山道を進む三台の車の中は、それぞれ旅行への期待で活気に満ちていた。
参加者は高町家と月村家、そしてアリサとはやてとウィルの総勢十三名(内一名はフェレット)の大所帯。全員が期待に胸ふくらませ、話がはずむかと思いきや、三人ばかり車中でぐっすりと眠っている者たちがいた。なのはとユーノ、そしてウィルだ。
事の発端は数日前の夕方。
ウィルとユーノは、日中のジュエルシードの捜索を終えて八神家に戻ってきた。フェレット状態のユーノは高町家のペットという扱いになっているので、なのはがいない時に勝手に捜索のために外出しては、いないことに高町家の面々が気づかれれば騒ぎになってしまう。そのためユーノが捜索に参加する日には、動物を飼ってみたかったというはやてのもとにユーノを預け、なのはが学校に行っている間の世話を担当してもらっているという建前をとっていた。
八神家のリビングでは、学校を終えたなのはがはやてと一緒に二人の帰りを待っていた。いつも通りユーノを迎えに来ただけかと思っていたところ、なのはは次の連休を使った温泉旅行の話を切り出した。
「温泉旅行か、面白そうだね。はやても行きたいだろ」
「うん! でもええんかな……みんなとは会ったばかりやのに、こんなにお世話になって」
「もちろん!」と首を縦にふるなのは。
「おれもそれだけの大所帯なら、安心してはやてを任せられる。留守はおれに任せていってらっしゃい」
その言葉が予想外だったようで、なのはがきょとんとした表情で問いかける。
「ウィルさんは行かないの?」
「行かないよ。その間に街でジュエルシードが発動したら、誰かが対処しないといけないからね」
「あ! そ、そっか……それじゃあ、わたしも行くの、やめようかな……」
なのはは一瞬愕然とした表情になるが、それでもジュエルシードを優先させようとする。
「気を使う必要はないさ。おれ一人いれば大丈夫。なのはちゃんが行かないってなると、ご家族も残念がるし、不審に思われかねない」
「でも、ウィルさんだけ残して行くのは――」
「そうですよ」
いつの間にか人間形態に戻り、これまたいつの間にか八神家に置かれるようになった専用のマグカップにコーヒーを入れて飲んでいたユーノが話に加わる。
「旅館は山にあるので自動車では時間がかかりますけど、直線距離はそれほどでもありませんから、空を飛べばすぐに駆け付けることもできます。大樹のような規模でジュエルシードが活性化した場合、旅館に居ても気付くことができるはずです。それに、最近はジュエルシードも見つかっていませんから、なのはもウィルさんも、たまにはジュエルシードのことを忘れて休んでも良いと思いますよ」
「私も泊まりでウィルさんを残していくっていうのは、ちょっとなぁ。……一緒に行かへん?」
ユーノの支援に、はやてのおねだり。そして再びユーノがたたみかけるよう。
「ウィルさんはなのはの監督責任があるでしょう? 旅行先でジュエルシードが見つかって、なのはが対処する、という事態になるかもしれません。単にジュエルシードだけならなのはでも大丈夫ですけど……」
ユーノはその先を濁すが、先日出会ったあの少女――ジュエルシードの探索者のことを言っているのはあきらかだった。
「わかった、行かせてもらうよ。その代わりに前日の捜索は念入りにしよう。ユーノ君、手伝ってくれるかい?」
うなずくユーノ。なのはも横で「わたしも手伝います!」と立ちあがった。
そして、ユーノとウィルは前日にいつも以上に念入りに捜索をおこなった。昼だけではなく、夜中もだ。なのはも夜の方はこっそりと家を抜け出して二人を手伝い――その結果、代償として三人は寝不足になった。
*
一行が宿泊する温泉宿は、海鳴を囲む山々の中でも、ひときわ大きな山の中腹にある。秋に木々の葉が紅葉する頃は県外からも大勢の客が来るらしいが、連休とはいえ四月も半ばのこの時期では、訪れる者は海鳴の住人が多い。人気の喫茶店を経営している高町夫妻は顔が広いので、客の中には面識のある者も多く、そういう人とすれ違うたびに一言二言挨拶を交わし歩みが止まってしまう。一行はひとまず彼らをおいて先に部屋に向かった。
荷物を下ろし、各自が宿に備え付けている浴衣を手にとって、温泉へと向かう。まだ日が傾き始めた頃だというのに気が早いが、ただでさえ大所帯なのだから他の客の迷惑にならないように空いている内に入っておくべきだと決まったからだ。
途中で追いついた高町夫妻と合流。皆で浴場の入り口まで来て、男女にわかれて入ろうとしたところで問題が発生した。
「さあユーノ! 一緒に入るわよ」
アリサがそう言いながら、ユーノの体をむんずと掴む。ユーノはその手から逃れようと身をくねらせるが、いかんせんその体は小動物。幼いとはいえ人間の力には対抗できない。
「ア、アリサちゃん……それは止めた方がいいんじゃないかなぁ」
ユーノが人間であると知っているなのはが、やんわりと止めようとする。同年代の男の子と風呂に入るのは恥ずかしいようだ。はやても心なしか顔を赤くしているように見える。
「何でよ」アリサが首をかしげる。
「ほら、ユーノ君って男の子だし」
「フェレットが雄でも雌でも気にしないわよ」
「……雄じゃなくて、男の子なの」
「なに意味のわからないこと言ってるのよ。ほらユーノ、行くわよ」
理由を示せない説得に効果はなく、なのはの言葉はあっさりと却下された。
諦めるなのは、困るユーノ。ユーノは一縷の望みをかけて、ウィルに念話を送った。
≪ウィルさんも見てないで助けてくださいよ!≫
≪本当に助けて良いの? 今は嫌かもしれないけど、将来的には良い思い出になるかもしれないよ?≫
≪そんな不確定な未来のために、今困りたくありません!≫
≪仕方ないなぁ≫
ウィルは女湯の暖簾をくぐりかけていたアリサの手からユーノをつまみ上げ、自分の頭にのせた。
「あ! ちょっと、何するんですか!?」
「残念だが、ユーノ君はいただくよ。ただでさえ男湯の方は人が少ないんだ、賑やかしは少しでも多い方がいいからさ」
女性陣からのブーイングを受けつつ、ウィルは男湯に入っていく。正しい行動をとったのに誰にも理解されない――そんな正義の味方の悲哀をなのはは学び、また一つ大きくなったがそれは特に関係ない話だ。
誰もいない男湯で、人間三人は大きく足を伸ばして湯船に体を沈めることができたが、動物姿のユーノだけはそうはいかなかった。残念ながら動物は湯船に入れてはいけない(風呂場までなら入れて良いというあたり、この旅館も懐が広い)ので、そのあたりに置いてあった桶に湯を汲み、その中につけて浸けておく。
念話で調子を聞いてみたところ、それでも十分に気持ちが良いようで、時折うとうとと桶の淵にもたれかかって目を瞑っていた。こっそり湯を増量して溺れかけさせて、ユーノに噛みつかれたりもしたが、四人とものんびりと湯を楽しんだ。
そのうち、サウナを知らないというウィルに一度体験させてみようということで、ユーノを放置して三人はサウナに入った。サウナとは、汗をかくことで体内の老廃物を外に排出するという効果以外にも、古来より我慢大会のための場として使われていたらしい――というわけで勝負だ、いやいや初心者相手にそれはひどいですよ――などといったやりとりの後、三人は並んで座りこむ。
「ウィル君は、なかなか良い身体つきをしているね。何かスポーツをしていたのかい?」
なのはの父親の士郎がウィルに問いかけるが、ウィルはサッカーと野球くらいしか、この世界のスポーツの名前を知らない。
「ええ。空を飛ぶ系を少し」とろあえず嘘は言わない。
「と言うとハングライダーとか、そういったものかな。筋肉のつき方を見る限り、あれは見た目よりずっと厳しいものなんだね。それに、ところどころ傷もあるじゃないか」
「まぁ、そんなところです。でも、士郎さんと恭也さんの方がずっと良い身体をしていますよ。特に士郎さんなんて、見た感じ歴戦の勇士って感じで」
「ああ、この傷はちょっと――」
「いいえ、聞くつもりはありませんよ、むしろ頼まれても聞きません。やめろ! 話すんじゃない!」
「いや……そこまでのものじゃないよ」
士郎は大柄な体格で、背もウィルや恭也と比べても頭一つ抜けている。相当鍛えているであろうと服の上からでも想像がついたが、こうして見る裸体はその想像を軽々と吹き飛ばすものだった。全身は傷だらけ、刃傷、火傷、銃創、ありとあらゆる傷とその治療痕が残っていた。人に歴史ありというが、その歴史は気になるものの、怖くて聞きたくない気持ちの方が勝る。
一方、恭也は体格自体は士郎に劣るが、引きしまっていて無駄がない。服の上からでは一般人と変わらなく見えるところなどもウィルと似ているが、密度は恭也の方がさらに上だ。
二人とも、しっとりと汗をかいているその姿には妙な色気があるが、ウィルにとってはこの熱さの中だというのに、しっとりとしか汗をかいてない二人の身体構造の方が気になって仕方がない。
「そういえば、女湯って覗けないんですかね」
サウナ内の体感温度が急激に低下する。それぞれの恋人と伴侶のいる女湯を覗けないか、というこの言動は自ら死地に踏み込む愚者のそれだが、その発言の衝撃で二人の質問から方向がそれた。
ちなみに反応はというと、気にせずに笑っている士郎と、さすがに憮然としている恭也と対照的だ。
「そういえば、この温泉には混浴があるから、そっちに行ったら良いんじゃないかな」士郎が提案する。
「いいですね。そろそろ熱さも限界ですから、ちょっと行ってきます」
「サウナを出たら、まずはゆっくりと体に水をかけるんだよ」
「混浴に行っても、今の時間だと誰もいないんじゃないか?」
二人の声を背に受けながら、ウィルは男湯を出て行った。それを確認してから、士郎が苦笑とともにつぶやく。
「うーん……逃げたんだろうね」
「なら、引き止めた方が良かったか」
「あまりしつこく尋ねては逆効果になるだけだぞ」
「だが、あの鍛え方はとても一般人とは思えない。傷跡もそうだ」
恭也が指摘した通り、ウィルもまた一般人とは思えないほどに鍛えられている。切った張ったの立ち回りばかりが多い近接魔導師は体が資本だ。当然、傷も多くなる。管理局の医療技術であれば望めばたいていの傷痕は消すことができるが、ウィルはよほど酷いもの以外は消していない。小さな傷をいちいち気にしていてはきりがない。
「とはいえ、悪い子でもなさそうだ。忍ちゃんや恭也が気にする気持ちもわかるが、あまり心配する必要はないと思うんだがなぁ」
「忍のことだけじゃない。父さんもなのはの様子が最近変なのは知っているだろ。ウィルに出会った頃からは特にだ」
最近のなのはは帰りが遅く、なかなか家に帰って来ない。そして、街で何をするでもなく一人でぼうっとしていたり、ウィルと思われる人物と一緒にいたという目撃情報を聞いている。いつからかと言えば、大樹が街中に現れた日、そしてなのはがウィルとはやてに出会った日からだ。
人気の喫茶店の情報収集能力は馬鹿にならない。高町家が本気になれば、この街に住んでいる者の情報程度ならあっという間に知ることができる。家族であるなのはの行動などは、常連のご婦人などが目撃情報を勝手に話してくれるので調べるまでもない。
「今のところ街をうろうろとしているだけで、悪いことをしている様子はないんだろう。門限を破ったわけではないのだから、放っておきなさい。単に二人が付き合っているだけだったらどうする」
「それはないだろう。年齢が離れている」
「といっても五つかそこらだろう? あの年頃の女の子なら、年上に興味を持つということもあるんじゃないか?」
冗談のつもりで言った士朗の言葉に、恭也が真顔になる。そのまますっと立ち上がり、出口へ向かう。
「……それも含めて、もう少し問い詰めてくる」
「そういうことに怒るのは、昔から父親の役目だと相場が決まっているんだが……まあ、ほどほどにな」
恭也はウィルを追って混浴の前までやってきたが、いざ前に来ると思わず躊躇してしまう。もう出たかもしれないし、そもそも来ていないかもしれない。入って確認すればすぐにわかることだが、混浴を確認したことが忍に発覚すれば恭也はこの旅行の間、機嫌の悪い忍と一緒に過ごさなくてはならない。
入口前でうろうろと迷っていると、突然混浴から大きな悲鳴が聞こえた。
混浴は露天風呂になっていた。誰もいなかったが、質問から逃げることが目的だったウィルはたいして気にしない。温泉の湯は先ほどの男湯と同じ成分であったが、立ち上る温かな湯煙が、時折ひょうと吹く涼しい風を受けて、ゆらりとゆらめく光景は見ているだけでも面白い。垣根を越えて風呂に浸入している樹の枝の葉が、陽光を受けて輝く様や、その葉がこすれあう音なども乙なものだ。乙という言葉が何を意味しているのか、ウィルはよくわかっていないが。
今までは風呂に入る時には何かをしながら、ということが多かったが、なかなかどうして、このように何もせずにいるというのも良いものだ。露天風呂の存在を聞いた時は、なぜわざわざ屋外に風呂を設置するのかと疑問に思ったが、これはなかなか贅沢な気分を味わえる。
「わびさびだなぁ……違うか?」
先ほどまで男湯につかっていたせいか、すぐにのぼせてしまった。これはまずいと風呂から出ようとしたところ、入口からガラガラと引き戸が開かれる音が聞こえる。誰かが入ってきたようだ。
湯煙の中から現れたのは、美しい女性だった。ウィルよりも明るい赤髪を無造作に腰元まで伸ばしているが、手入れを怠ってはいないらしく、髪にはもぎたての林檎のような艶がある。タオルを巻いてはいるものの、一枚の布切れ程度ではどうしてもその張りつめた胸元や腰の形を隠せるわけもなく、むしろ湯煙でかすかに湿ったタオルが、体の輪郭をより鮮明に現わしている。
それでも艶めかしさをあまり感じないのは、本人の気質によるものだろうか。目や表情がいたずらをたくらむ悪童のようで、どこか大人の女性という感じがしない。だからといって美人であるということに変わりはないのだが。
「ハァーイ」
美女は親しげに声をかけてきた。
こんな状況でなければ共に湯船につかりながら話を楽しめたのに、と残念に思いながらも、のぼせかけた状態で長居はできない。ウィルはただ挨拶を返すだけにとどめ、脱衣場に向かおうとする。
「あんたが管理局の魔導師かい?」
すれ違いざまにかけられたその一言で思わず足が止まり、弛緩した空気が一変する。
ウィルにこのようなことを言う人物と言えば――
「黒いマントを羽織った魔導師のお知り合いですか?」
「あの子が世話になったみたいだから、挨拶くらいしておこうと思ってね」
「管理局の者として当然のことをおこなったまでですよ。お礼とかは気にしなくても構いません」
軽口をたたき合いながらも、ウィルの方には若干の焦り。デバイスは身につけているものの(脱衣所に置いて盗まれました、ということになればあまりにも情けない)、のぼせた頭ではまともに戦えない。
とはいえ結界も張っていないところをみると、向こうもこんなところで本気で戦うつもりはないのだろう。何かきっかけがあれば引くはずだ。
そう考えると、少し余裕が出てくる。ウィルが悲鳴でもあげて、助けを呼べば引いてくれるだろう。となれば、ひやりとさせられた仕返しをしてやろうという茶目っ気がわく。
「こっちも何もするつもりはないよ。でも、ジュエルシードから手を引かないっていうなら」美女は鮫のように笑う。 「何倍かにしてお礼をしないとねえ」
じりじりと緊張感が高まる。二人とも自然とその場で構えをとる。ウィルはどっしりとその場に根を張るように。対して美女は飛びかかる獣のように。
先に動いたのは美女の方だった。しかし、この濡れた足場では素早く踏み込めない。したがって、その動作には十分に対応できる。問題はこちらも同様に足場が悪いこと。戦うのはよろしくない――ならば。
ウィルは、その場に尻もちをつくようにして攻撃を避ける。美女は尻もちをついたウィルに掴みかかろうとするが、それよりも速く、ウィルは美女の巻いているタオルの端をにぎり、そのままはぎ取った。と、同時に叫ぶ。
「キャーー!! 誰かァーー!!」
悲鳴が響き渡る。美女は突然のことに困惑して硬直する。
「どうした!!」
悲鳴を聞きつけ、ガラガラっと戸を開けて入ってきたのは恭也だった。全裸の女性に一瞬たじろぐが、極力見ないようにしながら駆けよってくる。少し遅れて従業員らしき女性もやってきて、ウィルはその二人に訴えかけた。
「こ、この女の人が急に裸で襲いかかってきたんです!今もぼくを組み敷こうと――」
その言葉に女性の方を見る二人。恭也は見てすぐに目をそらしたが。
たしかに状況だけ見れば、全裸の女性が、しゃがみこんだウィルに襲いかかろうとしているように見える。
「こ、これは……」
「こ、困りますよ、お客さん。ここはそういうところじゃないんですから」従業員は慌てて女性を制止し、落ちてあるタオルを渡そうとする。
「ち、違うっ!別にそういう意味で襲おうなんて――」
「いまさら言い逃れようっていうの!? この変態!!」
弁解する美女の台詞を遮るようにして、ウィルがさらに煽る。
「いや……あたしは――くそっ、覚えときな!」
美女は逃げるようにして脱衣所に走って消えた。
浴場から出て部屋に戻ると、なのはが念話で話しかけてきた。
≪さっきお風呂から出た時に、オレンジっぽい髪の女の人が話しかけてきたんです!それで、念話でわたしたちに注意、っていうか警告してきたんですけど、ウィルさんの方は大丈夫ですか!?≫
≪おれも出会ったよ。こっちも警告だけだったから大丈夫。でも――≫
≪あ、鼻血が出てますよ。のぼせたんですか?≫
≪ごめん、ティッシュ貸して……いやあ、いいプロポーションだったなぁ≫
**
「良い風だねー」
「そうですねー」
人気のない夜の森。木々の間にある小道は、月明かりに照らし出され白く浮かび上がっていた。足元の砂利を踏みしめながら、ウィルとユーノは小道を進む。
「もう旅館から離れたし、ユーノ君ももとに戻ったらどうだい?」
「じゃあ、そうしましょうか」
ウィルの肩に乗っていたユーノは、ぴょんと飛び降りて人間の姿に戻る。二人で連れ合いながら、森の小道を歩きだす。
夕食の後で、ウィルとユーノは一緒に外に出た。他の面子には夜風を楽しんでくると言ったが、その目的は偵察だった。風呂場で出会った美女がウィルたちを追ってきたのか、それとも偶然なのかはわからない。どちらにしても、単にくつろぎに来たわけではないだろう。目的がジュエルシードの捜索だとすれば、こちらも負けてはいられない。
なのはは自分も手伝うと言っていたが「家族や友人に怪しまれると今後が大変だ。何かあったら呼ぶから心配しないで」と言うウィルの言葉を受け、旅館に残った。いきなり襲いかからずに、事前に警告してきたくらいだから、捜索に参加しないなのはを最初に襲うということはないはずだ。
一緒に歩く中、ユーノがぽつりぽつりと話し始める。
「僕は、最初は自分一人でジュエルシードの捜索をするつもりでした。それなのに、いつの間にかなのはを巻き込んでしまいました」
「悪い面ばかりみても仕方がないよ。なのはちゃんがいなければ、あの大樹の解決に時間がかかって被害が拡大していた」
「それはもういいんです。いえ、いいって言うのとは少し違うんですけど……もうどうにもならないことを悔やんで落ち込み続けるよりも、これからのことを考えるべきだと思い直しました」
「かわいい顔に似合わず、ユーノ君は意外とタフだね」
ウィルの手が、ユーノの頭をぐりぐりとなでる。ユーノは顔を少し赤くさせながら、身をよじってウィルの手から逃れた。
「かっ、かわいいなんて言われても嬉しくないです。それに、タフでないとスクライアではやっていけません」
「自然の中で生きてる人たちは強いな。都会育ちのおれは、なかなかその辺が割り切れなくて……で、なんの話だっけ?」
ユーノはあきれたような視線でウィルを見る。しかし、すぐに真剣な顔で語り始めた。
「巻き込んだ僕が言えたことではありませんけど、なのははこの事件から手を引いた方が良いと思うんです。先日の金髪の女の子に、今日の赤い髪の女の人。女の人の方の実力はまだわかりませんが、女の子の方は凄腕の魔導師でした。だから――」
「戦いになって怪我でもする前に、なのはちゃんにはジュエルシードの捜索から手を引いてもらいたい、と」
ユーノはうなずく。月明かりに照らされたユーノの横顔にはなのはへの心配。
「その提案を聞くのは難しいな。あの少女とは一対一で戦ったとしても確実に勝てる相手じゃない。そこにあの女性も加わっての二対一になったらほぼ確実に負ける」
「なら、分担しませんか。僕が女の人と戦いますから、ウィルさんは女の子との戦いに専念してください」
「良いのかい? 一人で戦うとなると危険だよ。それに、向こうの力もまだ未知数だ」
「大丈夫ですよ。あの女の子ほど強力な魔導師がごろごろしていることはないでしょうし、こう見えても、僕はAランクの魔導師ですからね」
ユーノのその言葉は、ウィルを納得させるためのはったりに過ぎない。
魔導師ランクといっても、それぞれの部署ごとに意味が異なる。ユーノはたしかに魔導師ランクAだが、このランクは民間用であり、魔法の構築能力や使用可能魔法数といった純粋に魔導師としての能力を評価されたものだ。一方、管理局の戦闘部隊に配属されているウィルのランクは戦闘能力を前提として評価されたもので、両者はまったくの別種だ。
そのため、ユーノがどれほど戦えるのかははっきりとわからない。ユーノが修得している魔法は、防御や結界に関係するものが多いので、時間稼ぎという観点ではウィルよりも適任かもしれない。が、やはり戦闘訓練を積んでいないというのは不安だ。
ウィルはそれをふまえた上で考え、結局そのはったりに騙されることにした。
「わかった。戦闘になったら頼むよ。でも、相手が一人で出てきた場合は、前みたいにおれに任せてくれ。ユーノ君がなのはちゃんを心配するように、おれもユーノ君のことは心配しているんだよ。だから、できる限りは戦ってほしくはないんだ」
「先ほどの言葉と矛盾していませんか?」
「矛盾というよりは、状況によって異なるんだよ。なるべく危険なことには巻き込みたくはないけど、どうせ巻き込むならいっそ大々的に巻き込んで、できるだけ安全に、確実に勝てる方法を選びたい、ってね」
ウィルは普段は倫理的な思考をし、努めてそうあろうとしてもいる。しかし、それは余裕がある時の思考だ。
余裕がなくなれば一変する。目的を果たすためであれば、倫理を外に置き、より確実に目的を達成するための方法を取ろうとする。管理局の局員ではあるが、ウィリアム・カルマンという個人の性質は無法者(アウトロー)に近しい。
そんな自分を隠すように、ウィルは話題の矛先を変える。
「それにしても、これだけ熱心になのはちゃんのことを守ろうとするなんて、もしかしてユーノ君はなのはちゃんのことが好きだったりするのかな?」
「なっ! 何を言ってるんですか!?」ユーノの頬には朱の色。 「別にそんなこと……ありませんよ。ただ、当然のことをしているだけです」
「本当に?」
「本当です!」
ジュエルシードの気配を感知したのはその数分後。二人はなのはには伝えずに現場に向かった。
ただ、旅館にいるなのはも同様に、ジュエルシードの気配を感知していた。
***
二人が駆け付けた先には小さな橋があった。その下の河原が淡く光っているのは、水面が月光を反射しているからではなく、わずかに活性化するジュエルシードの魔力が持つ光が周囲をほのかに照らしていたからだった。
欄干の上には金髪の少女が、そして橋の真中には風呂で出会った女性が立っていた。
「おや、昼間の。奇遇だね」
「ほんと奇遇だね。ちょうど一回噛まなきゃ気がすまないと思ってたところだよ!」女性はウィルたちに向かって吼える。 「警告を無視したんだ! 痛い目にあってもらうよ!」
女性の髪が揺らめき、重力に逆らい天を衝く。そのまま身をかがめると、その姿は赤毛の狼へと変貌した。ユーノのように変身魔法を行使するのとはまるで逆。人間の姿から獣の姿に戻ったのだ。
「使い魔かっ!」
使い魔は、死んだ生物の肉体を素体として造りだされた魔導生命体だ。目の前の女性は、金髪の少女によって狼を素体にして造りだされたのだと推測。
使い魔は空に響きわたる咆哮をあげ、それを開戦の号砲としてウィルに跳びかかった。が、ユーノがウィルの前に進み出て、シールドを展開して使い魔の攻撃を防いだ。さらに間髪いれず相手の足にチェーンバインドを放つが、使い魔は空中で体をねじって回避。
「邪魔するなら、あんたからぶっ飛ばすよ!」
「使い魔の方は僕に任せてください!」
ユーノは使い魔の恫喝を受けながらも、ウィルに向かって言った。同時に周囲一帯を覆う結界を張り、人目を気にせずに戦える場を作り出す。
ウィルはユーノの実力と意志を信じ、自らは少女に向き直り夜空へと飛び上がる。
「バルディッシュ、セットアップ」
『Yes, sir. Set up.』
少女はその身を黒いバリアジャケットで包み、その手にデバイス――バルディッシュを握りしめた。
「F4W、ハイロゥ、セットアップ」
『Yes, sir. Set up』 『Yes, my Lover. Set up』
右手に剣、両脚に銀色のブーツ。そして、その身をバリアジャケットが包む。夜間戦闘のため、バリアジャケットの色は艶のない黒。その姿のまま、ウィルは少女に語りかける。
「投降してくれないかな。得物を見ればわかるかもしれないけど、おれの使う魔法は近代とはいえベルカ式だ。非殺傷設定が効きにくい」
非殺傷設定とは、物質には影響せず、魔力に関するモノにのみ影響を与える技術のことだ。この技術を応用すれば、相手の肉体を損傷させずリンカーコアに蓄積した魔力に働きかけて、リンカーコアの蓄積機能に干渉して相手の魔力のみを削ることが可能となる。
ミッド式は魔力の運用を得意とするため、非殺傷設定に非常に適している。
反面、ベルカ式は魔力による物質の強化を得意とするため、物質的な武器であるアームドデバイスと相性が良いが、非殺傷設定とは相性が悪い。
ウィルは純粋なベルカ式である『古代ベルカ式』の使い手ではなく、ミッド式によってエミュレートした『近代ベルカ式』と呼ばれる魔法体系の使い手だ。近代ベルカ式は元はミッド式のため、古代ベルカ式に比べれば非殺傷をおこないやすい。それでも、F4Wという実体剣を使った攻撃では、どうしても物理的なダメージを避けることはできない。
「きみに勝とうと思ったら、おれも手を抜くことはできない。そうなれば万が一ということもある。取り返しのつかないことになってからじゃ遅いよ」
「引けません。これがあの人の望みだから」
少女は首を横に振りながら最後通告を蹴った。
二人は弾かれたように加速し、互いが互いへと最短経路をとって突撃する。両者ともに微塵も速度を落とすことなく、すれ違いざまに剣を、鎌を、振るう。
衝突。
二つのものがぶつかりあった時に押し勝つのは、より重い方、より速い方。つまりは、よりエネルギー量が大きい方であり、魔導師にとってのエネルギーとは、魔法の構築技能によほどの差がない限りは魔法につぎ込んだ魔力が多い方だ。
魔力量は少女の方が上。したがって、押し勝ったのは少女で、押し負けたのはウィル。はじかれたウィルは、再加速しながら体勢をたてなおすが、その隙に少女はウィルの背後をとっていた。少女はウィルを後ろから追跡しながら魔力弾を放つ。
ウィルは旋回し続けることで、少女に的を絞らせないようにする。飛行しながらF4Wを肩に担ぐように構え、切っ先を後方に向ける。そのまま魔力弾を連続して発射。ろくに目視もできない後方の相手に当たるわけがないが、こうでもして動きを鈍らせなければ、少女の方が魔力が多い――速い以上、すぐに追いつかれて後ろから切られてしまう。
『Blitz Action』
ウィルの後方射撃の隙をついて、少女が高速移動魔法を行使。一気に加速する。
しかし、それはウィルが待ち望んでいた行動でもあった。
少女が加速するその瞬間に、ウィルはバリアジャケットを限定的に解除し、体を進行方向に垂直に起こす。空気抵抗を低減させるバリアジャケットがなくなれば、空気が持つ本来の抵抗力が体に襲いかかる。
超加速にタイミングを合わせて減速をされたことで、少女はタイミングをずらされ、本来予定していたよりもずっと早くウィルを追い越してしまう。ウィルはバリアジャケットを再構成しながら姿勢を制御し、少女の後ろにつく。二人の位置関係は先ほどとは逆転していた。
空気抵抗を利用した過失速(ディープストール)、姿勢制御とバリアジャケット再構築による回復を連続しておこなう。コブラと呼ばれる空戦機動(マニューバ)だ。
予定が狂わされたにも関わらず、少女に焦りはない。位置関係は逆転したが、ウィルはコブラによって失速――エネルギーを失っている。少女が再度高速移動魔法を行使できるようになるまでは数秒のタイムラグがあるが、もとの速度と機動力で上回っているので、このまま後方のウィルを振り切ることは容易だ。
振り切るという行為は相手との間に距離をとることと同じなので、その間に大規模な射撃魔法を構築される危険性はある。しかし、少女は以前の戦いでウィルが射撃魔法があまり得意ではないことを理解していた。
が、そう考えて油断するところまでがウィルの想定。その隙をついて、ウィルは動く。
「ハイロゥ」呼びかけ、唱える。 「ブースト」
脚部を覆うエンジェルハイロゥが吸入口を広げ、周囲の空気がハイロゥへと吸い込まれる。即座に圧縮されたそれらは、デバイスが持つ量子化による物体の保存機能によって、デバイス内部に保存される。
同時に、ハイロゥの魔導回路を魔力が通る。魔力コンデンサに蓄えられ、ウィルの持つ魔力変換資質によって、微塵のエネルギーロスもなく純粋なベクトルを持ったエネルギーに変換される。
内部に保存された圧縮空気に生成したエネルギーを与え、収納を解除。解き放たれた圧縮空気は、ハイロゥのノズルから一気に噴出する。
反作用でウィルの体は、足とは反対方向、すなわち正面に向かって加速する。爆発的な加速力を得た体は飛行魔法のみでおこなわれる飛行の限界を突破した。
ウィルを中心に円状の空気の層が現れる。月の光を受けて薄く輝くそれは、天使の光輪(エンジェルハイロゥ)を思わせる。
その実態は衝撃波――物体が音速を超えた時に発生するソニックブームだ。
ウィルと少女の相対速度は、即座にマイナスからゼロへ、そしてプラスへと移り変わる。少女の背中がF4Wの剣の間合いに入る直前、ウィルはF4Wを振りかぶった。
少女のデバイスが短く声を上げ、注意を喚起する。振り返った少女の瞳には、今にも剣を振り下さんとするウィルの姿。少女は姿勢を反転させ、デバイスでF4Wの刀身を受け止めるが、突然の対応のため姿勢制御もろくにできない。勢いを殺せず下方に向けて吹き飛ばされる。
この機を逃すつもりがないウィルは、すぐさま追いかける。少女は姿勢を立て直しながら、迫るウィルに牽制のための魔力弾を放つ。
ウィルは姿勢を縦横無尽に変えながら少女に迫る。足の向きや位置を変えて空気を噴出させることで、様々な方向へと瞬時に加速できる。ハイロゥのノズルが足にあるからこそできるこの技は、かつて友人に「空を蹴っているよう」と評された芸当だ。
単に加速に使うだけであれば、多少不恰好ではあるが、背中に背負った方が安定する。足では、微細なずれが飛行姿勢に大きく影響してしまう。その不安定さこそがハイロゥの、そしてウィルの武器。
少女は再度高速移動に移る。今のウィルに対して、牽制で撃てる程度の魔力弾では意味をなさない。何がなんでも距離をとって、射撃戦に移る必要がある。
ウィルは逃がさないよう追い続ける。少女の高速移動の方が加速力では優れているため、行使してすぐは距離をあけることができるが、ウィルのハイロゥは連続して加速ができるため、総合的にはウィルの方が速い。
少女の飛行軌道を読みさえすれば、追いつくことは簡単だった。
迫るウィルに先んじて、少女がデバイスをふるう。距離をとることが不可能と判断し、高機動での接近戦に挑むつもりだ。が、その戦い方はウィルの土俵だ。
速度を調整によってわずかに間合いに入るタイミングをずらすことで、少女の鎌をいなし、直後に振るわれたF4Wが少女の左肩口に打ち込まれる。手ごたえあり。少女は左手をデバイスから離す。衝撃と痛みでしばらくはデバイスを握れないだろう。
飛行軌道の先読み、状況に応じてのマニューバ、間合いの取り方、飛行ベクトルを利用した武器の使い方。全てウィルの得意分野だ。
ウィルは射撃をはじめとするその他の魔法を差し置いてでも、近接空戦を鍛えてきた。いびつな成長だが、いびつ故に限定的な状況に持ちこみさえすれば、総合力で自らを上回る相手にも勝てる。
再度後方から少女を追いかける。
その瞬間、少女がバリアジャケットを解除した。
(コブラ!?)
少女がとった空戦機動は、先ほどウィルがやってみせた、エアブレーキを利用した大幅な減速――コブラだった。
近接戦を求めるなら、推力でウィルを下回る少女がコブラを使用しても意味はないが、距離をとりたい――射撃戦をしたいのであれば、十分有効な手段だ。ウィルが切り返すまでに射撃魔法の一つや二つを構築する時間は得られる。ここで少女にコブラを許せば、不得手な射撃戦に持ち込まれてしまう恐れがある。
だから、ウィルもまたバリアジャケットを解除し、減速。コブラに対してコブラをぶつけた。
空気抵抗によって減速するコブラというマニューバは、使用者によって限界が存在する。
バリアジャケットは超音速の飛行にさえ耐えるほどの耐G能力、慣性制御を有しており、それを完全に解除してしまうと、襲いかかる空気抵抗とGに体が耐えられない。したがって、バリアジャケットの解除は飛行状況に応じて限定的にしなければならない。
その解除量が少なければ、空気抵抗が小さく減速は不十分になる。逆に解除量が多ければ、空気抵抗が大きすぎて負荷に体が耐えられない。その度合を見極めるためには、事前に幾度もの練習を積んでいなければならない。
そして、どれだけ解除できるか――どれだけの負荷に耐えられるかは、天性の耐G能力という才能的なものを除けば、身体的なスペックに依存する。すなわち、肉体強化に優れたベルカ式の使い手であり、なおかつ少女より一回りも二回りも大柄で筋肉量の多いウィルの方が、より多くの負荷に耐えられ、より大きく減速ができる。
再度バリアジャケットを構築し、体勢を整えようとする少女の眼前にウィルが現れる。少女以上の減速によって距離をつめたウィルの姿勢は、頭は地、脚は天を向いていた。コブラから後方に回転するマニューバ、クルビットを途中で止めた形。
慌てて鎌を振るおうとする少女よりも、ウィルが地から天へと振り下した剣が少女の体を打ち据える方が早かった。
直撃。
吹き飛ばされた少女の体は、放物線を描きながら落下しかける。
落ちる前に助けようと、ウィルは落下する少女に近寄ろうとするが、その前に少女は自力で空中に留まった。先ほどの一撃は、多少は手は抜いたが、それでも骨が折れていてもおかしくない。
それを受けてなお、少女は戦う気力を失っていない。何が彼女をここまで突き動かすのか。
「ア、ルカス……クルタス……」
少女の口元が言葉を紡ぎ始めていた。対話のための言葉ではなく、魔法のための言葉。詠唱魔法――魔法の構築プログラムに、音の連なりという新たなパラメータを加えることで、さらに複雑な魔法を構築するという技法だ。
詠唱魔法には時間がかかるという欠点がある。もう一度F4Wで切る必要もない。非殺傷設定の魔力弾で簡単に倒せる。
だから、ウィルは少女にめがけて魔力弾を放った。
はたしてそれは命中した。少女にではなく、その射線上に踊り込んできたなのはに、だが。
突然の乱入者に動揺するが、すぐに冷静になる。なのはの魔力量は高く、その高い魔力によって構築されるバリアジャケットは、ユーノが防御性能を重視するように構築プログラムに手を加えたため、ウィルの魔力弾が少し当たったくらいでは貫通しないほどに堅牢だから、放っておいてもかまわない。
なのはがなぜここにいるのか。なぜ乱入してきたのかという疑問は終わってから聞けば良い。まず優先するべきは少女の無力化だと思考を切り替え、もう一度少女に狙いを定めて魔力弾を発射しようした。
だが、ウィルはすぐに自分の見通しの甘さを後悔することになる。
なのはのバリアジャケットも無敵ではない。ウィルがよく使う射撃魔法スティンガーレイは、貫通力と弾速に優れた魔法だ。その魔力弾をくらったなのはは、魔力ダメージこそ負わなかったが衝撃で姿勢を崩してしまった。
そして、その拍子になのはの手はレイジングハートを離してしまった。
レイジングハートは人工知能を搭載したデバイス――インテリジェントデバイスだ。デバイスそのものが自立した意識を持つインテリジェントデバイスは、所有者を様々な面で補助することができる。魔法を知って半月程度のなのはが様々な魔法を行使できるのは、魔法構築能力に天性の才能を持つというだけではなく、インテリジェントデバイスによる補助を受けているからだ。
したがって、それから手を放したなのはが、姿勢を制御できずに落下するのは当然の帰結。
ウィルは急遽魔力弾の構築を破棄。慌ててなのはのもとに駆けつけ、空中で抱き止める。
腕の中のなのはは意識もはっきりしており、怪我もない。
「ウィルさんっ! あの――」
なのはが何かを言おうとしているが、悠長に聞いている余裕はない。なのはを助けに行ったから、少女の詠唱魔法を阻止できていない。一刻も早く止めなければまずい。
ウィルはなのはを抱えたまま、もう一度少女に魔力弾を撃とうして、斜め下から接近する存在に気が付いた。
使い魔だ。そのさらに下方にユーノ。使い魔はユーノを振りきってウィル目がけて突っ込んできていた。
なのはを抱えたままでは受け止められない。ウィルはなのは襟を掴むと、ユーノに向かって投げる。
直後、使い魔渾身の右直突きがウィルに襲いかかり、受け止めた剣ごと吹き飛ばされる。
「フェイトッ! 今だよ!」
使い魔の合図に応え、少女はデバイスを吹き飛ばされているウィルに向ける。少女の周囲には空に煌めく星よりも眩い星々――数十個のスフィアが浮かんでいた。
「フォ、トンランサー……ファランクス、シフト」
吹き飛ばされながら姿勢制御。即座に回避機動をおこなおうとする――が、間に合わない。
「ファイアァァア!!」
少女の号令と共に、スフィアからウィルめがけて魔力弾が吐き出される。
防御魔法――シールドを展開。魔力弾を防ごうと試みるが、毎秒二百五十六発の速度で放たれる魔力弾という数の暴力の前には、一秒も持たず破られる。防ぐためにかざしたF4Wは次々と襲いかかる魔力弾の負荷に機能を停止。最後の砦のバリアジャケットもまばたきほどももたなかった。
ウィルの意識は、金の雨に飲み込まれあっさりと消失した。
意識を失う直前に、ユーノが魔法によってなのはを受け止めている光景が見えて、少しだけ安心した。
****
ウィルが目を覚ました時、視界に飛び込んで来たのは天井の木目だった。障子越しの外は明るく、影の差し方から見て正午を過ぎたあたりだとわかる。
ぺたぺたと自分の肉体を触ると、目立った外傷はなかった。安心すると同時に、戦った少女に感謝する。彼女がもし非殺傷設定をやめて、物理的干渉が可能となる対物設定で戦っていれば、今頃ウィルの体は無数の弾丸に貫かれて跡形も残っていない。
ウィルが相手を傷つけるつもりで戦い、峰打ちとはいえ少女を二回も切りつけた痛みを与えたのに対して、少女は最後まで非殺傷を貫いていた。根は良い子なんだろうなと、漠然と感じた。
もっとも、非殺傷だからといって無傷になるわけはなく、外傷こそないが体に蓄積されたダメージは大きい。今日一日は満足に動けないだろう。
ウィルは布団に寝かされている状態から自らの上体を起こそうとするが、いつの間にそこにいたのか、浴衣姿のノエルが起き上がろうとするウィルをそっと押しとどめる。
「無理はなさらないでください」
「……ノエルさん、ですか?」驚きながらも、疑問を口に出す。 「ここは旅館ですか? どうして――」
「恭也さんが、森で倒れているウィリアム様を連れて来られたのです。半日ほど眠られていたのですが――」
無事にお目覚めになられたようで良かったです、と言いながら、ノエルはコップに水を入れて、ウィルに差し出す。一気に飲み干し、意識を明確にした。
その間に、ノエルは携帯電話で連絡をしていた。この部屋はウィル一人を寝かせるために追加で借りたもので、みんなは本来の部屋にいるのだとか。
しばらくすると、月村忍、高町士朗、恭也の三人が揃って部屋に入って来た。忍と恭也はウィルの近くに、ノエルと士朗は彼らの後ろに座る。
そして、忍が口を開いた。
「目覚めたばかりで申し訳ありませんが、お聞きしたいことがあります。
あなたは何者ですか?」