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[32613] 【習作・打ち切り】魔法少女は物理で殴る【なのはsts・微転生オリ主】
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/05/11 20:45
えー、前作知っている人も知らない人もおはにちわー、不落です。

今回は三人称っぽい視点で書くと言うコンセプトで作っております。
もっと厳しい採点も欲しいのでチラ裏からお引越ししました。

以下、注意事項。

・不落の予備知識はコミックとTVのみ。サウンドステージ聞いてません。

・ややチート気味転生オリ主です。(しかし、記憶が実験により吹っ飛んでます)

・一部のキャラは原作からぶっ飛んだ性格に変更されています。

・戦闘機人及び管理局の設定に独自介入(解釈と変更)しています。

・溜まったストックを置いていく感じなので、更新不定期です。

・オリジナル魔法はそれ相応くらいの威力と設定がされています。



以上の点を三回読んで「まぁ、またつきあってやるか」と言う方のみお進みくださいませ。

感想とアドバイス、誤字脱字指摘など、皆さんの率直なコメントお待ちしています!



PS
前作を知っている方は申し訳ありませんでした。
2ちゃんのラノベの某スレなんて開くんじゃなかった……、モチベ失って書く気力が萎みました。
勢いで書いていたのに、その勢いが失せてしまったので……。







更新開始日 12/ 4/2 



[32613] エピソードzero 神様に遭った少女の話。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/02 14:01





「……ねぇ、姉さん。なんで僕らは神様から嫌われてしまったんだろうね」

 ミッドチルダの一角にある保護施設カミールの一部屋で赤髪の少年、エリオ・モンディアルはベッドに座って足組む少女へ言った。
 彼女は首裏で安い栗色のゴムで纏めた銀のウルフテールを、窓から入る日光に輝かせて言った。

「そりゃ、神様がこの世のことに興味が無いからさ。あいつは世界がきちんと廻っていればいいんだ。言うなれば"世界の管理者"だよ、奴は」

 まるで彼女は神様に一度会ったことのあるように語った。彼女の眼は煉獄の炎のような真紅の色をしていた。
 ツキフィリア・シュタイゲン。それが彼女の名だ。
 実は、一度神様に会ってもう一度生を受け取った奇跡的な"男"だった少女だ。
 しかし、彼女の生前の記憶はすでに幾多の実験により混濁としており、無いと言っても過言では無い。
 エリオは名の一致しない姉を慕い、安定を求めた。ツキフィリアことツキは名の一致しないガキの御守をすることで、自分の居場所を作った。
 決して血の交わりの無い彼らの存在は歪であり、また、真っ直ぐでもあった。

「いつも言っているだろエリオ。"この世に本当の救いは無い"んだって。死人が平気な顔で市場を歩く世界だ、救われたもんじゃねぇだろ」

 そうツキは自嘲するように、微笑を浮かべた。エリオもまた、その意味が分かっているために「それもそうだね」と頷いた。
 彼女達の生まれは鉄の子宮からだった。同じ施設で作り上げられ、似たような思想で創り上げられた、救われることの無い"人造"の人間だ。
 弟は疑心暗鬼に陥り、姉以外を拒絶した。姉は全てを受け止め、明確な殺意を持って全部を拒絶する。
 二人で一つ、一心同体。そんな綺麗な関係だったなら、彼らは救われているはずだったのだろう。
 彼らは真っ直ぐで、歪だった。
 だからこそ、お互いに寄生するように生きてきた。弟は心を、姉は居場所を求めるために。
 そんな彼らにも社会的な救いの手はあった。フェイト・T・ハラオウン執務官の手だ。
 弟は姉に選択を任せ、姉はその手を握ったのだ。そのため、彼らは次の実験が来ないことに安心して生活ができている。
 エリオはその生活によって心を安定させ、姉への依存度を減らすことができた。
 昔は姉のボディガードのようにぴったりとくっついていたのに、今では学校の友人と遊びに行くくらいあっさりとしている。
 ……だが、この生活はツキには良い影響を与えなかった。
 彼女はエリオがやるはずだった実験を全てその身に受け、さらに自分へ迫りくる実験にも自分を費やした。
 
「……エリオ、そろそろ出かけるんじゃなかったのか?」

「あ! そうだった。カルロとジェーンと遊びに行くんだった。それじゃ、行って来るね、姉さん」

「ああ、いってらっしゃい」

 ひらひらと手を振って、笑顔で部屋から出て行った弟を見送り、彼女は本来の顔を曝け出した。
 "この世"に居る誰一人として見せたことの無い猛禽類のような瞳は、密かに獲物が来るのを待っていた。
 来ることの無い追手や、秘密の組織からの刺客、何なればフェイトを失落させるための工作に携わっている黒服でも良かった。
 ――来ないと分かっているのに、悟っていると言うのに、"死"を待ち望んでいた。
 そう、彼女には平和は枷にしかならなかった。彼女の心は一度死んだ時から軋み始めていた。
 幾千の実験を受けているうちに心が変わり始めていたのだ。生前の知識を、知恵を持っていたことで、理性は軋むだけで済んだ。
 何も知らぬ赤子で生まれたのなら、彼女は理性を失い、楽に人間の域を脱して、壊れてしまえたのだ。
 壊れて、しまえたのだ。
 
「……暇だなぁ」

 闘争を待ち望む彼女の笑みはとても妖艶で、それはもう酷く冷たい笑みだった。
 








 エピソードzero 神様に遭った少女の話 ~新暦71年 4月28日~







『あ、フェイトちゃん? 今何処?』

 フェイト・T・ハラオウン執務官は現在、ミッドチルダ北部の第八臨海空港のロビーに居た。
 今日、彼女の保護した子供達が遊びに来てくれることになり、数日も前から秘書のシャーリーに惚気ていたほどこの日を楽しみして待っていた。
 
「うん、今さっき空港のロビーについたところ。ツキとエリオはまだ見たいだね。時間的にそろそろだと思うけど……」

 九歳の頃に劇的な出会いをして、友人、今では親友となった高町なのは二等空尉と楽しげに電話をしている最中に、お目当ての二人の姿が見えた。

「お久しぶりです、フェイトさん」

「フェイトさんお久しぶりです! 約束通り元気です!」

「ふふっ、そうだね。なのは、後でまた」

『いいなー、私もそっち行きたかったよ』

「今から頑張れば午後から来れるでしょ?」

『うん、頑張って終わらせてくるね!』

 まだ少しだけ仕事が残っているなのはは午前中は追加したお仕事のため不参加、フェイトは少し残念そうな顔で電話を切った。
 黒いタンクトップにグレーのカーゴパンツに身を包んだツキと、青いラフなTシャツとジーパンのエリオは正反対な格好でとても目立った。
 周りの人達の視線に人一倍敏感なツキは、それらの視線を感じてフェイトに脚を進めることを催促した。

「それじゃ、今日は一日よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」

「うん、今日のためにきちんとプラン練って来たから楽しんで行ってね」

「はい!」

「楽しみです」

 なのはとフェイトは元々親友である八神はやて二等陸佐の研修先の近くの温泉に遊びに行くために休暇を取っていたのだ。
 しかし、フェイトにツキとエリオが来ると言う用事ができてしまったのに加え、はやての方でも緊急の用事が入ってしまったのだ。
 そのため夜に予定が変更され、空いた時間を有効に利用することになり、なのはとフェイトはツキとエリオと会うことになったと言うことだ。
 ……だが、フェイトの連絡よりもなのはの仕事書類の受け取りが早かったために、彼女は急ピッチで仕事を済ませることにしたのだ。
 「午前から行くの!」と駄々をこねたなのはを止めるために、ユーノとアルフが必死に説得したのは余談である。
 
「カルロはいつも魔法式の計算を間違えるんだ。それでこの間も酷い目に遭ったよ……」

「あははは……、それは災難だったね。でも、エリオもたまにミスするでしょ?」

「あ……アハハハハ……。で、でも少ないよ!」

 傍目から見れば仲の良い親子にしか見えないフェイトとエリオの姿を横目で確認しつつも、ツキはやや険しい顔をしていた。
 それはエリオにフェイトを取られているから、と言う嫉妬からでは無く、先ほどから嫌な予感が彼女を緊張させていたからだ。
 まるで、襲撃者を返り討ちにしようと意気込む暴力者のようにツキは辺りをやや薄目で睨んでいた。
 エリオは久しぶりに会ったフェイトと世間話をしたい、それをツキは察しているため話に割り込まない。
 フェイトはそれを察しながらも、彼女がそれを望んでいることだと分かっているためエリオと話す。
 やはり、彼らの在り方もまた歪で、真っ直ぐだったようだ。
 ミッドチルダの市場に寄りウィンドウショッピングを終え、フェイトが予約していたバイキング形式のお店へ入り、舌鼓を打った。
 
「……フェイトさん。これ、何て言う料理ですか?」

「これは"から揚げ"って言って、第97管理外世界……地球の料理なんだ。実はここ地球料理バイキングのお店なんだよ」

「へぇ……」

 ツキは見たことの無い形の、自分の記憶の物とかけ離れたから揚げをはしで摘まんで口へと入れた。

「美味しいです! 地球ってフェイトさんの第二の故郷ですよね? 是非行ってみたいです!」

「ふふっ、それじゃ今度なのは達も含めて旅行に行こうか」

「わーい!」

 皿が空いたので、ガタッとツキは嬉しそうな顔でから揚げの入ったトレイの方へ向かって行った。
 彼女は闘争の中で踊るのも好きだが、美味い物を喰うのも好きだ。むしろ、そちらの方が好きだと言っても過言では無い。
 皿いっぱいに、から揚げと焼きそばを取って席へ戻り、もきゅもきゅと幸せそうに頬張る姿を見てエリオとフェイトは微笑んでいた。
 
(やっと笑ってくれた……)

 フェイトは終始それを気にしていたので、初めて見せた彼女の本心の笑みが嬉しかった。
 そして、次から彼女達と会う時には美味しい物を用意しておこうと心の内に決めたのであった。
 昼食を終え、仕事を終えて合流したなのはと共にアスレチック系のアミューズメント施設へ向かう。

「姉さん! これやろこれ!」

「ん、構わんぞ」

「シューティングスターかぁ、懐かしいねフェイトちゃん」

「うん。射撃魔法の訓練ゲームとして有名になった時に、はやてに連れてかれたっけ」

 シューティングスターは室内系ゲームで、出てくる的に魔力球を撃ち、当たった数と箇所によって得点が変動するルールだ。
 ちなみにこの施設のランキングのTOP3にフェイト、なのは、はやての順で並んでいるのは秘密である。

「FTH、708、YFねぇ……」

 フェイト・T・ハラオウン、なのは、八神ファミリー、と省略されて書かれてあるのだがそれには気付かずツキは定位置につく。
 ここでは貸出のストレージデバイス、又は自前のデバイスが許可されている。勿論非物理設定、非殺傷設定が原則である。

「あれ、ツキちゃんってデバイスあったっけ?」

「うん、あるよ。自前で組んだのが一つ。インテリジェンスのが。後、私が作ったストレージを持ってるよ」

「うん! 姉さんは自分で作っちゃったんだ! 皆凄いって言ってた!」

 しかし、ツキはデバイスを使う事無く、右手で拳銃の形を作って腕を上げた。
 ビーッ! と開始の合図、彼女は出てくる的に標準を合わせた。

「さぁーて、お手並みはいけ……」

 ズドンッ! ズドンッ! と人差し指から銀色の射撃魔法弾が放たれ、それらが全て的のど真ん中に吸い込まれていく。
 一つも外す事無く、完璧に全ての的のど真ん中を貫いた。
 なのはは最初はニコニコとそれを見ていたが、あまりにも精確過ぎるテクニックに若干引き始める。

『パーフェクトッ!』

 したり顔で戻ってきた彼女が一言。

「中々楽しめた。もっと速いのやってみたい」

「あ、あはははは……。わ、私の記録を抜かれて……」

「……どんまい、フェイトちゃん。と言うか、凄過ぎるよツキちゃん……」

「姉さん凄い! 次は僕!」

「ま、頑張れ」

 その後、エリオは残念ながらランキングに乗る事無く、頭をポリポリと掻きつつはにかみながら帰って来た。
 アミューズメント施設で楽しんだ四人は最後に大通りで早めの夕食を取って空港へ行こう、となった時だった。
 
「動くんじゃねぇぞ!!」

 怒声が騒がしかった大通りを貫いた。
 そちらを見やれば大きなカバンを震える少女に持たせ、彼女の首にナイフを突きつけて怒鳴る中年の男の後ろ姿があった。
 彼の前には警備隊の魔導師部隊が居り、どうやら強盗をやって逃げているようだった。
 後ろを振り返った犯人は、自分の退路が野次馬によって埋められていることに気付き、立ち止った。

『無駄な抵抗を止めて、人質を解放しなさい』

「うるせぇッ!! てめぇらに何が分かる! 必死に上司に頭下げて、嫁に逃げられて、つい先日クビにされた俺のよぉ!」

 なのはとフェイトが後ろに居ることも知らずに彼は大声で世界に対する愚痴を吐露し始めた。
 二人が捕縛しようとデバイスに手をかけた時だった。

「……くだらねぇ」

「「え?」」

 ツキが音も無く飛び出し、勢いよく犯人の首裏に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
 
「神様なんてぐぼふぁっ!?」

 吹っ飛んで地に這いずることになった犯人の背に着地し、止めとばかりにナイフを握っていた右手を踏みつけた。

「ぎゃぁあああああああ!」

「あー……、うぜぇ。手間かけさせんじゃねぇよ屑野郎。なぁ゛?」

 語尾を強め、ギリッと踏み潰す脚に力を込め、悲鳴を上げさせる。それだけで彼女がどれだけ苛ついているのかが分かる。
 左脚が彼の延髄を潰すように乗っているため犯人は逃げ出すことはできない。

「てめぇが不幸になろうが、一欠けらの興味も同情もねぇ。せっかくの人の休日ぶっ壊してんじゃねぇよ糞が」

 彼女は右足を外してナイフの柄を蹴る。からんっとナイフは回転しながら道路を滑る。
 魔導師の一人が声を張り上げた。
 
「か、確保ッ!」

「ご苦労さん」

 するっとツキは魔導師達の横を通り、何事も無かったように戻ってきた。
 フェイトは彼女がこういう性格であることを知っているため「ああ、やっちゃった」と言う感じで迎え、知り得るはずも無いなのはは口をぽかんと開いて唖然としていた。

「さすが姉さん! 見事な後ろ回し蹴りでした!」

「んむ、当然」

「え、あ、え?」

「……うん、なのは。これがツキだよ。保護施設に居た時からずっと変わっていない」

「そうでしたっけ?」

 フェイトは悲しそうに途中から語尾を下げ、ツキはしれっと言って見せた。
 なのははその二人の様子を見て悟った。彼女はまだ、フェイトによって全てを救われたわけではない、と。
 彼女は確かに救いの手を差し伸ばされたから握った。そう、握っただけなのだ。
 社会的に救われた彼女は本当の意味での救いを受け取っていない。いや、受け取ることを拒否している節があるとなのはは聞いていた。
 幾多の実験によって軋んでしまった彼女の歯車は、未だに動きを止めている。
 彼女の歩みはその場で足踏みをしているのと同じだ。決して進むことが無いただの足踏みだ。

「……ツキちゃん」

「なのはさん、私はエリオに昔言い続けていたことがあります」

「え?」

 そう語り始めたのにも関わらず、彼女はその場から離れるように踵を返して歩き始めた。

「フェイトさんは確かに救ってくれました。煉獄の淵のようなあの場所から、私達を救い出してくれました。
彼らが実験と称したたくさんの虐殺行為や人体改造、それらから救ってくれたことを私は感謝しています」

 その言葉を聞いてフェイトの口元が綻んだ。久しぶりに会った彼女の口から喜ばしい言葉を聞けたから。

「エリオはどうだ?」

「うん。僕もあの場所から姉さんと僕を助け出してくれた時のことはよく覚えてる。
あの頃は心が不安定だったけど、今なら助けてくれて良かったと思ってるよ」

「エリオ……」

「それに、友達もできたんだ! カルロやジェーン! マクィエルにスベルフスト! まだまだいっぱいいるんだ!」

 エリオは弾けんばかりの笑みを浮かべ、心から喜んでいることが感じられた。
 その言葉を聞いて感極まっているフェイトは泣きそうだった。……対照的になのはは悟ってしまった。
 そう、"エリオだけ"は救われているのだ、と。

「本当にフェイトさんやなのはさんには感謝し切れません。あちらに帰っても今日のことは忘れないでしょう」

 空港が見え始めた時、なのはがそれを口に出した。

「……ツキちゃんは救われたの?」

「え? なのは?」

「………………………………」

 フェイトはその言葉の意味が分からずきょとんとしていた。長い沈黙の後、返事が返った。

「"いいえ"」

「――ッ」

 フェイトの瞳が見開かれる。

「……なのはさんも酷いですね。せっかく良い話で締めくくろうと思っていたのに」

「ごめんね」

「いえ、察していましたから」

 ツキは彼女が絶対に問い掛けてくると分かっていたからこそ、最初に布石として言ったのだ。
 何も言わなければなのはもフェイトと同様にその事実を黙殺することになってしまう、そんなことをなのはが許せるはずが無いと知ってのうえでツキはあの時言葉を続けなかったのだ。

「今現在エリオは、あの頃のように疑心暗鬼に陥ることも無く、私が居なくても自由に行動ができています。でも、私は駄目だった。
心が許してくれないんです。エリオのように自由に舞う鳥のようになれなかった」

「……つ、ツキ……」

「あの場所で手にかけた子供達の顔が忘れられない。あの子達の断末魔が、悲鳴が、笑顔が、死顔が忘れられないんですよ。
まるで亡霊のように私の隣に居て、心に居座って、心配そうに私に言ってくれるんです。
――『幸せになれた?』と。あの子達は心優しい子だったから、私を今でも恨んでいるとは思えないし、許してくれていると思う。
でも、あの子達が許せても私自身が許せなかった。
あの子達に手をかけたことを仕方が無いことだと割り切った自分が、途中からあの子達を蟲を殺すように感じていた自分が、許せない」

 ツキの右手は強く握り込まれており、皮膚が爪で裂けてつぅと赤い液体が流れた。

「……"この世に本当の救いは無い"。エリオ、覚えてるか?」

「うん。姉さんに神様の在り方について愚痴った時にいつも言われてたね」

「フェイトさんは確かに救いをくれた。エリオにとっては文字通りの救いだった。でも、私には"社会的な救い"でしかなかったんです」

「………………………………」

「人はお金持ちであっても、至福の幸せを掴み取ることはできない。パンが食べれて、水が飲めて空腹を満たせても、心を満たせない」

「――ッ」

「これは私の我が儘なんです。一生かけてあの子達に償わなくてはいけないことって"決めた"んです。
だからフェイトさん、そんなに悲しまないでください。私を"哀れな子"だと決めつけないでください」

「そんなこと――」

「はい、フェイトさんがそんなことを本心で思っていないとは分かってます。でも、自分の幸福が誰かの不幸である、そう私は思ってしまいます。
自分の中の幸福論が全ての人に当てはまるなんて言う馬鹿げた綺麗な思想を持たないでください」

 これからも私のような子を救ってくれるのなら、そう彼女は言葉を締めくくった。
 空港で二人を見送った後もフェイトの顔色は優れず、とても悲しそうだった。

「……フェイトちゃん。ツキちゃんは強い子だよ」

「なのは……」

「フェイトちゃんが気に病まないようにずっと隠してきたんだよあの子は。
……フェイトちゃんも分かってたはずだよ、ツキちゃんが何かを胸の奥にしまっていたって」

「……うん、分かってた。でも……怖かった。嫌われたら、拒絶されたらどうしようってずっと思ってた」

「……だからこそ、ツキちゃんは言ったんだね。自分は"社会的に救われた"って。でも、エリオくんみたいに"精神的に救われた"子も居るって。
フェイトちゃんがこれからもツキちゃんのような子を救うことに懸命になると知っていたからこそ、言ってくれたんだよ。
それってね、信頼を認めてるってことだよ。ツキちゃんはまるで心を閉ざすような生き方をしているけど、本当は誰かに心を開きたいんだと思う。
それがフェイトちゃんじゃなかった、私じゃなかった、ってだけのことなんだ」

「……でも、私は……」

「……うん、分かってる。フェイトちゃんはきっとこれから、あの子と付き合っていくことで成長し合えると思うんだ」

「……うん」

 フェイトは優しげに抱きしめる親友の胸を借りて密かに泣いた。



[32613] エピソードzero 女神に会った少女の話。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/02 14:09





 青いショートの髪のスバル・ナカジマは姉と一緒にある場所へ向かうために空港に居たのだが、好奇心旺盛な彼女は姉と逸れてしまった。
 気付いた時には自分がすでに何処に居て、姉が何処に居るのかすらも分からなくなっていた。
 しかし、元気が取り柄であるスバルは逆に姉を探してあげようと意気込み、空港の中を走り回っていた。

「はぁ……、はぁ……ギン姉ぇえええええ!!」

 メラメラと燃える炎が、その姉の名を叫んだスバルを明かりも消えたその闇の中で照らしていた。
 目の前の綺麗だった景色が一瞬の轟音で廃墟と化した。まるで地獄ような錯覚を覚えるほどの凄まじい状況に変わってしまった。
 だと言うのにスバルは自分のことよりも、見つからない姉の姿を心配して探し回っていた。
 しかし、彼女とてまだ十一歳の子供である。
 走れる時間も距離も他の子よりも少し長いというだけであり、さらに足場が崩れている空港の中で背丈の小さい少女が動き回るのはとても苦労が要るものだった。
 走りつかれて疲労困憊となったそのスバルは燃え盛る炎や飛び出た瓦礫を避けて、ようやくエントランスへ出た。
 まだ見えぬ姉の姿ばかりに目を捉えられていたスバルは足元の小さな段差に気が付かず足を取られて転倒してしまった。
 痛む膝と肘と手、そして疲労が溜まりきったその幼い体に力は残っていなかった。だが、彼女は必至に立ち上がろうとしていた。
 そんな彼女を神は見捨てたのか、爆発で支柱の折れた女神の像がギギギ、と傾いていた。
 先ほどの叫び声か、はたまた転んだ時の小さな衝撃か、何かの拍子に皆を微笑むはずの女神の像がパラパラと残骸を溢しながら着実に傾いていた。










 エピソードzero 女神に会った少女の話 ~新暦71年 4月29日~










 

 ガチン、と金属の折れたような音がした。それにより重力に従って女神の像は微笑みながら少女の頭上へ向かって落ちた。
 その音に気が付いた少女は必至に逃げようとするがすでに遅かった。
 死を覚悟した少女は諦めと呼べる行動には出なかった、ただ何もせずに死ぬことを良しとしなかった。
 立ち止まることをせずに、すぐに立ち上がってその場を離れようと右脚を踏み込み――、

「あっ!?」

 小さな破片を踏んでしまい、ころんと転んでしまった彼女の上からは女神の像が微笑む。
 だが、彼女の横に別の女神が降り立った。微笑みでは無く、真剣な表情で。
 その女神の服装は聖骸布のような布きれではなく、凛とした白のバトルドレスを模したバリアジャケット。

「良かった……間に合った。助けに来たよ」

 降り立った女神ことなのはは杖状のデバイス『レイジングハート』を向けた。
 瞬間、女神の像はいくつもののピンク色のバインド魔法でがっちりと固定され、その場で止まった。
 彼女は振り返り、優しそうな顔で少女に声をかけた。

「よく頑張ったね。えらいよ」

「ぅ、あぁ」

 その後スバルはなのはに抱き着いて心の奥に秘めていた感情を表に出して泣いた。それをなのはは強く抱きしめることで応えた。

「それじゃ、安全な場所へ――」

 ゴトン、と天上の方に引っかかっていた屋上の床が崩れて女神の像の上に落ちた。
 それに気づくことができなかったなのはは衝撃の音にびっくりして集中が切れ、崩れ落ちる女神の像の拘束を解いてしまった。

「しまっ――」

 なのはは冷静に崩れ落ちる女神の像をもう一度拘束しようとデバイスを向ける。
 間に合うか――、と魔法を構築しようと一瞬の静寂が生まれた時だった。遠くで魔法が発動されるのを感じ取った。
 落ちてくる女神の像の側頭部を、弾丸のような速度の魔法弾が撃ち抜き、次弾が腹部、脚部を砕いて行った。
 なのははプロテクションでその破片を受け止め、杖を頭上に向けるとデバイスはガシュンガシュンとマガジンの中身を消費した。

「一撃で地上まで抜くよ。行くよ、レイジングハートッ!!」
≪All right , My master≫

 そして、トリガーである魔法名を言い放つ。

「ディバイーン――バスターッ!!」

 ピンク色の閃光が頭上の天上をぶち抜き、空が見えるようになった。なのははスバルを抱えて飛翔した。
 その時のスバルの瞳は恐怖ではなく、目の前の自分を救ってくれた白い女神に対しての尊敬の眼差しだった。

「こちら教導隊01。エントランスホール内の要救護者。女の子を一人救助しました」

『ありがとうございます。さすが航空魔導師のエースオブエースですね』

「このまま救助部隊に引き渡した後、すぐに救助活動を続行しますね」

『分かりました、お願いします』

 通信を切り、なのははスバルに微笑んだ。

「スバルちゃんだよね? お姉さんはもうすでに保護されてるから安心していいよ」

「…………………………」

 スバルは怯えている様子は無く、ただただなのはの顔を見て見惚れるばかりだった。
 しかし、それに気づかないなのはの心境は複雑なものだった。

(……もしかして、眠たいのかな? それとも、煙で喉を……!?)

 色々な憶測を立てたなのはは、やや速度を速めて、すぐさま救助隊にスバルを手渡した。
 手渡されたスバルは名残惜しそうに夜空に飛び行く彼女の背を見送った。

『なのは!?』

「あ、フェイトちゃん。そっちはどう?」

『こっちはもう終わったよ。……ツキが頑張ってくれたから』

『……………………本当はバレない予定だったんだけどなー』

「あははは……」

 あの女神像を横から砕いたのは空港に居合わせたツキの魔法弾だったのだ。
 彼女は昨日フェイトに会いに来る予定の他に、明日の魔導師ランクCの昇格試験に出るつもりだった。
 最初のチケットはすでにフェイトから送られていたので消化しないとまずい。しかも、昇格試験の際には費用は自費。
 ならば、フェイトから貰ったチケットを有効利用して空港近くのホテルに一泊してチケット代をケチろうと考えていたのだ。
 フェイトから貰った帰り用のチケットはすでに売り飛ばしており、しれっとホテル代を確保していたのである。
 彼女の最大の誤算は、フェイト達の計画が一日伸びてしまい、ツキが泊まったホテルの隣の部屋にフェイトとなのはが泊まってしまったこと。
 ミッドチルダ北部の飯何処でも回るかーと思い立って、部屋から出る際にちょうど朝食に出かけようとした二人と鉢合わせてしまったのだ。
 ツキはすぐさま逃走したが、金の鬼と化したフェイトに即座に御用となり、結局色々とバレてしまったわけだ。

『まさか私に内緒で魔導師試験を受けようとしてたなんて……、しかもFとDクラスの試験もしれっとクリアしてたようだし……』

『うん、さくっとクリアできたぜ』

『ツキ!?』

「まぁまぁ……、フェイトちゃん落ち着いて。おかげで救助効率も上がって、早く対応できたからんだからさ」

『うぅ……』

 結局ツキも温泉計画に組み込まれることになり、このまま八神ファミリーと合流することになった。
 




【同日夜・グラナガン南部温泉宿泊旅館】





「あっはっはっはっは!! そらやられたなフェイトちゃん! あっはっはっはっは、ひぃー、腹痛いわー」

「もうはやてちゃん、わ、悪いわよ、ぷっ、うふふふ」

「テスタロッサ、してやられたな」

「あはははは! だせー!」

「うぅぅ……、そこまで笑わなくてもいいじゃない……」

 事情を話し、人数を増やして貰った時の会話である。ツキはそれを見ながらにまにまと笑みを浮かべ、ザフィーラの頭を撫でていた。
 ザフィーラは狼型になっているだけで、喋れるし人の姿になることもできるのだが、驚かさないようにとはやてにそれらを禁止されている。
 それを知らずにツキは頭を撫で続け、最終的に移動する際の脚としてザフィーラに乗っかって移動するくらい気に入ったらしい。

「好かれたなー、ザフィーラ」

「…………………………ウォン」

「ザフィーラって賢い狼ですよね。私もこんなカッコイイ子欲しいです」

「「「「「「!?」」」」」」

 ザフィーラのことを初見で狼と見抜いたことに全員が驚いた。一番驚いたのは見抜かれたザフィーラ当人だった。
 散々「わんちゃん」だの「犬っころ」だの「犬」だの言われてきて、ベルカの守護獣としてのプライドが砕かれつつあったのだ。
 だが、こうしてきちんとした評価を受け、さらに気に入られていることにザフィーラは嬉しく思い、尻尾が揺れる。
 
「……よかったなザフィーラ」

「ウォンッ!」

 ヴィータの囁きに力強く応えたザフィーラだった。
 今回の醍醐味である温泉へと向かう一同。はやてとザフィーラに乗るツキを先頭に歩いて行く。

「そや、ツキちゃんは何時から昇格試験があるんや?」

「明日の午後ですね。ランクCの試験ですからさくっとやって帰る予定だったんですよー。……まさか、お隣だとは思わなんだ」

「あっはっはっは! そうやな! 隣になってもうたんのは不幸だったなぁ!」

「いやまぁ、こちらに混ぜて貰えたので行幸だったかもしれませんけどね。ザフィーラに乗れたんで満足です、はい」

「くくっ、くふふふふっ! あっはっはっはっは!! 今日と明日は乗っててええよ! ええやろザフィーラ」

「ウォンッ」

 はやてご機嫌だなー、と後ろでなのはの横のヴィータが呟いた。
 無理も無い、とさらに後ろのシグナムが口を続いた。

「主はやては今日までみっちり研修があったそうだからな。相当ストレスが溜まっておられたのだろう」

「私も現在形でストレスが溜まってるけどね……」

「フェイトちゃんの場合は気苦労だけどね」

「まぁテスタロッサ、子を育てる側に立てば、そうなることを分かっていたのだろう?」

「……うん、そうなんだけど……。まぁ、これは後で」

 ツキが居るから、とフェイトは口を閉じた。幸いその一言は世間話を白熱させているツキに聞こえることは無かった。
 それもそうだね、となのはが久しぶりに入る温泉を楽しみにしつつ呟いた。
 
「……ねぇ、はやてさん」

「なんや?」

「一枠空けといてくださいね、私も噛みますから」

「……最後までは誰にも言っとらんのになぁ」

「……分かりますよ、お祭りの笛の音が聞こえて来てますから。すごく楽しそうです、是非」

「だからかぁ、フェイトちゃんに黙って魔導師試験受けとんの」

「ええ、そうです。私はね、それに参加したいと思ってます。どれくらいで"止めておきます"か?」

「……せやなぁ、Bくらいでお願いできるか?」

「了解しました。ただでさえ高ランクの方々多いですからね。無駄なリミッターをかけるのは効率が落ちますから」

「……何処まで知ってる?」

 人を見定めるような目ではやてはツキを見やる。それにツキは"本来の顔"で応えた。

「何にも知りませんよ。ただ、匂いがするんです。戦いの、闘争の、戦争が始まるキナ臭い匂いがするんです」

 妖艶で美しくて冷たい笑みでツキはそう言った。
 はやての中でツキのイメージが崩れ去った。目の前に居る少女は普通では無い、でも異常でも無い、と。
 言うなれば銀狼。銀の美しい容姿の人の皮を被った狼。
 彼女の眼は真紅眼。まるでこれから起きるそれらの最悪の結果を目に映したような、予言者の眼のように見えてしまった。

「……………………まさか」

「いや、知りませんし、分かりません。でも、大切な物を護るためには準備が必要です。優秀な指揮官と、列なす力が必要です。
だからこそ、私が戦陣を切る一番槍になりましょう、と言っているのです。私はそのために生み出された、そう"使われる"べき人間なのですよ」

 温泉スペースが見えたので、続きは後で、とツキは歳相応の可愛らしい仕草で口に人差し指を当てた。
 はやては驚愕を、ザフィーラはとんでもないことを聞いてしまったと若干狼狽えていた。




 その後、温泉に浸かったはやては終始苦い顔で考え事をしていた。視界の中でぱしゃぱしゃと燥ぐ女性達に銀色が混ざっていた。
 子供のように、いや、実際に十歳の子供なのだが、先ほどの知られざる一面を見てしまったはやてにはもう歳相応の子供には見えなかった。
 シグナムのような武人、いや、彼女にそんな綺麗な芯は見えないから、傭兵と例える方が正しい。
 幾多の戦場を越えた傭兵のように振る舞いを隠した彼女の事だけしか頭に残らなかった。
 はやてはジェスチャーでツキに一緒に出るように指示し、ツキもそれに応えた。
 一足早く浴衣に着替えた二人は旅館のロビーから外に続く散歩道を無言で歩いた。
 はやてだけが折り返し地点に存在する休憩用のベンチに座り、対面する形でツキが立つ。
 そして、はやてが先に口を開いた。

「なぁ、ツキちゃん。自分のことをどう思っとる?」

「自分……ですか?」

「そうや。私から見たツキちゃんは歳相応の女の子にはもう見えへん。中身も見えん、だから、本人に聞こうと思ってなぁ」

「……なるほど。私のことはどこまで聞いていますか?」

「フェイトちゃんが保護した女の子で、現在Dランクの魔導師で、かなり優秀な子としか分からんなぁ」

「……フェイトさんは私のことを全て伝えているわけでは無いんですね。分かりました。何処から話しましょうか」

「……せやな、なら……。何のために生まれた人間なのか、教えて貰おうか?」

 はやてはやや不機嫌そうな顔で尋ねた。
 社会的な救いがあっても、被害者自身の救いになっていない世界の在り方が不愉快なのだ。
 次元世界(うみ)が、主要地上世界(おか)が、と下らない争いを続け、本来護るべきそれをおざなりにしている管理局の現状に苛立っていた。
 管理局の仕事を無償奉仕期間に手伝った際に、はやての心の奥で疑問に思ったことでもある。
 うみがおかが、と下らない論争をしているせいで現場に駆けつけるのが遅くなり、肥大する被害を「必要な犠牲」と割り切る腐った思想。
 今日の空港火災の際に自分達以外の応援が来たのは空港が廃墟寸前になってからだった。
 問い合わせてみれば「確認が遅れた」など、「手が回らなかった」と言い訳する始末。
 はやては激怒する方向を自身に変え、その場を収めたが、今も尚彼女の心で燻っていた。

「私は、"人を殺すために人造(うま)れた存在"です」

「――ッ」

 ギリッとはやては奥歯を噛み締めた。
 こんな小さな子が、自分の存在をそんな風に卑下している。それは、誰のせいと問えば残虐な大人のせいだと答えるだろう。
 だが、それを作り出してしまったのはこの世界の全てだ。全て――"人"のせいなのだ。
 
「ですが、私はそれでも良いと思っています」

「は?」

 はやては信じられないと言った顔でツキの顔を見た。ツキは微笑を浮かべており、慈悲に満ちたような顔をしていた。

「悪に優劣をつける人も居ますが、馬鹿げてますよねそんなこと。言葉を覚えた小学生でも分かります」

 ――悪は等しく悪です。ツキはそう続けて言った。

「起点、過程、結果を見ても結局辿り着くのは"悪"です。悪党に善人な人が居る? 馬鹿馬鹿しい、悪は悪だ。何をしようとも悪だ。
人は皆善人であり、生まれながらの悪人は居ない。なんて説いた人が居るそうですが、私はそうは思いません。
人間は善でも悪でも無く――ただの歯車です。世界を廻すための歯車です。今の世界の在り方が正しかった時なんて」

 ―― 一度たりとも無い。ツキは冷酷な瞳で、言い切った。

「私の存在価値が人を殺すことであった時に思ったんですよ。どうしてこいつらは命を軽んじれるのかって。
最初は分かりませんでしたが、日が経つ連れて分かりました。簡単なことでしたよ。すっごく簡単なことでした。
"他人"だから、です。自分に一切の関係の無い他人だからこそ、その人自身の価値を見出さないから、軽んじれる。
家畜に喰らわす餌のように、ぽいと投げ捨てることができるのは当たり前の事だったんですよ。
いやまぁ……、結局"私"に軽んじられて死にましたけどね」

「まさか、ツキちゃん……」

「ええ、"殺りました"。私の大事な弟に手を出そうとしましたから、私の当時の逆鱗に触れてみいいいいいいいんな、死んでもらいました。
斬って、潰して、壊して、砕いて、圧し折って、何もかも、一切合財殺し尽くしました。たぶん、フェイトさんも知りませんよ、これ」

「なんで……そんなことをして……何で"グレーで居られる"んや!?」

 目の前の少女は普通でも無く、異常でも無く、グレーなゾーンに留まり続けた。
 人としての大事な何かを軋ませながらも、グレーゾーンに立ち尽くしているのだ。
 本来なら、異常と言うべきだ。しかし、彼女は理性を保っている。普通の人間とそう変わらない容姿に言葉を話している。
 これを、普通と言わずに何というのだ。
 だから、はやてはグレーと言った。白でも黒でもない。どちらも混ぜられた灰色だと表した。

「何でって……むしろ聞きたいのですが、"たったそれだけのこと"でどうして心を痛めるんですか?」

「な――ッ!?」

 訳が解らない、と言った様子でツキは首を傾げた。夜風が冷えてきたはやての肌を撫でる。

「私たち人間が家畜を喰らうように、その程度の認識の人を殺した程度で何故壊れなくちゃいけないんですか?
はやてさん、貴方は肉を喰らう度に食べた家畜の別れを惜しみますか? 米やパンを食べた時に食材となった小麦との別れを惜しみますか?
……他人のことなんて、興味が無いのが人間なんですよ。戦争が起きるのは、他人が怖いから。聞いたことありませんか?」

 ツキははやての後ろに回り、そっと抱き着いた。口元が彼女の耳の近くに当たるように。

「何も知らぬ白人の子と黒人の子が出会ったら、ああ、自分とこいつは肌の色が違う。だから、自分とは違う。だから、相手が何を考えているのかが分からず恐怖を覚える。もしも片方にパンがあり、片方にパンが無ければ、たったそれだけで争いの火種になる。
ああ、あいつは自分とは違うんだ。だから消えたって自分には関係無い。じゃぁ、"殺そう"と考える」

 ――殺してしまえば興味の対象が失せるから。ツキはそう言葉を締めた。

「パンを半分にして、分け合えばええ!」

「人は誰しも思いやりのある優しい人だ、なんてことは無いです。空腹を満たすために、一人で食べるでしょう。生き延びるために、です。
他人当然の奴にくれてやるものなんてない。くれてやる義理が無いし、理由が無い。
道端にホームレスがひもじい思いをしている、可哀想だと同情する人も居るでしょう。でも、誰も救いの手を差し伸ばさない。
ああ、この人は家が無いんだ。なら、私の家をこの人にあげよう。私の金でこの人の家を作ってあげよう」

 ――馬鹿馬鹿しい。ツキはそう切り捨てた。

「全員が全員、聖人のような優しさを持つわけが無い。相手よりも優れているから自己満足を満たすために施しをくれてやるんですよ。
だから、他人ほど興味の無い対象は存在しません。故に、私の中で他人であった彼らを殺しても、私は謝罪の一つもありません。
……ああ、でも謝罪はしましたね。こんな屑をどうして早く殺さなかったのか、と思った際に実験で亡くなってしまった子供達に、謝罪をしました。
自分がもっと早く動いていれば良かったんです。今ではどうして逆鱗に触れるのを待っていたのか、自分の心が分かりませんね」

 それだけ言って、ツキはすっとはやてから離れて後ろの柵へ寄りかかった。
 はやては先ほどまでのツキの言葉を噛み締めて、心の中で咀嚼した。彼女のことをよりもっと知るために。
 ――彼女がこうなってしまった理由を知るために。

「……そうや。そうだったんか。ツキちゃん……あんたぁ――」

 長い間咀嚼して、一つの答えを出したはやてが、それを口にする。

「箍を外してもうたんやな」

「――ッ」

「壊れたわけでも、狂ったわけでも無い。ツキちゃんは――」

 ――人間を止めたんやね。と、はやては泣きながらツキを見た。

「わ、私は人間です。人間でなければ何だと言うのですか!?」

 怯えた様子でツキが叫ぶ。まるで、触ってはいけない場所に触れてしまったかのように叫ぶ。
 禁忌のパンドラにはやては手をかけた。

「まるで、"悪魔"やね。人間の所業を見て、喜んで騒ぐ悪魔や。
悪魔なら人間に興味が無くても構わない。そそのかして、その人が壊れたり狂ったりしたら笑って、飽きたら次の人へ行けばいい。
そうや。人の心を知っているからこそ、人の心を見過ぎたからこそ、ツキちゃんは殺人鬼になっても何にも思わないんや。
そら、何も思わないわ。だって」

 ――すでに人を止めたんだから、人に構う必要が無いもんなぁ。はやてはそう、彼女の奥底にあるパンドラの箱に鍵を差し込んだ。

「ああ、そうだったんだ。だから」

 ――あの子達の声が聞こえたのか。ツキのパンドラの箱が、開かれた。

「私が人を、止めた? だから、人の死に興味を、持たない。ああ、だから、幸せになれたか、なんて、言ったのか。つまり」

 ――人を止めた感想はどうだ、幸せか? と聞いたのかあの子達は。
 ツキは眼を見開いて、膝を地に落とした。

「あ、あああぁぁあああ、ぁぁああぁああああ、ぁああああああああああああああぁあぁぁあああッ!!!」

 ツキは自分を抱きしめて慟哭した。がちがちと歯を鳴らして、今まで何にも怯える姿を見せることのなかったツキが泣いた。
 今まで「人の事を軽んじれる悪魔のようになれば自分を見失うことは無い」と言う言葉で自分を無自覚の内に騙してきた彼女は、はやての言葉でそれを自覚した。
 そのため、今まで何とも思っていなかった"子供達"の幻聴を軽んじた彼女は自分の罪を知ったのだ。
 「ごめんな」と歳相応に泣くツキを強く抱きしめて、はやては言った。

「……ツキちゃん、今は泣きぃ。自分の黒いもん全て流して、すっきりしぃ」

 ――今、幸せ?

 涙で滲んだ視界の中、ツキの瞳には月に照らされて微笑む女神の顔と、女神を囲む笑顔の幼い子供達の姿があった。
 ツキはこくんと頷いてから、口元を綻ばせながら呟く、その声ははやてにしか聞こえなかった。
 はやては満足気に瞳を閉じて、急に重くなった腕の温もりを感じながら、決意した。

(部隊を作ろう。私だけの、何にも縛られない部隊を作ろう。そしたら、世界もちっとは良くなってくれるはずやから)

 この決意が、四年後、管理局に新しい地上部隊が生まれることになる最初の一押しになろうとは、誰も知る由も無かった。
 



[32613] エピソードzero 歪に、真っ直ぐに。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/03 18:52



【同日夜・旅館部屋】





「――って言うことがあって、それから私はどうやって接していいかぁ……」

 酒の呑まれて愚痴るフェイトにシグナムは「またか」と言う顔をしていた。それもそのはず、その始まり方は実に十二回目だからである。
 苦笑しつつなのはもちびちびと日本酒を飲みながらオレンジジュースを飲んでいるヴィータに絡む。
 ヴィータが助けを求めてシャマルとザフィーラに叫ぶが、しれっと「いつものことだ」「ですね」と見捨てて酒を飲む。
 そんな様子で混沌状態であった。
 なのはとフェイトはまだ未成年なのだが、しれっと酒を飲んでいるのには理由がある。
 中学生に上がった頃になのはの父、士郎がこっそりと母桃子の目を盗んでなのはに飲ませていたのである。
 そのため、心配したなのはがユーノに都合の良い魔法を組み上げさせ、お酒のデメリットを軽減させる魔法を発明。
 きちんとシャマルがその魔法の効力を受けたお酒を分析して「問題無し」と太鼓判を押したので、現在のようにお祭り状態なのだ。
 フェイトの場合、元々雰囲気で酔っ払ってしまう性質のため自棄酒になると呑まれることが多かったりする。

「いやー、すまんなぁ! えらい話し込んでもうたわ!」

 と、襖を開けてこの混沌を打ち払う者が居た。眠りこけたツキをお姫様抱っこで連れてきたはやてだった。
 これ幸いとヴィータははやてに助けを求めるが「にゃー!」となのはが後ろからそれを阻止。
 「あらら」とシャマルとザフィーラが微笑み、シグナムが「いい加減にしろっ」とフェイトの酒を取り上げる。
 「うぅぅ……」と呻きながらフェイトは視界に入ったはやて――では無く、ツキを見て、駆け寄った。
 そして、はやてから取り上げるようにツキを抱きしめ、隅っこに下がって「がるるる」と威嚇。まるで親犬のようだった。

「……なんやえらいカオスやなー。フェイトちゃんは原型留めてへんし、なのはちゃんは……平常運行やな。いつものことや」

「長かったですね、主はやて。積もる話でも?」

 「そんなところやー」と、はやてはシグナムとシャマルの間に座り込み、日本酒の入ったお猪口を受け取ってがっと飲んだ。

「かーっ、美味い酒やなこれ。出所はなのはちゃんやろ?」

「ええ、士郎殿のおすすめだそうです。中々イケますね」

「せやなー……。フェイトちゃん大分酔いつぶれてるけど大変やったろ」

 そうお猪口にお酒を注ぎながらはやてが楽しそうな顔で言う。
 対照的にシグナムは苦虫を噛んだような顔で「去年の数倍大変でした」と答えた。
 去年はグラナガンにある八神家の方でパーティをしたのだが、やっぱりシグナムにフェイトは絡み、ヴィータになのはが絡み、はやてとシャマルとザフィーラがそれを肴に笑うと言った様子だった。
 そして、今日のフェイトはツキのこともあってさらに悪化したらしい。
 結局フェイトはツキを抱きしめながら撃沈し、なのはとヴィータは仲良しそうにすやすやと脱落し、無事だったはやて達がやれやれと後片付けをして、布団をひいて寝た。
 勿論、フェイトとツキ、なのはとヴィータの布団は一緒にしておいて、だ。










 エピソードzero 歪に、真っ直ぐに ~新暦71年 4月30日~





【ミッドチルダ北部魔導師試験会場】




「あ痛たたた……」

「飲み過ぎですよフェイトさん……。どんだけ飲んだんですか」

「確かなのはの持ってきた瓶をラッパ飲みしてからいつも通りなことになってたな」

 二日酔いで潰れた面々を連れてきたはやて達は先に出て筆記試験を終えて休憩していたいつも通りのツキと合流。
 今朝起きたツキは何処か吹っ切れたような様子であり、はやては内心で安堵したそうだ。
 現在は会場のロビーでF・Dランクの実技試験が終わるのを待っている状況だ。
 ロビーでは不屈のエースと呼ばれたなのはや敏腕執務官であるフェイトの姿を見た新米魔導師達がざわめいていた。
 
「……目立ってますねぇ」

「せやなぁ……、よし。観客席に先行って、待とうか。時間的にそろそろやろ?」

『えー、ただいまからCランク魔導師試験の実技試験を行います。参加者は至急実技グラウンドへお越しください』

「ほら、な。ちゅーことでフェイトちゃんは回収しとくわ」

「お願いします。では」

 順番はたぶん早めです、と告げてからツキは参加者の集まる方へ向かって行った。
 フェイトに肩を貸したはやてを筆頭にぞろぞろと観客席へ向かう彼女達は凄く目立った。
 しかし、そんなことに構ってたら日が暮れる、と言った様子でしれっとはやて達は観客席へ団体様入場。
 ちょうど一組目が始まる所で座ることができた一同は、後ろで並んでいる中に銀色のウルフテールを見つけて手を振った。
 それに気づいたツキは遠目でも分かるように「うげ」と苦い顔をしつつも、手を振り返した。

「んー……この頃は皆可愛いなー」

「そうですね。Bランクからは一気に跳ね上がると評判の試験ですから」

 二組目、三組目……としばらく続き、ようやくウルフテールの少女がスタート台に立つ順番となった。
 Cランクまでの魔導師試験はペアが原則となるのだが、技量によっては複数人のエントリー、一人でも可能とされている。
 複数人で行う場合は審査が厳しくなるので、最大でも三人までが多い。
 そして、一番審査が厳しくなるのは実は一人で行う時だ。理由は至極簡単。協調性が見られないからだ。
 そのため、ペアとの協調が無い分、採点が厳しくなるのだ。

『次、名前と魔法系統とデバイスを掲示してください』

「はい。ツキフィリア・シュナイデンです。魔法系統はベルカとミッドのハイブリット。
デバイスはアームドデバイス型、バトルグローブのスネークとストレージデバイス型、両腕の義手のベルナードです」

『……はい。資料と一致しました。準備してください』

「……え? あいつの腕、義手なのか?」

 ヴィータの問いにフェイトが悲しそうな顔で頷いた。

「ツキは違法研究所から保護された子だって言ったよね。保護された時、ツキの両腕は肘から先が"噛み千切られてた"んだ」

 ――歯型はツキの物と一致した。そうフェイトは続けた。
 それだけを聞いて、はやて以外が「食べたのか」と推測した。はやては昨日の夜のことがあって、考えは違っていた。
 そう、恐らく彼女は――、

(エリオに手ぇ出す前に自分で噛み切ったんやろな。唯一の家族だったエリオを手にかけないように)

『バリアジャケットを装着後、試験を開始します』

「はい。スネーク、イグニッション!」

≪yes,my lord≫

 瞬時に黒のタンクトップとカーゴパンツがバリアジャケットへと変換される。
 真紅のアンダースーツの上に黒いコートのようなバリアジャケットに身を包んだツキは、瞬時に地面を蹴った。
 試験のコースは直線のみの初級なコース。
 しかし、オートスフィアの量が多く設定されており、参加者のクリア目標はオートスフィアの全機の殲滅となっている。
 時間制限が短く設定されており、ツキの前のコンビは残念ながらクリアできずに不合格となった。
 駆けだしたツキの速度は凄まじく、会場の全員を圧倒させた。

「はっや!?」

「……テスタロッサの本気くらいはあるんじゃないか?」

 ツキの戦闘方法はごくシンプルなものだった。超高速で近づいて、潰す。たったそれだけのスタイル。
 彼女の前に踊り出たオートスフィアは繰り出された裏拳と靴底によって粉砕され、破砕の悲鳴をあげた。
 はやて達の視線の先には大量のオートスフィアが設置されており、中型のオートスフィアが三機、大型が一機、小型がざっと見ても百機はあるように見えた。

「めっちゃ多いなぁ? いつからあんなに難しくなったん?」

「えっと、確か参加方法がシングルの時だった時だけだった気がするよ。コンビ用の量と同じなんだって」

「へぇ……、でもあいつ止まりすらしてねぇぞ……?」

 ヴィータの言う通り、ツキは一切減速せず、迫り来る小型のオートスフィアを捌いていた。
 しかし、彼女にとっても量が多かったのか、はやて達から見ても苛々しているのが感じられた。

「……スネークッ! アクセルオーバー!」

≪Limiter break≫

 瞬間、音が消え、凄まじい爆風が観客席を襲った。風が止んだ時、ツキの声が静寂を貫いた。

「破砕烈火ッ!!」

 ツキが虚空へ向かってバックブローを放った瞬間、全ての音が再び消えて、彼女の眼の前に存在したオートスフィアごと目の前の空間が爆散した。直後、轟音と爆風がここに居た全員に襲いかかる。
 
「うぉあ!?」

「ヴィータちゃん!?」

 軽いヴィータは爆風に乗っかって吹っ飛びかけ、なのはの咄嗟のバインドにより事なきを得た。
 元凶の彼女はしれっとゴールに向かって歩いており、彼女に襲いかかるオートスフィアは一つたりとて無かった。
 なぜなら、コースの上に破片となって転がっているからだ。先ほどの爆発で全てのオートスフィアが蹂躙されたのだ。
 
≪All complete≫

「はい、ゴールっと」

 ゴール地点に悠然と立ち、にこりと観客席のはやて達に向かって微笑んだ。
 
『お、オールコンプリート。し、試験結果は後日配達されるのでご帰宅ください……』

「分かりました。ありがとうございました」

 そして、会場の出口から颯爽と出てったツキを追ってはやて達が慌てて追いかける。

 ツキからフェイトに連絡が入り、ロビーで合流をすることとなった。
 ロビーの椅子に座りながら、ツキの到着を待つ面々は先ほどのことについて花を咲かせていた。

「なんだったんだあれ。ぶわっと風が来たかと思えばずばーん!ってスフィアが爆散したぞ!?」

「恐らく……最初の風はツキちゃんの魔力放出によるものね」

「ああ。奴も面白いことを考えるものだ。魔力で疑似粉塵爆発を起こすとはな」

「粉塵爆発? なんだそれ、えらく物騒な感じがするぞ?」

 頭の上に?マークを浮かべているヴィータにシグナムが説明した。

「粉塵爆発は可燃性の粉塵が浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発する現象のことだ。
それをツキは魔力の散布によって、粉塵爆発に必要な三要素の内、粉塵と酸素がある状態を作り上げた。
散布した魔力は予め何か魔法術式を練り込んであったもので、ツキの合図でを爆発する代物になっていたと仮定する。
そこに引火の基となる一撃を加えて起爆。魔力爆発を起こして、オートスフィアを破壊した、と言うことだ」

「……つまり?」

 今の説明で理解できていないヴィータが首を傾げた。
 
「……そうだな。ヴィータ、ポップコーンを主はやてに昔作ってもらったことがあるだろう?」

「ああ! あれか! すっげぇぽんぽんしてて面白かった奴だな! 美味かった!」

「コーンが粉塵と酸素で、フライパンの熱が引火だと言えばわかるか?」

「あー……? ああ、なるほど。そういうことか。大量の火薬放り投げて着火したような感じだな」

 「まぁ、概ねそう言うことだ」とシグナムは蟀谷を押さえながら物騒でありながら的を得ているヴィータのそれに同意した。
 
「シグナムもえらい可愛らしい例え方をしたなー」

「……そこまで噛み砕かんとヴィータは理解しないと悟りましたから」

 そうシグナムはやや恥ずかしそうに頬を朱に染めて視線を逸らした。
 ヴィータはヴォルケンリッターの中で一番幼い。それは身体的にも、精神的にも言えることだ。
 そのため、彼女に説明するためにシグナムとシャマルが頑張ったのだ。
 数年前にどう噛み砕けばヴィータが理解してくれるかを考え、食べ物に関する例え方をすればよいと結論。
 ……しかし、その例えをするためには二人が食べ物の知識を頭に積み込まなくてはいけなくなった。
 管理局の無償奉仕期間を終えた後、中学へ行くはやての代わりにシグナムが料理を始め、シャマルはお料理教室へと出向くようになり、ようやく形になってきたのだ。
 ちなみに、シャマルの料理はテロ並みから時々失敗料理になる程度、とランクが下がり、対照的にシグナムはヴィータとはやてに料理を褒めちぎられたことに味をしめ、めきめきと料理の腕を上げていった。
 元々プログラムであったせいか、シグナムは幾多のレシピを記憶し、物にしてみせた。シャマルは……これ以上は伏せておく。
 私服になって戻ってきたツキに先ほどの考察をすると「んー、八割方正解ってとこですね」と採点が返ってきた。

「あれは凝縮魔法と集束魔法を応用した爆発でして、広域に広げた魔力を一気に一ヵ所に凝縮することで高密度魔力爆発を起こしたんです。
傍目から見るとシグナムさんの言ったように疑似粉塵爆発に見えるようにしたんですが……。
やっぱ駄目ですねー。魔力の広がり方が広域過ぎて、予想の半分しか威力がでませんでした。もうちっと論理詰めないと実戦で使えないです」

 「新技なんですよー」と、けらけら笑うツキを見て、全員が「将来……いや、数年で化けるな」と思ったのは秘密である。
 その後、旅館へ戻って温泉を楽しんでから、温泉旅行がお開きとなった。







 翌朝、ツキもエリオの居る管理世界へと第七臨海空港からフェイトにきちんと見送られて帰って行き、ほっとフェイトが安堵の溜息をついた。
 ロビーの椅子に座り、やや残る二日酔いの余韻に苦しみながら相棒が知らせた通信を開いた。

『ああ、フェイトちゃん? ちょっとええかな』

「うん。ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ」

『ならええんやけど……。っと、時間押してるから手短に言うで、ツキのことや』

「……ツキ?」

 予想と違う内容にフェイトはきょとんと目を点にする。

『昨日な、フェイトちゃんが酔いつぶれる前に色々と話させてもらったんや』

「……え?」

『フェイトちゃんは、優しすぎるんや。そして、繊細過ぎるんや。だから、誰かを救えても、ツキの心までは救えないんや』

「は、はやて?」

『……もうええやろ? 本当は分かってるんやろフェイトちゃん。分かってて、とぼけてるんやろ。確かに、自分を護るにはそれでええんや。
でもな、』

 ――護るもん置いてけぼりにして逃げちゃあかんやろ。はやてのその一言はフェイトの奥底へと突き刺さった。

『何でツキがあそこまで自分を殺していたのか分かるわ。そら、そうや。吐き出す相手が居らんからな。溜めるしか無いわ。
だから、フェイトちゃんじゃなく私に言ったんや。自分の思いを全部吐き出して、あの子が最後に何て言ったか分かるか?』

 ――私はもう自分を騙さなくていいんだね。はやてのその言葉に、フェイトは呻いた。

『ツキはそう言ったんや。あの子がグレーなゾーンを行き来してたのも頷けるわ。
壊れるには何かを犠牲にせんとあかん、狂うには誰かを犠牲にせんとあかん。
そのどちらにも逃げ道を作らなかった……いや、エリオの存在があったからあの子は自分を騙したんや。自分は化けもんや、って。
弟のエリオが不安がるような自分の姿を見せちゃあかんから、ってな。
手にかけた子供達を未だに忘れずに、幸せからの手を振り払って、自ら地獄のような場所に落ちて、』

 ――自分は壊れることも狂うことも無い化けもんやって、自分を騙したんや。はやてのその言葉にフェイトは肩を震わせた。

『……いつまでも人は清くあることは無い。せやろ、フェイトちゃん』

「……………………………………分かってた、でも、認めれなかった」

『分かっとる。だから、フェイトちゃんは優しいんや。聡明で、人の痛みを人一倍知っとるフェイトちゃんだから、恐れたんや。
昔の心の古傷を開かないように、そっと逃げてたんや。ごめんな、今まで気付いてやれんで』

「……ううん。謝るのはきっと、はやてじゃなくて、私だ。ごめん、はやて。私――」

『アホぉ、言う相手が違うわ。ほな、時間やから切るでフェイトちゃん』

 ――優しさには、人を傷つけることも必要なんや。そうはやては諭すように言って、通信を切った。
 空港のロビーからフェイトは即座に飛び出し、駐車場の自分の車に戻って、泣いた。久しぶりに号泣した。
 自分の弱さがツキを傷つけていた。その傷跡を知られぬようにツキは自分を騙した。
 自分の手が汚れているから、と自分を卑下して。
 自分の心が弱いから、と自分を騙して。
 自分の弱音を吐きだす場所が無くて、ずっとずっと抱え込んで、それを知ろうとする者を拒絶するように、と自分を追い立てて。
 自分の罪を認めて、騙すのを止めて、弱音を吐きだしたことで、どれだけ彼女は救われたんだろうか。
 フェイトはそう解釈して、泣いた。

「……願ったこと全てが叶うわけがない。そんなことは分かっていたのになぁ」

 フェイトは謝るべき少女の瞳のように自分の眼が赤くなっているのをミラーで見て気付く。
 
(もしかしたら、ツキはあの頃からずっと泣き続けてたのかもしれない)

 真っ赤な目が、真紅の眼になるまで、泣いていたんだろう。フェイトはそう思ってまた自分が嫌になった。
 今日を境に、彼女の仕事振りに拍車がかかることになる。新たな決意を胸にしたフェイトは今日確かに、新たな一歩を踏み締めたのだ。



[32613] エピソードzero 愚直に、正直に。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/02 22:50



 新暦71年4月29日のミッドチルダ北部臨海第八空港火災から、一年と一ヶ月強が過ぎた。
 被害者の一人であるスバルは今、同じミッドチルダ北部第四陸士訓練校の始業式に参加していた。
 彼女の瞳には怯えや苦しさと言うものが無く、むしろこれから始まる訓練に意気込み、楽しんでいるようにも見えた。
 スバルのシャツの下には、チェーンに吊るされた雑誌の切り抜きの白い女神が居た。
 
(わたしも、なのはさんみたいにかっこよく、そして、皆を守る魔導師になってみせる!)

 あの事件以降、彼女は勉強と鍛錬をし始めるようになり、見事訓練校の試験を突破して訓練生へとなることができた。
 心に彼女の女神であるなのはのデバイスの名、不屈の心を宿して今日から頑張ろう、そう決めたのだ。
 ……決めたのだが。

「今日からルームメイトでコンビですね! よろしくお願いします」

「正式な班とコンビ分けまでの仮コンビよ。ティアナ・ランスター、十三歳……よろしく。
部屋に着いたらさっさと着替えてね。準備運動しっかりやりたいから」

「は、はい……」

(ランスターさん年上だぁ……! 何か近寄り難い雰囲気発してるし、綺麗な人なのに、何か……怖いなぁ)

 コンビとなるティアナの雰囲気に呑まれ、彼女のわくわく感はあえなく撃墜されることとなったのだった。









 エピソードzero 愚直に、正直に ~新暦72年6月~









 32号室に割り振られた二人はティアナ、スバルの順で部屋へと入り、こじんまりとした部屋に少しがっかりした。
 
「……やっぱりパンフレットは見栄えの良いのを使ってるのね」

「……みたいですね」

 双方同じことを考えていたようで、お互いの残念そうな顔を見て二人共「ぷっ」と噴出してしまった。
 しばらく立ったまま笑い合い、スバルは「この人となら、やっていけそうな気がするよぉ」と胸を撫で下ろした。
 そして、もう一度部屋を見回してスバルがあることに気付く。ティアナもまた、同様に気付いたようだった。

「……あれ? コンビの部屋ってベッド二つって言ってましたよね……?」

「ええ……、教官のお言葉が本当ならそう……あ」

 ティアナは何かを思い出したように、鞄から先ほど支給された訓練士手帳をぺらぺらと開き始め、寮の部屋のページを開いた。

「……寮の部屋割りは原則二人によって構成されるものとする。しかし、余りが出てしまった場合、例外にし、三人部屋とするってあるわね」

「ってことは、余りが出ちゃったんですかね?」

「タメ口で良いわよ。今年は特殊専攻科も増設されたから……、もしかするとそうかもしれないわね」

 スバルやティアナが所属する士科は、陸戦魔導師総合科、今年増設されたのは陸戦魔導師特殊専攻科と言って違う分類の科だ。
 後者はとても難易度が高く、最低でも魔導師ランクB以上の者しか入学が認められていない特別コース。エリートと言っても良いだろう。
 なので、総合科の寮部屋に三人部屋があると言うことは、特殊専攻科で余りが出たと言うことになる。
 一人部屋も可能なのだが、無駄が多いため却下されることが多いので、今回もその処置のせいだろう。
 コンコンッとドアがノックされ、顔を出したのはやや身長の低い銀髪のウルフテールの少女。

「えっと……、余っちゃったんでこちらで厄介させてもらいます。ツキフィリア・シュナイデンです。よろしくお願いします」

「え、あ、こ、こちらこそ! スバル・ナカジマです! 歳は十二です」

「……ティアナ・ランスターよ。十三歳」

「あ、二人共年上ですね。私、十一歳です」

「「え?」」

 自分よりも年下が、自分よりも高い魔導師ランクを持っている。驚愕に値する出来事だ。
 魔導師試験の勉強を必死にしてきたティアナのプライドが砕かれたのは当たり前のことだった。

「私のことはツキって呼んで貰って構いません。今日からよろしくお願いします、ティアナさん、スバルさん」

「うん、よろしくねツキちゃん!」

「…………」

 ティアナはツキを上から下へと幾度も見返すが、自分が劣っている点が見当たらない。
 むしろ、なぜ彼女が自分よりも上であるのかが分からなかった。
 『ランスター家の誇り』を胸にやっと受かった訓練校だと言うのに、彼女は悠々と入ったのだろうと想像して堪らなくなった。
 そんなティアナを察したのか、ツキはにっこりと笑顔で言った。

「いやー、お二人とも凄いですね。誰かを救うようなお仕事の方へ就くなんて、私には恐れ多くてできませんよ」

「……何? 嫌味?」

「ちょ、ランスターさん!?」

「いいえ、事実を言っただけですよ。私は誰かを救うことなんてできないですから」

 ティアナは悲しそうなツキの眼を見て戸惑った。何故、この少女はこんなにも悲しい顔で笑みを浮かべるんだろう、と。
 ツキはふっと笑みを作り直して、ダブルベットでは無くシングルベッドの方へ荷物を置いた。

「ティアナさん、スバルさん、頑張ってくださいね。誰かを救うってことは簡単じゃないんです。助けただけじゃ、人は救えないんです」

 ――心までは救えないんです。ツキは鞄から教材などをベッドの枕の横に置いて、悲しげに言った。
 ティアナはバツの悪そうな顔で、先ほどの自分の態度が嫉妬から来たものだと冷静になってようやく気付いた。
 馬鹿なことをしたなぁ、とティアナは謝罪の言葉を述べようとした。
 
「……あの」

「それじゃ、私はもう行きますね。訓練頑張ってください」

 だが、ツキはティアナの言葉を遮って笑顔で部屋から出て行った。「待って」と言えずにティアナは行き所を無くした謝罪の言葉を飲み込んだ。
 スバルはぽりぽりと気まずそうにティアナに言った。

「戻って来てから言ったらいいんじゃないかな? これから一緒に生活するんだし、チャンスはたくさんある……たぶん!」

「……くすっ、それもそうね」

 ティアナは苦い顔でスバルの提案を受け入れ、訓練服の入った袋を担いだ。
 その後、二人は訓練準備室で訓練服へと着替え、柔軟などをしつつ教官の指示を待った。

「では1番から順番に訓練用デバイスを選択しろ。見た通り、ミッド式は片手杖か長杖、ベルカ式はボールスピアだ。
また、自作デバイスの持ち込みは許可する。自分にあったデバイスを受け取るように」

「スバルだっけ、デバイスは?」

「わたしのはベルカ式なんだけど、変則なんだ。だから持ち込みの自前。ほら、これ」

 スバルは手にした鞄からやけに重そうなローラーブーツとリボルバーのついたナックルを取り出した。

「ローラーブーツは自分で組んだ奴。リボルバーナックルはお母さんの形見なんだ。こんな感じ!」

 右手にリボルバーナックルを装着し、ローラーブーツを手慣れた様子で履いたスバルに「へぇ」とティアナは感心する。
 見た目からして相当な重量だと言うのに慣れた手つきで装着を行っていると言うことは、それだけの練習を積んでいると言うことに相違無い。
 だから、ティアナは素直に彼女の努力に関心したのだった。

「変則同士で組まされたみたいね」

 ティアナは鞄からアンカーガンを取り出した。それを見て「銃型だ!」とスバルは嬉しそうな声をあげる。
 その声にちょっと満足感を感じたティアナはくるくるとアンカーガンを回転させてから、カウボーイのようにストンっと脇下のホルスターへ入れて見せる。

「すごーい!」

「ミッド式で、カートリッジシステムを組み込んだ自作よ。……っと、そろそろ行くわよ」

「うん!」

 陸戦訓練場に出た二人はパンフレットに乗っていた写真よりも広い訓練場を見て感嘆の声を漏らした。
 
「デバイスを受け取ったコンビは整列!」

「「は、はい!」」

 教官の前には二つの列があり、右側が特殊専攻科のコンビ、左側に総合科のコンビが並んでいた。
 よく見ればその中に一人だけで居る銀髪のツキが見えた。たった一人で、並んでいた。

「あの子……」

 ティアナがツキのことを見つけ「辛いだろうに」と同情した。スバルも気付いているが、今は何もできないと分かっているため何も言わない。

「今日の訓練は特別に特殊専攻科と総合科の混同訓練だ。迅速にペアを組むように。
ラン&シフト、垂直飛越、フラッグ奪取の訓練を行う。ペアを組んだコンビから並べ! 以上!」

『はい!』

 わらわらと訓練生達が「ペアを組まないか」と話す中、ティアナとスバルは一目散にツキの下へと向かった。

「一緒にやらない?」

「……え?」

 声が掛けられたことに驚いた様子で振り返ったツキは微笑んでいる二人の顔を見て「ああ、そう言えば」と微笑み返した。
 ツキはどうせ自分には誰にも話しかけてこないだろうから、一人でこなしてしまおうと思っていたのだ。
 
「……随分と仲が良くなったようですね? 先ほどと雰囲気が違いますよ」

「……さっきはごめん、言い過ぎた」

「……別に、構いませんよ。私、貴方達のことが好きになりました。これからよろしくお願いしますね」

「ええ」

 握手を交わしたティアナとツキは笑みを見せ、スバルを連れて列へと並んだ。

「そう言えば、ツキのデバイスは?」

「あ、失念してました。このバトルグローブです」

「あ、ツキちゃんも前衛なんだ!」

 「お揃いだね!」とスバルがリボルバーナックルを見せて燥ぐ。「そうですね」と答えたツキの顔は楽しそうだった。

「私は中衛よ、二人のフォローに回るわ」

 アンカーガンを見せ、ティアナも自然に微笑んだ。スバルはその顔を見てまた「綺麗だなぁ」と思った。
 雑談をしているうちに列が進んでいき、ようやくツキ達の順番になった。

「次! Bルートでラン&シフト!」

『はい!』

「障害突破してフラッグの位置で陣形展開、ツキとスバルは先行して場所の確保。私はフォローに回るから」

「了解」

「わかった!」

「GO!」

 教官の指示と同時にクラウチングスタートから凄まじい速度で飛び出したスバル。
 それを横で見て「ちょ!?」と、彼女の起こした土煙に巻き込まれた二人は尻もちをついてしまった。

「フラッグポイント確保ッ!!」

「――ッ」

 舌打ちしたティアナを見て、やれやれとツキがフォロー。

「ティアナさん! 舌噛まないで!」

「へ?」

 教官が笛を吹こうとする前に、中腰になったツキがティアナを抱えて、凄まじい速度で翔けた。
 ダンッ、ダンッ、ダンッ! と、ティアナを抱えてルートを超高速で進むツキに教官は唖然とした顔で立っており、笛を吹くのも忘れていた。
 
「フラッグポイント奪取ッ! 陣形確保後、リスタート!」

 ツキのその声にハッとしてティアナがスバルに「やり過ぎよ馬鹿ッ!」と囁く。
 
「スリーカウント、リスタート。スリー、ツー、GO!」

 息を合わせるためにカウントしたツキがティアナを抱えたまま飛び出す。
 先ほどとはやや遅めで、スバルのローラーブーツの速度に合わせた速度で進む。
 それを見てやっと自分が出過ぎたことを悟ってスバルが慌ててそれに続いた。
 教官は苦い顔で先のそれを見逃すことにして、次のグループの指示へと戻った。

「スバルさん! 魔法障害壁をナックルでブレイク! ティアナさんはこのまま私を脚にして、周りのフォローをお願いします!」

「「了解!」」

 急ごしらえとは思えないチームワークでBコースを走破したツキ達は、ゴール地点でほっと胸を撫で下ろした。
 次の列に並んでいる最中にティアナがコツンとスバルの頭を小突いた。

「あなたねぇ……、ツキがフォローしてなかったら確実にペナルティよ、あれ」

「ごめんなさい……」

「まぁまぁ、教官が見逃してくれたのが大きいですから。スバルさんは自分の限界値を見直した方がいいかもしれませんね。
ティアナさんとコンビをやるなら、まず両方で力を合わせないと上手く機能しませんよ」

「……そうね。ありがとう、ツキ。助かったわ」

「いえいえ。こうして私がちょっかい出せるのもこういう場だけですから」

 ――私は元々ワンマンアーミーですし。ツキはそうにっこりと笑みを浮かべながら言った。
 その言葉を聞いてティアナは「もしかして、この子自分から一人になった?」と憶測を立てたが、列が進んだために話題は流れることになった。

「次は……垂直飛越ですね。私が下をやりますから、お二人が先に上がってください」

「え? でも、わたしが下の方が良いんじゃない?」

 体格差的に、三人の中で一番軽くて身長の低いツキよりも、力のあるスバルの方が良いと考えたのだろう。
 しかし、ツキは先ほどの出過ぎた件でスバルが自分の力の制御ができていないことを見抜いていた。
 そのため、自分が下になると言ったのだ。

「……本来であれば、それが最良です。しかし、スバルさんは未だに自分の力を使いこなせてません。
だから、スバルさんを下にすると私達は人間砲弾よろしく投げ飛ばされるのが目に見えてますので、ティアナさんの代わりに私を引き上げてくれれば結構です」

「……ふふっ、それもそうね」

 ティアナがその愉快な光景を思い浮かべて笑い、同意した。それに、とツキが言葉を続けた。

「あれくらいなら私、飛び越えられますし。やってみせましょうか?」

「「…………………………え?」」

「次! 垂直飛越、Aコース!」

 教官の指示が飛び、慌ててスバルとティアナがAコースの壁へとついた。
 一人ずつ綺麗に壁の上に上げたツキは、先ほど言った通り、脚力のみでスバルとティアナの間に着地した。

「わぁお」

「……嘘ぉ!?」

「お先に失礼します♪」

 してやったりと言った顔でツキが壁を下りた。「わたしも!」とスバルが続いて降りた。

「え、あ、ちょ!? 私はどうやって降りるのよ!」

 本来なら、スバルが壁の上に残りティアナを吊り下げる形で下ろさなくてはいけないのだが、調子に乗ったスバルは先に降りてしまった。
 結局、「あちゃー」と言った様子で顔を手で押さえたツキが、ひょいっと壁の上に戻り、ティアナを抱えて降りた。
 そのせいで教官に怒られて腕立てを二十回させられた三人は何とも楽しそうに愚痴り、愚痴られるのだった。

「ラストはフラッグ奪取でしたね。確か……」

 フラッグ奪取は、ラン&シフトで使われたコースのゴール地点にフラッグを置き、それを如何に早く奪取するかを問われる訓練だ。

「フラッグ奪取にはオートスフィアを設置してあるため、妨害がある。飛行魔法以外の魔法の使用を許可する!」

「へぇ……、オートスフィアも使うんですね。と、なるとまた私がティアナさんを担ぎますか」

「……いや、スバルに運んで貰うわ。ツキが先行して遊撃、私がスフィアを破壊するわ」

「え? 私がランスターさんを!?」

「ええ、だってツキの方が速いもの。攪乱するにはそちらの方が良いし、それにあんた近距離戦オンリーなんでしょう?」

「い、一応砲撃魔法も……あります!」

「……それに、年長者が最年少に乗ってるのってかなり辛いのよ?」

 そのティアナの一言に「あぁ……」とスバルは納得した。確かに、身長の低いツキよりもスバルが担いだ方が見栄えが良いに決まっている。
 むしろ「小さい子になんてことを!?」と言われかねない残念な見栄えである。

「次! フラッグ奪取、Bコース!」

『はい!』

 定位置につき、ティアナがスバルの肩に乗る。下になったスバルは「ツキちゃんはこんな体勢であんなに早く動けたんだ……」と驚いていた。

「征きますッ!」

 先ほどの数倍の速度で翔けだしたツキを見て、スバルとティアナは「速ッ!?」と声を漏らした。
 慌ててスバルが全速力でツキを追う。目線が高いティアナの瞳には、先行してオートスフィア達を攪乱しているツキの姿が見えていた。
 左右に揺れるオートスフィアにアンカーガンを向け、トリガーを引き、射撃魔法を発動させる。
 オレンジ色の魔力弾がツキを追っていたオートスフィアを掻っ攫う。

「第二波、二時方向から来ます!」

「了解!」

「第三波、八時方向!」

「第四波、五時方向! ……ティアナさん、大丈夫ですか!?」

「だい、じょーぶよっ!!」

 どんどんと現れるオートスフィアの数に焦りながら、ティアナはきっちりと狙って魔力弾を放っていく。
 しかし、彼女の許容量を超えたオートスフィアの数に、ティアナのアンカーガンが悲鳴を上げる。
 カチンッとアンカーガンから聞こえて、トリガーを引いても魔力弾が撃てなくなった。

「嘘!? ジャムった! ツキ!」

「了解です!」

 逃げ回ることを止めたツキは螺旋を描くようにオートスフィアの周りを囲うように走り、誘導して一ヵ所に集めた。

「破砕烈火ッ!」

 ツキが拳を振るった瞬間、ズドゥッ! と、腹に響くような轟音を立ててティアナの視界が爆炎で染め上げられた。
 勿論、彼女に被害は一切無く、犠牲になったのはオートスフィア達だけ。目の前で爆発が起きただけだ。
 しかし、フラッグを奪取するまでオートスフィアの侵攻は続く。
 第五、第六波が襲いかかり、それら全てツキの起こした爆発によって粉砕されていった。
 パラパラと振ってくる破片をシールドで守りながら、スバルは一刻も早くゴールへ辿り着こうとラストスパートをかける。
 そして、それを阻止せんと数十体のオートスフィアが特攻をかける。

「スバルさん! ティアナさん! そのまま!」

「分かった!」

 特攻してきたオートスフィアは、侵攻を邪魔するツキへ向かってシューターを放った。
 ツキは数十のシューターを裏拳で砕き、バトルグローブのガード部分を叩き付け、巨大な魔法陣を足元に作り上げた。

「炸裂烈火ッ!!」

 瞬間、巨大な爆発がオートスフィアを巻き込み、ツキの目の前で弾け飛んだ。
 だが、次の瞬間、破片が一ヵ所に凝縮され球体を作り出され、さらさらと球体が塵となって風に流れていく。
 厳密には、細かく粉砕されたオートスフィアの成れの果てである。
 
「フラッグゲット!」

 ツキの後ろでは、スバルがガッツポーズを、ティアナがサムズアップをしていた。
 振り返り、サムズアップで返したツキを二人は笑顔で迎えた。
 その後、教官が彼女達に怪我は無いかと尋ね、彼女達は笑顔で「無傷です」と答えたそうだ。

「まさかエミュレーターの故障で大量のスフィアが吐出されてたなんてね」

「そうね、アンカーガンが不調を起こしたのに合点がいったわ……。多すぎると思ってたのよ」

「ツキちゃんのあの魔法って何? 見たことない魔法だったけど……」

 午前の訓練終了後、自室へ戻り休憩を果たした三人はくつろいでいた。
 ツキのベッドにスバルとティアナがツキを挟み込む形で、雑談に花を咲かせる。
 
「ああ、アレですか? あれは凝縮魔法による高密度魔力爆発魔法です。
最後のは、今まで使った魔力を集束魔法を応用して一ヵ所に集めたって言うだけで、ほとんど同じなんですよ。
オリジナルの魔法なんですけど、ようやく実戦仕様に組み上げられました」

「え!? あれ、ツキちゃんが組んだ魔法なの!?」

「……文字通り爆発魔法ね」

 三人は部屋で高らかに笑い合い、他のコンビの部屋よりも早く、ルームメイトの絆が生まれたのだった。



[32613] エピソードzero それぞれの道の行方。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/04 14:48
「はぁ……はぁ……、ティアー、生きてるー?」

「……何とか」

 陸戦訓練場の端っこに存在する自主訓練用スペースでぶっ倒れている二人を見て、やれやれと言う顔で彼女達を見つめる少女が居た。
 名はツキフィリア・シュナイデン。彼女達のルームメイトであり、この度の模擬戦の勝者でもある。
 彼女達が出会ってからこの模擬戦は毎日行われていた。
 最初は軽い模擬戦だったのに関わらず、今では他の訓練生もおっかなびっくり逃げ出すような凄まじい模擬戦となった。
 それは訓練校の中で、幾度も繰り返された模擬戦の中で、彼女達の中で、一番充実していた時間だった。
 しかし、それも今日で終わり。明日にはこの訓練所を卒業することとなる。
 スバルとティアナは災害担当系の進路を、ツキはSTFと言う管理局の戦闘部隊の中で最高峰と呼ばれる陸戦チームへと進路を決めた。
 明日で、この模擬戦をすることができなくなってしまうのは寂しい、だから、今日こそ決着をつける、そう二人はツキに挑んだ。

「……さて、まだ立てるだろお二人さん? 私はまだ、倒れちゃいねぇぜ?」

「上……等ッ!!」

「当たり……前よッ!!」

 ふらふらと立ち上がり、二人は自分のデバイスを構える。
 ツキはそれを見て、楽しそうに冷酷な笑みを浮かべる。猛禽類のような鋭い瞳の中で、真紅の炎が再び燃え上がる。
 バトルグローブのガード部分をガチンッと重ね、魔法陣を作り上げる。
 銀色のウルフテールはゆらりゆらりと嬉しさに心を高ぶらせる狼の尾のように風に揺れる。

「さぁ、来い歴戦の友よ! 私を屈服させてみろ! 私の膝を地につけさせてみろ!!」

「「上等ッ!!」」

 発破をかけられた二人は笑顔で応えた。










 エピソードzero それぞれの道の行方 ~新暦73年5月・卒業式前日~









「ティアとスバルの連携の最高潮を魅させてもらいました。とっても楽しかったです」

「あんた……戦ってる時と口調が変わってるわよ……」

「でも……楽しかったなぁ」

 ぐったりとしてツキに俵を運ぶように両肩で抱えられた二人が呻いた。
 ティアナの幻術と冷酷無比な精確な射撃、それに加え爆発力を増したスバルの猛攻。
 たった一年でここまで成長できたのは、ツキの馬鹿げた強さと彼女達の精神力の強さである。
 最初はツキの才能に嫉妬していたティアナだったのだが、だんだんと箍が外れたようにめきめきと強くなっていく様を見続けたおかげで精神が大分図太くなって、今じゃ大抵なことでは狼狽えることは無くなった。
 ツキの化け物染みた自主筋力トレーニングの数々に懸命に食らいついて行ったスバルは、リボルバーナックルのカートリッジを使用せずとも壁を砕けるようになり、身体的にも著しく成長した。
 ……だが、彼女達は惜しくもツキから一本を取ることは敵わず、こうして運ばれているのだった。

「ティアは幻術のタイミングが少しだけ甘いです。ですが、並の魔導師ならあっさり騙されてくれるでしょうね。数年後が怖いです。
スバルは突破力と爆発力に磨きがかかってきましたね。でも、まだまだ威力が甘いです。もっと高みを目指しましょう」

 にこにこと反省点を語るツキは楽しそうながら酷く疲れているようにも見えた。
 実は、彼女達が後もう少しスタミナがあればツキは攻略されていたのだ。
 自分の限界を一切見せなかったツキのポーカーフェイスに彼女達は負けたと言っても過言では無い。
 いつもいつもいつも、ツキのスタミナがぎりぎりな所で彼女達は力尽きるのだ。
 自室に着いた時、ツキの両肩は震えていた。明日でこの楽しいメンツが別れてしまうと知っているからだ。
 永遠の別れでは無いとは分かっているが、迫り来る別れを悟っているから。

「……もう、泣かないでくださいよ。私だって……泣けてきちゃうじゃないですか」

「ぅあ、もっと、一緒に居たいよ。別れたく……ないよ」

 ツキは嗚咽を漏らさずに涙を流し、最後の力を振り絞って二人を自分のベッドへ投げ飛ばした。
 突然のことだと言うのに、体に染みついた防衛反応できっちり受け身を取る二人。
 視界を歪ませながらツキは言った。

「……今泣いたら、明日は干からびちゃいますよ?」

「……そうね。私達三人共ミイラになっちゃうわね」

 体を起こしたティアナは未だに泣き続けるスバルを起き上がらせた。
 ツキは「ココアでも入れてきますね」とキッチンへと赴いた。

「……ねぇ、スバル。この中で一番悲しいのは誰だと思う? 一人きりになるツキよ。あんたには私が居るでしょ」

「うん、分かってる。分かってるけど……、離れたくない。離れたくないよぉ……」

「……バカスバル」

 ティアナにスバルが抱き着いて、その胸に顔を埋めて泣いた。ティアナも再び嗚咽を漏らし、彼女を抱きしめて静かに泣く。
 キッチンの壁によりかかって、部屋から漏れる泣き声を聞いて貰い泣きしているツキの姿があった。
 彼女とて寂しくないはずが無かった。この一年、本当に楽しかった。楽しかったからこそ、一時の別れが惜しく感じられた。
 
「……寂しくないと言えば嘘になる。でも、仕方が無いことだ。そうあっさりと諦めてしまえばどれだけ楽だろうな、畜生」

 ツキはギリッと奥歯を噛み締めて、泣き事を吐くのを止めた。どんなに弱音を吐いても事実は覆らないからだ。
 ツキは数年後にはやてが設立するであろうそれに参加するために、できるだけ自分を虐め抜いて成長しておきたかった。
 だから、特殊専攻科を主席卒業すればSTF、スペシャルタンクフォース、別名 特攻戦車隊に参加できる切符を受け取ることが必要だった。
 しかし、それはスバル達と離れて激戦の地へ自分を送ることになってしまった。
 思っていなかった友人の別れにこんなにも心が揺れるなんて、とツキは泣きながらその事実を噛み締めていた。
 しばらくの間、32号室は涙が絶えなかった。
 翌日、卒業式を終えた三人は陸戦訓練場で集合した。
 総合科、特殊専攻科を主席卒業した人物達が集まっており、傍から見れば異様な光景でもあった。

「……卒業しちゃったね」

「そうですね」

「やけにあっさりしてるじゃない。隠れて泣いてたくせに」

「スバルを抱きしめて泣いてた人に言われたくないですね」

「ティアのは格別だよ。ツキちゃんも試してみたら?」

 そうスバルはやや卑猥に両手をにぎにぎと動かした。さっとティアナは胸を隠して離れる。

「って、私から離れるの!? スバルからじゃなくて」

「あんたならやりかねないからね。と言うか模擬戦の時、私が気絶してる間に二人で何かやってるのを知ってるんだからね!」

「「……てへっ」」
 
「え、あ、ちょ。カマかけたんだけど……マジ? と言うかあんたら私の体に何してんのよ!」

「「……ご馳走様でした」」

「何をされてたのよ私!?」

 最後の最後までいつも通りに過ごした三人は、空港で別れ、それぞれの道を歩んで行った。
 ……二年後に再会すると知らないで。




【ミッドチルダ南部・陸士386部隊本部隊舎・災害担当部配置課・応接室】 ~新暦75年4月某日~




「……ええ、2人ともうちの突入隊のフォワードです。新人ながらいい働きをしますよ。2年間で実績もしっかり積んでいます。
いずれそれぞれの希望転属先に推薦してやらんととは思っていましたが、本局から直々のお声がかりとはうちとしても誇らしいことですなぁ」

 応接室の客側の椅子に座る人物は新しく設立されたはやての城、機動六課の制服に身を包んだなのはとヴィータだった。
 彼女達は機動六課の行動部隊、スターズ分隊のメンバーをスカウトしに来たのだった。

「それで、その2人はどのような子ですか?」

「ええ、ではまず……スバル・ナカジマ二等陸士から。うちのフォワードトップ……武装隊流に言えばフロントアタッカーですな。
とにかく頑丈で芯のある頼もしい子です。足も速いしタテ移動も優秀、インドアや障害密集地なら下手な空戦型よりもよっぽど速いでしょう」

 目の前のモニターには先日の訓練の様子の記録が流れており、右手にナックルと両足にローラーブーツを履いたスバルが実戦を想定したエリアを走っていた。

「そして、『破壊突破行きますっ!』 このように突破力もあります。本人の希望は特別救助隊ですね」

「なるほど」

 カートリッジシステムがあるデバイスなのに、それを使わず一撃で大きな壁を破壊して突破している。
 確かにこれはレベルが高い、是非スカウトしたい人材だ。と、素直に実力の高さになのはとヴィータは感嘆した。

「で……、こちらはシューター……つまり放水担当ですね。ティアナ・ランスター二等陸士。
武装隊向きの射撃型の上に本人も将来的には空隊志望とかで、正直うちではどうかと思ったんですが訓練校主席チーム、さらに学長先生からの推薦もありましてね。射撃型だけあってシューターとしても良い腕ですし、何より覚悟がある。
飲み込みは早いし今やるべきことを完璧にこなすって気概があります」

 モニターの映像が変わり、射撃場での記録になった。
 放水用のウォーターシューターで決められた的に正確に当てている映像、それから先ほどの実戦エリアで臨機応変に動いていた。
 その映像を見ていてなのはがあることに気付く。

「あ、両利きですね?」

「ええ、魔力カートリッジ用のデバイスで自作だそうですよ。
ナカジマもランスターも魔導師ランクはCですが、来月昇格試験を受けることになっています」

 まるでその試験で絶対に受かるような自身が彼から察せられた。それほどまで鼻の高い隊員なのだろう。

「まぁ……何より訓練校からのチーム3年目ってことでこの2人の技能相性やコンビネーション動作は他の魔導師よりもずば抜けて……。
ああ、いや航空教官のヴィータ三尉や戦技教導隊の高町一尉がご覧になれば穴だらけだと思いますが……」

「いえ、素晴らしい子たちですね。それだけ指導が良かったのでしょう」

「はははっ、そう言って貰えると嬉しい限りです。
この二人以上に自身を持って出せるのはそういませんし、コンビネーションが大切である武装隊にはうってつけの人材かと思われます。
どうか、使ってやってください」

 そう配置課の男はそう言って頭を下げた。これまで見てきた中で一番優秀な子達であり、なのはとしても是非欲しいと思える人材だった。

(こちらとしても見逃すことは無いね。何より、芯のある子は私は大好きだし♪)

「はい、責任持ってこの二人をスカウトさせていただきます。今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

 なのはとヴィータはその場を後にし、はやてから指定された場所……クラナガンに位置するやや寂れている喫茶店に向かった。
 彼女曰く「あの子が暇にしてる時間はこの時間帯で、この場所だから」とのことで、詳しいことをはやてから伝えられていない。
 しばらく喫茶店の中で地味に美味しいコーヒーに驚きつつ待っていると、カランコロンと入口の方から古臭い音が聞こえてきた。
 
「ああ、今日は待ち合わせなんです。……お、居た居た。マスター、いつものよろしく」

 そう常連らしい客のハスキーな声を聞いたなのは達はつかつかと近づいてくる気配へ視線を向けた。
 そこにはあれから背 "だけ" が少しだけ伸びた黒タンクトップ&ジーパンのツキの姿があった。

「お久しぶりですね。なのはさん、ヴィータさん」

「あー、だからはやて言わなかったのか。納得したわ」

「ふふっ、そうだね。ちょっと驚いたよ」

 はやての指定した次のスカウト対象はSTFの銀狼と呼ばれているツキだったのだ。
 あれからツキはSTFの過酷な訓練に耐え、今では十四歳と言う若い歳で副部隊長として活躍していた。
 部隊ではめきめきと成長していく姿と手に負えない彼女の魔法火力、そして容姿の美しさから"銀狼"と言うコードネームで愛されている。
 
「んで、休暇の日にわざわざお二人が尋ねてくるってことは……何か依頼ですか? 身内ですし、安くしときますよ」

「ううん、違うよ。迎えに来たんだ」

「迎え?」

「あー、はやてからの伝言だ。『きちんと一枠空けといたで、さっさと入れ』だそーだ」

 ヴィータから伝えられた内容で、ようやくツキは合点がいったようで「ああ、それか」と掌を打った。
 立ち話も何だから……、となのはが着席を勧めた。「それもそうですね」と着席し、ちょうどいいタイミングで彼女の前にコーヒーが置かれた。
 それにミルクも砂糖も入れずにくいっと飲んで「うむ、美味い」と一言。
 コーヒーにミルクと砂糖を増し増しで入れないと飲めないなのはとヴィータはその大人らしい姿を見て「うっ」と呻いた。
 ヴィータが恐る恐る尋ねる。

「苦くねぇのか……それ?」

「いえ? 別に」

「そ、そうか……」

「えっと、スカウトの件ですがお受けします。機動六課に出向と言う形ですよね?」

「うん。私もフェイトちゃんもそうだよ」

「なら、構いません。隊長には肉体言語で語っておくので問題無しです」

「「え?」」

 通常の会話からそうそう出てきそうにない単語が出てきたために、なのはとヴィータは呆気に取られる。
 しかし、ツキは日常茶飯事だ、と言わんばかりに爽やかに言った。

「うちの隊って肉体言語が主流なんですよ。だから、お休み欲しくても私を倒して、隊長に直訴しない限り通りませんから」

 「まぁ、きちんとした理由があれば私が通しますけどね」と付け加えた。
 中々変な方向にシビアなとこだなぁ、と二人は呆れ、けらけらとツキは笑う。

「そうそう、スカウトメンバーってもう全員決まってたりします?」

「うん、概ね決まってるけど……どうして?」

「いやー、機会がありゃ友人を押そうかなーって思ってたんです。無理なら構いません」

「へぇ……、ツキちゃんのお友達かぁ。お名前は?」

「ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマですね。訓練校時代のルームメイトで親友です」

「なのは……」

「ふふっ、そうだね」

「?」

 いきなり二人で顔を合わせて笑ったので、ツキは理解できず友人を馬鹿にされたのかと勘ぐってしまった。
 むっとした顔で睨んだツキになのはが違う違うと慌てて手を振った。

「実は、さっきその子達をスカウトしに行ったんだ。だから、おかしくってね。ね? ヴィータちゃん」

「ああ。まっさかツキの友人だったとはな。おったまげたぜ」

「……驚かさないでくださいよ」

 ごめんごめん、となのはは苦笑いしながらメニューを手渡して「奢ってあげる」とご機嫌取り。
 ツキは遠慮無くまだ取っていなかった昼食のサンドウィッチ三皿分と、お代わりのコーヒーを頼んだ。
 もっきゅもっきゅとサンドウィッチを食べつつ、ツキは二人に今後の予定を尋ねた。

「これから六課に戻って事務仕事かな」

「へぇ、奇遇ですね。私もこれからジムなんですよ」

「へ? ……ああ、事務じゃなくて、ジムか。ややこしい」

 してやったりと言う顔を見せてから「ご馳走様でした」と言ってからツキは立ち上がった。

「では、近いうちに合流させてもらいます」

「うん、楽しみにしてるよ」

 去って行ったツキの背を見送ったなのは達もお暇することになり、レジへ向かうと、

「先ほどのお客様がお支払になられましたよ?」

「かっこいいことしやがって……」

「あはは……」

 店員さんの言葉に「大人になったなぁ」と二人はしみじみと思い出に浸り……ふと気づく。

「あれ、ツキちゃんって昔から……」

「そういや、そうだった気がするな」

 エリオと遊んであげたり、フェイトを思いやったり、フェイトの介抱をしたり、八神家で料理を作ったり……。
 と、どれもこれも子供っぽい思い出が一切無かったことに気付く。

「大人びた子だったねぇ」

「そうだな」

 決して自分達が子供っぽいとは考えなかった二人は六課へ戻り、先ほどのツキの事を手土産に、報告と共にはやてに話した。
 話し終えた途端、げらげらとはやては机に拳を叩き付けるほど笑い「そら、そうや」と一言添えた。
 
(子供っぽい大人達に弱音を吐けんし、かっこ悪いとこ見せれんわ。それがなのはちゃんとヴィータなら尚更や!)

 と、はやては一人ツキに同情しつつも、愉快に笑うのだった。



[32613] エピソードsts それぞれのハジマリ。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/03 18:54



「行くわよ……スバルッ」

「うん!!」

『魔導師ランクB昇格試験、実技試験を行います。試験官は私、高町なのはと』

『リィンフォースツヴァイですぅ!』

『試験開始ッ!』

 開始の合図と共にティアナはスバルの肩に乗り、スバルはローラーブーツに魔力を流した。
 勢いよく助走をつけ、ビルの柵を踏み台にして空中へと踊り出る。
 すかさずティアナがアンカーガンの機能、ワイヤー付きのアンカーを突破目標であるビルの最上部の壁へと撃つ。
 そのままターザンよろしくスバルをビルの内側へ放り込み、ティアナはアンカーガンのリールを回して最上階を目指す。
 その手際の良いコンビネーションにヘリの中でモニターを通じてそれを見ていたはやてとフェイトが感心する。

「中々斬新な突破方法だね」

「せやな。ブーツの速度を生かして、早急な突破。接近系オートスフィアが設置されている方へ前衛を送り込み、自分は外からフォロー。
良い司令塔タイプやね、あの子」

 カートリッジを使わず、モニターの中のスバルは一つ一つ丁寧に潰して行った。
 別モニターに映るティアナは屋上からスバルの進行方向に移動するスフィアを一発の魔法弾を誘導させて貫通、全てきっちり撃墜した。

「でもってナックルの子はあの狭い空間の中、きっちりとスフィアを潰し取る。文句無しのアタッカーや」

「ティアナって子も負けてないよ。一発の魔法弾で設置スフィアを全滅させてる。面白い発想だね」

「せやなー」

 合流地点に先にスバルが到着し、彼女の肩へティアナがビルの空中通路を利用してアンカーを用いて華麗に彼女の肩へ着地。
 そのままロスタイムも無しで、最短時間で次のポイントへ。お互いの利点を生かしたコンビネーションだった。
 それは訓練校時代にツキとの模擬戦によって培った技術。そして、彼女達の最高のコンビネーションである。

「予定より早いね!」

「勿論!」

 直線型のコースに代わり、彼女達の本当のコンビネーションが発揮される。
 左肩に乗っていたティアナがスバルの邪魔にならないよう肩車の形に移動し、もう一つのアンカーガンを構える。

「二丁拳銃(トゥーハンド)や!」

「もしかして、このまま突破するつもり……?」

 フェイトの予想通り、彼女達は役割を分担してコースに突っ込んだ。
 機動型スフィアはティアナが、設置型スフィアをスバルが、きっちりと潰して行く。
 隠れ出たスフィアが現れた時にはティアナが肩から飛び降り、空中で全方位の機動型スフィアを撃ち抜き、華麗に着地。
 中型スフィアをスバルが突貫し、スフィアの中へ拳を突き入れ、回転するリボルバー部分の遠心力を持ってして中型スフィアを回転させ、ディバインバスターに乗せて次の中型スフィアへと叩き付け、大破させた。
 
「ひゅぅ……」

「あ、あははは……さすがツキのお友達。やることが凄いね……」

「せやな……」

 スバルに追いついたティアナが再び左肩にドッキング。華麗に難関を突破した二人を見てなのはとツヴァイが苦笑い。
 最後の難関大型スフィアの破壊の光景は凄かった。
 スフィアの感知外である壁の側面から、スバルのウイングロードに乗って突貫。
 ティアナの幻術魔法フェイクシルエットにより、別方向からの不意打ちをし、スフィアの砲身を向けさせ、本命である二人はオプティックハイドにより破壊した壁ごと姿を隠して後から不意打ち。
 ティアナの魔力弾の乱射により防御壁を破壊し、スバルのディバインバスターによって完璧に打ち砕いた。
 そのままゴール地点までの道を砕き、空中へ出てウイングロードで道を作り出し、最後のコースへ赴く。

「最後よスバル!」

「了解!」

 最後のスフィアをティアナが撃ち抜き、オールコンプリート。最後の直線をスバルの全力速度で駆け抜ける。
 そして、ゴールを切り、減速しながら試験官の立つ場所へ辿り着いた。
 二人を迎えたなのはとツヴァイは「さすが主席だね」「ですぅ」とのほほんと褒めた。

「全オートスフィア撃墜、オールコンプリートです!」

「制限時間の残りも十分!」

「「きっちり殲滅しました!」」

 ドッキングを解除してびしっと敬礼する二人を見て、四人は苦笑い。
 何処をどう見ても彼女達はとある友人の影響をばっちり受けていることが丸わかりだったからだ。
 ツキとの模擬戦を繰り返してきた二人はCランク魔導師とは思えない成長を見せていた。
 そして、実戦の中で二人は培ったそれらを伸ばし、今の実力を身に着けたのだ。
 資料では読み取れない部分を存分に見た四人は「一発合格」と言う単語が脳裏に浮かんでいた。

「お、大きくなったねスバル」

「はいっ!」

 気持ちの良い返事を聞いて「まぁいっか」となのはがはにかみ、スバルがその顔をみてぽやぁと微笑んだ。
 ティアナは目の前の有名人を見て緊張していたのだが、だんだんとその緊張感も相棒の雰囲気のせいで霧散していくのであった。










 エピソードsts それぞれのハジマリ ~新暦75年4月某日~









【古代遺物管理部機動六課・エントランス】



「……と、言うわけや」

 スバルとティアナは昇格試験の後、そのままはやてがなのはに連れてくるように指示し、スカウトの話を当人に打ち明けた。
 それを聞いたスバルとティアナは突然のそれに驚くばかりであった。
 なぜなら、二人の目標とも言える人物が所属しているのだ。
 スバルは自分を助けてくれた白い女神、なのは。ティアナは執務官に憧れを持ち、最たる目標として掲げた人物、フェイト。
 二人としてもこのスカウトを蹴る理由が無かった。
 
「部隊名は時空管理局本局、遺失物管理部機動六課ですっ!」

「登録は陸士部隊、フォワード陣は陸戦魔導師が主体で特定遺失物の捜査と保守管理が主な任務や」

「……ロストロギアですね?」

「そう、でも広域捜査は一課から五課までが担当するからうちは対策専門だね」

 そうそう、とはやてが言葉を続けた。

「ツキも居るよ」

「「ええッ!?」」

 がたんっと身を乗り出し、スバルとティアナは驚愕した。まさか、こんな形で再会を果たすとは思っていなかったからだ。
 卒業式から結局、お互いの休日の日にちが合わなくて会えなかったのだ。
 スバルはティアナを抱きしめて、ティアナも口元が綻ばせて、喜んだ。
 そんな二人を見てはやてとリインが苦笑する。「こんなに仲の良い友人がツキに……」とフェイトは感動すらしていた。
 
「ええと、取り込み中かな?」

「「なのはさん!?」」

 ひょこっとノートパソコンと資料を抱えたなのはが顔を出し、スバルとティアナが声をあげた。
 「お邪魔しまーす」とフェイトとはやての間に入り、なのはは持っていたノートパソコンを開いて少し操作した後、顔を上げた。

「試験結果だけど……、全機撃墜、制限時間厳守。そして、レベルの高いコンビネーション。ばっちりです。合格だよ」

「ティア!」

「ええ」

 よりぎゅっとスバルがティアナを抱きしめて嬉しそうに笑顔を作った。
 
「へぇ、受かったんだ。良かったね、スバル、ティア」

「うん! ……って、え!?」

 「久しぶりだな」と声をかけたのは、黒いタンクトップにジーンズと言う超私服モードのツキだった。
 久しぶりに会った親友にスバルとティアナは、予想しない出会いに酸素不足の金魚のようにぱくぱくと口を開く。
 そして、フェイトは「もう!」と駄目な娘を見られたお母さんのように恥ずかしそうに声を漏らす。

「ちょっと、ツキ! 制服はどうしたの!? さっき渡したでしょう!?」

「あー……、着ようと思ったけど止めた。私に制服は合わねぇや」

「あ、あははは……ツキちゃんらしいね」

「せやな。でも、ツキぃ、お仕事ん時は着て貰わんと困るでー?」

「あー……、まぁ、さすがに出向期間になったら着るよ、うん」

 ぽりぽりと頬を掻いたツキはバツが悪そうにそっぽを向いた。
 スバルとティアナは有名人三人にしれっと話す親友を見て「えぇ……?」と、親友の肝の太さに若干引いた。
 ツキはSTFの隊長と肉体言語で語り合った後、見事スカウトの件を隊長に通し、仕事以外の日は機動六課の方に顔を出していたのだ。
 まるで自分の家のように機動六課で過ごすツキに保護者のフェイトは説教し、しれっと説教内容を忘れて過ごすツキを見て局員達が笑う。
 そのような循環があって機動六課に笑顔は絶えない職場と成り始めていた。
 ツキはこれと言って問題を起こしているわけでもなく、むしろ仕事の手伝いをして褒められている立場だ。
 憎めない機動六課のマスコットとなってしまったツキを見て、フェイトは今日も胃薬を飲むのであった。
 ……ちなみに、マスコットになれなかったリインはちょっと悔しいらしい。

「フェイトさん、これから古巣の方行ってきます。ああ、そうそう。大抵の仕事は終わらせておきましたから」

「え、あ、うん。ありがと……」

「それじゃ、スバルとティア。またねー」

 颯爽と現れてしれっと去って行くツキに、通りかかった局員達が「おつかれー」「頑張ってねー」と声をかけていく様を見て、親友の凄さを垣間見たスバルとティアナは、緊張も忘れて呆れていた。

「……ツキっていつもあんな感じなんですか?」

「うん、そうだね。STFの仕事が無い時はこっちでお仕事手伝ってくれて、仕事がある日も空いた時間はここで過ごしてるね」

「んで、説教するフェイトちゃんの横から不意打ち気味に仕事を掻っ攫って、ちゃっかり親孝行しとるんや。ええ子やでー」

「もうっ! 私だって助かってるけどやっぱりツキにはきちんとした教養を……」

 わいわいがやがやと談笑し始めたエース達を見てスバルとティアナは悟った。
 これは訓練校時代よりも楽しくて、とんでもない職場にスカウトされてしまったんじゃないか、と楽しみ半分怖さ半分で苦笑するのだった。





【同時刻・ミッドチルダ北部線・ホーム】




「んー……、何かあったのかな……?」

 右手につけた時計型待機状態の相棒ストラーダで時間を確認した私服のエリオは案内役を買って出てくれたシグナムを待っていた。
 ツキの英才教育の下、見事陸戦魔導師ランクBの試験をクリアしたエリオは見事管理局員の試験に合格を果たした。
 そして、はやてのお節介により、フェイトの居る機動六課へ推薦状を貰い、今日合流を果たす予定だった。
 しかし、八神ファミリーよりフェイトの養子と言うことでシグナムが赴く予定だったのだが、時間を過ぎている。
 「何かあったんじゃないか」と心配しながらちらちらと時計を確認して六分後、上りのエスカレーターから桃髪ポニーの女性が現れた。

「あ! お疲れ様です! 私服で失礼します、エリオ・モンディアル三等陸士です!」

「ああ、君が……。遅れてすまない。遺失物管理部機動六課のシグナム二等空尉だ。長旅ご苦労だったな」

「いえ。……あ、キャロ・ル・ルシエ三等陸士はまだ来ていません。地方から出てくると言うことでしたので、迷っているかもしれません」

「む……、そうか」

 シグナムは自分が尋ねようとした件を察したエリオの言葉に少し、驚いた。
 彼の姉であるツキとは違い「素直な子だな」と心の片隅で思う。

(まぁ……、あいつもある意味自分に素直なのかもしれんが……)

「自分が探しに行ってもよろしいでしょうか?」

 その言葉に少し考えたシグナムだったが、歳の近いエリオを行かせてやった方が良いだろうと考え、それを許可した。
 荷物をシグナムが預かり、たたたっと心配そうな顔で走り去ったエリオの顔を見送ってシグナムは「似ていない姉弟だな」と呟いた。
 この場にツキが居たのなら、恐らく彼女はシグナムにこう言うだろう。
 「じゃ、探してくるからここで待ってて」と。
 こちらの意見を最初から通すつもりも無い台詞を吐いてしれっと走って行くに違いない。
 
「ルシエさーん? 管理局機動六課新隊員のルシエさーん?」

 大声を張り上げながら地方からの魔導列車が来る場所を虱潰しに探すエリオの声に「はい!」と可愛らしい返事が返ってきた。
 ちょうど下りのエスカレーターから慌てて走ってくる白いフードを被った小柄の子を見つけ、エリオはほっとした。

「すみませーん! 遅くなりましたー!」

「あ、ルシエさんですね。僕は――」

「あっ!」

 自分の名前を名乗ろうとした瞬間、足を踏み外したのを見てしまったエリオは即急にストラーダに指令を下す。

≪Sonic move≫

 高速でエスカレーターの内側の側面を蹴り上げ、今にも転び落ちそうな彼女を抱えて上の広間へと飛び出る。
 しかし、勢い余って着地に失敗し、転びそうになり「彼女だけは」と身を捻って自分を下敷きにして、さらに受け身を取った。

「きゃっ!」

「うわぁ!」

 エリオを下にしてキャロが跨いで乗っかる形になり、彼は背中の痛みを堪えながらキャロの心配をした。

「あ痛たた……、大丈夫ですか?」

「いえ、助かりました。……あ」

 起き上がったキャロは自分の胸に置かれたエリオの手を見て「?」と首を傾げ、それに気づいたエリオは慌てて手を離した。

「す、すいません! わざとじゃ……」

「あ、すいません。今退きますねー」

 慌てるエリオと正反対のぽけーとしたキャロの言葉。エリオは「え?」と首を捻り、キャロは「ありがとうございました」と笑顔で礼を言った。
 どうやら彼女は胸を触られたことを一切気にしておらず、にっこりと笑顔。
 気にしていたのは自分だけと悟ったエリオは何とも言えない気まずさで立ち上がり、キャロに手を貸した。
 「ありがとう」とにこにこしながらキャロはその手を握り、立ち上がる。
 エリオが横に転がっていた彼女のバッグを拾おうとした瞬間、

「――ッ」

 キャロは凄い速度でバッグを拾い上げ、抱きしめた。

「へ?」

「あ、えと、その……。あ、時間遅れてますよね! 急ぎましょう!」

 ぎこちない様子でそそくさとエスカレーターへ歩き出した彼女を追って、エリオも続く。
 キャロには短くて、エリオには長い時間でエスカレーターを下り、沈黙のままシグナムの下へ。

「初日からすみません。キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」

「構わん。地方出のレールはルーズだと聞いている。気にするな」

「はい」

 エリオは先ほどと同じくにこにこと微笑むキャロの顔を見て、違和感を覚えた。
 
(……さっきのルシエさん、何かに怯えたような顔だったなぁ……)

 心配しながらエリオはシグナムに連れられて最愛の姉とフェイトの居る機動六課へ、神妙な面持ちで向かうのだった。
 



[32613] エピソードsts 力の大きさ。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/04 15:38

 「機動六課課長、そして、この本部隊舎の総部隊長の八神はやてです」

 機動六課が正式に設立したこの日、六課のエントランスではやてによる意思表明と、機動六課設立の宣言が行われていた。
 エントランスには様々な方面から集められたスタッフとメカニック、そして、つい先日スカウトされたスバルとティアナ、端っこに合流を果たしたエリオとキャロがはやての前で整列をしていた。
 幹部となるなのはやフェイトははやての右側に、左側にはやての副官として任命されたグリフィス。
 台の下には八神ファミリーときちんと制服を着たツキが居た。
 スバルとティアナは親友がこちら側では無く、そちら側に居るのに疑問を浮かべながらもはやての言葉に耳を向けている。

「……と、まぁ、長い挨拶は嫌われるんでここで終わり。機動六課課長八神はやてでした」

 拍手が起こり、しばらくしてから手で制したはやてから部隊の説明がされた。

「機動六課の隊長陣の紹介や。ロングアーチの総指揮を取る私、八神はやて二等陸佐。補佐はグリフィス准陸尉。
続いてスターズ分隊隊長、高町なのは一等空尉。スターズ分隊副隊長兼戦闘教官、ヴィータ三等空尉。
次にライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウン執務官。ライトニング分隊副隊長、シグナム二等空尉。
最後に、ブレイズ分隊隊長、ツキフィリア・シュナイデン少佐。ブレイズ分隊副隊長、ザフィーラ」

((え!?))

 ザッと前に出た隊長格のメンバーの中に、親友の名が挙がっていることにティアナとスバルは驚きが隠せなかった。
 ツキは時空管理本局、軍司令部直属特殊部隊STF副部隊長として出向しているのでスバル達と同じ身分では指揮できない。
 それに、彼女は別に構わないと言ったのだが、彼女の所属する軍司令部と地上本部は毛嫌いし合う仲であるので、軍司令部のお偉いさんが「それではメンツが立たない」と無理矢理彼女の位を上げ、隊長格として指揮させるようはやてに詰め寄ったのである。
 はやてとしても軍司令部にコネクションができるのは嬉しいことなので、きちんとメンツを立たせる方針で進んだ。
 ……その分時空管理局地上本部からの圧力もあったが、何とか形にすることができたのは、はやての手腕である。
 本来作るつもりもなかった分隊なので、ロングアーチでちょうど暇をしていたザフィーラを副隊長にあてがった、と言うことである。










 エピソードsts 力の大きさ










 
「それでは、各自持ち場についてお仕事しちゃってください。
スターズメンバーとライトニングメンバーはこれから色々とあるからなのはちゃんに従ってなー」

 「じゃ、解散」と、えらく軽いノリではやてが解散を指示し、先月から彼女の下で働いていた局員達はあっさりとそれに従って持ち場へ赴く。
 スバルとティアナ、エリオとキャロは台上から降りたなのはの下へ集り、指示を仰ぐ。

「それじゃ、これから皆の実力を測るために訓練を開始するから、こちらの準備が終わるまで分隊待機室で時間まで仲を深めてて。
あ、ツキちゃーん、この子達の引率任せられるかなー?」

 名指しされたツキに四人の視線が向かい、すたすたと歩いてくるツキは楽しそうに言った。

「ええ。私の準備はこの身一つで事足りるから、構いませんよ」

「あはは♪ そうだったね。三十分くらいで準備は終わるから、よろしくね」

 ヴィータと一緒に去って行ったなのはを見送ってから、ツキはニヤリと笑みを浮かべて言う。

「それじゃ、私のことはツキさんでもツキちゃんでもツキ少佐とでもどうとでも呼んでくれ。
歳が近いし、私が隊長格になったのはお偉いのじっちゃんのプライドのせいだしな。私にゃ関係ねぇ」

「……まぁ、確かに元ルームメイト相手に威厳もあったもんじゃないわよね」

「そういうこった」

 けらけらと笑うツキはキャロに視線を向けて「へぇ……」と何か察したようだったが、何も言わずに「それじゃ、こっち」と四人を誘導した。
 ツキを先頭に分隊待機室へ向かい、途中で会ったシグナムとフェイトにツキ以外の四人が度肝を抜かれる。

「お、シグナムさんとフェイトさん。同じ分隊ですってねー」

「ああ、ちょうどその話をしていてな。まぁ、お前にはザフィーラが居るから問題あるまい」

「ふふっ、いつも乗ってたもんね。ザフィーラに」

「まぁね。ロングアーチって現場でのフォロー少ないらしいから……ザフィーラが燻ってたんで、こっちに貰ったんだ。
現場でのフォローが私の分隊のお仕事だからさ」

 そう談笑するツキの姿を見て、スバルとティアナは「友人かよ」と心の中でツッコミ、エリオとキャロは上官とタメ口で話すツキの姿を見て「凄いなぁ姉さん」「凄い人なんだろうなぁ……」と尊敬の念を送っていた。
 
「そんじゃ、そろそろ行った方が良いんじゃないか? ヴァイスさん辺りはめ外してるかもしれんし」

「む、それもそうだな。ではな、きちんと引率しておけよ」

「よろしくね」

「はいはい、子ども扱いすんなっての」

 しっしっとシグナムとフェイトを見送ったツキは「よりによってこいつらの前で……」と拗ねた。
 しかし、さらっと流したツキは再び誘導を続ける。実を言えば四人中三人が身内なので羞恥も少なかったのだ。
 分隊準備室に入り、ツキは四人に設備を軽く説明し、訓練服を手渡した。

「あー、各自これに着替えて訓練を受けてね。恐らく後……十分後くらいだろうから、しばらく雑談したら着替えてくれ」

「くれって……、あんたは着替えないの?」

「ん、私はスターズとライトニングの現場フォロー。私のコンビネーションはティア達に必要無いんだ。
私は裏で追撃をするのと、最前線で皆の突破口を開くのがお仕事。もっぱらワンマンアーミーだよ。
と言うか、私の分隊は私とザフィーラの二人だけだしな。前衛が私で、殿がザフィーラ。そういう分隊だからね」

「そっか……」

「ああ、でも。私が訓練に参加する時もあるかもしれないし、と言うかもっぱらお手本として駆り出される気がする」

「へ? ツキちゃんがお手本?」

「……私じゃ不服ってかぁ? STFの副隊長、銀狼のツキフィリアとは私のことだぞ?」

「「「「副隊長!?」」」」

 スバルとティアナは彼女がSTFの隊員になったとまでしか聞いておらず、エリオとキャロはツキがSTF隊員であることすらも知らなかった。
 STFは学校の教科書に乗る程の有名な部隊で、管理局本局屈指のエリート陸戦魔導師部隊と記されているほどだ。
 なので、「凄い部隊の名前だ」と言うことしか知らなかったエリオとキャロが一番驚いた。
 
「う、嘘でしょ? あんたは確かに尋常に強いけど……私の二つ下よね?」

「年齢は関係ないよティア。単に、私の努力が実ったということさ。それに、」

 ――ティア達もよっぽどじゃん? とツキは椅子にどかっと座って言った。

「災害担当課屈指のフォワードペア、なのはさん達もべた褒めしてたよ。今まで見てきた魔導師の中で一番コンビネーション力があるって」

「え! ほんとう!? なのはさんが?」

「……へぇ」

 スバルは憧れのなのはに褒められていることに大喜びし、ティアナは素振りを見せないが内心有頂天である。
 敢えてツキはエリオとキャロのことは触れずに、話題を切った。

「で、皆コールサインやら技能やらは確認し合った?」

「当たり前よ。すでに終わってるわ」

「そっか。なら、そろそろ時間だから着替えてね。あっちに更衣室があるから」

 くいっと親指でドアを示した後、ツキは立ち上がった。

「それじゃ、私はそろそろお暇させてもらうよ。あっちで準備に加わんなきゃならんし」

 「ばいびー」と手をひらひら振って分隊待機室から出て行ったツキを見送った。
 四人はそれぞれ訓練服を持って更衣室へ入り着替えた。ちょうど着替えている時になのはからの呼び出しがあった。
 ティアナを先頭に四人は指定されたエリア、本部隊舎近くの訓練スペースへ向かった。
 海の匂いと近くに見える海の光景に感動しつつ、なのはとツキと合流を果たす。

「はい、せいれーつ! これから訓練を始めます。取り敢えずランニングコースを二周走ってアップをしてね」

「「「「はい!」」」」

 なのはの指示通り、四人がコースへ走って行ったのを確認したツキはくるっと踵を返して海の方を見やる。
 目の前には、海の上に浮かんだメタリックなパネルが並んでいた。

「これが仮想シミュレーターを組み合わせた訓練スペースか……」

「うん。メカニック班の技術の結晶だよ。シャーリー!」

「はい、フォワード陣のデバイスに記録チップ埋め終わってます。いつでも問題ありません」

「あ、シャーリーさん。私のデバイスはどうなってます?」

「良い感じに進んでるよ。スネークは勿論、ベルナードの次機、ベルヴェリアも。チューニングが楽しみです」

「ありがとうシャーリーさん、助かります」

「いえいえ。これが私のお仕事ですから。きちんとご要望通りのモノが出来上がってますよ」

 楽しそうな顔でシャーリーが眼鏡を輝かせた。それからしばらくして、二周してほどよく体を温めたフォワード陣が帰ってきた。
 スバルとティアナは息切れも無い、エリオはともかくキャロは少し辛そうだった。

「それじゃ、これから訓練を監督する高町なのはです。お手本役としてツキちゃん。皆のデバイスの改良や調整をするメカニックのシャーリー。
この三人で基礎訓練を始めます。皆の実力を測るのが今日の訓練のメインなので、全力で当たってください」

「「「「はい!」」」」

「シャーリー! お願い」

「はい!」

 たくさんのウィンドウを開き、シャーリーが訓練スペースの本来の形を作り出す。
 疑似魔力物質の構築によりビル群がメタリックなパネルの上に展開されていく光景は圧巻だった。
 
「うわぁ……」

「これが訓練用エミュレータースペースの本当の姿なんだ。今から中央部で実戦訓練に行うよ」

 なのはの後に続いてツキとシャーリー、フォワード陣は訓練用スペースに近づきながら感嘆の声を漏らしながら歩いて行く。
 徐々に近づいていくビル群のリアルさに驚きつつも、ティアナ達は指定された場所へと移動する。
 なのはとツキとシャーリーはビル群の中心の屋上に移動。

『皆聞こえるかな?』

『はい!』

『じゃあ、早速ターゲットを出していくね。まずは軽く八体から』

 なのはがシャーリーに目配せして、ターゲットを出現させる。

「動作レベルⅠ、攻撃レベルGってとこですかね」

「うん、それくらいでいいかな」

『私達の仕事は捜索しているロストロギアの保守管理、その目的のために私達が戦うことになる相手は……これ』

 ティアナ達の前に青色の魔法陣が八つ生まれ、そこからオートスフィアとは違った俵型の機械が出現した。

『自立行動型の魔導機械。これは近づくと攻撃してくるタイプだね。攻撃は結構鋭いから注意してね』

 ごくり、とフォワード陣が生唾を飲み、目の前のターゲットを見つめる。

『では、第一回模擬戦訓練。ミッション目的、逃走するターゲット八機の破壊又は捕獲、十五分以内。ミッションスタート!』

 掛け声と共に魔導機械達がくるっと回転して逃走し始めた。その速度の速さにエリオとキャロが度肝を抜かれる。

「速い!」

 しかし、対照的にティアナとスバルは「ふーん」と言った冷めた反応だった。
 それもそのはず。訓練校時代に模擬戦で追いかけたツキの方がよっぽど速かったからだ。
 そのためガジェットの速度が速いと感じられなかった。

「……遅いねぇ」

「……そうね。行くわよスバル! キャロはエリオをブーストして、運んで貰って!」

「はい! ……はい!?」

 ティアナがスバルの左肩にひょいっとドッキング。
 魔力をローラーブーツへ送り込み、訓練校時代とは比べ物にならないくらいの速さでスバルが飛び出した。
 その様子を「わぁ……」とエリオとキャロは見送り、ツキは「相変わらずだな」と苦笑した。
 さすがにこれは駄目だろ、と考えたツキはエリオとキャロになのはの目を盗んで小声でアドバイスをする。

『エリオはストラーダをブースターモードに、キャロはブーストの速度を補助しろ。二人でストラーダを持って、飛ぶイメージだ。できるな?』

「あ、そういうことか……。ルシエさん!」

「うん! モンディアル君!」

 ツキの助言通りエリオの槍型のアームドデバイス、ストラーダを二人で掴み、空中へ飛び出した。
 キャロが掴みながらブーストし、速度を上げさせる。まるで流星のように先へ進んだスバル達へと飛んで行った。
 
「……やれやれ、先が思いやられる」

 ツキが呆れながらぼやく。ティアナは頭の回転が速いのだが、如何せん言葉が足りない。端折るのだ。
 そのため訓練校時代に、スバルは幾度もティアナに怒られ、ツキが言葉を足してスバルに助言する、と言う負の循環があったのだ。
 ツキが「相変わらずだ」と言ったのはこの事である。後で言っておくか、とツキは追撃し始めたティアナを見て思う。

「様子見で放った魔力弾が消された? シールド……、いや、AMF!?」

『ご名答。ガジェットドローンには厄介な物が詰まれている。ティアが言ったAMFだ。魔力結合を切り離すフィールドを作り出すもんだ。
対処方法は分かっているな?』

「勿論、あんたに耳が腐るほど講義されたから、ね!」

 ティアナは通常の魔力弾を密度の高い魔力膜で覆った。それを見てシャーリーが驚きの声をあげた。

「あれってAAクラスの多重弾殻射撃ですよね?」

「うん……そう、なんだけど……」

「私が教えた。ティアは元々幻術と射撃に優れていたから、あらゆる状況を想定して訓練校時代に血反吐吐くまでさせたんだ」

 ――実戦の中で。ツキはそう付け加えてニヤリと笑みを浮かべた。「うわぁ」となのはとシャーリーはその光景が目に浮かび苦笑する。

「シュートッ!」

 ティアナのオレンジ色の多重弾殻魔力弾がAMFを突破し、見事ガジェットを一機潰した。そのまま勢いが死ぬまで二つほどガジェットを撃墜。
 残る五機は散るようにばらばらのルートで逃げ始めた。

『エリオ、キャロ。そろそろ潰さんと二人に全部持ってかれるぞ』

「分かってます! でもふわふわ避けられて……」

『頭を使えエリオ。私のこれまでお前に学ばせたそれらを組み合わせろ。できないことがあればキャロを頼れ』

 ――お前らはもう仲間なんだから。ツキのその一言は、キャロをドキッとさせた。
 ツキは念話をプライベート用に変えてキャロだけに語りかける。

『キャロ、飛竜は出さんのか?』

「え……?」

『なんでそれを、って言う顔だな。隊長格の私がお前らのプロフィールくらい見ていないとでも思ったか。
これまでのお前への扱いがどうだったかは知らん。だがな、ここに居る連中はお前が考えているほど』

 ――弱い連中では無い。ツキはそう、仲間達のことを、断言した。

『一人ぼっちは寂しかったな、なーんて言って貰えるとでも思ったか? 残念ながら私はお前程度の過去に同情するような甘い輩じゃねぇ。
キャロ、お前はまだ若い。だからな、いちいち周りの顔見て行動しなくていいんだよ。自分の限界で行動をしろ。
どん引きされるくらい、やってみせろ。例え、ここの全員がお前の限界にどん引きしても、私だけが認めてやる。お前の努力を認めてやる。
だから、見せて見ろ』

 ――本当のお前の力を見せてみろ。ツキはそう発破をかけて、笑って見せた。
 キャロはそのとんでもない言葉に、言葉を無くして唖然とするばかりだった。

(……私の本当の力を……)

 ぎゅっとキャロはストラーダを握る力を強めて、瞳を閉じてこれまでのことを思い出して見る。
 一族から追放されたこと、化け物だと罵られて腫物扱いにされたこと、盥回しにされて転々と歩き回ったこと。
 強大な召喚士としての力を見せて恐れられたことを、全てを思い出して、噛み締めて、もう一度ツキの言葉を繰り返した。

(私を……認めてくれる人が――いるッ!)

「モンディアル君! 一度止まって!」

「! 分かった!」

 ブーストを止め、地上に降りたキャロは胸の前に手を重ねて呼ぶ。自分の相棒を呼び出す。

(来て、フリードッ!)

「キュクルー!」

 目の前に出現した召喚陣から白い若い飛龍が現れる。それに驚いたエリオは、そちらを見るのに夢中でガジェットのことを忘れ去っていた。

「フリード……、今度こそ、制御してみせる。だから――ッ」

「キュクルーッ!!」

≪Drive ignition≫

 キャロの両手を覆うブーストデバイス、ケリュケイオンが両手の甲に桃色の線を引いていく。
 
「竜魂召喚ッ!」

 桃色の球体に包まれたフリードが本来の姿となっていく。白銀の巨大な飛竜、それこそがフリード、フリードリヒの本来の姿。
 フリードの前で拝むように手を重ねたキャロが言葉を続ける。

「蒼穹を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ。竜魂召喚!」

 エリオの目の前に翼長十メートルはある巨大な竜が現れ、その大きさに感嘆の言葉が漏れる。

「凄い……!」

 キャロは真の姿を取り戻したフリードの背に乗り、恐る恐るツキの方を見た。
 視線を向けられたツキはとてつもなく良い笑顔であり、その真紅眼が熱く燃えるように輝いていた。

「……最高じゃねぇか。予想の斜め上って言うか天井突き抜けて星になったぞ。
てめぇ、そんなにカッコイイ相棒をどうして今まで放って置いたんだよ! 最高じゃねぇか! 非の打ちどころがねぇぞ、おい!」

 凄まじく嬉しそうに叫ぶツキの声に、キャロは嬉しく思った。
 自分の相棒を最高だと言ってくれた初めての人が、自分に言ってくれた最高の言葉だったからだ。
 だが、胸にぐっさりと刺さるキーワードもあった。"今まで放って置いた"と言う部分である。

「……今までごめんねフリード。私が貴方を信じてあげられてなかった」

「グルルルゥ」

 巨竜となったフリードはぺろりと舌で器用にキャロの頬を撫でた。まるで「気にするな」と言っているようにエリオは感じた。
 
「征くよフリード!」

「グォオオオォオォオオオオッ!!!」

 空高く舞い上がったフリードに乗ったキャロは訓練スペースの端の方で停止しているガジェットを見つけ、接近を指示した。
 
「フリード! ブラストレイッ!!」

 コォォォッ! とフリードの口元に高密度に集められた魔力の球体が生み出され、キャロのケリュケイオンの恩恵を受けて増大した。

「ファイアッ!!」

 キャロの指示に従い、噴出された燃え盛る炎がガジェットを襲う。
 AMFを発動しようにも、フォワード陣のデバイスに細工をして疑似的にAMFが作動していると見せかけているだけなので、無関係のフリードのブラストレイによって一瞬で燃え尽くされた。
 なのははツキのしでかした事に驚きながらも、ツキの「人を動かす才能」に関心を抱いていた。
 言いたいことをずばずばと言い、相手のことをきちんと把握したうえで一撃で仕留められるような言葉の弾丸を放つ。
 それがツキの美点である、そうなのははツキを見て思ったことだった。

「僕も……負けてられないッ!! ストラーダッ!」

≪Let's Rock≫

 フェイトから教わったソニックムーブ、そして、それの効率を最大限まで引き上げるツキの指導。
 それらを思い出して、エリオはスバル達と反対方向――つまり、エリオの後ろ側に逃走したガジェットを目標に、飛んだ。
 初速の最高値を叩き出すために地面を踏み込んだ際にソニックムーブにより加速、凄まじい速度で空中へ踊り出た後もすかさずソニックムーブで加速、止めにストラーダのブースターによる加速、三段階の加速を用いて飛んだのだ。
 エリオは文字通り流星と成り、彼の邪魔をするビルを貫通することで最短距離を突っ走る。
 そして、肉薄したガジェットに向かって突っ込む。逃げようとするガジェットの逃走方向へ向かってソニックムーブで最後の加速を生み出す。
 一度曲がってしまったために、急には方向を変えれずにガジェットはストラーダにより串刺しとなり、粉砕された。

「よしっ!」

 減速するために道路の方へ進路を向けて、そのまま勢いよく上空へと踊り出たエリオは訓練スペースを見下ろした。
 二手に分かれたスバルとティアナが二つを撃墜し、残りの一体をキャロが乗ったフリードが燃やすのを見て、笑った。
 確かに自分が役に立ったことを自分で認め、嬉しくて、嬉しすぎて笑った。
 その様子を肉眼で見届けたツキは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「さすが私の弟、きちんとこなしたな」

「え、えっと……今の何? 一瞬エリオが消えたんだけど……」

 なのはでさえ、超加速したエリオを見逃すほどの速度が出ていたと言うことだ。
 だが、この戦法には致命的な弱点があったりする。そう、この戦法は開けた場所でしか通用しないのだ。主に撃墜した後に、だ。
 減速するための距離を確保しなければぶつかって即死なんて言うことが在り得たりする危険な方法でもあるのだ。
 しかし、ツキはそれを知っていて敢えて教えた。きちんとそのリスクまで教えて、教え抜いて、それでもエリオはそれを使ったのだ。
 だからこそ、ツキは心底嬉しかった。自分の教えたそれをきちんと使いこなして見せたからだ。

『ぜ、全機撃墜。一度ミーティングをするから戻って来て』

『はい!』

 元気な声が返って来て嬉しいことは嬉しいのだが、なのはの心境は複雑だった。
 予想以上に癖があり過ぎて教えることが多くなってしまったことに頭痛がしていて、今にも部屋に帰って寝てしまいたい気分である。
 その張本人とも呼べるツキはニッコニッコと不気味なほどに嬉しそうに笑みを浮かべている。
 シャーリーは予想以上のデバイスのデータが取れて嬉々とした様子で手を動かしている。

(ふぇ、フェイトちゃんに胃薬わけて貰おうかな……)

 指導者として苦悩するなのはの周りに味方は居なかった。



[32613] エピソードsts 懐いて、懐かれて。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/04 15:38

「ツキさん!」

「姉さん!」

「「どうでしたか!?」」

「最高だったぞ、二人共。後悔しないぐらい全力でやって、全力で疲れるまでやれ。そしたらもっと伸びるぞ」

「「はい!!」」

「……あれ、私の仕事が取られてる……?」

 ミーティングそっちのけでツキに詰め寄る二人のお子様に、ある意味最高な助言をするツキを見て、なのはは頭痛で頭を押さえた。
 後からやってきたスバルとティアナはそのカオスな光景を見て苦笑した。「ああ、やっぱりこうなった」と、二人は思う。
 その後、一度昼食休憩を取ってから、みっちりと基礎訓練(デバイスを用いないトレーニング)に移行されてへばったフォワードメンバーは夕飯頃には、模擬戦訓練の時と正反対にぐったりとしていた。
 分隊待機室でそれぞれ椅子の近くでぶっ倒れる彼女達を見てツキが「これくらいでへばるなんて若いねぇ」と笑った。
 勿論ツキも基礎訓練にちゃっかり参加して、へばっていく全員に発破をかけながら、きちんと完遂してみせた。
 むしろ、彼女達がここまでぐったりするきっかけを作ったのは、幾度も発破をかけたツキである。
 ぐったりと椅子によりかかったティアナが「化け物めぇ」と恨めしい声で呻いたが、ツキは「あっはっは! 今更だぜ」と笑い飛ばす始末。
 結局彼女達が夕飯を食べることができたのはそれから二時間後のことだった。









 エピソードsts 懐いて、懐かれて










「ツキさん♪」

「姉さん♪」

 機動六課設立から四日経ち、なのはのハードトレーニングで基礎を固めた四人は機動六課を案内されていた。
 本来なら初日のオリエンテーションの際に行われるのだが、彼女達は初日から訓練漬けだったために今日までされていなかったのだ。
 と、言っても、事務仕事を行う隊員オフィスと四人が寝泊まりする大部屋と外の訓練スペースだけで事足りていた。
 だが、一応規則として案内をしなくてはいけないことになり、基礎が固まったと判断された切りの良い日の翌朝に呼び出しを受けたのだ。
 はやて直々に任命されたのは歳の近いツキと監視役のリイン。前者は渋々と、後者は嬉しそうに引き受けたそうな。
 ちなみに、ツキの両手はエリオとキャロによって独占されており、二人は嬉しそうにツキを慕っている。

「――で、ここが食堂です。すでに利用されているので使い方はわかってますね?」

「そりゃそうだろ。と言うか、食堂の説明なんぞいらん気がするんだが?」

「一応ですぅ」

「まぁ、そうだよな。ってことで機動六課案内ツアーはこれで終いだ。ちょうど昼時だし、解散でいいんじゃねぇ?」

「そうですね♪」

 「ではではー」と去って行ったリインに四人が礼を言って、機動六課の案内が午前中いっぱい使って終了した。
 と、言うのも本来なら二時間で終わる所をツキが伸ばしたのだ。理由は日頃頑張っている友人と家族の時間を作るためにだ。
 ツキは元々キャロがフェイトによって保護された三人目の子供だと知っていたので、二日目の朝にしれっと暴露したのだ。
 それからエリオとキャロは暇があればツキにべったりと甘えるようになり、嬉しいやらうっとおしいやら複雑な心境でツキは振り回されていた。
 背の低いツキが二人の真ん中に居ると幼い年長者としか見えず、手を繋いでいると本当にスバルの一個下とは思えないほどの光景がそこにあったりする。
 まぁ、ツキが甲斐甲斐しく二人を引率するので仕方が無いことではあるのだが。

「ツキさんツキさん! 何食べますか?」

「姉さん姉さん! 僕はハンバーグ!」

「……はいはい、分かったから大人しくしとけ。エリオはハンバーグで、キャロは……ああ、私と一緒が良いんだっけか。今日のメニューはっと」

 きっちりとお姉さんしているツキを見てスバルとティアナは微笑ましい気持ちで心が温かかった。
 ツキは厳しい基礎訓練の間も励ましたり発破をかけたりと彼女達の近くに居て手助けをしてくれていた。
 そのおかげで訓練も苦では無く「より一層身が入る」と言った様子で張り切って厳しい訓練をこなせたのだ。

「ふふっ、あいつもエリオとキャロにたじたじね」

「そうだね。確か、三人は家族だったんだよね」

「フェイトさんが保護した子達って聞いてるけど……、普通の家族よりも仲が良い気がするわね」

「家族の繋がりに血は関係無い。絆さえありゃ、それで家族だ。なーんてカッコイイこと言ってたしね」

 そんなこと会話をしながら、エリオとキャロに挟まれてわいわいがやがやしているツキの前の席に注文した食事を置いて座った。
 エリオとスバルは育ち盛りであり、高機動に重心を置く機動タイプなので食事の量は半端無く多い。
 そのため、二人は注文の他に焼きそばやスパゲッティを大盛りにした大皿を中心に置いてそこからぱくぱくと食べていくのだ。
 超機動型であるツキだが、意外と食事の量はティアナ達と同じで普通だ。
 と、言っても彼女の許容量の5%も満たない訓練内容なので、"今は"少ないのだ。

「ほら、エリオ。口にソースがついてるぞ。キャロも私に抱き着いてないできちんと食え」

「「はーい」」

「まったく……」

 そう言いながらもツキの口元は綻んでいる。やはり、慕われるのは嬉しいのだろう。

「痛っ」

「どうしたのティアー? あー……筋肉痛?」

「そうそう、最近の基礎訓練の疲れが取れてないのよ……」

「訓練校時代からやり続けてりゃ余裕だろ? 災害担当課の方でよっぽど温い環境に居たんだなお二人さん」

「うぅ……、仕方が無いじゃない。あんたとの模擬戦が無いって言うだけでやる気が失せるのよ」

「ほほぅ? なら、今日の夜にでもやってみるか? 確かなのはさんが今日から本格的なトレーニングに入るんだ~♪って意気込んでたけど」

「うぇっ!? あれより上のトレーニング……嘘でしょ?」

「あはは♪ 楽しみだね~」

「脳筋めぇ、本来インドア派の私にとっちゃマジで辛いんだからね……」

「何呻いてるんだか。エリオはともかく後衛型のキャロも頑張ってるんだから弱音吐くなし」

 エリオの口元についたハンバーグソースを拭いつつ、キャロの相手をしつつ、全く食事の進まないツキは口すらも食事に使えてなかった。
 おかげで温かいはずのうどんが冷えており、ようやく口につけた頃には「あれ、冷の方頼んだっけ」と疑問に思ってしまう程冷めていたそうな。
 昼食を終えた五人は午後の訓練に向かうために分隊準備室へ向かい訓練服へ着替える。
 と言っても、ツキは引率兼エリオ&キャロの面倒見のために居るだけで、着替えはしないのだが。

「整列! ぼさっとしてんじゃねぇぞ新人共!」

「「「「はいっ!」」」」

 今日から基礎的な訓練はヴィータが担当することになり、なのはは模擬戦訓練(ガジェットを使用しない場合もある)を担当した。
 本来であればなのはだけがその二つをこなすのだが、4人の成長ぶりにややついていけてなくて、と言うかツキの煽りと発破のせいで彼女達が無茶苦茶頑張るもんだから気苦労が絶えず、個々の戦闘データを見ながら「あーでもない、こーでもない」と訓練内容に苦悩しているのだ。
 そのため、時間を稼ぐために一足早くヴィータが訓練に加わったのである。さすがにツキも参加するのを止めて見届ける方へ回った。
 なのはとこれからの訓練の話をしたり、シャーリーと個々のデバイスの強化内容と調整の話をしたり、と忙しなく働くツキの姿に遠目で見ていたシグナムが微笑を浮かべる。

「あいつも中々……、仲間思いの良い子ですね」

「せやろ? やっぱりツキを訓練に組み込んで正解みたいやねぇ」

「テスタロッサは高町の負担が増える! と泣き叫んでましたけどね」

「まぁ、そこは仕方が無いんちゃう? これもまぁ、なのはちゃんのこれからの指導に影響与えると思えば……。先行投資やな」

「……胃薬でも送ってやりますか」

「「ヴィータ経由で」」

 その頃、ぞくっと背筋を震わせて辺りを見回すヴィータの姿があったとか、なかったとか。
 ヴィータの基礎訓練も終わり、なのはのターンへと回ってきた。
 なのはのシューターによる猛攻を、避ける、砕く(裂く)、弾く、と言う訓練に入り、初めて訓練で使われた誘導弾であるシューターに全員が戦慄しながら頑張ってこなしているのをツキがにやにやと微笑む。

「いやぁ……懐かしいなぁ。STFの訓練はこれに砲撃魔法も入った地獄絵図でしたよ」

「おいおい、マジかそれ……。STFって結構辛いとこだって聞いてたけどそんなに辛いのか」

「ちなみにそれ、初期ステップです」

「……うげぇ」

 昔STFからの誘いを蹴っておいて正解だったなーとハンマー型のアームドデバイス、グラーフアイゼンを肩に乗っけたヴィータが呻く。
 「まだまだ序の口ですよ」と数年前のことをけらけらと笑うツキ。
 
「もしかして、あいつらの訓練にそれ混ぜるつもりじゃねぇだろうな?」

「いやー、どうでしょう。なのはさんが参考に、って言ってましたから使われる時は使われるんじゃないですかね」

「……あいつら逃げ出さないと良いんだが……」

「そんときゃ、私が確保しますんで問題ナッシングです」

 むしろお前が追うことに問題があるんじゃねぇか? とヴィータは思ったが、口に出すのを止めた。今更過ぎることだったからだ。

「よし、ここまで! ラストにツキちゃんと戦って貰います。ツキちゃーん!」

「呼ばれてるぞ」

「えぇ……。まさか組み込まれるとは思わなんだ」

 「さっさと行って来い」とヴィータがけらけら笑ってツキを送り出し、やれやれと言った様子でツキがビルの屋上から飛び降りる。

「「「「「「ちょ!?」」」」」」

 その自然な流れで行われた自殺行為に全員が驚愕した。だが、当人は何の問題も無い、と言った様子でデバイスを使わずに華麗に着地。
 皆の度肝を抜いたと言うのにツキは「めんどくせぇなぁ」と右肩を回していた。

「え、あ、ツキちゃん。大丈夫?」

「……? 何がです?」

「いや、あんた今屋上からロープ無しで飛び降りたじゃないの……」

「ああ、そのことか。STF隊員なら"当たり前"のことだぞ、そんなもん」

「「「「「「えぇ……?」」」」」」

 STF隊員は化け物揃いか、と全員が思った瞬間である。
 「んなこと知るか」と、しれっとスネークを起動させて銀色の騎士服のようなバリアジャケットに身を包んだツキがぽきぽきと指を鳴らす。
 このバリアジャケットは機動六課用に作り直したものであり、モチーフはヴィータとシグナムのものを参考にしているそうだ。

「え、えーっと。ツキちゃんから一本取れたら終了ね。制限時間は……」

 ちらっとツキを見たなのはは長考した後に「十分ね」と付け足した。
 先ほどのなのはのタイムよりも五分長い時間を設定したことに四人が絶句する。特にスバルとティアナである。
 彼女達は訓練校時代からツキとの模擬戦をやっていただけに、ツキの恐ろしさをよく知っているのだ。
 そして、一度も一本を取ったことが無いと言うのにたった二人増えただけで取れるのか……、と戦慄していたりもする。
 きちんと手加減をして指導を行ってくれているなのはよりも、スバルとティアナはツキの方が怖いのである。

「んー、それまで持つかね?」

「まぁ、取り敢えずって感じかな。臨機応変の姿が見たいから、全力でやっちゃっていいよ」

「りょーかい」

「じゃあ、模擬戦訓練、開始!」

 なのはの開始の合図と共にスバルとティアナはエリオとキャロを抱えて距離を取った。
 彼女の魔法範囲に入っては一網打尽になると身を持って知っているからだ。

「んじゃま、二年の成長振り見せて貰いますかね」

 ダンッ! と、コンクリを砕くような強さで地面を蹴ったツキは、たった一歩でスバル達に肉薄する。
 「ちょ!?」と慌てたスバルとティアナはシールドを張る。ニヤリと笑みを浮かべたツキは拳を作ってシールドに勢い任せに叩きつけた。
 パリィンッ! と、いとも簡単に砕かれたシールドを見てフォワード陣が絶句する。

「じゃ、ゲームセットってことで」

 ――破砕烈火。
 そうツキが呟いた瞬間、ティアナの目の前に銀色の球体が生まれ――轟音と爆風を起こしてフォワード陣全員を一発で仕留めた。
 慌ててなのはがセーフティバインドを張って彼女達をキャッチし、「まだ早かったみたいだねぇ」と苦笑。
 上から見ていたヴィータはその恐ろしい光景を見てぶるりと体を震わせた。

(おいおい……、新人達生きてるか?)

 そんなことを思いつつ、蜘蛛の巣に引っかかった獲物のようにぐったりとのびる新人達に同情するヴィータ。
 
「おいおい……、この程度でマジで終わっちまうと実戦で死ぬぞー?」

 そう呆気からんに行って見せるツキは力を持て余し、まだまだ暴れ足りないと言った様子で呆れている。
 彼女のオリジナル魔法の破砕烈火はSTFでの実戦により格段と性能を上げており、ツキ、スネーク、両腕のベルナードの並列演算により発動にかかる時間が一秒を切るようになった特別仕様。
 彼女の両腕が上位機体であるベルヴェリアに換装されれば連発も可能になる、と言う計算がされている。
 威力も数段に跳ね上がるため、使用魔力も必然的に跳ね上がる。
 しかし、それは集束魔法式を応用した炸裂烈火の威力が跳ね上がると言うことにも繋がり、彼女は数年で劇的な成長を遂げていると言えよう。
 意識が一度飛んだと言うのに一人だけ起き上がろうとする人物が居た。
 幾度もツキに吹っ飛ばされ、幾度も対策を練るもそれごと吹っ飛ばされ、幾度も努力を重ねてきたティアナだった。

「へぇ……。ワンダウン後に起き上がる速度上がったのか……、それとも、新しい対策か?」

「――上等ッ!!」

「……おお?」

 先ほど起き上がったティアナ叫んでから消え、ツキの目の前から消え去った。

(……おおぅ、あれくらった直前に身代わりたぁ。芸を上げたなぁティア……)

 シールドを張った直後にオプティックハイド、そしてフェイク・シルエットを上手く使って離脱したティアナは、ダミーが吹き飛ばされた爆風を目晦ましに使い、もう一度フェイク・シルエットでダミーを作り出し、あたかも爆風で吹き飛ばされてのびたように見せかけたのだ。
 咄嗟に思いついたことだったのでスバル達は無理だったが、上手いことティアナだけが離脱をして、近くのビルの路地裏で荒い息をしていた。

「さっすがティア……。私にゃできないことをさらりとやってくれる……」

 訓練校時代にツキが一番苦労したのはティアナの幻術魔法であった。
 潰したと思えばダミー、背後から撃たれて魔力弾を潰すもそれすらもダミー。幾度も繰り返されたそれで窮地に立つことも多かった。
 ツキは舌なめずりして、楽しそうに真紅の瞳で辺りを窺う。
 先ほどの身代わりから分かるが、ティアナの幻術魔法のクオリティは高くなっており本体との区別がつかないほどであった。
 だからこそ、ツキはまんまと騙されたのである。

「……はぁ、はぁ……。上手くいったけど……、ツキに通用したかしら……」

 ビルの路地裏でツキの行動を伺いつつ、ティアナは必死に息を潜めようとしていた。
 オプティックハイドは対象を光学スクリーンによって不可視状態にする魔法だ。
 そのためティアナが無駄に動けばスクリーンの寿命が減り、姿を晒すことになる。
 逃げの一手、攻めの一手にしか使わないので、今は発動されていない。
 本来であればフェイク・シルエットを利用した誘導で魔力弾でツキを倒せばいいのだが、普通の魔力弾ではツキを落とせないのだ。
 だから決めの一手にならず、無防備になったところを散々破砕烈火で吹っ飛ばされたのを身で知っているのだ。
 
(考えろ……考えろ私……。最良の一手を……!)

「あーもう、一切合財吹っ飛ばしゃ出てくるだろ」

 必死に考えている最中に近くで聞こえたツキのその一言にティアナは「理不尽だぁあああ!!」と内心叫ぶ。
 スバルとの連携無しにツキに一発も当てた試しが無いティアナだからこそ焦っていた。
 ふとティアナは今さっき考えたことに疑問を持つ。そこに、最良の一手があると踏んだのだ。

「おいおい……大丈夫かティアナの奴。このままビルと一緒に吹っ飛ばされるんじゃねぇか?」

「あ、あははは……。それは無いんじゃないかな。"まだ"ティアナの反応がロストしてないから」

 遠くでツキの破壊行為を見届けているなのはとヴィータが内心ティアナのことを心配する。
 無理も無い。彼女達の視界には爆炎と砕け散るビルの破片しか映っていないのだから。
 
「……! ティアナが動くよ」

 モニターで魔力反応を感知したなのはが呟く。
 
「はぁあああああっ!!」

「――!?」

 ツキに向かって二丁拳銃状態のティアナがビルの内部から飛び出して魔力弾を撃ちながら突っ込む。
 予想外の攻撃に度肝を抜かれたツキは一瞬だけ無防備になり、魔力弾を直で喰らう。

「がはっ!?」

 吹っ飛ばされたツキは空中でくるんと一回転してから、道路へ着地。
 しかし、そのせいでティアナの姿を見失ってしまったため、焦るツキ。

(スバルの援護が無いから自分でヒット&アウェイってか!? 何ともシンプルで恐ろしい作戦だな、おい)

 次の瞬間、ビルの隙間から大量のティアナが出現し、魔力弾をツキに向かって乱射する。
 さすがにツキも喰らいっ放しは勘弁なので、破砕烈火で両側のビルを根本から砕いて迫り来るティアナ達を生き埋めにする。
 だが、いくつかのティアナはそれを逃れており、下がったツキの後ろからも大量のティアナが出現する。

「ちょ、物量作戦かよっ!? 増やせば良いってもんじゃねぇぞッ!!」

 破砕烈火で目の前のティアナ達を吹っ飛ばし、崩したビルの残骸を上手く登って行く。
 後ろから追撃し始めたティアナ達がすいすいと瓦礫を登って行く中、その群の中で一人だけが四苦八苦して瓦礫を登っていた。
 どうやら後ろの群の中に本物が混ざっていたようだ、そう推測したツキが瓦礫から飛び降りて、空中で破砕烈火の魔法式を発動させる。

「おっしゃ、取ったぁあああ!!」

 瓦礫に四苦八苦していたティアナがその声に反応して顔を上げる。そして、今にも吹っ飛ばされるだろうと言う最中、にっこりと笑った。

(……何か企んでるな。設置系のバインドか、それとも何処かに残してある魔力弾がある……? いや、違ぇ、これが――)

「シュートッ!!」

(罠か――ッ)

 空中で無防備になったツキの背中を、ビルの屋上から姿を現した本物のティアナが威力を底上げした魔力弾できっちり撃ち抜いた。
 ツキは背中にそれを受けながらも破砕烈火を発動させて目の前の瓦礫を吹っ飛ばす。
 煙幕のように立ち上がった土煙で視界が遮られ、誰もがツキの姿を見失った。
 屋上では「してやったり」と言う顔でティアナが荒い呼吸を繰り返していた。
 しばらくして、土煙が晴れたそこには、腕をだらんと伸ばして立つツキの姿があった。
 
「ふふっ、くふっ、くははっ……」

「……ツキ?」

 様子のおかしいツキを見て、ティアナは「へんな所に頭打ったんじゃ……」と心配して屋上から声をかけた。
 ツキはそのままぐっと腰を落としてティアナの居るビルへ跳ぶ。それも、跳躍だけで背中から。
 くるんと空中で一回転したツキはビルの側面の路地に着地、次の瞬間、ツキは拳でビルをぶっ叩いた。
 轟音が鳴り響き、ぐらりとビルが揺れてメキメキと音を立てて倒壊していく。

「え、あ、ちょ!?」

 屋上でパニックになったティアナは隣のビルに飛び移って回避。
 だが、ツキは崩れ去ったビルの跡を踏み締めて彼女の居るビルの一階部分をまた拳で粉砕し、またビルが倒壊する。

「何なのよ!?」

 さすがに冷静になったティアナはアンカーを用いて道路へ逃げ、ツキはそうとは知らずにどんどんとビルを倒壊させていく。

「「………………」」

 なのはとヴィータはツキがそうなった理由を知っているために哀しげな眼で視線を交わした。
 その後、訓練スペースの魔力建造物の半分を全壊させた所でツキはぐったりと動かなくなり、ヴィータに回収されて医務室へ搬送された。
 訳が解らずぽかんと口を開いてそれを見送るティアナとようやく目が覚めて目の前の悲惨な状況を見て唖然としているスバル達に説明がされないまま訓練が終了し、解散となった。
 その日の夜に医務室に運ばれたツキに会いに行こうとティアナを筆頭に四人が向かうが、医務室の門番をしていたシグナムに「面会謝絶だ」と追い返される始末。
 
「……どういうことよ」

「さ、さぁ……?」

「キュクルー……」

「ツキさん大丈夫かな……」

「姉さん……」

 とぼとぼと帰って行った四人を見届けてシグナムは「ふむ……」と呟いた。

(主はやての指示が無ければ入れてやれるんだがな……)

 仲間の心配をするフォワード陣を入れてやれないことに胸を痛めつつ、門番の仕事を全うするシグナム。
 しかし、ティアナ達は正面突破が不可能と言うことを確認しただけであり、シグナムの視界から消えた瞬間ダッシュで外へ出る。
 
「突入はエリオとキャロ組、殿は私とスバルで」

「「「了解」」」

「行くわよ……っ!」

 スバルが絶妙にベランダの位置へ放り投げ、上でフリードにより軽いエリオとキャロを頑張って輸送してもらう。
 無事に着いたことを確認して、ティアナはアンカーを手動で伸ばしてベランダのエリオ達に投げる。
 受け取ったエリオはベランダの柵にアンカーを縛りつけ、スバルを抱いてティアナがアンカーを戻して上る。
 無事に登り終えたティアナはアンカーを回収。

「よし、第一関門クリア。第二関門……」

 ごくりと生唾を飲んで四人は窓を見やる。内側からカーテンがあって中を見ることはできない。
 なので、内容を聞こうと窓に耳を当て――、

「何しとるか馬鹿共」

「「「「!?」」」」

 ようとした時にガラッと窓が開けられ、体勢を崩した四人がどさどさと部屋の中へ落ちていく。

「あ痛たたた……」

「キュクル~」

 フリードがバサバサッと羽ばたいて窓の前に病院服で立つツキの右肩に止まる。

「やれやれ……、私がなのはさん達を追い出してなかったらどうする気だったんだお前らは……」

 「なー?」とフリードに問い掛けるツキを見て四人はきょとんと目を点にしていた。
 面会謝絶と言われていたのに当人がぴんぴんとしていたからだ。



[32613] エピソードsts 力の代償。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/05 13:41




「……良かったの? はやてちゃん」

「しゃぁないやろ。本人が自分で話すって言ってるんやから」

「……大丈夫かなぁ」

「できることはした。後は若いもんに任せればええんや」

「……はやてちゃん。私達も十分若いよ?」

 ツキに「そろそろあいつら来るだろうから出てけ」と言われた三人が廊下で雑談をしていた。
 彼女達が出てから数秒後に内側からガラッと窓が開かれる音がしたので、ツキの見立ては大当たりだったようだ。
 シグナムは嬉しいやらしてやられた感がして何とも言えない複雑な気持ちではやての横に立っている。

「……これからどうしようか?」

「取り敢えずスバル達が出てくるのを待とうか?」

「そしたら私がここに居ますので、主はやて達はそこの部屋でお待ちになってはどうでしょうか?」

「あ、じゃあ私も残ろうかな。シグナムとお喋りしたいこともあるしね♪」

「ほな、私はなのはちゃんとあっちでココアでも飲んでるわー」

「あ、待ってよはやてちゃーん」

 すたすたと去って行くはやてを追いかけるなのはを見送って、フェイトは「ふぅ」と肩の荷を下ろしたように溜息をついた。
 先ほどああ言ったが、フェイトはツキのことが心配で仕方が無いのだ。
 シグナムもそれを察しているので口元がやや綻んでいる。

「テスタロッサ、お前もしっかり保護者やっているみたいだな」

「……うん。あの子達を保護したのは私だからね。それに、笑っていて欲しいから」

「……ふっ。中々良い顔をするようになったな」

 シグナムはフェイトにそう微笑み、フェイトも苦笑しつつ微笑んだ。








 エピソードsts 力の代償










「そうだな……どっから話そうか」

 ベッドに戻ったツキがそうフリードの頭を撫でながら呟いた。
 ティアナ達は先ほどまでなのは達が座っていたパイプ椅子を知らずに借りて、ツキのベッドの横に並ぶ。

「取り敢えず……出生の話からするか。エリオ、構わんか?」

「はい。ティアさん達になら大丈夫です」

「まぁ、それもそうだな。私の親友達だ、これから話す内容で手を切るような薄情な友人では無いからな」

「……えらくハードルを上げるじゃない。まぁ、何を言われても私があんたの友人を止めるわけないじゃない。ねぇスバル?」

「うん、勿論!」

「そうかそうか。そりゃ親友冥利に尽きるぜ。私達がフェイトさんに保護されたって言うのは知ってるだろ?」

 エリオを加えた四人は縦に頷いた。

「私とエリオは……違法研究施設の出なんだ」

「「「!」」」

 あまりにも先ほどのフリと差があり過ぎる。そんな重すぎる話題を投下されてスバルとティアナ、キャロが絶句する。

「エリオはプロジェクトFって言うので作られた特殊クローン、私は人間と別次元の世界の魔獣と組み合わせられたキメラだったらしい。
これは私が六課に初めて出向した際にフェイトさんに教えて貰ったことだけどな。
んで、先に生みだされた私がエリオの姉になっていつも面倒を見てやってた。
実験と称して連中が私とエリオを実験動物にしようとするもんだから、毎度毎度エリオに当身食らわしてぜーんぶ私が引き受けてたりしてた」

「え゛!? 姉さん!? それ、初耳なんだけど!?」

「当たり前だろ。お前に知られたら意味が無いだろう」

「……言ってるじゃないの」

「……自分の事を考えられるような歳になったからな。そろそろいいかなーとは思ってた。そのうちティアとスバルにも打ち明けるつもりだった。
でも、今日の模擬戦で一度箍が外れちまったから、今になっちまったけどな」

「箍? ばんばんビルを殴って倒壊させてたのがそれ?」

「……え゛!? 私が気絶してる間に何があったの!?」

「……さっき言ったように、私はキメラでな。合成獣って言った方が分かりやすいか。
人間じゃない方の遺伝子が暴走するのを……こいつで制御してたんだが、成長と共にガタが来てたみたいで今日変えて貰った」

 ツキは説明しながら上着の両腕の裾を捲って肘の手前にある痛々しい傷跡と義手型のデバイスとの接合面を見せた。
 あまりにも深く残っているその傷跡を見て、四人が悲しい顔をする。顔を出したフリードがその傷跡を舐める程だ。

「溜まっていく魔力を時々放出してやればキャパを超えずに済むんだが……、最近出す暇が無くて持て余し気味だったみたいでな。
最初の頃は魔力量の上限が少なかったから増える量も少なくて問題無かったし、訓練校時代はティアとスバルとの模擬戦でほぼ出し切ってたし、STFの訓練やら仕事ん時に発散できてたんだ。
……だから、今日ティアの一撃を貰った時、精神的に興奮してたもんだからつい制御を見誤ってだな……」

 ――暴走しちった。ツキは「てへっ」と棒読みの言葉を付け足して、苦笑しながら言った。
 それを聞いて四人は「確かにそう言えば……」と、彼女が魔法を今日まで使っていなかったの思い出して納得した。

「なのはさんの基礎訓練とかに参加するくらいで、魔法使ってなかったわね」

「ここ最近はそればっかりだったからね」

「んで、まぁ……。久しぶりに暴走しちまったもんだから副作用が酷くてな。
今は安定剤とベルヴェリア……ああ、この義手型のデバイスのことだ。これらで何とか抑えてるんだが……。
何つーかこう……、破壊衝動って言うのかね。何もかも一切合財壊したくなるんだ」

 ――それが親しい人物であっても、な。ツキのその言葉に四人は言葉を失った。
 ツキは近くにあったフェイトの剥いたリンゴの兎を顔からしゃりしゃり食いながら、言葉を続ける。

「これが厄介で……、しばらく安定するまで見境無いんだわ。
だから、薬の効力がいつ切れるか分からないからフェイトさん達は面会謝絶にしたんだよ」

 ――私がお前らを殺してしまわないように、ってな。ツキは次の兎に手を出した。
 
「そんな……。ツキちゃんはそんなこと……」

「しないって断言できねぇんだわ。暴走したがるのは私じゃなくて、魔獣の方。私の制御下にまだ入ってないんだ。
意識が持ってかれたらそれはもう私じゃないし、意識さえありゃ魔獣じゃない。そんな関係なんだよ私達は。
取り敢えずまぁ……、しばらく一緒に居れないってだけでお別れじゃねぇんだ。そこんとこ知っといて欲しかったんだ」

 ツキはそう優しげに微笑んだ。
 スバルは今にも感極まって泣きそうだし、ティアナはバツが悪そうな顔で椅子に"の"の字を書いていたりするし、キャロは手元にやってきたフリードを抱きしめて泣きそうだし、エリオはエリオで神妙な面持ちで聞いていた。
 「まぁ、別に」とツキは前置きを置いて、話出す。

「夜、訓練スペースを借りて魔力を発散した後なら、安定してるだろうから会いに来ても構わない。むしろ、来い。寂しいから」

「「「「!」」」」

 ツキはそっぽを向いて恥ずかしそうにそう言った。
 スバルが今にもツキを抱きしめようとした時に外側からコンコンとドアがノックされて、就眠の時間が来たことを知らせた。

「……ま、訓練の後で余裕があったら夜にでも来てくれ。楽しみにはしておくからさ」

「……うん。絶対行く! ティアとエリオくんとキャロちゃんとフリードで絶対に行く!!」

「そっか。じゃあ、今日はおやすみだ。ティア、エリオとキャロを頼んでもいいか?」

「当たり前よ。私が一番お姉さんなんだからね。あんたよりも年上だっての」

「それもそうだった」

 「おやすみ」と一声かけてから四人は部屋から出て、何やらニヤニヤした顔のシグナムとはらはらした様子のフェイトに出迎えられた。

「ふっ」

「もう……エリオとキャロまで……」

「「あははは…………」」

 苦笑しつつ四人は大部屋へと戻り、部屋の中央にある円状のソファにぐったりと流れ込んだ。
 訓練の疲れと緊張の糸が切れたことで全員がぷっつんと糸を切られたマリオネットのように限界を迎えたのだった。
 そのまま眠りについてしまい、翌朝全員がソファの下の床で目を覚ましたそうな。






「はい、せいれーつ!」

「「「「はい!」」」」

 あれから夜の件のお叱りを受けてから二週間が経ち、午前中の訓練を受けた四人は終始そわそわしていた。
 半分は夜に会えるツキが待ち遠しいこと、もう半分は訓練前になのはが実戦用のデバイスを午後の訓練までに取りに行くと伝えたことだ。

「チーム戦にも慣れてきたし、皆には機動六課から実戦用のデバイスを支給したいと思います!」

「「待ってました!」」

「わーい!! 後で姉さんに見て貰おうっと!」

「あ、エリオくんのそれいいな! 私も見て貰う!」

「じゃあ、一度寮に戻ってシャワーを浴びてからロビーに集合、いいね?」

「「「「はい!!」」」」

「ああ、それともう一つ。
今日、ツキちゃんが昼に力の制御の最終段階をやるってことになって……、休憩時間の時に訓練スペースを使うことになったんだ。
だから、近づいちゃ駄目だからね」

「「「「え?」」」」

「あー……いや、別に見てもいいんだけど……、多分……、びっくりしちゃうよ。シグナムさんと本気で模擬戦してるみたいだから……」

「行く人ー」

「「「はーい」」」

「あらら……」

 なのはは苦笑しつつ「それじゃ、一度出ようか」と引率し、訓練スペースを出る。
 入口の方でけらけらとシグナムと談笑するツキの姿があり、四人は嬉しそうに目を輝かせた。
 それに気づいたツキとシグナムが声をかける。

「高町、訓練は終わったのか?」

「はい、これからデバイスを支給……する予定だったんですけど見学したいんだって」

 それを聞いたツキが呻く。ツキ的には模擬戦の内容をあまり見せたくなかったりするのだ。
 シグナムとの模擬戦は時間いっぱいまで決着が着かず引き分け続けている。
 模擬戦の勝ち負けと言うよりもツキの力の制御に重心を置いているので、どちらも勝とうとはしていないのだが。

「おいおい……、勘弁してくれ……。あんな姿見せるくらいなら引きこもるぞ」

「良いじゃないか、ツキ。お前もいつかはあの姿を見せる時が来るんだ。早い方が気が楽だろう」

「姉御……、いやまぁそうなんですけど……。うぅ、分かりましたよ。勝手に見やがれぇ」

 そう渋々とツキは足早に訓練スペースへと向かい、シグナムが「外からは見えないようにするからお前達も来い」と告げて去って行った。
 四人はわくわくしながら、なのはは苦笑しながら訓練スペースへ向かう。

「さて、今は昼なのでエミュレーターでコロシアムを作る。構わんな」

「ええ、そうしてください。できるならそいつら連れて行って欲しいですけどねー」

「まぁまぁ、ツキちゃん。カッコイイ所を見せるチャンスだよ。あの姿結構カッコイイよ?」

「…………なのはさん、一応私は女なんだけどなー……。いやまぁ、あっちも生やせるっちゃ生やせるんだけども……」

 後半はごにょごにょと呟いたツキがぽりぽりと頭を掻く。
 きちんと魔獣の力が制御できれば身体操作もできるようになるのでアレを生やすことはできたりするのだ。
 転生する前は"男"であったので別に不快感は無いのだが……、やはり今は女の状態なのでなのはの言葉にツキは複雑な心境だった。
 
「それじゃ、コロシアムモード起動っと」

 後からやってきたシャーリーがエミュレーターを持って来て、空中に映し出したモニターで操作して訓練スペースの形を変更した。
 先ほどまで使っていたビル群が消え、コロッセオのようなコロシアムが作り出された。
 内部へ入り、外側から見えないことを確認した後になのは達はコロシアムの観客席へ向かった。
 ツキとシグナムはコロシアムの中央で準備運動を行っている。

「なのはさんはツキちゃんとシグナム副隊長の模擬戦を見たことあるみたいですけど、どんな感じなんです?」

「そうだね……、凄いよ。砲撃、射撃魔法を使わない物理戦闘オンリーの模擬戦だから、スバルとエリオには参考になるかもね。
特にスバルはツキちゃんと同じナックル系の接近戦だからね、良い刺激になると思う」

「お、ちょうどええ時に来れたみたいやなー」

「そうだね。なのは、皆の引率お疲れ様」

「あ、フェイトちゃん達も来たんだ」

「私も居るぞ」

「シャマル先生も居ますよ~♪」

「ですぅ♪」

「……ウォン」

 八神ファミリーが集結し、その顔ぶれになのはが喜び、フォワード陣は恐れ多くてどぎまぎしていた。
 なのはの横にヴィータが座り、その横にはやて、シャマル、前にザフィーラと彼の頭に乗ったリインが観客席へと座る。
 よく見れば他の観客席にもちらほらお昼休憩がてら来た局員達も居るようだった。

「……なんぞこれぇー」

「恐らく……主はやてのしわざだろうな。まぁ、良い機会だろう。そろそろやるぞ」

「……はぁ」

 コロシアムの中央で溜息をついたツキをシグナムが柔和な笑みを浮かべる。
 二人はお互いにデバイスを起動し、バリアジャケットを身に纏った。
 シグナムはベルカの騎士鎧を模した紫のバリアジャケットを、ツキは真紅のシャツに黒いパンツに長めの黒コートのバリアジャケットを纏う。
 ツキのバリアジャケットが変わっているのは、両腕のベルナードをベルヴェリアを換装した時にシャーリーが行った変更のせいだ。
 シャーリーはSTFのファンでもあり、よく現場に向かうツキの格好を「カッコイイなぁ」と思っていたので何となく変えてみたらしいのだ。
 「なぜ私の仕事着を知っている!?」とツキは最初にバリアジャケットを身に纏った時に叫んだそうだが、シャーリーは「やっぱりこっちの方が似合いますね!」とゴリ押し。
 はやてやフェイトがそれを後押して、通りがかったシグナムが「良いじゃないか」と一言。
 それが決め手になってツキはそれをバリアジャケットをこのままにしておくに決めたらしい。
 閑話休題。
 バトルグローブのスネークの形も外見に合わせてごついフォルムから黒の皮手袋のような姿に変えられている。

「それでは開始する。準備はいいな?」

「はい」

「では、開始する」

 シグナムの宣言により、五メートルの距離を取って模擬戦が開始された。
 ツキはだらりと腕を伸ばしてから腰を落とし、超低タックルでシグナムへ肉薄。
 五メートルの距離を一瞬で詰めた速度に観客が色めく、そのままツキは手刀の形をした右手でシグナムへ右方下方から斬り上げる。
 シグナムはそれをレヴァンティンで払い、返しの刃で斬りかかる。
 ツキはそれを左手で受け止め、くるんと左足を軸にして回転して回し蹴りを喰らわせた。
 当たる直前に自ら後ろへ跳ぶことで威力を軽減して距離を取るシグナム。
 その一瞬の攻防はレベルの高いものであり、見る者によっては何をやっているのか分からないほどだった。

「……ギアを上げます」

≪Limt Ⅰ Release≫

 ギチギチッとツキの体から軋む音がして魔力の密度が一段階上がる。
 シグナムがそれを確認した後、レヴァンティンの連結を解除させる。

≪Schlangeform≫

 連結刃をうならせ、ツキへと振るい虚空を切り裂くレヴァンティンをツキは跳躍で避けた。
 空中で体を捻りながら追撃される連結刃を避けたツキはコロシアムの壁を蹴って、レヴァンティンの追撃を振り切る。
 突き出されたそれを避け、横に伸びる連結刃を握り、ツキは引き抜くように引っ張る。
 しかし、

≪Schwertform≫

 剣状態に戻るために連結を始めたレヴァンティンを利用してシグナムが肉薄、引き寄せられる速度を生かして体を傾けて蹴りを放つ。
 直前にそれに気づいたツキは握ったレヴァンティンを手放し、地面に伏せて足の側面を狙って突き出す蹴りを放った。
 シグナムは足の軌道を変え、突き出されたツキの靴底に乗っかるようにして蹴りつけ、そのまま後ろに飛んで距離を取った。
 着地したシグナムの手にはジャララッと剣状態へタイミングよく戻ったレヴァンティンがあった。
 
「……凄い」

 スバルはその猛攻に目を奪われ、見惚れていた。同じくエリオも同様にその闘いを見るのに夢中だった。

「次ッ!」

≪Limt Ⅱ Release≫

 また一段階放出する魔力の制御段階を上げたツキの体に変化が見られるようになっていた。
 真紅眼に金色が混じり、両腕と両脚は筋肉が増量してはちきれんばかりになり、背中の半分くらいだった銀色の髪が腰ほどまで伸びている。
 さらに速度を上がった超低タックルでツキは弾丸のような速度で、シグナムへ突っ込む。
 シグナムはそれをレヴァンティンの峰で受け止め、地面を削らせながらタックルの威力を相殺していく。

「征きますッ!!」

「来いッ!!」

 両手を刀のように使ったツキの猛ラッシュをシグナムはレヴァンティンと鞘を使って捌き、ラッシュを仕返すと言う戦いへ移った。
 メカニックや通常の局員の目はその速度に追いつけず、二人が両腕を消して止まっているようにしか見えない。
 見えている者はスバルとティアナ、リインを除く八神ファミリーとフェイトとなのはだけだった。
 エリオやキャロ、リインには打ち鳴らされる金属音とぶつかり合う魔力の奔流しか感じられず、悔しそうだった。

「ラストッ!」

≪Limt Ⅲ Release≫

 完全に魔力を解き放ったツキのバリアジャケットの上着が粉砕され、魔獣の遺伝子によって作り出された強靭な肉体が露わになる。
 ウルフテールだった銀髪を纏めていたゴムも弾け飛び、ぶわっとツキの銀髪が放出する魔力によって激しくなびく。
 両目は完全に金色となっており、彼女の視界には全てが映り込んでいた。

「ウォオォオォオォオオッ!!」

「はぁあぁぁああぁあぁッ!!」

 咆哮する二人の獣が速度を上げていき、レヴァンティンと手刀が触れた際に生じた衝撃波が観客席にも及ぶようになった。
 慌ててシャーリーがエミュレーターを操作してコロシアムを修復、はやてに指示されたリインが観客席に結界を張る。
 荒れ狂う暴風と化した二人を見て観客達のボルテージは上がる。
 シグナムのレヴァンティンによる美しい神速の剣技、ツキによる微塵も残さないと言った凄まじい猛攻。
 どちらも常識の範疇を超えており、スバルとエリオの参考になると言うレベルでは無かった。
 拳と剣が打ち鳴らした轟音の後、二人はバッと距離を取った。

「……最終段階、征きます。姉御、もしもの時は死なないでくださいねッ!」

「お前如きに後れを取る私では無いッ!」

≪Limter All Release≫

「グォオォオォオオオォオオオッ!!!」

 コロシアムの中央に銀色の人狼となったツキが咆哮を上げて、リインの作り出した結界をビリビリと揺らす。
 
≪Move ! Move ! Move !≫

 まさしくそこに居たのは月に咆哮える"銀狼"。
 その美しさと凶暴さを重ね合わせた人工的に生み出された化け物を見て、観客全員が見惚れた。
 荒々しい雰囲気に加え、頭から足元まで伸びた銀色の髪が魔力放出の度に揺れ、日光に輝く。
 恐怖でも拒絶でも無く、全員は見惚れた。

「自分を制御しろ。思い出せ、自分の存在を」

 ――己に眠る獣を飼いならせ。シグナムはレヴァンティンを構えながら凛ッとした雰囲気でツキへ言った。
 対するツキは内側で暴走しようとする魔獣の叫びを受け止めて、さらに自身に慣らせようと制御に全身全霊をかけていた。
 しばらく己の中での闘いを終えた銀の人狼はニヤリと笑みを浮かべた。

「自分の名前を叫べ!!」

「私の名は――――ツキフィリア・シュナイデンですッ!!」

 シグナムの問い掛けに理性を保ったツキが叫ぶように応えた。
 「よく言った」とシグナムはレヴァンティンを鞘に仕舞い込み、人狼のままのツキへ近づいて抱擁した。
 歓声に包まれた二人を見てフェイトは嬉しそうに涙を流した。スバル達も感極まって泣いている。

「……姉御、そろそろ戻ってもいいですかね」

「いや、まだだ。人狼状態の制御を安定させるまで、後十秒……いや、三十秒は保て」

 もふもふとシグナムはツキの髪を撫でたり顔を埋めたりしていて、明らかに言っていることとやっていることが違っていた。
 「あー……」とされるがまま、シグナムの魔乳に顔を埋めるツキはやや幸せそうだった。
 それから一分後くらいにシグナムが名残惜しそうに離れた。

「それでは、模擬戦を交えた状態変化の訓練は終わりだ。これから三回、連続して人から人狼状態へ移行してみろ」

「……はいっ」

 すぅっと金眼が真紅眼へ戻る。それに続いてツキの体が人の姿を取り戻していく。
 一度、二度……三度。やや時間をかけたがツキはしっかりと状態変化を制御してみせた。

「……うむ。ようやく安定したか、これで私の肩の荷も下りる」

「ありがとうございました!」

 人型へ戻ったツキがシグナムに一礼して訓練が終了した。
 はやてとなのはとフェイトは人狼型へ移行する度にツキの髪をもふもふするシグナムを見て「良いなぁ」と呟く。
 スバルとティアナはお互いを抱きしめ合って喜び、エリオとキャロは「今度もふもふさせて貰おう」と意気込んでいた。
 それからツキは元々人柄も良く愛されていたので、局員達にもより一層受け入れられ、髪だけを人狼モードにしてしばらく男女関わらずもふもふを提供することになるのだが、それは今の彼女が知る由も無い未来の話である。

「ほな、全員仕事に戻りやー」

 と、はやての一言により五分だけ集まって解散した観客達が帰り、訓練スペースにはツキを後ろから抱きしめるシグナムと、苦笑するなのはとシャーリー、デバイスを渡されるのを待ち遠しく思うフォワード陣だけが残った。
 はやてとフェイトは聖王教会へお出かけ、シグナムを除く八神ファミリーはそれぞれの仕事をしに先に出て行った。
 ツキはシグナムに抱きしめられながら髪だけを人狼モードにしており、シグナムはやや高めにツキを抱いてその髪にたまにもふもふしている。
 「部分変化を安定化させれば、制御もより一層できるようになる」と言う私欲に溺れた持論をシグナムが展開してツキを言い包めたのだ。
 「こうしているのはツキがきちんと制御できているかを確認するためだ。……決して気持ちが良いからでは無い」と言い訳してたりする。
 シグナムの知られざる乙女な一面を見た一同は「今はツキを渡しておこう」と思ったそうだ。
 なのはに指示され、寮へ一度戻り、手前でエリオとフリードと別れてシャワー室に入った三人が雑談を開始する。

「それにしても凄かったね。凄すぎて全然参考にならなかったよー」

「……そうね。私達あんな凄いのと一年模擬戦やってたのね……」

 「そりゃ私達も成長するわ」とティアナは自嘲気味に付け足した。スバルはやや苦笑しつつ、キャロはキラキラと目を輝かせた。

「訓練校時代のツキさんってどんな感じだったんですか?」

「そうね……、最初はエリートな年下のガキんちょって言う印象があったけど……」

「最初の混合訓練で大活躍! あの時だよね、私達がお友達になったの」

「ふふっ、そうね。馬鹿力を制御できてないスバルをツキが抑えて、的確な指示をしたりね」

「そう言えば……私達のコンビネーションスタイルの原型ってツキちゃんがティアを肩に乗せて、私と交代したのがきっかけだった気がする」

「ああ……、覚えてるわよ、それ。視線が痛かったわ、あの時は」

 くすくすと笑い合う二人を見てキャロは「良いなぁ」と羨ましい気持ちになった。
 今まで人に疎まれて過ごしてきた彼女が本当の意味で救われたのはツキに出会ってからだからだ。
 一族に異端とされ、制御できない力に怯えた大人達の罵詈雑言の日々、盥回しにされて廃れていった心を預かってくれたのは、彼女の保護責任者になってくれたフェイトだ。
 フェイトが用意してくれた環境、第61管理世界スプールスに居た人々は彼女に優しくしてくれた。人並みの愛情を注いでくれた。
 でも、ただそれだけだった。廃れてしまって傷ついた心の外見は治ったが、傷の根本である心の内側までは癒せやしなかったのだ。
 最初の訓練でツキが言ってくれた言葉がキャロの傷ついていた心を直すどころか、粉砕してくれた。生まれ変わるきっかけをくれたのだ。
 「いちいち周りの顔見て行動しなくていいんだよ。自分の限界で行動をしろ」と、自分の憂いを砕いてくれたツキが素晴らしく見えた。
 元々フェイトから二人の家族が居ると教えて貰っていたが、訓練での印象が劇的なモノであったために、ツキはキャロの憧れの人になった。
 そして、そんな彼女と仲の良い二人が羨ましくて仕方が無かったのだ。

「さてと、そろそろ行きましょうか。エリオも待ってるだろうし」

「あー……そうだね。ちょっと長かったね」

「フリードと遊んでるから大丈夫ですよ、きっと」

 キャロはそうフリードと戯れているエリオを想像して笑って言った。



[32613] エピソードsts 新たな相棒と初めての任務。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/06 21:47






「これが私達の新デバイスですか……」

「うん、そうだよ! 制作は私となのはさん、レイジングハートさんとリインさん。そしてゲストにツキちゃんでーす!」

「エリオとキャロのはデバイスに慣れさすって言う意味も込めて基本最低限のもんしか積んでないのを渡してたから、見た目は変わってねぇ。
その代わり中身がぎっちり詰まったもんになってる。エリオとキャロのは主に私が手掛けた奴だから安心して使え」

 ――お前らの好みくらい姉の私には御見通しだからな。魔獣の制御が安定したツキは今日からようやく復帰することになり、微笑んで言った。
 ツキが手掛けた、たったそれだけのことでエリオとキャロは嬉しそうにデバイスを受け取り、装着した。
 実は、外に出れない時間を利用してツキは二人の新デバイスを組み上げていたのだ。
 ベルナードはフェイトに頼んだものだが、初代スネークは自作したものであり、彼女にもデバイスの知識はあったのだ。
 そのため、二週間の時間をかけてデバイスマスターの資格が取れるところまで覚えたツキはシャーリーに頼んで二人のデバイスを自分に組ませるように頼んだ。
 シャーリー監修の下、かなり出来の良いデバイスが誕生したということだ。

「わぁ……何これ凄い。全然違う……」

 エリオのストラーダはブースターの機能の向上と魔力刃生成速度とその威力の向上、そして、エリオの戦闘スタイルの核とも呼べるソニックムーブの使用効率性能を格段まで跳ねあげた代物になっている。
 それに加えてアームドデバイスとしての硬度も上がっており、より突撃・殲滅型に特化したデバイスとなった。

「速くなってる……」

 キャロのケリュケイオンはブーストデバイスであるため、キャパの上限を上げてより効率の高いブースト機能を実現。
 さらに、マルチブーストシステムをツキ独自に組み上げ、ブースト対象の選択やブースト項目をケリュケイオンも選択できるようになり、キャロが対象を指定すれば、ケリュケイオンが出した一覧からすぐにブーストへ移れるようになった。
 パターンを組めばキャロの指示一つでケリュケイオンが指定、ブースト、維持の三つをすることができるようになったのが一番大きい変化だ。
 
「……って、感じに効率だけを良くしたからな。使いこなせるかはお前らしだいだ」

「ありがとう姉さん! 僕、頑張るよ!」

「ありがとうございますツキさん! 私も頑張ります!」

 わらわらとツキの下へ言って頭を撫でられるエリオとキャロを見て、外見も変わっている自分のデバイスを受け取ったティアナとスバルはちらっとシャーリーの方を見た。
 「お二人のはですね……!」とツキの説明に感化されていたシャーリーが説明をし始める。
 スバルの新デバイス、マッハキャリバーは事前に渡したリボルバーナックルを組み込んで瞬間装着、収納を可能にしたものである。
 ナックルリボルバーは整備と強化だけをしてそのまま、マッハキャリバーはスバルの使っていたローラーブーツに当たる部分だ。
 インテリジェンスを組み込み、マッハキャリバー自身にスバルのオリジナル魔法ウイングロードを発動できるように工夫された点と、ローラーブーツよりもより魔力燃費の良い稼働効率を機動六課の技術で極限まで高めた代物だと力説した。
 
「インテリかぁ……!」

 ティアナのデバイス、クロスミラージュはアンカーガンに形を似せ、ティアナが使いやすいフォルムに設計されている。
 ツキの案でツインハンドモードとブレードモードが採用されている。
 シングルハンドモードでは射撃魔法の威力を重視、ツインハンドモードでは射撃魔法の展開速度を重視したモードとなっており、どちらも射撃魔法の発動に用いられる魔法量を極限まで減らし、射撃魔法によるコストを下げられている。
 それに加えて、銃身の下部に魔力刃を生成する装置を取り付けられ、そこに魔力を注ぎ込むことで魔力刃を持続させる仕組みとなっている。
 さらに、ツキのマルチブーストシステムを幻術魔法用に作り替えたマルチタスクシステムが組み込まれている。
 これにより、幻術魔法のパターン化が可能になった。
 発動する度にダミーの外見構成をティアナが一から作り上げなくてもよくなり、使用目的に合わせて注ぎ込む魔力量を増減させるだけで発動できるように簡略されている。
 
「凄い……!」

「ちなみに、四人のデバイスに私が作り上げた個々の戦闘に役立つ魔法を突っ込んでおいたから、後で試してみてくれ」

 ツキはデバイス制作よりも、どちらかと言えば魔法構築の方が得意だった。
 最初のデバイスはフェイトの補佐であるシャーリーに借りたブーストデバイスの構造を真似て作られた出来そこないであり、数年をかけてようやくブースト特化型のアームドデバイス、スネークが出来上がったのだ。
 それに対して彼女の最初のオリジナル魔法である破砕烈火は数週間で基礎を作ることができたものだ。
 実戦の機会の無い幼少時代にはフェイトやなのは、八神ファミリーによく魔法式を送り、採点と改良点を添えて返信を貰い、それを参考に何度も改良を重ねたのだが、スネークが完成したことですぐに完成に追いつき、月日で見れば半年もかかっていない。
 ようするにデバイスが無かったから調整に手間取っただけで、訓練用や試供品程度のレベルのデバイスさえあればすぐに完成したのだ。
 スネークを使い始めてからはオリジナルの魔法をばんばん開発するようになり、日常レベルから実戦用のものまで幅広い分野での魔法の開発技術を習得できた。
 と言ってもくだらないものも多いのだが、本人曰く「魔法は組み合わせとタイミングが大事」だそうだ。
 実は、彼女の攻撃魔法破砕烈火の根源は、ごみの圧縮魔法だったりするので馬鹿に出来ない。

「デバイスは皆さんの訓練時の稼働データを入れてあるので、いきなり使っても問題は無いと思います」

「遠隔操作で微調整できる時代だからな。午後の訓練の時に申し出ればシャーリーさんが頑張る」

「ならなんであんたが言ったッ!?」

 ティアナがツッコミを入れた後、モニターの全てが緊急アラートにより赤く点滅した。
 
「これは……第一級警戒体勢!?」

「グリフィスくん!」

 なのはの声に反応したモニターがグリフィスの顔を映し出す。

『教会本部からの出動要請です!』

「……ずいぶんとタイミングがいいな、おい」

 ツキは悪態を吐きながら端末からアラート内容を確認する。
 グリフィスの顔の映るモニターの横のモニターにはやての顔が映し出される。

『なのは隊長、フェイト隊長、グリフィスくん。こちらはやて。教会騎士団で追ってた、レリックらしき物が見つかった。
場所はエーリム山岳丘陵地区。対象は山岳リニアレールで移動中』

「……ガジェットが車両の制御を奪ったのか」

『ツキ大当たりや。車内のガジェットは最低でも三十体、大型や飛行型の未確認タイプも出てるかもしれへん。皆行けるか?』

「行くしかねぇだろ。何のための機動六課だ」

『……せやな。スバル・ティアナ・エリオ・キャロ! 危ない時は隊長陣がちゃんとフォローするから思いっきりやりぃ!』

「「「「はいっ!!」」」」

『機動六課フォワード部隊、出動!』

『はい!』

 はやての出動命令に機動六課フォワードメンバー全員が高らかに返事をした。









 エピソードsts 新たな相棒と初めての任務









「空はなのはさんとフェイトさんが制圧してくれる。私達がやるべきことはなんだ? エリオ」

「はい、リニアモール前部と後部からのガジェットの殲滅及び車両の制圧です」

「そうだ。ザフィーラは別任務で居ないから私と、臨時でリインが四人のフォローに回る。
スターズは前部、ライトニングは後部から侵入。リインはライトニングのフォロー、私はスターズのフォローだ。リイン、構わんな?」

「はいですぅ!」

「レリックは第七車両の重要貨物室だ。ガジェットの全機殲滅、レリックの回収。これが私達の初任務だ」

「先に辿り着いた方がレリックを回収するですぅ、分かりましたか?」

「「「「はい!」」」」

「エリオとキャロとリインはヴァイス陸曹の指示で降下。ヴァイス陸曹、頼みましたよ」

『あいよ!』

 エーリム山岳丘陵地区を爆走するリニアモールの上空を確保したヘリの中でミーティングが行われ、ヴァイス陸曹の操作でハッチが開いた。

「二人とも、行くぞ! ブレイズ01、ツキフィリア・シュナイデン、出る」

「スターズ03、スバル・ナカジマ!」

「スターズ04、ティアナ・ランスター!」

 先に降下したツキは空中でセットアップしてバリアジャケットに身に纏う。
 二人もそれに続いてセットアップし、白を主調とした新たなバリアジャケットに身に纏って感激する。

「これって……」

「バリアジャケットは各分隊の隊長のを基に作られてる。生憎私のは無いけどな」

「あはは……」

 エリオとキャロがバリアジャケットを身に纏って後部側に着地したのを見計らって、ツキがリニアモールの内部へ侵入。
 続いたスバルとティアナは、降りた先ですでに粉々になっているガジェットの残骸を見て心の中で合掌した。
 
「ティア、スバル! 私は最前部へ行ってリニアモールを止めてくる。レリック回収に回ってくれ」

「分かったわ、行くわよスバル」

「うん! そっちも頑張ってね!」

 ツキは第七車両へ向かって行った二人を見送って、最前部の方を睨む。
 事前に広域スキャンされた際に最前部だけがスキャンに引っかからなかった、それを知っているツキはそこが怪しいと目星をつけた。
 未だにレリックが運び出されていないことが、STFの現場の猛者であるツキには腑に落ちなかったのだ。
 こちらよりも先にリニアレールを暴走させてまで行動を起こしているのだから、こちらが辿り着く前にレリックの回収は容易いはずだ。
 となれば、この襲撃に意味があると考えて、ガジェットを操る側の意図を探らなければならない。
 それは、スターズ、ライトニングの四人の仕事では無く、フォローして彼らを守るブレイズ分隊の仕事、つまりツキの仕事だ。

「……リイン、今から最前部へ突破をかける。四人を頼んだぞ」

『……了解ですぅ。ツキちゃんも気を付けて』

「おう」

 第二車両の扉を蹴り飛ばし、ギラリとモノアイを光らせたガジェット達を見てツキがニヤリと笑みを浮かべる。
 
「ひぃふぅ……ざっと八くらいか。スネーク、征くぞ!」

≪Yes , My lord≫

 リニアレールの床を踏み抜かない程度に蹴りつけてガジェットへ跳ぶ。
 ガジェット達はAMFを発動させるが、魔法を一切使用していないツキの拳と脚によって砕かれ、破砕の悲鳴を上げて床に散らばった。
 
「……やれやれ、自動制御って奴か。指揮官クラスくらい置いて手動にしろっての、つまんねぇ……」

 ツキがつまらなそうに回し蹴りで第二車両の最後のガジェットのモノアイごと真っ二つに叩き割って、床へ蹴り捨てる。
 第一車両の扉は無様にこじ開けられており、ガジェット達はここから第二車両へ移ったようだった。
 ガコンッと飛び出た扉の破片を蹴り飛ばし、安全を確保してから第一車両に足を運んだツキは殺気を感じて床に伏せた。
 頭上を空気を切り裂くほどの鋭さを持った複数の飛び道具が通り過ぎる。

「チッ、勘の良い奴だ」

 制御室の扉から現れたのはツキと目線が同じの銀髪の少女だった。
 ただし、普通の少女ならこのような場所からは現れない。明らかにガジェットを統率している者だと考えるのが妥当だ。
 右目を塞いでいる黒い眼帯、凹凸の少ないボディスーツの上に灰色のコートを羽織った少女の両の指の間にはナイフが挟まっている。

「……なんだ、指揮官クラスが居たんじゃないか。馬鹿みてぇに相手を見ないでAMFなんぞに頼るから全滅するんだよ」

「……並みの魔導師なら魔法に頼って全滅を余儀なくされるんだがな」

 どうやら付近にガジェットの存在は無いようで、先ほどまでの群で打ち止めらしい。
 それを悟ったツキはスネークに脳内で指示を出し、身体強化と硬化魔法を発動させた。
 魔法の発動を感じ取った隻眼の少女は「ふむ」と呟きながら、ツキを観察するように上から下へと見回す。

「なるほど、貴様はファイタータイプか。となると、体術のみでガジェットを破壊したのか。面白い」

「そっちのアンタはナイフを投げるのが得意なんだろ。……いや、アンタは、」

 ――私と似たような感じがする。ツキは拳を作って臨戦態勢に移行し、呟いた。

「……ふふっ、面白い。貴様、名を何と言う」

「おいおい、人の名前を聞くときは自分からだろ。……つっても私は半分人間じゃねぇけどな」

「問題無い。こちらも半分くらいは人間じゃない」

「ははっ、そりゃ奇遇だな。――ツキフィリア・シュナイデン少佐だ。親しみを込めてツキとでも呼ぶが良いッ!」

「――NO.5のチンクだ。私のことは敬愛を込めて姉様と呼んでも構わんぞッ!」

 バチバチッと見えぬ火花を散らす両者は、ぐっと腰を落とす。ツキは拳を作るのを止め、手刀へ形を変える。
 
「いざ」

「尋常に」

「「勝負ッ!!」」

 最初に動いたのはチンク。右手のナイフを散弾のようにばら撒くように放った。
 さらに腰を落として超低タックルモードで飛び出したツキはそれを弾かずに避けた。
 
「IS発動、ランブルデトネイター!」

 突如ツキの背中側にあったナイフが爆発を起こす。

「こなくそっ!」
 
 ツキはとっさにフィールド系の防御障壁を背中に張った。
 障壁によって弾かれたナイフの破片は床へと散らばり、チャリンッと金属音を静寂へ投げ入れる。
 肉薄したツキが右方から手刀を薙ぐように繰り出す。チンクはそれを新たに生み出したナイフを逆手に握り締めて、刃で受け止める。
 しかし、ナイフの刃はスネークを切り裂くことはできず、むしろ粉砕される末路を辿った。

「なっ!?」

「その対応はナンセンスだ、チンクさんよぉ!」

 ツキは吼えながら右脚をチンクの足の間へ入れて、パイルバンカー並みの肘鉄を放った。
 チンクは焦ったような表情で身を捻じり、灰色のコートで肘鉄を受ける。

「……ん?」

 確かに必殺の一撃を入れたはずなのに彼女のあばらを砕いた感触は無く、むしろ相殺されたかのような感覚がツキの肘から伝わる。
 ニヤリと笑みを浮かべたチンクは無防備になったツキの懐へ入り、ボディブローを放った。
 
「かはっ」

 モロに喰らったツキは衝撃で吹っ飛ばされたが、空中で猫の様にくるんと回転して綺麗に着地した。ダメージはほとんど無さそうだった。
 STF仕込みの筋肉トレーニングで鍛え上げられた肉体がスネークの身体強化と硬化魔法でダメージを最低限にまで落とし切ったのだ。
 チンクはボディブローを放った右手をぐっぱぐっぱと動かしながら、ツキの強靭過ぎる肉体強度に歯噛みする。

「……ふふっ」

「……くははっ」

 ツキは場所が狭く突撃&爆滅の機会の大半を失われて、尚且つ未知なる彼女の物理防御手段によりダメージが与えられない。
 チンクはIS発動によるナイフの爆破が硬い防御障壁に、自慢の打撃は肉体の装甲によって受け止められるのでダメージが与えられない。
 どちらにも不利な状態だと言うのに笑っていた。
 目の前の自分に似た容姿に、似た戦闘間合い、そして何よりも自分と同じようにこの瞬間を楽しんでいることが嬉しい。
 だから、二人は口元を悪魔のように歪ませて笑う。狂気めいた笑みで、お互いを見合う。
 一生に居るか居ないかの最高の好敵手を前に、二人は笑いを止めれない。
 たった一撃を交わしただけで、ここまでわかる。STFの隊長が肉体言語を推奨するのはこの感覚を味わって欲しいためだ。
 「相手のために何ができるのか、相手を倒すために何ができるのか。この二つは同意義だ」と言い切った隊長の言葉をツキは思い出す。
 彼女が熱く語ったその瞬間を自分も感じてみたい、そう思ったのだ。
 それが、実現している。だから、嬉しいし、楽しい。狂気も狂喜もする尋常じゃないこの瞬間を、楽しんでいたい。

『セイン』

『あ、チンク姉? もう少しで追いつくから――』

『リイン』

『ツキちゃん? リイン達もすぐにそちらに――』

 お互いにバックへ念話を送り、彼女達は目の前の好敵手を見て、言葉を遮って言った。

『『絶対に邪魔をするな』』

『『……え?』』

「こんな最高な舞台を潰されてたまるか」

「奇遇だな。私もそう思っている」

「楽しくて仕方が無いな、チンク」

「ああ、楽しいな、ツキ」

 ツキは拳を、チンクはナイフを構えて、獰猛な笑みを浮かべて駆ける。
 
「炸裂劫火ッ!!」

「オーバーデトネイションッ!!」

 チンクによって空中に大量に発生されたナイフがツキに向かって凄まじい速度で放たれる。
 ツキは空中に作り出した高縮魔力弾を突き出した右拳にぶつけ、前方へ向かって方向指定された爆発を放った。
 爆発に起こされた風に吹き上げられたナイフは空中を舞い、キラキラとその刃は未だに残る爆炎を映して輝いた。
 魔力的爆発に酸素は使われない、しかし、ツキの爆破魔法は全て酸素を取り込み威力を底上げしている。
 そのため、二人は一瞬だけくらっとするが獰猛な笑みを残したまま次の一手を放つ。
 ツキは突き出した拳を手刀へ変えて、一歩踏み込んで喉を狙う鋭い突きを放つ。
 それをチンクは下から蹴りつけて跳ね飛ばし、そのまま踵落としを脳天へと叩き付ける。
 頭への直撃を避けるために身を捻じったツキは、敢えて右肩に鋭く重い一撃を受け止め、がっちりと首と右肩でチンクの細い左脚を挟み込む。

「捕まえた――ッ!!」

「くっ!?」

 上がった右腕でチンクの左脚を固定し、無防備になったチンクのボディに右脚で凶悪なキックを叩き込む。その名は、ヤクザキック。
 全体重をかけたその一撃は、咄嗟に防御行動を取ったチンクの右腕のコート部分へ突き刺さり、その重すぎる威力はコートに守られていたはずのチンクの右腕に凄まじい負荷を与えた。
 そのままツキはチンクの右腕をなぞるように靴底で蹂躙し、チンクの顎を狙って跳ね上げる。

「はっ」

 首を後ろへ曲げて避けたチンクは次に来る踵落としを潰すためにツキの右足首へ噛み付いた。
 身体強化及び硬化魔法、さらに魔獣の力で跳ね上がった頑丈な肉体に喰らいついたチンクは「まるで鉄を噛んでいるようだ」と相手の硬さを再確認して毒づいた。
 お互いに片足が封じられた状態だが、どちらも攻撃手段を残していた。
 チンクがツキの背中側に大量のナイフを発生させた瞬間、ツキは拘束に回していた右手を外し、強烈な右フックを放つ。
 しかし、体勢のせいで威力が落ちている右フックはコートに阻まれ、ツキの右手に不快感を与える。

「しま――ッ」

「ぷはぁ、――吹き飛べ!」

 背中に魔法障壁を即席でスネークが張ったが、大量のナイフの爆発に一瞬で粉砕され、ツキの背中に細かい破片を許してしまう。
チンクは同じほどの大きさであるツキを盾にしてそれを回避した。
 
「が、ぁ、――――ッ!!」

 背中に大量に突き刺さる感触をリアルタイムで受けたツキは悶絶しながらも、指示をスネークへ伝達させる。

≪Limit Ⅰ Release≫

「!?」

 ギチギチッとツキの体から軋む音が聞こえ、突き刺さった破片が内側から再生される肌に押されて弾け飛ぶ。
 
「喰らえッ!」

 右足の拘束を止めてしまったチンクは踵落としをおでこに喰らう、すぐ様ツキは右肩に乗るチンクの左脚を右手で払った。
 頭に衝撃を受けて脳震盪を起こしたチンクはふらっと後ろへ倒れていく。
 右脚の靴底を床へ叩き付け、グッと右腕を左肩の方へ絞ったツキは渾身の一撃をチンクのがら空きとなったボディに叩き込んだ。

「楽しかったぜ、チンク」

 そう告げたツキは、寂しそうな笑みで吹っ飛んでいくチンクを見送った。
 そのまま彼女は制御管理室の方へと頭から――

「ああもうチンク姉っ! 手ぇ出すなって無理で……、うわぁ?!」

 ぶつかる前に、いきなりセミロングな水色の髪の少女が横合いから飛び出た。
 彼女は吹っ飛んできたチンクを慌ててキャッチして、そのまましゅぽんと壁へ沈んで去って行った。

「……へ?」

 ツキは騒いでいったあげくいきなり消えた少女に驚きながら、スネークから残存兵力が近くに居ない事を告げられた。
 「まぁ、しかたあるまい」とツキはバリアジャケットから機動六課の制服へ戻り、スネークを待機モードに移行させる。
 それから、先ほどから無視していたリインから、戦闘中に何度も送られていたらしい大量の通信履歴を見て呻きつつも、通信を開く。
 「がるるる」と言わんばかりに怒り心頭な様子のリインの顔が映し出され、開口一番に「馬鹿ですかっ!?」と罵った。

「いやー……、その、なんだ。エキサイティングし過ぎたな、うん。すまん」

『すまんで済めば管理局は要らんですぅ!』

 「いや、警察じゃあるまいし……」と上げ足を取らず、

「いや、管理局は揉め事処理だけじゃないからな。平行世界を管理する仕事も……」

『御託はいらねぇですぅ!!』

 正論を言ったのだが、怒髪天を衝かんと言った様子でぶち切れたリインはそれからしばらく、画面内にレリックを確保して暇になった四人が談笑する姿が入っていると気付かずに、くどくどと説教をし始めた。
 そして、説教しているリインが後ろに浮かんだ一本のナイフの存在に気付いて言葉を止めた。
 彼女の背中にあったナイフが。浮かび上がり、時間差で作動するように設定されていたためターゲットであるツキをロックオンしたのだ。
 ツキはリインの方に気が行っていて音も無く浮かんだそれに気づいている様子が無かった。

『――ッ! ツキちゃ――』

「どうし、」

 たんだ、と言い切る前にナイフがツキの背中から右の肺へと突き刺さる。
 気を抜いていて弛緩していた背筋はナイフを易々と内部へ誘ったのである。
 ツキは人生最高の好敵手の抜け目無い戦術に、まんまと引っかかったのだった。

「……流石だぜ」

 呟いた直後、吐血したツキはそのまま床へ倒れ込み、背中からどくどくと流した血で床に水溜まりを作り始めた。
 慌てて駆け付けたリイン達が虚ろの目で何とか意識を保っていたツキに応急処置をして、ヘリで近くの病院へ搬送。
 初めての任務で、初めての負傷者。
 機動六課の全員にとって、忘れられぬ最悪の日へと変貌した瞬間だった。



[32613] エピソードsts ツキを喰らう獣の名は。
Name: 不落八十八◆2f350079 ID:72db0074
Date: 2012/04/09 18:43





「――ハッ」

 チンクは荒い呼吸で診察台のような場所で目を覚ました。
 彼女の寝ていた場所は彼女の生みの親たる人物。ドクター、スカリエッティが彼女"達"を改造する神聖なる場所の上であった。
 ぼやけた視界の中、モニターを見て三段階の高笑いをしているスカリエッティを見つけ、チンクは上体を起こす。
 
「おや? チンク、起きたのかい?」

「……ええ、ドクター。すみません、負けました」

「いやいや、チンクは勝った。……いや、引き分けと言うべきだね」

 彼はモニターの一つを操作して、映像を映す。
 そこには、誰かと通信している時に後ろからナイフを喰らって倒れ、仲間が駆けつけるまで床に血を流していた好敵手の姿があった。
 あの時咄嗟に仕掛けたそれを思い出すのに苦労はしなかったチンクは「それでも私の負けです」と歯噛みした。
 自分が相手を打倒してこそ勝利なのだ、そうチンクはギュッと右拳を作る。
 そんな様子をきょとんとした様子で見たスカリエッティは、ここ何年も表情に出していないような感情を露わにした。
 なぜなら、冷静沈着で仲間思い、そして如何なる敵をも懐に入れぬ腕を持ったチンクの敗北宣言を聞いて驚いたのだ。

「ち、チンク。何処か調子は悪くないか? それともまだ意識が……」

「いえ、ドクター。私は……知ってしまったのです。彼女、ツキと戦っている最中に自然に笑みが浮かぶような楽しさを。
ですので、ドクターが思っているようなことは断じて無いと申し上げます」

 これもまた、スカリエッティの度肝を抜くのに十分な言葉であった。
 今までそのような感情データを入れた覚えも、検知した覚えも無いと言うのに、彼女が自分で感情を生み出したと言う奇跡的なそれに出会ったと言うのだ。
 これを"成長"と言わずに何と形容するべきだろうか。
 彼女の体の半分……いや、大半は基礎フレームなどの駆動骨格を含めた機械によって構成されており、それに加えて機能を人工的に強化した知覚器官と生体部分が存在する。
 生まれた時から人の身に機械を融合させた"戦闘機人"たるチンクが、まるで通常の人のようにプログラム以外、さらに生みの親であるスカリエッティに何の利も生み出さない感情を生み出したと言う事実は、彼にとって頭の中をスパーキングさせるくらいの威力があったのだ。
 
「……そ、そうかい。何か不調を感じたらすぐに――」

「ドクター」

 チンクは創造主たるスカリエッティの言葉を遮り、自分の意思を口にした。

「私の右眼の修復、及び駆動骨格の大幅向上、それと生体部分の強化、後は……」

「わ、分かった。分かったからチンク、落ち着いて――」

「これが落ち着いていられますか!! あのような血肉が滾るような戦いで負けて、のうのうと居られるような腐った思考を私はしていません!」

 激昂したチンクの左眼はまさしく狩人の目であり、未だに先ほどの戦いの余韻が抜けきっていないのだろう。
 元々爆撃による破壊及び殲滅をモットーとしていた彼女がこのように前衛思考になってしまったのは、今から一年前のことだ。
 ミッドチルダ市内に潜伏した際に雑誌で見たSTFの記事を見て「このような戦い方が……」と戦慄を覚えたのが事の始まりである。
 ナイフの投擲訓練の他にも、体術によるナイフを用いない戦闘法まで訓練し始めた頃から彼女の成長は始まっていたと言える。

「そ、そうだチンク。相手のことをよく知るためにはまず情報収集をだな……」

「……なるほど、さすがドクター。では、先ほどの戦闘記録と骨格強化、その他もろもろのお力添えをお願いできますか?」

 にっこりと笑みを作ったチンクの瞳は笑っておらず、まるで獲物を見つけた鷹の瞳のそれと同じだった。
 「何処で教育を間違えたのだろう……」とスカリエッティはただでさえ徹夜で頭痛がしている頭をさらに悩ませる。

「……まぁ、私とてチンクの創造主(おや)だからな……。娘の要望を聞くのもまた務めか……」

「……ドクター。一言だけ、よろしいでしょうか」

「……何だいチンク」

 チンクはグッと身を乗り出してスカリエッティに言った。

「拳で語り合うのに浪漫を感じませんか?」

 スカリエッティの心境を一文で表すと"スカリエッティに電流走る"である。
 浪漫。それはスカリエッティが大分昔に「効率化の邪魔になる」と言って捨て去った遺物だ。
 だが、チンクはそれを拾い上げて、事もあろうか今さっきそれをスカリエッティに献上したのである。
 いつものスカリエッティが「拳で語り合うのに浪漫を感じるか?」と問われたならば「必要無い」と切り捨てるように答えただろう。
 しかし、チンクの成長を目にしてかなり興奮状態でもある今のスカリエッティなら、こう答える。

「……よろしい。チンク、君を新たな境地へ誘うことをここに誓おうッ!!」
 
「ドクターッ!!」

 二人はひしっと抱きしめ合い、お互いの心を通じ合わせた。
 と言うか、スカリエッティはチンクのノリに押されて極度の興奮状態へ陥って暴走しているだけなのだが。

「ドクター、チンク姉の容態……は……どう……。…………え゛?」

 セインは自分が回収した姉の心配をして、スカリエッティのラボに顔を出したのだが、作業台の上でひしっと抱きしめ合う二人を見てしまった。
 「何事だ!?」と頭をフリーズさせるセインのことは眼中に無い二人は、モニターの映像を入れ替えて先ほどの戦いを分析し合ったり、これからチンクの体をどう改造していくかと言う議題で熱い議論を始めた。
 
「……し、失礼しましたー」

 セインは自分は何も見なかったと自己暗示をかけながら、戻って行った。









 エピソードsts ツキを喰らう獣の名は









 機動六課本部隊舎の一角にある医務室でシャマルとシャーリーは頭を抱えていた。
 目の前のベッドにまるで死んだように眠っている人物は、先日の負傷者のツキである。
 あの後、病院に搬送されて緊急手術が行われたのだが、彼女の背中を見た医師達は「有り得ないモノを見た」と証言している。
 
「これはもしかすると不味いかも知れないわね……」

「ええ……。もしかしなくても十分不味いです……」

 医師達はナイフが刺さった場所を覆う応急処置用の包帯を外した途端、"傷口が塞がっていく"彼女の背中を見たのだと言う。
 手術に携わった魔導師が「そんな馬鹿な」とツキに検査魔法を発動させたが、彼女の傷はすでに完治しており、肺の中に溜まっているはずの血もすでに抜かれている状態であったと語ったそうだ。
 その報告を受けて病院からつい先ほど六課の医務室へ運ばれたツキをシャマルは魔法的アプローチで、シャーリーは機械を用いた別アプローチで再検査をして、何も異常が無いことを確認し、ホッと安堵した矢先のことであった。
 ニョキッと彼女の仙骨付近からまるで竜の尾のような黒い硬質な外殻によって覆われたそれが生えたのは。
 メキメキと一メートル程伸びた握り拳サイズの厚さのそれはどう見ても尻尾であった。
 今はツキの右脚に絡まるように沈黙しており、巨大化も成長もしていない。
 二人は元々ツキが人と魔獣のキメラであることを知っていたので、取り乱すことは無かったが、突如として生えたそれを見て先ほどまで固まっていたのだ。

「自身の身に死を感じたために、体の再生と共に遺伝子に混ざっている魔獣の方の身体も再生しちゃった……と言うことかしら?」

「銀狼……だって聞いていましたけど、こんな尻尾を持つ狼が居ますかね……?」

「ツキちゃんも自分がキメラであることは知っていたようだけど、その魔獣がどんな生物であったかまでは知らなかったみたいだし……」

「……分かりませんね」

 お手上げだった。
 取り敢えずシャマルはこの事態をはやてへ連絡することにした。
 シャーリーは管理局のデータベースから「狼」「銀」「黒の外殻に覆われた尾」などと検索をかけて、魔獣の正体を探る。
 
『……え、えらいことになったなぁ。ツキの居た研究施設に居た幹部はまだ捕まっておらんし……。取り敢えず様子見や』

「分かりました。一応この事はあの子達には……」

『伏せとく……方がええんやろか?』

「……さぁ?」

 「ツキは龍でもあったんやー」なーんて、意味の解らない事をスバル達に伝えても伝えなくても、結局面倒な事になることには違いなかった。
 それを察したシャマルは「あぁ……」とその光景を浮かべてしまってげんなりした顔になった。
 前者なら暴動のような非難の嵐が、後者なら一目見たいと突貫をかける姿が、見えてしまったのだ。

『……まぁ、取り敢えず伏せとこか。本人が目覚めとらんしな』

「そうですね……」

 あれから二日経っているのだがツキは一向に目を覚まさず、シャマルとシャーリーの度肝を抜かせた事以外は何も異常は無かった。
 
「んー……見つからないなぁ。管理していない世界の魔獣だったのかな……」

 シャーリーの呟きにシャマルが閃く。
 自分達がまだ闇の書のプログラムであった頃にシグナムとヴィータが他の次元世界へ渡って魔力の蒐集をしていたことを思い出したのだ。
 彼女達であれば何か思いつくのではないかと考え、シグナムとヴィータが医務室へ呼び出される。

「銀色の毛に竜の尾を持った狼か……。見たことが無いな」

「そうだな。と言うかそんな化けもん見たことねぇよ」

 二人は彼女達の問いに「見覚えが無い」と言う答えを返した。
 またしても振り出しに戻った二人はシグナムとヴィータを巻き込んでアイデアを出させることに。

「……そうだな。ユーノに聞いてみるのはどうだろうか。
主はやての家の書庫にあった厚い本の中に興味深い文献があってだな。地球の神話や御伽噺について書かれた本があったのを覚えている。
もしかしたら、本の虫である奴ならヒントになるようなことを知っている可能性があるのではないか?」

「「「おお!!」」」

 「ナイスアイデア!」とシグナムを褒めちぎったシャマルは即座に無限書庫の司書長をしているユーノへ通信を繋ぐ。
 四人はわくわくした様子でユーノの答えを待った。

『うーん……。地球の本はあまり読んで無いんだ。あの頃はフェレットで通ってたから変な行動ができなくてさ……』

 「力になれなくてごめんね」と謝った彼に彼女達はがっかりとした様子で「じゃ、仕事頑張って」と通信を切った。

「んー、読書家だったはやても知らねぇんだろ? 地球サイドからはお手上げじゃねぇか?」

「……そうねぇ。駄目元でなのはちゃんに聞いてみましょうか。はやてちゃんは読書家だったけど、神話とかは読んで無かったはずだから……」

 シャマルが苦笑しつつなのはへ通信を開き、先ほどの問いをすると意外な答えが返ってきた。

『んー……ごめんね。毛が銀色じゃないのなら知ってるんだけど……』

「「「「え?」」」」

『昔、お兄ちゃんがトリカブトって言う毒について教えてくれた時があってね。気になって自分でも調べたみたんだ。
ギリシア神話ではケルベロスのよだれから生まれたんだーって書いてあって、どんなわんちゃんなのかなーって調べたらこれが凄くてね。
何と、頭が三つから五十まであって、体は大きなライオンさんで、鬣はあらゆる種類の蛇で、尻尾が竜の尾なんだって!』

 「凄いわんちゃんでしょー?」とにこにこと話すなのは、先ほどの説明を聞いた全員が「おお!」と声をそろえる。

「でかした高町!」

「流石よなのはちゃん!」

「凄いですなのはさん!」

「お前馬鹿じゃなかったんだな!」

『え? え?? え??? なんで皆に私褒められて、ヴィータちゃんに馬鹿にされたの!?』

 やや混乱し始めたなのはにシャマルが状況を説明し、なのはは「ああ、そうだったんだ。…………え?」とようやく事の重大さを知った。
 しかし、ようやく前へ進むことが出来たと言うのに四人は無言だった。
 静寂を打ち破ったのは首を傾げたヴィータの一言だった。

「……で、これでどうなるんだ?」

 そう、どうもならないのである。
 ツキに宿る魔獣の名がケルベロスと言うのが分かっても、それ以降に続かないのだ。
 名前を知ったところでこの状況が良くなるわけでもないし、悪くなるわけでもないのだから。
 眠り続けているツキを見て全員が押し黙る。

「と、取り敢えずさっきの名前で検索してみますね……」

 シャーリーは暗くなった雰囲気をせめて少しでも明るくなれば、とデータベースに検索をかける。
 いとも簡単に検出されたファイルを見てシャーリーが呻く。
 「どうした?」と三人がシャーリーが指さしたモニターを覗き込む。
 
「強靭な肉体に金色の瞳、尾は龍であり、背中へ続く鬣は牙に猛毒を持った大量の蛇、毛色は美しい銀色である……。間違い無いな」

「あまりにも巨大な巨躯から夜に現れた際に月を隠してしまったことから、月を喰らう銀狼と呼ばれるようになった? すげぇなこいつ」

 そして、文末に書かれてあったそれを見て全員が「あ」と声を漏らした。
 そこには『別名:ツキフィリア・シュナイデン』と書かれてあり、旧ベルカ語で月を喰らう銀狼と言う意味であると脚注が添えられてあった。

「……最初から答えがあったんじゃねぇか」

「そ、そうみたいね……」

 予想外の文末に全員が頭を抱えていた。そう、ツキの名はキメラの魔獣の別名のままだったのである。
 それはツキが実験の被験体であると言う事実を色濃くさせる証拠でもある。
 まるでペットにした犬に『犬』と名付けるように、彼女を人だとも思っていない当時の研究者達の考えが手に取るように分かったしまったのだ。
 何とも言えない顔でツキの寝顔を見る四人。彼女は今も静かな寝息を立てて眠り続けている。

「……取り敢えず、尾のことは解決した。シャマル、なぜツキは目を覚まさないのだ?」

「うーん……。それがよく分からないのよ。そもそも、キメラ何て言う珍しい患者さん今まで居ないわよ……」

「そうだよなー。リンカーコアとかが傷ついてるわけじゃねぇんだろ? 夢ん中入りこめる魔法なんてありゃ、起こすのも楽だろうに」

 ヴィータの何気ない一言にシャマルは「そういえば……」と名案を思いつく。
 
「そうよ、ヴィータちゃんの言う魔法あるじゃない」

「もしかして、心理治療用のアレですか?」

「うん、"メンタルダイブ"。これなら可能だわ」

 メンタルダイブとは最新魔法医療に使われているPTSDなどの精神疾患に有効な精神療法の一つだ。
 魔法により患者の夢の中へ外部から入り込み、夢の最奥、つまり記憶へと潜り込み、原因の改善を試みると言う画期的な療法である。
 しかし、初期段階の頃には患者の記憶に呑まれ帰ってこれなくなったケースもあり、複数人での治療を推奨されるようになった療法でもある。
 現在では魔法医療の最先端技術として昇華しており安全な療法になっているが、ダイブする人数と人物をきちんと見定めなくてはいけない。
 
「でも、それって当人と保護者の……ああ、フェイトさんが居ましたね。なら、フェイトさんが縦に頷けば可能ですね」

「……でも、許可してくれるかしら。ツキちゃんの事ってかなり複雑だった気がするんだけど……」

 シャマルのその一言に全員が押し黙る。
 はやてから未だに伏せられている部分があるとしても、彼女達はツキが幼い時から八神ファミリー、執務官補佐として関わりがあったため彼女の過去のほとんどを知っているのだ。
 過去に彼女を傷つけてしまっていたと思い込んでいるフェイトはツキと和解をしてから彼女を溺愛するようになり、今ではなのは以上に気にかけている存在になってしまっている。
 そのため、溺愛するツキの頭の中を見ても良いか? などと彼女の神経を鉄製のタワシで逆撫でるような行為を誰がするのか、これが彼女達にとって一番重要なポイントなのである。

「「「「………………」」」」

 誰が人柱になるか、それが一番重要な事なのである。
 
「……よし、高町を組み込んで奴にいかせよう」

「「「ナイスアイデア」」」

 シグナムの一言に全員が頷き、急遽なのはを医務室へ招待することになり、慌ててやってきたなのはに事の顛末を話し、GOサインを出す。

「うん、分かった! 私がフェイトちゃんに話して来ればいいんだね! って、そんな死地へ散歩気分で行くような真似できないよ!?」

 親友であるなのはも流石にフェイトの逆鱗に触れたいとは思わず、両手をぶんぶんと左右へ振って拒否する。
 シグナムとヴィータが念話で「煽てればいけるだろうか」「どうやるよ?」と打ち合わせしている時に、彼女は現れた。

「ツキに異変があったって本当ッ?!」

 バーンッ! と自動扉を手動で開け放った金髪の人物は、この場に居る全員が「うげ」と内心言わせるようなその人であった。
 フェイトはつかつかと近くに立っていたなのはに歩み寄って、なのはの肩をがくがくと上下に振って「何があったの!」と問い詰める。
 その迫力に負けたなのはがぺらぺらと全部話してしまい、全員の顔が青ざめる。

「へぇ……、メンタルダイブねぇ……。そんな便利な魔法があったんだ……」

 だんだんと冷静になってきたフェイトは「ふむふむ」と小刻みに顔を縦に振り、なのはの説明に相槌を打ち始める。
 そして、シャマルに振り向いて言った。

「そのメンタルダイブって何人まで可能なの?」

「え、えっと……外に維持のために三人必要だから私とはやてちゃんとリインちゃんを除いた、最大八人までかしら。それ以上は辛いわね」

「……そう。なら、私となのは、それとエリオでやろうか。本人達に希望があればスバル達も、後シグナムさんもお願いできるかな」

 予想以上に食いつきの良いフェイトに全員が安堵と戦慄を覚える。
 すんなりと彼女が許可を出したからこそ、何かがあるんじゃないかと戦慄を感じているのだ。
 しかし、フェイトは全く持ってそんなことを考えておらず、自分がツキに出来る精一杯のことをしようと足掻いているだけだった。
 
(メンタルダイブ……。それが可能ならツキに本当の救いを与えてあげられるかもしれない――ッ!)

 数年前に彼女はそれを諦めて、背中を見せて逃げていた。
 でも、親友の一人が彼女のしみったれた背中を蹴り飛ばしてくれたおかげで、再び振り返って、目を逸らさずに前を向くことができたのだ。
 あれから、ツキのことを優先順位一番へ移行させ、全力を尽くしたフェイトだが、未だにツキの目に憂いの影は消えていない。
 ふっと見せる何気ない瞳の影の重さをフェイトは深く受け取っていた。
 だから、救いたい。
 どんなことを、自分を犠牲にしてでも、彼女を救ってあげたい。
 「嗚呼、昔のなのはと同じ心境なんだ」と昔の自分の若い時を思い出して、発破をかけて、全力で行動をしていた。

 そして、今。目の前に彼女の闇を取り除けれるかもしれない大チャンスがひらひらと蝶のように舞っているのだ。
 これを掴まずに、いつ掴むと言うのか。
 まさに藁にすがるような真剣さでフェイトはモノを考えていた。

「私、はやてに許可を取ってくる。皆、協力――してくれる?」

 真剣な眼差しで問い掛けるフェイトの頼みの手を振り払う人物など、この場に誰一人として居やしなかった。
 


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