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[32851] IS Inside/Saddo
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/10/30 23:14
これは『インフィニット・ストラトス』の二次創作です。


原作とは性格の違う織斑一夏が自分勝手に、
自由気ままに人生を楽しむお話しです。
イッピー知ってるよ。
それでも、エロだけが僕の全てじゃない、イッピー知ってるよ!

ハーメルン様でも同時掲載させていただいております。



[32851] RED HOT
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/05/31 23:39
退屈を、持て余していた。




国立(?)IS学園という高等学校が存在する。
世界で最もうんたらかんたらと呼ばれる、インフィニット・ストラトスと呼ばれるうんたらかんたらを着る
女性を育成する学校である。
女性を育成する学校である。別にやましい気持ちはない。
女学校、女学生。別にやましい気持ちはない。
夏でも黒スト。別にやましい気持ちはない。
つまり、女子高なのだ。

この織斑一夏は、女子高に通っている。
それはまあいい。国が決めたことであり、諄々たる一国民である俺には
抵抗空しく通うことになったという経緯はない。

『手錠とアイマスクで車に乗せられる』

そんな電波少年じみた体験など経験していない。
国がその猛威を振るい、保護という名の捕縛を行ったという事実は存在しない。
しないのだ。断じて。

クラスの発表があり、入学式が執り行われ、初めてのHRを待つその教室で。
俺は、退屈を持て余していた。
決して、ボッチではない。

隣の子に笑顔で話しかけた瞬間、クラス全体が無言になってしまうあの気不味さを体感したくない、
なんて逃げ口上は持ち合わせていない。空気を読んだのだ、全力で。
そりゃ全校生徒唯一の男子に注目する気持ちは分かる。分かるのだ。
だけど、見すぎだろお前ら。
動物園の目玉見世物になった気分だ。
一挙一動を観察されている。なんだこの空間はやく終われ。

俺はそう。退屈だった。
幼馴染であるシノノノホーキさんを見ると、まるで俺を知らないかの如く座しておる。武人かあやつ。
偶然クラスメイトとなった同中(同じ中学)の相川さんにアイコンタクトで助けを求めるも、
「無理ぴょん☆」とのこと。ですよねー。
針のむしろのこの空間で、間違ってもやってはいけないのが寝た振り。
ガン見、噂、批評が公然のなんでもござれな空間となってしまうでござる。
(ちなみに同中からオナ中の相川さんを想像し、必死に燃える闘魂のテーマで息子を盛り下げた過去はない)

って訳で、暇である。
居心地悪いこの場から動けず、HRだけを待つこの身の不幸を呪う。

つーかこんなに俺が追い込まれるのが癪に障ってきた。
もういいや。

ていッ
メルメルメルメル

携帯を取り出しメールを打つ。
周りから「うわ、校則違反」「あたしと同系機種だー」「男でピンク色の携帯って・・・」「誰とメールしてるんだろ?」とか声が聞こえなくもない。なくもないが、知ったことではない!

[件名:ふぇぇ]
[本文:視線で犯されてるよぅ・・・]

送信先をっと、えーっと、[五反田 蘭]っと。
送信。



ピロリン
早いな、お嬢様中学校の生徒会長ぱねぇ。

[件名:10:23]
[本文:こんな時間になんてメール送ってくるんですが!
    と言うか久しぶりにメールくれたと思ったら酷すぎますよ内容が!ヽ(`Д´#)ノ]

[件名:蘭ちゃんが可愛すぎるせいで生きるのが辛い]
[本文:酷すぎるのは君の素行だと思います生徒会長]

[件名:その割には扱いが雑ですよね]
[本文:何事もバランスです。私くらいのいい子になるとこれでトイトイなんですヽ(*´∀`)ノ]

[件名:仕方ないね('・ω・')]
[本文:そうだね。だからおっぱいが育たないこともバランスなんだね]

[件名:絶対に許さない。絶対にだ]
[本文:兄に言った]


恐ぇぇぇぇぇぇぇええ。
おい絵文字消えたぞ女子中学生ぃぃぃぃ。
言うぞ、じゃなくて言ったかよ! 心に思った瞬間ry
弾丸ライナー・五反田弾さんがガチになっちゃうよめんどくせぇどうしよう。


[件名:べ、別にびびってなんかないんだからねっ]
[本文:幾らだ?]

[件名:お兄そんなに恐いですかね?]
[本文:ベルギーワッフルアマゾネスさんで許しちゃいます(/ω・\)]

[件名:君のお兄さんは帰宅部で100m10.5秒切る男だ]
[本文:2個までだかんねっ、絶対だかんねっ。全部食べてねっ!]

[件名:私をギャル○ねと勘違いしてません?]
[本文:やった! デートだ(∑´w`)]

[件名:俺はきみの(OP)ためを思って・・・・・・]
[本文:お友達で]

[件名:デート行く前にお断りするの禁止ξ゚⊿゚)ξ]
[本文:兄に言った]

・・・・・・来年まで実家に帰るは諦めよう。
弾丸シューター・五反田弾さんとの対面は来年に持ち越しで。
ちなみにベルギーワッフルアマゾネスさんは定価2,600円のストロベリったケーキである。
イメージはラフレシア。










楽しい女子中学生とのメールは終わりを告げ、そしてやっとHRが始まった。

「皆さん、入学おめでとう。私は、副担任の山田真耶です。
 上から読んでも下から読んでもやまだまや、よろしくね」

お、おぅ・・・。
なんて痛々しい沈黙だ。

「・・・それでは皆さん、まず自己紹介から始めましょうか。出席番号順にお願いします」


初々しい女子高生になりたての自己紹介を眺めながら、俺は考える。
この空間に存在する自分の意義を。

考える。考える。考える。
特に考え付かなかった。
ただ、クラスが女の子の香りだけで満たされているこの空間に感謝した。
ブラボー、おおブラボー。









「それでは、織斑くんお願いします」

やまだまや(24歳処女)に名を呼ばれ、いよいよ俺の出番。


「はい。
 ―――織斑 一夏です。誕生日は7月8日。血液型はAB型
 好きな食べ物は湯豆腐。
 好きなアーティストはピアノジャック。
 好きな小説家は東圭吾
 好きな偉人は源義経。
 こんな状況なので正直緊張しておりますが、初めましての方もそうでない方も、
 今後ともよろしくお願いします」

「あの、織斑くん? 織斑くんの好きなものしか分からなかったんだけど・・・?」

「相手に自分を知って貰う際は、好きな物から伝えるように、との家の教えです。
 嫌いなもので自分という人間を知って頂くより、好きなもので自分を知って頂くという
 素晴らしい方針ですので、常日頃からその教えに則り、実践している次第です」

「そ、そうなんですか?」

「・・・・・・嘘だ」

山田先生にだけ聞こえるように、俺の姉が答える。
なんだかんだ優しいよね、姉。
こっち睨むなよ、照れるじゃん。

「山田君、ご苦労。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
「いえいえ、これでも副担任ですので、お気になさらず」


「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物にするのが仕事だ。
 君達に相当な無理を強いる。が、それに応えてみせろ。
 分かったら返事をしろ。分からなくても返事をしろ」


「千冬様、本物の千冬様よ!」
「わたし、ずっとファンでした!」
「わたしお姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
「強いられているんだ!」

「よくもまあこんだけ馬鹿共が毎年入学してくるものだ。もしかしてネットで
 公開募集とかしてるのではないかと心配にもなる。おい馬鹿者共、返事はどうした!」

「ハイっ!」

・・・・・・泣いてない、泣いてないかんねっ!











「入試のときにISを動かしたんだって」

「やっぱりこの学園に入学してきたんだ」

「ねえ誰か話しかけなさいよ」

「わたしいっちゃおうかしら」

「待ってよ、あなた抜け駆けする気?」

ホームルームが終わり、初の休み時間。
男子トイレの場所を確認し忘れた俺は、MIBの音楽を脳内BGMとして戦っていた。
ちなみにイっちゃおうかしら? に反応などしていない。

「ちょっといいか」

「良いも何もねぇよ」

「おい、目付きが恐いぞ。―――ちょっと付き合え」

尿意と奮闘しながらクールに頷き、俺は教室を後にした。



「お、いい眺めだね。この屋上芝生植えてるんだすっげー。優遇されてんなこの学校」

「子供か、お前は」

「16歳だぜ? 俺達。子供も子供、まだまだお子様よ」

「その開き直った態度が気に入らん。昔から変わってないが」

「そういうお前だって、あんま変わってな―――いや、変わったな」

教室で話しかけてきた箒に連れられ、屋上に出てきた。
空は快晴、風は穏やか、なんともまあステキ空間に、幼馴染の女の子とふたり。
篠ノ之箒をしっかり、じっくり見つめる。
顔。良し
胸。GOOD
脚。COOL
尻。NICE
結構なお手前で。

「綺麗になったよ、見違えた。6年ぶりにあった幼馴染の女の子がこんなに美人になっちゃうなんて、びっくりした」
「―――なっ!」

一瞬で顔を赤くする箒。いいねぇ、女の子は。

「まあ実は去年顔だけは見てるんだけどね。全国優勝おめでとう。TVのインタビューでも緊張せず普段通りだったね」

「なぜTVなんか見るんだ! 見るな!」

「なんつー理不尽。俺に今日のわんこを見るなと言うのか。俺に死ねと」

「そっちが目的か!」

笑みがこぼれる。ああ、変わってない。この関係。心地よいこの距離感。
箒も上げた肩を下ろし、笑顔を覗かせる。

「箒、久しぶり。会えてうれしいよ」
「久しぶりだな、一夏」

きーんこーんかーんこーん。おおっと、ここで前半終了のホイッスル。
俺は背を向け、ダッシュした。

「そんじゃ先に戻ってるぜぃぃぃぃぃッ」
「おい待て、私を置いていくな」
「ぁばょとっつあぁぁぁぁん!!」

入学早々問題児と思われたくないので、俺は脱兎の如く駆けるのであった。











初の授業がはじまる。
山田先生は順序立てて、理屈に沿って話すのは得意そうだ。
その分アドリブとか小話はそれ程光るタイプではないとみた。

「ここまでで質問がある人。……では、織斑君何かありますか? 質問があったら聞いてくださいね、私先生なんですから」

「バ」

さすがに口を噤もう、俺。
ちょっと冷静になろう、俺。

「バス―――」
「バス?」

あっっっっっぶねぇ!
自重、自重な? 自重しような?

「はい、先生。―――PICに関してなんですが、マニュアル操作を行うとより細やかな動作が行えると記述してありますが、
 具体的な事例とそのメリットを教えていただいてもよろしいでしょうか」

「ええっと、これは特殊な例なのですが。
 昔、フランスの代表選手でいたのですが、弾丸の慣性のみをキャンセルする技法があります。
 これはどれだけ本人が無秩序に動いていようとも、銃口さえ相手を捕らえていれば弾を当てられると言うメリットがあります。
 ただ、無秩序な機動を行いつつ相手を狙い続け、更にはPICのマニュアルコントロールを行うという並外れた技量が必要になります。
 かなり高等な技術を必要としますが、それに見合うだけの戦闘力の向上に繋がります。
 ご期待に添える回答ができましたか、織斑君?」

「充分です。ありがとうございました」

凄いな、元日本の代表候補生だっただけはあるぜ。
上がり症と天然ドジさえ克服すれば、織斑千冬と肩を並べていたと称されるだけはあるぜ。
そのダブルオーが俺の視界を6割占有するだけはあるぜ。
あるぜ。

「・・・・・・」
「山田先生かっこいー」
「あの眼鏡は伊達ではないってことね・・・」
「織斑くんも心なしかっこよかったけど」
「イッピーヒクワー」

おい相川お前後でセクハラな^^

「織斑、よく勉強しているな。よしお前ら、自分の理解が今の会話に追いついていなかったら挙手しろ。
 ・・・4人か。思いの他出来が良いな。4人は土曜日の15時より講習に参加する権利をくれてやる。
 授業ではなく自由講習なので参加するもしないも自由だ、好きにしろ」

「うげ、いいなぁ」
「手挙げとけばよかった」
「見栄はったのがマイナスだったとわ・・・」

「ちなみに来週、自由講習の内容で小テストを行う。
 挙手した4人以外はさぞ良い点数を私に見せてくれることだろう。期待している」

あのウェーブのお姉さんあくどいでござる。
正直になる旨みを(本来はその必要性を説くべきなのだが、別に企業じゃねーしそこまでしないんだろう)教え、
更には恥を晒した4人を皆と結びつける手管を用意した。
そうやって気付かぬ内に結束して成長していく我がクラスの姿がそこにはあるかも知れぬい。ぬい。
ドヤ顔してんなようぜぇ。ごめんなさい調子に乗りました。

時が立ち、中休み。

「ちょっとよろs」
「我が心明鏡止水、されど膀胱は烈火の如く」

水の一滴を見たくない。俺はトイレに爆走した。
そこに取り残されるちょっとよろなんとかさんが憤慨することは、想像に難くなかった。
止水にナリテ明鏡に至る。先ほど確認した男性用(教員用)トイレを目掛け一心不乱に走る。
目端に映った眩しい存在なんかシラネェヨ。

そんなこんなで毎休み時間、ピカピカした方が俺の傍にやってきたが、見事全てスルーしたのであった、まる。






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ルームナンバー1025
山田教諭から伝えられた俺の部屋番号。
さあて、カーニバルの開幕だ。

「失礼する」

力強くドアを開け放ちダイナミック入室。
即カメラのシャッターを切る。
切る。
切る。
部屋の写真を何枚も撮影する。
ホテル泊まるときなんか俺よくやっちゃうんだよなぁ、変な癖ですハイ。
実は写真を撮る趣味があったりします、俺。

撮る、撮る、撮る。盗る。
ベッドの上にブラがあったので思わずギッてしまった。
なんというスイカップ。圧倒的ではないか…。胸囲のパワー。
読めたぞ、展開。

「誰かいるのか・・・? 同室になった者だな。こんな格好で悪い」
いえ全然悪くないです。むしろ我々にとってはご褒美です。


「わたしは、篠ノ之ほう……」

イッピー知ってるよ。箒ちゃんが立派に育ったってこと、イッピー知ってるよ。

「いち、か?」

「ハーイ、どーもー」

「み、見るな!」

「ハーイ」カシャッ

「撮るな、馬鹿者!」

瞬時に回収した木刀を握り締めた鬼を尻目に扉を閉める。
こういった時のセオリーとしては、ドアの前に立たないこと。ホラーの鉄則ですねほらぁ!
防音ドアって柔らかいんだっけ? 木刀で穴が開いたんだけどどういうこと?
あーあーもう散らかして。

幼馴染の女の子が達成したドアを木刀で抜くという偉業により排出されたゴミを屈んで拾い出す16歳の男児がそこにはいた。
ていうか、俺だった。

「なになに?」
「喧嘩? あ、織斑くんだぁ」
「へー、あそこって織斑君の部屋なんだ。いい情報ゲット!」

「吉田さん、そんな格好で男の前に出るもんじゃありません。こら屈まない、視覚的に不味いから」

女三人寄ればかしましいとよくいったもので、もうすでに喋り場が形成されている。
寝巻きの女性に囲まれる十六歳の高校生がいた。というか、俺です。
団体のひとり、吉田さんがキャミからこんにちわしそうな大砲を俺に向けるものだから、テンションが上がっちまう。

「えー、なんで? 別にいいじゃん廊下だし」
「駄目、此処には俺が居ます。可愛い子がそんな薄着で男の前に出ちゃいけません」
「大丈夫だよ~。織斑君おかあさんみたい~」

「あっそう、へー、ふーん、よいしょっと」

けらけらと可愛く笑う吉田さんに近づき、一息に抱き上げた。
軽い軽い、羽毛のようだ。嘘強がった案外重い。
突然のお姫様ダッコに面食らったのか、吉田さんからはリアクションが帰ってこない。

「ほら、こんなに軽いんだから、簡単に攫われちゃうよ? 今度見かけたらお持ち帰り、しちまうぜい」

柔らかく指が沈み込む体を開放し、その可愛い顔に顔を近づけ告げる。
「はわわわっわわわっわあ」キャパオーバーしてるのか、吉田さんは古いパソコンのタイプ並みにバグってしまった。
ちなみに抱き上げたときにあのふくよかな御胸様が俺の胸部と接触したため、特定部位がデジモン進化!
マズイ、このままではイッピーのあだ名がボッキーになってしまう。
あんまりだよ、そんなのってないよ!

「よっぴーいいなー」
「プリンセスダッコだよ、レベル高いね」
「女の子の憧れが、こんな女の園で叶うなんて…ッ!」
「織斑君案外筋力あるんだ」

「ほうきサーン! ここを開けてくれ! 男子の、男児が尊厳が為に早急にナウオープン!」

女子達に背を向け、扉を叩く。
自分で考えといてなんですが、ボッキーはあんまりだろ。ポッキーとは雲泥の差だ。
半濁点が濁点になっただけでこんなにも残念な言葉に退化してしまうなんて、予想外です。
俺のポ♂キー。やばい、もうポッキーを純粋な目で見れないよワタシ。

「…入れ」
「Oh サンクス」

冷たい目で箒から見詰められ、「ポッキー」は「たけのこの里」に変化しました。
もし俺の精神がマゾだったら、死人が出ていたな……。

「あ、はかま着たんだ」
「着るに決まっているだろう、馬鹿かお前は! そしてはかまじゃないぞコレは」

ですよねー。

「どういうつもりだ」
「……」
「どういうつもりだと聞いている。男七歳にして同衾せず。常識だ」
なんでコイツ二回言うんだろ。癖なんかね。

「常識とか、規則とかに縛られてるとロクな大人にならねぇぞ? どうせ守らないといけなくなるんだから」

「五月蝿い! …お、お前から、希望したのか?」
人の話聞かないのも癖なんかね。たまにイラっとしますよ。イラッピーですよホンと。

「いや、たぶん教師側の配慮だろう。少しでも気楽に過ごせるように、お前の同室にしたんだろうな」

「そ、そうか」

「でも、もし希望出来るんなら希望してたぜ」

「そ、そうか!」

「そりゃあ、幼馴染の女の子がこんなに美人で、同室だなんて希望しない方がおかしいだろ」

覗き込むように箒の顔を見る。箒は顔を真っ赤にし、木刀を振り―――

「見るなッ!」
「叩くな!」

すんでの所で木刀を押さえ、間一髪。俺別にマゾじゃないから。我々の業界ではご褒美じゃないから。

「わぁ……篠ノ之さん大胆!」
「抜け駆けしちゃダメだよー」

お、よっぴーじゃないか。まだそんな魅惑的な格好しちゃって。
けしからん、実にけしからん。

「俺としては、ぜひ皆に抜け駆けして欲しいんですけど。それより吉田さん」
「はい?」

吉田さんの顎を上げ、顔を近づける。そりゃもう唇が触れそうなぐらいに。

「おおおおおおおおりむらくん!」
「そんなに俺に攫われたかった? 言ってくれれば良かったのに」
「ごごごごごごめんなさい!」
「こっちが一生懸命我慢してるってのに、悪女だねぇ」

赤面し目をぐるぐる回すよっぴー可愛い。なにこの可愛さ。幾らだこのペット。

「お嬢様方も、そろそろ部屋に戻りなさいな」

ドアを閉める。

「一夏、同じ部屋で暮らす以上線引きは必要だろう」

「ごもっとも」

「まずはシャワーの使用時間だ。私は七時から八時。一夏は八時から九時だ」

「時間帯で決めるのはやめとこう。あんま生産的じゃないし。
 基本的には箒が優先で、入るときにはドアノブに『入浴中』のボードでも引っ掛けとこう」

「それでは、今日のようなことが起こるのではないか?」

「んなもんお互いが気をつけとけばいいだけの話だろ。それより部活が長引いたときシャワー入れないときのが女子として問題」

「その時は部室棟のシャワー室を使うからいい。というか部活してるって知ってたのか」

「剣道してない箒なんて想像できない。ましてこのIS学園じゃ、部活でしか剣道する場所ないだろうし。
 んでシャワーは部屋で浴びたいだろ? ならこっちのが建設的だ」

「そうか、そうだな」

ちょっと二ヤけてうんうんと頷く箒ちゃん。

「んじゃ、細かいとこも決めておこう。荷物の置き場と着替えるときどうするかとか、結構あるから―――」













朝チュン(性的な意味で無く)


















「おいおいなんだよこのレヴェルの高さは。おかしいですよこんなこと。IS学園の食堂マジやべぇ」

隣に居る箒の存在なんのその、俺は鬼気迫る勢いで飯をかっくらう。

「確かに、世界中のIS関連の学生が集まるんだから、そりゃあ世界中のメニューを揃えてなきゃいかんけど。
 それにしたってメニューの多さ、味の練度、眼を見張る物がありやがる」

この味、この値段。どこだ提供は。食品系バックスポンサーをどれだけ抱えてやがる。
あ、ボリュームに関してはおばちゃんが「男の子はたらふく食わんといかん!」と仰ってくださいまして、
女子の三倍は盛られました。貴方がもう20歳若ければ、ベッドの中でお礼してたぜマダム。

「舐めていたぜ、IS学園。箒みろよこの焼鮭、築地から仕入れてやがるたぶん。
 この大根卸しも大根の先しか使ってねぇ。絶品だ分かってやがる」
「落ち着け一夏。後名前で呼ぶな」

ソーリー、レディ。
ちなみに築地うんぬんは全くの出鱈目である。

「織斑君、隣いいかな?」
「よしなに」
「よし!」

三人の女子が隣に立っていて、ガッツポーズをする。
その後ろで、出遅れた、「まだ慌てるような時間じゃない」とかいっている奴がいる。

「うわ~、織斑君て朝すっごい食べるんだ~」
「男の子だね」
「そりゃあ男の子ですもん。食事は人の心を豊かにし、エネルギーと明日への活力を生み出すのです。疎かにはしません」

ですよね、兄貴。

「私は先に行くぞ」
「おうよ」

箒は食べ終えて先に行ってしまった。
幼馴染甲斐のない女ですよ、あいつ。

「織斑君って篠ノ之さんと仲良いの?」
「同じ部屋だって聞いたけど?」

隣の二人が聞いてくる。名前はまだ知らない。
片方は知っているけど、知らないふりをしてた方が得策だろう。

「幼馴染ですし」

「「「幼馴染!?」」」

「小学校一年の頃からあいつの家の剣道場に通っててな、それから4年生までずっと一緒のクラスだったんだ。
 そりゃあもう扱かれましたよ。姉弟子の箒さんには頭があがりませんとですよ」

扱くのであれば竹刀でなく俺の竹刀を扱いて欲しいもんです全く。
そんなことを考えていると、誰かの手を叩く音が食堂に響いた。
千冬姉がジャージ姿で立っている。似合うな、白ジャージ。

「いつまで食べている、食事は迅速に効率良く取れ!」
「食事に速さは必要ありません」

その言葉に周りの女子達が食事の手を早める、が俺は一人ゆっくりと食べる。
ですよね、兄貴。
そしてあの姉は人の背後でどこ向きながら喋ってるんだ。

「私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンド10周させるぞ」

公的に授業さぼれるんなら、それもいいなと思ってしまうワテクシなのでした。









「それでは、1-1クラス代表を決める。自薦、他薦は問わない。誰かいないか」

「はい、織斑くんを推薦します!」
「私もそれがいいと思います」

きたよきたよ、嫌な流れ。
こういうの、嫌いだ。
厄介事を他人に押し付けるなんて、唾棄すべき発想を躊躇無く行う女子高生、恐ろしい。

俺がコイツのことをずっと「クラス代表を押し付けようとした女」として認識するってリスクを考えないんだろうな。
この女も、このクラスも、この雰囲気も、全てが嫌な感じだ。

このままでは俺に決定してしまう。
自薦、他薦が行われないふいんき(←何故か変換できなry
この状況を崩すには ①自薦を待つ ②他薦を待つ そして。

「候補者、『織斑一夏』、と。誰か他にいないか? いなければ決定だぞ」
「納得がいきませんわ!」

机を力強く叩き立ち上がる女性が一人、パツキンの洋物だ。
この瞬間を、待っていたんだ。
ゆるふわカール、キミに決めた!

「そのような選出は認められません!男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!
 わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!」
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛だと言うのに、
 その上、この様な極東の猿の下に身を置けなどと、屈辱的な―――」
「OK、俺はこのパツキンの代表候補生セシリア・オルコット嬢を推薦する。俺を推薦した方には悪いけど」

長いよ。話進めさせろだりぃ。
ええ、と周囲が驚いた表情をする。ふふん、なんか気分が良い。
正解は③、出しゃばりの目立ちたがりさんを生贄にする、でしたー。

「織斑、他人の推薦を蹴ってまで推すんだ、それだけの理由があるんだろうな」

「勿論です。理由は二つあります。
 一つ目は彼女が代表候補生であること。彼女がこのクラスで最もISの操縦に長けていることは間違いない。 
 2つ目は彼女が唯一の立候補者であること。人の上に立つ人間は、惰性で選ばれるべきでない。
 代表候補生である彼女は、クラスの代表である重みを理解し、その上で挙手したことだろう」

「三つ目は?」

「頭悪そうなパツキンが居るから面倒臭ぇことは全部丸投げしちゃおうかと。
 あーいうタイプは自尊心さえ満足させればいい駒になる扱い易い女だか、ら……」

あ、やっちまった。にやけんなよ千冬姉さん。面白そうなことになってきやがったって顔今すぐやめろ。

「あ、貴方という人はこのセシリア・オルコットを侮辱しましたわね!!
 極東の猿の分際でオルコット党首である私を心底見下しましたわね!!
 ―――決闘ですわ。ワタクシが勝ったら、貴方が馬鹿にした女の奴隷にして差し上げます」

自分の勝利がほぼ確定の勝負で、自分の勝った場合の勝利条件だけ設定するオルコット家党首様パネェー。
マジパネエ。人として逸脱したレヴェルですよ奥さん」

「貴方と言う人は、本気でわたくしを馬鹿にしているのですね・・・・・・。
 もう言葉は必要ありません。無残に散って、地べたを這いなさい」

お前の怒りが有頂天で世界がやばい。
やばいけど。

「お断りです」

「へっ?」

「拒否します。闘いません。逃げます。
 アンタと争う理由が俺にはないし、わざわざリンチされる謂れもない。
 よってお断りします」

「あ、あ、あ。……貴方って人は―ッ!!」

「話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。
 織斑とオルコットはそれぞれ準備をしておくように」

織斑先生は頭がおかしいようです。どこに、今の会話のどこにまとまったなんて要素があったよ。
きっとあのタイツのねーちゃんは頭イってるんだよ、イッピー知ってるよ。
めっちゃにらまれているけど、以心伝心ですねさすが姉。
俺の姉さんがこんなに可愛いわけがない。
あ、頬染めた。ちょれえ。

「待ってください織斑先生。自分は決闘なぞする心算は全くございません。
 ましてや相手は専用機持ちの代表候補生、時間の無駄にも程があります」

手に持った出席簿を放り投げる。
たったそれだけで、織斑先生は千冬姉さんとなった。
職場で職務放棄してんなよ。

「教師としては織斑の意見も尊重してやりたい。だがアタシは、教師である前にお前の姉だ。
 自慢の弟が猿だなんだと罵倒されれば腹も立つ。ああそうだ、アタシは怒っている。
 だから、最低限節度を保ち、私がそこの勘違いした頭も尻も軽そうな金髪を潰すのも我慢し、
 お前を戦わせる。負けるな、とは云わん。勝て。以上だ、何か質問は?」

「何もございません」

「よろしい。それでは授業を開始する。全員テキストを出せ」

































たけのこたけのこにょっきっき!!!



[32851] Adrenaline
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/05/05 00:27
「織斑、お前のISだが準備まで時間がかかるぞ。予備の機体がない。学園で専用機を用意するそうだ」
「具体的にはいつ用意されるんですか? 試合の5分前とかに渡されても正直困りますよ」
「その辺りは私の管轄ではない。おい山田君、後で確認を取っておけ」
「先輩っていつもそうですよね! 面倒なことは全部私に押し付けて…でもそんな先輩もステk」
「織斑先生だ、山田君」

「それを聞いて安心しましたわ!」

何故席を立つ、なぜ俺の眼前に立つ。何故の俺の前で胸を張る。指を指すな鬱陶しい。

「クラス代表決定戦、わたくしと貴方では勝負が見えていますけど、流石にわたしが専用機―――」
「勝手に席を立つなオルコット」

必殺・出席簿アタック。こうか は ばつぐん だ。
オルコットが涙目になる、あちょっと可愛い。

「なにをなさるんですか! わたくしをオルコット家党首と知っての狼藉ですか!」
「貴様こそ何をしている。今は授業中だ馬鹿者。あとオルコット家がどうした、私は『織斑千冬』だ。
 あんまり家の権威を傘に着てると、自慢の家ごと潰すぞ」

トボトボと席に戻るセシリー。何アレ可愛い。

「織斑くん、ISの中心に使われているコアって技術は一切開示されてないの。
 だからISはそのコアの個数、467機しか存在しなくて、その全てのコアは篠ノ之束博士が作製したものなのよ」
「ISのコアって完全なブラックボックスなんだって。篠ノ之博士以外は誰もコアを作れないんだから」
「でも博士はコアを一定数以上造るのを拒絶しているの」
「国家、企業、組織、機関では割り振られたコアを開発、研究訓練を行うしかない状況なんだよ」

知ってるよそれぐらい。テキスト丸読みして補足した顔してんな。
しかし可愛いから許す、許すでござる。
もっと近うよれガール。

「本来なら、専用機は国家もしくは企業に所属する人間しか与えられない。
 が、お前の場合は状況が状況なのでデータ収集を目的として専用機が与えられる。理解できたか?」
「理解しました」

なぜこの姉は俺に対してドヤ顔したがるんだろうね。正直たまにイラッピーだよね。
ちなみに俺はしまじろうではトリッピーが好きだったり、はしない。
やっぱしまじろうだよね!(CV的な意味で)

「あの先生、篠ノ之さんってもしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

誰かが箒の名字に気付いたのか質問を飛ばす。
そりゃあ気付くよね、しののの、なんて珍しい苗字そうはいないし。

「そうだ、篠ノ之はあいつの妹だ」
「「ええ~!!」」
「それじゃあ専用機が貰えちゃったりするんだ」
「篠ノ之博士って今世界中が探しているんでしょ? どこにいるか分からないの?」

「あの人は関係―――」
「ハイハイ! 俺も関係者! 篠ノ之博士は近所のお姉さんでした!
 いやー昔っから破天荒な人で、目茶苦茶だったよ篠ノ之束さん」

「お、織斑君って博士とも旧知だったんだ…」
「IS動かせたのもなんか当然? って感じ」
「それって立ち上がってまでするアピール?」
「イッピーナイワー」

相川あとでストパンの刑な^^

「静かに。ちなみにあいつをもし見かけたら全力で距離をとれ。基本的に知らない者に対しては無害だが、あいつは天災だ。
 巻き込まれるとロクな目に合わんぞ」

俺の起立はスルーして、フォローを入れる姉の姿に若干の贔屓と過保護を感じつつ着席。
女の子が怒鳴ったり、クラスの雰囲気が悪くなるのは、いやだもんね。

ちなみに箒さんは束さんを嫌っているが、束さんは箒ちゃんLOVEってのが面白い所であった。
ちなみに俺は束さんとたまに連絡を取っている。あの兎ちゃん寂しがりだからたまに構ってあげないとすねるのだ。
ちなみに昨日撮影したとある写真をメールで送ったら俺の口座に6桁の振込みがあった。

篠ノ之家姉妹は、今日も平和である。




















食堂に参りました。
いやはや凄い人。席空いてない。
かと言って相席はちょっとねぇ。
食事を終えた先輩のお姉さま方が席を空けてくれるのを待ち、すかさずいただき。

あ、尻があったけぇ。ちょっとテンションが上がる。
あのおっとり系巨乳お姉さんの尻で暖められた席か、胸が熱くなるな。

山盛りのカツカレーが俺を誘うので、スプーンをつきたてる。
ハム、ハフハフ。


「隣、いいか?」
「よろしくてよ」
「誰だ貴様は」

我等がモッピーの出現ですよ。

モッピーがあらわれた!
 たたかう
 まほう
 どうぐ
→にげる

モッピー知ってるよ! モッピーからは逃げられない!

「何を笑っている」
「ちょっとねwwwwwwwwwwwwwww思い出し笑いwwwwwwwwwwwwwww」
「不快だな」

サーセン。思いのほか頭の中に描いた光景が面白くて我慢できず噴出してしもうた。


「ねえ、君って噂の子でしょ? 」

茶髪のセミロング襟足ふんわりシャギーな可愛らしい女性に話しかけられた。
話しかけられた。全然知らない人に話しかけられた。
俺は、心中で号泣した。
この学園に来てから、初めてクラスメイトじゃない同世代の人と話したよ!
イッピー知ってるよ。クラスメイトと教師と食堂のおばちゃんを覘いたら初の会話だって、イッピー知ってるよ。

「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、でもキミって素人だよね?
 私が教えてあげよっか、ISについて」

ISに限らず色々と教えてくださいまし。
ひとまずその体を用いた女性に関する実演指導がいいなぁ。

「結構です。わたしが教えますので」
「あなたも一年でしょ、わたし三年生。わたしの方が上手く教えられると思うなぁ?」
「私は、しのの―――」
「先輩、是非ともご教授願います! 1の1、織斑一夏です。先輩の名前は」
「え、ええっと、3年の固法美佳だけど…、いいの?」

チラっと箒に視線を向けるコノリ先輩。構わん。

「早速ですが演習場と訓練機はいつ抑えてますか?」
「明日の放課後で一応申請出してるから、使える予定だけど」
「では明日、講義が終わり次第演習場へ向かいます。先輩、よろしくお願いします」

立ち上がり、コノリ先輩の腕を取る。感謝も感謝、特大感謝。
紳士スマイル全開でお願いしたら、「わ、分かったわ」顔を赤くしながらコノリ先輩が去っていった。
何気に男性経験は少ないようだ。よう話しかけてくるわアレで。

「―――のたばね。の、妹ですから。けっこうです……」
尻すぼみに呪文を唱える箒。
それを尻目に食事を再開する俺。

…。
……。
………。

「一夏っ貴様っ!」
「食事中に騒ぐな、みっともない」
「お前は、私のことが嫌いなのだな?」
「そうでもない。可愛い女性は皆大好きだ」

いまの会話に箒は激昂したようで、俺の胸元を掴み、引っ張り上げた。
この細腕にどれだけの力が込められているのか、全国レベルは流石だな、ちょっとおっぱいが揺れたな、
俺は暢気にもそんなことを考えていた。

「女に胸ぐら掴まれても態度を変えないか、軟弱者。放課後、剣道場に来い。その軽佻浮薄な精神を叩き直してやる」
「ええーいいよいいよ悪いし、そんな手間かけなくてもいいって」
「その茶化した態度も二度と取れないようにしてやる。必ず来い。出ないと、私は自分を抑えられそうにない」

箒はわざわざ俺を押して、食器を持ち戻っていった。
周りの女子生徒達の視線が集中していていたたまれないが、食事は大事。
大盛りにしてくれたおばちゃんに、食材に感謝しつつ、俺はカツカレーをのほほんと平らげるのであった。

今のはもうスキンシップじゃごまかせないなぁ。箒ちゃんの評価が下がらなければいいけど。
強いようで、すっっっっごくハートの弱い娘だから、大変なんだよねぇ。
人の気持ちを考えないし、空気読めないし。
だいたいさっきの授業の織斑ブラザーズによる小粋なフォローも気付いてねーだろうしー。
この辺で折っとくか。
これからまだまだ人生長いんだし、このままじゃ弊害が出ちゃうでしょうし。
俺なら出来る。俺なら出来る。俺なら出来る。自己暗示―――よし。
さあて、織斑一夏の人間試験、始まるよっ。






























やって参りました剣道場。
実は迷いました。ぞろぞろと追尾する女の子を一名とっ捕まえ場所を教えていただきました。
部の練習に混ざらず、一人座して剣気を高める女がいらっしゃる。あ、帰りてぇ。

「……ようやく来たか。来ないかと心配したぞ」
「可愛い可愛い箒ちゃんからのお誘いですもの、馳せ参じますともさ」
「その軽口、叩けぬようにしてやる。ほら、そこにある防具と竹刀を使え」
「箒は防具を付けないのか?」
「必要ない」

そっか。それ程までの腕の差があると確信しているのか。
それ程までに自分の実力に自信があり、その程度の力も、俺には無いと思っているのか。

………。
調子こいてんじゃねぇぞ、この糞ガキ!

「ていっ」

竹刀を手に持ち、軽い小手を放つ。
それはしっかり箒の腕を打ち据えた。

「おいおい油断してんじゃねぇよ。剣を持つなら常時戦場だろ。相手が武器持ってるのに悠長に構えてどうしたよ」

打たれた腕を無言でさする箒。
その目に溜まっているのは、涙か、憤怒か。

「防具を付けろ、一夏。怪我じゃすまんかも知れん」
「テメーが付けたら付けてやんよ」
「そうか、後悔するなよ」

ゆらり、と。感情を感じさせない声で呟き、箒は中段に構えた。
なんつー気迫だ、押されそうだ。
けどさ、そんなに殺気がダダ漏れしてたら、狙い目までバレバレですよ?

「殺アアアアアアアア!」
「当たらなければどうということは無い」

裂帛の気迫を込めた面を半身で交わし、すねに竹刀を叩きつけた。
悲鳴を噛み殺し、蹲る箒。
先端で打ちつけたので、結構な痛みを与えている模様。
舐めすぎだろ、人を。

「ルール違反、だろ。お前は、まともに剣道が、できないのか?」
「防具もつけねぇでルールがどうこう言ってんじゃねぇよ。
 それと、お前がどうかは知らんが俺達がやっていた、篠ノ之柳韻さんから習っていたのは剣術だ。
 己を高める道じゃない、生きる為の術だ。ルール前提のスポーツじゃないんだよ」

息絶え絶えな箒を見下ろし、竹刀を肩にかつぐ。
弱い、脆い、堅い。
自分の世界だけで生きてるから、お前はそうなんだよ。
他人を拒絶するから、受け入れられるだけのキャパがないから、自分の定めたルールしか持ってないし、
そのルールの中でしか生きられない。

「だけどまあ、このまま終わったら不満が残るだろう。ソイツは頂けない」

お前の固定観念、その在り方を此処で止めないと、きっと、変われなくなってしまう。
友達だから、同門だから、幼馴染だから。大切な、女の子だから。
お前は、此処で折れろ。

「防具をつけろよ、箒。剣道のルールでやってやる」
「一夏。お前はきっと、私が思っているよりきたな、いや強い。
 だがその発言、私を見くびった事は、後悔させてやる」

一旦、互いに竹刀を置き、防具を装着する。
女子の物と言えど、やっぱり小手は臭い。イッピー知ってるよ。
けれども全くケアしてない激烈な悪臭を放つ一品は存在しないようだ。それだけが救い。
さしもの俺も、小手の臭いではスタンダップしないようだった。安心。

フルアーマー箒と対面し、目礼。座り、剣を構える。
一応、作法は体が覚えているようだ。
先ほどよりだいぶ冷静になった箒をどうやって倒すか。
腕の差は歴然。
こういった試合になってしまっては、俺が箒に勝っている部分などほぼ無いと言っても過言ではない。
それでも闘うのであれば、神に祈るのでなく、自分を信じて策を弄すのみ。
ねだるな、勝ち取れ。さすれば与えられん!
俺のじゃないけど、姉はいつも、良い事を云う。

礼に則り、試合開始。
膠着状態が続く。先を取ってしまっては、俺と箒の技量差では余裕綽々で後の先を持っていかれる。
だから待つ。
箒は、先程の怒りに任せた件で返し技を受けてしまっているので、中々攻め込めない。

だから、目を閉じた。
感じる。大丈夫だ、分かる。
このまま待っていたら、箒が焦れて攻めてくるのは目に見えている。
だが、それに付き合って一挙一動観察していては俺がもたない。
だから、これでいい。

攻め気と、呼吸と、距離にだけ集中する。
閉じた感覚と、開いた思考。
俺の師は、肌で感じることに重きを置いていた。
例えISを用いたとしても、御師様は徒手空拳で倒してみせるだろう。
スーツとか、武器とか、そういう物を必要しない人だった。そういう物が通用しない人だった。
今度の連休には顔を出しに行こう。
俺の波乱の人生の新たな一ページを、あの人は面白いと言って聞いてくれることだろう。

「ふざけているのか、一夏…ッ!」

試合中の私語は、失礼に当たる。
それでも、我慢できずに問いかける箒。
自分が定まっていないから、そう相手の動きに左右される。

「目で見たものしか信じない、などと言ったり思うのはよしなさい、なんて姉にしつけれて育ったんでね。
 俺は、お前みたいに見えてるものが世界の全てじゃない。こうやって目を閉じると、そいつを感じられるのさ」

来る、な。
箒の体がピクリと動いた。
ゆっくりと目を開ける。
開けていた感覚としての眼と、眼球の情報をリンクさせる。
お膳立ては整った。あとは、初動を盗むだけだ。

「死ね」

プッツンした箒の加減のない踏み込み、面。
そのタイミングに合わせ、虚をつくように一歩踏み込んだ。
振り下ろした竹刀―――鍔に、自分のそれをぶつける。

「グッ!」

体重ごとぶつかった俺のタックルに、箒は体幹をずらされバランスを崩している。
俺が間違いなく箒に勝っているもの、それは体重。
相手は全国優勝の高スペック剣道少女。筋力さえも正直勝っているか怪しい相手だが、体重だけは絶対俺のが重い!
勢いのまま箒の体を押し出し、死に体となったその身に飛び込み胴。
不細工ながらも、なんとか拾った勝ちだった。

「お前は、卑怯だ」
「ルールの中で自分が取れる最善を選んだ、それの何が悪い」
「それでも、お前は卑怯だ」
「強さに卑怯も糞もあるか。あのなあ箒」

愕然と、憮然と、へたりと座り込んだ箒。
俺は立ったまんま面を外し、ついでに箒のも外そうとしたが手を払いのけられた。

「お前の云う強さに、何の勝ちがある? 正直、剣道の腕じゃ俺はお前に勝てっこない。
 けれど俺は、お前と戦闘したのであれば十中八九勝利を収める自信が有る。お前はその程度の強さしか持たない。
 お前が将来、剣道家として生きてくのであればそれで良いが、此処はIS学園だ。
 ISの操縦技術、ISでの戦闘能力を高めることを主としたこの学園で、お前の強さにどんな価値が宿る」

きっと、俺の仲間内の誰と闘っても、箒は負ける。
最も戦闘力の低い弾でさえも、箒には勝つだろう。
例えどれだけレベルが高くても、剣道しか出来ない奴に負ける程、俺達は弱くない。

「私は、無理矢理連れてこられたんだ! 来たくなんてなかった! ISなんて大嫌いだ!」
「それでも、お前は此処に居る! 社会に押し負けてこの場所に居る! 境遇に腐ってどうする!
 上を向いたってキリがないけれど、下を向いたら後が無い。お前の人生だろうが、前を向けよ!」
「私は、コレ以外の強さなど知らない…。誰からも、教えてもらっていない…」

甘えた小娘ですこと。
強さなんてもんは、誰かに教わるものじゃない。
現状に満足しない人間が、足掻く為に身に付けていくものだ。
お前の弱さは、その精神性にこそある。
だから、俺はお前が嫌いだよ。

「強いってのは、何も肉体的なことだけじゃない。もちろん、肉体の強さも重要だけど。
 精神の強い人間には、それこそ肉体の強さ以上の可能性が広がっている。
 強い人間は、何も諦めない。
 本当に強い人間は、欲張りで、意地汚く、アレもコレもと掴み取ろうとして、失敗せずに、本当に掴み取っちまう。
 お前が強くしなければいけないのは、『こころ』だ。
 他人にどうこう言う前に、お前はその芯の無い精神をなんとかしろ」

剣道部員に、借りていた防具と竹刀を返却し、お礼を述べ剣道場を後にする。
座り込んだ箒はそのままに、俺はその場を去った。
剣道部員やギャラリーの前でガチ語りをしてしまったことにとてつもない羞恥を感じ、走り出す。
やっちまったーァ!















































と言う訳で、決戦当日。
本日は御日柄もよく、絶好の決闘日和となっております。
なんだよ決闘って。
現代人だぞ、俺。馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの?
今日に至るまで「ドキッ、先輩とのマンツーマンIS訓練」のなんと幸せだったことか。
ISスーツのときに触った固法先輩の尻の感触が最高だった。
ケツ触らせてくれるぐらいだから、頼めばやらせてくれねーかなぁ。

未だに届かぬ俺の専用機。
試合は本来ならもう始まっている時間だったりします。
届かないから後日、とかならねーよなあ。

モニターに映るセシリアの姿。
半端ないEROTICを誇るセシリアの尻をガン見する。
周りには俺が真剣に相手を観察しているよう見えることだろう。

「アレがあいつの専用機だな。実物見ると見蕩れそうだ。蒼き滴、ね。イカしてる」

けど乗り手が三流だな。なんで戦闘前に滞空して無駄にエネルギー消費してるんだ。
馬鹿となんたらは高い所が好きって言うけど、正鵠を射てるのかも知れない。

「織斑君、織斑君、織斑君! 来ました、織斑君の専用IS」
「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナの使用時間にも限られているからな、初期化と最適化は実戦でやれ」
「だから言ったよな、俺。試合の直前に渡されても困るって。……おい、眼を逸らすな」
「どういうことだ山田君。生徒に言われてしまっているぞ」
「私に言われても困ります~!」

漫才はこの位にして、と。待ちかねたぞ、ガンダム。
俺の専用機に触れる。IS名『白式』、高機動型近接専用機。
武装、戦い方、戦闘経験。
データは存在しないが、コイツに刻まれた情報が伝わってくる。
コイツのコアには存在しない、コイツの情報も。ISのコアネットワークを通じ情報は流れてくる。
分かる、知っている、理解できる。

「すぐに装着しろ。時間が無いからフォーマットとフィッテングは実践でやれ」
「―――少し、黙れ」

伝わる。俺のことも、コイツのことも。

「初めまして『白式』、俺の名前は『織斑一夏』。早速で悪いが、俺の命、お前に預けるぜ。OPEN」
[Access.Connect.CONTACT]

情報経路を全て開く、俺の戦闘経験、戦闘知識、意思、意義、存在価値、戦闘の癖、俺の名前の由来、伝える、伝わる。
これまで培った俺という人間を、余すことなく伝える。
俺がお前と逢う為に重ねたISの操縦経験を譲渡する。
お前に全てを委ねる。だから、お前も俺に、その存在を預けろ。

俺、白騎士に憧れていた。
だから、オマエと出遭えてうれしい。
もし、お前に生命があるのなら、―――応えろ。

「気分は悪くないか、織斑」
「最高だ。今すぐいける」
「よし、行ってこい」
「ハッチ、開放します」

「『白式』は『織斑一夏』、出ます」

俺は相棒の羽根を広げ、空へ飛び立った。
























「最後のチャンスをあげますわ。この私、セシリア・オルコットが有終の美を飾るのは目に見えています。
 今泣いて謝れば、許して差し上げないことも無くてよ」

「そうだな、これが実戦だったらそうしてたかも知れない。姉が憤ってなければそうしたかも知れない。
 3年生の固法先輩が鍛えてくれなきゃそうしたかも知れない。俺を応援する人がいなければそうしたかも知れない。
 だけど、ここはそんな事が出来る場面じゃない。諦める方向には進みたくない。
 そう、此処は―――抗う場面だ」

一夏はクールにニヒルに笑ったつもりだ。だが、その笑みは、凶暴で粗野な獣の笑みだった。
それがこの男の本質、普段は草食系を気取りながらも、根は戦う者、抗う者、無法者、ならず者。
反逆者だ。抗え、一夏。お前の強さを、この姉に、世界に見せつけろ。

「精々手を抜け、そうすれば此の刃、お前に届くかも知れねえぞ?」
「吠えなさい、猿が!」

セシリアが撃つ。そのビームは白式を掠め、地面に穴をあけた。

「よっ、とぉ!」
「足掻きなさい、猿」

2発、3発と打ち込まれるビームをほうほうの体で回避する。
ハイパーセンサーの感覚に慣れず、やっとこさの回避だ。

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

おわ、あたっちまったよ。
盾はない。シールドバリアとこの装甲が盾って所だろう。
武器は、刀剣が一本。
ああ、これでいいや。

「遠距離射撃型の私に、近距離格闘型の装備で挑もうとは……笑止ですわっ!」

うっせぇパツキン、下の毛までその色なのか確認してやろうか。
ビームを剣で受ける。
よし、いける。シールドバリアに直接叩きつける物だから、かなりの硬度を誇ると踏んでいたがその通りだったぜ。

「無茶苦茶ですわね、貴方! でも、これなら!」

ビット兵器・ブルーティアーズが射出され全包囲攻撃が行われる。
だけど、狙うポイントが分かっていれば、この程度難なく!

「左後方、右上方、真下ァ! バレバレなんだよ!」

ビットを瞬間で切り払い、下がる。
全ての攻撃を前方に集中させる。
背後に剣を振るう練習なんて、やってねぇんだよ。

「面倒ですわね! これで、墜ちなさい!」

ミサイルを射出し、ブルーティアーズとの同時攻撃。
あ、ミサイルって自動制御なんだ。コイツはヤクい。剣で受けきれ

「一夏ッ!」
爆音が響き渡る。悲鳴が聞こえた。
煙がはれる。織斑一夏は健在だった。

「あの馬鹿、機体に救われたな」


「なんとか、間に合ったか」
[FITTING Complete.FirstShift OK.STAND BY READY]
「いけるな、白式?」
[All Right.Get set]

形の変わった白式に、より一層の一体感を感じる。
俺の意を汲み、俺という存在を理解し、俺を受け入れた。

「まさか、ファーストシフト!? あなた今まで初期設定のISで戦ってましたの!?」
「だったらどうしたってんだ。もしかして初心者相手に「此処まで私の攻撃に耐えたのは貴方が始めてですわ」とか
 言うつもりじゃないだろうな? だったら勘弁してくれよ、笑いすぎて手が震えちまう」

強く、握る。
雪片弐型、白式が教えてくれた其の銘。
白式が用意してくれた、其の切り札。
零落百夜。
これでやっと、闘える。

「ワルツはもうお仕舞いだ。こっから先は鉄火場のタップダンスだ。乗り遅れたら足に穴があくぜ、お嬢ちゃん」
「馬鹿にして!」

牽制の射撃を危うげなく雪片弐型で弾き、弧を描くように肉薄する。
射線を縫うように進み、進み進み、セシリアが逃げる。
初期武装でもなんでもない、メンテナンス用のワイヤーがあったので、進行方向に投げつけた。
セシリアは動揺して進路を変更する。その先に回りこむ。
交差一線。
ただぶつけただけの攻撃だったので、それ程のダメージは与えられていない。
それでも、とりあえず一矢。
今のは小手調べで、準備運動で、予定調和だ。
これでやっと、アイツは俺の事を見てくれんだろ。
俺が、お前に届く存在であると。

セシリアがこちらを睨む。その視線を受け止め、問う。

「アンタ、名前は?」

「未だにわたくしの名前を覚えていなかったと、貴方は仰るつもりですか?」

「まさか。だけどまだ、アンタ『俺』に名乗っていないだろ? アンタの目の前に居る猿じゃない、『人間』に対してさ」

「それは、失礼しましたわね。イギリス代表候補生、オルコット家党首、セシリア・オルコットですわ」

「OK、刻んだ、アンタの名前。じゃあ今度は俺の名だ。『織斑、一夏』。
 覚えなくてもいい、すぐに忘れられない名前になる。
 ―――さあて、喧嘩だ喧嘩ァ! お前が売った! 俺が買った!
 覚悟は出来てんだろうなぁセシリア・オルコット、殺さず解体さず並べず揃えず―――晒してやるよ」

ブースト全開でセシリアへ直進する。種も仕掛けも手品もない、ただただ真っ直ぐに向かう。

「いい的ですわよ、貴方」

そりゃあ勿論撃たれる、撃たれる、狙い撃たれるが。

「男は度胸!」

シールドバリアをカットし、左腕部装甲を傾け逸れる様に受ける。大丈夫、出力にリミッターがかかっている状態じゃ、早々抜かれない。
迷うな、俺が欲しいのは勝利に繋がる刹那だけだ。
一拍たりとも足を止めず、愚直に押し通す。
集中砲火をバレルロールで掠めながら、それでも進む。

「無茶苦茶ですわ、けれど」

バックブーストで距離を取り、スターライトmkⅢを向ける。
チャージショットで決めるつもりだろう。
そのまま直進すればスターライト、避わせばブルーティアーズが追従する、セシリア・オルコットが得意とする常套パターン。
知っている、俺は知っている。知っているのだから、カウンター位用意しているさ。

「受けろよ、俺の『衝撃』を」
[Ignition Burst]

この一週間、固法先輩が近接型にとって生命線と呼べる技能を特訓してくれた。
瞬時加速。エネルギーをスラスターに取り込み、圧縮/放出することによって爆発的な推進力を得る。
セシリアが想定していた俺のトップスピードを上回る追加速によって、俺はその距離に届く。
構えられていたスターライトmkⅢの射撃を、零落白夜を発動させた雪片弐型で受け止め、尚加速。
どうせこんなもん、零落百夜ヒットと同時に俺のエネルギーが尽きるっつーシナリオだろうさ。
なら、俺は俺のやり方で好きな様にやれせてもらうだけだ。
さっき稼いだ一秒。本来存在しないだろうたったの一秒。
きっとその一秒が、明暗を分ける。
確信はないが、期待はある。なら後は、やるだけだろうが!
白式、お前に生命があるのなら、応えろ。

「越えたぞ、死線」

此処は、俺の距離だ。
もう一歩踏み込めば、刃が届く。
この瞬間を、待っていたんだ。

「お返しだ。―――アンタに死線を、刻んでやるよ」

篠ノ之流剣術「旋波」
零落百夜を発動させたまま逆袈裟から胴を払い、突きを見舞う。
絶対防御を三回発動させたブルーティアーズのシールドエネルギーはゼロとなり、推進力すら失い墜落する。
けたたましい音を立て地面に落ち、砂埃を巻き上げた。
かくいう俺も、残心の最中にエネルギーが切れ降下中。
まあ競技用のリミッターって奴がこんな時の為に有るわけで、安心して空から降りるわけ、ない。
怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ! 絶対大丈夫だって分かってても怖すぎんぞコレ。
加速するフリーフォール。きっと顔が青褪めてるだろうけれど、決めるときは決めとかなきゃね。

「カマしてやったぜ、クソ女」

中指とチ○コは、おっ勃てる為にあるんだよ。
































「なぜ、わたくしは負けてしまったのでしょう」

シャワーを浴びながら自問する。流れ落ちる滴は、考えを一層胡乱気にする。
暖かくて、優しいシャワーの雨に打たれながら、身体を撫ぜる。

「負ける要素が、何処にあったのでしょうか」

不様に、完膚無きまでに負けてしまったのはいつぶりでしょうか。
それこそ同年代に大敗を喫したのは初めてになるのでしょか。
あんなに粗悪で、あんなに粗野で、あんなに粗雑な男に、わたくしは敗れてしまいました。
乱暴に、暴かれるように、わたくしは切り裂かれた。まるで、まるで。

「殺して解体して並べて揃えて、―――晒された気分ですわ」

思い出すだけで震えそうになる身体を抱き締め暖める。
死んだ心地しかしなかった。

私の皮膚(アーマー)が剥がれ、骨格(フレーム)が歪み、心臓(コア)を穿つあの衝撃が、未だに私の心中を占める。
その度に怖気と震えが止まらないものだから、中々バスルームから出ることが叶わなかった。

「刻まれて、しまいました」

その名前、その衝撃。
いい加減のぼせてしまいそうな体をシャワー室から引っ張り出し、制服に着替える。
外の空気が吸いたくなって、私は屋上を目指した。

何故、と何度も自問する。
答えは、出ない。
それを探すように歩いた先に、彼が居た。
夕日を背にした屋上で、わたくしは今一番会いたくない相手に会ってしまった。














「よう」
「祝賀会の真っ最中ではありませんこと、主役さん」
「あーいうの、苦手なんだ俺。祝われるより祝いたいタイプでさ」

屋上の柵に寄りかかり遠くを眺めていた織斑さんが、わたくしに向き直る。
まるでドアを開ける前からわたくしだと分かっていたかのように、自然だった。

それでは、約定を。
わたくしは敗北者。
今回は恥を晒しましたが、誇りを腐らす訳にはまいりません。

「何も言い訳はしませんわ。敗者は勝者に従うのが世の常。まして、私は貴方を奴隷にすると広言してたんですもの。
 今後一年間、わたくしの生命とオルコット家の未来を左右しない限り、貴方に従いますわ」

IS学園の慣習。
決闘システム。
勝った方が、負かした方を一年間従わせることが出来る。
ああ、そんなことか、と。
わたくしの苦渋を噛み締めた発言を上の空で聞き流す彼の姿に、怒りを覚える。
頬を掻きながら、どうでもいいような声色で発言した。

「1年前、とあるIS雑誌でさ。各国の代表候補生のインタビューが載っていたんだ。
 隔月各国の映える代表候補生の特集で、俺はそれを買い集めた」

それが、今のわたくし達に何の関係があるのでしょう。
そう思いながらも、わたくしは口をつぐんだ。敗者の義務ですわ。

「その中に、とある国の代表候補生の紹介があったんだよ。見出しは「悲運の代表候補生」だったかな?
 両親を事故で亡くし、家を継いだどっかのお嬢様。そのお嬢様の泣けるストーリーをさ。
 その細い双肩に一族の乗せ、本人は国家代表候補生として努力しているって話だった。
 『技量は未熟だが、最も優雅にISを操縦する代表候補生』って触れ込みで、俺も何度か彼女飛ぶ様を見たことがあるが、実に見事だった」

それは一体、誰の話をしていますの。
貴方は、わたくしの存在を知らないのではなかったのですの。

「んでさ、雑誌では悲運な少女って触れ込みだったんだけど、微塵もその子は弱さを見せないの。
 毅然とした態度で、優雅に振舞っていて。誰だって15歳の女の子が無理してるって分かるさ。
 だけど、その子は弱音を吐かず、弱みを見せず、研鑽を重ねた」

「彼女は「自分を支えているのは『誇り』だ」と言っていた。
 貴族の責務、守るべき家名の重み、自分がのし上る為に踏みつけてきた操縦者、
 それ等を踏まえ、私は誇りで支えられている、と」

「俺さ、ファンになっちゃった」

え?

「だって自分とタメの女の子だよ? 凄い格好いいじゃん、憧れるよ」

織斑一夏は笑顔で話す。そこにはその雑誌の女の子に対する尊敬が見て取れた。
わたくしは、膝が震えて、立つのが辛くなってきた。

「けれど、俺が学校で会った初めての代表候補生は、人の祖国を馬鹿にし、俺のことを猿呼ばわりときたもんだ。
 挙句の果てには自分の得意分野で勝負をふっかけて、負けたら奴隷にしてやる、だとさ」

恥ずかしさと、情けなさで涙が止まりません。膝ももうガクガク震えてしまってます。
座り込んで耳を塞いぐか、此の場から逃げ出したい。
それでも、視線を逸らす訳にはまいりません。
今逃げたら、わたくしは自分が許せなくなってしまいます。

織斑一夏の視線は、わたくしを映す。
真正面から、感慨なしに、無感情に、わたしを映す。
それはまるで、鏡のようで。
その視線が映すわたくしの姿が、胸を張っているように見えるよう、まっすぐ立つ。

「俺はそんなくだらない人間として、セシリア・オルコットを胸に刻んじまった。
 面白くねぇ、全く面白くねぇ。俺の脳味噌の皺にくだらねぇ人間が増えちまった。
 だから、命令する。『お前が誇れるお前の姿を、これから一年間で俺に刻みつけろ』」

「受諾いたしましたわ、マイロード。必ず、貴方の記憶にいるくだらないセシリア・オルコットを忘れさせてみせます」

わたくしが誇れる、わたくしの姿とは、一体なんなのでしょう。
何を基準に、何を目標に、何を計画すれば成れるのだろう。
分からない。何一つ分からないけれど。返事はノータイムで口から飛び出した。
ここで大口叩けないようであれば、わたくしはきっと、一生つまらない女になってしまうのでしょう。

「ハッ。良い返事じゃねぇかアンタ。俺はアンタに侮辱されたことを忘れない。
 忘れないが、そんな愉快なアンタとはお友達になりたいと思ったぜ」

「ええ、よろしくてよ『一組筆頭』殿。これからの一年、卒業するまでの三年、楽しくなりそうですわ」

「違いない」

歯を見せて笑う織斑一夏に、わたくしは好意を感じている。
この男性の事を、もっと知りたいと思っている。
彼はきっと、彼はきっと。
わたくしを次のステージへと導く鍵だ。








































一年間あの厚ぼったいエロい唇とか、あのたわわに実った胸とか、ISスーツで誇示した見事な尻とか。
それを一年間自由にできる未来を棒に振ったことを泣いて惜しんでた夜のことは、云うまでもない。
云うまでも、ない!









[32851] 裏切りの夕焼け/コンプリケイション
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2016/01/25 20:55
ISスーツって卑猥すぎると思うのです。
整列した女学生が半裸でグラウンドに並ぶその姿を見て、俺の雪片が以下略。
待て待て、この男性用ISスーツで勃起したらモロバレだぞ。
ここで死ぬべきさだめではない(社会的に)

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦をしてもらう。織斑、オルコット、試しに飛んでみろ」

「分かりましたわ!」

なんであの人あんなにやる気なの?
パツキンだからなの?
馬鹿なの? 死ぬの?

「織斑、早くしろ」
「了解」

っつーかこんな所で起動したら危ないじゃない。皆からちょっとばかし距離を取る。
5mばかし離れたところで、左腕に居る俺の相棒に声をかけた。
本当は右腕にくっつきたかったらしいけど、不便だから左腕に移ってもらったのだ。

「蒸着」
[Awaken]

瞬間展開、装着完了。
ハイパーセンサーによる感覚向上、駆動系による機動力向上。
外部骨格サポートによる筋力の上昇、装甲による耐久値上昇。
生身の人間とは一線を隔すその性能に全能感を感じる。

「良し、飛べ」
「はい」
「ほいさっさ」

セシリアに遅れること30m後方を追従する。
なんともまあ魅力的な光景ですこと。
ハイパーセンサーによって向上した知覚が、余すことなく俺にその尻の素晴らしさを伝えてくる。
けしからん、実にけしからん。

「遅い。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」
「了解、肉薄します」

操舵はランナーのイメージと密接にリンクする。山田先生の言である。
飛行のスピードとは、カタログスペックの何割再現といった形となる。
カタログスペックを十全に発揮するランナーの飛行イメージが重要だとか。
イメージねぇ。問題ない。ようはあの尻に顔突っ込むイメージでいいんだろ。
せーのっ!

[Ignitio---]
「キャンセル!」

俺は何をしようとしているんだ。
例えあの尻が極上のクッションだったとしても、瞬時加速で突っ込む馬鹿があるか。
んなもん攻撃とみなされシールドバリアか絶対防御が発生して顔が潰れるわ。

慌ててキャンセルしたものの、若干発生していたので加速はしている。
もしやこの『弱イグニッションブースト』って溜めいらないんじゃね?
硬直も特にないし。なんか使えそう。燃費は悪そうだけど。

「難なく併走してきますのね。一組筆頭は伊達ではないといったところでしょうか」
「やめてくれ。筆頭なんて呼ばれたら『レッツパーリー』しなきゃならんくなる……」
「相変わらずたまに謎発言をしますわね…」

横にならんだセシリアの髪が風になびく。なぜ胸は揺れない。なぜ胸は揺れない。

「にしても、お前の飛び方って本当に綺麗というか、優雅というか、いいなぁ」
「そ、そうでございましょうか?」
ちょろい。実にちょろい。
「あ、あの、よろしければ放課後お教えしましょうか? そのときは、二人っきりで…」
「織斑、オルコット。急降下と完全停止をやってみせろ」
「了解! それでは話の続きは後程、お先に失礼しますわ!」

ブルーティアーズが直角に折れ、地面に突っ込む。
追突する寸前で上方向にスラスターをふかし、華麗に停止。

そいでは、俺の番か。
ちょっと試したいこともあるし、調度いい。
やぁぁぁぁってやるぜ!
上昇、上昇、上昇、背面宙返りから、急降下。

「ドライブ・イグニッション!」
[ignition][ignition][igniti][iguni][iguni][iguni---]

瞬時加速(弱)の連続行使。
これなら、直線以外の機動が取れる。
高速でジグザクに降下する。
切り替えしのGで血液が偏り、意識が怪しくなってくるが、構わん!

加速するのが楽しくてたまらない。頭が馬鹿になっている。自覚はある。だからどうした。
地面が近づく。
止まる時のことは考えてなかった。完全停止までが指示に入っている。
セシリアは完停まで約2秒かかった。なら俺は、一秒だ。
雪片弐型、展開。
加速した運動量を、一刀に収束する。

「重閃、爆剣!」

今更ながら書籍化おめでとう! 俺だってゼファーに憧れた男の子なんだよ。

爆音と共に地面に大穴を開け、停止。
砂塵が凄い勢いで巻き上がる。
これは不味い。狙ってやったとバレたら反省文じゃ済まないかもしれない。
爆心地で着地失敗を装う。
IS解除して倒れときゃ騙されてくれるだろ。アイツ等馬鹿だし。

「織斑君、大丈夫ですか! 織斑君!」
「大丈夫です、なんとか生きていま~す」
「馬鹿者、グラウンドに大穴あけよって(何を遊んでおる)」
「すみませんでした(ごめんね姉さん)」

大穴を覘きにきた皆と顔を合わせる。
下からISスーツを見ると殺人的なアングルになるのな。

「情けないぞ一夏、満足に着地もおおぅっ―――」

駆け寄るセシリアに箒が突き飛ばされた。ありゃあわざとだな。
揺れる、揺れてやがるぜ。
圧倒的ではないか。

「大丈夫ですか一夏さん、御怪我はなくて」
「大丈夫だ、問題ない」

もっと良い乳を頼む、なんて考えていたらセシリアさんが屈み、胸を寄せてきやがった。
セシリア、恐ろしい子っ!
なんだ、誘惑されてんのか? ベッドの中で1ラウンドか? こちとら日本男児だ、逃げも隠れもしねぇぞ。
俺が怖いのは妊娠と性病とヤンデレぐらいだ。受けて立つぜ。

「それはなによりですわ。ああ、でも一応保健室で診てもらったほうがよいですわね。
 よろしければ私が御一緒……」
「その必要はない。ISに乗っていて怪我するわけがないだろう」
「あら篠ノ之さん。ISの絶対防御は完璧ではございませんのよ。もしかしたら、という可能性を考えてはいかがかしら。
 それに、無事を確認して早々に罵倒するなど、一夏さんへの気遣いが足りないのではありません?」

初めてが保健室のベッドでいいなんて、セシリア・オルコット、中々やるじゃねぇかこの貴族。
保険医が部屋を外す時間も代えのシーツの場所も押さえてる。やるっていうなら、相手になろう。

「お前が言うか。この猫かぶりめ!」
「鬼の皮をかぶっているよりはましですわ」

ぶつかりあう巨乳と巨乳、甲乙つけがたし。
なんでコイツらこんなに仲いいんだろ。俺も間に混ぜて、むしろ挟んでくんないかなぁ。


























休み時間。
2組に転校生がやってくるとのことで、ちょっとした話題になっていた。
俺はひたすらにペン回しの練習をしている。

「そうだ、二組のクラス代表が変更になったって聞いてる?」
「ああ、何とかって転校生に変わったのよね」
「中国から来た子だって」
「くそっ! 理屈が分からねぇ!」

自分、不器用ですから。
指で弾いて回転させるとこまではいいんだが、指の上を回転させてキャッチするまでの流れが分からん。
軸か、軸が問題なのか? だが手の上なんて曲面で回転の軸を安定させるなんて芸当が―――

「中国から来たんだ、もしかして代表候補生かな?」
「わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」
「もしかしたら強いのかなぁ」
「今のところ、専用機を持ってるのって、一組と四組だけだから余裕だよ」
「ファック! このディックちっとも言う事訊きやがらねえ!」

俺はシャーペンを叩き折った。きっとペンが悪いんだ。
っつーか人が休み時間を割いてまで真剣に技能取得に励んでるというのに、取り囲んでお喋りとかなんやねん。
皆で俺を囲んでお喋りするぐらいなら、皆で俺のをおしゃぶr
最近荒んでいるのか、溜まっているのか、思考がすぐにそっちにいってしまいます。自重いたします。

「―――その情報、古いよ。二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

扉の前に、小柄でツインテールの美少女が済ました顔でこちらを見ていた。

ああ、知っている。俺は彼女を知っている。

「鈴ちゃん、おひさー」
「あ、相ちゃん? ちょっとまだ口上終わってないからちょっと待ってて!」

ドアのまん前の相川さんが旧知である鈴に声をかけ、鈴が小声で怒鳴るなんて器用なことをしていた。

「中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たわ」
「………」
「ちょっと一夏、なんとか言いなさいよ」
「一夏さん、御知り合いでしたの?」

うん、知り合い。いや知り合いという言葉では生温い。

「無視するとは良い度胸じゃない…ッ。私の脚技を久々に味わ―――」
「もうホームルームの時間が始まっている。クラスに戻らないか」

織斑先生が鈴の襟首を掴んで廊下に引きずって行った。
ああ、いいなぁ。いいなー。

「鈴音、久しぶりじゃないか。いつ日本に戻ってきた。一報ぐらいくれてもいいだろうに冷たい奴だな」
「ちふ―――織斑先生! すみませんご無沙汰してます!」
「おいおい、『千冬姉さん』で良いんだぞ。今日の、いや、積もる話もあるだろう。明日の放課後にでも顔を見せに来い」
「わ、分かりました!」
「よろしい」

心なしか上機嫌な顔で織斑先生が入ってきた。
その後ろで一瞬だけ鈴が顔を出し、
「また後で来るからね、逃げないでよ一夏!」
吐き捨てて帰っていった。

「それでは、ショートホームルームを始める。日直!」
「起立、れーい。着席」
「連絡事項を伝える。―――」

俺はもう上の空。すでに頭は昼食のことしか考えていない。
鈴が、帰って来た。



























中学時代。
俺は弾と鈴と、いつも三人で行動していた。
五反田弾。
素直で、友人思いで、真っ直ぐで、シスコンで、脚がめちゃくちゃ速い。
鳳鈴音。
素直じゃなくて、強がりで、意地っ張りで、めちゃくちゃ運動神経が良い。
彼等と遊んでいるときは胸を張って青春していたと言える、俺の大事な記憶。
文化祭でのクラス全員を巻き込んだ鬼ごっこは最高に盛り上がったし、プールで人間ロケットやって流血事件になったのもいい思い出だ。
ゲーセンで高校生にカツ上げされた時なんかも、三人だったら負ける気がしなかったなぁ。




「よぅ僕ちゃん達、ちょっと金貸してくんねぇ?」
「おいおい駄目だろ、小学生の女の子連れてきてこんなとこ来ちゃ」

頭が悪そうな高校生が三人、路地で声をかけてきた。
俺と弾は目を合わせ、頷き、こっそりじゃんけんをする。あ、俺の負けかよ。
財布を後ろ手で弾に渡した。後は弾が鈴を連れて逃げるから、俺はただ時間を稼げばいいんです。
マッポさん呼んでくれるだろうから、そう大した怪我もしないだろう。
なんて暢気に考えていたら、そんな算段をぶち壊す存在が居たのであった。

「一夏、弾」
「なんでございましょうかお嬢様」
「やりなさい」

鈴ちゃんがブチ切れてらっしゃる。そんなに小学生呼ばわりされたのが気に入らなかったのか。
あーあ、もうしーらね。

「弾」
「せーのっ」

弾とタイミングを合わせ、鈴の脇を両側から持ち上げ、投げた。
鈴は俺達が投げるのと同時に跳躍し、軽い足取りで小学生呼ばわりした馬鹿の肩に片足で着地する。
もう片方の脚は、存分に振りかぶられ。

「死になさい」

決まりました、サッカーボールキック。鼻折れただろうなー歯も折れたんじゃないかなーばれたら傷害つくなー。
未成年で年下だし大丈夫か。あっちもあんな小学生にしか見えない女の子にやられましたとは言えないだろうし。
ストンと軽やかに着地する鈴お嬢様。パンツが見えたのは秘密な。

「あたしはこれでも中学生だ!」

手乗りタイガー、怒りの叫び。
身長と、胸囲に関してからかうのはタブーなのですよ。
まして小学生よばわりなど、考えるだけでも恐ろしいものです。
(バッドでファミコンのソフトをジャストミートする様に恐ろしいものです)

唖然としている馬鹿2号を、いつの間にか後ろから現れた(隣接する住宅を大回りして大通り側からやってきた)弾が、
そのダッシュの勢いのまま後頭部を殴りつけた。
おーい弾くん、加減しないと死んじゃうからねソレ。やる時は徹底的にって教えたけど、もうちょい頭使ってね。

「てめえら、よくもひゃってくれたな! もう遊びじゃすまさねぇぞ!」

声裏返ってますよにいさん。
懐から何かを取り出す。
おいおい、マジかよ救えねぇなこの馬鹿。ホームラン級の馬鹿だよ。
バタフライナイフとか、何年前の不良漫画だ。
固まっている鈴を引っ張り、後ろに下がらせる。
弾にもアイコンタクトを飛ばし、距離を取らせた。

「殺すぞ、死にたくなきゃそこで土下座しろ!」
「おいカス。光りモン出したんだ、もう遊びじゃ済まねえからな」

ポケットから取り出した愛用のフォールディングナイフ。その刃を白日の下に晒した。
呼吸を整え、意識を切り替え、刃となる。
一足、一刀。
踏み込み、相手の刃物を持った手を斬りつけ、逃げる。
切られて、出血して、やっと痛みが襲いくる。

「さささ刺しやがった! 本当に刺しやがった!」
「ちょっと切っただけだろうが。なあに、運が悪くても指が飛ぶだけだから安心しろよ―――!」

一足、一刀。
再度同じように手を斬りつける。

「また、またーーーー! イカれてんじゃねえのおめぇ!」
「刻まれる覚悟も無くヤッパなんか出してんじゃねぇよ。ほら、さっさとその危ないもん捨てないと、指がなくなるぜ?」

一足、一刀。
先程より一層深く斬りつけた。
それでも、ナイフは刺すことを前提としているのであって、斬りつけてもそれほど深く傷を与えられるわけではない。
俺なりの加減だ。

「辞めろ、辞めてくれ! 捨てる、ほらもう捨てたから!」
「鈴」
「救えないわよ、あんた」

鈴にダッシュで金的に蹴りを入れられ昏倒した馬鹿3。
俺と弾はその光景を見て内股になる。いてぇ、いてぇよ今の…。

「弾、お前いつの間に裏に回ったんだよ?」
「鈴をぶん投げてからすぐだよ。たかだか百何十メートル、10秒ちょっとくれれば余裕だろ」
それお前だけだから。一般人そんなに足速くないから。

「むしろ容赦なく刃物に飛び込んで刃物を振るうお前の方が驚きだよ」
「チンピラ(ナイフ装備)以上の恐怖と日々戦っていれば、どうってことねぇさ。
 さっさとずらかんぞ、捕まったらこっちがやばい」

揉めた時は騒ぎになる前におさらばするに限る。
一応、馬鹿3のナイフに血痕をつけ、馬鹿1に持たせる。
これで騒ぎになったとしても内輪もめ扱いになるだろう。
そうれ、すたこらさっさ!
























なんてこともあったなぁ・・・。
しみじみとしている間に昼休み。
来るか、来るのか?
やっべぇ、マジやっべぇ、心臓ばくばくいってんよ。
心の準備できてないよどうしよう。

「一夏ー、お昼行きましょう」

平然と現れてるんじゃねえよ! こっちはびっびびびりまくってるってのに。落ち着け、落ち着け、落ち着け、人人人。

「久しぶり、鈴。また会えて嬉しいよ」
「なんか普通のリアクションねぇ…。あんたそういうキャラだったっけ?」

いぶかしんでくる鈴。あーそうだろうさ。そりゃあそうだろうさ。

「ほら、俺は別にいいんだけど、鈴にも立場ってモンがあるだろ? 俺が『素』になると、
 鈴のキャラクターとか、威厳とか消し飛ぶから、抑えているんディスよ」

「あんた、何くだらない事いってんのよ。あたし達の関係に『遠慮』なんて上等なもんがあったかしら。
 そんな周りのことなんか気にせず、あんたの好きにやんなさい」






許可が下りたので、俺は。俺らしく。
本気にさせたな、俺を。本気でいいんだな、俺が。
ここは俺のクラスで、人がたくさんいて、皆が俺を注目していて、俺は一挙一足観察されていると自覚している。
だからどうした。
それがどうした。
自重を解除するスイッチが、俺の頭の中に存在する。いつもいつも押さないようにしていたスイッチ。
俺の背中を押す女が居る。なら、それだけだ。
いいや限界だ、押すね!















「鈴ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「なああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

鈴を抱き上げ、ぐるぐるぐるぐる高速でメリーゴーランド。
抱き締めてくっついて持ち上げてほらもう離さないぞー!

「やーん鈴ちゃん超可愛いーーーーー!!」
「にゃあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

頬ずり頬ずり、かいぐりかいぐり。抱き締めたいな、もう抱き締めてるけどねぇ!
ちっさくて、可愛くて、柔らかくて、いい匂いで、暖かくてもう最高っ!
ちゅーしていいかな、いいかな? いいよね? 好きにしろって言ったんだし!

「いい加減にせんかこのエロ介!」
「カハッ」

鈴の膝が、俺の顎を打ち抜いた。ちなみにパンツ見えた。
我が人生に悔い無し。さようなら人生。



























「っていう夢を見たんだ」
「平然と流そうとしても、全部現実だかんね」

鈴と二人で食堂にGO。
なんか金魚の糞がたくさんついてるけど気っにしっないー。
鈴とごはんー。

「相変わらずねぇ、あんたも、あんたの姉も」
「そりゃ人間、簡単には変わんねぇさ。んでまだ千冬姉のこと苦手なのかよ」
「……苦手よ。あんたさ、サーベルタイガーがじゃれてきても喜んであやせる?」
「人ですらねぇのかよ、俺の姉は(驚愕)」
「なんであんなに気に入られてるかも、未だに分かんないしねー」

それにはちょっとしたエピソードがあったりもする。








そう、あれは中学時代のこと。

「一夏、お前随分と鳳と仲が良いな。惚れてるのか?」
「いんや、好きは好きだけど、別に抱きたいわけじゃない」
「にしては、いつも一緒ではないか」

一週間ぶりに帰宅した姉と飯を食いながら、俺の近況を話していると姉が食いついてきた。
鳳鈴音と俺の関係。
姉としては気になるんだろうねぇ。
ふたりでもぐもぐとブリ大根をつつきながら話を続ける。

「んー。説明が難しいな」
「お前の得意分野だろうが、さっさと説明しろ。そして私を納得させろ」

そうだな。
こういうのはストレートに話した方が伝わるか。

「例えば、なんだけど。
 鈴が猫だったとする。意地っ張りでおすましの生意気な猫だ。
 飯は渡してもすぐに食わないし、呼んでも来ないし、ただいつも傍にはいる態度のでかい不機嫌そうな猫。
 でも、俺がコタツで寝ていたりすると警戒しつつ近寄ってくる。
 近寄って俺が寝ているのを確認したら、微笑をうかべてマーキングして、
 これでもかってくらい俺の体に自分の体をこすりつけてべたべたしてくる。
 んで俺の体に密着したまま寝るんだ。いつものおすまし顔じゃなくて、ちょっと満足そうな顔を浮かべて。
 次の日になると俺より先に起きて、ぐにぐにと体をこすりつけて、頬にキスをして去っていく
 そして俺が起きると、傍には態度のでかい不機嫌そうな猫がいる」

どうだろうか。
伝わっただろうか。
俺が鈴にべったりな理由。
可愛くてほっとけないから。

「一夏」
「うい」
「言ってることは分からなかったが、言いたいことは分かった。―――今度私が居るときにウチに連れて来い」
「了承」

かくして、鈴のファンがまた一人増えたのであった。




























「…なんてこともあったのさ」
「あんたは誰と喋ってんのよ…」
そりゃあお前、『俺』とだよ。

「そういや鈴、新作の映画観たぜ。いつも通りアクション物だったな」
「辞めてよその話題。あたし断ったんだけど揚さんが勝手に引き受けちゃったんだから」
「まさかドレスでカンフーアクションをする中学生の役が存在するとは。ありゃたぶんお前を知ってから脚本書いたタイプだぜ」
「でしょうね…。脚本と監督にサインねだられたもの」

鳳鈴音。
今をときめく中国のアクションスターである。
ISランナーの国家代表並びに代表候補生とは、言ってしまえば国家の顔。
メディアへの露出はばんばん、美少女であれば尚のこと。
鈴には更に、抜群の運動神経がプラスされ数多くの映画に出演。
小さい女の子から大きいお友達にまで大人気のアクション俳優なのだ。

「まさか垂直に3mジャンプして壁駆け上がるとは思わなかったけど。○ャッキーかてめえは」

「あれは靴底にISを部分展開して、展開部をPICで固定して跳んだだけよ。流石にそこまで人間やめてないわ。
 ちなみにハッパを使うシーンだってISを展開して絶対防御で防いでるからね。成龍先生と比べないでね」

おいおい、神様扱いかよ○○ッキー。


「んなことより、あんたなんで『IS操縦者』なんてなってんのよ?」

「俺にも分からん、誰かの描いた絵に踊らされている感がある。機関の工作だとみて間違いないだろう」

「『世界初の男性IS操縦者』ってニュースで報道されていて、もしかしたらと思ったけどテレビに映った瞬間ラーメン吹いたわ」

「美少女且つ国家代表候補生且つ国民的映画俳優にあるまじき行いだな」

ラーメン好きだな、コイツ。
俺も好きだけど、二人で町名のラーメン屋は制覇したし。
弾誘うとウチで食えって不機嫌になるから誘えないから二人で。
ラーメンデートって流行んねぇよな。

「一夏、そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが」
「そうですわ一夏さん。まさか、こちらの方と付き合ってらっしゃいますの?」

二人の空間を邪魔する馬鹿が二人。うぜぇ。
しかしオルコット嬢の目線が冷たく怖いな。

「ただの幼馴染よ」
「……えーそうです、ただの幼馴染です」
「なに機嫌悪くなってんのよ?」
「別に」

「幼馴染…」
「箒は知らないよな。お前が引っ越したあと入れ違いで転校してきたんだ。
 鳳鈴音、俺の幼馴染で中国の代表候補生で映画スター」
「テレビは良く観らんから知らないが…、篠ノ之箒だ、よろしく頼む」
「初めまして、これからよろしくね」

俺の幼馴染sのファーストコンタクトはわりかし当たり障り無くいけたっぽい。
ちょっとした争いになるかと思い、構えていたのは秘密。

「ん、ンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。
 先週はそちらにいる一夏さんとクラス代表の座をかけて」
「あんた、一組の代表になったんだって?」
「まぁ、成り行きで。辞退したかったんだけど出来なかった。きっと組織の陰謀だ」
「なら、私が練習みてあげようか? ISの操縦の」
「それは助かる。もちろん二人っきりで、だよな?」
「馬鹿。真面目にやんないと怪我させるわよ」
「おお、怖い怖い」
「ちょっと! 訊いていますの!」

セシリアが腹立たしげに机を叩いた。
鈴はゆっくりと机の上で腕を組み、その上に顎を乗せる。
座った眼で、冷たい声でセシリアに応対する。

「訊いてないし興味もない。ごめん、あたし自分の存在やら力やら、立場をひけらかす人、嫌いなんだ」
「言ってくれますわね」
「一夏に教えるのは姉弟子である私の役目だ」

なにこの三つ巴。
あと箒、お前専用機も持ってない適正Cの分際で俺に何を教えるつもりだ。
お前程度から教わる内容はとうに固法先輩に優しく教えてもらったっつーの。

「貴方は二組でしょう。敵の施しは受けませんわ」
「じゃあ俺一組抜けるわ。コイツと敵になるんだったらクラスなんて枠組みゴミみたいなもんだ。
 織斑先生に「一組じゃやっていけません」って相談すれば変えてくれるだろ。何せ特例で入学している身だし」
「一夏さんっ?!」

何を驚いた顔してやがる。
テメエの勝手で、俺の、俺達の立場を、俺達の関係をどうこうするってのか? ブチのめ―――、
ゴンと、痛い音が頭に響いた。
結構な力を込め、鈴が俺に拳骨を見舞ったのだった。

「あんた、何キレてんのよ。そういう意図での発言じゃなかったでしょうが」
「『鈴は二組だからいらない』と言われ、つい」
「誰も一言も言ってないわよね?!」

ソーリーソーリー、クールダウン。
いかんね。
鈴とか弾とか、蘭とか千冬姉さんとか束姉さんとか、その辺の付き合いの長い人間といると感情ばっか優先させる子供になってしまう。
素の俺で良いと認めてくれた、大事な人達。
だけど、少なくともTPOぐらい弁えましょう、俺。

「とにかく、あたしは一夏と話しているから外野は黙ってて」
「生憎、わたくしは一夏さんと放課後にISの訓練をする話をしていましので外野ではありませんわ」
「おい一夏、私は何も聞いてないぞ……」

白熱するトークの中、無常にもチャイムが鳴り響く。

「と、時間ね。一夏、放課後のこの女との訓練の後空けときなさい」
「あいよ」
「お待ちなさい。まだ話は終わっていませんわ」
「あのねぇ、転校初日に授業に遅れる訳にはいかないの。とりあえず今日はそっちの好きなようにすればいいわ」

話はおしまい、といった風に去っていく鈴。置いてきぼりにされたセシリア。未だに凹み中の箒。
一回戦、鳳鈴音の圧勝。
さすがに社会で揉まれてるだけあるぜチャイナガール。



























「どういう事ですの、篠ノ之さん?」
「なに、私も訓練機使用の許可が下りたのだ。練習に参加しても問題あるまい」

セシリアと二人で来た訓練場B(天井が高いタイプ)には、篠ノ之箒が打鉄を纏い立っていた。

「打鉄、日本の量産型ISですわね。まさかこんなに簡単に許可が下りるなんて」

簡単じゃなかったと思うぜ。たぶん、篠ノ之束の妹である特例措置だ。
箒はISを嫌っていて出来るだけ触らないようにしているが、学園や国はしっかり動向を気にしている。

「では一夏、始めるとしよう」

剣を量子化し、構える。
馬鹿か、コイツは。

「今日はセシリアと飛行訓練をするんだ。戦闘訓練はしねぇよ」

へっ、と声を上げ置物となるモッピー。
最近箒に対して扱いが冷たいと自覚しつつ、コイツは変わらないと不味いのでこのまま。
例えば俺があいつと付き合って一生面倒見るってんなら話は別だが、そんなん現実的じゃないので矯正矯正。

セシリアはとにかく理屈で説明しようとする。
なので、細かい技術の部分を話させると理解しやすい。
スライスターンやらスプリットSやら教えてもらった。
逆にこっちは弱イグニッションブーストを教えてやった。
遠距離狙撃適正のセシリアにとって敵機ととっさに距離を取る技術は有用だ。
イグニッションブーストは苦手だ云々の言い訳を取っ払って、習得させた。























「一夏、はい」
「サンキュ」

男子更衣室に平然と現れた鈴が、オレンジジュースを渡してくれた。
襲われるとか思ってないのかね、こいつは。
生身で喧嘩したら負けそうだけど。

「あのイギリスの代表候補生、それなりにやるわね」

「お前から見たらそれなりかも知れないけど、俺からみりゃかなり強敵よアレ」

「でも一夏、勝ったんでしょ?」

「ありゃあ俺のこと舐めてたからな。こっちは準備万全にしてたし」

「あんたそういう下調べ欠かさないものね」

「臆病で慎重なのですよ、俺は」

プルタブを開けて、中身を流し込む。
冷えたみかん果汁が俺の喉を潤し、程良い甘みと酸味が俺を堪能させる。
生き返る。生きている。喜びに満ちる。

「鈴」
「なによ?」
「ありがとう」

帰ってきてくれて、こうやって傍に居てくれて、それが凄く嬉しい。
恥ずかしくて中々直接言えないけど、俺、お前のこと大好き」

「にゃははは。苦しゅうない近う寄れ」

俺の頭を撫でてくれる鈴。照れさせるつもりだったが流されて悔しいが、今はその温もりが嬉しくて、甘えることにした。
しな垂れかかり、抱きついて、膝を枕にした。

「ちょっとあんた! ……ちょっと、どうしたの? 一夏、本当に疲れてるじゃん?」
「最近、あんまりちゃんと寝れてないから。少しでいいから、膝貸して」

俺を跳ね除けようとした鈴は、そのままにさせてくれた。
ふとももの上にある重いであろう俺の頭を、その細い指で梳いてくれる。
汗でおでこに張り付いた髪を上げ、おでこに手のひらをあてる。

「熱はないわね。にしても、なんであんまり寝てないのよ」
「同室がさっきの篠ノ之箒で、やっぱりなんだかんだ他人だから緊張してるみたいでさ。
 学園では千冬姉の評価もあるから講義で寝こけるわけにもサボるわけにもいかないし。
 お昼なんかも人の目があるから、あんま寛げなくて」

汗臭いであろう男の体をそのままにし、黙ってきいてくれる鈴。
30分ぐらい、このまま寝かしてくれるかな。
や、ホント、なんだかんだ神経使うからきつくて。
女ばっかの園だってテンションあげて、下ネタで自分を盛り上げたって限界があって。

「あんた、篠ノ之と同室なの?」
「…んー。織斑先生の采配でね。全く知らない他人よりは、幼馴染の方が気が楽だろうって」

ふともも柔らけー。こんなに細っこいのに女の子してるんだもんな。凄いな女の子って。
あーねむねむ。

「幼馴染なら、良いワケ? 幼馴染であれば、同室が許されるの?」
「拙者の預かり知らぬルールがなければ、いいんでねーのー。それ以外の選択肢が特になかったから甘んじてましてー」

ガバリと立ち上がる鈴。必然と転げ落ちる俺。うおおおおおおおおおおおおおおお。
なんとか顔面のガードが間に合い、一安心。
なにこいつ安心させておいてズドンとかするタイプなの? 鬼か。

「甘んじるな。あんたのことでしょうが。他ならないあんたの健康のためでしょうが。
 あんたがそうやって事なかれで自分が損する様に立ち回るのであれば、こっちにも考えがあるわ」

「おいおい、なにキレてんだよ鈴音ちん。むしろ眠りかぶってた状態で床に落とされた俺が怒る場面だろ」

「あたしは! あんたの友達だ! あんたの健康が大事だ! 毎日ゆっくり眠ることが出来ない生活なんて認めない!」

叫んだ勢いのまま、鈴はどっかへ行ってしまった。
おいおい、手乗りタイガー大丈夫か?
大丈夫なわきゃねーだろ、追うぞ。


















「と云う訳だから、部屋変わって?」
「ふざけるな! なぜ私が!」
「篠ノ之さんが動きたくないなら、あたしの同室の子にお願いして一夏と交代して貰うわ」
「そういう意味ではない!」
「じゃあどうしたいのよ。篠ノ之さんだって、男と同じ部屋は嫌でしょ?」

九分九厘、ここだと思っていましたマイルーム。
絶賛モッピーとニクミーが言い争っております。イッピーですこんばんは。

「別に、嫌という程でもない…。大体、これは一夏と私の問題だ」

「『織斑一夏イチカ』の問題であるなら、『鳳鈴音あたし』の問題でもあるわ。
 知ってる? オールド幼馴染さん。一夏、最近ちゃんと睡眠できてないよ?
 目の下にうっすらだけどクマができてる。血色も悪いし、疲れが溜まっているみたい」

「だからどうしたと言うのだ!」

「どうした? どうしたって言った今! あんた一夏の健康をどうでもいいことの様に扱った?!」
「い、いや、そういうわけではなくてだな…」
「じゃあどういうわけよ! 自分の言葉に責任を持て! あんたと話しているとイライラしてくるわ」

苛立たしげに頭を掻く鈴と、半端に噛み付く箒。
もうすでに負けてますよモッピー。
イッピー知ってるよ。モッピーは口喧嘩弱いって。

「お前こそ、自分の行動を省みてはどうだ。人の部屋にずかずかと入ってきては失礼なことばかり。何様のつもりだ?」
「話をすり替えるな。あたしはあんたに部屋を替われと言ってんのよ。
 もしあんたが一夏のことを大事にするんなら部屋を替われ。
 もしあんたが一夏のことが大事でないのなら部屋から追い出す。それだけの単純な話」

「力ずくで追い出すつもりか?」
「無論、そのつもり」
「やってみろ!」

箒は叫んだ勢いのまま、竹刀を掴んだ。つもりだった。
そんな目の前に放置されている武器に注意を払わない俺の鈴音ちゃんではない。
箒の初動を見てから、箒より先に竹刀を奪い、投げ捨てた。
あらら、終わった。
ISを用いない単純な戦闘能力で云えば、たぶん箒はこの学園の生徒の中で最強だろう。
だがそれは、剣、ないし長柄の獲物や棒を持った場合に限られる。
素手での戦闘となれば、鳳鈴音には敵うまい。
今の瞬発力だけで判断しても、肉体のポテンシャルにおいては鈴が圧倒的に勝っている。

「この!」

武器を持たない箒が、力任せに鈴を倒そうとする。
鈴が迎撃しようとする。

…………。
なんだこの茶番。
誰が得するんだ。
なんで俺は観戦しているんだ。

違うだろ、織斑一夏。
それは違うだろ、織斑一夏。
世界オマエの中心は、織斑一夏オレだろう。

「ふん!」

全力で、二人の頭をスリッパで叩いた。
スパーン! と軽快な音を立て、静寂が訪れる。

頭を押さえて座り込む二人。
氣を込めすぎたか…。唸りくるスリッパの衝撃に撃沈したようだ。

「やいやいやいやい。何様だ手前等。誰を置いて話を進めてやがる。
 この『織斑一夏』の進退を、俺を抜きにして語るたあどういう了見だ」

「あんたの都合なんて知らないわよ。あたしが決めたあたしの最善を、全力で突っぱねて何が悪い。痛つつつ」

「……悪くないな、何も」

「でしょう」

早々に復活した鈴が、ナイ胸を精一杯張り自信気に宣言する。
確かに、例え鈴の将来に関与するとしても、もし俺がそれを必要と思うなら全力で突っぱねる。
俺達は何より、本人の意思を尊重して付き合ってきた。
ぶつかって、ぶつかりあって、ぶん殴りあって、それでも一緒に居たのが俺達だ。
なら、いつも通りじゃねえか。

「鈴」

「あによ」

半目で涙目なラブリー鈴ちゃんに、宣誓する。

「オマエ、何もするな。俺が俺のやり方で、俺の必要に沿って、俺を通す」

「はんっ。それでいいのよ」

環境を変えようとしない俺。
状況に流されようとしていた俺。
不満をだらだら愚痴にするだけで、改善しようとしなかった俺が大嫌いなタイプである、
何もせずに愚痴を口にする人間になってしまっていた俺。

そりゃ鈴が怒るわ。
こうやって実演してもらわないと気付けないなんて、駄目駄目ですだよ織斑一夏。




「一夏。あたし、約束覚えてるから」

「ああ、俺もだよ」

一年前、別れ際にした約束。
俺から鈴に約束した、将来。

「もし今度のクラス対抗戦。あんたがあたしに負けたら、アレ、諦めなさい」

「……お前だけは、応援してくれてると思ってたんだけど」

「勿論、あんたの夢だもの。応援してるけど、だけど、あたしはそれ以上にあんたが心配よ。
 だから、あたし程度に敗れるなら潔く諦めなさい」

「分かった。俺はこの勝負に『夢』を賭けよう。ならテメエは何を賭けるんだ」

全部なんでも

男らし過ぎるだろ、コイツ。
俺の夢を諦めさせる為に、自分の全てを天秤に乗せるんだとさ。
此処まで想われちゃ、引けねぇだろ。
此処で引いたら、俺じゃねえだろ。
勝ち目があろうが、勝ち目がなかろうが、そんなの関係ない。
逃げることが恥ずかしいんじゃない、闘わないことが恥なんだ。
人生なんて、そんなもんだろう。

「OK。賭けるのは『鳳鈴音の処女』だ。殺さず解体せず並べず揃えず―――散らしてやるよ」

「『百万回に一回起こることは、一回目に起きる』ってあんたは言ってたけど、きっとソレ、あってるわ。
 確信した。あたしとあんたがぶつかって、あんたが不様に這い蹲るのは、きっと大会一回戦の一試合目よ」

バッグを背に担ぎ、勝利宣言をして部屋を退室する鈴。
イケメンすぎんだよ、テメエのアクションが一々格好良くて気に入っちまうじゃねえか。
オーキードゥーキー。匙は投げられた。

「首を洗って―――股を洗って待ってろよ」

俺のわりかし最低な台詞にも反応しない箒さん、実は気絶している、なんて落ちでした。
落ちてねーよ! 落ちてんのは俺の品格と箒の意識だけだよ!
ちゃんちゃん。






































「で、なんでこうなってる?」

「別にいいじゃない。篠ノ之さんだって何も言えな―――言わないんだし」

あたしは、一夏のベッドに横になっている。
ベッドの主である筈の一夏は、―――もちらんベッドの中だった。
同衾です。添い寝です。
さっき聞いてみたら、今日ぐらいは、篠ノ之さんも大目に見てくれるそうだ。
返事はなかったのだから、見ないフリをしてくれてるのだろう。

「一夏、ほら」

「ん」

一夏はのっそりと、あたしの体に抱きつく。
伝わってくる体温に、安心感と愛情を感じる。
ああ、―――私は、帰って来たのだ。
日本に。
此処に。
一夏の、隣に。
それが、凄く、凄く、嬉しい。
まだ会っていないけど、弾だってきっと喜んでくれる。
蘭は嫌な顔するだろうけど。
まだちょっと苦手だけど、千冬さんも喜んでくれた。
私の、『鳳鈴音』の居場所は、変わらず在った。
それが、何より、嬉しい。

「泣くなよ、鈴」

一夏が私の涙を拭い、おでこにキスをしてくれた。
昔、今はもう居ないお父さんがしてくれたように。
私が、独りでないことを伝えるために。
私は、一夏の頬にキスを返した。

「こらこら、女の子の唇は安くないんだから、そんな簡単にちゅーしちゃいけません」

でも、嬉しいのだ。
この喜びを、少しでも返したいのだ。
私は、この幸せを掴むために、この幸せを取り戻すために、一年間血反吐を吐いた。
半年でISを扱える環境を作り、1年で300時間以上の搭乗訓練をこなした。
体力訓練、座学、芸能活動、そのどれも手を抜かず、睡眠時間を削り、自己を高めた。
たった一年と半年、日本から離れるのを耐えることに比べれば、たった一年間、地獄を見る方がましだった。
化粧を覚えた。愛想笑いを覚えた。胃液の味に慣れた。生理が止まった。私は、自分を殺すことを覚えた。
その鍛錬、その努力。それが実った。それが叶った。
だから、だから―――

「ねえ、一夏」
「ん……」

もう半分眠りについている一夏に、独白する。
あたし、頑張ったよ。
また、一夏と、弾と馬鹿騒ぎして、遊びまわって、三人で川の字になって寝るために、頑張ったよ?
夏になったら、川で泳いで、スイカ食べて、祭りにいって、花火やって。
秋になったら。
冬になったら。
ちゃんと、現実にできる様に頑張ったよ?
寝る前に今日は楽しかったって笑って、一夏におでこにキスしてもらって、弾に頭にキスしてもらって、二人に挟まれて寝るの。

「ありがとう」

軽い、触れるだけのキスを、一夏の唇に。
転校してきたばかりの私を誘ってくれて。
噛み付いてばかりだった私と遊んでくれて。
親の離婚で愛が信じられない私を支えてくれて。
意地っ張りで弱虫だった私を変えてくれて。
私を、愛してくれて。
ありがとう。



[32851] BLOOD on FIRE
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/04/22 13:59

「貴様は! いい加減にせんかァ!」

寝ている俺のレバーを激情に任せて打ち抜く篠ノ之箒ちゃん。
俺は死んだ、スイーツ。

「ふぁ~あああぁ。おはよ、篠ノ之さん」
「鳳! なぜお前が一夏と同じ床についてる!」
「朝から元気ねぇ、何かいいことでもあったの?」
「悪いことしかないわっ!」

馬鹿野郎。悪いことがあったのは俺だ。
死ぬ。いっそ殺して。苦しい苦しいくりしいいいい。

「篠ノ之さん、男女の友情はありえないとか言っちゃう系の人? あ、あたしは鈴でいいよ。
 鳳って呼ばれるのあんま好きじゃないし、鈴音って呼びづらいでしょ?」

「そうか、では鈴。ん? お前やけに友好的ではないか? 昨日はあれ程好戦的だったのに」

「にゃはは。あたしはこれでいい。―――ううん、こうじゃなきゃね!」


先輩、痛くて泣きそうです。泣いて、いいですか。
固法先輩、最近会ってないな。
結構あの人のフランクな性格好きだったりするんですよね。
あとでメールしとこう。


「そいじゃあね、一夏、篠ノ之さん。来週のクラス代表戦、楽しみにしてるわ」

「おうよ。鈴、―――愛してるぜ」

あたしもよバーカ

舌を出してあかんべーして去っていく鈴。
やだ可愛い。なぜ俺は今シャッターを切らなかった。ちくせう。

「一夏」

「お、おう」

「死ね」

「え?」

なにそれこわい。
散々空気だったモッピーに突然死ねと言われた。
え、なにそれこわい。

それきり肌襦袢から制服に着替えるためカーテンの向こうへ消えてしまった幼馴染。
なにこのもやっと感。
マジモヤッピー。




























「で、なんでこんな状況になってんだ?」
「わたくしも同感ですわ。篠ノ之さんはともかく、何故貴方まで居るのかしら」
「……セシリア・オルコット。お前が私を嫌っていることはよく分かった」

ISを纏った俺と、箒と、セシリアと、鈴。
わけがわからないよ。
アイツ明らかにフェードアウトしてたじゃん。
間違いなく大会当日まで出てこない雰囲気だったじゃん。


「1組とか2組とかまだ言ってるわけ? あんたら馬鹿じゃないの?
 学園が勝手に決めたクラスなんて枠組みで、敵とか味方とか定めてるの?
 だったら頭おかしいわよ。本気で通院することをお勧めするわ」

いや、お前が何言ってるの? って感じなんだけど俺からすると。
それもう俺が言った台詞だから。あとこの場面本来回想だから。
お前を倒すために俺はこんな訓練を積んだんだ! って戦闘中に思い返す部分だから。

「あたしは鳳鈴音で、そこに居る織斑一夏の味方よ。あんた等は、1組だから一夏の味方なの?」

「そういう訳では、ありませんけど」

なぜ右下に視線を逸らし頬を染めちょっとくねくねする。誘ってんのかセシリア・オルコット。
箒もなぜ考え込む。納得する場面じゃないから。
俺はクラスの代表で、俺の活躍でクラスの今後が決まるといっても過言じゃなかとですよ?
敵だろうがそこのちみっ娘は。
何その良い事言ったっぽい流れに押し流されそうになってんだよ。

「一夏。あたしも2組の代表だし、中国の代表候補生だから手は抜かない。
 けど、あたしは鳳鈴音だから、あんたの応援をしてあげるわ」

甲龍の機能/武装をオミットし、訓練機とさして変わらない性能/兵装でISに乗る鈴。
手の内を晒す気は毛頭ないってか。けれど、俺に訓練をつけてくれる、と。
泣かせるじゃねえか。男前すぎんだよお前。

「英国の第三世代機も中々のスペックだけど、今回の相手とは戦闘スタイルが似ても似つかないから、
 あんまし練習にならないでしょ。来なさい一夏、あんたの好敵手ライバルは此処にいるわ」

「わたくしの母国が誇るブルーティアーズを、『中々』なんて上から見た評価を下すなんて。
 頭に息をする穴をもうひとつこさえたいとしか思えない発言ですわね」

「そういうセシリアもはじめは俺のこと猿だの日本のこと文化的後進国だと馬鹿にしてたけどな」

オマエモナー、と。
さすがの俺でもあのAAを顔真似できねーぜ。

「お願いですから忘れてください一夏さん後生ですから。本当にあの時のわたくしはどうかしていましたの」

セシリアがなんか三白眼になってる。はわわってなってる。
芸達者だな英国の代表候補生は。

「おい」


あ、やっべぇ。
話題選択ミスった。
ジャパンジャンキーの存在を忘れていたぜ。

「おいセシリア・オルコット。あたしさ、『日本』が大好きで、日本に戻ってくるために代表候補生目指した、
 みたいなもんなのよね。ぶっちゃけると本国じゃなくて日本で骨を埋めたいと思ってるくらいだし。
 そんなあたしの大事な国を侮辱したの、あんた? なら、後悔させてあげるわ。
 ―――構えなさい、セシリア・オルコット!」

鈴ちゃん、瞳からハイライトが消えてるやめてー。
セシリアはその明確な害意に怯え、構えてしまった。
あーあー。やっちゃった。
構えなきゃよかったのに。構えたからには襲ってくるぜ、そのタイガー。










以降、音声のみをお楽しみください。

「小太刀二刀流とかマニい(一夏語:マニアックの意)な。
 お、弱イグニッションブースト、なんだかんだセシリア使えてるじゃん。
 でもスターライトなんちゃら全くあたらねぇな。あれって照準があった瞬間に意図的に軸ずらして外してんだろ。
 直感なのか反応なのか判断がつかないところ。反応だったら人間性能で勝ち目がねーや。
 遠隔操作のブルーティアーズもかすらないな。射つタイミング完璧に読まれてんだろ。
 位置取りもか。ブルティアーズの対角にブルーティアーズは存在しない。セシリアもだ。
 撃てないわけねー。あららー足が止まってんぞセシリー。ちなみに俺はF91が一番好きだったりする。
 あ、むしろ鈴が撃った。なにあのアサルトライフル。リヴァイブの武器持って来てたんだ。
 あーそう。拡張スロットとかあんのね。スタビライザー、っての? あんがと白式。
 おおう、回転剣舞六連。八連、十連、おい十八連越えたぞまだまわんのか。あいつ絶対強壮薬飲んでるよ。グレートだよ。
 鬼人化の乱舞だってあんな削らないだろうに。セシリア逃げてー超逃げてー。お、逃げれた。
 あ、捕まった。オワタ。…え、俺アレとやんの? 馬鹿なの? 死ぬの(俺が)?」


 








「ってわけで、逃げてきた」
「イッピーまじでヘタレ」

放課後の教室は帰宅部のガールズトークスポットと化していた。
そんな中、虚ろな目をした青褪めた男が一人現れる。
何を隠そう、俺だった。
で、ガクガク自分の机で震えているところ相川さんに捕まり、現状をお伝えしたのであった。

「いやいや、ドヤ顔してる鈴を無視して、落とされたセシリアを見捨てて、
 セシリアに駆け寄った箒を見なかったことにしてバレずにここまで逃げ込んだ俺はたいしたもんよ」

「イッピーまじで人間の屑」

「君の言いたい事も分かる、分かるけど!」

「情けないなー。どうしちゃったよ男の子。中学時代、虎と恐れれた織斑イッピーはどこにいったのさ?」

「それ鈴だから。『春日西中の手乗りタイガー』だから。俺と弾は手下扱いだったから。
 地元じゃ勝ち知らずだから。どれだけ俺と弾があの獣の娘の躾に手を焼いたか知ってる癖に!」

はははと笑う相川さん。くそう可愛いじゃないか。ずるいぞ可愛い女の子。
そういやガッ君も言ってたもんね。『女性の武器は笑顔だよ』って。

「卑屈だなーイッピーは。あのイギリス代表候補生、セシリア・オルコットとの熱戦を繰り広げた
 あの日のキミはどこにいった?」

「んなもん年中有給だ。もう帰ってこねーよ」

「格好悪いなぁもう。……格好つけさせるのは女の役目か。良しっ! いっぴーいっぴーっ!」

相川さんが俺の耳元に寄ってくる。なになに内緒話。いつも内緒話を遠巻きにされる側だから結構嬉しいよ俺。
イッピー知ってるよ。未だにクラスの女の子達が俺をハブってるって、イッピー知ってるよ。

「今日ね、相部屋の子居ないんだ」



































(゚д゚ )
































( ゚д゚ )






























小声で、俺の耳元で、相川清香はそう囁いた。

「いやいや、ほら俺今アレ持ってないから、こよなく一際めっぽうに極めて喜ばしいお誘いだけど」

「ああ、それなら大丈夫」

おいおい大丈夫ってなんだ周期的なあれかそんなもん覆すぞきっと俺の遺伝子はそれともなんだ
きゃべつ畑っても大丈夫って意味かそりゃ生命的には喜ばしいけどそこまで俺は覚悟ないぜっつーか
箒と同部屋だし一人になれる時間なんて殆どないし滅法ご無沙汰だからこの距離まで寄られただけで
「くそ、静まれ俺の右腕」状態だかんな分かってんのかこの女郎その辺よく考えて発言をしry

「ほら私、新体操やってるじゃん。クラブでやってる方の大会があの日と被りそうだったから、薬飲んでるんだ」

「お邪魔します。絶対にお邪魔します。ダイナミック入室します」

「えー、でもなあ、へたれで屑な織斑くんが遊びに来ても部屋には入れたくないなぁ」

「ハッ、俺ぐらい毅然として人の鑑となれる男も早々いねぇぜお嬢さんよ」

「私、強い男の人じゃないと部屋に入れたくない病気に先週から罹かっちゃってぇ~」

「なら余裕だな。初のIS公式戦にて国家代表候補生相手に白星をつけた男は、俺を除いていないだろうさ」

「へえ、じゃあ来週戦うかも知れない『中国の代表候補生』にも、余裕で勝てちゃうのかな?」

「……上等だっ!」

強がれ、男の子。



































「清香ちゃん。まだイケる?」

「一夏くん。あんたはこんだけ人の中に放っておいて、まだ満足してないのかっ」

もうとっくに溢れているのに、それでも注がれて。
私の女は、満たされてしまった。
と言うのに、この男は未だに満足していないらしい。

「そんなの俺が悪いんじゃない。清香ちゃんが可愛くて『良い』のが悪いんですよー」

一夏くんの手が、私の肩をなぞり、胸を伝って、腰へ触れる。
こんなにシて貰えるのは、私が可愛いからか、彼が絶倫だからか。
たぶん、悔しいけど後者だ。


「一夏くん」

「なんでしょ?」

「なんで、私じゃ駄目なの?」

まさぐる指はそのままに。
私は、ずっと聞けなかった質問をする。
一夏くんと『こういう事』をするのは初めてじゃない。
彼氏がいる時期を除いて、私はこうして一夏くんと極稀に『対話』をしてきた。
もちろん、それだけで彼女面をするつもりはないが、私は彼の輪の中に入れて貰えなかった。
間違いなく、互いに互いのことを好ましいと感じている筈なのに。
私は、彼にとって輪の外の仲が良い友人でしかなかった。


「恐らく、清香ちゃんと付き合うのは楽しいと思う。それなりに上手く付き合って、
 それなりにお互いのためになる関係を続けられて、それなりに幸せになって、
 それから、―――間違いなく別れるよ」

「なんでそうやって、決め付けるのさ」

「だって、俺たちの関係って代用が効くもん。特別じゃないからさ。
 惰性で付き合うことはあっても、妥協で付き合ったら人は駄目になる。
 だから、俺、相川さんのこと好きだけど、付き合えない」

「鈴ちゃんは、特別なの?」

「特別だ。例えば、明日神託があって世界中の人が鈴を殺そうとするなら。
 迷い無く俺は神を殺して鈴と二人で世界から逃げ回るだろうさ」

「世界と戦いもしなければ一緒に死んであげもしないんだ…」

「そりゃあそうでしょう。鈴が原因で死ぬことはあっても、鈴を理由に死ぬことはないね。
 ましてや後追い自殺なんてナンセンスだし、そんな間柄でもないし」

きっと一夏くんは、鈴ちゃんの為に死ぬことを厭わない。
そして一夏くんは、鈴ちゃんの所為で死んだと喚かない。
たぶんそれは、鈴ちゃんも弾くんも同じで、輪の外からは歪に見える、愛の形。
もし、それが私だったら。


「もし、それが私だったら」

「涙を流そう、香典を用意しよう。毎年御参りしたって構わない。
 だけど、相川さんに人生は賭けられないや」

「そう、だよね」

泣いてない。泣いてないもん。
別に、遊びだもん。
織斑一夏が、私のものになるなんてはじめから思っちゃいない。
私が、織斑一夏にものになるなんてはじめから思っちゃいない。
思っちゃいないけど、私がどれだけ心を割いても一夏くんと深く重なることはないのだ。
それが、切ない。

「それでも、今は清香ちゃんだけだ。俺の体も、俺の心も、俺の欲望も、
 全てキミにしか向かっていない。それじゃ、駄目かな」

私の胸にある微かな恋心は、じくじくと鈍い痛みを発す。
一夏くんと交際した未来を想像して、その情景は幸せだった。
だけどその絵には、長続きしそうにもなければ、鈴ちゃんも弾くんもいない。
つまりはそういうことだろう。
だから、これでいいのだ。
私は、私のやり方で彼を支え、彼の好意/行為を受ける。
たぶんそれは、私にだけが許されている、彼への歪な、愛の形なのだから。

































クラス代表戦、第一回戦第一試合。
一年一組、代表・織斑一夏。
一年二組、代表・鳳鈴音。

当日に発表されたトーナメント表には、そう書かれていた。
そんなもの見るまでもなく、そうだろうと思っていたけど。

アリーナのフィールド中央で、腕を組み俺を待つ鈴。
まとったIS・甲龍は以前みた姿とは違い、その全機能/全武装を展開している。

「鳳さんのISは甲龍<シェンロン>、織斑君のISと同じ近接格闘型です」

知ってるよ山田先生。
武装も、戦闘スタイルも、強みも、全部知っている。
そして俺のは近接専用型だ。鈴のとは違う。

「言うまでもありませんが、わたくしの時とは勝手が違いましてよ。
 まああれだけ研究なされていたのなら、弱点も分かっているのでしょう?」

「無かった」

「え?」

「だから、弱点無かった」

鈴の努力の程が伺える仕上がりだった。
近、中距離における甲龍に欠点はない。
格闘性能、射撃性能、迎撃性能、機動力、装甲、燃費。
そのどれを取っても標準以上の性能を誇る、万能型のアッパークラス。

「一夏。何処までいっても、私達は剣士だ。―――近づいて、斬れ」

「これ以上ないアドバイスだ。ありがとうよ」

箒さんマジ武士娘。
歪みねぇな。

「ISスーツの鈴も凛々しくて可愛いなぁ」

あれで殴られたらすげぇ痛そうだなぁ。
何故か、俺の頬にスターライトMkⅲが突きつけらていた。

「良く分かりませんが、僕が悪かったです許してください」
「一夏サン、試合前にあまりおふざけに走らない方が身の為ですわよ」

馬鹿野郎、本心だ! と吐露する勇気は、僕にはありませんでした。

「それでは両者、規定の位置まで移動してください」

「了解。織斑一夏、白式、未来を切り拓く!」

カタパルトから発信し、アリーナ中空に滞空する。
それを見て、鈴も空へ上がってきた。

「あんたと本気で争うのって、いつぶりだっけ?」

「確かあれだ、中2の「チョコムース七日間戦争」がラストだ」

「あのときは、あたしの圧勝だったわね」

「勝負はな。俺がぼっこされたけど、俺の勝利目標は達成されたから問題ない」

「あんたあんだけタコ殴りにされておきながら、まだ負けを認めてないの?」

「負けてねーよ! 試合には勝ってるから俺の勝ちだよ!」

だがしかし、中学二年生の女の子に肉弾戦でフルボッコにされる当時の織斑一夏くんが、
一晩姉に慰められていたのは僕達だけの秘密だぞっ!

「試合を開始してください」

「それじゃあ、一夏、始め―――」

俺は黙って、まっすぐ左拳を突き出した。
鈴も、自分の左拳を、俺の左拳に軽く当てた。
俺達の、仲間内だけに伝わるサイン。

「ぜえええええええいっ!」
「ふっ」

俺の雪片と鈴の青龍刀がぶつかる。
パワーは、向こうが上だ。
初撃の勢いのまま、お互い距離を取る。

「ギアを上げるわ。しっかり、着いてきなさい」

鈴は青龍刀をもう一本呼び出し、二刀流となる。
双天牙月。
鈴はクルクルと二本の刀を回し、パフォーマンス。
いやいらんだろ、その動き。


















予定調和のダンスのように、白式と甲龍が刃を合わせる。

鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合い、鎬を削る。

純粋な剣技ではこちらが勝っている(と思いたい)が、体術や身体能力に関してはあちらが数段上。

切り結びの合間に鈴は双天牙月をくっつけたり外したり回してみたりとまだまた余裕のようである。

あんだよあのパフォーマンス。ちょっとテクいとか思ってんのか? 俺もやりてぇ!

初撃から数えて10合目で、鈴が話しかけてきた。

「ウォームアップは、もうお仕舞い?」

「悪いな、待たせた。もう充分だ」

「なら、沈みなさい」

衝撃が、白式を穿った。
甲龍が誇る第三兵器【龍砲】
空間を圧縮することで砲身、弾丸を形成し不可視に射出する兵装。
単発の威力はそれほど高いわけではないが、連射が可能で非常にエネルギー効率が高い。
物体的な砲身が存在しないため基本的には射角が無制限であり、また不可視の弾丸は非常に強力な武装である。
鳳鈴音@Wiki○diaより抜粋。

「今のはジャブ、ってなんでまともに喰らってんのよ?」

「初見だからさ、ほら喰らっとかないと盛り上がらないジャン?」

「弾見えないから、あんたが勝手に吹っ飛んだように見えてギャグだから」

ですよねー!
え、俺喰らい損?

「りゅうほう を やぶらぬかぎり おまえにかちめはない」

         ・ ・ ・
「大丈夫、もう覚えた」

「……へえ。その言動、妄言でないと証明してみなさいッ!」

鈴が吠える。龍砲が咆える。
俺は、少しだけ右にずれた。

「あんた、何を視てんの!」
「大気の流れ、空気の吸引、空間の歪曲、映像の屈折。―――甲龍のアンチロックユニット。
 そこに全てのモーションがある。それさえ見抜きゃ、幽霊見るより簡単だぜ?」

そうだお前ら、山に篭れ。山はいいぞ山は、こっちじゃ見えないモノが見えてくる。
山という存在の一部になった時、目で見なくても感じられる何かがあるって気付くから。

鈴が立て続けに砲撃を撃ってくる。
それに合わせて、ちょいちょい動いて避けしていく。

「そう。―――だからって、舐め過ぎよ!」

右に三歩分ずれて避け、れてない!

「その辺に動くと思ったわ」

にっしっしと笑う鈴。してやられたでござる。
たぶん砲門をそれぞれ俺の両サイド狙って撃ちやがった。
こっちが撃つ瞬間を察知して、避けることを前提に。

「準備運動も手の内晒しも充分でしょう? そろそろ来なさいよ一夏。
 まだあんたは、切り札エースすら切ってないんだから」

「そうだな。―――雌雄を決するぞ、鳳鈴音!」

「その刃、私に届かせてみなさい、織斑一夏!」

「是非も無しッ!」

こちとら近接専用型、寄らば斬れない寄らずんば斬れない、寄るしかねぇ!
質量をぶつけるように雪平弐型を叩きつける。とりあえず力で押し切るしかねえ。
なんで剣道で二刀が主流じゃないのか。
そりゃ、一本の方が速くて重いからに決まってんだろうが!

片手で受け止めさせない力を込め、甲龍に打ち込む。
チャンスなう。
上段、火の型、チェリオー!

「ぐっ!」
「喉元がお留守だぜ!」

頭上で月牙をクロスさせて受けとめる鈴の、喉元は手刀突きを放つ。
この爪、凶悪そうな外見だからいつか使おうと思っていたんだよね。

「あんたもね!」
なんか警鐘がマッハで鳴ってたから、理解もせず飛び退いた。
一瞬前に俺の居た空間を一蹴する鈴の蹴り。
その脚先には、レーザーブレード?

「あらら、今の避ける普通。ああコレ? 脚部型光線短刀、あたしは【咢】って呼んでるけど」
「リーチとか使い勝手の良さを犠牲に、燃費の良さを度外視した高火力近接兵装かよ」
「けっこう手数だけで普通の相手なら圧殺できるんだけどさ、甲龍、火力足たんなかったから
 兵器開発してつけてもらっちゃった♪」

可愛く言っても誤魔化されねえぞ!
えげつねぇ。
しかも、あれ。

「それ、公式戦で使ったの初だろ?」

「そうよ。あんたの為に取って置いたに決まってるでしょ」

「愛されてんなあ、俺」

「まさか、冗談。あたしが強過ぎて、使う相手がいなかっただけの話よ!
 あんたは特別に、あたしの道、牙の道を刻んでやるわ!」

龍砲と、双天月牙と、咢の波状攻撃。
無理無理無理無理無理だって! 蝸牛だって! 殺す気か!
近接格闘型? 近接格闘特化型かよ! なんで近接格闘専用型より近接格闘が強えんだよ!
捌ききらない、何発かもらっちまってる。
必死で、逃げた。
近接格闘専用機が、近接格闘機から近接格闘を嫌がって、逃げた。
な・さ・け・ねー!
ランナーが俺じゃなかったら、腹抱えて笑ってんぞド畜生!
視線から龍砲の着弾ポイントを盗み、シールドバリアを解除し、腕部と脚部装甲を前に出しわざと受けた。
体育座りみたいなだっさいポーズで、その衝撃を利用し後方へ逃げる。
か・っ・こ・わ・りー!

必死だな、俺。
つーか鈴、強すぎ。
何あれ、お父さん泣いちゃいそうよ。

でも、勝つって言っちゃったし。
正直厳しいけど、前払いで御褒美もらっちゃったし。
女の子に、格好つけさせてもらっちゃったし!

なら、必要なのはハートだけ。
無理無茶無謀は大親友だ。
白式、オマエに魂があるのなら―――応えろッ!












「近距離だろうが中距離だろうが、死角はない。あたしと甲龍に、弱点なんかない」

「弱点がなきゃ、作りゃいいだけの話だろうが」

甲龍の射程範囲外へ離脱。更に距離を離すが、鈴は俺の行動をいぶかしんで追ってこなかった。
遠距離どころか、中距離武装すら持たない白式で距離を稼いで、何をするのかと。
箒の言葉を思い出す。「近づいて、斬れ」と、彼女は助言した。
たまには言いこと言うじゃねえかあの女。
シンプルだ。実にシンプルだ。ごたごた悩むより好ましい。

両手、片膝を地につき、尻をあげる。
イメージしろ。
ISの操縦は、ランナーのイメージに順期する。
想い描く姿、それは―――

「Get Set」
[ON YOUR MARK]

最速の男。
ラディカルにグッドなスピードの男。
あんた以上に速い存在なんて、俺は知らない。
その速さを以って、己が身を弾丸にする。
弱点らしい弱点を持たない甲龍のウィークポイント、遠距離武装で攻めてやるよ。

俺の白式が、あいつの甲龍に勝っているのは火力と機動力のみ。
だったら、ワンチャン勝負に出るっきゃねえだろ!
貫け、奴よりも速く!


「GO!」
[IGNI][IGNI][IGNI][IGNI]

弧を描くように、弱イグニッションで加速する。
鈴が反応し、龍砲を放つがランダムに加速していく俺に中てることが出来ない。
加速して、加速して、加速して―――
機体が軋む、空気がアスファルトと化す、視覚情報の処理に頭がおいつかない。だから。
加速して、加速して、加速して―――
この身は既に放たれた弾丸。あいつが避けようが逃げようが関係ない。
俺が0秒であいつの位置まで到達すれば、外れる道理はない。







加速して、加速して、加速して得た慣性をそのままに、

連時、加速!Consecutive Ignition
[Multipll Acceleration]

瞬時加速を上乗せする。
限界性能カタログスペックなんてとっくに突破したスピードの中、【零落百夜】発動。
もう視界は鈴を捉えていない。
ここまでくりゃ関係ない。振ればあたんだろ!
シールドエネルギーの残量も、この一発の為の燃費も、知った事か!
この一撃を通さなきゃ、負けるだけだ。
だったら、全力でやるだけだろうがッ!
受けれよ、俺の速さを!

「届けェェェェッ!」

ダンプカーが衝突したかのような衝撃。
天地が入れ替わりまくって自分の状況が分からない。
そりゃあのスピードでぶつかりゃミキサーにかけられたみたくなるだろうさ。
オートバランサーカット、機体慣性制御全開、シールドバリア解除。
グラウンドにヤスリがけされながらも、なんとか態勢を立て直す。
視認した鈴は、―――糞、まだ終わってねえじゃねえか!
俺式覇翔斬りはかなりのダメージを与えた様だが、これで倒してなきゃいけなかったんだ。
延長戦も泥試合も再試合も、どれをやってももう鈴には勝てない。
一度復帰されてしまえばそれまでだ。
なら、このまま押し切る!

「でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」

スラスターを目一杯吹かす。
甲龍が崩れている、今、今、今!
もう一発、もう二発、何発だっていい、倒れるまで斬りつけてやる!
《試合中止、織斑、鳳、直ちに退避しろ! おい織斑! 聞こえてないのか!》
鈴が俺の接近に気付く。
おい、なんで笑ってんだよテメエ。
迫撃を今にも喰らいそうだってのに、なんで笑ってんだよ。
狩りを楽しむ獣みたいた笑みしやがって、興奮しちまうだろうが!
[AdministratorAuthority Disentitle. I have Control]
雪片弐型がぶつかる瞬間、白式が停まった。
おい、動け、動けよ、今動かなきゃ、今やらなきゃ、俺が負けるんだ!
そんなのお前だって嫌だろう! だから動けよ!

《一夏、返事をしろッ! 一夏、一夏!》








白式が、織斑千冬の声をブーストして俺の頭の中に流して
おおう、あまりのボリュームにぐわんぐわんするぜ。
白式が操作を返してくれたので、ひとまず状況確認。
アリーナ天井のバリアが破られてて、アグレッシブ入場をかましたらしいウルトラ馬鹿が一体。
観客席の隔壁は降りてて、赤いパドライトが明らかに異常事態であることを伝えてくる。
あれ、いつの間にやら緊急事態っぽい流れ。気付けよ、俺。

「あいよ姉さん、聞こえてる。ところで、アレはなんだ?」



《所属不明機だ。危険だからピットへ戻れ。教師陣を直ちに出撃させるから対応はこちらに任せろ》

「教師陣が出てくるまで、時間を稼ぎます。放置するにはヤバすぎるでしょ、アレ」

《無理はするなよ》

「勿論です」














煙が晴れて、そのブサイク面を晒しやがった木偶。
さあて、最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけられた礼をしなくちゃならない。
どっかの司教が言っていた、相手の注意をひく最高に腹立たしい方法。
おいてめぇ、楽に死ねると思うなよ?

「こちらIS学園生徒。所属、姓名を述べよ。繰り返す、所属、姓名を述べよ。
 なお応答がない場合、こちらの安全の為攻撃を開始する」

返事はビームでやってきた。
OK、潰す。
ぜってぇー潰す。
俺と鈴の掛け替えのない時間を邪魔しやがって。
鈴に蹴られて死ね。

「向こうはやる気満々みたいよ。あんたは下がってなさい」
「お前だってやる気満々じゃねえか。俺に任せて下がっとけよ」

「じゃあいつも通りで」
「そうだな」

「「せーのっ、じゃんけんぽん!」」

俺がグーで、あっちがパー。

「そんじゃ、先行はもらうわよ!」

鈴が飛び出していった。
龍砲を撃ちつつ距離を詰め、双剣で襲い掛かる。
あの攻め方ズルいよな。砲身が動きを阻害しないから、格闘と銃撃を同時に行えるんだもん。

「二番槍、行くぞ!」

背後をとるように接近して、真後ろから剣を振るう。
おい腕が間接の動きを無視して曲がってんぞ。そんな腕でガードすんなホラーだよ。
鈴と二人で攻撃を続けるが、たいしてダメージを与えられてない?

「ああもう、リミッターさえ外れればこんな奴!」

試合の最中間違っても解除されないように、俺達のISには強固なリミッターがかけられている。
そのせいで甲龍は出力が低下し、思うように決定打を与えられない。
かくいう俺も、零落百夜を発動させると奴が全力で抑えにくる為、致命打となる一発が与えられない。
ジリ貧。
言わずもがな俺はシールドエネルギーもう尽きかけてるし、鈴も俺の一撃が通った所為でかなり持っていかれてる。
正直、甲龍の燃費の良さと鈴の手数の多さでなんとか膠着状態を維持している状況だ。

「一夏、たぶん後3分も持たないけど、なんか策ある?」
「ちょっと今考えてる。あと十秒待って」

あの腕がやっかいなんだよなぁ。俺が剣を振る前にアームが変則的に伸びてきて掴まれる。
リーチも足りてない。
射撃戦は俺が出来ないし、鈴も射撃がメインの機体じゃないし。

白式が射撃武装を使えたらよかったのだが。
鈴が抑えてくれてる状態でなら撃ち放題。

「鈴、銃持ってる?」
「スコーピオンが一丁、バススロットに格納してるけど、なんで?!」

捌きながらも鈴が答える。
サブマシンガンか。駄目じゃん火力足りない。
そうだよ、遠距離武器だったとしても火力が足りなきゃ意味がないよ。

「一夏、とっくに十秒経ってるわよ!」

アレ、白式の遠距離武装って、さっき、俺がでっちあげた―――

「鈴、20秒。頼めるか?」

「楽勝よっ!」

返事一つとっても頼もしいぜこの子虎ちゃん。
お前性別間違えてるんじゃねえの? とたまに思わなくもない。
いや、すっっっっごい乙女な鈴音ちゃんも知ってるけどね。

「愛してるぜ、鈴!」

あたしもよさっさといけ一夏バカ

白式を急上昇させる。
必要なのは高さだ。まず高さを稼ぐ。



























「あの馬鹿は、こっちの気も知らないで、場所も選ばず好き勝手やってくれちゃって!」

双天牙月による連続攻撃と、龍砲をそれぞれの砲門から交互撃ち。
出来るだけ攻撃の間隙を無くすように意識する。
何気にこの龍砲の交互撃ちって、すごく気を使うから必要とするからあんまりしたくないんだけど。

「あの馬鹿は、こっちの気持ちを知ってくる癖に、いつでも好き勝手やってくれちゃって!」

所属不明機のアームを牙月で弾き、空いた胴体に龍砲をぶち込む。
確かにヒットしたのに、それでも効いてる様子は無い。
これって何処の第三世代機よ。こっちにリミッターが掛かってることを差し引いても、性能が段違いだわ。

「あの馬鹿は、いつでも何処でも自由気ままでやりたい放題で、付いていくのも精一杯だってのに!」

なんとか十秒、折り返しだと安心した所で、パンチを一発もらってしまった。
不味い、距離を離される!
まだ、まだ、―――まだ!
代表候補生、舐めんな!
ヒットバックに合わせて、ビームが撃ち込まれる。
が、それがどうした。
この程度じゃ、あたしは止められない。
怯えてガードしそうな心を噛み殺し、意地で龍砲を撃ち返す。

「馬鹿みたいな夢追っかけてるから、無茶なことばっかして成長していくし!」

双天牙月を両サイドへ投げる。
所属不明機の意識を龍砲で正面へ惹きつける。

「いつか大怪我するんじゃないかって心配だし! 置いていかれそうで心配になるし!」

挟み込め、双天牙月!
両サイドに投げた牙月が、お互いの軌跡で円を描き引き寄せられるように奴に直撃した。
左右からの同時攻撃に一瞬動きが止まる。
逃さない!

「だから、だから、だから!」 (それでも、)

突っ込んで、脚部ブレードによる跳び蹴りを見舞う。
これでも駄目かぁ。結構今のは自信があったんだけどなぁ。
返す刀で、殴られた。
思いっきりノーガードの所を殴られて、踏ん張れない。
だけど、後3秒は付き合ってもらうわよ。

「『鳳鈴音あたし』は、『織斑一夏あんた』が、大好きダイキライだ!」

吹っ飛びながら、腕を振るう。
真下から当てることができた牙月が、しっかり奴の動きを止めてくれた。
ワイヤーを巻きつけておいた牙月を、力任せに振り回してぶつけるだけの情けない足掻き。
ごめんね、牙月。
剣筋も立てられず、あんな堅い相手に峰の部分で思いっきり叩きつけたせいで、牙月は折れてしまった。
もう甲龍は完全な死に体。
龍砲も撃てる状態にない。
だけど、的にぐらいはなれるだろう。
それで、あいつの役に立てるのなら。
それでいい。























「風力、温度、湿度、一気に確認。ならば、やってやりますか!」

高高度からの背面落ち(インメルマン・ターン)。
もう連時加速するエネルギーは残っていない。残ってないので、エネルギーは別のとこから持ってきた。
この潤沢な位置エネルギーを、使わざるを得ない。
覇王翔吼拳が使えたらよかったんですけどねー。

雪片弐型の切っ先を地面に向け、空気抵抗を減らし加速する。
残っているエネルギーはわずか。
だけど、瞬時加速一回と零落百夜一発分あれば事足りる。

「速さは質量に勝てないのか。いやいやそんな事はない速さを一点に集中させて突破すれば、
 どんな堅い装甲であろうと貫ける。―――ですよね、兄貴」

轟々と風切り音が五月蝿い。
鈴がなんか叫んでるみたいだけど、聞こえない。
気になる。気にはなるが、それよりも俺には大事な仕事がある。
女を働かせて作った時間を、無駄になんか出来ねえよ。
一撃で、落とす。

「先に言っておこう。―――たった一つ、シンプルな答えだ」

【零落百夜】、発動。雪片弐型、出力全開。
バリアでも装甲でもサイサリスのシールドでも持ってこいや!
その悉くを切り裂いてやるよ!

「テメーは! 俺を! 怒らせたァッ!」
[Ignition BOOST]

瞬時加速の勢いのまま、奴の胸元に突撃する。
右手で俺を捕まえようとするも、勢いがつきすぎて捕まえられない、止められない。
即座にガードに回した左手は、容易く貫き、腹部に突き刺さり、それでも勢いは止まらない。
このまま、逝けや!

雪片弐型を突き刺したまま、その勢いのまま、地面に追突する。
重閃爆剣に匹敵する手応えと共に、汚い標本の完成だ。

「一夏、まだ終わってないわよ!」

鈴の声が響く。
腹を完全に貫通しているというのに、それでもまだやれるらしい。
装甲の堅さだけでなく、耐久値までこのレベルかよ。
なんつー規格外だ。
でも、

「いや、もう終わってるよ。なあ?」

「ええ、―――チェックですわ」

ブルーティアーズとスターライトMk.Ⅲによるビーム一点斉射。
圧倒的火力の飽和攻撃。
あれ、瞬間的火力はともかくそれ以外ってセシリアってかなりの火力じゃない?
もしかしてコレ、鈴とセシリアのタッグなら、楽勝、だった…?

「イッピー知ってるよ。真実はいつも人を傷付ける、イッピー、知ってるよ……」
「何小声でぼやいてんのよ。……やるじゃない、セシリア・オルコット」

「当然ですわ。わたくしこそがイギリスの代表候補生、オルコット家党首、セシリア・オルコットなのですから」

髪をかきあげ、ドヤ顔するオルコット嬢。
イッピー知ってるよ。お前、ハンデつけた鈴にタイマンでぼっこぼこにされてたの。
まあそんな相手の前で良い所をみせられたんだ。ドヤ顔もしたくなるわな。
心なしか鼻が伸びてるようにも見えるぜ。

何はともあれ、これにて

[ALERT! Aircraft Reboot!]

落着してねーじゃねえか! 何がチェックだクソ女!
しっかり止め刺しとけよパツキン!
そんなんだからお前はちょろいさんなんだよ!

所属不明機の片腕がゆっくり上がる。
その銃口の先には。

「嘘だろ丈太郎!」
「しのにょの逃げてッ!」

われらが篠ノ之箒さんがいらっしゃるじゃないですかなんでいるんですかどうしているんですか。
笑えねー冗談だよ。
逃げてどうにかなるわきゃねえ!
セシリアの攻撃も間に合わねえ!
鈴も動ける感じじゃない!
なら、俺が。

とか考えるまでもなく箒を認識した途端に射線上に立っておりました。
あっれーなんで俺こんな所にいるかなぁ。反射的に動いてしまったのかなぁ。
実は束さんが変なシステム仕込んでて、白式は最優先で箒を守るような仕組みになってるのかなぁ。
うっわー死にたくねぇー。
でも。
自分が死ぬもの、人が死ぬのも冗談じゃないって思えるから、やれる事をやらないとね!

耐えろ、白式!

「セシリアてめえ後で尻叩きだかんなあぁぁぁー!!」

俺の絶叫と意識は、赤色のビームに消し飛ばされた。






























チュっと、唇に柔らかい感触を覚え、目が覚めた。

「ルーク? おやつなら我慢しろよぅ」

「あのイタチ、まだ元気なんだ」

今度はパチリと目が覚めた。

「鈴だ」

「鈴よ」

なんか照れりこ照れりこしている鳳鈴音さんがいらっしゃいました。
ベッドサイドに立っていらっしゃる鈴さん。
ここは。

「保健室であって、間違いなく知っている天井です」
「シンジ君とは似ても似つかないからね、あんた」

ですよねー。

「あのISはあんたが落ちた後、セシリアが穴だらけにしたわ」
「アイツ絶対今度スパンキングしてあのでかい尻を二倍の大きさにしてやる」
「けが人はあんた以外なし、それ以外の被害は特になし、すべて世は事もなし、ってね」
「御言葉ですが鳳さん、俺という怪我人がいる時点でこともなしってのはあんまりじゃないかと…」
「―――そういや、あの約束をした日も、こんな夕焼けの日だったわね」

いや、流すなよ!
なんで当然の様に話進めてんだよ!
しかもちょっと重い話持ってくるとか確信犯だよこの女!

「あたしが、日本に帰ってきたら一夏の淫乱肉奴隷になるって約そ―――」
「してませんよねっ! 一寸もしてませんよねそんな約束!
 夕焼けの学校で、別れを惜しむ少年少女になんつう約束させてんだよテメエの脳味噌は!
 少女の『あたしの料理が上手くなったら、毎日お味噌汁を―――』的な発言を遮って少年が、
 『大きい夢があって、それを叶える為に生きている。その夢が叶ったら、迎えに行くから』的な発言を
 した美しい思い出話だったっつーのプチ殺すぞこの野郎!」

クールだ、クールになれ。分かっている、からかわれているのだ。
間違っても海岸線をCOOLCOOLCOOLと叫びながらバイクで爆走してはならない。
某有名漫画家学校で教材となってしまう。

「まだまだ、時間がかかりそうだ。あの人の背中は、遠い」
「でしょう、ね」

だからこそ、その背を追わなければならない。
遠ければ遠いほど、それは独りなんだってことなんだから。
誰もいない、誰にも救えない立場にあるってことなんだから。

「知ってると思うけど、あたし、そんなに気の長い方じゃないんだからね」
「知ってる」
「映画関係で、けっこう周囲には良い男がいっぱいいるんだからね」
「知ってる」
「背は低いし、胸は小さいけど、モデルの仕事もしてるんだからね」
「知ってる」
「実はファンクラブあるらしいんだからね」
「俺『FAN FAN 鳳』のシングルナンバー持ってる」
「けっこう、食事とか誘われるんだからね」
「誰ソイツ殺すわ」
「イケメンだけど三枚目で、妹思いのとっても素敵な幼馴染とかいるんだからね」
「知ってる」
「3年後には、また日本を離れなくちゃなるんだからね」
「知ってる」
「あたしは、あんたの事、待ってるんだからね」
「知って―――」

―――お互いの睫毛が触れ合う。
何処で仕入れてきやがったバタフライキスなんて、お父さん許しませんよ!

「早く、あたしの事、迎えに来てね」
「一夏さ~ん、具合はいかがですか? わたくしが看護しに来ま。
 何をしてらっしゃいますの…。そしてなぜ、鈴さんがこちらにいらっしゃいますの…?」

次いで唇にチューしようとしたタイミングで、セシリア・オルコットの登場でございますわー。
ちょっとオルコット嬢、そのジト目やめて、癖になりそうだから。

「あたしは返事をした覚えはないけど」
「抜け抜けと申しますわね、この抜け駆け猫!」
「偶然だな、私も自分を棚に上げて抜け抜けと言い放つ抜け駆け猫かぶりを見つけた所だ」
「お、おほほほほほ」
「笑って誤魔化せると思うなよ……ッ!」

仲いいな、キミら。
最近、男友達の存在が恋しいです。

「なんなのよあんた達は出てってよ! 一夏の面倒はあたしが見るんだから」
「病室で騒がしくしないでくださいな。鈴さんだって激闘の後なんですからきちんと休まれてください」
「そういう事であれば、何もしていない私が看病するのが適任と云う訳だな」

弾、今何してるかなぁ。
数馬、元気にしてるかなぁ。
たっちゃん、学校行ってるかなぁ。
みんな、俺のこと忘れてないといいなあ(涙目

「いや、今回の騒動の責任者でありそこの愚弟の姉たる私が看病する。異論は認めん。全員、今すぐ退室しろ」

織斑千冬、見参である。
今日も今日とてスーツ姿がまぶしいぜ。

「はい、今すぐに」
「分かりましたわ」
「了解です」
「レッツゴーレッツゴーレッツエンゴー」

「待て、お前は残れ」
「はい」

ナチュラルに退出しようとした俺を千冬姉さんはアイアンクローで引き止め、ベッドに放り投げた(俺を)
くそ、セレクトミスだった。チッピーは爆走兄弟世代ではないダッシュ四駆朗世代だった。
イッピー痛恨のミスである。
そして、無情にも保健室のドアが閉まる音が聞こえた。

「さて一夏。アタシが言いたい事、察しの良いお前の事だから、分かっているな?」
「イッピー知らないよっ!」

イッピー知らないよ! 時間を稼ぐよう命令されていたにも関わらず、無茶して本気で命が危ない
体験をしてしまったからチッピーが実はキレてらっしゃるなんて、イッピー知らないよ!
ひいい千冬姉さんが近づいてくるごめんなさい助けて姉さーん。

姉の説教が怖いばかりに、脳内の姉に助けを求める男子高校生の姿がそこにはあった。
というか、俺だった。



「心配、したんだぞ」

ふわりと、柔らかい感触に包まれた。

「姉、さん」
「五月蝿い黙れ。―――無事で、良かった」

千冬姉さんに抱き締められる。
顔が御胸様に埋まる形となってしまい、息苦しい。
なにこの天国と天国。

「ごめん。今回のは、軽率だった」
「全くだ。私を、一人にするつもりか?」
「だから、ごめんって」
「いいや、許さん」

ギューっと強めに抱き締められる。ちょっと痛い位に。
『織斑千冬』は、少し、俺に依存している。俺を失う事を、必要以上に恐れている。
例えば、家事全般苦手だと自称しているが、実際は人並みにこなせるのだ。
それはまるで―――俺がいないと生活が立ち行かない、とアピールしている様で。
それはまるで―――そうする事で弱点を作り、何かとバランスを取っている様で。

「有象無象が心配してたなんて事は、覚えなくていい。
 ただ、お前の姉が心底お前の身を案じている事だけは、忘れないでくれ」

「愛されてるねえ、俺」

「そりゃ当たり前だ。この世の中に、弟を愛さない姉など存在しないのだから」

ふふんと笑う織斑千冬。
俺の姉は、可愛かった。可愛かったのだ。


可愛かったから。
いつか、可愛いアンタを普通の女に墜としてやると、再度強く決意した。



[32851] チェックメイト
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/05/02 02:17
「お前以外全員女子か、いい思いしてんだろうなぁ」

「してるけど、マイナス面もぱねぇぞ? 『はい、二人組みつくってー』」

「おい止めろ。簡単に想像がついたから止めろ」

「教科書とか忘れようもんなら、羞恥プレイもいいとこだぜ。中学ではクラスの人気者だったあの俺がですよ」

「人気者だったかは置いといて、たしかに大変そうだな。やっぱ普通が一番か」

置いとくな、おい置いとくな。

[ボルカニックボルカニック]

「一日だけ体験したら、腹いっぱいになるだろうな」

[デヤッデヤッデヤッデヤ]

「謝れ、>>俺 に謝れ!」

[ボルカニックボルカニック]

「なんでノーゲージでボルカとぶっきらの二択迫ってきて、ボルカ振るんだよ」
「喰らうほうが悪い」

[カウンター、デヤッデヤッデヤッ]

「……読み合いしようぜ?」
「ゲームくらい、ぶっぱさせてくれよ?」
「お前はリアルでもしてんだろうが!」

サーセン('・ω・')

「まあまあ。では俺の勝ちということで、恒例の罰ゲームへ移りたいと思います」

「お前勝ってからそういうこと言うよな。人間の屑、とりあえず何をすりゃいいんだ」

「蘭のブry。……いや、なんでもない。これを読んでくれ。出来るだけ低い声で」

「? まあいいけど」

弾に原稿を渡す。わくわく。

「……歯車には歯車の意地がある。お前はお前の役割を果たせ」
「俺の?」
「自分で自分を決められるたったひとつの鍵だ。無くすなよ」
「ダグザさああああああんっ!!」

「お前、人の家でいきなり叫んで泣き出すとかマジ迷惑だからやめてくんね?、」
「すまん、感極まって」
「友達を」
「ごめんお願いやめないで。弾くんに見捨てられたら俺、男友達いなくなっちゃう」

ドアがダンダンと乱暴に蹴られ、部屋の主の返事も待たずにドアが開いた。

「邪魔するわよ。なんかルークが入りたがっててさ。あとおにい、ご飯もうできてるから下りて、こい、って。」

そこには、朝からシャワーでも浴びていたのか、バスタオル一枚で登場した五反田蘭の姿が、あった。
壁にそっこう隠れる蘭。おいおいなんだあの生物、女神かと思ったぜ。ヘアバンドがなかったら即死だった。

「いいい一夏サン? き、来てたんですか?」
「よう蘭。元気そうで何より。家に荷物取りに帰るついでに顔を出しとこうと思って」
「連絡ぐらいくださいよぅ」
「弾には入れといたぞ?」
「蘭、年頃の娘がはしたない真似すんなって、普段から言ってるだろ? これに懲りたら日々の生活を改め―――」
「オニイコロス」
「る前に兄に対する扱いを改めて欲しいと思う、お兄ちゃんなのでした」

五反田兄妹は、今日も仲良しである。そいでは。
とててて、と走ってきた小動物に目を向ける。
通常の1,5倍の体格をした特徴的なカラーパターンのフェレットが、俺の眼前で気をつけして待っている。
シルバーミットと呼ばれる、靴下を履いたような手足の白いフェレット。

「お前も、久しぶり。迷惑かけないでいい子にしてたか?」
「くく!」
「だよな、ルークは俺に似ていい子だもんな。よしよし」

抱き上げて肩に乗せ、頭をなでてやる。
お返しとばかりに鼻で顔をつっつかれるのがくすぐったくてたまらない。
なんつーラブリーなやつ。

「そうですね。そっくりですよ、エッチなところが」
「おいおい、ルークはともかく俺をエッチな人扱いすんなよ、興奮すんだろ?」
「変態だーっ!」

廊下から顔だけ出した蘭が、さけぶ。なにあの美しい肩、湯上り卵肌?
ルークが耳を噛む。そうだよな、お前がエッチなら俺もエッチだ。よし、ルーク、行け!
俺の肩から飛び降り、廊下へ走っていくルーク。

「のわああああああああああああああああ!!」

廊下から、バスタオルを咥えて走ってくるルーク。
さすがやでこのイタチ様。カモ君とかユーノ君とか名付けらそうになっただけはあるぜ、俺に。
咥えたタオルを俺の膝に置く。
いいのか、ルーク?
いいよ、と目で語るルーク。
テメエのその気遣い、しかと受け取った。

丹羽さん、俺に勇気を。
俺は、バスタオルを、嗅いだ。
スーハースーハー、くんかくんか。
……ボディソープの匂いしかしねぇ。
いや、だが、この匂いも蘭の体温で暖められ香ると考えれば―――

「ギルティ」

「ギアッ!」

ゴッ、と鈍い音を立て、俺の頬に拳が刺さった。
頬、頬骨、痛い。とにかく痛い。

「あの、弾さん? 突然親友の顔面にパンチを繰り出すというのは、どうなんでしょうか?」

「あんだ? 気を使って頬で許してやったのに鼻がよかったか? もしくは俺のアドレス消して今すぐ出てくか?」
「すんませんっしたアァっ!!」

そこには、同年代の男の子相手に懸命に頭を下げる俺がいたのだった。

















「あの、一夏さん。ゆっくり、していってくださいね?」

「蘭、この八宝菜旨いよ。腕上げたね。ちなみに言われなくてもゆっくりしていってるのです」

ゆっくりしていってね!
ゆっくりしていってね!
ゆっくりしていってね!
ゆっくりした結果がこれだよ!(左頬をさすりつつ)

「着替えたんだな。そうしてるとどこぞのお嬢様に見えてくるぜ。どっか出かけんの?」

「あのー、これはそのー、は、ははは」

「もしかしてデート?」
相手が弾に殺されますように。相手が弾に殺されますように。

「違いますっ!」

「よっしゃ!」

「なんで喜ぶんですかっ!」

そりゃお前、アレだろう。

「可愛らしいお嬢さん、俺とデートに行きませんか?」


























「女の子はすぐ大人になっていくなぁ」
「何を親戚のおじさんみたいなことを言ってるんですか」

いや、ホントにだよ。
キミ達乙女は精一杯今日を生きて、女性へと変わっていくんだ。
そしてゆくゆくは家庭を持ち、母となり、子を育てるんだ。
あっという間だろうなぁ。

「デートの終着点がここだなんて、聞いてませんよ?」

「彼氏のお家が初体験じゃ不満かバージン。今時海が見えるホテルとか言い出すなよ?」

顔真っ赤にすんなよ。まだ俺は弾に殺される覚悟はしてねぇっつーの。
エスコートした駄賃として、ちょっと労働力を提供して欲しいだけだ。

「俺の周囲の女の子ってのは、どうにも雑なやつらばっかりでね。―――掃除を手伝ってくれ」

「どうせそんな事だろうと思いましたよぅ。ああ下がるなーもう」

「頼むよ。これに関しちゃ本当に蘭だけが頼りだ」

「そうやって私をその気にさせる――― 一夏さんは、悪い男(ヒト)です」

そういって騙されてくれた蘭は、自分のエプロンをつけ、部屋の窓を開けにいってくれた
そういうお前は、きっといい女になるぜ。と蘭にギリ聞こえる位の小声で言っておいた。
よし、これで一階は蘭が全てやってくれる筈。2階は任せろー(バリバリ)




















「だーれだ?」
「なんでナチュラルにスカートめくってるんですか貴方は!」
「蘭ちゃんが可愛すぎてスカートめくりを我慢するのが辛い」
「我慢してないから! 早くおろしてください!」

しぶしぶと下ろす。好意に甘えて日頃からセクシャルなハラスメントが絶えないが、そろそろ訴えられるんじゃないか目下の不安。
それでも、やります。
年下に叱られるのも、窘められるのも新鮮で、ついやっちゃんだ!
イッピー知ってるよ! これまでの悪行ばらされたら女性陣から総スカン間違いなしだって、イッピー知ってるよ!

「ううう。なんでこんな変態に一目ぼれなんかしてしまったのあの日の私。純粋だった私を返して」

「蘭、お兄ちゃん黒はまだ早いんだと思うよ。いやいや似合ってるけどね?
 でもやっぱり蘭ちゃんの魅力を引き立てるのは白とかピンク系だと思うんだよ」

「なんでこんなに真面目に人のパンツの色を評価する人なんかを、うううううー」

「るーるるるるるるーるる」

「徹○の部屋じゃありません!」

ちなみに黒パンツは弾の趣味。
アイツ、妹にまで黒パンツを強要するとは…」

「あの、人の兄を一夏さんみたいな変態鬼畜に落とそうとしないでもらえますか?」

善き哉善き哉、仲良きことは。
あれ、俺の扱い酷くない? 五反田兄妹、俺の扱い酷くない?
日本で五反田家の養子にもっとも近い立場にいる俺に対して扱い酷くない?

「蘭、あのさ」

「一夏さん。あの中国娘、帰って来たんですよね?」

「ああ」

あれれれれ、台詞すら遮られてるよ?
あれれれれれれ?

「私、来年IS学園に入学します」
「なんでまた? エスカレーターの名門校を抜けてまで、ISに乗りたいの?」

意外も意外。蘭は野蛮なこと嫌いなタイプだと思ってた。
空への過度の憧憬も、暴力に対する渇望もないタイプだと思ってた。
女の子は不思議だねぇ。

「一夏さん」
「へいへい」

「一夏さんは、自惚れで無ければ、私のことが好きですよね?」

「正解」

「それは、鈴音より?」

「愛してるってんなら、断然鈴だ。だけど俺は、なんだかんだお前と居るときが一番楽しいから、
 お前の方が好きだぜ」

「ですよね! ―――なら、やっぱり行かないと」

「あらあら、人生が決まるとまでは言わないけど、高校の進学先は超重要よ?」

「だから、ですよ。私は、このまま終われない。あの中国娘に負けたままじゃ終われない。
 勝ち目が薄くとも、そこに勝機があるのなら、私の人生の大一番をなあなあで済ませられない。
 知ってますか? 五反田家の恋愛方針は『攻めの一手』です。
 おじいちゃんもおとうさんも、それで奥さんをものにしてます」

「お前みたいな、将来有望な女が賭けるような立派な男じゃないと思うけどね、ソイツ」

「理屈じゃないし、御託じゃないんですよ。五反田蘭の初恋は、私のものです。
 後悔も反省も、失恋でさえも私のものです。だったら、手なんか抜けない」

エプロンの似合う、赤みがかった髪の少女は言う。
ほら、女の子は凄いよ。いつの間にか、大人になっている。
俺は、置いてかれてばっかりだ。


「一夏さん、―――超ウルトラ勝負水着、期待していてください!」

「うん、期待しとく」


今年の夏も、暑くなりそうだ。
きっと、俺の高校生活初めての夏は。
彼女の中学三年生最後の夏は。
例年以上に、熱くなるだろうさ。



[32851] ポリリズム
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/05/06 13:24
「今日はなんと、転校生を紹介します」

学生服の内ポケットにiPod入れといて、袖からイヤホンを出し、頬杖ついた形でこっそり音楽を聴く。
今時の子はそんな涙ぐましい努力しなくても携帯からブルートゥースで無線イヤホンに音楽飛ばせます。
技術の進歩を感じるなあ。

「『シャルル・デュノア』です。フランスから転校してきました。
 皆さん、よろしくお願いします」

なんだか王子様的なBGMとともに、出現したイケメン王子にクラスの女子が騒いでるような気もしなくはないが、
俺はPerfumeのテクノポップなノリに乗っておりそれどころではなかったのだ。
『ねぇ、ねぇ』のフレーズに惑わされてなどいない、俺は正気だ! 今日も電子クジラは安全運転だ!

おいあーちゃんゴリラっつった奴手を挙げろ。バナナぶつけんぞ。

「オ、オトコ?」
「はい、こちらにぼくと同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を…」
「「「キャアアアアアアーー」」」

なんだ! 敵襲か!
俺のオレリズムを乱したのは誰だ!
ええいそこに直れ、叩き切ってくれるわ箒さんにお願いして!

「……ナイわー。そういうのさあ、大人気ないと思わないの? 金髪イケメンとかさ、
 日本人が太刀打ちできる訳ねーじゃん。しかも可愛い系イケメン。俺が女だって股ひらくわ。
 なにあのだっせぇー靴。アレか? 『あたしが買ってあげるー!』って言わせる為の餌か?」

みえみえすぎんだろwwwプププwww
箒を見る。我関せず。あまり心配してなかったが、良し。
セシリアを見る。普段通り。ちょっと心配したごめん、良し。
相川さんを見る。アウトー! 完璧にアウトー! 目潤んでんぞアイツ股も潤んでんじゃねえのあのビッ(検閲されました

織斑一夏の泣いてたまるか、始まります!
第一話、ビッチの相ちゃん。
第二話、やるべえ夫婦。
第三話、パフパフ子守唄。
第四話、オールセーフ
第五話、二人になりたいッ(性的な意味で)

「騒ぐな、静かにしろ!」

ピタリととまる黄色い声。
訓練されすぎワロタ。
今日ほど姉さんの鬼教官ぶりに感謝した日はないぜ。

「今日は二組と合同でISの実機演習を行う。各人、着替えて第二グラウンドへ集合。
 それから織斑、デュノアの面倒をみてやれ。何かと勝手は分かるだろう」

「はい(嫌です!)」

姉テレパスで頑張れと伝わってきたので、イッピー頑張るよ。
自分よりイケメンな男はのたうち回って苦しみもがいて息絶えろと思っております、どうもイッピーです。

「キミが織斑くん? 僕は―――」
「ああ自己紹介で聞いたからいい。女子の着替えが始まるから急いでアリーナの更衣室へ向かう。
 転校初日から遅刻したくなかったら、必死で着いて来い」

そう告げるだけ告げて、俺は駆け足で第二アリーナへ向かう。
「ちょ、ちょっと」なんか声とか聞こえてくるけど知ったことか。


「あ、噂の転校生発見!」
「しかも織斑君と一緒!」

「な、なに?」
「愚図が。スタートダッシュが遅いからこうなる。囲まれてんじゃねえか」

ぞろぞろと女子生徒が集まってくる。「聞いた! こっちよ!」「ものどもであえであえ!」
この包囲網をクリアしなきゃ、折檻決定か、コイツはヤクいぜッ……。

「織斑君の黒髪もいいけど、金髪もいいわね~」

「おい今言った奴誰だ。何様だよ。テメエは上から人を選べるだけ偉いのか?」

あーもうなんだよ。イライラすんなあ。心で思うのも、裏でごたごた語るのも好きにしろって感じだけど、
本人を前にして口にするのはなんだ? 喧嘩売ってんのか?
女子の壁に歩く。ちょっと怯えた顔をする女の子達。あんだよ?

「どけよアンタ等、こっちは急いでるんだ」

気にせず歩いていくと、道が割れる。
アンタ等みたいな有象無象に構ってられるか。

「コラッ織斑くん! そんな言い方ないでしょう!」
「固法先輩! だけどコイツ等」
「織斑くん。―――先輩が白と言ったら?」
「白です! 申し訳ございませんでしたッ!」

久しぶりに会う固法先輩、今日もシャギーがいかしてます。
ちなみに白だったのはあんたの下着ですけどね!

「良し! ところで織斑くん、今日の放課後空いてる? たまにはこの先輩が練習みてあげるよ~?」
「今、固法先輩との予定で埋まりました。それじゃ放課後、いつものとこで」























「ここが更衣室、まっすぐ奥に抜けるとそのままアリーナに繋がっているから、着替えたら行けよ?
 俺向こうで着替えるわ」

「ええ? なんで離れて着替えようとするのさ」

「……いや、わざわざこんなに広いのに近くで着替える理由があるっけ?」

別にいいけど。
適当にロッカーに服を放り、脱ぐ。
脱ぐ、脱ぐ、脱ぐ。
圧倒的開放感である。
着る、着る。
よし、高タイム。

「早く着替えないと、ってもう着替えてんのか。もしかして下に着込んでた?」

「いや、スロットが余っているからそこに入れといて展開しただけ」

白式ィィィィィッ!
おいどういうことだ!
普通はこんな手間いらねえんじゃねえか!

「そういや、全然話かわるけど男と女って歩き方が違うらしいぜ。昨日テレビで言ってた。
 男は肩であるいて、女は腰で歩くらしい」
「へ、へえ、そうなんだ~」

だから女の子は歩いてるときにあんなにケツ振ってたのか。別に俺を誘ってる訳ではなかっんだな……
「織斑くん、何か言った?」
「いや、何も」

イッピー知ってるよ。男はすぐにこの女俺に惚れてやがるに違いないと勘違いする悲しい生き物だって。























「本日から演習を開始する。まずは戦闘を実演してもらうおうか。凰、オルコット!
 代表候補生ならすぐに始められるな? 前に出て準備をしろ」

「めんどいなぁ、自主練の方が身になるんだけど、ふけちゃ駄目かなぁ」
「見世物みたいであまり気が進みませんわね」

「お前ら、少しはやる気を出せ。あいつに良い所を見せるチャンスだぞ?」

「だってさ。セシリアふぁいとー」

「わたくしだって、相手が鈴さんでなければもうちょっと張り切りますけど、
 鈴さんじゃ相手が相性が悪すぎますわ」

「相手が悪いじゃなくて、相性が悪いっていっちゃうかこいつめ。負けず嫌い」
「なんとでも仰ってください。本国ともその手数の多さに関して対策を相談中ですわ……」

「それなら安心しろオルコット、対戦相手は別に用意してある」

=============================
=============================



「なんて会話が繰り広げられているに違いない」
「確かにそれっぽい雰囲気だったけど、なんで分かったの?」

「先生、今なんて言ったの?」って聞かれたから親切で答えてやったのに、なんで質問増やすんだよ。

「ぅわあああああ、どいてくださーい!!」

親方、空から女の子が!(山田真耶 24歳処女)
なんだ、墜落型ヒロインはまだブームだったのか?
もちろん、俺はそれを華麗に抱きとめニコポをするもしくはぶつかった拍子にラッキースケベをし
どーん!

「ない」

地面と激しく抱き合った山田先生、着弾点からさっそうと逃げた全生徒。
危ないと思った瞬間逃げ出していた。こういう素直な自分も、大好きです!





あれよあれよ言う間に、セシリア&鈴 対 山田先生のカードが組まれた。
あの二人が組むと、うん、俺には勝ち目がないな。

「デュノア、山田先生の戦い方を解説しろ」

「ええと、はい。―――山田先生の機体はラファールリバイブの防御型で、
 恐らく火力重視の短期決戦用の武装を準備しています。
 基本的な戦術としては今回、2対1ですのでどちらか片方を先に優先して狙う筈ですが、
 甲龍の防御力を考えるとブルーティアーズを先に狙うと思われます。
 ブルーティアーズが連携を考えずに遠隔兵器を出していますので、甲龍が射撃でしか援護できていない今、
 たぶん足の止まったブルーティアーズに仕掛けます。
 …ブルーティアーズが墜ちましたね。グレネード一発、御見事です。
 甲龍の見えない射撃に対して防御型に付随するフライトアーマーを配備し、ブルーティアーズの射撃は
 機体制御だけで避わしたのは流石の腕前でした。
 甲龍との戦闘では、ショットガンを使用すると予測されます。近づいたら両手のショットガンをフルオートで
 撃ち込み、距離が離れたらアサルトライフルで削る。甲龍の最も得意とするクロスレンジには寄らせません」

デュノアが皆に説明している。
まさかあの二人が一介の教師風情に負けるわけないじゃない。
そんなわけで俺は一人遊びをしていた。  


「嘘だろ丈太郎、ああ嘘だ、だが、間抜けは見つかったみたいぜ」
「俺は花京院の魂もかけるぜ。GOOD!」
「つまりこういうことか? 『我々はおまえを倒さない限り先へは進めない…』。E x a c t l y(そのとおりでございます)」

程なくして、セシリアと鈴が地面に倒れた。


















工エエエエェ(゜Д゜;) ェエエエエ工

鈴>>>>>>>>>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>セシリア>>>>>俺

山田先生>>>>>>>>>>胸囲以上の壁>>>>>>>>鈴>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>>>>>>>>セシリア>>>>>俺 【New!】



























「おいデュノア、タオル忘れたのか? 俺の使用済みでよければ貸してやるよ」

「え、いや、自分のがあ―――」

「そういや体育のあとって、なんか女の子から興奮しそうな匂いするよな。あれがフェロモンか?
 男の汗の臭いと女の汗の匂いって全然違うけど、女もやっぱりそんな風に感じるんかね?」

「―――ああ、タオル忘れちゃってるや。ごめんね織斑くん、借りていい?」

こんな王子様からも男臭い汗の臭いがすると、女子が幻滅しますよーに!

「織斑くん、何か言った?」
「いや、何も」

イッピー知ってるよ。全裸になるついでに全身をくまなく拭いたからあのタオルは臭い汚いって。
臭いって言葉は駄目だよ。冗談でも人を傷付けるよ。顔が悪いって言われるよりへこむよ……。
デュノアはちょっと焦心しつつ、運動後で赤くなった顔をタオルでぬぐった。

ふはははかかったなシャルル・デュノア。貴様はチェスや将棋でいう『詰み』にはまったのだ!
俺はこっそり直塗タイプのデオドラントと、パウダータイプの清涼剤を使用した。
パーフェクトだ、俺。

「はい、織斑くん。ありがとう」
「ああ、気にすんなよ。それと、ちょっと時間潰して戻るぞ。まだ着替え中の可能性があるから」

いや、むしろ先行させて一人だけラッキースケベをやらせることにより好感度を落とす事も……。
だが、それではコイツ一人にイイ思いをさせてしまうじゃないか。それは許せん。
これがジレンマか。こういう『やるせなさ』を体験して、人は大人になっていくのですね。


























「どういう事だ……」

ランチなう。食堂なう。
俺の右にはデュノア、左にセシリア、正面に箒、対角に鈴。
なにこれ、囲まれている。

「どういう事だと聞いている!」

うるせぇぞモッピー。

「だからデュノアの案内ついでで食堂に行くけど同席するっつったのはそっちであって俺なんか悪いっけ?」
「なぜこいつ等がいるのだ。聞いてないぞ」

「あら篠ノ之さん? 偶然食堂であったクラスメイトに対して冷たいですわね。わたくしが同席するのがそれほどまでに不満ですか?
 それは困りましたわ。しかし席にも限りがありますので、相席を御了承くださいね」

「嫌ならどっか行けば?」

鈴さああああああん?! もうちょっと人間関係を円滑にする言い方がありませんかねぇえええええ?!
箒さんの顔がぐぬぬぬぬぬってなってじゃないですか。
ちなみに俺、箒さんのぐぬぬ顔が好きだったりする。

「購買の場所と、食堂のシステムはこれで分かったな? 明日以降は好きなやつと飯を食ってくれ」
「え? 織斑くん一緒に食べてくれないの?」
「気分次第で。俺、そうやって後の行動決めるの苦手なんだ」

明日の約束とか、いついつに何するとか、どうも性に合わない。

「本当は屋上で食いたかったけど、転校初日に弁当なんか持ってきてる訳ないし、購買でパン買わせるのも、ねぇ」
「ごめんね、織斑くん」

デュノア以外は全員弁当を持ってきていた。
天気もいいから気分も良さそうだけど。
まあ食堂には食堂の良さがあるし。
お、あの先輩胸でけぇ。

「ほら、一夏。麻婆豆腐、食べたいって言ってたでしょ?」
「おおう、やーん超うれしー。鈴さんあざーす!」

ちゃんと辛い本格派の麻婆豆腐って少ないんだよね。
まず豆板醤と甜麺醤持ってる人も少ないし。
頼めば鈴が作ってくれたから、作り方聞いてないし。
あの辛旨マーボーには独自のレシピが入ってやがるぜ。

「ン、んんっ! 一夏さん、わたくしも今朝はたまたま偶然早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたの」

バスケットの中には、色とりどりのサンドウィッチ。
ほほう、お嬢様ぶりおって。

「一つもらっていいか?」
「ええ、よろしくても」

卵を挟んだパンをいただきます。

俺の味覚に波紋が広がる。これは、味の大洪水やでぇ。甘くて辛くてすっぱくて、まずい。
それにしてもまずい! なぜパンに具を挟むだけの料理がまずくなる。不味い! 不味いぞJOJOォー!
これは、嫌がらせか?

「セシリア、味見はしたか?」
「?いえ、これ程までの出来栄えなのです、不要でしょう」

食いかけのパンをセシリアの口に捻じ込んだ。

「オマエ、料理なめてんのか? 見栄えと出来栄えを混同すんな。
 オマエさ、そうやって外見ばっかり気にするのは止めたんじゃなかったのか?
 料理は愛情って言うけど、料理は手間だ。下準備が全てだ。ただ相手の為を思って、どれだけ手間を惜しまず、
 料理する事ができるかを問われるから、料理は愛情って言うんだ。
 オマエ、この料理に何分かけたよ? 人に食べさせるものを味見しかしてないってどういうことだよ。
 セシリア・オルコットにとって織斑一夏は何を食わせても構わないって、その程度の関係だったのかよ。
 ―――箒、お前が昨日用意していた唐揚げの手間を、コイツに教えてやってくれ。」

「鶏肉は塩コショウで揉んでおいて、カラは二度揚げで厚くした。味付けは生姜と卸しにんにくと醤油。
 生姜とおろしにんにくは自分で摺った。お好みでつける大根おろしは今朝卸した。」

うんうんと頷く。だよね。
俺の休憩時間を、俺のお昼ごはんを台無しにした罪は重いぞセシリア・オルコット。
セシリアはその後、顔を真っ赤にしシュンと項垂れ一言も喋らなかった。























寮に戻るとき大量の金魚の糞を連れて歩き、なんとか部屋に帰ってきた。
あの無遠慮な視線がなくなるだけですげぇ休まるわ。
お茶を淹れる。
普段は紅茶なのだが、本場の人間がいるのにパックの御粗末な品を出せるほど厚顔無恥じゃあない。
給湯室から急須をお借りし、久々に淹れてみた。
茶葉は箒ちゃん秘蔵の葉があったので勝手に借りといた。
許せ箒、異文化交流の礎となったのだ。


「へえ、全然違う感じだね。なんか味に赴きがあって、ぼく結構好きだな、コレ」

「そいつは重畳。やっと一息つけるな。それで、―――俺はキミのことを何て呼べばいい?」

「織斑くん、やっぱり気付いてたんだね。―――ぼくが女だって」

「へーそいつは知らなかったぜ(棒」

ふふふ、気付かないでか、偽名を名乗っていること位御見通しよっ!
名前ってのはどうしても何千何万と口にしている言葉だから、慣れがあるんだ。
お前の自分の名前の言い方は、違和感しかなかった。嫌悪感が浮かんでいた。
そりゃあ分かるさ、偽名を名乗っていることくら、い……。

あれ?
え、え、女の子、だったの?
こんなにカワイイ子が男の子な訳がない! ですよねー!

「色々とフォローまで入れてくれといて申し訳ないけど、ぼく、
 君のことをスパイしてこいって実家に命令されてるんだ……」

「ぼくはね、織斑くん。妾の子なんだ~~」
「IS適正が高かったから、非公式だけどテストパイロットとして~~」
「デュノア社は、経営危機に陥っていて~~」
「キミのデータを盗んで来いって言われているんだ~~」

なんでこう不幸自慢ってのは聞いていてつまらないんだろうな。
まあいいや、聞いてるフリしてるだけで向こうが満足するのであれば。

「はぁ。聞いてくれてありがとう。本当のことを話したら楽になったよ。
 それと、今まで嘘をついていてごめん。って、織斑くん?!」

「白式のデータと俺の戦闘データ。とりあえずそんだけありゃ充分だろ?
 俺の遺伝子盗んで勝手にクローン作ったり子供作ったりするつもりでなくて良かったよ」

白式を通じてデュノアのメールアドレスに全部添付しておいた。
この中世的な美少女の力になれるのであれば、そんなの御安い御用で。

「んじゃ、こっからが本題だ。答えろお嬢ちゃん。
 『お前』は誰で、『何が』したくて、『何処』に居たいのか?
 もし『シャルル・デュノア』で『企業の犬で親の言いなり』になりたくて『IS学園』に居たいって
 言うのであれば、今すぐアンタを追い出すぜ」

「ぼくは。……ぼくは、追い出されて当然だ。本国へ強制送還されて、後の人生を牢屋で過ごすことになっても、
 キミを恨んだりなんかしない。それだけのことをしたと自覚はしているつもりだ」

あーいるいるこういうタイプ。
人の話は聞かないし、自分は不幸で当然だ、みたいなタイプ。

そういうの、大嫌いだ。
ふざけんな。
怒りのまま、胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「俺の話はしてねえんだよ! テメエの昔の話だってどうだっていいんだよ!
 テメエがこれからどうしたいかって話だけなんだ。それ以上にテメエの人生で重要な事なんかねえ!
 他人に委ねるな! 環境に流されるな! テメエの幸せの為に最善を尽くせ!」

コイツを見つめる。
誰だか分からないコイツを見つめる。
こいつはきっと、凄く悲しんで、凄く傷心して、凄く悼んでる。
たぶん、自分の全てをないがしろにしてしまった程に。
だから。
だから、どうした。
それが、どうした。
それでも、こいつは生きている。
なら、選ばないといけない。

「ぼくは。―――ぼくは『シャルロット・デュノア』だ。やりたい事は分からないけれど、
 『企業の犬で親の言いなり』にはなりたくない。普通の学生として『此処』に居たい」

シャルロット・デュノアは一筋の涙を流した。
その言葉にどんな思いが込められていたのか。どんな過去がその言葉に秘められているのか。
俺には分からない。分かりたくもないし、分かっちゃいけないと思う。
それは織斑一夏が抱えるべきではない、シャルロット・デュノアが抱えるべきだ。

「なら、最善を尽くすだけだ。方針が決まれば手段を選ぶだけだ。手を貸すぜ、シャルロット・デュノア。
 世界に抗って傷付きながら活きていくか、世界を受け入れて諦めながら生きていくのか、後はアンタの覚悟次第だ」

「ぼくは、ぼくはもう嫌だ。会社に道具のように扱われるのも、親に物のように使われるのも。
 ぼくは『シャルロット・デュノアボクだ。
 シャルル・デュノアなんかじゃない。ぼくは、シャルロット・デュノアとして、生きる」

その眼には、もう悩みも迷いも映らない。ただ強くあろうとする意思だけが感じられた。
人を気遣える人間というのは、本来強いものなのだ。
誰かを支える人間というのは、自己を確立している。
シャルロット・デュノアはただ、その気遣いを少しだけ自分に向けてやるだけで良かったのだ。
きっと、大事な女性だったのだろう。母親が亡くなって、茫然自失のまま引き取られ、ISに乗せられ、
テストパイロットにされ、スパイにされた。
きっと、素晴らしい女性だったのだろう。こんなに気遣いのできる、優しく強い娘を育てたのだから。
惜しい人を亡くした。もし存命だったら、迷わず口説いてたぜ。

「どうして、織斑くんはここまでしてくれるの?」

んなもん決まってるだろ。
男の子のが頑張る理由なんて、決まってるだろう。
夢か、意地か、女の子だけだろうに。

「一夏でいい。男の子は女の子を幸せにする為に生きてるんだよ。
 アンタみたいな美人さんを笑顔にする為に生きてるんだ。
 だから、アンタの満面の笑みが何よりのご褒美だ。
 それでも納得がいかないなら、醜い男の下心と思ってくれ」

「一夏は、優しいね。日本ではこういう男を、スケコマシって言うんだよね?」
「誰だお前に日本語教えたやつはちょっと出て来い俺の評価だだ下がりじゃねぇか!」

ふふ、と自然と笑うシャルロット。
まあいっか。このお嬢ちゃんが笑ってくれるなら、俺の評価下降なんて安いもんか。

「一夏で良かった。ISを動かせる男が、一夏で良かった。ぼくは本当にそう思うよ。
 運命なんて敵だと思っていたけど、そうでもないんだね」

「いや、運命は敵だ。お前はこれから、もっと辛い思いをしていくんだから。だから、味方を作れ。
 運命とか、社会とか、そういったものに負けない為の味方を作れ。俺達は弱いから群れるんだ」

「じゃあ、一夏がその味方一号だね? これから、宜しく」

評価下降ついでに、もう一押ししとこ。

「了承。それでもし、いつかシャルロットが自分の望んだ結果を手に入れて、何かお礼がしたいってんなら」

シャルロットをベッドに押し倒す。
理解が追いついていないシャルロットの顎をつかみ、俺に向かせる。


「アンタを一晩、俺にくれ」


それが俺にとって、何よりのご褒美だ。



[32851] Hollow
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/05/06 13:24
「えーっと、今日も嬉しいお知らせがあります。また一人、クラスにお友達が増えました。ドイツから来た転校生のラウラ・ボーディヴィッヒさんです」

「えーっと、さすがにおかしくない」
「二日連続転校生って……」

エンピツをカッターナイフで削る。
以前山田先生に注意されたが、文房具の整備だと押し切ったため突っ込まれなくなった。
実際つかっているのはシャーペンなんだけど、たまにエンピツが使いたくなるんだよなぁ。
あとエンピツを削るのが楽しい。つい夢中になってしまう。

「みなさんお静かに、まだ自己紹介が終わってませんから」

「挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」

エンピツ削りで削ると楽だけど、味がないよね?
やっぱり自分で削ってこそだと思うんだよエンピツは。
そういや今時の小学生って学校によってはシャーペン使っていいらしいよ。
昔は字が上手くならないから全面的に禁止にしている学校ばかりだったけど。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ!」

「…………………………………………………………………………あのお、以上ですか」

「以上だ。―――貴様か」

やっぱ利便性ばかりに走るのはよくないと思うんだ。
確かに便利だけどさ、便利さと一緒に、これまで面倒の中に含まれていた大切な部分も省かれているようで。
だから、俺はエンピツを削る。
決して削るのが楽しくてやめられないとまらないカッパえび○ん状態ではない。

「私は認めない、貴様が教官の―――ッッ!」

俺に向かって振るわれる手。
小柄な少女のビンタ。
そういうプレイだったら受け止めてもいいけど、俺、マゾじゃないから。

「おいおい、こっちで良かったな。鉛筆だったらその可愛いおててに穴が開いてたぜ?」

いきなり振るわれた手の甲に、カッターナイフを宛がった。
止めようとした手は止まりきらず、刃に触れ肌に赤い筋を残した。

「貴様ぁッ!」
「ハッ!」

机を蹴り飛ばし、その勢いのまま距離をとる。
体は半身、右手にナイフ。準備完了。

「男児が頬を張ろうってんだ、手首ごと落とされても文句はねえよな、女」
「貴様の様な狂犬が教官の弟である等と、認められない。認められる訳がない。
 ―――貴様は、此処で潰えろ」

「いい加減にしろよテメエ。俺は織斑千冬の弟、なんて名前じゃねえ。織斑一夏だ。
 んなことも理解出来てねえとは、テメエの教官はよっぽどオツムの残念な奴なんだろうな」

「ラウラ、止めろ。織斑も席に着け、授業が始められんだろう」
「教官! しかし、」
「私に楯突くのか?」
「いいえ、失礼しました」

ISを展開しかけたラウラを静止し、織斑千冬は場を収める。
え、この空気の中で普通に授業すんの? マジで?
まやちゃんの胃に穴でも空ける気かあんた。


























鈴だ鈴だー。
鈴だ鈴だ鈴だーああ。
鈴だ鈴だー。

珍しく一人で歩く帰り道。


「答えてください教官! なぜこんなところで!」
「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」
「こんな極東の地で何の役目があると言うのですか! お願いです教官、我がドイツで再びご指導を!
 ここでは貴方の能力は半分もいかされません!」
「ほう」

鈴だ鈴だー。
鈴だ鈴だ鈴だーああ。
鈴だ鈴だー。
決して負けたりしない強い力な何かを、ぼくは一つだけうんたらー。

「大体、この学園の生徒など教官が教えるに値しません。危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。
 そのような者達に教官が時間を裂かれるなど!」
「そこまでにしておけよ小娘。少し見ない内に随分と偉くなったな。
 15歳で選ばれた人間気取りとは恐れ入る」
「わ、私は!」
「寮に戻れ、私は忙しい」
「うぁ、くっ!」

鈴だ鈴だー。
鈴だ鈴だー。
愛っぽいじゃなくても恋っぽいじゃなくてもうんたらかんたらー。

「そこの男子、盗み聞きか? 異常性癖は感心しない、ってコラ一夏」

「リンダリンダー♪ …はい出席番号11番、織斑一夏元気です」

「お前はもうちょっと空気を読め。間違っても通り過ぎる場面じゃなかっただろ。
 それと朝の、オツムが足りないはこの姉に対してあんまりな発言ではないか」

そうは言われましても。
どうでもいいですし。
面倒な事は人任せ。

俺はいつも思うのだ。
人がやる事なんて2種類だけでいい。
そいつがやりたい事と、そいつがやらなきゃならない事。
後は人任せで、それなりに上手く世界は回っていくのだ。
ようするに「てめーの元教え子くらい、しっかり締めとけよ」と俺は言いたいのだ。
もう云ったけどね! すぐ思ったことを口にする、悪い癖だ。
イッピー知ってるよ。それのせいでビンタもらった回数が片手で足りないって。

「すまんな。お前にはいつも迷惑をかける。この姉の不徳と致すところだ」

「気にすんなよ。姉は弟に迷惑をかけてなんぼだし、弟は姉に世話を焼かせてなんぼだろ」

立ち止まることなく歩く。
今日はそんな気分なのだ。
鈴だ鈴だー。



























訓練のためにアリーナに来たわたくしは、中国代表候補生の小さな背中を見かけた。

「早いわね」
「てっきりわたくしが一番乗りだと思っていましたのに」

何気ない態度で気付かされるのは、この人は他人が居ようが居まいがあまり関係のない人であること。
他人の目を気にしない人であること。
わたくしとは違う。わたくしは何かと他人からの視線や評価を気にしてしまう。
それが悪い事とはいわないが、それによってわたくしが意識を割いてしまっていてはマイナスだ。

「あたしはこれから、学年別個人トーナメントに向けて特訓するところなんだけど」
「わたくしも全く同じですわ」

訓練に対する意識の高さも含め、彼女は代表候補生なのだろう。
わたくし達専用機持ちは、機体の使用申請が必要ない。
それを差し引いても、一般の生徒達ではまだ申請すら済ませていない子もいるのだ。
アリーナに着いた時間差はたぶん1分程度。
そんなタイムの差を気にする自分の小ささに嫌気がさす。

「あんたも聞いてるんでしょ? 「優勝者は一夏と付き合える」って」

「ええ、本人には関与していないみたいですけどね」

「それでも、気に入らないわ。元よりそのつもりだけど、優勝を目指す」

とある女生徒が、一夏さんに話を持ちかけたらしい。
「優勝したら付き合って」と。
それがどうも話がねじれて伝わり、優勝したら一夏さんと付き合える、となったらしいですわ。
わたくしの情報網から事の顛末を聞かされたときは、呆れてしまいました。

「その件も含めて、全く同じですわ」

「そう、じゃあお互い離れて練習しましょう。手の内を晒すつもりはないでしょ、あんたも?
 一度勝ったから次も勝てると驕る気はないし、あんたがあたしに対する策を持ってないとは思えない」

あらあら、思ったよりも評価されているみたいですわね。
わたくしをその辺の弱キャラとして扱っていたら、なんとしてでも倒すつもりでしたが。
ええ、これなら、まあ、及第点ですわ。

「その件ですが、提案があります。凰鈴音さん、わたくしセシリア・オルコットと訓練してくださらない?」

「自分より弱い相手と訓練するメリットがないわ」

「バッサリ言いますのね。確かに、相手にならない程の差があれば練習にすらならないでしょうけど。
 貴方との戦いを経て対策を練ったわたくしであれば、充分に相手になると思いましてよ」

「へえ、やけに自信があるじゃない。それだけ自信があれば、本番にぶっつけでやっても問題があるんじゃない。
 手の内を晒してでもあたしと組むメリットがあるか、はたまた手を晒してでも問題がないのか」

「どちらも、ですわ」

猪に見えて、実は知性派ですわよね、貴方。
筆頭殿もそうですが、テンションに流される様に見えて、何気に考えてらっしゃいますし。

違いますわね。
テンションに流されて考えなしに決断をするけれど、その決断をより良く変えていく手段を綿密に考える。
そういったタイプですわ。
貴方も、彼も。

「たしかに相手には困っているし、手の内知られるなら有利な相手の方が都合はいいか。
 こっから更に特典とかついたりする? もう一声で乗っかってあげなくもないわよ」

「存外にしたたかですわよね、貴方も。でしたら『情報』を。
 校内、校外問わずそれなりのネットワークをわたくしは所有しております」

「この辺が落とし所ね。いいわ、それで手を打ちましょう。ちなみに情報の信憑性は?」

「校内の情報に関しては女生徒の噂話もありますので、あまり保証できませんが、
 校外の情報に関してはオルコット家の名において保証しますわ」

わたくしはチェルシーの仕事に関して、全幅の信頼を寄せている。
彼女の有能さは折り紙つきだ。

「あんたには悪いけれど、あたしはあんたの家なんか知らないわ。たいそう立派な家系らしいけど、あたしにはなんの価値もない。
 覚えておきなさいセシリア・オルコット。あんたが最後に賭けるのはあんた自身よ。
 そのあんたが自分の名に賭けられないのなら、あんたはその程度の存在だし、あたしはあんたを信用できない」






「ええ、貴方には何の価値もありませんね。社会的にはこの方が重要性が高いのですが、『凰鈴音』には不要でした。
 セシリア・オルコットの名において、保証いたしますわ」

「乗ったわ、その提案。それじゃ、とっとと始めましょうか」

「せっかちさんですわね。でも、嫌いじゃないですわ」

凰鈴音は、セシリア・オルコットと根本的に違う人種だ。
家を大事にしない、家を大事にする。
家族を愛していない、家族を愛している。
人の目を気にしない、人の目を気にする。
格闘適正、射撃適正。
感情傾向、理論傾向。
料理ができる、料理ができない。
挙げればキリがない程、わたくしとは違う人種だ。

それでも、わたくしは彼女を好ましく思うし、彼女もきっと、わたくしを好ましく思ってくれているだろう。
ああ、それと。

男の趣味は、同じですわね。

































あたしとセシリアの間に、砲弾が割り込んだ。
その明確な悪意に、あたしは反応する。

「ドイツの第三世代機、シュヴァルツェア・レーゲン」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

ああ、アイツが。
アイツが。
『織斑一夏』を『織斑千冬の弟』としてしか見ていないアイツが。
アイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツがアイツが―――。
織斑一夏を、傷つけたのか。

「初めましてにしては随分な挨拶じゃない? いきなりぶっ放してくるなんていい度胸してるわね」

「……中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

安い挑発ね。安い挑発は、買う様にしている。

「ドイツくんだりから女を追っかけてやってくるレズ女とは会話が噛み合わないわね。セシリア、ちょっと通訳してよ」
「いやですわ鈴さん。わたくしが幾ら博学才穎としましても、ジャガイモと会話する言語は持ち合わせておりませんわ」

この女、けっこう言うわね。
仮にもドイツの代表候補生をジャガイモ呼ばわりとは。

「貴様達の様な者が、私と同じ第三世代機の専用機持ちとはな。
 数くらいしか能のない国と、古いだけが取り柄の国はよほど人材不足だと見える」

「あーヤダヤダ。構ってちゃんのウサギちゃんは人様に砲弾をぶっ放して、
 人様の祖国を馬鹿にしてでも相手してもらいたいだなんて。」

「鈴さん。御友達になってあげてはいかがかしら? ほら、身長も近いですし」

あんたさり気なくあたしの事も馬鹿にしてるわね。
訓練が始まったら地獄をみせてやるわ。

「ふん、下らぬ種馬を取り合うメスが代表候補生とは、お国が知れるな?」

「この場にいない人間の侮辱までするなんて。その軽口、二度と叩けぬようにしてさしあげましょう」

アイツ、とことん一夏が嫌いみたいね。
ってことは、反面。

「その種馬の姉を追って国を渡ってきたレズ女は、姉に可愛がられてる種馬に嫉妬ジェラシーって訳ね。
 あんのブラコンストーカー女、女性関係はきちんと清算してから帰ってきなさいよ」

「おい貴様、教官を愚弄する気か……?」

「愚弄も何も、馬鹿にしてんのよ。散々弟には女性関係には気を使えと言っておきながら、本人はこの始末だもの。
 最近、遊びに来いって催促も増えてきたし。ホントにうざったくてくだらない女だわ」

「もういい、―――貴様は此処で死ねッ!」

沸点が低いわね、あんた。
だけどね、こっちはとっくにキレてんのよ。
それでも、保険だけはかけといた。








































代表候補生3人が模擬戦しているという噂のアリーナにやってまいりました。
はしゃいでんなぁ、あいつ等。

「酷い、あれじゃシールドエネルギーが持たないよ」
「もしダメージが蓄積し、ISが解除されれば、二人の命に関わるぞ!」

ワイヤーで引きずられ、一方的に暴行を加えられる鈴とセシリア。

「愛しの教官からSMプレイも習ったの? 性教育には熱心なのねあの人」
「鈴さん、この前部屋にお呼ばれしてませんでした? 貞操はきちんと守ったのでしょうね」
「減らず口を」

余裕っぽそうだなぁ。
あんな圧倒的負け試合でも憎まれ口を叩けるんだから、女の子は強いなあ。
俺なら泣いて許しを。
あ、装甲がくだけた。
ラウラがこっち見て笑いやがった。
誘われてんのか、仕方ねぇ。

けっしてセシリアと鈴を助けに行く訳ではない。訳ではないのだ。
誘われているから行くだけだからね。本当だからね。
「瞬着」
[OpenCombat]

あソーレ。
一振りでアリーナのバリアを切り裂く。
よっこらせっと。
一息でアリーナへ降り立つ。
距離にして50m
一秒かからんな。
よっとぉ。
一瞬でスラスターを全開に。

「その手を離せええええええええええ!!」

全力で抜き手を放つ。
案の定AICに捕まり、身動きが取れない。
鈴とか俺とか、最悪の相性だなこりゃ。
べ、別に負けてねーよ。相性が悪いだけだっつーの。

「感情的で直線的。絵に描いた様な愚か者だな。やはり敵ではないな。
 この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、象無象の一つでしかない。
 ―――消えろ」

「―――ぇない」

セシリアと鈴のISが解除された。
真剣に危ない所だったらしい。
あーやだやだ。これだから野蛮人共は。
俺みたいなインテリ派みたく、平和に穏便に生きれないもんなのかねぇ。

「なんだ、命乞いか?」
「俺が愚か者なら、テメエは救えねえ馬鹿者だっつったんだよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

頭使おうぜ、頭。
ほら、とりあえず頭上でも仰げよ。
刺さるぞ?

「クッ!」

空から降ってきた雪片弐型を、ほうほうの体で避けるラウラ。
さっきダッシュする前に仕込んどいたのだ。ほらインテリ派でしょ?
ラウラは無理矢理回避した所為で死に体。AICも解除されている。

「出会い頭の一発の礼だ。とっとけ」

喰らってないけど、返しとくぜ?
拳は強く強く握りこむ。
その所為で拳が遅くなったって構わない。
俺はダメージを与えるために殴るのではない。
殴りたいから、殴るのだ!

「カハッ」

みえみえのテレフォンパンチがラウラの頭部にジャストミート。
そのまま前蹴りでラウラをふっとばし、セシリアと鈴へ向かう。
距離さえ離せば、ほら。

「一夏、離れて!」

ラファール・リヴァイブカスタムによる援護射撃。
今回はAICを展開する暇もなかったのかたまらず下がっていく。
しめしめ。

「チッ、雑魚が」

「失礼するぜ、御嬢様方」

有無を言わさず脇に抱え、跳ぶ。
PICのコントロールを白式に譲渡。二人への衝撃を最小限に抑える。
アリーナ脇にある、緊急避難用退避場所へ一直線だ。

「おいおい正気かテメエ。頭沸いてンのか?」

ラウラ・ボーデヴィッヒが照準を合わせていることが、白式のアラートで分かってしまった。
こっちは生身の人間を抱えているというのに。
もし当たれば、簡単にミンチが出来てしまうというのに。
たかだか数センチ指を引いただけで、命が奪われてしまう。


なあ、アンタはどう思うよ。
人の命ってのは、そんなに軽いのか?

アンタ等はその圧倒的な強さを以って、これまでの兵器を鉄屑に変えた。
今度はその圧倒的な威力を以って、人の体を挽肉に変えるのか?

そんなの、人の死に方なんかじゃない。

違うだろ。そうじゃないだろう。

お前達は、一人の天才から産み出された機械かも知れない。

ただの兵器で、人殺しの道具かも知れない。

だけど、それだけがアンタ等の価値なんかじゃない。

人の英知が産み出した物なら、人を救ってみせろ。

肩部装甲、リアクターパージ。
フィールドバリア、全開。
肩部装甲、ウイングスラスター、PIC固定。
ラウラに背中を向ける。

「ちょっと揺れるぜ? 我慢してくれよ」

揺れるのはセシリアのおっぱ
ガツンと強い衝撃。
バリアが抜かれるかと思ったが、なんとか持った。
持たしてくれた。

二人を避難スペースに投げ込むと、ラファールリヴァイブカスタムが、
シュヴァルツェア・レーゲンのワイヤークローに捕まっているのが見えた。
じりじりと引き寄せられる中、それでもシャルロットは銃弾を撃ちこむ。

「面白い。世代差と云う物を魅せつけてやろう。―――往くぞ」

なんで俺は、銃を持っていない。
なんで俺は、遠距離兵装を持っていない。
例えこの身が届かなくても、殺意を届けられる何かを、俺は持っていない。

持ってない。
持ってないから、―――どうだと云うのだ?
持ってないから、持っていない事を嘆くのか?
持ってないから、諦めるのか?
そんな負け犬は、織斑一夏じゃねえ。

「白式。フライトユニット・アンロック、右腕部部分解除、再展開、フライトユニットに結合」
[Order to Providence]

ISのブースターってのは、何百キログラムという重量を音速の世界まで加速させる性能がある。
もし、それがブースターだけの質量だけで全力稼動したらどうなるか。

スラスターに右腕をくっつけて準備完了。
さあて、本日初御披露目!
受けろよ、男のロマン。
大声で叫ぶのは、お約束な?

「ロケットォ! パンチッ!」

そりゃあもう凄いスピードで迫ってくる拳を、ラウラは驚きつつもAICで止めた。
ですよねー。
くそ、叫ばなければいけたかもしれん。でも、男の本能が囁くのだ。
ガッカリウルフとか、嫌いだろ?

だが、目的は達した。
俺は、ただ一瞬のスキを作るだけでよかったのだ。
あとは、あいつの仕事。

一瞬で懐にもぐり込んだシャルロットが、その右腕を突きたてる。
はっきりとは見えなかったが、何かしらの武装を物質化させたようだ。
あの距離では、もう遅いだろう。

「天国まで、ブッ飛びなよ?」

押し当てて、トリガーを引く寸前。


「其処までにしておけよ、餓鬼共」


割って入ったのは、我等がブリュンヒルデ、織斑千冬だった。
生身で接近、ISの近接ブレードによる攻撃でシャルロットの武器だけ破壊した。
人間か、あの女。






「模擬戦をやるのは構わん。だが、アリーナのバリアーまで破壊する事態ともなれば、教師として黙認は出来ん。
 この戦いの決着は、学年別トーナメントでつけてもらう」

「教官が、そう仰るのであれば」

ラウラがISを待機状態に戻す。
あっさりだな。何この従順な娘。

「おいおい一介の教師がそんなに怖いかドイツ軍人様よう! まだ終わっちゃいねえだろうが!
 芋引いて逃げんのか糞ったれが! 粋がるだけのガキかテメエは!」

「煽るな、織斑」

ふぅ、まあいっか。
IS解除。
ヅカヅカと歩く。
拳は強く強く握り締める。
殴る。絶対殴る。

「織斑、デュノアも、それでい―――」
「いいわきゃねえだろう、無能」

ガンと、感情のままに、織斑千冬の胸をぶん殴った。
顔を殴らなかったのは、最後の良心だ。

「貴様、教師に手を挙げ―――」
「その教師様は何を見ていたよ。お前の生徒は、生身の人間相手にISで射撃を行ったんだぞ?
 何を教えてるんだよ。おいこらテメエ、答えやがれ。お前は何を教育したんだよ!」

俺がこの貧弱な腕力で殴ろうともビクともしねえだろうさ、この人は。
それでも、止められない。ネクタイを掴んで引っ張り上げた。
自然と首が絞まる。それでも、なんともないんだろうさこの人は。
なら、苦しそうな顔をするのはなぜだろう。

「テメエは俺に教えてくれただろうが! 武器の重さを! 人殺しの道具がいかに重いかって事を!
 それをなんで教え子が知らねえんだよ。そんな半端な教育しか出来ないのなら―――教師なんか、辞めちまえ!」

はき捨てて、突き飛ばして、アリーナを後にする。
その場にいる全員を無視して。俺は歩きながら考える。
ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、凰鈴音、織斑千冬。
なんだってんだテメエ等は好き勝手やりやがって。
好き勝手やるのはそりゃあ勝手だけど、人に迷惑をかけるのは違うだろうが。

面白くねえ。全然面白くねえぞ。
のほほん仲良く手を繋げとは云わねえが、弾みで殺人が起きる人間関係なんかあっちゃ駄目だろうが。
ルールを守れとは云わない。どっちかというと俺は破る側の人間だから。
だけど、道徳や倫理観を捨て去って戦うのであれば、それは獣と同じだろうが。
なあ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
そんなもんは強さじゃねえ。
そんなものじゃ、誰も守れない。何も守れない。
いつかきっと、失って初めて、自分が以下に弱いか思いしるぜ。
だから。
失う前に、取り返しがつかなくなる前に。
お前は、此処で折れろ。






















「とりあえず、二人とも無事でよかった」

保健室にて、治療が終わったタイミングで現れた一夏と篠ノ之箒、シャルル・デュノア。
一夏はさも安心した、とばかりに顔をほころばせる。
セシリアは「不様な姿を晒してしまい、羞恥の極み、ですわ」等といっている。
本当に不様だったわよ、あんた。
私はともかく、あんたは単品でドイツ娘に勝てた可能性があるっていうのに、気がついてないのね。
あの銀髪を調子に乗らせたまんまなのも癪だし、これからあんたを鍛えてやるわ。

千冬さんはなんか今にも自殺しそうな顔で謝罪してくるし。
ラウラは噛み殺さんばかりの表情でこっちを睨んでくるし。
なんともまあ、ねえ。

「ちょっと鈴と話があるから、全員邪魔しないでね」

セシリアと会話してた一夏が、突然笑顔でそういった。
あれよあれよという間にカーテンをひき、二人きりの密閉空間を作り出す。
え、一夏まさかこんなところで!
駄目、みんなに聞こえちゃう!

「鈴」

「格好悪い姿を見せちゃったわね。にゃは、にゃははは」

誤魔化すように笑う。
だけども、一夏は笑わない。

「鈴」

「にゃは、ははは、はぁ」

観念したようにため息をつく。
だけども、一夏の態度は変わらない。

「鈴」

「心配かけてごめんなさい。怒ってるわよね?」

「ああ、怒ってる。怒ってるに決まっているだろう」

ああもういやだなー一夏本気で怒ってるよでも私から手を出した訳じゃないんだよあっちから出したしそれにギブアップすら出来ない状況だったんだもんだから許してよ一夏ごめんなさい謝るからさー。
一夏が不機嫌な顔のまま、ベッドに座る。
一夏は私の体を触っていく。傷の具合を見るように。

「一夏、痛いよ」
「煩え、黙れ、動くな」

肩を、脇を、二の腕を、腹を、腰を。
余すことなく、触っていく。
私に痛みを反芻させる。
躾、だ。

危ない事をやったんだから、心配かけさせたんだから、その罰。
痛い。痛いけど―――甘い。
一夏の愛で傷付けられていくように感じて、甘い。

処置されていなかった手の指先、一夏はそれを見つけ。
舐めた。

「あっ」
「喋るな」

口の中に指を入れられ、顎を固定される。
一夏の親指は、私の舌を押したり、撫ぜたり、突いたり、擦ったり、思うさまに弄くっている。
私の指は、一夏に舐められ、しゃぶられ、嬲られている。

ああ、キレてるんだ。一夏。
命に別状があったかも知れなかった。
あれはスポーツなんかじゃなかった。
こんな指先の傷が気にならない位、傷を負ってしまった。
痕が残らないのは不幸中の幸いだ。

「んっ」

一夏の指が私の唾液でびちゃびちゃになって、伝って垂れていく。
私の指は、一本一本丁寧に舐められ、拭われていく。
それはまるで、凰鈴音と織斑一夏の関係みたいで。

「ウチの娘を傷物にしてくれた礼はたっぷりしねえとな……」

ボソリと呟く一夏。
だからあたしとアンタは同い年だし子じゃないし傷物ってなんか意味が違うし、
とそんな文句が頭の片隅に出るが。
私は、その、愛されている実感に胸が暖かくなってしまうのでした。
わっほっほーい。

……アタシって、ホント馬鹿。































セシリアさんと凰さんの見舞いを済ませ、一夏と部屋に戻った。
今日は大変だったなぁ。
それにしても、まさかブリュンヒルデを殴るなんて。
一夏は無鉄砲にも程があるよ。

「シャルロット」

「なあに、一夏」

なんだか弱気な声。
きっとあの件だ。

「学年別ツーマンセルトーナメント。俺と、組んでくれないか? 負けられない、理由が出来た」

「そうだねぇ、ぼくもちょっと、流石に頭にキてるよ」

ほらやっぱり。誘ってくれると思ったよ。
一夏はぼくの有用性に気付いてる。ぼくの鷹の目にも気付いてる。
ぼくの専用機はカスタムしているとはいっても、所詮第二世代機。
第三世代機にはスペックでは劣ってしまっているし、何より決め手に欠ける。
第三世代機とは単一仕様能力を用いずに、イメージインターフェイスを活用した特殊兵装を詰んだ機体だ。
未だ実験段階を超えていないが、それでもラウラのAICの様に圧倒的な性能を誇る物が少なくはない。
正直、一対一でまともにやってしまうと、第三世代IS乗りでぼくが勝てるのは一夏くらいのものだろう。
けれども、ぼくのラファールは、強い。
不安定な第三世代機とは違う堅実性、応答性。その圧倒的な操作性能の良さとフェードバックの鋭さ、カスタム性。
武装の種類の多さもあいまり、多人数の戦闘におけるバックアップとしては、ラファールは未だに世界トップの座に位置する。
その上にぼくの状況判断能力、高速切替も加われば、鬼に金棒だ。

部屋に戻るまでに御互いかなりの数の誘いがあったけど、申し合わせも無く蹴り続けたのは、そういうことだろう。

「でも一夏なら、わざわざぼくと組まなくてもいいんじゃない? 誰を誘っても組んでくれると思うけど」

だからこれは、ちょっとした意地悪だ。
女の子は誘われるとき、抑えていて欲しいポイントが二つある。

「シャルロットじゃないと、駄目だ。俺はシャルロット・デュノアの力が欲しい。
 ただ勝つだけじゃ駄目なんだ。ラウラ・ボーデヴィッヒを負かすだけじゃ、彼女は変わらない。
 彼女が憧れる『織斑千冬』が持たない力で倒さないと、彼女は学ばない、認めない」

和衷協同で事に当たる、と。
その相手としてぼくが選ばれるのは、ぼくじゃないと駄目だと言われるのは、嬉しい。有頂天外になっちゃいそうだ。
ポイントの一つ目は手堅く押さえてきました織斑選手。

「だから、俺に力を貸して欲しい」
「一夏」

なんだかんだ、一夏は弱気だ。
人の気持ちを、決め付けたりしない人だ。
だけど、そうじゃないでしょ男の子。

「淑女に物を頼む時は、手にキスをして『お願いしますプリーズ』が基本だけど。
 漢が女に頼むときは、違うでしょ?」

一夏は一瞬ぽかんとして、弱気な顔はどこにいったのやら、転じてケモノ染みた笑みを浮かべた。
そうやって強気な方が格好良いよ。ただでさえ一夏は草食系の顔立ちだから、ギャップで中々に、魅力的だ。

「黙って俺について来い、シャルロット・デュノア!」

「これでぼく等は一蓮托生だ。一夏、―――絶対に勝つよ」

仏国女は気が強いって有名なんだから、きちんと手綱を握ってくれないと、ね。



[32851] (前)LOST AND FOUND
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/05/08 23:38
学年別タッグトーナメント。
この大会はツーマンセルにて行われる。
相方を指定しなかった生徒は、抽選で相方が決定するとのことだ。

一年生一回戦第一試合。

ラウラ・ボーデヴィッヒ
篠ノ之 箒

織斑 一夏
シャルル・デュノア

これまた運命的な組み合わせで。
そういう星の下に産まれてきたと諦めている。
しかし、箒が相手かよ。

箒とは一筆、約定を決めてある。

もし箒が優勝したら、織斑一夏は篠ノ之箒と交際する。
期間は最低一年間。
そりゃあそうと激しい模様でした。
直前で部屋の移動で揉めた事もあり、しっちゃかめっちゃかですよあの娘。









「今度の学年別トーナメント、私が優勝したら、付き合ってもらう!」

「……へぇ、ソイツはまた、難儀な方で。念のため確認するけど、買い物付き合えとかいう話じゃないんだろ?」

「この私と、交際してもらう。よもや嫌だとは云うまいな」

「嫌とかどうとかじゃなくて、そんなもん賭けてするもんじゃねえだろ」

男が欲しけりゃ心を奪え。
愛でも恋でも好きな方を。
真心でも下心でも、好きな方を。

きっとそういう事を、学べなかったのだろう。

間違ってるよ箒。そんな関係じゃ、きっと幸せにはなれんぜよ。
それでも、乙女の一代決心。
自分の要望を箒が珍しくストレートに他人に伝えたのだ。
この変化は、素直に嬉しい。
箒はどこまでも我慢する娘だったから。

姉が世界を変革し、両親と離れ離れにされて、生家を離れ、一人で暮らしてきたのだ。
周りに人は居たけど、そういった境遇で上手く心が開けず、独りだったのだ。
なんでも姉の所為にし、なんでも溜め込む娘になってしまった。
ISの知識はなく、ISの操舵技能もなく。
唯一、剣道だけが取り柄だと。
IS関係者からは無価値な子だと判断され、保護と云う名の監視をされてきた。

そんな箒が、あの篠ノ之箒が。
イッピー知ってるよ。人は嬉しくても涙を流せるって、イッピー知ってるよ。

「何故泣く! そんなに私と付き合うのが嫌だったか!」

「ああいや、―――そうだ。だから、力づくで従わせろ。
 受けるぜ、篠ノ之箒。アンタが優勝したら、俺はアンタと一年間交際しよう。」

IS学園の慣習。
決闘システム。
勝者は敗者に、一年間の命令権を得る。
今回、直接戦うかは怪しいが、それでも箒が優勝したのなら、俺の負けには違いない。

欲しい未来は、テメエの手で勝ち取れ。

「勿論、俺なりのやり方で全力で"男女交際"してやる。そこに手抜きはないと誓おう。
 で、アンタはその対価に何を賭ける?」

「それは……」

そこまでは考えてなかったのか。
おいいおい、そんなハートで俺を落とせると思ってんのか。
俺の下半身を落とすのは簡単だが、俺の上半身はけっこう手を焼くぞ?
そ、早漏ちゃうわ。

「なら俺が決めるぜ。―――篠ノ之箒の胸を、いつ、どこでも、好きな様に扱える権利だ。
 胸、胸部、バスト、おっぱい。あんたの立派な胸を賭けろ」

「な―――、お前は、乙女の身体をなんと心得る! そうやすやすと許せるものではないのだぞ!」

「ならテメエは、男児が心をなんと心得る! そうやすやすと従わせようとしやがって!」

お前は『バスト』を、俺は『ハート』を賭ける。
五分かどうかは知らんが、コレでお互い安くないだろ。あれ、愉しくなってきたぞ?

「さあ、選べよ篠ノ之箒。その身を蹂躙されるリスクを負ってでもこの織斑一夏を従わせるのか、
 尻尾巻いて安定に自分の殻の中に逃げ込むのか! アンタの未来だ、アンタが選べ!」

「ッ、やってやる! 覚悟しろ馬鹿一夏ッ!」

ドアを叩きつけるように閉め、篠ノ之箒はその場、元自室である1025室を後にする。






















アリーナに立つのは四人。
ラウラ・ボーデヴィッヒの駆るシュヴァルツェア・レーゲン。
篠ノ之箒が搭乗する打鉄。
シャルル・デュノアが操舵するラファール・リヴァイブ・カスタム。
織斑一夏が纏う白式。

個々の戦力差で云ってしまえば、ラウラ>>>>シャルル>>俺>>>>箒。
だが、ラウラのISにはアクティブ・イナーシャル・キャンセラー、
通称AICと呼ばれる慣性停止結界を操る機能が搭載されている。
真正面から馬鹿正直に戦えば、まず敗北は免れない。

「一戦目で当たるとはな、待つ手間が省けたというものだ」

「出しゃばんな、三下。―――箒、気持ちに変わりはないな?」

「ああ、勿論だとも。―――お前を倒し、私は優勝を目指す」

「おい、ちょっと待て」

箒は気合充分といった体で試合に臨む。
やる気満々じゃねえか。
活きてるねぇ。

「優勝なんてまだるっこしい話はなしにしようぜ。条件はこの試合の勝敗だけでいい。
 テメエの未来の為に、全力を尽くせ」

「是非も無い」

「待て、このラウラ・ボーデヴィッヒを無視するとは何事だ」

うっせ。
俺は幼馴染の女の子の成長を見つめるのが忙しいんだよ。
試合が始まりゃ構ってやるから、今は隅にでもよってろや。
カウントが始まり、試合開始を告げるブザーが鳴って、

「叩き潰す!」
「掴み取る!」
「撃ち貫く!」

「さあて、おっぱじめようぜ!」

己々が声を上げ、銃剣鉄火なパーティーの始まりだ。





























二人っきりのときは、何か特別な呼び方をして欲しいとデュノア嬢から要望があったので。

「シャルロ、作戦通りに頼む。指示は任せた」

「OK一夏。しっかりぼくの声、聞いててね?」

シャルロ、と。
シャルロット・デュノアの持つ柔らかいイメージを損なうことなく、名前を短縮してみた、
と説明したら喜ばれたので決定。
こんなんで喜ぶなんて、女の子は可愛いねぇ。

「さあてモッピー。ガキの頃みたく―――遊ぼうぜ?」
「後悔するなよ。私は篠ノ之箒をモッピーと呼んだ人間に対して、例外なく鉄槌をくだしている」

バススロット(容量)の空きが無く、スタビライザー(後付)が不可能だった俺と白式は、
考えた挙句始めっから装備を身につけてきた。
格納できないなら手に持つかマウントすれば良くね? と考えた結果だった。
確かに高速切替とか便利だし憧れるけど、それが出来ないなら始めっから物質化しときゃいいじゃん。

「片手に剣、片手に銃。そのような半端な也で、私の剣を止められてると思っているのか」

「言葉は不要だろ。んなもん、思い知らせろよ」

「成る程承知。―――参る」

先手、篠ノ之箒による直進斬戟。
もしこれが生身の勝負だったら、俺に勝ち目はないだろうけど。
これは、ISバトルだ。
機体の性能に胡坐をかく訳ではないが、所詮第二世代訓練機では、第三世代専用機の反応は超えられない。
雪片弐型で軽くいなして、

「フォロー!」
「アタック!」

シャルロの要請に反応し、ラウラに攻撃をしかける。
右手にもったサブマシンガン・ウージーをてきとうにばら撒く。
ラウラはご丁寧にAICで受け止めたので、シャルロがフリーで動ける。
シャルロの動きまでは意識を割かず、改めて箒を、

「私を前に片手で、余所見までするとは。随分と余裕だな、一夏」
「悔しかったら釘付けにしてみろ。―――そらよっ!」

打鉄は第二世代の初期開発型のISで、開発当時はそれなりに騒がれていた。
ただ日本の開発コンセプトが良く分からんので、相当数作られたにも関わらず、
その発展型が日を見ることは(まだ)ない。
近接格闘型でありながら、防御型。
ぶっちゃけブルーティアーズの様な高機動射撃型には、一回も触れることなく撃沈される。
攻撃方法は刀剣型ブレード、あとバススロットがあるので2、3個の武装は詰めるが、剣以外の戦い方を
学んでいない箒が白式を落とせるような武装を詰んでるとは思えない。決め付けは良くないが。
もしランナーの腕が、かのブリュンヒルデぐらいあれば、加速と距離の詰め方、弾道予測でなんとかするのだろうけど。

白式の機動力、出力に物を云わせ、打鉄と剣を合わせていく。
一合、二合、打ち合わせを重ねても、白式が押している。
片手だというのに。剣技では劣っているというのに。
本当に、俺には勿体無い位出来た機体だぜ。

「フォロー!」
「アタック!」

ラファールがAICに捕らわれているのを確認もせず、レーゲンへフルオートの銃撃を放つ。
またもやAICをこちらへ切り替えるラウラ。その動きでラファールがフリーになる。
いい加減苛立ってるな、あのドイツ娘。
仕込みは強かに。
味付けはお好みで。
遍くアンタの手の平の上だ、シャルロット・デュノア。

「セアアァッ!」
「なんとぉ!」

打鉄の近接ブレードをひらりとかわし、返す刀で銃撃を見舞う。
慌ててシールドバリアで受け止める箒。あんだ? 自分には撃ってこないとでも思ってんのか?
甘えんなよチャンバラ娘。

手管はシャルロの直伝を。手筈はシャルロが入念に。
筋書きはシャルロット・デュノアが直筆で。
これはもう俺の舞台じゃない。俺はもう一役者だ。
だから、俺の仕事はお前を落とす事じゃない。
役者の仕事は、監督の指示を全うする事、だろう?


「フォロー」

シャルロの声に反応し、レーゲンに向けて視線を移し、雪片弐型を握り直し、スラスターをふかす。

「来るか、雑兵!」

ラウラが俺を見て、構える。
よっぽど俺が直接攻めてくることが嬉しいのか、顔は喜色満面。
プライベートだったら喜んで俺もお呼ばれするけど、残念、これはお仕事なのです。

俺はスラスターより得られた推力でラウラに向け前進し、瞬時加速の溜めを作り、叫ぶ。

「フォロー!」
「アタック!」

俺の掛け声に応じるシャルロ。
その手にはグレネードが握られ、向けられた銃口の先には。

「一夏!」
「合点承知!」

俺が居る。
直進する白式目がけて放たれた弾頭は、俺の華麗なバレルロールにより、白式のスレスレを通過する。
通過した先には、打鉄。
俺がスクリーンになっていた箒には、突然グレネード弾が出現したように見えただろう。

ドオン
弩音と激しい爆発残響が空間を支配し、爆炎/爆煙があがる。
弾速は遅いが、鬼の様に火力に拘った一品。
俺の姉経由で仕入れてきた、どっかの企業の炸裂狂いブラストジャンキーが開発した試作品。
その威力は折り紙つき。もし打鉄が防御型のISでなければ、今の一撃で撃墜できていたであろう。
大口径グレネード押しの企業人か。きっと有澤の社長の様な渋い声をした、筋骨隆々の男なのだろう。
お礼言おうかなと思ったけどそんなムサイおっさんとは顔も会わせたくねぇな。

推力偏向ベクタード・スラストからの逆シャンデル・ターンによる高速方向転換。
俺はコンマの時間で打鉄へと向き直り、爆心地に突撃する。

「強制解除ォ!」

ISの部分展開ならぬ、部分解除。
バリア発生装置と、両腕と、雪片弐型を残して全てのパーツを解除した。
途端に襲い来る風圧、遮断されていても感じてしまいそうな灼熱。視界を真っ黒に塗りつぶす黒煙。
ハイパーセンサーですら見通せない混沌の渦にて、俺は目を瞑る。


思い出すのは、師と過ごした時間。
あの時は、本心辛かった。
でもそのお陰で、今の俺が在る。

こうやって、目を閉じて、心を落ち着けて、躯と対話すれば。
俺と云う存在が眼を開く。
眼窩に写らない情報を、脳に描き出す。

感じる。
前方30メートルに、何かがいる。
ぼろぼろの兎のぬいぐるみを踏みつけ、男の子の人形と竹刀を抱いて、泣いている小さな女の子。
その子が男の子の人形に語りか―――カット。
思考のカット。情報のカット。
ただ20メートル先に、何かが居る。それだけでいい。
残り10メートル。【零落百夜】、発動。
相手は動かない、ただの的だ。
その激烈な火力に意識ごと爆散された、ただの的。
それ以外は、識らない。

接敵、斬戟、撃破。
打鉄はシールドバリアを無効化され、乏しい最後のシールドエネルギーを絶対防御に使い、搭乗者を守った。
その結果が、リタイア。ISが解除されることはないものの、競技のルールに従い、もう動く事はない。
箒、悪いな。今回も、俺の勝ちだ。
俺は地面との間にバリアを発生させ、不様に転んでいた。
ごろごろごろ、ぴた。
戦線、復帰。


「待たせたなイタズラ黒ウサギ。―――躾の時間だぜ?」

「有象無象を一人倒した所で良い気になるな、素人」

「その素人に、これからキミは負けるんだけどね?」

シャルロが二丁拳銃で仕掛ける。
俺が距離を詰める為の足止め。
レディに呼ばれちゃ仕方ない。
白式展開。
急ぎます、よっと!

[Ignition Boost]

途端にGが急増し、視界が狭まる。
慣れないなぁ、この加速。

「学ばんなあ、愚か者!」

冷静にAICで白式を停止させるラウラ。

「学ばないね、馬鹿者!」

レーゲンの背後から射線を確保し、的確に狙い撃ちにするシャルロ。
停止させる物体に集中する必要があるAICの弱点。
1、停止させる物体との距離=AICの有効射程
2、AICの効果範囲=ラウラの視界
3、複数の物体を停止させる場合の相互間距離
4、フィールドエネルギー無効化属性=零落百夜
5、発動時の移動制限

タイマンでは最強っぽい武装だが、所詮最強。
無敵じゃない。
無敵じゃなければ、敵は居る。
無敵じゃなければ、敵じゃない。

AICが解除されたところで追撃。
せーっの!

「どうしたどうした? 余裕がなくなってんじゃねえかウサギちゃんよお!」
「減らず口を!」

ワイヤーブレードが四本射出され、白式に迫る。
おいおい万能型。

「近接格闘専用型、舐めんなッ!」

一振りで絡め取るように巻き込み、払いのけた。
距離を詰め、一線。

「かかったな!」

雪片を振る寸前でAICが発動し、プラズマ手刀が俺の胸元に吸い込まれるように、

「かかったねえ」

激しく弾かれた。
シャルロのスナイピングによる加勢で、大きく体勢を崩すレーゲン。
おら、持ってけ!

「カッキーン!」

雪片弐型によるフルスイング。
零落百夜こそ発動していないが、それでもまともに入った。
さすがのラウラもよろけ、体勢を立て直し、悔しそうに唇を噛む。

「愛しの教官の前で地に伏せたくないなら、ギブアップすることを進めるぜぃ」
「一夏。駄目だよ、軍人が学生に勝てないから投了したなんて聞いたら、織斑先生憤慨しちゃうよ」

唇から、歯を噛む様に変わった。
おいって軍人さんよ、ポーカーフェイス造りは訓練になかったのか?
でもアンタ、想像以上に人間臭くて、好きになっちゃいそうだぜ。
そりゃ自分の大事な人貶されたら、キレるよなぁ。

それでは、メインディッシュと参りましょうか。
仕込みは強かに。
味付けはお好みで。

「背中を預けるぜ、シャルロ!」

スラスターを全開に雪片弐型を突き出すように加速。
加速、加速、加速、真っ直ぐ狙う。
ラウラの足を止める為の狙撃をシャルが行う。
だがレーゲンはシールドバリアでの対応を選択し、足を止めたまま。
AICで向かい撃つってか?
やってみろ!

【零落百夜】、発動。
雪片の握りを甘く、加速加速加速。
当然の如くAICで止められる白式。
そして、

「プレゼントだ、受け取れよ!」

ピタリと停止する俺とは対照的に、まっすぐ突き進む雪片弐型。
白式は停めれても、AICでは雪片を停めることは叶わない。
慣性停止結界を切り裂いちゃいますもん。

雪片弐型は直撃し、レーゲンは絶対防御を発動させ、確かなダメージを与え、

「刻め」

それを完璧に無視して、ラウラはAIC中の俺にプラズマ手刀をぶち込んだ。

「ゴハッ」

こちらもバリアを抜かれ絶対防御が発動、エネルギーを結構持っていかれた。
おいちぃっと待てよ。雪片無視してぶん殴るとか、どんだけプッツンしてんだよアンタ。
やっぱライフ・パートナーシップ法がある国はレズの結束も固いってか。

二撃目が入ったタイミングで、シャルロが援護してくれた。
もうちょい早くが良かったな。もうエネルギー切れかけ、ヤヴァイ。

「限界までシールドエネルギーを消耗しては、もう戦えまい。―――潰えろ」

「フォロー!」
「アタック!」

けっこうギリチョンのタイミングで助けてくれたシャルロ。
俺の逃げと、シャルロのフォローがクロスしスイッチする。

「まだ終わってないよ? ぼくの相手もしてくれないと、ラウラさん」
「第二世代機が、調子に乗るなァ!」

両手のショットガンで壁の様な弾幕を形成し接近するラファール。
堪らずAICにてガードに徹するラウラ。
距離を詰めるラファールに、AICを仕掛けるまであと2秒。

俺には、シャルロットをフォローする遠距離武器がなかった。
なんで俺は、遠距離兵装を持っていない。
以下略!
即席、作成。
駆けろ、隼!

「ロケットォ、パンチッ!」

唸りを上げて飛翔する俺の拳。
ラウラは心底馬鹿にするようにそれを視認し、

「二度も通用するか? あまり軍人を舐めるな」

少し軸をずらすだけで躱した。
AICを使用すれば、ラファールを停止させる事が出来ないから。

だけどもだっけっど!

零れたミルクは還らない。
ダイヤモンドは砕けない。

ロケットパンチは、外れない!

「いいのかラウラ・ボーデヴィッヒ。それ、戻ってくるぞ?」

弾かれる様に視線はロケットパンチを追いかけ、ラウラは確認する。
飛んでいって、飛んでいって、壁にぶつかりそうな俺の右手を。

疑念を解消する間もなく、ラウラの後頭部に俺の左手が突き刺さった。

「んなわきゃねえだろ、バーカ」

こっそり飛ばした二発目のロケットパンチは華麗に直撃し、ラウラはバランスを崩す。
その一瞬が命取りだ。それを逃すシャルロット・デュノアではない。

「ゼロ距離、今度は逃がさない。遠慮せず全弾持っていって」

レーゲンに密着し、バンカーを押し当てるラファール。
バンカーじゃない、あれは。

「ゼロファイア! 撃ち貫く!」

リボルビング・ステーク。
一発、二発、三発、
炸裂する推力による釘撃機構が軽々とバリアを破り絶対防御を作動させ、シールドエネルギーを根こそぎ奪っていく。
四発、五発、六発。
電気ショックを受けたみたく跳ねるレーゲン、それでも構わず撃ち込むシャルロ。
怖ぇ、怖ぇよシャルロット。あの天使の様なキミはやはりマヤカシだったのか。
あいつ敵に回すのは辞めとこう。えげつねぇよあいつ。

勝負は決まった。
決まったも同然。
だけど、レーゲンはまだ稼働中。
キナ臭い。嫌な感じだ。
嫌な予感がする。
嫌な予感は、当たるんだよ!

ラファールに近づき、掴んで無理矢理遠ざけた。
そのタイミングで、レーゲンが形を失い、電撃を放つ。
あ、やべ。

「ひでぶっ!!」

電撃に巻き込まれ、機体制御が麻痺、展開が解除。
え、なにこれ。
強制的にISが解除された。
リンクが切られた。
今のでシールドエネルギーが尽きた。尽きたのは分かるが、それでも駆動しないだけで、ISの稼動は止まらない筈だ。
競技用のエネルギーが尽きただけで、実際は最低限の防御、装甲の維持は可能な筈なんだ。
アレは、何か、おかしい。


『非常事態発令、状況はレベルDと判断。試合は中止、全員迅速に避難すること。鎮圧の為、教師部隊は急行せよ。
 繰り返す、非常事態発令、―――』


なんだ、アレは。
アレは、なんだ。
声が、聞こえる。
力を求める、声が。

ラウラ・ボーデヴィッヒが求め、シュヴァルツェア・レーゲンが応じる。
成立した契約に基づき。
彼女は、彼は、変わる。
力を求め。



[32851] (後)アンサイズニア
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2015/05/31 21:16
変質が、始まる。
ヴォーダン・オージェの暴走で瞳から過剰な輝きを発しながら、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンに呑み込まれた。
それだけじゃない。
それだけじゃ、ない。
変質が始まる。

[VT-SYSTEM]
白式が教えてくれる、その存在を。
Valkyrie Trase System
その名の通り、搭乗者にある搭乗者の戦闘方法・戦闘技術を模倣させるシステム。
機体にセットされた/搭乗者が想い描く最強の姿を真似るシステム。
なんて、不様さだ。
借り物の力で、一体何を成せると云うのだ。

俺は、俺の知り得る『最強』を模した姿に憤慨し/彼女の心情を思い悲哀する。

力を求める時に聞こえた声。

コア・ネットワークを通じて知ってしまったラウラの過去。
ラウラの想い。
ラウラの信仰。
ラウラの、神。

そう、織斑千冬は、ラウラ・ボーデヴィッヒにとっての神だったのだ。
自分を救ってくれた唯一無二の人物で、自分の知る限り完全無欠の存在。
その神が、人を、自分でない一個人を愛す。
自分の神を、人に落とす汚点。
消すべき、汚点。
汚点の名は、織斑一夏。

一年が過ぎ、神に置いていかれる空虚さ。
求める心はより強く。
いつか、その頂に届くように。
ラウラ・ボーデヴィッヒは、織斑千冬に成ろうと、した。
それは、自殺となんの違いがある。
求めて、求めて、狂おしい程、求めて。
それでも満たされないから、満たされない存在を辞める。
自分を、辞める。
なんて、悲しい。
ラウラは自分の不幸にすら気付かず、ただ満たされる時のみを求める。
人工的に造られて、使い潰され、見下され、扱われてきた。
そこに現れた救いに、神を見い出し、その存在に焦がれた。
想い焦がれ。想い捩じれ、想い狂い。
神を、夢見た。
『織斑千冬』という人間となることを、望んだ。

そんなの、間違っている。


「違う、違うよラウラ。そんな事に意味なんてない。人は、自分以外の誰かに成れないし、成っちゃいけないんだ。
 誰かに憧れても、想っても、目標にしても、拝んだって構わない。だけど、投影しちゃいけないんだ」

『お前だって、偉大な姉と同じ存在になろうとしている。
 何が違う。あの人と同じ機体に乗って、戦って、何が違う。
 縛られているではないか、お前だって。偉大なあの人の存在に』

ラウラの思念が、ISのネットワークを通じ、敵意が、奔流として溢れ出す。
嘘偽りない彼女の感情。彼女がどれ程『あの人』を想っているのかすらも伝わって、泣きたくなってくる。


「だけど、それでも。お前は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ。
 ドイツ軍人少佐でもない、ドイツの代表候補生でもない。IS学園の生徒でもない。
 お前は、ラウラなんだ。その命は彼女じゃない、キミのだ。
 君はブリュンヒルデなんかじゃない。
 君という存在を殺して、心すらも殺しても、彼女になんてなれない。なっちゃいけないんだ。
 辞めるんだ。こんな事を繰り返していたら、心が壊れて人間ではなくなってしまう!」

『姉と同じ立場に立とうとする貴様が、あの人の弟でしかない貴様が、其れを云うか!』

「確かに、俺は『あの人』と同じ立場に立とうとしている。そして、『あの人』の弟だ。
 けれど、俺は『織斑一夏』だ! キミは『織斑千冬』じゃない、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ!
 俺達は立場に、境遇に、環境に縛られる存在だけど、一個の人間だ。
 縛られるだけの存在だなんて、そんなの間違っている。
 悲しすぎる。悲しすぎるよ、そんなの・・・・・・」

胸を掻き毟る様に、強く握り締める。
『いたみ』が確かにある。
この身体の痛みも、この心の傷みも、全部俺のだ。
抑え切れなかった涙が零れる。
あの人ならきっと流さなかっただろう、弱さの証。
でも、それでいい。俺は、これでいい。

「悲しいからって、悲しい事が多すぎるからって、感じる心を止めては駄目なんだ」

変質は終わった。
もう、ラウラに声は届かない。
このままでは。
止めなきゃ、ならない。
止めなきゃ、いけない。
それは『誰か』の役目じゃない。
俺は、『織斑一夏』だ。
俺の役目だ。

「俺は、俺は彼女を止めたい。止めなきゃならないんだ!
 白式ッ! ―――俺に力を貸せッ!」

エネルギーの尽きかけた白式が、雪片弐型を顕現してくれた。
己を縛るリミッターを振り切り、俺の為に武器を用意してくれた。
そして今、俺の激情に動かされ、我が身を削り顕在しようとしてくれている。

「俺は、英雄の弟なんかじゃない。人間だ。そしてお前は、人の想いを増幅するマシーンなんだ。
 人の心を、悲しみを知る人間の為に作られた。―――だから、怒りに呑まれるな」

待機状態の白式を握り締め、伝える。
白式が鈍く輝き、俺に腕だけ与えてくれた。
武器と、膂力と、あと足りない物が一つ。
威力。
零落、百夜。
俺も、お前も、完全なんかじゃない。『あの人』には成れない。
だけど俺は、俺達は、独りじゃない。

「フォロー」
「アタック!」

俺のISへジャックを突き刺し、シャルロが応える。
コアを同期させ、エネルギーバイパスを構築し、エネルギーを譲渡してくれた。
言葉にしなくても伝わった俺の心情。
言葉なんかなくても伝わってくる、シャルロの優しさ、暖かさ。
俺達は、完全じゃなくていい。
支えてくれる人が居る。守ってくれる人が居る。
強く想える人が居る。守られてくれる人が居る。
こんなに嬉しい事はない。

俺は確かに、あの人の弟だ。
何処にいこうが、何をしようが、その評価は付き纏う。
だけど、それでも。
俺を。あの人の弟、としてではなく織斑一夏として扱ってくれる人は、いる。

俺を、心配してくれる人が居る。
凰鈴音は、いつだって俺の心配をしてくれている。
俺を、好いてくれる人が居る。
五反田蘭は、こんな俺に惚れてくれている。
俺を、想ってくれる人が居る。
弾は、なんだかんだ俺の面倒を見てくれている。
俺を、愛してくれる人が居る。
千冬姉は、いつだって俺を愛してくれている。

だから、織斑一夏なんだ。
俺は、織斑一夏で良いんだ。

「一夏?」

「ありがとう、シャルロ」

「うん。―――負けちゃ駄目だよ?
 僕に、デュノア社の道具じゃないって、『シャルロット・デュノア』なんだって教えてくれたみたいに、
 ラウラにも教えてあげて。それはとっても、素敵なことなんだから」

「委細、承知」

頷き、シャルロが笑顔を返してくれる。その笑顔が、俺に力をくれる。俺の背を押してくれる。

傍に居た箒が何かを言いたそうにし、口を噤んだ。
力になれず、有益な助言もなれないその身の至らなさを悔やんでいるのか。
そんなもの、必要ないのに。
俺は、そんなもの望んでいない。

「どうした、箒」
「・・・・・・勝てよ、一夏」
「任せろ!」

大事な幼馴染が、一言背中を押してくれるだけでいい。
シャルロに背中を押された俺が箒の背中を押し、箒がまた俺の背中を押してくれる。
人はそれを茶番と呼ぶかもしれない。
けれど、胸に抱いたこの熱が否定する。

武器を持ったことで、英雄の幻影は俺を攻撃対象とした。
数瞬と待たずに、襲い掛かってくるだろう。

「世界を変える力なんて、俺には無い」

誰かを救う力なんて、俺には無い。

「だけど、間違っている事を間違っていると、声を大にして伝える事は出来る」

人は皆、分かり合えるんだ。
感じる心を、無くさなければ。

「だから、お前は此処にいちゃいけない」

お前は、英雄の残滓だ。織畑千冬と云う名の亡霊だ。

「亡霊は―――」

千冬姉が最も得意とする業、篠ノ之流剣術、居合い。
アイツを倒すには、うってつけの業だ。
お前程度の偽物は、俺程度の偽者に討たれろ。

雪片に鞘はない。ないのでPICで空間に固定した。
ギチリと固定された俺の牙が、今か今かとその開放を待ち望んでいるようだ。
俺の気迫を感じ取ってか、アイツは真っ直ぐに俺の元へ迫ってくる。
なんて、不様さだ。
ただ一直線に俺に向かってくる。
そこには技術も戦略も駆け引きもない。
ただただ、自分の獲物が届く間合いまで。
だけど、テメエの間合いは俺の間合いだ。
俺に剣を振り上げた所で、鬼札を切る。

[OneOffAbility ACTIVE]

零落百夜がPICを切り裂き加速する。
雪片弐型を縫い付けた空間=鞘の上で、斬戟を走らせるこの技術こそが居合い。
奴の振り上げた腕より格段上の速度を以って、俺の牙が疾駆する。
格好ばかり真似てるから、そう実が伴ってないんだよ!

「―――亡霊は暗黒に還れッ!!」

疾走する斬戟は難なく、眼前の贋作を切り裂いた。
両腕を切り落とし、首を切り落とし、その活動を殺した。
VTシステムのコントロールを失ったコアが、ラウラを開放する。
宙に投げ出されたラウラを抱き留め、薄い胸から鼓動を感じた所で、意識を失




















[お前は何故、強くあろうとする。どうして強い]

誰だよダブルオー起動したの。なんだよこの空間どういうことだよせっちゃん。
俺はお前の全裸なんか見たくなかったよ、ルイスの裸体だけでry
全裸ですよ。全開ですよ。俺のライザーソードも全開になりました。
だってラウラさん、全裸なんですもの。生えてないんですね、素敵です。
これはこれで、美しい(性的な意味で)
ラウラが恥ずかしそうに、胸と秘所を隠した、なんてことはなかった。
羞恥心の重要性を説きたくなる場面だが、これはこれでry

「俺は、強くなんてない。ただ、正しくありたいんだ。
 間違っている事を間違っていると言える、悲しい事を悲しいと感じ、それを変えられる人間でありたい。
 その為に、少しだけ『強さ』が必要だから、そう見えただけだ」

けれど、正しい事なんて無い。生き方に間違いが無い様に、正解だって無い。
ただ、自分が正しいって認められる、間違っていないと誇れる生き方はある。
それは、誰かが決める事じゃない。自分が決める事だ。
だから、その自分を亡くしてしまう『誰かに成る』っていう選択肢は、間違いであると断言できる。
『自分』とは。『心』とは、自分で自分を決められる、たったひとつの部品なのだから。

[私も、そんな風に生きれるのか?]
[試験管ベイビーとして産まれ、遺伝子強化試験体であるこの私に、越界の瞳を移植され肉体すら純粋な人ではない私に]
[正しく生きるなんて、可能なのか?]

出来るさ。

[どうやって]

まずは起きろ、起きたら周りを見ろ。
ラウラの眼に映る近しい人、大事な人を笑顔にしろ。
そんな単純で、簡単なことなんだ。

[そのような任務に従事したことはない。私には無理難題だ]

お前って、その眼帯の下そんな風になってたんだ。
目茶苦茶キレイじゃん。
普段から見せてくれればいいのに。

[なぜ笑う?]

お前が可愛いからだよ。ほら、簡単なことだろう?
もう起きろよ、きっとお前を待ってくれてる人が居るから、さ。








































「わ、わたし、は。何が、起きた…?」
「VTシステムによる制御不可状態を、どっかの馬鹿野郎に叩きのめされて今まで寝ていた」

間髪いれず返ってきた返答に、私は驚きを隠せなかった。
親愛なる教官が、こんなに近くに。

「私を待たせるとは良い身分だな、オマエは」
「失礼しまし―――ウグっ」

体を起こし敬礼しようとした所で、痛みがぶり返す寸前で、私は教官に寝かしつけられた。

「構わん、そのままでいろ」

あれだけのスピードなのに、私に衝撃を加えないで押し戻すなどと、やはり教官は人間離れしている。

「ラウラ・ボーデウィッヒ。―――オマエは誰だ?」

「わたし、は」

「誰でもないなら調度良い。駒が一人欲しいと思っていたところだ。私の下で、私の影として、『織斑千冬』として働かないか?
 将来的に私に成りたければ成ればいい、教導を望むのであれば存分に鍛えてやろう。
 どうだ? 今の立場を捨てさえすれば、いつでも受け入れてやるぞ?」

振って沸いた最高の機会。
私が最も敬愛し、崇拝する人間と一緒にいられる。一緒になれる。
私は、私が求める最上の未来を掴むことが出来る。

けれど、私は。

皆の顔が浮かんだ、苦楽を共にし同じ戦場を駆けた部隊の部下、至らない部隊長である私を補佐してくれる副官。
顔すら浮かばない、私の立場に成れずに処分された兄弟達。
想いが、熱になった。
私の、『私』を動かす原動力は、確かに此処にある。
それを教えてくれた、彼の顔が浮かんだ。

「私は、―――『私』は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』です。
 ドイツ軍人であり、シュヴァルツェ・ハーゼ隊の部隊長であり、現在はIS学園の生徒です。
 教官の誘いは嬉しいですが、私は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』ですので」

私は自身の一番の望みと、教官のありがたい誘い/好意に砂をかけた。
嫌われるかもしれない。でも、嫌われてでも、それは―――

「誇らしいぞ、私は」

チュッと、私の額にキスをした教官がそこにはいた。

「きょきょきょきょきょきょ教官どののののの?」
「嬉しいんだよ、私は。私が何より教えるべきだったことを、私が教えるまでもなく学んでくれて。
 オマエは、私の自慢の生徒だ」

ドキリ、とした。
あのいつでも仏頂面の教官が、その、華の様な、少女の様な可愛らしい笑顔を浮かべて、私を見つめている。
そして私は、この胸に広がる充足感に気がついた。

「あれ?」
「おい。泣く奴があるか」

ポツリ、ポツリと涙がこぼれる。仏頂面に戻った教官がハンカチで拭ってくれる。
ああ、そっか。わたし、うれしいんだ。

「きょ、きょうかん、わたし、ずっとあなたにみとめられたくて」
「知っている」
「あなたがいなくなってから、ずっとあなたをおもっていて」
「嬉しい限りだ」
「どうすれば、そばにいれるかかんがえて、かんがえて、やっとこのがくえんにこれて」
「愛されているな、私は」
「誇りだなんていわれて、うれしくて、うれしくて、わけがわからなくなって、しまいました」
「自慢の生徒だよ、オマエは」

またさっきのような笑顔をみせてくれる教官。
『織斑千冬』が、初めて私を、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』を視てくれて、認めてくれた。
なんと心強いことか。なんと強固なことか。『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は此処に居る。私は『私』として此処に在る。
自分が感涙をする人間だなんて、そんな普通な『人』だったなんて、知らなかった。

「こんなに可愛く泣きやがって、部下が喜ぶぞ」

いいんだ。私は人なのだから。こんな風に普通に泣いたっていいんだ。
涙は滴となり、ぽろぽろと零れていく。
教官はハンカチで優しく私の目元をなぞり、私の手にそれを握らせた。

「よし、それでは邪魔したな。これでも予定が詰まっている身だ、失礼するぞ」
「はい、教官。ありがとうございました!」
「織斑先生だ、馬鹿者」











ピシャリと閉じたドアの前で、愚弟が所在なさ気に立っていた。
立ち聞きとは趣味の悪い、2回目? の注意をくれてやろうと考え、止めた。
コイツはコイツで頑張ってくれたのだ。労をねぎらってやらねば。

「一夏」
「はい?」

頭を良い子良い子と撫でつけ、そのまま前髪を掻きあげ、おでこにチューをした。

「ご褒美だ。『愚』かな姉の賢い『弟』へ、たまには飴もくれてやろう」

そういって、口をポカンと空け阿呆のような顔をした愚弟を尻目に、職員室へ戻った。
今日はめでたい。実にめでたい日だ。記念にギネス(一缶300円)を開けよう、なんて考えながら。







































俺は存外、一人で飯を食うのが好きだったりする。
食い方を気にせず、時間を気にせず、会話を気にせず、ただ純粋に食事を楽しめるから。
勿論、可憐な女性と食卓を共にするのは大好きだが、それとこれとは話は別で。
例えば毎日セックスしたいかって聞かれたら、正直微妙だろ?
疲れるんだよ。
だから俺は、特に周囲が騒がしいであろう今日は一人で飯を食っている。

食堂のカツ綴じは絶品でござる。
絶品でござるから、俺は俺の正面に立つ影に気がついていない。いないのだ。

「ここ、いいか?」

シャルロは空気が読める子なので、わりかし俺が一人になりたいであろうタイミングを外してくれる。
その点、自分でいっぱいいっぱいな空気の読めないこのモッピーは俺の暗い雰囲気も感じず、より暗い雰囲気を抱えて現れた。
話を聞いて欲しい、相談したい、落ち込んでいます、慰めて欲しい。
そんな思惑がだだ漏れである。
明らかにこっちの勝ちだったのに無効試合にされた俺の憤りも汲めよ。いいからそのおっぱry
嫌な感じだ、あの人。自分の感情を振りかざすばかりで、人の話を聞こうともしない。

「良くない」

食事再開。
くそっ、この白身が。半熟の白身が俺を狂わせる。
凝縮された旨みと、この白身。
なんて魔的だ。

「なぜ、なぜそう私に冷たくするのだ、一夏……。
 傷付いている幼馴染が目の前にいるのだぞ? なぜ邪険に扱う」

「なら箒、オマエは、俺が傷付いているとき助けてくれたか?
 入学したての頃、『IS学園に無理矢理連れてこられても』前向きに頑張ろうとする俺を
 ぼっこぼこにしようとしたのは、どこのどなたでしたっけ?」

「アレは、その、恥ずかしさとか、テレ臭さとか、乙女のアレとか…とにかく色々あったのだ!」

「だから? 理由があったから許せ、そして構えと? 素晴らしい人格してんなぁ剣の巫女。
 唾を吐いた側はすぐ忘れるかもしれないが、吐かれた側はそう忘れねぇぞ。
 俺にだって機嫌が悪い時ぐらいある。それでも関わるなら自己責任だ」

「……どこまでいっても喧嘩腰だな。もういい、その歪んだ性根、私が叩き直してやる」

「何様だよ、オマエ」

俺の指が、獲物に触れた瞬間、大量の冷水が顔面に降りかかった。

「うっわーごめんね一夏、冷たかったよね? ごめんね? すぐ拭くから。
 あーもうシャツまで濡れちゃってるね、寒くない? ごめんね、転んじゃって。
 どーしよう。そうだ。山田先生が男子の大浴場が解放されたって言ってたね風邪引くといけないからすぐいこう今いこう。
 ごめんね一夏、怒ってるよねホントごめんね」

襲撃犯のサンスマ王子(サンシャインスマイルプリンス)がしきりに俺に謝りつつ、顔を拭いつつ、腕を引き大浴場へ誘導する。
なんという気遣いキャラ、コイツは間違いなく腹黒策士タイプ。爽やかスマイリーには気を許すんじゃないぞ、みんな。





















「悪いな、気ぃつかわせたみたいで」
「いいよ、別に。おっきいお風呂に入りたいのも本心だし」

ここですっとぼけない所なんかも、くどくなくて好感が持てる(釣られ中
コイツはヤクい。重力の井戸みたいだ。
気がついたら抜け出せない、落ちるだけ。
必死で加速度をあげてなきゃ、コイツに落ちちまうな。
落ちたらアレだよ?
たぶん付き合って、器量のよさに離れられなくなって、子供ができて、結婚して、
「あれ? 俺の想像した未来とは違うけど幸せになってる、まあいいや」ってなっちゃう。
あれ、それでもいいやって思ってきちゃった(釣られ中

コイツはヤクいぜ。
とりあえず、距離を置く!

「んじゃー俺は一足先に大浴場へ行ってくんぜーっ!」
「一夏、そっちは食堂だよっ?!」

うっせ。
俺は俺のやりたい様にさせてもらう。




























脱衣所には、一夏の服が散らばっていた。
大浴場の扉へ向けて散らかしてあった。一夏は案外、凄く子供っぽい。
そこがカワイくて魅力的な所でもあるけれど。
お母さんが言っていた「駄目な男ほどかわいい」と。
一夏の服を拾い集めながら、母娘だなぁと、そんなことを思った。

「スー、ハー」

体には一枚のバスタオルだけ。
この扉の向こうには、全裸の一夏がいる。
―――間違いが起こっても、おかしくない。
鏡の中には、女の子が映る。
顔は中性的であまり自信がないけれど、スタイルは同年代と比べてもけっこう勝っている、筈。
デリケートゾーンの手入れもしたし、滲まないメイクもしたし、歯も磨いたし、タオルにはコロンを一滴だけ垂らしておいた。
覚悟、完了。

「お母さん、シャルロットは今宵、大人になるかも知れません」



お母さんは、ぼくに女として生きる為の術を余すことなく教えてくれた。
それでも、ぼくには実戦経験がない。
それが何よりの武器であると母は言ったが、それでも不安は消えない。
天国のお母さん、力を貸してください。

「お、御邪魔します!」

意を決して、突撃! 女は度胸と愛嬌!

湯気の先、ぼくの想い人の姿は。
それはもう、もう、その、見たまんま。

「カッ、おう美人さん! こんなとこまで現れて、酌でもしてくれんのかぁ?」

ただの、酔っ払いの、姿だった。

「一夏、なにそれ……」

大浴場のへりに寄りかかりながら、御猪口を口に運ぶ一夏。
バケツに大量に入った氷と、そこに刺さっている一升瓶。
大吟醸、にごり酒、名前は漢字が難しくて読めない。
そりゃあもう、温泉番組並みに満喫してます! みたいな感じだった。

「いやなに、なんだかんだ俺の姉は有名人でね。酒が結構実家に届くわけさ。んで姉は専らビールと焼酎専門。
 日本酒スキーな俺としては見逃せなくてね。いや何それなりにいいモンが送られてくるから嬉しいね。
 この前実家帰ったのだって半分はコレが目的だったしね。いやーでも中々呑む機会がなくてさぁ。
 大浴場解禁と聞いてピンときたね。でも御風呂だと熱燗にしようか迷ったさ。迷ったけどあれは安い酒でやるもんだし。
 獺祭自体はそれ程高い酒でもないけど、磨いてあるとやっぱ違うねえ。いいねいいねぇ!」

え、なにこの一夏。
ぼくついていけてないよ。
こんなお喋りキャラだっけ、一夏。

「姉もなんだかんだ甘いから酒は許してくれてるし、晩酌に付き合うと喜ぶしいいんだけどさ。
 俺としてはこうして伸び伸びと呑みたい時もあるわけよ。グラスを気にしない飲み会もしたいわけよ。
 一人酒ってのは正直寂しいとこでもあったけど、あんたみてぇな美人さんと混浴たぁ、これ以上望んじゃ贅沢ってもんよ。
 んで外人のお嬢ちゃん。―――注げ。日本酒を手酌させんなよ失礼だろ?」

「は、はいっ」

勢いで頷き、勢いでビンを持ち、勢いで注いだ。
焦ってしまってタオルが落ちそうになった。危ない危ない。
いや、きっと危なくない。それが非常に悔しい。

「サンキュー。違うな。ダンケ。違うな。メルシー。そうだメルシーだ。美人の嬢ちゃん、メルシー。
 注ぎ方はなっちゃあいねえが、そこまで望むのは酷ってもんだろ。その気遣いだけで旨く呑むのが大人ってもんだ。
 カカカ。嬢ちゃんも入りなよ。女があんま、体を冷やすもんじゃねえぜぇ?」

それにしたって、一夏は堂々としすぎだ。
見えてる、見えてるよ一夏。全く隠す気がないよ。レディの前だよ。
たぶん、あんまり良くないんだろうけど、タオルを巻いたまま、体も流さず浸かった。
これじゃあぼくまで温泉番組の出演者みたいだ。

「一夏、お礼に重要なのは言語じゃなくて気持ちだよ。例え言葉が伝わらなくったって、心は伝わるんだから」
「ああ、あんたの云う通りだ。『ありがとよ』。そのサービスにも、感謝しなきゃなあ」

一夏の視線を追い、ぼくは自分の身体を見る。
タオルが張り付いてラインを強調し、揺らめくタオルは扇情的に靡いている。
これは、もしや全裸よりいかがわしいのではないだろうか。
この、エロ親父…ッ。

「酒があって、ツマミがあって、女がいる。こりゃ極楽か?」

「天下泰平、酒池肉林ってやつ? 一夏はもうちょっと真面目な男かと思ったよ」

「いえいえ、あてくしはこれでも節制に勤める身分。たまには羽目外してもようござんしょ。
 煙草吸わないだけでも偉いと思ってくださいまし」

ふだん一夏が粗衣粗食に努めているとは思えないんだけど。
口調すら安定していない一夏。
あれだろうか、一夏がたまにボソッと口にする「最高にハイってやつだ」って感じなのだろうか。
にしても、レアだ。
お酒って、人をこんな風にするんだ。
これなら、本音もポロって出るかな?

「一夏は、誰の為に闘っているの?」
「自分の為でさぁ。何もかも、自分の為」
「今回は、ラウラの為じゃなかったの?」

ラウラに伝える為。
備わらんことを一人に求むるなかれ。
顰みに倣う。
迷える者は道を問わず。

「俺の考えってのは、俺が正しいと思うだけの考えだ。それを押し付けといて相手の為とか豪語する気はない。
 畢竟、俺が気に入らないから押し付ける。俺が相手と過ごしやすいように。
 結局、俺の為だ。その過程で、相手に影響を与えているかも知れないが、それは本人が変わろうと思ったからだ。
 俺が変えたんじゃない。相手が勝手に変わったんだ」

そんな事は、ない。
ぼくは、シャルロットぼくを見つけられた。
その切欠は、一夏だ。
それは、ぼくの中の事実。
だが、一夏に取っては違うのだろう。
だから、言葉の感謝は必要ない。
ただ、一夏が楽しく生きていくのに、ほんのちょっと力を貸せれば。
それでいい。

「一夏、ぼくもちょっと貰っていい?」
「あんま未成年に呑ませるもんでもねえが、俺が云えた義理じゃねえな。呑みねえ呑みねえ美人さん」

御猪口を空にして、ぼくに手渡す。
手渡された御猪口に、一夏が注いでくれる。
そう持って、そう注ぐんだね。覚えた。

「頂きます」

はじめてのお酒の味は、

「甘くて、キュッて入ってきて、ブワってくる」
「なあに、初めてで味なんて分かるもんでもねえ。雰囲気を楽しみな」
「でも、美味しいよ、コレ?」
「のん兵衛かよ、あんた。美人さんは酒に弱い方が、嬉しいんだけどねえ」

御猪口に注がれる、白く濁った液体。
香りは甘く、紅茶なんかとは違った上品さを漂わせる。

「顔に紅が差して、一層魅力的なツラになってんぜ嬢ちゃん。得な女だ」

「あはは、褒められているんだよね?」

一夏が箸を伸ばした先に、缶詰がある。
鯖のトマト煮込み缶に、とろけるチーズの乗せてレンジでチンしたもの。
これがかの有名な日本のOTUMAMI。ごくり、ちょっと食べてみたいかも。

「あんだ? 欲しいのか? ほら」
「一夏が、食べさせて」
「口移しとは、また高度な要求を。望むとこry」
「違うよ! 箸がまだ苦手だから『あーん』してって意味だよ!」

一夏はごめんごめんと頭をかきながら、箸を口元に寄せる。
あーん、とは言ってくれなかった。仕方ないからぼくが可愛くあーん、と言っておいた。
ぽくり、もぐもぐ。―――うん。

「ぼく、これ、好きかも」
「そいつは重畳。実はこれ、俺のおススメでね」

そうじゃないよ、一夏。いや、それもあるけど、そうじゃないんだよ。
男の子は、鈍感だ。
自分に都合のいい勘違いはする癖に、こっちが気付いて欲しい気持ちには、微塵も気付かないのだから。
そんな所も、可愛く思えてしまうのだけど。

天国のお母さん。
シャルロットは大人にはならず、お酒の味を覚えた悪い子になってしまいました。
それでもこの人の隣であれば、私はシャルロット・デュノアであると胸を張ることが出来ます。
天国のお母さん。
優しさの中に強さを感じるこの男性に、何処かお母さんの面影を感じます。
安らげるのにドキドキして、傍に居たいのに照れてしまって。
天国のお母さん。
ぼくは、恋をしています。
貴方の娘は、今日も一生懸命、生きてます!



























「ん、んんん。……今日は皆に、転校生を紹介します。『シャルロット・デュノア』さんです。
 デュノア君は、デュノアさんということでした」

なんだか疲れてらっしゃる山田先生。
おおうあんまし屈みとその胸元が大変なことになっちまうぜ。
主に大変なことになっているのは俺のデュック君ですが。
貴方も私も○ッキー!

「皆さん、改めまして! 『シャルロット・デュノア』です。よろしくお願いします」

「えええええ~!」
「うそ、わたしの金髪王子様は何処にいったの!」
「あんなに可愛い子が男の子な筈がないよね、そうだよね、よかったー」
「女としての自信が保たれた? って感じ?」
「織斑くん、同部屋で気付いてないってことはないよね?!」
「というか昨日男子が大浴場使ったってまやちゃんが話してたよ!」
「イッピー死なないかな……」

あの、相川さん。
そんなダークな事呟かないでくんない?
俺けっこうナイーブなんですよ?

「一夏、死ね!」

だからってそんな直接的に行動に移らないでくださいませんか箒さん!
木刀を全力で投げる箒。何故持っている。何故投げる。
あ、やべぇ。
避けれる気がしねぇ。
当たり所に期待します!

「ふん」

いつの間に現れたラウラが、飛来する木刀をAICで難なく止めてくれた。
おおう、なんて便利なAIC。ただし腕部だけ部分展開しなきゃいけないのね。
AICの発生装置腕についてたんだ。

「あんがとよ、ラウラ。ところで、傷の具アッ―――」

ズキュゥゥゥン !
流石ラウラ、俺たちの出来ない事を平然とやってのける。
そこに痺れもしないし、憧れもしない。
教室で、朝のSHRで唇を奪われるってどういう羞恥プレイ?
なんでお前が頬染めてんの。可愛いじゃねえか。

「お、お前は私の嫁にする。決定事項だ、異論は認めん」

なんか色々間違ってますけどこのドイツ娘。
おーい姉さん突っ込みまだ~? ハニワみてぇな顔してんなよ。
現場責任者が咎めないのであれば、気ままにやらせてもらうぜ。
舐められっぱなしで終われるか。男の子ですよ、俺。
立ち上がり、ラウラの腰を抱き寄せ、顎を上げさせ。
いったれ。

ぶちゅり。れろれろれろれろ。
唇を交わせ、歯茎を磨く。
腰を一層抱き寄せ、背筋に指を這わせ、口を開けさせる。
舌をねじこみ、躍らせる。
これでもかと唾液を啜り上げ、特大のアーチまで作って解放した。

腰がくだけてへたり込むラウラ。
その惚けた顔に、デコピン一発
十年早いんだよ、小娘。


「やれるもんなら、やってみろ」












クラスが怒号で支配され、近隣クラスから苦情が殺到したが俺の所為ではありません!
だから姉よ、その怒りを納めて! ああ、窓に、窓に! 物理的に俺の体が! ああ!



[32851] Groovin’s Magic
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/05/15 01:31
授業が始まる。
講師が壇上に上がる。
ブルーティアーズ、セット。
REC Start。

「はい、そんじゃテキストはどうすっか。今日は『蓮華君の不幸な夏休み1』の167ページな」

先々週は古今和歌集、先月は官能小説。
自由気ままな教材ですこと。

「はい、それではこの『女から女を宛がうと薦められた男』の心理描写の読み取りから行ってみよう。
 谷本さん、どう思う?」

「ええと、『ラッキー』でしょうか?」

「ニアピン、正解は『やりたい』でした。」

この講師はたまに気が違っているのかと心配になりますが、まあ、その、解釈を求めたらそれなり論理的な説明をするので
一概にはキ○○イと呼び辛―――失礼しました。
(ただいま音声が大変乱れております。この音声による津波の影響はございませんわ)

壇上に立つ講師の姿。白を基調としたIS学園の制服をピシっと着こなし、堂々たる様子で講義を進めております。
顔は整っている方だと思われます。
普段の表情からは朗らかな優しい感じがしますが、あれはフェイク。
あの方の根幹は粗雑crudeです。
皆さん、だまされてはなりませんよ?

「ええ、でも次のページで『いや、別にそれはいい』って否定してるよ?」

「強がりだ、分かれ」

訂正。結構感情論で押し切ろうとする場面もありますわね。
正直、扱い辛く計り辛いですわ。
昨日言った事は明日には覆すし、今やった事すら一分後には無価値にする。
刹那的ではない。狂乱的でもない。理性的に無駄をする、無駄にする。
それでも、自分が通したいと思った我を必ず通し、自分が成すべき働きは絶対にこなす。
自由気ままに自分勝手。ミスターフリーダム。

「せんせー、でもこの男は女にもててたっぽい描写がありますけれど」

坂本さんから疑問が飛び出す。

「男ってのは昔の女を引きずるものです。だから皆は気をつける様に。
 一度付き合ったら別れても、『オレ、昔アイツと付き合ってたんだよね?』ってドヤ顔で言い出すから」

うえ、と苦い顔をする坂本さん。
そうですわね。気をつけましょう。

「はい、じゃあ次ははがないの六巻P145の『どうみてもデートです本当にry』からデート中の女の子に
 『彼女って欲しくないの?』と聞かれたときの主人公の心情を、えーと布仏さん」

「彼女が欲しい!」

「近い! 正解は『やりたい』でした」

「でもおりむー、この男の子、肉のこんな見栄見栄アピールがん無視だよ~」

「コイツは病気なんだ。巷では鈍感病、唐変木病と恐れられている病気で、主にリア充の若い男子が患う。
 相手の好意に気付かなくなる、女心を察しなくなる恐ろしい奇病だ。
 こういう男には惚れない様に。こういう男に限って顔が良かったりするから騙されないように。
 おい誰だ僻みとか思った奴! うっせイケメンは死にゃあいいんだよ!」

頭に蛆でも沸いていらっしゃるのではないかと心配になってまいりました。
しかし周囲の女子は真面目にノートをとっている。
二週間に一回の『男女間の恋愛観における特別講義』。
講師はIS学園唯一の男性生徒、一夏さん。
恋に恋する乙女の関心度合いは高く、他クラスからも受講を希望する生徒が後を立たないとか。
華も恥らう女子生徒には、少々過激な内容ですが。

けれども、生き生きとしている一夏さんから目を離せない。
きっと、クラスの殆どが、そんな気持ち。
好き勝手、楽しそうに生きている。
好きじゃなくても、嫌いでなければ。彼を見てるだけど、ちょっと楽しくなってしまう。
そんな一夏さんだ。
「女の子に恋を教えるなんて恐れ多い。女の子は小学生で失恋だって恋愛だと学んでる」と敬遠していた彼は、
クラスの女の子から希望があって、煽てられて乗せられて、そりゃもう、もう、ノリノリでやっている。
教材なんて自分で探して、授業中にも関わらず音楽流して、ノリノリで。
普段だったら呆れて物も申せませんが、そんな楽しそうな一夏さんを見てると、和みますわ。

「じゃあ次いくぞー。『俺がヒロインをうんたらでリアルアポカリ』なんとかって駄本の180ページから。
 ベッドに座った女の子から『烈火がいいの』と上目遣いに告げられた心境を、よし、ラウラ」

ふふん、とようやく私の出番か、やはり嫁とは以心伝心、だとかほざいてらっしゃるラウラさん。
一夏さんの意図が読めていませんわね。貴方、ハズレですわ。

「愚問だな。『やりたい』、だ!」

「惜しい! 正解は『やらせろ』でした!」

ほらやっぱり。
こんなミエミエの魂胆も見抜けず一夏さんを嫁だと豪語するなんて、お笑い箱ですわ。
ラウラさんは納得いかないって顔で一夏さんを睨む。

「んな可愛い顔で見つめんなよ。それじゃあ女子諸君、時間がもうないから締めに入ろう。
 今回の履修点としては『基本的に男の子が考えてる事』と『女の子じゃ男の子の考えは理解できない』ってこと。
 そんだけでいい。そんだけ分かってりゃ充分だ。男と女なんて別の生き物だ。完全に分かり合えることなんてない」

だからこそ、繋がりたい。
だからこそ、理解したい。
そういった気持ちが重要であると、一夏さんはまとめた。
わたくしは、手を組んで、その上に顎を乗せ、普段はしない行儀の悪い格好でその言葉を聞く。
わたくしの気持ちは、全然汲んでくださらない癖に、よく言いますわ。

「男と女なんて、そういうもの。難しく考えるなよ? だから言葉があって、態度に表して、
 伝える必要があるんだ。それだけなんだから。―――そんじゃ、ここらで今回の小技を一つ」

クラスの雰囲気が変わる。
一言一句逃さないぞ、そういった雰囲気だ。
なんかがっついた感じがして、いやですわ。
淑女はもっと、余裕をお持ちになって欲しいものです。

「恋の絶対法則その③。得てして恋の相手ってのは、身分違いの相手であることが多い。
 そんな一歩踏み出せない貴女の為のおまじない。先手必勝迷惑上等。気を逸らして三秒勝負。
 別れ際のほっぺにキスだ。んなことされりゃ、男なら誰でも意識しちまう。
 大丈夫、君達は可愛い。その魅力的な表情で、その可愛らしい仕草で、その瑞々しい唇で。
 オトコノコなんてメロメロにしちゃいなさい! 以上! それでは、今日の講義終わり、礼!」

ありがとうございました、と一様に礼をする中、チャイムが鳴り響く。
いつにもましてハイテンションな一夏さんが、逃げるように教室を飛び出していった。
たぶん屋上ですわ。
勢いで『今日も』やってしまったから芝生でゴロゴロと悶えているに決まってます。

そういえば学年別タッグトーナメント。
あの時、ラウラさんへの呼び掛けを行っている時。
ISを解除された一夏さんは管制室とのコンタクト用にある集音マイクを向けられており、
その際の台詞をマイクが拾い、避難勧告を行うために接続されていたアナウンス用のスピーカーから
全校生徒に放送された過去がありました。
翌日の一限目、クラスに顔が出せず延延と屋上にてゴロゴロと悶えている一夏さんがいらっしゃったとか。
ちなみに鈴さんが録音された音声を一夏さんに聞かせた所、「殺して! いっそ殺して!」と顔を羞恥で染め
走り去ったとか。
全く、愉快な方ですわ。
ええ、本当に。

ブルーティアーズ。
REC Stop. Copy.Send to Syenron.
これにて、本日の講義終了。
では、待望のリベンジマッチと参りましょう。

























アリーナで最も広く、最も高い第一アリーナ。
放課後、その中央にいるのは。

「よもやお前から呼び出されるとは」
「あら、わたくしに呼び出されるなんて、実に名誉でしてよ」

ラウラ・ボーデヴィッヒと相対する。

「一応、聞くだけ聞いてやる。―――用件はなんだ?」

「模擬戦を。このセシリア・オルコットとブルティアーズの舞踏に、一曲お付き合い願いますわ」

「チャイニーズと二人で挑んでおいて負けたというのに、学ばない女だな」

「『凰鈴音・・・』、わたくしの友人であり、一夏さんの親友です。
 今度その様な呼び方をしたら、許しませんわよ」

わたくしの怒気に押されてか、一夏さんの名前に反応してか、ラウラさんは萎縮した。

「すまない。そうだ。私はまずお前達に謝らなければならなかった」

「あら、態度が180度変わりましたが、いかがかなさいました?」

意外ですわ。素直に謝るラウラさんの姿が。
ばつが悪そうな顔で、それでもこちらを向く。

「先日の模擬戦で、私はランナーとしてあるまじき行いをした。感情的になっていたとは云え、許される行いではない。
 同室の者と、嫁からも謝るべきだと促され、こうして謝罪している次第だ。真にすまなかった」

ああ、一夏さんとシャルロットさん。
きっとシャルロットさんがあの手この手で脅したに決まっていますわ。
あの女狐にそういった仕事をさせては、右に出る者はおりませぬもの。

「その謝罪、受け入れましょう。では、試合を―――」

「貴様は、何をそこまで拘っているのだ? 私と貴様の番付はもう終わっている」

申し訳なさそうな顔から一変、普段通りの表情となった。
変わり身、早いですわね。
そしてこの女性は、一度勝ったらずっと勝てるとでも思ってらっしゃるのでしょうか。

「その思い上がりを叩き折る為、セシリア・オルコットのプライドの為、特訓相手パートナーに報いる為。
 わたくしの理由なんて貴方には関係ないでしょう。まさか負けるのが怖いなんて仰る訳でもないのでしょう?
 貴方に自信がおありなら、このセシリア・オルコットの挑戦を受け、わたくしを倒してみせなさい」

「面白い、付き合ってやる。精々、あがけ」

シュヴァルツェア・レーゲンが展開される。
それを確認して、ブルーティアーズを顕在させる。

それでは奏でましょう。
ブルーティアーズ、魅せつけましょう。
わたくしと貴方こそが、この女性の天敵であると。



























結果は、想像通りだった。
わたくしがこの短期間で習得した物。その強みがこの女性に対する有効打として合致した。
ブルーティアーズ(自立兵装)の遠隔操作のバリエーションと、稼働中の本体の機動行動。
ブルーティアーズをレーゲンに対して距離をとって全包囲し、AICをかけさせない。
後はわたくしが足を止めず、延々と狙い撃ちにした。
機動力ではわたくしのブルーティアーズが勝り、遠距離における射撃戦でもわたくしが勝っておりました。
触れさせず、近寄らせず、輪舞ロンドにお誘いいたしました。
一機にして単機以上の射線を築けるわたくしこそが、AICなんて出鱈目に対するメタですわ。
……鈴さん、敵は討ちましたわよ。
死んでないわよ! と聞こえた幻聴は無視しました。




























「と、言う事がありまして、わたくしは自分にご褒美を与えたくなりましたの」

「そりゃまた、へえへえ。おめでとうございます?」

なんだってこんなとこに?
夕暮れ時。
屋上の出入り口の上、誰も知らない超絶秘密スポットでうたた寝していた俺の元に、
オルコット嬢が出没した。
そもそも登り台も梯子もないここまでどうやって上がったのだろう。
そもそも誰にも告げていない俺の居場所をどうやって特定したのだろう。
発信機とか付けられてナイヨネ?

「もう、一夏さん! 紳士がレディになんて態度なんですか!」

と言われましても、俺どっちかってーと変態紳士だし。仮に紳士だとしても紳士と云う名の変態だし。
気合も入れてないこの状態であんたみたいなお嬢様を喜ばすなんて無理よー。

「……すんません」
「許して差しあげます。それでは一夏さん、わたくしとアフタヌーン・ティーでもいかが?」

ちょろい、実にちょろい。
甘っ甘ですわ、このアマ。
そいではそいでは。

「ご随伴させていただいても、レディ?」
「喜んで」

俺を立たせて、ランチシートを広げる。
用意されたのは小さな紙箱と、水筒。
紙箱の中にも、ガトーショコラ

「おおう、俺好物なんですよソレ」
「……好物だから、ですわ」

プイ、とそっぽを向くオルコット嬢。
その頬は、夕日のせいか紅く染まっている。

小さくて、ちょっと不出来で、なんだか柔らかい。
きっとこれは手作りで、はじめてで、手間をかけたのだと思う。
手間を―――心を込めたのだと思う。
もし、自惚れでなければ。
その、俺と一緒に味わうって、そんな心を込めて。

「なんですか一夏さん、……食べたくないなら箱に戻してくださいまし」
「まさか! 食べるのが勿体無いくらい、よく出来てるなって思ってさ」
「褒めても何も出ませんわよ? 形が崩れてしまってるので、あまりみないでいただきたいのですが」

ブスっとしたり、ツンとしたり、笑ってみたり。女の子は忙しい。

「そんじゃ、いただきます。―――美味しい」

男性でも食べやすいように、ビターを強めに。シュガーを少なめに。無糖のココアパウダーを使って。
そんな手間が、心が、美味しい。
嬉しい。

「そ、そうですか? それなら頑張った甲斐もあったというものですわね」

満更でもない様子で、セシリアは言う。
女の子が俺の為に作ったものだ、それが美味しくない訳が無い。
きちんと、感想を伝えなきゃ。

「美味しいよ、セシリア。ありがとう」

「お粗末さまですわ」

食べ切り、セシリアを見ると調度食べ終わったところだった。
俺のより小さいのは、ダイエットだろうか。
食ったら胸と尻に栄養がいくような体型しておきながらダイエットなんて、イッピーゆるしませんよ!


「一夏さん、顔にチョコがついてますわよ」
「え、どこよ?」


口元をぬぐってみるが、特についている様子はなかった。

「手ですると汚れてしまいますわ、動かないでくださいまし」

ハンカチを手にセシリアが近寄る。
そのハンカチが顔の前に来て、鼻に触れると思いきや。

「ンッ」

軽い口付けの音と共に、俺の頬を啄ばんだ小鳥が一匹。

「キレイになりましたわ。―――それでは一夏さん、御機嫌よう」

優雅に秘密の憩い場から飛び降り、屋上から去っていった。
女の子は凄いなぁ。昨日も、今日も、明日だって駆け抜けていく。
自分の恋心と共に、大人になっていく。
俺はいつだって置き去りだ。それがほんのちょっと、寂しいかな。

一瞬見えたセシリアの横顔は、夕日よりもなお、真っ赤だった。



[32851] Butterfly Swimmer
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/06/07 07:59
海に、沈む。
思考の海に、脳内の海に、眠りの海に。
柔らかく、暖かく、溺れるように、抱かれるように。
現実とのリンクが切れ、外から内へシフトした世界。
沈む。
沈む
沈夢。


海から、浮かぶ。
思考視野の海に、隔世の陸に、覚醒を空に。
物理的な感覚を伴い、産み落とされるように昇る。
眠るたび、起きるたび。
死んで。
生き返って。
断続的な自己の存在に。
継続的な己の意識に。
感謝する。
今日と言う日も、無事俺が産まれた。今日と言う日も、俺が愉しむ。
人は。
生きてるだけで、幸せである。



















シャルロが引っ越し、晴れて一人となった俺は「一人部屋」をエンジョイしていた。
ほら、ビジネスホテルとか泊まると全裸になりたくない?
電気つけっぱ音楽かけっぱエアコンガンガンで寝落ちしたくない?
したくない? 俺はしたい。俺はした。

昨日は全裸でベッドイン。素肌に触れるシーツの感覚が心地よかった。
そして今は、ぬくぬくの布団に包まれ、至福空間にひきこもる。
半分目は覚めているが、本日は休校日。祝日。イッピー休業。
絹の様な肌触りに身をゆだねる。
ゆだねる。
ゆだねる。
委ねる。

絹?
肌触り?
肌?
肌。

チョロっと布団をめくり、なんか銀髪が視界に映るのを確認し、布団をかぶせた。
目蓋を下ろし、考えに蓋をし、海へ沈む。
イッピーは今日はお休み、休業日。
次に目覚めた俺に任せます。
さようなら。
それでは、よい終末を。

「ん、んんん。…なんだ、もう朝か?」

離脱失敗。離脱失敗。プランBに移行。
目標を可能な限り抱き寄せ、寝たふりを実行する。
他人の体温とは、眠りに誘うもの。

「夫婦とは互いに包み隠さぬものと聞いたが、うむ、とうに実践されている。
 私と嫁の間にはなんら隔てるものがない。流石だな」

何が流石なんだろう。お前の頭の中のお花畑感が流石ですよ、と突っ込みたい、突っ込みたいが。
よもや俺の全裸生活二日目の朝にしてベッドに全裸で忍び込む女がいるとは。
俺はこういった事態に備えてしっかりと、確実に施錠を行っていた筈なのだが。
ええい足を絡めるな、気持ちがいいではないか。

「それにしても随分と逞しいものなのだな。これで骨が入っていないと言うのだから恐れ入る」

恐れ入るな。無遠慮に触るな。おいジョンソン喜ぶな。
ズイっと更に体を寄せ、密着させ、俺の胸元に埋まる銀髪の少女

「誰かと床を共にする経験ははじめてではないが、相手が嫁であれば格別だ。
 こう、なんというか『ラウラ・ボーデヴィッヒを満たす織斑一夏成分』に溢れかえるな」

日本語でおk。
そして俺成分を返せ。

「これが俗に云う『女の幸せ』というやつかも知れん。この男を嫁に選んだ私の眼に狂いはなかった」

狂いっぱなしだハゲ。狂ってるぞハゲ。頭狂ってるんじゃねえかハゲ。
あと女の幸せはそんなに安くねえ。
もっともっともっと、幸せだ。
抱かれ、満たされ、孕み、産み、育て、巣立ち、老いる。
世界で最も尊い命を循環させるサイクル的な? ななな? なんあなな。なんとらや。なんとやら。
ああねみい。
こいつ体温たけえ。

「不思議なものだな。あれだけ憎かった相手が、これ程愛おしくなってしまうなんて。憎さ余って可愛さ百倍、か」

んな言葉ねーよ。
っつーか人のベッドに入り込むのも、入り込んでぶつぶつ独り言とか怖いことすんのも、テメエのツラが可愛くなければ。
なければ。ねむい。
寝起きは悪い。わるいのだ。
朝は弱い。よわい。
弱いから、俺のそのだらしなさを許せない姐さんが。

「私だ一夏。起きろ」

そう、唯一俺の惰眠を許容してくださらない篠ノ之箒さんが、休みの日はバッチし起こしに来るのでした!
ガバリと体を跳ね起こす。
ノックしてドアノブを捻る箒。
だがしかし、鍵が―――。
ガチャリ、ばたん。
―――かかっていない。
おいラウラ手前鍵開けっ放しかよてかどうやって開けやがった!

「一夏よ。休みだからと云って、弛んではい、まい、か?」

朝連の帰りなのだろう。
剣道着のまま竹刀を肩に担ぎ入室した篠ノ之箒さん。

体を起こし上半身を惜しげもなく晒す全裸の織斑一夏さん。
布団がめくれ寒いのか俺にしがみつく見た感じ全裸のラウラ・ボーデヴィッヒさん。

「( ゚д゚)」
「\(^o^)/」
「無作法なやつだな。夫婦の寝室に無断で入ってくるとは」

どうみても事後です。
本当にありがとうございました。

「(゚д゚)」
「/(^o^)\」

箒が凄い顔してる。
俺は事の重大さをことさら重く認識し、信じてもいない神に強く懇願した。
誤解だと伝わりますように、と。
俺は指一本挿れてません、と。

「箒、きっと君が」

思っていることは何一つない、と続けようとしたけど、無駄だわ。
うわあ、凄い良い笑顔。
まるで外交官が浮かべてる笑顔だ。

「一夏。例え心の広い私が許しても、神が許さんよ」

神様心狭ぇぇぇぇぇ!
そして神様が許さないとどうなるか教えてくれ、いや教えてくれるな。

「―――人誅ッ」

振り上げた竹刀が降ろされる前の刹那、やっぱりお前許してないじゃんとかせめてもの抵抗で枕ガードを心みるけど期待薄だとか
剣道着のままなのに実はシャワー浴びてる箒ちゃん乙女チックだとか今回に限っちゃ俺何も悪くないじゃんだとか。
思ったけれど、枕ゴト俺の意識は絶たれ、折角の休日の午前中を棒に振るのでした。
棒を振られたのは俺だけどな!
ちゃんちゃん。








































「理不尽だ。世の中ものっそい理不尽だ」

イッピー知ってるよ。そんなもんだって。世の中は基本的にそんなもんだって。

「にしても、良かったのか?」

「何が?」

要領を得ない質問を投げかけてくる美人さんに聞き返す。
ただいま電車でGO(都内まで)の真っ最中。

「その、なんだ。折角の休みを私と過ごして良かったのか?」

「えー、いやだった? 折角の休みだからこそ、だったんだけど」

「まさか。私は別に用事もなかったから渡りに船だったが、お前は相手が沢山いるだろう」

と、言われましてもねぇ。
そうでもない、と言い切っちゃうのもおかしいし。
なんと伝えればいいのやら。

「ほら、この前辛くあたったから、その侘びもかねて、ね?」

「待て、あれは私が悪かったのだ。こちらが侘びるのが筋だ」

「そういうと思いました! さあ謝れ!」

「……殺すぞ?」

「サーセン。正直調子に乗った。今では反省している」

おいおいまさかあの硬い物は常備されてる訳じゃないよな。
あんなもんでバカスカやられたら俺の脳細胞が死滅すんぜよ。

「にしても、こうして二人でゆっくりするのは久しぶりだな」

「ですねえ。なんだかんだタイミングが合わなかったですしおすし」

「なんだ、その『おすし』って語尾は。流行っているのか?」

「知らぬ!」

「なぜそう力強く否定する……」

俺にも分からん。
分からんさ、誰にも。
10代のうちは勢いだけで生きていけるって、ばっちゃが言ってた。
テンションに流される人生、大好きです。

「一夏、ちょっと眠いんじゃないか?」

「何故わかったし」

「分かるさ、それくらい」

ほら、と、膝に置いた手を開き薦めてくる。
今いるのがいくらボックス型の座席とはいえ、少しTPOとか考えますよね。

黒の膝丈のタイトスカートの上にそう易々と頭を預けれれれれれ?

「……早いな、ちょっとひいたぞ?」

「ふとももが悪いんやー。俺は悪くないんやー。この魅力的なふとももが悪いんやー」

ヨコシマな思いがダダ漏れのようです本当にありがとうございました。
この立派な(性的な意味で)身体の持ち主はクスクスと上機嫌に笑って、俺の頭をなでる。

「一夏、結婚しよう」

「素手で500円玉握りつぶせる女性はちょっと……。ご兄弟で」

姉とデートに出かけ、姉に膝枕されながら、姉から求婚される男子高校生の姿がそこにはあった。
と言うか、俺だった。
可愛い女の子だと思ったか、姉だよ!


けっこう強く殴られた。しどい。




























黒のテーラードジャケットに白無地の七分丈のインナー。
ダメージジーンズに丸っこいサングラス。
決めてる、というよりは可愛らしい感じのする格好の男の子。
私の隣を歩く、私の弟だ。

久しぶりの休日だと昼まで寝ていた所、陽気に8ビートでドアノックされ、無遠慮に起こされた苛立ちのまま扉を開けた。

「ハロー。どうも俺です。下着姿の眩しいお姉さん、わたくしとデートにでも出かけませんか?」

「……30分。いや、45分待て。50分後に駅前のスタバに集合で」

私はそのまま扉を閉めた。
自分の服装を省みる。
黒のタンクトップと、ショーツ。以上。
痴女か?
あ、ちょっと恥ずかしくなってきた。顔が紅くなってなければいいけど。
シャワー浴びて、服決めて、髪セットして、服着て、メイクして、40分。
駅前まで車で10分。行ける。
真耶にメールで「30分後に車出せ」と。
ああ散らかって部屋も見られたし、ビールの空き缶も床に転がってたし。ああもう。
とりあえずシャワー。
時間はないのだ。




そんな風に慌しく出てきた割には、しっかりお使い―――仕事を握ってくる私がいた。
こういう所が可愛くない。
オフなのだから仕事のことなど忘れてしまえばよいのに、街に出るついでと届け物を掴んできてしまった。

「いやいや、にしたっていい天気だ。こういう天気が良い日はいいねぇ。なんだか気分がよくなっちまうぜ」
「お前は単純だな」

ニヤニヤしながら一夏は言う。

「単純ですとも、シンプルですとも。頭は空っぽの方が、夢詰め込めるんですよ?」
「夢以上に詰めて欲しい物が教師としてはあるんだが、馬鹿をしないお前は詰まらないから好きにしろ」

もちろんですよー、とてきとーな返事をする一夏。
一夏は、気分屋だ。
こんな風に天気が良いだけで幸せになったり、些細な事で苛立ったり、その場のテンションだけで行動する。
嘘をつくことも、人の顔色をうかがうことも、感情を隠す事もできるけど、あまりしない。
「偽ったってなんも楽しくねー、素のまま気のまま、人生楽しく!」をモットーに掲げている。

頭軽そうな一夏だが、この偉大な姉はそんな一夏の一部分を否定せず受け入れており、また別の側面の一夏も知っている。
一夏は意外に熱血で、存外卑屈で、案外寂しがりで、慮外に臆病で、望外に真っ直ぐだ。

「特に決めてねーけど、何処まわる? 古着屋と靴屋は行くとして」

「こっちの用事は5時までに書類を届けるだけだ。他は合わせる」

「えー、それはエスコートしろと言う意味で?」

ちょっとそういう準備はしてきてないなぁ、とぼやく。
少し困ったような笑顔の一夏をみてると、自然と顔が綻んでしまった。

「馬鹿、お前は私をどうする気だ?」

喜ば死させる気か?

「人のこと馬鹿馬鹿言いすぎよ姉さん? 俺けっこうナイーブですよ?」
「いいんだよ。弟相手には無条件で偉そうにできるのが、姉の特権だ」

一夏が横暴だーとわめく。
私が16歳の頃はどうだったのだろう。
一夏ほどストレートに感情をあらわにしてただろうか。
そうでないとしたら、可愛くない女子高生だっただろうな。

「ねーちんは可愛いと云うよりキレイ系だかんねー。あ、でも俺ねーちんの可愛いとこいっぱい知ってるぜ?」
「声にしていない独白に勝手にコメントするな、馬鹿者」

一緒に唱えろ!

「ラブアーンドピース!」
「おい」
「正直すみませんでした」

よろしい。

「では、まず―――結婚指輪を買いに行こう」

「垂直跳びで自分の身長飛び越せる女性はちょっと……。姉と弟で」

今日の夜はきっと、真耶と二人で呑みにいくことだろう。
延々と愚痴られる真耶の姿が目に浮かぶ。
今夜の酒は、染みそうだ。

ふと、昔の事を思い出した。
昔の事、両親の事を。






























私の家庭は、壊れていた。

父は外面の良い人間だが、内面は他者の上に立ちたい/他者を見下したい器の小さな人間で。
母は優しい人間だが、それは誰より自分に優しい自分主旨/我が身が可愛い小さな人間で。
私は幼い頃からそんな矮小な両親の娘である事に辟易しつつ、人生を送っていた。
但し、そんな家庭を繋ぎ止める鎖が在った。
父に取って念願の男児、母に取って愛しい二児、一夏が居た。
私に取っても、大切な弟。特別な存在。
家庭に居場所がない私でも、家庭に居場所を求めない私でも、家に繋ぎ止める。
悪意も邪気も打算もなく、私の事を必要とする存在。


私が中学生に上がったばかりの頃。
放課後、篠ノ之さんの道場で稽古をし家に帰ると、怒声と甲高い大きな音が響いた。
まるで、平手で頬を張ったような音が。
泣き声が聞こえる。
一夏の泣き声が聞こえる。
守るべき弟の泣き声が聞こえる。

両親が喧嘩をし、その仲裁に入った一夏が殴られた。
恐らく間違いない。
私は玄関で、見えもしないリビングの惨状を思い浮かべて、胸を押さえた。

アイツ等が勝手に争う分にはいい。
アイツ等が勝手に不幸になる分にはいい。
それに、一夏を巻き込んだのか。
3歳になったばかりの幼子に、感情的に手を上げたのか。
何の非も無い、何の罪もない私の弟を傷つけたのか。

胸が締め付けられる。
一夏の声が、痛い。
一夏は、痛いから泣くのではない。悔しいから泣くのだ。

間違っている事がまかり通るこの世の理不尽さに。
間違っている事を正せない自身の無力さに。
間違っている事が変えられないと言う現実に。

叫ぶように、切り付けるように、一夏は泣く。
そんなの、間違っている、と。
そんなの、おかしい、と。
何故、届かないのだろう。
こんなにも。
こんなにも、強く願っているのに。
一夏の声は、こんなにも強く求めているのに。

コイツ等は。
父は泣き喚く一夏を黙らせようと殴りつけ。
母は呆然と自分の頬をさすり続ける。
一夏に危害を加え続ける父と、それを見ようともしない母。
何故、コイツ等には届かないのだろう。

一夏は、泣く。
泣き声は、より大きく。
それは痛みからではなく、訴えているのだ。
より強く。



泣く子供を殴り続ければ、泣かなくなる。
意思を、感情を、心を殺し、泣かなくなる。
それが一般的な反応だ。
けれど、きっと一夏は泣き続ける。
声をあげるしか出来ないから。
声をあげることが出来るから。
一夏は、泣くのだろう。
なんて、尊い。

私の目尻から、水滴が流れた。
織斑千冬、これで最後だ。これが最後だ。
私が流す涙は、もうお終いだ。
私には、こんなにも泣いてくれる弟がいるのだ。
間違いに対して間違っていると、声をあげてくれる弟がいるのだ。
懸命に。必死に。抗ってくれる弟がいるのだ。
だから、私はもう泣かなくていい。
私が垂れ流すべきは、涙ではなく、暴力だ。

存分に理不尽に泣け一夏。
私が、其れを討つ理不尽に成ろう。

目蓋を袖で乱暴に拭い、竹刀袋から木刀を抜いた。
有無を言わさず。有無を言わせず、私は父を斬り伏せた。
その日、初めて私は骨が砕ける音を聞いた。
情状酌量の余地なく、私は母を殴り飛ばした。
その日、初めて私は無抵抗の人間に危害を加えた。

後の話は詳しく語るまでもない。
篠ノ之家、轡木家、エムロード、倉持技研、ローゼンタール、クレスト、日本政府、有澤重工、ドイツ軍、IS学園
それらを頼り、利用し、織斑千冬の価値を活かし、織斑一夏との生活を得るだけの単調な話。

織斑一夏と織斑千冬の生活は、そうして始まったのだ。





























「一夏、水着を買いに行こう」

「いやだ。ぜったいにいやだ」

おや、珍しく一夏が反抗的ではないか。

「あんな空間に俺を連れて行くな。アウェイだあそこは」

「女性用の下着売り場に入ったときも同じ様なことを言っていたなお前は」

「女性用の下着売り場なんかに実弟連れてってんじゃねえよタコ!」

そんなに怒る事か?
たしかに視線が辛いかもしれんが、そんなヤワなハートはしてないだろう?

「おばちゃんとか、可愛くない女の子に『えーなんでオトコがいんの?』みたいな視線で見られると本心ころしたくなるからやだぷー」

「よし。―――二着まで好きな水着きてやろう」

「さっさと行くぞダボが! 夏は待っちゃくんねぇんだぞ、分かってんのか!」

私はいつか一夏が女に騙されて失敗しないか非常に心配です。
姉としても、女としても。
前、「女に騙されるのは嫌いじゃない。騙されている間は、幸せだから」とか言ってたしなコイツ。
本当に16かと心配になってきた。
子供なのか大人なのか、よく分からん。

「一夏、合体しよう」

「サイズ合わない靴はいて靴擦れするかと思いきや靴の皮の方がズレていた女性はちょっと……。御友達で」

兄弟ですらなくなったぞ真耶どういうことだオイィ!













その日の夜は、やけに呑みたがる千冬に付き合い酔い潰れたおっぱい眼鏡がいましたとさ。



[32851] アダルトスーツ
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/05/05 00:28
姉に連れられて、お使いです。
どうも機密の書類? 物品? らしく手渡ししなければならないとのこと。
強奪される可能性とかあるのか?
郵送じゃ危ないんかね?
手渡しであれば襲撃されるレベル?
だからこそ織斑千冬に任せた?
たしかに、生身とはいえこの姉から盗みを働いて成功する人間は早々いないと思うが。

……え? ってことは結構デンジャー?
そんなことに巻き込まれてる、俺?
図ったなチッピー!



何もなく倉持技研にやって参りました。
なんだったんださっきの前フリ。
姉は中に入っていく。
俺は待ちぼうけ、とはいかんぜよ。

俺、専用機を開発してもらっておいてここの技術者の人になんもお礼言ってないから、
そのお礼を言いに来ました、ってことで入れてもらった。












通された先には、技術者が数名。
男もいれば女もいる。比較的若い人の集まりだった。

「織斑一夏です。白式の件、ありがとうございます。突然のことでスケジュールの調整も苦労されたことと思います。
 にも関わらずこれ程の機体を仕上げてくださった皆様には感謝の念が絶えません」

深く頭を下げる。
白式もなんか言えよ、産みの親だろ?

[…………]

なんか言えよ! 無視かよ!
あんだよ、形式上の親なんか知らねぇってか!

「ホントにキミが織斑一夏くんですか? 私の開発したグレネード持ってって、ISでロケットパンチした、千冬さんの弟の一夏くん?」

スーツ着たちびっこい女の子が、その大きくて可愛らしい目を俺に向けてくる。
あんだこのお子様は。

「そうだよあんだよ文句あんのか? 俺が織斑一夏です。んでお嬢ちゃんはお父さんの職場見学か?」

「失礼な! 私はこれでもれっきとした大人です!」

あーはいはいそうですねー。立派なレディですねー。
俺ってけっこう父性に溢れるタイプなのか、小さい女の子を見ると可愛がりたくなんだよねー。
おいロリコンっつったやつ誰だ。若干俺も心配だ。
頭なでなで。

「なんですかその『そうだね~偉いね~』って瞳は! 馬鹿にしてるんですか!」

「いやいや、女の子を子供扱いなんて失礼な事をした。きっと将来美人さんになるお嬢ちゃんのご機嫌はとっとかないと」

「だから私は! 貴方より年上で社会人ですって!」

「ほーら高い高い~」

「きゃー視界が高い~! 遠くまで見渡せます! ってなにするんですか完璧に子供だと勘違いしてるでしょ!」

女の子を抱き上げて持ち上げてみた。理由はない。大人ぶりたい女の子はこうすると喜ぶかなと思って。
こんな幼い成人女性がいるかよ、学園都市じゃあるまいし。
だが、周囲を見渡すと焦燥っぽい雰囲気。アレ?
お嬢ちゃんのスーツを見る。間違っても子供が着るもんじゃねぇ、作りが安くない。これオーダーメイドだろ? それなり金かかってる?
違和感を感じたので、目を閉じ意識を集中させる。
俺の手の中にある存在をイメージ化。先入観をとっぱらって、ハイ!

塔、城、でっかい何か。
白の『ルーク』
なんでこのスクール水着が似合いそうなお人からそんなイメージが伝わる?
ルークにくっついてるのは物は。太くて、硬い? 俺のチ(検閲)ンコじゃあるまいし。
マグナム? 違う。もっとでかい、砲。
バズーカ。炸薬。炸裂。グレネーダー。
なぜか重量二脚に武器腕と両肩にグレネード積んだACを今思い浮かべた。
さっきの研究員達の反応といい、きっとこれは。この人は。


触れちゃいけない人だ。


俺は抱えていた人を地面に降ろし、消沈した声色で謝罪を口にする。

「申し訳ありません。ご無礼をお許しください」

「突然何故そんな「サラリーマンが発注時に桁一つ間違えてたことに気付いて今にも死にそうな顔」なんて浮かべているのか
 甚だ疑問ですが、分かればよいのです」

「寛大な処置、心より感謝いたします。では私はこれで」

「待ちなさい」

スタコラサッサしようとした瞬間、服を掴まれた。
やっべぇコレ、なんかやべぇ。嫌な予感しかしない。
すまないマイ危機感知センサー。お前の働きを無駄にしてしまった。こんなにも、火薬の臭いがすると言うのに。
実は打鉄弐式の件とか突っ込もうとかしてたけどそれどこじゃないみたいだぜ?

「本当に悪いと思っているのですか?」

「はい。誠心誠意謝罪させて頂きます」

だから離して。今すぐ帰らせて。助けて姉さん! ヘルプミーチッピー!

「でしたら、ひとつ『お願い』があるのですが」

ヤダ、聞きたくねぇ。ろくでもねぇのは間違いねぇ。
俺のアラートがビービー鳴りっ放しだもん。
いつもだったらこんな可愛らしいお姉さんの期待を込められた目に抗えない俺ですが、今日は違います!
ノーと云える日本人、織斑イッピーとは俺のことです。

「それはまた次の機会に。わたくし急用を思い出したので失礼させてください」

「お願いしたい事の内容ですが、『模擬戦』です。ぜひとも戦って欲しい相手が―――」

「なんだ。居たのか、ワカ?」

「ご無沙汰してます、千冬さん」

イチカ は かこまれている!
イチカ は にげられない!

「私はこの前のアレの報告書を届けにきたのだが、お前は?」

「倉持が速射型グレネードなんて無粋な物を製作しまして、それのテストに呼ばれました」

「餅は餅屋、か。たしかに私が開発者でも、お前を呼―――ばないな。あまり参考になる意見が聞けそうにない。
 何にしたって『火力が足りない』『爆発が弱い』『パワーが貧弱』と文句をつけるに決まっている」

「兄弟揃って失礼ですよ、千冬さん」

「なんだ? ウチの自慢の弟が粗相をやらかしたのか? 文句言ってるのはどいつだ? ワビいれてやるから連れて来い」

「明らかにヤキ入れる満々じゃないですか! 謝る気配なんてこれっぽっちも感じませんよ!」

あれ、けっこう仲良し?
イッピー蚊帳の外。
このまま研究所から抜け出せないかな。
くそ、ダンボールさえあればなんとかなるのに。

「それで、私に打鉄を渡して何をさせる気だ?」

フラグ……圧倒的フラグ……死神の足音……!
粛々とはいよる絶対死……!
俺は自分の顔がぐにょりと曲がるのを幻視した。

YES YES YES OH MY GOD

「倉持の方の希望ですが、私も実はかなり興味があるのでお願いしたいです。
 『織斑千冬と織斑一夏の模擬戦』を。千冬さんの機体は量産機になりますけど、いいハンデでしょう?」

「……ふむ」

腕を組み顎に手をあてて考え込む。
ちょいちょいお姉さん。タイツの眩しいお姉さん。考え込むとこじゃねえから!
現役退いてじゃん。学校でもIS使わない様にしてたじゃん。実技山田先生に任せっぱなしじゃん。
どうしたじゃん!

「一夏、―――やろう」

ヤらねーよ馬鹿野郎!
と言えたら良かったのですけど。
そんな願うように、縋るように、言われたら断れねーよ。
卑怯だろ。捨てられた子犬だってそんな顔しねえだろうに。
ノーと云えない日本人、織斑一夏とは俺のことです。



























あれよあれよと云う間にアリーナですよ。
狭い。とても狭い。
学校のアリーナの1/4ぐらいか?
端から端まで使ってギリ中距離戦ができるぐらい。
まあ街中ですもんね。
その分バリアの強度がダンチだとか。
雪片で切り裂いて「ざまあああああああぁぁ!!」とかいってやりたい衝動に駆られるが、我慢。
今回ばっかしは、相手が悪いぜ。
冷や汗が止まらねぇ。

「準備はいいか?」
「よくないっつったら待ってくれんのか?」

あーもうなんなんだよもうー。俺争いとか嫌いなタイプなんだってガチに。
キラさんじゃないけど静かに暮らしたい派なんですマジです。
なんで女子高に一人男が入学なんて九分九厘ハーレムラノベな状況でこうなっちまったのか。
おかしいですよ、カテジナさん。

「待ってやるともさ。可愛い弟の頼みだ。私の我慢が続く限り待ってやろう」

「ちなみに何分待ってくれんの?」

「弟が可愛すぎてあと5秒かな」

うっぜえええええええええええええええええええええええええええええええええ!
この女うっぜええぇぇぇ!
あーいいぜやってやんよ畜生が!

「HEAVEN or HELL―――」

「織斑千冬、打鉄、狙い斬る」

「―――LET'S ROCK!」

開幕にダッシュしてくる打鉄と、開幕にバックダッシュする白式。
刀剣型ブレード・百弐拾七式『八錆』を構え鉄面皮で追ってくる姉。
おっかねぇ。
しかし、ことスピードにおいてはカタログスペックではこちらが上。
まず距離を取りたい。このまま引き離し、

「逃げるなよ、一夏」

瞬時、加速。
この狭い空間で、イグニッションブースト使いやがった!
例えるならそう、立体駐車場で80km出すようなものだろうか。
腕に自信があろうが、一般常識で考えたらありえないような行動。
それをなんなくやってのけるのが、織斑千冬。

「なろっ」

壁を背にギリギリを飛翔するが、難なくぶつかることなく追走される。
ドッグファイトも満足にこなせない空間で、どうしろってんだ。
加速した勢いのまま、打鉄はその手の剣を、

「右に避けろ」

投げつけた。
あっぶねえええええ。
間一髪でそれをかわした所で、先回りしていた打鉄が。
鬼ごっこすらさせてくんねえってのか!

「っくぞおらあッ!」
「来い」

余裕こいてんじゃ、ねえ!
雪片弐型を抜く俺。
新しい八錆を展開する千冬。
剣戟、衝突。
斬り抜ける。

明らかに俺のが合当理吹かしてただろ。
なのになぜ、運動量チカラで押し負ける。
しれたこと。
それだけ、振りが早いんだ。
人が棒切れを振り回す技術。
それを『術』に、それを『道』にしてその高みへ至る。
俺には至れん境地。
至った者。

「―――軽いな。女かと思ったぞ」

言ってくれんじゃねえか、テメエ。
たしかにアンタは強い。強いだろうさ。
だからって。

「見下してんじゃねーよ」

スラスター、チャージ。
構えは上段。
ワンオフアビリティー、準備完了

「Get Set READY?」
[ATTACK!]

避けない。
織斑千冬は避けない。
織斑千冬はわざと挑発して、直接攻撃を踏み切らせた。
それは、俺の実力を測るため。

だから。
見下してんじゃ、ねえええええええええ!

[Ignition]
「切れぬものなど、あんまりない!」

瞬時加速の特攻から、零落百夜を発動させ斬りかかる。
上段から振り下ろす雪片弐型は、その加速を乗せてもなんなく受け止められた。
が、んなもん読んでるよ。
力と、技の!

「V3キック!」

がら空きの股下から、全力で掬い上げる蹴りを繰り出す。
バリア発動、難なく受け止められる。
だよねー。

それでも、無駄じゃない。
びっくりしただろ?
蹴りつけ、その勢いで距離を取った。

さあて、そいでは続いて、










「一夏。―――もういい。もう、終わりにしよう」


織斑千冬は動かない。動かず、そう言った。
やる気のない声で、覇気の無い声で。
―――落胆した声で。
俺にそう告げた。











……そっか。

俺は。

織斑一夏は。

織斑千冬に『敵』として見てすら貰えない程度の力量しかなかったってか。



例え白式が如何に速かろうとも。
―――目で追えないスピードで飛べる訳ではない。
例え白式が如何に優れていようとも。
―――仕手の力量差がありすぎて勝負にならない。
例え零落百夜がどれだけ強力だろうとも。
―――バリア無効化攻撃なんて、直撃させなければ意味が無い。


それでも。
それでも、やらないと。
俺の尊敬する人は言ったのだ。


なんでそう在れるのか、と自分の存在を問われた時。
『人は、配られたカードで勝負するしかないのさ』と。
(By SNO○PY)


















「アンタ犬じゃねーかあああああッ!」

再度、衝突する。
振りかぶり、剣を合わせる。
但し、刃を寝かせて。

ガギン、と金属を絶った鋭い音が響き、雪片弐型が折れた。
ごめんな、雪片。
俺じゃ、お前を使いこなせない。
でも、この距離、この間合い、この長さなら。
イケる。

振り切った雪片をその勢いのまま切り返す。
長さが半分となった雪片は、1.5倍(当社比)のスピードで駆ける。
これで、なんとか速さは五分。
重さはボロ負け。威力は零落百夜でカヴァー。
馬鹿にしやがって! 上から見下しやがって!
とりあえず、貰っとけよ!

「ヌルい」

あっさりと受け止められ、そのままクロスレンジでの斬り合いへ移項。
一歩も引けない。
一歩引いたら、獲物の差で俺の不利だ。
けれど、ここまで距離詰めてやっとこさ五分かよ。
しかし、五部なのは速さだけ。
重さに、負ける。
剣戟の重さで、白式の動きが半テンポずつ遅れていく。
一発、一線、一撃。
削られていく。
装甲ではなく、俺の時間が。
ヒット時の硬直。
次戟に移るタイミングが遅れていく。

ガードが、間に合わない。




白式。

お前だって、悔しいだろう。

このままじゃ、終われないだろう。

一太刀も浴びせられないまま。

這い蹲る虫の如く。

絶えるなんて、耐えられないだろう。

俺は、嫌だ。

あの人に落胆されたまま終わるなんて、嫌だ。

「―――、が、欲しい」

力が、欲しい。
あと一歩、もう一歩踏み出せるだけの力が。
届かない刃を届かせる、そんな力が。

半端な踏み込みと、雑念交じりの俺の剣は、俺の体は。
一刀のもとフェンスバリアまで弾き飛ばされ、停止した。










































































「少年、もっと加速したく―――」

「おい辞めようぜホントそういうの辞めようただでさえロクでもないネタに走ってるんだから
 ちょっとは自重を覚えよう真剣に考えてもらえますそういうタイムリーなネタとか持ってこられると
 ミーハーだと思われるじゃん守るべきモラルとか方向性とかあるでしょ人としてのさあ」

「―――なにそれ怖い」

高い空、抜けるような青。
押し返さない波と、灘の海。
半球状の地平線、沈まない太陽。
存在し得ない、空想世界。

世界の中心には、純白の少女。
白いワンピース、白い髪、白い肌。白、一式。

「なんだよう、ノリ悪いなあ」

リスのように頬を膨らませる。
寄りかかっていた枯れ木から立ち上がる少女。

「どうして、力を求めるの?」

俺の瞳を覗き込むように、少女は問う。
『俺』の真意を探る、その視線が疎ましい。

「昔の話だからな?」

お、水面に漂う織斑一夏を発見。
寝てんのかな? つついてみる。

「昔、小さい頃。俺は寝るときお漏らしをする子供だった。その上、俺は一人で寝れない子供だった。
 必然的に、俺に添い寝した相手も尿にまみれることになる。
 俺には姉がいる。その姉は何回俺の寝小便に汚されても怒らなかったし、叱らなかった。いやな顔ひとつしなかった。
 むしろ優しい声色で俺に云うのだ。『怖い夢でも見たのか? 此処には私が居るぞ』と」

イッピー固くなってんじゃんナニコレ。どうしたおい。海に漂ってんなよ楽しそうじゃねえか。
つんつんとひっきりなしに突っついてみる。

「毎回、毎度。俺が漏らす度に姉は俺を抱き締めるんだ。自分が汚れるのも厭わずに。
 そりゃあシスコンにもなるでしょうさ。で、優秀な弟である事疑いない俺は思う訳よ。
 この人を幸せにしなければならない、ってね。与えた恩は忘れるが、受けた恩は忘れられん」

シスコンは大体「僕が姉(と結婚して)を幸せにする!」と息巻くが、なってねえ。それお前が幸せになりたいだじゃん。
この織斑一夏をそんじゅそこらのシスコンと一緒くたにしてもらっては困る。
この特別な女を、ただの女に落とす。
現役を退いて数年、今なお世界最強のランナーと名高いこの女を、ただの普通の女にしてやる。
それが、俺が受けた恩に報いる一番の形だと、俺は疑わない。
この人が本来得られる筈だった、恋人とか恋愛とか青春とか、その辺の選択肢を返してやるのだ。

「だから、力が欲しい。お前がくれるってんなら、遠慮なくもらう。
 空を飛ぶための、空を越える為のお前に求めるのは、おかしな話なんだけど」

それでも、求めざるを得ない。
力なんて、個人的にはいらないんですけどね。
もし織斑千冬が世界で一番弱かったら、俺は二番目でいい。
これはそういう物語だ。

「イチカは、楽しそうだね?」

「ああ、楽しいよ。でも、もっとだ。
 俺は現状に納得して、現状に満足しない。
 もっともっと、もっと楽しく、幸せになってやんよ」

ふふっと目尻を細める白の少女。
回答はお気に召したようだ。
俺に手を伸ばす少女。俺はその手を握り、受け取る。

「力が欲しいか。力が欲しいなら―――くれてやる」

オイコラ自重しろっつってんだろ小娘。
渡された「何か」が俺に響き、世界が割れた。

[Awaken]



































第二次移行。
白式がより洗練された外装となり、スラスターが大幅強化された。そして。
雪羅。
白式が用意してくれた、俺の、俺の為だけの武器。
ずっと俺が欲していた、俺のツルギ。
これで俺は、また闘える。俺の闘いを。

「セカンド・シフト……? この土壇場で? ッデータ取らなきゃ! 両名、試合は中止です!」

眼鏡の研究員さんがなんか騒いでいるが、それどころではない。
目の前のご婦人が、俺を待っていらっしゃる。
DANSYAKUじゃねーけど、レディを待たせるのは、紳士のやることじゃねえよなぁ!

「一夏、時間も無い。後一合が限度だろう」

「ああ。そしてアンタに取っちゃ、充分だろう?」

恍惚の瞳、欲情の声。
織斑千冬は、高ぶっている。
俺のレベルアップを、愉しんでやがる。
このバトルジャンキーが。
イッピー知ってるよ。このチッピー戦闘で股濡らす変態だって、イッピー知ってるよ。
そんだけヤりたきゃ、現役続けろよ。

「全力で往く。このブリュンヒルデの一撃を胸に刻み、敗北を学べ」

「おっかねえこって。―――但しその頃には、アンタは八つ裂きになっているだろうがな」

ブリュンヒルデ(笑)。
ブリュンヒルデ、ねぇ。

500円玉素手で握り潰そうが。
垂直跳びで自分の身長跳びこそうが。
靴の方が皮ズレする頑強な肉体をしていようが。
アンタはブリュンヒルデなんかじゃない。
アンタは俺の姉で、結構弟に甘々で、才色兼備で、家事がちょっと苦手な、ただの、普通の、女だろうが!


迎え討つ。
打鉄のトップスピードに乗って、打鉄のトップスピードを越える斬戟を携えて、織斑千冬が接近する。
思考を加速。知覚を加速。
衝突の一瞬で全てが決まる。

「せーのっ!」

覚悟完了。当方に迎撃の準備有り。
もう瞬時加速に回すエネルギーが無い。
無いので、バリアフェンスをぶち壊す勢いで蹴りぬきその反動で加速。
キックの反動で三割り増しは、常識だろう?
衝突の一瞬を前倒しにする。
相手のリズムを崩せ、相手の意表を突け。
此処にきて真っ向正面から? 甘えるな。
いつだって、勝つ為の努力は惜しまない。
小細工、ハッタリ、小技に手管。どれでも選べ、全てを選べ。

されでも相手は世界最強。
ちょっとやそっとタイミングをずらそうが、その流麗な太刀筋に狂いはなく。
ピッタシカンカン、タイミングドンピシャで交差の刹那を抑えてきやがる。

速度を携えた一撃。
雪羅じゃ押し負ける。雪片じゃ振り負ける。
然らば、ならずんば。

雪片じゃ、長すぎた。
雪片じゃ、彼女の速さに追い着かない。
でも、雪羅なら。
このナイフなら。
白式が俺の為に用意してくれたこの剣なら。
ついていける。

零落百夜、発動。
俺がアンタに重ねた斬戟ごと、俺を斬り伏せるおつもりでしょうがそうはいかんざき。
刻めよ、俺の『衝撃』を!

姉は言った。
二つも三つも攻撃手段を持つ必要は無い、と。
ただ一つを、鍛え上げてこそ必殺となる、と。
その言は実を伴い、ただ「刀を振り上げて」→「降ろす」といった単一動作を剣爛舞踏(ブレイドアーツ)へ昇華させた。
その業は、今、俺を屠らんと牙を剥く。

怖い。
本心、めっちゃ怖い。
ヤンキーにナイフ持たせるなんて目じゃない位怖い。
けれど、此処で逃げたら駄目だ。
怖くても、前へ。
怖いからこそ、一歩前へ。
後ろに逃げて、掴めるモンなんて一つもねぇ。
ビビって逃げたら癖になっちまう。
後で後悔なんてしたくねえだろ。
死地に踏み入る。
付き合えよ、白式。

「―――絶刀」

迫り来る斬戟を。
刀ごと、相手の防御ごと絶つその剣技を。
俺は無視した。

「ラァイッ!」

千冬姉より速く、雪羅をその装甲に突き立て絶対防御を発動させる。
後一歩、もう一歩踏み込めれば、刀のミートポイントから外れる。
そしたら、俺の距離だ。相手を刻むだけの簡単なお仕事だ。
けれど、剣戟は一瞬も鈍らない。
眼前に俺の必殺を押し付けられようと、その業は乱れない。
強ぇなぁ、この女。
ほんの少し、ちょっとだけでも鈍れば。
あと一歩、たった一歩踏み込むだけでいいのに。
ゼロレンジでのインファイトなら、獲物の優越で俺の勝ちだったろうに。

まあ、いいや。

足掻いて、足掻いて、もがいて、抗う。
人生の実は、ただ活きることの中に。
その結果がたとえ届かなかったとしても、その経過は、無駄なんかじゃないんだから。

打鉄の斬戟は、白式のバリアをブチ抜き絶対防御を発生させ残エネルギーを0にした。
そして俺は、バスターホームランの上もう動かない状態のまま再度フェンスバリア叩きつけられ気絶した。

残念無念、また来週。






























タクシーの中で、目を覚ました。
持たれかかる肩の先には、いつも通りの姉の顔がある。
ありゃありゃまあまあ、ご迷惑をおかけしております。
姉に吹っ飛ばされ、姉に看病され、姉に移送される。
なにこのマッチポンプ。

「気にするな」

上げようとした頭を押さえられ、肩に戻される。
これじゃ甘えてんのか、甘えさせられてんのか分かんねえな。
ま、どっちも一緒か。外からみりゃ、どっちも仲良し姉弟に変わりはない。

負けちまったか。
始めっから勝てる勝負だとは思ってないが、勝ちに行ってただけに悔しいなぁ。
まだまだ、全然届かない。

「今日は楽しかったか、一夏?」

「楽しかった。楽しかったけど、悔しいよ」

そうか、と姉は頷いて、頭を撫でてくる。
あいつ等に比べればまだまだ短い時間だけど、俺は真剣にISの訓練に取り組んでいる。
専用機も貰い、色んな人に教えを請い、練習に励んでいる。
そこに遊びはあっても手抜きは無い。
だから、悔しい。

「いいんだ、一夏。それでいいんだ。その悔しさがお前を強くする。
 大怪我さえ負わなければ、幾らでも負けていいんだ。
 そうやって思えるお前は、いつか、誰よりも強くなってる筈だから」

「でも、いつかじゃ駄目なんだ。今じゃなきゃ駄目な場面がきっとこれからある。
 負けられない場面、勝たなきゃならない場面が、いつか俺にもくる」

なんだ、そんな事か。姉は簡単に言ってくれる。
寄りかかった俺を胸元に抱き寄せる。
あー安らぐ。おっぱいは癒し。

「その時は、私を召べ。私がお前の剣になろう。
 力でなんとかしなきゃならない場面くらい、私がなんとかしてやるさ」

そのアンタをなんとかしてやりたいんだよ! と言う俺の心の声は、終ぞ口から出ることはなかった。
決して胸の感触に酔いしれていた訳ではありません。ホントだよ!





























午前三時。
重い体と、酒で胡乱な頭を引き摺り部屋に戻ってきた。
一夏ではないが、今日は楽しかった。
一夏とデートして、一夏と剣を交え、真耶と呑みに出た。
充実した一日だった。
服を脱ぎ、メイクを落しながら反芻する。
私を落とさんとする、一夏の顔。
私を見つめるその普段との表情のギャップがクる。
一夏の、衝撃。
私を倒す可能性を秘めた、その一撃に私はほぼイ―――。

一夏の刃は、いずれ私に迫るだろう。
この高みに昇ってくるだろう。
それが嬉しい。
一夏はこんな所でも、私を独りにしない。

崩れるようにベッドに倒れこんだ。
横目で、ベッドサイドにあるサボテンをつつく。

「なあ、お前はどう思う?」

こんなにも姉思いの弟が居て、私は幸せ者じゃあないか?
サボテンの棘が指に刺さる、その刺激が心地よい。

私は、織斑一夏の姉だ。
いつか、織斑一夏が卒業し、就職し、結婚し、子を成し、老いても、あいつの姉だ。
あいつの成長を、あいつの人生を傍で見守る権利がある。
例え、あいつの隣が私の知らない人間で埋まっていようとも、あいつの拠り所ぐらいにはなれるだろう。
男は家を出て、自分の家庭を持つものだ。
いつまでも、私の庇護下に居る訳ではない。

それでも。
それでも、時間に許される限り。
私をお前の唯一の家族で居させてくれ。



[32851] スクールバス/瞳
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/06/21 00:41
==================================
== 前書き
== 瞳 / aico
== 聞ける環境にあるなら是非に。
== 凄いハートに滲みる。
== aikoいいよね。
== 箒のシーン。
== 歌詞の直乗せまずいから雰囲気だけ、
==それっぽい言葉を並べてます。
=================================






































「イヤッFOOOOOOOオオオオオオオオウウゥゥゥゥゥッッ!!」

青い空、砂浜、海、夏、海水浴。
禁止されようとも海へ崖から飛び込む16歳の馬鹿の姿が、そこにはあった。
世界で唯一確認されている、男性のIS操縦者だった。
夏ですもん。
一度キリの、16歳の夏。
ワンサマー舐めんなよ!
ダイブ、トゥ、ブルー!
イントゥ、ザ、ブルー!
盛り上がってます。
最初っからクライマックスだぜ!
一人でね!
ワンサマーだけにね!
お一人様ってやかましいわ!

夏です。海です。―――馬鹿です。






































本日より臨海学校。
一応名目としては、普段と違う環境での経験をすることでより感受性やらをうんちゃらかんちゃらマトモに話聞いてませんでした!
大事なファクターはそこではない。海水浴、ひいては水着だ。
IS学園の生徒は、軒並み容姿のレヴェルが高い。
きっとIS適正と容姿は比例関係にあるんだと思います。
ってことは俺の姉は世界で一番美人なのか?
世界一は言い過ぎだろ。日本一くらいじゃね?
おい待て、俺はどうなる?

女装か? おいばか殺すぞ。あの記憶は封印したいのだ。
中学三年の文化祭でやった喫茶店「喫茶TS」
一部の男性が女装し、一部の女性が男装した喫茶店。
入店1分で性別を入れ替えた人間を三人見破ればお会計がチャラというゲーム付き。
ああ、ちなみに一度として。俺は一度としてバレなかった。俺の女装はクラスの女子の総力によって完成されていた。
ロングスカートなのに毛を全剃りする念の入れようだったとはいえ、それでも納得いかねー!
あと他校の男にメアド聞かれた時は慟哭した。orz
あと鈴が女装写真を千冬姉に渡して鼻血ふいた。
あと千冬姉に家で女装を強要されセクハラされた。姉弟の縁を切ると本気で脅すまでされた。
あと束姉(たばねえ)が女装一華ちゃんのネットアイドルホームページ立ち上げやがった。千冬姉の下着姿の写真で閉鎖してもらった。
あと廊下でケツ触ってくるやつが増えた。ホモは死ねと思った。
あと、あと、あと。
過ぎたことだ。忘れよう。封印しよう。臭いものには蓋をしよう。
泣いてない、泣いてないもんねっ!


世界一イケメン、はないとして。

むしろホラ。けっこう普段は強がっているけど、俺ちょっと鼻曲がってるし、右目と左目の大きさ違うし、
男の癖に肌白いし。フツメン以下だよね。イッピー知ってるよ……」

「嫁の顔は平均以上に整っているが、急にどうした?」

「おいやめろよ! そういう何気ない優しさは人を傷つけるんだぞ!
 かといってストレートに不細工って言うのもやめてね! メンタル弱いから!」

「本当にどうしたと云うのだ……?」

おいやめろ。そうやって頭おかしいんじゃないの、とか脳に異常があるんじゃないかと心配するのもやめろ。
つーか近い。ラウラさん近い。
なんでこっちの座席の領域を超えてくんの? 通路側寄れよ。

ただいま、バスにて移動中。
酔い易い俺は窓際を即効確保したのだが、俺の隣はコイツに即効確保されてしまった。
正直箒かシャルロ辺りが良かったのだが。
鈴と相川さんは論外。アイツ等騒ぐから。
セシリアも心配しつつこまめに声掛けて来そうでうざいからパス。

「んにゃ、なんでもない。人に歴史ありとは言うけど、その歴史の中には黒歴史だって含まれてる。
 それを俺は学んだだけさ。授業料は滅法高くついたがな」

「? おかしな嫁だな」

ええいくっつくな。暑いんだよ。
女の子の身体ってのは男に比べて脂肪が多い分、普通は少しひんやりしているものなのだ。
だけどラウラは脂肪が少ない。元々そういう体質なのに加えて、日頃のトレーニングで絞ってある。

「えーえー、職業:軍人様には分からないふつーの男子高校生の悩みってもんがあんのよ」

「わたしは、普通の女の子ではない、と」

そういって、ラウラは鬱な顔で俺から離れた。
おい俺、どうよ。
今のはどうよ。
ラウラが過敏すぎるきらいはあるにせよ、そりゃねえぜ。

ラウラの顔をこちらに向かせ、ラウラの眼帯をめくり両目をあわせる。

「ラウラは『普通の女の子』じゃないかも知れないけど、きちんと『女の子』だ。
 だからほら、こんなに可愛い。折角可愛い顔してんだから、笑ってくれよ」

ラウラは頬を朱に染め、目線を外した。

「りょ、了解した。嫁、貴様は特別だから私の眼を存分に見ていいぞ」

ラウラのコンプレックスだった左目。越界の瞳 。
でも、人はコンプレックスだって、誰かの一言で、自分の気持ちひとつで変えていける。
すげぇなあ人間って。
特に若者って。
可能性に、満ち溢れている。

決して前席から飛ばされるセシリアのジト目からの逃避ではない。イッピーそんなにヘタレではない。
シャルロの何考えてるか分からない笑顔にビビッてなどはいない。イッピーそこまでヘタレではない。
後ろに座っている箒さんの不機嫌そうな顔なんか全然こわくない。イッピーそれほどヘタレではない。
後ろに座っている鈴さんの興味なさそうなツラはどうなのだろう。それはそれでちょっとだけ寂しい。
何故囲まれている。モンスターハウスもびっくりの囲まれ具合。積んでるわー。

「一夏、ほら」

ヒィ! なんでございましょう元,サンシャインスマイルプリンス 現.腹黒スマイルプリンセス。
ビビッてねーよ!

「ラウラの水着姿、写真撮っといたんだ。かわいいでしょ?」
「シャルロット、いつ撮った! おい嫁、見るな!」

シャルロから渡された携帯を見る。
そこには、銀髪の小柄な少女が藍色の蝶? をモチーフにした水着をきており、その麗しい身体を晒していた。
ラウラの奪いとろうとする手を押さえ、マジマジと鑑賞する。
コレ金とれるんじゃねーの?
イメージコスチュームDVDで出版してくれないかな。

「すっっげえ可愛い、ナニコレ妖精かと思ったぜ。この画像くれよ」

「だよねぇ。ラウラったら自信がないってやきもきしててもどかしかったんだ。
 ほら、ラウラ。一夏が『すっっっっっっっっごい可愛い』ってさ」

そんな溜めてねぇよ。

「そうか、わたしが世界一可愛いか。えへ、えへへへ」

そんな事言ってねぇよ。
しかし照れ笑いするラウラが愛らしいので突っ込みません。
なにこの妖精ラブリー。
一匹幾ら?
































「ビーチバレーしようよ、織斑くん」

「あーうん、オッケー。後で混ざり行くわ」

おいおいビーチバレーとかいいのかお前のピーチがバレーされちまうぜ?
谷本さん結構いい身体してんのな。
着ぐるみ着た布仏なんかもスタイルが良いっぽい(心眼・偽)
ワンサマー的にヒトナツのアバンチュールを求め、てきとーに声かけようにも
IS学園の生徒なのか一般人なのか判断がつかず手が出せん。

今年の夏は弾と御手洗くん三人で海にこよう。
足どうすっかな。
俺がピンだったらバイクがあるんだけど、3人。
車がいるな。

「一夏ー、遠泳しない?」

「しない」

鈴に誘われるが即断る。
あっそと返事し去っていく鈴。
俺は忙しいのだ。
海に来て海で遊んでどうする。海に着たらアレだろ。水着だろ。女体の海だろ。
その海、泳ぎたい。
夜の水泳大会。

「選択肢なんてのは他人に与えられるものではなく、自ら作り出していくものだ」

夜の水泳大会。夜の水泳教室。夜のバタフライ。
素晴らしい。

「善でも悪でも、最後まで貫き通した信念に、偽りなどは何一つない」

ホテルなんかで水着を着るのは、もしかして下着姿よりも扇情的なのではないか。
普段あり得ないシチュエーションでの服装とは、盲点だったイッピー不覚。

「一夏さん、何をぶつぶつと呟いてらっしゃいますの?」
「ちょっと人の道に関して考えていた」
「浜辺で随分と高尚なことを考えていらっしゃるのですね」

オルコット嬢がビーチパラソル担いでやってきた。
セシリー力持ち。
パラソルを立て、シートを広げ、うつ伏せに寝転がる。
あの肢体と寝バックできたら最高なのではないか。
OK、クールだ。クールにいこうぜレヴィじゃねえダッチでもねぇコック。

「それではジェントルマン、サンオイルを塗ってくださいませんこと?」

仰せのままに、お嬢様Yes, My Pleasure

セシリア大胆とか、セシリアえろ淑女とか外野の声が五月蝿いが気にしない。
俺は脳内会議で大論争中なのだ。
俺がいまこっそり隠し持っている日焼け止めを使うかどうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

イッピー①「セシリーのあの白い肌を日焼けさせるのはどうだろう。あの白さは魅力だろうに」

イッピー②「いやいや、だからこそ真っ黒に焼こう。普段見れない彼女の魅力を要チェキ! だ」

イッピー①「君の言いたい事も分かる、分かるけど! あの芸術的な肌の白さは財産だと思うんだ」

イッピー③「俺はだからこそ黒いセシリーもみたいけどなぁ」

イッピー④「2Pカラーの出番はまだ早い。まだ1Pカラーもクリアしとらん」

イッピー⑤「……褐色金髪碧眼女に白濁デコレーションしたくね?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「異議無し!」

「何をそんなに力強く断定したのかは存じませんが、あまり熱心に見ないでくださいまし」

断固断る。
俺の持ってきた日焼け止めはポーイ。遠くへ投げ捨てた。
実際サンオイルも日焼け止めもそれ程変わんなかったりするんだけどね。
肌を荒れさせる紫外線UVBをカットするのはどっちも同じで、
UVBに比べて作用が穏やかなUVAを透過させるかさせないかの違い。

「このサンオイルをお使いくださいな」

「それでは、失礼致す」

トロリとしたオイルをふんだんに手の平に広げ、まず肩から。

「ンッ」

「冷たいかもしれないけど、なあに。すぐよくなる」

「は、い」

肩から、肩甲骨、背中、腰。
撫ぜる様に、舐める様に揉みこむ。
基本はマッサージ。
ただし性感な。
ちなみに都内には女性向けの性感マッサージ店があるらしい。
全力で働きたいでござる。
中国には揉み師という職業があるらしい(妊婦の乳をほぐす仕事)
職業に貴賎はない。揉み師目指すか。
世界初の男性IS操縦者が経営する性感マッサージ店、揉み師店。
うん、無難に辞めとこう。
俺はまだ姉に殺されたくない。

ん、とか、はぁ、とかちょっとエロイ声出すセシリアさん。
こっそり横ちち触ったのは秘密な。
ポイントは脇を攻めて注意をそらしたところに抉りこむように抑えていったそのガッツ。
どうですかねカビラさん?
頭を使ったプレーでしたね。

「セシリア、終わったけど」

「あ、……。折角ですので、手の届かないとこは全部お願いします。脚と、その、お尻も」

望むところだと云わせてもらおう、ガンダム!
本格的に手の届かない所はこの一夏棒を活用し、て。
俺は、俺を射抜く敵意の視線を感じた。
どっからだ?
近場に俺を見る男はいない。
駄目だ、分からん。
分からんけど、分かってきた。
そんな鋭い敵意を放つ奴なんて、そうそういないだろうし。

「一夏さん?」

「なんでもねぇ。喜んでやらせていただきます」

俺が存分に尻を揉ん、ヒップに丁寧にサンオイルを揉み込んだのは言うまでもなく。
3時間後に再度揉み直し違った塗り直しに訊ねたのも言うまでもなく。
帰るときに肌が荒れてないかどんな感じなのかと触診させてもらったのも言うまでもない。





























岩陰に隠れた、窪んだ砂浜にやってきた。
こっそりカップルが隠れてヤッ○るのを期待してたんだけど何も無い。CG回収に失敗した。
たぶんゴルゴムの仕業。
遊泳場とは隔離された、半径10mほどの砂浜。
人があまり入らないためか、ヤドカリなんかが多い。
ここなら、あるかな?
桜貝。
最近構ってあげれてない妹分にプレゼント、と。

お、カニいるじゃん。
昔はこういうの何も考えずに捕まえてたのに、今じゃハサミに挟まれるのが怖くて手が出せない。

大人になるって、そういうことなんかねぇ。

失敗や恥を恐れて、踏み出せなくなる。
子供に戻りたいとは思わないけど、あの頃のハートは忘れたくない。

だからみんな子供ができたら愛しちゃうんだろうな。
思い出だったあの頃を、宝石以上に輝いてた日々を間近で見させてくれるんだから。

青カン覗きにきて俺は何を考えているのだろう。
フルフルと頭を左右にふり、頭をリセットする。
フルフルってマジチ○コだよな。フルフル亜種とかやばいと思うんだけど。
弾と鈴と蘭でMHP2Gをやってるときその話題だして弾に殴られたことがある。
顎が外れた涙が止まらなかったのは良い思い出、なわきゃねーだろうが!
何を隠そう、俺は間接をはめる達人だったから助かったものを。
だが顔を紅くして俯く蘭ちゃんは目茶苦茶可愛かったです。
弾がいなかったら実物と比べてもらおうと思うぐらい可愛かったです。

キリンとナルガのエロさを再認識しつつ桜貝を探す。
小さいものであればすぐ見つかるのだが、できれば大きいものが良い。
あと15分探して、それから遊泳場に戻ろう。

日差しは強く、汗が滲んでくる。

暑い。熱い。

日に焼ける。熱に妬ける。

思考が溶ける。

日陰に歩く。判断ミスだ。海にいきゃよかった。
これはもしや、日射病なりかけじゃあないか?

いやいや、そんなヤワじゃないですとも。
ヤワじゃない、筈。
でも、頭が重い。
海が遠い。

「えいっ♪」
「ひゃんっ!」

突然、冷たい物を首筋に押し付けられた。
体育座りの俺の後ろから、ピタリと缶ジュースをくっつけてくる女。
オレンジ色のベアトップとボーイレッグの虎っぽいデザインの水着。

「一夏、女の子みたいな声あげたね」
「お願い、聞かなかったことにして」

ひゃんて。男児がひゃんて。死にたい。

「どうしようかなぁ~」

「頼むよデュノア」

「シャルロっ! もう、一夏はデリカシーがないんだから」

わざとに決まってんだろうが。
シャルロのむくれた顔が可愛いから、わざとだ」

「一夏、そういう本心は隠して。はい、コレあげる」

差し出されたのは、先程俺の首筋にあたっていたポカ□スウェット。
俺は受け取った500ml缶を、頭からかぶり、缶を顔に当て冷を取り、喉を潤した。

「助かった。生き返ったよ」

「ワイルドな消費の仕方だね。ほら、滴が垂れてるよ」

俺の頭にタオルをかぶせ、頭をクシャクシャをふいてくれる。
お前は俺のお母さんかっ。
でも、シャルロが母親になったら、いいお母さんになりそうだなぁ。
シャルロが母親に愛情を注がれたように、シャルロは娘に惜しみなく愛情を注ぐことだろう。
たまに、極まれに。
シャルロは母親を思い出し、涙を流す。
母親って、偉大な存在だな。
俺の母親とか名目上の母親であって、母親という存在にはなってなかったもの。羨ましい。
その分、姉が愛情を注いでくれたけどね。
じゃあ、誰が姉に愛情を注いでくれるんだろうね。
……辞めよう。今考えることではない。

「えい」

タオルで目隠しされた俺の背中に、シャルロがのしかかる。
本当にコイツは、気が利く奴だなぁ。

「シャルロットさん? あたってるんですけど」
「あててるんだよ」

確信犯かこの野郎! いいのか俺、それでいいのか、俺?
よくねーだろうがっ!
売られとんのだぞ俺は、買ってやらにゃ腐っちまうだろうが!
まどるっこしいのナシにして白黒はっきりさせましょうや。
俺の圧敗でしょうがね。
圧力に潰れた乳にすでに圧敗寸前ですけどね!

くるりと向き直り、シャルロットを押し倒した。
シャルロットの唇はうふふと笑わんばかりの弧を描いている。
なにこのWelcomeな笑顔。
コイツ絶対悪女だ。1000%スパーキング悪女だ。
せいこうの5秒前ってやかましいわっ。

「さあて、倒して脱がして縛って暴いて―――犯しry」

視線。
違う、これはさっきの視線とは違う。
隠そうともしない軽蔑の視線。
沖を見る。
見えん。
ハイパーセンサー起動。視線の主を探る。
沖の先、ブイに捕まり休んでいるツインテールがこちらを睨んでいる。
何それ怖ぇぇぇぇぇぇぇ!
なんでその距離から俺のこと監視してんだよ!
しかもお前IS起動してねぇだろ肉眼でどうして見えるんだよ!
せめて瞳のハイライトを戻して、戻してよ!

「どうかしたの、一夏」

抵抗する気配が見えないぜ社長令嬢。
最低チューくらいいけそうな雰囲気。
俺がソノ気になったらきっと、こういうのだ。
片腕で胸元を隠し、人差し指を俺の鼻先に押し当て
「続きは、宿に戻ってからね?」
うわズルイエロイ。
俺の勝手な妄想だけど、ズルイエロイ。

「シャルロは、卑怯だ」

「そんなぼくも、好きでしょう?」

ふんわりとした笑顔を崩さないシャルロ。
ああそうさ大好きだよクソったれ!

「そんな卑怯者にはお仕置きだ」

「ん、―――はぁ」

その瑞々しいくちびるを奪ってやる。
俺が覆いかぶさる形となってツインテチャイナからは見れない筈。こんくらい許せよ?
3秒にも満たない接触。

「一夏も、卑怯だよ。気持ちを口にせず、こういう事をするんだから」

「そんな俺も、好きだろ? だいたい、シャルロが可愛いのが悪いんだ。
 世間的にはどう見ても俺が悪いって分かってるけど、それでも、お前は許してくれるんだろ?」

「どうしようかなぁ?」

悪い。悪い笑顔浮かべてますよシャルロットさん!
無邪気な悪意といいますか、困らせて愉しんでます! って表情ですよ。
訴えられたら負けるぜ、俺。
そんときゃ世界最強の力を行使せざる得ない。
うん、そんな事で助力を求めた日には姉に殺されることだろう。
内心を悟られぬよう余裕な顔を浮かべつつ、シャルロを見つめる。

「そうだね。―――もう一回シてくれたら、許してあげようかな?」
「お安い御用で」

2回目のソレは、1回目よりも長く、深いものだった。



















人から離れる様に沖へ来た。
浮き輪から四肢を投げ出し、波に全てをゆだねる。
マイシスター千冬ちゃんからサングラス借りてプカプカ浮かぶ。
照りつける太陽は正に真夏日といった体で、ジリジリと音がしそうな日光を飛ばしてくる。

年を重ねると、こうやって太陽を浴びる機会も減っていく。
少しずつ、当然でだったことが当然でなくなっていく。
少しずつ、己が抱える義務が増えていく。
それを悲しむわけじゃないけど、それを儚むわけじゃないけど。
この胸に浮かぶ寂寥感は、否定しなくてもいいだろう。

「悩んで迷って、決めた答えに深く頷ければ、それでいい」

変わらないものなんてない。
変わることは悪いことじゃない。
ただ、より良く変えていくという意思だけあればそれでいい。

世界は止まっちゃくれない。
歩こうが、走ろうが、休もうが構わない。
お前がどうしてようが、世界は止まっちゃくれない。
だから、好きにやれ。
何したっていいから、何もしないことだけはするな。
何したっていいから、何かの所為にだけはするな。
そうじゃないと、生きてる意味がないだろさ。

「なあ、アンタもそう思うだろ」

空へ声をかける。
誰もいない空へ。
俺の呟きは、溶けていった。






































「良かった。此処に居たか、箒」

「なんだ、一夏か。どうかしたか?」

夜の十二時を回った頃。
私は宿を抜け出し、高台から海を眺めていた。

寝巻きだろうか。黒のジャージで表れた一夏。
その肩には、何か大きなものを背負っている。
あとその手にあるL字型のピコピコと動く物体はなんなのだ。

「ほら、ねぇ? 分かるだろ?」
「分からん」

これっぽっちも分からん。
ただ言い辛そうな、恥ずかしそうな一夏の心情だけは分かった。

「そうだな。伝え辛いことを伝える為に、コイツを持ってきたんだから、使わないと」

そういって、一夏は背中の荷物を降ろし取り出した。
それは、中古屋で数千円で売ってありそうな安っぽいアコースティック・ギター。
一夏は崖に座り、それを膝に乗せた。

「今日は、歌うには良い日だ」

調音の確認にコードを一回だけならし、静かに息を吸い込んだ。
そして、優しく唄いだした。

「新しい日々の中で 新しい出会いの中で どんな事を想っているのか
 一番に届けようと 遠慮がちに歌います 『Happy BirthDay to You』」

アコギのゆったりとしたコードと、柔らかく包むような一夏の声。

「これからも続く日々は 困難だけど きっと生きる喜びにも溢れているでしょう」

一夏の顔は見えない。
つまりは、私の顔も見えない。
一夏の唄は続く。
その唄は、愛の歌だ。
大事な誰かを想っているという、愛の歌だ。
そんな風に、一夏は私を想ってくれているのだろうか。
顔が見えなくて、良かった。

「健やかに育った貴方の 魅力的な唇に いつか誰かがキスをする」

それ程大きな声ではない。
けれども、確りと胸に届くのは何故だろう。
一夏が届けたいと思い、私が受け取りたいと願うからだろうか。

「胸を体を心を引き裂くような 別れの日も いつか必ず訪れる」

目を見張る程上手くはない。
だけれど、心に響くのは何故だろう。
想いに重さはないけれど。
その込められた心の熱量が大きいからだろうか。

「そんな時にもきっと 貴方を愛する人が傍にいるでしょう」

余韻を残し、一夏は立ち上がる。
一夏の顔は、真っ赤だった。

「真っ赤になるぐらい恥ずかしいだったら、しなければいいではないか」

「真っ赤になろうが恥ずかしかろうが、気持ちは言葉にして伝えないと。
 恥ずかしすぎて直接伝えられなくて、こういう小細工に走っちゃったけど。
 けっこうレアよ? 俺の赤面顔って」

むずがゆいのか、頭をかく一夏。
たしかに、レアだ。
恥ずかしいとき、一夏は逃げ出すからな。

「馬鹿だ、お前は」
「馬鹿でも良い。間違っても良い。一回しかないじゃん。俺の人生じゃん。
 やりたいことやって、伝えたいこと伝えて、そうやって、生きるんだ」

アコギをケースに直す。どうやって臨海学校に持ってきたのだろう?
一夏はアコギを背負って、背を向ける。

「まさか誕生日に曲を贈るとは。……どれだけの女をそうやって口説いてきたのか、調べてみたいものだ」

「それこそまさか。こういう時間の掛け方は、大事な人にしかしない男だぜ、俺は」

女を口説いているの部分は否定しないのだな。
ちょっと本当に調べた方がいいかも知れん。
私の知らない女の繋がりが一本二本出てきそうで恐い。

ああ、そうだ、と。
顔だけ振り返り、一夏は言った。

「誕生日おめでとう、箒」

「ありがとう、一夏」

自分の顔はネタにする癖に、私の顔は見逃して。
自分の事を棚にあげ、一夏を揶揄する私を見逃してくれて。
私の泣き顔は、見なかったことにしてくれて。
ありがとう。そして。
素敵なプレゼントを、ありがとう。



[32851] 恋ノアイボウ心ノクピド
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/07/07 23:37
「最高のスピードと、最強の劔冑を所望する 」

数年ぶりにコールしてきた愛しの妹は、開口一番そう告げてきた。
まるで私の『準備』、―――彼女の為の専用機の存在を知っていたのか様に。

「箒ちゃん、勿論準備してあるよ。最高性能にして超規格外。
 箒ちゃんと釣り合いが取れる様な超絶なヤツを」

箒ちゃんは私を怖がる。
私は箒ちゃんを愛している。
そういった立場に、私たち姉妹はある。

しかし。
私が箒ちゃんに恐怖していないと誰が決めた。
きっと私以外の誰も、私が箒ちゃんを怖がっているなんて知りもしないだろうけど。
きっと私以外の誰も、箒ちゃんを怖がっていないだろうけど。
有象無象の能無し共が。

「とっても、とっても、とおっても、手間をかけたの。
 この天才束さんの謹製特製お手製の超傑作『第四世代』機―――紅椿。
 その対価には、箒ちゃんは『何』を支払うの?」

世界の視線を釘付けにするその機体。
現行機のどの機体より速く、強く、硬く、鋭い。
万能機の最高峰。

「何も支払わん。これは交渉でも取引でもなく、妹から姉への『ささやかなお願い』だ。
 姉さん。束姉さん。私に専用機を、くれ」

「あはっ♪」

いいねぇいいねぇ箒ちゃん!
そうだよね! 箒ちゃんはそうじゃないとね!
エゴの、かたまり。
篠ノ之の女は、そうでないと。

「うん、あげちゃう! 可愛い可愛い私の妹の箒ちゃんだもの。とびっきりのサプライズまでおまけしてあげちゃうよ」

「ありがとう姉さん。それでは息災で」

「近々お届けちゃうから、待っ―――切ったよあの子」

数年ぶりの姉妹の会話は、一方的に終わりを告げた。
この私を頼ってくるとは、どういう心境の変化だろうか。
まんまと巻いた餌に食いついてしまったのか。
はたまた別の要因か。
どちらにせよ。

「どちらにせよ。『織斑いっぴー』、いっくんの影響なのは間違いないんだろうけどさ」

ああ嬉しいな嬉しいな。
ねえ、お前もそうでしょ?
あの子なら、お前を十全に使い潰す主と成れるよ?
コアナンバー468、始祖のコアと対となるオリジナルのラストナンバー。

一瞬コアが返事をするように煌いたのは、きっと私の気のせいだろう。












































温泉に混浴と云う名のワンチャンは無かった。
無かったんや……。

「ふっふーふん ふっふーふん ふっふーふん ふっふーふん」

しかし温泉。されど温泉。たとえ一人でも温泉入る。
いや、温泉はぶっちゃけ一人で入りたい。
だからこそ早朝。
この朝の時間帯。
わざわざ早起きした理由。

「ふっふーふん ふっふーふん ふっふーふん ふっふーふん」

なんか地面から生えているL字型の小物を発見。
それを眺めている箒も発見。
一瞬目が合い、互いに理解した。
うん、だよねぇ。おk把握。
箒が去っていく。

「En Touch ME DOWN!」

イン、ザ、パストと最高潮に盛り上がる曲の途中で「何をしてらっしゃいますの?」セシリアから邪魔された。
すげぇもやっぴー。

「アレは、…なんなのでしょうか?」

「知らん、分からん、存じませぬ。俺は今から温泉行くけど、一緒に入る?」

「……遠慮しておきますわ」

フラれちゃったよ。
ですよねー。
だが一瞬考え込んだキミの横顔は見逃さなかったぜ!

「そんじゃあ俺は大浴場へ。セシリア、あれ抜くなよ、絶対抜くなよ、絶対だからな!」

俺はL字型の突起を指差し、再三セシリアに忠告しその場を後にした。
数分後、中庭から爆発音が聞こえたが俺は悪くない。





















さすがに見捨てるのも後味が悪いので現場に直行。
こんなこともあろうかと、脱衣所で携帯をいじくってたのだ。
温泉を前に脱衣もせず待っていた俺を誰か褒めて欲しい。
関係ないけどなにを隠そう、俺は脱衣の達人だ!

中庭には地面に突き刺さる人参型のロケットと、座り込むセシリア。
人参が左右に割れ、スモークが漏れる。
悩むな、行け!
俺は裸足で中庭に躍り出て、スモークが晴れるまでの短時間に人参の背面? に回り込んだ。

「やっほーいっ! 引っかかったねいっくん。どうよこの束さんのエキセントリックな登場は。―――あれ?」

「パンツまでワンダーランドな柄してんぞ成人女性。あんた脳内だけじゃなくて下着の趣味までお花畑かよ」

スモークの中から登場しドヤ顔で登場した天災のスカートをたくし上げパンツの柄を確認する俺マジ勇者。
するとイタズラ黒ウサギ(真)さんは飛び跳ねて逃げた。

「相変わらずだねいっくん! この束さんの後ろを取った挙句にパンティチェックまでするなんて!」

それが一番楽なあんたの対応だからな。
チッピーが開発した篠ノ之束の撃退方法、スカートめくり。
スカートをめくるとこの天災、恥ずかしがって逃げます。
どうぞお試しあれ。

「一年ぶりに会う近所のお姉さんに対して取る対応じゃないと思うけど、まあいっくんだし仕方ないか」

やい黙れこの巨乳。
「○○だし」と容認されてしまったら俺の過去がそんな事ばっかで埋まっていると思われるではないか。
大体あってる。

「じゃあ今度はいっくんの番だね! ほら、ハグハグしようか!」

ぴょん、とジャンプし距離を詰め俺に抱きついてくる天災。
やい止まれこの巨乳。

「いっくん、顔が真っ赤になってるよ~? なになに、照れちゃった? それともお姉さんのおっぱいに欲情した?」

あのおっぱいが悪い。あのおっぱいが悪い。
あんなもん押し付けれたらそりゃ赤面ぐらいするわ。

「束姉、また育った?」

たばねえ。束姉。篠ノ之束。
篠ノ之箒の姉にして、織斑千冬の親友にして、織斑一夏の近所に住む美人な姉的存在にして、
ISの開発者且つ天災天才、マッドネスサヴァン。
篠ノ之束、その人だ。

「うん、この世の中には夢が足りてないからね。胸ぐらい、夢いっぱいにしたいじゃない?」

素敵だと思います!
さすが蝶天才、言う事が違います。
少女を、夢を抱け。胸に(バストサイズ的な意味で)

「あの、一夏さん、こちらの方は―――」

「五月蝿い喋るな金髪出しゃばるな金髪。私の知り合いに金髪はいないんだよしゃしゃるなよ。
 どうしてこう凡才凡人は私の貴重な時間を一々削り取ろうとするのか意味不明だよ。
 大して脳味噌使って無いくせに酸素を消費する金髪はそれだけで罪なんだからあっち行ってろよ」

「―――え?」

「こんだけ言っても理解出来ない? 言語視野に腫瘍でもあるんじゃないの病気持ちなのこの金髪。
 邪魔だから消え失せろって言ってるんだよ? これだから外人は嫌いなんだよ。なんで日本にいるんだよ金髪。
 ちょっとおっぱい大きいからって調子に乗ってるんじゃないよ金髪。ゲラウトヒア金髪」

走り去るセシリア。
その顔がどんな顔をしてるかは分からなかったというか分かりたくない。
後が怖くなんかない。ないですはい。

「ええい、そろそろ離せ。イッピーは温泉に行くのです。弟の敵をトルノデス」

「ん、なーに? お姉ちゃんと一緒に入る?」

「入ります!」

むしろ入れます!

「また今度ねー。そんじゃ私も箒ちゃんを探して旅にでましょうか」

「箒なら向こうの方に行きましたぜ姉御」

「え? 私が開発した『箒ちゃん探知機』と逆方向を指してるんだけど」

「それは残像だ……」

「残像なら仕方がないね。流石はこの天才科学者たばねちんの妹である箒ちゃん。ありがとね~いっくん」

手をひらひらと振って俺の教えた方角へ歩いていった束姉。
おいモッピー。お前の姉の頭の中ではレーダーを誤魔化せる残像を出せる女になってんぞお前。大丈夫か?































「よし、専用機持ちは全員揃ったな?」

「ちょっと待ってください。篠ノ之は専用機を持っていない筈ですが」

俺純粋にこのクラス割りどうなってんのか理解できないんだけど。
一組、織斑一夏。
一組、セシリア・オルコット。
一組、シャルロット・デュノア。
一組、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

二組、凰鈴音。

なんだろう、世界の悪意だろうか?
一組に集める事で切磋琢磨アンド織斑千冬の集中教導によりレベル上げを図るってんなら
話は分かるけど、なぜ鈴だけ二組なのか。
織斑ブラザーズに対する学園側の嫌がらせだろうか。おいどいつだ首謀者。
鉄拳制裁してやんよ(ちっぴーが

「本日より篠ノ之箒も専用機持ちだ。篠ノ之、場所は此処で間違いないか?」

「はい、間違いありません。あの人の事ですから、出待ちしているのではないでしょうか」

一般生徒とは一線を画す『代表候補生/専用機持ち』の扱いですが、どうなんでしょう。
最近は実技になるとチッピー:専用機組と山ちゃん:一般生徒組、って分け方してるんだけど、
個人的にはなんだかなぁ、と思ってたりして。

「よし、全員周囲を警戒しろ。怪しいもの、並びに怪しくないものを探せ。
 なおダンボールを発見した際は即座に報告するように」

ただでさえ立場的に溝が出来やすいのに、カリキュラムからしてそういった差をつけると、ねぇ?
よくないと思うわけですよ。

「ダンボールなんて、こんなとこにあるわけないでしょうに」

「甘いわよセシリア。ダンボールをなめたら命を落とすわ、覚えときなさい」

「凰が何を言っているかさっぱり分からんのだが……」

「ラウラにはちょっと難しいかも知れないね。今度教えてあげるよ」

あんで今日は海水浴じゃないんでしょうか。
今日も浜辺でキャッキャウフフしたかったなぁ。
水着姿を無料で拝める素晴らしい空間が台無しです。


「なになに? ちーちゃんが束さんを探してる? 今会いに行きます!」


崖の上の方から声がして、兎さんが岩場をピョンピョンと跳びはねて降りてきた。

「さあ、愛に逝こうちーちゃん。私元気な子を産むから、幸せにし―――」

「―――業務中だ」

スパン、と快音が響く。
長々と話し出しそうだった束姉を出席簿アタックにて黙らせた。

「愛が痛いよ、ちーちゃん」

「そうか、良かったな」

「良くないよっ!」

「黙れ。尻穴に人参ぶち込まれたいか?」

「……ちょっと興味あるかも」

コイツ、出来る……ッ!
コレが噂の天才変態少女か。
流石のイッピーもたじたじか?

いや、俺の中の可能性はそんなものじゃない。 
人が誰しも持ちえる力。
今を越える力、可能性と言う名の内なる神。
イメージしろ。頭に思い描くのは、常に最高の自分。

シャルロにお尻を指で優しくほぐさ○○後、ベニバンで言葉攻めされながらイカさ○○、
そんな姿を妄想してあやべ勃っちゃったどうしようやべえやべえ。
この前要望出してISスーツの改良を行ったけど、まだまだ発展途上なんですよ。
その、俺の尊厳の為にね、○起した際に目立たなくするよう局部にサポータ的な処置を施したんですよ。
担当した向こうの職員さんが明らかに男慣れしてない眼鏡白衣のお姉さんだったにも関わらず、
俺は真顔で「勃起すると男性器が隆起して女子に軽蔑されてしまいます」、なんて相談はしていない。
していない事にしてください。

精神的トリップから帰還すると、女の子達は明らかにどんびきの表情。
ですよねー。
これが、現実。

「あれ、箒ちゃんなんで久しぶりに愛しのお姉ちゃんに会えたのにそんな情けなくて今にも
 泣きそう! 見たいな顔をしているの?」

「話かけないでください、貴方のことが嫌いです」

ばっさりですね箒さん。

「あれ、そんな態度取っちゃっていいのかなぁ? お姉ちゃんが折角バースデープレゼントを持ってきたっていうのに、
 そんな態度とっちゃっていいのかなぁ?」

悪い顔だ。
対して箒はうぐっ、と苦い顔をする。

「お願いの仕方は教えたよね箒ちゃん? さあヒアウィーゴー!」

「いたしかたあるまい。我慢だ、私。専用機もらったらこの女殺そう」

「……あの、箒ちゃん? ぶっそうな本音がダダ漏れだからね?
 それとそんなに軽くたった一人の姉妹を殺そうと決意しないで欲しいな?」

「黙れ」

箒さん強気すぎワロタ。
相変わらずこの姉妹の力関係は謎である。
騒がしいコントを尻目に、手持ち無沙汰にしている姉に話しかける。

「姉さん。姉より優れた妹って存在すんの?」
「知らん。だが姉より優れた弟は存在するかも知れん」
「あっそ」
「お前、最近私に冷たくないか?」
「まさか。休日に二回も気絶させられてお休みが半分瞑れちゃった事とか根に持ってないよ?」
「かなり根に持っているんだな。あとその内の一回に関しては私は関与していないからな」

そういうやなんで専用機持ちを全員集めたのやら。
御披露目会とか強制参加させるぐらいなら、俺を一般生徒と一緒に授業に参加させてくれ。
俺は浜辺で恋のマイレージを流したいんだ。

「お姉ちゃん、私、プレゼントが欲しいな(はーと)」

「あげるあげるなんでもあげちゃう! 箒ちゃんマジ天使! なんなら私の処女も―――」

「いらんわ」

胸の前で手を組み、上目遣いに束姉に可愛らしくおねだりしていた箒は、
飛びついてきた束姉をどこからともなく取り出した竹刀で瞬時に迎撃し言い捨てた。





その後、紅椿の初登場&搭乗が行われた。
皆が第四世代機のスペックに驚きを隠せない中、俺は箒の表情を伺っていた。
何を考えているのかは、まだ秘密。
ただひとつ言える真実がある。
『―――男は黒に染ま』
違った。
『嫌な予感が、しやがるぜ』
スターウォーズじゃあるまいし、毎度毎度なんなんでしょうね。
胸を盛大に揺らしながら参上した山田先生の発言は、これ以上なく俺の予感の裏付けとなった。































「2時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ、イスラエル共同開発の第三世代型『シルベリオ・ゴスペル』、
 通称『福音』が制御を失い暴走。監視空域より離脱したという連絡が入った」

畳の部屋でミーティング。
畳ってだけでなんだか心が安らいじゃう俺日本男児。
皆が真剣にスペックやら格闘性能やらの話をしている。
右から左へ流れるように安手のニュースが賑わっているのか?

「一回限りのアプローチ。でしたら、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

和室にISスーツって違和感ばりばりですね。
とりあえず俺着替えてきていいかな。
肌触りあんましよくないんだよねこのスーツ。地肌に直だし、どうもなんかちょいと好きになれなかったり。

「あんた、ボケっとしてるけど今あんたの話題だからね?」

「零落百夜、ですか?」

「しれっと話だけは聞いてるのよね、あんた」

皆の視線が集まる。
ああ、うん、そう?
そういう流れ?

「問題はどうやって白式を運ぶかだ」
「攻撃のためにエネルギーを温存させないと不味いね」
「高感度ハイパーセンサーとブルーベリーが必要だな」

あの、ブルーベリーに動体視力を向上させる効果はないからね。
テレビに踊らされすぎなおまえ。

「あれ、俺が行くの決定してんの?」

「「「当然」」」

ステレオで答えんなよ。
たった一人。鈴だけが、織斑先生の動向を伺っていた。


「織斑。これは訓練じゃない、実践だ。お前は軍人じゃない。代表候補生ですらない。
 ―――覚悟がないなら、降りてもいい」


優しい優しい、姉の言葉。
左手がひとりでに開閉を繰り返す。
遊びじゃない。遊びじゃ済まない。
競技じゃない。リミッターも無い。
その上で、心臓に問いかける。


「降ります。義務もなければ熱意もない。自分が戦場に出ても足手まといです」


こんな馬鹿な事に命かけてたまるか。別に被害だって出てないですし。
まず最前線を教員じゃなくて生徒にやらせる所が信じらんねーよ。
あと話半分にしか聞いてないけど、敵が単機ならレーゲンのAICで動き止めて全員でぼこりゃ楽勝だろうが。

「そうか。ではこの件に関しては他言無用だ。ランクBの情報規制として受け止めろ」

「了解しました。―――おい箒、出るぞ?」

「待て、私は―――」

「専用機を貰ってたかだか5分も操縦してねえ癖に肩並べたとか誤解してんじゃねーぞ?
 おら、邪魔になんだろうが『素人』。俺と仲良く退場だ」

箒の手を握り、襖を開けて退室する。
天井裏から「な、なんだってー」と呟きが聞こえた様な気がした。

「これ以後敵性機の呼称は『福音』と呼ぶ。搭乗者は『ナターシャ・フィリス』、詳細なスペックデータと武装は―――」

作戦概要を話し始めた織斑先生の話は出来るだけ聞かないようにし、部屋を後にした。





























部屋に戻っても質問攻めに合うだろうと、一夏と抜け出して海へ来た。
二人で海岸線を歩く。
無言で。

私は、先程のことを考えていた。

『肩を並べた気になっているんじゃない』
『素人』

専用機を得たと言うのに、私はまだ一夏と対等ではない。
違うな。
一夏が私を対等と認めていない。

認めさせなければならない。
私を。
私という存在を。

刻み付けてやる。
篠ノ之箒と云う存在を。

「一夏、―――私と立ち合え」

「おおっと、突然の決闘フラグ。だが断、れないツラしてんなぁ……。どうしたってんだよ?」

「私を見ろ、一夏」

私を見ろ。
私という存在を見ろ。
お前が下に見ている者が、もうお前と同じステージに立っている事を認めろ。

「見てるよ。見てるって。ガン見だって。お前のISスーツ姿が魅力的すぎて目が離せん」

私は、本気で一夏の頬を殴りつけた。
一夏はさして痛がる風も無く、よろめいた体を立て直して軽く頭を振り、砂浜に赤い唾を吐いた。

「なぜ避けない。なぜ甘んじて受ける」

「そりゃ、殴られる理由があったから。ちょっとセクハラが行き過ぎてしまったとの反省も込め」

その態度が、私を苛立たせる。
私の拳を避ける必要が無いと。
それで丸く治めようしているのが、腹立たしい。

私の感情を感知し、軟派な言葉で怒りの矛先を変え、自身が受け止めることでその場の波風を立てぬようにする。
私とぶつかる必要すらないと云われているみたいで不快だ。

「一夏、私と立ち合え」

「……あーもう! お前は専用機をゲットして有頂天に成っているだけだって!
 元々俺はお前との立ち位置なんて気にした事がねえ! 人は平等じゃなくても対等だ!
 お前はそれをヤレどっちが上だのどっちが強いだの気にしやがって! 特に今は、
 ただの精神高揚で、ただの被害妄想で、お前は受動的にテンションに身を任せてるだけだ!
 一辺落ち着いて自分の事とソイツの事を考え―――」

「此処でするか?」

範囲攻撃型刀剣ブレード『空裂』を部分展開し、一夏に尋ねる。
紅椿と篠ノ之箒の同調率は、篠ノ之束の助力もあり乗り始めたばかりにも関わらず非常に高い数値を誇る。
私のやりたい事を、紅椿は再現してくれる。良い機体だ。

空裂にエネルギーを込め、返答を待つ。
こういう言い方をすれば、一夏は折れる。
こんな所でやらかした時の私の評価を気にして、場所を変えるだろう。

それが、私を下に見てると云うのだ。







































空に浮かぶ。
海岸から10km程離れた空にて、紅椿と白式が対峙する。
ようやく、白と紅が並び立つ。

紅椿は、私に力を与えてくれる。
私と云う存在に、力を与えてくれる。
私は、戦える。
紅椿、お前に感謝を。


「『紅椿アカツバキ』改め『紅椿クレナイツバキ』。いざ尋常に、参る」


私は、織斑一夏に篠ノ之箒の存在を刻み付ける為、この手に剣を執った。



[32851] 遠雷
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2015/05/31 21:10
「『アカツバキ』改め、『クレナイツバキ』。いざ尋常に、参る」

戦闘開始を告げる台詞は、そんな一言だった。
























乗り気じゃない。当然ながら乗り気じゃない。
何が悲しくてサマースポットでガチンコバトルなどせにゃならんのだ。
だから俺は平和主義者なんですって。嘘じゃないってホントだって。
事なかれ主義者ですよ。それはねーな。

「薙ぎ払え、《空裂》」

なんか空間爆撃が行われましたので後方へ下がる。
あれ、カス当たりにも関わらずシールドエネルギーが減ってる。
直撃したら危険ですかそうですか白式さん。オーケイ把握。
ザクザクと空を裂く紅椿。
あんだけのモーションでその火力とその範囲はチートじゃね?

「どうした、逃げてばかりではないか一夏」

「うん、正直どうしようかなって。口じゃもう止まんなさそうだし」

「そうか。お前はこの後に及んでまだ『私』を視ていないのだな……。
 ならば、お前の視線を釘付けにする!」

空裂に次ぎ右手に雨月を展開し、突撃してくる紅椿。
なんつースピードだよ。通常加速で瞬時加速の一歩手前まで迫ってやがるぜ。

「白式」

[Grasp]

右手に雪羅、左手に雪片を顕現。
せーのっ!

「やっとやる気になったか? うまく捌けよ」

雨月と空裂の二刀流による剣戟を、雪片と雪羅によりどうにか凌ぐ。
機体の出力に差がありすぎる。
なんで片手で白式が両手で振ったくらいのパワーが出るんだよ。
攻めを捨て、防御に専念しどうにか膠着させる。

「おい箒、さっきからお前は誰と会話してんだよ」

「私の前に居る男とだ」

「巫山戯ろ。テメーが見てんのは遠い昔の『織斑いっぴー』だろうが!」

これまでより一寸早く、雪羅を振り回す。
おいおい、まさかこんなんが俺のトップスピードと思ってんのか?
ギアはまだローだぜ。テンションと一緒で中々上がんねえけどさ。

「テメーは俺が、幼い日のままだと、幼馴染の頃からちっとも変わってねえとでも云うのかよ!」

「違う、そうじゃない!」

箒の腕が鈍る。
チャンス、削っとけ。
雪羅を紅椿に走らせる。

「違わねえだろうが。昔みたく手を伸ばして、引っ張って貰うのをいつもいつも待ってんじゃねえか」

「一夏、気付いていて何故―――」

何故? 何故? 阿呆かテメエは!
はいトップギア。
はいテンションMAX。
はい、怒髪天。
雪片と雪羅を重ねて、叩きつけるように見舞った。

「何故じゃねえだろうがクソ女! 甘えてんじゃねえぞクソ餓鬼がッ!」

感情のままに再度、両手の剣を振る。
俺の怒号に押されてか、下がる紅椿。
ダメージは、ない。

「一夏、―――私が嫌いか?」

そういう問題じゃねえ。
なんで分かんねえんだよコイツは。
どちらかが依存した関係なんて、破滅するだけなんだってば。

「篠ノ之箒の顔も、篠ノ之箒の身体も、篠ノ之箒の性格も好きだが、
 そうやっていつまでも子供のまま、思い出に縋ろうとする篠ノ之箒は大ッ嫌いだね」

「そうか。ならば、力ずくだ!」

空裂は威力と広さを増し、空を裂く。
ちょいとコイツは避けきれねえ。
4発ももらえばたぶんエネルギーが尽きちまう。

「白式ィ!」
[Blade Mode Exchange]

盾状にした雪羅/零落白夜で、功性エネルギーを切り払った。
対エネルギー兵器とかビーム兵器は、白式の十八番だぜ?
これ燃費すっごい悪いからやりたくないけど。

「力ずくってアンタ、女の子の発想じゃないでしょうに。ちなみにお前が本気なら俺はすぐさま警察に駆け込むぜ」

「官警如きが、今の私を停められるものか」

「なら恥も外聞もなく俺は千冬姉さんに助けを求めるぜ」

「ならば、千冬さんと死合おう」

お前さ。
お前さぁ。
お前って奴はさぁ!
なんでおまわりさんや千冬姉と戦う勇気があって、一人で歩けないんだよ!
もうやだこの人。

「あーちょう帰りてぇ。今すぐ帰りてぇ。なんだってこんな馬鹿の相手なんかしなきゃならんのだ」

「おい、聞こえているぞ」

「聞こえる様に言ってんだよこの馬鹿! そうやって現在進行形で黒歴史作りやがって付き合ってるこっちが恥ずかしいわ!」

「うむ、黙れ」

雨月と空裂によるエネルギー刃と功性エネルギーの連続攻撃。
たまらず身を竦め、雪羅の出力を上げガードに専念する。
このままじゃジリ貧どころか、一方的にやられる。
いただけないな。
後ろ向きに、熱血しましょう。

せえのっ!
雪羅による零落百夜シールドを展開したまま、紅椿のショートレンジに入る。
切り結ぶ、太刀の下こそ地獄なれ、

「このナイフの切れ味を知ったとき、お前はこの世に存在しないッ!」

踏み込みゆけば、やっぱり地獄ー!
待ってました、知ってましたとばかりに斬り合いがスタート。
パワーで負けてしまうので雪片弐型を両手で振るう。
それでも押し負けそうなのは見てみぬフリをしたいところ。
箒は右手のみ、雨月のみで俺の剣に対処する。

パワーだけの問題ではない。
元々、冷静な篠ノ之箒に勝てる道理などはない。

篠ノ之箒は、剣道の全国優勝者だ。
それがどれだけの快挙か、たぶん周囲の人間はあんまりピンときてこないだろう。

剣道に限った話ではないが、個人競技で全国を取るというのは大変なのだ。
元々の素質、体格、センスがあり、更に研鑽する環境と私生活の時間殆どを費やす。
それでも駄目なもんは駄目。全国とはそういったレベルの話なのだ。

しかし、篠ノ之箒は見目麗しい少女である。
体格はまさに極上(性的な意味で)だが、女性の平均からは外れない。
筋力は男性の平均以上だが、それでも全国ではザラにいる。
練習時間は人並み。血が滲む程の鍛錬をしたわけでもない。
環境は最悪。剣道部では孤立し、練習相手に欠く上に師範から教わる気がない。

それでも、こいつは優勝した。
それは何故かって?
俺は試合を幾つか見たが、篠ノ之箒は―――

「視えているぞ、一夏」

―――相手の攻撃のタイミングを読む、技の天才だ。
試合での待ちに入った箒は、一発足りとも有効打を受けずに優勝した。
理屈は分からんが箒はそういった読み合いに関しての技を有しており、
束姉とは異なる別分野の天才である。

「やめてよね。箒が本気になったら、俺が敵う筈ないだろう?」

涙がちょちょぎれやがんぜ。
箒に勝ちたかったら、箒から攻めさせないといけないのに、
紅椿は圧倒的な近~中距離における面制圧の武装を所持している。
これならまだ甲龍とバトったがましだわ。
束姉その辺まで考えて機体組んでんだろコレ。ずるくね? 汚くね?

お互いの軌跡を鎖の様に交差させながら飛ぶ、ぶつかる。
勢いをつけ、ぶつかって、切り抜けて、逆方向から順方向にもどして、またぶつかって。
凄まじいスピードで陸から離れていく。
それだけ勢いをつけた剣戟を何度受けても、紅椿は崩れない。
片手で、軽く合わせて来る。

魅せつけてくれんじゃねえか。
格の違いだってか。
んなもん始めっから決まってんだろ。
お前の方が上だよ、ヒーロー。
お前は、いつまでも認めようとしないけどな。

「どうだ一夏、私の力は?」

「あー凄い凄い。これで満足か?」

「馬鹿にして!」

交錯するタイミングで剣を大きく振り上げる箒。
俺は零落百夜を発動させ、雪片弐型を半テンポ早く横薙ぎにする。

「視えている!」

雪片弐型のエネルギー剣を攻撃の瞬間のみ伸ばし、軌跡に合わせスピードを緩め、喉元に僅かに届かずかわされてしまった。
俺の隠し玉、通用せず。むしろまだ冷静だったのあの子。

俺の空振りを、天月で攻めてくる。
ガードは、間に合わない。
間に合わないなら、どうするか。

実体剣とブレード光波を重ねた二重攻撃は易々とバリアを破り、絶対防御を発動させる。
されど、この身は止まらず。空ぶった勢いのまま、返しの刃を放つ。
当てたからって、避わしたからって、油断してんじゃねえよ。
いつも通りの、捨て身技。
振り切った勢いで、雪片の軌跡を翻す!

「ヌッ!」

「お釣りだ、とっとけ!」

密着状態から弱イグニッションブーストで体当たり。
なんとか押し戻し、仕切り直す。

「無茶苦茶だな、お前は」

「無理無茶無謀は大親友でね。お陰様で姉の寿命が何年縮んだことやら」

心配させてばかりでごめんよちっぴー。決して嫌がらせではない。ないから呑んだ時に泣くのはやめてくれ。

「もうエネルギー残量も多くはあるまい。いい加減に、私を認めろ。私を視ろ。私を、」

受け入れて。
そう言った気がした。
そう聞こえた気がした。
だけど、俺は耳を塞いだので何も聞こえなかった


「あー恥ずかしい恥ずかしい! 姉がとんでもない兵器を作って家族がバラバラになって一般的な立場から隔離されて彼氏どころか友達も出来なくて剣道をやってみても仲間にいれてもらえず捻くれた挙句ばったりあった幼馴染の男の子に縋ってみるもあえなく突き放され構ってちゃんごっこをするも相手をしてもらえず一家離散の原因となった怒りの矛先の姉におねだりして憎んでた筈の兵器でドヤ顔したけどそれでもスルーされて力ずくで最終的に言う事を聞かせようする名状しがたいモッピーのような人が恥ずかしい! そんな奴の幼馴染であることご心底恥ずかしい!」


「―――死ね」


冷たく、凍るような声色の呟きを置き去りに直進する紅椿。
なんであんなスピード出るんかねぇ。
あの速さで逃げながら空裂ぶんぶんされたら俺積むんだけど。

もう零落百夜を発動させるエネルギーすらない。
一発でもカスったらアウト。
それでも、箒さん頭に血が上っちゃってるんでワンチャンあるぜ?
そいでは、分の悪い賭けを―――







『助けてッッ!!』



























雨月は、しっかりと俺を貫いた。
絶対防御は、完璧じゃない。
その出力以上の攻撃を加えられては、辛くも破られるのは道理であり。
だからこそ、競技用のリミッターが存在している訳で。
こうして、こうして、そうして。俺は腹に穴が開いてしまった訳で。

オープンチャンネルで届いた悲鳴と救難信号は、神がかったタイミングで俺の行動を阻害し、
箒はその間隙にしっかり最大出力をぶち込んだ。箒さんなんつー集中力だよ。ぱねぇな。

たまらず吐き出した空気は、多量の血を含んでいた。
ずるりと、俺の体がすべり、自然落下を始める。
箒は、沸騰した心に氷柱をぶっ刺された顔をしている。





「おい、箒。―――満足かよ」

そうやって、力を手にして。
力を振るって。
誰かを倒して。
誰かを傷つけて。

お前が本当にしたかった事は、そんな事か?
お前が本当に欲しかった物は、そんな物か?

力は、義務だ。
力を持つって事は、戦う責務を負うって事だ。
俺はそう思うのだ。

人の世で生きていくなら、きっとそれはルールなのだ。
力の有る者は、力無き者の盾となることを求められる。
俺の姉が、散々世界に振り回されたみたく。
その上で、力ってのはより強い力に蹂躙される運命なのだ。

「俺より強くなって、俺を落として。―――その先に、何があるってんだ」

箒は呆然と俺に手を伸ばし、止めた。
俺に求めるな。
俺にお前の答えを求めるな。
お前の答えには、お前が応えろ。

「正義なき力は、暴力だ。正義である必要なんかないけれどさ。
 それは、お前が必要だった『正しい』力なのか?」

きっと、お前は俺より強いよ。
だから、俺はお前を守れない。
俺は、その位階(ステージ)にはいないから。
もし、俺の方が強かったら。
守って、やりたかったなぁ。

眼を、閉じる。
一人の小さな女の子が泣いている。
ボロボロ兎の人形を踏みつけ、ボロボロの男の子の人形を手に抱え。
その手には抜き身の刃が握られ、彼女の掌と、抱き締めている人形をズタズタにする。
彼女は一層泣く。
縋る様に男の子の人形をボロボロにし、血に汚し、それでも彼女は。
彼女は。

俺じゃ、無理なのかな。
誰かに伝えたい想いがあるのに、もう体が動かないや。
間違っているのに。
変えたいのに。
そんな悲しい顔、止めたいのに。
トクンと、胸に熱が宿る。
それでも、動かないのだ。
俺も、白式も。

落ちる。墜ちる。
空から、海へ。
いつも偉そうな事を言ってるけど、それは強がりで。
本来の俺はこんなにも弱く、脆い。
大事な女の子を笑顔にすら出来ない程、矮小で無能なゴミだ。
ごめん、箒。

「もう一度。もう一度よく考えてみろよ。お前のやりたい事。お前のやらなければならない事。
 その手にある、力の意味を。お前の価値も、お前の力の価値も、決めるのはお前なんだから」

誰かに求めるな。お前が肯定しなければ、お前を肯定する人など現れる筈などもない。
水面まで、後5秒。
意識も虚ろ。
それでも胸の奥に燻る熱が、俺に口を開かせた。

白式。
死にたくない。
後は頼む。

盛大な水柱を上げ、俺は海に墜落した。






































しろい、しろい砂浜。
たかい、たかい青空。
そんな空間に漂う。
そんな時間に挟まる。

世界の主が問う。

「力が欲しいの?」

いらない。
そんなものいらない。

言葉をください。笑顔でいられるために。
言葉をください。誰かの想いを支えるために。
言葉をください。絶望に打ち克つための言葉を。

「あべんじ・ざ・わーど?」

Avenge to World.
この糞っ垂れた世界に、宿命に、運命に、社会の中で生きているちっぽけな俺達が、
義憤を抱き徒党を組み闘うのだ。悲しい現実などぶち壊せ。
人生を、面白おかしく生きるために。

「イチカは、心を繋ぎたいの?」

分からない。
だが、この胸の熱は俺に語り掛けるのだ。
悲しいのはイヤだ。
間違いは正せ。
人は、変われる。
どんな現実に直面しても、自分を見失うな。
『それでも』と言い続けろ。

「分からないから、足掻くんだね」

だけど、届かないんだ。
だけど、動かないんだ。
心も、体も。

「一人じゃないよ、イチカは。
 イチカは、独りじゃない」

ふれる。
俺の体を縛りつける楔に。
腹から生え俺を張り付けにする釘に。

「イチカの声、私には届いたから。私の心が動いたから。だから―――」

手伝ってあげる、と。
白い少女の声は、掠れるのだった。




































胡乱な頭が覚醒する。
畳の部屋に寝かされているようだ。
傍には、膝を抱えて座り込む箒ちゃん。
何この雰囲気、すっげー暗いのですが。

「一夏、気がついたのか!」

箒の顔が明るくなる。
体を起こそうと手をつき、滑った。

「馬鹿者! 寝ておけ、重傷なのだぞ!」

箒言った後にハッとした顔をした。
いつ誰が何をどこでどうしたのか思い出したのだろうか。
よっこらせっと。

「だから! お前は! 腹に穴が―――!」

はだけた病人服更にはがけさせ、包帯をずらしまさぐる。

「―――穴が、ない?」

傷ひとつない俺のぽんぽんがこんにちは。
さってと、そいでは行きますか。

「お前は、何をしようと、」

「悲鳴が聞こえた。『助けて』って、声が聞こえた」

なら、行かないと。
あの声には聞き覚えがある。
三組の担任だ。
背が高くて、スレンダーながら丸顔なのがコンプレックスで、ちょっとおっちょこちょいで、生徒想いの女性だ。
よい、しょっと!
鈍い感覚にめげずになんとか上体を起こす。

「その方ならもう救助されている。お前の方がよっぽど重傷だったのだぞ!」

「でも、元凶は健在だろ」

「専用機組みが、討伐に向かった」

「あ、そうなの? なら余裕だろ任せっか」

「……正直、厳しいだろうな」

白式、どういう事?
俺のISは主の疑問を解消すべく、映像データを寄こしてきた。
俺が水死体ごっこしてる間の映像を。
その三組の教師を倒しなんかこっちにやってきたらしい福音さんの映像。
紅椿を圧倒する、シルベリオ・ゴスペルの映像を。


「だから、何をしようと云うのだ!」


立ち上がろうとした俺の体を押さえつけ、箒は叫ぶ。
離せよ。

「助太刀に。状況が変わった。教員は追い込むための配置だったのに攻撃されてるんだろ?
 一般人に被害が出る危険性がある。んで紅椿をぼこるなんて福音さん圧倒的じゃん。心配だ」

「その体で、何が出来る! お前は自分で言ったではないか! 『義務も熱意もない』と!
 今更、なぜ戦場に立とうとする!」

「アイツ等、強いけどさ。負けたら死んじゃうかもしんないでしょ? なら、ねえ?」

言わせんなよ恥ずかしい。
それに何が出来るって?
なんだって出来るさ。
俺の意識があって、俺の体が動くんだから。

「いかせんぞ、一夏、」
「舐めすぎ、箒。ほら、俺の手、振り払ってみろよ」

俺を寝かしつけようとする箒の手を両手で掴んだ。

「こんな弱い力で、何を―――」

「『ホーキちゃん』」

篠ノ之箒は、固まる。

「俺はね。もう、ホーキちゃんの知っている頃の『織斑いっぴー』じゃないけれど、
 それでも『僕』は、ホーキちゃんの事を、大事に想っているよ」

俺の服を掴んでいた箒の手は、俺の手を掴んだ。


「一夏は、ずるい」

「知ってる」


イッピー知ってるよ。イッピーは藤木くんも真っ青な卑怯者だって。


「一夏は、汚い」

「知ってる」


イッピー知ってるよ。イッピーは国会議員クラスの汚さを誇るって。


「ならこれは知っていたか? 『ホーキちゃん』は『織斑いっぴー』が好きだったって」

「知ってた」


イッピー知ってたよ。その淡い恋心は、きっと織斑いっぴーもいだいていたから。


「そうか、それなら良い」


今更ながら気付いたが、あんた頬っぺたが大変なことになってますよ?
左頬にはくっきりとした小さい紅葉が。
右頬にはおたふく? と聞きたくなる程大きく膨れ上がった頬が。
そんな顔でも、箒は笑う。
何があったかは、聞かないよ?

「ならば、私が出よう」

「あんだよ、俺の代役のつもりか?」

だったら辞めとけよ。迷惑だ。

「いや、実の所、まだ答えが出ない。私の力は、何の為にあるのか。
 しかし、苦戦しているであろう級友の為に振るうのは、間違いではないだろう」

「さいでっか」

勝手にしろよ。
お前が決めたお前の決断だろ。
誰がなんと云おうと、信じるのも、押し通すのも、お前だ。
自分の成すべきことを成せ。

「一夏、―――すまなかった」

床に手をつき、額を畳に擦りつけ謝罪する箒。
何に対して、どういう想いで謝っているのか、俺には分からない。
俺が寝てる間に色々あったのだろう。
それと俺、女に頭下げさせる趣味とかないんだけど。

艶のあるポニーテールの黒髪を、わしゃわしゃと指を遊ばせるように梳く。
俺の手の上を零れるように滑っていく髪は、昔と変わらず、いや昔以上に素敵だった。

「許すよ。まぁ許すも何も、俺の身体には傷一つ残ってないけどね」

「忍びない。では、往ってくる」

立ち上がった箒は、そのまま部屋を出た。
その視線は、前だけを見つめていた。
あらあらまあまあ。
あてくしの言葉は届かなかったけど、きっと誰かの言葉が届いたのでしょう。
その言葉を聞いて、変わりたいと箒さんが思ったのでしょう。
やっぱり世の中、捨てたもんじゃねーな。

ではでは、とある不調の織斑一夏、はじまりますっ。













調理場なう。
腹の傷は埋まってるけど、その反動なのか体がヤヴァい。真面目にヤヴァい。
とにかく血が足りない? 足りないっぽい。

「てってれてれれれってってってん」

牛乳の成分って血液と似てるんだって。
冷蔵庫から取り出した牛乳をビールジョッキになみなみと注ぐ。

「てってれてれててってってってん」

カロリーが足りない。熱量欠乏。
同じく冷蔵庫にあった蜂蜜をたっぷりドロップする。

「てってれてれれれってってってん」

眠くてだるくてしんどくて辛い。
カフェインが欲しいとです。
戸棚にあったインスタントコーヒーの粉末をぶちこみ混ぜる。

「てれっててってってん」

コイツを俺の胃腸にシュートッ! ごっきゅごっきゅと喉を鳴らしてこぼしながら呑む。憎しみを流し込め!
超エキサイティン(腹P 的な意味で
うぇー。
げろまず。




ちょっとふらふらすっけど、なんとかなる。
調理場から食堂へ抜け、そのまま裏口へ。
裏口からえっちらおっちら海へ歩く。
空には夕日が沈みかけて、月やら一番星が目立ち始めていた。
青と赤の境界線を歩いているようで、ちょっとわくわくした。



「月が綺麗だな」




姉とか妹とかそんなサムシングにそう話しかけられ、かなりがっかりした。
絶対に死にたくない、と返そうとして、勘違いだったら恥ずいのでやめといた。

「いようマイシスター。昼ぶり」

「行かせんぞ」

聞く耳持たぬ、ってか。
千冬さんはピンポイントに俺の離陸ポイントを読んで、待っていたらしい。
おいおい作戦中じゃねーのかよアンタ。指揮官が現場離れるとか正気かよ。
あ、まだ始まってねーって? 関係ねーだろそんなこと。
始まってても、アンタは来ただろうが。

「ヘイそこのカワイコちゃん。ちょっとお花を積みに来たんだけど、一緒しない?」

「行かせんぞ」

考える限り最低の誘い文句だったが、ガン無視でした。
っつーか村人Aかアンタは。
ガシリと、俺の腕を掴む千冬姉。
その眼に浮かぶは、憤怒かな?

「篠ノ之がかかえて戻ってきたとき、お前は重態だった。
 そうやって今歩けているのがおかしなレベルの、だ」

「現実問題歩けてんだから、んなしょーもないこと考えるのはよしましょうや」

「状況を報告させようとしたが、アイツはお前に経緯を聞けと黙秘の一点張りだった。
 思わず殴ったがそれでも吐かなかった。強情な奴だ」

あんたかよ。
あんたかよ!
よっぽどのゴリラに殴られたんだと思ったら、あんただったのかよ。
あいつを強情と罵る前に自分の短気さを自覚しろよオイ。
経緯ねぇ。白式、①救難信号キャッチ②現場に急行中福音に襲われ、俺落とされる③防戦しながら箒が俺を連れて帰る。
そういったシチュで証拠でっち上げといて。紅椿との情報共有も頼む。

「私は、お前の命以上に大事な物などない。だから行かせない。
 どうしても行きたければ、この手を払ってみせろ。」

「やっぱ姉弟だねぇ、俺達。愛されてんなぁ、俺」

どうしよっかなぁ。万力じみた力で拘束されている俺の右腕。
きっと空いている左腕で顔面をジャストミートしようとも離してくれないのだろう。
愛が痛いぜ、姉貴?

最悪おっぱいモミしだいてなんとかしようと思った。
思ったが、思った時点でちっぴーが視線逸らしつつ頬染めて胸をつきだして、こない。
俺のモミ易いシチュエーションを作って来ないとは……、マジだなちっぴー。
コイツはヤクいぜ。

「離せ」

眼球から3センチメートル程はなして、人差し指を突き付ける。
いかに俺の体調が悪かろうとも、この指を突き刺せば失明させる事は難くない。
頼むから、離してくれ。

「一夏。私はお前の意を排して、自分の我侭だけでお前の自由を奪おうとしている。
 それが目玉ひとつで吊り合うなら、お前の命が買えるのなら、易いものだ」

そう言って、織斑千冬は、指先に向かって歩を進め―――

「―――頭イってんじゃねえかアンタ!」

弾かれるように、手を引く俺が居た。
おいおい俺の姉キチガ○じゃねえの? 頭おかしいよ絶対おかしいよこんなの絶対おかしいよ。
なんで俺の周囲の人間ってこんなブッとんでんの? 馬鹿なの? (余波で俺が)死ぬの?
姉交換とか可能かな。束姉を俺の実の姉に、したくはないな。すっごい大変だわ。
あー、蘭に会いてぇ。すっっっごい会いたい。会ってセクハラしたい。
膝枕とかお願いしたい。俺がポディションずらすたびにモジモジとする蘭が見たい。超見たい。
一緒に恋愛物の映画見て、途中で急に手を握って恥ずかしがる蘭が見たい。ランちゃんなう!
実はイッピーランキングに置いて常識人一位に輝く愛すべきまともな人は、五反田蘭ちゃんだったり。
次いで俺。異論は認める。
いや、でも俺どっちかってーと一般人よりですよ。
ちょっとエロいのは珠に瑕ですが、そんなん男子高校生では普通です。
むしろ健全にオープンしており好感が持てます! 間違いないです!

そろそろ、現実逃避は辞めませう。
つーかアンタが出撃すれば万事丸く収まるんじゃね?
訓練機じゃ無理? 追いつかない? 甘えんなよ。誘導して追い込めよ。

だから現実逃避は辞めよう。
目の前の現実から逃げない。
戦わなくちゃ、現実と。

「姉さん、ちょっと手を広げて」

姉さんは疑問符を浮かべながらも、俺のアクションをミラーみたく真似、トゥギャザーする。
それはまるで、旧知の出会いを果たした外国人のように。
要するにハグですね分かります。
てい。

姉さんを抱き締める。
俺と姉の身長は悔しいことにほぼ変わらない。
ちょうどお互いの顔が肩に収まるような感じ。
頬にふれる姉さんの髪がこそばゆい。
落ち着く香り。
俺にとっての母代わりである、千冬姉さんの香り。

「姉さん、―――愛してる」

ギュっとする。
なんか世の中物騒にも程があるっていうか、嫌な感情ばかり溢れているっていうか、
ホントにままならないことばかりだよね。
かくいう俺もさっき、姉の拘束を解く為に負の行動/気持ちに従ったわけで。
恥ずかしい。
正直恥ずかしい。
違うだろ?
人の心に大切なのは、志より正しさより戦いより、何より、愛だろ。

「わた―――」
「侵略の花火だよ」

俺を抱き返そうとする千冬さんの腕が離れる一瞬を見計らい、突き飛ばした。
はい勝利条件クリア。やっぱ愛だな。なんと万能。
突き飛ばしたつもりがひっくり返って尻餅ついた俺は、誤魔化しついでにそんな事を思ったのです。

「俺には、俺の命以上に大事なモノなんかない。だけどさ、俺の生き様は命より重いんだ。
 此処で行かなきゃ、俺は自分を誇れない。それは、俺にとっちゃ死んでるのと大差ない」

「それでも、私は。お前に生きていて欲しいと願うよ」

そうかい。
ありがとう、姉さん。
俺は尻餅ついたまま手を伸ばす。
姉は、俺の手を引き立たせてくれた。

「勝てばいいんだろ勝てば。俺を誰だと思ってやがる。軽くノして、余裕で凱旋だ。
 終わったら温泉入って、こっそりビール飲んで、実は隠し持ってきた花火を皆でワイワイやるんだ。
 誰にも邪魔はさせねえ、俺の未来だ。出来る出来ないじゃない、やるんだよ!」

「ああ、そうだな。そうだろうとも」

引き立たせた勢いのまま、姉は俺を抱き締―――抱き上げた。
織斑一夏、齢15歳、姉に軽々とダッコされる、の巻。

「……きゃー」

「それでも、お前は私の大事な弟だ。こうやって大きくなっても、幾つになっても、私からすれば可愛くて仕方のない弟なのだ。
 だから、無事に帰ってこい。ビールも花火も、見つからない所でやる分には、見逃してやるから」

甘い甘いお姉ちゃんは、そりゃもう慈愛に満ちた瞳で俺を見る。
ちょっと待てい、ええい。ばかたれ、俺はそんなにヌルくねえよ。

「おいおい、なんだその発言は。ビールも花火も、アンタは俺とするんだぜ? それが今日じゃないとしても。
 夏の終わりには『俺』が居たから今年の夏も最ッ高に楽しかったって、言わせてやるんだから」


未だ俺が一人占めしている織斑千冬の笑顔は、そりゃあもう写真に撮りたくて堪らないぐらい、絶品さんだったぜ。

























「あの、私の出番、なし? 折角たばねちん色々と準備してきたんだけど?」

「アンタの出る幕は微塵もねーよ。愛しの妹さんに退治される前に巣穴へ逃げなよ束姉」

明らかに出待ちしており、待っていたら出て来るタイミングが迷子になってしまったイタズラ黒うさぎは、
空気も読まず割り込んでムードをぶち壊しにするのだった。



[32851] Re;make
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/08/23 20:55
「その落ち込んでますってツラ、辞めてくんない? 不愉快だわ」

鈴は私にそう言った。

「あのさあ篠ノ之。一夏がああなったのって、アンタの所為なんでしょ」

私は答えない。答えられない。

「黙秘は肯定と取るわ。―――歯を食い縛りなさい!」

鋭い平手が甲高い音を鳴らし、私の頬を張った。
私は殴られた勢いに逆らわず、そのまま砂浜に倒れこんだ。


「一夏が許しても、あたしは絶対に許さない。一夏はきっと許すけど、あたしは許さないから」


なぜ、それ程までに織斑一夏に拘るのか。
なぜ、それ程までに織斑一夏を理解できるのか。
私は、凰鈴音が、解からない。


「もう少ししたら作戦が始まるわ。私達専用機持ちは全員出撃する。
 あんたはそうやって、ずっとそうやって、下を向いてなさい」

「何故、お前達はそうなのだ? そう在れるのだ? 私には、―――解からない」


私がどうあるべきか。
私がどうするべきか。
誰か、誰か、誰か、教えて。

鈴はポカンと間の抜けた顔をした後、苛立たしげに舌打ちした。

「あの馬鹿、見事に失敗してるじゃない。こういうタイプは殴ったが早いって教えたのに。
 そういうのはあたしの役回りじゃないっていうのに。面倒臭いのは嫌いだっていうのに。
 ―――いいわ、篠ノ之箒。ヒントだけ教えてあげる」


凰鈴音は私の髪を乱暴に掴み、私の顔を上げさせた。


「どうすれば良いか、何をすれば良いかなんて、他人に教えて貰おうとすんなっ!」

先程叩いた頬の数分違わぬポイントを平手する。
頬が痛くて、熱い。

「あんたがしたい事、しなければならない事をまず考えなさい。それが分からないのであれば探しなさい。
 探し方ぐらいは相談したって良いわ。だけど決断だけは自分でしなさい。
 闘おうが、休もうが、逃げたっていいけど、自分で選びなさい」

後悔しないように。
自分で自分に言い訳しないで良い様に。
惰性で生きるな。
てきとうに生きるな。
髪を掴まれ無理矢理目を合わせてきた凰鈴音は、そう告げる。
その瞳に迷いはない。

「自分の成すべき事を成しなさい。成すべき事の起因ってのは『外』にない。此処よ」

私の胸元を、私の心臓を肉の上から痛い位に親指で押してくる鈴。
その親指は、痛みとともに私の胸に染みる。
その痛みは、私の心を自覚させる。

「あんたがどうすべきかを決める為にまず必要なのが、あんたがどうすべきかを考えること。
 篠ノ之、あんたはスタートから間違っていたの。今目の前の自分を、全力で自問しなさい」

鈴の瞳はゆるぎない。
鈴の瞳に映る私は、私には、ない光。

「答えが出たら、全力で自分を肯定なさい。悩み傷付き、出した答えに失敗は合っても間違いはないわ。
 ソイツを胸に突き刺して、心鉄と共に立ちなさい。自分一人で、立ってみなさい」

そう言って、鈴は砂浜を去っていく。
私は、独り取り残される。

それをボンヤリ見送る暇なんて、私にはない。
私は、私を、篠ノ之箒の存在を、今すぐに問わなければならない。

鈴は心鉄と言った。
心鉄とは刀における骨子であり、刃を支える根っこである。
鉄は熱い内に、打て。

心臓を握り締めるように、胸元を握り潰す。
此処に在る。私の心臓は此処にある。私の心は此処にある。
何がしたい。何をしなければならない。
私は、何がしたい。
私は私に、何をさせたい。
私は、何をしなければならない。
私は、何と戦っているのだ。
ぎぅ、と握り締められた服が啼く。
胸元に手を当てる仕草が、まるで一夏みたいだと思った。

一夏。
織斑、一夏。

……一夏に、会いたい。
私は、一夏に会いたい。

……一夏に、謝罪をしたい。
私は、一夏に謝らなければならない。

ズシリと、心が重くなった。
行動の足枷。
私は、その重みを心地よく感じる。
その重みが重ければ重いほど、私に自覚させるのだ。
私のやらなければならない事を。私のやってしまった事の責を。

立ち上がる。
二本の足でしっかりと立ち上がる。
重みが、私を安定させる。

この重みが、私を揺ぎをなくし。
私の覚悟だけが、この重みに勝る唯一の行動原理。

「よしっ!」

景気付けに自分で自分の両頬を張り、痛みに悶える。
千冬さんと鈴にそれぞれ殴られた頬を自分で重ねて痛めつけ、悶絶するのであった。























「損な役回り、御疲れ様」

集合場所に向かおうとした私に、声をかける人物が居た。

「あによ、見てたのシャルロ」

「私をシャルロと呼ばないで。その名で呼んでいいのは一夏だけだ」

「失礼、まみまみた」

「うん、何を言っているのか全く分からないよ。訳が分からないよ」

この子は日本文化に毒されすぎじゃないのかとたまに思うわ。
節度もTPOも弁えてるから、なんだかんだ許されてるんでしょうけど。

「それで鈴音先生、ぼくもひとつ、教えて欲しいんだけど」

「仕方ないわねぇ。なんでもは知らないわよ?」

大丈夫、絶対に知っていることだから。
そうデュノアは前置きした。

「『約束』って、なんのこと?」

デュノアはいつも通りの笑顔で、いつも通りの声色で、そう問い質す。
……どっこから仕入れた情報なのか。
相変わらず噂話とか好きねぇ女の子は。
苦手だわ、正直。
少なくとも校内で秘密の話は出来ない、ってのを教訓にしましょう。


「そうね。別に『あんた達』に隠すことでもないし。いいわ、教えてあげる」


潮風が私の髪を攫う。
はためくツインテールを眺めながら、私は一年と半年前の過去に想いを馳せる。
あれから,髪、こんなに伸びたんだ。

「一夏には夢がある。大それた、他人からすると大言壮語と笑われそうな夢が。
 だけどそれは、大事な人の為の、大切な人への恩返しでもある、素敵な夢」

ぱたぱたとはためく髪を手で押さえる。
この髪型も、長いなあ。
もう5年になるのか。

「それでね、その夢が叶ったら、一夏は私と一つ、約束をしてるのよ。
 その夢が一夏に取っての最優先事項で、私は2の次! みたいな扱いで悔しいけど」

元気娘のトレードマークだ! と一夏が教えてくれて、弾がよく結ってくれたこの髪型。
ツインテールにしてから、たしかに私は明るくなった気がする。
と言うよりも、あいつ等と知り合ってから髪で表情を隠すことがなくなったのだろう。

「―――『家族になろう』って。ちなみに、アンタの想像している意味とは違うわよ?
 アイツは私を養子に、自分の娘にするって考えてるんだから」

良い子で居れば、離婚しないですむって。
そう幼心に思い、笑顔を作った。
笑顔が作れないときは、髪が私の顔を隠してくれた。
そういう事はしなくていいって、してはいけないって、大人は誰も教えてくれなかった。
教えてくれたのは、あの二人だった。

「笑っちゃでしょ。アイツは本気で私のことを娘にして、幸せにするんだって息巻いてるの。
 両親が離婚して、家族なんていらないと考えてた私への同情かしらね。
 だから、―――私は一夏と一緒になれない。
 ずっと一緒にいられるけど、私はアイツの恋人とか奥さんにだけは、なれないんだ」

新しい環境とか、新しい出会いとか、一新させる何か。いうなれば、風。
風はいつも 私の大事なものを みんなかっさらってしまう。
それでも、残ったもの。残ってくれたもの。

「鈴は、それでいいの?」

いつも通りの笑顔ではない。
痛ましい、まるで自分の心を踏みにじったような顔をするデュノア。
へえ、そんな顔も出来るんじゃない。
そんな顔ですら綺麗に纏まっていて、ホント、美人はトクね。

「愛は、相手に取って一番になることだけが全てじゃない。知らなかった? 『愛は、勝たなくても良い』って」

話は終わり、とばかりに歩み始めた。
私は、これでいい。
鳳鈴音は、それでいい。






































作戦開始から10分が経過。
代表候補生達が戦闘している中に、私は割って入った。
結果として、代表候補生のコンビネーションにより追い詰め、紅椿の奇襲により福音は堕ちた。
だが、予期せぬ事態が起こる。
第二次移行。
セカンド・シフトにより飛躍的に能力を向上させた福音に、消耗の激しかった私たちは為す術なく倒された。
かくも、あっけなく。

しかし。
私だけは、紅椿だけが、どうにか前線で戦える状態にある。
起きないと。
起きて、戦わないと。

誰かが、死ぬかも知れない―――。

ゾクリと、背筋を恐怖が這いずった。
怖い。怖い。怖い。怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
怖い。凄く怖い。
こんな怖さと、一夏は闘うつもりだったのか。
それは無理だ。
無理に決まっている。
だって、こんなにも怖い。

友を、失う事が。






友を失う恐怖に比べたら、福音と剣を交える事のなんと気が楽な事か。
剣を執らず燻って俯いていたら、こんな恐怖に震える羽目になったのか。
力が湧く。
ただ圧倒的な性能差なだけで、ただ圧倒的不利な状況なだけで諦め切れる程、この恐怖は軽くない。
正しい事、己の心が決めた事に従えば、おのずと力が湧いてくるのか。
それは、自分がやりたいことだから。
それは、自分がやらなければならないことだから。
心が、体が、機体さえも、力を貸してくれる。

「いかで我が こころの月をあらはして 闇に惑へる 人を照らさむ」

凰鈴音の言葉が、胸にある。
私の心鉄は、折れても曲がってもいない。
紅椿は、私に応えてくれる。
ならば、私は戦える。


それに。
それに―――

「―――――――――――――――――、――――――――――――――――」

声が聞こえる。
逆風にも、逆境にも負けない声が。

「紅椿」

チャキ、と鍔鳴音が聞こえる。

「私に仕えろ。お前を使ってやる」

お前を寄こせ。お前の全てを寄こせ。私に委ねろ。
支配してやる。征服してやる。蹂躙してやる。
私の、刃と成れ。

「打ち奉りし御剣の 刃は雲を乱したれば 天の叢雲ともこれなれや」

展開装甲が形を変え、私の意を汲む。
突撃、進撃、攻撃。
私の、ツルギ。
私に、跪け。
紅椿からの返信は、一言だけ。

「『絢爛舞踏』、それがお前のとっておきか」

紅椿が私に開放したワンオフ・アビリティーの銘。
詳細説明など読まずに発動させる。

「羽撃たけ、私の劔冑よ」

全身が金色の光に包まれ、一拍の間にエネルギーが全快した。
単一機能、絢爛舞踏
残量が0でない限り、私の心が震える限り、ほぼ無制限にエネルギーを増加させる能力。
使っておいてなんだが、あまりに卑怯ではないか、コレ?

「来い、空裂」

これならやれる。
全力で。
空裂に過剰にエネルギーを注ぎ続ける。
エネルギーが供給され装甲が展開し、より特化した形態へと変貌する。
空裂・オーバーエッジ。

「空を、裂れ」

縦横無尽に刃を走らせる。
走らせた傍から空間を攻性エネルギーが疾走し、さながら絨毯爆撃のように空を埋める。空を裂る。
暴力的な空間制圧。
福音は空間ごと薙ぎ払われ、衝撃によろめき身動きが取れない。

「来い、雨月」

雨月に過剰にエネルギーを注ぎ続ける。
エネルギーが供給され装甲が展開し、より特化した形態へと変貌する。
雨月・オーバーエッジ。

「天を、突け」

天に向かって放たれた一撃は、物の見事に福音と云う一点を突破した。
絶対的な一点突破。
福音を串刺しにし、尚そのエネルギー刃は止まらず、天に突き立てようと昇天する。
私はそこまで見届けて、背を向けた。

「篠ノ之、まだ終わってないぞ!」

撃破を確認するまで気を抜かない軍人が叫んでいるが、もう終わっている。
お前には聞こえていないのか。
馬鹿はすぐ、高い所から叫びながら海へ飛び込むのだぞ?

「翼をください。―――願いに打ち克つための翼を!」

[ Avenge The BLUE 」

空から銀閃が疾り、福音もろとも超スピードで海は堕ちていった。
絶大なスピードを以って、紅椿が放った雨月の衝撃ごと海を穿つ。

ブースターやら零落白夜の反射光で煌めく特大の水柱を鑑賞しつつ、
最初に投げかけられた一言を反芻する。




「ポニーテールも箒らしくて好きだけど、降ろすのも大人っぽくて素敵だぜ?」




戦闘でリボンが焼け切れ髪形が変わっており、まずそれについて言及してきた。
少し面白くて、笑ってしまう。
こんな時でも、『彼』は織斑一夏だった。
いつでもどこでも、どこまで行っても、彼は彼だった。




































零落白夜の攻撃でISが解除されたナターシャ・ファイルスを海中より慌てて救助し、
代表候補生達に視姦される中、ISスーツを破り乳房を露出させ心臓マッサージと人工呼吸を施す。
フィリスさんは20代半ばのモデル体型をした金髪セミロングな超美人お姉さん。
もし俺の姉がこんな顔してたら近親相姦に走っていた恐れがありやがるぜ。
ぶっちゃけ好み、ドストライク。

そんなお姉さんに、去り際やられたほっぺにちゅー。

「人工呼吸のお礼にキスしてあげたんだけど、不服だったかしら?」

やっぱイイ女は云う言葉が違うね。
その後なんかチッピーと追いかけっこしてらしたみたいですが、わてくしの与り知る所では御座いませぬ。かしこ。







































夜の海、月明かりに照らされる磯の一角。
聞き覚えのある歌声を辿ってみれば、そこには彼が居た。

「ねっむっらっない街にー、かっそっくっする鼓動かっさっねてーはー」

それにしてもこの男、ノリノリである。

「みえなーい Assにー」
「一夏」

……。
あ、邪魔しては不味かっただろうか?
自分の世界に入り込んでいたようだし。

「おい、顔が赤いぞ? 大丈夫か?」
「うっせー馬鹿野郎、こっち見てんじゃねーよ」

照れている。
なんと分かりやすいこの男。

「そう邪険にするな。少し、話がしたくてな」

「箒ってかなり自分勝手だよな。いいぜ、付き合おう」

「自覚はある。すまないな」

一夏は立ち上がり、私と向き合う。
む、私としては並んで座って話したかったのだが。
私は、自分本位であると気付きつつも、自分のことを話した。

「私は、何も考えていなかった。専用機さえ、力さえあれば、何かが変わると思っていた。
 だが、力は所詮、力なのだ。意思ではない。偶然手に入れた力に意思など宿るわけがなかった」

私はそんな簡単な事にも気付かず、紅椿に乗り力を振り翳した。
結果として、私は一夏を傷つけた。
一夏は簡単に許してくれたが、そんな安っぽく許される咎ではない。
彼を殺しかけた。
然らば、彼の近しい人に殺されても、文句は云えまい。

例えば。
例えば、誰かが一夏を殺したとすれば。
私はその相手を何があっても、死のうが殺そうが、許さないだろうから。

思考が黒く染まりかけた折に、デコピンをされた。

「んなもん今更だろうが。力だけじゃねえ。自分に、自分の手にある物に価値をもたらすのは意思だ。
 何より己を立たせる物は心だ。前も言ったろ? お前は何よりココを強くしなきゃいけないって」

一夏の人差し指は私の胸を指し、勢いあまって胸を刺した。
明らかに自然で、わざとではない。
だからこそリアクションが取れない。
気まずい空気が流れる。
1秒、2秒、3秒。
それでも、指は私の胸に刺さったままだった。

「……一夏、乙女の柔肌は無言で触れる程安くないのだが?」

「すまん」

ゆっくりと指を離し、そのまま鼻をかいた。
私は、あえて何事もなかったかのように会話を再開した。

「紅椿は、強い。現行のどの機体にも勝る性能を誇る、世界最良の機体だ。
 しかし、それに乗る私は。偶然手にした力に溺れるだけだった」

待て待て、と一夏は私の言葉を制す。

「俺だってそうだ。偶然、ISが動かせて成り行きでコイツを貰った。
 だけど、コイツに乗るかどうかは自分が決めたことであって、偶然なんかじゃない」

一夏は、左腕のブレスレットに触れる。
待機状態の白式は、月明かりに煌いた。

「お前がその機体を手にしたのは偶然かもしれない。
 だけど、これから紅椿に乗り続けるのは自分で決めることであって、偶然なんかじゃない。
 その機体と何を成すか。その力で何を掴むか。
 この世界の全ては、お前の決断で、お前の意思で、決まるんだ。
 選んで、やり遂げてみせろ」

お前には、それが出来るから。
そう一夏は告げた。

さっき突つかれた胸が、心臓が、心が。
熱くなる。
私が選択し、私が挑戦し、私が獲得する。
私の人生とは、とどのつまり私の物だ。
そこには、誰一人として入る隙間は無い。

いつか、共に歩む者に逢おうとも。
それでも、私はこの足で立ち、この眼で選び、この腕で掴み、生きていくのだ。


「私は、まだ分からない。自分がどうすべきか解かっていない。
 けれども、誰かを守るために力を振るうことには、躊躇いも戸惑いもない。
 少なくとも自分が正しいと思えることに、この力を使っていこうと思う」

「あらまあ、ご立派なことで」

「茶化すな」

一夏は悪い、と返し笑う。
しっかりテメーの足で立ってんじゃねーか。
立派な胸を立派に張りやがって、かっけーなおい。
小声で独り言のようにそんな呟きをした。

「いいんじゃねーの? お前が決めたお前の道だ。それを全力でつっぱねて何が悪い」

文句垂れる馬鹿が居たら、その力で遠慮なくぶっとばしちまえ。
そう言って一夏は私の肩を叩き、去ろうとする。
私は、肩に置かれた手の大きさやら熱さやらに感じてしまい、固まってしまった。
一夏は足を進める。
待ってくれ。私はまだ、きちんと謝っていないのだ。
感謝を述べていないのだ。
わたしは、わたしのするべきことを―――。
それでも、私の足も、身体も、一夏の歩を止めることは叶わない。
でも、それでいいのだ。
今日出来なかったら、明日する。
出来なかったら、出来るまで挑戦する。
私を突き動かすのは、私の意志だ。
私の意志が敗れない限り、不可能なことなんて、ありはしないのだから。

















ああ、それと。
一夏は呟き、振り返らず言った。






「箒。その水着、すげぇ似合ってる」

本当に、お前と云う奴は。
面白くて自然と笑ってしまう。
いつでもどこでも、どこまで行っても、お前なのだな。





















おわり。










































「と、みせかけて終わらないよ~! まだまだ束さん満足してないんだから!
 これからが本番だよ。愛を育む様に、物語を。物語を育もう。
 出鱈目を入れて。語りを遮りながらひとつひとつ、不気味な泡を浮かばせるように、
 歪んだ御伽噺を育もう。それはきっと、―――愛より愛しい、私の特別」

キーボードを高速で打鍵しながら、写真を眺める。
織斑千冬。
篠ノ之箒。
織斑いっぴー。
私の世界。たった三人だけの、私の世界。
物語の為に、この篠ノ之束、9年待ったのだ。
ISなんかじゃ、世界は変わらなかった。
だから、私の世界に、世界を改編して貰おう。
物語よ。
世界を巻き込み、予測不能に歪曲せよ。

地獄を、虐殺を、罪悪を、絶望を、混沌を、屈従を謳え。
此処は天災の揺り籠だ。
存分に乱れろ、天災が許す。

「機は熟した。始めようか、『あいとゆうきのおとぎばなし』を。
 喝采せよ! 喝采せよ! クロック・クラック・クローム!
 私の望んだ『この時』だ! 歓喜にうち震えろ!
 開幕直後より鮮血乱舞烏合迎合の果て名優の奮戦は荼毘に伏す!
 物語の果てに! 我が夢! 我が愛のカタチあり!」

高らかな私の笑い声が、闇に吸い込まれても尚響く。
どこまでもどこまでも。
それは、私の渇望のように。



[32851] Holidays of seventeen # Sanfrancisco Blues
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2016/04/13 00:43
《篠ノ之箒の場合》

最近、私の生活に変化があった。

これまで私は、自分が嫌いで、姉が嫌いで、周囲の人間が嫌いで、
大人が嫌いで、社会が嫌いで、―――世界が嫌いだった。

けれど、色んな人と出会い、触れ合い、言葉を交わし、心をかよわせ、
―――少し、自分のことが好きになった。

自分のことが好きになると、自分の周囲の人に興味が湧いた。
他人を受け入れる余力が生まれたのか。
はたまた好きになった自分を知ってもらいたいだけなのか。
その辺りの心の機微は、正直よく分からない。

だが、私は相手のことを知りたいと思い。
相手に私のことを知ってもらいたいと思い。
自ら進んで交流をするようになった。

はじめはクラスから。
次いで剣道部。
機体の整備をしてくれる整備課の先輩方。
いつも挨拶してくれる用務員さん。

戸惑ったり、距離を置かれたり、無視されたり、嫌われたり。
そういったことがなかった訳ではない。
しかし、私はマイナスからのスタートには慣れていた。
声をかけ、時間をかけ、私は仲良くなろうとした。

私は、私の周りを、私を囲む世界を、好きになっていた。

























「で? 順風満帆前途洋洋、トントン拍子に物事が進んでいるのね良かったじゃないオメデトウそれじゃあたしはコレで」

「待て」

がっしりと鈴の腕を掴む。逃がさん。
ずっと剣ばかり振っていた私だ。
掴んでしまえば、例え猫染みた身体能力を誇る凰鈴音と云えど逃さん。

「その、なんだ、つまりだな」

「痛い、痛いってば。分かった。分かったから取り合えず手を離して。お願いだから」

「うむ」

手を離して、鈴の息を感じた。
息、呼吸、気勢。
吸い込まれた空気は、ワンテンポすら置かず彼女のアクションに繋がり、

「待て」

「ゲッ」

逃げ出そうとした鈴の手を先んじて掴む。

「だから、そのだな。あの、」

「あーもう鬱陶しい! なんなのさっきから! なんでさっきからループしてんのよ!」

話が進まなくて痺れを切らし、その度に逃げようとする鈴を捕まえ、私が言葉に出来ずまごまごとし、
また鈴が逃げ出そうとし、それを捕まえ、そんなループを繰り返し現在に至る。

「だから、その、」

「いい加減にしろ」

軽いチョップを頭にされた。
鈴は呆れた顔で私をみつめている。

「上手く説明しようとか思うな。相手に何かを伝えるときは、素直に思ったことを口にしなさい」

「……ありがとう。お前の言葉を切欠に、私は変われた」

「あんたが自分で変わっただけよ。はいオシマイ。もういいでしょ?」

「待て、待ってくれ。あとひとつだけ」

とっとと逃げ出そうとする鈴を捕らえ、深呼吸する。

……素直に、思ったことを、告げる。

よし!


「凰鈴音。私と、友達になって欲しい」

「……………………は?」


コイツは何を言ってるんだ? 
そんな顔をして私を見返してくる。
やめないか、ちょっと凹むではないか。


「お前さえ良ければ、友達になって欲しい!」

「あー、うん。……べつにいいけど?」

「本当か!」


ああよかった。緊張した。
断られたらどうしようかと思った。

「ありがとう! ……だけど、どうしたら『友達』なのだ? 具体的には『友達』とは何をするのだ?」

「んなことも知らないの? コミョ障にも程があんでしょ」

「姉の所為で幼い頃から引越しばかりでな。正直かなり捻くれているし、こういった事には慣れていない」

「人の所為にするな。昔のことならまだしも、今のあんたを語るのに、自分の欠点の原因を誰かに押し付けるな」

面倒臭い女と友達になっちゃったわ。
まあいいや、骨はありそうだし。

そう呟かれた。
おい丸聞こえだぞ。

「名前を呼ぶの。はじめはそれだけでいいのよ。相手の目をみて、はっきりと名前を呼ぶ」

「―――鈴」

「箒、これから宜しく」

握手した鈴の手は小さく、かわいらしく、なにより暖かかった。
そうして私は、凰鈴音と友達になった。










































《凰鈴音の場合》


「貴様、生身の方が強いのではないか?」

「お生憎様でね。こちとら伊達にムービースターやってないのよ? 子供達のヒーローが弱かったら、話にならないでしょ」

ラウラ・ボーデヴィッヒが私に謝罪をしてきた。
私はそれを蹴っ飛ばした。
それで、喧嘩になった。
なにを言っているか分からない?
大丈夫。
あたしも分かんない!
IS学園の中心で、肉体言語を語り合う。

「にしたって、格闘戦もそれなりにヤるじゃない、アンタ」
「お前こそ。一般人相手に極められないなんて初めてだ」

自慢じゃないが、ステゴロなら負け知らずなのだ。
ISでの私闘を禁止した虎を除いて。
いいのだ、アレはきっと人類じゃないから除いていいのだ。

「武器がないとキツいな。捌くにしてもそろそろ腕が持たん」

「使いなさいよ。袖の下になんか仕込んでんでしょ? それを卑怯だなんて言うつもりはないわ」

彼女は軍隊だ。
武器を使ってナンボの商売だ。

私はスターだ。
それを素手でブッ飛ばしてナンボの商売だ。

「後悔するなよ?」

「あたしを後悔させたきゃ宇宙CQCでもマスターして来なさいな」

取り出したるはトンファー。銃火器じゃなくて安心したのは秘密ね?
本職にハジキまで出されちゃさすがに無理だわ。

「CQCを馬鹿にするな。お前の武術の発展系でもあるのだぞ?」

「あら、分かった? マーシャルアーツなんて流行ってないと思ったんだけど?」

「分からないでか。お前のその身体能力を活かした武術は、『型無』以外じゃ持て余す!」

防戦一方だったラウラが攻め手に回る。
元々体格の小さなラウラが、大人だろうが男だろうがねじ伏せる為の武器。
彼女の堅実な捌きの技術を攻撃へと転化し、尚且つ多彩な攻撃を可能とする有用な武器。
トンファーねえ。えらく実用的な武器じゃない。

ラウラが距離を詰め、突きを放つ。
その突きは抉る様に鋭く、機械の様に正確だ。
正中線のど真ん中。
私の身体の中心を狙ってくる。
スムーズに、ソリッドに、ナチュラルに、その一撃は私に迫る。

慌てる必要はない。
対武器戦なんて、ウチの国が何年前に突破したと思ってんのよ。
重心を前屈に。
腰溜めの右コブシは突き出されるのではなく、軸と一緒に回転する。
密着上体からでも放てる、クロスレンジの崩拳。
それを、ラウラのトンファー―――の先にある手に合わせる。

狙うポイントが分かっていれば、私はそれにイメージという名の対処をするだけで良い。
私が思考さえすれば、それに従い身体は動く。
私の至高を追従する。それが私の、イマジン・ストーカー。

「ギッ―――!」

お互いの拳がかち合った瞬間、ラウラは後方に後ずさった。
骨は折れていないだろうが、それでももう使い物にならない。それだけのダメージは与えた。

「ッ、今度お前と喧嘩するときは拳銃を用意しよう」

「殺す気なの? そんなんだから常識がないって云われんのよ」

「冗談だ」

「分かり辛いわよ……」

ラウラって表情あんまり変えないから、私には判断がつかないわ。
織斑先生が関わるとその限りではないけれど。
一夏もか。

気に入らないわ。


「それだ。その顔だ」

「?」

「首を傾げるな」


その顔ってどの顔よ?
私は凰鈴音の顔以外はしないわよ。
私がそれ以外の顔をするのは、カメラの前だけです。

「私に嫌悪感を抱いているのだろう。分かるぞ」

「あら? 伝わってないのかと思ったわ」

「馬鹿にするな。そこまで鈍感ではない」

「へぇ、そうなの? じゃあ理由も分かる?」

「……そこまでは分からん」

「…………」

まぁ、そうでしょうね。
そんなエスパーだったら、オルタネイティブ3の材料にされていたに一票。

「おい、黙るな。ここは「仕方ないわねぇ」と教えてくれるところじゃないのか?」

「あたしに勝ったら教えてあげようか?」

「そうか、―――ならば全力だ」

一拍の間を置いて物質化したシュヴァルツェア・レーゲン。
なにこの人頭大丈夫?

「ISを用いた私闘は禁止だって、あんたの愛しの教官に念押されたわよね?」

「なあに、これは私闘ではない。『決闘』だ。ISを喚べDraw your Gun

「あっそう」

安い挑発ね。
安い挑発は、―――買う様にしている。

獅子には肉を。

「生身で手も足も出なかったあんたが」

狗には骨を。

「IS戦ならあたしに勝てるって」

龍には無垢なる魂を。

「そう思っているワケだ」

甲龍、出番よ。
私と貴女の強さ、此処で魅せてやりましょう。

【凰鈴音】アタシと、【甲装・牙(参)】コノコを下に見てるワケだ」

Hammer Cock
撃鉄を起こせ。

「―――糞面白いじゃない。遊んであげるわ、戦争女」































まあ、あっさりと敗北したのですけどね。
仕方ないじゃない、AICとの相性が悪すぎるんだもの。
近接戦闘において相手の動きを停止させる装備なんて、かのゲルマン忍者ですら持ってないわよ。

「あの刀、双天牙月とか云ったな。私の背後から飛んできたのはどういう理屈だ」

「磁双刀:牙月、乱暴に説明すると刀身が磁石になっただけよ」

AICで甲龍を縫い止めたレーゲンを、その背後から襲う牙月・N刀。
その頑張りにも応えられず負けてしまった。一矢報いただけで終わってしまった。

もう少し、私がこの刀の扱いに慣れていれば。
もう1組、この刀を所持していれば。
結果は覆せただろうに。

止そう。
負けは負けは。敗者は黙して語らず。
何も云わずこの悔しさを胸に溜めておいて、ただただ精進するだけだ。

「人生は何事も勝負らしいけど、たまにはゆっくりしたいなぁ。温泉でも行こうかしら」

「お前は、『負ける戦い』から逃げないのだな」

「戦う前に負ける事考える馬鹿が何処にいんのよ」


夏休みは山登りと温泉で決まりね。
山か海かと聞かれれば断然私は山だわ。
だって、いつだって頂点(てっぺん)目指して生きていたいじゃない?

「これは勝手な確信だが、きっとお前は勝ち目がない戦いだとしても、同じように逃げないのだと思う」

「勝つのは当然良いし、負けるのだって悪くない、時には退くことも間違いじゃない。逃げる為の戦いもある。
 だけど、逃げていい闘いなんてない。闘いから逃げるってことは、自身に賭ける自信が無いって事なのよ。
 軍属の癖に知らなかった? 『撤退戦』だって戦なの。闘いなのよ?」

「……お前は、どれだけ自分に自信があるのだ?」

「ないわ。あるのは安いプライドだけ。私はコイツにしがみついてる。
 どんな人間だって安いプライドがあれば闘えるのよ。何とだって、ね」

「それはもはや安いプライドではない、信念だろう」

「そんな大層なもんじゃない。くっだらない、ちっぽけなプライドよ。
 それが良いの。それで良いのよ。分からない女ね、あんた」

いつでも捨てれるような、そんなちっぽけな物を支えにする。
だから立てる。だから闘える。STAND AND FIGHT。
それさえ出来れば、世の中上々。

大事な物を支柱にしちゃうと、それに寄っかかってしまうし、折れてしまったとき立ち直れない。
折れようが欠けようが怪我されようが霞もうが、それでも確かに胸に残る―――それが、安いプライド。


「そうだな、私には分からない。分からないついでに教えてくれ。お前は、私の何がそんなに気に入らないのだ?」


この女とは合わない。きっと根本的な部分が合わないのだ。
それを排他しようとは思わないし、事なかれで済ませてしまえばいいと思っている。
人は、誰とでも仲良くはできないし、分かり合えるものではない。


「あんたは、織斑一夏を織斑千冬の付属品として視てる。織斑一夏を英雄視している。
 そんな人間が、アイツの隣に居ようとする事が気に入らない」

そう、アイツは顔を真っ赤にして否定するかもしれないけれど、人は誰とでもは分かり会えない。
分かり合える人と、分かり合うだけだ。

「アイツは、弱いヤツだから。そういった期待に敏感で、反発しながらも意に沿おうとしてしまう。
 誰よりも、弱いヤツだから。あんたみたいなのが居たら、アイツが傷付いてしまう」

分かり合えない人間は、話しても通じない/変わらない人間は、必ず居る。
だから、私は《英雄(ムービースター)》なのだ。ヒーローなのだ。
アイツが求められるであろう器、必要であれば私がそれに収まるように。

「気に入らないわ、あんたの存在が。アイツの交友関係を決めるのは私じゃない。
 だから口出しはしない。けど私と仲良くなろうなんて考えないで。
 たまたま一緒に居る事はあるかも知れないけど、私はあんたが嫌いだから」

他人がどうこうしようが関係ない。私は《凰鈴音》の最善を尽くす。
私は、これでいい。
鳳鈴音は、それでいい。










































《ラウラ・ボーデヴィッヒの場合》

ブルーティアーズの支援兵装「ブルーティアーズ」が飛来する。
私を取り囲むそれらを、私は右眼--普段は眼帯で隠している越界の瞳--で視認する。
ISにおける視界とは、ハイパーセンサーにより全包囲360°開けたものだ。
だがしかし、認識範囲に人の意識が追いついていないのが現状である。
例えば背後。
日常生活で見えていないものが見えているからと云って、常時それに注意が払える訳ではない。
例えば上下。
通常、人の感覚では足元並びに頭上を意識して行動する事はない。
また、意識した場合はその注意点以外に意識を裂くのは非常に難しい。

そこで、私はこの左目を活用することにした。
ヴォーダン・オージェ。
私の体に埋め込まれた、ISの技術を応用した生体パーツであり、擬似ハイパーセンサー。
ISとの親和性を高める為の部品であり、結果として適合せず私の汚点となってしまった左目。
眼帯に隠された劣等感。

それを、好いてくれた人がいる。
私が嫌いな、私の左目を好きだと言ってくれる人がいる。
だから私は、この左目が少し好きになった。

頑なに隠し、無かった物として扱っていた私の左目。
この眼を使おうという発想は、私にはなかった。
事の発端は教官のアドヴァイスだ。
「お前は自分の我が侭だけで、レーゲンの性能を腐らせている」

私は、私の劣等感で愛機のスペックを潰している?
自覚をしてからは早かった。
セシリア・オルコットに訓練の相手をお願いし、訓練場を連日押さえ、左目の酷使に明け暮れる毎日だ。

「往きますわよ」

セシリアの声と共に、兵装:ブルーティアーズが接近する。
私は左目を閉じ、左目に意識を集中させる。
私の体に直結されたハイパーセンサーとしての知覚を通して、意識を変革させる。
人は、目で物を見ると云う意識、固定観念に縛られている。
確かに、人の構造的に二つの物を同時に注視することは不可能だ。
だが、私なら。
擬似ハイパーセンサーを埋め込んでいる私なら。
私の意識さえ変えられれば、同時に複数の物体を注視することだって可能だ。
私の周囲を旋回する三機のブルーティアーズを右眼で追う。
思考が追いつかない。生身の感覚神経と異なる知覚感覚が私に嘔吐感を伴う違和感を与え続け集中力を奪い冷静なわたしを削ぎ落とし混乱混雑回線をバイパスに思考を直結させ発動を媒介に停止を結界させるコマンドを―――

「―――止まれッ!」

乱れに乱れた私の脳に切り付けるように号令を与えた。
私の周囲をランダムに旋回する三機を全てAICにて縫い止める。

タイマーを確認する。
AICを発動させるのに所要した時間は6秒
このままでは、実戦で使えたものではない。

「お見事ですわ」

「何処がだ。足を止め時間をかけやっとこさの結果だ。全く役に立たん」

「3つの事象に同時に集中する事。その難解さをわたくしは識っております。
 ―――私がその領域に達するまで、半年の時間を要しましたもの」

「そういえば、そうだったな」

『右手と左手で別々に綾取りをするようなもの』とはコイツの言だった。
今では遠隔操作兵装5機を同時に運用することが出来る、英国の代表候補生。
蒼き彗星:セシリア・オルコット、伊達ではない。

「今なら戦闘機動を行いながらAICを使えるのでは?」

「ああ、出来るだろう。だが、それだけでは勝てない。お前にも、紅椿にも」

紅椿。
篠ノ之箒が駆る、無所属の第四世代機。
現存する全ISを凌駕する圧倒的性能を誇る、万能機の最新鋭。
全身が展開装甲で組まれており、エネルギーを消費するが戦闘中でも攻撃・防御・機動のバランサー調整が可能。
また、ワンオフアビリティーは一瞬でエネルギーを全快させると言った規格外でもある。

「私はこの学園の生徒を下に見ていた。ISをファッションか何かと勘違いした馬鹿者しかいないと思っていた。
 思い違いも甚だしい。戦場を知っているからと粋がって、私の方こそ馬鹿者だった」

「誰しもがそうなんだと思いますわ。自分が特別であると周囲を卑下し、根拠の無い自分のプライドを守ってます。
 本当に特別な者は、特別である事を自覚し、なお特別であろうと向上を試みる者だけです。
 今の自分に満足する人は、思考を停止し自分の立場を傘に着た、ただの凡夫ですわ」

「なんだ? 嫁にでも説教されたのか?」

「お答えできませんわ」

したり顔で髪を払うセシリア・オルコット。
彼女と嫁の間に何があったのか、私はよく知らない。

「なあ、セシリア・オルコット」

「なんですの、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「『織斑一夏』とは、誰なんだ?」

凰鈴音の言葉が頭をよぎる。
凰は私が嫁を見ていないといった。
刃を交え、言葉を交え、あげくに心さえ交えた私に対して。
凰の嫌味かも知れないと考えた。
だが、私の耳から彼女の言葉が離れない。

「非常に哲学的な問いですわね。世界で一番有名な男性である一個人を指して、その問答をするのですか」

「お前の相方が私に言ったのだ。私が織斑一夏を見ていないと」

「鈴さんがそういうのでしたら、そうなのでしょう」

なんだコイツ等、レズか?
全幅の信頼が気持ち悪いぞ。

「貴女に取っての一夏さんは、どういった人ですの?」

「そうだな。世界で唯一ISが操縦できる男性で、教官の弟であり、私の嫁だ。―――ん?」


キョトンした顔でこちらを見るセシリア・オルコット。
その表情は正に「呆気を取られた」、といった風情で。

私がどれだけ的外れな発言をしたのか、その表情だけで気付かされた。


「本当に貴女は、彼の事を見ていませんのね」

「お前にも分かるのか? 私は何か、間違っているのか?」

「いえ、間違いではありません。それも正しく、彼への表象でしょう。
 ただ、その表象を抱く方に、彼の『嫁』などと冗談でも名乗っていただきたくはないですわ」

しれっと。
さらりと。
ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏の嫁に相応しくないと、宣告された。

私と鳳鈴音(アイツ)で、何が違う?
私とセシリア・オルコット(コイツ)で、何が異なる?
分からない。私には、分からない。

それでも考え、答えを求めなければならない。
間違っていることは、正さなければならない。
私は、ラウラ・ボーデヴィッヒなのだから。


「セシリア。参考までに教えてくれ。お前にとって『織斑一夏』とは、どういった人間だ?」

「そうですね。わたくしにとって彼は―――」


腕を組み、頬に指をあて如何にも考えてます、なポーズを取り、セシリア・オルコットは言い放った。



「不真面目で、お調子もので、格好付けで、エッチで、助平で、意地っ張りで、臆病で

 きっと何処にでも居る、―――不器用で優しい、普通の男の子ですわ」



世界でたった一人の織斑一夏は、たまたまISが使えるだけの、普通の男子であると。
セシリアの言い放った言弾(コトダマ)は、アッサリ私の常識を打ち抜くのであった。



[32851] Holidays of seventeen # Tell Me How You Feel
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/09/23 17:54

《セシリア・オルコットの場合》

「あーもう、やってられませんわ~」

投影型ウィンドウを前方へ押し出し、机に突っ伏しました。
こういった行儀の悪い仕草が許される自室ならではの暴挙。
間違っても人の目があるところでは行えない。
家の重み、と云う物も考え物ですわね。

私、セシリア・オルコットは言ってしまえば訳アリな学生でして、私室を与えられております。
実務はほぼチェルシーが行っておりますが、勿論、私がしなければならない仕事もあります。
そういった理由のある生徒には、IS学園より特例として私室が与えられているのです。

「たまに貴族の責務とか放っぽりたくなりますわ~」

ダレている。
わたしく、ただいま大変垂れております。
ちょっと前に某男子生徒が書いた「垂れコット(Copyright@OneSummer)」ばりに垂れてます。
こう、思いの外器用というか、多彩というか、芸達者な方ですわ。

「駄目ですわね。気分が乗りません。こういう時は」

執務机からコントローラーを取り出す。
ボタンを押すと、部屋の片隅にあるテレビとPS3が反応する。


「気分転換に、―――戦争をしましょう」


キルストアベレージ3を誇る凸砂、C-Alcottの出番ですわ。
あら、あの方もログインしているではありませんか。後程誘ってみましょう。

そうして私は今日も、仕事の息抜きに電子の砂漠で銃を撃つのでした。ばきゅーん。




















そういえば、彼と一緒にゲームをする様になった切欠はなんでしたっけ?
確か、夏休み前の実習だったような。
記憶を辿る。
そう、確か―――


「その機体、蒼く塗ってみませんこと?」

始まりは、そんな一言でした。


































ISの実践講義中に、白式をまとう一夏さんに向けてぼそりと囁いた言葉を、彼は聞き逃さなかった。

「え?」

「いえ、なんでもありませんわ」

私はそう誤魔化して逃げようとしましたが、彼は立ち去ろうとする私の手を掴みました。
掴まれた腕は握りを強くされ、痛みを感じるほどです。

「英国の候補生は余程の腰抜けと見える。そんな者に、ISを操る資格などない」

「……その傲慢さ、いつか償うことになりますわよ」

「雑兵如きが、この私を阻めるものか」

「そうやって貴方は、全ての他人を見下すのですが!」

私は彼の手を激しく振り払った。
周囲の人間がなんだなんだと囲んできます。
この辺が潮時ですわね。

「『OneSummer001』。貴様に俺を裁く資格があるなら、来い」

「『C-Alcott』。噂の世界唯一の男性操者の実力、見せていただきますわ」

それきり、私達は別れる。
すべてを置き去りに、私達はその場を後にした。
なに、デートの約束をしただけですわ。

顔の見えない戦場で、殺し愛と云う名のデートを、ね?





















互いにノリノリな一芝居でしたわね。
それ以来、私は一夏さんと頻繁にゲームをするようになりました。
ゲームをしつつISのネットワーク通信を使い、通話しながらのプレイです。

この様な使い方をしていたらとある教師にお説教いただくかと思いきや、
「技術ってのは人の使い方だ。人の生活を豊かにする為に存在する物だ。
 今回はそれが、単に遊び方面だっただけだ。節度を保ち存分に使うといい」
なんて教師らしからぬお言葉をいただいてしまいました。

とある筋からの情報によると、正規の教員ではないそうですが。
ですわよね。日本の教育者育成プログラムは中々に大変なものであると伺っております。
あの『ISに乗る事を義務付けられた女性』の様な方が、プログラムを受講する時間などある訳がありません。

「と、思うのですよわたくしは」

「セシリー、右に避けろ」

射線からズレるのを確認もせず、背後から撃ってくる相方さん。
それにしても、真剣にゲームする方ですの。
軽口から始まって軽口で一日を終える、そんなイメージを抱いております。


「助かりますわ、一夏さん」

「It's my pleasure」


最近は英語の勉強に熱心になっており、ちょっとした応答はできるだけ英語でしようとしているらしいのですが、
日本の方にありがちなカタカナ発音はまだまだ矯正中ですわ。

「一夏さん。またRの発音がLになってますわよ?」

「うん、全く分からん」

口頭で説明するのが手間なので、次セットが始まるまでの休憩時間に映像を繋いだ。
突然目の前に現れたウィンドウ、私の姿に少し驚く一夏さん。
なんだか、可愛いですわね。

「こうですわ。舌先をどこにもつけず『R』と発音してください」

「こう?」

「違いますわ。ですから舌をこの様に」

舌をちょっと突き出して巻かずに、口の中のどこにも当てずに発音する。
一夏さんは集中して私の様子を見つめてきます。
きっとあの真剣な眼差しからするに、分かっていただけたに違いありませんわ。

「なるほど、分からん!」

「一度自殺した方がよろしいのでは?」

なぜそう自信満々なのか、非常に気に入りませんわ。

「まあいいや。おいおい分かってくんだろ。言語も文化、尊重する気持ちさえありゃいつか理解できんだろさ」

「耳に痛い言葉ですわね」

「そんだけ日本語が達者なセシリア相手に、誰も日本を侮辱したなんて思わないだろ」

「過去は消えません。鈴さんは未だにその件に関しては許してくださいません。気が張っていた、と言うのは言い訳ですが、
 国交問題になりかねない発言をした入学当初のわたくしが憎いですわ」

「人間そんなもんだろ? 昨日よりひとつ、物を知って賢くなってりゃそれでいいんだよ。完璧な人間なんていないんだから」

「一夏さんは今日、何を学んだんですの?」

そういうこの人は日々何を学んでいるのか。
ふと気になったので質問してみた。


















「そりゃあ、セシリアの唇と舌がめちゃくちゃセクシーだったってことに決まってんじゃん?」

「一度自殺した方がよろしいのでは?」

恥ずかしげもなくそういった言葉が出てくるのが、非常に気に入りませんわ。
わたくしは赤くなりそうな顔を隠しながら、そう答えるのでした。













































《織斑一夏の場合》




「なんで! 俺の相手が! あんたなんだよ!」

「騒ぐな、みっともない」

おかしい。
俺は俺の正面に座るクリストファー・ヴァルツ似のロマンスグレーに怒鳴り散らす。

まてまて、落ち着けオレ。
一応社長だぞこの人。
本気だされたら「プチッ」だぞ。
穏便に、持て成すように。

「ご指名いただきありがとうございます。イチカです。ご無沙汰しております、ダヴィッドさん」

「突然敬語になるな、虫唾が走る」

「アンタ実は俺のこと嫌いだろッ!」

夏休みにとあるIS企業の重役が学園の視察に来るとのことだったが、全く俺には関係ないと思ってました。
どうも、イッピーです。
イッピー知ってるよ! 夏休みに視察とかなんの意味があんだよバーカとか考えていた結果がコレだよ!


「とにかく座りたまえ。わざわざ息抜きの為に設けた君との食事だ」

「デュノア社長。自分も一応、IS学園の生徒であり、IS関係者なのですが」

「いやなに、ずっと社長と云う立場で過ごすのも疲れるものなのだよ。君とはISを絡めない旧知の仲だ。違うか?
 君は私の『娘の友達』であるイチカ・オリムラなのだから」

「あーはいソッスねー」

「フン。気にいらんなその態度。会計は別にするか?」

「大人げないですね、ダヴィッドさん」

ぐぬぬ、地味に痛い所を突いてきやがるぜ。
高校生の懐事情を知っての発言か。
くそう、ここが高級料亭でなければ手持ちの金でなんとか出来たものを。

夏休み初旬、俺は海外旅行に行った。それこそ、この目の前の男性に会いに。
当初は日帰りの予定だったが、俺は一箇所だけ行きたい場所があったのだ。
モナコ。
モナコ公国。
モナコGPの開催地へ。
この女性優位の社会において、未だに女性に犯されない男の独壇場、モータースポーツの聖地。
嗚呼、速さの最先端。なんて素晴らしい夢の場所。ちなみに俺はアロンソのファンだったり。
その際に予定以上に金と時間を使ってしまい、保護者より監査が入ってしまった。
曰く、
「高校生らしからぬ金銭感覚を身につけてしまわぬよう、お小遣い別だがそれ以外は申告制にしよう」
曰く、
「お前を信頼しての渡仏だったが、連絡もなしに勝手をするのであれば今後は許可できん」
曰く、
「決して、一緒に行けなかった恨み言ではないことを理解するように。
 全然! 全く! これっぽっちも! 二人で海外旅行に行けなかった腹いせではない!」
とのこと。

そんな感じで、俺の口座は姉の管理下に置かれてしまったのです。
一応、俺の金なので欲しい物があれば相談さえすればすぐに買えるのですが、
相談できない内容の金の使い道が、ホラ、あるでしょ?
毎月配給される5,000円じゃおっつかない程いろいろあるのだ。高校生だから。


「タダ飯は進んで頂戴する主義です。何卒よろしくお願いします」

「その敬語を止めたら考えてやる」

「そう言いましても、ダヴィッドさんも立場がありますし、あまり砕けてしまうと失礼ですので」

「フン」

机にどっしりと腕をつき、その長い指を絡ませ手を組んだ。

「私は旧知の間柄である君を呼んだのだ。あの教育機関のくだらない連中と会食するのを逃れる為とはいえ、
 社長としてではなく、『ダヴィッド・デュノア』個人としてだ。君が子供でないなら察しろ」

「へーへー。分かりましたよ。適当に砕けるから、それで勘弁してくれ」

「構わん」

よく分からんな、この人。分かるわけもないか。
たかだか16歳のガキが、40歳のオジサマを理解しようってのがおかしな話だろうに。
普通であれば俺達のような子供が接する大人ってのは、両親を除けば教師が主だろう。
だが教師ってのはその大半が「学生上がり」の社会を経験していない人種だ。
たぶん先入観も入ってるだろうけど、ぶっちゃけぬるいんだよ。
社会人かそうでないかを隔てる壁は、責任だ。
会社に属する人間ってのは、自分の発言で最悪、会社が倒産し社員全員が路頭に迷うって現実を知っている。
(教師だって人の一生を左右する立場にあるが、それを自覚している方がどれだけいらっしゃるのやら)
その責任。自分の立場の重さって奴を自覚しているか。
それが社会人としての核であり、子供と大人を分けるポイントだと俺は考える。

そして、ダヴィッド氏は俺が知っている大人の中で、一番「大人」をしている。
彼の社会人暦、立場がそう感じさせるのだろう。


「わざわざフランスから日本まで来たんだ。どうせなら花街でも寄っていくか?」

「『HANAMACHI』とはなんだ?」

「花街も知らずに日本に来たのかよあんたは。じゃあ遊郭でしっぽりとしてくるか?」

「『YU-KAKU』とはなんだ?」

「オイオイあんた何しに日本に来たんだよ!」

「仕事だが」


ですよねー。
俺が悪いのか?
いや、俺が悪いのか?
いやいや、俺が悪いのか?

いや、俺は悪くねえ。
だって息抜きって言ってたもん。
そりゃヌキヌキすると思うじゃん?


「分かった。ラウンジだな? 確かにその歳になると会話の方が楽しいって人も居るもんな。
 俺のお勧めの店を紹介するよ。生憎行ったことはないけどさ」

「これでも予定が詰まっている身だ。そう自由に使える時間もない。心遣いだけ受け取って置こう」

スミレさんごめん。上客入れ損ねた。

「なんだよ。じゃあもう駄目だ言う事ねーや飯食って帰ろう」

「待て。息抜きとは別に、もう一つ君を呼んだ理由はある」

「あんだよーもう俺は御役ごめんだよー出番ないよー」

「その、なんだ。シャルロットの普段の学園での様子を、教えてほしい」

……不器用な男ですこと。
どうせ夜はシャルロと父娘水入らずでキャッキャウフフするんだろうに。
心配なのは分かるけどさ。こういった手段をとるのはどうなのさ?
っつーか飯に呼んでおいて実はあんたに取って俺がどうでもいい存在ってのは分かっちまったよ。

「特段問題ねーよ。成績良し、体力良し、素行良し、器量良し、性格良し。嫌われる要素がない」

『春の陽気』みたいだよね、彼女。
そこに居るだけで皆を暖めてしまう、そんな感じ。

「人が人を嫌う事に、理由は合っても原因はない。例え完璧であっても、完璧であることを理由に人は排他してしまう」

「そうですね。だけど、彼女は笑っている。そう心配する事もないでしょう」

「フン。おい小僧、笑っている人が必ずしも幸せだと思うなよ?」

「…………」

言いたい事は分かる。
分かるから黙る。俺の言い方が悪かった。
確かに、彼女が笑顔でいることが彼女の幸せ、ひいてはダヴィッド氏の安心に繋がるワケではない。
が、しかし。
論より証拠。

「なんだソレは?」

俺はデジカメのピクチャメモリーを表示させ、ダヴィッド氏に無言で差し出した。
画面には学園の『日常』が保存されている。

それは、演習で抜群の成績を残したラウラのドヤ顔だったり。
それは、食堂でスイーツを食べている布仏さんの至福顔だったり。
それは、夕日に照らされ黄昏る物憂げなセシリアの横顔だったり。
それは、浜辺での『7月のサマーデビル』櫛灘さんの自慢げな顔だったり。
それは、友達に大きな胸をからかわれた箒のテレ顔だったり。
それは、自己鍛錬でグラウンドを走る鈴の真剣な顔だったり。
それは、相川さんが披露したノリノリ横ピースなキメ顔だったり。

それは、周りに自然と人が集まるシャルロットの何気ない笑顔だったり。

「……………………」

今度はダヴィッド氏が黙る番だった。
氏の胸に去来する想いは、どのようなものだろうか。
俺には分からない。
分からないけど。

写真を眺める『父親』の瞳を見れば、別に分からなくったっていいや、なんて思うのだった。





























「おい小僧」

「はい?」

 ・・
「コレはなんだ?」

それは、臨海学校の写真。
波に水着のトップをズラされ、慌てて手でカヴァーするシャルロット・デュノアの際どい写真。
俺の耳は「プチッ」そんな音の幻聴を、確かに聞いたのであった。



























《ダヴィッド・デュノアの場合》

IS学園にはデュノア社製のRR-08、第二世代最後発にして最高傑作と名高いラファール・リヴァイヴを多数賃借している。
RR-08は全体的なスペックもさることながら、その扱い易さ、拡張性により最後発ながら高いシェアを占める。
されど技術は日進月歩。
世界に誇る傑作機だとしても、第三世代機の開発が始まっている現状ではなんの価値も見出せない。
特に第三世代機では、機体スペックを競うのではなく『イメージ・インターフェイス』を用いた
搭乗者に依存しないシステム(特殊兵装と言い換えてもいい)の開発が重要である。

デュノア社でも幾つか第三世代機の開発プランはあるが、そのどれもが開発が難航している。
企業競争に負ける、どころの話ではない。
このままでは競争自体に参加出来ないのだ。

もし、フランスに新しくする台頭するIS企業が現れれば、デュノア社は吸収合併されてしまうだろう。
経営陣が揃いも揃って頭を抱えているのが現状である。

「ダヴィッド社長、IS学園における主要施設、並びに3年間の学習概要の説明はこれにて終了ですが、何かご質問は?」

「そうだな。各種訓練機の稼働状況と生徒達の要望があれば教えてもらえないか?」

「機体数の関係もあるが、打鉄4、疾風3、その他3、と言ったところでしょうか?
 要望に関しては機体の要望を出せる程の熟達した生徒はおりませんし、居たとすればすでに専用機持ちです」

「ならば教師陣はどうかね?」

「そうですね、第三世代機2機を相手に疾風にて圧倒した教師がおります。後程そちらに伺わせます」

「助かる」

話しは変わるが、何故こんな時期――IS学園が夏休みの期間――にIS学園の視察をすることになったのか。
それは、私の目の前の女性と会う為である。

織斑千冬。
過去二度、世界最強の栄冠を手にした女性である。
第一回、第二回モンドグロッソにおいて総合部門並びに格闘部門の優勝者。
敬意と畏怖を以って、世界からブリュンヒルデで呼ばれる女性に。

率直に言ってしまえば、デュノア社の社長は会社の今後を見据え、
この女性とコネを作る為だけに海を越えてこの島国に来た。

「ダヴィッド社長、一度休憩を挟みましょうか。長旅で御疲れでしょう」

「そうだな。よければレディ、世間話に付き合ってくれないか?」

「私でよろしければ、お付き合いしましょう」

この淑女然とした女性は、IS学園における特別指導員だ。
主にISの実践訓練を担当しているので、ISに関する学習機関であるIS学園において最も忙しい人材であろうことは想像に難くない。
そんな彼女の時間を押さえようとした場合、やはり夏休みこそが最適であろうという判断に至った。

「織斑君、第一線に返り咲く気はないのかい?」

「デュノア社長。私はとうに引退した身です。今では後人の育成こそ私の天職と思っております」

「そうか、残念だな。第二回モンドグロッソの決勝戦、誰もがあの光景を忘れられないと言うのに」

「目上の方に説くのは失礼かもしれませんが、他人の過去とは輝いて見えるものです」

第二回モンドグロッソの決勝戦。
その決勝は日本の代表とドイツの代表によって行われた。
試合時間はたったの5秒。日本の圧勝だった。
決してドイツの代表が、機体が弱かったわけではない。
ドイツの彼女も単一仕様能力を開放しており、他国を寄せ付けない実力を持っていた。
彼女のワンオフ・アビリティーはバズーカでも抜けない圧倒的な強度を誇る物理障壁だった。
それを織斑千冬は開始と同時に零距離まで詰め、ものの一瞬で13撃加え、障壁を砕きシールドエネルギーを空にした。
その後会場のバリアを切り裂き、一目散へ何処かへ飛んでいった。
あまりに苛烈なその姿が、あの場にいた人間、あの光景を目にした人間に刻まれてしまっている。
(閉会を待たずに飛んでいったのは弟が誘拐に遭っており、その救助に向かったらしい。その美談も含め、彼女は未だ、世界中から求められている人材だ)


「そうかも知れない。だがしかし、世界は新たな主役を求めている。
 第三世代の開発が始まって、欧州のイグニッション・プランが進められ、それでもIS社会は停滞している。
 それはひとえに、君の様な存在がいないからだと上層部は考えているのだよ」

上層部って何処だよハゲ。
そんな口汚い囁きが聞こえた様な気がするが、気のせいだろう。
この淑女がその様な言葉を口にする筈が無い。

「デュノア社長、私個人としては、ISの発展自体にそれ程興味もないし、世界への影響を鑑みれば停滞して然るべき、とさえ考えております。
 ISはどれ程言い繕った所で、『兵器』に変わりはありません。それを使用する人が成長もせず発展を望むべきではないと、私は思います」

ISの腕もさる事ながら、この女性は非常に思慮深い。
天は二物を与えず、とはこの国の諺だが、彼女には当てはまらないようだ。
私の娘も、彼女のような女性に育って欲しいものだ。

「君の言う事は尤もだ。だが、世界は君の様に優しくはない。資源や資材、利権や金銭、国が、企業がそれを求め蠢いている。
 世界の波と言い換えてもいいだろう。その波を君は感じないかね?」

感じねーよ電波受信してんなよハゲ。
そんな口汚い囁きが聞こえた様な気がするが、気のせいだろう。
この淑女がその様な言葉を口にする筈が無い。

「そう、例えば突如現れた『世界初の男性IS操縦者』なんかその際足る―――」

「第二世代機を巧みに操るとある会社の社長の妾の子、なんてのもストーリーがあって宜しいかと存じますが?」

唐突に寒気がした。
こちらが素か、『織斑千冬』。
あの戦闘映像から思うに、どうにも温いと思っていたところだ。

「私の不肖の娘のことかね? フン、娘は君の弟に熱心でね。そういった器には成りえないよ」

「かつて世界の中心に居た身から発言させて頂くならば、そういった人間こそ器になり易いと断言します」

ピリピリと皮膚に刺さるプレッシャーは、24歳の小娘にだせる圧力ではない。
舐めてかかるつもりはない。これは正真正銘、化生の類だ。

「私の娘の話しはいい。ちなみに私は君の弟と個人的な交友があってね。彼はIS学園を卒業したら海外に出てみたいそうじゃないか。
 ただ就職の問題もある。彼には在学中にデュノア社に入社すると確約をくれれば、2,3年の世遊びを大目に見ると伝えてある」

あんの馬鹿ッ、アタシに黙って勝手しやがって、仕置きしてやる。
そんな口汚い囁きが聞こえた様な気がするが、気のせいだろう。
私の精神衛生上気のせいということにしておきたい。

「ご心配なさらなくても、私はIS学園より少なくない給金をいただいてます。弟の生活費程度なら問題ありません」

「フン。だとしても、姉の脛をいつまでも齧る一夏君ではないと思うがね」

痛い所を突かれた、と言わんばかりに表情を変えるブリュンヒルデ。
どうやら、彼女に取ってのアキレス腱らしいな。

頭痛の種、と言ってあげても良いかも知れない。
私は彼との出会いを想起し、彼女への同情心が湧いた。
絶対、確実に、苦労してるのだろう。

「なに、娘の友人だ。決して悪くは扱わんよ」

「娘の友人、ですか。それが卒業する時に娘の旦那になっている可能性はお考えで?」

フン、その時はあのモンキーを細切れにするだけだ。

「君の弟だ。将来的には立派な紳士に育っていてもおかしくはない。そうであれば、吝かではないね」
「社長、右手が震えてますわよ?」

フン、力みが出てたか。
緊張している感じでもない。
ただ単純に、隠すことでもないと無意識に判断したのだろう。

だが、やられっ放しも面白くはない。



「そうだな。私はなんだかなんだ言いながら、子煩悩な父親でね。親馬鹿にならぬよう普段から自分を律している。
 なので娘の近くに関係浅からぬ異性が居るというのは、あまり平然とできる環境ではない。それは君だってそうだろう?」

「何がでしょうか?」


「―――君は、織斑一夏に弟以上の感情、愛情を抱いているだろう?」


カアアと音が聞こえそうなほど一瞬で顔を真っ赤に染める彼女。
フン、歳相応に乙女な顔も出来るじゃないか。
織斑一夏の言った通りだったな。

「俺の姉はからかわれるのが苦手な、すっげー可愛い女の子」だと。





















その日、元世界最強のISランナー『織斑千冬』と、デュノア社社長『ダヴィッド・デュノア』の間にコネが出来た。
それが今回の日本来訪の目的であり、十全に達成できたと断言しても構わないだろう。

ただ、その裏に弟を溺愛するブラコンな姉と、娘を溺愛する親馬鹿な父の、
互いの利を得る為の有益な同盟が前提である事だけは、誰にも知られてはならない秘密である。



[32851] Holidays of seventeen # You & Me
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2015/05/31 21:12
《織斑千冬の場合》




「一夏が『オオカミさんと』と云う漫画を貸してきたのだが、全然面白くなかった」

「半年振りに電話かけてきて開口一番実弟との日常を話し出すちーちゃんにはびっくりだよ」

「うるさい。黙って私の話を聞け」

「何様だよちーちゃんッ!」

 束の怒号が電話口から響く。
 ちょっとした冗談ではないか。何をそんなにキレているのやら。

「あのもどかしい感じの人間関係は私の趣味には合わない」

「平然と会話を続けようとするちーちゃんに脱帽だよ。むしろコレ会話じゃないよ。
 ちーちゃんが好き勝手喋ってるだけだよ。私の存在意義がないよ……」

 あまり苛めると篠ノ之家次女に被害がいってしまうのでこの辺で勘弁してやるか。
 織斑千冬は気配りの出来る女なのだ。

「ところで私のISはどうなっているのだ?」

「取って付けた様に話題を変えたよこの女! なんなんだよもう!」

 いや、むしろお前がなんなんだ。何がそんなに不満なのだ? 欲求か?

「すまん束、お前の愛には応えられない。お前が女でなければ一縷の望みもあったのだが……」

「なんでわたしフラれてんのっ! 脈絡が無いにも程があるよッ!」

 テンション高いなこいつ。何かいいことでもあったのであろうか。
 個人的にダウナー系お姉ちゃんを則っている身としては、相容れない存在である。

「ちーちゃんと云い、いっくんと云い、よっっっぽど私を引っかき回すのが好きみたいだね……」
「自惚れるな。お前に注ぐ愛など無い」
「何様だよ本気で!」

 ちょっとした冗談ではないか。
 そんなんだから友達がいないのだ。

「あーもういいです。好きに話を進めてください」

「拗ねるなよ束、もっと弄りたくなるだろ」

「イッピー何してんだよぅ。この愚姉の教育ちゃんとしろよぅ」

「いやいや、済まん済まん。久しぶりにお前と話せるのが嬉しくてな」

「にしては全然電話くれない癖に」

 電話の向こうでむくれているアリス症候群の24歳の姿が目に浮かぶ。

 篠ノ之束。
 ISの開発者にして世紀のマッドサイエンティスト。
 ハードウェアからソフトウェア、開発から製造までこなす天才―――異端。
 トニー・ス○ークも真っ青なパワードスーツ、インフィニット・ストラトスの第一人者である。

「それで、この狂乱の天災科学者、たばねちんに電話をしてきた用件は?」

「なんだ? 用事がなきゃ親友に電話をしては駄目なのか?」

「用事がないと電話してこない癖になんなんだよもうっ! いい加減話進めてよ!」

 ぜーはーぜーはーと荒い息が聞こえる。なんだ、生理か?

「バファ○ン要るか?」

「なんの心配をしてんだよ! 同情するならバファリ○なんか用意せず優しくしてよ!」

「ほら、優しくして友達に噂とかされると恥ずかしいし……」

「どこのトキめいたメモりあるの住民だよっ! ちーちゃんなんか出演しても需要ねえよっ!」

「なんだ? 私が出演しても買わないのかお前?」

「100本は買いますっ!」

 素直な奴。
 あまりふざけていてはいつまでも本題に入らないので、そろそろ真面目に話をしよう。

「私の愛機の改修はまだか?」

「仕上げがまだ。微調整が終わってないけど、待てないなら渡そうか?」

「いや、いい。どうせなら完璧な状態でくれ。そう時間は掛からないのだろう?」

 私の愛機、暮桜。
 第一回、第二回モンドグロッソにおいて私が搭乗し、優勝した名機。
 拡張領域を犠牲にし機動性、敏捷性、即時対応性を引き上げた、世界一ピーキーな私の専用機。
 アリーナの様な限られた空間において、誰より速く飛ぶ事ができる私の翼。

「あのねえちーちゃん。如何に私が大天才だとしてもだよ? 暮桜のベースはいわゆる第一世代機。
 第四世代機まで席巻しちゃってるこのご時勢、もう改修しちゃうより作り直しちゃった方が早いんだけど」

「いいんだ。私はソイツに愛着がある。スペックだけ第四世代機にして貰えれば支障は無い。後は私がなんとかする。
 私のような単純な人間には余計な物なんかいらないんだ。どうせ『近づいて斬る』ことしかできないんだから」

「出来る限り善処したけど、今回が最後だからね? これ以上は間違いなく空中分解しちゃうからね。
 大体ちーちゃんじゃなければこんな『ランナーのポテンシャルにISを合わせる』なんて作業、不要なんだから。
 と言うか、私でなければちーちゃん向けのISカスタマイズなんて不可能だから」

「ご苦労」

「軽すぎるよ……私への労いが軽すぎるよ……」

「にしても、適正が高すぎるのも考えものだな。一心同体にはなれたとしても、人馬一体とは程遠い。
 私の有能な手足とは成り得ても所詮は手足。私の相棒には役不足な機体ばかりだ」

 その点、暮桜は優れたISだ。
 いつだって私の想定を上回ろうとしてくれる。
 一体化した筈の感覚の、その一歩先を見せようとしてくれる。
 それはスペックでは計れない、確かな強さ。
 織斑千冬を現状に留まらせない、私を最強まで押し上げた秘密の一手。

「そうなると、篠ノ之妹も困っているのか?」

「箒ちゃんが? ないない、例えAランクになったとしても、箒ちゃんには私が組んだ傑作機『紅椿』があるんだから」

「束。篠ノ之箒の適正はSだぞ?」

「…………マジで?」

「大マジだ。この前の適性検査で学園初のSを叩き出した。入学時点の適性はC。成長期間で言えば前代未聞の数値だな」

「…………なんで?」

「なんでも何も、迷いは断ち切ったらしいぞ? にしても、迷いのある私はあんな感じになるのかと思うとぞっとするな」

「―――は?」

 私も迷いがあるだけであんなつまらない女になってしまうのか。
 おちおち迷ってられんではないか。

……ん?

「ちーちゃん、何を言ってるの?」

「何って、迷いのある私はあんな感じに―――」

「違う! そうじゃない! ちーちゃんが箒ちゃんになるって、適性とか関係なくって、そんな理論は、」

「ん、ああ。言い直そうか? 篠ノ之箒は世界で五番目くらいには織斑千冬に存在的に近しい者になった。
 これで誤解は解けたか?」

「深まるばかりだよッ!」

 どうやら冗談ではなく、篠ノ之束は私の発言が理解できないらしい。
 何をそんなに慌てているのやら。
 私はただ、事実を述べているに過ぎないのに。
 もしかして。

「もしかして、お前はまだ、気付いていないのか?」

「何にだよッ!!!」

 真剣な声、余裕のない声、天災の声。

「『織斑一夏』がISを動かせる理由に、お前はまだ気付いてないんだな?」

「御託はいいから、さっさと喋れ」

「おー怖い怖い。どうした束、あまりにも『らしく』ないぞ?」

 束は返事をしない。
 怒りの発露より話が逸れてしまう時間のロスを惜しんでいる。
 私のことを脳筋だと馬鹿にしてたくせに、この程度の事に気付かないとは。
 脳とは元々、考える筋肉だろうに。

「私は一夏を愛している」
「与太話は省いて」
「殺すぞ。……いや、重要なピースだ。珍しく私が教師らしく『なぜなにIS』を開講してやる、タバネ兎は黙って聞け」

 千冬お姉さんがてきとうに教えてやる。

 まあ、コイツに順序立てて話す必要はない。
 篠ノ之束は天才だ。
 結論だけ話せば勝手に補足して納得するだろう。


「私は一夏を愛している。これは大前提だ覚えておけ。そして憎らしい事に、IS学園には一夏に惚れている雌豚が数匹居る。

 ちなみに雌豚は揃いも揃って代表候補生だ。言ってしまえば『IS適性』の高い者だな」


「―――まさか」


「黙れ、まだ解説中だ。その上一夏は、クラスの女子の殆どに恋心未満の好意を抱かれている。異常とは思わないか?

 たかだか顔が良いだけのお調子者が、約40名の異性から嫌われないなんて」


「―――まさか」


「煩い。IS学園に所属する生徒は少なからずISを動かせる程度には適性を持つ。未だ解明されてないが、なぜIS適性なんて物がある?

 まして女性にだけISが動かせて、男性は動かせない。女性の中でも適性があるのに、おかしいとは思わなかったのか?

 しかもだ。人口の比率から考えるとやけに日本人が多い。むしろ多過ぎる点を疑問に思わなかったのか?」


「―――まさか」


「口を開くな。『ISには女性しか乗れず、女性でも適性がある』、これは確認されている全ISにおいてそうだ。

 ISには自我があると言われているにも拘わらず、ISは男性の搭乗者を認めない。

 では『IS適性』とはなんなのか、と言う話に戻ろう。これは開発者のお前に説くのも馬鹿馬鹿しい説法だが、世界で初めてISの始祖、
 
 正確にはコアナンバー001が認識した人類はこの『織斑千冬』だ。私と云う強烈な自我、存在を知覚することによってISは人間を認識した」


「―――まさか」


「呼吸するな。世の中の科学者とかいうロマンチスト共はやれDNAパターンがどうやらコアとの親和性がどうたら的外れな論議をしているが、
 
 私とお前だけは真実を識っているだろう。ISが人間を認識する手立ては肉体的及び精神的に、この私と近しいか。ただそれだけだ。

 例えば私のクローンを作っても恐らくB止まりだし、私の精神を別人に植えつけても恐らくB止まりだろう」




「―――まさか」


「死ね。詰まる所、織斑一夏がISを動かせる理由ってのは姉である私の教育により精神構造において多大な影響を受けており、

 同じ種・胎から産まれているからその肉体の大部分を占める血液・肉体の構成が私と同一であるってだけだ。
 
 別に、一夏自身に特別な理由がある訳じゃない」


「―――まさか」


「殺すぞ。ちなみに私の心の大半は一夏への愛情で埋まっている。私の精神構造は極端に一夏を愛する事に偏っている。

 つまり一夏へ惚れ易い女ほど、IS適性が高いと云っても過言ではない。IS学園という母体もそれを証明している。

 一夏自身、自分の事が大好きなナルシストだしな」

 
「―――まさか」


「犯すぞ。ましてIS適性がSともなると、ISが私とかなり近い存在であると判断している。もう一夏に依存してしまってもおかしくないレベルだな。

 その点加味すると、元々篠ノ之箒は高いIS適性を秘めていた訳だ。それが福音事件で開花されてしまったにすぎない。

 納得したか? これが『篠ノ之箒が織斑千冬に存在的に近しくなる理由』と『織斑一夏がISを動かせる理由』だ」


「―――そういう、事か」


 束の声はひどくゆっくりした音となる。
 ゆっくりした声とは裏腹に、束の脳内では目まぐるしく情報が整理されている事だろう。
 私の発言と、自分の知識と経験を元に仮説を打ち立てる。
 その仮説が9割の正答率を誇ると云うのだから恐れ入る。
 だから天才。だからこその天才。
 本来、仮説に仮説を重ねるのは愚の骨頂であるが、この女に取っては仮設も事実も大差ない。
 裏が取れているかどうか、ただそれだけだ。


「ちーちゃんは凄いね」

「そりゃあな。篠ノ之束の身体能力が実は優れているように、私の頭脳だってそれなりに優れている。
 篠ノ之束の頭脳と織斑千冬の身体能力に霞んでしまい目立たないが、私の頭も中々のモンだろう?」

「頭が良い奴は理屈で身体を動かせるし、体の扱いに長けている奴は感性で頭脳を使える。ちーちゃんの言だったね。
 忘れてたよ。ちーちゃんって学年でも私の次に頭良かったもんね?」

「おい華園さんを忘れるな。ずっと2位だった人がいただろう」

「居たっけそんなの?」

 あんだけライバル視されながらこの女は記憶にすら留めていないのか。思わずホロリと涙してしまいそうだ。

「あーもう、ちーちゃんとの子供が欲しいなあ。私とちーちゃんの愛の結晶はどんな傑物を産むんだろう?
 とんでもない平凡な子だったらどうしよう? 考えただけでも濡れちゃうなぁ」

「電話切っていいか変態?」

「ダメっ! まだ私に伝えてないことがあるんでしょ? ……ちょっと、電話をスピーカーモードにして遠ざけたでしょ。
 地味に傷付くからやめてよそういうの」

 勘が鋭いなこの変態。

「『勘が鋭いなこの変態』じゃないよ! 反響音で丸分かりだよ! と言うか何気ない誹謗中傷は胸にしまっとこうよ!」

「じゃあお前、アレだ。例えば私が『ベッドで待ってる』って言ったら?」

「うん。―――すぐ行く! 走って行く!」

「うわ、私の知人キモ過ぎ」

「友人ですらなくなったっ?!」

 いや、今のはないだろう。
 ドン引きだ。
 なぜ私はこんなのと友達なのか問い詰めたくなってきた。

「ちょっと待って、真面目に親友から友達に格下げされてるんですけど!」

 だが逆に考えてみよう。
 一夏が品川プリンスホテルでシャワーを浴びた後に「ベッドで待ってる」とバスローブ姿で私に言ってきたら、

「無視かよ! 本格的に扱いが酷いよ!」

「五月蝿え、今忙しいんだ殺すぞ」

「逆ギレもいいとこだよっ! あと親友をそんな簡単に殺すなよ!」

「そういえば最近、一夏がたまに『シャバドゥビタッチヘーンシーン』と呟いてるのだが、何か知らないか?」

「ちーちゃん本気でこの束さんに興味ないよねえ! そしていっくんはショータイムしてる場合じゃないよ君のお姉さんの頭がフィナーレだよ!」

 お前ら実はこっそり仲良しだよな。
 姉よりも姉の親友と連絡をとる愚弟。
 姉の親友よりも姉の親友の妹と仲良しな愚弟。
 おいもっと姉を大事にしろよ愚弟。

 そうだ、ベッドに行こう(一夏の)

「Oh no. I have to do something about it right now」

「束、日本語を喋れ」

「おおっと。日本大好き束さんが実はバイリンガルだった意外な事実をひけらかしてしまったね」

「フーン」

「そんな半角文字発音してまでも束さんに興味がないことをアピールしなくったっていいじゃないか!」

 束はいつも元気がいいなあ。
 姉としては見習うべきかも知れん。
 いや、だがコイツは妹に嫌われている。
 見習うべき点はないな、うん。

「そう言えば篠ノ之妹とは最近どうなのだ?」

「それがさ、聞いてよちーちゃん。先週こっそりIS学園に忍び込んで箒ちゃんに会いに行ったんだけどさ、
 紅椿展開してガチに殺りに来たんだよあの子。実の姉をだよ? それもわざわざ私があげたISで殺しに来るとかどうなの?」

「ああ、IS展開して暴れてたアレか。理由をいつまでも言わなかったから厳罰にしといた」

「ちーちゃん、箒ちゃんに厳しくない?」

「私だって束が理由だと話せば無罪放免、とまではいかないが反省文で勘弁してやったさ。
 アイツが頑なに理由を話さないからこうなった」

「そうまでして、お姉ちゃんを庇うなんて……。箒ちゃんはツンデレさんだなぁ」

「私が厳罰に処すと脅しても『言いたくありません。名前すら口に出したくありません。厳罰で構いません』と
 渋柿を噛み潰した顔でいうものだから、望み通り厳罰を与えてやったよ」

「嫌い過ぎだろ箒ちゃん! どんだけ私のコト嫌ってんだよ! 
 巷では姉さんに一途に恋するアドベンチャーだって存在するのに、箒ちゃんはなんで私をそんなに嫌ってるんだよ!」

「いや、私でもお前みたいなのが姉だったらたぶんぶち殺してるわ」

「平然とした顔でとんでもない事言うなよ! もういいよちーちゃんなんか大嫌いだっ!」

 いい加減苛めすぎたのか、束が電話を切ろうとする。
 なんだかんだ束の事を可愛いと思っている私は、度々こうやって束を苛めて楽しんでしまう。
 やりすぎても許してくれるその愛情に甘えているのだ。
 私は、この破天荒な親友の事を大事に思っている。
 束には絶対に、何があっても伝えないが。

 だから、代わりの一言を。


































「束。イルカが見たいから来週末、一緒に水族館に行こう?」

「…………ちーちゃんのそういうトコ、ズルイと思う」


 きっと束は、困り顔で顔を赤くしながらも、渋々と私に了承の意を返してくれることだろう。





[32851] OutLine:君の街まで
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/06/21 00:41
中国に渡って一ヶ月。
私は早くもホームシック?に罹かっていた。
日本が恋しい。皆に会いたい。
私は、日本に戻る算段を立てた。
私の、たったひとつの光明。IS学園。
チビで可愛くない私だが、愛想は悪くてオツムの出来もそれなりだけど、ひとつ、誇れる才がある。
至高追従イマジンストーカー
なんかとある馬鹿に厨二な名前をつけられてるけど、ただの抜群の運動神経です。

私は、ほぼ自身のイメージと遜色ないレベルでの肉体運用が可能だ。
バック宙返りどころか、前宙、三角跳びなんでもござれだ。
ISの操縦に必要な物は、運動神経、知識、胆力だと聞いた。
知識は努力でカヴァーできる。胆力は願望でカヴァーできる。
一番素質を必要とするパーツを、私は喜ばしいことに手にしていた。
まず、それを餌にISに触れるところまでを目標とする。
私はISの研究機関に自分を売り込みに行った。





















中国に渡り二ヶ月。
なんとかISで訓練する環境の足掛かりを作れた私は、日々睡眠時間を削りISの勉強に勤しむ。

とある日、小包が届いた。
私宛ての小包。
封を開けると、写真が入っていた。

学校の文化祭。
知ってる顔が、たくさん映っている。
春日西中2-Bの出し物は、ホストクラブだった。
笑顔が溢れている。
相ちゃん男物のスーツめっちゃ似合ってる。
客にビンタされている馬鹿がいる。
御手洗くん凄い、3人もはべらしてる。
ああ、楽しそうだ。いいなぁ。

私は、日本に戻るという決意を新たにし、勉強に励むのだった。















中国に渡り四ヶ月。
訓練機をもう自由に使っていい位の立場は得られたが、専用機にはまだ遠い。
だが、一人狙いをつけている専用機持ちがいる。
ソイツへの対策を取りまくって、訓練機でソイツを完膚無きまでに落としたら、そいつの立場を奪えるかもしれない。
最近、人付き合いも頑張っている。
専用機持ち、ひいては代表候補生とはやはり国の顔だけあって内面も見られる(勿論、腕が第一だが)
内申を良くしておけば、それだけ私を好ましく思い、例え腕が五分だとしても私を押す人は増えるだろう。

とある日、小包が届いた。
私宛ての小包。
封を開けると、写真が入っていた。

一夏と弾が、蘭を着せ替え人形にして遊んでいる写真。
あーでもないこーでもないと言い争いつつ、何かを真剣に考え込む姿。
蘭はそれを呆れつつも、二人に付き合ってあげている感じ。
ああ。
ああ、なぜ私は、そこに居ないのだろう。
そこは、私の居場所の筈なのに。
私は、何故こんな所にいるのだろう。
還りたい。
帰りたい。
帰りたい、よ。
二人はやっと意見がまとまったらしく、硬い握手を交わしている。
蘭も交えて、三人でショッピング。
笑顔が溢れている。
知っている。
私はその場所の居心地を知っている。
アイツらと買い物に行く。それってとっても、楽しいのだ。
子供みたいにはしゃぐ一夏と、何かと目敏く見つけてくる弾。
いちいち一夏に蘭がアプローチをかけ、弾がそれを止める。
楽しそう。
二人は買い込んだものを部屋いっぱいに広げ、何かを紙面に起こしていく。
その表情は真剣そのもの。
針やら糸やら飲み物を蘭が用意している。
何か、作っている。
黒い、細長い布。
マフラー?
結構形になってるし。

え?
そんな簡単にできるものだっけ? といぶかしんだ所で、写真の日付を確認した。
ショッピングやらは2ヶ月前。マフラーは先週。日付がばらばらだ。
遠いなあ。
私は、アイツらの時間をこうやって数字でしか知れない距離にいるんだ。
なんて、遠い。
毎日会って、毎日話して、毎日遊んでた。
それが、今、こんなにも遠い。
その距離。その現実。
遠すぎるよ。

私は、寂しさを打ち消すように訓練に打ち込んだ。



























中国に渡りはや六ヶ月。
訓練機で私の相手をこなせるランナーがいなくなった頃。
充分に認められつつある私。
ただ私には、実績が足りない。
ターニングポイントだ。
此処で私が実績を立てれば、トントン拍子に事が運ぶだろう。
そう、訓練機で専用機を圧倒すれば、私に専用機を用意する事だろう。
そうすれば、もう代表候補生に片足つっこんだようなものだ。
だから、次の公式戦だけは負けられない。
柄にもなく不安だ。
此処で勝たなきゃ、次のチャンスがいつになるか分からない。
私は一層、身を削る程に鍛錬に明け暮れた。
食事を戻し、体重が減り、生理が止まった。
それでも食べて、鍛えて、鍛えて、鍛えていた。

とある日、小包が届いた。
私宛ての小包。
封を開けると、写真が入っていた。

一夏と弾が共同作業を行っている。
手元まではよく見えないが、この前のマフラーみたいなのが沢山集まっているような。
二人はここが踏ん張りどころ! と言った感じで作業を進めていく。
何かを作り、組み合わせていく。
慣れていないのか、段取り悪そうに。
根気強く、汗を流しながら手を動かす。
まるで想いを込めるように、何かを縫い付ける。
細かい作業までは分からないが、何かを作っているのは間違いないようだ。
苦戦している。
それでも、作業に対しての充足感があるのか、熱意はあるようだ。
一枚一枚スライドしていく写真には、一夏と弾の共同作業が映る。
そこには、私が、いない。
私がいない。
スライドしていく二人の暮らしには、私がいない。
どれだけ探しても、どれだけ眺めても、私はいなかった。
私が収まっているはずの場所に、私がいなかった。
二人は気付いているのだろうか。
これまでの写真が、どれだけ私の心を傷つけているのか。
私がいなくても世界が回る事を/違和感なく生活が送れる事を。
如実に語る写真の姿が、私にその事実を認識させる。
私、もういらない、のかな。
私、もういなくて、いいのかな。
力が抜け、写真が落ちる。
ばさりと広がった写真の中に。
物が完成したのか、一夏と弾と蘭がファミレスで打ち上げしている。
笑顔が溢れている。
私は、涙が溢れた。
感情のままに写真を破いた。
破いて、破いて、破いて、放り投げた。
涙は止まらない。
辛くても、痛くても我慢できたけど、これは無理だ。
わたしの、何よりも大事なモノが。
失われていく。
そんなのってないよ。あんまりだよ。
その日、初めて私は訓練をサボった。





























翌日、インターホンに起こされた。
泣き疲れて昼前まで寝ていたらしい。
ドアを開けると、ちょっと大きめの郵便物。
私宛てだ。

酷い顔をしていたのだろう。
宅配人は逃げるように去っていった。
袋を破り捨てる。

中に入っていたのは、黒のワンピース。
拘束具のようなタイトなラインがあしらわれた、パンキッシュなワンピース。
私が普段着ないような、だけれど私に似合いそうなワンピース。
胸に合わせる。
見ただけで、着るまでもなく、私にピッタリなサイズであることが分かってしまう。
既製品みたくしっかりとした作りではないが、それでも手を抜いた形跡の無い丁寧な仕上がり。
丹念に丹念に編みこまれた、糸/意図。

私は、はじかれる様にこれまでの写真を漁る。
日本から送られてきた写真を。
何を。何を見ていたというのだ。
写真を見返す。
写真に私はいない。
写真に私はいない。
何度見ても、写真に私はいない。
けれど、写真の中に『私』が無い訳じゃなかった。
どれを見ても、どれを眺めても。
私はいない。私という本人が映ってないだけで。
『私』と云う存在は、そこにあった。
















電話をかける。
3コール、4コール、5コール、まだ出ない。
6コール目でやっと出た。

「もしもし?」

電話の声を聞いて、私はおすまし声で

「た゛ん゛ん~~~」

話せなかった。
どころか、まともに声が出なかった。

「はいはい、弾ですよ」

「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛~~」

「おいおい、日本語忘れちまったのか?」

弾は笑う。
いつも通りだ。
何一つ変わってない。
変わったのは。
疑心暗鬼に捕らわれていた、私の心だけだった。

「あいが。あり、ありがとう!」

「はいはい、どういたしまして」

写真に私はいなかったが。
写真の一夏と弾は、蘭に服を着せながら『私』を見ていた。
写真の一夏と弾は、服の型を作りながら『私』を見ていた。
写真の一夏と弾は、服を成型しながら『私』を見ていた。
私の存在は、私がいなくても其処に在ったのだ。
変わらず、私の場所は其処に在ったのだ。
私は、海を隔てた遠くに居るというのに。
私の家族は、こんなにも近くに居たのだ。

「あの、あのね! あたし、頑張ってる! こっちで頑張ってるから!
 少しでも早くそっちに帰れるように、頑張ってるから!」

「頑張り過ぎないようにな。お前はすぐに思い詰めちゃうんだから。
 別に急がなくたって、俺も、あいつも、お前を忘れたりしねえよ」

いやだ。
絶対頑張る。超頑張る」

「こらこら、体を大事にしないと怒るぞ。元気に帰ってこなかったら追い出すからな」

「うん、うん! 大事にする! 元気出す!」

「ちったあ大人になったかと思ったけど、まだまだ子供だな、鈴は」

「あたしは普通だもん。あんた達が達観しすぎてるだけよ」

もうなにも怖くない。
私は、大丈夫だ。
こんなにも、想ってくれる人がいる。
こんなにも、優しくしてくれる人がいる。
こんなにも、大事な人がいる。
迷いは無い。

「―――弾、すぐ帰るから待ってて」

「焦るな、つっても無駄なんだろうなぁ。いいや、精一杯やってこい。
 寂しいときは電話くれ。つっても五反田食堂の収支を考えた電話代に収まるようにな」

「ありがとう、弾。大好き! それじゃあね!」

「俺もだよ。健康第一だからな? じゃあな」

電話を切る。
よし、トレーナーさんに謝罪の電話を入れよう。
立ち止まっている暇なんて無い。
私は、私の目的の為に全力疾走だ。
凰鈴音、今日も元気です!






















その翌週、専用機持ちを訓練機にて圧倒し。
その翌月、晴れて専用機持ちとなり。
その翌年、五反田弾に泣きながら抱きつく鈴音の姿があったとか。

それはまた、別のお話し。



[32851] OutLine:believe me
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/08/13 23:29
これは、悪い癖だ。
私は嫌なことがあると、いつも此処に逃げ込んでしまう。
昔はこんなことしなかったのに。
もう私は、学園の3年生になるというのに。

この狭く、暗く。服と、木と、微かに誰かの香りのするこの場所に。
誰の目も届かない。誰の声も聞こえない。
明かりもなく、音もなく。
ただなにをする訳でもなく。
わたしは、膝を抱えてここにうずくまる。

会いたい/会いたくない
顔が見たい/顔を見られたくない
見つけて欲しい/そっとしておいて欲しい

私は、私の気持ちが分からない。
それでも、こうやって傍に行くのはきっと。
『誰か』に見つけて貰いたいからで。
それでも、こうやって隠れてしまうのはきっと。
『誰か』から見つかりたくないからで。

冷静ではない。
分かっている。
冷静ではない。
知っている。
冷静ではない。
だからどうしたと云うのだ。
感情をコントロールできるのであれば、最初からこんな所に篭ってなどいない。

「……いたい」

ぼそりとしたわたしの声は、静寂に溶けた。
まるで、わたしの存在が薄っぺらだといわれたみたいで、気分がより愚図った。



























はじめは、些細なことだった。
私はその三人組が気に入らなかった。
私の敬愛すべき教官の講義で、私語をする、提出物を忘れる、ノートを取らない、居眠り等の不貞行為を繰り返す。
我慢した。私は我慢したのだ。
だがしかし。
我慢と云う物には、限度がある。
やんわりと。
朝課外の際に、私はやんわりと注意したのだ。

「お前たち、ちょっと騒がしいんじゃないか?」

「そんなことないよ、ね~?」
「ねぇ?」

いやいや。お前たちが五月蝿いと思っていないだけで、少なくとも私は五月蝿いと思っているのだぞ?
たとえIS戦だろうが肉弾戦だろうが1対3であっても一方的に黙らせられる私が、
このラウラ・ボーデヴィッヒが穏便に済ませようとしているのに。
それをすると嫁とかシャルロットからお叱りがあるからこうして、こうして穏便に済ませようとしているのに。

私は我慢した。
結果、改善はされず悪化した。
私は我慢したのだ。
その結果、折り合いが取れないのであれば『相談』だ。
昼前の休憩にて、私は三人に話しかけた。

「すまないが、騒々しくて授業に集中できんのだ。静かにしてもらえると助かる」

「ボーデヴィッヒさんちょっと神経質なんじゃない?」
「アレじゃない? ロシアの軍隊ってアレじゃない?」
「アレアレばっかでなに言ってるか分かんないよりっちゃん」

「元々談話する時間でもないのだが……」


いかんいかん。言い方には気をつけねば。
これは相談なのだ。お願いと言い換えても良い。
それなりの礼儀というものがある。

「まったく会話するなと命令する気もないのだ。私たちには授業を受ける権利がある。
 それをお前たちに強制するのはおかしな話だが、こちらの権利が阻害されてしまってはそうも言ってられない。
 どうにか納得してくれないか?」

「ふーん。そうかもねー」
「ヒノっち興味ウスだよそれは。ボーデウィッヒさん怒るよぅ?」

「いや、決して怒っている訳ではない! ただ私は―――」

嘘だ。
実はかなり怒っている。
だが、私の意見は消極的ながらも反映されそうな傾向だったのだ。


・・・
だった、のだ。










笑い声が、煩い。
押し殺し損ねた笑い声が、背後で聞こえる。
プ、とか、クスクスとか。
たまに聞こえてくる笑い声が癪に障る。
怒るな。
怒って得することなど無い。
我慢だ。


昼休みは、口論になった。
戦争にならなかっただけ褒めて欲しい。




向こうの言い分としては会話を禁止されたので文通してた、なにキレてんの、と云った所だ。
なるほど然り、たしかに話し声は少なくなったが、後ろで頻繁に笑うのであれば解決もクソもないではないか!
私は我慢した。
我慢したのだ
しかし限度がある。
繰り返す。我慢と云う物には限度がある。
口論で済ませた私は、成長したと皆に褒めてもらってもおかしくはない筈だ。

そういった、ささいなきっかけだった筈だ。
弾みだと、思いたい。















ヒートアップした口論で、零れた悪意コトバ

『化物の癖に』

二ノ宮りおんが発した小さな一言。
その一言が耳に届き、耳朶を伝播し、脳が理解し、心が解釈する。

バケ、モノ。

化物、モンスター、化生、怪物。
私の産まれを知っていて、直接的な―――
直接的な、端的な、私を。
私を、示す、単語。

嗚呼。躯が震える。
嗚呼。心が凍える。

視線が怖い。
私はどんな眼で、どんな表情で見られているのか。
怖くて確認できない。
それは、ヒトを見る眼をしているだろうか。

弾かける様に教室を飛び出した。
感情が溢れる前に一人になる必要があった。
午後の講義の開始を告げる鐘が鳴る。
次はあんなに楽しみにしていた織斑教官の講義だというのに。
私は駆け出した脚をとめることができず、何かから逃げるのだった。
自分の心を理解する前に。
暴かれて、しまう前に。
暴れて、しまう前に。
私は、駆けた。































午前中お休みいただいており、昼から回復したので出席する旨を胸に、違ったマヤちゃんに伝え、
チッピーに捕まり話をしながらクラスに向かう羽目になった。

「あんでしょうか織斑先生。心配しなくてももう熱は下がりましたよ」

「熱がなければいいと云う訳でもあるまい。治るまで休んでいればよかろうに」

云えない。ただの下○で、腹下しただけで午前中丸々休んだなんて云えない。

「授業の進捗も悪くない。お前の体調がよければ、終わりの10分程度壇上に上がるか?」
「誰得だよ」

遊びすぎだろ、あんた。
弟に授業させてどうすんだ。仕事しろ。

「まあ考えておけ。皆、お前のトークにそれなり興味があるようだぞ?」

「へいへい、ネタをなんか考えときますよっと。……なんだ?」

「剣呑な雰囲気だな」

教室に入ると、満面の笑みで仲良し三人組に詰め寄るシャルロットの姿が!
なにアレ怖い。たけぴーとヒノっちとりおんちゃん(巨乳)ビビってる。
分かる。俺もあのシャルロに詰め寄られると失禁しそうになる。

「全員、席に着け。授業を始める」

有無を言わさぬチッピーてんてーの発言によって訓練されている俺達は素早く着席した。
三人組は安堵の顔ですが、

「おい、ボーデヴィッヒは何処だ? 昼までは出席になっているようだが…?」

シャルロットさんの顔が不機嫌笑顔なのが非常に気になる。
クラス全体の浮ついた雰囲気?も。
地に足がつかないというか。不安? 不満?
あんまり良くないイメージな。

[ねぇねぇ箒ちゃん?]
[なんだ、どうした?]

この状況で平然としているお前の脳味噌がどうしたって思いますけど。
ISのコアネットワークを通じたプライベートチャンネル通信。
ほぼ無音に近い発声をISが拾い解読、秘匿回線で変換した音声をISの網膜展開型インターフェイスを通じ交信。
周りからは口元が動いてるようにしか見えないだろう。
こそこそと会話する。きっとファンタジーの念話ってこんな感じなんだろなとか感想を浮かべつつ。

[何があったん?]
[ああ、それはだな―――]

ごにょごにょごにょり、っと。
お前そこまで顛末を分かっておきながら我関せずってどうなん?
興味がなかった? あ、そう……。

授業は進む。
一見するときちんと受講している様に見えるイッピー&モッピーですが、
バックグラウンドで俺と箒の通信は続いている。
俺は話しながら要点を起こし、メールにまとめる。
網膜投影と仮想レイヤーを駆使した内職。
なんという技術の無駄遣い。

送信先:ラブリーマイシスター千冬ちゃん2○歳
送信っと。
ちなみに後日このアドレスの登録名が見つかり鼻が折れかけたのは秘密です。

講義を続けながら(つっても対戦動画の技術解説が主な内容だが)、教卓の端末でメールを確認してるだろう姉。
クラスの微妙な浮つき具合には気がついてるが、とりま流している彼女はどういったアクションを取るのか。
メールを確認した織斑先生は。

更に流した。
あるぇー?

講義は止まることなく続く。
間違いなく俺のメールを読んだちーちゃんはガン無視です。
滞りなくいい感じで進み、残り20分という所で一旦切られた。

「キリがいいのでここで終わりにする。質問はないか?」

織斑先生の問いかけに、クラスは無言の肯定を返す。

「ないな。それじゃあそうだな、おいクラス委員長」

「はい」

ご指名ありがとうございまーす。イチカです。

「このクラスの浮ついた空気をなんとかしろ。授業に身が入ってない者が多すぎる」

えー。
ここで振んのかよ。
はいはいはい、分かりましたよ。
アゲてきましょう。上がれ、テンション上がれ。
俺様いわく上がれテンション。

「少々、時間をお借りしてもよろしいでしょうか、織斑先生」

「許可する。残り時間、好きに使え。ただし結果は出せよ?」

謳え、馬鹿者。
姉はそう、俺にだけ聞こえる声で呟いた。
すかした笑みを浮かべて、教室の後ろで壁に寄りかかる千冬姉さん。



「それじゃあそうだな。たまには真面目に話をしよう」

































「キミ達は、ラウラ・ボーデヴィッヒの出自を知っているね?」

噂大好きな女の園。
一度漏れた情報にプライバシーなどある訳が無い。
俺が靴下を左右色違いで登校しただけで一年はネタにされるぐらいなのだから。

「彼女は知っての通り普通じゃない。その生い立ち、境遇、生活環境、習得技術。
 もっと簡単に言ってやろう。『異常』だ。
 親の腹から産まれてないし、親の愛情なんかも当然知らない。一般常識なんて以っての他の存在だ」

目を伏せる娘、睨んでくる娘、驚きを隠せない娘、同情する娘、無関心な娘。

「お前等、俺も含め全員と比べてみても誰一人として膝元にすら及ばないヘビーな家庭事情だ。
 そりゃあいいさ。そりゃあ事実だ。アイツにしたって、今更それを自分から口に出すことはない」

遺伝子強化試験体。
試験管ベイビー且つアドバンスドベイビー。
培養層で育てられ、育たなかった素体は廃棄され、学習装置テスタメントで知識を植え付けられ、
軍に道具として扱われ、IS操舵の為肉体を弄繰り回され、それが適合しなかったら出来損ないと棄てられかけた。
それは、事実だ。
それは、過去だ。
変えられない、否定も出来ない。

「怖がろうが、引こうが、苛めようが、拒絶しようが、全然構わない。アイツは出自的に俺達と違う。俗に云う―――」

ガン、と。硬い音が響いた。
棒やすりが飛来し、黒板に穴が開く。
俺の顔のすぐ横で。

「オデコでタバコを吸ってみたいならいいけど、そうでなければそれ以上口を開かないで」

部分展開すらせず、愛機とのリンクのみでパワーアシストを行った器用な女が、
普段の柔和な笑みを磨り潰し冷たい視線で俺を睨む。

「シャルロット・デュノア。後ろに立ってろ」

「一夏、人の気―――」

「黙って立ってろ。それとも俺のコイツで顎外されてぇのか?」

デュノアの眼前に雪片弐型を遠隔展開。
テメエばっか伸びてるとでも思ったか。
テメエばっか小技が使えると思ったか。
テメエばっかキレてると思ってんのか。

「続けるぞ。あいつとの付き合い方を俺が決める訳じゃない。キミ等が自分で選んぶんだ。
 人間関係なんて他人にどうこう云われて決めるもんじゃねぇからさ」

あー、ヤニ吸いてぇ。
未成年の喫煙が合法の国ってあったよな。
大麻もたしか合法の国あったよな。
卒業したらどっか国外行ってみっか?

「けどさ、忘れないで欲しい事がある」

合法ハーブもそろそろ規制きそうだし、楽しむなら今のうちだなぁ。
ドラッグには怖くて手が出せないけど。
つーか人として越えちゃいけないラインだと思うし。

「あいつ、不安がるんだ。皆に迷惑をかけていないか。
 あいつ、心配がるんだ。皆に嫌な思いさせてないか。
 確かに、あいつの出自は普通の人間じゃねえよ。
 だけどさ、俺から言わせりゃだからどうしたって話だよ。
 だって、あいつ。こんなに人の気持ちを慮れるんだぜ?
 相手を思いやれるんだぜ? あんなに他人を拒絶していた奴がさ。
 あいつ、泣くんだぜ。普通の女の子に産まれたかったって。
 あいつ、嘆くんだぜ。愛情を注いでくれる両親が欲しかったって。
 みんなが羨ましいって。みんなが妬ましいって。
 だけどそういった汚さを、あいつはぶつけてきたか?
 あいつ、自分が裏でなんて蔑称で呼ばれてるか知ってるぜ?
 それでもあいつはそうしない。しないんだよ。
 だって、悲しいから。そんな事すると悲しくなるから。相手も、自分も」

口が寂しい。
タバコが吸いたい。
頭がイライラしてモガモガしてスッとしない。
煙草が吸いたい。
電子煙草吸ってみたけど何アレ。
気体ジュースじゃん。

「人の定義なんて難しい。難しいらしい。俺にとっちゃ簡単だけどな。
 『人の心を、悲しさを感じる心を知る者』、それが俺にとっちゃ人間だ。
 人の心を切り裂くような、他人の悲しさを感じ取れない様な奴を俺は人と思えない。
 なあ、竹本若菜、日野森明子、二ノ宮りおん。
 問うぜ? 『お前ら、人間か?』」

名指しされた者は、羞恥で顔を伏せた。
名指しされなかった者は、後ろめたさに目を伏せた。
正直、ほっとした。
伝わらなかったらどうしようかと思ったぜ。
いやいや、平和。

「んじゃ、前フリ終わり!」

元気よく行きましょう。
ヤニすいてーとか言っちゃいけません。
健康的にいきましょう。

「おいおい下ばっか見てんなよ? こっからが本題だ。
 終わったことに思いを馳せてどうすんだよ。
 未来はそっちにゃねえんだ。コッチ見ろや」

机を叩く。
音にびっくりした生徒が前を向く。
たかだか40人程度の女子高生の視線なんて緊張しねー。
1000人規模の集会でやらかした俺にはなんともねー。
だけど姉の熱烈な視線だけはとめて欲しい。わりとガチで。

「年を取って無くすものって、なんだと思う?」

先生、俺は大人になれたでしょうか?
まだまだだと思います。
だけど先生みたいな素敵な大人に、俺もなりたい。

「人は年をとると恥を覚え、臆病になる。
 見なかったフリ、聞こえなかったフリを覚える。
 それを大人というのだろうけど、それじゃ成長は止まってしまうんだよ」

やって後悔する、やらずに後悔する。
そういう次元にない。
上手くやるやり方を覚え、それなりでこなそうとしてしまう。

「年を取って無くすもの、それは『勇気』だ。
 キミ達はモノを知らない経験不足故に恐れを知らない。
 それを未熟だと人は笑うかも知れない。だけど、んなこたぁねえ。
 気持ちのままに、心のままにやってしまう事の何が未熟か。
 失敗を恐れて、恥を恐れて何も出来ない置き物に哂う権利なんかねえんだ」

手を抜く風潮の昨今ですが、アテクシそういったの大ッ嫌いでげす。
真面目にやること。真剣にやること。懸命にやること。
それの何がかっこわるいか。ダサいか。
そういったのが眩しいからって、自分が持ってないのが悔しいからって誤魔化しやがって。

個人的には好きにしろって思いますが。
けどさ。
意地張っても強がってもいいけど、素直さだけはなくさずに。

「間違えたって、恥かいたっていいんだ。やってしまってからだって遅くない。すぐやり直せる。
 だから、感じる心を止めるな。いつだって自分の心に従え。
 それで失敗して誰かに迷惑かけたら謝ればいいんだよ。大丈夫、キミ達は若い。
 人でも殺さなきゃ社会が許してくれるさ、存分に失敗しろ。
 ―――胸を張ってやらかそうぜ? 18歳なんて二度とこねぇ! 青春っぽいこと、しようぜ?」

はい、お仕舞い。
俺は教壇を降り、教室の後ろへ歩く。
なんだなんだと目で追うガールズ。
あんま見んなよ。これから恥ずかしいことするんだから。

「織斑先生!」

「なんだ、織斑」

手を挙げて、大きな声で。

「やりたい事がありますので、授業をサボります!」

豚肉をぶっ叩いたような音が響き、人間大の物体が教室の後ろのスペースを2,3メートル滑っていった。
いえ、俺がぶん殴られてぶっ倒れただけですけどね!

「ならん。教師として許可出来ん。織斑、お前は学生で、学業こそが本分だ。
 やりたい事があるからとそう易々許されると思うか?」

いひゃい。ごいすーいひゃい。人中打ち抜いたよこの姉。
思いっきり殴ったろ。うそみたいだろ。俺のこと愛してんだぜ、これで。まだ、痛みで動けないんだぜ。

「ああ、そういえば織斑は体調不良でさっきまで欠席していたな。おや顔色が悪いじゃないか。
 体調不良が長引いて学業に支障が出てはいかん。今日は早退するといい」

「お言葉に、甘えます!」

痛っっっっってえんだよ、この馬鹿力!
なんで平手で拳みたいな打撃かましてんだよ。

あれ、中々立てない。
脚にきてる?
女の平手で立てなくなるイッピー?
あ、やべぇ。
死にたくなってきた。

小走りに織斑千冬の前に立つ女の子がひとり。
おいおい、俺が教室出てからにしてくれよ。
立てないけど。

「先生! 私、今すぐやらなきゃいけないことがあるので早退します!」

二ノ宮ちゃんが織斑先生の前で言い放つ。
え、なにこいつ。
パンツ見えそうなんだけど。

「何を馬鹿なことを言っている」

ビンタ。
激しいビンタ。
二ノ宮ちゃんは倒れた。
うそ、俺に倒れてきたから背中を支えた。
人を倒すビンタってなんなの? 馬鹿なの? 死ぬよ?
こっそりブラのラインとか探ってないよ。ホントだよ。

「ん? おい二ノ宮、顔が赤いじゃないか。―――保健室でも行って来い」

「御言葉に甘えますっ!」

元気良く立ち上がり、ドアを開け、保健室とは逆の方へ駆けて行く二ノ宮さん。
あらあらまあまあ。
若いねぇ。
ぴっちぴちだね。
卑猥だねっ!

んじゃま、出遅れましたが行きますか。






































































まだ授業中だというのに、寮の部屋に帰って来た者がいる。
この部屋に入ってきた時点で、誰だか丸分かりなのだが。

「授業サボタージュの悪い悪い兎ちゃんはいねーかな、っと」

嫁は制服のままベッドに横になる。
私は、嫁の部屋のクローゼットから嫁を観察する。
隠れるのは得意分野なのだが、嫁は私が忍び込んでもすぐ気付く。
愛と思いたいが、単純に気配に敏感なだけだろう。

「まー、いっか」

本格的に寝そうだぞあの男。
何しに来たのだ?
何しに来たと言っても、彼の部屋なのだが。

「其処に篭って満足するなら存分に篭れ。時間と体調の許す限り好きなだけな。
 だけどひとつだけ教えてやる。其処に居たって何も、何一つ変わらない。
 そんな所でお前が幾ら時間を費やそうが、無駄にするだけだ。それでいいなら其処にいろ」

ゴロゴロと体勢を変えながら一夏は呟く。
まるで収まりのいいポディションを探しているかのようだ。

「でも俺はお前の友達のつもりだから。仲間のつもりだからついでに言ってやるよ。
 出てこい。其処にゃ何もないけど、此処には少なくとも俺が居る。
 お前の愚痴を聞いて、お前と一緒に悩んでやることぐらいは出来る。
 俺だけじゃない。其処から外の世界には、お前の味方がいるんだぜ?
 それでも其処がいいなら好きにしろ。お前の決断だ。これ以上は何も言わねえよ」

アイツは。
アイツは。
アイツは。
ねっころがりながら、なんてことをいうんだ。

きっと知ってる。
全部知ってる。
知った上で、いつも通り。

そんなの、ズルい。

私はクローゼットの扉を跳ね除けて、ベッドに横になっている織斑一夏に覆いかぶさった。
下からいつもの顔で私を見上げる一夏。
人の気持ちを知ってる癖に。
そうやって、そうやって!

「イチカ、私は、私は!」

言葉が暴れる。身体が裂けそうだ。
止められない。
止まらない。
この涙も、この言葉も、この想いも。

「私は! ―――普通に産まれたかった!」

皆と同じように。
男と女が体を重ね、愛を育み。
求められて産まれたかった。
母の海で育ちたかった。
父の腕に抱かれたかった。
両親と云う存在に、無償の愛に、『普通』の家庭に、『普通』の家族に。
普通に、産まれたかった。
それは、きっと。
きっと簡単で、ありふれた、―――とても尊い光景。
私には一生、手に入らない光景。

「イチカ! イチカぁ! 私は! ワタシは!」

一夏の胸元を叩く腕が止まる。
それでも、腕は離せない。
これ以上、『人』と離れたくなかった。離れるのが怖かった。
一夏のシャツを見る。
ボタボタと涙が落ちていき水溜りができそうだ。
目が熱い。
だけどそれ以上に、言葉のナイフに切り付けられた傷が、熱かった。

化物ワタシなんか、嫌いだ……」

この三年間、沢山学んだ。
普通を。一般常識を。
そして知った。ワタシは、化物だ。
何処を探しても私の様な存在はいない。
ドラマも、漫画も、小説にも。
荒唐無稽なフィクションの中でしか、ワタシは存在しなかった。

気持ち悪い。
気味が悪い。
自然じゃない。
造花みたい。
人じゃない。
ばけものみたい。
ばけもの。

聞こえている。
私の強化された聴覚は拾うのだ。
昔は周囲等どうでも良かったのに。
今ではご覧の有様だ。
なんて弱いのだ。
弱くなったのだ。


「それでも、俺はラウラが好きだよ」


そうやって悩んで、考えて、凹んで。それでも最後には前を向くラウラが好きだ。
変わりたいって。変われない過去を嘆くけど、それで終わらない強いラウラが好きだ。
たまにこうやって弱さを見せる人間臭いラウラだって好きだ。

一夏はそういって私の腰を抱き、滴を掬うように舌を這わす。涙を吸う。
変態だ。大変な変態だ。

「それじゃ足りないってんなら、部屋の外に出てみろよ。きっと面白いことになってんぜ?」

一夏に押され、ふらふらと部屋のドアまで歩く。
かすかに「ぼくに謝ってどうするのさ。ちなみにラウラが許してもぼくは許さない絶対にだ」声がする。
ふらふら、ふらふら。
定まらない足取りのまま、ドアを開ける。


「ラウラ! もう、探したんだよ?」

シャルロットが開口一番にそう声をあげ、私を抱き締めた。
その包まれる感覚に、安心感を覚える。
それはきっと、母に抱かれるようなものに近いのだろう。

私は母を知らない。
だけど、この感覚があれば。
母がいなくても、生きていけそうだと思った。

「ごめんなさい、ボーデヴィッヒさん!」

「ごめんなさい!」

私は、深く頭を下げる彼女達をみる。
腹立たしいし羨ましい。
私は、この三人を物理的に引き裂いてやりたい。
けれども、そんな行い、してはいけない。
私は、人なのだから。
普通じゃなくても、胸を張って人間だと云える様に。
私が誇れる自分である様に。

「許す。気にしていない」

強がりだっていい。意地を張っていい。
辛くても、前さえ向いていれば。

「そんな兎みたいな眼してる癖に、ラウラは可愛いねぇ~」

こうやって、後ろから支えてくれる人がいる。
シャルロットが背中から手を回し私を抱きとめ、体温を、温もりを与えてくる。
嫁はきっと、それを伝えたかったんだろう。
壁を背に、世界と断絶したって。
其処には何もない。逃げ場すらないのだから。

此処には、敵が多い。
世界には、嫌な事が溢れている。
だけど、私の味方も、私の喜びも、こちらにしかないのだ。

きっとこれからも、私はあの狭い世界に逃げ込むだろう。
此処は、眩し過ぎるから。
けれど、こうやって立っていれば。
私だってこの世界の一部なのだ。
それを学んだから、これから何度逃げ込もうが、その度に出てこれるさ。

「なに一人で完結した顔してるのさ。ぼくはちっとも溜飲が下がっていないんだからね」

そう怒るなよシャルロット。
そうやってお前が怒ってくれるから、私はこうやって笑えるのだ。
お前さえよければ、これからも私と仲良くして欲しい。

「心配無用だよ。知らなかったのラウラ?
 ぼくが一夏と結婚したら、ぼくはラウラを娘にするんだから」

それは、なんともまあ。
理想的な家庭。未来絵図。
私が愛する父がいて、私を愛する母がいる。
なんて、満たされた『絵に描いた餅』だろう。
けれど、肯定できん。




「それは却下だ。織斑一夏は私と結婚する。―――いわゆる『私の嫁』だからな。異論は認めん」


















シャルロット・デュノアは後に織斑一夏に自慢気に報告する。
そう言い切ったラウラの笑顔は、ヒマワリみたいに素敵だった、と。




[32851] OutLine:Cross Illusion
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/08/28 00:57
「一夏、ちょっと相談があるんだけど」

それは観測的な猛暑が騒がれだした、夏休み第一週目の出来事だった。































俺の部屋にビッグサイズの分厚い本を持参したシャルロットは、ベッドに腰を下ろし話し始めた。
俺は椅子に座ってコーヒーを啜りつつ、蘭から送られてきたマカダミアンナッツを口に頬張る。
五反田家ワイハに行って来たらしいですよ。俺を差し置いて。
五反田家養子第一候補の俺を差し置いて。

「夏休みになって暇だったから、荷物の整理をしてたんだよ。
 そしたら昔の―――お母さんが元気だった頃のアルバムとか出てきてさ」

懐かしみように。
慈しむように。
手の中のアルバムを撫ぜるシャルロット。
きっと笑顔に溢れたアルバムなんだろうな、と勝手に予想する。

「なんとなく眺めてたら、後ろの方に手紙が挟んであって。
 私宛ての手紙と、―――お父さん宛ての手紙がさ」

写真といえばチョコと一緒に蘭の写真が送られてきた。
くっきりとした水着焼けをしており、健康的にエロかった。
待てイッピー、それは罠だ。五反田蘭の海へ誘わせる巧妙な罠だ。
そんな餌に俺が釣られ、釣られ

「お母さん心配だったみたいでさ。困ったらこの人を訪ねろとか、生きる気力をなくしたときはこうしろとか、
 気になる男の子はこう落とせとか、色々書いてあってさ。凄く、すっっごく、愛されてたんだなって思ったよ」

クマー。
いいや、限界だ。誘うねッ!
きっとこう、俺の為により面積の狭い水着を着てくれて、こう、日焼けと生肌のコントラスで、こう。
生肌の部分がこう、俺に対して見せたい肌の部分としてこう、強調されてさ。

「それでね、手紙にはお父さんのことも書いてあったの。真面目で、融通が利かない堅物で、ユーモアのセンスもない男だけど。
 可愛くて、不器用で、駄目な人なんだって。そんな人だから、貴方に対しても冷たい態度を取るかもしれないって」

固法先輩も誘ってみっかなー。
オーメルのテストパイロット、二次選考まで進んだっつってたから、気晴らしに行かないかなー。
セパレート、ビキニ、白、だな。

「もし貴方にそんな態度を取って、それでもあの人と仲良くしたい時は、この手紙を渡しなさいって。
 ぼくさ。前も話したけどあの人とまともに会話した時間って30分もないんだ。
 だけどね、お父さんはぼくの大好きなお母さんが愛した人だから。
 あの人のことが知りたいんだ。あの人と、仲良くなりたいんだ」

あ、やべ。
全然話聴いてなかった。
ちょっと誰か、バックログの出し方教えてくれよ。

「どうすればいいと思う?」

「お前はどうしたいんだ?」

質問に質問で返す。
テストでは0点かも知れないが、人生はテストじゃない。
状況や前提を鑑みない判断こそ0点だ。

「……一夏、実は話し聞いてなかったでしょ?」

「まさか。あんたみたいなカワイコちゃんの声を俺が聞き逃すかよ。
 父親に手紙を渡して、仲良くしたいんだろ?」

「……一夏、話半分に聞いてた内容を要点だけ押さえて誤魔化そうとしてない?」


「五月蝿えな糞ったれ。ダラダラダラダラ乙女に長話しやがって。俺はバックグラウンドにゃ興味ねえんだよ。
 大事なのは『過去』じゃねえ。今、お前が『何』を『どうしたい』のか? それだけでいーんだよ。
 それさえ分かりゃ、後は方法だけだ。そっからなら、相談だろうが助力だろうが乗れるっつーの」


「……一夏?」

「ゴメンナサイ」

勢いで誤魔化そうとした俺は逃げ場なく問い質され、同い年の女の子に頭を下げるのであった。

























「どうやって手紙を渡すかだよねー」

シャルロットはベッドにうつ伏せ寝転がり足をパタパタさせている。
俺はあの胸元に抱かれた枕になりたい。なりたいんだ。
そういや俺小学一年生の頃、将来の夢にシュレッダー機になりたいと文集に書いてたわ。
未だに身内でのネタにされて恥ずかしい。

「会社じゃぼくはただのテストパイロットだから接点もないし、プライベートなんか全く関わりないし、
 正直どこから攻めればいいのか分かんないねー」

持参したアルバムを眺めなら俺のベッドでゴロゴロする。
七分丈のタイトなロンTにホットパンツ。
身体のラインは出まくりだし、生足さらしまくりだし。この女誘ってんじゃね?

いやいや、勘違いはやばい。俺の輝かしい学園生活に支障をきたす。
いやいや、だがしかし、嫌いな男のベッドに横になる女がいるものか。
いやいや、リスクを考えろ彼女は仏国の代表候補生。何かあったら国際問題だぜ?

気をつけませう。ただでさえピーキーな立場なんだからさ、俺。

「……あの、一夏? 友達とは言え、流石に無言でそれ以上の事をしようとするなら訴えるよ?」

次の映像をご覧いただきたい。
思慮深い面立ちだった世界唯一の男性IS操者が、突然級友の女性に飛び掛りふとももへ抱きついたではないか!

「実は彼女以外の全員が仕掛け人! 手の込んだドッキリである」

それにしてもこの男、ノリノリである。ノリノリである。

「この部屋にはぼくと一夏しかいないんだけど。それとそろそろ脚に頬ずりするの止めてもらえる?」

「失礼、気が逸ってしまってね。驚かせてしまったねレディ」

「どういうキャラなのさ」

ふぅ……。
うむ、あの脚はきっと麻薬だ。
脚タレにでもなればいいのに。

「よし! それじゃあ行くか」

「……唐突すぎるよ。行くって、何処に?」

「フランス」

































俺はわりかし、シャルロット・デュノアが好きだ。
顔も、身体も、性格も、雰囲気も。
そして何より、彼女は決まっている。
彼女はよく相談をしてくるが、何をしたいかだけはきっちり固まっている。
彼女が相談するのはいつだって方法であって、動機じゃない。
決まっている。
彼女はいつだって決まっている。
だから、俺は彼女が好きなのだ。

そんな彼女が、父親と仲良くなりたいと言い出した。
その方法が分からないとも言っていた。
俺にだって分からん。
だから、やってしまおう。

正攻法に正面突破。
下手な小細工休むに似たり。
難しく考える必要は無い。

だってこれは、娘が父親と絆を深める、ありふれた日常なのだから。















「と言う訳でやってまいりました御フランス」

「たまに行動力がありすぎてビックリするよ」

姉に連絡し許可を取り、チケットを押さえ飛行機に揺られること10時間。
俺、(フランスに)参上。

ちなみにチケット代は自腹。
一応、倉持技研のテストパイロットという身分もわたくし持っておりまして、
それなりに収入があったりしますので。

「デュノアの本社ビルまで来たけど、ここからどうするの?」

白のワンピースに麦藁帽。避暑地のお嬢様チックなシャルロ。記念に一枚パシャっといた。
普段だったら、シャルロットは相応の格好をして会社に来る。
『デュノア社』の『テストパイロット』として。

「言ったろ? 打ち合わせ通り、―――真っ向正面から、正攻法だ」

今日は違う。
『デュノア家』の『長女』として。
『シャルロット・デュノア』として、『デュノア社』にカチコミっ、だ!

二人並んで自動ドアをくぐる。
受付嬢へまっすぐ歩き、確かめる。

「こんにちは、なんの御用でしょうか?」

やっぱ大企業は違うな。受付のレベルが高ぇ。

「ええと、シャルロット・デュノアです。父に忘れ物を届けにまいりました」

「……少々、お待ちください」

受付嬢が(恐らく)社長に電話で取り次いでいる。
いや、こんだけおっきい会社だと一旦秘書に繋ぐんかね?
まあ、どっちでも関係ねえか。
どうせ繋がんねぇんだから、やる事はひとつ―――

「申し訳ございません。社長は会議を控えておりますのでお取次ぎできません。
 荷物でしたらこちらでお預かりしますが、いかがなさいましょうか?」

「いいえ、結構です。直接、渡しに行くんで」

―――正面突破だ。

「ちょっと! お待ちください!」

シャルロと二人で駆け出す。
最上階まで直通のエレベータは役員用の通行口からでしか使用不可能。
一般職引用のエレベータでいけるとこまでいって、後は階段を駆け上がるのみ。
最上階は30階、一般用が25階。少なくとも5階分は走んのかよ。めんどい。
チンタラしてたらガードマンに捕まっちまうから、開幕からロケットダッシュだ。

広大なフロアを駆け抜けてエレベーターを目指す。
ヒラヒラした服を着てるにも関わらず、しっかりと俺を先導するシャルロ。
パンツ見えねーな。

「一夏、こっち!」

エレベーターとの中間地にガードマンが一名。
ポケットからポプリっぽい何かを取り出す。

「シャルロ、エレベーターを!」
「一夏は!」
「あのゴッツイお兄さんに挨拶してくる!」

厳つい顔のガードマンへと進路を変え走る。
彼はちょっと戸惑いつつも、俺へと向かってくる。
俺は5m程手前で足を止めた。
向こうも足を止める。
侵入者がいきなり自分の方に走ってきて、ピタッと止まったから思考停止してんじゃね?

「どーもー! はじめまして!」
「君は一体……」

ポプリ的な何かを投げつける。
胡椒の詰まった袋は顔に直撃し、彼の顔で大惨事をおこした。
彼の名誉のためその際の音声はオフレコにしておこう。

エレベーターに乗り込み、このエレベーターでいける25階と、24階を押す。
ついでに天井の出入り口となる天板を外しておく。
そこまでやって、地面にへたり込んだ。

「こっからは時間との勝負だ。シャルロ、心の準備は?」

「いつでも。ここまで自分の為にやってくれてる男の子が居るんだから、とっくに覚悟は決めてきたよ」

「上等」

エレベーターを24階で降り、階段を駆け上る。
延々と昇る階段にFF7を思い出すぜ。あれはダルかった。
ちなみに俺はユフィ派だ。

「誰もいないね!」

「エレベーターの上でも調べてんじゃねーの?」

さあて、そろそろだ。
そろそろだろう。
なんだか悪寒がしやがるぜ。
ほら。


「止まりなさい」


階段に仁王立ちする女性が一人。
絶対居ると思ったんだよ、アンタみたいなのが。
凄腕のISランナーがさ。

「目的は分かりませんが、不法侵入には変わりありません。
 この場で大人しく捕縛されるのであれば乱暴はしません」

「お優しいこって。だけど、俺はアンタみたいな美人さんには乱暴されたいタイプなんだよ!」

階段から通路に逃げ込む。
本来、こんな狭い所での運用できる程ISはサイズは小さくないし、出力は弱くない。
それでも、平然とした顔で人間大のスペースを運用しやがるあの女には頭が下がるぜ。
精密操作に特化したパイロットだな、たぶん。

逃げ込んだ通路の奥にはガードマンが三人。
鉢合わせしちまったよオイ。

「シャルロ!」
「オーケー!」

シャルロットはガードマンへ突っ走る。
そしてそのまま、空間を駆け上がりガードマンの頭上を走り去った。
ポカンとした顔で振り返り、我に返りこちらを一瞥し、シャルロットを追いかけていった。
何かしらの物体を靴底に展開し、PICで固定したそれを足場に空を走る。
最近俺達の間でブームってるエア鬼ごっこの基本テクだった。

俺はガードマンwithシャルロットを見送り、その辺の部屋に逃げ込む。
お誂え向きに、そこは倉庫だった。
ガードマンは何故俺を見逃したのか。
それは、アイツがいるから。

目を瞑る。
壁の向こうには、ISが一機。
あと十秒ほどでこの部屋に辿りつくだろうか。
ちょいと早いが、準備しますか。

ポケットやらサブポケットやら服の至るところに収納したポプリ的な物体。
胡椒だったり唐辛子だったり、粉末の刺激物を壁に、ドアの上部に全て叩きつける。
もう積んでいやがるぜアンタ、ふはははは。

「追いかけっこはお仕舞いかしら」

ドアを開け、こちらへ語りかけてくる女。
まともにやったって勝つのは難しそうな強者の雰囲気を醸し出している。

「少年。大人しくしていれば、痛くはしないわ」

「あっそう。俺はどっちかって言うと、痛いぐらい気持ちいいのが好みなんだけど」

「この状況で軽口が出せるのね。そういう生意気な男、嫌いだわ。
 気が変わった。どう料理してやろうかしら」

俺はアンタみたいな勝気な女性も、それに苛められるのも嫌いじゃないぜ?
ただし、ベッドの上だけにしてくれよ。

「それじゃ、―――ゴホッ」

ゴホゴホと咳き込む女。
おもくそ吸ったな?
ゴホゴホゴホゴホと死にそうなぐらい咳き込む女。
あ、やべ、催涙剤の弾も使っちまってた。

ISの絶対防御は完璧ではない。
ISに乗っていようと人体に空気は必要な訳で、ISかランナーが攻撃と判断しない場合はバリアーは発生しない。
空気中に殺傷力のない自然物が紛れていたところで、それを感知し回避することなんてない。
絶賛咳き込み中な女を気の毒そうに眺めつつ雪羅を展開。

「ヨイショ!」

いつの間にやらガードマンを巻いて戻ってきたシャルロットが、パワーアシストの機能のみ有効にし女を俺に突き飛ばした。
咳き込み、目も開けられない状態でなすがまま流されてくる女。

「一名様ごあんなーい」

ただし、俺は注文の多い料理人。
料理を振舞うのではなく、アンタを料理してやんよ。
【零落白夜】、発動。

「Say hello to my little friend!」

えいやこらさっ!
二回刃を走らせるて、あっという間にシールドエネルギーが0となり停止するIS。
女は未だに咳き込んでいる。
ぶっちゃけごめん。

「バレてない?」

「大丈夫だと思うよ。先を急ごう」

雪羅を量子化し格納する。
ISを展開しちゃいけない、ってのはただの高校生のこの身には結構ネックだ。
あとで言い訳が効かなくなるから、間違っても使ったのをバレてはならない。
ISを出しちまえば、子供の遊びじゃ済まなくなるから。

俺とシャルロットは駆け出す。
ゴールもう、すぐ其処だ。























社長室とプレートに書かれている重厚な扉をノックし、シャルロットは扉を開いた。

「失礼します」

「何の用だ?」

間髪居れずに社長椅子に座るクリストフ・ヴァルツ(顔が)が詰問する。
え、なにこのナイスミドル。
ひくぐらいイケメンなんだけど。
俺が女だったら来週には股開くレベルだわ。

「お父さん。お母さんから貴方宛ての手紙を見つけました。迷惑かと思いましたが、」

「迷惑だ」

バッサリ切り捨てるシャルロット・デュノアの父、ダヴィッド・デュノア。
俺は扉に寄りかかったまま、その眼をみつめる。
駄目だわ、読めねーわ。人としての器が深すぎる、のか?
いや、単純にガードが固いだけだろ。

「ぼくさ、お父さんともっと仲良くなりたくて、それを伝えたくて、」

「必要ない」

攻め入る隙為し、って感じだな。
目瞑する。
ダヴィッド氏を視る。
ブリキの人型が鎧を着込み、盾を掲げる。
ソレはビルの前に立っていて、あたかも守っているようだ。
遠くには女物の服が落ちている。
まるで、シャルロットが今着ている様な。

「そんな事言わないでよ。ぼくは、お母さんが愛した貴方と」
「出て行け」

ピシャリと言い切るダヴィッド氏は、椅子から腰をあげシャルロットへ歩く。
そして―――

「勝手をするな」

バシン、と音が鳴った。
平手でシャルロットの顔をぶった。
よろめいて、後ろへ後ずさるシャルロット。

「お前はデュノア社のテストパイロットであり、IS学園の生徒だ。二度と此処へは来るな」

冷たい瞳で、蔑むような眼でダヴィッドはシャルロットを見下ろす。
おいおい、そりゃいかんだろ。それは、父親が娘に向ける視線じゃねえだろう。


「アンタさ。なんでそんな態度しか取れないんだよ」


シャルロットは今にも泣きそうだ。
そんなツラをさせる為に此処まで来たんじゃない。

「お前は、『オリムラ・イチカ』か? 何のつもりでここへ来たかは知らんが不問にしてやる。とっとと国へ帰れ」

「そりゃ、どーもッ!」

渾身の右ストレートをダヴィッド氏の顔面へ見舞う。
デコにあたったみたいで、それほどダメージは無いようだ。

「貴様、一体何をする!」

「あ? むしろテメエが何をしてんだよ! アンタの娘がアンタを訊ねて来たってのに! 
 アンタと仲良くなりたいっつってんのに! なんでアンタはそれを追い返そうとして、なに手まで上げてんだよ!」

もう一発とばかりに殴りこんだ拳は華麗に捌かれ、返礼の拳が去来する。
俺はその拳を這う這うの体でかわし、後方へステップを踏んだ。
背広でも分かっちまうぜ? アンタの筋肉の付き方は打撃屋のソレだ。鍛えてるのはお見通しなんだよ。

「貴様にはなんの関係もない。口を出すな、小僧」

「確かに、俺はアンタとは何の関係も無えよ。だけど、そこで泣きそうになってる女の子とは関係あるんでね」

振り上げた手をフェイントに、蹴りを放つ。
不格好なキックは、40代とは思えない腹筋に軽々と受け止められた。

「他人の家庭の問題だ。お前には分からん理由がある」

「ああ、分かんねえよ。俺には娘なんていないし、親だっていねえ。だけど。だけどさ。
 こんな親子関係が正しくないのだけは分かんだよ糞ッタレ!」

踏み込み、殴ろうとしたところで遠間からダヴィッド氏の拳が飛んできた。
避けれず直撃する。
火花が散り、意識が一瞬真っ白になる。
あ、くそ、右目に当たりやがった。

「吠えるだけしか能の無い餓鬼が、調子に乗るなよ」

「そうだ。俺はガキだよ」

目は開かない。出血はない。

「シャルロットを道具として扱い、会社にとって利用価値のある道具であることをアピールし、
 俺に接触させるという名目でIS学園へ避難させた。アンタみたいに、彼女を守れる訳でもない」

彼がシャルロットをデュノア社の道具としてしか見ていなかったら、IS学園の生徒なんて肩書きは恐らく出ない。
そう在って欲しいって云う彼の願望で、たぶんきっと、そういうことなんだと思う。
ダヴィッド氏は何も言わない。
否定しようと思えば幾らでも否定できるだろうに。

「だけど、それとこれとは別問題だ。だからって、シャルロを泣かす理由になる訳がねーだろうが!」

遠近感の取れないまま拳を振り、ジャストミートとは程遠い衝撃が手を伝った。

「色々理由はあんだろ。だけど、惚れた女の子供だろ? 愛した女の忘れ形見だろ?
 それが愛おしくない訳がねーだろうが。そこは、嘘を吐いちゃ駄目だろうが!」

「知った風な口を訊くな。お前には分からんさ」

「分からねーよ! たぶんきっと、アンタが正しいさ! けど、俺の気持ちだって間違っちゃいねえ!
 正せよ! 俺にはどうするのが正解なのか分からないけど、アンタにゃ分かるんだろ! アンタはソレが出来るんだろ!」

「偉そうに!」

ダヴィッド氏の拳が迫る。
避けない。
避けない。
避けない。
痛い。

「会社と云う存在は、社会は。お前が思っているより大きく複雑なのだ。
 私には社員の生活を守る義務がある。娘にかまけてそれを疎かには出来ん。
 むしろ、私の敵から遠ざけ身の安全を確保しただけでも充分、親としての働きはしただろう」

重いなあ。
拳も、言葉も。
だけどもだっけっど!
俺の熱は。
俺の胸の中にある篝火は、燻っちゃいねえ。

「社長としての責務は果たしてるかも知れねぇ」

ちらりと、シャルロットをみる。
なんでコイツこんな可愛いんだろう。
きっとコイツが俺の娘なら―――いやいや、俺の娘は鈴だけで充分だ。
まだまだ予約だけど。
いつか、アイツの父親になってやる。
その為に、胸を張れるように。
今は自分を通そう。

「けど、アンタは父親としての責務を果たしてねぇ!」

ダヴィッド氏は避けない。
俺の拳を受け止め、微動だにしなかった。


「『社員の生活を守る』、『娘を幸せにする』。両方しなきゃいけないのが『ダヴィッド・デュノア』だろうが!」


きっとこの人は、守れなかったんだ。
最愛の人を。シャルロットの母親を。
それで、こんなにまで頑なに社員を守ろうとしている。
最愛の人を、守れなかった代わりに。
全力で、残ったものを守ろうとしているんだ。


「アンタにはもう、力も、地位も、権力も立場も金も時間もがあるだろうが!
 ただ、後は覚悟するだけだろうが! しろよ、今すぐ!」

「黙れ!」

俺の拳を、ダヴィッド氏は避けない。
ダヴィッド氏の拳を、俺は避けない。
互いが互いの拳を顔で受け止め、殴り返す。
なぜなら、コレは意地比べだ。
16歳だろうが、40代だろうが、俺達はオトコノコだ。
意地があるんだよ、オトコノコだから。

「黙るか! ずっと後悔してたんだろ! 惚れた女を見捨てた事を! 無力な自分の存在を!
 もうアンタはその頃のアンタじゃねえ! そのストーリーはアンタのエピローグなんかじゃねえ!
 アンタが生きてんのは『今』だろうが! 目の前の女は、お前が守りたかった女の子供だろうが!」

鼻に直撃った。
鼻折れたかも。
だからどうした。
それがどうした。
俺のハートは折れてねえ。

「アンタが成りたかったアンタに成る瞬間なんだよ。いい加減始めようぜ、『ダヴィッド・デュノア』!」

俺の拳が、ダヴィッド氏の顎に直撃した。
たまらずダヴィッド氏は倒れこむ。
年齢の、体力の差が出たか。十代ぱねーわ。
それでも、彼の眼は死んでない。体は倒れていようが負けてない。負けを認めてない。
じゃあ、続行だ。

「立つのを待つほど優しくねえぜ? 行くぞコラ」

現役時代のINOKI氏を彷彿させる弓を引く動作を行うが、その間にシャルロットが割り込んできた。

「退けよ」
「イヤだ」

シャルロットは両手を広げ、殴れば? といった風にポーズを変えない。
このアマ、おっぱい揉むぞ。

「そんな男、お前が庇う価値なんて無い」

「一夏がぼくの価値感を決めないで。ぼくの価値観は『シャルロット・デュノア』の物だ」

違いない。違いないけど。
なんでこのタイミングなんだよ。

「お父さん。今日は手紙だけ置いて帰ります。だけど、ぼくは諦めないよ。
 お母さんはお父さんの話をあまりしたがらなかったけど、それでも一度だって、恨み言ひとつ吐かなかった。
 お父さんの話しをするお母さんの顔は、いつだって笑顔だった」

俺を睨んだまま、両手を広げたまま、シャルロット・デュノアは独白する。

「お母さんの愛した貴方だから、貴方の事をもっと良く知りたい。
 だから、何度でも来ます。貴方がお母さんを口説き落とした時みたいに」

ダヴィッドさんそんな事してたのかよ。
今の発言には堪らずダヴィッド氏も赤面。
こうなってしまうともう、タジタジである。
おいシャルママどんだけ娘に自分の恋愛トークしてんだ。

「また来ます。デュノア社のテストパイロットとしてではなく、IS学園の生徒としてでもなく。
 お父さんとお母さんの娘、『シャルロット・デュノア』として」

言い切るシャルロットの強いこと強いこと。
会社の道具が云々妾の子云々言ってたシャルル君はどこに行ったのやら。
これだから女の子は恐い。
いつの間にか、大人になっちゃってるだもん。







「社長、そろそろ会議が始まりますが―――何事ですか!」


「なんでもない―――」

本当になんでもなかったかの用に平素に答えるダヴィッド氏は、

「―――娘が大事な書類を届けてくれただけだ」

この状況で殊更何もなかったと、言い切りやがった。



「しかし―――」

「なんでもないと云っている。キミ、娘と彼を玄関まで案内し給え」

突然現れた男性の食い付きにも冷静に対処する。流石は社長、貫禄がありますね。
立ち上がり埃を払うダヴィッド氏は、すれ違いざまにシャルロットの手から手紙を抜き取った。


「再来週、日本に訪問する予定がある。次は私から会いに行こう」


ナチュラルに俺の足を踏んでいったダヴィッド氏。
子供かテメエは。
ダヴィッド氏は振り返らず、そのまま退室し会議に出ると思いきや。


「それと、―――その服、とても似合っている。彼女に似て、君は凄く美人だ、『シャルロット』」


ダヴィッド・デュノアはその日初めて、シャルロット・デュノアの名を呼んだ。
その時のシャルロットの笑顔があまりにも可愛くてムカついたからおっぱい揉んでやった。
パワーアシストした筋力で突き飛ばされ壁に埋まるイッピーは、俺何しに来たんだろうと考え込むのでした。






























ほら、終わってしまえばどうってことない。

だってこれは、娘が父親と絆を深める、ありふれた日常なのだから。



[32851] (前)存在証明
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/11/07 19:33
「一夏、ぼくと組んでよ」

 以前、延期となった学年別タッグトーナメント。それが今回、夏休み明けに開催されるとのことで皆でこぞって相方選びに奮闘中のなか、シャルロット・デュノアは迷いなくこの俺をセレクトしてきた。時刻はすでに夜の9時を回っており、俺の部屋にて二人きりで相対する。

「理由は、なんかあんのか?」

「ちょっとね。実家の方のゴタゴタで上を黙らせる為に、優勝しとこうと思ってさ」

 軽く、本当に軽く。第二世代機(カタオクレ)のパイロットは言い放った。
 言外に優勝できる実力を自身が有していると宣言した。

「へえ。なら尚更、俺じゃない方がいいんじゃねえの?
 タイマンならラウラ、接近戦なら鈴、遠距離戦ならセシリア、万能型なら箒。
 あんたの周りにゃ俺よか強いのがわんさかいるぜ?」

 特にラウラはシャルロットが誘ったら断らないだろう。何気にシャルロットの母性にラウラがやられてんのは知ってんだぞ。一緒に御風呂とか入ってんじゃねえよ俺も混ぜろ。
 ん、なんか俺シャルロットと風呂入ったことがあるような、ないような。駄目だ、どうにも頭痛と吐き気がする。
 思い出せないことは、思い出さなくていいこと。俺はそうきっぱり切り捨て、忘れるのだった。

「だからだよ。皆、ぼくより、一夏より強い。だから駄目なんだよ。
 ぼくの強さを証明しなきゃならないのに、ぼくより強いのが味方にいたら話にならないでしょ?」

 言外に俺がシャルロットより弱いとそう告げられた。
 専用機持ちで唯一、俺はシャルロットに劣っていると。
 ハッ、上等じゃねえか。

「なんだ。俺は究極的に『都合が良い男』なわけだ。あんたに取っちゃ」

「うん、そうなんだ。一夏じゃないとダメなんだよ」

 熱の篭った瞳で俺を見詰めるシャルロット。おいおい、そんな熱心に見んなよ、勃っちまったらどうするよ?
 
「んで、アンタはそこまで俺をコケにして、俺が易々とアンタの誘いに乗るとでも思ってんのか?」

 アンタに乗れってんなら喜んで腰振らせてもらうけど。むしろ乗ってもらいたいぐらいだけど。


「乗るよ。一夏は乗る」

「何を根拠に―――、」


 塞がれたのは唇で、絡めとられたのは舌で。
 俺の首に両手を回し、口付けされる。俺の胸板には彼女の胸があたり、俺の腿から足先には彼女の股から爪先が絡められた。
 全身に伝わる熱と感覚、それを上回る受け渡される吐息の熱さにヤられる。
 

「一夏、前にぼくに言ってたよね? 一晩、『私』をくれって。
 あげるよ、一夏。―――ただし、優勝できたらだけど」


 するりと俺の腕から逃げていくシャルロット。
 なんだってんだよコイツは。これみよがしに餌なんかぶら下げやがって。
 そんな分かり易い餌で誘われたら、釣られない方が失礼だろ。

「なあ、つまりは―――」
 
 俺は不自由な腕を動かし、捕まえられた体で逆に捕まえようとするが、彼女は一歩、その先を行く。
 俺が何かを言う前に、俺が体を動かす前に、シャルロットは行動する。
 
 再度唇は塞がれ、より熱の篭る交わりをかわし、密着したままの体は踊るようにこすり付けられた。

「これは前払い」

 シャルロットはトンと俺の胸を押し、名残惜しげもなく体を離し距離を取った。

「期待してるよ、一夏?」

 するりと逃げる様に俺の部屋から出て行った彼女に、俺は声もかけられず呆然とする。
 手玉に取られるってのは、こういう事を言うのだろう。手も足も出なかった。

「……女って、怖い」
 
 やっとこさ口に出した俺の心情は、誰の耳に届く事もなく消えていくのだった。












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「って訳で相川さん、俺は負けられなんとです」

「イッピー、それってどうなの男として? 試合前にして完全敗北じゃん。
 あの『春日西中のプレイボーイ』と呼ばれた織斑イッピーはどこにいったのさ」

「言われてねえよ初耳だよぶっ殺すぞこのアマ。……相川さん、実は『無い事無い事』言いふらしてるでしょ?」

「やーん犯される~。『ある事ない事ない事』言い触らしてますけど?」

「それ半分以上デマですよねぇ!」

 学年別タッグトーナメント準決勝第二試合。
 準決勝第一試合を華麗に勝利した俺は、アリーナで一人観戦していた相川さんの隣に座り、決勝戦の相手を決める試合を眺める。
 ぶっちゃけ、この準決勝は結果は見えているのだが。
 
 なぜなら、準決勝第二試合のペアの片割れは、篠ノ之椿とラウラ・ボーデヴィッヒのペアである。

「あーあ、開始早々篠ノ之さんが引っ掻き回して、ラウラさんがAICで一人を捕縛して。
 あーもう終わったね。あとは篠ノ之さんがフリーな方落として、ラウラさんが固めている相手を倒して終わり。
 全試合このパターンだね。面白くないなぁ」

 紅椿の圧倒的な性能に追いつけない打鉄弐式。
 四組の専用機持ち、ちょっとはやるのかな? なんて夢見てたけど、所詮は夢。
 量産機と大差なく、あっと云う間にやられてしまった。
 俺はその姿に、自分の姿を幻視する。

 もしこれが、俺達の準決勝の相手であった『凰鈴音&セシリア・オルコット』のペアなら違った結果となっただろう。
 レーゲンの天敵と呼べるティアーズと、紅椿と近接戦闘をこなせる甲龍。
 セシリアは単機でラウラを落とせる実力者で、鈴は唯一、限定状況で箒と五分れるインファイターだ。
 くじ引きの神様を恨むぜ。ふたりのハートばーらんすー。
 
「そうなんだよな。俺もあの末路を辿ると思うと背中が煤けそうだぜ」

「イッピーって何気に、私の前では弱気なこと多いよね」

「あ、うざかった?」

 全身さらしてるしね、今更隠すこともないし。

「ううん、そんなことはないけど。どっちかっていうと『イッピー』ってキャラの方がウザいし」

「なん……だと……。ッつーかキャラじゃねーし! 俺だし! 素だし!」

「はいはい。涙目で怒んないの。必死すぎ」

 べ、別に必死じゃないし。自然体ですともさ。デュノアさんから着信あり。
 よし、逃げよう。なんて後ろ向きな感想抱いておりません。おりませんともさ。

「一夏くん」

「ん?」

 こっそり逃げ出そうとした俺の背中に投げられた声は、非常に弱々しく、つい足を止めてしまった。

「やっぱさ、勝てないのかな? 量産機じゃ専用機に勝てなくて、専用機もより強い専用機には勝てないのかな。
 このトーナメントだって、準決勝に勝ち残った8機中7機が専用機だし。
 それってさ。たまたま適性があってIS学園に来た私達なんかが頑張っても、無駄って事なんじゃないかな」

 ポツリと零れた声は、弱々しい。
 弱々しいが、悲痛な叫びで。
 それは、俺の胸に刺さってしまった。

「学園に来る前から適性が分かってて、専用機が貰えて、ずっと練習してきたのは分かるよ。それは卑怯なんかじゃない。
 だけどさ、学園の量産機には数に限りがあって、いつでも練習できるわけじゃない。
 専用機持ちは元々専用機を貰える位上手いのに、いつだって自由に練習できる。
 専用機は、量産機なんかより全然強いのにだよ。
 そんなの、敵う訳ないじゃん。無理じゃん、そんなの」

 ポツリ、ポツリと零れる声は。
 不満ですらない、諦めの色を孕んでいた。

 清香ちゃんだって、俺の前ではけっこう、弱いトコみせるよね。

 ここで、たとえば俺が量産機のフルボッコされた話とかしても、あんま意味無いよねえ。
 搭乗者の名前聞いたら「ですよねー」って言いたくなるし。 

「清香ちゃん。仰る事はごもっともです。小さくないアドバンテージは必ずある。
 けどさ、そんだけじゃないでしょ。そんなんじゃ楽しくないじゃん?
 言葉にしても納得できねーだろうからこれ以上は言わないけど」

 あー、へこみそう。ガチバトルとかホント嫌なんだって。
 へこみそうなハートにムチ打って、俺は意地を張るのです。
 じゃないと、楽しくないでしょ。
 可愛い女の子が落ち込んでるのも。
 持たざる者に価値がないって諦めるのも。
 楽しくないじゃん、そんなの。


「例えばだけどさ。俺は専用機持ちとは云え学園に来てからISに触ったクチだ。

 んで、シャルロットは専用機と云えど量産機と大差ないスペックの第二世代の機体。

 それが現行最高の第四世代機と、ずっと仕事として、軍人としてISの訓練をしてきた女に勝ったらどうよ?」


「そうだね。もし勝てたら、ちょっとは希望、持てそう」


「分かった。なら、―――勝ってくる」


 軽く言い放った俺の後ろで、相川さんは驚き声も出ない様子だった。
 さてと、作戦の最終確認をしなきゃ。勝ちたい理由が、ひとつ増えてしまった。 
 なあに。理屈も根拠も必要ねえよ。
 可愛い女の子がナーバスになってて、勝利がそんな彼女の希望に繋がるんだ。
 なら、ストーリー的に俺が勝つに決まってんだろ。









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「俺はアンタ等が組むとは思ってなかったんですよ。過剰戦力だろ」

「デートがかかっているのでな、手は抜けん」

「おい篠ノ之、その話全く聞いてないぞ?」

「デートコースにはホテルは入ってんのか?」

「おい嫁、死ぬか?」 

 え、なにそれ怖い。
 一番怖いのはうふふと後ろで笑っているデュノア嬢なんですけどね。

「よし、嫁。私が勝ったらデートしろ」

「今更乗っかってくんなよ、ズルくね? んで、その対価にお前は何を賭けるよ? おpp」

「おい一夏、死ぬか?」

 え、なにそれ怖い。
 なんでキミらそうやって簡単に俺を殺そうとするの? 馬鹿なの、死ぬの?(俺が)

「そうだな。シャルロットの寝乱れ寝顔写真集でどうだ?」
「乗ったッ!」
「ちょっと! ラウラ!」

 珍しくうろたえるサンシャインスマイル腹黒プリンセス。思わぬ伏兵がいたものだぜ。
 ガス抜きはこの辺にして、思考のスイッチを押す。
 鏡の代わりにハイパーセンサーで網膜投影した自身のまなこを見詰める。

 俺なら出来る。俺なら出来る。俺なら出来る。―――よし。
 繰り返す呪文はいつもと同じで、いつも通り三回唱える。
 
 たったそれだけ。たったそれだけの意識の変革。


 戦力差は絶望的だ。
 素人に毛が生えた程度の腕前な近接格闘専用の火力馬鹿。
 腕は確かだが、所詮カスタムの域を出ない第二世代の支援用機。

 対するは。

 オールラウンドに全局面を圧倒する世界最新の第四世代機。
 タイマン最強の慣性停止結界を有する第三世代機。

 勝てるか? と質問されたら10回やって9回は負ける、と答えよう。
 だから絶望的でもなんでもない。
 たった一割、たった一回をこの瞬間に引き当てりゃいいだけだ。

 アリーナの中空に停滞する四機のIS。
 睨みあう様に向かい合う四人。
 飛ばしあう冗談じゃ、この弾けそうな空気はほぐせなかった。 
 いつもながらの、試合前の相手の意を削ぐ軽口は通用しなかった。

 じゃあ。
 後は正々堂々、真っ向正面から汚い手管といきましょうか!


「ゴキゲンに浮かれてんじゃねえかテメエ等、泣いても笑ってもコイツが最後だ!
 泣いたり笑ったり出来なくなるぐらい、派手に愉しもうじゃねえか!」


 もう間もなく試合開始のブザーが鳴る。
 その気配を、全員が肌で感じ取っている。
 首筋がゾクゾクする。これから始まるバトルを予期してか。
 吸い込んだ空気は、やけに湿っていた。

 湿っている?
 こんなカンカン照りの太陽の下で?
 水分が感じられる程に空気が濡れている?

 余計な事を考えるな。
 思考を割く時間は終わった。

 ブザーの音が響き渡り、それぞれが思惑を抱き飛翔する。
 開始の合図にしてはやけに物々しい音と共に、そいつ等はやってきた。








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「織斑先生!」

「騒ぐな。……状況、危険度クラスAと設定! 一般生徒にはシェルターの避難勧告を出せ!
 教師部隊は直ちに出撃! 各個撃破にかかれ!」

 織斑先生の指令が飛ぶ。
 モニタに映る画面はどこもかしこも真っ赤で、管制室から順次教師を割り当てているが手が足りない。
 数人でコンソールを叩く音が、現況をもっとも正確に表しているだろう。

 上空から降下した数十機に及ぶ未確認機が、IS学園の各所に展開された未曾有の事態。
 そんな中でも、指揮権を持つ先輩は冷静だった。

「織斑先生、先行して降り立った十二機が爆散しました!」

「影響は!」

「毒物反応はありません、撹乱もしくは陽動と思われます」

「と思わせるのが相手の目的かも知れん。探れ」

「了解しました」

 飛沫を撒き散らしながら消失した未確認機は、以前学園を襲撃した仮称「ゴーレム」の同型と推定される。 
 つまりは無人機。
 
「手が足りんな。専用機持ちにバックアップの要請をしろ。前線には出ないよう厳命の上だ」

「了解しました」

 早速専用機持ちのリストより、指令を伝達する。
 
「織斑先生、第六アリーナに訓練中だった生徒が三名取り残されました! 完全に孤立しています!」

「敵機の反応は6機! なお、6機中1機は有人機の模様!」
 
 一瞬、ほんの一瞬だけうげぇ、と云う顔をして先輩は顔を戻した。
 厄介事は厄介事だ。誰かがなんとかしなければならない。

「仕方がない。有人ならばその意を確認せねばならんな、私が出よう。
 以後の指揮は村岡教頭先生、貴方が行うように」

 驚きを隠せない顔で村岡先生(43歳 独身)が反応する。
 何やら村岡先生は先輩に噛み付いているが、先輩は何処吹く風だといった具合に聞き流している。
 聞き流していたのは5秒だけだったが。

 あーうっさい。なんで責任を押し付ける為だけに私を指揮官にしてるんだよIS学園馬鹿じゃないのか?
 最大戦力を腐らせていい状況じゃないだろ。大体指揮訓練なんて私受けてないんだぞ現場に出させろ。
 
 言うだけ言って、先輩は村岡先生から待機状態の打鉄を力尽くで奪い取った。
 ちょっと、それを持っていかれたら司令室の防衛はどうするの、と皆の身を案じている風の発言をしつつ自分の身の心配でいっぱいっぱいな老害を、先輩は一言で黙らせた。

「此処には山田先生が居る。彼女はこの学園で一番防衛戦が上手い。彼女が守れないのであれば誰にも守り切れん、その時は諦めろ」

 先輩はこれ以上の議論は無駄だと判断し、管制室から出ようとする。
 私の背に、私にだけ届く小声を残して。
 
「真耶、頼んだ」

「先輩も。御武運を」

 織斑先生だ、馬鹿者。
 そういって先輩は飛び出していった。
 互いに顔を見ず、ただただ声をかける。
 そんな彼女の信頼が裏切れるか。
 否。
 私、山田真耶は何時も通り、彼女の無茶な要望に応えるだけだ。









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 いつかの焼き増しの様に、黒い巨体がアリーナのシールドを突き破り降下してきた。
 黒いゴム状の変な奴が、アリーナの中央の地面に激突。
 試合をスタートし損ねた俺達四人は、冷静にソレを見下ろす。
 
 おいおい、俺を差し置いてなに目立ってくれてんのアイツ。
 あれだろ? どうせアレだろ? この前の奴だろ?
 ぶっころ。

「不法侵入の現行犯で逮捕しまーす」

 手で握って持ってきたライフルを真っ黒くろすけに向かって乱射する。
 弾が着弾すると同時に、黒い体は弾けた。弾けた体は四散する。

「やべ、俺殺した? 前科一犯?」
「無人機だから無罪じゃない?」

 そっか。セーフ。
 器物破損と不法侵入だったらそりゃ不法侵入のが罪重いしセーフだな。
 申告する本人も破裂しちゃったし。無人だけど。

 軽口が滑らない。俺の軽快なトークが不調。
 自覚する。俺は焦っている。俺は緊張している。俺は怯えている。

 この妬けそうな程冷たい首筋の悪寒が、全てを物語っている。

 嫌な『予感』ではない。もうこれは既に、嫌な『実感』だ。
 俺が気付いていないだけで、きっと俺の全身が警鐘を鳴らしているのだ。

 やけに激しく爆発したにも拘らず、破片ひとつ跳んでこない静かな爆弾。
 キナ臭い。いや、実際に臭い。なんだこの臭い。毒物ではない。成分的には構成比率がおかしいだけで、空気中にあっておかしいものなど何もない。
 ない。ない筈。
 
 その思考こそ愚策。断定するな、自分の回答に疑いを持て。思考を止めるな。考えろ。目的は後でいい。毒物。薬物。酸素濃度系のトラップ。窒素による人体への影響。温度変化。湿度。水分。水蒸気爆発。水。不純物。呼吸器系。煙。目隠し。視線封じ。通信断絶。
 冷静に考えろ。ここはIS学園だ。戦力的に視て世界で最も充実している。訓練用の量産機、試験運用中の専用機、代表候補生、教師陣、―――織斑千冬。
 ならば、逆に考えろ。
 織斑千冬を、教師陣を、代表候補生を封じ込める手段が存在するか。
 具体性、共通性。ISに長けている、女性である、美人である、訓練を受けている。
 手段、方法の検討。分からない。分かる事しか分からない。
 分かる事。致命傷。
 例えば、一帯の空気を汚染をされたら―――。
 例えば、生徒を人質に取られたら―――。
 例えば、学園の全ISを同時にダウンすれば―――。
 例えば、織斑千冬が離反すれば―――。
 例えば、無人機が物量で攻めてきたら―――。
 例えば、学園内部に敵が混ざっていたら―――。
 
 考えている間に、同じ様なデカブツが三体に振ってきた。空から降ってくるのは女の子だけで充分だってのに。
 後手に回ってしまっている。 
 時間さえあれば事前に対処の仕様もあるのだが、いかんせんエマージェントなう。
 とにかくそれじゃ、やれることをやりましょう。
 一般生徒の離脱支援が最優先かな?
 管制からの指示は教師陣の後方支援だそうだけど、誰もいねえし。
 まどるっこしいのは無しにして、手前勝手やらせていただくざます。

「俺とラウラで一体ずつ受け持つ。箒とシャルロットが速攻で一機落とす。
 いいか? いいよな? 一番大変なの俺だし文句ねえな。おしやんぞ!」

「自分勝手な奴だな。いいだろう、付き合ってやる」

「そういう所が一夏らしくて、ぼくは好きだけどね」

「待て、様子が―――」

 発言が終わる前に、大気に衝撃が走る。
 バチリと音が鳴って、目に捉えられない衝撃が走った。
 それが『攻撃』だと気がついたのは、

「、え?」

 俺の白式が解除されてしまった事実を認識したからだ。

 これまで俺を浮遊させていた力が消え、投げ出された空中で重力は優しく俺を捕らえる。
 加速する思考は緩慢に速度を増す俺の体が辿る結末を想像し、血の華を幻視する。
 いや、たかだか二十メートル弱。打ち所が良ければ骨折で済む。頭と急所さえ守ればなんとでもなる。
 だが理屈ではなく、原始的な恐怖の前に俺の心は竦んでしまっている。
 
「う、」
「嫁! シャルロット!」
 
 そだろ、と続けられる予定だった台詞は、ラウラの発声に消された。
 次いでアクティブ・イナーシャル・キャンセラーにて空中に縫い付けられる。
 焦る心はそのままになんとか状況を把握する。
 俺と箒、デュノアはISが解除され、ラウラだけが装甲している。
 俺とデュノアはAICで滞空している。
 箒は、

「私は良い! それより二人を!」

 平然と、ビル四階の相当の高さを、難なく着地した。
 ……なんなの、あの娘。
 それ俺の役目じゃねーの? 
 いえ、やっぱいいです。コードレスバンジーの趣味はありません。譲ります。モッピー、お前がナンバーワンだ。
 ラウラはイッピー&シャッピーを地面に下ろし、一歩前に出た。

 庇う様に、背負う様に。

「おい、なんだってんだ。今の」

「解除剤(リムーバー)、だな。国家機密の秘密兵器だ。強制的にISを解除する蜘蛛のような機械だった筈だが」

 使うと(ISが解除されて)相手は死ぬ、みたいな兵器があったんですね。
 何故事前に教えてくれなかったのだ。そんなもんがあるんだったら俺キケンじゃん。簡単に誘拐されちゃうじゃん。馬鹿じゃん。夜中抜け出して遊びに行ってたのとか自殺行為じゃん。

「なんでラウラは解除されてないの?」

「一度使われるとコアが覚えて耐性がつく。私は軍で事前に使用していた」

「麻疹のようなものか」

 同じにすんな。
 さあて、どうしようか。

 生身が三人。
 ISが一機。
 敵は三体。
 状況は、とうに致命的。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。私達、いや―――『一夏』の為に死んでくれ」

「オイ、箒ッ!」

「惚れた男の為に死ねるのだ。女の本懐だろう?」

「……フン」

 ラウラは鼻を鳴らし、足を更に三歩進めた。

 庇う様に、背負う様に。

「ラウラ、ぼくからもお願いするよ。時間を稼いで貰える?」

「……フン」

 不満気に鼻を鳴らし、ラウラは仁王立ちを崩さない。
 その背は小さく、その体躯は小さい。
 けれども。

「『時間を稼げ』か、―――断る」

 その言葉は力強い。

「時間を稼ぐのも捨て駒になるのも、命令ならば私は文句一つ唱えず従おう。
 だが私は、現在プライベートの身。私はただの『ラウラ・ボーデヴィッヒ』なのだ。
 私は、『私』の心に従う」

 その詞は、力強い。

「私は、私のやりたい様にやらせてもらう。
 私が好きな事、得意な事、今したい事、
 『殲滅戦』と、―――洒落込もうか!」

 そのツラは、笑顔で牙を剥いた豹の様だ。その背中は、不動の山の様で、何もかもを任せろと物語っていた。
 俺は見えもしないそのツラに、不覚にもトキメいてしまった。
 その背にかける言葉を、俺は選べない。選べない? 選ぶ必要なんて、ねえだろうが!

「糞ッタレ。愛してンぜ、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』ようッ!」

「私もだよ、『織斑一夏』」

 こんな時に、名を呼ぶのか。
 こんな時に、嫁でなく、俺の名を呼ぶのか。
 糞ッタレ、真面目に惚れそうじゃねえか!

「死ぬなよ、テメエ!」

「私がこれからするのは殲滅戦だ。お前が心配のする必要など、ないさ!」

 薄く笑って、レーゲンは敵機に突っ込んだ。
 俺はその姿を確認して、非常退避口に走り出した。
 一度も振り向かず、俺は逃げた。
 女を置いて。
 自分を愛していると云ってくれた女を見捨てて。 



[32851] (中)Killer Likes Candy
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/10/25 01:29
 俺達は格納庫を目指し走り続けた。
 アリーナにラウラ・ボーデヴィッヒを置き去りにして逃げ出したが、誰がそのまま尻尾を巻くものか。
 白式とのリンクは切られている。解除剤とはあの異質な衝撃、恐らく電気信号的な何かでランナーとISのリンクを強制的に断ち切り、コアにダメージを与える代物だ。恐らく数時間は使用できないと見ていいだろう。
 昔、束姉のプレゼントで似た様なオモチャを貰った事があったな。一瞬だけ、たった一回だけISの動作を停止させることができるオモチャ。第二回モンドグロッソの時はそれに命を救われたけど、今は逆に命を脅かされてます。ISというチートに対するカウンターウェポン。そりゃ国家機密にもなるわ。
 格納庫には使用していない量産機がある。一時的にそれを拝借して出撃する算段だ。

 箒が尋常でないスピードで駆け回り、恐らく勘で隔壁を避けたルートを見つけてくる
 あの女、たぶん百メートルは十秒切らないまでも、十メートルなら一秒切るだろ。
 走るのが速いのではない。地点から地点の移動がやけに速い。こういった直線でない通路だと折れた先の通路が分からないため、足を止める必要があるのだが箒が一足先に確認してくれるからそのまま走りっぱなし。
 休憩がぬい。ぬいのだ。

「伊達に前回、管制室からアリーナまで抜け出してないね」

 ああ、そういやそんな事もあったな。
 セシリアの尻叩いてねえ。お願いしたら叩かせてくれないかな。
 
「どういうルートで抜けられるんだよ」

「たぶん大回りしてアリーナの発進口からカタパルトを抜けて格納庫に抜けるんだよ」

「すっげー遠回りなんだけど」

「隔壁がおりちゃってるからね。通常のISが通れそうな通路は潰してあるから」

 ただの学園じゃねえとは思ってたけど、なんか特撮の秘密基地みたいじゃねえか。
 どっから出てんだよここの建設費。IS産業に金は惜しまないってか? 馬鹿じゃねえの?

「先に上がるぞ」

 十五メートルはある鉄の梯子は真っ直ぐ上に伸び、カタパルトのメンテナンス用の通路に繋がっているのだろう。
 ここさえ昇れば、後は格納庫まで目と鼻の先。
 いっちょ気合入れていきまっしょ、い?

 箒は梯子まで駆け寄り、その勢いのまま手を使わず梯子を駆け上がった。
 待て待て、重力仕事しろ。
 どうやったんだよ今の、びっくり人間ショーかっつーの。
 
「一夏も早くね」

 シャルロットが同じように走り出し、梯子の半ばまで駆け上がった。
 え、なんで。それって標準的な技能なの? NINJAかてめーら。
 分かった。分かりましたよ。やりますよ、やってやりますとも!

「何を隠そう、俺はトライダガー派だ!」

 駆けろ俺、女二人が出来たんだ俺だって梯子走りくらい余裕で無理でしたー!
 二メートルも昇ってない所で踏み外しかけて梯子を掴んだ。
 俺の味方はどこにいる。このパーティー、一般人がいねえ。

 非常にお待たせして梯子を上ったところ、あの映画に出てきそうな大きな丸いハンドルを回して扉を開けようとする箒が俺に「遅い」と文句を言う。
 俺は遅くない。普通だ。むしろ急いだんだ。これでも頑張ったんだ。
 あまりにも負け惜しみすぎて、一言も返せなかったでござる。

 メンテナンス用の通路からカタパルトへ繋がる扉を開け、箒とシャルは先に飛び込む。
 俺はおっとり刀で梯子から扉へ駆けつけ、二人に遅れて追従する。
 扉を抜けた先には、

「……………………」

 静寂にして暴力的な圧力を纏った、一機のISが在った。
 青を基調とし、どこかしらブルー・ティアーズを連想させるデザイン。
 但し、ティアーズの流麗な曲面装甲に反し、こちらは攻撃のニュアアンスを漂わせる直線フォルム。
 そして何より、その手の中に居る存在が、俺の胸をかき乱した。

「織斑、先生」

 俺の前で固まっている両名のうち、金髪の方が呟く。
 織斑千冬が、そのISに拘束されている。
 気絶している千冬姉を、抱き抱えているIS。
 ソイツのツラは、ヤケに俺の姉に似ていた。
 次から次に、なんだってんだ本当に。


「二人は先に行け。コイツは俺に用があるらしい」

「でも、一夏、」

「さっさと行けッ!」


 俺の怒声と同時に、箒がデュノアの腕を引いて走っていった。
 頼むよ。ラウラを一人にさせてんだから。ラウラだけじゃない。戦えない誰かが境地に陥っていて、まだ間に合う可能性だってある。お前らはお前らの仕事をしろ。ISを動かせる人間に義務があるとすれば、ISを使って人を救う事だろう。
 頼むぜ。
 俺は、俺の仕事をするから。

「おら、オマエが望んだ状況を作ってやったぜ? なんか言えよ」

 目前の女は、まるで中学時代の千冬姉の生き写しだ。この女の写真を人に見せたとして、誰も織斑千冬であると疑わないだろう。
 ただ、俺には分かる。
 確かに輪郭とか、体格とか、顔のパーツは同じだろう。
 けどさ、目も/表情も/雰囲気も何もかもが違うんだ。
 織斑千冬は織斑一夏に、そんな憎悪を込めた目を/憎々し気な表情を/怜悧な雰囲気を向けた事は、一度足りともない。
 例え十年前にアンタに会った所で、俺は間違いなくアンタが織斑千冬でないと気付けたさ。

「オマエを、殺す」

「どこの思春期を殺した少年だアンタは」

「オマエを殺して、姉さんを返してもらう。
 私が居るべきだった場所を、私が過ごすべきだった時間を、私が手にする筈だった全てを、取り戻す。
 私は『私』を、オマエを殺して手に入れる」

 会話は通じないタイプなのか? だとしたらやっべぇなあ。手も足も出せない状況で口すら封じられたら本格的に為す術無しだ。
 目線を交わす。
 理性も知性も損なっていない。単純に俺が嫌いで、俺と会話したくないだけっぽいぜ?
 奇遇だな。俺もアンタが嫌いだよ。
 そのツラで、そんな眼して、俺を見るんじゃねえ。

「俺を殺して自分が手に入ると本気で思ってんのか? 俺を殺したって、『織斑一夏』が死ぬだけだ。
 俺となんの関係もねえアンタには、全く一切影響ねえよ。赤の他人だろうが、アンタ」

「ドクターからの指示だ、精々苦しめて殺してやる。私個人としては、今すぐにでも消し炭にしてやりたいがな」

 昏い瞳は敵意を孕む。
 だから、そのツラで、その眼で俺を見るのは止めろ。

「そのドクターとどんな契約したか知らねえが、その人は俺の姉だ。俺を殺しても、アンタの姉にはならねえよ。
 織斑千冬に、妹は居ない。居るのは愛しい弟様だけだ」

 一層顔を歪ませる女。
 加速度的に苛立ちは増していく。
 互いの不快感が相乗効果で倍々ゲーム。
 
「それもすぐ終わるさ。なにせ世界が変わるのだから。この人が次に目を覚ましたときには、もう変わった後だ」

「誰の書いた絵かは大体予想はついてんだ。んな上手くいくとでも思ってんのか?
 誰かの所為にするアンタみたいな屑が、たかだか世界が変わった程度でどうにかなると思ってのか?」

 腹が立つ。
 だから、そのツラで、その眼で俺を見てンじゃねえ。
 殺すぞ、テメエ。

「不本意。いや、不愉快極まりないが、私とオマエは同じ気持ちらしいな。
 借り物の癖に、そうやって対等の目線であろうとする事が気に入らない。
 とりあえず、跪け」

 自然な動作で抜かれた銃を、俺は動くことなく受け入れる。
 非即死制圧兵装『痛覚銃(パニッシャー)』。
 棘だった螺子のような弾丸を撃ち出し、肉を抉り、肉を螺子止める。
 肉を巻き込むため出血量はそれ程でもない。
 その分痛みを与える事に特化しており、尋常でない痛みが行動を不能にする。
 また、弾丸の形状から治療が難しく、設備の整った施設でないと失血死の恐れがあるため弾が抜けない。
 しかも極悪なことに、防弾着を無効化するっつー恐ろしい機能までついてやがる。
 戦場で足を狙って2人分の兵士を使えなくする、そんなコンセプトを発展させた武器だ。
 アラスカ条約じゃ禁止されている筈だが、こんな場面でお会いするとは思ってなかったぜ。
 ましてや、それを向けられるなんて。

「怯えもしないし竦みもしないか。詰まらんな。
 その気に入らん目が、撃たれた後も変わらないか試してやる。
 兎に角、這い蹲れ」

 躊躇無く引かれた引き金に、連動して瞬間的に避ける俺。そんでその勢いのまま女の背後を取り首に手刀を打ち気絶させ、千冬姉を回収。怒りにより秘められた力に目覚めた俺が生身でゴーレムをバッタバッタとなぎ倒す。
 そこまで下らない妄想をした所で、避けた場合に足以外に当たって不味いことになるのを恐れ、俺は動かない。
 ごめん強がった。実はびびって動けない。
 イッピー知ってるよ。イッピー本当に大事な時は動けなくなっちゃうタイプだって、イッピー知ってるよ。


 パン、と鳴ったやけに軽い銃声と。
 ダン、と踏み抜かれた地面の音と。
 一拍置いて。
 バタンと倒れた、人の音。


「あ?」


 人を撃つ銃の音と/人を撃ち抜いた銃の音と、撃ち抜かれた人が倒れる音を俺の耳は拾った。
 

「ハッ」
 

 えらく愉しげに笑う女と、それを平然と眺めている俺。
 平然と、立って居る俺。
 俺。
 無事な俺。

「随分イイ顔してるじゃないか。どうした? 『何』から目を背けているんだ?」

 五月蝿ェ。黙れ殺すぞ。
 慌てるな。冷静に、順番に、一つずつ処理しろ。
 大方それでなんとかなる。慌てるな。慌てるな。何をそんなに焦ってる。慌てんな!

 銃が撃たれ、弾丸はヒットし、倒れた。
 ただそれだけ、事実はそれだけ。
 だから、ソレがなんなんだよ。
 女が銃を撃って、『 』に弾丸はヒットし、『 』が倒れた。 
 俺は立っている。
 つまり、誰が倒れた。
 誰が、撃たれた。

 俺はきっと気付いているんだと思う。
 なぜ、女から視線が外せない。
 左を向けよ。そこに答えがあるだろ。
 俺が撃たれる瞬間、それこそ弾丸の様に飛び込んできた矮躯と、水平になびいた栗色の髪の答えが、そこにあんだろうが!

 首の骨が折れそうな悲鳴をあげながら、痙攣する筋肉で顔を左に向ける。
 栗色のツイテンテールは地に広がり、その上で黄色いリボンが咲く。
 ピンク色の扇情的なISスーツに包まれた小さな体は、手足をたまに振るわせた。
 倒れた拍子に、地面に赤い筋を残している。
 
「どうした? その中国人(チャイニーズ)は親友じゃなかったのか?」

 心底愉しいといった感情を隠すことも無く、女は俺に投げかける。
 誰だ、それは。
 地面に倒れてるのは、誰だ。

「り、ん?」

 なんか見覚えがあるぞソイツ。誰なんだソイツ。
 傷は浅いか? 顔が見えない。声もしない。ビクっとしたから元気じゃね?
 
「りん?」

 鉄錆の臭いがする。出血はたいして多くない。傷口を弾丸が巻き込んでいるから。
 だからこそ痛いし、抜けない。下手に抜くと死ぬ。但し自分で動けない。
 大丈夫なのかあの娘。射線上に立つなんて大丈夫なのか。体とか頭とか。

「おい、鈴!」

 動けよ。知らない娘、ってなんだよ。鈴だろうが。凰鈴音だろうが。俺の大事な女の子だろうが。
 動け、動けよ、織斑一夏。

「クッ。クッ、ハハッ! おいどうしたオマエ? 泣いているのか? 身体が震えているぞ?
 滑稽だな。愉快だな。痛快だな。そうか、オマエの目はそうしたら変え―――」

 蒼い閃光――肉眼では視認が困難な攻性ビーム――が、女のISに直撃した。
 いや、シールドで止めている。熱波が俺を襲う。


『其の首、置いてきなさい』


 アリーナから飛んできた射撃の方角には、誰も居ない。
 それでも、その声からセシリアだって事だけは分かった。


「偏向射撃、BTフレキシブル! 使える奴が居たか!」

『黙って首を置いてきなさい』


 アリーナの下から飛んできたビームが、カタパルトの口で直角に曲がり、女を狙う。
 間髪入れず、ライフルとは思えない早さで次弾が次々撃ち込まれる。

「反応が増えたな。流石に分が悪いか。おい、オマエ。
 また殺しに来てやるから、怯えて待ってろ」

『逃がすものですか! 其の首、此処に置いてきなさい!』

 蒼い流線をものともせず、女は俺の姉をしっかり抱え、カタパルトからそのまま飛び去って行った。
 俺は、黙ってそれを見送った。


「鈴!」

 
 打鉄を纏った箒が、鈴を抱いてそのままどっか行った。
 かなり焦った表情で、歯を喰い縛ってどっか行った。
 俺は、動かない。

 ラファール・リヴァイブを纏ったデュノアが、俺を一瞥し、そのままカタパルトから出て行った。
 一言も言わず、一瞥しただけで、そのまま出て行った。
 俺は、動けない。

 地面に残る朱色の筋と、小さな真っ赤な水溜り。
 びっくりする程鮮やかな赤は、血液よりもペンキを連想させた。
 凍るように寒気を感じる背筋と、ガタガタと震えている己の体を押さえつける。
 今にも叫び出しそうな声と、声にならない絶叫が俺の中で喧嘩して、なにもできなかった。
 自問自答すら発生しない俺の頭蓋骨内では、しきりに『責任(ナニカ)』の所在を探していた。
 俺は、動かない。
 俺は、動けない。

 俺は、守れなかった。
 





[32851] (後)メアリーと遊園地
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/11/15 21:49
「やっぱ、都合良くヒーローなんて現れないよね」

 私は自分の背中に級友を二人庇いながらそう呟いた。

「みーちゃん、まだ持つ?」

「なんとか、もうちょっとだけね!」

 第四アリーナで訓練していた私達三人は、もっぱら最悪なイベントに巻き込まれた。
 さっちゃんこと緒方皐月と、あーちゃんこと壱岐茜のガチバトルを観戦していたみーちゃんこと私、固法美佳。
 突然振ってきた所属不明機は不時着後爆発し、なぜかさっちゃんとあーちゃんのISが解除された。
 次いで6機の所属不明機が続々と入場を果たし、ISを展開していなかった私が慌ててISを出して、二人を守っている。
 6機の中に、一機だけ有人機(通常のIS)がいるが、その顔はバイザーに隠されており覗えない。
 いくら声をかけても、なんの反応も返ってこず淡々と私たちへの攻撃が続けられた。
 
「なんで、なんでISが呼べないの!」
「分かんないわよ、そんなの!」

 ガリガリとシールドエネルギーが削られていく。このまま射撃が止まずエネルギーが尽きれば、三人仲良くミンチになる。

「私、さっちゃんとみーちゃんに会えて良かった。二人とも、友達になってくれてありがとう。
 あっちの世界でも仲良くしてね?」

「勝手に人の人生まで終わらせるな!」

 結構余裕あるのね、二人とも。図太い友人で何よりです。
 せめて全員がIS使えたら逃げられたんだけど、なんでか無理っぽいし。
 二人を庇いながら逃げたらたぶん逃げてる最中で落とされちゃうから、下手に飛べない。

 八方塞りってやつだね。
 こうなるんだったら、もうちょっと男の子と遊んでおけばよかったな。

 脳裏に浮かんだ男の子の姿。
 『彼』だったら、どうするだろうか。
 こんな絶望的なイマを、どう打破するだろうか。

 そうだ。
 彼がどうするかなんて想像もつかないが、一つだけ。
 きっとこうするだろう。
 
 真っ直ぐ天へと手を突き出し、握ったマシンガンが空に向かって鉛玉を吐き出す。

「みーちゃん、何を―――なんで笑ってるの!」

「そう? 笑えてる、わたし?」

 ならいい。
 頭に描かれた彼は、ピンチの時だって笑っていた。
 ちょっと荒っぽく、小悪党チックに笑っていた。
 こうやって、こんな時に思い出すってことは。
 私は、やっぱり、彼のことが―――。

「さっちゃん、あーちゃん。乱暴に扱うから、舌を噛まないように気をつけてね」

「また美佳は相談もせず勝手に決めちゃうんだから!」

「さっちゃんはそういうみーちゃんが好きな癖に、素直じゃないなあ」

「あはは、そうなの?」

「そうよ! ……悪い?」

「ううん。私も二人のこと、好きだよ」

 そろそろシールドエネルギーも限界。
 ウィンドウ表示される打鉄の情報を確認しつつ、本当にやるのかを決める。
 必要な武装。アサルトライフル、ミサイルランチャー、ブースター、シールドエネルギーが少し。
 必要な技能。ラピッドスイッチ、後方精密射撃、シールド範囲操作、瞬時加速。
 出来る。やれる。私は成せる。
 なら、


「わたし、頑張るから。三人で生き残れるように頑張るから。二人とも、私にいのち、預けてくれる?」
 

 返事は、私の背中を張る音だった。
 平手でバシンて、スーツじゃなかったら痛いよ今の。

「いつも通りでしょ? 付き合ったげるから心配すんな!」

「みーちゃんの好きなようにやってよ。命ぐらい、幾らでも預けるから」

 いや、なんだか私がいつもやらかしているかの如く返されるのは不本意だし、命なんて重い物を幾らでもは預けないで欲しい。
 そんな不満は飲み込んで、「ありがとう」とだけ伝え、それじゃあ、やりましょう!

 二人を左腕で抱きかかえ、所属不明機に背後を向ける。
 右手に大きい箱型の物体を物質化し、後ろにいる所属不明機群の中心に投げ込んだ。
 高速切替(ラピッドスイッチ)で武装をアサルトライフルに切り替え、まだ地面に落ちる前の箱型の物体―――ミサイルランチャーに照準を合わせた。
 こういう時はなんて言うんだっけ? ちょっと思い付かないから、ベタなのでいいや。

「ロックンロールッ!」

 どっかのお馬鹿さんが私に教えてくれた、馬鹿をするときの魔法。
 馬鹿をするとき重要なのは思い切りの良さであり、精一杯声を張り上げたら、なんか上手くいっちゃうもんだって。
 私の背面射撃は、確かにミサイルランチャーを撃ち抜いて爆発した。
 スローモーションな世界で、私は砂塵を巻き上げながら迫る爆風に身構える。
 シールドバリアの範囲、形状を変え発生させる。
 パラボラアンテナ、御椀型、一点に集中するような形に。ブースターに集める形にする。
 爆撃による撹乱、爆風による初速度の確保、爆発による瞬時加速のエネルギー確保。
 収束する衝撃をブースターに取り込み、圧縮/解放する。
 今日の決勝に出場しているであろう誰かさんの得意技、『瞬時加速』を彼に教えたのは、私なのだぜ?
 先輩が後輩よりへたくそじゃ、話にならんでしょ!

 収束した推力は、ぶっつけ本番にしては中々の成果で私を加速させる。
 安全な場所を目指して一直線。
 アリーナの緊急待避所には手動で下ろせる強化シャッターがある。
 そこまで逃げ込んで、時間を稼げば、なんとか―――。

「虫の癖に、賢しいぞ」

 そんな甘い考えは、爆炎を物ともしない閃光に射抜かれた。
 あんな爆心地から、瞬時加速中のISを背面にレーザーライフルを直撃させるなんて。
 IS学園に強襲かけるレベルに凄腕(ホットドガー)だ、あの人。

 シールドの展開が間に合わず、絶対防御が発動しエネルギーがギリギリでエンプティだ。
 それでも、なんとか姿勢制御を行い背中を地面に向け、二人を庇う。
 地面を猛スピードで滑っていき、アリーナの外周そばまでたどり着いた。
 摩り下ろされる大根の気持ちを体感しつつ、シェイクされた頭に喝を入れる。
 もう20メートルもない距離に、退避場所がある。

「あーちゃん! さっちゃん! 無事!」

「私は大丈夫! 茜は!」

「ちょうよゆうっす~」

 かなりやばそうだ。他人を心配して、自分を心配して、ちょっとした事に気がついた。

「追いつかれる前に、さっちゃんはあーちゃん連れて逃げて!」

「美佳、あんたまさか足止めするとか言い出す気じゃないでしょうね?」

 あーちゃんの目がぐるぐる回ってて可愛い。
 じゃなくて、すぐにでも包囲されちゃうから問答している時間も惜しいんだけど。
 ここは私に任せて先に、なんて映画のセオリーは守れない。
 なぜなら。

「IS(コレ)、脱げないの。壊れちゃったみたい」

 エネルギーが切れても、基本的には格納ぐらいは出来るのだ。
 エネルギーが切れる=動かすことが出来ない≠展開・着脱が出来ない
 何度もコマンドを送るが、うんともすんとも云わない。
 まあ、これまで私達三人を無事に守ってくれただけでも、凄い頑張ってくれたんだけど。
 ありがとね、『テンペスト』。
 貴方を選んで、良かった。

「上半身すら起こせないの。こんな場面で恥ずかしながら寝っ放し。だから、置いてって」

「イヤだ。みーちゃん見捨てて逃げるんなら死んだ方がマシだ」

「茜ッ!」

 ようやく復活したあーちゃんがそう云う。
 だけど私は、二人がこんなトコで死ぬ方が嫌だから、逃げてくんないかな。

「イヤだ。私の命、みーちゃんに預けたもん。
 みーちゃんが此処までだっていうなら、『壱岐茜』も此処までで良い」

「さっちゃん! 無理矢理にでも引っ張ってって!」

 この娘、本気だ。
 友達甲斐が、ありすぎる。


 イヤだな。
 嫌だなぁ。
 こんなに好きな人達と死ぬなんて、嫌だなぁ。
 これなら独りで寂しく死んだがマシだなぁ。
 
「やっぱ、都合良くヒーローなんて、現れないよね」

 頭に思い描く姿は、とある男の子の姿で。
 その人が笑っている、そんな情景が浮かんで。
 やっぱり、死にたくないな、なんて思った。
 


 
「ああ、ヒーローは現れない。だから、私が来てやったぞ」



 
 アリーナの外周を冗談みたくバラバラに斬り抜き、即座に私の眼前に立つその人は。
 その人の名前は。その女性の名は。その『ヒーロー』の名前は―――、


「―――織斑、千冬」

「織斑先生だ、馬鹿者」


 そう先生は軽く笑って、打鉄のブレードでテンペストの装甲から私の身体をくり抜いた。
 どんな技能があれば出来るの、ソレ?

「にしたても、良く持たせた。褒めてやる」

「あっ」

 くしゃりと、私の髪を撫でる先生。
 ISを装着しているというのに、その手は生身と変わらぬ柔らかさで私に触れた。

「私の生徒が世話になったな。おいオマエ、―――名乗れ」

 剣先をたった一機の有人機に向け、織斑先生は有無を言わさぬ声色で告げた。

「……マドカ。―――オリムラ、マドカ」

 ポツリと。
 たった二言、自分の名前を振り絞るように口にした『彼女』。
 そんな彼女を、織斑先生は、


「ほう、偶然だな。私も『織斑』の性を名乗っている」

「姉、さ―――」

「私に妹は居ない。要るのは可愛い弟だけだ」


 バッサリと。
 名刀のように。
 彼女が振るう刀のように。
 容赦無しの一刀両断。
 言刃は彼女を、断ち切った。


「ッ、―――ゴーレム共、八ツ裂け!」


 五体のゴーレムによる飽和射撃、レーザーによる集中攻撃。
 私が成す術無くやられてしまったソレを、


「散れ」


 唯一撃の斬戟により、斬り伏せた。
 寝かせて振るわれた近接ブレードは音速を超え、ソニックブームで空気を砂を、全てを巻き添えに、空間すらも断ち切り、何もかもをブッ飛ばした。
 たかが一撃で。たかだか刀一本で。
 出鱈目にも程がある。
 出鱈目でも言葉足らず。
 そう、これが。
 これが、この人が。
 この女性(ヒト)が、


「規格外、戦乙女、戦女神、無敵超人、世界最強、―――織斑千冬!」

「だから『織斑先生』だと。何度も言わせるな、次は反省文だからな?」


 私達の、『先生』だ! 
 
 
「私をこうして表に立たせたんだ。もちろん覚悟は出来てるんだろ、オマエ?」

「ええ、もちろん。貴女を手に入れる決意を胸に、わざわざこんな場所までやってきました」


 バイザーに隠された顔からは、口にした感情は読み取れない。
 ただ、色のない重みだけが伝わってきた。

「ハッ! 私を手にするか? 私を手に入れたいか? なら『織斑一夏』にでも産まれ直して、出直してこい」

「心配なさらずとも、貴女はこれから産まれ直しますし、織斑一夏は殺しますよ」

 声は感情を読み取らせない。ただただ重い。
 それに反して織斑先生は、

「―――斬り刻むぞ、雌豚」
 
 怒りを隠そうともしなかった。
 沸点低っ!
 ちょっと! 本当に姉弟以上の関係はないんでしょうね一夏くん?!
 
 自分の声すら置いてけぼりに、一番近い無人機相手に突撃する織斑先生。
 キンと、硬い高い金属音だけ残して両断される無人機。
 移動も、攻撃も、私の目には映らなかった。そこには、結果だけがあった。

「次に下半身とオサラバしたい奴は、どいつだ?」

 やばい、かっこいい。
 千冬様信者になってしまいそう。 
 まあ、この学園で織斑千冬を尊敬していない生徒なんて存在しないだろうけれど。
 彼女が剣を執るだけで、この安心感だ。

 遅すぎるゴーレムの射撃を姿を消して避わし、次なる獲物を、

「おい、オマエ」

 狙わなかった。
 むしろ狙われたのは、私達だ。

 有人機のISが私達に向けて発砲し、それを先程のように瞬間移動し受け止めた。
 消えた途端、私達の前に立つ織斑先生は、本気で怒っていた。

 無人機の火線が集中する。
 織斑先生は動けない。
 此処から離れたら、有人機が私達に銃を向けるから。

「おいオマエ答えろ。―――人を殺す事に抵抗は無いのか?」

「貴女の足枷にしかならないモノが、同じ『人』だとでも?」

「解かった。もういい」

 剣とシールドを駆使し、私達を庇う織斑先生。
 その剣技でほぼ射撃を捌いているとは云え、斬り漏らしから徐々にシールドエネルギーを削られていく。
 私達が居るから、織斑先生は戦えない。
 
 なら、逃げないと。
 私達さえ居なければ、織斑先生が負けることなんて在り得ない。
 幸い、解除出来なかった私のISは織斑先生が解体してくれた。
 たかが20メートル。三人で逃げ切って、織斑先生が反撃して、学園の皆で敵を全部ぶっ倒して、こんな茶番、終わらせてやる。
 
 三人で顔を見合わせる。
 うん、私の親友に馬鹿も臆病者もいない。
 心は一つ。女は度胸。さあ、やってしまおう。

「織斑先生! 退避場所まで護衛願います!」
 
「馬鹿、動くな!」 

 進路方向には敵は居ない。射線は織斑先生が抑えている。足を動かした先に、勝利条件が待っている。
 駆け出さない理由なんて、無い!
 退避口まで、もう十歩以内だ。

「ほら、貴女の足を引っ張る事しか出来ない。貴女が大事にする理由なんて、ない」

 有人機は両手に構えたレーザーライフルとパンツァー・ファウストを、先行して退避しようとしている私に向ける。
 嘘でしょ? それって生身の人間に撃っていい武装じゃないわよ?
 跡形すら、残らないじゃない。

 パンツァー・ファウストから単発の大型爆発弾頭が射出される。
 それは僅かに狙いが逸れ、私達より若干高い高度を飛んだ。
 レーザーライフルは織斑先生を避ける様に、曲がりながら私を狙ってくる。

「是ッ!」

 ビームの軌道に回り込んだ織斑先生は、曲斜のビームを斬り落とすなんて神業を披露したが、それが悪手であることは私ですら瞬時に悟った。
 発射されていたロケット弾がアリーナの外壁に着弾し、金属とコンクリートを含んだスコールを発生させる。
 死の嵐が私達に到達する寸前で、特大のシールドバリアが展開される。遠隔操作。遠隔展開。織斑千冬は、己が技量でそれを成す。
 
 だが、故に死に体。
 体を動かし、腕を振り、意識を割いた。
 この一瞬だけは指一本すら意図的に動かせない程の死に体だ。
 そして無人機は、その一瞬に無関係に間断無く、射撃を織斑先生に行っている。

「ッチ!」

 舌打ちと共に、学園に入学して始めて『絶対防御を使わされた織斑千冬』を視認した。
 自由を取り戻し、なんとか体勢を立て直した打鉄には、恐らくもうエネルギーが潤沢には残っていない。
 
 お荷物だ、わたし。
 先生の邪魔にしかなれない。
 それでも先生は恨み言ひとつ吐かず、弱音ひとつ口にしなかった。

 その眼が見据えているはいつだって前で。
 その眼はとっくに見え透いた未来をとらえ、決意に染まっていた。
  

「おい固法。私が合図をしたら、私の打鉄を使って逃げろ」


 え?


「でも、それじゃあ先生が!」

「いいんだよ。アタシは教師だ。教師が生徒を守らなくてどうするんだ?
 それに、お前等が居たら足手纏いなのは分かってるだろ?
 私にはこの近接ブレードさえあればいい」

 織斑先生は、笑う。
 こんな時でも、格好良い。
 千冬教の信者が減らないのは、それはもう当然だろう。

「退避場所には逃げ込むな。あそこのロックはどうやらクラックされている。
 教員の配置図をくれてやるから、好きな先生を選んで保護を頼め」

 好きな先生を選べと云われれば、迷わず織斑先生を選びます。
 先生以上に好きな先生なんて、いない。

「おい、ぼさっとするな。まだ危機も事件も世界も人生も、何も終わっちゃいない。
 お前等はさっさと、日常に帰る努力を始めないか」

 私が力を貸してやるから、と。
 そう織斑先生は続けた。

 それは、犠牲にしろと。
 私達の愛すべき先生を見捨てろと。
 そういう、発言だった。


「固法は初めから器用な奴だったな。お前は小技しか出来ないと自分を卑下するが、それはお前のスタイルだ。
 その器用さで、全ての小技をマスターするといい。器用貧乏なら器用貧乏なりに極めてみせろ。
 そうすればきっと、剣を振る事しか出来ない私なんか、一回も触れさせずに倒す事が出来るようになるさ」

「壱岐は実家を継ぐんだったな。お前は争い事に向いてないし、良い決断だったと私は思うぞ。
 だが、誰より我が侭で自我が強いのがお前だ。そんな自分を自覚するように。
 戦うべき時に戦える人間であれ。素直なお前であれ。他はそれ程気にすることは無い。
 お前は我が侭だから、自分に素直にさえ生きていれば幸せになれるさ」

「緒方。お前にISの才能はなかった。
 だが、歩くのすら満足に行えなかったお前が、こうして一般レベルに至るまでにどれだけ努力してきたか、私は知っている。
 すまなかった。私にもっと教導する力があれば、本来私が教えるべきだった技術を、
 お前が手探りで一つ一つ身につけていく必要は無かった。
 お前のその操舵技術は、その全てがお前の努力の賜物だ。存分に誇れ。
 お前のその努力の才能さえあれば、何処に行ったってやっていける。
 ちなみにお前の推薦状は私が書いたんだ、卒業したら胸張って好きなとこに行ってこい。
 お前はこれから、お前の為に努力しろ。それは仕事だろうが恋愛だろうが趣味だろうがなんでもいい。
 お前のこれまでの努力は、私がIS学園で活かすから。心配するな。絶対に、無駄にはしない」


 そんな。
 そんなの、知ってる。
 なんでこんな事になってしまっているのか。
 なんでこんな別れの言葉みたいなことを口にさせてしまっているのか。
 なんでこんな、力が足りない事を悔やんで泣かなきゃならないのか!
 
 この女性(ヒト)が、強いから。
 私が、弱いから!
 その絶対的な差が、私からこのヒトに押し付けてしまった。


「泣くな、お前等。なんだ? 私が負けるとでも思ってるのか?
 おいおい、お前等の『先生』が。この織斑千冬が敗北したことなんてあったか?
 逆だ逆。勝つ為に、私はお前等に逃げろと告げているんだ」

「はい! 全力で逃げます!」 

「ああ、頼む。―――絶対に、逃げ切ってくれ」

 刹那、顔を綻ばせた。
 厳しくて、仏頂面で、体罰が多くて、時間に五月蝿くて、美人で、強くて、格好良くて、―――笑顔が素敵で。
 私達の先生は、誰より素晴らしい女性だ。

「往け、固法!」

「はい! 必ず逃げ切ります!」

 先生は近接ブレードで暴風を起こし、瞬きの合間にISを解除し私に投げて寄こした。
 砂塵の煙幕に紛れて駆ける先生の安否を確認もせず、展開した打鉄で二人を抱え、私は飛んだ。

「みーちゃん! 先生が! 先生がぁ!」

「分かってる! 分かってるわよ!」

 先生を見捨てて、見殺しにしてる。
 分かっている。分かっているのだ。
 だけど。

「命令じゃないの! 頼まれたの! あの女性に! 私達の大好きな先生に!
 初めて頼まれたの! 生徒と教師じゃなくて、対等な存在として!
 お願いされたのよ! 『絶対に、逃げ切ってくれ』って!」

 そんなの、断れる訳無いじゃない。
 そんなの、応えない訳にはいかないじゃない。
 あんなにも、私達を想ってくれてる女性からの願いに。

 だから、だから、だから!


「絶対に、死んでも逃げ切ってやるんだからっ!」


 三時間後。
 IS学園を舞台とした世界的な襲撃事件は終息した。
 私達は無事に、生き長らえることが出来た。
 その代償の重さに、潰されながらも。



[32851] WINDOW開ける
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/11/15 21:47

 IS学園を襲った大規模な襲撃事件は、その激しさとは裏腹に死者0名だった。
 普段の訓練の成果が遺憾なく発揮され、あれ程の戦闘だったにも拘らず死傷者はいなかった。
 軽症者156名。
 重症者17名。
 軽くない傷を負った者も確かに居る。
 だが、一人として死者は出なかった。
 世界的な大事だっただと云うのに、誰一人として欠ける事はなかった。

 ただ一人。
 MIA(戦闘中行方不明)判定を受けた一名を除いて。
 たった一人の、俺の姉を除いて。



 病院には多くの生徒が集まっていた。
 それは自身の治療だったり、仲間の連れ添いだったり、重傷者の見舞いだったり、様々だ。
 こうやって中庭のベンチに座る俺は、そのどれでも有り、どれでもなかった。

 とある手術室の前には、箒とセシリア、二組の女の子が二人。
 凰鈴音の手術が終わるのを待っていた。
 俺は、その空間に厚かましくも居座ることが出来なかった。
 
 凰鈴音に庇われ、彼女を病院に搬送することすら行わなかった俺に。
 そんな権利は、欠片も無かった。

 現実感のない俺のジャンクなオツムは、薄暗くなってしまった空を仰ぎ、延々と酸素を浪費している。
 深めに吸った空気が、ため息のように吐き出される。
 その息と共に「ナニカ」が胸から追い出されることを願いながら。

 「探したぜ」

 砂利を踏む音とやってきたのは、五反田弾。
 凰鈴音の、無二の親友だ。

「ったく、どうしてそう団体行動を拒むんだよ? 仲良く並んで待っときゃ良かっただろ」

「……お前は、何も知らないから」

 経緯も、事情も、俺の気持ちも。
 何も知らないから。
 
「何をだ? お前が狙われて、鈴がそれを庇って、千冬さんが攫われただけだろ?
 それ以外になんか俺の知らない話があんのか?」

「知ってるじゃねえか」

 大まかにほぼ知ってるじゃねえか。学園生でもそんなに詳しい生徒は片手で足りるっつーの。
 それでも、足りない。
 お前は、知らない。

「鈴が撃たれて―――」

「鈴が撃たれて、お前がブルっちまって何も出来ず没立ちしていたことか?」

「……知ってるじゃねえか」

 ドカリと俺の隣に座り込む弾。
 
「ナースのお姉さん捕まえて訊いたら、鈴、命には別状ないっつーから安心したぜ。
 もうさ、お前とかあいつとか無茶すっからマジに弾君の寿命が縮んだわ。
 トータルで5年は堅いわ。特にあいつは女の子だってのに」

 自販機で買ってきたのか、缶ジュースを二本取り出し、片方を俺の膝に乗せる。

「おいおい、驚けよ。ミロだぜ? 缶のミロとか数年ぶりに見ただろ?
 普段通り『マジかよ! なんで神の飲料物が下界に!』位驚けよ」

 五月蝿い。
 俺はそんなリアクション芸人じゃない。

「責めないのか?」

「お前をか? なんでだ?」

「鈴が、怪我をした」

「あいつが勝手に飛び込んでっただけだろうが。それを俺に責めろって? んなダッセー真似できるか。
 大体、逆の立場で考えてみろよ。お前が鈴庇って、俺がその件で鈴を責めたらどうするよ?」

「余計な真似してくれてんじゃねえよシスコン外野が口挟んでんじゃねーよ潰すぞ」
 
「……あのさ。一応、俺もあいつの親友なんだけど」

 五反田長男は頬を掻きつつ苦笑した。
 なんだよ。知った様な口を。分かった様な口を聞きやがって。
 弾の癖に生意気だ。

「お前の気持ちなんて分からないねえよ。分かって欲しいなら言葉にしろ。
 お前がいつも言ってる事だろうが。気持ちは言葉にして伝えないといけないって」

 ああ。そうだ。だけど。だけどさ。
 ひしめきあって、もつれあって、言葉は形にならない。
 うずめきあって、重なりあって、気持ちは計れない。
 
 俺も、その辺の愚図と同じか。
 自分の気持ちも分からず、それを相手に伝える事もできない。
 コミュ障ってレベルじゃねー。

「そんな顔してどうしたよ。不細工なツラがよりブサイクになってんぞ」

 五月蝿え。ああ、そうだよ。自覚してるよ。俺はブサメンだ。
 強がってるけど、知ってる。
 なんで千冬姉みたいにイケメンで産まれてこなかったのか。
 顔も覚えてない両親に恨み言を言いたい。

 弾はポンポンと俺の頭を叩き、手を置きっぱなしにする。
 なんだよ、止めろよ。
 男にんなことされても嬉しくねーんだよ。
 お前なんでそれで女の子にモテねーんだよ。
 むしろそんなに俺に優しくすんなよ。惚れ、ホモと思われんだろうが。

「凹んでる親友の為だ。お前が欲しがっていないモノをプレゼントしてやるよ。
 ええと、『お前は頑張った。―――お前の所為じゃないよ』」

 衝動的に弾を睨みつけ食って掛かる。
 テメエ、この野郎。

「なんだ? 責めて欲しかったのか? 殴られたかったのか? お前の所為だって云われたかったのか?
 だよなあ。そうされれば、辛く当たられた分だけ罪が軽くなった気がするもんなあ?
 許された気分になるもんなあ?  おい、―――甘えんな、一夏。」

 真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに俺に視線を返してくる弾。
 その眼には、静かな怒りが滲んでいる。

「お前さ、何様だよ。なんでも一人で出来んのか? いつでも正しい事が出来んのか?
 聖人か? 英雄か? ヒーロー気取りもいい加減にしろよ。気付けよバカタレ」

 それは、何に向けてなのか。
 それは、誰に向けてなのか。

「俺達は完璧じゃない。完璧なんかじゃいけない。じゃないと、誰かを求められないだろうが。
 独りじゃねえんだろうが。お前は誰と戦おうとしてるんだ? 一人じゃ戦えないから、俺達は群れるんだろ。
 全部お前が自分で云った事だろうが! お前は独りで、何を守ろうとしてるんだよ!」

 俺は、守りたい。
 俺は、俺の大事な人を守りたい。

 俺は、守りたい。
 俺は、俺の大事な居場所を守りたい。

 千冬姉が、そうしてくれたように。
 俺は、その輝きに魅せられた。
 守ると云う行為の尊さに、守ると云う意志の気高さに。
 だから。


「そんな借り物、捨てちまえ。お前が従うべきは、ココだろう?」

 
 弾は指先で、強く強く俺の胸を指す。
 俺の心臓を。俺のココロを。


「肝心なことは、いつだってココに在る。分からなきゃ悩め、悩んで考えろ。
 心臓の奥に問い質せ。委ねるな、お前は『織斑一夏』だろうが」


 




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 鈴の摘出手術は無事に終わり、手術室の前で祈っていた彼女達は安堵の息を漏らした。
 医者から結果の報告があると言われ、俺と弾は鈴の家庭事情を説明し、鈴の母親には連絡がつかないだろうから、幼馴染である自分達が聞くと申し出た。

 弾と一緒に狭い診察室に座ると、医者は苦い顔をした。
 本来、同年代の異性である君達に伝えるべき内容ではありませんが。
 医者はそんな前置きをした。

「手術は成功しました。生命活動に支障はありません。ただ、―――」

 ―――生殖活動に影響が残る可能性があります。
 そう、医者は告げた。

「具体的には、どの程度でしょうか?
 その言い方からするに明言は難しいとは思いますが、ある程度の目安で結構ですので」 

「卵管の一部が損傷しておりますが、上手く治癒すれば問題ありません。
 もし接合が上手くいかなければ、子供が出来辛い体質になってしまう覚悟が必要です。」

 ただし、卵巣・子宮は無事ですので、機能的には問題ありません。
 最悪、顕微受精等の方法もありますので……。

 医者の声は、耳に入らない。弾がいるから大丈夫だ。
 ぐわんぐわんと耳の奥で反響し、スマブラ並みに大乱闘だ。
 
「最悪『子供が出来辛い』だけですね?」

 だけ。
 『だけ』ってなんだよ。
 そんな軽い話じゃねえだろうが。
 なに冷静に受け止めてんだ。
 
「冷静に会話が出来ねーんなら邪魔だから失せろ」

 ガツンと俺の頭に拳骨を落とし、弾は医者に確認を取る。
 傷の具合、出血量、今後の生活に影響はないか。
 生殖機能への影響は判断にどの程度の期間が必要か。
 入院するにあたり必要な物、必要な情報、鈴の母親の緊急連絡先。

 弾が全て聞いてくれて、喋ってくれて、相談してくれる。
 俺、居るだけ無駄だ。
 むしろ、邪魔だ。
 いきなり立ち上がる俺に一瞥もせず、弾は相談を続ける。
 成すべきことを。
 今、自分がするべきことを。
 弾は行っている。
 その背に俺は。


「すまない。頼んだ」
「おうよ」


 掛けた言葉に頼りになる返事をしてくれる親友にこの場を任せ、退室した。






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 夕暮れ時の病院の屋上で、私は想い人を見つけた。
 入り口の裏手、誰も来ないような日の当たらないスペースに顔を伏せ座り込んでいた。

 滅多に会えないこの人の、久しぶり会う姿がコレだと言うのだから、私は中々ツイてる。
 来年が待ち遠しいものだ。
 来年になれば、学年こそ違うものの、彼とは同じ学び舎に通える。
 IS学園に隔離されてしまい全然会えなくなってしまった一夏さんと、望めば毎日でも会えるのだ。
 
「探しましたよ、一夏さん」

「ほっといてくれ。頼むから」

 冷たい声で拒絶する彼は、私を遠ざけようとする。
 何故だろうか。
 優しくできないから、普段とは違うから、凹んでるから、泣いているから、辛いから、寂しいから、隠したいから、甘えたくないから。
 理由なんて分からない。
 分からないから、人は話すのだ。

「やです。私がそういう感じの時、一夏さんは何したか覚えてますか?」 

「覚えてる。謝るから。二度としないから。ほっといてくれ」
 
「ヤです。乙女の胸はそんな投げ遣りな謝罪で許せる程安くありません」

 まあ、おにいが一夏さんの顔を原型を留めない勢いでボッコボコにしたから許さざる得なかったですけど。
 あと止めるのが5秒遅かったら、前歯はなくなっていただろう。

「お願いだ、蘭。今だけは、私をほっといてください」
 
「いやですよ。一夏さんは私がそう言った時、一度だってそうしてくれた事はなかったですよね?」

 あの時も、この時も、あんな時も、こんな時も。
 どんな時だって、私が独りで居たくとも、一夏さんが邪魔をする。
 拒絶しようと、怒ろうと、無視しようと、一夏さんは邪魔をする。
 当時は分からなかったその理由。
 今なら、分かる気がするな。

「私はどっかいったりしませんよ。男を追っかけて進学先変えるようなしつこい女なんですから」

「ウゼエよ。消えろ。殴られないと分からないか?」

 伏せたままの一夏さんの頭に、腰を下ろし顔を寄せる。

「殴りたければ、どうぞ。今、一夏さんの正面にいます。でも、殴られようが蹴られようが、私は離れませんから」

 私がどれだけ暴力を振るったか。流血、打ち身、青痣。骨折こそなかったが、それでも一夏さんは。
 私がどれだけ暴言を吐いたか。嫌味に、口汚く、何度罵ったか。それでも、一夏さんは。
 私は、覚えている。
 それでも、一夏さんは私から離れてくれなかった。

 一人は、駄目なのだ。
 心が折れそうな時に一人でいると、折れないまでも心は曲がってしまう。
 独りじゃ駄目なのだ。  
 言葉や想いだけじゃ伝わらないものがある。繋いだ手から伝わる体温でないと、凍えた心は溶けはしない。

 私が沈んでいたとき、どれだけ傍にいた一夏さんに助けれたか。
 私が澱んでいたとき、どれだけ触れてくる一夏さんの温もりに救われたか。
 私は、覚えている。


 私は顔を伏せ座り続ける一夏さんの後ろに回り、その背中にのしかかった。
 おなかのあたりが一夏さんの背中にぴったりと密着し、上半身もたっぷりと、寄せた身体を触れ合わせる。
 正直、かなり恥ずかしい。

「重いんだけど」

「おっきくなったでしょ? いつまでもコドモじゃないんですよ?」

「おっぱいあたってるんだけど」

「……おっきくなったでしょ? いつまでもコドモじゃないんですよ?」

「俺、お前のことスキなんだけど」

「私もですよ。会った瞬間一目惚れして、あの時から触れ合うたびに、ずっと、もっと、好きになりました」

 一夏さんは私を跳ね除ける様に急に向き直り、私の胸に抱きついた。
 本当に、おっぱいが好きな人だなぁ、なんて。
 本当は。泣き顔を見られたくないんだ。私、知ってるんですよ?

「俺さ、格好悪いよな?」

「ええ。今回は相当格好悪かったみたいですね。
 だけど、そんな一夏さんも好きですよ」

「俺さ、情けないよな?」

「ええ。でも、弱くない人なんていませんよ。
 だから、そんな一夏さんも好きですよ」

「俺さ、救えないよな?」

「ええ。人は人を救えません。でも、手ぐらいは貸せますよ。
 だって、私はそんな一夏さんを助けたいって思ってるんですから」

 一夏さんは力を強める。ぶっちゃけ、とっても痛いけれど。
 それだけ求められてるんだって、感じられるから。
 感じて欲しいから。
 私は、思いっきり抱き締め返した。

「蘭、痛いんだけど」

「ええ。私も痛いです。痛み分けってことで、ここは一つ我慢してください」

 その辛さを、分かち合えたら。
 その辛さを、代わってあげられたら。
 そう思う。
 この痛みの様に。

「お前さ、なんでこんな駄目男に惚れてんのだよ? 馬鹿じゃねーの?」

「運が良かったと思って諦めてます。なんでこんな素敵な人に出会っちゃったんだろって」

「分かった。馬鹿なんだ、お前」

 失礼な。
 これでも学校のテストじゃ一桁から落ちたことないんですからね。
 頭脳明晰、運動神経抜群、スタイルはまだまだ発展途上ですが、そんな才色兼備な女を目指してるんですから。

「ええ、馬鹿なんですよ。だから、運が悪かったと思って諦めてください。
 なんでこんな良い女に捕まっちゃったんだろって」

「抜かせ」

 一夏さんは笑う。
 それは弱々しく、力のない笑いだったが。
 灯った火は弱くとも、じきに業火となるだろう。
 この男性(ヒト)は。
 私の好きな、『織斑一夏』は。
 ハートに火を点ける、天才なのだから。

「糞ッタレ。ああ、糞ッタレ! なんだよもう、立つ瀬がねえじゃねえか!
 これだから女の子は怖いんだよ。いつの間に、大人になっちまってるから」

「命短しなんとやらってヤツですよ。御多分に漏れず、私も乙女なんですから」

「ああ、畜生! 糞ッタレ! 俺はナニやってんだ。ドコ行ってんだよイッピー。
 サボってんじゃねえよ! オレは、『俺』だろうが!」

 ほら、すぐに火を点ける。
 自分を叱責して、自分のおしりを蹴っとばして、自分の心を奮い立たせ、自分の心に素直に生きる。
 強くない。全然強くない。
 弱いくせに、そうやって強がる一夏さんが、私は好きなのだ。
 普通に弱くて、普通に情けなくて、普通に怖がりで。何処にでも居る、普通な人で。
 それでも、強がるこの見栄っ張りな一夏さんが、私は大好きなのだ。


「もし五反田弾が居なかったら、断トツで付き合いたいメチャクチャ良い女だよ、お前」


 愛してンぜ、蘭。
 そう一夏さんは告げた。
 ほら、そうやって。私の心に、火を点ける。
 自覚ないんだろうか、この人。
 

「ええ。例えおにいが居たとしても、来年には私に惚れさせて付き合わせちゃうんですから。
 私が入学したら覚悟していてくださいよ、センパイ?」



[32851] 名前のない怪物
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2012/12/19 00:55
 する事がなくて。
 するべき事が分からなくて。
 やりたい事が分からなくて。
 俺は、鈴の顔を見に来た。

 手術が終われば通常、すぐに一般病棟に移されるらしいが国家代表候補生と云う立場もありICU、集中治療室にて術後の経過を確認する事になったらしい。
 なにかあれば国際問題ってか。そりゃそうだよな。次世代のIS、国家発展を担う重要人物だ。
 『俺』とは違うってか。

 クリーンルームに入室する。ルーム内のエアダスターにて埃を落とし、帽子と手袋とマスク、簡易的な服を着ることによってはじめてICUへ入ることが許可される。
 恐らく面会謝絶であり、ただの友人ではICUへの入室許可は貰えなかったのだろうが、看護師さんは鈴の家庭事情やらの話が通っていたのか、すんなり入れてくださった。
 
 ガラス越しに見る凰鈴音は、痛ましい姿だった。
 ベッドに横たわる彼女の腕には数本のチューブが繋がっており、右の目蓋にはガーゼ、口元には人工呼吸器がつけられている。
 医者は命には別状はないと告げたが、命には別状がないだけで充分に重症であることは明らかだった。

「いっそ殺せよ……」

 溜まらず歯を噛む音が響く。
 いっそ殺してくれよ、俺を。
 俺は鈴に助けられたのに、鈴が倒れたとき、何も出来なかった。
 まして俺を助けて負った傷の所為で、子供が出来ない可能性がある?
 なんだよそりゃ。
 俺はどんなツラして鈴と話せば良いんだよ。
 俺はどんなツラして、あいつの家族になるって言ってたんだよ。
 もう、いっそ、殺せよ。

 俺の脚を狙った弾丸は、割り込んだ鈴の下腹部を貫いた。
 滑らかな肌を抉り、柔らかい肉を裂き、『女』である部分へ到達した。
 憎い。
 俺は、憎いのだ。
 あの弾丸が。
 あの女が。
 俺自身が。
 憎い。
 心臓に根付いた確かな憎悪は鎌首をもたげ、痛切に哀切に切々と蠱惑する。
 ふらふらと彷徨うのは俺の手か、俺の心か。
 俺は誰の首を絞めたいのか、俺は誰を したいのか。
 
 大きく深呼吸をする。
 流されるな、染まるな、呑まれるな。
 フォースの導きを忘れるな。ダークサイドに、シスに落ちてはならない。なんか緑色のじいちゃんが俺に語りかける。
 冗談が飛ばせるならまだまだ大丈夫、余裕のイッピーです。
 恐れるな。感情に支配されるのが人間だが、感情を支配出来るのも人間だ。
 恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へつながる。グレムリンみたいなじっちゃんが云ってた。
 
 何度も、何度も、深呼吸を重ねる。
 吐き出した息と共に、胸の痞えを吐き出すように、何度も繰り返す。
 ともすれば浅いものに変わってしまいそうな呼吸を、ゆっくりとなだらかなものに変えていく。
 
 俺が無事に立っているのには理由があるはずだ。
 その理由を、復讐なんて詰まらないものになんかしちゃいけない。
 復讐を否定する訳じゃない。
 だけど。

 復讐なんてものは、報復せずには次へ進めない人間がやるもんだ。

 凰鈴音が我が身を挺して守ってくれた織斑一夏が、ンな詰まらない人生を送るわけにゃいかん。
 俺は楽しく生きるんだ。
 俺がリスペクトするパイロットを見習えよ。
 「戦争なんてくだらねえぜ、俺の歌を聴け!」
 どうよコレ?
 しかもこの人戦場にスピーカー持って赴いて歌い出すんだぜ。空き地でリサイタルしてるジャイ○ンなんて眼じゃねえよ。

 ちなみに、ギターはモテる為に覚えた趣味ではない。断じてない。
 誰かに想いを伝えようとするその人の姿に感銘を受け、俺はギターを手に取ったのだ。
 イッピー知ってるよ。そうは言いつつ実はちょっと期待してたんだって、イッピー知ってるよ。

 景色に色が戻る。
 周りを観察する余裕も出来た。
 うん、問題ない。
 普段通りに、ちゃんと俺だ。
 
 俺は俺のままで。
 誰も死んじゃいねえ。
 千冬姉だって絶対生きてる。
 なら、何ひとつ終わっちゃいない。
 何一つ、失っちゃいない。 

 腐ってる暇なんて一秒だってねえ。
 世界だろうが運命だろうが、『俺』を止める権利なんてねえ。
 俺にはイマしか視えてねえ。なのに、そのイマを蔑ろに出来るわきゃねえ!
 
 なあ、アンタもそう思うだろ?

 思考が反転したのを自覚する。
 下を向くのにはもう飽きた。
 風景に色彩が宿る。
 やっとこさ前を、イマを見据える。
 
 拓けた視界の先で、凰鈴音と目が合った。
 たった今意識を取り戻したばかりなのか、はっきりとしない意識でおぼろげながら俺を認識する。

 そんな状態にも拘らず俺を見るそんな彼女の口から、ゆっくりと言葉が零れた。


『―――きず、のこるかな?―――』


 そう、唇は語った。

 その言刃が抉ったのは、頭か胸か。
 物理的な衝撃を感じさせる程に、俺を揺さぶる。

 あんなにも強気で、勝気で、意地っ張りで、強がりな彼女は。
 あんなにも寂しがり屋で、泣き虫で、怖がりな彼女は。 
 誰よりも気高い彼女は。
 誰よりも少女らしい彼女は。
 何よりまず、ソレを気にした。


 俺は、怒りと自己嫌悪に堪えきれず、涙を、

 零すな!

 泣くな!

 泣くな。絶対に泣くな。
 俺が泣いていい訳、ねえだろうが!
 謝るな!
 死んでも謝るな。
 謝って済む問題じゃねえだろうが!

 俺はコンクリート製の壁にガチンコで頭突きをする。
 目の前を火花が散り、意識を跳ばすかのように感情を跳ばした。
 哂え。
 哂え。
 哂え。
 絶対に哂え。
 死んでも哂え。
 哂えなきゃ今すぐ舌を噛み切れ。
 
 哂え。
 哂え。
 哂え。
 不恰好でもいい。不細工でもいい。
 兎に角、哂え!

 俺は帽子とマスクを取っ払い、俺の返事を待つ鈴を見る。
 哂いながら。瞳に汗を滲ませながら、哂う。


「気にすんな。ソレに文句付けるカスが居たら連れて来い。
 神様だろうが将軍様だろうが、誰だろうが、『世界最強』だろうが、
 ―――俺がブッ飛ばしてやるよ」 


『―――そっか。なら、いいや―――』


 傷痕なんて残らないよって。
 手術で消せるよって。
 そんな嘘を口にできなかった俺に凰鈴音は笑いかけ、眠りについた。
 
 何が「いいや」だよ。
 全然良くねーよ。
 お前は怒っても悲しんでも俺を攻めても許されるのに、なんで笑うんだよ。
 笑ってんじゃねーよテメーこの野郎ふざけんなよなんだってんだよ本当にどうしてそうなんだよお前はそうやっていつも俺の味方であろうとするんだよそんなんだから俺はへタれちまうんじゃねーか優しくしてんじゃねーよ実は俺に惚れてんじゃねーのか彼氏とか連れてきたらぶん殴るからな覚えとけよ畜生ああなんだってこんなイイ女になっちまったのかなぁ誰のせいだ弾かちょっとアイツボコるわよし決めた。

 俺は最後に凰鈴音の顔を目に焼き付け、踵を返す。
 背中を向けて瞳の汗を払い、投げる言葉は一つだけ。
 言いたい事は山ほどあるけど、伝える言葉は一つだけ。

「愛してンぜ、鈴」

 




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 あの女の事を思い出す。
 中学時代の織斑千冬とクリソツな顔してやがる女。
 あの襲撃事件の中で唯一の人間だった敵の事を考える。
 
 面倒なのは嫌いだが、面倒だからと放置した事柄は大体それ以上の厄介事となって戻ってくるものだ。
 丁寧に、堅実に、一つずつ片付けていくことの重要性を、俺は姉から教わっている。

 大雑把に切り分けて、細分化し、個別に項目を打ち出して全体を測る。
 何が分からないのかすら分からない現状をなんとかしたいなら、解かる努力をしろ。
 時間はある。間違えるなよ? 前提から間違ってしまうと全てがオシャカだ。
 仮説に仮説を積み上げる砂上の楼閣なんて必要ない。
 事実と根拠を推測と一緒くたにすんなよ?

 まず第一に、あの女が誰なのか?
 うん、頭から分からない。
 織斑千冬のクローンってのが妥当な線だとは思うが、だとすればその経緯が想像できない。
 あの女は千冬姉を拘束していたが、気絶している千冬姉に負担のかからない拘束の仕方だった。
 あと、セシリアの攻撃に対して千冬姉の体を守るように動いたし、千冬姉を盾にすることもしなかった。
 あの女にとって、織斑千冬は重要な存在であるのは間違いない。

 千冬姉を(人の姉を勝手に姉呼ばわりしたあの女に強い遺憾の意を示す)姉さん、と呼んでいたな。
 事実は置いといて、あの女の中ではチッピーは姉であり、(その勝手な思想に強烈な憤慨を覚える)自分は妹であるわけだ。
 俺はいない者として扱うつもりだろう。
 いや、『借り物』とか云ってたな。
 あの女にとって織斑一夏の立場(それが織斑千冬の弟としてのものかは不明だが)は、本来自分が納まるべきポディションだったのだろう。
 うむ、成る程。
 意味が分からん。

 別方向。例えばの話を夢想しよう。
 俺が人間じゃないパターン。
 俺が織斑千冬のクローンであるパターン。
 俺が織斑一夏でないパターン。

 考えるだけ無駄だな。
 今ある現実から眼を背けるなよ。
 俺には入れ替わったオリジナルなんていないし、別世界の記憶なんてないし、世界逆行なんてしたことないし、突然現れた兄もいないし、チンピラな人格なんてないし、居合いな人斬りじゃないし、ロマンに溢れる親友も隻腕の無口な幼馴染もいないし、仲の悪い姉なんていないし、双子の妹なんていないし、学者さんな兄貴的な立場の人なんていないし、俺はそういう『織斑一夏』じゃない。
 イッピー知ってるよ。俺は俺自身のことにだけ真剣になってればいい。イッピー知ってるよ。
 『織斑一夏』のそういう可能性はこの際ゴミ箱にポイしなさい。

 あの女の目的。
 分からない。
 会話の中から情報をピックアップする。
 ①千冬姉の妹になること ②織斑一夏を殺害すること
 ①に関しては『ドクター』とかいう奴の協力の基、織斑千冬に洗脳でもするんじゃねえかな。
 俺とあの女の立場を挿げ替えれば、まんまクリアできる訳だし、そんなに難しいことでもないだろう。
 ただチッピーの場合洗脳されたとしても、次の日には自力で解いてそうだわ。
 ②に関しては殺すのがあの女の目的であり、苦しめて殺すってのがドクターの条件だとか。
 俺を殺したいってのはまだ分かるが、俺を苦しめて殺す事にどれだけの意味があるのかが不明。
 的外れだろうけど、俺を苦しめて殺す事により織斑千冬の記憶の中でイッピーが思い出したくない過去となって洗脳がラクショーになるとかだったらどうしよう。
 なんだ? またチッピーの巻き添えか俺? くそ、腹いせにチッピーの下着をヤフオクに流してやる。

 ドクターの条件ってのが何かの鍵(キー)なのか、俺への怨恨なのかただの気紛れなのか。
 その辺で前提が大幅に変わってくるや。保留にしておこう。
 
 あの女の次の行動。
 すぐに殺しに来ると宣言していたから、そう日を空けずにまたあのいけすかねえツラを拝む事になるだろう。 
 ただし、学園側は今回の件を重く見て、各国にヘルプを要求し厳重な警戒態勢を敷いている。
 各国の軍籍が集まっている要塞じみたIS学園に攻めてくるとは考えにくい。

 なら、こちらから攻めざるを得ないシチュエーションを作り上げるか?
 織斑千冬を餌に俺を釣る。そこであの女が待ち受けていて一騎打ち。
 ありそうだけど、三文シナオリだ。
 現実はそんなに甘くねえ。
 この物語はとびっきりの悪夢だ。
 ぜってぇー俺の予想の斜め上に飛びぬけてやがるんだぜ。
 ちょっと思ったのがあの女が実は量産クローンでホイホイと餌に釣られて行ってみたら量産型になぶり殺しにされるとか怖すぎ漏れた。
 そんときはチッピー、すまんが潔く星になってくれ!」



 「お前は考えを口に出さんと気が済まんのか」
 
 学園寮の屋上で、延々とぼそぼそ独り言を垂れ流す不気味な男にタオルを投げつけた。
 体育館の屋根の如く歪曲した、上に昇ることを考慮されていないこの屋上で、平然と横になって夜空を見上げながら考えを呟く幼馴染は、顔にかかったタオルを片手で摘み上げる。

「オッス、オライッピー。いっちょやってみっか?」
 
「どうやら、いつものお前に戻ったらしいな」 
 
「え、なにそれ怖い。俺じゃない俺がどっかいんのかよドッペルさんか? ただでさえ謎の血縁関係とか出てるんだからやめたげてよう」

「キモい」

「……んで、どしたの箒ちゃん。それこそいつものお前みたく、道場で汗を流してきたみたいじゃん」

「うむ。中々自分の芯が固まらなかったのでな。自己を省みる為に剣を振ってきた」

「ふーん。その様子からするに、もう固まったみてーだな」

 っつーかなして皆して俺が居る場所をホイホイと当ててくるのか疑問だぜ? こちとら隠れんぼ検定3級の腕前だってのに自信失くしちゃうわ。
 そんな事を呟きつつ、一夏は何気ない仕草で手に持ったタオルを顔に触れさせ、―――嗅いだ。
 私の、通常の倍近く重くなってるほど汗を吸ったタオルを。

「死ねぇッ!」

「うおおッッ!!」

 一足の滑り足から一夏の頭を目掛けて震脚を踏み抜く。
 すんでの所で一夏はそれをかわし、その勢いのまま5メートルほど屋根を転げ落ち、へばりつくように落下を阻止した。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっおまっ!」

「まずタオルを返してもらおうか。返さなければ―――」
 
 私は右手に展開した空裂を構える。
 一夏は怯えたように立ち上がり、タオルを投げてきた。
 いや、そんなに真剣に怯えられると傷付くのだが。

「待て待て待て、分かった俺が悪かった。全面的に俺が悪かったから剣を仕舞おう」

「お前が待て。ちょっと落ち着け。ISの武器を対人に振るう訳ないじゃないか、冗談だよ」

「確かに乙女の使用済みタオルに取るべき行動ではなかったでも全く嫌な匂いはしないしむしろ勃っ」

「やっぱ死ね」

「あぶッ!」

 てきとうに横薙ぎした空裂を思いっきり仰け反って避けた一夏は、その仰け反った体勢で手を伸ばし、空間に浮かぶ白式の腕を掴んで上体を戻した。
 ISの腕だけ浮かぶその光景は非常にホラーだ。

「部分展開? 違うな、遠隔展開か」

「ああ、お前も出来るようになってんだろ?」

「うむ」

 頷き、自分の背後に紅椿を物質化する。
 クレナイツバキ。私のIS。
 あの事件後、装着しなくてもISを展開できるようになっていた。
 強制的にリンクを切られた弊害(?)か、どうも紅椿との結びつきが強くなった気がする。
 だからどうしたという訳でもないのだが。

「いやいや、コレも使い方次第よ? 俺は少なくとも、いくつか使い道を思いついたぜ」

「私には必要ない。所詮、私は剣士だ。そういった小細工には向いてない」

 腕を振り、空裂と紅椿を量子化させる。
 あっそ、と一夏は納得した。

「んで、何用ですか? 食堂行かねーとそろそろ夕食の時間が終わっちまうぜ?」

「もう済ましている。それで、どうなのだ?」

「いや、だからさ。お前すっとばしすぎ。『どう』って、なにがさ?」

「察しが悪いフリは止せ。『馬鹿』のフリは見ていて不快だ」

「……言ってくれるじゃん。フリのつもりじゃないが、まあいいや。
 大体分かってるつもりだけど、勘違いしてるとハズいからちゃんと話してくれ」

「これまでの情報から『どう』だったのか。これから『どう』するのか」

 あーハイハイと生返事をし、一夏は頭をガリガリとかく。
 わざわざ確認せずとも、早々間違えることもないだろうに。
 この場面で、私が訊くことなど予想がついていただろう。
 それこそわざわざ、まるで説明のような独り言なんて行っていたのだから。


「正直、分からん事だらけだ。だが恐らく『こちらから出向く羽目』になるだろう。
 んで、後手後手は性に合わないけどどうしよっかなー、なんて考えていた次第ですとも」

「なんだ? もう答えは出ているではないか。『性に合わない』んだろう?」

「つってもイッピーはお前等みたいな猪突猛進タイプじゃないからちょっち思い悩んじゃうんですとも。
 俺の周囲の女は揃いも揃って近距離パワー型だから困るぜ」

「テンションゲージ依存型のお前にだけは言われたくないがな。それで、気分屋の一夏君はどうするんだ?」

 夜空には月と星、雲と風。風情を感じさせる
 熱を帯びた体を、興奮を冷まさぬまま、律す。

「そっすねー。実は、気分が乗らないから旅行にでも行こうかなー、なんて考えてんのよ。
 授業も数日はないだろうし、こっそりドロンしようかなとね」

 それは、言外に討って出ると云ってる様なもんじゃないか?
 いや、案外本気でどっか旅行に行くのかも知れん。
 まあ、どちらにせよトラブルを起こすに違いない。
 
 私にも、流れぐらいは読める。
 運命の輪という物があるのであれば、私とコイツはその輪の内側に居る。
 次に輪の中心に来るのは、コイツか私だ。
 物語の幕は落ちた。
 壇上には、姿を隠す役者ばかり。

 然らば。―――是非も無し。

 疾く舞台を空けろ。
 篠ノ之箒が罷り通る。


「なあ、『いっぴー』。『私』は、友人を傷付けられて黙っていられる女だったか?」

「……ううん。ほーきちゃんはいつだって、泣きながらでもやり返す格好いい女の子だったよ」

「だろう? 私も存外、成長していない。―――このままじゃ、終われない」


 『篠ノ之箒』は拳を握り締める。
 ぎゅうぎゅうと、其処にナニカを込めるように。
 ぎゅうぎゅうと、ぎゅうぎゅうと。
 強く、強く、強く。
 まるで、それが私の決意だと云わんばかりに。

「全部片付ける。一切合財、遍く全て、その悉くを私が片付ける。
 敵も、思惑も、黒幕も、プランも、ISも、人も。
 その全てを、私が片付ける」

 だから、お前は此処で待ってろ。
 私が全部、終わらせてくるから。

 一夏はポカンとした顔をして、ちょっとムッとして、悩む顔をして、苦々しく息を吐いた。

「……ハッ! ざけんなよ。ッざッけんなよ篠ノ之箒!
 もうコレは俺のステージだ! 誰が降りても、俺だけが降りる事は在りえねえ!
 例え死地でも、女に任せて尻尾巻いて逃げるなんて出来ねえんだよ。
 俺を誰だと思ってんだ? 俺は―――」

 ポンと、平手で軽く一夏のおでこを押す。
 なんて、扱いやすい男だ。

「知ってるよ。お前は、『織斑一夏』だ」

 互いの視線を真っ直ぐに受ける。
 お前の目に映る私。
 私の目に映るお前。
 互いを、認め合う。

「織斑千冬の弟なんかじゃない。篠ノ之姉妹の関係者でもない。
 『IS学園所属の男子生徒、唯一無二の男性操縦者』なんてちっぽけな存在じゃない。
 他の誰でもない、今、私の目の前に居るお前が、『織斑一夏』だ」

 分かってンじゃねえか。
 一夏は笑う。
 粗雑に、荒っぽく。
 
 その顔がとても魅力的で。
 私は少し、イタズラをしたくなった。

「一夏、ちょっと気合を入れてやる。目を瞑れ」

「おおう、姉弟子の箒ちゃんから入魂してもらえるなんて光栄だなあ断ってもいい?」

「早くしろ」

「首から上が無くならない様にしてね?」

「お前は私を火星ゴキブリか何かと勘違いしてないか……」

 私が平手を構えると、一夏は身を堅くし、目を閉じて歯を食い縛る。
 素直な男だ。
 単純と言ってもいいかもしれない。
 そういった一面も、嫌いではない。

 一夏の顔をマジマジと見る。
 千冬さんに似ていてどこか女顔だが、どことなく男らしい。
 男の癖にスキンケアに拘っていて、肌はプルプルしていた。
 唇は荒れ易いのか、たまにリップクリームを塗っており、

「んッ」

 柔らかく、瑞々しかった。
 パチクリしながら一夏は、自分の唇を指でなぞる。

「気合、入ったか?」

「……ああ、極上のヤツを注入してもらったからな」

 一夏が鼻をこする。照れているのだろう。
 私の顔は、どうなっているのだろう。
 赤くなっているのかもしれない。
 だが、隠す必要などない。
 惚れた男と唇を合わせ顔を赤くしたとしても。
 それは、『私』なのだから。


「箒、明日の九時に寮の前に集合だ。今回のくだらねえ絵を描いた糞野郎共に、一泡吹かせに行こうぜ?」

「応ともさ」

 すれ違いざまに互いの右手をパアンと打ち合わせ、私達は別れた。
 明日、何かが起こる予感を秘め。
 己々の夜を過ごし。
 心に灯した火を抱き。
 備える。
 物語の、始まりに。





[32851] [筆休め、中書]
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/10/25 01:29
【ちゃんと書く気のないバラのパーツを徒然と書き込むスペース】

・タイトル

1、RED HOT / ELLEGARDEN
明るい、始まりのイメージで。
元気良く、いきましょう、的な。

2、Adrenaline / coldrain
格好つけて、強気で、初戦闘。

3、裏切りの夕焼け/コンプリケイション : THEATRE BROOK/ROOKiEZ is PUNK'D
デュラララ。
どうしても最後の方だけイメージが合わず曲を変えようとしたらまたもやデュラララ。
そして曲名に間違えていた事に今気付く。

4、BLOOD on FIRE / AAA
始めはLove at First Sightだった。だった筈なのだが。
こっちのが書いててノリが良かった為。
なんか鈴の独白のイメージに食われた所為で変更。

5、チェックメイト / ゆちゃP
てきとーに音源探していたら、もうまんま俺の中の蘭のイメージにフィット。
これは譲れん。五反田蘭のテーマソングこれ。俺の中で決定。

6、ポリリズム / Perfume
ぶっちゃけなんでも良かった。
今では反省している。

7、Hollow / coldrain
The Enemy Inside
嫌なもんは嫌だし、嫌いなもんは嫌いだ。
黙ってないで、叫べ。
不満があふれ出したイメージだったり。

8、LOST AND FOUND / ONE OK ROCK
9への前菜。

9、アンサイズニア / ONE OK ROCK
正直この話が書きたくてこのSSが書かれたといっても過言ではない。
ずっとこの曲聴きながら、ラウラとの対話シーンを妄想してた。

10、Groovin’s Magic / ROUND TABLE
はじめはオムニバス的な感じにしようと思ったらセシリアに全部喰われたでござる。
鼓動みたいなバスドラの躍動感とか恋する女の子っぽくていいよね。
ちなみにトップ2は見たことねぇ。

11、Butterfly Swimmer / School food punishment
特になにも考えずに。Transition periodでも良かったかなと思いつつ。
平和な休日、いつもの日常。
そんな感じで。

12、アダルトスーツ / ONE OK ROCK
はじめSaosinだったんだけど、なんかイメージのらなくて変更。
そしてワンオクばっかりになっている/今後もなりそうな予感。
一夏のテーマソングがワンオクだし、仕方ないね。

13、スクールバス / UR@N
  瞳      / aiko
馬鹿みたいに夏っぽい曲探して、イメージに合わなかったので
「じゃあ夏っぽい。恋っぽい曲」とリストを漁っていたらあった。
こんな爽やかじゃなかったけどな!
瞳。まんま歌詞載せてしまいそうだった件。曲が良すぎる。
相手を大事に思う気持ちしか感じねーよあの曲。ラブ&ラブだよ。

14、恋ノアイボウ心ノクピド / ONE OK ROCK
もどかしさ、ジレンマ、そういった曲調が欲しかったので。
わざわざワンオクから持ってこなくても良かったろうに、俺。

15、遠雷 ~遠くにある明かり~ / HIGH and MIGHTY COLOR
俺は断然シン・アスカ派です。デスティニー、俺に力を貸せ。
箒の内面やら、心情やら、迷いとの決別、をこの曲でイメージしてたにも
関わらず、それらのシーンはまるっと描写していないことに気がついた。
気がついてしまったのだった。
モッピー知ってるよ。よくあることだって。

16、Re;make / ONE OK ROCK
存在証明だったんだ、始めは……。
でもRemake聞いてたらRemakeのが合ってんだもん。
I can't Believe you(me).

17、Sanfrancisco Blues / Holidays of seventeen
実は夏休みということで、そんな感じのアーティストをセレクト。
楽しい雰囲気、アッパーなテンションを感じていただけたら。


・OUTLINE  君の街まで / アジカン
久しぶりというか数年ぶりにアルバム聴いたら涙でてきた。
なんか鈴音ちんのことが頭に浮かんで、勢いでやっちゃったぜ

・OUTLINE  believe me / melody.
俺はとらどらよりも、田村くん派です。
MADで曲を知って、じゃあなんか書いてみよう。
と軽くのぞんだ筈だったのだ。
プロモーションビデオにちょっとびびってるのは秘密。

・OUTLINE  Cross Illusion / 美郷あき
アニメ版の俺翼はジャクソン原案の話だけは見る価値あった。
ちなみに真下屋は隼人君派。ぶっころすぞこの野郎。
別に曲とマッチしてないけど、雰囲気だけで書いた。反省はしてない。


18、存在証明 / ONE OK ROCK
なんかOPに使えそうな気がするので、OP的な場面に持ってきました。
むしろプロローグ。
これまたあんましイメージと合ってなかったり。
正直この辺から四話ぐらい寝ながら書いてたのか言いたくなるほど
微妙な部分が多い。見直すとまとめて書き直したくなる。

19、Killer Likes Candy / I Am Ghost
負け戦。

20、メアリーと美術館 / くるりんご
負け戦の裏話。
主人公よりヒーローらしい、元主人公のおはなし。
負け犬ヒーローが女の子を守る曲だったので、そのまんまだったり。
ちなみに赤面なしでは見直せない、寝不足テンション恥曝し。

21、Window開ける / UNISON SQUARE GARDEN
凹みっぱなしのイッピーと五反田ブラザーズ。
真心ブラザーズに優しくされる感じ。

22、名前のない怪物 / egoist
凹んだ後、胸中の感情を自覚する。
これまたイメージはOPだったり。


・書こうと思っているネタ


①「その機体、蒼く塗りませんか?」
②「おい弟、たまには姉とデートしろ」
③「彼女がモッピーになったわけ」
④「やまやちゃんの休日」
⑤「進撃の五反田蘭」
⑥「いっぴー誕生秘話」



・初代前書き
 ,.――――-、
 ヽ / ̄ ̄ ̄`ヽ、
  | |  (・)。(・)|  
  | |@_,.--、_,>  デリヘル呼んだら隣の部屋の鈴木さん(仮名)宅にいっちゃって
  ヽヽ___ノ  奥さんが息子連れて実家に帰っちゃったでござる、
                             の巻


・二代目


     ____
    /∵∴∵∴\
   /∵∴∵∴∵∴\
   /∵∴∴,(・)(・)∴|
  |∵∵/   ○ \|
  |∵ /  三 | 三 |  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |∵ |   __|__  | < 心折ります。
   \|   \_/ /  \_____
    \____/



・三代目


     ____
    /∵∴∵∴\
   /∵∴∵∴∵∴\
   /∵∴∴,(・)(・)∴|
  |∵∵/   ○ \|
  |∵ /  三 | 三 |  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |∵ |   __|__  | < それは残像だ……
   \|   \_/ /  \_____
    \____/




・ボツネタ(デート)


若干憂鬱です。ですがあまり悪感情を出さぬように。
例え朝から箒さんにぼこられようと、レディとお出かけ中なのですから。


「あのさ、一夏。どうしてぼくだけ誘ってくれたの?」

「だからお礼だって。タッグマッチの時はシャルロのお陰で俺の望んだ結果が出せたんだから、そのお礼」

「…デートじゃないんだ?」

「バカ、素直に誘えない男心を汲んでやれよ」

んふふ、と楽しそうなシャルロット・デュノア。
白いブラウスにチェックのスカート。
チョットごつめのベルトがアクセント。
なにこのお洒落さん。

素材が良いとなんでも似合っちゃうんだろうけど。
その足でそのスカートは反則です。
実に素晴らしい。

その点イッピーの地味なこと地味なこと。
カッターシャツに黒の細いネクタイ通してライダースのジャケット羽織って、地味に地味に。
帽子かぶりたいけど、キャップ似合わないんだよな俺。
ハンチングも駄目だし。ハットがギリ。

「にしたってぼくなんか誘わなくても。お礼だけならわざわざ街まで出なくていいのに」

シャルロはずるい。
そうやって「シャルロがいい、シャルロじゃないとダメだ」って言わせようとする。
普段だったら付き合ってやるけど、俺だって今日は朝から不幸だったのだ。
なのでちょっと意地悪してやる。





「シャルロット、たしか女性用の水着持ってないって話してたよな?」

「うん、そうだけど」

「じゃあお礼はそれで。俺が買ってやるから『とびきり可愛い水着姿』を、最初に俺に、魅せてくれ」

なはは、ははあははははは。
シャルが変な壊れ方をしたのは、きっと俺の所為ではない。



・ボツネタ(デート2)

私は苛立っている。
私は大変苛立っている。

私は隣の顔へ投げかける。

「なあ、一夏」

「なんだい、姉?」

「何故私達は、こんなに遠いのだろう」

私達は見詰め合える距離にいるというのに、触れられない程遠い。
私と一夏の間には、壁がある。
それは私達の関係だったり、社会的立場だったり、物理的なモノだったりする。
今は壁。
しかも物理壁。

この壁を乗り越えれば、私は一夏の隣に立てるのか。
壊すか? 壊れるか? 壊ずんば? 壊れば?
高いレベルで物理で殴るか。
しかし、それは叶わない。

「えへ、えへへ、えへへへ♪」

私と一夏の間に収まるモノ―――ラウラ・ボーデヴィッヒが私達それぞれと手を繋ぎながらトリップしている。
なんでこんなことになったのだろうと空を仰ぐが、知った事かとばかりに澄み渡る青空には、なんの答えも映りはしなかった。




・師匠


「一夏君、君はどうも躰に気を纏わす才能がないな」

「師匠、かれこれの僕の人生の14年間、『躰に気を纏わす才能』が必要だった場面などありません」

「しかし、刃物―――とりわけ小刀の様な物に対する親和性は高い。喜ぶといい、君は『使う者』だ」

「師匠、お願いですから会話をしてください」

「ああ、すまない。だが君の姉であれば『躰に気を纏わす才能』位は持っていても不思議じゃないんじゃないか?」

「そういった規格外と一緒にされても困るのですが……」

とある山中。
俺は俺が知りえる最強の存在に師事していた。
濃い霧が満たすこの空間で、俺は延延と体から沸き立つ『ナニカ』を感じ取るべく座禅を組んでいた。

「けれど、君が求めている『階層』はその深さなのだろう? だったら同じ尺度で考えるべきだ。
 一夏君。人間なんてものは、目があり、四肢があり、脳があると云った認識は捨てたまえ」

目以外で視て、皮膚以外で感じ、脳以外で思う。
そんな事ですら人は可能であると、師は教えてくれた。

「とは云いましても、これまで育ててきた常識と云う名の偏見は、早々捨てることが出来ません」

「それは君が、人という存在の可能性を信じられていないからだ。自分の可能性すらも」

仙人を目指す男はやっぱり違うね。普段は相手を俺のスケールに当てはめて、どの程度の人物であると診断するのだが。
この男は違う。それすらさせない。存在が違うと俺の精神が認めてしまっている。

「君の兄弟子はその辺、理解が早かった。アレは天性の才能に加えて、いつでも死地に立っていたからね」

師をも唸らす男、俺の兄弟子。一度もお会いしたことはない。
この師に奥の手を使わせてノーサイドゲームに持っていったと云うのだから、そりゃもう人間じゃねえだろ。

「眼で見た情報に何の価値があるのか、とまではいかないが。眼で見た以上の情報を得る術は、人であれば備わっている。
 君にはそろそろ、それを理解して貰おう」

刹那、師の姿は掻き消えた。
姿は見えない。

「ぐううぅぅ……!」

歯を食い縛って耐える。
殺気に。恐怖に。
今にも殺されそうな威圧。
精神を苛む重圧。
師は俺を殺す気はない。
そう頭では理解している。
けれど、体がビビっちまってる。
全身の毛穴が開き、汗に濡れる。
その圧力は万の針を突き刺されたようで。

「君の体は素直だ。確りと私の気に反応している。だから君は、その体を信じてやるだけで良い。
 己が発する声を聞き、君の世界を広げたまえ」

耳は場所を特定できず、全身を差す悪寒は増すばかり。
簡単に云ってくれる。
頭じゃ分かってる。理屈は分かるのだ。
体も分かってる。体感しているのだ。
なら単純。
頭と体を繋いでやるだけだ。
ナイフを取り出し、刃に写る俺と目を合わせる。
俺なら出来る。俺なら出来る。俺なら出来る。―――自己暗示、完了。

「是ッ!」

怯えてる体に鞭を打ち立ち上がる。
俺の脳が捕らわれている視覚の情報と、俺の体が捕らわれている気配の情報。
必要なのは第六感ではない。
五感から得られる情報を統合的に判断する直感だ。
体はもう充分に働/rb>ビビっている
なら働け、俺の脳味噌!
目を、閉じた。

「心は風、魂は炎、動きは水」

そして俺は、大地を踏みしめる。

汗に濡れた衣服を投げ捨てる。大気を皮膚で感じ取る。
散漫に、漠然とした各感覚を脳にインプットし、解を出す。
先入観も固定観念も常識もいらない。
ただただシンプルに、受け取った情報を多角的に投影し、結合していく。
イメージするな。
俺という心にイメージをさせるな。
俺という存在にイメージをさせろ。
縛られるな。
眼を開け。
心眼なんて陳腐なもんじゃねえ。
確固たる俺の、『織斑一夏』の眼を開け。
世界を映せ。

向けられた殺気は、無数の針から一本の刃に収束する。
想像上の刃は、俺の背後、10cm。
だから、きっと、それは正しい。

「疾ッ!」

振り向きざまに、ナイフを振るう。
それは何かにかすりもせず、通り過ぎた。
それでも、俺のすぐ真後ろに立っていた師の姿を認識することは、できた。

あれ、今なんで当たらなかったの?

「才能がないと思いきや、呆れる程あっさりと本質を捥ぎ取る。君は見ていて飽きないな。
 君はどこまでも煩雑だ。あべこべ、ちぐはぐと言い換えても良い。
 君の躯は剣を欲しているのに、君の心は剣を疎んでいる。
 君のやる気は皆無なのに、君の熱意は業火のようだ。
 君は織斑一夏を嫌いながら、愛情を注いでいる」

「師匠、それが『俺』です。一貫してなかろうが、相反していようが。
 今、この場に立っているのが俺です。
 疲れたから今すぐ帰りたいのも、この感覚をもっと試してみたいのも、夢を追うのも、遊びに耽るのも、
 性欲に溺れるのも、情動を自制するのも、人を殺したいのも、人を愛したいのも、全て俺です。
 それが人間です。仙人見習い風情には分からんでしょうけど、そういった矛盾したひたむきさこそが、
 人生の醍醐味です。無我の境地なんてクソ喰らえだ」

「これは、手厳しい」

師は薄く微笑む。
生意気を云っているガキをほほえましく見守るように。

「それに、人は誰しも自分に対しコンプレックスを持っている。それは容姿だったり、性格だったりしますけど。
 だからといって、自分が嫌いだからといって自分を愛してやらないと、自分も愛せない人間を誰が愛してくれるんですか?
 自分も愛せない人間が誰を愛せるんですか? 人は愛に生き、愛を謳い、愛を歌い、愛に逝くんです」

私は自己愛に薄い人間だから、仙人なぞ目指すのかも知れないね、と師が仰る。
中華系の男性には珍しい長髪で線の細い美形。年齢を感じさせない顔と、年齢を測らせない表情。
一体誰が、この人を見てこの人の本質を覗けるだろう。
人としての極地に立たんとする、仙人に最も近い男であると。

「全く、君は本当に、人間らしい」

「そりゃあ、人間ですもん」

「そういった意味ではないのだが、まあいい。
 そんな愉快な君に免じて、私が君の姉を討っても良いが?」

きっと、この人は勝つ。
勝つ所か完封する。
だけど、それはちょっと。

「お断りします。もしこれが『俺のやらなければならない事』だったら、喜んで譲るんですが、
 これは『俺のやりたい事』なんです。だから、譲れません」
















・モンドグロッソ1回目

始まりの記憶は、そう、アレだよ。

第壱回モンドグロッソ大会。
世界で最強のIS乗りを決める大会の決勝戦。
その栄えある大会に、自分の姉が出るのだ。
そりゃあ見に行くだろうさ。散々ダダこねて連れて行ってもらったよ。

そんでさ、我が尊敬すべき姉はあっけなく優勝しちゃった。
こうなるだろうな、とは思っていたけど全くその通り、微塵もズレなく、試合展開すらも想定の範囲内で。
俺みたいな少年の憧れ、理想の塊みたいなもので。

世界からそういう役割を押し付けれらたんだと、思ったんだ。

彼女は、英雄(ヒーロー)だ。
英雄に、なってしまった。

この先、どんな困難が待ち受けようとも、彼女は闘うこと、勝利することを義務付けられてしまった。
それは、とても誇らしい。
けれど、とても悲しい。
そんなの、普通の人間の生き方じゃない。

だから、だからさ。

「千冬姉さん」

「どうした、一夏?」

優勝し、控え室に戻った姉はこれからすぐに始まる表彰式に出席する。
世界最強の称号を手にしたというのに、微塵も喜悦を感じさせない姉に、宣誓する。

「アンタは頑張った。頑張ったよ。そして俺は、頑張った奴が報われないのがこの世の中で最も嫌いだ。
 だから、ご褒美をくれてやる」

「アンタを普通の女(ヒロイン)に陥としてやる」




「織斑選手、式が始まりますので急いでくださーい」

何か言いたげな、言いたそうな彼女は係員に急かされ部屋を出た。

一人残された控え室にて、拳を握り見つめる。

「ちょっくら壁が高いけど、誰かがやらなきゃいけないんだ。
 なんてったってあの姉の弟なんだ。
 出来るだろ、そんぐらい」

自分の成すべきことを成せ。自分の成すべきと思ったことを、だっけ?



























・Infinite Moppy

「だからさ、人の悪口は言っちゃいけない訳よ。分かったかお前ら? 分からない馬鹿は分からなくていいぞ」

小学生低学年に道理を説くのは難しい。
自分のした発言が何年も、ともすると一生相手を苦しめる可能性って方向性で進めているが、はてさて何人が理解できているのやら。

「分からないからって許されはしない。ぶん殴るから覚悟しろ」





「って話をしたよなテメェ等っ!」

放課後に篠ノ之箒を苛めていた馬鹿共を怒鳴りつける。

「女の味方すんのかよ織斑よぉ」
「おいそこのデブ! 眼鏡デッパ! 加齢臭!」

三人に対してストレートに外見で非難する。
傷付ける。わざと気にしてることをハッキリ言ってやる。

「こんな可愛い箒ちゃんになんてこと言いやがるぶっ殺すぞ!
 『女の味方をするのか』だって? するに決まってんだろうが負け組みーズ!
 箒ちゃんの名前は「良くない物を掃える、強い人になって欲しい」っつーすげえ母親の想いが篭った名前なんだ!
 それを馬鹿にしやがって!」

「その上箒ちゃんは可愛い。マジで可愛い。将来目茶苦茶美人さんになること間違いなし。
 切れ長の釣り眼に細く整った眉、すっと通った鼻梁、桜の花びらの様な唇。
 ポニーテイルも彼女にマッチしていて、すこぶる良い」

貴重な純正日本美人、楽しみである。

「一夏・・・・・・」

「そりゃどっちの味方するかなんて明白だろう、なあモッピー?」

「…・・・モッピー?」

「あ、」

「一夏の・・・一夏の・・・一夏の馬鹿っ!」

モッピー、怒りの椅子フルスイング。
ちなみに箒さんは筋力的に現在の俺より優れており、剣道鍛錬の成果かそのスイングは破格の威力を以って俺をぶっ飛ばした。
骨が折れるかと思った。むしろ折れたと思った。頑丈補正に救われたらしい。

その後、篠ノ之箒をからかう馬鹿はいなくなったんだとさ。
イッピー知ってるよ、結局馬鹿をみたのは俺だけだったってこと。







・Tiger on the Hand

「初めまして、俺は織斑一夏。三日間の欠場を経て戻ってまいりましたクラス委員長です。名前、教えてくれないかな?」

「・・・凰、鈴音」

「オッケー、鈴ちゃんね? 覚えた。これから宜しく」

リンリンとの挨拶を済ませ自分の席へ戻ると、即座に弾(五反田家長男)が跳んできた。
「オイ一夏、あの子ちょっと浮いてっからあんま相手すんなよ。そんなことしてたらお前がハブッッ」

俺は、弾の親友だ。ですので、全力で殴りました。
激しい音を立てて、周囲の机を巻き込み倒れる弾。

「お前さ、蘭ちゃんが転校してさ、転校先で上手く馴染めなかった時にさ、今のお前と同じ台詞吐いた奴がいたらどうする?」
「ソイツん家燃やす」

俺の親友だけあって頑丈補正の非常に高い弾だった。もう立ち上がって平然としてやがる。
巻き込まれた平田くんのがダメージ負ってるんじゃないか心配です。
と言うか、このシスコン気がクルットル。

「なら解かるな。俺は正しいから謝らんぞ」
「ああ、俺が間違っていたから謝る。けど謝る相手はお前じゃねぇ」

ヅカヅカと音を立て力強く歩く弾。
真っ直ぐ鈴ちゃんの机に向かって正面に立ち頭を下げた。

「ごめんりんりんちゃん! 保身に走って君のことを詳しく知らず距離を取ってた。
 五反田弾、もし良ければ仲良くしてくださィエアッ!」

「アタシはりんりんじゃない、鈴音だ! パンダみたいに呼ぶな!
 あとアタシを完璧に置いてきぼりで話をすすめんなーっ!」

鈴ちゃんの渾身のストレートによって、再度床を滑っていく弾。
ダメだねぇ、女の子の名前間違えるのはだめだねぇ。
そんなんだからお前顔はいいのにモテないんだよ。



おわ、背後に虎が見えるぜ鈴ちゃん。
手乗りタイガー、実在していたのか・・・・・・ッ!!





・やまだまや先生をいじめてみるテスト

「というわけで山田教諭、説明してください」

「はい?」

すっとぼける山田先生を尻目に部屋に入室。

「男女7歳にしてなんとやら。思春期の異性を同じ部屋に押し込むなんて教育者のやることですか。
 何かあったらどう責任取るんですか。それが大人のやることですか」

「でも織斑先生が、部屋が用意できるまで篠ノ之さんと同じ部屋にしとけって。幼馴染だからって」

「言われたからやったんですか。自分では何も考えず従えばいいと、そう言うんですが。
 人に物を教える立場の人間が、判断を他人に預けてどうするんですか。それが大人のやることですか」

「うう、だって」

「だってじゃありません。子供ですか貴方はしっかりしてください。
 それで、どう責任を取るんですか?」

「そんな事言われても、わたし困りますぅ」

「『今』困っているのは先生ですか? それとも俺ですか? 貴方は、子供に自分の都合を押し付けるんですか。
 それが大人のやることですか」




[32851] SideLine:(前) Paper-craft
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/01/19 13:13
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 もし、あのとき。
 臨海学校のあの日。
 篠ノ之箒が刺した場所が違っていたら。
 これは、そんな世界線のお話し。

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 シルベリオ・ゴスペル討伐作戦から外れた俺と箒は、なぜか海上でバトっていた。
 何を言ってるかわからねーと思う。正直俺にも分からん。
 戦いの最中、俺は救難信号と叫び声に意識を奪われ、そこを箒に攻められた。
 惚ける暇もなく、全てが終わる。




 雨月は、しっかりと俺を貫いた。
 絶対防御は、完璧じゃない。
 その出力以上の攻撃を加えられては、辛くも破られるのは道理であり。
 だからこそ、競技用のリミッターが存在している訳で。
 こうして、こうして、そうして。俺は『胸』に穴が開いてしまった訳で。


 オープンチャンネルで届いた悲鳴と救難信号は、神がかったタイミングで俺の行動を阻害し、箒はその間隙にしっかり最大出力をぶち込んだ。箒さんなんつー集中力だよ。ぱねぇな。

 たまらず吐き出した空気は、多量の血を含んでいた。
 ぼたりぼたりと、俺の心臓から命の滴がこぼれていく。
 ずるりと、俺の体がすべり、自然落下を始める。
 箒は、沸騰した心に氷柱をぶっ刺された顔をしている。

 なんだよ、胸に穴開けるとか俺の役目じゃないよ。胸を貫通されてからの生体改造でIS埋め込む流れとかはハニトラさん家の一夏くんがもうとっくにやってんだよおいパクリはマジ辞めとけって。
 するりと、『俺』から身体が喪失された。
 あれ、なにそれ。
 ぼっちゃーんと音を立てて沈む白いISとその搭乗者。
 篠ノ之箒はその光景を見届け、理解し、自分の手を省みる。
 その、紅く染まった両腕を。
 幼馴染の血に濡れた、己の腕を。

「あ、あ、ア―――」

 理解して、理解して、理解して。救いがない事を、理解した。

「―――――――――ッ!」

 声にならない絶叫をあげ、篠ノ之箒は離脱した。
 己が行いから目を逸らすように。
 己が成した結果から逃げるように。












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 織斑一夏の葬式は、粛々と行われた。
 喪主は彼の姉、織斑千冬により静かに進められている。
 参列者はそれ程多くはない。30人にも満たないだろう。
 篠ノ之家の助力もあり、特に問題もなく執り行われている。


「五反田と鈴音か。よく来てくれた」

「ええ。俺が来ないと、アイツ寂しがるだろうから来てやりましたよ。
 おい鈴、挨拶ぐらいしろ」

「――――る。つ……」


 ぶつぶつと何かを呟きつつ、半目に昏い瞳を覗かせる鈴音は、五反田に手を引かれるままに歩いていた。
 その姿を痛ましいとは思わなかった。織斑千冬は、いっそ羨ましいとすら思っている。

 そういう風に、『俺』は感じ取った。

 どうも、イッピーです。
 イッピー死んでるよ! え、なんで俺自分の葬式の風景なんか観なきゃいけねーの? あ、死んだからか。イッピー死んでるよっ!
 イッピー知ってるよ! 幽霊なう。霊体なう。絶賛浮遊霊中。イッピー死んでるよっ!

 いや、軽快に云っても駄目だろコレ……。不謹慎すぎんぜ。
 でもさ、空気が重過ぎてちょっと、ねえ。明るくしたいと思うじゃん?
 俺はフラフラと宙に浮く体を持て余しつつ、そんなことを考えていた。

「構わんさ。お前らが来てくれるだけで喜ぶだろうさ、アイツは」

「でしょうね」

 香典を渡し、鈴の分も含め来場者名簿に名前を書く弾。
 挨拶もそこそこに中へ入っていった。

 本来、喪主が受付などするものではない。
 だが、中国風の年齢不明な男性とか、キャバクラ嬢とか、大手優良企業のOLとか、そういった誰も知らない織斑一夏の交友関係があった為、不埒な輩が参列しないよう千冬が受付にて参列者を見極める、といった体勢を取ったのだ。

 ごめんねチッピー、世話かけるぜ。

 そろそろ式が始まるため、中に戻ろうとする千冬。
 その背に声をかける女が居た。

「この度はご愁傷様でした。ちーちゃん、私も焼香あげさせてもらっていいかな?」

「―――帰れ」

 高校を卒業してからはじめて見た、篠ノ之束のフォーマルな服装。
 喪服とかもってたのかよこの人、いつものウサ耳すらついてねえぞ誰コイツ。
 っつーか追い返してんじゃねえぞ! この人は俺の、

「織斑一夏は、お前の事を大事な姉だと思っていた。
 お前にとって織斑一夏がそうでないなら、帰れ」

 血の繋がらない他人だけど、大事なおねー、分かってんじゃんチッピー。
 落として上げるとかいいから。そういうのいいから。そういう場面じゃないからココ。

「うん。御邪魔します」

 篠ノ之束は、織斑一夏を弟分として想ってくれていた。
 その事実に、俺は胸が温かくなるのだった。
 











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 御手洗数馬という少年は、いわゆる美少年という奴だった。
 一夏がイケメンの代名詞として上げる男といえば、いつもこの男だった。

「ご無沙汰してます、千冬さん」

「中学の卒業式以来か。背が伸びたんじゃないか?」

「成長期ですから」

 いつも連れている取り巻きはおらず、御手洗は通夜に一人で来た。
 この男にしては珍しく、いつもは事なかれで好き放題させているのだが、今回はあの取り巻き共を大声で怒鳴りつけ追い払ったそうだ。
 まあ、連れてきたら私が追い返していただろうけれど。
 
 鈴音があまりに酷い有様だったので、五反田に連れて帰らせた。
 篠ノ之の叔母様にも、明日色々フォローして頂くつもりだったので帰ってもらった。
 という名目で、本当は一夏と二人っきりになりたかっただけだ。
 姉弟の、最後の家族水入らずな時間が、欲しかっただけだ。

 御手洗が訊ねてきたのは、夜九時をまわったそんな頃だ。
 いまの今までファミレスで駄弁っていて、さっき五反田から連絡をもらってそのままやってきたらしい。
 髪を乱し、汗を流して家に来た御手洗に私はタオルだけ渡し家に上げた。

 
「まさか、ですよ。殺しても死ぬ様な輩じゃないと思っていたんですが。
 ドッキリであってくれと、着くまでに何度考えたか。
 ただ、一夏は趣味の悪い冗談は云っても、こういう性質の悪い冗談は云わないから」


 きっと事実だろうな、と諦めていたそうだ。
 そうだな。
 一夏は、そういう冗談は云わなかった。
 心配を煽るような冗談は云わなかったし、むしろそういった事実があれば隠すのだ。


「すまない。愚弟が迷惑をかけた」

「ええ、本当に。最後まで迷惑かけられっぱなしですよ」


 でも、嫌いじゃなかった。
 そう、御手洗は続けた。

 薄く微笑む御手洗は、なるほど確かに美少年で魅力的だ。
 女子に騒がれるのも頷ける。
 だが、上品すぎる。
 私はこれでも庶民派だから、もっと雑な顔をした男が好みなのだ。

「僕は散々一夏に迷惑をかけられた。だけど、一夏と居ると楽しいんですよ。
 一夏はいつだって、僕に『はじめて』をくれました。
 覚えてますか? 一夏が中二の文化祭で女装したときのこと」

 ああ、覚えているとも。
 一華ちゃんは私のドストライクだった。
 一夏の様な生意気な弟も良いが、一華ちゃんの様な順々な妹も欲しかったな。
 あれ以来どれだけお願いしても女装してくれなかったが。
 ちょっとスカートめくって尻もんだだけで泣かれるとは思わなかったなかったが。
 まさかそれだけで姉弟の縁を切られそうになるとは思ってもみなかったが。

「あれ、実は僕を女装させる為だけにしたんですよ。
 それだけの為にクラスを巻き込んで、文化祭の出し物として決めちゃって。
 僕は当日、女の子達が騒ぐものだからすぐ男だってバレたんですが、
 一夏は相ちゃんが本気でメイクとコーディネイトしちゃったもんだから全然ばれなくって。
 ああ、あれは笑えたなあ。一夏、3回もメアド聞かれてたんですよ?」

 相ちゃんとやら、でかした。良い仕事をした褒めてやる。 
 私の携帯のデータフォルダには一華ちゃんの写真がまだ残っている。
 それはもう写真集を出せそうな程に。
 
「それだけじゃない。いっぱいあったんですよ。まだまだいっぱいあったんです。
 あいつが僕にくれた『はじめて』は、いっぱいあるんです。
 でも、―――もう増えないんですよね。」

 凄く、凄く、残念です。
 そう、御手洗は告げた。

 五反田以外にも、ちゃんと男の親友居るんじゃないか。
 私は見当違いの心配をしていたな。
 少々、若干、五反田と仲が良すぎるから男色の気があるのでは危ぶんでいたのだが、そうでも―――。
 いや、御手洗も実は狙って―――。


「何を考えているか怖いので訊きません。ええ、僕は訊きませんからね?
 それで、今日伺ったのは貴方に用があったんですよ、千冬さん。
 一夏がもし、自分が千冬さんを残して死んだ時は、伝えて欲しい言葉があるって」

 弾にお願いしたら殴られたらしいです。
 そう、御手洗は笑って言った。

 これが最後の「はじめて」だ、一夏。
 そう、御手洗は呟いた。
 
 男子の友情とはいいものだな。
 素直に羨ましいな。
 私は友人と呼べる者がそういないし、親友にいたっては非常に不本意ながら一人しかいない。
 私は、男に産まれたかった。
 
 御手洗は居住まいを正した。
 私は、恐らく最後になるだろう一夏からの言葉を、受け止める心の準備をした。
 絶対に自殺するなとか、その辺だろうと予測をしながら。


「『あの時答えられなかったけど、織斑一夏は、貴方のことを愛しています』」


 『あのとき、応えられなかったけど。織斑一夏は、貴女の事を愛しています』


 分かるさ。分かっていたさ。口にはしなかったが、お前の想いなど姉は痛い程分かっていたさ。
 それでもお前は、私の想いよりも、私という人間を立ててくれたんだ。
 姉冥利に尽きるとはこのことだ。
 女冥利に尽きるとはこのことだ。

 一夏。お前はずっと私の重荷であると勘違いしていただろうが、そんなことはないんだ。
 お前が居たから、私は人間であれた。
 お前と居たから、私は幸せだった。


「千冬さん、泣いてますよ?」


 そりゃあ泣くさ。
 私だって女で、人間なんだ。
 笑ったり、怒ったり、泣いたりするさ。
 嬉しくて/悲しかったら、涙ぐらい流すよ。

 平気の平左で私の顔にハンカチを当てる御手洗。
 そのさり気なさとか、距離の詰め方が女を呼ぶのだろう(※但しイケメンに限る)
 自覚があるのかないのか。ないのであれば死んだ方がいいな。
 
 それでも、私は御手洗の優しさに感じる物はあっても、それが子宮に響く事はない。
 私は、もっと『雑』な男が好みだから。


「女性の涙を眺める趣味はないので、僕はそろそろ退散します」
 

 ハンカチを私の手に握らせ、御手洗は棺を一瞥し背を向ける。
 その一秒にも満たない視線が、離別に思えて私は問う。

「明日の葬儀には、来てくれるか?」

「いえ、出ません。これが最後です。千冬さんへの遺言を伝えられて、その時に喧嘩して言ってやったんですよ。
 『僕より先に死ぬことは許さない。先に死んだら二度と顔見てやらないからな』って。
 言ってる事、今ならおかしいと思うんですけど。勢いに任せて口から出ちゃって」

 背を向けたまま、御手洗は天井を仰ぐ。
 その眼に映る憧憬を、私はコイツに話して欲しかった。

「あんだけ僕に迷惑かけといて先に死ぬなんて勝手過ぎる。
 絶対、いつか仕返ししてやるからそれまでは生きろって。
 覚悟しとけって。言ってやったんですよ」

 そしたら一夏、『期待して待ってる!』って、笑ってこたえやがりまして。
 御手洗は笑みを零す。
 いいな。私の知らない、織斑一夏との思い出。
 いいな。私の持たない、織斑一夏との関係。

「だから、これが最後です。『さようなら』」

 その別れの言葉は。
 私に対してのものなのか、弟に対してのものなのか。
 私には、分からなかった。 







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 織斑一夏への焼香を終え、出棺までの待ち時間で、千冬は束に外に誘われた。
 なんとなく、何をするつもりなのかが伝わってくるのは、付き合いの長さからだろう。
 この胸の痛みも含めて。

「ちーちゃん。これ、渡しておくね」

 束から千冬へ、『何か』が手渡される。
 手に収まるソレは小さいくて黒い、硬質的輝きを放つもの。
 千冬はの馴染む感触に、頬を歪ませた。

「久しぶりだな、暮桜。元気にしてたか?」

「もう元気も元気。元気すぎて束さん困っちゃったよ」

「お前には聞いてない」

「あの、ちーちゃん? 急ピッチだけども完璧に仕上げてきた私にたいしてその態度はあんまりじゃないかな?」

「……ご苦労?」

「その態度のことだよ! なんで疑問系なんだよ! あと感謝すればいいってもんじゃないんだよ!
 ぶっちゃけると束さんの扱いがぞんざい過ぎるって言ってるんだよ!」

 なんだ、いつものことじゃん。
 チッピーと束姉は仲良しですこと。
 イッピー知ってるよ。この二人はどちらかの性別が違っていたら、丸く収まるぐらい相性抜群だって。
 
「んもう! 出力強化、力場展開能力追加、システム系、機体制御とかその辺のバージョンアップ並びにカスタマイズ。
 詳しくはその子に直接聞いて。生まれ変わったようなものだから、きちんと慣らしをしてね」

 千冬は暮桜とラインを繋ぎ、簡単に問診する。
 大まかなスペックデータと、コアの応答性/親和性。
 ざっと見ただけでも、以前の暮桜に劣る点はひとつも見当たらなかった。

「ふむ、手抜きはないな。だがオマエ、理解しているのか? 私は―――」

「理解している。理解しているからこそ持ってきてあげたんだ。
 これから戦地に赴く親友に、私が出来る最高の贈り物をあげたんだ」

 つまりは、そういう事か。
 此処が、クロスポイントな訳だ。
 彼女、篠ノ之束の、交錯点。

 千冬は、聞こえない程度に独りごちる。
 自分に取ってもそうであるように、親友に取ってもそうなのだと。


「結局、オマエは―――」

「そうだ。私はちーちゃんの敵だよ。私は、ちーちゃんが殺そうとしている篠ノ之箒の姉だからね」


 束は胸を張り宣言する。
 天災科学者。狂乱のマッドサイエンティスト。知の極地。
 篠ノ之束は、織斑千冬と敵対すると宣言した。

 仲良くしろよ、おねーさま方。
 死んだ人間引き摺って何するつもりだよアンタ等。
 イッピー死んでるよ。喧嘩の種にするぐらいならキレイさっぱり忘れてくれよ。

「そうか。束、私は人生で始めて『全力』を振るおうと思う。この殺意に、全てを委ねるつもりだ。
 眼前に立つ全ての敵を、加減が出来ずに殺してしまうだろう」

「だろうね。だけど、私だってそう簡単に殺される女じゃないよ?
 なにせ私は、ちーちゃんの親友だからね」

 千冬は眼を伏せる。
 世界最強。『ブリュンヒルデ』の称号を持つ者。武の極地。
 織斑千冬は、篠ノ之束をその妨害ごと斬り捨てると断言した。

 物騒すぎんぞ、おねーさま方。
 天下の往来で年頃のむすめさんがなんちゅー話をしてやがる。
 もっと生産的な行為をしようぜ? 出来れば俺を交えて生産というか生殖行為とか。
 イッピー死んでるよ! なんかイッピージュニアが応答しねーんだけど、死んだ弊害っぽい。
 この年でEDですか……。確かにエンディングには違いないけれど。
 イッピー知ってるよ。だってイッピー死んでるよ!


「こっちも真剣にいかせて貰うよ? なにせ大事な大事な妹の命がかかっているからね。
 それじゃあね、ちーちゃん、次に合ったら、―――殺し合いだから」

「ああ、じゃあな束。例え敵になってしまっても、オマエの事、好きだぞ」

「そういう台詞はもっと早く聞きたかったけど……、うん、―――愛してたよ、ちーちゃん」


 篠ノ之束は肩で空気を切り、その場を後にする。
 織斑千冬はその背を見えなくなるまで見送った。
 もう、斬りつける様にしか交わることのない縁を、互いの線を悼みながら。 










《続く》






















 え、続くのコレ? 
 イッピー知ってるよ。イッピー死んでるんだよ? え、続けるの?
 イッピー死んでるよ! このネタもう飽きたよ! イッピー飽きてるよっ!



[32851] SideLine:(中) とある竜の恋の歌
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/03/24 23:44
 葬儀が終わり、出棺し、火葬場から戻ってきた。
 収骨の際に、骨が数本足りなかったのには眼を瞑った。
 デキる女は黙して語らず。

 束は一足先に帰った。
 これ以上自分が居ると大騒ぎになるから、と。
 周囲を鑑みる常識があの女にあったとは驚きだ。
 ちーちゃんも無理せず、一度ゆっくり休みなよ? とこちらを気遣った発言すらしてきたのだ。
 私は宇宙人に名刺渡されるぐらいにはショックだった。
 そう伝えたら苦笑された。
 ちょっとイラっとしたので清めの塩を力の限り顔面にぶつけてやった。
 泣いて帰っていった。 
 束のくせに生意気なのだ。


 家に戻り、私は準備を始める。
 出棺の際に来客は半分ほど帰っており、今残っているのは一夏と特別仲が良かった者だけだ。
 五反田や鈴音といった、中学時代からの友人が数人。
 デュノアやラウラといった高校のクラスメイトが数人。

 デュノアがオルコットを葬式に誘ったそうだが、オルコットは断ったとのこと。
「簡単に死んでしまった弱い男の葬式に興味はない」、と。
 デュノアとラウラはそれはもう怒ったそうな。
 教室でISを展開する寸前だったと。
 山田先生が間に入って停めてくれたらしい。
 真耶には本当に迷惑をかける。

 オルコットは、今何を思うのだろうか。
 自分が馬鹿にしていた、小さい島国の劣等性別に苦渋を舐めさせられ。
 それ故に、心を惹かれ。
 そして、あっけなく失った。 

 彼女の胸の中で、織斑一夏は思い出として残ったのだろうか。
 傷として痕を残しただろうか。
 それとも、もう忘れてしまっただろうか。

 出来れば、忘れて欲しい。
 織斑一夏に変わりはいない。
 それがきっと、いつか、遠くない将来、残酷な事実に変わるだろうから。
  

 私は大きめのダンボール箱を四箱程かかえ、二階の一夏の部屋から居間に持ち運んだ。
 ギョっとした顔をして口々に手伝いますと告げてくれる年下連中を払い、部屋の中央に並べる。
 重量はひとつひとつがかなりの重さで、任せて怪我される方が心配だった。
 皆が私に注目する中、鈴音だけはポリポリと何かを無心に齧っていた。

 段ボール箱の口を開ける。
 中を覗き込んで、一瞬だけ手が止まってしまった。
 箱の上の方にあった、作りのしっかりした指輪を握り込み、部屋の隅に移動した。

 壁に背もたれ、注視する視線を無視する。
 流石に三徹ともなると、疲れが出る。
 眉間をマッサージしてみるも、凝り固まった疲れはほぐれる気配がしなかった。

 五反田を手招きする。
 一度だけ鈴音を見て、はてなマークを浮かべながら寄って来る。
 どんだけ心配してるんだ。お前は鈴音のお母さんか?

「二階にあるアイツの私物で見られたら不味いモン片してこい」

 五反田はそれだけで私の意図を理解し、行動してくれた。
 別に私は気にしないのだが、一夏だって私に見られたくない物があるだろう。
 まして年頃の男の子だ。
 ベッドの下に姉の下着を隠していてもおかしくはない。

 まあ、私の下着が無くなった事など二度しかないのだが。
 可愛い弟の若さが迸った結果だと微笑ましく許していたが、その二回とも実は犯人が束だったというのが笑えないが。

 付き合いの長い五反田のことだ。
 そういったブツの隠し場所は熟知しているだろう。
 二階に上がっていった五反田を尻目に、一夏の友人達に声をかける。

 
「おいお前等。形見分けだ、欲しい物があれば好きに持っていけ」

 
 部屋の中央に置いたダンボール。
 それは、織斑一夏の私物。
 ごちゃごちゃと突っ込まれた、アイツの断片。 

 誰もが固まっている。
 まあそうだろうな。葬式なんてはじめてだろうし。
 いきなり言われても、固まってしまうだろうさ。

 ただ一人を除いて。

 鈴音だけは、跳び付く様にダンボールに突っ込んだ。
 そしてしっちゃかめっちゃかにかき回す。
 その手に迷いはない。
 狙っている品は決まっているようだ。
 かき回してかき回してかき回して、見つからなかったのでひっくり返した。
 続々と床に広がる箱の中身。
 全ての箱を引っくり返し、舐める様に確認する。
 高速で視線だけを動かし、そのまま床を蹴った。
 ポカンと眺める級友を置き去りに二階へ上がっていった。
 ドタドタと駆け上がり、恐らく一夏の部屋でドタンバタンと大忙しだ。
 五反田の叫び声が妙に哀愁を誘う。

 床にぶちまけられた私物。
 それは、一夏が好んだアクセサリーだったり。
 それは、一夏が好んだ洋服だったり。
 それは、一夏が好んだ置物だったり。
 それは、一夏が好んだ音楽だったり。
 それは、一夏が好んだゲーム機だったり。
 それは、一夏が好んだ香水だったり。
 それは、一夏が好んだ書物だったり。
 それは、一夏が好んだ家具だったり。

 それらすべては、一夏が好んだ何かだった。
 あいつが、自分の手元に置きたいと思った何かだった。

 握り込んだ指輪を意識する。
 修学旅行で沖縄にいった時に、国際通りの露天で一目惚れしたと興奮気味に自慢してた、ハンドメイドの一点物。
 頼み込んで格安で売って貰ったんだと、嬉しそうにしていた。
 
 何度か強請ってみたが、一度足りとも首を立てに振らなかった。
 身につけているか、身につけられなければ財布に仕舞い、いつでも携帯していた。
 それぐらい、気に入っていたらしい。
 
 決して、指輪にヤキモチを焼いた訳ではない。
 断じて否だ。
 この素晴らしき姉がそんな狭量である筈がない。
 間違いない。
 そんなくだらない事が原因で喧嘩などしていないし、スネたことなどある訳が無い。


「出しなさいよ! あるんでしょ、『アレ』!」

 
 疲れからかぼんやりしていると、目の前に鈴音が立っていた。
 鈴音は噛み付くように私に吼える。

「何の事だかサッパリだが?」

「とぼけないで!」

 思わずため息が出る。
 どうしてそう、おかしな方向へ生き急いでしまうのか。
 国の代表(の候補生)ともあろう若者が、このように染まってしまうのは見るに耐えん。


「なあ鈴音。たとえ、オマエが望んでいる物を手にした所で、もうどうにもならないんだ。
 コレは『結果』なんだよ、鳳鈴音。オマエが何を成した所で、何も変わらないし、誰も救われない」

「だからどうしたってのよ! それがどうしたってのよ!
 そんなの関係ないわよ! あたしは、あたしが!」


 カラ回る想いは激流だ。
 その想いの強さに偽りはない。
 ああ、オマエは。


「その先に未来は無いんだ。解かれ、オマエの未来はそっちじゃない。
 終わった事なんだよ、鈴音。辛いなら、忘れてしまえ」

「忘れられるかッ! 未来なんていらないッ!
 あたしのココロを否定するな! あたしの『イマ』はコレだけだ!」

 誰よりも。
 誰よりも、誰よりも。
 強く、強く、強く。
 己の居場所を取り戻す為だけに、どれだけの修練を積んだ事だろう。

 素人の、運動神経が優れているだけの少女。
 バックホーンもコネも金も無い彼女が、何をどうやったら代表候補生になど成れるのだろう。
 人口が10億人を越えるあの国で、選ばれた側に立つのにどれだけの代償を支払ったのだろう。
 彼女の努力は。
 彼女の覚悟は。
 彼女の苦痛は。
 誰にも、計れない。


「触るなッ!」
 

 自然と、鈴音の頭に伸ばした手は激しく払われた。
 
 
「あんたは家族じゃない! 気安く触るな!
 私の家族は、織斑一夏と五反田弾だけだ!
 それだけだったんだ! それだけだったのに!」


 なんで。
 どうして。
 鈴音は泣く。

 一緒に居たかっただけなのに。
 同じ時間を過ごしたかっただけなのに。
 なんで。
 どうして。
 鈴音は啼く。

 それだけの為に。
 身を粉にして。
 心を鬼にして。
 忍び難きを耐え。
 耐え難きを忍び。
 己を殺してきたのに。

 そう、オマエは。


「泣いていいんだ、鈴音。オマエは今、泣いていいんだ」


 私の言葉に顔をクシャリと歪ませ、背を向ける鈴音。
 鈴音を捕まえようとして、鈴音が逃げようとして。
 身を翻した瞬間、無理矢理後ろから抱き止めた。
 ガッチリと抱き込んだ鈴音は、迷いなく―――

「鈴ッ!」
「五反田、いいんだ」

 首元に回した右腕に、本気で噛み付いた。
 皮が破れ、肉に刺さり、血が滴る。

 イタい。
 ああ、いたい。
 いたいよな、オマエも。

「う゛う゛、グううぅぅーッ!」

 分かるよ。
 いたいんだ。
 イタいんだ。
 食い込んでいく歯の痛みなど、気にもならないぐらい。

 悼みで、心が引き裂かれてる。
 『家族』を失って。

 そう、オマエだけは。

 私と『同じ』だ

 噛み付く力は弱まらず、なお力を増していく。
 痛い。きっと凄く痛いのだけれど。それ以上に、イタい。

 私にとって織斑一夏は、子の様な弟だった。たった一人の家族だった。
 オマエにとって織斑一夏は、父の様な兄だった。たった二人の家族で、その一人だった。

 だから、私だけは。
 オマエの気持ちが、分かるんだ。
 それこそ、イタい程に。


「ありがとう、鈴音。アイツの家族で居てくれて、ありがとう」


 うーうー唸りながら。
 私の腕に噛み付きながら、
 鈴音は涙を流す。

 泣いていいんだ、鈴音。
 私はオマエの家族じゃないけれど。
 オマエは、私の弟の大事な家族だった。
 他人である私の腕の中じゃ不満かもしれない。
 だけど、私は感謝していて。
 少しでも、オマエのこの気持ちを返したい。
 そう思ったんだ。
 だから、思う存分。
 泣いてくれ。


 私は彼女が泣き疲れ気を失うまで、この胸に彼女を抱き続けた。
 






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 葬式も終わり、一先ず全てが片付いた。
 篠ノ之の叔母に篠ノ之家に泊まるよう誘われるも、頑なに千冬は断った。

 時刻は、22時を回った頃。
 織斑千冬は、弟のベッドに横になっていた。

 イッピー知らないよ! なぜこの女は人様のベッドで寝ているのか、イッピー知らないよ。
 イッピー死んでるよ! どうしようこのままソロプレイとか始めたら憤死すぎるけど声も掛けられないなんて拷問空間が形成されてしまいます。
 死してなお俺を苦しめるとは、まことにあっぱれよチッピー。
  
 千冬は空虚な眼で天井を見つめる。
 それは、いつもいつも俺が寝る前に見ていた光景。
 何を想っているのだろうか。
 織斑一夏のいないその寝所に横になり、なんの面白みもない壁を眺め、何を想っているのだろう。

 俺はとうにいないのに。
 俺はもう、そこに亡いのに。
 
 静かな、静かな夜だ。
 何の音も響かない、静かな夜だ。
 世俗から切り離されたかの様な、時間の止まりそうな部屋で。
 姉は、何を想うのだろう。 

「……いちか」

 ぽつりと、消え入りそうな小さな声が聞こえた。
 自然に。ただただ自然に。漏れてしまった声だった。

「イチカ?」

 ふって沸いた音を反芻する。
 まるで、自分の口から出たのに驚いているかのようで。
 その様子が、おかしかった。

「―――『一夏』」 

 今度は強く。
 認識する。自覚する。
 それが、自身が何より大事にしていたものの名前であり。
 それは、亡くしてしまった大切な弟の名前であると。

 ひとつぶの水滴が、千冬の頬を伝う。
 自然に。ただただ自然に。流れてしまった涙だった。

 その涙を引き金に。
 実感が、堰を切る。

 ぽたり、ぽたりと。
 止め処なく溢れ出す。
 涙は更に勢いを増している。
 だくだく、だくだくと。
 まるで出血だ。

 その涙は、彼女の愛だ。
 俺への愛情だ。
 親愛の深さだ。
 
 織斑千冬は、愛の人だ。
 人が生きる理由とは愛なのだと公言し憚らない人だ。
 その愛の重さを思い知らされる。
 誰が死んだって泣かないこの強い女性が、俺を悼み涙してくれている。
 だからそれは、罪の証左でもあった。

 なんで、誰も気付かないんだ。
 どれだけ気丈に振舞っても。
 どれだけ毅然と振舞っても。 
 織斑千冬は、女なんだ。
 普通の、人間なんだ。
 特別だとか、世界最強だとか、ブリュンヒルデだとか、んな些事はクソみたいなモンなんだよ。
 誰も、誰も、誰も。
 分かってくれない。気付いてくれない。
 手を差し伸べるだけで。
 優しく声をかけるだけで。
 頭を撫でてやるだけで。
 黙って胸を貸してやるだけで。
 それだけでいいんだ。それだけで良かったんだ。
 それだけ、なのに。
 誰も、それを行えない。

 篠ノ之箒を、恨んでる。
 千冬姉が悲しむ原因を作ったアイツを恨んでる。
 篠ノ之束を、憎んでる。
 ただ一人千冬姉と同じ高みにいるのに何もしないあの女を憎んでる。
 社会を、怨む。
 大きな存在が人より強いだけの女に立場を押し付けた事を怨んでる。

 だけど、何より。
 だけど、誰より。
 『織斑一夏』を、怨み憎み怨み忌み嫌い、死んでる今でも殺したいと思っている。

 一番、傍に居たのに。
 一番、近くに居たのに。
 俺だけが気付いていたのに。
 何も出来なかった。何も成せなかった。
 彼女の本心に応えることすらも。

 俺がこうして此処に存在しているのは。
 この無念を自覚する為なのだと。
 叶えられなかった誓いに対する贖罪なのだと。
 締め付けられる心の痛みが、ひたすら強く告げていた。 


 俺に。
 織斑一夏に、生きてる意味はあったのだろうか。
 俺は。
 俺が成すべき事を、成せなかった。

 こうして俺の姉が独りで泣いている。
 彼女が独りで在る事を許せなかったから、俺は誓ったというのに。
 彼女に負担を強いて、彼女を悲しませて 、彼女の涙すら拭えない。
 そんな俺の人生に、いったいどんな価値があったのだろう。


 
 朝方まで流れ続けた彼女の涙に、俺は胸を痛めるのだった。



[32851] SideLine:(後) The Kids Aren't Alright
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/04/14 08:22
 数多の戦場。
 百を越える妨害。
 その須くを達破し、私はやっと辿り着いた。

 地球を二周し、辿り着いたのはアラビア海上空。
 領域侵犯した私を捕らえようとした防衛部隊。
 私の行く手を阻もうとする無人機群。
 その悉くを突破し、私はようやく辿り着いた。
 
 わたしのいとしい。
 わたしのいとしい。
 わたしのいとしい。
 私のいとしい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい、織斑一夏を殺した、篠ノ之箒の元へ。

 この胸中に渦巻くのは歓喜であり、この脳内を満たすのは狂気であり、この眼窩に宿すのは殺気であり、この毛髪を逆立てるのは怒気であり、この両腕に溢れるのは英気であり、この咽喉を昇ってくるのは暑気であり、この身体から零れそうな熱気は、その全てに覇気を孕む。

 私はかつてない程に仕上がっている。
 今この瞬間こそが、織斑千冬のピークだ。
 滾る血液の脈動は血管を踊り軋む骨肉の密度はいまかいまかと開放を待ち肺胞は潤沢に取り込んだ酸素を尚濃度を増そうとし、
 我が専心は、一意に彼(カ)の絶殺を渇望する。

 この愛情にも似た醜悪な感情に、私は自分の全てを委ねている。
 引き裂かれそうなこの愛憎に、私は全身を浸している。
 
 なんて愉しいのだろう。
 私には今、重荷も枷も戸惑いも常識もない。
 守るべきもの。背負うもの。
 ない。ない。無い。
 何も無い。

 この心に居てくれた、たった一ツの暖かみも、今はもう無い。

 自由だ。
 私を縛る物は何も無い。
 私を縛る者は何も亡い。


 そう。
 私をヒトに縛っていてくれた大事な人は、―――もう居ない。
 
 上空200メートル。
 地面からは高く、雲からは低いこの場所で。
 獣の如く駆け続けた私はやっと、篠ノ之箒を捕まえた。


「どうした篠ノ之。姉弟子の顔も忘れたか?
 わざわざ来てやった先輩に挨拶もしない後輩に育てた覚えはないぞ」

 返事はない。
 こちらに顔こそ向けるが、幽鬼のようで感情は伺えなかった。

「おい、なんとか言え。それとも、もう『終わって』しまってるのか?」


 だとしたら興醒めだ。流石に私でも死人を殺す手段は持ち合わせていない。
 その時は、そうだな。腹癒せに世界でも滅ぼすか?
 私にとって、織斑一夏は世界と等価だった?
 まさか、人間一人が世界と等価なんてある訳が無い。

  
 それでも。
 それでも、私に取っての『織斑一夏《アイツ》』は、『織斑一夏《セカイ》』だったのだ。

 
「千冬、さん」


 上空200メートルに滞空する紅椿とその搭乗者、篠ノ之箒。
 不穏な気配と、濁った瞳。
 雑念に染まる弱い女。
 それが、篠ノ之箒に抱く私のイメージだ。

 底冷えするような冷たい声は、重々しく大気を渡る。
 その冷たさはまるで扇風機のようで心地よい。
 敵意は引き絞られた矢を放つかのごとく、私に放たれた。


「よくも、―――よくも一夏を殺したな」

 
 篠ノ之箒、オマエ。
 死んではいないが、壊れていたか。
 ふむ、予想外だ。

 その瞳はまるで、この世の全てを恨むような。
 子を奪われた母の様な。
 親を失った子供の様な。

 愛する男を殺された女の様な。

 そんな、瞳だった。
 まるで、『誰か』みたいだった。

「人を勝手に人殺しにするな。私はまだ人を殺した事など無い」

 誤解されては困る。私は少なくとも、品行方正に生きてきたつもりだ。
 聖人であったとまでは言わないが、人から後ろ指刺される様な人生は送ってないつもりだ。


「貴方が一夏から眼を離さなければ、貴方が一夏をIS学園に連れてこなければ、貴方がIS学園に来なければ、貴方が一夏の面倒を見ていれば、貴方が大会に優勝しなければ、貴方が大会に出場しなければ、貴方が日本を離れなければ、貴方が一夏の傍に居てやれば、貴方がISに乗り続けなければ、貴方が篠ノ之束を拒絶していれば、貴方が篠ノ之束と出会わなければ、貴方がISにまだ乗っていれば、貴方が一夏の世話をしなければ、貴方が剣道をしていなければ、貴方が一夏に嫌われていれば、貴方が一夏の姉でなければ、貴方が産まれなければ―――」 

「―――織斑一夏は、死ななかった」

 
 篠ノ之箒は謳う様に。
 篠ノ之箒は呪う様に。
 織斑千冬の存在を否定する。

 コイツもやっぱり、篠ノ之の『女』か。
 確実に束の妹だぞ、お前。
 束はなんと云ったか。
 たしか、『エゴの塊』だったか。
 まさしく、正しく、その通りだな。


「そうだな。私が殺したのかも知れないし、―――私が殺したかった」


 一夏の命を奪う情景を想像して、ゾクゾクとした高揚感と快感が背筋を走る。
 大事に大事に育て上げた存在を壊す。
 一種のカタルシス。
 誰にでもある、破壊願望。
 
 私を縛る物は何も無い。
 私は縛る者はもう亡い。
 だから、ストレートな自分の感想を言わせてもらえれば。
 私が奪い、私が傷つけ、私が癒し、私が慰め、私が生かし、私が殺したかった。
 御手洗数馬は、一夏に『はじめて』を沢山もらったらしい。
 私は、すべての『はじめて』を一夏に与えたかった。

 
 それは、【死】でさえも。


「ああ、いいだろう。こと此処に至り、互いの主張の正当性を比べるなんて馬鹿げている。
 存分に、心のままに。オマエは、オマエの復讐を果たすがいいさ」

「云われるまでもない。―――貴方を、殺す」

 明らかに焦点のズレた発言を、理知的な瞳で口にする。
 世界を震撼させるシリアル・キラーとは、普段の振る舞いが一般人と判別つかないものであるという。
 狂人。
 兇刃。
 篠ノ之 箒。 

 おーおー、言ってくれるものだ。
 この私を殺すと。
 この世界最強を殺すと。
 冗談が上手くなったものだ。
 エスプリが効いている。
 面白い、笑えるじゃないか。

 たかだか、剣道の全国大会で優勝した程度で。
 たかだか、IS適性がSランクに達した程度で。
 たかだか、世界最良のISを保持した程度で。
 たかだか、織斑一夏を殺した程度で。

 篠ノ之箒《オマエ》が、織斑千冬《ワタシ》を、殺せるなんて妄言に眩むなど。
 笑い話以外の、なにものでもない。

 



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 紅椿は、世界最良の機体である。
 基本設計から世紀の大天才・篠ノ之束が携わった、世界で唯一の機体。
 千冬の暮桜も篠ノ之束の手が入ってはいるが、凡夫の基礎設計がネックとなり性能が頭打ちとなっている。
 もう一機、本当は束が基礎から組んだ機体もあるのだが今はない。
 始まりの機体が現存していれば、軽く一蹴してやれるのだが。
 千冬はままならなさに歯噛みしていた。

 空を駆け、刀を打ち付けあう。
 加速性能、旋回性能、パワーマルチプリケーション、敏捷性、シールド出力、耐久力、応答性能、即時性能。
 ざっと挙げられる全てのファクターにおいて、紅椿は暮桜に勝っている。
 それでも、打ち合いが続けられる理由は。

「どうした篠ノ之? やけに拘るじゃないか」

 箒が二刀流だからだ。
 腕一本では、どうしたって一撃が押し負ける。
 箒だって重々承知だろうに、それでもそのスタイルを崩さない。

「貴方の手の内はもう読めています。このままジリ貧してもいいですが、その場合私の勝ちは揺らぎません」

 どれだけ紅椿の燃費が悪いといっても、元々のエンジンの規格が劣っている暮桜では、紅椿の回転数で対戦している時点で燃費的に敗北は必至だ。
 千冬だって分かっている、分かってはいるが―――。

「青二才が、若いぞ小娘。もっと愉しめよ? 私と同じステージで戦えるランナーなど、世界にも10人といまい。
 まして、私達よりも優れている【機体】ってのはいなかったのだ。之を愉しまなくてどうするんだ?」

「負け惜しみにしか聞こえませんよ」 

 千冬は殊更に機体が優れていると強調した。
 千冬と暮桜のコンビに、紅椿だけが勝っていると貶したのだ。

 暮桜の剣戟に紅椿が合わせ体勢を崩す。
 紅椿の重ね斬りを暮桜が弾くも体幹がブレる。
 暮桜の連撃で紅椿が防戦になる。
 紅椿の僅差攻撃が暮桜を削る。

 一合、二合、三合、四合、一息の間に撒き散らされる火花と死の香りが空を覆う。
 五合、六合、七合、八合、鬼気迫るダンス・マカブルに終わりは見えない。
 九合、十合、今にも死んで終わりそうなのに、死の間際に引き伸ばされた時間が絢爛と続く矛盾。
 頂に至った者だけが織り成せる、ピリオドの向こう側だ。
 
 俄然増していく鋭さは、俺が十から先を数えることを許しはしなかった。
 イッピー知ってるよ! 決して十からの続きがとっさに数えられなかった訳ではない。イッピー知ってるよ。
 イッピー死んでるよ。主に脳細胞とか死んでるから思考が怠慢極まりない。イッピー死んでるよ。

 これでもかと勢いを乗せ、互いが叩きつけた一撃は、お互いを大きく離れさせた。
 地平線をなぞる様に距離を置く二機。

「元第一世代の第二世代機でよくやりますね。でも、その程度の評価です。
 その程度では私には及ばないし、私は楽に、―――貴方を殺せる」

 上から見下すように箒はなじる。
 一体どうしちまったんだモッピー。
 いつもの堅物弄られキャラなキミが俺は好きだってのに。

「ならさっさと殺してみせろ。口ばかり動かしてどうした? 
 オマエが私より強いってなら、とっととこの首を陥としてみせろよ」

 左手で剣指を作り、首を切るジェスチャーをする千冬。
 空気が剣呑過ぎて息が苦しいよ顔も覚えてないママン。
 イッピー死んでるよ! よく考えたら呼吸してないわ俺。

「傅け、【紅椿】!」

 箒の命令に従い、単一仕様能力『絢爛舞踏』が開放される。
 紅椿は金色に発光し、瞬く間にエネルギーを全快させた。

「……これでも、まだその余裕を―――」
「違うだろ、篠ノ之」

 織斑千冬は、箒の発言を遮った。
 酷く詰まらなさそうに。
 不快さを隠そうともせず。

「そうじゃないだろ。エネルギーが回復したからなんだってんだ? 回復したら強いのか?
 だからどうしたってんだよ間抜け。アタシは今すぐ本気をだせって云ってるんだ。
 殺しに来いって云ってるんだよ」


 千冬は苛立たしげに、不満を前面に押し出す。


「そんな下らない女だから、織斑一夏を落とせもしないで殺しちまったんだよ」


 ごめん、チッピー日本語でおk。
 俺は実の姉が何を仰っているのか皆目分からなかった。

「オマエ、怖いんだろ? その二刀を離してしまったら、自分が死ぬって思ってんだろ?
 結構。ソレは正解だ。だけど、死ぬ気もなく相手を殺すなんて甘っちょろいと思わないか?
 オマエは私にアレを使わせて自滅を誘っている様にしか思えんぞ?」

 トントンと、近接ブレードで己が肩を叩く。
 その仕草は、昔道場で見た姿と変わりない。
 相手が自分より強かろうが、相手が自分より優れていようが、織斑千冬は変わらない。
 織斑千冬とは、強さが彼女を絶対にしているのではない。
 いつでも、どこでも、誰が相手でも自然体。誰にでも出来そうで、誰にも出来ない心の強さ。
 その在り方こそが、織斑千冬を絶対者にしているのだ。

「そんな事は、な」
「もういい。もういいさ。口で語るには、私達は『誰か』とちがって口下手だからな。
 慣らしはもう終わったし、逢引の続きは『コイツ』さえあれば充分だ」

 暮桜は近接ブレードを頭上に放り投げ、両腕を顔の前で交差させた。
 
「狂い咲け、【暮桜】」

 両腕を勢い良く払った暮桜は、その全身を一新させていた。
 その外観を、フォルムを鋭角化させ、合当理は肥大化し、装甲は薄く薄く刃の様に引き延ばされ展開された。
 変貌した暮桜は上空に投げられた近接ブレードを上昇し掴み、それを紅椿に向ける。

「展開、装甲……ッ!」

 未だ第三世代が確立されていない現状で、第四世代機である紅椿にだけが有する秘中の技術。
 エネルギーの消費こそ上昇するものの、単一特化のパッケージに勝る自機のカスタマイズが行える、十年先の技術の粋。
 まだ発展しきっていないイメージインターフェイス分野を差し置いて、篠ノ之束が上位であると判断した、ブレイクスルーの極み。
 篠ノ之箒は識っている。
 その恩恵をこれまで享受している彼女だからこそ識っている。
 それは、明らかに腕の劣る自分を織斑千冬と並び立たせている『とっておき』なのだと。


「―――祈れ。運が良ければ、千切れず死ねるぞ?」





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「【暮桜】改め【宵桜】」


 私の憎悪ヨルに、私の悪意ヨルに、私の絶望ヨルに、私の殺意ヨルに、私の愛憎ヨルに、―――咲き誇れ。

 私は自分の愛機にそう銘じ/命じ、元来のカタログスペックを超越する加速度に身を任せる。
 慌てて紅椿のパラメーターを防御に極振りし、二刀を構える篠ノ之をその構えごと斬り跳ばした。
 攻撃を加えた宵桜は、その反動で機体がバラバラになってしまいそうだった。

 ピーキーなんてものじゃない。
 破滅とのロンドだ。次の瞬間に空中分解してもおかしくない。
 自機が自壊しかねない出力を平然と崩壊寸前で安定させる、その気違い染みてる完成度に私は哂ってしまった。
 こんな終焉が綱渡りしてるかの様な狂気の産物を自信作として渡してきやがって。
 篠ノ之束、オマエは私の親友だ。
 たとえ、オマエがもうそうでないと云っても。
 たとえ、オマエが私の敵であることを自認しても。
 たとえ、このISが私への手向けであっても。
 それでもなお、オマエは私の親友だよ。 

「ぐうぅぅぅ―――!」

「どうした篠ノ之! 必死じゃないか!」

 嘲笑しながら、私は近接ブレードを振るう。
 刀とは、力で振るうものではない。
 ISの近接戦においては、攻撃はシールドに阻まれる為ダメージ=衝突量(エネルギー)に注目されるが、『刀』はそうではない。
 刀とは、業で斬るものだ。
 その太刀筋が、その切っ先がなぞる速度が、その鋭角過ぎる鋭さが、鉄すらを両断する。

「私を殺すとのたまったんだ! 私に刃を届かせて魅せろ!」

 それは、実体の無いシールドとて同様。
 ISの戦闘において近接武器が優れている点は、その強固なバリアに対してISの質量を音速以上の速さでぶつけられること。
 まして、それが刀であれば。
 例え無形だとしても、触れられるなら、刀であれば、私ならば、―――断てる。

 機動力に、取り分け加速力にバランサーをセットした宵桜は、十全にそのスピードを駆使し紅椿を蹂躙する。
 直撃こそしてないものの、紅椿は着実に削られていく。
 
 一際強く剣を叩きつけた。
 錐揉みしながらぶっ飛ぶ紅椿。
 愛刀がミシリと。
 嫌な鳴き声をあげた。

「染まれ、紅椿!」

 篠ノ之の発声と共に、金色に輝くクレナイツバキ。
 なんだあれ、汚いじゃないか。
 きたない流石束の特注ISきたない。

 瞬く間にエネルギーを回復した紅椿は、そのエネルギーを放出し体勢を立て直した。
 推進力を発生させながら、紅椿は変形していく。
 そのタイミングに最適な装甲変形、パラメータの再調整がノーリスクで行える。
 また、どれだけ攻撃を受けたとしても。どれだけ攻撃をしたとしても。
 零にならなきゃ無尽蔵にエネルギーが湧いてくるってのは、ひょっとして最強なのではないか?

 最強か。
 安い言葉だ。
 
 そんな言葉、五年前に終わらせた。


「なあ篠ノ之。愉しいか? 愉しいよな? 愉しいだろう? 愉しいに決まっている。
 惚れた男を殺した女を殺せるチャンスなんだ。愉しくない訳がないよなぁ?」


 私は。
 私は。
 私は。
 私は、愉しい。

 こんなに熱中した事ははじめてだ。
 こんなに夢中になったのははじめてだ。
 こんなに自由なのははじめてだ。

 こんなに憎悪したのは、はじめてだ。

 殺してやる。
 殺してやる。
 絶対に、殺してやる。
 

 私の織斑一夏《オトウト》を。
 私の織斑一夏《オトコ》を。
 私の織斑一夏《セカイ》を。
 殺したアイツを、殺してやる。
   
 
「千冬さん。貴方は、とうに限界です」


 それは、ナニを指して云った言葉だったのだろう。
 私には、ワカラナイ。


「そうだな。不眠不休で戦争してきたんだ、いい加減限界だろう。
 私もコイツもとっくにガタガタだ。歳は取りたくないもんだ」


 正直、若さが羨ましい。
 10代の若さ、10代のエネルギーとは凄まじいものだ。
 教師になってつくづく思ったのが、私は情熱を傾ける先を極端にしすぎたことだ。
 刀に捧げた情熱の、ISに捧げた情熱の百分の一でも、青春に傾けていればよかった。
 もちろん、一夏を守り育てることに全力だったこれまでに不満があるわけではない。
 だが、後悔が無いわけでも、ない。
 
 ―――だけど、奪われた。永遠に、失われた。

「そうだ。そうだな。そろそろ、終わりにしよう」
 
 我が怨嗟。余すことなくその身に受けろ。
 イメージするのは、何千何万と繰り返したあの動作。
 刀を抜き、斬り抜ける。
 至高の一にして完成された型。
 完成された、その先の到達点。
 
 果て無き鋭さの終着点。
 始まっていないのに、終わっているその矛盾。
 私が惹かれた、瞬きの煌き。

 自然と振るわれた刀は、振るわれた瞬間だけ激しく発光した。

「―――零落、白夜」
「ああ、そうだとも。お前が恐れている、私のとっておきの片割れだ」

 単一機能・零落白夜。
 まるで誂えたような、私のワンオフ・アビリティー。
 私の適正も踏まえてだが、接近戦特化ではなく接近戦専用となってしまった元凶。
 シールドバリアを無効化しダイレクトに絶対防御を発動させエネルギーを奪う決戦兵器。


 さあ、始めよう。
 ココは終着なのだから。


 互いに満身創痍といっても過言ではない。
 ただ、あちらはエネルギーだけは無尽蔵だ。
 長引かせる訳にはいかない。
 締まりのない展開はキライなのだ。
 終わらせよう、ココで。
 全てを。
 
 澄んだ空気の中で。
 静かな空の上で。
 私は、ゆっくり深呼吸を行った。

 宵桜の駆動音、私の心音。
 埋没していく。
 同化していく。


 織斑千冬《ワタシ》にではなく。
 宵桜《アイエス》にでもなく。
 一振りの刀に。
 刃と云う名の、切断する意識に。
 断絶《ガイネン》に。



 なあ、篠ノ之。
 お前は私を恐れているが、私はちっともお前が恐くないぞ。
 気付けよ、オマエ。
 自覚しろよ、殺人鬼。
 人を殺すこと以上に恐いことなんて、ある訳ないだろう?

 人ならぬ鬼が、何を恐れることがある。
 オマエはとうに殺人を犯し、人から外れた鬼であり。
 ワタシはとっくに、人から逸れた鬼である。
 私とお前の違いなんて、人を殺すのが『これまで』か『これから』の差しかないのだから。
 
 天意も知らぬ。
 神仏も知らぬ。
 我は、この一刀を信とする修羅。
 復讐の、―――鬼だ。

 名乗り上げよう。
 宣誓しよう。
 届けよう。
 手向けの華を。
 散り逝くお前に捧げよう。
 少し前に一夏が使った言い回しと共に、唱えたるは我が奥義。 


「篠ノ之流剣術『羅刹』が崩し、―――三節『伊舎那』」


 篠ノ之剣術、羅刹。
 戦国時代から脈々と受け継がれる篠ノ之流の使い手でも、修得した者は少ないとされる奥義が一。
 インパクト時の最高速を初速に持たせるだとか、体の捻りの連携行使だとか、剣先から頭頂・爪先の軸合わせだとか、中身の話はおいといて。
 必殺の一撃を、コンマ一秒以下で二発繰り出す。
 物理法則を超越した二連撃にして同時攻撃、矛盾した属性を持つ篠ノ之流の秘中の秘。
 
 ISに乗った私は、それを越える三撃を放つ。
 どれだけ卓越した搭乗者であっても。
 どれだけ技巧を凝らした機体であっても。
 最大威力の剣戟が、三撃同時に繰り出されて無事なヤツなんかおらんよ。
 私はコレで世界を獲ったのだ。公の場で披露した為に、『師父』に、篠ノ之柳韻殿に説教されてしまったが。


 緩やかに加速する。
 地面を滑る様に、空を滑空する。
 加速度的に、加速する。

 磁力によって引かれ合う磁石のごとく。
 私は、篠ノ之へと加速する。
 
 引き伸ばされる景色。
 引き伸ばされる体感時間。
 頭の中で組み立てるのは、振るう三撃。
 この業は、私の意より早い。
 振るってる本人ですら、動作終了後にその結果を知る程なのだ。
 だから事前に振るう三撃を決めておかなければならない。

 篠ノ之は二刀を構え、険しい顔で迎撃の姿勢を取るが、それは間違いだ。
 それは勝つ為の型じゃない。
 それは負けない為の型だ。
 そんなんじゃ、殺せない。 

 刹那に吹き荒れる銀線。
 それは三つの眩い後を残し、通り過ぎた尾ひれに暴風と閃光を散らす。
 極超音速にて放たれた【零落白夜】の爪痕が、観客のいない空を照らした。

 交差は一瞬。
 金鳴音は一つ。
 立つ姿は、二つ。

 二つ?

 0コンマ1以下で放たれた袈裟切り。
 肩から打ち下ろす、胴体を断裁する力を込めた一閃。
 左手に掲げた一刀に防がれた。

 0コンマ1以下で放たれた逆袈裟。
 対方向から力により、逃がさないことに特化した一閃。
 右手に掲げた一刀にぶつかった。
 
 0コンマ1以下で放たれた兜割り。
 二閃により相手を封じた上での、駄目押しな頭部への一閃。
 シールドを抵抗もなく切り裂いたその一撃は、絶対防御によって阻まれた。


 偶然ではない。
 篠ノ之は直感だけで、私の剣戟を防いでみせた。
 己のセンスを酷使し、私の必殺を打開した。
 未来視じみた攻撃予測。
 剣道という分野で、誰しもが認める才覚。
 ISという分野で、誰しもが見向きもしなかったスキル。
 篠ノ之箒が所有する、類稀なるギフテッド。


「染まれ、紅椿!」

 
 篠ノ之の命令に従い、その身を輝かせエネルギーを回復する敵機。
 おやおやまあまあ、死んでないじゃないか。
 生き残るかなとは思っていたが、無傷じゃないか。
 
「破りましたよ、千冬さん。貴方が現役時代一度も破られなかった奥義を、私が破りました。
 貴方はもう御仕舞いです。もう、―――私には勝てない」

「必死だな。エネルギーを補充しなければ偉そうな口も効けないのか?
 そう大言壮語を吐くのであれば、さっさと私を殺してみせろ」

 くだらない自慢に唾を吐き捨て、篠ノ之を見返す。
 言葉を交わして何になる?
 殊更、無意味。

「その余裕が気に入らない。いつも、いつもいつもいつも!
 勝つのも! 手に入れるのも! 一夏に一番愛されているのも自分に違いないって!
 迷わない、疑いすらしない貴方が! いつも気に入らなかった!」

 篠ノ之の言葉は、私の胸には届かない。
 今更、そんな昔の不満をぶつけられたところで何も感じない。
 
 いや、違うか。
 私はこれまで、コイツに対して人並み程度の興味すら持ってなかったんだ。
 束の妹で、一夏の幼馴染で、流派の後輩。
 その程度の存在でしかなかったんだ。
 だから、どうでもいい。
 今はただ、この刃を突き立てる価値が産まれているだけだ。

「だけどそれも今日までだ。貴方はもう終わっている。
 だって、貴方のツルギは―――」

 ピキピキと悲鳴が聞こえる。左手にある私の武器から嫌な音が漏れる。
 ピキピキ、ピキピキ、バキリと。 

「もう、折れている」

 バキリ、と。
 私の愛刀はへし折れてしまった。

 束も詰めが甘い。

 紅椿と打ち合うだけの強度を計算しきれていなかったのか。
 はたまた、可愛い妹へのアシストなのか。
 そんな強度の素材なんてないよ! と束の反論が聞こえた気がする。
 まあ、そうだな。
 第四世代機のトップスピードでぶつけあって、尚且つ折れず曲がらず相手にダメージを与えられる武器なんて早々無い。
 なぜならば、想定外だから。
 この『雪片』は束が造ったものではない。日本のIS企業が造ったものだ。
 第三世代のスペックすら知らない開発陣が、どうやって第四世代相当の戦闘に耐えうる強度を武器に与えるだろうか。
 それは雪片に限った話ではない。
 篠ノ之束を除いて、まだ誰も第四世代機での戦闘を想定していない。
 そう、有り得ないのだ。
 普通であれば。

「……よく頑張ってくれた。有り難う、雪片」

 その手に残る愛刀の柄をなぜる。思えば、付き合いの長い奴だったな、お前も。
 私はこの局面までもってくれた愛刀に礼を述べ、量子化し格納した。
 篠ノ之の表情は変わらない。先ほどと変わらず、勝ち誇ったままだ。
 そんな馬鹿面晒している暇があるのなら、攻め込んでくればいいのに。
 私が武器を持たない間に潰してしまえばいいのに。
 


「そして、―――来い、【雪片】」


  
 私は左腕のアンクレットから、とある刀を抜き取った。
 装甲が展開し、出力に応じて威力・強度を変えるその刀。
 第四世代機での戦闘を想定された、第四世代の技術を注ぎ込まれたその刀の銘は。


「……雪片、弐型」


 ポツリと、篠ノ之が告げる。
 凰鈴音が探していた復讐の切欠、怨讐の断片。
 逆襲の懐刀。
 『白式』をクラックして強奪した、世界に一本しかない『とっておき』のツルギだ。

 にしても、流石雪片の弟だけあって、実に私の手になじむ。
 ふむ。可愛い弟からのアシストだな、胸が高鳴る。
 
 一夏。
 お前は、きっと喜ばないだろう。
 もしお前の声が私に届くなら、恐らく私を怒鳴りつけているに違いない。

 それでも。
 それでも、だ。
 この暗い感情に身を任せなければ、もう一歩も前に進めそうにないのだ。
 
 私は、弱い。
 この女と同じ、弱い女だ。
 絶望に飲まれ、簡単に世界に仇なすことを選んでしまう様な女だ。
 笑えるポイントとしては、そんな弱い女が世界で一番強いことだろう。

 だから受け止めてくれ、篠ノ之箒。
 私の絶望を。
 私の絶叫を。
 お前の死を以って。 

 残エネルギーは2割を切った。
 打ち合いももう数をこなせない。
 なけなしのエネルギーを使用することで左腕の装甲が変形し、左手に菱形の筒を形成した。
 その筒へ、雪片弐型を通し構える。
 右半身を前に出し、その両手に雪片の柄と筒をそれぞれ握る。


「『織斑千冬』は『宵桜』。私怨の為、この刃を振るう。
 恨もうが呪おうが構わない。だから、―――黙って死ね」 


 抗えぬ憎悪に突き動かされ、この狂気/凶器は篠ノ之箒の絶殺に向け駆けだした。







[32851] SideLine:(終) All I Want In This World
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/06/01 21:21
 その構えに気付いた時にはもう遅く、全てが終わっていた。
 抜刀から繰り出される斬撃は、刹那に同じ業を重ねることで波及効果を生み出した。
 一合、右の空裂を弾き飛ばし。
 二合、絶対防御を切り裂いて。
 三合、装甲ごと紅椿の右手を斬り跳ばした。

 箒は読んでいた。
 読んでいて、この結果だった。
 例え読んでいたとしても、最大威力を三発、同じポイントに打たれた場合如何し様も無い。
 
 崩された箒には、驚愕に顔を歪めた箒には、反撃も退避も行う余裕はなかった。
 だから、全てが終わった。

 同じ要領で左手を斬り跳ばした。
 痛みに悲鳴を上げる前に、首を落とされた。
 それで、御仕舞い。

 俺は、昔自分を救ってくれた女の子が[首無しオブジェ]と化して墜落していくのを眺めていた。

 人類の限界を超えた肉体行使は、超人である筈の千冬の体にも大きなダメージを与えた。
 筋肉の断裂、内臓の損傷、血圧低下による意識衰退。
 完治には一月はかかるであろう傷をこさえ、込み上げてきた赤い液体を吐き捨てる。

 吐き出した血とともに、昂ぶりが収まっていく。
 体も心もクールダウンし終わったころに、着水した篠ノ之箒の残骸が音を立てた。
 それは、全ての終わりを告げる音だった。

 いや、分かってたよ。
 この結末は分かっていた。
 織斑千冬が本気になった時点で、もう見えていた結末だ。
 きっとこれは、あっけなく死んでしまった俺への、決まっていた罪の所在。
 
 千冬姉は残心すら取らず、呆けた様に佇んでいた。

 何を思うのだろうか。
 誰を想うのだろうか。
 こんな、寂しい頂(いただき)で。
 そんな、廃れた果てで。

 暖かさに溢れていた彼女の眼差しは見た事もない程空虚で、悲しみすらも感じさせない。
 
 
 一夏と呼ばれた気がした。
 千冬姉じゃない、誰かの声。
 幼い俺に名前をくれた、女の子の声。

 背後に密着する感覚。
 感覚だけだ。
 感触もなければ温かみもない、触れたという実感だけのむなしい触れ合い。

 一夏、一夏と。
 つたなく俺の名を呼ぶ箒の顔を、俺は見ることができなかった。

 イッピー知ってるよ。モッピー死んでるよ!
 いえ私も流石にそう冗談でごまかしていい雰囲気ではないと重々承知の助。
 イッピーANDモッピー、ゴースト競演! リスキー&セフティには程遠いわ。
 今時はパンティ&ストッキングか? 
 そういや昔、死んだ男が幽霊になって女を守る映画あったな。
 あの陶芸のシーン、すげぇ記憶に残ってる。
 死して尚この世に留まる男の愛に涙が出そうだったぜ。

 その点、俺たちはこうして死なないと素直に触れ合うことも出来なかったってのが笑える話だ。
 救えねえな、俺も、お前も。

 なあ、箒。
 俺さ、お前のこと、好きだったよ。
 小学生の頃さ、真剣に憧れてた。
 強気で、強がりで。
 強がりを「本当」に変えられるお前にさ。
 なのに久しぶりに会ったお前と来たらヤレ姉の所為だのヤレ社会が悪いだの、挙句に幼馴染だったって絆に縋ろうとして。
 見るに耐えなかったよ。だから辛く当たった。
 
 一夏は、変わったな。
 千冬さんに手を引かれなければどこにも行けなかったお前が、今じゃ誰とでも仲良くしてる。
 学園に男一人だってのに、知ってる人だってほとんどいないってのに、堂々としてる。
 そんなお前を見ていると、苛立たしかった。
 私はお前を必要としていたのに、私を必要としないお前に怒りを覚えた。

 変わるさ。
 名前をくれた女の子が居た。
 遊びに誘ってくれる女の子が居た。
 俺を苛めてくるやつを、ぶっとばしてくれる女の子がいた。
 変わるだろうさ。

 そうだな。
 織斑いっぴーはいつの間にか、元気で下品でデリカシーのない男の子になってしまった。
 出会った頃はあんなに女々しい男だったのに。
 素直で可愛らしい男の子だったのに。

 身近にやけに男らしい女の子が居たものでね。
 
 なんだ、鈴か。

 テメーだよ武士パイ。死ぬ前に一度揉んきゃよかった。
 
 なんだ? お前もこんなモノに興味があったのか?

 興味がなければ雄じゃねえよ。そんな立派な代物。

 海上は風が吹き荒れる。
 されども、この身を通り抜けてくれる風はない。
 夢はただ夢へと散り逝くだけだ。

 なあ、箒。
 俺が悪かったよ。
 意地張って、お前をキライだって突っぱねて。
 お前が、俺の憧れたお前に成ることを求めた。

 押し付けもいいとこだが……、分かるさ。
 私は、心を向ける先をまちがえた。
 認めよう。私はお前に逃げた。
 すまない、一夏。

 全然お互い様じゃないけどさ、もうこうなっちまったら意地張るだけ無駄だ。
 好きだぜ、箒。
 何時まで居れるかわからないが、傍にいてくれないか?

 私も、お前を求めていた。
 それこそ、殺してしまいたくなるほどにな。
 

 あらあら、素直に好きって云えない人は大変ですこと。
 回りくどくて、婉曲でやんなっちゃう。
 時間なんてたいしてないから、素直な方が特なのに。
 俺達はきっと、三月に降る雪。
 夢はただ夢へと散り逝くだけだ。





「シールドバリア、カット。絶対防御、停止」


 千冬は淡々と、宵桜に命令した。

 口にしなくても、搭乗者は自分でその辺の設定は行える。
 絶対防御なんかは基本的に設定を変更する項目ではないので、少々手間取るが可能ではある。
 それなのに、口にした理由は。
 ISのコアに存在すると云われている、人格に命じたのだ。
 『勝手はするなよ?』、と。

 千冬はその手にある雪片弐型を血払いした。
 その絵面に箒が顔を歪ませたが、なんとも複雑な心境だろう。
 一度振るった雪片を、千冬は思い切り空に投げた。

 俺の形見を空に投げるとか、そういうロマンティックな行為じゃない。
 宵桜のパワーによって投げられた雪片はとんでもない高さに上昇し、その勢いを重力に奪われ停止し、重力に盲従しとんでもないスピードで落下してくる。
 不味い。まずいまずいマズイ。
 串刺しになった千冬姉の姿を想像し、存在しない唾を飲んだ。
 
 待て、待てよ。
 待てよオイコラ、ざけんなよ。
 空気すら漏れず、俺の声は響かない。
 
 おい、おい、オイ!
 一切、まったく聞こえていない。
 当然だ。
 だって俺は、生きてない。
 俺はただのゆめまぼろしで。
 散り逝く定めの亡霊だ。

 雪片は真っ直ぐに落ちてくる。
 軽く200メートルは投げ上げられた刀は、衝突時に時速200キロメートルを超える。
 ISによる防御機構が働かない状態では、生身の肉体など容易く突き抜けてしまう。
 止める術はない。

 勢いは増すばかりで、雪片は千冬の脳天に直撃するコースだ。
 セガサターンもビックリの脳天直撃を披露するに違いない。
 そんな多重人格探偵的な生け花は見たくないでござる。

 それでも俺はあまり心配していない。
 ISってのは基本的に搭乗者を守るように行動する。
 ましてや、織斑千冬みたく適正が高ければ尚更、まるで家族であるかの様に守ってくれる。
 俺が何度も白式に守られたように。
 
 落下してきた雪片弐型は、突然動いたスラスターに進路を逸らされそのままの速度で落ちていった。
 ほっと一息。
 「好き好き大好き千冬お姉ちゃん超愛してる」の元・暮桜さんとしては当然のアクションです。

 千冬は自分のISをジト目で見る。
「何勝手やっちゃってくれてんのコイツ」的な視線を浴びせる。
 そんな中、スラスターは未だに動きまわっていた。
「いえ、テスト中ですので。お気になさらず」と誤魔化しているつもりに違いない。

 ふっと、千冬は肩の力を抜いた。
 怒るだけ無駄だと悟ったのか、その顔に険はない。

 千冬は突然、ISを解除した。
 解除して、待機状態の宵桜を遠投した。
 ポーンと間抜けな感じで飛んでいく宵桜を見送って。
 織斑千冬の落下は開始する。
 え?









 高度100メートル。
 着水時の速度は、およそ時速150キロメートル。
 衝突する際の水面の硬度はコンクリートと大差ない。

 死ぬ。
 間違いなく死ぬ。
 脳漿をブチマケ、惨たらしく死ぬ。

 速度0から一秒毎におよそ10メートル毎秒加速する体躯へ、何も考えず追従した。


 手を伸ばす。
 追い縋る。
 必死で。
 死んでいるにも拘らず。

 失っちゃだめなんだ。
 貴女を失ったら、『俺』はどうなる。
 俺はしょせん、織斑千冬の代替品だ。
 俺が出来ることは、全て俺の姉がまかなえる。
 だから、良いんだ。
 終わってしまった俺は、もういいけれど。
 『俺』の価値は、どうなる?

 俺の命の価値は、貴女が決めるんだ。
 貴女の生こそが、俺の生きた証なんだ。
 頼むよ。
 頼むから。
 ―――『俺』を、殺さないで。 


 伸ばした手は追いつくことはない。
 追いついたとしても、触れることはない。
 無意味か?
 無価値か?
 何も出来ないって分かっていて、何にもならないって分かっていて。
 こうやって、眺めるだけなのが俺への罰なのか?

 なあ、アンタはどう思うよ。
 想いすら告げられなかった女が目の前で押し花になるのを、指咥えて見てられるか?

 んなわきゃ、ねーだろ。

「             」

 空気を震わさない俺の声は、あの人に届くわけがない。

「             」

 物体に触れられない俺の手が、あの人に届くわけがない。

「             」

 それでも。
 俺の声は、届かなくても。
 俺の手が、届かなくても。
 止めることなんて、できない。

「             」

 それが、俺の生き方だった筈だ。
 精一杯、挑んで来た筈だ。
 俺の強さが、あの人に届かないとしても。
 あの人を、いつか幸せにするんだと。

「             」

 だからさ、おねえちゃん。
 死んじゃ、やだよ。

「             」

 情けない顔で手を伸ばした向こう側―――織斑千冬は何も捉えず、何にも捕らわれない。
 それは自由じゃない。ただ外れただけだ。逸脱だ。
 
「             」

 追突する。
 海面を目前にしてふと、千冬姉さんは空を見た。
 いや、見たのではない。
 空気抵抗に負けて、首が空を向いているだけだ。
 何も映さない。うつろうだけだ。
 ふわりふわりと彷徨う視線は、そこにある青空しか映さない。

「             」

 風に流された一粒の水滴が俺の体を透過する。
 それは涙か。汗か。箒が上げた水しぶきか。
 なんでもいい。
 幾つかの塊が俺の体を通過する。
 なんでもいい。
 千冬の体からこぼれた何かが俺を貫通する。
 なんでもいい。
 伸ばし続ける手は何も掴めない。
 なんでもいい。なんでもいいんだ。
 今。
 ふわりふわりと漂っていた視線が、俺に焦点を結んだのだから。

『   』

 張り裂けそうな程の声を。
 張り裂けてでも震えない喉を。
 届かなくても。
 それでも。


「     」
 
 
 電撃でも走ったかの様に、千冬の上半身が跳ね上がる。
 中空状態なのでバネだけで上下を反転させ、腕を空に向け、―――海面に激突した。
 否、海面を蹴り抜いた。

 海が割れ、海が凹み、千冬は沈んだ。
 沈んで、一瞬で浮かび上がってきた。
 濡れた己を省みることもなく。
 ただ、空を見つめながら。
 ただ、右手の手のひらを掲げながら。

 数瞬またず空から落ちてきたナニカを受け止め、大事そうに引き寄せる。
 手のひらの上に乗せ、自分の顔の前に持ってきて、愛おしそうに眺める。

 それは、男物の指輪だった。
 彼女の薬指には少しだけ大きい、こ洒落た感じのシルバーリング。
  
 ゆっくりと摘まみ上げ、外れてしまった左手の薬指から、右手の薬指へ。
 大事そうに。
 愛おしそうに。
 壊れ物を扱うように慎重に。

 右手を太陽にかざし、その眩さに目を細める。
 大事そうに。
 愛おしそうに。


「聞こえたよ、一夏」


 誰に向けての言葉なのか。
 俺なのか、自分なのか、世界なのか。
 ただただ、その声は、


「生きるよ、『私』は」


 力強かった。
 暖かかった。

 俺の大好きな、千冬ねえの声だった。


「寂しいかも知れんが我慢しろよ? オマエは、私が愛した男なんだから」


 ああ、良かった。
 俺は、この人の弟で良かった。
 この人が、俺の姉で良かった。

 めちゃくちゃ格好良くて、やたらめっぽう強くて、日本一美人で、可愛くて恐くて素敵で不敵で自信家で休日はだらしないくせに俺には厳しく家事がへたくそな。

 ―――自慢の姉だ。 

 
「さて、宵桜は後日回収するとして。
 とりあえず日本へ帰るか。―――泳いで」


 そう。
 彼女はどこまでいっても織斑千冬で。
 どこに出しても恥ずかしくないこともない、俺が愛した姉だった。




[32851] HofS:箱庭ロックショー
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2015/05/31 21:19
 すーはーすーはーと、何度も深呼吸を繰り返す少女。
 金髪にアメジストの瞳、中性的な美人とでも称されそうな顔立ちだが、隠しきれないスタイルの良さは彼女が女性であると優に物語っている。
 首元の開いた黒のポロシャツにチェックのミニスカート。太陽の下に惜しげもなく晒した長く魅力的な生足は、太陽光を反射し眩い輝きに満ちている。
 額に汗を滲ませ、その美貌に何かしらの覚悟を賭した表情をする少女。
 少女の名は「シャルロット・デュノア」。
 IS学園一年生且つフランスの代表候補生であり、フランスの大手ISメーカー「デュノア社」の秘蔵っ子である。

 シャルロットは一軒家の前に立ち、雰囲気を険しくさせながら何度もインターホンに手を伸ばす。
 その一軒家は立ち並ぶ家に対して遜色ない、普通の家だ。
 築十年以上、二十年未満といった所だろうか。古くも新しくもない。特に目立った特徴はなく、しいて言うならば庭にガーデニングスペースがある程度だ。
 
 かれこれシャルロットは5分以上、その家の前に立ちインターホンと睨めっこをしている。
 はっきり言ってこんな住宅街には不釣合いな人物で、どう見ても不審者だった。
 それでも、こういった光景に慣れ親しんでいる近隣住人は気にしない。気にもとめない。
 なぜなら、その家に掛かる表札には『織斑』と書かれているのだから。

「勇往邁進、勇往邁進。―――いけっ、ボク!」

 やっと覚悟が固まり、意を決して押したインターホン。
 その覚悟とは反比例し、「ぴんぽーん」と間の抜けた音が響いた。
 待つこと10秒(体感的にはたっぷり1分)、マイクからこぼれるノイズが、家の人間とのコンタクトが繋がったことを知らせた。

「―――はい、田村ですが」

「わ、ワタクシ一夏くんの友達のシャルロット・デュノぇええええええええっ!」

 驚き慌て、表札を確認する。確認し、確認し、確認し、どうみても織斑だった。
 少女は予想外の事態にパニックになる。
 パターンは幾つか想定していた。本人が出るパターン。彼の姉が出るパターン。不在なパターン。
 そのどれにも当て嵌まらないパターンに、シャルロットは困惑する。
 
 慌てる少女を他所に、家の扉から一人の少年がドアを開け出てくる。
 カラーTシャツにハーフジーンズ。ところどころ跳ねた髪と、幼さを残した成長途上の顔立ちが印象に残る。
 彼の名は「織斑一夏」。
 少女が訪問しているくだんの家―――織斑家―――の長男であり、ワールドワイドにその存在を騒がれている少年である。
  
「オッス、おらイッピー! 五日ぶりじゃん、どうかした?」

「あれ? さっき『田村』って。え、でも表札『織斑』だし。あれ、あれ?」

「ああ、さっきの田村って答えたやつ? アレは嘘だ。お探しかどうか知らねーけどここが織斑亭で間違いねーよ」

「どんな嫌がらせだよ! 一夏はいちいち行動が奇想天外すぎるよっ!」

 シャルロットは自分の想定外のパターンしか取らない少年への不満か、取り乱したことへの羞恥の裏返しか、一夏に対し怒りを露わにする。
 対して一夏は、ゆるい態度で謝りおざなりに場を収めようとした。
 内心、シャルロットはそれ程怒ってもいない。
 ただ会話の切欠として、普段の自分のペースが掴みやすい「怒ったフリ」を選んだだけだった。
 
「ごめんって。でもちゃんと理由もあんだよ。
 結構姉さんのファンとかが家を訪ねてくることもあってさ。
 ああやって他人の、ハウスキーパーのフリしてやり過ごすようにしてるんだ。
 いちいち応対しているとしんどいのなんのって」

 ウンザリした顔で頭をかき、ため息をこぼす。
 シャルロットはその現場を想像し、一夏の大変さの一端を感じ重い息を吐いた。

「簡単に想像できちゃって、怒るに怒れないよ」

「話の分かる女で助かるぜデュノア先輩は」

「シャ・ル・ロ・ッ・ト! もう、一夏、わざとやってるでしょ!」

 怒りを再燃させ、プリプリと『怒ってます』と態度を露わにする少女。
 少年はその姿に堪えきれない笑みを浮かべ、上っ面の謝罪だけでごまかす。
 平凡な、いつも通りのやりとり。
 いつもと変わらぬ少年の平時運行で、少女の緊張はとっくに溶けていた。
 
「お詫びという訳でもなけれど、時間があるならお茶ぐらいだすよ。上がってく?」

「うん!」

 むしろその為に来たんだから、と聞こえぬ声で呟き、少年の背中の裏でほくそ笑む彼女。
 また、少年は心の中でピンク色なゴムの「買い置きあったっけえええええ?!」と目に血管を浮かばせながら自問するのだった。
 




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「アハ、アハハ、……はぁ」

「そんな残念そうな溜息しないでくださいまし。わたしくだって同じ気持ちですわ」

 程なくして来訪したセシリア・オルコットに、二人きりの時間を邪魔された。
 こうなる気はした。したからこその先制攻撃。
 それを潰されてしまったのであれば、いたしかたあるまい。

「シャルロットさんは油断ならない方ですわね。
 誰にも何も言わず、いつの間にか一夏さんと行動を共にしているのですもの」

 まるで詰問するようなセシリアの口振りに、シャルロットは肩を竦めた。

「逆に聞かせて貰うけどさ。誰かに何かを言う必要があるの?」
 
 分かってるくせに分からないフリをする。
 その偽りの愚鈍さは、静かにセシリアの癪に障った。

「ないですわ。ないですけれど、どうなのでしょうね?
 貴女が本当に一人で戦うと言うのであれば構いません。
 けど、貴女が想像している以上に敵は多いですわよ」

 いつものにこやかな笑みはどこにいったのやら。
 シャルロットが浮かべるのは冷たい笑みだ。
 
「敵の敵は味方だって言いたいの? くだらないよセシリア。
 ぼく等みたいな関係で呉越同舟なんて有り得ない。仲良く転覆するだけさ。
 同じ立場でツルんで安心したいの『お嬢ちゃん』?」

 機嫌が悪いのがミエミエな刺々しい態度で接する。
 対するセシリアも、どうにも感情が昂ぶってしまっている。

「その自信がどこから湧いてくるか知りませんが、喧嘩を売る相手は選ばないと火傷しますわよ?
 失礼。それが理解出来る程上等な頭はしておりませんわね。
 なにせ、自分の性別を間違えるほどお馬鹿さんなのですから。ねえ、『シャルル・デュノア』?」

 互いの鋭い視線が、探るような視線が交わる。
 勢いのまま放った言葉は相手の怒りを買い、それは十分な火種となった。
  
「喧嘩売ってるんだよね、セシリア・オルコット」

 酷薄な笑みと視線に、セシリアは数秒瞳を閉じ、情報を反芻する。

「シャルロット・デュノア。父はダヴィッド・デュノア、母はマリエル。
 13歳の時に母と死別し、父方に引き取られる。その際にIS適正検査で高い適性が検出され、デュノア社のテストパイロットとなる。IS学園へは『シャルル・デュノア』として偽造戸籍を起こし、男性として入学。目的は織斑一夏に関する情報の入手、並びにフランス―――ひいてはデュノア社への引き抜き。その後正式な戸籍である『シャルロット・デュノア』として再入学。クラブは料理部へ所属しており、部では和風料理、特に肉じゃがの練習を熱心にしているとか」

 目を閉じたまま一息で語るセシリアは、一拍の間を置き続ける。

「必要であれば現在のデュノア社内部の構想、デュノア本家の家庭環境、シャルロット・デュノアの身長体重スリーサイズまで公開して差し上げますけど、いかが?」

 閉じていた瞳を空け、目線を合わせる。
 その瞳は怯えも竦みも感じられない。
 真っ向から向かい合い、一歩も引かない強い眼をしていた。

「転覆するほどの烏合の集にはならないと言いたいのか。
 はたまた出し抜く準備はいつでも出来てると言いたいのか。
 ちょっと判断に困るね。どちらにせよ、思った以上にしたたかだ」

「ご想像にお任せしますわ。単に裏事情も知ろうとせず粋がる輩が気に入らないだけですので」

 IS学園に、敵は多い。
 特に一年一組の生徒は触れ合う時間も多く、クラスの大半は彼に好意を抱いている。
 飾らない、気取らないその人間性は男女の仲を抜きにして好感を覚えるものだ。

 女の園に男が一人。 ルックスはそれなりなので人気が出ない方がおかしい。
 その上で、彼はアクが強い。
 セシリア・オルコット代表候補生との対戦でみせた、絶対的不利状況でも引かない野性味。
 凰鈴音代表候補生との対戦でみせた、一般生徒の盾となる自己犠牲の精神。
 何より、ラウラ・ボーデヴィッヒ代表候補生との対戦でみせた、彼の本質。
 魂と言い換えてもいい。


 それに心を動かされた人間は少なくない。

「だから手を組むって? 仲良しこよしってタイプじゃないでしょセシリア・オルコッ―――」
「―――IS学園には、一夏さんと肉体関係を持ったことのある女性が居ます」

 さえぎった台詞に、シャルロットは口が塞がらなかった。
 己が一番近い位置にいると確信していた女は、後続を鼻で笑い突き放していたつもりだったが、どうやらそれは間違いらしい。

 IS学園に敵は多い。
 その言葉の意味を、はじめて理解したシャルロットだった。





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「ごっめーん紅茶なくてさ、コーヒーで我慢してよ?
 ドリップオンだからインスタントよりはマシだと、個人的にはおもう……」

 人数分のカップとソーサー、スティックシュガーとクリープをお盆に載せて持ってきた俺は、何やら二人の少女から不穏な空気を感じ取り、コーヒーを配りながらもその原因について考える。
 イタズラがばれたか、俺の悪口大会になっていたか、乾燥機の中にあった忘れ物の下着を気付かぬフリして持って帰ったのが噂になったのか。
 目まぐるしく頭を駆け巡る人には云えない普段の行いに、自分のことながら呆れてしまった。
 やっぱアレか? たしかに布仏さんのスソを椅子に縛ったのはやり過ぎだったかと後悔する。
 いや、でもあれ実は谷ポンに指示されてやったんだけど。
 そりゃ全責任押し付ける訳じゃないけど、「織斑くん、本音とちょっと距離を置いてない?」とか言われた上で「これを機に絡んじゃいなよ!」と促されればやるしかないじゃん? 「こんなイタズラどーよ?」って笑顔で提案されたら乗っちゃうじゃん? むしろ谷ポンに乗りたいじゃん!
 結果、布仏さんは転んでしまった。
 咎める視線が俺に集中するさなか、俺は谷ポンが裏切って皆の後ろに隠れたのを見つけてしまった。
 
「ハ ナ ガ サイタ ヨ」

「一夏ヤバイヤバイヤバイやばいってそれは!」
 
 ええい、クラスの十分の九に冷たい眼をされればこうもなろう!
 絶望した! 誰も俺の味方をしてくれなかった現実に絶望したっ!
 布仏さんは最終的に笑って許してくれたが、だからこその罪悪感も半端じゃなかった。 
 新学期に皆が(俺も含めて)忘れてくれていることを祈ろう。

「祈った所で何も変わりませんわよ?」

 うっせーよ何と戦えってんだよ。それともRevo様ディスってんの?
 超えちゃいけないライン考えろよ(震え声)
 
「あーはいそうですねー。貴族様はお偉いこって。
 その立派さが態度と行動に表れてますもんよ」
 
「棘がありますわね。卑屈すぎまわよ? 何をそんなへこんでいるか知りませんが、わたくしの買ってきたケーキでも食べて機嫌を直してくださいまし」
 
「セシリア、お土産あるんだ。ぼく何も持ってこなかったや」

「気にすんなよ。手土産持参なのは嬉しいけど、そんなもんで気兼ねさらたら困る。
 基本的には気が向いたらとか、なんか世話になるときだけでいーんだ」

 もしくは、ご家族への挨拶とかね。
 ぼそりと補足したシャルロットの声に、セシリアは咳払いで気まずさを誤魔化した。
 なにこの水面下のバトル。俺帰っていい? 

「帰るも何も、ここが一夏さんの家でしょうに」

「まさか、遊びに来た女の子を追い返すなんて真似、一夏はしないよね?」

 なんとも駄々もれらしい俺の気持ちは、セシリアに呆れた顔をさせ、シャルロットからは恐い笑顔を頂戴するのだった。
 これには思わずイッピーも苦笑い。
 しかしCMの後、更に驚くべき事態が!




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「ケーキ、足りませんわね」

 セシリアは不満げにぼやく。
 インターホンに呼び出された一夏は、続々とその数を増した客人を招きいれた。
 
「来てたのか、お前たち」

 ノースリーブから惜しげもなく肌を晒している超絶美少女・篠ノ之箒がソファに座る。
 座るときにたゆんと揺れた胸も特筆すべきだろう。

「シャルロット、誘ってくれてもよかったではないか」

「ごめんね、ラウラ」

 ほのぼのとした雰囲気の二人。

「お前は、またそうやって平然と抜け駆けを……」

「夏休みのアプローチに関しては何も約束はしてなかった筈ですわよ、箒さん?」

 それとは相対的に棘のある箒の視線と、どこ吹く風としれっとしているセシリア。
 これはこれで、仲が良いのかも知れない。
 誰かに自分の気持ちを露わにする。
 箒にはずっと、こうやって素直に感情をぶつける相手がいなかった。
 家庭環境に引き摺られ、あまり年相応な人間関係を結ぶことができなかったのだ。
 なので、純粋に―――。

「なんなの。なんでお前等全員ノーアポで人の家にくんの? 誰一人として連絡もらってないけどどういうこうなの?
 俺がおかしいの? 俺ん家集合なのは別にいいけど実は俺ハブられてんの?」 

 意外! それはイジメ!
 姉さん、事件です。
 今回のターゲットはなんとあの有名人、織斑一夏。
 世界にたった一人の男性IS操縦者であり、世界的に見ても超VIPな少年である。
  

「あの時はもう駄目かと思いました。クラスに男一人、周りは全て敵となった状況で私は諦めてました」

「一夏ってたまにトリップするよね。正直、恐いんだけど」

「ああ、キモイな」

「おいいいいいいいい! ボーデヴィッヒちゃんキモいとか友達に言っちゃ駄目だろ!」

「大丈夫だ。心理学にも詳しい医者を紹介してやる。従軍してると心を病む者も少なくない」

「いや、だから本気で心配してるんじゃねえよ失礼だろこのゲルマン女。
 ことあるごとに俺を精神疾患な人にしようとしてんじゃねーよ」

「安心しろ、指折りの腕利きだ。嫁の病気と闘うのも私の仕事だ。―――決して見捨てない」
 
 キリッ、と効果音が聞こえそうな効果音とともにキメ顔を披露するラウラ。
 一夏は頭が痛いと言いたげに、髪をかき上げた。
 歪ませた顔はこの少年には珍しく、なんと口にすればいいのやら、といったものだった。

「セシリア、なんで顔を紅くしてるの?」

「ななななんでもありませんわ!」

 シャルロットは目敏く、セシリアの表情の変化に気付き言及する。

「け、決して今の一夏さんの仕草にトキめいていたりはしませんことよ!」

「……テンパリ過ぎじゃないかな?」

 『髪をかきあげる仕草』は女性が魅力的に感じる男性の仕草にランクインしている。
 確かにドキリとする女性も少なくはないだろう。
 それでも、セシリアの反応はあまりに顕著だ。
 あの尻軽そうな金髪は発情しているのかもしれない。

「忘れてくださいまし。あまり広げたい話でもありませんので」

「そう露骨に嫌がられると気になるな」

「箒さん、私が普段弱みを見せないからってここぞとばかりに攻め込もうとしてませんか?
 ……ちょっと、なんですのその『え、コイツいつもあんだけ抜けといて何言ってんの?』的な顔は!」

「いや、英国貴族は流石だなと。あれだけヤラかしといて失敗だと思ってないなんて、大物にも程がある」

「嫁よ。この女、夏休み前に教室で机にロングスカート引っ掛けて盛大に下着を披露していたぞ。
 やたらエロティックな下着だったので記憶に残っている」

「忘れてくださいまし! セシリア・オルコット一生の不覚ですわ!」

 え、何それ見たい。
 一夏の本音は自然と口からこぼれ、ギロリと女性陣から睨まれる。
 
「それで、セシリア。どういった話なのさ?」

「シャルロットさんまで。はあ……。……別にいいですけど、あまり面白い物でもありませんわよ」

 『髪をかきあげる仕草』には、思い入れがあるのです。
 そうセシリアは前置きし、口を開いた。

 最近、遺品整理で手付かずだった母親の寝室に手を出した所、母親の日記が見つかった。
 そこには溢れるほどの私への想いと、妬けるほどの父への想いが綴られていた。
 そう、うだつの上がらない母のイエスマンだった情けない男性。
 私の男性への蔑視を冗長した父への愛が、余すことなく。
 否、余して余りある程に。

 父は婿養子で、会社では母の秘書をしておりました。
 母には顎で使われ、他の社員からは馬鹿にされていました。
 私も誰かが下したそのくだらない評価に影響され、父のことを見誤っておりました。
 でも、違ったのです。
 父は他人の軽視を愛想笑いで受け流し、会社の不満や汚れ仕事を自ら引き受け、いつなんどきも母を支えてました。
 父にその役回りを押し付けてしまう母は、自分の弱さを日記の中で何度も悔いていました。
 強い方だったのです。
 私より、私が尊敬していた母より、きっと、ずっと。
 
 父がたまに、髪をかきあげていたんですよ。
 そういった時の父は、ヘラヘラしてなくて。びっくりする位平淡な、冷たい顔でした。
 いつもそういう顔していれば舐められないのに、なんてわたくしは思っていました。
 母はあの仕草に関して、こう日記に記してました。
 普段の「役割」としての彼でなく、彼の垣間見える本質で、この歳になっても見るだけでゾクッとするって。
 本当はわたし、きっとびっくりじゃなくてどきっとしてたんですよ。
 母娘だなって、笑っちゃいました。

「セシリアのご両親って……」

「ええ、鬼籍に入っております」

「ごめん、セシリア」

「謝らないでくださいまし、シャルロットさん。貴女だって実母を亡くしておいででしょうに。
 箒さんと一夏さんは家族バラバラですし、ラウラさんに至っては生物学上の両親しかいない。
 言い方は悪いですけれど、誰一人まともな家庭環境の方などおりませんわ。
 それに、わたくしは恵まれておりますもの。
 母はオルコット家を背負う女傑で、父はそんな母を惚れさせる程魅力的で、強い方でした。
 ―――立派で、誇れる両親でしたから」

 
 そういって朗らかな笑みを浮かべるセシリア・オルコットは、人間としての深みを増した顔付きをしていた。
 



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 湿っぽい雰囲気を吹き飛ばそうとゲーム大会に励む俺達。
 IS/VSで白熱し過ぎてリアルにISでVSしそうになってしまったのはご愛嬌。
 代表候補生と第四世代機でバトル。そんなエクストリームなバーサスはご勘弁願いたい。
 間違いなく織斑亭が半壊するか全壊するか、もしくは焼け落ちるわ。

「まあ、そんなんやった日にはチッピーがガチギレして殲滅されるな」

「教官は確かに恐ろしいが、そう物騒な思想をお持ちではあるまい」

「そりゃあ『教官』、『教師』だからだろ。
 あの人は仕事ではピシっとしてるが、プライベートとなると案外てきとうだ。
 それは怒り方面でも適用されるぜ? いつもの説教とは訳が違う。
 ただただ怒りをぶつけてくる千冬姉は、恐竜と大差ない」

 苦い記憶を思い出し、ちょっとブルっちまった。
 主にゴールデン的な玉がヒュンってなった。

「恐竜はあんまりだろう。ましてや教官はいま、ご自身の専用機をお持ちでない」

「え、なにお前。クロックアップした織斑千冬を止められんの? マジなら結婚してください」

 お前それ織斑千冬(サバンナ)の前でも同じ事言えんの?
 生身なら勝てる? 甘いわー。ドラ焼きに蜂蜜をかけるが如き思想! 甘過ぎ。
 バイオライダーを前にしたゴルゴムの怪人並みに甘いわ。

「ならば全力を以って挑もうではないか。我とレーゲンで屍山血河を築こうぞ」

「恐いなら無理をするなラウラ。膝が笑っているではないか」

 平静な顔のその下で、ラウラの膝は笑える程震えていた。
 多芸な奴である。その多芸の一環で屍山血河を作る筈だ。……己の身で。

「篠ノ之、私を見縊るでない。コレはそう『武者ぶーい』だ」

 誰も突っ込まない。ラウラの震えで机の食器がかちゃかちゃ鳴る音だけが響く。
 言えてねぇ、言えてねぇよラウラ。
 あのKYクイーンなオルコットお嬢様ですら「うわぁ……」って顔してんじゃねえか。
 その残念さ、エクストリーム。

「冷汗三斗の真っ只中わるいけど、話題の人が帰ってきたみたいだよ?」

 リビングで寸劇をしていた俺の変わりに、シャルロットが誰かさん(鍵を開けて表から入ってくる人間なんて家人以外いるまいに)の来訪を教えてくれた。
 俺は黙ってさっきまで自分が使っていたコップに氷を足し、麦茶を注ぐ。
 
「おかえりんこ」
 
 部屋に上着を脱ぎながら入ってきた千冬姉は、スッと差し出されたコップを受け取った。

「ただいまん『ゴッ』」

 まるでこぶしで頭を勢い良く殴りつけた様な音が響く。
 あまりの痛みにフローリングをゴロゴロと転がるイッピーなど存在しない。しないのだ。
 姉はそんな俺を華麗にスルーし麦茶を飲み干した。
 え、なにそれこわい。
 平然と今の仕打ちを無視する俺の姉がこわい。さっきの俺モップだったよね? モッピーだったよね?
 セクハラをしようと織斑千冬そっくりの女の子に悪戯してみたら、オレがモップになっていました。

「イッピー知ってるよ。悲しみの、向こうへと、辿り着けるなら、ボクはモウいらない! 何も! 捨ててしまおう!」

「織斑せんせー。あまりの痛みに弟さんがバグってますけど……」

「先生ではない。お前等と違って短い休みだが、私ももうオフだ。
 そう堅苦しく構える必要は無い。遠慮せず好きに振舞え」

 上着をポールハンガーにかけ、どっかりとソファーに座る
 そして俺の取り皿にあるケーキを自然に口に入れた。
 え、なにそれこわい。
 平然と人のケーキを勝手に食す俺の姉がこわい。
 誰もが恐れるあの織斑千冬が、ぼくの特注ケーキを食べたようです。

「うむ。美味かった」

 感想だけ残して席を立つチッピー。
 あの女、実はケーキ食うためだけに俺殴ったんじゃね? 
 別に甘いもの好きじゃないから言ってくれたらあげましたわよ。殴られ損だよ。
 いやアイツたぶん弟を無碍にする姉ってキャラ立てする為だけに俺殴ったよ。イッピー知ってるよ。
 なにそれ危ない。精神的に危ない人じゃないですか。え、あんなんが俺の姉なの?
 この家にお医者様もしくは精神鑑定者さまはいらっしゃいませんか?

「よし、人生ゲームをしよう」

「……あの、織斑先生? まさかとは思いますが」

「先生ではないと言っている。今の私は集団に属していない個人だ」

 戻ってきたチッピーはそう言って机に『人生ゲーム ハッピーファミリー ○当地ネタ増量仕上げ』を置いた。
 なんの躊躇いもなくKOTYノミネート作品を持ってくるとは。
 コイツ、出来る……ッ!
 つーか普通に十代の集いに混ざろうとすんなよ空気読め。
 僕の姉は空気が読めない。






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「って訳で、どうよ?」

「お前は脳内で誰と会話してるんだ。物事をすっとばしすぎだ」

「確かに。一夏さんは常日頃から思考が迷子になってますわね」

 あれ、なんだか冷たいこの二人。
 チッピーとセッシーって実は相性いいのよね。
 セシリアって尊敬している人間には礼を尽くすタイプだし、向上心あるし、素質がある。
 教える側としては良い生徒になるんだよな。
 理屈で考えるタイプは、理論さえしっかりしてやれば学んでくれるし。
 たまに放課後バトルフィー、課外授業しているらしい。
 マンツーマン課外授業。
 俺にもしてくんねーかな。

「おい嫁、来週、良い医者を紹介してやる。ウチの隊員も何度か世話になっている腕利きだ」

「ラウラ、その何気ない発言はガチっぽくてグサりと一夏の胸に刺さっちゃうから、その辺で辞めてあげた方がいいと思うよ?」

 あれ、なんだか遠いなこの二人。
 ラウラとシャルロットってかなり仲良いよね。
 噂ではたまに一緒にお風呂に入ってるとか。
 おいラウラ替われ。はよ。

「私は赤だな。白も好きだが」

「一人紅白とはよくばりさんめ」

 赤は情熱的とか我が強いタイプ。 
 白は確か潔癖とか真面目とか。

 ねえ、なんで今ので箒会話が成り立ってるの? 分からん。
 何気に箒さんも頭イってますからねぇ。お前、けっこう篠ノ之には厳しいよな。
 おいガールズ、むしろ話を読むんじゃなくて流れを読め。
 モッピーこう見えて他人の機微を詠むのは得意なんだぜ。
 普段自分でいっぱいいっぱいでそれどこじゃないけどな!
 あと言ってる俺ですら何を読まれたのか分からんがな!
 イッピー知ってるよ。俺の幼馴染がこんなにホラーな訳がない。

 それはそうとてご説明。
 『好きな色からの性格判断』という趣旨を理解した皆の回答が、続々と発表される。

「わたくしは青ですわね」

「セシリアもなかなか順応早いね……。黄色か緑かな?」

 青、立場とかを大事にする。慎重で、他人とよく比較する。
 セシリーはなんかイメージに合ってて良い感じだけど、シャルロットてめーは駄目だ。
 黄は忘れたが、緑はおだやかで愛想の良い感じだった筈。
 あれ、そのまんまじゃん。むしろなんか狙いすぎてる感がしやがりませんか? 
 腹黒プリンセスとしてのキャラはどこにいった。
 あとあんたの水着がオレンジだったことは、俺はしっかり覚えている。
 あとアクシデントで見えたピンクのポッ

「なんだ? 好きな色を言えばいいのか嫁?」

「気付くのおせーよ。あと嫁云うな。お前じゃ幸せにできんから俺はやらん。
 さっきの話に戻るが、俺が欲しければチッピーを倒してくる事だな。
 きゃつは織斑ブラザーズで一番の下っ端よ」

「任せておけ。教官も含めてゆくゆくは私の嫁にする。ゆくゆく、いつか、きっと。
 ちなみに私のトレンドは『茶色』だ」

「……ほう、云うものだな小娘。その話は後でじっくり聞いてやる。今日は歩いて帰れると思うなよ?」

 ラウラ は 逃げ出した!

 ……速いな軍人、即断即決即行動、ッつー奴か。
 凄いスピードで逃げていった。
 あれが脱兎か。
 どことなくウサギチックだよな、アイツ。
 兎さんのきぐるみ着たラウラとか、バニーな姿のラウラとか想像していない。
 ましてソレを脱がすさま等想像していない。いないッ……(全霊)

 茶色は保守的で堅実。あと失うことを極端に恐れる、とかだったっけ?

「『黒』だ。私はあまり選り好みはないが、一品物を買うときは大体そうだな」

 チッピーはゆるくウェーブしてる髪を紐でくくりポニーテールにした。
 七分丈の袖を軽くまくり、アキレス腱をゆっくり伸ばし、たっぷり十秒。
 一度だけ深く息を吸い込み、ロケットみたく飛び出して行った。

 黒、ねぇ。
 そのまんま過ぎてちょっと伝えらんねーや。
 あとあんたの下着が黒ばっかなんだけど青少年の育成上どーなのよ?
 

 …………………………………………。
 ……………………………………………………………………………………。

「そんじゃ、ネタばらししまーす。好きな色による性格判断! 結果はこちらの雑誌をご覧あそばせ!
 以上、さあどうぞ遠慮なくご歓談くださーい」

「えええ! 今の放置していいのっ?!」

 放置せずにどうしろってんだ! 俺の手には余るわ!

「可もなく不可もなく、だな」

「箒さんは飾りませんわね。わたくしはちょっと、お高く止まった感じがして恥ずかしいのですが」

 馬鹿野郎、それがいいんじゃねぇか。
 ブランドを大事にする青色、女の子らしくて素敵じゃありませんか。
 何気に俺はあんたのロングスカートに心奪われてるぜ?
 ロングスカート>ミニスカート(一夏方程式)
  
「うん、これは譲れない。こう、なんっつーの? たくし上げた場合の破壊力とかパないし。
 見える美より、見えない美学を大事にしていきたい。そんな大人に、ワタシハナリタイ。
 でも俺、実はタイツとかも大好物なんだよなぁ……」

「一夏さん? タイツは食べ物ではありませんよ?」

「放っておけ。幼い頃からその男は妄想癖があってな。一度そうなると中々帰ってこなくてな。
 ―――とうッ!」

「あいだっ!」

 篠ノ之箒のチョップにより脳天直撃セガ○ターンされた俺は現実に帰還した。
 おい誰だ俺のドリキャス売った馬鹿。あと俺のゲームギア何処に消えた。

「箒は一夏の扱いに慣れてるね。今のはぼく、真似できそうにないなぁ」

「いや、真似すんなよ暴行だろ今の! 普通に名前呼んでくれりゃ気付くっつーの」

「一夏さん、恐らく普通は目の前に人が立っている時点で気付きますわ」

「正論すぎて反論できませんよ悪かったですねぇっ!」

 神は死んだ。
 全治無能な神様は、いつだって俺を救ってはくれないのだ。

「それで、一夏は?」

 シャルロットおぜうさまの首をかしげる仕草にちょっと胸きゅんしながら、俺は考えるのだ。
 白か、はたまた黒か。紫、ピンク、こげ茶、嫌いな色なんてないんですよねぇ。
 どれも大好きだけど、でもなんかちょっと違う。
 一番、心に浮かぶのは―――、

「『灰色』、かな?」




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 かれこれ三時間は遊んでいただろうか。
 マリカーでセシリアがあろうことかドンキー使いでしかも上手いことに爆笑したり。
  Wii Partyで一夏が皆から謀ったように狙い撃ちにされたり。
 スマブラで箒がメタナイト様無双による愛くるしいドヤ顔を披露したり。
 
 遊び疲れ、一息の休憩。
 話題は箒が読んだとある本について。
 ルームメイト・鷹月静寐の愛読書「CUTE!」に掲載されていた「女子力アップ」。
 
「この『とびきりの笑顔』というやつがよく分からんのだが、コツを教えてくれないか?」

「そんな計算尽くの『とびきりの笑顔』はすでにとびきりじゃないとぼくは思うな……」

 あーだこーだと盛り上がるガールズトーク。
 たった一人の男は、たまたまタイミングよく届いた宅急便の受け取りに行っている。
 内心助かったとでも考えていることだろう。

「『ドジっ子』要素……奥が深い。おいセシリア、このただの阿呆にしか思えない『わざと転んだ時のチラリズムがポイント!』とは何を指しているのだ?」

「なんでわたくしに訊ねるのですか箒さん? 悪意しか感じませんわよ」

 苛立たしげに返すセシリアに何を今更といった表情の箒。

「セシリアは被害妄想だなぁ、ははは……」

「なんで目を背けながら仰るのですか!」

 シャルロットの力ないフォローも火に油を注ぐばかり。
 セシリアのボルテージは順調に上がっている。

「いや、お前のは『パンモロ』だったな。すまんな、訊ねる相手を間違えた」

「~~ッ!! 貴女には武士の情けはないのですか!」

「私は武士でなく女子高生だからな……」

 金髪は頭が悪いらしく、日本人=武士といった図式が完成してしまっているようだ。
 
 裏口で物音がする。
 扉が開き、階段を昇る音。
 一夏は玄関に出ているので、千冬がウサギ狩りから戻ったのかも知れない。
 そう結論付ける箒とシャルロット。
 セシリアだけが訝しげに眉根を寄せた。  
 
「どうかした、セシリア?」

「いえ、きっと気のせいですわ」

 二階でドタバタと暴れる音がする。
 ドアの開いた音がし、階段を降る足音。
 音の正体は止まることなくリビングの扉を開き冷蔵庫へ直行する。冷蔵庫から牛乳を取り出し、そのままパックに口をつけて飲み、のそのそと二階へ帰ろうとした。

「コラー鈴! またあんた一夏さんのベッドで寝てたでしょ! 今日という今日は許さないからね!」

「あによー。本人の許可は取ってるわよー」

「平然と嘘つくなよ。取ってねえよ」

 宅急便の対応が終わったのか、一夏はリビングへ戻ってきた。

「あ、一夏さん! デートに行きませんか?」

「お、看板娘から常連のハートを掴み、今やファンクラブすらいる超時空シンデレラ、蘭ちゃんじゃん。
 ちょっとお客さん来てるから延期でお願いします」

「何時行くの?」

「今でしょ! ……いや、直言いたかっただけゴメン。お詫びといっちゃなんだが、この猫娘やるから。
 オオサンショウウオさん的なマスコットとしてどーよ。結構人気出ると思うよ」

「超時空シンデララー」

「こんな壊れたラジオみたいな声だしといて、国民的アイドルっていうんだから凄いですよね……」

 蘭はまだ寝ぼけマナコでかみっかみの鈴音を無視しつつペシペシと叩く。
 叩かれるたび「あによー」と鳴く鈴音。

「ああ、もうっ! いつも通り、変わってないですね!」

 夏らしく開放的にお洒落してきた蘭。
 
「おい嫁。なんだか人が増えているのだが」

 頭から木の枝を生やしつつ、首根っこを掴まれて帰ってきたラウラ。
 軽々と片手で女子高生を持ち上げている千冬。

「一夏、コイツ等はなぜ勝手に家に上がっているんだ?」
「いいんだよ。こいつらは身内だから」

 ノーアポで部屋に上がっていったであろう二人に不満を隠せない箒。

「女子中学生と仲が良いのは、あまり感心しませんわよ?」
「ロ、ロリコンちゃうわ!」

 それとなく冷たい視線を送り、牽制を忘れないセシリア。

「ちょっと、大人気ないよセシリア。一夏の家族なら大事にしなきゃ」

 いつもと変わらぬ笑顔と、柔らかい雰囲気のまま蘭に自己紹介を始めるシャルロット。

「おいおい、何人居んだよ? 今日はゆっくりまったりする予定だったのに。
 しかも誰一人連絡寄越さねぇーしどういうことなの? そういうサプライズ求めてねーよ」

 ブツブツ文句を垂れながらも、顔を嬉しそうにカメラを準備していた。
「何を隠そう、俺は記念写真取りの名じ」やかましく何かを騒ぎつつカメラを構える。
 その日、シャッターは何度となく瞬くのだった。




 そんな感じの『日常』を、日がな一日眺めていた私にメールが届いた。
「大事な人達の写真を、大事な人へ」と銘を打たれたソレは、やけに必死に私を海へと誘うのだった。
 根負けし同行した海で騒がしい一騒動が起きたが、それはまた、別のお話し。


 













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===================没ネタ==========================
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 セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアは、机越しに対峙する。
 優雅に傾けられたティーカップと、香る紅茶。
 ―――それを払拭する、一触即発な空気。

「よもや、貴女に先を越されるとは思いませんでしたわ」

「選ぶドレスもない身分でね。身軽さが取り得なのさ」

 怒気を孕ませながらも、高貴な振る舞いを欠かさない女。
 まるで男性の様な口振りで、上っ面の軽薄さを演出する女。

「こうも簡単に邪魔されるとは思わなかったよ。わざわざ忙しい日を選んだってのに」

「浅ましい。見え透いてますわよ、貴女。ああ、元々男性として入学してすぐバレた方でしたものね。
 演技も淑女の嗜みですのに、嘆かわしいことですわ」

「別に構わない。どうだって良い事だったからね、ぼくにとっては。
 オトコも知らずにオンナを語る寡廉鮮恥な処女に絡まれてちゃうのは、ちょっとウザいけれど」

 ドキリするような笑顔の奥に、冷たい敵意を覘かせる。
 その眼に対しフラットな表情のまま、セシリアは言葉の刃を突きつけた。


「所詮は妾の娘ですわね。頭も軽ければ尻も軽い。きっと貴女の本家も、吹けば吹き飛ぶ程軽いのでしょうね」

「貴族様はスケールが大きいなぁ。流石に電車丸ごと道連れにするだけはあるね」


 乙女の数多い隠し場所から流れる所作で抜かれた拳銃はデュノアの額をポイントし。
 ケーキを切り分けた細く鋭いナイフは掬い上げられオルコットの眼球へ寸止めされた。


「ねえ淫売。頭頂部にオトコを咥える穴を増やして差し上げましょうか」

「遠慮するよ。それよりその甘ったるいお花畑に、本物の砂糖をプレゼントしてあげる」

 
 寸分違わず互いの即死点(キルスポット)へ向けられた凶器は、今か今かと振るわれるのを待つ。
 放たれた瞬間、殺意が貫く拳銃と。
 引き金より早く、眼窩を抉るナイフ。
 交差した二人の手の先は一寸もブレることなく、鈍い輝きを放つ。


 かえりたく、なったよ。
 イッピー知ってるよ。ココが俺の実家だって。『ロアナプラ・俺支店』なんだって、イッピー知ってるよ。
 そこには家の中でクラスメイトが殺し合いの一歩手前になっていて青傍テルマなみに『(意識が)山にいるね』なサマーバケーション中の高校一年生の男子が居た。
 て云うか、俺だった。





[32851] My Happy Ending
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2013/10/25 01:01
 前回までの、あらすじっ!
 夏休み明けに開催されたタッグマッチトーナメント。
 試合は進み決勝にてバトることとなった俺シャルペア対ラウラ箒ペア。
 緊張と興奮が高まる最中、事件は起こる。
 決勝戦開始と同時に謎の無人機群に襲撃されるIS学園。
 また、極秘の対IS兵器である「リムーバー(?)」の大域作用型も持ち込まれ、起動中、並びに操者とリンク中だったISが使えなくなるダメ押し。
 更には、織斑先生を鹵獲する程の腕利き(ホットドガー)まで現れる始末。
 しかもその腕利き、中学時代の千冬姉にクリソツと云う謎が謎を呼ぶ展開です。

 鈴は俺を庇い重症。その件についてはあまり言葉にはしたくない。
 セシリアは偏光射撃の負担で脳の血管切って精密検査が必要だったり。
 ラウラは怪我こそたいしたことはないが、念入りにレーゲンを破壊されダウン中。
 シャルロットは怪我や体調が芳しくない生徒のフォローに奔走している。

 俺は、空を見ていた。
 病院の中庭で。
 病院の屋上で。
 学園の屋上で。
 そしたら、いろいろあった。

 親友に背中を叩かれ、妹的存在にケツを蹴られ、幼馴染に心を殴られた。
 アレ? 俺いじめられてね?
 なんだか密度が濃過ぎてすべて遠い昔のような気分だ。
 イッピー知ってるよ! 今日あった筈の出来事がなんだかまるで半年ぐらい前にあった事に感じるのは気のせいだって、イッピー知ってるよ!
 なあ、アンタもそう思うだろ?

 廊下でキメ顔を披露していたら二年生の先輩に笑われた。
 すれ違い様にくすくすと、口元を手で押さえ上品に笑って去っていくお姉様。
 ……恥ずかしくない! 全然恥ずかしくなんてないもん!
 
 自転車で鼻歌を歌っているとき、後ろから誰かに追い抜かれた感じ。
 顔が熱いのは気のせいだということに、なにとぞ。


 よし、まずはメシ。
 なにはともあれ食事は大事。
 どんなに大変だろうと、どんなに落ち込んでいようが、食事はとるのです。オトウトノカタキヲトルノデス。
 体が動かなきゃ、心が弾まなきゃなんにも出来ないじゃない?
 栄養とって、ハートにエナジー供給して、そうやってなんとかやりくりしていきますともさ。

 箒とは屋上で別れ、滑り込みセーフで食堂にやってきた。
 人も疎らで席はガラガラ。
 三年の先輩のなんかは人の多さが煩わしくてあえてこの時間に食事したりするらしい。
 トレーを掴み、フードコーナーをスライドしていく。
 メニューの大半はもう終了しており、人気の無い『余り物』しか残っていない。
 唐揚げとかトンカツとか人気メニューは売り切れだ。

 余り物、残り物。
 織斑千冬の、搾りかす。
 そう揶揄された過去を思い出すが、だからなんだってんだ。
 
 ポテトサラダとか、白身魚のフライとか、野菜ジュースとか。
 余っていた物をテンコ盛りでトレーに載せる。
 倍プッシュ倍プッシュ。

 遠くに座る巨乳のサイドテールな三年生と目が合った。
 怒気を滲ませた瞳を俺に向け、すぐに彼女は眼を伏せた。
 おいなんだよ顔すらみたくないってかそんなに俺ブサイクでしたっけえええええッ?!
 そんな悲しそうな顔で伏せないでよちょっとタンマタンマ。

 なんて。
 否定する元気もあんましまだ沸いてない。

 だから、ごはんを食べるのだ。
 飯食って、抜いて、熱い風呂に入って、そのまま布団にダイブするのだ。
 そうやって、自分を保たせる。

 冷えてしまったおかず達の姿が、なんだかオレとダブる。
 誰にも選ばれず、食べ時を逃されて廃棄される。
 
 相川の言葉が胸をよぎる。
「特別な人には勝てないのかな?」って。

 それさ、俺が十年以上前に鬱る寸前まで頭悩ませたネタなんだ。
 不人気な白身フライに存在する価値はあるのか? ってさ。
 身近に極上の唐揚げが居たから、そりゃあ自問自答したよ。
 で、子供って現金で素直だからさ。
 『いらない』って、分かっちゃった。

 だけどさ。
 世の中には白身フライが好きって人が居て、白身フライがないと生きていけないって泣く人がいるんだよ。
 遠い昔に叩かれた頬の痛みを思い出す。
 体罰ではなく、ただ感情的に俺の頬を叩いた彼女の痛みを。

 教育的指導じゃない暴力なんて、あれがはじめてだったな。
 怒りのまま、悲しみのまま、感情のままに振るわれたこぶし。
 激情のままに流れた泪。
 体罰以外で殴られたことはなかった。千冬姉は俺と同じで暴力が嫌いだから。嘘だけど。

 味噌汁コーナーで具のない味噌汁にがっかりしていると、トレーに丼が置かれた。
 特盛の親子丼。つくり立てではないが暖めなおしているのか、器から湯気が昇っている。
 あまりのボリュームに反射的に『親子丼いらないよ』と口にしようとしたが、背中を叩く手に止められた。
 
「男だろ! 背筋伸ばしな!」
「千冬ちゃんなら大丈夫だよ。だからあんたも元気出しな」
「一夏がへこんでたら、女の子達が滅入っちゃうんだよ」
「ほら、たんとお食べ!」

 口々に俺の背中を叩いて、俺のお盆に色々載せてく食堂のおばちゃんズ。
 生卵だったり、納豆だったり、イカの刺身だったり、チーズだったり。
 毎日毎日、男の子だからって勝手に大盛りサービスしといて、残そうものなら漫画太郎先生バリの激怒をしてくる彼女達。
 食堂のおば様方。
 IS学園の生徒で、彼女達の世話になってない生徒はほぼいない。
 来る日も来る日も各国の大量のレパートリを仕上げてくださる彼女達に、頭が上がる生徒などあんまりいない。
 
 いつもいつも、なんだよもう。
 俺、そんなに大食なんじゃねえっての。
 毎日二人前以上よそってきやがって。デブったらどうしてくれるんだよ。
 その持て余した四十台の体で相手してくry
 いえ、流石の俺も自分の体積の二倍ありそうな女性はちょっと……。
 
 クソッタレ、クソッタレ!
 ああ、もう!

「ありがとうございます! いただきますッ!」

 腹の底から感謝を伝え、俺はフードファイトに勤しむのだった。





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「おとなり、失礼しまーす」
 
 確認もせず先程こっちを見てらした三年生のテーブルに乱入する。
 普段はしないよこんな冒険。ぜったい気まずくなるじゃん? 恐らくそんな運命。
 あーぼっちの先輩でよかった。誰かと一緒だったらどうしようもなかったぜ。

 おいぼっちとか辞めろよ。わりかし死にたくなってくんだろ。
 一年一組織斑一夏、絶賛ぼっち真っ只中。

「いやいやいや見てくださいよこのボリューム。ある種の嫌がらせじゃないかと疑いません?
 しかも食べ合わせなにそれ食えんの? 的なこのラインナップ。チーズと納豆と刺身ってなんだよ。
 そりゃあ好意だってことは分かってますが、悪気はなくともちょっと、ねえ……?」

 先輩は何も言わない。
 ただいぶかしげな視線を俺に向ける。
 どうしよう、年上のお姉さんになじる様な瞳をされるとちょっと興奮しちゃう。

「俺は一年一組、織斑一夏です。名前も知らない先輩に突然失礼かとは思いますが、ちょいとご質問がありまして御邪魔しました。
 さっきの視線の意味を、教えて欲しいなー、なんて。この察しの悪い後輩に教えてやってはくれませんか?」 

 箸は停めない。
 冷める前に食すべし。

「……別に」

 どこのエリカ様だよ。
 あんな眼しといて別に、はねーだろ。
 そんなん通用すると思ってんのか? ああん?」

「その下品な口調やめてくれる? 仮にも先輩なんだけど」

「そりゃ悪うござんす」

 上から下まで舐める様に観察する。
 まつげが長くパッチリとした二重が特長で、その目は意志が強そうでそういった趣味の男性にはたまらない雰囲気をかもし出している。
 背は高め、髪はロング、胸は大きく腰は細く脚は長い。 
 スレンダー巨乳とかどんだけだよ。ananに喧嘩売ってんのか? どうせならベッドでアンア、ストップ。
 クールビューティー系。ビューティー様を髣髴させる系。
 ただし、表情がイケてねぇ。
 こんな美人さんが、そんな顔してんのが気にいれねえ」

「あの、独り言を呟きながらわざわざ机の下まで覗いて全身を確認した挙句文句言うのってどうなの?」

 知らんがな。
 魅力的なあんたが悪い、っつーのはさすがに無理があるか。
 こういった場合もハラスメントに該当すんのかね?
 
「最低だとは思ってたけど、思ってた以上に性格が悪いわ」

「最低のその下を地で行くイッピー。だけど俺は、そんな自分の性格が大好きですけどね」

 誰よりも俺は、『俺』を愛している。
 自己肯定こそ人生を楽しむ秘訣。

 ほら、格好悪い自分って嫌じゃん?
 自分が好きだと、そういうの許せないじゃん?
 だったら色々と頑張っちゃうじゃん?
 そんな感じ。

 サボってんなよ? 俺の人生だろうが。

「And say. What I wanna say」

「なに突然英語とか使いだして気取ってるの? 気持ち悪いよ」

「オイ『気持ち悪い』はねーだろキモいならともかくガチじゃん傷つくじゃん」 

「涙目で強がってんじゃないわよ下級生」

 オーノーだずら。
 戦略的撤退を、強いられてはいない。

「冷たい先輩ですこと。もっと年下を労われよ上級生」

「可愛くない下級生には会話してあげてるだけ十分やさしくしているつもりだけど」

 え、なにそれ恐い。
 そんなに可愛げない後輩だったか?
 結構可愛がられてるつもりだったんだけど。

 なんて言っときながら、実際はどうでもいいことで、俺への評価なんて興味すら湧かない。
 そんなもんだ。
 他人の目が気になるってのは、周りに目を向けるだけの余裕がある証左なんだから。
 あれ。そうなるとわりかしイッピー余裕あった?

「ダラダラと先輩とお喋りすんのも楽しくて後二十秒ぐらいは付き合ってもいいんですが、そろそろ本題に入りましょうか。
 ボカすのはやめて正直にいきましょうや。なんすか? さっきの悪意のある睨みは。気に入らねぇ」

 気に入らねぇ。心底気に入らねぇ。
 
「別に。あなたには関係ないわ」

「大方アレだろ? 『織斑先生じゃなくて織斑一夏が行方不明になれば良かったのに』的なアレだろ?」

「違うわ」

「あ。うっそ?」

「あのさあ」

 名前も知らない先輩は、苛立たしげな前置きをこぼした。

「IS学園が襲われることなんてこれまでなかった。
 生徒会長は除いて、代表候補生とはいえ生徒が矢面に立つこともなかった。
 なにか『有る』のよ。今回、ううん、『現一年生が入学してから起こった一連の事件』には」

 コーヒーの入ったグラスを回し、先輩はおぼろげな絵空事に焦点を合わせる。

「事件の規模は大きいけれど、事件の原因はとてもちっぽけな印象がするのよ。
 それも、特定の『誰か』若しくはその関係者数人だけが関与する、そんな感じがね」

 ストローに口をつけ、コーヒーを啜る。
 先輩がストローから口を離すと、カランと氷が踊った。

「私は悔しいんでしょうね。IS学園の生徒ながら、蚊帳の外なのが。
 巻き込まれただけ、被害を受けただけでたぶん終わっちゃうのが。
 私の友人も、私の尊敬する人も、私の可愛い後輩も、みんな傷付いたのに。
 私だけが無傷なのに、その私が何も出来ないのが死ぬほど、くやしい。
 ―――ねえ、織斑」
 
 怒気を滲ませた瞳、悪意のある睨み。
 気に入らない感情を向ける女は、呟いた。

「一発、殴らせてよ」



 


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「んだよ。今日は本当、どんだけみんなで俺待ちしてんだよ。モテ期か?」

 一夏くんはそう吐き捨てて、私、固法美佳の前で立ち止まった。
 その顔は憔悴している。
 顔色は血色が悪く、目の下にはくまがあり不健康だ。
 左頬だけが赤く腫れ上がっており、そのアンバランスさが不気味で恐い。
 だけど

「のいて先輩。俺、めずらしく忙しいんだ」

 だけど、眼だけはギラギラしていた。
 普段の一夏くんと比べると、彼とは思えない迫力があった。
 笑っている。
 笑っているが、心はひとかけらも笑ってない。

 怖い。
 どかなければ殴られかねない。
 いつも私を立ててくれる彼は、まるで私を邪魔者であるかのように遠ざけようとする。

 いや、真実邪魔なのだろう。きっとこのままであれば、本当に私を殴るのだろう。
 目的の為に手段を選ばないような、そんな眼をしている。

 こんな彼に謝らなければならない。

 いや。
 こんな状態だからこそ謝らなければならない。

 こうなっている責任の一端は、まぎれもなく私にあるのだから。
 

「ごめんなさい。織斑先生が捕まったのは私の所為です」

「………………」

「織斑先生は、私達を助けるために捕まりました」

「……………………」


 頭を下げる。
 助けてくれた織斑先生の唯一の肉親である一夏くんに、私は謝らなければなかったのだ。
 自己満足と思われようとも、謝らなければならない。
 嫌われても、許されなくても。

「先輩、顔を上げてください」

 言われた通り顔を上げると、一夏くんは無表情な顔で私を見ていた。
 迫力だけはそのままに、無表情。
 何を考えているのか分からない。
 怒りのあまりに表情が消えてしまったのだろうか。
 怖い。怖いけれど、そむけない。
 織斑先生の自慢の生徒なんだから、しゃんとするのだ。

「固法先輩。ひとつ、お訊ねしたいんですが」

「なんなりと」

「『織斑先生《アノヒト》』は、自分の身を挺して『自分の生徒《アンタ》』を守ったのか?」
 
 感情は伺えない。
 どういった答えをすべきか逡巡し、そのまま、有りのままを答えることにした。
 
「ええ、命懸けで。自身の安全を顧みず、私達を守ってくれました」

 ゴツンと鈍い音が鳴った。
 コンクリート相手に、一夏くんは右手で喧嘩を売った様だ。
 相当に激しくぶつけたであろうその手は、まだ壁に押し付けられている。

 一夏くんの眼に、一層熱がこもる。
 ギラギラ、ギラギラと。
 隠そうともしない熱が。隠し切れない熱情が。
 視線に宿る。

「あんだよあの女。大切なのは俺だけとか云いながら、ちゃんと他に大事なもんあったんじゃねーか」

 にやにや、にやにやと。
 心底嬉しそうに一夏くんは哂う。
 
「んならよ、先輩。もう一ツだけ質問だ」

 ジリジリ、ジリジリと。
 高鳴る期待に胸を焦がしながら、一夏くんは笑みを深める。

「織斑千冬は、俺の尊敬すべき姉は。―――立派に教師してたか?」

「―――ええ、最高の先生です」

 答えは思案する間もなく、勝手に口から出ていった。
 飾らぬ本心であり、声を大にして表明したかった。
 
「クハッ! オイオイ俺のことを世界一愛してる他はどうでも良い! とか言いながらきちんと先生してんじゃねーか。
 クソッタレ! 立派な姉を持って、弟としては鼻が高いじゃねーか!」

 やっぱり、このままじゃ終われねえ。
 あの人は、普通の女に落としてやるねーと。 
 まずはまんまと攫われたあの人の間抜け面を撮影してネットにばらまくか。

 一夏くんは楽しそうに呟く。
 その顔は、とうに陰りを失っていた。

 ああ、いつもの一夏くんだ。
 感情も表情も隠そうとしない、素のままの彼。
 壁と喧嘩するのに飽きたらしい一夏くんは、私を正面に据える。

「俺はね、先輩。実は弱い男なんですよ」

 知ってるわよ。それぐらい。
 セシリア・オルコットとの試合前、どれだけキミがびびってる姿見てきたと思ってんのよ。
 一週間でそんなキミを戦えるようにしたのは私だしね。

「今だって一人でいることに怯えている。保護者がいなくなった途端にコレですよ。
 強がってるけど、今から部屋に帰ることにだって怯えてる」

 事件で一夏くんは、生身であの有人機に狙われたらしい。
 その結果、彼の友人は重症を負った。
 彼を庇い。
 彼の目の前で。

 あの時のことを思い起こし、ゾッとする。
 もし、あのとき織斑先生が来なければ。
 もし、織斑先生の到着が遅れていれば。
 もし、時間稼ぎに失敗していれば。
 もし、向こうにアソビがなければ。
 
 さっちゃんとあーちゃんが、そうなっていた過去があったかもしれない。

「恐いんですよ。先輩、俺の部屋でこの震え、止めてくれませんか?」

 差し出された手を見つめる。
 大きな手、男の子の手。
 無骨で、筋張ってて、傷跡が沢山残る手。

 その手に触れる。私の手より大きく、熱を持ったてのひら。
 確かに、一夏くんの手はかすかに震えていた。
 震えているが。

「だけど一夏くん、別に震えを止める為に部屋に行く必要はないよね?」

「じゃあ寂しいので、今夜は傍に居てくれませんか?」

 『じゃあ』って何よ。趣旨が変わってるじゃない。
 分かっている。私は空気の読めない女ではない。
 この目の前の男が、何を企んでいるかは分かっている。 
 分かっているから、自然と体は胸元を押さえ、一歩引こうとした。

「そういう事ね」

「ええ、先輩。ソウイウ事です。嫌なら手を振り払ってください」 

「にしては、結構力入ってるけど?」

 引こうとした体は、繋いだ手にがっしりと掴まれている。
 力を緩める気はないらしい。
 思いっきり抵抗すれば外れる程度に、しっかり握られている。

「そりゃあ、逃がしたくないのが本心なので。甘えているんですよ、固法先輩に。
 先輩の罪悪感すら利用して、先輩を部屋に連れ込もうとしてる」

「一夏くん、強引なのは嫌いじゃなかったっけ?」

「ええ、なのであくまで『お願い』です。先輩がこの手をふりほどいたら、そこでお終いです。
 だけど、もし先輩が俺の部屋に来てくれたら我慢しません。
 一歩でも部屋に入ったら、絶対に逃がしません」

「そこは嘘でも『優しくする』とか『好きだ』とかいう場面じゃないのかね後輩よ」

「好きですよ、先輩のこと。だから優しく、優しく、優しく―――奪います」

 年下らしからぬ発言と、かすかに滲む色気。
 微熱に浮かされたわたしの抵抗はきっと、そう長くは持たないだろう。

 きっとこの男は、優しく、大事に、愛でる様に、たっぷりと、私のことを―――奪うのだ。

 体を重ねる事に忌避感はない。
 私はこの子が嫌いではない。いつだって自分の為に精一杯な彼を、いっそ好ましいとすら思っている。
 ただ、隅々までカラダを暴かれる羞恥がブレーキとなって、簡単にOKは出せない。
 想像するだけでも顔から火が出そうなのだ。想像するだけでこんなに恥ずかしいのに、実践ではどうなってしまうのやら。

 
「ところで先輩、誕生日はまだでしたよね?」

「そうだけど」

 
 力を緩めることのない後輩は、軽いノリで訊いてきた。


「『初体験は17歳でした』って、最高に響きがよくないですか?」





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 離れていった熱は、私のあたまを少しだけ起こした。
 まどろむいしきのまま、耳だけがリアルを咀嚼している。

 シャワーのおと。
 ぼんやりと妄想する。
 ある男の子が、シャワーをあびてる姿を。

 胸がバクハツしそうなまま入ったあの狭いシャワールーム。
 間取りはわたしのへやと変わりないのに、ならんでるボトルも部屋のにおいもぜんぜんちがって。
 やけにきんちょうしたのをおぼえている。

 男の子はかおをあらう。
 鏡にうつったじぶんとにらめっこし、かみをオールバックにしたりとあそんでいる。

 ドライヤーのおと。
 きっと男の子は、きょうもさりげなくいけてるじぶんをイメージしセットしていることだろう。
 ほほえましくも、かわいい。

 服に袖を通すおとと、ペンを紙に走らせるおと。いっぱくおくれて、鍵をおいたおと。
 一度だけふりかえり、一言だけ。
 小声の「いってきます」

 ああ、いくのか。
 男の子は、いくのだ。
 
 争いなんかくだらないと嘯く彼は。
 戦いなんてつまらないと断じる彼は。

 誰かのために?
 いや、きっと彼のために。
 誰かのためなんて耳障りの良い言葉は、彼には似合わない。

 心のままに、我がままに、自分が我慢できないナニカを変えようと奔走する。
 たまに落ち込んだり、誰かにすがったりするけれど。
 強がりばっかりの、弱い男の子だけど。

 そんなキミも嫌いじゃないぞ、一夏くん。


 







 ちなみに何故かパンツだけが無くなっており、ノーパンで部屋まで帰りつつ『初体験は17歳』の聞こえの良さに流されてしまったことを後悔している固法美佳は断固いませんでした。
 いませんでしたとも。





[32851] (前)100%
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:981535a7
Date: 2014/08/14 23:34
「よう、箒」

「朝はおはようだ、一夏」

「そうっすねぇおはようございますシノノノホーキさん!」

「お前は、どうしてそうヒネているのか……」

 爽快な朝。カラリと晴れた空には太陽がこれでもかと自己主張している。
 ブツブツとぶーたれる箒ちゃんは、朝っぱらから寮の前でISスーツ姿だった。
 ほぼ水着、体のラインをこれでもかと誇示してらっしゃる。おなかのラインとか見てるだけで、なんでもない。
 痴女じゃん。ジャン!

「冗談だよ。おはよう、箒ちゃん」

「うむ」

 鷹揚に頷く箒は、素直に言う事を聞く俺にご満悦のようだ。
 しかし、ISスーツ姿。
 早朝の爽やかな空気には不似合いな、それはもう男子高校生の性欲を刺激してやまない露出度の高い服装。
 肢体にフィットしたアレはもうナンといいますか、実は大人なビデオコーナーで人気ジャンルとなっていたり。
 
 それにしても、コイツは一体何を考えているのやら。

 朝っぱらから外で腕を組み首を振るレオタード少女。
 痴女じゃん。かんっぺき痴女じゃん。

 イッピー知ってるよ。俺の幼馴染がこんなに痴女なわけがない。イッピー知ってるよ!

「それで、どうするのだ」

 問いかけに、ケータイを操作しながら答える。

「昨夜未明、オーストラリア海域を領空侵犯する謎のISが現れたらしい」

「疑いの余地はなく『アタリ』だろうな、それは」

「謎のISってなんなんだろうな。世界に存在するISコアの数は増えないことになってんだけど、設定どうなった? って感じだよな」 

「ISの開発者に常識を求めること自体が間違っている。あんな存在は即刻抹消すべきだ」

 冗談でもなく、気負いもなく。
 ただそうあるべきだと。
 それが真理であると。

「つってもよ篠ノ之さんチの箒さんよ。忘れてるかもしれねーけどソレ、お前の姉なんだけど?」

「血縁上はな。―――だからこそ、許せないこともある」

 世紀の大天才、天才変態少女、天災『篠ノ之束』。
 彼女が改変したマルチプラットフォームスーツ、インフィニット・ストラトス。
 元は宇宙空間での船外活動を目的とした、たかだか完全気密のパワードスーツ『だった』もの。 
 それが単機で無数の核ミサイルを無力化できる程の兵器となって世界に台頭したものだからさあ大変。
 戦闘機より速く、戦車より硬く、戦艦より激しく、戦隊より強い。
 その神掛かった頭脳は、机上の空論でしかなかった『人型決戦兵器』を現実に変えた。
 それぞれに特化した兵器としてのアドバンテージを総舐めし、原始のISに至っては限定状況に於いて第一宇宙速度に至る―――つまり、単独での大気圏突入すら可能とする。
 故に、誰ぞが呼んだ『Infinite Stratos』―――無窮の空へ、空の彼方へ至るモノ。

 ぶっちゃけ千機に満たないISが軍事力として最強を誇る理由はそこにある。
 大陸弾道間ミサイルってあるじゃん? もしアレが「戦闘機より速く、戦車より硬く、戦艦より激しく、戦隊より強いナニカ」を敵国に送りつけるとしたら? その上、無数の核ミサイルを無力化する実績、ひいては迎撃ミサイルを一切受け付けないとすれば? 火力が無い? んなもん侵略した後、バススロットに格納した核ミサイルを撃ち込んでオシマイだろう。
 ISでしか迎撃出来ない、ファンタジーも真っ青な対国兵器。
 ISによる軍事利用を禁止したワケってのは、つまりそういう事だ。

「頭脳もさることながら、世間一般の思想とは対極どころか次元が違う方向にぶっとんでるからな、あの人。
 もしかしたら世界平和とか本気で考えてるかもしれないぜ?」

「もしそうだとしたら、人類が滅亡していてもおかしくないな」

「言うねぇ」

 まあ、姉妹の問題だし俺が口を挟むものではない。
 箒ちゃんだってISが世に出る前は、たば姉のことを好いていた。
 当時から問題だらけの人だったが、誰しもが認めざるをえない頭脳を誇っており、何より箒ちゃんを可愛がっていた。
 たば姉はたば姉で未だに箒ちゃんLOVEだが、中々腹を割って話す勇気が出ないとか。
 なかなか厄介にこじれちゃってるけれども、口は挟まない。
 俺の問題じゃない。
 これは、彼女達が解決しなければならない問題なのだから。

「んで、なんで箒ちゃんISスーツなんか着てんのさ? 下に着込むならともかく」
  
 世間一般のランナーはISスーツをバススロットに格納しており、ISを装着する要領でISスーツも量子展開するものだ。
 そう、世間一般のISは俺の白式とは違い、おりこうさんなのだ……。


「ん? 戦地に向かうのであろう?」

「お、おう。向かうけどもさ……」

 あ、コイツ、もしかして、もしかすると。
 
「お前さ、こっから飛ぶつもりだった?」

「それが一番早いだろう?」

 何言ってんのコイツ、的な顔をされた。非常に腹立たしい。むしろ馬鹿じゃないのコイツと内心思ってるのはイッピー秘密です。
 ちょっと小首をかしげて俺を見詰める箒ちゃんにデコピン。

「ついこの前あんだけの事件があったIS学園から、わざわざISで飛び立つヤツがあるかバーカ!
 何人か国家代表が警護に就いてんだぞ? 不審行動で即刻捕縛されるわ!」

「何人も私の紅椿に追いつく事は出来ない……」

「なんでちょっとドヤ顔してんだよ! そういう問題じゃネーカラ! この脳筋! 似非巫女!
 スイカップ! おっぱい魔じ、」

 無言のまま放たれたパンチは俺のレバーを打ちぬいた。
 エターナルフォースレバーブロー。俺は死ぬ。
 
「あまり女性の身体的特徴をからかわない事だ。痛い目をみることになるぞ?」 

 今まさに見てますむしろ死にそうです。
 競り上がった横隔膜がなかなか降りてこず、呼吸ができなひ。

 篠ノ之さんは俺の苦悶の表情を「大げさだなぁ」と笑いやがりましたふぁっく。
 ゆっくりと呼吸を整える。
 あー、気絶するかと思ったぜ。
 なんとか帰ってきた俺に、箒は軽いノリで問いかけた。

「そういえば一夏、女の匂いがするが?」

「え、うそっ?」 

 復帰したばかりのイッピーは肩や袖口の臭いを確認しながら、自然に墓穴を掘ったことに気がついた。
 シャワー浴びて服変えて香水までつけてんのに女の匂いなんてする訳ないじゃんこの娘カマかけたよ確信犯だよハメられたよー。
 グルグル空回る脳内ワードとは無縁に、箒は無表情なまま俺に一言。

「大事な日の前日に。よもや私と戦地に赴く前の日に女を抱くとはいい身分だな一夏、―――歯を食い縛れ」
 
 エターナルフォースレバーブロー。俺は死んだ。
 篠ノ之さんの無慈悲な鉄槌が再度俺の肝臓を射貫き、アスファルトの上で泡吹いて悶えたイッピー。
 今度の復活には、先程の三倍の時間を要するのでした。



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 IS学園は、非常に特殊な立場にある機関だ。
 IS学園、『インフィニット・ストラトス操縦者育成特殊国立高等学校』は、協定参加国の賛同の基、日本国の自治にある。
 この協定参加国の賛同というのが七面倒なややこしい条件で、「日本が公正に対応しまーす。でもそれだけだと公正じゃない可能性があるので参加国が納得できるよう伺いも立てまーす」といった具合だ。
 日本の駄目な外交がモロに出てしまい、運営や資金は日本が義務を負う癖に外国が口出し可能だったりするのだ。
 推進国はこぞって協定に参加し、自国の年若い代表候補生を送り込み、日夜いろいろ裏工作をしているらしい。
 
 そんなバックグラウンドもありIS学園の領域、領空、海域はデリケートだ。
 国家としては自国の次に神経を研ぎ澄ませている場だ。
 未来ある自国の代表候補生に何かあったらと心配もあれば、敵対する他国の開発状況を逐一観察することもある。
 
 そんなIS学園だが、先日襲撃に遭い大損害を蒙った。
 各国から四方八方やいのやいの言われた上で、防衛の名目で精鋭が派遣されていたり。
 精鋭。そう、『国家代表』が。
 

「と言うわけで、今のIS学園は世界中の監視の目と世界有数の操者が集まるってるキューバよりホットなスポットなのだぜ」
 
「ふむ。なるほど」 

 モノレールでIS学園から本土に移動しながら、こそこそと話す。
 現在、連結部に滞在しており密航者気分です。

「臨海合宿の反省会も記憶に新しいだろうからわざわざ確認するまでもないだろうけど、基本的にISの起動ってのは国際条約で禁止されている。まして渦中のIS学園なんかで起動した日には問答無用で拘束されるのは目に視えてる。それが出来るだけの実力者が揃って居るだろうし」

 ふむ、と箒は理解を示した。
 理解を示した上でで、斜め上の回答を寄越してきた。

「お前が饒舌になるのは大体、自分の知識や考えをひけらかしているときだ。
 どんな気分だ? そうやって無自覚に人の見識の狭さを責めるのは」

 細まった目線を俺に向け、箒は淡々と口にする。
 一瞬息が詰まり、反射的に否定しそうになる舌を黙らせて、ちょっくら省みてみる。
 個人的には諭しているつもりだが、上から目線の説法は無かったか?
 自分的には説明しているつもりだが、納得させる為ではなく言い負かす為の言葉を選ばなかったか。

 俺のみみっちい自尊心を満足させることを目的としていなかったか。

 振り返ればそれなりに心当たりはある。
 視点を変え、「つもり」を捨て、出来る限り客観的に省みると思わずへこむほどに。
 というか、諭しているって態度が既に上からですわ。

「イヤなヤツだな、俺」

「無自覚な悪意は倍になって己に返ってくるぞ?」

 IS学園と本土を繋ぐモノレールは、そう長くはない海を渡る。
 本土側とIS学園側の中間、広がるパノラマの視界はそりゃあもう良い景色だ。
 日本国領土と、名目上の日本国領土の境界。
 権利と思惑が満載の物騒な境目に似つかわしくない、実にステキなスポットだったりする。

「箒ちゃん。俺、箒ちゃんのそのバッサリとした語り口、嫌いだ」

「そうか。そのバッサリに憧れた男の子が、大きくなったものだな」

 箒は朗らかに笑う。俺の反省を汲み、うむうむと偉そうに噛みしめてらっしゃる。
 うっせ。昔のこと持ち出してんじゃねーよ恥いんだよばーかばーか。
 箒ちゃんの後ろをついてまわったあの頃とは違うんだよばーかばーか。

 そう、幼い頃の織斑一夏は篠ノ之箒に惚れていた。
 崇拝していたと言っても過言ではない。

 箒ちゃんは、不安定だった俺に名前をくれた。
 『千冬の弟(オリムラ)』じゃない、ただの『一夏』に。

 箒ちゃんは、塞ぎこんでいた俺に元気をくれた。
 怖くて仕方がなかった外の世界へ、手を繋いで連れ出された。
 見るもの、触れるもの。怖いことは変わらず沢山あったが、それ以上に楽しいことがあるってことを教えてくれた。

 箒ちゃんは、諦めていた俺に未来をくれた。
 篠ノ之道場で心が折れることなく剣道を続けた若者は一人だけ。
 誰もが織斑千冬の才能を間近で見ると、剣を握ることの無意味さを知る。
 続々と剣を捨てる中、箒ちゃんだけは剣道を続けた。

 俺のファースト幼馴染・箒ちゃんは、すっげーいけてる女の子だったのだ。
 俺はそんな子に惚れてた。そして、今でも彼女のことを。

 テレ隠しを頬の裏に押し込んだまま、その代わりと言わんばかりの勢いで連結部に備えられている緊急時用の脱出口を開閉するレバーを引いた。
 大きな穴は吸い込んだ風を鳴らし、暴力的な恐怖を振り撒く。
 風にたなびく私服を脱ぎ捨て、ISスーツ姿となる。

「デリケートな境目に当たるから手も出せないし、露骨に監視してたら不穏になる国境だ。
 こっから飛び降り自殺して、着水と同時にISを展開。海中を南に進んで国を抜ける。
 何か質問はあるか!」

「ない!」

 普通の女だったら質問どころか止めに入る場面だろうに。
 やけに男らしい返事返しやがって。
 格好いいじゃねえか畜生。

 ISの展開は基本的に国際法で禁止されている。
 何せ世界を変革した兵器だ。特定の地域や、特別な事情でもなければ許可は降りない。
 例えば、インフィニット・ストラトス操縦者育成特殊国立高等学校の敷地内。
 例えば、暴走したISの停止任務。
 例えば、乗っている電車で偶然にも開いた非常口から転落、死亡の恐れがある事故に巻き込まれた場合。

「んじゃ、出発いたしましょうか! ―――よろしく勇気!」

 暴風に負けない声量で箒に促し、時速100km弱のモノレールから海面へ投身自殺を敢行。
 高所からの落下プラス恐怖により俺の大事な大事なゴールデンな玉がきゅっと競り上がる。
 かくして俺達は、日本国から飛び出すのでした。
 







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 エネルギー温存を名目に途中からかったるくなって紅椿に引っ張ってもらうこと数時間。
 俺は、特に何も考えずぼんやりしたまま戦場に到着した。

 日本から遠い海域の空に佇む、所属不明機。
 黒い、黒い、漆黒のIS。
 全身を余すことなく包むフルプレートタイプの装甲は、獰猛な獣を髣髴させる。
 随所の尖り過ぎたフォルムと近接ブレードは高速近接戦闘への自信をありありと示している。
 目を閉じてイメージするまでもなく、アレだよアレ。虎だよコレ。

 なんで、とか。
 どうして、とか。
 そういった疑問は浮かばなかった。

 俺等の接近に気付き足を止め待っていた、この所属不明なISを俺は知っている。
 いや、正確には「中の人」を知っている。
 敵意アリアリで仁王立ちするこの立ち姿だけで、俺は『コレ』が誰だか理解してしまった。

 ちなみに虎とライオンの大きな違いってのは群れるか群れないかだとか。イッピー知ってるよ!

「どうした一夏、予想外か?」

 奇しくも、三機は全て近接型のISである。
 ひとつは俺の愛機である燃費に欠陥のある駄々っ子ちゃんな『白式』。
 ひとつは世界最良のEN回復チート装備で卑怯くさい『紅椿』。
 ひとつはその昔刀剣一本で最強の名を欲しいがままにした―――

「ならばお前は甘いな。私は予想していたぞ? 私とお前の前に立ち塞がる敵なぞ、この人とあの人以外に居るまいて」

 怯えるな。
 仕組まれただけだろう。

 明確な敵の存在に、絶対な壁の圧力に。
 負けない様に。
 心を強く。強く、強く。念じる。

 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら、

「こっちを見ろッ!」

 プライベートチャンネルで飛んできた怒声は、俺の鼓膜をこれでもかと震えさせた。

「何を怯えている。何度も繰り返したことではないか。私とお前で、この人に挑む。
 違うと言えば、―――今日は、私たちが勝つだけだ」

 凛々しくも力強い幼馴染の声は、ビビってたハートに活を入れてくれる。
 不敵なその笑みは、震えた体をシビれさせてくれる。
 
 こぶしを手のひらに打ちつけた。
 白式の装甲が甲高い喜音を鳴らす。
 
 負けられない戦いだからって、敵が強いからって、どうしたってんだ!
 んなの、いつものことじゃねえか!
 高すぎる壁なんて、ブチ壊してなんぼだろうが!

 出たトコ勝負に全身全霊! そうじゃなきゃ、俺じゃねえ!

「箒、これまでの戦績ってどうなってんだ?」

「123戦、123敗だ」

 推定じゃないんかい、なんで覚えてんだよ。
 いや、そんだけ悔しかったのか。
 負けることを悔しい思えたから続いたんだ。
 
 諦めが人を殺す。
 いつだって、諦めない人が道を拓く。
 ヒーローには、一つだけ条件がある。
 最後まで、諦めないことだ。

 この人に勝つことは、奇跡かもしれない。
 でもさ。悲観はしなくていいんだ。
 奇跡なんて、星の数より起きるんだから。

「そっか。そんだけ負けてたのかよ。計った様に数字が並んでるし、そろそろ勝たなきゃな。
 この世の中に、弟より優れた姉なんかいねぇ!」

「うむ、なるほど。姉とは妹の踏み台でしかない、と。
 良い事を言うじゃないか一夏。
 この試合、あの人との前哨戦にさせて貰うぞ!」

 コイツ、本気で勝つ気でいるじゃんなにそれ頼もしい。
 お前、実は俺と立ち位置逆だった方が良かったんじゃね?
 なんか篠ノ之箒が世界最強の弟で、ISを動かせる唯一の男性だった! って話のが盛り上がる気がする。
 そして幼い恋心を抱いていた、数年ぶりに再会した少女(俺)は、ビッチになっていた!

 んー、ねーわ。
 くだらない事を考えている間に、所属不明機(笑)さんが戦闘態勢に入る。
 コイツが俺に剣を向ける理由は分からない。声が届いているのかすらも。せめて顔さえ見れれば反応を伺えるし、理由もアタリが付けられるのだけど。
 くそう、この人は一体なにヒルデさんなんだ。

 名前は口にしない。
 理由があるかも知れない。
 原因があるかも知れない。
 もしかしたら、凄く大事な人で、とても親しい人かも知れない。
 それでも、コイツは敵だから。

「一夏、私が前衛だ」
「箒、俺が攻撃な?」

 突き合わせたかの如く、俺と箒の声が被る。
 なんだってんだ、この安心感は。
 高圧的で暴力的、訳の分からない理論を振りかざしては人様むしろ俺だけに迷惑をかける。
 昔好きだっただけに、尚更気に入らねえ。
 嫌われそうなことを沢山言ったけど、拒絶しきれなかったのはこの安心感のせいだ。
 こんな場面だって箒が隣に居るなら、平時の気分でやれる。 

「お前は下がれ」
「テメーが受けろ」

 コイツと戦場に立つ。
 何度も繰り返した、敗北に敗北を重ねた絵面だ。
 小学生の俺達があの人に二人で挑む。
 一度だって勝てなかった。
 一度だって勝てると思わなかった。
 だけど。

 一度だって、負けると思って挑んだことはねぇ。

「おいそこの真性構ってちゃんなクソ女」

「貴女に敗北を、教えてやる」

 勝手に台詞を繋げやがった箒さんに、戦闘前から激オコなイッピーでした。








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 変幻自在な一刀を、力強い二刀が弾き返す。
 黒いISは速度に特化した機体らしく、凡そ並び立つISのない紅椿に遅れながらも着いていけてる。
 但し、速度に性能を傾けた弊害か、俺なら打ち負けるであろう攻撃は紅椿の片手で抑えられている。

 速度は拮抗してもパワー差は歴然。
 それでも拮抗するのは、超絶的な剣の技巧。
 全国高校女子で優勝した篠ノ之箒すら凌駕する、至った者だけが織り成せる剣爛舞踏(ブレイドアーツ)。

 圧されている。剣の腕では完膚なきまでに負けている。
 それでも、箒は笑っている。

「鬱陶、シィッ!」

 苛立ち混じりの力任せな重ね切りが黒いISを大きく弾き飛ばす。
 箒は今のうちにと息を整え、俺は紅椿とラインを合わせた。

「どーよ、箒ちゃん」

「想像以上だ。あまりの鋭さに神経が削られるが、」

 箒は額といわず全身に汗を滲ませ、疲労を隠せないでいる。
 
「この人はISに乗ると―――想像以上に、弱い」

 それでも、絶対無敵で無敗の誰かを前に、笑う。

 例えば、織斑千冬と戦闘すると仮定しよう。
 生身では恐らく勝負にすらならない俺達だ。
 天井破りの身体能力は最初の一撃で箒を沈め、次いで俺が撃沈されてゲームセットだろう。
 だが、ISに乗ってしまえば。
 アドバンテージである「生身でISを翻弄する程の身体能力」はISの限界性能により頭打ちとなってしまう。

 だから、特定化の戦闘条件において。
 織斑千冬は、ISに乗った方が弱い。 

「箒」

「ああ、分かっているとも」

 黒いISが構える。
 空気が変質し、背中に氷柱をぶっさされたような気分になる。
 直感アラートがビンビン。
 MK5(マジで殺されそうな5秒前)ですよマジぱねーよっゃべーよ。

「我が身は既に鉄であり、我が心は既に空である。我、御剣と罷り成る」 

 目を閉じた箒が、空裂と雨月にエネルギーを流し込む。
 過剰に注がれたエネルギーは、装甲を変形させ大型のエネルギー刃を形成する。
 モード:オーバーエッジ。
 ただでさえ馬鹿みたいな火力を誇る二刀に、既定以上のエネルギーを供給し強化する力技。
 展開装甲と絢爛舞踏を合わせ持つ、紅椿の隠し技。
 
 箒は俺を庇う様に一歩前に進み、黒いISと相対する。
 ストレスと緊張で心臓が早鐘みたいだ。 
 出るぜ、必殺。

「任せるぜ?」

「任せたぞ!」

 互いが互いの役目を理解しているから、俺と箒の間に細かいやり取りは必要ない。
 だから、気持ちを伝えるだけでいい。
 託して、託された。
 
 黒いISは滑空し加速する。
 構えた一刀は神速を纏い、必殺を冠するに相応しい業と成る。
 篠ノ之剣術、羅刹。
 二つの剣閃を同時に放ち、相手の防御を容易く捻じ伏せ斬り捨てる。 
 なんか良くワカランが同時にいっぱい斬撃を繰り出すからガードが出来ないらしい。日本語でお願いします。
 更にISに乗ると回数が一回増えるオマケ付きだとか。いらねーよそんなサービス。

 黒いISは雫が落ちるが如く自然に空を泳ぐ。
 流れる体躯は瞬きの間に加速し、迫り来る凶刃を前に。
 
 箒はそれでも、笑った。

「篠ノ之流剣術『羅刹』が返し、―――我流『袖流し』」

 視認は出来なかった。ただ、結果だけは白式が伝えてくれる。
 命を刈り取らんとする三閃を、とある女性が世界を獲った誰にも破られた事がない奥義を、紅椿は打ち破った。
 長刀と化した二刀を逆手に持ち、交錯する剣の間合いで一歩踏み込み、頭上でクロスさせた腕を振り下ろした。
 
 『羅刹』の強みは時間における攻撃回数だ。その一瞬だけ、二対一ないし三対一の状況となり、一方的に蹂躙される。
 箒はそれに対し、空間を制圧することで対抗した。
 その一瞬を、自分が攻撃を受ける空間を、パワーに物を云わせまとめて振り払った。
 篠ノ之流では勝てないから、我流。篠ノ之流二刀術、―――篠ノ之箒流のやり方で。
 
 理屈は分かる。
 ブレードレンジ(剣の間合い)を狭める事により、剣戟は勢いを落とす。
 何処に来るか分からない三撃、分かっていても防げない三撃を空間ごと薙ぎ払う。
 三撃に圧し負けぬよう逆手に剣をロックし、最大出力で斬り払う。
 だけどさ。
 それ、俺じゃ真似出来ねーわ。 
 
 理屈を習って手本を覚えたからって、その日から使えるワケじゃない。
 技ってのは、強い人と本気で戦って追い詰められて、痛い目みて。
 何度も何度も考えて考えて、そしてようやく、生き残る力になる。

「お父様、ようやく追いつきました。貴方の最初の教えに。ありがとうございます。
 皆の。そして誰より―――貴女のお陰だ」

 朝顔が朝露に塗れ咲くように。
 染井吉野が春に咲き零れるように。
 篠ノ之箒は、戦場にて開花した。

「一夏ァ!」

「だいだらァっ!」

 戦闘の最中に、戦いで芽吹いた『篠ノ之箒』の横顔に見惚れていた間抜けな俺は、己の役目を取り戻す。
 必殺技には、硬直がつきものだ。
 その隙を、俺が刺す。

 箒が前衛で防御に徹し、俺が後衛で攻撃に専念する。
 紅椿のエネルギー回復、篠ノ之箒の第六感。
 白式のシールド無効化攻撃、俺の小細工。
 なんか一個しょっぱい物が混ざっているが、適材適所!

 箒は十全に己が役目を果たした。
 死に物狂いで作ってくれた好機を、無駄には出来ない。
 次は、俺の番だ。

「受けろよ。アンタが望んだ『刃』の味だ、存分に味わえ」

 渾身の業を放ち硬直状態にある敵機に接近する。
 篠ノ之流剣術、楔絡め。
 甲冑のまま体当たりし、密着状態のまま斬り伏せる合戦礼法。 
 白式を加速させ、その速力を攻撃に転化する。

「軽いな。女みてーじゃねーか」

 がっつりとぶつかった敵機を吹き飛ばし。いや、吹き飛ばして尚距離を取らせず。
 背中にピッタリと沿うように構えた雪片弐型を、肩を支点に全身ごと振り下ろした。
 
 否、振り下ろした剣は『剣』に弾かれる。

 体勢を崩しながらも。踏ん張りなんか効かないながらも。敵機の搭乗者はバックナックルの要領で『手刀』を放ち、雪片の峰を弾いたのだ。
 なんて出鱈目。
 手を抑えられるのであれば理解は出来る。如何に剣速が速かろうとも、剣を振るう手は一般的な運動の範疇から外れない。
 しかし、剣は違う。
 天と地ほどの腕の差がある。ならば避わす事は出来るだろう。
 だが、剣を無手にて押さえられたのであれば。
 そのレベル差はもう高さに収まらない。
 曰く、―――次元が違う。
   
 失敗したら腕ごと断ち切っていたであろう一撃を、迷いなく捌いてみせた。
 どんな読みで、どんな身体能力で、どんな判断分析からその行動を取るってんだ。
 刃筋をずらされた俺は、そのまま流されて行く。
 
 流された先で、迂回し先回りした箒に受け止められた。

「悪いな」

「構わん」

 受け止めてもらったことにではなく、一発で仕留められなかったことを謝罪したつもりだが伝わらなかったっぽい?
 ちゃっかり絢爛舞踏を発動させ、エネルギーを回復した紅椿は、仕切りなおしと言わんばかりに構えをとる。
 
「一夏、今のは上手くないぞ?」

「んー、だな。篠ノ之流じゃ駄目だわ。ぶっちゃけバレバレっつー感じ?」

「私達は自然と身体に染み付いた攻め手を選んでしまうが、それは相手も同じことだ。
 読めれていることを前提に、もう一手、技を超えて繰り出せば良いだけのハナシ。
 ―――あの手この手は、お前の『お手のもの』だろう?」

 簡単に言いやがって。
 簡単に言ってくれやがって。
 お前等みてーに俺は才能溢れてるワケじゃねーんだよ。
 んな簡単にポイポイ格ゲーみたく必殺技なんか出せるかってんだ。

「まあ良いさ。お前の事だ。タイミングって奴なのだろう?
 その機になるまで、何度でも機会を作ってやる」

 篠ノ之箒の視線に疑いは無い。
 全幅といっても良い程の信頼(ウタガイ)を、わたくしことイッピーに向けるのだ。
 とっとと隠し玉を切れと。
 さっさと魅せてみろと。
 まるでプレゼントの中身に期待するガキみたく、高揚した感じを隠せずにいる。

 あーやだやだまったくもうなんなのこの女。
 そういうのほんともーマジ重いんですけど。
 自分はたいしたコトないクセに勝手に期待して勝手に幻滅して暴言吐き捨ててく女と違って、自分の役目を完璧にこなしてこっちの失敗を責めもせずむしろ許した上で期待なんて告げてくる女とか、んもう!
 ソノ気になっちゃったじゃねえかよクソッたれ。

 あー、精々期待してろよ畜生。
 100%だ。
 その期待、100%―――応えてやる。



[32851] (中)The Hell Song
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:50ed17ba
Date: 2014/08/14 23:33
 都合四度目の激突。
 紅椿と必殺を凌ぎ合い、完全停止を余儀なくされた黒いISは、なおそれでも俺より早く/速く、こちらの攻撃を無効化する。
 篠ノ之箒が神経を削りながらも作り出したチャンスを、俺はみっともないことに取りこぼすのだった。
 だらしねぇな。

「そろそろ、キツイ、ぞ」

 エネルギーが無尽蔵に湧き出る望外な単一機能を有する紅椿だが、それがどれだけチートだとしても搭乗者の疲れまでは回復させられない。
 胃袋がひっくり返りそうな肉体負担、精神苦痛。
 この黒いISが、コレのランナーがどれだけ慮外な実力なのかは、理解しているつもりだ。
 ぶっちゃけ俺なら一発目でゲロってる自信がある。
 すげーよ箒ちゃん。もうあれだね箒ちゃんが主人公補正で謎の力に目覚めてボコってくんねーかな。

「もう掴んだ。次で仕留める」

 唐突だが。
 俺は、世界で一番『IS』に愛されている。
 『IS』が構築するネットワークが、『IS』に搭載されている意思が、『IS』と呼称される全ての機体が。
 いつだって、俺に興味津々で。
 いつだって、俺に触れたがっている。

 理由は分からない。
 母性にも似たナニかが、女の情欲にも似た何かが、俺を包み込むのだ。
 『IS』と云う集合意思が、『織斑一夏』という個体を愛して已まない。

 母の様に、妹の様に、恋人の様に。それはまるで、―の様に。
 
「一夏、お前はウソツキだ」

 切羽詰まった状況にも関わらず、箒ちゃんはリラックスした様子で背伸びをしながら深呼吸した。
 おいおい、戦場で余裕じゃねえか。あんな虎みてーなのを前にして怖くねーのかよ。

「大事なときに本音じゃない借り物の言葉だ。その上、思ってもない耳触りの良い台詞を云う。
 虚勢を張り意地を通すのも男の矜持かもしれないが、本当のお前はもっと簡単で、単純な筈だ」

「ん~」と全身を伸ばしたしたまま大きく息を吐く箒ちゃん。
 俺の視線は突き出された胸部装甲に釘付けだった。正直目が離せない。 
 
「一般論でもない、誰かの真似事じゃない、一夏の本音は何処にあるのだ?
『不言実行』は格好が良いかも知れない。だが、それはお前のポリシーに反しているだろう?
『気持ちは口に出し相手に伝える』、そういう生き方の方が楽しいといつも云っているではないか。
 大事に秘めるのもいいが、たまには大言壮語を吠えてみせろ。
 お前は。お前自身は、どうしたいのだ?」

 俺自身、ねえ?
 あー、子供の頃はよかったなー。
 いや、今でもガキなんだけどさ。十年前とかさ。
 走り回って、遊びまわって、イヤイヤながら家の手伝いをやって、熱い風呂に入って、ぶっ倒れる様に眠った。
 そんな毎日だった。
 
「あの人に、勝ちたい」

 そうして居れたのは。
 そうして居られたのは。
 ―――誰の、お陰だったか?
 俺が子供であることを享受する為に、誰が犠牲になったのか?
 無知な織斑一夏が足蹴にして踏み潰し、磨り減らしたのは誰だ? 
 
「弱くても正しくなくても綺麗じゃなくても、強くて正しくて綺麗なあの人に、勝ちたい。
 あの人は特別なんかじゃないって、証明したい。
 あの人に守って貰う程、もうガキじゃないって、教えてやりたい」

 重荷ではない、自分で選んだ結果なのだと笑い飛ばす貴女だけれど、ならどうして貴女は悩まないのか、迷わないのか、止まらないのか、諦めないのか、―――泣かないのか。
 それは、守るべきモノを背負っているから。保護者としての責務があるから。
 貴女はもう、そうやって生きる必要はないのだと。
 
「俺は、―――勝ちたい!」

「承った!」

 箒は我が意を得たりと云わんばかりに、己が機体に指令を出す。
 これまで速度に傾倒していた展開装甲を出力、攻撃へと特化させた
 
「さて、貴女の『時間(セカイ)』に挑もうか!」

 箒の気迫に反応し、敵機がモーションに入る。
 収束する剣気はブルッちまう程鋭くて、許されるなら尻尾巻いて逃げ出したいぐらいだ。

 あの人を特別な存在へと引き上げている『セカイ』、それは『体感時間』だ
 篠ノ之箒が云うには、俺達の0.1秒があの人の1秒に当たるらしい。
 あの人は、あの人だけは独り、瞬きの世界を生きている。
 そりゃ一対多だろうが、世界ランカーだろうが相手にはならねーだろう。

 紅椿は雨月を格納し、空裂を正眼に構える。
 張り裂けそうな空気を逆に斬り殺さんとばかりに剣気を高めていく篠ノ之箒は、この場面においてより一層成長している。
 向けられた気に飲まれない様に対抗するのではなく、そんなもの関係ないと吐き捨て己が剣気を高める程に。
 
「篠ノ之流『虎狼』改め、我流『獅子吼』」

 虎狼は本来、敵の目前で一喝と共に剣気を振るい、威圧で竦ませた所に本命の刃が敵を断つ。
 だが、之は虎狼じゃないし、何より彼女は生身じゃない。

 威圧の一の太刀は振り下ろしの一撃と共に攻勢エネルギーを飛翔させる。大気も空間もまとめてズタズタにする程の威力は、あのふざけた強さの『銀の福音』すら圧倒した実績がある。
 接敵寸前の敵機は、ただ一度剣を振るった。
 ただそれだけ。
 ただの剣戟は、並のISならそれだけで撃破されるだろう斬撃を断ち切った。
 一から十まで出鱈目だ。
 だが、一回振らせたぜ?

 篠ノ之箒は笑っている、笑っている、笑っているのだ。
 戦場で咲いた華は、艶やかさを増し尚一層、華麗に昇華する。
 社会に『剣道が強いだけの少女』と見下げられた、『篠ノ之束の妹』でしかなかった女の子なんて、此処には居ない。
 此処に居るのは、とびきりイカして輝いている、幼い俺が憧れた幼馴染の女の子だ。
 なあ、こんなモンじゃねえよな? 箒ちゃん!

 空裂から持ち替えた雨月は、過剰供給により更に倍以上の刀身を形成していた。
 雨月は触れた空気をプラズマへと焼き焦がし、解放の時を一心に待つ。

「私の『牙』よ、―――吼えろぉッ!」

 原型の4倍の長さと成った雨月は、風切音を吼えながら根こそぎ斬り払う。
 『必殺』を殺す『必殺』。
 雷光一閃。鮮烈な一刀は疾駆する。

 漆黒のISは堪らず二回の剣戟を払いに回し、防御しきれずブッ飛んだ。
 IS史、史上初の快挙だぜ箒ちゃん。この人を守りに回らせて、その上で吹っ飛ばすなんて。
 ホントもう、俺こんな子に喧嘩売ってよく五体満足で済んでんな二度とガチバトルなんかしねえからな絶対の絶対の絶対だからな。

「一夏!」

 分かってる、黙って観てろよ。俺は静かに眼を閉じた。
 網膜を介さず、俺の脳裏に描写されるのは一人の女性だ。
 山でも虎でもビルでも戦車でも小さな女の子でもない。
 成人してそれ程歳も重ねてない、背筋がピシっと伸びてる美人さんだ。
 俺が=する、俺の=だ。
 それだけ。
 それだけだ。

 愛は―――、なんだったっけ?

「愛は迷想の子、幻滅の親」

 眼を閉じたまま敵機へ向かって飛ぶ。
 センサーなんかに頼らずとも、俺には視えている。
 その姿は。その姿だけは。
 見間違えることも、見誤ることも、ない。

「愛は孤独の慰めであり―――」

 この刹那の為に、今まで用意してきた『とっておき』。
 織斑一夏と白式・雪羅の『とっておき』。
 祖は太陽、光在れ。
 極光よ集え。
 今、夜闇を祓う。

「―――愛は唯イチガっ!」
 
 意識、断絶。




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 唐突だが。
 俺は、世界で一番『IS』に愛されている。
 『IS』が構築するネットワークが、『IS』に搭載されている意思が、『IS』と呼称される全ての機体が。
 いつだって、俺に興味心身で。
 いつだって、俺に触れたがっている。

 そんなISに愛されている俺だが、IS適性は驚くほどに低い。
 IS適性とは、言ってしまえばISを操舵する為のパラメータだ。
 筋力、神経、思考、親和性、その身に宿すインフィニット・ストラトスを操る為の素質だと言い換えて良い。
 俺にはその素養が、世界唯一の男性操縦者とプレミア物の立場にも関わらず伴っていない。
 
 然らば何故、俺はISに愛されているなどと豪語するのか。
 あんまり大きな声では言えないが、IS適正では測れない隠しパラメータがあるからだ。
 隠しパラメータ、ひとまず『親密度』とでも呼ぼうか。

 例えばの話だが、俺がクラスメイトにテスト範囲を尋ねるとする。
 恐らく大半の生徒がこのページからこのページまでだと教えてくれることだろう。
 だが、もしこれが仲の良い誰かなら、テストに出るポイントを教えてくれたり、テスト範囲のノートを見せてくれたり、一緒に勉強をする時間を作ってくれたりする訳だ。

 そう、例えばの話だ。
 ISとして機能制限がかかっている訓練機でさえ、触れるだけで纏うことができたり。
 大して訓練してないにも拘わらず、熟達したランナー以上のスピードでISを装着することができたり。
 撃ったら即到達する光速のビームを、まるで射撃のタイミングが完璧に把握しているかの如く切り払うことができたり。

 伝わっただろうが。俺はISに愛されている。 
 コア・ネットワークに接続されている限り、俺に通常のFCS、IS標準の火器管制制御を介した射撃は直撃しない。
 なぜなら、タイミングをISが教えてくれるから。

  
「シャシャってんじゃねえよ、三下が!」

「愚物が、弁えろ」


 体勢立て直した俺は、ISのセンサー外から背中を狙い撃ちやがった乱入者に堪らず怒鳴り散らす。
 それは青を基調とした紺色のIS。
 ティアーズ型の発展機、その機影を視認した白式が『サイレント・ゼフィルス』だと教えてくれた。
 
 ゼフィルスのパイロットは、前回とは違いバイザーを付けているが『マドカ』と名乗った女に間違いない。
 声も、雰囲気も、見えてないけど顔も、その何もかもが俺を苛立たせる。
  
「大丈夫か?」
「チョー余裕で大丈夫」 
「日本語が怪しいではないか」
 
 黒いISと新手を警戒しながら、箒がフォローに入る。
 いい相方だな。今度タッグの試合あったら組もうぜ。
 そんなことを考えながら、紅椿の真横に並んだ。

「それより箒ちゃん。やっこさん、本気になっちまったみたいだぜ?」

「望むところだ。私とて、物足りないと感じていたのだから」

 漆黒のISが歓喜を滲ませる。
 己が全力を絞るに足る好敵の出現に心を躍らせている。
 もう俺の事なんか眼中にないっぽい?

「んじゃ、頑張って時間を稼いでくれ。俺が特急であのパチモン潰してくるから、そっから仕切り直しだ」

「ふむ、『時間を稼げ』か。なあ一夏、急げよ?」

 顎に手を当てて少しだけ考えていた箒は、唇を歪ませながら続けた。

「―――あんまり遅いと、落としてしまうぞ?」

「うるせえバーカ! やっちまえ!」

 散開する。
 紅椿は漆黒のISへ。白式はゼフィルスへと。
 それぞれの相手に向かって。

 サイレント・ゼフィルスは恐らく中~遠距離に系統される機体だ。
 ティアーズ型の姉妹機で、ビット関係の武装はブルー・ティアーズの改修された物を積んでいることだろう。
 近距離ではこちらに分があるので、白式との相性は悪くない。
 
「撃ち抜け、スターブレイカー」

「なにそのネーミングセンス中二病じゃねーかァァァ!」

 向けられたライフルを直観任せに躱す。
 コア・ネットワークからのリンクが切られている所為で、ゼフィルスから俺にタイミングが伝わることはない。
 距離を取られて蜂の巣にされる前に、クロスレンジで決めてやる。

 近距離に持ち込むと『星壊し』の先端からブレードが生えた。
 おいおい、ライフルも『星光』の発展形かよ。
 雪片を左の片手持ちに変え、右腕に雪羅を装備。
 
 インファイトレンジの遠端から水平に薙いだ雪片は、スターブレイカーに弾かれる。
 そのまま距離を詰め、雪羅を突き立てる。
 雪羅は瞬時にスターブレイカー、ではなく持ち替えてられていたナイフとぶつかり拮抗する。

「まだまだァ!」 

「どうした、温いぞ?」

 流れてしまった雪片を引き戻し大振りの一撃を放つが、ゼフィルスの背中側から現れた『浮遊する装甲盤』に受け止められた。
 なんだそりゃ?
 装甲盤の陰から俺の後方へと飛来するビットをセンサーが捉え、とっても自分の置かれている状況がヤバいことを自覚する。
 ダメだこの空間、とっくにコイツの領空(ソラ)だ。
 認識が遅れれば、当然初動が遅れる。
 普段の俺なら、即行逃げているであろうこの檻から抜け出せていない。
 背中に回した雪羅の零落白夜を発動させ、背面を守る壁を作る。
 左手の雪片を格納し、今にも俺を串刺しにしようとしていたスターブレイカーを不器用ながらもなんとか捕まえた。

 先手を取るつもりで攻めたのに、後手に回らされている。
 機体の系統が射撃戦なだけで、ランナーの適性はガチンコの格闘寄りかよ。
 
 俺に銃身を抑えらたスターブレイカーが、ヤケクソにビームを発射する。
 もしこれが実銃なら、反動やら熱やらで俺がやられていたかも知れない。ビームは俺の右方向、明後日の向きに飛んでいった。

「凡夫が。いつまで私に触れている」

 左手の銃を巻き込みつつバックナックルの要領で雪羅をブチ噛まそうとした所で、側頭部に衝撃を受けた。
 なんだ、そりゃ?
 撃ったビームが、Uターンして来やがった。
 偏光射撃、BTフレキシブル。
 精神感応制御、偏光制御射撃。
 ビーム兵器を扱う者の、到達すべき一つの高み。

「踊れ」

 反射的に機体が後ろへ逃げようとして、裏回りしていたビットからビームで抑えられた。
 思わずたじろぐ俺に、鼻面へ突き出されたランスじみた銃剣。
 四方八方から攻撃を受け、衝撃にシェイクされる。
 
 歯を食いしばり意識の手綱をしっかり握って、領空より転げ落ちた。
 迫撃はない。余裕ぶっこいてやがるなあの糞野郎。
 
 横目で箒ちゃんを探すと、黒いISにボッコされていた。
 おいいいいいいい! どういうことですかねぇ!
 さっきまでの八面六臂の大活躍はどうしたんだよ。さっさと落として助けに来てくださいませんかねぇ。

 上空に鎮座しているゼフィルスは、俺が攻め込むのを待っている。
 今か今かと待っている。
 真っ向正面から俺を扱き下ろすことに無上の喜びを感じるのだろう。なぜだろう、分かるのだ、俺には。
 
「サイレント・ゼフィルスって恵まれた機体だな。第三世代の後発で武装も改良されてるし」

「リンクを切っていれば、『視』えていなければ、所詮その程度か。境遇に甘えていただけの劣等は」

 誘われているのだ。
 乞われているのだ。
 その頬を上気させ、その瞳に色欲(イロ)すら潜ませて、その心に殺意を滾らせて。
 織斑一夏の排除を、心待ちにしている。

 ズキズキと痛み出す頭痛に自然と右手が頭を押さえた。
 なぜ分かるのか。
 あのブサイクで気に入らないなツラした顔の女なんかこれっぽっちも理解したくないのに、なぜだが奴の感情が読めてしまう。
 今すぐにでも奴を落とすために飛び込みたいけれど、逸る気持ちを冷静に宥めた。

 インファイトが特に有利ではないが、インファイトにしか活路がない事実。
 あの領空に攻めるしかないのだ。
 分の悪さに歯噛みする。
 勝てるビジョンがまだ描けていない。
 俺は元々、相手を調べ上げてから試合に臨むタイプなのだ。相手の武装を、ファイトスタイルを、癖を、必勝パターンを、弱点を基に俺の取るべき戦術を、策を、攻め方を、小細工を準備するのだ。
 脳筋どもと一緒くたにされたら困ります。頭脳派イッピーなんです。勝ちに行く為の労力は惜しまないんです。

 紅椿は劣勢だ。
 黒いISはこれまで相手を試すかのように攻めていたが、箒ちゃんに直撃食らってから戦闘スタイルが一転し、初手に虚を指し「後の先」を狙う。

 箒ちゃんはその性格からは想像も付かないが、先制型ではなく反撃型、返しの刃が光る剣士である。
 瞬間的な見切りこそが、篠ノ之箒の最大の武器なのだ。
 
 そして、黒いISの搭乗者。
 なんの因果か、あの剣士は0.1秒のセカイを闊歩する、篠ノ之箒をすら凌駕する返しの剣聖だ。
 誰もがあの人より先に動き、誰もがあの人より遅く動作を終了する。
 篠ノ之箒の、天敵。

 逆の組み合わせも考えたが、俺じゃ数秒もたせるのが精いっぱいだろう。
 紅椿はサイレント・ゼフィルスに勝てるかも知れないが、俺があの黒いISにすぐ落とされてしまう。
 だから、この組み合わせは必定。

 悩んでいる暇も考えている余裕もねえ。攻めて崩す以外に打てる手はない。
 そう結論づけ、俺は飛行ユニットに火を入れた。
 俺の初動に合わせ、ゼフィルスのシールドビットが間に入る。
 浮遊するシールドは進路を塞ぐが、お構い無しにと白式のスラスターを吹かせる。
 ビットが間近になった所で、視界の端を光線が走り―――俺の脳天に突き刺さった。
 進路を塞いだ状態で壁越しの相手を射抜く魔弾。
 白式が発生させたバリアによって塞き止めたが、衝撃までは殺せていない。

「ん、なろっ!」 

 左のスラスターだけ瞬時加速を発動させ、大きく弧を描く軌道でシールドビットを通り抜けた。
 そのままスピードと遠心力を雪片に乗せて、一発ぶちかます。
 気に入らねえんだよ、お前。

 ショートレンジに届いた矢先、背後からの衝撃に体勢を崩す。
 ご丁寧にもシールドビットの影に隠れたレーザービットが、このタイミングで俺の背中を焼く。
 策とも呼べないような小細工、こすい手にしてやられた。

 グラリと大きく傾く俺の鼻先には、いつのまにかアタッチメントが取り付けられ馬鹿でかい銃口がこんにちはしているスターブレイカー。
 
「悲鳴を上げろ、豚の様な」
 
 意地でも、声は上げなかった。
 シールドバリアが軋み、砕け、絶対防御が発動する。
 直撃による負荷損害により、機体制御が俺の手から離れた。
 ビームの出力に押され、吹き飛ばされながら落下。
 
 錐揉み状態の白式は、その搭乗者である俺を容赦なくミキサーする。
 頭蓋骨に響き渡る銃声が思考能力を奪い、無駄にグルグルしてしまっている。
 何してんだ、俺は。
 しなきゃいけない事は見えてんのに、それを成す術を間違えている。
 
 このままではバターになってしまうので、慣性制御を行いグルグル落ちる機体を止めた。
 そして俺は、自分の失態を確認するのだった。

「あ?」

 紅椿が変形していた。
 剥き出しだった筈の頭部と胸部を硬質的なナニカが覆っている。
 まるで、黒いISの様に。

「なんだそりゃ? おい」

 紅椿への秘匿通信は繋がらない。
 コア・ネットワークからのリンクが切れている訳でもなく、届いているのに応答がない。
 おい箒ちゃん、なに遊んでんだよ。

 俺がトルネードアクセルしている間のログを白式に慌てて再生させる。
 紅椿が黒いISに斬り刻まれて、フリーになったサイレント・ゼフィルスが無防備な紅椿を強襲し何かを埋め込んだ。
 埋め込まれた何かは紅椿に侵食し、頭部から胸部を余さず包み込む装甲と化した。
 まるでエイリアンみたいに、だ。

 いや、大事なのはそこじゃない。
 なぜ、黒いISの傍らに立っているのか。
 なぜ、黒いISから攻撃を受けていないのか。

 本日一番の警鐘が延髄をガンガンと殴りつけてくる。
 おいおい、冗談だろド畜生。
 
「どんな気分だ? なあ、私に教えてくれよ」

 くっくっと、喉を鳴らし心底愉しそうに笑ういけ好かないクソ女の声すら届かない。
 考え付く最悪の可能性に捕われ、混乱して落ち着かない。

 紅椿はゆったりとした動作で、『絢爛舞踏』を発動させる。
 発動させ、黒いISへ手を伸ばし、エネルギーバイパスを形成し。
 ―――黒いISのシールドエネルギーを、回復させた。

「根こそぎ奪われた者の気持ちってのは、どんな気分だ?」

 頭を掻き毟りたくなる筈の耳障りな声も高笑いも、今は気にならない。
 事実を理解することを俺のヘッドが拒んでおり、疑問符でパンパンだ。
 なんの冗談だよド畜生。 
 元々勝ち目が薄い戦いなのに、乱入者のみならず箒ちゃんが敵になった?
 
 なんだそりゃ。
 なんだそりゃ。
 なんだそりゃ。
 どうしろってんだよ、クソッたれ。
 




[32851] (後)Sick of it
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:50ed17ba
Date: 2014/08/15 00:33
 
 膠着してしまった場を壊す勇気はなかった。
 許されるのであれば、小便に行くかのごとくこっそりとお暇したかった。
 ちょっと一週間のリフレッシュ休暇を挟んでから出直したかった。  

 悪化どころの話ではない。泥沼だ。
 打開策なんて、たった二つしか思い浮かばない。
 
「おい、貴様に呆けている余裕があるのか?」

 はいはいスルースルー。呆けている余裕どころか冷静になる余裕すらねーんだってのイライラすっから黙ってろよ。
 糞餓鬼を無視して無防備晒しながら紅椿を観察する。
 紅椿を頭から胸元まですっぽりと覆い尽くしている、まるで寄生虫を連想させる装甲は一切の連絡を遮断する。
 ISのリンクは切られていないので、受け取った外部情報をあの悪趣味なヘッドパーツが止めているのだろうか。
 いや。通信も肉声も視覚情報も、もしかしたら届いているのかも知れない。
 届いていたとしても、搭乗者の意思が読み取れない時点であまり問題としては変わらないのだが。

 真剣にどうやって逃げようか考え出した矢先に、紅椿が動いた。
 最新鋭機、そのISパワーを存分に発揮し、両腕で力強く引き裂こうとした。
 己の、腹を。

 自らを攻撃しようとする腕と、自らを守ろうとする絶対防御が激しい音を発しながら拮抗する。
 拮抗し、絶対防御がほつれている腹部を晒しながら、目線すら感じられない彼女の『願い事』を、俺は感じ取った。

「フザけんな、クソッタレ」

 ―――己を貫けと。
 そう、声すら届かない願い事が、俺に届いた。
 脳漿が沸騰する。さながら瞬間沸騰湯沸かし器。
 コントロールは奪われている筈なのだ。現に絶対防御は発動している。彼女の支配下から紅椿は離れている。黒いISが『ナニカ』に操られているように、紅椿も同等の『ナニカ』を奪われいるのは間違いない。
 それを「たかが」意思の強さだけで引き剥がしながら、元トップランナーである俺の姉すら恐らく成せない強さがありながら、なんでそんなゴミみてぇな結末しか望まねえんだ。
 俺にお前の墓を掘れってのか? 笑えねえしお断りだよぶっ殺すぞクソッタレ!

 彼女への罵倒が怒涛に湧き出で溢れだすと、俺は意識を吸い取られた。
 怒鳴り散らしたい。文句が言いたい。話がしたい。―――繋がりたい。
 キーになったのは、たぶん素朴なそんな想い。
                        
                         
                       
                        

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[ お前には夢がある ]

 
 重力、むしろ上下の概念すらない世界。
 ISのコア・ネットワークにより編まれた集合的無意識。
 物理的な制約など何一つない、距離も時間も関与せぬ異界。
 俺は、二度目であるこの現象を本能的に理解していた。


[ 私には夢がない ]


 ラウラ・ボーデヴィッヒの事を想い、心の底から彼女の事を識りたいと願った結果、俺は彼女の過去を覗き見し、彼女の心に触れた。
 裸のラウラと触れ合った。俺達は通じ合い、心を深く重ね合った。
 アンタはおかしいと思わなかったのか?
 例え織斑千冬という確執が消えたとして、たかが十数時間で殺したいとむしろ殺そうとしていた男を、突然愛してしまうなんて。
 俺だってそうだ。
 身内を傷つけた女を、俺を唾棄すべき汚点とすら言い切った女を、そう簡単に許せるかよ。
 俺達は此の場所で互いを、余すことなく理解した。理解し合った。
 俺も、彼女も、それを懇願したから。
 

[ 私には道がない。私には義がない。私には決意がない。私には敵がいない ]


 探す必要はない。
 此処には距離がない。この殻(カラダ)だって、俺達が情報に沈んでしまわぬ為の個を保つ囲いだ。
 だから、すぐに見つかった。
 たゆたう、裸の彼女が。
 強いくせにウジウジしてて、人見知りのコミュ症のくせに強引で、傲慢なくせいに心配性で、後ろ向きなくせに負けず嫌い。あとおっぱいが大きい。
 篠ノ之箒。
 居場所をなくしたオリムライチカに、名前をくれたんだ。
 俺という個人を、ユニークな存在にしてくれたんだ。 
 俺にとって特別な女の子だ。


「だから、殺せってか?」


[ 意味が、ないじゃないか。私だって精一杯やった。
 ISに乗って、戦闘をして、今はこうして、お前の足を引っ張っている。
 これ以上、どうしろというのだ。これ以外、どうしろというのだ ]


 悩みと痛みは、言葉を介さずダイレクトに俺に伝わる。
 俺と彼女は今、精神が繋がっている。
 何もかも伝わっている。何もかも劣化せず、伝わってしまう。

「馬っっっっ鹿じゃねーの、お前?」

 だから、俺は叫ぶよ。
 だって、いやだよそんなの。
 大方あれだろう? 自己犠牲美しいとか、一生俺の傷として心に残るとか、そんな感じだろう?
 やだね。いやだね。ぜってーお断りだ。
 俺に、お前の墓を掘らせるな。

[ ならばどうするのだ。お前が死ぬか? それこそイヤだ。認められない。
 私も殺さず、お前も死なず、丸く収める方法なんてない。
 なら、せめて] 

 せめて。
 せめて、夢がある。道がある。願いがある織斑一夏に生きてほしいと。
 そう、零した。

「俺が死のうがお前が死のうが、世界はなんにも変らねえよ。
 お前を殺したらなんでも上手くいくなんて、夢見てんじゃねえよ!」

 零すのはおっぱいだけでいい。
 すげえなソレにしてもすげえなすげえよホントまじすっごいコレ。


[ なら、お前はどうするのだ? ]


 存在しない筈の空間が狭まっていく。
 俺と箒ちゃんのリンクが切れていく。
 遠ざかっていく。
 距離なんてないのに、時間なんてないのに。
 





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 ほんのマバタキの間の出来事だ。
 現実世界に帰還した俺は、あの現象がほんの数秒に満たないものであることを確認した。
 
 なんとかする。
 最後に言いそびれた言葉。
 なんとかする。
 俺も死なず、お前も死なず、なんとかする。
 それがどれだけ難解な問いかは、考えることを放棄し忘れた。

 なんら好転していない現状を、打破する手段は―――ある。
 確固たる手段が、俺にはある。
 覚悟を決めろ、織斑一夏ッ。

「ああ、殺してやるよお望み通り」

 雪片弐型の切っ先をクソ気に入らない女に向けて、啖呵を切る。

「おいテメエ。お望み通り、本気でヤッてやる。
 ―――今から往く、逃げんなよ」

「ック」

 我慢出来ずに漏れた声は嬌声にも聞こえて、耳に入ると虫唾が走った。
 唇の端を卑しく釣り上げた笑顔は、唾棄すべき醜さを感じさせる。
 

「騒ぐな。騒ぐなよ。私に触れられもしない雑魚が、何を口にする?
 そうやって強い言葉を使わなければ、劣っていることを隠せないか?
 ガタガタ能書き垂れる暇があるなら、来い」

 これは殺人に非ず。
 奴は日本国籍を有さず。他国の国籍も有さず。
 人権を有さず。
 ならば、人に非ず。
 これは殺人に非ず。

 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら出来る。
 俺なら出来る。

 左手に雪片を持ち、変形させる。
 展開装甲。雪片は俺の意思を汲み、その形状を薄く薄く硬く重く変えていく。
 クロー型にした雪羅を顕在させ、雪片の峰を握り込んだ。
 構えはさながら抜刀術。
 呼吸を整え、精神を落ち着かせる。
 これは殺人に非ず。

 単一技能・零落白夜。
 それはエネルギーを無効化する特性を持つ、摩訶不思議なエネルギー生成技能だ。
 エネルギーとは粒子であり、波である。
 波、つまり波長なのだ。
 変動する波長が、波を重ね合わせる事により対消滅を起こす。
 ならば。

 ならば、零落白夜が零落白夜と重なるとどうなる?
 波長が自由に変動する摩訶不思議なエネルギーといっても、法則性はある。
 零落白夜と零落白夜は互いの波長に干渉し合い、打ち消しあう。
 通常のエネルギーと同様に、対消滅を起こしてしまうのだ。
 しかし。

 しかし、もしもこれが対消滅を起こさなかった場合どうなってしまうのか?
 ISと呼ばれる世界最高峰の兵器、そのエネルギーを悉く無効化する程の出力を誇る零落白夜を、例えば対消滅させずに運用した場合、どうなってしまうのか。
 まして零落白夜に零落白夜を乗算してしまった場合、どうなってしまうのか。
 その答えは、これから形になる。

 自分の内側へ埋没する。
 呼吸を深め、深く深く自己へと浸水する。 
 触れろ、俺の願望に。

 人の強さは心の強さ。
 これからするのは大道芸だ。
 ハートが負けてちゃ成立しないチキンレース。
 だから、触れろ。俺の願望に。

 機体のマニューバーは単調なもので、ともすれば蜂の巣にされてもおかしくはない。
 しかしチャチな小細工どころか、接近を阻む射撃すら行わない。
 なぜなのか?
 あの女は感じているのだ。
 俺が本気だと。
 俺が本気で、殺しに来てると。

 逃げる訳にはいかないのだ。
 俺を完全に否定する為に、俺を完璧に凌駕する為に、真っ向勝負するしかないのだ。
 でないときっと、一歩も前に進めない。
 ―――俺が、そうである様に。

 埋没した心理が俺の願望に混じり、自然と口から毀れる。 


「ヒカリになりたい。貴方の『絶望(ヨル)』を振り払う、光でありたい」


 逃れられぬ闇に囚われている貴女の、絶望を切り裂く光源でありたい。
 諦観、挫折、狂信、依存。貴女を取り巻く悪感情を遍く祓う存在でありたい。
 貴女に関わる全てに、潰されない自分でありたい。


「ヒカリになりたい。貴方の『渇望(ヨル)』を余さず満たす、光でありたい」


 凍える貴女を暖める太陽でありたい。
 餓える貴女を潤す恵みでありたい。
 暗いセカイを根底から塗り替える、炎の塊でありたい。


「ヒカリになりたい。貴方の『祈望(ヨル)』を斬り拓く、光でありたい」


 誰にも頼らず輝ける己でありたい。
 貴女に迷惑をかけずとも生きていける強い己でありたい。
 貴女の影に隠れてしまう己を、否定できる己でありたい。 

 敵は眼前。
 白式が制御する雪片の零落白夜に、俺は雪羅の零落白夜を重ね合わせる。
 フレーム単位で変動する波の周期は、人間に感知できるものではない。
 しかし、互いが消し合うエネルギーのバイオリズムを、俺が最大点で崩すのだ。
 正の極限、負の極限を奔走する双曲線を支配する。
 だから、俺の心に触れろ。
 望んだ結末を引き寄せるのは、己が望んだ結末を呼び寄せるのは。
 心、なのだから。
 アンタも、そう思うだろ?

 AMP Reflection. Light Prayer.
「心響よ、反響せよ。―――光あれ」


 唱えた眦に感応し、俺のとっておきは形を成す。
 集え、極光よ。
 雪片弐型と雪羅の零落白夜が共振する。
 互いが互いのエネルギーを打ち消そうと反発しながらも対消滅を誘発し振幅を増しながらも加速的に収束する。
 そして、弾けた。

 空が、白に染まった。
 白色は、認識出来ない光の強さが網膜の色を塗り潰した結果だ。
 あまりの眩しさに失明しかねない。
 溢れ洩れたエネルギーは光へと変換され、まるで太陽と見間違う明かりを産み出す。
 光と共に放たれた刃は、刹那すらも置き去りにその役目を終えていた。

 零落白夜の反発エネルギーによって射出された雪片は、光速に迫る速さで振るわれた。
 其処にあった銃弾も、銃身も、銃底も、装甲も、飛行ユニットも、シールドバリアも、絶対防御も、空気も、空間も、一切の存在を抵抗すら許さず絶った。
 
 俺と白式だけのとっておき。
 零落白夜の二重運用による一撃必断の光速斬撃。 
 ヨルを染め上げるシロ。
 零落抜刀、―――白夜。
 
 輝きが収まり、俺は結果を知る。
 ISの物質化を維持出来ず、落下する気に食わない顔した女。
 
 アイツが本能的に一歩引いていた。
 アイツのISが、射撃する時の反動を意図的に消さなかった。
 アイツが銃を突き出す形で構えていた。
 アイツのISが、飛行ユニット前に出す事で機体を後ろに下げた。
 俺が一歩、踏み込み損ねた。

 殺すつもりだったし、殺したつもりだった。
 それでも、生きている。
 生きていることにほっとしている。
 なんだよ、ビビッてんじゃねーよイッピー。
 そんな余裕こいてられる状況じゃねーだろ。

 この高さから海面に落ちて無事でいられるとは思わない。
 でも、この手に人殺しの感触が残らなかったことに、心底安堵している。
 
 機体の関節から煙が上がり、ステータスモニターからは矢継ぎ早にアラートが鳴り続ける。
 振り切ると同時に量子化した雪片は、取り出すと表面が赤熱化しており、「耐えてみせたぞ」と自分の所業を誇っているようだった。

 絶望的な状況は一ミリも変動しちゃいない。
 お邪魔虫な紛い物こそ沈めたが、黒いISは健在でシールドエネルギーは満タン。
 乗っ取られた紅椿は、距離を取り静観している。
 二人がかりで敵わなかった相手に、一人で挑まなければならない。
 対して俺のISはエネルギーが尽きかけている上に、とっておきを使った反動で関節やらから煙が上がる始末。
 もしこれがRPGだったら、イベント戦闘で負けてもいいんだろうけど。
 頭の理性的な部分がずっと逃げよう逃げようと騒がしいのを、奥歯を噛みしめて黙らせる。

「なんでこうなるんだよ。何が原因で誰が悪いんだよ」

 待ちわびたとばかりに、待ちかねたとばかりに、俺の必殺に充てられた黒いISが最前列へ躍り出た。
 曲線の軌道から、ブレードが大きく弧を描く。
 俺を、舐めきった攻撃。

「人様が穏便に穏便にすべて丸く収まる様に苦心してらっしゃると言うのに。
 はしゃいで喚いてやらかした末に、なんでもかんでもオジャンにしやがる」

 それを俺は雪片で軽く払う。払う。払う。
 小手調べですらない、俺をおちょくった攻撃。
 本気を出させようと、挑発しているのだ。

「糞だよ、糞。テメーらも、国家も、社会も、ISも、全部糞ッタレだ。
 誰かの大事なモノをみんな蔑ろにしてやがる。自覚も無しに」

 雪片を格納し、相手のブレードを片手で掴み取った。
 間髪なく放たれるパンチに、肘を合わせる。

「いつもいつもいつもいつも。何様だテメーらは。
 強いことがそんなに偉いのかクソッタレ。
 そんなに力が好きなら野生に還れや野蛮人共が」

 力任せな俺の蹴りは軽く躱され、カウンターにこのゼロ距離でイグニッションブーストナックルを食らった。
 んだそりゃ。そういう小技は俺の専売特許だろ訴えんぞこの野郎。

「アンタに届かないだろうけど、言わせてもらうぜ。
 ふざけんな臆病物ッ、逃げてんじゃねえよッ!」

 両手に武器を顕在させ突撃する。
 雪片と雪羅のコンビネーション、零落白夜のバリエーション。
 十を超える連撃の中、無作為に単一機能を瞬間起動させる。
 一発の受け漏らしも許さない二刀の剣。
 零絡百刃。

「楽な方楽な方に逃げやがって! 力にモノ言わせて強要しやがって!
 そんなに偉いのかよ! たかだか『強い』って価値観が、そんなに重いのかよッ!」

 受け止められたとしても、刃先が届かなくても、切っ先上に機体があれば瞬間的に零落白夜を発動し、強制的に絶対防御を発動させる。
 第二回タッグトーナメントの決勝戦まで隠していたけど邪魔されて日の目を見なかった奥の手。
 俺が、俺と白式の性能を充分に引き出す為に考え、練習した。
 汗を滲ませて、吐き気を飲み込み、ぶっ倒れるまで、否。
 ぶっ倒れてでも扱えるようにと練習した、近接戦闘における単一機能の瞬間起動。
  
 自画自賛してなんだけど、零絡百刃は中々厄介な技に仕上がった。
 ISでの訓練もさることながら、箒ちゃんに頼み込んで剣の方も扱いてもらったもんだから、そこそこな完成度に達成したのだ。
 二刀なんて面白行動を剣道部の皆様に笑われながらも、箒ちゃんに散々ボロクソにされながらも、ガチにやったんだよ。

 だけど。
 どれだけ強力な攻撃も、中らなければ意味がない。

「ンダラッシャー! ッガボ」

 切り下ろしからの突きが、衝撃として俺の脇腹を下から突き上げる。
 呼吸が止まってしまうのは生理現象だ。そして、呼吸と共に体が硬直してしまうのも人体として避けられない仕組みである。
 その隙を見逃す敵機ではない。すがさず蹴りを放たれ、距離ができた。

 蹴り? 蹴りってなんだよ。大技すら狙える俺の弱みを見逃して、距離まで与えやがった。
 
 これ見よがしの手加減。苛立ち混じりに唾を吐いた。

 誘ってやがんだよ。
 俺に使えって言ってんだよ。
 俺の殺意を求めてんだよ。
 俺に、欲情してんだよ。
 なんだよ欲求不満ども、盛ってんじゃねえよ。

 するりと左手の装甲を解除し、頭をガシガシと掻いて、その手をそのまま眺める。
 この手には、きっと色々な可能性がある。
 誰かと手を繋ぐことを、誰かと心を繋ぐことを、成し遂げることが出来る手だ。 
 我が手ながら素晴らしい手だ。輝かしい未来を秘める手だ。誰かと触れ合える手だ。
 俺は、繋がりたい。

 
 けれど、手を伸ばさない人にはどうすればいい?


 とっくに集中力は途切れている。
 戦意摩耗で疲労は困憊。
 シールドエネルギーは極小。  

 もう、いいか?

 もう、いいや。

「夏の灯に、千切れて消えろ」

 貴女を忘れる。
 貴女を忘れる。
 貴女がくれた体温は、とっくに忘れた。

「じゃあな。潔く、逝けよ」

 型に入る。
 静かに呼吸を止めて、死を意識する。
 誰だか忘れたこの人に、俺は殺人の童貞を捧げるのだ。
 何故だか、涙が出そうだった。


「愛は迷走の子、幻滅の親」


 この胸に去来する感情は、俺の記憶に由来するものだ。
 簡単な感情ほど、産まれて消える泡沫の燈火。
 熱だけを残し、儚く失せる。
  

「愛は孤独の慰めであり」


 この胸に空虚が、貴女へ繋がる唯一の教唆。
 けれども俺は、それを殺した。 
 とても大事だった源泉は、意だけ残し『 』を亡くした。
 

「そして愛は、死に対する唯一の救済である」


 真ん中だけ刳り抜かれた俺の心は、死んだまま俺を焦がす。
 核を取り除かれた俺の『 』は、残骸だけで存分に掻き乱す。
 まるで、陰性の癌細胞。
 

 AMP Reflection. Light Prayer.
「心叫よ、残響せよ。―――光あれ」


 俺の極光剣が臨界を迎える刹那、殺意が疾走する。
 それは奇しくも、単一機能『零落白夜』を携えた剣戟。
 刀の銘は、―――雪片。
 かつて、世界を制した刀の名だ。

 潤沢なエネルギーに物を云わせ伸ばしに伸ばした光刃は零落白夜で染め上げられており、それが必滅であることを雄弁に語っている。
 一息の二閃。左からの攻撃に白式の絶対防御が発動し、右からの攻撃は雪片弐型―――の零落白夜に干渉した。
 右腕がぶっ飛ぶ。あまりの衝撃に肩から先が爆発したのかと思った。
 雪片と雪片弐型の零落白夜が同調し、波を違えた雪羅が右腕ごと弾き飛ばされた。
  
 あ、ヤバイ。
 そう思う間もなく、間合いに入る。
 

 白式が、前進する。
 いや違う、俺が後方に射出されたんだ。
 目に映る背中。
 白い機体は搭乗者のいないまま黒い機体の間合いに入り、バラバラに刻まれた。
 バラバラバラバラに散らばった。
 切り上げて右手首、右肩部、切り下して左腕部、左大腿骨、水平に胴体を真っ二つ。
 中空に停滞した一瞬で、俺は。
 俺の半身が失われたことを確認した。

 手を伸ばす。
 黒いISも、紅椿も、迫り来る己への追突死すら忘却し手を伸ばす。
 アレは俺ので、俺で、俺と運命を共にする俺の剣だった筈だ。
 俺が死ぬならアイツも死ぬし、アイツが死ぬなら俺も死ぬ筈だ。
 それをあのクソッタレ、裏切りやがった。
 土壇場で、俺のことを裏切りやがった。
 俺の手は何も掴まず、中空を漕ぐ。
 
 浮遊感は消失し、すぐさま俺の身体は落下する。
 ついさっきまで胸を占めていた怒りは消え去り、恐怖が俺を支配する。
 ちょっとタンマ。マジで無理。
 あまりの怖さに睾丸が体内に競りあがるのを感じた。
 
 昔ネットで見たスカイダイビングの基礎を思い出す。
 腰を突き出し、膝を畳む。安定するまでこの姿勢をキープ。
 頭から落ちるのだけは避けなければならない。
 腹部や腰を打ちつけのも駄目だ。
 手足や肩から着水し、なんとしてでも生き長らえる。
 四肢が骨折しようが、命には別状ない。
 即死だけは回避する。
 死にたくない。
 死にたくない。

 顔をうちつける強風に目を逸らしそうになるけれど、それでも海面を見据える。
 死にたくない。死にたくないし、死ねないだろ。
 俺の相棒が、自身を犠牲にして生かしたんだ。
 死ねる訳、ねえだろ!

 体勢が安定したら、両手を広げて風をつかむ。
 まるで銃弾を受けたみたいな衝撃が腕を伝播し、遅れて軋んだ骨格の痛みを伝えてくる。
 痛みが逆に有難い。
 ジョバ(イッピー語:激しい失禁の意)っちまいそうな内臓共に、それどころじゃねえって現実を叩きつけてくれるから。

 さーて海面が近づいて参りました。俺の海綿体は反比例してもう小指ぐらいに縮小しているんではないでしょうか超怖ぇぇぇぇ!
 腕と脚をそれぞれクロスさせ、変形四つん這いのかっこうで落ちるぞ、いいな? いいな!
 良くないけど死にたくないからやります! イッピーイキマースッ!

 と、気合を入れケツの穴を閉めた折に、ふと背中に引っ張られる感覚を覚えた。
 それからゆっくり速度が低下し、俺はISスーツの首根っこをつままれた子猫みたくプラプラとハングドマンされている。
 嫌な予感しかしない。
 俺はきっと、ISに吊るされている。
 んで、持ち方的に「安全は保障するけど、むしろ安全しか保障しない」感じです。愛情を感じない。
 一先ず、挨拶か? それともお礼か?

「どこのどなたかご存知ねーですけど、どうも織斑家長男の一夏君ですありがとうございました!」

「相変わらず、生意気な上に腹が立つ少年だな」

 あん? お知り合いですか無駄に畏まってしまったじゃん。
 吊るされたまま無駄にキメ顔でシャフ度をキメる。
 ブロンドで眼鏡で、知的にロックしてそうな美人さん。
 ……誰だよ。

「キミ、もしかして私の事」

「覚えていますとも! 俺があなたみたいな美人を忘れる訳がないじゃないですが」

 誰でしたっけ?
 やっべぇ記憶から出てこない。
 ISは原型を留めていないカスタム機で、特定が難しいがヨーロッパ系の流れを汲んだガッチガチの実戦仕様。
 プランプランしながら海上を運ばれる。
 そう遠くない場所に停泊していた中型船舶の甲板に近づき、優しくおろしてくれると思いきや2mの高さから投げ落とされた。
 愛がねえなあ。
 高高度ダイビングをついさっき体験してきたイッピーは華麗に着地、しようとして予想外に疲れていたのか膝を着いた。
 地面に足をつけ安心したのか、どっと疲れが押し寄せる。


「どうやら無事の様だ。なによりだ、オリムラ」
 
「ボロクソのかわいそうな16歳男子を目の前によくそんな台詞が出ますね、ダヴィッド社長」


 俺が降ろされた船の上、汗を滲ませるこの日差しの中涼しい顔して崩すことなくスーツを着た、ナイスミドルな叔父様。
 デュノア社の代表取締役、ダヴィッド・デュノアがそこにいた。

「会社以外でご尊顔を拝見する機会が多いのですが、暇なんですか社長?」

「各国の精鋭が揃いも揃って、たった一機のISも止められない異常事態だ。
 忙しい所の騒ぎではない。それぞれが自国の防衛と情報規制に泡を噴いている渦中だとも。
 後、気持ちの悪い敬語を今すぐやめたまえ。これ以上続けるのであれば、相応の対応を取ろう」

 だよなあ。
 単機のISを止められないなんて、国の威信に賭けてあっちゃいけないよなあ。
 だってソレ、軍事行動だったら国が滅んでてもおかしくないってことだもん。

「ダヴィッドさん、そう言うならいっそう、ココにいるのが違和感なんだが」

「なに、私もついさっき彼女に運ばれて来たところだ。小一時間前まで会社で仕事していたとも」

「そうかよ」

 視線も向けず親指で指し示すイケイケなランナーさんはそっぽを向いたまま滞空している。
 俺は適当に相槌だけを打ち、甲板の全体像と自分の位置を想像する。
 そろそろ、だな。
 俺と繋がりを持つナニカが、近づいてくるのが分かる。
 この辺、かな?

 立ち位置を調整し、手の届く範囲へずらす。
 こう、空から飛来してきたナニカをスマートにキャッチするつもりだったがイッピーセンサーがレッドアラートを鳴らすので一歩下がると、『隕石』が俺を殺しかけた。
 ソフトボール大のクリスタル的な結晶体が俺のスレッスレを通過し、結構な高度を誇る甲板を貫通していった。
 
 ペタリと、思わず後ろにへたり込む。
 情けなく尻餅をつくと、悪寒と動悸が遅れてやってきた。
 ……殺す気か?

「殺す気かっ!」

 驚きと怯えがないまぜになり、鬱憤のままに怒鳴り散らす。
 一度緊張の糸が切れてしまえば、もう駄目だ。
 ツッパることでなんとか保っていたテンションも韓国紙幣みたく急暴落。
 
 立ち上がるのすら、もうマジ無理。
 今更ガタガタと膝が震えて、冷や汗が止まらない。

 もう立てない。自覚してしまった。
 俺は負けて、惨めに落とされ、無様に生き延びて、喜びを噛み締めていた。
 生きてる。俺、生きてるよ。
 死んでたよ俺、死んで死んで死んでたよ。
 悪寒も動機も痙攣も発汗も、すべてが気持ち悪い。
 気持ち悪いが故に、それは生の実感を高めた。

 箒ちゃんがやられても、人を100メートル以上の高さから海面に突き落としても、俺の相方がバラバラに解体されても。
 ただただ。ただただただただ、生きていることが、嬉しかった。

「ッッ」
 
 涙すら流して喜ぶ自分が、そこには居た。
 情けなくて仕方がない。
 てのひらで顔を覆う。
 汗も涙も鼻水もひっきりなしで、すぐには止まりそうにない。
 
 座り込んだまま、俯いたまま、ポケットからハンカチを取り出しなんかいろんな水分まみれの顔を拭う。
 布の柔らかさとなめらかさが、触れているだけで心を癒してくる。
 やけに肌触りの良い布切れは、俺じゃない誰かの匂いがして安心を与える。
 なんでこんな布きれに感動なんか……。

 ん?
 布切れ?

 肌触りが良くて四角には一つ角が足りない形をしていてなだらかな曲面のカラフルな布きれ。


「なんで」

 分かる。
 分かるよ。
 そりゃ、冷静になったら俺が悪いってのは分かる。
 だけど、だけどさ。

「なんで」


 潰れる程、手の中の布きれを握りこんだ。
 なんで、なんで、なんで。


「なんで、『パンツ』なんだよっっ!!」


 俺の右手には敬愛すべき愛しの先達、IS学園三年生「固法美佳」先輩のパンツが握られていた。
 イッピー知ってるよ。握られていた所か、先程顔まで拭っていたって、イッピー知ってるよ死にてえ!







===============削除予定メモ===================
私信  >> タグ打ちは諦めた。

 ファイヤスタータと語感のかっこよさに惹かれたが、
 火打石と知り愕然とした24時。
 
 Twitterで絵師さんが「描け麻雀」してるんですよ。
 そこで私、自分の更新が遅いのと、人の更新を急かしたいので
「書け麻雀」したいなって思ったんですよ。
 レート1000点40文字位で、ハコったら一万字書け、みたいな感じで。

 そしたらですね、フォロワーでISの二次書いてるの二人だけでした。
 ウチも入れて三人や! 足りませんでした。
 七夕はフォロワーが増えますようにと祈りました。
 かしこ。
=================================================



[32851] Fight For Liberty
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:50ed17ba
Date: 2014/08/24 17:59



 世界的重要人物である織斑一夏は、仏国から日本に対し恩を売る形で秘密裏に渡された。
 お宅の学生さんやんちゃですねえオーストラリア海域で遊泳を楽しんでましたよハハハ男の子にはたまにはあることでしょう心配せずとも国連には黙っておきますよええお気になさらず、みたいなやり取りがあったらしい。
 デュノア社長はあっさりと俺をIS学園へ引き渡し帰って行った。
 色々と相談したいこととか、お願いごとがあったが一蹴どころか説教までされ、丁重にポイ捨てされたのだ。
 『イッピー・26の秘密』その10、『媚び媚びイッピー』まで出したが通用しなかった。
 いえ、アラフォーのおっさんに通じるとは始めから思ってませんでしたけどね。

 恥を惜しむ暇もなく帰ってまいりましたIS学園。
 到着したのが夜中だったので、安否確認のみされて有無を言わさず自室に突っ込まれました。
 フランシィ教諭、事務口調でしか会話してくれなかったのが悲しかったです。
 
 真夜中アリーナinIS学園、寄宿舎に関する説明を開始する。
 各国の国家発展を担う若者が寝泊まりするこの建物だが、少々特殊なセキュリティがなされている。
 年頃の乙女とのこともあって、プライバシーを尊重した作りだ。
 出入り口、廊下、窓、食堂、倉庫に監視カメラがあり、監視カメラのチェックは機械、誰かさんが暇潰しに組んだなんとか要人防護システムが行っている。
 破砕音や大声、悲鳴、不審な行動に対してアラートを鳴らし、それを寮長が実際に確認する流れだった。
 寮長、織斑先生が。
 
 ここで重要なのが、織斑先生は不在だ。
 もしかしたら代理が立っているかも知れないけれど、それは織斑先生ではない。
 なら、今からする賭けの勝率は非常に高い。

 時刻は深夜、二時前に差し掛かる。
 明日になれば俺は、教師陣に査問にかけられることだろう。
 事態を認識したIS学園は俺と箒ちゃんの行動を重く受け止め、何らかの処罰を与える可能性が高い。
 そしたらもうゲームセットだ。全ての決着が着くまで、俺は行動を制限される。
 
 今しか無い。
 きっと俺が自由に動ける時間ってのは、今しか無いのだ。
 なら、やっちまおう。

 最低限の荷物に持ち、ISスーツの上に黒のスウェットを身に着ける。
 部屋の照明は二十四時からずっと落としており、窓は開け放ったままだ。
 さて、動くと決めたら後は時間との勝負。
 いっちょやってやりましょう!

 高所避難用の縄梯子を窓から放り投げ、俺はサッシに手をかける。
 窓の外へと飛んだ俺は中空で体を反転させ、縄梯子をスライドしながら地面へ落下する。
 地面付近でブレーキをかけ、花壇へ着地した。 
 およそ十秒の早業だった。 
 
 そのまま校舎へとスニーキングをスタートする。
 いやスニーキングとかしてる場合じゃねえたぶんアラート鳴ってるからさっさと行かなきゃ。
 踏み潰してしまった花にだけ、走りながら心の中で謝った。


                                    

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 いつもと雰囲気の違う校舎を走り抜け、目標地点へ到達した。
 玄関から教室を通過し渡り廊下を抜け更衣室からアリーナの間にある―――格納庫へと。
 見回りの先生に捕まるかと思ったが、上手くいったみたいだ。
 
 打鉄、ラファール、テンペスタ、整然と並べられた機体。
 お目当ては部屋の手前にはない。
 それは訓練機ではないから、邪魔にならない隅っこの個人スペースに鎮座している。
 永らく未完成だった第三世代機。
 先日の大会で一部機能が完成してないながらも、準決勝まで勝ち上った有力株。
 未完成って話も、夜な夜な完成に向けてあの子が頑張ってるって話も聞いてたからあると思ったぜ?
 倉持技研の隠し球、傑作機『打鉄』の発展型、―――打鉄弐式。

 ガレージに直立する姿を見詰めるが、イイ機体だ。
 装甲に触れる。
 初期化(フィッティング)と最適化(パーソナライズ)されているのでちょっと癖がありそうだが、それでも俺なら纏える。
 再初期化(フォーマット)をする時間はないので、このまま持っていってどっかで済ませよう。
 目玉武装である山嵐はやっぱり未完成で、物自体は出来てるが俺には扱えないだろう。
 それでも近接用兵装「夢現」と射撃武装「春雷」は載っているので、弐式の機体性能も踏まえて考えると、そこいらの訓練機に比べれば破格ではある。
 
 謝る。
 4組の代表、更科簪さんに、謝る。
 全部終わったらちゃんと謝罪に伺います。
 更科さんもだけど、これから迷惑をかける人に、謝ります。
 悪いと思ってる
 だけど、我を通します。
 ごめんなさい。

「動かないでください」

 背後から掛けられた声の主を、俺は知っている。
 その声色は、初めての物で戸惑ってしまったけれど。

「ISから手を離し、ゆっくりこちらを向いてください」

 いつも穏やかで生徒に好かれている副担任の姿はなかった。
 代わりに、無常で張り詰めた顔をしている熟練ランナー、元代表候補性「山田真耶」の姿があった。

「従わなければ、力尽くで確保します」

 ラファール・リバイブを装着しアサルトライフルを俺に照準している。
 どれだけ卓越した技能があれば、無音でISを運用し俺の背後を取れるのか。
 校舎のような狭い環境で運用するのは難しいのだ。まして何処にも接触せず、物音ひとつ立てずに移動するなんて、トップランナーも真っ青な腕をしてやがる。
 あと気配に敏感な俺の設定どこいった。そんなに集中してたのかよ気付けよ馬鹿。
 
「山田先生、見逃してくれません?」

「出来ません」

 向き直るも打鉄弐式から手は離さない。
 とっくに俺とコイツのリンクは繋がっている。
 触れてさえいれば、一秒とかからず纏うことが可能だ。

「教師が生徒に銃を向けるってのは、中々センセーションな事件だと思うんですけど」

「止む無し、です。今の私は山田真耶個人として動いてます。教師失格と罵られても甘んじて受けましょう」

「先生、どうしても譲れないですよ。やらなきゃいけない事があるんです。
 他の誰でもない、俺じゃないといけない事があるんです。
 行かせてください。お願いします」 

「行かせません。教師としての私は、貴方の意思を尊重したいと思います。
 織斑君は優しい子です。人を思い遣れる子です。そんな子がそこまで言っているんです。
 それでも私は、私の意思を通します」

 だって、約束しましたから。
 そう、山田真耶は呟いた。
 
 もし自分に何かあったら、一夏は飛び出すだろう。
 絶対に無理をするから、止めて欲しいんだ。
 きっとアイツが本気になったら、そう簡単に止められない。
 だから、山田くんに頼みたい。

 約束したんです。織斑先輩と。

「恋する乙女かっつーの。そんなんだから彼氏できなんですよ真耶ちゃん」

「それはお互い様じゃないですか? あんな素敵なお姉さんがいたら彼女なんてできないでしょう?」 

「アッハイ、ソウデスネー」

「え、いるんですか彼女! 不純異性交遊はダメですからね!」

 想像したのか、ちょっと顔を赤くする真耶ちゃん。
 かわいいなあおい。反応が初々しいんだけど、まさかハタチ超えて処女ってのはねーよなさすがに。
 
「さて、交渉決裂だ」

「ええ、そうなると思ってましたけど」

 クスリと笑う。
 俺はそっちが折れてくれるのを期待してたんだよ。
 
「なあ、本番に弱いアンタが、この追い詰められた俺の状況、正しく土壇場な俺を止められるのか?
 おい、手が震えてるぜ? そりゃ手も震えるか。生徒に銃向けてるんだもんな。
 殺すかも知れないもんな。命がかかってるもんな。俺も、アンタも」

「止めます。無傷で止めてみせます。私、先生ですから」

 入学したての頃、彼女が云ってくれた言葉を思い出す。
「なんでも訊いてくださいね? 私、先生ですから」
 この女も本物かよ。ブレねえなあ。
 立派に先生してるじゃん、この人。

 ああ、良かった。
 俺、この学校きて良かったわ。


「通してもらうぜ。成すべきことがあって、叶えるべき夢があって、通すべき意地があって、
 ―――止めなきゃならない人が居る。引っ込んでろ、アンタじゃ役不足だ」

「私の独断で、貴方を全てが解決まで拘束します。全部解決した後には、警察に行くなり訴えるなり好きにしてください」

 んなこと言われたら訴えるなんてできるわきゃないじゃん。
 だから其処、通るぜ。
 止めれるもんなら、止めてみろや! 

 

                        
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 まことしやかな噂話だ。
 IS学園の地下には、独房がある。
 それは重要人物を保護したり、危険人物を監禁したりすることが目的とされている。
 もし事実だった場合、ちょっと生意気で自分勝手な一般学生をガチ拘束する為の設備では決してないと声を大にして言いたい。
 イッピー知ってるよ。親指用の手錠があって外そうと無理すると指めっちゃ痛くて抵抗の意欲が減衰する。イッピー知りたくなかったよ!
 なんだよ高校生で手錠されるってどんな人生だよ。
 あ、そういや中学時代もあったわ。

 にしても、上手かった。
 強いのは当然として、才能(センス)ではなく技能(スキル)で手も足もでないレベルに圧倒された。
 以前、入学したての俺はPICを手動で操作するメリットを山田先生に質問した。
 今日、その回答を目の当たりにしたぜ。
 ラピッドスイッチ、という技術がある。
 格納と展開を高速で行うことで、瞬時に武装を切り替えるってやつだ。
 山田先生は、PICでショットガンの反動を消しながら弾倉のみを交換していた。
 銃器を変えたら、照準し直す必要がある。格納し、展開し、構え、照準し、やっと射撃に移れる。
 ならば、武器を変えなければ?
 リロードの隙はなく、弾の種類によって最適化した距離を選択し、鉄風雷火のガンパレードで攻めてくるのだ。
 いやいや、ボロ負けしたよ。 

 山田先生にコテンパンにされて、学園地下に連行され精神病患者が入れられるっぽい部屋に入りました。
 手錠がベッド頭部側のずれ落ち防止用のパイプを跨いでおり、一切の自由がない状態です。
 俺の尊厳の為、トイレはどうすればと質問した所、

「責任持って先生がキレイにしますから……」

 とか頬染めて言いやがった。
 みんな大好き山田先生は、異常性職者だったのだ。
 やべぇ、やべえよ……。
 年下の男の子を監禁・拘束し下の世話したがるなんてどんだけモテなかったんだよ山田先生。
 完璧に幼女監禁しそうな犯罪者と同じ嗜好だよ山田先生。

 山田先生は夜も遅かったので、部屋に戻って行った。
 ぶっちゃけ朝までこの牢屋に一緒に居るつもりなのかと戦々恐々していた。
 寝不足と戦闘による高揚、特殊環境下におけるストレス。
 どんなプレイを強要されるのかと、俺は冷や汗が止まらなかったのだ。

 もぞもぞと、小まめに体勢を変える。
 ベッドにバンザイした状態で固定されているので、寝返りもまともにうてない。
 手錠して、ましてそれをベッドのパイプを通して自由を奪うなんて、やり過ぎにも程があんだろ。
 このまま寝て起きたら体バッキバキですよ絶対。
 全然、眠くはないんだけどさ。

 俺は、負けた。
 学園が襲われたとき負けて、箒ちゃんと一緒だったのに負けて、山田先生に負けて。
 負けて負けて負けっぱなし。
 敗北に次ぐ敗北。
 こんなんで、何を為すってんだ。
 こんなんで、何が為せるってんだ。

「たすけて」

 知らず、声が出ていた。
 その言葉の意味を、俺は理解できなかった。

 何をすればいい。
 どうすればいい。
 分からない。分からない。分からないのだ。
 人は、なんでもはできない。
 出来ることを、やるだけだ。

 だけど、出来ることじゃどうしようもなかった時、どうすればいい?

「たすけて」

 考えて、自分に取れる最善を執行する。
 そうしたつもりだ。
 足りないものは、なんだ?
 俺には何が、足りてない?

「だれか」
 
 考えがまとまらないのは何故だ。
 誰の所為だ。
 何が原因だ。
 アタマん中がぐっちゃぐちゃになりながら、自問する。

「たすけて」

 勝手に零れる自分の泣き言だけは、聞こえていないフリをした。


 

                        
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 精神的に疲れていのだろう。
 夢うつつなまま次に目を開けた時、それはいつぞやの砂浜だった。

 高い空、抜けるような青。
 押し返さない波と、灘の海。
 半球状の地平線、沈まない太陽。
 存在し得ない、空想世界。

 その中心に、彼女は居た。

 白の彼女は全身に包帯を巻き、血を滲ませている。
 なんでなんて、問いかけるだけ無駄だろう。 
 その姿を見て、俺は。

「勝手しやがって、馬鹿野郎、間抜け、格好つけ、―――ありがとう」

 言いたいことだけ、口にした。 
 そしたら彼女は、にへらと笑顔になった。

 彼女に返せる物は、なんなのか。そういや、彼女の名前はなんなのさ?

「なあ、お前の名前は?」

「ない!」
 
 胸を張って言い切ることじゃねーよ。なんだそりゃ。
 名前が無いってのは、辛い。
 自分を立たせる骨が無いってことだ。
 俺は、その辛さを知っている。

 だから、名前をあげる。

 染まらぬ純白。
 揺るがぬ純銀。
 究極の一にして、至高の白。
 ただ唯一の、最も貴き祖。
 雪のような彼女に、送る名は。

「唯貴」

 キョトンとしている彼女を置いといて、勝手に納得する。
 うん、いい名前じゃないでしょうか。

「唯貴って呼ぶよ、お前のこと。ありがとう、唯貴」

 まだ固まったままの彼女を放置して、俺は本チャンの用事へ構える。
 さて、居るかな?
 おっ、浮いてる浮いてる。居るじゃん。
 波打ち際に漂う、「織斑一夏」と相対する。

 ピクリとも動きもしないソイツの近くに寄った。
 真横に立って、軽く蹴っ飛ばしてみる。固いんだけどなにこれ蝋人形?
 
「なあ。今さ、困ってんだよ。鈴が怪我して、箒と千冬姉が攫われて。
 友達もさ、いっぱい傷付いて。もうなんなんだよ、って感じだ。
 しかも放っておけば、俺の姉は戦闘を繰り返して、きっと誰かを殺しちまう」

 たぶん、織斑千冬は誰にも止められない。
 アンタも、そう思うだろ。

「嫌なんだよ。耐えられないんだよ。見過ごせないんだよ。認められないんだよ。
 なあ、教えてくれよ。お前なら、なんとか出来るんだろ」

 英雄のお前なら
 主人公のお前なら
 主役のお前なら
 皆を、救えるんだろ?
 
 理由もなくISが操縦できて。
 理由もなく代表候補性と互角の戦いができて。
 理由もなく誰からも愛されて。
 理由もなく、織斑千冬にも勝てるんだろ?

 織斑一夏(かのうせい)の、お前ならさ。

「消えたくない。死にたくない。だけど、それ以上にヤな事があるんだ。
 アンタに取っても、大事な人ばかりだろ? 救いたくて救いたくて、仕方がないだろう?
 だから、くれてやるよ」

 『織斑いっぴー(オレ)』は、『織斑一夏(カノウセイ)』にこの存在をくれてやる。
 もう、八方塞だから。
 負けて、奪われて、壊されて、捕えられて、ドン底だから。
 どうにも出来ないんだ。
 だけど、お前なら理由もなく何とか出来るんだろう。
 詰みかけのこんなシチュエーションだけど、何とかなるんだろ。
 だったら、いいや。
 

 アンタが俺に代わって、この世界に風穴を―――


 風穴が開いたのは、織斑一夏の胸だった。
 
「唯貴、さん?」

 そこには純白の少女が、俺と同じ顔した男にぐっさりと雪片弐型を突き刺しておりました。
 アレ、なんだか胸が痛いよママン。
 残像だ……。
 イッピー知ってるよ! 実体だよ! イッピー知ってるよ!

「織斑一夏なんか、いらない」

 ぐっさり深々と刺さったソード雪片さんがグリグリされて穴を広げていく。
 辞めて辞めて辞め辞め辞め痛い痛いイタイイタイ
 ざっくりがっつり貫通してらっしゃるなにこれスプラッター。

「イチカがいるから、いっぴーがいるから、いらない。千冬も、こいつも、いらない」

 いらないからって殺すなよ意味わかんねーよ犯人はヤス。
 サラサラと光の粒子となって消えていく織斑一夏(カノウセイ)。
 ああ、俺の可能性が! この人でなしっ!

「いっぴー、名前くれたもん。だから、他には―――何もいらない」

 いや、要るのはアンタじゃねえよ、俺だよ!
 なんでキメ顔してんだよ。
 ああ、消えていく、消えていく、俺のポッシビリティー。
 敵うと決めつけ背を向けた俺だけの無限のポッシビリティーは無限ポップする雑魚みたいなエフェクトで消失した。

「もうわたしは道具なんかじゃない。舞台措置(アイテム)なんかじゃない。
 わたしは、『唯貴』だ。だからもう、いらない」

 気に入ったのなら、それは嬉しいんだけどさ。
 嬉しいんだけどね。
 なんばしよんねんアンタ……。

 「イチカ、今度は一緒に死んであげるから、私の『 』を取りに行こう!」
 
 手を引っ張る彼女は、希望いっぱいに輝いていた。
 待ってやだよ死にたくないんだけど。
 え、つまりはどういうことだってばよ―――



                        
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 人の気配を感じた。
 山田先生が来たのか?
 妙にフラフラする頭をふり、覚醒を促す。
 起きろよ、そろそろ膀胱がやばいんだろ漏らす前にお願いしないと凌辱ルート入るぞ。

 手が自由でないので、肩に顔をこすりつけ拭う。
 すると、ドイツ軍人様が鎮座していらしました。


「おい嫁、見舞いにこないからこちらから来てやったぞ?」

「……ええ、忘れておりませんでしたとも。全くもって忘れておりませんでしたとも」


 学園襲撃の際に愛機レーゲンを大破するも、命からがらなんとか逃げ切った職業軍人様がそこにはいらしたのでした。
 大怪我はないと聞いていたが、元気そうでなによりだ。

「この部屋、かなりセキュリティレベル高い筈だけど」

「ピッキングは得意でな」

「カードキータイプだよバカちん」

「冗談だ。どこでも一緒だが、こういった重要施設へのアクセスと言うのは、管理の都合上おのおのに厳しく制限が設けられる。
 此処でいうなれば教員用のカードキーだ。このカードキーにて入室は制限されるし、ログが残る仕組みだ。
 ただし、だからこそ事故が多い。ヒューマンエラーによって起こり得る事故により、な」

 指に挟んだカードをこれ見よがしにみせつける。
 独房まで入れる高い権限を持つキー。
 ヒューマンエラー、運用上のミス。

「ごちゃごちゃ言ってるけど、教員からキーをギッてきたのね、お前」

「これも、嫁に会いたい一心で」

「その盗まれた先生って、大丈夫なの?」

 生徒にキー盗まれるとか大問題だと思うんだけど。
 下手すると退職だろやばくね?

「教官のキーだ。だから大丈夫だろ」

 あ、なーるほど。
 だからヒューマンエラーね。
 本来、キーを使えなくしておく必要があったけどしてないのか。

「ってオイ大丈夫じゃねえよ! テメー俺の姉になんか恨みでもあんのかコラ!」

「感謝しかないが?」

 そうかい。
 まあ居ない人間に責任はないだろうし、結局管理の責任者が問われるだけだからいいか。
 いやよくねーけど。一先ず置いておこう。
 
「とりま、いいから手錠外してくれよ」

「拘束されている嫁も、中々にそそるな……」

「おいギラギラした目でみてんなよ。強姦、ダメ絶対。手をワキワキさせるなホント辞めてちょ来るな来るな来るなっつってんだろ!
 それ以上近寄るなマジなんなのキミ」

「怯えつつも強がる嫁が可愛いぞ共白髪まで添い遂げようではないかフフフ」

「誰か警察を! もしくは黄色い救急車を至急! 直ちにお願いします!」

 十六歳の女の子にオモチャにされ半泣きで公的機関に助けを求める男子高校生の姿が、そこにはあった。
 というか、俺だった。
 イッピー知ってるよ。人は体の自由が効かない状態に置かれると、恐怖心が倍増するって、嘘ですイッピー今知ったよ!

「まじめに人呼ぶぞ?」

「呼んでみろ。私は問答無用で捕まるだろうが、お前はもう絶対に解決まで逃げ出すことは出来なくなる」

「…………」

 なにコイツ。
 なんで状況理解してんの?

「助けてと云っただろう? だから、私が助けに来た」

「…………」

 聞こえる筈がない。
 伝わる筈がない。
 だけど、繋がっている。
 俺と彼女は、繋がっている。

 俺は「膨らんでいても男の子だからと誰もが目を逸らすポイント」に隠したISコアを睨んだ。
 おいお前また勝手になんかやったろ。

「なあに、条件がある。条件がふたつだけある。たったの二つを約束すれば、お前を今すぐ逃がしてやるさ」

「悪魔の契約っぽいなあオイ」

 でも受けるしかねーんだよな。
 恐らく、ボーナスタイムでラストチャンスだ。
 コレを逃せば、俺は本当に逃げる術を失う。 

「まずひとつ。必ず、無事に戻れ」

「お、おう……」

 あれ、優しい。天使かな?
 誰だよこんな天使に怯えてたのは。女見る目ねーよアンタ。俺だよ。

「そしてもうひとつ。戻ったら、私を娶れ」

「―――は?」

「男とは、女を娶って初めて一人前の男になるらしい。私がお前を一人前にしてやる」

 ラウラは胸元から記入済みの結婚届を取り出し、印鑑とボールペンを俺の足元へ投げた。
 おいその印鑑も姉の部屋からパクッて来たろ。ナチュラルに犯罪行為だよ。
 眼帯を外し、ベッドに上り、俺に伸し掛かる。
 吐息がかかる程顔を近づけ、ラウラと目を合わす。

「私を、お前の嫁にしろ」

 ラウラ・ボーデヴィッヒの造形は芸術品である。
 赤みがかった瞳と、宝石みたいな瑠璃色の瞳。
 整いすぎたシンメトリーを壊す、美しすぎる眼球。
 病的を通り越して、魔的なまでに美しいのだ。
 人が作り上げた緻密な美貌を、人が大胆に壊した。 
 哲学すらも語れそうな、正直引いてしまう程美麗な少女に迫られる。

「なに、そう長い期間でもない。ほんの十年程度だ。
 お前のこれからを、少しだけ私にくれないか」

 ラウラ・ボーデヴィッヒはデザイナーズチャイルドだ。
 生まれる前から遺伝子を弄られ、生まれてからは投薬され、メスを入れられ、調整されている。
 俺は知っている。俺は彼女を知っている。
 真っ当な生誕でない彼女は、まともな寿命すら有していないことを。
 兵器として調整された彼女は、命の蝋燭を太く短いものに変えられていることを。

 吸い込まれそうな瞳に吸い込まれそうになっていると唇が吸い込まれた。
 私じゃ、ダメか?
 そんな不安そうな表情を誤魔化すようにキスをする。
 整然とした美しさが歪み、人の熱を――――恋に懊悩する女性に陥ちた。
 俺は、人形が人間になる瞬間をみた。

 嘘でも頷くしかない俺の、なんと情けないことか。
 女に跨られて、女に結婚を願われて、女に接吻されて、ただ上っ面で頷くだけか?
 情けねえ、死にたくなるだろ。ならどうするって? 
 決まってんだろ、クソッタレ!

「ん? ンーッッ!!」

 荒々しく唇を奪う。
 隙間を割って侵入した舌先をベロの根本まで這わす。
 俺の舌を噛まない様にラウラが意識した所で、蟹ばさみの要領でラウラの腰をロックした。
 舌を数回出し入れし、本丸である上顎を攻める。
 反射的に逃げようとしたラウラの腰を押さえつけ、強引に舌先でつつき続ける。
 少し慣れてきたことを見越し、今度は上顎を舌でなぞりあげた。 
 ゾクリとした刺激にラウラが嬌声をあげるが、それでも逃さない。
 こぼれそうな唾液を露骨に啜り、歯茎を磨くように一本一本責めていく。
 呼吸すらできず喘ぐラウラの下唇へトドメとばかりに吸いつき甘噛みし、解放した。

 蟹ばさみを解くと後ろへ跳ね、ペタンと座り込んだ。
 うるんだ目で、紅潮した顔で、荒い息のままこちらを睨んでくるラウラ・ボーデヴィッヒ。

「いいぜ、結婚してやる。だけど、勘違いすんなよ?
 俺はラウラに惚れた訳じゃない。だから結婚しても好き勝手やる。
 それが嫌なら、俺の心を捕まえてみやがれ」

 ラウラはパチクリと目を瞬かせ、意味を理解すると、笑った。

「お前を私の虜にする。決定事項だ、異論は認めん」

「嫁になってから虜にすんのかよ。順番がアベコベじゃねーか。いいけどさ。
 なら、俺から伝えるのはこれだけだ。『やれるもんなら、やってみろ』」
  
 イッピー知ってるよ。16歳にして婚約者ゲット国際結婚までカウントダウン開始。イッピー知ってるよ。
 例えすべてが上手くいき無事に帰ってきたとして、姉が確実に爆発する核弾頭をこさえてしまった事実に、もういっそ世界滅びたがマシじゃね?などと思った。








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 俺がセカン党と思ったか! 残念、実は黒兎党でした。
 更新が来月だと思ったか! 以外、それは今月。

 プロローグは終わり、オープニングです。
 やっとこさ主役となったイッピーに、フロント張らせます。
 エンドまでつっぱしんぜー。
 
 あ、感想もらえると凄い嬉しくてモチベ上がります。
 モチベ上がるとペース上がります。
 早く続きを読みたい方はよろしくどーぞ。
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[32851] OutLine:Sheep
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:50ed17ba
Date: 2015/01/17 23:44
Sheep / PORNO GRAFFITI


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《織斑家の家族会議 そのいち》
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 二人で生活するには些か広過ぎるきらいのある我が家・織斑亭にて、そこの長女である千冬と長男であるイッピーことわたくし一夏は仲良く休日を送っておりました。
 そう、仲良く。久しぶりに長期休暇を取得しドイツから帰国した千冬姉は昼までダラダラしており、昼食がてら一緒に買い物行って、帰宅して俺が夕食を作って食べさせて、ソファで肩を並べて映画を観て、俺がお風呂に入って、さあ後は千冬姉が風呂入って今日は寝るだけ、と言った今に至るまでは。
 お風呂から上がり、リビングに居る姉に一声かけようとしたついさっきまで。

「一夏、座れ」

 なにやら剣呑な不陰気(←なぜか変換できる)を大っぴらにしつつ、リビングのテーブルで対面へ座れと指示する姉に逆らうことなく従う。
 はてさて、なんでっしゃろうか。湯冷めする前にお部屋へ帰りたいのですが。

「『コレ』はなんだ」

 俺が座ると、間を置かずに卓上に投げられた。
 ソレは、『Peace』とラベリングされた四角い箱。
 
「姉さん、アンタ俺の部屋を勝手に漁ったのかよ!」

「謝る。すまなかった。お前が望むなら罰も受けよう。家族だとしてもプライバシーは大事にすべきだし、信頼を裏切る真似をしたのは自覚している。この件に関しては全面的に私が悪い。
 しかし、私はお前の姉だから見過ごせない事もある。だから、―――座れ」

「アッハイ」

 歯を剥き怒りのままに立ち上がった筈の俺は、姉の静かな激怒を感じ取り本能的に着席した。
 思考時間0秒の軍隊的反射行動だった。
 叱らない育児が席巻している現代とは真逆の躾の為せる反応だった。

「一夏、私は悪い事をするなとは言わん。人に大怪我でもさせない限り、頭を下げれば大体カタがつく。
 保護者として、お前の為なら幾らでも頭を下げる覚悟はある。それは私の責務だ、喜んでやってやるさ。
 だが、―――体に悪い事を許した覚えはないぞ?」

 なぜでしょうか。ただただ会話しているだけなのに壁まで吹っ飛びそうな圧力を感じるのは。
 こういうの体験しちゃうから物怖じしない子に俺が育っちゃったんだぜ姉のバーカバーカ。

「マイセンやセッター辺りなら誰かの影響かとも思ったが、……ショートピースか。
 中学生特有の悪ぶってみたい症候群なら見逃せるが、コレは駄目だろう」

 まるで親の敵みたくタバコの箱を睨みつける俺の保護者。
 あ、あかんやつや。静かだから分かり辛かったけど、実は本気で怒ってるよチッピー。
 つーかなんでそう青少年のタバコ事情に詳しいのさ。

「金は自分で稼いだ金だし、健康に響くほど吸ってない。バレるような場所じゃ吸わないし、迷惑かけるつもりはない。
 そりゃコソコソ黙って吸ってたのは悪かったけど、酒は許してタバコは許さないってのはおかしいんじゃねーの?」

「一夏、そうじゃない。そうじゃないんだよ。金の出所だとか喫煙が学校にバレようが私はどうでもいいんだ。
 私が気にしてるのは、お前の健康だよ。
 酒は許すさ。病気になる前に自制できるし、私と同じ体質のお前がそもそも、やすやすとアルコールに負けることもあるまい。
 しかし、煙草は癌になる。量が少なくても慢性的であれば発癌の可能性は飛躍的に上がるんだ」

 一息ついて、姉は卓上で両手の指を絡ませた。
 暴風域みたく暴れる怒りを抑え、探る様につぶやかれた一言は、

「オマエさ、―――私より先に死ぬ気か?」

 圧力を伴わない、きっと彼女の本質。
 その一言にどんな意味が込められていたのか、俺には分からない。
 だけど、その一言にどれだけの感情が込められたのかだけは伝わった。

「絶対に赦さないぞ。オマエが私より先に死ぬなんて、何があっても」

 その真剣さに恐くなるぐらい、真剣に。 
 
「私はオマエと、オマエの妻と、オマエの子供に看取られて幸せに逝くと決めているんだから」
「そういうのは自分のダンナと自分の子供でやってくれませんかねぇ!」

 しんみりさせたいのかがっかりさせたいのかどっちだよアンタは!
 素直にそこは感動させろよ! がっかりだよ!
 
「金はいいさ。お前が稼いだのなら好きに使え。但し健康に関しては黙認できない。
 私はお前の保護者であり、お前は扶養者、言い方は悪いが、私のモノだ。
 私のモノが使用期間を短くされている、言い換えれば私は損害を受けている立場だ。看過出切る訳がない。
 お前の喫煙行為、健康損害に対して補填を受け取ろうと思う」

 いやアンタのモノじゃねーよ。俺は俺のモノだ間違えんな。
 なんて否定は怖くて引っ込みました。
 イッピー知ってるよ、茶々入れていい場面とそうじゃない場面があるって、イッピー大人だから知ってるよ!

「煙草の金額をそのまま健康に適用するのはおかしな話だが、一箱220円だったな?」

「はい、そうです」

 違うけど突っ込めねーよ。イッピーびびりじゃねーよ大人だよ。

「ふむ……。そういえば、『おっぱいパブ』なる風俗施設が40分で8000円という話を聞いた事がある」

「この女アタマ沸いてんじゃねえの?」
 俺は実の姉にいきなりおっぱぶの話題を出され、思わず罵倒が口に出てしまった。
 イッピー知ってるよ、茶々入れていい場面じゃないけどそれでも人は口を挟む。分かっていても、だ。イッピー大人だから知ってるよ!

「そこでは客にアルコールが出され、席に着いた女性の乳房と、『唇』を時間内自由にしていいらしい。
 つまり。……ピース一箱につき私はお前の唇を一分間自由にする権利がある」

「サーセンッしたぁぁぁぁぁッ! もう二度と吸いません勘弁してくださいなんでもしますから!」

 必殺のノーシンキングダイレクトヘッドダウン。
 俺はテーブルを割らんばかりの卓上土下座を繰り出し、姉の野獣の眼光を静めるのであった。
 おい実姉アンタいったい実の弟に対しどんな欲を持て余してんだよモウヤダこの人。

 織斑一夏十五歳、織斑千冬二十三歳。
 六月半ばの、平凡な家族会議でした。







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《金と銀》
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「……ナイスショット。見事な腕だ。卒業したら黒兎隊(ウチ)に来ないか?」

「あんまり褒めないでよ。そういうの慣れてないんだから」

「いや、素直に胸を張れ。ウチの奴等でもこれ程の長距離射撃を成功させるのは難しいだろう」

 隣で双眼鏡を手にする兎さんはひどくご機嫌な様子だ。
 肉体に埋め込まれた疑似ハイパーセンサーを専用の双眼鏡にて補助し、生身にしてISと同等の視覚距離を保有する彼女は、何度も頷きつつ僕の射撃を褒めてくれる。
 観測手の腕がいいと謙遜したが、正直この手の技能(スキル)で競うならば、まず同年代の少女に負けることはないだろう。
 元々、まともに第三世代機を生産出来ていない現状を踏まえ、どの様なISでも乗りこなせるようにと広く深く、多種多様なスキルを取得させられたのが僕だ。

 にしても、将来かあ。
  
「んー。まだ決めてないんだよね。どうしよっかなぁ……」

 狙撃銃を量子化し、息を吐きながら背筋を伸ばした。
 本来、高速機動を常とするISにおいて、狙撃姿勢を取ることはまずない。
 まして長時間その姿勢をキープする場面など、ISに通ずる者であれば想像すらしないだろう。

「本国よりマトモな対応を約束しよう。どうだ? 『嫁』も恐らく私の国に来るだろうし、悪い話ではあるまい?」

 嫁、という単語に少しだけ反応してしまった。
 嫁。お嫁さん。結婚。主婦。
 ウエディングドレスを着る僕と、そんな僕を抱えるタキシードを着た―――。

「どうした、シャルロット」

 ハッとする。いけないいけない。
 ISを使用してISの探知外から超長距離狙撃をして欲しいなんてお願いしてきたオトコノコ。
 彼との『将来』をちょっとだけ想像して、その暖かい夢をふりはらった。
 
 もし僕が彼と結ばれるとすれば、それは僕が『デュノア』を棄てた時だけだ。 
 シャルロット・デュノアの父であるダヴィッド・デュノアはデュノア社の代表取締役で、その立場からすると世界唯一の男性IS操縦者は喉から手が出るほど欲しい。
 しかし、彼は社会や会社といった大きな存在に帰属することを極端に嫌う。
 だから、もし。
 もし僕と彼が結ばれる未来があるとすれば、僕がデュノアを棄てるか、彼が『彼』を棄てるか。
 そして、彼が『彼』を棄てるのであれば、僕も彼を捨てるだろう。
 『彼』でない織斑一夏など、僕は求めていない。
 だから、もし。
 もし僕が彼と結ばれるなら、きっと。
 僕が『デュノア』を、心が通じた父を棄てた時だけだ。

「ラウラはIS学園を卒業したあと、どうするの?」

「嫁に付いて行こうと思う。私は一応、軍務の一環として学生をしていてな。使うことができない休暇が大量に溜まっているのだ。
 卒業後、一年は長期休暇という名目で上にはもう通してある」

 実際は護衛として嫁と行動する事を上層部が推奨しているだけだがな、とラウラは付け加えた。
 そっか、一夏が卒業した後世界一周するって言ってたのに乗っかるんだ。
 それはとても、楽しそうだなあ。

 イギリスみたいなちょっと高めのとんがった家が並ぶ街並みを迷惑をかけながら走る一夏と。
 その走る一夏を追って更に迷惑をかけて去っていくラウラと。
 二人が通って迷惑をかけた一軒一軒を謝罪して回る僕と。

 あれ?
 これ、僕のひとり損だーっ!
 
「まあ、ゆっくり考えるといい。お前の時間は沢山残されているのだから」

 それでも、その夢は。
 とても魅力的に感じてしまうのだから、我ながら困ったものだった。 







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《織斑家の家族会議 そのに》
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 二人で生活するには些か広過ぎるきらいのある我が家・織斑亭にて、保護者千冬と被保護者イッピーは仲良く暮らしておりました。
 そう、仲良く。とある諸事情よりIS学園への入学が決定してしまい、ドタバタしたまま中学の卒業式すら出られず、自宅で早めの春休みを満喫しつつ高校で必要となるであろう事前学習に勤しむ俺と、IS学園の教師であり第一回並びに第二回モンドグロッソの優勝者である姉が世界唯一のIS操縦者となった弟の護衛として自宅待機となっている。
 現役時代はトップランナーであり今では教師な千冬姉から一カ月ミッチリマンツーマンレッスンだった成果もあり、ISに関する知識はそれなりに頭に叩き込めた。
 千冬姉が云うには『だいたい入学してから半年程度』の予習に相当するので、このアドバンテージをどう活かしていくかが今後の課題である。
 物心ついた時分から姉は家を空ける期間が長く、実はこれ程長期間一緒に過ごしたことはあんまりない。姉弟水入らずを満喫しつつ、もうちょいしたら寝ようかな思った矢先のことだ。
 
「一夏、座れ」

 なにやら剣呑な雰囲気の様な気がするけれど、たぶん前回の件があるだけの被害妄想的なあれでしょう。
 煙草はあれから吸ってない健全少年イッピーは、リビングのテーブルで対面へ座れと指示する姉に逆らうことなく従う。
 はてさて、なんでっしゃろうか。蘭と相川さんにメール返したいから手短だとよろしいのですが。

「およそ一カ月、保護者として詫びるべきだろうが久しぶりにお前の生活をじっくりと観ることが出来た。
 感想としては、申し分ない。人として守るべき規律を守り、おのれの責務をこなし、その上で人生を愉しんでいる」

 誰より(よそいきでは)凛とした姉が、普段以上に居住まい正し、俺と向き合う。
 
「家の事なんかは私が及ばない程しっかりしてくれている。改めて礼を云う、ありがとう」

 俺はどんな間抜け面をしていたのか、なんて顔してるんだと姉は笑った。
 いや、だってさ。
 こう手放しで褒められることってあんまり、むしろほとんどなかったから。
 褒めるは褒めるんだけど、俺がそこで満足しない様にいつも釘を刺してたじゃん。

「そりゃよおござんした。保護者の教育が良かったんじゃねーかな?」

「子の失態は親の責任だが、成功は子供自身の努力の結果だ。
 まして私は保護者でありながら、十全にその役目を果たしていない。
 お前の成長は、お前自らの成果だよ。私はそれを誇るだけだ」
 
 外行きの毅然とした姉ではなく、家の中での案外だらしない姉でもなく。
 年相応の柔らかさをのぞかせる姉は、どこまでも俺を付け上がらせる。
 
「ありがとう、一夏。お前は自慢の弟だよ」

「こちらこそ、ありがとう」

 千冬姉にそう言って貰えて嬉しいよ、とか。
 姉さんの弟だから当然だよ、とか。
 アンタには勿体ない弟だろ、とか。
 千冬姉が俺の姉で良かった、とか。
 色々言おうとして、一番伝えたい言葉だけ口にした。
 感謝と謝罪は、何より真っ先に伝えろ。
 俺は、俺の姉からそう教わったから。

「お前はもう立派に大人だよ。姉として、今日はどうしても感謝を述べたくてな」

 ふいに、何かが霞んだ。
 いつも通りのリビングで、いつも通りの俺と、いつも通りの、誰だ。

「お前も十五歳、立派に物事を自分で判断できる大人だ。そうなるのを、ずっと待ってた」

 霞んでいたのは高速で動いた誰かの指先で、その指先は金属片らしきものを部屋の隅に跳ばし甲高い音を立てる。
 それは、何かの終わりを始める合図だった。

 

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「わたしは、織斑一夏を愛している」

「俺もだよ、千冬姉」

 確認するつもりで呼んだ名前は、まるで耳に入らぬとばかりに無視された。
 いや、なんだコレ。
 違う。
 『誰』だ、コレ?
 千冬姉が、弟の言葉をこうも自然と聞き逃すか? 
 15年の生活を共にしたこの人の事は、この俺が最も理解しているつもりだ。
 なのに俺は、どうやったって俺の姉である筈の目の前の女性が、どう見たって俺の姉である女性が誰だか分からなかった。 

「そうだな、何処から話そうか。」

 緊張してらっしゃるこの方の発言を遮らず先を促す。

「『わたし』はな、物心ついた時からこんな感じだったらしい。可愛げのない子供で、両親からも疎まれていた」

 両親、という単語に自然と眉が上がった。それは姉が避けていた話題だ。
 しつこく聞いても教えてくれなかった、俺の父と母のこと。

「形だけの家庭だったよ。正直、苦痛でしかなった。離婚も秒読みだっただろう。だけど、お前が産まれた。
 あの見えだけの男と、自己保身だけの女から産まれたお前は、壊れそうな家庭の鎹(かすがい)となった。
 居場所のなかった『わたし』も、お前の姉として必要とされた」

 お前の産声も、お前の泣き顔も、お前を抱いた温もりも、お前から初めて握られた指の感触も、私は今でも覚えているよ。
 まるで天使でも見たかの様な口ぶりに、まあ俺って今でも天使みたいなもんだし、と納得した。

「その後数年はそれなり平和だったよ。しかし、私は思ったのだ。この家庭にお前は必要だが、お前にこの家庭が必要なのか、と。
 外面だけの感情的な男と、怯えるだけの卑屈な女。そんなものが、お前に必要なのかとな」

 覚えていない父と母、その二人を口にするこの女性は、何を思うのか。

「ある日、私は不要だと判断した。あいつらを力尽くで追い出した。喜べ一夏、お前の両親は生きている。
 会おうと思えば少々手間だが会えるぞ? 要人保護プログラムの対象者とは言え肉親には違いない。
 お前が望めば数日中に面会も叶うだろう」

 想像しようとして、辞めた。
 分からないことを理解する努力は大切だが、分からないことを理解したつもりになるのはよろしくない。
 俺は、俺の姉からそう教わったから。

「別にいーや、別に保護者には不自由してねーから。向こうがどうしてもって言ってきたら教えてよ」

「うむ、承知した」

 コイツ本当にハタチそこそこの女かよ。
 なんだよ承知って。武士かよ。
 もっとキャピキャピしろよ。

「話を戻そう。わたしはお前の両親を追い出した責任として、わたしに出来得る限りの教育をしてきたつもりだ。
 この一カ月間、その成果を見た。お前はもう十分に、自分で考え行動できる個人であると判断した」

 テーブルの向かいに座る女は平然とした顔の裏側で、空気を静まり返らせる緊張感を放つ。
 圧力をかけているのではなく、ただこの女の緊張が伝播してるだけってのが驚き轟きドン引っきーなポイントである。

「お前は、立派な個として成長した。だから、私も『わたし』であろうと思う。
 保護者ではなく、『わたし』と云う個であろうと思う。少なくても、今日だけは」

 一度だけ、息を吸った。
 一瞬だけ、目線が迷った。
 一秒だけ、言葉をためらった。


「わたしは、織斑一夏を愛しているのだ。姉としてではなく、一人の女として」


 静かな、ただただ静かな告白だった。


「もしお前が手に入るのなら、私は何も要らない。
 もしお前が私を選んでくれるのなら、私は何にも負けない。
 もしお前が私と歩んでくれるなら、それだけは私は生きていける。
 だから、一夏―――」

 
 それは、懇願だ。
 愛しているから応えてくれと懇願しているのだ。
 答えなんて決まっている。
 悩むことなんかない。迷うことなんかない。
 こんな素晴らしい女が俺を欲しいと云っているのだ。
 求め訴えているのだ。
 答えは一ツだ。 

 愛ってのは、真ん中に心を持つ。
 何より自分に取って大事な精神的な心臓、真ん中の心。
 きっと一番素直に、恐らく最も貪欲に、人生に密着するものだ。
 俺は、『真心(アイ)』を殺した。
 

「千冬姉さんの事を、愛してる」


 それは、これ以上に無い明瞭な拒絶の言葉。 
 俺は努めて無感情に、言の葉は吐いた。

 姉弟の恋愛なんて認められない。
 社会に生きる個として、禁忌は冒してはならない。
 俺は。
 俺の姉から、そう教わったから。


「―――ああ、良かった」


 音もなくこぼれた、一滴だけの涙は。
 素のこの人が流した、痛みの結晶だ。

 感謝の言葉はきっと、常識を優先した弟への感想だったり、自分のこれまでの教育が間違っていなかった満足だったり、社会に反して生きる必要がなくなった安心だったりするんだ。

 謝るな。頭を下げるな。
 俺は、俺が正しいと思う選択を選んだんだ。
 自分が許されたいが為だけに、好意を踏みにじった相手に対して心にない謝罪をする人間になるな。
 それは、想ってくれたこの人に対する侮辱だ。
 俺は、俺の姉からそう教わったから。

「千冬姉を愛してる。貴女の事を、きっと誰より愛している。愛してる」 

「お前は本当に、自慢の弟だよ」

 目の前の女性は、とっくに俺の姉に戻っていた。それでも。
 俺の一言一言が、きっとこの人の心を切り刻む。それでも。
 それでも、きっと俺には伝える義務がある。
 真摯な想いには、真摯に答えなければならない。
 それが礼儀だと、俺は俺が尊敬する姉に教わったのだから。
 

「今日は呑もう。呑みたい気分だ。付き合え、一夏」

「うん!」

 
 唐突に始まった酒盛りは朝まで続き、頭を割りそうな二日酔いと共に起床した俺が全裸且つ下着姿の姉と同衾しており真剣に肉体関係を危ぶんだのは、また別のお話し。
 イッピー知ってるよ。お酒は怖いとても怖い。イッピー知ってるよ。





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ちょっと諸事情により時間がないので簡単に。

・拙作の三次創作をとある方に書いて頂いております。
 気になる方はハーメルン様にて[Inside/SAMURAI]と検索ください。
・ハニトラの作者が一向に更新しないのでぶん殴りたい
・IaIの人が中の人と鈴の中学時代の話書くってよ! 書くってよ!
・ポルノは絶対どっかで使うと思ってミュージックアワーは使いませんでした。
 当時勧めてくださった方すみませんでした!

遅くなりましたが、宜しければ今年も読んでやってください。
休日出勤からの食事すら抜いた突貫マゾプレイなう、真下屋でした。

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[32851] distance
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:77d7c0eb
Date: 2015/05/31 21:30

「あーどうすっかなー千冬姉になんて説明すっかなー殺されねーかなーラウラがやべえなー」
 
 わたくし織斑一夏は、高校一年生にして異国人の婚約者が出来るウルトラCを決めてしまった。
 これまでの人生も中々に破天荒な出来栄えでしたが、IS学園に入学してからハチャメチャが押し寄せて来ている気がします。
 卒業するときには五体満足でしょうか。むしろ卒業できるのでしょうか。
 不安でたまらないイッピーですおはようございます。

「っべーわマジべーわ。血を見る展開しか思い浮かばねーわ。……ラウラの」

 口頭で婚約の約束をするってのは考えたんだけど、ねえ?
 逃げも隠れもしますが嘘はつきたくない、そんな自分が大好きなイッピーですが自分の首を絞めまくってます。
 口約束だけで逃げられる状況ではなかったけれど。
 あの兎、カードキーだけでは飽き足らず印鑑も盗んで来やがったんですよ。

 押しました。
 録画までされました。
 動画の中で「自分の意志で捺印した事」を再三確認されました入れ知恵しやがった奴誰だ出てこい!

 いや、ラウラ・ボーデヴィッヒが嫌いな訳ではないんだ。
 好ましい。むしろ好きだ。
 恐らく、ラウラ・ボーデヴィッヒの最たる理解者は織斑一夏であり、織斑一夏の最たる理解者はラウラ・ボーデヴィッヒである。
 俺と彼女は一度、ISのコアが形成する不可思議なネットワークにより深く繋がってしまった。
 互いが互いの事を憎み、想い、知りたいと願った。
 その結果、俺は彼女の過去を覗き、彼女の心を覗き、彼女自身と重なってしまった。
 彼女もまた同じく、俺の人生を追体験したであろう。

 不自然に思わなかったか?
 織斑千冬を起点とした俺達の関係は、たかが半日で反転した。 
 俺の存在を否定するラウラと、自分の存在を姉の不純物としか認識してない女に腹を立てた俺。
 そんな両者が、いっぺんガチでバトっただけでこうも仲良くなるものか?

「でもなー逆に考えてラウラでもなきゃチッピーと仲良くなんて出来ねーからいっそ都合がいい様にも思えてきたなー」

 朝焼けの住宅街は車一台通らない。
 こんな時間にIS学園のジャージを着てうろついているのを見つかったら、暇なご近所様に長話されてしまうのでこっそり移動する。
 俺に彼女が出来て結婚を考えた末に親的存在なお姉様に紹介するシミュレーションをするが、なぜか紹介した彼女の上半身と下半身がオサラバした絵面しか浮かんでこない。
 ラウラなら知らない仲でもないし、チッピーを心酔してるし、何より勝てるかは置いといて戦える。もし姉が不当な決断を押し付けようとしても、二人で抗えるってのは大きい。

 今気づいてしまったんだけど、これラウラの一人勝ちじゃない?
 希少価値の高い男をゲットし、敬愛する女性と血縁になってる?
 
「してやられたか? 流れ変わっちゃったか? バイブス下がるわー」

 閑散とした裏路地は風すら吹かない。
 ラウラ・ボーデヴィッヒ(+黒兎隊)の協力のもあり、なんとかIS学園を脱出した俺は、とあるヤボ用のため実家へ足を向けた。
 山田先生の処罰については考えたくない。
 学園のおえら様方にお叱りを受け泣いてるマヤちゃんの姿は浮かばない。
 浮かばないったら浮かばない。

 朝靄に紛れること一時間強。結局ISはパクッてこれず学園から追手が来ると即終了のお知らせなのでコソコソと行動している。
 ご近所さんに見つからぬよう、裏手裏手を選んだ。
 この辺一帯は非常に仲良しさんな地区なので、朝早いとはいえ世間話で時間を取られてしまう恐れがあるから会わないよう注意している。
 
 あの赤いポストを右に曲がって、少し行ったらマイホームだ。
 長居をするつもりはないけれど、疲れた体は休息を、安心を求めている。
 呆けるつもりはないが、緊張をとかないと、たぶんもたない。

 心なしか早足になるのを押さえず、俺は織斑亭の敷地前に辿り着いた。
 そして、言葉に詰まる。
 元、織斑亭と云うべきか。
 織斑亭跡地と云うべきか。
 言葉にするには簡単すぎて、言葉にしてしまうには呆気なさすぎて。

「―――っえ?」

 そこには、俺の家が無かった。
 産まれてこの方、離れたことなどない我が家。
 あ、嘘ですIS学園入学からこっち数か月離れてました。

「なんの冗談だよ、おい」

 異常な光景だった。
 異様な光景だった。
 まるで、家の敷地面積とピッタリな鉄の立方体を上から落として一切合財押し潰したみたいな感じになっていた。
 家が、なかった。
 瓦礫と木材とコンクリがペチャンコになって絨毯を形成している様は圧巻だった。

「なんの冗談だよ、ド畜生」

 何をやったのかは見当も付かないけれど、誰がやったのかは検討する余地すらない。
 そんなに。そんなに。そんなに。
 そんなに、煩わしかったのかよ。
 そんなに、重荷だったのかよ。
 アンタに取っては、ガラクタにしてしまいた程、憎いものだったのかよ。
  
 分かるよ。
 これは、この家は呪縛だった。
 アンタの生き方を余儀なくする、呪いだったさ。
 たかが血縁なだけのクソガキを一匹、育てなければならないって呪いだったさ。
 
 それでも、それでもさ。
 アンタは選んでくれたんじゃなかったのかよ。
 嫌だったかも知れない。嫌いだったかも知れない。
 それでも。
 アンタは、俺と生きることを選んでくれたんじゃなかったのかよ。

 瓦礫と共に崩れたのは、思い出だ。
 この家に住んでた、俺と彼女の思い出だ。
 それを、こんなにも簡単に、壊しやがった。
 俺との思い出なんて、俺の存在なんて要らないって。
 コレは、そういう表明だ。

 敷地の真ん中まで歩く。
 まばらに除く、生活の残滓。
 カーテンだったり、家電だったり。
 たまに見えてしまうそれらは、どれ一つ俺の記憶から欠けてはいない。
 それは有って当然の、俺と彼女の生活の一部だったのだから。

 泣きはしない。喚きもしない。
 悲しいだけだ。辛いだけだ。それだけだ。 
 重い重い石みたいなしこりが、俺の心にずんと残った。
 それだけだ。
 誰かが死んだ訳じゃない。たかが物が壊れただけだ。それだけだ。

 なのになぜ、こんなに胸が苦しいのだろう。
 
                                    

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 篠ノ之家の宝刀。
 それは篠ノ之流を継ぐ篠ノ之箒に託された刀であり、もし箒が浮かんで消える憎いアンチクショウの顔を捌いて捌いて捌こうとするならば、まず間違いなく持参するであろう武器だ。
 だから持ってきた。きっと恐らく、キーになるだろうと思って。
 
 織斑家の敷地、その中央にて。
 コンクリートと金属と、ガラクタの上。そっから見える隙間を狙い。
 刀を抜いて、地面に突き刺した。

 世界中の誰よりずっと熱い夢、じゃなくて。
 世界中の誰よりずっと有名で、世界中から探されている女性が居る。
 その女性は各国が行方を追っているにも関わらず『何故』か見つからない。
 見つからないのだ。

 俺が思うに、見つからないのは『誰も探さない場所に居る』からだ。
 誰も探さない場所ってのは案外たくさんあって。
 首相官邸だったり。
 秘匿な軍部だったり。
 IS学園だったり。
 探す必要がない、もしくは自由に探せない。そういう思考の落とし穴に人を嵌め、意地悪く笑う女性の笑みを、俺は容易に想像できる。
 そう、例えば『警護する必要のない重要人物』だったり『その女性と旧知の中でマークされて当然』だったり『実は監視するには政治的社会的に扱いが難しい立場』だったり『機嫌を損ねると大事になってしまう人種』だったりする人のご自宅なんか、まさにそうだと思いますよ。

 証拠はないけど、確信はある。
 イベントごとの出現があまりにタイムリーなんだよ。
 此処じゃないなんて、いっそありえねーだろ。 

 あとは、どう開くか。  
 正直、分からん。
 分からないけど、この刀が今ここに有る事実を感知させればいいのだ。
 そうすれば、歓迎される。

 あの人は心底、妹様の到着を心待ちにしてるのだから。

「いい加減気付けよKYラビット通報されたらどうすんだ、ああ! ……ぁあ?」

 パカリと細かすぎて伝わらないモ○マネっぽく地面に穴が開き、足場がなくなる。
 一秒にも満たない無重力の後、俺は手に持ってた刀を投げ捨てた。
 慌てるあまり全力でどっか投げたが、近くには誰もいなかったので大丈夫だろう。

 それよりも、自分の心配だ。
 暗い暗い底の見えない奈落の穴に、吸い込まれて―――

「いてぇ!」

 案外3メートルもない高さにビビり満足に設置することに失敗した。
 ケツまでぶつけたぞどうしてくれる。
 全国ウン万人の俺の尻のファンになんと詫び、いやファンとかいません。むしろいりません。ホモは滅びろ。
 
 材質が分からないやけにツヤツヤした物質で四角柱に構成された通路だ。
 広さはISがやっとこさ通れる程度だろうか。前後に道があり、どちらも20メートル進んだ時点で折れている。
 どちらに進むか、いっそ進まないか。

 特に案内もなければ、判断材料になりそうな音もない。
 きっと箒にだけ解かる目印か何かがあるんだろう。
 そりゃあ箒ちゃんと束姉の関係だ。俺にゃ関係ないし、解からんさ。

 けれど、目を閉じて深呼吸すれば。
「……こっちだ」
 ずきりと、小さな頭痛がした。
 俺は行きたくない方に足を動かす。
 視界が少しだけ眩むけど、行かなきゃならんのだよ。

 後ろに40歩、右手に折れ曲がる。
 さっきの倍はありそうな長さの通路の先で、突っ立ってる女がいる。
 瞑想し、集中している。

 ―――否、頭痛を我慢している。

 ずきりと、一際頭痛が増した。
 確信が認識に変わり、歩数を重ねるたびに痛みは増していく。
 
 奴と目が合う。頭痛が増した。
 奴が腕を解いた。頭痛が増した。
 奴が歩き出した。頭痛が増した。


「どれだけ」

「どれだけ貴様が、あの人からの幸福に甘えていたか」

 聲。
 気に入らない、聲

「愚鈍な貴様でも、失えば享受していた物の大きさに気が付けたか」

 貌。
 気に入らない、貌

「居場所を無くし、家族を失い、女を奪われた」

 気に入らない。
 存在すべてが気に入らない。 

「実によろしい。傑作だ。役者が良い至高と信ずる」

 生理的に駄目な訳ではない。
 至極個人的に、奴の生存を許せないだけだ。

「誰もが。世界までもが、貴様の絶望を祝福している」

 どっかで聞いたことがある語彙の少なそうな言葉だが、言わずには居られないのだろう。
 我慢が出来ないのはお互い様だ。
 俺も今は、お前が殴りたくて仕方がない。

 長い長い通路の先で、目を閉じ腕を組みながら壁に寄りかかって俺を待っていた女。
 そうだな。
 ちょうどイイぜ、お前。


「日の届かぬこの地下で、最後に醜く這いずり回って死ね。なあに心配いらんよ。貴様が苦しみ悶え死に絶える姿は私が看取ってやろう」


 肩慣らしには。
 前哨戦には。
 準備運動には。
 憂さ晴らしには。
 お前程度が、調度良い。

「敗北をくれてやる。終焉をくれてやる。貴様を終わらせてやろう」

 飛んできたのは手袋だ。
 黒い手袋は俺にあたり、地面に落ちた。
 それは、決闘の作法。

 ハッ!
 お行儀よく、お高く止まってんじゃねえ。
 決闘? バッカじゃねえの。
 温いんだよ、クソガキ。
 
「―――名乗れよ」

 なに眉根を寄せてやがる。
 戦の作法も知らねえか?

「前口上が煩えんだよクソが。御託くっちゃべって悦浸ってんじゃねえよオナニスト。
 テメーを障害だと認めてやる。テメーを俺の『倒すべき敵』だと認識してやる。だから、」

 ジャージの肩口についている校章を引き千切り、地面に落ちている手袋に叩きつけた。

「名乗れよ、テメーの『誇り(プライド)』を」

 その上から踵で憎々しさを込め踏みつけ苛立ちのままに踏み躙る。

「賭けろよ、テメーの渇望を」

 見据えた女は、はじめて、笑った。
 嘲笑ではなく、失笑でもなく。
 俺を前に、笑った。


「元亡国機業、オリムラ マドカ。私の全てを取り戻す為、貴様を殺す」


 マドカ。
 マドカねえ。

 円夏。
 繰り返される夏。巡り来る夏。
 千の冬に、円(まわ)る夏。
 永遠の冬に寄り添う、対の存在。
 
 いい名だ。
 イカす名前じゃねえか。
 あの人と並び立つに相応しい、とびっきりの名前。
 
 だけど。
 けれども。
 それでも。
 
 並び立つだけじゃダメなんだ。
 並び立ったって、一人が二人になるだけだ。
 孤立したままなんだ。
 それは冬のままなんだ。

 ずっと続く冬は、悲し過ぎるだろ。
 永遠の冬なんて、寂し過ぎるだろ。
 ただ強いだけで、世界最強を強いられる女なんて、辛過ぎんだろ。


「IS学園、一年一組筆頭、『織斑 一夏』。
 ―――テメーが気に入らねえから、ぶっ飛ばす!」
 
 夏とは閃光であり、灼熱であり、生命のなんたるかを焼きつかせる『瞬間』だ。
 回ってどうすんだよ。突き抜けてこその夏だろうがよ。
 そう、云うなれば。
『千の冬をも破却する、一度だけの夏』

 なんだよ、やっぱり俺の名前って―――最高じゃん。 




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リハビリがてらに。
あまりに間を置いているせいか煽られるので
取りあえずキリの良い所で更新を。
ぶったぎった関係で短い分次回は早めに
いけるとは思いますです。

感想とか書いてモチベ上げやがれください。
もしくはモチベ上がる作品を誰か書きやがれ
ください。

それでは遅くなりましたが、よろしければ
新年度も皆様息災に人生お楽しみください。
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[32851] OutLine:拝啓、ツラツストラ
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:6d708804
Date: 2015/11/30 23:35
拝啓、ツラツストラ / グッドモーニングアメリカ




 織斑一夏は、不安だった。

 もし俺が自伝を綴るとして、幼少期にサブタイトルをつけるのであれば、その一文に間違いないだろう。
 それぐらい、当時の俺は不安だった。
 あれは何歳だっただろうか。
 思い返せば、それは小学校に上がる前だった。
 今から一〇年以上前、四、五歳くらいの織斑少年はなにがそんなに不安だったのか。
 毛も生えていない身分で、なにをそんなに恐れていたのか。
 それは、今でも覚えている。


 ── 一夏くんは、きっと他所の子なのよ。


 俺の家、織斑家には両親がおらず、かわいいかわいい一夏くんは姉に育てられていた。
 織斑千冬。
 のちに最強・ブリュンヒルデの名をほしいままにする、武力の極峰。
 そんな武威の王冠を頂くに値する傑物はやはり幼少時においても突出しており──幼少とはいっても『そのとき』の織斑少年を主軸にするに、彼女はすでに高校生であったが。しかしてとかく、少なくとも。齢一六程度の娘っ子の時分にでさえ、織斑千冬は他者との敷居を幾重にも画していた。
 それは武威であったり。それは美貌であったり。それは知恵であったり。それは人間性であったり──それらひっくるめて極上である。いやさ、美貌や人間性なんて格付けすることは困難だし、知能とやらに至ってはさらに度を越した兎さんが身近にいたりもしたが、けれども無論それらが一般ピープルにもおよびもつかない程度に優れていたのは事実である。
 世界震撼させる英雄であることに変わりなかった。

 ゆえに、ブリュンヒルデ。
 後に連なる英雄らの先駆けとなった、女傑。

 さもすれば言わずもがな、織斑千冬は素晴らしい人物であった。世間一般の評価は無論のこと、ごく身近なご近所付き合いのなかだって、彼女を批難する言葉は見つからない。むしろどう賞賛すべきかと思案を巡らすことに暇がないほどだ。
 素晴らしき姉、誇らしい姉を持つ織斑少年は、その威光に照らされて生きてきた。
 眩しい光に照らされ──その光の強さの分、影を落として。

 ──お姉さんはあんなに立派なのに、まるで女の子みたいね。

 誇らしい姉とは裏腹に、当時の一夏少年にはなにもなかった。
 なにもできなくて、なにもなかった。
 弱虫で、臆病で、泣き虫で、人見知りで、それだけの少年だった。
 他人に誇れる美点に加えて、目だって指摘できる欠点を列挙するにも窮してしまうくらいに、『無い』という事実すらもってない。空虚、伽藍。空洞。箸にも棒にも引っかからない。未完成だとかいう未来に託せる白紙ではなく、欠損が見られる赤紙でもなく、日光で変色した古紙でもなければ技巧を凝らした折り紙でもなく。強いていうなら、カバンの底で端の折れてしまった学校のプリントのように、その程度のそれだけの子ども。
 だからだろうか。
 この誇らしい姉に相応しい、『オリムライチカ』の存在を幻視するようになったのは。

 なにもかもを上手くこなし、誰からも愛される。
 この姉にしてこの弟ありと、疑念の余地なく納得させられる。
 そんな『可能性《オリムライチカ》』。
 そんなモノが瞼をチラつく様になってしまい、いつの日か、俺は自分の貌が見えなくなってしまった。

 子ども特有の妄想だと笑い飛ばせるだろうか。
 ちょいとばかし早い思春期恒例の悩みだと、揶揄できるだろうか。
 寂しさを感じた子どもは、ときとして想像力だけで『空想上のお友達』すら創り上げてしまうことがある。
 お気に入りの人形に名前をつけてままごとに興じる、一人二役の遊戯じゃない。正真、ただ己の想像のみで、心のみで夢想し幻想する、非実在性の大空想。時にそれを霊感だなどと誉めそやし、大人になってからスピリチュアルなどと呼称したがるが、これはなんのこともなく、いよいよどうしようもなくなってしまった幼い心が決断した、脆く悲しい結果なだけ。
 本来、心を守る機能だ。
 自我を守るため。健やかな成長を阻害しないため。ある程度の精神的成長を迎えた方々からしたら気味の悪いこと請け合いだが、その実そうした心の動きってやつは、概して健常な機能だといって差し支えさえなかろう。程度の違いこそ確かにあれ、それは人が人であろうとする真摯な機構に変わりないのだから……それが。

 それが、己と存在を隔離し保身と走った。走ってしまった。
 己を肯定するためじゃなく。
 ただその心を、否定するために。
 俺は、俺自身に『可能性』の仮面を被せたのだ。

 だがきっと、これは周りの大人が彼個人を受け入れてあげれば。
 彼の姉が、親がいない責任感から厳しく接しすぎなければ、そう肥大化する問題ではなかったのだ。
 周囲の環境は幻視を増長させ、収入を稼ぐ必要のある姉はますます一夏との時間がとれなくなった。
 悪循環は得てして、取り返しのつかない水際まで発覚しないのが常だ。
 救いはなく慈悲もなく、心を病んだ一夏少年はそのまま大人になり、千冬は守るべき弟の疵に気づけなかったことを悔やみ続ける。悔やみ悔やんで慟哭の鬼哭にさんざ泣き、殺して殺して殺し続ける何処にも辿り着かない流れ星の結末がきっと産まれたことだろう。

 これは、そんな面白くもない話をアッサリと塗り替えた、今も強く一夏少年の心に焼きつく、一人のヒーローとの思い出話である。



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 ────始めに貰ったものは、名前だった。

「おまえ、名前は?」

 保育園の敷地内。いつものごとく草葉の影に隠れていた俺は、珍しく声をかけられた。
 いやな視線を向ける先生方や、根暗で俯きがちの辛気臭いクソガキを虐める同世代から逃げることに必死だった。
 それが簡単に見つかってしまった。

「かくれるの、上手いな。上からじゃなきゃ見えなかったぞ!」

 侍みたいな高い位置で結った髪、快活な声。木の上に立つ、少し変わった喋り方をする女の子。
 颯爽と、日差しを背負って覗き込まれた。

「名前はなんと言うのだ?」

「……イチカ」

「そうか。なら『いっぴー』だな! わたしはどうにも隠れんぼが苦手でな、友達になってくれ!」

 ただそれだけの簡素なやりとりであり、忘れられない俺の思い出。

 あのときの想いを、どう表現すればよいだろうか。
 ヤケにひり付くのどと錆の固まった声帯。自らの名前を明かすというだけの単調動作は、久方ぶりすぎてあまりにも現実と乖離していた気がする。苗字を言えなかったのは彼女と同じ性を持つことの後ろめたさか、あるいは己の卑小さに耽溺していたゆえか。いずれにしろ誰よりなによりイチカこそがほかのすべてを差し置いてイチカの価値を見出しておらず、その末に搾り出した『イチカ』という響きの空疎さは、けれでも相手方の女の子にはなんら意味を持たなかった。

 だから己を『いっぴー』と呼称してくれたその瞬間を、なんとすればよかったか。

 隠れるのが上手い、と。
 友達になってくれ、と。
 認められて、請われた。

 『オリムライチカ』ではない俺に、俺の価値を認めてくれた。
 『織斑千冬の弟《オリムライチカ》』でしかない俺を、個人として認識してくれた。
 他の誰かなんかじゃない。俺に。此処にしかいない俺自身に。
 誰しもがあの女傑のお荷物だと汚点だと、―――いらない子だと。
 そう蔑むなか、オリムラでない名前をくれた。

 ただそれだけ。たったそれだけ。だけど。

 俺はギャン泣きし、男勝りで有名な『ほうきちゃん』は先生からイジメの容疑をかけられお叱りを受けた。
 そう、あの日。
 きっと。
 きっと誰にも伝わらない。だけど。
 俺は、救われたのだ。




 ────次いで貰ったものは、勇気だった。



 ほうきちゃんと友達になった根暗クソガキこと俺は、どこにでも連れ回された。
 行く先々で冒険し、ときには俺を苛めてたやつとほうきちゃんが喧嘩し、稀にイタズラに勤しんだ。
 彼女が先頭、その影に俺。けれどもその日陰は極光に晒される隔絶の黒なんかでは到底なくて、柔らかで。暖かい日陰の、なんと清々で明々な色彩だったろう。ほうきちゃんがもたらす色合いは、景色は、ただただ煌々と照らし尽くすだけの白じゃない色彩は、いつだって小さな男の子のキャパを超えて行った。
 毎日が楽しく、毎日ほうきちゃんへの憧れを募らせていた。
 先陣を切るその後姿に。追随するその黒髪に。切っ先を思わせるその言霊に。
 『勇者《ヒーロー》』を思わせる、その在り方に。

 決定的だった、ある日を思い出す。

「イッピー、おまえはオトコの癖によわいからダメだ。わたしが鍛えてやる」

 そう告げられほうきちゃんに連れてこられたのは篠ノ之流の道場で、俺は千冬姉を見た。
 偉大なる姉が遺憾なくその聡明さを発揮したのは武道であり、とりわけ『剣』であった。
 しかしながら根暗だけにとどまらず臆病で弱虫だった一夏少年は、千冬姉が剣道をしていたことは知っていても、取り組む姿を終ぞ見たことがなかった。少なくともその頃は、武が持つ精神だの理念だのはまったく理解できないし、ただただ野蛮に思えて興味を抱くことさえなかったわけだ。その日までは。

 圧倒、された。

 竹刀を繰る実姉、満ち満ちる鋭意に胴を分断された錯覚。
 武力が服を着て威力を晒す妄想に、けれども乾いた笑いさえ携えられない。
 姉の姿は圧巻であり……ゆえに俺は深い自己嫌悪に陥った。
 見学者として来場した俺には目もくれず、子ども組を熱心に指導し、試合では大人すらを圧倒する。
 自分とは違い過ぎる、だから俺は弟に相応しくない。同じ性を名乗ることの厚顔無恥、装模に作様と振舞えぬ傑物、採長補短を許さぬ『唯一無二《パーソナル・アーツ》』。……わずかばかりに開けていた視界に幕引きを行うには、現実に叩き落すには、立ち振る舞いだけで事足りた。鶏鳴狗盗なんて、犬や鶏のほうがまだ価値があったろうに。
 鎌首をもたげた悪感情、息苦しい圧迫感は。
 俺の顔を隠そうと再来する『オリムライチカ』は。
 しかし、自分とそう変わらない少女の姿に吹き飛ばされる。

 大人に混じって、大人ですら敵わない織斑千冬に挑む少女がいたのだ。

 呆気を取られた。疑問というか理解の範疇を超えた事実が脳内を駆けまわり茫然自失に宇宙すら感じた瞬間だった。
 俺の絶対である姉に、俺と歳の変わらない子が試合を挑むのだ。
 これもきっと、誰にも伝わらないけど。
 常識がぶっ壊された。
 降りた暗幕を、引き裂かれた。

 『俺の姉《ゼッタイ》』とは、たかだか自分と歳の変わらぬ少女が挑める程度だったのだと。
 『織斑千冬《ゼッタイ》』など、たかが大人の誰よりも強い程度でしかないんだと。

 負けても負けても負けても負けても負けても、心は折れず瞳は俯かず。
 悔しさに涙さえ滲ませても。誰もが諦めの中に剣を振っていても。
 彼女だけは、その『剣《タマシイ》』を折られることはなかった。

 なぜ闘えるのかと問うた。仔細は朧気だが。
「負けることは恥じゃない。負けることを恐れ闘えない弱さこそ恥である」

 そういった答えだった。
 そしてそれは、当時の織斑一夏少年を示した答えでもあった。
 結果だけ言わせてもらえば、その日と言わず俺の知る限り試合は全てほうきちゃんの負けだった。当然だろう。
 大人と子どもの差は歴然としてある上に、曲がりなりにも織斑千冬。人の奇跡に通ずる言葉は多々あれど、そうおいそれと覆るものでも起こるものでもないわけだ……ただやっぱりすごいのは、ほうきちゃんは俺を勇気づけるために蛮行ともいえる勇気を振り絞ったわけじゃなく、本当の本当に千冬姉に勝つつもりだったということで。バカなのかアホなのか無謀なのか剛毅なのか、けれどそれでもそれは間違いようもなく前人未到。
 『織斑千冬を打倒しよう』とした、初めの一人。
 単純に織斑千冬に『挑む』やつはたくさんいる。だが、ただ一人として『打倒する』として挑んだものは誇張もなくいない。試合であれ、腕試しであれ、道場破りであれ、名声を欲した外来であれ、夢見る厚い若人であれ。どれほど威勢のよい輩だとて、その威勢というものはものの数分で奈落に失墜する。『自分《ウチュウ》』の果てから墜落して、夢ごと潰れてしまうように。
 だって見れば分かる。話せば判る。対面すれば解る。眼を合わせれば理解できてしまうから。

 その武力を、業火を。猛々しい極光と轟々の火炎を、いとも容易く痛感させられてしまうのだから。

 だからそれが、どれだけ偉大なことで──馬鹿げているのか。
 暗愚。見栄っ張り。厚顔白痴。無知。身のほど知らず。意味不明。馬鹿は死ななきゃなおらない──。嘲りを洪笑させる道場に磊落とポニーテール。いくら小学生といえど遠慮のない言葉の数々は、いま思えばこそ畏敬と逃避と、そして羨望の表れだったのかもしれない。
 微塵も迷いなく剣を取り、一部の揺るぎなく勝利を確信してブレない小学生……それが恐ろしくて、認められなくて、羨ましくて。

 とても、すごくて。

 その日俺は、勇者を見た。
 理屈も理論も破綻させて、けれど理想だけは決して違えず。
 在るがままの成すがままに、『魔王《ゼッタイ》』に挑む剣戟の『勇者《バカ》』。

 そのバカの熱気に当てられて、虚像の仮面なぞ吹き飛んでしまった。
 一夏少年の、空っぽだったココロの真ん中に、注がれた熱があった。
 気づけば、体が動いていた。

「ちふゆねえ。―――ぼく、剣道がしたいんだ」

 千冬姉の無表情といったら今でも忘れられないくらい印象的だった。
 いま考えれば、それはあの人なりの驚愕だったんだと思う。
 だってなにせ当時の俺はそれこそ自発的になにかをするようなことなぞ皆無だったし──ほうきちゃんに引きずり回されたとはいえ未だ引っ込み思案だったし、まだまだ自分で動くよりも向こうからやってくるのを待っているスタンスだった。見かけに似合わずおもしろおかしくて騒がしいことが好きなくせに、物欲しそうにチラ見ばかりの上目ばかり。そんな子どもが、である。
 生まれて五年ばかしと人生いろはのいの字も知らない幼さといえ、そんな子どもが、初めてわがままを言ったのだ。いかに織斑千冬といえど、彼女の理解を突破するのは自明だった。
 織斑家における驚天動地といえば、まさしくこれこそが原初だろうな。

 しかし、だからこそ。
 だからこそ、その初めてのわがままを容易に容認しなかったんだ。

「…………お前には無用の長物だ、一夏。こんな棒切れを振り回すだけの技術のために、お前の人生を費やす価値なぞないさ」

 内心、俺を褒めたかったのかもしれない。
 自分の意思を口に出すということの、たったそれだけの行為の重さを、尊さを、その階(きざはし)に手をかけようとするその成長とも表せる心情を、きっと驚きつつも称えようとしたのかもしれない。でも、それと同位の深奥で。
 自分と同じ道へ進み、自分が居るからこそその先には希望なんてない事を知っていたから。
 素晴らしさと同じ領域で、その危うさ、空虚さを理解していたからこそ。

「何より。―――お前には、まだ早い」

 物事に速いも遅いもない、というのは実のところ嘘だ。
 趣味や楽しみ程度の話であればいいのだが、ことプロフェッショナルになるというのであれば、それは早いに越したことなんてない。出来上がってから刻印するのと、設計段階から織り込むのとでは、どうしたって最終的な完成度に差異が現われる……それを覆すそもそもの職人の腕を指して才能と呼ぶが、概して早さに敵うものでもない。なにせ早期ならばその分相対的に努力できる時間というのも確保できるわけだ。

 だが、その無知・無垢を利用するがゆえに幼いころから研磨研鑽された者達が頂点を頂くに至るのだとするのならば。
 それと同等、いいや以上の危険性をもって、『壊れる』というリスクが付随する。

 大抵、幼少期から習いごとをしているやつは親が勝手にさせていることが多い。
 わかりやすいところで卓球やゴルフやら、そういったスポーツ。または指揮者なんかの音楽関係。三歳にも満たないような、それこそ自分の意思が曖昧な時分から目標をもってなにかを続けるということは皆無である。大方親御さんがその道のプロだからだとか、あるいは……言い方は悪いがエゴ、といった理由で。本人の希望が介在する余地もなく、物心がつくころにはすでに習いごとの虜になっている。
 はっきりとした自我が目覚めてから行うのと、無垢な内から行うのとでは断然意味が違ってくる。練度・時間の話ではなく、精神的な話としてだ。
 往々にして、子どもには耐性がない。
 ゆえに折れるときは、実に呆気ない。
 大人が耐えられることでも、子どもにはそうではない。大人なら乗り越えられる試練辛苦も、子どもには世界崩壊の稲妻である場合もある。『そんなの当たり前』といいはばかってわかった気になるのは構わないし、『子どもは強い』と信じてくれるのも否定はしまい。
 でもリスクがあるのだ。純然たる事実として、取り返しのつかない危険性さえ孕んでいるのだ。
 幼少期のトラウマがその後の人生に影響を与えたなどいう話は誰だって耳にすることだろう。そうした心的外傷は望まざるとも突発的に起こりもするが、そうした外部からの意図的な入力が引き金になることもまた、少なくはない。
 何よりその道の先には、自分が深淵として潜んでいる。絶望に足る深淵が。

 絶対に悪い、とは言わない。
 けれど最良、でもない。

 千冬姉が早いと言ったのはそういうことを存分に存知だったからだろうし。
 もっと端的に、過保護だったのだ。
 剣を握る意味を、真摯に捉えている愛の戦士だったから。
 絶対安全の無痛室。揺り籠から墓場まで、あまねく『刺《ソーン》』の取り除かれる『織斑一夏《エルデスト》』。

 ──それは過去のもたらしたザーロック。イスリングルのヴラングル。
 織斑一夏の知らない物語。
 いつか遠いはるか遠い、遠く尊い原初の荘厳。
 たった一度と決意して、修羅に甘んじ鬼神となった、最初で最後の自覚的な間違いの刃。

 私が、其れを討つ理不尽に成ろう────。

 彼が泣くのだ。
 間違っている事がまかり通るこの世の理不尽さに。
 間違っている事を正せない自身の無力さに。
 間違っている事が変えられないと言う現実に。
 彼は泣くのだ。叫ぶように、切り付けるように。
 間違っていると。おかしいだろうと。
 痛みで泣いているんじゃない。寂しくて泣いているんじゃない。
 どうして届かないのだと、強く強く誰より強く、彼は求めて泣いているのに。
 悲しくて、やるせなくて、間違っていることを知っていても正すことができないから。
 振りぬける手と乾いた残響。誰も守らぬ疑問に思わぬ、暴力の発露。感情に支配された愚劣のツガイ。締め付けられる胸の熱が、きっと灼熱の篝火で。彼の涙が胸を打つ。

 その記憶は、未だ胸に焼き付いている。
 なればこそ。私が、其れを討つ理不尽に成ろう。

 その彼女の尊さは、きっと宇宙の誰にもわからない。
 だから、それこそが原因の、ある種彼女の『踏み外し《ヴラングル》』。
 彼女は織斑一夏の姉だから。
 彼を泣かせた痛みは。きっかけとなった哀切は。届かない切望は。
 『苦痛《ザーロック》』は、『長男《エルデスト》』に返せない。
 彼女の過保護の一端は、ここにある。
 尊い痛みがそこにある。

 そして静かな威圧。
 有無を言わせまいとする静謐。
 極地絶対の織斑千冬。千の冬は黙示録級につき。
 初めて勇気を振り絞った五歳児にはそんなシングルアクションでさえ直死の挙動であったのだが──その裡で灼々する血の巡りは、零下ごときに屈しはしない。
 俺の心臓には、熱い血が巡っているのだから。

「『ぼくに剣道はいらない』。きっといつも通り、ちふゆねえが正しい。だけど。
 それでもぼくは、強くなりたい」

 ──強さという言葉の空疎さをさて置いて。
 その頃の一夏少年程度の頭では、その『熱』を表現する言葉がほかに見つからなかった。
 強くなりたい。世界中の男が普遍的に抱くその渇望が、多分近い言葉だっただけ。
 あながち違っていないだけ。
 彼女に届くには『強さ』が必要で。
 貴女に勝るには『力』が不可欠で。
 好きな男に人のタイプは強い人? そんなの知らず判らない。乙女心の機微なんて、燃える心に繊細につき。彼女がそう言ったから、どうしようもなくそう在りたくて。
 在りたくて、でも。

「『強く』? 強くなって『どう』する? お前の気に食わない奴らでも痛め付けるか?」
「そうじゃ、ない」
「暴力筋力の強さとやらは否定せんがな。そんな慰めに費やして、どうしようもなくなった馬鹿はごまんといる。
 弱さを悪だと断じたい心意気を汲んでもやりたいがな、それは昨日の今日でどうなることでもない。
 初めて見た剣道の熱気に当てられただけさ。
 剣とは、解かりやすい力だ。是を立てるにしても非を否定するにしても、意志を通す為には力が要る。
 だから、そうさな。お前が何かに負けそうになったときは、迷わず私に頼ればいい」

「―――ちがうよ千冬姉。それじゃダメなんだ」

 負けることを恐れてしまっては。
 傷つくことを恐れてしまっては。
 それを恥だと切って捨てて、自分とは無関係のお荷物だと、紙くずのようにお別れしてはいけないんだ。無価値だと断じて、塞ぎ込んでしまってはならないんだ。
 俺は変わる? 強くなる? だけどそれと引き換えに、俺の素晴らしいものが消えてゆく? 戯けめ阿呆め、ふざけんな。一辺倒で芸がねぇよ。一つしか見てないから結局小石に躓くんだ。誰の人生だ。誰のだ。誰かを当てにしたイチカなんてもういらねえんだ。絶対なんてないんだ。んなもんは勇者様がとっくに焼き払った。負けも痛みもなんともない虚像のスーパーヒーローなんか存在しないし、間違ってもそれは俺じゃない。俺は俺の輝きを、俺の憧れを、心を。委ねてなんかやらない。
 無窮の蒼穹の無辺の浜辺のその木漏れ日、眠りこけている『オリムライチカ《ドコカノダレカ》』になんて絶対やらない。
 ──それはきっと無自覚な、己の憧れた『篠ノ之箒《ヒーロー》』とは異なる考え方のハジマリ。

「痛いのを、忘れちゃダメだ。怖いのを、忘れちゃダメだ。ぼくは、『ぼく』じゃないと、ダメなんだ。
 負けるのは恥ずかしいことじゃないから」

 負けることも勝つことも、それはとても勇気が必要で。
 憧憬している最高のヒーローは、そいつを持っているから笑顔が眩しい。

「追いつきたい、人がいるから」

 きっとだから、それは影から出たいという最初の一歩。
 行って見て触って感じて笑って泣いて怒って喜ぶ。そんな景色をくれた子が、確かに勇気をくれたから。


「だから千冬姉。────ぼくから痛みを奪わないで」


 とまぁそんな感じで、懇願するように、慈悲を請うように、それはもう千冬姉を拝み倒していた。
 結果としては渋々と許可をもらうことに成功。
 なかばがむしゃらにほうきちゃんを追いかけ、ときには千冬姉にいっしょになって挑みボコされ、またあるときは不意打ちをかけてボコされ、ボコされる俺を囮にしてほうきちゃんが挑んでボコされた。イッピーの打たれ強さの秘密はここにあるんだと思います誰だよヘタレとか指差したやついじめんなよ。

 まったくもって余談であるが。
 誰よりなにより反対した織斑千冬だが、それとはてんで裏腹に、剣を学ぶ一夏にトキメキを隠せなかった。
 男児の成長、新たなる一歩。それも多分。
 が、しかして、なにより彼女の胸を打った『己に憧れて剣道を始めた』という健気さ。
 追いつきたい人がいる──心血全霊、いいやそれこそ陳腐な物言いで自分のすべてである愛すべき弟が自分の背中を追って駆け出したのだ。諌めること言葉も多々あれど、超自然的に股座がお湿りたつ思いで夜を越えたことは語るまでもない。
 また、余談ではあるが。
 実は『篠ノ之箒に憧れて剣道を始めた』と知って大いにへこむのは、なるほど。まさに余談である。
 その日はウサ耳つけた頭メルヘンな女が妹を守ろうと奮闘した結果キズモノにされたらしい。



 ────最後に貰ったものは、自由だった。



 いつかの明くる年、ほかならぬ箒ちゃんの姉によってISの存在が発表され世間はてんてこ舞い。渦中のさらに中心たる篠ノ之家の生活環境は当たり前のように激変し、以後数年間は激動ともいってよかった。
 そしてさまざまなとり計らい──思惑の末に、要人保護プログラムによって箒ちゃんは転校した。
 しかしそこはイッピーの憧れ篠ノ之箒。お上だかお国だかがの英断に唾を吐きかけるのが得意技。大人になってから黒歴史とでしか処理できないような、まさしく子どもという立場を惜しげもなく使った駄々を捏ね、大人たちどころか同級生すらも巻き込んで、大々的に反抗した。叫び、喚き、ときには媚びて泣き唸り。かと思えば吼えて猛って逃げ回り立ち向かう。
 ……いまさらながらであるが、そうやって大人相手に立ち振る舞うことにすら楽しみを覚えていたのかもしれない。しかしそれらもろもろの反抗作戦が必ず俺を中継点にしているのはどうかと思う。爆弾の導火線に嬉々として火を着けるくせ、そのあとは他人に丸投げするんだ。それでいて爆発したあとに悠々と立っているのは彼女だったり。そのあまりにも自由すぎる行いは篠ノ之箒斯くあるべしとの完成度で、未熟さで、ある種諸刃のごとき儚き脆さ。──その危さから目を離せなかったのは事実だ。

 最期の最後まで駄々を捏ね、散々大人たちを困らせた姿は実に『らしい』姿で感心すら覚えるものだった。

 自由とは無制限を指すのではなく、事象に対する可能性の捉え方で──無秩序とは違うのだと。ゆえに箒ちゃんは侍さながらに厳粛でありながら気さく大胆に溌剌なんだ。
 捕らわれていないんじゃない。常識がないわけじゃない。ただ現状を打開し超越するに至るまでの思考プロセスに、必要なものをなにひとつ持っていないのだ。

 だから彼女は速い。思考がすなわち結論で、ゆえに身体駆動に直結する。
 だから彼女は固い。断ずるまでの過程はすべて結論の集合であり、ゆえに意思は揺らがない。
 だから彼女は軽い。そうした必要なものがないから、できることは不必要なものを捨てるだけ。

 別れる当日、俺はほうきちゃんから一つの提案を受けた。
『二人で逃げないか?』と。

 その時もまた、誰にも伝わらないだろうけど。俺は静かに感動していた。
 やっぱすごいよほうきちゃん。俺には思いつきもしなかった考えをぽんぽん出してくる。
 自由なんだ、ほうきちゃんは。
 なにもかもを捨てて立って居られるほど、強いんだ。
 不必要なものを捨てることができて、持つべき結論を持っていて、なくしたらなくした分加速できるような。感性に裏打ちされたまま、理性的に行動できるんだ。
 それを自由と言わずになんという。
 これを強さと言わずになんという。
 俺も、ほうきちゃんと一緒にいたい。
 でも。

 俺はそんなに、強くない。

「ごめん、行けない」
「そう、か」

 理由(イイワケ)など口にするだけ耳障りだ。
 そういう潔さも、ほうきちゃんに教えて貰った。
 俺の返事に気を落としたほうきちゃんだったが、

「引っ越しても、剣道は続けていいらしい。だから、いつか」
「会えるよ。必ず」

 どうしても会いたければ、どうにかして会えばいい。
 そういう諦めの悪さも、ほうきちゃんに教えて貰った。
 ──だからこそ、不必要なものを捨てないという自由も。

「ほうきちゃん、ありがとう」

 今、こうして『俺』がここに居られるのは、ほうきちゃんのおかげだ。
 今、こうして胸張って名乗れるのは、ほうきちゃんのおかげだ。
 『オリムラ』なんて、糞食らえだ。
 俺は『織斑千冬の弟《オリムライチカ》』じゃない。
 俺は。
 俺は。
 『俺』は。
 イッピーでいい。
 俺は、『俺《イッピー》』がいい。


「また会おう、ほうきちゃん」

「ああ、またな──『一夏』!」


 いや、そこはイッピーって呼べよお前台無しだろ。



 こうして少年少女は幼少期に別れを告げ、新しく成長の一歩を進み始めたわけである。
 しかし一夏の知るよしもないことであるが、実は彼は一つ勘違いをしていた。
 それは最後の彼女の提案、『二人で逃げないか?』に対しての解釈だ。
 まったくもって間抜けな話だが、このとき一夏はほかの第三者らが思っている以上に篠ノ之箒というヒーローに心酔しており、耽溺しており、憧憬しており……あろうことか最後のその提案を『自由への脱却~対大人、二人だけの犯行作戦~』とでもいうべきほど、『最後の反抗』解釈していたのだ。
 言わずもがなの話であるだろうが無論のこと箒はそんな意味でいったのではない。
 こんなタイミングで、女が、たとえ小学生だろうと女性が『二人で逃げよう』と言ったのだ。

 ……だったらそんなの、『駆け落ち』以外の意味合いなどないわけで。

 しかし得てしての大概の例に漏れない程度に一夏少年も男児であり、小学生という時分ではそんな機微が感じとれない程度には純真だった。鈍感だった。女の子は小学生のころに失恋すら学んでしまうのに対し、こればかりは男は実に疎くてのろまだ。
 いわばこれは乙女の一世一代ともいえる告白に気づかなかったという言い逃れのできない恥であり、
 ゆえにこの齟齬がとある問題に結実する。
 『また会おう』という二人の約束。
 片や懸想する乙女。片や三種の神器を携えた半熟。
 恋する男が剣道を続けると言って『必ず会える』とまで宣言してくれて、しからば再開の舞台は剣道の全国大会においてほかにはない。彼と彼女を繋ぐ確たる現代刃の絢爛郷。ゆえに一層と剣に打ち込み晴れて剣道全国大会優勝を果たす箒であるが、しかし待てども待てどもいっこうに、一夏はここまでやってこない。
 なぜ? どうして? と幾重多重に悶々としていたが、そうとも二人の解釈の違いが結実する。
 ヒーローに憧れる一夏。その別れ際に渡されたのは餞別とも言うべき『自由』。
 ともすればヒーローから貰った三種の神器、無碍にする一夏ではない。

 彼女がくれた『名前』は彼にイッピーという生き方を与え。
 彼女がくれた『勇気』は彼を一人で立たせることに成功し。
 彼女がくれた『自由』は、彼を『強くならなくてもいい』という価値観を授けるに至る。

 なにせ不要なものを捨てるのが強さなら、無駄なものを抱え込む弱さがあってもいいじゃないか。
 ゆえにいつしか手のひらから剣が零れる。固めた拳が解けていく。開いた両手で繋ぎたいのだと、触れ合いたいのだと、刃では掴めない素晴らしさがあるのだと。
 だから織斑一夏は力を望まない。効率的に無駄を感受する。言葉を繋いで徒党を組んで、この世の楽しさを謳歌し嚥下する。──その先に確かな『夢』を見据えたままに。
 などいう一夏の成長など知るわけもなく、箒は想い人との再開を夢に見る。
 決して果たされない、再開を。


 ……ともなればいかに篠ノ之箒といえど、やさぐれてしまうのは無理らしからぬ話。


 そうして磨耗と研鑽を行ったり来たりと繰り返して、必要なものにすら不必要のラベルを貼ってしまい、ただでさえ軽かったメンタルにぼろぼろと穴を空けてしまって──あとは語るべくもなく、入学当初の彼女を見てもらえればいいだろう。
 そう。
 かくしもシノノノホウキという目標を失い、あっさりと剣道を続けない『自由』を選択したのが織斑一夏あり。
 オリムライチカという実態がてんでわからなくなり、紙メンタルの実装と『暴力《かんしゃく》』を振るう『自由』を手にしたのが篠ノ之箒であった。


 まったくもって蛇足であるが。
 これが、篠ノ之箒が『モッピー』になった真相である。






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「がんばれイッピーきらきら少年期〜僕がイッピーなった理由〜」
 いかがだったでしょうか。
 あんまり表に出すつもりもなかった話なのですが、プロットを
 送り付けたらとある方がが仕上げてくださったのです感謝。
 あまりの感謝にもっかいプロット送り付けるわ。
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[32851] House of Wolves
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:6d708804
Date: 2016/03/27 20:28
House of Wolves / My Chemical Romance





 姿勢は前傾、リズムはタテノリ、刻む鼓動は16ビート。
 顔面だけを守るピーカブースタイルのまま直進し、ステップに乗せて放たれる教科書通りのワン・ツー。
 
 対する俺は広めのスタンスに片手を前に突き出すジークンドもどき。
 抵抗することなく緩く下がりながらジャブをはたき落とす。
 スウェーしながらの直突きは、更に一歩踏み込んできたマドカにすり抜けられた。
 
 おいおいいきなりイッピー大ピンチだよ。
 間髪入れない鋭いストレートが俺の胸元へと刺さる。
 が、しかし、平気の平差で伸ばし切った腕をマドカの首筋に当てようとして、見失う。

 殴った反動のまま体を沈み込ませ、後方へと高速で滑って行った。
 そりゃあ、そうは上手くはいかないよなあ。

「分かりきっていたが、着ているな」

 答える義理はねえ。
 銃弾すら受け止めるISスーツには拳打なんか通じない。
 なんともまあ便利な服でしょう。

 首から下の打撃は、互いに有効打になりえない。
 つっても俺のISスーツはポンポン丸出しだからさっきのストレートがもうちょい下降してりゃ悶絶必至だったんだけどね。
 女性のISスーツであれば、首から上か、二の腕から先、腿、足首から下。
 ダメージを与えられるポイントは絞られている。

 そういった意味では、なんともまあ奴のスタイルである『ボクシング』とは都合の良いものか。
 相手の頭部を殴打しノックアウトすることに最も優れた武術なのではないか。 
 一度目は、生身対IS。
 二度目は、IS対IS。
 三度目は、生身対生身。
 三度目の正直に、よもやこうも都合の悪い状況が揃うなんて。 
 こういう荒事にゃ分が悪いって? まして平和主義者のイッピーですよって?
 だけどさ、そんなの―――いつもの事だ。
 なあ、アンタもそう思うだろ?

「わざわざ探らなきゃ確信も持てねーのか? 一から順に丁寧に説明して欲しいのかお嬢ちゃん」

「罵倒して平常心を失わせるつもりだろうが、そんな浅はかな手が通用するとでも思っているのか?
 それに、私はとっくに憤怒に焼かれている。そう急かさずとも、必ず貴様の息の根を止めてやろう」

 そういや、冷静に考えると平等じゃないよな。
 俺がISでこいつが生身の状況もあっていいと思うんですけどー。

「犬畜生はキャンキャン吠えるのが仕事だもんな。好きなだけ吠えてろ」

「抜かせよ、雑種」

 尋常じゃないステップインからのジャブ。
 さっきのは本気ではなかったのか、踏み抜いた蹴り足は焦げた臭いすらも漂わせていそうで、尋常でない加速を産む。
 人体運動の頂点、最速の可動。
 腰と肩の捻りから放たれる、ジャブ。
 どんな人体の動きよりも速いソレは、中てるに特化した拳技。
 たかだか一メートルもない加速で、それは時速30Kmを超える。
 
 ガードしている俺の手ごと貫かんとするその拳は、まるで硬球だ。
 袖口より下で受ければよかったのだが、撃たれたのは手首。
 鈍い痛みがこれから走るだろうが、気にしている暇はない。

 拳打において、最も完成されたコンビネーション。
 ワンがあれば、当然ツーが来る。
 躱せない、躱させない、乾坤一擲のフラッシュストレート。

 ソレを俺は。
                       
 
「やる気がねーのか、遊んでんのか?」 


 顎を引き首を竦め、額の少し上で受け止めた。
 重い衝撃は重いだけだ。意識を狩るには程遠い。
 すかさず反撃に伸ばした俺の手から、海老と見紛う動きで逃げていくマドカ。

 ヌルい。
 どれだけ鋭かろうが、狙うと分かってりゃ防ぐのは容易い。
 フェイントもなく、身体能力と技だけでなんとかなると思われているのか。
 この期に及んで、俺を軽んじているのか。
 腹は立つが、なら楽勝だ。
 
 一息に五メートル以上の距離を離したマドカは冷めた目をしている。
 拳を痛めた様子もない。
 探っているのか考えているのか、ポーカーフェイスからは読み取れない。
 どちらにせよ、待ってやる道理はない。
 仕掛ける。

 早くはない、むしろ緩慢とも取れる動きでマドカに近付く。
 リーチはこちらに分があり、スピードにはあちらに分がある。
 筋力は悲しいかな、あんまり差がないだろう。
 体格的なモノを考えれば俺の方が当然、とも思えるのだが、実際あいつのバネを計算に入れると勝てる自信はあんまりない。

 まだ三歩遠い。
 突然加速する二歩目。
 左足を踏み込んだ勢いから鋭く放つはローキック。
 マドカは少し下がり距離を維持し、なんなく透かされる。
 ローキックに使った右足を地面に落とし、無理矢理腰を逆向きに捻って変則的なソバットにつなげる。
 心臓の高さを狙った右足よりなお下、胸より下に沈み込み、その眼をぎらつかせるマドカ。

「んなろっ!」

 取れると思ったかまだ甘えよ。
 俺の顔面を捉えようとすり抜けようとしたマドカ。
 左足で跳んで、そのまま左膝を顔に合わせた。

 浮いてぶつかった勢いで後ろに倒れこんでそのまま床蹴ってバク転起立。
 アクロバティックに決めても歓声一つもねえ。
 意表をついたつもりの膝蹴りは綽綽とガードされていた模様で、迫撃もせず俺を眺めている。

 観察してるつもりかよ。
 畳みかけるチャンスだろうが。
 態勢を崩したらそこで決めるってのがセオリーだろ。その程度も知らねえのか。
 余裕のつもりなら、いっそ腹が立つわ。
 冷静であれと自分に言い聞かせ、無造作に距離を詰める。

 腰も入れてない左腕の手打ちは、軽々とパーリングで落とされる。
 頭痛。
 続く右手をフェイントに、踵で足の指を踏みつけた。
 頭痛。
 激痛を声すら上げず噛み殺したマドカのショートパンチを頬骨で受けた。
 頭痛。
 頬は骨さえ折れなきゃ、とっても痛いだけで済むから問題ナッシング。
 それすら意に介さぬ、頭痛。

 ああ、そっか。
 そうだよなぁ。
 お前も痛くないんだよなぁ。

 折角体格の差があるのにクロスレンジは旨くないと見切りをつけて距離を取った。
 指先には神経が集中している。まして指を潰すつもりで踏み抜いたんだ。
 常人であれば、あまりの痛みに身体は硬直する筈だ。

 ずっと頭痛がするんだ。それ所じゃねえ。
 俺がそうなんだ、お前だってそうだろう。

「腹立たしいほど頑丈な男だな」
「丈夫さには定評があるんでね」

 もしもの話をしよう。
 もし俺が千冬姉のクローン、遺伝子的に妹な存在に出会ったら、きっと愛さずにはいられない。
 憎まれようが嫌われようが、そうだろうって確信がある。
 
 もしも千冬姉が俺のクローン的な存在に在ったら、どうなるだろうか。
 口ではなんと言おうが、たぶん愛さずにはいられないんじゃないか。
 明確な敵だとしても、嫌い切れないのではないだろうか。
 敗北して捕えられてしまう程度には。

 つまりはそういうこった。
 俺の遺伝子が悲鳴を上げてんだよ。
 誰のパチモンだ手前はって、許しちゃおけねえって。

 『男性なのにISが操縦できる誰かが、もし女性だったら』っていう下らない、もしもの話。

 舌で頬の裏側をなぞる。
 口内は歯にあたってしまって切れている。
 唾と絡めて、血を吐き捨てた

 心底、くだらねえ。
 だから、これは愚痴だ。

「なあマドカ。気付いちゃいるとは思うが、俺達は誰かさんが書いた笑えない話の通りに踊らされてる。
 俺も、お前も、あの人も。俺達に関わった人達も皆、くだらない筋書に操られてる。
 とにかく冗談じゃない状況だけど、まだ誰も死んじゃいない。取り返しなんて幾らでも効く。
 俺達がどれだけ互いに気に入らないとしても、んなもん会わなきゃ済む話だろ?
 だからさ」

「気付いてないフリは辞めろ。不快が極まる。
 たとえ踊らされていても、たとえ操られていても、私は私の意志で此処に居る。
 お前を殺す為に此処に居るんだ」

 はじめて呼んだ名前は、あっさりと流された。
 
「誰かが否定すべきだったんだ。『お前は産まれるべきではなかった』と。
 お前と云う存在があの人を、逸脱したまま社会に縛り付け苦しめている。
 あの人は篠ノ之束と同様に、早々と見切りをつけ個として生きるべきだった」

 淡々としていた。
 あっさりとしていた。
 俺の聞いたことのない声色だった。

「触れたら簡単に壊れてしまう檻に閉じ込められて、どれ程窮屈な生活なのだろう。
 誰が相手でも本気を出せない人生とは、どれだけ空虚な人生なのだろう。
 守るべき者があった。守らなければならない者があった。
 自分と同じ胎から産まれた、驚くほど幼く無力な残り滓。 
 篠ノ之箒のようにお前が強ければ、篠ノ之束のようにあの人は自由であったろうに。
 お前の弱さが。お前の拙さが。お前の幼さが。あの人から選択を奪った。
 お前は犠牲にしたんだ、イチカ。お前が、犠牲にしたんだ」

 怒りを帯びない声は、俺の名を呼んだ。
 だからきっと、これは俺に向けられたものではない。
 触れ合うほど俺達は傍にいるのに、互いを嫌悪でしか想えない。
 俺達はあの人が居る同じ向きを向いて、話しているだけだった。

 
 だけど。
 彼女が真摯に、俺の姉を想ってくれている事だけは、理解した。
 だからこれは、避けられない。
 互いに譲れないんだ。
 
 ストンと胸に落ちた。
 コイツは俺なんだ。
 もし箒ちゃんと出会っていなければ、俺はコイツみたいになっていたんだ。
 姉に依存して、姉の敵を排除して、姉の幸せを願う存在になっていたんだ。
 この人の世から、俺という軛を壊し地表から脱却することを目的としているんだ。
 姉を人の世から突き上げて、空の果てへ、天国(ジゴク)に辿り着かせようと。
 
 なるほどなるほど、なるほどね。
 そいつは許せねえなあ。

 
 幼い日を幻視する。
 その大きな背中を、自信に満ちた瞳を、愛情を惜しまない手のひらを。
 細い腰も、手折れそうな手足も、まだ20にも満たぬ体躯を。
 胸に抱かれた温もりを、涙しそうな厳しさを、溢れこぼれる優しさを。
 潰されそうな重圧も、人を育てる責任も、金銭への苦心も。
 全部、覚えている。 
 全部全部、覚えている。

 俺は俺に誓ったのだ。
 俺が俺の為に頑張った俺の姉に恩を返さなければ、俺は俺を許せないだろう。
 志したのは、一番シンプルで一番難しい目標。

 仮に俺の姉が世界で一番弱いのなら、俺は二番目でいい。





 渇望が、胸に在る。
 俺は、俺の渇きを充たす為に。
 お前は、お前の望みを叶える為に。

 疾走した先で、衝突しただけ。

「一ツだけ訊くことがあって、一ツだけ教えてやることがある」

「劣等に教わることなど、反面教師以外何も無いわ」

 向き合った俺達は、敵意と殺意を交錯させる。
 まあそう言うなよ。
 たかだか数年、『偶像(ヒーロー)』に焦がれたお前程度にゃ。
 されど十数年、『栄光(フェイム)』に焼かれた俺が教授してやる。

「俺が死んで。俺の存在を消し去って。
 お前が手に入れて。お前が望む本当の関係を手にして。
 織斑千冬は、幸せになれるのか?」

「――――――――――――必ず、幸せにする」
 
 万感を込めた返事は、誠実さだけが伝わってきた。
 じゃ、ダメだ。ダメだわ、お前。
 
「分かった。お前が勝ったら好きにしろ。俺を殺そうがチッピーとイチャラブしようが勝手にしろ。
 但し俺が勝ったら。―――二度とその気に入らねぇツラを俺に見せるな」

「是非も為し。言われずともそのつもりだ。ああ、言わずとも分かっていた思うが、―――貴様の顔はとうに見飽きた」

 研ぎ澄まされていく神経が、尖り過ぎた感覚が、終わりへと加速する。
 尺はもう余ってねえんだよ。とっくにリミットオーバーだ。
 ラスト一合、それで幕だ。

 一匹のケモノが、牙を剥く。
 トップアスリートの身体能力、抜群のセンスにより練磨された格闘技能、皮肉にも愛よりひたむきな殺意。
 殺して殺して殺して、殺し続けて何万回。
 想像上ではない、夢にまで見た織斑一夏の殺害。

「おい、―――構えろッ!」

 そんなヤル気満々なクレイジーサイコシスコン妹を前に、俺は両手を下した。
 まるでコンビニ前で煙草を吸って誰かを待つかの様に、自然体だった。

「言い訳はしねえ、説明はする気もねえ。全力だから、とっとと来い」

 マドカは無言で構え、そして消えた。
 一足目にしてトップギア、二足目にして最高速。
 駆ける速さはさながら閃光。
 だけど、日本じゃ二番目だ。

 織斑一夏は武闘家に非ず。
 織斑一夏は剣術家に非ず。
 織斑一夏はISランナーに非ず。
 織斑一夏は野望家也。

 織斑一夏は剣に生きる人間ではない。武に生きる人間ではない。
 まして決闘に心躍らせる野蛮人ではない。
 サークルで、土俵で、囲いで、リングで。人を倒す為に洗練された技術を修めた、闘う人間ではない。
 故に、型など不要。
 隔絶の一撃を、はたまた最適化された連撃を駆使する人間ではないのだ。
 ただの野望家。
 武術も剣術も、世界をひっくり返したISでさえ、道具に過ぎない。
 目的を叶える手段でしかない。
 故に、構えは不要。
 織斑一夏とは、純然たる個として成立しているのだから。

 何かに頼らなきゃ。
 何かに縋らなきゃ。
 立って居られない程、弱くない。

「シィィィィッ」

 無構えの利。
 構えていないからこそ、どんな風にでも動ける。
 構えていないからこそ、どんな風に動くか想像もできない。
 最適化されたモーションで、筋肉を酷使する武の人間とは真逆の方向に在るのだ。
 元から立ってる場所が違うんだよ、お前らとは。
 
 剣に魂なんてかけてないし。武に人生なんか費やしてない。
 努力は貴いし、目標へ邁進する姿は美しいけれど。
 だけど、誤解を恐れず云わせてもらえば。
 くだらねえんだよ、テメーら。

「みんな、俺を弱いだの雑魚だのと下に見てるけどさ」

 本日最速の左ジャブを半歩引いて勢いを殺し、次いで迫るは最高の右ストレート。
 俺が引いた分奴が踏み込んで、当たれば首の骨すら折れかねない乾坤一擲のコブシ。
 半歩下げた足はそのままスライドし半身に固定。
 突きのタイミングと距離は、練磨の高さゆえ、最大値で固定されたものだ。
 身体を引くことにより発生した相対時間。

 拡大する意識と、縮小する感覚。
 ゼロコンマ一秒の世界。

 まるで水に溺れたみたいだ。 
 息ができない息苦しい。
『一秒の世界(リク)』に帰らなければ、窒息してしまう。
 静かすぎて耳が痛い。
 誰の声も何の音も、響かない届かない。
 体が重い気怠い動き辛い。
 水没した世界では、歩くことさえままならず。




 でも、それでも。
 ゆっくりと、手は動く。
 しっかりと、足も動く。
 体はとっくに初動に移っている。
 このマドカ・オリムラを。俺の敵を。
 打倒せんと、動いているのだ。

 だって、許せない。
 コイツは、俺の を。
 俺が殺した、俺の真心を。
 無にしようとしているのだ。 
 俺が殺すことによって守ろうとしたあの人の日常を普通の生活を一人の人間としての生涯をただの凡人の毎日を守ろうとした親愛をなんのためのだれがための涙をこれまで育ててきた時間を満足を頷きたかった決意を、なかったことにしようとしている。

 俺の虚ろな真心が、殺した筈の真ん中が。
 許すなって、叫んでる。

 トロ過ぎる奴のストレートを両手で掴み、逸らし、巻き取り、手首を極める。
 化け物染みた反応速度で、円夏は渾身の一撃を合わされたにも拘らず、手首を折られる前に自ら跳躍する。
 でもさ、その程度なら想定内なんだよ。

「俺は、生身でだって『織斑千冬』に勝とうとしている男だ」
 
 極めた手首の向きへ跳躍し反転しながらなお、俺の頭部へと蹴りを見舞おうとする。
 それを視ることなく認識しながら、更に逆へと手首を捻り返した。
 本当なら、これで決まり手だ。
 されど、織斑千冬の―――"オリムラ"の血統は伊達ではない。
 筋力が、神経が、バネが、耐久が、反射が、反応が、常人から逸してる。
 化け物染みた、否。
 "化け物"だ。
 俺の肩に叩き付けた蹴りは、跳んだ向きとは逆方向の力を与えるべくして放たれた。
 反応と、思考と、体動。
 一瞬の攻防の中で、まざまざと魅せつけられたその人間性能。
 世界最強の系譜。
 これぞ"オリムラ"。
 世界にその名を響かせた、唯一無二の『戦女神(ブリュンヒルデ)』の血統よ。

 『でも』。
 『でも』、さ?
 一個、忘れてねえか?

 その悲運の女神の名を冠する、年齢=彼氏いない歴のサミシイ女には、スーパーイケてる弟様が居ること事を。
 その上そのナイスガイなブラザーは、憐れな姉の為に己が身を粉にしてたった一つの野望を叶えようとしている事を。
 そうだよ。誰も彼もが俺が男性だからと失望の念を隠さなかったけれど。それでも、俺だけは。俺だけが。
 性別も。
 年齢も。
 IS適性すらも言い訳にせずただ独り。
 この地上でただ一人。
 織斑千冬を、超えようとしている男だ。

 一週間程度すらISに触れてない俺が、なぜ代表候補性であるセシリア・オルコットに勝利することができたか。
 そのセシリアを圧倒する凰鈴音と、なぜ互角の勝負をすることができたか。
 全国制覇を成し遂げた篠ノ之箒と剣を合わせ、なぜ手玉に取ることができたか。
 ちったあ考えろよ。
 慢心があった? 舐めプだった? 意表を突いた? 十分に研究した? ISの適性があった? 努力をした? 才能があった? 環境が良かった? 流れを掴んだ? 運が味方をした? 
 フザけんな舐めてんじゃねえぞクソったれが。 

「そんな『織斑一夏』が、弱いワケねーだろうがッ!」

 無理に無理を重ねた結果、ふわりと奴の身体は浮いてしまっている。
 地に足ついてねー女だ。何せ国籍すらねーからな。
 ―――そんな女に、俺の姉貴はやれねえなあ!

 マドカが腕を引き寄せようとするので、手首を離し自由にさせる。
 つまり、俺の両手も自由になったぜ?

 浮遊したマドカの顔面と腹部に諸手突きの要領で掌底を放つ。
 冷静に顔面だけガードしたマドカは、自分の失策に気が付かない。
 押し当てた両の手は、背筋の運動量を存分に叩き付け、宙に浮いたマドカの体を加速させる。
 軽いんだよ、クソ餓鬼。

 勢いのついたマドカの体を更に勢いづけて押し続け、押して押して押して、そのまま壁に叩き付ける。
 ガードの上からかました俺の掌底は、マドカの後頭部を膂力のままに壁へとぶちかまし、意識を一片のこらず刈り取った。
 受け身も取れずに地面へ落ち、ドスンと音を立てて転がる。

「始めに云っただろうが、『ブッ飛ばす』ってよ。
 これで仕舞だ。聞こえてねーだろうけど、俺の完全勝利で決着だ。
 俺とお前が顔を合わせることは、金輪際無い」

 ノビてしまっているマドカの頭を踏みつけ、宣言する。
 敵じゃねえんだよ。お前も、世界も、"オリムラ"も。
 俺を誰だと思ってんだ。みんなのアイドル"イッピー"だっつーの。知らねえのかよモグリだろお前ら。
 なあ、アンタもそう思うだろ?


「じゃあな、『赤の他人(オリムラマドカ)』。
 俺の姉は、俺が倒すよ」




[32851] OutLine-SSBS:空っぽの空に潰される
Name: 真下屋◆8b7c8ad0 ID:6d708804
Date: 2016/04/13 00:18
空っぽの空に潰される / amazarashi



 桜が舞う。
 はらはらと。ちりちりと。
 こうして日本の大地を踏みしめ、満開の桜を目にするのは何年ぶりだろうか。
 年度の始めってのは非常勤サラリーマンである俺をしても忙しいものでここ数年、春はイギリスかフランスで過ごしていた。
 
「────、────」

 圧巻というか、圧倒というか。
 やはり桜ってのは、特別なのだ。
 その美しさもさることながら、その儚さには魂を惹かれる感覚すら覚える。
 脈絡もなく、俺は日本人だった、帰ってきたぞなどと、そんな感想が心をよぎった。
 国花。
 日本の国花はなんだ、と。そうした問いを投げかけられて、返答に窮する日本人などまずいないだろう。知識として知らずとも、正解として知らずとも。なんら一切の疑いすら抱かずに、おおよその確信をもって開口するに違いない。
 ──桜。
 日本の国花は桜だと。
 そうした結論をどんな賢人にも幼子にも即答させるほどに、桜は日本人の基幹に根を張っている。知識とか、根拠とかを過程として必須とせず、漠然に確然。確たるものを抱かせる。
 まぁでも実際、桜って正式な国花じゃあないんだけどね。少なくとも法定として決まってる花じゃない。至当は菊の花。もっとも菊なんてロイヤルな御仁方々の象徴としての趣が多分だけどさ。切手なんかで桜モチーフにするから余計に分かりにくいんだろうな。
 だが、しかしだ。
 それでも、桜とは日本人にとって、馴染み深く、心のすぐ側に咲いているのだ。
 桜の題名で歌うように。桜の印象で文《ふみ》を綴るように。桜の眼前で描くように。桜の今際で感涙するように。桜の機関で命を擲つように。桜の黄昏で世界を獲るように。桜の名前で生まれるように。
 そんなもんで、そんなことなのだ。
 恥ずかしいったらねえざんすなあ。

 ちょくちょく日本には帰ってきてはいたが、うん。なんか落ち着いた。ようやく落ち着けた。ようソメイヨシノちゃん、故郷に帰ってきたぜ?

 本日の出で立ちは、黒のスーツに黒のネクタイ。
 お気にのサングラスはお休みだ。
 なんでかって?
 だって失礼だろ、そんなの。

 ちゃらんぽらんに生きてると思われてるかも知れませんが、俺にだって礼を尽くしたい相手ぐらいいるんですよ。
 そんなにいっぱいいるわけじゃないですけどね。
 いっぱいいたら寂しいですしね。

 俺がいるのは奈良県の桜井市、そばで有名な笠地区だ。
 市の名前からして桜を冠しており、当然ながらそれを大々的にイメージフラワーにしている。市指定の天然記念物には名立たる桜たちが名を連ねているほどだ。日本で一番、とまではばかる無粋は持ち合わせていないが、これほど桜が文化に密接している土地も珍しい。
 奈良は中学の修学旅行できて以来なので、ここには一七年ぶりに訪れた計算になる。
 もう今年で三一歳。
 わりと自覚はないのだけれど、意外と歳くったな俺も。
 ノスタルジー? ノスタルジック? 歳を食うとすぐと感傷的になっていかんね、こりゃどうも。

 駅からレンタカーを借りて、観光がてらの買物兼ドライブ。最新のアクアすげーなオイ。
 町を走る。街を走る。道を走って路を行く。草木の緑と山の緑、桃の花弁を視界の隅に。
 花だったりバケツだったりその他もろもろ一式そろえて、山寄りにある寺の最寄駐車場へと辿り着いた。

 時刻は二時過ぎ。
 いまいち住所が分からず駐車場所に困ったわりには早く着けた。
 ここから寺までは少し距離があり歩く必要がある。
 その上、寺へは傾斜のキツイ階段を一〇〇段以上に登らなければならないので、ちょっぴり億劫でもある。ともすれば汗ばみそうな春の陽気、というよりまっくろクロスケな自分の格好が恨めしい。
 コンクリートで舗装された道に革靴の音を響かせ、ザ田舎の細道を進んでいく。
 
 少しだけ、昔のことを思い出した。
 こんな感じの細道を、フランスでも歩いた。
 あのときは確か、卒業してすぐだったな。
 両手の花を振り切って逃げ出し、とある民家のお嬢さんが匿ってくれたっけ。
 もう名前も覚えてないけど、素朴な感じのいい子だったのだけは覚えている。
 俺の片言フランス語が可笑しかったらしく、控えめに笑った後で色々教えてくれた。

 ああ懐かしい。目新しさしかなかったあの頃。
 未知で舗装された未踏の園。
 今では俺もそれなりに大人になっちまったからなぁ。
 もう戻らぬ我が青春の十代。弾けるパッション魅惑の十代。
 語らぬ二十代。
 その事実に、少しだけ寂しさを覚えた。
 時間は戻らない。日々は還らない。劣化は止まらず、進化は果てない。そして誰も世界を待たない。──ゆえに唯一無二の価値を知っている。今と称した瞬間の煌めきを覚えている。
 一瞬の和火《わび》の赤熱を。瞬く疾風の甘露を。閃く紫電の衝撃を。
 忘れるものか。忘れられるものか。忘れたいなどと思うものか。忘れてはいけないものだから。
 掛け替えのない日々だった。刺激的なおもしろおかしいことが目白押しで、とるに足らない飴玉だらけのカリカチュア。太陽の軌跡すら更新されてくような代謝がすこぶるいい日進月歩は、体当たりばかりで粉骨最新。知らないことが煩わしかったのに、苛立ちは環境に押し付けて。誰よりも賢く立ちながらいびきをこくし、効率的に遠回った。痛みのぬるま湯、絆創膏の宇宙。過激に躍動する切なさの乱れ射ちを、深夜十一時前にコンビニの前でたむろして憂鬱になる程度の陶酔のボーナスタイムで不意にして、呼吸が嬉しいなどと朝日を浴びる。人生をかまととぶる暇はなく、生涯通して自身にソーラー。時に灼熱、時に白光、時に哀切、時に滅亡、されど至福。言葉にする手間すらもう返らない素晴らしさの残滓。
 ああ懐かしい。日本語にすらならねえ眩さを誇る、目新しさしかなかったあの頃。
 絶えずファウストの有名な文言が口を突きそうになる、あの、不理解と理不尽と不退転と大進展と不可思議と摩訶不思議に理路整然としていた、砕ける寸前のステンドグラス。刹那の輝き、青春の咆哮。疾走する思春期のパラベラム。
 青春期の、未知の刹那たち──。

 宝物の記憶だ。
 だが。

 だが。だが。だが。
 だが、しかし。
 その瞬間は宝物だけど。その日々は宝石だけど。その毎日は黄金だったけれど。
 間違いなく掛け替えのないもので、狂わしようもなく前衛的な、いつどんな時代のどのような生き方のどんな人間が見ても輝かしい以外の羨望を第一に抱いちゃうであろう光の庭の風景は、巡り巡る季節に寸断なく到来する一刹那ほどにも尊かったけれど。

 それが最高だったとは、言わせない。

 それがこの人生で最も素晴らしかったとは、賞賛させない。
 その刹那が世界中のどんな時代よりも価値があって、満ちていて、輝いていて美しかったなどと、お前たちに共感なんてさせねえよ。名言になんてさせねえよ。
 あの閃光こそが在りし日の最強だなどと、信奉なんて認められるか。

『僕は二十歳だった。それが人の一生で一番美しい年齢だなどと誰にも言わせまい』

 なあ、アンタもそう思うだろ?

「それで、私に何か御用でしょうか、少年」

 急なイッピーの敬語男子にときめいた女子、挙ー手!
 どこぞの世界最強の声が聞こえたのは気のせいだきっとおそらくたぶんメイビーイッピー。

 いるのは、人間大の壁だった。

 寺への階段の前に、佇む少年が一人。
 ヤケにガンを飛ばしてくる、なんだか癇に障る端正な顔をした少年が一人。
 春の陽光、白昼に累々。平和を砕く春風の突風を身に受けて、立ち続ける雄《ユウ》の勇は夥しく。不動不退の立ち姿は金剛の大木を想起させる。
 それでいて外装はしなやか。女性的で素直そうな、笑えば女性にモテそうな顔を──いまばかりは不満気にゆがめ、俺を睨みつけている。
 青春の弾丸が、睨めつける。

「我が方、本日は少々予定がございまして。お手数のこと痛み入りますが、後日諸手順をきちんと踏んでからの面会を望んでいただきたく存じます。暁に、必ずや予定を合わせると宣言いたしますゆえ、何卒いまばかりはご容赦のほどをお願い申し上げます」

 これで折れてくれる程度なら、こんなところで待ち伏せなんかしねーだろうけど、一応ね。
 俺も大人だからね。まずお願いして、ダメなら相談して、妥協点や折衷案を見つけていかないとね。畏まって、提案して、譲歩しないと、いけないこともあるんだよ。もっともそうやって振舞えば振舞う分、つけ上がられることもあるが。
 我も人、彼も人。ゆえに対等、基本だろう?
 子どもだからと見縊って、言葉遣いを乱す阿呆は、失礼ながら大爆笑ですよーっと。

「あんたにはこの先に行く資格がねえよ。ここで引き返せおっさん」

「『おっさん』……、いやおっさんだわ俺。よく二〇歳前半ぐらいに間違われるけど、三十路超えたおっさんだったわ」

 むしろこの年頃からすれば、二〇歳超えたらおっさんなんだろう。
 わからんでもないな。俺も、若く見られたいオヤジどもを煙たがった時期があったし。上見て噛み付いてりゃ満足できる外来を、一笑できない程度の茫漠は抱いていたし。
 けれどまったく、想像力足んねーのな。どうせお前も通る道だろうに──ってあーもうやだやだ。んなまさに私大人になりましたよ的なやつ! そんな人生の先輩風吹かせるやつが老害っつわれるんだよ。若さを羨むボンクラではないと自負しているし、未だ変わらぬ熱もあるが、感性が若い永遠の少年なんざ、思春期に引きこもってたネクラっ子どもの切望だ。青春に浪人した賢人からの冥々だ。熱があり、夢を抱き、駆け抜けてしまった後の人間で、──俺はもう大人なのだ。
 未だに青二才なんて言われる手前油断していたが、どうにも裡側に腐敗の瓦斯《ガス》が溜まり始めてやがらあよ。
 
 
「そう仰られても当方、恥ずかしながら自身の職務を放り投げて馳せ損じましたゆえ。『はいそうですね』と清々帰還すること罷りません。半刻ばかり憂慮頂ければ、本市から速やかに退出することをお約束しますので、何卒お願い申し上げます」

 俺の雇主はそりゃあもうお冠よ。
 鶏冠に怒髪天の有頂天よ。金ピカだけに。
 今だって『一夏さん貴方自分の立場分かってらっしゃるの今すぐ戻りなさい!』とかメッセージ届いてんだ。『しばらく かえれない しんぱいすれな』とでも返しておこう。
 引き返して説教されるのは確定なんだから、どうせならしっかりと自分の目的は果たして帰りたいのだ。

「……なんと言われても通すつもりはねえよ。何様だおっさん、そんな好き勝手できるほど偉いのか? 明らかに慣れねー敬語でオトナぶるなよ。気色悪いったらありゃしない。品のなさが浮き彫りだな、小賢しい。
 あんたには資格がないと云ったんだ。──まさか心当たりがないとかほざくなよ」

 …………あいたたた。
 実は心当たりならいっぱいある。
 今の雑言、まるっと見逃しちゃうくらい、しとど真っ黒にありありである。
 ガリガリと首のちょっと上を掻いて、ため息を吐き捨てた。
 ありありなのだが。
 だからってすごすご引き下がるほど、人間出来てねーんだよ。

「百万までならキャッシュで出してやるから、見逃してくれねーか。
 頼むよ、大事な用事なんだ。ちょっとばかし、遅くなっちまったけど」

「国家予算オーバーでも足りねーよ。『わずか』? わずかも少々もちょっとどころの話じゃないだろ。
 もう遅いんだよ。終わってんだよ。あんたはつまり、そういうやつなんだよ。
 だから、あんたには資格がないんだ」

 苦虫を噛み潰したような顔をして、少年は告げる。
 女みたいな顔をして、男みたいな理屈並べて、人間らしく心を軋ませる。
 俺もきっと、おんなじような顔をしていることだろう。
 話は平行線になりそうだ。
 俺も大人だから。まずお願いして、ダメなら相談して、妥協点や折衷案を見つけていこうとした。かしこまって、提案して、譲歩して、空ぶった。振舞えば振舞う分、付け上がられることになった。だけど、それでも舐められたことだけはない。
 なぜなら。

 
「分かった。分かったよ。おいクソガキ、―――無理やり通るぜ?」


 必ず、殴り返してきたのだから。
 なんら良心の呵責も抱かず左手に握ったのは紛うことなき強行突破の鉄意。
 一息で距離を詰め、腰の高さでスイングするボディ・ブロー。
 右足が石畳を蹴り、右手で視線を切り、右爪先から諸間接を経て中空から体重を駆動させて左足で再度石畳を噛む。体幹で打ち抜く外家の拳。サイバネってないから安心しろや。
 つーわけで怪我させることなく余裕でぶっ倒しましょう。
 お前のツラ、なんか気にいらねえけどなんとなく殴り辛えんだよ。

 少年のガードは追いつかず、衝撃は確かな手応えを俺の手に伝える。
『硬い腹筋で止められた確かな手応え』を、だけど。
 なにコイツ実は細マッチョなの着痩せするタイプなの?
 確かにちょっとだけ嘘嘘ガチで手を抜いたけど、この腹筋は全力でだってやすやすと抜けそうにない。
 つまり、それが意味する単純明快なる事実。

「それが素かよ、おっさん」

 ガードは間に合わなかったのではない。
 顔面でなければガードする必要はないから攻撃に入ったのだと気付いたのですやべぇ。
 イッピー知ってるよ。むしろガードが間に合わないのは俺じゃん。イッピー知ってるよ!
 俺のパンチなどものともせず、振り抜かれた右ストレートは俺の顎を的確に切り裂いていった。顎先薄皮一枚をギリギリで掠める剃刀酷似に思わず優しみスラッシュゲイザー。
 しまったと思っても時すでに遅し、抵抗むなしく、する間もなく、そもそもそのような身体駆動信号の入出力を度外視して、膝が落ちる。 ボクシングの世界での定説、ド正直に顔面を叩くよりも、クソ真面目に腹を打つよりも、顎先ギリギリを掠るような拳の一撃が、一番脳みそにはキくらしい。
 一撃必沈、されど二発目でウィリアム・テルって? そして連撃の次弾が、
 なかった。

 見ている。
 ただ、見ている。

 追撃をすることなく。
 それでこと足りたのだと。十二分で、おまえには不相応だと。
 一発ぶち込んで、構えを解いてやがった。まるで決着かのように。
 激しく敬意のない残心。だから、そもそも二の太刀の概念を持っていない。ゆえに。
 白熱ガラス玉の透徹なドライアイで、見る、見る、見下すだけ──見下す?
 視界が下がる。世界が斜《なな》める。地面が起き上がる、あの、馴染み深い地表面の甘露に行き着く三瞬前。膝が折れて、体が傾いで、つまりああクッソタレ、意識が断絶する今際の感覚! 約束された安眠の入り口だ。膝をつくだけに留まらず意識まで自由落下している! この野郎、体勢崩した輩に追撃すんのはセオリー中のセオリーだろうが!
 舐めてたけど。
 確かに舐めてたけど。
 こんなにあっさり負けるもんかよ?
 この俺が? 『織斑』が? イッピーが?

 冗ッ談じゃッ、ねぇぇええええええええ!

 切れそうな意志を気合いで繋ぎ止め、少年の顔を頭に焼き付ける。
 目に焼く。目蓋に焼く。眼球の毛細血管血流を一〇割増しで疾走させて全血中ヘモグロビンに命令して忌々しいオトコンナっ面を睨み付ける。
 キレっキレのやつでキレイに断たれた俺の意識を、たった数秒たかが数秒、プライドだけが持たせた。
 
「テメエ、なにもんだよ?」

 灼然の眼光。それは沈み逝く戦艦に類した勝利への飢え。

「笹目 大地」

 対する返答は。
 さながら、灼然《いやちこ》の寂光。
 聡い、聡い、聡い瞳の真実。


「────あんたが殺した女の、息子だよ」


 聞こえた言葉を理解する前に意識を手離せたことが、幸か不幸かの神のみぞ知る。
 左右で妙にバランスの取れた顔は、霞が如く意識と共に消えていった。



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「いやー、いっくんに子どもがいたなんて知らなかったよ。にしても今回は日本政府にやられちゃったね。
 まさかこのご時世に極秘情報をデータで一切残さず、紙でしか保存してないなんて。
 確かにその方法なら、人の口さえ塞いでしまえば私達に漏れる心配がない。
 束さんも久しぶりに一本取られちゃったよ。やるね凡人」

 見たかよ天才。

 朝、というよりもう昼前。
 適当に入った喫茶店で、クラブサンドとカプチーノを頼んだ。
 朝からエスプレッソは重くて苦手なのよね。

「ちょっといっくん? さっきからなに黙ってるの?
 ほらほら~いっくんの大好きな束お姉さんだよ~、って。もうそんな歳でもないんだけど。
 おーい、あんまし無視するとオルコット財閥に現在地ばらしちゃうぞ~」

 頭痛えし顎は痛えし、起きたらラブホで半裸だし、隣にはシーツに顔を半分隠しながら『昨日は……激しかったね……?』とかコッテコテのギャグかましてくる姉的存在はいるし、どうなってんだよおい。朝チュンとか数年前に卒業したっつーの。
 ……ギャグだよね? プリーズ記憶カムバック! リボーン! あやっぱ死ぬ気弾は勘弁!

 時系列を、整理しよう。
 ことのあらましは先ほどちょろっと脳内疾走させたが、イマイチ曖昧な部分がどうしても多い。冷静を極めるためにも雑意の冷却作業は必須と認める。
 まず一番新しい昨日の記憶、俺は負けああもうこりゃダメだわムカつくわむっきっきーだわオッペケテンムッキーだわ。剣はさほど詳しくないことが露呈したか……。
 ええいあらまし産業!
 朝チュン。
 たば姉。
 カプチーノ。
 語感がよろしいようで。

「君と飲みたい夜明けのロイヤルミルクティーだね」

 うるせえ何言ってるか分かんねーんだよ。

「いやいやちょっち、総統閣下に密告するのは勘弁してくれませんかね。
 さすがに黒尽くめのエクスペンタブルなガードマンに拉致られたくねえんですよ」

「いっくんがシュワちゃんポジとか……」

 うるせえ細マッチョなんだよ俺はマジレスすんなし。
 竹光の切り替えしでネバつく口腔を優しい味で洗い流す。
 イマイチ切れがない俺に合わせてんのかネタが古い。歳がばれるぞアラウンドフォーティー。シュワちゃんドストライク世代なんですかそーですか。──いや、歳がどうだなどと。
 世代がそうだと。年齢がどうだなんて。
 この人には、もはや関係ないことなんだろうが。
 『もうそんな歳でもないんだけど』──自らそうのたまった目の前の女性は相も変わらずうさ耳で、アリスマチックロリータで、メルヘンバンザイの瑞々しさで、ともすればからかわれている俺のほうがよっぽど年上に見えてしまうような。
 この場を第三者が見て、誰が一回りも年齢が違うなどと思い至ろうか。
 感性が若いとか、感覚が新しいとか、そういう人間的な新鮮味をいってるんじゃない。
 事実、生物として、この人は。

「ほらほら、もっと愛しのお姉ちゃんを楽しませたまえよ弟君。キレもサエもないままのいっくんだと若いツバメと今夜の算段話し合ってるようにしか誤解されないよ?
 あ、それ楽しそう。さすがにこの歳になって男の子飼ったりする趣味はないけど」

「むしろそんな歳にしか見えませんよ。姉さんもだけどタバ姉、なんかズルしてるんでしょ?
 誰が見ても三〇超えてるとは思わねーよ。アラフォーだってのに」

 ──高校を卒業以降、チッピーとタバタバの成長が止まった。
 この人達は、生物として永遠に若い。
 正確には『特定細胞の分裂が止まっていて老化しない』状態らしいが、難しいことはよくわからない。わからないし、わかれない。わからせない。
 なぜとか、どうしてとか、理屈だ理論だ摂理だか、そういった誰でも納得しうる要素など、ことこの二人の超常の前には虚しい響きだ。そんな凡百匹夫の塵芥がノーベル賞の二つや三つ独占できる程度の方程式で理解ができるなら、この偉大なる姉達は世界の頂で怒りの日をやってねえよ。
 少なくとも見た目は二〇歳後半なのなあ。人間辞めてねぇよな俺の姉ーズ。実年齢については具体的に触れてはならない。

 まあ。
 そういう俺も、とっくに内臓の半分は生身じゃないのだけれど。


「で、端的に負けたいっくんはどうすんのさ?
 送ってこうか? 慰めようか? それとも血の繋がらないお姉ちゃんととめくるめく熱海旅行《ハネムーン》にしますか?」

 ②の慰めでオプションはおっぱ(自主規制)
 サーカスの熊より素直に角砂糖を積み上げたコーヒーの向こうから覗き込まれる。ミルクチーでも飲んでろよ。今摂った糖がすぐさまエネルギーになるわけじゃないだぜ、とは言いきれねーんだよなこのねーちゃん。もう少し人間味出してくださいよああメンヘラは勘弁。傷心の熱海とか泥沼じゃねーかよ。
 端的に、織斑一夏は敗北した。
 笹目大地。
 あの人の息子。
 あの人に会いにきて、立ちはだかって、邪魔されて、ガンつけられたから譲歩して、決裂して、一発入れたら切り返されて、意識が飛んだ。
 目を覚ませラブホ。場所はともあれタバ姉が運んでくれたらしい。そしてブランチ的な朝食タイム。あらあらまったく、優雅なひと時ですこと。まともに一発もらってたものなら少しは印象が強まるものなんだろうけどね、こうも優しくのされるといっそ夢かと見間違う。
 やはやまったく。
 敗北のあとの飯は旨いな。
 ゴム管食べんのは久しぶりだわ。

「今は良い時代だ。非常に良い時代だ。敗北しても死なない、朽ちない、滅びない。極め付け翌日にはシャレオツなカフェテラスでブランチときた」

 負けても死なないのが人の世界。
 それはきっと優しい構造。
 死に美徳なぞいらないゆえに。

「一席設けるならラブリーマイエンジェル箒ちゃん攫ってくるけど?」

 そこはせめて普通に呼べよっ。そして日本語しゃべって……。
 つーかモッピー介錯人かよ。苗字的にやまやだろ。
 ……おいおいまさか和製ライヒハート一族の末裔だったりしないよな? 巨乳で眼鏡で未貫通って三拍子そろったときから怪しいとは踏んでたんだ。マジかよやたらチョーカー似合うんじゃね? とか考えてたら首飾り探してたのかよ。おいおい、あの因果が集約した学園の美人教師だ……あり得るぞ……!
 あり得ねえよ馬鹿野郎。このネタは黄昏曼荼羅の住人にゲシュタポ呼ばれかねないから辞めろ。
 生きのいいこの首が悪い球磨川パイセンも俺は悪くないって言ってる。
 そんなこの首は今だって元気いっぱいだ。

「死んで良い日なんて、ないよ」

 そんな日はもうない。
 なんで腹なんぞかっ捌かなけりゃならんのだ。

 それは過ぎた話/これからだから語るまい。
 俺は読んだのだから/君はこれからだから語るまい。
 だから違う話をしよう。

 もしもの、話をしよう。

 もしも出来の悪いツンデレった世界最強最高峰の姉と愛すべき人間大の弟とが等しく一笑に伏せられない己の血族に、系譜に出会ってしまったならばどうなるか……その話をした。
 もしもの話をした。愛すべき人達の話をした。
 もしも、俺が姉の妹に会ったなら。
 もしも、俺の妹に姉が会ったなら。
 しかしそれは前代の話であり、絶えず頭痛にのたうつ世迷いごとである。
 弟妹の話をした。それではもしもの話をしよう。
 違う時代の話である。
 兄弟姉妹の当代なく。クローン同位体の世代でなく。親子祖先の神代ではなく。

 ただ簡潔に自分の子どもという、次代に出会ってしまったならば。

 どれだけ気に入らなくて、苛立たしくて、世間的に認められない私生児であろうとも。
 きっと彼女は。
 彼は。

 心底、くだらねえ。
 だから、これは愚痴だ。

「俺に息子なんて居ない。何を見て何を聞いたのか知らねーけど、間違ってるよタバ姉」

「これはまたまた。この私を前にして、この私を名指しにして、正誤を口にするとは、まったく面白い人間だね、君は」

 これだから頭のいい阿呆はいやなのだ。
 俺は俺だけで手一杯で、時に手を引き足を引っ張り後ろ髪を引きやがる。
 第一あなたにしたって、そのご自慢の頭を使って頭いいことしようなどとは微塵も考えちゃいないだろうに。ドコカノダレカの核心を突くばかりで、目の前の人間をこれっぽっちも見ていない。……それを意図的にやってんだから、質が悪いし正もない。正誤から一番遠い存在だろうにまったくさ。
 これだから頭のいいお馬鹿さんはいやなのだ。
 取り返しがついてほしいとは思わないが、間に合いたかったこの心も真実で。今すぐ不貞寝に洒落込みたい己もいれば、久々の芸妓遊びに興じたい俺もいる。毎朝コイントスて決める程度の気分と、一本の真金を恥ずかしげもなく握りこめる。だから今日はそんな気分。
 流星の本日はこんな気分。
 気づいてないふりは止めたんだ。クソったれな赤の他人に会って止めたんだ。
 未だに救いようのない偏執がここにある。

『負けることは恥じゃない。闘わぬことこそ恥である』

 だから、ね。
 つまりはそういうことなんだろ。
 


「アイツが誰かなんて知らないし、興味もねえよ。俺は、俺がお世話になった人に礼を尽くしたいだけだ」

「やあやあなんとも、無理くりな誤魔化しだね」


 己が裡の真実を。
 認められない醜悪を。
 語られるべきでない結末を。
 面白くもない不幸自慢を打ち切ったって、誰も咎めはしないだろうに。

 とはいうもののねえそんなあたかも『あたしわかってるぜ?』的な含み持たされても困るつーかなんでそんな笑顔なのさ。
 きっと9割見抜かれてるんだろうけど、今回みたく凡人に出し抜かれるのは分かったつもりで見落としたその一割だぜ?
 1%の閃きがなんとやらってね。しかもその十倍ですよ。

 閑話休題、そんなわけだ。

 クラブサンド最後の一口を食べきり、そのままカップも空にした。
 食事は重要だ。身体駆動のエネルギーは、人間である以上外部のなにがしかを摂取して賄わなければいけない。ともすれば思考だって糖が欠落していては正常を維持できず、つまるところ心底から湧き上がる熱意すらも薄ら暈けた大言壮語に零落するだろう。
 食事・睡眠・性交、どれか一つを蔑ろにして果たされる大望などあり得ない。
 だから半分が生肉でなくなっても。
 俺は織斑一夏なんだとも。
 そんなお食事タイムをスマートに決めたあとは聞くも無粋な腹ごなしが待っている。正味一発睡眠決めたい。食事のあとすぐに横になると牛になるってーのは何回使い古したかわからない古典表現はわけだが、実際のとこかえって消化にいいらしいぜ?
 しかし時は金なり。時間の浪費を楽しんでいいのは盛ったあとの酸化鉄だけだ。
 鉄は熱い内に叩かにゃな。おいちゃんまだまだ焼入れが遠いんだわ。
 だからそら、青春臭い青図が頭のなかで製図されてる。
 頭に描いている図は、万が一にも目撃者が居ちゃうと国際的レベルの問題だったり?

「たばねお姉ちゃん」

「なんだね、かわいい弟くん」

「ちょっとリベンジ行ってくる」


 
 まあ、だからどうしたって話ですけどね。
 さっきの話じゃないけれど、大事なのはそんな上っ面じゃねーのよ。
 一つは大前提である元々の目的。こちらは語るべくもない。
 新しく増えちゃった、大事なことがが一つ。

 負けっぱなしで終われるか、クソったれ。



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ハーメルンにてエンドレス・ストラトスを書いていらっしゃる
KiLa様より寄贈いただきました。
プロットと言うか私が書きたいシーンだけ書いて後は
概略だけ書いた8,000字の物を送ったんですよ。
間のシーンとかを埋めて大体10,000字強になる予定でした。

66,000字で帰ってきました。
意味が分かりませんでした。
世の中には不思議な事があるものです。
何はともあれありがとうございました。

諸兄方々もお楽しみ頂ければ幸いです。

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