息を吸い、言霊を紡いだ。
「閉じよ、閉じよ、閉じよ。繰り返すことつど三回、魔を呼び、神を呼ぶ」
右手に持った短剣で左手を傷つけ、一滴、血を魔法陣に落とした。
「此処に最後の一がそろい、三界は循環する」
目を瞑り、最後となる節を乾いた唇から発する時間は、これまでの何よりも長く永遠にも近い刻を感じた。
「告げる。我が誓いは汝が下に、汝が剣は我が下に、出でよ三界より生み出されし魔の者よ、聖なるものよ、妖なるものよ。皆等しく生み出されしものよ!!」
全てを放った瞬間、魔法陣がスパークし、蝋燭の火がかき消え様々な色の稲妻が走った。ばらばらだった材料は、無限の形に変化しまるで心臓が鼓動するかのように脈動する銀色の物質に吸い込まれた。
銀の物質は流動し、魔法陣の力か一滴の血が、ゆっくりと宙に浮かび、まるで飲み込まれるかのごとく銀の流動に吸収される。ろくろに回された粘土の如く紅い線が一つの道を完成させたとたん、魔法陣が地下室を埋め尽くすほどの吸血鬼であっても目を開けて入られない光を発し、魔法陣ごと光が掻き消えた。
ごくりと音を立ててつばを飲み込む。早鐘を打つ心臓を押さえる術はなく、はやる気持ちで魔法陣の中央だったその場を見た。
漂っていた煙は、風が吹くことの無い地下室でされど何かにかき消され、覆っていたそれを露にする。
横たわったそれに近づき、震える手で抱き起こす。目を開くときを今か今かと時間が一向に経たない事に苛立ちながら待つと、漸くその澄んだ蜂蜜色の瞳を開けた。
「おめでとう。そしてありがとう」
何故だろうか緊張していたはずだというにもかかわらず、その言葉が自然と出てきた。それは事前に考えていた言葉とは百八十度も方向性が違い、その言霊に存在が左右されるというのに、何故かそれこそがあっていると確信にも似た何かを感じつつ、自然と細まる目に慈愛の色を確かにたたえて、優しくその真紅の髪を撫でながら言霊がこぼれた。
「ずっと…ずっと待っていたよ。生まれてきてくれてありがとう、琥珀」
ありがとう。何度も繰り返すその言葉に、使い魔として生まれたその女性は確かに微笑んだ。



[33206] 星の精霊 第三夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:37
横島は科学が好きだ。それは現代科学の最先端を、企業に勤める父、大樹に年相応にねだり、大樹の権限で通用する関連企業の研究室や工場に無理を言わせてまで入り込み、子供の姿ということを利用して情報収集するほど大好きだった。
科学とは霊能力と分かれた一つの神秘だ。それが横島の認識だ。
霊能力に含まれる様々な能力や、技術、道具はオカルトという名のブラックボックスに、それ以外のものと一緒に整理もされずまとめられたが、それは間違いであり、オカルトと霊能力は確固たる分け方がある。だが人間は霊能力、または霊能力関連の代物をオカルトと呼び、その認識を共有する。
そのことからきわめて遺憾ながら横島も霊能力に含まれる様々なことを、それに適した言葉が無いが故にオカルトと呼び、時にその矛盾に苦しみのた打ち回る。
そういった理由から、当初は確固たる地位を築いている科学技術を訳もなく嫌悪していたのだが、とある出会いでそれが一変した。
そして現在、その出会いのためにある研究をしているのだが、それは使い魔を得る過程で完成に至る道筋を発見したといっても過言ではなかった。

第三夜 横島的西遊記

サイレンが鳴り響く。赤いランプがいたるところで点灯し、それぞれが持っているのだろうインカムから今何処を走っているかという情報が各自に送られていることを人間を超えた聴力で確認した。
場所は南武工業霊能課第十五研究所。とある目的のためにそこに進入し、保管されていたブツをかっさらった。
琥珀と念話と呼ばれるテレパシーにも似た方法で連絡を取り、瞬間、外部から衝撃と轟音がなった。とある筋から入手した対戦車用ロケットランチャーをぶち込んだのだ。
下りたシャッターを、手から放つ霊力弾で跡形もなく吹き飛ばし、速度を落とすことなく走り去った。
プランとしては認識されることなく奪取することが最善だったのだが、ばれたらには仕方が無いと、障害という障害を全て蹴散らし、踏み潰し、蹂躙し突破することに決めた。
幸いなことに、国際刑事警察機構超常犯罪課、通称オカルトGメンは日本には存在しない。霊的検視が出来ない日本の警察、しいては科学捜査班では、霊能力を持った者の犯行と感付くことは出来ても、追跡操作は不可能で、当然現行犯以外で逮捕することもできない。
だからこそ、国際刑事警察機構、通称ICPOのとある警部から毎回華麗に逃げる者の有名な台詞を口にした。
「あばよ~、とっつぁ~ん」

瞬間移動、テレポート。そう呼ばれる技術には二つの種類がある。一つは今現在科学者たちがオカルトというブラックボックスの中から取り出した超能力という霊能力とは違った一つの神秘で成される、テレポートと呼ばれる移動方法だ。そこに霊能力は一切関係ない。
もう一つが過去、神話の時代を過ぎたときには失われていたといわれる瞬間移動である。失われていると思ったそれは、しかし確かに存在した。そう、神話の時代から生きていた種族に保護されながら。
霊能力を使う瞬間移動は、感覚的なもので扱うには人間は短命すぎ、それ以上の寿命を持ち、尚且つ能力が強くなければならない。そして何より人界で生まれ所属する者でなければならないという大前提が存在する。
瞬間移動という物は、ただ場所を移動するものではない。離れた点と点を繋ぐには、線が必ず必要である。全くの時間差が無い移動という物は不可能なのだ。ゆえにただ場所を移動するのではない。術式を組み立てればわかるのだが、瞬間移動は時間移動と同じものだ。時間移動でも使用者によっては場所を選ぶことが出来る。
単なる時間移動能力者は、希少ではあるものの人間を初めとした神魔族に確かに存在する。だがその中で瞬間移動を成しえたものがいたかというと、誰もいない。それは大前提が時間移動だからだ。
時間を移動するということを認識している以上、場所を移動するには時間移動後でなければならないと深層意識で思っている。だから瞬間移動が不可能なのだ。
そして吸血鬼はその術を知っていた。それは横島にも暗号化された魔道書という形で受け継がれている。そして横島はそれを理解していた。
にもかかわらず横島はそれを行えなかった。それは時間移動能力者でないからだった。時間移動能力者は、その能力を誰に知らされるまでもなく知り、発動させる。それが可能なのは、時間の壁を越えるという、理、つまり世界に逆らうことを、能力を持って生まれた際に世界に許されているからだ。だから、許されていない横島は時間移動である瞬間移動を行えなかった。
だが、その制約は取り払われた。何故なら命を生み出すという世界の禁忌を成し遂げたからだ。
使い魔を作るときの魔法陣と、呪文はそれを超えるか、それとも許されざることと抑止力と呼ばれる罰を負わされるかに分かれる結果を、成功という結果を招き寄せる為の、世界に認められる為のものだった。
そして成功したからには世界にその存在を認められたということであり、生物として予め設けられていた一定の制約を解除されたということと同義。それは時間移動も含まれている。
だからこそ、様々な術式を操る吸血鬼は、成人するまでの準備と称し使い魔の製作を行うのだ。そして過去から脈々と続くが故に、本来認めることがほとんど無い世界に、それが当然とばかりに認められやすくなる。そうして吸血鬼は世界の理を操ることを許され、世界に広く深く根を生やすのだ。
「行くで、琥珀」
しゃがみこみ、腕を差し出した横島は、その肩に純白の毛と、金色のリボンを首に巻いた猫を乗せると、衣装ダンスの扉を大きく開いた。
確かに以前の横島では、瞬間移動は出来なかった。だが術式を形にして何かに刻むことは可能である。初めから能力者として生まれることの無い吸血鬼は、瞬間移動の際、その感覚を掴むまではイメージでの術式を使わずに魔法陣などを多用する。それはいかに吸血鬼といえども、世界の理に反する時間移動は難しいという当たり前のことからだ。
そしてその例に漏れず横島も跳ぶ。だがその行き先は通常の吸血鬼では考えられない場所だった。その名は桃源郷。

ゴーストハザード。心霊汚染物を表す三個の髑髏がまるで放射線マークのように合わさった印が押された金色の金属製の箱を持ち、大宦官に面会する。
「人界からの来訪者とは、あの猿とは違い理知的なようだが、一体何の用事かのう」
ふっくらした男がクロスのかけられたテーブルに着くと、腹を揺らしながら椅子に座った。
内心でこのデブが、と悪態を吐きながら表面上にこやかに、されど同じ息を吸うのも嫌だと何も言わずに、そっとテーブルに箱を滑らせた。
「ほうぉ。オリハルコン製のようですが、一体何が入っているのやら」
オリハルコンは魔力、霊力、神通力を一切通さない神界と魔界で取れる希少金属だ。この桃源郷も神界ではあるが、戦略的、経済的順位は低く、大宦官と呼ばれる官僚が名目上管理運営している。
大宦官の言うことに一切答えず、箱の封印を解いた。瞬間はこの中に吸い込まれる霊力と神通力。それに腰を引かせた大宦官にかまうことなく箱を完全に開ききると、手で招いた。
「こ、これはッ」
息を呑む大宦官にニタリと笑うと、そっと囁いた。
「竜神族へ恩を売りたくはありませんか?」
瞬間びくりと振るえる体に、餌にかかったことを知った。
箱の中には、メタリックブルーのダチョウの卵と似た大きさの卵が入っていた。今も尚周囲の霊気と神通力を吸い込んでいく卵に、大宦官はそっと蓋を閉め封印を施すと、呆然と呟いた。
「対価は」
ああ、と横島は笑った。その言葉を待っていたのだと。
「桃と、その苗木。そして西洋のイチジクの実と、リンゴの実を」
それは、と悩み始める大宦官にそっと囁いた。派閥に加わりたくは無いのか、と。
そして、その二日後。桃源郷のいたるところに見える桃と、その苗木。そしてイチジクの実と、リンゴの実が届いた。桃は永遠の命。イチジク、リンゴは聖書の知恵の実。
悪魔サタンはそれを原初の人間に進めたが、今再び囁いた悪魔はそれを奪った。



[33206] 星の精霊 第四夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:38
小学校五年生の冬。ずっと同じクラスで、親友であり悪友であった銀一が転校してから二年。小学校を卒業すると同時に大阪から遠く離れた東京に移り住んだ。
あっはーあと一年ですねー、と語る割烹着の布団の中にもぐりこんできた使い魔に改めて自覚させられた。そう旅立ちの日まであと一年しかないのだと。

第四夜 ヴァンパイアナイト?

これはもうやるしかない。そういって一斉奮起したのは珍しく東京タワーに態々金を払って上ったとき。
名も無き翼を広げた饅頭のような一柱の神に出会ったのは、果たしていつだっただろうか。様々なことを知り、様々な世界を知った。
東京タワーに来たのもその中で知った成長する武器と防具を作る為の材料を得るためだ。饅頭神が言うには、東京タワーの展望室は、丁度時空と時空を繋ぐ空間に面し常人であっても意志が強いものならば世界を跳び越す事が可能なのだという。
世界を跳び越す魔法陣は、瞬間移動の魔法陣と似ていたので作ることは簡単だった。だが無事に帰ってくるには縁をもったものがいなければ、瞬間移動と違い異なる時間に出てしまうことが多いという。
そこで、琥珀を展望室に残し、感覚で跳べる、とまでは行かないが、脳裏に術式を組み立てるのは一瞬で出来るように様になった瞬間移動の術式を書き換え空間を跳んだ。

「これはあれや」
真後ろから奇声を上げ迫り来る何かを振り返り、溜息をついた。
「食虫植物ならぬ、食人植物。しかも術が使えないってどうなんよ」
迫り来る物体はどこからどう見ても植物。ただし太い根を足のように動かし、大きな花に牙の生えそろった口のあるどこからどう見ても肉食の植物。
先ほどから組んでいる飛翔の術式はされど組み立てることは出来ても発動はしない。
「武器、借りてきたほうが良かったなぁ」
沈黙の森といわれる日の差すことの無い不気味としか言いようのない森の入り口に、プレセアという鎧と武器の製作者が住んでいた。一切魔法の使えぬ森だと助言されたが、魔法はもとより使うつもりが無く、術式でどうにか成るだろうと楽観視していたのが今の窮地を呼び寄せた。
植物ごときが、と不作の呪いをかけたのだが、一向に発動しない。今では寧ろ植物故に弱点が無い強敵になってしまった。
「問題や。問題なんよ」
これが動物ならば血でもすってリビングデットに仕上げればよかったのだが、何度もいうように植物だ。血はない。
どうするか。身体能力を駆使して走り抜け、そこまで考えて、漸く臨時食として教えられていたものが何かを思い出した。
「そや、植物なんや。やったら」
ハッと向き直り、襲い掛かられる前にその生気を吸い取った。茎の一部を伸ばす食人植物は、しかしその願いを果たすことなくレンジでチンしたがごとく風が吹くだけで崩れ落ちるほど脆くなり、死滅した。

「これが伝説の泉…」
食人植物を倒した後、襲い掛かってきた不死の鳥に噛み付き従えた横島は、材料があると言う泉にたどり着いた。
「なんか、変な気もせんことないけど、いっちょやったるか」
怪鳥の背から、泉の中へダイブする。空気が高速で動くときと同じように鳴ることに、飛んでいるのだと精神が安定した。尤も落下しているだけなのだがそれは些細な事だ。何処となく普通の泉とは違った雰囲気を感じていたが、この世界における伝説級の鉱物があるのだからと、危険なことは承知積みといわんばかりの勢いで行こうと思っていた。
目前に大地ではなく透明な太陽に輝く水面を瞳に討つし水しぶきを上げ潜った瞬間、声を漏らした。
「精神操作?」
湖は底がなく、まるで渦につかまったかのごとく人間ならば気を失うほどの遠心力に回されながら、そこに落ちた。
瞬時に両目に霊力を回し、蒼くぼんやりと光らせた。だが視界からは何も情報は得られず、ただ光一つない暗闇に存在していることだけが分かった全てだった。
「忠夫…」
背後からかかった声に、横島は目を見開いて振り返った。
「かぁ、さん」
それに父さんも。放たれる言葉に力はなく、ただただ呆然としていた。
だが次の瞬間体が自然と反応した。
「と、父さん! 何を!!」
頬に一筋、真っ赤な血液が流れ落ちる。大樹が手に持った刀で切りつけたのだ。横島の問いに口で笑みを作ることで答えた大樹は、緩慢な動作で刀を構えなおすと、黒かったその瞳を炎のように赤く染めた。
「忠夫、いけない子。防具なら私たちが作ってあげるのに、態々世界を超えてしまうなんて」
音もなく真後ろで聞こえた声に、骨の髄まで染み付いた歩方を使い横にとんだ。
「ッ!」
風を切る音とともに腕に赤い一筋の線が浮かび上がる。
「エスクキューショナー。本気、なんか…」
百合子が持つ剣は、鉈の拡大版といっても過言ではない僅かな反りと中華包丁の様に切っ先が無い漆黒の型刃の大剣。父、大樹にしても、母、百合子にしても持ち出した以上冗談が通用しない特一品のそれは、本来英国の大英博物館に収集されていてもおかしくはない歴史背景と、常人には扱いきれない上位の魔族や神族であっても斬られれば再生が難しく、魂ごと消滅可能な概念武装。
冗談ではないと戦慄した横島は、そっと頬の傷に触れた。
「ッ!?」
その瞬間、目を見開き、うっすらと笑った。
「どうしたの忠夫。もしかして恐怖で喋る事もできなくなったのかしら」
うふふ、と笑うその姿に横島はただ掌を向け。
「…失せろ」
目もくらむような光とともに霊力弾を放ち、百合子をかき消した。
「おい、お前」
その声には先ほどまでの困惑は何処へやら、冷徹な強者の怒りの念が含まれていた。
「謀ったな」
父の姿をした何かを見据え、横島は冷たく笑った。そう、本物の百合子ならば横島の攻撃など余裕を持ってかわすだろう。あるいはその必要すらないかもしれない。だが、目の前にいた百合子は滅せられた。そして何より、
「父さんの剣は、そんなに安くないわッ」
大樹に傷付けられた傷は、治るはずがないというのに綺麗に掻き消えていた。そのことから目の前の二人が偽者だと分かったのだ。
刀を振りかぶり斬りかかってくる何かに、横島はその場を一歩も動かず、
「ッ!!」
「どうした? 何を驚いている」
その刃を掴み取り、力を入れ飴細工のごとく捻じ曲げた。その事に一歩後ずさる父の姿をした何かに、笑いながら胸を突き破った。

「それが伝説の防具ですか」
赤い髪をショートカットにした蜂蜜色の瞳の琥珀が、いまどき珍しい割烹着を着て中学生の横島と腕を組みながら家までの帰路を歩いていた。
「何か文句ある?」
何処かぶっきらぼうなその声に、鈴の音を転がすように笑うと、いいえと髪を揺らし肩に頭を預けた。
「コート姿が珍しいだけです」
その言葉に、漆黒のコート姿の横島はへそを曲げた。
「知らなかったんだから仕方ないだろ」
某管理官が来ているような身を覆うロングコートは、どうやって作ったのか糸を一切使っていないにもかかわらず布の質感がした。防御力をふんだんにつぎ込んでいると告げられた言葉が事実かどうか知る術はなかったが、カシミアのコートよりも軽い着心地は、比喩ではなくまさに一つの羽のようだった。ボタンは一つもなく、防寒着としての機能はあまり無い様で完全な前開きのそれは見るものに横島という少年を正しく着飾っていた。
伝説の鉱物は、それを取ってきた者の力量を記憶し、防具となる時正しくその者が着るに値する性能をもたらす。だからこそ成長する防具と言われるのだが、人ならぬ吸血鬼である横島の力量で果たしてどれほどのものが出来上がったのか、それを正しく知る者はまだ誰もいなかった。



[33206] 星の精霊 第五夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:39
私、琥珀はご主人様、つまり忠夫さんの使い魔です。別名守護獣とも言われるからには、忠夫さんを守らなければいけません。勿論そのつもりですし、殿を勤めろと言われれば迷うことなく死地へと身を投じる覚悟が出来ています。
ただ、忠夫さんはそんなことを言うような人ではありません。それは生まれてからずっと見てきたので分かっています。私は普通の使い魔とは違い、三つの姿を持っています。一つは、忠夫さんの精神的な癒しになる為の猫の姿。もう一つが、永遠を共にする為の人の姿。もう一つが…。
生まれて初めての仕事は、忠夫さんに甘えることと、知識を得ることでした。今の仕事は、忠夫さんのお母様、百合子様のお手伝いと、その、あれです。忠夫さんの夜の…。
ともかく、私は忠夫さんの守護獣なんです。でも、忠夫さんはとても強くて、めったなことではお手伝いになりません。一人の男性として立派になったので、そっち方面のお手伝いは毎晩のごとく、いえ、それは守護ではありませんでした。
ですが、そんな毎日ももうすぐ終わりです。あと一ヶ月。そうあと一ヶ月で忠夫さんは旅立つのです。勿論私も一緒で、これが俗に言う新婚旅行なのかと…………

第五夜 ケロちゃんはまだ居ない

あと一ヶ月。ぼんやりと天井を眺めながら、十四歳の誕生日のことを思いはせる。
その日に向けて幼い頃から準備はしてきた。
保存されている数々の魔道書は宿った魔力まで正確に写し取り、本物と見紛うばかりの写本をそろえている。
精霊石を加工した蔵と呼ばれる大和級超弩級戦艦から、岩塩一粒までどのような大きさのものでも収納可能な、何処までも詰め込めるジュエルアクセサリーを家にある完成品と、魔道書を何度も見直し自分用に作り上げた。
態々異世界に出張ってまで手に入れた成長する防具はもとより、成長する武器に、遙か昔英雄達が使用したといわれる武器のレプリカまで広く手に入れ製造した。
遠い昔遥か彼方の銀河系で。というモノローグで幕を開けるSF映画と、撃つのはやめて、話を聞いて! という台詞が登場するアニメ映画に影響を受け、アドバンスXGなるガンシップをもてる全てのオカルト技術と科学技術で作ったのはまあ若気の至りで済むと思う。
他にもこまごまとしたものを多数作り上げ、所持しているのだが、何か決定的なものが欠けている様な気がしてならないのは、何故なのだろうか。
やはりデススターを作らなかったからなのかと冷や汗が流れる思いだ。他にもあの時諦めずにパーフェクトジオングを完成させればよかったのだろうか? 
「う、ん」
艶のある声とともに抱きしめられた腕に、その正体の赤い髪をそっと撫でる。
精通してからは、魔力と霊力を高める為と言い訳をしながら、若き情熱を迸らせた。尤も琥珀も嫌がっていなかったからなのだが、毎夜の恒例行事となってしまったことに思わず苦笑してしまう。
数々の装備も、操る術式も両親の足元にも及ばないが、十分一人立ちできると思っている。特定の地に根をがっちりと生やすか、五十年放浪するかしなければ、呼び出されるか、会いに来られるかのどちらか以外では両親と会えなくなるのだが、このご時勢、就職難であるにもかかわらず、人外であっても後景人さえ付けば後は実力次第といった職種を生活の基盤にしようと考え、それに適した地も選び終えている。不安は少ないのだが、何かが足りないと胸騒ぎがするのだ。何かを忘れていると。
そしてそれは暇つぶしに見ていた教育テレビのアニメでインスピレーションを得たことは、きっと運命だったのだろう。

「なあ、あいつ大丈夫か?」
食後の一杯をやりながら、エプロンをはずした最愛の女性を見つめ、ふとこぼす。
その言葉は親としては当たり前で、されど吸血鬼としてはどうかと思うものだった。一粒種が巣立つまで後たった一ヶ月。不安はない。そう、そのはずだった。
「あなた…」
対する女性もその言葉には答えられない。
「分かってるんだ。忠夫は俺とお前の子だ。そんなやわじゃない。やわじゃないが…あれは頭でも打ったのか?」
思い出すのは何百年も前、十四となり土地を離れたときのこと。一ヶ月前にはとっくに準備は終わっており、旅立つ日を今か今かとちょっぴりの不安と、多大な期待で寝付けなかったことを覚えている。
決して優秀ではなかったが、かといって劣っているわけでもなかった大樹の旅立ちは、社会と言う土地に根を張って本物の一人前になったとき親戚や付き合いがあった吸血鬼、その親に同じように少しの不安と大きな期待感で寝付けなかったと面白おかしく聞き、誰でもそうなのだと初めて知った。だが、息子はどうだろうかと考える。
思えば自分の子供にしたらなかなかに優秀だと親ばかと言われるかもしれなかったが、賢く、強いことを誇りに思っていた。普通の使い魔は動物が喋る程度で、大抵優れていても幻獣の姿をしているくらいだ。だが息子が作ったのは最上級の人型にもなれる使い魔。物心着く前から遊びで作った様々なものを、まだ教育を始める前だったというのにそうとは知らずに使い魔として使役していたが、此処までとは思わなかった。
いよいよ間近に迫った旅立ち。決して息子が心配でないと言うわけではない。それでも普段どおり休日の新宿にガールハントしにいったのだが、返ってきてみると息子の様子が変だった。
この時期の吸血鬼は大樹自身が経験したように明日を思ってやや興奮状態にある。だからこそ人によれば長くなることもある別れに盛大なパーティーを行う事もなく、あえて普段どおりの行動を行うのだが、その姿に何かミスったかと流石の大樹も冷や汗をかいた。
「何か作ってるらしいわよ、あの子」
ビンに入ったビールをグラスに注ぎ、漸く席に座った百合子は頬に手を当て溜息を吐いた。
「あなたが出て行った後、特に変わった事なんてなかったの。ただ」
これ見よがしに溜息を吐く百合子に何があったのかと身構えた。
「あの子も感情をもてあましてたんだと思うわ。普段は見ないアニメを見てたんだけど。何をとち狂ったのか、これだーとか叫びながら地下室へ直行したのよ。琥珀ちゃんを巻き込んで」
ああ、と大樹は頭を抱えた。過去にも似たことがあったからだ。
大樹は会社でもそれなりに地位を持っていて、支社長のお供や、部長クラスには任せられない大企業との取引などにその手腕を発揮し、休日出勤することも多い。それでも大樹は家庭を何よりも大事にし、纏った時間があれば予算の許す限り、旅行や、ちょっとした観光を行う。それは同じ屋根の下に住んで以来続く、食器の片付けをめぐる甘い攻防にも見られた。
だから大樹が評判になっている展覧会などに行くことはよくあることで、当然その中には話題作と呼ばれる映画も含まれていた。当然とある豪華客船が氷山にぶつかって沈没した四時間にも及ぶ大長編を見に行った事もあるし、ここではない想像上の銀河系で帝国軍と宇宙でどんぱちやらかす大傑作を見に行った事もある。
そして忘れてはならないのが、科学大好きっ子、オカルト技術大好きっ子な息子、横島だ。
SF映画にいたく感動した横島は、様々な伝を利用して材料をそろえると、地下の場を湾曲させ、シスの暗黒卿が乗っていた宇宙戦闘機をスケールアップさせ完成させた。それに飽きたらずアニメ映画の先駆けとなっている映画の最初の作品に出てきたガンシップのイメージを追加し、大気圏内は勿論、宇宙空間においても自由に動く事ができ、尚かつ単身宇宙に昇る事もできるものが仕上がった。正直それを一体どうするのだと聞きたかったのだが、まず間違いなく趣味でやったのだと解ってしまえる事が悲しかった。
何もなく完成すれば大樹が頭を抱えるはずもなく、当然のごとく爆発と、この世のものとは思えない、何がしかの奇声が日夜問わず続き、近所に多大な迷惑と、後一歩でGSを呼ばれるほどの巡査の質疑が襲い掛かった。
それが失敗ならば、叱れたのだが、何故途中で奇声や爆発が起こったのかと言うことや、完成に至るまでの工程をそれぞれ別に記したレポートと、製作する方法を記した立派な一つの魔道書、そして作りあがった実物を仕上げたのだから文句のつけようがなかった。
ただ勿論失敗もあったわけで、そのたびに震度六強の縦型の揺れが襲った。それらは全て人間が作った何がしかの物語からのインスピレーションであり、芸術は爆発だと言わんばかりに、実際に爆発した。
禁止令も出せることは出せたのだが、父の日や母の日にそういった開発品で便利グッツを渡されるのだから、止めるに止められない。実際大樹のマイバイク、ハーレーにも似たレッドドリームという名をしたものもその一つであり、時速三百キロは余裕で出せるのは標準機能。渋滞でも大丈夫なようにとバイクが浮遊し、最高が二百九十キロではあるが高速が出せるといった世に出せば特許料で一生を暮らせるほどのものだ。それを見て何故発明家になればいいのではないかと言わなかったのは、そのバイクを渡す際、ポツリとこぼれた言葉が原因だった。変形機能が付いてないのが難点だけどね、と。
「何、作ってるんだと思う」
烏賊をつまみながら、こぼれた言葉はどこか暗い。
「爆発は、まだ一度もないわ」
瞬間、キャハハハ、という奇声が家中に響き渡り、二人の影が大きくよどんだ。

ああ、これだ。これを待っていたんだ!! 横島は嬉々として、硫黄とレバー、天然ガスにガソリン、更には灯油を混ぜたかのような悪臭を放つ煮えたぎった釜をクリスタル製のお玉杓子でかき回し、これでもかと、使い魔を作ったときにも使用した銀色の何かをガラス瓶ごと十を軽く越える分量で投入した。
霊脈から力を得ている魔力炉の熱を直接利用し、釜の中身を炎の精サラマンダーも避けて通るほどの熱量になってもまだ熱していた。
構成物質は、エメラルドタブレットの精巧な複製品を軽く百を超え投入し、精霊の契約と呼ばれるキスをすることで発動するアイテム入手の為の魔法陣を何重にも床に描き、消えるたびに新たに描いていく。精霊石の粉に、ミスリルのインゴット。何処から手に入れたのかバジリスクが孵るか孵らないかぎりぎりのラインの卵。時空消滅内服液の原液。満月草の実にブルーアイズホワイトドラゴンの心臓と、レッドアイズブラックドラゴンの心臓。最後にユニコーンの角の粉末二キログラムを材料に、カレーを煮るかのごとく全てが溶けるまで煮込んだ。
七が三回、二十一日ねかしたそれを今日、仕上げる。そう目に隈を作った横島は誰に言うでもなく演説した。
「運命は俺にやれと命じた!!」
始まりはアニメだった。その日から全力で作り上げ、何日寝かせればいいのかと調べたとき、仕上がるその日が神界と魔界、そして人界の大気エネルギー量が全くの同一になる新月だったことがまさに天命だと横島を活気付かせた。
これまでにかかった時間は丁度二十八日。明日の夜旅立つというまさにぎりぎりの時間に出来上がったそれは、一体何だというのだろうか。
描いた魔法陣は既に吸収され何処にも見当たらず、横島は一部の狂いもないように新たな魔法陣を描き始めた。
それは、煮ていたときの魔法陣にも、使い魔を作ったときの魔法陣にも似ており、そして異世界へ跳んだときの魔法陣にも似ていた。見るものが見れば分かるだろうそれは、錬金術における失われた錬生陣にも似ていたことだろう。
クリスタルのお玉杓子を七回回しながら言霊をつむぐ。
「闇の力を秘めし鍵よ」
反転し六度回し言の葉を放つ。
「真の姿を我が前に示せ」
反転し左右五度ずつ回し、呪文を詠唱する。
「我が名、横島忠夫の下に命じる」
ドクリと釜の中身が鼓動にも似た音を地下室に響かせ、脈動した。
「レリーズ!!」
封印解除。その言葉は一体何を生んだのだろうか。轟音と地響き、そして閃光の下に生まれし一冊の本と、何十枚もの細長いカードがまるで生まれたことを祝うように自転し、公転した。



[33206] 星の精霊 第六夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:40
「それじゃぁ、父さん、母さん行ってくるよ」
漆黒のコート姿にメタリックブラックの腕時計をアクセサリー代わりに付け、いつになく真剣な光を瞳に宿し、一時の別れを告げた。
ああ、と言う父の短い声援と、体に気をつけるんだよ、という母の気遣いが心に響く。スプリングとクッションがふんだんに使われた、長距離飛行用の安楽椅子に座り、もう一度二人の姿を確認した。
膝に乗る確かな温かみを感じ、そっと撫でると霊力魔力神通力合一駆動機関に火を入れた。
「ディストーションフィールド展開」
感情のこもらないまるで誰かに報告しているかのような声で、命じ、それを確認する。最終的に時間がなく、感応操作は無理だったので、音声入力で済ましていることに今だけは感謝した。おかげで気持ちを切り替えられたと。
「続いてアンチマジリカルフィールド展開。対物電磁バリア展開」
瞬間、蒼い稲妻が三メートルの間を取って走った。同時に地面が球状の何かに押しつぶされたかのように陥没する。
「システムオールグリーン。メルカバ、発進!」
その安楽椅子の戦車は、馬に引かれることもなく戦場になるべき場所へ飛翔した。そう、人生と言う戦場へ向けて。

第六夜 横島忠夫十四歳

と言って格好をつけたものの、実質問題横島が目指した場所は、同じ東京都内だった。
その日の東京上空は強風が吹き、ヘリの出動すら自粛されていたが、メルカバはそんなこと関係ないといわんばかりに揺れ一つなく安定飛行していた。
最近の吸血鬼の試練は楽になったなぁ、と横島は一人星座を眺め見る。簡単な占星術をして、今後の両親の運を見た。特に波乱に満ちたものではないと出たが、それがいつまで続くかと、第二子の誕生を予感していた。自分がいなくなればまだまだ若いのだからと。
吸血鬼の少子化ははるか昔から危機感をもたれていた。吸血鬼は寿命が長いものの、それに反して同族間の繁殖率が極めて低いのだ。
にもかかわらずそんな予感を覚えたのは、勘だった。尤もそれが一年先なのか、それとも五十年、あるいは百年先なのかは定かではない。吸血鬼の一生にとって一世紀はそれほど長くはないのだ。
「琥珀さん、落ちるよ」
割烹着に手を回して抱きしめると、気を良くしたのか艶がかった息を吐き首筋に顔をうずめる琥珀。ふんわりと漂う香りは女性特有の甘い香りだったが、今は移動中なのだ。それも空を横断しながら。激しい行為は慎まなければならない。
「…忠夫、さん」
が、そんなこと関係ないとばかりに琥珀は目を瞑り、それとそれを合わせた。蹂躙される口内は、果たしてどちらだったのか。それは定かではない。

その日唐巣神父は通常の二倍増しであわただしく教会内を徘徊していた。
メガネをかけ、温和な表情を見せる唐巣は、されど昔はすごかったのだと付き合いの深い人間は知っている。そんな唐巣は現在世界最高峰のGSなのだが、いつも食べるものに困っていた。
霊障に悩む者の駆け込み寺と関東地方全域で認識されている唐巣は、事実様々な霊障と対峙し解決してきた。そこまでは何の問題も無いのだが、唐巣は貧しい人々から除霊料金を取ることはないのだが、どれほど金が余っている者だろうが同じように除霊料金は取らないのだ。
そんな訳で毎月さもしい食事しか出ないのだが、近年悩みの種が一つ増えた。彼の弟子がその問題だった。
縁のあるものからの紹介で弟子に取ったのだが、この人物、唐巣と性格が正反対で、とにかく金にがめつい。貧しい者は仕方がないが、あるとこからは他人の通帳から引き出すがごとく遠慮一つない料金の取立てをする。
そんな弟子が一人でも困るというのに、更に弟子が出来たのだ。始めは断ろうかと思っていた唐巣だが、出てくる単語に驚きを隠せず、仕方がないと承諾してしまったのだ。
曰く、十四に成ったら修行に出される。曰く、自活しなければならない。曰く、GS免許を取ったらおさらばするから。などなど時代錯誤も甚だしいと思ったが、それが真実ならば神に仕える身として、迷える子羊を救わなければならないのではないかと良心が疼いたのだ。
そして来ると約束した日にちが今日で、学業があるのだろう具体的な時間は告げる事はなく、ただ午後には来ると口約束しただけだった。
既に時計の針は直線に広がり、晩の心配もしなければならない。
悪戯だったのだろうかと思い始めたそのとき、さび付いた蝶番が軋みを上げ、扉が開いた。
「あっはー。遅刻みたいですよ忠夫さん」
唐巣は目の前の光景を疑った。いまどき珍しい割烹着を着た一見高校生ほどの女性が、腰に片手半剣を下げ、その後ろに控えた人物を通すように腰を折った。
「き、君は」
思わずそれだけしか言えなかったのも無理はない。その存在感にはいかなるものも無価値に見えるほど圧倒されるものがあった。
コツリ、とその存在はブーツの音を鳴らして歩みを進めた。その姿には一切の隙がなく、きったはったのGS業界にそれも現場に今尚現役で存在しているというのに勝てるビジョンが浮かび上がらなかった。
その存在は男であった。髪型も、顔立ちも特筆するものはなかったが、不思議と引き込まれるような存在自体が違和感にも似た特異点とでも言うのか、善悪関係なく引き込まれるものを感じた。
年の頃合いはどう高く見積もっても高校三年生がやっとだろう。情報によると中学二年生だという。にもかかわらず恐らく相当なブランド物なのだろう、一目で相当値が張ると分かる漆黒のコートを、着られているのではなく、引き立て役の一つとして着こなしていた。
「はじめまして、先日お電話を差し上げました横島忠夫といいます。見たところ神父様のようですが、唐巣様で間違いはございませんでしょうか」
矍鑠とした、この年頃ではまず不可能な言い回しも緊張一つすることなく、あくまで自然体で口から発せられた。
黙って瞬きする唐巣をどう思ったのか、琥珀の紹介を始める横島に、唐巣は聞き逃せない単語を拾った。
「バカな、彼女が使い魔だって! 君は何を考えているんだ!」
その事にきょとんと目を丸くする横島は正しく状況を理解していなかった。そして唐巣はその状態に少年の異常さを感じ、人間を使い魔にするとはどういったつもりなのかと問おうとしたとき、目の端に捕らえていた少女が眩い光に包まれたかと思うと、瞬間真っ白な毛並みの猫に変わっていた。
猫又かと思いもしたが、尻尾は確かにひとつだけ。その猫が四つの足で歩み寄ると一言。
「この琥珀を忠夫さんから引き離そうとしてもダメなのです。忠夫さんとはもう××も××××もしちゃって、更には×××××も済ませているんですから」
ああこれは確かに使い魔だ。そう思った唐巣は、その単語に真っ赤になっている横島を見つめると、羨ましくなんかない羨ましくなど、とぶつぶつと呟いたという。

「それでゴーストスイーパーになりたいというのは」
一応の落ち着きを見せた唐巣は、教会の奥に作られた客間に横島を招きいれた。皴にならないように折りたたまれたコートを膝に置いた姿は、見目麗しい女性が肩に頭を預けていると言うどこか滑稽にも見える姿だと言うにもかかわらず、常人では決して発することのないあえて言うならば凄みや覇気にも似たそこに確かにいると言う存在感をかもし出していた。
「生まれつき霊力が使えるというよりは、両親ともに霊力が強い存在なのです。両親はGSにはならずに一般企業に勤めましたが、私はこの能力を生かし弱者を意味もなく苦しめる傲慢なものどもに仇なす存在になりたいのです」
なるほどと、唐巣は一つ頷き続きを促した。
「この血に流れる一族は習慣として、十四の誕生日と同時に、親の加護を離れ世間の荒波にもまれ、社会に根付くことを科しています。ですが近代においてその風習は、十四歳と言うアルバイト一つ間々ならない、生活すること自体が難しい状況を意味しています」
それはそうだろうと、共感し、そしてそれを目的に育てたのだろう横島と言う少年は確かに出来がいいとその習慣をそれなりに認めた。その深層意識には現在取っている弟子の根が関わっていたことはまず間違いない。
「ですから長い修行期間を必要とするものの、社会に根を張るという意味では十分すぎるGSという職業に興味を持ち、また大変厚かましいことなのですが、修行と同時に帰る所にもなる内弟子にとって貰いたく、このたびお願いに参りました」
その言葉に唐巣もそんなところだろうと、予測していたが故に動揺一つなくすんなりと受け入れられた。
神に仕える身として目の前の子羊を導くことに異論はない。だが果たしてそれでいいのかどうかということが、唐巣の中で葛藤を呼んでいた。
何も霊力が足りないと言うわけではない。感じる限り十分以上の霊力を持っている少年は、確かにGSと言う職業は天職だろう。だが、生きていけるかということに疑問が残る。
転校する先だろう学生服から、どうしてもまだまだ子供であり、考える余地を与えたほうがよいのではないかと思う。それは高級品だろうコートや、腕に付いた金属製の腕時計を見ればよほど裕福な生活をしてきたのだと推測でき、教育されたのだろう品の良い言葉遣いもそれを暗に表しているように感じた。
そんないわば温室育ちの少年が、一見華麗に見えるGSと言う危険職に着いて行けるかが疑問だった。それは希望するものがその尋常ならざる危険性を知り離れていくという業界の現状を知っているが故の疑問でもあった。
だが、とその隣の席に着いた琥珀と呼ばれる女性を視界の端に捕らえる。
どこからどう見てもただの女性にしか見えないその人物は、しかし正しく人ではなかった。本来の姿は純白の猫であり、少年が言ったとおり使い魔なのだという。それがどれほど高度な技術かということは、業界に長くいるが故によく分かった。使い魔を作ったのだとは思えず、一族というからには古くから存在する霊能力者の家系なのだろう。はるか昔に作られた使い魔を代々継承しているのだとすれば辻褄は合う。だからこそ、それほどの使い魔を持たせた少年の両親の考えは、その道で生きていくと決めた少年を応援しているのだと容易に想像できた。
だが、仮にも修行の旅。社会を渡っていくことで経験を積み、苦悩と葛藤の末開ける己の道を歩ませる為に、あえて何も言わず送り出したのだろう。
その考えは様々な霊障に出会い、GSとなった後、キリスト教を破門にされ神を疑った若き頃の積み重ねが今にいたることを知っているが故に納得でき、共感できた。
弟子となし、育てることは一向に構わなかったが、世間の荒波を体験させるという修行の目的から離れては居ないだろうかと黙考し、そういったことを態々考える自身のところに着たことこそが神が下した試練なのだろうと判断した。
唐巣はそれなりに自分というものを知っている。だからこそ少年が訪れた場所がこの教会でなかったならば、恐らくは門前払いを受けることは想像に難くなく、調べはしたのだろうが結果的に此処を最適だと選んだ少年は、確かに最善に限りなく近い答えを出したのだと、判断できた。
だからこそ、世間の荒波を知ってもらうためにより激しい修行を科すことを条件に、内弟子を認めることと成った。



[33206] 星の精霊 第七夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:40
「茶渋の水大学付属中学校から転校してきました、横島忠夫です。以後よろしくお願いいたします」
初めて建ったその学校の教壇には何がしかの呪いでもあるのだろうかと思うほど緊張しながら、嬉々として、あるいは興味なさげな視線を寄せてくる新しい同級生をこれからの希望を膨らませながら見渡した。

第七夜 人間のやり方

重苦しい溜息が教会に反響した。今頃は緊張しながらの挨拶でもしているのだろうと、内弟子にとった横島のことを思う。だがそんなことは問題視していない。短い付き合いだが横島という少年は、同年代の者達と比べると落ち着きがあり中身もそれに見合っていることは分かったからだ。だから心配事はそれとは別なものだ。
横島は知らなかったが、唐巣が内弟子にとったのは横島が初めてであり、長い人生の中でも初挑戦のことなのだ。だが弟子を取ったことは数が多いとまでいかずともそれなりに経験しており、今現在も横島とは別に弟子が存在した。
横島から見れば姉弟子に当たるその人物は、とにかくプライドが高い。それだけならば一波乱あってもやり過ごすことは出来るだろう。最悪内弟子を二人取ることになったとしても。
憂鬱なのはその人物が金にがめついということだ。正直金銭感覚は破綻していると思う身の回りの状況は、その人物がいなければ明日はおろか今日食べるものすら困っていただろう。助かっているものの、神の使徒としてそれでいいのかという気持ちが存在する。
そして横島は、そのどちらでもないごくごく普通の金銭感覚をしていることは確認済みだ。今までどおり無償での除霊はなくなるだろうが、相手を見て適切な値段で行うだろう事は想像に難くなく、GSとして大成し事務所を構えたとき困らないような金銭感覚を養うことにも繋がるだろう。それも一種の修行だと判断できるのだが、恐らく姉弟子はそうは取らないに違いなかった。
「ああ、琥珀さんこの台は」
そして、今教会内を掃除している女性型使い魔の利便性に目をつけるだろう事も悩みの種だった。

学校の終わった横島は、居候先である教会に向かった。詰襟の学生服を駆逐する勢いで勢力を広めているブレザーは、公立学校にもかかわらず有名なデザイナーが作ったということで、横島の風格をコートほどではないが引き出していた。
友人と呼べるまでは行かなかったが、知人として紹介できるほどにはクラスになじみ掴みは上々と微かに微笑んだ。
帰れば神父の予定を確認しようと、除霊現場というものを一度見てみたく、そしてどのような修行が人間にはかされているかと興味が湧くのが抑えられなかった。
ただ琥珀は不満だらけであったことに、休日の一つが確実に潰れることを確信した。これまでは遮音結界を張っていたのだが、唐巣は腕利きのGSであり張った瞬間に見破られるだろう。つまりいたすと成ると声が駄々漏れになり、唐巣に聞かれることは必至。そうなれば面倒なことに発展することはまずは違いなく、それ故に琥珀の甘すぎる誘惑を必死で拒んだのだからそれ以外を要求してくるだろうと分かっていたのだ。
そして教会の扉を開け放ったのだが、
「内弟子ィィィィィ!」
驚愕にも似た怒髪天を突く怒号に、なにやらトラブルが発生したのだと分かってしまう自分が少しだけ悲しかった。
「やあ、お帰り忠夫君」
顔に苦笑いを浮かべた唐巣に、横島は何事もなかったかのように帰宅の挨拶をした。
「先生、まさかこいつが内弟子とか言わないでしょうねぇえ!!」
令子君、漏れている、霊力漏れてるから。焦る唐巣に、またしても何事もなかったかのように寝起きする仮眠室を改造した自室へ向かおうと足を進め、
「何やってるのかしら? た・だ・おくん」
襟首をどれだけの腕力があるのか引き千切る勢いで掴まれ、漸く観念した。現実を見ようと。
「はじめまして。この度唐巣神父の下に弟子入りした、横島忠夫といいます。お姉さまはもしや美神令子様でしょうか」
「え゛…」
そして現時点で尤も的確な撹乱方法を実行した。目を偽りの尊敬で輝かせ、さも感動したといわんばかりに目の前の少女の手を両手で握る。
その姿をどうとったのか、その少女は明らかに引いていた。後一歩。そう思ったのも無理はない。だからこそ、機関銃の如く言の葉を飛ばした。
「唐巣先生からお話は伺っています。頭の回転が速いばかりでなく、いつ何時も冷静で物事に対処する。腕っ節も強く、多くの道具を手足のごとく扱う女傑だと」
「え、ぇえ!!」
「初めその話を聞いたときは、さぞ厳しい方なのだろうと思ったのですが。癖一つない長い髪をたなびかせ、母親譲りの自信の溢れた秀麗な顔つきは異性はおろか同姓まで虜にするとか。ここにいる事と、その姿。そして女子高校生には縁のない精霊石のペンダントを見て一目でわかりました」
なにとぞご指導よろしくお願いします。そういって頭を下げ、結果を待つ。
「み、見てなさい。あなたの姉弟子がどういった存在か! ただお姉さまは止めてね」
下げた顔に笑みを浮かべる。ちょろいもんだと。
そんなふたりを唐巣はなんともいえない苦笑を浮かべ、琥珀はあらあらと頬に手を当て蜘蛛の巣にかかった美神令子という少女の命運を、正しく主人の糧に成るように祈った。

「まず言わせて貰うが、修行は厳しく行くよ。そうでないと修行にならないからね。ああ、令子君はいいんだ。忠夫君は家の事情で修行の旅に出たところなのだから」
嘘八百を並べ、処理能力を大いに超えた賛辞の言葉を並べた結果、令子は何事もなく横島を迎え入れた。寧ろその目で実力を見ろといわんばかりに張り切るほどに。
本音としてはそんなことはどうでもよかったのだが、プライドが高いと言うことは簡単に伺えたので、あえて触らなかった。そして唐巣の講義となったのだ。
「霊力の発現については学会でも何が原因なのかまったくと言っていいほど分かっていない。ただ霊能力者の統計結果として、人生における分岐点。つまり出世や降格、あるいは妊娠、命の危機といった生命を脅かされるその瞬間であることが多い。ただ断っておくけれど、そういったことで発現した霊能力を維持できるか、あるいは自由に使いこなせるかと言うこととは一切関係ない。忠夫君は既に霊力に目覚め、身にまとうほどには使うことが出来るようだが、それは霊能力に目覚めた人間の大半が無意識でやっていることだ。特に珍しいことではない」
まあそうだろう、と頷いた。そういったことは知らなかったが、霊圧は限りなく落とし、常人ほぼ変わらないレヴェルまで抑えている。それはなまじ力を持っていたら唐巣に弟子入りできなかったかもしれないと言う危惧からだ。
「霊力を上昇、あるいは自由に変化させるには、能力として使うにはチャクラ、つまり霊力中枢と霊力回路が関係してくる。もともと霊力とは、生命エネルギーという側面を持っているんだ。勿論誰かに分けてもらう事も、外部から吸収する事も可能だが、基本は自身で補っている。それは霊能力者でない人々、あるいは生物全てに言えることで、例外はない」
唐巣はメガネを押し上げ、すぐ側で特殊警棒のような神通棍と呼ばれる武器を振り回している令子を見やった。
「彼女は神通棍を使って体術を訓練し、そして神通棍に霊力を供給し使うことで身体で霊力を使うという状態を覚えているんだ。尤も体術は自己流だがね。これは君にも言えることだが、霊力と言うのは産まれてから乳離れするまでで大よその基本値が決まる。その後は成長期とともに霊力も自然と増え、何かのきっかけで発現する。だから忠夫君はまず霊力を増やすことを課題とする。基礎霊力がなければ一つも霊能力を発現できないからね」
そういうものかと横島は頷いた。言われてみれば小学五年生か六年生ごろから霊力が増加したように思う。琥珀を作ったのと、精通し、それが琥珀にばれ迫られ陥落した結果、異性間で霊力や魔力、妖力を譲渡したり、相乗効果で増幅させる繁殖には不可欠な行為の結果だと思っていたが、そうではなかった。尤もその行為が原因で通常よりも増えていることは確かなのだが、横島はそこまでは知らなかった。
「そして今から教えるのが、その基本。自然との一体化だ。言葉通り一体になることは不可能だが、自然つまり地球にとって人もまた大きなサイクルの一端を担っているに過ぎないのだから、大いなる意思を感じるということは可能だ。最近ではガイア理論と呼ばれたり、人類の共通項である根底意識の集団アラヤ意識ともいうけれど、この方法はそれを知らなかった昔から霊力とは関係の無いところで行われてきた。座禅と呼ばれる方法がそれだ」
始め、と合図を出され石畳の上におぼろげな知識の元座禅を組んだが、内心首をかしげる。座禅は禅道とも呼ばれ、一応は寺院の管轄である。この日本では寺院と民衆とは切っても切れぬ存在で、陰陽師が廃れた時代名をはせた霊能力者は大よその場合坊主だった。関係がないはずがないのだ。
「座禅のほかにも修行方法はある。だがそのどれもが長期的な修行であり、霊的成長期を終えた者が習慣としてする修行法でしかない。霊的成長期にある忠夫君にはそれらの方法は知って置いて損はないが、今すべきことではない。ただ勘違いしないで欲しいのだが座禅も本来は長期的修行方法なんだ。悟りを開くことを目的にされている座禅だが、悟りに至るまでの道のりは遠く、悟ったと思った物は実は違ったと言う事も数多く存在する実に難しい修行であり、険しい道だ。それをあえて進めるのは、悟りに至るまで、その途中に悟りの道では間違いだと言われる、さも自然と一体化したかのような感覚を覚える。それは事実誤りなのだろうが、事霊能力関係においてはその錯覚は実に都合がいい。人と言う物は時に意図せずに自分自身を騙すことがある。意図した場合は自己暗示とも言われるものだ。座禅で得るそれは己の中に存在する特異点、つまり霊力を発生させているイメージ、その原風景が感覚的に感じ取れる。それを知っているかいないかの違いに過ぎないと笑うかもしれないが、人間と言う生き物は意識すると言うことに敏感な生き物なんだ。催眠術や集団心理がいい例だね。だからそれを得ることが一ランク霊能力者としての実力を高めることに繋がるというわけだ」
なるほど、と横島は納得した。失われた過去の秘術の多くは術式と呼ばれる一定の工程や、図面、数式を何かに記し実行するか、イメージするかで成される。熟練した者はその結果を欲すれば自然と起こす出来るほどスムーズに意識しなくとも工程が行われるが、確かにそれも一種のイメージである。
霊能力者が良く技の名前やここぞと言うときの決め言葉を発するのも、それが関係しているのだろうと、また一つ横島は大きくなった。



[33206] 星の精霊 第八夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:42
眠らない街東京。オフィスビルやコンビニ、車や街灯の織り成す人工的な光の世界は、闇を切り取り人間にとっての偽りの楽園を形作っていた。
そんな東京の一角。ビル郡が作った光の届かない死角にそれはあった。
自前のライトはやや薄暗く、それでいてなかなかに繁盛しているようで、既に十一時だと言うにもかかわらず長い行列が出来ていた。客が出入りする以外の三方を紫色の布で囲った一種の結界。その脇に置かれた喫茶店などに良く見られる脚立のような看板にはただ短く文字が書かれていた。あなたの運命、占います。
今日も夜の闇で蠢く人々の欲という名の運命。それは一体何処に行くと言うのだろう。

第八夜 実力の一端

「え、それ俺ですけど」
その言葉に唐巣は絶句し、驚愕の叫びを上げた。
「許可は貰っているんですけど」
それを怒りの念だと思った横島は、一枚のザラバン紙を取り出し、文字を見せた。そこには確かに、許可する旨の言葉を記した文字が躍っていた。そして文句をつけるまでもなくそれは自身の筆跡だと、唐巣は認めどういうことなのかと横島を問い詰めることになったのだが、
「ヤケ酒だって、騒いでいたとき署名してもらったんですけど。その…不味かったですか?」
ああ、と唐巣は天を仰いだ。その日は確かに厄日で、人為的災害の名をほしいままにしている嵐の尻拭いをさせられ、疲労困憊していたときのことだとはっきり覚えていた。
今日もやけだ。そう温厚な唐巣に決意させた横島の行動。それは今噂の占い屋の事だった。

しくしくと泣いていた空が漸く夏の気配を告げ始めた頃、東京のとある街角でその店はひっそりと開店した。
あなたの運命、占います。そう書かれた文字は何処にでもある占い屋。何の変哲もないそれは、東京という大都市にはよくあるものだった。だからこそ深夜という時間帯にもかかわらず、客が入ったのだろう。
初めての客は冴えないサラリーマンだった。バブルがはじけ、年々冷え込むこのご時勢、何時切られるかとはらはらしていた一家の大黒柱は、その疲労と息切れしそうな緊迫感、そして何処にもぶつける事のできないやるせなさを言葉とともに吐き出した。
なかなかに笑えない事情であった事は記憶に新しい。何せ開店以来始めての客なのだ。愚痴目当てだったのだろうその客は、御代はこれでと愚痴をいえたお礼か設定金額を超えた料金を払おうとした。それを押し留め、気晴らしに少し聞いていってはくれまいかと、タロットカードにも似た長方形のカードを切りながら、今最も気になっている事柄を聞いた。
客は企画部課長という地位についているらしく、最近はその地位が危ないと言う。どうすればその椅子に座り続けられるか、あるいは上にいけるか。そんな事は聞かなかったが、せめて現状維持できるかどうかという不安を零した。その間にもカードを並べていく手は止まらず、言葉巧みに伏せたカードに注目させ何を表しているかを諭すと、手を取り捲らせた。
表に絵柄を露にしたカードは鮮やかな色彩を放ち、とても量産品とは思えないできだったが、客の関心はその解説にあった。一つ捲るたびに丁寧に様々な可能性から現状にあった意味を説明され、ゆっくりとだが確実にのめりこんだ客に、中央に置かれた最後の一枚を捲らせた。
その結果は知らせず、全体を見た意味を、とても占いとは思えない程細かに説明する占い師に客はすっかりその気になっていた。
客は店に入った時より明らかに気分をよくして暖簾をくぐっていった。占い一回に千円と決めた価格以上の値段だったが、初めての客には変わらない。新規に作った銀行口座、その真新しい手帳の始めに記された金額が永遠に残り続ける事だろう。
そんな一週間に一人入ればいい方だと、娯楽のように構えていた店は、翌月の七月初頭には行列が出来ていた。
深夜、それも人通りのないビル郡が作った光のない死角に陣取っているにもかかわらず、途絶える事のない人の列は、アリが砂糖を見つけたがごとく日がたつにつれ長く、大きくなっていき、七月末、学校が軒並み夏休みと言う長期休暇に入った頃を見計らい、ついにGS協会が動き出した。
何故ならその占いは、占いと思えない程の細かい物事を説明され、まるで歴史と言う織物を織る北欧の三姉妹ノルンのように過去と未来、そして動く事のできる現在の状況と、するべきことをカードと言う形に変え、神々ではなく客と言う個人に呼んで聞かせたのだから。
その効果は絶大で、まさに百発百中。噂を聞いた政治家も動いたと言う。
それがまことならば、既に占いの領域を超えていると、霊能力を使った占い師の中でも中々成す事のできない確立に、モグリのGSを疑ったのだ。
だが、どういった訳か、いざ行動を起こそうという段階になって、その占い師が姿を消した。協会内部でも極秘に進めていた事柄であった為に、情報漏洩の可能性すら疑われた。しかし協会側も見過ごすわけには行かなかった。GS免許を取得するには、マイトと呼ばれる霊力テストをクリアした後、一対一での戦いを二勝しなければならない。だがGS全てが戦闘に特化した、所謂悪霊を倒し、妖怪を殺す武闘派ではない。ネクロマンサーのように霊を操り使役するか、悪霊をそのまま天に送るような戦いには向いていないが貴重な人材である特殊技能者もいる。占い師もその中に含まれるのだが、そういった者達がGS免許を取るには何がしかの派閥に入り、そのコネで霊力テスト後の試験をパスする必要があった。
そして件の占い師はどの勢力も把握していなかった人材であり、尚且つ非常に優秀。誰もが欲しがったわけである。
各派閥は、協力し身柄を押さえた上で改めて派閥間の抗争を再開すると言う合意に達し、関東地方の全GSに触れが回ったのだ。
「と言う事で先生のところにも来たんだ」
厄介だなぁ。そう零す横島に擦り寄り、どうするのかと艶がかった声で尋ねた。
「再開したいんだけど、今度こそ協会が動く。先生のところは気に入ってるし、先生自身協会からは異端者呼ばわりされているけど腕は超一流だ。師としてこれ以上はないだろう」
肩を押し、シーツを揺らしながら押し倒される。そっと肌にキスを落とされ紅い印をつけられることに部屋に甘い声が響いた。
「正直未練はあるけど、止める事にするよ。冗談に過ぎなかった目標金額も達成できたし、霊力の鍛錬にもなった。何よりカードを完全に把握できて、信頼関係まで結べたんだ。これ以上欲張ればしっぺ返しが来る。何事も引き時が肝心だって思うからな」
「では、今日はもう?」
組み敷かれた琥珀は止めるのかと出した言葉とは裏腹に、うっとりとその目を見つめる。
「久しぶりなんだから、そう言わない。それに引き時を誤る俺じゃないってことは知ってるだろ?」
その言葉と同時にそっと力を入れるその感覚に、琥珀は短い声を上げ、背中に手を回した。
「こえ…聞かせて」
ついに耐え切れなくなった琥珀を白昼堂々と連れ込んだ横島たちの戯れはまだまだ始まったばかりだった。

こいつ、中々やる!! 令子はその斬撃を神通棍で受け止め、受け流した。瞬間バックステップでその場を飛び退ると同時に前髪が数本宙を舞った。
正眼に構えられたその姿勢に無理はなく、自らが未熟なのかあるいは技量が高いのか、隙一つなかった。
定石では霊力弾を放ち牽制とするのだが、あいにく令子にその技術はなかった。というよりも師のそれが普通のものと違い習得できなかったといったほうが適切である。
「どうしました令子さん。動きが止まってますよ」
うるさいバカ、と心の中で罵声を浴びせ、不覚にも腕が若干下りた。その失敗を悟ったときには既に間合いに入られた後で、
「ッ」
せめて防御を、と遅らせながら神通棍をぶつけたのだが、それは豆腐でも切るがごとくあっさりと両断された。
「そこまで!」
唐巣の声に気が付いてみれば神通棍を斬った刃が、その切っ先を喉元に突きつけられていた。その事に何時の間にと思う間もなく背筋に悪寒が走る。
「ありがとうございましたッ」
呆然としていたところにかけられた声に、令子は慌てて返礼した。
「中々やるね。忠夫君、何か習っていたのかい」
ハッと令子は我に返った。もうすぐ開催されるGS試験。その練習として横島と対峙したのだが、結果は惨敗。中々に認めがたい事ではあった。令子は横島を過小評価していなかった。だがそれは占い師としての技量と、霊力の大きさという意味でのこと。戦闘能力についてはまだまだだろうと高をくくっていた。
「正式なものは何も。ただ父と母に」
その言葉に令子と唐巣は同時に驚愕した。横島の境遇は知っていた。だからこそ何がしかのものを伝えてきたのだろうと思いそれが占いだと思っていた。企業に入り、霊能力者としての道を歩む事なかったのだろうとも思った。だが違ったのだ。
先ほど披露されたのは明らかに歴史が積み重なって作られた業。剣道のようなスポーツではなく、破壊する事を目的に作られた剣術を越えた何か。剣だけではなく、足を、更には地をけり宙を跳ぶ予想のつかないされど隙のない動作。既存のそれとは明らかに違うその動きは、まだまだ経験の少ない令子には見切ることはおろか、予想を立てることすら出来なかった。
にもかかわらず横島はどこか不満げな表情を隠さない。それが痛んだプライドに引っかかり、令子は猛獣と化す。
だがそれもそうだろうと一人唐巣だけは横島の心を理解していた。切れ味は抜群。それは霊力あってこそのものだろうということは試合を見ていて分かった。だがそれでもこれはあんまりだろう。
「令子君、神通棍もただではないのだよ」
予備の神通棍を取り出した令子に注意を飛ばすが、まず無理な事はわかっていた。値の張る神通棍を使い込まれているようではあるが、ただの木刀に切られたのであっては、令子でなくともいきり立つだろう。
占い然り、木刀然り。一体後どれほどのものを持っているのだろうかと、それが判明するときに伴う非常識さに胃の痛くなる思いがする唐巣であった。



[33206] 星の精霊 第九夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:43
令子が無事GS試験に合格し、半月たったその日。何故か眠る事ができないでいた唐巣は、気分転換にと教会を見回った。
見習い期間である令子は、漸く除霊現場を任せられ実戦を積むごとに成長している事がありありと伝わってきていた。内弟子に取った横島も、生活を共にし、常日頃から鍛えているからだろうか、霊力の伸びが異常に速く、既に自身を超えていると唸り、それ以外の技術に驚くもまさにGSこそ天職なのだろうと笑った。
恐らくは家は古くから続く退魔師の家系か何かで、資質は先祖がえりでもしたのだろう推測していた。それならば技術にしても伝えられている事に説明が付くと。
ただ、そんな才能に満ち溢れた横島を、伝統とはいえ管理下におかずどうなるかも分からない修行の旅に出す事に首を傾げた。尤も今はそれが功を奏しているのだから、言う事はない。
そしてその資質から固定観念が着く前に実際の除霊にだしてみようかと、令子が聞けばまた暴れる事は必至だろう前々からもっていたことを黙考した。
人間相手の格闘戦は今まで見てきたどのGSよりも頼もしい。だがそれが除霊成功に繋がるかというと確実とはいえない。
この世界には元何々と格闘技を専門とし、何らかのきっかけで霊力に目覚めた者が意外と多くいる。うまくやっていくものもいるのだが、その一方で人とは違った形態と動きに翻弄されこの世を去った者も数多く存在した。それは悪霊が人という形を捨て、柔軟になったことから起こるものであり、それに対処するには除霊する側も柔軟な思考を得なければならないのだ。
だが唐巣は知らない。横島の存在を既存の枠組みで計っている事の愚かさを。そして忘れている。新しく行動を起こしたとき、既存概念をことごとく破壊していった横島の悪意ない当然だといわんばかりの行動の数々を。

第九夜 闇の力を秘めし鍵よ真の姿を我が前に示せ、契約の下、忠夫が命じる

ああ暇だ、何かないかな、暇つぶし。そんな言葉が頭に浮かんでしまうほど横島の状態は悪かった。
風邪をひいたのではない。純粋に暇なのだ。夏休みという時間は、当初クーラー一つない教会に、冷房機具を取りいれるという新たな創作意欲に火をつけた。
唐巣は霊能力者であったが、霊脈の重要性を知らなかったのかそれとも仕方が無かったのか、教会の地下に霊脈は走っていない。
ゆえに永遠とも言える霊脈のエネルギーを得られず、動力エネルギーは勿論、それを完成させる為のエネルギーすら十分に得られない状況だった。だがそれが逆に意欲を掻き立て、霊能力者による僅かな霊力の供給という条件が付いたものの、精霊石と宝石を使った動力で問題は解決した。尤も精霊石と力を循環させる宝石のカッティングの仕方が非常に難しく、術式も霊力で組み込まなければ成らないので、大量生産は出来ない。その事に令子が落胆したのは今更な事だろう。
それらはコツコツ自室で作業したのだが、それ以上の大掛かりなものを作ろうとすればかなり場所をとる。そんな余裕は教会にない。そしてエネルギー源として霊脈が必要だった。
そんな何も出来ない中、それを聞いたときニタリと笑ったのも無理はなかった。

東京の住宅事情は厳しい。それを解決しようと破竹の勢いで古き物は壊され、新しい住居が建設される。そんな時代の波に呑まれた住宅地に横島は来ていた。
「ミッションワン。悪霊を退治せよ!! 燃えます、萌えますね。だからことの後は私を自由にしていいですよ」
あっはー、と笑う琥珀に横島は首を振った。
「燃えない。燃えないね…こいつら雑魚だ」
アーハッハッハと笑う声が聞こえる住宅地に、横島は落胆し、唐巣はそうだろうと頷いた。
「だがね忠夫君、除霊経験がないのだからこれは当たり前だよ」
そっと諭す唐巣の言葉に、それはそうだろうと横島も一応の納得を見せる。だが雑魚は雑魚だ。言っていないので知らないのだが、横島は小学校の頃から悪霊と対峙してきている。そういった者達から比べても雑魚なのだ。
だがまあ、と実戦に使ったことのないそれを使ういい機会だと思い直す。
「いっちょ行きますか」
大量の悪霊たちを見据えて手にした魔道書を開いた。

これはどういうことなのだろうか。唐巣は目の前の光景が信じられなかった。
実力を見るというよりはテストのようなものだった今回の除霊。様々な技を見せるためにあるいは見る為に悪霊が大量にたむろしている依頼に同伴させた。依頼の危険度自体はそれほど高くない。だが初めての者には脅威が低いといっても尽きることがないともいえるほど湧いてくる悪霊に精神的に疲労することは確実なはずであった。
「ウッド!」
光とともにカードが消え、生きる蔦のように何かが伸び、硬い幹となり悪霊と貫き、締め、滅していった。
その光景は様々な除霊方法を見てきた唐巣にしても未知のものであり、何をしているのかが分からなかった。
だがその間にも戦いは続いている。その場にいた大量の悪霊を消滅させた幹は、光の粒子となると一枚のカードとなって横島の下へ運ばれた。瞬間開かれる一冊の本。風も無いというのに凄まじい勢いでページが捲られその一ページにカードが収まった。
「先生! 敵は融合して一つになろうとしています!」
「解った! 一気に切り抜けるぞ!!」
どうやってその情報を得たのか。疑問が浮かび上がったが、それを後回しにする。霊達は無害な者が悪霊が集まるこの場の空気に触れ錯乱した者や、堕ちて間もないもので占められ、身を守る術のない常人であっても十分逃げ切れる。霊能力者にしてみれば僅かに霊力を纏っただけであっても傷一つ着かない事は明白だった。だがそれも一つ一つの霊であり、それが集合しより巨大な者となったのならば話は別だ。
「風よ、降りかかる葉を分け道を開けよ! ウィンディ!!」
横島は木刀の峰にカードを当て呪文を唱える。走りながらの行為だというにもかかわらず、カードが落ちる様子も、息を乱す兆候もない。そして唱え終わった瞬間カードが消え目に見える色の付いた霊力が風となり、道をふさいでいた悪霊達を割った。
「先生!」
瞬間飛び出る唐巣は、今はいったん横島の術を捨て置き、感知したという融合しようとしている悪霊の下へ向かった。
仇なす者、と言うよりは動く者に反応している悪霊達は、されど走っている唐巣と横島に近寄れなかった。虚空を振り払う動作を繰り返す悪霊に唐巣は先程の風を思い出す。
「先生あれです!」
並んでいた横島が指さす方向に目を向けると、確かに巨大な塊がそこにあった。
「最悪だ…」
思わず絶句するのも無理はない。挽肉をこね肉団子にしようとして失敗したかの様なそれは、骨の様に細い両手をはやしその手に悪霊をわし掴みにし、人と同じで一つのされど大きすぎる口で周りにいたのだろうと思われる悪霊を咀嚼していた。
霊の共食い。それだけならばどれほど助かっただろうか。ザリガニの様に同族を食べ自らの血肉とかすだけならばさして脅威ではない。だが今回の場合コドクという呪法が自然発生しており、食べれば食べるだけ害ある存在としてその霊格を階段飛びに跳び越し格段と上げる。
呪い屋が扱うそれには到底及ばないものの、食べた量によっては見習いGS程の力では太刀打ちできず、殺される可能性もあった。
「主よ…」
聖書を片手に聖句を唱える。それと共に霊力が練り上がり風となりその場を支配した。
「ンギャェェァァッァァァッァァァア」
だが、その攻撃は完成することはなかった。霊力を纏った叫び声が、聖句の波長を乱したからだ。
ぐっと歯を噛みしめる唐巣。霊体ボウガンや破魔符マシンガン等の遠中距離用の武器があれば目の前の悪霊はすぐさま葬れる。危険とはいえその程度の悪霊に過ぎない。令子が使う神通棍の出力ほども必要ないだろう。唐巣は温厚な顔をしていてもその道のプロだ。だがそれ故に此処にそれらの道具はない。
令子は多種多様の道具を使いその場その場で臨機応変に対応する道具使いである。それは令子自身のスタイルであるが、おおよそのGSは多くはないがそれなりの数の凡庸的な道具を使う。それは唐巣にも言える事で、徐霊現場には少なからずそう言った物を持ってきている。今回もその例にもれず破魔符は持ってきていた。だが普段なら携帯している神通棍は持っていなかった。
唐巣も霊が一つにまとまるといった可能性を考えなかったわけではない。それでも十分安全だと石橋を叩いて渡る程の慎重さで、武装を選んだ。だが流石にコドクを実行するとは思いもよらなかったのだ。
「忠夫君…」
撤収だ。そう言おうと悔しさに間をあけた瞬間、横島が飛び出た。右手に持った木刀で捕らえようと霊絡を伸ばす触手を切って落とし、左手の本が勢いよく捲られていく。
呼び戻そうとして開けた口は、されど何も言うことなく閉じられた。GS試験には格闘戦もある。それに合格している唐巣は当然格闘戦もそれなりにできるという事になる。それは事実で、唐巣一人ならば目の前の悪霊如きどうとでもなった。だがこれはあくまでも横島の体験用に受けた依頼であり、何処までやれるかあるいはやれないかを見るための場なのだ。
周辺には住民もおらず全て壊す予定の家ばかり。建設工事が始まるのもまだまだ先であり、当然できなかった場合として何度も挑戦させることを考えていたからには、いずれ倒す必要があるとは言っても唐巣が倒してはいけなかった。だからこその撤収だったのだが、唐巣が見るに横島はまだ何らかの策があるようだった。
それは霊絡の触手をかいくぐり本体を叩き斬らず、数回見た何かを発生させる際捲られる本のページが、態と距離を置いたまま捲られていっている事から伺えた。
これが剣の腕だけを頼りにした突撃ならば無理にでも引き返しただろう。確かに横島の太刀筋は見事ではあったが、今回の相手との相性は余り良くない。切り払っている触手は本体が霊を捕まえては喰らう作業に割かれており、真実脅威と悪霊が判断すればそれらが一斉に襲い掛かってくる。横島にそれをかいくぐれる実力はあるだろうが、現場と言うものは何がおきるかわからないものなのだ。だからこそ極力危険な行為は避けることがGSとしていきぬく条件だ。仮に特攻したのなら、それは状況判断ができていない印か、慢心の結果かに別れるが、GSとして取ってはならない行動である事に変わりはない。
だが現状は違い、何を成そうというのかまでは解らなかったが、おそらくは遠距離型の攻撃を実行しようとしている事は横島が保っている間合いで判断できた。
それが一撃必殺なのか、近づけるほどにダメージを与える程度の物なのかは定かではなかったが、それが解らない唐巣ではなかった。
「火よ、燃えつくす炎よ。今ひとつの柱を此処に、ファイアリー!」
終わりに近いページで止まったそこから浮かんだのはやはり一枚のカード。先の二つと同じようにタロットカードの様な長方形型のそのカードは、木刀の峰にその裏側を当てられ言葉を紡ぎ終わった瞬間、紅蓮の炎が宵闇を切り裂いた。
「グギャギャィィィヵァッァァァッァ」
炎は途中にあった霊絡を巻き添えに霊を貪っていた悪霊に直撃、その場で天を突くかの様な火柱を上げた。唐巣は、炎に照らされた横島が無邪気に笑っている事に気が付いた。



[33206] 星の精霊 第十夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:44
それはまさに必然だった。そう語る事になる自衛官は、その日唐巣所霊事務所である教会に訪れた。
一般人と何ら変わらないスーツを着こんだ男性は、日曜日だったためその場にいた横島に唐巣の所在を確かめた。すぐさま呼ばれた唐巣は、客室に男性を案内すると、何事かと切り出した。
その男性、堀川誠二は唐巣の同級生で、未だに年賀状を出し合うくらいには交流があり、今現在自衛隊の航空隊を指揮する程には出世した人物だった。
近状を報告しあった後、堀川は深刻な顔でこぼした。知り合いのGSにジェット機に乗れる者はいないかと。
「おいおい冗談はよしてくれ。僕らは霊能力者であって、戦闘機のパイロットじゃないんだぞ」
冗談だと思った唐巣は軽く流したが、その真剣すぎる顔つきから漸く大事だと表情を硬くした。
お茶を置かれ、礼を言うと唐巣は入れ立ての熱い緑茶を一口。乾いた舌を濡らすと、詳細を尋ねた。堀川は冗談も悪戯もしたが、仲間内では誰よりもことの重さと責任を察知し、最善と考えられる一手を打つ切れ者だった事を覚えていたからだ。
「詳しい事は機密上言えないが、アメリカ合衆国のF-15戦闘機が五機、戦闘で撃墜された。ベテランパイロットばかりだったのだが、相手の数が多く多勢に無勢だったそうだ」
それを聞かされた時の状況でも思いだしているのだろうか、堀川も出された茶を飲み、舌を濡らす。
「それだけなら単なる戦闘行為。何処にでもある結果といえるだろう。だが彼らは蘇った」
「…悪霊となったのか」
恐る恐る問いかける唐巣に、堀川は首を振った。
「いや、そうではない。だがそれも時間の問題かも知れん。霊媒師によると、数の暴力に負けた事が屈辱的であったらしく、対等な条件で戦えということだった。始めはアメリカ本土で戦いが行われたのだが、相手にミサイル一つ撃たせることなく敗北した。次はイギリス、ドイツと遂にロシアが落ちた」
ゴクリと息をのむ音を立てる。それらの国々の首都にミサイルが撃ち込まれたと言う事件は横島が住み込んで以来金銭的余裕ができた事で取っている新聞にも大々的に出ていたからだ。
「日本国領海内で戦闘が開始されるのが一週間後。これまで挑戦したパイロット達は皆ベテランと呼ばれる猛者達だった。負けるはずはない。ことを大きく見た国連及び合衆国は徹底的に調査を行った。そしてつい先日判明した事が、霊能力者でなければ戦いにすらならないのではないか、という当惑にも似た結論だった。実際問題ロケットは精霊石弾頭に変えられ、火薬の変わりに呪いの煙が詰められていた。結果的にどのロケットも当たる事がなかったが、大破した機体の破片は敵の機体をすり抜けたそうだ。実弾は効かない。だが霊能力者とのバトルであればその限りではない。そう言った徐霊方法がある事はGSなら知っていて当たり前の事らしいからな」
乗っているだけでも良い。その言葉に唐巣は唸ったが、打開策は無く、元軍人の知り合いは居ない。
「あのー。それって正規の戦闘機でなくても良いんですか?」
だからその言葉に度肝を抜かれた。
「俺、ガンシップ持ってるんです」

第十夜 放てッ! どうした化け物それでも黒い悪魔と恐れられた物の末裔か!!

あの後、唐巣に危険性を説かれた横島は、そう言った事を知らなかった。故に前言を撤回しようとしたのだが、政治家が失言を元に辞職する様に、言ってしまった言葉は元に戻せず、半ば誘拐の様に横浜基地へと連行された。
目の前には漆黒の機体。映画と同じようにやや先が内側に曲がったH型のコクピットを含む胴体。それに付け足したのはコクピット部分から前方に伸びる先が斜めになったまるで砲台の如き大穴が上下に二つ空いた銃身にも似た先端と、それに沿いながらHの左右まで伸びた漆黒の可変翼。
滑空は出来るだろうが、SF映画に出てくるような出で立ちで素人目にはとても飛べるとは思えない。しかしそれは何の問題も無いどころか、メルカバにも使用した重力制御装置を使う事で実に簡単に解決した。
霊力魔力神通力合一機関をメルカバのそれよりも出力を増して搭載されたその機体の名は、アドバンスXG。シスの暗黒郷も唸らせるだろうできばえだと何時も思っていたそれは、このたび棺桶になるかも知れないと、横島は唐巣の言葉を思いだした。
霊を直接滅するのではなく、競技などで成仏させる場合、条件を満たす事ができなかったときおおよその場合命が無くなる。
だがそれはあくまでも人間の場合だと、横島は…楽観視できない。
余計な事を言わなければ良かったと思ったが、それで負ければ東京は火の海だ。ミサイル如きどうにでもなるが、それは本物ミサイルであり、霊体となったミサイルのそれは吸血鬼であっても影響が出る。
どのみち生きるか死ぬかだというのだ。それを思えば見ず知らずの他人に任せるよりは、自らの手で自らの事を決められるだけましではないだろうかと横島は頬を叩き気を新たにした。
どのみち死ぬ事がないだろう両親はどうでも良かった。あの二人ならば例え核の直撃であっても生きているだろう。
ただ判断しかねるのは、趣味がこうじた事を誇って良いのかどうかだ。様々な武装を組み込んだが、それらはかろうじて銃刀法違反になっていないだけで、時代が進めば必ず引っかかる代物だ。それを公開してしまって良いのかどうか。どのみち此処まで来たからには公開しなければならないのだろうが、終わった瞬間手錠をかけられないかと不安が絶えない。
そうこうしている内に、通信機が設置された様だった。それまで見るからに地位の高そうな人物に英語で話しかけていた自衛隊の高官が、そっと肩に手をのせたことでいよいよなのだと分かった。
「全ては君にかかっている」
ああ、アホだ、アホが此処にいる、と思わず横島は口を開け固まった。中坊を捕まえて、一体全体何を言っているのか? どう見てもおべっかしか使っていない高官は、自身の何分の一しか生きていないものに全てを託そうと言うのか? ここは大人の一人として済まないと、尻拭いをする立場の自分に詫びを入れるべき、いや入れなければ成らない時の筈だ。全くもって信じられないが、これが大人の姿なのだろうかと、政に嫌悪感を持った。
それをどう取ったのか高官はパイロットスーツに着替えさせようと人を呼んだが、それを丁寧に断った。
「私は戦闘があっても必ず返ってくる主義でなんですよ、だから特殊な物は着ないのです。そうGスーツですら」
そう言って漆黒のコートの裾を翻し、アドバンスXGのキャノピーを上げ、乗り込んだ。
ガラスの様に見えるクリスタルの窓越しに、整備員が蜘蛛の子を散らす様に離れていくのを確認する。
「機関起動、エネルギーライン正常」
霊力魔力神通力合一機関からのエネルギー供給でメインパネルが点灯する。それを掻く任意舌横島は操縦桿を握る変わりに、戦闘機とは思えないほど座り心地の良い椅子に力を抜いて体を預けた。
「各武装チェックOK。可変翼、展開」
キャノピーの防音は完璧だが、機体は全て繋がり一つの物質とかしているにもかかわらず、振動も音もなくただ光るパネルが可変翼の展開状況を知らせていた。
「こちら管制。可変翼展開確認。進路クリア、発進どうぞ」
何を馬鹿な、と思わなかったと言ったら嘘になる。重力制御装置を搭載している事はすでに知らせていた。万が一機関が故障した場合を考えて、滑空後の着陸用に車輪をつけているものの、助走など必要ない。
だが、管制官が付くのはこれっきりだろうと、あえて乗る事にした。
「横島忠夫、アドバンスXGいきまーす!」
感応システムが思考を拾い、コンマ一秒の遅れもなく、加速ならば世界一のチーターよりも早く瞬間的に加速し、あっという間に空へ旅立った。

「ヘイ坊主。落とされたくなかったら尻まくって逃げな! ヒャーハッ」
米語独特の粘着質のあるだみ声が脳裏に響いた。
「管制。敵航空機を発見。これより撃墜します」
「了解。奴らは二機一チームでやってくる。ラックを」
管制との会話を終えた瞬間、通常では出せない速度まで一瞬で加速した。目視した戦闘機とすれ違う一瞬、キャノピー越しに唖然としている霊を発見した。
哀れな、そう思ったのは一瞬。すぐさま機首を頂点に機体を回し、重力制御機関を積んでいるからこそできる動きで後ろに付いた。
「グットラック。来世で会おう」
左の肘掛に付いたボタンを軽く押す。新幹線の座席に着いた背もたれの角度を変えるボタンに似たそれはとても軽く、ロックするまでもなくシスの暗黒卿が乗っていた部分。ガンシップを除いた部分から発射されたもともと推進剤を使っていない小さなロケットは、発射と同時に機体を転じていたと言うのに、感応システムで一機撃墜の成果が上がったことを知った。
機体を何気なく左に寄せる。瞬間その場をバルカン砲が通り過ぎた。空間認識装置とそれにリンクした感応システムが完成しているからには、その知覚範囲である半径五百メートルという空間は掌握済みで一撃たりともくらうものかと瞬時に反転。目視するまでもなく、その斜線上と敵機が交わった瞬間に右のスイッチを押した。
一テンポ、ゼロコンマ以下の僅かな遅れの後、機首に設けられた二門のうち一門から人間にはとても出せない高出力の霊体貫通波が稲妻を纏った白き閃光という形になり発射され、更に一機の機体を滅した。
それと同時に感応システムで通信システムの変更を実行。全霊的周波数に設定した。
「我が名は横島忠夫。うぬらを冥府に送り届ける為に使わされた。うぬらの意思は伝え聞いている。我らに時間は無用、臆したのでないのならばすぐさま戦闘を開始せよ。一方的にやられてもいいのなら話は別だがな」
通信終了と共にスピーカーから暗黒卿のテーマ曲が流れる。瞬間、レッドアラームがなった。だが感応システムをなめてはいけない。それと同時に五百メートルという完全掌握範囲にミサイルが二つ、凄まじいスピードで入ってきたのを感じたからだ。
「フォースの導きのままに」
瞬間起動させ発射する小型ミサイル群。それは迎撃として意味を成し、その頃既に敵機を発見していた横島は迷うことなく、真後ろにミサイルを発射した。
「甘いんだよ!」
キャノピー越しに見える目の前の機体は囮。本命はその後ろ雲の中に隠れた機体だ。感応システムでそれを撃墜したことを悟る以前に、主砲を発射。囮の機体を消滅させた。その後ばらばらに落下しながら消えていく本命の機体を感知した。
「残りは」
瞬間、横島は機首を下げ海面ぎりぎりに飛行した。風に乱れる水面を気にする暇もなく、銃弾の嵐。そう、機体を回す間もなく超高速で接近してきたのだ。左に右に、重力操作機関の恩恵でゆれることのない機内だが、内心舌を打った。
名手だ。その射撃の精密さと、隙のない飛行。感応システムでミサイルが四つ、完全な状態で残っていることが分かっている。上空に逃げようとした瞬間発射され、木っ端微塵になることは容易に想像できた。
やばいな、と額に汗がにじむのを感じた。相手がベテランである以上、長期戦は経験の薄いこちらが不利になることは確実。事実敵は仲間四人を犠牲にこちらの性能を把握したようだった。機体の性能差、そして誰も使ったことのない感応システムのおかげで勝ちを拾ってきていることは分かっていた。そうでなければ今頃海の藻屑と化している。
「藻屑…」
そこまで考えて、口の端をあげた。出来るか否か。機体強度はダイアモンドよりも硬く鋼よりも粘り気がある。コンクリートにぶつかるようなものだが、
「入射角さえクリアすれば」
瞬間幾通りもの計算が同時成され、航空機が海にもぐった。
その上を斜め上空にぎりぎりで付いていたF-15戦闘機が通り過ぎた。状況を見る為なのだろう機体高度を上げ、
「墜ちろぉぉぉぉ!」
二乗の螺旋が機体をひいてはパイロットをかき消しながら天へと伸びた。それは機影が映らない程度にもぐり、上空を敵機が通過しようとして瞬間にゼロからトップスピードまで加速し機首が海面から出た瞬間に二つの砲門から同時に高出力霊体貫通波を放った結果だった。



[33206] 星の精霊 第十一夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:45
十二月二十五日は何の日か。琥珀は甘い朝のモーニングコーヒーですよ、と誘惑したが、そうではない。そうではないのだ。
横島はその朝神父であり、師である唐巣を急襲した。驚く唐巣に向かい横島は同じ質問をした。唐巣は当然のごとくキリストの誕生祭である。そう答えたが横島は首を振った。違う間違っているぞ、先生と。
そして横島は言った。
「爺が尋ねてくる日だ」

第十一夜 爺と言う名の新たなる神

唐巣はその目を疑った。あり得ないと。
「おう、琥珀ちゃんやもうちょい右、右」
アー気持ちえー。そんな言葉を吐いている存在。それが何故ここにいる!? 唐巣はもう何があっても驚かないと、その存在を認めた。と言うよりは認めなければやっていけなかったからだ。そう、サンタクロースの存在を。
あ゛ぁー。そう魂が抜けるかのような声を出すその老人は、紅い服を着たサンタクロースだった。
「おい爺。さっさと返れ」
それに対抗心をむき出しにするのは弟子である横島。その事に唐巣は首をひねった。いつも温和な横島にしては珍しいと。
犯罪者でない限りどのような者であっても親しくする横島の人気は、教会に訪れるご近所様方から何かと評判がいい。いまどきの若者にしては、と。
「お主もそう肩肘張らずに、まあいっちょ酒でも飲んで」
「未成年に酒を勧めるなッ、この破戒サンタ」
苦々しい表情を隠そうともしない横島は、されどその酒を飲んでいた。
「で、最近の成果はどうなんだ」
ポツリ零された声は暗い。まるで誰が戦死したと聞いているようにも感じた。
「だめじゃのぅ。闇が広がっておる」
返すサンタもどこか暗い。何の話かと首を突っ込むかどうか悩んだ唐巣は、結局今までのことを思い出し撤退することに決めた。
人類の根底に関わる問題が議論されるとも知らないで。

その存在に出会ったのは猛吹雪の山奥だった。
横島にサンタクロースからのプレゼントというビックイベントはない。早熟な吸血鬼はその存在が確かにいることを知ってはいたが、それ故に真実配られるプレゼントの量は決まっているということも知っていた。
サンタクロースは一種の信仰が生み出した一人の神とも言える。多くの子供たちの願いが実体化したサンタクロースは非常に霊格が高い。子供は残酷でもあるがとても純粋だからだ。更には純度が高いそれが欲というには可愛いものではあるが強烈に祈られる。世界中という多くの数もあり、結果サンタクロースは近代の神としては稀な事に霊格が高くなったと言うわけだ。
だが時代は子供にとっても厳しいものに変化していった。夢を失った子供たちは、神を精霊を、そしてサンタを信じなくなったのだ。
年々力が落ちるサンタが、高山を昇りきれず横島の真横にそりで突っ込んだのも無理はない。
サンタは横島がどういった存在なのかを一目で見抜いたが、それ故現実を思い出してしまい泣いた。横島程ではないが、世界の子供の多くは現実を知り心の中に夢を持たなくなってしまったことが悲しかったのだ。
それ以来毎年横島の元を訪れては、愚痴を零し特例としてプレゼントを渡していっている。
早熟な吸血鬼にしては、子供らしいとはいえないものの純粋な夢があったからだ。色々な事を知りたいと、作りたいと言う金という現実を知っていても尚消えることのない炎が。

徹夜は身にこたえるわい。そういいながら仮眠を取ったサンタは、見送りにきた琥珀に向かって梨のような果物が入った大きな籠を渡した。
「琥珀ちゃんや、坊主を離すんじゃないぞ」
しっかり魅力でからめとっておくんじゃよ。それに琥珀はにっこりと笑い勿論です、と答えた。
「琥珀は産まれてきたことを嬉しく思っています。私は使い魔。忠夫様に仕える守護獣に過ぎません。ですが」
琥珀は顔を赤らめ、恥ずかしそうに零した。
「愛してますから」
サンタはそれに笑いかけると、果物の説明をした。
「エデンには二つの実が実っておった。一つはアダムとイヴが口にした知恵の実。もう一つは琥珀ちゃんが持っておる生命の実じゃ」
そりに腰掛け、腰を叩く。
「エデンから持ち出すのはちと骨じゃったが、坊主は悪用せんじゃろう」
「何故そういいきれるのです? 私がかどわかすかもしれませんよ」
「サタンのようにかのう? 琥珀ちゃんには悪いがそれだけで落せるほど坊主は弱くはないわい」
からからと笑い、サンタは横島のことを話した。
「あれほど純粋で、自分のことを何よりも優先するというにもかかわらず、真に大事なものを見失っておらん生物はそうおらんよ。琥珀ちゃんがいくら魅力的というても、坊主を落すのは無理じゃろうて」
その返答に琥珀は気分を害するどころか嬉しそうに笑った。
「ええ、琥珀のご主人様はすばらしい方なんです」
だから何時だって幸せです。

最後の材料が手に入った。闇の中横島は思考した。それ以外の準備は既に終わり、後は実行に移すだけ。
横島がサンタを嫌うのは、今まで幾度も発明品や製作中の代物を完成した状態のものをプレゼントされたからだ。それが存在することは確かに利益になる。だがその過程を楽しんでもいるのだ。だからそれを掻っ攫うサンタが憎い。一回だけならば許せるそれも、十何回も続けられればいい加減にしろ、と仲が悪くなるのも無理はない。
だが今回だけは感謝しよう。そう思い籠の中身を手に取った。梨にも似たそれはしかし金色で、とても果物とは思えない輝きを放っていた。
一見無害に見えるそれは、食べた瞬間死ぬことが確定していることを知っていた。毒や呪いがあるのではない。この地、エデンから追放されたこの地に住まうモノ全ては、知恵が少なからず存在する。それが本能にも似たものであったとしてもだ。
だからこそ、それは食べることを許されない。生命の実。それは知恵の実を食べその力を手に入れた人間が食べてしまうと、神と等しき存在になるからだ。
もともと神に似せられ作られた人間。神の力の象徴である知恵と殺しても死ぬことのない永遠の命。その片方、人が手に入れる頃の無かったものを宿した果実がそれだった。
この世界に神族という魔族と対を成す存在がいる。だがそれは創造神のことではなく、それ以外の信仰された神々のことだ。創造神ははるか高みから地球、魔界、そして神界を見下ろしている。それと等しくなるのならばそれを阻止しようと何かが使わされる。
それは神族でも、魔族でも、ましてや人間でもない。最高指導者と呼ばれる魔界と、神界のトップをも凌ぐ干渉すること事態が世界の異常に繋がる何かが送られる。それは人類の総意であるアラヤ意識が具現化した滅びたくはないという何者にも勝つことの出来ないそれすら打ち倒し、人類を滅ぼすことすら可能だろう。
だが、原材料として使用するならば問題は無い。普遍的な果実でもそうだが、加工すればするほど味が落ち、何かが失われる。神と同じになりたいのならば加工してはいけないのだ。だから加工することを前提にしている横島に、生命の実が渡ったことを観測しても、神は人類を滅ぼすことはない。
見つめ考える横島の横顔は、中学生とは到底思えない程の深刻さがあった。
「根を、詰めないで下さいね」
それを見つめていた琥珀は、そっと諭した。理由は知っている。単純で、利己的。だが利益を考えているわけではない。それを成せば莫大な利益がもたらされるというにもかかわらず。
「霊脈でも探すか」
何を思ったのだろう、横島はそう呟くと、脇に座っていた琥珀を抱きしめそっとキスをした。
「ならば私が」
「ダメだ。一緒に行こう? ここじゃできない事もできるんだから」
瞬間琥珀の顔が高潮する。誘惑するのは慣れていても、されるのは慣れていないのだ。
それに笑いを耐え、そっと胸に抱いた。



[33206] 星の精霊 第十二夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:46
猫の目。英語で表記された喫茶店から風が吹きすさぶ路地に出る。二月に入った中ごろ、横島は新宿でそれを受け取った。値段はふんだくられたが、間違いなく一級品のそれは、今ある全財産を投入しても惜しくなかった代物。
メルカバに乗り込み、唐巣のいる教会へと舞い戻る。その手に一つのリボルバーを持って。

第十二夜 ヒト

「お前はもう…死んでいる」
「あたりまえだへぶし」
バレンタインの呪いをかけられた中年男性。その呪いを消滅させ、それを見ていた唐巣は一息ついた。
「またつまらないものを撃ってしまった」
熱せられた銃口を天に向け、寂しげにこぼされた声は、されど誰も反応しなかった。
「忠夫君、銃刀法違反だ」
没収だよ、と唐巣はその危険な代物を取り上げようと手を伸ばし、
「国の許可は取ってありますよ?」
何のことはないと放たれた言葉に目を丸くした。横島の手にあるのはかの有名なコルトバイソン。マグナム弾を発射できるそれは恐らくリボルバー界の王だろう。
横島の情報網は広い。この度手に入れたのは勿論ただ銃弾を発射できるだけのそれではない。
唐巣が当然のごとく出してきた法律は、先日お世話になった自衛隊の高官を説得し許可を貰っている。そう三日三晩延々と続いた口に刃物を加えた白装束の青い顔をした女性を遣わし、一度で応じなかった為、二度三度ととても言葉では言い表せないような方々を遣わして。そういるはずが無いのだ。貞子や気が付けばそこにいるような気がし、いない事を確かめた瞬間目の前に現れ、その瞬間響く着信のメロディーの女性に敵う者など。
「勝者が勝つのではない。勝った者が勝者なのだ」
ふふ、ふふふ、と笑いながらコートで隠した脇のホルスターにしまうとタクシーに乗り込んだ。
それに唐巣は肩を落しながら最寄の駅までと告げる。今度は一体何をやったんだと思ったが、出来る限り気にしないようにした。心の片隅で良心という名のボクサーがフラストレーションと言うパンチングマシーンで高得点を出しながら。

錠のされた扉が微かな音を立て開いた。それに明かりを背にした人物は体を滑り込ます。瞬間、侵入者に反応した警報経路が微弱な魔力を流すが、侵入者は腕を振り魔力が通る経路に漆黒の細い剣を突き立て停止させた。
息の荒い侵入者は、手近な長椅子に腰掛けると掌をその輝く瞳で見つめた。そっと掌の筋を撫でる。そこには一筋の火傷のあとが刻まれていた。
だと言うのに一体何の冗談か、その傷はまるでビデオの早送りを見ているがごとく健康な状態へと治癒し修復された。
「どうされました?」
瞬間、侵入者は高々と宙を舞い声のした方向、十字架の隣に設けられた奥へ続くのだろうそこから離れようと最も脱出の容易い入り口に背を向け着地した。
「誰だ」
その手にはいつの間に出されたと言うのか一冊のハードカバーと、指に挟まれた黒い投擲剣が握られていた。
「神の家に争いごとは必要ありませんよ?」
完全武装のはずのそれは、しかしあるはずの無い背後からの声に、何千もの修羅場をくぐった体が硬直した。それはただ背後から声がかかったからではなかった。分かってしまったのだ。いつの間にか展開されている薄く、それでいて強固な結界が逃がさないことを何よりも於弁に語っていることを。
そしてその結界がどういったものなのか、どういった者達が多用するかを正確に読み取ると、全ての武装を解除した。そうして刺激しないようにとゆっくり振り向く。
「教会の方で間違いありませんね?」
侵入者はその少年、横島を見ると、静かに頷いた。そして落胆する。まだ子供だと。だが、推測が当たっているのならば、協力を取り付けておいて損は無い。我知らず喉が鳴った。
「私はシエル。教会のもので間違いはない」
「ああ、あのシエルさんですか。弓、そして至高の錬金術師の」
中々に情報通である事がそれだけで分かった。弓はともかく、至高の錬金術師の名は機関の記録にすら載っていない。
「そのシエルさんが動く。GS協会に通さないそれは、一体何のなのでしょうねぇ?」
ふふ、と横島は笑い目を光らせた。
「教会が、ひいては機関が追っている怪物が此処東京に入りました。ぜひともお力を貸していただきたい」
そうですねぇ、そう笑う横島にシエルは渋面を作った。同僚にそれに似た者がいるのだ。存在と言うのはそれだけでその性質すらも似せるものなのかと埒もない事を考える。
「報酬は」
「…聖典の模写。その許可を」
その言葉に横島は満足げに笑うと、そういえばと名前を言った。
「私の名前は横島忠夫。尤も」
偽名ですがね。そう笑った横島は満足そうにコートを翻すと視界の端で万が一のために控えていた琥珀に目で優しく笑った。

極東の島国、日本。第二次世界大戦で大敗をきすも、戦後東方マジカルと呼ばれる経済成長を向かえ、戦争の傷を癒すどころか戦前以上に経済が沸き、そしてそれらがひと時の夢だったかのように弾けとんだ。
それでも技術大国として世界に君臨する日本は、人口はおろか国土が圧倒的に狭いと言うにもかかわらず、世界超大国アメリカ合衆国とほぼ同等の国家予算を捻出し、経済と言う歯車を回している。
そんな日本の中枢、首都東京。風に乗り宙を舞うその存在は、形作る確たるそれも無いと言うのに確かに嗤った。バブルがはじけ、勝ち組負け組みと呼ばれる企業が発生した日本。失業者、自殺者が発生した東京。
千を越す幸の無いものが溢れ、万を越す陰謀がめぐりめぐったその土地で、確かにそれは嗤った。
パンが無いのならケーキを食べればいいのです。そんな戯言を言ってのけたどこぞの誰かには及ばないものの、それに匹敵するほどの闇があった。
既に勤める先が無いと言うにもかかわらず、子に妻に行ってくると家を出る元会社員。生活の苦に借りてしまった返せない借金。雪だるま式に増えていく借金を苦に一家心中を図った家族。無いのならあるところから盗ればいい。そんな考えの下盗みに入り刑務所に入った一家の大黒柱。その情報が近所に漏れ、なくなく住居を移さなくては成らなくなった家族たち。
様々な不幸が蔓延し、様々な苦の感情が交差するその都市。それこそその者が求めてやまない餌だった。ディナーだった。血の滴るメインデッシュだった。
そしてそれはもう幾度目になるかもわからない満月の夜、
「さあ」
塵が集まり山を作る様に、何かが集まり形を成したそれは風にたなびくマントを払い男性は月を見上げた。
「ショーの始まりだ」
月明かりに光る瞳が残虐性をたたえ両手をまるで舞台の主人公の様に広げる。瞬間男を中心に結界が展開した。新幹線もかくやと言う速さで広がる真紅の結界の中心で男は踊る。
そう、月が見守る中たった一人の主役のために劇が上がったのだ。惨劇という名の喜劇が。

「ところで横島さんは何がお嫌いですか?」
修道服に身を包んだシエルは瞳を青く光らせながら唐突に尋ねた。
「嫌いかぁ。特に無いね。ただ」
路地を曲がりそこに一人の人影を見出した。
「怖い人はいるけど」
それはむくりと起き上がり顔を上げた。
「忠夫。そろそろ逝ってみようか」
その台詞に顔をしかめる横島を、シエルは不思議そうに見ていた。シエルは横島という存在のその意味を知っているからだ。
「おいおいゴミ風情がいい気になんじゃねーよ」
瞬間、メガネをかけた男性が消し飛んだ。咄嗟に横島を見たシエルだが、その姿は何も変わらず、ただ漆黒のコート姿に木刀を何の構えも見せずに持っているだけ。だが、シエルは横島がやったと言うことを確信していた。
「あれが怖い人ですか?」
だから何事も無かったかの様に問いかける。実際何ら被害は無かったのだから。
「そう、怖い人ナンバーツー。横島大樹。俺の親父だ」
尤も偽者だから弱すぎるんだけどな。その言葉は様々なものを含んでいたが、表面上のそれだけでもシエルは戦慄した。今のが弱いのかと。
一瞬でかき消されたが、それが決して弱いものに分類されるものでない事をシエルは肌で感じ取っていた。霊圧はまるで大岩のように押しつぶそうと矮小な自身に襲いかかり、存在自体が生物の根底部分、それも自衛のそれを強く刺激した。それを弱いと断じる横島は一体何だというのだろうか。
一人では確実に苦戦していた敵を、一撃の下葬った横島。だが不思議なことに横島が発する霊圧は微々たる物だった。だからこそ分からない。横島の実力が、力がつかめなかった。
「シエルさんの嫌いな物は、っと女性に聞く事じゃありませんね」
聞き流してください。そう言って朗らかに笑う横島に、シエルは困惑しながらも言葉を放った。
「私が嫌いなのは、恨んでいるのは」
我知らず見据える先は、東京都庁、その屋上。
「一夜の悪夢。ワラキアの偽物語。タタリ本人です」
暗い声で話す瞳は、暗い炎が燃え盛り、それに呼応するがごとく真紅に染まった。

「主よ…」
聖書を片手に聖句を唱える。向けた手のひらから閃光が迸り家々に侵入しようと蠢いていた何かをなぎ払った。
一度対峙した所からは再び現れる事のないそれ。唐巣はそれが何なのかを知っていた。
「唐巣さん此方にも!」
普段は横島に付き従っている琥珀が唐巣を促す。了解の旨を告げ、地に光を届ける夜の太陽を見上げた。
「百列桜華斬ッ」
霊波が吹きすさび法衣をたなびかせた。唐巣は口を噛みしめる。先日騒動に発展した教会への侵入者。弟子である横島がそれを発見し追跡中だという事は琥珀に聞いていた。だが時期が悪すぎた。今は猫の手でも借りたいときなのだから。
嘗て教会に所属していた頃、教会の資料で偶々目にとまった記録。ドラキュラ公再びの悪夢。
ヴァン・ヘルシングによって倒された吸血鬼ドラキュラ。その悪夢の所業が再びワラキア近郊に現れたのだという。ただのうわさ話が始まりだった。だがそれは現実となり人々に襲いかかった。その一夜の悪夢の記録。
そしてそれが今日、ここ首都東京に現れたのだという事を察していた。
「死徒…か」
再びの霊波に急ぎ悪夢の終わりを成し遂げようとその場に足を進める。一体どれほどの被害が出るのだろうかと眉間に皺を寄せながら。

シエル・エルトナム。一人の少女の人生はたった一つの悪夢で変えられた。
父が戦いに赴き母が庇い死ぬのを見届けた。何の事はないただエジプトに蔓延するちょっとした悲劇に過ぎない。そう普通ならば。
それがたった一人の所業だと知ったのは、教会の機関に入ったとき。機関でその惨劇は当たり前の事で、同じような被害が世界中で発生している事を知った。ズェビア・エルトナム・オベローン。アトラス院が排出した鬼才にして異端児。その成れの果て。
そうワラキアの名で広く知られるその怪奇現象は、シエルを地獄に突き落としたのは、鬼才の残骸、タタリという名の吸血鬼だった。
「弓の名をとるまで随分かかってしまいました」
二つある屋上で、シエルは語る。
「ズェビア、いえ死徒二十七祖第十三位ワラキア」
俯いた顔が上がり、瞳を真紅に光らせる。ハードカバーの聖書が紙片となりシエルの周りを舞った。
「さあ」
紙片の一つが黒い投擲剣に変わり右手に握られた。
「踊りましょう?」
カットカットカット。マントを羽織った成年が繰り出す技と霊能力をシエルは剣を飛ばし相殺する事で無力化した。
それを見つめながら横島は己のするべき事を既に始めていた。
目の前の成年はタタリ本人である。その事に間違いはなかった。だが、成年を倒せばタタリが滅びるのかというとそうでもないのだ。
リボルバーに弾丸を込め、撃鉄を上げる。腕を天に伸ばし連続して五つの模様を咲かせた。
タタリ。その存在は透明で不確かだ。確たる形がないその存在は、それ故に本体と呼べるものがない。東京中で起こっているだろう怪奇現象。その一つ一つがタタリという怪物の細胞であり肉体なのだ。
五つの魔法陣の中央を狙い、最後の弾を飛ばす。瞬間成年を中心として渦が巻き上がった。
「ワラキア、今日こそ討たせて貰う!」
セブン、と叫んだ瞬間その手には金属製の重たい何かが握られていた。
「バカな…月、だと」
口を開け空を見上げる視線の先には五つの重なった魔法陣とそれを内側へ収めた一つの大きな魔法陣だった。朱色の光で形作られたそれは、何処からどう見てもただの魔法陣。だがワラキアには解ってしまった。それが何を意味しているかを。
「-ッ、ならば!」
そして抵抗するが、それは意味を成さない。唯一の体と化したその肉体に杭の如き太い槍が突き刺さったからだ。
「知っているでしょう? 第七聖典の意味を」
煙を上げる金属製の何かを構えたシエルは淡々と語りそれを投げ捨てた。
「キリストの教えに反する輪廻転生。それを世界の真実とするが故に偽聖典と蔑まれたその能力」
床に落ちる寸前に消え去ったそれを見届ける事もなく、シエルは愛しげにワラキアの整った顔を撫でた。
「死になさい。魂ごと消滅し、二度とこの世界に干渉できないように消えなさい」
詠う様なそれは、涼やかに、そして何より憎悪に満ちた氷の様な冷たさに満ちあふれていた。
「人類の歴史は死にあふれている」
槍からの浸食だろう中心から光の粒子に変わっていくワラキアを見ながら横島はシエルの後ろに立った。
「此奴も、それを知りその結果壊れてしまった哀れな子羊に過ぎない」
ワラキアの姿は既に無く、槍が落ちる音が響きシエルは漸く横島に振り返った。
「だから奴を許せと?」
静かな怒りを寄せるシエルにそうではないと首を振る。
「人はね、寄生虫なんだよ」
無表情だった顔に嘲笑の色をのせ家々の明かりが付いた町を見下ろす。
「地球という星にのさばる寄生虫。あるいはウィルスと言い換えても良い」
風がコートをはためかせた。
「人類の科学力は凄まじい勢いで進歩していっている。いずれこの地を捨て空の何処かに消えていくだろう。それを俺の世代で見る事になるのか、そうでないのか。それは知らんが誰かがその行く末を修正しない限り星は滅びる」
「だから、だからこそワラキアがやった事は正しいと、そう言いたいのですか!?」
「それも違う。奴も死徒になる以前はこの星の行く末を憂いていた。だがその結果狂ってしまい、ただ目的も何もなく破壊するだけの存在へと堕ちたんだ。あれは死徒の面汚しに過ぎない」
シエル、そう呼ぶ声に自然シエルは身を乗り出した。
「この星、この世界は…何処に行くというのだろう」
吹きすさんだ強風に前髪が流された。あらわになった真紅の瞳がシエルには人類という種族が行き着く先を憂いる、ただそれだけの一人の人外にしか見えなかった。
だからだろう、
「人は」
「うん?」
「人はそんな邪悪な存在じゃありません」
それにあっけにとられる横島にその存在も忘れただ笑った。
「そうだな。そうだといい」



[33206] 星の精霊 第十三夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:47
「これはまた微妙な品を預かりましたね」
あっはー、とそれでも笑いを浮かべる琥珀は、されど口の端が震えていた。それが受け取った代物の扱いに対する笑いを抑えるためなのか、それに自身に気圧されたのか。どちらにしてもそれは圧倒的な存在感と、尋常ならざる霊圧を垂れ流していた。
「これこそが本物だと主張するコレクターは星の数ほど居る」
その物体に緑茶を飲みながら何気なく横島は触った。瞬間毛細血管が浮き出たかの様に、真紅の何かが脈打ちながら浸食した。
「だがその中で真実力を持つものは存在しない」
やはりか、と呟きそれを見る横島。横島はその意味を知り、そしてそれでも何の事はないと許していた。
「琥珀さん。これこそがかのキリストを貫いた聖槍。ロンギヌスの槍だ」
名を呼ばれた聖槍はそれに呼応するかの様に霊圧を脈打たせた。

第十三夜 いつか誰かがたどった道

タタリが滅びた事はシエルを通してその筋の者に流れた。当然唐巣の元にもその情報は来たのだが、肝心の横島はと言うと一切の感想を持っていなかった。
師である唐巣が驚いたのにあわせた事はあわせたのだが、内心ではたかが下等生物一匹、と騒ぐ面々に呆れていた。
死徒と人間。そのどちらが厄介かと問えば大多数は死徒と答えるだろう。だが横島はそう思っていなかった。
人間が変わった一つの種である死徒。その力は膨大で、凄腕のGS数人掛かりで漸く倒せるかどうかというレヴェルである。そしてタタリは死徒の中でも力が強いと目される死徒二十七祖に数えられる存在だ。当然その影響力は膨大で、滅せられた事が奇跡とも言えるレヴェルだった。
だが、横島はそれを下等生物と評した。それはタタリが正常な判断能力を失っていたからだ。何百年も生きているというのに空に描いた魔法陣に気が付かない。理性が残っていたのならそんな事はあろう筈がないのだ。
そして死徒は理性を無くしているか、正常な判断能力に欠けている者が圧倒的多数を占めている。それ故に人類という種は生存競争に生き残ってこれたのだ。勿論例外はいる。宝石翁とよばれるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが良い例だ。
それよりも舞い込む除霊の依頼量が尋常ではなかった。タタリは噂や恐怖をもとにその力を得、それを具現化する。それには潜在的なものも含まれ当然人間だけが対象ではない。
霊の多くは何がしかの未練を残しこの世にとどまっている。それが長く続くと霊力源が底をつき、無意識的にそれを多く持っている身近なものから摂取しようと人を襲うようになる。それがごくごく一般的な善良な霊が悪霊と呼ばれる霊になるまでの過程、その一例だ。
恐怖の念は自己防衛を促し無意識下で霊力を使う。それは霊も変わらなかった。そしてタタリは全てのものに平等に恐怖を与えた。それは自我があればどのような存在であっても変わらない。それはすなわち霊も含まれているということに他ならなかった。
「鎖斬華」
成りたての悪霊は、それでももともとの念が強かったのか霊格が高く、霊力弾などの遠距離攻撃よりも至近距離から放つ斬撃の方が効果があると、横島はすれ違いざまに縦、斜め左右に切り裂いた。
消えていく霊の咆哮を聞きながら残心から血を振り切るかのように木刀を振り、唐巣の下に戻った。
「うん、ずいぶん強くなったね」
唐巣のその言葉にどう反応したものかと横島は悩んだ。風圧を飛ばすかのように、木刀に宿った霊力を振りぬくと同時に切り裂くという意思を乗せ飛ばす中距離からの技と繋がりのある技が先ほどの鎖斬華だからだ。あれ一つが独立しているのではなく、練度という意味では図れるが、当然それだけで横島の攻撃、そのレヴェルを図るには少し足りない。
「しかし困ったね。GS試験は最低限満十六歳で無いとダメなんだ」
ほんと困ったね。そう言って頬をかく唐巣に横島はまだまだ習うことがあると、はなから試験を受ける気は無かった。
確かに今のままでも試験には受かるだろう。そんな事は令子を見ていれば分かることだった。
自立も目的の一つではあるが、人間のやり方にも興味がある。それはまだまだ見たりないと思わせるほどのものであり、それをある程度熟知するまで試験には出ることは無いだろうと思っていた。
自立するだけならばすぐに出来る。だが修行の旅なのだ。レヴェルアップしなければ意味は無い。そうして吸血鬼は時代の流れに乗り、人のそれより緩やかだが確実に進歩し、進化していったのだから。
「令子君も独立した。お金にはがめついが話の拍子に出るほどになるには依頼料の低いもの、あるいは噂を広げる為にボランティアをしなくてはならないから…」
コピーしたロンギヌスの槍をどう使うか、あるいはどう改造するか。関係のない事を話し出した唐巣を見て考えていたことが次の瞬間霧散した。
「旅にでも出てみるかい? 忠夫君」

ゴールデンウィーク。連休のそれはしかし学生の特権である長期休暇に比べるとどうということはない。
行脚ではないが、自分の足だけで長い道を歩き、野宿し、自炊あるいはコンビニで全てを済ますか、霊障になやむ依頼料の払えない人々をその泊まることと引き換えに解決する。そんな旅。それを唐巣は提案した。
横島の保護者の代わりとなっている唐巣は、横島が非常に優秀な学生だということを知っていた。暴力沙汰もあったが、それは決まって相手から手を出されたときか、誰かを助ける為だけだった。
クラスの中心にいるということは無いが、端にもいない。だが担任の教師が初老に差し掛かった経験豊富な者だったため気が付いたことだったのだが、クラスの中心となる人物を作り出しているのが横島だった。人を影で煽る事にもたけ、どの時代も存在したいじめという社会現象をやることがバカらしくなるような雰囲気に持っていっている。
それは性格なのだろう。そして才能でもあるのだろう。だが、だからこそ唐巣は人生の主役というものを経験して欲しかったのだ。
他人を輝かせる者もいていいだろう。寧ろ今の時代そういった人物こそ求められているのかもしれない。だがGS業界で成功しようとすればその性格は邪魔者以外の何者でもない。
GSは派手に、散るときですら輝きをもって逝く存在こそ至高と呼ばれるのだから。GSに脇役は居ない。誰かの補佐をするのならばそれでもいいだろう。だが直接任されたわけではないが自身を選んだからには輝く恒星へと育て上げる義務があると、唐巣は感じていた。そして旅をしながらそれを感じ取ってくれればと、学生には厳しい条件のそれを提案したのだ。
装備は木刀とコルトバイソンのみ。符や魔法陣の製作技術は既に学んでいたようだったのでそれだけで済む。琥珀は留守番で、案の定目をつけた令子の開業の手伝いに回された。
そうして今時のGSが忘れてしまった何かを探す旅に横島は出発した。

「ありがとうございます」
目の前で頭を下げる男性に、横島は戸惑った。霊障というものは意外と見つけにくいもので、中には何かに憑かれ奇人変人の動作をする事も多い。
霊能は血筋で固定されるといっても過言ではないほど一般人と霊能力者に分けられる。だから憑かれた故の行動をしていても、普通はそうとはわからない。今回解決した霊障もそんなものの一つだった。
謝礼にと渡されるそれを辞退し、半ば強引にその場を去る。ビジネスであれば取る物をとっただろうが、そうではないのだ、と横島は思う。
世界を保つにはバランスが必要だった。何かを成すには同等の何かが必要になる。それは覚悟だったり、諦めだったりと様々だが、大よその場合物品で解決する。
横島は旅の意味を知らなかった。だが霊障の解決は旅の目的の一つであり、この旅には欠かせない要素だった。霊障との遭遇なくして旅は無い。そう言いきれるほどの重要性。
だからこそ何も取らなかった。男性からは霊障という要素を提供され、それに霊障を解決するという形で対価を支払った。これ以上何かを貰う必要性は無く、貰えばバランスが崩れることになる。
それは間違いないはずだと横島は夜道を歩きながら思った。横島たち吸血鬼は、自身という世界のバランスを崩すだけで容易くその性質を中庸から変質させるのだと、徹底してバランスの価値観を教育された。事実それで堕ちた吸血鬼もおり、遠い過去ではそれだけのために一人の吸血鬼を機械的に育て上げ、堕ちた吸血鬼を狩る戦闘マシーンにしてしまったという黒歴史が存在するほどの問題だった。
そういったところは、かの魔女に似ているなと、横島はこの東京のどこかに存在するという店に久しぶりに訪れたくなったが、今は修行中の身なのだと思いとどまる。
「それはともかく何処に向かうべきか」
思い悩んだのは一瞬。どうせ当てのない旅なのだからと無意識のまま道を選ぶ。
途中時代遅れの口裂け女や、首の無いライダーに出会ったのは一体何を意味していたのだろう。
腹が減れば何年ぶりになるというのか忘れてしまった人の血を啜り、酒を飲んだかのような高揚感に満たされた。
林道を通ると冬眠明けの熊に出会い、その日の晩は熊肉を民宿の方々とともに食した。一体何処から入ってきたのかドライアドという草の妖怪を離れたところから銃弾で倒すことは無く、いい鍛錬になると木刀一本で挑み、茨の触手をかわし意外とあっけなく滅した。
そうして連休も終わりに差し掛かった頃漸く唐巣の意図が分かった。それもそのはずで、GSというものは意外と社会に浸透しており、口を開けば何処で事務所を開いているのかを聞かれ、実年齢を明かすと驚かれ更なる高待遇で接せられた。若いのに偉いと。
元来横島は引っ張り出されるということに慣れていない。早熟な吸血鬼に生まれたからということもあるが、幼くとも長くを生きるという意味を本能的に察していたのだろう、銀一と夏子を除き意図的に距離をとっていた。銀一と夏子が寄ってきたのは中々頷かない横島に焦れたのだということが銀一が転校する祭に分かったのだが、そんな奇特な人間は早々いないだろう。
GSとなり成功するには当然客が入らなければならない。いくら腕がよくとも事件が無ければ無意味なのだ。それには美しい蝶が誘われるような光が必要だった。尤もその光には蝶に擬態した蛾や攻撃的なスズメバチおも寄せ付けてしまうことになるが、有名税だと思えば納得はいかずとも理解できる。そして自分にはその輝くものが無い、否意図的に輝かせていない。それを矯正しようと直接霊障に出会うことになる旅を勧めたのだということが漸く分かった。
「先生、ただいま帰りました」
一週間まともに風呂にも入っていないその体は汚れていて、
「忠夫君。その様子だと分かったようだね」
それでも唐巣は不快になることも無く、寧ろ満足そうに笑い返した。



[33206] 星の精霊 第十四夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:47
梅雨前線が北上し始めたその頃、地上では笹の葉に短冊をつける七夕が日本全土で見られた。
それは浮気性な織姫が叶えた小さな願いだったのかもしれない。
「此処が日本か」
金色の髪をたなびかせ、時代錯誤なそのマントを違和感一つなく着こなしサングラスをした少女が、千葉の国際空港に到着した。
「待っていろ」
サングラスを左手ではずすその瞳は、澄み渡った泉のようなスカイブルー。
「忠夫」
それを一瞬真紅に変えると、うっそりと笑った。

第十四夜 その名はエヴァンジェリン

朝、カップの取っ手が取れ熱いコーヒーがぶちまけられた。近辺の神社仏閣は倒壊し、唐巣は栄養失調で入院が決まった。応援に駆けつけた姉弟子、令子は名前が売れ始めた事に味を占め、よりいっそう知名度を得ようと主なき教会で、幅を利かす。当然回ってくる仕事があるはずも無く、関東地方行脚の旅で見つけた霊脈の集合地点で生成する為の軍資金が得られないということにつながり、とある自衛隊の高官を説得しようとしたところその高官は異動させられた後だった。
不吉だ。その事を誰に言われるまでも無く察していた横島は、せめて琥珀だけでもと最悪の事態を教えておく。
ケースワン。ミスブルー。またの名を人間ミサイルランチャー、蒼崎青子の襲来。破壊の霊能力を極めた女傑。かの宝石翁をもってして破壊活動を抑えられないという人間の限界をとっくに超えた、それだけで一つの神秘を生み出した蒼崎家の天才にして鬼才。逃げ道は無い。
ケースツー。王冠。教会機関に就職した異端児。遊び仲間のメレム・ソロモンの襲来。被害多数にして実害絶大。それでも憎めないのはきっと似たり寄ったりの思考パターンゆえだろう。自分の被害は何時もやっていることの二倍。ただそれだけだがそれ以外が酷いその襲来。まず教会が消えることは確定事項だろう。さしたる問題は無い。
ケーススリー。これが尤も警戒しなければならない事態であり、避けられない運命。カレイドスコープの異名をとる宝石翁、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの襲来。明日は無い。
自分の勘は唐巣が帰ってくるまでの間だと告げている。だからこそ逃げるのは今しかない。それが避けられないことだとしても。
幸い武器弾薬その他もろもろの物資は紛争地帯に滞在し参加しても尚余裕で生きていけるだけの量と種類が、腕時計の文字盤に使われている精霊石の蔵に保存されている。
琥珀を伴い扉を開こうとしたとき、
「忠夫よ。そこにいるのならばいると言え」
突然開かれたドアに頭をぶつけた。
「エ、エヴァ」
誰が見たとしても美少女であることを認めるだろうその少女は、横島より一つ年下の吸血鬼。そして、
「それだけか? 見目麗しい少女が尋ねてきたんだ。それなりの言葉があっても言いと思うがな。それが婚約者だったのならなおさら」
ん? と悪戯気に笑うその少女こそ、ヨーロッパの名家、マクダウェル公爵家に生まれた二人目の子供。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに他ならなかった。

横島家の歴史は長い。歴史を振り返ればその足跡がいたるところに見受けられることだろう。だが吸血鬼としての歴史はさほど古くは無く、寧ろ新しいといってもいい家柄だった。
それに対しマクダウェル家の歴史は吸血鬼の中でも最古と呼べるほど古い。その始まりは伝説であるブリテンの王、アーサーの時代から歴史に足跡を残していた。
そんなマクダウェル家が、何故一介の吸血鬼でしかない横島に目をつけたのか。それはただ二人が遊び仲間だったという他愛もない理由にすらならないことからだった。
「あの頃は可愛かったのにな…」
「何か言ったか忠夫?」
呟かれた言葉はこれ以上無いと思われる微笑に迎撃され戯言以下の呟きへと変化した。にっこりと擬音が付くほどの笑顔は、されど心に空っ風を吹かす。その笑顔は付き合いが長いが故に何を意味しているのかを正確に読みとり、横島はHAHAHAとアメリカンな笑いでその場を乗り切るしかなかった。
エヴァンジェリン。福音を意味するその名はされど横島にとって闇のという言葉を追加してこそ正しく機能した。

ストレートの金髪を背中まで伸ばし、漆黒のワンピースを着たエヴァはマントを脱ぎそっと息を吐いた。
変わっていない。そのことがどれほど嬉しかったか。思わず思い出し暖かな笑みを浮かべた。
エヴァと横島の婚約。吸血鬼の社会において成人年齢に達していないにもかかわらず許婚を決めることはさして珍しくない。故に横島はエヴァとの婚約もそういった伝統の一つなのだろうと思っていた。だがそれは違った。婚約はエヴァが言い始めたことだったのだ。
ベッドに横になり野暮用で留守にするといった横島の匂いを堪能した。横島が琥珀と呼ばれる使い魔と男女の関係にある事は一目見て分かった。正直嫉妬もしたが、さすが横島だと認識を新たにした。それは寵愛を受ける日までそう無いだろうことは明らかで、それ故に少しは分けてやろうという自覚していない器の大きさがあったからだ。
普通、使い魔と交わる事は出来ない。それは術式が高度になっていくにつれ、創られる使い魔の自我が強くなるからだ。一つの生物として格が高くなっていく使い魔は、人型になれる、あるいは人型だった場合人と何ら変わらない意志があることから、どれだけ高位の術者であっても隷属させることは出来ず、寧ろ裏切られる場合のほうが多い。そんな自我の強烈な最高位の使い魔と情を交わせるのは横島だからとしか言いようが無いだろう。
エヴァと横島の出会いは日本からはるか遠く、イギリスは亜空間に存在するキャメロット。第一印象はいやな奴だった。
マクダウェル家はイギリスにおいて絶大な権力を持っている。それはかの姫君と同等かあるいは少し低いくらいという異常なまでの影響力。だからこそエヴァは蝶よ花よと育てられ、知らず知らずのうちに井の中の蛙になっていた。
姫君に会いにきた横島一家に同年代の少年がいるということを知り、戯れにキャメロットに招いた。その頃の趣味といえば旅をした爵位を持っていない吸血鬼の旅の話を聞くことだった。過保護な親の下城外に出ることはできず、ただ外を想像するだけだった。
今なら愚かなことだと嘲笑するだろうそれは、悪意無い笑いに破壊された。横島は様々なことを知っていた。それは人の身で出来損ないの神となった者から得た知識が大多数を占めているという事だったが、それでもその量と質が尋常ではなかった。
それをさも愉快そうに話す姿に苛立ち、わざとやっているのではないかと疑った。だがそれをどう思ったのだろうか、横島は着いて来いと亜空間を飛び越え、本当の意味で籠から開放された世界に連れ出してくれた。
通用しない権力に、異なるコイン。見た事も無い建築物に、初めて触った子猫の感触は一生忘れないことだろう。
楽しい一日だった。だが帰った場所は地獄だった。父と母に心配をかけ、怒られると思った。だがそれは横島が肩代わりをして何事もなく過ぎ去った。何も変わりない日常の影で横島が説教されていることを知ったのはずいぶん後のことだった。
それからたびたび訪れるようになった横島一家。それは楽しい日々の連続だった。他愛も無い事で笑い、泣き、そして喧嘩をした。一緒に術式を学んだこともあった。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、学校が始まった。
会えるのは夏の僅かな時間だけ。翌年から自らも入学した学校はさほど面白いわけでもなく、かといって退屈でもなかったが、気が付けば何時も夏が来るのを待っていた。
そうやって遊びながら、横島が五年生になった頃。自分たち二人は同じではなく、男と女という種族の違いよりも身近な垣根が存在することをエヴァは自覚した。
離れたくない。それが思ったことだった。一度気が付けばその先を予想することは容易かった。横島はいずれ誰かに恋し、愛し愛され、家庭を築く。そこに自分の影は無い。それがどうしようもなく嫌だった。その夏に限り帰らないでくれと泣いて止めた。
泣いて泣いて泣いてそして気付いた。ならば離れなくすればいいのではないかと。いきなり婚約というのは性急過ぎると思わないことも無かったが、昔から十歳を超えれば一度は出てくる話題で、決まってしまう事柄だった。実際問題自分にもその話は来ているということを知り、いっそう焦った。幸いだったのは兄がマクダウェル家を継ぐことが決まっていたことだ。だから自分は自由に出来る。
そうして婚約を結んで数年。十四歳の修行の旅にでたことを知り、何時まで会えないのだろうと心が痛くなった。だが追いかけて見せると資金を集め、一年遅れで修行の旅に出た。さすがにいの一番というわけにはいかなかったが、それなりに早い段階で会えたのだろうと枕に顔をうずめる。
恋に恋するという言葉があるが、横島に対する思いがそれだとエヴァは思っていなかった。吸血鬼でさえ陥るそれは、されどエヴァにとってその段階は既に過ぎ去ったのだから。恋に恋していると気が付いたのは恋だと気が付いた僅か数ヶ月のこと。横島にではなく、胸の鼓動に対して一喜一憂しあろう事か胸の鼓動だけを判断基準に横島を推し量っていた。その愚かしさに横島を好きになる資格があるのだろうかと思い悩んだほどだった。だがそれでも諦められなかった。それがエヴァにとっての横島という存在。
「待っていろ横島」
ふふ、と笑うとエヴァは呟いた。絶対虜にしてやる、と。



[33206] 星の精霊 第十五夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:48
時に小遣いと聞いて思い浮かべるのはなんだろうか。
二枚、あるいは一枚の福沢様? 三枚の野口様? 人によってはキャッシュカードかもしれない。
そして横島のお小遣いはと言うと……

第十五夜 琥珀さんも心配なお小遣い

エヴァ襲来から一ヶ月。今年も夏休みと言う学生にとっての大型連休が到来し、その熱気に当てられたのか怨霊、悪霊、果ては生霊までもが活発化し、大量発生した。
「……凍て付かせよ、フリーズ!」
木刀に当てたカードからあふれ出す冷気に、それは氷付けになる事もなく活動を続けていた。
霊力弾をまるで野戦砲の援護の如き弾幕で弱らせたそれ。やせ細り骨と皮だけで出来ているのではないかと思うような怨霊は、されど一切ダメージを受けた様子が見られなかった。
「暑い暑いって、そんだけ暑けりゃ南極にでも行きやがれ!」
フライ、とカードを発動させ背に羽を生やし空を飛ぶ。始めから飛べるというのに羽を生やしたのは擬態と、機動力の上昇の為だった。制御は難しくなるがその分速さが二倍になるのだ。
今回唐巣の引率はない。本来ならばしなければならない引率だが、唐巣が夏ばての為寝込んだことが原因で来たくとも来れないのだ。
だからもらい物の素麺ばかり食べないように、と側で注意したんだ、と誰とは無しに愚痴をこぼす横島は、されど気を抜くことなく上空を旋回しながらその怨霊を観察していた。
悪霊でも生霊でもないそれは、人の怨嗟が集まり出来上がった一つの呪い、その体だ。温暖化が進む地球。それは地をアスファルトで、空をガスで覆った東京において砂漠も真っ青な高い温度が発生することを意味していた。酷いところでは四十五度を越しているのだ。
さらに日本はその位置関係上、日陰に入れば涼しいということはなく、常に高い湿度が肌にまとわりつき風が吹かない限り涼しいと思うことはない。
そんな東京で、クーラーと言う至極の宝を得ていない者はこう思うだろう。あ゛ぢぃー、と。
目の前の怨霊は、そんな負の念が集合し固まった結晶だった。そしてその怨霊は今も尚力を供給され続けている。今現在、東京の気温に耐え切られない老若男女問わず誰でも思ってしまうその念を。
意外な難敵。その出現に横島は目を細めると好戦的に唇をなめた。黒のシャツに黒のパンツ。更には黒の伝説の防具であるコートを纏った姿はいかにも怪しく、事実職務質問を数度受けたことは屈辱とともに記憶されていた。
そんな暑苦しい姿は、しかしそうする必要があったのだ。どのような戦士であっても恐れと言うものを抱かないことはない。それは吸血鬼である横島にしても同様だ。そのメーターが人に比べ限りなくゼロに近いといってもだ。だから彼ら戦士はそれをまとう。戦装束という戦意高揚のためのそれを。
横島にとっての戦装束はマントだった。だが今はない。だからこそ好んだ闇色で全身を飾ったのだ。それは僅かだったが横島の戦意を高揚させた。
「そろそろ逝こうや」
左手のバイソンで高圧縮した霊力弾を放ちながら急降下した横島は、怨霊の背後に音もなく着地した。
「五月雨突き」
一突き突き刺さった木刀は、しかし百を超えた穴を怨霊に開けていた。そう一秒にも満たない僅かな間で七百八ある霊的急所を目にも留まらぬ速さと精密さで突いたのだ。
だが、横島は悔しそうに顔をゆがめる。つけた回数は三百五十一。十分すぎるその回数は、されど両親を思い出し落胆した。母は斬ることのほうが得意だが、八百は突けるだろう。刀という突くことになれている武器を得物にしている父にいたってはとても想像がつかない。
まだまだだ、と落胆し、それを押し隠すかのように残心を忘れずにされど素早く引き抜いた。振り向きざまに振るわれる腕と言う凶器を、宙で体を回転させながら飛び越しそのまま滑るようにされど地に足を着けず距離をとった。
「流石は土御門に向けられた怨霊やな」
依頼の出所はGS協会自体。平安の世から脈々と流れている陰陽師の血筋。その大家と言っても過言ではない土御門家は、今の世においても力を誇っており、協会の幹部の数人は土御門家の者である。だがそれゆえに敵対者も多い。
目の前の怨霊、その原型は新たに作り出された心霊兵器。その試作品だと言う。
それだけならば何処にでもある話だが、あろう事か目の前の怨霊は盗み出されてしまった成れの果てなのだ。
当初は土御門家に侵攻したそれは、されど先祖が残していった強固な結界に阻まれ事をなすことができなかった。かといってこの時期何かと発生しやすい霊の類を滅する為、力ある術者はおらず、事は迅速さを求めたが故に同じ関東地方において実力者と目される唐巣の元へ依頼が来たのだ。
落ち窪んだ眼窩を向ける怨霊に空寒さを感じ、次の瞬間横っ飛びに飛んだ。それは黒い閃光が吐き出されることを、口に集まる霊気というには汚れすぎたそれを察知したからだった。
掠ったコートが汚泥のような何かを一瞬にして散らすが、それが害どころかまともに受ければ七代まで呪われるどころか、親戚一同まで広がることは想像に容易かった。
「ご冗談をッ!」
霊的急所をバイソンで貫きながら、埒が明かないとバイソンを放り投げ亜空間に収納する。
「破邪剣聖」
開いた左手で刀の柄を握ると、両手から霊力を流し込んだ。土産の木刀は当たり前だが、GS用に作られた木刀であっても木っ端微塵に砕けるような霊圧に、されど伝説の鉱物から作られた成長する武器の木刀は、ドクリと心臓が脈打つかのように存在感を、発する霊圧を脈打たせた。
「桜花乱舞!」
霊圧が高まりすぎそのあり方を変えかけていた木刀は、声とともに振られ貯蓄した霊力を躊躇うことなく開放した。
「ごうぉぉぉぉぉ」
放たれた霊力。それはさながら舞い落ちる桜の花びらの如く宙に舞い、怨霊と横島の間を埋めた。花びらに見える霊力。それはしかし霊力の刃でできている。それは怨霊のガードを全て切り裂き、一切の抵抗無く怨霊自身を細切れと化した。
ゆっくりと崩れ落ちる怨霊。そこから飛び出す怨念の質と量に、土御門家に放った術師の末路が垣間見えた。
「まだまだだな」
倒したはずの横島の横顔は、何故だろう悔しげに見えた。唇をかみ締め、振り下ろしたままだった木刀を蔵にしまう。

「それで幾らになったんですか?」
擦り寄った琥珀は幼子が物語の続きをねだるように横島に問いかけた。
「一千万。流石の先生も協会から受け取らないって言うことはできないからな」
琥珀の肩を抱いた横島は、そっと頬にキスを落す。
「あっん、それで、取り分は幾らだったんです?」
何処となく輝いて見える琥珀の瞳に首をかしげながら横島は告げた。
「半々の五百万。先生は全額放り出そうとしてたけど、教会の現状を考えると、な?」
同意を求める横島に、琥珀も苦笑いをこぼし、同意した。
「それで幾らくらい使うつもりなんですか」
やはり輝きを失わないその瞳に何かあっただろうかと横島はもう一度首をかしげた。
横島は法的には未成年である。そのことから唐巣はお小遣い制度を導入した。人格形成に重要な役割を果たす中学高校といった思春期のうちにまともな金銭感覚を覚えさそうとしたのだ。
だが、いろいろと人には言えない趣味と実益を兼ねた実験などをする為の金が必要だった。それは自分のところに、具体的には唐巣が問題ないと判断した協会が一般人から集めた霊障などの問題を、正当な報酬を貰い解決している。そう帳簿をごまかして。
大抵協会自体に入ってくる依頼はレヴェルも報酬も低く、金作りも一苦労だ。だが、今回の依頼は、正直労働に対し値段が正当ではないのではないかと思ったが唐巣のところに舞い込む依頼の報酬としては高額で、その分より多くの誤魔化しが効いた。
「材料はあらかたそろったから、後は結界符と大規模魔法陣用の水と墨…大体三百万もあれば最高級の物をそろえられる」
三百万とは大きな数字だが、霊能道具は大抵値が張る。墨と水と言っても何処にでもあるようなものではなく、選び抜かれた少数の物なのだが。だがそれでも所詮は墨と水。霊能道具の相場から見れば最高級品であってもそれなりな値段である。
「だったらその、忠夫、さん」
その言葉を聞いた琥珀は、シーツの中で恥ずかしそうに指と指をあわせ、上目遣いに横島を見つめた。
「延長して、いいですか」
結局その夜は外泊と相成った。



[33206] 星の精霊 第十六夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:49
木々が生い茂る森の中。そこだけが木々の侵入を遮っているかの様な泉の脇で横島は結界は引き終わった。
そして泉のすぐ側を走る霊脈に五つの穴を穿ち、緊張気味に息をのむ。
立ち上るのは正常なはずの霊力。だがその濃度は異常なまでに高められ、酸素濃度が高すぎたとき人は死んでしまう様に、死を具現化した瘴気にも似た害ある物に変化してしまっていた。
「忠夫、さん…」
事実琥珀は息苦しそうに喉を押さえる。それに横島も漸く周りの状況を理解し、琥珀をそっと結界外へ運んだ。
その事は琥珀にとって苦痛を伴う物だったが、これ以上側にいる事は事実上不可能だと理性が判断していた。
最上級の使い魔。だがそれが一体なんだというのだろうか。琥珀は自身の存在意義に打ちのめされる。
そんな落ち込んだ琥珀に慈愛のこもった目を細め、傷つけることを恐れる様に、横島はそっと頬にキスを落とした。

第十六夜 劇薬は劇場で

それは生き物だ。そう横島は思う。
最低限の慰めを施し、結界の中に入った横島は嘗て中世の錬金術師達が工房においていたかの様なガラス管でひしめき合ったその空間で、薄紅色の液体を一滴ずつ抽出していた。
そして侵略者のようだと横島は笑った。
抽出され管を通る薄紅色の液体は、霊脈に穴を穿ったこの瘴気の如き霊力の中、その力を受け通常以上の清からさを放つ浄化の炎に熱せられ、その色を鮮血のような色へと変え、高い霊力を宿しあり方すらも変えた。それだけで死を呼び寄せるそれは、摂取したが最後、全身を回り霊力中枢を侵すだろう。その速さと強靭さはウィルスを超えた、まさに先住民を蹂躙したスペインのような傍若無人にして傲慢不遜な侵略者。
だがそれは同時に革命でもあるのだと、今から行う事に手が微かに震え、横島は慎重に管に流し込む量を調整する。
同じような過程で取り出された液体が三本の管を経て融合する。その瞬間は光に包まれ一切見ることが出来ない。川がひとつになっていくかのように、一つの管に終結したそれは、赤紫色をしていた。
「告げる」
管の先端。永遠の終わりから一滴ずつ地に落ちる最初のそれを見て取った瞬間、横島は言霊を放った。
音が空洞で反響するように、一度放たれたその言霊は、その場を満たしている瘴気の如き霊気で世界中の何処よりもその性質を強化された。
「左手に命を、右手に知恵を」
何も考えない。心の中を空にし、ただ呪文を唱える。ぽつりとまた一滴魔法陣の中央に赤紫色の液体が落ちた。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ」
瞬間、その空間が鼓動した。空気は揺れ、大地は嘆き、霊気が荒れ狂う。
「繰り返す事つど五度。ただ、満たされる刻を破却する」
それを気にせず流れ出るように口にするそれは、されどその場に目に見える皹を入れた。
何も無い空間、そこに皹ができ、それはまるでひよこが殻を破るかの様に蜘蛛の巣状に大きくさせていく。
それを確認しながら鼓動が早まるのを横島は感じた。
「我は常世総ての光を欲し、総べての闇を求める」
ばり、と木の板を割るかのような音が響き、空間の割れ目から土色のがりがりにやせ細った腕が、勢い良く百を超える数で飛び出した。
「三界の門は閉じ、ただ王国までの道をさまよい出でる」
連続して鳴るその音に、気が付けば四方を、上空までも完全に囲まれ覆われていた。何かを探すかのように、ただ触覚だけを頼りにさまようその腕は、まるで地獄から這い出ようとする亡者。容易く人の嫌悪感を呼び起こさせた。
「一は全に至り、全は一へと変わる。開け。開け。開け。開け。開け」
ポツリとまた一つ落ちた液体が、まるで周りの状況を知っているかのように凍結した。
その異常な光景を認め、横島は呪文と同時に自らの中に意識を侵入させた。
「我は再度の実行を求める。原始から終焉へ。至った三叉路を満たし、永久へと変える」
瞬間世界が反転した。亡者の如き腕は元の空間に戻ることも許されず霧と化し、穴が復元される。凍結した液体だけがその中で確かな光を放ち、霧を渦巻かせた。
「満たされ、至り、そして落ちたものよ。もうひとたびの時を得よ。器を正しきものへとかえん業を背負え」
渦が霧を凍結した液体に収縮される。我知らず両の手を強く握った横島は最後の言葉をつむいだ。
「来たれガイアの一端よ。星の括りを破りしものよ!!」
最後の霧が飲み込まれた。それと同時に終わった詠唱に静寂が訪れる。
静まり返った空間は先ほどまでの尋常ならざる雰囲気は欠片もなく、瘴気の如き霊力が何かに吸い出されたかのようになくなっていた。
ゆっくりと管から最後の一滴が落ちる。横島はそれを見て微笑んだ。
凍った液体にぶつかったそれは、しかし何事も無かったかのように凍った液体に飲み込まれた。
「ッ」
瞬間鼓動が響いた。一度大きく響いたそれは、だんだんと間隔が短くなっていく。
ガチガチと音を立て、内部に引き寄せられるかのように潰れていく凍った液体。目に見える大きさから、マクロへ。そして言い表す言葉がないほど縮まったそれは、最後に大きくなった鼓動とともに光り輝いた。
その光は結界を押し切ろうとガラスを平手で叩く、背筋が凍るような音を立て結界を揺らした。
「グッ!」
それに横島は此処が正念場だと、ほぼゼロに近い霊力を新たに生み出すため霊力中枢をフル回転させた。そして生み出す端から結界の維持へ回す。
結界が壊れれば全てが水泡と化す。そう思い、知っていた横島は何が何でも結界を維持しなければならなかった。
平手で叩いていた音は、次第に拳へ、そしてハンマーへと音の質を変え、最後に大きく鼓膜が潰れるほどの大きさで音が鳴り響き、結界に最大の衝撃が走った。
まるで隕石の衝突のようだと横島は思い、それ以上の抵抗がない事を悟ると、限界を超えた体から意識が闇に落ちた。
その時、一錠の固形の薬品が落ちていることを見たような気がした。

んっ、と口の中を良く知る蹂躙されている感覚で横島は目を開いた。
ぼやけた視界には琥珀の顔が至近距離で映っていた。蜂蜜色の瞳には涙がたまり、その時になって漸く口の中に吸血鬼の主食たる血液の味がすることに気が付いた。
「ッ!」
口を離して状況を聞こうとした横島の試みは、琥珀が強く、そう常人ならば背が折れることは受けあいの力を持って抱きしめたことで失敗に終わった。
蜂蜜色の目を優しく細め、その端からぽろぽろと透明な雫を流す。
ああ、心配をかけたのだな、と脱力しきり地面に横たわっていた腕を力が入らない状態に無理を押して動かし、横島は力なく抱きしめ返した。
その事にますます強く抱きしめる琥珀。三界が新月を迎える今日を選んだつけなのか、上手くいったのか、いかなかったのかもわからないままただ空に浮かぶ星々を見上げた。

「死、死んじゃうかと、ほんとに、ヒック、死んじゃうかと思ったんです、ッ、からぁ」
泉のほとりにテントを張り、ライトをつけた琥珀は、いまだ力が入らず横になったままの横島に泣きついた。
その姿に改めて想われているのだと、血の気の失せた横島の顔から微笑が漏れた。
だが実際相当危なかったのだろう。精を放たない粘液接触。それによる魔力、霊力の譲渡と、相乗効果による保有魔力、霊力の倍増または上昇。
血液まで混じったそれを必要とするほどに弱っていた自分。同じ者が見たら驚きで倒れるだろうその状態は、霊能力者でなくとも命を刈り取れる可能性がある危険状態。
バックアップされる霊力と魔力だが、それでも吸血鬼と言う体を満たすことは出来ず、更には霊力中枢が電磁パルス攻撃を受けた精密機器のように軒並み狂い、力の発電は出来なかった。同時に回路も支障が生じているようで、普段行っている外部からの吸収も不可能。琥珀の助けがなければ数週間は目を覚まさなかっただろう。
「ンんッ…」
ダメだ、と言う声と、本能が斬り結び、命の危機に本能が勝ってしまった事を、その吸血衝動からとり、琥珀の白い首筋に歯をつきたててしまった事に、残った理性で謝った。
琥珀は使い魔という人工生命体だが、それでも一つの独立した生命だ。吸血によってその血に溢れる力を吸血鬼という独自の生命システムで、霊力中枢を正常に戻していく。それは一種の肉体改造と同意義であったが、それこそが吸血鬼と言う種族なのだ。
だがそれでも一日二日で治るような消耗度合いではない。
「琥珀…」
暴走した体は、荒々しく琥珀の着物を引き千切った。ダメだと横島は思った。いつもの様に愛のあるそれではなく、ただ行為が同じに見えるだけの衝動に任せる事は、琥珀への裏切り行為だと。
「あっ、忠夫さん」
そう思っていて求められなかったそれは、しかし途中で止まった。琥珀が自ら飛び込んできたからだ。
「はしたないですけど」
息を呑む音がぼんやりと伝わってくる。琥珀は軽く破られた上着を脱ぎ捨て、着物の帯を解いた。
「…こんなに、なって…私」
そっと着物を開いた琥珀は顔を真っ赤にして伏せた。その姿を見て横島は漸く状況を理解した。そして僅かに戻ってきた理性で軽く微笑む。
「はしたなくないよ。俺もこんなに、琥珀を求めてるんだから」
つんとしたそれを琥珀の腹に当て、暴走しそうな体を戒める。
「だから頂戴。琥珀の全部を」
抱きしめたその言葉に、琥珀はそれを身に受け入れることで答えた。
その中横島は思った。自分はずいぶんと幸せ者だと。
そんな二人を短い試験管に入れられた白い錠剤のような結晶が見つめていた。



[33206] 星の精霊 第十七夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:50
霊脈が乱された。その存在はそれを感知し、そして乱された霊脈が自らのところへ届いているのを感じると急ぎ溢れんばかりの力を吸収し始めた。
それに理性はなく、また同様に本能も無い。ただ力がなくなった本体が眠っている以上、本体を起こすに足る、あるいは本体が嘗ての力を取り戻すに足る力を得ることこそが存在意義だった。
だからその存在は近くに存在する星の眷属を察知できない。本体が蘇ったとき、警告を発することが出来ない。
それは善なるものであり、そして巨大な悪でもあった。
ドクリとそれが脈打つ。復活のときが訪れる……



第十七夜 二人の人外、そして契約



横島は唸っていた。多大な代償を払ったが、それは完成した。
未だ嘗て成功した者、否基礎理論はともかく、材料を手に入れられた者が皆無だった故に成功させた者は居ない。それゆえに名前の付いていないそれは、力が強すぎ、寧ろこのまま言霊と言う力を持たせないほうがよいのではないかと、思う。
唸りに唸り、さんざん悩んだ結果横島は命名を避けることに決めた。

「忠夫、さん…」

腕が豊富な何かに埋められ、反射的にその人物を抱きしめた。
紅い髪を短く切り、抱きしめれば折れてしまうのではないかと思わせる今は毛布で見えないくびれの付いた体。昨晩まで琥珀はその全てを使って、最も効率のいい力を高める粘液交換を休むことなく続け、使い魔という通常とは体力の桁が違うそれを全て使い切り今朝方漸く眠った。
そのおかげか、腕一つ動かすにしても神経を集中させなければ出来なかった力は、自由に動かせるようになり、通常の三分の一まで回復した。
霊力中枢も全力稼動は未だ無理であったが、供給と消費のバランスを供給に傾かせ霊力を生み出している。
バックアップからの供給は回路が未だ傷ついていることから意味を成さない。
吸血鬼は強い。それは世界の真実だ。だがその力を使い切ることは稀で、一度使い切れば重油タンクのように内包する力が大きいので、そうそう通常値まで上げることは出来ない。
一人の王と、二人の姫君であれば存在の次元自体が違うので、枯渇したとしてもバックアップの影響から一秒と断たないうちに回復するだろう。それは霊力中枢や回路が傷ついていたとしても同じことだ。それらの損傷も瞬くうちに治ってしまう。
だからこそ、吸血鬼とはいえ爵位などの位を貰っていない一般の家系である横島は、枯渇した状況から三日と言う時間で此処まで回復させた琥珀に感謝しているのだ。
いい使い魔を持ったな。そう紅い髪をなでながら思う。結婚し、子をなす相手は決まっている。別段その者が嫌いと言うわけでも、縁談に不服があるというわけでもない。横島は、寧ろその相手、エヴァンジェリンを好いていた。
だがそれは異性に抱くものではなく、友人のそれだと気付いていた。そしてエヴァンジェリンはそうは思っていないことも察していた。
嫌々ではないが、望んだわけでもない。一方的に好かれ、話が出来上がっただけ。そう冷たく突き放すこともできる。吸血鬼社会は大方婚約者が決まってからその人柄を知り番になるのだが、その中には勿論そりが合わない場合もある。だが横島はそこまでできなかった。
マクダウェルという古くから続く家柄や、公爵という王家の血筋だからではない。エヴァンジェリンを傷付けたくないからだ。
焦らずに好きになっていけばいいのだと分かっていた。体を重ね情を通じさせる。順序が逆でもかまわないではないかと。
事実エヴァンジェリンは美しい。今はまだ可愛らしさが前面に出ているが、後数年。最低でも十七になればそれは美しいと言う賛辞に変わるだろう事は誰にでも予測できた。
横島も男だ。情がなくとも姿かたちだけでひと時の快楽を味わおうとエヴァンジェリンに迫る可能性が十分にあることを自分で知っていた。堕ちない限りは、非常に出来のいい吸血鬼の理性すら容易く引き千切るだろうその美貌。だからと言って愛せると断言できるわけではないが、横島は自分が大切にしているものに永遠に情を持たないことなどありえないということを客観的に見ていた。
吸血鬼の一生は星の一生と同義。その永遠ともいえる年月の中で炎のように情熱的ではないが、そのかわり永遠に燃え、街路を照らし続ける街灯のような、闇を切り裂き安らげる光を灯そうと決めていた。
だがそれでも不安があった。万が一愛せなかったらと言う不安だ。
容姿は勿論だが、エヴァンジェリンの大よその体形から、その性格まで旅立つ翌年まで交流があり、さらには先日会った事から知っており、異性への愛情を持てるという核心があったが、それでももしもと、愛せないときのことを考えてしまうのだ。
同じときを多く過ごした故に分かってしまう。愛せなかったときエヴァンジェリンが堕ちることを。
彼女もこの修行で様々なことを経験していくのだろうと、横島は分かっていたが、堕ちてしまうことが予想できてしまうのだ。それは友人として非常に悲しい。笑って人の殺せるような者になってほしくはなかった。
その点琥珀はどうだろうか。体を重ねていることはただ効率が良いからではない。心を奪われたのだ。創造して初めて名を授けたときの笑顔に。その何時も明るい性格に。
誰にも渡したくない。そんな想いを持ったのは初めてだった。だから思い悩んでしまう。琥珀とエヴァンジェリン。どちらかを選べと突きつけられたらと。
エヴァンジェリンの家は、マクダウェル公爵家なのだ。権力を乱用するような吸血鬼は堕ちない限りいないが、たかが使い魔と比べたときの怒りは相当なものになるだろう。それくらいは横島にもわかる。幾ら理知的な吸血鬼であっても、感情がないということはないのだ。
いつか来るだろう選択の時を思って横島は溜息を吐いた。
だが流石の横島も知らない。エヴァンジェリンが既に琥珀との関係を知っていることを。それを容認していることを。全く知らなかった。
ドクリ。その岩は周囲の霊気を鼓動させ、木々に止まった鳥たちを羽ばたかせた。岩に刻まれた文字が発光し、まるで爆弾の閃光のように辺り一帯からの干渉を不可能にさせたあと、そこにいたのは金色の尾をたなびかせる一匹の狐が四肢で立っていた。
森の中は弱肉強食だ。それが真実の世界。人がはるか昔に忘れ去ってしまった真理。
そんな法則にのっとれば狐とはさほど強い力を持ってはいない。だがその狐にしてみれば、人間をも凌駕する絶対者の素質が存在した。そう、

「おいしそうな匂い…」

金色の尾が九つあるその存在は、アジア圏で知らない者がいないと言い切ってもよいほどの大妖。

「人かしら」

そう、かの九尾の狐だった。



カタリ、と琥珀の手が止まった。手に持たれたフランスパンを握りつぶし、ハムが滑り落ちる。
目を寄せるのは主横島が眠るテント。取られるべきアクションは、されど何も起こしていない。
それが取るに足らないことなのか、出来ないのか。だがとにかくと琥珀は剣を手に取った。
ガサリと近くの茂みが揺れた。琥珀の顔が固い。それはその者の力を把握しているが故に。
それがなんなのかは知らない。だが感じる霊圧から尋常ならざる伝説級の妖怪だということが分かった。
勝てないかもしれない。額に汗が浮かぶのをとめられない。琥珀の基本スペックは高い。最高の使い魔である琥珀は、同時に最大戦力でもあるのだ。さらにはその力は製作過程や主の力量に比例すると言うのだから使い魔という従うものであれば、最高峰の能力を持っていることが伺える。
だが、今回は横島の消耗を回復させる為にその力を大きく削った。
茂みから現れたのは、一匹の狐だった。その瞬間琥珀の脳裏に二つの可能性が浮かび上がる。
神に程近い天狐か、妖狐か。天狐は狐という種族にしては珍しいことに群れで活動する。その事から天狐の確率は低い。一秒にも満たない時間で琥珀は妖狐だと判断した。
腰を落し柄を握る。琥珀としては不意を付き一撃で仕留めたかったが、妖怪のいざこざはそういった偏見から来ていることも知っていたのでそれは出来なかった。主に似たのか琥珀も出来れば戦いたくはないのだ。
そうして出て来た妖狐を見て目を見張る。
「九つ。まさかッ」
妖狐は力が増すにつれて尻尾の数が増えていく。歴代最高本数は九つ。そしてそこに至ったのはただ一人。
その妖怪は人の世で悪だと断じられていた。だが同じ妖怪は知っているのだ。その美貌を惜しんだ人間たちこそが諸悪の根源だと。

「どうしましたか?」

だから琥珀は戦闘態勢を解いた。妖怪ならば琥珀のことを人間だとは思わない。すぐさま正体を見破るはずだと知っていたからだ。
人間に散々な目に合わされてきたその妖怪は、相手が人間ならば警戒するだろうが、それ以外、そう琥珀や横島には怯えることなどない事を分かっていた。
「…お腹すいた」
だからその言葉にも笑顔で頷いた。



「忠夫さん」
そう言って琥珀がテントに入ってきたのは夕暮れも間近な夕食の時間帯だった。
吸血鬼である横島は食事が絶対に必要というわけではない。栄養をとらなければならないが、それは霊的エネルギーの摂取という注意書きが付く。魂の宿っていない人工物の食料は摂取しても意味はない。直接口にする以外に消化器官を使わずに霊的エネルギーを吸収する方法があるが、その際僅かばかりの霊能力を使うので緊急時以外は食事を取った方が効率的だった。
だが、今はその食べる力がない。正確に言うならば食べる量と、消費エネルギーが等号で結ばれる。故に横島は回復に必要なエネルギーを吸血か、粘液接触、あるいは粘液交換で互いを高めあう尤も効率の良い方法で取っている。
だから夕食は琥珀の夕食なのだ。使い魔であっても魂を持った生き物なのだからそれは当然の事だった。

「何か問題でもあったか?」

横島は自らを呼ぶ声にうかがうかの様な響きを感じ、静かに問うた。

「その…お客様が」

客? と声を漏らし訝しんだ横島は身を起こした。師であり、保護者代役の唐巣には何日か帰らない事を知らせている。場所も知らせており、何をするのかまでは明かしていないが理解を示してくれた。邪魔はないだろう。だが急な徐霊が入ったのならばその限りではない。

「すまんが先生には」
「いいえ違うんです」

今の弱った体でできる事はないと、横島は否定の声を上げたが琥珀は一つ断ると入り口から横にどき、誰かを招き入れた。
一つに縛った長い黄金の髪。鋭利な顎のラインに桜色の唇が色をのせ、その上に整った鼻梁が欧米人の様に高く、されど油っぽさから真逆の白い肌を持ち、それらを統括するように配置された目筋は鋭く、きつい印象を受けたが、全体像が整っている事からむしろ一つの美として完成していた。

「…貴方がタイプ・」
「そうだ、吸血鬼だよ。東洋の魔女」

尤も今はこんなのだがね。言葉を遮る様に横島は言い放ち、その瞬間明らかにそれと解る様に絶対的な自信をあふれさせた吸血鬼として存在した。
それに中学高学年、高く見ても高校二年生が限界だろう少女は僅かばかり片目を細める。

「それで私に何のようかな、玉藻御前?」
「その名は死んだわ。できるなら、タマモ、そうタマモって呼んでくれるかしら」
「ではタマモ。何を求めにやってきたのかな?」

横島は目の前の少女が嘗て東南アジアに恐慌を招いたとされる大妖怪である事は解っていた。そしてその力がほぼ完璧に戻っている事も。

「…単刀直入に言うわ。保護してくれないかしら」

その言葉に横島はタマモの傍らで苦笑している琥珀にそう言う事かと納得した。
昔と今では霊能力者の質が落ちている。それは歴然たる事実だ。だがその代わり使用道具のレヴェルが上がっているのだ。そう霊能力者でなくとも霊や妖怪をそれと解り、尚かつ少しだけでも霊能力があれば常人であっても最下級の連中を祓える程に。
妖狐の変化は完璧である。だが万が一と言う事を考えたのだろう。元々妖狐は保身に長けている。それは力が弱い事を表しているのではない。むしろその逆で、力が強いからこそ人間界にとけ込もうとするのだ。
それは人の暮らしが野生よりも比較的安定しており、尚かついざというときは力で圧倒してしまえるからだ。それは妖怪というなわばり意識の強い者達なのかで緊張の連続の中に過ごすよりもずっと平穏である。
当然人間界にも闇があるが、単純な力の脅威と言う面だけでは人間界は過ごしやすいのだ。
それは知能があり、尚かつ人間と外見がそう変わらない、あるいは変化出来る妖怪ならば当たり前の事で、事実狸の一族は年々人間に混じる数を増やしている。
力の弱い妖怪ならば、力という防御手段がない故に、危ない橋を渡る事にも繋がる。その代わり違和感を感じさせにくい。だが、大妖怪となるとその妖力の強さ故に、人の第六感を刺激してしまうのだ。それはばれやすいという事と同義であった。だからこそ万が一のためを思ったのだろう、と横島は判断した。

「別に良いが、働いて貰うぞ」
「もとからそのつもりよ」

それらを考えて横島は、これも一つの試練だと受け入れる事にした。その中に少なからず唐巣の性格を考慮に入れていたが。

「では早速仕事だ。琥珀と食べるものを食べろ」

その後は寝ろ。驚くタマモに、横島は用は済んだとばかりに横になった。
何の事はない。ちょろいもんだ。そう思ったタマモはその夜後悔する事になった。すぐ隣で行われる事。その意味を正確に理解していたが、真っ赤になった顔は隠せなかった。



[33206] 星の精霊 第十八夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:51
「チェックだ」
頂きだな。呟いた言葉は盤上の小さな戦場を物語っていた。
ぎりっと、歯と歯がすれる音が響き、やがて降参だと対面に座った男性が苦々しげに宣告した。
それを見ていた観衆は息をのみ、笠を被せた照明が照らす会場は小さくどよめいた。
テーブルを挟み、正面に座る髭を軽くカールさせた黒髪の歯を食いしばり睨み付ける男性に、横島は余裕綽々と勝者の微笑みを送った。
そして足を組み一つ笑う。

「さあ、次は誰だ?」

ヨーロッパの一角。不合法賭博の会場で、黒の王者が生まれた瞬間だった。



第十八夜 人界の魔王



それは高校に入学してすぐの事だった。
横島は別段優れた高校へと進学したわけではない。何処でもある普遍的な公立高校だ。
それ故に学力的に優れていた横島は、二位以下に圧倒的な点数差をつけ入学を果たした。
その結果入学生代表などと言う厄介ごとをやらされたのだが、それも一興かと楽しんだことは、入学式の混乱と 校長の横で笑う横島を見れば誰にでも解った。
本来横島ほどの学力ならば難関校もねらえたのだが、大学に進学する気のない横島には経歴など不要だった。尤もGSという世界で活躍するには高校に通う事はそれなりに必要事項だったのだが。
四月の何処かぼんやりとした空気の中、唐突に唐巣はヨーロッパへ向かうと言い出した。
当初、唐巣は一人で行くつもりだったのだが、横島は強引に予定を入れた。唐巣の目的はヨーロッパ方面の知り合いエクソシストの支援だったが、横島にも目的はあったのだ。

「ここら辺かな」

陰陽師が占いで使う六壬式盤にも似たそれが中心から赤い光線を放つ。式盤の端にさも結界があるが如く遮られるその光は、此処、エッフェル塔の真下を示していた。

「あの人の事だ。何か仕掛けが…」

忠夫さん。と横から琥珀が足下のレンガを指さした。

「これかな。タマモ、見てみてくれないか」
「面倒ね。と言うよりも何で私まで来なきゃいけないのよ」

そう言いつつもタマモは律儀に精神操作系の霊能力を使い、一見何の変哲もないレンガを探る。

「…ビンゴ。誰かが霊的細工を施してあるわ。使用時間は三時間前」

ただ、使った奴の匂いがないけれど。そう言うタマモの頬に軽くキスを落とす。
それに慌てふためくタマモだが、既に横島の意識はレンガに向けられていた。
メタリックブラックの腕時計に施された。正確に言うとその文字盤に使われている精霊石に施された蔵と呼ばれる術式を通し、保存しておいた木刀を取り出す。
それを逆手で持ち、三回リズムを刻み一見石にも見えるレンガ通りに紛れ込んだ、霊的処置の執られているレンガをリズミカルに叩く。

「あの人は、術式を変えたのか?」

だが変化はない。その事に眉を寄せ怪訝な表情を作った横島は、再度木刀の切っ先で知りうる限りの開門術式をうつ。
モール信号にも似たそれは、霊力を一定レヴェル込め、記憶媒体にリズムと同時にたたき込む事で錠を開かせる物だった。
琥珀が腕に寄りかかり、タマモはぶらぶらとエッフェル塔の周りを歩み時間を潰し、五十を試した頃、漸くレンガが淡く緑色に光った。
「我が名は横島忠夫。開門せよ」
再度木刀を近づけ、光るレンガに飲み込ませた。そして、手首を捻り木刀を右に回す。

「ひゃッ!」

瞬間琥珀が悲鳴を上げ、腕に更にすがりついた。足下に暗闇が広がり、飲み込んだからだ。

「ま、待って!」

飲み込まれる横島と琥珀。その姿にタマモは急ぎ暗闇に飛び込んだ。
霊的作用を引き起こした闇がドーム状に三人を覆い、何事もなかったかの様に消え去る。
後に残ったのは、霊的現象だった故に知覚できなかった夜、出歩く少年少女が謳歌する、何処にでもある繁華街のにぎわいだけだった。



「よう爺さん。持ってきてやったぜ」

暗闇は何処にもなくなったその空間。ランプ一つ無いそこは、地下だというにもかかわらず光で満ちあふれ、そこかしこに転がった鉄の塊を鈍く照らし出していた。
その中央、天蓋の付いた寝台で一人の老人が目を見開き、横島達を座って見ていた。
明らかな不法侵入にもかかわらず威風堂々と、あるいは傲慢不遜に腰に手を当て笑う横島は、遂にぼけが進行したかと甲高く笑った。
その声に漸く老人は目を見開きながら声を上げた。

「お、お主、まさか忠夫か!」

横島はそれに答えず、ただ笑みを深くした。

「忠夫、この人誰?」

タマモがどう見ても顔見知りとしか思えない二人の反応に疑問を挟む。

「そうか、嬢ちゃんは儂をしらんか。ならば聞くがいい! 儂こそヨーロッパにこの人ありと詠われた」
「ドクター・カオス。ヨーロッパの魔王と呼ばれる年齢不詳の爺さんだ」

タマモの頭に手を置き、横島が楽しそうに語る。その行為にタマモは一瞬惚けるとすぐさま頭に置かれた手を振り落とした。

「尤も近年は脳の要領オーバーから極度の痴呆症を患っている。だがその頭脳は間違いなく一級品だ。そして神族、魔族からは出来損ないの神と呼ばれている」
「出来損ないの、神?」

何処かふてくされた声音で放たれたタマモの疑問に答えず、カオスと呼ばれた老人に歩み寄ると、横島はポケットから取り出した試験管を振り、口にコルクで蓋がされ入れられた一粒の錠剤を見せつけた。

「爺さん、本物の神になりたくはないか」

偽りを捨てて。そう呟く横島の表情はまさしく悪魔だった。



横島とカオスの出会いはある種の運命だった。
姫への謁見のためヨーロッパを訪れた横島夫妻は、当然の事とばかりにヨーロッパでの逸話などを幼かった横島に教え込んだ。
その尤もたる事がヨーロッパにおける錬金術の二つの側面だった。
一方は当時の魔法、つまり霊力要素を加えた物質の創造。もう一面が今の科学技術に繋がる基本的な要素の発展。
当時から英才教育を施されていた横島は霊能力が当然の如く使えた。それ故に科学的な目線から、霊的なモノ以外と一緒にオカルトというブラックボックスに霊能力を突っ込ませる原因となった科学技術に対し嫌悪にも似た感情を持っていた。
だからこそ、その出発点であるヨーロッパ行きはそれほど愉快な物ではなかった。

「爺さんが凱旋門の前で手品じみた魔法科学をやってなかったら、こうなることもなかったんだろな」

カオスに試験管を手渡した横島は、そう皮肉気に呟いた。
両親から離れエッフェル塔から群衆を嘲笑してやろうではないか、と子供らしくない動機から凱旋門通りを通った時だった。
横島はカオスの似非手品を見破り論破しようとして、負けた。
当時の横島にとってそれは衝撃だった。どう見てもただのじじいでしかない者に論破された。
だがそれは相手であるカオスにしても同様であった。まだ十代にもなっていない小僧に後一歩で言い負かされるという所まで追い込まれたのだ。老いても尚そこらの者には負けない知識量を保有し、それとは別に持ち前の話術が先読みされたのだ。最終的に勝ったからと楽観視できることではなかった。
そして双方衝撃を抱えたまま、カオスは半ば衝動的に横島を拉致し、横島はカオスの本拠地に潜入した。狸と狐の化かし合いが始まったのだ。

「それにしても爺さん、もうちょいいい物出せよ」

マリアと名付けられた女性型アンドロイドに礼を言い、ティーカップに口を付ける。横島はその味が微かにしか感じられない紅茶に思わず眉をひそめた。紅茶は好きだが、出がらしはそれに含まれないと思っているからだ。
横島は思う。騙し合いの結果双方が双方を認めなければ、あるいはその出会いがなければ通常の吸血鬼と同じ力しか身に付かなかっただろうと。
エヴァンジェリンとの縁はなく、琥珀という相棒もまた存在しない。数々の失敗と、そこから生まれた僅かな結果はこの世に生まれる事もなく、ただ普通の吸血鬼と同じ道を行く面白みの欠けた人生を歩む事になったのだろう。
だが。横島は微笑みを浮かべ試験官の中身を確かめる様に振るカオスに目線をやった。

「さっさと飲んじまえよ爺さん」

死ぬ訳じゃないんだからよ。そう、その出会いがあったからこそ今の自分がおり、そして目的もできた。

「忠夫。疑っておるんじゃない」

カオスはテーブルに試験管をおく事もなく、真摯な目で横島を正面から見つめた。

「出来損ないの神。その表現は正しく儂の状態を表しておる」

そう言うと視線をここではない、何処か遠くへ向けカオスは語り始めた。

「儂は不老不死の術式を完成させ、それまで誰も到達した事のない領域へと踏み込んだ。それで解ったこと。それは、人は人の限界を超える事ができないという世界の真理じゃった。儂は神になりたかったわけではないが、人という括りを輪廻の環に入ることなく突破出来るかという難問をクリアしたかっただけじゃった」
「そして、それは不可能だった」

ぽつりとこぼすと、横島はカップをソーサに置きテーブルに身を乗り出した。

「爺さんは何も間違っちゃいない。ただ理解していなかっただけだ。神族、あるいは魔族が、何故人類という星に潜んだ悪性の癌を駆逐しないのかを」

それはいつかシエルとも論議した事にも似ている。あの時シエルは全ての人間が癌の様な地球を蝕むモノではないと言ったが、それでも横島にはそうは思えなかった。
だからこそ長く人を見続けてきただろうカオスに考えを打ち明ける。肘を突き左手で一本指をさした横島は、眉間に皺を寄せ言い放った。

「答えは簡単だ。奴らにはそれも一つの可能性だととらえているからだ」
「いつかこの星で、奴らと真に渡り合える超越種の発生じゃな」

カオスは今更だと顔をしかめた。それに横島は頷き、同じようにバカバカしいと吐き捨てた。

「人は近年になり漸く人が、その他の生物と一線を画している証拠をその身で語った。しかし人がそれに真実値する生物か? それは俺が、あるいは俺たちが論議して良い議題ではないのかも知れない。だが、漸く人は、人が人たる証拠、対話という人類以外持たない理性による多種族との渡り合いを確立した。尤も未だに人類同士で争う愚か者が居るが、それはおおよその場合若さ故の激動だ」

中国での日本大使館への一方的な攻撃が良い例だ。心底バカだと嘲笑する横島にカオスはその言葉と嘲笑に含まれる重さを理解していた。
人は有史以来絶えることなく戦争を、争いを続けてきた。十字軍が良い例だ。当初こそ聖地奪還という大義を抱えていたが、やがてただの略奪行為に成り下がった。
それは、そのあり方、あるいはその正体を原始人に限りなく近い野蛮人と同じだと何者よりも明確に証明した。ただ欲しいから他人から奪う。それは羨み、妬み、憎む人間が捨てる事ができなかった原初に最も近しい、欲という感情。
カオスはそれを目にしている。その時代を生きてきたからだ。そして今もまたその感情が完全に潰えていない事を理解していた。
だがそれは霊長の頂点に君臨する人類以外にも、根本的な発生原因が違う、神族、魔族においても同様だと言う事もまた知っていた。
神族、魔族は二分割にし神魔族の領地とすればいい人界へしんこうしてこない。それは人間の跳躍を待っているからだ。決して侵攻計画がなかったわけではない。神界、魔界、そして人界。絶対的な力がないのは人界だけだ。
本来発生しないはずの星を食い物にする自然の摂理に反した一種のバグ。人類はまさにそれで、バグ故に予想が付かない進化をするのではないのか? そうとらえられている。
その結果が魔に近しい者であろうと、神に近しい者であろうと、人類がその存在を越えた何か、人族とでも言うべき新しい支配者を待っているのだ。

「爺さん、人の愚かさは解っただろう。そして今現在の限界も。人はその肉体に縛られているが故に理性が本能を駆逐する事ができない」

横島は漸く椅子に座り直し、足を組み背もたれに背を預けた。

「人も大局からみれば星の眷属といえる。勿論意味は違うがな? 人類の歴史は星が刻んだ歴史の何億分の一か。だが皮肉にも人は母なる星を汚している」

横島とて全ての人間がそうであるとは思っていない。それは人間との接触に多くの時間を使った友人、銀一と夏子から学んでいた。
だが、その反対に全ての人が皆、善良かと言われればすぐさま否定するだろう。むしろその殆どが悪玉であると断じる。
人を諦めては居ない。だが輝きもまた肯定していない。それが今現在の横島だった。
だからこそ言ったのだろう。新たなる人。その可能性をカオスに見いだしたから。

「自らを解き放て。そして肉体の主導権を書き換え、構造を組み替えろ。常人には無理だろうが、何百、いや何千と生きた爺さんなら魂、あるいは精神が熟成し人智を越えた所業も可能だ。いや、始めからその方法しかないのかもしれんが」

ドクター・カオス、紅茶です、とマリアが新しい紅茶を入れ、

「くたばるなよ」
「儂を誰だと思っておる」

震える腕を無視し、カオスは錠剤を流し込んだ。



[33206] 星の精霊 第十九夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:52
高校に入学してから一ヶ月が経った。
カオスの治療という幼い頃からの目的を達成した横島は、目の前の女性が話す同い年の少年の心境が少しだけ分かる気がした。



第十九夜 五月病



家の子が、家の子が、と涙ながらに語る婦人の話は何処にでもある普遍的な症状だった。
一流企業に就職して、幸せをより掴む為に必死で勉強した末入学した一流高校。だがその反動とでも言うのか一人の少年は学校を休み続けているのだという。
精神的な疲労のようにも思えるそれは、されど今回の場合、五月病というれっきとした心霊現象だった。
お金なら幾らでも払いますという婦人だが、横島は冷めたものだった。

「では早速様子を見に行かせてもらってもよろしいでしょうか」

唐巣は破門されているとはいえ聖職者らしく優しい声音でそっと囁いた。既に法衣に着替えているのだから断っても行く気なのだろう。
そして僅かに横島のほうを向いていたことを横島は気が付いていた。

「では行こうか」

横島は何処となく退屈そうに、あるいはめんどくさそうに、それに従った。



暗くどんよりとした混沌。悲哀、願望、切望。そんなモノが入り交じり形成された闇。
それが硬く閉ざされた扉から漏れ出てきているのを唐巣と横島は敏感に感じ取っていた。

「確かに悪性の妖怪、五月病ですね」

横島は唐巣に尋ね、頷くのを確認した。
今回依頼を受けたのは、当然唐巣の性格もあっただろうが、それ以上に横島に除霊の経験をさせる為だった。
唐巣は横島の力を認めている。今年のGS試験にも参加させるつもりだった。だがふと考えれば今まで多かった依頼は、肉体言語で話し合いが出来る悪霊が多かった。精神的なものは少数だ。
横島に限ってミスをするとは思えなかったが、万が一という事もある。よって唐巣は精神に潜む実体のない妖怪を対峙する場を設けた。
横島もそのことを理解している。そして過信ではないが五月病如きどうにでもなると思っていた。
五月病は新しい妖怪だ。何かに威力を傾け、その結果燃え尽きてしまうその心の隙を狙う寄生型の妖怪。
五月病と名がついたのは最近のことであり、GS協会はこれを日本の受験戦争の悪しき影響だと政府に進言している。
尤も一般的に言われる五月病の全てが、妖怪の仕業ということではなくあくまでも一例にすぎない。だがその威力は通常よりも尚濃い。
だがこれも一つの戦いだと、漆黒の戦装束を纏い、左手に持った本からカードが一枚浮かぶ。

「凍て付く波動、もやを立ち上らせる息吹。眠りに包まれしかの王子を呼び覚ませ、スリープ!」

唐巣を対象外に指定し、全てのものを眠りにいざなった。決して近づくなと忠告を受けたにもかかわらずそばに隠れていた依頼人も深い眠りに落ちた。
鈍く輝く真鍮のドアノブに手をかけると、そっと押し開いた。そこには布団の中に包まった同年代の少年の姿があった。

「どうするのかね横島君」

唐巣はあえて助言をせず、試すように横島に任せた。

「あいにくこういったものには弱いんですが」

溜息を一つ吐き、横島は頭をかいた。
実際問題横島は単純な戦闘の方が長けている。だができないという事はない。
横島は思った。幸い目標は貧弱だ、と。騒ぐ事もなくただ布団の端から目を隠れながらよこしているだけの脆弱者だと。

「やっぱり強引になりますね」

符をひらつかせ、笑うと、符を少年の額につけた。

「抗うもの、静まるもの、ついたもの。皆我が前に姿を現せ」

符が光、そこから眠った少年の精神と、

「ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁ」

それに撒きつく一匹の蛇のような妖怪が現れた。



全く持って押しがたい。そう横島は目の前の妖怪を睥睨した。
人の弱みに付け込むのが悪いことだというつもりはない。しかしただ苦しめるだけというのはどうだろうか、と妖怪の存在意義に疑問を持つ。
多くの妖怪は恐怖を糧にする。勿論動物と変わらず普遍的な食料を食べるものが圧倒的に多いが、それ以外の者は大抵人の念を栄養とする。
だが、目の前の妖怪にその傾向はない。
口を開け大きく威嚇する五月病に笑いかけ、木刀を使うまでも無いと腕を一閃させた。

「ギャァァァァァァァァ」

それだけで消滅する五月病に、真実力はないのだと何のためにきたのかと、それ以外のものを求めてしまう。
目の前に浮かぶ眠ったままの少年の精神。これも問題だと横島は近代の少年少女たちの脆さを憂いた。
蝶よ花よと育てられたというわけではないのだろう。だが一度壁にぶち当たると、それを突破できない精神的弱さがあると、横島は常々この世代、戦争を知らない者達の子供に一つの疑問を持っていた。
いずれ社会にでれば壁が待っている。それをどうやってクリアするのだろうかと。
通常、精神とは肉体が眠っていても、完全とはいえないが覚醒しているはずなのだ。それは生物として当たり前のことで、本能に近い。
だが、目の前の少年は眠っている。
あるいはこれが人間の終止符になるのかもしれないと、送迎の呪文で精神を戻した横島は、近代の少年少女達を哀れんだ。



[33206] 星の精霊 第二十夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:53
西暦一九XX年、八月十日。東京××××××‐×××に存在する教会は、日本GS協会に宣戦布告した。
唐巣率いる教会勢力は、高機動人型決戦吸血種、対GS最終兵器人造××、横島忠夫を投入した。
戦局は当初の予想を覆し、横島忠夫の圧倒的な戦力に戦線は瞬く間に崩壊した。
GS協会はその名をイレヴンと改め、唐巣の支配下に置かれることとなった。

「という夢を見たんです」

あっけらかんと話す横島に、朝食を食べていた唐巣の口からパンが膝に落ちた。

「横島って以外に暴力的だったりする?」

そんな光景を傍目に、一人稲荷寿司を食べていたタマモが琥珀に聞いた。
いえいえ、と首を振る琥珀にそうよね、とタマモも同意。一体全体何が原因でそんな物騒な夢を見たのだろうかと自ら主と勝手に定めた横島を見つめるタマモ。
それは、GS試験の二週間前の出来事だった。



第二十夜 GS資格取得試験



ゴーストスイーパー資格取得試験会場。毎年一年が掛りで結界が張られるその土地は、偶然か必然か霊脈の真上に存在した。
毎年の受験生は二千人前後。その多くが第一試験で敗れ去る中、一人横島はかったるさをかもし出していた。
試験場でよく言われるのは、何故か他の者の方が優秀そうだという被害妄想だが、横島の場合それは当てはまらなかった。
マイトと学会で名づけられた霊力波動の振幅。人は振幅数を上下させ、あるいは小刻みにするか、長く幅を取るかといった心電図の如き振幅で霊力を生み出し運用している。
だが、所詮は机上の空論。現代科学の粋を集めても霊力と言う確たる物質ではないそれを、正確に図ることはできなかった。
大雑把に二段階に分かれる試験。その第一試験は、そんな確たる証明が出来ない霊力を計り取ることだった。
そしてそれゆえに横島は本腰を入れず左団扇で試験に臨んだ。
その姿勢は試験官は勿論のこと、他受験者の神経を逆撫でした。だがそうしなければ横島と同じグループで第一試験を体験する者は、横島を除き軒並み不合格の烙印を押されるだろう。
マイトと呼ばれる単位は、確認の取れていない重力子、グラヴィトン粒子のようなもの。あると分かっている、あるいは仮定しているそれは、重力と同じように感じることは出来るが、粒子の集合体を見る事が出来ない。
その結果、霊力が基準値を満たしているかと言うことは、精密だというのにあまりに上下が大きすぎる検査機と、霊能力者である試験官の感覚に頼っている。
横島は吸血鬼だ。普通の人間と比べあらゆるポテンシャルが高い。当然霊力も強いことになる。
そんな存在が修行を積み、人で言う一般人から霊能力者に格上げされたがごとく底が上がったのだから、本腰をいれ霊力を放ってしまえば、検査機は勿論、試験官の霊的感覚が狂うことは必至だ。十分基準値に達しているそのほかの受験生の霊力がそう強くないと判断してしまう。
それを避けるには、人外が無意識に垂れ流している霊力を一定方向へ向ければ澄むことだった。
それは初歩中の初歩であり、だからこそ横島は非常に不真面目に試験に参加したのだ。

「十九番、二十七番…三十五番、合格だ。第二次試験会場へ向かいたまえ」

だから呼ばれた番号に自分と同じものがある事も、当然の結果だと横島はコートを翻しその場を去った。



「遅いわ」

ちゅるる、と朱色の箸を器用に使いうどんを啜る。
刻んで乗せられたお揚げを一口。同時ほころぶ頬に、されどタマモは眉間の皴だけは消せないでいた。
横島忠夫。その名前は最早忘れることができないほど、タマモの心に刻まれていた。
はるか昔、タマモが殺生石に封印される遙か前、まだインドでそれほど力が無かったころ、その噂を聞いたことがあった。
星の眷属。当時のタマモはそれの意味するところを正確に知らなかったが、年を重ね経験が増えていくにつれ、どれほど凶悪で、温厚で、そして力強いかを知った。
この星、地球には、星の眷族と呼ばれる吸血鬼が多数存在する。だが星の眷属と言う呼称は、吸血鬼だけを意味しているのではない。
天に昇り、あるいは地に潜った星の眷属は多数存在する。だが今現在人間界で活動している種族は、吸血鬼だけとなった。

「只今から××年度、二次GS資格取得試験を開始いたします」

受験者の方はご来場願います。そんなアナウンスに紙のおわんに入ったきつねうどんを手に持ち、柵に近寄った。
あ、いた。そう声を上げ、一体全体どういった聴力を有しているのか、横島はタマモに向け手を振った。
それに思わず笑みが漏れるタマモは、ふと思案顔になった。

「この夏場に、コートってありなの?」

それが防御服である事は知っていたが、どうにも暑苦しい。そして全身漆黒で決めているのだから、ますます暑苦しさが増すばかりだ。

「ま、いっか」

だがタマモはそれを脇に置き、食べ終わってしまったきつねうどんの汁を飲み干した。そして新しくバックから取り出すと、アルミのなべを狐火でたき、真っ白なうどんが茹で上がるのを待つことにした。
そして一つ溜息を吐く。タマモは横島の対戦相手には同情の意を禁じえなかった。そのポテンシャルの高さから、素手でも十分主席は狙えると言うのに、何思ったのか横島は武器である木刀を持っていたのだから。



一回戦の相手が決まった。二日にまたがる試験。その実質的な第一歩。
横島はブーツを鳴らして正方形上の結界の中に入った。タマモを発見できたのは幸いだったが、琥珀と唐巣は居ない。
唐巣は急遽入った依頼でイタリアに出張中。対する琥珀はと言うと、試験日だと言うのに横島に朝から迫り、結果むさぼりあった。
それが霊力の上昇を狙った物だと言うのはわかっていたが、その緊張感の無さはどうにかならないのかと、横島は琥珀の顔を思い出す。
帰りは裸エプロンですよー、と笑っていた琥珀は、横島が負けるとは微塵も思っていないようで、手にのりをかけて戦勝祝いを作っている。
したがって観覧、あるいは応援に来たのはタマモ一人だけだった。
タマモの変化は横島にも早々見破ることが出来ないレヴェルで安定している。一流どころのGSが霊視したとしても、まず見破られないだろう。尤も現在のGSという但し書きが着くが。
そうしてつらつらと余計なことを考えているうちに、ゴングが鳴った。それに反応したわけではないが、突っ込んできたものを確認する事も無く、ごくごく自然な動作で首筋に霊力を纏わせた上段回し蹴りを放った。

「勝者! 横島忠夫」

審判が腕を持ち高々と上げるのを他人事のように見つめ、目を瞬く。何が起こったのかを倒れている者を見て理解し、横島は溜息を一つ吐いた。

「なんて」

なんて、あっけないんだ。それはその試合を見ていた全ての者の総意だった。



その日の晩はまさに無礼講だった。
ヤモリに始まり、ウナギやスッポン。当の料理を作った琥珀は明日の為ですよー、と言い張っていたが、その日の晩横島の部屋から悲鳴にも似た声が途切れることは無かった。
その事にいい加減うんざりだと、タマモは思った。両想いなのだから別にいいとは思うが、時と場合を考えろと言いたくなる。
早朝も朝食の前に部屋から同様の声が漏れていた。有効的であるのは認めよう。タマモは今日も観覧ようのアルミ鍋式きつねうどんを持参して、会場に入った。
霊的格闘戦なのだから霊力があることにこしたことは無い。だが横島を追い詰めることの出来る人間がいるのだろうかと、疑問が浮かび上がるのが押さえられない。
まず普通の人間には無理であろう。だからこそタマモは魔法瓶に入れた熱湯を注いでいる時真実にたどり着いた。
そう、琥珀は大義名分の下、横島の寵愛を受けたかっただけなのだと。
我知らず眉間に皴がよる。それは鍋を暖める狐火が安定しないことから、胸の内で大問題に発展していることが伺えた。

「そろそろ潮時かしら…」

頬に手を当て、タマモは呟いた。横島の鈍感振りにはその手しか方法が無いだろうと、冷静に分析していた。
外見もクリアしているのだからと、それなりに実った両房を服の上から確かめる様に揉んだ。



「木刀如きがぁあ!」

叫び声と同時に振り降ろされた神通棍を木刀で受け流し、左手から霊力波動を飛ばした。横島の攻撃に迷彩服に身を包んだ男性を結界まで吹き飛ばされ膝を着く。

「ま、まだ終わってなんか」

だが戦意までは失っていないようで、啖呵をきる。それに横島は縮地と呼ばれる移動方で瞬時に距離をつめ、精神のよりどころ、神通棍を木刀で叩き折ることで答えた。
「まだ続けるか」
木刀を瞬時に引き戻し、切っ先を喉元に食い込ませる。霊力が微弱故に怪我と言う怪我をしていない男だが、横島が木刀に霊力を流し込んだときが己の最後だと男も悟っていた。

「こ、降参だ」

その声にとりあえずは合格だと、一息つく横島。だが此処まではほんのお遊びだと分かっていた。
いずれ事務所を構えたいと思っている横島にしてみれば、目立てば目立つほど都合が良かった。
そう、横島は狙っていたのだ。この試験の頂点、主席の座を。



「あた、あたたたたたたた」

放たれる拳を紙一重で避け、幽鬼のようにゆっくりとしかし確実に対戦相手に横島は近寄った。

「くっ、ならこれはどうだ! ゴールデンフラァァァッシュ」

後方に勢い良く飛んだ男は、両手を広げ大の字になると体全体から霊力波動を横島に放った。

「フンッ」

だがそれは横島が左手に灯し放った霊力弾の一撃がまるで川を割く様に男の霊力波動の中を突き進み現れた霊力弾が今度こそ鳩尾に決まり、男はその場で嘔吐した。
そんな選手を倒し、次なる相手はなんと女だった。武器は符。ただそれだけ。
結果以内へは一つの武器しか持ち込むことを認められていない。つまりその符こそ最終手段であり、最強手段。
だからこそ横島は、

「ファイッ」

号令のゴングがなったと同時に、その符を切り裂いた。

「甘いわよ!」

瞬間女性とは思えない威力の蹴りが横島の体を掠った。
その事に横島は好戦的に口の端をあげると、霊力の玉を掌に収め、放出することなく肉弾戦で掌と同時に霊力の玉を女の腹に当てた。

「ッ!」

瞬間声も無く崩れ落ちる女に、横島はそれまでかと、眉を寄せた。
そうして、横島は不完全燃焼のまま、主席を圧倒的な戦闘力を披露して手に入れた。

「なんだかなぁ」

後々になり有利に働くと分かっていても横島はその過程に不満の意を禁じえない。

「ねぇ、横島」

それを思いだし部屋で一人でごろ寝していた横島に、タマモの声がかかった。
何処となく硬いその声音に横島は起き上がりタマモを見た。

「どうかしたか?」

それにタマモは答えず、後ろ手でドアを閉めると、鍵のかかる音が部屋に響いた。

「ねぇ」

ポニーテールを揺らしながらベッドに座った横島の隣に座るタマモ。横島の腕を胸に押し当てるかのように抱きしめ、そっと呟いた。

「   」

その夜、初めて琥珀以外の甲高い声が教会に響いた。



[33206] 星の精霊 第二十一夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:54
試験から一週間。夏休みも終盤に差し掛かったその日は、もう秋だと言うのか綺麗な満月が天に昇っていた。

「琥珀とタマモは何か願い事はあるか?」

滅多な事では除霊料金を取らない唐巣が、苦肉の策として製作した自家農園のすぐ側に寝転びながら横島は側に座っている二人に問いかけた。

「私は、このままずっと忠夫さんの使い魔でいられればそれで」

琥珀はそっと自らの膝に乗せた横島の髪をなでると、優しく微笑んだ。
その微笑と、自然香る香水などの人工物では決して出すことの出来ない女性特有の甘い香りに横島は心が洗われる様だと、大きく息を吸った。

「琥珀、そんなんじゃダメよ。ここは二号さんから成り上がって、正妻の座を射止めるって言うべきだわ」

狐状態になり、横島に抱かれていたタマモがほえた。先日横島と琥珀のもう一つの関係に加わったタマモは、漸く知ったからだ。横島の許嫁、エヴァンジェリンの存在を。

「ダメですよー。これは一族の決まりなんですから」

それに私たちを捨てるなんてしないですよ。あらあらと笑う琥珀に、横島も釣られ少し声が漏れた。
それを聞いたタマモは確かに想像できないと、琥珀の言い分を認めた。横島が意外と情に厚いことを知っていたからだ。情が厚くなければ今頃何を要求されていたのか想像もできない。
人間界での加護を要求したタマモは、当然それにつりあう何かを提供しなければならない事を自然の摂理として知っていた。体か、労働か。だがそんな事は一度も要求されていない。
そして、気が付けば好きになってしまっていた。それが妖狐の性質、あるいは生物の根底にある本能。強いものや、人界で十二分に保護してくれるという力を肌で感じたことが原因だろう。だが例え本能的なものであってもその気持ちに偽りは無い。そしてタマモは決して言うことはないが、死ぬまでの永遠とも言える時間、ずっと側にいたかった。

「誰か来る!」

だからだろう、心地いい空間を壊す可能性のある人とは違ったその臭いを感じ警告したのは。その臭いには明らかな人外のそれと、

「神父が!」

唐巣のにおいが混じっていた。



第二十一夜 吸血鬼と吸血鬼



「はじめまして、ピエトロ・ド・ブラドーといいます。ピートと呼んでください」

唐巣の横で微笑むその姿は、整った顔立ちと青い目、西洋人独特の肌の白さが、一見ザンバラに切ったかのようにも見える黄金色の髪と相まって、いかなる芸術家であろうと創造する事ができないまさに神の恩恵としか言いようがないほど美しかった。だが、

「あんた…何」

タマモは一切の感情を見せず、氷のように鋭く冷たい視線を休むことなく送っていた。
それに反し、琥珀は頬に手を当て、あらあらと微笑み何も言わず、横島も興味深そうな視線を送るだけ。
だが、タマモの立った一言は身にこたえたようで、ピートと名乗った少年は、確かにうろたえた。

「僕は…」
「吸血種。俗に言うヴァンパイアだろう?」

言葉に詰まるピートに横島は皮肉気に笑いながら言い放った。それに目を見開くピートと唐巣。

「忠夫さんは、以前ヴァンパイアの方と交流を持ったことがおありなんです」

琥珀が何故だと、問い詰めようと口を開きかけたピートを制して疑問を解消させた。だがそれは正確ではない。横島がヴァンパイアと交流を持った事は確かにあったが、殺し合いという武力的な交流であり、一瞬たりとも心休まる時はなかったのだから。

「それなら、分かっても不思議はありませんね」

先ほどまでの笑顔は何処へやら、息を呑んだピートは緊張気味に言葉を投げかける。

「ヴァンパイアといっても、父がそうであるだけで、母はただの人間です」

所謂ヴァンパイア・ハーフというやつですね。そう言い切るピートになるほどと横島は頷き、力が弱いのはそのせいか、と納得した。

「ど、どういうこと?」

だがタマモは始めてみる吸血種に戸惑い、横島に振り返った。

「つまり、此処で修行するということだ。そうですよね」

先生? 口の端を上げ笑う横島に、唐巣は頷くことしかできなかった。



「どういうことよ!」

今や三人で使うことになった横島の部屋に、タマモの絶叫が響いた。
あの後何事も無かったかのように取られた夕食。琥珀は歓迎会をしないといけませんねー、と始終微笑みが絶えず、唐巣はピートの故郷から持ってきたのだというワインで久しぶりに出来上がり、あの頃はあの頃は、と壊れたレコーダーのように繰り返し呟いていた。
肝心の横島に至っては琥珀だけが作った料理は久しぶりだな、と暗に何時も一品は欠かさず作っていたタマモに催促するしまつ。そこにヴァンパイアへの警戒は無い。
そして何より違うことをタマモは敏感に察していた。同じ吸血鬼であるはずの横島と、ピートの種族と言うにおいが全く一致していない事を。

「タマモは何でだと思う?」

対面に琥珀を座らせ、黒のポーンを動かす横島は、他愛も無いことだと全身で表していた。
だからこそタマモは考える。何時もの横島ならば正解に至るまでの道のりが示されていない場合、必ずそれを提示するか、答えを口にし教える。それが無いと言うことは、考えれば分かると言うことなのだ。
二人が吸血鬼である事は間違いない。タマモはそう判断し、それは先ほどのやり取りでも証明されていたことを思い出す。
吸血鬼は西洋の妖怪である。隠れて住む者は多く、以前横島も同じ事を肯定していた。だから違いなんて無い。タマモはそう考えるも、それでは生物の根底、種族と言うにおいが同一でなかったことが引っかかった。
そもそも同じ種族なのだろうか? あるいは違う種族ではないのか? そっと横島の顔を見るが、完全に遊んでいるようで、盤上を見つめながら口の端を僅かにあげていた。
少しぐらいヒントをくれてもいいではないか。そう思うも、琥珀は分かっている様子であり、仲間はずれにされたかのように胸が痛んだ。

「…本当に同じ吸血鬼なの?」

たまらず声を上げ、答えを待つ。

「そうか、タマモは西洋の知識はなかったんだったな」

今更思い至ったと、横島は一瞬タマモに目線を寄越し、ルークを動かしながらヒントを口にした。

「ブラドーと俺は吸血鬼ではあるが、同族じゃあない」

分かるかな? 笑いを含んだその声に、タマモは何がなんだか分からなくなった。
同じ吸血鬼であって、同族じゃない。そしてタマモは気が付いた。それは同じ吸血鬼と言う意味ではないのだと。
横島の言葉は一見はるか昔に枝分かれした先祖を同じにする吸血鬼であることを差しているように見える。だが横島は一言たりとも“同じ”吸血鬼だとは言っていない。

「つまりこういうこと? 横島は星の眷属っていう吸血種で、ピートは吸血鬼っていう一つの妖怪に過ぎない」
「チェックだ。まあそういうことだな」

いよいよ琥珀を追い詰めたのか、横島は楽しげに声を上げると、盤上から決して目を離さずにタマモの疑問をより細かく説明し始めた。

「そもそもこの世界、厳密には地球と言う星には吸血鬼が二種類存在する。日本語に限らず同じ発音の種族名だが、タマモの言うとおり幾ら強くとも片方は地球にあまたと存在する妖怪の一形態に過ぎない。それがブラドーだ」

カツンと僅かな音を立てて琥珀が苦し紛れに出した最大戦力、クイーンを掻っ攫うとチェックと、またしても愉悦を含んだ声で琥珀に宣言する。

「それに対し俺は妖怪と言うカテゴリーには入らない。チェックメイト」

琥珀分かってるよな? 身を乗り出して囁いた声にタマモはいらつき、琥珀は顔を赤く染めた。

「タマモは星の眷属についてどれくらいの情報を持っているんだ?」

遊戯が終わり、ガラス細工の駒と盤を片付ける横島は、そういえばとタマモにそれを聞いたことが無かったと改めて問うた。

「そう多くは知らないわ。ただその力が地球から供給されていることと、普遍的な力量が一般的に言われる大妖や、伝説の主人公程もあって、強いものだと神話級の力を持っているって事だけ」

チェスをしまい終わった横島は、シャワーを浴びる為に出て行った琥珀を見送り、タマモが腰掛けているベッドに座った。

「そうか。なら星の眷属の説明からしないといけないな」

言いながらタマモの太ももに頭を預ける横島に、パジャマ越しとは言え触れていることにタマモの鼓動が早くなった。

「星の眷属。その全ては元から地球に存在した生物じゃない」

腰に手を回し、タマモを抱きしめ顔をうずめる横島の行動に、完熟トマトのようにタマモの頬が上気した。

「そ、それってどういうこと?」

それでも問いかけるのは、目の前の男を知りたかったから。あの日約束を交わしてから変わることなく側に居続け、情を通わせた横島だからこそ、タマモはその全てを知りたかった。
きっと永遠に理解することは出来ない。そのことはタマモに悔しさと、多大な喜びをもたらす。
タマモは思うのだ。理解しきることは出来なくとも、理解する努力は続けられる。それが長い時を生きる自分たちの関係を永遠、途切れないようにする秘訣だと。
そしてそれを怠ったときこそ、破局が訪れるのだと。それは過去殺生石に封じられる前に過ごした人間社会で知ったこと。自分に溺れた権力者の妻たちは、自分が現れる前から関係が崩れていたのだから。

「星の眷属はエイリアン。つまり地球外生命体だ。はじめてあったときタマモは言いかけただろう? 俺の種族名を」
「タイプ・マーズ。火星を意味する言葉だけど、火星に守護されているって言うことじゃ…」

そこまで言って気が付いた。地球外生命体。それは火星人のことではないのだろうかと。

「王と、今は無き后は二人だけでこの星、地球に降り立った。と言っても二人は元から人間のように発生した生物じゃない。火星の妖怪、それも大妖の系統だった」

タマモも知っているよな。と横島はタマモの香りを満喫する。それに気が付き頬を赤く染めるタマモは、されど弱弱しい抵抗とはとても呼べない、ただ横島の頭に手を着いただけだった。

「妖怪の発生プロセスは願いだ。欲望と言い換えてもいい。これは神族と魔族に共通していることでもある。神話の時代、語り継がれる神とはまた違った形で、神という妖怪が多数発生した。それは生きる者達が生み出した自己防衛本能、人間で言うアラヤ意識が生み出したものだ。その時は人がおらず、意志の弱い生物が生み出した妖怪のみだった。そしてそれよりも尚優れた妖怪が降り立ったんだ、地球にな。時にタマモは世界とはなんだと思う?」
「え、そういわれれば考えたこと無いわね」

一瞬横島から注意がそれたタマモは、一瞬でベッドに押し倒されていた。

「ちょ、ちょっと」
「タマモ、世界っていうのは思っているほど強靭ではないんだ」

パジャマの上からそれと分かる双房を軽く揉み、短く悲鳴を上げるタマモに横島は壊さないようにそっとキスをした。

「だから地球上と言う世界は、自らが生み出したもの以外を拒絶した。それは当然の行為だ。だれでも体内に異物が入れば除去しようとするだろう? だがそれは二人も予想していたことだった」

タマモ、と短く呟いて、キスをしながらパジャマのボタンに手をかける。それをタマモは邪魔しない。刺激された感覚は横島を求めてやまなかったからだ。だがそれでも話は聞いていた。タマモは思う。横島に関する話を聞き逃す物かと。
相手を知り、そして自らも知ってもらいたい。それは想い想われている理想の関係にもかかわらずより大きな想いを与え、そして貰いたいと本能ではなく理性が求めているからだ。

「二人は一度しか使えない世界を越した、星との契約を結んだ。世界は星の下位に位置するから、それは当然世界が二人を排除できなくなったことと同義だった。そしてその契約に則り、二人は一度火星の妖怪としての自身を殺し、思いが生み出す妖怪ではなく、地球と言う名の星の一部として生まれ変わった。尤もそれが原因で后は二人目の子を産んで消滅してしまったが」

パジャマのボタンが全て外れ、白い肌が露出した。タマモはこの瞬間が苦手だった。どんなに恥ずかしいことでもそういった行為である限りは全て受け入れるタマモだが、たわわに実った双房や、自慢の肌を黙って見つめられるのは羞恥心が湧く。
いっそ触れてくれればいいのに。そうタマモは思い、されどそのたび横島の微笑みに何もいえなくなる。その瞳は優しく、一度は綺麗だといわれたこともあった。だから今もそう思っているのだろうかと、ほんの少しの期待にも似た何かが湧いた。
それに気が付いたのか横島はそっとタマモの額にキスを落し、横になって抱きしめた。

「妖怪は世界が生み出したものだが、星の眷属はそれより上位の地球自体が許可したどころか、霊体としてみた地球の一部。だからブラドーと俺は同じ吸血鬼という名でも、その意味が全く違うんだ。さて、そろそろいいかな?」

タマモは漸く理解した。タイプ・マーズの意味を。星の眷属の意味を。だがだからこそそんな大きな存在に愛されてもいいのかどうかが不安になった。
九尾の狐という大妖ではあるものの、妖怪に変わりは無く、星の眷属の傍らに立つのは場違いではないのかと。だが、

「タマモ」

愛してるよ。そういわれてしまえばそんな悩みもはるか彼方へ吹き飛んでしまい、疑問が解消されすっきりとした感情を表すかのように、積極的に行為を始めようとして、

「な、何やってるんですか! 今日は私の日です!!」

響いた琥珀の声に今日は諦めなければならない事を悟った。



[33206] 星の精霊 第二十二夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:55
それは横島が学校から帰った時のことだった。

「あんた妖怪としての誇りが無いの!」

扉越しに伝わるタマモの怒鳴り声に、今度は一体何なんだと、横島自身、唐巣に同じようなことを思われているとも知らず扉を押し開いた。



第二十二夜 伯爵公子



「何があったんですか先生?」

タマモがいなくなり漸く静寂が戻った教会の一室で、真紅のシャツと漆黒のジーンズに着替えた横島は唐巣に問うた。
タマモは沈着冷静だと自分で思っている割には、一度火がつくと癇癪玉のように怒り出すことを横島は知っていた。
だが、それには当然原因が必要で、タマモをそこまで追い込むような原因が思いつかなかったのだ。

「タマモ君は、自分が妖怪だということに誇りを持ってるようだね」

溜息一つ、唐巣は琥珀に出されたコーヒーを一口、愚痴の様に語りだした。

「ピート君の年齢は、言ったかな?」
「伺ってませんが? それが何か」

琥珀のクッキーは相変わらず美味しいと頬をほころばせ、当然のごとく横島は返した。

「七百歳。それが彼の年齢だ」

若いな。それが横島の思ったこと。
横島自身は外見年齢と実際の年齢が同じだが、人外の共通点。適度に成長した後は老いない事を知っている。
その上で七百歳という十世紀にも満たない年齢は、横島自身よりは年上であるが、全体的に見るとまだまだ尻の青い若造なのだ。
だから特に驚くことも無く、静かにコーヒーを口に入れた。

「既に知っていると思うが、彼は完全な吸血鬼じゃない」

横島が話す気がない事を知り、諦めたように唐巣は話を進めた。

「彼の故郷は、一種の鎖国状態でね。そこにいるのは吸血鬼か、ヴァンパイア・ハーフ。人間もいるが比率としてはそう多くない」

豊かなところだよ。そう言って笑う唐巣だが、そこに苦い物が浮かんでいることを横島は見逃さなかった。
とは言うものの、追求するつもりはなかった。むやみやたらに首を突っ込むのは、好奇心旺盛な証拠だろうが、同時に無粋であることも知っていたからだ。そしてそういった輩が集まった迷惑極まりない集団が、かのダイアナ妃を死に追い込んだのだという事も。そういった輩は最低な連中だと秘密の多い横島は常に思っていた。

「人間社会は勿論、野生であっても、集団には必ずリーダーが存在する。それがピート君なんだ」
「生粋の吸血鬼は反対しなかったのですか?」

横島は眉をしかめ疑問を口にした。
吸血鬼に限らず、理性ある集団は、リーダーではないが、決して無視できない者が存在することが多い。
そして、アジア地域では純粋な妖怪に比べ、半妖と呼ばれる人間との混血の妖怪には一定の法則のようなものがある。
それは人間社会は勿論、妖怪の社会でも迫害されることだ。ヨーロッパ地域は国同士の衝突を隠れ蓑にして、勢力を書き換えようと様々な妖怪が派遣を争っていた事もある。そのせいか、力が全てだという考えが蔓延しているのだ。
それを考えると人間と言う脆弱な存在との間に生まれたピートは、それなりに力が弱まってしまう。七百年という時は力をつけるに足る時間だろうが、古参の吸血鬼がピートをリーダーに据えることを認めるには、世界全体から見ればまずありえない。

「反対もあったと聞いているよ。だけどそれ以上のものが彼にはあったんだ」

やはり、と横島は頷いた。ピートの実力以外の何らかの後押しを予想していたのだ。

「ピエトロ伯爵公子。ピート君の父親はイタリアから伯爵の爵位を授かっている。今は退治され、回復の眠りについているが、中世における影響力は強かったと聞く。その嫡子なのだよ」

それはそれは、と横島は肩をすくめた。難儀なことだと。

「そして困ったことにピート君は父親を嫌悪している。それが吸血鬼と言う受け継いだ能力をも忌み嫌うようになるまでそう時間はかからなかった」
「だからタマモが怒っていたわけですね? 妖狐としての誇りを持っているタマモと、ヴァンパイアという力を忌諱しているブラドーがいがみ合う、とまでは行かずとも溝が生まれるのは当たり前」

頷く唐巣に、今度こそ横島は天を仰いだ。



石膏のような白い壁に囲まれた懺悔室。通称反省部屋でタマモは苛立ちながら座禅を組んでいた。
何故自分がこのようなことをしなければならないのか? それが湧き上がる疑問。そして怒り。
そこに蝶番をきしませながらドアが開いた。

「…何」

可愛くないな、と言ってしまってからタマモは思った。入ってきたのがピートなら問題は無かった。別に愛想を良くする必要は無いのだから。

「機嫌悪いな。どうだ一本」

その言葉に答えるかのようにタマモは差し出されるトッポをつまみ、口に入れた。軽く小枝が折れるような音が部屋に響く。
カリカリ、と歯ごたえがいいトッポに、タマモは良く冷えていると最愛の人に自然微笑んだ。
横を見ると、同じようにカリカリと食べる横島の横顔があった。
何をするでもなく、ただトッポを食べる。その行為は意味の無いことのはずだと言うのに、タマモの心は急速に落ち着いていった。
言葉はどちらも発さない。ただ居心地の悪いイライラが充満した部屋から、時期外れの春のような心なしか暖かい空間へ、部屋の空気が変わった。



何が悪かったのだろう。金髪の美少年ピートは、唐巣の教えの元、初めて人間流の修行を開始した。
霊力は良い。ピートは何時もそう思っていた。覚えてもいない母。だが数少ない会話をしただけの父に比べれば、出産という痛みに耐えた母には、何故だろうか親近感が湧いた。
ピートにとって父とは越えるべき壁ではなく、邪悪な敵だった。それは年を多く取り、十年前から交流がある唐巣に出会ってから尚拍車がかかった。
吸血鬼自体が悪だとはおもっていない。それは鎖国状態にあるブラドー島の住民が、決して隣人に仇なすことが無かったからだ。

「そう。いい調子だ。霊力中枢の出力を上げてみようか」
「はい」

霊力の扱いは同じヴァンパイア・ハーフに教わった。だから基礎的なことは出来た。だが魔力はそうでもない。
ふと、ピートはタマモの言葉を思い出した。妖力を使わずに何がヴァンパイアか、といっていたことを。
魔力を使うことはすぐにでもできる。それは霊力と違い、ヴァンパイアという種族の本能が自分の中にあるからだと、ピートは知っていた。

「只今返りました」
「早かったね忠夫君」

唐巣が扉のほうを向くのと同時に、ピートも顔を向けた。
自分と同じように、それなりに整うといった程度に切った黒髪。初めて会ったときのまじめそうには見えなかったその瞳は、GSの仮免許に科せられた実戦経験を積む修行の一つを終わらせたからだろう、報告する真剣さと、意欲に燃える炎が内包されていた。
夏があけたとはいえ、まだまだ暑いこの時期に、黒いロングコートを着ている姿はどこか浮世離れしている。だがコート自体が相当な値段なのだろう。それを着こなした姿はとても高校生だとは思えなかった。
内容を詳しく話し始めた横島と唐巣に、ピートは一人黙考し始めた。
横島についてピートはある程度知っていた。と言っても唐巣から聞いた話だけだが、それでもその異常性は分かった。
悪霊や妖怪との戦闘は言うに及ばず、占いの腕や、霊力の最大値。メルカバと呼ばれる空飛ぶ絨毯ならぬ安楽椅子に始まり、何処から手に入れたのか実弾も放てるリボルバー拳銃、これまた何処で手に入れたのか様々な効果とその異常なまでの力が内包されているカードがしまわれている本。極めつけは霊力などオカルトの力で起動するエンジンを積んだ霊的ガンシップ。
七百年生きているピートでさえ見た事も聞いたことも無い数々の道具を、使われるのではなく使いこなすその姿は頭が痛いと唐巣は語っていたが、ピートはそうは思わなかった。
自然横島を見る目に尊敬を超えた畏敬の念が混じる。だからこそ分からなかった。そんな横島が妖怪とともにあるという事実が。
妖狐が特別危険だと言うわけではない。寧ろ妖怪だからと差別するよりはよっぽどましだと思うのだが、タマモのその思考が危険だとピートは感じた。
横島のみに懐き、それ以外の人間を遠ざける。琥珀はおそらく横島の使い魔だから懐いているのだろうとピートは推測していた。だからタマモに声をかけられた時は驚いた。何故、魔力を使わないのか? そんな疑問を投げかけられるとは思っても見なかったのだから。

「となりいいか?」

ふと、気が付けば目の前に横島がいた。反射的にピートは頷いたが、落ち着けばどうしたのかと言う疑問が湧く。

「ブラドーは核を知っているか」

同じように座禅を組んだ横島は右目だけを開け、ピートを見た。
何を当たり前なことを、と当然知っていると頷いた。

「核。それで連想する物は一体何だ?」
「核…爆弾ですね。あれはこの世にあっていいものではないと思います」

核爆弾。世界唯一の被爆国日本。資料だけでもその尋常ならざる威力と、その結果もたらされる環境の悪化、更には生き残ったとしても生き地獄が待っているという悲惨さは、生み出した科学者、ひいては米国の頭の愉快さに怒りが湧いた。
更には冷戦時にまるで競争するかのように旧ソ連と米国で作られたことに、人間の愚かさを目の当たりにした。

「その通りだ。核爆弾はこの世にあっていいものではない。尤も捨てたくとも捨てられぬ理由と言うものがあるからこそ、無くなることが無いのだろうがな」

抑止力。その意味はピートにも分かった。だがそれでも無くすことが生み出してしまった責任なのではないのだろうかと思ってやまない。

「時に、俺は核とだけ言ったが、なんで核爆弾を連想した? 核には決して百パーセント安全とはいえないが、確かに日本を支えている原子力発電と言うものがある。実に平和的利用法だ」

何故だ、と聞いてくる横島に、ピートは答えられなかった。あるいはより印象に残ったものをあげたのだろうかと内心で思ったが、平和的に利用されていることと、電気と言う必要不可欠なエネルギーに重要な役割を果たしていることを知っていたというにもかかわらず、暴力的なものを選んでしまったことに、自分を疑った。

「核は力だ。人類が手に入れた最も危険で、効率的な力。だが力は使ってこそ意味がある」

分かるか? 横島は両目を開き、真剣な目つきで顔をピートに向けた。そこに普段のだるさはない。

「核という力は、人をあやめる事もできるが、生活を助ける事もできる。それは施設の違いと言うことは関係しない。日本を攻撃しようと考えれば、原子力発電所を暴走させるだけで事足りる。出来るかできないかは別にしてだが」
「なにが…言いたいんですか」

結局のところ何を話したいのか、ピートは薄々とだが分かり始めた。だからこそ聞きたくないといわんばかりに顔をしかめる。

「ブラドー。人とはなんなのだろうな? 有史以来同族間で殺し合いが絶える事は無かった。今この瞬間にも誰かが同族を殺している。それの多くは恨み辛みじゃあない。何かを奪いたいがゆえの行動だ。原始の頃から変わる事の無い世界、いや人間の真理というべきかもしれない」
「ですが人は同族を敬い、愛することが出来る。先生はその見本と言ってもいい人です」
「詭弁だな。人類の多くは先生のように他者を考えられる生物なんかじゃない」
「ですがッ」

いきり立つピートに横島は笑いながら手で制した。

「詭弁だが、真実でもある。だがそれは人に限った話じゃない。野生の動物にさえその精神はある。その力を誰かのために使うことが出来る。だからブラドー」

魔力を恐れるな。

「何をッ」
「霊力、魔力、妖力、神通力。それらはばらばらな性質を持っているが、根っこは同じだ。単純な生命エネルギーに過ぎない。それを正しく力とするにはその扱いを覚えなければ不可能だ。霊力が好きなのだろう? だがその霊力は悪霊の源でもある。悪霊と妖怪の力の差はよほど悪霊が強くない限り妖怪のほうが強い。それでもその力は常人を傷つけ、殺めるには十分すぎる力だ」
「でも、霊力はそれだけのものじゃない。正しく使えば多くの厄災を退けられる!」

激昂するピートに横島は笑いかけ、座禅を解いた。

「なら言うことはもうないな。お前の忌み嫌う魔力も、そんな力の一つに過ぎない」

居住区に向かいながら横島は言葉をつむいだ。

「宝の持ち腐れにならない事を祈るぞ。弟弟子」

目の前から消える横島の背に、ピートは口を開けると、瞬きした後、もう一度座禅を組みなおした。
立ち上るのは霊力。だがそこに魔力が混じっていたことを、自室へ向かっていた横島は感じ、うっすらと笑った。



[33206] 星の精霊 第二十三夜
Name: 綾◆11cd5a39 ID:8b39f981
Date: 2012/05/22 14:56
成田国際空港。空の玄関口とも言われるそこに、コート姿の男性が降り立った。

「此処が、日本」

グレーの髪をオールバックにした男性は、荷物と言う荷物を持たず、一人、侍女のように控える女性を連れてタクシーに乗り込んだ。

「唐巣除霊事務所まで、頼む」



第二十三夜 餓鬼魂



季節は冬の初頭。教会では、毎年恒例のトリックオアトリート? と尋ねる子供たちと戯れた。
十一月も中ごろ、もう後一ヶ月で冬休みに突入すると言う頃、横島は学生服の上からコートを羽織、学校に向かっていた。

「相変わらず朝が早いな横島」
「お前こそ、この時間に登校して…人のことは言えんだろうが」

コートを畳んでいる最中に声をかけてきたのは、今時珍しい丸めがねをかけた少年、工藤修二だった。
それには理由がある。身体障害者。意外と知られていないことだが、それは足腰に限ったことではない。常軌を逸した低い視力の持ち主もそう判断される。工藤はそんな一人だった。
他愛も無い言葉を交わし、授業に着く。それが何時もの日常だった。だが、

「なあ」

その日の工藤は何時に無く真剣な表情をしていた。

「どうかしたか。顔色が悪いぞ」

横島は片目を細めるも表面上は何事も無いかのように取り繕い、教科書を置いた机に肘を突く。

「お前、GSだったよな」

ごくりと息を呑む音が伝わり、何があったと横島は手を頬から離し、詳しい説明を求めた。

「放課後、家に来てくれないか…」
「何があった」

訝しげなその言葉に、工藤は両手を握り締める。

「姉貴が……」



「食わせろォォォォォォ」

これが姉貴だ。そう呟く工藤に、横島は苦虫を噛み潰したような顔をした。
ところどころにぬいぐるみが置かれ、明るい色の壁紙と、桜色のカーペットで模様付けられた一室は、されど分厚いカーテンで日の光を完全に遮り、本来あるはずの陽気さから一変していた。
それは目の前の少女も原因の一つだろうと、横島は思う。
勉強机とセットになっているキャスターの無い木の椅子。そこに荒縄で雁字搦めにされ拘束されているのは、長い黒髪を振り乱し、秀麗だっただろう目筋を開ききり瞳が真っ赤に血走った出来の悪いホラー映画のゾンビのような人物。

「工藤。何か…食わせたか」
「あ、ああ。腹が減ったとか何とか行って、一昨日カレーを」

尋常でない様子は既に悟っているようで、ところどころ詰まらせながら喋る工藤の言葉に、横島は思わず舌打ちをした。

「…餓鬼魂」
「何か分かったか」

肉親の情愛か、工藤はすがりつくように横島に尋ねたが、それに答えることは無かった。

「一日、一日くれ。それまでに用意を整わせる」

ただし何も食わせるなよ。そういい残して、横島は教会へ早足に帰っていった。



厄介なことになった。そう横島は帰りの道を急ぎながら思う。
餓鬼魂。餓鬼、それは平安の都に最も多かった霊。餓鬼は人の醜い欲望の塊であり、同時に満足に成長できなかった幼子の集合体でもある。
大抵は餓死したものの霊魂が元になり発生する悪霊だが、

「飽和食の日本。食べ物に感謝もせずえり好みした結果か」

愚か者が。そう呟き、今の日本の状況に横島は悲観した。
弁当の蓋についた米まで食べていた大戦前後とは違い、今の日本はそのほとんどが輸入であるにもかかわらず、食べる者が無く捨てられていく食料が非常に多い。
今回発生した餓鬼魂はそんな食料の怨嗟の声が元だったのだろうと横島は判断した。この時代でも餓死する者はいるが、それよりも圧倒的に多いのが捨てられる食料なのだから。

「精神に寄生しているわけではないから分離は不可能、表に出てきているわけでもない。カードに餓鬼魂を分離させる効果のあるものは無かったな」

果てさてどうするか。横島は唸り、いつの間にか着いていた教会のドアを押し開けた。

「先生!」

こういうときこそ、はるか昔から人外と戦い、その対処法を確立してきた人間のスペシャリストに聞くのが近道だと、ダークブラウンの革のかばんを手に提げ、居住区にまで早足で歩を進めた。

「遅かったのう。忠夫」

だからこそ、そこにいた人物に驚きが隠せなかった。一瞬ほうけるように口をあけた横島は、目を瞬き、茶飲みを手に持っているグレーの髪をオールバックにした青年の名を呼んだ。

「…カオス」



「ほう、餓鬼魂か」

中々面白い物を当ておったな。そう言って笑うカオスの姿は、以前のように皴が刻まれた老人ではなく、二十代前半か、あるいは二十をやや下回るかといった容姿だった。
白人独特の白い肌に、らんらんと輝く青い瞳。やや鋭い目筋と整った鼻梁は、小さくも大きくも無い唇とそれぞれ最も美しく見せる場所に収まり、ピートとはまた違った二枚目の雰囲気をかもし出す好青年を作り出していた。

「カオスがいるのなら話は早い。作れるな?」

何がと明言しないそれだったが、カオスは理解したようで一つ頷くと一晩もあれば十分だ、と豪快に笑った。

「よ、横島さん! ドクター・カオスと知り合いだったんですか!!」

その場にいたピートは悲鳴にも似た驚愕の叫びを上げ、横島を凝視した。

「昔なじみって奴だ。そう気するな」

琥珀が入れたコーヒーを口につけ、横島は微笑を浮かべる。事実それだけなのだから、と本人にしてみればそう騒ぐようなことではなかったのだろうが、ヨーロッパ圏内で育ったピートにとってしてみればカオスの異名、ヨーロッパの魔王は一種の宗教にも似た存在だった。
それがどれだけすごいことなのかと、力説するピートを横島は受け流し、先ほどから微動だにしない唐巣に首をかしげた。

「気にしちゃだめ。噂と実物のギャップにフリーズしてるだけだから」

何のことはないと、手作りケーキを頬張っていたタマモが唐巣の精神状態を語った。
唐巣は意外と情報通であり、コネも多く持っていることは以前ヨーロッパへ知り合いのエクソシストの援護に向かったことから分かるだろう。
だからこそ、カオスの実態を知っていたのだ。痴呆の進んだボケ爺だと。

「琥珀、今日の依頼は何だ」

はいはい、と琥珀は袖口から手帳を取り出し、記されたスケジュールを語る。
友人の危機だと言うにもかかわらず、横島には余裕があった。此処にカオスがいなければそうもいかなかっただろう。そして一晩で間に合わないと言われれば強制的に唐巣を現世に戻しただろう。
だが、カオスが可能だと言ったのだ。表舞台から姿を消し数世紀。だがその頭脳に衰えが無いことは良く知っており、そして出来ない事を出来ないと明言できる人物だということもわかっていた。
決戦は明日だ。そう横島は気付かれぬように気合を入れた。



「横島、本当に、本当に大丈夫なんだな!」

すがりつく工藤に、横島は一言、あんずることなどありはしない、と墨染めのシャツとパンツ、そしてコートを纏い、異界と化したその部屋に侵入した。

「く、食わせろォォォォォ」

哀れなものだと、横島は思った。同時に自業自得だとも。
この世に偶然などありはしない。偶然と感じる全てのモノは、地球、あるいは宇宙全体から見た場合、当然の帰結なのだ。
だからこそ餓鬼魂に取り付かれた少女も、取り付かれるに足る何かをやってしまったのだ。
餓鬼魂の恐ろしさは、祓った後にも現れる。取り付かれている間の暴飲暴食が舌を狂わせ、正常な味覚がなくなるのだ。
だがまあ、と横島は三角フラスコを腕時計から取り出し親指一つでコルクを抜くと、少女の口に突っ込んだ。
赤紫色の液体がゆっくりと、だが確実に少女の胃におさまっていく。
霊力が漏れていたのだろう、浮いていた髪が力を失い重力にひかれると同時に少女の目に生気が戻った。

「あれ、私…」

それを無視してふわりと浮いてでた雲のような塊を液体の変わりにフラスコに入れるとコルクで封印する。

「もういい。入って来い」

その声に弾かれたかのように扉が開いた。

「姉貴!」
「修二…どうしたのよ」

無事な姿を見てきでも抜けたか。座り込む工藤の姿に微笑を送ると、声をかけることも無く横島はコートを翻し教会へと戻っていった。



「つまり、店を建てたいと」

教会の居住区に響いた声に、カオスは大きく頷くと、既に資金は得ている、とそれに見合った物件の見取り図を何処からともなく取り出した。

「俺に頼るなよ。この先のことはまだ決めてないんだからな」
「ならば事務所でも立ち上げんか? 道具類は全面的に協力しよう」

どうじゃ。そう切り出すカオスに、それもいいかもしれない、と横島は考えた。
今回カオスが来日したのは、隅から隅まで修めた西洋のオカルト知識に物足りなさを感じ、根本的な原理の違う東洋の知識を求め、古くからとはいえないが、近年最もつながりが深い横島を頼ってきたのだ。

「まあいいか。だがGSの資格だけは取っておけよ。一応専門職だからな」

だから今年中には無理だ、ともうすぐGS資格の修行期間が終わることを唐巣から知らされていたが故に横島は断りを入れた。
横島に将来の設計がまだ無かった初冬は、カオスという心強い仲間が加わり未来への道が大きく増えた季節だった。


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