塀の上での一本道全力マラソンを終えた二人は、学校付近の田畑エリアに突入していた。
そろそろ他の生徒に見られるかも知れないので、沙耶は拳剛から降りて自分の自転車に乗っている。
ここまで来ればゴールまではあと少しだ。田んぼの先にはもう、二人の通う八雲第一高校が小さく見えている。
「沙耶、今の時間は!?」
拳剛が時刻を尋ねる。沙耶はさっと腕時計に目をやった。
「8時20分!」
タイムリミットは8時30分。少々ロスはあったが、急げば今からでもまだ十分間に合う時間だ。
「うむ、では飛ばすぞ!」
「うん!」
拳剛に威勢よく返事して、勢いよくペダルを踏み込む。
丁度その時だった。沙耶の視界の端に何かが映った。加速していた自転車に急ブレーキをかける。
沙耶が止まったのを見て、拳剛もアスファルト削りつつ急停止した。
「どうした沙耶?」
「ねえ拳剛、あれ見て」
沙耶は前方、お地蔵様のある十字路の方を指差す。そこに、沙耶たちと同じ八雲第一高校の制服を着用した、しかし二人には見覚えのない女性がいた。
髪型は金髪のショートカットで、肌は透き通るように白い。少々遠いためちゃんと見えたわけではないが、おそらく瞳の色は青。どうやら日本人ではないようだ。
拳剛は、何かに気づいたようで、その女性をまじまじと見る。
「あの女性、まったく無いな。まるで沙耶のようだ」
「無いってなにが?気配とか?」
「いや、胸が…………ほぐあッ!!?」
無礼者に金的をかましておく。急所を打たれた拳剛は、一時の悶絶の後、完全に沈黙した。
「金髪で青目の人なんてここらじゃ全然見かけないけど、あの人ウチの制服着てる。転校生かなにかなのかな。」
「かもしれんな」
拳剛はそう言うと、何事も無かったかのようにむっくりと立ち上がる。変態的な回復力だ。もうちょっと強く蹴っておけばよかったかもしれない。小さく舌打する。
ふと、沙耶は女性がその手に何か持っていることに気づいた。
「あの人が手に持ってるあれ、もしかして地図じゃない?」
「むむむ?どうやらそのようだな。イチコウの制服を着込んでいるし、もしや彼女は学校に行くまでの道で迷っているのか?」
「まさか」
拳剛の言葉を沙耶は即座に否定する。
ここら一帯は一面田園風景だ。学校まではまだ多少距離があるが、一本道。もう学校も見えているし、普通には迷いようがない。
「けど………気になるな。拳剛、見に行こう!」
「合点承知!」
道に迷っているかどうかは分からないが、女性は困っているようであるのを沙耶は見て取った。
まだ、もう少しだけ時間に余裕がある。拳剛と沙耶は進路変更して女性の下へ向かう。
金髪の女性が二人に気づくと、拳剛はバッと手を上げた。
「えくすきゅーずみー!ぷりーず へるぷ みー!」
「それは尋ねる人が言うべき言葉だ、お馬鹿っ」
沙耶は横でぶんぶんと手を振るうお馬鹿の足をゲシリと踏みつける。踏まれた拳剛はといえば、その突っ込みに大げさに「Oh, my God!!」と頭を抱えていた。どうもこの男にとっては、欧米人というとアメリカがスタンダードらしい。
女性はそんな二人の様子をみてクスクス笑うと、その可愛らしい容姿に反してちょっとハスキーな声で、沙耶たちに話しかけてきた
「日本語で大丈夫よ。何か御用かしら?」
「えっと、お困りのようだったので少し気になって。何かありましたか?」
「いえ、少し道に迷ってしまったの。八雲第一高校に行こうと思っていたのだけど」
どうやら、この人は本当に道に迷っていたようだった。こんな人も居るのだなあと、ちょっと沙耶は驚く。無論表情には出さないが。
「それなら、この十字路を曲がってまっすぐ行けば着きますよ。」
「あそこに見えてるあれがそうだな。」
拳剛が学校を指差す。金髪の女性は、まぁ、と手で口元を覆った。
「本当、気づかなかったわ。」
そう言って、恥ずかしそうに笑う
「私、極度の方向音痴でね。初めて行く所だと大抵迷っちゃうの。教えてもらえなかったら学校に行けなかったかもしれない、ありがとう。
そうだ。助けてもらったお礼をしなくちゃね」
「いえ、そんなお礼なんて」
カバンに手を入れる女性に、沙耶はとっさに待ったをかけようとする。やったのはすぐそこの学校の場所を教えただけ。特に手間も暇もかからなかったのに、何かを貰ったりするのは、少々気まずいものがある。
だが女性は首を横に振った。
「そう言わないで、私の気が済まないの」
そう言うと、彼女はガラス瓶に入った何かを二つ、取り出した。ガラスには大きく『MILK』の文字が書かれている
牛乳だった。
紛う方無き牛乳だった。
「はい。いっぱい飲んで、大きくなりましょう!お互いに!」
「……え?」
そう言って彼女は牛乳を差し出すと、沙耶の手にそれを握らせた。
彼女の青い瞳が優しく沙耶を見つめる。正確には、沙耶の起伏のない胸部を見つめている。
「いや、あの……」
「あ、大丈夫よ。ちゃんと冷えているわ!今日絞ったばかりの産地直送、新鮮な牛乳よ」
そんなことは聞いていない。どうやらこの人はかなり天然が入っているようだ。
そしてその視線は、やっぱり沙耶の胸に釘付けである。
「お、本当だ。キンキンだぞ沙耶!うまいっ!!」
隣では、拳剛が受け取った牛乳とグビグビと一気飲みをして、口元を拭っている。
沙耶は耐えた。
どこから牛乳出したんだとか、なんで胸を見てるのとか、ていうか早速牛乳飲んでんじゃねえよ拳剛とか。
津波のごとく押し寄せる突込みを衝動を全力で耐える。突っ込んだらヤバイと、沙耶の鋭敏な第六感は告げていた。体がプルプルと震える。
女性はそんな沙耶を見て、ニコリと微笑んだ。無論、視点は胸固定である。
「――――――――あなたとは、いいお友達に
……いいえ、良き同志になれると思うわ。我等巨乳党、貴女ならきっとその一員に…………」
「え?」
そのつぶやきは小さく、後半は沙耶には聞き取ることができなかった。
女性はゆっくりと首を振るう
「いえ、なんでもないわ。それじゃあまた後でお会いましょう」
そう言って、彼女は手を振るった。
その瞬間、三人の間に一陣の春風が吹きぬけた。体ごと吹き飛ばされそうな強風に、沙耶と拳剛は思わず顔を覆う。
そして、風が止むと女生徒は消えていた。周りを見渡してもそれらしい人影はない。平坦な田園風景だというのに奇妙なことだった。
「ど、どこいったんだろあの人」
「さあな。しかしあの女性、沙耶といい友達になれるって言っていたな。
ちっぱい(※小さいおっぱいの意)が結ぶ友情か……………ほぐぁっ!!?」
「オッケィ、今度はジャストミート!」
再度悶絶する拳剛を見て、沙耶はガッツポーズをする。
ちなみに、貰った牛乳は普通においしかった