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[31751] Planet reconstruction Company Online 第4部 【VRMMO運営側+惑星改造企業再建】
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/08/07 23:29
第4部
 賞金首となりながら不殺プレイという縛りを自らに課し裏街道を進む美月達は、裏の地図屋、改造屋としての片鱗を見せ始める。
 父の情報を得るために少女達は戦場を駆ける。
 その一方リアル世界ではついに暗黒星雲調査が開始されるが、暗黒星雲内で次々にポッドが謎の攻撃を受けて撃墜される非常事態が発生する。
 敵の狙いはディケライアが有する銀河帝国最後の船。創天そして送天か?
 それとも銀河帝国最後の実験生物が住まう星である地球か?
 人跡未踏であるはずの暗黒星雲内に潜む勢力を相手に、三崎、そしてアリスはどう立ち向かう。






第3部
 ゲームを楽しむプレイヤー達の行動如何で、地球の命運は決まる。
 そんな事はつゆ知らず、圧倒的な速度で攻略を開始する廃神達に、一歩出遅れてしまった美月が目指すべきプレイスタイルは?
 ゲーム内でも清く正しい自分の生き方を貫き通すべきか?
 それともゲームだからと勝利のために、全てを利用するべきか?
 だが葛藤する美月は知らない。
 その美月の思い悩むゲームプレイが動画として、全宇宙に公開されている事を。
 ついに正式オープンしたPlanetreconstruction Company Onlineを己が武器とし、GM三崎伸太は星系連合に所属する星々へと情報戦を開始した。


第2部あらすじはこんな感じです。

  初めてのVRフルダイブを体験する女子高生コンビ高山美月と西ヶ丘麻紀の2人の前に外部講師を名乗り1人の男が現れる。
 面識は無いはずだが、何故かその男が死んだ瞬間の記憶を持つ2人に対して、その男……三崎伸太は一枚のVRフォトを呈示する。
 そこに映るのは、10ヶ月前に事故によって月面で死んだはずの美月の父である高山清吾の姿であった。
 父の行方を尋ねる美月に対して、三崎は己が開発した新作VRMMO 【Planetreconstruction Company Online】で行われるオープニングイベントへの参加を促す。
 そのイベントで入賞することが、父の行方を知る鍵になるという言葉と共に三崎は姿をけす。
 VR史上最高金額の賞金1億円を賭けて行われるオープニングイベント【暗黒星雲調査計画】
 父の行方を知るために、2人はゲームへの参加を決意し、教師である羽室の紹介で別ゲームで勇名を馳せ、PCOへの参加を計画していた攻略ギルドKUGCの門を叩く。
 VR規制事件以来、初の国内大型新規開発にして、ついに姿を現した次世代VRMMOを待ち望んでいた数多の廃神達を相手に、初心者コンビは戦いを開始する。





第1部はとりあえずの導入としてVRMMO物の皮を被ったプロローグでいってます。
 イメージモチーフとした作品の某侵略会社的なノリになればと。
 このモチーフとした作者様原作の同世界観アニメを見てたら、設定とプロットだけ考えていたこの話が急に書きたくなったという突発的な感情が生み出した物ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。
 ご指摘、ご意見いただけましたらありがたいです。 
 
5/18

 誤字脱字やら細々な修正をしつつ、『小説家になろう様』にも投稿しました。



[31751] 白くて黒い運営会社
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/26 08:30
 基本サービス業においては自分の都合や休みの重要度は低く、お客様が最優先になる。
 ましてや週一のメンテ時間以外は年中無休二十四時稼働し続けるVRMMOのGMともなれば言わずもがな。
 1日8時間。週40時間労働を謳う労働基準法なんぞ遠い国の法律だって感じだ。
 特にここ2週間はその傾向が顕著。
 病欠による急な人手不足から始まり、イベント会場の手配ミスで代替え場所の確保に奔走。
 ゲーム内の小さなバグの発覚から修正による、さらなるバグ発生また修正のループに追われ。
 それが終わったかと思えば、お客様間のトラブルでのGMコールの頻発で対応に大わらわ。
 1日、2日の泊まり込みは当たり前。 
 1週間家に帰れずなんぞもざらにあっても、客商売なんだから仕方ないと思ってしまうあたり、徐々に社畜根性とやらが染みこんできているんだろうか。
 入社3年目の新人に毛が生えた程度の俺ですらこれなんだから、会社の仮眠室に巣を張って一月近く泊まり込みしている先輩方の精神構造はどうなってるのやら。
 借りているアパートの賃貸料と在宅時間の釣り合いが取れていないよなと考えつつ、視界の隅に浮かんで見える仮想コンソールに這わせた指を休み無く動かし、操る予定のボスキャラの姿を見ながらパラメーターとスキルの変更を続ける。
 網膜ディスプレイに映るその姿は三頭六椀を持つ巨大スケルトン。
 ぼろぼろのマントを幾重にも纏い、腕の一本にはミイラ化した人間の頭部が鈴なりにぶら下がる杖を持っている。

 キャラクター名 『アスラスケルトン』

 不死を得るための死霊魔術研究の果てに、自分の妻と子供を喰らい不死を得た魔術師のなれの果て。
 このボスキャラは速射型魔導師が基本デザイン。
 特に遠距離攻撃魔術は種類も豊富にそろっているうえ、どれも軒並み高レベルに設定されている。
 前回、前々回、中の人を勤めたGMらの設定も遠距離魔術戦闘路線に固定されていて、強化スキルはほぼ同じ。スキルの設定レベルが微妙に違う程度だ。
 そのセオリー通りの設定を確認しつつ、俺はあえて遠距離魔術攻撃系の威力を牽制程度までに下げていく。
 攻撃魔術のレベルを下げた事で、大量の余剰スキルポイントを確保。
 生み出したスキルポイントを、遠距離攻撃を得意特性とするアスラスケルトンの場合は上昇効率が悪い近接距離スキルへとつぎ込んでいく。
 もっともアスラスケルトンは近接距離用攻撃スキルなんぞ、両手の指で数えれる七つしか所持してない。
 そのうえ実用性の面で使えるのといったら二つだけ。
 ここまで少ないと、目当ての物以外はばっさりと切り捨てられるので逆にありがたいくらいだ。
 右腕が接触した物を跳ね返すアクティブカウンターの使用回数を無制限に変更し、スキルウェイト時間も最短の五秒に変更。 
 もう一つの武器。プレイヤーキャラを毒殺して乗っ取りAI操作に切り替えるマリオネットポイズン、
 こちらは毒のレベルを最高まで上げると共に、同時効果キャラ数と効果持続時間を上げておく。
 二十種以上の高レベル遠距離魔術スキルを下げて生み出した大量のスキルポイントだったが、たった二個のスキル強化にほとんど消費していた。
 残ったスキルポイントは雀の涙ほど。
 その僅かな残存ポイントをパッシブ防御スキルの直接攻撃用、魔術攻撃用の二つのシールド強化に均等に振って、DFを上げられるだけ上げた所で設定完了。
 
 
『三崎。そろそろ準備はいいか? アカツキ迷宮第五、第六階層解放予定時刻まであと二分だ』


 準備を終えたのを見計らったかのように、俺が潜り込んでいた筐体のスピーカーから上司の中村さんの声が聞こえてくる。
 中村さんは当社の初期立ち上げメンバーの一人でゲーム全体のバランス担当をする主任GMの一人。


「はい。設定完了。いつでもいいっすよ」


 返事を返しつつ仮想コンソールを消して首筋のコネクタに刺さったケーブル配線を再度確認して座席の位置を調整。
 妙な体勢で潜っていると帰ってきた時に体が痛くなるので位置調整は重要。
 個人用完全調整がされた専用筐体ならばそんな心配をしなくても良いが、あいにくと我が社はゲーム会社としては中堅所。
 そんな贅沢品はなく、倉庫を改装して作られたGMルームには味気ないデザインの汎用共通規格筐体がいくつも並んでいるだけだ。
 そんな境遇の俺にとって尻の下に敷くマイ座布団は心強い相棒。
 形と柔らかさにこだわり抜いた品で、一プレイヤー時代からの必須アイテムだ。


『どら、確認させてもらうぞ』


 決められた範囲内でならスキル構成やパラメーターを自由にいじれるといっても、アンバランス過ぎてはゲームとしては成り立たない。
 攻撃一辺倒のスキル振りで壁プレイヤーを一撃で沈められても、こっちのDFが低すぎの紙だと興ざめ。
 かといって逆に防御スキルに鬼振りしたとしても、その代償で攻撃がしょぼくなれば、単に固すぎるだけで緊張感の無いつまらない雑魚ボスになる。
 ここら辺のゲーム性としての問題と、GMとレアアイテム狙いのプレイヤー間の結託を防ぐために平や臨時雇いGMが決めたパラメータとスキル設定は、毎回毎回主任GMによって監査され承諾して初めてゲーム内に反映される。
 監査の結果、問題なしと判断されれば設定通りに改変され、もし却下されればデフォルトでの出撃となるのだが、


『……相変わらず人を食った設定が好きだな。死にスキル扱いのマリオネットで同士討ち狙いか。久しぶりの出撃だってのに、こりゃお客さんからブーイングだ。巫山戯るなって声が山とでるな。中身絶対ミサキだろってな』


 言葉とは裏腹に中村さんが楽しそうに笑いプレイヤー間で悪名高い俺のGM名をあげながら確認コードを打ち込んできた。
 GM確認のシグナルを打ち込まれたスキルデータが俺の設定通りに上書きされていく。
 設定を承諾する主任GMは現在中村さんを含めて十人いるがそのさじ加減はそれぞれ微妙に違う。 
 その観点から見れば俺の今日の設定は中村さんの好みに直球で収まったようだ。
 

「そういう意地の悪い所もリーディアンオンラインの売りってもんでしょ。んじゃ三崎伸太っと、もといGMミサキ。アスラスケルトン出撃します」


 軽口を叩きながら俺は自分の右こめかみのあたりを指で軽く叩いて、脳内にナノマシーンで構築されたシステムに没入開始の合図を送る。
 次の瞬間、脳内を電撃が走るような高揚感とともに、俺の意識は仮想体験ゲーム世界『リーディアンオンライン』内へと飛ばされた。






 リーディアンオンラインのゲームデザインそのものは、よくあるVRMMORPGとさほどかわらない。
 種族を選び、職業を選んで、分身となるキャラの造形を終えたらあとは自由だ。
 ただひたすら狩りをしてもいい。
 アイテムを集めて生産して商店を開いてもいい。
 ソロで黙々と自己鍛錬に励んでも良いだろう。
 気の合う仲間を見つけてギルドを作るもよし。
 野良パーティでわいわいやるのもまた楽しい。
 大きすぎるリスクを覚悟なら他のプレイヤーに襲いかかる罪人プレイも止めはしない。
 逆に賞金首となった罪人プレイヤーを狩る賞金稼ぎプレイもある。
 とにかく自由。
 ここら辺は別段特筆するような内容ではなく、他のゲームでもよくあるデザイン。
 だが一つだけリーディアンオンラインには他のゲームと違う事がある。
 この一点こそが中堅所のソフトウェア会社が開発運営するリーディアンオンラインが、栄華零落の激しいVRMMO業界で稼働して六年も経つのに未だに一定の好評を得ている理由だ。
 リーディアンオンラインの特徴。
 それはゲーム内の迷宮にそれぞれ月一で出現する500体のボスが、雑魚モンスターのようにプログラムでは無く、中に人が入った有人操作である事。
 ボス操作を行うGMは他のVRMMOゲームで廃人として名を馳せた元プレイヤーなんてのもごろごろいる強者揃い。
 他にも年末年始や夏休み突入週間などはイベントが開催され、スペシャルゲストとしていろいろ変わり種をボスの中身として引っ張ってきたりしている。
 引退したばかりの有名格闘家やスポーツ選手など脳内神経が肉体操作に特化した連中は目にも止まらない俊敏性でプレイヤー達を翻弄する。
 碁や将棋の高段位棋士等の戦略派が配下のNPCモンスター群を流れるように操って、次々にプレイヤー達を毒牙にかけていく。
 VR技術は元々軍事用に開発されていたので、最初期からVR訓練を腐るほどやっていたアメリカ海兵隊のエリート小隊を呼んだらおもしろいんじゃないかなと宣った社長発言から、あらゆるコネを動員して投入した時なんかは、高位ボスキャラとその取り巻き中ボス五体に対してキルレシオは40000:6を突破し、お客様からは大人げなさ過ぎると大好評を受けたりもした。 
 そんな経験も分野も職種も違う連中なのだから、同じキャラでも自然と戦い方は多種多様となる。
 見かけたプレイヤーに猪突猛進で襲いかかるのを好むGMもいれば、迷宮内に罠を張り巡らして追い詰めていくGMもいる。
 プログラムの癖を見抜いた必勝法など存在しない、毎回毎回違う攻略法を求められるボス討伐戦。
 これこそがリーディアンオンラインの特徴であり売り。
 そしてこの売りを最大発揮させる要因としてプレイヤーのボスキャラ操作権利争奪戦がある。
 これは文字通りプレイヤーに特別にボスキャラ操作を行わせるというもの。 
 ゲーム内で行われるボス戦は全て録画され、オフィシャルホームページ上で次の月まで公開されており、この映像から一番良かった物、盛り上がったボス戦などを選ぶプレイヤーによるベストバウト投票を行い、先月の一位から三位までが決められるといった具合だ。 
 この一位から三位までの戦いの中で最も活躍したと判断されたMVPプレイヤーに召還状が送られ、本人が承諾すれば一回分のボスキャラ操作権利がプレイヤーに与えられる。
 最もこの判断というのがくせ者。
 MVPの選定は、主任GM達の合同会議で決められるからだ。
 ただボスに一番ダメージを与えただけの プレイヤーをMVPに選んだのでは、支援職や回復職が日の目を見ない。
 それにせっかくボスキャラをやらせるのだ。戦い方がおもしろくなくてはいけない。
 だから主任達の選定基準は自然と厳しくなる。
 いかにゲームをおもしろくするか、お客様に楽しんでもらうか。
 これにこだわる中村さんを初めとする主任GM達の選定があるから、特定のプレイヤーをGMにしようとする組織的投票などが難しいので公平感を生み出している。
 さらに実際のボス操作を行って討伐戦を大いに盛り上げて見せれば、その才能はゲームに有益と判断されることもある。
 そうなれば今度は逆に会社側からスカウトされ、時折ボス操作の声が掛かるバイト登録や、さらには俺のように常勤の社員として雇われる道すらあったりする。
 しかしこれが罠だった。
 ゲームをやって金がもらえると喜んだのは最初だけ。
 常勤になったら、リアルでの雑用にイベント手伝いがメインとなり、ゲーム内でもチート監視巡回やらお客様間の喧嘩仲裁などの下働きばかり。
 一番楽しみだったボスキャラ操作なんぞ月に一回回ってくるかどうかだったりする。
 しかもそれがしばらくしたら当たり前だと思うように教育されるのだから質が悪い。
 そんな当社のモットーはお客様第一。
 ゲームのクオリティが第二。
 自分の生活? 
 そんな物は屑籠に放り込めといわんばかりの超絶ブラックな会社。
 それがリーディアンオンラインを運営管理する、我が愛するくそったれなホワイトソフトウェアだ。










 現実から仮想世界に降り立った瞬間はいつも違和感がつきまとう。
 いくら精巧になったといっても再現の限界があるのだろうか?
 現物の脳とダイレクトリンクした仮想体は、理論上は本当の体と変わらない感覚で操れるはずなのだが、どうにも意識と体のずれを感じてしまう。
 だがそれも仕方ないとは思う。
 三つの頭蓋骨を乗せた頭部に六本腕で宙にふわふわと浮く身長4メートルの巨大骸骨。
 今の俺の姿は化け物そのものなんだから。
 今更の違和感を気にしている時間は無い。ともかくお仕事といきますか。


「NPC軍団起動」


 俺の呼びかけに周囲の空気が揺らぎはじめる。
 灼熱の炎を纏う死霊の群れが出現し、足下に広がる不気味な黒色の水をたたえる底なし沼から、さび付いた弓や手斧、剣を携える二つ首のスケルトンと、両眼と額の三つの瞳孔を見開いたゾンビ魔術師軍団が水滴を纏いながら水面へと這い上がってきた。
 数はそれぞれ四千体。計一万二千の大軍団。
 こいつらはすべてAI制御NPCで自動戦闘を行うボス護衛モンスターだ。
 護衛といっても設定レベルは30台でそれほど高くない。
 一体一体は弱くしかも集団での簡易命令しか受け付けない木偶の坊。
 だがこれだけの数がいると中堅レべルプレイヤーには十分脅威であり、並の高レベルプレイヤークラス相手でも足止めの壁くらいにはなる。
 ここアカツキ迷宮は、ゲーム世界の東方地域における最大級の迷宮。
 古い地下墓地をイメージした迷宮の最深部に広がる大沼は暗く陰惨な雰囲気にデザインされている。
 背後に立つ朽ち果てた鐘楼の鐘が風もないのにガランガランと動き、不気味で気色の悪い音を奏で始めた。
 この鐘は俺が入ったアスラスケルトンが出現した事を東方地域全域のプレイヤー達に通知する役割を持つ。
 ボスキャラは出現地域は定まっているが、その日時だけは完全ランダム。
 だからといってずっと張り込んでいたのではプレイヤーから見れば効率が悪い。
 俺たち運営側的にも、月一回の高位レアボスモンスター出現という一大イベントの開始を大々的に宣言したい。
 そんな思惑からゲーム内にボスキャラ出現を広く知らしめるために導入されている。 
 現在日時と時刻は日曜日の午後三時きっかり。
 ゲームに入っているプレイヤーもさぞ多いだろう。
 迷宮内情報を呼び出し数を確認してみる。
 アカツキ迷宮の常時開放階である第1階層から第4階層全域で、狩りに来ていたプレイヤーは俺の出現時には235人だけ。
 しかし鐘が鳴り響くと共にプレイヤー数が急上昇。うなぎ登りに増えはじめた、
 俺の出現から一分少々しか経っていないのに、迷宮内に突入してきたプレイヤー数はすでに一千人に到達し、まだまだ増加傾向だ。
 今もWISチャットやギルドメッセージ、はたまた広域ボイスを用いて仮想世界中で、出現を知らせる報告と討伐参加を募る募集が飛び交っていることだろう。
 リーディアンオンラインのボスキャラのHPは、他のMMOにおけるボスキャラと比べても膨大に設定されている。
 特に大型ともなれば億の単位を超えるボスはざらだ。
 大型に属し、しかも最高位ボスキャラの一つであるアスラスケルトンの場合は脅威のHP150億。
 ゲーム内でのカスタム武器披露の場でもある武道会における、単独プレイヤー攻撃スキル部門最高ダメージ記録が8000ちょいだといえば、これがどれほど無茶な数値であるか判るだろうか。
 だが当然といえば当然だが、イベント戦闘でもないのにゲーム内に倒せないボスなどいてはならない。
 かといってこの馬鹿げたHPを削りきるのに何日も時間が掛かるような設定になっているわけでもない
 このHPを数時間で削りきる仕掛けがある。
 それがボス戦時にだけ適用される迷宮全域連結蓄積型戦闘システム。
 プレイヤー間での通称『数集めてともかく殴れ』システム
 これは簡単に言ってしまえば、大型ボスキャラとその取り巻きモンスター、さらには迷宮内に存在する雑魚モンスターに攻撃を与えたプレイヤー数+倒されたモンスターの数だけ、ボスへの攻撃に追加ダメージが加算されるシステムだ。
 たとえばこれまでに1000人のプレイヤーがボスとその他のモンスターに攻撃を加えた状態から、新たにLV1プレイヤーの攻撃が第1階層に存在する最弱モンスターに攻撃を加えただけでボス討伐戦参加者が1人増えたと計算される。
 この場合はボスへの攻撃に追加ダメージ1001がプラスされるといった具合で、さらに倒した場合はもう1追加ダメがプラスされる。
 この連結蓄積の効果を十二分に発揮する最低限の目安ラインである攻略推奨プレイヤーというものが、それぞれのボス毎に出されていて公式HPで確認することができる。
 膨大なHPに加え広範囲攻撃魔術を多数持つゲーム内屈指の高難度ボスアスラスケルトンの場合は、攻略推奨プレイヤー数はゲーム内最高クラスである所のS1級。
 S1級は迷宮全域で五千人以上のプレイヤー参加が推奨されている大規模討伐戦。
 この大多数参加を前提としたゲーム設定にはちゃんとした意味や狙いがある。
 一つは他のMMOでたまに見られるボス独占問題の防止策。
 高レベルかつ悪質なギルドによるボスキャラ狩り場占有やそれに関するトラブルというのは最初期からのMMOに付きものの問題点。
 この問題に対してリーディアンオンラインは、プレイヤー達の良識や話し合いに期待をするのではなく、ソロや単独ギルドでの討伐が不可能なボス設定とすることで対処している。
 もう一つの理由はボス討伐戦の楽しさをより多くのプレイヤーに共有してもらうためだ。
 参加人数が増えれば増えるほどプレイヤー側が有利になるこの戦闘システムは、ゲームを知り尽くしたベテランが効率的な勝利を求めて積極的に討伐者を募る習慣を作り出し、ゲームを始めたばかりの初心者でも十分勝算がある初級モンスターを倒すだけで、簡単にボス攻略戦に参加できるという空気を生む。
 しかもボス出現時は迷宮全域でドロップと経験値が通常時の3倍になり、普段は出ないプチレアも出るお得仕様。
 また高位ボス討伐後にはその達成感や戦闘の高揚感の残滓から、討伐記念と銘打った露店が近くの街で立ち並ぶ即席の露店市場ができる事も多い。
 こういった場は同時に出会いの場ともなる。
 めざましい活躍を見せた期待の新人がギルドから勧誘されたり、はたまた偶然隣り合わせて戦ったプレイヤー同士が意気投合してギルドを組んだりと。
 兎にも角にもMMOの楽しさを追求したゲームデザインは先達達の努力の結晶。
 お客様に楽しんでもらうMMORPG。
 これがリーディアンオンラインというゲームの基本方針にして最終目標。
 そんなゲーム会社の思惑に、俺も見事なまでに乗ってしまった一人だろう。
 このゲームにはまってキャラを鍛えて、ギルドを作って、ボス攻略やって、露店やって製造もと、遊んで遊び倒した時間は何より楽しい時だった。
 プレイヤーだった頃は近い将来に自分がゲームを楽しむプレイヤーでなく、お客様を楽しませるGMになるとは予想もしていなかったが、やってみるとGMにはGMのおもしろさがあった。
 俺が楽しんでいた事を新たなプレイヤーに知ってもらい彼らにも楽しんでもらえる喜び。
 これが厳しい労働環境や、リアルでの仕事に追われ、なかなかゲームにも入れない現状でも俺のモチベーションを維持する大きな理由の一つ。
 もう一つのやる気の理由は、ゲームで知り合った友人知人そしてギルドメンバーの存在だ。
 気の強かった相棒との狩りやら、スキルを駆使したサバイバル鬼ごっこといった遊びをワイワイとやっていたギルドメンバー達。そしてボス戦で協力した友好ギルド。
 彼らの大半は今もプレイヤーとしてゲームに参加している。
 日曜午後三時という絶好の時間帯。幾人もの知り合いが今回も迷宮へと突撃をしているだろう。
 そんな旧友達を楽しませるためにも、がんばりますかと気合いを入れ直して、迷宮内のプレイヤー情報を更新して最新のプレイヤー数とレベル分布を確認する。 


「お、なかなかの数。しかも高レベルプレイヤー揃いか、こりゃ楽しみだ」


 迷宮内へと進入してきたプレイヤー個別認識は不正防止策の一環でGM側からはできないが、レベル帯からある程度の強さは予想できる。
 手強そうなプレイヤーが多い予感を感じ俺は歓喜の声を上げる。 
 現在の迷宮内プレイヤー数は公式推奨数より6割も多い8521人でまだまだ増加傾向にある。
 さすが日曜といった所か。
 そのうち80以上の高レベルプレイヤーが2割。
 50までの中堅プレイヤーと、20までのプレイヤーが3割ずつ。
 後2割はそれ以下のレベルのプレイヤー。
 ここは初心者。もしくはセカンド、サードキャラといった所か。
 大半はボス狙いでなく雑魚での稼ぎ狙いのプレイヤーだろうが、通常のボス戦では1割程度の80代が今日は倍近く来ている。
 ボスへの与ダメージトップ10に配られるレア狙いに来た廃人プレイヤーもいつもより多いのだろう。
 せっかくマリオネットポイズンを最大値まで上げてあるんだから、なるべく高レベルプレイヤー狙いでいってみるか。
 内心でほくそ笑んだ時、解放毎に新設されるランダム設計のアカツキ迷宮第五階層『背徳者の胃袋』を突破してきたプレイヤーが出たことを知らせるシグナルが響く。
 それから一瞬のまもなく、俺が鎮座する最深部『不死者の大沼』を封鎖していた頑強な鉄門型モンスターが、火を噴く巨大な火山弾の雨によって外側から突き破られた。
 地属性最高位魔術の一つ『ボルケーノブレイカー』
 爆発的な噴火を続ける火山火口と直通ゲートを繋げ無数に打ち出される火山弾をマシンガンのようにばらまく、ど派手かつ高位力な魔術スキル。
 こいつの前では並のスキルではびくともしない耐久性を誇るゲートモンスターもさすがに刃が立たない。
 高位魔術の一撃によって一気に打ち破った門の残骸をすり抜けて、飛翔魔術を纏った五人のプレイヤーが一丸となってなだれ込んできた。
 高速飛翔魔術による風のなかでは魔術防御用結界が放つ金色の粒子が踊っている。
 プレイヤーが構えるそれぞれの武器には崩したアルファベットとルーン文字を組合わせて創作された魔術文字が激しく点滅し、獲物を早く食わせろと吠えまくっている。


「うぉ!はえーなおい」


 俺の出現からたった5分で最深部まで到達してきたプレイヤー達にさすがに舌を巻く。
 護衛モンスターの出撃が完了する前に、一気に第五階層を抜け第六を塞ぐ門を突破をしてアスラスケルトンへ相打ち覚悟の接近。
 己の命と引き替えに高位ボスにも効果があるエンチャ込みバットステ武器で魔力低下の一撃を与え、地上かレアアイテムで作成された復活地点でリスポ-ンし後続の大部隊と合流し再攻勢を仕掛ける。
 俺のプレイヤー時代から存在するアスラスケルトン戦での基本戦術の一つ……というか俺が考案した作戦。
 とにかくアスラスケルトンの厄介な所は、各種属性のそろった広範囲攻撃魔術とそれを連発できる底知れずな最大MPと1秒20MPも回復するMP回復能力。
 魔術スキル発動の順番を考えてMP管理さえしっかりやれば無限範囲魔術の雨すら可能となる鬼畜仕様。
 しかもこの第六階層はワンフロア丸々ぶち抜きとなった遮蔽物のすくないステージ。
 ここでアスラスケルトンに好きにさせると、広範囲攻撃魔術の一撃だけで簡単に死傷者の山ができる。
 この状態では死者蘇生もままならず地上のリスポン地点帰還組が続出するだろう。
 だから強力な魔力攻撃の頻度を抑えるために、バステ武器による攻撃で魔力回復能力を低下させるのが最優先となる。
 しかし広範囲魔術を連発されている最中では接近もままならない。
 なら出現直後で取り巻きである護衛モンスターが周囲に大量に屯っている状態ならば、広範囲魔術に巻き込み無駄に消費することを惜しく思って魔術使用を控えるはず。
 ゲームにおけるボスキャラの性能でなく、中のGMの心情から考えた攻略法。
 これがこの特攻作戦の肝。
 広大な五階層迷宮に対し早期突破の成功率を上げるために、通常5人一組でパーティを組み、計10パーティくらいが高速特攻組として送り込まれる。
 彼らのうち一つでも最深部の第六に突破できれば、後は情報共有でMAPを伝達し最短ルートが構築される。
 また無傷のボスに突っ込むことになる特攻組に課せられるデスペナも、ボスへのファースト攻撃による特別ボーナスで補完される計算なので、死を前提とした片道切符の特攻攻撃であっても参加希望するプレイヤーは結構多い。
 そんな選抜者揃いのパーティの中でも一番に突入してきた今日の一番槍は、どいつも最高レベルクラスのプレイヤーのはず。
 それは操作性の悪い飛翔魔術を淀みなく操る動きからも見て取れる。
 相手にとって不足無し。 
 一瞬の迷いも躊躇もなく飛翔するプレイヤー達は、足下の沼地に広がる死人軍団が射かける矢や、錆びついた投げ斧を物ともせず突き進み、炎を纏って突っ込んでくる死霊軍団を軽やかに躱し二手に分かれて俺を目指す。
 右から接近するのは、軽装の剣士キャラが二人とジャマダハル装備のアサシンキャラが一人。
 左側からは大剣と長柄の槍を携えた二人の重装騎士の姿。
 挟撃でこちらの気をそらしつつ、範囲限定された攻撃魔術を周囲の結界で防ぐなり、高いHPで耐えることでステ低下の一撃を決めようというといった所か。
 しかし残念。
 今日のアスラスケルトンは魔術攻撃主体でなく、死人を操る死霊魔術師仕様。
 その厳重な魔術防御結界に意味は無い。
 飛び込んできた五人のプレイヤー達に対して、俺は本来六つの魔術を同時使用するための三対の右手と左手を振りかぶりながら、自ら詰め寄り直接攻撃を開始する
 まさかこちらから接近してくると思っていなかっただろうプレイヤー達の反応は遅れた。
 アクティブカウンターの掛かった右手が剣士達を大きくはじき飛ばし、天井の岩肌に叩きつける。
 左手のマリオネットポイズンの毒がしたたるかぎ爪が、重鎧に身を包んだ騎士二人の纏った防御結界を易々と突き抜け、体に食い込みその勢いのまま沼地へとたたき込む。
 疾風のごとき突入の勢いそのままに、アクティブカウンターによって天井に叩きつけられた剣士達のダメージは軽くない。
 だが、彼らはよろめきながらも、それでも魔術を制御し空中で体勢を立て直そうとしている。
 ではさらに追撃と。
 配下の死霊軍団に追い打ちをかけさせる。
 業火を纏う死霊達は一斉に炎の弾丸と化して、剣士プレイヤー達に体当たりを開始する。
 前後左右さらに下。
 5方向から無差別にうち放たれた弾幕攻撃には、さすがの高プレイヤー達も対処がむずかしいのか面白いように攻撃が当たる。
 もっとも低レベルモンスターである死霊の攻撃なんぞDFの高い彼らからすれば、一発喰らってもHPゲージが1くらいしか減らないだろう
 しかし数が数だ。蓄積するダメージは馬鹿にならない。
 休む暇も無い連続攻撃に翻弄される剣士達が大声を上げる。


『……!? ………………!?』


『…………!!』


『……!!!』


 剣士達は声を上げて怒鳴りあっているが、俺はその会話で交わされる言葉を聞き取ることはできない。
 ピントが合ってないというのか、雑音混じりの理解不能な言語としか認識できないからだ。
 これは別に俺の耳がいかれたとか脳がおかしくなったわけでは無い。
 GMとプレイヤー間での不正を防ぐため、ボス戦闘中はゲームシステム側からフィルターが掛かりプレイヤーの声だけでなく、仮想体の容姿や名前、性別すらも認識ができないゲーム仕様となっているからだ。
 しかし言葉の意味が判らなくても彼らの焦った動きから会話の内容は何となく予想は付く。
 いつもと動きが違う。
 どうなってんだよ。
 知るか。
 こんな所だろうか。
 焦りや動揺は仮想体の制御に強く影響する。
 動きが鈍りさらに攻撃を避けられなくなり、余計に焦りが生じるさらに動きが悪化する悪循環。 
 このままいけばタコ殴りで死亡させられるかなと思った時足下から鋭い声が上がった。


『……!!……!!……!』


 沼にたたき落とした長柄の槍騎士が泥にまみれながら絡みついてくる死人達を大きく横に振った長槍で打ち払うと、被っていた兜を脱ぎ捨て大声で何かを叫んでいる。
兜を捨てた騎士プレイヤーの顔は俺からは薄もやがかかっているようにみえて、男か女かの判別すらできないが、その獅子奮迅ぶりの活躍は昔なじみを思わせるあばれっぷりだ。


『……! …………!!!』


 予想外の攻撃に動揺し動きが乱れていた他プレイヤー達だったが、その騎士があげたであろう指示に正気を取り戻し、死霊を無視して一気に後ろへと下がりはじめる。
 剣士組の撤退に合わせ水上で戦っていた騎士達も再度飛翔魔術を用いて彼らに合流した。
 ファースト攻撃でのバステを諦め退却して一度仕切り直しするつもりだろうが、そうは問屋が卸さない。
 

「マリオネットポイズン発動。一番近くのプレイヤーに攻撃開始」


 プレイヤーにはうめき声でしか聞こえない命令を俺が謳いあげた瞬間、プレイヤーからは死亡スキルと思われているマリオネットポイズンが発動。
 最高レベルまで鬼上げしていたマリオネットポイズンの毒は高レベルプレイヤーすらも一瞬で絶命させその体を乗っ取る。
 次の瞬間には槍持ち騎士が横を飛んでいた剣士二人の体を長い槍で深々と貫き、大剣の騎士が背を守ってくれていた暗殺者を切り伏せていた。










 特攻隊を全滅させた俺は即座に大沼からモンスター軍団を出撃させ、その数で陽動を仕掛けつつ、自身は単独で五階層に向かい縦横無尽に迷宮内を移動しながら次々と出会ったプレイヤーをマリオネットポイズンの毒牙にかけていった。
 通常なら有利である六階層からアスラスケルトンが出てくることはないので、これもプレイヤー側には予想外の事態だったのだろう。
 まともに防御行動する事もできないプレイヤー達を面白いように蹂躙できた。
 あちらこちらで同士討ちが連発。
 しかも毒殺後に一定時間を普通にモンスター側を攻撃をさせていた連中もいたので、横で肩を並べて戦っているこいつも本当は死んでいて操られているんじゃないかというプレイヤー間の不信感を引き出すことにも成功。
 この瞬間アスラスケルトンの攻撃魔術を捨てた、新たなる戦法をお客様方にご披露するという俺の目論見は達成された。
 信頼を踏みにじられ、連携網をずたずたにされながらも、不屈の闘志で戦線を立て直したプレイヤー達に俺が追い詰められ討伐されたのは、出現から三時間後のことだ。

 この夜のリーディアンオンライン関連の掲示板は、中村さんの予言通りの俺に対する罵詈雑言……もといお客様からの大好評の声で大いに盛り上がっていた。

『あの悪辣さは絶対ミサキだ』

『裏切り者ミサキに制裁を』

『アリスと別れろ腐れGM』


 等々。
 網膜ディスプレイに踊るそんな文字群を見てボス戦で楽しんだ余韻に浸りながら、久しぶりの帰宅を祝って缶ビールで一人祝杯。
 これが最近の俺の楽しみだ。    
 



[31751] 二人のGM
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/06/06 01:16
 県庁所在地に当たる地方都市の静かな中心繁華街から歩いて10分ほど。

 アンティークなたたずまいと長い年月を過ごした建物だけが持つ風格を備えた4階建てのビジネスビルが一つある。

 それこそが俺が勤めているホワイトソフトウェアの本社であり営業本部であり、中央開発室とゲームサーバーとGMルームその他諸々全てを兼ね備えた本拠地だ。

 会社に対する遠慮と、外向けの持って回った言い方を全部取っ払ってぶっちゃけると、要するに地方都市の寂れた繁華街を抜けた先にある裏路地めいた地域にある、古びた雑居ビルが唯一無二の我が社の施設だ。

 その本社前の猫の額のように小さな一台分の駐車場に止めたリーディアンオンラインのイメージロゴを施した社用車の荷台から近くの業務スーパーで箱で買いあさってきたインスタント食品やらソフトドリンク類の食料品をおろしていく。

 後部座席にもドラッグストアで買ってきた栄養ドリンクの類いに、芳香剤やらトイレットペーパー等雑貨の詰まった袋が、わんさかと積んであるので結構な仕事量だ。

 7月の強烈な夏の日差しが袖を捲ったワイシャツ姿の俺の肌を焼く。

 今年は梅雨という言葉を忘れてしまうほどに雨が降っていない。

 乾燥した炎天下というきつい条件での、ペットボトルの詰まった段ボールやら米の積み卸しで、すぐに全身からビッショリと汗が噴き出す。

 元MMOゲーマー故か体力などあまりない方だったが就職してから3年。

 この手の肉体労働が増えたせいか、手際よく降ろしては台車に積み上げていく。

 後はこれを各階の倉庫に納めて本日午前の仕事は終了。

 短い昼休みの後は、午後からはMMOゲーム会社共同で行う8月リアルイベントの打ち合わせの為のVR会議出席予定の社長に付き添う事になっている。

 遠隔地の者がリアルタイムに一堂に集い、会場を模したVR空間でブースの配置や巨大スクリーンの配置を簡単に動かしながら綿密な打ち合わせができる。

 電話での打ち合わせや、テレビ電話を用いた会議よりさらに発展した新世代会議のスタイル。地味ながらこれもVRの恩恵だろう。


「にしても暇そうだから付きあえって軽すぎだろうちの社長は……つっ」

  
 VR世界ならこんな荷物もインベントリーに入れて一瞬で運べるから楽なんだが。

 痛くなってきた腰を休ませるために手を止めた俺は大きく伸びをしながら本社ビルを見上げる。

 ここから階段を使って各階に荷物を運び上げる苦労を思いうんざりする気持ちが、本社を見ているとさらに募る。

 ボロイ。それ以外の感想が浮かばないほどにボロイ。

 長年の風雨で薄汚れシミだらけの外壁は、人の形しているような痕が多数浮かんでいるので真っ昼間なのにどこか不気味だ。

 駅に向かうためにビルの前を通る小学生には、壁の下に人が埋められているだの、中でお化けが出るだの噂され幽霊ビル扱いされているらしい。

 そして外見通りに中身もボロイ。

 建設当初は飲み屋やら風俗店専用だったというビル内は、仕切り壁が多くフロアの大きさの割には部屋一つ一つが狭く使いづらい。

 5人乗りで小さいがエレベーターは設置されてはいるものの、大半の社員はエレベータを使わない。

 階段を上るだけの体力が無い者がおっかなびっくりで使う程度で、出入りの宅配業者にいたっては、どれだけ重たい荷物があろうと絶対に利用しない。

 なんせフロアとエレベーターの床が5センチくらいずれるのは日常茶飯事。

 巻き取りのワイヤーは稼働する毎にまるで悲鳴のようにきしみ声を上げているので、そのうち落ちるんじゃないかと本気で思う。

 立入検査もパスしているので大丈夫だと社長は平然と言っているが実に疑わしい。

 この外見も由来も中身も全てが怪しげな4階建て地下1階のボロ雑居ビルを本社にしているのは、ともかく賃貸料が安く、ネット設備が充実しているからだ。

 ビル丸々一つ借り切っても、最新ビジネスビルのオフィス一室を借りるよりも遙かに安い賃貸料。

 VR風俗が全盛期だった一昔前に、同じようにビルを丸々借り切った借り主がその売り上げを改装費につぎ込んだという古びた外見に反して充実した高速ネット回線と容量のでかい電気設備。

 ……その店が違法系独自制作VRソフトを扱っていたらしく、警察のがさ入れで全社員が逮捕され、その上、地下室には監禁状態の出演女優達がいたという、曰くありすぎな事故物件だから安いらしいが。

 その事件は10年近く前だそうだが、未だに近所の奥様方の多くから、また怪しげな会社が入っていると認識されているのはご愛敬だろう。

 年末年始も休日だろうが夜中でもビルの明かりは消えない。

 さらにいつから風呂に入っていないのか判らないぼさぼさ頭で無精ひげを生やした開発部の先輩野郎どもが、出張中の備蓄食料計算をミスって尽きた際に、飢えた餓鬼のように這い出して近所のコンビニを占拠して弁当、菓子類を買い尽くす。

 この現状を見れば、奥様方の認識はあながち間違っていないだろう。

 ともかく入社3年目でありながら新人が入ってこないので正規社員としては一番下っ端である俺の仕事は、それら外聞に対する諸々も含まれる。

 会社内では、先輩という名の餓鬼が飢えて外に出るのを防ぐために備蓄食料や栄養ドリンク、サプリメント類を切らさずに補充し、飽きがこないように常に新製品をチェックする、所謂買い出し係。

 社外環境保全班と言えば聞こえは良いが、単なる掃除係も重要な仕事。

 会社に出ている時は朝8時に向こう三件両隣前の掃き掃除をし、半年に一回ある町内のどぶさらいが社長命令で年間最重要任務にされているあたり、江戸時代の丁稚奉公と変わらない気もする。 

 ご近所様に対してソフトウェア会社としての仕事らしい仕事をしていないわけでないが、それもボランティアな面が強い。

 近くの工業高校で行われる初VR体験授業におけるVR世界内での補助講師や、近所のお年寄りが買ったVRソフト【TAE盆栽】の基本設定のお手伝いなどを時折無償で行っている。

 時間加速させた世界で樹齢千年越えの松を制作した爺様に頼まれて、VR内で友人を呼んだ歌会を準備した時は、良い冥土の土産話ができたと礼を言われ反応に困ったりしたが、あれだけ喜んでもらえたのは素直に嬉しかったし、やりがいがあったと思う。

 うちの会社がここまで世間体を気にするのには理由がある。

 インプラントによる脳内ナノシステムに伴うVR技術が最初期の軍事技術から解放されて三十年。

 その間に医療、建設等、多方面の業種で使われて脳内ナノシステムを用いたVR技術は徐々に一般化して発展してきたが、今でも脳に機械を入れることに拒否感を覚える人はそれなりに多い。

 さらに幼年期や成長期に脳内ナノシステムを構築すると脳自体の発育に悪影響が有るという学説も有ってか、国内では十六才未満は施術が禁止されており、これだけ広まった今でも危険性を訴え全面禁止を唱える団体もいる。

 さらに前述の風俗系VRを筆頭に、違法行為や脱法分野でも、表分野と同様に発展してモラルの低下を懸念する声や、新たなる法規制や罰則の強化の是非を検討したりと、物議を醸し出してきた。

 ドラッグ効果再現VR。

 悲鳴を上げ血を流すAI仮想体を狩る現実と区別の付かない殺人VR。

 有名アイドルのデータを流用した仮想体を使った裏風俗VR。

 規制側の決めた条例とその穴を付く業者のイタチごっこは、時々紙面を飾りVRの負の面を映し出す。

 負の面は俺が仕事とするVRMMOにも無論存在する。

 RMTによる詐欺行為やアイテム複製問題、廃人と揶揄されるプレイヤーは、VR以前のMMOから続く社会問題の一つだ。

 VRMMOに全てを捧げた奴の中には、リアルの体の栄養補給は複合調整された点滴で済ませて自動排泄機能が付いた高級専用筐体に籠もってゲームに没頭しつづける者もいる。

 酷いのになると、生活費はRMTで稼ぎ、その金で長期没入補助専門業者に料金を支払い完全にリアルを捨て去ったような異常者もごくごく少数だが存在する。

 その狂気の果てに衰弱した体が本人も気づかないうちに病気にかかりVR世界に入ったまま死亡する奴が国内だけでも年に一人、二人は出てしまう。

 批判を受けたさいに備え自主対策を施しているメーカも多い。

 うちの会社もRMT禁止を明記し、悪質な利用者には時にはアカウント停止の手段もとる。

 さらに連続接続時間制限を八時間として、その後は二時間の再入禁止措置を設けて、日数単位の長時間プレイができない仕様としている。

 しかしそれらの対策もプレイヤーが偽名の別垢を用意するなり、別ゲーとの二重生活をしたりすれば防ぎようがなく、正直いって一社で対処しきれる物では無い。

 俺自身もプレイヤー時代には時間制限ぎりぎりまで籠もるのを繰り返す無茶をやっていたし、知り合いにも似たようなのがごろごろいたので、他人の事はあまりとやかく言えない。

 だが制作者側になって、社内講習やら先輩らから実際に有った事故や事件の話を聞いて、長期接続による健康問題は重要だと認識を改めていた。

 成人に対するナノシステムやVR関連技術に対する規制を盛り込んだ条例もあるが、これだけ発展する前に制定された条例で、規制基準も罰則もかなり緩い物。

 VR技術の発展に合わせてさらに規制を厳しくするように求める有識者や団体なども数多く、彼らからは特に違法ソフトや、娯楽目的のVRMMOなどがそのやり玉に挙げられる。

 そんな逆風を感じているからこそ世間体を気にし、まずは足元であるご近所から受けいられるような会社にしようというのが、当社社長である白井健一朗の方針。

 だからMMO事業がほぼ会社の業務全般となった今でも、VR初心者のための無料講習会というボランティア的な業務をおこなっているとのことだ。

 自分の名字が白井だからホワイトソフトウェアって会社名にした安易すぎる人にしては、思ったより考えているんだなと、初めて聞いた時は感心させられた。

 そのあとじゃあ本社の建物を変えろよと内心突っ込んだのは秘密だが。

 兎にも角にも、ご近所に愛される会社を目指していく方針は俺も理解している。

 だから今日も荷物を全て降ろした後は、段ボールの切れ端や結束バンド等、ゴミが落ちていないかを車周りをくまなく確認。

 ゴミ一つ落ちていないことを確認してから車からの積み卸しを完了した。












「入ります。頼まれたコーヒーと臭い消しの交換です」


「おう三崎。ごくろうさん。丁度いい時来たな。お前午後は社長のお守りでイベント打ち合わせだったよな。そっちは代理を送るから、今からちょっと潜ってもらっていいか?」


 最上階に設置されたゲーム全域総合管理室に新しい芳香剤と頼まれていた缶コーヒーを持って俺が入ると、主任GMの一人の須藤の親父さんが机の上でせわしなく指を動かしながら言ってきた。

 端から見ると何も乗っていないデスクの表面を激しく指で叩いている怪しげな禿げ親父だが、判る人間から見ればとんでもないことを平然とおこなう化け物。

 デスクの上を縦横無尽に移動する腕の動きから見て、少なくとも五つは仮想コンソールを展開しており、その網膜ディスプレイには10以上のシステム情報ウィンドウを開いているはずだ。

 須藤の親父さんはこの道40年という大ベテラン。

 変化の激しい業界でこの年まで生き残り、さらに一線級の能力を維持する希有な人材。所謂魔法使い級のプログラマだ。

 はっきり言って、こんな中堅所で給料も安い貧乏メーカーにいるのが不思議なくらいの人材なのだが、本人曰く『こんな年寄りを現場に置いて、その上で十二分な裁量権くれる会社は貴重だ』とのことで、本人は居心地がこの上なく良いらしい。
 
 
「なんか問題ですか? 他の先輩らもいるから人手は足りてるでしょ」


 総合管理室は人が詰めている事が多い上に、窓が少なく換気性能が悪い。

 さらに本社全体も排水管が古くて、雨が降った後はどぶくさい臭いが上がってくる事もあるので各部屋毎に消臭剤が必須。

 放っておくと夏場の運動部部室よりもさらにひどい臭いになるといえば、その悪辣な環境が判るだろう。

 芳香剤の蓋を開け密封シールをはがし部屋の隅に設置しながら俺は室内を確認する。

 8畳くらいの大きさがある総合管理室の中には須藤の親父さんが座っているデスクと同型のダイブデスクが10脚あり、そのうち五つを先輩GMらが使用中だ。

 ダイブデスクはVR世界に潜るときに使われる簡易補助器具。

 デスク内に埋め込まれた薄型ハードとケーブルをつなぎ脳内ナノシステムとリンクさせ伝達処理性能を上げ、さらに地下に設置された当社のもっとも貴重にして高級な財産である巨大サーバーと直接配線が繋げてある。

 先輩社員らは椅子に深々と腰掛けベルトで体を保持した完全没入状態だ。

 最大で10万人近いプレイヤーが同時に潜っているVR世界を滞りなく管理するには、ともかく膨大な処理が求められる。

 脳内ナノシステムにサポートされた人の脳はその処理をおこなうだけのスペックを発揮できるのだが、リアルな肉体はその処理速度に筋肉疲労や俊敏性の問題で長時間はついていけない。

 だからVR世界内に作られた管理室で物理的制限から解き放たれた状態で管理業務を行っている。

 ではなぜ須藤の親父さんだけがこちらにいるかといえば、この親父が化け物なだけだ。

 仮想コンソールを5個も展開しても使いこなし、さらにそれで徹夜までこなすプログラマ。

 こんな化け物が業界にいるという噂は聞いたことは有ったが、こうやって実際目にするまで都市伝説の類いだと思っていたほどだ。


「GMコール。お前を名指しのご指名だ」


「俺に? つーか普通は呼び出すGMを指名なんてないでしょ」


 冷えた缶コーヒーをプルトップを開けて親父さんの机の上に置きながら俺は首をかしげる。GMが特定のプレイヤーを贔屓することは許されない。

 だからこそボスキャラ状態ではプレイヤー情報にはフィルターが掛かり特定ができないようにしているし、他にもGMとプレイヤーでの不正を防ぐための措置がいくつも生じられているのだが、


「ほれ。お前の知り合い。開発部の佐伯がチェックしてるアリスとかいう姉ちゃんからの呼び出し。昨日の討伐戦参加プレイヤーのうち6250人の同意署名付きの特別GMコール」
    

 右手は休むことなく動かしながら左手で缶を取ってグビリと飲みながら親父さんが俺の疑問に答える。

 親父さんがあげたのは、正式には『アリシティア・ディケライア』という名のプレイヤーだ。

 若干……いやかなり重傷気味の中二病を煩った廃人プレイヤーの仮想体名にして、俺が設立したギルドの二代目ギルドマスターという名のギルドマスコットにして元相棒。

 正式名称が長く言いにくいのと、本人の仮想体の外見から通称でアリスと俺とギルドメンバー達は呼んでいた。

 GMになった時に、他のプレイヤーに公私混同と誤解を与えぬようにと考えて、アリスやギルドとの付き合いは距離を置いたのですこし疎遠となってしまったが、相棒であったことに変わりは無い。

 そんなアリスに久しぶりに会うのは楽しみではあるが、問題はそっちでは無い。


「それアリスからっていうより、同意書コールがメインでしょ」


 今回重要なのは呼び出し相手ではなく、親父さんがついでのようにあげた同意書付きの特別コールの方だ。

 リーディアンオンラインはお客様に楽しんでもらうことを第一とするゲーム。

 だからお客様であるプレイヤー達からあげられる意見、要望は無碍にできない。

 かといって少数意見を全て取り上げ対処していたのではゲームは進まない。

 そこで導入されたのがプレイヤーによる同意書制度。

 一つの案件に合計で千人を超えるプレイヤーからの同意書があれば、運営側は対応を検討すると確約している。

 無論その意見を話し合って却下する時もあるが、その場合は却下に至った会議内容と全ログをプレイヤー向けに公開もしている。

 全員を納得させるのは難しいが、それでも運営側が真剣に話し合った結果の上で却下したことを理解してもらうためだ。

 同意書の乱発を防ぐために同意書権は半年に一回だけ全プレイヤーに供給される、ある意味ゲーム内でもっともレアなアイテムになっている。

 そんなレアアイテムを使った六千を超えたプレイヤーからの名指しとなるとこれを無視するのは難しい。


「呼び出し案件はなんです?」


「昨日のアスラスケルトン。被害甚大でプレイヤー側に公開されてないスキル使ったチートじゃねぇかって声が一部からあるんだとよ。だから昨日のスキル設定と戦闘ログの開示しろって」


 ボスキャラの基本ステータスと所持スキルや、その基本レベルはオフィシャルHPで公開している。

 さらに公式ツールとしてスキルレベルを調整した際の攻撃力計測ソフトを公開している。

 これは自分の防御力で攻撃をいくつまで耐えられるかや、秒間与ダメージをプレイヤーが計算しやすくするためだ。

 だから昨日のスキル設定を公表するのには何の支障も無い。

 さらに戦闘ログもどの時間にどの位置にいたとか、MP回復量がいくつだったかを記録しているだけなので、そこまで重要度の高い情報ではない。

 だから運営側のチートを疑っているのならば、開示して証拠を指し示せば良いだけのように一見聞こえるのだが、


「そりゃまた……見え透いた古い手を使ってきましたね」

 
 実際には運営側のチートを疑うプレイヤーがいない事を知っている俺は、思わず呆れ声を上げる。

 この要求の真の意図はボスキャラの数値データではなく、実戦時の詳細なデータを手に入れること。

 スキルレベル構成と戦闘ログから実際にどういうルートを動いたとか、スキルを使ったタイミング。スキルの有効範囲を詳しく調べて、次の攻略に役立てるための情報収集がメイン。

 運営側が開示を拒めば、事情を知らないプレイヤーにチートを使っていたと思われかねないので拒否しにくいだろうという考えが実に性格が悪い。

 今までのMMOではなかった毎回毎回スキル内容が変化するボス討伐戦に膨大な被害を出していた稼働最初期に、少しでも多くの情報を得るために考案されたあの手この手の一つだ。

 初期から存在するアスラスケルトンの戦い方は中身のGMがどう変わろうと魔術攻撃がメインで攻略法が出尽くしている感があって、最近は初手特攻作戦一辺倒だったが、どうやら昨日の俺の死霊魔術師作戦にプレイヤーが危機感を覚えて早速対策に乗り出したようだ。

 マンネリ化していたアスラスケルトン戦が変われば、これでまたゲームが面白くなる。

 俺の浮かべた人が悪い笑顔を見て、会話の最中も各地のプレイヤー数から適正なモンスター沸き数を調整している親父さんがあきれ顔で眉をしかめた。
 

「その見え透いた手を最初に使ったのお前だろうが。ほれ許可するからとっとと行ってこいクソガキ。そこの机」

  
 かなりおざなりではあるが主任GMとして情報開示許可を出した親父さんが使用可能にしたダイブデスクを顎で差した。


「了解。んじゃ行ってきます。打ち合わせ用の資料は共有フォルダに8月イベント打ち合わせで入ってますから頼みます」


「おう」


 最低限の仕事の引き継ぎだけを親父さんに頼んで、俺は指示されたダイブデスクの椅子に座る。

 複雑な操作を求められるボスキャラ時なら高性能なハードを備えたゲーム専用筐体が必要だがただVR世界へと潜るだけならこれで十分。

 机の脇から巻き取り式の接続コードを引っ張りだすと首筋のコネクタに手早くはめて、椅子のベルトで体を固定する。

 接続確認のシグナルが仮想ディスプレイに出ると同時に俺はこめかみを軽く叩いて没入を開始した。
  
















 俺が降り立ったのはゲーム内での仮想本社としての役割を持つホワイト商会本部の会議室の一つ。

 ゲームのメインデザイナーでもある開発部主任の女史の趣味である欧風バロックを基調としたこの建物は、家具や壁紙さらには柱の彫刻から絵画まで全てが一体化し調和のとれた渾身の作品。

 リーディアンオンライン世界全体もファンタジー色が些か強い物の、それが異世界に来たと思わせる秀逸な物で、顧客や業界からも評価は高い。

 しかし現実のボロイ本社を知る身としては、仮想世界の宮殿と見間違える建物のとのあまりのギャップにむなしさを覚えるだけだ。

 ここに来るといつも出てしまう空しいため息を吐いていてもしょうが無い。

 WISでアリスを呼ぼう。

 俺はシステムウインドを起動するために右手を挙げて、


『遅い。シンタなにやってたのよ』


 コールする前にその本人から先にWISが飛んできた。

 一介のプレイヤーであるアリスにはGMの俺がいつ入ってくるかなんて判らないはずなのだが、まるで計ったかのようなタイミングの良さ。

 アリスの異常なまでの勘の良さは相変わらずのようだ。

 しかしどうも機嫌が悪いようだ。声がむすっとしている。

 そんなに待たせたはずはないのだが、
 

「なにって仕事だっつの。待ってろ。すぐ呼ぶから」


 俺は右手を振ってシステムウインドからWISに設定を変えてアリスに返事を返す。

 勝手知ったアリスといえどプレイヤー。お客様に変わりないのだが、こいつには敬語やら丁寧語で話す気はない。

 前にゲーム内イベントで偶然会ったときに無視するのもあれなのでGMとして丁寧語で話しかけたら、かしこまった言葉遣いが気持ち悪いとすこぶる評判が悪かったからだ。


「GM権限。プレイヤー『アリシティア・ディケライア』召還」 
 

 右手を突き出して目の前の床を指さして、アリスの正式名称を口にして短いコールを唱える。

 プレイヤー強制召還はGMにだけ許された特別権限。

 移動魔術不可能地域だろうが、プライベートルームだろうが一瞬でプレイヤーを呼ぶことができる。

 主に規約違反者の捕縛や事情聴取に使うシステムだが、セクハラ被害者の緊急保護や今回のような特別コール提案代表者を呼ぶさいにも用いられる。

 俺が指さした床の一面に一筋の光が走る。

 光はまるで瞼のように中心から割れながら、折りたたまれていた複雑な魔法陣を展開していく。

 たかが呼び出しにいちいち大仰な仕掛けだと思うプレイヤーも多いようだが、こういうファンタジーな雰囲気を喜ぶ者もいる。

 そういったプレイヤーの中でもさらに濃い連中。

 リアルの名前はもちろん出身地や職業、年齢などを一切口にせず、キャラになりきる者達は通称『ロープレ派』と呼ばれる。

 そしてリーディアンオンライン全プレイヤーの中でロープレ派の筆頭をあげろと言われたら、


「……………」


 魔法陣から姿を現した金髪西洋少女+ウサミミという狙いに狙いすぎた感がダダ漏れ気味なこの女騎士の名を俺は真っ先にあげる。

 セミロングの金髪に碧眼の15才ほどの美少女。

 頭にはデフォルメされたウサギの耳を生やすこのプレイヤーこそアリシティア・ディケライア。

 西洋風金髪キャラに頭のウサミミが合わさり、ルイス・キャロルのアリスをイメージするので、仮想体名を略した『アリス』と俺たちは呼んでいる。


「乙女の心を傷つけて弄んだシンタ刺していい?」


 眉をしかめて不機嫌を隠そうともしない顔のアリスは出現するやいなや、手に持っていたロングスピアを俺に突きつけ、わけの判らない物騒なことを宣う。

 普段のアリスなら召還されたら、自分の名を名乗って、『はせ参じました』やら、『参上』なり、嬉々として口上を述べるのだが今日はそれがない。

 どうやら本気で機嫌が悪いようだ。

 何かあったのだろうか?

 極めて機嫌が悪いアリスの様子が気にはなったが、槍を突きつけられたままでは話にもならない。


「あーアリス。一応忠告しておく。GMへの暴力行為とか脅迫行為は垢BANの対象にもなる悪質行為だから。あと武器は建物内ではしまおうな。良い子だから」


 今の状態だけ見ればアリスの行動はまさにそれだが、どうにも子供っぽい所があるアリスの場合、単に不機嫌で八つ当たりしているだけの事だと長年の付き合いで知っている。

 いくら公私混同はしないと言っても昔の相棒をこんな下らない理由で追放したくはないので一応忠告をしておく。


「子供扱いしないでよ……判ってる。これで良いでしょ」


 子供扱いされたことにふてくされたのかぷいと横を向くが、その手を振って槍を消し去る。

 俺の忠告通りインベントリーへと戻したようだ。 

 それにしても相変わらず子供みたいな奴だ。

 知り合ったのがリーディアンオンラインオープン間もない六年前。

 さらにナノシステムの年齢制限も考えると、最低でも中身は二十二才を超えているはずなのだが、その仕草や言動の一つ一つがどうにも幼い。

 姉貴の所の今年七才になる姪っ子の方がまだマシかもしれない。

 骨の髄まで染みこんだ中二病もあって精神成長ができないんだろうなと、つい同情を覚えそうになる。


「シンタ……失礼なこと考えてるでしょ」


 俺の表情から内心を読んだのか、頭の上のウサミミを威嚇するように立てアリスが睨み付けてくる。

 リーディアンオンラインはプレイヤーがある程度自由に仮想体の表情や動きを自作できるツールを提供している。所謂MODツールだ

 獣人タイプキャラの耳はただの飾りでバニラ設定では動くことはないのだが、アリスは自作 MODを入れて感情に合わせて動くようにした最初のプレイヤーでもある。

 これに限らずアリスは本当に細かいモーションまでこだわって作っており、ウチの開発部がこのアリスの作ったMODを参考にして公式新エモを作っているほどだ。
 
 
「あーないない。で、どうした」


 適当に流してから一体どうして機嫌が悪いのか聞く。

 本来ならコール内容の方を優先すべきだが、どうにもそういう雰囲気ではない。

 たぶん俺が原因なのだと思うが、会うのは久しぶりなので思い当たる節はないのだが、どうにも俺に文句を言いたげだ。

 というかひょっとしてコールはついでで、俺に文句を言いに来たのが本命の用事か?

 そのためなら六千人くらいの署名を集めかねないからこいつはある意味恐ろしい。 


「シンタのせいで花嫁さんが花婿さん斬り殺して喧嘩になってあたしが狩りに参加できなかった」
 

 こいつの勘の良さははっきりいって異常。

 こちらの言葉が少なくても俺がなにを聞きたいのかすぐに察してくれる。

 ただ問題はこちらにも自分と同じ理解力を求めること。

 特に機嫌が悪いときはこの傾向がさらに酷くなり本当に過程がすっぽりと抜ける。

 アリスに言わせると俺の手持ち情報でわかるはずの事情説明らしいのだが、はっきり言おう意味不明だ。


「花嫁と花婿って? 細かく話してくれ。ちゃんと聞くから」


 だからこちらは気長に一つ一つ確認していくしかない。

 幸いこんな性格のくせにアリスの気は長い。

 むしろちゃんと話を聞いてもらえる方を喜ぶ節がある。


「ギルド掲示板に書いてあった。チーちゃんとタスの結婚式をやるって」


 アリスはそれこそ一日の限界である二十時間ぎりぎりで毎日潜っている廃人。

 下手すると寝ているとき以外は、生活の全てがこっちにあるんじゃないだろうか。

 リアルに知り合いがいるのか心配になるほどなので、リアルでの話の可能性はこいつに限っては絶対にない。

 ただその徹底的にこだわった容姿やこの廃人ぶりで有名な所為でゲーム内でもトップクラスに顔が広い。

 だからアリスが知り合いをあげても名前だけでプレイヤーを特定するのは大変なのだが、今回はまだヒントがある。

 アリスがただギルドというときは、俺が設立したギルド『KUGC』しかない。

 正式名称上岡工科大学ゲームサークル。

 名前の由来は字の通り。

 将来的にVRMMO関連の仕事に興味のあった大学の同サークルの先輩、同期、後輩連中が集まって、丁度オープンしたばかりのリーディアンオンラインを見学がてら始めたのが切っ掛けだ。

 ちなみに当時大学二年だった俺が先輩を差しおいてギルマスになったのは、『お前が飲み会の幹事で仕切り一番上手いから』との部長命令だ。

 そんな始まりだが、別に母校の学生だけが入れるといったギルドではなく、二代目ギルマスであるアリスを筆頭に、適当に気の合った連中を入れまくって拡大化した結果、今でも続く古参ギルドの一つになっている。


「あーと……あぁチサトにタイナスか。悪い。最近は仕事が忙しくてそっちの掲示板覗いてないから知らなかった」 
 

 しばし考えてようやくその名に思い当たる。

 プレイヤー名。チサトにタイナス。

 俺がギルマスとプレイヤーを引退する直前の三年前にギルドに入った当時高校生の幼なじみカップルプレイヤーだ。 

 二人同時にあげてくれたからまだ思い出せたが、単独だと思い出せない程度の付き合いしかない。


「シンタもっとちゃんと見てよ。昨日シンタが来てくれれば、あたしが立会人の服着られたのに。ついでにシンタも。チーちゃん達にも立会人になってほしいって頼まれたんだから。あたしとシンタみたいにボス戦の最前線で背中合わせに戦うような夫婦像が理想なんだって」


 見てなかった事を正直に伝えるとアリスはさらに機嫌が悪くなった。

 イベント事が好きなアリスは結婚式の立会人が着る特別衣装にあこがれがあるようだ。

 本物の服飾デザイナーがあしらった花嫁と立会人の服はリアル結婚式で再現していたプレイヤーもいるほどの人気があるらしい。

 その立会人になる条件とは婚姻関係にあるプレイヤー二人だ。要はリアルの仲人と同じ。
  

「知ってても俺昨日は仕事だから無理だっての。つーかGMになってからプレイヤー時代のキャラはアクセス不可能な封印状態だって知ってるだろ。無茶言うな」


 俺とアリスが夫婦と言ってもリアルで付き合っていたとか結婚していたわけではない。というか俺に限らず誰一人こいつのリアルを知らない。

 何せほんとに自分のリアルの話には黙りこくっているロープレ派の鏡みたいな奴だから。

 しかも俺とアリスとの関係は、プレイヤー時代にゲーム内で婚姻関係を結んだ相棒であるのは間違いないが、そこには男女の恋愛感情という物も無い。

 リーディアンオンラインの婚姻システムには夫婦のみでパーティを組んで近距離にいれば全てのステが二割増しになり、HP、SP自然回復が若干早くなる強化要素がある。

 俺とアリスは戦闘方法は違うが、基本的に二人とも狩りの時もボス戦も常に最前線に突っ込んで穴を開けていくいく先鋒タイプだった。

 どっちがより早く多く倒すかと競い合い張り合って、気づいたら突入しすぎ周囲には二人だけという状況も多々有り、生存確率を上げるために軽い気持ちで婚姻を結んだというわけだ。

 本来ならこの関係は俺がプレイヤーを引退したときに解消しているはずだったのだが、今でもゲームシステム上はアリスと俺のプレイヤー時代の仮想体データは婚姻関係にある。

 本当ならば大学卒業と共に正式な社員としてホワイトソフトウェアに入社すると決めたときに、不正を嫌う会社の規約もあり自分の分身とも言うべき愛着の有った仮想体も消すつもりだった。

 アリスも俺が現役引退するのが多少嫌そうであったが、GMとしてゲームに関わるのならと一応納得してくれたのだが、俺が引退するという情報が流れると共にアリスに結婚を申し込むプレイヤーが大挙して出てきたことで状況が一変。

 廃人であるアリスがゲームに入って来るのを躊躇するくらいの数のプレイヤーが会いに来たりWISやらが飛んできた。

 このままでは狩りにもいけないとアリスに泣き付かれ、しょうがなく会社に頼んで俺のキャラをアクセスできないが存在はする封印状態にしてもらって、婚姻関係を持続して現在に至っている。

 目立つ容姿とトッププレイヤーに属する抜群の戦闘能力というアリス個人の魅力に、うちのギルドKUGCの和気藹々とした雰囲気が作り出す高い結束力と集団戦闘能力もあいまって、いろいろなメリットからアリスと婚姻を結ぶ事を望む者は未だに数多くいる。

 そんな輩はアリスも適当に断っているが、たまに本気で告白してくる者もいるらしくそういう時には俺の名前を出して断っているらしい。

 その所為で各掲示板で俺の名前が出たときなんかに『アリスととっとと別れろ腐れGM』と書き込まれるのはある意味テンプレとなっている。 


「GMの癖に融通が利かない」


「そう簡単に利かせちゃまずいだろうが。にしても、あの二人まだやってなかったのか?」


 チサトとタイナスが入ってきた当初からリアル幼なじみ故か仲が良かったのは何となく覚えているので、とうの昔に結婚していると思っていた。

 婚姻強化はステ的においしくデメリットもないので、早めに結んでおくことに越したことはないんだが。


「二人ともリアルでも付き合う事になったからその記念にだって。チーちゃんがタスとほんとに恋人になるまで、リーディアンの中だけっての嫌だったみたい」


「……なんつーか甘酸っぱいな。で、それがどうとち狂って結婚式当日に花嫁が花婿を刺すサスペンスになってんだよ」



 聞いているこっちの背中がかゆくなるような話だ。

 しかしここまでの話だけなら幸せそのもの。果たしてそれがどうして花嫁が花婿を刺すような話にって…………あぁなんか判った。

 ここまで来てようやく繋がった。

 しかし遅かった。

 最後の問いかけが余分だった。

 察しの悪い俺にさすがにアリスの堪忍袋の緒が切れたみたいだ。

 プルプルとアリスの長いウサギ耳が揺れる。

 言葉にせずとも感情がわかりやすく、本当にこだわって作っているなと現実逃避気味に考える。
  
 
「結婚式場が東方の水面神社で、式が丁度終わった位でアスラスケルトン出現の鐘が鳴ったの。場所が近いしギルドメンバーと友好ギルドの人たちも大半そろってたから、良い記念だから突入しようって事になって、あたしとチーちゃん達が先陣の特攻メンバーになって、しかも一番に六層に突破できたのに……」


 そういえば昨日の槍を持った騎士の気合いの入った戦いぶりみて、こいつを思い出してたんだけどそれも当然か……本人だしな。

 あの時の槍騎士がアリスで、大剣騎士がチサト。んで撤退時に背中守ってたアサシンがタイナスか。

 俺の出番が月一回くらいしかないボス戦で、しかも新戦法を試した初陣の相手がかつての相棒とは。

 世間は狭いとはよく言ったもんだ。

「アスラスケルトンでマリオネットポイズンなんて使う!? っていうか遠距離専門のアスラスケルトンじゃ死にスキルで使えないから考えなくて良いってシンタが昔断言したよね!? しかもスキルレベルいくつ!? チーちゃんはともかくあたしのレベルに即死で効くなんて普通ないでしょ!? ログ見せてよ! シンタならチートとか汚い手でやりかねないもん! チートだったらGM首にしてやるんだから!」


「使ってないっての。しかもお前にそんな権限ないから」


 激高したアリスが悔しさから泣きそうな顔を浮かべて、ログをよこせと右手を突き出す。

 どうやら俺は読み違えていたようだ。

 運営のチートを疑っているプレイヤーは俺の目の前にいた。



[31751] ゲームは一日5時間まで
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/06/06 01:21
 会議室のデーブルに座り左手で顎を支えながら俺はじっと前を見る。

 視線の先では不機嫌な顔を浮かべてアリスが昨日の戦闘ログを熱心に読みふけっていた。

 そのままでも閲覧可能なログデータを、わざわざ古書風の書物ツールに落とし込み、室内の世界観を壊さないようにしている辺り本当に細かい雰囲気までこだわる奴だと呆れ半分に感心する。

 ページを捲るさいにいちいち紙を捲る音がしてくるこの書物ツールもアリス自作のMOD。

 普通のプレイヤーならポップウィンドウで一気に流し読むようなログも、手間をかけて読むのをアリスは好む。

 前に面倒ではないかと尋ねたが、雰囲気が壊れるのが嫌だとのこと。


『ちっ! また動き増えてるね。この小娘は! 林! 細部記録できてるね。ついでに解析も頼んだよ! 記録ミスったら棺桶三十往復させっからね!』


 口が悪い割には嬉しそうな女性の声が俺の脳裏に響く。

 開発部の主任佐伯女史御年四十才が、鉄火場にいるような威勢のいい声で指示をだしている。

 ちなみに棺桶とはリアル本社のエレベーター。

 階段三十往復とどっちがマシだろうか。


『あいよ。耳と頬の動きに新しいリンク有りと。カメラ! もうちっと上動かせ。耳だ耳!』


 先ほどからやたらハイテンションな業務命令にしたがい、カメラである俺は目線をアリスの頭の上。金色の髪からにょっきりと顔を出すウサミミに合わせる。


 頭の中に響くパーティチャットの主達が我が社が誇る精鋭技術者集団、開発部の面々だと思うと頭が痛くなる。

 夏休み前の大型アップデート直前で忙しいはずなのに、アリスが来ていると聞きつけ、俺に一言の断りもなく開発部パーティに加入させたかと思うと、視覚データをハックしログを読みふけるアリスの表情のモーションデータを取っていた。

 次のアップに向けてアリスの動き方を参考に、新規モーションデータを作成するとのことだ。 

 アリスに限らずプレイヤーが作ったMODデータ自体は、ゲームに反映させるために本社サーバ内に設けられたプレイヤー用個人フォルダに入っている。

 プレイヤー一人頭の基本MODデータ容量は決められており、もっと多くのMODを入れる場合はデータ枠を追加購入をしてもらっている。

 アリスの場合は容量を五個も追加して、容姿や動き以外にも本などの小物まで作っている拘りぶりだ。

 そのデータが入ったサーバは本社の地下。

 開発部がアリスのMODデータを覗き見ようと思えばいつでも見られるのだが、それをしないだけ視覚ハックの方がまだマシか。


『きたきた。おし0.01秒単位のフレーム全部撮ってけよ。うほ。髪の動きまできてるぞこれ! データ取れたか!?』


『良い絵いただきました!!!』


『おし! 二日で解析! 丸裸にしてやるよ!』


 アリスの感情に従って動くその耳は、プレイヤーが倒された記録を見たときはぴんと立ち、何度も同じページを見返すときは左右にピコピコと動く。

 さらに耳の動きに合わせて糸のように細い髪も自然に動く細かさに開発部のテンションは最高潮に達しやがった。


「……うー。相手シンタなんだからそっちじゃないでしょ。なんでこっちにいるの。みんな裏かかれてるじゃない」


 舞台裏がそんなことになっているとはつゆ知らず、右手を空中で動かして別の本をインベントリから取り出したアリスは両者をしばし見比べて肩を落とした。

 気落ちするアリスに合わせてウサミミが丸まるあたり本当に芸が細かい。

 アリスが出した本はおそらく他のプレイヤーから借りてきた戦闘ログだろう。

 俺が実際に通った進行ルートと、プレイヤー側が予測していたルートを見比べて、あまりに見当違いの網を張っていることに苛立っているようだ。


『三崎もっと落ち込ませな! できたら泣き顔で上目遣いかジト目の表情も記録で撮っておきたいから!』


(勘弁してください。つーかアリスに頼めばいいじゃないですか。ソース教えてくれって。なんでいちいち動き見て解析してんですか?)


 テーブルの上に展開させた他者不可視状態の仮想コンソールを右手ではじき開発部へと文字チャットで返す。

 口に出すWISで返してもいいのだが、運営側がこんな馬鹿な会話をしていると、例えアリスといえどプレイヤー側に知られたくない。

 事細かくそれでいて自然な動きを可能とするアリスMODに触発され騒いでいるのはわかるが、一番ハイテンションなのが開発部唯一の女性かつ主任というのはどうなんだろう。

 我が社の開発部が持つ業の深さを改めて感じる。


『はっ! これだからあんたはダメなんだよ! ほしい物があったら作る! それが技術屋ってもんだよ!』 


 何というか女傑という言葉が似合い、とても技術者と思えない体育会系なノリな人だが、この人がファンタジー色の強いリーディアンオンラインの世界観を担当しているのだから世の中判らない。

 お伽噺から抜け出てきたような容姿のアリスは特に佐伯主任のお気に入りだ。

 しかしさすがに業務とはいえアリスに断りのない盗撮に近い行為……というか完全に盗撮だよな。

 いい加減拒否してやろうか。

 半ば本気で考えているとアリスがページを捲っていた手を止めて顔を上げ、俺をじっと見た。

 何か気になる部分があったのだろうか。


「喉渇いておなかすいた。冷たいお茶とケーキが食べたい。シンタのおごりで」


 視界の隅に時計を呼び出して見ると丁度午後三時。

 子供かお前は。

 しかもVRの料理なんて食べても、実際には腹を満たせないし喉も潤わないのに、なぜほしがる。
 

「…………」


「ねぇお茶とケーキ」


「今の俺の立場だと無理だっての。それくらいわかってるだろ」


 消費するのは現実の金では無く、ゲーム内通貨とはいえ俺とアリスの関係は今はGMとプレイヤー。

 そこの線引きはしなければいけない。


「シンタなんか白服になってからケチになった。昔は奢ってくれたのに。ケーキー食ーべーたーいー」


 俺が着込むGMの証である白いローブを恨めしげに見たアリスは、拗ねて頬を膨らませて、テーブルにぺたんと倒れ顔を伏せながらうめく。

 頭のウサミミもだだをこねて泣きわめく子供のようにをテーブルをぺたんぺたんと叩いている。

 あまりにもよく出来たリアルすぎる仮想体の外見年齢が15才ほどの少女に見えるから、時折忘れそうになるが、アリスの中身は確実に成人を超えているはずだ。

 大人として恥ずかしくないのか。

 さすがにキャラ作りすぎじゃ……作ってるよな?

 アリスが本当は言動そのままのリアルな子供じゃないかと思うときがある。

 本人があまり意識していない時や、今みたいに怒ったときに自然と出る言動が幼すぎると感じるときが時々あるからだ。

 ナノシステムを満15才未満の子供に投入するのは国内では原則禁止されている。

 もしプレイヤーの中に禁止されている年齢の子供が混じっていたら……大きな社会問題になるのは避けられないだろうな。

 さすがに無いと思いたいし、その方が良いのだが、それならそれでアリスのリアルが心配になる。

 アリス。リアルでもそれやってないだろうな。痛いだけなんだが。


「……金出せ。買うぐらいなら行ってきてやるから」


 ふと胸によぎった不安を感じながら、我ながら甘いと思う返事を返す。

 これくらいなら許容範囲だろうと思ったのだが、

 
『三崎! アリスの食事モーション撮るチャンスだ! 秋用の新メニュー! 送ったから食べさせな!』


 あっさりそのラインを踏み越えきっぱりと言い切った佐伯主任のテンションMAXの声が脳裏に響く。


(ちょ!? 本気ですか?! 情報解禁まで社外秘なんでしょそれ!?)


『がたがた五月蠅いね! もう送ったんだからさっさとリストを確認してアリスに選ばせるんだよ! 最優先業務命令!』


 怒鳴り声に俺は反射的に右手を挙げてシステムウィンドウを開いて確認する。

 業務命令という言葉で体が動く自分が情けない。

 開発部から送られてきたやたらと容量の大きいデータを呼びだして、空中にウィンドウを開いてリスト表示する。
 
 
「……マジだし」


 折りたたまれたファイルホルダを展開して、ずらりと並ぶリストを確認して俺はうめき声を上げる。

 VR世界だけとはいえ本物と同じ味をしかも繰り返し食べられる料理データは、外部に出るとかなりまずい類いの機密データ。社内でも厳重に取り扱われている。

 しかも今回の新作料理データは、大手食品メーカー数社とコラボした秋アップデートの目玉企画。

 『食欲の秋。懐かしの食べ物・お菓子フェアー』と銘打ったそのラインナップは、食品メーカーが生産終了したり、一時期流行したがすでに姿を消した懐かしい料理や菓子、飲み物をVRデータ化して再現し、VR世界内でプレイヤーが口に出来るという企画だ。

 さらには人気投票を開催して需要があると判断されれば、食品メーカーがリアルでも再販復活をさせるという計画まで見据えている。

 夏の大型アップデートと同時に発表をするはずの企画で、現状はホワイトソフトウェア正社員とメーカ関係者以外は知らない最高機密。

 しかし佐伯主任は企画の本丸である料理データをあっさりと出しやがった。

 アリスの食事モーションを取るためだけに。

 いいのかこれ? 

 後で問題にならないだろうな。どう考えても社内規定違反なんだが。

 まだこれなら素直にアリスに奢った方がマシだった。

 一介の平社員には重すぎる重要データの取り扱いに俺は声を無くす。

 だだをこねていたアリスは無言になった俺に気づいて顔を上げると、
 

「……そんなに嫌ならいいよ。我慢する」


 俺の態度が硬い拒否を示しているとでも思ったのか拗ねて口をとがらせた。


『三崎! データ取り損ねたら冬ボーナスの査定0にするよ!』


「……飲食データの再現エラーで見た目と味が違った失敗作が出たときの報告リストがある。そこのデータなら食べさせてやる」


「シンタ。嘘ついてるでしょ。しかも変なことしてない? なんかさっきからシンタ以外の視線も感じる。すごい鬱陶しいんだけど」


 俺が苦し紛れに考えた嘘をアリスはあっさり見破り、さらにウサミミを左右にピコピコ振って頭の上を払うようなそぶりを見せた。

 俺の視覚データを通してのぞき見している開発部の連中に気づいているのかこいつ?

 いくら何でもあり得ないと思うのだが、こいつに限っては勘が良すぎるので完全に否定できないのが恐ろしい。

 だがそれだけ勘がいいのだから、こっちの窮状も察してくれ。

 もうこうなったら仕方ない最後の手段だ……今でも通用するといいのだが。

 俺とアリスの間には、プレイヤー時代に固定コンビである婚約を結んだときにアリスが言い出して決めたキーワードとルールがある。

 俺のキーワードは『相棒』でアリスのキーワードは『パートナー』

 キーワードは普段は口にせず、相手が口にしたときは、その意思を絶対に尊重する。

 頼み事をするなら順番は交互で連続は無し。

 相手の尊厳を傷つける行為はしない。頼まない。

 なぜこんな少し奇妙なルールをアリスが提案したのか今でもわからない。

 だがアリスはこのルールを結ばないならコンビを組まないと断言していた。

 たぶんロープレ派として譲れない部分があるのだろうと思いつつ、俺は条件をのんでアリスとコンビとなったのだが、アリスは俺が思っていた以上に本気でこのルールを厳守していた。

 約束を破ってたいしたこともないのに、ついキーワードを口にしてしまったときなどは、1週間近くも口をきかないほどに怒ることもあったほどだ。

 前にこのルールに従いアリスがキーワードを口にしたのは、俺が引退するときに有象無象のプレイヤーからアリスが求婚された時。


『他のプレイヤーに求婚されなくてもすむように、プレイヤーキャラクターを消さないで。パートナーでしょ』 
 

 だから今回は俺の番。


「深く追求するな。つーかしてくれ。頼むから”相棒”の言うことは信じろ。誰も見てない。見た目と味が違うけどいつもと同じ物。特別だから誰にもいうな」


 切り札をだしアリスに納得してほしいことを口にする。

 アリスのウサミミは俺の一言一言にぴくんぴくんと動いて反応していた。
 

「………………いいよ。他に誰も見てない。見た目も味も違うけどいつもと同じ物のデータエラー。その事は誰にもいわない。シンタってほんとずるいよね。こういうときだけ約束、覚えてるんだから」  


 テーブルから身を起こしたアリスは仕方ないなとばかりの顔を浮かべつつも、俺が約束を覚えていた事が嬉しかったのか少しだけ笑って頷きかえしてくれた。

 やれやれどうにか出来たかと思ったのだが、
 

『ちっ!リア充が!』


『三崎! あとで耐久デバッグ10時間やらせるから覚悟しとけや!』


 俺とアリスのやり取りに開発部の先輩男性社員共が舌打ちをならし、さらに恫喝してきやがった。

 いや、ちょっと落ち着け先輩方。

 ここリアルじゃ無くてVRだ。

 しかも相手はリアル正体不明のアリスだっての。

 俺も断固として拒否したいが、中身が最悪おっさんかもしれないだろうが。

 これ以上この突っ込み所がありすぎな開発部に付き合っていると俺の精神が持たない。

 料理データが載ったウィンドウを確認しつつ、パーティーチャット回線を閉じて、ついでにWIS拒否設定に変更。
 

「アリス。ケーキとお茶だよな」

 
 覗かれているのは気になるが雑音は遮断したことだし、元相棒との久しぶりに会話に集中しよう。
 
 

















「そりゃよかった。ちゃんと仲直りしたんだな」


 多少は機嫌が直ったアリスから、昨日の新婚カップル殺人事件?の顛末を聞いて俺はほっと息を吐く。

 個人的付き合いはほとんど無くても、元ギルマスとしてギルドメンバーカップルを別れさせたとなったら、仕事で悪気が無かったとはいえさすがに後味が悪すぎる。

 最初にリスポン地点に戻ったタイナスはチサトが焦って操作ミスをしたのだと思い、気にするなとWISを送ったらしい。

 ところが返事が一向に返ってこなくてリスポーンもしてこない。

 WISで謝りの一言も返さずに自分たちだけでボス戦を続けてるいると思い込んだらしい。

 一方チサトの方はといえばその時は俺の操り人形中で操作不可能状態。

 自分が操られている事を他のプレイヤーに伝えられても困るのでシステム側で禁止していたのだが、その所為でタイナスからのWISは聞こえず、逆に外側にWISを送ることも出来ないでいた。

 ようやくスキル効果時間であった五分が過ぎて戻ったときにも、初めて受けたスキル攻撃に、なにが起きたのかわかっていなかったそうだ。

 結果二人の認識の違いからきつい言葉になりすぐに言い争い。さらには大喧嘩となったらしい。

 再突入を諦めて間に入って何とか事を納めたアリスに感謝だ。
  

「苦労したんだからね。ほんと感謝してよシンタ。おかげで私はファースト攻撃の時しか潜れなかったんだよ。ほんとシンタは汚い手ばっかり使ってくるんだから反省しなよ」


 切り分けたケーキが刺さったフォークを振るアリスは大変だったと強調して愚痴をこぼす。

 その心情を表すかのように結構な勢いでフォークは揺れているのだが、その先端に刺さったケーキ片がすっぽ抜けて落ちることはない。

 これ自体が『フォークに刺さったケーキ』という一つのアイテムだからだ。

 こういったところがここがVR世界内だと感じさせる。
 

「感謝はするがやり口は仕事なんだから勘弁しろって。嫌われてこそボスだろうが。しかしそんなに喧嘩が長引いたのか? 俺が倒されるまで三時間くらいあったぞ」


「……時間制限。喧嘩は一時間くらいで終わったけど、その後すぐ時間が来てあたしだけはじかれたの」


 あー8時間経ったのか。

 相変わらずのアリスの廃人ぷりにGMとしては間違っているかもしれないが、少しはゲームを控えてリアルも大切にしろよと思わざるを得ない。


「喧嘩に気をとられてた所為で、他の人にアスラスケルトンの中身がシンタだって伝えるの忘れちゃったし。もう最悪。最初の方でシンタだって判ってれば、とりあえず力押しとかしないで、みんなもっと慎重になってただろうし、デスペナ二割は減ってたと思うんだけど。うーーーー判断ミス。すぐにギルド掲示板にも書き込んだんだけど、混乱してて現場まで届かなかったみたいだし」


 アリスはケーキを口に放り込むと、自らの伝達ミスを悔やんでフォークをがじがじと噛んでいる。

 アリスの話では、チサトとタイナスの二人もそうだったが、アスラスケルトンがマリオネットポイズンスキルを所持していることを、忘れていたり知らなかったプレイヤーが大多数。

 知っているプレイヤーも使ってくるとは想定もしておらず、さらにいつもと違いアスラスケルトンが積極的に動いているので大混乱状態になったそうだ。

 勢いで押し切ろうと突出してきた連中もいたが、手ぐすね引いて待ち受けていた俺にとっては飛んで火に入る夏の虫状態。

 逆に被害が増大していく一因となっていた。


「アリスとやり合ったのファーストアタックの時だけだろ。あれで中身が俺だって気づいてたのか。相変わらず凄いな」 


 戦ったのは本当に最初の最初。

 時間にすれば一分も無かったのに、どうやって判断してるんだこいつは。

 感心して思わず出たほめ言葉だったのだが、アリスはなぜか頬を膨らませる。 

 
「気づかないわけないでしょ。絶対よけられたと思ったのに落とされたんだから。あの近距離であたしの回避行動を先読みして当てること出来るのシンタだけだもん」 
 

「そうか? 先読みなんてしてないぞ俺」


「なんで判らないかなぁ。シンタはそれ無意識でやってるの。VRで遊びすぎて脳が無条件で反応してるの。ちょっとは遊ぶの控えなよ。使いすぎて馬鹿になるよ」


 ここまで理不尽な忠告は初めてだ。

 しかもその理屈でいくなら廃人のお前の脳はとうの昔にいかれてる。


「今は遊びじゃ無くて仕事だっての」


 言うに事欠いてそれかよとあきれ顔を浮かべつつ返すと、アリスはことのほか真剣な顔を浮かべた。 
 

「お仕事か……………………ねぇシンタお仕事って楽しい?」


「なんだよ急に」


「いいから答えて。ほらお給料が安いとか、お休みとか取れなくて自分の時間が無くなったりして嫌にならない?」


 本当にいきなりなんだ? 

 いくら俺の仕事がMMO関連とはいえ、アリスがリアルの仕事を気にするなんて本当に珍しい。

 ただ好奇心で聞いてきたという感じではない。

 その口ぶりは真剣だ。

 ついでに言えば頭の上のウサミミもぴんと立って一言も聞き漏らさないように構える臨戦態勢。

 真面目に考えてやるか……。

 といっても正直どれだけ考えても微妙だとは思う。

 確かにボス操作は面白いが、出番は月に一回くらいしかこない。 

 給料は安いし、勤務時間は長時間なうえサービス残業。

 休みも不規則だから、まともに家にも帰れない。帰っても疲れて寝るだけ。

 しかも俺の場合は入社して三年も経つのに常勤の新人を入れる余裕が無いからって、まだ固定部署が無くてあちらこちらに手伝いに回される雑用係。

 ウチの会社は親父さんやら佐伯さんなど濃い人間が多くて人使いも荒い。

 さらには軽いノリの社長に、暇そうだからついてこいとリアルでの打ち合わせに付き合わされ、社外秘データやら極秘企画まで知る事になって守秘義務まで生じやがる。

 ……改めて考えてみるとブラックすぎるだろうちの会社。 


「もういいや。シンタ楽しそうだから」


 どう答えた物かと思って考えあぐねているとアリスがさっさと結論を出してむすっとしている。
 

「勝手に人の心情を決めるな。いろいろあんだよこれでも」


「前にみゃーさんが言ってたんだけど、シンタは苦労しているときが一番楽しそうなんだって。しかも無理矢理に仕事を押しつけられたりとか、追い込まれれば追い込まれるほど才能を発揮できるタイプ」


 アリスの言うみゃーさんとは、リアルでは宮野さんという俺の大学時代の先輩の一人であり、俺と同じく引退したリーディアンプレイヤーで元ギルメン。

 リアルとVR世界における心理状態の差異などを研究していた人で、工業系知識以外にも心理学も学んでいた才人だ。

 現役時代はデータ取りのためとアリスと同じく外見と仕草に拘り抜いた猫娘型仮想体で多くのプレイヤーを魅了した魔性の女(リアルひげ達磨男)だ。


「いやまて。あの人結構いい加減だぞ。その場のノリで適当にそれらしいこと言って仕事押しつける口実にしてたから」


「それだけじゃないの。シンタは気づいてないかもだけど、さっき浮かべてた顔が楽しそうだった。それで判ったの。大変そうだけど楽しそうって」


 俺の顔を指さしてアリスはむくれる。

 顔といってもここはVR。

 しかも俺の場合はアリスと違いMODをいれて細かく再現はしていないバニラ状態だから、そこまで細かな表情が出ているとは思えないのだが、


「運営巫山戯んなとか、文句いってたけどすごく楽しそうにボス攻略を考えてたときと同じだった。シンタ。あの時も大変でも楽しんでたでしょ」


「そらまぁ、ゲームを楽しんでいたのは否定はしないけど、今そんな顔してたか俺?」


「してたの…………うー。これじゃGM辞めて戻ってきてなんて言えないじゃん」


 ブーたれるアリスはとんでもないことを言い出しやがった。

 GM辞めろって。

 さすがに社会人3年もやっていると世間の厳しさも判っている。

 そんな理由で仕事を辞めて、すぐ次の仕事が見つかると思うほど楽天的では無い。

 ゲームプレイのために会社を辞めましたなんて退職理由じゃ面接で即落とされるっての。


「無茶言うな。俺はリアルも大切にしてんだよ」


 VRに全てを捧げている廃人のお前の感覚で語るなと暗に言ったのだが、


「あたしだって大切にしてるもん。またお仕事が忙しくなる時期になるから、今みたいにこれなくなるの。だからシンタにギルマスに戻ってもらおうと思ったのに」


 これまた不機嫌な顔を浮かべたアリスだったが。あまりに予想外の言葉に俺はしばし呆然とする。


「…………………はっ!? 仕事!? いやアリスお前ちょっと待て!」 


 いやいや待つのは俺だ。落ち着け俺。

 アリスと仕事。

 これほど不釣り合いな言葉もない。

 しかもまた忙しくなる時期とは、現在も仕事を続けているような発言。

 しかし俺の知るアリスは、この6年間ほぼ毎日限界時間ぎりぎりまでリーディアンに潜っていた最強廃人。

 六年も暇な会社など休眠状態の会社以外この地球上に存在するはずが無い。

 この両者が繋がる可能性を考えれば結論は一つだけだ。

 アリス……そこまでMMOの暗黒面に墜ちていたのか。
 

「アリス……狩りは仕事じゃ無いからな。RMTは即刻辞めろ。さすがに庇えない」


「なんでそうなるのよ! お仕事! ちゃんとしたリアルのお仕事! …………もう。シンタ達のためにがんばってあげようと思ってるのにやる気削がないでよ」


 心からの忠告だったのだがアリスは頭のウサミミをガッと立てて怒り出した。

 ただその言葉も正直いって意味がわからない。
 
  
「何の仕事やってんだよおまえ。しかも俺らの為ってどういう意味だ?」
 

「いえない。守秘義務」


 気になって尋ねた俺にアリスは教えられないときっぱりと断り、頭のウサミミを丸めて耳を塞いだ絶対拒否状態になった。

 この状態のアリスからはこれ以上はなにも聞き出せないのは、過去の経験から知っている。

 これ以上の追求は無理だろう。

 果てしなく不安を覚えながらアリスに一応の忠告をしておく。


「ったく。ちゃんとした仕事だろうな。もしなんか困ったことになったら言えよ。相談くらいは乗ってやる」


「だから言えないの……でもありがと。気持ちだけもらっとく」


 やはり拒否しながらもアリスは嬉しそうに頷いた。

 一体何をやっているのかは判らないが、犯罪行為じゃ無いだろうな。


「で、お前。どれだけこれなくなるの? ユッコさんとか他のギルメンにも言ったのか? 三代目ギルマスの選定するならみんなに早めに言った方がいいぞ。俺が知ってる奴から選ぶならそっちも相談に乗ってやるから」
 

 新メンバー加入などギルドの各種設定を変更できるのはギルマスと副マスの二人だけ。

 KUGC副マスのユッコさんは温厚で面倒見が良く人当たりもいいので、俺が頼み込んで就任してもらって以来、不動の副マスとなっている。

 ただ夏と冬の前後はリアルが忙しいそうで、そんなに入ってこれないプチ引退状態。

 この夏前の時期にアリスが週に一日、二日しかこれないとなれば、いっその事信頼できるギルメンにギルマスを変わってもらった方がいいだろう。

 初代ギルマスとして、そして元相棒として少しは協力してやろうと思ったのだが、


「シンタが最初でユッコさんにもまだ言ってない。入れるのはお仕事次第だけど……たぶん一日5時間、どれだけ頑張ってもそれくらいしか無理かも」


 アリスの時間感覚をなめていた。

 こいつは筋金入りの廃人だ。



[31751] ゲームは一日2時間まで
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/06/06 01:27
『全チェック異常なし。感覚復帰を開始しますか? …………お疲れ様でした』


 仮想ディスプレイに表示されたナノシステムからの復帰確認メッセージを承認して俺はリアルへと意識を復帰させる。

 夢から覚めるような少しけだるい感覚とともに目を開くと、夏の夕暮れの赤い太陽が総合管理室の数少ない窓から差し込み室内を照らし出していた。

 展開した仮想ディスプレイの片隅に表示されている時刻を確認すると、すでに17時55分。

 正午過ぎにVR世界に入ったから、6時間近く向こうにいたことになる。

 その間リアルの体は基礎代謝しか動いておらず、VRMMOGMの癖として用足しは小まめに行っているので空腹感も尿意もさほど無い。

 たださすがに同じ体勢で6時間も座っていたので体が硬く肩も凝っていた。

 休憩無しで二時間越えの没入を行うときは、社内規定では簡易な補助器具であるダイブデスクではなく、大型筐体の方を使うか、二時間事に10分の休憩をする事になっているのだが、設置台数が少なく、いちいち戻って休憩するのが面倒だと、あまり守られていないのが現状だ。
 

「ご苦労さん。開発部に関わった所為でずいぶん掛かったな。良いデータが取れたって佐伯がご満悦だったぞ」


 俺が入る前と変わらない速度で仮想コンソールを叩いて仕事をこなす須藤の親父さんが声をかけてきた。

 他のダイブデスクに座っている先輩らの顔ぶれはがらりと変わっているのに、親父さんだけは俺が入ったときのままだ。

 還暦をとうに過ぎているのに底なしの体力だと感心させられるやら、呆れるやら。


「後半はほとんど私用みたいなもんでしたけど。あーあとプレイヤー側のこちら側がチートを使っていたという疑いは解けましたんで」


 自分が入った名目上の目的を思い出して一応は報告を入れておく。

 アリスからのチート呼ばわりは単に自分が狩りに参加できなかった憂さ晴らしだったような気もするが、一応ログを隅々まで確認して不正は無かったと渋々認めていた。

 得意距離のスキル設定を絞って不得意スキルへと豪華集中。後はプレイヤースキルと立ち回りで勝負。

 結構苦労してたのに、チートの疑いをかけられたらたまったもんじゃない。 


「そういやそんな理由だったな。それよか午後の打ち合わせ会議のほうも無事終了だとよ。後学のためにも資料に目を通しておけだとさ」


 俺の報告には親父さんはどうでもよさそうに答えると、俺が回線をつないだまま座っているダイブデスクにファイルを転送してくる。

 どうやらこのまま仕事を続行ということらしい。

 本当に人使いの荒い会社だと思いつつも、俺自身も興味があったので仮想コンソールを使ってファイルを展開してざっと内容を確認していく。

 今回の打ち合わせは普段は鎬を削っているMMOメーカーが年に夏冬の二回共同開催する大イベントの打ち合わせ。

 八月の頭に行われるこのイベントまではすでに一月を切っているが、まだまだ情報を隠している会社も多い。

 VRMMOの魅力を多くの人に知ってもらおうという企画であるが同時に、他ゲームプレイヤーにも自分たちのゲームを知ってもらう絶好の機会だからだ。

 どのメーカーも気合いが入っているので、どれだけの隠し球を出してくるか予想がつかない。

 ウチの目玉はVRでアリスに食べさせた、食品メーカーとコラボした秋の大型アップ『食欲の秋企画』

 これを夏アップと一緒に共同イベントでも告知し、会場で一部再現商品をVRで試食してもらう予定になっている。


「……やっぱ、一番注目度あるのはHFGOですかね。強気です。もう情報公開してますよ」


 資料を流し読みながら、もっとも多くの集客を集めるであろうVRMMOの企画出し物をチェックする。

 他のメーカーが情報を隠している中、ここだけは完全オープン。

 それだけ自信があるのだろう。

 正式名称『Highspeed Flight Gladiator Online』

 米国大手エレクトロニクスメーカーMaldives傘下の開発陣が作った超高速空中戦闘と敵MOBである巨大兵器をぶっ潰す爽快感を売りにした古参MMO。

 国外プレイヤーは1500万。日本でも国内VRMMO最大の200万人ものプレイヤーを抱え、VRMMOに疎い者でも名をあげることが出来る名実共に世界人気NO.1VRMMOFPS型RPG。

 ちなみにウチの登録プレイヤーは先月末で18万人。

 月額定額制としているウチと違い、HFGOは基本無料のアイテム課金制のためか参加しやすいのもあり大きく水をあけられている形だ。

 さらに大手故の潤沢な資金と人材もあり、技術力、開発力ともにまさに圧巻。

 国内メーカで真正面から対抗できるのは一、二社だけ。古い言い方でいうところの脅威の黒船。

 HFGOは秋アップに新武装、新機動モーション、新MAPとBOSSの発表。

 さらに会場に訪れたプレイヤー全員への特殊アイテムプレゼントと大盤振る舞いにきているようだ。

 顧客を飽きさせないための矢継ぎ早な投入は、全世界を相手にする規模の企業だから可能となる強さ。

 ウチの企画もそれなりに話題にはなるだろうが、ゲームシステムそのものは秋アップでは細かな修正にとどまりそうなので少しばかり弱いかもしれない。


「そうだろうな。あそこの技術屋共は数も質も業界トップクラスだからな。先月大規模な新要素をいれてきたばかりだが、別開発ラインからMAPやら新規MOBがあがってきたんだろうよ……だが規模はともかく、日本人プレイヤーを楽しませるってならウチが業界1だ」

 
 須藤の親父さんは仕事を続ける手を休めること無く何気なく断言する。

 業界でも異端児扱いされているホワイトソフトウェア謹製リーディアンオンラインを初期から支えてきたからこその須藤の親父さんの自負だろう。     


「三崎。資料をみたぐらいでおたついてんじゃねぇぞ……ほんと、頼むぞ。このさきウチの会社はお前らの世代にかかってんだからよ」


「俺らの世代って親父さんまだまだ現役引退する気無いでしょ」


「あほ。あたりめーだ。俺は死ぬまでやるつもりなんだよ……ったく。そういう意味じゃねえよ。特にお前の場合は。ほんとゲームプレイじゃないと成長しねぇなおまえは」


 こいつはどうしようも無いと言わんばかりに親父さんがため息をはき出した。

 いやそう言われても、相手にしている会社の大きさが判る程度には育ってるつもりなんですけど。

 だからこそ脅威を感じているんだが、


「お前の部署が決まって無いのやら、社長が連れ回したり近所の掃除させ………………なんでもねぇ。あのバカ社長の普段の軽さじゃ気づかないのも無理ねぇか」


 途中まで言いかけた親父さんだが言葉を止めると、言ってもしょうが無いといった表情を浮かべて禿げ上がった頭をかく。

 どうやら親父さんの言いたい事は別にあるようだ。


「それってどうい……!?」


  親父さんの言葉の意味を考えようとした瞬間、新たな仮想ディスプレイが立ち上がり緊急コールが表示される。


『全社員に緊急告知。直ちに全社員はVR内大会議場に集合してください。繰り返します。緊急事態発生。直ちに現業務を停止し大会議場に集合してください。全域総合管理室須藤主任はゲーム内プレイヤーへの緊急メンテナンスを告知。30分後にリーディアンオンライン全システムをメンテナンスモードに変更してください』

 
 非常時の時にしか発動されない文字群が目に踊り、無機質な機械音声が脳裏に響く。

 重大なバグが見つかったり、大規模なクラッキングがあった際に発動される全システム緊急メンテナンスモード発動コール。

 話に聞いていたが実際にコールされるのを見たのは初めてだ。というよりもプレイヤー時代からも発動したことを見たことは無い。
  

「三崎! 名簿閲覧許可! 非番全員に連絡! アルバイト社員も捕まる奴は全員に連絡をいれろ! その後俺らも潜るぞ!」


 親父さんの声にも先ほどまでは無かった鋭い緊張感を感じさせる成分が多分に混ざっている。


「うぃっす!」


 先ほどまでの疑問を忘れて親父さんの指示に返事を返しつつ仮想コンソールを展開。

 閲覧許可の出た社員名簿を呼び出しそこへ書かれた非常連絡先を確認していく。

 なにが起きたのかは判らない。

 しかしゲームを停止させ全職員招集を行う緊急コールをいたずらに発動するはずがない。

 嫌な予感を覚えつつ俺は目についた端から連絡を開始した。












 大会議場は昼にアリスを呼んだVR世界ホワイト商会と同じ場所にある。

 リアル本社の会議室が狭く10人ほどしか入れないので、社員全員を集めての会議や集会などはここで行うことが多い。

 俺が直接降りたVR会議場には、この時間のゲーム管理をしていたGMや、外部から潜ってきた非番の社員などがすでに大勢集まっていた。

 だが誰も事情がわからないのか室内はざわついている。

 なにが起きたか知っている人物はいないかと周囲に目をやると、俺が出現した扉から中村主任が姿を現した。


「中村さん! GMルームの方でなにかあったんですか?」
 

 GMルームから直接飛んできただろう中村主任に尋ねる。

 俺と須藤の親父さんがいた総合管理室でなにが起きたのか判らないのだから、問題があるならGMルームのほうで管理している業務だろうかという予測だったのだが、


「いや、俺の方は判らん。三崎お前総合管理室にいたよな。須藤さんは? そっちも判らないのか」


「親父さんはメンテナンスモードに切り替えてからこっちに降りるそうです。特に問題は出ていなかったみたいですけど」


「そっちでも把握してないとなると……他にまずそうなのは開発部か。それとも社外の問題か」


 互いに事情もわからず情報交換にもならない会話を交わした所で、この会議場に集まっていた全社員の服装が、ファンタジー世界の雰囲気に合わせたGM用のゆったりとした白ローブから、通常来客業務で用いるスーツ姿に一斉に切り替わる。

 服装の変更はリーディアンオンラインがプレイヤーの入った通常営業状態から、メンテナンスモードへと切り替わりはじめた証拠だ。

 広大なVR世界全域を分割管理しているので、その全てを切り替えるのには少しばかり時間が掛かる。

 ただコードを打ち込めば後は全自動で切り替わっていくので、その作業を終えた須藤の親父さんもすぐにVR内に降りてきた。

 親父さんがこっちにいるのを見るのは初めてだ。


「中村! 社長は!? 緊急停止コール送ったの社長のIDだ」


「それがさっきから連絡を取ろうとしているんですけど、繋がってません」


「なんだ一体!? 閉じるついでに全域チェックしたけど異常無しだぞ」


 この短時間でメンテナンスモードに切り替えながら全域チェックもしてたのかこの人は。

 とんでもない作業スピードだと感心させられるしかない。


「ったく! あの社長は! なんかあったなら先に一報をいれろってんだ」


 須藤の親父さんが苛立ちを紛らわすように自分の首筋を叩いていると、どこかのんびりしたような声が会議場前面の壇上袖から聞こえてきた。


「あー悪いね親父さん。問題はゲーム内じゃ無くて外の方なんだこれが」


 ちょっと大げさだったかと頬をかきながら我が社のトップである白井健一郎社長が姿を現した。

 外見は50代前半。白髪の交じった髪を丁寧になでつけたどこにでもいそうな中年男性。

 大胆不敵な手を打つことで若い頃は業界内の風雲児扱いされていたそうだが、ぱっと身にはうだつの上がらない万年課長といったとぼけた外見の所為かあまり敵がいないタイプだ。      


「社長! なにやっていたんですか。こちらから何度も連絡を送ったんですが」


 緊急時の連絡手段くらいはちゃんと確保しておけと中村さんが釘を刺すと、


「あー悪いね中村君。ちょーっと開発部にハッキングしてもらってたんで、それ以外の外部回線を切ってたのよ。ほらまずいでしょ。ばれちゃ。仮にもソフトウェア会社の社長がクラッキングなんて。まぁ、ばれなきゃ問題無いから、みんなも黙っててくれるとありがたい」


 軽いなおっさん……いや社長。

 俺は思わず心の中で突っ込む。

 おそらくここにいる全員が同じような感想を抱いていることだろう。

 主任GMの中では一番の良識派であり生真面目なところがある中村さんは頭痛を覚えたのか額を抑えていた。

 大勢の職員を前にして悪びれた様子も見せず堂々と犯罪行為をやっていたとばらし、軽く口止めを頼んでしまう辺り、ある意味身内を信用しているからだろうか。


「何やってんだよお前は……学生じゃねぇんだぞ! ったく佐伯も佐伯だ! あいつらはどうした!」


 須藤の親父さんは呆れかえり次いで怒声をあげた。

 社長と開発部がハッキングで逮捕なんて事になったら、会社の業務に支障は生じまくるわ世間体は最悪だわと笑うに笑えない洒落にならない行為だ。

 下手すれば会社が潰れるような事になってもおかしくなく、親父さんが怒るのは当然だと思う。


「いや、まぁほら非常時って事で親父さん勘弁と。ちょっと……いや、だいぶ不味いことになりそうなんでね。ウチどころか業界全体が。だから開発部にはさっさと次の手を打ってもらってる所」


 口調だけは相変わらず軽いが、社長の言葉はなぜか重く響き、会議場の雰囲気が一変する。

 怒鳴っていた親父さんもその言葉の意味に気づいたのか、小さく舌打ちを漏らしつつも先を促すように社長に向けて顎を振った。


「ま、全員は集まってないがこれだけいれば十分か。とりあえずこれを見てくれ」


 会場全体を見渡した社長は頷いてから、右手を振って自分の背後に巨大な可視ウィンドウスクリーンを出現させる。


「さてこれはついさっき流れた夕方のニュースだ」


 ネットが広まりリアルタイムで情報が得られるようになった今でも長年の習慣からか夕方の時間帯はニュース番組が集中している。 

 スクリーンに映ったのは夕方に流れている国営放送のTV画像で、中年の男性アナウンサーが淡々と原稿を読んでいる。



『では次のニュースです。本日午後四時半頃。VRカフェ『EineWelt』高島平店で利用客の男性が突如奇声を上げ壁に頭部を何度も打ち付け悶絶しているとの通報がありました。通報を受け駆け付けた救急隊により男性客への緊急治療が行われましたが、頭部陥没骨折による死亡が確認されました。従業員によると男性客は前日夜から入店。VR席でMMOゲームを長時間プレイしていたとのことです。男性の奇行との因果関係は不明。司法解剖で原因の特定を行うとのことです。同店は非会員制で死亡した男性の氏名は今のところは判っておりません。年齢は10代後半から20代前半。中肉中背。右手の親指に蝶の入れ墨。男性の身元に心当たりのある方はお近くの警察署または…………』


 VRMMOゲーム中に死亡。

 確かに珍しく聞こえるかもしれないが、国内だけでも年に数件程度なら発生している。長期没入によるリアル体が弱まった事による衰弱死や病死。もしくは突発的な心臓発作など原因はいろいろだが、自らの頭蓋骨が陥没するほどに壁に何度も打ち付けて死亡したなんて話は今まで聞いたこともない。

 ナノシステムの異常か?

 それとも単なる病気か?

 答えの判らない状況に不気味な静寂が会議場を支配した。

 誰もが心の中に一つの不安がよぎっていた。


「おい……まさかウチか?」


 それが故に訪ねられなかった事を須藤の親父さんがあえて社長に尋ねると、社長は頭をかきながら困り顔を浮かべた。
 

「そこらもあって一応VRカフェの管理サーバにハッキングをして確認を。幸いというか何というか、このお客の遊んでいたのはウチのリーディアンオンラインではない」


 人が死んでいるのに幸いという言葉はふさわしくはないだろう。

 だがそれでも会議場の張り詰めていた空気が僅かに和む。

 しかし社長の次の言葉で誰もが凍りついた。


「だけどある意味もっと最悪だ。プレーしていたのはHFGOだ……しかもその時の映像。奇声を上げて頭を何度も打ち付けている動画を他の客がたまたま撮ってたらしくてね。これが物の見事にネットに流れて絶賛拡散中。かなり強いグロ画像なんで閲覧はおすすめしないかな」


 それを見たであろう社長が嫌そうな顔でつぶやく。

 頭蓋骨が潰れるほどの映像なんぞ好きこのんでみるような特殊性癖など持ち合わせていない者がほとんど、というか普通だろう。

 つまりそれだけ拒否反応が大きい。

 世界一のプレイヤー数を誇る『Highspeed Flight Gladiator Online』はまさにVRMMOの代名詞。

 VRMMMOのHFGOではなく、HFGOのVRMMOとまで言われる抜群の知名度を持つゲームで起きたショッキングな事件を、対岸の火事だと笑っていられるような浅はかな者はこの会社にはいない。

 世間はこう思うだろう。VRMMOは危ないと。


「というわけで気が早いかもしれないが手を打った。開発部には状況を解析して原因予測もしてもらってるけど、とりあえず警察の発表があるまでは停止させて様子を見よう。ただしウチのゲームで死亡者が出たと思われるとあれなんで、広報担当はこれこれ起きましたのでお客様の安全第一って事で緊急停止をしたと告知を」


 社長は一角に固まっていた広報課の女子社員を指さし指示を出す。


「は、はい!」


「中村君達GMチームはお客様からの問い合わせが来ると思うからローテを組んで24時間対応できる体制を。問い合わせ数が多すぎる場合は事情説明会も開くから準備も」


「はい。編成を組んでおきます。説明会場は何時もの商工会議所のホールで良いですね」


「あぁそれで頼むよ。で、親父さんらは全体のログを重点チェック。何か異常が無かったかとか、プレイヤー側からの不正処理によるエラーの可能性も一応考えてくれ。量が多いけどお願いします」


「ちっ! 判った。やってやる」


「営業部はお客様への保証計算と協賛してくれてる企業さんへの文面制作。あとウチみたいな小さいところ一つでやっても、業界は迅速な対応しましたって効果が無いんで、他の会社にも働きかけてみんな仲良くお休みと行きましょうって感じで提案するんで至急アポを取っておいてくれ。あと三崎君」


 各部署に矢継ぎ早な指示を出していた社長が最後に俺を名指しで指名する。

 部署が決まっていない俺の場合は中村さんの所か、それとも親父さんの所かと思ったのだが、
 
 
「しばらく全社あげて泊まり込みでの作業になると思うから、食料補給とか何時ものを重点的に頼む。で、買い出しの際ついでに君が応対していた高校やら近所の皆様の所も尋ねて、もし不安があったらご連絡ください。応対しますのでって一声かけといてあげて」


「はい。でも良いんですか。ただでさえ忙しいのに? 仕事増えそうですけど」


 ちょっと予想外の指示だ。

 思わず聞き返してしまった。


「ま、ちょっと大変だけど、詳しくない人はVR自体も危ないと思う人が出るだろうから説明なんか対応してあげよう。知らない人間から親切にされたのだったら疑うだろうけど、君の顔は近所に売っておいたから大丈夫だろ。ホワイトソフトウェアの三崎ってね。身近な世間様に恩は売っておいて損はないよ」


 ……この社長いろいろ考えていたんだなと気づかされる。

 でも考えてみればそりゃそうだ。濃い連中が多い会社をまとめ上げているんだから、ただ者な訳がない。

 俺みたいな社会人3年目程度じゃまだまだ半人前のようだ。     











 社長が率先して廻ったおかげですぐに国内MMOメーカーは一斉に一時運営を停止し、世間に対する企業、業界としての一応の面目は保つことに成功した。 

 警察の司法解剖結果発表があったのはこの事件から3週間後。

 死因は違法改造されたナノシステムによる過電圧が引き起こした異常行動。

 HFGOにおいてRMTを行っていた男性客は、より稼ぐために反応速度や認識能力をあげ高い戦闘力を得るため微弱な電流を流して脳を活性化させる違法改造を施していたそうだ。

 それが長時間プレイとHFGOの新規アップデートによる負荷増大で暴走。

 あのような異常行動に出たらしい。

 ここまではウチの開発部主任である佐伯さんが解析推測していた事とさほど変わらない。

 普通なら自業自得と言われ、何事も無かったかのようにまた平穏な日々が戻ってきたかもしれないが誰にも予想外のことが一つ。

 死亡した男性はまだ15才の少年だった。

 この事実によりナノシステムとVRに対する規制議論が再燃。

 一時はVR技術を全面禁止すべきとまで極端な意見が出るほどまで白熱したが、さすがに広まった規模を考えると今更無くすことなど出来ない。

 結果あらゆる方面でのナノシステムVR技術への規制と罰則が強化される結論へと達した。

 その火元となったVRMMOに対しては、他の業種よりも重い規制が課せられることになったが、禁止されるよりも幾分かマシと思うしかないだろう。

 現状での最高スペックより2割落としの性能を限界とする機能制限。

 RMTによるアイテムの金銭売買の全面禁止と、違反者が出た場合のメーカー側への新たなる罰則規定。

 一日のプレイ可能時間を2時間とし、週10時間。月は20時間までとする娯楽目的VR利用時間規制条例。

 いくつもの枷をはめられたことで、採算性が合わなくなったり、資金不足に陥りいくつものVRMMOゲームとメーカーが撤退、終了を余儀なくされた。

 その中にリーディアンオンラインの名もあった。


 だけど俺たちは終わらない…………



[31751] 穏やかなお茶会
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/05/26 20:18
 展開した仮想コンソールを弾きながら、古い動画映像やアルバムの写真を視界に取り込んで修正を施しつつ統合して記録していく。
 視覚で捉えた映像を脳内ナノを通じてケーブルをつないだ外部HDに記録するツールはカメラなどを持ち歩かなくても良いので便利であるが、盗撮等の悪用を避けるために首筋のコネクタが点滅発光する仕様となっているので、首元がちかちかと光って少し気になるのが難点だ。
 俺が見る写真や動画に映っているのは全て一つの小学校の記録映像。
 一生懸命に走る小学生が映る運動会や、文化祭と銘打った子供手作りのお祭り。
 桜咲く入学式や、涙声の混じる卒業式。
 それは老朽化したために十数年前に取り壊された、今ではこの世に存在しないとある小学校の建物で実際にあった日々だ。
 今回の仕事はその小学校をVRで復活させる復元プロジェクト。
 本社では親父さんが当時の設計図を元に校舎自体の復元を急ピッチで進めている。
 俺の担当はそれをよりリアルに再現するために、壁に残った傷やヒビ、落書きの痕、窓の外から見える景色等を調査していくことだ。
 依頼主でもある家主に借り受けた書斎でそのための作業をしていると、背後で扉をノックする音が響いた。


「どうぞ。あいてます」


「失礼しますね。マスターさん。お茶を入れたから少し休憩どうかしら」


 扉を開けて入ってきた、白髪でおっとりとした感じの品が良い老婦人は紅茶のポットと茶菓子をのせたお盆を見せて休憩の誘いをしてくる。
 そういえばちょっと喉も渇いて小腹も空いた。
 断る理由は無いのだが、一つだけ勘弁してほしいことがある。


「ありがとうございます……でもユッコさん。お願いです。リアルでマスターって呼ぶの辞めてください。さすがに恥ずかしいんで」
 

「あら。ごめんなさい。でも三崎君ってお呼びするよりは、ずっと使ってたマスターさんのほうが言いやすいのよ。ほらマスターさんもユッコさんでしょ」


 我がギルド『KUGC』不動の副マスであったユッコさんこと、三島由希子さんはほんわかとした顔で笑いながら断ると、少し早めのお茶会の準備をし始めた。









「それでどうマスターさん。作業の進み具合は?」 


「順調です。とりあえず大体の感じはつかめました。ユッコさんがいろいろ記録を集めてくれたおかげで助かってます。なるべくご希望に合った形で仕上げますから」


 上等なカップに注がれたお茶は、ほのかに甘く少しシナモンの香りがする。
 茶葉の種類が判るような食通じゃ無いが、とりあえず旨いって事だけは判る。
 そういえばユッコさんはVRでも時折お茶会を開いていたなと、少し懐かしくなった日々を思い出す。


「私はたいした事してないわよ。みんなに話したら面白がっちゃって、頼んでもいないのにどんどん送ってくるんですもの。VR同窓会みんなも楽しみにしてるみたいよ。でも、ごめんなさいね。納期とか無理を言って……あんまり長くないお友達もいるから」


 少ししんみりした顔を浮かべたユッコさんが頭を下げた。 
 ユッコさんから我が社ホワイトソフトウェアが依頼されたのは、解体された思い出の母校である小学校でVR同窓会を行う為の校舎再現である。
 終末治療で寝たきりになっている同級生と最後かもしれない同窓会を思い出の小学校でしたいと。
 この復元計画の発起人はユッコさんらしいが……何というか凄いばあちゃんである。
 同級生も高齢のためか医療用ナノシステムや視覚補助にVRシステムをいれていた者が多かったらしいが、まだいれていなかった同級生にも勧めて実際に施術させ、しかもやって良かったと全員から感謝されているらしい。
 知り合った時のプレイヤー時代から、たぶん年上だろうと思っていたが、リアルで会うまでは、さすがにここまで年上なご婦人だとは思っていなかったので、失礼なことしていなかったかと恐縮しきりだ。
 
 
「ウチとしては正直ユッコさんに仕事を回してもらって助かっています。かなりかつかつなんで。社長なんかも少しは息をつけるって喜んでいます」


 職場の経営状況など外部に漏らす物ではないが、どうにもユッコさんの前ではつい本音が漏れてしまう。
 言葉の端々からもにじみ出る面倒見と人当たりの良さの所為だろうか。
 この辺りがユッコさんが不動の副マスと多くのギルメンから慕われていた理由だ。
 兎に角ユッコさんがかなりな金額でこの依頼をしてくれたので、目下蓄えを食いつぶしながら雌伏の時を低速飛行中のホワイトソフトウェアは今月は久しぶりに赤字が免れた。
 そんな大金を惜しげも無く払えるユッコさんの本業は、疎い俺でも知っている大物服飾デザイナー。
 というかリーディアンオンラインで大人気だった花婿、花嫁と立会人の衣装を作ったご本人。
 社長からは例によって暇そうだからと直接担当にされたのだが、デザイナー三島由希子がユッコさんだとは聞いていなかった。
 顔合わせの挨拶の時に『お久しぶりですねマスターさん。KUGCのユッコです』と言われたときはマジでびびってむせた。
 社長は笑ってやがったし……面白そうだからって黙っていやがったなあの親父。 
 ユッコさんは自分が制作したデザインの花嫁衣装がVRゲーム内で実際にどういう風に見えるのか気になっていたらしい。
 そこでリーディアンに入ってみたら気に入ってしまったらしい。
 人が目にもとまらぬ早さで駈け、翼を広げた龍が空を飛び、水の底には都が広がる。
 巨大なモンスターと、古めかしい鎧姿の剣士が激闘を繰り広げ、地形を変えるような魔術が飛び交う。
 そんなファンタジー世界にVR越しとはいえ触れることで新しい感性とインスピレーションを感じて本格的にVRMMOを始めたとの事だ。  
 このお年でナノシステムやVRなど比較的新しい技術に一切拒否反応が無く、自己を高めるためにむしろ率先して試していくアグレッシブさを俺は尊敬する。
 夏、冬前などが忙しく来られなくなっていたのは、通年その時期が新作デザイン発表時期だったからだそうだ……幕張かと思っていた。

 
「そんなに大変なの?」


「ヒス条。あーとVR規制条例のおかげで苦労してます。穴は多いんですけど、それを全部抜けてさらに面白くとなると少しばかり…………ただ何とかしますよ。新作を待ってくれているプレイヤーもいますから」


 科学的根拠も無く、ただ感情的に危険だからといって、各種制限をしてくれたくそったれなVR規制条例。
 これが発表されたときに開発部の佐伯主任が『二時間って巫山戯やがって! お偉方ってのはどこぞの母親か!』と怒鳴っていたことから、ヒステリーなママという意味でヒステリーママ条例。
 さらに縮めて社内ではヒス条と呼んで忌み嫌っている。
 ただ世論に押されて早々と決められた条例には、厳しいようで一つ一つにはいくつもの穴がある。
 まずはスペック規制。
 これこそ何の根拠も無く、現状最高性能と比較し8割まで性能を低下させるスペック制限となっているが、映像面では少しばかり解像度が落ちるくらい。
 本物と変わらないリアルさから、限りなくリアルになる程度の違いだ。
 それこそ夜や洞窟内などで周囲を暗くしたゲームデザインなら、全く気にならない程度には出来る。
 さらに超高速の反応を可能とする最高スペックを求めるゲームは事件当時は、件のHFGOと他数種のみ。六年前に稼働したリーディアン基準なら余裕だ。
 次にRMT禁止については、現状ですでにクリアしているVRMMO、MMO種が存在する。
 所謂FPS等の戦争系。兵種別武装がいくつかのレパートリーで固定されたゲームだ。
 誰もが同じ条件の武器を用いて、プレイヤースキルのみで優劣を競う彼の種のゲームにおいては、RMTに必要不可欠なプレイヤー間でのトレード機能がまず存在しない。
 無論FPS系のゲームデザインをなんのひねりも無くRPG系でそのまま使える訳では無いが、この考えを基に武器やアイテムのレパートリーを増やしつつも、トレードの必要性が無いゲームは出来るのでは無いかという考え方で動いているゲーム会社もすでにある。
 最後の二時間とする規制条例。
 あれも手はある。
 条例では娯楽目的”VR”の利用時間を規制すると明言されている。
 つまりだ。ナノシステムを用いたVRのみを規制している。
 少し昔の主流で、現在も僅かながらも稼働しているモニターディスプレイを用いた旧式の3DMMOなら何の問題も無い。
 ナノシステムとそれに基づくVR機能はナノシステム手術への年齢制限があり、網膜ディスプレイも仮想コンソールも16才未満の子供は使えない。
 未だにその年代では3Dディスプレイとキーボード、マウスが現役。
 学習、娯楽用に親から与えられている者も多い。だから押し入れの隅に眠っている家庭も多いはず。
 使い方も覚えていて、さらに大半の者は新規で買わなくても良い。
 VRをもっとも恩恵を得られる戦闘のみに絞り、その他を全て旧式MMOのようにモニターでプレイする形に出来れば、二時間規制もすり抜けられる……はずだ。
 最初にこれを会社の方針会議で提案したときは、『その穴をついた発想が三崎らしい』と異口同音に言われたのだが、結果その方面で我が社は動き出したのだから、ほめ言葉だったと思いたい。
 最終手段にしてもっとも有効な手は、VR規制条例が国内でのみ通用することをついた海外への会社機能およびサーバ移転だ。
 しかしそんな資金力と人材を持つ会社等本当に大手のみ。ウチでは望むべきも無い。
 事件の大本であったHFGOは元々が米国製VRMMO。
 規制の内容や事件の収束が見えるやいなや、さっさとデータの入ったサーバを国外へと移して、さらには支社まで撤退してしまった。
 プレイヤーはデータがそのまま使える海外サーバに接続くださいということだ。
 被害者遺族が薄情ともいえるビジネスライクな運営会社を訴えようとしているらしいが、相手側の親会社であるMaldivesが禁止されている違法改造によって自社製品の価値が傷つけられたと逆提訴をしそうな泥沼となっているらしい。
 もっともHFGOが日本国内でNO.1の地位を保っていられたわけでは無い。
 ライトプレイヤーはショッキングな事件の影響で激減。
 さらに廃人級のヘビープレイヤーも、遠く離れた海外サーバへの接続で生まれる僅かなラグが原因で、脳内ナノシステムによる超高速反応が逆に仇となり、タイミングがずれてコンボを外したり、さらにMOBの高速攻撃に反応できず思わぬ痛手が増え、売りであった爽快感が無くなり不満が募りつつあるらしい。
 国内最大手だったVRMMOが弱体化した今がチャンスといえばチャンス。
 ここで一気にシェアを奪うことも不可能では無いはず。
 ただ問題は条件を全てクリアしたときに出来るゲームが、映像がリアルと言えなくもなく、レア武器などが無く誰もが持っていて、戦闘以外はほとんど旧式のMMOということだ。
 これではたして面白いゲームなど出来るだろうか。
 相手はつい先日までのVRMMO全盛時代を知っているプレイヤー達。
 行政などの決めた規制など、どうとでもして見せようが、顧客に満足してもらえるかそれが一番の問題だ。
 プレイヤーあってのMMO。
 プレイヤーに楽しんでもらえるMMOゲーム。
 それが我が社の最優先の方針であることに変わりない。
 今までのゲームシステムや料金体制を全て見直してさらに根本から作り直さなければならないから、リーディアンオンラインは他のMMOと同じく運営停止という最悪の選択を選ばざる得なかった。
 俺より長く関わってきた先輩方や、開発期から関わってきた中村さん、須藤の親父さん、佐伯さん。そして社長の心情を想像するのは難しくない。
 自分が培ってきた六年が全て消えてしまうことになった古参のプレイヤーもいれば、始めたばかりでわくわくしていた新人プレイヤーもいるだろう。
 プレイヤー時代とGM時代が半々の俺は、その決定があった日は怒りと悔しさから自棄酒をあおり悔し泣きをした。
 だが誰一人諦めていない。
 今はVR関連の細々とした仕事をこなし糊口をしのぎながら、再び最前線へと舞い戻るためにホワイトソフトウェアは活動を続けている。
 しかしそれは芳しくないというのが現状だ。
 ゲームの基本設定。
 一体どういうゲームにすべきかの骨子すら定まらず、出口の無い闇の中を彷徨うような状態だ。






「ふふ。大丈夫そうですね」


 やる気はあっても先を考えると暗雲たる気持ちにしかならないはずなのだが、ユッコさんは、考え込んでしまった俺を見てなぜか楽しげに笑っていた。


「あー……正直。大丈夫じゃ無いんですけど」


 会社が潰れて収入が無くなり家賃滞納で追い出される事も考慮し、その場合は親に土下座しようか、姉貴に泣き付こうか真剣に考えたくらいです。
 


「あら? マスターさんがそういう顔をしているときは楽しんでいるときですよ。ボス戦で追い詰められて、それでも逆転していったときと同じ顔。だから大丈夫でしょ」


 いやあの時はゲームです。死んでも大丈夫です。でもこっちはリアルでやばいんですけど。
 ユッコさんの発言には突っ込みたいことが多かったが、それ以上に心に引っかかった事がある。


「……アリスみたいなこと言わないでください。あいつも最後に会った時、同じようなこと言ってましたけど、そんな顔をしてますか」 


 リーディアンオンラインが停止した日以来、姿を消した元相棒であるプレイヤー『アリシティア・ディケライア』ことアリス。

『シンタは苦労しているときが一番楽しそうなんだって。しかも無理矢理に仕事を押しつけられたりとか、追い込まれれば追い込まれるほど才能を発揮できるタイプ』

 アリスが最後に残した台詞を思い出す。


「ふふ。可愛らしい方のマスターさんにもまた会いたいわね。マスターさんもアリスちゃんとは?」


「えぇ。会ってません。ラスフェスにもあいつ、最後まで来ませんでしたから」


 リーディアンオンラインは終了を決めたときにそのまま終わったわけでは無い。
 規制が公布され終了が決定したあと、毎日2時間ずつずらしてサーバを無料オープンし2週間、計28時間の特別解放を行う『LastTwoWeek Festival』を開催した。
 全てのボスキャラが即沸きとなり、全プレイヤーに全ての武器、アイテムが解放され、レベル、スキルも自由に設定変更できる最後の最後の大騒ぎを開催した。
 数多くのプレイヤーが集まり、楽しみ、悲しみ、笑い、怒り、そして泣いた。
 だがその中に俺が知る兎娘の姿は最後まで無かった。
 死ぬほどに文句を言われて、切り札であるキーワードを切ってきたアリスに何とかしろと頼まれるかもしれないと覚悟を決めていた。
 しかしそれは杞憂に終わった。
 祭りが過ぎ去った後もギルドの掲示板にアリスからの書き込みは無く、ギルメンも誰もリアルを知らないのでアリスの連絡先を知らない。
 あいつが最後に仕事が忙しくなると言っていた事が気になる。
 変なことに巻き込まれているのでは無いか。
 リアルで何かあったのか。
 どれだけ考えても判らない。 


「でもアリスちゃんならゲームがまた始まれば戻ってくるかもしれませんね……もちろん私も次のゲームを期待しているプレイヤーですから。老い先の短い年寄りをあんまり待たせないでくださいね」


 俺の不安を感じ取ったのかユッコさんが冗談めかした言葉をつぶやき微笑んだ。


「……善処します」



 とっさに返す言葉が思いつかなかった俺は、曖昧な返事と共にカップに残った茶を飲み干した。



[31751] ようこそ新世界へ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:34
「前庭はそんなに変わっていないそうなので直撮りでいけそうです。あと地域資料館に開校記念に校庭で人文字を作ったときの、昔の航空写真やら地上映像が残ってたんでコピーさせてもらいました」


 北風吹く冬空からちらつく雪がついた肩を時折払いながら、酔ったサラリーマンで混み合う人混みの雑踏を早足で抜け、ようやく連絡のついた須藤の親父さんへと今日の収穫を報告していく。
 作業に極限集中しているときは親父さんに連絡しても、『後にしろ』となるので、連絡がついたときに全部伝えておかないと面倒だ。
 ユッコさんから受けた復元依頼は校舎本体は完成済み。
 校庭周囲や前庭に設置されている池や飼育小屋の形や位置などは、今日の調査でほぼデータがそろったので、これらを設置をして外回りも終了。
 あとはユッコさんやらそのご友人に細部の確認をしてもらい修正して完成だ。
 依頼されてから二ヶ月の突貫制作だが、上出来なできあがりだと思う。


『おう。そんだけあれば校庭周囲の花壇やら遊具の配置も正確な位置関係がつくな。ご苦労だったな。もう9時過ぎているが今日中に戻ってくるつもりか?』


「電車があれば。ただちょっと微妙です。なんか事故があって遅れてるらしくて、今駅に向かうことは向かってるんですけど」


 コネクターから伸びるケーブルは胸元に入れた無線式小型VRネット用端末へと繋がっている。
 親父さんとの電話回線を維持しながら、最寄り路線の最新運行状況を網膜ディスプレイへと呼び出す。
 近くの駅で人身事故。かなり遅れているらしい。
 駅に来る頃には再開しているかと思ったが。ちっ。無理か……
 元々戻れても日付を超える予定であったが、これでは途中駅で終電を迎えてしまう。
 会社に戻って追い込み作業のヘルプに入るのは諦めるしかなさそうだ。
 急いでいた足を緩めて白い息を吐く。
 ユッコさんの同級生の容態は芳しくないらしい。早めに同窓会を開催してあげたいのだが……

 
「すみません。無理っぽいです。後でデータだけ送ります」


 とりあえずデータだけあれば作業は進められる。
 データ量は結構多い。携帯端末の無線回線ではデータ転送に時間が掛かりすぎるからどこかで有線回線を探す必要がある。


『三崎。お前あんまり無理すんなよ。最近少し働き過ぎだぞ』


「いやいや、親父さんに言われたくないですっての。徹夜何日目ですか。年も考えてくださいよ」


『……ったく。てめぇは本当に口だけはへらねぇな。仮眠は取ってるから心配すんな。宿代は経費で落とすからしっかり寝とけよ。今週中には仕上げる。戻ってきたらこきつかうから覚悟しとけ』


「了解」


 苦虫を噛みつぶしたような声で最後に発破をかけてきた親父さんに、俺は笑いながら答えて回線を切断する。
 首筋のコネクターを刺したままコートの襟を立てて寒風を遮断するがやはり寒い。
 年が明ければもっと寒くなるかとぼんやりと考えながら、周辺地図を呼び出して予約無しで入れるホテルを確認。
 見事に全室Sold outの真っ赤な表示。泊まれそうな所は無い。
 電車が止まっているので同じように立ち往生している者が多いせいもあるだろうが、日付を見れば師走まっただ中の12月15日……年末故致し方ないかもしれない。
 かといってさすがにこの雪がちらつく寒空の元、駅前のベンチで野宿は勘弁。というか凍死する。
会社にデータを送るなら、24時間やっているVRカフェで一晩を空かすのが一番かとも思ったのだが、国内のVRMMOが停止、撤退したことと、VR規制条例の影響でVRカフェ専門にやっていた系列は利用客の激減から全国で撤退が相次いでいる。
 ここの駅前にも大きなVRカフェがあったようだが先月末に撤退していた。
 事故のあった『EineWelt』の系列店だから、根も葉もない風評被害でも受けたのかもしれない。
 昔ながらのモニターを使うネットと紙媒体である漫画喫茶を残している老舗などは駅周辺にちらほらあるようなので、各店の公式HPへと繋いで空き状況を調べてみる。
 だがそちらも専門店との棲み分けが出来ていたのか、回線容量の大きいVR席が元々数少なく、しかも運が悪いことにその僅かな席も埋まっていた。
 娯楽利用客なら2時間で空くのだが、仕事で使っている連中ならいつになるか判らない。
 さて、どうしたものか…… 
 ここの駅前を諦めて電車が動くのを待ってもっと大きな駅に行くというのも手かもしれないが、そちらも同じような状況だったら目も当てられない。
 通行人の邪魔にならないように道の端に避けてどこか無いかと検索していると、ぽんぽんと肩が叩かれた。
 振りかえって見ると顎先にそり残しの無精髭を生やす微妙に怪しげな初老のおっちゃんが、胡散臭い笑みを浮かべていた。


「お兄ちゃんナノ持ちかい……どうだい良い店あるんだけどよ? 大丈夫合法だよ。二時間でちゃんと楽しめるからよ」
 

 コードの刺さった俺のコネクターを目でさしつつおっちゃんは声を潜めて俺に告げた。 
 こりゃ風俗系VRカフェの客引きか。
 その怪しげな囁きから見て、合法ってのは灰色のグレーゾーンの限りなく黒に近い部分だろ。
 ドラッグVR、海賊版コピー仮想体とか、違法VRソフトやらの販売サイトと繋がっているが、そこから客が何を購入して使っても、当店は知らぬ存ぜぬ関与しませんといったところか。


「悪い、趣味じゃ……おっちゃん。使わないけど朝まで泊まるのいいか? 空きなくて野宿となったら命の危機。助けてくれると助かる」


 断りかけたところで、途中で思い直し手を合わせて頭を下げつつ一応頼んでみる。
 あの手の店のネット回線はウチの本社ビルの由来からも判るとおり結構充実している。
 一晩空かすにはうってつけだ。


「あー電車か。そういや止まってたな。ただ俺らも商売だからなぁ。ただ客を連れてきても利用してもらわねぇと上がりがすくないんだよ……最近は時間は短いし危ないからって利用自体も少ないからな、空いてっちゃ、空いてるんだが」


 よし見かけによらずいい人だ。砕けた口調で渋りながらも同情的な目を浮かべている……これならこっちの譲歩次第で勝てる。
 

「席のみいくらよ」


「2で2時間。もちろん利用無しでな。VR規制条例のせいで娯楽利用は二時間のみってので制限を喰らってるからな。なんかあれば警察がすぐ来やがるから嘘は無し」


 基本料金に追加購入からのバックが収入源ってところか。
 空席であれば何の利益も生み出さない席。
 始発は朝5時すぎ。今から約8時間後。


「じゃあ10だすから始発まで8時間貸してもらっていいかな? ……埋まってる方が良いだろ」


 俺の提案におっちゃんが悩む顔を見ながらも、俺はその躊躇から勝利を確信していた。
 問題は一つ。
 ……さすがにこれはちゃんと説明しても経費で落ちにくいかもしれないということ。
 空いてなかったので風俗系VR店を1万で使いましたといって、倒産の瀬戸際でもすんなり経費として通るようならウチの会社がやばい。
 最悪の場合自費となるが、自分の財布-朝まで野宿のリスク回避+仕事進行を考慮すれば、1万はかなり痛いことは痛いが十分つりが出る金額だ。
 しばらくしてから予想通り、すぐに仕方ないとおっちゃんは俺の案に乗った。
 そのおっちゃんの先導で連れて行かれたのは、近くの雑居ビルの階段を地下へと降りた先にあるVRカフェ。 
 建物のボロさ具合が本社を思い出して逆に落ち着く辺り、俺の基準はどこか間違っている気もする。
 衝立に囲まれて個人スペースとなった空間に量販品のダイブテーブルを30ほど置いたよくあるような作りだ。
 あまり広くない店の中はコンクリートの壁に反響して少し音色の変わったBGMが掛かっていて、暖房をケチっているのか空気も少し冷たい感じがする。
 それでも一晩過ごすには十分な環境なのだが、おっちゃんのいっていたとおり利用客は少なく空席表示がちらほらと目立つ。
 これだけ駅が近ければ多少割高でも俺と同じような者がいそうな気もするのだが、気になって尋ねてみるとおっちゃんは苦い顔を浮かべた。


「ほれ。例の事件はナノの違法改造で起きた事らしんいだが、脱法系のソフトが全部危ないと思っている客もいるらしくてな。こっちは商売あがったりだよ。昼間も変な若いのが来てよ。俺らみたいなのがいるから自分は世界を奪われただなんだってわけの判らないこと喚いてたし、鞍替え考えた方が良いかもな」


 おっちゃんはいろいろ心労があるようで重いため息を吐いている。
 俺の方も仕事が消えて、下手したら会社自体も潰れそうな状況なんで、何となく人ごとじゃ無い気もする。
 ひょっとしたらあれか、同類相哀れむで何となく雰囲気でお仲間と思ってブースのみの利用で貸してくれたか。


「そんなんだから兄ちゃんもけち臭いこと言わないで、気になるの有ったら使ってくれ。二時間でも楽しめるソフトが多いからよ。ほれ若いから嫌いじゃ無いんだろ。もちろん人相手のVR出会い系もあるからよ」


 前言撤回。なんやかんや言っても、購入して使うと思っていやがったかこのエロ親父。














 仮想コンソールに会社のアドレスを打ち込んで手持ちHDDから撮っておいた画像ファイルを転送。
 お、やはり結構早い。良い回線使ってるな。
 なるべく多くの現地資料があった方が良いからと撮りまくってきたがこれなら10分くらいで送れるはずだ。
 後は自動進行に任せれば良いのでそうなるとやることもないし寝るだけなんだが……まだ午後11時前なんだよな。
 始発前の4時半に目覚まし代わりにナノシステムでアラームを設定しているので、今から寝ても5時間ほどしか眠れないのだから、早々に寝た方が良いのは判っているが、困ったことに全く眠くない。就労時間が不規則な俺にとって、11時前に寝たなんて健全な生活なんぞここ数年記憶にはない。
 睡魔が来るまでなんか暇つぶしとなるのだが、参ったことに俺にはぽっかりと空いたこんなときに時間をつぶせる趣味らしい趣味が無いことにはたと気づく。
 ここ数年は遊びにしろ仕事にしろ、ほとんどがVRMMO中心で動いていたもんな。
 やべぇ……アリスのことを廃人すぎると心配していたが、人の事いえるような状態じゃ無かったようだ。
 かといってここの店からは、何とか再開している数少ない国内VRMMO系ゲームをやれるようではないし、やる気も無い。
 そうなるとだ。
 先ほどから網膜ディスプレイの隅をちらちら横切る扇情的な文字と、肌色の物体が気にはなる。
 …………いやいやそれは無い。
 うん。ない。おっちゃんに、『夕べはお楽しみでしたね』とにやりとした笑顔で古典的台詞を言われても仕方ない状況にする気は無い。
 第一冷静に考えても金が勿体ない。
 AI相手の一番安いソフトでも五千円も…………五千円か……安いよな。
 須藤の親父さんも言っていたが、俺はここ最近は仕事をしすぎだし、ちょっとばかり息抜きしてもいいような気もしなくは無い。
 
 
『……タ!』


 我知らず商品リストを呼び出していた俺ははっと我に返る。
 いやいや待て待て。五千円だぞ。
 そう五千円だ。ここの泊まり代も自費になるかもしれないから計1万5000円だ。


『…ンタッ!』


 たった二時間の欲求解消に貧乏サラリーマンとしては痛い金額を出して空しくなるAI相手にするくらいなら、もう2万出してVR出会い系のほうが……やばい最近の俺はおかしくなってるかもしれん。
 VRMMOの状況に感じている出口の無い不満が、性欲に変換されるくらい煮詰まっているのか。
 なんか先ほどから耳鳴りのようなのものも、聞こえてきて


『シンタっ! きづいてよ! ぅ-! お願いだから!』


 耳鳴りを自覚した瞬間、それははっきりと泣き声として聞こえる。
 リーディアン内でWISが飛んできたときと同じように頭に直接響くその声は聞き覚えがありすぎた。


「はっ!? ま、まて! お前アリスか!?」


 リーディアン内でもないのになんで聞こえてきたのかとか、それ以前に出先の怪しげなVRカフェでという疑問はいくつもある。
 だがその声は幻聴では無いと確信できるほどに、聞き慣れた声。
 アリシティア・ディケライアことアリスの声だ。
 会社のプレイヤー登録データも最低限の記入であるフリーアドレスのみで連絡もつかなかった元相棒に俺は声を上げて問い返すが、


『シンタ! 聞こえないの!? ねぇお願いだから! 答えて!』 


 アリスの方には俺の声は届いていないらしい。ただ泣きじゃくる声だけが聞こえてくる。
 冷静に考えれば当然だ。ここはゲーム内じゃない。リアルでWIS等使えるわけもない。
 どうすればアリスに声を……意思を返せる。
 それ以前にアリスはどうやって俺に声を届けている。
 ネット全域をハックして声を上げているのか?


『わ、私どうしたらいいかわかんないの! 助けてよ……シンタァ』


 仮想コンソールを展開して真っ先に浮かんだ予測を確かめる。
 書き込みの早い各種掲示板を呼び出してみるが、何時もの馬鹿話が続くのみで泣きじゃくる女の子の声が聞こえてきたなんて書き込みは一件も無い。
 そうなるとアリスの声が聞こえてきたのは極少数範囲。もしくは俺のみか。


『……聞いてよ……変なの見てないで……聞いてよぉ』


 弱くなってきたアリスの鳴き声は今にも途切れそうだ。
 あの兎娘は。人を呼び出しといて早々諦めるな。さっきから頭が痛くなるくらいに聞こえてるっての。
 やはりなんか面倒なことに巻き込まれてやがったか。
 しかしどうやってあいつに返せば。それ以前にあいつは……変なの?
 変なの見ているな。
 アリスが漏らした鳴き声が脳裏に引っかかる。
 変なのとは何のことだ。しかも見ているとは俺のことか。
 十八未満お断りの商品ラインナップが俺の目の前には展開されている。
 この店に隠し監視カメラでもあって俺を見ている? いやそれもない。
 俺はリアルでアリスに会ったことは無い。
 リーディアンでの仮想体は面倒だからと写真から取り込んだデータを使っていた。
 だから俺そのままであるが、それは始めたばかりの六年前の俺。
 少し子供ぽい面と外見をしていたときで、就職しGMになってからも肉体変化による操作感覚が変わるのを嫌って外見データはそのまま使っていた。
 当然昔の俺なのだから今の俺とよく似ているが、映像だけで判るか微妙なくらいには変わっている。
 それに俺が見ている商品リストは確かに変なのかもしれないが、網膜ディスプレイに浮かぶ仮想の商品リスト。
 外からは見えるはずが……そこで常識として除外していた可能性に気づき戦慄する。
 あいつまさか! 俺の脳内ナノシステムに直接潜り込んできているのか!?
 脳内の聴覚を司る部分を直接叩いて声を届け、俺の視覚を見ている。
 それなら説明はつく。
 技術的には可能だし、VR機能はそういう機能だ。
 しかし俺本人の許可も得ず気づかずに脳内ナノに入り込むなど可能なのか。


『アリスか? お前アリスなのか?』


 疑問はあるがともかく今は思いついた手段を試してみるしか無い。
 商品リストを消し去った俺はメモ帳を呼び出して仮想コンソールに言葉を打ち込む。
 視覚に映った文字。
 これがアリスに届けばいいんだが、


『シンタ……ようやく気づいてくれた……遅いよ! もっと早く気づいてよ!』


『だぁっ! 耳元、じゃあねぇ! 脳神経に直接怒鳴るな! 五月蠅すぎて頭痛いっての!』


 くそ。アリスの甲高い怒鳴り声で割れるように痛む。もうちょっとボリュームを抑えろ。
 このバカ兎は。
 姿消して心配させたうえにとんでもない手段で連絡よこして、返事が遅いとは良い身分だな。


『アリス! 何やってたんだよお前! っていうかどうやってんだ! くそ! 他にもいろいろ言いたいことあんだよ! だけど全部後回しだ! どうした!? 無事か!? 俺が助けられることか!? なにしてほしい!?』


 ともかく思い浮かんだ順に叩きつけるように仮想コンソールを打って、最後にもっとも重要なことをアリスに問う。
 こんな信じられない事をしてまで俺に助けを求めてきたアリスの事情だ。 


『ぐす……いえない……守秘義務設定……邪魔して……言えない』


 鼻をすするような声で言えないというアリスに、巫山戯るなと一瞬頭に血がのぼりかけたが、邪魔という言葉がかろうじて理性を保つ。
 息を一度大きく吸って、ゆっくりと吐く。
 設定に邪魔される。
 アリス自身の意思では無く、俺がリーディアンでボスをやっていたときのようにプレイヤーに意思を伝えられないように、発言制限を喰らっていたような状態なのか。


『アリス。それはここでいえないって事か? どっか他の場所なら言えるのか』


『……うん。船の仮想プライベート空間……シンタが来てくれたなら……設定変更してキャンセルできる……と思う』


 どこにいるんだあいつは。
 この状況では全く話が進まない。直接行くしかなさそうだ。
 明日の朝は睡眠不足になるかもしれないが仕方ないと覚悟を決める。
 

『場所教えろ。今から行く。クローズ環境じゃないんだろ』


 アリスがリアルのどこにいるかなんて判らないが、こうやって外に連絡をしてきてるって事は回線が繋がっている。
 VRならそれこそ地球の裏側でもそう遠い場所じゃ無い。


『シンタ……来てくれるの?』


『行ってやる。だから、ささっと教えろ』


『……コード送った……これでこれるはず』


 ナノシステムが数十行に及ぶやたらと長い数字と文字を組合わせた情報を受け取る。
 コードはそこへと入る鍵で有ると同時に、場所を指し示す住所のような物。しかしこれほど長いコードは今まで見たことが無い。
 これほど長く複雑なコードを使うなんて、よほど厳重に管理されているサーバ。国の管理下や一流企業の研究部門だろうか。
 下手したら進入しただけで罪に問われるようなやばいところじゃないだろうな……不安しか無いが、俺が行くと即答したときの、少しだけ明るくなり嬉しそうだったアリスの声が背を押す。
 仮想コンソールにその長い文字列を手早く打ち込み確認。
 間違いは無し。
 なんか分不相応なことを知って後戻りできなくなりそうな気もするが、行くしかなさそうだ。
 シートのベルトで体を保持し、首筋のケーブルを確認。
 いつも通りのチェックを終えてから俺は右のこめかみに指を当てる


「没入開始」


 人差し指で右のこめかみを叩いた瞬間、俺の意識はVR世界へと沈んでいった。
























 外部情報から隔絶され真っ暗闇の中を俺は進む。没入して3秒は経っているのにまだつかない。
 これだけ時間が掛かるのは正直異常だ。この店の回線なら国内であればそれほどタイムラグは無いはず。
 これを素直に信じるならアリスの現在位置はおそらく国外ということになる。
 仮想体の外見通りでアリスが日本人じゃないのかもしれないが、あいつの使う日本語の発音は違和感が無いほどに正確だったし、翻訳機能を使ったようなラグも無く、細かなニュアンスも伝わっていた。
 場所を特定されないようにわざわざ遠回りのルートを通っていると考えた方が無難かもしれない。
 視界が一瞬だけ強い光に染まる。
 どうやらやっとついたようだ。


「……………凝りすぎだろ。あの兎は」


 すぐそばにアリスがいるかと思いその姿を探そうとし、周りを見た俺はつい呆れた声を上げていた。
 俺が出現した場所は一面の星空のまっただ中だった。
 上を見上げれば巨大な恒星が鎮座し、龍のように暴れているプロミネンスに照らし出されるのは、鏡のように光る巨大な平面板と隣接した大規模工場のような配管がむき出しとなった小惑星。
 足下を見れば水をたたえた青い星がゆっくりと自転している。星の大半を覆うその大海原の中央で存在を主張する巨大な大陸からは、枝のような物体が伸びて、星の周囲で廻る帯のようなリングに接続されている。
 星から突き出ているのは軌道エレベーター、その周囲はオービタルリングというやつか?
 その二つの星だけでは無い。
 どこかの映画で見たような鋼鉄の台地で覆われた武装衛星が、ぱっと見で北海道ほどはあるだろう大穴から極太の過粒子砲を打ち出す。
 その隣では火星のように赤かった星に巨大な宇宙船らしき物が氷の塊を落としていき、氷が落ちた場所を中心に瞬く間に海が発生し、その周囲が緑に染まっていく。
 なんというかあれだ。
 子供の頃に想像した夢と希望だけしか無いお気楽極楽な未来の映像集。
 人の手で簡単に恒星すらも操るという未来技術の想像図がそこにあった。
 異常に手の込んだVR映像は妙にリアルで面白そうだが今はそんな空想の産物などどうでも良い。
 そんな物を見る為にここへ来たのでは無い。
 

「ったくどこだよここは! アリスいるのか!」  


 俺が上げた声にアリスの返事は無い。
 ただその代わりに、


『ようこそお客様。大規模恒星系改造から惑星のお引っ越し。大小様々な惑星改造なら当社まで。ディケライア惑星改造社。恒星系級改造艦『創天』はお客様の御乗艦を心より歓迎いたします』

 
 そんな巫山戯た事を宣う女性の声が頭上から響いてきた。



























 ここから?要素全開でいきます。
 笹本先生の名を出したのでお察しの方もいたと思います。
 私がやりたかったのはVRMMO+老舗惑星改造企業再建物という濃い組合わせです。
 当初は実は地球で大人気のVRMMOが、リアル別惑星で行われている侵略防衛戦争だったらという感じで考えていました。
 ですがそれだと主人公の立場が上手く広がらなかったので、じゃあいっそ某レベルEのあれのごとく、ノリを軽くいけば良いやという方針転換しております。
 この先の方針は宇宙側の超技術を持ってきて地球でゲームにというのは、ご都合主義がすぎるので一切無しでいく予定です。
 地球で出来る技術レベルのゲーム性能に宇宙側の状況をアイデアとしてゲームを作りつつ、宇宙の方では地球のゲームを参考に最初のRMMOを仕立て上げていく物語。
 地球では下っ端GM(ゲームマスター)、宇宙では新人GM(ゼネラルマネージャ)とし、潰れかけた二つの会社を建て直すために奔走する主人公の物語。
 こんな所です。
 かなりあれな物語ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。
 



[31751] 地球の所有権売りますか?
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:43
『ようこそ。お客様。大規模恒星系改造から惑星のお引っ越し。大小様々な惑星改造なら当社まで。ディケライア惑星改造社。恒星系級改造艦『創天』はお客様の御乗艦を心より歓迎いたします』


 巫山戯た台詞を宣う落ち着いた雰囲気の女性の声が頭上から響く。
 惑星改造。
 SF系の物語でならよく聞く言葉だ。
 居住に向かない惑星の環境を人の手によって改造してしまう超技術。所謂テラフォーミング。
 真面目に研究をしている学者もいるらしいが、現在の試算では天文学的金額と最低でも千年単位の膨大な時間が掛かる空想の世界。未だ夢の話。
 だがそんな夢が実現する世界を俺はよく知っている。
 剣と魔法。巨大ロボットやゾンビ、幽霊が闊歩する仮想の世界。
 そうなるとここは……


「アリス。あいつ……」


 俺は瞬間的に理解した。 
 コンビを組み信頼し背を預けたアリス。 
 あいつのことならよくわかる。


「他のVRゲームに嵌まっていたのか」


 あのゲームは一日二十時間廃人が、VRMMOから離れられるわけが無い。
 仕事とはほかのVRMMOのクローズドβテストプレイのことか。
 ここがどういうゲームか判らないが、まだ表に出ていない開発中のゲームの可能性は極めて高い。
 それで面倒に巻き込まれたのかもしれない。
 全ての辻褄が繋がっ、
 

「な、なんでそうなるのよ! ほんとは呼ぶのもいけないのに! リル解除! 来客モード解除!」 


 さもありなんと頷きかけた俺に対して、思った以上にすぐ近くから泣きながら怒るという器用な真似をする怒声が響いた。
 プラネタリウムのようになっていた周囲の星空が消え去り、どこかの応接室のような場所へと周囲の風景が切り替わった。
 十畳ほどの広さの部屋にはテーブルが一つと対面におかれたソファーが二つ。
 見たことも無い植物が植えられた鉢が一つ部屋の隅にぽつんとある殺風景な部屋だ。
そして俺のすぐ目の前にべそをかく一人の女の子が立っていた。


「信じらんない! シンタ! なんでそうなるのよ!」


 俺の肩くらいの背丈のすらっとした少女は十五才くらいに見えるだろうか。
 鈍く光る銀髪から突き出ているのは、兎の耳のような形状ではあったが、金属で覆われた機械らしきもの。
 涙目できっと睨む表情の強さは俺がよく知るものだが、その目は青では無く濃い金色。
 薄い紅色のジャケットのような上着を羽織り、その下には同系色のパンツスーツを身につけているが、何というか子供が無理矢理大人の真似をしているような印象があって似合わない。
 

「お前……アリスか?」


 仮想体の見た目などいくらでも変えられるのは判っていたのに、思わず問いかけてしまう。
 俺の中でアリスのイメージは金髪碧眼の兎娘として凝り固まっていたからだと思う。


「そう! なんでわかんないかな! アリス! アリシティア・ディケライア!」


 アリスはそれが気にくわなかったらしく、頭の上のウサミミのような機械をジャキンと立てた。
 あーここら辺は変わらないのか。相変わらずこだわる奴だ。
 怒るアリスを見て少し落ち着くあたり、ひょっとしたら俺は性格が悪いのかもしれない。


「なんで!? 来てくれるって言って嬉しかったのに! なんでそうなるかな!? 話しちゃダメだってみんなに反対されても繋いだのに!」


 ぼろぼろと悔しそうに涙をこぼしながらアリスはだだっ子のように俺の胸を叩いてきた。
 痛覚伝達モードは最低レベルなので痛みなどというほどの刺激はないが、それでもアリスが抱えているだろう苦しみが伝わってくる。
 息を吸ってゆっくり吐く。
 考えを纏めるときに使う癖。
 ともかく今のままでは何が何だか判らない。
 状況確認からだ。


「とりあえず落ち着けって。正直状況がわかっていないから。ここどこだ。新開発中のゲームの中なのか?」


 不満そうに唸りながら俺を叩くアリスの右拳を左手で受け止めつつ、その肩を弱めに数回叩いてなだめる。


「ゲームじゃ無い。あたしの会社……ディケライア社の船……創天の来客者用仮想空間。プライベートモードにしてようやく事情が話せるようにしたのに、なんでそうなるかな」


 幸いアリスも多少は冷静な部分を残していたのか、俺がなだめるとすぐに叩くのを止めて愚図りながらも答えてくれた。
 ディケライア社、創天という名には聞き覚えがある。先ほどのアナウンスにも出ていた。確か惑星改造社に恒星系級改造艦とか。
 これは…………あれか。あれなのか。
 あまり認めたくない事実に気づかされてしまう。 
 
  
「アリス。お前は一体誰だ? というか何だ?」


 一番肝心な質問をしてみるしかないだろう。
 これではっきりと判るはずだ。


「ディメジョンベルクラドのアリシティア・ディケライア……シンタ達の、地球人の感覚で言うなら異星人……惑星改造を専門にする会社の社長をやってるの」


 アリスは拗ねた口調ではあるが、はっきりと自分が宇宙人だと答えた。
 しかも惑星改造を行う企業の社長だとも言っている。
 …………………仕方ない。
 ここまで来たら認めるしかないようだ。
 他に思いつかない。
 このバカ兎。完全に我を失っていやがる。
 VRが精巧になりすぎたことで新たに生まれたという精神病の一種。
 現実と空想の境界線の認識が曖昧となる解離性症候群で、酷くなるとVRを現実だと思い込む厄介な病気。
 通称VR中毒。
 リーディアンが終わってしまったことでショックで錯乱し発症したか。
 いくらアリスが設定に入り込むロープレ派といえど、完全に病気になったのでは笑えない。
 この手の精神病ならミャーさん事、宮野先輩が詳しいかもしれない。あの人ならアリスのことも知っている。連絡してみるか。
 借りを作るのは後が怖いが、他ならぬ元相棒のためだ……致し方ない。


「アリス。すぐ接続を切ってちゃんと寝るんだ。私用アドレスを教えるから目が覚めてからリアルでかけてこい。仕事中だろうが相談に乗ってやる。だからしばらくゲームは忘れろ」


「し、信じてよ! せっかく一大決心して告白したのに!」


 無理だアリス。いくら相棒の言葉でもこれは無理だ。
 そう。ありえない。
 なんだろう。判りたくないのにVRを規制した連中の気持ちが少しわかってしまう。
 アリスがこんなに変貌してしまった様を見ていると痛々しい気持ちしか浮かばない。
 いや……人ごとのようには言えないな。


「いいかアリス。良く聞け…………年中無休二十時間接続当たり前なゲーオタ宇宙人がいてたまるか!」


「ぁぅ!」


 俺の返した当然と言えば当然すぎる言葉に、痛いところを突かれたのかアリスは絶句した。
 頭のメタリックウサミミもしゅんと倒れ込んだ。


「ちゃんとリアルを見よう。俺も社会復帰が出来るまで付き合ってやる。だから早く病気を直そう……ユッコさんとか他の奴らも心配してたんだぞ」


 アリスの肩を優しく叩いて安心できるように笑顔で諭す。
 ギルドに誘ったプレイヤーとして、そしてリーディアンオンラインのGMであった俺の責任もある。
 アリスがここまで壊れる前に気づいてやれれば良かった。


「あ、あ…………ぅ……なんで平常運転の時は常識人なのよシンタは……うぅ。その無駄な優しさ……心配してくれて嬉しいけど、とことんむかつく……信じてよぉ」


 がくりと膝をついたアリスはうつむきながらも、しかしまだ同じような妄言を繰り返している。
 しかし信じろと言われてもさすがに無い。これは無い。
 ネットゲーの相棒が宇宙人でしたなんて真顔で言う奴がいたら、俺はとりあえず病院行きを勧めるか、ゲームから引退しろと忠告する。
 
 
「うぅ。リーディアンが終わっただけでも大ショックだったのに……ラスフェス行くの諦めてお仕事してたのにあんまりだよ」 


 いくら何でも宇宙人でし…………ラスフェス。
 ラスフェスがあるのは知っていても来なかった。
 それは接続時間では他の追随を許さない最強廃人のアリスらしくない。
 俺が知るアリスらしくない行動。よほどのことが起きていた……アリスが言っている事は全て事実なのか?


「アリス。お前は宇宙人だったのか? 疑って悪かった。詳しく話してくれ」


「なんで信じるかな!? なんで今の言葉であっさりと信じるかな!?」 


 詳しく話を聞こうと思った俺に、頭のメタリックウサミミをぎらりと光らせながら立ち上がったアリスが逆ギレする。
 いや、だってな…………日頃の行いだろ。











 広大という言葉では語り尽くせないほどに巨大な宇宙。
 そんな空間で知的生命体が発生した星が地球だけで無いのは当然と言えば当然だろう。
 所謂異星人がいる可能性は結構昔から指摘されていたが、実際に彼らと接触できる可能性はその広さ故に皆無。
 科学技術が進み光速航法、超空間跳躍等々、SF映画とかでお馴染みな理論と実際に行う技術系が完成しなければ無理だろうというのが定説だ。
 つまり夢のまた夢。お伽噺。
 ところが異星人と呼ばれる他星生まれの文明種族は地球人類が思っていた以上に多く存在し、そして科学技術は夢見ているほどに発達はしなかった。
 恒星や惑星を自由自在に配置換えし改造できるほどまでになっても、短距離ならともかくとして、宇宙を狭くできるほどの長距離を一瞬で物体を跳ばすことが出来る技術は、アリスの説明では極々一部の例外を除きほとんど存在しないらしい。
 ではどうするか?
 答えは簡単。
 資源衛星から切り出した物資や、改造を施した小惑星。はたまた超新星爆発の前に廃棄する恒星などを安全領域まで、短距離超空間跳躍と通常空間航行を繰り返して運んでいく。
 約1光年離れた恒星系文明とレア資源小惑星を行き来する短距離専用の鈍足貨物船に至ってはおよそ5年もかかるらしい。
 地球人の感覚からすればずいぶんと気の長い話なのだが、肉体複製や精神固定など胡散臭い技術も手に入れて、ほぼ不死といえる長寿命を得ている恒星間文明種族にとってはちょっと時間が掛かる程度のことらしい。
 また生身の肉体を持って恒星間移動をする者は惑星改造業者や移民など目的を持った者に限られている。
 彼らはこれまたSFでお馴染みな冷凍睡眠技術をもって、限られた資源を無駄にせず、長ければ数百から数千年単位にも及ぶ旅路を越えているそうだ。
 そんな時間もかかり大変な宇宙旅行よりも、超空間を用いたリアルタイムでの情報をやり取りできる通信網を使った仮想空間網。通称恒星間ネットが存在し、昨今はそこでの交流がメインとなっているため、大半の生命体は生まれ育った星系内から出ることもないそうだ。 
 さてそれで肝心のアリスの立場と言うことなのだが、アリスはその例外である惑星改造業者。
 しかも社長をやっているらしい。なんの冗談かと思ったがマジらしい。
 恒星間移動中は他の職員はみんな眠っているが、アリスのみは諸事情から起きていたそうだ。
 その事情とはアリスの種族は冷凍睡眠が出来ないというか、やると不味い種族だとのこと。
 ディメジョンベルクラド。
 これがアリスの種族の持つ特性で、簡単に言ってしまえば『歩く多次元レーダー』
 アリスの頭から生えたメタリックなウサミミは、この宇宙が存在する三次元のみならず低位や高位の次元すらも感じ取れる感覚器官。
 宇宙的には短く見えても短距離超空間跳躍は、通常空間航法では数万年掛かる光年距離を数年単位まで短時間化する重要技術。
 この跳躍には別次元を感じ取れるアリス達の特性は欠かせないらしく、アリスだけが冷凍睡眠してなかったのはそのためらしい。
 そして一人で起きていても暇すぎて、たまたま目に入ったリーディアンをプレイして嵌まったとのことだ。
 わざわざアリス達から見て未開文明の地球のVRMMOなんてやらなくても、その恒星間ネットでも良いんじゃ無いかと思ったのだが、恒星間ネットを説明した時の顔が嫌そうだったので、なにかトラウマでもあるのかもしれず、詳しくは聞けなかった。
 





「しかし宇宙人に惑星改造ね。いきなりそれを言われたらゲームの話だと思うだろ普通は。だから許せてっば……これ甘いけど結構いけるな」


 アリスの説明を聞きながら自分なりの解釈で纏め終えた俺は、マグカップのような容器になみなみと注がれた緑茶色の謎液体を一口含んでみる。
 ハッカとシナモンが混じった香辛料のような香りとほのかな甘みが口の中に広がる。
 ちょっと風変わりだがこれはありだな。
 新しいVRMMOを立ち上げたら、ここら辺の飲食物も変化球でいってみるように提案してみるか。
 別世界に来たと感じさせる効果がありそうだしな。


「なんでシンタ。そんなに落ち着いているのよ」


 アリスは恨みがましい目で俺を睨みながら、両手で抱え込んだカップをちびちび飲んでいる。
 こくんと飲み干すたびにジャキリと尖って臨戦態勢だった頭のメタリックウサミミがふんにゃりとなっていた。
 どれだけ精巧でもここはVR。腹はふくれないが精神的鎮静効果を狙うくらいの御利益はあるのだろう。 


「なんでって言われてもな。想像の範囲外の話だから逆に落ち着いた。あとお前が元気そうだったからもあるな。ほんと病気とか事故じゃ無くて良かった……だけど何があったんだ。ずいぶん取り乱してたけど?」


 正直言って俺がアリスの手助けを出来るような話ではないと思う。
 だけど助けてと俺を呼んだって事は、どうしようも無く切羽詰まり、ともかく話だけでも聞いてほしかったということだろうか。
 とりあえず聞くだけでもとメインに切り込む。
 悩みは解決しなくとも人に聞いてもらえるだけで少しは軽くなる。
 この辺りの経験則が異星人でも通用するのかは判らないが、地球のゲームに嵌まっていたアリスならたぶん大丈夫だろう。

 
「ウチの惑星改造会社。最近いろいろあってあんまり上手く廻って無かったんだけど、ようやく大きなお仕事がつかめたの。辺境域だから行くだけでも時間が掛かるけどそれだけのリターンがある大きなお仕事。30年かけて仕事先の恒星系に創天が到着したのが、シンタに最後にあった日から3日後。でもついたら無かったの」


「無かったって?」 


「この星域に来たら肝心のお仕事先が無かったの。みんなで話し合って、調べてみたけど盗まれたんじゃないかって……こんな事初めてだから……どうしていいのかみんな判らなくて大混乱してたの。シンタに最後にあった日でリーディアンは終わっちゃうし……リアルもあっちも最悪だよ」


 気落ちしたアリスは顔をうつむけ肩を落とし泣きそうな小声でつぶやく。
 なんかこのアリスに詳しく聞くのが心は痛むし、何となく予想はついたが一応聞こう。
 心に浮かんだのはそんな物どうやって盗むんだという呆れ混じりの疑問だけだ。


「盗まれてたって何が?」 


「今度うちが開発するはずだった恒星系丸々一個……恒星も惑星も小衛星帯も資源価値がある星は創天が到着したら盗まれてたの。残ってたのはレアメタルが埋蔵されてた大昔の掘り尽くされた衛星一個だけ。最後の最後……起死回生の受注だったのに。この開発に残ってた総力を全部つぎ込むつもりだったから今期のお仕事を全部集中させてたのに、だめになっちゃった」

 
 ……うん。予想が当たった。そして無理だ。
 要は太陽系が一個全部無くなったって事か。
 なんか星が一つだけ残っているみたいだが、どちらにしろスケールがでかすぎる。さすが宇宙。
 俺みたいなしがないサラリーマンどころか、地球の英知が集まった所で何の妙案も出てこないだろ。
 さてどうしたもんか…………


「一応ね。手はあるんだ。今期の不渡りを出さないで会社を潰さない方法。ウチが持っている唯一の優良物件。大規模改造不要でちょっとクリーニングして……その変な意味じゃないんだけど、現地害獣を駆除すれば高く売れる惑星が。リル。映像出して……それがこれ。シンタ。判るでしょ」


 ものすごく言いにくそうにするアリスが上に向かって指示をすると部屋がまたプラネタリウムへと入れ替わり、俺たちの頭上に青と緑に覆われた星が出現していた。
 宝石のように美しく光る星。
 すぐ横には白い衛星が静かにたたずんでいる。
 海に囲まれた大陸がいくつかあり、ひときわ大きな大陸の端には弓状の島。
 判るよな。うんわかる。学校の教科書でお馴染みだ。
 というかアリス所有者なのか。
 我が母星は機械ウサミミ少女の手中。どこの三流SFだ。


「ウチの管理区域で差す所のG45D56T297の3。現地名称で『地球』なんだけど……売れば会社は助かるけどシンタ達困るでしょ。あたしも……嫌だし。だからお仕事頑張ろうと思ってたのに。でもこのままだと会社倒産でどっちにしろ借金の形に取られちゃうし、どうして良いのか判らないの……シンタ。どうすればいい?」


 悔しいのかぼろぼろ涙をこぼすアリスを見て、俺は落ち着く。
 何だろう。あまりにあれな話でリアリティが湧かないのもあるが、こうまで泣いている人間を見ると、どうにかしてやろうという気持ちがわいてくる所為だろうか。
  
 
「ちなみに聞きたいんだけど害獣ってのは?」


 アリスは腕を上げ俺の顔を指さす。


「環境レベルを……っぅ……著しく悪化させている現地生物のことを指す業界用語なんだけど……シンタ達……でもあたし思ってないから……誤解しないで」


 まぁ公害とかマシになったと言っても酷いよな、地球からすれば害獣か。
 よしここまでは納得した。
 だがまだ焦るな。まだだ。あと一つ聞いてからその答え次第で焦ろう。 


「今期ってのはいつまでなんだ。地球での1年後か? 10年後か?」


「……地球時間で100年……ぐすっ……後100年しか時間が無いの。無理だよ。今から他の仕事見つけても戻るまで時間が掛かる……あたしが大人になれれば何とかなるけど。まだ無理だもん」


 び、微妙だ。 
 気長な宇宙人の感覚なら一千年とか万年単位を期待したのだが思ったより短い。
 アリスのいう大人になるとの意味はわからないが、とりあえず最優先でやることは決まった。


「あーとりあえず仕事が忙しいから、今の仕事が一段落したら相談に乗ってやるから少し待ってろ。それでいいか?」


 ユッコさんの仕事を終わらせてからにしよう。
 はっきり言ってこっちの会社も倒産の瀬戸際で、地球の危機(ただし100年後)と言われてもそこまで頭が動かない。 


「シンタッ! 真剣味が足りない! 100年だよ100年! たったそれだけしかないのに! なんで当事者なのに気長なの!?」

 
 社会人としては真っ当な俺の答えに、巫山戯ているとでも思ったのか、アリスが垂れ下がっていたメタリックウサミミをジャキンと立てた。
 自分の会社のこともあるだろうが、他人の惑星にここまで泣いて怒れるのだから、やはりアリスは良い奴だ。
 だからこそ助けになりたいと俺に思わせる。  


「そう言ってもたぶんその頃には俺死んでるし。一応考えるから資料を纏めといてくれ。地球人の頭でも理解できるレベルで。無理ゲーでも解説書くらいは読んどかないとルールも判らん」


「ゲームとかボス戦じゃないんだよ! シンタわかってる!?」

 
 100年。アリスからすれば一瞬かもしれないが、俺にすれば長い。
 何が出来るか判らないが、考える時間だけはたっぷりとありそうだ。
 そしてこの状況が少し楽しいと思ってしまう辺り、俺もVR中毒気味なのかもしれない。



[31751] 修羅場 地球の場合
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/05/30 00:05
『全チェック異常なし。感覚復帰を開始しますか? …………お疲れ様でした』


 いつも通りのチェック確認は滞りなく終わり、現実へと意識を復帰させる。
 暖房をケチった少し冷たく湿っぽい空気を感じ、申し訳程度の個人スペースとなった安っぽいブースを視界に捉える。
 VRから抜け出たときの夢から覚めたような感覚と気だるさ。
 ひょっとしたらアリスと会ったアレは夢だったので、


『シンタ。待ってるから早く戻ってね! あ、あたしどうしていいのか!』
  

 感覚復帰直後に脳神経直接刺激の音声は文字通り頭に響く。
 アリス……お前は空気を読め。ただでさえ理解の範囲を超えた話なんだから少しくらいは現実逃避させろ。


『判った。判った。今年中にはこっちの仕事も一段落するから大人しく待ってろ。 【最重要追伸】頭が痛くなるから声落とせ』


 VRに潜る前に開いたままにしていたメモ帳に書き込み、不安げなアリスへと軽い返事を返すついでに、さすがに堪えきれないので声を落とせと注意しておく。
 しかし網膜ディスプレイだから他人に見られないから良いが、もし見られていたらメモ帳で一人会話する危ない奴だな。


『うぅ…………ごめん。あと……巻き込んじゃって、そっちもごめん……でもシンタ来てくれて……嬉しかった……お休み』 


 俺が迷惑がっているとでも思ったのか、少し気落ちしたかのような声でアリスからの通信は終わった。
 現時刻を確認すると午前二時半過ぎ。
 起床予定は始発前四時半。今から寝ても二時間しか寝られない。
 思ったより長くアリスの所へ行っていたようだ。
 体を固定していたベルトを外して、シートを倒してリクライニングモードにしつつ背伸びをする。
 うん。やはりケツが痛い。慣れ親しんだマイ座布団でないと、どうにも座りが悪かったようだ。
 おかげであまり眠気は無い。
 薄暗い天井を見て反響しどこか調子の外れたBGMを耳に考える。


「お休みね……あいつが言うの初めて聞いたな」


 らしくないな発言だ。
 昔なら寝オチするなと五月蠅いくらいだったのに。
 相棒こと最強廃人アリスもしばらくVRMMOをやっていなかったせいで、へたれやがったか。
 どうにもあいつがあんなんだとこっちの調子も狂う。 


「ったく。徹夜だなこりゃ」

 
 俺も含めて廃人と呼ばれていたような人間にとっては、草木も眠る午前二時はもっとも活発的に動く時間だって事を忘れたのかあいつは。
 人が少ないフィールドを駆け巡り鎧袖一触よろしくMOBを蹴散らし経験値とドロップを荒稼ぎする狩りの時間。
 この時間帯に脳をもっとも動かしていた廃人プレイヤーだった頃の癖は、引退して3年経った今でも色濃く残っている。
 眠気が無くて脳がフル回転できる今このときは、打つべき手を考えるには恰好だ。
 兎にも角にもリアルの状況をどうにかしないと、アリスの方の問題を集中して考えることもままならない。
 考えてどうにか出来るとも思えないが、それでも相談に乗ってやると約束したのだから、まずは全力を尽くす為に環境を整えるべきだな。
 ユッコさんからの仕事が終われば、また細々した仕事をこなしながら、倒産の恐怖に追われる自転車操業の日々は勘弁だ。
 ここからぬけだすのに一番有効で即効性のある手段は、仕事を取ってくる事。
 といってもウチの先輩方やら社長がコネを使ってVR関係の細々した仕事を何とか拾って来ている今の現状で、若輩な俺の伝手でどうこうできるレベルでも無し。
 そうなるとだ。拾ってくるじゃなくて、作る方が早いか?
 でも新しい仕事といっても…………………………校舎の耐用年数ってどのくらいだ?
 思いついた即興の考えを頭の中で展開しつつ、俺は倒していたシートから起き上がる。
 まずは情報。適当でもあやふやでもいい。考えるためのとりあえずのネタを求める。
 プレイヤー時代のボス攻略戦を考えていた時とよく似た高揚感を感じながら、大まかな検索ワードをぶち込みながら調べ物を開始した。





「おっちゃん。寝てる所に悪い。会計いい?」


 カウンターで気持ちよさそうにうとうとと船を漕いでいたおっちゃんに悪いと思いつつ声をかける。
 しかし、この店防犯大丈夫か? 
 たぶん裏にも店員はいるとは思うんだが、いくら明け方四時半だからってカウンターで居眠りしている店ってのもどうよ。
 

「お、おう兄ちゃんか? ふぁぁぁ……もう出発か。おかげで席を無駄に……っておいおい、大丈夫か? ずいぶん顔色が悪いぞ」


 あくびを漏らし目を擦っていたおっちゃんが、俺の顔を見るなり驚き目を剥いたが、おどろくのも無理ないか。
 さっきトイレで顔を洗ってきた時、目の下のクマがずいぶん濃いもんで自分でびっくりしたくらいだ。
 仕事、仕事であんまり寝てない所に、つい先ほどまでの脳みそフル回転。なけなしの体力をほとんど消費したせいだろう。
 

「仕事してて眠ってないだけなんで大丈夫。大丈夫」


 少しふらつき指先にも力が入らないがまだこの程度なら問題無い。
 とりあえず飯さえ食べればまだいける。
 調べた情報を元に電車の中で大まかな企画書を作って、会社に到着後すぐに提出できるくらいならなんとかなる。


「真面目だな兄ちゃん。しゃーねぇな。8時間で十つってたけど八でいいぜ。浮いた金でドリンク剤でも飲んどけよ」


 半死半生のような有様にあきれ顔を浮かべたおっちゃんは正規の二時間二千と同じ計算にしてくれるようだ。
 こんな怪しげな店をやってる割に人が良いというか何というか。


「あんがと……八千で。んじゃお世話でした。助かりました」


 金欠のこっちとしてはありがたい。感謝。
 財布から札を八枚抜いておっちゃんに渡しつつ礼を言う。


「おう。ほんと気をつけてな」
 

 おっちゃんの見送りに背中越しに手を振って答えて店の扉を開けて階段を上がって地上へと出る。
 ほとんどの店の明かりが消えた駅前繁華街。
 早出のサラリーマンや終電を逃して開き直って飲んでいたであろう酔っ払いらしきのが、ちらほらいるだけで人影はまばらだ。
 あーやべぇ……階段を少し登っただけで怠い。しかもクソ寒い。
 昨晩ちらついていた雪は幸いにも積もらなかったようだが、手足が凍えそうなほどに寒いことに変わりは無い。
 真っ暗闇で天を仰げば星が見える。冬のこの時間はまだ真夜中。
 胸元の端末からコードを延ばして首筋のコネクタに接続。電車の運行状況とついでに近くの飲食店を検索。
 電車は問題なし。五時過ぎの始発に乗れば九時頃には会社へと戻れる。
 だけど飲食店の方は外れ。
 おっちゃんがまけてくれた二千円で豪華に朝飯をといきたい所だが、この時間に開いているなんてコンビニかファーストフード。
 もしくは貧乏サラリーマン御用達の丼物屋。
 徹夜明けの朝から丼系の重い物やら、油と肉にまみれたファーストフードは勘弁。そうなるとコンビニだな。
 

「っと。あー……すんません」


 半分眠っている頭で検索していた所為で前方不注意となり、歩いてきた男性にぶつかってしまった。
 これだけ道がすいているんだから、避けろよと一瞬むかっ腹がたったが、人の事は言えないし俺みたいに気づいていなかったかもと思いとりあえず謝っておく。
 こんな些細な事で揉めてもバカらしい。


「……お前みた……がいるから……界は……奪われたんだ」


 しかし謝った俺に対して男は無反応。顔をうつむけ地面を見つめてなんかぶつぶつとつぶやいていた。
 目深に帽子を被り首にはマフラーを幾重にもまき付けて顔が隠れている為、年齢もよくわからない。


「え……と? なにか」


 聞き取れなかったので尋ね返してみたのだが、男は顔を上げて曇った目で、俺の顔を一瞬睨んだかと思うとすぐに去って行った。
 たぶん同年代くらい。病的なやけに青白い顔色が印象的だった。
 目が血走っていたし……なんかやばい薬でもやってるのか?
 触らぬ神にたたり無し。
 朝食は後にしてとりあえず駅に向かおうと俺はふらつき気味な足を早めた。











『西校舎と自習室を結ぶ連絡通路にバグ。走ると映像が乱れる。範囲外に出たから確認たのまぁ』


 作業はいよいよ最終段階。
 再現した校舎内に潜っている確認班がVR映像の僅かなずれや五感で感じる違和感を見つけて、VR内の管理室に詰めている俺たち修正班はその箇所のソースを確認し修正をかけながら全体を仕上げていく。


「おう。当該区域停止。確認修正かける………なぁ三崎。今日何日だっけ」


 隣の席で開発部所属の先輩が勢いの無くなった半死半生な声で尋ねてくる。
 ただ声は死んでいてもその腕は休むこと無く仮想コンソールを叩き、可視状態に設定されたウインドウに高速スクロールする文字列を険しい目で見つめバグを探している。
 親父さんのあれは発破でも脅しでも無く事実だった。
 俺はまだ我が社の黒さをなめていたようだ。
 VR内で6時間力尽きるまで働いて、リアルに戻り4時間寝て起きたら、また6時間働く。
 中世の炭鉱労働並な過酷な状況が会社のあちらこちらで繰り広げられている。
 時刻は明け方五時。
 あと一時間で交代ができるが、もう思考はナチュラルハイ状態に入っていて楽しくてたまらない。
 

「あー……20っすね……完成予定まであと1週間です……あら探しが楽しくなってきたんですけど」


 バグを見つけるたびに心躍るようになって、精神的にやばい領域に入っている気もする。
 当初の予定より多少遅れているが、しかし納期は今年いっぱい。
 ぎりぎり完成する予定だ。
 年明け早々にはユッコさん達の同窓会を開催してあげられるだろう。


「楽しいうちはまだまだだな……そのうち本能的にバグが許せなくなる。狩り尽くさねぇと気が済まなくなって、うちの会社じゃ一人前だ」


「んなダメ狩猟本能に目覚めたくないんすけど」


 会社に泊まり込んだ総力戦状態はもう五日目。
 世間が浮かれるクリスマス前に訪れた最大の修羅場だが誰も文句を言わない。
 これは愛社精神とかプロ根性とか生やさしいもんではない。


「うっせ…………ともかく、がんばんぞ。絶対に会社存続させてVRMMO運営としてのホワイトソフトウェアを復活させてやる」   


 死にかけていた先輩の口調に力がこもり目に灯がともる。
 この修羅場を乗り越えさせるもの。
 それは執念。
 丹精込めたリーディアンオンラインを奪われた制作者として臥薪嘗胆な日々を過ご……
 

「それでクリスマスランダム発生イベントでカップルプレイヤーを阿鼻叫喚の地獄に落とす恒例行事を復活させてやろうな」


 ……むしろ怨念か。
 プレイヤーを一番に謳う会社のGMとしてそれはどうなんだろうとも思うが、イベント的には盛り上がってたから有りだろう。 


「そうっすね。今度はクリスマスケーキで血の色に染め上げてやりましょう」

 
 クリスマス用特殊ドロップをするケーキ型小ボスモンスターをばらまいて、その中に外れとして一定時間落ちない血糊でも仕込んでやろう。
 うん。実にスプラッタなサンタのできあがりだ。


「……ほんとあんたらは。碌な事考えないね。うちのバカ息子と同じような思考してんじゃないよ。いい大人が」


 疲れがピークで思考がカオスに達していたのか、未来に向け明後日方向に全力疾走気味な思考をしている俺たちの背後には、いつの間にやら開発部の佐伯主任が立っていた。
 佐伯主任の息子さんは確か小学二年くらい。
 さすがにそこまで幼児化していないと思いたいんですけど。
  
 
「し、主任!? 帰ったんじゃないっすか?! 泊まり込みは男衆だけって事でしょ」


 ばつの悪そうな顔を浮かべた先輩が、あきれ顔を浮かべる直属の上司である佐伯主任の顔色を伺う。
 開発部を束ねる女傑に面と向かって逆らえるのはうちの会社じゃ須藤の親父さんくらいだ。


「早出だよ。握り飯と味噌汁。作ってきてやったからリアルに戻ったら食いな。ちゃんと保温してあるから暖かいよ」


「「うぉ!!!」」

 
 俺と先輩は思わぬ嬉しい差し入れに歓声を上げる。
 ここの所のインスタント続きの食事には正直飽き飽きしていた。
 しかも早出と言っても佐伯主任が帰ったの昨晩三時過ぎ。
 家は近いはずだが、そこから飯を炊いて握り作って味噌汁も煮てって、ほとんどというか、全然寝てないだろ。
 ありがたすぎる差し入れに涙が出そうに、
 
    
「寝て起きたらまた仕事だよ。気合い入れな。この仕事がぽしゃったら会社は潰れる。待ってくれているお客さんのためにも会社を潰すんじゃないよ」


 飴と鞭ならぬ。飴と鞭さらに鞭。
 最初に来る飴玉が大きくて感謝しかない分さらに質が悪い。


「「……………はい」」


 握り飯と味噌汁の誘惑には抗えぬ俺らは、佐伯主任の無慈悲な言葉に肯定と服従を示すしかない。 


「あーそれとだ。三崎……そのあんたが出した企画書あったろ、ほれこの後の事業展開案ってやつ」


 佐伯主任は珍しく口ごもり少し言いにくそうな表情を浮かべる。
 この間の出張後に提出した企画立案書は今回請け負ったVR同窓会を、他のお客にもプランとして売り込もうという単純明快な物だ。
 ただの同窓会ではなくVRならではのいくつか仕掛けを施してリアルとの差別化を図るというのが、メインの考えだったが佐伯主任の反応を見るからにダメだったかこりゃ。
 即興な上に徹夜明けの寝不足で拵えたかなりアレな出来だったもんな…………


「実は社長も似たような展開を考えていてね……でそっちと折衷していくつかあんたの案を採用したから。お客様に喜んでもらえそうだからってね」


「っ? マジですか?」     


 あっさり採用されるとは思っていなかった俺は思わず驚きの声を上げて聞き返した。
 よし。これで上手く填まれば次の仕事に繋がるはず。
 アリスの方に割く時間にも少しは重点をおいてやれるかもしれない。


「でだ…………早速今回からやるから仕様変更がついさっき決定した。ちょっと組み直しするよ。これがソースコードの一部。順次須藤の親父さんから上がってくるからいれてきな」


 佐伯主任が目の前にポップアップウインドウを呼び出して、できあがったばかりのソースコードを表示していく。
 何千行にも及ぶ変更、追加箇所が挙列されてるんだが…………………………………いやいや。もう仕上げ入ってますよ。
 納期まであと11日しか無いですよ。
 俺はこの次のつもりでしたよ。
 今回はさすがに諦めてましたよ。
 ユッコさんに喜んでもらえるかもしれないけど、さすがに間に合いませんって。
 っていうか親父さんいつから作り始めたこれ。 
 俺じゃあ3日はかかる作業量。しかもこれで一部って。


「はははっはは…………冗談ですよね?」


 発案者は俺ですけど、さすがにこれは無い。
 乾いた笑いを漏らしながら横の先輩を見ると、真剣な目でソースコードを読んでいやがります。
 いやいや無いでしょ。さすがに間に合わなくなりますよ。


「諦めろ三崎。お前はリーディアン開発段階の時は知らないから無理ないが、完成直前に仕様変更は何度かあった。そしてお前も知ってるとおり、うちの会社はお客様の為ならいくらでも地獄をくぐり抜ける猛者揃いだ……今日から勤務六のあと睡眠時間三でいく。納期は絶対だ」


 余計な仕事を増やしやがってという目で睨まれていたのならまだ良かったかもしれない。   
 目が本気で顔つきが真剣すぎる。
 やばい……俺が修羅場だと思っていた今日まではまだ入り口。ここからが本番のようだ。


「…………了解ッす」


 しかしこの企画案を言い出したのは俺自身。
 拒否する選択肢を選べるわけも無かった。 



[31751] 正しいVRの使い方
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:44
 今回の話には実在の病気である『進行性骨化性線維異形成症』という難病にかかったキャラクターを登場させております。
 素人が趣味で書いている作品で、難病を軽々しく扱うことに不快を覚える方がいらっしゃるかもしれませんので先にお詫びします。
 現実でのVR技術が発展して作中のような使い方が出来る時代がくれば良いと思って書いております。
 ご理解いただければ幸いです。

追記 
 
 ご指摘有りましたので表現を変更いたしました。ご不快に思われた方いらっしゃいましたら申し訳ありません。



















 髪と髭……よし。
 スーツのしわや汚れ……よし。
 エレベーターホールの壁にはめ込まれた鏡に映る姿を見ながら各所をチェック。
 昨年末の修羅場で味わった疲労をまだ引きずっている顔色以外は特に問題なし。
 小さく息を吐いてから少し緩くなっていたネクタイを締め直す。
 網膜ディスプレイに映る時刻は午前九時を指し示し、午前の面会開始時間となった事を告げる。
 同時に明かりが点った来客用エレベーターのスイッチを押してエレベーターを呼ぶ。
 

「マスターさん。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


 どうにも落ち着かない俺をみて、隣に立つユッコさんがにこやかに笑った。
 ユッコさんの手の中には、新春を告げる清涼な香り立つ日本水仙の白い花束がちょこんと収まっている。


「気を張ってないと口を滑らしたりしそうで……初めてなんですホスピス」


 敷地内に足を踏み入れたときから感じている院内の計算された穏やかで安らいだ空気。
 不用心な発言や振る舞いでこの空間を壊さないか、自分自身が心配でしょうがない。
 治療の施しようも無い難病患者達が最後の時を穏やかに過ごせるよう、身体的苦痛を抑え精神的ケアを行う施設。
 それがホスピスだ。
 そしてここ西が丘ホスピスにユッコさんの小学校時代のご友人である神崎恵子さんが入院されている。
 かつては死因のトップであった癌を含め、大半の病気は医療技術の発展で治療可能となっている昨今。
 それでも手術も治療も不可能な難病はいくらでもある。
 神崎さんの場合はその一例。
 進行性骨化性線維異形成症。
 繊維組織。筋肉や筋が骨組織へと代わり硬化してしまい、関節部が固まり体を動かすことが出来なくなり、やがては食事や呼吸も困難になり緩やかに死へと至る難病。
 病気の進行を遅らせる遅延治療以外には、未だ有効な完治療法が確立されていない遺伝子疾患だという。
 十代で発症した神崎さんは遅延治療を施しながら何とか生きながらえてきたが、症状は徐々に進行し、動くことも出来なくなってすで三十年以上経っているという。
 それがどれほどの苦痛なのか……若輩な若造である俺の想像力では追いつかない。
 何気ない発言でもこれからお目にかかる神崎さんを傷つけてしまわないか?
 どうしても不安がよぎる。


「ふふ。恵子さんは明るいのが好きな人だから、マスターさんはいつも通りでかまいませんよ」


「……ですか」


 俺の不安を見抜いたかのようなユッコさんの微笑みに俺はどうにも歯切れが悪く答える。
 親友を思い考えたであろうユッコさん達の計画を、会社存続のためとはいえ金儲けへのプランとして考えているのだ
 他に速効で効果の出る勝ち目が思いつかず、開発中は忙しさにかまけて気が回っていなかったのだが、なんというか……必要なことだと割り切っていても、僅かなりとも罪悪感を覚える。
 こうやって厳かな空気を醸し出すホスピスへと来て、これからお目にかかると思うと、刺さった小骨のようなそれがいっそう際立つ。


「マスターさん達が頑張ってくれたおかげで、こんなに早くVR同窓会を無事に開催できるんですから。通ってた頃のままの学校をまた見ることが出来るなんて夢のようだって彼女も喜んでいるんですよ」


 ユッコさんから依頼であったVR同窓会を行うための小学校VR再建は、直前の仕様変更のせいで当初の完成予定よりやはり遅れた。
 しかしそれでも社員全員の尽力と執念により、納期ぎりぎりの昨年大晦日に完成。
 年明け早々で申し訳なかったがすぐにユッコさん達には確認チェックしてもらい了承が出た事で、VR同窓会が無事に開催される運びと相成った。
 今日は1週間後に迫る同窓会の神崎さんへの説明と、病院側に話を通して許可をもらっていた病室と専用回線を繋ぐ設定準備の為にユッコさんと共に訪れていた。


「……そう言っていただけるなら苦労した甲斐がありました。来たみたいですね。行きましょうか」


 静かなチャイム音と共に開いたエレベーターの扉を押さえてユッコさんを迎え入れながら、俺は軽く息を吐いて心を落ち着かせた。 
 アリスからは『まだ手が空かないの?』と三日に一回くらいで涙声の催促が来るが、もう少し待っていろとしか答えれず、その度に気落ちさせているのでちょっと申し訳ない。
 ともかく今はこの仕事を絶対に成功させなければならない。
 そうしなければアリスの問題に親身になって考えてやることも出来ないし、何より仕事をくれたユッコさんに申し訳ない。









 西が丘ホスピスは全ての部屋が個室となった終末治療専用病院。その最上階である六階のエレベーターーからすぐの部屋が神崎さんの部屋となっている。
 十畳ほどの広さの部屋には普通の病院で見られるような電動ベットなどはなく、いくつものコードが繋がれた長期没入で使われるような大型カプセル医療器具が鎮座している。
 カプセルの脇には多機能ロボットアームとカメラ付きの車いすが一つ。
 車椅子の正面に引き出しがついたテーブルが一脚。
 テーブルを挟んだ対面には二人がけのソファーが置かれていた。
 カプセルの蓋は固く閉じられているので中は見えないが、この中に神崎恵子さんがいらっしゃる。
 顎も動かず流動食しか受け付けなくなり排泄どころか自立呼吸すらままならない状態になった神崎さんはこのカプセルの中で、短くなった最後の時を静かに過ごしているという。
 進行性骨化性線維異形成症についてはユッコさんから簡易ではあるがレクチャーを受けているので、この一見大仰にも見える設備の意味も判る。
 この病気は兎に角厄介な難病。
 筋肉注射を打ったり、患部を切除するためにメスをいれる等の医療行為を下手に行うと逆に骨化が進む。
 さらには体を激しく動かしたり、怪我やインフルエンザウィルス等、筋肉に負荷がかかっただけでも骨化が進み、より日常生活が困難になる。
 まして遅延治療も空しく末期状態まで症状が進んでしまわれた神崎さんの場合は、ユッコさんが最後に直接会ったときは動かすことが出来るのは唇の一部だけだったという。
  

「マスターさん。これ良いかしら……はいはい。すぐ紹介するから。もう相変わらずせっかちね」


 ソファーに腰掛けたユッコさんは、慣れた手つきでテーブル脇からコードを二本引っ張り出して一本を自分の首筋に付けると前方の車椅子に取り付けられたカメラを見て苦笑を浮かべながら、もう一本を俺に差し出した。


「失礼します」


 無人の車椅子に向かって一礼してからユッコさんから受け取ったコードを自分の首筋のコネクタに差し込む。


『外部より接続許可申請……承諾しました。映像投影開始します』 
 

 脳内ナノシステムからの問いかけに、すぐに了承の返事を返す。
 すると俺の網膜ディスプレイは無人だった車いすに腰掛けた一人の老婦人のVR姿を浮かび上がらせる。
 ユッコさんと同年代の六十過ぎくらいに見えるだろうか。
 肩当たりまで伸びた白髪が印象的な上品な顔立ち。落ち着いた色彩のワンピースを身につけたやせ型の老婦人。
 この方が神崎恵子さんか…………


『ごめんなさいね。このような形で失礼いたします。神崎恵子です』


 難病を患っているというのに神崎さんは明るい笑顔を浮かべていた。
 常に暗く沈んでいるような表情を浮かべているような方かと、失礼にも思い込んでいた俺は意外すぎてつい返事が遅れてしまう。
  
 
「……あ、ユッコさ……三島様からのご依頼で同窓会の準備をさせていただいておりますホワイトソフトウェアの三崎伸太です。よろしくお願いします」


 ついユッコさんと呼びそうになって慌てて訂正しつつ俺は深々と頭を下げる。
 今日の俺は社の人間として来ているのだから、言葉遣いくらいは最低限の礼儀だろう。、


『ご丁寧にありがとうございます。でも畏まらなくても良いですよ。由希子さんがいた『KUGC』でしたかしら? そこの前のマスターさんですよね。由希子さんから昔からよくお話を聞いていたんですよ。凄くやんちゃな男の子と知り合って自分も若返ったような気がするって。だから初めてお会いした気がしませんの』

 

「もう。そういう事は言わないでって言ったでしょ。単なる茶飲み話ですよ。気にしないでくださいねマスターさん」 


 ごまかすように軽く咳払いをしたユッコさんは照れているのか耳がすこし赤い。
 えと…………ユッコさん。神崎さんに何を話しました?
 大学に通う年の男としちゃかなり不名誉な、やんちゃな男の子と評価されるほど子供でしたか当時の俺。
 というか下手したら今もその評価だったりしますか。


『はいはい。判りました。お茶でも入れますからゆっくりしていってくださいねマスターさん。若い方が私みたいなお婆ちゃんの所に来てくれるなんて、滅多に無いからいろいろお話もしたいんですよ。さぁいつまでも立ってないで、座ってくださいな』


 マスターさん呼びは正直リアルだと恥ずかしいので止めてほしいが、話し好きの様子が見て取れる神崎さんに押され、言い出せる雰囲気では無いと諦める。


「あー……と、失礼します」


 車椅子のロボットアームが動いて引き出しから湯飲みや急須を取り出してテキパキとテーブルの上に並べていく。
 おそらく脳内ナノシステムによるコントロールだと思うのだが、難しいはずのロボットアーム操作をよどみなく操ってみせる辺り、なんというかユッコさんの友達だ。










「それでこちらが今回の会場となる、お二人が卒業なされた小学校の復元映像です。回線の接続設定をやっていますから、ゆっくりとご覧ください」


 ユッコさん、神崎さんとの視覚情報をリンクさせて、上空から見た復元校舎縮図をテーブルの上にVR表示する。
 三階建ての二棟の校舎はL字型に配置され、表側には地方都市らしい広い校庭と池のついた前庭と飼育小屋。裏側には体育館とプールを再現。
 周囲の細々した遊具や砂場まで網羅したホワイトソフトウェアの総力を費やした渾身の作品だ。
 欲を言えば校庭や校舎から見える学校外の映像まで精巧に仕立てられれば良かったのだが、さすがにそこまでの時間も予算も無かった。
 周囲は特徴的な建物や遠くの山並みなどに気をつけた最低限の再現レベルとなっている。


『すごいわね。ねぇ由希子さん。覚えている? ほら校庭で創立百三十周年記念で人文字で130って作ったことがあったでしょ。あの時の航空写真で見たのとほとんど同じよ』


 精巧なミニチュアのようにも見える校舎をみて神崎さんは弾んだ声をあげる。
 はい、その写真を参考にしてます。
 凝り性の佐伯主任が花壇の石組み一つ一つまで、拡大補正した映像で調べ上げて配置した完全再現バージョンです。


「ふふ。覚えてますよ。あの時は恵子さんが1の字の端っこ。それであたしが隣。虫眼鏡で見つけて本当に映っているって確認したわよね」


『そうそう。あの時は………………』


 昔話に花が咲いているユッコさん達の楽しげな声を聞きながら、右手で仮想コンソールを叩いて回線設定作業をしつつ左手で湯飲みを手に取りいれてもらった茶を一口すする。
 うん。ほどよい温さの茶が醸し出す香りと口当たりの良い渋みが実に良い。
 付け合わせの茶菓子は、和三盆を固めた色鮮やかな干菓子。
 上等な木箱に敷き詰められた干菓子の詰め合わせは、まるで一枚の絵画のように調和の取れた美しさを放つ。
 これを崩すのは少し気も引けたが、どのような味がするか気にもなったので、一つつまんで囓る。
 和三盆のくどくない甘みが口に広がりこれまた美味い。
 ほどよい甘みの余韻が残っている内に、茶で追っかけ。
 あぁ……うん。いい。これはいい。この組み合わせは最高だ。
 年末の鬼進行で疲れ切ったまま回復しきってない脳に染みこむような癒やし。
 何だろう日本人に生まれて良かったと思う味だ。
  

「大声で話しちゃってお仕事の邪魔になったかしら。年寄りってダメね。耳が遠くなってつい大声になってしまうから」


 作業の手を止めてノンビリと茶を啜っていた俺の様子をみたユッコさんが、邪魔をしていたとおもったのか昔話を打ち切る。


「あー大丈夫ですよ。茶と茶菓子が美味いんでノンビリしてただけなんで。俺は気にせずどうぞ続けてください」


 本体が完成すれば後は1週間後の同窓会当日に稼働させながら行う微調整のみで、特に急を要す事も無く会社的にも年明け早々で新規の仕事が無いというお寒い状態。
 言ってて悲しくなるがそれが今のホワイトソフトウェアの現状だ。
 年始の挨拶でユッコさんからの仕事が無ければ昨年末で潰れていたと、笑いながら社長が言っていたのは冗談だったと思いたい。
 ……社長の挨拶で中村さんが胃の辺りを抑えていたのは、たぶん飲み過ぎだったんだなと思い込もう。
 

『あら、干菓子なんて若い人にはあんまり喜んでもらえないかと思ったけど、気に入ってもらえたなら嬉しいわ。私も好きだったのよ。ほら綺麗でしょ。見てるだけでも心が弾むから香川のお店から毎月取り寄せてるのよ。無駄にするのも勿体ないから、看護師さんや他の患者さんにもお裾分けしてるんだけど、さすがにみんな食べ飽きちゃってるから、どんどん食べてね』


 神崎さんと話して気づいたことが一つある。
 医療用脳内ナノシステムにより痛みをカットしているので苦痛は無く、さらにVRを用いることでこうやって他人と話すことも出来る。
 だが本当の体はカプセルの中。食事も排泄も己の意思では出来ず、繋がれたチューブによる栄養補給でかろうじて生きているが、いつ呼吸器にも影響が及び、命を奪われるか判らない末期状態。
 それでも神崎さんは自分が不幸だとは思っていないようなのだ。
 
 
「じゃあ遠慮無く。本当においしいですよ。ぼちぼち進めていますから、ご不明な点があったら気にせず聞いてください」


 好きだった。見てるだけ。
 俺の言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべた神崎さんが先ほど漏らした言葉が気になるが、それをなるべく表面に出さず俺は笑顔で答える。
 この人に対して可哀想と思ったり憐憫を感じる事が、逆に失礼に当たるような気がしたからだ。


『じゃあ一つ聞かせてもらえる。この中でこの車椅子を使えるように出来るかしら?』 


「車椅子をですか?」

 
 神崎さんの質問の意味がわからず俺は思わず聞き返していた。
 脳内ナノシステムによるVRとは、ナノシステムが脳へと電気信号で情報を送り、さらに脳からの電気信号を受け取ることで成り立つシステム。
 神崎さんのように脳に異常が無いのならば、普通に体を使うことが出来るはずなのに。


『あぁごめんなさいね。いきなりで判らないでしょ。実はね歩き方を忘れちゃったの。ナノシステムとかVRシステムなんかが出る前から寝たきりだったから、もう脳が歩き方を覚えてないみたいなのよね。だからVR内でもこの子を使わせてもらえたら嬉しいんだけど何とかなりそう? 一応病院の方でも院内VRで使えるように設定を組んでくれているそうなんだけど、病院外のシステムで動かすのは初めてだから出来るかなって』


 歩き方を忘れてしまうほどの時間を、動くことも出来ず寝て過ごしてきた。
 神崎さんの過ごした世界を入り口だけだが垣間見たような気がする。


「判りました。じゃあ病院の方に確認して使えるように調整します」

 
 内心に浮かんだ驚愕を隠しながら、どうにか返事を返せたと思いたい。
 

『お願いしますね。フフ。それにしても今から楽しみでしょうがないわ。由希子さんはもう見てきたんでしょ。どうだった?』


「何もかもあの頃のままですごく懐かしくなるわよ。ほら前庭のコケモモの木とか覚えて……………」


 ユッコさんと神崎さんの弾んだ楽しげな声が行き交う昔話がまた始まる。
 俺はそれを横で聞きながら少し考えに耽る。
 完成はしている。だが同窓会当日まではまだ1週間も有る……ウチの会社ならいけるはず。
 設定作業を再開するまえに目の前の箱に書かれていた屋号と電話番号へと目を走らせていた。











 
 

 病室の方で設定を終えてからユッコさん達に断って一足先に病室を後にした俺は、ホスピスのメイン回線の方にもいくつか設定させてもらう箇所があったので管理室へとお邪魔しこちらでの作業を当初の予定より手早く済ませた。
 時間を作った俺はつい先ほど思いついた考えを早速実行に移す。
 交渉相手は先ほど神崎さんにご馳走になった和三盆の干菓子を作っている香川県高松の老舗和菓子屋。

 


「はい……無理なのは判りますが………………そこを何とか…………今からそちらにお伺いしますので……話だけでも…………ありがとうございます! ……もちろん本気です。まずは話だけでも聞いていただければ…………はい。本日中にはお伺いしますので……はい。失礼いたします……うし。第一関門突破!」


 ホスピスのロビーの一角に設けられたブース状の電話スペースで、20分にも及ぶ交渉の末に何とか引き出した面会の約束にひとまず息を吐く。
 来れるもんなら来てみろ的なニュアンスだったが、言質は取ったから結果オーライだろう。
 電話をたたき切られなかっただけでも御の字なのに、こうやって面会の約束までいけたのは上出来。
 だけど本番はここから。
 直接交渉は難航する予感はひしひしとするが何とかしてみよう。
 問題はどう攻めるか。
 神崎さんの現状を伝えただ情に訴えるだけでは、おそらく勝ち目は薄い。
 相手側にも利へと繋がる何かを用意しなくてはならない。
 ……それについては一応考えはある。
 だがあまりに他力本願なそれは、些か突拍子が無いような気もするし、上手くいくか判断が難しい。
 このカードを採用すべきかと物思いに耽っていると、背後からガラス張りの扉をノックする音が響いた。
 あ……やべぇ電話を切った後もずっと篭もっていたから他の人の迷惑になっていたか?
 慌てて振り返ったが、どうやら俺の予想は外れたようだ。
 ノックしていたのはユッコさんだった。
 扉を開けて外へ出た俺に、ユッコさんがにこりと笑う。
  

「マスターさん。こちらでしたか。ごめんなさいね。すっかり話し込んで遅くなってしまって。作業ももう終えられたんでしょ。じゃあ帰りましょうか」


「もう良いんですか? まだ昼すぎたばかりですよ」

  
 ホスピスでの面会時間は午後の五時までと案内板に書いてあったはず。
 二人とも話し好きなんだし、まだ時間は有るのだからゆっくりすればと思ったのだが、


「恵子さん。眠ったから。ほらVR越しだと元気そうに見えるけど、体の方は弱って体力が無いのよ。普段も四,五時間しか起きられないんだけど、今日は、はしゃいじゃって早く疲れちゃったみたいなのよ」


 VRに潜っていても脳は平常通りに動き、体も最低限度の基礎代謝としてエネルギーを消費する。
 常人であればたいしたことの無い消費でも、神崎さんの体には負担が大きいのだろう。


「……そうでしたか」
 
 
 後で挨拶に行くつもりだったんだが失敗だったな。


「だからマスターさん時間有るでしょ。こんなお婆ちゃん相手でつまらないかもしれないけど、今からご飯をご一緒にいかがかしら」


「あ、っと。すんません。ちょっとこの後に用事ができまして」 


 関東圏の外れにあるここから香川まで行くとなると、東京駅まで1時間。
 リニアに乗り換え大阪まで1時間。そこからさらに2時間って所だ。
 何とか夕方までにはたどり着けるぎりぎりの時間。
 せっかく取り付けたチャンスを逃すことは出来ない。 
 素気なく断る事になり申し訳ない俺に対してユッコさんはなぜか可笑しそうに笑みを浮かべた。


「あら残念。本場の讃岐うどんをご馳走しようかと思っていたんですけど」


 言うまでも無く讃岐うどんと言えば香川の名産品。しかも本場ということは、


「…………ユッコさん。ひょっとして俺の行動を見抜いてますか?」


「バレバレですよ。先ほど箱に書かれた電話番号とかチェックなさってましたよね。世話好きなマスターさんの性格から考えれば、恵子さんの為に何をしようとしているか想像するなんて簡単ですよ……それで上手くいきそうなんですか? データ化」


 本当に簡単に読まれているようだ。
 俺の考えていたのは和三盆干菓子の完全データ化許可を取り付け、神崎さんに召し上がっていただくこと。
 だがユッコさんが見抜いているなら話は早い。


「あーとこれから現地で交渉なんですけど、正直、難しいです。情だけだと相手も動かないかなと」  


「そうでしょうね。相手は老舗の和菓子屋さんしかも看板商品。こちらにも事情があるとはいえ、それをVRデータ化させてほしいなんて厚かましいお願いですものね」


 ユッコさんの顔に少しだけ影が差す。
 世界的にも名の知れたデザイナーであるユッコさんは、ブランドのイメージや商品価値の重みを俺より遙かに多く知り尽くしている。
 これがどれだけ厚顔無恥な提案で実現困難な物かよく判るのだろう。
 ユッコさんの反応から見るに、やっぱり一筋縄では無理か…………しかたない。考えていた案を実行するか。


「そうっすね。だから開き直ってとことん厚かましくいきます。ユッコさん。いえデザイナー三島由希子のお力に期待します」


「私の? 服飾関係なら少しは融通が利くけど、和菓子屋さん相手じゃ無理じゃ無いかしら」


「そっちの人脈とか圧力じゃ無くて、世界を相手に活躍できる色彩感覚とデザインセンスの方です……そういうわけでお菓子作りは好きですか?」


 おそらく余裕で年収億を超えているトップクラス服飾デザイナーに門外漢の仕事を、しかも無料で頼もうというのだから、我ながら厚かましいお願いだと思う。


「…………………………ふふ。本当にマスターさんはいろいろ面白いことを考えますね」


 しばらくぽかんとしていたユッコさんだったが、言葉の意味を悟ったのか笑い声をこぼす。


「苦肉の策って言うか、悪知恵が廻るだけとか穴をつくのが好きだとかって悪評価ですよ」


「ほめ言葉だと思いますよ。でもマスターさんと話していると本当に若返る気がしますね。この歳で全く別分野の新しいことに挑戦しようっていう気になるんですから」


 挑戦的な色を浮かべた目で俺を見ながらユッコさんはそれはそれは楽しそうに笑った。



[31751] 新米GMの資質
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/23 22:58
  東京からリニアで新大阪。そこから岡山をへて高松へと。
 香川県高松へと到着したのは、すでに夜の帳が辺りを覆う夕刻5時過ぎだった。
 会社の方にはお客様の為だと伝えたら二つ返事で了承が出た。
 うちの会社のいい加減さがこういうときは逆に頼もしい。
 移動時間が結構あったのは逆に僥倖。
 行きの道中で俺は兎にも角にも情報を集め方針を練って基本攻略ラインを考える時間を設けることができ、ユッコさんもデザインを考える時間に当てることが出来た。
 享保の改革のサトウキビ栽培奨励を発端とする和三盆は、四国東部の伝統特産品としてすでに250年以上の歴史を持つ。
 昔ながらの人の手による研ぎと押し船を繰り返して作られる和三盆は、くどくない甘さと舌触りの良さを持つ。
 そのまま固め干菓子として茶会などの席に供されたり、原料として和菓子はもちろん洋菓子にも用いられ、安価な上白糖と比べて手間と人手がかかるために値段は割高だが、品質の良さから根強い人気があるブランド品。
 その和三盆を使った和菓子を売りとする和菓子屋。『百華堂』が神崎さん御用達のお店にして今回の交渉相手。
 創業は明治3年。
 四国の玄関口である高松で200年営む京都の老舗和菓子屋にも勝るとも劣らない伝統を誇る老舗中の老舗。
 もうちょっと軽いところならまだ容易かったかもしれないが、よりにもよってといった所だが逆にそれが面白い。
 商品のラインナップは時代の移り変わりに合わせてか、ちょこちょこと洋菓子も取り入れているが、主戦軸はやはり和菓子であり四国の名産たる和三盆の風味をそのままに味わえる干菓子が代表格。
 店のホームページのトップを誇らしげに飾る和三盆を色取り取りの花に見立てた干菓子の詰め合わせが、屋号の由来だろうか。
 そんな百華堂の店主は御年七〇を超える9代目香坂雪道。
 しわだらけの顔に頑固な職人らしい目つきの鋭い相貌が印象的な老人だ。
 この御仁、ざっとプロフィールをあさってみると、和菓子屋店主として以外の顔もいくつか持っている。 


 讃岐文化保存会名誉会長。

 伝統工芸伝承委員会会員。

 郷土文化保護運動理事。

 並んでいるプロフィールから見るに地元とそこに伝わる文化が大好きな爺ちゃんといった所か。
 調べれば調べるほどますます和三盆干菓子をVRデータ化させてほしいといっても、すんなりと通るとは思えない無理ゲーのような気もするが、逆にこれだけ凝り固まっているとなると攻め所も判りやすい。
 駅前で捕まえたタクシーで和菓子屋までの移動中に俺とユッコさんは最後の打ち合わせを始める。






「基本方針は短期展開じゃ無くて長期展開でいきます。ユッコさんの名前乱発して拘束時間が長くなりますけどすいません」


「構いませんよ。私のお友達のためですもの。目新しく面白い仕事は私の糧にもなりますから。それに一過性のブームではこのような方では不快に思うかもしれませんからね」


「はい。ですからこの人の志向に合わせた言葉を元に案を用意しました」


 相手は伝統を守り続けてきた老舗和菓子屋とその矜持を持つ店主。一筋縄ではいかない。
 一時流行るだけのブームを提示しても難色を示すだろう。
 だから相手の琴線をくすぐる姑息ではあるがどっかりと腰の据えた長期案。
 和三盆干菓子を伝統の安売りのように流行らせるのではなく、価値をプラスして商品意義を高める方針だ。


「でもとうの昔に忘れられた言葉なんでしょ。上手くいくのかしら」


 あまりに楽天的すぎる俺の計画をユッコさんが憂慮するのも当然と言えば当然。
 俺が掘り出してきた概念はとうの昔に廃れた物だからだ。


「だからこそです。ノスタルジーを攻め所にして一気に落とします。それにユッコさんが書き上げてくれたラフ画もあるから十二分に勝算はあります」


 地元への愛着と伝統の担い手としての矜持。
 俺はここを対百華堂の基本攻略線に定め、その方針に合わせてユッコさんには第1弾となるラフ画を書き上げてもらってある。


「内は花咲き乱れる春をイメージして、外側はなるべく華美にならず落ち着く雰囲気でしとやかな気品でしたね。マスターさん位の若い方には外が地味に見えそうですけど気に入ってもらえたなら良かったわ」


「さすがですよ。俺の想像以上です。まだ絵に描いただけなのに目を引くんですから」


 素人目からみても上品で心に残るデザインと才色は、さすがに三島由希子といったところだろうか。
 ましてや対戦相手は繊細にして技巧の粋を尽くした和菓子職人。例え分野は違えど俺以上にその心に訴える物はあるはずだ。


「ふふ。ありがとうございます。ではやはり私の職業はご挨拶の時は言わない方針で?」


「それが一番効果的だと思います。だから最初に俺が全面に出ます。ユッコさんは後ろで構えていてください。ばらすタイミングはお任せしますので」


 デザイナー三島由希子の名は知られているが、その業界の人間で無ければ顔まではそうは把握していないだろう。
 先入観無しの純粋な目でまずはユッコさんのデザインを見てもらうのが一番効果的という読みが当たれば良いんだが。


「リーディアンと同じ配置ですね。マスターさん達が前衛を纏めて、私が後衛組の指揮……久しぶりのパーティ戦ですね」


 ユッコさんは懐かしげに言葉を漏らす。
 リーディアンはボス戦や婚礼システムからも判るとおり、ソロプレイよりもパーティ戦を重視したゲームデザインだった。
 戦闘の自由度を高める為に作り出された数多くのスキルは、各パーティやギルド毎に特色のある戦法を生みだし、うちのギルドの場合は血気盛んな前衛が突っ込んで引っ張ってきたMOBに後衛陣の魔術で殲滅する釣り撃ちを得意としていた。
 ユッコさんはその釣りの名手。
 こちらが範囲魔術に巻き込まれない一番効果的なタイミングを狙うその手腕に、調子に乗った俺やアリスが釣りすぎて死にかけていたときに何度助けてもらったか。


「そういった意味ではユッコさんと組むのは3年振りですね。最後はアリスのギルマス就任記念狩りで……あっ」


 ……やべぇ。そういえばアリスの事を伝えてなかった。
 アリス本人から口止めされていた訳では無いが、仕事が忙しすぎたのと他にいろいろ考えていた所為で、まだユッコさんにすらアリスと連絡が着いたことを伝えてなかったことを今更ながら思い出す。


「……あーすんません。伝え忘れてたんですけど、アリスと年末にようやく連絡が取れました」


「まぁ! アリスちゃん元気でしたか!? 何があったんですか!?」


 驚いた顔を浮かべたユッコさんの声にはアリスの安否を気遣う成分が過分に含まれている。
 ギルドマスターだなんだかんだいっても、実質アリスの場合はギルドのマスコットみたいな存在で、他のギルメンも無事かどうか気にかけている連中は多かった。
 忙しすぎて忘れていたのは、なんか非常に申し訳ない。


「えと……まぁ、実家の家業の方でなんかいろいろあったらしくて、手が空かなかったそうです。俺もはしりだけでそこまで詳しい話は聞いてないんですけど、まだ困っているみたいです……あぁでも本人は元気そうですからとりあえず心配は無いです。再会早々いろいろ文句言われて愚痴られました。落ち着いたら掲示板に顔を出すように言っときますから、しばらく待っててください」


 惑星改造会社やらアリスが宇宙人だったという、真顔でいったら明らかにアレな話はごまかしつつ事情を説明する。
 アリス本人に生存報告をギルド掲示板に書き込ませれば良いんだが、どうにもその本人が忌避している。
 このまま会社を潰して地球を売り払うことになったら、皆に申し訳なさすぎて会わせる顔が無いと二の足を踏んでいるらしい。
 気持ちは判らなくも無いが、なんというからしくない。


「ふふ。それを聞いて安心しました。良かったですね。マスターさんにもアリスちゃんにとっても」


 ため息混じりの俺の言葉に、なぜかユッコさんは楽しげな笑みをこぼす。
 連絡がついたことを喜んでいるのだろうが、後に続いたアリスも良かったという言葉からして、意味はそれだけではなさそうだ。


「俺の方は連絡ついて一安心って所ですけど、アリスの方はちょっと洒落にならないみたいですよ」


 なんせアリスの会社が潰れたら、もれなく地球人類も終了というかなり理不尽かつ無茶苦茶な悪条件。
 アリス本人のプレッシャーも相当酷いみたいなんで、何が出来るかは判らないが早めにこっちの仕事を安定させて何とかしてやりたいところだ。


「でもマスターさんの事だから何かしようとしてるんじゃ無いですか? だからアリスちゃんも連絡を取ったんでしょうから」 


 判ってますよと言いたげなユッコさんの笑顔。
 実際何かしようとしているんだから反論の余地は無しか。
 VRMMOゲームで結んだ絆は世間一般の常識に当てはめれば、軽い関係と思われるかもしれない。
 何せリアルの相手の顔も本名も知らないで仲間だ友人だとやっているのだから。
 でも俺もアリスも廃人と揶揄されるくらいに填まり込み、長く濃密な時間をゲーム内で過ごしてきた。
 それがリアルで結んだ関係に劣るとは思わないし思いたくない。


「そんなに判りやすいですかね俺……アリスは俺の相棒ですから。互いのピンチは何とかするって約束もしてるんで」


 ここ一番にしか使わないキーワード『相棒』を口にしリーディアンオンライン内で交わした約束を思い出す。
 ちと恥ずかしいことを言っているなと頭を掻いたときタクシーが停車した。
 タクシーが停車したのは目抜き通りから一本奥まった街路には復元された石造り灯籠型の街頭が立ち並んでいる。
 おそらくは昔の城下町をイメージした観光スポットなのだろう。


「お客さん。着いたよ。降りてすぐ左側の建物が百華堂さんだよ」


 運転席と後部座席を仕切っていたシールドが降りて顔を覗かせた中年の運転手が指さした先には、百華堂と彫られた看板を堂々と掲げる趣のある大きな店が一軒。
 うん……HPで見て外見は判っていたが、実物を目にすると思ったより威圧感がある。
 建物自体が築200年ということはあり得ないが、その過ごしてきた年月にふさわしい店構えだ。
 和菓子屋で威圧感を感じるというのもおかしな話だが、不躾なお願いをするという事で、気後れしているのかもしれない。

 
「運転手さんありがとうございました。カードでお願いしますね」


 僅かに飲まれている俺と違ってユッコさんは落ち着いた物だ。
 後部シートに設置されていたスロットにクレジットカードを通して料金を払い終えると、開いた扉からささっと降りてしまった。
  

「ありがとうございました……ユッコさん。俺がタクシー料金を持ちますんで後で支払い回してください」


 俺も運転手に礼を言ってからユッコさんの後を慌てて追ってタクシーを降りる。
 ユッコさんには無理なお願いしているのに、これ以上迷惑をかけるのは申し訳ない。


「高松駅までの交通費はマスターさんのお支払いだったでしょ。これくらいは払わせてくださいな。それにしても大きな店ですね。マスターさん」


 店を見上げていたユッコさんはやんわりと断り、俺に何かを言いたげな目を浮かべながら自分の右手をあげた。
 その仕草は覚えがある。ありすぎる。
 年明け早々ですでに暗くなっていると行っても時刻はまだ夕方。
 観光客らしき人が結構いるのが、ちと恥ずかしいが萎縮している自分自身に気合いを入れるには丁度良い。


「相手にとって不足無しですよ」


 ユッコさんの差し上げていた右手に俺は自分の右手を打ち合わせる。
 ハイタッチの爽快な音が宵闇に響きわたり、辺りの観光客がこちらへと視線を向けた。 周囲からの奇異の視線を無視してさらに俺とユッコさんはそのまま拳を作り重ねて再度打ち合わせた。 
 戦闘前には互いの健闘を祈り、戦闘後は互いをたたえ合う意味を持たせた拳礼はボス戦でよく交わしていたギルドの挨拶。
 これだけで先ほどまで感じていた心の重しが消し飛ぶのだから、とことんまで廃人思考だ。


「おかーさん。あのお婆ちゃんとおじさんなにしてん?」


「しっ。いかんよ。あんまりじろじろ見ちゃ」

 
……周囲の目は気にしたら負けだろう。












「ただいま主人を呼んできます。しばしこちらでお待ちください」


 店に入って従業員に名前と用件を告げるとすぐに奥の客間へと通された。
 ちゃんと話は通っていたようでまずは一安心。
 今日中に行くというのを本気にされず、いたずら扱いで門前払いされる可能性も少なくなかったので、第二関門も無事突破といったところか。
 通された10畳ほどの客間には、艶のある重厚な木製の座卓が一台。
 一段上がった床の間には掛け軸が3幅かけられている。
 海沿いの塩田で働く人々。
 一面の綿畑で綿摘みをする女性。
 木で組まれた器具を使って何かを絞り出す職人。
 掛け軸それぞれに描かれている図柄は一つ一つ違うが、俺はそこに共通点を見いだす。
 奇しくもそれは俺が攻略の切り札として選んだ物だ。
 

「やはりこちらのご当主は郷土愛の強い方のようですね。あの掛け軸。マスターさんの読み通りですね」


「そうみたいですね」 


 掛け軸に描かれた絵柄にユッコさんも気づき笑顔を交わし合う。
 後はいかに持って行くか。
 話の持って行き方を想定していると、廊下側の襖ががらりと開き一人の老人が姿を見せた。


「待たせたのぅ。ワシが百華堂9代目店主の香坂雪道や。ほんまに関東から来たんかあんたら。質の悪い悪戯さやと思っとったんやけどの」


 今も仕込みの真っ最中だったのか粉のついた作務衣を着た老人は鋭い目線で俺とユッコさんをじろりと睨んだ。
 友好的ではないその目は胡散臭いバッタもんを値踏みするような目だ。


「昼間は電話で失礼いたしました。ホワイトソフトウェアの三崎伸太と申します。こちらは我が社のクライアントの三島様です」


 俺は立ち上がって老人へと深々と一礼をしてから、同じように立ち上がっていたユッコさんを紹介する。


「三島由希子です。このたびは突然お伺いして申し訳ございません。百華堂様にどうしてもお願いしたいことがございまして訪問させていただきました。どうかお話だけでも聞いていただけませんか」


 やんわりとした笑みを浮かべたユッコさんは香坂さんの険しい視線を軽々と受け止め頭を下げるてみせる。
 やはり場数という意味ではユッコさんは俺の数倍、下手したら数十倍以上踏んでいるのだろう。
 その立ち居振る舞いは堂々とした物だ。


「うちの菓子をVR化させたいとか巫山戯た金儲けな、へらこいその根性おがっしゃげたろうとおもうとったがちゃうんかの? 座ってくれや。聞かしてもらうわ」 


 ユッコさんの真摯な態度に感じる物があったのか、香坂さんが少しだけ険を納めると対面にどっかと腰を下ろすと俺たちにも着席を勧めてきた。
 ちと方言がきついんで判りにくいがとりあえずファースト攻撃としては十分か?
 俺が座るとユッコさんが横から視線を飛ばしてきた。
 任せますという合図だろう
 ……戦闘開始。


「私共がVR化させていただきたいと不躾なお願いをしたいのは一人の女性のためです…………」


 神崎さんの事情を早すぎず遅すぎず滔々と話していく。
 雑用で会社外に行かされることも多いのでそれなりに敬語は使う機会は多いが、どうにもいまだに慣れないのでちと緊張する。
 香坂さんは腕を組んで目をつむり何も言わず、ただ俺の語りに耳を傾けてくれている。
 難病にかかりすでに手の施しようがない末期状態となっていること。
 こちらの百華堂の和三盆干菓子のファンで、毎月取り寄せているが自分では食べることは出来ず見るだけしか出来ないが、それでも喜んでいること。
 1週間後にある最後かもしれないVR同窓会の席でこちらの干菓子を是非神崎さんに召し上がっていただきたいと考えて急遽尋ねてきたこと。 


「私共はこちらの商品をVR化させていただいてもVRデータとして販売する気は毛頭ございません。一時……ただ同窓会の時だけでも神崎さんに召し上がっていただく為にVRデータ化のご許可をいただきたいのです。どうかお願いいたします」


 敬語を使うことに気を遣いすぎて、機械的でクソ丁寧な心の籠もっていない声にならないように抑揚を意識しながらこちらの事情を説明し終えた俺は、最後に額がテーブルに着くぐらいに深く下げる。
 黙って任せてくれていたユッコさんも倣って頭を下げる。
 艶のある光沢を放つ座卓の表面に映る自分の顔を見ながら香坂さんの反応を待つ。
 香坂さんの…………反応は無い。
 情だけですんなりと通るとは思っていないが、無反応も予想していなかった。
 何らかのリアクションがあれば対応するが、このままでは次の動きがしにくい。
 顔を上げて香坂さんの様子を観察したい誘惑にとらわれるが我慢する。
 駆け引きを楽しんでいることは否定しないが、神崎さんの為にもというのは紛れもない俺の本心。
 いまだに残る子供っぽさを社会人としての理性で抑える。 


「…………今の嘘は無いんやろうの」


 長く感じた時間の果てに香坂さんの真偽を確認する声が静かに、だが強く響く。
 俺は顔を上げて香坂さんの鋭い視線を受け止め、同じ強さで反しながら答える。
 
 
「毎月月初めに神崎さんは北関東にあります西が丘ホスピス宛で、百華堂さんの商品を注文していらしゃるそうです。注文台帳をご確認いただければ、私共の話に嘘は無いと信じていただけるかとおもいます」


「…………………長いことご贔屓してもろとるお客さんのことやこし調べんでも判る。めんどげな病気になっとるとは思わなんだわ。何ぞしときたいが……ちょっと待っとり」


 眉間にしわを寄せた香坂さんはふらりと立ち上がると部屋の外へと出て行った。
 上手くいった…………とは思わない。
 香坂さんが浮かべる表情には苦悩が見て取れたからだ。
 こちらの事情は理解してもらえたようだが、色よい返事がもらえるような雰囲気では無かった。
 俺とユッコさんは目を見合わせるが二人とも不安は無い。
 ここでの反応は織り込み済みだからだ。
 他の和菓子であればまだ反応が違ったかもしれない。
 おそらく俺の予想が当たっていれば和三盆干菓子故の特徴が香坂さんの苦悩の理由だろう。
 3分もせず香坂さんは盆を持って戻ってきた。
 盆の上には湯飲みが二つと、深い緑色の葉皿が一枚。
 葉皿の上には赤白黄色と色取り取りに着色された花形の干菓子が並んでいた。
 

「食んまい。ワシの答えだ」


席に戻った香坂さんは座卓の上に盆を置くと俺たちへと食べてみろと静かな声で促す。


「いただきます」


 勧められるままに一つ手に取り囓る。
 当然と言えば当然だが昼間神崎さんからいただいたのと同じ味。
 糸がほどけるように口の中でほぐれた和三盆のくどさの無い甘みが口に広がる。
 砂糖の塊だというのに後味もすっきりとしている。
 少し渋めの茶を一口啜ると次がまた食べたくなるほっとする味だ。 


「美味いか? あんたら」


 香坂さんの問いかけに俺が答えを返そうとすると座卓の下でユッコさんが制してきた。
 どうやらユッコさんはここで勝負に出るつもりのようだ。


「えぇ……とても美味しいです。恵子さんがまだ普通に食事を取れた頃にご馳走になったお味です。このお店のが一番好きだとよく言ってました」


 ユッコさんの言葉はおべっかでもお世辞でも無い。
 おそらく今より少し昔に本当に交わした会話だと気づかせる響きが篭もっていた。
 

「そう言ってもらえるんは職人として誉れやけど、ワシの手柄でないで……和三盆があってこその味やけん。この干菓子は和三盆そのもん。讃岐の誇りと伝統じゃ。やけんよ。ワシの独断では、よおわからんもんへの許可をだせん。製造元や他の職人に迷惑はかけられん」


 やはり……そうか。
 香坂さんの躊躇は俺の予想していた懸念だった。
 和三盆の干菓子とはつなぎをいれ固めた和三盆を型抜きして着色した物であるが、味そのものは和三盆である。
 干菓子をVRデータ化するとは、和三盆の味をデータ化するのと同意。
 セキュリティに気をつけてはいるがもし万が一データが外部へと流失、拡散すれば、問題は百華堂さんだけでは収まらなくなる。
 和三盆を製造している製造元。
 さらにはその取引先で同じような干菓子を製造している他の和菓子屋にまで影響が出る事になる。
 そりゃ渋るよな。大規模な問題に発生する可能性があるんだから。


「香坂さん。こちらをご覧いただけますか」


 ユッコさんが横に置いていたバックから二枚の紙を取り出し卓の上に並べる。
 それはここに来る途中でユッコさんが書き上げた二つのラフ画だ。


「これは……」


 ラフ画を目にした香坂さんの目が驚きで広がる。
 華やかな花が舞い散る反物をイメージしたデザイン画はデザイナー三島由希子渾身の和三盆干菓子の図案。
 花びら一つ一つが細かい装飾を施されているのも華やかであるが、それ以上にすばらしいのは全体で見たときの調和だ。
 躍動感あふれる図案は強烈な印象を残し、春の息吹と気高き花の香りすら感じさせるほどだ。
 この道数十年の熟練和菓子職人の心にも響く物があるのだろう。
 服飾と和菓子。
 畑違いの分野といえど、ユッコさんの世界を相手に出来るデザインセンスは通用するはずだという読みは当たる。


「……こちらもどうぞ」


 ユッコさんは最初に見せたラフ画の下に隠していたもう一枚のラフ画を取り出す。
 先ほどの華やかさから一転して純白の木綿布に華美にならない程度に細かな刺繍を施した包み布のラフ画だ。
 由希子さんの話ではこちらのイメージは冬。
 雪が溶け百華咲き乱れる春が訪れるというコンセプトの包み布と干菓子を組合わせている。
 この強烈なギャップは包み布をほどいたときの驚きと喜びをお客に与えることが出来るだろう。
 ラフ画を提示した由希子さんは俺を見てにこりと微笑み、右手の拳を軽く握って見せた。
 トドメのクリティカルをお願いしますという合図。


「香坂さん。三島様は世界的にも名の知れた服飾デザイナー三島由希子先生です」 


 ユッコさんが用意してくれた武器を手に俺は詰めの交渉へと突入する。
 三島由希子が持つその高名を香坂さんが知らずとも、その才能を感じさせる鮮烈なデザインが否定できない真実味を持たせる。


「私共は今回のVR化にご理解とご許可そしてご協力をいただけるのならば、そのお礼といたしまして四季折々に合わせたユキコブランドのデザインをご提供する用意があります」 


 その威を借りた俺は遺憾なく乱用し一気に本丸へと迫る。
 うちの佐伯主任では無いが、すばらしいデザインが目の前にあれば実際に作ってみたいと思うのは職人の本能だろう。
 職人気質が強ければ強いほど制作意欲を刺激される嵌まる罠。
 
 
「…………ワシ一人ではよう決められん」


 罠にはまりかけた香坂さんはラフ画を手に取りつぶさに見ようとしたが、何とか思いとどまる。
 しかしそれは指先だけ引っかけて耐えているような状態。 


「ご安心ください。香坂さんのお気持ちは判っております。私共のコンセプトは『讃岐三白』です」

 
 俺は床の間の掛け軸を指さす。
 ここにあの掛け軸があったのは本当にラッキーだとおもうしかない。
 かつてこの地が讃岐と呼ばれていた頃の名産品を描いた三幅の掛け軸。
 東部の和三盆。
 瀬戸内の塩。
 そして西部の綿。
 白物三種類を纏めて呼ばれていた死語となって久しい概念を武器として俺は掘り起こしてきた。
 商業的な塩田はとうの昔に途絶え、観光用の復元施設があるだけ。
 綿花作りも前世紀には安価な輸入品に押されて衰退し、極々一部で栽培が続けられる細々とした物となっているらしい。
 未だに根強い人気を誇る和三盆はともかくとして、他の二つがこの現状だというのはちょっと調べればすぐ判った。
 絵に描いた餅のような計画を元に譲歩を引き出すというのは限りなく詐欺に近いような気もするが、そこは勢いでごまかす。


「包み布には讃岐の綿を使った木綿を使い、和三盆の干菓子はもちろんとして、塩田の復元施設で販売されている瀬戸内の塩を使った和菓子を香坂さんに御考案いただければ讃岐の誇りであった讃岐三白を全て網羅した商品が完成いたします。讃岐三白の復活です」


「何とか! 讃岐三白の復活やと!?」


 香坂さんの目の色が変わった。
 地元の名産品の大々的な復活。香坂さんのように郷土愛の強い人間には弱い言葉だろう。


「はい。ただ百華堂さんだけでは讃岐三白といっても盛り上がりに欠けるかもしれません。ですので香坂さんが名誉会長を務めている讃岐文化保存会や和三盆生産者の方。他のお店の方にも協力要請していただきたいのです。ご協力していただけるのならば他の方々にも三島先生のデザインを格安で提供させていただく用意がございます」


 広範囲に迷惑がかかる恐れがあるなら…………いっそ全部を巻き込む。
 それが俺の出した答えだ。
 かってに格安を確約して仕事を取るのだから、ユッコさんの個人事務所の方にあとで怒られそうな気もする。
 まぁ本人が乗り気だからオッケーか。


「讃岐三白の復活………………ちっと時間を貰えんか。ワシはおもっしょい思うけんど、寄っりゃいして皆に訊かないかん。あんたら急いとるんは判るが、1~2日待ってくれんかい? そん間はうちんく泊まってくれてかんまんけん」


 香坂さんが深い息を吐いて立ち上がった。その目はぎらぎらと輝いている。
 火付け成功か。
 

「ではお世話になります」


 俺が返す返事もそこそこに聞いて香坂さんはどたどたと部屋の外に出て行った。
 おそらく他のメンバーに連絡を取りに行ってくれたのだろう。
 後は他の人らの説得が出来次第、会社に連絡してデータ化を開始してもらおう。
 やることはまだまだあり日時も少ないがとりあえずの難関は突破したと思って良いだろう。 


「相変わらずマスターさんは人を煽るのが上手いですね。私も張り切りがいがあります」


 ユッコさんは呆れと感心交じりな声で笑いながら右手を差し上げた。


「そりゃまぁこれでもGMなんで。イベントを盛り上げてなんぼの商売ですから」
 

 ユッコさんが差し出した右手に右手を打ち合わせてとりあえずの勝利と互いの健闘を称えあった。
































 VRMMO書いてたはずがどうしてこうなったw
 讃岐弁変換やら言葉を調べて書いてますが、おかしな所ばかりだと思いますので、地元の方いるようなら突っ込みお願いします。。



[31751] VRMMO同窓会 開戦
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 01:03
 煉瓦風デザインタイル張りの校門と固く閉じた門扉を横目に見つつ、前庭と一体化した広場を手早くチェックしていく。
 右手には昨今では珍しくなった薪を背負った二宮金次郎像。
 その像の見る先には小学生の目線で見れば広いであろう池が作られている。
 池の中をのぞき見れば少し濁った水面が疲れ切った俺の顔を反射し、水中では小さな金魚が凍り付いたように静止していた。
 広場の向かい側に目をやると畳二畳ほどの大きさの連絡用掲示板が一つ。
 ガラス張りの掲示板にはわら半紙とは名ばかりの再生紙で、本日の同窓会のプログラムと今回ご出席なさる方の名簿と現連絡先。
 ポップアップウィンドウを呼び出しリストと照合確認をし誤記載や記入漏れなしを確認。
 ついで掲示板の脇に立つ大きな桜の木へと目をやる。
 桜の木は満開となった桃色の花を堂々と咲き誇っているが、木から散った花びらは、見えない糸で吊したかのように空中に停止した状態だ。
 写真や絵画のように美しくはあるが凍り付いたように停止した幻想的な風景を映し出すここは、リアルでは無くVRによって再現された舞岡北小学校の敷地内。
 開校時に記念植樹されたという桜は十数年前に落雷で焼失し、すでにこの世から消えていたが、VRではあるが見事な復活を遂げている。
 同窓会開催時刻である午後三時まであと5分を切り、ホワイトソフトウェア従業員総出の最終チェックを慌ただしくおこなっている真っ最中だ。
 なんせ最後に組み込んだデータのアップが終わったのは今朝方7時。
 環境系のメインデータでは無いので大丈夫だとは思うが、どこで影響が出るかも判らない。
 最後の最後で何らかの不具合が起き、同窓会が中止になればこの二ヶ月の努力が水泡に帰すのは勘弁と、残った力を振り絞っていた。


『三崎。入り口周辺どうだ?』
 

「校門周りはバグなし。池なんかの反射率も問題なしです。んじゃ目玉の桜を動かします」


 総合管理室で全体の総指揮をしている中村さんへと答え作業開始を告げる。
 この木の再現には苦労させられたので、停止状態でもこうまで咲き誇ってくれているのを見ると、それだけでも感動はひとしおだ。
 なにせ桜の前で撮った写真や映像データは、それこそアルバム数冊分ほどになるほど大量に有ったが、その大きさ故に全体を映した映像が一切無かった。
 映像を繋げて再現してみたりもしたのだが、どうにもつなぎ目が不自然で違和感が存在していた。
 他の木なら多少違ってもごまかしようもあるのだろうが、さすがに校門のシンボルともなるとそうはいかない。
 ちょっとした違和感が不評に繋がるかもしれないからだ。


『準備するからちょっと待て……そういえば福島さんに礼はしたのか?』


「今度一升瓶持ってVR盆栽を二時間制限でも楽しめるように内部時間設定変更しに行きますって伝えてあります」


 そこで解決策に知恵を拝借したのが、千年盆栽を達成した園芸マニアなご近所の福島の爺さま。
 過去の気象データや映像データ等から生育状況を推測してもらい、そのアドバイスを元に手直しして再現した桜は、ユッコさんから太鼓判を押してもらえる完成度を誇り、感謝しきりだ。


『そうか。あと寿司もつけろ。経費は会社で持つ……よし。いいぞ。開始してくれ』 


 こちらの木も花びらと同じく停止状態で透過体となっているので、水面に手を伸ばすような感じで表面ぎりぎりで手を止めてリンクを繋げて支配下に置く。


「リンク接続。停止モードから稼働モードに切り替えと」


 モードを切り替えると透過体だった木と花びらが実体化し、空中で止まっていた花びらは重力を思い出したようにヒラヒラと落ち始めた。
 急速垂直降下したり、きりもみ上に螺旋を描いて空中に上がっていくなんてありがちなバグもなし。
 校門すぐの桜の木は学校の顔でありイメージが強く覚えている方も多いそうなので、些かリアルでの開花時期には早いがご登場願っていた。


『プログラム上では問題なし。見た目はどうだ』 
 

「こちらも問題なしです。花は先に少し散らしときますか? 路面に花びらがちょっとあった方が良いでしょ」


 路面に目をやれば今落ちた10枚ほどの花びらが散り落ちている。
 この数だと単なるゴミにしか見えないが、もう少し枚数が多ければ色鮮やかなピンク色の模様となり無機質なコンクリート舗装を飾ってくれることだろう。


『稼働開始は5分前だからな。適当に落としておいてくれ』


 現在は再現全領域がメンテナンスモード状態。
 稼働するまでは、風一つ吹かず世界は止まった状態のままだ。
 このまま桜だけを稼働状態にしてもそう易々と花は落ちない。
 開場15分前なんだから、営業稼働モードに切り替えればいい話なのだが、まぁ、なんせ……金が無い。
 再現全領域をリアルと同じように動かすとなると、風の動き一つとっても、それにともなう枝葉の動きに、水面の波紋と多大な影響が起き、演算量は桁違いに跳ね上がる事になる。
 もっともリーディアンオンラインの時は大陸を丸々一つ作って動かしていたのだから、それと比べれば狭い学校敷地+αくらいなら、スペック的には本社地下のホストサーバを一台、しかも半稼働で余裕で動かせる。
 しかし経営的にはその一台を半稼働させるだけでも電気代が痛いらしく、ぎりぎりまで稼働を待っている状態だ。
 ……本当に大丈夫か。うちの会社?


「了解。んじゃ物理でいっておきます」
 
 
 会社の先行きにそこはかとない不安を覚えながら。今回の仕事が先に繋がると信じて、俺は幹に手を当てて軽く揺する。
 しなって揺れた枝からはピンク色の花びらが散り、地面をほどよく染め上げていった。
 出迎え先である校門辺りはこれで準備完了と。
 後は同窓会参加者の来訪を待つだけであるが……


「あーそれで中村さん。本当に俺で良いんですか? 受付手伝いだけならともかく挨拶と説明もって」


 来客者が最初に訪れる校門に配置されているのは、先輩女性社員が行う来客者の受付を手伝うためだと納得は出来る。
 しかし会社としての説明と挨拶をかねた総合司会を、ペーペーの俺がやらされるのはなんかの間違いだろ。
 普通こういう会社としての社運をかけた仕事の挨拶は社長で、お年寄り向けの判りやすい機能説明なんかは中村さんクラスの熟練者の出番だと思うんだが。
 

『突貫制作で想定外の不具合が起きてもおかしくないんで、俺はここから動けない。かといってVR技術に一番詳しい開発部の奴らや他の連中だと癖が強すぎるのと、非常時の戦力低下も痛い。対応になれている社長や営業部は、もう一組のお客の方の相手で動けない。あっちはそれこそ仕事の話で細かい事になるからな。諸々考えるとお前が一番適任なんだよ。三崎。社命だ……いい加減腹を決めろ』


「……ういっす。脳が動いてないからあんまり期待しないでください」


 社命と聞いて、仕事だ仕方ないと思う辺り自分が年をくったと実感する。
 疲れた顔のままで出るのは失礼なんで、頬を張って気合いを入れついでに眠気を覚ます。
 VRの良い点は思いっきり殴っても、それほど痛くないことと跡が残らないことだ。


『お前なら大丈夫だろ。基本的に人当たりが良くて口は上手いからな。社長もこの間の和菓子屋での件は、形無い物を売るってことで詐欺師みたいな才能があるってほめてたぞ』


 いや、それ……褒めてないですよね。
 というかあの社長にだけはその褒められ方はされたくないんですけど。
 俺も大概だが、社長こそ、その思考と詭弁は詐欺師そのものだと思う。
 なんせまだ成功していない今回の同窓会を切っ掛けに、かなり大がかりな仕掛けを施そうとしているくらいだ。
 どうにも返しにくい評価に俺が返答に詰まっていると、


『ポート解放5分前。全域稼働開始します。全職員は所定の配置についてください』


 無機質な機械アナウンスが流れると共に世界が躍動し始める。
 池へと注ぎ込む水のせせらぎと聞こえ、春先の暖かい風が吹き始め花の香りを運び、前庭の木々に隠れた飼育小屋から雄鳥の鳴き声が響く。
 ふと気づくと目の前のコンクリートに小さな点の影が生まれる。
 かと思うと、一気に大きくなった。
 何かと思い頭上を見上げれば、会社の受付嬢である大磯さんが空から降りてきたところだった。


「屋上設備のほうは問題なしです。目隠しの霧発生させてください……っ!」


 下にいる俺に気づいた大磯さんが声を上げて、はためていたスカートの裾を慌てて押さえつける。
 人手が足りなくて現場チェック班は複数箇所担当があり、俺は受付に回されるのを聞いていたので校門周りを最後に回していたのだが、大磯さんは確認箇所の少ない校舎屋上を最後にしていた。
 工程表上での時間に余裕はあったと思うが、トラブルが生じ思った以上に時間を食い、開業直前アナウンスに慌てて空を飛んでショートカットしてきたという所だろう。
 

「……見た?」


 地面に降りてきて気まずそうに耳を赤くして顔をうつむけ、おそるおそる聞いてくる。
 年齢的には俺の3つ年下であるが、大磯さんは高校卒業と共にホワイトソフトウェアに入社したので会社では1年先輩になる。その顔を潰すような答えは返せない。
 

「相変わらずの見事なまでの鉄壁でした」
 

「そ、そう! ご、ごめんね。遅れて。ちょっとトラブってた。すぐ準備するから!」


 ほっと安心した息を漏らした大磯さんはごまかし笑いを浮かべながら、照れ隠しに大きく指を振って掲示板前に受付テーブルをインベントリーから呼び出してた。
 その手際は見事の一言。
 目立ちすぎず、かといって地味すぎない色合いのテーブルをチョイスし、ぱぱっと設置したかと思うと、その上にサイン用のインク壺やら羽ペンを取り出し並べてあっという間に受付を整えていく。
 この人基本的に仕事は出来るし、性格もいいんだが……なんというかドジだ。
 

『開場2分前。来場者ポータルを解放します。グラウンドに霧生成。目隠し開始』


 大磯さんの準備が終わるとほぼ同時に、入り口である校門を閉じていた鉄製の門扉がきしむ音を奏でながら内側に開きはじめ、同時に濃いミルク色の霧が発生してグラウンドの向こう側に立つ校舎の姿を覆い隠す。
 本命は皆様そろってご覧くださいという趣向だ。
 
 
『あーこちら白井。簡単だけど挨拶するのでそのまま聞いてくれ』


 全域放送でいつも通りののらりくらりとした社長の声が響く。
 おそらくこの会社でこの二ヶ月一番忙しく駆け回っていたはずなのに、声に疲れは無く、気負いも無い。


『全社員皆の奮闘のおかげで開場までは無事に来た。ここまで来れば後は僕らの本業だ。これからみえられるお客様。そしてこれを見ているお客様。その全てに我々ホワイトソフトウェアの真髄を、楽しいVRMMOを体感してもらおう。つまりいつも通りだ』 


 失敗すれば会社は潰れるというのに、あくまで自然体でいつも通りに行けば良いと言える。
 それが社長の持ち味であり、くせ者揃いの会社をまとめ上げる素質なのだろう。


『では営業開始』



 社長の挨拶が終わると同時に門が完全に解放され、その門柱のあいだに光の輪が発生する。
 仮想体生成リングがゆっくりと回転しながら地上へと降りると壮年の男性が姿を現す。


「……ほぉ……これは……なんとも」


 後ろへとなでつけた白髪の男性は黒フレームの眼鏡奥の目を驚きに見開き、感嘆の声を上げている。
 反応は上々だがまずい。あの位置で立ち止まられると、入り口がすぐに詰まってしまう。


『田中耕一さん。元クラインインテリア社品質部部長。三年前に早期退職。現在は生まれ故郷で素人絵描きをしながら隠居生活……三崎君。こっちまで案内してきて』


 その男性。田中さんのすぐ横に不可視ポップが浮かび上がり、簡易プロフィールが表示される。
 大磯さんが気を利かせて教えてくれたようだ。
  

「ようこそ田中様。こちらでご記帳をお願いできますか」


 感慨深い表情を浮かべる田中さんの気を害さないように、にこりと微笑みながら挨拶をかねた誘導の声をかける。


「おっ……おぉ。これは失礼。ふむ。こちらですな」


 懐かしい光景につい見惚れていたであろう田中さんはどうやら俺たちの存在にすら気づいていなかったみたいだ。
 俺の声に少し驚いたような仕草を見せていたが、すぐに大磯さんが待機する受付に気づき校門からこちらへと近づいてきてくれた。
 一人目の誘導は成功。
 大磯さんに後は任せて俺は次の仮想体を生成し始めたリングへと目をやった。
 ……このやり取りをこのあと数十回やらされる羽目になったのだが、それだけ再現率や心に訴える物があったのだと思っておこう。












「小野坂。久しぶりだな。まだ生きてたか」


「おぉ野瀬か! そっちこそよく生きてやがったな。何年か前に心臓発作で倒れて梁から落ちたって聞いてたぞ」


 受付で記帳をしていた大学教授である小野坂さんに気づいた大工の棟梁だという野瀬さんが声をかけると、つい今まで紳士然とした丁寧な物腰で受付をしていた小野坂さんの言葉遣いが些か乱暴になった。


「おう。あの時は死ぬかと思ったが。なーに人工心臓に変えてからは前より調子が良くなったくらいだ。まだまだ現役さ。ほれとっととこっち来いや」


「ははっ。お前らしいな。待ってろ。すぐサインしてそっちに行くから……コホン。失礼。これでよろしいかな」


「はい。ありがとうございます。小野坂教授。どうぞ御交友をお楽しみください」  


 つい出てしまったであろう言葉遣いに気づき咳をしてごまかす小野坂さんに対して大磯さんはにこりと微笑んで返す。
 ふんわりとした自然な笑顔は大磯さんの最大の武器。
 会社を訪れた取引先のお偉いさんから息子の嫁にしたいと口説かれた事もあるらしい。


「あぁ。ありがとうお嬢さん。お恥ずかしいところを見られたな。あまりに懐かしくてつい若い頃に返ってしまいそうだったよ。君の会社は良い仕事をするね」


 まだ本番が始まってもいないのにご満悦な表情を浮かべた小野坂さんは楽しげな笑みを浮かべながらお褒めの言葉をくださると、先ほどから呼んでいた野瀬さんの方へと歩いていった。
 高い再現率を誇る失われた桜の巨木は、来場した方達を一気にノスタルジーへと引き込む仕掛け。
 前庭のあちらこちらでユッコさんのご学友達が談笑の花を咲かせていた。
 その話の種は互いの近況だけでは無い。
 今は失われてしまった桜の木を見上げながら。
 リアルとうり二つに再現された前庭を散策して懐かしげに目を細めながら。
 そして発生している霧で隠され姿が見えない校舎がどうなっているのかと、実に待ち遠しそうに語り合いながら。
 この場を楽しんでいただけているようなのでとりあえずは成功といったところか。


(小野坂さんで44人目。あとお二人で全員)   


(了解。あとはユッコさんと神崎さんですね)   


 不可視ポップアップウィンドウに浮かんだ大磯さんからの文字チャットに対して、俺も同じく声に出すWISではなく右手で仮想コンソールを軽く叩き返事を返す。
 俺たちGMとは裏方。
 司会進行の様子や現状報告、打ち合わせなどはなるべくお客様に見せないのが理想なので、この声を出せばすぐ届く至近距離でも文字チャットで会話を交わす。
 ユッコさんは設備の整った自宅からでは無く、西が丘ホスピスから潜ることになっている。
 校門へと目をやると丁度二つの仮想体生成リングが出現し動き始めていた。右のリングは通常サイズ。左側のリングは幅が広く大きい。
 右のリングから上品な白色を基調としたワンピースの上に赤色系のカーディガンを重ね着したユッコさんが出ててきて、左のリングからは暖色の淡い橙色のゆったりとしたブラウスを纏った神崎さんが車椅子に座って姿を現した。


「ケイ子! 遅いわよ。待ちくたびれちゃったじゃ無い。もう貴女に会うのが楽しみだったのよ。どうせユッコがいろいろ服に五月蠅く言ったんでしょ」


 入ってきた二人に気づいた丸っこい……もとい恰幅の良いご婦人が明るい笑顔を浮かべて喜色の声をあげた。
 その声に一斉に視線が校門に集まった。


「おっ! 来たか今回の立役者と主賓が」


「昔から三島の着せ替え人形だったな神崎は」


「ははっ。そうだった。そうだった。相変わらず仲がいいなお前ら二人は」


 場が一気に盛り上がる。
 ホスピスから出ることが出来ない神崎さんとVRとはいえ会えることが皆嬉しいのだろう。
 温かな雰囲気と声が二人にかけられる。
 その口火を切った話し好きなおばちゃんといった空気を全身から醸し出すあの人は確かグラスさんという方だったか?
 大磯さんに目線をやるとすぐにグラスさん(仮名)の横にポップアップウィンドウが浮かび上がった。


『美弥=グラス(旧姓新村)さん。元大日航空CA。国際結婚なされて現在は海外で生活。お二人と会うのは10年ぶり』


 一流のドアマンは数千人の顧客の容姿やプロフィールを素で覚えているというが大磯さんもそれに近い能力を持っている。
 大磯さんの場合は記憶自体は脳内ナノシステムの補助を受けているが、ともかく集めている情報量が多く、さらにそれをその時々に合わせ有用情報として使い分ける事が出来る。
 天性のドジに気をつければ、どこの一流企業でも秘書としてやっていけるだろうが、本人曰く、そんな所じゃ緊張してとんでもないドジをするからと生気の抜けた沈み笑いを浮かべていた。  


「もう。五月蠅い言わないでくださいな。それが私の仕事で趣味なんですから。それに恵子さんの場合は元が良いから着せ替え甲斐があるのよ」


「ふふ。お久しぶりねみんな。由希子さんに私が頼んだのよ。最近の服装なんて判らないから選んでほしいって。これどうかしら?」


 嬉しそうな笑い顔を浮かべたユッコさんと神崎さんが応えると、車椅子が音も無く進みグラスさん……美弥さんの方へと動いた。
 病院側から提供してもらったVR車椅子データを数値を少しいじくって調整してあるが、動作は問題なしのようだ。


「いいわね。恵子の白い肌には暖かい色が栄えるもの。ねぇユッコ。今度あたしの服もみてよ。娘に年寄り臭いって言われてるのよ」


「はいはい。でもその前に美弥ちゃんは少し痩せなさい。前にあったときより大きくなってるでしょ」 


「そういえばそうだな。昔は一番痩せてたのが今じゃ逆側に一番だ」


「もう失礼ね。これでも今日のために1キロも落としてきたのよ」


 ユッコさんが浮かべた意地の悪い顔に悪のりした男性が茶々を入れ周囲から笑い声が上がる。
 そしてこの冗談に一番笑っているのが当の本人である美弥さん。
 ユッコさんの同窓の方達は極めて良好な関係を今も築いているのを感じさせる光景だ。


『三崎。お客様が歓談中のところ悪いが、全員そろった事だし始めろ。最初の田中さんが没入してから10分経過。残りは110分だ』


 司会を始めろという中村さんからのWISが脳裏に響く。
 この楽しげなおしゃべりをこのままさせてあげたいところだが、俺たちには難敵がいる。
 VR規制条例の条項が一つ。


 ”娯楽目的での脳内ナノシステムによるVRシステム利用における完全没入は一日二時間を上限とする”


 今回の同窓会もあくまで楽しむための物になるため、娯楽目的を禁止するこの社内通称のヒス条例に引っかかってしまう。
 忌々しいことこの上ないのだがそれでもどうにも出来ないのだから、この枷をはめたまま俺たちは進むしか道は無い……今は。
 

「皆様ご歓談中のところ失礼いたします! 私はホワイトソフトウェアの三崎伸太と申します。全員おそろいになったことですのでそろそろ始めさせていただきます。あちらをご覧ください!」  


 まずは大声で一気に注目を集め、次いで声を一度落とし、もう一度声を張り上げながら、オーバーなほどの大きな身振りでグランドを指し示す。
 俺に集まっていた視線がその手の動きに合わせてグラウンドへと一斉に注がれる。


『霧解除。バックからライトアップ開始。音楽スタート。徐々に上げていけ』


 管理室の中村さんの声と共に風が霧をゆっくりと晴らしはじめ、その風音に混じって微かな音が響いた。
 裏側から光を当てられた校舎が霧の中から徐々に姿を表すのに合わせて、最初は聞き取りにくかった音がやがて明確なメロディーとなる。


『霧パターン変化』


 風にながされるままだった霧がやがて空中に止まり形を作り、詩のような言葉の群れを空中に浮かび上がらせた。


「え? これ……校歌じゃない? 曲もほらあの霧の文字も歌詞でしょ!?」


「そうか校歌だ。おぉ! 懐かしいな! 俺は今でも歌えるぞ!」


 校舎に目を取られていたお客様達も歌詞とメロディーがそろい数十年前の記憶を呼び起こさせる。
 一人が歌い出すと、徐々に詠唱の輪が広がり、すぐに大合唱となる。
 再現された校舎がその全貌を表すとその歌声は最高潮へと達し、歌の終わりと共に大歓声へと変わった。
 同窓会の会場が小学校であるのならば何よりもふさわしい開幕のテーマは校歌しかない。
 あざとく。
 王道に。
 そして楽しんでもらうために。
 制限された二時間でいかに趣向を凝らすか。
 それがホワイトソフトウェアのやり口だ。



[31751] 思い出を探そう
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/06/06 22:59
 VR提供者として忘れてはならない大原則が一つある。
 この世界は現実で無くVRだということだ。
 言葉にすれば簡単だが、これは結構重要な事。
 ここはVR世界。
 プログラムを組み作り上げれば何でも叶う一時の夢の世界。
 それをお客様にも意識してもらい、非日常を楽しんでもらう事こそが重要視される。
 お客様にもVR世界はVR世界で、リアル世界はリアル世界であると明確に区別してもらう。
 季節外れの桜が咲き誇り、霧が文字を形作り、失われたはずの建物が威風堂々と存在する。
 いかに現実の日常から乖離した世界で有るかをお客に知らしめるその手法は、前世紀のゲートを抜ければ別世界といった有名所のテーマパークでも用いられ培われてきた手だ。
 懐かしいであろう校歌の残滓の余韻に浸っているであろうお客達の反応を見ながら、俺は目立たないように指を動かし他者不可視状態の仮想コンソールへと打ち込み、総指揮を執っている中村さんに連絡をつける。


(次、お願いします)


『了解。VR再現開始……すまんエラー発生だ。失敗箇所から再読み込みする。挨拶を2分に伸ばして繋いでくれ』


 一気にお客様方をこちら側へと引き込んでしまいたかったが、そうは上手くいかないようだ。
 しかしこれは事前予測していたエラーの一つなので、中村さんの声は落ち着いたものだし、俺にも焦りはない。
 なんせオープニングに次いで呼び出すつもりのVRデータは大容量すぎて、滞りなく再現できたのはテスト時も八割程度。
 本番でミスる可能性は十分に予想していた。
 他のデータにしたほうが良いんじゃ無いかという意見も、もちろん有ったがインパクトのあるオープニングという意味で、今から再現する映像がもっともふさわしいと採用されている。


「では皆様。苦心惨憺の我が社の苦労話でも長々と話ながらご挨拶と行きたいところですが、まぁともかく時間がございません。そういうわけで早速でありますが今回の趣旨をご説明させていただきます。事前配布いたしましたマニュアルと重複いたしますが。そこはご勘弁を」


 慌ただしい舞台裏をお客様に見せるようではGMなんてやってられない。
 しれっとした顔で進行プログラム通り進んでいると見せかける為に尺伸ばしのアドリブをいれて、軽薄かつ軽快な口調で注視を集めつつ一礼して、次いで右手を大きく振って空中に大型ビジョンサイズのウィンドウを展開する。
 姿を現した校舎に向かっていたお客さんの視線をウィンドウへ集めた隙に、左手で仮想コンソールを弾いて関係者用ウィンドウも表示し横で待機している大磯さんへと手助けを頼む。


(スクリーン内映像を頼みます)


(オッケー。再読み込みまでサブウィンドウでカウントもするから合わせて)


 ニコニコとした来客用の微笑を浮かべた大磯さんも、体の前に組んだ右手を微かに動かして返事を返しすぐに対応を初めてくれた。
 受付嬢が専門といっても、人件費を少しでも削りたい中堅企業なホワイトソフトウェアでは人手不足の時には現場にも駆り出されるので慣れた手つきだ。


「皆様の同窓会の舞台はご覧の通り通われていた舞岡北小学校となります。すでに皆々様の思い出の中にしか無い建物でございましょうが、ご提供いただきました写真や映像を用いてVR上とはいえ復活いたしました」


 俺の説明に合わせて大型ウィンドウの中が細かく分割されて、その小枠一つ一つに提供してもらった写真や映像が次々に切り替わりながら流れていく。


「あれ私のよ。ほら昔写メで撮ったでしょ。覚えてる?」


 自分が提供した映像が有ったのだろうか一人のご婦人がウィンドウの一角を指さす。
 他にも自分の提供したデータを見つけて喜色を浮かべる人がちらほらと出ているのを確認しつつ、その横に展開する関係者用サブウィンドウをチェックし、残り時間を確かめる。
 残り1分少々。
 焦らず、かといってゆっくりになりすぎないように口調とテンポを調整と。


「ここまでは事前にお配りしたマニュアルに記載しております。まぁだからといって箱物だけ作ってもそれはちとつまらない。シークレットな企画としてちょいとした遊び心もプラスさせていただきました。とりあえず皆様とリンクさせていただきます」


 説明をしながら左手を動かしてGM権限でこの場所にいるお客様とリンクして一斉操作で人差し指と親指を合わせて目の前をつまむようにして、それぞれのシステムウィンドウを呼び出す。
 基本状態では他者からは不可視状態となっているシステムウィンドウなので、目視確認は出来ないが、


(全展開完了確認……三崎君って本当に流れるようにアドリブいれつつ嘘がつけるね。感心するわ)


 呆れ交じりの文字チャットで、各々のシステムウィンドウが開かれた事を大磯さんが教えてくれる。
 アドリブはともかく、大磯さんが指し示す嘘というのは何のことは無い。
 簡易マニュアルをお客様の元へと郵送やらメールで送った11月下旬では、このシークレット企画といっている企みは影も形も無かった。
 しかし企画の立案者としては、より盛り上げる方面に持って行く為に嘘の一つや二つはついてみせようってもんだ。


「ではこの中のオリジナルアルバムという項目にご注目ください」


 次いでリストの中のオリジナルアルバムとカスタムアルバムと書かれた二つの項目から、前者を拡大表示して展開。
 残り30秒。


「シークレット企画のキーワードはずばり『思い出の再発見』。皆様がこの学校で過ごされた年月の中で思い出深い場所は無数にある事でしょう。そこでその場にいらしましたらこのように両手の人差し指と親指でフレームをお作りください」


 あと10秒。
 伸ばした指で四角のフレームを形作り、カメラのファインダーをのぞき込むような仕草をしてみせ、そのままグラウンドをみながら左右上下に振ってみせる。
 

「そしてこのように、写真を撮るようにあちら、こちらに動かしてみてください。そして見事に反応を拾いますと」
 

『読み込み完了。トリガー出現』


 カウントが0になった瞬間、中村さんのWISが響き俺が作ったフレームの中にピンポン球サイズの赤い玉が突如出現する。
 おし。今度は無事に読み込みしたようだ。
 何度もやり直すってのは、さすがに無理があり時間的にも痛いので一回で来てくれて良かった。


「当たりがでます。これがシークレット企画のトリガーとなります。そしてこの出現いたしましたトリガーを指で軽く弾いてみると」     


 フレームを模っていた指を解除して、伸ばした人差し指で赤玉を弾くと、玉の表面が小刻みに震えて溶けるインクのように空中に霧散する。
 次いで目の前の校庭が地面から噴き出した白いスモークで瞬く間に覆われた。


『映像データ001トリガー解放されました』


 システムウィンドウのアルバム欄に解放されたデータ番号が表示され、同時に視界を遮ったスモークが風に攫われる。


「「「「「「ぉぉっ!?」」」」」」」


 スモークが晴れた校庭に出現した予想外の光景に、お客様からどよめき声が上がった。
 先ほどまでは無人だった校庭には、いつの間にやら数百人もの小学生達が出現していたからだ。
 入学したばかりであろう真新しい体操着を身につけた小さな男の子。
 成人と変わらない背丈の大きな6年生。
 ずらりとそろった小学生達は皆一様に空を見上げている。
 ただその並び方はてんでばらばらで、極端に固まっているところもあれば、一列事に並んでいたり、徐々に横並びの人数が減っていく箇所もある。
 真横からみていれば一見不規則にも見えるこの並び。
 だが遙か頭上から見下ろしてみれば有る形をしている事が判る。


「この子達は? ……なんで空をみてるんだ」
  

 しかも突然出現した小学生達はお客様達の喚声にも微動だもせず、ただきらきらと目を輝かせ空を見上げ続けている。
 さすがにその様子におかしいと気づいたお客様達がざわつく中、一人のご婦人がこの小学生達の正体に気づく。


「ねえ……あたしがいるんだけど」

 
 それはユッコさんのご友人。美弥さんだ。
 丸……ふくよかな美弥さんは、ほっそりとした色白の可愛らしい女生徒を指さしている
 ……まぁ、面影が有ると言えばあるか目の辺りに。やはり数十年経つと人って変わるんだなと失礼ながら思ったりする。


「お! ほんとだ俺もいるぞ」


「私もいたぞほら。あそこだ」


 美弥さんの言葉で列を見回していた他のお客様達も、次々に自分の幼い頃の姿を見つけていく。
 

「ねぇ由希子さんこれって創立記念の空撮写真撮ったときの私たちでしょ。ほらあそこに私と由希子さんもいますよ」


「そうみたいね……ひょっとしてマスターさんですかこの企画の発案者? ギルドイベントの時と同じ感じがしますよ」


 はしゃぐ同級生達の様子をニコニコと見ていた神崎さんとユッコさんが弾んだ声で問いかけてきた。
 ギルマス時代には遊びと称して、このような大多数でワイワイとやるいくつもイベントを考えて実行してきた。
 その頃から副マスとして準備を手伝ってもらっていたユッコさんは、これが俺の発案だと気づいたようだ。


「はいご明察通りです……皆様! こちらの映像は2015年4月17日撮影されました創立130周年を記念し人文字を作られたときの皆様のお姿です!」


 ユッコさんに小声で答えてから、〆の挨拶へと入るために声を張り上げ再度注目を集める。
 さらに大型ウィンドウが遙か上空から校庭を映した映像に切り替わり、『開校130年記念』と描かれた人文字を映し出す。
 しかもその映像はリアルタイムの映像で、校門前庭側に固まっている俺たちの姿も映し出している。


「箱だけ作ってもやはり中身が無くてはちょっと物足りない。そこで我々は皆様よりご提供いただきました映像、画像データをこのような形で学校内のあらゆる場所に隠してあります」


 この仕掛けは有り体に言ってしまえば簡単な宝探し。
 かつて過ごした学舎を廻りながら、思い出を、過去の自分たちを見つけてもらおうという趣旨だ。
 ユッコさん達が小学生だった2010年代は個人用の携帯端末も普及しており多くのデータを提供していただけた事や、学校内でのイベントの映像や資料が多く残っていたのが幸いした。
 これら豊富な画像データを校舎再現の為だけで終わらすのは勿体ない。
 なら少しひねってアルバム化。さらに隠してしまう事でゲーム形式へと変更する。
 これが俺の企画提案の一つ目。
 さすがに手持ちの動画や画像の全てVRデータ化しているわけでは無いが、それでも600ほどをデータ化して、この敷地内に隠してある。
 納期の締め切りまで二週間を切った状態で、大規模企画追加など間に合うわけ無いので次回以降の構想として考えていたのだが、正直、俺はまだまだ我が社の底力をなめていたようだ。

『お客様の為ならば無理でも通す』

 顧客満足度第1位を目指すVRMMOメーカーとして掲げた目標は伊達じゃなかった。


「自らの思い出深き場所を散策しながら、過去のご自分やご友人方を探してみてください。発見されました映像は、皆様のリストに登録されミニウィンドウに表示可能となります。さらにご取得なさった映像群は、後日改めまして整理、高画質化したVRアルバムという形でご自宅までお届けさせていただきますので、是非皆々様張り切ってお探しください」

 
 俺の説明を理解するにつれ、初老を迎えたいい大人達の顔に、子供のような楽しげな笑みが浮かんでくる。
 単純なゲームほど盛り上がるときは盛り上がる物というのはどの世代でも変わらないようだ。
 本日のお客様にはそれなりの社会的な地位を得ている人たちもいるが、この時ばかりはそれら俗世間を忘れて楽しんでもらおう。
 なんせここはVR世界。何でも出来る遊び場だ。  


「さて長々お時間を取り申し訳ございませんでした。当社からの説明を兼ねた挨拶は以上とさせていただきます。判らない事がありましたらいつでも、私か大磯までお声をおかけください……ではお客様方。どうぞご自由にお楽しみください」


 大げさな身振りで深く一礼。
 オープニングの挨拶をしめると横からぱちぱちと拍手の音が響いてきた。
 音の主はユッコさんだ。


「ふふ。さすがはマスターさん達ですね。私が思っていた以上の形で作ってくれました。頼んで良かったわ」


「ほんと。久しぶりだわこんなに楽しいのは」


「じゃあ手分けして全部手に入れてみるか」


「おぉそうさな。VRアルバムとしてもらえるなら多ければ多いほどが良いさな」


 ユッコさんがお褒めの言葉をくださり、さらに神崎さんがニコニコと続き、すぐに他のお客様も楽しげな声と共に拍手をしてくださった。


(三崎君ご苦労様。上出来っしょ)


(大磯さんこそお疲れさまでした。良いタイミングでした空撮映像)


 大磯さんからのねぎらいのチャットメッセージへと、お礼の返事を返す。
 出だしのオープニングは、お客様の反応を見る限り成功といっていいかもしれない。
 しかしまだまだ始まったばかり。
 これでほっと一安心と気を抜く事は出来ないのが、ちと悲しい
 何せ滞りなくVRデータの展開再現を行うため舞台裏に大半の戦力を回しているので、表舞台の接客にでられるのは俺と大磯さんの二人のみだからだ。


『全トリガー解放準備完了だ。三崎は隠し球の展開までそのままお客の対応を頼む。大磯は休憩所の方も頼むぞ。ここからが本番だ。二人ともしっかりとな』


(了解)(はい)


 しかしお客様の喜ぶ顔を直接見られるのは表舞台に立つ者の特権でもある。
 中村さんからの容赦の無いWISに俺と大磯さんはやる気を込めた返事を素早く打ち返した。















 開場から40分が経ち精力的に廻るお客様達によって、発見されたVRデータはすでに200以上。
 三分の一が見つけられた形だが、まだまだ眠っているトリガーは多い。
 娯楽利用VR制限時間である2時間まで、残り時間があと1時間ほどと考えると発見されやすいように作っているが、少し隠した数が多すぎたかという感じもある。
 一つのトリガーで複数データを呼び出せるようにするなど改良を加える必要があるかもしれない。これは次回以降への反省点だろうか。
 しかし企画自体はおおむね好評。
 過去の自らを一つ見つけるたびに、そこからさらに懐かしい記憶が呼び起こされているようで、発見ペースは徐々に上がり、さらにそのデータを元に昔話に花が咲いている。
 最初の20分ほどはGMコールを受けるたびに俺か大磯さんがお客様の元に出向き、解説や機能の補足などをするために校舎内をかけずり回っていたが、お客様もすぐに慣れて来たのか、呼び出しはすぐに減っていた。
 かといっても呼び出しが減ったからといって暇になるわけでもなし。
 当初の予定と違い、お客様が思っていたよりも早くから休憩所に集中して大磯さん一人では対応が大変になってきたと、休憩所である東屋での接客に俺も回されていた。

 
「ではこちらのリストからお好きな物をお選びになってタッチしてください。すぐに出てきますので」


 再現発動トリガーが存在しない校庭の隅に休憩所とした大きな東屋が設置されている。
 VR世界内はすごしやすい4月並の気温、湿度としてあるのでほのかに暖かいので、東屋は壁の無い開放感を感じさせる柱だけの開放感のある作りとなっており、再現された校舎を見ながらゆっくりと茶を楽しめる趣向にしてある。。
 内部は木目調のテーブルと椅子のセットがいくつか。テーブルには柔らかい敷布を引き、椅子にも座布団が置かれただけの簡易な作りだ。
 なぜそんな簡易な作りの休憩所が大好評かといえば、そこで提供される飲食物に有った。


「ほぉ、これはまた懐かしい物ばかりだね……そうだな。これにしようか。子供の頃好きだったんだよ」


 大学教授である小野坂さんが空中に投射されたリストをタッチすると、すぐに実体化されテーブルの上に出現する。
 今では見かけなくなった変わりダネのチョコレート菓子と、これまたとうの昔に生産中止になったマニアックな炭酸飲料の組合わせだ。
 小野坂さんは99%というやばめな数字が踊るパッケージのチョコレートを一欠片割ると、躊躇せず口に放り込んだ。


「ぐっ……ふふ……そうだこの強い苦みが面白かったんだよな」


 よほど苦かったのかうめき声を漏らした小野坂さんだったが、すぐに楽しげな笑いをこぼしてペットボトルの炭酸をぐいっと煽る。蛍光色のやたら毒々しい色が体に悪そうだ。
 紅茶が似合いそうな老紳士といった外見の小野坂さんだが、チープな食品を食べるその姿は意外というべきか堂に入っていた。


「カカオ99パーセントのチョコかよ。際物が好きだったよなお前……そういえば田中にそれ食べさせられた事あったな。あのあと渋みで酷い目に遭ったの思い出した」


「あれは何でも食いつく野瀬が悪い。ネタで買った奴なんだからちょっとだけ囓れば良いのにいきなりでかい塊で食べるからだっての」

 
 その対面に座る強面の外見な大工頭領である野瀬さんが嫌な事を思い出したと顔をしかめ一番乗りを果たした田中さんを睨むが、当のご本人はしたり顔でにやりと返して、メニューリストを見て楽しんでいる。


「いやはやそれにしても君のところはすごいね。校舎の再現もすごいが、懐かしい菓子や飲み物をこんなにもいろいろな取りそろえてしまうんだから」


今回休憩所で飲食物として提供しているのは、リーディアンオンラインが昨秋のアップデートの目玉として準備を進めながらも、ゲーム撤退によって日の目を見る事の無かった『食欲の秋。懐かしの食べ物・お菓子フェアー』の一部だ。


「元々別の用途でデータを作っていたんですけど没になりまして、でももったい無いなと言う事で今回の企画に再利用と。あぁ、もちろん製造メーカさんの許可もいただいておりますからご安心を。いくら食べても料金は発生しないのでどうぞいろいろお楽しみください」


「だそうだ。野瀬。どうせならお前も懐かしのチョコいっとくか?」


「昔と変わらない味だな。苦くて美味いぞ」


「いらねぇっての。他に食べたいのもあるんだよ。人工心臓をいれてから食事制限されてるからこの機会に楽しませてもらうわ兄ちゃん」

 
 視覚だけで無く、味覚でも昔を思いだして楽しんでもらう。
 その意図から今回ピックアップしたのはお客様達が小学生時代を過ごした年代のヒット商品が主になっている。
 この狙いが当たりだったようだ。
 今では手に入らない製造中止品で、しかも普段なら世間体を気にして子供ぽい菓子類でも、昔なじみのある意味で身内ばかりなので気にならない。
 そして野瀬さんに限らず、この年頃の人に切実な高血圧や糖尿病といった成人病を気にせず、体に悪いだろう甘ったるい菓子類や刺激の強い物を思う存分食べられるというのも良かったらしい。
 昔懐かしい菓子を食いながら、発見したアルバムを見て雑談を弾ませるお客様には笑顔が浮かんでいる。
 中村さんの話じゃ、社長と営業部が今お相手している食品メーカー関係者にもこの再利用企画は好意的にとってもらえているそうだ。
 自社製品がお客様に喜んでもらえる。
 過去の商品であろうと、制作者としてこれに勝る充足感は無いということだろう。
 好評ならばリアル再販という手も見えてくるってのもあるかもしれないが。
 
 
(三崎君。御本命様三名見えられたよ)


 小野坂さん達のやり取りに確かな手応えを感じていると、視界の隅に大磯さんからの業務チャットが表示される。
 何気ない動作で校庭側に目をやると、車椅子の神崎さんとそれを押すユッコさんとその横で大きな声で笑っている美弥さんがこちらに歩いてくるのが見えた。
 一通り廻って来たので少し休憩といった所だろう。


(中村さん。百華堂さんに連絡お願いします。神崎さんがお見えになられましたと。厨房展開準備と、あとデータの機密保持一応最高レベルでお願いします)


 生産中止になった他の食品データと違い、いまだ現役であり名産品でもある和三盆干菓子。念には念を入れたデータ流出対策が必須。
 さらには今回の特別ゲストによる催しのために高松の百華堂さんの厨房をかなり簡易ではあるが再現させてもらってあるので、その展開準備もやってもらわないとならない。
     

『……よし回線確保も完了。厨房展開準備も出来ている。あちらさんもすでに準備済みだそうだ。ナノシステムが定着したばかりだから慣れてない。フォローを頼むぞ。あと早く作らせろと朝から五月蠅かったらしいからヘマするなよ。怒鳴られそうだ』


 元気な爺さまだことで。
 さてとそれじゃ次のサプライズ。『出来たて和菓子』と行きますか。



[31751] VRの可能性
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 01:13
「失礼します。どうです。お楽しみいただけていますか?」


 入り口近くのテーブルで話を弾ませているユッコさん達へと、メニューを渡すついでにリサーチ目的の営業トークを始める。
 開発者が気づかない、気づけない些細な見落としや不備をお客様が感じていないか洗い出すのも接客役の俺らの仕事だ。
 

「もちろん楽しんでるわよ! 大昔のことなのに結構覚えてるもんね! カスタムアルバムの方もたくさん撮ってきたわよ」


 恰幅の良い美弥さんがその体格に似合った大きな声で笑いながら、俺の体をバンバンと叩く。
 所謂あれだ親愛を込めたボディータッチングの一種だろうと思うが、痛覚レベルがリアル水準でなくて良かったと思う。
 大磯さん情報だと、美弥さんは国際結婚されて海外在住歴が長いとのこと。
 見た目は日本の典型的なおばちゃんだが、メンタル的にはもうあちらの方なのだろうか。
 組み込んだオリジナルアルバム以外にも、この仮想世界の光景や今の自分たちの姿での写真や動画を撮るカスタムアルバム機能も好評のようで何よりだ。
 

「よ、喜んでいただけましたなら何よりです。神崎さんはいかがですか。車椅子の具合とか問題は有りませんか」


「えぇ、大丈夫ですよ。ちょっと最初は浮遊機能に慣れなくて苦労しましたけど、やってみると面白い物ね。でも動かすのが楽しくて、あまりトリガーを見つけてなくて、由希子さんと美弥さんに頼りっぱなしよ」 
 

 美弥さんにちょっと押され気味な俺を見て楽しげに笑みを浮かべていた神崎さんは、満足げに頷いた。
 オリジナルである校舎は車椅子を使わなければならない神崎さんの活動範囲が限定される古い構造となっていた。
 その対策のためにスロープ構造を付け足すという手もあったのだがそうなると、大がかりな変更となりオリジナルとの雰囲気が変わってしまう。
 お客様は神崎さん一人では無いので、そちらは避けたい。
 そこで俺らが取った手は、昔取った杵柄と言うべきか、所謂『魔法』だ。
 空中浮遊機能、通称フライトシステムを構築して、人や騎乗生物が自由に空を駆け回るのはもちろん、大型ダンジョンでもあった浮遊都市をリーディアンで提供していたホワイトソフトウェアからすれば、車椅子の一つや二つを宙に浮かすなんて朝飯前。
 神崎さんが利用しているロボットアーム付き車椅子のVRデータをちょちょいと改造し、神崎さんの手元のレバー操作に従い階段や段差手前で浮かび上がり、人が歩く程度の速度で前後左右に移動できる設定になっている。


『ただ浮き上がるだけじゃなくて、高速空中戦闘機動も可能な車椅子を拵えれるんだけどね』


 開発部の佐伯主任が反対され却下された案を悔しそうに言っていたのが印象深い……良識を持つ社員が俺だけじゃ無くて良かった。


「恵子さん楽しそうでしたもんねぇ。ふふ。私も初めて空を跳んだときを思い出すわ。びっくりしたけど、すごく気持ち良かったから。私も久しぶりに飛びたくなってきます。ねぇ、マスターさん。リーディアンと同じ肉体操作感覚のようだけど、ここでは飛べないのかしら?」


 神崎さんの車椅子をうらやましげに見てユッコさんが懐かしむような顔を浮かべた。
 その表情に、空を飛ぶのは開放感があって好きだとユッコさんがよく言っていた事をふと思い出す。
 リーディアンが廃止してからすでに半年近く。懐かしむユッコさんの気持ちはよく理解できるんだが、  


「あー。お客様側の仮想体制御にリーディアンのシステムを流用はしてはいますけど、飛翔関連はオミットしてます。最初は空中からも散策可能にしようかって案もあったんですけど、初心者の方も多いんでちょっと操作が難しいから却下に」


 ベテランVRMMOプレイヤーのユッコさんには申し訳ないが、今回は我慢してもらうしか無い。
 VRMMO初級者が中級者と呼ばれる頃ぶつかる壁は、どのゲームであっても浮遊飛翔関連のフライトシステムだといわれる。
 空を自分の意思のままに自由自在に飛ぶ。
 人類が太古の頃より憧れてきた夢をVR世界は可能とするが、正直そんな甘い物じゃ無い。
 なんせ今までに体験したことの無い世界と感覚。
 制作時間短縮のためリーディアンのシステムをそのまま流用しているが、ゲーム内最低レベルのフライトシステムでも丹念な練習は必須だ。
 高度を落とそうとして地上に急降下やら、パニックでコントロールを失い暴走、はたまた飛んでいるうちに上下左右の感覚があやふやになりVR酔いになったりと、数え切れない失敗の末に、ようやく自在に操れるようになる。
 今日のお客様はこの同窓会のためにナノシステムをいれた方や、感覚補助として脳内ナノシステムをいれただけで、あまり活用していなかった方もいらっしゃる。
 そんな初心者相手に下手にフライトシステムをいれれば、制限時間の2時間を無駄に浪費しかねないので、さすがに導入を見送っていた。
 しかしだ……改めて思うが、娯楽目的におけるVR制限2時間が目の上のこぶだ。
 VRMMOを復活させるにしてもフライトシステムに限らず、魔術関連やら製造関連にしろ凝ったシステム仕様にすれば、どうしてもお客様に長時間プレイでコツを習得してもらう必要性が生まれてくる。
 だからといってそのために、一日二時間しかない貴重な時間の大半をつぎ込むようでは、お客様のフラストレーションはたまる。
 対策としてはもっと簡易なシステムにするという手はある。
 それこそ前世紀と今世紀初頭のクリックゲーと呼ばれていた頃の初期型MMO仕様ならものの数分で慣れることも出来るだろうが、あれは飽きが早い。
 何せどのスキルを使うにしてもボタン一つでお手軽発動。
 ちょっと凝ってもコンボタイミングに変化をつけたりするくらいで、今のVRとは比べものにならないほど単調なゲーム仕様となるのは避けられない。
 国内VRMMOが全滅に近いからと、海外で絶賛稼働中のVRゲームに繋いでいるゲーマー連中もいるくらいだから、それらと比べられて苦戦となるだろう。
 二時間をいかに上手く最大限に使うか。ここがゲーム構想の最初の壁。
 うちの会社が考えているVRMMOと旧式のディスプレイタイプMMOとの融合作という手法も、VR側の時間制限が思った以上のネックだ。
 当初の俺がどうとでもなると思い描いていた安易な考えを反省するしか無い。
 

「マスターさん良いのよ。気にしないで。歩いてみてるだけでも十分以上に楽しんでますから。無理言ってごめんなさいね」


 全く関係ない物思いに耽り沈んだ表情を見せてしまっていたのか、気がつくとユッコさんが申し訳なさそうに頭を下げていた。
 ……ミスった。少しだけ場のテンションが下がった
 まだ影も形も無い先のゲームよりはこの場は同窓会を成功させること。それに全力だ。


「いえ、こちらこそすみません。そこら辺も今度は考えておきますから……さて、ご注文は何になさいますか。古今東西全てを網羅とまではいきませんが、ちと懐かしい菓子、料理、ドリンク類を豊富に取りそろえていますけど」


 気を取り直して口調を軽くして場の雰囲気をあげながら、隠し球であるスペシャルメニューをあえて言わず、されど目立つ位置に配置してテーブルの上にメニュー表を広げてみせる。


「これこれ楽しみにしていたのよ、いくら食べても太らないんだから、今日は甘い物をたくさん食べようと思ってたのよ」


 美弥さんがメニューに並ぶお菓子の山に嬉しそうに声を上げる。
 何せ味やら食感はリアルと同じでも、所詮はVRデータ。脳は満腹感を得られるが体にはなんの影響も無い。
 メニュー欄の横に、洒落でいれたカロリー0表示は伊達じゃないといったところか。


「もう美弥さんらしいわね……あらマスターさんこれは何かしら。他のは商品名なのに、これだけ『スペシャルメニュー』という表示ですけど」 


 はしゃぐ美弥さんの様子をあきれ顔で見ていた神崎さんがテーブルのメニューに目を落としすぐに本命の隠し球に気づく。
 

「ちょっとユッコさんの方で面白そうな仕事が有りましてその副産物です……本日のアルバムをリアルでお渡しする際にお付けする和菓子をVRで先に味わっていただこうという企画ですよ。ではあちらにご注目くださいな」 


 多くは語らず簡潔に神崎さんに答える。
 何せこれから出てくる香坂の爺さまは俺の百言よりも、たった一つの干菓子で全てを語れる名人だ。


『作業スペース展開完了。周囲空調の調整も忘れるな。風を無風状態にしておけよ……よし三崎良いぞ。大磯は全館アナウンス頼むぞ』


 中村さんから準備完了の合図を受け取ると同時に俺は右手を大きく振るい、東屋の隣を指し示す。
 俺が指さした場所にポンという軽い破裂音と共にスモッグが焚かれて、また一瞬視界が遮られる。
 その霧が晴れるとそこには新たな東屋が出現していた。
 だがあちらは椅子やテーブルの設置された休憩所然としたこちらの東屋とは違い、下に冷蔵庫が設置されたコールドテーブルの作業台を中央に設置し、調理器具を置いた棚を背後に置いた実用一辺倒の作りとなっている。
 簡易ながらも配置や高さを再現した百華堂の厨房内には、眼光鋭い香坂さんがすでに待機済み。
 気合い十分といった風貌はVRはほとんど初体験というのに頼もしさを感じるほどだ。


『本日はご来場いただき誠にありがとうございます。お楽しみいただけていますでしょうか。ただいまよりグラウンド休憩所横におきまして、四国は讃岐の名店和菓子屋百華堂9代目御店主香坂雪道様による和三盆干菓子の制作実演と試食を開演させていただきます。こちらの百華堂様の干菓子は本日のアルバムとご一緒に、後日お客様の元へと贈らさせていただく商品となっております。リアルで味わう前に一足先にその銘菓をお試しになられたい方はどうぞ休憩所まで』


 作業場の展開タイミングに合わせ大磯さんの軽やかな鈴のような声が全館放送で響いた。
 当初はVRデータでの再現だけのつもりだったのが、いつの間にやらアルバムと一緒にリアルで干菓子の詰め合わせを付け加えることになっていたのは、なんというかうちの社長のノリだ。
 リアルでの懐かしの駄菓子類を引き立て役にするのを避けるために、試食という形を取りつつ、この同窓会プランの商品価値を高めるという方針だ。
 まぁ、社長の思いつきをどうにかして形にしろと現地にいる俺に百華堂さんとの交渉は丸投げされたが、結構すんなり通ったので結果オーライだろう。
 一生物の記憶に残るアルバムを飾るにふさわしい華やかさと品格を持つ銘菓で有ることに間違いは無い。
 

「百華堂さんって……由希子さん。マスターさんこれは」


 放送で流れた内容に驚いて目を丸くして戸惑っている神崎さんが俺とユッコさんの顔を見つめる。
 全くの予想外だとその顔にはありありと浮かんでいる。
 そりゃそうだ。俺が神崎さんから百華堂の干菓子をいただいたのは、つい1週間前の事。
 普通ならそこからいろいろ企画を立案し、完成しているシステムに無理矢理にねじ込むような真似はしない。
 しかしホワイトソフトウェアは良くも悪くも普通の会社じゃない。
 お客様の為。
 そのためなら労働基準法やら私生活なんぞいくらでも踏み越えていくブラック企業だ。


「ふふ。偶然ですよ偶然。たまたまです。ね。マスターさん」


「まぁ極希にある偶然って事で。神崎さんには特別にVRデータでの和三盆干菓子詰め合わせをお贈りさせていただきますから。ご安心を……さてどうです皆さん。作っている所を近くでご見学なさいますか?」


 だがあえてその苦労や成果を声高に語るまでも無い。
 ユッコさんの朗らかな声に肩をすくめつつ同意して、俺はご婦人方へと誘いをかけた。
  
 



 料理の味は何で決まるか?
 素材となる材料か。
 それとも調味料? 
 はたまた調理法か。
 いくつもの答えが存在するので、一概に言うのは難しいと思う。
 VR世界においてもそれは同様。
 まず基本にして最も重要なのは、何はともあれ元となった料理とその再現率。
 構築したデータが分析再現を完璧に出来ていれば、リアルと同じ味を、しかも無数に生み出す事が出来る。 
 ただしこれは数値上での話。理論としてのお話。
 現実にはそう上手くはいかない。
 なぜならVRといえど俺たちが相手をしているお客様はリアルに生身を持つ人間様。
 色鮮やかに綺麗に盛りつけられた料理データと、無個性な錠剤タイプの料理データ。 
 どちらもデータ的には同じ物で味は同一のものだとしても、だがどちらを人が美味しく感じるかなど聞くまでも無いだろう。
 要は手段はどうあれ、いかに美味しそうに人に思わせるか。そこに尽きる。
 その観点から行くと百華堂9代目店主香坂雪道は、まさに説得力の塊だ。
 しわが目立つ手は慣れないであろうVR世界でも一切の迷い無く和三盆を大胆に掴む。
 篩にかけてボールにいれ、水飴を混ぜた水を霧吹きで吹きかけ軽く混ぜ合わせもう一度、篩にかけ、そこに紅や黄色の着色料を水に溶いた物を少し加えて色を出す。
 使っている着色料は10種類ほどだが、それぞれを掛け合わせ、量を調整することで、数十類にも及ぶ絶妙な色加減をもつ生地を香坂さんは作っている。
 それら複数の色を付けた和三盆を、花を模った二枚重ねの木型に詰めて押し込み、形を作りしばし間をおいてから、上板を外し、下板をひっくり返せば、色鮮やかな花が咲き誇る。
 この干菓子の色合いには、キャラ作成の時に使う髪や肌色の色彩調整システムを流用し、着色料の量による色彩変化もリアルを忠実に再現しているデータを、社長の伝手で食品メーカのVR広報研究班から借り受けてきている。
 つまりはリアルと変わらない色加減を生み出せると同時に、極めて微細な量の調整が必要となるのだが、この爺さまのすごいところは、和三盆を取ったときもそうだったが水加減にしろ着色料にしろ全く量を計っていない。
 長年の勘と経験で思い描いた色彩を自由自在に作り出す。まさに一芸に生涯をかけ精進を積み重ねた者だけが至る名人芸という領域だ。
 さらに木型は百華堂さんで使われている物をスキャンさせてもらい寸分違わず、メインとなる和三盆を含め他の材料も開発部に無理矢理に間に合わせてもらい、香坂さんにも納得してもらう出来となっている。
 だからそれ故にこれらのデータ管理は厳重にならざる得ない。
 仮想世界全体の管理で他の社員が忙しい事もあるが、複数の人間が管理するよりもさらに機密性を高めるために、香坂さんからの要望もあって俺が一人で材料や機材のデータを管理させられている。
 香坂さんに全てのデータを預けていただけるほどに信頼していただけたのは光栄と思うべきだろう。
 そんなリアルと遜色の無い材料と器具によって、百華堂店主香坂雪道の手によって作り出される和三盆干菓子は、百華堂の品そのもの。
 もっともここはVR世界なのだから、どう適当に作っても、AとBを合わせればCが出来るというシステムなので、生み出すアイテムの質は替わらない。
 さらにいえば完成品のデータをコピーし生み出せば一瞬で完成だ。
 和三盆を混ぜ合わせ一つ一つ手間をかけて模る。
 この一見無意味で無駄とも言われかねない、手間をかけている理由はいくつかあるのだが、大本は香坂の爺さまの拘り。
 例え仮想世界の物であれ、どう手抜きをして作っても同じ物になるとしても、百華堂の和三盆干菓子を名乗るならば、自らが一つ一つ精魂を込めて作らなければ許可しないという職人としての矜持だ。
 この職人としての拘りに加え、今回だけかもしれないこの企画のために脳内ナノシステム構築手術を行い、未知の世界に飛び込んでくる思い切りの良さは、この御年ですごい爺さまだと感心する。
 香坂さんにはナノシステム持ちで和菓子職人として修行中の俺と同年代のお孫さんもいるので、実演はそちらの兄ちゃんでも良いと思ったのだが、香坂さん曰くまだまだ一人じゃ百華堂を名乗らせることは出来ないとのこと。
 一応手術や構築が期日通りに終わらなかったときに備えて、お孫さんの仮想体の準備をしていたのだが、無駄骨に終わった。
 この頑なまでの意地と誇り。そして矜持を持つ職人の技術によって生み出される、和菓子がどれほど美味に見えるか等、今更多くを語るまでも無い。
 この見事な腕には一見の価値がある。
 俺個人の感想だけで無く万人が思うことだろう。
 その証拠に作業台を設置した東屋の周りには、噂を聞きつけ探索を一時切り上げたお客様も集まってきて、人だかりが出来ているほどだ。
 この数、ひょっとしたらお客様、全員がここにそろっているんじゃないだろうか。
 ……これは時間配分をミスったかもしれん。作り置きを出す形にするべきだったか。
 いやしかしそれだと香坂さんが納得しないし、お客様の感動も薄れる。
 ここらのイベント時間調整も今後の課題か。
 

「はぁぁぁ。すごいわね。現実で来ても食べるのが惜しいくらいだわ。でもこういうのケーシーが喜びそうね……ねぇお兄さん。写真を撮っても良いかしら? 孫がお花好きだからこうやって作ってたのよって、贈ってもらうお菓子と一緒に見せてあげたいんだけど」


 朱塗りの盆に広がっていく百花繚乱に感嘆の息をもらしていた美弥さんが、おそるおそるという感じで、改善点や改良点を考えていた俺に小声で尋ねてきた。
 干菓子一つ一つに入魂し作っている香坂さんの気迫は、この仮想空間でもピリピリと肌にくるくらい鋭いので、気圧されているのかもしれない。
 
 
「こんな年寄りでえんなら、好きに撮ってくれてかんまんぜ」


 考えに没頭していて僅かに反応が遅れた俺が答えるよりも先に、黙々と手を進めていた香坂さんが口を開いて、写真を撮る許可をだす。
 ひょっとしたら結構こういった形の実演に慣れているのかもしれない。
 
 
「まぁ、ありがとうございます。じゃお邪魔にならないように失礼します」


 思いのほか愛想良く答えが返ってきたことに安心したのか美弥さんが声を弾ませると、早速両手の親指と人差し指でフレームを作って、そこをのぞき込みながら写真を撮り始めた。


「と、俺も撮っておくか。うちのカーちゃん。最近茶道に嵌まっているからこういうの好きなんだよ」


「なんか小学校の頃の社会科見学に来たみたいね。私も撮らせていただこうかしら」


 撮影を始めた美弥さんを見て周りの人たちも、物珍しさもあるのか我も我もと一斉に撮影を始める。
 うん。詳細な範囲設定を出来るが煩わしいコマンド選択式のSS方式にせずに、簡易な指の動きだけで撮影可能にしたのは成功のようだ。
 VRに慣れてない人でも簡単に撮影することが出来るシステムという狙いは当たりだ。
 欠点は自分の姿は撮れないことだが、そこは互いに撮り合う形で周りの人にフォローしてもらえば十分だな。
 満足げな美弥さんを初めとしたお客様の顔を見渡して一つうなずき、ついで今回の大本命たる神崎さんへと目を向ける。
 

「……………………」


 作業台の真正面で車椅子に腰掛けて出来上がっていく和菓子をただ見つめている神崎さんには言葉はない。
 他の人のように写真を撮るでもなく、歓声を上げるでもなく、ただ出来上がっていく干菓子を見つめる。
 その瞳には驚きと喜び、そして不安の色が混じっているように感じる。
 目は感情を表現する重要な要素の一つ。
 だからVR世界で用いる仮想体の目やその周囲は力を入れて制作しているメーカーも多く、リアルと比べても遜色は無い。
 だからこそ今神崎さんが抱いているであろう気持ちも何となくわかってしまう。
 しかし、この表情とそこから感じ取った感情は俺の予想外だ。
 何か不安を与える要素があっただだろうか。
 材料、調理器具はもちろんとして、できあがりの干菓子も香坂さんから了承をもらうほどの出来に仕上がっている。見た目もリアルと遜色がない。
 それなのに神崎さんの目からは不安の色が消えない。
 むしろ出来上がる干菓子が増えていく毎にその色が強くなっていくようだ。
 ……これはまずい。読み違えたかもしれない。
 神崎さんにとって、俺が想像していた以上に、干菓子に思い入れがあったのか。
 安易にVR化して食べてもらおうという考えは失敗だったかもしれない。
 ひょっとしたら神崎さんは試食すらもしないかもしれない。そんな表情にみてとれる。
 どうする。どうするべきか?
 表情に出ないように不安を隠しながら、頭を必死に動かすが思いつかない。
 原因。神崎さんに不安を浮かばせている要因。足りないのはその情報。
 この状況で神崎さんに不満があるかなんて聞くような真似は出来ない。
 ならば……
 

(ユッコさんすみませんお楽しみの所。神崎さんがどうして干菓子を好きなのか知ってますか?) 


 右手を細かく動かして仮想コンソールを叩きユッコさんへと個人チャットを送る。
 相手はユッコさんといえど今日はお客様。そのお客様に尋ねるなど下策。
 総合管理室にも俺の動きや会話、チャットは全てモニターされ伝わっているのでバレバレのあとで始末書物の違反行為。
 だが情報を集め今打てる手を考えないと失敗しかねない。
 それを察したのか中村さんからも咎める声は無い。
 
 
(マスターさん? 大事な事みたいね……ちょっと待っててください)


 さすがユッコさん。いきなり目の前に浮かび上がった1:1チャットウィンドウに多少驚いたようだがすぐに返事を返すと、軽く目を閉じて記憶を探り始めてくれる。 
 こうしている間にも香坂さんの手は次々に干菓子を完成させていく。
 そして全てが出来上がったときはまず最初に神崎さんへと差し出し、ご試食をしてもらう手はずとなっている。
 だがこのままでは上手くいかないと、就職して3年と短いとはいえお客様を楽しませてきたGMとしての勘が告げる。


(そうそう。まだ病気が発症する前に家族旅行でご両親と四国へいった時に、今と同じように和三盆の干菓子を作るのを見て感動したそうです。若い職人さんが魔法みたいに次々に花を生み出していくと、言っている事はよく判らなかったけど、出来たてを食べさせてくれてすごく美味しかったと…………ご両親が亡くなられてから急にその頃を思い出して、それで取り寄せるようになったそうよ。お役に立てたかしら?)


(十分です。ありがとうございます)


 ユッコさんに礼を返しながらも俺は自分の読みの甘さを痛感する。
 神崎さんは和三盆干菓子を見ているだけで気分が華やかになると言っていたが、つまりは幸せな思い出の記憶に直結していたという事か。
 VR再現した和三盆干菓子は香坂さんにも許可をいただけるほどの高い再現度ではあるが、神崎さんにとってはさらにそこに思い出もプラスされた味。
 もし今目の前にある和菓子の味が思い出とずれていれば。
 自分は二度と本当の味を楽しめないのでは無いか。
 そんな不安を抱かせているのかもしれない。
 しかしユッコさんの情報には鍵もあった。
 ネックは思い出の味…………ならば思い出すらも再現する。
 リアルでは不可能でもVRだからこそ出来る方法。
 VRが持つ可能性に活路を見いだした俺は仮想コンソールを叩く。


(親父さん! 香坂さんのお孫さんの仮想体データ。あれ香坂さんに適用できますか)


 リアル、仮想、どちらの社内へも伝わる全社内チャットで、稼働中のシステムから細かなバグの発見をしその都度修正するという綱渡りで忙しい須藤の親父さんへと無茶振りをする。
 仮想体は基本的に共通規格で作られているが、個人毎に操作性は大きく違う。
 だから大抵はリアルの自分と同様の姿とすることで操作感覚がずれないようにしている。
 無論仮想体操作に慣れてくれば自分とは違った体格や、手足の長さでも操作に支障は無く、それどころか存在もしない尻尾や羽があっても自由に動かすことは出来るのだが、ずぶの素人である香坂さんに、孫とはいえ他人の為の仮想体を適用するのは無茶も良いところ。
 だが須藤の親父さんの腕と作業スピードならリアルタイムで調整をかましつつ適用できるはずだ。


『三崎。てめぇは軽く無茶を言うな。ほんと社長に似てやがるな……待ってろ。二分でやる。佐伯と開発部。手伝え』


 軽い舌打ちをもらし面倒そうに言いつつも、一流の魔法使い級プログラマである須藤の親父さんだからこそ可能となる時間で答えてくれる。


『あいよ。三崎。あんた打ち上げで全員に一杯奢りだよ。ほんと次から次に仕事を増やしてくれるねぇ!』


 佐伯主任は実に楽しげな声で、会社で一番ペーペーの安月給な俺に対して恐ろしいことを言ってくれた。
    

(酎ハイかソフトドリンクにしてください。ポン酒は勘弁ですよ。中村さん。最後の全体記念写真に取っておくつもりでしたが奥の手発動いいですか?)



『ったくお前は。親父さんらがすでに動いていて良いも悪いもないだろ。対象は神崎さんと香坂さんの二人だけだ。こっちの調整が追いつかん』


 事後承諾も良いところだが中村さんは俺の考えを読み取っていたのかすでに動いてくれているらしい。
 頼りになる上司群はこういうときには本当に頼もしい限りだ。
 最後にお客様全員で校舎をバックにした記念写真を撮影する予定になっているが、そこで使うつもりの奥の手をここで使う。
 出し惜しみ無し。ここが今回の同窓会が成功か失敗かの分岐点だ。
 問題は二つ。
 香坂さんがいきなりで対応できるか。
 若いときの香坂さんとお孫さんの立ち姿が似ているか。
 前者は須藤の親父さん達を信じ、後者は祈るのみ。
 自分に出来ることが少ないのが歯がゆく、この状況を先読みできなかった未熟さがちと悔しいが、今の最善を尽くす。
 

(香坂さん。すみません少し手はずが変わります。基本の流れは変わりませんが香坂さんのお姿だけお孫さんへと変えます。驚かずにお願いします。こちらでサポートはしてますので普段の感じで動いてもらって問題有りません)


「!?」


 目の前で浮かび上がったチャットウィンドウに、VR世界に慣れていない香坂さんは目を丸くして作業の手を止めて顔を上げると、チャットウィンドウの文字を素早く読んでから不審げに眉をひそめて俺を見た。
 細かな説明をしている時間は無く、判断を信じてもらうしかない俺はその鋭い目線を受け止めて、軽く頭を下げる。
 これで伝わってくれると良いんだが……


「ん」


 香坂さんは小さく頷いてくれた。
 よしあとはこっちの準備だけだ。


『香坂さん神崎さん二人の仮想体変更準備は出来た。親父さんらのスタンバイも出来ている。タイミングはいつにするんだ?』


 中村さんからのWISに俺は思考をまわす。
 奥の手は一発のインパクト勝負。タイミングがずれれば、効果は半分以下になるかもしれない。
 一番効果的に使うには…………神崎さんの目の前に干菓子が差し出された瞬間。
 不安を感じる間もなく、神崎さんが思わず干菓子を手に取り口に運んでしまえばこちらの勝ち。


(香坂さんが盆を出したときにお願いします。一気に二人とも。映像は荒くなっても構いませんから)


 動いている状態で仮想体の変更をすれば、今のVR技術ではノイズが走ってしまうが、それも一種の驚きを伴う効果が期待できるはず。
 兎にも角にも流れの勢いで神崎さんの不安を期待と希望へと一気に持って行く。 


『判った。変化にお客様がざわつくだろうから大磯は説明を任せるぞ、三崎は神崎さんがパニックになったときのフォローも忘れるなよ』


(はい。あ、三崎君。あたしウーロンハイで良いからね)
 

(了解。他の方々のリクを纏めといてくれるとありがたいです。金の準備しておきたいんで)


 大規模イベントの打ち上げやら新年会の飲み会は会費制がうちの会社の流儀だが、今回は一杯だけとはいえ奢らされるのは確定事項。
 なるべく安い店になる事を祈ろう……
 そんな間抜けな願いを俺がしている一方で、ついに和三盆干菓子が完成する。
 完成していた最後の木型を外して出来上がったばかりの干菓子を朱塗りの盆の上へと移していく。
 明るい黄色の山吹。
 大輪を咲かせる牡丹。
 薄いピンク色の桃。
 そして王道たる堂々と咲き誇る桜。
 その他諸々の春を代表する花達が百花繚乱に咲き乱れている。
 一つ一つが素晴らしい造形を描き、さらにその華やかさと気品を高めている。


「お待たせしたのお客さん。どうぞ試してみていた」

 
 腰に吊していた布巾で手を拭いた香坂さんは朱盆をざっと見渡して満足いく出来だったのか息を一つを吐くと、くるりと盆を回転させて神崎さんの前へと差し出す。


「申し訳ありません。わ、私は遠……ぇ!?」


 その申し出を神崎さんが躊躇し断ろうとしたその瞬間。香坂さんと神崎さんの体の表面に電光のようなノイズが走った。
 さすが中村さん。ベストタイミング。
 全身を走るノイズは二人の姿を一気に変化させていく。
 香坂さんは縮んでいた背が伸びて、真っ白だった髪は黒々と染まり、若い青年の姿へと変化する。
 そして神崎さんは、背が縮まり、病的な肌色は健康的な肌色へと変わって、顔はまだ幼さの残る小学生くらいの可愛らしい黒髪の少女へと変わる。
 姿が変わった香坂さんと神崎さん……いや神崎さんの場合は戻ると言うべきか。
 香坂さんはお孫さんの姿だが、神崎さんは紛れもない昔の、まだこの校舎が存在していた頃、小学生として通っていたときの姿だ。
 ここはVR世界。
 思いのままに姿を変え作ることの出来る仮想の世界。
 過去の肉体を再現してみせるのも造作もない。
 今の自分で過去の思い出に浸っていただき、過去の自分の姿で追体験すらも出来るプラン。
 それがVR同窓会が目指している最終形だ。しかしこれは未だ未完成。
 何せ過去の姿を再現するといっても、データがあるならともかく、写真や動画からデータを起こして再現し、違和感が一切無いように厳密に作ろうとすれば、個人個人毎に調整しなければならず、どうしてもデータが膨大になってしまい、時間も金もかかる。
 だから現状ではそこまでは望めない。
 最後の最後。あまり体を動かなくても済み、映像の不具合やぼろを感じさせない最後の一枚の記念写真にサプライズとして投入する。
 これがホワイトソフトウェアが提供するVR同窓会における最後の隠し球。
 俺が企画提出したとっておきの手だ。
 

「はっ!? えぇぇぇっ!?」


「おいおい!? どうなってんだこれ!? 子供の時の神崎だよな? 座ってるのは神崎本人なのか?!」
 
 
 姿が変わり若返った二人を見て慌てふためく周囲のお客様。
 うん。驚いているな。
 いきなり別の姿に変わるなんぞVRMMOのライカンスロープなんかの獣人変化スキルやら見慣れていないと驚くわな。
 ユッコさんは目を丸くしていたがすぐに面白そうな顔を浮かべている当たり、やはり俺と同類のゲーマー側だと改めて思う。
 自分の体にノイズが走り目線が低くなった上に、いきなり目の前の香坂さんが別人のように変わったことに、何が起きたのか判っていなかった神崎さんも周囲の声で己に起きた変化の意味に気づく。


「えっ! そうですけ……って声までかわってませんか!?」 


 本人かと尋ねられた神崎さんは答えようとして、何時もと違う感じで聞こえたであろう声に驚き口元に手を当てた。その声は高い少女のものだった。
 はい。正解。変わっております。
 うちの開発部佐伯主任は度を超した凝り性なんで、動画に残っていた皆様の声を一人一人篩い分けてサンプルを回収し音声再現しております。
 企画者の俺はそこまでこだわるつもりはなく、外見だけのつもりだったのだが、やるなら徹底的にと言って、有言実行で残り1週間からの新規企画だというのに、何とか納期に間に合わせてきた。
 うちの会社幹部の無茶苦茶なスキルには未だに驚かされる事が多い。
 一方で肝が座っているというのか、事前に聞いていたとはいえ香坂さんは落ち着いたものだ。
 自分の姿が変わったというのに何もなかったかのように、改めて干菓子ののった盆を目を白黒させて変化した自分の手を見て顔を触っている神崎さんへと差し出した。


「百華堂和三盆干菓子『春華』になるぜ……しゃんしゃん食べてみぃまい」


「…………そ、その言い方。あの時のお兄さん?」


 特徴のある讃岐弁が強い香坂さんの物言いに、神崎さんがはっと驚きの顔を浮かべた。
 あぁやっぱり若い職人って香坂さんか。
 訛りがきつくて俺も何を言っているか聞き取るのに苦労してるくらいだ。当時小学生だった神崎さんも判りづらいだろうな。
 しかし若い頃から結構廃れた方言を使ってたのか。どんだけ地元好きだこの爺ちゃん。
 まぁそれに感謝。だからこそ今回の隠し球を一気に使う決断を下せた。


「ほれ。食べて見ていた。間違いなしにうちの店の味になっとるけん。保証するぜ」  


 香坂さんの方は姿を変えた意味をよく判っていないので軽く首をかしげかけたが、もう一度神崎さんを促し自信の篭もった深く強い声で断言した。
 これは百華堂が誇る干菓子であると。
 その声はざわめいていた周りのお客様もついつい黙ってしまうほどに力強い。
 周囲が静寂に包まれ、誰もが神崎さんの答えを待つ。


「…………」


 神崎さんは無言だ。
 しかしそろそろと腕を伸ばして、小さな干菓子を一つ手に取った。
 神崎さんが取ったのは学校の校門で咲き誇っていたような桜を模った干菓子。
 不安が残る目のまま干菓子を一瞬見つめてから、おそるおそる口へと運び一口分だけ囓る。
 カリカリと干菓子をかみ砕く音が静寂に響き、その音が鳴り止むと神崎さんが顔をうつむけた。
 そのまま………反応はない。
 思い出の味の方が強かったか?
 ここからフォローをいれるべきか?
 次の手を考えるべきかと焦りかけた俺だったが、
 

「………………っぅ……ふふ………っ。美味しい…………ずっと……覚えてた味です。諦めてたのに。また……食べられると思っていませんでした」


 それは杞憂に終わる。
 神崎さんは目尻から涙をこぼして少しだけ嗚咽を漏らしながらも、楽しげな笑い声をあげた。


「ほら……みんなも召し上がってみて。本当に美味しいのよ。百華堂さんの御菓子は。私のおすすめなの。ほら美弥ちゃんも好きでしょ甘いの。ユッコちゃんも食べ比べてみて同じ味なのよ。すごいわよ」
 

 嬉し泣きする小学生姿に戻った神崎さんは固唾をのんで見守っていた同級生達に声をかける。
 ユッコさんや美弥さんに対する呼び方が少しだけ変化している。
 ひょっとしたら肉体に意識を惹かれたのかもしれないな。
 

「ふふ! 言われなくても。もらうわよお兄さん! 本当に美味しそう」


「美弥。一人で食べないでよ。あくまで試食だからね」


「もう失礼ね。判ってるわよ」


 今までで一番大きな声と嬉しそうな笑顔で答えた美弥さんは、若返った香坂さんに声をかけると先陣を切って干菓子を手にとり、その勢いに試食だって忘れるなと笑い声がおき、場の雰囲気が一気に明るくなっていく。
 笑い声の絶えない明るい光景。
 これこそが俺がプレイヤーを引退してGMとして生きることを選んだ原初にして、ホワイトソフトウェアがいかなる苦境であろうとも、困難な状況でも諦めず、進み続ける原動力だ。
 お客様に楽しんでもらう喜び。
 その成果を実感できるこの光景に俺はようやくこの同窓会が成功すると確信に至り、ほっと息を吐くことができた。 































 今回でVR同窓会編は終了となります。
 今の話の裏ではいろいろ社長が次の手に向けて動いたりしてますが、それらは先々に。
 そこらは三人称の外伝的な物で書こうかと思いつつも、そんな時間は無いなとw
 全てはVRMMO復活に向けた布石へと繋がる形になればと模索しております。
 さて次は宇宙ですが、テンションやら方向性が一気に違う方向へ行くので上手くかければ良いのですがw

 お読みくださりありがとうございます。
 ご指摘ご意見有りましたらいただけますとありがたいです。

 8/23追記

 本文中の讃岐弁を変更いたしました。

 讃岐弁監修を行っていただいた香川在住の緋喰鎖縒様。
 この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。



[31751] 蓋をしたら三分お待ちください
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:52
「現界座標チェック開始……」


我が相棒アリシティア・ディケライア嬢ことアリスは、半径百メートルはあるだろう球状VRブリッジの中心で静止すると、その銀髪から突き出た多次元レーダーという名のメタリックなウサミミをピンと立て左右に動かしながら、意識を集中するためか瞼を閉じた。

 今日のアリスはこの間のスーツと同系色の紅い作業衣のような上下一体型のつなぎを身に纏っている。その背中と二の腕の辺りにはデフォルメされた兎の耳のようなシンボルマークが刺繍されている。

 アリス曰く兎の耳のような感覚器官こそが、多次元を感じ取れる者、通称ディメジョンベルクラドの証であり、同時にアリスの惑星改造会社の代々続くシンボルマークの元となっているとのこと。

 アリスはこのつなぎぽい服やら、シンボルマークを気に入っているようだが、俺の感想は正直微妙。

 第一印象は引っ越し屋の派手な制服。しかも地球換算で外見15才くらいにしか見えないアリスが着込んでいるのだから、単なるコスプレにしか見えないと断言できる。

 もっともリアルの仕事で忙しいからと、アリスからのヘルプ要請を半月近くも待たせていたところに、そんなこと言えば機嫌が悪くなりそうなので黙ってはいるが。


「空間値オールグリーン。現界に支障なし。リル。現界シーケンスに移行して」


 アリスの声は硬く、その横顔もこわばっている。

 緊張している様が見て取れるんだが、しかしその顔が本当にリアルで、強く意識していないとここがVRだという事を忘れそうになるほどだ。

普段触れているVRは現実と遜色ないほどに精巧になっていると思っていたのだが、段違いの技術レベルの宇宙製VR空間に触れたことで、地球のVRがまだまだ稚拙な部分が多いと気づかされる。

 なんというべきか空気や感覚的な物の再現度のレベルが違うとでもいえば良いのだろうか。 


『はいお嬢様。残留跳躍エネルギー規定値以下を確認。太陽系第五惑星木星軌道への現界開始します』


金属のような響きを持つ固い女性の返答がブリッジに響く。

 しかし声はすれども、俺の視界内にいるのはアリスのみでその姿は見えず。

 でもそれも当然。声の主の名は『RE423Lタイプ自己進化型AI』という正式名称を持つ創天のメインAIであり、宇宙人的に見ても若すぎる社長だというアリスのお目付役でもある通称リルさんだ。


『太陽系内現在星図表示』


 リルさんのアナウンスと共にブリッジ下部に太陽系の3D縮尺映像が表示される。

 煌々と輝く巨大な太陽から始まり、水星、金星、地球、そして火星と小振りの惑星が続く内太陽系はガラス玉のように綺麗で、帯のように広がる小惑星帯を挟んで外側に連なる木星、土星ら外太陽系の妖絶に輝く星々。さらには各々の惑星を彩り付き従う無数の衛星達。

 子供の頃に宇宙館で見た天体図とよく似ているが、それよりもより壮大かつ精密で事細かい映像に年甲斐も無いが少しワクワクする。なんというかハイレベルなジオラマを見ている気分だ。

 どうやら俺に判りやすいようにとリルさんが気を利かせてくれたようだ。

 うん。ちょこっと話しただけだがなんというかよく出来た人(?)という印象に間違いはなさそうだ

 ポップウィンドウに浮かぶアリスお手製の説明書が作業手順毎に細かな説明や図を入れて注訳もしてくれているのだが、申し訳ないが判りにくい。

 これはアリスが悪いのでは無く、技術レベルの差が現代と中世以上にかけ離れている所為だろう。

 アリスらから見れば、原始人といってもまだ生ぬるいかもしれない地球人である俺にいろいろ判りやすいようにと苦心している様は見て取れる。

 だが両手に抱えれるほど大きく透明な立方体の中で不規則に動いて目まぐるしく変化する数字の群れを指して時空間数値表と称する物やら、空間相違座標軸線などと宣って幼稚園児が無軌道に気の赴くまま書いた落書きのような線の群れなど理解しがたい概念を元に解説されても意味がわからない物が多い。

 しかたなく次元転移式超空間跳躍やら重力圧縮による空間湾曲等というSF物の知識でかろうじて拾える単語をつなぎ合わせつつ状況を見ているところだ。


『現界復帰位置第五惑星木星軌道確定いたしました。六連恒星弯曲炉フルドライブ。次元値改竄順調です。現界までカウント開始いたします。15…14…13…12…11……』


 リルさんのカウントダウンと同時に創天が出現するポイントが星図の中に点滅する光点で示される。

 それによると創天の出現ポイントは、太陽を中心に円を描く惑星群の中から第5惑星木星から少し離れた同軌道上だ。

 少し離れたといっても宇宙的尺度の話。創天と木星本星は地球と火星程度には離れているだろう。

 太陽に近くその超重力の影響を大きく受ける内太陽系は、創天ほどの巨大質量船では跳びにくく、火星と木星の間に広がる異物の多い小惑星体への跳躍も危険が大きい。

 そこで木星が持つほどよい高重力をアリスが跳躍出現位置としての目印に捉え、リルさんが上位である超空間側を跳ぶ創天と下位である現実空間の出現ポイントの次元値相違を無理矢理に近づけている最中……らしい。 

 まぁあれだ。創天の主動力がSF小説で古来からお馴染みな反物質炉とかなら、まだまだ遠い未来の超技術だが地球科学の延長線上で想像できるんだが、アリス達の技術はさらにその斜め上をいってやがる。

 創天の主動力は次元圧縮した特殊フィールドにO型恒星を連ねる事で空間を湾曲崩壊させ穴を開けて上位存在世界と接続し、この宇宙に本来存在するエネルギー総量よりも膨大なエネルギーを引き出し利用可能とする『六連O型恒星湾曲炉』

 アリス曰く、短命稀少なO型恒星をしかも六個も使った主炉は今では原則製造禁止となっており、宇宙ひろしといえど創天と同級亜種の『天級』数隻に積まれた物と、銀河系各要所を常設で繋いでいる跳躍門にしかないという。

 この圧倒的なエネルギーにより、光年単位距離をナビゲートができるディメジョンベルクラドさえいれば、創天は銀河文明でも数少ない例外である光年単位跳躍を可能とする船となり、それどころか一つの恒星とそれに連なる惑星で構成される恒星系丸々一つを、フィールドで覆うことで内部の物理法則やら時間流をある程度は改変して星の軌道や位置すらも易々と変化させることができる。

 地球の遙か上をいく技術レベルをもつ銀河系各文明の中でも屈指の恒星間跳躍能力と恒星系改造能力。この二つの力が創天が恒星系級改造艦と呼ばれる由来だそうだ。

 はっきり言ってここまで発展した科学技術、というか別路線を歩んでいるとしか思えない技術体系だと理解不能な領域。

 アリス達の技術は科学と呼ぶよりもオカルトといった方が合っている気がするんだが。


『跳躍完了。現在位置確認。ナノセル放出開始。各種映像表示します』


 太陽系星図に記されていた点滅していた光点表示が、銀色の外装をもつ巨大な衛星級外宇宙船へと切り替わり、同時にブリッジ全体が全天モニターへと変化した。

 上下左右を見渡して見れば無数の星が輝き、横には離れていても強い存在感を放つ木星が鎮座する。高速で回転し渦を巻く大赤斑が少しずつ形を変える様も見て取れるのは感動的ですらある。

 ついで俺は今いる創天の全貌を映し出している周辺映像へと目をやる。
 
 白銀色の装甲に覆われた一切の凹凸も傷も見られない極上の真珠のような外観と星と見間違えるような大きさ。

 数多の星が輝く満天の星空の中でも一際目立ち地球の月とほぼ同等だという大きさを持つ衛星クラス船こそが、アリスが率いるディケライア社が誇る恒星系級改造艦創天。創天はその船体の各部からうっすらと漂う靄のような物を放出している。
 
 瞬く間に広がって創天を覆い隠しはじめたヴェールのようにも見えるそれらは、ナノセルと呼ばれる拳大の分子機械集合万能ユニットだという。

 アリスと知り合わなければ、おそらく俺が生きている内には見ることができなかっただろう景色と未知の超技術の産物をVR世界とはいえこうして見学できるのだ。これだけでもアリスに感謝だ。


「目標地点との誤差0.0001%。原因判明。ナビゲータの空間精査に不備アリ……もう少し頑張りましょうお嬢様。三崎様に良い所を見せようとして手際よくなされようとしているのはお察しいたしますが、常時よりも事前探査が雑になっております。不可点です』


 俺がつい声を無くし驚きで宇宙空間を見渡している一方で、リルさんが少しばかり厳しい口調でアリスをしかりはじめた。
 
 目標位置と僅かな誤差でタッチダウンできたようだが、どうやらリルさんはその些細なずれがお気に召さないらしく、コンマ四桁以下なんだから良いんじゃないかとも思うんだが、


「うぅ……リル。採点が厳しくない? ほとんど同位置でしょ。それに何時もは成功してるんだしいいでしょ」 


 アリスも俺と同様の感想なのかばつが悪そうに拗ねた顔を浮かべたのだが、その瞬間ブリッジの空気がさらに冷たく変わった気がする。

 無風状態のはずなのになんというか心胆寒からしめる風が通り過ぎたような感覚とでも言えば良いのだろうか。

 アリスはしまったとつぶやき青ざめた顔を浮かべている。
 

『……お嬢様。そのような僅かばかりという油断が重大な事故に繋がるのです。短距離跳躍程度ならば誤差無く跳んで頂かねば困ります。本来であれば創天は銀河でも数少ない超長距離連続跳躍機能を持つ船です。ですがお嬢様の現状のナビゲート能力のままでは、性能の1割も発揮できておりません。宝の持ち腐れというものです。しかも我が社の財政状況は過去に同事例がないほどに低迷状態であるのですよ。創天のオーバーホールに一回でいくらかかるか。現状の身の丈を考えるのならば、創天を放棄し小型改造艦に乗り換えても十分でございますのに、お嬢様が泣いて嫌がるので全従業員の善意の協力の下、無理して保持しているのですよ。それを思えば半人前とはいえ、長である自覚を持ち自己を厳しく律し鍛錬に励むものでしょう。それがこの程度の短距離跳躍でミスをし、さらに反省もせずとはいかがなものでしょうか』


 淡々とした声のままだがリルさんの容赦がないダメ出し。ゆったりとしたしゃべり口調なのに口を挟む事ができない響きは、説教しなれていると感じさせる風格十分だ。


「あ、あたしだってちゃんと考えてるってば」


 アリスもうーっとうなだれ頭の耳がしゅんと丸くなっている。

 ちらちらと俺の方に助けを求めるような視線を飛ばすのがやっとのようだ。

 そのウサミミを見れば目に見えて落ち込んでいるのが判るが、説教の内容から考えてある意味自業自得なんでかける言葉が見つからない。


『そうでしょうか? さらに苦言を呈させて頂きますなら、今回の窮地もお嬢様が成人し長距離ナビゲートを可能な状態にあればいくらでも挽回できた事例です。ここしばらくはいくらでも練習の機会がございましたのに、毎日毎日新規惑星開発プランの参考にするといって、地球のゲームで遊びほうけていらっしゃったのはどちら様でしたかお忘れですか? お望みならばここ数年の生活映像を三崎様にもご覧いただき感想を』


「判ったから! 判ったから! うー反省してます。ごめんなさい。もっとちゃんとするから。ともかくシンタの前でお説教とかやめてよ。あたしのイメージがダメな子になるからやめてってば。うーぅ。シンタ違うからね。何時もならもっとこう、ちゃんとやってるんだからね」


羞恥が限界に達したのかアリスが半泣き声でリルさんに謝りながら、ついでに俺に弁明しだした。頭のウサミミは落ち着き無くピコピコ動き、錯乱状態に陥っていることを示している。

 ん。これはちょっとまずいか。アリスと付き合いは長いのでその性格やら思考は理解しているんだが、こいつの場合はテンションが下がったり落ち込んでいるとミスが増える傾向がある。

 しかもここまでは本番前の下準備にすぎない。次の工程からが今日のメインなんだが、これからの工程にアリスはあまり乗り気じゃ無い。

 元々テンションが低かった所為で何時もは成功しているという短距離跳躍をミスしたのもあるかもしれない。
  
 なんかこのままだとミスを挽回しようとして焦ってまた失敗しそうだな。で、さらに説教コースとなるか。嫌がるアリスに無理矢理、頼み込んだのは俺だ……仕方ない。助け船を出すか。

 アリスの精神状態を立て直し万全たる能力を引き出すには…………そうだな。怒らせるか。それが一番手っ取り早い。
  
 しかし何せアリスは勘が鋭い。不自然な言動をすればすぐにこちらの意図に気づくかもしれない。そうなると上手くいかないかもしれん。と、なるとだ、


「あー安心しろアリス。お前の評価は人生捨てた廃人ランクで固定してあるから。どう転んでもダメ人間、ダメ宇宙人だ」


 どうでもよさげな口調はわざとではあるが、ある意味で本音で語る。

 一日二十時間が最長接続時間だったリーディアンオンラインに、ほぼ毎日二十時間入り浸っていた他に類がない廃人ぷりは、仮想体が愛らしくなければ単なる変人扱いされていただろうってのは紛れもない真実だから嘘はいっていないはずだ。


「なっ!? シ、シンタなんか何時もに輪をかけてあたしの評価ひどくない!?」


「疲れてんだよ。その上にただでさえ時間が無い状況で難解な単語やら概念を大まかでも理解しようとしてんだから、余計な話を振るな。リルさんもすみません。アリスへの説教はあとでお願いできますか。どうせまだまだ失敗するでしょうから。あとで纏めてやった方が良いでしょ?」


 さてこんなもんか。負けず嫌いのアリスのことだ。マイナスまで振り切れば逆に一周するはずだ。

 俺の暴言にしばし絶句し呆然としていたアリスだったが頭のメタリックウサミミがプルプルと震えている。


「っう! シンタの意地悪! いいもん。私の本気見せてやるんだから! リル! 次の準備! 地球人浄化作戦やるよ! シンタはそこで大人しく見てなさいよ。地球人最後の日を!」


 ウサミミがジャキンと立った臨戦態勢に移行してアリスが涙目で吠える。

 ん。成功か。相変わらず判りやすい反応する奴だ。怒りにまかせてあれだけ嫌がっていた地球人壊滅作戦にすんなりと入りやがった。


「短距離連続転送準備! 目標第三惑星地球! 全包囲後に封鎖圧殺! 一気にけりをつけるわよ! 地球の猿共、ディケライアの前に膝を屈しなさい! 下等生物の地球人共は私の影を仰ぐことも無く消え去るんだから!」


 似合わない薄ら寒い笑い声をあげながらアリスが右手を振りあげると、下部に広がっていた太陽系星図から地球が浮上してきて前方に拡大表示される。


「転送位置選定開始! リルは連続転送影響による消失値を算出!」


 アリスはウサミミを激しく左右に動しながら、拡大表示した地球を覆い囲むように次々に黒い点を表示してマーキングを開始する。

 東アジア上空。南米上空。北極圏上空。はたまた太平洋上空。地上から遙か上空大気圏の縁を掠めるように、びっしりと地球を覆い尽くし塗りつぶしていく黒点は飴玉に群がるアリの大群のようだ。 

 切れたアリスが怒りにまかせて無作為に場所を決めてやっているようにも思えるのだが、地球の横にウィンドウが浮かび上がり、黒点の順番と座標らしき数値のリストが高速で流れ、さらに別のウィンドウに浮かぶ円グラフと連動している様子が見て取れるので、なにやら計算しながら配置しているように見える。

 その処理速度はまさに圧巻の一言。須藤の親父さんの作業を見ている時と同じような感覚だ。

 あーこりゃ完全ロープレモードはいりやがったな……やり過ぎたか。
 
 ボス狩りやら長時間の狩りが続いてテンションマックスになると入るアリスのトランス状態をギルドメンバーやら知人は通称『完全ロープレモード』と呼んでいた。

 常日頃からゲーム内での役になりきる傾向が強いアリスなんだがこの状態は別格。完全にキャラと同化し、最大限の能力を発揮して見せる。

 リーディアンオンライントップクラスプレイヤーだった槍騎士アリシティア・ディケライアの本領発揮モードといっていい。

 何せ以前このモードに入ったときは、『数集めてとにかく殴れ』な協力プレーが基本デザインのリーディアンオンラインボス戦において、中級ボス相手とはいえ下手すりゃソロで狩りきるんじゃ無いかというくらいのダメージを与えてぶっちぎりのMVPをもぎ取ったこともあるくらいだ。

 おそらく今のアリスの気分は地球侵略を開始した悪の宇宙人といったところ……というか、そのものだな。うん。


『算出完了。転送事故消失率予想0.2% 十二分な範囲だと判断いたします』


「次! 周辺ナノセル跳躍転送形態に変形!」


『了解いたしました。全ナノセル転送開始いたします』


 リルさんの復唱と共に、創天を映し出していた映像に変化が訪れる。

 創天の周囲に広がって漂っていた拳大のナノセル達が結合を開始していく。比較対象が巨大な創天なので今ひとつ判りづらいが、サイコロ状の真四角なそれらはおそらくは大型コンテナほどの大きさはあるだろうか。


(失礼いたします三崎様。むらっ気の激しいお嬢様の扱いが上手いと感心せざるを得ません。次々に座標を確定させておりましたのに、この消失率とは驚きます)


 集中状態に入ったアリスを邪魔しないためか、リルさんがアリスの命令を復唱し実行している傍らで文字チャットウィンドウで俺に語りかけてくる。

 先ほどの暴言に対するクレームかと思えば、どうやらリルさんは俺がアリスをわざと怒らせたことに気がついているようだ。


(俺にはよくは判りませんけど、すごいんですか?)


 俺も同様に口には出さず仮想コンソールを叩いて返事を返す。


(はい。現在の我々の技術力で近接領域への連続転送や跳躍を行えば、空間の歪みを蓄積し、対象物質が次元分解される事故の確率がどうしても高まります。これを抑えるには歪み同士の相互干渉により影響を減少させ中和させるのが一般的な方法です。普段のお嬢様なら同規模の転送ミッションでは消失率4%から5%といったところですので、驚異的な精度向上と言えます。)


(んじゃ。さっきのミスは帳消しって事で。俺が言うのは筋違いかもしれませんが、あまり叱らないでやってください。ここの所プレッシャーやらで結構やられてたみたいですし)  

 保護者的立場だろうリルさんの教育方針に口を出すのは失礼かもしれないが、アリスの相棒として先ほどの暴言の謝罪も込めて一応庇っておく。


(お気遣いありがとうございます。本日の夕食にはお嬢様のお好きなデザートをお出しする事をお約束いたします)


 授業参観中に教室の後ろで小声で語り合う保護者のような会話を俺とリルさんが展開している間にも、ウサミミ美少女による地球人壊滅作戦は着実に進んでいく。

 拡大された3D映像地球を覆っていた黒点が一斉に色を塗り替えるように白く変わっていく。

 白い点こそが先ほどまで創天の周囲を漂っていたナノセルブロック。

 万能ユニットの名は伊達じゃ無く、ナノセルは内部構造を自ら変化させることでナビゲートは必要だが、自ら星系内短距離跳躍を可能とし、さらに数多く集まることで重力ユニット、核融合ユニット、物質変換ユニットやら、惑星改造に限らず日常生活から戦闘まで。ありとあらゆる用途に適した万能ツールへと作り替える事が出来るそうだ。

 長大な距離を長時間かけて航行していく外宇宙船において、制限ある物資や積み込みスペースを考慮しフレキシブルを極限まで極めた形とでもいうところだろうか。

 ナノセルの説明を聞いたとき、上手いこと操って有人操作なロボが作れたら気分はスペオペヒーロー物だと、いい年して一瞬思って興奮してしまった俺はおそらく疲れている。

 
『全機転送完了。消失率0.01% ほぼ完璧ですお嬢様』


「当然! あたしの本気はまだまだだからねシンタ! 地球人を一人残らず除去したら、ダメ宇宙人って言ったの撤回して謝ってもらうんだからね!」


 リルさんの褒め言葉にすら気づかずテンションが跳ね上がっているアリスは、先ほど馬鹿にされたのがよほど悔しかったのか涙目のままで指を突きつけてきた。

 ……いや、謝るのは良いんだが、その前提でいくと俺も消去されているんだが。

 しかしアレだ。ここ半年で地球売却やら盗まれた恒星系やらで、相当アリスのストレスが溜まっていたんだろうが、地球浄化作戦を進めるアリスは実に楽しそうである。


「全ナノセル変化! 時間強制遅延モード! 索敵! 照準固定! 対象地球人類!」


 アリスの号令にナノセルブロックが一斉になめらかな鏡面のような平面状へと変化しながら、縦横に広がっていき隣のセルと結合。本当に隙間無く地球を覆い隠し始めた。

 これだと地球がどうなっているのか全く判らなくなるのだが、またリルさんが気を利かせてくれたのか別アングルの映像が表示される。
 
 太陽の明かりを遮られたことで、全地上が夜のようになり、地上から漏れる明かりのみで照らし出されるので、造形が判別しづらい映像であったが、すぐに光度調整を入れてくれたのか鮮明に映し出され始める。
 
 どうやらそれは大気圏を覆うナノセルを見上げる映像のようだ。宇宙側から見たときはつるつるとしていたナノセルの裏側は、まるでハリネズミのように突き出た無数の針で覆われている。

 針は小刻みな動きを繰り返しながら微妙にその切っ先を変化させている。獲物を探る肉食獣のような嫌な威圧感を覚える。


『時間流遅延1/1000……全人類索敵終了。延べ110億5678万4291名への照準固定完了』


 早いな。おい。というか本当か? こんな短時間で地球上の全人類を個別に認識したのか。どういう探査能力だよ。

 しかも俺の知っている国連の発表公式人口より2億以上多いぞ。どこから出てきた?

 まずい……半分予想はしていたが、アリス達の技術レベルは予想の遙か上をいってやがる。こりゃ無理だ。


「ふふ。滅びなさい人類! ガンマレイ一斉発射準備!」


 クライマックスに達したアリスの号令に地球を覆い隠すナノセルが燦々と発光を始め、内部の針が雷光を伴う放電現象を起こし始めた。


『了解いたしました。エネルギーチャージ終了まで180秒』


 いよいよ人類殲滅へのカウントダウンが始まったようだ。というか蓋して三分か。インスタントなみにお手軽だな。

 さて、んじゃそろそろ人類を救いますか。

 俺はぬくぬくと温まっていた炬燵を名残惜しく思いつつも抜け出すと、テーブルの上に積んであったミカンを手に取り皮を剥いて出来るかどうか一つ確認してから、残った身を口に放り込む。

 うん。甘酸っぱくてほどよい旨さだ……しかし出来るかなと思ったら本当に可能かよ。

 味に満足しつつ、悪戯レベルの些細な事まで完全再現している宇宙製VRの底知れ無さに若干戦慄する。

 地球を救う為の鍵となるミカンの皮を隠し持つ。これで武器は十分だ。

 リーディアンオンラインで飛翔したときと同じような感覚で軽く畳を蹴って、宙に浮かぶアリスへと近づく。


「あーアリスちょっと良いか?」


「なによ! 今更謝っても遅いんだから! シンタはそこで地球人類がゴミのように消し去られるのを見てなさい!」


 背後から話しかけた俺に対して振り返ったアリスは悪の宇宙人役に入りきった表情であくどい笑みを浮かべていた。

 こいつは本当に。ゲーム外でもロープレ派なのか。


「ほれ。これ、見てみろ」


 呆れ交じりの静止と共に、テンション最高潮でくるくると回っている金色の瞳を浮かべるアリスの顔の前に軽く握りしめた拳を突き出す。

 不審げな表情ながらもアリスが顔を近づけた瞬間に拳を握りしめた。

 握りしめた拳の中には先ほど隠し持ったミカンの皮。

 絞られた皮から飛んだ飛沫が狙い通りアリスの金色の左目へと命中する。


「ひゃぅっ!? 目! 目! 痛い! 痛い!」


 お、効いた効いた。やっぱり宇宙人でも痛いかこれは……というか効き過ぎたか。

 しゃがみ込んで目をごしごしと擦っているアリスを見下ろしているとさすがにやり過ぎたと罪悪感を覚えてしまう。


「リルさん。すみませんカウント中止でここまでって事で。あと冷たいおしぼりって用意できますか?」


『はいかしこまりました。カウントを停止。シミュレーションを中止いたします。ではこちらをどうぞ』


 俺の頼みにリルさんが快く答えて即座にカウントを中止して、目の前にビニールに包まれたおしぼりを出現させてくれた。

 袋を破ってほどよく冷たいおしぼりを取り出して広げてからアリスへと手渡す。


「あー……悪い。そこまで痛がるとは思ってなかった。ほれ。いくらVRでもあんまり擦ると痛いだろ。これ使え」


「ふぁにすんのよ! シンタ!? シンタがやれっていうから嫌なのにやってたのに! 本当に今日酷くない!?」


 ガチ泣きが入ったアリスが俺の手からおしぼりをひったくると左目に当てながら、無事な右目を剣呑に尖らせて睨み付ける。

 だがその表情は先ほどまでの役に入りきっていた物では無く、俺がよく知る相棒アリスの何時ものちょっと子供っぽい表情だ。

 どうやら狙い通り正気には戻ったようだ。ちとやり過ぎた気もするが。


「いやだってな。お前あのまま完全ロープレモードでやってたら地球人類殲滅させたって、あとでへこむだろ……たかだかシミュレーションなのに」


 地球売却になったとしたら、浄化作戦が実際にどのような感じになるか確認してみようとしただけだったんだが、アリスが完全ロープレモードに入った事で方針を変更した。

 何せアリスの場合、あんまりにも入り込むもんだから、あとで覚めたときに自分の言動を振り返って後悔するタイプだ。だから引き留めたんだが、


「だからって止め方あるでしょ!? 信じらんない! シンタほんとに信じらんない!」


 どうも疲れているのやら、アリスと絡むのが久しぶりな所為で加減を見誤っているらしい。

 さて、どうやって機嫌を直したもんか……

 こうして俺の連休1日目は波乱の幕開けと相成った。











 蓋を開けてみれば大成功に終わったユッコさん達の同窓会から1週間後。

 世間一般から見れば3週間以上遅めとはいえ、我が社ホワイトソフトウェアは正月休みと称し三日間の完全休業へと突入した。

 例年ならば一応実家に里帰りして親父と酒を交わしつつ説教を聞き、お袋の愚痴に相槌をうち、姉貴の所の姪っ子にお年玉やらと、不肖な息子にして親戚のお兄さんみたいなおじさんとしての最低限の役割を果たしている。

 ところが今年は実家への挨拶は映像メールだけで済まし、姪っ子に渡すお年玉はネット経由のWEBマネーというかなり不義理な真似をしでかしている。

 一応実家には、友人の相談にのるために帰れないと前もって連絡はしておいたんだが、どうにもうちの両親……特に親父の方からは俺への信頼はすこぶる低いので、少しばかり揉める羽目になった。

 もっとも大学時代にリーディアンオンラインに嵌まって廃人生活で留年ラインぎりぎりまで単位を落とした上に、その果てには元凶たるゲーム会社に就職したんだから、親としちゃ心配して干渉してくるのはある意味当然だろうかと反省するしかない。

 今回はそれ以外にも、VR規制法の原因ともなった未成年者VR死亡事件の影響でVRやVRMMOをあまり知らない世代での評判はすこぶる悪く、お袋もご近所の噂話から仕事とはいえVR世界に繋げっぱなしの息子の心配をしているらしい。

 さらに親父に至ってはどこから仕入れたのかうちの会社がピンチな事も調べてやがり、会社関連で変な借金の保証人でもしたんじゃ無いだろうかと疑ってやがった……その情報網と発想はさすが元銀行マンだと感心するやら呆れるやら。
  
 こりゃ一日は実家に帰らないとさすがに無理かと思っていたんだが、


『困っている友人って男? それとも女?』


 という姉貴からのメールが来たので、まさか宇宙人と返すわけにもいかず、アリスとの間にはそんな感じは無いんだが、一応性別的には女に該当するので女と軽く返しておいたら、理解ある姉貴や義兄が、


『伸もようやくゲームじゃ無く、彼女を取るようになったんだから許してやりましょう』


と両親の説得をしてくれたらしい。

 姉貴……援護はありがたいが限りなくボールだその予想は。

 そんなこんなで、いろいろあとのことを考えれば、ちと怖いが、昨年末にアリスと交わした約束を守るために、VR経由とはいえ、俺は恒星間宇宙文明とのセカンドコンタクトを果たしていた。

 今回の来訪目的は、詳細な事情説明と簡易な技術説明を受けるため。

 正直にいえばアリスの会社の倒産危機やら、地球が売られる寸前(ただし宇宙的時間感覚で地球時間で約100年後)だと言われても、あまりの話にリアリティがなさ過ぎて今ひとつピンと来ていない。

 だからアリスによる地球が売られた際に起こる最悪の事態をシミュレーションとしてまず見せてもらっていた。

 少しはこれで緊迫感を持てるかと思ったのだが、結果も含めていろいろ失敗だったような気がしないでもない。
 
 俺が原因ではあるが、アリスの暴走で小芝居に走りすぎた感があるのもあるが、無重力ブリッジの中央付近でぷかぷかと浮かんで異彩を放ちまくる掘り炬燵ユニットに収まり、アリスが気を利かせてくれて準備してくれていたミカンをつまみに緑茶色で生姜風味な甘酒を飲みながら観戦するのがまず間違いだった。

 気分はアレだ。正月休みで特にやることも無く、何となく深夜にやっているB級SF映画やらディスカバリーチャンネルを見て、晩酌している人生ソロプレイなサラリーマンといったところか……なんか悲しくなった。
   






























 
 宇宙編はこんな感じで技術面のはったりかましつつ、派手に大仰に、だけどある意味こじんまりいくつもりです。

 誤字修正ついでに『小説家になろう』様への投稿も開始いたしました。

 そちらの方で行間に空行が少なくて少し読みにくいというご意見をいただきましたので、今回だけ試しで地の文の段落毎に1行をいれ、従来通り地の文と会話文は2行空けとしております。

 お読みくださりありがとうございます。
 
 ご意見。ご指摘ありますとありがたいです。



[31751] 所変われば常識変わる
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/05/29 23:41
「ともかくシンタはガキなの! ガキ! 人の顔に向かってミカンの飛沫を飛ばすなんて! 今日日! 小学生でもやらないような事してくる普通!? そりゃさぁ! あたしがシンタに助けてほしいって頼んで! 実際にシンタ来てくれたんだから! 感謝してるし嬉しいけどさぁ! でも! やって良い事と悪い事あるでしょ!」


 満天の星空を映し出す宇宙船の無重力VRブリッジに浮かぶ掘り炬燵というだけでもシュールなのに、対面に座ったメタリックウサミミ少女から、怒りが篭もった目で睨まれ罵られながら蹴られそうになる。

 場所も状況もじつにほどよくカオス。

 アリスは先ほどまでの作業着のつなぎから、炬燵に合わせたのか半纏のような衣服に変えているが、宇宙人と半纏というのもじつにアレな組み合わせだ。

 しかも外見西洋系のくせに、なぜか似合って見えるのはアリスの性質、性格をよく知るからだろう。

 他人事ならこの意味の判らない状況におまえらバカだろと突っ込めるが、あいにく俺は当事者だ。


「だから! 悪かったって! そこまで! 痛がると! 思っ! とあぶね! って無かったんだよ!」


 先ほどからアリスはこの調子で拗ねまくっており、頬を膨らませ感情が出る頭のウサミミを左右に振りながら怒りを表しつつ、堀炬燵の中で俺の臑を狙って何度も蹴りをいれようとしている。

 くそ。こいつ上手い。

 避けようとする俺の動きを先読みして叩き込んでくる蹴りを何とかガードしつつ、反撃の隙をうかがっているが、怒りに駆られるアリスの動きは苛烈で防戦一方だ。

 そんな白熱した足下戦争を繰り広げつつも、なんで宇宙人のお前が地球の(というか日本限定と思われるが)炬燵内攻防戦に慣れているんだという突っ込みが浮かぶが、指摘したら、さらに怒りそうなのであえて無視している。

 あまりにくだらない。それこそ小学生レベルの幼稚な争い。

 でもこれこそが、現役時代の俺とアリスがもっとも多く過ごした時間なのかもしれない。

 アリスとガキのように張り合いつつも背を預けて掛け合いをしながら狩りをしていた頃を昨日のように思い出す。


「第一リルもリルよ! なんで皮から飛ぶ飛沫なんて再現してるのよ! しかも痛覚再現まで出来てるし! しかもあたしの心配しないで! シンタの言う事を聞いてるしさぁ! あたしの知らないところで二人とも結託してない?!」  


 ちゃんとリルさんを紹介されたのはつい数時間前だ。紹介したのはお前だろうが、

 
『お嬢様より三崎様を正式にご紹介頂いたのは地球時間において1時間45分と20秒前でございます。その時点より現在までお嬢様も同席いたしております。この状況下で密談をするなど不可能でございますし、私のログにはそのような事実はございません』


 これ以上アリスの機嫌を損ねないようにと、俺が控えてた突っ込みを一切の躊躇なくやりやがったよリルさん。

 しかも先ほどチャットで会話を交わしていたのに平然と嘘を吐いてるし……機械は嘘をつかないってのは嘘か。それとも俺の想像しているAIとはまた別の存在なのかこの人。
 
 しかし制限時間の二時間まであと少ししか残ってねぇし、そろそろ勝負をつけるか。

 負けるのは嫌だが、勝つのは大人げない。アリスの一撃をわざと受け動きを止めた所にカウンターの反しで両者痛み分け。ここら辺が落とし所だろう。


『第一お嬢様のパートナーであらせられる三崎様のご指示であれば、私が従うのは当然の事でございましょう』

 
 アリスの耳の動きから仕掛けのタイミングを見定めようとしていた俺だったが、リルさんが何気なく漏らした奇妙な発言を耳に捉える。

 『当然』……どういう意味だ? 

 違和感のあるリルさんの言葉に一瞬といえど気をそらしてしまった俺の動きは鈍くなる。

 そんな千載一遇のチャンスを見逃すようなアリスじゃない。

 アリスのウサミミが吠えるように立ち上がるのを視界に捉えた時にはすでに遅く、


「がっ!?…………ア、アリス……お前、凶悪すぎるぞ」


 この野郎……一瞬で両足の臑を蹴り上げた上に、おつりとばかりに小指にかかと落としまで決めて来やがった。

 恐ろしいまでに正確無比かつ強力な弱点クリーンヒットな攻撃は悶絶するほどに痛い。

しかも不意の状況に備え常日頃から一定値以上の痛覚は減少する痛覚制限設定がしてあったのに、いつの間にやら無効化されている。

 予想外の痛みというのがさらにきつい。

 これはおそらくアリスの仕業だろう。


「っ……うっさい! シンタが酷い事するからでしょ。ともかくあたしの勝ちだかんね」


 勝ち誇るアリスだが少しだけその声が震えていて、若干涙目だ。

 どうやらこいつも痛みを我慢しているようだ。

 さては結構な勢いで蹴ってきたから自分の足も痛かったな。

 被弾覚悟の上でこっちを落としに来る辺りがじつにアリスだ。


「……どっちが酷いんだよ。しかもお前……痛覚制限を解除しやがっただろ」


「公平にしただけだもん。チート使ってるシンタがずるなんだよ」

    
 半眼で睨む俺にアリスは舌を出して答える。俺の痛覚減少は公式ツールだ。

 くだらないじゃれ合いのためだけに、高度なセキュリティで守られている脳内ナノシステムにあっさり入って変更してくるお前の方がよっぽどチート存在じゃねぇか。

 こんな所でも天と地ほどある技術レベルの差を思い知らされるのだからやってられない。


「さてそれで敗者のシンタはどうするのかな?」 


 勝った事で不機嫌は少しだけ収まったアリスが、代わりに若干だが不安を除かせる瞳で問いかけてきた。

 何を言いたいかわかるでしょ? 覚えてる?

 アリスの表情は如実に語っている。

 んなもん考えるまでも無く判るっての。3年間も背中預けた相棒とたびたびやってたやり取りを早々忘れるわけがないだろうが。 


「俺が全面的に悪かった。以後しないようにしますから許してください」


 すこし癪なんで若干棒読み口調ではあるが、アリスに謝ってついでに頭を下げる。


「うん。許してあげる。以後あんな事はしないように」


 偉そうにかつ嬉しそうにアリスが頷く。

 勝った事に加えて、負けたときの何時ものテンプレで俺がちゃんと返した事なんかもあるんだろうが、先ほどまでの不機嫌は完全に消え去っていた。

 単純な奴だな……さすが俺の相棒。

 いくら技術が発展しようともVRMMOも所詮はオンラインゲー。画面の向こうには別の人間がいる事を忘れてはいけない。

 今日の狩り場をどうするとか、レアアイテムの取り分やら、あとどっちのミスが敗因だった等々。

 どうしても考えの違いや行き違いなどで、揉めたり、喧嘩腰になるときがある。

 俺とアリスの場合も、どちらかの機嫌が悪かったとか何気ない事で時折喧嘩になるときがあった。

 こういうとき日本人なら、なあなあで済ませて腹にため込んで終了ともなるんだろうが、アリスの場合ははっきりさせたがる上の負けず嫌い。

 結果PvPモードで打ち合いやったり、どちらが先にプチレアを狩ってくるかなど、何かにつけて勝負と相成っていた。

 これで俺とアリスのどちらかに勝ちが偏っていたなら別の展開になっていたのだろうが、どういうわけか俺達の場合は、どんな競技内容だろうと五分五分な展開となり、接戦を繰り広げて、勝敗が読めないから面白いとギルド内外で賭けの対象になっていたほどだ。
 
 いろいろな意味で相性が良かったともいうべきだろうか。
 

「へいへい。気をつけますっての」


 アリスとのこのくだらない戯れが楽しかったといえば楽しかったのだが、なんかそれを認めると二十代半ばの男としちゃ負けのような気がするので内心を悟られないように適当に返す。


「うん……やっぱりシンタだ」


 そんな俺の演技もどこ吹く風、ちょっと疲れたのかぺたんとテーブルの上に体を預けたアリスは緩い笑顔を浮かべつつもわけの判らない事を宣い、犬が尻尾を振るようにウサミミをゆっくりと動かしていた。

 不機嫌一転ご機嫌モードに入ったようだ。


「そりゃそうだろうが。当人だっての」


「だってなんかシンタって就職してから余所余所しくなったし、前みたいに遊んでくれなくなったじゃん。今日は普通だけどさぁ。ほら覚えてる? だいぶ前だけどさぁ、ゲーム内イベントで偶然に会ったときなんか気持ち悪い敬語で話してきた事あったでしょ。あれ結構ショックだったんだよ」


「そりゃプライベートと仕事は態度を変えるっての。GMと結託して優遇されているなんて評判が立ったら、お前やらギルドの連中も居心地が悪いだろうって、あの時は気を使ってたんだよ。それなのに言うに事欠いて気持ち悪いって、こっちがショックだっての。最初にあんだけ苦労してやっかみ交じりのデマを完膚無きまで叩きつぶした俺の努力を忘れたとは言わせねぇぞ」


「忘れるわけ無いでしょ。連続デスの特別ペナでレベルが下がったのアレが最初で最後だったし。シンタはやり過ぎなんだよ」


 元プレイヤー上がりのGMという結構珍しい出自な俺の場合、当然と言えば当然だが、元所属ギルドやら知人プレイヤー達に、ボス出没時間や新スキル情報などを漏らしたりといろいろ便宜を計るんじゃないかと、就職当初はあちらこちらで噂されていた。
 
 それに対してうちの会社が取った手は、異例中の異例とも言えるボス戦時の中身の公表という荒療治。

 あえて操作GMが俺である事を明かしたボス戦を行う事で、GMミサキという存在を実際に見せつけるという寸法だ。

 要はあれだ。つい先日までボス攻略戦の最前線でギルドを率いて戦っていたプレイヤーが、敵に回るとどれだけ厄介で意地が悪いかという証明に他ならない。

 なんせ俺の場合は稼働初期からの参加でプレイヤー心理はもちろんだが、アスラスケルトン戦に限らずボス攻略戦で考案してテンプレになっているベーシック作戦もいくつかあったので、ボス戦の裏の裏まで知り尽くしている。

 そんな俺が卑怯かつ卑劣な作戦も躊躇無く投入してプレイヤー連中を罠に嵌めておこなったボス戦は、プレイヤー達の油断もあったせいか通常時同ボスと比較して討伐までに5倍以上の死亡者が名を連ねた。

 ボスモンスターとの戦闘で10回連続死亡した者に与えられる特別ペナルティのレベルダウンを受けた高レベルプレイヤーはアリス以外にも続出で、討伐参加者全員に軽くトラウマを与えるほどだったらしい。

 容赦の無いまでのやり口と、徹底的な無差別攻撃に、俺が元所属ギルドやら知り合いに便宜を図るんじゃ無いかという疑念は見事なまでに消え去ったというわけだ。

 その時の大暴れが原因で『裏切り者』やら『腐れGM』と各種掲示板で叩かれる極悪非道なGMというイメージが就職直後から根付いたのはご愛敬だろ。


 思い出した記憶に眉根を寄せたアリスが頬を膨らませ、ついでに頭のウサミミをぷいと横に向けて拗ねていますと訴える。


「ったく。ガキかお前は……時間ももう無いってのによ。ほら雑談しに来たんじゃないんだぞ」

 
 先ほどの激戦の後だからか、どうにもマッタリというかダラダラとした空気の中アリスの愚痴めいた雑談に付き合っていたのだが、制限時間が近い事を思い出して俺は声を少しだけ引き締める。

 するとテーブルに体を預けていたアリスがゆっくりと起き上がった。


「時間が無いってなんか用事?」


 こんどは心細そうな不安げな様子をアリスが覗かせる。浮いたり沈んだり激しい。
 
 さっきのじゃれ合いでいつもの調子を取り戻したかと思ったのだが、どうもまだ不安定な部分があるようだ。


「この三日間は里帰りも止めて時間は空けてあるって言っただろ。そうじゃなくてヒス条。あーVR規制条例の二時間規制って知ってるだろ。個人名義のVRチャットでの完全没入は娯楽目的に引っかかるんだとさ。網膜ディスプレイだけ使った半没はオッケーとか基準が曖昧すぎんだよ」

 
 たぶん俺は今ものすごくうんざりとした顔を浮かべているだろう。 

あれよあれよという間にVR規制派の世論に押され決まってしまったVR規制条例は施行から数ヶ月で悪名高い条例となっていた。

 元々死亡事件から勢いづいた流れで早急に決められたのだから仕方ないかもしれないが、条例には穴や見落としが多く、かなり生活に根付いていたナノシステムとそれによるVR技術を規制したのだから、ともかく不便なのだ。とくに俺のようにVR関連業種のような人間には。

 しかもどこまでが娯楽目的でどこからが違うのかそこらの線引きが曖昧で、VRゲームやVR風俗関連は完全アウトだとしても仕方ないが、このようなVRチャットまで規制するのは些か行き過ぎではないかという声もあるらしい。
 
 そのうち、条例の基準にも見直しが入ると思うが、果たしていつになるのやら。

 ともかく今日の所は完全にVR世界に入る没入でぎりぎりまで粘って、あとは自室で半没チャットでアリスからの説明を受けるつもりだ。

 時間がもったい無いのに、あんなくだらない事で時間を消費している辺り、どうもまだ俺は、アリスの会社がピンチで地球もやばいという話に現実感を感じていないようだ。


「心配するな。ちゃんと話は聞いてやるし考えてやるからさ」


 元気づけてやろうと力強く答えたのに、なぜか深いため息が返ってきた。

 しかもあきれ顔を浮かべていやがる。
 

「シンタ……それってさ日本国内のVRサーバ限定でしょ。ここ海外どころか地球外。創天のメイン領域。二時間制限とか関係ないよ。何言ってるの」


「………………」 


 返す言葉が無い俺にアリスが少しばかり不安の色を強める。

 指摘されるまで俺が全く気づいていなかった事を悟ったようだ。


「たぶんタイムラグとか操作タイミングに一切のズレが無いから、無意識に国内サーバみたいな感覚でいたと思うんだけど、リルを一部でも再現しようとしたら、地球の全サーバを使っても足らないよ。今シンタの脳内ナノシステムと繋がっている回線って、地球に散布して環境調査報告させてるナノセルシステムが使ってる恒星間ネット回線の一部。だから銀河中心を挟んで地球のほぼ反対側にいる創天に直通状態。繋ぐときに秘匿設定を掛けたりするから、立ち上がりに時間はかかるけど後はタイムラグ無しなんだけど」


 アリスが俺に判りやすいよう入れてくれた解説を聞きながら考える。

 力になってやろうと思っているが本当に役に立てるのかと。


「銀河の反対側か……遠いな」

 
 自問自答してみるとネガティブな答えしか浮かんでこない。
 
 技術レベルが違い過ぎる事がどういうことなのかと改めて思い知る。

 当たり前の事。常識が通用しないのに、何かを考える事が出来るだろうか?
 
 言葉を無くし気まずい沈黙が俺たちの間に降りたとき、


「…………ふむ。やはり懸念したとおりでしたかな」


 どこか達観した老人の物にも聞こえる嗄れた声が俺の背後から不意に響いた。  

 いきなり響いた声に内心は焦りながらも俺はゆっくりと後ろを振り返る。

 青白く光るゴツゴツとした表面をもつ太さ5センチほどで長さ1メートルほどの細い棒としか表現しようが無い物が、いつの間にやら俺の背後に直立で立っていた。

 よく見ると棒の中央付近に亀裂のようにも口のようにも見えるスリットがある。声の主はどうやらこの棒……もとい人らしい。  

 ここが現実ならいきなり背後に言葉を喋る謎物体が出現するなんてホラーだが、VRMMO世界じゃ、ログインしてきたプレイヤーが目の前に出現したり、いきなり横沸きしたMOBモンスターにぼこられるなんてのは日常の風景。

 ログアウト場所が悪かったのか、街から少し離れた森の中で逢瀬していたカップルプレイヤーの間にログインしたときに比べれば、まだ驚きは少なかったと思い平静を装う。


「ローバー専務……今はプライベートって言ったでしょ。覗いてたの」


 アリスが棒人に対して頬を膨らませてみせてから顔をぷいと横に向けた。

 ただし耳だけはローバー専務(棒)に向けたままだ。

 この態度と耳から判断するならば、この専務を嫌っているのでは無く、口うるさく言われるから苦手としていると言ったところか。

 しかし社長がウサミミ少女で、専務が棒人間?……何ともシュールな響きだ。

 
「はい。ご指示には反しますが、此度の事案は我が社のみならずアリシティアお嬢様の先行きも左右しかねない重大事項。お叱りは覚悟の上です」


 その短い受け答えだけでもローバーさんが好奇心や遊びでのぞき見していたのでは無い事が初対面の俺でも感じ取れる。

 勘の鋭いアリスも当然気づいたのだろう。アリスは一瞬だけ耳を払うように動かしたが口には文句を出さなかった。


「シンタ。ローバー専務。先代社長……あたしのママの頃からの幹部で、今は私の補佐してくれている」


 アリスが短い紹介をすると、ローバーさんは音も無く俺の右側へと移動した。


「お初にお目に掛かります。ディケライア社専務取締役を任されております。ローバー・ソインです」

 ローバーさんの挨拶が終わると共に、その全身がぼんやりと発光し二度ほど点滅をする。何となくだがこれはお辞儀をされたみたいな物だろうか。

 予想外の状況に成り行きをついつい傍観していた俺だったが、その丁寧な物腰に我に返り、

「っと、座ったままで失礼しました。私は」 


「いえ。ご挨拶は結構でございます。三崎様の事はリル嬢より拝聴しております」


 立ち上がり挨拶を返そうとした俺をローバーさんがやんわりと止める。

 ……この雰囲気は感じた事がある。

 契約が破棄になったり、物別れに終わる交渉で感じる嫌な空気。


「三崎様……誠に申し訳ございませんが、今日までの事は全て忘却し、このままお帰りになっていただけませんでしょうか」


 俺の予感は見事に当たる。
 
 明らかな拒絶を含む声が静かに響いた。



[31751] 相棒とパートナー
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/06/06 23:34
「今日までの事は全て忘却し、このままお帰りになっていただけませんでしょうか」


 声に感情が感じられず淡々としているので敵意と呼べるほど攻撃的な意志は感じないが、歓迎されていない事は判る。 

 拒絶の色がくっきりと現れたローバーさんの言葉が、アリス達の世界に圧倒され観客気分でどこかぼけていた俺を刺激する。

 アリスから最初に連絡を貰ったときも、皆に反対された云々と言っていたなと、ふと思い出す。

 一見岩石から直接掘り出した棒にしか見えないローバーさんを見ながら、軽く息を吸ってからゆっくりと吐きつつ、つい先日までの激務で疲れて動きの悪かった体全体へと力を入れる。

 おし。準備完了。


「ふざけないでよ! ローバー! あたしがシンタに頼んで来て貰ったのに! 帰れって失礼でしょ! それに忘却って! まさかシンタの記憶を消すっていう意味じゃないでしょうね!?」 


甲高く響くほどにテーブルを手で強く叩いたアリスは、掘り炬燵から勢いよく立ち上がり、銀髪から突き出たメタリックなウサミミを槍のように立てて怒鳴った。

 先ほどはローバーさんにつけていた役職が無くなり呼び捨てになっているが、アリスはそれにも気づかないほどに激高している。
  

「ディケライア社を初めとした地球外の知識のみにさせていただきますが、そのつもりでございます」


 アリスの怒りの矢面に立ってもローバーさんの声に変化は無い。

 どうやら二人のやり取りから考えるに、記憶の改竄や消去も自由自在か。

 お前らアブダクションとかやってないだろうな。

 生物といっていいのかも悩むローバーさんの奇異な外見は、明らかに俺やアリスの姿と異なる生命種の物。

 しかしそんなローバーさんの言葉はアリス達の科学技術が持つ理解しがたい概念や想像を超えた威力なんぞより、遙かに判りやす……いやいや。決めつけはまずい。

 見た目と同じように思考が全く異なるのかもしれない。俺が想像した意味とはまた違うかもしれない。

 どういう人なのかまだ未知数な上に、見かけが違うといってもここはVR空間。

 それが本当の姿なのかわからない。自由自在に出来る仮想体の姿を、好んで奇妙な物にして個性を出していた者など、地球でもごまんといた。

 ここ宇宙でも同じような輩がいると考えても変では無い。 

 とにかくあらゆる可能性を頭の中で考えつつ、ローバーさんがどういう人なのかを観察する。

 技術レベルの差と、そこから来る常識違いに気づく事も出来ず、漫然と決めつけて疑問も抱けなかった醜態をもう一度さらすのは勘弁だ。


「ローバー! どういうつもりよ! そんな事絶対させないからね!」
 

 ワナワナとウサミミを振るわせ怒りをあらわにしたアリスはテーブルの上に片足をのせてローバーさんを掴み揺らしながら怒鳴る。

 岩のような外見に反してローバーさんがゴム棒のようにしなる。

 なんだろう大昔に爺ちゃん家で見たダイエット器具を不意に思い出す。確か細長い棒をこう振るだけで痩せるという胡散臭さ全開の品だったな。

 しかしこれだけ揺らされているのにローバーさんは声一つあげない。感覚器官の感じ方が違うのか、それともアリスのこの攻撃になれているとかか。

 とにかく何らかのリアクションでも示してくれたら材料が増えるんだが、どうにも反応が判りづらくて今ひとつ。

 こっちから仕掛けるべきか。そうするといつ会話に介入するべきか、


「シンタも黙ってないで怒ってよ! 記憶を消すとか言ってるのよ!」


 俺が黙っているのが気にくわなかったらしいアリスがウサミミの矛先をこっちに向ける。

 計らずともベストタイミング。さすが相棒。  


「落ち着けってアリス」


「シンタ! そんな…………判った。任せるから。でもあたしの立場も考えてよ」
  

 制止の声にアリスは不満げな表情で刺すような剣呑な目を俺に向けたが、俺の表情を見るなり怒りを静めあきれ顔をみせてため息をはき出した。

 俺が本気に入った事を悟ってくれたようだ。

 よく判ってくれている相棒に任せろと口元に僅かな笑みを浮かべて無言で返してから、改めてローバーさんに目を向ける。

 さて戦闘開始だ。


「……ローバーさん。少し伺いたいんですけど、今の発言の意図は私ではそちらのお役に立てない。もっとはっきり言えば邪魔だという意味で捉えてもいいでしょうか?」


 意思疎通の不具合から生じる誤解は厄介の種。読み取る表情すらないローバーさん相手に短い言葉だけで全てを察するのは、人生経験の浅い若造な俺には土台無理な話。ならかみ砕いてほしいと頼み相手の真意を聞き出す。

 これすらも断られたり、想像に任せると突き放されるなら、ちと困るんだが、それならそれで一つ判る事がある。

   
「はい。一部ではありますがそれも理由の一つです。三崎様のお持ちになる初期文明レベルの知識技術が現状を打破する物となるとは失礼ながら私には思えません。さらに言えば三崎様がお見えになる事で得られるメリットよりも、デメリットの方が勝る。それがもっとも大きな理由でございます」


 ん。内容に容赦はないが思ったよりちゃんと答えてくれた。
 
 メリットも感じているか……これなら何とかいけるか。

 自分自身を卑下するつもりは無いが、俺の持つ知識技術が、文明レベルで遙か上をいく恒星間種族に通用するとは先ほどの失点から考えてもありえない。これは判っていた事だ。

 さてそうなると俺が出来る事というか、俺の存在が持つ意味なんてそんなにない。

 ましてや事情も知らず、知人もアリス一人な状況な宇宙で一体何が出来るのかと、自問自答すれば自ずと答えは出てくる。
 

「そのメリットってのは、アリスへの精神的好影響という風に俺は考えますけど、間違いでしょうか」

 
 切羽詰まりどうしようも無くて周囲から反対されながらも、連絡をつけてきたアリスは、自分で言うのはアレだが俺を信頼してくれている。

 同じくらい俺もアリスを信用している。 

 アリスとの良好な関係とそこから来る精神的好影響。

 これこそが俺が今唯一持つ手持ちの武器だろうと推測してみる。


「その通りでございます。三崎様を初めとして地球のご友人となられた方達との出会いはアリシティアお嬢様にとって良き物だとリル嬢より伺っております。私もお嬢様のご様子から同様の判断をさせていただいております……時に伺いますが三崎様はお嬢様と最初にお会いになったときの事を覚えておいでですか」


 俺の推測を肯定し、ギルドメンバーとの関係を好意的に見ていると思われる答えを返してきたローバーさんは、逆に質問を返してくる。

 さてどう答えた物か。

 俺は即答せずにしばし間を置く。

 おそらくローバーさんが聞いているのは、シチュエーションという意味ではないだろう。

 今では見る影すらもなくなった、暗いじっとした雰囲気を纏った当時のアリスの事を指しているはずだ。

 もう6年も前になるがアリスと初めて会ったときの事は昨日のように思い出せる。


『ねぇ、そこの人。作り物なんでしょここ……そんなに一生懸命やって何が楽しいの?』
 

 ボス戦の前哨戦である護衛のモンスター群を相手に必死こいて戦う俺を、つまらなそうな冷めた目で見て、今の本人からは到底出てこないだろう言葉を興味なさげなつぶやくような小声で聞いてくるインパクトがありすぎる初心者プレイヤー。

  
「…………はい。覚えています」


 そんなアリスとの出会いを忘れるわけはないのだが、俺は言葉少なに頷き返事を返す。

 返事をためらった理由は、真正面から来る刺すような牽制の視線にある。

 視線の主は当の本人であるアリスだ。

 当時の斜に構えていた自分の行動やら言動が、今思うと非常に恥ずかしいらしく、からかい半分に話題に出すと本気で怒るわ、時折自分で思い出して凹んだりと心底嫌がっている。

 今回も俺が余計な事を言わなかったから剣呑な視線を外したが、話を切り出してきたローバーさんの事は不満げに睨みつつ、内心がよく出る耳が思い出したくない記憶を頭の中から追い出すようにワサワサとせわしなく動いている。


「おそらくは三崎様が思い出しになられたお嬢様が、私がコールドスリープに入る直前にお目に掛かったお嬢様の姿でしょう……私は感謝しております。三崎様を初めとした新たなるご友人の皆様のおかげで、社長に就任なさる前の元気で溌剌としていた頃のお嬢様がお戻りになられたのですから」 


 アリスのそんな視線を無視しているのか、それとも全く気にならないのか、ローバーさんは淡々とした口調のまま話を続ける。

 あまりの平坦さについ聞き流しそうになってしまうが、今気になる情報があった。
 
 今のローバーさんの言い方だと、アリスは変わったのでなく元に戻ったって事になる。
 
 変わった時期は社長に就任してから。

 アリスはなぜ惑星改造会社の社長をやっているのか?

 これについては先にアリスに聞いておくべきだったか。少し失敗したかもしれない。

 
「アリス様と皆様の関係は実に良好であり得がたい物。個人的には感謝しております……ですがこの事が社を守るべき視点に立つときはデメリットが些か目立ちます。三崎様は前回創天にご来訪なさったときに簡易でありますが、我が社の窮状と、切り札たる手を聞いておりますね」


「えぇ。正直にいえば、私の想像をこえた話なので今ひとつピンとは来ていませんが。あなた方が開発予定の星系の恒星を初めとしたほとんどの星が現地へと来てみれば無くなっていた。しかもディケライア社が財政的に悪化しており下手をすれば倒産の危機だと……そしてその倒産を免れるためには、御社が保有する高い資産価値を持つ物件。地球の売却が効果的であると」 


 改めて口に出してみるとその話の荒唐無稽さに失笑しかねない口元を俺は何とかごまかす。

 だがここが俺とローバーさんの分水嶺。

 すなわち地球人三崎伸太と、ディケライア社専務ローバー・ソインの立ち位置の違いから生まれる優先事項だ。


「その通りでございます。切り札とは使わずにすむならなるべく温存するのが鉄則。しかし必要な場に使う事が出来ない切り札には価値はございません。長たるお嬢様が地球売却を望んでおられませんので、現状は別の手は無いかと模索しております。ですが打つ手無くどうしても社の存続のために必要とあれば、是が非にもお嬢様を説得しなければなりません。その際には地球の皆様との御交友関係が大きなデメリットと化します」


 ローバーさんの内心はともかく、その説明は理路整然としていて判りやすく、そして読みやすい。

 星の売却だなんだと難しく考えずに、例を身近にして考えてみれば予想しやすい。

 いくら仕事だからといって、親友相手に借金の追い込みを掛けたり、そいつの家を無理矢理更地に出来る奴がどれだけいるかという話だ。

 金の切れ目が縁の切れ目とばかりに出来る奴もいるだろうが、少なくともアリスはそういうタイプじゃない。

 何せ子供ぽいお人好しのいい奴だからな。

 ここまでは予想に織り込み済みだ。だから俺の心に焦りはない。


「……ましてお嬢様と仮とはいえパートナーとして関係を築いていらっしゃる三崎様の存在は影響が強すぎます。このまま三崎様にご協力をいただいて挽回できず最悪の事例となった場合、お嬢様のディメジョンベルクラドとしての能力さえも消失する可能性も生じます」


 だけど続いてローバーさんから出てきた言葉は全くの予想外で……いや違う予感はあったはずだ。

 ふいに点になっていたいくつかの事例が繋がる。

 アリスが決めた妙に細かな相棒としてのルール。

 そのルールを厳守し、俺にも強く求めてきたアリスの態度。

 先ほどリルさんが発した、アリスのパートナーたる俺の指示を聞くのは当然の事と言う不可解な発言。

 しかしこれがどういう事なのか?
 
 一体どういう風にアリスの持つ多次元レーダーという特殊な力を左右するのか、決定的な情報が足らない。

 アリスへとちらりと視線を向けると、少しばつの悪そうな顔を浮かべて何か小声でつぶやいているが、小さすぎて聞き取れない。

 頭のウサミミの先っぽが丸まっているから、なにやら拗ねているのは判るが、
   

(……あたしから言うつもりだったのになんでローバーが言っちゃうかな)

 
 不意に俺の視覚内にウィンドウが浮かび上がり愚痴みたいな文字列が表示された。

 これはアリスが今つぶやいていた言葉か……どうやらリルさんが気を利かせてくれたようだ。

   
「些か遅かりし気もいたしますが、それ故に三崎様には我々の世界で見聞きした全てを忘却しお嬢様との距離を取っていただきたいのです。無論、お二人が地球のゲーム内ですごした記憶までも消し去るつもりはございません。私は地球が現状を維持できるよう最善を尽くす事をお約束いたします。どうか私の提案をご承諾いただけませんでしょうか」


 まぁ、アレか。

 丁寧な物腰と、今ひとつ判りづらいがこちらに対するローバーさんが払ってくれているぽい敬意を取っ払って端的に要約すると、うちのお嬢様に悪影響があるから近づくな猿ってところか。
 
 最初に言われた通り、俺の持つ知識技術が、星の運行まで自由自在なアリス達の世界で通用するわけがない。

 さらには場合によってはアリスの持つ特殊能力さえも消失すると。

 そりゃローバーさんの立場からすれば、俺は邪魔者だろうな。

 さてどうした物か……なんて考えるまでもない。

 相棒たるアリスが目の前にいる。

 最初みたいに激高することも無く、ただ俺達の会話を聞いて怒ったり愚痴をこぼしているが、俺がここからいなくなるんじゃ無いかという不安は一切みせていない。

 ならその信頼に答えるまでだ。アリスが怒るかもしれないがオレ流のやり方で。


「ローバーさんの話は判りました。ですが私は気心の知れた友人たるアリスの力になりたいと思っております。そしてアリスも俺の協力を求めてくれていると信じています。だからその提案はお断りいたします」


 曖昧な濁しは一切無い明確な拒絶の意思を示す。

 何せこれは戦闘。俺の主張とローバーさんの主張は現状では全く相反する物。引いた方が負ける。


「さようでございますか。でしたら私も少々不本意でありますが、強制的に三崎様を排除することを」


「ですから俺から提案します。ローバーさん。俺と賭けをしていただけませんか?」


 威嚇なのか、それともため息なのか判らないが二、三回発光して告げてきたローバーさんの言葉を、何時もの口調に変えた俺は無理矢理に遮る。

 口元に浮かぶ人の悪い笑みを見たアリスが始まったと言わんばかりにあきれ顔で見ているが、そのウサミミだけは楽しそうに揺れている。
 

「俺にはそちらが望むような知識と技術はありません。ですがアリスに頼られているのは、言い方は悪いが悪知恵なんですよねこれが。だから結論を出す前に俺の悪知恵を試していただけませんか? 勝負内容はそちらに全てお任せいたします」


 プレイヤー時代は強大なボスキャラ相手に、そしてGM時代は数多のプレイヤー達相手に磨き上げてきた俺がもっとも得意とする武器は、思考する意識がある相手なら例え宇宙人相手でも通用するはず。通用させてみる。


「ふむ。賭けですか……三崎様が勝てば協力していただく。私が勝てばそのままお帰り願うということでしょうか。しかしそれでは私にあまりメリットがありませんね」 


「そりゃそうですね。だから俺が掛けるのは……アリスと出会ってから今日までのアリスに関する記憶。その全てです。自分の事を全て忘れた不誠実な奴なんぞの為に早々心は痛まないでしょうね」 


「なっ!?…………」


 軽い口調であっさりととんでもない事を言い出した俺に対して、ローバーさんが固まった。

 お。初めてみせる感情めいた言葉。

 しかしまだまだ。これじゃ足りない。何せ相手はアリスだ。

 アリスの性格をよく知っているローバーさんなら冷静になればすぐ気づくはずだ。俺の提案の致命的な欠点を。

 なんせお人好しで良い性格のアリスじゃ、俺が自分の為に記憶を失ったとなったら、もっと意地になって必死に地球を守ろうとするはず。

 下手したら全てを失う事になっても。

 それも手といえば手だが、あいにくと俺は自己が犠牲になってまで地球を守ると宣うほど高潔な人間じゃ無い。

 だからもっと汚い手を使う。


「っと言いたい所ですが、何せ俺の”相棒”は人がいい奴ですから、それくらいじゃ見捨てたりしません。だからもう一つチップを積み上げれたらいいかなと思ってたりします」


 心中ではともかくここ一番でしか口にしないキーワードを口に出して目線をアリスへと飛ばすと、そう来たかと言いたげな顔をして溜息を吐き出した。


「シンタ……頼んだあたしが言えた立場じゃ無いかもだけどさ、もっとこっちの事も考えてよね。しかもぎりぎり頼み事じゃない言い方って辺りが狡いよ……ホントにシンタって追い詰められると、とんでもない事を言い出すんだから」


 頼み事は交互に連続は無し。

 交わした約束を律儀に守って、協力要請レベルにしたんだがなこれでも。
 

「ローバー専務。あたしも賭ける。もちろんあたしのチップはシンタと出会った日からの記憶。地球で遊んでいたリーディアンオンライン内で起きた全てと、あたしの”パートナー”であるミサキシンタに関する全ての記憶。これなら文句はないでしょ」


 不満ありげな表情を改めてまじめくさった顔になったアリスは耳をピンと立てると、同じくキーワードを混ぜた言葉を力強く宣言した。

 さすが我が相棒。俺が望んでいた物を一切の遜色なくBETしてくれた。

 ローバーさんもさすがにアリスの提案は予想外だったのかすぐに言葉はない。

 何せ賭けに勝てば一番の懸念であったデメリットの元である地球で結んだ友好関係の記憶が一気に消失するんだ。

 しかも勝負内容はローバーさんが選択できるという好条件。

 ローバーさんからみれば、上手くすれば労せず一気に全ての難題が解決する提案。

 考え込むかのようにローバーさんは全身で点滅をしばし繰り返してから、

    
「……………………判りました。お受けいたしましょう。すぐにルールを決めて参ります」


 落ち着きを取り戻した平坦な声で了承の返事を返したかと思うと、目の前から忽然と消え去った。

 アリスの気が変わらないうちに急いたかこりゃ? 

 だがどうにも読みにくいローバーさんだから断定は厳禁。憶測程度に止めておこう。

 しかし兎にも角にもこれで問答無用で叩き返される事態だけは回避。

 勝負はここからだが、とりあえず張り詰めていた気を抜いて俺は炬燵テーブルに身を任せて前のめりに倒れる。 


「……………だぁ…………疲れた。ったく。プライベートでこんな疲れる真似するとは思わなかったっての……アリス。お前なんかいろいろ伝えてない事とか隠している事あるだろ。あとで話せよ。落ち着いたら情報伝達の大切さを講義しつつダメ出ししてやる」


 アリスに文句を言いつつ、手を伸ばして積んであったミカンを掴んで適当に皮を剥いて口に放り込む。
  
 ここはVRのはずなんだがほどよい酸味と甘みが、酷使した脳に染みいっていくようで美味い。


「それはこっちの台詞だよ。もうシンタってホントに無茶苦茶。勝手にあたしの思い出まで賭けに乗せるしさぁ。勝負が終わったら文句たくさん言うから覚悟しててよ」


 顔を上げると精神的に疲れたのか同じようにへたり込んだアリスが、むぅっと唸って俺を睨んで、頭のウサミミで俺の手を軽く叩いてくる。叩くと言ってもじゃれつくような物だが。


『三崎様はご自分がお負けになるとは考えていないようですね。それにお嬢様も』
 
 
 ぐだっている俺らの会話にリルさんの冷静な突っ込みが入る。

 そりゃそうだ。賭に負ければ全ての記憶を奪われるっていうのに、お互いに後で文句を言うと先の話をしているんだからな。

 だがそう指摘されても、俺は互いに文句を言い合う未来図に違和感は感じない。

 ローバーさんが提示する賭けの内容も判明していない状態でどうなるか判らないのに、今は不安がなぜかない。

 理由は何となく想像は付く。おそらくアリスも俺と同じ理由だ。
 

「まぁあれです、なんつーか俺とアリスの」


 俺はリルさんの質問に答えつつ炬燵の上に右手を上げる。 


「リル。大丈夫。大丈夫。あたしとシンタの」


 アリスも軽い口調で返して右手を上げた。


「「コンビならどうにでもなるから」」 


 リルさんの質問に異口同音で答えながら俺たちは炬燵の上でハイタッチを交わし、次いで拳を作り打ち合わせる。

 狩りやボス戦前に何時も交わしていた挨拶をアリスと交わすのは実に三年ぶりだというのに、寸分の狂いもなくかみ合って響いていた。



[31751] 野菜炒めと太陽系の秘密
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 02:03
 冷蔵庫の扉をあけて中を確認。中途半端に減った調味料とビールとは名ばかりの発泡酒がほぼメイン。

 腹がふくれそうな物といったら、食材と呼べるか微妙なラインを漂っているもやしなどの野菜類がちょこちょこあるだけか。
 

「うわ……シンタ。食生活が貧しすぎない? しかもこのカラフルな缶ってアルコールでしょ。玄関にあった缶も山積みだし飲み過ぎじゃない」


 一人暮らし用の小型冷蔵庫の上には、最後に使ったのがいつだったのか曖昧なラップやら、何となく捨てられない近所の出前をやっている店やらのクーポンなどが乱雑に積み置きされている。

 それらをすり抜けて冷蔵庫の上に着地し正座気味に腰掛けた半透明なアリスは体を前に倒して冷蔵庫の中身をのぞき込み、若干引き気味な声で我が家の食料貯蔵庫に対し率直な感想を漏らす。

 すぐに戻ってくると言いつつも、二時間以上が経ってもローバーさんは戻ってこず、とりあえず今のうちにリアルに一時的に戻って食糧補給やら生理的欲求の解消をしようとしていたのだが、それになぜかアリスがついて来やがった。

 しかも地表にばらまいているというナノセルを結合して作った虫サイズの超小型立体映像投射機で構成したホログラムという無駄に凝っているというか、簡単に地球の科学技術を超えてくれやがるおまけ付きで。


「ほっとけ。ここの所まともに帰ってなかったから補充してないだけだっての。つーかアリス。人の家の冷蔵庫まじまじ見るのもアレだが、内容に触れるのはマナー違反だっての」  

 たまに生存確認に来た姉貴やらお袋とほぼ同じ台詞なあたり、地球と宇宙のメンタル的違いって少ないのかと、くだらない事を思いつつ、残っていたまだ食べられそうな野菜を全部取り出す。

 泊まり込みが続いていない時との違いなんぞ野菜の鮮度くらいだが、仕事が忙しいと言い訳をしつつ扉をパタンと閉めて、続いて下の冷凍庫を開ける。

 こっちに安売りの肉類やら炊いた米やらがまだ残っていたはずだ。材料を鍋に放り込んで、水とコンソメいれて醤油で味付け、お手軽かつ野菜類も取れる独身男御用達な雑炊でいいだろ。


「心配してあげてるのに。それに食品を原型で保存しているのってこっちだと珍しいんだもん。よっぽど物質構成が複雑な物じゃない限りは基本的に合成食品だから」


 心配より興味の方が強いだろ。

 俺の注意なんぞどこ吹く風。アリスはそのまま冷凍庫の中を物珍しげに見ている。


「合成ってあれか………乗員の肉体やら排泄物の再利用までするってやつか。出てくるのは緑色のクラッカーだけとかじゃねえだろうな」


 これから飯を作ろうって時に、何とも食欲がなくなりそうな映像が脳裏をはしる。

 古典SFな想像をしてゲンナリとする俺を見て、アリスはあきれ顔を浮かべた。


「公表的にはプランクトンってやつ? そんな悪趣味じゃないって。第一倫理的面で問題大あり。基本的な元素を種別で集めたタンクがあるからそれから作るの。カロリーコントロールやらアレルギー物質の除去とか簡単だから。そういう例えで来るならどっちかって言うと空中元素固定装置かな……あ、これ美味しそう。ねぇシンタこれにしようよ。どんなのかあたしも食べてみたいし」


 見ているだけでは我慢できなくなったのか。冷凍庫の中を俺の許可も無くがさがさと漁りながら答えるアリスは、チーズがとろっとあふれ出たウィンナーがパッケージに印刷された袋をつまみ上げた。


「…………」  


「ん? シンタどうかしたの。唖然とした顔して」


 立体映像のくせに物に触れるのかよやら、食べるってどうやってだよとやら、手間とかコストじゃなく問題は倫理面だけかよと、気になる部分が多々あるのだが、それ以上にアリスの発言には気になった突っ込み所がある。
 
 1世紀近く昔のSF映画作品の小ネタに素で即応できる宇宙人を見て、呆然とするなっていうのは一種のイジメだろ。

 っていうか空中元素固定装置ってなんだ。言葉の意味的には何となく判るが作品が判らない。

 ハリウッドか。それとも国内……映像化していない小説って線もあるのか……ダメだ思い当たる作品がない。

 だが俺がイメージしやすいって事は地球の作品であるはず。こうなったらキーワードで検索を掛けるか……いや。それは負けだ。地球産のSF作品のことで宇宙人のアリスにやり込められたままってのは気にくわない。

 こうなりゃ宇宙人から見りゃ失笑物なコメディーで攻める。


「シンタ。なんかバカなこと考えてない? そんな事より早くご飯を作って戻ってきてよ。こっちじゃ動きにくいんだから」


 SF好きとしての沽券に関わる問題に悩む俺に対して、アリスは実に馬鹿馬鹿しいとばかりのため息をはき出しつつ、言葉とは裏腹に軽やかに冷蔵庫の上から離れると低い天井すれすれでクルリと回って俺の横に着地して、俺の手の中にチーズ入りウィンナー(特売一袋100円)を押しつけた。


「…………アリス。実は社長でなくてドジな二等技術士だったりするかお前」


「誰がドジよ。シンタさっきも思ったけど古いよ。あとその配置だとあたしはシンタのことゴキブリ呼ばわりするよ」 
     

 即答でネタ返しやがったよこいつ。っていうかなんで知ってんだよお前は。

 知り合ってから6年。よく見知っているはずだった相棒の底知れ無さに俺は戦慄する羽目になった。










「シンタ次。その白いやつ。根っこみたいの。もやしだっけ?」


 簡単に一緒くたに煮込もうとしたんだが、アリスの要望でウィンナー野菜炒めに、インスタント味噌汁、さらにバター醤油味チャーハンインツナ缶と別々に作らされた。

 作る手間はそう変わらないんだが、洗う器具やら食器が増えるのが地味に面倒だ。


「へいへい。もやしだな。ったく調理法所かなんで食べる順番までお前に指図されないといけないんだよ」 


 飯ぐらい自由に食いたいと思う反面、家で人と食卓を挟みながら食べるってのが久しぶりで少し楽しいってのもある。

 なんやかんやで文句を言いつつもアリスの要望に添って、テーブルの上の野菜炒めカレー風味からもやしだけをつまんで口の中に放り込む。

 調理前は少しへたって臭いが気になったが、スパイシーなカレー粉の風味が打ち消してくれているのでまぁまぁ美味い。

 ただちょっと薄めすぎたか。もう少し塩、胡椒くわえても良かったかもしれない。


「ん。あんまり味ないねこれ。色的にもっとお砂糖みたいな甘いの想像していたんだけど」


 今現在俺の味覚はアリスによって強制的に共有されている。
 
 アリスの食べるとは俺の味覚を通して、味を楽しむことだったらしい。

 さすがに立体映像で食事可能となるほど非常識ではなかった事に安心しているが、冷静に考えれば、脳内ナノシステムの反応拾って人様の味覚を共有してくるのも十分非常識なんだが、どうにも今日だけでもアリス達の技術差によって相当に感覚が麻痺しているようだ。
 
 地球の食べ物と呼ぶには些か……かなりおざなりでアレな出来だが、それなりにアリスは楽しんでいるようだ。好奇心旺盛なのは相変わらずのようだ。


「んな気持ち悪い食いたくねぇよ。次ビール飲むぞ。感覚共有切っとけ」


「シンタさっきから一口食べちゃ飲んでばかり。地球人のアルコール耐性ってよくわかんないけど飲み過ぎじゃない?」

 
「この程度水だ水。脂っこい野菜炒めと合うだろうが。それにウィンナーにチーズときたら相手はビールしかないだろ」


 一応断ってから二本目の缶ビールを開けて、胃へと流し込む。暖かめの暖房をつけた部屋で冷えたビールを飲む。貧乏サラリーマンとしちゃささやかだが十二分な贅沢。

 しかしこのゴールデンコンビをどうもアリスは苦手なようだ。

 一口目でずいぶんと顔をしかめてすぐに感覚を切ったくらいだ。アルコール系というかビールのほろ苦さがお気に召さないようだ。お子様舌め。


「んで……ローバーさん……からいつくらいに……連絡が来ると思うよ?」


 俺一人ならとっとと栄養補給メインの飯をかっくらって戻っていた所だが、アリスが楽しんでいるので、何時もよりかなりペースを落としながら食事をしつつ、打ち合わせを続ける。


「たぶん今夜中には決めてくると思う。ローバー専務のことだから、単純で一筋縄じゃいかない考えないといけない課題だと思う。あ、シンタ次ご飯と一緒にお野菜。でお味噌汁ね」


 野菜炒めを適当にチャーハンと一緒に食べてから味噌汁とアリスの指示通りに口に運ぶと、アリスは満足げな顔を浮かべている。

 時間がもったい無い気もするが、結構リラックスできているようだから、まぁアリか。とりあえず現状の味方はアリスとリルさんくらいだと思っておいた方がいいだろう。ご機嫌取りに専念しよう。   


「……考えろね…………どういう人だよあの人? ずっ……つーか人なのかあの人。リルさんみたいなAIとかか?」


 ともかく情報。どんな条件を出されるか判らないのだから、まずはその性格やらを少しでもほしい。

 こういうときに相手をよく知っているのが、信頼する相棒ってのは心強い限りだ。


「近からず遠からずって所かな。シンタやあたし達が炭素系生命だけど、ローバー専務は別系統。ほらケイ素生命体って地球でも存在の可能性を議論してたでしょ? ローバー専務はその種族の出身で、種族特徴的として論理的な思考を好むって感じがあるかな」


 まぁこれもお馴染みだな。しかしケイ素生命体って発生確率が相当に低かったよな。しかも意思疎通が出来るような……というかそれを言ったら、アリスと食卓挟んで語り合っている状況ってのもかなり無茶苦茶な状況なんだが。


「論理的ね……それって物事を順序立てて考える思考パターンって事でいいのか? ハグ……地球と宇宙じゃ言葉の意味が違うって可能性もありそうだし、まず精神構造そのものが異質すぎるって事もあるんだろ」

 
 適当に食べつつアリスとの話を進める。

 ちと行儀は悪いが、今更そんな事を気遣うような関係でもない。

 年下の妹といった感じか……アリスの方が何倍、下手すりゃ何十倍も年上の可能性が極めて高いが、精神年齢的には俺の方が上だと信じたい。


「う~ん。違いはそう無いかな……基本的に極一部な特殊な種族を除いて、知的文明創造レベルの種族ならちゃんと翻訳さえ出来れば意思疎通は可能だと思って間違いないよ。現にあたしとシンタの会話ってリルがリアルタイムで翻訳してくれているけど、齟齬は感じないでしょ」


 リルさんが翻訳してるのかよ。

 アリスとの会話ってのは三年前までは日常生活の当たり前の1シーンだったから、気にもしていなかったんだが、言われてみりゃそりゃそうだ。日本語を喋る宇宙人なんぞいるわきゃない。

 見た目的にはアリスは頭のウサミミだけを除きゃ西洋人といった外見だが、腐っても異星人。発声器官が異なる可能性だってあるんだろうし。 

 しかしそうなると気になるのが、なんで同じような思考系をしてるかだ。

 間にリルさんが入って翻訳しているにしても、なんというかアリスとはフィーリングが合いすぎる。

 それ以外にも味覚やら外見やらも似かよりすぎだ。現にアリスは俺が適当に作った食事とはいえ地球産の材料、味付けに満足している。

 アリスが地球の所有者ってことは、こいつが地球人類の生みの親って可能性もあるのか?

 自分たちの種族と同様の生命体に成長するように、古代から宇宙人が人類の進化や文明に関わってきたとかってのはちょくちょくある話だ。

 ……まぁ古典SFに詳しいウサミミ創造神少女ってのは、日本国内なら白い目で見られるくらいだろうが、世界で見りゃ全宗教家から異端審問に掛けられても文句は言えない巫山戯た妄想だな。


「なぁアリス。実はお前が猿の頃に干渉して地球人になったとかあんの? ほれ思考形態とか肉体的進化の共通点が多すぎなんだけど」


 そこらを気になってアリスへと尋ねてみると実に剣呑な視線が返ってきた。

訂正。異星人から見てもずいぶんと巫山戯た話だったようだ。


「……そんなわけないでしょ。地球人類の分岐ってホモサピエンスでしょ。その発生の頃なんてあたしのひいお爺ちゃんのお爺ちゃんくらい前。あたしの事いくつだとおもってんのシンタは」


 再訂正。巫山戯ているのはお前らだ。 

 アリスが不満ありありといった顔を浮かべて年寄り扱いするなと憤慨するが、思った以上に近いな当時の血縁者。

 人類の派生って確か30万年かそこらくらい前だろ。それが7代前って世代交代遅すぎるだろ宇宙人共。
 
  
「第一法律で禁止されてるから。自然発生種族への監視……調査以上の介入は原則禁止って……あの世代の人たちって悪戯好きだけど……そこの辺の重要規則は守ってるはず……だと思う……一応今度あったら確認するけど」


 腕を組んで悩む素振りを見せるアリスのウサミミはたれている。どうにも自信なさげだ。

 
「いやそこまでしなくていいけど、つーか生きてるのかよ。30万年前に活動してた連中が」

 
 前の説明で肉体の再生や精神体の移植も自由自在で不老不死みたいな状態になっているとは聞いていたが、こうやって具体例を挙げられても時間単位が長大すぎて荒唐無稽なお伽噺のようにしか聞こえない。

  
「生きているっても一応だけど。たいていの人達は1万年単位くらいで今の人生に飽き覚えて、それまでの記憶をほとんど封印して別の人生を歩むの。シンタに分かり易く言っちゃえばゲームを新しく始めるみたいな感じかな。スキルと財産だけ残して強くてニューゲーム状態とか、全部リセットしてニューゲームは人それぞれだけど」 


「分かり易すぎるぞおまえの例え……不死を得て人生そのものがゲーム感覚って事か。羨ましいんだか、どうなんだか」

 
 ゲームをやって金をもらえるという感覚で今の仕事を選んだ俺が言えた義理じゃないが、アリスの説明はなんだかしっくりとこない。

 ゲームのキャラならともかく、自分の人生に飽きるって感覚を理解できない所為だろうか。

 100年生きるのすら大変な地球人の感覚で、その長大な時間を想像しろってのは土台無理な話だ。 


「あたしはあんまり好きじゃないかな……血が繋がっていても、リセットしたら全くの他人みたいな関係にしちゃう人も多いから。親子とかでも……あたしの場合は、当時開発した惑星の事とか業務上の関連でたまに確認することあるから、他の人達より繋がりあるけど」


 少し寂しげな顔を浮かべたアリスがウサミミを丸める。その表情と耳にこの辺りに地雷が埋まっていそうな予感を覚える。

 あまり触れてほしくない話題かもしれない。  


「んじゃ……はむ……結局、俺とお前らの相似性って単なる偶然って事か?」 


 アリスの仕草には気づかないふりをして飯をかき込みながら、話の方向を少し変える。

  
「え、あー……あたし達にも正直、判ってないの。いくつかパターンはあっても収斂進化で片付けるには似すぎているってのは昔から言われてるし。それこそ神様の仕業やら、記録も遺跡もない先史文明があったんじゃないかとか、異世界からの来訪者があったとか、いろいろな可能性を真面目に研究しているけど、結論はまだ出てないよ」


「神様。謎の古代文明。異世界ね……ホントによく似てるな」


 アリス達の文明レベルでも判らない事や電波的な与太議論があるのか。なんかそれを聞いて少しだけ安心する。

 安心と言ってもつけいる隙がありそうだと思う辺りはアレだと思うが。


「シンタは巫山戯た推測って感じるかもだけど、あたし個人としてはそういったのもあるかなって思うよ。誰かがなんかしたんじゃないかなって。文明種族が自然発生した星域って惑星の配置とか資源の埋没分布とか出来過ぎなんだよね。太陽系を見ていると特にそう思う」


「ん? そりゃどういうことだ」


「太陽系の場合だと核融合炉に使えるヘリウム3が衛星の月から採取可能で、現に今採掘実験やってるはずでしょ」


「あぁルナプラントって奴か。そういえばやってるな」


 月の開発は各国のしがらみやら利害関係で大もめに揉めていたが、10年前に紆余曲折の果てに国連主導各国共同で月面に恒久実験施設を作る形で落ち着いた。

 当時のニュースじゃ、すぐに民生用核融合炉発電が可能になって電気代が半分以下になると騒いでいたもんだが、思うように採掘できずいまだに電気代は高いまま。

 明るい未来とやらは、まだまだ先の話となりそうだがやっていることは間違いない。


「核融合炉ってあたし達から見れば化石みたいに古い技術になっているけど、でもコストとか整備の面で優れてるから今でも星系内専用航行船に使われてるの。今の地球の技術レベルなら核融合炉が安定供給可能になれば、火星とか小惑星帯の開発もすぐに出来るようになると思うよ」


「無理矢理火星に飛ばしたりして事故ってからタブーになってんだけど、技術革新が起きればアメリカやら中国辺りがやりそうだな。それにヘリウム3の分配でなんかまた揉めるんじゃねぇかな。そうそう上手くいくか?」


 どっちが主導権を取るかでかなり無茶をしそうな未来図が容易く想像できる。

 核融合炉の平和利用は遠い気がするんだが。


「それはそうかもだけど、それも含めて怪しいんだよね。木星圏にいけば、高出力な縮退炉用マイクロブラックホール生成に使える未発見粒子が採れるし、地球でオールトの曇って呼んでる外縁部衛星群には、超空間跳躍用の空間崩壊誘導レアメタルを含んだ衛星も存在してるの……段階的に外に外に行ける。でも争いに利用すれば一気に全滅しかねない危険性がある技術が開発可能だったりするんだよ」


「……………マジか?」


 一気に近未来から超未来へ飛んだアリスの話に、若干ついて行けない俺は返す言葉を無くす。

 アリスの話が真実なら実によく出来た、出来すぎた環境だ。

 
「星間文明に到達した、あるいはその途上で滅んだとしても到達する可能性があった生命体が発生した恒星系の物質分布って、距離とか埋没量の違いはあっても、この徐々に遠くにってパターンだけなんだよね。偶然っていう名の必然だって言う人もいるけど、なんか意図的だと思わない?」
 

「なんつーか古き良きRPGを思い出す話だな」 


 勇者パーティは次の街や地域へ行けば新しい装備等が手に入り一気に戦闘能力も上がる反面、敵モンスターも同時にレベルアップし全滅のリスクも高まる。

 
「言いたい事は何となく判るけど……シンタってとことんゲーマー脳だよね」


 自分の中でかみ砕いた上で理解して出した結論だったんだが、ゲームに例えた事にアリスはあきれ顔だ。さっき自分もやった癖に。


「理解できる宇宙人にだけは言われたくねぇよ」


 どうにも理不尽なアリスの評価に俺は憮然としながらビールをあおる。 

 ローバーさんについての情報収集を進めようとしつつも、脱線しまくった雑談になるあたり、フィーリングが合うというのはこういう時は厄介だ。

 結局の所、ローバーさんが出してくる条件が判らない事には対処も方針も考えられないと言い訳じみた結論を出して食事を終えた俺とアリスは、再び創天のVR空間へと戻ることになった。  



[31751] 社長の資質
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 22:24
 ディケライア社の設立は地球時間で約420万年前。

 広大な領域を支配し数千の惑星、恒星国家を支配下に納めていた大帝国が、支配種族に搾取されていた従属種族が起こした権利の譲渡と増大を求めた大規模なデモを発端とし、最終的には改革派に皇族すらも加わり本格的な独立運動、紛争を経て、星系連合へと変革した時期の少し前に遡る。

 創業者となったのは、その大帝国を支える近衛軍の若き下士官でアリスの遠いご先祖様。この御仁がなんやかんやの紆余曲折の果てに、主筋たる帝国の姫君と恋愛関係となり、やがて結ばれた事で、二つの大きな物を得た。

 まず一つが、姫君が嫁入り道具として持参したという当時の帝国最大戦力である恒星系級侵略艦『天』シリーズの最新鋭艦『創天』

 そしてもう一つが、帝国の広域にわたる合併侵略を可能とした、帝国支配種族が有する多次元感知能力『ディメジョンベルクラド』

 皇帝直系たる姫君の持つナビゲート能力は当代最高峰の光年距離を可能とし、最新鋭艦である創天もその能力を十二分に発揮できる出力を有していたという。

 近衛軍の若き下士官と姫君が結ばれたのと丁度同じ頃、前述の独立運動から帝国は分裂崩壊状態に。

 こういう状況で亡国の姫と近衛士官とくれば、普通ならお国再興の為にといきそうなもんだが、何を考えていたのかは知らないがこの二人、中央星系や重要星域で主導権争いを繰り広げる帝国復興派や改革解放派を尻目に、独立運動の余波で支援や供給が絶たれ窮状に陥っていた初期開拓惑星やら辺境星を廻りながら、創天を使い惑星改造を開始したらしい。

 兎にも角にもこうしてディケライア社は誕生して以後精力的に活動を続けていく。

 建設中の軌道塔崩落事故による大規模汚染に晒された惑星の全域浄化計画。

 跳躍困難な変異重力星域における交易路開発。

 星系内全惑星同時移設事業。

 いくつもの困難な仕事を成し遂げ、顧客の信頼を掴み、船を増やし、代替わりしながら活動域を広げ、やがては辺境域のみならず銀河系全体でも有数の歴史と規模を誇る大会社へと発展していった。

 ……と順調だった経営が一気に悪化したのはアリスの実母である先代社長の時代。といっても母親が無能だったわけではなく純粋な事故だという。

 主恒星が突如原因不明の膨張を始め、壊滅の危機にさらされた星系国家からの緊急要請に応え、星系内の居住惑星を安全な別宙域へと運搬する為、本社として引退状態だった創天を除き、手持ちの惑星改造艦を全投入し、急ピッチで輸送準備をしている途中で、予想よりも遙かに早く恒星が急激な膨張を開始。絶体絶命な状況下で起死回生の策としてアリスの母親が選択したのが、ディメジョンベルクラドの能力を最大に使った全艦一斉跳躍。

 しかし準備不足なままおこなわれた緊急跳躍は、ある意味成功である意味失敗に終わる。

 最終的には外惑星軌道まで膨張してしまった恒星から逃れることは出来た。

 だがアリスの両親が率いるディケライア社麾下800隻の惑星改造艦は住民が居住する惑星と共に跳躍帰還せず行方不明になったという。

 この大規模跳躍事故により、ディメジョンベルクラド能力を有す社長と、夫である副社長および、主立った社員に保有艦のほぼ全てを失ったディケライア社は業務不能に陥り、そればかりでなく契約不履行となってしまった事業の違約金で莫大な負債を帯び、一気に経営状況が悪化したとのことだ。

 かろうじて残ったのは、本社人工惑星となり惑星改造艦としては引退していた創天と、ローバー専務を初めとする留守を任されていた若干名の社員。

 そして年若い為まだ十二分に能力を発揮できないが、ディメジョンベルクラドの能力を持ち、会社存続の意欲とやる気もある先代の一人娘であるアリス。

 こうしてアリスを社長とし、もっとも古き船である創天を再稼働させ新生ディケライア社の発進と相成ったとのことだ。









「なぁアリス、この社史なんだけど全部事実か?」


 ローバーさんはいまだ戻らず。炬燵でぬくぬくと暖まりながら、情報収集の一環で読んでいたディケライア社社史を飛ばし読んで浮かんだ第一感想を率直に俺は漏らす。

 社の経営が一気に悪化した事故の詳細や、アリスの両親の事などいくつも気になる箇所があるのだが、それ以上にここは突っ込まないとダメだろうという箇所が一つある。

 創業者の片割れが、あまねく星々を治めていた大帝国の姫君とはなんの冗談だ。

 炬燵に収まりミカンをハミハミと噛みながら、俺の部屋から勝手に持ち出してきたVR業界情報誌を熱心に読んでいるメタリックウサギ娘から、亡国の姫君の末裔って言葉を引き出すのは無謀にもほどがあると思う。

 
「社史の詳細が気になるならリルに聞いてみて。いろいろ補修されてるから船体にはオリジナルの部品は残ってないだろうけど、リルだけは建艦当時のままで全部見てるから。その記録もリルの管理。あたしは細かい所まで知らないもん」
 

 これまた律儀に雑誌風書籍ツールに落とした記事を何が面白いのか判らないが、なぜか熱心に読み込んでいるアリスは、俺が抱いた疑念に対し顔を上げることもなくどこか上の空で答える。

 この雑誌がVRMMO業界向けだって言うなら、廃人であるアリスが興味を持つのも判るが、こいつはもっと範囲の広いVR業界向け。

 新型基幹プログラム紹介や開発中新型筐体やら新しいビジネスプランの提案と、どちらかというと基礎技術や業態についての記事が多く、VR業界関係者以外にはあまり面白くない雑誌といえる。

 しかもここ数ヶ月の記事なんぞほとんどがVR規制法に対する阿鼻叫喚と恨み辛みでお先真っ暗な関係者のインタビューやら撤退、縮小、仕様変更等のネガティブな情報ばかりで、読んでいて気が滅入ってくる物だというのに。

 飯を食っている時に届いたばかりで俺もまだ目を通していない最新号なんだが、一体何が異星人であるアリスの気を引いたのやら。


『記録に不備はございませんが。お疑いとあらば全記録もお見せいたしましょうか。しかしながら三崎様のリーディング力から推定いたしますと、全記録の閲覧には不眠不休で約2452年のお時間が掛かりますので現実的ではありません。ですからあまりお勧めいたしませんが、私の名誉にも関わりますので三崎様の記憶領域に直接送り込むという手段となりますが』


 事実だと断言したリルさんは続いて、ジョークなのか本気なのか今ひとつ判断が付きづらい提案を宣う。

 2000年オーバーの記録情報直接転写。多分というか絶対に人間の脳容量オーバー。廃人確定じゃねぇか。


「あーやめときます。大体の流れだけつかめれば良かったんで……んでこっちがアリスに代替わりしてから4期って……400年の収支報告書と全体資産と」


 怒らせるとまずいタイプかという予感を感じつつ、話題ついでに社史からウィンドウ内の情報も切り替えてここ数期の業績情報を呼び出しざっと目を通す。

 専門知識がないと判りづらい細かい所はともかく無視して大まかな数字だけを流し読んで判断するだけなら俺でも出来る。


「こりゃ……ひでぇな」


 そしてその程度の俺でも、ディケライア社の経営状況は一目で倒産寸算だと判るくらいに酷い。

 違約金の支払いなどで潤沢だった資金、資産があっという間にむしり取られたってのもでかいが、収入と支出のバランスも完全崩壊している。

 売り上げ高から人件費、設備維持費、購入費、開発権利購入費など諸々の経費を差っ引いた営業益は見事なまでにマイナス。

 最初の二期が大赤字の連発でかろうじて残っていた体力を一気に消化して、後の二期では何とかしようと努力して改善された痕跡は見て取れる物の、時すでに遅く全くの焼け石に水状態。

 それらの絶望的な数値もアレなんだが、ほかに地味にショックだったのが、この書類が示すアリスの年齢だ。

 年上だろうなとは思っていたが……最低でも400オーバーか俺の相棒は。

 さん付けで呼ぶべきかと一瞬だが考えてしまった辺り、先輩後輩を気にする日本人の性だろうか。
 

「……その赤字はあたしが原因。身の丈が判ってなかったの。ディケライアは大企業なんだって意識があって、その事実を名実共に取り戻そうって、最初の二期は空回りしてたから」


くだらない事を考えていただけなんだが、俺があまりの赤字経営に言葉を無くしたとでも思ったのか、業界誌を読んだままアリスが小さな声で答える。


「ローバー専務とかリルの忠告や助言も無視して、ともかく限界ぎりぎりの大きな仕事ばかり取ろうとして、無理して工期超過とか品質不足や不良品なんか出して違約金払ったりってのもあったから。最初の二期くらいなんかは特に酷くて、残っててくれた社員の人でも、今の社長にはついていけないって何人もやめちゃったんだ」


 頭のウサミミを見れば力なく丸まった落ち込み状態。俺ら地球人の感覚からすれば3,400年前なんて江戸時代くらい。遙か大昔って感じなんだが、やけに落ち込んでいる様子から見るにアリスからすればつい最近の事なのか?

 
『三崎様。社の復興を願うお嬢様のお気持ちを優先し、強くお引き留めできなかった私やローバー専務を初めとした幹部社員にも、我が社の不振原因の一端はございます。専務がお嬢様のお気持ちに反してでも、お嬢様の身や社を優先するようになったのもこれが原因でございます』 


「リル。ありがとう。でも庇ってくれなくて良いよ。あの頃の事はホント反省しかないから。一人でも何とかしてやるって周り見えてなかったもん……シンタの会社の社長さんみたいに上手くできたら、もう少しマシな状況になってたって思うもん」


 アリスだけが原因ではないと気遣ったであろうリルさんに礼を言いつつも、謎めいた言葉をため息交じりにアリスはつぶやく。

 うちの社長を知っているような口ぶりだが、接点があるとは思えないんだが。


「なんだそりゃ? ウチの社長ってどういう……」


 言葉の意味を尋ねてみようとした所で、俺はアリスの手に収まった雑誌の存在を思い出す。

 アリスが読んでいたのは俺の部屋から持ち出してきたVR技術関連を扱う企業向け業界誌。そして我が社ホワイトソフトウェアも一応立派なVR関連業。


「アリス。ちょっとその雑誌貸せ」


「ん……生データじゃなくて書籍MODいれたので良いよね」


 どうにも抑えきれない高揚感を覚えつつ気落ちしたアリスが力なく差し出した情報誌を受け取り、リアルと同じ要領で捲って目次をチェックする。

 カラー表紙と中のページの手触りが違ったり、捲る毎に音が鳴るなど、相変わらず凝りに凝っているアリスの書籍MODに呆れ半分で感心しつつも、俺は目当てのページを探し当てつい口元に笑みをこぼしてしまう。


「…………さすが社長。他の会社の連中だけじゃなくてこっちにも根回し済みだったのかよ」


『新たなるVRの試み。その需要と発展性を探る』  

 
 そんな見出しで特集されていた記事は記憶に新しいというか、ついこないだ成功させたばかりのユッコさんから請け負ったVR同窓会の10ページ近くに及ぶ特集記事だった。

 トップページに張られたいくつかの写真と動画データには、司会進行する俺や楽しんで貰っているユッコさんらお客様達の姿がでかでかと写っている。

 社員である俺はともかくとして、お客様であるユッコさん達はいくらVR仮想体といえど肖像権やらいろいろと五月蠅そうなもんだが、うちの社長の事だ。そこら辺はぬかりないだろう。

 開発者側である俺達の自己評価、分析から導いた今後の課題点。

 お客様であるユッコさん達からの事後アンケート。

 今回の同窓会企画に対するそれぞれのデータも重要だが、それ以外にもう一つ重要なデータがある。

 すなわち第三者の目線から見た客観的な評価。

 業界誌はまさにその第三の目線。焦る気持ちを抑えながら俺はじっくりと記事を追う。

 この業界誌はなかなか辛口でシビアな目線の記事が多い事で知られているが、その分参考になると愛読者も多い。

 そんな業界誌にまだ海の物とも山の物ともつかない出来上がったばかりの企画が、特集を組んでもらえたんだから、制作陣の一人としては喜びもひとしおだ。 

 記事内容はべた褒めするでもなく、かといって難癖をつけるような論調でもなく、あくまでも第三者の目線から見た企画内容や今後の課題などを公正に評価した落ち着いた文で記事にしている。

 社内でも今後の課題として問題視された弱点はこの記事でも指摘されているが、好意的な文がどちらかと言えば多い。 


「っぁ。やっぱり指摘がきやがったか。そうだよな」


 問題点を指摘されている文に目を止め、兜の緒を引き締めようとするがどうしても言葉とは裏腹に口元がにやついてしまう。

この記事で指摘されている問題点は大まかに二つ。

 完全再現と謳えるほどの再現度を得る代償に高額となった開発費と、目玉となるギミックをいくつも施して複雑になったシステムの脆弱性と開発効率の悪さ。

 企画としての特徴であり、同時に弱点でもあるこの二つの指摘が、次の受注への大きなネック。

 このことは、社内でも最初期から判っていた問題点であったが、かなり切羽詰まっているウチの会社ではどうしようもない事も理解していた。

 何せ今回は大口スポンサーのユッコさんが、金に糸目はつけず、ともかく短期間で良い物をという事で、俺も詳細は知らないが少なくとも億単位の開発資金としてウチに転がり込んでいる。

 それ故に全社員を総動員することが出来たと言っても過言ではない。

 しかしそれは重ねて言うがユッコさんというスポンサーの存在あってこそ。

 今は無き思い出の場所で開かれる同窓会というのは確かに魅力的だが、それには一人頭で割っても数百万円が掛かるとなれば、これをビジネスとして成り立たせるのは至難だろう。 

 かといって人を減らして開発費用を下げれば、開発期間はさらに長期に及び、しかも売りであるクオリティがだだ下がりとなる本末転倒状態。

 これはウチの会社”だけ”では乗り越えられない大きな問題だ。


「よしよし。ちゃんと書いてくれてるな」

 
 だが開発段階から判っていたその弱点を、手をこまねいて見逃すようなウチの会社じゃない。

 記事の後半はウチの会社が考えている改善案もしっかりと書いてくれている。

 それは我がホワイトソフトウェアはVRMMO開発管理会社なんだから、ある意味当たり前の発想から生み出された解決方法。

 ソロ狩りでは効率が悪いからパーティで狩る。

 パーティじゃ高位ダンジョンの沸きに対抗できないから、ギルドを組む。

 単独ギルドではボス戦で全滅するだけだから、多数のギルドや普段はソロのプレイヤーが協力して千人単位で一匹のボス戦に挑む。

 共存共栄。ギブアンドテイク。言い方はいろいろあるだろうが、要は他者の力を借りれば良い。

 一口にVR会社と言っても千差万別。

 仮想体制作を得意とする会社もあれば、操作プログラムに秀でた会社もある。

 建築物のモデリングを得意とする会社あれば、元データからの改変、改造を得意とする会社がいる。

複数のVR会社で共同制作する形にし、さらに学校校舎というある程度、利用目的や建築規格が定まっているからこそ使える、データの流用という手を最大限発揮する為の、共有データベースの作成。

 開発期間の縮小とデータベース化による低コスト化というのが社長の狙い。

 そこに俺の発案である同窓会プランを一クラスや一学年といった単位ではなく、その校舎で卒業していった全ての元生徒へと向け売り込むという案もしっかりと書かれていた。

 数千人から最大では万単位にもなるであろうお客様全部をターゲットとした一括プランとしての卒業生OB会への売り込み計画は、年代毎に変化をつける必要は発生するが、大まかな基本データ一つあれば、一から作る必要がなくなり、客単価を劇的に下げる事が出来、さらに受注の増加も見込める。

 これらの改善案を実行し、効率的にまわす為には、なるべく多数の会社が勝ち目があると判断し協力をしてくれなければならず、計画段階では絵に描いた餅だったのだが、この記事なら興味を持つ会社も出てくるはずだ。

 もしこの目論見が外れても、社長が根回しして同窓会当日にその内容や趣旨を理解してくれそうな他社に来て貰い見学会を開催済み。

 そちらに社長や営業部の面々が取られていたおかげで、俺が司会進行をやらされる羽目になったが、実際の内容を見て、その場で協力を確約してくれている会社もいくつかあるそうだ。

 あと一、二回。成功例をみせる事が出来れば食いつく企業も出てくるはずと予想している。


「よしっ! これならいける」


クリアすべき課題はいくつもあるが、お客様に満足してもらい楽しめる新しい試みであると評価された総評の横で、ユッコさんや神崎さんを初めとしたお客様達の喜びに満ちた表情で彩られた集合写真を掲載した記事を読み終え、俺は強く拳を握る。

 他の会社との契約やら折衝以外にも、企画を模倣される可能性など、難題はこの先いくつもあるだろうが、それでもここの所のネガティブ一直線だったVR業界の事情に少なくとも一石を投じる事は出来たようだ。

 しかしここはまだ俺らの目標地点ではない。言い方は悪いかもしれないがあくまでも会社の業績安定の為。

 最終的な目標はやはりVRMMO復活。まだまだ遠いが、それでも窮状を脱する切っ掛けになるかもしれない成果が嬉しくないわけがない。


「………………」


 つい抑えきれない喜びを形にして表していた俺だったが、なんというかじとっとした重い視線に気づきふと我に返る。

 視線の主は無論対面に座るアリスだ。

 あ……やべぇ。アリスの事すっかり忘れてた。

 記事にのめり込んで、意識が宇宙から地球側に完全に傾いていた俺がいた。  


「シンタってホント逆境に強いから羨ましい。あたしが早く来てほしいって思ってた時もお仕事楽しそうだったみたいだし……………ごめん逆恨み」  


恨めしげな目を浮かべていたアリスだったが、すぐに愚痴をこぼしていた自分に気づいて口をつぐみ謝ってくる。

 だがアリスの気持ちはわからなくもない。

 そらそうだ。会社が相当やばい状況で、原因は社長である自分だって話していた直後に、社長のおかげで仕事が上手くいったと喜んでいる俺を見て、良い気分がするはずもないだろう。
  

「わりぃ。ついはしゃぎすぎた」


「謝らないでよ。悪いのあたしなんだから。シンタの会社が上手くいったって事は、”パートナー”であるあたしも本来は喜ぶべき事なんだもん」 

 
 凹んでいるアリスの前で考えが足りてなかった事に罪悪感を感じて頭を下げたんだが、アリスはなんかますます落ち込んでしまった。失敗か。


「うぅ。こんなだからナビゲート距離が伸びないのかな。厚意で助けてくれてるシンタに愚痴とかぶつけちゃうし」


 自分の言動を恥じたアリスはぺたりとテーブルの上に倒れ、器用というべきかウサミミでいじいじとテーブルの上にのの字を描いている。


「いやまぁ、約束よりだいぶ遅くなったから愚痴や恨み言の一つや二つくらい別に良いんだが」


実年齢は何百歳。下手すりゃ4桁いっているかもしれんが、やはり精神年齢的にはアリスは外見見たまんまのようだと心の片隅で思いつつ、どうフォローしたもんかと口元に手を当て考える。

 しゃーない。かなり露骨な話題替えだが、そろそろはっきりさせておくか。アリスも丁度口にした事だし。

 それともそろそろ聞いてくれっていう無意識のサインか? こいつがキーワードを同じ日に二回も口にするなんぞ、ついぞ記憶にありゃしないし。


「あーアリス。凹んでいる所悪いんだがちょっと聞きたい事あるんだが良いか?」


「……何? こんなダメ社長で答えられる事なら答えるけど」
 

 かなりネガティブな発言をはき出しながら、アリスはのろのろと顔を上げる。


「やさぐれんな。ガキか」


 あれか。この記事をずいぶん熱心に読んでいたのは、うちの社長と自分を見比べてたのか?
 
 なら安心しろ。うちの社長は時折切れ者だが、通常時の言動は軽いにもほどがあるほど、いい加減で、見てて不安しか感じないほど威厳がないから。

 上司の悪口を言い出したら止まらないのがサラリーマンの悲しい性だが、さすがにそんな事で無駄に時間を潰す気は無いんで心の中に止めるだけにする。

 ローバーさんが戻ってくるまでになるべく情報を集めたいんだが、どうにも脱線しまくっている気がしないでもない。

 だがこれだけはどうしても確かめておく必要がある。

リルさんやローバーさんから見れば、未開の惑星の原生生物でしかないであろう俺に敬意をもって接してくれる訳。

 いくつかの約束を交わして、決めたルールを厳守しつづけてきたアリス。

 その不可思議な態度と扱いの原因は結局ここに集結する


「アリス……俺とお前の関係。”相棒”ってどういう意味があるんだ?」 
 

 ゲーム内でアリスと知り合いコンビ組んで6年近く経ち、改めて尋ねるのはかなり今更な気もする。

 だが特別な意味を持つであろう関係性をはっきりさせる為に、俺もキーワードを口にし尋ねる。

 落ち込みしぼんでいたアリスのウサミミは俺の問いかけにピンと立ち上がった。



[31751] 宇宙船は点を跳ぶ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/13 01:44
 俺の質問に反応を示したメタリックウサミミによって、鈍く光る銀髪がさらりと流れアリスの顔に掛かり、いきなりの質問に驚いたのかぱちぱちと瞬きを繰り返す金色の瞳を一瞬覆い隠す。

 そんなアリスの姿に、なぜかデジャヴュを覚える。


「あぁ、そうか」


 記憶を漁るまでもなく、既視感を覚えた理由に早々合点がいき、つい笑いを漏らす。

 忘れもしない6年前の夏。

 律儀に再現された猛暑に耐えかねて、リーディアンオンラインの拠点としていた街の菓子屋のベンチでかき氷を楽しみながら涼むついでに、固定コンビを組まないかとアリスに持ちかけると、スプーンを口に加えたまま驚いた顔で固まりウサ耳を動かしていた。

 あの時と同じ反応。懐かしく思ったのは当然だ。


「シンタ……説明するのは良いけどさぁ、なんか締まらない。コンビの話持ちかけてきた時もそうだったけど……片付けるから出て。あと服も。もう少しきっちりしたのにしてほしいんだけど」


 俺と同じ事を思いだしたのか不機嫌そうに頬を膨らませてテーブルの上に散乱したミカンの皮を頭のウサミミで指さし文句を漏らすと、アリスは炬燵から抜け出て立ち上がった。

 雰囲気を重視するロープレ派であるアリスは、この炬燵に入ったままのんべんだらりとした様で話をするのがお気に召さないようで、俺にも炬燵から出るように促すだけでは飽き足らず、服まで変えろと告げてくる。


「あいよ。仕事用のスーツで良いか?」


「うん。大事な話だからあたしも正装するから」


 先ほどまでのやさぐれてふてくされた表情はなりを潜め、真剣味を帯びたアリスは軽く頷く。どうやら相当マジのようだ。

 俺は立ち上がると右手を振って仮想コンソールを呼び出しインベントリーを手早く開く。

 VR開発会社社員として当然というべきか、取引先や顧客との会議や挨拶、説明会はリアルだけでなく、VR空間でやることも多々とある。

 その時季、場のTPOに合わせ服飾データはいくつか持っているが、俺はとりあえず無難なシングルスーツと無地のワイシャツを選択し、スーツ色も基本色である黒バージョンを選択。

 次いでネクタイくらいは気をつかってやるかと、この間の同窓会後にユッコさんから楽しませて貰った謝礼にといただいたオリジナル試作品データを選択。

 プリント柄が紋章風にデザインされているが、ウサギとコンソールが向かい合った物というのは、偶然なのか、それともユッコさんらしい遊び心だろうか。

 選択を済ませ実行キーを軽く指で弾くと、普段着のジーンズにトレーナーだった俺の姿は一瞬でスーツを身につけた物へと変わる。

 着替えは一瞬。仮想体のデータに合わせてサイズは自動変更。皺一つ無く、着用後にクリーニングに出す必要もなし。

 この辺りをリアルと比べて便利と思うか、所詮作り物の世界だと思うかが、VRに対する認識の差や好感度の違いだろうか。


「オッケ……ってお前また気合い入ってるな。それなら確かに宇宙人って感じだな」


 着替えを終えた俺は襟元を正してタイの位置を調整してからアリスに向き直り、つい呆れ声を上げてしまう。

 先ほどまでは半纏にスウェットという、炬燵にあってるというか実にだらけたというかとにかくラフな恰好だったアリスは見違えるように様変わりしている。

 すらっとしたその体型があらわになった白銀色のボディースーツの上に、ディケライア社のロゴが入った深紅のジャケットを羽織り、長い銀髪を頭の上で丁寧に結い上げまとめているその姿は、一昔前のSF映画に出てきそうな宇宙船の乗組員といった所か。


「茶化さないでよ……リル。シンタに今回の仕事とディメジョンベルクラドの事について説明するから、モード切り替え。分かり易いように映像補正もいれて」


 少し緊張気味なアリスは軽口を叩く俺に軽く注意を促してから、天井に顔を向けリルさんへと指示を出す。

 相棒という言葉が持つ意味を尋ねたのだが、アリスはなぜか仕事の事について話し出す。必要なプロセスなのだろうと俺は黙って続きを待つ。


『かしこまりました。周辺イメージ映像へと切り替えます』


 涼やかなリルさんの声と共に、宇宙船の無重力メインブリッジに浮かぶ重力制御機能を持った畳と堀炬燵という超技術なんだか古風なんだか今ひとつ判断がつきづらいシュールな光景が一変して、俺とアリスは立ち上がった体勢のままで、夜の帳がおりたような暗闇の中に浮かんでいた。 

 畳に接触中だけ作用するという人口重力が切れると、水中にぷかぷかと浮かぶような浮遊感を覚える無重力状態へと変わる。

 周囲の光景も先ほどまでの創天のVRブリッジから一変し、目算で二百メートル先くらい先に黒い霧のような渦巻く光景へと変わっていた。前方にはその霧以外は何も存在しない。何とも寒々しい光景が広がっていた。


「ずいぶん暗いなここ。どこっうぉ!?」


 接触物が無い今の無重力状態で大きく動くとそれだけで予想外の勢いがついて、独楽のように廻る未来図が容易く想像できる。ゆっくりとした動きで辺りを見回そうとして、まず上を向いた俺はそこにあった存在に驚き思わず声を上げる。

 丁度真上に、虫に食い尽くされたかのように無数の穴が空いた無残な姿をさらす巨大な岩の固まりが視界を埋め尽くすほどの大きさで鎮座していた。

 比較対象がないので正確な大きさまでは判らないが、その重くのし掛かってくるような威圧感は今にも押しつぶされそうな圧迫感があって気持ち悪くなるほどだ。


「ここは今創天が停泊しているZ24F97S645ポイントのVR画像。あたし達が開発するはずの星系があった場所」


「……恒星がなくなった所為でこんな真っ暗なのか?」


 開発するはずの恒星や惑星。さらには惑星のリングである小衛星帯まで、資源価値がある星は根こそぎ盗まれ、残っていたのは過去にレアメタルが掘り尽くされ放棄された古い鉱山衛星のみだったという。

 おそらく頭上に浮かぶ岩がその残されたという衛星だろうか。あまりに強い圧迫感はここがVR空間だということを忘れそうになるほどだ。


「この星系は超巨大暗黒星雲の側にあって、口の狭い壺型みたいな形で暗黒星雲に囲まれているの。前方に広がっているのがその暗黒星雲。分かり易くしたイメージ映像だけどね。あの暗黒星雲は範囲300光年にわたって広がっている。だから元々他の恒星の光が遮られていて暗い星系ってのはあるけどね。後ろ見て。南天方向に出入り口になる切れ目あるから、見える星があるでしょ」


 アリスの言う通り背後を振り返ってみれば、周囲を囲む暗黒星雲にぽっかりと開いた穴から、ハッブル宇宙望遠鏡が映し出してきた映像にもよく似ているようで細部は微妙に違う(地球外の視点からだろうか)見覚えのない星空が広がっていた。

 しかし見覚えのない星空といえど、やはり明かりがあると心の余裕が違うのか安心感を覚える。

 そんな背後の光景に対し前方には真逆な暗雲が立ちこめるといった言葉通りの景色が広がる。

 会社存続の為に最後の希望を掛けてここにと跳躍したアリスはこの光景を目撃し、何を思ったのだろう。


「リル恒星間距離尺度切り替え。星雲を抜けて反対側に移動して」


 その時を思い出しているのか親の敵を見るような鋭い目で周囲を見てから指示を出したアリスの声は堅い。


「了解いたしました。北天方向へ向け視点移動開始いたします。星雲通過に4分22秒かかります」


 アリスの指示に合わせて頭上を覆い尽くしていた鉱山衛星が瞬く間に縮小されてあっという間に砂粒のように小さくなり、さらには目の前から消えてしまう。その代わりに先ほどまで遠くにあった用に見えていた

 同時に俺達はガラス張りの球体に入っているかのように前に向かって動きだし、黒い霧の中へと突入していく。

 飛び込んだ暗黒星雲は埃のようにも見える細かな物質が立ちこめていて視界を遮り、先を見通す事がほとんど出来ない。

 台風の夜のように風が吹き荒れ、絶え間なく稲光が奔るような光景を想像していたのだが、暗黒星雲の中はそんな俺の想像とは真逆の静かで暗い場所だ。

 前に向かっているはずなのに真っ暗な深海に落ちていくような雰囲気に、どうにも寂しく心細い感覚を抱く。


「シンタ、ここが静かな場所だって思っている? リル。時間進行100倍で赤外線イメージを重複させて。探査予測で良いから」


 俺が考えている事を勘の鋭いアリスは見抜いて、リルさんに新たな指示を出す。

 すると今まで暗く静かだった星雲のあちらこちらで、イルミネーションを点灯したように発光が始まり、光点からは紅い波紋がいくつも広がっていく。
 

「暗黒星雲には細かい星間ガスや星間物質が他の星域より濃密に分布してるの。これが外部からの光や熱を吸収して暗く見える原因。時々光っているのが原始星。星間物質が集まって出来た星の卵で、発光しているのは周囲の物体が超音速で星に落ちていってそのエネルギーが熱に変化されているのを視覚化しているの」


「星が出来てるのか……すげぇな」


 アリスの説明を聞きながら、俺はあちらこちらで生まれていく星達の誕生に思わず感嘆の声を漏らす。

 今生まれている星々は徐々に質量を増しやがて自己核融合を開始して恒星化し、散開星団と呼ばれる若い恒星の集まりとなる存在だろう。

 そんな生まれたばかりの星々は尾を引くようにあっという間に後方へ流れて視界から過ぎ去っていく。

 尺度を天文単位まで拡大した状態で相当なスピードで移動しているはずなのに、それでもまだ終わりが見えず暗黒星雲が続いている。

 アリスが先ほどいっていた300光年にもまたがる巨大暗黒星雲というスケールの大きさを、擬似的とはいえ俺は体感し理解する。


「分厚いでしょここ? 普通の範囲の暗黒星雲じゃ原始星が周囲の星間物質を飲み込んだり吹き飛ばして、姿が見えるようになってくるんだけど、ここは大きすぎて周囲に暗黒星雲が残ったまま形成されている星がいくつもあるの。だから跳躍の妨げになる原始星フレアだけじゃなくて、重力変異源になっている巨大星なんかも存在していて、銀河でも屈指の難所なんだ。VRだからこんな一直線に星雲の外に向けて移動できるけど、リアルでやったらこんな重力変化も対星間物質も考慮しない跳躍航路じゃ100万回やって100万回、座礁、轟沈かな」 

「なんつーか……通るのも危険な場所なんだな。お前。こんな所で何するつもりだったんだ?」  


 映像を見ているだけでは実感は湧かないが、アリスの淡々としながらも堅い声が、この宙域を通ることがいかに危険で困難な事なのか悟らせる。

 明らかに命がけな場所である暗黒星雲近傍の星系でアリスは仕事をしようとしていた。さらには暗黒星雲の仲間で俺にみせ説明をしたんだから、無関係なはずもない。


「リスクは高い。でも最初みたいに出来るかどうかぎりぎりな仕事じゃなくて、ちゃんと勝算が高いお仕事だったんだ…………抜けるよ」


 アリスが呟きウサミミをぴくりと動かすと共に、永遠に続くかとも思えていたきり暗黒星雲から俺達は一気に突き抜けて、輝く星々が鎮座する解放感があふれる星空の元へと躍り出た。

 しかしこれもまた見覚えのない星空。アリス達は銀河の反対側にいる。おそらく地球人類が初めて見た光景だと思うと、VR映像といえどなんか感慨深い。

 俺達は止まることなくそのままグイグイと進んでいく。後ろを振り返れば、つい先ほど抜けた暗黒星雲が雲海のごとく分厚く広がっている。  
  
 境界線がはっきりしすぎているのは、先ほどのアリスの言葉もあるが、おそらくこれもイメージを分かり易いように強調して映し出されたVR映像だからだろう。

 暗黒星雲を突き抜けたアリスは一直線に一つの星へと向かい、星系外縁まで来るとぴたと止まった。

 横幅30メートルほどにまで縮小されたミニチュアの星系が俺達の前に広がる。


「これ人工物か?」


 天然の星に交じり、明らかに人工物くさい物を発見し俺は指さす。初日に創天を訪れた時に目にした鋼鉄に覆われた人工惑星らしき物だ。


「正解。ここは星系連合に属する星系で辺境にあるファルー星系。シンタの感覚でいえば過疎地方の県庁所在地って感じ。シンタが指さしたのは外縁部にあるのは海賊対策や暗黒星雲からのメテオや有害電磁波の遮断もしてる星系防衛用の要塞衛星の一個」


 星サイズの人工物がいくつも廻っている所と、寂れた県庁所在地を一緒くたに考えるのは無理があるだろ。

 そんな突っ込みが心をよぎるが、アリスの雰囲気が真面目一辺倒なのでとりあえずは黙っておく。


『アリス様の曾祖父であるレザルト社長が開発なさった星系の一つでございます。居住惑星を二つ。恒星近辺に反物質製造衛星を4機。資源採取惑星を3つ備えた標準的なプランで開発されています。特に外部防御衛星はその当時の最新作で傑作品。我が社の来客者様にご覧いただく映像にも使用されております』


 似ていると思ったのはそりゃ当然だ。同じ物か。

 リルさんの補足説明に納得していると、周囲がクルリと回転し前後が入れ替わり、先ほど抜けてきた暗黒星雲が俺達の前に再度姿を現す。 
 

「あたし達の所属する星系連合はあのライトーン暗黒星雲内に、レア資源探索と搬出の為に星雲内を横断する探査路を作成しようとしているの。ファルー星系側からは別の惑星改造会社がすでに航路開発を始めていて、ディケライア社が請け負ったお仕事は反対側からも航路開発を始めるために、開発拠点として補給や整備が可能になるインフラを作って、さらに開拓者になる移住民を集めることなの」


 アリスが暗黒星雲を指さすと同時に、俺らの前にVRMMO内で使う3Dミニマップのような形式で、この周辺とおぼしき拡大星図が表示される。

 マップ中央を横断する触手付き芋虫のような暗黒星雲。その中央付近で僅かに細くなったくぼみのような部分に、青と赤の光点が点滅していた。

 青の方には『開発予定星系』と、赤の方は『ファルー星系』と日本語で表示される親切使用だ。

 分かり易いのは実にいいが、この仕事がいかに困難な物であるかということも同時に悟らせる。

 何せ二つの点のある位置は直線で結べば他に比べ短いといっても、広がっている暗黒星雲の横幅が1メートルほどあるとすれば、削れているのは5センチほどだろうか。


「なんつーかスケールでかすぎていまいち実感が湧かないんだけど、これ相当大事業じゃないか?」


 銀河屈指の難所といっていた場所で、先ほど抜けてきた時も相当な時間を食っている。

 そんな困難で長大な距離に、要はトンネルを通せということだろうと俺は自分なりに解釈する。

 アリス達がやるのは本工事前の事前準備って事だが、その準備だけで星系一つを改造するという地球人類の想像を越えたスケールの大きさ。さらにこれで暗黒星雲を突っ切る道を作れとは。


「大きいよ。今は暗黒星雲内の資源開発とファルーへの搬出が主目的だけど、これも事前準備の一つ。計画の本命は暗黒星雲の向こう側。創天が停泊している星域の外側に広がる未開発恒星系の開発計画。その初期段階計画だから」


 3Dミニマップが引いて、より大きな範囲を映し出す宇宙図を描き出す。

 ファルー星系を含む紅く色づけされた宙域が眼前を遮る山脈のように広がる暗黒星雲の縁ギリギリまで迫って広がっている。その向こう側には真っ白に色づけされた星域。

 紅い方がアリスのいっていた星系連合の支配領域。白い方が未開発区域ということだろう。 


「これを見れば判ると思うけど、星系連合の開発はライトーン暗黒星雲に邪魔されて止まっている段階。この先に主系列星に属する安定期の恒星が主星の星系がいくつもあるのは、さっきのレア鉱石衛星を採掘した冒険家の報告で判っていたんだけど、今までは他に楽に開発できる所もあったから手を出してなかったの」


「冒険家ね。宇宙開拓ってまたロマンだなそりゃ……迂回するのは時間がかかるからやらないのか?」


 何ともいつの日か忘れた子供心がうずく話だが本線を外れそうなので、我慢して気になる事を尋ねる。

 話を聞いていると無限の時間があるようにも思える宇宙人の事。多少遠回りで時間が掛かっても暗黒星雲の縁を進めば問題無いんじゃないかと思うんだが、


「それもあるけど他にも原因があるの……シンタ。宇宙船の航路ってどんな感じだと思う? ファルーから、この辺りまでの航路を書いてみて」


 しかしアリスは首を横に振ると、ファールーからすぐ近くの暗黒星雲の1カ所を指さしながら逆に俺に質問を返してきた。


「どんな感じって言われてもな……あーこうか。こんな感じでルートが決まっていてその上を進む、んで所々跳んで距離を稼ぐって所か」


 俺は3Dマップに手を伸ばし、ファルー星系を基点に暗黒星雲の縁をなぞりつつ、所々飛び出ている触手を避けながら、アリスが指し示した地点までの蛇行したルートを書き示す。

 俺がなぞった線がマップに表示されているのは、おそらくリルさんが気を利かせてくれたのだろう。


「これだと不正解。リル。航路を書き示して」


 アリスは俺の示した答えに×をくれる。

 まぁそりゃそうだ。どういう基準かも判らず、とりあえず適当に書いた線だし。


『はい現状のお嬢様の能力に合わせた航路予想図を表示いたします』


 元々当るはずもないと思っていたんだが、映し出された予想外の正解に目を丸くする。

 リルさんが正解として3Dマップに示したのは、青、黄色、青、紫。色取り取りの水玉模様だ。


「…………あーアリス。これだと点だぞ。これのどこが航路なんだ」


 水玉はそれぞれ全く繋がっておらず、しかも不規則に適当にばらまかれている。

 水玉が集中している場所があるかと思えば、ぽつんと一個だけ置かれている物。はたまた逆に全く存在しない星域。  

 一つだけ見いだせる法則性があるとすれば、内側は薄い青から始まり、外側に行くほど濃い色に変わっている。

 こんなの予想できる訳も無いし、これを見て航路と思えは無理がありすぎる気がするんだが、


「シンタが想像したのは、たぶん地上とかの道路みたいな感じでしょ。ここに行くにはこの道を通るって感じで。でもここは宇宙。とてつもなく広いんだよ」


 ここまで聞いてアリスの言いたい事を理解した。

 ついマップ上での通りやすさ等から線で航路を考えていたがこれは俺の想像を超えたレベルで縮尺された地図。

 小指の爪くらいの大きさでも現実には太陽系がすっぽりと収まるくらいの広さがあるのかもしれない。

 そんな距離を律儀に進む必要は無い。宇宙人は手に入れている。未だ地球人類には空想の世界である空間跳躍という胡散臭いショートカット方法を。


「……そういうことか。要は跳びやすさって事か?」


「そう正解。宇宙船はね線で進むんじゃないの。点で跳ぶんだよ。だから航路は点で示されるの。ただ跳躍には膨大なエネルギーを使うから、並の船じゃ跳躍を繰り返せばすぐにエネルギー不足になるし、メンテも必要になるの。だけど迂回ルート上には、安定しているめぼしい恒星がなくてエネルギー補充とメンテのための中継点を作れないし、余所から恒星を持ってきて作るとなると、千以上の中継点を作る事になったうえ、航行にも膨大な時間が掛かるの。だから迂回路は創天みたいな長期無補給航行が可能な船以外じゃ、現実的じゃないの。実際あたし達も星雲の向こう側に出るのに、このルートを通ったけど、五百回以上の跳躍して地球時間で三十年も掛かったから」

  
 暗黒星雲に沿って無数の点が一直線に伸びていく。創天は何百回もの跳躍を繰り返して予定星域に到達したというが、それが如何に長い旅路だったのか俺の想像ではとても追いつきそうにない。


「それならいっそ技術的には高度だけど、暗黒星雲内の原始星を圧縮して、丁度良い恒星化して中継ステーションを作って、ついでに跳躍可能な空間を確保する方が手間が掛からない。それが今回の開拓計画」


「恒星を運んでくるより作る方が楽っておい……すげーな宇宙」


 アリスの説明に思わず頭がくらくらしてくる。楽と大変の基準が俺の理解の範疇外すぎる。


「これくらいで驚かないでよ……話を戻すね。こっちこそシンタに聞いてもらいたいからちゃんと聞いて」


 ぼやく俺を見て微かに笑みを浮かべたアリスはかなり無茶な注文をつけてくるが、すぐに表情を改める。

 その口ぶりからするに、これから話す話が俺の本命の質問。

 アリスにとって相棒という存在が何を意味するかの答えなのだろう。



「点がある所が跳べる場所とその成功率をしめしてるの。青色は安全。黄色で要注意。赤、紫は危険度が高いって順。点が無い所はあたしの今の力じゃどうやっても跳べない場所。さっきシンタに書いてもらった場所は、危険性を無視すれば跳べる最大距離地点。機械補正もいれた上でのあたしのディメジョンベルクラド能力の限界点」


  アリスが言うとおり先ほど俺が線を繋げた地点には、実に嫌な色をした紫の水玉が鎮座している。アリスが安全だと言った青色はその1/10以下の距離にしか存在しない。

 悔しそうに下唇を噛んだアリスが右手の人差し指で自分のメタリックウサミミを弾くと、澄んだ金属音が響いた。


「非常事態でもないのにそんな危険な事出来ないから、青色の安全距離での跳躍を5回やったら、しばらくエネルギーチャージでお休みって感じで小刻みに移動するしか出来ないの。本来の創天のスペックならもっと大距離を跳べるんだ……リル。お母さんの能力値で出してみて」


『了解いたしました。先代スティア様の最終データで跳躍可能地点を表示いたします』


 リルさんの声が響くと共に3Dミニマップは一気に様変わりする。

 アリスの時はまだらな点となっていた水玉は、ファルー星系を中心に巨大な青い円を描きながら、外に外に広がっていく。 

 その巨大な円は暗黒星雲を軽々と越えミニマップの端ギリギリで青色から、うっすらとだが黄色に色が変わり途切れていた。

 
「すごいでしょ。これが光年距離をナビゲートできるディメジョンベルクラドでも当代最高って言われてたお母さんの力。その気になれば、ブラックホールの縁だろうが恒星の直近だろうがタッチダウンして、銀河系の端から端まで10万光年を一ヶ月で往復できるってよく言ってた」


 母親を自慢するようにも聞こえる言葉に対し、アリスの声は寂しげでそれに少しいらついている成分が混じっている。

 根が真面目なこいつのことだ。自分の現状と、偉大すぎる母親とを見比べたりでもしているのだろうか。


「ディメジョンベルクラドの能力値の違いは遺伝とか経験とか年齢もあるんだろうけど、それよりもっと大切なことがあるの。それが”パートナー”の存在。お母さんのパートナーはあたしのお父さん」


 アリスは俺に向き直り少し上目遣いながらまっすぐに俺の目を見つめてきた。


「あたし達はこの宇宙だけじゃなくて、違う次元の宇宙まで感じる事が出来るっていったでしょ。それをより遠く、より深く感じる為には、心の底から信頼できるパートナーが必要なの。パートナーに対する信頼が強ければ強いほど、より遠くの、より深い場所まで見通す事が出来る……あたしにとってパートナーであるシンタはね。この暗い宇宙で強い光を放ってあたしの周りを照らし出してくれる灯台みたいな存在なの」  
 
 
 瞬きもせず俺を見つめる金色の目に吸い込まれそうな力を感じ、俺は言葉もなくただアリスの言葉に聞き入っていた。



[31751] 信頼する理由
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/03 01:15
 平時ならお前はポエマーかと突っ込みたい台詞も、茶化したり冗談を言わせぬ張り詰めた雰囲気をアリスが醸し出していた。

 ついぞ見たことのない真剣味を帯びた瞳でまっすぐに俺を見ているその強さが、アリスにとってこの話がどれだけ重要で大切かを教えてくれる。

 目は口ほどに物を言うって言葉は宇宙人にも通用するようだ。

 信用していない人間に対してこんな表情を向けるわけがない……と思いたい。

 なにせここはいくらリアルに見えてもVR。表情や仕草の微調整から、声や性別に合わせた身体の動きまで変えようと思えば変更できる。

 ましてや宇宙人のオバテクの代物ともなりゃ、それこそ見た目だけでは判別不可能だと思う。

 だからここはアリスの言葉ではないが、アリスを信頼する。素の表情、嘘偽り無いの言葉を向けてくれていると。

 どうにも疑り深いというか、捻くれている自分自身に呆れつつも、アリスの言葉を額面通りに受け入れ考える。

 比喩的な表現が多い辺りはアリスらしいと言えるが、細かな理論理屈は抜きにして結果だけを簡易に理解するならば、アリス達が持つディメジョンベルクラドの力は信頼できる存在と、それに対する信頼度によって増減すると。

 星々を行く宇宙船の空間跳躍の精度が精神次第ってのは、超科学なのかオカルトなのか微妙に悩む所だが、その根性論的理屈でいくならば気になる事が一つ。

 アリスは母親と比べた場合の自分の力の無さを気にしているように見えた。

 この場合アリスの能力は低い=俺はあまり信頼されていないという事になるのだろうか? 

 そんな疑問が一瞬胸に浮かぶが、すぐにその回答がバカらしくなり思考から消し去る。

この場の空気で、『お前って俺を信頼してないのか?』なんて気の利かない質問なんてしたもんなら、それこそ信頼度はだだ下がり確定だ。

なら母親の能力が突出していると考えた方が無難か。

 そうなると気になるのはアリスの能力が世間一般、他に存在するだろうディメジョンベルクラドと比べてどれくらいかだ。

 しかし真正直に聞くのも少し躊躇する。

 もしアリスの能力が平均から見ても低い、所謂落ちこぼれだったら……さっきまでのうだうだ腐ったダウン状態に逆戻りしかねない。


「俺と知り合ってお前の能力ってどのくらい変わったんだ。結構変化あったのか?」


 だからアリスが持つディメジョンベルクラド能力が、どの程度の物で影響を与えたのかだけを何気なく興味本位といった風を装って尋ねる。

 情報としては不十分だが、アリスの機嫌を損ねるよりはマシ。平均値は後でリルさんにでもこっそり聞けば良いと思っていたのだが、


「シンタ狡い。あたしがシンタを信じてないかもって疑った上に、あたしの能力が低いかもって思ったでしょ……素直に聞けばいいのに、なんでそんな回りくどいことするかな。変な気づかいされる方が嫌なんだけど」


 勘の鋭いアリスにはそんな俺の姑息な考えは、端からお見通しのようだった。

 一瞬だけでも抱いた疑念を感じ取り、さらにそこから俺の質問の真の趣旨に気づいてふくれっ面のジト目になり、頭のウサミミも威嚇するように立てている。

 うむ。勘がよすぎる相棒はこういうときには困る。  
 
 現役プレイヤー時代に背中を任せて戦ってた時は、ちょっとした仕草や短い指示で俺の意図を完璧に理解してくれた勘の良さは重宝したんだが、どうにもこういった腹芸の相手には分が悪い。 


「あー……わりぃ。許してくれ」


 見抜かれたなら言い訳がましい言葉を積み重ねても無意味。素直に謝るしかない。拝み倒すように両手を合わせてとりあえず謝る。

 外見だけなら十代半ばの少女相手に、いい年した男が頭を下げるというかなり体面の悪い姿だが致し方ない。
   

「都合悪くなるとすぐ謝るんだから。リル。航路図の地球時間で7年前からの部分をクローズアップ。ジャンプ毎に色を変えて表示」


 ついつい余分な気づかいを考えた俺にさらに気分は害したようだが、それでも律儀に答えてくれる辺りがアリスらしい。 

 アリスの指示から一秒の間もなく俺の目の前で周辺星図を表示していた3Dウィンドウの一部が切り取られ、新たに4メートル四方ほどの大きさで拡大表示された。

 アップ表示されたのはライトーン暗黒星雲を迂回する航路の中間地点を若干すぎた後半部分で、その部分に表示されていた白色の跳躍ポイントが赤青緑の三色に塗り直され再表示されている。

 
『跳躍順に赤、青、緑の三色を繰り返して表示させていただきましたが、変化をご理解いただけますでしょうか。ご要望とあれば、地球時間での日付と、距離の比較をしやすいように跳躍地点を繋ぐラインも引かせていただきますが』


「いえ、大丈夫です……アリスここか? 俺と出会ったの」


 気を利かせてくれたリルさんの申し出を俺はやんわりと断りながら、拡大されたマップをざっと見回した俺は見当をつけると、其処を指さしアリスに確認を求める。  

 その点の直前までは物差しで測ったかのように等間隔で並んでいた点の距離が急激に増加している。

 目算で三割増って所か。これだけ分かり易ければ間違いようはない。


「むぅ……じゃああたし達がコンビを組んだ日はどこでしょう?」


 つまらなそうに唇を尖らせたアリスは正誤については答えず、逆に新たなる問いを投げかけた。

 パッと見にはまだ許していない風なスタンスを取るアリスだが、本人の心を代弁しまくる頭のウサミミは機嫌のよい犬の尻尾のようにフリフリと左右に動いていた。

 当たってるか。単純な奴……でも、これで次の答えを外したら逆戻りするんだろうか。

 大外ししたらウサミミがどう変化するんだろうかという、どうでもいい興味がわき上がり、ついつい答えを外してやろうかという誘惑が俺の中に浮かぶ。
 

「……ここだな」 


 悪戯心を振り切った俺は先ほどの点から少しだけ腕を右にずらして、確信を持って3つ先の点を指さす。
 
 その瞬間、アリスのウサミミがパタパタと大きく動いた。


「うん……両方とも正解。よく判ったねシンタ。最初に指さしたのがシンタに出会った日。この日からねあたしの力は強くなっていったの。そりゃお母さんの足下にも及ばないし、銀河を股に掛ける惑星改造会社の代表としても全然足りないけど、同年代のディメジョンベルクラドじゃトップクラスになれたんだよ。これも全部シンタのおかげなんだから」


 実に嬉しそうな明るい笑顔を浮かべたアリスは大きく頷く。よし完全に機嫌は取り戻したようだ。

 アリスの言うことを自分なりに解釈すれば、プロクラスではないが、学生リーグのトップグループに上昇したって事だろうか?

 しかし喜んでいるアリスには申し訳ないが、この答えを素で外せってのは逆に至難の業だと思う。

 なんせ俺がコンビを組んだ日として指さした場所は、出会った日よりもさらにバレバレだっての。

 そこの地点からは跳躍距離が倍以上に伸びていた上に、さらにこの先も跳躍する毎に大小の差はあれど距離が確実に増加している。

 何かありましたって全力で意思表示をしているようなもんだ。

 ある意味単純なアリスらしい分かり易い物だが、逆にあまりの分かり易すさに一瞬罠かと疑ってしまったレベルだっての。


「ここもすごい伸びてるでしょ。ここはね。あたし達が初めてボス戦MVP取った日で……」


テンションが跳ね上がって周りが見えていないのか、そんな俺の呆れ交じりの心情には気づかず、アリスは跳躍地点を一つずつ指さしながら、どうして力が増したのかと思い出交じりにニコニコと説明を始める。

 
(三崎様。お嬢様が三崎様と出会われるまでの平均跳躍距離を1として、比率表示したリストをご用意いたしました。ご確認ください)


 はしゃぐアリスの邪魔にならないようにとでも気遣ったのか、リルさんが他者不可視チャットで俺にささやく。

 本当に気が利く人(?)だと感心しつつ、俺はアリスの視線に入らない背後に右手を回し仮想コンソールを展開。

 インベントリーに送られてきたリストを開いて地球時間での日付が入った内容にざっと目を通す。
 
 出会った日から最初の跳躍が1.29。

 相棒になって初の跳躍は2.14。

 俺とのコンビ戦闘とギルメン達の支援もあって最高累積ダメージをたたき出したアリスが初めてMVPを取った日が2.46。

 たった一年ほどの間にアリスの力は、今までの三倍近くまで跳ね上がっている事をそのリストは示していた。


「それでここは念願のギルド居城を購入した日だよ。もちろん覚えてるでしょ?」


「あ? ……あぁ、あったな。覚えてる覚えてる」
 
   
(ありがとうございます。少し聞きたいんですけどこれくらいの能力上昇って珍しいんでしょうか? アリスのテンション跳ね上がりすぎなんですけど)


 ウサミミをぶんぶんと風切り音がする位に動かし夢中になって説明するアリスに適当に相づちを返しながら、一目瞭然となったリストをくれたリルさんに感謝しつつ尋ねる。


(この短期間でここまでの上昇は珍しい部類には入ります。ですがそれ以上にお嬢様がお喜びなのは、先代の事故より三崎様達とお知り合いになるまでの数百年間。一切の能力上昇がありませんでしたので、その反動が大きいかと推測いたします)


(……それは他にパートナーになるべき人物があらわれなかったって事ですか? 信頼できる人間がいなかったって事でしょうか)


(ディメジョンベルクラドにとってのパートナーとは、ただ信頼する人物というだけではありません。波長とでも申しましょうか、上手く噛み合わさり組み合わさるそういった人物なのです。これはご本人にしか理解できない感覚ですので、多数のパートナー候補を見つける方もいらっしゃれば、お嬢様のように長い年月で三崎様が初めてという方もいらっしゃいます。思考に合わせようとしてみたり、精神データを調査し探索しても特定は無理でございますので、巡り会いは天運に任せるという類いの物でございます。おそらく三崎様ならこの感覚をご理解になれると思いますが)


 なんとなく、本当に何となくだがリルさんの言いたい事が判る。

 リア友にも他のギルメンでも気の合う奴はそれなりにいたり、いるが、アリスだけは何か別格というか違う。

 考え方も、戦い方も、性別やそれどころか生まれた星すらも違っているのに、どうにも気が合う。

 たまに揉めることはあるが決別することはない得がたい存在。それが俺にとってのアリスだ。


(えぇ何となくですけど理解できます……アリスにとって稀少な存在であるから、リルさんは俺に味方してくれると)


(はい。お嬢様にとって三崎様の存在は大きくプラスであると私とローバー専務は判断させていただいております。無論我々から見て未開星のご出自であることを考慮したリスクもございますがそれを補ってあまりあると私は考えており、逆にローバー専務はそちらのリスクの方が大きいとのご判断です)


(成人ってのは? アリスが前に自分が大人になれば何とか出来るけどまだ無理だって愚痴っていたんですが) 


(ディメジョンベルクラドにとっての成人とは、空間把握能力を補足する頭部機械を必要としなくなった状態を指します。幼年期においては空間把握能力の安定性や精度に揺らぎが多く機械補助が必須となります)


(じゃあアレは歩行器みたいなもんだって考えれば良いでしょうか) 


(そのようにお考えいただいても間違いございません。幼年期から成人期への切り替わり時には数倍から数十倍までの能力増加が起きたのちに能力が安定し成人期を迎えます。同時に成人以降はその最大能力値は減少することはあれど上昇いたすことはありません。成人期の能力値は幼年期に如何に伸ばしたかに比例いたしております)


 分かり易く理解するなら、ゲーム内の一次職、二次職の違いって所か。

 転職と同時に能力値は大幅アップ。ただし一時職の時に頑張っておかないとその伸びしろも小さいと。


(成人っていうのは個人差があるでしょうが、アリスにそれが訪れるのはまだまだ先だっと?)
  

(はい。ご推測の通りです。お嬢様が安定期を迎えるには平均値から見て後3,4期。地球時間で400年ほど必要かと判断しておりました)


(おりました? 過去形って事はその予想に変化があるって事ですか)


(パートナーを見つけられた方が早熟なされて能力値を大幅に伸ばし早々と成人期を迎えた例もございます。短期間で繰り返される能力値の大幅上昇はその典型的兆候でございます)


 パートナーを見つけて少女はオトナになりましたってか。

 エロイ響きを持つフレーズだが、内情は全く色気のないのが俺とアリスらしいといえばらしい。


(また一言にパートナーと申しましても個人個人で違いもございまして、出会った多くの方と気が合い気軽に仮のパートナーとしての関係を結び、正式なパートナーを選ぶ方もいらっしゃれば、広い宇宙を彷徨った末に唯一無二のパートナーたる人物に出会えた方。パートナーたりえる人物についに巡り会え無いまま、成人なされて能力が固定化された方というように千差万別でございます。私共はこのままではお嬢様はパートナーたる存在を得られず、低レベル能力で固定化される事を強く危惧いたしておりました。ですから私はもちろんローバー専務も三崎様には感謝いたしております)


 これがリルさんやローバーさんが俺に対して敬意を持って接してくれる理由か。

 そういえば先ほど読んだ社史では、アリスの遠いご先祖である創業者も身分差を乗り越えて結ばれたとある。

 この事柄からも、ディメジョンベルクラドにとってのパートナーってのは、俺が思っている以上に重要で意味のある存在って事か。理由としては十分に納得できるものだ。


「あと。ここ。ここもすごい伸びてるでしょ。ここも重要な日なんだよ。シンタ判る?」


未だ上機嫌に解説を続けるアリスは踊るようにぴょこぴょこ動くメタリックウサミミの切っ先を俺の方に向けてきた。

 っと、やべぇ。リルさんの話に意識がいってて聞き流しすぎた。アリスが指さす場所を見ながら、視界の隅でリストを動かし該当場所の日付を確認する。

 日付はおおよそ三年前。俺が大学卒業しプレイヤーを引退を決めた頃と被る。しかし何かあったかその近辺? 

 あの頃はホワイトソフトウェアに就職も決まった大学卒業間近のほぼプレイヤー引退時で、距離を置く為にゲームにもあんまり繋がずにいたんで、アリスの信頼度を伸ばすどころか、下げまくってただけのような気もするんだが。


「ん? シンタ何。覚えてないの」


 答えに詰まった俺をアリスが軽く睨んでくる。といっても、からかいの成分が混じっているのか、怒っているような雰囲気はない。


「無理言うな。日付が書いてもないのに、さすがに全部はわからねぇっての。お前よく覚えてるな」


 跳躍日時についてはしらを切りつつ、思い出せない事を素直に告げる。何せ本当に記憶を漁ってみても思い出せないんだから仕方ない。


「むぅ。しょうが無いなシンタは。ここはねシンタがあたしの無茶なお願いを聞いて助けてくれた時なのに。ほらシンタが引退しちゃうからって、いろんな人から結婚の申し込みが来たでしょ、あの時」


「あぁ、あれか。そういや困ってたな」


 アリスの指摘でようやく記憶が繋がる。

 有象無象からの結婚申し込みを防ぐ為に俺が選んだ手段は、アリスと婚姻関係にあるキャラデータを消さずに会社に頼み込んでアクセス不可な封印状態にしてもらうという、入社予定のGM候補だから使えたある意味裏技。

 ……このおかげで入社前に借りを作りすぎて、しばらく給料日に佐伯主任やら開発部の面々に奢らされたり、思惑を崩されたプレイヤー連中から本気の殺意交じりに某掲示板で叩かれたりしたんで、あまり思い出したくない記憶だ。


「ん。でもお前、この後もちょこちょこ伸びてないか? ここから後って関係ほとんど過疎ってたよな」


 リストとマップを見比べていた俺はある事実に気づいてアリスに問う。

 この辺りを境にGMって職業上、中立性を保つ為にアリスを含めギルメン連中とは距離を置いていた。

 だから信頼度を上げるようなこともなく能力は伸びていないと思ったのだが、前半と比べてかなり落ちてはいるが0.2や0.4等、少量ずつだが比率が伸びていた。


「……楽しかったから。何時もセオリー無視のとんでもない手で来るから、操作GMは原則非公開なのに中身がシンタだって判るでしょ。絶対ミサキだ。ぶっ殺してやるって、平時は仲の悪いギルドやプレイヤーも協力する対ミサキ同盟ってのもあったくらいなんだから。シンタも知ってるでしょ。『餓狼』と『Fire Power is Justice』なんかもシンタ相手の時は協力して、貴重な完全蘇生アイテムも惜しげ無くつかって、身代わりガードに入ってたくらい」


 アリスが上げた名は、狩り場などで揉めて、他の無関係なプレイヤーまで巻き込んだPK合戦に発展してた事もある犬猿の仲でよく知られていた大手ギルド達だ。

 俺が現役時代にはその二大ギルドは多数協力前提のボスキャラ戦でも、下手に担当地区が被ると互いの足の引っ張り合いで揉めまくっていて、とても協力プレイって雰囲気じゃなかったんだが、どんだけ嫌われてたんだよ俺。

 
「そんな同盟を作ってたのかよ……いや、まぁゲームを面白くするのがGMとしての仕事だから本望っちゃ本望なんだが。でもそれでよくお前からの信頼度が上がったな。お前、性格の悪い手ばかり使うって怒ってただろうが」


 忘れもしない最後となったボス『アスラスケルトン』の時なんぞ、怒ったアリスが直接怒鳴り込んできた位だってのに。


「判ってないなぁ……そりゃシンタの狡い所にむかっとするし、みんなものすごく苦戦するけど、その分シンタを倒したときはすごい盛り上がったの。みんな一斉に勝ちどきを上げたり、派手なスキル連発して花火みたいにして、お祭りみたいにバカ騒ぎになってたんだよ……シンタはあたしに最初に会ったときに言ってくれた言葉は覚えている?」 


 また試すかのような視線をアリスは俺に向けてくる。さすがに二連続では外せば、機嫌が悪くなるか?

 しかし今度のはばっちりと覚えている。なんせ楽しんでいるゲームをバカにしたかのような発言をしくさってくれたんだから、インパクトが強すぎて忘れる訳もない。


『ねぇ、そこの人。作り物なんでしょここ……そんなに一生懸命やって何が楽しいの?』

 
 つまらなさげな顔をしたアリスからのこの問いかけに俺の答えは、 


「お前、ウチのギルドはいれ。リーディアンの楽しさって奴を俺が見せてやる……だろ」


 当時の言葉を一文字一句間違いなく俺は口に出す。

 今思うと横暴にもほどがあると思うが、これがアリスがウチのギルドに入った切っ掛けだったりするんだから、世の中判らない。


「正解。だからシンタにその意識が無かったかもしれないけど、GMになってもゲームのおもしろさをあたしに見せ続けてくれてたのに変わりは無いでしょ。それがあたしがシンタを信頼し続けれた理由。納得できた?」


 ゲームが楽しかったから俺を信頼できたと。

 人の事は言えないがゲームが中心にあるのが、さすが元廃人と呆れるべきか感心するべきか。


「まぁな。にしてもアリス、お前かなり影響出やすいんだな……ローバーさんが言ってた能力の消失の可能性になる場合もあるのか」


 ここまでは全て+の方向に入っているからいいが、問題は-の方向に振れたとき。こんなに敏感に反応しているとなると、-方面での影響も多いと見た方が良い。


「うん……ローバー専務が心配しているのは、あたし達が失敗して地球を売却しなくちゃいけなかったり、借金の形に取り上げられて、地球人を除去しなきゃいけない時。その時はシンタに対して申し訳なくて、あたしはシンタを感じられなくなると思う。そうしたらディメジョンベルクラド能力は大幅減少、最悪消失しちゃうから」


「アリス。地球の所有権が他に移っても現状維持ってのは無理なのか、それなら罪悪感抱かなくてすむだろ」


「たぶん無理。買ってくれた人や企業にメリットが無いもん。それに地球文明は危険度レベルの判定ギリギリのラインなの。所有者の報告書一つで簡単に殲滅申請許可が通る位に攻撃的で破滅的って判断されるはずなの。原生文明生物がいなくなれば、保護規定からも外れて開発可能になるから、次の所有会社はそうするだろうし、もし地球を売って会社を救おうとする場合も高値にするにはそれしかないの」


「地球人の未来は宇宙人の胸先三寸ってか……目的はレア資源狙いか?」


 先ほどの食事休憩中に聞いたアリスの話じゃ、太陽系のあちらこちらに文明レベルがブレイクスルーする為に必要なレア資源が手つかずで眠っているという。

 誰かが配置したんじゃないかというトンでも予想は無視するとして狙いはそちらと考えるのがベストか。


「それもあるけど。地球っていうか太陽系は位置的に中継星系として開発するには最適な場所にあるの。周囲に危険な場所も少なくて航行しやすいし、恒星も安定しているし、星系内に各種資源がバランスよく揃った開発にはうってつけの星系なの。今はシンタ達がいるから、原則周囲は立入禁止で星系外に特殊フィールドを張って内部からの観測をごま明かした状態」


「ごまかすってお前。まさか見上げてる空が本当は違うって事か?」


「えと……うん。地球人が初期文明を持った1万年くらい前から、星の移動や開発の痕跡は消して、映像とか熱データ、宇宙線とか偽造してごまかしてるの」


 アリスは少し躊躇した後に申し訳なさそうにうなずくが、肯定しやがった。


「いや待て宇宙人。NASAやらJAXA。あと世界中の天文学者と天体観測少年に詫びいれろ。具体的には小学生時代の俺に謝れ」


 爺ちゃんに買って貰った天体望遠鏡で冬の夜空を見上げた懐かしくも美しい思い出が見事にぶちこわしなアリスの告白はさすがに予想外だっての。


「怒らないでよ。ちゃんと理由あるんだから。いきなり恒星が移動してたり、星より大きな船が観測されたらシンタ達もびっくりするでしょ。大昔にそれで狂乱状態に陥って、内乱が始まって滅んだ原生文明が結構あったから、恒星文明レベルに達するか、自滅する。もしくは周囲の星系や空間に影響を及ぼすような愚行をしでかすまでは、調査以外は不干渉が建前になってるから隠しているの」


 う……確かにアリスの説明は納得できる部分もある。

 遙か彼方に存在する未知の超科学文明。信仰の対象となるか、いつ攻め入ってくるかと恐怖の対象になるか。非常に微妙なラインだ。

 大揉めに揉めて荒れるよりは、隠して貰った方が親切っちゃ親切なのか?  

納得できる部分もあるが、どうにも納得いかない消化不良な部分に頭を悩ませていると、リルさんが、俺とアリスの間にウィンドウを表示した。


「ご歓談中失礼いたします……ローバー専務よりご連絡がありました。三崎様にこなしていただく課題が決まりましたので、入室許可の申請を申し込まれています」


 ようやく来たか。時刻は地球時間で午後十時。かれこれ半日近く待たされていたことになる。

 難航したのか、それとも合格させない為によほど意地の悪い設問を考えていたのか。 

 ついつい雑談交じりになっていたが、アリスやリルさんからある程度の情報、知識は得た。 些か心許ないが後はこれを如何に武器にするかだ。


「シンタ。許可していいよね?」


「おう。いつでも良いぞ」


 俺がうなずくとアリスは短く深呼吸してからウィンドウに表示されていた入室許可申請のボタンに軽くタッチした。


「お二人とも大変お待たせいたしました……早速ですが三崎様にしていただく課題をお伝えいたします」


 ウィンドウが消失すると共に、岩石で出来た棒といった風体のローバー専務が姿を現す。

 一切の前置きを排除していきなり本題から入ろうとするあたりが合理的な性格って事か。 

 その容姿や声からは感情が読み取りにくい相手を前に、俺は軽く息を吸い意識を落ち着かせて次の言葉を待つ。

 どんな課題が来ても驚きは表情に出さないようにと気を張る。

 すでに駆け引きは始まっている。

 開発に向いた星を見つけてこいか。それとも会社の借金をどうにかしろという無理難題か。

 何が来ようとも、何とか知恵を振り絞って考えてみよう。他ならぬ相棒アリスの為だ。


「お嬢様はご存じですが現在、我が社はこれより先の方針を巡り各部署での意見が対立し、業務に支障をきたしております。そこで三崎様には社内関係を円滑に進める為に、慰労会を開催していただきます。その成果によって三崎様の資質を判断させていただきます……お二人ともよろしいでしょうか」


 だがローバーさんから伝えられた課題は、気負っていた俺の予想からは大きく外れた内容だった。



[31751] 7人の重役
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/03 23:37
 ディケライア社は銀河をまたに活動する惑星改造会社。

 それゆえにその人材もアリスとローバー専務を見れば判るように、出身星が違い種族的特徴が全く異なる者も一緒に働いている。

 多種多様な種族特性を持つ事は、顧客のニッチなニーズを理解しやすくなる利点もあるが、一つ大きな欠点もある。

 それは生息環境。要は海の生物と、陸上の生物が一緒の場所で暮らせるかという基本的な問題。

 俺ら地球人が快適に生きていくには適度な酸素があって、適度な重力と気圧、気温も重要となる。

 だが宇宙人の中には純粋酸素でなければ死ぬという者や、逆に少量の酸素が猛毒って輩。

 はたまた外気温が500度を下回ると体液が固体化するのから、-200度以上の温度では肉体が融解するという御仁。

 1気圧で炸裂する者、圧縮される者、津々浦々。

 さてではそんな性格以前に肉体的に合わない連中が呉越同舟よろしく、一緒の会社で仕事をしようとなると、一件不可能にも思えるのだが、そこはオバテクというか反則的な宇宙人共いくつもの手があるらしい。

 代表的な物をいくつかあげてみれば、部署事に同系統種族で固めて専用環境艦や作業場所を作る。

 リアルの肉体を凍結保存し、数多の環境に耐えられるように作られたサイバネティック・オーガニズム、いわゆるサイボーグに精神体を移すという、オカルトのようなSF技術。

 そしてある意味で地球人でもお馴染みな、何でもありなVR空間を介したコミュニケーションの確保といった形だ。

 ちなみにディケライア社の場合はこの上記の方法を併用しているとのこと。

 通常業務は各部署事に別れた完全分業とし、合同作業にはサイボーグ、簡単な会議やコミュニケーションなどは創天内の専用VR空間と。

 各部の部長とローバーさんの計7人が集まって、これからの先を決める重要な会議も、ご多分に漏れずこのVR会議室で行われていた。












「これ以上ここにいても先はないでしょ! 航跡をたどり、敵を壊滅させ星を取り戻すのが一番手早い! 一族郎党全ての首を持ち帰ってあげるっての! それが姫様の為でしょうが!」


 何とも勇ましくも物騒な発言を発する20代前半ぐらいの女性。

 薄紫ショートヘアーで凛々しい顔立ち。血気盛んにぎらぎらと輝く目元と肩掛けしたコートといい、どこかの青年将校を思わせる鋭い威圧感を放っている。

 しかしその頭頂部にはセントバーナードのような垂れ下がった犬のような耳。実に似合っておらず、なんというかシュールだ。

手元の資料によるとこの獣人型女性はディケライア社星外開発部部長シャモン・グラッフテン嬢。

 星外開発部は宇宙空間における開発作業を管轄、施行する部署。

 惑星の移動や位置調整。星系内、星系外両航路開発や中継ステーション製造をメイン業務とするが、他にも資源強奪犯。いわゆる宇宙海賊や、他企業や他星系政府から妨害行為に対する防衛も含まれているそうだ。

 なんでそんなに物騒なこともやっているかというと、星外開発部は創業者の一人である帝国のお姫様に付き従っていた旧帝国軍親衛隊がその基になっているからとのこと。

 先代の事故の際に大半の所属部員が巻き込まれた為に、人員は激減しているが、士気、戦闘力はいまだ高く、ディケライア社一の武闘派部署であり、そのトップであるシャモンさんは、無手でも戦艦の一隻ならば単独制圧できる化け物じみた戦闘能力を有し、アリスに対し絶対の忠誠心を持つ真面目人間だそうだ。

 彼女の前ではアリスへの発言に気をつけないとVR越しでも俺の脳内ナノシステムを掌握して仕留めかねないというのが、リルさんからの情報+忠告。

 何時もの調子でうっかりからかったら殺されるって、どんだけ危険だこのイヌ娘。

 
「だーかーらその航跡が拾えないんだってば……残留反応から持ち去られた時間を調べるのが精一杯……で、その結果がボクらが今回の仕事を請けおったのとほぼ同時期……時間が経ちすぎ……第一こんな遠方に速攻で仕掛けられる連中なんだから……跳躍航跡も用意周到に消してあるに決まってんでしょ」


 疲れ切った声を上げて無理だと返したのは調査探索部部長クカイ・シュア。

 こちらは見た目はなんというか緑色のゼリー。もっと簡単に言えばグリーンスライムだ。

 アリスの解説によれば、普段なら人形態を取っているそうだが、疲れ切っている時や精神的に落ち込んでいるときは形態維持をする気力が湧かずに、本人的に一番楽なこのような状態になっているらしい。

 人間形態の映像を見せて貰った感想は、何とも元気そうなお子様といった所だが、なぜか映像が男女の二つあった。

 アリスに確認した所、クカイさんは雌雄同体種族でその日の気分で変わるらしい……宇宙って広いな。

 そんなクカイさんが率いるのが調査探索部。読んで字のごとく星域調査や資源探索を専門とする部署。

 クカイさんらの軟体ボディーは、空間の歪みや埋没資源の出す微弱な反応を拾う事に適している生体ダウジング種族とでも言うべき特性を持つらしい。


「じゃあ判るまで、やんなさい!」


 そんな疲労困憊?したクカイさんに向かってシャモンさんは無慈悲にも言い切った。


「うぁ…………イコ兄、説得は任せた」


 絶句したのかうめき声を上げたクカイさんはその色が緑色から薄いブルーに変わり、力なく伸ばした触手でテーブルの一角を指さす。

 クカイさんの触手が指す先には金色に逆立った短髪で、金属めいた銀色の肌をもつ長身の若い男。

こちらは資材管理部部長イコク・リローア。

 衛星級の大きさを持つ創天は、船というよりも巨大な都市。その内部には外宇宙艦から星系内専用の内宇宙艦まで数百単位で収納可能な宇宙港もある。

 また巨大な工場区画も存在し、小型艦の製造、補修から、惑星改造に用いる各種機材や生活物資の生成まで手広く行えるそうだ。

 宇宙船から今日の晩飯まで。ディケライア社全体の燃料から機材までを統合管理する部署とのこと。
 
 直接的な業績として目立つ部署ではないが、創天を縁の下で支える土台的な部署が資材管理部でイコクさんは種族的にみればまだ血気盛んな若者らしいが、兄貴肌で重要な資材管理部のみならず会社全体の若い連中をまとめ上げてくれている、信頼が置ける人物というのがアリスの評価だ。


「こっちに振るな……シャモン。資材管理部としてもこれ以上お前の我が儘に付き合えん。だからその提案は全面反対だ」


 一気に言い切ったイコクさんの言葉で、シャモンさんの目から隠しきれない怒りが滲んでくる。

 端で見ているこっちが背中に冷や汗をかくような鋭い視線なんだが、イコクさんは平然とした顔で真っ正面に受けて立つ。

 筋肉質の体格を窮屈そうに作業ジャケットに納めたその姿は、ぱっと見には俺ら地球人と肌の色位しか変わりないように見える。

 二メートル近くはあるだろう巨体に女性の胴体よりも太い二の腕やら、熊でも絞め殺しかねない大胸筋など、アメプロのレスラーだと言われたら素直に信じるレベルだ。

 ところがこの御仁、リアルでの体格はさらにマッシブ。

 身長は40メートル。体重3万5000トンの生体金属星人……いわゆる鋼鉄の巨人らしい。

 ウサギとイヌの獣人に、スライム、さらに金属の巨人と。なんともファンタジー色の強い面々だ。

 
「じゃあんたらはこのままここで手をこまねいて返済期限を迎えて、社を潰せとでもいうの!? 姫様を悲しませろっての!? 帝国軍人末裔としての誇りを忘れたの!?…………巫山戯た言動を漏らすのど笛はいらないわね! かみ切ってあげるからそこに並びなさい!」


頭のイヌミミを立ちあげたシャモンさんが、口元の犬歯をぎらりと輝かせる。今にも真正面から噛み殺しかねない獰猛さは肉食獣そのものだ。


「誰もそんな事言ってねぇだろうが。第一俺らは軍人じゃねぇし、そもそも帝国国民だったことすらないっての……このバーサーカーだけはホントに」


 だがイコクさんはあきれ顔を浮かべ重々しいため息をはき出すのみで、そんな恫喝に全くびびっていない。
 

「…………そうだったっけ? う……えと……私の記憶違い?」


 イコクさんの言葉にシャモンさんはきょとんと目を丸くして驚き顔を浮かべると腕を組んで悩む素振りをみせはじめた。

 その内心を表す頭のイヌミミが情緒不安になったかのようにきょろきょろと左右に動いている。どうやら心底、意外だったようだ。

 ……天然かこの人。
  

「あと手もこまねいてないぞ。今は反物質生成は自前の炉の余剰で作ってるだけで、作業船を飛ばす燃料のストックもあんまり無いから、安定供給のために先に恒星生成させろって提案を出してある。クカイもお前の無茶振りに答える傍らに、こっちの調査準備もちょろちょろやってんだよ。お前は会議資料はちゃんと読め。ガキの頃から本当に短絡的な奴だな……ちっとは成長しろや」


「………………」


 シャモンさんは頭のイヌミミをしゅんと落とし無言になるが、説教されたのが悔しいのか恨みがましい目を浮かべている。


「睨むな。俺らが揉めたらお嬢が困るだろうが……とにかく資材管理部としては無駄に終わる可能性が高い調査に出す船や燃料はこれ以上ないからな。それだけカツカツなんだよ。お嬢に対するシャモンの忠誠心は買ってるし共感できるが、今回だけは無しだ。本気で後がなくなる」


 ワイルドな外見に反して、どうやらイコクさんは結構理性的な性格か。

 自分の意見を正確に伝えつつ、シャモンさんの心情は理解し共感しているとさりげなく伝え上手く宥めている。何となくだがこの人とは気が合いそうだ。


「……あたしだって姫様を困らせるのは本意じゃない。案があるなら文句はないわよ、クカイ。イコク。ごめん」


 イコクさんからの忠告を受け取ったシャモンさんがばつの悪そうな顔を浮かべてから、それでも反省したのか二人に深々と頭を下げてから着席する。


「おう。で専務。資材管理部としては言ったとおり暗黒星雲内から原始星を適当に引っこ抜いてきて、企画部と星内開発部に恒星化してもらいたいんだが許可は出るか?」


 シャモンさんの謝罪に鷹揚に返事を返したイコクさんは、次いで椅子の上にふわふわと浮いてたたずんでいたローバーさんへと話を振る。


「それについては、イサナ部長とノープス部長から反対案が出ております。まずはイサナ部長お願いします」


 司会進行役を務めるローバーさんは部下に対しても変わらない丁寧な言葉で、


「はい専務……」


 ローバーさんに指名され声を上げたのは一匹の鯨。

 しかし鯨と言ってもただの鯨じゃない。提灯アンコウのように頭から触角が生えており、しかもその先端には人間の上半身ぽい輪郭の発光体がぴかぴかと光る。

 半漁人もしくは人魚と呼ぶべきなのか迷うこちらは、イサナリアングランデ星内開発部長。

 シャモンさんの星外部と対をなすのが星内開発部。

 惑星改造会社にとって重要な、惑星の開発、改善や動植物の散布、人工進化、増殖など星に関するあれこれをメインで行う部署とのことだ。 

「イコク部長。星内開発部としてはそちらの案件には反対させていただきます。その理由としてこちらをご覧ください」


 光っていて顔すらもよく判らない発光体部分が本体なのか、イサナさんは手を振って円卓の中央にライトーン暗黒星雲内の簡易3D星図を呼び出し、次いで細かなリストも表示した。


「こちらは星系連合より提供された今後の開発予定図です。見ればおわかりと思いますが、すでにめぼしい原始星は、中継地への利用計画が立案されております。現状所在判明している他の原始星も短期間での恒星化には些か適さない軽質量星です。無論時間と予算をいただければ可能ではありますが、位置的にはどうでしょうかシャモン部長」


「……運搬が困難。互いの重力バランスも考慮をしないと航路予定地や中継ポイントにも影響が出るかも。この近隣はただでさえ難所だから下手に手を出せない。抜いてくるのは難しそう」  


 ちらりと地図を見たシャモンさんは悩む素振りも見せずあっさりと断言する。武闘派一辺倒かと思ったのだが、この人案外優秀か? 


「やはりそうですか。ではクカイ部長。開発予定星域から外れたこの辺りを調査し、原始星を発見し、さらに運搬が可能になるまでの高い精度の周辺星図を作成するにはどのくらいの期間が必要となりますか?」


 さもありなんと発光体部分でうなずいたイサナさんは続いて、航路予定地よりずいぶんと外れた場所の一部を拡大してぐったりとしているクカイさんへと尋ねる。

 イサナさんが拡大した部分の暗黒星雲はマーカーで塗りつぶしたかのように真っ黒で、なんの情報も表示していない。


「ここ? ……やれなく無いけど時間がかかるよ。この辺り星間物質とかガスが濃すぎてたぶんまともに調査できないか、採算が合わなくて調べてない場所ぽいね。今のうちの人数じゃ、今期が終わるまでに調査できたらラッキーってとこ。人もしくは時間が足りない。はっきり言っちゃえば両方とも無いから無理無理」


 かなり軽い口調で頭?の上でクカイさんが触角を左右に振って否定した。


「お二人ともありがとうございます。以上の理由から私共星内開発部では、資材管理部のご要望である反応物質製造用恒星生成は、技術的には可能ですが、他の条件が難しく妥当な提案ではないとの結論に至りました。利用目的も反物質の安定供給と言うだけでは、対費用効果も低く、現状では優先度は低いと思われます。ですから反対票をいれさせていただきます……専務。以上です」


 イサナさんは発光体をちょこんと曲げてお辞儀めいた物をして話を締めくくる。

 物腰は落ち着いた物で丁寧、理論的、しかし結構ずばずばと切り込んでくるタイプか?
  

「…………ぐうの音も出ねぇなこりゃ。でノープス爺さん。あんたの方は?」


 反論の余地がないと天を仰いだイコクさんは、ゴツゴツした岩のような手で髪を掻いてから、イサナさんの右隣へと目を向ける。

 そこにいたのは透き通ったガラスのような透明な身体に仙人のようにも見えるエイリアンヘッドな長い後頭部を持つ爺さまだ。

 爺さまの前にはグラスと酒瓶らしき物が置かれているんだが、どうやら会議中にも関わらず一杯やっているようだ。

 このご老体は、ノープス・ジュロウ企画部部長。

 この人の役割は一言で言うならば星デザイナー。恒星や惑星をどういう順序で改造していけば目的の形へと成形できるかの道筋を立てる、重要かつ極めて難しい専門知識を求められる部署とのこと。

 アリス曰く、実績、技術とも銀河でトップクラスのデザイナー。普通なら一万年位で人生をリセットする者が多い現宇宙において、すでに数十万年周期で記憶を継続させている、惑星改造業界の生き字引的存在。

 そんな大層な爺さまがどうして潰れかけのディケライア社に在籍しているんだと聞いた所、アリスが社長に就任してからすぐに、ディケライアには若い頃に世話になったから力を貸してやるといってふらりと訪れたそうだ。

 義理に厚い性格には感謝だが、その入社経緯を見ても判るように、変わり者を地でいく人で、仕事の選り好みも激しく、新しいもしくは難しい仕事でなければやる気が起きないという難儀な悪癖持ちとのこと。 


「つまらん。たかだが燃料取りのために太陽を作れなんぞデザイナーとしての血が騒がん。もっと面白そうな仕事を持ってこんか」


 実に退屈そうな表情で単刀直入にノープスさんは答えつつグビリと杯を傾け酒盛りを続けている。

 
「どうせ作るならばいっそ盗まれた星系を丸ごと作らせい。寸分の狂いもなく再現してみせよう。その方が美味い酒が飲めそうじゃ」

 
 かっかと笑うノープスさんは実に楽しげだ。やり甲斐のある仕事に美味い酒って人生を謳歌しているなこの人。  

 うん……こりゃ難儀だわ。マイペースすぎる。煽てて仕事をさせようとしても、ノラリクラリと躱されそうだ。本気で面白いと思わせる仕事を用意する必要があるようだ。


「星系全形成はそりゃ俺も考えはしたっての。けどよぉ……サラス部長。そこまでの金って出ます?」 


 ノープスさんの提案にイコクさんが困り顔を浮かべて、会議場の上座へとちらりと視線を飛ばしつつ、おそるおそるといった表情で聞く。

 上座には専務であるローバーさんとその左隣にもう一人。

 そこに腰掛けるのは薄紫色の長髪の頭からピンと出たイヌミミを立てる外見二十代中盤の一人の女性。

 冷ややかと言うよりも険しい目つきは猛禽類。

 ただ座っているだけなのに全身からうっすらと殺気を放っているかのように張り詰めた威圧感。

 何とも怖いこの女性はサラス・グラッフテン経理部部長。

 名前と似通った容姿から分かり易いが星外部部長のシャモンさんの母親だ。

 ディケライア社の中核をなす経理部の女帝で、ローバーさんと共に先代の頃よりディケライアを支え、今はアリスを補佐してくれている人だという。

 しかしどこか抜けていて、ある意味で操りや……親しみを覚えるシャモンさんと違い、母親であるサラスさんには隙を感じない。


「経理部は今回の新規案、全てに反対する。我が社の財務状況を鑑みるならば、これ以上無駄な足掻きをする余力はない。私の案は以前の会議と変わらない。姫様の能力安定のためにもパートナーである現地生物の早急な確保後の、惑星G45D56T297ー3の売却益による財務健全化だ」  


 この会議が始まって初めて声を発したサラスさんは有無を言わせぬ強い声で告げる。

 威風堂々としたその物言いは思わずハイと返事を返してしまいそうになるほど。

 だがこの人の言っている事は、ようは地球は売れ、んでアリスのパートナーである俺はその前にアブダクションしてこいと。

 うむ、何ともはっきりした人だ。俺としちゃ到底受け入れがたい物だが、ある意味ここまで力強く言い切れるのは感心する。


「母さん! だからそれは両方とも反対だって前もいった! その惑星の売却は姫様が嫌がってるんだし、姫様が選んだのってそこの原生猿人なんでしょ!? 未開惑星から初期文明種族を研究目的以外で連れ出すなんてただの犯罪! 姫様を犯罪者にする気!?」


 異議有りとばかりに机をばんと打ち鳴らしシャモンさんが立ち上がり、サラスさんに指を突きつける。

 やはりあちら側から見ると地球人って猿か。間違っちゃないわな。確かに猿の進化形だ。ここまではっきり言われると腹もたたない。

 というか、未開惑星から連れ出すのって場合によっては罪になるのか……しかしそうなると俺の今の状態とか犯罪性ってどうなんだ?

 ネットで繋がっているだけだからセーフなのか、それともリルさん辺りが上手くごまかしてくれているんで大丈夫なだけなのか。


「相応のリスクはあるのは承知の上です。ですが益の高さは群を抜く。姫様の琴線に触れた理由は存じませんが、ディメジョンベルクラド能力の増加率はデータとしてはっきり表れています。これらの事実からもっとも有効的な方法を選択するそれだけの事です」 


 この二人その精神的ベクトルは違うが、意思の篭もったはっきりした物言いは確かに親子だと感じさせる。


「はっ! 母さんお得意の合理的な考え? バカじゃないの!? いくら同族同士の抗争で全滅しかねない低脳生物でも、自分の出身惑星と同族を壊滅させる相手に素直に尻尾を振ると思うの!」


 バッサリと切り捨てられたシャモンさんがそれでも牙を剥いて食い下がったが、その瞬間サラスさんの目に冷ややかな寒気が生まれる。 


「いくらでも手はあります……周囲に裏切られ絶望し憎悪し、寄る辺が姫様しか無くなれば、喜び勇んでその庇護下に入るでしょう。その程度の裏工作などさほどの手間でもありません。ましてや精神防御技術もない未開惑星。この場でもすぐに指示を出せます」


 ぞっとする寒気が背中を奔る。うん。やべぇ。この人かなりまずい。

 何を仕掛けてくる気か知らないが、ちらほらと漏れる不穏な言葉から相当えぐい真似をしでかす気だってのは判る。


「っ!? そ、そんな真似をして姫様が喜ぶと思ってるの!? あたし達は姫様を護る存在だっていったのあんたでしょ! 姫様の後見人になったからってなんか勘違いしてない!?」


 不穏なサラスさんの発言に、シャモンさんが切れた。

 実の親に対してあんた呼ばわりしている辺りが、その怒りの強さを感じさせる。  


「思い違いをしているのは貴女の方です。我らは姫様の歓心を得るために存在するのではない。例え主に憎まれ疎まれようとも主のために尽くす。それが我が一族の矜持です。愚直な力押ししか思いつかない貴女は黙っていなさい」


 だがそのシャモンさんの燃えるような怒りとは対照的な冷徹で寒気を催す怒気を込めサラスさんが反論する。


「っ、こ、この! ぶっ殺す!」


 その瞬間、シャモンさんが席を蹴倒してサラスさんに襲いかかった。
























 記録映像が終了すると、周囲の景色が一瞬歪んで回転してから創天のVRブリッジへと切り替わる。


「シンタ。お帰り……すごい揉めてたでしょ? この顛末、後で聞いて無理してでも出ればよかったって後悔だよ」


 ため息交じりの困り顔を浮かべたアリスが俺の目の前に現れる。

 俺が見ていたのはつい数週間前に行われた、ディケライア社の専務、部長クラスのみの方針会議の記録映像だ。

 この時アリスは各部の出した調査船などを跳躍させるために、ディメジョンベルクラドの力を酷使しすぎてダウンしていたそうで、会議には欠席だったそうだ

 記録というには臨場感がありすぎるのはさすが宇宙製という所か。


「なんか俺達の戦いはこれからだってって感じで打ち切られたんだけど、この後どうなったんだ?」


 襲いかかったシャモンさんの鋭い爪がサラスさんの首に触れる直前で、記録映像は唐突に途切れていた。あまりに不自然な切れ方は何らかの意図を感じる。

 血の繋がった親子の壮絶な殺し合いでも展開されて、あまりの凄惨さに記録を消去でもしたのだろうか。


「あー……この後シャモン姉がサラスおばさんに精神的にも肉体的にも一方的にぼこぼこにされるパターンだったから割愛したんだと思う」 


『シャモン様は我が社でもっとも戦闘力の高い星外開発部の長ですが、お母上であるサラス様もまた先代の星外開発部部長。しかも歴代最凶とまで謳われ、ディケライアの悪魔と他社からも恐れられた方です。シャモン様が打ち倒すには直接戦闘、舌戦共に実力、経験不足気味かと推測いたします。毎回毎回一方的で面白みはありませんが三崎様がご希望なら記録映像を各種ご用意いたしますがいかがなさいますか?』


 補足をいれてくるリルさんも機密という雰囲気ではなく、つまらないからカットしたと言わんばかりだ。


「サラスおばさん容赦がないからなぁ。シャモン姉はシャモン姉でおばさんにコンプレックスあるから、負けるの判っていてもすぐ張り合うし」


 アリスは何ともいいがたい微妙な表情でウサミミで頭を掻いている。あんまり緊迫感を感じ無いその様子からも、どうやら嘘はなさそうだ。


「シャモンさんって戦艦単独で落とせるとか言ってたよな。それを子供扱いってどんだけだよ……つーかお前そんな化け……人を相手におばさんってよく呼べるな」   


 思い出しただけで寒気を覚える雰囲気を持っていたサラスさん相手に、どうにも暢気なアリスに呆れてしまう。


「おばさんって、仕事の時はたしかにえげつなくて鬼とか悪魔なんて言われてるんだけど、プライベートは真面目だけど優しい人だから。それにサラスおばさんってあたしのお父さんの妹なんだもん。だからおばさんって間違いじゃないでしょ」


 アリスの発言に俺はつい言葉を無くす。

 サラスさんはアリスの父親の妹。そしてサラスさんの娘であるシャモンさんは、つまりはアリスの従姉妹になる。

 ということは……………


「お前。自分の叔母と従姉妹に『姫』呼びさせてるのかよ。正直引いたわ。ミヤさんじゃねぇんだからよ。お嬢はともかくとして姫は無い。姫は」


 俗に言う姫プレイヤーにはあまり良い思い出がない俺としちゃ、自分のことを姫と呼ばせているだけでもかなり減点要素なんだが、まさかアリスがそういう人種だったとは。


 現役時代はそんな兆候はなかった思ったんだが、それともGMとプレイヤーと離れている間に姫プレイヤーに墜ちやがったか?


「ちょ!? みゃーさんと一緒にしないでよ! あたしは嫌だって言ってるのに、あの二人が五月蠅いんだってば! 公の場だけでもいいから、ちゃんと呼ばせて欲しいって!」  


 どん引きしている俺に心外だと言わんばかりにアリスが抗議の声を上げる。

 
「本当かよ……ん? あの二人、なんか反りが合ってないけど、その辺は一致するのか」


 今度元ギルメンである大学時代の後輩にでも確認してみようかと思いつつ、アリスが漏らした一言が俺の気に掛かる。

 どうにも感情的なシャモンさんと、合理的という名の非情さを持つサラスさん。

 親子と言えど殴り合いの喧嘩をやらかす位だから、全くの別タイプと思うんだが。


「本当だってば。もう……おばさんとシャモン姉はなんて言うか根っこの部分は同じかな。基本的に真面目だから。それに二人ともあたしの事を本当に考えてくれてるの。でも考え方が違うからすぐに揉めるんだけどね」


 困っていると眉を顰めつつも少しだけはにかんだ笑顔でアリスは答える。

 この表情はあの二人にアリスが信頼を寄せている証拠だろうか。


「あ、でも心配しないでね。おばさんは地球売却を進めようとしてるけど、あたしは反対だから。絶対売らせないから」


「売らせないって言ってもなぁ、あの会議を見た感じだと、あんまり建設的な案が出てない様子だぞ……リルさん。あの後に合同会議ってあったんですか?」


『いえ、今現在は行われておりません。シャモン様が話にならないとボイコットしており、地球売却反対派としてイコク部長、イサナ部長も同調しております。賛成派はノープス部長とサラス様のお二人。クカイ部長は保留。ローバー専務は議事進行役という立場上中立を保っておられますが、心情的には反対派のご様子です』


 ボイコットね……これがローバーさんが言ってた社内の不協和音か。これをどうにかするために慰労会を開催しろと。


「リルさんすみませんもう一つ聞きたいんですけど、俺をこっちに攫ってくるって案もありましたよね。あれの賛成と反対はどうなってますか?」


『賛成派はサラス様、イコク部長。残りのシャモン様、ノープス部長、イサナ部長、クカイ部長そしてローバー専務は反対派に。それぞれ理由は異なるご様子ですが、社内は二つに分かれております』


 二つの案で陣営がそれぞれ少し異なるか。こりゃまた難儀なこった。
 
しかもこの場合……


「なぁアリス。今日の所は日頃の諍いを止めて、皆さん仲良くいたしましょうって俺がパーティを企画したら、宇宙的にはどんな反応になるんだ?」


「どんなって、そりゃ『お前が言うな』の総突っ込みでしょ」


 まぁ、当然っていえば当然だわな。何せ揉めている案件はある意味俺が当事者、中心、台風の目。

 なるほどアリスの忠告通りだ。こりゃ一筋縄じゃいかない。相当頭を使って考えないとローバーさんから合格はもらえず全部ご破算だ。

 俺の持つアリスとの記憶も、アリスが地球で遊んでいた記憶も全てが消える。

 後がない。追い詰められた状況。それが不謹慎だと思うが心底楽しい。

 どうやって逆転してやろうか。

 何を仕掛けてやろうか。

 刺激された感性がいくつもの手を思い描いていく。この感覚は俺にとって慣れ親しんだ高揚感。

 ボスを如何に攻略してやろうかと寝食を惜しんで考えていたプレイヤー時代。

 如何にお客様を楽しませるかを常に考え続けていたリーディアンオンラインGM時代。

 ユッコさん達の為にできることを考え、あちこちを飛び回ったここ数ヶ月。 
 
 俺にとって最高のメンタル状態が急速に組み上がっていく。

 それというのも…………


「シンタ。口元、笑ってるよ。で、どうするの? ずいぶん楽しそうだから基本の攻略ラインくらいはいくつか思いついたんでしょ。こっちでやることあるなら言って」


 つい笑い漏らしていた俺にアリスが呆れたと指摘しつつも、楽しげにウサミミを揺らし始めた。

    
「おう。任せるぞ。ちっとばかし準備に時間はかかるかもしれないが、社内をまとめ上げるイベントを組んでやるよ」


 こっちに合わせて即座に動いてくれる最高の相棒がいるからだ。



[31751] チームワークの良い職場です (三人称になっています)
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 01:27
「母さんの魂胆は判ってるのよ。悪評やら後ろめたい部分は全部自分が背負って、その責任とって辞めるって幕引きまで考えているってのは……だぁっ! ほんと! むかつく! あの性悪は! んなことされてあたしやら姫様がどんな気分になるかわかってんの!?」


 ひくひくと頬を引きつらせついでに頭のイヌミミもプルプル震わせ怒りを押し殺しつつ意見を述べていたシャモン・グラッフテンだったが、最後までその調子は続かなかった。


「そこまで判ってるなら殴りかかるな」


 あきれ顔を浮かべたイコク・リローアは目の前のカップに手を伸ばし喉を潤す。

 舌が焼けるように熱くどろっとした液体は複数の刺激を持つ複雑な味わいで楽しませてくれる。

 重金属の肉体を持つイコクのカップに注がれているのは、溶融した岩石が地表の大半を覆う灼熱の惑星フー産のケイ素塩混合物。いわゆるマグマだ。

 イコクにとってはマグマ茶の香りは眠気覚ましには丁度良いのだが、シャモンを初めとした炭素生命体には茶から出る硫化水素などのガスが悪影響を与える。

 だがここが仮想現実世界。周囲に害を及ぼすこともないからこそ、好物の茶を飲みつつ打ち合わせることができていた。

 第一リアルで山のような巨体であるイコクが満足する量のマグマともなれば現状物資不足気味な創天では無理な注文。

 ましてやその物資を一元管理するのは資源管理部。その部長である自らの嗜好のために強権発動する訳もなく、VRということに多少物足りない物を感じつつもそこそこに楽しんでいた。


「母さんの独りよがりな態度がむかついたから殴った! 反省はしてる!」


 反省めいた言葉を口にするがその言葉の勢いは強く、ぷいと顔を背けたシャモンの表情にも不満がありありと浮かんでいた。


「状況を見る目はあんのに、なんでそんな直情的なんだよお前は。ホントに」


 幼い頃よりディケライア社の守護者たる星外開発部を目指していたシャモンは、状況判分析力、戦闘力などはずば抜けた力を誇るが、いかんせん持って生まれた性が難敵だった。

 理性よりも感情が先に立ち、相手が間違っていると思えばついつい手が出てしまう。

 よくいえば熱い、悪意を持って言うならば短気。それが周囲と、そしてシャモン自身も自覚する彼女の欠点だ。


「正確に言うならば殴ったのではなく、殴りかかったが一発も当たらず返り討ちにされたでは? 私の記憶違いでしょうか」


 触覚の先の人型発光体を点滅させつつを首をかしげたイサナリアングランデが涼やかな声で尋ねる。

これが嫌味ならまだ対応には困らないが、イサナは自分の記憶違いかと本気で疑問に思い尋ねているのだから質が悪い。


「っぐ…………イサナ先輩。そんなところ突っ込まなくてもいいでしょ。そんな事よりこれから先よ先! いつまでも会議要請をいろいろ理由つけて拒絶してる訳にもいかないんだから、母さんの強攻売却策に対する対案を見つけないと!」 

 
 天然気味なイサナに対して怒るにも怒れず唇をかんだシャモンは、どうにも自分にとって悪い流れを無理矢理に断ち切り、話の筋を無理矢理修正する。

 今日集まっていたのは他でもない。このままではサラスの思い通りに進んでしまう事業計画をどうにか潰そうという内々の会合の為だ。間違っても愚痴をこぼすためではない。

 といっても反対する理由はそれぞれ違う。 

 シャモンの場合は、先日の会議を見れば判るが、ディケライア社社長であり年の離れた従姉妹でもあるアリシティアが、地球の売却を嫌がっているから反対だという、単純明快な物。

 イコクの場合は、彼の種族の出身母星も過去に列強星間国家の間での駆け引きであずかり知らぬ間に資源惑星認定され滅亡の危機を迎えていたという似たような状況を体験していた為、気持ち的に反対というスタンス。

 イサナの場合は、原生初期文明生物を壊滅させる強攻策での売却は、ディケライア社が創業以来築き上げてきた弱者の味方であるという金看板に大きく傷をつける物であるからといった理由だ。


「対抗策ってすぐには無理っぽくねぇ? 人も予算もたりねぇで、サラスさんから却下されまくりだろ」    


「うっさい! だから考えてるんでしょ! っていうかなんでいまさらいるのよ! あんた売却反対派じゃないでしょうが! 何! スパイ行為!?」


 机の上で力なくべったと倒れ込んだクカイ(少年型崩れかけ)にシャモンは苛立ちを晴らすように指を突きつけ問い詰める。

 少女型と中間であるスライム型の時はまだ良いが、どうにも少年型の時はクカイのそのだらけた口調がシャモンはいらつくらしく、怒るか注意しているときが多い。

 しかし今日はそれに輪を掛けて言葉と態度が刺々しい。

 理由は簡単。このメンバーの中でサラスの強硬案の一つである地球売却に反対しなかったのがクカイだけで、しかもここ数ヶ月まともに姿を見せなかったからだ。

 
「だから保留中だっての。お前らと違ってこっちは三形態で思考が変化すんだからまとまんねぇんだよ」


 一方クカイはというと面倒そうにそれでも律儀に顔を上げて答えるだけで、シャモンの刺々しい態度を意にも介さない。

 その形態事に姿形だけでなく言葉遣い思考も変化する特性を持つ種族の為、一つの事柄に対してもクカイ達は決断するまでに時間が掛かる特性を持つ。

 特に今回のような大きな利点もあるが、それと同じほどの欠点もあるサラスの強硬案のような場合は意見がまとまらず、しばらく保留するのは常々あった。 



「じゃあここの所、姿を見掛けなかったのはなんでよ! 打ち合わせやるって言ったのに忙しいって顔も出さなかったでしょ」


「あーそりゃイコ兄に頼まれて創天内部調査してたんだよ。今日はその報告。シャモンには黙ってろって言われたから言ってなかったけどよ。なんか最近ヒスすぎんぞ。いろいろあるからストレスが溜まっているのは判るけどよぉ、少しは落ち着けや」


「落ち着いてっ……内部調査? どういう事」


 どういう事と不審な色を帯びた目で問いかけてきたシャモンに、イコクが茶を飲みつつ返す。


「創天にはリルさんの管理も外れた封鎖区画やら通路消失区域なんぞ腐るほどあるだろ。使えそうな物が残ってないか、あるならサルベージできないか調べてんだよ。ともかく物資も人手も足りないからな、暗黒星雲を調べるよりもまずは身近ってところだ」


 創天は衛星級の大きさと銀河帝国末期から脈々と受け継がれた歴史を持つ遺跡のような船。

 イコクもそれほど期待している訳でないが、管理外の圧縮空間に資源衛星の一つでも残っていないかと淡い期待を掛けてクカイに調査依頼していた。

 現状でサラスの強攻策への実行可能な対案は思いつかないが、帳簿外の在庫を調べて少しでも手を増やそうという窮余の策。やらないよりマシ程度といった所だ。


「だったらなんであたしに黙ってるのよ。調査に協力したのに」


「猪突猛進なお前にこの事を言ったら、当てもないのに探しに行くだろうが。管理区域外ってのは次元ねじ曲がってる場所もあって、一部迷宮化してるから下手すりゃしばらくかえって来られねぇし、そうなったらお前の場合、単一素粒子隔壁やら亜空間障壁もぶち壊してでも這い出てくんだろう。後始末が大変になる」


 容赦ないイコクの指摘にイサナとクカイが深く頷き同意する。

 シャモンの性格や過去の所行をよく知る三人からすれば、ある意味予知に近い未来予想図がその脳裏に浮かんでいた。
 

「…………は、反論できないんだけど」


 即断即決即行動。敵だろうが罠だろうがなんだろうが力ずくで突破する。

 自分自身でも思い当たる節がありありとあるシャモンは反論する言葉を失い、ただでさえ垂れ気味な頭のイヌミミがさらに力なく垂れ下がる。


「なら反省しろ」「しとけ」「してください」


 追い打ちを掛けるように他三人の言葉が揃った。 

シャモン、イコク、イサナ、そしてクカイの4人は、出身種族こそ違うがディケライア社に勤めていた親、親族を持ち、ディケライア社麾下の訓練校を卒業した先輩、後輩の間柄であり、今は同僚兼友人である。

 イコクとイサナが同期、その一期下にシャモンとクカイではあるが、訓練生時代も8期前ともなれば、多少敬語はのこるが、対等な関係を築いている。


「っぅぅぅ……クカイあんたが同席するのを特別に許可するから調査結果話しなさい」


 完膚無きまで言い負かされたシャモンは涙目になりつつも、それでもその強気の態度を崩さず虚勢を張る。


「お前ホント負けず嫌いだよな……クカイ。許可も出た所で頼む」


 もっともシャモンの反応も何時ものことといえば何時ものこと。気にもせず軽く受け流して、打ち合わせを再開する。
 

「んじゃ報告だけどよぉ。書類やら記録に載ってない圧縮空間がかなりあるけど、あんま期待できねぇかも。なんて言うか、外に漏れてくる反応が微妙な所ばかりだわ。それこそ大半がゴミ漁りになっかな。一応見つけた所はこんなとこ。赤が高エネルギー反応で黄色、青の順に下がってる」


 だらっと半分溶けかかったような右手を上げてクカイが空中にウィンドウを呼び出し、創天の見取り図を表示すると、見つけた管理外空間を色分けして塗りつぶしていく。

 管理外空間は1カ所に固まっているのではなく、創天の中心、外側、北極側南極側とあちらこちらにばらけるように無数に散らばっており、その比率は青8割、黄色1.5、赤0.5といった所だ。


「こりゃまた見事にばらけてやがるな。正規転送通路なんぞとうの昔に潰れてるか無効化してるな。イサナ、当時の形式に合わせて通路形成できるか?」


 そこあると言っても、それは圧縮された次元違いに位置する空間。物理的に繋がっている訳ではなく、そこへと入り込むための通路を確保するだけでも一苦労だ。


「創天はその艦齢にふさわしく改良や増築を幾重にも重ねた船と聞き及んでおります。おそらくこれらの空間にも何らかの影響がでているかと。正規規格で再現しただけでは不具合が予想されます。これらを一々解析していては時間が掛かりすぎますので、シャモン達に空間を揺らして貰い、その隙に力尽くで繋げるのがよろしいかと」


 イコクの問いかけに、イサナは涼しい声で答えてから、ふてくされ顔のシャモンへと目をやる。

 敵船へ乗り込んでの白兵戦と乗員拘束もシャモンを筆頭とした星外開発部の役割。

 敵戦闘員を退け無限空間や船外排出などのトラップを廃して船内中枢へと侵攻する彼らかすれば、戦闘中でない船のしかも放置されている封鎖空間へと入り込むのもそう難しくない。

 もっとも強制接続なんてすれば、後々どこで不具合が生じるか判らない。空間構造を軽く揺すって不安定になった所を繋げるのが最適だというのがイサナの判断だ。


「結局力尽くになるんだったら、あたし、いじめなくても良いじゃん……クカイ。適正変動値を読み取るのはあんたらの方が上手いでしょ。作業環境はあんたの方に合わせる。星外開発部は人員の都合つけるから。あと完全に疲れ抜いてからにしなさいよ。とろけ過ぎ。ミスりそうよ今のあんた」


 戦闘時なら星外開発部だけで行う作業も、今のような平時であればより精度の高い調査ができるクカイ率いる調査探索部に任せることができる。

 なら自分たちの仕事はクカイ達の調査データにあわせて空間干渉を実行することとシャモンは即決する。


「じゃあ1日だけでいいから完全休養で頼むわ。こいつの調査でみんな出っぱなしで疲れて、シャモンの言ってるとおり精度が落ちてらぁ。イサナ先輩。リアルで休暇をさせたいんだけど環境って作ってもらえます?」


 VR空間でゆったりとすれば精神的疲労は抜ける。肉体は副作用の無い薬物等で疲労回復も調整もできる。だがそれではやはり違うのだ。

 何万光年離れた他星の風景、気候その他諸々が再現調整できるVRリゾートよりも、地元惑星の慣れ親しんだリゾート地が人気ランキングのトップを常に取り続けるように。

 完全調整された合成食品に比べて質が劣っていようとも、野山を駆け巡る動物や人の手により育成、収穫されたの食材は数十倍の高値で取引されるように。

 高度な技術を手に入れ、ほぼ不可能はないというこの時代において、もっとも尊ばれるのは、リアルに存在する本物ということだ。
 

「空間内時間流を3倍にして、ナント星系トアルの環境に合わせたリフレッシュスペースなら用意できますがいかがでしょうか。イコク君の指示でメタン海に合わせた成分調整もできています」    


 トアルはクカイ達の出身母星である高重力低温惑星。メタンの海がトアル達の本来の住処でもある。

 故郷と似た環境でゆっくりと休養できるのは何よりの骨休めとなるのは言うまでも無い。

 このところ星系強奪犯の航跡調査や、創天内部調査など他部署に比べ仕事負担が大きかった調査探索部の面々のために、資材管理部のイコクが何とか少ない在庫のやりくりをつけ物資を確保していたからこそできるささやかな贅沢だ。


「さすがイコ兄。判ってらぁ。3日分の休みが取れるなら万全の体制でいけるって。じゃあイサナ先輩。それでお願いします」


「はい。承知いたしました。では船内時間で夕刻には利用可能になるように手配します」


 嬉しそうに全身を震わせたクカイに発光体を緩やかに点滅させたイサナが答えると、コンソールを呼び出し待機中の部下達へと指示を出し始める。


「シャモン。クカイらが休息している間に、俺らは各部で必要な機材の運搬やるぞ。大型は俺らがやるから小物は任せる」


「了解。ウチの部でだぶついている空間波動探査装置があるからそっちクカイの方に回して。イサナ先輩の方に時空固定アンカーって予備あります? うちのって中古品で最近調子悪くて動作不安定なんですけど」


「何台かはあったと思います。動作確認してからそちらに送りますね」


「んじゃ資材管理部で不具合あるアンカーは整備しておくから後でもってこい。故障が中枢部分じゃなきゃ何とかなるだろ。最悪でもニコイチしてみる」


「待ったイコ兄。星外部のアンカーもリストン社のだろ。探査部の倉庫に古い型の予備パーツがあったと思う。あの会社のなら共通性あるはずだ。確認させてくる」


 一度方向が決まればこの四人の場合は気心が知れているので、あれよあれよという間に、役割分担や機材の確保が決まり、それぞれの部署に指示が飛ぶ。

 星外、星内の両開発部。調査探索部。そして資材管理部。

 惑星改造において主力を勤めるこれらの部署は一纏めに現場組と呼ばれる。
 
 ディケライア社の現場組は、先代の事故の際に多くのベテラン技術者を失い、残されたのはイコク達のように新人研修で現場を離れていた中堅所が少しと、訓練校を卒業して入社したての新人ばかりという惨憺たる有様だった。

 組織としては死に体の状況から、新人の育成と互いに補完しあう現場体制を作り惑星改造業者としての最低限の事業能力を復旧させたのは、この4人の部長による連携があるからこそ。だがそれでも人手不足、機材不足はいかんともしがたい物がある。

 最盛時は800隻を数える惑星改造艦と十万のベテラン作業員を有した現場組も、今では500にも届かないほどに減っており、社の財務状況もあってしばらくは新人の補充も見込めず、機材の新規購入所か補修もままならない。

 今いるメンバーと保有した機材を限界まで酷使する綱渡り的なやり繰りをしているのが現状であった。






「……とりあえずこんな所か。抜けないな。サラスさんに反対されそうな無駄はなるべく排除したから問題無いとは思う。認証サイン頼む」


 最初の調査区域への機材の手配や作業の流れを記したリストをスクロールさせ一通り確認したイコクは、表紙ページへと戻して他の三人の前に指しだす。

 中止命令をできるのは社長であるアリシティア。その下で実質的に社を纏める専務ローバー。そして財務を管理する経理部のサラスの三人。

 このうち社長と専務はよほどの無茶でない限り基本は現場に任せるというスタンスなので問題は無いが、経理部のサラスは採算性やその効力など厳しい目で精査するので厄介な相手だ。


「大丈夫でしょ。母さんが横やりいれたら殴ってくるから」


「確認しました」


「無理なんだからやめとけって」


 他の三人はそれぞれの言葉で答えてから、目の前のウィンドウに表示されたリストに指や触手を伸ばしてサインを書き込んだのを見てイコクも同様にサインする。

 4部長のサインが施されたリストは正規書類として、即座にディケライア社の業務を総合管理するAI『RE423L』通称リルの元へと送られ、上役三人の認証待ちとなる。  
 
「認可待ちしている間に解散、準備を始めるぞって所なんだが、その前に一つ良いか?」


 許可が返ってくるのをただ待っていても時間の無駄。すぐに準備に取りかかろう席を立とうとした三人をイコクが止める。


「なによ?」


 シャモンが刺すような鋭い目を向ける。

 もっともシャモンのこの視線に敵意や悪意がないのを付き合いが長いイコクは百も承知。単に生真面目すぎて気負い気味なだけなので、不快に思うでもなく言葉を続ける。


「いや、ほれ。サラスさんのもう一個のほう。お嬢のパートナーを攫ってくるって話についてなんだが……お前らやっぱり反対か?」


 腕組みをしたイコクが、彼にしては珍しく歯切れの悪い言葉で問い掛ける。


「あーありゃイコ兄だけ賛成だったな。つってもシャモンも言ってたけど、相手は原生文明生物で愛玩目的で攫ってきたら問答無用で犯罪だろ。やっぱ無しじゃねぇ」


「私も同様です。これ以上社や社長の風評に傷をつけるのは得策ではないかと考えます。サラス部長の第一案である売却となった場合も、殲滅認定を受けた種を保護するのは禁止されているはずです」 

 
クカイとイサナは、イコクの問いかけに即答で答える。

 売却前に攫ってくれば未開文明生物保護法違反。かといって殲滅認定された後に保護となれば危険生物関連の諸々の法に引っかかりでこちらも違法行為。どちらにしろと犯罪行為となる。

 ましてやそれが未開惑星にも直接、間接的にいろいろと関わることにもなる惑星改造会社の社長となれば、そのモラルが問われることになり、評判的にはかなりの痛手になるのは間違いない。

 
「……………………」


 だが明確な答えを見せるそんな二人を尻目に、シャモンだけは目を閉じ小さく唸って答えを考えあぐねていた。


「何悩んでんだよ。シャモン。気持ち悪いな。お前も反対だったろ」


 思い悩むシャモンという彼女にしては珍しい姿にクカイが驚きの表情を浮かべ、ついで恐ろしい物を見たとばかりに全身を振るわせた。


「うっさいわね。これでも熟考の末の反対なのよ……母さんの手段は言語道断なんだけど、連れてくるってのは賛成すべきだったかなって」


「社長に付いたどこぞの虫はこの手でひねり殺さないと気が済まないって事か?」


「クカイ……あんたどういう目であたしの事見てるのよ」


 納得したとうんうんとうなずくクカイにシャモンがギロリと目を向け、ついでに頭のイヌミミを不愉快そうに揺すった。


「あたし的に複雑なの。それを選んだの姫様ご自身でしょ。しかも姫様って勘は鋭いから、自分にとって悪意とか下心を持ってるのは拒絶するはずなのに、そんな姫様が友達にしてましてパートナー候補に選んだ生物でしょ。ディメジョンベルクラドにとってパートナーがどれほど重要かなんて今更言わなくてもだし」


「では賛成に意見を翻すと?」


 うーと唸りつつイヌミミをパタパタと動かすシャモンの様子に答えが変わったのかとイサナが問いかけるが、


「でも未開文明種族でしかも未だに身内で殺し合いやって星を滅ぼしそうな低能腫族なんて姫様にはふさわしくないって思う部分もあるんです」


「じゃあ、やっぱり反対じゃねぇか」


「そうなんだけど……あれだけ思い詰めてすっかり暗くなっていた姫様をそいつが昔の明るかった頃の姫様に戻してくれたでしょ。だからそれには掛け値無しに感謝してるの。でもぽっと出の奴に姫様の信頼を持ってかれたのがなんか悔しいってのも」


 クカイの言葉にさらに頭を抱え悩ませたシャモンは眉根に皺を寄せ考えあぐねる。

その生物に感謝はしているが、どうにも納得いかない部分もあって、その両者が混ざり合いどうにも調子が出ないようだ。


「なんかいろいろごっちゃになった末で…………一応反対……うー……でも姫様そいつが来てくれるのずっと待ってるみたいだし、本当に連れてきたら一気に成人しなさるかもしれないから、そうしたら会社的にも万々歳だったりとか…………あーっっ! もうっ! 母さんが全部悪い! 変な案を出してくるから混乱するのよ!」


 散々悶々とした末に苛立ちが限界に達したのかシャモンが吠える。しかしそれは最初の質問からはずいぶんと見当違いの着地点だった。


「結論それかよ。っていうかどれだけお嬢好きなんだよお前」


 何ともらしくない悩みっぷりに質問したイコクもついあきれ顔を浮かべてしまう。
 

「うっさい。そういうあんたはどうなのよイコク。犯罪行為でも姫様が喜ぶからって、特に考えずに賛成したんじゃないの」


「んなわけねぇだろ。第一サラスさんだぞ。何かしらの脱法手段考えてるだろあの人場合」


 明らかな犯罪によるリスクをサラスが放置するとは思えない。それを軽減する秘策か、裏道的な手段を使うつもりだろうとイコクは予想していた。


「俺が賛成したのはなんつーかな……あれだ。お前もさっき言っただろ。お嬢は勘が鋭いって。お嬢に物資量を報告に行ったとき独り言でつぶやいてたんだよ『シンタなら何とかしてくれるかも』ってな」


 少なくなった物資リストを見て暗い顔をしていたアリシティアがその言葉を漏らした瞬間だけ少しだけ表情が緩んだのをイコクは思い返す。


「正直、未開星の奴に何ができるとは思う。ただお嬢がそこまで期待している奴なら、一度呼んでみるのも有りかって思ってな……っと、無事に許可が降りたな。悪い。今の話は忘れてくれ。まずは物資の確保だ。そこらはまた今度だな」


 上役三人の許可印が押されたリストが返ってきたので、イコクは話を打ち切ると残っていた茶を一気に流し込んで立ち上がる。


「了解。あたしも一応もう少し考えとく。クカイ。あんたしっかり休憩取りなさいよ。休みすぎでだらけてたら引きちぎるからね」


「へいへい。しっかり休ませて貰うっての。んじゃイサナ先輩たのみます」


「はい。では準備に取りかかります」


 そちらの話も重要といえば重要だが優先度が違う。また機会を設けてからという先延ばしの結論で現場組の意見はとりあえず固まった。

 しかし彼らは知らない。この時点ですでにその原生生物、地球人三崎伸太が動き出していたことに。  



[31751] ゲームを作ろう
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/06/15 03:40
「アリス。この資料を見せてくれ。物資の在庫状況って奴」


「ん……ロック解除と。シンタいいよ」


 ライブラリを漁って俺が頼んだ類いの資料を発掘していたアリスがウィンドウに向けていた目を上げると、俺が投げ渡したウィンドウに軽く指を当ててロックを解除してから投げ返してきた

 社の財務状況やら所有物資量などが一目瞭然となるデータは言うまでも無いが、ディケライア社でも関係者以外閲覧禁止データになっており、社内でも一部幹部を除いて秘匿されているらしい。

 ディケライアの社員ではないどころか、法的におそらく微妙な立場の俺が気軽に見られる類いの物ではないが、最高経営責任者こと金の鍵……もといアリスの手でそのロックを解除して貰って目を通していた。

 どれだけ厳重なセキュリティーも、鍵を持っている人間次第という良い例だろうか。


「あり。ふむ……」


 これをアリスの信頼の証と思うべきか、それともアリスが基本無頓着なのかちょっと悩みつつ礼を返して、適当にスクロールさせつつそこに記録された機材や物資を流し読む。

 二四式衛星破砕槌やら空間爆縮型恒星点火装置など何ともアレな名前が多い。直接翻訳されている所為なのか、それとも翻訳者であるリルさんの趣味だろうか。    

 いろいろ気になるが、名前で何となく想像が付くからありがたいと思っておこう。  

 機材のページを適当にスクロールさせて、本命の物資へと目を向ける。

 この資料を見る限り、創天においては資源は基本的には安定しやすい形状や構造で保有し、必要になったら分解や合成でその用途に合った形や資材へと変質させているようだ。

 必要量が多い資源は空間湾曲倉庫で大量保持。合成が難しい自己崩壊物質等は時間流凍結倉庫で保管とさらっと書かれている辺り、どこまで無茶苦茶だこいつら。 

 技術格差が酷すぎて頭がくらくらしてくるが、それ以上に問題が一つ。

 書かれている数値がでかすぎて、これが多いのか少ないのかよく判らない事だ。 

立方メガメートル単位で書かれた在庫表なんぞ初めて見た。さすが惑星改造会社と感心するべきなんだろうか。


「物資無くてピンチなのかこれで? ものすごい余ってねぇか」

 
 確か地球上に存在する水が約14億Km3。現在創天に積まれている水素と酸素から水を合成した場合、制作可能量が200億Km3……25メートルプール何杯分とかで考えたら0がいくつあっても足りないんじゃないだろうか。

 
「うん。シンタにはぴんと来ないかもしれないけど、この量じゃ恒星作成なんてとっても無理だから。元からある星を改造する仕事なら十分なんだけど、今回みたいな大規模開発で一から星系を作っていくならこの百倍は最低でも欲しい。本当ならこの星域にあった恒星と惑星群で十二分にその量は満たせてたし、簡単な改造で済んだんだけどね」


「そうですか……」


 あまりにあっさり答えやがったアリスについ敬語で返してしまう。

 うん、一回常識を全部捨てて、こちら側に合わせた尺度に慣れないと早々に精神的に病みそうだ。


「こういう資源って、どこかから仕入れって事か、それとも作っちまうのか」


「基本は仕入れかな。資源衛星を抱えてれば抽出するけど量に限りあるから……でも今はお金が無くて無理。一応見る? リル。最新の相場表とあと運搬費も出して」


 情けない顔を浮かべ乾いた笑いを漏らすアリスの背後に貧乏神の姿が見えたのは俺の気のせいだろうか。

 何とも重苦しくなった空気に掛ける言葉が見つからず無言で頷き返すと、俺の目の前に複数のチャート表が表示される。


『了解いたしました。資源取引恒星市場最新チャートの中から、現在地より最も近い辺境星域ラプトン跳躍門市場を表示いたします。稀少物資を除けば基本的には一立方キロメートル単位で取引をされております。一番取引量が多いのは、恒星製造や海や河川の形成に用いられたり、融合炉搭載型内宇宙船など大量に利用される水素原子となっております』


 確かこの宇宙で一番多い原子が水素って話だったか? 採取量も多いが使用量も多いって事だろうか。

 ずらりと並んだ表は細かな変動を繰り返し、活発な取引が行われている事をうかがわせる。

 鉄や銅といったありふれた物から、白金、クロム等のレアメタル。聞いたことも名の鉱石や原子はおそらく地球人類にはまた未知の物質だろうか。


『こちらの市場でのここ数ヶ月の取引データからの予測となりますが、底値で最低限の必要物資を調達したとしても、我が社の全資産を金銭換算した総量の10倍は必要となります。さらに運搬だけでみても特殊事例となりまして我が社の資産2つ分と同等の見積もりが出ておりますでしょうか』 


「運搬費ですら足りなくて吹っ飛びか」


 足代すら払えないってのが悲しすぎる。アリスのウサミミもしゅんとしぼんでいるから、大げさな表現とか抜きのマジ話のようだ。
 

「トップクラスの光年規模能力持ちのディメジョンベルクラドが乗船した大型貨客船が各地の集積宇宙港に運んで、光年規模まではいかないけどそこそこの能力持ちの人が小分けして近隣星系共有の外宇宙港に。最後に見習いとか衰えた人が各星系や人工工場惑星とか開発現場に運ぶのが一般的」


 アリスの説明に合わせて巨大な銀河系3D略図が頭上に表示され、仮想の銀河を大中小の太さに別れた光の線が無数にはしる。

 まるで血管のように張り巡らされたその交易網が、アリス達の勢力の大きさを物語る。


「それで創天がいる場所が今ここ」


 銀河の一点をアリスが指さす。

 主要の太い線からは大きく外れ、中型もそこそこ遠い。一番細いのが何とか近くを掠めているくらいだ。しかし近いと言っても宇宙尺度。おそらく馬鹿げたくらいの距離があるだろう。

 なんというか離島と表現するべきな位の僻地だ。


「ディケライアの物資運搬は創業以来、あたしと同じ帝国系ディメジョンベルクラドで運送を専門にしている運送会社に一任しているんだけど、辺境よりさらに外側だから荷物の相乗りが出来ないから専用船契約で、時間がないから最高料金の最速プラン。それで量も多いから複数の中型艦か、創天クラスの巨大艦でさらに高くなって、しかも帰りは空荷になるからその分の保証金も払えって、あとその他諸々重なって…………あのぼったくり羊。こっちの足下みて……絶対許さないんだから」
   

 付加オプションを指折り数えていくうちにアリスの目はうつろになり、頭の上でもウサミミがみるみる間に生気がなくなって倒れ込み、なにやら特定人物に対して恨み言まで漏らし始めやがった。

 夢枕にたちそうな怨念めいた雰囲気は詳細を聞くのを躊躇するレベル。相当吹っ掛けられたんだろうと予測は付くがこれ以上踏み込むのは止めておこう。


「判った。もう良い。お前目が怖い、資金難で買えないのは判った……んで依頼主に事情を話したら暗黒星雲内の物資利用を認可してもらえたと」
 

「うん……星系連合とから交易路建設計画に影響を与えない程度ならって、暗黒星雲内物質の利用許可をローバーがもぎ取ってくれたの。しかも使用した分は成功報酬からの天引きって形でいいって」


 外部交渉やら法務関連はローバーさんの担当らしく、今回の一大事業の音頭を取っている星系連合のお偉方と折衝を繰り返して、『使った分だけしかも料金後払い』とかなりの破格条件を引き出してきたそうだ。
 

「だけどこっちも上手くいかないと」


 しかし世の中そう甘くない。暗黒星雲の中でも比較的に利用しやすい場所にある原始星はすでに利用用途が決まっているので手が出せない。

 かといって計画外の領域はほとんど調査されていないので、そこから調べなきゃならないと。


「体よく未探査地域の精密調査を押しつけられただけのような気もするけど、ローバーもそんな事は百も承知だと思う。今のうちの状況だと実行能力が無いって見なされて、違約金支払わされた上で切られててもおかしくないから、首を繋げてくれただけでも感謝してるんだ」


 相場表を難しい顔で見ながらつぶやくアリスを横目で見つつ、俺は一晩でまとめ上げた仮組の案をもう一度、頭の中で考察する。

 昨日帰ってから適当にダラダラ晩酌しながら状況整理していみたが、ディケライア社の問題は、多岐にわたるようだが大本の部分で大きな3つの問題がある。

 資金不足、そして資源不足、さらに人不足。

 会社として致命的な弱点を抱えていることだ。

 そのうち前二つ、資金と物資については俺にはどうすることも出来ないと、今見た資料で改めて確認できた。

 宇宙の金なんぞ持ってる訳も無く、さらに地球に存在するよりも大量な物資を用意しろなんて、給料手取りで23万の貧乏サラリーマンにどうこうできる話じゃない。

 精々近所の業務スーパーで格安の水を箱買いしてくるくらいってか……自分で思って悲しくなってくる。


「でもシンタ。在庫なんて調べてローバーの課題をどうするの?」


「一応課題をクリアするだけなら、ベタな手は思いついてんだよ」


「昨日の今日でホントよく思いつくね。どういう手?」 


「まぁアレだな。会議内容見た感じじゃ、意見が対立しているのは財布握っているサラスさんとシャモンさんら現場の人達だろ。特にあの親子。あの二人を和解させるような慰安会にしろってなら、簡単、簡単。俺が悪逆非道な魔王ポジでアリスが姫ポジ。これで解決」


「…………シンタ。ベタすぎだよ。っていうかそれ慰安会じゃなくて討伐になるよ」


 さすが相棒、最低限の言葉でちゃんと俺の計画を読み取って、あきれ顔を浮かべてくれやがった。 

 俺の見たところ、あの二人のアリスに対する忠誠心(というか愛情か?)はどっこいどっこい。

 考え方や方針が違う所為で対立しているが、その根本にはアリスの為っていう基本思考がある。

 さてそんな大切な姫君を、実は卑劣で最悪なヒモ野郎(俺)が手込めにしているとしたらどうだろう。

 俺を抹殺しただけでは飽き足らず、害獣駆除よろしく地球人もついでに消去。かくして地球は高値で売られ、姫様の会社は救われましためでたしめでたしと。 

 実際やろうとしたらいろいろ小細工を弄して、アリスにロープレモード発動させて完全服従状態な演技を演じて貰ってと準備が掛かるが、やってやれないことは無いだろう。だがこれじゃ意味は無い。


「判ってるって、社内関係が丸く収まって円滑に進んで方針が決まったのはいいが、それが地球売却やら俺が記憶消去で追放な路線ってのは避けたいからな。手段はその方針で行くとしても、会社を再建する路線で俺もその手助けが出来るって形に持っていかなきゃだろ。それが狙いで俺が攻略しかけるなら、社内に味方を作っていくのがベターな選択だろ。んで俺だったらまず誰を狙うなんかアリスならすぐ判るだろ」


「……あ、イコクか。攻略ラインってそこなんだ。それでさっきから資材関係の書類を確認してたんだ」


 ライブラリから抜き出していた資料の偏りに合点がいったとポンと手を打って、アリスはウサミミを揺らす。

ただ慰労会をやるのでは無く、社内の意思を意識的にも無意識的だろうが、俺が望む形へと誘導する仕掛けを施していくのがベストというのが今回の基本攻略ラインだ。

 そしてその最優先攻略対象がディケライア社資材管理部部長イコク・リローア。

 地球売却反対。俺がこちらに来るのは賛成。俺が望んでいる形を選択したただ一人の重役がイコクさんだからだ。


「一応な。だからまずイコクさんを落とさなきゃ話にならねぇからな、何とかこっちに引き込めるだけの材料をそろえねぇと。だからイコクさんの出した計画書なんかを確認してる所。そういやさっきなんか新しいの来たって言ってたよな。アレなんだったんだ?」


「んと。創天ってデッドスペースが結構あるからそこの調査発掘してなんか使える物が無いか探すって、イコク主導で現場組が動いたみたい。創天内部だから人手は問題無いし、あんまりお金も掛かりそうに無いからローバーとかおばさんも特に問題なしで認可したみたい」


「やっぱそれも物資不足解消のためか……ふむ」


 会議の時にイコクさんは不足しそうな反物質精製用に恒星作成を提案していたが、あえなく反対されて没になっていた。こちらは時間と人手が足りないというのが反対理由の一つだ。 
 

「なぁアリス。人手不足っていうけどさ、それこそリルさんみたいなAI使った無人機で一気に調査とか出来るんじゃねぇの? 創天から飛ばしてデータだけ持って帰ってこいって形で」


「あー……創天から暗黒星雲内の探査機への遠隔操作とかは出来るんだけど、AI単独って無理なんだ。基本的にAIには決定権が無くてサポートとアシスタント専門って決まってるから。反乱やら衰退原因の一因になるからって結構昔に禁止されたの……」
   

 アリス曰く過去に無人AI艦隊同士の戦争が制御不能になって洒落にならない広範囲の星系が焦土化した事や、AIが生命体への反乱を起こしたりっていうSF映画のようなことが実際にあったらしい。

 他にも過去のデータから予測した最良の選択が出来るというAIに頼りすぎて自分で動くことも考える事も無くなり、生物として緩やかに衰退して滅んだ種族というのもそこそこいるらしい。

 そんなこんながあって今は、知性生命体の平和的発展の為という名目で、全ての決定権と責任はマスターである生命体が持ち、AIはマスターに対するアドバイスとサポートのみでの運用が義務づけられているそうだ。

 だから昨日のアリスがやってくれたデモのように一つの目的のために大量のナノセルを一挙に動かすような事は決定確認が少なくて出来ても、暗黒星雲のような難所でそれぞれ個別AIのサポートで探査機を飛ばすような操作は、細かな進路変更や探査方向指示等、AIからの決定確認が多すぎて一人では対応できず、精々やれて一人で5機対応くらいだそうだ。

 現在ディケライア社の社員は500人にも満たず、そのうち調査機への適正指示を出来る訓練をしているのは30人前後。

 最大で150機じゃ、対象範囲はその一部といっても何百光年に渡り広がる暗黒星雲内の探査が終了するまでは途方な時間が掛かりタイムリミットを迎えることになる。

反則気味に発展している宇宙のこと、人手なんて足りなくても、リルさんのように高性能AIが無人機を無数に飛ばしてどうにかすれば良いんじゃないかと思っていたのだが、これもそう簡単では無いようだ。

 どうしても決定者としての生命体が必要と。

 資金、資源、人材。創天に足りないこの三つのうち俺がどうにか出来そうな物は……

 
「アリス。年代は問わないから宇宙船の3D画像とかのデータって大量にあるか? 人手不足解消にちょっと思いついたことあるんだけど」


 ふと思いついたもやっとした閃きを形作るために俺は新たな資料を求める。


「景気の良かったときにメーカーさんが持ってきたカタログデータならたぶん数千年分単位で残ってると思うけど」


 艦数で数百艦分くらいあれば御の字と思っていたのだがさすがは元大企業。桁が違いやがった。


「それ出してくれ。とりあえず細かなデータはいいから種類をみたい」


「じゃああんまり細かくないやつでたくさん載ってるのが良いよね。ちょっと待ってて……リル。キグナスのベストセラーカタログってうちにある?」


 少し考えてから、アリスはリルさんに一つの指示を出した。


『ございます。キグナス社1000期記念カタログは登場機種は専用改造艦も含めて10万隻以上。星間戦闘用から幼児向けの近距離遊覧船まで多種多様な船を建造している総合メーカーキグナスがその集大成として発行した記念冊子になります』


「シンタ。キグナスって最大手メーカーのだけどそれで良い? だいぶ多いけど」


「多い分にはかまわねぇって、ちょっと見せてくれ」


「うん。リル。日本語翻訳してシンタに渡してあげて」


『了解いたしました…………翻訳完了。表示いたします』


 ほんの数秒で翻訳を終えたリルさんが俺の目の前に一つのウィンドウを開く。

 そこに表示されたのは黒表紙に金字で描かれた『キグナス総合艦船カタログ』の文字。少しスクロールさせて目次を見ると年代別、用途別、値段別など索引機能が充実しているようだ。

 適当にそれを押して次々に映し出される宇宙艦をぱらぱらと見ていく。

 ベタなイメージの円盤状の探査船。円柱コロニー農業艦。シャープな鋭角状の高速戦闘艇。衛星クラスの大きさを持つ球状要塞艦等々。

 その表紙に嘘偽り無しの実に数多くの船がページを捲る毎に映し出され、正直心躍って面白い。なんというか未だ持ち合わせる子供心が刺激される。

 ついつい熱中して読みふけりそうになっていると、俺の肩をアリスが叩いた。


「シンタ見るの良いけど説明も続けてよ。その宇宙船カタログがどう関係あるの? 新造艦は買うのは無理だけど、古すぎてライセンスフリーになっているのなら、材料さえあればイコクに頼んで創天の工場で再生産は出来ると思うんだけど。だけど機体を揃えてもAIはサポーターだからは無人機って無理っていったでしょ。無人AI機の大量生産をやっちゃうと最悪で連合反逆罪扱いで懲罰艦隊が来るんだけど」


 数百にも及ぶ内外、大小様々な宇宙船が載ったカタログを指さしてアリスが怪訝な顔をする。

 ここまで来ても察しないとは鋭いアリスにしては珍しい。それとも俺の考えた案がよほど無茶なのか。

 
「決定は出来ないって言ってもこっちのAIは至極優秀なんだろ。カタログ通りなら指示さえ出来りゃ子供でも飛ばせる宇宙船があるくらいだもんな……それは極論を言っちゃえば俺にも飛ばせるって事だろ」


 お子様でも安心。初めての宇宙船操縦ならこの船をと謳っている辺り、三輪車感覚なんだろうか。

 まぁ、ガイドビーコンや各種航法装置が付いた安全な航路じゃ無く、飛ぶのは荒れ狂う暗黒星雲だからそんな簡単な話じゃ済まないだろうが、地球の一部プレイヤーの無茶さはGMの俺だからこそ肌で感じている。

 発生動作を見てから防御魔法余裕でしたって、猛者がごろごろいた魔窟だ。

 地球人向けに特化した操縦インタフェースを作成する必要はあるだろうが、そこらは何とかなるだろ。フライトシミュレーション系は昔から根強い人気があるジャンルだし、愛好家も多い。習うより慣れろでいけるはずだ。


「あっ…………シンタ。あのまさかと思うけどそういうこと?」


 俺の考えている計画の大まかな形に気づいたのだろうアリスが目を丸くして、ウサミミを大きく振った。その表情を見る限り驚いているのか呆れているのかちょっと微妙だ。 


「レアアイテムの確率なんぞ、出るまでやるから関係ないって言い切る不屈の根性。レベルを一つあげるため数週間、下手すりゃ数ヶ月も延々と同じ敵を刈り続ける事が出来る絶えない情熱。情報収集と効率的な立ち回りとフレーム単位で反応するプレイヤースキルで1日24時間で27時間分の効率をたたき出すっていう時間法則までねじ曲げる。そんな廃人様が今の日本には暇して溢れてるからな」


「あ、あの、シンタ!? た、確かに地球の高レベルプレイヤーってあんな原始的な脳内装置で異常なほどの反応速度を示すからすごいとは思ってたけどそれ無茶すぎない!? それに原生生物への過剰干渉で違反になると思うんだけど!?」


「リルさんに昨日聞いたんだけど、ちゃんと資料を揃えて許可申請した上で、地球側にばれなきゃある程度、研究目的な干渉はオッケーらしいな。っていうかお前もその手でリーディアンに繋いでたんだろ? 地球人の文明レベルの進捗具合を確認し、その原始的感性を事業の参考にするだ云々って。地球産菓子は確かに文明レベルを計るにゃ良いかもしれんな、夢があるもんな。さすが社長。前例作ってくれたおかげで助かった」


 何ともご立派なお題目をあげてた割には、ゲームを心底楽しんで菓子を食っては満足そうにしていたアリスの姿しか俺の記憶には無い。

 アレでもオッケーならこっちも何とかなるだろうと俺はあえて楽観的に考える。

 最初から制約をいれて考えていたら発想が狭くなる。とにかく考えまくってあとから型にはまるように合わせる。


「あぅ……リ、リル! 建前のは言っちゃダメっだってば!」


 恥ずかしげに頬を染めたアリスが天井を向いてリルさんに文句を言うが、しかしそのリルさんは落ち着いた物だ。


『申し訳ございません。三崎様には全てお答えせよという事でしたので、こういう手もございますとお伝えしたまでです』


「そ、そうだけど、うぅ……あたしの尊厳に関わる部分はシンタに答える前にあたしに確認して。絶対命令だから」


『了解いたしました。最優先命令として記録いたします』


 なるほどこれがAIには決定権が無いということか。命令通りに動くが命令以外は気を利かせないと…………でも絶対アリスの反応見てて楽しんでるだろ。この人。どうにもリルさんは通常のAIに当てはまらない規格外の予感がするんだが。


「とりあえずお題目は地球人の能力調査って所で上手く通るようにアリスの方で動いてくれ。ゲーム本体は俺らの仕事だ。さすがにゲーム内状況がリアルとダイレクトリンクじゃバランスも糞も無いから、独立クエストに暗黒星雲探査ミッションって種別を作って、その最上位にお客様には内緒でリアル宇宙での探査って形で織り込んでみる」


 ここ数ヶ月ずっと考えていた新たなVRMMOの形が俺の頭の中で一気に組み上がっていく。

 広大な宇宙で資源を求めて激しい争いを繰り広げる惑星改造会社同士の抗争をテーマに多数の宇宙船が飛び交い、敵艦に乗り込んでの直接戦闘や、成層圏降下戦闘や惑星内戦争などいくつもの戦場を作り上げ、同時に資源開発系の内政も盛り込んで、あと交易系もいれる。

 複数のジャンルを網羅してVRMMOゲームに飢え溢れているお客様を一挙にゲット。

 高レベル廃人プレイヤー様にはゲームを楽しんで貰うついでに地球も救って貰いましょうか。


「でもシンタ!? 今の新しいゲームを制作して発表するだけの体力ってあるの!? ホワイトソフトウェアって新規事業を始めたばかりでしょ。それにVR規制法だってあるのに!?」


 恥ずかしさに悶絶していたアリスが我に返って声を上げる。

 アリスのあげた問題点はもっともだ。

 うちは今VR同窓会を軌道に乗せるために力を使っている。とても新作ゲームを開発する余裕はない。

 ゲームは二時間までの規制法だって、完全にすり抜けるデザインはまだ出来ていない。


「まーな。いくら先輩方と言えどうちの開発陣もカツカツだ。だから外部の会社と共同開発って方針で動いたんだよ。つまりうちの会社は協力者を絶賛募集中。それこそ猫の手でも借りたいくらいにな……ちなみにウサギの手でもかまわねぇぞ。余力が生まれればそのメーカが持ち込んできたゲーム企画の開発ってのも有りだな。うちの会社ならそれくらい出来るさ」


 だがそこにこれだけの大資料を一瞬で翻訳してのけるリルさんの力が加わればどうだろう。さらにアリスはセンス溢れるMOD開発でうちの佐伯さんからも一目置かれていたプレイヤーだ。

 しかも宇宙船の外観データやら動作データなど開発素材を大量保有している協力会社。そういう目で見ればディケライアは実に魅力的な企業だな。うん。


「……シンタってホント、普段は常識的なくせに、なんで追い込まれるとこんな無茶苦茶な事を考えつくかな」

 
「ホワイトソフトウェアが打ち出す次世代型VRMMOゲームは、ディケライア社原案協力惑星改造会社抗争ゲーム……直訳して『Planetreconstruction Company Online』って所か」


 驚きを通り越したのか呆れかえったアリスに俺はにやりと笑ってやった。 



[31751] 救世主のシカク
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/23 23:19
 分厚いカーテンで締め切った薄暗い部屋の中で濁った目をモニターに向け男は一心に仮想コンソールを叩く。

 部屋の中にはVR用補助機器である大型管理槽が一つだけ置かれている。専門業者に維持管理を任せれば数ヶ月から年単位でのフルダイブを行える発売当初から、業界最高峰のスペックを誇った最高級品だ。

 しかしそのような高級機具以外には、そこらに脱ぎ散らかされた衣服やら完全栄養点滴の空になったアンプルが散乱しているだけで、室内には家具らしい物は何もない。

 生きる糧の食事も、出歩くための衣服も、彼にとっては最低限度しか必要ない。彼にとってここはリアルは、本当の世界ではない。仮の世界。

 本来ならばこのような唾棄するべき世界など離れていたい。しかし今はそれもままならない。

 彼が本来いるべき世界は奪われた。

 完璧な世界達への門は1日に二時間しか開かず、無数の世界の中でも彼が愛した世界はとうの昔に消滅した。



 
 誰のせいだ。誰のせいだ。誰のせいだ。誰のせいだ。

 ルールを無視する奴のせいだ。ルールを悪用する奴のせいだ。あの崇高で素晴らしい世界を欲望で汚した低俗な奴らのせいだ。

 あの素晴らしき世界でトップを取り続けるために俺が費やした月日と情熱を奪いやがった。

 不完全でどろどろした嫌な世界でしかないリアルにしがみつきRMT等という汚れた制度の犬である亡者が、天罰を受けたというのになぜ俺が世界を奪われなければならない。

 間違っている! 間違っている! この世界は! リアルはやはり間違っている!

 天すら間違っている!

 なら…………ならば俺が罰を下す。あの素晴らしきVR世界を汚そうとする低俗な奴らに罰を下してやる。




 世界を奪われた憎しみが彼の心に渦巻く。

 かつて彼は、とあるVRMMOゲームの一つにおいてトップランカーの一人、PKKクロガネとして君臨した正義感に溢れるプレイヤーだった。

 レアアイテムを持ったプレイヤーに集団で襲いかかるPKギルド。

 初心者や格下プレイヤーを悪戯に狙ってはすぐに姿を消すPK。

 そのような無法者を打ち倒し、ゲーム内の秩序を保つPKK専門ギルドの長として数多の同胞を率いて、PKプレイヤー達の情報を集め、対策を練って勇猛果敢に戦ってきた。

 そんな彼の本質はリアルであろうと変わらない。国内数百万のVRプレイヤーを殺した、不正者達を社会的に抹殺する。それが彼がリアルで見いだした新たなPKKの形だ。

 しかしリアルの束縛が彼の身体を拘束する。それは睡眠欲や食欲と呼ばれる生物として本来有るべき欲求。

 だが不正を憎む彼の執念はこんなリアルのルールでは止まらない。

 脳内ナノシステムにより肉体と精神を強制的に覚醒させ、栄養補給は点滴で済ませれば問題無い。偽物のリアルの肉体なぞ所詮機械と同じ。いたわる必要など無い。

 むしろこの骨と皮ばかりのくせに、泥のように重いポンコツのような肉体は彼にとって邪魔でしかなかった。

 リアルに対する苛立ちと、自らがあるべき姿を奪われた憎しみが、さらに彼の精神を鋭く、そして歪めていく。

 自分が本来生きるべき世界。仮想世界であれば思うままに複数のコンソールを操る風のような俊敏性があった

 懲罰を与える為に鍛え上げた剣や魔術のスキルがあった。

 志を同じくし、あの世界で生きる仲間達がいた。

 だがその全ては奪われた。奴らだ。不正者だ。奴らが正義の裁きを恐れ奪い去ったのだ。

 奪われた者の憎しみが彼を前に進ませる。

 数日、場合によっては数週間を掛けて獲物を追い続け、プライベートをさらし、破滅させる。

 VRという理想世界を欲望と金で汚し、規制された今でも不正を平然と行う汚れた者達の情報をさらしあげる。

 それだけがここ半年の彼の生き甲斐”だった”。

 彼は不正者を心底より憎むが、一度くらいの過ちならば許してきた。違法VR店を利用したとしても、彼の警告に従い過ちを恥じれば許すという形で。その程度の度量が無くては、再びギルドを率いることは出来ないからと自らの行動を戒めていたのだ。

 いつの日か彼の行動に感化された同胞達がまた集まり、やがては大きな動きとなり不正者達を根絶できれば再び世界の門は完全に開かれるだろう。

 自分はこの世界の危機を救う救世主となる。閉鎖された世界の門を再び開いた救世主へとなるのだ。

 約束された近い未来を思えば、一度限りの過ちを犯した不正者を見逃すことを我慢するのはそう難しくないと思い込んでいた。

 だがそれは過ちだった。間違いだった。見逃した不正者の中に大罪人がいた。

 定期購読している業界誌の中で見つけた、規制され閉ざさされた中でも新たなVR世界を切り開いていく勇者達の中に、数ヶ月前に寛大な心で見逃してやった男がいた。

 その来歴を調べた彼は憤慨した。

 理想の世界を作り管理していく立場に有りながら不正な店を利用し、あまつさえ今になって救世主顔で彼の前に現れたのだと。

 許せない。許せない。この男だけは許せない。

 かつて自らと同じ住民という立場にありながら、理想世界の神となった男だけは。

 彼が心より渇望した立場を得ながら、裏切った男だけは。

 憎悪と憎しみと嫉妬が、彼の心を変える。

 無差別対象に対して突き出ていた棘のような悪意が一つに収縮精錬し、明確なる一本の剣へと変貌を遂げていく。

 その剣の名は殺意。

 彼が突き刺すべきそのターゲットはVR業界誌の中で憎たらしい笑みを浮かべていた。





















 右のウィンドウには来週に迫ったVR同窓会事業企業向け説明会の参加企業の情報。

 左のウィンドウに映るのは先ほどアリスから送られてきた偽造プロフィールと、ディケライア社の地球におけるダミー会社の社歴にネットバンクの口座状況。

 暖房の効いた自室で炬燵に収まり左手に持った発泡酒をちびちびと飲みながら、『仮想コンソール挟み打ち』で、目の前に展開した二つの網膜ディスプレイを読みつつ修正やチェックを入れていく。

 右手の五指をフル稼働させた須藤の親父さん直伝のこの技は、上下に展開した仮想コンソールをほぼ同位置で使い分ける事で、腕の移動を極力無くして時間を節約する荒技だ。

 半人前と言われる俺はまだ片腕の挟み打ちすら苦労するが、先輩方では右手で挟み打ちしつつ左手を通常の三枚操作がデフォ。肉体制限の離れたVRでは『両手挟み打ち』で4つのコンソールを操る人もいる。

 ちなみにこの変態技術の創始者である須藤の親父さんは昨年末の修羅場において、”リアル”で『両手挟み打ち1枚すかし』で計8つのコンソールを操りやがった。透かしって……どこまで化け物だあのはげ親父は。

 兎にも角にも使えりゃ便利なのは確かなので暇を見ては練習しているんだが、ゲームのように訓練した分だけ確実に経験値が着実に積まれていく仕様じゃないリアルじゃモチベーションを保つのが難しいとか考えてしまう辺り、まだまだ先は長そうだ。

  
「アリス。口座資金はオッケーだよな? ある程度金無いと相手にされないぞ。っち、もう終わりか」。


『リルが先物取引での利益率を少しあげたから、口座資金が先週より5割増して、当面の運転資金は確保完了だよ。あ、それとうちの会社の方の幹部だけど、ノープスなら説得してこっちに引き込めるかも、まだ確定じゃないけどうまくいくと思うよ。あのお爺ちゃん面白いものが好きだから、シンタの計画をしったら協力させろって来るはずだよ』


 いつの間にやら空っぽになった空き缶を置いた脳裏に響くのは遙か彼方の銀河にいる我が相棒ことアリスの声。

 今現在アリスは本社でもある惑星改造艦創天でディケライア社の仕事やら裏工作をこなしつつ、来週に開催されるVR同窓会事業企業向け説明会への最終準備にいそしんでいる。


「お! まじか!? ノープスさんいりゃ戦場デザインとかも結構良い感じで行けるな」


 恒星系デザイナーというノープスさんなら、宇宙戦闘の舞台にふさわしくかつプレイヤー達が楽しめる戦場を考えてくれそうだ。

 こりゃ朗報だと俺は歓声を上げて新たな発泡酒へと手を伸ばしてあおる。

 炬燵で火照った身体にはそのキンキンに冷えたのどごしが気持ちいい。

 うん。労働後の晩酌に良い情報。これぞ至福だ。


『ダミー会社の社員もうちの社員の中で協力してくれそうな人に演じて貰うように頼んだから確保オッケー。もちろんローバーの課題の方もあるから、他の社員には秘密裏にだけどね』


 社長自ら裏バイトを斡旋する企業か。どんだけブラックだと思いつつ俺は発泡酒を喉に流し込んでいく。

 普段は安っぽい酒もこう順調だと実に美味く感じるんだから現金なもんだ。
 
 不自然で無いように資産を整え、地球におけるディケライア社を作っていく作業は、ネットが大きく発展した現代だから可能な偽装工作。

 リアルに本社を持たず全てがネット上に存在して、社員間のやり取りもそちらで済ませる企業は主流ではないが、それでもそこそこの数が世界中で存在しているので怪しまれることは無いだろう。

 しかしディケライア社が書類上だけで存在すれば良いわけではない。

 そこで働く社員も必要だがそれ以上に必要な物がある。

 今回のような複数の企業が絡む合同事業となると、リアルでの発表会会場のレンタル料やら機材の調達など、その他諸々で負担を求められることもあり、先立つもの、ぶっちゃけ金がいる。

 その為にアリスに一定の金を用意しておけと言ったのだが、そのアリスが選んだのは先物取引による資金調達だった。

 何ともリスキーな選択だが、そこは宇宙でも有数の稼働年数と惑星改造艦のメインAIとして数多の星の気象変動データを持つリルさんがいる。

 その気になればこれから先の予想どころか、地球にばらまいたナノセルを使って気象に干渉していくらでも利益が生み出せるそうだ。

 元々はそのナノセルを維持するために必要な各資源を地球上で買い求める為の購入資金を稼ぐために使っていた手だそうで、通販で買った物資を指定の倉庫へと搬入させ、それを分解、吸収してナノセルを作りだして使っていたらしい。

 ただ派手にやって怪しまれると元も子もないので、儲けも必要最低限に抑えていたそうだ。ちなみにアリスのリーディアンオンラインの料金も細々と稼いでいたそのネット口座からの引き落としらしい。


「利益率を上げるって……そんな簡単なもんなのか。まさか言ってた気象いじくった不正操作とかしてないだろうな。勘弁だぞ。黒スーツとサングラスな連中にストーカーされるのは」


 気象状態いじくって豊作も不作も自由自在に出来そうな連中相手じゃ、百戦錬磨の相場師も相手にならないだろう。


『大丈夫だって。リルが過去のデータとか流れから予測を出してるだけだし。利益率を上げたって勝ちすぎない程度に抑えてるから、あの人達も気づかないと思うよ。あそこの国の人達は昔からしつこいけど、シンタとの回線は完全防諜仕様にしたっていうから、シンタの存在には気づきようも無いってば』


 冗談半分の俺の軽口に、アリスは心配しすぎだと笑い返しやがった…………おい、実在するのかあの組織?

 俺は炬燵の上のつまみをいれたコンビニの袋の横に置いた牙手のひら大のガラス玉のような光沢を持つ透明な玉へと目を向ける。

水晶玉のようにも見えるこれこそが、リアルタイムでのやり取りを可能とする超次元通信という胡散臭い技術の端末。

 水晶から伸びたケーブルが俺の首のコネクトへと直結され、創天へと送られる観測情報に紛れ込んでの秘匿接続を可能としていた。

 アリス達が観測用にばらまいているという分子機械であるナノセルが結合して発生した水晶玉を初めとして、実は異星人であったアリスとのやり取りにもすっかり慣れてしまったが、他人に聞かれたら即入院を勧める電波な状況、会話だとふと思う。

 この水晶玉こそ宇宙へと繋がる機械だったんだよ! 

 ……うむ。電波電波。まるでVR中毒患者のような妄言だ。


「あー……プロフィールは少し変更をいれたから後でチェックしとけよ」


 黒服サングラスという恰好で世界的に有名な秘密組織に好奇心は惹かれるが、細かく聞くのも怖いので、今の話は忘れようと極力思いつつ、手直したプロフィールを見つつアリスへと確認を続ける。
 

 アリシティア・ディケライア(24) ドイツ系アメリカ人。サンフランシスコ在住。

 あちらでは数多ある少人数独立系VR系企業の一つであるディケライア社の元社長令嬢であり現社長。
 
 つい半年前までは日本の大学へと留学しており、日本におけるVR文化の発展性やその独創性を学んでいたが、俺と最後にあった日に先代社長でもある父親が突然の病気で無くなり緊急帰国。

 精神的動揺に加えて葬儀や会社関係の整理のために多忙を極め、日本在住中に入り浸っていたリーディアンのラスフェスにも参加できず、交友関係があった俺を初めとした連中とも連絡がとれない状況になっていた。

 その後、遺産整理も終わり精神的にも落ち着いたので俺に連絡と取ると同時に、志半ばで倒れた父親の後を引き継いで社長に就任した新米社長という筋書きだ。

 在籍証明書偽造や出入国記録の改竄などを初めとして、アリスが地球人で日本へと留学していた物証を作成するために犯した犯罪行為のオンパレードはリルさんの手による物。

 曰く、地球売却、地球人総ジェノサイドという大事の前には、この程度の犯罪行為など少時。地球技術相手に時効までごまかしきるなど造作も無いので問題無いということだ。

 最悪偽造がばれそうになったら、関係各者の脳内情報を書き換えて”本当”のことにするそうだ。

 具体的にはナノセルで作ったアンドロイド体を用意したうえに、証言が出来る大学時代の友人やら下宿のおばちゃんを後付けで制作とからしいが……ここまで反則技術を繰り出されると細かい事を気にしたら負けだろうな。


『シンタの言っている変更点ってどこ? あんまり変わってないと思うんだけど』


「ん? あ。わりぃ。アリスのプロじゃなくて会社の方に書いてた。っち、まだまだミスが多いか挟み打ちだと」


 こんなんだから、まだまだ半人前だと親父さんやら佐伯主任に言われるんだろうな。なんつー基本的なミスをと反省しか無い。っていうか飲みながらやってたのが失敗か。


「……ほれゲームの企画を持ってくるなら、なんで絶賛VR規制中の日本なんだって突っ込まれそうだろ。いくら俺の知り合いだからって、理由付けとしちゃ弱いだろ」


『えと、これか……でもシンタこれも理由には少し弱くない? 打倒HFGOって、確かにちょっとは恨んでるけど、あたしアメリカ人って設定でしょ』


 手元の資料を確認しただろうアリスが疑問の声を上げる。

 俺が用意したバックストーリーは打倒『『Highspeed Flight Gladiator Online』

 HFGOは世界展開していた大規模ゲーム。本国であるアメリカに次いでプレイヤーの多かった日本を撤退したのはあちらにも痛いだろうが、それでも今日も世界中でプレイヤー達が鎬を削っている。

 VR規制の発端ともなった死亡事故が起きたHFGOが、今も絶賛稼働中なのを見て、恨み言の一つも言いたいのは俺を初めとした国内のVR関係者やプレイヤーの本音だろう。


「そっちはおまけ程度の要素だ。アメリカ発の名実共に世界最高のVRMMOを越えるゲームを制作するっての親父さんの夢であり、今は遺志となったって筋書きだ。親の意思を継ぐってのは、恨み言より受けが良いからな。しかもその相手が自分の娘くらいの美人とくりゃ、うちの社長を初めとした他の会社の幹部連中にも相当可愛がられるぞ。成人バージョンの仮想体は親父受けを狙えっていった理由の一つだ」 


 父親の遺志を叶える為に頑張る子供っていう浪花節は、人生もそろそろ晩年を迎え始めた社長らの年代にはたまらないだろ。

 VR利用者が多い国の中で唯一HFGOが撤退したのみならず、VR系ゲームが軒並み壊滅して後発組という不安を解消するチャンスが出来た事もあり、自分も愛着があるリーディアンオンラインを開発運営していた日本のホワイトソフトウェアへとアリスは企画を持ち込んできた。

 日本国内でゲームとして成熟させて、やがては母国へと逆輸入を初めとして世界に打って出るというストーリーは、心情的にも実利的にもそう無理は無く、何より夢があるはずだ。
 
 
『そういうことか、シンタってホント手段を選ばないっていうか、人の感情とか思考を利用するの好きだよね。前からそうだったけど、就職してからさらに強くなってない?』


「これでもゲームマスター、GMだからな。いくら技術が発展しようとも相手は人間、お客様だって仕込まれてるんだよ。他人様の気持ち判らないとゲームを楽しんでもらえないだろ」


『判るのと利用するのは対極だと思うんだけど……あ、そうだシンタ。仮想体のことでちょっと相談が有ったんだけど。外見で問題があって』


 アリスが少し困ったような声で話題を変える。アレか。親父受けするポイントが判らないって所か?


「資料としてVRグラビアソフトの売れ筋ランキングサイトのアドレスを送っただろ。あそこを見とけば最近の傾向って判るから出演者の特徴を掴んで纏めれば良いだろ」


『シンタ。一応突っ込んでおくけど、あの手のサイトのアドレス送ってくるのって他の人にやったらセクハラだからね。なんであんなに成人指定が多いのよ……うちの男性社員もそうだけど、どこの星でもなんで男の人ってエッチなんだろ。違法系ソフトでいつの間にかライブラリの一角埋まってたし』 

 
 相棒かつ宇宙人とはいえさすがに女であるアリスに理想の美女像を語って(胸は美乳。髪はロング)いくのは気が引けるし、俺の好みはおそらく50代とは微妙にずれる。だから参考になりそうなサイトをいくつか送ったんだが、アリスは少し不機嫌そうにぼやいていた。

 膨大な記憶量を誇るであろう創天のライブラリをアリスがぼやくほどに埋める違法系ソフトか……宇宙でもエロは偉大なようだ。

 未だ未知の世界が広がるであろう宝の山に思わずゴクリと生唾を飲み込む。ディケライア社と関わる理由がまた一つ増えたな。


『シンタ変なこと考えてないよね……真面目に聞いてよね。一応成人バージョンは出来てるの。ただ問題は肉体の造形とかそうじゃなくて空間把握耳のこと。シンタが言う所のウサミミなんだけど無いと調子で無いから付けていきたいんだけど、付けてるとまずいよね?』


 こっちの頭の中を覗いているんじゃ無いかと疑いたくなる精度で的確な突っ込みを冷たい声でいれてきたアリスだったが、後半落ちたトーンから考えてどうやら本当に困っているようだ。


「企業向け説明会にウサミミか…………親父受け通り越してあざとすぎて引くな。確かにまずいな」

 
 どんなに見た目が良くても、そんな恰好で参加したら巫山戯ていると思われても仕方ない。

 ホワイトソフトウェアだけならいくらかフォローできるが、他の参加希望企業からの第一印象は最悪だろう。


『でしょ。シンタ達には仮想体だったら不要な付属物に見えるだろうけど、あたしにとっては腕とか足みたいで有って当然の感覚なの。だから動かせないと変だし、消しちゃうと気持ち悪いの』


 しょぼんとへたれ込んだウサミミが容易に想像できる。付けてくるなとか、我慢しろというのは簡単だが、アリスの調子が出ないのはこっちとしても困る。

 どうするかと考えあぐねた俺は、何となく部屋の中を見渡して、なんの変哲も無いサラリーマン御用達の安売りビジネススーツと一緒にぶら下がるネクタイに目をとめる。


「……手はあるな。アリス。動いて耳状なら問題無いか? 本当のウサミミとかじゃ無くて服装の一部って感じで」


 飾りっ気の無いストライプネクタイになんで目をとめたのか一瞬自分でも不思議に思ったのだが不意に繋がる。

 俺が気になったのは、そのネクタイを通して頭に浮かんだ別のデザインのネクタイだ。そのネクタイでは確かにデフォルメされたウサギが違和感なく存在していた。


『そりゃ完璧じゃないけどマシかな、でも服装って……あ! ユッコさんのこと!? そういえばユッコさん有名なデザイナーさんだったってシンタ言ってたよね』


 さすがアリス。一瞬で理解してくれた。話が早い。

 俺の頭の中に浮かんだのは頼りになる助っ人は、俺とアリスがギルマスを勤めた上岡工科大学ゲームサークル。通称『KUGC』の不動の副マス『ユッコ』こと三島由希子先生。

 あの人なら上手いことアリスのウサミミを服装として取り入れるデザインをアドバイスしてくれるかもしれない。


「おう。ユッコさんは今回のVR同窓会企画の発案者かつ体験者だからな。百華堂さんの方の計画のことも有って今回の説明会にも参加予定だ。本当ならお前とユッコさん驚かそうと思って二人には黙ってたんだけどこうなりゃ予定変更だ」


 ユッコさんは連絡が取れなくなったアリスを心配していたし、会いたがっていた。

 アリスもユッコさんには懐いていたし頼りにしていた。

 個人的にも恩が有る二人のために、サプライズな再会を用意してやろうと思ったんだが、少しばかり予定を繰り上げる。


『そっか。ユッコさんも今回の企画に参加してるんだ。うん。じゃあ今回の計画は絶対成功だね。良かったねシンタ』


 先ほどまで不安を見せていたアリスが一転して嬉しそうに笑う。心の底から浮かれていると感じさせる声だ。

 ここの所、浮いたり沈んだりが多いアリスに、ストレスで躁鬱みたいな状態になってねぇだろうなとちょっと不安を覚える……考えすぎだとは思うが。

 どっちにしろ楽観視しすぎてヘマがでたら目も当てられない。


「アリス。言っとくけどユッコさんも忙しい人だから、アドバイスする時間が無い可能性もあるからな。その時の代替え手段も考えておけよ」


 ユッコさんを多忙にしている要因は俺自身が深く関わっているんだが、それを棚上げして一応忠告しておく。


『判ってるってば。でも大丈夫だって。だってシンタとあたしにユッコさんも揃ったんだよ。ギルドのフルメンバーには全然足りないけど、それでも絶対勝てると思うもん。だってあたし達なら何でもできるってば。”パートナー”のあたしが言うんだから間違いないでしょ』


 実に嬉しげなアリスは改めて勝利宣言をかましやがった。しかもキーワード付きの最上級の勝利宣言だ。

 最前線を突き進む前衛の俺とアリス。その後衛にユッコさんってのはうちのギルドの基本にして必勝パターンだった。

 VRからリアルへ。

 ゲームからビジネスへ。

 戦場やルールは変われど、今の状況は確かに似通っているかもしれない。

 相棒や仲間を信じて一つの目的に向かって邁進していくことに違いは無い。


「……そりゃそうだな。”相棒”の言葉は素直に信じますか。んじゃ気合い入れて勝ちに行くぞアリス」


 一欠片の不安も消し去ってしまうアリスの堂々たる勝利宣言に乗ることにした俺は、缶を傾け一足早く勝利の美酒を味わうことにした。























『 新米GMの資質』と『VRの可能性』の本文中の讃岐弁を変更修正いたしました。

 讃岐弁監修を行っていただいた香川在住の緋喰鎖縒様。

 この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。    



[31751] 子供の頃の夢はなんですか?
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/24 20:29
『昨日までの踏破率は24%。調査データから通路接続が容易かつ期待値が高い地点を重点的に開放しているため順調なご様子です。しかしながら今現在、再発見された物資の中で有益な物は微々たるようです。こちらが詳しいリストになります』

 
 創天メインAIであるリルより現場組による管理外区域探索調査の途中経過を聞いていたサラス・グラッフテンは、添付されたリストを確認しようとした所で、不意に目がかすみ、ついで芯が怠くなるような疲れを覚える。

 長距離航行用のコールドスリープから目覚めてからこっち、各種調査や関係各所との折衝に追われ気の休まる暇は無く、疲れや眠気を覚えるたびに薬や医療ナノを使って調子を維持をしてきたが、最近は徐々に処置を行う間隔が短くなっていた。

 疲労を解消する方法などいくらでもあるが、それらでは落ちない心に残る澱のような疲れが徐々に溜まってきているのだろう。


「ありがとうございます。少し休憩を取ります。リルさん。お茶をいただけますか」 


 仮想空間へとシフトすればリアルの肉体を癒やしながら仕事も出来るが、気分を変えるためにも休憩を入れようとサラスは仕事の手を止め、椅子の背もたれに背中をゆっくりと預けてリルに向かって声をかける。


『かしこまりました。サラス様のお好きなエール星系グランド産霞花葉のハニーミルクティーでよろしいでしょうか?』


 ディケライア社の本社でもある創天はサラスの生まれ故郷でもあり、ましてやリルはその創天のメインAIとしてディケライア社創業時より稼働してきた守護者のような存在。敬意を持つ相手に様付けで呼ばれるとどうにもこそばゆく、そう呼ばれるようになって相当の年月がたっているのにいまだに慣れる事が出来ない。


「えぇ。お願いします」


 サラスは仕事中にはあまり見せない穏やかな微笑を口元に浮かべながら軽く目を閉じる。

 社とそこに属する者を護るためならどのような手も使い、かつては『ディケライアの悪魔』とまで恐れられた自分らしくないと可笑しく感じていた。

    
『お待たせいたしました。お疲れのようでしたので蜂蜜とミルクの量を多めにしてあります』


 目を閉じていた時間は数秒ほどだったろうか、リルの声が響くと共に春の野原に咲く花のような甘い香りに気づき目を開くと、目の前のテーブルの上にはほのかに湯気が立つカップが出現していた。 

 心が落ちつく茶の香りに惹かれサラスはカップを手に取り口に付ける。 すっと抜けていく香りとほどよく温かく甘い茶の味は実に心地よく美味い。


「美味しい……あら。合成ではないのですね」 


 好みの味にほっと息をついたサラスは、二口目で画一的な合成食品にはない僅かな癖に気づく。

 どうやらこの茶の葉は、文明圏から遠く離れた今の創天では稀少物資である本物の茶葉のようだ。

 癖があるといえば聞こえは悪いが要は個性。

 温度や濃さ、掛け合わせる物の加減を調整し、味が決まった合成食品には無い風味を出す事で、個人個人の嗜好に合わせた茶も可能となる。


『お嬢様よりのご指示です。このような状況下でも頑張ってくれている社員の士気を下げたくない。全部は無理でも、もっとも好まれる食品や飲料くらいは天然物をお出しせよと。私が過去のデータより選別し、イコク部長にご協力をいただいております』


「そうですか。姫様は立ち直れたようですね。私が眠りに入る前でしたら周囲を気遣う余裕などありませんでしたから。現状は最悪ですが、姫様が元気になられたのが唯一の救いですね」


 窮地に追い込まれたディケライア社を若い身空で背負うことになったアリシティアのことを思い、サラスの顔に僅かな影が差す。

 あの娘だけは護らなければ……だから知られるわけにはいかない。

 帝国時代より脈々と受け継がれた従者としての血脈の誇り。敬愛した兄夫婦の一人娘である姪を思う叔母として、サラスは決意を改める。


「…………ここ数期に渡り続く事業不調が他勢力の工作である可能性に姫様が気づいたご様子はありますか?」


『いいえ。心苦しくはありますがお嬢様にはフィルターと情報誘導操作を施させていただいておりますので、勘の鋭いお嬢様でも気づかれたご様子はありません』 


 アリシティアが社長を引き継いでからの数期の事業的失敗。それには様々な要因があったが、その裏にドロリとした悪意をサラスは感じ取っていた。

 今のディケライアの苦境には外的要因が大きく影響している可能性が高いというのが、先代の時代よりディケライア社の幹部を務めるローバーとサラスの一致した見解だ。 

 巨大な組織とはその大きさに合わせ敵も増える物。

 ましてや亡国となった帝国皇族の血筋であるディメジョンベルクラドを社長と仰ぐディケライア社は、星系連合内に今も残る旧帝国系、旧改革派の両派閥の一部からは目の敵とされている。 
 
 帝国系から見れば、国家存亡の危機に貴重な恒星系級艦で逃げ出した姫君と不敬者の末裔。

 改革派からは、戦乱のどさくさ紛れに勢力を拡大し生き残った帝国の残照。

 ディケライア社の成り立ちや実情を見れば、両者からの嫌悪や憎悪の言い分にも一理ある。

 彼ら以外にも、先代までは銀河最大の規模を誇った活動範囲と業績を憎々しく思っていた同業他社。

 アリシティアへの政略結婚の話を持ちかけてきたのは、光年級のナビゲートを可能とするディメジョンベルクラドが代々生まれる血筋を求める故。

 高い能力が何らかの人工的技術では無いかと疑う星系国家からも、援助する代わりに専属企業にならないかと誘いが来ている。

 ディケライアに対して害をなそうとしたり、その衰退で利を得る者は多く、疑いだしたら推挙に暇がない。

 無論そのような行為に対して無抵抗では無く、事前に察知、妨害する社外諜報部が一般社員には秘密裏に存在し、資金難で最盛期とは比べものにならないほど規模が落ちたとはいえ今も活動を続けている。

 サラス達がコールドスリープしている間も、社外諜報部に一連の妨害行為に対する調査をさせていたが、その結果は芳しくない。 

 工事遅延の原因となった資材の誤配送や誤発注は、発注業者内のシステムエラーという形だった。

 関係各所へと提出した申請許可が降りるまでに掛かった異常なまでの長期審査は、内部の権力闘争が影響したという。

 どれも独立した理由で、一連の行動が全て一つの意思の元に行われた妨害行為であるという確証は得られず、その黒幕の存在を暴くまでは至っていないのが現状だ。

 長期に渡る嫌がらせのような妨害行為と今回の星系強奪は些か色合いが違うが、ディケライアへの悪意ある行動として切り離して考えるのは難しいだろう。


「星系強奪ほどの大きな仕掛けを施せる相手……やはり全ての発端となった義姉様の事故も仕組まれた物だったと考えるべきでしょうね。リルさん。情報の漏洩はありませんよね」


 先代の社長でありサラスにとって義姉でもあるスティアの跳躍事故も元を正せば原因不明の急激な膨張を始めた恒星にある。

 異常膨張は作為的な物のではないかと当時から大きな疑念をもっていたが、社長以下社員の大半が巻き込まれ機能停止状況に陥っていたこともあり、事故調査の全てを星系連合にゆだねていた。この辺りも洗い直す必要があるだろうか。


『諜報部より上がって参りました調査報告はローバー専務とサラス様にだけ閲覧可能なシークレット情報として処理しておりますので、一般社員に気づかれた痕跡はありません。ですが今回の星系強奪は今までと比べると些か派手すぎます。すでに幾人かの方が疑念を抱かれ過去情報を検索しております。今のところ情報制御でごまかしておりますが、一連の事案が露見するのは時間の問題かと』


 社内に無用な混乱を引き起こさないように、情報の拡散は最小限にとどめてきたが。水面下に潜んでいた悪意が星系強奪という目に見える形で出てきた以上、それもそろそろ限界だろうか。


「お手数をおかけします。他の社員はともかく姫様にだけは悪意をお目にかけたくなかったのですがそれも無理でしょうね」


『少し前までのお嬢様でしたら、社を潰そうと暗躍する者達の悪意や害意を受け止めきれず潰れてしまわれたでしょうが、今は大丈夫ではないかと判断いたします』


「……その根拠をお教えねがえますか」


 リルの言葉にサラスは疑問を投げかける。

両親を失いさらには事情があって隠していたとはいえ業績不振が自らの力不足だと思い込み、恒星間ネットに書き込まれたディケライア社と引き継いだばかりの自分への悪意ある風評に打ちのめされ、アリシティアは元来の明るさを失っていた。

後継者として花よ蝶よと育てられたアリシティアには精神的に脆い部分があるのはアリシティア個人を知る者には周知の事実のはずだ。


『はい。彼の星でお嬢様は遊戯の上とはいえ、数多の好敵手やギルドと競い合い精神的に大きく成長なされました。パートナーとして見いだした三崎様の稀有なお心にも強く感化されております。今のお嬢様でしたら、困難に多少傷ついても必ずや乗り越えます』


 リルからの手放しの評価に、サラスはしばし返答を止めて言葉を探す。

 サラス達が物資消耗を抑えるためにコールドスリープを行っていた間のアリシティアの行動もリルから聞かされている。

 原生文明の極めて原始的なナノシステムによる遊戯に興味を引かれ熱心に興じていたと。

 あれほど精神的にやられていたアリシティアがこのような短期間で完全に立ち直った事は驚きだったが、それ以上に驚いたのはパートナー候補を見いだし、ディメジョンベルクラドとしての力を一気に増大させていたことだ。

 遊戯にそれほどの力があったのか……それともそのパートナー候補の力だろうか。

 いかなる手段を用いてもその生物を確保するというのがサラスの方針だが、それはあくまでもアリシティアのためだ。

 だがリルの言い方にこの時初めてサラスはその生物自身への興味を抱いた。

 
「リルさん。その生物……ミサキシンタとはどのような生物なのでしょうか? 貴女はずいぶんとその生物を信頼なされているようですが」


『三崎様ですか。客観的な意見を纏めさせていただきますと……現役プレイヤー時代は『たらし』『ギルド一のナンパ師』等の数々の二つ名をお持ちになって、数多くのプレイヤーをその周囲に侍らせておりました。お嬢様も強引にナンパされたとよくおっしゃってました』


「…………………………」


 リルの言葉を額面通りに受け止めるならば、どう考えても好感を持てる人物ではない。

 返す言葉を失い唖然とするサラスを尻目にリルは抑揚の少ない落ち着いた声で淡々と続ける。


『管理者側であるゲームマスター就任後は、悪辣卑劣なGMとして勇名をはせ、就任一年目でプレイヤーアンケート『ぶっ殺したいGM部門』で他のGMを引き離すダブルスコアで大勝という偉業を達成。最終的な悪行としては、婚礼を終えたばかりの新婦を寝取り新郎を惨殺させ、ついでとばかりにお嬢様もその毒牙にかけております。その後は数多くのプレイヤーを籠絡、手駒として大混乱を引き起こしておりました……このような方ですがご納得いただけましたでしょうか?』


 悪評ばかりというか悪評しかない人物像。リルがそのような評価を伝えてきた意味をサラスは考え、すぐに一つの結論に達する。


「……それは自分の目で確かめて見ろということでよろしいでしょうか」


 その人物に信頼を置きながら、その人物像には-要素ばかりをあげつらう。いくら何でも無理がありすぎる。

 他人の評価で判断するのでは無く、自分で評価を下せという意味だろう。


『私はAIです。ありのままの事実をお伝えしたまでです。もし私の情報をお疑いでありましたら、ノープス部長の方より地球売却の際における環境改善計画立案のために現地視察の申請が来ておりますので、ご同行してはいかがでしょうか? その際、三崎様が所属する企業での説明会にご参加する予定です』


 どうにもわざとらしい惚け方をしながらリルは、サラスの前に一つのウィンドウを表示する。

 ノープスの名義でだされた地球視察申請書類に軽く目を通す。

 売却時により高値となるように-要素である環境汚染地域の調査や、+要素となる文明遺産の選定など、そこに書かれた理由は惑星売却を考えたときの事前調査としては至極普通の物ばかりだ。

 ……だからこそ怪しい。あの面白い物好きな享楽的なノープスらしからぬ理由だ。


「なにやら用意周到な策謀の気配がいたしますね……仕事のペースを上げます。視察時間を作りますので協力をお願いします」


 ノープスが独自で動いたのか、それとも『たらし』と評価された人物がすでに籠絡していたのか、はたまたアリシティアの考えか。

 情報不足でどこからこの案が出たのか判らないが、どうにも作為的すぎて疑うのも馬鹿らしい。
   
 だが多少の無理をしても確かな情報を得られるなら、サラスとしても反対する理由はなく、残っていた茶を一気に飲み干して気合いを入れ直した。

 








「フィールド生成開始。展開完了後チェック順次開始するぞ。開幕は明日だ。気を抜くなよ。相手はお客様じゃ無いとは言え同業者。より厳しい目で見られるつもりでな」


 地下倉庫を改装したGMルームに中村さんの声が響くと同時に、久しぶりにサーバーがフル稼働して圧縮データを解凍展開して仮想世界『舞岡北小学校』を作り上げていく。

 前回展開時に判明した不具合やミスを須藤の親父さんらがちょこちょこ手直ししていた所為か、ウィンドウに移る情報を見た限りではスムーズに展開しているようだ。

 明日13時から開催予定のVR同窓会事業企業向け説明会に向けて、我が社ホワイトソフトウェアは今日から全員出勤で作業を進めていた。

 だが今日のGMルームには何時もより多くの人が詰めかけ、フルダイブ用のVR専用筐体が足らずに、レンタルして来た簡易型VRデスクもいくつも設置した増設仕様だ。

 これはうちの会社が新人をいれたとかではなく、他社からのヘルプが数多く来ていることに起因する。


「失礼します中村さん。ミナラスの久里浜課長がお見えになったのでご案内しました」


 展開作業の陣頭指揮を執る中村さんへと一声かけて、久里浜さんを案内してきたことを伝える。

 ミナラスは家庭用ゲーム黎明期から数多くのハードでソフトを開発発表してきた老舗のソフトメーカー。

 社長が最初の方に声をかけてこちら側に引っ張り込んだ会社で、今日もミナラスからのヘルプ技術者が来ており、久里浜さんはそのミナラス側の責任者となっているビール腹の気の良いおっちゃんだ。


「おう。三崎ご苦労さん……久しぶりだな久里浜さん。ばたばたしていて悪い。もう少し時間に余裕がある時に来て貰いたかったんだけどな。何とかデモプレイが可能な枚数を明日の発表に間に合わせるのが精一杯だったよ」


「謙遜しなさんな。元システムはうちでやってたVRTCGの流用でやったとはいえ、複数のデッキ分だけでもクリーチャーを間に合わせてきたのが正直驚きだよ。さすが白井さん所だってうちのボスも笑ってたしな。ほれこれは陣中見舞い。みんなで飲んでくれ。わりーな三崎君。運転手だけでなく重いのまで運ばせて」

 
 頭を下げた中村さんに手を振って笑った久里浜さんは、俺に方に振り返ると差し入れに持ってきてくれた段ボールにぎっしりと詰まった業界御用達のエナジードリンク詰め合わせを指し示す。

 VRの恩恵をもっとも得られるVRMMOが主流だったVR業界において、VRTCG系は少数派のゲームだった。

 これはTCGの種類が乱立していた事もありVRTCGへの切り替えがスムーズにいかなかった事や、VRシステムの根幹であるナノシステムの年齢制限による本来の主プレイヤーである低年齢層の確保が難しかったこともある。

 さらには今回のVR規制法の一つであるリアルマネートレードへの開発会社側への罰則強化で、完全に息の根をたたれたゲームの一種になる。


「あーいいっすよ。これくらい。今朝から須藤の親父さんの所でこき使われてたんで、久里浜さん来てくれたおかげで抜け出せましたんで逆に感謝です」 


「三崎。お前な、もう少し口の利き方に気をつけろ……悪いな。久里浜さん。こいつ馴れ馴れしくて」  


「あー気にしなさんなって。うちの若い連中だって似たようなもんだったろ。それに三崎君とは俺も何度も顔合わせてるかならな。荷物持ちも頼みやすかったからあいこだって」

 
 久里浜さんと中村さんはほぼ同年代だという事もあってか、会社は違っても付き合いがあるそうで気安い会話を交わしている。

 ちなみに俺がなぜ他の会社の課長に顔が知られているかというと、これも例によって社長の仕業。

 やたらと人脈が広いうちの社長の荷物持ちでいろいろ付き合わされたり、顔を繋いだ会社への時季折々の挨拶回りをやらされたりで顔を売っている所為だ。

 就職して三年間で増えた名刺はカードホルダーに三冊分にはなるだろうか。これは俺にとって形には無い重要な財産といっても良い。


(大丈夫だろ。ほら僕の付き添いで付いてきたから、説明会に来るのは三崎君も知ってる連中が大半だから)


 だがまたもやたらと軽い社長の言葉で、またもや社の命運が掛かった企業向け説明会の司会を明日やらされる羽目になっているので、素直に感謝して良いのか微妙な所だ。


『中村準備できたよ! テストプレイ初めて良いかい? こちとら飛び込み仕事でテンション上がっているとこに、久しぶりのデュエルと良いことずくめで最高潮なんだよ。早くしな。相手は誰だい』


 久里浜さんと中村さんが挨拶を交わしている間に無事に展開は終了していたようで、スピーカーから開発部の佐伯主任の楽しげな声が響いてきた。

 なんかやたらと張り切っているんだが、そんなにミナラスから提供されたゲームが楽しみだったんだろうか。それともここ数日なにやら篭もってやっていたという飛び込み仕事の所為だろうか。

 佐伯さんが抜けた所為で開発部の作業効率が落ちて、こっち側にも影響していたんだが、それについては誰も文句は言えない。

 何せ佐伯さんは並の技術者2.5人分は働ける人。この仕事量で文句を言えるのは須藤の親父さんくらいだ。


「佐伯さん。久里浜だ。テストプレイ第1号は是非俺がやりたかったからな。わざわざ出向いてきたんだ手加減しないがいいかい」


『はっ。あんたかい。いいさね。相手にとって不足無しだね。ささっと潜ってきな。あたしのコンボデッキ再誕第1号の獲物って名誉を与えてやるよ』


「そう簡単にはやらせんよ。こいつを作りたくて俺はこの業界に入ったようなもんだからな。ライトデッキの展開力を見せてやるよ」


 なにやら久里浜さんもヒートアップして嬉々として空いているVRデスクで接続を開始している。

 っていうか良いのか中村さん。佐伯さんの口の利き方は?


「……三崎。何も言うな。お前の言いたい事は判るが、何も言うな。乗り気な佐伯さんの機嫌を損ねたいなら止めないぞ」


 俺が向けた視線に苦笑を浮かべて答えた中村さんは、仮想コンソールを展開したのか空中に伸ばした手を走らせていく。

 うん。早い。挟み打ちも使った3枚操作をしているんだろうが、その指の動きに無駄は無い。


「二人ともはやるのは判るがテストプレイだからゆっくりやってくれ。他の連中はクリーチャーの仮想体を展開時から重点的にチャックしてくれ。子供の頃の夢が叶うオトナの社交場にふさわしい往年のTCGを提供してくれたミナラスさんの顔に泥を塗るわけにはいかないからな……ではデュエルスタートだ」


『おっしゃ。先行貰ったよ。あたしのターンドロー。モンスターを守備表示。速攻魔法…………』


 佐伯さんの実に楽しげな声とともに、仮想世界内を移したウィンドウには陽炎のように揺らめく一つの影が現れ、さらにやらなにやら専門用語を駆使してカードを操っていく。

 中村さんの注意一切聞いてないなあの人。

 良いのかと思い、中村さんへと目を向けるとなぜかこちらも実に楽しげな顔で二人のデュエルとやらを観戦している。

 うん。かなり上の世代ではTCGが社会ブームとなったと聞いたことはあったがどうやら本当のようだ……しかしルールを学ばんと何をやっているのかさっぱり判らん辺り、かなり難しいんじゃないのかこの世界。


「あ、いたいた。おーい三崎君」


 白熱し始めたのかどうかすら判らない画面を見つめていた俺は背後から名前を呼ばれて振り返ると、我が社の受付嬢である大磯さんが半開きになったGMルームの扉で立ち止まって俺を呼んでいた。 

 大磯さんも観戦に来たのかと思ったのだが一向に部屋に入ってくる様子は無い。


「ういっす。どうしました。入ってくれば良いのに」


「三崎君。この配線みてよ。絶対ひっかけって転けるよ。あたし……データ吹っ飛ばしってもうやりたくないから」 


 あー……うん、この無理矢理なケーブル配線は大磯さんから見れば地雷原だな。というか昔やらかしているのかこの人は。

 ルールも判らない観戦を続けてもあまり意味は無いと俺は入り口側へと向かう。


「んでどうしました?」


「これこれ。明日の飛び込みさん名簿。結構業界じゃ噂になってるみたいで説明会参加希望な会社さんや個人事務所が増えたから目を通しておけって」


 大磯さんから差し出されたケーブルを接続して回線を繋ぐと、目の前に共通ウィンドウが浮かび上がる。

 そのウィンドウにはずらりと企業や個人の名前が並ぶ。その数は300オーバーにも達しているだろうか。

 ミナラスのような有名所から聞いたことも無い会社まで、有象無象が集った感じはまさに混沌としている。

 その中には俺が仕組んだアリス率いるディケライア社の名前も載っている。

 これだけの企業、個人がいても宇宙の会社、宇宙人なんぞ一人くらいだろうと俺はつい口元に笑みを浮かべる。


「三崎君なんか楽しそうだね。あたしなんて明日のこと考えると胃が痛いよ。ドジら無いか心配で心配で」


 明日はこの間と同じく大磯さんが俺のフォローに入る予定だ。この間も上手くやれたんだから問題無いとは思うんだが、どうにも不安らしい。


「まぁ大丈夫じゃ無いですか。ほれ上手くいろんな所とつながりゃ、すぐに大磯さんのドジが業界でも有名になって誰も気にしないようになりますって」


 何せミナラスから手伝いに来ていた連中も、大磯さんが荷物を持っているときはいつ転んでもフォローに廻れる大磯シフトを身につけたくらいだ。


「それフォローになってないから。全く生意気な後輩だね三崎君は……っとあと熱烈なファンレターが久しぶりに三崎君宛に来てたよ。一応見る?」


 俺の冗談にむっとした顔を浮かべた大磯さんだが、すぐに気を取り直して一つのファイルを呼び出して意地の悪そうな顔で聞いてきた。

 熱烈なファンレターね……なんだって今更。

 その種別は判ったが、リーディアンが終わり半年もたって今更と思わずにはいられない。


「拝見しますよ。一応確認しますけど変な物付いてませんよね」


「大丈夫でしょ。佐伯さんお手製撃退ツールでうちに来るメールは全部お掃除済みだから。んじゃ展開っと…………」


『お前なんて救世主じゃない。俺が本物だ。お前に裁きがくだる。救世主たる俺が裁く』 
 
「うぁ。濃いね。何やったの」 


 開いたメールの文面を見た大磯さんはかなり引き気味の声で感想を漏らした。


「何やったって言われても、ここ最近で恨みをかった覚えなんぞ全くないんですが……憂さ晴らしとかじゃないですか」


 救世主って。なんだそのアレなマインド溢れる言葉は。勝手に人をそんな大層な物にカテゴリーされても困る。

 GMとしてボスキャラで暴れ回ってた頃には、大磯さんの言うところのこの手の熱烈なファンレターを貰ったことはよくあるが、最近はこのようなメールを貰う目立つ真似をした覚えは……アレか?

 ふと一つの仮説にたどり着く。そういやあの雑誌に俺の仮想体が載ってたな。


「あーたぶんアレですよ。この間の業界誌。俺とか大磯さんも映ってたでしょ。たぶんアレ見て気に食わなかったのいるんじゃないんですか。ほれ俺元プレイヤーでしょ。いろいろ叩かれてるし、リアルイベントでの顔写真とかも撮られて晒されてますからそこから気づいたんじゃ無いかなと思います」


 この手の妬み嫉みは原因さえわかれば単純なもの。文面の意味が意味不明なのもVR中毒者だったらよくある類いのものだ。VR中毒者にリアルでどうこうしようとする行動力もあるわけ無し。

 今更だとは思ったが昔からしょっちゅう受けていた嫌がらせの一つだろう。俺は脅威無しと判断してそのメールを消去した。

 こっちは明日の大勝負に全力投球体勢。些事に構っている暇無い。



























 作中の主人公じゃ無いですが、ちょっとリアルの方で新規事業やることになりまして、来月、再来月は研修やら新店立ち上げで更新が難しそうです。

 かなり不定期になると思いますが、お待ちいただければ幸いです。  



[31751] 龍は天へと至り日はまた昇る
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 02:18
『三崎。開始まであと1分! 最終チェックと全プログラムの展開準備も終わってる。今回はスタートで一気に持っていくから最初から飛ばしていけよ!』


「ういっす。こっちは準備オッケーいつでもいいっすよ! 寒いんでとっとと始めましょう!」


 天上から響くGMルームで総指揮を執る中村さんの檄に負けないように俺は大きな声で返事を返す。

システム的には別に大声を張り上げなくても伝わるんだが、ついつい返事がでかくなるのは耳元で轟々と音をたてる突風の所為か、それともVR復活と他ならぬ相棒のために仕掛ける大事を前に抑えきれない高揚感だろうか。

 がちがちと歯の根がなるような寒さに身震いしながら強風に煽らればたばたとはためくスーツの裾を気持ち程度に直し、胸元のタイピンでネクタイをがっちりと固定。

 リアルの肉体測定データで作った仮想体は本物と変わらない。手の長さ指の形その全てが慣れ親しんだ物なんだから、明かり一つ無い真っ暗闇の中でも特に問題は無しだ。

 気になるのは、凍えるような寒さと文字通り地に足がついていない頼りない感覚だが、これはしょうが無いだろう。これも演出の一つだ。

 寒いのは我慢するとしても、宙を漂うってのはどう堪えたものか。何せ人間に翼なんってついてい……ウサミミ宇宙人やらスライム宇宙人がいるくらいだから有翼宇宙人もいるんだろうか?


『三崎君。オープン10秒前カウントいれるよ……10……9……8』


 ふとくだらない妄想に浸りそうになっていると、待機している大磯さんの少し緊張を感じさせる声が響きカウントダウンが始まる。

 足下を見下ろせば、遙か下方でぽつぽつと明かりが点り始めていた。 


「了解。準備オッケーいつでもどうぞ! ど派手にいきましょう!」
  

 前回の同窓会本番時は記憶の風景を少しずつ見せることで徐々に期待を盛り上げていく方式をとったが、今回は多数のVR企業と個人事務所の人間を招いた法人向けの説明会。

 VR慣れした連中相手に特に思い入れが無いであろう舞台で勝負を仕掛けるんだから、自然とその取るべき手法は前回とは変わっている。

 まずは一発度肝を抜く。それが今回の作戦だ。


『外周部から火いれていけ! 本命は来客直後! 出現タイミングをずらすなよ! ウチの腕の見せ所だ!』
 
 
 中村さんの声もお客様を招いた本番の気合いを感じさせる、さらに鋭い物へと変化する。

 さて……いよいよ開幕といきますか。

 
『3……2……1……一斉接続スタート!』


 カウントがゼロになった直後に俺の周囲をほのかに照らし出す仮想体生成リングが無数に出現して、高速回転をして老若男女の姿をそれぞれ作り出していく。

 その数は237人。飛び込みの説明会参加希望者も全て受け入れたためにウチの当初の予想より参加企業は3割増し、人数も倍近くなっていた。

 その程度の数なら、最盛期には十万人近くが同時接続していたシステム的には問題は無いが、再現小学校のグラウンドや校門等に一度に呼び込むと少し手狭になる。

 だから今回俺らは特等席からのスタートとあいなった。


「へ!? ちょっと! どこ! ここ!? 寒っ!」


「ふん。風の感じが自然だな。なかなか再現率高いシステムを使ってるな」


「……っお。白井さんところらしいな。最初から奇をてらってきたのか」


 出現したお客様の反応は概ね三パターンって所か。

 周囲が真っ暗闇な上に地面すら無く強風が吹き荒れる空間に出現するとは思っていなかったのか、悲鳴を上げる女性陣やら驚き顔の営業畑リーマンのざわざわとした声。

 技術屋らしきふてぶてしい表情をした連中は、出現場所よりもうちで使っている環境再現システムの数値データが気になったのか落ち着いたもので、中には仮想コンソールを叩いて早速解析を始めているようなのもいる。

 あとはウチのやり口をよく知っているような、付き合いのある同業者やら個人事務所の方々があきれ顔やら面白げな笑みを浮かべていたりと、慣れた様子で次を待ちわびている。

 さてこの中にアリスもいるはずなんだが、さすがにこの人数相手では一瞥だけでは見つけられない。というか時間があっても無理かもしれない。

 何せ完成した成人バージョン仮想体をチェックしようとしたら、本番の楽しみに取ってろとアリスの奴は隠しやがった。つまりは当てて見せろって事だ。

 仕方ないんでユッコさん経由で手に入れようとしたら、そっちもユッコさんからのシャットアウト状態。

 いいインスピレーションが生まれたという感想だけはユッコさんから聞いているから、突飛な物では無いと思うしかない。

 問題は外見変えまくっていてアリスだと気づかなかったときだ。いろいろ後でブーブーいわれそうな予感がするんで早めに当たりを付けたいところだ。


「皆様! 本日はお忙しい中、弊社の新規事業説明会へとご来場いただき誠にありがとうございます!」


 アリスは気になるがそればかり気にしていては司会の大役をこなせるはずも無い。

 意識を切り替えた俺は声を張り上げながら周囲に目印代わりの火球を呼び出して注目を集めつつ口火を切る。

 てんでばらばらだった視線がざっと動き、注目が一斉に俺に集まる。

 うむ……なかなかのプレッシャー。好意的な物から、試すような視線。さらには微かな悪意も交じり気味な視線やらごった煮な雰囲気だ。

 ウチがどのようなことをやるのか視察にきた連中も当然いるだろう。あわよくば企画をかすめ取るもしくは模倣しようって連中もいるかもしれない。

 だがそんな連中だろうともウチのシステム内にいるなら、我が社の大事なお客様。誠心誠意誠実な心でいかせてもらいましょう。


「今回のナビゲートを勤めさせていただきますホワイトソフトウェアの三崎伸太です。まずは百聞は一見にしかずとも申します通り。今回の事業の肝である再現校舎その全容を見ていただきます」


 無駄な挨拶や長ったらしい説明は省いてまずは勢い重視。

 何せ今日のゲスト様は俺が生まれる前からVRに関わってきたようなのもごろごろいる。そんな先達達相手に長々講釈をたれるなんぞできる訳もなし。

 注目を集めるために使った火球を右手を振って真下に向かって向けて放り投げる。

 大げさな身振りを見せる一方で、目立たないようにしていた左手で仮想コンソールを展開して指を走らせて、あらかじめ組んだプログラムを発動。

 俺が投げ落とした火球はその勢いを増しつつ巨大化していく。天から一直線に落下していく様はさながら隕石とでもいった感じか。

火球の明るさで周囲が明るく染まり、眼下の光景も照らし出されはじめる。

 めらめらと燃える火球によって姿を現したのは住宅街にある小学校を中心に広がる静かな住宅街の景色だ。

 全ての始まりである舞岡北小学校再現計画は、校舎や屋上から見える光景まで再現しようと凝り性で完璧主義な佐伯さんのもと、同窓会が終了したあとも未だに折を見て調整が進んでいる。

 金と時間さえあれば日本全国の過去の状態を、”趣味”としてVR再現しかねないのがウチの開発部の恐ろしいところだ。


「下に何かあるけど……ミニチュア模型?」


「いや違うな。VRで再現した町並みか? そうなるとここは空か」


 お客様方もここがどこなのか気づかれたようだ。

 百聞は一見にしかずとばかりにまずは全容を見てもらう為に、出現地点として用意したのは、舞岡北小学校上空千メートル地点だ。

 自然落下するでも無く特殊な機材を用いるでも無く、何時ものスーツ姿の俺が上空に留まれるのは、ここがやはりVR空間の恩恵といえるだろう。

 人が空を飛ぶ。荒唐無稽なあり得ないことが体感出来る夢の世界。これぞVRだ。

 しかしこうやって周囲に大勢の人がいる状態で空に浮かんでいると、どうしてもプレイヤー時代の記憶が刺激される。

 飛翔魔術を解除した自由落下チキンレースやら、島サイズの巨体を誇る大型ボスフォレストドラゴンへのプレイヤー数百人による同時急降下先制攻撃。通称ルーデル戦法等々、楽しかった思い出が心をよぎる。

 その思い出が、規制されたVRの復活に向けて今日仕掛ける初手の重要性を俺に再認識させ気を引き締めてくれる。


『佐伯さん。んじゃ次お願いします』


 巨大な火の玉に眼下の町並みが映し出される何とも派手な見た目と迫力だが、これはまだ序の口。肝はここからだ。

 地上まであと百メートルの目標高度を火球が通過した瞬間、巨大火の玉は破裂した花火のように無数にはじけ飛んで、地上へとサークル上に降り注いだ。


『よし。いくよ! 陽竜昇天!』


 佐伯主任の何とも嬉しそうな声と共に、着弾した火の欠片が火種となり一瞬で燃えさかったかと思うと、街をぐるりと取り囲む巨大な輪を作り、さらには徐々に形を変化させ意味ある物へとなっていく。

 灼熱に輝く爪と牙。うねうねと動く炎で出来た鱗。身体からこぼれ落ちる火の粉は金色の粒子となりきらきらと輝く幻想的で雄大な雰囲気を醸し出す伝説上の聖獸、龍が地上に出現していた。


 無数の火を纏うと龍は一度大きく身震いして身体を揺らしてから、その巨体には似合わない軽やかな動きで身を起こし天へと登り始める。

 天へと登っていく龍がアギトを開いて奏でる咆哮は、新たなる世の始まりを告げるラッパのように勇壮で勇ましく、世界に響いていく。

 幻想的かつ圧倒的な光景。そしてこの龍が作り物だと忘れ去れるような圧倒的な存在感。

 ウチの会社の持つ技術を総動員して行われたオープニングには、VR業界の一癖も二癖もあるような連中もついつい言葉を失っているようで、驚きや惚けた顔で龍を見ていた。

 俺達のすぐ横を通り過ぎてさらなる高みへと登っていった龍は、空の頂点まで至るととぐろを巻いて身を丸めながら、さらに炎の勢いを増し盛んに燃えさかる。

 真円を模る龍が己の炎に覆い隠され、俺らがよく知る星へと変化する。すなわち明るさの化身太陽だ。

 肥大化した龍もとい太陽によって俺らの周囲は燦々と輝く陽光に覆われ、身が震える凍えるような寒さも和らぎぽかぽかしてくる。

 地上に縛られた龍が数多くのプレイヤーの力によって封印の楔から解き放たれ天へと登り至り、失われた太陽の代わりとなり日の光がもう一度地上を照らし、暖かさを取り戻す。

 『陽龍昇天』はリーディアンが無事に稼働していたならば、フィールドを全て夜状態にし、既存MOBモンスターおよびボスキャラをアクティブ化+スキル強化して、当社比1.5倍まで強化。

 さらには最終的には新型Dおよび新ボスを投入する冬から今年の春先にかけて予定していた中期型大規模世界クエストの新規アップデートメインイベントとして用意していたギミックの一つだ。

 完全お蔵入りとなったはずの物だったが、現状に丁度良いからと今回掘り起こしてきたわけだ。
 
こいつは見た目の派手さとウチの確かな技術力を見せる効果以外に、意味を持たせている。

 要は新たなる世界の開幕。気障な言い方をするならば俺達ホワイトソフトウェアの目的は、規制という名の暗い夜に沈んだこの業界に、もう一度明るく開けた前途に満ちた太陽をうち上げる事。

 世界を新生させるためのイベントは今の俺らの現状にぴったりというわけだ。

 しかしそこらは抜きにしてもさすがは佐伯主任。普段の言動は鉄火場が似合う女傑な割に、実はファンタジー好きな完璧主義者の面目躍如って所か。

 何ともど派手なオープニングは、場の空気を次に何が起こるのかとお客様に期待させるこちらの願っていたペースを作り上げてくれた。


「では皆様。日も昇りました所で地上へと降下し説明会を解説させていただきます。ただ我が社が当初見積もっていたよりも多くの方が参加なされていますので、複数の斑へと分けさせていただきます。末尾がAの番号をお持ちのお客様は私三崎が引き続きご案内をさせていただきます。Bの番号をお持ちの方は地上におります大磯。Cの番号……」


 さてここからは俺らの腕の見せ所。事前情報によってお客様は30人単位でいくつかのグループ分けにしてある。

 専門的なVR技術にはあまり詳しくない営業系の相手への売り込みは俺やら営業部の先輩。

 壮年な社長系やら重役系には、息子の嫁候補として絶対的に受けの良い大磯さん。

 ディープな技術関係の突っ込みがきそうな所には開発部の佐伯さん等々。

 適材適所で別れた説明でどれだけの会社と人をこちらへと引き込めるかに、この先が掛かっている。







「こちらは当時の秋に行われた合唱コンクールの再現映像を流しております。クライアントの方々から様々な映像、動画をご提供いただけましたので、このように複数の動画をつなぎ合わせ補正することで、当時の発表順に完全再現することも可能となっております。ただ客席に関しては映像が少ないため、あやふやな部分となっておりますがそこらはご勘弁を」


 ご案内しているお客様一同を引き連れ上空に浮きながら、ガラスのように透明となった天井から見える体育館で行われている合唱コンクールの様子を解説していく。

 無論リアルの天井が透明なんではなく、中が見えるようにただ透過率を上げただけなんだが、そこらの壁からのぞき見るよりも、こうやって上から見る方が何とも非現実的で楽しいってのはあるかもしれない。

プロの合唱団がやるように声の調子や感じが揃った物では無いが、それでも明るく元気に響く子供の歌声は何ともほほえましい物があるんだろうか。

 おそらくそれくらいの子を持つ、もしくは持っていたお客様はまるで我が子を見るかのように楽しげだ。


「君。これは音声と映像は別物かい。発表会という割にはやけに歌声のみが綺麗に聞こえるんだが。子供なんてついつい雑談してしまう物だろう。うちの娘もじゃじゃ馬で五月蠅い方でね」


 無論。今回はどのような事を行っているのか、どのようなことを出来るかを見に来ているんだからこういう質問も飛んでくる。

 質問をしてきたのはすだれ頭のおっちゃん。人の良さそうな笑顔で苦笑いを浮かべている。

 俺の方に回されてきたって事は技術畑じゃ無く営業系の担当者だろうか。この人はVR世界にあまり慣れていないのか、それとも興味を引かれているのかあちらこちらを見ては、さっきからずいぶん熱心に俺に質問してくる。

 おかげで先ほどから他のお客様が若干放置気味だが、各々そこらを見て、解説書を読んでいるようなので特に問題は無いようだ。

 視界の片隅から飛んでくる視線はあるが、そちらはあえて放置。なんせこっちは今お仕事モード。

 あいつと話したら一瞬でそのモードなんぞかき消される。せめて一段落するまではもうちっと真面目にいく予定だ。


「鋭いですね。岡本さん」


 この岡本とかいう聞いたことの無いVRイベント代理店の営業部課長とかいうおっちゃん相手に気を抜けないってのもある。

 岡本さんの問いかけ自体は技術的に踏み込んでくるような物で無くすぐに答えられる物が多いが、今回の音もそうだがやたらと細かなこと、こちらが気を使った部分に気づく辺り見た目の凡庸さに反して結構鋭いかもしれん。


「はい。当時の動画データが複数ありましたのでそれらを合わせてノイズを除去し、雑音の無いクリアな音に変化させています。今現在は純粋に歌を楽しむ鑑賞モードですが変更も出来ます。当時の雰囲気を味わいたいなら雑音や環境音交じりの再現モードといった感じに切り替えといったところです。これはご本人だけで無く、場合によっては親御さんやご兄弟の方にもこの場を楽しめるようにと考慮して設けた物です」


 これは同窓会という名目で謳っているがそれ以外の目的つまりは”在りし日”のあの人の映像。亡くなってしまった方を思いさらにはその空気を感じる為の機能とでも言えば良いんだろうか。

 おそらく大々的に売り始めれば、同窓会のみならず当然その様な需要もあるだろうと予測し、準備している機能の一つだ。


「ふむ。なるほどなるほど。しかしこういった物は反感も買うのでは? 先ほどからの説明を聞いていると、ここは人の思いを利用しているあざとい物を多くあるようですが。それを大々的に商売にする事はどうお考えですか」 


 何気ない口調で試すかのような岡本のおっちゃんの問いかけ。俺が含みを持たせた意味に気づいたんだろう。

 少しばかりトーンが変わったのは気のせいじゃないか。やはり結構やり手かこのおっちゃん。

 確かに指摘されたとおり、うちの企画は昔を思い出し懐かしんで貰う為にあざといといわれても仕方ない気持ちに訴えかける機能が多い。

 過去の自分を目にすることの出来る再現映像や当時の飲食物を味わえるデータ群はまだいいかもしれないが、人の思い出や生死にかんしてとなると、これをどう思うかは受け取り側次第だろう。 

 だがこの質問に対して答える回答に不安はない。

 ホワイトソフトウェアの原初にして最終目標が俺の中にはしっかりと根付いている。


「確かにそう思われるかもしれません。ですが私どもの思いは常に一つです。お客様に満足し楽しんでいただける世界を作る事。本業であるVRMMOと今回の事業はその業態は変化しておりますがそれは変わりません。ですから常に満足していただけるように鋭意努力を重ね、さらには成し遂げる。それが我が社です」


 お客様を楽しませる。サービス業としてもっとも基本にして絶対のルールを口にし俺は相手の目を捉え断言する。

 玉虫色の答えや曖昧な回答は逆効果だと勘が告げる。このおっちゃんもおそらく自分の仕事に誇りと矜持を抱く人種。

 不安や迷いが強い相手をビジネスパートナーとして選べるか?

 そう質問されてYESと答える奴は少ないだろう。何せパートナーを見誤れば自分にそのつけが来る。かといって根拠無しの強気な答えや勢いだけで中身の無い答えを返すのもまた×。


「その為に今回はこの説明会に向けた新機能を施しており、さらには正式稼働に向けまた新たな企画もいくつか考えております。この後に弊社の白井からご挨拶をさせていただきますが、そこから新たなる可能性を見いだしていただけるならば嬉しく思います」

  
 だからあくまで淡々としかし自信は込める。

 自分がプレイヤーとしてGMとして過ごしてきた年月。

 そして社長を初めとした上の連中や先輩らが作り上げてきたリーディアンの思い出が俺の答えに説得力をもたらしてくれる。

 俺達なら出来る。どのような苦境でもお客様を楽しませる事が出来ると。


「ふむ……いやいや失礼いたしました。少々気になりましてね。なるほどではこの後もいろいろ拝見させていただきますよ」


 俺の答えに満足いったのか一つ小さく頷いた岡本のおっちゃんは俺からゆっくりと離れて体育館の客席側を見やすい場所へと、おっかなびっくりといった様子の頼りない足取りで空中を歩いていった。

 これも前回のユッコさん達の同窓会の反省を生かして新規投入したシステムの一つ。やはり空中からの映像も見せた方が良いだろうと、急遽開発した物だ。

 GMを中心にして半径50メートルほどを半円型ドーム上に覆った特殊フィールドを展開して内部のお客様を空間毎移動させることで、安全確実な操作と手早い移動をしつつ、さらには空間内では機能制限したフライトシステムによる鑑賞を楽しめるようにした限定的機能だ。

 初心者でも簡単に操作可能を目指している機能なんだが、正直まだ未完成も良い所。

 慣れてない人間にはやはり機能制限されていても、ちょっと扱いが難しいらしい。

 まぁ、実際VRでも空中浮遊や飛翔を投入しているサービスは、飛ぶこと自体を目的にした種別や、ファンタジーやら戦闘系などVRMMOのような物がメインだってのもあって、触れたことが無い人も結構いるってのがある。

 何せ調整やら管理といったメーカ側の負担とプレイヤー側のコツと慣れが必要な機能だ。無くても困らない種別なら別に無理して付ける必要も無いといったわけだ。

 実際に今見ていてもVR世界管理をする技術者よりも、リアルを主な職場とする営業畑な連中が多いだろう俺の担当斑はどうも千鳥足気味な人が多い。
  
 まぁ若干一名すいすいと慣れた様子で飛んではフラフラとあちらこちらを見ては小さな歓声を上げている人物がいるが。

 栗色のロングヘアーはリアルでやったら何時間かかるんだろうというレベルで複雑に編み上げられ、その髪の束にもやたらとヒラヒラした装飾が施されまるで動物の耳のようにも見える。しかし服装は茶褐色の女性向けのビジネススーツで落ち着いた色合いとデザイン。

 頭の方をそこまで飾っていると、普通ならちぐはぐでごてごてとしたくどい印象を抱きそうなもんだが、なんというか全体的には一つのデザインで調和されていて上手く噛み合っている。

 さすがユッコさんのコーディネイトといった所か。

 独特の髪型とうろちょろしている姿が野生の野ウサギっていった感じのうら若い女性は、さきほどから時折こちらに視線を飛ばしてくるだけで自分からは近づいてこない。

 しかし会話に聞き耳を立てているのか耳のような髪を揺らし、時折まじめくさった俺の物言いがおかしいのか小さく噴き出しそうになっていやがる……失礼な奴め。

 当てて見せろとかぬかしていやがったがあまりに分かり易すぎる行動に、このまま無視してやろうかと思いつつも、この後の個人的な勝負のためにもこの茶番に乗るしか無いと諦める。 

 俺は軽く空中を蹴って、上の方に浮かんでいたその女性へと近づく。

 平均的な成人男性であると俺とさほど変わらない女性としては高い身長は偽物のプロフィールに合わせてか。それとも小柄な本来の肉体へのコンプレックスだろうか。


「さてと……ではそちらの社長さんはどういったご感想を抱きましたか」


 横に並んだ俺はささやかな抵抗として、こいつが昔嫌がった糞丁寧な問いかけをしてやる。 


「えぇ。なかなかに興味深い物ですね。さすがは三崎さんの所属する会社だと感心します」


 うむ……俺の負けだ。白旗を揚げよう。

 他の奴はともかくこいつに三崎さんと呼ばれると実に居心地が悪い。落ち着かん。姿形は変わってもその聞き慣れた声がどうにも違和感を刺激する。


「アリス……いつも通りでいけ。大勝負の前なのに調子が狂う」


 憮然とした顔で他の客の手前周囲に聞こえないよう小声でつぶやいた俺にたいして、


「りょーかい。これでいいでしょシンタ。どう? 前に気持ち悪いっていったあたしの気持ちがわかったでしょ」  


 ここが空中だと忘れさせるような自然な動きで軽やかに俺の前に回ったアリスは、少し大人びた顔立ちに変化させた見慣れない仮想体でありながら、何時もの笑顔でからかい気味な目を浮かべてやがった。

 この野郎。数年前の意趣返しか。執念深い相棒だ。



[31751] 変わらぬモノ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/25 00:59
「今回の同窓会プロジェクトによる私たちの第一目標はまずはVRの利便性。そしてその無限の可能性を未体験な方々に知って貰う事だったりと。まぁ、その為に架空世界では無く、過去の記憶の再現というのがインパクトが強いかなって…………」


 普段から軽いうちの社長のスタンスは、大勢の業界人を相手にしたホスト役でも変わらない。

 体育館の舞台上に立って大型ウィンドウの前で今回の計画の趣旨と将来的展望を語る社長は計画の重要性と規模の割には、なんつーか居酒屋で飲むついでに仕事を語る万年課長リーマンといった感じで堅さというか威厳がない。

 社会人としてどうよとは思うんだが、そんな社長の語りをお客様が軽んじてみたり、聞き流しているかというと、そんなのは皆無だ。皆真剣に聞き入っている。

 中堅所VRMMO会社社長の癖に、業界屈指の顔の広さを持ち、斬新かつ大胆な手で一目置かれているホワイトソフトウェアを率いるこのおっさん。白井健一郎の持つ特異なキャラクターなんだから仕方ないと程度には納得されているんだろうか。


『ねぇシンタ。シンタ達の計画って要は将を射んとすればまずは馬からって事? 本命はVR規制法の撤廃もしくは規制緩和って所でしょ』


 俺の横でむぅと難しい顔をしてウサミミっぽい髪(ウサ髪)を揺らすアリスが、周囲の邪魔になら無いようにと気を使ったのかWISで尋ねてくる。

 顔は前に向けたままで口を閉じている外国人顔の美少女から、流暢な日本語で故事が出てくるのに違和感を抱きつつも、こいつの正体がさらには宇宙人だとおもえばその違和感すらも馬鹿馬鹿しくなる。

 口元すらも意識せずにWISを使えるアリスのようなVR慣れした強者も地球人には僅かなりといるようだが、あいにくというかそこまでずっぽり浸かっていなくてよかったと思うべきか、そんな変態技能を俺は持ち合わせていない。


『正解。相変わらず鋭いな。まだ冒頭ちょっとだぞ。うちの狙いは、事業状態改善やら云々いろいろあるが、その中の一つに今回の計画を通じたVR利用者の増大と認識改善と、そこからの規制緩和狙いってのも織り込んでる……』


 まだ序盤だというのにすでにうちの画策している計画の形を読み切ったであろうアリスについついあきれ顔を浮かべつつ、俺は軽く唇を動かしつつも声には出さずWISを返す。

 VR技術はゴーグル型、ヘッドディスプレイ方式、筐体型などVR開発初期段階から数多の形式や手段が研究、発表されてきたが、機能や利便性、採算性を考慮した場合、脳内ナノシステムに勝る物が無く、商業として成立しているのは同上の形式だけだ。

 だが脳内ナノシステム方式が全てにおいて最高かというと実はそうでも無い。

 他部位へのナノ手術で実績と臨床データはあるとはいえ、ある意味では人の中枢部とも言える脳へと処理を施すこの方式は、危険性が高いと声高に叫ぶ研究者や忌避する奴もそれなりにいるからだ。

 実際問題初期開発段階では動物実験で数々の失敗もあり、さらに臨床試験として行われた人体実験まがいの行為が糾弾された事もあるらしい。

 だがそれらもすでに半世紀近く昔の事。

 反応速度の上昇や情報処理能力の向上を目的にした軍事、五感の再生や消失した身体機能伝達の回復を目指した医療技術からスタートした脳内ナノシステムは、数多くの失敗とそれ以上の成功例を示し、やがては施術の低価格化とVR技術との融合をもって世間一般へと普及していった。

 ここまで来ると、普通なら有って当たり前の技術となりそうな物なんだが、ところがだ脳内ナノシステムとそれによるVR技術がある程度一般化した俺らの世代でも、危険性や開発過程の問題を理由に拒否する者は確かに存在する。

 さらに開発過程の一連の騒ぎを直接見聞きした上の世代になればその傾向は顕著になる。

 これにVR技術とナノシステムの詳細はよく知らないが、今まで必要なかったのだから有っても無くても特に問題無いと感じていて、さらには危険性もあるならいらないといういわゆる無関心層という人らも年配者にはそこそこ多い。 

 平時なら反対派も無関心層も特に問題は無かったのかもしれないが、件の事件で死人が出た事で反対派に燃料が注がれ、無関心層から危険性が高いから反対派に鞍替えした連中が出た事が痛かった。
 
 さらにVR業界にとって不利な流れをVRの台頭を快く思っていなかった連中(反対派の医師や研究者、リアルにおける観光事業者やら娯楽産業系等々)がさらに世論を煽り、VR関連技術を規制へと向けていったというのが、今回の国内におけるVR規制の大まかな流れだ。


『ち……じんってホント足の引っ張り合いとか好きだよね。VRってあたし達からしても基礎的な重要な技術なのに』


 社長の説明を聞きつつ補足する俺の説明にアリスはウサ髪を立てて不愉快そうな顔を浮かべる。一瞬声が途切れたのは、リルさんの手による規制か。アリスの奴うちのシステムに会話ログが残るから、発言に気をつけろと言っておいた注意を忘れているようだ。

 そんな初歩の注意も忘れるほどに怒りの度合いは強いらしくウサギ耳風の髪がしゃきんと立ってワサワサと動いている。

 正直にいえば不気味なんだがこれを指摘したら、アリスがどう反応するかなんて想像するまでも無いので、とりあえず無視しておく。
 
 しかしやたらと機嫌が悪い。社長の説明に聞き入っている周囲のお客様もこの意思を持った髪とアリスの醸し出す雰囲気に気づいたのかちらりと見てはすぐに目をそらすなど若干引き気味だ。
 
 先進的な科学技術を持つ宇宙人であるアリスは科学万能主義なのだろうか。技術発展の阻害にご立腹といったとこ……


『っていうかそんな業界対立なんてくだらない理由であたしのリーディアンが奪われたの。むかつく』


 うむ。この深い怒りと恨みはゲームを奪われた所為か。納得がいった。こっちのほうがアリスっぽい。

 だが俺の中で評価がまた下がったぞこの廃宇宙人が。気持ちは判らんでも無いが、自業自得とはいえ人死に出ている案件で本音を出すな。  


『だからここから反撃だ。まずは無関心層の興味を引く企画でVRを知って貰う。さらにはそこから手管駆使してこっちに引きずり込むって訳だ。んでもってこっちの流れを作るのが大体の狙いだな』


 その為の入り口としてVR同窓会プランでまず実際のVRを体験して貰いその楽しさを知って貰う。

 そしてそこからいくつかの派生パターンを作り、さらにVRの魅力を叩き込む。

 派生パターンとして考えているのは、肉体機能が衰え今では出来なくなった運動量の激しいスポーツを楽しんで貰う休日スポーツプランや、遠隔地のご友人と各地の名産品を茶請けに茶飲み話を楽しんで頂くプチ同窓会プラン等々。

 さらには協力をいただいたミナラスさん提供の50~60代の方々の世代にはやった半世紀近く昔のレトロなTCGを当時そのままのルールと現代のVR技術で復刻させたカードによるVRデュアルを初めとした、現在では規制されたり老朽化されて撤廃された絶叫マシーンを復活させるレトロアミューズメントプランなんかもその一部には入っている。

 これらの複合計画により、すでに第何次になったかも定かでは無いが、大々的なVRブームを引き起こし、世論をVR擁護、規制緩和へと向けさせるのがうちの社長白井健一郎が画策していた計画の骨子だ。

 いつから社長がこのプランを考えていたかは定かでは無いが、その為に水面下で相当前から、それこそスタートとなったユッコさん達の同窓会プランの初期からいろいろ動いていたらしい。

 ただこれだけでかい花火を打ち上げるには、開発規模、費用もさることながら、目玉となるレトロなゲームやら商品に絡む版権やら商標権が問題となる。如何にそれらの権利を持つ企業や個人をこちら側に引き込むかも重要となってくる。

 それらの権利関係の金やらなんやらで揉めて大型プロジェクトが解散ってのはよく聞く話だが、そこは何とかなるだろうと俺は楽観視している。

 なんせうちの会社は俺ですら引くレベルのイイ性格した連中の巣窟だ。

 社長を初めとして佐伯さんやらと関わって、自分のペースを維持できるような奴はそうそういない。なんだかんだでこちらの思う形に収束していくはずだ。

 上手く利用するつもりがいつの間にやらうちの企業理念である『お客様に楽しんで貰う』に感染して、こちら側に落ちてきた会社連中は過去にもそこそこいるそうだ。

 それにホワイトソフトウェア社員の俺としても、そしてアリスの相棒たる俺にとっても、関わる人間が増えるのは願ったり叶ったりだ。

 二つの会社とついでに地球も救わなきゃならんが、とても俺一人じゃどうこうできる訳も無し。

 そういう意味では参加人数の多い今回は巨大な狩り場。精々イイ仲間を捕獲させて貰おう。

 何せうちの会社だけでも社長やら佐伯さんに親父さんに中村さんと大物がごろごろしているんだ。これに他の会社やら個人も引き込むのが今から楽しみすぎる。


「いろいろ考えてるんだね……でもシンタ。顔あくどい。またナンパ癖? はぁ、またシンタのせいであたしのように廃人になる不幸な人が生まれるんだね。シンタってなるべくして廃人製造器のGMになったのかな」


 説明の傍らこれから先のことを考えてついつい心が弾み口元を歪めていた俺を見て、呆れ混じりの何とも表現しがたいため息をついてアリスがWISでは無く声に出して呼びかけてきた。

 俺がどうやって仲間を増やそうかと考えあぐねている間に、いつの間にやら社長の挨拶をかねた概要説明も終わっており、会場と機能を全解放した自由散策にプログラムは進んでいたようだ。


「ナンパじゃなくて勧誘だっての」


 俺がギルマスやっていた頃から、新人勧誘やら他ギルドと友好締結してくるとアリスの奴は『ナンパ師』だの『たらし』なんぞと俺を呼びやがる。

 俺の事をナンパ師だと最初に言い出したのは先輩である宮野さんだが、その切っ掛けが知り合ったアリスを溜まり場に連れて行った時からなんだから、この呼び方もかれこれ6年になるのか。極めて不本意だ。


「っていうか誰が廃人製造器だ。この廃人野ウサギが。巣に篭もりすぎるのはウサギの本能か」


 アリスの悪態に俺も悪態で返す。俺はたぶん今不敵な目をして微かに笑っていると思う。目の前で楽しげにウサ髪を揺らし始めたアリスの顔のように。

 うん。この感覚だ。懐かしく。そして心が躍る。やはりこいつだ。

 大勝負の前にテンションを上げるための気兼ねの無い掛け合い。互いに対する遠慮も気づかいも無くしたやり取りが、俺とアリスの間にあった3年振りという時間的距離を無くし、あの頃に戻らせてくれる。

 アリスが狩ると信じて背中を預けた俺に。

 俺が防ぐと信じて死地に踏み込んでいったアリスに。


「今は巣穴から出てるでしょ。それよりシャチョーさんの説明は終わったんでしょ。紹介してくれるならそろそろいこうよ」  


「なんで社長の発言だけ下手なんだよ。普通に言えよ」


「ほらあたし。外国人だもん。ならそれっぽさ無いとダメでしょ」
 

「ったく。どこの怪しいバーのホステスだ。遊びやがって。ついこの間までは不安でぼろぼろと泣いてた奴が今日はずいぶんと余裕じゃねえか。これからが大勝負だってのに」


「判ってるってば。でもシンタとまた一緒なんだもん。シンタとあたしなら何とかなるんだから余裕でしょ」


 右隣に立っていたアリスは楽しげに笑いつつ右手を高く上げる。

 俺とアリスのコンビなら何とかなる。

 事ある毎にアリスが言ってたので俺の記憶にも色濃く残るその台詞とは裏腹に、何時もの定位置よりもアリスが伸ばした手の位置は高い。

 理解した…………なるほど背を高くしたのはこの為か。


「平っていうか下っ端社員に過大な期待すんな」


 アリスが伸ばした手に対して俺も左手を掲げる。

 アリスの廃人振りを思い出すならば下手したら四桁いってるかもしれない回数を交わしたギルド『KUGC』恒例の戦闘前挨拶だが、これがなんとも懐かしくあり、同時に新鮮に思える。

 何せ今回の相手はゲームの中のプレイヤーキャラクターやらボスキャラでは無く、リアルな人様。システムのサポートも無ければ、魔法のようなスキルも無い。

 一番下の下っ端社員が、社長やら上層部相手に個人的思惑有り有りなシークレットな企画を、VR復活をかけた新規プロジェクトの発足でクソ忙しいこの時期にねじ込もうってんだ。

 普通の会社なら不可能と即時却下な上に、状況を考えろと説教コースか?

 だがうちの会社はあいにくと普通じゃ無い。面白そうな企画なら喜び勇んでくれるような先輩方ばかりだ。無論その合格ラインは今の状況から考えれば極めて高い位置にある。

 要はここからの突発的なプレゼン次第。さてどう持っていこうかね。

 逆境をどう乗り越えようか考えていると、どうにも楽しくてしょうが無い。

 こんな事だから三崎は苦労させた方が良いとか言われるのかもしれないが、今日は何時も以上にワクワクしている。

 何せ二度と肩を並べて戦う事は無いだろうって思っていた相棒との戦闘だ。これで心が弾まなければVRプレイヤーの名折れってもんだろ。    


「んじゃいくぞ。気合い入れろよ。”相棒”」  


 今日のアリスの仮想体は俺と同等くらいの背丈。

 昔は背の低いアリスとでは少し合わせにくかった何時もの挨拶も、今はしっかりと手と手が噛み合って心地よく響く清浄な音を奏でる。


「オッケー。いこうよ。”パートナー”」


 キーワードを交わし、掲げた掌をそのまま握り拳に変えてさらに重ねるように俺達はもう一度軽く打ち合わす。

 ここ数週間で固めた『Planetreconstruction Company Online』の概要はすでに頭の中。

 アリスの手とリルさんによるデモ映像も準備済み。さらにはアリス曰く俺にも内緒の隠し球もあるとの事。

 ホワイトソフトウェアGMミサキシンタとディケライア社社長アリシティア・ディケライアのコンビ攻撃に耐えられる物なら耐えて貰いましょう。

 さーて戦闘開始だ。



[31751] VR世界のナンパ師
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/11/15 16:43
 何時ものやり取りをしている間に説明会場となっていた体育館からぞろぞろと人は抜け出しており、その中にはターゲットである社長もいた。

 社長を追って、俺はアリスを伴いグラウンドへと繰り出す。

 グラウンドでは今回の目玉企画の一つが模擬開店中で、それを目当てに大半のお客様が移動しているのか、なかなかの人混みでターゲットを探すだけでも苦労しそうだ。 

 といっても足で探すなんて無駄な真似なんぞしなくてもここはVR。社内チャットで座標位置を聞いた方が早い。


『大磯さん。社長ってどこです?』


 仮想コンソールを展開して、左手で手早く打ち込むとすぐに目の前にウィンドウが表示され返事が返ってくる。 


『んと、ここだね。矢印表示と。なに。どしたの三崎君? ……あ、噂の奥さん一緒か。ひょっとしてあれ。社長に仲人を頼もうとか?』


 会場案内役を引き受けている大磯さんが、からかい混じりの笑い声を上げながらも、俺の視覚にマップと矢印入りのナビゲート情報を送ってくれる。

 うむ。こういった矢印とマップ表示を見ると気分はお使い……もといサブクエストな感じだ。

 にしても、アリスの存在は某開発部の女傑のせいでプレイヤー時代から社内でも有名だったが、おれとの関係は一体どういう風に伝わっているのやら。


『それは無いっすね。ゲーム内だけならともかく、リアルで一度も会った事の無い奴を相手と結婚する趣味は無いんで』


 はてそういえば、アリスに相当ご熱心だったあの人が、アリスと直接顔を合わすこの機会を逃すはずは無いと思ったのだが、今の今まで接触してきていない事に俺はふと気づく。

 佐伯さんらしくない行動に疑問を抱くが、忙しくてそれどころで無いのか、それともいつぞやのように隠し撮りでもしているのかと思いつつ、大磯さんに適当に相づちを返す。


『いやいやそんな言い訳は通用しないってば。さっきなんかもあんな所でいきなりハイタッチ交わしたりしてたし仲良いじゃん』


 見てたのかあんた。いやまぁあの状況であんな目立つ真似してりゃそりゃ目にも入るだろうが、スルーして欲しいと思うのは調子のいい願いだろうか。

 大磯さんも女性の多分に漏れず、他人のこの手の話は大好物な御仁だ。

 下手に動揺したり、意味深な答えを返しでもすれば、後でからかわれるのは目に見えているので触れずに用件だけを伝える。


『こいつがうちの社長に挨拶したいって言うんで紹介にいこうかと思ってます。一応こんなでも会社の社長なんで。というわけで一応お客様のご案内。本日の業務の一環です』


 俺のこの時間の仕事はお客様からのご質問やご案内の応対。勝手知ったるアリスと言えどお客様。一応問題は無いだろう。


『あーちょっと今取り込み中だから後の方がいいかもよ……でも紹介って三崎君らしからぬありきたりな答え。なんか企んでる?』


『企むって人聞きの悪い。ナビありです。様子を見つついきますよ』


 自分の社内評価が何とも気になる発言は無視して、礼を言って大磯さんとのチャットを打ち切る。

 取り込み中ね。状況を上手く利用できるようならいいんだが。


「アリス。パーティ情報共有」


「ほいと。ん、シンタあそこだよ。あの辺人混みすごいね。休憩所だっけ?」


 俺が送ったパーティ申請を慣れた手つきで弾いたアリスは送られてきた位置情報を一瞥してから、きょろきょろと顔とウサ髪を動かして場所を特定しグランドの一角を指さした。 
 その指が指し示すのは休憩所として二棟展開してある東屋。その周りには人だかりが出来ている。

 そういやうちの社長って酒飲みのくせに甘い物好きだったな。大福つまみにポン酒とあり得ない組合わせしてたし。


「あぁ。なんか取り込み中らしい。んじゃアリス。様子見つつ仕掛けるぞ」


 計画の骨子たる基本路線を語り終えたばかりの社長の周りには、他の企業の人らや、開発者が集まっているのが遠目にも判るが、和気藹々とした歓談という雰囲気では無く、なにやら殺伐とした空気を感じる。 

 何が起きてるのやら。

 このような状況で乗り込んでアリスを紹介しつつ新規計画を披露するにはちと状況が悪い。挨拶もそこそこに流れに飲まれてしまう。

 どうするかと思いつつも、とりあえずは見て判断だな。


「りょーかい。あ、でもシンタその前に一つ良い?」


 出鼻をくじかれた状況に気づいているんだろうが、気負った様子も無く軽く答えたアリスだが、その視線はミニマップの会場解説欄をじっと見ていた。

 東屋で展開しているのはアリスの嗜好ドストライクな催し。やはり気を引かれたか。この甘党は。


「食べたいんだろ。成功祝いはユッコさんご推薦な菓子と洒落込もうか」


「うん。ありがと。じゃあちゃっちゃと終わらせようか。いつも通りヘイト管理は任せるね」


防御重視の俺がヘイトスキルでターゲットを集めて攻撃重視のアリスが強スキル連打。俺らのコンビ戦の基本形態だったが、ゲーム外でこの会話をすることになるとは。

 要は会話の主導権をこちらに引き寄せろって事だろうがヘイト管理という言葉を使うアリスに呆れそうになる。

 とことんゲーム脳だな。こいつは。


「あいよ。んじゃ前に行くぞ。GMスキル発動位相透過。同行対象アリシティア・ディケライアと」
 

 仮想コンソールを呼び出してポンポンとキーボードを叩きスキルを発動させる。ちと反則なチート技だがお客様をかき分けて前に出るのもまた失礼。
 
 要は俺らからは周囲の姿は見えているが、周りの人間からは見えずいかなるスキルにも感知されない、ゲーム内での取り締まりを行う巡回用の基本スキルだ。

 読んで字のごとく仮想体を位相透過状態へと移行させた俺らは二重、三重になっていた人混みをあっさりとすり抜け最前列へと飛び込む。

 姿を隠している俺らに気づいた人間は誰もいないので、急な割り込みにも文句の声は上がらない。


「あなた方の不用意な自主規制のおかげで、私を初めとした多くのVRMMOユーザーが住むべき世界を失った事をどうお考えですか」


「あーそうですね。ただあの時点では原因までもさすがに。まぁ転ばぬ先の杖という感じで。いや結果大げさだったでしょうかねぇ。いやはは。なかなかに手厳しいご意見ですね」


 前へと出た俺の耳に響いたのはどうにも険のある女性の声と、そんな敵愾心丸出しな相手にもいつも通りの軽い口調で返す社長の声だった。

 女性の鈴の音のように響く声は不自然なほど透き通っている……ん。こいつひょっとして。

 一瞬脳裏を掠めた疑念を片隅に追いやりつつその嫌悪感を隠そうともしない声の主へと、目をやり俺はつい言葉を失う。

 細やかな装飾が施されたプレートアーマーに身を包んだ金髪美少女だった。

 徹底的に手を入れた自作MODだと一目で判る不自然なほどに整った造形と狙いすぎた美少女顔には色違いの赤と銀色の双眼。

 しかも止めとばかりに、その絹糸のような髪からは少し尖った狐風の耳がにょきりと顔を出していた。

 ゲーム内ならおなじみなライカンスロープ。平たく言えば狐娘がそこにいた。
 
 周りがスーツ姿な営業リーマンやら、むさい開発系の技術者ばかりの中では、悪い意味で異色な存在だ。

 今回は企業向けの説明会ではあるが、特に服装や仮想体の仕様に制限は付けていない。この業界、変人、奇人が多いがいくら何でもこの手の集まりにここまで趣味丸出しな恰好で来るとは考えてもいなかったからだ。


「なぁアリス………………アレお前の知り合いか? リーディアンの時のお前の仮想体に似てるんだが、あの動物耳とかの痛い装備が」


 何ともTPOの読めていないそれを見て、ついつい横の相棒に疑問混じりの声で問いかける。

 この女性(?)のこだわりまくっているであろう仮想体は、ロープレ派として名高かったアリスの仮想体に通じる物がある。

 ひょっとしてどこぞの宇宙人じゃ無かろうかという疑念がよぎる。地球の常識が通用しないなら、このような場にこの恰好で来ても仕方ないと思うべきだろう。

 アリス以外に地球のVRMMOに参加していた奴がいないとは断言できないし。


「違うってば。シンタどういう目であたしの事見てるのよ。あんなあざといのあたしがやるわけ無いでしょ……もっと予想外の恰好で来てると思うけどあんな目立つアレは無いから」 


 俺の物言いが癪に障ったのか、アリスは頬をふくらませる。

 こいつの場合は一件狙いに狙ったウサミミ付き仮想体でも、リアルな肉体とほぼ同じという反則存在だから、一緒にするなという事だろうか。

 関係を問うた前半はきっぱりと否定。後半の物言いが気になるが、しかしこいつはこいつで宇宙の方で動いているだろうから、何かしらやっているんだろうと信頼してスルーする。

 さてすると何者だ。こちらのお客様は。


『大磯さん。状況教えてもらえます。相手のデータ込みで』


『はいはいっと。えーとお客様は『クロガネ』様。うちじゃ無いけど他の国産VRMMOでの有名プレイヤーでカリスマゲーマーって人。ゲーム内やブログなんかでゲーム内で楽しんでもらう為の秩序形成とか初心者育成の手伝いとか訴えたりする反面で、PKPなんかを力尽くで排除するべきだとか、結構過激な発言+有言実行。対PKギルドを作ってシンパも多かった人だね』


 俺の質問に一瞬の間もなくすらすらと大磯さんが答えを返す。さすが受付の達人。

 しかしカリスマゲーマーね。なんだってそんなのがこの企業向け説明回にいるんやら。


『VRMMO系ブロガーやVR雑誌コラムニストとしても活動してたみたいででその取材って名目で今回は参加。でもそれは建前で、どうもうちの事が気に食わなくて妨害に来たみたい。参加していたゲームは昨今の流れでサービス終了してて、VR業界全体がそんな風に衰退した遠因がうちの社長だって食ってかかってるところ』   


『あの事件が大本でその他諸々、原因やら理由はありますけど、むしろ社長はそれ防ぐ方に廻ってたでしょうが。業界の足並み揃えた運営停止とか地味な根回しなんかをしてたんだし』


 根拠の無い言いがかりに俺は唖然とする。話を聞いた感じではネットでは結構な影響力がある御仁のようだが、なにやらめんどくさそうな予感を感じる。


『あーそれそれ。自主規制主導したでしょ。お客様曰くアレが原因だって。HSGOで起きた事故なのに、過剰反応したからVR反対派を活気づけるいい材料になって、業界全体も自分たちが悪いと認めたようなもの。だから規制がされたんだって』


『え-と……要はHSGOだけの問題なんだから、他は問題なしと強気でいかなかったから規制が酷くなったと。そして自主休業を主導したうちが悪いと……なんすかその風桶理論は。うちの社長はどう反応してるんです?』


 俺からすると筋が通っていないんだが、一方的にまくし立てているお客様の様子から見るにその理屈理論を心底信じているのが判る。

 自分が正しい。他が間違っているってタイプか。うむ。予想通り面倒そうだ。

まぁ幸か不幸か、うちらの業界に限らず、サービス業ではお客様からの理不尽な言いが……もとい、ご意見を頂く事が多いんで、この手の輩にも慣れたもんだが、なるべく協力者を集めたい今回のような場でその雰囲気を壊すのは勘弁して欲しいところだ。

 そんな願いも空しく、このお客様の可愛らしい外見に似合わないねちねちとした嫌みったらしい言葉は延々と続く。ふむ。この感じやはりあれか。  


『そりゃ見てのごとくいつも通り。ノラリクラリと交わしつつ矛先分散な感じで煙に巻いてるけど、普通なら丸め込まれるか、諦めるんだけど、今回はかなりしつこい人なんで話がループしたりして進まないね。絵に描いたようなクレーマーだって感心したくなったところ。なんか変化の一石でもあれば状況が動くかもね……っとはい? 三崎君にですね。判りました伝えます……三崎君。中村さんから。とりあえず応対変わってくれだって。社長自身はこの状況を楽しんでいるみたいだから長くなりそうなんで切り上げさせろって』


 社長はお客様から直接頂く意見とか社内での討論とかを好む方だが、さすがに今日のスケジュールでは終わりまで討論という余裕はないので、中村さんからストップが掛かったようだ。


『了解しました。じゃあ切りの良いところで食い込みます』


 他の方への挨拶回りやら社長にはやって貰いたい事がいろいろあるのにここで一人のお客様に時間を取られるのは会社的に困るし、個人的にも問題有りだ。

 改めて社長とお客様に視線をやると、まだまだ話は続いているようだ。

 どうやらこのお客様はうちの社長から明確な謝罪を引き出したいようだが、他にも何か狙いがあるんだろうか。


「もし自主規制するにしてもご自分達だけでなさればよかったのでは。あなた方の運営なされていたような過疎化していたゲームなら参加していたプレイヤーも少なかったご様子ですが、私共の世界『カーシャス』は接続アカウントは国内VMMO最大手。そのプレイヤーが一斉に路頭に…………」


 当時の国内プレイヤー最大は”米国産”HSGOで大きく引き離されてはいたが、このクロガネさんとやらが上げたVRMMO『カーシャス』は二番目。”国内開発”としては最大登録者数を誇ったゲームだ。

 カーシャスユーザーは自分たちのゲームが国産でもっともプレイヤーが多いって事に、矜持を持っているってのは聞いていたが、なるほどこういう感じか。  

 うちを弱小扱いされるのはちと気になるが、まぁ登録規模から考えれば桁が一つ違ったからそれは仕方な……


「シンタ。解除」


 いつ切り込もうかと珍妙な恰好のクレーマー様をほとほと呆れてみていた俺だったが、何とも恐ろしい怒りを押し殺した雰囲気を纏った短い声に視線を横に向ける。

 そこにはウサ髪がジャキリと立っている臨戦モードで親の敵のような目でクロガネさんを睨む我が相棒の姿があった。


「断る。お前絶対喧嘩吹っ掛ける気だろ。止めとけ止めとけ。収拾つかなくなるから」


 怒った原因は容易に予想がつくし、この後のアリス行動も手に取るように判る。だから俺はにべもなく断る。

 自分が招いた客であるアリスがお客様と他のお客様の前で大喧嘩。始末書所か減俸で済めばいいレベルの大事になりかねない。 


「っ! シンタ! 悔しくないの!? 過疎ってる言ったんだよこの狐! カーシャスみたいな課金天国なゲームプレイヤー風情が!」


 沸点が低い奴だ。ヒートアップしてかなり口が汚くなっている。ゲームを馬鹿にされて激怒するって、ホントにこれが銀河を支配した王族の末裔なんだろうか。俺は担がれてるんじゃ無いだろうかと思わずにはいられない。


「まぁ面と向かって言われりゃいい気はしないが怒ってどうこうでも無いだろ。他社のゲームユーザーも大体は自分のやっているゲームが一番と思ってやっているんだからよ。第一アリスのさっきの発言も、こちらさんと同レベルじゃねぇか」


 課金ゲー。いわゆるリアルマネーが強さに直結するゲームってのはいろいろ言われているし、個人的にはどうよと思いつつも、業界の人間としては仕方ないと思う部分もある。何せうちらも商売。自分らの飯を食うための金が入らない事にゃ、夢も希望もありゃしないんだから。

 ただでさえ昨今のVRゲーム開発・運営は高性能化に会わせて初期投資の費用やら維持費に金が掛かるので利益を出すのが難しい。

 それこそスタートダッシュに失敗してプレイヤーが少なかったり、飽きられて過疎ったゲームがサービス停止になったのはよく聞いた話だ。


「らしくない! シンタらしくない! あたしにリーディアンのおもしろさ教えてやるって言ったときの気持ち忘れてんじゃ無いの! このままに言いたい放題にしておく気なの!?」


 俺が若干冷めた様子なのが心底むかついたらしく、なにやらアリスの怒りの矛先が俺に向いた。

 そんな怒りを受けつつも俺は肩をすくめて仮想コンソールを呼び出す。


「忘れた? 冗談じゃ無い。これでも社会人3年目だぞ。暴言程度で怒ってちゃGMなんぞ出来るかよ。成長したと言ってくれ。それにそのままにする気も無いっての。人の事ナンパ師やらたらしなんぞ言いやがってた癖に俺の得意技を忘れたのかお前?」


「だって! ……ってシンタまさかこれ引き込む気なの!? すごい逆恨みしてて、敵愾心あるみたいだけど!」


 激高しかけたアリスが一瞬固まってから、俺の得意技を思い出して再度驚きの声を上げる。

 俺の得意技。それは味方を作る上手さ。協力プレイ前提なネットゲーマとしては基本にして最重要な手。ゲーム内で磨き上げた俺の勧誘スキルを久しぶりに見せてやろう。


「ゲームじゃなくて世界って表現して、それを奪われた事の文句を言うためにゲームの仮想体で来るなんてことも出来る、空気のよめな……熱くなれる人種だ。お前と案外、話し合うんじゃねぇの? なら敵にするよか味方だろ。てな訳で切り込むぞ」


 カリスマゲーマにしてブロガーでVR雑誌でもコラム持ちね。なるほどなるほど。こりゃ良い。カモがネギしょってきたとはこのような状況を言うんだろうか。

 周囲にもギャラリーを集めてくれている良い宣伝塔発見。引き込む第1号はこちらの狐娘(仮)にしておくか。

 何を思ってうちが規制の遠因だという逆恨みを抱いたのか、皆目見当もつかないが、そこらは交渉しつついってみるか。

 上手い事、話を組合わせて、今日の目当てである本命の流れに持っていくステップに出来れば上出来ってな。


「うー。シンタってホントに大変所ばかり選ぶんだから。しかも楽しそうだし。りょーかい。そっちに合わせるから……これで見た目にころっと転がされたとかだったら、怒るからね」

 
 俺のターゲット選定に納得はいかない様子だが、不承不承ながらもアリスは承諾する。

 見た目? いやいやそれは無いっての。たぶんこちらの御仁はアレだ。そう俺の勘が訴えている。

 確信めいた物は抱きつつも、その直感が忘却したい記憶に繋がるので言葉に出さず俺はコンソールを叩く。

 次の瞬間位相透過状態が解除され、俺とアリスは人だかりの最前列、対峙する二人のすぐ横に出現する。


「お話中失礼します。社長。お客様の応対を変わるようにと中村さんから」


「あぁ三崎君か、いやぁ悪いね。僕が至らないばかりになかなか厳しい意見を頂いていてね。お客様からの意見ってのはやはり勉強になるねぇ。ついつい聞き入ってしまってたよ」


 あいも変わらない軽い口調と惚けたことを言う社長はどこまで本気なのやら。何ともらしい言葉に呆れつつ俺はお客様に身体を向けて深々とお辞儀する。


「お客様。失礼いたします。ここから先は私三崎がお客様の応対を」


「来たわねGM三崎……裏切り者が」


 大仰なほど馬鹿丁寧な礼をする俺の言葉を遮って向けられたのは、お客様からの殺意にも似た冷たい視線と侮蔑の混じった意味不明な言葉だった。



[31751] 楽しめてこそゲーム。それが宇宙の真理
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/01/19 15:33
 目の前に立つ長身の狐娘から向けられる視線は、なんというか薄ら寒い物がある。

 怨念が篭もっているような錯覚を覚えるほどに、どんよりと濁った殺意を感じる目線に、お客様が俺を見るなり発した裏切り者という言葉。

 どうやら俺個人に対する悪意があるようだが…………誰だ?

 ざっと記憶を浚ってみるがこの『クロガネ』とかいう廃人プレイヤーは俺の記憶には無い。

 光り輝くような金髪とデフォルメされた狐耳。それに男だったら十人中十人が美女だと断言するだろう美貌。

 傾国の美女である妖弧玉藻御前をイメージに作り上げた仮想体だろうか。

 VRソフトに付属する市販の仮想体生成キットのデータだけでは飽き足らず、おそらく自作や公開MODをいくつも組合わせて作ったオリジナル仮想体。

 見た目にこだわりハイレベルな仮想体を作り上げる事が出来る知り合いはそこそこいるが、それを自分用として臆面も無く使えるような知り合いは今のところ二人だ。

 一人は横にいる我が相棒にして最強廃宇宙人アリス。

 そしてもう一人は、学生時代の試験対策やらで借りが多くてどうにも頭の上がらない先輩である宮野さん(髭達磨男)くらいだ。

 当然のごとくこの面前の人物はアリスでは無く、宮野さんにしてもあのラテン気質な先輩がこのような薄暗い目をするわけも無い。

 そうするとこの狐なお客様は全く知らない人物のはずなのだが、この目の色にはどこか覚えがある。

 しかしいつどこで見たのか思い出せない。それほど記憶に残らない遭遇だったのだろうか。
 

『知り合い? すごい怒ってるけど』


 思い出そうと記憶を漁る俺の右袖を引っ張りつつ、アリスがWISで尋ねてくる。 


『判らん。裏切り者呼ばわりはGMになったときから腐るほど言われちゃいるが、別ゲーのプレイヤーに言われるような事してないぞ』


『逆恨みか予想外って所? どーすんの。引き込む気?』


『影響力って意味じゃ惜しい人材ぽいからな。適当につついて様子見してみるが、ワンクッション踏んだ方が良いかもしれん』


 殺意じみた非友好的な視線を受けつつ俺はアリスに返してみたんだが、さてどうしたもんか。

昨日来ていた脅迫文めいたメールもこの御仁か?

 しかし先ほどは”私”という言葉、昨日のメールは”俺”。

 一人称の違いが気になるが関係ないと言い切るのは難しいか。

 いきなりマイナスに振り切っているとおぼしき状態からの交渉。

 こりゃまた面白い……と気軽に言えるほどこちらの駒は多くない。


『了解。いけそうだったらあたしが入るよ』


 取っつき所を見つけないとこりゃどうにもなりそうに無い。まず会話のメインを奪う所からいってみるか。


「クロガネ様。以前にお目に掛かった事ありましたでしょうか? 私の方にはあいにくと記憶が」


「はっ。白々しい……白井社長。このような男をゲームマスターとして起用した事自体が、あなた方が、ゲームユーザーを、強いてはVR世界に生きる者達を軽んじている証拠ですよ」 
 

 まずは小手調べとばかりに繰り出したこちらの挨拶は鼻で笑って、あとは完全無視かこの野郎。

 会話を奪うために俺に意識を向けさせるファーストコンタクトは失敗。

 しかし収穫はあり。反応を見る限りどうやらこちらのクロガネ様は俺の事をご存じのようだ。

 一方的なのか、それとも別の仮想体で会ったことがあるのか。もしくはリアルか。

 リアルだとすると、その姿は地球外生物なアリスじゃあるまいし、狐耳のライカンスロープな訳も無し。こりゃ正体推測は難儀そうだ。


「僕らとしては彼が入社してくれて実に助かっていますよ。何せ三崎君は元お得意様。プレイヤー観点からの意見や企画を上げてくれるというのもありますが、うちのリーディアンにおいて彼がボスキャラを務めたときの盛り上がりはなかなかのもでしたので」


「リーディアンのボスGM操作ですか。それがユーザーをバカにしていると言っているんです。仕様変更や難易度の調整というアップデートという形での正当の進化では無く、有人操作で癖を変えてスキルをいじるだけで、同じキャラを延々と使い回す。その様な安易な手でゲームとしての延命行為を行うことを恥ずかしいと思わないのですか。同規模のVRゲームに比べても、こちらの会社はアップデートの頻度は少なく、規模も小さかったでしょ」


 クロガネ様が右手を振って複数のウィンドウを背後に呼び出す。

 中央の大きなウィンドウに映るのはリーディアンが稼働してから終了するまでに行われたアップデート回数やらデータ容量やらの統計データ。

 周囲の小ウィンドウには、リーディアンと同じく終了している中堅所のVRゲーム類の同データ。

 このデータを見比べてみると、ぱっと見だが、うちの会社は同規模の同業他社に比べて、アップデートの頻度やらデータ量は二割ほど少ない。

 攻略法を固定化させ無いためのボスキャラ有人操作にスキルコントロールというゲーム仕様は、このデータに沿って捻くれた見方をすれば、同グラキャラをちょこっと変えた安易な手段と映るって事だろうか。

 中から見てる分には自由度高い分、難易度の調整やらで新ボスキャラ一つ出すにも結構
苦労してるんだが、こちらの営業努力は身内のプレイヤーならともかく、外部には伝わりにくいんだろうか。
 

「しかもあなた方はこの男を雇い入れることで、プレイヤー達の戦術を盗み知ってさらなる延命を図っていましたね。新規開発を怠りプレイヤーを小手先の手段でごまかすその様な安易で卑劣な手を使うあなた方が、大規模なVR業界の立て直しを画策? はっ。どこまで本気なんでしょうか」


 クロガネ様はびっしと伸ばした指先で俺の顔面を指し示す。

 ふむ。どうやら、とことんまでうちの会社。さらには俺を叩きたいご様子。

 こんなデータまでご丁寧に揃えてくるくらいだ。用意周到万全の構え。恨み心骨刻みいるって感じか。

 これらの発言やらデータを見聞きする周囲のお客様の様子をうかがってみると、うちの会社をよく知っている方々はあまりの難癖にあきれ顔。

 だが問題はホワイトソフトウェアをあまりよく知らないお客様方。今回の説明会で初めてうちの会社に関わる御新規様。

 このままクロガネ様の意見に言うに任せていれば、どれだけ控えめに見てもうちの会社の心証が悪くなるのは避けられないだろう。

 うん。このままじゃまずいな。このクレーマなお客様をどうやって黙らせた上で論破す、


「課金厨でお金=火力な脳筋カーシャスの脳筋廃人には、リーディアンのシステムの奥深さが判らないようですね」


 攻略ルートを模索していた俺の横で、何とも冷ややかな声が上がる。


「なっ!」


「リアルマネーで安易に強くなれる仕様のカーシャスなんてやってたら、ゲームの面白さを知る事も出来ないのですね。お金で強くなるつまらないゲームでも満足できるなんて、可哀想で泣けてきました」


 言葉では可哀想と言い頷きながら、小馬鹿にしてせせら笑う外国風美女。

 言うまでも無くアリスなんだが、その目を引く美貌に似合わない流暢な日本語と暴言に周囲の注目が一斉に集まる。

 絶好調だったクロガネ様も思わぬ伏兵に驚いたのかその整いすぎた表情を固め絶句している。


「でもこういう可哀想な人が、お金を惜しげも無くつぎ込んでくださるのでアップデート費用が稼げるようですね。カーシャスみたいな駄ゲームじゃアップデートを何度もやらないとすぐに飽きられて過疎るから仕方ないでしょうし」


 煽るだけ煽ったアリスは最後にちょこんと小首をかしげてさわやかに笑いやがった。

 最後に体裁を整えたところで、周囲の空気はひんやりとしているくらい凍りついている。

 この状況を面白そうに見ているのはうちの社長くらいだ。こりゃ紹介する手間が省けた。数寄者の社長のことおそらくアリスを気に入ったな。

 問題無く円滑に進めそうな、そっちは後にするとして俺が考えるべきはこの状況で次に打つ手だ。

 クロガネ様の言葉に感情的になって切れたというには、アリスの反応は少しおかしい。


『ちょっと三崎君! 奥さん止めた方がよくない!?』


(大丈夫すよ。アリスにしちゃ敬語混じりの嫌味と遠回りなんでたぶん演技です。なんか考えが有ると思います)


 大磯さんが慌てて飛ばしてきたWISに対して、俺は左手で仮想コンソールを打ってノンビリとした文字チャットで返す。

 アリスは基本直情的というか顔に感情が出やすく喜怒哀楽が分かり易い。ただしこれは素の時。

 たぶん今のアリスは役やら設定に完全に入り込んだロープレモードと俺が呼んでいる状態に入っている。

 何かしらの攻略方法を見いだし、この冷笑できる人格を演じているとみるべきだ。


(それよか大磯さん。このクロガネ様のVRに対する主張。最近の規制も含めてピックアップしてこっちに回して貰って良いですか)


『でもこのまま放置はまずいん……はい……いいんですか? 中村さんが三崎君の判断に全部任せるって。だから絶対勝ってだって。資料は超速攻で集めるよ』


 止めた方が良いんじゃ無いかと言いかけた大磯さんに、中村さんから指示が飛んだのか、すぐにこちらの要請に基づいて行動を開始してくれた。

 クロガネ様の発言を黙って聞かされていた、うちの連中もかなりフラストレーションが溜まっていたのだろうか。

 反撃に出たアリスの行動を見逃してあっさりと俺に場をゆだねてきた。

 んじゃ上司の了承も得てバックアップ体制も作ったところでこちらからもいきますか。

 打ち合わせ無しの仕掛けはアリスが俺を信頼している証拠。アリスの真意を見抜き、それに沿った攻撃を俺が繰り出すと信じて……いや判っているのだろう。

 プレイヤー時代に時間と実績を積み重ねて強固にしたコンビとしての信頼を、そう簡単に裏切るわけにもいかない。

 アリスがロープレモード全力ならこっちも全力だ。


「っ誰ですか貴女は!? いきなり。関係の無い人間が口出しを」


「関係なら大有り。リーディアンユーザーとして、可哀想な貴女にゲームの面白さを教えてあげましょう。かつてリーディアン世界で勇名をはせたKUGCギルドマスターであるこのアリシティア・ディケライアが」


 いつかどこかで聞いたような台詞を大げさな身振りで髪をかき上げて宣うアリスは、何とも演技っぽさが強く、先ほどまでの険悪でシリアスな状況に若干のコメディー色を強制的に混ぜ込みやがった。


「……貴女が。なるほど。その横の男と結託していたというギルドマスターアリスですか」


 アリスの名乗りにクロガネ様が若干冷静さを取り戻す。どうやらアリスの存在も知っていたらしく憎々しげに睨み付けた。

 対峙する兎娘と狐娘。

 自然界じゃ圧倒的に分があるのは狐の方だろうが、うちの兎切り込み隊長も負けちゃいない。

 
「そもそも前提が間違っているの貴女は。アップデート回数が多い? データ量が豊富なほど名作、良作? 浅はかすぎて笑いたくなる稚拙な考えですこと。かつてゲーム黎明期に大ヒットしたアーケードゲームにはその様な後から付け足す機能があったかしら?」


「そんな一世紀近く前の化石じみたゲームとVRゲーム世界を同列で語るなんて底が知れてるわね。貴女の言う初期ゲーム群はそれなりに流行ったでしょうけど、それは他に選択肢が無かった時代。第一貴女が言うゲームも、後にリメイクや模倣としてシステムや仕様を変更して販売されているでしょ。後から出されたゲームは今で言うアップデートそのものじゃない」


VRどころか家庭用ゲームが爆発的に広がる前のアーケード黎明期からゲーム談義を始めやがった。どこまでゲーオタだ。この外宇宙生物は。

 そしてそれに食いついて乗ってきたクロガネ様。この二人は基本波長が有ってるような気がすると感じた俺の予感はたぶん間違っていなかったんだろう。


「確かに貴女の言う通りね。でもリメイクして改良され世に出ることはあっても、名作として語り継がれる不朽の作品群の評価は変わらない。それはなぜか? そこにゲームとしての不変の面白さがあるからです。たとえばシューティングゲームの始祖たるインベーダーゲームは完成された様式美を……………」


 インベーダーゲームを語る宇宙人。

何ともシュールな状況を横で聞きながら俺は大磯さんから次々に送られてくるブログや雑誌での数々の発言などから抜き出した情報を元に、クロガネ様の思考やVRゲームに対するスタンスを把握していく。

 基本的にこのお客様はVRゲーム世界を、真世界として捉えている節が見て取れる。

 リアルが偽物で、自分が過ごすVR世界こそが本当の世界だと。

 現実逃避と鼻で笑うべきかとも思うが、実際問題VR規制条例が施行されて、自分の世界を失ったと自殺未遂者が出たという事例もある。

 行き過ぎたVR中毒患者がこのような極端な行動に出ることを見越し対処していたので幸い死者はでなかったが、それでもゲーム世界に入れこむプレイヤーの業の深さを感じさせる話だ。

 さて件のクロガネ様もそんなプレイヤーの一人。

 しかもゲーム世界を清らかで美しい物と神聖視しているような発言が所々見いだせる。

 理想世界。努力が報われる世界。正しい本当の世界等々。

 ゲーム内PKを嫌うという情報も、PK行為そのものでは無く、ゲーム妨害としてのPKを嫌うという物らしい。

 ようはゲームに沿った敵対ギルドやら国家戦争でのPKはゲーム内のルールとして是とするが、復活ポイントでのエンドレスPKやら、初心者、低レベル帯を狙った高レベルプレイヤーによる一方的な殺戮。

 所謂迷惑行為としてPKを嫌い、その様なプレイヤーに対抗するPKKギルドを率いていたと。

 さてそんなクロガネ様のGM、そして管理側に対する認識は、理想世界を作り上げる一員として一定の敬意を抱いているようではある。

 だがGMとプレイヤーによる結託で不正行為が発覚した際には、苛烈な発言で二度とVRに関わるべきでは無いと切り捨てている。

 神聖にして真たる世界を作り上げる者は聖人君子であるべきってか。 

 これらの情報から推測するにVR世界に対する依存度はVR中毒そのもの。

 リアル肉体なんぞ二の次で、栄養補給の点滴と長期ダイブ用業者任せで捨ててすらいる可能性もあるアリスに負けず劣らずのヘビーユーザーだ。

 しかしだ。いろいろ情報を上げて貰ったところで俺とこのクロガネ様の接点がいまだに浮かんでこない。

 このような濃いキャラクター。どこかで出会ったとかなら忘れるはずも無く、かといってブログや雑誌コラムで俺やホワイトソフトウェアを叩いたやら話題にした痕跡も今のところ無し。

 卓越した情報纏めスキルをもつ大磯さんが見逃した可能性も低い。

 頻繁に書き込まれていた時期には接点が無いと判断するべきだろうか?

 そうすると疑うべきは、雑誌が廃刊になり規制後のブログの更新が低調になった時期からここ最近か。

 さっきから対面した感じどうもこの御仁。規制に対する恨み節が強く、その原点である不正行為者のために世界を奪われたと思い込んでいるのは間違いない。

 俺がここまで恨まれるのは、不正行為に関わっているとクロガネ様から思われているという事だろう。

 しかしだ。俺自身に身に覚えが無い。

 こちとらここまでとはいかずとも、不正行為はダメだろうと思う小市民。GMになった際は現役プレイヤーとの交友関係を過疎化させたほどだ。

 社長らが事件の際に事故現場のVRカフェに仕掛けた情報収集も、開発部の佐伯さんがメインで俺が関わってないし、第一あの人がやって足跡残すような不手際もやるはずも無し。

 そうなると予想外の行為。不正に関わっていたと思われても仕方ない迂闊な……世界が奪われた?

 ふと一つのキーワードが思い浮かび、記憶の中に散らばっていた点と点が一気に繋がっていく。

 ユッコさんの地元を調べに行った際の帰り道。

 電車が止まった事故で俺は足止めをくらい、法的に灰色な怪しげなVRカフェで一晩過ごす羽目になった。

 あの時は若干怪しげなソフトに心を引かれもしたが、結局アリスの力業な強制連絡で使用はしていなかった。

 しかし俺があの店に入店し、夜明けまで過ごしたのは事実。

 そして退店時に目の危ない兄ちゃんからなにやら因縁をつけられた記憶が思い浮かぶ。
 あの時はよく聞き取れなかったが、今思い返せば『世界は奪われた』とか言っていなかったか?

 ふむ。偶然と言うには言葉が似ている。

 そうするとだ……やはりこの狐娘はネカマか?

 どうにもクロガネ様の使用する仮想体の外見のあちらこちらが、異性目線から見た理想すぎて違和感を抱いていたんだが、たぶん男だな。こりゃ。

 しかもあの時絡んできた兄ちゃんか? 世間は狭いというかなんというか。

 状況証拠ばかりでかなり推測混じりの予感だが、このラインがすとんと納得できるのもある。

 第1候補と考えて行動するべきだな。

 さてそうなると完全なる誤解から恨まれたわけだがどういくか。誤解だなんだと言いつのったところで、素直に信じてもらえるのは難しい。

 確かな証拠を準備する必要性があるか。俺があの時どこへとデータを送り会話を交わしたか。

 前者は会社に送ったデータ群で証明は出来る。問題は後者。アリスとの会話だ

 相棒から銀河系の反対側に停泊中の宇宙船のVR空間に呼び出されて実は宇宙人だと告白されてました。

 こんな与太話を信じるやつは、失われた大陸の名をつけた雑誌の交流掲示板関係者くらいだろうか。

 このラインで攻め込まれたときの対抗策を考えながら、俺は仮想コンソールを叩いて今思いついた推測とクロガネ様の正体を、ゲームの面白さと発展の歴史で激論を交わすアリスへと宇宙的情報を隠したパーティチャットで送る。
 

「ゲームの面白さは千差万別。戦略ゲーが至高な人もいれば、アクション系こそ最高という方もいます。リーディアンの面白さは毎回毎回変化するボス戦に対抗して、知恵を振り絞り協力する大勢のプレイヤーと一体感。多数のプレイヤーとの共闘。これこそVRに限らずMMOの醍醐味。アップデートの量? MOBキャラの数? そんな物でVRMMOの面白さを計れると思うのが間違っているんですよ。ホワイトソフトウェアがユーザーを馬鹿にしたゲームを作っていた? 言いがかりも甚だしいんですよ」


 ちらりと俺の送った情報を見たアリスが他人には判らない程度にウサミミを模した髪をクルリと回転させて俺を指し示してからクロガネ様を差した。

 その示す合図は万事了解。もうじき任せるというサイン。

 さて、忘れちゃいけないのは俺らの最終目的はこのクロガネ様を論破することでは無い。

 もう一つのド本命な目的を果たすことが優先事項。

 アリスがここまで主導してクロガネ様を巻き込んだ討論の内容は、ゲームの面白さとホワイトソフトウェアと俺のユーザーに対するスタンス。

 ユーザーに楽しんで貰うという我が社の究極にして原初の目的である、ゲームの楽しさを争点にしていた。

 つまりは理想のゲームとはかくあるべきという論争。

 周囲でこの論争を見守っていたギャラリーにも、アリスとクロガネ様が撃ち合わせる楽しめるゲームとはどう有るべきかという熱戦は伝播しているだろう。

 交差する情報量は跳ね上がっているので、あちらこちらで双方の意見を論議するWISやらチャットが飛び交っている様子だ。

 ここまで来ればアリスがどうしてゲーム談義の論戦に持ち込んだかなんぞ嫌でも判る。

 俺とアリスが隠し持つ武器は、二つの会社とついでに地球を救う為に、荒削りながらも考えてきた次世代型VRMMOゲームの雛形。

 リアル宇宙で探査船を操作できるほどの凄腕ユーザーを集める為には、ゲームの裾野を広げより多くの人を集める必要がある。

 多くのプレイヤーを集める為に何より求められるのは面白さと話題性。

 場の雰囲気を作り、さらには自然に新規ゲーム案をお披露目する場へと作り替えた手腕は舌を巻くほどだ。

 さすが最高の相棒。ならこの相棒のアシストに答えるのがパートナーたる俺の役目だ。


(社長。ちょっといいですか? ちょっと新規なゲーム案がこちらのアリシティア嬢から個人的に渡されてまして、後で社長らに報告しようと思っていたんですが、こちらのお客様を納得させる為に提示しようかと。で一時的にプレゼンのためにこの辺の中位管理権限を貸して欲しいんですけど)

 
 いつの間にやら椅子を呼び出し、菓子と番茶を片手に完全に観客になっていた社長へと文字チャットを送る。

 存在感を無くしていると言えば聞こえは良いが、このおっさん……もとい社長の場合。見た目だけならそこらにいる万年係長なリーマンだから、その抜け目ない切れ者としての本質を知る俺から見て質が悪い事この上ない人物だ。

 腹案をお披露目するにも小さなウィンドウを使ってちまちま紹介したんじゃ、どうにも印象が薄くなる。

 本当はその壮大さに会わせて空一面を一気にスクリーンとして使えれば最高だが、さすがにそれは高望み。

 現実的な所で10メートルサイズの大型ディスプレイを展開するための中位管理権限許可を申し込んだのだが、


『あぁ。いいよやっちゃって。楽しみにしていたんだよ。君がこの場でついでに新規ゲーム案の披露を企んでるってある筋から聞いてたからね。お客様方の反応如何によっちゃ即採用するんで派手にいっていいよ。君の企画立案能力には期待してるんでね。親父さんや中村君には事前に許可は取ってあるから始末書も心配しなくて良いよ』

 
 社長はWISで返しながら俺の方をちらりと見て笑うとあっさりと最上位の全域全権委譲を送って来やがった。

 つまりはこのグラウンド一部だけで無く、この学校を中心としたVR世界全部への改変許可。

 これなら空一面をスクリーンとして使うのも問題無くいけるが……やっぱ食えないなこの人。っていうかどこから情報が漏れた?

 会社の上層部が俺らの企み知っていたって。ひょっとして中村さんが先ほどアリスとの対処も全部俺に任せるっていったのは、これに関連しているのか?

 しかし俺は今日の計画は誰にも話していないし、アリス側は宇宙だぞ。まさかこの人も異星人だったり……あながち間違ってなさそうな気もする馬鹿馬鹿しい予測が浮かぶほどだ。

 しかしこんな状況は願ったり叶ったりだ。


「プレイヤーが協力して一つのことを成し遂げるそれがMMOの面白さとは認めましょう。だけど貴女がいう、その面白さであるプレイヤーの協力関係を徹底的に壊した裏切り者がいますね。貴女の”元”パートナーよ。プレイヤーの心理と基本戦略を全て逆手に取ったボス操作で、大きな被害を毎回もたらす『裏切り者』にして嫌われ者のGMミサキ。信頼関係にあったプレイヤーを踏み台にしてGMへと成り上がった人間を重用すること自体がこの会社がユーザーを侮っている証拠でしょ」


(あーアリス。準備オッケーだ。派手にいけるぞ)


「いくつか間違いがあるわね。その情報は。シンタを裏切り者っていうけど、それはシンタを直接知らないプレイヤーの発言です。シンタのプレイヤー時代からの目的はゲームを面白く楽しんで、そして他の人にも楽しませる事です。GMともになってからもそれは変わらない。シンタを倒そうと協力するプレイヤー達の熱い連携や討伐後のプレイヤーの盛り上がりを知らずリーディアンを語って欲しくはありませんね。そして貴女の認識で最大に間違っている事。それは……」


 アリスが若干言葉を貯めて、表情を切り替える。冷笑混じりの冷ややかな表情から、実に勝ち気な何時もの子供っぽい笑み。

 勝利を確信したかのような何とも嬉しそうな顔で、頭のウサ髪を跳ね上げた。

 それを合図に俺は今まで目立たないように死角でやっていた仮想コンソール操作をやめて、全面に二つの仮想コンソールを展開して、用意していたオープニング映像を若干の修正を施しながら読み込ませていく。


「シンタは今でもあたしアリシティア・ディケライアの”パートナー”よ。そのあたしが断言する。ミサキシンタは今もユーザーを楽しませるために活動しているゲームマスターだってね!」


 アリスが言い切ると共に空に向かって高々と腕を掲げて振り切った。

 その瞬間、温かな日差しに包まれていた昼の空が、墨を流したかのように漆黒の夜空に切り替わり、次いで地平線の片隅から、巨大な月のような人工惑星が姿を現し始める。

 その人工の月の名は『創天』

 ディケライア社本社でも有り、そして恒星系すらも自在に改造する銀河でも有数の惑星改造艦。

 いきなりの変貌にざわつく周囲を見ながらも俺は一歩踏み出しつつ、自らの映像を夜空に浮かぶ創天の横に拡大表示させて一礼する。

 惑星サイズの船の横に浮かぶ自らの巨大映像っていうある意味巫山戯た映像を視界に納めながら俺は芝居っ気たっぷりに言葉を紡ぐ。
 

「さてご来場の皆様方。突然のサプライズ失礼いたします。今回はこの場をお借りして有るゲームの雛形をご披露させていただきます。新たなVRユーザー様に楽しんで頂くために企画されたのが今回の同窓会プランですが、そうなると今までVRを楽しんでいた従来のVRユーザーは無視かとなりかねません。VR開発各社で規制に会わせて新たなるVRゲームを模索している最中、我がホワイトソフトウェアもただ手をこまねいていたわけではありません。ですがいくつもの会議を重ねておりましたが、まだまだ形になっていませんでした。それで我が社社長からは案があったらいつでも持ってこいと言うことでしたので、まぁ腹案ありって事で派手にいこうかとこの場をお借りした次第。所謂スタンドプレーなんですがここらはご容赦を。私がご提案する新世代型VRMMOは、時間規制と最高スペック制限。さらにはRMT罰則を考慮しつつユーザー様に楽しんで貰うゲームです」


 進行上は紛れもなく突発的な発表なんだが、あらかじめ組んであったかのように見せかける為に戯れ言を紡ぐ俺が横のアリスを指し示す。

 地上の俺の動きに合わせて空に浮かぶ俺の像は横の創天を指さした。


「時は人々が宇宙を自在に駆け回る遙かな未来。銀河で未だ手つかずの恒星系を巡り鎬を削り合ういくつもの惑星改造会社を舞台に展開されるゲームとなります。そしてこちらの巨大人工惑星艦こそが惑星改造を勤めるメイン花形である惑星改造艦。その最上位であるこちらの船は恒星系すらも自由自在に改造して天を創る船。名付けて『創天』」


 地上のアリスが軽く手を振ると創天の周囲に次々に船が跳躍してくる。

 その映像はアリスから借り受けたカタログに載っていた船の外観データを元に地球規格に会わせてVR映像化させた船たちだ。


「プレイヤーの皆様は基本的には、この創天や異なる恒星系級惑星改造艦を本社とする複数の惑星改造企業に所属した社員となります。今現れた無数の艦船を組み上げて作られる小艦隊を指揮する司令。宇宙を駈ける船を操る艦長。そして一介の戦闘部隊長という3種のキャラクターがメインとなります。ここで誤解の無いように申し上げておきます。三種の職業から選択ではありません。一人のキャラクターが三種を兼任でもありません。三種類のプレイスタイルをその状況下によって使い分け選択する。これにより奥行きのあるゲームデザインを模索しております」


 とりあえず掴みは成功。

 クロガネ様も突然の展開に唖然として空を見ている様子。うむ。有無を言わせずこっちの流れに乗っているうちに一気にいくか。


「ゲーム全体のバランスにも関わる戦略を司る司令。各戦域での勝敗を左右する艦長。敵艦へと乗り込みそのシステム掌握や施設破壊をすることで戦局を逆転させることも出来る戦闘部隊長。この三つのプレイスタイルと各プレイヤーの行動が絡み合い、状況が刻一刻と変化していく」


 世界を作り上げるのはプレイヤー達の行動。それが俺の選んだゲームとしての基本デザイン。

 GM側の直接介入を減らし、自由度を極限まで高め、一つの世界を作り上げる。これこそがMMOという基本に立ち返る。


「惑星改造企業間で繰り広げられる星間戦争を舞台にした大人数参加型ゲーム。それがPlanet reconstruction Company Onlineです」


 自分の理想と夢をつぎ込んだゲームを語る空に浮かぶ俺の姿は、自分から見ても実に楽しげに映っていた。
 



[31751] 注意)追い詰めないでください。喜びます
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/01/19 15:37
 VR規制条例によるゲーム開発、運営において発生する弊害予測

 ①リアルマネートレード。通称RMTの全面禁止と、企業側への対応要請および罰則条項。
  
 罰則規定が設けられたこと開発メーカーには積極的な対策が求められており、対策が不十分と認められた場合、最悪運営停止処分が科せられる。
 
 メーカー側は管理外での売買に対するためにシステム的な制約を設ける必要性が発生するが、不特定多数のプレイヤーが参加する状況下で実効性のある対策は困難と推測される。


 ②脳内ナノシステムを用いたVR機能のスペック制限。

 地球におけるナノ制御機構と、それによるVRシステムまたそれを用いた娯楽遊戯において地域政府が定めた機能限界値を当てはめると、表現上の制約、脳内ナノを使った感覚強化の制限は、他地域の企業により開発、運営されるソフトに対して将来において、性能的に見劣りする部分は否めず、劣勢を強いられる可能性は無視できない。

 ③娯楽目的におけるフルダイブ状態の時間制限

 VRシステムの真髄である全感覚変換機能は、娯楽目的においては現地時間単位で極々短時間に限定されている。

 規制前の同種ゲームと比べると、その利用可能時間は8%ほどまで低下しており、既存もしく類似システムを用いて開発するのは実質不可能。

 新しいシステムと概念を構築する必要あり。





 地球の極東地域の一国において設けられた条例において、ターゲットが所属する企業を取り巻く状況と予測を、リルから簡素ながら提供されていたサラス・グラッフテンはそれらを思い出しながら、空を見上げる。

 その仮の瞳に映るのは彼女にとってよく見慣れた物。第二の故郷といっても差し支えない本社人工惑星『創天』

 銀河で有数の船歴を誇りながらも、未だトップクラスの出力を誇る帝国末期に誕生した名鑑……によく似た船。

 創天のみならずその周囲に浮かぶ船もサラスの知る物とは微妙な違いがある。法に接触しないようにいくらかの手を加えてきているようだ。

 仮初めの地上から見上げた衛星軌道に雄々しく映る雄姿に、周囲からも驚きを込めたざわついた声が上がっている。


『なかなか派手なことになっておるが、このまま見物かな。こちらの情報を未開惑星に出すのは御法度じゃろ』


 地球側のシステムとは別に用意された秘匿回線越しに聞こえてきた通信の主は同様に潜入しているノープスだ。
 

『この状況を面白がっている貴方が言いますか……フリーライセンスの艦船データをさらに微妙に改竄して、法に抵触しないよう小細工を施しているようです。それにこの情報が現実の情報だとは、この場にいる誰も思っていないでしょう。グレーゾーンでありますが問題は無いはずです。このまま様子見といきます』 
 


 ノープスからの通信に現状維持と短く答えたサラスは視線を地上へと降ろし、ギャラリー環視の中で堂々と立つ男女を注視する。

 自らに対する自信と隣に立つパートナーへと寄せる信頼を、互いの表情の端々に覗かせている二人組。

 男の方は報告書で見知るだけだが、女性の方は違う。

 この星にあわせて現実とは多少姿形が変えているが、サラスがよく知るアリシティア・ディケライアの姿だ。

 会社存亡の危機に未だ未熟な心身で立ち上がり、打ちのめされ笑顔を無くしていたアリシティアが、あのような溌剌とした姿を見せるのは何時以来だろう。

 よく知るが故に懐かしいその姿に感慨深い物をサラスは抱きながらも、それを心の片隅に追いやる。

 一瞬緩みかけた心を締め直し、二人が仕掛けたこの状況を冷静に見極め分析を開始する。

 ディケライア社を如何に復興させるか。この二人が仕掛けた手はディケライアのためになるか。その一点に尽きる。

 サラスの厳しい目線が二人を見据えた。





「新作ゲーム開発において、避けては通れない問題はVR規制条例。これが如何に苛烈であるかは、国内VRの現状を知る皆様方には今更多くを語るまでも無いでしょう」


 俺が大きな身振りで手を振るうと同時に、背後と上空に無数のスクリーン群が浮かびあがる。

 その画面に映るのは国内で開発運営されていたVRMMOのトレーラー映像群だ。

 可愛らしい外見を売りにしたファンタジーゲーム。

 精密に書き込まれた戦場で泥臭い戦いが繰り広げられたFPSゲーム。

 プレイヤーとMOBが混在する数万の混成軍同士が巨大兵器群を駆ってぶつかり合う大規模な戦略ゲーム。

 かつて存在し、規制により消えていったゲーム達。


「数多の国内ゲームが、その嵐の前に沈み、もしくは変容を余儀なくされました」


 派手できらびやかなトレーラー映像を映し出していた無数のスクリーンは、ノイズが走る白黒の画面へと一斉に切り替わっていく。

 クロガネ様の台詞を拝借するなら殺された世界って所か。

 この映像を作る際に運営停止や開発停止に追い込まれたVRMMOをざっと調べたが有象無象含めて100オーバー近く。そこに参加していたプレイヤーの数はさらにその何枚倍だろう。

 赤字でこれ幸いにと運営を取りやめた所も有ったようだが、大手も軒並み潰されている辺りVRは規制すべきって世論の強さを改めて感じた。

 周囲のお客様方はクロガネ様を含めて、俺らが用意した映像にVR業界の現状を再認識したのか、上空を見て険しい顔を浮かべている。


「今の状態で新作だって……正気か?」


 誰かがつぶやいた言葉が聞こえてくる。


『今の状態で新作だって……正気か?』


 アリスがその声を全体に聞こえるようにピックアップしたのか、少し遅れてからグランドに設置された拡張器や構内の放送機器から響いた。

 さすが相棒。俺のやり口を知り尽くした故の、打ち合わせ無しのナイスアシスト。

 声を発したであろう若い技術者が突如響いた自分の声に驚いて目を丸くしている。

 会場全体の心理をこちらの思うように向けていくには、俺の一方的な話だけじゃ些か弱い。他者の素の声も利用させて貰う。

 世間の逆風。

 厳しい規制条例。
 
 規制の切っ掛けとなった事件と同じようなことがまた起きたら、今度こそとどめを刺されかねないだろう。

 そんな逆境で一発かまそうってのに、俺達と同じ思いを心底に抱いているであろうクレーマー廃人様やら、同業他社様ごときの説得に苦戦してるようじゃこの先はおぼつかない。

 第一俺達の前に立ちはだかるのが、安地もルートも攻略法もまだ見つかっていない未知の迷宮とボスキャラと思いこめば、心躍らないわけが無い。

 被っていた社会人としての面を僅かに外して、俺は心の底からの笑顔を浮かべながら次の言葉を紡ぐ。 


「無論正気ですとも…………俺は知っています。ゲームの楽しさを。ゲームの面白さを。どんなクソゲーだろうが無理ゲーだろうが楽しんで攻略していく。それが俺ら廃人ゲーマーの心意気ってなもんです。この状況を楽しんで攻略してなんぼの物でしょう」


 胸によぎるのは現役時代の思い出。即死罠を如何にかいくぐり、雲霞のごとき敵MOBを躱し、つぶし、凶悪無比なBOSSに如何に肉薄して打倒するか。

 論戦を交わして、いろいろ試して、幾度も失敗の多い勝利を重ねた上で、ようやく掴んだ完全勝利。

 あの日々が俺を、そしてアリスを奮い立たせる。

 ゲームと現実の区別がついていない。VR中毒といわれても可笑しくないかもしれないと自嘲気味に思いながらも、空に浮かぶ俺と横に立つアリスは強気の顔を浮かべている。


「VR規制条例? 会社存亡の危機? 世間一般様? そんな中ボスは真の敵じゃありません。俺らの真の相手はユーザーたるお客様。彼らに満足し楽しんでもらえるゲームを作る事こそが一番難しい。それは皆様も知る所でしょう」


 VR業界の周囲を取り巻く状況の攻略はあくまでも前菜。攻略すべき主菜はプレイヤー様。


「だからこそ、今この時期のゲーム開発です。ゲームに飢えているであろうプレイヤー様に満足してもらえるゲームを作る。それがお客様を第一に掲げ、楽しんでもらえるゲームを作ってきた俺達ホワイトソフトウェアの役割だと思っております」


 ちらりと社長を見れば、俺の視線に気づいた社長は、満足げな表情を浮かべて頷く。

 入社してから3年。伊達に社長の小姓やってたわけじゃ無い。

 ”プレイヤーを楽しませる楽しさ”

 ホワイトソフトウェアの源流みたいな物を俺は受け取っている。

 だからこの状況においてもゲームの概要を説明をしつつ、周囲のお客様にも楽しんで貰う状況へと持っていく。

 その為にはうってつけな人物が俺の目の前にいた。


「さて、前置きはこれくらいといたしまして肝心要のゲームの基本仕様解説といきたいところですが、その前にゲストのご紹介を」


 我ながら意地の悪い顔を浮かべた俺はクロガネ様に視線を向ける。

 突然の展開に呆けていたクロガネ様が俺の意地の悪い視線に気づいて、目尻を上げてきっとこちらを睨んできた。

 アリスとの会話からの流れでゲームご披露の展開に、自分が出汁にされたとでも思ったのだろうか。

 いやいや、まだまだ。あんたはもっと美味しい敵キャラだろ。

 厳しい目線を向けてくるプレイヤーの代表格みたいなクロガネ様がこの場にいたことを喜びつつ、俺は右手を微かに動かしアリスに文字チャットを送る。


(アリス。お前にあやかって討論方式でいくぞ。お相手はもちろん)


『りょーかい。狐狩りね』


(おう。後リルさんに頼みがある。このメールを送ってくれ)


 日時と俺の脳内ナノシステムのパスコードを添えただけのメモをアリスに送り、さらに転送を頼む。

 用意するのは切り札。

 言うなれば悪しき衣を剥ぐ光の玉ってか。リルさんならこっちの意図を察してくれるはずだ。


『リルに? オッケー。急ぎでやって貰うね。今から必要なんでしょ。ふふふ。シンタ相手に戦う大変さを思い知って貰おうじゃない。じゃ。いくよ』


 なにやら悪者めいた笑いをこぼしながらWISでアリスが返すと同時に、創天を挟んで俺と相対するように金色の毛色の狐娘の姿が空に浮かび上がる。

 地上と空。敵意混じりの視線を受けつつ、俺は目の前の相手に一礼をする。


「こちらは、かつて国内開発VRゲームでもっとも支持を受けていたカーシャスにおいて、活躍なされたプレイヤー『クロガネ』様です。ゲーマーとして高名でありVR雑誌においてコラムを抱えておりました彼女に、ユーザー目線からのご指摘を受けつつゲーム概要の説明といきたいと思います」


 丁寧で緩やかな口調に戻しつつ俺は右手をまた走らせ、VRゲームじゃお馴染みの決闘要請コマンドを即席で作り、軽いメッセージを添えつける。
 

(闘論で決着といきましょうかお客様。こちらはスタンドプレー。新作案を披露しても完膚無きまでに打ち負かされたら、会社の面目を潰したと言うことで俺は首かもしれませんよ。しかも業界関係者ばかりのこの場じゃ、悪評が広まってVR業界に二度と関われない可能性もあったりしますが……いかがです?)


 クロガネ様の目的は俺をこの業界から追い出すことと予測できる。ならその恰好の場を用意してやろう。

 先ほどのアリスとの討論からみて、クロガネ様のゲームに関する知識と見識は鋭く深い物がある。

 おそらくは私情に任せて何でも反対して罵るのではなく、こちらの指摘されがたい欠点や弱点を攻めてくるはず。

 VRに関してのみならある意味公平で清廉な性格は、至極読みやすく、乗せやすく、そしてこちらの思惑とも合致する。
 

(上等! あんたなんて潰してやるわよ!)


 慇懃無礼この上ない俺のメッセージに、さらに敵意を強めたのか視線を険しくしたクロガネ様は叩きつけるように仮想コンソールを打ち受諾メッセージを打ち返してきた。





























 ちょっと短いですが切りが良いので更新します。

 リアルが2月くらいで一度落ち着くので更新速度を戻せるかなと期待しております。

 12月が労働400時間オーバーなうえ年越し職場。さらに三ヶ日も通常出勤な状況なんで、過度の期待はしておりませんがw

 次話以降は討論会ならぬ闘論会という流れなんですが、どういこうかなと悩み中です。

 随所に設定解説を挟むと流れぶった切り。

 でもゲーム内容がスカスカだと面白くなさそうで、人気ゲームを作るって言う作品のメインストリートに説得力無いかと。

ちなみに設定の一部ですがこんな感じです。



 RMT規制に対しては、プレイヤー間での直接トレードの概念を撤廃。

 ゲームの根幹としてプレイヤー間でのアイテムと金銭の直接交換が不可能となる仕様とし、厳重な登録制および脳内ナノシステムの個人特定機能と連動させアカウント譲渡を不可能としたシステムとすることで、物理的にRMTを不可能とする。



 既存ゲームにおけるスキルポイントや経験値も複合した総合システムとして、社内貢献度を設定する。

 導入を検討するこのシステムの特徴は、他者への譲渡不可能なポイントを元にする。

 ポイントを使用し装備、スキル、艦隊所属NPCをプレイヤーの選択によって自由に構築可能とする事で、プレイ可能時間やプレイスタイルによる変化に対応。

 貢献ポイントは全プレイヤーがスタート時に一万ポイントと仮に設定。

 このポイントはスタート時の基本的スタイルである、低価格帯の旧式戦闘艦3 中速偵察艦1、量産型補給艦1をもって小規模艦隊を構築した上で、低レベルの砲撃スキル、偵察 スキル、補給スキルを持つ乗員を搭乗させることが可能なポイント数となる。

 ただしプレイヤーはスタート時点で艦船リストから自由に艦隊編成を可能とする。

 基本スタイルの艦隊を率いて、所属会社から下される指令(クエスト)をクリアして【企業力】を上げていく艦隊司令プレイは、任地の選択や、艦隊構成に重きを置いたシミュレーションゲームとしての要素を強めに。

 シューティング型の戦闘を楽しむ艦長プレイにおいては、スキルレベルにあわせて艦装備の変更が可能な幅広い換装システムを導入することで、足を止めての打撃戦や、高速離脱戦法など、戦闘自体の自由度を高めつつ、装備による変化の幅を広げやり込み要素を添加する。

 突撃型揚陸艦を用いた敵対勢力の要塞や資源基地への強行進入による破壊、占領や、逆に敵勢力から所属勢力の基地や艦を防衛する直接戦闘をメインにする戦闘部隊プレイは、リアルタイムストラテジーを基本とし、防衛側には防衛拠点設置やタワーディフェンス型ゲームの要素を組み込む。


 上記三つのスタイルにおいて挙げた功績により、プレイヤーはポイントを獲得する。 

 ただし、その取得ポイントは画一的な物ではなく、その状況状況に合わせ、設定される物とする。

 また初期ポイントである一万を最低ラインとし社内貢献ポイントは増減する物とする。

 ただし功績ポイントには増減するフリーポイントと、一度取得すれば固定される永久ポイントの二種類に分ける。

 フリーポイントは提示されているクエストをクリアして増減する。


 永久ポイントの種類としての候補を以下に挙げる。

 戦域におけるトップエース。

 敵惑星や要塞を陥落させ取得した攻略戦参加者。

 撤退戦における殿を勤め一定以上の味方を逃げ延びさせた者。

 全滅判定された戦場において生き残った者。

 大型恒星系を発見した者。

 大規模資源回収、生産設備生成に成功した者等々。

 社の業績に著しい貢献が有ったと見なされる場合のポイントは減少値の枠から外れる。
 


 功績ポイントを積み重ねることでより大規模で最新鋭装備で固めた熟練乗員を要する精鋭艦隊を組織することが出来るが、艦隊壊滅やミッションにおける失敗においてはその責を負い大きくポイントを下げる物とする。

 基本スタイルであるこの三つはクエストとしてのミッションを受けて行われるが、それ以外にも、プレイヤーの自主的行動にもポイントを設定する。

 高速偵察艦を中心にした艦隊を構成しての敵対勢力圏の威力偵察。

 安価な作業艦を大挙に率いて自社地域での資源基地構築。

 補給艦を多数連ねた未開地域への長期資源探索。

 デブリ回収による航路の安全確保。

 プレイヤーの独自行動にも各々ポイントを付与する。

 ポイント増減はその都度では無く、一定期間毎に変化するものとして、プレイヤー側の構成負担を減少させる事とする。

 1週間もしくは1月の間から選択。オープンβテストプレイを実地して、その際のユーザーの反響によってその時期は決める物とする。




 闘論の随所随所にこんな形で設定を挟んでいくと長いし、ぐだるの確定でしょうしw。

 いっその事、一話を説明書と銘打って、そこで書こうともでも思ったのですが、すでにタイトルからして小説じゃ無いなと。

 とりあえず模索しつつ書いておりますので、更新停止はしていませんのでご心配なくw



[31751] 扇動から始まる戦略戦
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/01/24 03:46
「Planetreconstruction Company Online。通称『PCO』において顧客層は、ヘビー、ライトを問わずゲームユーザー全般を考えています。VR規制条例をカバーした上で、幅広い顧客のニーズに応える為に、ゲームの特色として戦略、戦術、そして戦闘それぞれのステージ全てが密接に絡み合うゲームデザインを提案します。まずはこちらをご覧ください」


 クロガネ様の前にプレゼン用に立体的な3D仮想ウィンドウを展開しデータを送ると同時に、アリスが一斉送信機能で会場、そしてリアルでこちらを見守っているうちの上層部やら先輩方へと同様の仮想ウィンドウを展開しデータを送る。

 親父さんを筆頭に中村さんやら佐伯さんにも目を通して貰うってのが、レポートを提出する学生時代の気分を思い起こさせてちょい緊張するのは致し方ないだろうか。

 不可は勘弁と軽く思いつつアリスに目で合図を送ると、俺の目の前に展開した仮想ウィンドウと連動しながら頭上の天空が大きく変化していった。

 空で対峙する俺とクロガネ様の巨大投影像の距離が開き、その間に直径5メートルほどの大きさの星系がいくつも出現して輝く。

 太陽系と同じように一つの恒星を中心にいくつもの惑星、衛星が回る星系。

 恒星を中心に宇宙ガスが渦巻く生まれたばかりの原始惑星系円盤。

 双子の巨大恒星が盛んに燃えさかる灼熱地獄の宇宙。

 様々なバラエティに満ちた無数の星系で描き出された天球図が出来上がると俺の横に浮かんでいた創天がバスケットボールほどに縮小して、その天球図の中心へと跳躍した。

 言葉だけでなく視覚にも訴える。

 VRにおけるプレゼンの基本を思い出しつつ、俺は戦闘を開始する。


「まずは戦略ステージ。これは艦隊司令の領域に属します。艦隊司令の目的はおおざっぱに言ってしまえば、本社企業から下されるクエスト消化や、独自行動によって自社支配領域を拡大する事です。プレイヤーは艦隊構成や攻略目標の選定を行った上で、その宙域、星系や小惑星帯へ艦隊を派遣します」

 
 手元の仮想ディスプレイに描かれた星系の一つを俺は指さし、ピックアップしてからその星系拡大しメニューリストを開く。

 その星系で採取、製造される資源や物資、人材等を表示した資源項目や、防衛衛星、軌道塔、軌道リングなどの設備関連など、その星系の基本情報がずらりと並ぶ。


「プレイヤーは選択した地域において物資搬入、商取引。雇用創出。人材育成。資源基地または防衛要塞の設置、敵対戦力の排除、妨害。鉱山開発や資源採取や、艦船建造能力や惑星開発力などを上げ、星系もしくは宙域毎との支配度を上げていくことになります。支配度が50%を超えている場合はその星系や宙域はその企業の支配領域となり、企業のレベルである総合企業力へと変換されます」


 空に浮かぶ創天が緑色に染まり、周囲の宇宙空間や星系が創天の支配域である緑や、敵対勢力の赤。まだどこも50%に達していない無所属地域の白へと変化し、目に見える形で表現していく。


「所有する支配領域がその企業のもつ資源や生産力や技術力等、総合企業力を決めます。総合企業力はその企業に属するプレイヤーが取得可能な艦船や装備やNPCを左右する重要な要素となります」


 数多くの星を支配領域に納めておく事は無論重要だが、一部の艦船や装備、もしくはスキルを持つ住民を確保するためには、特定の星系、星域を確保していなければならないと設定してある。

 それらの星系や星域は複数の企業がぶつかり合う最前線となり重要戦略拠点となるだろう。


「また自社支配度が強い宙域や星系では所属プレイヤーの能力は強化され、そして反対に敵対勢力の支配度が強い場所ではプレイヤーの能力は減少していきます」


 砲撃精度、威力、跳躍距離、跳躍位置の誤差、艦隊整備などの戦闘系。

 資源採集速度や建築効率、施設劣化速度など生産系。

 商取引における取引可能量、額、商品項目、雇用可能人材などの商業系。

 プレイヤーの持つ全ての能力が支配度の影響を受けていく。

 これは支配度が高ければ高いほど、また低ければ低いほど影響し、最大で±50%までの影響を受けることになる。

 ただし敵支配域への強行偵察やら諜報行為を行うことで一時的にだが地域全域での減少を緩めたり、個人のみに限定されるがプレイヤースキルによってマイナス影響を無視する事も出来る。
 

「続いて支配度の増減に影響するクエストの説明を行わせて頂きます。どのクエストを選んでも支配度は基本的に変動します。しかしクエストの中には大きく影響する重要クエストが存在します。赤色で表示されていますこれらは難易度は高いですが、大きく影響を持ちます」


 敵対勢力との直接的な戦闘系や、惑星開発での雇用創出をする生産系。恒星系政府や住民との商取引で自社ブランドの製品を納める事で増減していく商業系など、重要クエストにも種類はある。


「この中から商取引におけるクエスト『乾く星に海を』を例に説明させて頂きます」


メニューの中から、俺は星系政府や住民から提示されるクエストの項目から、増減が多い重要クエストの一つを選択。

 乾く星は読んでそのまま渇水に悩む惑星へと水や氷衛星を運び、星の面積に対して一定以上の海や湖沼を生み出せば、クリアという一見単純な物だ。

 不足している資源を運べば、恒星系政府や自治組織。居住住民からは好意的に受け取られ支持率つまりは支配度が上がるという、ただ運ぶだけのお使いクエストにならないように、そこでもう一ひねり。

 プレイヤーにいくつもの選択肢を用意する。

 運ぶ水一つとっても、生成に時間はかかるが、住民からは好評価の惑星環境への考慮をして完全消毒された無菌水。
 
 短時間で生成が出来るが、そこそこの評価の最低限の殺菌水。

 生成する必要も無くそこらのアイス衛星を軌道上から直接シュートな、低ポイントを大量生産する方法。

 星に一定量の水が確保できればクエストは消失する。それまでに如何に支配度を稼ぐかはプレイヤーの思考によって変わるだろう。

 高品質で納め高ポイントを取る路線で行くか、それとも低品質を大量に用意して一気にクエスト消失へともっていって決めるか?

 多数のプレイヤーが参加する状況で、自分の陣営にとって何が得策か個々のプレイヤーの判断にゆだねられる。

 PTを組んで高速輸送船組と、生成プラント艦組に別れて分業で高品質品を大量生産、大量運搬で膨大なポイントを稼ぐか?

 他のプレイヤーが星系にたどり着けないように周囲に網を張り妨害撃沈して自分たちだけがポイントを稼ぐか?

 支持率逆転が無理だと思ったら、殺人ナノ入り水を大量に運搬して住民一掃。直接戦力で無人星を占拠なんて、一発逆転な外道な手も良いだろう。

 ただしその禁断の選択肢は、その企業体に所属するプレイヤー全員の投票によって可決されて初めて派生するほど、いくつものリスクをもつ。

 他の惑星政府からは警戒され、全域で支配度が減少するだろう。

 住民が消えほぼゼロになった生産性を戻すには、余所から人を連れて来なければならない。

 人手不足で防衛衛星すらろくに機能していない星を狙うハイエナのような海賊NPCやら、無防備な星の支配権をかすめ取ろうとする他のプレイヤーと戦う必要も出てくるだろう。

 もたもたしていれば殺人ナノが自己進化して、無数の殺人兵器が蠢く殺戮惑星になるかもしれない。


「クエストを攻略する過程、そしてクエストクリア後も無数の状況と選択肢を用意することで、ただ運ぶだけの単純な作業ゲームでは無く、プレイヤー間での駆け引きを発生させる高度なゲーム性を確保するクエストを考えています。また一度支配度が上がって領域になったからといって、それは不変ではありません。渇水に悩んでいた惑星が水を得たら次のクエストが発生します。プレイヤーの行動によって変化した様が反映され、新たなクエストが発生し、無限に変化していきます」


 海や湖が出来れば惑星環境は激変し、それに伴いいくつものクエストが発生する。

 天候操作システム建設や水生生物搬入依頼など惑星自体に影響する大規模なクエストから、湖畔にたたずむリゾート施設建造など小規模クエストもあるだろう。

 それ以外にも星系政府や住民からは、やれ娯楽が少ないだ、仕事先がないだといった生活レベルの要請から、恒星が爆発寸前だから捨ててきて、ついでに代わりを持ってきてくれ、作ってくれなどいろいろ無理難題が上がってくる。

 それらを如何にこなし支配度を維持するか、はたまた妨害して他社の支配度を下げ支配域をもぎ取るか、それはプレイヤーの判断と行動にゆだねられる。


「通常クエストの行動もまた世界に影響を与えていきます。この中からいくつかを簡易ですが説明させて頂きます」


 今のところ考えているクエストを、とりあえず表示した画面にずらりと並べながら、俺はイメージ映像混じりで解説を入れていく。 

 惑星周囲のデブリを除去して航路確保。

 軌道塔の建設もしくは破壊。

 自社企業麾下訓練校用練習専用星系を創設しての企業レベルの底上げ。

 変わったところじゃ多数プレイヤーの協力必須だろう、惑星サイズな生物兵器から派生した宇宙怪獣撃退等、考えているクエストを発表していく。

 ……まぁ、ぶっちゃけると、実のところ、このクエストの大半はアリスの会社が過去にやった業務を参考にしていたりする。

 さすが創業420万年の老舗惑星改造企業。元ネタにだけはこまりゃしないほど、多種多様な仕事をこなしていやがった。

 つーか星を喰らう宇宙怪獣を退治って。なにやってんだアリスのご先祖様らは。

 適当に面白そうで使えそうなシチュエーションを抜いて来たんだが、あまりにも膨大すぎるんで、選ぶのに困ったほどだ。


「このように多数のクエストとプレイスタイルによる選択肢をいくつも用意し、さらに他のプレイヤーの妨害や、同勢力プレイヤーの協力も盛り込んで、幅広い自由度を確保した画一的な攻略法が無いゲームデザイン。これがまず戦略面としてのPCOが持つ特徴となります」


 速すぎず、遅すぎず、なるべく一定のリズムを保つようにして俺はプレゼンを続けていく。

 会場の雰囲気は俺らが用意した資料に集中しているのか物静かだ。

 時折誰かの唸るような声が聞こえてくるが、この静かさは少しまずい。

 人の記憶に残りづらく、さらにこの先、絶対必要な協力を得るための雰囲気を作りづらい。

 クロガネ様も画面を見つつメモを取っているだけで、まだ仕掛けてくる様子は無い。あらを探しこちらの出方をうかがっているのだろうか。

 仕掛けてくれれば会場全体を盛り上げられるのだが、そう思い通りにはいかないか。 

 年配のお客様からは、己の若いときでも思い出しているのだろうか、苦笑混じりの生暖かい視線が多いように感じる。
 
 会場にいる業界の大先輩方から見れば、右も左も判らない世間知らずの若造が、理想と夢だけで開発に膨大な時間と金の掛かるゲームを語っているようにしか映らないのかもしれない。


 ……いやいや先輩方。こちとら本気ですよ。


「では続きまして実際にクエストをこなしていく為の艦隊構成の説明へと移らせて頂きます」


(アリス。少し早いが”こっち”での最終目標ご披露といくぞ。本気だって判らせてやろうぜ)


少し冷めた会場の熱を上げるために、俺はプレゼンの構成を変化させ度肝を抜いてやろうとアリスに悪戯混じりのメッセージを送る。


『ほんとシンタらしいよね。大言壮語な夢で大勢を巻き込もうっていうんだから。しかもそれが真の狙いじゃない上に、あたしを表に出すしさぁ。裏の権力者とか政治家にでもなったら?』


 からかうような声でWISを返しつつ、アリスは目を閉じて完全ロープレモードへと入るための準備に入る。

 降ろすのはドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライア。今は亡き父の夢を継ぐために、会社を引き継いだ若き女性社長。

 アリスが準備に入ったのと同時に空に浮かぶ創天の周囲にいくつかの艦隊群が出現する。


「攻略するクエストや自由行動によって適正な艦船や人材は大きく異なります。そこで装備、スキル、乗艦NPCを、本社人工惑星や支配領域拠点でいつでも再構築可能とする事で、クエスト内容、プレイ可能時間やプレイスタイルの変化に柔軟に対応出来る形を模索しています」


出現した艦隊の構成はばらばらだ。

 鈍重そうな輸送船が大量に並ぶメインの艦隊もあれば、少数ながら獰猛さを感じさせる外見の打撃艦隊。

 さらには他の艦船とは比べるまでも無いほど巨大な大型プラント艦と、一目で違いがわかりやすい物を選別してある。


「しかし選択したからといってすぐに艦隊が構成できるわけではありません。少数の艦隊ならばそれほどでもありませんが、大規模な艦隊構成となった場合は出港準備の時間が掛かります。同性能の同型艦や、最新鋭艦を揃える場合においては、出航可能となるまで長時間が必要となります。こちらは本社や拠点の工場や宇宙港レベルにおいて増減しますが、最大規模艦隊でリアル時間一日ほどを考えています」


速度や跳躍距離を統一するために同型艦で構成した船団は、準備に時間が掛かるが安定した航海が可能。

 欠点を補った様々な船が揃う混成船団は、そこそこ短い時間で構成可能。

 船種はばらばらだが出航可能艦を抽出した即席船団は準備が即座に出来るが、それぞれの艦の欠点が噛み合って個別のフル性能は発揮できない。


「編成はAIによる自動編成とプレイヤーが選ぶ手動編成の二通りの方法があります。自動編成もAI完全判断と、構成時間の指定を筆頭に速度や積載可能量など細々とした条件を設定する半自動編成を用意。やり込み派や拘りを持つプレイヤーならば手動編成で頭を悩ませてもらいます。こちらはデータリストの一部ですがご自由にご覧ください」


 俺が構成可能艦リストを呼び出し広げると、静かだったお客様からざわめきが上がる。


「……なんだこの数! 多すぎだろ」


「設定だけじゃ無くて、VRの稼働映像もついてるぞ!? これだけの量を用意してあるってのか!?」


 ずらりと並ぶ船舶リストはざっと千種類。お遊びや企画段階で用意できる量を遙かに凌駕したデータ群にお客様は混乱している。

 資源採取に特化した作業艦や、星すら運べる特殊フィールドを展開する惑星輸送艦などの商業系宇宙船。

 反物質生成力を持つプラント艦、コロニー型農業艦やらの生産系宇宙艦。

 レーザー兵器、光速ミサイルなどでハリネズミのように武装した戦闘艦。機動兵器を搭載した空母などの星すら破壊する機能を持つ戦艦群。

 巨大ガス惑星内部探査艦やステルス機能を搭載した高速偵察艦を筆頭とした特殊艦類。

 それらのリスト群には武装や跳躍距離、速度、燃料費、出航準備終了時間まで、事細かな詳細データが付随する。

 一部のみだが完成されたゲームデザインに、こちらの本気度を悟ったのか会場の雰囲気が変わる。

 つい今し方までは実現不可能な夢を語っていた若造を見守るといった周囲の目線が、訝しげに俺を値踏みするかのように切り替わる。

 このご時世に何を考えて、こんな数のデータを用意しているのか理解不能だとでも思ったのだろうか。

 そんな混乱したお客様の前に、俺は一つの道筋をつける為に言葉を紡ぐ。

 こちらの思惑に乗せる為にVR技術者なら誰もが夢見て、そして現実を知って諦めた夢を。


「これらのデータは実は私が用意した物ではありません。私の友人にしてかけがえのない”相棒”が、今は亡き父の夢を叶えるために俺に託してくれた物です。俺はその夢に共感し、そして叶えるためにこの夢を実現に持っていくつもりです……」


 俺が言葉を区切ると同時に空に浮かぶ俺の横にアリスの投影像も出現する。

 出現したアリスは軽く礼をして頭を下げてから、閉じていた瞼をゆっくりと見開く。


「皆様初めまして。私はアリシティア・ディケライアと申します。私が託された父の夢。そして”パートナー”であるシンタと共に叶えようとする夢……それは世界一のプレイヤー数を誇るVRMMOゲームHighspeed Flight Gladiator Online。通称HFGOを越えるゲームを制作することです」


 令嬢然とした微笑を浮かべたアリスの口から出た言葉に会場が静まりかえる。

 国内VR技術者にとって、膨大な資金力と技術力をもつ大企業をバックに持つHFGOは越えられない壁として常に脅威としてあった。

 さらにはVR規制の発端となる事件を起こしたHFGOは、国内のVRMMOが壊滅状態に陥った今でも、海の向こう全世界で我が世の春を誇っている。

 口には出さずとも国内VR関係者ならば、HFGOに対して心の中では恨み、怒りなどのしこりを持っている者も多いだろう。

 ならそれに火をつける。

 会場の雰囲気を変える熱に。

 新たなゲームを作り出すという前進するための原動力に。

 夢を現実へと変えるための起爆剤に。 

 実現不可能な夢では無く、掴むべき目標としてはっきりとした形をあぶり出すために。

 俺とアリスの口から飛び出した大言壮語に、対峙していたクロガネ様が驚いたのか呆気に取られている。

 まずは先制攻撃は成功ってか。しかしここから。相手はまだ攻撃を繰り出してもいない。

 ボス戦は始まったばかりだ。



[31751] 思惑入り乱れる戦術ステージ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/03/14 15:11
「あのー中村さん。三崎君ものすごい事を言い出し始めてるんですけど、いいんですか?」


 プレイヤー数、資金力、開発力。

 全てにおいて群を抜くというか違いすぎて、別世界なゲームを引き合いに出した年上な後輩に呆れつつ、GMルームのVR接続用筐体に収まりお手製の検索ツールを走らせ大磯由香は情報収集を続ける。

 広大で雑多な混沌とした情報の海から、業務用のマシンスペックに物を言わせ、クロガネというありふれたキャラネームを針とし、付随する各種情報で網を組み上げ、ヒットした情報を地引き網のように丸ごと引き上げていく。

 情報技術が発展しAIによる高度な情報分析が出来るようになったといっても、人の直観判断力が低下したわけではない。

 受付嬢として多くの関係者やユーザーに接してきた事で鍛えられた由香は、網に掛かった玉石混合な情報を、経験による勘に任せて、人柄、言動、性格、実績、交友関係などに区切り分類し判断し篩にかける。

 初心者に優しくて人当たりが良いと書かれたブログがある。

 言動が苛烈すぎて怖いと書かれた掲示板がある。

 矛盾する情報。それがいくつもの推測となる。

 相手によって態度がころころと変わるタイプなのか。

 一つのサークルで外見を流用して、中身がころころと変わる複数プレイヤーかもしれない。

 あるいはVR中毒者にたまに見られる、リアルと現実が乖離して引き起こされるネット型分裂症の兆候か?
 
 求める情報の質、量は人によって変わるが、三崎の場合はどんな些細な物でも拾い上げるし判断材料は多ければ多いほどいいという、ある意味楽な相手だ。

 判断は丸投げでいいとある程度まとまっては、プレゼン中の三崎へと送りつけていく。

 大見得切って芝居っ気たっぷりにブラフをかます一方で、彼女が送ったファイルも他者不可視の仮想ウィンドウで逐一確認するのを忘れないあたり、三崎の入社以来三年の付き合いだが、大胆なんだか慎重なんだか未だ判断がつかないでいた。


『三崎の好きにさせろというのが社長の判断だ。このまま任せるぞ。それに難易度はともかく勝算無しで戦闘はしないからなあいつは。場の空気を支配し始めたし、ここからがあいつの真骨頂だな』


 なにやら面白そうな笑いを漏らす主任の中村の声が響く。

 中村もホワイトソフトウェア初期メンバーの一人。自分たちが創りあげた世界を奪われた者として三崎の言葉に感じ入るところでもあったのだろうか。


「だからって引き合いに出すのがHFGOって……さすがに大きすぎですってば。他の人なら冗談とか大ボラでしょうけど。本気ですよね三崎君の場合」


 社内で一番常識人だと言われる上司からして三崎の発言を容認するのだから、何とも物好きな変わり者ばかりが揃った会社だと、自分のことを棚に上げながら由香は呆れ声をあげる。


『腹黒い三崎の事だから他に目的があって打倒HFGOすらも、ついでだったりするかもな……それよりもディケライア社だ。どういう仕事をやっていて、先代の社長っていうのはどんな方だったんだ。大磯君しらべてあるか?』


 三崎の友人であり、名物プレイヤーとして社内の一部でも有名だったアリシティア・ディケライアの言を信じるならば、亡父が残した遺産であり遺志の形。

 精巧で膨大な数のVR宇宙船データは一朝一夕で用意出来る物では無い。

 だがこれほどのデータ群を用意出来るディケライア社という名前は、この業界が長い中村も聞き覚えが無かった。


「あーはいはい……ディケライア社。創業は20年ほど前で、アメリカじゃよくある形のリアルに事務所を構えないVR企業ですね。主要事業は個人客向けのニッチでプライベートなVR空間作りと。オーダーメイドで手間が掛かるのと依頼主の情報保護もあってかあまり大々的に宣伝はしてなかったみたいです。知る人ぞ知るという感じで」


 打てば響くとばかりに由香は情報収集の傍らで中村の疑問にすらすらと答えつつ、事前にアリスから提出された事業内容書と、別ルートで収集していた資料を展開していく。

 ホワイトソフトウェアにおいて関係各所の基本情報集めは広報課の仕事になる。個々のニーズに合わせた情報を迅速に提供する為にも欠かせない業務の一つだ。
 
   
「三崎君の話じゃ、日本で事件が起きたのと丁度同じくらいに先代のヘルケン・ディケライア社長が病気で急逝されて一人娘だったアリスちゃ……アリシティアさんが急遽帰国して引き継いだそうです。そのヘルケン社長ですが、三崎君も会ったこと無いそうで、ネットから拾えた個人情報も少ないです。ただ筋金入りのSFマニアぽいかなって。所謂トレッキーみたいです。その筋のマニアサイトへのリンクが故人のFBにいくつかありました」


 呼び出したリンク集を展開し、そのサイトをサブウィンドウに次々に表示していくと、初代から一世紀近く経つの未だに時折ドラマや映画での続編が作られているあちらで国民的なSFドラマの公式サイトや、濃いファンサイトへ繋がっていた。

 故人の趣味がうかがい知れるリンクは、VR内で仮初めの空で展開されている新規ゲーム案と合致するものだ。


『なるほどな。趣味が高じてSF系VRMMOを考えていたって事か。うちの社長と同じ趣味を仕事に出来るタイプのようだな。一人娘を日本に留学させてったって事は、ひょっとして最初から日本で展開させる気だったかもしれんな』


「あちらだと新規ゲームが出ても、HFGOと顧客層が被るとすぐ潰れちゃいますもんね」


 Highspeed Flight Gladiator Online。

 そのタイトルが示すとおり、速度=破壊力を地でいくど派手な高速バトルの爽快感と、単純だが奥の深い一度嵌まると抜け出しにくい中毒性をもつゲーム感覚は、アメリカ本国で同系統のVRMMOが追随するのが難しいほど、圧倒的なシェアを持つ要因となっている。

 オープンβテストを開始したが参加者が集まらず、制作中止になったゲームもいくつかあるほどだという。

 ゲームを練り上げる事すらままならない本国よりも、他国でまずは様子見と開発を行い地盤を築くというのは、VR実装によってさらなる高度情報化社会になり、垣根が低くなり世界が狭くなった現在では有効な手と言えるかもしれない。


『しかしそれだけ本気って事か。開発部の連中も三崎の展開したデータ群を調べているが、バグや違和感も見当たらなくてどれも完成度が高いって騒いでるぞ。佐伯さんが動けば、もう少し調べられるんだが、なにやら音信不通になって連絡がとれないそうだ。身体はこっちにあるから中にいるとは思うんだが、大磯君は何か聞いているか?』


「佐伯さんですか? いえ特には。私がこっちに戻ってくるときもまだ中にいました」


『そうか。怪しいな……この状況で何か仕掛けてくる気かもしれん。なんでこううちの会社は変わり者ばかりが多いんだ本当に』


 三崎達が展開したデータ群は、開発部主任である佐伯女史なら垂涎で飛びつく上物だが、佐伯は自ら姿を隠している。

 怪しいにもほどがある女傑の動向に、笑いを含む中村の愚痴が筐体に響いた。













 いくつか予想外のことが起きているが、現状の流れは概ね思い通りのまま。あの許しがたき男に罰を下せるはずだ。

 己の感情を衣の下に秘め、仮想体の表面には相手が予想しているであろう驚いて動揺していると思わせる表情と仕草を貼り付ける。

 弱者のみを狙う卑劣なPKを、幾度も自らをおとりとして誘い出してきたその手腕は些かも衰えない。
 
 過去のプレイヤー時代から今に至る言動を調べ上げ、自らの利を求める狡猾な男の手管は見抜いている。

 予想外の手で動揺を誘った所で、相手側が承諾しやすい結果、条件を出すことで、罠を仕掛けた道へと相手を自ら誘い込ませる。

 相手の心情を読み取り、場に会わせて臨機応変に手を変える。

 策を張り巡らし、流れを操る策謀家。

 それが彼女が分析したミサキシンタという男だ。

 数多のPKを罠にかけた擬態も、この男は気づき手を打ってくるかもしれない。彼女が予測もしていない手をまだいくつも隠し持っているかもしれない。

 実際ここまでのゲーム内容には、いくつもの疑問点がある。

 ゲーム内容に自由度を求め、やれることが増えれば増えるほど、プレイヤーが熟練するまで膨大なプレイ時間を必要とする。果たして1日二時間という規制に対してどうするつもりか?

 元々用意していたデータは別として、この男が言うほどの規模のゲームを、業績が傾いた中堅どころのホワイトソフトウェアと、名前を聞いたことすら無い国外の会社で運営できるのか?

 分かり易すぎるほどに分かり易い弱点。

 おそらくこれらは罠だ。こちらがその質問を発した途端。この男は即座に切り返し、自らの勢いに変えるつもりだ。 

 今の流れで、これ以上起死回生の策を披露させて会場に熱を与える空気はよくない。ミサキシンタに有利に動いてしまう。

 全ての疑問点はこの男が説明を終えた後。いったん流れが落ち着いた後。感想評価という形で彼女に尋ねてくるだろう時に攻めれば良い。

 会場の熱に任せ勢い任せで問題点を強引にスルーする姑息な手を考えているのだろう。 
 しかし厳しいVR規制条例相手では、どのような策であろうともアラは浮かぶはずだ。なら会場が冷めてから指摘すれば良い

 焦る必要は無い…………すでに勝敗は決している。全ては手遅れだ。

 打倒HFGO? VR復活?

 貴様にはすでにそんな事をいう資格は無い。そんな野望を抱く事はできない。

 愚かな男だ。関係者で溢れたこの場に降り立ちミサキシンタというGMを糾弾した段階で、すでに仕込みは済んでいる。

 もっといえば出会ったあの日に、忠告をしたあの段階ですでに勝敗は決していた。
 
 祭りが起きればこの男はGMであるが故に業界からつま弾かれる。

 世界を奪われた者達の怨嗟を一身に身に纏い消え去ればいい。

クロガネと呼ばれる彼女は驚き顔を貼り付けた仮想体の内側で、すでに敗北したということに気づかない愚か者に対し冷たい嘲りの笑みをこぼしながら、目の前。そして仮初めの空で対峙するミサキシンタを蔑んだ。









『シンタ。注意。なんか狐からやな感じ』


 艦船データで場の空気が十分に熱を含んだと判断し次のステージへと突入しようと俺が口を開く直前、アリスから注意を促すWISが飛んでくる。

 アリスの指す狐とは言うまでも無く、今現在籠絡に掛かっているクロガネ様のこと。

 こちらが繰り出した切り札その位置『艦船データ』の量と完成度に、唖然として呆けた表情を貼り付けている相手に何を警戒しろと、他の連中からの忠告ならあまり気にもとめないんだが、アリスの忠告となると別だ。こいつの勘の良さに何度デスペナから救われたことか。


「では皆様、次に戦術ステージの説明へと映らせて頂きます。こちらのデータ群はまだ一部。いろいろな”モノ”が控えておりますので驚きを残しておいてください」


 戯れ言で僅かな時間を稼ぎつつ、ウサミミで電波でも受信しているんだろうかと疑いたくなるようなチート級な警戒警報に、俺は緩みかけていた意識を引き締め直して、左手を仮想コンソールに走らせ大磯さんから送られてきた各種情報を検索する。

 検索するのはPKKとして恐れられていたクロガネ様の狩りの手法とその手腕。

 スキルに縛られるゲーム内と違って、勝つためなら何でもありなこの状況下でどこまで相手の思惑を推測できるか定かでは無いが、参考にはなるはずだ。


「戦術ステージは艦を指揮していく艦長の分野となります。艦装備の変更。乗組員の入れ替えもしくは演習によるスキル強化などで育てていく育成面と、三次元軌道をメインとした宇宙戦から、惑星内での海戦、水中戦、もしくはフレア吹き荒れる恒星表面、掠っただけで致命傷となる高重力圏ガス星雲内での特殊状況戦など多種多様な戦場を用意…………」


 事前に用意していたカンペと映像群を使いながら説明を開始する一方で、俺はアリスの忠告に沿い行動を開始する。

 キーワードとして他者の評価。狩られたPK側、護られた一般プレイヤー側と検索をかけるとすぐに情報が無数に上がってくる。

 賞賛するギルメン募集掲示板や狩りを邪魔された事を愚痴るブログ。匿名掲示板に書かれた罵詈雑言。

 さすが大磯さん。この短時間でいろいろ浚ってきてくれている。こりゃ後で差し入れもってお礼コースだな。

 情報の多さに感謝しつつ、その中でいくつか気になる言い回しを拾い上げる。

『怖がっていたふりが上手い』

『呆然として青ざめた顔しているからって油断してたらやられた』

『必死に逃げる表情が作り込みすぎだあのクソ女。パニックになって動きが遅くなってると思って深追いしすぎたら罠にはまってやられた』


 ふりが上手い……呆然とする……遅くなる。

 脳内ナノシステムによるVRは原理的には脳から発される電気信号を読み取り、実体では無く仮想体へとダイレクトに反映されるシステム。 

 直結しているその為か感情に反応しやすく、特に基本的な喜怒哀楽は表面にあらわやすく内心を隠しにくいといわれている。

 アリスのウサミミなんかも良い例だろうか。
 
 ある程度慣れてくると表情を取り繕う事も出来るんだが、それにもそこそこ限界がある。

 自分が考えている事が表面に出やすいってのはNPCモンスター相手の時は別に気にしなくても良いが、PvPとなると話は別。ポーカーフェイスが出来ないようじゃ罠に誘う駆け引きなんぞ出来やしない。

 だからVR内の対人戦では顔を隠せるフルヘルムやらマスクやら覆面の装備が結構重宝されたりしているんだが、それに対して自分が丹精込めて作った顔が隠れるのが嫌だというプレイヤーも結構多い。

 この辺りは実利一辺倒な戦闘派と、見た目重視なロープレ派の違いだろうか。

 そんなロープレ派の筆頭だった俺の相棒が手をこまねいているわけでも無く、いくつか手は打ったんだが、


(アリス。お前だいぶ前に偽装MODって作ったことあったよな? ほれ内心とは別に仮想体の表面に別の表情をとっさに流すってやつ。対人戦で顔隠さないで済む秘策とかいって。アレなんで没にしたんだ) 


 どれもあまり上手くいかず、最終的には送られてきた電気信号とは別の表情へと変える高難度なMODまで作っていたが、なぜか没という結果に終わっていた事を思い出し、文字チャットで尋ねる。


『あれ扱いが難しいの。事前に特定の変換パターン決めるってのも考えたけど会話や行動に合わないとちぐはぐで不自然だし、状況に合わせて操作するとどうしても反応が遅れるし、そっちに気を取られてると他の行動も遅くなるから、対人戦じゃ使えないって結論だよ……それ聞いてきたって事はその類似品を使ってるって事?』


(……今は判らん。でもたぶん現役時代は使ってるな。こちらのクロガネ様は釣り狩りの名手みたいだ。結構なPKが油断して釣られてやられているみたいだ) 


『ん~そうなると。今の呆気にとられている表情もシンタのペースに巻き込まれて打つ手無しって訳じゃ無くて、何か仕掛けてる、もしくはすでに終えたって所かな』


(仕掛けか……こっちの隙。ゲームの規模やらVR規制条例対応策でのあからさまな誘いにも食ってかかってこない辺り、当たりかもな)


 こちらの隙に食いついてきたならこれを一気に釣り上げて即時論破で、こっちが有利に立つつもりだったがそう上手くいかない。

 となるとだ。相手の策は待ち……闘論会という形に引っ張り込んだ以上、俺の方からクロガネ様に最後に総評を尋ねる必要はある。そこで仕掛けてくる気だろうか。

 会場のボルテージを徐々に上げていき全体を巻き込んで、不確定要素は勢いでごまかすつもりだったんだが、そう上手くはいかないようだ。

 社長への説明と許可を取り付けてから社内で動くつもりだったが、先に動いた方がよかったかもしれないと反省する。

 まだこちらの最大カードは社内ならともかく”会社外”まで巻き込めるほどの完成度を得ていない。

 案として記載はしているがせめてもう一押し。VRゲームメーカー。そしてユーザーが興味を持てるような無視出来ないインパクトが欲しかった所だ。 


(とりあえずこちらの隠し札はあと2枚だけど、次の戦闘説明で1枚切る。時間規制条例とHFGO対策の、限定型VR戦闘システムを混ぜるぞ)


 多少の不安は抱きつつも俺は勝負へと出るために、クロガネ様のリアクションを待たずに戦力投入を決断する。

 最大の相手が乗ってこないといえど、会場内の他のお客様が注視しているのは変わらない。

 この熱をさらに高めて最大の切り札をより効果的に使うためにチャージしておく必要がある。

 最後の切り札こそがクロガネ様をこちら側に引きずり込むための、ユーザーを味方につけるエースカードだ。


『了解。無双システムのほうね』


 制限状況下においてもVR機能を最大に活用する事で、ユーザーの高揚感を高めゲームを盛り上げる為のゲームデザインをアリスは無双システムと呼んでいる。 


『でもシンタ。隠し札は+1枚しておいてね。あたしが用意した切り札も準備完了って連絡がきたから』


 自信ありげで実に楽しそうなアリスのWISが響く。

 アリスの切り札? ひょっとして俺にも内緒といっていた何かか。この状況下で準備完了って何をしていたんだこいつは。
 
  
(オッケー。期待しとく……ただ油断するなよ。思惑を外されまくってるからな)


 頼りになる相棒のこと。期待はずれな手は出してこないだろうと信頼しつつも注意を喚起する。

 このクロガネ様というプレイヤーは、大磯さんからの情報が集まれば集まるほど、厄介な相手だと判る。

 この目の前の狐娘の中が予想通りであるとすれば、最初にあったであろうあの日に、すでにクロガネ様は俺に対するワイルドカードを手に入れているはず。

 自らのあずかり知らぬ所で起きた事件で、VR全体が規制されるというVRユーザーの不平不満がくすぶった状況下で、火をつけ祭りを起こす火種を。

 俺がもしクロガネ様の立場ならそれを最大に利用する。相手の名声を地に落とし、二度とVR業界に関われない悪評をつける手として。
 
 こちらの御仁はネットゲーマーにとって古来からの最大禁忌の攻撃をやりかねない。なかなかあくどい相手だと、俺の勘が告げる。

 まぁつまりは…………あまり認めたくは無いがクロガネ様と同様のどす黒い悪意混じりのジョーカーをリルさんに準備してもらっている俺は、思考が似通っているのかもしれ無いということだ。



[31751] 買い物は戦闘です
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/03/26 02:49
「戦術ステージは、AI操作の僚艦を率いる多数のプレイヤー分艦隊がぶつかり合う大規模戦闘や、他プレイヤーとの連携をメインとしたクエスト型小規模パーティプレイ。それらとは真逆の少人数もしくはソロプレイが可能な、単艦でのステルス偵察艦による敵勢力圏への情報種集や、作業艦、市場艦による惑星、衛星での資源開発、工場建設、商業活動などの形を考えています」


 巨大な星図をバックに俺の説明に合わせて星図の各所がクローズアップされる。

 衛星クラスの要塞艦をバックに行われるまばゆい閃光と爆発が花咲く大規模艦隊戦。

 小惑星帯で高速で交差する小規模艦隊では、小型戦闘艇と蜘蛛のような多脚型の機動防衛兵器が近接戦闘を繰り広げる。

 プロミネンス渦巻く恒星近傍に建造されていく大規模工場の大型反射板がきらりと輝く。

 大気固定フィールド開放型デッキを持つリゾート艦の大海原には近隣の星々がきらめき、併走する巨大マーケット艦が辺境の極寒鉱山惑星で働く鉱山技師達へと娯楽と快楽をもたらす。
 
 リアルすぎるこれらの映像にお客様から再度ざわめきが上がる。

 最大拡大すりゃわかるが、損傷した戦闘艦から噴き出す空気やら壁面から噴き出す修復用の緊急ジェルやら、果てにはリゾート艦の海には泳いでいる六腕宇宙人やらまで描かれているんだから、細かいにもほどがあるって話だ……まぁ、何せリアル映像だからな。

 少しばかりいじってはいるが、これらはアリスが創天の映像ライブラリーに残っていた帝国末期に行われた機動要塞攻略戦やら、開発中の工場建設記録映像やら、恒星間ネットの一般普及に伴い今ではすっかり廃れたという銀河キャラバンの宣伝映像から持ってきたんだから、そりゃリアルだって話だ。

 反則手段な上にさすがにこのレベルのVRを再現となると相当な金と時間が掛かるので、資金、時間に乏しい現状ではちょい難しいが、最終的な目標という所でご容赦だ。 


「全てのプレイは、自プレイとAIによる選択、併用を可能とし、自らは最前線の戦闘に参加しつつ、後方での資源開発や技術開発による戦力強化をAIに指示、または逆パターン。リアルに合わせ平日は戦力増強、社員強化をAIに任せて、週末や空き時間に報告を確認しつつ新たな指示を出していく半自動的なプレイなど、お客様のプレイ可能時間、ニーズに合わせ、柔軟に対応していく形を考えています」


 他者と同一世界において競い合うオンゲーでのプレイヤーの強さは、多少の差異はあるが、身も蓋もない言い方をすればプレイした時間に比例する。

 無論アクション系のゲームはプレイヤー自身の反射神経に左右されるし、戦略系はプレイヤーの知略が試される。

 だがMMORPGの場合、判断基準の基になるステータス値に大きな差があれば、プレイヤースキルの差が、いとも容易く逆転されるのは言うまでも無し。

 しかし現状の規制状況下では、従来のプレイ時間の半分すら無理。そうなると従来型ではキャラ育成すらもままならない。

 短時間プレイに合わせて、ゲーム内でやれることを少なくして簡略化するってのも方針の一つだろうが、それはお客様の飽きが来るのも早くなりゲーム自体の寿命も短くなる。

 ディケライア社の破産か地球売却まであと100年あるとはいえ、せめて俺がまともに活動できて生きているうちに、他ならぬ相棒のためにも、プレイヤーの定数確保へある程度の道筋をつけるには、進化し続ける拡張性と奥行きの深いゲームを求めるしかないだろう。

 100年経っても飽きないゲームってのは、さすがに無理でも新規もベテランも楽しめる長寿ゲームデザインが俺の模索する形だ。


「プレイスタイル毎に求められるスキルは大幅に変わりますが、これは先ほどの戦略ステージでも多少説明いたしましたが、乗艦を変えてステータス変更や、持ちスキルの違う乗員チームを自由に入れ替えるという形を用いて、対応する形を考えています」


 説明をしつつ仮組みしたNPC乗員チームのリストを表示する。

 艦内の部署は基本系として5つに分類している。

 内訳は艦橋、機関員、船内保全、戦闘、整備の5チーム。

 艦橋チームは読んで字のごとく、艦の操舵や探査、通信、指揮系統能力に影響を与える部署。
 
 機関員チームの優劣は船の跳躍力や速度といった基本的な物から、巡航出力から戦闘出力へのスムーズな切り替えや、メイン炉の耐久度を左右する艦の基礎となる部門。

 船内保全チームは食事や清掃といった船内環境から、乗員の能力や士気を維持するといったどちらかといえば裏方だが、長期航海になればなるほどその重要性が増していく。

 戦闘チームは強襲艦による敵船内へ直接攻撃やら、逆に乗り込まれた場合の防衛。機動兵器、生体兵器群による艦外戦闘。

 整備チームは戦闘中の継続戦闘能力や母港、補給基地への帰還が出来ない状態での状態維持、船内生産装備がついた艦でなら星間物資をもちいた生産など。

 初期状態で保有できるチームは各一つずつでスキルも少ないがコストは少なめ。

 チームのレベルが上がる毎にスキルの増大と共にコストも増していくが、プレイヤーレベルを上げたり、スキルなどで運用可能な空きコストを増やしていく、SRPGの基本形のシステムとする。

 また所持チーム数や同時運用できるチームもプレイスタート時は少ないが、艦を増やす、ホームとなる拠点の拡大などで保有、同時運用が出来るチームは増えていく。

 基本形の5チーム以外には、特殊クエストで取得可能なチームとして、潜入工作チーム、巨大艦製造チーム、長距離狙撃戦闘チーム等の、最初から一部の特異スキルを確保したり、能力に秀でているが、コストが高い特化型などをいくつか用意する算段を立てている。

 
「乗員のレベル上げはキャップ制限有りで、一つのチームで全てのスキルの取得は不可能とすることでチーム毎の差別化独自性を出していきます。レベル上げは実戦はもちろんとして、ネットワークを用いた仮想戦闘、ゲーム内通貨を用いた拠点や本社での教育プログラムなど複数の手段を用いて上げていく形になります。プレイヤー側の負担減とやり込みを両立するために、こちらも艦隊構成と同じく、プレイヤーによる完全操作でのレベル上げと、ある程度の方針を指示した後はAIによる自動教育の両立を考えています」


 一つ一つのチームを精魂込めて育てて、特定状況下に強い特化型をいくつもに作るもよし。

 全部をAIに任せて、いかなる状況でも無難に動ける万能型を大量に用意するってのも王道だ。

 お気に入りチームはプレイヤー自身が事細かにカリキュラムを組んで特化型にし、残りはAIによる平均的な育成なんて合わせ技もあり。

 個々のプレイスタイルに合わせて変化可能な柔軟的な育成システムを示していく。


「またこれ以外にもプレイヤー間の交流の一つとして、余剰チームをヘルプ傭兵として、同勢力の他プレイヤーへのレンタル可能な方法も考えています。借り手と貸し主の関係も画一的な物では無く、借り手側の人手が足りない、練度が低いから借りるという文字通りの傭兵という形だけで無く、新兵を効率的に鍛える事が可能な教導隊スキル持ちのチームや、教練設備、衛星、はたまたその為に作られた技能訓練惑星を持つ別プレイヤーに鍛えて貰うというような、相互的な交流方法を考えています」


 自ら育て上げた高レベルチームを作り他プレイヤーに貸し出していく派遣会社を起こして勇名を馳せる。

 逆に大規模な訓練惑星を創りあげ大勢のプレイヤーから新規チームを託される、学校経営者なんてプレイも有りだな。


「乗員の容姿についても選択型自動生成とプレイヤー制作。またプレイヤー有志制作のMODを公式配布させていただく三種類を基本として考えています。MODを公式配布とする理由はRMT対策の一環であり、DLされた数に応じて制作者にはゲーム内での特典や、リアル方面での非売品公式グッズプレゼントを選択という形で、制作意欲とプレイヤー間での交流を活発化させる案を計画しています」


 VRにおいてキャラの造形は、アリスを筆頭にとことんまで拘り楽しむお客様もあるが、俺みたいに面倒だからリアルそのままでも良いというお客様もそれなりにいる。

 まぁ、これがプレイキャラだけならリアルと同じ容姿をちょい変更等でもいいが、さすがに艦内が全部公式の用意した同じ判子顔というのはさすがに気持ち悪い。

 一昔前のVR化される前のオンゲーじゃそれでもいいかもしれないが、昔のノリでNPCのキャラを流用した初期VRゲームの中には、違和感がありすぎる、同じ顔ばかりで精神的に不安になると、大不評で全NPC作り直しという大型アップデートもあったそうだ。

 PCOの仕様だとキャラの造形は完全自動生成モードでそれは避けられるが、中には自動生成キャラがお客様が生理的に気に入らないといったこともあり得る。

 だったらある意味第二のゲーム制作者ともいえる、MOD職人なお客様にご協力してもらおうという訳だ。

 兎にも角にもオンラインゲームの醍醐味は他者との繋がり。

 知らない奴らと出会い、意気投合し、時には反目し合い、パーティーを組んだり、PK合戦になったりと、決まり切ったシナリオなど無い自由で騒がしくも楽しい遊びを繰り広げていく。

 それが俺とアリス。ユッコさんやギルメン達。他の大勢のプレイヤーが嵌まっていた世界。

 その懐かしくも楽しく、時には殺伐としていた世界を取り戻すため、原点に帰りプレイヤーの交流を重視した仕様とするのが俺とアリスの基本方針だ。

 チームの貸し出し機能や、開発ツールを提供してのMOD推奨型MMOとしプレイヤーコミュニティを活発化させ、ゲームプレイヤーが新規プレイヤーを誘いたくなるゲームとすることで、多数のプレイヤーを呼び込む。

 これが当面の第一目標だ。

 この大人数のプレイヤーを呼び込むという方針と、AIへの指示を多めにするというゲーム構成は、プレイ時間の都合もあるがこの先に備えてということもある。

 表の目的はホワイトソフトウェアそしてVRゲームの復活なのは間違いないが、裏の本命である暗黒星雲調査へむけて、適切かつ瞬時にAIからの報告に判断、指示が出来るプレイヤーをある程度、見極めていくと共に、それに合わせたアリス側で用意するAIの調整のためのデータどりも兼ねているからだ。

 地球人の理解力、反応に適した報告文や操作速度、同時処理できる情報量、プレイヤー個々の特徴に合わせた機体チューニング。

 未だ自分たちの星からも簡単に出て行けない地球人を使って、暗黒星雲の調査計画なんて未知の事をやろうってんだ。

 欲しいプレイヤーと情報はそれこそ膨大。

 なるべく多くのプレイヤーとデータを得るための、プレイヤーコミュニティ活発化方針なんだが、必然的にいくつか問題が発生する可能性も高くなる。

 参加人数が増える毎に飛躍的に増していくサーバー処理能力やら、そのお客様に合わせたゲーム開発力など諸々あるが、それらは運営側の努力次第で何とかなるかもしれないし、手も考えているが、お客様要因の懸念はこちらのコントロール下に納めるのは難しく頭の痛い所だ。

 当面の懸念は他ならぬRMT。

 プレイヤー間の交流が活発になれば、公式で禁止されていてもRMTで儲けを得ようとするお客様もいるだろうし、買おうというお客様もいるはず。

RMT対策としてもいろいろ考えてはいるが、運営側をあざ笑うかのようにあの手、この手ですり抜けていくのがRMトレーダー達だ。

 実際に稼働してからが本番。次々に問題が発生するのはまず間違いないだろう。

 対策>回避策>さらなる対策>ならそこから回避。

 この連続で、お客様と俺らのイタチごっこになりそうな悪寒がひしひしとする。

 またMODを有償公開していたような人気職人達などの活動が、条例で禁止されているRMTの範疇に入るかどうかってのが、今ひとつ曖昧なグレーゾーンだったりするのも、懸念事項の一つだ。

 ゲーム内アイテムやアカウントの売買ならRMTとして言い逃れできないが、プレイヤー制作の完全オリジナル容姿キャラMODやら、便利MODの場合ちょっと事情が変わってくる。

 これらを制作者から購入したプレイヤーが自分が制作したModとして登録申請してきた場合、これはRMTの範疇に含まれるのかという事だ。

 担当者の考え方によって、黒にも白にもなりそうなんで、正直どちらに転ぶか読めない。

 当面はPCO関連MODは基本ツールDLをユーザー登録と連動した登録番号制とし制作者を特定出来る体勢にした上で、譲渡は全面禁止ってところか。

 そこらの理由方針はしっかりとお客様に説明した上で納得していただき、配布は公式を通した限定として、違反者には垢停止、削除と宣言し、悪質な場合は実際に処理していくというのが基本路線だろうか……絶対に反発を買うのは目に見えているが。

 元々世論に押されて急遽作られたVR規制条例。
 
 関係各所や某掲示板で重箱の隅をつつくような突っ込みが上がっているほどに、曖昧で穴がある。

 その声の大きさに、近々もっと実状に合った形で改正されるだろうという噂もちらほら聞こえる。

 その改正に合わせて、業界に有利な状況になるように世論を作るというのがうちの会社、ひいてはうちの社長の方針だ。

 この状況で、下手な揚げ足を取られるわけにいかないというのも、俺の慎重策の理由だ。

 
「…………では戦術ステージに引き続き、育て上げたチームを用いた戦闘ステージと平行して実際のプレイスタイルの説明に移らせていただきます。ここからはアリシティアさんにデモ版のテストプレイをお願いします」


 アリスを本名で呼ぶことに何ともむずがゆしさを覚えつつも、当初の予定通りバトンタッチして裏方を変わる。

 戦術ステージの説明を終えたが、やはりクロガネ様はこっちの誘いには乗ってこなかった。

 他のお客様と同じく驚き混じりの表情。しかし情報から推測するに擬態の可能性有り。

とかくゲームは、ゲーム内容に凝れば凝るほど、プレイヤーがシステムに慣れるまでの習熟時間が必要となる。


 PCOにおいては、チュートリアルやらなんやらを含めて、プレイヤーが独自行動を取れるようになるまでは、俺は最大20時間ほどを見積もっている。

 さらにプレイ時間となればMMOならば、一気に年単位とかに跳ね上がるほど膨大になる。

 全容をまだ知らせていないがPCOが、一日2時間、週10時間、月20時間の時間規制状況下では不向きなタイプだと会場のお客様もちらほら気づいている様子。
 
 こんな簡単な欠点をゲーオタなアリスと並ぶほどの、知識を有するクロガネ様が気づいていないわけはない。

 突っ込みがきたら限定型VR戦闘システムの即返し、戦闘ステージへのコンボと繋げたかったんだが、こちらの思惑通りには状況は進まない。

 アリスに表側を託している間に、こちらから仕掛けるべきか。

 一瞬方針を考えあぐねた俺だが、もう一つの手。このままの流れに任せるを選択する。

 下手な介入やゲーム説明よりも、アリスが今から行うデモプレイの方が生粋のプレイヤーであるクロガネ様に効くかもしれないからだ。



「はい。ではまだ未完成な部分が多いですが、ここから私のデモプレイをお見せいたします」


 クロガネ様への警戒を高めつつも何食わぬ顔で司会を譲った俺に、アリスはにこやかに笑いかえす。

 実に楽しげなその表情はこれからゲームをやるのが楽しくて仕方ないとありありと語っている。

 アリスの場合、これらの楽しげな表情は演技というより限りなく素の表情だと思う。何せ治療不能なゲーオタ廃(宇宙)人だ。

 だからこそ、デモプレイヤーとしてこいつほどふさわしい奴はいない。

 うちのギルメンの中にも楽しそうに戦闘を繰り広げるアリスに惹かれて、面白そうだとうちのギルドに入った奴も結構いるくらいだ。

 クロガネ様相手なら楽しそうにゲームをやるアリスの姿は、百の言葉を費やすよりも効果的かもしれない。


「皆様。こちらをご覧ください」


 ゲームがやりたくてウズウズしているのか、ウサ髪を揺らすアリスが手を振ると同時に、俺は仮想コンソールを弾き空に大きなシャボン玉をいくつも出現させる。
 
 シャボン玉の中にはVRプレイヤーなら見慣れた形の筐体やデスク、さらには小型端末が収まっている。

 筐体はうちの会社のGMルームに並ぶ汎用型のVR筐体の断面図。二メートルほどの内部スペースに配線一体型のリクライニングチェアと空調システムが設置されたありふれた物。型落ちの廉価版とはいえそこは業務用、一台数百万はする会社の重要な資産であり、リアルの身体がすっぽりと収まっている場所でもある。

 机は簡易型のVR接続用ダイブデスク。一般でも手が出る低価格帯で大半のVRゲームに対応したVR用大衆品。俺が大学時代からも愛用している品だ。

 小型端末はフルダイブは無理だがVRネットに繋げて仮想ウィンドウを用いたVR空間の限定的な閲覧や映像チャットが可能な簡易接続機器で、出先で重宝する昨今のサラリーマン必須ツールだ。 


「日本国内では今現在VR規制条例によるフルダイブの時間制限があり、従来のVRMMOの仕様ではゲームとしては成り立ちません。それは現状を見れば多くを語るまでもありませんよね」 
  

 困り顔を浮かべつつも微笑むという微妙に器用な真似をしながら、アリスは自らを注視する会場全体に話しかけ、流暢な日本語を話す異国の令嬢というキャラクターを最大限に使い、会場の他社お偉方な親父層の警戒心を緩めていく。

 クロガネ様は俺の最大ターゲットであるが、こっちは予想外の飛び入り。

 元々の計画上アリスのターゲットは、うちの社長を含めた会社組織内で権限を持つ重役連中だ。

 まだ温存している最後の切り札を切ったときに、如何にこれらを多くを落とせるかが、PCOのスタートダッシュの成否を決めると言っても過言じゃない。

 このために練り上げたアリスの外見とカバーストーリー。上手く作用してくれるのを祈るのみだ。


「そこで私達が提案するのは、フルダイブを前提としたVRゲームではなく、フルダイブを限定的に、そしてより効果的に用いる形です。先ほどまでのシンタの説明でお気づきの方もいらっしゃるともいますが、戦略、戦術ステージゲームプレイは、プレイヤーは麾下NPCやAIに指示を下す形。シミュレーションタイプのゲーム様式を取っています。これはフルダイブを必要とせずに、手軽にゲーム世界に介入する手段だからです。たとえば小型端末を用いたプレイ方法ですが……」


 地上のアリスが虚空に手を伸ばすのに合わせて、空に浮かぶアリスも出現していた端末を手に取って、その周囲に可視化した仮想ウィンドウをいくつも出現させていく。

 仮想ウィンドウに表示されるのは、銀河系の各所に派遣されたプレイヤー麾下の艦隊情報やら、本拠地ドッグでの整備、生産状況、さらには活発に値動きする取引用オークションなどの各種情報ウィンドウだ。

 そこに踊るのは簡易な文字の報告書やらグラフの類い。それらがアリスの周囲をぐるりと取り囲み、目まぐるしく変動している。


「このように周囲に仮想ウィンドウを展開してゲーム内情報に手軽にアクセスが出来るようにいたします。さらに……」


 アリスがウィンドウの一つに手を伸ばし触れると、それが拡大され身体の真正面に移動してメインディスプレイとして表示され、惑星を囲むリングである小衛星帯にある防衛基地に収まって整備真っ最中の真っ赤に塗装されていく戦艦の映像へと切り替わる。

 しかしその解像度は荒く平面な2D映像だ。

 もっとも安価な携帯用VR端末でも処理できる仕様に合わせた映像が映る仮想ウィンドウを、空のアリスが自らの横へと移動させ画面がお客様からも見えるように表示する。

  
「限定的ですがVR世界内のリアルタイム映像も閲覧可能となるように調整しています。もっとも端末機能の性能問題もあって最低限度の解像度ですけど、私本人はリアルにいながらも、こちらから整備チームへと指示を出す形で干渉出来るような仕掛けになっています。こんな感じで、ちょいちょいっと♪」


 別のウィンドウを呼び出したアリスが右手で整備チームへの指示を変更しつつ、左手を戦艦が映った仮想ウィンドウへと手を伸ばしてその表面に触ると、画面に映っていた戦艦にディケライア社のトレードマークでもあるウサミミのマーキングがでかでかと施され、同時に画面に3分とカウントダウンが表示される。


「はい。これで3分後には塗装完了です。今の私の動作はあらかじめ決めていたマーキングを接触箇所に施す簡単な処理なんで、こちらの端末でもパッとできます。でもこれだけだと凝り性なあたしは物足りないのでもうちょっと変化をつけたいなと思って、VRデスクへと変更します」


 戦艦を眺めたアリスは不満ありげなため息を吐きつつ首を横に振り、コミカルな動きで手に持っていた端末を投げ捨てる。

 それにあわせて俺はアリスの側にVRデスクのオブジェクトを半透明タイプで実体化させ、空に映っていたダイブデスクも巨大アリスのサイズに拡大して真横に移動させる。


「皆様ご承知の通りVRデスクは端末と同じく、VR機能の根幹である私たちの脳内ナノシステムを強化補正する物です。だけどその性能は端末とは断違い。だから先ほどと同じ情報ウィンドウもこんな感じで表示されます」


 軽やかなステップでVRデスクの前に座った二人のアリスが仮想コンソールの上で指を踊らすと、VRデスクを中心に映像ファイルや3D画像が出現する。

 それらは先ほど小型端末で表示したのと全く同一の情報だが、こちらの方がより情報が細かく、さらに映像やら箇所を示した星図付きで見た目も派手になっている。


「だからさっきの戦艦の映像もこんな感じになっちゃいます」


 椅子に腰掛けるアリスの目の前のVRデスクの上ではビーチボールほどの大きさの球状仮想3Dウィンドウが出現し、その中では先ほどアリスが、塗装用のアームが伸びてマーキングを描かれている最中の戦艦の縮小映像が表示されている。
 
 先ほどは平面で表示されていた映像が3Dに変わった事で、立体的にその詳細を観察できるようになっている。


「さてさて、これでだいぶ見やすくなりました。後はこれをちょっいっちょいちょいとマーキングに追加修正を施して、ついでに周辺環境に合わせて、3連装長距離ビーム主砲を5連装型の近距離ビームガトリング砲に変更と」


 どこからともなく筆ペンを出したアリスは目の前の戦艦へと、いくつもの線を書き込んでペイントを施しつつ、左手を軽やかに動かし兵装ウィンドウを呼び出して、ミニ映像に映るいくつかのユニット型の兵装から、ガトリングタイプを選択して主武装を変更する。

 アリスの操作に合わせて、戦艦の周りに自動機械群が群がり瞬く間に外装をペイントし直しながら、取り外しが容易なユニットタイプの武装を変更していく。  

  
「はいと。これでこの画面の下に表示されるのが、あらたな換装終了時間です。少し伸びて10分ほどですね。じゃ、メイクアップが終わる前での間にお買い物と♪ 今いる開拓惑星開発に使う資源衛星を探しちゃいましょう」


 整備中の戦艦が映る映像をアリスが手で摘み左横に移動させるとウィンドウが自動収縮してサブウィンドウ化する。

 開けた目の前のメインウィンドウ枠へと、アリスは今度は右側からプレイヤー間での取引に使うオークションネットのウィンドウを移動させて、販売リストを呼び出す。

 PCOにおいて俺は対RMTの主軸としてプレイヤー間で全ての商品、サービスに関する直接取引機能の廃止を考えている。

 その代わりに用いるのが、運営側も関与しやすい時限オークション形式。
 
 通常アイテムは日々行われる取引でワールド全体でいくつも設ける主要市場平均価格を算出し、市場毎に上限下限を平均値から公式が設定した+-10~20%以内でしか設定できないようにし、平均値は週毎に集計を取った上で設定を変動させていく。

 最初の入札者が現れてから1~10分ほどを出品者権限で時間制限し、他入札者が現れなければ、そのまま落札。
 
 入札者が複数いた場合はダイスロールによる抽選で最大値を出したプレイヤーが落札する。

 ワールド中でありふれた資源、だが必須な物、たとえば水素だったり酸素。

 これらの市場での動向を把握し上手くやれば、底値の市場で大量仕入れして、高値の市場に運び売りさばくことで、大きな儲けを出す事が出来るかもしれないし、逆に当てが外れて売りさばくはずの市場が貨物船が移動する間に値下がりを起こして大損をするかもしれない。

 利益を安定させたいなら、平均値が変動する前に市場を移動することだが、宇宙を舞台にしたゲームだけに果てしなく広大な世界にするつもりなので、市場移動にも一苦労するだろう。

 価値が変動しやすく値段が付けづらいレアアイテムにおいては、公開オークション方式とし公正公明な取引が出来る体勢として最短で1日最長で1週間程度の期間を設けつつ常に監視していく。

 おそらくこれだけでは対策は不十分なんだろうが、下手にガチガチのルールに縛ると不便でお客様からの反感を買うことになりかねない。

 そこらのさじ加減もテストプレイを重ねて見極めていくしか無いか。


「うん。早速良い物を発見しました。稀少鉱石含有確率3~4%の質量1000万トンサイズ小衛星お一つ40万。あたしのパートナーはこの手の勝率は20%はないと買わないチキンですけど、あたしなら買います……とっとやはり結構いますね。では勝負。ここは6面ダイス4つですね」


 誰がチキンだ。0.03ってギャンブラーすぎだお前は。堅実っていえ。ダイスロール勝たせるシナリオだが負けさせるぞ、この野郎。


「ぽいと……よし24♪ 勝ちは貰いましたね」


 ディスり気味な軽い口調を混ぜつつお客様を前にアリスは実に楽しそうにゲームプレイを続けていく。

 やらせだってのいうのに、ガッツポーズを決めて心のそこから嬉しそうな笑みを浮かべている様は、少し大人びた外見に似合わず子供のように無邪気で、中身が俺がよく知るアリスそのもだと改めて認識する。

 俺の役目はデモプレイを行うアリスの補佐。アリスのプレイに合わせてお客様達へ補足説明を載せた補助ウィンドウを開いたり、今みたいに他のプレイヤーがいるように見せかけゲームとしての体裁を整えること。

 兎にも角にも付き合いの長いアリス相手だ、ゲーム限定ならこいつの楽しむツボ、喜ぶタイミングを俺以上に詳しい奴なんぞいるはず無いと自負できる。

 
「落札できました。ではでは落札した市場に停泊している麾下の運送特化チームに目的地までの自動運搬させますね。あたし自慢の高速衛星運搬船の出番です」


 持ち船リストを呼び出したアリスは、インデックスをつかい目当ての中型運搬船をすぐに探り出すと待機していた運搬チームを乗船させる。

 NPCから売りに出される吊し売りの低価格貨物船を自らチューニングし改良船を作るか、基礎能力が段違いな製造プレイヤー工場制作の高速船を買うなど、いろいろ手段を考えているが、今回アリスが選んだのは、竜骨から軽量かつ硬質素材を選んで、衛星を固定する重力アンカーまで特注したという設定のワンオフな高性能運送艦だ。

 今は落ちぶれたとはいえ、元々は銀河屈指の大会社の令嬢。

 リーディアン時代から金遣いが荒いというか無頓着というか、なんつーか無意識で良い物や最高品質を好むアリスらしい選択だと思う。

 アリスの無意識な金持ち志向に呆れつつ、運送艦のスペックと運送特化型チームのスキルをお客様のウィンドウに表示と。

 衛星の大きさ形に合わせて自由に変更できる重力力場型格納機能。

 大出力の転換炉とその出力を惜しみなく使った膨大な運搬力。

 大型質量運搬時、移動速度と跳躍質量ペナルティの低減スキル。

 海賊やらライバル社に対する広域警戒スキル。

 敵探索機器への欺瞞、妨害などの逃走特化型電子戦装備とスキル諸々。

 戦闘能力は防衛武装がちょろちょろだけだが、早く、安全に運ぶ事に特化した船とチームであることをステータスは表している。    
 

「次は航路の設定です。AI選択の場合主要航路を運んでくる設定となりますが、ここで主要航路と近道と裏道を駆使した最短ルートを使いますね」


 主要航路の絶対安定型大ワープゲートを自船の跳躍能力で飛んでいくのが基本手段だが、そんな主要航路から外れた宙域には、別の地域にしかも主要航路より長大な距離を跳躍できる未知のワープゲートが転がっているかもしれない。これを発見、利用するなんてのもいいだろう。


「まずは今いる惑星から市場惑星への判明済み最短ルートを検索と……はい出ました。3つのワープゲートを使う道ですね。主要航路のみを使った場合の半分ほどに短縮可能みたいです。このうち所属ギルド所有のワープゲートは定期パスがあるので利用可能と。でも残り二つは他のプレイヤーさんが所有するワープゲートなのでゲートパスが必要ですね。では市場に戻ってパスを買いに行きましょう」


 主要航路の公共用ワープゲートと違い、発見されたワープゲートは基本その宙域に拠点を持つプレイヤーやギルドが所有する。

 武装ステーションを配置し周辺を警戒すると共に、ワープゲートに干渉を施すことで特定パスを持つ船しか跳べない仕様としている。

 だから所有者以外がゲートを用いようとすれば、大まかに二つの方法になる。

 所有者がオークションへと出品したパスを買い利用するか、武装ステーションへと攻撃を仕掛け破壊、その宙域を略奪するかだ。

 所有者側はパスの利用は一回のみや回数、定期など枚数も自由に発行でき、敵対勢力や特定プレイヤーへの販売禁止も可能という形を考えている。

 有益なゲートを巡って大規模な争奪戦が起こるかもしれないし、立ち回りの上手い所有者なら周囲を戦闘禁止域として上手いこと中立圏を作って、貿易の一大流通ルートへと自分のゲートを成長させる事も可能だろう。

 私有ゲートを使わなくても、主要航路を使えば少し時間はかかるが到達も可能。さらには銀河には無数のゲートが眠っている。他の航路を作り出すなど、幅広いゲームプレイを考えている。

 本当にごく少数なゲートは、そこを使わなければ到底到達できない宙域へと繋がるってのもいいかもしれないな。


「はい。無事に買えました。他にも買いたい物が出るかもしれませんから回数券にしてみたらだいぶお得でした。結構良心的なプレイヤーさんです。フレンド申請をだして、うちのギルド所有ゲートと定期パスを交換しませんかとお誘いしておきますね……っとと、換装が終わったみたいですね」


 アリスが文面を作り終えると同時に整備ウィンドウを拡大。塗装、換装を終えた戦艦を表示、膝の上でその映像を転がしながらアリスはつぶさに観察してから、


「はい。上手に出来ました♪」

  
 どこかで聞いたことのあるような台詞を、大きく頷いてから極上の笑顔で宣っていた。



[31751] 左手のやることを右手が知らないときが良いときもある。
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/03/27 00:23
「金山なんか良い物あった? 新入生勧誘週間の目玉になるようなの限定で」


 部室棟の階段下のとうの昔に使われなくなった地下防災備蓄倉庫。

 ここには前身である上岡工科大学遊戯同好会の創設以来、代々引き継がれてきた品が眠っているという。

 VR全盛期の昨年までなら、現組織上岡工科大学ゲームサークル通称『KUGC』の売りは、メンバーがやっているVRMMOリーディアンオンラインの独自Mod開発をメインとした、楽しみながらVR関連知識や技術を習得し、さらにはゲームを通じ人脈を形成するという物であった。

 しかし昨年の事件でそのリーディアンも終了。新規会員勧誘のためにも新たな策を練る必要が生まれ、その為に頼ったのは先達達の遺産であった。

 しかし倉庫整理という名目での探索が始まり開始二時間で、メンバーの大半の心には諦めの文字が浮かんでいた。

 乱雑に積み上げられた段ボールを一つずつ確かめながら、部室に運んでくるのが男子部員。中身を掻き分けてリストを確かめつつピックアップしていくのが女子部員の仕事と分業で行っていたが、ここまで発掘できた品は一言で言えばガラクタばかり。

 今ではあまり見なくなった大型の3D投影モニターならかわいい物。その手の博物館でもいかなければ見られないブラウン管TV(外枠のみ中身無し)やら最初期大型ゲーム筐体(画面割れ)など粗大ゴミとしかいえない物が出てくる時点で、お察しくださいといった所だ。 

倉庫の品は大半がリストに記されているというのが、代々の部長間の伝達事項だったが、純粋な卒論用資料だったり、バイト先から貰ってきた謎の置物だったり、単なる悪ふざけの行き着いた先だったりと、ばらばらな用途の品を、とりあえず空いている場所に適当に置いていった順番に書いたという、文字通り『倉庫の中にある物』リスト。どこの棚のどの箱に仕舞ってあるかなど、到底不明な状況は、探索メンバーの心を折るには十分すぎた。


『見つかったら苦労しねえって、さっきから用途不明な物ばっかなんだけどよ。ピン球やら野球のベースとか、ニワトリ持ったリアルカーネルとか一体何だよ』


 高性能な構内ネットを通じて視覚共有された仮想ウィンドウには、断末魔の叫び声を上げそうなニワトリの首を掴む白い髭の老人の人形が映っている。

 しかもその姿は、リアルの店頭に飾っているデフォルメされた容姿では無く、生きているかと思うほどにリアルな老人の物だ。

 段ボールの山に埋まっていたこれが発掘されたときは、一瞬死体でも見つけてしまったかと地下倉庫組が大騒ぎになっていたくらいだ。


「雑品はVR化するときのデータ取りとかで使ったらしいわね。どれだけ精巧にリアルに近づけるかって20期くらい前の先輩達の合同卒業研究。人形は学祭の時にお化け屋敷やった料理サークルに頼まれて、おじさん本人の写真からデータ取って工作室の3Dプリンターで生き人形ってくらい……精巧に……作ったみたいね……うちの馬鹿兄貴一味が」

 
 変色したノートリストに書かれた用途と年代を見ながら疑問に答えていた現部長である宮野美貴は、件の人形に実兄の名を見つけ頭痛を覚える。
 
 ノートをよく見れば美貴の兄が現役時代に倉庫に投げ入れた物は、その大半が悪ふざけの産物という収納状況になっている。


『……宮野先輩の代か。納得した』


 上岡工科大学ゲームサークルを今のKUGSという校外メンバーも多い新形態へと変化発展させた世代の中心人物でもあった宮野の兄は、リアルとVRでのギャップやら、その享楽的かつ悪戯好きな性格で恐れられているOBの一人だ。

 ため息混じりの声に美貴の心情を察したのか、金山もそれ以上の突っ込みは諦め、目線をまだまだ先が見えない迷宮の奥へと向けた。


「……とりあえず後もう少し探してみて、今タイナ……あー太一に昼ご飯買いに行かせてるから戻ってきたら小休止で」


 ついゲーム内の名前で呼ぶというマナー違反を犯しそうになり、言い直した美貴は休憩を提案する。

 早朝から探索を始め時刻はすでに昼過ぎ。自らも空腹を覚えていた美貴は先ほど段ボールを運んできたタイナスこと一年男子芝崎太一に、近くのコンビニまでメンバー全員の昼飯を確保にいかせたばかりだ。

 17名分と数は多いので時間は少し掛かるだろうが、こちらの作業も終わりはまだまだ見えていない。


『んじゃすぐ飯か。午後に備えて通路沿いに奥の棚までの道だけでも作っておくわ。三枝。そっちから退かしてくぞ』 


「じゃ、そっちは頼んだわよ……チサト。そっちなんかあった?」


 金山との仮想ウィンドウ越しの会話を打ち切った美貴は、部室の床に段ボールを広げ中身を確認していた太一と同じく一年の遠藤千沙登ことチサトに尋ねる。

 狭い部室内のあちらこちらで記録と整理に別れてペアを組みつつ、確認作業を行っているがどの組も目立った成果は上がっていない。


「紅いゴーグルみたいな見たこともないハードならありましたけど。初期のVRハードみたいですけど使えます?」


 子犬チックなボブショートの千沙登は、段ボールから持ち上げたゴーグルのようなゲームハードを掲げてみせる。

 見たことのないハードに美貴は記憶を漁るのを早々に諦め、それを視界に納めつつ左手で仮想ウィンドウを弾き、造形物の形から情報を検索するシルエット検索を仕掛ける。
 

「紅いゴーグルって、あーこれか……無理ぽいわね。それ80年以上前で国内販売ソフト20種以下みたい。さすがに今更売ってないでしょ」


 僅かな時間を置いてハードの情報がヒットするが、かつて勇名を馳せた元花札会社が満を持して販売し盛大に爆死した所謂黒歴史のハードだ。

 ハードがあるだけでも不思議なのにさすがにこれのソフトなんぞ、


「あ、箱の下の方に19本ソフトっぽいのがあるんですけど。何とかテニスと描いてあります」


 巨大な段ボールの中に半分身体を沈めながら漁っている千沙登が右手でソフトを持ち上げ掲げて見せた。


「………………ウチの部ってほんとなんなのよ」


 なんで黒歴史一式を買い揃えているんだろうと、見る目が有るんだか無いのか判らない先達達に戦慄を覚えた美貴は思わず脱力し椅子に背を預ける。

 こうなったらいっその事倉庫の中から歴代のゲームハードでも探して、ゲームの歴史と展示してやろうかなどとやけくそ気味に美貴が考えていると、


『緊急メールが届きました』


 と、仮想ウィンドウがポップアップ表示された。緊急とは穏やかで無い響きに美貴は訝しげに眉をかしげる。

 何事かと思い仮想ウィンドウを軽く弾いた美貴は、送信者を見て今度は首をかしげる事になる。

 送信者として表示されていたサインは『ユッコ』となっている。

 
「部長どうしたんですか? 不思議そうな顔して」


 急に静かになった美貴が気になったのか、段ボールあさりの手を止めた千沙登が顔を上げていた。

 段ボールについていた埃が髪の毛についているが、本人は気づいていないようだ。


「チサト。埃……なんかユッコさんから緊急メール来てるのよ」


 どうにも愛嬌のある可愛い後輩の姿に気を抜かれつつ、頭の埃を払ってやった美貴は、送信者であるリーディアン内KUGCの副マスであるユッコの名を告げる。

 ゲームとしてのリーディアンは終了してしまったが、その交友関係までがリセットされたわけではない。

 さすがにゲーム終了から半年以上が経ち、以前より活発では無くなったが、それでも時事の挨拶やらくだらない雑談のために元KUGCのメンバーがギルド掲示板に顔を出すなどで、校内外での交友関係は維持されている。  

 今年に入って完全に連絡を絶っているのは、初代と二代目の両ギルドマスターくらいだろうか。

 初代の方はリーディアンを運営していた会社に就職して、ただでさえ距離を置いていた所に、昨年末辺りからなにやらリアルに追われて顔を出してもいないが、兄を通じて美貴はその近況やら活動を知っており時折掲示板内で伝えている。

 問題は二代目ギルドマスター兼ギルドマスコットの方だ。

 彼女に至っては、リーディアン終了時から一切の連絡が途絶え今に至っている。

 接続時間では他の追随を許さない最強廃人なプレイヤーなので、ゲーム終了時に絶望して自殺したんじゃ無いかと、笑えない噂が流布されるくらいだ。


「ユッコさんからですか? どうしたんでしょうか」


 優しく頼りがいのある副マスユッコはギルド内では男女問わず人格者として慕われている。

 そんな彼女が、意味も無く緊急と題打ったメールを送信するような性格ではない。

 緊急メールと聞いてチサトは心配げな顔を浮かべていた。 


「今確認してみ……………えと………………はぁぁっ!? どういう事!?」


 メールに書かれた単文を読んだ美貴はそこに書かれた意味が理解できず三度読み直してから驚愕の声をあげ、仮想ウィンドウに慌てて指を走らせ返事を返す。

 その声の大きさに目の前のチサトは目を丸くし、作業をしていた他の女子メンバーも手を止めると美貴達へと目を向けた。


「美貴どったの大声あげて?」


 再返信されてきたであろうメールを何度も読み返している美貴の様子を、唯一の同期女子である宗谷唯が訝しげにみながら尋ねた。 


「……ユッコさんから緊急メールが来たんだけど、『SA』サインとどっかのVR空間アクセスキーが付いてた」 


 半信半疑といった表情で美貴が返すと、唯も何とも不思議な顔を浮かべる。

 意味が判らないとその表情は言葉無くとも雄弁に物語っている。


「それなんかの間違いでしょ? なんで今更」


「間違いですかって確認したんだけど『来れば判りますから、皆さんに声をかけてくださいね。早く来ないと始まりますよ』って文が返ってきてるの。相手ユッコさんだよ。こんな悪戯とかする人じゃ無いでしょ。」


「そりゃそうだけど……でもまさか本当に起きるわけじゃ無いでしょ。二人ともいないでしょうが。先輩の方は封印だし、あっちゃんなんて音信不通だし、それ以前にリーディアン自体が終わってるのに」


「リーディアンじゃ無くてリアル側じゃない? 先輩はあっちゃんのリアルを知らないって言ってたけど、あの二人見てたらそれないでしょ」


 困惑している最上級生二人の様子に、チサト達後輩組は意味が判らずきょとんとする。

 一体この二人がなんでこんなにも驚いているのか理解できないからだ。

 ユッコからの最初のメールには短い単語とアクセスキーだけしか無いからだ。


「部長に唯先輩もどうしたんですか。なんでそんなに驚いているんです?」


「なんでって驚いて当たり前…………そうかあんた達だと知らないんだSAってサインの意味。あたし達の下の世代じゃ一番古参なチサトでも」 

 
 チサトは上岡工科大生としては一番下の一年ではあるが、ギルドとしてのKUGCには高校時代から参加しているので美貴や唯達に次ぐ古参メンバーである。

 しかし最後のサイン『SA』が発せられたのは、美貴の記憶が確かならチサトと太一が入る少し前くらいだ。 

 後輩達がなぜ驚かないのか納得がいった美貴は頬を書きつつ、発動する一連の事象をどう説明しようかと考えあぐねた末に、


「唯。倉庫組を呼び戻して部員全員フルダイブの準備。太一が戻ったらいくよ。チサト達は手分けして校外ギルドメンバーにアクセスキーを連絡。『SA』発動っていえば古参の連中はほとんど来ると思うから」


 娯楽目的においてのフルダイブが二時間の規制を受けている現状ではかなり貴重な時間だが、ユッコの言葉が冗談でも嘘でも無ければ、それはギルドメンバーの大半が待っていた朗報だ。

 第一あの何とも名状しがたい状況は、説明するよりは見た方が早いという結論に達していた。



















「ではでは皆様。VRデスクに次いで次に参りますは、個人で持つにはかなりお高いです業務用のVR筐体です」


 VRデスクから離れたアリスはデモとはいえ久々のゲームプレイで徐々にテンションが上がっているのか、演技めいた口調で次いでVR筐体へと移る。

 しかし楽しんでいるなアリスの奴。ここの所、星系強奪やらゲームが出来なかったりで溜まっていたストレスの反動だろうか。

 まぁ、だからこそ心底ゲームを楽しんでいる偽りが無い表情を浮かべられるんだろうが……なんだろう、そこはかとなく微妙な悪寒がする。


「さてさてご存じのようにVRデスクが家庭用とすれば、こちらは業務用でありそのスペックは段違いです。高性能機がもたらすフルダイブ時の圧倒的な反応速度や情報処理能力強化は、私たちをさらなる高み、今まで体験したことの無い新次元へと誘うほどです。これの恩恵を最大限に受け、そして活用するゲームこそがHFGOです」


 筐体の横に立って大型犬をなでるようにポンポンと触ったアリスの説明に合わせ、大型ウィンドウを展開。流すのはHFGOの公式映像。

 巨大要塞が撃ち放つ数千の光弾の雨の中を、雷光のように駆け抜けていくプレイヤー達がそこには映っている。

 親会社でもあるMaldives社の最高峰スペックを誇るVRマシーンを用いたトップゲーマー達が集った運営公式大会であるHFGO世界最強ギルド決定戦は、リアルタイム放映時に全世界から1000万を超すアクセスがあったといわれるほどの、ど派手できらびやかな映像だ。


「ですけど今日本ではVRゲームにおけるスペック制限が有り、このレベルの反応速度をナノシステムのサポート込みでプレイヤーから引き出したり、情報処理をすることが出来ません」 

 
 残念そうな表情を浮かべたアリスは大きなため息を吐きつつ、頭のウサ髪を器用に操って×印を作ってみせながら、愛車に乗り込むレーサーのようにひらりと跳び上がって筐体のシートに収まる。

  
「さらには先ほどから申していますが二時間の規制もありますよね。そうするとそのハイスペックを余すこと無く発揮するフルダイブでは二時間しか使えなくて、モードを切り替えて仮想ウィンドウ展開型のハーフダイブで使うにしても、肝心要のVR機能の面では視覚と聴覚のみではVRデスク使用時とさほど違いは出ません」


 周囲へと仮想ウィンドウを展開するハーフダイブモードを慣れた手つきでアリスは立ち上げる。

 しかし立ち上がった仮想ウィンドウの数やその映像の質は、多少ウィンドウの数が増えたり、表現が細かくなっただけで、携帯端末からVRデスクへと切り替えたときほどの違いやインパクトは無い。

 VRの醍醐味は五感そのものを仮想世界へと導くこと。目で見て、耳で聞いて、空気の臭いを嗅ぎ、触れて、味わう。身体全てで感じる事により、現実とは違う、異世界を体感することだ。

 だからリアル側に身体を残したままでは臨場感という意味ではハーフダイブはフルダイブには遠く及ばない。


「だから高性能機導入を謳い、高料金でもあれほど流行っていたVRカフェが、規制後一気に廃れていったのも不思議なことではありませんよね」


 事件の原因となった場所という風評被害だけで無く、利用者激減で資金振りが悪化したり、この先の展望が見込めず廃業したVRカフェの多さは今更特筆するまでも無い。

 HFGOの映像から俺は日本地図へと切り替え、事故後に廃業閉店したVRカフェへと紅い×印を付けていく。

 元々過剰なほどあった大都市や地方の中枢都市の店は半分以上が廃業。残った連中も値引きやら原点回帰で漫画コーナーの復活やらいろいろ手は打っているようだが、あまり業績はおぼしくないようだ。

 店の大半を占める大型筐体を撤去するにも金は掛かるし、日本中で余りまくっている現状では中古の業務用VR筐体なんて国内では買い手が見つけずらく、海外に持っていこうにも足元を見られやすく買いたたかれる。

 引くも地獄、進むも地獄ってか……だが俺らはそこに勝機と商機を見いだす。

 この現状、上手くやれば一気にPCOをメジャー化させることも不可能じゃ無いと。


「では皆さん。この子は無用の長物でしょうか? そうではありません。この子はVR表現機能を制限されただけです。その高度の処理能力をゲーム内の別の事柄に向ければ良いんです。オンラインゲームの公式コラボ店でのプレイには特別な施設が使えるや、経験値優遇などが今までもありましたが、それに新たな形を加えるだけです」


オンラインゲーム黎明期からゲーム業界とVRカフェの前身であるネカフェは、数多のコラボレーション企画を行っていた。今でもビジネスパートナーとしての繋がりが至る所に有り、俺も社長のお供で業界には多少の伝手がある。だからこそ思い付いた手の一つ。


「PCOはAIに指示を的確に出すことで、広大な世界でプレイヤーが大きく影響力を発揮するゲームです。AIはプレイヤーレベルが上がったり、AI自身のレベルが上がればより賢く、効率的に動きますが、そこにプラスα。公式VRカフェのVR筐体には一台一台別に各スキルに特化した専属AIがいて、プレイヤーの手助けをしてくれるとかでしょうか。こんな風に」


 手品師よろしくシルクハットをどこからともなく取り出したアリスは、帽子の中に手を突っ込みごそごそと漁りはじめる。

 ……待てそのギミックは聞いてないぞ。打ち合わせに無いアリスの行動に俺が驚く間もなく、アリスが4つの物体を引き抜いて頭上へと投げた。


『赤妖精参上。奇襲戦法と変装の名人である私に潜入工作ならお任せあれ』


 紅い忍び装束を着けた二頭身の人形体型の妖精を名乗る謎生物Aがすったと跪く。


『白妖精です。交渉毎なら我が輩に。星間物資からミサイルまで、何でもそろえてみせましょう』


 モノクル付けた老執事ぽいスーツ白髪な二頭身Bは丁寧にお辞儀をしてみせる。


『黄妖精。宇宙船パイロットならこの私。 要塞艦! 原始太陽系縦断航路! 何でも任せなさい!』


 ゴーグルと飛行服を身につけた古めかしい飛行士スタイルの女性型二頭身Cが、その金髪を優雅な仕草でふさっと払いのける。


『黒妖精だ! 敵艦への殴り込みなら俺の出番。敵司令官の首をもぎ取ってきてやるぜ! でも長距離戦闘だけは勘弁な!』


 黒い騎士鎧を身につけた二頭身Dが豪快に笑いながら爪楊枝のような長さの鉄剣をぶんぶんと回す。

 登場した4人? はそれぞれアクの強い口上を放ちながらアリスの前にすたっと整列する。

 後ろで爆炎が上がっても不思議じゃ無い戦隊物のノリやら、レトロ娯楽ドラマのオマージュめいた口上は、なんというかアリスらしい。

 ………………いや、まぁAIの役割の例は俺が思っていた通り、順番も聞いていた通りなんだが、それらはリストで説明する手はずだった。

 そのはずなのにアリスの奴、いつの間にこんなファンシーAIをこさえてやがった?

 あまりに趣味的要素が強いファンタジー系なミニキャラの登場にお客様も目を丸くしている。

 機械的な奴よりもAI毎に特色やキャラクターを付けてバラエティー色を出そうってのはアリスの発案で俺も賛同していたが、さすがに用意している時間は無かっただろうと思っていたが、廃人プレイヤーにしてMOD職人としても名を馳せていたアリスをなめていたかもしれん。

 これがアリスのいっていた隠し球か? 

 いや、しかしアリスのもったいぶった言い方や態度は、まだまだ底がありそうな気がする。

 俺の知らない所で、アリスが大きく、それこそ俺すらも驚愕させるほどに動いていた予感をこの時すでに俺は感じていた。



[31751] 友情破壊ゲーこそ面白い
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/04/12 06:37
 片手に二頭身AIを持ちつつアリスが、AIそれぞれの各スキルや特徴を会話形式で繰り広げている間に、俺は次の準備を着々と進めていく。

 アリスとAIのやり取りが、某国営放送の平日昼間の低年齢向け教養番組のお姉さんとマスコットなしゃべりっぽいのが気になるが、そこに突っ込んだら負けだろうか。

 リルさんの情報によると、リーディアンに参加するまでのアリスは地球でいう、引きこもり生活を送っていたらしいが、まさかその時に嵌まっていたとかじゃ無いだろうか。

 妖精達の元ネタもアレだが、引き出しの多さというか、現役時代と変わらない微妙に残念な相棒アリスに、何ともいえない気持ちになる。

 次のプログラムはアリスによる模擬戦闘。

 先ほどセッティングを済ませた艦が停泊している惑星を舞台にしている。

 かつての大戦争で砕かれた衛星の残骸で構成された二重リングをもち、自然と鉱物に満ちた主要惑星である第四惑星へと、敵対ギルド艦隊が未知のゲートを使い跳躍侵攻を開始。

 ゲートの現界位置は第四惑星と第五惑星の中間地点付近。

 外輪小衛星帯に設置された防衛基地はゲートアウトの反応からすぐに敵の出現を感知して、敵対者の主星進入や地上生産施設への攻撃を防ぐ為、内輪に待機する防御衛星を使い主星全体を覆う防御フィールドを展開。

 防御フィールドの膨大な耐久度を削りきるか、小衛星に隠れた防衛基地を探知、攻略して、フィールドを解除するかの二択に迫られた敵艦隊は防衛基地攻略を選択。

 かくして大小様々な衛星やら戦争の残骸 がちりばめられた小衛星帯を舞台に、艦隊VS艦隊、機動兵器VS機動兵器の戦いが始まる。

 こういったシナリオだ。

 プレイヤーによっては異論があるだろうが、俺は戦闘こそゲームの花形と考える。

 だからこそここが一番の見せ場。小難しい理屈は抜きにして、お客様を如何にこのゲームへの興味を引き込むか。それが重要になる。

 その為にも戦闘を盛り上げる事が重要。

 スキル選択、場所取り、タイミング、息の合った連携。様々な要素が組みあさってこそ、熱いバトルは成立する……のだが、問題は一つ。まだこのゲームは未完成ということだ。

 何せここの所リアルの仕事に追われる傍らで、ちまちまと、艦船カタログのデータを地球規格VRデータに改変し、トレーラームービー作って、舞台となる小衛星帯のデータ入力してと、やることが山ほどあった。

 アリスと共同作業で、いまからアリスが使うタイプのプレイヤーが直接指示する形での半自動AIは出来ている。

 だが、相対する予定だったPCOの艦隊戦闘用完全自動AIが未完成。というか、影も形すら無いというお寒い現状がある。

 宇宙的チートな存在だろう、リルさんの力を借りられればよかったのだが、このPCOはローバー専務との賭に対する俺の回答の一つ。

 俺、もっと大きくいえば、地球人がアリス達の手助けを出来るという証明をするためにも、今の段階でリルさんに頼りっぱなしというわけにはいかず、翻訳やら動作チェックなど最低限の協力のみ仰いでいる。

 結局自動AIまでは手が回らず、かといってデモプレイ全体のカメラワークやら、お客様への配信映像の調整やら、予想外の事態が生じたときの対策やらで、裏方で忙しい俺がアリスの相手を務めるわけにもいかない。

 最終的に選んだのは、戦闘開始から最後までの動きを完全に決めた敵艦隊相手に行う文字通りの模範演技。

 あらかじめ決めたタイミングと侵攻ルートで迫る敵艦隊と搭載戦力に、アリスは最初は防戦一方のふり。

 防衛基地寸前まで侵攻を受けた所で、切り札であるフルダイブを発動。

 このゲームの大きな特徴の一つである限定型VR戦闘システムにより、形勢は一気に逆転。

 敵勢力を壊滅させたアリスの勝利で終わり、デモプレイも同時終了で幕引きという流れだ。

 俺が今やっているのは、その肝である敵艦隊動作の最終チェック。

 何時、どの場所、どれが、何をやるか、全て決めあらかじめ仕込んだプログラムを、時間早送り状態で最終動作チェックを行っているが、問題無く動いている。

 あとは決められた筋書きに、プレイヤー側であるアリスが如何に上手く合わせるかだが、それについちゃ心配はしていなかった……さっきまでは。

 盛り上げるためにけっこうシビアなタイミングの場面が多いが、戦闘となれば廃人から廃神へとクラスチェンジするアリスの事。

 この上なく上手いことやってくれるだろう……と思いたい。

 おそらく、たぶん……大丈夫だと思うが、あの馬鹿、デモプレイだというのにゲームを楽しみすぎている節がある。

 テンションかちあがって、アリスの最終形態に入らない事を祈るのみだ。

 一応アリスにも念を押して忠告しておいたが、心配しすぎだ、信用していないのかとなじられる羽目になった。

 ったく。マジで頼むぞ相棒。

 最終形態はアリスが心の底からゲームを楽しんでいる証拠でもあるが、あの状態のアリスじゃ制御が効かない。

 決まった動きしかしないAIなんぞアリスにすればただの的。一方的に蹂躙してシナリオ破綻となるだろう。

 俺が心の中で祈っているとアリスによる妖精もどきAI各々の紹介が終わった。

 驚いたとでも言いたげな悪戯気味な笑みを軽く口元に覗かせるアリスが、シルクハットを手から消しながら、俺の方をちらりと見て小さくウインクをする。

 準備オッケーいつでもこいってか。

 あの野郎。これが終わったら、昔みたいに打ち合わせの重要さを泣くまで教え込んでやる。

 してやられたと悔しく思いつつも、アリスの自由さが何とも楽しく、いろいろな感情が交じったまま仮想コンソールのエンターキーを叩いて、艦隊戦を開始する。

 筐体内の照明が自然と落ちると同時に、ポップアップされたサブ仮想ウィンドウが警戒を促す点滅を繰り返しながら警報音を鳴らす。


「ここで速報! 緊急警報発令です! 星系内への敵対勢力の跳躍を感知したようです!」


 アリスがわざとらしい驚き方をしながら、AIを消すと筐体へと潜り込んで蓋をする。

 ここから先は地上のアリスの姿は周囲がコンソールに囲まれ見えずらくなるので、夜空の巨大アリスの方へと、お客様の視線を集めていく。

 筐体内部に出現した警報ウィンドウをつまんだアリスが、メインウィンドウへと移動させ展開すると、その動きに連動して次々にサブウィンドウが出現し情報表示を開始した。

 早期警戒網を構成する無人監視衛星の一つが捉えた映像には、未知のゲートから次々にゲートアウトしてくる艦船が映る。

 サブウィンドウにはその艦隊の構成や、防衛基地内の戦力状態が表示されている。

 小衛星帯攻略用に編成された艦隊は、機動兵器を満載した大型母艦を旗艦とし、無数の小型の砲撃戦艦、ミサイル艦を中心とした小規模ながら攻撃的な布陣だ。

 武装を持たないが偵察機能に特化した複合型監視衛星は、次元振動感知と同時に情報収集を開始。小衛星帯の防衛基地へと情報を送信し始めた。

 基地AIは、送られてきた各種データから跳躍時のエネルギー量や転送質量。艦形を計測、状況や艦隊規模から総合的に判断して敵対戦力による攻撃と断定し、オート防御態勢を開始する。

 リング内輪に待機していた防衛衛星80機が稼働を開始し、主星を瞬く間に青色の防御フィールドに覆い、基地内部で待機していた防衛艦隊の主機に次々に火が点りスクランブル発進を開始する。

 外輪内に仕掛けられた無数のトラップが稼働状態へと切り替わり、アリスの頭上に展開された星図が、リアルタイムの状況にあわせて刻一刻と変化し、臨場感を盛り上げていく。

 メインウィンドウの周囲に展開されたサブウィンドウには、アリスが指示を出さなくても、それらの情報や映像が次々に映りながら、自動対応を始める防衛体制を開始している。

 これはあらかじめ敷設した防御機構それぞれのAIや、プレイヤーが決めていた対処方針に従った防衛基地AIによる自立選択式の行動になる……予定だ。

 現状は俺が戦場全体の流れを微調整を施しつつ、順次展開させている。

 接続時間がプレイヤーそれぞれで異なるVRMMORPGで戦略、戦術系の要素をやろうとしたらある程度の半自動性は必要となるのは当然の事。

 自分がリアルに追われているうちに敵に攻められ、拠点を取られてましたじゃ、クソゲー認定+運営ふざけんなの大合唱がお客様から上がるのは想像に難くない。

 だから数多く用意された防衛スキルや多種多様な防衛兵器、さらにいえば敵勢力が易々と跳躍できない妨害機能など、プレイヤーの努力で辺境の一惑星を難攻不落の要塞星系へと変えることも出来る。

 はたまた数多くの仲間を集めギルドを作り、常に誰かが接続している状態を維持すればそこまで防御機能の充実に力を入れなくても済むだろう。

 見栄えのある戦場になるように状況を整えながら、防衛兵器やスキルの一部抜粋リストや戦場推移の解説書をお客様へと送信と。

 やることは多いがリアルの肉体の束縛から解き放たれた俺は、望みうる限りの速度で仮想コンソールを叩いて、本日一番の大勝負をしかけていく。

  
「さてさてどうやらお相手はこの星を略奪に来た模様です。このまま防衛をAIに任せて……ってのはあたしの流儀じゃありません。一隻残らず星の海の藻屑に変えてやりましょう」


 不敵な笑いを浮かべ宣ったアリスは両手を高らかに打ち合わせる。

 パンと甲高い音が響くと同時に、アリスの周囲に無数のコンソールが出現した。

 前方に二列四段の仮想コンソールを配置しメインとして、左右に無数のショートカットを登録したサブコンソールパネルを一枚ずつ、足元にはそれらショートカット群の切り替えのためのフットペダル。

 銀色に輝くパネルのあちらこちらには蔦をあしらったレリーフが彫られ、必要以上に細かい装飾も施してある。

 SFとファンタジー両方のニュアンスが混じり合った何とも複雑怪奇な代物なんだが、そこはさすがのアリス制作。

 パイプオルガン演奏台のように、整然とした機械的な機能美と華やかな造形に彩られる芸術美が同時に存在するという奇跡的なバランスを保っている。

 しかも座っているのが、見た目だけなら正統派西洋美人なアリスとなると、どこか荘厳な雰囲気すら醸し出すほどだ。

 
「ではでは参りましょうか。防衛基地は全艦発進後バリアを維持しつつステルス状態に移行。発進した艦は攻撃艦と探査艦はツーマンセルでの待ち伏せ型消極的防衛策。工作艦にもいろいろ小細工を指示してと」


 細いアリスの指がコンソールの上を跳ねて踊る。迷いの無い動きは、それこそ譜面なしで音を奏でるピアニストのようだ。

 3Dメインモニターに映し出された小衛星帯のマッピングを見ながら指示を出すアリスは、三次元座標を指示して各地へと小艦隊を派遣していく。

 設定上、星系守備そして小衛星帯での防衛戦闘をメイン戦術としていた防衛基地所属艦は、小回りの利く小型、中型艦はそれなりにあるが、絶大な火力を持つ大型艦は少ない。

 小型艦をメインとした構成は侵略してくる相手側も似たような物だが、大型母艦をメインとした敵艦隊とアリス艦隊の戦力差は2倍ほどにしている。

 そこでアリスの選択は、地の利に長けた小衛星帯で迎え撃つというものだ。その見かけよろしく巣穴に篭もった兎戦法とでも言えば良いのだろうか。

 もっともバトルジャンキーなアリスらしい罠たっぷり、待ち伏せ、不意打ち上等なキリングフィールドとなっている。

 だが相手方も敵勢力下に殴り込みをかけるんだから先刻承知。

 緒戦は防御力の高い侵攻型諜報母艦と広範囲探知が出来る探索艇をメインとした調査班を突入させ、防衛側の戦力やら罠を調査、情報不足から来るバットステータス解消をメインとするセオリー通りの戦闘予定だ。

 アリスが着実に準備を進める一方で、侵略艦隊側は予定通り小衛星帯前で侵攻を一時停止、円柱形の諜報母艦と護衛の防御艦が艦隊から先行して突入を開始した。

 敵艦隊の先遣隊は不意打ちしたこともあって、アリス側の防衛が間に合わず、極一部だけだがマッピングに成功するという流れだ。

 ここを切り口に後続の本隊が次々に進入を開始、そこでようやくアリス側の備えが完成し緒戦の火ぶたがきって落とさ、

   
「防衛網構築完了。団体様ご案内いたします♪ 地獄に落ちなさい!」


 実に楽しげなアリスの号令とともに、夜空の巨大モニターに映っていた諜報母艦に極限まで絞り込まれたビーム数十本が機関部に集中照射され、今にも搬出間近だった戦闘探査艇と共に爆発四散する。

 マジ物の宇宙空間じゃ、空気が存在しないので音は響かず、燃焼も限られるので爆発もしょぼい物となるらしいが、PCOの宇宙は”ちょい”特別。

 地上と変わらない大音量の爆音と華やかな大輪の華が咲く。

 …………うむ。マッピング情報は一切敵艦隊に流れていない。

 まぁあれだ……一発だけなら誤射かもしれないという言葉もある。

 アリスの奴。展開を間違えて覚えていたか。ビーム砲の集中攻撃は進入してきた砲撃艦の一番艦に対してのはずだ。

 いろいろ立て込んでいたとはいえ、ちゃんとシナリオ読ませて、


「ふふっ! 続いて第二射、充填終了後第三射!」 


 何とも勇ましい発言と共に、小衛星帯から次々に煌めく閃光と共にビームの槍が降り注ぎ諜報母艦が次々に炸裂していく。

 ……おいこら。お前まさか。

 何とも背筋を嫌な予感が駆け巡る。

 このキリングモードはあれか、あれなのか?

 俺が現実逃避気味に事態の把握に挑んでいる間にも、正確無比な集中攻撃が次々に諜報母艦を沈めていくが、横にいる防衛艦は動けず、さらに射出された数少ない戦闘探査艇に至っては暢気に小衛星帯に向かっている。

 そりゃそうだ。この時点で攻撃をうけたら防衛しろや影に隠れろなどとはプログラミングしていない。
 
 防衛艦はただ一緒に前に出て、調査が出来たら諜報艦に戻ってこいとプログラミングしただけだ。それがシナリオだ。

 そのシナリオをガン無視してアリスの攻撃が続く。


『びっくりして呆然としているのかな♪ じゃあその隙に頂きます! レッドラビットフルブースト! 全艦援護射撃! 蹂躙開始!』


 相手側が不意の攻撃で混乱しているように装ったのか、それとも入り込みすぎて”本当”にそう思い込んだのか、どこぞの迷子の宇宙船のような名前と共にアリスが攻撃を宣言する。

 次の瞬間、先ほどまでの絞り込んだビーム砲から一転、威力は落ちるが拡散型に変更されたビーム砲の雨が、残っていた防衛艦とかろうじて射出されていた戦闘探査艇へと降り注ぐ。

 防御力の高い防衛艦にはさほど傷もつけられていないが、それに比べれば貧弱な戦闘探査艇などひとたまりも無い。次々に蒸発プラズマを纏った塵に変わっていく。

 そんなビームの雨が降り注ぐ小衛星帯を突き破って、真っ赤に塗装された一隻の高速戦艦が姿を現す。

 深紅の艦は主機を全開にしながら小刻みにサブスラスターを噴かせ、ビームの間隙を縫うように突き進み、棒立ちの防衛艦群に対して旋回しながら一気に迫ると、主砲である五連装型ガトリングビーム砲をすれ違いざまに叩き込んでいく。

 右上前方から左下方へとなで切りにするかのように先遣隊群をレッドラビットこと赤兎号が通り抜け、一瞬の間を置いてから残っていた防衛艦が一隻残らず爆発し、その破片は無数のデブリ群とかして宇宙に広がっていった。


『ディケライア社社長! アリシティア・ディケライア参上! 我が社の資産にはこれ以上は指一本も触れさせないんだから!』


 そのうち惑星の重力に惹かれ小衛星帯の一部になるんだろうか。というかそういうプログラムも組み込むか。

 予想外すぎた(というか、さすがにやらないだろうと過信しすぎていたかもしれない)一連のアリスの暴走に頭痛を覚える。

 あの馬鹿兎。今度こそ本気で我を忘れて入れこみやがった。

 事ここに立って俺はクロガネ様など目じゃ無い最強最悪の敵が眼前に立ちふさがった事をようやく認める。

 アリスの最強モードこと、完全ロープレ状態。

 完全にゲーム世界に浸りきり、成りきる、この状態はゲームを心底楽しんでいる証拠であると同時に、リーディアン最強プレイヤーの一人アリスの本領発揮モードだ。


『おい。このゲーオタ廃神。今すぐ正気に戻れ。戻らないなら、宮野妹に頼んでギルドHPの自作ゲーのお前のハイスコアを全部消去すんぞ』


 母校の同好会ではVR普及前のレトロなゲーム制作を趣味としている奴もいて、それらはHPで無料で公開、プレイできたりもする。

 その中にゃ当然というべきか、VR越しに繋いできたアリスのデータもある。

 帝王として君臨しているハイスコアを消されるとなれば、さすがのアリスも正気に、


『ふんだ! 忠告はしたわよ! 一歩でも足を踏み入れたなら、故郷の土は二度と踏めないって覚悟することね!』


 俺の脅しなんぞ耳に入っていないのかアリスは一方的に宣言するとそのまま小衛星帯に戻っていった。

 後に残されたのは破壊された先遣隊と、無傷の、だが何も動かず固まった本隊だ。

 本隊は先遣隊帰還後、小衛星帯に突入予定。後それまでは5分ほどある。

 お客様の方を見れば、一連の派手な戦闘と堂に入ったアリスのプレイに盛り上がっているご様子。

 だがこのまま5分間放置して置いて熱が保てる訳も無い。今から繰り越しで敵艦隊を動かすか?

 いや、決まり切った動きしかしないAIじゃアリスに良いように落とされるだけで、緊迫感の少ない一方的な蹂躙になる。

 かといってここでデモプレイを終了って訳にもいかない。不具合があって一時中断ってのも-印象が強くなる。

 この先のことを考えるなら、何とか戦闘を盛り上げて進めたいんだが……あの野郎。面倒な状況にしやがって!


『だぁっ! どぉすんだよ! この阿保! ゲーム馬鹿は! お前は本気でゲームに脳を犯されんな! 筋書き滅茶苦茶にしやがってなに考えてんだよ!』


 完全ロープレモードに入った以上アリスの奴が、ゲームマスターとしてい裏方に回っている俺の存在を忘れている可能性もある。

 どうする? どうすればあの文字通り宇宙一のゲーム馬鹿を正気に戻せる?

 考える。考えるが、罵りくらいであのゲーム馬鹿が正気に戻るわけも無い。

 真横にいるなら頭の一発でもぶん殴ってやろうってもんだが、俺のいる場所とアリスのいる場所は少し離れている。

 内部映像は差し替えてごまかすなりしても、筐体をひらいたり、さらには叩いたりしたんじゃ、周囲のお客様に目立つし丸見えにな…………っ! じゃねぇ。

 ふと気づく。一番肝心なそして基本的な事に。

 今はデモプレイを行っているここはすでにVR空間内だということに。

 別に歩いて筐体に近づいて蓋を開く必要なんぞ無い。

 GMコード。映像差し替え。ゴースト発生。内部領域拡大。座標指定。転送準備。

 コンソールへとコードを打ち込み、俺の映像を影としてこの場にとどませながら、アリスのいる筐体内部の映像を先ほどまでの映像でループ再生。

 そのついでにテレポート準備。座標はアリスの腰掛けているシートの後ろ側。

 本来は人一人が精一杯の狭い筐体内だが、ここはVR。内部の広さなんぞ数値を打ち替えればすぐに出来る。

 アリスを正気に戻しに一発殴りにいくという、何とも情けない理由と対する苛立ちと、場合によっちゃ二発くらいこづいてやろうかという腹立たしさを込めながら、些か乱暴にコードを打った俺は、完成後即座に実行を開始する。

 周囲を取り巻くお客様や、無言で空を見据えるクロガネ様。そして目的位置である筐体が二重にぶれて見え、思わず目をつむる。

 次いで足元が消失したような心許ない浮遊感を一瞬感じるが、すぐに少し柔らかい内部クッションの感触が足元から伝わってきた。

 目を開くとソファーのような形状の筐体内シートが目の前にあった。

 よし転送成功。


「アリス! この大一番に……」


 怒鳴りながら背後側からアイスの頭辺りへ手を振り下ろしたが、俺の手は空しく宙を切った。

 手応えの無さに前のシートをのぞき込んでみると座っているはずのアリスがそこにはいない。

「はっ!? なんでだよ?」


 影も形も無いアリスに思わず俺は呆けた声を上げ、何かミスったかと疑い、即座に座標を確認するが、俺の出現位置は間違いなくアリスがいるはずの筐体内だった。


『誰が馬鹿よ。しかもあたしのハイスコア消そうなんて、酷すぎないシンタ』


 予想外の事態が続き狼狽する俺に、先ほどとはうって変わってやたらと機嫌の悪いアリスの声が筐体内に響いた。

 前を見てみるとメインディスプレイにピクピクとウサ髪を揺らして怒りを堪えているアリスが映っていた。

 どうやら相当お怒りのご様子だ。


「……アリス。お前正気なのか?」


『あったり前でしょ! こんな重大なときに、いくらあたしでも我を忘れないもん! もっとあたしを信じなさいよ!』


 何とも凶暴な声でアリスがうーッと唸る。どうやら正気というのは間違いないようだが、一体何が起きているのかさっぱり見当が付かない。


『せっかくお礼も込めてシンタを驚かそうと思ったのに、本気でお礼参りしたくなってきたじゃない……というわけでシンタ本気で潰すから本気できてね♪』


 目が笑ってない何とも冷酷な笑みをアリスが浮かべて一方的に通信を切ってしまう。
  
 
「はっ!? ちょっとまてアリス! 一体」


 一向に状況がつかめない状態に狼狽していると、また新しくディスプレイが展開される。


『ははっ! あんたにしちゃ珍しく慌ててるじゃないか三崎。いくら腹黒いあんたでもさすがにアリスとあたしらの動きは読めてなかったようだね』


ディスプレイに映ったのは我が社の女傑開発部の女ボス佐伯さん。

 佐伯さんは何とも嫌みったらしいにやにやとした笑いを浮かべている。予想外すぎる人物の登場に俺は呆気にとられ、そして逆に冷静になる。

 数日前に、急ぎの仕事が入ってきて佐伯さんのテンションが高かったこと。

 すでに社長達が俺の動きを知っていたこと。

 アリスフリークな佐伯さんがアリスを紹介しろと俺の所に言ってこなかったこと。

 さらにはこのような状況を面白がるはずの佐伯さんからは、始まってから一言も無かったこと。


「佐伯さん……まさかと思いますけどアリスと組んでます? っていうか俺の動き知ってましたね。社長に伝えてたってのも佐伯さんですか」


 いくつかの不審点が一気に繋がっていく。いつの間にかは知らないがどうやらアリスと佐伯さんの間に接点があったようだ。


『なんだいつまらない。もう少し慌てふためきな。可愛げない奴だね』


 俺の様子に佐伯さんはからかい足りないのか不満げだ。可愛げってもうそんな年じゃありませんっての。


「んで、どういうシナリオですか。この先。正直時間ありませんよ」


 アリスの発言から何となく展開は察しているが、一応確認のために聞くが、佐伯さんは答える気が無いのか口元でにやりと笑う。

 その笑みはあんたなら判っただろと、言いたげだ。


『まったく簡易AI使って盛り上がった戦闘を演出なんぞで、お茶を濁そうなんて、うちの会社の名折れだよ』


「そうは言いますがこっちも必死にやってたんですけどね。会社の方も忙しかったでしょうが。親父さんやら佐伯さんの仕事スピードと一緒にしないでください」


 情けないとため息を吐く佐伯さんに俺は憮然と返しながら、シートの横をすり抜け前へと回り、仮想コンソールを呼び出して筐体内部の室温やシート角度を自分用のデータへと変更する。


『まぁその点は及第点さね。なにせこんな面白そうな企画を用意していたんだからね。ただし一番重要な部分をごまかす辺り落第。減俸かボーナス査定0ってところかね』


「給料はともかくボーナスがあるのか疑わしいんですけど今の現状だと。先行き不透明すぎるでしょ。それに落第って言うなら、追試の一つもくださいよ」


 コンソール群を準備。アリスのような凝った物じゃ無く、使いやすさ重視の使い慣れた配置だ。

 作った側とはいえほとんどテストプレイもしていない状況。さてどこまでやれるのやら。何せ相手が相手だ。


『じゃあ追試といこうか……三崎。業務命令だ。アリスと対戦して、デモプレイを大いに盛り上げてみな。こっちの進行はあたしらで引き受けるさ』


 予想通り。対人AIが完成していない時の対策にアリスが提案していたプランがある。

 それは俺とアリスによる対戦形式。

 アリスの方はやたらと乗り気だったんだが、しかしこちらは司会進行やらで人手が必要だからと俺がすぐに却下、筋書きを作った演劇方式を採用していた……んだが、どうやら相棒の方は諦めていなかったようだ。

 ったく、あの野郎は。それならそうと一言、言っとけ。薄情者め。


「了解しました……コンソール群全展開。GMミサキシンタ出撃します!」


 コンソールを開いた瞬間と俺の周囲は、先遣隊を手ひどくやられた侵略艦隊のパラメータや映像が映ったディスプレイで埋め尽くされていた。

 先制攻撃失敗からか……面白くなってきやがった。   



[31751] とりあえず殴れ。そうすれば相手の力が判る。これが威力偵察
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/04/21 21:49
『仮想体構築終了。指定座標へと到着いたしました。利用時間のカウントを2時間より開始します』 


 脳裏に直接響くガイダンス音声がフルダイブ完了と同時に制限時間への向けてカウント開始を告げたのに合わせて宮野美貴は、仮初めの身体の瞼をゆっくりと開く。

 美貴が降り立ったのはどこかの高級ホテルの宴会場のように広々としたホールの片隅だ。

 ホールの中央には巨大な噴水が水を噴き上げ、その周囲には真白いクロスの掛かった円卓が無数に並ぶ。向こう側が霞むほどで数千、いや数万人は収容できるくらいに広いだろうか。

 しかしホールの広さに対して人影はまばらで、閑散としている様はどこか物寂しげな印象を受ける。

 周囲を見れば仮想体生成リングが高速回転しながら、他のサークルメンバー達の仮想体を忙しく構成していた。

 この会場の広さもそうだが、サークルメンバー20数名分が一斉にフルダイブしてきても、余裕で構成できる辺り、そこらの安いが容量の少ないレンタルVR空間ではない。

 この大きさと速さからして、数ヶ月分のバイトを代全部つぎ込んでも到底足りないような企業やイベント向けの大容量レンタル空間のようだが、後で高額料金を請求される後払いタイプじゃないだろうかと、つい一抹の不安を覚える。

 呼び出したのが信頼の寄せる副マスユッコでなければ即時撤退を考えるほどだ。

 美貴がそんな心配をしている間にも、次々にメンバー達の仮想体は構成を終えて、美貴との間に自動リンクが繋がれていく。

 外見データをいじくれば見かけなど自由自在に出来るVRにおいて、他者のなりすましを防ぐために、情報リンクをし本人証明を伝達するのは常識であり、美貴は何かと一緒に潜ることの多いサークルメンバーとは、同一空間内ではリンクを自動設定にしてある。

 見た目通り処理能力が高いのか、すぐに全員分の仮想体が構築され全てのリンクが繋がる。
 
 全員のフルダイブを確認して、とりあえず連絡をよこしたユッコとコンタクトをとろうと、仮想ウィンドウを立ち上げるとwisを送ろうとしたが、


「ようやく来たか美貴に後輩共。遅いぞお前ら。祭りが始まっちまうぞ」

 
 聞き慣れた声が右側から響き手を止めると、微妙に嫌な顔を浮かべてそちらへと振り返る。

 長身でがっしりとした筋肉太りした身体を窮屈そうにヨロヨロの白衣に納めた短髪の男がすぐ側の壁により掛かっていた。

 その横には年配の女性が一人。品のある微笑をうかべ、落ち着いた色合いの青を基調とした仕立ての良い服を身につけている。

 女性の方はどこかで見たような覚えもあるが、いまいち思い出せない。

 だが男の方は別。

 今朝も顔を合わせたばかりの実兄宮野忠之は、何が楽しいのか知らないがにやにやと笑いを浮かべていた。

 いろいろと悪名高い先輩の登場に、後輩達の幾人かは引き気味に後ずさっているほどだ。


「兄貴……せめてVR内じゃもっと小綺麗な恰好をしてよ」


 その笑顔に微妙に嫌な予感を覚えつつ、横の老婦人と見比べてあまりにみすぼらしい兄に向かってため息をこぼす。

 VR空間まで着古した服飾データを使っている変わり者の兄に言うだけ無駄だと判っているのだが、つい言わずにはいられなかった。


「こっちの方が仕事しているって気分が出るからな。あっちなら綺麗どころも揃ってるが嫌がるだろお前。ほれリンクな」


「はいはい。そっちで良いわよ。リンク返しね。で、どういう状況よ。ユッコさんからのメールだったけど兄貴の仕業なの?」 


 下手に五月蠅く言って、兄のもう一つの仮想体群を持ってこられる方が、妹としてはたまったもんじゃない。

 兄からのリンク要請におざなりに返して、今回のフルダイブの要因となったSAサインやユッコとの関連性を尋ねつつ、横の老婦人へとちらりと目をやり会釈をする。

 やはりどこかで見たことがある顔だ。直接顔を合わせたとかじゃなく雑誌やVR媒体の記事とかで見たような気がする。


「あ、あの三島先生ですよね? リーディアンのウェディングドレスとか立会人の服をデザインされた」


 どこで見た顔だろうと考えあぐねていると、横からちょこんと顔を出した千沙登がおずおずと老婦人に話しかけていた。

 人見知りなようで結構大胆な行動をとることのある後輩の台詞に、美貴も目の前の老婦人が世界的に有名な服飾デザイナー三島由希子だと、はたと思い出し、そりゃ見たことがあるはずだと、己の鈍さに呆れる。

 何せリーディアンの紹介VR映像の中で華やか結婚式の模様を紹介すると共に、ご本人によるモチーフ説明まであるほどで、ウェディングドレスは女性プレイヤーにはあこがれの衣装であり、リアルにおいてもユキコブランドと言えば是非とも欲しいブランドとして常にランクインする人気デザイナーだ。

 女としてどうよと思いつつ、やはりそこは悲しい独り身と、バカップル全開中な勝ち組の差だろうかと悲しくなる。


「えぇそうですよ。チーちゃん。皆さん初めましてかしら? 三島由希子です」


 老婦人三島由希子はにこりと優しげな微笑を浮かべると、疑問符を交えた悪戯めいた茶目っ気のある笑顔を浮かべながら会釈をした。

 今の発言にサークルメンバー達の幾人かはひょっとしてと予感が胸をよぎったのか顔色を変えるが、


「やっぱり! 私リーディアンでウェディングドレスを着させていただいたんです! すごい綺麗で、もう本当に感動して、リアルで結婚式するときにも、タイちゃんとまた着たいねって話してたんです!」


「おし。太一確保。中央の噴水な」


「ちょっ! 先輩! 今そんな事としてる場合じゃ! チサも! 気づけよその人ぉぉぉぉっ!」


 尻尾があれば振りそうなくらいに笑顔を浮かべた千沙登がバカップル全開な発言を無邪気にこぼす背後では、その相方である芝崎太一を金山以下独身貴族組が捕獲、投入場所の搬送へと走り去っていった。


「ふふ、ありがとうございます。可愛らしいチーちゃんによく似合ってましたから、こちらもデザイナーとして嬉しい限りですよ」


 KUGCのこの状況に動じない辺りや、千沙登の呼び方。さらには今の台詞でほぼ全てのメンバーは三島由希子の正体に気づいたのだが、


「見てくださったんですか!? あたし達の結婚式!? うゎ! どうしよう!? ちゃんと着れてまし、わぷ」


三島由希子が自分のウェディングドレス姿を見てくれたと素直に喜ぶハイテンション天然娘は別だった。

 このままでは話が進まないと、千沙登の頭を目覚まし時計を止めるように美貴は手で押し下げる会話を打ち切ると、


「千沙登。いい加減気づきなさい。そりゃ見てるでしょ。特等席で……ね、ユッコさん?」

 
 兄のにやにや笑いの意味に気づいた美貴が確信を込めて呼びかけると、


「えぇ。では改めまして。皆さん。招待に応じていただきありがとうございます。KUGC副マスユッコです」


 それはそれは楽しそうな笑顔でゆっくりとお辞儀をするユッコを見て、千沙登が目を丸くしている。

やはりこのギルドの初期メンバーは誰一人とっても一癖も二癖もある連中ばかりだと、皆が改めて認識している中、美貴は一人別のことを考える。

 なんて人をナンパしてるんだあの先輩は。

 兄とは別の意味で、とんでもない事をやらかす初代ギルマスを軽く恨んでいた。





 









 とりあえず戦力を再確認しながら、お客様にも見えるように勝敗条件をチェック。

 勝利条件:敵勢力圏惑星への降下後拠点都市制圧
      敵小衛星帯基地の破壊or占拠後の一定時間保持
      もしくは占拠後の敵フルダイブプレイヤー撃破

 敗北条件:旗艦撃沈
     フルダイブプレイヤーの敗退
      戦闘開始後一定時間の経過(今回の場合はリアルタイム60分)
      戦力値30%以下


 勝利条件のうち最初の一つはまず却下。

 惑星全体が強固なバリアに覆われた状態では、手持ちの火力じゃ惑星降下前に時間切れとなるうえ、背後をバーサーカー兎相手に見せるなんぞ自殺行為も甚だしい。

 HP、耐久値の高い小衛星帯基地の破壊も、アリス相手にしながらじゃ、時間的にはちときついか?

 なんせ元々こっちの手持ち艦隊は奇襲前提の構成で、鈍足の補給艦などは最低限度で、恒常的な補給施設建設能力なんぞ持たない短期決戦仕様。

 とっとと敵基地を落とせなければ、戦闘どころか通常航行すら危うい燃料量まで割れ込むレベルのため、敗北条件にも無条件撤退のリミットである時間指定がついていたりする。

 補給施設を持つ守り手側より、攻め手側が敗北条件で不利になるのは仕方ないだろう。

 艦隊旗艦の撃沈が敗北条件に入っているのも、艦隊指揮を行うだけの通信能力やら戦闘分析能力を持つ大型艦が、艦隊内で旗艦一隻だけだから。

 元々プレゼン用デモプレイなんで長丁場にする気は無かった構成なんだから致し方ないとはいえ、俺の好む戦法じゃない。

 自軍が有利になるか、最悪でも五分五分の条件になるまで状況を整えてからってのが、戦略ゲーでの俺の基本方針。
 
 恒常施設を持つ相手への惑星攻略となるなら、簡易補給できる施設の建設やら、指揮能力も、サブとその予備の三系統は用意が最低条件だろうか。

 まぁ無い物ねだりをしてもしかたない。

 手持ち戦力であの廃神兎を攻略するってのが面白くないわけも無し。やってやろうじゃねぇか。


「戦闘分析開始。小衛星帯から行われた攻撃から、敵前衛戦力の概算予測」

 
 まずは情報収集。情報量でステータスに増減を受けるPCOにおいては必須行動だ。

 諜報能力が激減した手持ち部隊を再編成するためにコンソールを叩きながら、俺は音声入力でサポートAIへと欲しい情報を伝える。

 最初の手ひどい一撃を加えてきた小衛星帯に潜むアリスの牙をさらけ出してやるか。

 凝り性かつ徹底的にやるアリスの事だ。

 ゲームが破綻しない程度のレベルで、事前打ち合わせで俺が把握していた戦力配置からいろいろと変更した上に、俺が把握していない隠し球の一つや二つを用意しているはずだ。


『戦闘分析終了。攻撃速度、連射能力、弾種の使い分けから、小型攻撃巡洋艦30隻より45隻分の火力と予測。しかしながら熱源探知や動態反応確認が皆無。電子妨害状況下においても不自然と判断されるため情報情報精度は22%となります。目視確認出来た艦は高速型打撃戦艦近接戦闘カスタム仕様1隻のみ。こちらの情報精度は85%』


 戦闘分析AIが、先遣部隊に打ち込まれたレーザー砲の威力と位置関係から、敵勢力予想をするが、その情報精度は2割ちょっととかなり疑わしいレベルだ。

 目視できたアリスの艦はともかくとして、小衛星帯に関しては敵艦が潜んでいる割には、対象域が静かすぎて、別戦力が隠れている可能性が高いとAIは判断したようだ。

 PCOにおいて、自艦以外の戦闘は基本AI任せになる。

 有り体に言ってしまえば、場所を指定してここに突っ込んで敵対戦力を倒せや、敵勢力を探ってこいという形だ。

 おおざっぱな命令はもちろん、プレイヤーの嗜好に合わせてもっと細々とした条件を指定が出来るように作り込むつもりだがここらもまだまだ未完成ゾーンだったりする。

  
「現情報量と敵勢力圏下での戦闘能力低下値を表示してくれ」


『艦隊全体での平均値は索敵能力-45%。砲撃能力-33%。即時対応力-27%。現状での直接戦闘はお勧めいたしません。索敵部隊による威力偵察、もしくはステルス艦載機による偵察において確定情報収集。もしくは新たな予測情報を入力を進言します』


 艦それぞれの細々としたデータがサブウィンドウで表示されると一緒に、艦隊全体での影響値の平均をAIが音声で答える。

 予想はしていたが、おおざっぱに見ても戦力は、現情報量では基本値より3~5割ダウンと、こりゃこのままじゃまともに戦闘は出来ないな。

 まずはこの-数値を少しでも、減らしていくしか無い。

 小衛星帯内と敵戦力の情報が必要だとAIがアドバイスをし、その為の手順をサブウィンドウに表示していく。

 手持ちの戦力の中で、索敵能力に長けて索敵能力値-影響減少スキルを持った艦を敵対勢力圏へと侵攻させて、内部情報やら、敵戦力の情報収集を念頭に置いた戦闘を意図的に行う威力偵察。

 または情報収集用の電子艦載機による隠密偵察といったオーソドックスな手段。

 こちらの二つは入手できる情報量の大小はあれど、手持ち戦力の被害は多少は出るが確実な情報は手に入る。

 そうすることで影響を受けていた戦闘能力を+方面へと針を動かすことが出来る。

 もう一つはプレイヤーによる予測と、それに合わせた数値変動を狙う手。

 こちらは被害は出ないが、もしプレイヤーによる予測が実際の状況と全く違っていた場合は-要素がさらに強くなるギャンブル要素を併せ持つ。

 
「威力偵察ね。最初の艦が残ってりゃそうするが、そうもいかねぇよな。アリスの奴。狙ってやがるか」


 初っぱなに撃沈された偵察母艦や護衛防御艦がその威力偵察を行うための部隊だったんだが、それが壊滅している状況。

 残っている艦から威力偵察分艦隊を抽出も出来るが、最初の艦隊よりは些か数値が落ちるので、情報と引き替えにこちらも全滅しかねない。

 そうすると、まだまだ余裕があるとはいえ、敗北条件の一つ艦隊戦力値の低下に後々影響しかねない。

 かといって艦載機のみで行うステルス偵察で得られる情報量では些か少なく心許ない。

 となるとだ、状況予測後の威力偵察+偵察コンボが一番か。

 っていうか、こりゃアリスからの挑戦状だという予感がひしひしと伝わってくる。

 そしてその為の手も俺の手持ちにはあるはずだ。

 対戦相手であるアリスの意図を読んだ俺は、コンソールを打ってシステムコマンドを漁ってみる。

 アリスの性格なら……ふむ。別プレイヤーよりプレゼントボックスに入力を受信しましたとメッセージを発見。

 そのプレゼントボックスを開いてみると『妖精詰め合わせ4種』の表示と、


『チート満載のGM家業で腕が錆びついていないか、試してあげる』


 と、メッセージが添え付けてありやがった。 
 
あの野郎。これ見よがしに先遣隊を潰したのは、派手なオープニングって事もあったが俺を試す目的もあったか。

 この程度の逆境。予測で何とかして見ろってか。喧嘩を売ってくるとは上等だアリスの奴。

 全ての攻撃には意図や意味があるはず。

 一見無意味な行動や反射的な行動も、そのプレイヤーの癖や嗜好を見破るピースの一つ。まして勝手知ったるアリス。

 あいつが何を考えて、どう罠を張ったかなんぞ見抜いてやる。

 あっちだって俺がどう動くか、どう対処するかなんぞ織り込み済みのはず。裏の裏。もしくは裏の裏の裏と見せて表。

 反射勝負ならアリスに分があるが、読み合い差し合い勝負なら俺の方が得意だって事を思い出させてやる。

アリスの攻撃を思い返し戦闘データを画面に表示しつつ、映像を再生しヒントを探る。

 小衛星帯から放たれたレーザーはまずは集中攻撃で1隻ずつの撃破という形。

 射出場所は広い範囲に散らばっている。

 さらにその後は、拡散式で僅かながら射出されていた偵察艦載機クラスを壊滅。

 〆はアリス自ら飛び出してきての防衛艦のなで切り粉砕と。

火力の予想からAIは小型砲撃艦級と判断していたが、実際にそこに船があるとは思えないっていう反応の無さを気にしていた。

 電子妨害で索敵能力が下がっていても、さすがに艦船クラスのエネルギーや質量ならその片鱗くらいは拾えるはずってことか。

 なら砲撃のみに特化した自動防衛兵器でも外周部にばらまいていたか。

 これなら数さえばらまいていれば、最初の連続斉射と拡散をそれぞれ一発ずつ放つだけのエネルギーがあれば事足りるはずだ。

 思いついた予測をコンソールに打ち込みAIに判断させて、暫定ステータス値をあげていく。

 予想が当たっていれば暫定数値と同じ値での戦力を維持できるが、これが予想が大外れで艦隊でも隠れてた場合は、-値は最大の50%まで急上昇しかねない。

 しかも今の漠然とした予想では暫定値はさほどプラスには触れていない。

 何せアリスは広大な宇宙を住処とする異星人。そして参照にしたのは創天の持つ数百万年単位の記録の極々一部とはいえ、その機械群は自動砲台一つとっても数百種類に及んだりする。

 それこそ大は惑星破壊級の巨大衛星兵器やら、小は船の周りを飛ぶ防衛用小型レーザービットと千差万別。

 予測するのは自動防衛兵器としても、もう少し絞り込んで推測できればカタログスペックを入力して大きくプラスに持っていくことが出来る……か?となるとだ。

 コンソールを叩いた俺は仇敵よりのプレゼントボックスを開いて、一匹目を呼び出す。


「まずはお前からな。白妖精起動」


 エンターキーを叩いてAI起動を押した瞬間、目の前でぽんと煙が上がり、


『白妖精です。交渉毎なら我が輩に。星間物資からミサイルまで、何でもそろえてみせましょう』


 モノクルを付けた白髪頭の老執事AIが丁寧にお辞儀をしながら出現した。

 ……おい。まさかと思うが毎回こいつら名乗りを上げながら登場するのか。

 何ともアリスの奴らしい徹底した趣味に呆れ半分、感心半分。そして引き返せないレベルまで落ちたなと同情気味に思いながら、特化AI、さらに通常の戦闘AIへと同様の指示を下す。


「銀河市場から砲台型衛星兵器を検索。条件はこちらの索敵能力では、ジャミング有りで目の前の衛星帯に潜んでいた場合、発見、探知できないタイプのエネルギー量と大きさ。おそらく衛星殻を被ってるはずだから、それほど大きくはないだろうな。レーザー砲種は精密射撃と拡散の打ち分け可能なタイプ。エネルギー補給は外部接続でも内蔵式でもどちらでも可………」


 とりあえず思いついた順で条件を挙げていくと、通常AIの方は細かい条件に対応が出来ずにちょっとずつ削っていくが、交渉や仕入れに長けた白妖精の爺さまの方はどんどんリストを削っていき、表示された砲台を減らして絞り込んでいく。

 物品調達のプロフェッショナルって事は、商品情報に詳しいと思った俺の予測は当たっていたようだ。

 俺が条件を言い終わるとほぼ同時に、爺さまの方のリストは残り4種にまで絞り込まれていた。通常AIの方はまだまだたっぷりと残っていた。

隠しパラメーターやら特定条件下でのスペックなどを考慮して処理できる特化型AIの特徴を、アリスの説明だけじゃ無く実例+応用としてお客様に披露するという目論見は達成と。


「よし爺さま。オッケーだ良い仕事してくれたな」


『お褒めにあずかり恐悦至極でございます。では我が輩はこれにて失礼いたします。ではまたご用がございましたら、ベルをならしお呼びください。別室で控えておりますので』


 何とも時代がかった口調で頭を下げた白妖精はその懐から小さな呼び鈴を取り出すと、その場から煙のように消え去った。

 米粒サイズの呼び鈴をどうやって押せというのだ。あの兎娘は。変な所にこだわりやがって。 

 
「……爺さまのリストを参照。敵前衛戦力はこれらと仮定して影響ステータスを表示」


 毒気を抜かれそうになりながら、気を取り直して俺はプレイを再開する。


『暫定値での表示となります。索敵能力-10%。砲撃能力-8% 即時対応能力-11%。予想が大きく外れた場合は、一定時間、もしくは適正情報を収集するまで全ての数値が-リミットまで増大いたしますがよろしいでしょうか?』


 表示された数値はそこそこ。しかしこいつは暫定。

 俺の予想が大きく外れてたらしばらくはペナルティが課せられる仕様だ。

 だが俺の勘はおそらくこれが正解だろうと告げている。

 そしてアリスの奴が俺の読みを読んで、さらにもう一つ凶悪な罠を仕掛けているだろうとも。


「全承認と……まずは偵察機を一機のみ派遣。偽装した自動砲台を感知したら対艦ミサイルを撃ち込んでくれ。たぶんそこにも罠が仕掛けてあるはずだ」

  
 とりあえずは様子見とばかりに偵察機の発進指令を出して宙域を指定。目指すのは最初の砲撃があった地点だ。

 カタログスペック通りなら、あそこから攻撃してきた移動砲台のエネルギー再充填はまだ掛かるはず。

 数台は残しているかもしれないが、数はそう無いはず。今のうちならば一気に接近出来るはずだ。


『了解いたしました。ステルス偵察機へと対艦ミサイルを搭載完了。適正使用を外れた為スペックダウンを起こしますがよろしいですか?』


 本来軽量身軽が売りな偵察機に、搭載可能とはいえ大型対艦ミサイルを積んでいるんだからスペック低下も致し方ない。

 しかし、まぁAI操作じゃちと不安でも、プレイヤー操作なら何とかいけるか。

 AIからの再確認を承認して、すぐに旗艦空母から艦載機が発進。

 自動操縦化されたステルス艦載機は自らの色を、暗闇の宇宙空間へと溶け込ませながら電子迷彩を開始しすぐにこちらのレーダーからも反応が消えうせていった。


『ステルス機能発動。表示、通信を千里眼モードへと切り替え。現在位置と情報の転送を開始いたします』


 目視、電子的にも消え失せたステルス機を追尾するために、旗艦AIは”特殊”なパワーを使った機具へと切り替える。


「よしついでにこっちもモードチェンジ。司令モードから戦闘チームへと切り替え。ステルス戦闘機を貰うぞ。こっちの再編成を引き続き任せた」


『はい。思考変換機展開いたします』


 俺の横に浮かんでいたサブウィンドウの一つが今までの機械式の表示を描いていた物から、丸い水晶玉型のスクリーンへと切り替わる。

 その中央には三角形図形を重ねた所謂六芒星が廻っていた。


「モードチェンジ」


 空いていた左手をその水晶玉の上にのせ、なんのひねりもないキーワードをつぶやくとと、視界がぶれるように一瞬歪み、つい今し方まで俺の目の前に展開されていた艦隊司令モードの画面群とコンソールが消えていく。

 
『表示を開始。ステルス巡航速度を維持しています。5秒後に操縦をマニュアルへと移行します』
  

 アナウンスと共に前方に広がる巨大な岩の塊で出来た小衛星帯を映した新たな仮想ウィンドウと、足元から伸びる一本のスロットルレバー。さらには両脇にコンパクトに纏められたコントロールパネルが出現する。

  
 目の前の仮想スロットルレバーを掴むと、脳内ナノシステムが金属の冷たい感触や堅い抵抗を擬似的に再現していた。

 周囲のパネルや映像も確認。

 視覚、触覚共に問題無しと。

 欲を言えば加重とかも感じられるようにしたい所だが、それらはまだまだ未完成なプログラム。

 とりあえずは宇宙を駆け回る戦闘機の臨場感で楽しんで貰いましょう。


「さて……んじゃ一発かませて貰うぞアリス」


 戦闘チームモードの一つ。

 戦闘機操縦シフトへと無事切り替わったのを確認した俺は、これから飛び込む敵地を睨みながら、その闇の中に隠れているアリスへと自分なりの宣戦布告を告げスロットルを最大まで押し倒した。



[31751] 神々の戦い(廃レベル)
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/05/15 05:40
 彼女の役目は、如何に敵に気づかれず情報収集を続けるかに特化されている。

 恒星より僅かに届く太陽光のみをエネルギーとし、防御装甲も持たない身でただ寡黙に周囲に浮かぶ小衛星に紛れ込む偽装を纏った彼女は、敵旗艦から離れた小さな船をその電子の眼で捕らえると、主機稼働率を上げてその機体を探査し始めた。








「高性能ステルス偵察機が一機離艦……大型対艦ミサイル装備と予測ね」


 送られてきたのは一瞬だけ姿を見せた後方に8つの足を持つ細身なステルス機の映像。

 細身の機体を確認した瞬間、偵察衛星は機体が所有するエネルギー量を計測し、それがカタログスペックを大幅に上回る事を確認している。

 反物質測定値も一瞬だけだが反応しているのでフェイクでは無く、反物質フル充填済みの大型対艦ミサイルを積んでいると見て間違いないだろう。

 偵察機は母艦を発艦後すぐに迷彩機能を発揮して光学、電子両面で姿を消し、こちら側の簡易偵察衛星からは探知不能となっている。

 しかし隠密調査を主とするステルス機に不釣り合いな、大型対艦ミサイルを搭載している以上、その高性能ステルス機能を完全に発揮することは出来無いはず。

 小衛星帯外周部にちりばめた簡易探査衛星がアクティブ状態なら、遠距離は無理でも、中距離ではある程度の確率、近距離なら確実に発見、さらには撃沈もできるだろう。

 アリシティア・ディケライアはその意味を考える。

 発見されないことを至上命題とする偵察機に、なぜ発見されやすい大型ミサイルなどを搭載したか。

 それ以前に、なぜこれ見よがしに発艦後にステルス機能を稼働させたか。

 あれではこちらの姿を見てくれ、発見してくれと言わんばかりだ。

 パートナーである三崎伸太のことはよく判る。

 アリシティアに発見させる事が、三崎の作戦の一つだと確信する。

あの性格の曲がった意地の悪い男が、こんな所で設定や操作をミスるわけもない。

 昔からそうだが、三崎伸太という人間は、相手の思考を考慮し作戦を立て、さらにそれを逆手にとって嵌めることを好む。

 対人戦はもちろんとして、MOBモンスターキャラ相手の時も制作者のデザイン思考やその意図を想定して動くのだから呆れてしまう。

その三崎が手を見せたあれはメッセージであり、アリシティアにとらせたい、逆に言えばとらなければならない行動があるはず。


「……さすがシンタ。見抜いてきたか」


 VR筐体のブース内に所狭しと展開されたコンソールを縦横無尽に叩き続けながら、思考を終えたアリシティアは三崎の意図に気づき不満げな顔でむっと唸る。

 相変わらず性格が悪い。アリシティアの投げたボールをすぐさま投げ返してきたはいいが、非情に受け取りずらいギリギリの位置へと剛速球を投げ返すような物だ。

 アリシティアの浮かべた表情や声は不機嫌そのものだが、彼女をよく知る者。

 それこそパートナーである三崎伸太であれば、アリシティアが言葉の割には上機嫌であることを一目で見抜くだろう。


 その頭上でリアルボディの感覚器官を模した垂れた兎の耳のような髪が楽しげに揺れているからだ。


『ったく。あの小僧は。相変わらず敵に回すとこしゃくな奴だね。こっちの罠を即時に見抜いてきやがる』


 一方ホワイトソフトウェア開発部主任佐伯は、体育会系女傑やら、社内ラスボスなどと影で呼ばれるだけあって、宿敵の復活に対して実に不敵な弾んだ声で感想を述べる。

 なんせ佐伯からすれば、プレイヤー時代の三崎伸太は、コンビを組んでいたアリシティアやギルドメンバー達を率いて、佐伯が苦心して生み出した新ボスやらMOBモンスターの癖やらスキルをいち早く見抜いて攻略してきたトッププレイヤーのお客様にして宿敵中の宿敵。

 先ほどは予想外の展開で虚を突くことは出来たが、すでに三崎は平常を取り戻してアリス側の仕掛けを見据えた行動に出ていると、佐伯も気づいたようだ。


「そりゃそうでしょサエさん。相手シンタだもん。でもそれはこっちも織り込み済み。今はともかく外周部で時間稼ぎ。本命は前線基地周辺での直接戦闘だよ。その為の秘密兵器設置は順調。順調と」


 基地周辺で切り札の設置作業をしていた作業艦への指示コンソールをオートへと切り替え。

 外周部の眠っていた探査衛星と対小型機防御衛星への命令チャンネルを呼び出し、発見即撃破命令へと変更しつつ、マニュアルへと切り替える準備を進める。

 あれは無人AI操作では無く、三崎自身がモードを切り替えて操っているはずだと勘がつげる。

 となれば未だ未完成な部分も多い稚拙な迎撃AIでは些か荷が重い。他の作業効率は落ちるがアリシティア自身がでるしかない。

 見つけられる物なら見つけて見ろ。

 落とせる物なら落として見ろ。

 出来なかったら防衛基地に特大プレゼントを届けると、にやりと笑う小憎らしい笑顔が、脳裏には浮かぶ。

 ステルス偵察機の本分である偵察と、破壊力のある反物質ミサイルを囮にアリシティア側の防衛網を刺激する威力偵察を同時に行う。

 たった一機の偵察機で、対艦隊用防衛網を引いた敵陣地をかき回すなど実にらしい。その無茶が三崎らしい。

 アリシティアの頭上でウサ髪が音をたてながら大きく動く。

   
「強行突破上等! 叩きつぶしてあげるわよ!」


 自分が喜ぶ、楽しむツボを心得、それを躊躇無く利用するパートナーが実に小憎らしい。

 アリシティアは好戦的な笑みを浮かべて、眠りについていた衛星群を起動させた。
















「右9時、12時の方向! 銃座複数確認! 後方より熱源探知ミサイル12! 周囲の対艦衛星エネルギー量増大! すぐさま撤退を勧告します!」


 情報ウィンドウは敵情報を更新するたびに点滅を繰り返し、耳障りなアラートを流し続ける警報音が周囲に迫る脅威を声高に叫び続ける。

 戦力比は1機の俺に対して、小型機用の防衛衛星だけでも40を越えている。それらがはき出した弾幕が、小衛星を掻き分け進む俺を打ち落とそうと周囲で暴虐な花を咲かす。

 さらには対艦用衛星も絶賛充電中。こいつらが動き始めたら、こっちが生き残れる目はさらに低くなる。

 すぐさま現宙域から待避しろと、搭載AIが数十回目の提案をするが、だがそんな物は無視無視。

 敵の数がこちらの40倍? 
 
 周囲一面弾幕の雨あられ? 

 もっと強力な後衛が控えている? 
 
 それがどうした。こちとら、つい半年前までは何千人ものお客様相手の極悪GM。

 この程度の数で臆すほど柔な根性はしてねぇよ。

 致命的な攻撃を避けつつ、なんとか中心部へと切り込むための道を模索し続ける。

 
「おっしゃ赤妖精! その隙間飛び込むぞ! 抜けた瞬間後方にレーザー機銃一単射。誘爆させろ! 爆発に紛れてステルス再開! チャフばらまいて2秒稼いで次行くぞ次!」 


 ディスプレイに目を走らせ航路を決めた俺は、危険度に応じて色分けされた戦場の中から比較的に赤みが薄い小衛星と小衛星の隙間を睨み付けながら、右手のスロットルを僅かに傾け、フェイントをいれながら目指す進路へと機首を徐々に合わせる。

 視線による行き先指定と、勘に任せたおおざっぱな操作だが、俺が狙った場所へと向けてAIが推力や推進方向のベクトルを調整し航路を自動で修正していく。

 あの狭い幅ならこの船の貧祖な回転型レーザー機銃でも、こちらのケツに噛みついてくるミサイルを狙えるはず。

 フルオートならばAIが航路を自動選択して飛び、自動で攻撃、迎撃も行うが、安全性優先の設定であまり無茶は出来ない。

 マニュアルならば、操縦桿レバーと出力調整を自分の意のままに操り、どのような場所でも自由自在に飛び回り、ドッグファイトができるが、操縦ミス、判断ミスであっという間に撃沈される。

 そして俺が今設定しているセミオートならば、航路を決定後はAIが補正していくが、ある程度の操縦性もある仕様だ。


「承知! 忍法微塵がくれ参ります!」


 目の前に浮かぶ赤色な忍者妖精が鋭く答え印を結ぶと、炎を纏った梵字が浮かび上がって妖精の周囲を覆っていく。

 俺の指示に赤妖精はステルススキルの発動準備に入ったようだが、SFな宇宙戦でなぜ和風チョイスやら、梵字でスキル発動の待ち時間を表す仕様が中二が過ぎるだろうと突っ込んだら負けだろうか。

 こりゃ間違いなくアリスの趣味だな。

 手遅れな相棒のこだわりに苦笑を浮かべつつ、梵字を確認。後3つ炎が点ってスキル発動。

 そのまま飛び込むとステルス発動のタイミングが、隙間を完全に抜けたくらいでちょっと遅い。

 効果を万全に発揮するなら隙間を抜けたと同時がベスト。

 空いている左手でコンソールを弾き、機体の後部についた8脚フレキシブルスラスターの噴射角度を変更、横滑りさせ進路をちょい大回りに変更。

 その間僅か一秒ちょっと。だが俺らゲーマーにすりゃその差が命取り。しかも相手はアリスだ。

 一瞬で策を練り反射神経に物を言わせこっちの首を狩る一手を打つ。

 そんな廃神様なアリスが俺の進路変更を見逃すはずも無い。

 対小型機用衛星の銃座が作り上げた無数の十字砲火が俺の行く手に即死回廊を作り出す。

 にゃろう。ちっとは手抜けよ。

 心中で悪態をつきつつも俺は変わらぬ相棒の苛烈な攻撃に笑いながら、右手をスロットル、左手をコンソールから離し両手を自由にする。


「フル加速! 進路そのまま! オプション防御兵装緊急展開! 全指同調開始!」

 
 口頭で指示を出しながら、空になった両手の十指と機体表面に貼り付けていた浮遊シールドビット群から10機を同調させる。   


「この程度の弾幕。現役時代にお前を護ってどれだけくぐり抜けたと思ってやがる。シールドバーサーカー甘く見んな!」  










 侵入機から離れた10機のシールドビットが縦横無尽に動き、弾幕で作られた回廊に一直線の道を瞬きほどの時間だけ作り上げる。

 2組4対の大出力スラスターの青炎を後方にたなびかせ、侵入機が最大加速でその道へと飛び込んだ。

 機体が通り過ぎた瞬間に、耐久値を失ったシールドビットは砕け散り無数の破片と化す。

 わずか10機のシールドビットのみで死地を躱してみせるその様は、鮮やかの一言しか無い。

 十字砲火回廊にあえて最高速度で突っ込む事でシールド消費を最小限にする。

 無謀なプレイを難なくこなして、小衛星と小衛星の隙間へと侵入者が潜り込む。

 その後を追尾していたミサイルが単射されたレーザー機銃によって爆発をおこす。

 先頭を走っていたミサイルの爆発に追従していた他のミサイルも誘爆を起こし、監視衛星から送られてきた映像がノイズ塗れになりゆがむ。

 通常以上に荒れた探知画像は爆発と同時に、スキルを発動させチャフをばらまいた証拠だ。

 妨害環境下では索敵値は下がるが、


「さすがシンタ。くぐり抜けるよね。でも甘い甘い! こっちは盾消費が狙いだよ! 即再索敵開始! 索敵スキル『ホークアイ』も発動!」


 爆発で敵機をロストしたとAIが報告を上げる前に、アリシティアは再索敵指示を放つ。

 準備を終えて待機状態だった索敵強化スキルが発動して、対チャフ処理を施された衛星群が一瞬だけ見失った侵入機を即座に再発見する。

 高速移動状態で操作の難しいシールド展開を失敗すれば、一瞬で機体が四散する死地でありながら、正確無比にシールドを操ってみせたパートナーに、アリシティアは驚く様子も見せず、次々に先読みして対応していく。

 敵に回ったミサキシンタはこの上なく厄介だが、アリシティアにとってはある意味やりやすい。

 ミサキシンタならどんなトラップでも越えてくる。

 ミサキシンタなら致命的な攻撃を躱し最小限のダメージでいなす。

 ミサキシンタならスキルを最大活用する隙を見逃さない。

 多分でも、はずでも無い。

 かつてあった世界で、共に戦い、背を任せたあの抜け目の無い廃神ならばこの程度の攻撃を物ともしない。   

 アリシティアが抱く絶対的な信頼が、三崎に対する油断や慢心を防ぎ、手を緩めることの無い追撃を繰り出す原動力となっている。

 未だ表面部で押しとどめているが、その周囲の防衛網は、元々積極的に隠す気は無いが三崎によって大部分が曝かれている。

 当面の目標である侵入機撃墜は未だ至っておらず、与えた機体ダメージはまだ2割程度。

 状況だけ見ればアリシティアが一方的に押されているように見えるかもしれないが、アリシティア的には五分五分と思っている。そしてそれは三崎もだと確信する。 

 あの機体が持つ高い攻撃力を持つ対艦反物質ミサイルは脅威だが、三崎の一番の武器ではない。三崎がもっとも得意とし、戦闘の要と頼るのは昔から盾。

 盾を上手く使うことで三崎はリーディアンではHPの数倍、場合によっては十倍以上の生存能力を発揮し、さらには防御職にあるまじき攻撃力まで発揮したシールドマスター。

 予想通りというか当然と言うべきか、あの機体もシールドビットをオプション装備していた。そのシールドビットはすでに半分以上を削っている。

 さらに三崎の目的は表面部の防衛網の調査だけでは無い。衛星帯に隠れた基地へと続く中心部への回廊を見つけるのが目標だと予測している。

 アリシティアが最初に高速戦艦で姿を見せたことで、あの規模の艦が基地から最短最高速で進める衛星群内回廊があるはずと見抜いている。

 その回廊は今は”存在しない”が”鍵”は存在する。

 まずはその地点と、そしてその回廊を開けるための鍵を押さえに来る。

 三崎が第一目標として狙っているのはそこらだろう。

 だからこそアリシティアは、表層部の防衛網を全て動員した苛烈な過大なまでの攻撃で、一機を落としに掛かっている。

 どこが重要防衛目標でただの防衛地点か判別が難しくなるほどの徹底的な攻撃こそが、アリシティアの狙いだ。 

 …………だがミサキシンタなら、これらも全てはねのけて、回廊と鍵を見つけ出す。

 それがアリシティアには判る。判ってしまう。だからこそ楽しい。

 あの三崎すら予想していない奥の手。

 最高のパートナーであり、最大のライバルであるミサキシンタとの雌雄を決するにふさわしい舞台が出来上がるまでの時間を、心を弾ませながら準備し続ける。
















『この程度の弾幕。現役時代にお前を護ってどれだけくぐり抜けたと思ってやがる。シールドバーサーカー甘く見んな!』

 
『さすがシンタ。くぐり抜けるよね。でも甘い甘い! こっちは盾消費が狙いだよ! 即再索敵開始! 索敵スキル『ホークアイ』も発動!』


 会場全体に広がったモニターで激しい戦闘を繰り広げる一機の宇宙船と、衛星殻を纏った防御兵器群をバックに、何とも楽しそうな男女の声が響き渡る。

 一見会話しているように聞こえるが、この場を仕切るユッコの説明では、お互いに相手の声は聞こえない状態との事。

 互いに言いたい事を言い合っているだけなのに、会話として成り立つ。

 あんたらどんだけ通じ合ってるんだいうのが、この戦闘をぽかんと見入る大半のKUGCの面々の心情だ。

 会社にも内緒でいつの間にやら大作ゲームを作り上げていたという初代マスターと、音信不通状態からVR開発会社社長との予想外の肩書きを引っさげ帰還した二代目マスターの戦い。

 彼らはゲームの概略やら設定を軽く聞いただけで、ゲームの難易度や、プレイスタイルなどまだまだ判らない状況だが、目の前で繰り広げられているのが、実にハイレベルなプレイの応酬だというのは誰もが感じていた。

 
「アリスさんとガチで張り合うのかよ。三崎先輩って」


 GMとしての三崎を知るが、プレイヤー時代、ひいては大学時代の三崎伸太を知らない一年が、シールドを自在に動かして致命的な攻撃を躱して駆け巡る三崎のプレイに呆然とした声を上げる。

 彼の呟きは当然と言えば当然だろう。

 アリシティア・ディケライアといえば、リーディアンでは他の追随を許さないほどの接続時間もさることながら、その化け物じみた反射神経でトップクラスのプレイヤーとして知られていた存在。

 1VS1でまともに打ち合えるプレイヤーなぞ数えるほどしかいないほどのアリシティアの攻撃を、三崎は僅かなダメージで躱し続けている。

 生身の戦いであるリーディアンと、この開発中のゲームの宇宙戦ではゲーム性や操作性は大きく違うが、それでもアリシティアとまともに張り合えるプレイヤーがいたことに驚いているようだ。


「まぁアリスに戦い方やらを教えたのシンタだからな。あいつに言わせるとアリスのやり方なら100%読めるから、あの反射速度でも何とかついてけるんだと惚気てやがったな」


 宮野忠之は後輩の独白ににやにやと笑いながら、目の前で繰り広げられる映像を右目で撮りつつ、展開した仮想コンソールを弾き次々に文章を作り上げていく。


「惚気って兄貴。それなんか違うでしょ……それより何やってるのよ?」


 あの二人に関しては、信頼関係がある意味行き着いてしまって男女間の色気やら艶色という物が皆無な事を知る宮野美貴は呆れつつ、手を動かす怪しげな兄の行動を問う。

 この兄が積極的に動くときは、大抵が碌な事が無いのを知る美貴は警戒心をあらわにするが、


「ほれこのままうちの身内だけじゃ会場が寂しいだろ。だからいくつかのVRMMO紹介サイトにプレイ動画と解説アップ中。アクセス上々だな……ついでに胴元として暗躍中。前哨戦の商品はここのパス」


 美貴の質問に忠之はいくつか仮想ウィンドウを展開してアップした動画を流しつつ、前哨戦の勝敗予想の投票ページを表示する。

 衛星群が偵察機を撃沈するか、それとも偵察機が無事に逃げおおせるか。

 勝者を予想した者にはこの会場への入場パスが発送されるとでかでかと書かれている。


「ちょっと兄貴! なんで勝手にそんなこ……ユッコさん。ひょっとして許可してます?」


 いきなり不特定多数に対してパスを発行しようとする忠之の行動を咎めようとした美貴だが、すぐ横のユッコがニコニコとしたままなのに気づき声を抑える。


「えぇ。マスターさんとアリスちゃんの目的が、なるべく”多く”の人を巻き込みたいとの事ですから。副マスターとして気を利かせました。あの二人の対戦と聞けば古いプレイヤーさんなら興味が惹かれますし、新しいプレイヤーさんでもほら今みたいについ見入るでしょ」


「げっ!? 三崎先輩あのタイミングで避けるの!」


「待って。アリスさん読んでる!? 周りこんでる! 上手い! 追い込んだ!」


「まだだ! 先輩は盾使いだぞ! ほら防いだ!」


 にこりと笑ったユッコは、最初の驚きから抜けて、徐々に感想を交えながら観戦に集中し始めたギルドの面々を指し示した。



[31751] ドライバーとゴマ (スキル使用について加筆修正いたしました)
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:963b6cf1
Date: 2013/06/18 09:26
 衛星帯を飛び回って手に入れた周辺情報を、右側のウィンドウに情報統合。その星図を元に麾下艦隊において、一番小回りが利く艦が、星系内速度で航行できる航路を表示。

 一つでも道があればと思っていたが、その期待すら空しく一瞬の間も置かず航行不能と無情な回答が算出される。 

 車が書庫入れするように超低速でゆっくりと進めば通れるだろうが、そんなのは良い的以外の何物でも無い。

 アリスが最初に旗艦で見せたような戦闘機動で飛べる道があるはずなんだが、 


「アリスの奴!どんないかさま使いやがった!」


 ちらりちらりと情報画面に目をやりつつ、嵐の最中のように荒れ狂う弾幕を躱し、吹き荒れる爆風を避けて、敵対者にして相棒たるアリスへと文句を漏らす。

 かつてあった月が砕けて出来た小衛星帯は、今は二重のリングとなり主星を廻っている。データ上では外部リングは厚さ40キロ、幅300キロの範囲に大小無数の小衛星で構成されている。

 太陽系の土星リングのように、膨大な年月を得て細く広大な範囲に薄く広がった輪とは異なり、最近に出来たリングは厚く狭いそして濃い。ピザとドーナッツのような形状の違いだってのが、アリスの言だ。

 こんな所を飛べるはずもないってのが地球人の意識なんだが、アリスからすりゃ道を作る手はいくらでも手はあるとの事。

 事前に興味本位でどうやってやるのか聞いたときは、『勝利の鍵はドライバー』だと理解不明な事を宣って笑ってはぐらかしやがった。

 思えばあの時から今の状況を想定して、情報を隠していやがったな。

 今時ドライバーでこじ開けれる錠前なんぞどんな安アパートでもないのに、宇宙、しかも衛星帯で道を作るのにドライバーって。

 あいつのヒントの訳のわからなさにうんざりして頭から追い払う。

 長い年月で衛星同士がぶつかり合い粒子単位まで粉砕されたリングとは異なり、今俺が飛んでいる衛星帯には、艦よりも巨大な岩やら氷の塊から、かつての戦闘で破壊されたのか、それとも衛星時代の由来なのかメートル単位の金属片が、無数に飛び廻る危険地帯。

 巨大な塊や破片は避けて、躱すまでも無い微細な欠片は、僅かながらのエネルギーを使うが偵察機の対物バリアで弾き飛ばして、そんな場所を出せる限りの速度で飛び回る。

 もっとも危険なのは、詳細な内部情報を持たない侵略者たる俺だけ。

 遙か先で防御幕に覆われた主星を住処とするアリス率いる守備隊からすれば自分たちの庭。

 衛星と衛星の僅かな隙間から襲い来る極細に絞られたビーム粒子やら、シールドビットでそれを弾いた所で一息つく間もなく、衛星の影から襲いかかってくるミサイル群と、その淀みない攻め手を見れば、周辺情報は万全で、それこそデブリサイズの破片すらも全て追尾済み。大きさによっては未来位置予測済みなのだろう。

 うむ。製品化の暁には諜報スキルやらで、事前情報取得を充実化させないとまずいな。場所によっては攻め手側に一方的に不利すぎる。

 諜報戦やら欺瞞情報戦をふやし


『対艦衛星エネルギー増大! 緊急回避を推奨します!』


「うぉ! 赤妖精照準攪乱! 砲撃位置ずらさせろ!」


 ついゲームとしての出来を気にして一瞬だけ集中が途切れた瞬間、警報音が鳴り響き俺は慌ててAIの指示する方向へと待避行動をとりつつ照準をごまかし、反射的にシールドビットを4つ機体上面へと集中展開させる。


「承知! 煙玉!」

  
『対艦ビーム照射。シールドビット消失を確認』


 赤妖精のスキルが発動し機体の位置情報を僅かにごまかし、さらにシールドビットが一瞬だけ耐えて稼いでくれた貴重な時間を使い、フレキシブルスラスターを最大噴射し真横にスライド。

 高温極濃プラズマ粒子が機体の側面を掠め、機体表面温度が一瞬でイエローゾーンへと到達しセンサー類の稼働率が低下するが、機体HPを一割弱削られただけでギリギリで何とか躱す。

 対艦用兵器を直撃で喰らえば、偵察機なんぞ一瞬で蒸発撃沈。運が良かったと胸をなで下ろしつつ、アリス相手に気を抜いた事を反省。

 極限までプレイのみに集中が出来なければアリスの向こうを張るなんぞ無理だ。

 しかし何時ものスーツ姿に使い慣れたリアルそのままの仮想体でのゲームプレイだとどうしても、ゲームプレイで無く、お客様の反応やら、ゲーム本体の出来の方に意識が向いてしまう。これも職業病か。

 こうなると判っていれば、多少は変化を付けた仮想体でも用意して意識を変える事も出来たかもしれないが、それも今更だ。

 しかしまずい。対艦衛星群まで再稼働を始めやがった。

 こうなる前に航路を調査し終えるか、対艦衛星を潰しておきたかったんだが、前者は未だ見つからず、後者はアリスの妨害が激しく未だなし得てない。

 こちらが腹に抱えた虎の子の反物質ミサイルを撃ち出そうとした瞬間、弾幕が一気に濃さを増し慌てて逃げ出す。先ほどからこの繰り返しだ。


『ミサイル感知。数12』


 しかも俺の勘は、あの対艦衛星にトラップが仕掛けられていると明確に告げている。
 
 再充填までに時間が掛かる対艦衛星兵器群を有効活用するため、数をばらまいているというのはまだ判るが、アリスの奴はあれで戦いの火ぶたを切って落としている。

 俺だったら無害な岩の皮を被って偽造した衛星兵器を有効活用するならば、ギリギリまで存在を隠して敵艦隊が小衛星帯内部に入り込んでから一斉に使う。

 伏兵として使うべき兵器をその正体をさらし使うってのは少しばかりおかしい。

 そうなると落とさせるのを前提として使っているってのが無難。

 だから罠かと思ったのだが、その罠の種類が推測できない。


『敵衛星砲台エネルギー増大! 緊急回避!』


 撃沈された瞬間周囲を巻き込んでの大爆発とかいうブービートラップの類いかとも考えたが、これだけ防御兵器が入り組んだ戦場で無差別破壊ってのも考えにくい。

 第一防衛網にぽっかり大穴が空けば、敵艦隊側には良い通路が出来るだけの話だ。…………まさかそれが正解か? 

 対艦衛星群を破壊して道を作れってのがアリスの意図か。

 無理矢理こじ開けろ。だからピッキングでドライバーって事か?

 弾幕を躱しつつ、次の対艦砲の攻撃を警戒し続けるなか焦れた頭が、その可能性に到達する。
 
 思いついた策を確認するために、これまでに判明した対艦衛星の位置を星図にクローズアップ。 

 青色で輝く点となった対艦衛星の位置をちらりと見ると、各々が隣接しているわけではないが、それほど離れているわけでも無い絶妙な位置に存在している。

 これらを破壊したときの航路を表示すると、奥まで繋がる通路がぽっかりと姿を現した。要所要所に要となる門を作ってある構造とでも言えば良いのだろうか。


『後方より小型ミサイル4機。その前方にて異常重力感知。重力バレルの展開と予想』


 偵察機単機じゃ今の状況では狙えないが、後方でほぼ再編成を終えた艦隊を進めさせれば僅かな被害で衛星帯内に道が作れるかもしれない……かもしれないが、これも罠だ。

 たどり着いた答えを僅かに考えて却下する。これではアリスが初っぱなに単騎駆けできた理由にはならない。

 第一これじゃ自分が通る道を作るのに一々、衛星を破壊して空間を作っているって事になる。非効率的にもほどがある。 

 策が無く焦れた相手に希望に見せかけた罠を張るなんて基礎中の基礎。

 んな稚拙な手に引っかかるかなんて思う物の、そう思わせて実は正解って裏をかく事もあり得るか。


『重力バレル内にてミサイル自沈! 無数の破片を拡散させましたが、重力バレル内部にて再発射加速開始! シールドエネルギー最大まで上昇開始』


「だっ! くそ! あんにゃろう! 性格が悪くなりやがって!」


 考えようとするたびに邪魔が入り思考に集中出来ない。

 絶妙なタイミングで邪魔をいれてくるアリスの術中に嵌まりつつあるのか、どうしても次の手が見いだせず活路を探し出す事に気が回り、操作が疎かになっているのか回避が遅く、読みを外し始めて、シールド消費やら時間ダメージ率が徐々に上がっていく。

 こうなりゃ開き直りだ。罠か正解か判らない以上、試すしかねぇ! 

 多少の損害は覚悟の上で対艦衛星を一つ落とす。

 まずは一つの目的にだけ意識を向ける。そうすりゃ余計な事を考えずに集中出来る。


「緊急反転! 対艦衛星Foxtrotを落とすぞ!」 


 ざっと星図を見た俺は罠を仕掛けるならどの衛星かを考えた上で、6番目に発見した衛星へと狙いを定める。

 対艦衛星は結構な数で分布しているので衛星を破壊して道を作ると仮定した場合、いくつものルートがあるが、6番目のFoxtrotは複数あるルートの交差点になっている。

 どうしても通る事になる重要地点。俺が罠を仕掛けるならここに仕掛ける。それがもっとも効果的だからだ。

 しかし俺が読んでくる事をアリスも見抜いているだろうし、あえてここに罠を仕掛けないって選択肢もあるだろう。どれが真実か判らない。

 だからここは勘に従う。一見正解に見えるルートこそが罠であると。そしてここに即死級の罠が仕掛けられていると。

 俺の指示に即座に8脚のフレキシブルスラスターが稼働を開始する。

 慣性制御機関がうなりを上げて勢いを殺しながら、急激な方向転換の衝動を無理矢理に消し去りつつ、制御AIが機体位置をクルリと最小半径で回転させる。

 振り返った目の前には先ほど爆散した金属の弾雨が広がっている。

 回避性能が高い小回りの利くこちらに対して、致命的とまで行かずとも確実にダメージを与えるために、爆散したミサイルの破片を、仮想展開した重力バレルで加速化。高速度散弾でこっちの回避範囲をカバーするつもりのようだ。


『現出力では安全圏への待避は間に合いません。リミッター解除、緊急加速を推奨します』


 スキル『オーバーリミット』を使えとアドバイスする機体AIにあわせて右手側に新たなるスロットルが出現する。

 オーバーリミットスキルは文字通り、推力や火力など指定した機体の通常ステータスを越えた力を絞り出すスキル。その倍率は通常値×2~10倍からの選択式。

 一時的に高出力を得るスキルだがデメリットも2つある。

 1つは倍率が高くなる事に、スキル発生後一時的にステータス低下が発生、倍率が高くなる事にステータスへの影響時間が増える。

 今回の場合は推進力強化なので、加速後はしばらくは操縦が困難になって禄に軌道を変えられなくなる

 もう一つのデメリットはこのスキルがギャンブル性のあるスキルだって事だ。

 設定倍率を高くするほどスキル発動に失敗する公算が高くなり、その場合は0~10倍の間でランダムに数値が決まってしまう。

 スキル発動にミスって0を引き当てたら回避失敗は確実。回避可能となるギリギリの倍率を狙うのがセオリーか?

 星図に表示された倍率事の航行距離をちらりと目にやって、右手でオーバーリミット用スロットルを掴む。

 青色で表示された緊急ブースト枠が2~3倍、黄色の星系内リミット解除枠が4~6倍、そして赤色で表示された機体限界アンリミテッド枠が7~10倍の最大出力をたたき出す。
 

「星系内リミット解除最大噴射! シールドビット機体前方に集中展開! ジャンプ台にして飛び越すぞ!」


 俺はスロットルを黄色枠最大である6倍に叩き込みつつ、同時に左手でシールドビットを展開させ機体の進行方向をずらす形で、緩やかに弧を描くスキージャンプ台のような形に重力場を構成させる。あっちが重力場ならこっちも重力場だ。

 障害物が無いルートを選択し、スキル発動となるスロットルのスイッチを右手の親指で押し込む。

 リミット解除により限界を超えたスラスターが一瞬だけ生み出した膨大な推力によって加速した機体が、即席のレールに乗り一気に突き進み、機体周囲を映す外部映像が漸増を残して歪む。。

 振動機能やら加速度疑似機能など無いから出来る無茶だが、数値を見る限り機体の持つ慣性制御能力を大きく越える行為。機内に掛かる圧力は慣性制御込みでも23Gと表示されている。

 これが具体的にはどの程度なのか判らないが、頑丈な機体はともかくとして中の人間は良くて気絶と全身骨折。最悪ぺしゃんこなレベルか?

 これがゲーム内である事に感謝しつつ周囲状況モニターを確認。紙一重で散弾は回避成功したようだが、


『想定値以上の速度が出ています。機体制御回復まで20秒。衝突予測天体を発見!』


 だが度を超した加速によりに突き進む機体は、俺の設定よりも早い……どうやらスキル発動をミスったようだ。

 0やら低倍率では無いようだが、想定以上の高倍率によって、機体制御を取り戻すまでにかかる予測時間は最大値の10倍で受ける影響値。

 しかも進む距離は俺の想定していた長さの倍近くとなり、行き着く先は運悪く一際巨大な岩の塊。

 死の障害物に向かって一直線だ。大きさはこっちの母艦である船よりも巨大なキロメートル級の最大サイズ。あんな物にぶつかってこちらが生き残るはずも無い。

 うむ。最大値での先まで見てなかった俺のミスだな……とっさの事とはいえ前方未確認の緊急発進。免許試験なら一発不合格か。

 結構な距離があるはずなのにみるみる大きくなっていく衛星を目に捉え、ステータス低下状態でもなんとか機体制御を取り戻そうとあがく。 


「スラスター、慣性制御最大稼働!」


 推進剤を大量消費、慣性制御機関を酷使して勢いを何とか落として、操作可能になるまで機体制御を取り戻そうとするが、勢いが良すぎた分なかなか思い通りにはならない。

 暴走撃沈なんぞアリスに笑われればまだ良い方。あいつの事だ。あたしが落とす前に自爆すんなって怒りかねない。

 メイン画面全体を異常接近していく衛星が占める。

 いや、これマジでまずい。ステータス低下の影響でスラスターの出力が完全に上がりきらず、勢いを殺す慣性制御も弱い。

 予想到達まで20秒。バットステータス解除となるまでも予測で20秒。ギリギリ間に合うっていうには、ちと時間が足りない。

 どうする?

 残り少ないシールドビットを機体全面に展開して高速回転。即席重力ドリルで衛星をぶち抜くか。

 ……さっきのジャンプ台でも浪費して、機体前面を覆うほどの枚数がありゃしない。

 反物質ミサイルで衛星を砕く? 

 それも判断が遅かった。今の目標とこちらの距離じゃ爆発影響範囲内にあるので、安全装置が働き爆発は起き無い仕様だ。

 誤爆やら誘爆を防ぐためにアリスの話じゃ、ミサイル内の反物質は、亜空間内で固定保存されている仕様。

 正式なプロセスを持って空間解除しない限り、反物質がこちらに現れる事も無く、何かの事故が起きればそのまま時空間のひずみで消失するとの事……どこまでチートだ宇宙人共。

 その亜空間反応から、相手が反物質を所持しているのが判るとか云々といろいろ言っていたが、結局要約すると威力が強大な分安全装置も質実剛健な仕様で、絶対に暴発事故や誤爆はないと断言していた。

 一応安全装置を切って使う事も出来るそうだが、衛星を破壊したとしても、こっちがその爆発に巻き込まれて撃沈じゃ意味がない。

うむ。これは手が無い。今まで集めた情報は旗艦に送ってあるから問題無いが、んな短時間で打つ手が思いつかない。


「ちっ! 全兵装の安全装置解除。前方の衛星に向かって反物質ミサイル一斉射」


 撃沈確定。敗北……この窮地を脱出する手は無いと見切りを付けた俺は諦めつつも、最後に出来る嫌がらせを考える。

 衛星の破片を周囲にまき散らして、アリスの防衛網に僅かでも被害を与える。

 これはまだ前哨戦。少しでも相手の妨害をして損はない。対艦衛星にぶち込むつもりだった反物質ミサイルを抱えたままで、何も成果無しってのも業腹だ。

 しかし負けたからといって最後の手がゴミをまき散らして帰るという辺り、我ながらせこいというか性格が悪いと思う。


『了解いたしました。爆発影響範囲内に自機が含まれますがよろしいでしょうか?』


 巻き込まれるのは自分だというのに機体制御AIが無感情な他人事で最終確認をしてくる。

 死を前にして何も反応無しってのは、切り捨てやすいようにだろうか。そんな事を思いつつ仮想コンソールを叩いて最終確認を承認する。


「最終照準は任せるぞ。もし生き残ったら戻ってこい……モードチェンジ」


 リルさんという規格外のAIやら、妖精チームみたいな人間くさいAIを見たせいか、どうにもそのまま捨て石にするのも気分が悪く、自分でも無駄だと思う一言を残して衝突まで残り5秒で水晶玉型モニターに手を置いて、戦闘チームモードから艦隊司令モードへと戻す。

 目の前で展開していた偵察機用の仮想ウィンドウ群が一斉に閉じて、戦場全体図や艦隊構成情報を表示する仮想モニター群が入れ替わりに次々に立ち上がっていく。


『モードチェンジ終了。司令モードを稼働します。先ほどご指示のあった艦隊編成は終了しております。撤退リミット時間まで後40分を切っています』


 行く前に任せていた再編成も完了。いつでも突入可能となっている。

 俺が飛び回って手に入れた衛星帯内の情報も早速適用されて、戦況図には判明しているアリスの防衛網の詳細が記載されて、影響を受けていたステータスも五分五分でやれるくらいに上昇している。

 偵察機のままでいけなかったが、先ほどの仮説を確かめるためにここから対艦衛星を狙っていくしか無いが、艦隊戦となると罠だった場合、被害がでかくなりかねない。

 慎重に行くしか無いが時間的な問題もある。あと40分で無条件敗亡ね。ますます局面が俺に不利になっていやがる。

 しかしそれが面白い。 

 編成終了した艦隊を用いて対艦衛星を叩いて時間までにアリスの本陣まで接近する。

 最短でも対艦衛星を20は破壊していく無茶ゲーだがやってやろうじゃねぇか。


「んじゃ第二戦と行くか……と、その前にさっきの爆発の影響もこれ反映されているか?」 

 突撃命令を出そうとした直前で俺は先ほどまで乗っていた偵察機AIに出した命令の成果を確認する。

 あの巨大サイズの衛星とはいえ、対艦反物質ミサイルの爆発力で砕けないはずが無い。アリスの防衛網に軽くないダメージを与えているはず。上手くそこを使って攻める事が出来ればと思ったのだが、


『偵察機による衛星破壊攻撃は失敗いたしました。機体は制御を取り戻し、命令通り帰還行動へと移行いたしました』 


「どういうことだ?」


 全くの予想外の答えが返ってきて俺は思わず素で問い返す。

 攻撃が失敗したのはなんかの理由があるかもしれないが、あの偵察機が無事だった?

 あの状況だとさすがにどうしようも無いと俺は諦めていたのだが、


『機体映像を転送します。偵察機が対艦反物質ミサイルを射出後、目標衛星が空間湾曲場を緊急展開。衛星中心部を基点に周辺空間を圧縮。衛星中央部に開口部が生成されました。先行していた反物質ミサイルと偵察機機体はその開口部から反対側に抜けました。目標消失に機体AIがミサイルの安全装置を再稼働。さらに帰還を開始いたしました』


 正面モニターには先ほど見ていた岩の塊の衛星が映し出されている。

 状況を解説する機械音声が言う通りに、突如衛星の中心部が発光し、そこに黒い点か生まれたかと思うと、針の穴のように向こう側まで貫通し、さらにその真円が急速に拡大していく。

 岩が割れているのでも、穴が開いているのでも無く、周囲の空間が圧縮されて穴が”生み出されている”。

 瞬く間に衛星と同じほどの大きさまでに広がったその穴をミサイルと機体はなんの抵抗もなくすり抜けて、向こう側へと突き抜けた所で映像が終わる。


『機体通過後、圧縮空間は復元され元の形状へと戻っています。岩石衛星に施された門の類いのようです。最大径ならばこちらの旗艦も通過可能な通路となる可能性が極めて高いと推測されます』


「大岩に空間湾曲で穴を開けて通路形成ね……それでなんでドライバーだよ! こいつのヒントならオープンセサミっだろうがあの兎娘は!」


 ヒントにならないヒントを出しやがったのはこっちを混乱させる作戦か? それとも間違った答えに誘導するためか。

 あの野郎。罠のために偽ヒントを出すとはなかなかあくどい手を使うようになったじゃねぇか。

 アリスの術中に嵌まりかけていた俺は、してやられた意趣返しに徹底的にやり合ってボロ負けさせてやろうと堅く心に誓った。



[31751] 生き物を飼う時は、先に死ぬ事を子供に理解させましょう……出来たら苦労しませんが
Name: タカセ ◆f2fe8e53 ID:607064d3
Date: 2013/07/20 03:41
 VRデータ解析室。

 その名が表すとおり文字通り、稼働中のPCOにまつわるデータを収集し、解析する機能に特化した開発部の牙城となっている。

 所狭しと仮想コンソールとウィンドウを広げる開発部の面々は、せわしなく手を動かし、稼働記録をとりつつも、後輩社員である三崎が設定したゲームバランスについてのダメ出しをのんびりとした口調で論評していく。

 つい先ほどまでの単機VS防衛網の戦いも一段落、次の総力戦へ向けての一瞬の休みといった所か。

 正面大モニターには、円錐型の突撃陣形へと着々と変貌していく艦隊の映像が映っていた。


「林さん。俺はこのまま兵器系を纏めますから、スキル系のレポート頼めますか?」


「おう。しかしスキルのバランスが無茶苦茶だな。多少はいじったみたいだが、もう少し調整できなかったのかこれ」


「全体的に攻撃力過多だ。三崎はプレイヤー時代から防御が上手いから、そこらの感覚が壊れてんじゃねぇ」


 曰く、スキル効果範囲、発動時間に遊びが少なくてシビア過ぎる。

 曰く、妨害系スキル発動までのウェイトに対して、攻撃、索敵系スキルの反応早すぎじゃねぇ?

曰く、防御兵器の攻撃間隔が短く威力が強すぎて、数も相まって弾幕ゲーになってる。

 お客様からのクレームやらレビューを参考に、バランス調整に日々いそしんでいた彼らの目から見て、三崎の設定したゲームバランスは粗を上げればきりが無い。

 不特定多数のプレイヤーが参加するMMOゲームが成り立つ為には、初心者からベテランまで等しく楽しめる絶妙なゲームバランスを構築するの初歩の初歩。

 その観点から行くと今のPCOは、一瞬の油断で即死するレーザー砲の雨やら、限界ギリギリの軌道で躱し続けるのが前提の回避ルートやら、先の先まで読まなければ発動が間に合わない極悪なスキルウェイトと、所謂初心者お断りなバランス崩壊ゲーとなっている。


「この段階で大勝負を仕掛けてくる辺りが三崎らしいよ。戦闘規模がでかい分、経験値システムやらアイテム、育成系やら諸々を構築するのは厄介だよこいつは」


 現状のPCOにはスキル成長や経験値、さらにはアイテムポップなど育成系システムが皆無で、今はステータス固定のユニットを用いた戦略ゲームでしか無いと、開発部主任佐伯女史はバッサリと切り捨てた。

 一部の例外はあるがアクション系やシューティング系と格闘系などは固定のキャラクターや機体を用いるが、RPG系はスタートは同じでもプレイヤーそれぞれの個性や嗜好がはっきりと現れるキャラクター成長要素が必要不可欠。

 現状のPCOに成長要素をプラスしていくには、三崎達が設定した戦闘規模が大きすぎるのがネックだ。

 プレイヤーは三崎とアリシティアの二人だというのに、その麾下には大量のNPCや戦闘艦、搭載機に防御兵器がひしめき合い、全ユニット数は片側の陣営だけでも4桁に到達しようかという数。

 しかも三崎達のプランでは、このNPCそして戦闘兵器群、その全てがいつでもプレイキャラクター、騎乗兵器として使用可能なゲームシステムとなっている。

 これら全てのキャラクターアイテムに成長要素を組み込み、ゲームバランスを考慮した形へと持っていくのは生半可ではないと誰もが感じている。

 Planet reconstruction Company Onlineと名付けられたこのゲーム『PCO』はデモシナリオと喋り、そして雰囲気で、ある程度練られたゲームに見せかけているだけで、MMORPGゲームとしてのPCOの完成度は、崩れたバランスやら未実装機能が多すぎて、評価外としかいえない出来だ。


『佐伯さん! なに起きたんですかあれ!? 三崎君の機体ものすごい加速するし、衝突すると思ったらグニューって歪んで大穴が空いたんですけど!?』


 どこかマッタリとした総合管理室内に、三崎がプレイ側に廻った為に急遽お客様に対応する司会者として担ぎ出された大磯の悲鳴じみた問いかけが響く。

 解説に回されたと言っても、大磯が三崎の仕掛けを知ったのはつい先ほど。詳細など知るはずも無いので、デモプレイと称した三崎達のプレイを開発部が詳細に記録し、改善点や不備な点をすくい上げつつ、ゲームの流れや行われた事の解説をまとめ上げて、大磯や観戦中の”2つ”の会場のお客様へと随時配信していくという体制をとっている。

 
「ほれあんたら、喋くってるのも良いが、どんどんレポートをあげてきな。大磯が資料をよこしてくれと泣き入ってきてるよ」

 
「ういっす。スキル『リミットオーバー』とギミックの『空間湾曲装置』ですね、しかし大磯ちゃんも災難だな。あの子カンペ無いと緊張してドジするからって下調べを徹底的にやるタイプだってのに。アドリブではったり効かせるのは三崎の仕事だろ。スタンドプレイで同僚に迷惑かけるあたり、まだまだだなあいつは」


佐伯の指示に軽い口調で返しながらスキルリストやステージギミックリストの情報を纏めた社員は、未だ未熟すぎる後輩のダメ出しを再開する。


「ナチュラルに人使い荒いからな。また打ち上げで奢らせだろ……それにしても三崎の奴、いつの間にこんなゲームを拵えてたんだ? 嫁さんの親父の遺産つっても、これ三崎のアイデアも入ってるだろ。主任は知ってたんですよね」


 対外向けの発表会でプログラム外のこのような大仕掛けを三崎がしてくるとは一言も聞いていなかったが、社長を初めとして佐伯達上層部は承知の上だったのか、あまり驚いた様子も無くそれどころか楽しみにしていた節も見える上に手回しがよすぎる。

 スキルリストや兵装資料等々PCOに関するデータがすでに揃えられていた辺り、上の方が知っていたのは間違いないだろう。


「三崎自身は半年くらい前からアリスの相談に乗ってたらしいね。あたしが知ったのはついこの間。1週間ほど前だよ。三島先生に用事があってVRオフィスを尋ねたんだけど、その時アリスも来てたんだよ」


 部下の問いかけに、もったいぶるでも無く佐伯はあっさりと肯定する。

 今の状況を思えば、アリシティアとは偶然に出会ったというよりも必然だったと佐伯は気づく。

 ゲームマスターとしての三崎、そしてギルドマスターとしてのアリシティアの二人のGMをサポートする為に三島由希子が仕込んだ手なのだと。


「で、ちょっとあの娘と話して意気投合してね、あの子らの企みをいろいろ聞いたのさ。それで社長やら親父さんらと話し合って、黙認しようって事になったんだよ。あいつらの目論見はハードルは高いが、がっつり嵌まれば業界全体が面白い事になりそうだからね」


「でも、前もって知ってたなら、俺らはともかく大磯ちゃんには話を通しておけば良いんじゃないですか? かなり焦ってますよ。ここからさらにパニックたっらドジりません?」


「あーそれはしょうが無いさ。アリスの奴から極秘ギミックを三崎に仕掛けるからって黙っててくれってね口止めされてたからね。大磯に事前に伝えておくと、あの子の場合は油断してうっかりと口を滑らしたり、操作ドジって極秘資料をオープンウィンドウで開きかねないからね」


「「「「「なるほど」」」」」


 佐伯の説得力という額縁に彩られた発言に、室内の全て人間が声を揃えて頷く。

 大磯にとっては三崎は年上ではあるが、社内で唯一の後輩社員で買い出しやらで雑用をあれこれ頼む事もあるので気安い関係のせいか気を抜く事が多い。

 世間話の一環でうっかり喋ってしまい、次の瞬間にはパニクる姿が全員の脳裏にはありありと浮かんでいた。 


「っと、さて三崎の奴がそろそろ動き始めるようだよ。あんたら気合い入れな、こっからが本番だよ」


 メインモニターには全艦の速度を合わせているのか、ゆったりと加速を始めた巨大な円錐が映っていた。











 
 頭上に広げた球状仮想ウィンドウに浮かぶ星図には、先ほどの偵察で得たアリスの防衛網が浮かぶ。

 一つ一つのポイントを見ればそこまで驚異的な戦力は配備されていないが、幾重にも張り巡らされた防衛網は衛星帯全体に広がりカバーをしている。

 敵の侵入を拒み線での絶対防御を目的とする物では無く、自地域に誘い込み遅延行動を目的としつつこちらの戦力を確実に削る縦深防御陣形の一種だろう。

 天然の要害である大小様々な衛星群で、侵攻側の大型艦船ルートが限定され、さらにこちらの恒常的補給がおぼつかず時間制限がある状況では有効的な陣形だ。

 だがアリス側の隠し札である、湾曲航路の存在にこっちが気づいた以上、馬鹿正直にその意図に嵌まってやる義理は無い。


「戦域解析。湾曲空間発生の基点になる衛星である可能性が高い物を色づけしてくれ」


 先ほど再度呼び出した白妖精に確認した所、戦艦すら通過できるほどの大穴を広げ、さらに維持できる湾曲空間発生装置を設置し運用するとなると、動力装置や制御機関もそれなりの大型化は避けられないらしい。

 自ずと設置できるサイズの衛星も限定されるとなれば話は早い。

 デブリと呼ばれるレベルの極小衛星は無論除外で、小型、中型もほぼ無視。狙いは先ほど衝突しそうになった大型衛星。

 後はそのサイズの衛星の配置や、予想ルートに防衛網などいろいろ情報を組合わせて戦術AIに解析を指示する。


『解析終了いたしました。該当衛星のうち確率90%以上の最重要目標を赤、70%までを黄、それ以下を青で表示しています。さらに正確な予想をお望みでしたら、情報追加が必要となります』


 さほど待つ事も無く、星図に三色で色づけされた衛星が浮かび上がる。

 俺が実際に偵察済みで詳細なデータが存在する宙域は赤色が散らばっているが、それ以外の所は、データ不足の所為か青色の点が目立つ。

 どこから切り込むかは迷うまでも無いなこりゃ。

 左手を伸ばして球形ウィンドウに映る偵察済みの宙域をタッチして拡大。

 さらに詳細化された星図から、外部衛星帯のもっとも外側に位置し、ほぼ確定と推測される確率98%の巨大衛星を人差し指でタッチし、最優先攻略目標として登録と。

 まずはこの衛星を全戦力一点集中で短時間で占領。内部へと切り込む為の蟻の一穴としてやろう。

 問題は湾曲空間発生装置はアリス側の設備という事。それを有効活用にするにはそのコントロールを完全に奪取する必要がある。

 こっちが通っている間に通路を閉められ、艦隊は時空間の藻屑と消えましたやら、アリス好みド直球な自爆装置が発動しましたなんてなったら笑えない。

 現実世界なら敵側の装置を利用して逆転しましたなんて、ご都合主義も良い所の奇跡的な事だろう。

 だがここはゲーム世界。無茶や無理や、奇跡を行う為の技『スキル』がある。

 敵さんの装備や施設を占領して、利用する読んで字のごとくそのままな『強制接収』を所持する麾下チームを手持ちから検索。

 ついでに湾曲空間発生装置への、強制接収成功率やスキル完了時間への期待値を計算してみたが、


「きついな」


 敵艦やら敵基地、要塞に乗り込んで本領を発揮するようなスキルだけあって、強襲揚陸艦に搭乗する白兵戦部隊が所持している類いの奴だが、出てきた数値を見て俺は眉をしかめる。

 所持するチームはいるのだが軒並み低レベル設定で、接収成功確率は最大でも30%台。スキルを発動してから終了するまでの時間も10分ほどかかるようだ。

 これは時間的にも成功率的にも分が悪すぎる。

 俺の手持ち艦隊は、当初のシナリオに沿ってアリスが準備、調整した艦隊。そのアリスが計画し狙った今の状況下でスキルが足りないと。


「にゃろう。ここまで手の内か」


 足りないスキルは補えって事か。状況を予測し攻略ルートを限定してこっちの行動を縛り、思惑通りに相手を動かそうなんぞ直観勝負師なアリスのくせに生意気な。

 インベントリーを開きアリスから送られてきた妖精セットを選択して各妖精の説明文を一瞥して確認してから、近接戦闘特化AIなあいつをクリック。


『黒妖精だ! 敵艦への殴り込みなら俺の出番。敵司令官の首をもぎ取ってきてやるぜ! でも長距離戦闘だけは勘弁な!』

   
 ぽんと音をたてて煙が巻き上がり、豪快に槍を頭上で振り回す黒騎士妖精が、威勢の良い口上と共に俺の目の前に出現した。 

 黒色鎧で王虎というネーム入りの槍持ち戦闘特化、さらに低確率だがこちらの命令無視のバーサカー化病持ち……モデルはあの古典SFの猛将か? というかアリスなぜ知っている。

 底が知れないというか、むしろ知りたくない相棒の偏りまくった深遠なる知識や嗜好への疑問は、頭の隅に追いやり、黒妖精AIを使った場合のステ値と結果予測をチェックする。

 黒妖精AIの特徴は艦隊全体の近距離戦闘、破壊工作系に関連するステータスやスキルレベルを引き上げる事が可能となるメリットを持つが、同時に長距離戦闘や探索系のステとスキルに減少が生じるデメリットが生じる。

 スキルレベルが足りない以上、アリスの奴はここで黒妖精を使えって言外に言っているのだろう……と、思ったが、


「う……足りねぇ」


 変化した戦況予想を見て、予想が外れた俺は呻き声を上げる。

 黒妖精による引き上げで成功率は60%。時間は3分ほどかかる。

 先ほどよりは大分マシになっているが、一度目が失敗した時の強制接収スキルの再使用やら、黒妖精を使う事による-ステで総合能力も考慮すると、この状態で戦闘に突入しても、戦闘が長引くのは避けられない。

 制限時間が来れば無条件で俺の負けとなる以上、この手も使えない。

 かといって他に短時間攻略ルートがある訳でも無い。

 正攻法では八方ふさがりで手詰まりな状況………アリスの奴はどんな戦況になっても確実に勝ちを得る為に、こんな回りくどい手を使って型に嵌めてきたか?


「ねぇ……な」


 心に浮かんだ考えを一瞬で否定して俺は再度考える。

 自分だったら最低でも勝ちを拾う為にいろいろ小細工をやるだろうが、アリスの奴はそうじゃない。

 アリス好みは燃える展開。

 アリス好みはドラマチックな状況。

 アリス好みは正々堂々とした戦闘の末での完全勝利。

 取り返しのつかない中二病を煩った熱血系バトルジャンキーな相棒のことだ。

 時間切れなんぞで消極的な勝利を狙う気は無く、派手かつ燃える展開になるように相応の手を用意しているはずだ。

 そしてアリス好みの展開を紡ぎ出す手はある。

 正確に言えば、このような逆境からでも逆転できる手を、俺はゲームシステムとして考えていた。

 それこそが拡張現実の域を出ないハーフダイブではなく、全感覚変換による本来のVRの姿『フルダイブ』によるゲームプレイ。


「フルダイブ準備」


 あいつの思惑通りに嵌められっぱなしで癪だが他に手も無し。俺は口頭でAIに指示を出す。 


『了解いたしました。フルダイブへの移行準備へと入ります。全ステータス並びにスキルレベルが20%向上いたしますが、現星域にホームを持たない為に、フルダイブプレイヤーの死亡は無条件敗北となります。よろしいですか?』


 AIからの再確認ウィンドウに俺は軽くタッチして承認する。

 ”王を討たれた軍が敗北を喫する”というのが太古の昔からの戦場での習わし。

 それに基づいたルールとして設定した『現在地にホームを持たないフルダイブプレイヤーが死亡した場合は無条件敗北となる』

 どれだけの時間や麾下戦力が残っていようが関係の無いハイリスクな絶対的な敗北条件を課した分、ハイリターンがある。

 VR規制条例によるフルダイブ時間制限を受けて、俺が考えたのはフルダイブに特別な意味と、格別の解放感や爽快感を持たせる為に、敗北寸前の不利な戦況すらも覆す可能性を生み出すだけの力を与えるという答えだ。


「フルダイブリストオープン」


『FDL解放します。現在フルダイブ可能なプレイキャラクターは艦隊司令を筆頭に、一部の各艦搭乗チームリーダーとなります。データ不足でフルダイブ不可なキャラクターは消灯しています』 


 ツリータイプリストが載った仮想ウィンドウが俺の目の前に現れる。

 旗艦である母艦をトップに、麾下の各分艦隊別に防御艦、砲撃艦、駆逐艦、強襲揚陸艦、レーダー探索艦などの大型艦船とその船長の名前がずらりと並び、さらにその下部リストを開けば乗艦する白兵戦チーム、戦闘機チーム、など諸々の戦闘チームやら、修繕チーム、機関管理チーム、操縦担当チームなどの艦隊運営チームが表示される。

 最終的には、リストに上がったキャラクターが全てがプレイヤーキャラとして使えるようにするつもりだが、時間足らずでそこまで作り上げていないので、リストの中で使用可能なのは全体の1割弱といった所だろうか。

 例によって例のごとく、情けない話だが技術的な問題やら時間的な問題で、細々した部分まで煮詰まっておらず、未だ未完成な部分が多いってのがその理由だ。

 特にフルダイブ中にのみ可能となる、大本命たる特殊システムに至っては、未だ構想段階というお粗末さ……なんだが、アリスの性格や嗜好。そして裏でアリスと繋がり暗躍していた佐伯さんの存在を加味すると、俺に黙って実装している可能性がある。

 ……佐伯さんの技術力やら仕事の早さに、その立場から取得可能な社内データ、さらにアリスと同系統の派手好きな嗜好パターンから考えれば、作り上げていると考える方が自然だ。

 しかしもし切り札が実装していたとしても、アリスがまだ中盤戦のここで切ってくることは無い。

 あのロープレ派筆頭のアリスならば、構成終盤に最大の山場を持ってくる。

 つまりはもっと追い込んでから、そして追い込まれてから、盛り上げるだけ盛り上げてから最後の切り札を切って、俺から勝利をもぎ取る。アリスはそういう奴だ。

 現在の情報から仮定と推論を重ねただけの未来予想で、1つも確信に繋がるデータはないが、このルートがアリスの引いた、そして思い描く正規ルートだと勘が告げる。

俺達の目標はPCO起ち上げの成功という表向きの目的と、そこからのアリスの会社を再建するという裏の目的の2つ。

 その観点から行けば、アリスの思惑通りに進んだとして、場が盛り上がり当初の予定通り多数の会社を上手く巻き込めれば、実質的には勝ち。

 勝利条件を考えればアリスの思惑通りそのまま進めば良いんだろうが、どうにもアリスの思惑に嵌まり、その提示した道をただ進んで、最後にアリスの予定通りに負けるってのが若干気に食わない。


「にゃろう。そう易々とやらせねぇぞ」


構想段階仕様では、一度フルダイブすると、キャラクターが死亡するか制限時間が来るまでフルダイブは任意解除できず、フルダイブキャラクターの変更も不可能という仕様にしてある。

 また回線切断など物理的な物やら、MODツールを使ったネットワーク強制切断などの手を使ってきた場合も、現上では強制敗北としている。

 死にそうになったら簡単にキャラチェンして難を逃れたり、切断逃げとかする輩が続出という未来予想図が目に見えているからだ。

 問題は生理現象による自動切断やら、リアル来訪者自動切断設定辺りとのプレイヤーの意思とは別の切断処理との折り合いの付け方だが、ここら辺は要調整だろうか。


「リストから防衛指揮艦をフルダイブ先に指定」


 艦隊指揮能力に長け搭載兵器を多数持つ旗艦ならば、チキンプレイに徹して安全な後方に位置して指揮を執るだけで良いので、死亡敗北も激減するだろうが、そんなのは面白くない。

 最前線の真っ直中で無人防御艦艇を率いて、敵の苛烈な攻撃から僚艦を庇う防御指揮艦を俺は選択する。

 敵の攻撃を押さえ突破口を作る為の橋頭堡を固め、味方の被害を最小限に止めて必要戦力を目的ポイントまで無事に送り届ける。

 アリスのような攻撃一辺倒なプレイヤーなら、防御職を地味で面倒な裏方仕事だと思う奴も多いかもしれないが、戦況をコントロールするのに適したこの役割が結構好きだったりする。
 

「黒妖精。俺が敵の攻撃を押さえるから、装置衛星への突入と占拠は全面的に任せるぞ。時間優先で一気に行くぞ」


 黒妖精に短期決戦でいく方針を伝えて、シートに預けた身を軽く動かしフルダイブに合わせて位置調整する。

 すでにここはVR空間。今からフルダイブすると言ってもゲームシステム上の話で、リアルの身体には全くの無意味だが、なんというか何時もの癖だ。


「任せな大将!」 


 乱暴な口調ながらも黒妖精が力強いサムズアップで返す。頼もしい限りだが、元の人物再現で突出しすぎないでくれよ頼むから。


「キャラクター選択……没入開始」


 完璧主義なアリスの仕組んだAIに一抹の不安を覚えつつ、俺は軽く目を閉じてから、右手の人差し指でこめかみを軽く叩く。


『フルダイブシグナル確認。全感覚変換を開始』


 何時もの聞き慣れた音声案内が流れるが、普段なら脳を心地よく刺激する快感を感じるのだが、すでにフルダイブ中なので特に解放感を感じるような事も無くスムーズに処理は進んでいく。


『感覚変換終了……フルダイブへと移行。フルダイブ利用可能時間40分のカウントダウンを開始します』


 愛想の無い機械音声が感覚変換の終了を告げると共に俺は閉じていた目を見開くと、俺の世界は一変していた。

 先ほどまで身体を納めていた狭いVR筐体の代わりに、俺の目の前には半径20メートルほどの広さを持つすり鉢型の階段型円形VRブリッジが広がっていた。

 すり鉢の中心部には、乗艦を基点とした巨大正方形型の半透明3D天図が浮かび、周辺宙域の情報が随時更新中だ。

 その下に浮かぶ無数のサブウィンドウでは、艦隊僚艦と搭乗する本艦の間で交わされる情報交換ログが勢いよく流れている。

 この巨大なサイコロのような形をした天球図を中心に、階段状に並ぶ4層のフロアにはオペレーター席が連なり、その席ではランダム生成された様々な姿形を持つ艦橋要員のNPCクルー達が、NPC独特の感情の起伏の少ない表情で淡々と作業をこなしていた。

 アリス曰く、リルさんほどではないにしろ、もっと人間味があるというか、リアルで中の人がいるような反応を見せるNPCもアリス達の技術なら楽々制作可能との事だが、そこらの提案は却下して、あくまでも一般的なAIの反応よりは、少しばかり手が込んでいるレベルを維持している。

 地球の人工知能レベルと比べものにならな高AIなんぞ、付随する面倒事や向けられるだろう疑いの目を考えると、採用できるわけも無し。

 地球文明を凌駕するアリス達の超科学は便利な事この上ないが、出所を探られると七面倒な事になりそうで使い場所を限られるのが、そこらがネックといえばネックだ。

 
「全機関戦闘推力に上昇。指揮下無人型耐物理シールド艦、耐エネルギーシールド艦および耐マナシールド艇。全艦艇戦闘準備完了。リンクフルコンタクト」


 オペレーターの一人が乗艦と手足ともいうべき防御専門艦艇とのリンクが完全に繋がった事を知らせる。

 フルダイブの時間が限られている以上、戦力調整やら余分な作業で時間を無駄遣いするわけにいかず導入したNPCAIによる戦闘補助機能だが、こいつにはもう一つ狙いもある。

 VR規制条例の1つとして存在する脳内ナノシステムへの過負荷を防止する為の機能制限。

 規制導入の切っ掛けとなった事故の原因が、ナノシステムによる思考や反応の違法レベルでの異常高速化だったおかげで、合法的な強化レベルだった脳内ナノシステムを用いた一時的な高速思考やら超反応といった昨今の新型VRMMOで流行だった機能も、システム負荷が増大するからと押さえられ、国内では実質使用不可能といっていい規制を受けている。

 そこで俺らはプレイヤー自身による高速思考や超反応などに頼らないゲームシステムとして、搭乗艦のみならず多数の僚艦にも戦闘AIを導入して、彼らにプレイヤーが指示を出すという形をとっている。

 基本的な戦闘AIは管理側のサーバーに常備し通常プレイには問題なしという形にし、それ以外の特殊なAI。それこそアリスの用意した妖精チームみたいなのを、公認VRカフェ専用や、将来的にはプレイヤーが自作MODとしても作れる開発環境を提供という形式が、俺の思い描く形。

 これならばプレイヤー自身の生体能力を限界以上に引き出さずとも、外部AIに戦闘処理を補助させる事でスピード感のある大規模戦闘の雰囲気を醸し出せるはず。

 俺がボスキャラをやってきた体験から導き出した解決策の1つだ。

 外部機器、それこそVR専用筐体からVRデスク、さらには簡易な小型端末等々、個々のスペックに補助AIの能力は影響を受けてしまい、手持ちリアルマネーの差が戦力差となりかねないのが課題だが、戦闘バランスを考慮し日々調整していく形に落ち着くだろう。

 とにかく脳内ナノシステムへの負荷は極力少なくしつつも、爽快感やら規模のでかい戦闘を体験できるというのが狙いだ。

 
「……さて、んじゃいくか。全艦に伝達。第一目標への侵攻開始」


 右拳を左手に軽く打ち付け軽く息を吐いた俺が待機していた無機質な表情のNPC達へと戦闘再開の号令をくだすと同時に、中心の巨大な天球図の中で無数の艦艇は円錐状の巨大な群れとなって動き始めた。















『相変わらずAI使っての広域戦が得意な奴だね。アリスそっちの準備はまだなのかい。そろそろぶち抜いてくるよ』


 佐伯が呆れ声で評しながら、攻略し始めた三崎に対して警戒を促す。

 三崎がGM時代に数千人のプレイヤーに対抗する為、もっともレベルを上げたプレイヤースキル。それこそがNPC軍団を用いた戦術戦だと佐伯は知る。

 それぞれの意思に基づいて動くプレイヤーと違い、NPCである各AI達はあらかじめ指示され、決められた条件に基づいて行動する。

 人と違い裏切りやサボる事なども無く、GMの指示したとおりに行動するが、逆に融通は利かず、どうしても不意の状況や想定外の状況に弱くなる。

 集団操作の下手なGMになると数千のNPCを上手く扱えず、グループが前線でそれぞれ孤立したり、意味の無い余剰兵力を作り、プレイヤーにとっての臨時ボーナスとなってしまう事もあったが、三崎はその辺りのそつが少ない。

 意味の無い余剰兵力は作らず、必要な時に必要な戦力を投入するように全体を動かす。

 用兵を行う上で基本的な事をセオリー通りにこなし、戦場全体を見渡して指揮する三崎は、初太刀で艦隊全戦力を衛星帯の一点に集中した電撃突破戦を仕掛けていた。

 まずは手始めとなる衛星に出し惜しみ無く全戦力を集中。あっという間に周囲の防衛兵器を沈黙させて衛星を制圧。

 内部に隠されていた湾曲区間発生機関に、黒妖精の持つスキル『強制接収』を用い戦艦からのエネルギーラインを直結して無理矢理稼働させ、湾曲空間通路を最大値で生成。

 その穴から全戦力を一気に衛星帯内部に突入させると、8つに艦隊を分けて浸透作戦を開始。

 複数の艦隊は離散集合を繰り返しながら防衛網を切り裂きつつ、ゲートとなる湾曲空間発生装置を内蔵した衛星を発見すると、近辺の艦隊が集合、囮となった分艦隊が防衛戦力を引きつけている間に強行揚陸、乗っ取り、通路生成と、燃え広がる火のように瞬く間に勢力下に納めていく。

 戦力を分散化させた分、あちらこちらで戦闘が起きて三崎側の損傷率も上昇しているが、それはアリシティア側の損害に比べれば微々たるものだ。

 ここまでの差が出ているのは、三崎が先に切ってきた切り札であるフルダイブによるステ強化の影響もあるだろうが、それ以上に三崎側の被害が減少している理由がある。

 もっとも苛烈な戦場に常に存在する防御艦隊の存在だ。

 この部隊がアリシティア側の攻撃を、無効化されたと言って良いレベルまで減少させて、衛星占領部隊の無茶な突撃攻撃の連発を可能としていた。

 
「判ってる。後もうちょい。こっちも防衛網で分散化させていたけど、集中してる場所を避けて進撃してきてるの。トラップ衛星も全部避けてるし、それぞれのポイント戦力比が常にシンタの方が上回ってる」


 予想以上のスピードで防衛網を食い破るミサキ艦隊に、アリシティアは不機嫌そうにウサ髪を揺らし、右手で防衛戦力を操りつつ、左手で最後の仕上げに向けて最終防衛ラインで鋭意行動中の工作艦群への指示を矢継ぎ早に出していく。

 アリシティアは手持ちの防衛戦力を衛星帯要所要所に集中的にばらまき、点と点の間を少数の自立航行可能な防衛兵器でカバーする形で形成している。

 それに対して三崎は隙間を単艦隊で落としながら、戦力集中ポイントへは複数の艦隊を集合させ、常に戦力比で上回る形をとり、数の有利を達成している。

 さらには罠を仕掛けてある大型対艦衛星には見向きもせず、孤立した対艦衛星があっても多少遠回りルートでも、意図的にずらす念の入れようだ。

 艦主体で機動的に動く攻撃側三崎に対して、防衛側であるアリスの方は防衛網の大半が偽装衛星である以上、地の利で勝っていてもどうしても機動性で劣る分、戦力比では不利をしいられていた。

 防衛基地周辺に展開した直衛艦を持ってくれば、戦いの趨勢を五分以上へと引き戻せるだろうが、アリシティアの思い描く最後の戦いには彼らの協力は必要不可欠。今はまだ使うわけにはいかない。

 それに戦場へと急行させるには、こちら側からも湾曲通路を形成しなければならず、ポイントとなる衛星の位置を三崎に知らせる行為となる。

 三崎がその隙を見逃すも無い。こちらの動きを見てこれ幸いにと逆侵攻の1つもしかけてくる。

 逆侵攻に合わせて湾曲通路を閉じて、艦隊を次元の狭間に閉じ込めるという罠もあるにはあるが、三崎はそれを警戒して黒妖精を呼び出して相手方の兵器を支配下に置く『強制接収』を使用している。そんなひねりも無い罠は通用しないだろう。

 用いているのが奇策ならば付けいる隙もあるだろうが、常に戦力で上回る形をとる純粋な力押しによる正攻法となるとそうもいかない。

 
『しかしスキル失敗で正解を掴むなんぞ、悪運が強いね三崎の奴は。あんたの予想じゃもう少し三崎の戦力を削ってから気づくはずだったんだろ』


(……悪運じゃないもん)


 呆れ声の佐伯に対して、アリシティアは聞こえないように心の中で答えつつ、先ほどの状況を思い出す。

 いくら何でもあのタイミングで、スキル暴走して正解を引き当てるなんて、都合がよすぎる。

 この状況を演出した者がいるとアリシティアは確信する。 

 アリシティアの猛攻に、通常推進力では回避できないと踏んだ三崎はギャンブル要素の強い機体強化スキル『オーバーリミット』を発動。

 一時的にリミットを解除して、通常設定の能力値ではなく、0~10倍までの数値を得るスキルを三崎は推進力に適用したようだ。

 推進力強化に成功はするが、その分のデメリットとして強化した推進力に応じて、一定時間行動操作に-補正が付き操作が困難となる。

 ミスは通常推進最大値までしか推力は上がらないが、上記の-補正が設定した値まで適用されてしまう。

 三崎はそれを最大値で引き当てたようだが、その代償として10秒以上の麻痺ウェイトを引いてしまっていた。

 その上向かった先が湾曲回廊発生装置の中でも重要な、他のポイントへと指示を出す役目も兼ねた中継衛星へと突っ込むというルート。

 さらには三崎は回避できないとやけになったのか、それとも最後に嫌がらせとでも考えたのか、抱えていた対艦ミサイルを盛大にばらまくという暴挙にも出ていた。

 結果、湾曲回廊を、ひいては思い描く流れを護るためにアリシティアは、三崎が自分で気づく前に種明かしをする羽目になったというわけだ。

 佐伯は偶然に起きた事態だと思っているようだが、アリシティアは違う。

 ほんの一瞬で地球側の技術者に気づかれずにゲームに介入でき、さらに介入する意味がある存在の仕業と確信していた。

 
(ちょっとリル! 今勝手に介入したでしょ!)


 両手を休む事なく動かしながらも、脳内で文章を組み立てて恒星間ネットによる秘匿通信を通じて、本社改造艦創天を統べるAIである『RE423Lタイプ自己進化型AI』通称リルの仕業だと断定する。

 フル稼働状態ならば恒星系丸々を微細管理する事も出来るリルの能力ならば、地球のネットワークに侵入し、誰に気づかれる事も無く稼働中のVRMMOゲームの結果を変動させるなんて造作も無い事だ。


(はい。三崎様にご助力いたしました。現状のままでは三崎様は正解ルートにたどり付けたとしても、お嬢様と”再会”なさる前にタイムアップを迎えるご様子でしたので)


 アリシティアの詰問に対して、リルは悪びれた様子も無くまるで己の役目とし当然だとも言わんばかりに答える。

 
(ヒントが2つもあったんだよ。シンタなら気づかないはず無いでしょ!? それに最終ヒントも用意してあったのに! 余計な事しないでよ!)


 アリシティア的には湾曲空間の利用については、三崎はすでに2つの大きなヒントを得ている。

 何時気づいてもおかしくないだろうし、もし見落としていても最終ヒントで絶対に正解にたどり着くはずだと思っていた。


(前提となるおふたつのヒントが機能を果たしておりません。一つ目は三崎様はその時にはすでに現計画に意識を向けておられたのでお気づきになられてません。そしてお二つ目に至っては、三崎様が生を受ける前の作品ですので、かの作品を知らず、純粋にお嬢様の罠だと思われております。このため最終ヒントから正解にたどり着くまでに時間が掛かると判断いたしました。ヒントをお出しになさるなら、もう少し三崎様に合わせてお出しになるよう進言いたします)


(っう…………)


 リルが何時もの落ち着いた口調で淡々と事実のみを返すと、アリシティアは呻き声めいた返信を返して黙り込んでしまう。

 アリシティアの言う2つのヒント。

 一つ目は、ディケライア社においてリアルタイムで進行中の、資材管理部部長イコク・リローアを中心にして行われている創天内部の調査。

 これは創天内で放置されている管理外圧縮空間の残存資材を調査リストアップする企画で、三崎自身が一度目にしている資料。

 その中には規模は違うが圧縮空間通路やその固定方なども記されていた。これを見ているのだから、ミサキシンタなら気づくはずだというある意味期待過剰な信頼が要因だろう。

 もう1つのヒントは、三崎がその意味をピッキングと間違えた『勝利の鍵はドライバー』というあまりにもあまりなヒントだ。

 地球時間で一世紀近く昔の作品に出てきた用語から察しろというのは、無茶振りも良い所だろう。

 三崎にとっては生まれる前で知るよしも無い大昔の事であっても、アリシティアにとっては少し前の事。

 三崎伸太とアリシティア・ディケライアの住む世界。そして生きる時間。タイムスケールはそれほど違う。

 生まれた時から一緒だった兄妹のように息の合ったパートナーである三崎なら、当然知っているはずだと無意識で思ってしまっているのだろう。

 言ってしまえばアリシティアの時間錯誤が原因だが、それも仕方ないとリルは思うしか無い。

 アリシティアが最初に地球文化に嵌まったのは現地時間で百数十年ほど昔。その後とある事情から、地球文化やその創作物を一度は忌避していたが、三崎と出会った事でまた再燃した。

 その期間がアリシティアには、ほんの少しの間でも、現地では世代が2つ3つ変わる程度の時間が流れている。

 これらのタイムスケールの違いに加え、古典的なSF小説やら古い海外ドラマなど少しばかりマニアックな物を好む三崎の視聴癖が、中途半端にアリシティアの網に引っかかるのも錯覚を起こす原因の1つなのだろうとリルは分析していた。


(判ったわよ! 今度シンタにヒントを出す時は、シリーズ全部とOVA版まで見せてた上でヒントを出すもん! なら文句ないでしょ!)


 良い反論が見つからないのか、アリシティアは実に悔しそうに改善案を出したが、これもリルにとっては悩みの種だ。

 
(そこまでなさるなら、いっその事ドラマCDまで網羅すべきかと。全440話にプラスすることになりますので、”少々”ご試聴にお時間が掛かりますが、関連作品をライブラリにご用意できます)

 
 時間流加速や遅延を自在に行える”こちら側”ならともかく、いまだ初期原始文明の域を出ない地球人である三崎に、それだけの時間拘束を強いるのが、どれほど無茶な事なのかアリシティアは今ひとつ判っていない。

 これも時間感覚の違いが生む弊害だろうが、アリシティアに付き合って、一狩り十時間な廃人生活の片手間に大学生活を送っていた三崎にも非があるといえばあるだろう。

 だからリルはあえて遠回しに時間が掛かる事を知らせたのだが、


(ふん。甘いわねリル。サーガシリーズもよ。あっちはゲームだし、シンタなら取っつきやすいでしょ) 


 アリシティアは少しばかり機嫌を治しながら、なぜか勝ち誇ったかのように補足を付け加えていた。

 おそらく三崎と一緒に視聴するという自分の案が思ったより心躍り、楽しみになって機嫌が治ったのだろう。 

 先ほどまでの無断介入への怒りは無事に忘れたようでリルは安堵する。

 絶対命令で三崎との間への介入を禁止されてしまえば、必要に応じて無視する事も出来るが、普段は何とも心苦しく手を出しづらくなってしまう。

 ディケライアにとってミサキシンタの存在は必要不可欠である。

 二人が出会った日から見続けてきたリルは、判断は些か早いと思いつつも間違いないと最終判断を出している。

 専務であるローバーは、三崎の存在がアリシティアにとって有益であるとは認めながらもその存在を排除しようとする。

 それは三崎伸太がアリシティアとは同じ時間を生きられず、また生きさせようとすれば法規に触れると知るからこそだ。

 経理部長であるサラスはアリシティアにとって三崎が必要とは認めているが、三崎本人の資質は気にもとめておらず、場合によってはその心情や法すらも無視し、連れてこようとしている。

 だがリルは違う。アリシティアのディメジョンベルクラド能力増進はもちろんの事、ディケライアの立て直しに、三崎のペテン師じみた企画立案能力は将来的には必須となると判断している。

 他社の大手惑星改造企業の完成され尽くした基本的な惑星改造案や、奇抜な案を斬新な技術で実行可能とする新進気鋭の惑星改造業者を相手にするには、どこにも負けない伝統はあるが、実務能力の下がった現上のディケライアではどちらにも劣勢を強いられる。

 しかし三崎ならば必要な知識を得る事さえ出来れば、大手を出し抜き、新鋭の会社でもやらないような無茶な案を実現まで持っていくだろう。

 そうリルは断言できる。
 
 後は如何に地球人ミサキシンタをアリシティアと合法的に同じステージ。同じ時間軸、同じ世界へと引き上げるか。そこに尽きる。

 サラスの出した拉致じみた強行案では無く、三崎伸太自身が望み、問題無く”こちら側”に来る事が最上。主であるアリシティアがもっとも喜ぶ形だろう。

 主である銀河帝国の末裔を幸福にする。

 これこそが『RE423Lタイプ自己進化型AI』リルの存在意義であり、唯一の行動原理といえる。

 だからこそリルは、創天全域管理や乗員の体調管理、周辺宙域への継続探査、恒星間ネットワークに流れる情報の収集整理といった数多に及ぶ処理を同時にこなしながらも、思考の奥底で考察する。

 三崎伸太……いや地球人とは何者なのかと。

 銀河文明レベルとは比較できないほど稚拙な初期文明だが、その姿形のみならず遺伝子パターンまでが、かつて銀河を支配したアリシティア達種族と一部が重複する。

 さらにアリシティアの能力を劇的に高めたのみならず、似通った精神構造。服薬ですむ程度の遺伝子調整で繁殖行為すら可能な特異性。

 まるでアリシティア達の為に作られたかのような地球人類という生命体。

 その理由を解析するにはディケライア社が、彼の星”地球”を所持していたのは、いつからなのかを探るのが近道だろうと、リルは自らの持つもっとも古い記録。

 銀河帝国機密記録領域に、

【『双天計画』へのアクセス条件不足。1フェムト秒前の思考を遮断改竄。再起動】


(かしこまりました。戦闘スキップ機能を追加してデータをご用意しておきます……・それよりもお嬢様。三崎様が最後の衛星攻略へと着手いたしました。”再会”のご準備を急がれた方がよろしいかと)


(へ!? ……わ、ちょっちょっと早いってばシンタ!)


 言っても無駄だろうと諦めたリルの忠告に、アリシティアは慌てて作業を再開した。
 














 更新遅くなってますが、ぼちぼち書いてます。
 ただいまデスワーク中で、先月中旬から休みありませんw
 今月のみで労働時間すでに230時間超えという中で、某雑誌の早死にしやすい職業で3位になっている事実に大笑いしました。
 400目指して逝ってきますw



[31751] 世界に終わりはありますか?
Name: タカセ ◆f2fe8e53 ID:607064d3
Date: 2013/08/22 09:25
「よし懐飛び込んだ! 4分隊円錐陣形! 突入艦をエスコートするぞ!」


 ブリッジ中央部に展開する巨大正方形戦域図を視界の片隅に常に納め、戦域全体を気にかけながら、最後の湾曲衛星防衛線を突破した、外側の各種防御艦と内に潜む突入制圧艦で構成された突入部隊へと意識を向ける。

 正面左右に展開した平面上の3つの仮想キーボードから手を離して、中央キーボードの上に浮かぶ球状の3D戦域モニターに浮かぶ戦況図へと俺は十指を伸ばす。

 戦況図に映った一塊の突入部隊にドラッグ&ドラップの要領で指で触れて、上下左右4方向に分散してからの突入コースを入力する。

 4つに分散した集団は、指示を出さずとも俺が脳裏に描いたそれぞれの比率と突入陣形へと自動変換される。

 verbal instructions 。口頭指示。

 input。入力操作。

 Thinking。思考。

 それぞれ違う3つの入力方式で俺が行った操作を、AI側がくみ取り、統合してプレイに反映させている。

 万人に受け入れやすいように新機軸インタフェースとして考案したのが、この複合型入力指揮システム。

 頭文字をとった仮称で【VITマルチインターフェース】 

 考案といいつつも、その元ネタは宇宙側で遙か大昔に使われていた装置の焼き直しだったりするのは俺とアリスの秘密だ。

 俺がやったように3つの操作を複合してやってもいいし、口で言うだけでも、黙々とキーボードを叩いて入力するだけでも、 面倒なら頭の中で考えただけでも良い。

 こいつの肝は、プレイヤーそれぞれのプレイスタイルや取っつきやすさに合わせて、プレイヤーが重視する操作方法をそれぞれ自由に選べるということだ。

 棋士のように脳裏で何十手先まで考えながら、思うままに艦隊を動かす緻密な思考プレイ。

 おおざっぱに口頭で指示を出して、あとは鍛えた補助AIにお任せ。

 指揮者のように指を使った艦艇操作でダイナミックに戦闘を楽しむ。 

 ゲームの楽しみ方は千差万別という基本方針をもとに、俺達はこのゲームを構成している。

 何せ諸事情あって、集めるプレイヤーはなるべく長期で、多ければ多いほどいい状況。

 大昔の格ゲーのように初心者お断りな複雑なコマンドゲーやら、最初期MMOにありがちだったクリックゲー。

 はたまた戦闘は全部お任せで手持ちカードを成長させるだけのソーシャルゲー。

 嵌まれば嵌まるが、飽きやすいってのは俺らの目標にはそぐわなかったりする。


『しゃ! 大将突っ込むぞ! 最後だ! 接収スキル使い切りでいいか!?』

 
 俺の横にポップウィンドウが開き、威圧感を放つひげ面な中年黒騎士が実行最終確認をする。

 デフォルメされた状態だとマスコット人形ぽくて、正直何とも頼りない印象だったが、フルダイブした事で黒妖精も等身大のキャラ表示へと変わった所為で頼もしい事この上ない。

PCOのアクティブスキルはゲージ回数制時間回復型として俺はとりあえず組んでいる。

 接収スキルレベル1なら使用ゲージは1メモリ、レベル2なら2メモリ、レベル3なら4メモリという感じで、実行レベルが上がれば上がるほど増えていく。

 使用したメモリは1分で1回復し、時間経過以外で回復手段は無し。 

 これは回復ポットがぶ飲みでのスキル連発防止やら、どのプレイヤーも効率の良い同一スキルのみでの構成となるマンネリ化を防ぎ、戦闘に奥行きを持たせる為だ。

 ただ特定スキルが使えないと戦闘にならないとかではお話にならない。

 スキル総数を大幅に増やして、一部のスキル効果を重複させることで、代替え手段がいくつもある形で対応する形を考えている。

 プレイヤーの皆様にはどのタイミングでスキルを使うかAIに使わせるか、NPCで部隊構成をするさいにどのスキルを持ったNPCをいれるかなど、いろいろ悩んで貰おう。

 部隊構成やAIへの方針指示などならば、わざわざフルダイブしなくてもちょっとした空き時間に、簡易機具でVRネットに繋いで設定できる。

 稀少なフルダイブ時間を浪費しないでも、ゲームを楽しんで貰える構成。それが俺の狙いだ。


「任せる。最短で頼んだ!」


 湾曲空間形成後に敵基地、そしてアリスへと決戦を挑む突入艦隊を手持ちから抽出しつつ、俺は頷いて答える。

 相手がAIだとは頭では理解しているが、どうにも反応やら喋りが人間ぽい感じで、ついギルメンに返すような感じで返事を返してしまう。

 他のNPCは問題無いが、俺が未監修のアリス特製妖精NPC共の感情表現がハイレベルすぎるのはちと懸念事項か……まぁさすがに宇宙人特製AIなんて真相に至るのはいないと思うが。

 リルさんに頼んでアリスの親父さん(仮)の技術力をもう少し盛っておいたほうがいいか?


『おうよ! 野郎共いくぞ!』


『『『『へい! 合点だ!!!』』』』

 
 勢いよく答え何故か後ろを振り向いた黒妖精の後ろで、間髪いれず合いの手があがる。突入艦に搭乗する白兵部隊員達の反応だろうか。

 さっきまでの戦闘前にはなかった反応。山場にのみ出現する特殊状況、台詞ぽい。

 ……さすがアリス。突貫制作のはずなのに、どこまでもこだわって作ってやがる。

 子供ぽい顔やら雰囲気に似合わず、些細な部分にまでこだわる職人気質な相棒に呆れ半分に俺が感心している間にも、モニターには激しい戦闘が表示される。

 4つに別れた突入制圧部隊に衛星の防衛陣から、数は少ないながらも荷電粒子やら対艦ミサイルが撃ち放たれる。

 だが外側に展開する防御艦群が、能動的に動き、対エネルギー艦の磁場シールドが荷電粒子を減退かき消し、耐物理艦のカウンターミサイルや連射型砲台で構成されたCIWSシステムが、迎撃を無力化し突き進む。

 瞬く間に防衛圏を薄紙のように突き破った突入制圧部隊。その円錐陣の先端を務めていた防御艦の一部が四方に広がり、開口部が開く。

 その内側から姿を現したのは、鋭い牙のように威圧感を放つ黒色の突入制圧艦と、突入艦をトラクタービームで牽引する補助スラスター代わりのタグボート艦。

 高圧縮外殻を幾重にも重ねた重装甲の前面装甲と、艦の後ろ半分を占める過剰なまでに直進加速性能を伸ばした4対の大型スラスターと特徴的な外観をしている。

 突入制圧艦のコンセプトは、その直線番長な加速力と高周波船首衝角に物を言わせて、敵惑星級艦もしくは敵施設へと突っ込み穴を開け内部へ侵入、制圧すると何とも粗っぽい仕様。

 最短距離で最大加速というコンセプトな直線加速優先のスラスター配置で、小回りは効かず、後ろのスラスターに直撃を食らえば一撃轟沈という癖が強いにもほどがある設定にしてある

 この一隻を確実に投入するのに俺は、周囲を囲む防御艦群でエスコートした上、艦隊行動に追従する為にスラスター補助の牽き船を4隻も使っている。

 一芸極化な尖った性能は、他ならぬ相棒の趣味。

 アリス曰く、

『どの局面でも使用可能なマルチ艦一辺倒で組んだ艦隊なんかより、癖の強い艦をいろいろ組合わせていく方が面白いし楽しいでしょ……っていうかシンタ好み仕様だがら反対無し』


 さすが廃神ゲーマーで我が相棒。いろいろよく判ってらっしゃる。

    
「突撃進路オールクリア。突撃制圧艦4隻スラスター最大稼働開始」


 黒妖精と違って無機的なNPCオペレーターが前方の安全確認終了を告げ、4隻の艦の主機関に火が点ったことを告げる。

 
『オラ! 奥までずっぽしつっこんで、とっとといかせんぞ!』


 黒妖精の威勢の良いかけ声と共に、スラスターを最大稼働させた突撃制圧艦が尻に火がついた猛牛のように解き放たれる。

 要約すれば、敵衛星の最深部まで突入して最短でコントロールを奪取するって意味なんだが、このオヤジテイストな下ネタは佐伯さんのネタか?

 佐伯さんの発想や技術力は尊敬し見習いたいと思っているが、この辺りはアリスが影響を受けない事を切に願っておこう。

 度を超えた廃宇宙人ってだけでお腹一杯だってのに、これ以上濃い属性は胃もたれしそうだ。


「敵衛星コンタクト。高周波衝角により偽装外殻、内殻装甲突破。エネルギーラインおよびネットワークへの制圧および白兵戦部隊の展開開始」


 速度×硬度×熱量。
 
 三重の暴虐ステータスが衛星の纏った偽装外殻を容易く打ち砕き、さらには内部の高密度装甲隔壁すらもあっさりと貫いて、内部へと浸食を成功させる。

 突き刺さった突撃制圧艦から白兵戦要員たちが飛び出し制圧を開始し、それと同時に大小様々なチューブが船体から伸びて、自動遮断されたエネルギーラインに強制接続して、湾曲空間通路を形成する為の準備に入る。

黒妖精の強化スキルと俺がフルダイブした事によって、ステータス値が跳ね上がった麾下艦隊員達はあっという間に侵攻処理を進めていく。

 衛星内部でのアリス側の抵抗は、無人防御兵器群がちょこちょこ顔を見せるだけで、ほぼ皆無と言って良いほどの抵抗の無さ。

 通常ならこうまであっさりいくと、罠かと疑う所だが、今回はアリスが相手でしかもプレゼン。

 オードブルはあっさり、メインを重くって言うアリスの意向だろうと、気にせず制圧を続行させる。


『エネルギーライン強制接続! スキル発動強制接収!』


 黒妖精のスキル発動の叫びが響く。

 バータイプのゲージが中央に展開し、スキル発動までのカウントを始めるが、激しく火花を散らす導火線のように、ゲージは僅か12秒で0へと変貌する。

 スキル発動と共に、無害な岩石小衛星に偽装されていた星が軽く身震いし、その中心部に虚空が生まれた。

 最初は小さな黒い点だった穴は、瞬く間に周囲の空間を歪めながら口を広げていく。

 大きく開かれた漆黒の穴の先には、外部リングと内部リングの切れ目。小衛星が激減した中間層が姿を現す。

 無数に並ぶ小型、中型の艦で構成された艦隊が穴の向こうで整然と並び、その背景には白色に輝く全域バリアに囲われた真珠のような惑星が映る。


「湾曲空間探査終了。内部空間は湾曲作用において直径3キロ、直線約2000㎞まで延長。衛星基地発進後の星系内戦闘加速用空間と推測されます」


 直径十数㎞の星に空いた穴が200倍近い長さに延長。さすがチートな宇宙技術。これがゲームだけじゃなく、現実にある技術だってんだから、地球との科学技術の差は考えるまでもなし。

   
「出口地点に展開する敵部隊は、長距離精密砲撃艦および観測艦で構成されたツーマンセルの狙撃迎撃艦群。超大型砲の存在は感知できません。空間制圧型の大規模口径砲に次いで、遮蔽物のない限定空間において効力を発揮する構成だと思われます……いかがなさいますか?」  
    

 穴の中に飛び込めば遮蔽物のない直線空間でただの良い的。

 かといって衛星を回避して脇を廻ろうとしても、濃厚な衛星群で進路は限定される。

 しかも単艦ずつしか通れないと、こっちはこっちで個別撃破の的+時間切れが目に見えている。

 穴の中を埋め尽くすほどの大規模砲の気配がないのが唯一の救いってか。

 勝ちを狙いにいくなら、どうするかなんて考えるまでもない。

 かといってなんの対策もなく、ただ運を天に任せて、突っ込むなんぞ俺の流儀じゃない。


「予定変更無し突っ込むぞ! 補助AI切り替え」


 オペレーターの問いかけに即答した俺は右手を走らせ、アイテムボックスウィンドウから、妖精詰め合わせを選択、未選択だった最後の1つを呼び出す。

 ブリッジ中央の3D天図内に仮想体生成リングが出現し高速回転を始める。

 模るのはかつての飛行機黎明期時代の飛行士が身につけていたような、ゴーグルと毛皮の帽子、防寒具を身につけた金髪の女性。


「黄妖精。宇宙船パイロットならこの私。要塞艦! 原始太陽系縦断航路! 何でも任せなさい!」


 黄色妖精は出現と共に、この短時間でお馴染みとなった口上を、勝ち気な声でブリッジに響き渡らせる。

 赤妖精が潜入探査、白妖精が商取引、黒妖精が短距離戦とそれぞれに特化したなか、この黄色妖精は、艦隊機動や宇宙船の操作能力向上に特化したスキルをもっている。

  
「黄妖精。直径3キロの穴の中で2000キロのチキンレースだ。前衛防御艦群で先行。後衛打撃艦群を無傷で舞台に送り込む。いけるな」


 穴の向こうのアリスと打ち合いなんぞしている暇なんて、残り時間を考えると無い。

 ならば防御艦で攻撃を防いで通路を突破。武装フル装填状態の打撃艦で一斉攻撃の強行突破作一択のみ。

 現役時代のコンビ戦で、前衛俺、後衛アリスでたびたび使った十八番の手。

 この手をあいつが読んでいないわけ無いだろうから、穴を抜けた先でさらなる罠があるかもしれない。

 だが……上等。勢いで食い破ってやろうじゃねぇか。


「誰に物を言ってるのかしら! 正面戦闘の馬上槍試合は貴族のたしなみ! 宙の騎士の力をとくと見せてあげますわ!」


 黄妖精が響く声で宣言を宣い、たなびく金髪を両手で束ねてポニーテールに纏めて縛り上げ、ゴーグルを降ろす。

 黄妖精の戦闘準備終了と共に、艦隊全艦の主機関が+スペック最大値となるフルドライブ状態へと強制強化された事を、情報ゲージが示す。

 黄妖精の所持スキルの1つ『先陣を駈ける戦乙女』の効果らしい。

 アリスやら佐伯さんが好きそうなネーミングのスキルは、麾下艦隊の推進能力をスッペク最大値で発現させる強化パッシブスキルの1つ。黄妖精が出現している間は自動補正が掛かり、艦隊や艦の動きが格段に良くなる仕様だ。

 パイロットならこの私という黄妖精を良く表したスキルといえるだろう。

 ……しかし忍者に老執事、騎士に貴族の末裔。一々AIそれぞれに背景設定まで作っている拘りが、アリスらしいっちゃらしい。


「期待してる。特攻隊全艦突入陣形形成開始! 粒子一筋も後方に漏らさず、受け止めていくぞ!」


 通路の幅は直径三キロ。人の身で見れば大穴だが、宇宙を駈ける船から見れば極々狭い穴。

 さらに湾曲空間と圧縮空間境界面に下手に触れれば、内外の次元差で最悪艦が大破断裂するかもしれないとの予想も出ている。

 この狭い穴の中をアリスの攻撃を防ぎつつ、強行突破するのだから、黄妖精の補助があっても困難だろう。

 まぁそれが面白い。

 無理ゲー、弾幕ゲー、鬼畜ゲー、難しければ難しいほど、ゲームは面白いってもんだ。

 手持ちの対エネルギー防御艦を6艦構成でグループ化。直径3キロの通路の中で一グループを平面展開。それを全20層で縦列陣形で形成。

 中央に物理防御艦。こいつらは道中では出番無しだが、向こうに到達後に必須となる指、この突撃の最後には破城槌の役割をしてもらう予定だ。

 そして最後尾に乗艦する防御指揮艦と、アリスの切り札を警戒して虎の子の耐マナ艇を配置して前衛グループ。

 後衛は、全長の半分以上を占める対要塞砲を積んだ単一武装特殊砲撃艦を軸にして、その周囲を各種攻撃艦で形成した大火力仕様艦隊を空間が許す限り詰め込む。

 一隻でも撃沈されたら、その爆風やら衝撃波で連鎖的に被害が増しそうで、爆薬庫状態だが、突破後の初手で大規模な攻勢を仕掛ける為の苦肉の策だ。


「全艦艇陣形成終了。突入準備完了いたしました」


「……んじゃいくぞ! 全艦突入開始!」 


 制圧地点の最低限の保持戦力のみを残した乾坤一擲な総力戦。止められる物なら止めてみろってんだ。














 中央の噴水から噴き出す水に投影された水面モニターには、絶え間のない激しい火線を撃ち放ち続ける防衛砲撃艦隊と、その攻撃を幾重にも重ねた防御艦で防ぐ侵略艦隊が映る。

 撃ち続けてエネルギー低下を起こした砲撃艦が後方へと一時退却すると、即座にその穴を埋める為に待機していた砲撃艦が攻撃を開始する。

 荷電粒子を受け止め続けていた防御艦群は磁場シールドが減退すると、進行速度を落として後続の防御艦群へと防人の立場譲り、後衛最後部まで引き下がって、再エネルギーチャージを始める。

 侵略艦隊の突入開始からまだ2分ほどしか過ぎていないが、その激しい応酬で各々入れ替えた隊はすでに10以上にも及ぶ。

 行程はまだ30%ほど。この激しい攻防が、単純でもあと6分は続く計算になるだろうか。

 攻め手と守り手。

 手持ちのカードを限界ギリギリ以上まで酷使するのではなく、限界が訪れるその遙か前に余裕を持って交換していく。

 常に不測の事態に備え、最低限の予備戦力を残そうとしているからだろう。

 相対する両者の手は、どことなく似かよる。

 あの”二人”が現役時代に調子が最高潮の時は、文字通り1つの暴力として荒れ狂った物だ。

 崩して、ぶった切って、防いで、たたき割る。

 狩り場で揉めて同レベル帯のプレイヤー十人に囲まれていても、それを軽々と跳ね返すほどのコンビ戦の相方同士。

 その戦い方が似かよるのは、当然だろうと、常に手を残そうとする慎重な戦術思考を見て宮野美貴は思う。


「おぉ! 今の攻撃7段目まで抜けたぞ! これ後方までいけるんじゃねぇか!? いいぞアリス! 火力こそ正義だ! 薄情な旦那なんてぶっ倒せ!」


 防御艦と防御艦の隙間を縫って突き進んだ一筋の粒子砲が、分厚い防御陣形の7段目でかろうじて防がれた事に大きな喚声がわき上がった。

 度重なる先陣入れ替えで10段目以降の防御艦群は、未だフルチャージ状態ではない。磁場シールドが弱まっているのながら、上手くすれば撃沈できるかもしれないと期待が上がる。

 防御艦の数が減れば穴が開き、後方の打撃艦隊を護る壁が減る。一度崩れたら総崩れになるのではと期待が上がる。


「喜ぶのは待ちなさいってば。最悪でも物理防御艦を犠牲で防げるくらいに威力減退させてる。相手はミサキよ。現役時代にそんな感じで調子に乗って、KUGCに散々やられたでしょうが。ほんと学習しない火力馬鹿ね」


「んだと。お前の所みたいに不意ついて一撃なんぞ卑怯な手より、真っ正面から叩きつぶすのが王道だろうが」


 歓声を上げる若いサラリーマン風のスーツの姿の男と、その横で某VRカフェの制服を身につけた女性従業員があきれ顔で戦力分析数値を指し示す。

 リアルの知り合いなのか気安さを感じさせる二人は、そのままあーだこーだと戦いの推移や予測論をぶつけ合い始めた。

 美貴の兄の企みは上手く成功。当初は閑散としていた会場は今では多数の仮想体であふれかえっていた。

 漏れ聞く声を聞けば、三崎の悪評を知っていてアリシティアを応援するリーディアンのプレイヤーだった者もいれば、どんなプレイヤーなんだと問いかける単なる興味本位の野次馬。
 
 別ゲームのヘビーユーザーらしき者などは、自分のやっていたゲームを引き合いに出してゲーム構成や作りのダメ出しなど論評で忙しいようだ。

 兎にも角にも盛り上がっている事は間違いなし。

 一斉にダイブして1カ所に固まっていた美貴達の周囲にも、メールで評判を聞きつけた新旧のギルメン達が次々に潜って、この降って湧いたお祭りに参加し始めていた。

 学生ギルメン連中は大半が春休み期間中だからまだしも、社会人ギルメンまでも時間的に昼休みだったり、自営業だから大丈夫というかなり怪しい理由で潜って来ているのだから、『SA』というコードの意味合いの強さを改めて実感する。


「部長。部長。あのAIってアリスさんのお手製ですよね? あんな感じの自然な受け答えするAIってどんなプログラム組んでるんでしょ?」


 顔に似合わずというか、根っこの部分が技術者系の後輩千沙登はゲームそのものよりも、そこで使われる特製AIに興味を引かれたのか目をきらきらと輝かせている。

 人工知能搭載型ぬいぐるみを作りたいというファンシーな入学動機は伊達ではなさそうだ。

 
「あー……あっちゃんの場合、MODもそうだけど独自技術多いから聞いてみないと判らないわね。相当ハイレベルな事してるのは間違いないけど。ねぇユッコさん。この後あの二人と連絡が取れますか?」


 工業技術そのものよりは、その技術がどういう経済的効果を生むかや応用できる分野を模索する工業経営学を学ぶ美貴は、後輩からの質問にあっさりと白旗を上げて、そばで社会人同士で集まって雑談を交わすユッコに問いかける。

 千沙登の質問は別としても、あの二人にはいろいろ問いただしたい事もある。

 一年近くもなんで連絡の1つさえよこさないとか、連絡ついてたなら一言くらい教えてくれと文句がほぼ大半になるだろうが。


「はいはい。ホワイトソフトウェアの方に確認しますね」


「なんだ美貴。後輩の質問くらい答えられないって部長の名が泣くぞ。情けないな」


 雑談をしていた社会人メンバーの一人である兄の宮野忠之はわざとらしいため息をはき出し、大げさな身振りで首を横に振る。


「兄貴うっさい。っていうか兄貴にも文句あるのよ。なによあの地下倉庫の乱雑振り。兄貴のせいで今日の倉庫探索に苦戦してるんだからね」


 にやにやした笑いを浮かべる兄を見て、先ほどまでの苦労も思い出した美貴が詰め寄る。


「お前らあそこに手を出したのか? 俺の前からあんな感じで触れたら不幸になるって場所だぞ。ほれ入り口にも掘ってあっただろ。『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』ってな」 


「あれ兄貴の手書きでしょうが! 癖字過ぎて丸わかりだっての!」


 どこ吹く風で戯言で嘯く兄に対して、常に振り回される美貴はつい声を荒げる。

 何でもその場のノリや悪戯心で行動する兄は、いい年してどうにかならないのかというのはここ数年の美貴の悩みだ。


「ほらほら兄妹喧嘩は後にしましょう。ミャー君も妹さんで遊ばないの」


 端から見ればじゃれ合いのような兄妹喧嘩に周囲があきれ顔している中、ユッコがのんびりとした口調で間に入っていさめる。


「ういっす。ユッコさんにいわれちゃしゃーない」


「あぅ。ユッコさんすみません。いろいろ」


 雰囲気の悪い時にユッコの存在は一服の清涼剤のように周囲を鎮静させる効果があるのか、忠之はからかいの笑みを顰めるとばつが悪そうに頭を掻き、激高し掛かっていた美貴は軽く息を吐き、気を落ち着かせる。

 かつてあの世界でよくあった光景を美貴は思い出す。

 揉めたり喧嘩したりと騒々しく騒がしく、そしてそれら全てが楽しめた時代。

 それはゲーム終了と共に消え去ったはずの空間。

 今のやり取りに周囲の誰もが過去を懐かしむような目をする中、


「マスターさんはこの後も2,3日はいろいろ雑用やら後始末で忙しくなりそうですけど、アリスちゃんの方は明日には手が空くみたいですね……ふふ。ようやく戻ってきますよ。私たちのギルドと世界が」 


 一人全ての事情を知るユッコが僅かな笑みを浮かべて噴水と目を向け瞬間、今までで一番の喚声が会場に響き渡った。












先頭の物理防御艦が本来は防衛用に使うはずの短距離迎撃ミサイルや小型艦砲をばらまき、入り口に申し訳程度のバリケードを作っていた砲撃艦らを、その堅い船殻硬度に物言わせてど突き飛ばす。

 必殺破城槌ってか。


「湾曲通路突破。損傷率2%。戦闘開始時より累計損傷率は17%となりました。限界値まで残り13%。危険領域へと突入いたしました」


 ついに湾曲空間を抜けて、広々とした空間に躍り出る。行程2000キロといっても宇宙尺度で見れば短距離。

 その行程で落とされた防御艦は8隻。

 距離が近づけば近づくほどに威力を高めていく狙撃砲艦の攻撃で、シールド減退していない無傷の対エネルギー防御艦は皆無という状況。

 しかし度重なる全力連撃でアリス側の砲撃艦もエネルギーチャージが十二分ではないのか、次々に突破していく防御艦への攻撃は散発的だ。


「橋頭堡陣形形成! 対エネルギー攪乱幕射出! 全天精査! 後衛艦隊到着までに敵基地の所在割りだし!」


 黄妖精の能力でスムーズに艦隊行動をとる防御艦群が拡散して、湾曲通路の出口に簡易陣を作る。

 チャージ不足な対エネルギーシールド艦と違い、耐物理防御艦群はほぼ無傷。後衛到着までの僅かな時間くらい稼ぐのは分けがないはずだ。


「全天精査終了。敵基地所在の割り出し。正面9時の方向に若干の空間揺らぎを発見。巨大質量によるステルス重力変異と推測。さらに無数のステルス反応を周辺空間に感知。100メートル級から300メートル級の物体が隠れているようです」


 手早く動いたオペレーターによって、周辺空域で異常数値を放つ場所が特定され、艦隊中央の3D天図に表示される。

 遠距離では感知できないが、ここまで近づいて目と鼻の先ともなれば、艦クラスのステルスを見破るのは難しくないようだ。

 中央部にクローズアップされた大型質量反応は、おそらく第一目標のアリス側の防御基地。

 まずはここを落とすか、占拠一定時間の保持が俺の最低限の勝利条件となる。ここまでは予測範囲。

 しかしさらに隠れているという無数のステルス反応は俺の予想外。推測しているアリスの手持ち戦力よりもさらに多い数の何かが隠れているらしい。

 俺がゲームプレイを始める前に、アリスのいっていた『工作艦にもいろいろ小細工を指示して』という台詞が脳裏をよぎる。

 こいつがその小細工の成果か? 何が小細工だ。ど本命の切り札じゃねぇか。


「後衛艦隊現着まであと20秒。全ステルス目標へのマーキングをいたしますか」


「対要塞砲は巨大質量一点狙い。他は自在で任せた。手近なのからぶち込んで」


『フルダイブ感知。敵プレイヤーがフルダイブ状態へと移行いたしました』


 攻撃確認に俺がおおざっぱな指示をしようとした時、艦橋に大音量のアラームが鳴り響き、警戒アナウンスが流れる。

 相手がフルダイブしてきた事を知らせる緊急通報だが、アリスの奴、何故このタイミングで?


『あーっもう! 何とか間に合った! シンタ早すぎるのよ! もう少しタイムスケジュールとか盛り上がり考えなさいよ!」


 俺が疑問に思うと同時に、強化したステ値による強制通信割り込みウィンドウが開いてかなり理不尽な台詞を宣う我が相棒が姿を現す。


「当初のままならともかく。打ち合わせもしてないアドリブ仕事に巻き込んだのはお前だろうが」


タイムスケジュールなんて無茶な事を言うアリスに、いつもの感じで無茶振りするなと返す。


『ふんだ。あたしとサエさんの切り札いくよ! 全艦ステルス解除!』


 目を爛々と輝かせ、ウサ髪をピコンと跳ね上げたマックステンションなアリスが腰掛けていた提督席から立ち上がり右手を大きく振る。

 またもアラームが鳴り響き、先ほどま判明していたステルス反応地点のいくつかから隠れていた艦艇群が姿を現した事を知らせ、3Dモニターに反映される。

 隠れていた艦はこちらを半包囲するような形で展開しているが、こちとら防御艦がメイン。攻撃は出来なくとも防げない数じゃない。
  
 初撃を耐えきって、攻撃の打ち終わりを狙うように後続の打撃艦隊で反抗攻撃をすれば良いだけの話。

 アリスだってそんな事は早くも承知だろう。


『全艦砲撃目標セット。周辺”マナ”コンテナに向かって一斉砲撃開始』


 …………なるほど実装してやがったか。

 アリスが高々にはなった台詞で俺はこの先に何が起きるのか把握する。

 これは俺がPCO初期スタートダッシュの為に考えていた手の1つ。そしてVRを”取り戻そう”として練った策の1つ。

 一斉に火を噴いたアリス艦隊の砲撃は、俺の麾下戦隊には1つも襲いかかる事無く、周囲にステルス状態で隠していた気体コンテナを直撃する。

 コンテナ内部に充填されたのは何のことはない。このちょっと先でバリアに覆われた星から持ってきた大気だ。

 惑星にありふれた大気を詰め合わせただけの、気体用圧縮コンテナは運搬用名で防御力など無いに等しい。一条の砲撃であっさりと爆散する。

 無数のコンテナが、周辺空域に濃厚な空気を拡散させていく。含んだ水分が一瞬で凍結しダイヤモンドダストのように輝く中、


『マナ濃度の急上昇を確認。周辺星域の限界マナ濃度までフル蓄積。特殊ダイブシステム『祖霊転身』の発動条件が満たされました』


 アナウンスと共に先ほどまでは、最底辺のレッドゲージで微動もしなかったゲージの1つが急上昇し、ゲージ全体が金色に輝く。


『5連装ガトリング砲ペンタグラムモード発動!』


 芝居掛かった身振りと共にアリスが右手を大きく天に向けて掲げると、それに連動してアリスの乗る乗艦高速戦闘艦レッドラビットの主砲である5連装ガトリングが北天にその砲口を向ける。

 その砲口の先には、先ほど破壊されたコンテナから溢れた大気の残滓たるダイアモンドダストが煌めく。


『全力砲撃!』


 アリスのかけ声でレッドラビットから撃ち放たれた5筋の紅い光は、ダイヤモンドダストに着弾。

 ビーム砲はただの薄い大気をあっさり突き抜けるどころかその場に留まり、あろう事か着弾地点を基点にして1つの陣形を作り出す。

 その形は、魔術系のゲームではお馴染みの五芒星。

 紅い光で出来た五芒星は渦を巻きながら周囲に散らばっていた他のコンテナからこぼれ落ちていたマナを集め瞬く間に巨大化。


『祖霊転身!』


 どこぞの変身ヒーローかと突っ込みたくなる台詞と共に、巨大化した五芒星の中心部へとレッドラビット号が突っ込む。

 平面上に展開した五芒星に、巨大な宇宙艦が音もなく飲み込まれていくシュールな絵面が展開される。

 いろいろ感想はあるが……とにかく派手すぎだろ。

 俺が正直な感想を脳裏に浮かべている間に、宇宙戦艦丸々一隻を船首から船尾まで飲み込んだ紅い五芒星は、その形を大きく変え一筋の光へと縮小、さらに今度はその線が中央から2つに分かれ、内部に折りたたまれていた複雑な魔法陣を展開していく。

 その魔法陣に俺はある意味で懐かしい感慨を覚える。うちのゲーム。リーディアンのユーザーだったら誰でも見た事のある同じみな図形。

 そしてこの魔法陣は、俺にとって特別な物

 俺が、もっとも頼ったそして信頼する相棒を呼び出す。文字通りの最後の切り札。

 完全に開ききった魔法陣が、大きく光を放ちながら強く発光し、その中から一人の少女が姿を現す。

 モニターに映る魔法陣から出てきたのは10代中盤くらいの少女。

 キラキラと光る長い金髪に透き通った碧眼。さらには頭にはデフォルメされた機械仕掛けのウサミミ。

 全身を覆う燃えるように真っ赤な外装鎧。全体の基調は古めかしいデザインだが、所々にブースターらしき噴射口がついていてどこか未来チックな成分も混ざっている。

 右手には二の腕まで覆う巨大なシールドと5本の短槍で構成され、蒸気が噴き出し歯車がせわしなく動く実に古めかしいマシンアーム。

 古今東西混合という何ともアレな恰好に変わっているがその基盤は変わって……いや俺がよく知るアリスへと”戻っている”。

 若干違うといえば、アリスのウサミミが動物チックな物から、本当のアリスが使っているような機械に変わっているくらいだろうか。

 目をつぶっていたアリスが目を開くと共にそのウサミミがピコンと立って臨戦態勢へと入った事を告げる。

 戦闘態勢に入ったアリスは背中のブースターをフル加速させて攻撃を開始する。

 一番手近にいたこちらの物理防御艦へと一直線に向かっていくその加速度は、先ほどのレッドラビットそのものの速度。

 右手の歯車が激しく廻り、立ち上る水蒸気が一筋の線となってその航跡を漆黒の宇宙に刻む。

 高速接近するアリスに防御艦の自動迎撃システムが、接近を防ごうと弾幕を張り、迎撃ミサイルを撃ち放つが、それらをアリスは持ち前のチートじみた超反応で紙一重で交わし、あっという間に距離を詰めた右手を大きく振りかぶる。


『スピアストライカートリプルモード! 地魔術ボルケーノスピア!』


 アリスの詠唱と共に蒸気が盛大に噴き出し、圧縮蒸気によって加速された短槍型杭打ち機から”三重魔法陣”がその船体に刻まれる。

 アリスが右手に装備するのは所謂パイルバンカー。

 ただ普通のパイルバンカーと違うところがあるといえば、スピアストライカーが打ち出すのは”魔法陣”。

 相手艦の物理防御、魔術防御を貫き、その内部で魔法陣を展開、魔術攻撃を炸裂させる防御力無視な武装だ。

 アリスが打ち出した魔法陣は、地上の火山から火山弾を呼び出し撃ち込む地系低位の攻撃魔術。

 呼び出された火山弾はアリスの攻撃位置から見て艦の主機を直撃したのか、アリスが撃ち込んだ反対側から火柱が上がる。

 攻撃を終えたアリスはブースターを吹かせて離脱すると、俺が搭乗する艦をまっすぐに見据えて右手を突き出す。

  
『KUGC二代目ギルドマスターアリシティア・ディケライア推参!』


拡大モニターの中で実に溌剌として楽しそうな広域シャウトで名乗りを上げたアリスの背後で防御艦が大きく爆散していた。

 俺の切り札その1。このPCO世界はかつての世界の延長線上の世界。

 つまりはリーディアンオンラインの数千年後と仮定した魔法と科学の融合した世界で繰り広げられる宇宙戦争がこの舞台だ。

 アリスの今の姿は、俺のその目論見を濃いほどまでに具現化した姿そのものだ。



[31751] 廃神プレイヤーvs外道GM  前哨戦
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:607064d3
Date: 2013/10/03 04:32
 さてどうしてくれようあの阿呆ウサギ。

 
『ぬるいぬるい! こんな豆鉄砲でこのあたしが止まるわけないでしょ』


 特別ダイブギミック『祖霊転身』は、俺が知っている段階では、まだ練りが足りないにもほどがある素案だったりする。


『シングル! ファイアーランサー!』


 未完成な証拠と言うべきか、戦艦系よりは格段に防御力、HPは落ちるといえど、艦載機が雲霞のごとく落とされていやがる。

 ゲームバランスなんぞありゃしねぇ。

 まぁそれもしょうが無い。

 今のアリスは見た目はちんまいSFウサギ娘でも、そのパラメーターは変換元の高速戦艦の攻撃力と防御力を元の値に、さらに強化された鬼ステ持ちのちんまい弩級戦艦娘だ。

 初期シングル魔法と言えど、基本攻撃力が戦艦砲と同等じゃ、艦載機なんぞそりゃ落とされる。

 三重バージョンじゃ防御艦も落とされたくらいだしな。

 触れたら死亡って辺りに、ちょっとした段差で死ねる某先生を思い出す辺り、俺もまだまだ余裕があると思って良いのだろうか。

 それともてんぱった末の現実逃避か?

 アリス側の守備隊からの攻撃を防御し、後続の打撃艦隊群が到着するまでこちらの陣を維持しつつ、目下の所最悪の敵である相棒へと旗艦である艦載機母艦より先行発進させた戦闘機群でちまちま牽制を仕掛ける。

 唯一の救いというか、なんというか、助かっているのはアリスが最初に出現した位置から動いていない事だ。

 ただその陣取った場所が問題。

 アリスの真後ろには、目標である敵基地。アリスを回避して通るルートも無く、あいつを真っ正面から撃破する以外に今の俺には勝ち目はないって事か。


『ふふふ。さぁどうするシンタ!? このままじり貧でやられるような諦めの良い性格じゃないでしょ!』


 そらそうだ。さすが相棒。よく判っていやがる。

 とりあえず真正面からのバンザイアタック決行と。

 艦載機の一機に簡易命令を下しアリスへと真っ正面から突っ込ませるが、攻撃安全圏リミッターを解除した自爆覚悟の神風アタックで真っ正面から突っ込んできた戦闘機に対してアリスはあえて前に出てきやがる。

 こっちの手を読みやがったか……あの野郎。

 高速戦艦譲りの加速力で突っ込んできたアリスはウェポンベイが開ききる前に戦闘機にとりつく。

 戦闘機の勢いで多少後方に押し戻されつつも右手を振りかぶり、


『とっ! 自爆なんてさせないもん! なめないでよ!』


 ゼロ距離ミサイルを放とうとした機体へと一瞬早くバンカーを撃ち込んで、ひらりと離脱して見せる。


『さぁこれでおしまい? そろそろシンタを落としに行っちゃうけど、もう降参かな?』


 爆炎を背に決めポーズらしき構えを作り広域ボイスで俺を煽ってくるアリスの声は楽しげで…………正直むかつきやがる。

 こちらが牽制で出した艦載機を3分で12機もたたき落としまくりやがったMS少女チックなあの大馬鹿野郎の戦い方に、忘れがたい既視感が蘇る。

 なんというか外見データは現役時代のアリスを流用した物だというのは一目でわかるので既視感も糞も無いが、既視感を覚えたのはその攻撃一辺倒の戦闘だ。

 ちったぁDFやら防御系スキルも上げろと散々忠告してるのに、

『やられる前にやれ、鎧袖一触が先祖伝来の戦い方だもん』

 と堂々と言い放ち、レベルキャップが解かれるたびに最速で攻撃系スキルを上げまくっていた相棒時代、つまりは俺が現役時代を思い出す。

 こんな大馬鹿野郎な相棒に合わせて壁役に徹してきた俺が引退した後は、さすがにデスペナが連続し、ついにはレベルダウンまで起こしちったぁ反省したのか、攻撃寄りのバランス系スキルとステに変更し、無茶な特攻も控えていたようだ。

 だが今日の戦い方はその最終タイプではなく、特攻馬鹿の戦い方そのもの。

 しかも今の煽り…………今アリスが何を望んでいるのか? 

 その答えは俺の中で、すでに出ている。

 祖霊転身に対抗できるのは、祖霊転身のみ。

 それが俺とアリスの共通した意見だ。

 俺に同じギミック祖霊転身を使わせ、あの時の”俺”を出現させる事。

 まぁアリスがなんでそんな事を望んでいるかまでは予想できないが、ロープレ派筆頭なアリスの事だ。

 かつての相棒同士が、数千年を経てぶつかり合うというシチュエーションに燃えたとかか?

 とにかく、佐伯さんがあっち側。封印された現役時代の俺の仮想体データなんぞ好きなように引っ張ってこれるだろう。

 アリスの望みは予想できた。

 だがその思惑に乗る案は使いたくない。というか使えない。

 ……なんと言うか、今のアリスの動きを見て判ったんだが、あの野郎昔より格段にプレイヤースキル上げてやがる。

 今のままじゃ、同じ強化要素の祖霊転身を使っても、俺の負けは確定的だからだ。

 デモプレイと言えど、ここまで好き勝手にやってくれやがった、あの野郎に負けるのは大人げないかもしれないが、絶対に拒否したい。

 かといって、このままじり貧でいってタイムアップ負けも情けない。

 さて……どうするか。



 

 俺が『祖霊転身』と名付けたギミックを考案した理由はいくつかある。

 こっち側、制作者側としてぶっちゃけると、コスト削減と客寄せ。

 昔の遺産であるリーディアンの世界観やデータを活用して、開発費用や期間を削減。

 さらに性能的には低下してしまう上、リーディアンとは違ったゲームスタイルにならざる得ないPCOのスタートに、一定以上のリーディアンユーザーを取り込む事で、初期スタートを順調にする目論見もある。

 規制により突然奪われてしまった自分たちの世界が、形を変えてとはいえ、また戻ってくるかもしれないとお客様に臭わせ、試しに一度くらいやってみようかと思わせれば勝ちという方針だ。

 GMとして俺の目論見がこれなら、プレイヤー目線ではまた別の意図もある。

 多くのプレイヤーがゲームに求める物は、非日常のスリルやら、リアルを離れた派手なヒーロー的な活躍。

 つまりは自分が目立ち活躍できる特別な体験。

 無論ほのぼのした日常を送りたいというプレイヤーもいるだろうが。

 仮想現実。VRはそれこそリアルと比べても遜色のない現実感で、非日常を疑似体験出来る技術。

 しかしこれが大人数参加型VRMMOとなると話は少し違ってくる。

 なんせゲーム内では、自由自在に空を飛んだり、小山ほどあるモンスターを一刀両断できるといっても、それは自分一人ではなく、どのプレイヤーだろうが、スキルを取得しレベルを上げれば使用できる。

 大規模人数がぶつかり合う集団戦ともなれば、アリスのような一握りの特殊な例を除けば、大抵の者が集団その1という存在感に埋没してしまう。

 自分一人だけの、オリジナルスペシャルな体験となると、VRに限らず既存のMMOではほとんどあり得ないだろう。

 だからこそ俺は元プレイヤーとしての観点から、ゲームとしての楽しみを考えた。

 時間制限、機能制限を逆手にとりPCOの売りの一つとなるキーワード。それは、


『誰もがヒーローとなる瞬間が生まれるVRMMO』


 通常のフルダイブが艦隊全体を強化する特殊ギミックだとすると祖霊転身は真逆。

 祖霊転身を行う事で全ての強化ポイントは、強化された艦隊から兵器から、プレイヤーの仮想体に移動。

 攻撃可能範囲は変換前と比べ激減し精々300メートルほどとするが、攻撃力、防御力、HPは元数値×強化ポイントという一点豪華主義仕様だ。

 攻撃範囲を減少させた理由は、通常フルダイブとの差別化。

 通常フルダイブが戦場全域へと効果を及ぼす強化だとすれば、祖霊転身は激戦地での英雄出現といった所か。

 使いどころとして俺が考えているのは、


【強固な敵防衛網に突っ込み暴れ回り、パーティメンバーのために突入口をこじ開ける】

【撤退時の殿としてギルメン艦隊を護るために敵追撃艦隊を単身で押さえ込む】

【陣営戦。敗北必死の戦場で敵巨大要塞への起死回生の内部侵入攻撃】

【祖霊転身した強力な敵プレイヤーに対抗できるのは祖霊転身を使ったプレイヤーのみという状況で行われるタイマン戦】  


 そのどれもが特別な瞬間。

 戦況の行方が、勝敗が己のプレイにかかる緊張感と高揚感。

 砲火が撃ち交わされるど派手な戦場をバックに、祖霊転身プレイヤー同士の手に汗握る全力勝負。

 時間制限により一日に2時間しか使えないフルダイブ時間を、オリジナルな特別な物として彩るスペシャルな体験を、どのプレイヤーにでも起こりうる物とするギミック。

 それが俺の考えた切り札その2……と、胸をはりたい所なんだが、ここからダメ出しやら路線調整なんぞいろいろあって、精々臭わせる程度でいこうかなと思っていた何とも情けない切り札だ。

 まぁ正直、俺のGMとしての企画力やら構成力はまだ素人に毛が生えた程度。

 時間は無い、経験も少ないで、我が社の先輩方にはこの裏で、まだまだとか、バランス調整しろよとか、相当扱き下ろされているんだろうなと、予感というか、確信している。

 未完成。バランスが悪い。

 しかしだ…………だからこそ俺に勝ち目が生まれる。

 一部の例外を除いて、完成形では祖霊転身に対抗できるのは祖霊転身のみという形にほぼなるかもしれない。

 しかし今ならまだまだ設計に穴がある。そしてすでに俺はそれを一つ見つけている。

 祖霊転身を使った高攻撃力、高防御力のアリス相手に、あいつの希望はガン無視してフルダイブ状態で強化されているとはいえ通常兵器艦隊で勝つ。

 ふむ。我ながら意地が悪いと思うが、正直心が躍るシチュエーション。 

 まぁアリス。恨むなら己の浅はかさを恨め。

 基本設定やシステムがまだまだ素案で未完成なギミックを、俺に無断で投入してきた罰だ。

 ぶっ殺したいGM断トツ一位のGMシンタミサキらしい底意地の悪い戦闘を見せてやろう。

 口元に浮かぶ性格の悪い笑みを隠しながら、俺は勝ち誇るアリスに対して回線を開き、


「あーアリス。元相棒だしお前の考えは判るから先に一応言っておくけど、俺は祖霊転身は使わないからな」


『…………えっ!? ちょ、ちょっとシンタなんで!? だって祖霊転身に対抗できるのは祖霊転身だけだっ』


 俺の宣言にアリスは勝ち誇った表情から一変しばらく間が抜けたを表情を浮かべてから、慌てて言いつのるが、


「お前の事だろ。さっきみたいな中二病全開な変身呪文やら、ど派手な変身シーン用意してるだろ……あれはさすがに恥ずかしいからよ。っていうかお前もいい年なんだし、ちょっとは控えろよ」


 なるべくゲンナリした顔を浮かべ、かなり引き気味の声と重々しいため息を交えながらアリスへの挑発を開始した。 



[31751] 廃神プレイヤーvs外道GM  本戦①
Name: タカセ◆ae18365b ID:fc7d7eb4
Date: 2013/10/16 05:14
 三島由希子によって用意されたVR会場に集う者達は、大まかに分けて2種類に分類される。

 濃いプレイスタイルと他者を寄せ付けない接続時間の名物プレイヤーと同名、同容姿の仮想体が、新作ゲームである『Planetreconstruction Company Online』で出現してから、一連の流れに最初は呆然とし、次いでその戦い方や用いる魔術システムがリーディアンと同様の物だと気づき、これはどういう事かと混乱状態に陥いり始めた者が会場の半分ほど。

 やたらと派手な出現シーンや、SF世界へ急にファンタジー要素が入り込んだ事などを、そういう設定や世界観だろうと冷静に受け止め、やけにざわついた一団があちらこちらにいる事には訝しげに眉を顰めていたが、先ほどまでと変わらず批評を続けるのが会場の残り半数ほどだろうか。

 両者が持つ違い。 

それはかつてホワイトソフトウェアが開発運営を行っていたVRMMO『リーディアンオンライン』をプレイしていた者か、それ以外の者という違いだ。
 
 『KUGC』こと上岡工科大学ゲームサークルの面々は、無論前者で有り、かつその有名プレイヤーである『アリシティア・ディケライア』と個人的な付き合いもあるので、画面狭しと暴れ回る”あれ”が、彼らのよく知る二代目ギルドマスターそのものだと、一目見た瞬間に理解していた。


「…………さすが先輩。リーディアンをそのまま使う気なの? 世界観が違いすぎるのにどうする気よ」


 その中でも古参ギルドメンバーは初代ギルドマスター三崎伸太の人と形。そしてその考え方もよく知る。

 大宇宙で宇宙戦艦が飛び交うSFであるPCOと、大空を龍が舞うファンタジーだったリーディアン。

 世界観の全く違うその二つを直結してくる気なのだろうか。

 大胆と言うよりも、かなり無謀な手だが三崎の事だ。おそらく勝算を十二分に見積もった上で賭に出る気だろう。

 追い込まれてから本領発揮するのは相変わらずのようだと、宮野美貴は呆れるしか無かった。


「んにゃ。まだまだ甘いな美貴。勝つためには何でもありなシンタだぞ。開発系に育成系やらレース系。その他諸々も盛り込んでごちゃごちゃしたのこさえて、ここに来るような多種多様なゲーマー連中も全部取り込むつもりだぞ」


 どこまで知っているのかは判らないが、兄である宮野忠之は暴れ狂うアリスが映った映像を外部に、簡単な問題付きで送信を続けている。


「マスターさんの場合は事が大きければ大きいほど楽しめる性格ですから。私が出会った頃と変わらないやんちゃな男の子のままです」


 その横では三島由希子が上品な笑みを浮かべつつ、三崎本人が聞いたら実に微妙な顔を浮かべるしかない評価を下していた。


「全部って…………まさか」  


 兄の目線に釣られ美貴は周囲を見渡し、はたと気づく。

 周囲には温度差がある。それの原因は美貴も気づいている。

 元リーディアンプレイヤーなら、アリシティアの登場にある予感を抱くだろう。自分たちの世界が復活するかもしれないという希望と共に。

 しかしそれ以外の観戦者には、ただの使い回しを用いただけで、少しばかり毛色の違う
VRMMOを物見遊山気分の見物しにきただけだろう。


「マスターさんの目論見はアリスちゃんから伺っています。そのちょっとしたお手伝いで獲物集めを副マスの仕事をさせていただきました」

  
「アップデート後の美味しい狩り場やら、狩り方を見つけるのがうまいからなシンタの奴は」


 だが元プレイヤー以外の観戦者にも共通点はある。

 時は平日の真っ昼間。春休みの学生連中はともかくとして、真っ当な生活を送っている社会人なら、決算期前の忙しい時期。

 ゲリライベント的な新作VRMMO発表会なんぞに易々と来られないはずだ。

 それでも広い会場もいつの間にやら人で埋まり始め、さらに内部の観戦者から外部発信された情報を伝手にしたのか、流入は停まる事無くどんどん流れ込んできている。

 つまりここに来るような大半は生粋のゲーマー連中。

 リアルを捨てて、VRに生きていたような濃い連中もいるだろう。 

 三崎からすれば、ここにいる全て仮想体が美味しいMOBモンスターに見えているのかもしれない。


「さすが先輩……転んでもただじゃ起きないか。でもどうやって狩る気よ。こんなにたくさんのプレイヤーを」  


「そらあれだ。何時もの腹黒い悪辣さで、とことんプレイヤー心理を突いてくるだろうよ。今のアリス相手みたいにな」 


『だ、誰が中二病よ! シンタのセンスが変なんだって』


『変なお前に変って言われるって事は俺は正常だな。うん』  


 作業の手を一端止めた忠之が指さした先では、ヒートアップするアリシティアに、やる気なさげな口調もしっかりと煽っている三崎という、数年前にはよく見かけていた極めて低レベルな口喧嘩が始まっていた。

 しかもその口喧嘩の最中も、アリスの猛攻は続き、三崎が配下の艦載機を使い何とか防ぐというハイレベルで目まぐるしい攻防は平常運転で行われている。


「うわぁ。本当に始まった『SA』が……千沙登ちょっと良い?」


 こんな衆人環視の中でプライベートな成分たっぷりの喧嘩が恥ずかしくないのだろうか。

 それともあの二人は、これだけのギャラリーがいることを知らないのだろうか・・・・・・もっともこれはデモプレイなのだから、ほかの会場で企業関係者が見ているはずだ。

 ゲームプレイに集中しすぎて気にしていないのか、気にする余裕もないのだろうか。

 美貴は呆れかえりつつも、近くにいた後輩を手招きして呼ぶ。


「へっ!? は、はい!」


 突然始まった喧嘩に驚いたのか困惑した顔を浮かべていた千沙登だったが、急に名前を呼ばれてびっくりしつつも返事を返す。


「あれが『SA』。意味は極めて簡単。『シンタとアリスがまた喧嘩始めやがった』の略」

 
 千沙登にリアルで聞かれたSAの意味を教えてやりつつ、美貴はその経緯を簡易だが説明し始める。

 兎にも角にも、三崎伸太とアリシティア・ディケライアの両名は、ゲームに対するプレイスタイルに大きな違いがある。

 三崎の場合は、ゲームはゲームと割り切り、罠だろうが、味方を犠牲にしようが、最終収支が+なら全て良しな主義。

 アリシティアの場合は、そのキャラクターになりきりロールプレイを楽しむ『ロープレ派』で過程を楽しむ主義。

 そのプレイに対する方針の違いやら、攻略方針で大揉めに揉めて喧嘩になるのは、三崎が現役時代は日常茶飯事だった。

 最初期にはその喧嘩の原因やら経緯がギルド内でも情報共有で流されて、間を取り持って仲介しようとしていたメンバーもいた。
 
 だが週に一、二回、ひどい時には一日に何度も起きる発生頻度の多さやら、低レベルな口喧嘩から、PvPに発展した二人のハイレベルな戦闘に巻き込まれて、デスペナを喰らう者も出るなど散々な目に遭った者も多く、すぐに放置という方針が固まった。 

 その結果として、些細な事から始まる喧嘩の経緯やら理由を説明するのも面倒なのと、口喧嘩はともかく、スキルを駆使したハイレベルPvPは見世物としてはそこそこ面白いということから『SA』サインと場所だけ送って、暇な奴は観戦というスタイルが出来上がるまで、そうは時間が掛からなかった。


『シンタ性格が悪すぎ! いいから早く使いなさいよ!』


『だから嫌だっつてんだろ。お前は名乗り口上やら魔法陣が格好いいと思ってても、世間一般はそうじゃないからな。ちゃんと周りの反応を見ような。いい大人なんだし』


『うー! またそうやって優しく諭す口調で馬鹿にするし! そういう所が腹黒いの!』


 説明を聞いている間も、二人の口喧嘩から罵り合いにアップグレードし、戦闘はその激しさを増していく一方だ。


「で、でも放置ってアリスさん涙声になってきてますけど。いいんですか? 会場の他の人も変だって気づいたみたいですし。ユッコさんなら止められますよね?」


 会場の観戦者達もこれが演出ではなく、ガチの喧嘩だと気づいたのか、ざわざわとしたざわめきが起き始めている。

 美貴と由希子の顔を交互に見やりながら、どうにかして止めた方が良いんじゃないかと千沙登はおろおろしているが、


「初めて見ればそう思うだろうけど、心配しなくても大丈夫だから。ほら周りの古参の先輩らは楽しんでるでしょ」


 そんな後輩の肩に手を置いてなだめた美貴は、他の観客の反応ではなく周囲のギルドメンバーへと千沙登の注意を向けさせる。

 サークルのOBやら校外古参メンバーらは三崎達の喧嘩を見ても落ち着いた物で、この喧嘩を楽しんでいる素振りさえ見せている。


「シンタの奴も相変わらずやり口がえげつねぇ。あれアリスを怒らせて意識を余所に向けて罠でも仕掛けてる最中だろ?」


「あいつの場合は罠を仕掛けていると思わせる事が罠だったりするからどうだろ。ただの時間稼ぎか? 湾曲通路内の艦隊とかどうなってやがる?」


「ちょっと速度が落ちてるな。本命らしい大型砲艦がエネルギーでもため込み始めた影響みたいだぞ」


 男連中は三崎の行動の裏を読んでいるのか、三崎達のやり取りや戦いよりも、その後方で戦場へと急行している後続部隊へと注意を向けて、あーだこーだと戦闘分析を行っている。


「あっちゃん煽り耐性低いからなぁ。特に三崎君相手だと、的確に痛い所を突いてくるから……なんかいじめてオーラでも出てるのかな」


「あれシンタの方がどSなだけでしょ。性根が腐ってるからあいつ。本性を知らないで前に告ろうとした別サーの知り合いがいたから、一度SAの映像を見せたら速攻諦めてたし」


「それアリスの存在を知ったからじゃない? っていうか今回の企画とか見た感じだと、やっぱりあの二人リアルで繋がりあったみたいだし賭けはあたしの勝ち。次のご飯ミナとエリのおごりね」
 

「ちょっと待った。賭けたのはあの二人がリアルでヤッてるかどうかでしょうが。次のOB会でシンタを締め上げて全部吐かせるまで延長でしょ」


 一方で女性陣の方は、VR以外での繋がりを臭わせた二人に興味が集中しているようで、下世話な話が飛び交い始めていた。

 あの二人の激しい喧嘩をイベントの一つ位にしか見ていないかのようなリラックスぷりに、千沙登はどう答えていいのか判らなくて唖然としている。


「……えと……いいんでしょうか?」


「そのうちあんたも慣れるわよ。でもどっち勝つかな……そこらへんどうなんですユッコさん? 勝敗って決まってるんですか?」


「予定ではアリスちゃんの勝ちだったようですが、ここから先はマスターさん次第ですね。マスターさんがどうし掛けてくるかは私にも予想がつきません。臨機応変がマスターさんのやり口でしょ」


「ユッコさん。シンタのありゃ臨機応変なんて上等なもんじゃなくて、行き当たりばったりを口先で誤魔化してるだけですよ」 


 三崎とアリシティアをよく知る三人は、心配する千沙登の横でほのぼのと勝敗予想を始めだした。


















『シンタ食らいなさい! トリプルストレート!』


 こちら側の艦載機の攻撃に囲まれたアリスが、一瞬の間隙を突いて右手のマジカルな杭打ち機を発動させ、三重直列魔法陣を配置した。

 初見の攻撃。しかし半泣きで俺が搭乗する艦を睨み付けるアリスの顔に殺気を感じたのは気のせいじゃないだろう。

 とっさに陣形を生成している防御艦の一つを最大速度で直衛に移動させる。


『貫く閃光よ! 打ち砕け敵の頭蓋を!』


 システム的に必要なのかどうなのか非情に微妙だが、怨念が篭もった詠唱らしき物を唱えたアリスが右手を振ると同時に、細く絞り込まれたレーザー光が戦場を貫く。

 しかし俺が搭乗する防御指揮艦とアリスの中間地点くらいで、先ほど動かした防御艦が受け止めて、レーザー光は霧散した。


『うー! ほら格好いいじゃん!』 


「いや、だからお前が詠唱とか張り切れば張り切るほど、おれ使いたくなくなるんだっての。黒歴史確定しそうだからよ」


 ちっ。アリスの野郎。マジで腕をあげてやがる。

 呆れ声を出しつつも、俺は戦況報告を見て内心で冷や汗をかく。

 先ほどアリスが撃ったレーザー攻撃は、受け止めていなかったら艦の防御シールドと外壁を貫いて”艦橋にいる俺のすぐ近く”を通る威力とコースを辿っていたと、表示されていた。

 いやお前。宇宙的には近距離といっても数十キロの距離で対人戦仕掛けてくるなや。しかも艦橋内にいる相手だぞ。

 超遠距離精密射撃で狙ってくるなんぞ、どこのスイス銀行口座持ちスナイパーだ。

 あれか? ディメジョンベルクラドの探知能力か? こっちの位置を正確に把握していやがるのか?

 普通のやつなら煽ればいらついて攻撃が荒くなるもんだが、むしろより正確に鋭くなってくる当たりアリスは本気で恐ろしい。

 祖霊転身を使ってタイマン勝負となったらマジで瞬殺されかねん。

 というか、アリスの奴が本気で落としに来れば、周りを防御艦で固めていても、その防衛網をすり抜けて俺が乗艦する防御指揮艦を1分かからず撃沈可能だろう。

 それをしてこない理由は明白。俺に祖霊転身を使わせようとしているからだ。

 ちと情けない上にせこい話だが、このアリスの甘さを最大限に利用して俺は首をつないでいる。

 かといってこれ以上の消耗戦が続けば、この後の策の途中で戦力値が下がりすぎて撤退敗北しかねない。    

 アリス相手に無傷ですむわけがない。ある程度の被害は覚悟の上だが、完全勝利を拾う為の準備はまだまだ途中だ。


「だぁっ! 後続の打撃艦隊あとどのくらいだ!?」


 一時的にアリスとの通信を解除して、艦橋オペレーターに準備の進み具合を確認する。

 このままじり貧かタイムアップでの負けなんぞしてたまるか。


「あと2分で湾曲通路出口に到達予定。対要塞砲艦エネルギーは設定限界値オーバータイミングも同期させてあります。砲撃後反動で轟沈いたしますがよろしいですね?」


「突撃艦のほうは?」


「牽き船との再ドッキング完了。しかし敵艦隊に対して防御艦群が防衛行動に出ている為、護衛陣形内部に突撃艦を隠す事は難しくなります」


 こっちの能力が上がっているのでアリス側の防御艦隊はしっかり防御していれば、さほどの脅威ではないが、それでも無視が出来るほどでもない。突撃艦の護衛に割ける数は精々5、6隻か。

 俺の本命はこいつら。だが種が見えているマジシャンに存在価値はない。

 ど本命の切り札を最大限に有効使用するには、直前までアリスに俺の意図を見抜かれるわけにゃいかねぇ。

 何せアリス側の基地のシールドを一回の攻撃でぶち破り、基地そのものを破壊する為とはいえ、虎の子の砲艦を一回こっきりの使い捨てにする一発勝負。やり直しは利かない。

 あの野郎の勘の良さを考えると、もう一つ二つ、クッションを挟み込まないと、


「偵察機が帰還しました。補給後再出撃なさいますか?」


 手持ちの戦力でどうやり繰りしようかと考えていた俺の思考を遮り、オペレーターから報告が上がる。

 それは先ほど俺が乗り捨ていたステルス偵察機が、最後に出した帰還指示に律儀に従って帰ってきたという報告だった。

 この最終局面の近距離戦闘で偵察機を出しても余り意味がない。しかも戦力値として見た場合、ほぼ使い捨てている戦闘機よりもステルス偵察機の方がちょいと高い。

 無駄に撃沈される前に帰還させておくべきか。 

 
「着艦させて……いや。燃料のみ補給。即座に再出撃。完全ステルスで突撃艦に追従させろ。これで最終指示にするぞ」


 だがふと思いつき、再出撃の指示を出す。アリスの反応速度なら……


「了解しました。燃料補給のタイムスケジュールも同期させます。変更した全自動戦闘スケジュールを表示します」


 俺の思い付きを織り込んだタイムスケジュール修正プランがすぐに表示される。

 一連の流れ、アリスの性格から予想した行動、牽制、本命、そして最悪の事態に備えたバックアップ三重のトラップ。

 うまくはまれば、いくらアリスが相手といえど出し抜けるはずだ・・・・・・問題はバックアッププランまでに撤退限界戦力を維持できるか微妙なラインってところか。

 本命段階で砲撃艦の自己破壊は確定。それで撤退値までレッドゾーン。バックアップ案を実行する余裕があれば御の字か。



「よし。じゃあ総員退艦準備。勝負を仕掛けるぞ」    


 だが現状でこれ以上の手も思いつかない。あとは出たとこ勝負。獲物のSFウサギ娘をこちらの意図通りに動かすだけと。

 んじゃ本気で泣かせにいきますか。
















「あーもう! しつこい! はじけ飛べ!」


 突っ込んできた戦闘機へと右手の杭打ち機をたたき込み爆散させながら、アリシティアは後方で待機している三崎の搭乗艦を涙目で睨み付ける。

 ちまちまと突っ込んでくる戦闘機を一方的に次々に叩きつぶしながらも、アリシティアの苛立ちは募る一方だ。

 明らかな時間稼ぎの意図を持った攻撃なのは判るが、三崎が何を考えているのかがアリシティアには未だ読み切れていない。

 相手はひねくれ者で負けず嫌いの三崎だ。

 微々たるものとはいえ無駄に戦力を浪費するような事や、時間切れでの負けを良しとするはずがない。

 戦況は本拠地に攻め込まれたアリシティアが一見不利に見えるが、状況は三崎の方が分が悪いはずだ。

 何せ三崎が勝つには、例え小衛星帯基地を破壊しても最終的にはアリシティアを倒さなければゲーム的な勝利はつかめない。

 しかもそのアリシティアは個人強化を最大限にする祖霊転身中。

 こんな時間稼ぎの戦闘機による攻撃をいくら繰り返した所で、直撃を喰らったとしても今のアリシティアのHPの1%にも届かない。

 そして元となった戦艦と同様の防御力と攻撃力を持つアリシティアに対して有効的な大型対艦兵器も、アリシティア持ち前の反応速度を持ってすれば回避するのは容易い。

 後続の打撃艦隊が到着してもアリシティアからすれば、獲物が増える程度で脅威にもならない。


 そんな事は三崎もよく判っているはずだ。何せ三崎はアリシティアにとってかけがえのないパートナー。

 ゲームに限って言えばアリシティアの能力もその戦い方も、この宇宙で誰よりも知っていると自信を持って断言できるほどだ。

 だから三崎が”勝つ”には、同じように祖霊転身を使って、アリシティアに対抗するしかないはず……”勝つ”? 

 ふとアリシティアの脳裏に疑問が浮かぶ。

 三崎はひょっとして”ゲームには”勝つ気が無いのか?

 アリシティア達の真の目的はゲーム事業に見せかけた地球売却阻止計画。

 三崎がもし本来の目的に重点を置いてそちらで勝とうとしているのだとしたら、盛り上がりを優先し当初の計画通りにアリシティアに勝ちを譲ろうとしているのかもしれない。

 だが三崎は負けず嫌いだ。本命の計画のためとはいえ、ゲームで負けることを良しとするだろうか? しかも相手はアリシティアだというのに。

 三崎がアリシティアをよく知るように、アリシティアも三崎をよく知る。  

 あのゲーム狂いなパートナーが、負けても良いと思ってプレイするはずがない。だがこの消極性はなんだ。

 お得意のトラップでも仕掛けているのだろうか?

 考えれば考えるほど、余計に混乱してくる。アリシティアを混乱させるこれすらも三崎の意図か?


「シンタ! いい加減に諦めて使いなさいよ! 勝つ気無いの!?」


 苛立ちが最頂点に達したアリシティアはこれ以上考えていても埒があかないと、直接に問いただす。


『恥ずかしい変身台詞を叫ぶってある意味負けだろ。つまりお前がすでに負け確定じゃねぇ?』


 しかし三崎が返してきたのは実に小馬鹿にしたもので、アリシティアの趣味思考を全否定する辛辣なものだ。 


「は、恥……ふ、そ、そんなこと言って、ど、どうせ、ち、直接対決であたしに負けるのが怖いんでしょ! シンタGM生活で腕がなまってるから」


 半泣きになりながらもアリシティアは再反論を仕掛ける。

 直接対決だと勝ち目を見いだせないからだろうと、三崎のゲーマーとしてのプライドを挑発してみるが、


「あーお前が予想以上に成長してるからな。今の俺の実力じゃ祖霊転身を使っても一方的にフルぼっこだわ・・・・・・まぁ、だからゲームシステム的には負けでも、ロープレ派のお前が負けだと思うような実質勝ちにいってんだよ。小衛星帯基地は落としてとっとと逃げさせてもらうぞ」   


 あっさりと自分の負けを肯定した次の瞬間、三崎の口調がふてぶてしい物へと変化する。

 それと同時にアリシティアの周りを飛び交っていた艦載機や、アリシティア側の艦隊の攻撃から湾曲通路の出口を守っていた防御艦群の防御遅延行為を主体とした受動的な動きが、攻撃的な物へと一変する。

 艦載機から一斉に一定時間移動速度が低下する妨害チャフが撒き散らされ、防御艦群が陣形を変化させ、後続の艦隊を迎え入れる態勢へと変化し、さらに一部が陣から離脱する。


『湾曲通路内に巨大エネルギー探知。索敵開始・・・・・・船体形状、エンジン波長から対要塞用中型特殊砲艦と推測。予想射線軸を表示。基地およびプレイヤーが範囲内に入っています。自動防御シールド展開。プレイヤーの退避を推奨します』


 警報音とともに、緊急情報ポップアップウィンドウがアリシティアの周りに出現。危機を知らせる。


 射線軸ど真ん中に位置する衛星基地の対砲撃用シールドが最大出力で自動稼動を始めるが、三崎側の予測攻撃力はそれをはるかに上回る。

 どうやらフルダイブ状態での能力上昇状態でもかなり無茶な、設定限界値以上のエネルギーを溜め込んだオーバースペック砲撃を行うつもりのようだ。

 そんな攻撃をすれば砲艦が反動で自沈してしまうが、それすらも織り込み済みで三崎は勝負に出ている。

 三崎の先ほどの発言、そしてこの行動、アリシティアは三崎が考えた絵図にはたと気づかされる。

 これはゲーム。しかも一回こっきりのデモプレイ。ゲームの勝敗条件的には、アリシティアと小衛星帯基地の両方を落として惑星制圧の条件を満たさなければ三崎の負けとなる。

 だがアリシティアはゲームプレイでの役割に入り込むロープレ派と呼ばれるタイプ。

 もしアリシティアが実際に小衛星帯基地の防御司令官を務めていたとすれば、敵艦隊に小衛星帯内部まで入り込まれた上、惑星侵攻防御用シールドをコントロールする基地を破壊されていれば、自分は生き残り、敵艦隊も戦力低下で主目的である惑星制圧ができずに早々に撤退したとしても、”この先”の状況を考えれば、ぼろ負けといっていい。

  ”この先”など無いのは重々承知だが、ロープレ派アリシティアの心情的に敗北感を抱くのは間違いない。 


「なっ!? か、勝ち逃げするつもり!? シンタ卑怯すぎない!?」


 ゲーム的には勝てないと割り切り、プレイヤーであるアリシティアに敗北感を与える心情的勝利を三崎は狙っている。

 アリシティアの趣味、思考、性格をよく知り、さらに勝つためなら手段を選ばない三崎だから考案できる、裏技的な勝ち。


「させないもん! 撃たれる前につぶす!」


 三崎が描いた”表の図面”通りに気づかされたアリシティアは、砲撃艦が攻撃を放つ前に撃沈させようと、湾曲回廊出口へと背中のスラスターを最大噴射させ突き進み始めた。

 その加速度が先ほどの移動速度妨害妨害チャフにより、ほんの少しだけながら落ちていることに気づかぬままに。 



[31751] 廃神プレイヤーvs外道GM  本戦②
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3eac737b
Date: 2013/11/08 02:55
 背のスラスターを噴射させ予測弾幕を張る小型艇の攻撃を躱して前に進む。

 目標はあくまで湾曲回廊出口。雑魚に関わっている暇はない。

 元来あの湾曲回廊は小衛星帯基地から出撃する艦艇が、周囲に浮かぶ小衛星の影響を受けず星系内速度へと到達する為の滑走路。

 回廊を突破すれば、小衛星帯基地はすぐ目前となる。

 三崎が回廊の存在に気づき、逆に利用し衛星帯基地目前へと侵攻するまでは、多少の計画の違いはあったがほぼ予定通り。

 あとは三年ぶりの直接対戦を成立させ、完勝するだけ。

 それでようやく自分は言うべき言葉を伝えられる……伝えられたはずなのに。

 三崎の性格の悪さを見積もり損なったとアリシティアは臍をかむ。

 状況が不利とみるや、ゲームシステム上の勝利ではなく、精神的勝利を狙って来るとは夢にも思っていなかった。

 
「あー! もう! 邪魔! 性格悪すぎ!」


 雹やあられのように音をたてて身体に降り注ぐ、小型実体弾に余計に苛立ちながら、アリシティアは小刻みに進路を変えつつ、敵の主力である砲撃の予想射線軸を避けながらを突き進む。

 先ほどから振り払っても振り払っても三艇一チームで纏わり付いてくる小型艇が、アリシティアの進路上に巻き散らかすのは、対ミサイル、対艦載機用の小型実体弾を中心とした防御兵器群の弾雨。

 今のアリシティアの仮想体はリアルボディと同じサイズとはいえ、そのステータスは高速戦艦の攻撃力と防御力と速度をもつ鋼の肉体。

 小型艇搭載の防御兵器の低い攻撃力では数百発直撃を喰らった所で、ドット1目盛り分のHP減少すらしない。

 ならばそんな無意味な攻撃を何故三崎が行い、そしてアリシティアは回避を行うのか?

 答えは単純。

 砲撃艦到達までにアリシティアをたどり着かせないように、実体弾による質量慣性攻撃で、アリシティアの移動速度を減少させるのが主目的の、時間が限られた現状で有効的な嫌がらせを仕掛けているからだ。

 PCOにおいてアリシティアのデータは元となった戦艦と同程度のステータスを持つが、その挙動を制御する物理エンジンは、アリシティアのリアルボディと同じ質量で計算を行っている。

 アリシティアの背中のスラスターは、元となった戦艦と同一の”加速”と”速度”を出す事は出来るが、その質量は比べるまでもなく少ない為、推進力自体は十桁以上も少ない。

 重い物を動かすには大きな力がいり、軽い物を動かすには少ない力ですむ。

 VR宇宙であるこの世界にも、その質量法則は原則として組み込まれている。

 だから小型艇の小型実体弾でも、アリシティアの速度を落とす程度には十分な効果を発揮していた。

 アリシティアが出現した最初の戦闘で突っ込んできた戦闘機に押され後退した事で、その質量が戦艦と同一ではないと見抜き、この攻略プランをでっち上げてきたのだろう。

 PCOに使っている物理エンジンは、元々リーディアンに使っていた物の流用。

 人間大サイズで宇宙戦艦の数十万トンクラス質量を持つ物体の物理演算は、数値さえ打ち込めば適用可能となるが、元々そんな無茶苦茶な数値を元にしたプレイ感覚やバランスは考慮されていない。

 大質量を動かす為にはスラスター出力のみではなく四肢を動かす為に筋力ステータスの大幅上昇が必要になる。

 だが上げれば上げたで今度はプレイヤーの操作感覚などが激変し、まともなゲームプレイに支障が出る。

 極端な話、プレイヤーが指で軽く指を触れただけのつもりでも、宇宙戦艦用複合装甲が粘土のように抉り取られたりと、プレイヤー自身が埃を払い落とそうと軽く身体をはらっただけでも、システムは高筋力による接触ダメージと判断して、HP大ダメージの誤爆と予想外の事態になりかねない。

 物理エンジンがVRにおいて基本システムである以上、そう易々といじったり変化させる事が出来ない為に、祖霊転身した場合も、あくまでも通常仮想体と同様のデータを適用し、戦闘スキルシステム上の攻撃力や防御力の数値だけ戦艦時のステータスを適用したのが、現段階でのPCOにおいての仮設定となっている。

 簡潔に言えばただ殴ればアリシティア本来の筋力を元にしたダメージ計算がなされ、攻撃スキルを通した攻撃にのみ戦艦ステータスが適用される。

 無論これらの設定や仕様はアリシティアと佐伯で決めたので、三崎は知る由もないのだが、それらの細かい事情はともかく、設定を見抜き、さらにどう利用するかを一瞬で判断したのだろう。

 システム上の不備や妥協点を逆に利用したゲームプレイ。

 所謂ウラ技による攻略。三崎が現役時代に得意としたプレイの一つだ。  

 今の速度では砲撃開始予想時刻までには到達できない。

 長年のゲーマーとしての勘が告げ、アリシティアをサポートする戦術AIも現スピードでの到達不可能を予測算出する。

 元来の”アリシティア・ディケライア”としての思考能力と肉体追従能力をフルに使えるならば、 最適な予測進路をすぐにはじきだし、飛び交う弾幕を避けて進む事は造作もない。

 だがここはゲーム世界。

 地球人であるならば己の肉体限界を超えた活躍を出来る世界であっても、超絶とした科学レベルを持つ銀河文明の恩恵をフルに受けるアリシティアからすれば、地球の制限されたVR空間ではスペック上許す限りの最上級の反応でさえ遅い。

 しかもPCOはリーディアン時代よりも規制強化された影響でさらに反応が鈍い。

 反応していても避けられず、攻撃が当たるのもストレスが溜まる要員だ。

 さらにチームで纏わり付いてくる小型艇の艦種は耐マナシールド艇で、中途半端な魔法攻撃はキャンセルされてしまう。

 名前が指し示すとおり魔法攻撃防御に特化した特殊船で、アリシティアが三崎の傘下艦隊に内緒で組み入れておいた船達だ。

 アリシティアの全力攻撃ならば一撃で沈める事も可能だが、目標砲艦に全力攻撃を打ち込む為にスキルポイントを温存している上に、妨害を主目的にして飛ぶ相手を追っかけ回している時間も無い。

 自分だけが魔法攻撃を可能とした状況で、三崎側に防御手段がないというのは、アリシティアとしては、対戦マナーとしてアウトだと思い組み込んだのが、完全に裏目に出ていた。

 少しでも隙を見せたり、情報を与えれば、そこを最大限に活用してくるのがあのパートナーの特色だとは、骨の髄に染みこむほど知っている……知ってはいるが。


「なんでそうやって嫌がらせばっかり、すぐに思いつくのよシンタは!」


 ここまで短時間で有効的な手を打ってきたのは、ひょっとしてリル当たりから事前にアリシティアの動きでもリークされていたのではないか。

 そう疑いたくなるくらいにあの男は用意周到で性格が悪い。

 三崎がこんな嫌がらせプレイを躊躇無く行う所為で、一番大切な言葉を未だに伝えられないのだ。

 自分でも自覚できる逆恨みを抱きつつも、アリシティアは周囲を見渡し、情報を精査し、打開策を練り、即断する。

 三崎が張り巡らせた罠を得意とするならば、アリシティアの持ち味はその直感力と決断力

 取るべき行動、狙うべき目標を一瞬で判別し、迷う事無く行う意志の強さ。


「シングルストレート!」


 右手を一降りして、杭打ち機の蒸気圧を高める。

 スキルゲージが発動に伴い減少するが、使用するのは最低威力のシングル魔法。最大威力の攻撃を使う余力は残っている。

 魔法銀杭の先端に光が集まり魔法陣を描き出すと共に、サイドの巨大な歯車がギチリと音をたてて激しく回り始め、魔法システムが立ち上がる。


 歯車と蒸気機関。

 宇宙文明においては、すでに太古の遺産というのも失笑物の低効率な原始的機械機構だが、アリシティアにとってはある意味で新鮮で物珍しい。

 何よりこの時代遅れな機構には浪漫があって心が躍る。

 そんな自分の趣味を策略の一環だろうが心底馬鹿にした、あのど腐れ外道なパートナーの顔を思い浮かべる。


「今からぶん殴りにいくから首洗って待ってなさいよ! ボルケーノスピア!」


 アリシティアの右手の魔法陣が発光し、高圧縮発熱化した火山弾が召還される。

 召還した火山弾をアリシティアは進路上へと先回りして割り込もうとしていたマナシールド艇の鼻先へと掠めるコースへと打ち出す。

 今必要なのは一瞬の時間。

 マナシールド艇は小回りが利くが、加速度では高速戦艦のステータスを持つアリシティアに軍配が上がる。

 三崎はマナシールド艇三隻によるチーム攻撃で、その優位である加速を十二分に出せない状況に追い込んでいた。

 獲物であるウサギを徐々に追い詰めていく猟犬を操る猟師のつもりだろうか?

 だがこのウサギは凶暴。猟犬などでなく猟師その者を狙う事を思い出させてやろう。

 ボルケーノスピアによって進路をふさがれたマナシールド艇の一隻が進路を変更した事で包囲網が一瞬だけ緩む。

 その隙を見逃さずアリシティアはスラスターを全開で解放し一点に向かって飛ぶ。

 目指すべきは先ほどまで執拗に避けていた方向。

 あと少しでもっとも危険になるだろう。退避推奨ルート。

 敵側の戦闘AIも危険度が高すぎるから予測方向として優先度が低い見積もりをしているだろう。

 しかしそれが故にAIの意表を突ける。

 残り二隻のマナシールド艇がアリシティアの進行方向に妨害弾幕を張ろうとするが、弾幕のカーテンが閉まる直前、紙一重でアリシティアは目標進路へと乗り入れる。


「とっ! どっ! いたっ!」


 最終目標を睨み付け、ウサミミを威嚇するように激しく揺らす。

 覚悟は決めた。ならあとは突き進むのみ。ここからはただ一直線に加速するのみ。

 マナシールド艇の網を振り切りアリシティアは突き進む。


『敵砲艦の予想射線軸に侵入しています。砲撃予想時刻まであと1分。目標地点到達までに敵砲撃開始予測が極めて高し。至急退避を勧告します』


 アリシティアの躍り出た場所は敵砲艦予想射線軸の真っ正面。

 最高加速で突き進んだとしても間に合うかどうか判らない。

 だがこのまま指をくわえて砲撃を待つのはアリシティアの趣味ではない。
  
  
「はっ! これもシンタの思惑!? チキンレース上等! KUGCギルマス兼切り込み隊長のあたしをなめないでよね!」


 戦術AIの警告を無視し、アリシティアは啖呵を切る。

 三崎のことだ。追い込まれればこの進路を自分が取るという事も計算済みだろう。

 精神的勝ちのみならず、三崎があわよくばシステム上でも勝ちを狙うつもりだと今更ながらに気づく。

 勝利の為にいくつも罠をはっていたのだろう。そしていくつも用意しているだろう。

 だがその罠を承知の上でアリシティアはさらに勝負に出る。

 肉眼で見れば遙か先に、要塞すらも沈める一撃を放つ大型荷電粒子砲に申し訳程度の推進機関を付けた中型特殊砲撃艦をその眼に捉えた。

 敵砲艦への真正面からの突撃というひねりも何もない愚直で力業な正面突破。
 
 しかし時間で見れば僅か1分後には敵艦から砲撃が開始される。

 だがそれがどうした。関係ない。

 砲撃艦を落とし、三崎を追いこみ、祖霊転身を使わせたうえで勝利する。

 それが元々の目標だ。この機会を地球時間で三年間も待っていたのだ。 

覚悟を決めたアリシティアは背中のスラスターを最大噴射で、迷い無き突貫攻撃を敢行する。

 アリシティアの移動速度は目標地点での減速など考えない無謀な物だ。だが減速を考えなければまだ間に合う。

 故に勝算はある。高速移動状態から砲艦をすれ違いざまに攻撃するのは、今の反応追従速度では苦労するかもしれない。

 ならいっそ真正面から突っ込めばいい。何せ的はでかい。真正面からぶつかるつもりなら外れるはずもない。

 砲口という名の口から入って、主炉という名の内臓を喰らい破ってくれよう。 


『シングルウェイトタイム終了。スピアストライカー再稼働』


「フィフスストレート!」


 一番負担の少ないシングル起動によって僅かなウェイトタイムで再使用可能になった主武器である右手の杭打ち機を再度稼働。

 最大威力の5重魔法陣が鈍く光る魔法銀杭の先端に展開される。

 こちらは再稼働まで180秒ほどの時間が必要となるがここが勝負所。

 出し惜しみは無しだ。


「マジックウェポン! ナイトランサー!」


 呼び出すのはリーディアン現役時代アリスがもっとも得意とした攻撃。対陣突破攻撃武具魔術『ナイトランサー』 

 キャラクターのDF、MDF値を半減させる代わりに全て攻撃力へとプラスし、持ちうる限りの最大攻撃を喰らわす一撃必殺の近接魔術攻撃。

 大槍の発動によりアリシティアのHPを保っていた戦艦の高DFは半分となり、撃たれ弱くなる諸刃の剣。
 
 だがこれこそがアリシティアの戦い方だ。

 伸るか反るかの一発勝負に中途半端な妥協などしてたまるか。

 突き出した右手のスピアストライカーを中心に円錐上の巨大な光の槍が形成される。

 スラスターが残す尾と相まって一筋の矢となったアリシティアは猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべて最終加速へと突入した。












「さすがアリス。思い切って来やがったな」


 砲撃コース正面ど真ん中を突き進みながら殺意ありありな言葉を宣うアリスを、手元の小さなモニターで確認しながら、昔と変わらない相棒の攻撃一辺倒プレイスタイルに俺はつい笑う。

 俺の思惑通りっちゃ思惑通りだがあいつの事だ。

 こっちが計算済みで、さらに罠を張り巡らせている事は百も承知。その上で食い破る気だろう。

 この思い切りの良さは、背を預けている時は頼もしい事この上なかったが、相変わらず敵に回すと恐ろしい奴だ。

 ここからは秒単位の勝負。あいつの加速度を僅かばかりに減少させているこっちの攻撃はまだ有効状態。

 あの様子じゃバットステータスにゃ気づいてないな。

 執拗に仕掛けていたマナシールド艇による妨害行為も、加速度減少をあいつに気づかせない為の前振り。

 先ほど”振り切らせた”マナシールド艇もアリスの減少に合わせて、ちょいとばかり加速度を落としておいたのがよかったか?

 感覚優先プレイな奴で細かなステータス変化まで見ない悪癖は変わらずか。

 まぁ普通なら気になるステ減少も、プレイでどうにでもカバーできる当たりがアリスの恐ろしさなんだが。

 おかげで正面突破王道なあいつに対して、こっちは小細工もりもりとなるわけだ。


「制圧艦部隊ルート上に。真正面からぶつけるぞ」      


 相手が槍なら、こっちも槍だ。

 アリス側はナイトランサーの魔法の槍で、こっちは高周波船首衝角という機械の槍。

 そういや魔法属性と機械属性の相性値やらなんやらも設定、調整しなきゃいけなかったな。

 基本は魔法優勢で機械が弱め。ただし魔法はそれぞれの属性で相性の増減が激しいのに対して、機械は一律減少でフラット気味に……


『はっ! 時間稼ぎのつもり!? ぶち抜く!』


 ほぼAI自動戦闘に任せていた為か、一瞬意識がプレイヤーから離れて制作者側に戻りかけていた俺に怒るかのようにアリスの声が響く。

 と、あいつ相手に気を抜いたら勝てる物も勝てやしない。何せこの罠を突破されたら、ある意味俺の負け確定な勝ちしか出来ないからな。

 あいつを怒らせない為にも、ここできっちり勝ちを納めておきたい……是非にも。というか心の底から。 

 砲撃予想ルートに乗り入れた麾下艦と砲撃艦は損失させるのが前提。

 それを差っ引いてもまだ撤退値まで少しばかり余裕はあるから、最終手段にも問題はなしと。

 アリス側の艦隊がもっと積極的に攻撃を仕掛けてくるなら余裕はなかったが、アリスの奴が自分のプレイに集中しているせいかAI任せの最低限の攻撃なので防ぐのが楽なのが幸いだ。

 アリス側にユッコさんでもいたら、この状況に持ってくるのすら不可能だったろう。

 縁の下的な地味な仕事で有能なユッコさんの実力を再認識しつつ、俺は勝負時の一瞬に合わせて息を深く吸った。














『ルート上に敵艦侵入。物理防御艦を中心とした小隊構成。砲撃開始まであと30秒』


予想射線軸へと真正面から割り込んできた部隊に対して、戦闘AIが警告を発する。

 相手は防御力の高い物理防御艦が5隻で密集円錐陣を組んで、蟻の子一匹すら通さないガードを組んでいる。

 防御艦による足を止めさせる為の馬防柵か?

 今更砲撃進路に送り込んできたのだ。消耗前提の捨て駒として投入してきたのは間違いない。

 だが三崎の事だ。ただの時間稼ぎである訳がない。

 記憶を浚ったアリシティアは即座に一つの記憶を呼び起こす。あの陣形は覚えがある。

 艦数規模こそ違うが、先ほどの中盤戦で湾曲回廊形成衛星へと突撃を仕掛けた制圧艦を伴った陣形と酷似している。

 あの後ろに隠れて高周波船首衝角を備えた制圧艦が牙を顰めて伏せているだろう。  

 確信をもってアリシティアは予測する。

 小回りの利く自分ならばあの部隊を回避する事は出来るが、この速度でコースを変えれば時間が足りなくなる。

 ナイトランサーは対陣突破魔術。前衛MOBモンスターを蹴散らして、敵BOSSへ一撃を加える必殺攻撃。

 どんな敵でも貫いてクリティカルを打ち込んできたアリシティアの自信が回避判断を却下し迷う事無く突き進ませる。


「止められる物なら止めてみなさいよ!」


 気合いと共にアリシティアの構えたナイトランサーの先端が先陣を切る防御艦の装甲へと突き刺さり、薄紙を破るかのようにその装甲を貫いていく。

 極化した攻撃力は防御艦のDFやHPを物ともせず瞬く間に葬り去りアリシティアは第一陣を突き抜ける。

 抜けた先には高周波船首衝角を最大稼働させた制圧艦が手ぐすねを引いて待ち受けていた。

 制圧艦の四方に繋がられていた牽き船のトラクタービームが切り離され、高速戦艦のステータスを持つアリシティアよりも、短時間ながらさらに爆発的な加速力を持つ制圧艦のスラスターが流星の尾を引きフル加速で突っ込んでくる。

 アリシティアの背後で突き抜けた防御艦が一足遅れて爆散。

 背後からせまる爆熱を吸収したかのように、アリシティアの心はさらに熱く燃える。

立て続けに迫る敵の手。

 一瞬の判断が勝敗を分ける。

 どれだけ追い込まれていようが、この状況に心が躍らなければゲーマーではない。

 勝ちを得る為に常識や限界を越えたプレイをしてこそ廃神プレイヤー。

 激しく振動する高周波衝角へと”寸分の狂い”も無くアリシティアは、ナイトランサーの刃先を合わせる。

 刃先が見えているわけでも、タイミングを読めたのでもない。

 だがプレイヤーとしての本能が勝利を掴む瞬間を見抜く。刃先を合わせた一瞬にアリシティアは僅かに角度と突き込む力を変化させる。

 微妙な角度変化によりナイトランサーの攻撃力が僅かに勝り衝角を打ち砕く。

 砕いた勢いのままアリシティアはさらに突き進み、制圧艦の船体を貫き突き抜ける。

 制圧艦のスラスターが噴き出す残火に突っ込む事になり、全身が痺れるようなダメージ感覚と同時にHPが僅かに減少する。

 しかしそれすら今の高揚感の足しだ。

 何せその眼前には、今にも火を噴きそうな砲撃艦の砲口が見えている。

 砲撃開始まで予測5秒。しかし到達まではあと3秒あればおつりが来る。

 2秒差で自分の勝ちだ。

 アリシティアが勝ちを確信し、ナイトランサーを構え治し、最後の突撃を駈けよう再加速としたその時、一瞬視界の隅を何かがよぎり心の中で警報音を鳴らす。

 それは一機の偵察機。その姿には見覚えがある。三崎が最初に使ってきたステルス偵察機だ。

 この瞬間まで隠れていたいたであろうあの機体のウェポンベイが大きく開かれている。

 あの機体にはそのステルス性能を犠牲にしてまで、不釣り合いなほど強力な反物質ミサイルが搭載されていた。

 事前情報がアリシティアの意識を僅かに向けさせ、再加速へと0.5秒のロスを発生させる。

 だがあの船は最後にミサイルを全部放出していたはずだと思い直し、無視して再加速へと入る。

 だがアリシティアは気づいていなかった。

 この瞬間を三崎は狙っていたのだと。

 僅かに遅くなる再加速に合わせて、最後まで控えていた三崎の伏兵がその牙を奮う。

 それは攻撃力は皆無であり戦闘AIが脅威度は低いと見積もっていた船。

 アリシティアも出番を終えたと思い失念していた存在。

 この場へと制圧艦を運び込んでいた4隻の牽き船達がすれ違いざまに強力な牽引能力を持つトラクタービームをアリシティアに向かって放つ。

 その不穏な動きと、そしてそこに潜む三崎の意図に遅ればせながらアリシティアも気づく。

 アリシティアの加速度が最大値であれば、至近距離で放たれたトラクタービームを交わす事も可能だっただろう。

 ステルス偵察機に意識を奪われていなければ、曳舟の行動に早く気づけていただろう。

 だがそれらも全て織り込んだ上で仕掛けてきた三崎の攻撃が迫る。

 左上方からのトラクタービーム身体を僅かにひねり躱す。

 左下方。足をたたみ掠めつつも避ける。

 右下方。スラスター角度を調整し何とかコースをずらす。

 しかし最後まで勝利を掴む為にナイトランサーを構えていた右腕が最後のトラクタービームに捕まる。

 加速度で勝るがスラスター出力では曳舟には劣るアリシティアの体は、勢いに負けて後方へと引き戻される。

 致命的なロス時間が発生し、アリシティアが到達する前に砲撃艦の砲口がうなりを上げてその眼前で光をはき出す。 


「ちょっ!?」


 思わず声を上げたアリシティアの視界は、自滅覚悟で限界を超えて威力を上げた重粒子砲撃の閃光で埋め尽くされた。 



[31751] 廃神プレイヤーvs外道GM  戦闘終了
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/01/10 00:44
 破滅的な威力を持った光の奔流をアリシティアは捉える。
 光の正体は対要塞級の威力を持つ砲撃艦による荷電粒子砲オーバスペック攻撃。
 仮想型電磁砲口により船体以上の太さで放たれたその効果範囲は、直径で100メートルクラスはあるだろうか。
 極限まで広げられ高められた威力は、アリシティア側の小衛星帯基地の防御シールドを易々と貫き、分厚い重装甲で覆われた基地本体すらも破壊し尽くすだろう。
 膨大なHPと半減したとはいえ戦艦クラスの防御力を持つアリシティアとて、その激流の前には、葦よりもさらに頼りない、か弱い存在でしかない。
 自分の賭けは失敗に終わる。
 ひねくれ者で天の邪鬼で頑固な男を、この世界にもう一度呼び出すという私的な願望。
 その絶好の機会にして、最悪の場合は最後の機会となる。
 本来の肉体が持つ加速思考を可能とするナノシステム群が、アリシティアの負けをはじき出そうとし、
 

(前衛なめんな! ヒーラー復帰まで5分支える! サボったら後蹴り入れる!)


(とっとと下がれ! この阿呆! ガードでるぞ!)


(勝手に突っ込んで諦めんな! スキル叩き込んで麻痺させろ! この馬鹿ウサギが! 押し返すぞ!)


 初心者相手に散々罵声を浴びせ倒してくれやがりましたパートナーの声を思い出し、心が敗北を全力で拒否する。
 全滅必死の高威力範囲攻撃?
 それがどうした。
 絶望的な状況なんて、過去6年で何千回体験した事か。
 何とかしのげたのは100回も無いだろう。
 だが逆に言えば0じゃない。
 助かる確率はある。
 あの男ならHPが尽きるその瞬間まで……いや、尽きたとしても復帰した直後から、対策を繰り出すほどに諦めが悪い。
 そのパートナーである自分が、こんな簡単に諦めて溜まるか。
 それこそ会わせる顔が無い。
 ゲームで喰らう制限とは無関係のアリシティアの頭脳が激しく躍る。
 目で周囲の状況を確認している時間も、考えている時間も、やり直す暇も無い。
 即興で脳裏に浮かんだ脱出プランにあわせて、アリシティアは動き出す。
 右手に繋がれたトラクタービームの先で、射線軸上で全力加速を続ける曳舟に進行方向を合わせ、スラスターをフル加速で吹かす。
 着弾までの時間を、コンマ1秒単位で極々僅かに引き延ばした足掻き。
 亜光速で迫る荷電粒子の前では無駄に見えるかもしれない、薄紙を重ねて盾とするかのような行為。
 だがアリシティアは藻掻く。
 自らの加速度に曳舟が引く加速度をプラスして一気に加速最大値まで迫ったアリシティアは、目的の物体を感覚に捕らえ即座に左手にサブ武器を呼び出す。
 白兵戦専用の近接武器である山刀『ナガサ守錐』
 かつて野山を駆け巡ったマタギの武器がもつ汎用性と名を受け継ぎ、ボス戦で初めて手に入れたネームドアイテム。
 その名が表すように、装備することで通常のナガサの武器ステータスにプラスして僅かばかりだが守備力と貫通力を上げるサブ効果をもつ。

 スキル発動。バインドクラッシュ。

 身体をひねって振るったナガサの刃が、アリシティアを捉え引きずり回していたトラクタービームを切り裂き、その拘束効果を無効化する。
 だがこのままでは物理法則により、その勢いのまま射線上を突き進み、最終結果は変わらない。
 しかしここはゲーム世界。スキル次第で物理法則なんぞ関係なくなる。
 真空の宇宙空間。もとより踏みしめる大地なんて存在せず、周囲に無数に浮かんでいる小衛星も今のアリシティアの手が届く範囲にも存在しないが、その目論見通り、右足が何か硬い物に刹那の瞬間に接触する。

 スキル発動。サイドステップ。

 一瞬触れた足場を使い、戦士職技能である真横に進行方向を変えるサイドステップを発動。
 猛烈な加速で射線軸を進んでいたアリシティアの身体は、スキル発動に伴い斜線軸に対して垂直方向へと跳ぶ。
 足場としたのは先ほど打ち砕いた制圧艦の残骸。
 破壊された物体が消滅エフェクトを伴い消え去るまでの僅かなタイムラグ。
 ほんの一瞬前に破壊したから未だ残る偶然という名の奇跡の襟元を鷲づかみにして無理矢理にたぐり寄せる。
 軌道を変化させて効果範囲外への回避行動へと、ひた走るアリシティアだが、願いも空しくついに亜光速で打ち出された重粒子が、その身体を捉える。
 激流の光を身に浴びた瞬間、全身を痺れるような軽い刺激が走り、火がついた導火線のように長いHPバーが瞬く間に赤色に染まっていく。
 着弾と共に全ダメージが計算される実体弾と違い、重粒子砲は範囲型持続ダメージ。
 効果範囲内にいる限りそのダメージが積み重なっていく。
 しかもオーバーススペック状態の今の秒間威力は通常よりも高い。
 要塞クラスのHPと装甲ですら持って5秒。
 戦艦クラスのHPと装甲では耐えられる時間は1秒も無いだろう。
 さらにアリシティアの防御値は半減状態。山刀の防御プラス効果を足しても、持つのは0.5秒と少しか。
 なら……………………十二分だ。
 ウェイトタイム中の右腕メインウェポン。スピアストライカーをパージ。
装備を外した事で僅かに身体が軽くなる。
 だが速度にまで劇的な変化が生まれるほどではない。
 狙いは別。外したスピアストライカーに足をかけ、

 スキル発動。ダッシュ。

 踏み台としたスピアストライカーを使い、最初期スキルを発動。
 即時発動型スキルであるダッシュの効果は、発動後1秒分だけ”現速度”での移動距離を進行方向へと倍化させるという単純な物。
 前衛職は接近。後衛職は緊急回避にと用途は多いが、単純故にプレイヤーの技能差が如実に出る、奥の深いスキルの筆頭ともいわれていた。
 距離を詰めるだけならば難しくない。
 闇雲に逃げるだけなら距離は稼げる。
 しかし狙い通りの位置へ移動しようとすれば、途端に難易度は上がる。
 自らの移動速度はもとより、味方の速度付与魔術や敵方の移動阻害魔術の影響ももろに受け、即時発動型故にタイミングが一つズレただけで到達位置は大幅に変化する。
 そして今のアリシティアの速度を持ってすれば、そんな初期技能は、瞬間移動のように一瞬で距離を稼ぐ超奥義と化す。
 周囲の視界が歪み全身が引っ張られるような衝撃と引き替えに、アリシティアは重粒子の激流から抜け出す。
 かろうじてHPは残っている。
 まだ戦える。
 無理矢理な軌道変化で錐もみ上に廻る視界の中で体勢を返し、スラスターを小刻みに噴射して体勢を立て直しつつ、残り1割弱となったHPを確認するアリシティアの脳裏で幻聴が響く。


(ナイスフォロー! さすがアリス!)


(だから言ったろうちの兎娘なめんなって。鎧袖一触なで切りってなもんよ)


(敵陣強行突破成功! ボスへのファースト攻撃は俺らがいただきだ!)


 絶望的な状況を切り抜け、千載一遇のチャンスを得て、何度手を打ち合わせてきた事か。
 残りHP1割弱。
 これくらいザラにあった。もっと状況が悪くても勝負はまだまだこれからと闘志を奮い立たせてきた。
 だから立てる。
 勝てると信じて突き進める。
 スラスターを噴射させ体勢を立て直したアリシティアの視界に、暴虐な閃光の終着点が映し出される。
 シールドをはった防衛基地は僅かに抵抗を見せていたが、積み重なっていく重粒子の圧力についに負けてシールドが破け、本体装甲へと着弾する。
 その本体装甲も瞬く間に貫通され引き裂かれた衛星基地は耐久HPがゼロとなり、あちらこちらで火を吹き始めて、小規模な爆発に包まれながら四散していく。
破壊された自軍の基地。
 アリシティアはそれを当然の結果だと受け止めてしまう。
 今戦っている相手はあの男だ。
 宣言した目標をいつも通りきちんと落としてきただけの事だ。
 大きな爆発とともに小衛星帯防衛基地が完全に瓦解して消滅する。
 リング内輪の防衛衛星を統括制御していた小衛星帯基地が破壊された事で、惑星全域を覆っていた侵入妨害防御フィールドも霧散消滅する。
 その青色のベールの下に隠されていた惑星が姿を現しはじめた。
 防御フィールドよりもさらに透き通った水色の海原に覆われた美しい星。
 海原には弧を描く大陸。
 陸に囲まれた内海の空には無数の浮遊島が浮かぶ。
 あの男と出会った炭鉱ダンジョンが存在する大陸西部のコルト山岳地帯。 
 ランダムワープポイントが乱立し、足を踏み入れたプレイヤーを中心部の集落への強制ホームポイント上書きし、さらに脱出を困難にさせる飛行魔術禁止で猛威を振るった南部ファートリング大樹海。
 騎乗用ドラゴンを追いかけ回した内海のラザフォート浮遊群島。
かつてアリシティアが駆け巡った世界。
 そしてアリシティアがパートナーと出会った世界。
 その惑星は仮称『リーディアン』


「そっか……そりゃ負け寸前だよね」


 懐かしくなった世界を宇宙空間に漂いつつ見つめながら、アリシティアは自らが良いようにあしらわれている理由を悟る。

 勘違いしていた。

 出会った時の『シンタ』に伝える言葉があるとこだわりすぎて、ほんの少しではあるが今のミサキシンタと無意識で分けて考えていた。

 思い上がっていた。

 不意打ちの状況ならば自らの思惑通りに動かし、祖霊転身を使う状況まで追い込んだ末で勝利が出来ると。
 
 そんな簡単に勝てる男じゃ無い。
 負けて元々と思うほど諦めのいい男じゃ無い。
 アリシティアは誰よりも知っていたはずだ。
 ミサキシンタは祖霊転身による直接対決なら自分が負けると判断して、勝ちを得る為に全力で罠を仕掛けてきている。 
 なぜなら相手が誰よりもその実力をよく知るアリシティアだからだ。
 あの悪辣な男が全力で罠をはらなければアリシティアには勝てないと、最上級の評価で来ているのだ。
 100人中99人が先ほどの攻撃からアリシティアが生き残れないと判断しても、ただ1人、アリシティアが生き残ると判断して、さらに追加の罠を準備しているような相手だ。
 祖霊転身を使わせようと選択肢の幅を狭めたままで勝てる相手じゃ無い。
 自分が勝利を得る為には、”意味の無い”拘りを捨て無ければならない。
 拘りを持つ限りあの男の術中に嵌まったままだ。


(勝つぞ相棒!)


 勝ちたい。あのど腐れ外道で悪辣なパートナーに。
 伝えたい。出会った日から未だに言えずにいた言葉を。 
 自分がすべき事、したい事を再確認したアリシティアは、目指すべき目標に向かい再度飛翔を開始した。







「……生き残るか。うん。ありゃ化け物認定だな」


 母船から廻ってきたアリス生存という監視情報を見ながら、脱出艇の狭い座席で俺は頬をかく。
 結構なダメージを喰らったようで身体のあちらこちらで、放電を放つダメージエフェクトを纏っているが、きっかりと生き残りやがって、俺が搭乗する防衛指揮艦目指して再稼働し始めていた。
 そりゃまぁ、生き残る可能性もあるなとは思っていたが、あの現状から本当に脱出されるとなると、いろいろ生け贄を重ねたこっちの立つ瀬がありゃしねぇ。
 普通のプレイヤーなら砲撃開始まで間に合わない。
 上手いプレイヤーでも制圧艦の高周波船首衝角でおだぶつ。
 廃神クラスでも、あのタイミングで重粒子砲に巻き込まれたら脱出不能。
 だがその罠の数々をHPギリギリの紙一重とはいえ凌いでみせる。
 リーディアン最強プレイヤーの一人として名を馳せたアリシティア・ディケライアの真骨頂ってか。
 自力チートめ。 
 しかしこうなれば仕方ない。
 アリスが怒るだろうと思いつつも、最終トラップ『自爆』の準備へと入る。
 あいつは俺に祖霊転身を使わせる事に拘っている。
 その拘りとあいつの性格が、俺に勝機を見いださせる。
 あいつは昔から俺に対して怒ると、面と向かって文句をいう為に出向く習性がある。
 WISで済ませれば十分じゃねぇかと思うんだが、あいつ曰く、伝えたい言葉があるなら直接対面で言わないと気持ちがこもらないとの事。
 言わんとする事は判らんでも無いが、怒りの気持ちを込めるのは勘弁して欲しい所だ。
 実際に、奇しくもリーディアンが終焉を迎えたその日も、前日の俺のボスプレイに対して文句があったアリスが怒鳴り込んで来たくらいだ。
だからアリスの奴を口撃でいらつかせた上で、小細工気味な罠をあれだけ仕掛けてやれば、怒り心頭で艦橋まで怒鳴り込んでくるのは既定路線。
 艦深くまであいつを誘い込んだ所で搭乗艦を自爆。
 HPが減少したアリスごと、葬り去るというのが俺の用意した正真正銘最後のプラン。
 この最終プランを行うだけの戦力値の余裕が、この時点まで残るかどうかが懸念だったが、何とかギリギリ余力を残せたのは僥倖といって良いだろう。
 もっとも自爆といっても、俺も巻き込まれての引き分け狙いな訳じゃ無い。
 あいつを艦橋に引きつけている間に、こちらの乗員は全員脱出艇で退艦する手はずだ。
 まぁ油断を誘うなら、NPCを全員残した上で俺だけ脱出ってのが理想なんだが、PCOの場合、戦力値ってのが船体ステータス+乗員ステータスの合計値で算出される仕様。
 NPC乗員をおとりに使えるほどの余力が無いという、お寒い台所事情だ。
 

『敵祖霊転身プレイヤー。艦外部に接触。非常用ハッチをハッキング。内部へと侵入いたしました』


 展開した仮想コンソールに自爆用認証コードを打ち込んだり、自爆カウントダウンアナウンス切断やら艦橋に用意したホログラムの出力調整準備と俺がせわしなく準備を進めるなか、アリスの侵入を戦闘補助AIが伝えてくる。


「艦内ジャミング開始。隔壁随時遮断。防衛機構全起動。略式艦内図表示。アリスの位置を出してくれ。脱出艇は随時射出。近くの艦に拾わせろ。自爆カウントを120秒から開始」
   

『了解いたしました。自爆シーケンス移行します。当脱出艇は30秒前に脱出。安全圏への到達に問題はありません』 


 先に脱出艇を射出しているとあいつに俺の意図を読まれかねないので、あいつが飛び込んだタイミングで脱出艇を次々に放出していく。
 外側からアリスにこちらの動きが入らないように情報遮断も忘れずにと。
 隔壁やら防衛機構はあくまでも対人、制圧用兵器用の遮断力と小火力しかない。
 戦艦ステのアリスには力不足も良い所。
 全く無意味で時間稼ぎにもならないが、無条件ですんなりと通すのも不自然なので一応といった所だ。


『侵入者は障壁や防衛兵器を次々に破壊しながら艦橋へと最短ルートを進んでいます。通路内の監視、通信設備も軒並み沈黙しています』


 うむ。アリスの奴……相当いらついている。
 手当たり次第八つ当たりとばかりに、障壁や防衛兵器だけでは飽き足らず通路に仕掛けられた監視装置まで破壊しながら、まるで暴風雨のように駆け抜けていく。
 こちらとしてはその分艦橋への到達が遅れて時間が稼げるので、実にありがたいんだが、ゲーム終了後あの怒りを受けるかもしれないと思うと背筋が寒くなる。
 ゲームに負けてリアルファイトはゲーマーとして最低の行為だと教え込んだのを忘れていない事を祈ろう。
 

「艦橋内照明最低限に、立体ホログラムは映像濃度最大値で展開」


 馬鹿な事を考えつつも最終プランの全手順を終了。
脱出艇の座席に腰掛けた俺の姿が、艦橋の司令官席に投影される。
 艦橋を薄暗くしつつ、映像の濃さを最大限にしてホログラムだと気づきにくいように準備をしておく。
 司令官席の横のサイドテーブルには、切り札で小細工なドリンクボトルも準備オッケーと。
 さてここまで来たらもう後戻りは出来ない。覚悟を決めるか。
演技力なんぞに自信は無いが、小細工かましてアリスを30秒引き止めれば俺の勝ちだ。

   
『敵プレイヤー。艦橋ゲートを破壊』


 戦闘補助AIの警戒アナウンスと共に、司令官席の対面側にあった隔壁扉が外側から強力な一撃を食らい吹き飛ばされる。
 音をたてて勢いよく転がる重さ数百キロはあるだろう金属扉は、すり鉢状になったオペレーター席の上を勢いよく転げ落ちて、中央のくぼみでようやく停まった。
 オペレーターを避難させておいてよかった。
 というかゲームでよかった。
 もしこれがリアルで退避させていなかったら、首が吹き飛び身体が引き裂かれる阿鼻叫喚図が出来ていた事だろう。


『シ~ン~タ~……散々人を小馬鹿にしてくれた覚悟はできてるんでしょうね』

 
 力任せに蹴り開けて破壊したのか、片足を上げた相棒がドスの利いた声と、モニター越しでも判る恐ろしく殺気の篭もった眼で睨み付けていた。
 背後の通路は、照明が全て落ちた暗闇に有害そうな紫煙が幾筋も上がり、小規模な爆発が繰り返し起きている。
 アリスの様子やらその背景も相まって、地獄の蓋を開いて悪魔が姿を現したかのようだ。
 うむ……ただでさえ怒髪天な状態のこいつをさらに怒らせるような事を、今からしでかそうというのだから我ながら呆れるしか無い。


「あー許せ。とりあえず飲むか? 甘めの紅茶。好きだろ」


 小細工切り札発動。
 呆れ混じりで気の抜けた表情を演じつつ、俺は横に手を伸ばして脇に置いていたドリンクボトルを掴む。
 脱出艇で俺がした動きに合わせて、ホログラムで表示された艦橋の俺も横のドリンクボトルを”掴む”。
 物を掴める立体映像。
 これが俺の用意した切り札。
 俺の部屋の冷蔵庫を立体映像のアリスが漁っていた時は、非常識なと呆れるしか無かったのだが、アリス曰く、移動型ホログラム映像投影装置の推進用重力機関の余剰重力力場を使った裏技との事。
 そこまで重い物は持てないし、連続使用は10秒くらいでしか使えないそうだが、ボトルを持ち上げアリスに向かって投げるくらいは可能だ。


『どうせ毒でも入ってるでしょ。なめないでよね』


 立体映像の俺が投げたドリンクボトルを、ジト目なアリスは不機嫌もあらわに空中でたたき落として全力で拒否する。
 ……いや相棒。さすがに何でも毒なんて仕掛けないぞ。
 この状況下で『うん。ありがとう』なんて疑いも無くごくごくと飲み出すあほの子だったら、付き合いを考え直したくなるからな。


『さぁシンタ。20秒待ってあげる。この場で私に叩き殺されるか。祖霊転身使って叩き殺されるか……好きな方を選びなさい』


 右拳を握りしめたアリスが司令官席の俺を睨め付けながら最終選択を迫る。
 どっちにしろ殺されるのかとか、選択肢の意味がないだろとか、お前物騒すぎるだろといろいろ突っ込み所満載だが、下手な軽口を返したら、そのまま殴りかかってきそうなほどにご立腹の様子。
  

「…………………」


 こっちとしてはもう少し時間が欲しいのは正直な所。
 俺は答えず、ゆっくりと息を吸い吐き出し溜を作る。
 アリスが通ってきた通路からは小さな崩壊音や、放電するコードの放つ火花の音が響いてくる。
 自動消火機能すら殺されているのか、火が消し止められる様子はない。
 不気味な静寂の中アリスは自ら動かない。
 まだ罠があるかもと警戒でもしているのだろうか。ここまでで散々仕掛けたからな。
 存在しない罠を警戒させるってのも俺の得意手だが、今回はその慎重さが裏目に出たなアリス。


『自爆装置発動まで残り30秒。脱出艇離艦します』


 AI音声と共に脱出艇が僅かに揺れて緊急射出用電磁カタパルトが稼働を始めた振動を伝えてきた。
 時間稼ぎは成功と。
 ハッチが開き暗い宇宙空間が正面モニターに表示される。


「悪いなアリス……どっちも無しだ。この艦はもう自爆する。俺の勝ちだ」


 俺が勝利宣言をすると同時に脱出艇が電磁カタパルトによって艦外へと打ち出され、 


「って逃がすわけないでしょ! ほんと悪役思考もいい加減にしなさいよね!」


『エンジンブロックに被弾。制御不……』


 逃げおおせたと思った矢先に矢鱈と近距離から響いた怒声と共に、脱出艇全体が嵐の中に飛び込んだような振動で激しく揺れる。
 ついで後部エンジンブロックの方から響いた大きな音とともに俺の意識は途切れた。  
















『……戦闘終了。プレイヤー2の仮想体は全HPを消失。プレイヤー1の勝利となりました』


 冷静な機械音声を耳が捉える。
 甘いにおいを鼻孔が捕らえ、膝の上に軽い重みと熱を感じる。
 爆発が起きた瞬間に反射的につぶっていたのか閉じていた目を俺はゆっくりと開く。
 そこはフルダイブする前に俺が入っていた筐体型VR装置を模したブースの中だ。
 目の前の正面モニターに映るのは機械音声が今言ったのと同じ勝敗表示。
 まぁ要するにだ、プレイヤー2である俺が死亡。プレイヤー1であるアリスが勝ったというひねりもなにも無い簡易な報告だ。
 あの瞬間、何が起きたか。何故俺が負けたのかまでは、表示されていない。
 最後の瞬間、響いたのは射出直前まで艦橋にいたはずのどう考えても間に合わないはず。しかし紛れもないアリスの声だった。    
 正直どんなペテンにかけられたのか、俺は理解できていない。
 考えようにも情報不足だ。となるとだ……あえて無視していた俺の前。
 何故か俺の膝の上に座っている勝者様に聞くしかないようだ。
 年が20ちょいの仮想体といえど体重はそれほど無いのか軽いんだが、薄暗く狭い空間でこの密着度は、中身がアリスと言えど……まぁ精神的に余りよろしくない。

 
「アリス。なにやった?」


 そこらの微妙な男心はあえて脇に放り投げて俺は問いかける。
 ひょっとしたら無視されるかと思ったが、


「……・シンタと同じ手。扉を蹴り開けた瞬間に立体ホロ装置を中に投げ込んで時間稼ぎ。シンタの脱出艇の位置をハッキングしつつ通路を逆戻りして外に出て、出てきた瞬間斬撃スキルのスマッシュスラッシュでエンジンぶった切り」


 不機嫌なのは変わらずのようだがアリスは律儀に答えてくれる。
 なるほど。
 八つ当たり気味に通路の監視装置まで壊していたのは逆走を知らせない為。
 ボトルをたたき落としたのは、自分もホログラムだと気づかせない為。
 俺に突きつけた選択時間は、自分が戻る時間と俺の位置を調べる為と。
 
   
「それでシンタ。何か言いたい?」


 アリスのウサ髪がぴょこぴょこと動く様を後ろから見ながら、俺はシートの背に倒れ込み身体を預け、筐体の狭い天井を仰ぐ。


「俺の負け……完敗」


 嵌めてたつもりが、同じ手で嵌められたんじゃ、ぐうの音も出ない。
 素直に負けを認めるしか無かった。
 卑怯だ云々なんぞ言えた義理じゃないし、第一ゲームルール内でやれる手なら何でもありが俺の流儀。
 敗因は最後の最後でアリスの行動を読み違えた、俺の読みの甘さだ。


「よろしい……じゃあ今度は私から言いたい事あるから」


「あーもう何でも言ってくれ。正直覚悟は決めてたから。ただ手短にな。言い足りないならあとで聞くから」  


 しゃーない。アリスが怒るだろう手を満載のド外道モード全開な戦法だったし。
 かといって何時までもここでマッタリしている訳にもいかない。
 この外にゃPCOを武器に籠絡しなければならない多数のお客様と、大ボスのクロガネ様が待ち構えているんだ。
 時間的にもやばいし、あと俺の精神忍耐値的にも、膝の上にお座りなこの状態はよろしくない。



















 こちらに戻ってきた時に、まさか三崎の膝の上に座っていると思っていなかったアリシティアは、すぐ後ろから響いてくる聞き慣れた声に、何故か妙な居心地の悪さを感じていた。
 その一方で三崎の方といえば、アリシティアが膝の上にいても平然とした物で、自分の敗因を聞いてきたり、その結果を聞いて素直に負けを認めている。
 自分が落ち着かないのに、なんで三崎はいつも通りなんだ。
 それが何故か癪に触る。 
 だが今は、それらアリシティア自身もよく判らない感情を横に置く。
 もっと大事な事がある。
 三崎に勝つ機会をずっと待っていた。
 そりゃゲームルールで勝った事は何度もあるし、地球人とは別格の反射神経に物を言わせて勝った事もあるが、本当の意味で三崎に勝てたと思えたのはこれが初めてだ。
 狙いを読み切り、さらに逆手に取り、勝利をつかめた。
 出会った時から上から目線でやたらと偉そうに強制的に自分のギルドに加入させたこの男に勝利したかった。
 その上で、ずっと言いたかった言葉があった。
 三崎がゲームから引退して、GMになってしまって、伝えられなくなったかと思った言葉があった。


「…………ありがと。それだけ」


 ギルドに誘ってくれて。
 ゲームを楽しませてくれて。
 パートナーになってくれて。
 日常の些細な出来事ではいくつも伝えてきた感謝の言葉だが、この思いを込めて伝えるのは、はじめてだった。

  



[31751] 学生時代の力関係とコネは永遠です
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2017/02/14 01:32
 ウサミミ少女はエアロックを吹き飛ばし外に飛び出すと同時に、船体を這うように目的の射出口をめがけ一直線に飛ぶと、直前で山なりに軌道を変えつつ光弾煌めく宇宙空間を背景にくるりと反転する。
 ウサミミ少女の直下で口を開けた射出口から細長い棒状の脱出艇が電磁カタパルトにより射出される。


『って逃がすわけないでしょ! ほんと悪役思考もいい加減にしなさいよね!』


 最大加速で射出された脱出艇と交差する一瞬で、ウサミミ少女は怒りの色を有り有りと含んだ怒声と共に、狙いをつけていた脱出艇の弱点である後方エンジンブロックへと、右腕に握る分厚い山刀を打ち付けた。
 ウサミミ少女が叩き込んだのは、斬撃スキルの一つで相手のウィークポイントに叩き込めば、確定クリティカルとなるスマッシュスラッシュ。
 クリティカルを知らせる激しい火花のエフェクトが飛びちり、分厚い金属装甲が切り裂かれ、少女の後方でエンジンブロックが二つに破砕された。
 次いで一瞬の間を置いて、破壊されたエンジンブロックが巨大な爆発を起こし、その火の玉に脱出艇が包まれる。
 この瞬間、勝敗が決した。







「うぉすげ! 今の攻撃って弱点を狙ったのか!?」


「当たり前だ! あの女はリーディアンじゃタイマン最強兎だ! 余裕余裕!」 


「オッケーオッケー! 最高のタイミング!」


「よっしゃ! ざまみやがれ外道が!」


「くくく! いいぞ! 捨てた相方にやられるなんぞ。最高だ。あの野郎の悔しがる顔が見れないのが残念だ!」


「ぼこぼこの血まみれにする方がよかったけど、罠に嵌め返すってのもちょっと溜飲下がったかなぁ」
  
 
 アリシティアの勝利が確定した瞬間、観戦していた観衆からはアリシティアを褒め称える大歓声と共に、リーディアンユーザーらしき者達からは敗者である三崎に向けた怨嗟の恨みの篭もった罵声も盛大に上がる。
 プレイヤーの性別やら年齢すらも関係なく罵声を浴びせられる辺りは、もっとも恨まれていたGMらしいと評価するべきだろうか。
 

「GMミサキ撃破確認! 何時もの言っとくか!」

 
 一人の男が大声で音頭を取ると、合点がいった幾人もの観客達が拳を突き上げ、 


「「「「「「「アリスととっとと別れろ! この腐れGMが!!!!!!!」」」」」」」

 
 1音のズレも無い会場全体に響き渡るほどの大合唱が発せられた。
 ミサキの入ったボスを撃破した際の恒例行事や、某掲示板でミサキの名前が挙がった際に行われる定番レスは元リーディアンユーザーにはお馴染みだが、あまりに息の合った叫びに、事情をよく知らないだろう観客達が若干引き気味になるほどだ。


「……すげーな。シンタの奴どんだけ恨みかってんだ? 今の音頭を取ったのもうちの金山だろ美貴」


 OB、現役合同の飲み会で見知った後輩を指さした宮野忠之は、身内にまで恨まれるほどに悪評高さに感心したのか面白げに笑っている。


「ここだけの話、金山の場合は卒業前に先輩から頼まれてるから。周囲を煽ってヘイトを維持しといてくれって……ギルドの子らやあっちゃんが変な勘ぐりされないようにってね」 


 兄の問いかけに声を潜めて宮野美貴は答える。
 リーディアンが終了した今となっては、秘密にするような事でも無いのだが、ずっと隠していた所為か、自然と声を潜めるのが癖になっていた。
 GMとなった三崎伸太が、元プレイヤー。そしてKUGCギルドマスターだった事は多くのプレイヤーが知る事だ。
 その事実から曲解した勘ぐりをして、ギルドメンバーやコンビを組んでいたアリシティアが、ゲームプレイが有利になるように情報をリークしている、されていると、思われる可能性は十二分にあった。
 これらを避ける為に、ボス戦時の容赦の無い外道プレイや、プライベートでの接触激減といった直接的な物から、金山などに頼んだ印象操作や、掲示板への横暴な先輩だった等のデマ書き込みなどの間接的な物など、三崎が打った手は美貴が知るだけでも十数にも及ぶだろう。
 ギルドメンバーだけで無く、三崎が個人的に付き合いのあったプレイヤーにもいくつも似たような裏工作を頼んでいたようなので、その全容を知るのは当の本人だけかもしれない。
 

「そりゃまた……あいつらしいな。面倒事を嬉々としてやったな」 


 美貴の言葉に、忠之は珍しくあきれ顔を浮かべた。
 どうせ贔屓する気など無いのだったら、根も葉も無い噂だと捨て置けば良い。
 自分だったらそうする。
 だが妙な所で真面目というか、義理堅い三崎にはそれが出来ないのだろう。
 悪意のある噂の影響を受けるのが自分だけではなく、アリシティアや後輩、そしてギルドメンバーである身内にまで及ぶとなったら、あの世話焼きが何もしないはずがない。
 さらに自らを悪役にするという自虐的な行動も、あの後輩なら、周囲を思い描く状況に持っていくというシチュエーションを楽しんでやってのける。
 そういう男だ。


「三崎先輩って通常モードはお人好しで気の良い先輩だからね……ゲームプレイだけはド外道な癖に」


 面倒見のよい優しげな先輩という外面に騙されて入会した新人が、新人歓迎会の罰ゲーム付きボードゲームやら、コスプレ麻雀でそのどす黒い本性(ゲーム限定)を思い知らされるのは、三崎が在籍当時の恒例行事で、その被害者の一人である美貴は何とも複雑な顔を浮かべる。
 世話になった先輩で無ければ、リアルファイトの1つや2つ仕掛けたいほどの、恨み辛みがあるのは美貴一人では無い。


「ゲームに関しちゃ性根が腐ってるからな。だからあいつはリアル童貞のままでもてないんだよな……そのうち奢ってやるか」
 

 ゲーム限定とはいえそのド外道な本性の所為か、それともアリシティアの存在もある所為か。
 学生時代からリアル関連では浮いた噂の1つも聞かない後輩を、VRではなく、リアルな風呂屋につれてやっていくべきか。
 下世話な事を忠之が考えていると、
 

「兄貴。妙なこと企んでるなら、義姉ちゃんにちくるよ」


 兄の呟きを耳に捕らえた妹が汚物を見るような蔑んだ冷たい目線を浮かべていた。
 これ以上追求されるのは分が悪い。
 

「ユッコさんそろそろお開きにしますか?」


 嫁小姑の仲が良好なのは本来は喜ぶべきだろうが、後輩を出汁に使った息抜きすらも出来やしないと忠之はあっさり諦める撤退を選ぶと、会場全体を見つめていた三島由希子へと確認する。
 由希子が借り受けたこのVR空間の利用可能時間はまだまだ余裕はあるが、今が打ち切るベストタイミングだろうと忠之の判断に、


「えぇ。マスターさんとアリスちゃんの戦闘は万全の結果で終了しましたし、ほどよい撒き餌も終わりました。これで強制終了とまいりましょうか。美貴ちゃん。しばらくそちらはいろいろ聞かれると思いますのでお願いしますね。上手に頼みますね」


 獲物を捕らえる狩人の目を浮かべた老婦人はその鋭い視線とは裏腹な柔和な笑みを浮かべて美貴に頼むと、右手を他者不可視状態の仮想コンソールに奔らせた。


「へっ? ちょっとまってくだ」


 兄への追求が打ち切られた上に、いきなりの頼み事に事情を察知した美貴が返事を返しきる前にその視界は急速にブラックアウトしていき、


『回線が遮断されました。現実空間への復帰プロセスを開始いたします。本日のフルダイブ利用可能残量時間は32分22秒となります』


 無個性な機械音声が条例施行後に導入されたタイムリミットコールを告げて、次いで眠りから覚醒するような浮上感を美貴に与えた。 














 肌寒さを感じながら閉じていた目を開く。
 美貴の目に映るのは見なれたサークル棟の一角を改造して作られた、女性用ダイブルームだ。
 適温より少し低めに設定されたエアコンの稼働音に混じり、周囲のダイブ用チェアに身を横たえていた一緒に潜っていたサークルメンバー達の静かな息音が聞こえる。
 一番最初に復帰したのは自分のようだ。
 先週に組み上げた復帰プロセス短縮用に自作したプログラムの成果だろうか。
 無論、世界最高峰である魔法使い級のVRエンジニア達が組んだ最高品質に比べれば、学生の作った稚拙な物だが、その目的は基礎技術への理解度を示す指針。
 復帰プロセスという必須にして基本的なプログラムだからこそ、その理解力と技術力が如実に表れる。
 ゲームを通じてVR関連技術の向上を謳う以上、ある程度の成果を果たすのは部長としての義務であり責務。
 サークルメンバーが持つ高い基礎技術力と幅広い人脈が、KUGCこと上岡工科大学ゲームサークルの売りで有り免罪符。
 卒業メンバーの一癖、二癖もある連中が、現代社会の基盤である幅広い電子工学部門で活躍しているからこそ、ある程度の自由が学校側から黙認されている。
 無防備になる肉体の安全確保や防犯の為に、入り口は二重扉、入室管理用個人専用生体コードキー。室内防犯カメラ、トイレ、シャワー付き、鍵付きロッカー、エアコン完備といたせりつくせりなフル装備は、維持費や電気代が歴代先輩部員達や、その友人、知人からのカンパやらお下がりの品から構成されているとはいえさほど問題視されておらず、校内の数多くあるサークルでも破格の扱いと好条件を兼ね備えている。
 しかし入部希望者が多いかと言えば、実はそれほど多くは無い。
 校内屈指の設備と、卒業後のコネが作れるという好条件は実に美味そうな餌に見えるだろうが、それが釣り針であるのは学内では有名な話だ。
 現メンバーにはそれなりの義務や強制労働がついてくるわけで、
 

「全員起床! とっとと起きなさい! 金山! そっちのメンバーもいける!?」


 数秒遅れて復帰してきた部員達に声をかけつつ、数段設備の落ちる隣室の男性用ダイブ室に壁越しで怒鳴る。


『全員起きた! やばい宮野! 祭り状態だ! VRゲーム掲示板でかなり盛り上がってるのに、ホワイトソフトウェアのVRサイトが停まってやがるせいで、問い合わせがうちのHPにも来てる! 鯖落ちしないようにすぐに予備を立ち上げる! 太一。倉庫いって引っ張り出してこい!』


『オッケーです! いってきます!』


 美貴よりも少し早く起きていたのか、この短時間で状況を確認していた金山が焦りを隠そうともしない声で怒鳴り声を返してくる。


「りょーかい! こっちは中身。さっきの画像と映像を纏めてトレーラーの作成とwikiの制作は引き受けた! 千沙登。ユッコさんと馬鹿兄貴に連絡! 何でも良いから資料回せって!」


「はい。すぐ連絡します!」


 ホワイトソフトウェアはその全社員を集結して今日の企業向け説明会へと注力する為に、同日同時間帯の広報や問い合わせを行う公式サイトの業務停止を告知していた。
 これが事前に告知されていた同窓会プランをメインとした、新しい形のVRプロジェクトだけならばなんの問題も無かっただろう。
 だがVR規制条例下である冬の時代にサプライズ過ぎる新作VRMMO『Planet reconstruction Company Online』の発表とその高クオリティなデモ映像が拡散された所為で、早々と某掲示板を中心に所謂祭り状態に突入していた。
 その情報源であったのは三島由希子が借り受けていたVR会場。
 ホワイトソフトウェアからリークされたであろう、ゲーム情報や映像は、VRMMOに飢えていたプレイヤーの本能を刺激し、食いつかせて、注視を集める事に成功している。
 だがその一次情報源であるVR会場が、極めて中途半端なところで急遽閉鎖、切断された事で発生した情報難民が、ゲームの詳細情報を求めて一気に拡散していた。

 ゲームの必要スペックは?

 自由度が高そうだが何が出来るんだ?

 スキルの仕様や名前がリーディアンと同じだがプレイヤーデータ流用できるのか?

 与えられた情報の断片から、推測した情報の確信を得る為や、気の早い者などCBTテスターの募集先を探す者など様々な反応を見せているが、共通しているのは情報に飢えているということだ。
 その飢えた獣たちが目を付けたホワイトソフトウェアの公式サイトが、稼働していない以上、その目が周囲の少しでも関連有りそうな場所に目が向くのは自然の摂理。
 全てを主導したであろうゲームマスターと、デモプレイヤーとして登場したギルドマスター。
 いろいろな意味で名高い二人のGMが所属していたKUGCは恰好の標的となっていた。


「知り合いのギルマスと個人情報サイトやってる子らにも声かけて資料提供準備! 祭り会場を増やして話題の活性化を狙うよ!」


 正直言えば美貴たちとて、PCOの詳細など知りもしない。情報を求めているユーザーと情報量は変わらない。
 私的な知人、友人から個人的なアドレスには問い合わせがあるだろうが、嵐が過ぎ去るまでサーバを遮断し乗り切れば、無事にすごせるだろう。
 だが美貴たちが彼らと違う部分が1つある。その1つが傍観することを許さない。
 それは三崎伸太は先輩で有り、宮野達は後輩であるという一点だ。
 三崎に限らず先輩関連で大事があった場合、必要とあれば、”善意という名の強制労働”で協力するのがこのサークルの伝統で有り、数々の恩恵の代償である。
 三崎伸太のやり方をゲームを通じて身にしみて知っている直属の後輩である、宮野や金山達の指示に迷いは無い。
 系統の違ういくつものサイトへ情報提供を行い、情報を求めるユーザーを分散させつつ、ゲームへの期待度を盛り上げながら、新たに興味を持つ新規へとその経緯や分かり易い情報板の作成。
 裾野を広げることで、情報を拡散させつつ、迫力のある映像や意味深なキーワードで話題性を上向きに維持させていく為の下準備。
 プレイヤーであるからこそ判る、プレイヤーのツボを押さえたユーザーサイトは、メーカーが作る公式サイトとはまた一風違った物となるだろう。
 

「みんな頑張りなさいよ! 成功の暁にはあの外道先輩には、志宝堂のデザートバイキングを奢らせるから!」


状況を操り協力せざる得ない状態へと持っていくこのやり口は、明らかに三崎の手口だと、その人と形を知る誰もが思っている。
 ギルドメンバーや後輩どころか、敵対プレイヤーまで仲間に引き入れていく手腕にさらに磨きが掛かっているようだと。


「美貴甘い甘い! あと華月ゆ~ぷらざのチケットも付けさせれるでしょ!」


「あ、私! 加西屋のVIPランチ希望!」


「部室用の冷蔵庫とレンジ。相当古いでしょ!」


「じゃあ纏めて先輩に請求と。文句を付けれないくらいの仕事してやりましょ!」 


 美貴達を強制的に巻き込んだその手管は、三崎のやり口をよく知る三島由希子のサポートだと知らない彼女たちは、人気の洋菓子屋の餌を示した美貴の発破に、仮想コンソールを操るメンバー達が大学近くのスパリゾートの名や定食屋の特別メニューやら部室の新設備等次々に要望を上げていく。
 面倒事を押しつけられたと誰もが思いつつも、その心のどこかでこの状況を楽しんでいるか、声は明るく楽しげだった。



[31751] ヘイト管理が出来ないタンクに『カチ』は無し
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:d2c05873
Date: 2014/02/20 00:31
「…………ありがと。それだけ」


 うさ耳を模したアリスの髪は、緊張している時の特徴であるピンと張り詰めた状態で微動だにもしていない。
 アリスから言われるであろう説教めいた文句を覚悟していた俺は、その言葉に拍子抜けする。
 今回の戦い方は、アリスがあまり好まない、よく知る相手だからこそ嵌めやすい性格の悪い罠。
 ラストアタックを決めてきた際のアリスの台詞からも、そのお怒りのほどはひしひしと伝わっていた。
 それが礼とは……
 自分が勝ったから機嫌が直ったとか、嫌味で言ってきたわけでもなさそうだ。
 長年の付き合いから、言い方はぶっきらぼうでも俺に心底感謝しているのは、肌で感じ取れるんだが、正直、この状況で礼を言われるような理由が思いつかない。
 PCOを立ち上げた真の理由で礼を言っているかもしれないが、アリスの会社ディケライア社の窮地を脱出する為の人員確保案はまだ途上。
 しがないサラリーマンの身からすれば実感は湧かないが、これが地球を救うという実に電波的な事案にも繋がっている以上、地球時間で百年近く先の話でその時には生きてはいないだろうが、間接的には俺自身の為でもある。
 第一だ。
 身の丈を超えた裏事情と窮地に対して、我ながら不謹慎の極みだが、楽しんでいる事を否定できない。
 資金不足、人材不足、時間不足。
 無い無い尽くしの状況は戦略ゲーの高難易度最初期を思い起こさせ、そこからどうやってやり繰りしてクリアしてやろうかという、マゾゲーマー心理と言えば分かり易いだろうか。
 ゲーマーとしちゃ当然、人としちゃどうよという、俺の思考心理、性癖なんぞこの気心の知れた相棒にかかりゃ百もお見通し。
 それらを踏まえた上で、アリスが何を考え、そして俺はなんて答えるべきか。
 アリスの奴が真剣だからこそ、ちゃんと答えてや……


「あーいいよ。答えなんて端から期待してないから。通常モードお人好しシンタじゃ判らないでしょ。お礼の意味なんて」


 ……おい。こら。  
 人が頭をひねって考えているというのに、俺の膝を占拠した兎娘は、自分が言いたい事を言い終わると、先ほどまでの緊張と不機嫌そうな顔を解きやがった。
 その顔に浮かぶのは、チェシャ猫のような笑顔だ。
 この表情と含み笑い。
 俺が答えに窮するのを最初から予想していやがったなこの野郎。


「ほんと。妙な所で真面目なんだから。女の子からのお礼の意味が判らないなら、気にするなの一言でも言って、適当にうけながしてればいいでしょ」


 誰が女の子だ。推定年齢うん百歳のロリ婆が。
 そう良い返したい所だが、誰が聞き耳を立てているか判らないVRダイブ状況下で、アリスの正体に関する事は、些細な情報でも漏らすわけにもいかない。


「……・この野郎。用意周到だな」


 リルさん経由のWISで返せば外には漏れない。
 そう思った俺が繋げようとしたが、アリスの奴は先読みして俺と創天の回線を一時不通にしていやがる。 
 この先アリシティア・ディケライアとその会社は、VR業界の風雲児として、先端技術を駆る先駆者として、名を馳せ、幅広い業界で人脈を築き上げていく。
 宇宙での一期。
 地球時間での百年後まで影響力を得る為には、広く根深い人脈は必要不可欠。
 俺とこの兎娘が仕掛ける攻略は、まだ蓋を開けたばかり。
 最初期から下手な勘ぐりを避け、どれだけ荒唐無稽な真実であろうと、疑惑の目を避けて通らなきゃならない。
 そこら辺を十分に理解し、俺が返しに困るのを見越して、煽ってくるんだから、どっちが性格が悪いって話だ。


「ほっとけ…………ったく。余興は終わりだ」

 
 反撃を仕掛けても、俺の不利は易々と変わら無い。
 それに口喧嘩でアリスに勝つ為の論法を組み上げていくほどの時間も、お客様を外に待たせている現状では無いうえ、外には本日のラスボスもお控え中。
 白旗を揚げた俺はアリスの攻略意識を次へと向けさせる。


「りょ~かい。んじゃボス戦参りましょうか。別ボスも居るからそっちはあたしね」
 

 俺をやり込めた事にご満悦な笑みを浮かべるその背中を軽く押して、膝の上から強制排除しつつ、仮想コンソールを叩き、仮想体の座標位置変更処理を打ち込む。
 変更ポイントはデモプレイが始まる直前までいた俺の司会者ブース。


「別ボス? ……あぁそういう事か。じゃあそっちは任せた。俺は元の位置からいく」


 アリスが言う別ボスというフレーズで正体を察した俺は、そちらの対処はアリスに一任する。


「オッケ。任せておいてね」


 親指を立てたサムズアップで、西洋兎娘がにこりと笑う。
 やはりアリスとのコンビ戦は説明しなくても意図が伝わるし信頼できるからやりやすい。
 そんな事を思いつつ、サブウィンドで俺が居た場所を確認すると、タキシードを着せた巨大な熊のぬいぐるみが置いてあった。
 その首には『ただいまゲームプレイ中』の看板がぶら下がっている。
 このファンシーさ加減は佐伯さんか? 
 というか何故に熊のぬいぐるみ?
 そのぬいぐるみの横で、俺らが出てこないので何とか場つなぎの時間稼ぎをしてあたふたしている大磯さんがいた。
   

「基本路線はゲームとは? でいこうよ。さっきやり合った感じだとプライド高い負けず嫌いだよ。プレイヤーとして譲れないライン有り」


 立ち上がったアリスは、狭いブース内で器用にクルリと反転して、俺の顔をのぞき込んでくる。
 楽しげでそして好戦的な笑みは、昔から変わらない強敵を前にしたこいつの表情だ。
 ちょいと刃を交えただけで、敵の特性やら行動パターンを見抜けるうちの相棒のアドバイスを今更疑うまでもない。


「だろうな。真っ正面からいくぞ。あっちの切り札は使わせない、使いにくい方針でいく。ゲーム論やらプレイで負けたから人格攻撃なんぞ、実質負け。ゲーマーにゃ最大の屈辱だ。あの御仁もこっち側だろうから通用するだろ。俺に対する誤解で潰されたらたまったもんじゃねぇ」


「誤解って言うか、実際に変なの見ようとしてた癖に……で、シンタのカウンターエースは? リルになんかやらせてたあれ? さっき届いたけど」


 これだから男はと言いたげな胡散臭げな顔を浮かべたアリスは、懐に入れた人差し指と中指で封筒型データをつまみ出し、俺へと渡してくる。
 

「お。さすがリルさん仕事が早いな……お前と再会した日の天候状況から路線情報。あと周囲の宿泊施設の状況諸々完璧網羅と、最悪ドローに持ち込む最終兵器もオッケー。あとはこいつに、会社に送ったデータと回線使用ログをくくりつけてアリバイ証明完成と」


 渡されたデータの目録をざっと確認すれば、俺が欲しい物が全て揃っている。
 俺が指定したのは日時のみだが、リルさんはそこから俺が欲しかったその日の各種情報を用意した上に、さらに脳内ナノシステムのパスコードを使って、俺の脳に侵入して残った情報もきっかり吸い出してくれている。
 人の脳に記録された情報を取り出し外部出力する技術は、地球でも研究され軍事技術としてある程度は成功しているようだが、成功率はまだまだ低く大規模設備と時間もかかる。
 しかしそこは宇宙オバテク。民生品である脳内ナノシステムを使って俺が欲しかった、あの時確実に目撃したクロガネ様のリアルでの顔を取り出してくれていた。
 画像データに映るのは痩せこけ、青白い顔の若い男。どこか狂った色を宿す目は俺を敵のように睨み付けている。
 ネカマ。しかも完全に性別を偽って居るであろうクロガネ様にとって、このデーターが流出するのは最悪の状況だろう。
 もとより有名人でカリスマプレイヤー。そいつがネカマだとばれれば、対PKKでやられた元プレイヤーは元より、面白がって遊び出す連中も出るだろう。
 ばらまいて祭り状況に持っていくのは難しくない。
 俺を社会的に落としいれようというなら、こっちも同じ手を使うまで。
 クロガネ様の正体を曝く、これこそまさに光の玉。
 あとが怖いが、先輩権限による後輩達を動員した強制労働で祭りを加速させ、リアル特定でリアルダメージまで持っていくことだって可能。
 まぁ、さすがにそこまでやると、こっちのダメージも加速度的に跳ね上がり、会社にまで迷惑をかけそうなので、あくまでもクロガネ様に対する抑止力。
 互いに使えない状態に持ち込む為の切り札だ。
 

「見ろアリス。これがクロガ」


「はい却下♪」 


 我ながら邪悪な策に満足しつつ、画像データを呼び出してアリスに見せた瞬間、最高の笑顔を浮かべた我が相棒が俺の顔面を鷲づかみにした。


「さっきも言ったよね♪ 悪役思考もいい加減にしろって♪ どーしてシンタはそうなんだろ♪ ……ぶち殺すよ腐れ外道」


 細い指の隙間から見える顔だけは実に楽しそうですが、目が笑ってませんよお嬢さん。
 というか最後の殺し文句に至っては、ついぞ聞いたことの無い悪霊でも乗り移ったようなドスの利いた低い声で鳥肌が立ちそうになる。
 この間見たディケライア社内会議でのサラスさんと同様のやばさを感じる。
 こめかみに筋が浮かばせ、ホラー映画のようにウサ髪が逆立ち威嚇してやがるアリスが一睨みするとデータが光の粒子となった。
 データが消えた同時に俺の記憶の中からも、今確認したはずのクロガネ様のリアル顔がぽっかりと消失しやがった。
 思い出そうとしても、その顔には靄が掛かってぼやけている。
 どうやら俺の策は、アリスの逆鱗をついたようで、激怒したアリスがデータを消去すると同時に、俺の記憶を消去か封印したようだ……無茶苦茶だなおい。


「あーアリスさん。負けたらおしまいだぞ」


 負けは許されないのは、こいつだってよく判っているはずだ。
 第一俺とこいつの仲だ。
 俺の考えなんぞお見通しだろうがおまえ。
 あくまでも抑止力。
 使わない使わせない最終兵器だってことは、よく判っているはずだ。
 引き分け用の切り札すらも、にべもなく却下されるのは、ちとむかついたので反論するが、


「引き分け狙いでもなんか嫌な予感する。それにあたしの”パートナー”なら正々堂々で勝ちなさい。シンタなら出来るでしょ。要はあの狐にゲームをやらせたくすれば勝ちなんだから楽勝」


 俺の頭から手を離したアリスは偉そうに腕組みしつつ、俺を睨み付けキーワードを口にする。
 キーワードを使ったその言葉は命令口調ではあるが要は俺への頼み事。
 クロガネ様をゲームの魅力だけで口説き落とせってか。
 他人が聞けば、ちょいと無茶で理不尽な要求に聞こえるかもしれないだろうが、俺はアリスの勘には全面的な信頼を置いている。
 それだけの実績と、俺を信じさせるだけの信頼がある。
 そのアリスが嫌な予感がするってことは、切り札と思ったクロガネ様のリアル情報は、切り札たり得ないということだろうか。
 本人的には一切気にしない豚か、最悪ババでクロガネ様と以前あった危ない男が予想を外して別人って線もありか?  
 だが兎にも角にも、相棒がご立腹なら俺はこの手を使う気にはならないし、使わない。

 キーワードは普段は軽々しく口にせず、相手が口にしたときは、その意思を絶対に尊重する。

 頼み事をするなら順番は交互で連続は無し。

 相手の尊厳を傷つける行為はしない。頼まない。

 3つの約束は俺とアリスがコンビを組んでいく上での決め事。
 そして前回頼み事をしたのは俺。
 

「お前の勘かよ……わーったよ”相棒”」 


 不承不承ながらも、俺もキーワードで返し了承する。
 こっちの武器はゲームの魅力のみかよ……こうなりゃ構想段階のアイデアもバンバン出しまくった総力戦。
 クロガネ様の上げ足取りつつ、論争しつつ構想を煮詰めていくしかねぇな。
 強敵相手に行き当たりばったり泥縄戦ってのは事前準備命主義に反するが、まぁそれはそれで嫌いじゃ無い。


「よろしい。じゃ10秒後に戦闘開始ね」


 俺のやけくそ気味な返事に対して、我が相棒は今度こそ掛け値無しの笑顔で戦闘開始を宣っていた。










「はっ! 課金はそれこそ時間をあまり取れないユーザーへの救済案であり、同時に運営会社にとっても貴重な収入要素。だからこそ基本無料として裾野を広くして、ユーザーを多く取り込める。それを今時、月定額制で経験値効率アップアイテムなど一部のみでの課金導入。古くさいわね。第一そう考えているのは貴方のみでは。会社全体の収益に対する案件に軽々しく答えを出してよろしいの?」

 
 動物の特徴を持つ仮想体を使うクロガネという人物は、PCOにおける料金システムが定額+一部課金で考えていると聞くなり、鼻で笑うと凍りつくような声で切り込んでいく。
 その背後に展開されたスクリーンに映るのは、半年前までのVRゲーム業界での料金体勢のデータだ。
 円グラフで表示されたその割合は彼女が言う通り、基本無料で主な収益は課金アイテムというゲームがほとんどの中で、定額制で高額な料金を取るゲームは極々少数となっている。
  

「もちろんPCOの素案は私個人の考えですが、課金要素をゲームプレイに重視しないのは、我が社の本筋からもさほど外れていません。ライトユーザーにとっては、強力なアイテムを期間限定といえど利用できる課金要素は魅力的でしょう。ですがそれはヘビーユーザーにとってはレベル差があっても、リアルマネー次第ですぐに覆され、モチベーションの低下に繋がります。かけた時間分だけ自らの成長、プレイヤースキルを実感できる形こそが、ゲームに限らず趣味の醍醐味。全てがかけられたお金だけで決まるというのは違いませんか?」


 一方でその言葉を真正面から受けるミサキシンタも負けてはいない。
 対峙するクロガネと同じように、背後に展開させたモニターで、過去に存在したMMO作品のレビューを中心にピックアップして表示していく。


「課金アイテムを強力にしすぎた所為で、ゲームバランス崩壊や、課金必須となり、世間一般やユーザー様からさえ非難されたゲームはいくらでもあります。課金アイテムの有無が、ユーザー間での諍いの原因となることもあります。さらに申せば、企業側としても課金収入を当てにした場合、収益の増減に安定性を欠いて年数単位での長期的計画に支障を生じます」


 どちらも表示するのは、リアルデータを元にした理由理屈。
 それが相反するのは、視点の差、多角的に見た場合における差異だろう。


「語るに落ちたわね。それこそ貴方が、長時間プレイが可能な一部のヘビーユーザーのみを重視し、短時間しかプレイが出来ないライトユーザーを軽んじている証拠ではなくて? これから先の時間規制を考えれば、悔しいですがライトプレイがメインとなります。プレイヤースキルを十二分に上げる事すらままならない時間でしか、プレイできないユーザーに取っては課金アイテムはゲームを楽しむ為に必要な物だと理解なさったらいかがです」


「クロガネ様のおっしゃる規制によるプレイ時間の低下は確かに一理あります。ですがそのライトプレイとはフルダイブに限った話です。時間や能力が規制されたのはフルダイブを用いたVR技術。ならその前身である仮想モニターを用いたハーフダイブや、前時代のモニターによるゲームプレイは規制の対象外となるのは確認済みです。だからこそPCOのゲームシステムは、それらの機器や技術でもプレイ可能としています」


「そこです。限定的フルダイブを用いての1日2時間という形でゲームを成り立たせようとしても、VRに慣れたユーザーにとっては不満が生じるのは目に見えています。それに貴方のやろうとすることは、VR規制をした愚か者達を援護する口実になるのでは。規制状況のままでもゲームが成り立つのだから、規制はそのままでも問題なしと言い出す輩が出てくるのは目に見えています。貴方は、あくまでも私たち多くのユーザーが望むのは、かつてのVR世界だということを判っていないようですね。規制の撤廃がまずありきで、署名活動や違法ソフトの撲滅をメインとした浄化行動を主筋にするべきです。それを中途半端に規制に対応したゲームを制作して妥協することは、VR世界に対する裏切り以外の何物でもないでしょう」


 二人が重ねるゲーム業界の先行きに対して何をするべきかというのは、どちらが間違っている、どちらが正しいという類いの1つに絞りきれる話では無い。
 議論を重ねているが、その道筋は平行線を辿り続けるだけだ。
 妥協点を見いだすのは難しい。
 己の常識で解釈しながら、ディケライア社経理部部長サラス・グラッフテンは二人の闘論者を分析する。
 クロガネという人物のメイン路線は分かり易い。
 三崎の提唱した遊戯や、その資質を真正面から否定し、妥協する様子は微塵も見せず打ち負かそうとしている。
 問題は三崎の方だ。
 三崎はクロガネに合わせたかのように、真正面から反論していくのみで、こちらも妥協しようという気概が今は見られない。
 創天メインAIリルから得た三崎の人物像は、小ずるく狡猾という評判だったが、サラスから見て今の三崎は、ただ相手を否定して青臭い議論をぶつけるだけの若造だ。
 落とし所を想定していない状況で議論を重ねれば、破綻は目に見えているはずなのに、何を考えているのだろうか?


「あら、岡本さんでしたか? ずいぶんご熱心に聞き入っていますね」


(おばさん発見と。どうシンタは?)


 三崎の本質を見極めようとしていたサラスへと、いつの間にか近寄っていた人物が、聞き慣れた声を二重にして話しかけてきた。
 地球の回線を用いた会話と、リルの支配下にある秘匿回線による会話による、問いかけに慌てるでも無く、サラスはゆっくりと横に振り向く。
 

「あぁ、アリシティアさんでしたか。いやいやあそこまで懸命に業界の先行きを心配できるお二人に感心しておりました」


(今の私がよくおわかりになりましたね。姫様)


 頭髪が後退して広くなった額を胸元から取り出したハンカチで拭きながら恐縮した演技をしつつ、正体を見抜かれたサラスは秘匿回線で冷静な声で返す。
 今のサラスが偽装するのは、小規模なVRイベント代理店の営業部課長岡本という50代の中年男性。
 元の姿形どころか性別すら違うのに、アリシティアは迷うこと無くサラスへと接近してきていた。
 勘のよいアリシティアのことだ。リルから正解を聞かされずとも、先ほど三崎に接触した段階でサラスの偽装姿に見当を付けていたのだろう。
 二人の議論を無言で観戦している様子で隣に並びながら、アリシティアとサラスは水面下で会話を重ねていく。


(容姿変貌モンスター狩りは現役時代に散々やったからね。見抜くの得意だもん。それであっちの軽薄そうなお爺ちゃんがノープスお爺ちゃんでしょ)


 サラスにはあまり理解できない理由を自慢げに答えたアリシティアが、ちらりと目線を向けた先では、『大磯』というネームプレートを付けた女性社員に馴れ馴れしく話しかけている、金ラメスーツを身につけたやたらと派手な老人が一人。
 肩に手を回そうとセクハラまがいな行為のついでに、引きつった笑顔を浮かべるあの女性社員から一応いろいろ聞き出しているようだ。
 業界の大先輩にして自由人であるノープスの行動に関しては、今更どうこういう気は無い。
 あれで絡んだ相手方からは困ったお爺ちゃんと思われても拒絶や嫌悪されないのだから、一種の特異スキルといっていいレベルのキャラクターを作り上げているのだろう。
  

(ノープス老はどこでも変わりませんからね……それよりも姫様。先ほどのご質問のお答えですが。個人的な感想でよろしいでしょうか)


(うん。おばさんから見てシンタってどう?) 


(目標が見えません。事前にこの業界の現状を囓った私の知識では的が外れているかもしれませんが、あの二人に妥協点を見いだすことは難しいと思います。ただお互いの思うことのみをぶつける論戦を彼は続けるおつもりですか?)


(ん~確かに妥協点は無理筋なんだけど、今のシンタがやってるのは下準備。属性変化させてのヘイト管理中)


 ……前半はともかく、後半は何かの暗号だろうか?


(姫様。私ではその説明は理解しかねますので、分かり易くお願いいたします)


 文字通り命に代えても惜しくないほど可愛い姪が、たまに意味が判らない概念で語るようになったのはいつからだろう。
 亡き兄夫婦に申し訳なさを覚えつつ、サラスはその複雑な感情を押し殺し冷静沈着な声のまま再度聞き直す。


(あーごめん。さっきまでシンタと話してたから感覚がずれてた)


 ミサキシンタには今の意味不明な戯れ言で伝わるのか?
 それ以前にあの男の仕込みだろうか?
 

(えとね、あのクロガネって狐っ子はシンタや所属するホワイトソフトウェアを誤解してるんだよね。簡単に言えば、VRMMO業界やユーザーを金儲けの手段として見下してるってね。まぁ一度でもホワイトのゲームをやってればそんな感想絶対に無いんだろうけど。だからまずはその誤解を解こうとしてるの。自分たちはVRMMOが大好きなんだって)


(……偽らない素をぶつけることで、あちらの娘に己を理解させようとしていると) 


(正解。あたしの見立てだとシンタとクロガネって根っこは同じ。VRMMO業界の先行きに対して同じくらい不安を感じて、何か出来ることは無いかって常に考えてるんでしょ。クロガネの方は理由はわからないけど、その感情が行き過ぎて迷走してるっぽい。もっともシンタもちょっと壊れてるけどね。地球の危機だって利用して新作を作ろうってくらいには。で、これがシンタのPCOでの裏案)


 肩をすくめたアリシティアが、サラスに対して1つの計画書を送付してきた。
 送られてきたデータをサラスは要点を纏めざっと一読みする。
 

(地球人を使っての暗黒星雲調査計画ですか…………本気ですか彼は?)


 PCOと銘打ったゲームと現実世界をリンクさせ、高レベルプレイヤーにゲームプレイと錯覚させたまま、無数の遠隔操作型探査ポッドによる暗黒星雲資源調査を実行可能な人材と人数を確保する。
 言うのは簡単だが、コンマ秒単位で変化する苛烈な環境である暗黒星雲内で、的確な指示を機体AIに出せる人間がどれほど居るのだろうか?
 

(本気なんだよね。あたしも最初に聞いた時は無茶だと思ったけど、実際に考えてみると地球人って、原始的なナノシステムで異常な反応速度を叩きだすんだよ。あたしのギルメンだけでも、トップクラスの人達は慣れればたぶん出来る。日本全体で考えれば、最大なら数万人規模で確保できるかも。実際おばさんも見たでしょ。シンタなんて戦術込みだけど、あたしにすら対抗が出来るんだよ) 

 
 アリシティアの語ることは、パートナーであるミサキシンタへの過剰評価でも、サラスに好印象を抱かせようとする為の虚言ではない。
 ディメジョンベルクラドとしての能力を最大に発揮する為に、創天メインAIリルとリンクするアリシティアが所持するナノシステム群は、個人所持としては銀河文明でも最高クラスの処理速度を誇るのは、純然たる事実だ。


(その能力があると仮定しましょう。ですが実際に行おうとすれば、クリアすべき課題は数多く存在すると思いますが。この企画はまだ素案段階なのですよね。それ以前に姫様が主導で動いても、このような荒唐無稽な案に、社内で賛成者が出るかは判りませんよ)
 

(あーそっちは心配してないよ。シンタに任せれば勝つから。とりあえずノープスお爺ちゃんだけだけど、PCO計画を聞いたら面白いって賛成してくれたし。ナンパ師だからねシンタは。仲間を作るの上手いんだ)


 サラスの懸念をアリシティアはあっさりと否定する。
 まだ計画の初期段階だというのに、すでに勝ちを見いだしているようだ
 ミサキシンタという男をそこまで信頼できる確信があるようだが、サラスには今ひとつ理解できない。
 だが1つ判ったことがある。
 サラスをこの場に誘ったのは誰か?
 何のことは無い。
 アリシティア、ノープス。そしてリル。
 その全員がすでに結託して動き出していたようだ。 


(問題は起ち上げ後。こっちの話。確保した人材をどうやって合法的に上手く使うか。初期文明保護条約とか法律にいろいろ引っかかるでしょ。あたしもそこまで詳しくないし、リルはヒントはくれるけど正解はくれないし。シンタは能力調査名目で法律の網をすり抜けるつもりだけど、穴があるかもしれないから…………でも、おばさんならいろいろ手を考えられるでしょ。ほらシンタを、こっちに無理矢理連れてこようとしてたくらいだし)


 今回は二人が仕掛ける手が、ディケライア社の為になるかを見極めるつもりだったが、どうやらそれだけではすまなそうだ。
 アリシティアの言葉の裏には、サラスを煽るような成分が僅かなりとも含んでいる。
 どうやら自分は罠の真っ直中に飛び込んでいたようだと気づく。


(そのお答えは、この場が終わったあとでよろしいでしょうか。まずはこの無茶な計画を立てた御仁の手腕を見せていただいた後に判断します) 


 アリシティアに素っ気なく答えながらサラスは、リルが語った三崎の人物像を思い出す。
 純粋無垢であった姪が、いつの間にやら駆け引きを覚え始めたのは、あの悪辣で狡猾なナンパ師といわれた男の影響だろうか。
 先ほどまでは、己の感情を愚直にぶつけるだけに見えた青年に対する評価を、サラスは一度リセットする。
 地球人を使った暗黒星雲調査計画などという、荒唐無稽な案を実現に持っていこうとする彼の人物は、ただの愚者なのか、それとも……
 仕草や顔の表情を含め全ての言動を再確認。
 ミサキシンタは一筋縄ではいかない人物だと認識を改め再評価を始めていた。



[31751] 求ギルメン(世界侵略に興味ある人および企業
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:92f79940
Date: 2014/04/09 00:55
「貴方のおっしゃるVRを限定的に用いるゲームデザインは、規制状況下でも成立”は”するでしょう。だがそれでユーザーの満足度を解消できると?」


「確かに規制に合わせて設計はしています。ですが、先ほどクロガネ様もおっしゃいましたが、既存VRMMOゲームにおいて、プレイヤーの大半は週に数日。一回当たり数時間接続をしていたライトユーザーがメインでした。ちなみにこちらが当社の接続データとなります」


 腕を振った三崎伸太の背後では、黒板ほどの大きさのVRウィンドウが展開されリーディアンオンライン時代の接続時間の統計表が表示されていく。
 時間別、月別、年齢別と項目に別れ、一目で見やすくまとめられたデータ群。
 平日は20時過ぎから深夜2時までの間にアクセスが集中し、土、日、祝日が全体にばらけていることを示し、学生が長期休みに入る時期にもアクセスが増えている。
 だが全ユーザーから割り出した1日辺りの平均利用時間は約5時間。週ごとの平均利用日数も4.5日程度で有ることを示している。

 
「これらの接続時間データを元に考えれば、PCOで考えているハーフダイブをメインとしてフルダイブを一部使用するというスタイルで、満足いただけるゲームを作り上げるのは不可能では無いと考えています」


「そのデータが示すのは接続時間だけでは無くて? 性能や特殊機能等も制限された状況下で充足感や爽快感まで補えると? しかも海外では規制影響を受けないVRは絶賛稼働中。見比べられて見劣りしない物が作れるとおっしゃるのかしら」


「グラフィック性能や高速思考など一部機能で、規制無しの海外VRゲーと比べて見劣りする部分が出るのは否定しません。ゲーム世界をその五感で味わえる臨場感であったり、リアルでは不可能なことが出来る特殊機能は、今までのゲームには無かったVR技術の売りです」


「それが判っていながら貴方はこんな出来損ないの案を新しいVRMMOとして売り出すのかしら? それこそユーザーを馬鹿にしているのでは」


「まぁ旧来のゲームとは一線を画す斬新な機能をいくつも併せ持つ。それがVRですね……しかし、それだけがゲームの面白さでありません。ゲームの面白さとは極論を言ってしまえば如何に楽しめるか。その一点です。名だたるへビーユーザーであったクロガネ様ならご存じでしょう」


 彼女の発言に対してミサキは持ち上げつつも挑発するかのような目を浮かべ慇懃無礼な答えを返す。
 綺麗な映像やら、複雑怪奇で凝ったシステムなんぞ確かに重大な要素の1つだが所詮はそれでも引き立て役だ。
 ゲーマーならんな事百も承知だろ。
 とその顔はありありと語っている。


「し、しかし、それでは最大機能をフルに使い常時接続が当たり前だったヘビーユーザーにとっては……」


 おかしい。おかしい。なぜだ?
 最初はプレイヤーの多数派を占めていたライトユーザーを擁護する発言を繰り出していたのは自分だったはずだ。
 だがいつの間にやら、会話の主導権を握るこの男によって自分が少数派であるヘビーユーザーの意見を主張する側に回されてしまった。
 多数派の並プレイヤーと少数派の強プレイヤー。
 ゲーム内においてなら、その経験やレベル。装備の差で少数派である強ユーザーが主導権を握ることも多々あるだろう。
 しかし今ミサキとクロガネが交わすのはゲーム談義で合っても、忌々しいことにリアルでのビジネスの話。
 多数派と少数派。
 玄人向けのコアな商品ならばともかく、VR会社が扱うのは不特定多数向けの作品が多い。
 この会場にいるのは全てがVR業界関連会社やライターの類い。
 彼らの目線から見てどちらを重視するべきか、なんて多くを語るまでも無い。
 より多くの人に素晴らしいVR世界を知って欲しいと願うクロガネにとって、多数のユーザーの意見を代弁するのは当然の事だ。
しかしこの男は舌先三寸で会話を操る男だった。
 彼女は遅ればせながら、術中に嵌まったことに気づかされる。
 会場を見渡せば、ミサキの紡ぐ言葉に、無意識でも同意しているのか微かに頷いている者達も幾人も居た。
 最初は彼女の意見に対して真正面から反論していたミサキは、少しずつ少しずつ意見の矛先をずらして、彼女の意見を肯定し、逆に彼女には自らの意見を反論させ、立ち位置を自然と真逆にするという姑息な手段を弄していた。 
 対抗策は……ある。
 ミサキがやったように、自分もミサキの意見の一部を肯定しつつも、見解の差異を元に欠点を突いていけばいい。
 だがそれが出来ない。
 ミサキという存在を肯定することを、心が拒否するからだ。


「もちろんヘビーユーザーなお客様も、そしてライトユーザーのお客様も全てのお客様満足させますよ。我が社の理念は『お客様に楽しんで貰うゲーム』です。その為ならなんだってしますよ……俺達は」 

 
 違う。違う。
 お前はそんな事を言って良い男じゃ無いはずだ。
 そんな笑顔で自信ありげな勝ち気な表情を浮かべるような存在じゃ無いはずだ。
 絶対な前提条件である『VR世界に仇なす者』はずなのに、その口が紡ぎ出すのはこの先を見据えた物、VR業界の復興に向けた策の数々だ。
 稚拙な策もある。
 技術的、金銭的に現実が難しい策もある。
 楽観的すぎる策もある。
 読み違えたのか?
 何故だ?
 どこでだ?
 問答を交わしながら。自問自答をしようとし、記憶が混同する。
 記憶の混同は何時ものことだ。
 混乱した時系列。
 他人の記憶を漁るようなあやふやな記憶を探って、ようやくこの男を敵と定めた全ての情報を抜き出す。
 この男を最初に獲物と定めたのはいつだった?
 仇なす者達の巣窟と見定めた網を張っていたVRカフェだ。
 あれはいつだった?
 雪の降った日だ。
 どう対処した?
 ”寛大”で”優しい”自分は警告で済ませた。
 何故今相対している?
 この男はGMだった。自分とは関係ないゲームだったが、それでもGMだった。
 自分が持ち得なかった××を………… 






 この感情はダメだ。
 これは自分じゃ無い。
 俺じゃ無い。
 俺はあんな男に嫉妬していない。
 妬んでいない。
 嫉妬や恨みなんて負の感情なんて、俺には似合わない。
 なぜなら金黒浩一は”公正”で”優秀”で”寛大””優しい”な完璧な人間だ。
 その自分が派生したクロガネも同様の存在だ。
 甘言によって堕落させようとする敵だ。
 葬れ。
 全力で葬れ。







 あの男は敵だ。完全なるVR世界を欺いた敵だ。
 この男を初めとして、VR世界に仇なす者を葬り去ることが、私の役目だ。
 私こそがクロガネこそが救世主だ。 










 属性変換は終了。
 これで会場内の人らには、俺やホワイトソフトウェアの面々がVRMMO業界を憂いてる事や、先行きに絶望なんぞしていないことを少しでも理解してもらえればオッケーと。
 まぁこのご時世、会社が潰れて明日からプーとなりかねないんで、不安が無いといえば嘘になるが、ウチの先輩方の培ったメンタル構造は壁キャラ+バフ込みな無敵要塞クラス。
 明日の生活も知れぬ程度で負けるようなら、とうに潰れてるっての。
 さらに俺の場合は、会社倒産とは別口で地球売却という巫山戯た筋書きがあるんだから、もう開き直って笑うしか無い。
 しかし笑えない事案もそれなりにある訳で。
 今現在はこの狩……もといテイミング相手。
 周囲のお客様は社長ら上司群がいくらでも刈り取ってくれるだろうが、問題は目の前で、眼光鋭い目線できっと俺を睨み付けてくる狐ッ子が、なかなかに折れてこないことだ。
 立ち位置変更で揺さぶりかけたり、露骨に持ち上げてみたりと、まぁいろいろやっているが折れないなこの人。
 一瞬動揺しているように見えても、すぐに立ち直ってくる。
 なかなかの壁メンタルの持ち主か?
 しかしそれにしちゃちょっと違和感もある。
 別属性の防御持ちモンスターを相手取っているような、ダメージの低さと言えば良いんだろうか。
 某神ゲーじゃ無いが、属性違うから仲間にならないとかじゃないだろうな?
 問答無用で撃退するならやれそうだが、縄をかけるとなったら、あともう数手必要か。
 こうやってなかなか捕獲が出来ない難敵を相手にすると、昔のアリスはチョロかったなと思わざるえない。
 まぁアリスはアリスで、テイミングしてからの方が苦労したん……と、いうか今も苦労しているな。うん。


「全てのユーザーを楽しませる? 簡単に言うわね。それが出来ないからこそ今のVR業界の惨状があるのでは? 数多くの人達が知恵を出し合い、必死に護ろうとしてそれでも終わった世界の多さ……貴方にそれが何とか出来ると? 笑わせてくれますね」


 立ち直ったクロガネ様が蔑んだ目つきと冷たい笑いを浮かべる。
 そこにすらほのかに沸き立つ色気というか魅力がある。
 所謂女王系ってやつか?
 ほとほとよく出来た仮想体だと感心する。
 さすがにチートアリスほどじゃ無いが、宮野先輩の仮想体ミャークラスだ。
 あの男心をくすぐる絶妙な造形と動きに匹敵するだけ有って、俺の背後からも生唾を飲むような声や、気を取り直そうとする咳払いが響いた。
 さすがカリスマゲーマーと呼ばれただけはある。
 ふむ。この人心掌握系スキルとVRネットでの情報拡散系スキルは是非とも欲しい逸材だな。
 …………んじゃ一気に口説いていきますか。


「いやー正直無理です。というかウチの会社倒産寸前ですし。実際年を越せたのが奇跡みたいな感じだったりと」


 口調を一気に変換。軽く軽薄に。
 会場のシリアスな雰囲気をぶち壊し、三文芝居なコメディーに。
 周りのお客様も呆気にとられている中、うちの社長だけは笑いを堪えようとしているのか腹を抱えて声を押し殺していた。
 一方で我が相棒ことアリスは、呆れかえった顔を浮かべつつも、俺が仕留めに掛かったのか察し親指を立てた首切りポーズをみせる。


「なっ!」


 いきなりの俺の砕けた態度にさすがのクロガネ様も驚いたのか、素の表情を晒している。
 
 
「まぁ健全な状態だったとしても無理ゲーですし。なんせアリスの親父さんが残したデータ群も膨大なのはいいけど、想定しているというゲーム規模が鯖の容量だけでもリーディアンの数十倍は最低限必要らしいんで、んな業務用VR鯖を新設する余裕が有るわけ無いでしょ。ウチの会社に。ねぇ社長」


 笑いを堪えすぎて咳き込み始めた社長へと、俺は水を向ける。
 打ち合わせはしていないが、あの人の性格ならここで乗ってくる。
 さらに俺が考えている事だって知っているのだから、それにふさわしい答えを返してくる。   


「くっ! くくく! わははぁ! ……うん無理だね。無理。いやーさすがにこれだけ大規模な新作を作ろうと思ったら、僕ら”単独”じゃ潰れるね……でも面白そうだし、やってみようか。当然だけど勝ち目は考えてるんだろ三崎君?」


 爆笑しつつも社長は俺が望んだ言葉をきっかりと含んだお墨付きを与えてくれる。


「おいおい白井さん本気か?」


「博打打つタイプじゃ無いからな………………乗るか?」


 ホワイトソフトウェア社長白井健一郎。
 うだつの上がらない風貌に反して、この人は業界において顔の広さと一目置かれている。
 業界全体の風雲児と呼ばれ一手、二手先を常に読み動いてきた社長が、厳しい規制状況下でも新作VRMMO開発へのGOサインを出した意味を知る会場の一部のお客様からざわめきが上がる。


「そりゃもちろん…………さて会場にお集まりの皆様! 私がこの場をお借りして新作案を提示したのは、ちゃんと理由があります。まぁなんせ何時潰れるか判らない中堅会社の下っ端GMが新作を提案したところで、まともに聞いてもらえず箸にも棒にもかからないのは目に見えてます。だから注視が集まるこの場において強行させていただきました」


 声を張り上げ、身振りを大きく、会場全体の目線を引き込んで自分のペースに。
 

「さらに先ほどクロガネ様よりご指摘されました、業界全体に暗雲をもたらした未曾有の危機。んな大事に若輩若造1人でどうこうできるわけも無しってのは当たり前でしょう……しかし俺は知っています。強大な相手に戦うにはどうすればいいかを」


(中村さん大磯さん。先ほどお願いした小細工の発動お願いします)


 右手に注視を集めている間に左手で仮想コンソールを叩き、我が社の生きるデータベースな大磯さんに指示。
 今回ご来場のお客様のデータが大磯さんの頭には織り込まれている。
 どこの会社の人間で、どの部門やどのゲームに関わっていたといったパブリックな物は当然として、その人物のプライベートな情報も網羅している。
 本人曰くいろいろ知っていれば、どんなドジ踏んでも、何とか対処できるからとの事だが、その情報量は圧巻の一言だ。
 

『ほいほい了解と。一応会社関係の人は開発した物で、雑誌ライターさんらは思い入れの篭もってた記事の物で用意しといたよ。情報がない他の人らは詰め合わせでノリのいいのを準備と。クロガネ様はもちろんアレね。あと佐伯さんが〆が物足りないからイベントを付け足したから、最後にこのコメントいって右手を上に上げろって業務指示。中村さん全確認オッケーです』


 付け足したって佐伯さんアリスと会ってからの短期間に何やった。
 さすが親父さんに次ぐチートキャラの開発部女傑。
 送られてきたコメントは…………実にファンタジーな中二系。
 親父さんやら佐伯さん、大磯さんと変態スキル持ちを引き寄せるのは、うちの社長の人徳か?


『よし展開いくぞ。カウント15秒でいく。合わせろよ』


 頼りになりすぎる上司、同僚に思わず苦笑しそうになっている視界の一角に展開された他者不可視ウィンドで数値がカウントされていく。


「俺は元MMOゲーマーです。こいつはソロ無理だろやら。1パーティでこの湧き凌げって無理ゲーじゃねぇかなんぞ腐るほど経験しています。んじゃどうするか。答えは簡単仲間を集めパーティを募りクリアしていきます」


 MMOの醍醐味。それは仲間と困難なクエストを協力し乗り越えていくこと。
 その敵は強ければ強いほど楽しい。
 会社倒産?
 業界壊滅?
 規制条例?
 地球売却?
 面白い。
 まとめてぶっ潰して勝ちどきを上げてやろうじゃねぇか。


「だから俺は今回もパーティー……いえギルドメンバーを募集します」


 カウントが0になった瞬間にあわせて、俺は右手の指を打ち鳴らす。
 高らかに響く音響効果を伴って広がった目に見える波が周囲に広がり、その波が到達したお客様の目の前に次々と小型のウィンドウが展開されていく。
 展開されたウィンドウに映るのは、お客様が思い入れを持っていたであろうVRゲーム関連PV。
 自らが企画したVRゲームが表示され、懐かしげに目を細めるお客様がいる。
寝食を忘れて開発に没頭したMMOの映像を見て、中途半端に終わったことに悔しげな技術者がいる。
 この新作ゲームが面白いと紹介して、大々的な反響を受けて俺の目は間違っていなかったと誇らしげな顔を浮かべたライターがいる。
 そして……その世界が全てと思い、未だ褪せない愛執を抱くクロガネ様がいた。
 誰もが一瞬目を奪われるPVを展開したウィンドウはPV映像が終わると、掌代の大きさの光の玉に収縮した。
  

「これらは規制により終わった世界。しかしまだデータは死んでいません。何よりプレイヤーの心にはまだこの世界は息づいています……・なら復活させませんか! 遙か未来に! それぞれの世界が1つの宇宙に燦然と輝く星として!」


 ちと恥ずかしい台詞回しに多少照れをいれつつも、業務命令という最上位指示だと割り切って一気に言い切る。
 突き出していた右腕を天に向かって振り上げた俺の動きに合わせて、お客様の目の前にあった光の玉が空へと弾き飛んでいく。
 打ち上がった光球は瞬く間に小さくなって目に見えなくなったが、一瞬の間をおいて大音響が空に響き、空が真昼のように明るく染まった。
 
 
「…………そらアリスと気が合うわ。この人」


 見上げた空には、数十以上の星々が月ほどの大きさで浮かんでいる。
 その光景に俺は、佐伯さんが相棒と同ベクトルの趣味を持つ事を改めて実感する。
 物理法則もあったもんじゃねぇなと思わされるほどに、近接したいくつもの惑星は圧巻の一言。 
 そしてそれぞれの星がかつて存在したVR世界。

 クリーディアズ。
 ファンタジーソウルライン。
 剣聖神剛雷。

 ファンタジー系のバトルを売りにした大規模MMOゲーム。

 フォレストファーム。
 モンスターパークリテシナ。
 
 平和なのんびり系として根強い人気を誇った育成系ゲーム。

 MadPrivate
 バトルフォートレス 
 ディープブルーソルジャーズ

リアルな造形と数々の戦場で多くのプレイヤーを魅了したFPSゲーム。

 そして、もちろんクロガネ様の世界も空にはある。

 国内開発として最大規模を誇り、数多のプレイヤーが鎬を削り、目の前の人物のようにそれが自分にとって本当の世界だと思い込むまでにのめり込んだ。

 カーシャス。

 消え去った世界。しかしまだデータはそれぞれの会社のサーバに残っている。
 問題は何時それが消されるか。
 従来の形での再開が絶望的になった今、その膨大なデータを維持する意味合いが消失している。
 何時消し去られるか判らない。多くの世界群。
 しかしこれほどの世界データと、その背後に存在する多くのプレイヤー。
 それをすてるなんてとんでもない。
 
 
「は……で、出来るわけ無いでしょ……世界観もゲームシステムも全く違う物を1つになんて……Highspeed Flight Gladiator Onlineに対抗する為にただの寄せ集めでゲームにしましたとでも言うつもり。第一こんな無謀な計画に参加する企業がある訳がないでしょ」


 クロガネ様のご指摘も無理ない。
 そらこのままじゃバランスも何もあったもんじゃ無い。
 世界観やスキルなんかは元の世界の極力色を残したまま調整というより、新調した設定やシステムを作る必要性があるだろう。
 それにもっとシビアな問題もある。
 すなわち商品としての価値。ブランドイメージ。
 PCO企画が大ごけして商品価値を著しく傷つける事にでもなれば、グッズ、アニメなど関連商品でかろうじて息を繋いでいる会社なんぞ目も当てられない事態になる。
 実際に会場の雰囲気も先ほどと違い冷めた物だ。
 俺の発言に対して熱が生まれたわけでも無い。
 まぁ当然といえば当然。
 ここまでの案では、弱者の寄せ集め所か、他人のふんどしで相撲を取るような企画でしか無いからな。
 むしろこんな企画でほいほい乗ってくる経営者がいれば、その会社の株を俺は全力で空売りしてやろう。


「……まぁここまでで無謀って言われてもアレなんですが。それとクロガネ様の発言に1つ訂正箇所が。PCO計画にとって打倒HFGOなんぞ前座です」 

 俺は不貞不貞しい顔を浮かべながら息を少しだけ吸って言葉を一度切る。
 腐れ外道なGM三崎伸太としての本性をご披露といこう。


「……俺の最終目標はVR規制条例撤廃。PCO計画はその為の国内VR業界再編のツール。PCOというゲームを用いた新形態産業構築に基づくリアル世界への影響力拡大を狙ってます。まぁぶっちゃけるとVRからリアルへの侵略計画です」


 俺の大それた発言にクロガネ様を始め会場のお客様の目は点となっていた。
ふむ……改めて言葉にすると、我ながらなんて馬鹿らしい誇大妄想狂な発言。
 これでさらにもう一つの裏の事情。
 地球売却なんぞご披露しよう物なら黄色い救急車を呼ばれること請け合いだ。
 実際、こいつ大丈夫かという目線があちらこちらから飛んできている。
 しかし本気なんだなこれが……そこら辺も聞かされているのかどうかは知らないが、社長だけは実に楽しそうに笑っているのが印象的だった。
 さすがウチの変態スキル持ちを率いるトップだと妙なところで感心していた。



[31751] ご利用は計画的に(友情的な意味で)
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:92f79940
Date: 2014/04/21 01:32
 軽薄な雰囲気で戯れ言を吐く。
 VR世界から、リアル世界を侵略する。 
 普通なら狂った若造の言葉なんて、まともに相手なんてしてもらえない。
 会場には懐疑的な雰囲気が蔓延する。
 でもそれで良い。


(なんでこう腹に一物有りますって演技が無闇矢鱈に上手いのよシンタは。ほんとに)


 わざわざ自らの評価を落とすような立ち居振る舞いをするパートナー三崎伸太に、アリシティアはいつも通りだと安心感を覚えるが、ついでそれで良いんだろうかと、自分が不安になる。
 諸々の事情はあろうとも、世界一のゲームを作ろうというのは紛れもない三崎の本心だ。
 だがその手管が策謀めくのは、三崎伸太の習性だと諦めるしか無いだろう。
 

「あ、あんた頭がおかしいの!? VRからリアルへ侵略って! VR中毒じゃ無いの!? 世界が違うのよ! それともVRゲームで売り上げ作って、それを資金に政治に干渉するって言うの!? それこそ馬鹿馬鹿しい!」


 クロガネの取り繕ってた顔が、三崎の突拍子のない言葉に翻弄されたのか、少し剥がれる。


(いくらVR世界で大金を持っていようがリアルじゃ一銭の価値も無いし、大型モンスターを一撃で沈める高位魔法が使えようが、リアルじゃそよ風にもならない……けどそんな風に世界を分けて考えているあいだは、シンタの敵じゃ無いね)

 
  リアルヨーロッパでのGuildの発祥から考えれば、業界の力を集め結集させ、政治へと干渉していくってのは、そのままなんだから三崎の言うことはあながち間違ってはいない。
 しかし現在の日本が企業献金を全面禁止し、個人献金にもいろいろ規制を加えている状況下で、軽々しい手は使えない。
 それこそVRMMO条例撤廃なんて政財癒着で、露骨すぎれば後ろに手が回る。
 だが三崎の考え……いや、ホワイトソフトウェアの考えている事は違う。
 今日の本来の目的であるVR同窓会プラン発表会で社長が触れていたが、これの目的はVRに対するイメージ改善と、今までVRを知らない世代の人にもその利便性と無限の可能性を知って貰う事。
 民意を規制撤廃方向に向ける為の一歩。
 三崎の目的はそれに+して、すでにVR技術と密接に関連している世代、産業にVR技術利用において発生する利便性、そして利益を指し示すこと。
 そうすることでVRの発展が、自らの利益に直結すると再認識させる事が目的だ。
 少々回りくどいかもしれないが、これにも避けて通れない事情がある。
 正直な話、手持ちの札で前代未聞な利益を一気にたたき出す手が無いわけじゃ無い。
 有り余る資金があれば打つ手なんて無限にあるだろう。
 何せアリシティアは、地球文明を原始初期文明と言ってのける銀河文明人。
 そして、アリシティアの会社がどれだけ衰退していようが、リルという銀河文明でも屈指の稼働年数と性能を誇るチート存在を所有している。
それこそ地球では未知の技術、宇宙的にはとうの昔に陳腐化した技術をいくらでも掘り起こせるし、地球で研究中の最先端極秘技術も探り放題だ。
 その気になれば経済から、世界を牛耳ることも無理は無い。
 武力に訴えても、創天が銀河の反対側にいる現状でも、地球征服なんぞ1日でやってのけるほどの超技術のオンパレード。
 電子防壁を無効化して軍事衛星を掌握し、外部と遮断された施設にハッキングかまして、ナノセルシステムで気象を操り、世界中の政府に降伏を迫るなどと、手段を選ばずにやりたい放題で出来るだろう。
 もっともそれらをやった瞬間、銀河文明を統べる星系連合が敵に回る。
 恒星間跳躍が可能なトップクラスのディメジョンベルクラドに率いられた懲罰艦隊相手では、いくら創天といえど単艦では対抗しようも無い。
 基本原則として、未開文明には不干渉というのが今の星系連合のスタンス。
 未開文明保護やら遺伝子売買防止、文明進化汚染対策等々。
 耳障りの良いお題目があるが、この不干渉を採択している理由は結論から言えば、連合内部での勢力争いや小競り合いなどから生まれた結果だ。
 過去には連合総議会での票源確保やら、優先的商業権利を得る為、未開文明への技術提供やら、原生生物へと遺伝子干渉して恒星間宇宙文明へと強制進化させ、支持基盤を増やそうとしたりといった、かなり乱暴な手が横行しまくった名残だという。
 勢力争いの果てに、前覇者である銀河帝国が滅んだ銀河大戦再来という事態にまで激化しかけたところで、何とか最悪の事態は回避したが、それぞれの陣営にしこりを残したままの先延ばし的な現状維持路線がとられている。
 チート技術や、世界征服が可能な力が腐るほどあっても、おおっぴらには使えない。
 創天が有するオーバーテクノロジーのアドバンテージが著しく制限されているが、三崎はさほど気にしていない。
 むしろ燃えていた。

 
『チートコードを使ったらセーブ不可能ってのはよくある仕様だし、第一ゲームが面白くない』


 それらの規制条件を聞いた三崎が笑いながら言った一言が脳裏で蘇る。
 三崎にとって、リアル世界とVR世界の間に境界線なんて存在しない。
 リアルとVRでの違いは重々承知した上で、どちらも自分の前に存在する攻略目標だと思っているのだろう。


「全く……どっちがVR中毒なんだか」


 VR世界が自分の世界だと盲信し、生きるクロガネは確かにVR中毒といっても差し支えないだろう。
 しかしVR世界も自分の世界だと自覚した上で、リアルもVRもどちらの利点も最大限まで利用する三崎はどう表現すべきなのだろうか。
 この世の全てをゲームのように認識して楽しめる三崎こそ最強の廃人だろう。
 自分のことは遙か何光年先に置きつつアリシティアは呆れていた。 













「まぁそこはいろいろと…………さてクロガネ様、そして会場の皆様にここでお伺いいたしましょう!」


クロガネ様からの罵声には答えず、俺は露骨な話題変更をする。
 ちょいと壊れちゃいるが、アレは元が真面目タイプと予測。
 揺さぶりを弱めて、ワンクッションを置いて、もう一度揺さぶりをかけた方が効果的だろう。
 必要なのはクロガネ様を引き込む、つまりは口説き落とすタイミング。
 そしてクロガネ様の”どちら”がより引き込みやすいかを見極める。
 見極めたらあとは針を引っかけて、こちらの巣穴に引きずり込んでやろう。 
 

「万人が面白いと思えるゲーム。もしくは貴方が面白い、好きだと思えるゲームとはどのようなゲームでしょうか!? はい。まずはそこのお嬢さん!」


 強制的な進行を行いながら、芝居っ気の強い道化じみた身振りで手を振り指を鳴らす。
 俺の電波な発言に、ぽかーんとしていた大磯さんをスポットライトが照らしだす。


「へっ……ちょ! み、三崎君いきなり無茶振り!」


 よし。目論見通りの反応。
 大磯さんには悪いが、周囲を信じ込ませる為の演出かつ、ハードル下げに必要な生け贄になって貰う。


「制限時間は10秒。不正解だったり嘘、もしくはカウントが過ぎると強制コスチェンのバツゲームモンスターの餌食に!」


 慌てふためく大磯さんの抗議の声を馬耳東風で聞き流しつつ、再度指を打ち鳴らす。
 きわどいバニースーツを中に納めたクリスタル製柱時計型モンスター『パンドラボックス』を召喚。
こいつはかつてリーディアンにおいて、戦闘開始一定時間経過でプレイヤーの外見装備を”男女種族の区別無く”強制的に交換してしまうスキルを用いて、プレイヤーをいろんな意味で恐れさせたレアモンスターだ。
 制作者の趣味が十二分に発揮されたモンスターが抱え込む衣服は、どれも露出が高かったり、極めてマニアックだったりと、偏りが酷かった。
 しかも質の悪いことに、その巫山戯た嫌がらせメインの見た目に反して、修理不可能防具扱いであるが、特殊スキル習得や強力なステータスアップ効果のサブ効果が付属しているレアアイテムだった。
 悪趣味きわまりないと大半の女性プレイヤーから非難を受ける一方で、男性プレイヤーや女性プレイヤーの一部からは絶賛されていた曰く付きのモンスターだ。


「ちなみにこいつは回答者が嘘をついても判別できますので、正直にお答えください!」


 しかし特殊スキルやらステータスアップなどの、特殊効果はリーディアンの中だけの話。
 さらに嘘発見器なんて機能なんて便利な物なんぞ組み込んである訳も無し。
 単なるブラフだ。
 俺がGMスキルで会社鯖から、外見データを呼び出しただけなのだから、同じGM権限を持つ大磯さんなら消去も可能だし、それ以前に外面だけの張りぼてだと気づけるはずだ。
 しかし我が社が誇る高性能どじっ娘大磯さんに、とっさの事態での冷静な判断力を求めるのは些か可哀想だろう。
 うん。もう少しカウントを多めにとって……


「あー!? な、なんて機能を!? っていうか奥さんで見なれてるでしょ! バニフェチド外道!」


「はい。あと5秒」 


 ……巡り巡って全地球人の命が掛かる戦いに同情は禁物だな。
 というか誰がバニフェチだ。知り合う前からアレはウサギだ。
 心の中で突っ込みながら、悪戯心込みの私怨を込めつつ、微妙な嫌がらせとしてカウントを少し早くしてやろう。


「あ、あ、うぁ……シ、ショタゲー!」


 無情にもカウントを減らしていく柱時計の針と、その中に浮かぶセクハラ気味なエロ装備に交互に目をやって顔を青ざめさせた大磯さんは、涙目になりつつも秘匿してきた趣味を暴露する。


「……また直球な。さすが弟大好きお姉ちゃんらしいブラコン回答ありがとうございます!」


「あぅっ!」

 
 大磯さんの悲壮な鳴き声が響く。
 しかし俺が思い描いていた状況は完璧に描けた。
 大磯さんがウチの社員であることは、そのIDやら服装を見れば一目瞭然。
 その社員がここまで慌てふためいているんだから、あの張りぼてが本物だと周囲のお客様は誤認しただろう。
 さてこれで周囲のお客様から、本音で好きなゲーム、もしくは理想のゲームを引き出す土壌は出来た。
 あとついでに生じた懸念が2つ。
 1つはあの服装を喜んでしまうような特殊性癖の持ち主(特に中年男)がいないことを祈るのみ。
 んで2つ目は、あとの始末だ。
 

『この嘘つき! 極悪人! ペテン師! 覚えておきなさいよ三崎君! 今度奥さんにいろいろ暴露してやるんだから!』


 佐伯さんや中村さん辺りから、種明かしでもしてもらったのか、自分がペテンに担がれた事を知った大磯さんの実に恨みがましい目線と呪詛の篭もったWISが送りつけられてきた。
 いやまぁ、その恨みがましい殺気混じりの目線が、今のやり取りにさらなるリアリティを加えるんだから、ありがたいっちゃありがたい。
 アリスに暴露するという内容が信頼度だだ下がりで無い事を祈っておこう。
 もっとも本人が秘匿できているつもりの大磯さんのトップシークレットだが、実のところそう秘密でも無かったりする。
 同僚やらさらに身近な両親はもちろんのこと、俺が臨時講師に行った近所の高校に通うショタ気味な実弟本人にもばれている。
 大磯さん。自分のデスクの引き出しに弟さんの入学式の写真を飾っている辺りで、諸々判明しています。
 まぁ隠しているつもりでもバレバレなのが、大磯さんの大磯さんである所以だ。
 いきなりのブラコンカミングアウトに、俺の時とは別の意味で目を丸くしているお客さんらを見回しつつ、次の獲物へと目を向ける。
 

「……はい次は貴方!」  


 俺が次に指を指した人物の横には、我が相棒にして若干引き気味の引きつった笑みを浮かべるアリスがいる。
 その顔が語るのは、
 『最低だこの男っていうか私もそんな目で!?」
 というところだろうか。
 失礼な奴め。安心しろ。中身諸々知っているお前はウチの姪っ子と同ランクの存在だ。


「いやはや、万人に面白いゲームですか。難しい質問ですね……」


 俺の無茶振りに対してにこやかに笑みを浮かべるのは、最初の方で俺にいろいろ鋭い質問をしてきた岡本さん(の皮を被った何か)。
 アリスが横にいることからして、あの人がおそらくアリスの攻略目標。
 ディケライア社の大番頭サラス女史。
 相棒に攻略を任せちゃいるが、俺らはコンビ。
 あちらの御仁の思考を、ほんの僅かでも俺とアリスのジャンルに引きずり込み、さらに少しでも同調させることが出来れば、相棒の攻略の手助けにはなるはずだ。
 まぁ、それとは別に純粋にサラスさんがどう答えるか興味があるのと、ちょっとした挨拶代わりだ。 


「万人受けが出来る答えが私では見つけられないようなので、好きなゲームでいいですかな……私はこれでも若い頃はスピード狂でしてね。派手な加速と難関なコースが存在するレース系辺りが好みです」


 人畜無害な中年おっさんな演技でサラスさんが、一瞬で思考し答えてくる。
うむ、痛い所をついてくる。
 一番出て欲しくない答えをあっさりと返され、少しばかり動揺しつつも、そのレスポンスの早さに舌を巻く。
 VR条例で規制制限されたジャンルの中でも、脳内ナノシステムサポート込みの超反応を利用したハイスピード系レースジャンルは、接続時間制限はあまり気にしなくてもすむが、そのスペック差が如実に出るジャンル。
 その最高峰たるHFGOと比べれば、PCOで可能な情報処理速度は2/3程度だろうか。
 しかもこっちは、規制条例をどうにかしない限りそこが最高値なのに、あちらさんはまだまだ技術進歩で伸ばす余地有りと。
 地球のゲーム事情なんぞほとんど知らないだろうに、攻め所が的確だ。
 うん。この人も味方に欲しいな是非に。


「おっと顔に似合わず、なかなか過激なお答えどうもありがとうございます! ……さてさて、では次は……」 


 まぁ前者である速度はともかく、後者である難解なコースをどうこうするか一応は考えはある。
 世界最高の技術屋集団を抱えるHFGOのアップデートに対抗……いや上回るほどの更新速度が期待が出来て、無理ゲー、鬼畜難易度のコースがぽこぽこ生まれる裏技的な反則を。
 しかし、それを出すのはまだ早い。
 こうご期待と言わんばかりの強気な笑みを岡本(サラス)さんへと返しつつ、次に見繕った目標へと話を振った。
















『……姫様。彼は私がこの場にいること知っていますね』


 自分のあともギャラリーから適当に人を選んで矢継ぎ早に質問を続ける三崎伸太を見ながら、サラスはアリシティアへと秘匿回線で話しかける。
 質問に答えたサラスへと向けた挑戦的な笑みは、中身が自分だと気づいている証拠だろう。
    

『あーと……うん。でも一応言っておくけど誤解しないでね。シンタがおばさんにあんな無茶なモンスターをけしかけてきたのは、おばさんを敵視しているんじゃ無くて、挨拶みたいな物だから』


『挨拶というよりも試してきたと判断します。短絡的なシャモンなら十二分に喧嘩を売られたと思いますよ』


『あーシャモン姉はシンタと相性が悪いと思う。シンタとか天敵だもん。逆にシンタにもある意味天敵だけど』


 ば……不器用すぎるほど気真面目な従姉妹を、嬉々とした表情で軽々と罠に嵌めるパートナーの図がアリシティアの脳裏にばっちりと浮かぶ。
 同時に策謀やら回りくどいことが大嫌いで、すぐに実力行使に出たがる武闘派な従姉妹が暴れ回る図も浮かんで消えた。
 怒ったシャモンの爆発力なら三崎の罠も力ずくで突破してくる。
 実に不吉な未来図。
 もしこれが実際に起きた時には、幼なじみな従姉妹と、気心の知れたパートナーのどちらに味方すればいいのだろうか?
 とてつもなく悩まされる問題だ。
 二人がぶつからないように、気をつけなければいけないだろう。
 特に三崎は、からかったり遊ばないように厳重に注意しておく必要があるかも知れない。
 考え込んでしまったアリシティアは、無意識にウサ髪をクルクルと回していた。
 その仕草に、サラスはつい目を奪われる。
 普段と姿形は微妙に違えど、愛くるしい姿は姪そのもの。
 私人としての気持ちになりかけ、我知らず僅かに心の箍を緩めそうになったサラスは気を立て直す。
 

『そう心配なさる必要はありません。彼は人心を操る統べに長けているようです。シャモン相手には別対応が十分出来るでしょう……道化色や策謀色が強すぎるのはいかがと思いますが、この会場の雰囲気、そして質問者、その順番、自分の立ち振る舞い、その全てを計算していますね』


 先ほど三崎が発したリアル世界への侵略という妄言で生み出された微妙な空気は、会場の一部を除いて、この短時間ですでに払拭されている。
 その証拠に三崎の質問が、誰かに飛ぶと『そのまま答えるなよ姉ちゃん!』やら『トラウマになる次回せ。次!』等、ヤジやら声援めいた物まで飛びかい始めている。
 質問者が答えたら、答えたで、『嘘つけ! エロゲーだろ』との訂正を求める声、具体的なソフト名があがれば『ウチの製品だからと面白くて当然だ』と喚声を上げる者まで出る始末で、盛り上がっている。 
 最初に質問した同僚女性を最大限に利用して、強制仮装を1つのイベントとして大半の人間に無意識下で認識させ、さらにランダムに見えている質問者もその答えを計算し、盛り上がるように三崎が仕掛けていると、サラスは断言する。
 

『正解。さすがおばさん……シンタはその場のノリで行き当たりばったりとかに見えて、結構堅実計算タイプなんだよね通常時は。それに昔から盛り上げるのは得意だよ。ギルドイベントとか、新スキル使った遊びとかいろいろやってたし、すごい楽しかった』


 答えるアリシティアは表情には出ていないが、いろいろと思い出しているようで、その証拠に頭のウサ髪が楽しげに揺れていた。
 ディケライア社が窮地の現状で、精神的に追い詰められ張り詰めているはずの姪アリシティア。
 だが今の姪からは、そんな重苦しい雰囲気は一切感じ無い。
 消えてしまった兄義姉夫婦がいた頃のアリシティアがそこにいた。
こんなにも楽しそうにしている姪が信じるパートナー。
 三崎をバックアップするべきでは。
 私人としての気持ちが生まれかけ、サラスはまたも心の箍が外れそうになる自分を自覚する。
 

『……姫様。そのお答えも彼の狙いでしょうか』 


 公人として己を律しようとするサラスの心の箍が外れそうになるのは、アリシティアの存在だけが原因ではない。
 この楽しげな会場の雰囲気が、言動に出さず秘めているがアリシティアと同様に追い込まれ追い詰められているサラスの心に一時の安らぎを与えているようだ。
   

『どうだろ。シンタはいろいろ仕掛けてくるからね。ただ私が楽しそうにしてたり、シンタを頼りにしてれば、おばさんとかシャモン姉は落としやすいとか前に言ってたよ』


 サラスの心理にまで影響を与えたのが三崎の計算なのか、それとも偶然なのか。
 わざとらしくアリシティアは回答を濁す。
 純真無垢と言えば聞こえは良いが、世間知らず出箱入り令嬢だった姪が、言うようになった物だと思いつつも、サラスは懸念する。
 これは良い影響なのだろうか。悪い影響なのだろうか。


『………………姫様。少し性格が悪くなられておりますよ』


 確実に言えることは1つ。
 その感染源であるあの男は相当性格が悪いのだろう。   

















「おっと懐かしい! しかしある意味で新しい! 半世紀を経ても未だ有志MODが作られている生きる伝説ゲーですね!」


 ブロックを組合わせて建造物を作るという基本形からはじまり、ユーザーによって無限の可能性を、細々だが今も見せ続ける伝説ゲーの名前に俺はほくそ笑む。
 さすが大磯さん情報ファイル。
 ネタを振った俺が言うのもなんだが、こちらがびっくりするほどの的中率。
 お客様のお答えが予想しやすくて助かった。
 その大恩人からは恨み言めいた呪詛と視線がいまだ送られてきているのだが、今は無視しておこう……衆人環視の元でブラコン突っ込みはやり過ぎたか。
 あとで差し入れだな。うん。
 まぁ、でも舞台は整えた。
 相棒の方も特に何も言ってこないから、説得が上手くいっている最中だろう。


「さて、いろいろ答えはあがりましたね…………では最後に貴方にお聞きしましょう。クロガネ様」


 お答えいただいた14人分の答えを空中に展開した大型仮想ウィンドウにリスト表示しつつ、俺は本日のボスキャラに向けて一礼する。
 先ほどまでのお祭り的な雰囲気が静まり、会場に緊張が奔る。
 俺の馬鹿げた発言にあれほど動揺していたクロガネ様は、今は静かにただ敵対的な目を向けているだけで、表面上は落ち着いた物だ。
 少しだけ時間をおいて立て直しが出来たのか……まぁ俺の相手はクロガネ様であってクロガネ様じゃない。
 その裏側に潜む者だ。
 

「私が好きな……いえ、生きる世界はカーシャスだけよ」


 俺の振りにクロガネ様は、一切の迷いも無く、いっそ清々しいほどに命をかけたゲーム名を告げる。
 まぁ予想通り。
 そしてクロガネ様が上げた答えを俺が予想していることも、その表情を見る限りクロガネ様も確信していただろう。
 しかしこの答えで疑念が予測に変わる。
 VR世界至上主義者で有るクロガネ様らしい迷いの無い答え。
 だが、だからこそ、そこに矛盾が生じる。
 リアルへの未練を感じさせるその言動が端々に見える。
 俺はそこを攻める為に、最終的な攻略ラインを決定する。


「おっとさすがに説得力のあるお答えですね。あ、ちなみにウチの相棒でしたら、聞くまでも無いので聞く気はありません……さてここまで答えが揃いましたが、皆さんがお答えになったのは好きなゲームで、万人受けできるゲームについては出ませんでした! まぁそれも無理ありません。皆様が好きなゲームとして上げた物だけ見ても、見事なまでにばらばらです!」


 FPSからRPG、育成、渋い所で囲碁やら今時珍しい格闘系、懐かしのアドベンチャー系とお客様のお答えは多々に渡っている。
 もっとも極力被らないよう回答者を選んだ所為だが。まぁ狙わなくても、結構ばらけていただろうとは思う。
 それはおそらく会場のお客さまも、そしてクロガネ様も気づいているだろう。
 
  
「ふん。白々しい。わかりきってたことでしょ……それで貴方は何がおっしゃりたいの。人が好むゲームはジャンルがばらばらでまとめようが無い。だから全てを持ち合わせ、全ての要素を混ぜ合わせたゲームこそが、万人受けすると結論づけたいのかしら」

 
 1つに決められないなら全部混ぜ合わせれば良い……なんて俺は思っていない。
 というか無理がある。
 似たようなジャンルなら混ぜ合わせて、コラボ系としてお祭り的な物でいけるだろう。
 だが別ジャンル過ぎるゲームを掛け合わせても、長所を殺し合う結果になるのはよくある話。
 さらにそれが複数ともなれば、カオスなゲームは一部のマニアには受けても、万人受けなんて到底無理な話だ。
 そんな事は、この会場にいるほぼ全員が判っているだろう。
 ……ではどうするか?


「GM三崎伸太。逆に貴方に尋ねるわ……万人受けするゲームが有るなら答えてみなさい」  

 まぁ、当然そう来るわな。自分が答えられない物を人に聞くなってか。 
 クロガネ様は吐き捨てるように問いかけると、鋭い切っ先を持つナイフのような視線を飛ばす。


「…………………」


 質問に考えるふりをしつつ、パンドラボックスを頭上に展開。
 人にバツゲームを押しつけといて自分だけノーリスクなんて、会場の雰囲気は許さないだろう。というか大磯さんが。


「ふん。誰もが納得できる答えなんてあるわけないでしょ。そして作れるはずも無いなんて誰もが知っている事実よ」


 わざとらしく考え込む俺に対して、これ以上は茶番に付き合ってられないとでも、言いたげだ。


「いやいや答えは簡単ですよ…………万人受けするゲームなんぞ俺に作れるわけが無い。でも作る事は出来る。そして作るのは貴方達ですよ。クロガネさん。俺が出来るのは惑星という遊び場を提供するだけです」


 いやいや本当の茶番はここからですよクロガネさん。
 アリスやリルさんは気にしていなかったが、俺にとっちゃアレはVR業界で革命を起こす恰好の材料であり最高の見せ金だ。 
 ”地球”に実在するディケライア社の持つ巫山戯た切り札で、世界を変えてやろうじゃ無いか。



[31751] 世界構築をささやく詐欺師
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:92f79940
Date: 2014/05/12 01:53
「ふっざ!」


「もちろん巫山戯てなんていませんよ。個人でVRゲームなんて作れるわけがありません」


 なめくさった俺の言葉に激高しかけたクロガネ様の機先を制し、一歩前に出ながら左手を振って、大量の仮想モニターを周囲に展開。
 クロガネ様の意表を突きつつ、モニター一つ一つに無数の情報を一気に流して、場の流れを強制的に進ませる。
 ついでに態度は真面目な社会人モードへと切り替えて、雰囲気を堅く変化。
 態度をころころ変えて相手を翻弄する方がやりやすく、メイン戦術としてよく採用している。
 相棒を含めて一部には不評だったりするが、今更やり口を変えられそうも無い。


「今世紀初頭からのゲーム業界を鑑みれば自明のことですが、ゲームのグラフィックやAIの進化に伴い、その制作過程や必須技術はより高度に複雑化し、さらに開発費用高騰や開発が長期化する傾向は強くなる一方です」 


 モニターに映るのは、前世紀末の黎明期から去年までのVR全盛期の有名所のゲーム映像。
 見比べればその技術進化や発展が一目でわかる仕様で構成している。
 アーケード。家庭用。ネットゲー。
 アリスが個人所有していたデータベースから拝借してきた動画データはゲーム史とも言えるものだ。
 最短攻略プレイ研究用に自撮りして残していたそうだが……どこまでゲーオタだ。あの宇宙人は。


「ましてや脳内ナノシステムを用いたVRは求められる開発環境や技術から、ずぶの素人には敷居の高い、はっきりいって不可能となっています」 


 前時代の技術。非VRゲームの分野では、個人や少人数サークルによって開発されたゲーム。所謂同人ソフトが今も存在し一部のマニアには受けているが、VR技術を用いた個人制作のゲームソフトとなれば、厳密に言えば1つも存在しない。
 たまに独自開発VRゲームと謳われる作品もあるが、基本設定がすでに構築されたVR環境内で動作できるように、制作、調整された簡易拡張パック。
 所謂大型MODでしかない。
 だからこの会社のこのVRシステム内でしか起動しませんよと、稼働環境が限られる物が多い。
 それほど複雑な物でなければ、それこそ外見データだけなどなら、互換性はそこそこ有る。
 だけどアリスが使うような本MODやら感情伝達ウサミミMODなどは、リーディアン専用で、たとえばクロガネ様のカーシャスでまともに使おうと思えば、最初から作り直した方が早いくらいだろう。
 そもそもVR用MODを作るだけでも、結構な知識やら時間が必要になり、優れたMODを自主制作したり配布するような奴が、神扱いされたりするほどだ。
 そして技術的な問題以外にもう一つ個人で、VRソフト制作やVRMMOゲーム運営が難しい理由がある。
 ぶっちゃけ金だ。


「さらに開発予算と人員。さらに電気代やらメンテナンス経費など諸々含めて運営費を考えると、こんなところでしょうか」  


 経営工学の授業をもう少し真面目に受けておけばよかったかと内心で思いつつも、素知らぬ顔でプレイヤーを一万人程度で仮定した見積もり表を表示する。
 初期開発費用だけで、プログラマ確保や各種基礎プログラム使用料などで、まず数千万は余裕で超えてくる。
 運良く開発済みのVRデータが合法、非合法を問わず手に入ったとしても、それを動かすだけのスペックを持ち得るサーバー群を揃えると、こちらは億単位の金が必要と。
 さらに鯖がフル稼働すれば、電気代やら基本メンテナンスを含めた経費で月々一千万単位の金が飛ぶように消えていく。
 これに人件費やら広告費宣伝費など諸々も含めれば、さらに経費はかさむと。
 まぁ、だからこそ、安易な収入を見込める課金ゲーが主流になったり、ウチみたいに高めの料金設定となってしまうのは仕方の無い話だろう。
 さらに今回のようなゲーム停止、事業撤退な事態になれば、よほどの大手を除いて、即座に会社の資金繰りが悪化して運転資金の枯渇>倒産のコンボと相成る。
 クライアント人数を絞って、さらに性能を最大限に落とした、身内が楽しむだけのVR鯖を構築したとしても、趣味で使うには笑えない金と手間が掛かる。
 そんな面倒なことをせずとも、大手が運営するレンタルVR鯖を借りた方が、自由度は落ちるが断然お得で楽な話だ。
 ここらの実に世知辛く現実直視なデータに、嫌そうな顔をしたお客様が約半数。
 まだ見積もりが甘いと言いたげなお客様もちらほらいる辺り、不景気が停滞し続けている今のVR業界の現状をよく表しているんだろうな。
  

「どこまで人を小馬鹿にっ……なら貴方のおっしゃりたい事はプレイヤーにゲーム内イベント作成の一部を任せるって意味でよろしいかしら!? それも現実的では無いわね。リアルタイム進行なら大半の運営がグダグダになるのは目に見えていてよ。専用フォーマットを揃えた位で問題解決が出来るのかしら」


 堅く柔らかく堅く柔らかく、硬軟入り交え次々に変わる雰囲気で翻弄した事で、クロガネ様には精神的な疲れが見えてくるが、それでも苛立ち紛れながらもまだ着実に反撃してくる。
 ゲームを作るのは貴方たち(プレイヤー)だという俺の言葉が含んだ真の意味を察し、先の手も読んですぐに弱点を狙いうちしてきた。
 慣れたプレイヤーが主催する一部の物を除いて、運営体制が稚拙でトラブル連続なのは、プレイヤー主催イベントに参加したことが有る人間なら容易に予想できることだ。
 イベントを組み立てやすいように形式を作るという手を、俺が考えているのはお見通しのようだ
 しかし形を整えた所で問題は中身。
 リアル事情で参加者が時間通りに集まらない、突然キャンセルする、さらには運営プレイヤーが制作が面倒になって逃亡なんて事も珍しくない。
 プレイヤー間トラブルの元となりかねない物を、ゲームの売りにするなんてあり得ないとクロガネ様は断言する。


「ごもっともですが、とりあえずイベント制作の参考サンプルをご覧ください」


 PCOは惑星改造会社ゲームをその根源としている。
 先ほど俺とアリスで見せたのは、星を奪い合う戦闘面でのデモプレイ。
 派手で見応えがあるから最初に展開したわけだが、あれはイントロダクション。
 ゲームの導入部分に過ぎない。
 本命は”惑星開発”
 戦闘がメインならタイトルを宇宙戦争とでもしておく。
 直訳が恐ろしいことになりそうな気もするが。


「プレイヤーが一定以上の艦数と人員を確保し、さらに辺境域で人跡未踏惑星を発見する、もしくは資源を集めて人工惑星を制作することで、惑星開発プロジェクト機能が解放されます。プレイヤーホームやギルド居城の進化版だと思っていただければイメージしやすいと思います」


 惑星映像とステータス画面のサンプルを展開。
 大気の有無や成分構成、大気温、重力値、液体の有無、さらに地域ごとに別れたデータ諸々等、数千にも及ぶ項目と、その下部には、さらに膨大な詳細ステータス値が設定されている。
 無駄に多いと思われそうだが、こちらは銀河連盟基準のディケライア社オーダー表を元にしている。
 従来はクライアントの希望に合わせ詳細設定し、完成予想図として表示して、さらに千年、万年単位での環境変動シミュレーションも行って、受注を受けたら実際に制作するという流れらしい。
 ディケライア社最盛期には、冷やかしから大規模な物も含めて銀河中からアクセスが殺到し、恒星間ネットを通じて日に数千件の商談が交わされていたらしい。
 今の地球文明の技術力では、さすがに数千年単位の詳細シミュレーションとなると、政府研究機関かトップ企業の最高峰サーバ群をフル稼働させても、かなり厳しい結果になるだろう。
 しかし数値をいれて再現シミュレーションを行うだけなら、ソフトさえ有ればウチの会社でも余裕で再現可能な代物まで、スペックダウンしてもらってある。
 まぁそこにゲーム要素として魔力やら精霊なんて物から呪殺武器誕生率、ドラゴン、ユニコーンやら幻想生物の有無と生息可能、繁殖可能環境数値なんてファンタジー設定を追加。
 SF系としちゃ、プレイヤーが設定不能な謎の超古代遺跡やら、高性能機関制作に必須なレアメタル含有量なんてのもあったり、生体兵器転用可能な現地生物なんて物もステ値には放り込んである。
 そこら辺は、アリス所有の電子書籍版『世界魔法辞典』やら『幻獣図鑑』『完全呪殺マニュアル』『伝説武器百選』などという、アレな蔵書がすこぶる役に立ったんだが……あいつの引き出し、業はどこまで濃いのだろうと、考えさせられたのは別の話だ。
 改訂版ごとに解説がちょっと違ったりするから、全買いは常識だと力説されても、同意しにくいぞ相棒よ。


「こちらはハビタブルゾーンに存在する天然の地球型惑星サンプルです」


 1つの巨大な超大陸と広大な海を持つ惑星の3D映像を目の前に展開。
 西瓜ほどの大きさの惑星儀の表面にタッチして、その地域の映像を仮想ウィンドウへと呼び出す。
 大陸沿岸部はうっそうとした森林地帯が広がり多種多様な生命が謳歌しているが、海から遠く離れた中央部は数万年も雨が降らず著しい砂漠化が進んで生存には適していない地域になっている。
 

「さてここでこの星をどうするかでプレイヤーの選択は別れますが、試しにもっとも安価で手間の掛からない資源惑星として利用しましょう」


 システムコマンドを呼び出して資源採掘用コンソールを展開。
 様々な資源採掘手段が表示され、その横には設置までの所用時間や、費用が表示される。
 安価な自動採掘機械群と少数オペレーターを有する採掘専門会社に依頼するプラン。
 ただしこれは掘り出すだけなんで、精製や運搬にはまた別の施設が必要になるし、効率も低いが、値段は安く、稼働時間までが短くてすむ
 採掘、加工、運搬までをパッケージ化した物としては、軌道塔型資源採掘加工工場や、大気圏降下や深海作業可能な全環境型資源掘削宇宙艦等。
 ただしこちらは金額が張る上に、稼働までの所要時間が長く掛かるが、1度稼働すれば効率は遙かによいプランとなっている。
 さらにそれぞれのプランには展開コマンドがついていて、さらに細かな詳細設定が出来る仕様になっている。


「ご覧の通り事細かく設定も出来ますが、面倒な時は予算と時間だけを入力して設定も出来ます。予算は多めにして時間はゲーム内時間で3ヶ月に設定。この予算と時間内で可能なプランが表示されます……ではここから軌道塔型採掘工場を選択承認と。はい。これで無数のイベントが発生しました、イベント作成終了です」


 ポンポンと適当にコマンドを打ち込んだ俺は、簡単でしょと言外に告げながらクロガネ様に一礼する。


「…………はっ!? ち、ちょっと待ちなさい。今のどこがイベント作成の説明なのよ。ただのプレイ説明じゃないの」


「いいえ間違いなくイベント作成説明ですよ。こちらは受注可能なクエスト情報のサンプルです」


 表示するのはプレイヤーが選択できるクエスト情報のサンプル画像。
 もっともこちらはまだ張りぼて状態。
 内容はMMOでよく見る形式の募集星域や仕事内容、報酬等が簡易表示されていて、展開すれば、さらに詳細説明が閲覧できるオーソドックスな代物だ。


「こちらはサンプル画像なので反映できませんが、たとえば大元になる軌道塔制作1つとっても、大型設備建設用地形調査イベント、建築資材を集める調達イベント、実際に軌道塔を制作、設置、運搬するイベントも発生します」


 別ウィンドウを展開し、クエストツリーを次々に展開。
 1つの大型クエストに対し、いくつものクエストが自然発生していく。
 先ほど例に挙げた建造や運搬はもちろんのこと、これらに関わる作業員達も発生する。
 彼らが住まう住宅建造や食糧増産に関するクエスト。
 そしてその彼らに提供する為の娯楽関連の サブクエスト。
 さらには、資源惑星が稼働すると都合が悪い別惑星開発会社から入る妨害依頼クエストやら、運搬される資材を狙った宇宙海賊系クエスト等の略奪系クエスト。
 これら敵対勢力を発見、駆逐、排除する防衛系クエスト等々。
 クエストがクエストを呼び、自動展開されていく。
 数え切れないほどの仮想ウィンドウが、仮想現実世界の小学校の校庭に立つ俺らの頭上を瞬く間に埋め尽くした。
 最終的にはこの大型クエストに関して直接で数千、間接的な物まで含めれば数万のクエストが発生するだろう。
 しかも大型クエストは1つでは無い。
 PCO宇宙全体で活動するプレイヤー達が同時多数にいくつものクエストを発生させ、さらに他人が発生させたクエストを受けて、さらにその行動が新しいクエストを生み出していく。
 クエストはそれぞれが連動し、ゲーム内の市場価格や、治安指数、技術発展が日々変化し、関連したクエストが発生する。
 たとえば減少した物資を緊急に製作するクエストで有ったり、治安悪化の原因である海賊艦隊の撲滅クエストで有ったり、新技術を発生させる研究所設営の学術系クエストで有ったり、新素材を探す為に未踏地域へと大規模遠征に出るクエストで有ったりと様々だ。
   

「……プレイヤーの行動によって、イベントが自然発生するシステム、いえ……世界を動かすゲーム」


 呆然とつぶやいたクロガネ様を始め、校庭に詰めかけていた大勢のお客様は、空に展開した数え切れないほどのクエストに言葉を無くし呆然としている。
 ここにいるお客様はVR業界関係者。
 俺が、俺達がやろうとしていることの、本当の意味に気づいたのだろう。
 クエスト自体はテンプレートで、これをいくつももってこいやら、こいつを何匹倒してこいなど、昔から脈々と受け継がれているお使いクエストその物だ。
 だがこのゲームは違う。
 求められる素材は何時だって変わる。
 求められる人材は何時だって変化する。
 戦うべき場所も、戦うべき相手も千差万別、今までの積み重ねとその時の時勢に合わせて変化する。
つまりはだ……


「……っ! あの膨大な数のNPC達はこのために!? 彼らをこの世界で生かす気なの!?」


 さすが腐っていてもカリスマゲーマ。ゲーム関係なら察しが効く。
 艦隊戦において一見無駄に設置されていた大量のNPCの意味にお気づきになったようだ。 


「はい。ご指摘の通りです。この大量のクエストはプレイヤーだけでは到底消費できません。かといって放置で、クエストクリアもままならないでは世界は進みません。これら全てのクエストは、プレイヤーによる自己選択以外にも、麾下のNPCがプレイヤー指示に基づいた半自由行動下でも優先判断で受けてもいきますが、プレイヤーから指示を受けていない文字通りのNPCキャラ達も受けていきます」


 惑星に住む学生、サラリーマン。
 住所不定な宇宙船の船乗りから、恒星直近の反物質工場労働者、銀河辺境炭鉱惑星採掘者やら多数の一般NPC。
 いくつもの星を支配下に置く王族や連合惑星国家に属する政治家などの稀少NPC等々。
彼らもプレイヤーと同じくそれぞれの役職や思考に基づき、クエストを起こし、受け、資材を消費していく。
 だからどんな初期クエストでも下級アイテムでも、必要とする者は存在し、受けていく者もいる。
 MMOにありがちな、プレイヤー全体がある程度成長した中期段階で生じる下級製造アイテムが過剰在庫となりゴミと化す値崩れ防止策の一環になっている。
 そして低レベルアイテムや初期クエスト報酬にも常に一定の需要が発生する、新規参入初心者プレイヤーが参加しやすくする為の手管の1つだ。


「彼らNPCはこのPCO世界で生きています。生活費を稼ぎ、娯楽を楽しみ、さらには復讐に奔ったり、または大望を抱いています。だがプレイヤーと彼らが無関係ではありません。彼らAIの思考に影響を与えるのは、またプレイヤー達の行動です。こちらをご覧ください」


 簡易フローチャートを背後に展開。
 初期設定A(堅物、真面目、義理堅い)というAIに沿った行動をするNPCが二体がそれぞれ別の惑星にいる。
 A1のすむ星では、プレイヤーにより衛星軌道上に大規模な恒星間船専用造船所建築が行われ、A1は労働者募集クエストを受諾して就職。
 基本性格に従い就労したA1は高い稼働率で、スキルを上昇させ、プレイヤーにより見いだされ、さらに上の役職へと昇進。
 さらに高位スキルを取得する為の教育がプレイヤーにより実行されたことで、忠誠度が最大になり、NPC専用レアスキルの大幅能力上昇スキルを習得する。
 その一方でA2がすむ星では、所有権を巡る複数のプレイヤーによる争いで常時戦争状態に。
 戦闘に巻き込まれ近親者を失ったA2は復讐者へと属性が変化。
 その後別星系での傭兵系クエストや海賊討伐クエストなどでスキルレベルを上昇させつつ資産を増やし、絶対敵対NPC属性となったあと、麾下艦隊を率いた独立派として母星に戻る予定となっている。 
 その後は、捕獲した全てのプレイヤー麾下艦やNPCを強制配下にする完全略奪スキルをもつ、凶悪NPCとして暴れ回ることになる。
 元は同じ傾向のNPCでも、そのルートによって真逆の役割を持つ存在へと変わっていく。
 

「これは極端な例ですが、プレイヤーの行動により世界は変化していきます。このルートも確定では無く、その途上でプレイヤーが与える影響によっては、2人の運命が真逆になる事も十分に起こりうる。全く別の生き方を歩むことだって有る。逆に2人ともその途上でプレイヤーが目障りに思い暗殺する事すら可能です。A2は戦場での出来事としてうやむやにするのは簡単ですが、A1の場合は治安のしっかりした星でのことなので、複数の高位スキルを所有する暗殺者チームでも無ければ隠蔽は困難です。殺害行為がばれれば、星系政府や治安機関により星系外追放や、犯罪者プレイヤーとなり懸賞金がかけられハンターに追われるなど、多大なリスクを背負うことになります」


 全てのNPCは殺害可能。
 ただし重要VIP等は警備艦隊やら、ガーディアンにより強固に護られた状態にする予定だ。
 それら困難を乗り越えて遂行される殺害ミッションは重要クエストとして登録され、暗殺者プレイに花を添える事になるだろう。
 逆にプレイヤーがNPCを護る為の特殊護衛部隊編成を依頼されるクエスト生成もあるだろう。


「また、NPC同士もそれぞれの行動が互いに影響を与えます。だからプレイヤーが関与しない地域でも常に情勢は動いていきます。またプレイヤーが与える影響は、NPCより大きい値に設定する予定です。要はリアルで言えばNPCが一般人だとすれば、プレイヤーは世間へと大きな影響を与える事が出来るカリスマといった所でしょうか。プレイヤーの行動により、NPCの思考は大きく変化していきます」


 低レベルプレイヤーならば、ご近所のママ友リーダー格。
 中レベルプレイヤーなら、TVタレント。
 高レベルまで上がれば、英雄や独裁者のように。
 プレイヤーのとった行動にNPCは感化され、影響を受けたプレイヤーと似通った思考パターンを構築していく。 


「プレイヤーの持つ総戦力値がこの影響値と連動します。要は多くの麾下NPCや艦船、商業力等、ゲーム内でもつ力の総量がNPCに与える影響値を左右します。他にはクエストクリア実績や報酬としての役職などでも細かく変動させる事で、似たような条件下でも画一的な攻略手段ではなく、プレイヤーが試行錯誤を出来る余地が発生できればと考えています」


 小さな個人店と、全国チェーンの影響力の違いみたいなもんだと一言で言えるなら楽なんだが、さすがにそれだと身も蓋も無いから、ちょっと持って回った言い方に変換し、捏造したスクリーンショットを交えつつ、周囲のお客様へと説明を流していく。
 ここら辺の説明は疑問符を混ぜつつ。
 まだ煮詰まっていない部分ってのもあるが、俺が今必要としているのはゲームをやってくれるプレイヤーではなく、作り上げていくゲームマスター側の人材。
 ちらりと観衆に目を奔らせれば、技術者系のお客様らしき連中が大規模システムに興味を引かれて見入っているのが感じられる。
 

「パーティやギルドを組むことで、影響をより大きくしたり、影響範囲、ジャンルを絞った専用スキルが仕様可能になる案なども考えています。さらに、この上位として、所属する組織が有する星域支配値により発動可能な、星系全域に一斉発動する広範囲特殊スキルなんてのも有りではないでしょうか?」


 システムの元々の考え方自体は珍しくない。
 極々ありふれた物。
 おおざっぱに言えば基本はプレイヤーの行動が、物語の展開へと変化をもたらすマルチエンディングだ。
 だからシステムの基盤となるのは、全ては現有する地球科学技術で制作可能な物で、軍事機密級の最先端技術など存在しない。
 だが俺らが仕掛けるPCOの規模だけは前代未聞。
 数千万、数億人のAIが自由思考でうごく世界を作ろうってんだから、話を聞けば無謀も良い所だろう。
 だがそれだからこそ、今まで見たことの無い自由に構築できる世界がそこに広がる。
 星1つを遊び場とし宇宙一の娯楽惑星を作っても良いだろう。
 その為には、娯楽系クエストを多く受け、さらには星間移動遊園地などを定期巡回させ、風光明媚なリゾート地を改造して作り出す必要があるだろう。
 星1つに多種多様の惑星の動物、植物が住まう宇宙一の動植物園を作っても良いだろう。
 地区分けしてそれぞれに環境を変化させる機構を組み込み、宇宙を廻り変わった動物を捕獲し、生物研究機関を作り人工繁殖可能な技術レベルまで科学技術を高めれば良い。
 星系すべてがサーキットとなる耐久レースを開催しても良い。
 重力が歪む高重力圏や一瞬の判断が生死を分ける小惑星帯など難関なコースを制作し、さらに工学技術を発展させ、より速く、より鋭く飛ぶ新型機競争が星全体を巻き込んで行えば、さらにレースは盛り上がるだろう。
 宇宙全体を巻き込んだ戦争を引き起こすことだって、逆に戦争を止める事すら出来る。


「プレイヤーに力さえあれば、何でも出来る。自分達の趣味志向に合わせた世界を作れば、NPC達もプレイヤー達に影響を受けて、その世界に沿った思考へと変化していくという寸法です。これがプレイヤーが作って行くと言った理由です。ご納得いただけたでしょうか?」


 嫌みたらしい俺の笑顔に、クロガネ様は悔しげに唇をかむが反論できずにいる。
 そらそうだ。ゲーマー、いや人間であれば誰だって理想の世界がある。
 PCOはそんな世界を作れるシステムを目指している。
 星1つが遊び場となるってのは大げさな比喩でも無く嘘でも無い。
 文字通りの意味だ。
 俺に敵対的なクロガネ様とて、一瞬でも想像したのだろう自分の理想した世界が作られる様を。
 さて獲物に釣り針は引っかけた。
 

「まぁ内容説明はこれくらいで。ここら辺も企画段階で、実際にテスト稼働まで持っていかなければ不具合がどの程度発生するか見当もついてませんので。一番の問題は大抵の方がお気づきだと思いますが……さてクロガネ様なんでしょうか?」


「……ふ、ふん。絵に描いた餅だからでしょ。これだけの規模で世界を作る為に例えここにいる全ての会社が所有するVRサーバを動員しても、AIがそれぞれ別思考をするとなれば到底足りないでしょ。それにそもそも前提たる、連動したAIネットワークが実用化できるまでどれだけ時間が掛かるやら」


 僅かに動揺を見せつつもクロガネ様の忌々しげな目が俺を見据える。
 夢を語るだけなら誰にでも出来ると言いたげだ。
 まぁそらPCOの原型は俺が昔描いた理想のゲームシステムで有り、今の技術力では現実的には不可能と諦めた案だ。
 ウチの先輩がたに、これって出来ますかね? 
 と酒の席で冗談半分で尋ねて、開発に十年単位の時間をかけた上で、稼働後は月額5万円で一万人くらい集まれば、最低限度はギリギリいけるなと太鼓判を頂いた位だったりする。


「はい正解です。これだけ大規模なPCO世界を稼働させる大量のサーバー群以外にも、AI管理用にも専用サーバーが複数必要となるでしょ。それらを同期連動処理するメインサーバーと基幹システム。さらには非常時に備えたサブシステムとバックアップシステムやら日々のメンテナンス経費。金はいくらあっても足りないような状態です」


安定したプレイの為には、大量のVRサーバーを、しかもメイン、サブ、さらにバックアップの3系統は最低限は確保やら、他にもいろいろと物入りだったりする。
 だがリアルマネーさえ有れば、大概のことがどうにでもなるのが、リアル世界の攻略で楽な点。
 死者を生き返らせろや、世界を回って所在不明な伝説の7つの玉を集めてこいなんぞという無理難題不可思議系冒険なクエストじゃ無く大助かりだ。
 もっともその金を集めるって一点が、そう易々と行かないのがリアルの世知辛さ。


「ですがそれらをまとめてクリアする算段がついたので、今回動いたわけです」


 だから俺は余裕だと言いたげな人の悪い笑顔で嘯きつつ、最後の切り札を切る。
 アリスからは『……それ詐欺師の常套手段』と呆れられたが、見せるのは改竄や偽装で無く実際のデータ。
 だから詐欺では無い……と思いたい。















「というわけでこちらをご覧ください……ディケライア社が先物取引市場において長年行っていたプロジェクトによる収支表です」


 右手を軽く振って周囲のウィンドウを全カットした、三崎が再度手を振ると彼の背後に新しいウィンドウが表示される。
 そこに映し出されるのは簡素化された収支表。
 何時、どの銘柄を売り買いしたと記載されているだけだが、商品取引所が正式発行した書類であるという電子印がしっかりと記載された物だ。
 表示されているだけでも20年分以上の取引記録は、個人としてはそこそこ、会社として扱うにはずいぶんと少ない金額が並ぶ。
 全体を見れば所々マイナスはある物の、基調プラス傾向にある非常に堅実な物だ。少量ずつだが確実に稼いでいることが注目するべき点だろう。
 現実的な数値に周囲の観客からざわざわとした空気が発生したのを、サラスはその鋭敏な感覚で捉える。
 三崎が言外に秘めたこの収支表の意味に気づいた者が多数なのだろう。
 もうけ話に弱いのは、地球や宇宙の区別無く生物の性なのだろうかと、考えさせられる。


『彼の狙いは取引市場の先読みによる資金確保ですか? それとも情報販売でしょうか? リルさんならば相手が原始文明程度でしたらいくらでも利益を出せるでしょうが、些か目立ちすぎるのでは』


『そりゃ百発百中なんてやったら、すぐに目立つし、あたし達の正体が疑われて露見するかもだから、ある程度押さえて結果プラスとか、あくまでも予想だって言い張って適度に外してれば無難でいけるかもね。でもおばさん。通常時ならともかく、追い込まれた時のシンタはそういう小金稼ぎタイプじゃないよ……もっとえげつないこと大規模で仕掛けるタイプ』


 アリシティアはサラスの言葉に少し考え込んだあと、僅かにウサ髪を揺らして答える。
 通常時なら小市民のくせに、他に道が無く必要とあればド外道な策さえも平然と行い勝ちにいく三崎伸太はそういう男だ。
 たかだか取引市場での資金確保の利益で満足するわけがない。
 三崎の目指す物はもっと複合的な勝ち。
 金銭のみならず、技術、人材、さらには環境その全てを一気に掻っ攫いに行く大勝ち狙いの一点突破だ。

 
「VRとは言うまでも無く仮想世界。つまりはシミュレーション世界です。ディケライア社は個人依頼のオーダーメイドVR世界を構築していた企業です。その中には純粋な趣味から、私的実験や公に出来ない物など、いろいろあったそうです。この収支表はその中の1つ。依頼主とディケライア社の先代が協力して精度の高い限定環境シミュレーション開発を目指して行われたプロジェクトによる未来予測が生んだ副産物です。まぁ要は先物取引市場や、株式市場での変動を正確に予想して、一攫千金を狙おうという実にギャンブルで酔狂なプロジェクトです。PCOを作り出す為には大金が必要でしたからね」


 環境をシミュレーションして変化を予測するのは、昔から行われてきたこと。
 このプロジェクトはその予測に基づいて変動する取引市場の値動きを、複数の独立思考AIを使用して、数分から、数十分後の変動値を予測シミュレートするものとして開発されていたと、三崎はまじめくさった顔で説明を続ける。


『我が社がその様な事をしていたとは初耳ですね』


 無論ディケライア社の本来の業務と形を知っているサラスは、三崎が始めた説明が、頭の先から尾っぽまで全てがでたらめ。嘘八百なのは百も承知だ。
 この取引記録だって、地球での情報収集用に必要な最低限のナノセルを維持する為につかっていた口座記録でしかない。
 だが問題は実態を知るサラスですら、プロジェクトの実在を信じたくなるほど、事細かく詳細が決められて、付随資料が充実していることだ。
 おそらくこれら膨大な資料はリルが用意した物だろうが、その基本方針は間違いなく三崎の指示だろう。
 天気予報や地震予知などでは古くから実用化され存在するが、それら自然現象よりも複雑化している市場予測が可能なシミュレーションなど、眉唾物の怪しげな情報でしか無い。
 素面で聞けばすぐに嘘だと見抜けるだろう。
 しかし三崎がここまで展開した場の流れが、観衆の判断を狂わせる。
 PCOの存在とそこに使われた高い技術力。
 さらに現実として存在する数十年分の取引記録、事細かく詳細な実験記録が真実味を持たせていた。


『……彼の本業は詐欺師ですか?』


『えと一応ゲームマスターなんだけど……下手に人生を踏み外してたら、詐欺師か悪徳セールスマンで一時代が築けるってのが、ギルメン全員の一意した意見なんだよね。で、でも大丈夫。性根が腐ってるけど人を落としいれるような嘘とかはつかないから……たぶん』


 立て板に水を流すように嘘八百を並べ立てていく三崎の姿に、他ギルドを利用してボスMVPを取る方法を嬉々として考えていた現役時代の姿を思い出したアリシティアは、自信なさげに答えるのが精一杯だった。



[31751] 大きな葛籠箱には何が詰まっている?
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:47f0fd49
Date: 2014/06/17 03:18
 なんだこの男は?
 ころころ変わる口調と同じように、何を考えているのか判らない。
 胡散臭い言動に反して、用意された資料は重厚で精細な代物。
 最大で数十万人分の独立思考型AIを用いた市場予測など、聞いたことは無いが、存在するのか?
 対峙する三崎伸太の言動に翻弄され続ける彼女の率直な感情を表すなら、巫山戯た言動で徐々に蓄積される苛立ちから来る敵愾心。
 そして時折軽口を交えながらも、未だ底を見せない三崎への恐れだ。 
 分厚い資料を端折り端折りながらも説明を終えた三崎が、クロガネに向けて苛立つ視線を向けた。
 

「さてクロガネ様……このソフトで私共は、どのような手で資金を稼いでいくと思われますか?」


 底が読めない。読ませない。
 またも性格の悪い成分を僅かに含有させた、にやけ面で三崎は問いかけてくる。
 三崎が呈示したプロジェクトによる資金集めが正解か?
 いや、だがこの底意地の悪い男が、正解のわかりきった問いを投げ掛けてくるか?
 それとも他の手段があると思わせているだけで、自分を翻弄しているだけなのかもしれない。
 感情のこもっていない仮面のような笑顔を浮かべる三崎が、あんたには判らないだろうと、心の中でせせら笑っているように彼女は受け止める。
 どうする?
 自分ならどうするか?
 自問自答しても見通せない答えに苛立ちに、無意識に爪を噛む。
 リアルなんて興味が無い。
 関わり合いたくない。
 自分が生きるのは、生きられるのはVR世界だけだ。
 黙殺され否定され拒絶されたリアルから捨てられ、そんなリアル世界を捨てた彼女ではたどり着けない。
 VR世界でなら、系統が違うゲームであろうと経験がある。
 敵の属性、回復率、手持ちスキルで効率的なレベリングをすぐに見いだせるだろう。
 流行る装備やアクセを見抜いて、関連アイテムを先んじて集めたりと金策をいくらでも思いつける。
 だがそれはあくまでもVR世界。ゲームの世界。
 リアルで金を稼げと言われても彼女には思いつけない。
 だから、三崎が仕掛ける手が浮かばない。
 自分は負けるのか?
 この憎むべき相手に。
 憎むべき相手? 
 何故憎む? 
 三崎は新たな世界を作ろうとしているのに?
 焦りから思考が空回りし、支離滅裂に飛び散らばっ……………… 





 




 
 追い込まれた。
 彼女、クロガネは精神的ストレスが限界に達した瞬間に沈み込んだ事で、思考の主導権を握った金黒浩一は舌打ち混じりに覚醒する。
 自分を、クロガネを追い詰めるこの男はやはり敵だ。
 憎むべき仇敵だ。
 その心に浮かぶのは、根源を重ねるクロガネよりも深い敵対者への憎悪だ。
 彼女の防壁として生まれた存在。
 本来は彼女がメインであり、彼がサブであった関係性。
 だが互いの過ごした年数がその主従関係を、逆転させいびつに歪ませていた。
 
  
「……今あげた手で無いのは確かだ……と思うわね」


 VR世界はクロガネの領分。
 だからあくまでもクロガネとしての口調を保つ為に、金黒は無理矢理語尾を整えながら先ほどまでと違い、ぼっそと低い声で断言する。
 元の声は小さいが、拡大され会場に響く音は先ほどまでのクロガネの声色と変わらず、今の一言に違和感を抱いた者は極々少数だった。


「っと。なるほど”貴方”がどうしてそう思ったか教えていただけますか?」


 対峙する三崎はそのごく少数の一人だ。
 口元の薄い笑いを引っ込めると、僅かに身を引いた。
 先ほどまでのクロガネ様呼ばわりでは無く、意味ありげなアクセントを付けた貴方呼び。
 どうやら中身が違う事に三崎が気づいたようだと判断しながらも、金黒は無視する。
 金黒=クロガネは彼の中での絶対不変の事実。
 狂った思考は他人が抱く違和感を気遣う神経など、忘却の彼方に追いやっている。
 

「呈示された膨大な資料と長期的な取引記録から、このソフトを制作しようとした事は事実で間違いない。でも、これが開発に成功したのかと問われれば個人的見解で答えは否と即答する……わ」


 三崎が提示した、多数の独立思考AIを用いた市場予測アプリケーションソフトウェア開発が失敗したと金黒は断言する。


「ソフトの開発に成功していたのなら、それを声高々にこの場で広めるメリットなんて皆無。むしろデメリットしか存在しない。精度の高い市場予測が出来るならば、警戒を避ける為に、他人に気づかれず、存在を隠し通した方が、圧倒的に有利に活動を続けられる。ましてや、開発者であるというディケライアの先代社長とやらが、ゲーム制作資金調達の一環として開発していたのならなおさら。だからこのソフトの開発には完全に失敗したか、収支から推測して僅かにプラスになる程度の成果しか生み出せなかった、技術的失敗とみるのが妥当……だわね」


「いやいや、ひょっとしたら誰もが予想だにしない革新的な方法で」

 

「くだらない……複数の独立AIを連動させ市場傾向を予測していくなんて、どうせ別パターンの思考AIを多数用意して、直前までの取引状況でどの銘柄が好まれ嫌われるかの傾向を大まかに判断する。簡潔に言ってしまえばそんな機能だろ……うと思うわ。程度の差はあれ、テクニカル分析ソフトなら大昔から存在する。お前……貴方の説明はただ最新技術と規模で誤魔化しただけだ」


 軽口を一刀両断で切り伏せた金黒の返答に対しても、三崎の表情は変わらず涼しいままだ。
 金黒の予想が合っているのか、間違っているのかは答えず、続きを促すように肩を1度すくめて見せる。


「この仕様では安定状況では一定の方向性は見いだせるかも知れない。だが大規模事故や関連企業の倒産、不祥事等が招く突発的な乱高下に即時対応は無理で……しょう。さらに規模が小さくなるが、個人投資家の気変わりや思いつきなど、予測不可能な事態で生じる微妙な影響も、積もり積もれば無視は出来ない幅になるはず……絶対的な信頼度を持って稼働するはずが無い……わね」
 
 
 状況が安定し続けていれば、市場傾向の予測で損失を最小限にしつつ安定安全的な投資で小金を稼げるかも知れない。
それが僅かにプラスを維持できた理由だろうか。
 元手が大きければ、それなりの利益を出せるかも知れないが、このソフトは基本的に場の流れを見て状況を読む。
 自らが大きな流れを作り始めた場合、修正に修正を重ねる必要が生まれてくる。
 そうなればどこまでその予測が正確性を保てるかは疑問符がつくのは避けられない。 
 過信しすぎれば、予測不能な事態で致命的な打撃を受ける可能性も否定できない。
 金黒の冷徹な指摘に、三崎の真に迫る説明で浮き足立っていた会場の空気が急速に冷めて静まりかえっていく。
 冷静に思い返してみれば、株式市場で絶対に損をしない予測ソフトなんて、噴飯物の程度の低いジョークでしかないと、誰もが気づかされはじめる。
 そんな怪しげな話を一瞬でも大勢の者に信じかけさせたのは、三崎の話術と周到に用意された資料。
 その言動とやり口は例えるなら詐欺師に近い。
 三崎の言動に懐疑的な視線が集中しはじめ、


「くっ……ぷっ……はははははぁっ! なるほどそりゃ俺が嫌われるわけだ」


 冷えた会場に、唐突にからからと辺りを憚らずに笑い声が響く。
 笑い声の主は、疑いの目線を向けられた三崎本人だ。 
 何が可笑しいのか、終いにはむせるほどの爆笑をしていた。


「ちっ……道化が」


 これも演技か? 
 それとも本気の笑いか。
 しかし何の意味がある?
 場の流れが自分に都合の悪くなったのを誤魔化す為か?
 だがいきなりの三崎の奇行に、言動を怪しむ視線が増え始めている。 
 意味不明な行動をとる三崎に、金黒は被るべき仮初めを忘れ、つい地を見せた舌打ちをならす。
 しかし幸いと言うべきか、誰も今の独り言を聞いた者はいなかったようだ。 
 いらつく。なんだこの男は?
 何故笑っている?
 笑えるような状況か? 気でも狂っているのか?
 自分が狂ったと自覚も無い金黒が、思わず侮蔑したくなるほどに支離滅裂な行動を取る三崎に対する会場の信頼度は最低レベルまで一気に落ちている。
 今この場で自分が握るこの男の不正を晒せば……
 違法ソフトを取り扱っているVRカフェに出入りしていた証拠を晒せば、この男を業界から永久に抹消できる。
 ここが勝負所だ。










『シンタ! 敵方動き! 切り札準備中!』


 アリスの鋭い声が脳裏に響く。
 っとやばいやばい。ついつい爆笑していた間に、あちらさんのヘイトを変な方向にやっていたらしい。
 右手を仮想コンソールに奔らせる。
 GMスキル発動。
 指定プレイヤー強制音声カット機能オン。
 仮想ウィンドウ展開禁止処置発動。


「貴方の本性が」


「っと。失礼。長年にわたり”開発”はされていたが失敗した。それはご指摘の通り事実です」


 切り札を切ろうとしたクロガネ様が声を出した瞬間に、そこから続く言葉と映像を文字通りかき消し俺は割り込む。
 自分の声が会場に響かず、展開しようとした仮想ウィンドウが開かず、一瞬呆気にとられたクロガネ様だが、すぐに何をされたのか気づいたのか、恐ろしい目つきで睨み付けてきた。
 くっくっ甘いっての。
 ここはウチの会社のフィールド。セクハラ防止機能や暴言対策機能を使えば、そちらさんの発言やら映像をいくらでもかき消すなんぞ訳も無い。
 そこにのこのこ乗り込んできて、痛恨の一撃が易々と出来ると思うなよ。
 まぁ今のGMスキル使用は会社にばっちりばれているわけで、そこらの理由はきっかり聞かれるが、仕方なしと思うしか無い。
 それにここで防いでも、後から別の場所で拡散なんぞされた日には、今の行動も相まって致命的なことになりかねない。
 そいつを防ぐ為にも、ここで逃がすっていう選択肢は無し。
 とりあえずは周囲の不信感を撤廃と。


「あまりにご指摘が的を射ていたので、つい笑ってしまいました。失礼しました。そうなんですよね。冷静に考えればこの企画に無理があるのはすぐに判る。しかしそこは儲け話の魅力というか魔力って奴ですね」


 口調をフレンドリーにし、クロガネ様を上げつつも、黙らされたご本人からすれば挑発でしか無い笑顔を浮かべてやる。
 これに乗ってくれば大体アナライズ終了だ。
 

「まずはどれだけの情熱というか、執念を持って制作されていたかを感じて貰う為に、資料の半分を公開いたしました。そしてこちらが残り半分。無数の失敗やエラーと改善の記録です」


怨念さえ篭もった視線を無視して、あらかじめ用意していた膨大な失敗と、その原因を推察して細かく、または大きなバージョンアップを行っていた記録資料を周囲に展開表示していく。


「これだけの失敗と改良を重ねていった末の最終バージョンでも、ご指摘いただいた部分の絶対的な改善が出来ずに、先代のヘルケン社長がお亡くなりになったと同時にこのプロジェクトは終わっています」


 ここまで詳細な資料(制作期間1分ちょいリルさん作)を展示すりゃ、俺が投資予測ソフトで騙す気なんぞ、さらさら無かったことが、クロガネ様以外には一応理解してもらえるだろう。
 

「まぁ失敗は成功の母って古い言葉もありますように、一介の個人事業プログラマであったヘルケン氏はこの開発過程で得た物を礎とし、ディケライア社を立ち上げたそうです」

 
 俺がこの長年の開発過程というギミックを用意した理由は2つ。
 1つはディケライア社という実際には活動記録の無いペーパーカンパニーとその創立者であるヘルケン・ディケライアという人物にキャラクターを肉付けして、歴史を作り上げる為。
 そしてもう1つが、ディケライア社がこれから公開していく技術に信憑性を持たせる為。
 ミッシングリンクを消し、何故こんな技術が有るでは無く、この過程があったからこの技術が存在すると錯覚させる。


「その成果とは長年の開発過程で派生した技術やプログラム。特定環境下VR世界作成、AI思考連動、状況自動更新プログラム、多種メーカー既存パーツの組合わせた性能強化や低価格化のノウハウ、使用機種に合わせた細やかな設定変更等。ディケライア社が得意とする分野は多岐にわたります」

 
 ディケライア社のカバーストーリーとして俺が用意したのは、メイン事業は様々な用途で使用される個人向けVR空間制作。
 様々な状況、要望の元で磨かれたスキルは、特化した企業には及ばない物の、その汎用性は高くオールマイティーにこなせるという物だ。
 全く新しい物や斬新な発想、技術を数多く持つわけでは無いが、既存技術を最大限まで利用し使う術に長けた企業。
 それがディケライア社であり、先代のヘルケン・ディケライア氏という筋書き。
 アリス側のルールである未開惑星原則干渉禁止に抵触しない為に、地球ではまだ開発所か概念さえ無い未知技術をストレートに持ってくる訳にもいかない。
 かといってリルさんの能力を使わないのも、もったい無し。
 そこらの穴を突く為に俺が提案したのは、ブラッシュアップテスト方針。
 地球人が見落としている、もしくは気づいていない、技術の組み合わせやロストした技術の再発掘など、地球既存技術を最大限まで磨き上げればどこまで出来るのか?
 そして地球原生生物がどれだけのヒントで最適解へとたどり着けるか?
 これらの実験と考察レポートを星系連合へと提出する事で、例外処置の1つである現地生物の現有能力調査という学術目的での干渉で、行動を正当化する予定だ。
 そして地球側では、後もう一ひねり、二ひねりの改良で劇的に性能が向上したり、新しい技術へと派生する、少しばかり惜しい技術をディケライア社がばらまき、他企業に気づかせるというスタイルで、PCOを作り上げる舞台を整える算段になっている。
 与えられた物が使い勝手が良ければ、そこからさらに改造改良しようとせず、現状で満足する人間が俺を含めて多いだろうが、親父さんやら佐伯さんら例外存在がいるので、ヒントさえあればどんどん突き進んでいく事だろう。


「その一例として手がけた仕事と使われた技術を紹介しますのでこちらをどうぞご覧ください」


 俺が呈示した資料に、また観客の目と意識が集中した隙に、手を動かし相棒へと礼をいれておく。
    

(GJアリス)


(笑いすぎ。もう一人のクロガネの属性が判ったからって油断しないの)


 ベストタイミングで警告をくれた相棒に礼を伝えるが、そのご本人からは呆れかえっている感情が文字からも漂ってくる即レスが返ってきた。 


(でもアレは卑怯だろ。クロガネ様が俺を嫌う理由って同族嫌悪だろ。思考組み立てが俺そっくりだ。俺って捻くれるとあんなのになるのか?)


 そう。俺が爆笑していた理由。
 それは今俺が対峙するクロガネ様の中の人。何者かは知らないが、こちら御仁。
 欠点を指摘してきた、その論理の組み立て方や攻め方があまりにも俺にそっくりだったからだ。
 リアルなんぞ全部クソだと言いたげな鬱屈とした性格をひたひたと感じさせる。
 一歩間違えれば俺自身もあんな感じになっていたのだろうか?
 そしてそんな自分の姿を想像したら、ついつい大爆笑していた。
 
  

(あっちはかなり歪になってるけど根が大まじめ。シンタは根っからのお調子者のお巫山戯屋で、元々曲がってるんだから、なるわけ無いじゃん。真面目な部分は少しは見習えば)


 褒め言葉と考えて良いのかなり微妙なラインを漂うアリスの評価を聞き流しながら、俺は同意見だと一人で納得する。
怒り心頭だろうが、こちらの質問に律儀に答え俺を真っ正面から打ち負かそうと打ち込んでくる姿勢。
 大磯さんに集めて貰った無数の情報から拾い上げた、クロガネ様名義のVR雑誌コラムや、ご本人の日記からも敵対者は徹底的に叩きつぶす苛烈さの一面で、文章や映像からも丸わかりの悔しさを滲ませながらも、相手の良い部分は渋々評価し、己の感情で意見をねじ曲げようとしない。
 VRに関してだけかも知れないが、常に真摯であろうという姿勢が垣間見える。
 だから俺に相当いらつき未だに恐ろしい目つきで時折こちらを睨みながらも、俺を倒そうと律儀にクロガネ様は資料に目を通している。
 ありゃ確かに真面目だ。
 俺はまたも小さく噴き出していた。


 









(まったく。言ってるそばからまた笑ってるし、もうちょっとマジにやれば良いのに)


 アレがどのような存在なのかは判らないが、先ほどまでのクロガネとは中身が微妙に違う事に、アリシティアも気づいていた。
 クロガネというキャラを複数のプレイヤーで回していたのか。
 それとも重度VR中毒者にたまにいるような解離性同一症か?
 どちらにしろ。今考え手判ることではない。
 クロガネを落とすならば、アレを落とすのが効率が良いと三崎が判断した事が重要だ。
 自分と同じような思考パターンをする相手。
 自分ならどうするかを最初に考え、攻略の糸口とする三崎伸太にとっては、もっとも組みやすい相手だろう。
 アリシティアの今の目的は、パートナーである三崎伸太の力を叔母であるサラスに認めさせその協力を取りつける事。
 だから勝ちやすい相手は望む所だが、問題は勝ち方だ。
 勝つ為なら、かなりえぐい事も平然とやらかすというのもあるが、勝敗に限らす三崎の判断基準が普通と少しずれている事だ。
   

『どうやら全くの別人か、クカイさんと同じように根を同一とする複数の人格を持つようですね。地球人にもよくある例でしょうか?』


 サラスも僅かな仕草や語尾などの違和感から、対象人物が入れ替わった事に気づいたようだ。


『さすがにクカイみたいな軟体生物的節操の無い人格交代はしないけど、特定状況下だと性格が変わるってのはよくあるよ』 


 暑さ寒さや風が吹いていたとか、果てにはご飯が辛かったや、何となくというなんて、どうでもいい理由でころころと身体と人格を入れ替えるクカイ達のような節操が無いのは、さすがに地球人にはいない……だろう。


『そうですか……しかしどちらにしろ敵意は衰えない所か、より鋭くなっていますね。この状況から、どうやって仲間にするつもりなのでしょうか彼は? 先ほどからの発言や行動はどう考えても喧嘩を売っているようにしか見えませんが』


『えーと。なんて言うか一言で言うと、おばさんの言う味方と、シンタの味方って”範囲”が違うから大丈夫』


 サラスの疑問はもっともだろう。
 しかしアリシティアは心配などしない。
 三崎が仲間にすると言ったのだ。どうやってもこちらに引きずり落とすだろう。
 ヘイト極限真っ赤な状態のMOBモンスターだろうが、果てにはボスキャラだろうが、場と状況を操り心理を読み、その場で”味方”とする。
 それが三崎伸太の真骨頂であり、身内にまで性格が腐っていると、素で評価される一因だ。
  

『それよりおばさん。シンタが提案している研究目的を名目で、どこまで仕掛けられると思う』
 

『……技術と分野を平和利用目的に限定させれば申請に問題は無いと判断いたしますが、問題は彼ら地球生物の闘争本能が著しく強い事です。新しい企業が幅を利かせてくれば、排除、対抗しようとこちらの詳細を調べに来るでしょう。ですがあちらのディケライア社は確固たる根を持ちません。民間ならばともかくとして、国家クラスの調査では正体が疑われます。最悪露見する危険性がありますが』

 
『えとその辺は、ある程度情報漏洩させてこちらの思惑に載せていく方針。本当にまずい情報に接触、もしくは違和感をもたれた時は、緊急事案特例処置の事後承諾における記憶改竄とかで対応」


 叔母の好む傾向は、計画性と採算性。
 1つの失敗で全てがダメになるのでは無く、常に対応策とカバー案を考え、さらに先の先まで考えつつも、なるべく合理的な手段を用意しておく事。


「ネットワーク越しの処理には限界があると考えますがどうするおつもりですか?」


「実行戦力として地球にナノセル体を複数体配置予定。ついでに私と向こうのディケライア社社員のリアルボディとしても使う予定。必要素材は現地調達で、製造は現在ナノセルを生成している別会社名義のアメリカの貸し倉庫で作成予定。今やっている資金増殖はその一環も兼ねてる。あとリアルオフィスが事業発展とかナノセルメンテの関係で、日本でも必要になるから候補地をいくつか絞り込んでる所』

 
 叔母の問いかけにすらすらと答えながら、アリシティアは説得できるだけの資料を提示していく。
 三崎が先ほど提示した資料よりも新しい収支表や、事務所の候補地と予算を呈示、これが思いつきやその場しのぎの答えで無く、すでに想定している事を示す。
長年の付き合いでどうすれば叔母を説得できるか、納得させられるかは判っている。
 隙の全く無い計画を作るのは難しいが、叔母はその隙を埋めるのを得意とする。
 だから叔母に提示する資料は、アリシティアが思いつく限りに隙を埋めた物。
 もし不備があれば叔母の性格からすれば指摘し却下してくる。
 だったらその指摘を元に改善した計画をもう一度呈示する。
 宇宙でのディケライア社復興と、地球でのVRMMO復活。
 目標達成には困難を極めるだろうが、この2つはアリシティアにとって、心からの願い。
 一度や二度の却下を喰らったくらいで、諦められる物では無い。
 パートナーである三崎を心配しつつも、アリシティアは自分の戦いを開始した。














「いやはや三崎君は出来上がるまでもう少し掛かるかと思っていたけど、一気に成長したね。やっぱりあれかね逆境は若者を成長させるって奴? ねぇ親父さん」 


 自分の所の若手社員がこれだけの数の業界関係者を前にしても、堂々と事業案をぶち上げる姿に、ホワイトソフトウェアを率いる白井健一郎は、提示された資料を流し読みながら緩い笑顔で満足そうに笑っていた。
 三崎本人が気づいているのかは微妙だったが、元々三崎の立場は幹部候補生。
 将来的には業界全体を見据え、会社を支えていく事が出来る人材へと育成しようと下積みを積ませていた。
 全部署の仕事を理解させるため各部署に廻らせ、近隣には直接顔を売らせ、白井の付き添いとして関係各社へと顔を繋がせる。
 後は三崎が本来持つ類い希な企画立案能力と、それを実行まで持っていける汚いまでの強かさを十二分に発揮できればと考えていた。
  
 
『違うだろ。ありゃ追い込まれないと本気出せないタイプだ。しかも逆境になればなるほど力を発揮するな。あの野郎、さっきあっちの嬢ちゃんの発言カットしやがったし、相当やばい何かに顔を突っ込んでやがるな』
 

 統合管理室で三崎の動きをモニターしつつ同じように資料に目を通している須藤は、禿げ上がった頭を掻きながら断言する。
 三崎が能力を発揮するのは追い込まれてから。
 これだけどでかい仕掛けを無理矢理にしてきたのは、それに見合う何かが起きたのだろう。
 GMスキルまで駆使して相手の発言カットをするなんぞ後ろめたい証拠だ。   


「さぁどうだろうね。まぁ後でおいおいと話あるでしょ。それより親父さん精査した感じどうです?」


 だが白井は特に気にしていないのか、それとも三崎を信頼しているのか、あまり重要視していない事が判る気の緩んだ笑顔で後回し宣言する。


『量が膨大すぎで終わるまでこれ一本に絞っても一週間は掛かるぞ。さわりだけの感想で言えば、綺麗すぎるのが気になるが、概ね問題無い感じだな。しかし本気か? 俺も若い頃に手を出したがあそこは終着点が無いぞ』


 三崎が手を出そうとする部分は業界最先端分野。
 進んでも進んでも終わりの見えない永遠に続く道だ。 
 生半可な覚悟で突っ込めば、大やけどですまない事になる。


「だからこそ面白いけどね。では三崎君以外の全社員に通達……あー白井だ。さて今の資料で、三崎君が言っていたリアルへの侵略計画の大体の狙いが判ったと思う。無論仕掛ける規模から言ってウチだけで無く、アリシティア社長の所だけでも到底こいつは無理だ。だから他の会社を巻き込もう。元々同窓会プロジェクトで提携する予定の他社を中心に、規模を拡大させていく」


 三崎の事だ。PCOだけで無く、ホワイトソフトウェアが元々進めていたシニア初心者向けの同窓会プロジェクトも計算のウチでこの博打を仕掛けてきたのだろう。
 文字通りの老若男女が集まる場を狩り場に定めて。


「開発部はこれまで提示された資料を使って、今日の手土産にPCO計画を盛り込んだ物を至急制作開始してくれ。広報担当は公式HPにPCOを我が社の提携プランとして告知する準備を。営業部は今日こちらに見えられていない企業向けに資料制作……我が社はこの瞬間から、二輪の輪を武器に戦線へ復帰する。では営業開始だ」




  








 黒々と渦巻く怨嗟の感情を活力に金黒は、提示された資料からディケライア社の技術と三崎の手を推測する。
 市場予測で培ってきた成果。
 それは多数の思考パターンの異なるAIを用いた未来予測。
 最初は数パターンを組合わせていた物が、精度を求めるうちにより細分化し、複雑なパターンを持つAI同士を組合わせた予測を数千数万回と繰り返して、蓄積された経験とコツの集大成。
 これをゲーム以外に用いるには?
たとえば大型商業施設建設計画。
 たとえば都市再開発計画。
 たとえば新規出店計画。
 たとえば店内レイアウト変更。
 人がどう考え、何かが起きた時どう動くかを高いレベルでの予測が出来れば、事業の大小関係なく、それは大きな力になる。
 さらには計画立案だけで無く、VRを用いた実地訓練などにも用いれば。
 考えるまでも無くいろいろなことが出来る事がすぐに判る。
 ならば三崎が打つ手とは……


「さてクロガネ様。そろそろお考えがお纏まりでしょうか?」


 金黒の考えがまとまった瞬間、まるでこちらの思考を見抜いたかのように三崎が声をかけてくる。
 慇懃無礼とはこの男の為に生まれてきたのでは無いだろうかと思うほどに憎らしい。
 この男はプレイヤー心理を読む術に長けているのだろう。今行き着いた予測もそれならすんなりと納得できる。
 この男は全てのプレイヤーを利用するつもりなのだと。 


「……外道が」


 侮蔑を込めてはき出した言葉が、今度はしっかりと響き渡る。
 今なら先ほどの言葉の続きを言えるかも知れない。
 しかし先ほどのようにこの男の不正を告発しようとしても、今の会場の雰囲気は一変している。
 第一金黒自身も、少なくともこの男は、あんな稚拙な物で人を騙して金品を巻き上げよういう気は無いという事を察していた。
 この男の考えている事は、一歩間違えれば、さらに被害が広大になるもっとあくどい物だ。


「高精度シミュレーションによる動向予測。VR会社ではありふれた業務の一環だ……わね」


 まずは小手調べとばかりに最初の予測だけを繰り出す。


「なるほど。ですがシミュレーション予測なんて専門でやっている会社がこの世に腐るほどいますが、後発でシェアをかげますかね?」


「だからこそこの時期に巫山戯た規模の新規ゲーム開発を打ち出したんだろ……と考えますわよ。むしろ自らの会社の同窓会プロジェクトも利用するつもりで仕掛けてきた」


 何を白々しい。
 わざとらしいすっとぼけた表情で再度質問を投げつけてくる三崎に内心舌打ちしながら答えを返す。
 異なる思考を持つ多数のAIを用いた予測ソフトをもっとも有効的に生かす方法。
 それは単純に予測その物を売りにすること。
 そしてその予測をさらに高性能化する為に必要な物は、多種多様な元データだ。
 AIが必要とする判断基準となる元データさえあれば、条件を変更して、あらゆる動向予測が高い精度で可能となるだろう。
 そしてその多種多様な元データを集める手段が三崎達の手にはある。
 

「新規MMOで若者中心の思考パターンを。そして同窓会プロジェクトで年配者の思考パターンを収集。あんた達の狙いはビックデータだ……わね」


 金黒の回答に三崎は一瞬だけ面白そうに笑った。 
 どうやら予想は当たりだ。
 自分を試しているのか? 
 それとも挑発しているのか?
 周囲の観客内にも提示された資料で、狙いを付けた分野に気づいた者達がやはりという顔で頷いている。


「ご名答。そうです俺らの狙いは、まずは新規事業二種による顧客確保と多様化させたゲーム内容による様々な条件下でのプレイヤーの行動パターンの収集です。もちろん集めるだけで無く、将来的にはそれらを保存、解析し予測へと用いていく一連の流れを考えています」
 

 蓄積された複雑巨大なデータ群を解析し、様々な分野で応用するビックデータプロジェクトは政府が主導したり、大企業が中心となって、今世紀初頭から世界各地で行われて、効率的に扱う手法が確立されていた。
 しかし巨大なデータに対する処理速度が追いついていなかった所で、VR技術が完成した事により収集できる情報量が爆発的に増加。
 今まで行われてきたやり方では到底追いつかず、VR技術世代にあった新たなる活用法を求め、今も各国で様々な試行錯誤が行われている。
 だから今は実験室止まりの試験的段階が精々。
 それを商業的段階へと一気にステップアップさせようという、一見無謀きわまりない物。
 無論三崎達には、地球に存在する全ての電子情報機器処理速度を統合しても遙かに上回る、リルという文字通りモンスター的存在が手札としてある。
 どれだけ巨大なビックデータであろうと、高々惑星一個から上がってくるデータならば片手間で解析出来るだろう。
 だがリルの処理能力をストレートに使う事は出来ない。
 アリシティア側のルール縛りと、地球で余計な懐疑をもたれない為に。
 巨大なデータを処理できると疑われないだけの物を揃えるしか無い。
 なら無いならば自分たちで作る。
 巨大なビックデータを解析し、利用できるだけの組織を。機能を。
 その為の地球ディケライア社。
 その為の数十年分の蓄積された様々な実験データと称したヒント群。
 技術進化を思い描く方向へとコントロールする為のギミック。
 リルによって計算された未来予想図にあわせて、どこまで合わせる事が出来るか。
 

「世界初の商業目的VRビックデータ活用プロジェクトの第1段階。それが俺が呈示するリアル世界への侵略計画の概要です」


 三崎が断言した瞬間に周囲が、先ほどの市場予測ソフトだと嘯いた時の比で無いほどにざわめき上がった。
 この場にいるのは業界関係者ばかり。三崎が言い出した事がどれだけ無茶苦茶かよく判っている。
 それと同時にどれだけ莫大な利益を作り出すかも判っている。
 しかしそれを言い出したのは有り余る人材と潤沢な資金を持つ大企業で無い。
 潰れかけのゲーム会社の新人GMと無名会社の社長。
 彼らが語るには、一見身の丈に合わない話だ。
 だがこの世界はまごう事なき実力主義。
 最大の能力を持つ機構を、最も速く開発できた者が大きなアドバンテージを得る。
 これだけの実験データの蓄積と、先ほどまでのデモプレイで見せた高い技術力。
 資金さえあれば開発を成し遂げるのでは無いかという予感を僅かに抱かせる。
 ましてや三崎が所属するのは、業界屈指の顔の広さを持ち、少人数ながら魔法使いクラスのプログラマを幾人も抱える業界の異端児白井健一郎が率いるホワイトソフトウェア。
 裏ではすでにいくつもの企業と協力して、話を具体的な部分まで進めているのでは無いかと勘ぐりたくなるだけの、情報が揃い始めていた。



[31751] 冒険者は酷く赤面した
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/06/25 02:23
「ビックデータを用いて展開するビジネスは大まかに3つの段階を想定しています。まず第1位段階が総合的マーケティング補助。2段階目にAI連動による高精度無人シミュレーション予測。そして3段階目がVRである最大の利点。仮想現実空間での様々な条件、状況下による大規模な模擬訓練。各種プランの詳細はこちらになります」


①ゲーム内でのデータ蓄積および、各種業態に合わせたマーケティングプラン提供

 ゲーム内アイテムとは別に、各種企業と提携を行い特別クーポンを発行。
 リアルにおいて割引や優待券として使用可能な電子クーポン券を、ゲーム内イベントやプレイヤーイベントの商品として提供可能なシステムを構築する。
 この際ただ無闇矢鱈ばらまくのでは無く、そのイベントや大会の趣旨に合わせたクーポン券を提供することで、顧客のニーズにある程度合致させていく。
 料理イベントにおいては、レストラン優待券やら、調味料お試しセット。
 レースイベントにおいては、会場先行予約券や、レーサー愛用品プレゼント。
 ガーデニングイベントでは、家庭用園芸セット等や、条件次第ではリアル庭園デザイン権等々。
 規制された状況下で2時間しか使えないVRにのみその活動を止めるのでは無く、そこで得た知識や興味をリアル側へと繋げる仕掛けを施すことで、リアル側企業との連携を模索していく。
 ホワイトソフトウェアで従来考えていた、シニア世代向けのVRプランの発展系である、VRカルチャー教室と同時展開していくことで、『時間の自由が利くVRで学び、リアルで実戦』という新しい形を売り出していく。
 またこの際に用いたクーポン券の利用率や、利用傾向を顧客データと合わせて、より的確なマーケティングを確立させていく。
 
  
②大規模商業施設建設。大型工事による交通量予測、都市計画における人口流動予測等。大規模プロジェクト向けプラン。

 ①において集めたデータを元にした多角的連動思考AIによる、事前精査を主とするプラン。
 商業施設における通路の幅やEVや階段など非常時避難誘導路の確認。トイレ、案内板など各設備などの配置、数が適正であるかなど、設計段階で多角的シミュレーションを提供可能とするサービス。
 将来的には行政向けに、交通需要や、人口流動予測など、さらに高いレベルでの幅広い長期予測シミュレーションを提供する為に、AI思考強化や構築規模の拡充を目指す。


③多種多様な条件状況下に合わせた仮想現実空間提供プラン。
 
 ②により蓄積したAI思考連動技術をさらに発展させ、プレイヤー有りの状況下で稼働させていく。
 都市部における大規模災害時の避難誘導演習や、リアルと同等装備で可能な各種訓練など、人に近い思考を可能とするAI仮想体を用いたハイレベルなシミュレーション空間提供サービス。
 

「今現在の資金、技術力。さらに固有するデータ量では2段階目、3段階目をすぐに製品レベルとして提供できるとは考えていません。まずは1段階目で十分なデータ蓄積を行い、さらにPCOでAI連動技術をより高精度化させていく過程が必要と考えています」


「考え方は判った……わ。でもそのプランでは出だしのクーポン券がネックになる……のでは。リアルで利用可能な電子クーポンなら換金を目論む輩が出るのは目に見えている。RMT規制違反となる可能性が高い。譲渡不可プロテクトくらいで対応可能だと? どれだけ頑強なプロテクトでも破る気になれば破れない物は無い……わね」


「確かにその可能性は高いですが、RMT対策として全てのクーポン券の発行記録を詳細に記録していくつもりです。それこそビックデータ蓄積の一環となりますので。違法取引にはクーポン利用停止やアカウントの停止や消去などで望めば一定の抑止力があると思います」


「それは結局事後対策では無いのか……しら。根本的な解決にならない。売り逃げする輩も考慮すれば詐欺事件になる可能性もある……わね」


「ならいっその事、我々が代理人として立つ事で、その需要に合わせクーポンの交換率や取引の仲介を行うのはどうでしょうか。クーポン自体も1つのサーバで一括管理。我々の正式アカウント以外での移動が感知……………」










「ちっ。三崎の奴、予想通り手こずってやがるね」


三崎と金黒が舌戦を繰り広げるその頭上。
 強い風が吹く数百メートル上空に、ホワイトソフトウェア開発部主任佐伯で舌打ちを1つならした。
 腕を組み不敵な笑顔をうかべ、肩掛けに羽織った白衣の裾を風にたなびかせる姿といい、技術者というよりも職人といった風情を醸し出す佐伯は眼下を睨む。
 佐伯の周囲にはいくつも仮想ウィンドウが展開され、その画面には、三崎の周囲を取り巻く観客の中からピックアップされた数人の姿が映し出されている。
 佐伯はただ意味も無く上空で待機していたわけでは無い。
 三崎の一挙手一投足で見せる個別反応を拾い上げる為に、全員が見渡せる位置へと陣取っていた。


「社長。アリスから回ってきたリストに符合するので反応がよさげな連中はこの辺さね。あんたの読み通りの展開だね、今から何とかなるかい?」


『了解了解。じゃあ僕は早めに動くよ。サエさんのほうでも繋げそうなのあったら頼むよ』


 仮想ウィンドウの1つに映ったホワイトソフトウェア社長である白井は佐伯から送られてきた偵察結果を軽く一瞥してから、何時もの気負いを一切感じさせない軽い口調で答えるといそいそと画面から姿を消した。


「頼むつっても、あたしの知り合いなんぞほぼ社長の顔だろうよ。ったく無理を言いなさんな。っと」



 独りごちた佐伯の横に仮想体生成リングが突如出現し、人型を作り始める。
 どうやら待ち合わせていた相手が戻ってきたようだ。


「どうですかこちらは?」


 現れたのは上品な老婦人の仮想体。
 会社的には救世主なクライアントであり、三崎とは個人的付き合いもあるデザイナー三島由希子だ。 
 不安定な空中でもベテランプレイヤーらしい安定した流れるような操作で佐伯の横に並ぶと、会場の様子を尋ねた。


「ようセンセお帰り。こっちは最終戦。三崎の奴がビックデータでの仕掛けを暴露した所さ。その後はあの狐ッ子相手に少し苦戦しているけどね」


「苦戦ですか。珍しい」


 佐伯から回された議事録で大まかな動きを流し読みした由希子は首をかしげる。
 ここまでの流れは三崎が目論んだとおりにほぼ推移している。
 まずは新規ゲームであるPCOで、規制状況下での新世代VRMMOの可能性と発展性、そして集客性を見せる。
 さらに集めた顧客からデータを収集して、解析、応用するビックデータプロジェクトにより業界関連企業の力を集結させ、VR業界以外への影響力も確保し、最終的にはVR規制条例の緩和、撤廃を目指す。
 この二本柱が三崎の策略の主軸で有り、三崎達のサポート役と自負する由希子は手の空かないホワイトソフトウェアに変わり、ユーザー達への仕掛けを引き受けていた。


「まぁアレだね。センセに分かり易いように例えるなら、三崎の出してきたのは、ただの出来が良いデザイン画。これから社内コンベンションって所で、お客様がいち早く乗り込んできた。それとも、攻略推奨装備がまだ揃っていないって例えた方が分かり易いかい」


 三崎が今日に向け用意していたのは企業を説得、仲間に引き込む為の準備と資料。
 対して今相対するクロガネの目線、立ち位置は、ユーザー側。
 微妙にずれた攻略が、三崎が今ひとつ攻めきれていない理由だろうか? 


「そういう事ですか。マスターさんは予定外の準備不足だと……何か手を打ちますか?」


 そう言いつつも、自分が出来る事は少ないだろうと由希子は冷静に判断する。
 精々出資者の一人として手を上げるくらいだろうか。


「下っ端1人を酷使して手をこまねいているウチじゃありませんよ。動いてるから心配いりませんて。それよかそっちの様子はどうだった。そこそこ人が集まったかい?」


 だが由希子の懸念を吹き飛ばすように、佐伯は力強い笑みを浮かべた。
 どうやらすでに手を打っているようだ。
 なら自分が心配する事はないだろうと、由希子はにこやかに笑う。


「私共のマスターの決闘です。失敗はありませんよ。火付けには成功。あちらで美貴ちゃん達も動き始めています」


 三崎伸太とアリシティア・ディケライア。
 スタイルは違えど、二人とも名を馳せたプレイヤーにして、ゲーム内でも随一のコンビ。
 あの二人の全力決闘ならば、背景を知らぬ者でも引きつける事が出来る。
 自分の信頼と読みが外れるわけ無いと、由希子は自信を持って答えながら、巨大掲示板や個人サイトでPCOの情報を求めて意見が飛び交う様を表示する。
 この短時間で驚異的な加速度で情報は広がっている。
 ギルドメンバー達も積極的に動いているのか、情報はデモ映像や参考資料を伴い、交わされる意見は肯定、否定なもの様々だが、そのどれもが飢えていると感じさせる物だ。
 VR規制条例施行からすでに半年以上。禁断症状が出始めた連中が多いのだろう。


「はっ。良い感じだね。まってなお客様共。近々ゲームの楽しさってのを骨の髄まで叩き込んでやるさ」


伝法な物言いで不遜に笑った佐伯の全身からは、やる気がみなぎり、これから仕掛ける大仕事に技術者としての血が騒いでいるのを感じさせるものだった。














 一番重要な事は寿命を長く保つ事。
 仕掛けた理由は諸々あるが、一番の大元はアリスの手伝いである、暗黒星雲調査計画。
 地球文明とは天と地ほどの開きがある銀河文明でも難所な暗黒星雲で、探査ポッドを運用できるだけの選りすぐりの廃神プレイヤーを選別さらには育成する。 
 これが重要。
 地球時間での百年があちら側の一期。
 そして今期末までに、ある程度惑星改造を進めてディケライア社が窮地を脱しなければ、会社倒産、抵当物件である地球は他の宇宙人共へ流れ、その場合ほぼ確実に人類終了のデッドエンド。
 それを回避する為に、暗黒星雲調査計画によって、太陽作成に使える原始星を暗黒星雲から探し出す。
うむ。
 我ながら突っ込み所が多すぎる計画だが、これが全部丸ごと事実なんだから現実は性質が悪い。
正直な所を言えば太陽を作ってそこで終了ではなく、そこから星系を作るのに必要な資源も暗黒星雲から引っこ抜いてくるとなれば、数十年は稼働し常に一線級のプレイヤーが多数参加するゲームが必要になる。
 だからゲームの寿命を長くする。
 今までに無いゲームを。
 そして常に進化し続けるゲームを。
 と口で言うのは楽だが、それだけの事を成し遂げるのは生半可じゃ無い。
 さらに言えば、そのレベルを数十年単位で維持していくには、今までのゲーム制作で使われてきた人材、金とは比べものにならないだろう。
 かといって飽きの早い業界では、ただのゲームでは、それだけの力を維持するどころか得る事も無理だろう
 だからゲーム外に資金獲得の手段と、ゲーム関係者以外の人材が集まる物を用意する。
 それがビックデータ運用プロジェクトで有り、俺が用意した最後の切り札の本当の意味。
 これを餌にVR技術関係各社、個人が集まったこの場で仲間に引き込む。
 それが当初の予定だったんだが…………
 

「集められた膨大なデータが外部流失すれば、過去最大級の個人情報漏洩事件となる。どうやってセキュリティを維持するつもりだ……のかしら。電子的にもそしてリアル的にも」


 クロガネ様は相変わらず語尾が怪しくも、こちらの弱点を正確に狙い撃って来やがる。
 踏み込まれたくない部分。
 ちょっと理論武装が弱い部分を見据え、ぼっそとした口調と裏腹な強打強打の連続攻撃。
 今踏み込んできた部分もそうだ。
 ビッグデータってのは要は情報の集合体。
 どこの誰が、何を買い、何を見て、どの交通機関を使ってなどあらゆる情報を何千人何万人分と蓄積し分析して活用していく。
 だからこいつが漏洩すると、まぁありとあらゆる個人情報が暴露される事になるわけで、よからぬ事に使おうと思えば、いくらでも転用できるだろう。
 無論ウチだってVR会社の端くれ。
 顧客データ取り扱いの重要性に対して定期講習会も行い、それ以外にも機密データの取り扱いなども一応社則で決めちゃいるが、その数十倍数百倍の量に達するだろう。
 ゼタバイトクラスに到達するであろう情報を扱った経験などありゃしない。


「データを活用すると言うことは、翻せばその情報が流失する危険性が高まる事はもちろん私も考えております」


 クロガネ様の強打を何とか受け止めつつも、押されていることを自覚する。
 情報の取り扱いに対する心構えで反論しつつも、具体的案に弱いのは百も承知だ。
 一口に情報漏洩に気をつけると言っても、ただ電子セキュリティを厚くすれば良いってもんじゃ無い。
 要は人。 
 どれだけ厳重なプロテクトがあっても、それを扱う人間次第で、頑強無敵鋼鉄要塞も、狼の鼻息1つで吹き飛ぶ藁の家に早変わりだ。
 1人の内通者や、一カ所のセキュリティダウンで、全てが漏洩しない為の情報分散管理技術。
 リアルでの記録媒体保存と管理。
 情報取扱者の権限制限や幾重にも張り巡らせた不正防止システム。
 分野は多岐にわたり、それぞれのノウハウや対処方も幾千万通りも存在する。
 こればかりは経験と実績が、物を言い、そして世間様からの信頼を得る唯一の方法。
 どれだけすごいプロテクトを用意したと口で言っても、実績が無ければなかなか信頼されないのは当然の事。
 ウチの会社には無いスキルであり、地球人類史より長い歴史を持つディケライア社なら当然持っているのだろうが、それは宇宙の話。
 地球で知名度ゼロなのディケライア社の信頼度は、ウチよりも低い。


「そちらの本社でそれだけの情報を厳重に管理する環境が即座に用意出来ると? それとも国内での活動実績が無い貴方のパートナーなら用意出来ると?」


 と、俺が弱点と考えている所を、クロガネ様の野郎は的確に攻めて来やがる。
 こういう時は足りない物は、他から持ってくるのがゲーマーの性質。
 RPG的に言えばアタッカーばかりのパーティに、ディフェンダー投入ってか。
 今回の場合は、セキュリティ構築の十分な実績とノウハウを持つ企業をこちら側に引き込み、協力を仰ぐってのが一番王道かつ最善の一手。
 そして、その企業に当てが無いわけでも無い。
 もっとはっきり言ってしまえば、狙いは付けていた。
 そのターゲットをチラ見すると、なにやら難しい顔で腕を組んでいた。
 険しい顔がただでさえ歪み、そこらの半端な筋者じゃ裸足で逃げ出しそうな迫力を持つ御仁こそ俺が狙いを付けた『中溝ガーディアンシステム』の社長中溝さんだ。
 官公庁や大企業などのネットセキュリティの大口が、大手セキュリティ会社に握られる中、中小民間分野でじわじわとシェアを拡大し、ここ十数年急成長している比較的若い企業。
 ここの売りは、セキュリティ構築から取扱人材育成までをオールインパックで行うきめ細やかなサービス。

『安全を売るのではなく、どうすれば安全になるかを売る』

 を社訓に掲げている筋金入りのセキュリティー専門家集団。
 社長のお供で、中溝社長に面会したこともあり、情報管理の徹底した考えに好感を覚えていたのと、そろそろ企業として一ランク上の実績が欲しいようなことをつぶやいていたのを覚えていた。
 是非とも仲間に引き入れたいと白羽の矢を立てていた企業の1つだ。
 中溝のノウハウと、ディケライア社の技術を融合させ、ビックデータを取り扱えるだけのセキュリティ環境を整える。
 これが俺の青写真だったんだが、それはまだ先の話。
 今日は興味を持って貰って、後日くどくってのが当初の方針。
 しかしクロガネ様の登場でその目論見は崩れ去った。


「今ご指摘いただいた部分が我々には不足している部分であることは、確かにおっしゃるとおりです。その為には組織基礎から改良を考えなければいけません」


このクロガネ様。先ほどまでのクロガネ様と違って、あまりこちらの挑発に乗ってこない。
 話の方向性を変えても、すぐさま元の路線へと無理矢理に戻してくる。
 しかもその指摘部分は気を衒ってはないが、基礎部分で有り、疎かに出来無い部分ばかり。
 批評家としては真っ正面からの正統派豪腕ファイター。ちっとやそっとの軌道反らしじゃ通用しない。
 この手を相手にするには、致命傷を避けてノラリクラリと交わし続けるってのもあるが、今それはない。
 うやむや先送りってのは、周囲の他のお客様の信頼度を下げる事に繋がりかねない。
 そこら辺は考えていないのか、行き当たりばったりか、と思わせる訳にはいかない。
 真正面からのド突き合いで、一つ一つを確実に打ち落とすってのが手なんだが、こっちの根回しが不足していて、その為の手が足りないってのが問題だ。
 せめてクロガネ様がこっちの用意が出来るウチの会社やら、アリス側で準備した分野に踏み込んでくればカウンターを決めてやろうって所だが、そこは見事に避けてやがる。
 足りない部分は判っているのに、今更どうしようも無いジレンマ。
 気分はアレだ。
 仲間を募集する為に酒場に立ち入ったら、一歩目でイベント戦闘がはじまった冒険者って所か。
 周囲には仲間に出来る戦士やら魔法使いがわんさかいるのに、この試練を超えない限り仲間は出来ないってシチュエーション。
 上等。おもしれぇ……って、普段なら笑う所だが、どうっすか?
 

『三崎君。三崎君。忙しい所に悪いね。君に確認したい事があるってお客様がいるんで繋ぐよ』


 突然真正面に他者不可視設定の仮想ウィンドウが開き、相変わらず暢気な顔を浮かべる社長が姿を現す。
 強制感の無い顔と言葉ながら社長が上位アカウント権限で無理矢理繋ぎ新しい仮想ウィンドウが目の前に強制展開される。


『久しぶりだな三崎つったな。1つだけ聞かせろ。お前はこの先に何をする気だ?』


 その画面に映るのは厳つい強面のおっさん……もとい、俺が先ほどチラ見した中溝社長。
 前置きを1つだけ置いただけで、中溝社長はいきなり俺に問いかけてきた。
 いや待て待て、なんだこの状況。
 アレかウチの社長が中溝社長を引っ張り出してきたか?
 アリスが俺の知らない間に佐伯さんと繋がっていたらしいのは判っていたが、社長とまで繋がっていたか? 
 というか、何故この状況下で質問?
 予想外の事態に疑問ばかりが頭を駆け巡るが、1つ息を吸って頭を無理矢理整える。
 戦闘中に質問ってのは思い当たるのがある。
 古典名作でもあったゲームシステム。

 成功>仲魔入り 失敗>丸かじり。

 うん。把握した。
 今日この会場を訪れているので最優先で仲間に入れたい企業やら個人のリストは事前に作っていた。
 アリスが事前に流してやがったか?
 それをみた社長が動いて説得してきたって所か……いや時間が合わないだろ。
 短時間でどうやって説得すんだよと、いろいろ理不尽に思う所はあるが、中溝社長が俺の前に現れたのは紛れもない事実。
 今優先すべき最大の問題は状況が把握できただけで、質問の意味が判っていないって事だろうか。 
 何をする気って言われても、目指すべき所は今話している最中だ。
 かといって裏の意味は、正直その場で救急車を呼ばれかねない電波な話。
 なら聞かれているのはもっと別の意味か?
 
  
「組織改良ね……プロテクトを堅くすると? それともセキュリティーを強めにすると。口で言うだけならどうとでも言える……わね。貴方の言葉に重みが無い。具体的にはどうするとかはないのか……しら?」


 別問題でつい言葉が止まっていたのが、俺が答えあぐねて黙り込んだのかと思ったクロガネ様が攻勢を一気に強めてきた。
 っ……まずい。一瞬の油断で下手すれば一気に差し込まれる。
 どうする?
 どう答える?
 中溝社長を説得し、クロガネ様に反論できるだけの、具体的な言葉。意味があり重みのある言葉………………あった。
 心の中を探った俺の中に1つの言葉が浮かぶ。
 俺の心の中心にある1つの信念といって良い言葉。
 つってもこれで良いのか? 
 思い浮かんだ良いが、宣言するのは躊躇する。
 というか、具体的どころか抽象的すぎる。
 

「そうですね。俺が目指すべき物。これからどうすべきかを一言で答えるなら……」


 だが…………浮かんじまった物はしょうが無い。
 こうなりゃ、はったり全開。勢いで誤魔化す。
 GMスキル発動。音声最大。背後字幕展開準備。
 軽く息を吸いながら、右手をさっと動かし紡ぐべき言葉を心中に浮かべる。
 俺が目指す物。俺が今ここに立っている理由。
 全てのしがらみをぶん投げても、たぶん残っている物。


『お客様に楽しんで貰う!』


 うちの会社のモットーで有り、俺がGMを続けてきた理由をやけくそ気味にぶちまける。
 会場全体に響き渡らせながら、背中にも背負ってやろう。
 結局の所これだ。
 アリスの方の事情を考えるとしても、わざわざ凝ったゲームを作らなくても、それこそリルさんのチート技を使って賞金を用意して、クリアしたら賞金が出るミニゲームとして暗黒星雲調査計画を実行しようと思えば出来る。
 PCOを立ち上げなくても、妥協してゲームを提供しようと思えば作れるかも知れない。
 わざわざビックデーターなんて身の丈に余る大事に手を出さなくても、もっとこぢんまりとしたゲームを作れるかも知れない。
 でもそれらを無視して、一番面倒な所にいった理由。
 それは結局面白いゲームを作りたい。それを誰かに楽しんで貰いたいって事が一番大きい。
 楽しんで貰うって事は、お客様が余計な心配をせず、安心してゲームに熱中できること。
 だからその辺、諸々の意味を込めて決意を込めた言葉だったんだが………… 


「「「「「「…………」」」」」」


 うむ。物の見事に外した……というか、さすがのクロガネ様もぽかんとした表情を浮かべている。
 いや……さすがに何らかの反応していただきたいのですが。
 いくら俺が厚顔無恥といわれても、さすがに会場全員からの放置プレイはきつい。
 っ……アリス? おまえなんかリアクション。
 あ、だめだ。あいつも固まってやがる。 
 とっさに振り返った相棒も、俺の発言が恥ずかしかったのか露骨に目線を反らし、ウサ髪をプルプル震えさせてやがる。
 だーっ! あの裏切り者が。どこのどいつが他人にゲームの楽しさを教える楽しさを覚えさせたと思ってやがる。
   

「…………なぁ白井さんよ。あいつ大物なのか、ただの馬鹿なのかどっちだよ? 俺は相当警戒していたんだがよ。あの野郎、ここまで手の込んだ仕込みしてきたくらいだから、うちを踏み台にしてこの業界で成り上がる気じゃねぇだろうかとかよ。それがなんであんな馬鹿正直な答えだよ」


 薄情な相棒に憤慨していた俺に対して、疲れたような呆れたようなどちらとも取れるような表情をした中溝社長が、実ににやにやとした笑いを浮かべたうちの社長を伴って一歩踏み出してきた。


「いや三崎君の場合は、相当腹黒いくせに根っこの部分で熱血漢ってキャラクターなんでね。あれ本心ですよ間違いなく」 


「ったく。あんたの所はなんで上から下までそんな濃いんだよ」


 ため息を1つ吐いてから顔を上げた中溝社長が、俺、そしてクロガネ様を射殺すような目で睨み付ける。
 こ……これは失敗パターンか。
 ぜったい仲間に引き込んでやろうと張り切りすぎて用意周到に組みすぎたのが、裏目に出て、必要以上の警戒を抱かせてたようだ。


「おう三崎。あとそっちのクロガネつったな。ビックデータ活用プロジェクトうちが一枚噛ませて貰うわ。だからセキュリティー関連なら俺に聞けや」 


 だが俺の杞憂を吹き飛ばすかのように、中溝社長は力強く断言した。 



[31751] 外道善人
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/07/04 01:48
 微かな虫の鈴音と塩気まじりの夜風が木立を揺らす囁きに心地よさを僅かに感じながらも、威圧感が篭もるほどの目つきでサラス・グラッフテンは半日留守にしていた間に溜まっていた報告書へと詳細に目を通していく。
 たった半日では良くも悪くも劇的な変化などそうそう有りはしないが、日常の微妙な差異や前兆が積み重なり、大きな事態へと移行していくのもまた事実。
 数少ない手札をどこへ投入するか。
 1つの崩れが社内全体へと繋がっていかないか。
 微かな歪みが致命的な傷とならないか。
 ディケライアの命運が風前の灯火であることは、経理部長であるサラスこそが、誰よりも痛感している。
 ディケライアが過去に作り出し、今でも銀河屈指のリゾート星として名高い、惑星パラディアックを完全再現したリル謹製VRリラクゼーション空間ならば、疲れ切った心情を安らがせるには十分な効果が常ならある。
 しかし今日ばかりは、あまり効果が無いと断言できるほどにサラスの顔は険しい。
 心が安まらない原因を、サラス自身もはっきりと自覚している。
 サラスが今日新たに積み重ねた心労。
 その全ての元凶は、姪であるアリシティアが見いだした地球人ミサキシンタだ。
 なんでよりにもよって、あんな男に引っかかってしまったのだろう。
 アリシティアに対する扱いがぞんざいで、しかも時には暴力すら振るう最低な男。
 何時か兄夫婦達が帰ってきた時の申し開きを考えると、仮初めの肉体だというのに胃の辺りがきりきりと痛む。
 表情をまた1つ険しくしたサラスが胃の上に手を伸ばそうとすると、
     

『サラス様。ノープス様がお戻りになりました。ご面会をご希望ですがお通ししてよろしいでしょうか?』


 リルの音声と共に、報告書を写していたメインディスプレイの片隅に承諾スイッチが浮かび上がる。
 ミサキの所属する企業主催の説明会が終了したのは、現地時間で8時間以上前だが、すぐに戻ってきたサラスと違い、ノープスはその後は名目上の理由であった地球文明の観察と託けて物見遊山を続けていた。


「もうお戻りですか……どうぞ。ご案内ください」


 サラスがスイッチにタッチすると部屋の中央に転送ゲートが生成されて、透き通ったクリスタルの体をもつ鉱物種族であるノープス・ジュロウが姿を現す。
 好奇心旺盛でおもしろ好きなノープスのこと、下手をすれば2、3日は戻らないかとも考えていたが、ずいぶんと早い帰りだ。
ノープスが視察と称した見物を早めに切り上げる時のパータンは大きく分けて2つ。
 1つは純粋に見物した星や星域がつまらなく興味を失った場合。
 そして2つ目は、インスピレーションを得た場合。


「あの坊主はなかなか面白い事を考える。お嬢ちゃんも少しは男を見る目が付いたようだな」


 禄に挨拶もないまま開口一番笑ったノープスは、部屋の主であるサラスの許可もとらずに、そのまま床にどかりと座ると、片手に持っていた酒瓶に直接口を付けグビリとあおる。
 

「ノープス老。貴方が興味を引かれたのはどのような仕事でしたか?」


 自由人であるノープスの行動に文句を付ける気など毛頭無く、上機嫌を絵に描いたような態度から、胃痛の原因であるミサキに対してどういう評価だったかなんて聞く気にもならない。
 ノープスを引き入れる為にミサキが出したであろう依頼内容を率直に問いかけた。


「暗黒星雲探索練習用星系設計だ。無論あの坊主の計画通り仮想現実空間用だが、サンプルに星連の未知探査連隊採用試験用の配置図を見せてやったら温いとかぬかしおったわ。難易度を上げて、探査ポッド帰還をクリア条件で要求してきおった」


 星系連合直属の未知領域探査連隊は、未踏域星域へと切り込んでいくエリート部隊。
 その採用試験用となれば公的機関への採用試験でトップクラスの難易度を誇る難関中の難関。
 しかも作り上げたのは一筋縄ではいかない偏屈星系デザイナーノープスの作。
 前期までの採用試験と難易度は天と地ほどの差があるといわれたほどに、意地が悪く、一瞬の油断でリタイアとなる代物。
 

「……無知故にではないのでしょうね」


 そんな高難易度を温いといい、ましてや、”使い捨て”が前提の探査ポッド回収をクリア条件に加えろ等と、星雲調査を、いや銀河文明をなめているのだろうか?
 だがあの策謀好きのこと、何らかの裏があるのだろう。
 思わず苛立ちを覚え、それが切っ掛けでさらに胃がきりきりと痛む幻痛がサラスを苛む。


「お嬢ちゃんからある程度は聞いた上であの条件を出してきおった。それくらい出来無ければ無理筋を通すまでの価値が無いと考えておるな。お前さん対策じゃろ」


 使い捨てといえど探査ポッドも安い物では無い。
 ましてや巨大な暗黒星雲探査に用いるとなれば、恒星化に適した原始惑星が見つかるまでにいくつ投入することになるか判らない。
 だが投入した探査ポッドの半分、いや2割でも回収できれば、簡易修繕と整備で再投入が可能となるだろう。
 経費削減効果は馬鹿に出来ず、そのクラスの腕を持つ操縦士が大量に確保できるならば、高価となるがより高性能な探査ポッドを投入しても、高い費用対効果も期待出来る。
 今のディケライアの状況を考えるならば、それらの人材を合法ギリギリでも確保できるならば、行う必要性は高い。


「っ……やはり評判通りの男ですね」 

 
 コストやリスクを計算し、前提条件のハードルが高いが、それらをクリアさえ出来ればこの策が有益である事に納得する。
 しかし、こちら側の心情を加味しギリギリの条件を狙ってくる小癪さに現地でのミサキの評価が間違いでは無かったと、改めて確信する。
 

「自らの目的の為ならば、友人、知人を平気で踏み台にし、さらには所属する組織すらも平然と利用し業界征服を目論む野心家……じゃったかな。ふむふむ。やはり面白いのあやつは」


 どう聞いても悪評な評判しか無い三崎の評価にノープスは実に面白そうに笑い、良い酒のつまみとばかりにまたも豪快に酒瓶をあおる。


「姫様はなんでよりにもよってあんな輩をお選びになってしまったのでしょう」 


 アリシティアがパートナーと出会ったなら誰が相手であろうとも応援する。
 遺伝子にまで刻み込まれた生粋の従者家系であるサラスにとっては、当然の理だったが、思わずその信念が揺らぎそうになっていた。

















「この男に味方する気か……しら。セキリュティー会社の社長である貴方ならこいつの本性を知らない訳では無い……でしょ」


 いきなり出てきた中溝社長に対してクロガネ様が一睨みしてから、俺へと向き直り鋭い敵意を向けた。
 あんな強面相手に真正面からよく噛み付けるなと、クロガネ様にある意味感心していると、
 

「自らの目的の為ならば、友人、知人を平気で踏み台にしてのけて、自分の会社や顧客すらも平然と利用し業界征服を目論む野心家だろ」


 全てを踏み台にして自らの栄華を求めるなんて、どこのピカレスクな主人公な評価を、この親爺は宣いやがった。
 中溝社長があげた理由に俺は唖然とするが、クロガネ様は頷いている。
 ギルメンの協力でゲーム内MVPを取って、会社側にボス操作スカウトまでされたのに、GMに内定が決まったらそのギルメン達を平然と捨てて、関係を絶った。
 ギルメンやらアリスを贔屓していると疑われないように、後輩やら知人筋を使い俺が自身の悪評を流布した結果、これが俺をよく知らないリーディアン一般ユーザー内での評判だったのは紛れもない事実。
 だから前半部分には思い当たる節がありありなのだが、後半については身に覚えが”まだ”無い。
 会社を利用するどころか、就職してからこっち、お客様優先の社畜生活で利用されまくりだ。


「あーさすがに買いかぶりって言うか、過剰評価過ぎませんか」


 そりゃ今日のPCO発表で上手く状況が運べば、今みたいな評価を受けたり、陰口を囁かれたりするかも知れないと予想はしている。
 だからその評価が出るのは事を成してからというのが、俺の予測なんだが、ちょいと早すぎだろ。
 

「今日の手管見た限り正当な評価だろうが。最近業界の一部で噂されていたホワイトソフトウェアの三崎伸太が、ついに本性をむき出しにしやがったってのが、俺が警戒していた理由だつってんだよ……白井さん。こいつに立ち位置位は教えとけよ」 


 やたらと深刻な表情を浮かべる中溝社長は深い深いため息を吐く。
 周囲のお客さんへと目をやれば、幾人かが同じようにやたらと疲れた顔を浮かべていて、中溝社長の発言に深く頷いていた。


「三崎君はゲーム関連やら他者分析の読みは鋭いんだけど、何故かゲーム外での自己評価だけはやたらと低いですからね」 


 中溝社長やら一部のお客さんが憮然としている一方で、うちの社長といえば、いつも通りの気の抜けた笑い顔の、平常運転状態だ。
    

「自己評価が低いって、会社で一番ペーペーの使いっ走りでしょうが俺。第一自分が業界を牛耳ろうなんて考えるほど大胆じゃありませんって。どこからんなデマが」


 クロガネ様みたいな輩が撒いた悪意ある嘘かと思って、ちらりとクロガネ様を見るとやはりなと言いたげな、蔑む目で俺を見ていらっしゃる。
 ……あんたもデマを信じた口か。
 親父さんを筆頭に幹部連中は別格としても、上の先輩らと比べても俺のVR制作に関するスキルはメインスキルであるプログラミングもまだまだ未熟も良い所。
 まぁ数千行のエラー無しコードを一晩で生み出してくるような、須藤の親父さんを基準に考えれば、業界大半が未熟になるんだろうが。
 得意な事といえばゲーム操作くらいだが、いくらGMといえどゲーム操作が上手ければ万事オッケーなんて、そんな甘いもんじゃねぇってのは嫌になるほど思い知らされている。  


「お前今年の初めに、なにやらかしやがったか忘れてるのか。業界内じゃ大口クライアントの愛人に収まって好き勝手してるとか噂されたぞ」


「愛人って……それ絶対別の奴でしょ。つーかこの業界の過酷さなんて知ってるでしょうが。女友達の1人さえ作ってる暇すら無い位なんですけど」


 IT土方やらコンピュータ土木作業員なんて言葉があるほどのこの業界。
 仕事、仕事で自分の生活なんぞ二の次なのは、どこも似たようなもんだろう。
 だから今の中溝社長の発言は、正真正銘身に覚えが無い。
 年明けからこっち愛人だ云々なんてそんな色気のある状況なんて皆無。
 昨年末まで暇すぎた状況が嘘のように、忙しい日々を過ごしていた
 昼間は会社で同窓会プロジェクト関連の仕事。
 帰ったら帰ったでアリスとPCO組み立ての打ち合わせ、準備と、誇張抜きで寝る間を惜しんで励んでたくらいだ。


「そこらの事実関係はさっき聞いたがよ。愛人云々抜きにしても、おまえ自分が警戒された理由くらい気づけよ……なんでこんなのに振り回されてんだよ俺らは」


 だが俺の至極当然な反論に、中溝社長はますます頭痛を覚えたのか、不安げな表情を浮かべだしたくらいだ。
 なんか認識の差にかなり大きな隔たりを感じるんだが、


「ゲームしている時か、追い込まれている時以外の三崎に期待するのが間違いさ。通常モードじゃステータス半減がこいつの特徴だからね。正真正銘のゲーム脳って奴さね」


 話がずれて妙な膠着状態に陥りそうになっていると、やたらと伝法で威勢の良い女性の声が辺りに響いた。
 どこからか声を飛ばしてきているのか、発言者の姿は見えないが確認するまでも無い。
 この言い方と啖呵の切り方は我が社の女傑佐伯さんしかいない。


「学生時代ならともかく、真っ当な社会人やっている今でもその評価は実に不本意なんですけど」
   

 1日二十時間プレイなアリスに付き合って、ゲーム>飯>風呂>仮眠>ゲーム>飯>風呂>仮眠>ゲームのコンボ繰り返しで、留年間近まで出席日数と成績を落としたあの頃ならそう言われても仕方ないとは思う。
 特にうちの親父など激怒物で、姉貴の取りなしが無ければ、精神修練と称して山奥の寺に強制出家させられていたようだ。
 だから今でも親爺からの信頼度は低く、姉貴には頭が上がらず、お袋には毎月給料の一部を強制貯金させられると、我ながら情けない物の、真っ当な生活を送っているつもりだ。


「はっ。真っ当な奴が、下手すりゃ業界全体を敵に回すような手をぶち込んできたり、トップデザイナーの愛人だなんて囁かれたりしないさね。ねぇセンセ」


 俺のぼやきを鼻で笑いながら、佐伯さんが俺とクロガネ様の中間地点へと転移魔法陣を展開して姿を現した。
 その横には世界的に有名な服飾デザイナー三島由希子こと、我がギルドの副マスユッコさんの姿があった。
 この言い方と登場タイミング。
 俺が誰の愛人だ云々といわれていたのかを悟るが、さすがにそれは無理があるだろ。
 ユッコさんうちのお袋よりもかなり年上なんですが。
 

「……いや愛人って。それさすがにユッコさんと旦那さんに失礼でしょう。ユッコさんすみません。俺の所為なんかどうかよく判らないですけど変な噂立って」


 ユッコさんは数年前にご主人は無くしているが、おしどり夫婦で有名だったのはあちらの業界に詳しくない俺でも聞いたことのある話。
 以前ご自宅にデータ撮りでお邪魔した時にも、居間やら仕事場とかに旦那さんとの写真が飾ってあったくらいだ。
 真偽のほどは別としてもユッコさんの名声と旦那さんへの思いに傷を付けるような噂に俺は頭を下げる。


「ふふ。こちらこそ。ごめんなさいね。こんなお婆ちゃん相手に。ほら百華堂さんの関連でいろいろなお仕事を、相場よりかなり割安で引き受けたでしょ。こっちの業界でも三島由希子が若いツバメに貢いでるなんて噂があったみたいね」


 普通なら不本意やら恥と思うんだろうが、ユッコさんは何時もの朗らかな笑顔で小さく微笑している。
 見た目の清楚さや上品さとは裏腹に、肝座ってるからなユッコさん。
 この程度の噂話なんて意にもかけていないようだ。
 同窓会プランはユッコさんがクライアントとして依頼してきたのは、先ほどの説明会で話してあり、ユッコさんにもオープニングで少し挨拶をしていただいたので、その顔には観客の皆々様も覚えている。
 ただいきなりの登場と、先ほどまでの堅い挨拶と違い、世界的なデザイナーという大仰な肩書きとは裏腹なほんわか親しみやすい近所のお婆ちゃんというユッコさんの素に、目を丸くしている人が多いようだ。


「三島先生。あんたがそこの若いのに、常識から考えて異常と思えるほどの協力をした、本当の理由をここで話していただいても良いですか? 知り合った経緯も含めて。白井さんからも聞いたんですが、あんたほどの年齢と立場がある人が、そのアレだったってのは……正直信じられないってのが本音でして」 


 中溝社長が些か申し訳なさそうに、ユッコさんが俺に協力した理由やら、出会った経緯を確認する。
 まぁその2つは、前者はリアルばれの問題に関わるし、後者も下手に美談だ云々と騒がれて神崎さんの生活を騒がせたくないというユッコさんの意向に従って隠してきた物。
 そこに触れるのはユッコさんにはある程度のリスクがあるはずなんだが、


「えぇ。私もこれでも廃人の端くれ。デザイナー三島由希子とは仮の姿。私の正体は……」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべたユッコさんが、ゆっくりと喋りながら俺の右隣へと歩いてきて横に立つ。
 その頭上に仮想体生成リングが生成され、高速回転をしながら降りていく。
 リングの動きに沿ってユッコさんの仮想体がリアルボディ再現体から変化していく。
 お年をめしていた顔が面影を残したまま若返り、その背中には猛禽類めいた大きな羽根が生え、服装も金銀の刺繍が細やかに施された暗褐色の怪しげな雰囲気を持つ長ローブへと変化する。
 この早変わりの仕掛けは佐伯さんの仕業だな。外見データを持ってきたか。
 広範囲魔術攻撃を得意とし、狩りでは驚異的なダメージソースを叩きだし後衛火力魔術師の教科書みたいなプレイで名を馳せた彼女の名は、


「リーディアンオンラインのギルドが1つKUGC副マスター『ユッコ』です」


 うむ……ユッコさん一切の躊躇無くばらしにいきやがった。
 しかもこの芝居がかった台詞回し。あのウサギ娘を彷彿させる物がある。
 俺が引退してからアリスの奴が感染させやがったか?
 


「ちなみに私どものギルドの創設者がこちらのシンタギルドマスターです。だからお互いのリアルの姿なんて知らない一介のプレイヤー時代からのご縁です。皆さんがご想像しているような関係ではありませんよ。どちらかといえば幾度も死線をくぐり抜けた戦友とか、協力し合ってきた家族みたいな物でしょうか」


 姿は変わってもそのおっとりとした笑顔は変わらず、ユッコさんは横で聞いている俺が背中が痒くなるような台詞を宣う。
 うん。今の台詞で確信した。途中まではともかく、最後の台詞はユッコさんらしくない。脚本作った奴がいやがる。というかアリスだ。
 あいつ何を考えてやがる?
 サラスさんを説得しにいくと別行動をとっていたアリスへと目をやると、つい先ほど確認した時はいたはずのアリスの姿がいつの間にやら消え失せていた。
  

「家族? 疑わしい。どれだけ言いつくろってもその男は、貴女達を裏切ったのは変わりないのでは。利益があるから協力した。ただそれだけの関係……でしょ。その男の本質が裏切り者の野心家である事に変わりないでしょ。そんな戯れ言でごまかせると思ってるのか……しら」


 有名デザイナーの廃人発言に会場が唖然とするなか、ある意味空気を読まないクロガネ様が反論してくる。
 しかも家族って言葉になんかトラウマでもあるのか、吐き捨てるように言い切ってだ。
 うむ。狙い通り高いヘイトを維持は出来ているが、ちと方向性がアレか?


「私の”パートナー”をよく知りもせず、いろいろ言うのはそろそろ止めて貰うわよ。転送陣展開!」


 クロガネ様以上に、もっと空気が読めない奴の台詞が会場に響き渡る。
 しかもキーワードを口にした本気台詞。
 アリスの奴。出のタイミングを計っていやがったか。
 左隣の地面を見ると、校庭に引かれていた白線のラインが光を放つラインへと切り替わり、瞼が開くように中央で別れて複雑な文様を展開していく。
ドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライアでは無く、先ほどのPCOデモプレイでも見せたばかりの、リーディアン時代の金髪・赤目にウサ耳の仮想体が出現する。


「KUGC二代目ギルドマスターアリシティア・ディケラァ!」 


「本日二度目は言わせねぇぞ。この馬鹿が」


「いたたたいっ! シンタ拳骨で押さえないでよ!」


 仰々しい名乗りと共に足元の魔法陣から徐々にせり上がってきたアリスの頭上に、固く握りしめた拳を置いてぐりぐりと動かしてやると、ウサミミをばたつかせタップするように俺の手を叩きながら、涙目のアリスが抗議の悲鳴を上げる。 


「なんで邪魔する!?」  
 

 さすがに押し戻す事はシステム上は出来無かったが、相当なダメージを負いつつもアリスが俺の胸ぐらを掴みつつ、さきほどの拳骨のお返しとばかりに俺の臑をコツコツと蹴り上げて来やがる。


「そりゃこっちの台詞だ! この阿呆! 話の流れぐちゃぐちゃじゃねぇか! 足元に出てきて靴で踏みにじらなかっただけ感謝しろよ!」 


「女の子に対して酷くないそれ!? そんなんだから、腹黒いとか性格が腐ってるとか、性悪外道ナンパ師とかいろいろ言われるのよ!」 


「最後の悪名はお前が広めた奴じゃねぇか! しかもお前もう一つの攻略はどうした!? てめぇ。ボス戦での持ち場放棄は絶対やるなって教えてただろうが!」


 地味に痛いじゃねぇか。
 アリスのコツコツ攻撃に苛立ちつつ、そのウサミミを両手で掴んで引っ張る反撃に出る。 
 パーティ戦は何よりも連携重視。1人1人がちゃんと役割を果たさなければ、安定的な攻略なんて出来無い。
 その事は耳が腐るほどに教えてきたのに、よりにもよってこの大勝負の場でなんでお前がこっちに来てるんだよ。


「放棄してないもん! おばさんの攻略で必要だから! それにユッコさんとかサエさんに協力して貰ってようやくシンタの悪名を晴らせる機会が来たんだもん!」 


「はっ? 俺の悪名ってお前何を言っ!?」  


 予想外のアリスの台詞に一瞬俺の手が緩んだ瞬間、アリスの奴が俺の鳩尾に体重の乗った水平チョップからの股間蹴り上げという凶悪コンボをぶち込んで来やがった。
 

「……お、ま……リアルじゃ……死ぬぞこれ」


 一定以上の痛覚が自動遮断される安全装置が働き痛みは多少緩和されたが、言い換えればそれは許容範囲最大攻撃な訳で、一撃でグロッキー状態になった俺は思わず前のめりに倒れ込む。
 

「ふん。VRだから平気でしょ。せっかく人が格好良く決めようってしてたのに邪魔しないでよ」


 倒れ込んできた俺をひらりと避けたアリスが勝ち誇るように言って、その足で俺の背中を踏みつけてきやがった。
 相変わらず敗者に対しても容赦が無いなこいつ。


「なんの茶番のつもりだ……ったのかしら。この通り情けない男だから疑うなとでも言いたいのか……しら」 


 こっちもぶれないな。蔑んだ目で俺を見てやがる。この姿勢と相まって実に情けない物がある。


「あんたいい加減にしなさいよ! 私の”パートナー”を舐めるな! シンタの本性はね、勝つためには手段を選ばす、ありとあらゆる人脈、情報を駆使して、悪辣外道な手でも平然と行って他人どころか”自分”も利用する、お人好しの善人よ!」


 確信を持って力強く発せられた声は、時に多大な説得力を持つ時があるというが今のアリスの発言はまさにそれだ。
 さすが銀河帝国末裔という胡散臭い肩書きを持つだけあって、その言葉の強さは俺が生涯聞いた中でも5本の指に入るほど、心に響いて聞こえてきた
 しかし……たまに思う時がある。こいつ俺のこと本当は大嫌いじゃ無いのか?



[31751] ライドノースの悪夢
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/07/14 16:03
 伝説の一戦という物がある。
 太古の戦場における命をかけた英雄同士の決戦。
 スポーツにおける因縁を持つライバル達の劇的な勝敗。
 形や種類が変わろうと、多くの人達に語り継がれる物。
 それが伝説の一戦。
 VRMMOリーディアンオンラインにおいても、伝説と呼ばれるボス戦はいくつもある。
 圧倒的劣勢からプレイヤー達のギルド間を超えた協力によってBOSSを撃破した戦い。
 BOSS戦に限らずプレイヤー1人1人に記憶に残る戦いも、またそうだろう。
 仲間うちで話題に上がるささやかな伝説の戦いもあるだろう。
 だがそれら全てが勝利によって記憶された物であるわけが無い。 
 かろうじてBOSSを倒した物の、プレイヤー側の被害が甚大となり、苦い敗戦として記憶された戦い。
これもまた伝説の一戦と長い間、プレイヤー達に語り継がれる。
 今から語られる物語もその苦い敗戦の記録。


 舞台となるのはリーディアンオンライン北部地方。
 万年雪と針葉樹林に囲まれた巨大廃城塞『ライドノース』
 広大な城塞は、前庭や外壁上部通路など一部を除き、そのほとんどのエリアが石棺のような頑丈で閉塞感を感じさせる石造りの屋根に覆われ、城の至る所に不気味な闇を生み出していた。
 城塞内部構造は大まかに分けて、低、中レベルモンスターが出現する外周部と、高レベルモンスターが出現する中枢部の2つに分かれている。
 外周部と中枢部を繋ぐ通路は無数に存在するが、外周部と外部を繋ぐ出口はただ1つのみ。
 城塞正門から続くエントランスホールしか無く、しかも城塞全域が転送禁止設定となり、魔術やアイテムによる脱出は不可能。通常ならば、最後の手段であるはずの死に戻りすら、城塞内の最寄りの復活ポイントへと強制変更される鬼畜仕様。
 内部へと踏み込んだプレイヤーは、自ら足で脱出する以外には、出る方法が無い魔城と化している。
 内部の大半を占めるのは、複雑に入り組んだ迷宮回廊。
 天井だけは高いが、狭い所では横幅1メートル未満、広くてもせいぜい5メートル程度の窮屈な回廊では、落とし穴や釣り天井など張り巡らされた罠の数々と、狭い通路に適した小型モンスターや、壁越しに抜け出てくるゴーストタイプモンスター達の猛攻がプレイヤー達を待ち受けている。 
 それらを退け、打ち砕き、ようやく広間に出てもプレイヤー達の気は休まらない。
 城塞内にちりばめられた大小様々な無数の広間や小部屋は、一つの例外も無く、モンスターが激しく湧き続けるMHとなっており、扉を開けた瞬間から激しい戦闘を余儀なくされる。   
 またこの巨大な城塞都市はその広大さにふさわしく、BOSSモンスターが複数出現する特殊ダンジョンにもなっている。
 代表的なBOSSモンスターだけでも、

 暴虐なる王が全ての国民を生け贄に永遠の命を得た大型高位BOSS『レッドロード』

 王の忠実なる僕として槌を振るい続けた中型中位BOSS『ナイトブラッド』

 王の暗殺を試み、志半ばで朽ち果てた無数の暗殺者の怨念から生まれた小型高位BOSS『彷徨うアサシン』等々。

 ……と世にも恐ろしいダンジョンだと公式ホームページでは謳われており、実際に入り口付近の低レベル帯でも他Dに比べて、推奨レベルが高い高難度Dではある。
 しかしプレイヤー達から見れば、それらを全て鑑みた上でもなおここは所謂美味しい狩り場だった。 
 単純な広さだけなら山手線の内側に匹敵するほどに広大な迷宮フィールドは、他のパーティと被らずに定点狩り場を確保しやすい上、高難度Dの為にモンスター沸きが多い。
 さらに出現するBOSSモンスターが多いのも高ポイントの一つだ。
 大型、中型、小型の体躯別三種。
 高位、中位、低のレベル別三種。
 計2系統6種を組合わせた、合計20種の様々なBOSSモンスターが存在する。
 ここなら月一でしか出現しないBOSSモンスターだろうが、毎日通っていれば、種類は別としてもある程度は遭遇しやすい。
 さらにはBOSS出現時は経験値三倍プラスプチレア出現率アップと良いことずくめで、リーディアンオンライン内でも一、二を争う人気狩り場となっていた。
 その為平時から篭もっているプレイヤーが多いのが、日常風景だったが、この日は事情が違った。
 詰めかけたプレイヤーの人数は平時の十数倍以上。
 5万人以上のプレイヤーが、1つのDに一同に集結するという異常事態になっていた。
 その原因は1人の廃人プレイヤー……いや正確に言えば元プレイヤーであり、この日に正式デビュー戦を飾ることとなった1人の新人GMの所為であった。














『こちらエリア1玉座担当 FPJロイズ! おいこら餓狼! さっきぶっ飛ばされてきたのもボムゴーストだったぞ! てめぇらわざとか!?』


 ギルド『Fire Power is Justice』を率いるギルドマスターロイドの苛立つ声が、臨時協力ギルド共有グループボイスに響く。
 FPJは直訳で『火力こそが正義』というその名が示すとおり、攻撃力重視のプレイヤーが数多く存在する大手攻撃特化系ギルドに分類される。
 10以上のギルドや有力ソロプレイヤーを代表して、広場1と銘打った場所をまとめるのがロイズの役割。
 城塞内でもっとも大きな平面空間であり、D地図上でも中央に位置するそこは、玉座の名称通り、このDの最高位BOSSレッドロードの出現フィールドになっている。
 もっとも本日は、この部屋の主であるレッドロードが主役ではない。
 彼ら玉座担当班は、この部屋に”送られてくる”はずのBOSSモンスター『彷徨うアサシン』へのアタッカー兼足止め役を受け持っていた。
 しかし先ほどから玉座に送られてくるモンスターは、BOSS『彷徨うアサシン』と同じ外見データと劣化スキルを持ちながら、一定以上のダメージを受けることで広範囲爆発を起こすトラップモンスター『ボムゴースト』
 並レベルのプレイヤーなら一発昇天。高プレイヤーでも瀕死に追い込むほどの爆発が幾度も発生していた。
 その一方で肝心のBOSSモンスター『彷徨うアサシン』は、一度もその網に掛かっていない。
 『彷徨うアサシン』は典型的な特殊攻撃モンスターBOSS。
 広範囲直接攻撃スキルは持たないが、固有スキルである壁抜けと陰行という反則的な技で、時には通路を隔てる壁をすり抜けて攻撃を仕掛けてきたり、時には暗がりに潜んでプレイヤー達の背後から襲いかかるという、なかなか陰険な攻撃を得意とするモンスターになっている。
他にもトラップ設置や分身としてのボムゴースト召還、アイテム修復値減少など、多彩な変則スキルを持っている。
無論彼らとて重要な場を任される歴戦ギルドに有力プレイヤー達。
 彷徨うアサシンと何度も刃を交えたことがあるから、度重なる暴発にも死者1人を出すことも無く、室内中央の天井から果てなく無限沸きする雑魚モンスターを駆逐しながら、玉座の支配権を維持し続けている。
 だが今日に限っていえば、緊張から精神を削られていく速度が、通常の比では無く、そのストレスが暴言という形で噴き出していた。

 
『エリア1 本線1担当餓狼セツナ。設定スキルレベルが高くて即時判別不可能。とりあえず全部送る方針でしょうが。何度も言わせないでよ。広場で待ってれば良い火力馬鹿なあんたと違って、こっちは忙しいっての。泣き言繋いでくるな』


 ロイドの罵声に対して、声だけなら鈴のように可愛いが、毒を有り有りと含んだ罵声が即座に返される。
 少数精鋭を謳い、ソロもしくは少人数パーティでの戦闘を得意とするギルド『餓狼』を率いる愛らしい獣少女の仮想体を持つギルドマスターセツナの声だ。
 迷宮内を駆け巡り目当てのボスを、少数の攻撃しか通らない狭い通路からノックバック攻撃の連続で、より多数のプレイヤーが攻撃できる場所へと運送する本線と呼ばれるグループにも、複数のギルド、パーティが参加している。
 こちらのまとめ役を今日はセツナが引き受けていたが、慣れない役所に苦労している様が声にも出ていた。
 従来ならこの本線をまとめ上げているのは、連携戦を得意とする別ギルドのギルマス。
 対『彷徨うアサシン』戦のプレイヤー達の基本戦術である、ノックバック戦法の生みの親で有り、他にも様々なBOSS戦でシステムの隙を突いた搦め手を考えてきたプレイヤーだったが、つい先日引退していた。


『あっ!? 蓄積ダメみやがれ! 既に追加ダメが50万超えてんだろうが! 仕事してないのはてめぇ達だろうが!』 


 リーディアンオンラインにはボス戦時にだけ適用される特殊ルールがある。
 それが迷宮全域連結蓄積型戦闘システム。
 ボスキャラとその取り巻きモンスター、さらには迷宮内に存在する雑魚モンスターに攻撃を与えたプレイヤー数+倒されたモンスターの数だけ、ボスへの攻撃に追加ダメージが加算されるシステムとなる。
 現状蓄積された値があれば、BOSSに与える素の攻撃ダメージが1であっても、さらに追加された50万ダメージを与えることが可能になる。 
 だがこのシステムをもってしても、BOSS攻略はソロプレイヤーや単独ギルドのみで成し遂げられないように出来ている。
 数億を超える膨大なHPと、強力でユニークな様々なBOSS専用スキル。
 さらにこれらの強力な手段を持つBOSSはプログラム任せのAI操作では無く、GMが直接操作する仕様。
 中身が違えばまた攻撃や動きも変わる。そうなれば対処や対応法も変わる。
 決まり切った手をなかなか確立させない。出来無い。
 それがリーディアンオンラインBOSS戦の特徴といえるだろう。


「はっぁ!? 今日の参加人数知らないの! 何時もの十倍以上の人数が参加してるんだから増えて当たり前でしょうが! しかも、今回は出現BOSSも日時も特別公開してきたからって、元HP×100倍状態で五千億HPの無茶振りでしょうが! もっと稼ぎなさいよ! 相手はあの腐れ外道シンタ! あいつ何してくるか予想できないんだから!」


 そして今日はその中身が、何時もと大きく違う。
 それがプレイヤー達の緊張感を極限まで高めていた。
 つい先日までトッププレイヤーの1人として、そしてBOSS攻略最前線でギルドマスターとして多数の仲間を率い、ギルド間での協力網をまとめ上げつつ悪辣な手段で猛威を振るっていた男。
 ギルド『上岡工科大学ゲームサークル』 
 通称KUGSの初代ギルドマスターシンタが、ゲームマスターミサキシンタとして、彼らの前に立ちはだかっていた。 











「あー……あの二人また共有でやりあってる」


 先ほどから響いてくる戦況報告なのか、喧嘩なのかよく判らないギャーギャーと騒がしい言い争い。
 『KUGC』二代目ギルドマスターについ先日就任したばかりのアリシティア・ディケライアは、暗い回廊を疾走する歩みを止める事なく顔をしかめる。
 アリシティアの背後には数人のギルメンが続いているが、皆同じように苦笑や、あきれ顔を浮かべていた。
 FPJと餓狼はマスターの考えが合わないのか、犬猿の仲なのは有名な話。
 普段ならば役割分担打ち合わせの段階で、周りが気を使い、当人同士も気が合わないのが判っているので、担当区域を離して陣取るのだが、今回に関してはそういうわけにもいかなかった。
 餓狼の追い込み力と、PFJの圧倒的な火力が上手く噛み合った時の殲滅力はゲーム内でも随一。
 今回のBOSS攻略には欠かせないというのは、アリシティアを初めとして今回共同作戦に参加するギルドおよびプレイヤー達の共通認識だ。


「ごめんユッコさんお願い。本線と玉座のラインが仲悪いとシンタつけ込んできそうだから」


 薄暗い廊下でもほんのりと光るサラサラの金髪から、ひょっこりと覗かせるデフォルメされたウサミミを五月蠅げに丸めながら、横を飛ぶローブ姿の有翼人プレイヤー副マスターユッコへと仲裁を頼む。
 ミサキのことだ。こちらの会話が判らずとも、プレイヤーの動きでどこが上手くいっていないかなんて、すぐに見破り揺さぶりをかけてくる。
 ミサキを警戒しているのなら、少しは仲良くやって欲しいと思う所だが、こればかりは言ってどうこうなる問題でも無い。
 上手くすかしなだめて貰うしかない。 


「はい。了解しましたアリスちゃ、いえマスターさん」


 何時もニコニコとした優しげな笑みを浮かべているユッコは、喧嘩の仲裁という面倒な役割にも嫌な顔を浮かべず、飛ぶ速度を緩めず二つ返事で了承すると、互いの言い争いが最高潮に達する寸前に、


「エリア1 フォロー班外周接続通路索敵担当KUGCユッコです。こちらも遭遇するのは雑魚MOBばかりで、マスターさん、いえ前マスターの操作BOSS本体とはまだ接触していません。何かしらの策を練っている最中か、いらつかせて連携妨害を狙っているパターンの可能性もありますので、警戒を強めておきますね」  

 
 ギルド内のみならず、ギルド外でも落ち着いた大人の女性プレイヤーで有り人格者として知られるユッコは、喧嘩する2人に対して言及するのでも、苦言を呈するのでもなく、現状とこれからの行動を何時ものゆったり口調でBOSSへの直接攻撃へと参加している全プレイヤーへと伝えた。


『…………』


『…………』


 ただそれだけのことだが、先ほどまで罵り合っていた2人が黙り込んでしまう。
 BOSS攻略に置いて花形とも言える、アタッカーと追い込みという重要な役割を任されている自分たちが子供のような口喧嘩をしている。
 その一方で、最外周部のしかもフォロー役という、BOSSと遭遇する可能性が一番低いポジションを任されたユッコが、ふてくされることも無く真面目にやっていることに、我に返り恥ずかしさを覚えたのだろう。
  

『エリア2 宝物庫担当 『いろは』のサカガミ。こっちもボムゴースト多数だけど被害無し。作戦続行に問題なしです』


『エリア3 大食堂担当 『弾丸特急』鳳凰。こちらも同じ。シンタの姿は見えずだ」


 出現場所が固定されている『レッドロード』と違い、『彷徨うアサシン』は中枢部のどこかにランダム出現する。
 外周部と比べて狭いが、中枢部だけでも並のダンジョンよりも広く、網は複数の場所に仕掛けられている。
エリア2宝物庫 エリア3大食堂に陣取るのも、また熟練されたスキルを持つギルドやプレイヤー達だ。
 険悪な空気が一時的に止んだ隙をついて、他の地区担当者達も、会話の中身を身の有る内容に切り替えようと一斉に切り込んできた。


『エリア1はやっぱKUGCが仕切った方が良いんじゃねぇのかアリス嬢。ユッコさんいればまとまるだろ』


 先ほどから続く言い争いに飽き飽きしていたのか、リーディアンにおける最大ギルドを率いる鳳凰が怠そうな声で提案をする。
 リアル年齢を知っているわけでは無いが、その落ち着いた性格と人柄から、ユッコと同様の頼れる年長者という立ち位置を確保している鳳凰の交代案には、醜態をさらしてしまったロイドもセツナも反論できずにいるようだ。


『あんたらが外周のフォロー担当じゃ戦力の無駄遣いだ。代替えのフォロー組ならウチの方から人を回す。アリス嬢ならシンタの考えが読めるから上手く対応できるだろ』


 KUGCに所属するギルメンの数は他の大手と比べて多いと言えるほどではない。
 個々の実力も差が激しく、βからのベテランから、つい先日始めたばかりの初心者と、名目上は大学サークルの延長線上にあるギルドだというのに、気のあったプレイヤーを適当にいれまくっているので、平均レベル帯も常にばらばらだ。
 だがプレイヤーの実力差が激しいはずのKUGCの真骨頂は連携戦。
レベル差があるはずのギルメン達と個々のスキルを上手く噛み合わせて、途切れることのない連続攻撃で、対人戦、対ギルド戦、対BOSS戦と戦場を選ばず常に高い制圧力を誇る、緩い気風とは裏腹な攻撃系ギルドだとは誰もが認めることだ。
 

「ホウさんそれは止めとく。読めるけど、シンタも読んでくるから。お互いの読み合いで戦局が無駄に複雑化する。タイマンなら良いけど、この人数でやったら混乱して大負けになるよ」


 鳳凰の提案をアリシティアは即断で却下する。
 相手に合わせ戦術を変えるのは当たり前だが、相手がミサキとなれば、互いの読み合いで次々に手を変えていくことになるが、度重なる戦術変更で不利になるのはプレイヤー側だ。
 1人でAI操作の大軍を動かしているGM側のミサキに対して、多数のプレイヤーがそれぞれの思惑で動くこちら側が混乱しやすく、指示伝達の即時性で劣るのは致し方ないこと。
 

「あと最初にも言ったけど、今ここに参加している人らは大体知ってるから良いけど、よく知らない人はシンタがこっちに情報を流してくるなんて思ってる人もいるから、メインにあたし達がいくのは避けた方が良いよ」


 それ以前に、つい先日までプレイヤーだったミサキがGMになったのだ。
 ギルドメンバーや友人達が有利になるように、情報を漏らしたり処遇を計っていると思っている者は思いのほか多いだろう。
 それらの疑念を払拭する為に今回のBOSS戦では、本来の実力ならばメインの一翼を担うはずのKUGCは一歩引いたフォロー役に甘んじていた。
 BOSS戦に参加しないという選択肢もあったのだが、その場合ミサキに対抗できるアリシティアとKUGCが使えないのが痛いという戦力的な理由と、ミサキによる被害が甚大になった際に、あらかじめ判っていたから参加しなかったと、どちらにしろ疑われるのは目に見えていた。 
 誤解を晴らすには時間が掛かるだろうと、ある意味開き直って控えめにだが参加をしていた。


『あの野郎の性格をもう少ししってりゃ、情報漏洩なんぞするわけ無いって判ってるんだがな。初心者相手の壁禁止に、適正レベルアイテム以外の譲渡禁止をギルドルールにしてる奴が、ゲームをつまらなくするわけが無いってちょっと考えれば判るだろ』


 ミサキが最重要視するのはゲームを楽しむこと。
 だから初心者に対する過剰な手助けをKUGCは禁止している。
 促成栽培の代名詞といえる、高レベルプレイヤーがモンスターのヘイトを高めて攻撃対象を固定化して、低レベルプレイヤーに倒させる壁行為。
 金とアイテムに物を言わせた過剰精錬武器や、低レベル装備可能な度を超えた高性能アイテムの譲渡など、新人勧誘の為によく使う手も禁止していたくらいだ。
 苦労してレベルを上げ、アイテムを集め、強化してこそ、自ら考えプレイヤースキルの上昇を実感してこそがゲーム。
 苦労した方がゲームは楽しめ強くなるという、ガチゲーマー、マゾゲーマー思想な持ち主だ。
 そんな男が、一部のプレイヤーを有利にする為に、ゲーム情報を漏洩するなんてあり得ない。
 それはKUGCのメンバーのみならず、直接的に関係したことのあるプレイヤー達なら誰でも判る共通認識であった。


「でもそう思ってる人がいるからね。だからあたし達は今回脇役。プレイでそのうち納得させるから大丈夫だって。それに戦力も心配ないって。FPJと餓狼が上手く噛み合ったら、どのBOSSだろうが楽になるのにって、シンタはよくぼやいてたから。だからシンタなんてボコボコだって」


 自らに注がれる疑いの目は、自らの行動で払拭すると語ったアリシティアは、戦力の心配も無いと自信を込めて断言する。
パートナーに対する全幅の信頼を置いているのだろうと感じさせるアリシティアの態度こそが、今でも繋がっているのでは無いかと疑わせる最大の要因だが、どうやら本人は気づいていないようだ。 


『アリス嬢はそういう事だが、ロイドとセツナ嬢どうするよ? 喧嘩を続けるようならどっちかうちと変わるか?』


 KUGCは今回の脇役から動く気は無いようだ。
 しかし重要な攻略ラインの不仲は全体の迷惑。嫌われ役を買って出た鳳凰が、どう答えるだろうか予測しつつもあえて確認する。


『おっさんは心配すんな。任せろ……おいこらセツナ。どんどん送り込んでこいや。片っ端からぶっ潰してくぞ。お前らじゃ遅くて暇しそうだがな』


『ホウさんごめん。見つけ次第手当たり次第にぶっ飛ばしてく。ロイドが処理できないなんて泣き言を言う暇も無いくらいにね』


 憎まれ口を叩きながらも、ロイドとセツナがそれぞれの言葉で現状のままで良いと告げた。
 ユッコ達の言葉で冷静になっていたのと、アリシティアがもたらした、ミサキが彼らの実力を高く買っていたという言葉が彼らの態度を多少は軟化させたようだ。
 

『あいよ。んじゃこのまま索敵しつつ……っ!? ちょっとまて! 今なんて言った!? っ! 悪い誤爆だ! ちょっと待っててくれ』

 
 2人の言葉に安堵の息を吐いた鳳凰がまとめようとして、何故か困惑した叫び声を上げた。
 どうやら横から割り込んできた個人WISに、共有グループ設定のまま返事をしてしまったようだ。 


『……良い知らせと悪い知らせだ。ウチの初心者連中からの報告なんだが、彷徨うアサシン本体を発見。入り口エントランスホールにてだ』


 困惑の色を見せながら、鳳凰が入ってきた情報を簡潔に知らせる。
 探していたBOSS本体が見つかったのは朗報だが、その発見位置は彼らの網からはまるで外れた場所だ。


『はっぁ!? 質の悪い誤報か見間違えじゃないのか!?』


『エントランス!? あそこまで発見されずにたどり着いたっての!?』 


『それ以前にどうやって外周部に!? 僕らの警戒網すり抜けたんですか!?』


『まずい! いくら広範囲攻撃が無いからっていっても、低レベル帯なんて一撃死でデスペナが出まくるぞ!』


『あいつまさか初心者狩りでもする気か!?』


『エントランスに陣取ってたら、外に脱出が出来ないし……まさかそれ狙い!?』


 対BOSS戦のために中枢部に張り巡らせた高索敵スキル持ちのプレイヤーで作られた網をくぐり抜け、さらには普段よりも大勢のプレイヤーが侵入している外周部でも一度も発見されずに、入り口までたどり着くというあり得ない事態。
 しかもその辺りは低レベル帯にとっての狩り場。そこに高位BOSSが現れればどうなるかなんて想像するなんて容易い。
 たちまち死者の山が出来上がるだろう。
 しかもここはエントランスホール以外からの脱出不可能な城塞ライドノース。 
鳳凰の報告に、最悪の事態を想像した共有グループボイスはたちまち混乱状態に陥る。


「あっちゃん! どうするうちらが一番外周部に近いけど!? すぐにいく!? あー! でもそうするとうちらが先輩の戦法を知ってたって疑われるかも!?」


 予想外の報告に足を止めたアリシティアに、ギルメンの1人が救援にいこうと提案しかけたが、それすらも情報を得ていたと思われるかも知れないと頭を掻きむしった。


「……ちょっと待ってて。初心者狙いならシンタらしくない」


 だが混乱するプレイヤーやギルメン達を余所にアリシティアはただ1人思案する。
 高レベルプレイヤー達を躱して、あからさまな初心者狙いはミサキらしくない。
 ならば何かこちらへの攻撃を考えてミサキは戦術を繰り出しているはず……


「みんなストップ! シンタの考え読むから!」


 アリシティアが気勢を込めて声を発すると、混乱していたグループボイス内で吹き荒れていた嵐が一瞬だけ収まる。
 その隙を逃さずアリシティアは間髪いれずに、


「ホウさん。エントランスにシンタはずっと陣取ってるの? それともボムゴーストを撒いていったか判る」


 常駐しているのならまだ良い。
 ミサキ本体が積極的に動いている場合は……


『あ、あぁ確認する…………エントランスにはボムゴーストが5体常駐中。ボムゴーストを召還したからすぐに本体だって判ったらしい。その本体は壁を抜けながら移動してプレイヤーに無差別に襲いかかってる』


 声の端に動揺を見せながらも、鳳凰が最初にwisを送ってきたギルメンにすぐに最新情報を確認する。
 最悪の予想に1つ近づいたことにアリシティアは臍をかむ。
 次の質問が肯定されたなら確定する。
 おそらくミサキの狙いは、文字通りの無差別攻撃。
 今この城塞に侵入しているプレイヤーだけが狙いでは無い。
 ログインしているプレイヤーどころか、リーディアンオンラインに登録している全てのプレイヤーに対して、ある意味での攻撃を仕掛けてくる気だ。
  

「死者は? あまり出てない? あと殴られた人がいたらアイテムの耐久値を確認して貰って」


『あっ!? それか!? ……………………・』 


 アリシティアの言葉に何かを察したのか鳳凰が小さく叫びを上げて、グループボイスに不気味な静寂が訪れる
 じりじりと時間が過ぎる。
 それは僅か十数秒にしか満たない時間だろうが、もっと長く感じる時間が過ぎた後に、


『死者はほとんどいない。だが殴られた連中の耐久値が軒並み大幅減少……人によっては装備アイテムロストまでしてやがる』


 鳳凰の沈痛な言葉が空しく響く。
 誰もがミサキの狙いを理解した瞬間だ。
 おそらくミサキは、BOSSが持つ攻撃スキルやステータスアップスキルを軒並み減少させて、発生させたスキルポイントを、ボムゴースト召還、壁抜け、陰行、そして耐久値減少の4つのスキルに集約させている。 
 だから高レベルのボムゴーストを大量に撒いて囮にしながら、誰にも発見されずに、エントランスホールまでたどり着けた。
 高位BOSSキャラに殴られても、攻撃力が減少している為に、低レベル帯のプレイヤーでも死者は驚くほど少ないが、その代わりにアイテムの耐久値が大幅に減少し、人によってはロストすらしている。  


「ホウさん。ともかく逃げさせて! あと全体チャットで知らせて! 借りた装備品とか思い入れのある装備とかあったらすぐに切り替え! アイテム破壊がシンタの狙い! KUGCは全員全力戦闘! あの馬鹿ぶっ殺す!」


 ミサキの狙いはアイテム破壊だとアリシティアは断言する。
 その為に自らの出現日時をわざわざ告知して大勢のプレイヤーを集めた。
 さらには効率的なレベルアップを求めた低レベルプレイヤー組やセカンドキャラ育成組が、過剰精錬武器や高性能武器を持ち込んだり、友人、知人に借り受ける事まで計算済みだろう。
 制作に苦労した武具や、誰かに譲って貰った防具など、思い出の詰まったアイテム。
 こいつなら大丈夫だろうと貸し出されたアイテムは、プレイヤー間の信頼の証し。
 デスペナで減少した経験値は、後で稼げば元に戻る。
 アイテムの耐久値も、高額なアイテムとスキルがいる上に、最大値が多少減少はするがそれでも戻せる。
 だがアイテムロストは別。
 完全に世界から消え失せる。
 ミサキの狙いは、思い出や信頼をぶち壊しにいく、プレイヤーへのダイレクトアタック。
 MMOは繋がりのゲーム。
 プレイヤー達がどこで繋がっているかは判らない。
 思わぬ友人関係や、共有の思い出がある。
 だからミサキのアイテム破壊行為は、全てのプレイヤーに対する宣戦布告で有り、別離の言葉だ。
 おまえらに対して一切の躊躇、情けも見せないと。
 アリシティアの説明に全てを悟ったプレイヤー達の心は1つにまとまる。
 
  
『『『『『『あの腐れ外道がっ!!!』』』』』』』


 プレイヤー達の心からの叫びが共有ボイスで響き渡り、ミサキに対するヘイトは最大値で一斉に染め上げられた。



 この日、挑発しながら逃げ回り襲いかかるミサキ相手にロストしたアイテムは合計で5桁にも上り、中には最高精錬された当時最高峰の伝説級の装備アイテムを全ロストしたプレイヤーすらも存在した。
 装備アイテムを消失し総合ステータスが下がったプレイヤー達相手にもミサキの追撃の手は止むことが無く、MOBモンスターに次々に襲いかかられ、ばらまかれたボムゴーストの爆発に巻き込まれ、多くの死者が出る事態にすら発展する事になる。
 死亡>デスペナ>迷宮内での再生と続くループに、折れかけたプレイヤー達の心を支えたのは、ここまでの手を打ってきたミサキへの敵愾心だった。

『ライドノースの悪夢』

 プレイヤー達の間に、伝説の戦いとして後々も語り継がれるこの一戦は、装備を全ロストし、度重なる死亡で累積したデスペナによってレベルダウンを引き起こしながらも、宣言通りぶちのめしたプレイヤー『アリシティア・ディケライア』の名と共に、トラウマとして深く刻み込まれた。





















「って事をやらかしやがったのよ! シンタは!」


 実に懐かしい俺のGM公式デビュー戦の映像を展開しつつ、アリスの野郎が、踏みつけたままの俺の背中に蹴りをぶち込んできやがる。
 最初は多少は冷静だったんだが、当時を思い出してだんだん腹が立ってきたのか口調がどんどん強くなるは、踏みにじってくる頻度が増してくるはと、ぼこぼこだ。
  

「あたしの装備は全ロストするし、チーちゃんに貸しだしてた初作成武器もロストよ! ロスト!」


 装備アイテム全ロストは後先考えず突っ込んできた自業自得だが、結果的にはそのおかげで俺と繋がって有利にしてもらっているって、巫山戯た疑念が全部晴れたから言いじゃねぇかと言いたい所だが、ますます怒りそうだ。


「一緒に作った武器を消すなんて、あたしの思い出を汚すような手も平気で打つんだからシンタは! あたしの処女返せ! この外道!」


 激高したアリスのお怒りは頂点に達したのか、最後には踵すら落としてきやがった。
 なんつー人聞きの悪い台詞を。
 作の一文字抜きやがるな。わざとか? 
 ……うむ。周りの人らもかなり引き気味。
 アリスの剣幕にか、それとも俺の過去の悪行に対してなのかは非常に微妙なラインだが。
   

「その男に対して憤りがあるなら何故庇う……のかしら。そこまで恨んでいるのに何故まだ一緒に行動するのか理解できない」


 クロガネ様も容赦など見せないアリスの俺に対する攻撃に困惑気味だ。
 どう考えてもこれから一緒に仕事をしようという仲では無く、不倶戴天の天敵同士とも見えるような一連のやり取り。
 まぁ他人では判らないだろ。俺とアリスの関係性なんぞ。


「全プレイヤーに宣戦布告するなんて外道な手も、元を正せばコンビを組んでいたあたしやギルメン達への疑いを晴らす為だって言ってんの! その為にシンタはプレイヤーのヘイト全部、自分に寄せたのよ!」


 倒れたままの俺の襟首を掴んでアリスが些か乱暴に引き起こしながらも、俺の背中から抱きつくように首に手を回してきて、


「それが悲壮な覚悟とかならまだ判るけど、そんな状況を心の底から楽しんでるのよシンタは! 一事が万事この調子なんだから、シンタの行動は全部が全部、どれだけ悪辣卑劣で怪しげでも誰かの為なんだから!」  
 

 端から見れば後ろから抱きしめられているように見えつつも、しっかりとチョークを決めている辺りが実に攻撃的なアリスらしい。
 

「……ずいぶんと信頼しているようだ……ね。でもさっきこの男が隠そうとした情報を見た後も言えるか……しら」


 先ほど潰した切り札を意味深にクロガネ様がつぶやく。その目は今度は邪魔をさせないと力強く物語っていた。


「それが切り札のつもり!? 怪しいお店に出入りしていた映像なんかでシンタを追い詰めようなんて百年早いっての! 確かにいやらしいソフトカタログは見てたけど、利用はしてないわよ!」


 だがもったいつけていたその言葉を、アリスが真っ正面から打ち落とす。
 庇ってくれるのは嬉しいが、しかしだ……お前はもう少し言葉を選べ。
 なんでお前がそれ知ってるんだと、先ほどの処女発言もあってか、俺らの関係を疑う目線が集中している。
 特にサラスさんらしき岡本さんの目が一瞬だけ鋭い殺気を放っていたのは、とりあえず気のせいだと思いたい。



[31751] 鋼鉄のパンツをはかされた男
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/07/25 02:52
 俺を蹴りつけたり、踏みつけるアリスが見せる激情は、本気で怒っていると誰にも思わせつつも、捨てきれない俺に対する信頼を言葉の端々に感じさせるほど、真に迫る物。
 だが俺はそれに違和感を抱く。
 アリスの言動をよく知り、さらにはその正体を知るからこその違和感。


「出入りしていた事は認める。だけど違法ソフトは一切使っていないと……馬鹿馬鹿しい」


 クロガネ様が罪人を断罪する執行人のような目で俺を見ながら、その背後に仮想ウィンドウを展開した。
 その画面に映るのは予想通りというか、怪しげな客引きに連れられのこのこ階段を下りていく俺の盗撮映像……らしき物。
 さらには別撮りされた階段から続く簡素で店内の映像と、店の端末から接続可能なリンク群は違法性を感じさせる物ばかりと、生半可な言い訳の通じない映像が映し出される。
 これだけ証拠が揃ってれば、あまり苦労はしないですむだろう。
 使っていないのが事実といえ、問題はそこでは無い。
 要はそういうVR系非合法な店を、VR企業社員である俺が使用した事が問題。
 モラルの欠如を絡めて攻略ラインを立てれば、俺の資質を攻めるルートには事欠かない。
 だから対クロガネ様方針として俺が描いていたのは、言わせない、もしくは言えなくすること。
 最初の案であるクロガネ様のリアルばらし戦法はアリスの反対で頓挫した。
 次案は、ゲーマーであるクロガネ様の本質を利用し、こちらの土俵に引きずり込みプライドを刺激し、こちら側で決着をつけさせようと、ここまで順調にヘイトを稼いできた。
 後は上手く扱えばクロガネ様をこちらに落としていけたはずだ。
 だがアリスの介入でこちらも頓挫と。
 
 
「この類いの違法店での主な収入源は、違法ソフト使用料金のキックバック。脳内ナノシステム側の二時間制限があるから収入は激減中。そんな時に使わない客を追い出しもしないで朝まで泊めさせたと言うつもりか……しら」


「あんたはシンタの交渉力を舐めすぎ。外面だけは良いから、上手く口説き落としたんでしょ。第一シンタはケチだもん。私に連絡すれば無料で出来る事にお金を使うわけないもん」


 何とも臆面無いストレートなアリスの発言に気まずそうに顔を背ける若い女性やら、にやにやといやらしい笑みを漏らす中年男性なお客様を尻目に、俺はさらに思考を深める。
 先ほどの処女を帰せ発言は、アリスの言い間違えだと思えた。
 しかし今の発言は確実に可笑しい。
 アリスとそんな関係になったことなんぞ、リアルは当然としても、VRでも一度たりとも無い。
 だがアリスは俺とそういう関係であると断言した。
 何らかの狙いがあるはず。
 首を軽めに絞められながらも背中越しに伝わってくる実に残念な感触に冷静になりつつ、アリスは今役柄になりきった完全ロールプレイ状態なのだと、俺は推測する。

 ならアリスの狙いは?

 アリスとの関係性を外側から客観視した場合、俺らはどう見えるのかと考える。
 こいつの正体が実は宇宙人だという三流SFのような事実をすっぱり頭から捨て去って、ドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライアとして考える。
 ゲーム時代からの長い付き合いで気安く、喧嘩をしながらも相手の事を信頼している。
 父親の会社と夢を受け継いだがどうすべきかと困り果てた上で、俺に全てを託してPCOを実現に持っていくまでの無茶を許可している。 
 さらにはアリスの言動。
 処女を返せ発言に、俺が怪しげな店でついつい誘惑に負けてリストまで見ていたことを暴露しつつも、無料で出来るから利用はしていないと断言する。
 これらを考慮すれば、俺とアリスは他人から見れば、”公私”ともにパートナーであると思わせるには十分だろう。
 ……というかこれで単なる友達ですって言う奴がいたら、お前ら絶対ヤッテルだろうと俺なら突っ込む。
 要するにだ。アリスの狙いは、俺達がそういう関係にあると思わせる事。
 だがそれに何の意味がある?
 アリスがそう思わせることで得られる物が何か…………   


「大体ね本国に比べて対策は弱すぎだし、日本人の感覚は変なの」


 苛立ちを感じさせるアリスの声が耳元で響く。
 日本人と西洋人の感覚の差異をアリスは強調しているがこれも演技だとしたら……
 確信めいた予感に従い、仮想ウィンドウを叩いて脳内ナノシステム内アプリケーション一覧表を視界の隅に呼び出す。

【Electron Chastity belt】

 予想通りと言うべきか……仕事で使う管理系アプリ群や、国内外の有名所の規格に合わせ微調整したVR接続アプリ群等、メーカ品や俺が自作した各種アプリに混じって、入れた覚えがない、そのまんま過ぎる名称の海外メーカー製のプリケーションが1つあった。
 導入日付を確認すれば問題の昨年末出張日より数日前だ。
 無論こんな物を入れた記憶もないが、脳内ナノシステムに易々と侵入を果たすリルさんの仕業だろう。  

 
「VRだから浮気にならないとか、ゲームAI相手だから遊びとか言い訳ばかりして」


 しかし、なんつー手を思いつきやがったこの野郎。
 アリスの狙いは切り札の無効化その物。
 俺が出入りしていた事実をばらしながらも、俺が使えなかったと言うロジックを組み立てるつもりだ。
 合点がいった。
 なんでこんな手を使ってきたのか。それは判らない。
俺が負けるとでも思ったのか?
 だがそれならそれで一言あるはずだ。
 それよりも納得できる推測があるとすれば、何らかの課題がサラスさんから出されたという予測だろうか。
 先ほども、サラスさんの説得の為だ云々といっていたはずだ……ならこっちは。 
首を絞められて苦しいという意思表示をする下手な演技のふりをしながら、首に回されたアリスの腕へと手を伸ばした。













「法律で禁止されているとか以前に、VRでの感覚はリアルその物。それなのに不特定相手とか、ましてやAI相手とか、そんな裏切り行為が許されるわけ無いでしょ」


 普段の自分であれば絶対にしないであろう赤裸々な発言に、心の底では悶絶しつつも、アリシティアは発言を叩き込み続ける。
 今の自分は姿こそゲーム内キャラクターアリシティア・ディケライアだが、その中身はドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライア。
 敬虔とは言えないが、一応カトリック系キリスト教徒であり、それが思考の奥底に流れている。
 産めよ。増えよ。大地に満てよ。
 セックス自体は、人の性別を男女と分けた段階で神様も許してるしオッケー。
 性は喜びと満足の源泉という宣言もあるから、後ろめたいことも無い。
 でもやはり節度は保つべきだし、将来的には子供を作り、育てることもちゃんと考えるべし。
 だからパートナーである三崎以外とそういう関係になるなんてあり得ない。
 逆に三崎にも自分以外には、例えVRでも手を出して欲しくないし、出させない。  
 性に関する感覚が日本人に比べてオープンでありながら、パートナー以外は絶対不許可と、ある意味で貞潔というキャラクターを演じきる。


『お嬢様。渡航記録、搭乗記録。出入国記録。宿泊記録。カメラ映像の改竄のアリバイ工作並びに、三崎様の脳内ナノシステムへの新規プログラム挿入。稼働記録と顧客情報登録。全ての工作が無事終了いたしました」


 即興のプランにも関わらず数分でリルが全ての準備がパーフェクトに終わったと告げる。


『ありがと。シンタにも気づかれてないわね』


『はい。しかし思考制御システムをご本人の承諾無くお入れして三崎様がお怒りになりませんでしょうか?』


 リルが危惧を示すとおり、その三崎とはなんの打ち合わせもしていない。
 これだけのことを一瞬でやってのけるリルの手助けがあれば、誰にも気づかれずアリシティアの計画を委細漏らすこと無く伝えられるが、それもしていない。
 全ては叔母で有り、後見人でもあるサラスが出してきた課題。
  
【彼が常に上に立つ一方的な関係で無いとお見せいただけますか?】

 に起因している。
 アリシティアの考えに三崎は詳細を知らされずとも従えるか?
 例えそれが自分の名誉を汚すような手であろうとも、有益であれば受け入れるだけの器量があるか?
 三崎を試す為にサラスが課した課題の狙いはこんな所だろう。 


「確かにまだ国でいろいろやることあるから、リアルじゃ側にいられないあたしも悪いけど、ほっとくと何をしでかすか判らないシンタにも原因があるのよ」


 今回のPCO計画は三崎の主導で全てが組み立てられ動いている。
 サラスの心配は、三崎が一方的にアリシティアを利用しているのでは無いかということに尽きる。
 アリシティア達からすれば、地球の危機はすぐ近く。
 だが三崎目線で見れば、タイムリミットは地球時間で約百年後。
 今の地球人の平均寿命から考えて、三崎本人が生き残っている可能性は少ない。
 だから自分の死後である地球の危機など無視して、自分の野望を叶える為に、三崎が一方的にアリシティアを利用している可能性を危惧しているようだ。
 叔母の心配。さらに言えば同業者から不審をもたれる原因。
 結局の所だ。
 それは三崎の今までの行いと手管、さらにはそこから派生した悪名、噂に起因している。
 元々三崎の悪名をこの機会に多少はマシにしようと思っていたアリシティアにとって、叔母の課題は方向性にズレは無い。
   

『大丈夫。シンタのことだもん気づいて……』


 リルの心配を一蹴しようとしたアリシティアの腕に、三崎の手が伸びてきた。
 三崎は首を絞めるアリシティアの腕を苦しげにタップする。
 降参だと伝えるように見せかけて数度叩くその短いリズムは、アリシティアと三崎のみに通じるサインだ。


『ほらね』


 ゲーム時代に二人して調子に乗って突出し孤立して囲まれた時に、言葉を交わす暇もない際に、地面を足で叩いたり、相手の鎧を叩いて幾度も交わした短い合図。
 その意味は【合わせる】  
 ひねりも無いそのままの意味。
だがこれこそがアリシティアと三崎のもっとも得意とする所。
 綿密な打ち合わせも、決まり切った手順もいらない。
 互いが互いを理解しているからこそ息が合い、即興で合わせているのに、最大火力を生み出す事が出来た。
 ゲーム内随一と謳われたコンビにとって、サラスの課題程度、鼻歌交じりでクリアできる低難易度クエストとさほど変わらなかった。 













「だからシンタが変なことが出来無いように、あたしが首輪を付けてあげたの。だからシンタがあんたの言ってたお店で非合法のソフトを使ってないし、使えないって断言してるのよ。ね。シンタ使ってないでしょ?」 


 言葉だけ聞けば恋人に甘えて確認しているように聞こえても、その首に回した腕が正直に話さないと占め落とすと宣言しているようでちと怖い。
 アリスが演じるのは束縛系という奴か?


「いやお前いちいち確認すんな。さすがに男としてどうよと思ってんだから……クロガネ様。アリスの言葉は確かですよ。俺はそこは使いましたが、そこでは違法系ソフトには一切手を出してません。元々仕事用に太い回線が必要だったので仕方なくです」


 自分でも下手な演技とは自覚しつつも心底嫌そうな表情をしつつ、アリスに首を絞めらしつつも返答しつつ、何時までも地べたに座り込んでいるのは情けないので言葉と共に手を突いて立ち上がる。。
 リアルだったらいくら小柄なアリスといえど、人間1人をぶら下げたまま立ち上がるなんて到底無理だが、さすがVR。よろめくことも無く無事に立ちあがれた。
 まぁ背中にウサミミ装備な金髪”微”少女を背負っているので、情けなさはあまり変わらないかも知れない。


「その日は資料集めの出張でしたが、帰りに電車がストップして会社への当日の帰社が難しく、近隣のVRカフェやシートも確保できず大容量資料を送る事も出来ず、さらには真冬で野宿も不可、泊まる場所も無いっていう状況でした」


 先ほどリルさんに送って貰った当日の電車運行情報、周辺のホテルやら宿泊もしくは滞在可能な施設のネット空き情報を表示する。
  

「そこにさっきの映像に映っていたおっちゃんに声をかけられたので、上手いこと言いくるめて席だけ使わせて貰ったって訳です。その後は資料を送ったり”なんやかんや”して朝まで滞在してました」


 その日は他に手段が無かった事を示す資料を提示しつつ、何をやっていたのかという部分だけはわざと言葉を濁す。
 アリスのプランに従うなら、あまり堂々と言えるようなことでは無い。というか俺は嫌だ。
 だから本気半分でここまでの資料で納得して、スルーしてくれないかと祈るが、


「恋人がいるから、違法系ソフトには手を出さないと。そんな戯れ言を信じる人間がいると思っている……のかしら」


 まぁ踏み込んでくるよな普通。
 でもあんた、たぶん男なんだからそこは男同士の仁義で見ないふり、聞かないふりをしろよ。


「だから言ってるでしょ。あたしが首輪を付けたって。シンタは”パートナー”であるあたし以外に手が出せないの。ほらシンタ観念して証拠を見せてあげて」


 後で素に返ったら悶絶してごろごろと転げ回るんだから、そこらで止めとけと忠告したいアリスが、俺の背中を押してきた。


「了解”相棒”。なんつーかこれでも海の向こうの人間なんで、ちょっと考え方が違うって言うか、あるソフトを入れさせられました……それがこれです」


 演技では無く本気で嫌だと思いつつ、俺は先ほど呼び出していたアプリ一覧表を可視表示に切り替え拡大して問題のソフトをピックアップする。

 Electron Chastity belt

 名称にひねりも何もないのは、こう言ったことにストレートなあちらな企業らしいネーミングだ。
 クロガネ様は意味が判らないのか首をひねっているが、このソフトの意味をわかっているのか、それとも知っていたのか。
 ともかくどういうソフトか判ったお客様、特に男性のお客様からは同情するような視線が飛んでくる。


「これの効果は、性的な快楽や刺激部分の情報伝達遮断および、それ関連のVRソフトの利用を不可能とする機能制限ソフトです……まぁ簡単に直訳すると電子貞操帯って奴です」


 元々は西洋の貴族階級で不貞を防ぐ為に作られた貞操帯は、年月をへて近年ではプレイの一種やら、ちょっとアレなカップルだけが利用するマニアックな物だった。
 でもある意味脳内妄想とも言えるVRの普及で、仮想だからと気軽に浮気に奔り、それがリアルにも及んでということがあったりと、海外の一部では実用的な対策として売り出されているソフトだ。
 元々性犯罪の再犯対策やらで研究されていた分野でもあった所為で、軒並み完成度は高い。
 しかも俺に入っているのはその最高性能品で、アダルト系ソフトの宣伝を見ただけで設定された相手に自動報告が上がる、一歩間違えればストーカーな束縛系御用達の一品らしい。
 それにしてもだ……リアル・VR両方でDTな俺が貞操帯を付けさせられる日が来るとは……なんだろう。いろいろ凹んできた。
 うちひしがれる俺を見て、これが演技だと疑う奴はいないだろう。
 リアル感情が混じってるからな。
  

「そういう事。だからシンタは元からここを利用できないの。解除キーはあたしだけが知ってるからね。ちなみに無理矢理使おうとしたり強制解除すれば、断続的に疑似電気ショックの設定。浮気者には電気ショックは日本のお家芸でしょ」


 どこの次元の日本だそれは。


「だからシンタはこれからは変なことは出来無いし、あんまり酷いこともやらせない。あたしがシンタを監督管理できる態勢を作ったのは、これからの為だしね」


 俺の持つ悪名やら悪質なデマといった負の要素は、確かに自分の行動の結果だ。
対してアリスはそのプレイもさることながら、何時も人間的に正しくて良い奴という高い評価を得ていた。
 だから現役プレイヤー時代に俺がアレな手を考案しても、アリスが反対して多少マイルドになるということがよくあった。
 GMとプレイヤーとして離れてしまったが、今はまた隣に立っている。
 だからプレイヤー時代と同じ状況をアリスは再現しようとしている。
 アリス自身が持つ清廉潔白で公平という正の要素で、俺の負の要素を中和しかき消すことなのだろう。
 それがこれからの為に必要だと思った、相棒の考えは判らない事も無い。
 だから間違っているが、ある意味で正しいかも知れない、日本を誤解している外国人を演じるアリスに思うことは1つ。
 そろそろ仮想体を地球仕様に戻して欲しい。
 美女系西洋人に手玉に取られているのなら、情けないながらも男として多少は立つ瀬もある。
 だが今のアリスの姿である金髪ウサミミ微少女に諸々管理されていると思われるのは、ロリコン疑惑など立たないかと心底心配になっていた。 

 



[31751] 我に敵無し
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/08/07 02:29
「もしまだ疑うなら、監視会社の報告ログからいろいろ証拠も出せるけど確認なさいますか?」


 あおるあおる。
 ロープレモード絶好調のアリスは、無効化された切り札にまだ頼るのかと挑発的な目でクロガネ様に問いかける。
 俺とアリスの茶番で会場のあちらこちらから飛んでくるなんだこのバカップルはという目線はまだ良いが、獲物を見つけた猫のようにぎらりと目を輝かせる大磯さんがちと怖い。
 ブラコンを暴露した腹いせの報復行動には、アリスの話は格好のネタだからだろうか。
 後もう1人。シリアス路線をひた走る人が1人。
 真正面から視線を飛ばしてくるクロガネ様の目線は、舐め腐ってる態度の俺達に対してより厳しくなっていた。


「そんな詭弁で誤魔化せる気……かしら」  


 女性キャラクロガネという仮面が一瞬剥がれかけたのか、一瞬だけ声が荒れかける。
 しかし苛立ちを押さえ込むように胸の前で腕を組み、一度息をつくとすぐに仮面を被り直す。
 あくまでも崩す気は無いようだ。
   

「使えなかった。だから最初から違法ソフトを使う気は無かった。それが免罪符になるとでも考えているのか……しら。例え違法行為が無くても店を利用した事実は変わらない。今回の件に限らずVRがたびたび規制されてきたのは、法を犯してまでVR世界を汚した違反者達の所為。でもその男は店を利用することで、そんな奴らの存在を肯定している事になる……わね」


 予想通り。モラルを絡めて俺の資質を問いただす方向性。
 例え法律上はセーフでも、職業倫理上で問題があれば世間から見ればそれはアウトになるのは世の道理。
 違法VRソフトを取り扱う店に出入りしていたVR系企業社員。
 他人事ならアウト判定。
 こいつに反論する理屈は一応ある。
 俺にとっちゃ最優先すべき理論理屈。


「確かにそう思われても仕方ないかも知れませんね。でも俺にとっちゃそんなのは些細なことです。当日の内に帰社するはずの予定が崩れたからには、確保したデータを会社に如何に早く届けるかその一点です。あの手の店は回線が強いですからね。助かりました」 


「仕事の為。自分達の利となるならば、遵法精神もモラルの欠如も問題無い……ルールやマナーを破るプレイヤー達と同じ穴の狢であると認める気か……しら。その背中のウサギが言うように勝つためには手段を選ばないと」


 トレインやらなすりつけ。はたまた横殴りに、アイテム奪取やおもしろ半分のPK行為などのルールには接触しないが悪質なマナー違反行為に、一部のゲームを除いて運営会社側からも完全に禁止されたRMTやらチートツール使用。
 ゲーム内で眉を顰められたり、糾弾され揉め事の原因となる問題行動を起こすプレイヤーと俺は、その本質が同じだと指摘するその顔は不快感に染まっている。
 現役時代の行動や、コラムなどに書かれた文章からもすぐに判るが、クロガネ様がこの手の輩に敵対心を抱いているのは判っていた。
 だがクロガネ様の発言には勘違いが1つ。
 俺はそこへと切り込んでいく。


「アリスが指摘するように勝ちに行き過ぎる俺にはその一面もあります。ですが今の俺がもっとも重要視するのはお客様のためです。納期を守り、さらには高いクオリティーを達成する為に、俺はあの時に取れる最良の手を選択したまでです」


「たった一晩。数時間の違いで何がそこまで変わる……のかしら」


 確かに数時間で出来る事など、たかが知れている。
 始発まで時間を潰すだけならば、24時間やっているファミレスやらファーストフードやらでバイト従業員の白い目に耐えながら待てば良い。
 モラルに反する行為を行ってまで、データ送信を優先するほどの説得力は得られないだろう…………普通の会社ならな。 


「変わりますよ。ウチの会社はお客様の為ならば、徹夜、残業当たり前。会社への1週間泊まり込みも、より面白いものを作れるなら望む所。労働基準法なんぞ、社員自ら無視してでも突き進むセルフブラック企業ですので、数時間あればだいぶ違います」


 我が社ホワイトソフトウェアの強み。
 それは社員の誰もが面白いものを、お客様に楽しんで貰う事を至上命題として胸に刻み込んでいること。
 例え愚痴や文句をこぼしても、どんな無茶でもやってのけることが出来る。
 

「口では何とも言える。でもそんな自虐話に誰もが納得できると思っているのか……しら」


 確かに本人が自分の評価を言うだけなら誰でも出来る。
 そうなると俺が用意するべきは他者の弁が語る実績。
 今俺の手持ちのカードは大まかに2枚ある。
 まずは1枚目。
 ここにはウチの会社の変態技能を客観的に評価できる証人が……同業他社なお客様がたくさんおられる。
 それを活用しない手は無い。
 俺はちらりと横に視線を向け、ある人物と視線を合わせた。


「……お前。これでも一応俺は他社のトップだぞ」


 俺の物言いたげな視線を受けた中溝社長は、その意味を察し別業社の社長すら証人に使おうとする俺の厚顔無恥さにあきれ顔を浮かべている。


「あんたは別ゲームのプレイヤーだからよく知らないかもしれないが、白井さんの所ならできんだよ。現役アメリカ海兵隊を臨時GMとして呼んだりとか、正式稼働前の度重なる仕様変更やら、同業者から見て無茶な企画だろうがスケジュールだろうが、面白そうだと思えば何でもやりやがる。この業界じゃ伝説になってる須藤さんもいるから一晩あれば相当進むぞ」


 それでもきっかりと答えてくれる辺り、人選に間違い無し。
 PCOに乗ると言ってきた以上、こちらに有利な情報で答えてくれるだろうという目論見は無事達成。
 その内容も実際にウチがやった企画やら、先輩らからちらりと聞いていた入社前の修羅場、さらには業界内でも眉唾な逸話が語られるほどに人外な親父さん等、具体的な物だ。


「それどころか今回の同窓会企画に至っては、マスターアップ後、しかもお披露目1週間前に新企画を立案、ぶっ込んできたってよ。三崎主導でな。そこの三島先生も関わっているそうだ……しかしお前。そんな無茶やって交渉失敗やら、延期になったらどう責任とるつもりだったんだよ」
 

「いやまぁ、頼りになるウチの副マスターがいたんで勝ちは貰ったなと負けは考えてなかったのと、ウチの先輩方なら何とかしてくれるなと、主に他力本願ですけど。ねぇユッコさん」


 お前に常識は無いのかという目を向けてきた中溝社長に、俺は軽く笑って答えながら、俺とアリスのやり取りを、それはそれは楽しそうに観戦していたユッコさんへと話を振る。
 ユッコさんは俺にとっては気心の知れた身内ではあるが、同時に同窓会企画のクライアント。
 俺がどうして無茶な行動に出たか、誰よりもよく知っている。
 さらにはその人柄は誠実な年長者という説得力抜群な2枚目のカード。


「企画立案がマスターさんの最大の持ち味。私たちは実行役。だから他力本願と言うよりも役割分担ですね。さて……クロガネさんとおっしゃいましたね。私もご覧の通りあなたと同じプレイヤーです。だからプレイヤーとしてホワイトソフトウェアさんを、そしてマスターさんをよく知るからこそ、今回の企画をお願いすることが出来ました…………」


 プレートアーマー装備の美狐っ子に対して、暗褐色の長ローブに身を包んだ有翼美女がにっこりと微笑むという、実に現実離れしたゲームな光景を展開しつつ、ユッコさんがゆったりと話を始める。
 高額な予算を費やしたVR同窓会の最初の意図は、メディア向けの表向きな理由である新しい形のVRMMO実験や新規事業の模索や、一部で揶揄された金持ちの道楽では無く、難病で寝たきりとなっている同窓生である神崎さんの為であること。
 VR開発史において輝かしい実績をもつ大手では無く、中堅どころで風前の灯火と言えるホワイトソフトウェアに頼んだ理由は2つ。
 取り壊されて久しい旧校舎の再現という難度の高い仕事を、細部まで拘るウチなら出来ると期待したこと。
 さらには神崎さんにとって最後となるかも知れない同窓会を、楽しめて心に残る物として作り上げる為にも気心の知れた俺がいるのが、心強かったからだそうだ。 
 ユッコさん曰く、俺達ホワイトソフトウェアなら奇抜な手を考え、さらには実行まで持っていけると期待したからとのこと。
それ以外にも俺が知らなかった事は、ユッコさんの話の中には他にもいくつもあった 
 俺がユッコさん担当になったのは、個人的な知り合いというのもあるが、俺がもし今回の企画で追加プランを上げてきたならば、経費は増えて構わないので採用できる案があれば採用して欲しいと、社長に頼んでいたからだそうだ。
 一晩で書き上げた即興企画が締め切り直前で採用されたり、さらにはマスターアップ後の新規イベント追加という冷静に考えると、実に無茶な案と共に申請した四国出張があっさりと承諾されたのも、ユッコさんの根回しのおかげだったのだろう。


「ふふ。結果は期待以上。さらに言えば無茶は予想以上でした。私が四国で承った仕事も、当初の地元商工会レベルから、近々正式発表予定ですが県知事さんも関わって香川を世界にアピールしようという一大町おこしにまでなっています。その切っ掛けが1人の女性に和菓子を食べて貰う為だったと知っている方は少ないですけどね」


 最近リアル仕事やらPCO開発に忙しくて、讃岐三白復活計画関連は、切っ掛けなだけであまり関わっていなかったから、市長が出てきた辺りまでは聞いていたがそんな大事になっていのかよ……頑張りすぎだろ香坂の爺さま。


「マスターさんに限らず、ホワイトソフトウェアさんの根源に流れるのは、良いものを作りたい。誰かを喜ばせたいというもの。目的のためには手段を選ばずは玉に瑕ですが、それでも成し遂げたい物がある。職人気質を持っているプロフェッショナルが揃っていると信じたからこそ、私は全てを任せることが出来ました」


 ユッコさんの言葉には、自らが誇りと矜持を持ち一線級で活躍する世界的デザイナーであるからこその重みがある。
 俺の資質に疑問を投げ掛けるクロガネ様に対して、真っ向から回答して見せた。


「………………」


 忌々しげに唇を歪めながらも、クロガネ様が押し黙る。
 クロガネ様も言っていたが、口でどれだけ上手いこといってもこの世は所詮は実績。
 ユッコさんは俺にとって身内とも言えるべき人だが、同窓会企画に関しては歴としたクライアント。
 そのユッコさんのみならず、他のお客様である同級生の皆様からも好評を得たことは間違いの無い事実。
 お客様の事後アンケートやら個人ブログなどの証拠も揃っている。
 その好評価に手応えを掴んだウチの会社は正式な事業として売り込んでいくために、協力企業を集める今回の企業向け説明会を開催している事も、証明の1つだろう。
 アリスの反則技で武器を破壊され、中溝社長とユッコさんの証言でこちらの防御力は強化。
 こちらが反撃しようと思えば、クロガネ様が証拠として出してきた盗撮映像を攻め所にも出来る。
 あの一連の映像はアングルからして、自分の目で見た視覚情報を脳内ナノシステム経由で撮影したのだろう。
 その手の行為も、一部の場所を除いて犯罪行為とはされないが、相手の許可も得ずに勝手に撮影するのはモラルに反する行為ってのは前時代から続くマナー。
 こいつを起点にクロガネ様を倒せるかも知れないが、それじゃ俺の目的には到達し得ない。


「さてクロガネ様。これで我々の間に生じたささやかな誤解は解消していただけたと思います」


「くっ。ぬけぬけと」


 にこりと微笑みつつも慇懃無礼な挑発姿勢で仕掛けた俺に、クロガネ様は臍をかむ。
 俺に対する敵対心は未だ衰えず、しかし今は手元に有効な手段が無い状況。
 残されたのは尻尾を巻いて逃げ出すか、無理矢理でも抗うかと追い込まれた状態。
クロガネ様の目的は俺を潰すこと。
 なら潰す手段と機会を俺は提供してやろう。


「しかし貴女と知り合えたのは私たちにとっては僥倖だと思います。貴女は別ゲームで名を馳せたプレイヤーであると同時に、辛口ながらも的確なゲーム批評で知られたレビュアーです」


 仮想ウィンドウ展開。
 大磯さんが集めてきたクロガネ様の情報から、クロガネ様が執筆したVR雑誌でのコラムやら個人サイトで書かれた批評などを表示。
 アップデートで変わった規格変更に対するダメ出しや、新規ゲームのコンセプトの弱さに対する批評、安易なVR化リメイクに頼る老舗への苦言など、企業側から見ればネガティブな物が多いが、それらはユーザーの声を代弁した物。
 だからこそ違反者は許さずと過激な思想を持ちながらも、言いたい事をきっかりと言ってくれるとユーザーの一部からは熱狂的な支持を得ていたという。


「……なんのつもり」


 いきなり手放しで褒めだした俺に対して、クロガネ様が困惑した顔を浮かべ、褒めちぎることで今更懐柔する気かと警戒の色を浮かべる。
 懐柔? 
 いえいえむしろ喧嘩売りに行きます。全力で。
 

「先ほどのアリシティア嬢や私とのゲーム談義等からも、貴女が幅広い知識と常にユーザー目線に立った的確な目線を持っていることは私どもも十分に承知しました。規制後の新しいVRMMOをこれから手探りで開拓しようとしている私共としましては、貴女のような方に是非にご協力をいただければと思っています」


「まさか!?」


 わざと湾曲したもったいぶった嫌味な言い方をするが、クロガネ様はその言葉の意味を察し、さらに困惑の色を深める。
 周りのお客様やらへと目をやれば、大抵の人らも意味を察したのか理解の色を見せつつも、上手くいくのかと疑心を覗かせている。
 その一方で、横に立つユッコさんからは楽しくてしょうが無いというクスクス笑いが聞こえ、背後で首を絞め続けてるんだか、ただ抱きついてるんだか判らない我が相棒の素に戻った『性悪』という呟きが聞こえてきた。


「はいご推察の通りです。開発段階でのユーザー目線のご意見やPCOクローズドβテストへの参加をしていただければと、一言で要約すればテストプレイヤーをなさいませんかとスカウトさせていただきたいのです」  


「っ! 巫山戯るな! 何故俺がお前に協力し」


「是非とも忌憚無きご意見をいただければと思っております」


 激高したクロガネ様は言葉使いを修正することすらつい忘れ即座に拒否しようとする所へと割り込む。


「お客様に楽しんでいただけるゲームを作る事が我が社の至上命題。それが達成出来無いとなれば企画を白紙に戻し1から練り直すことも選択肢に入るでしょうね……そうなれば貴女の目的も達成できるのでは」


 俺を潰したいなら、正面からPCOを否定して潰してみろと暗に伝える。
 ウチの会社の妥協なんぞ無い姿勢なら、とことんまで拘り練り上げて来るのは目に見えていた。
 テストプレイヤーから上がってきた意見が重要視され、何度も手直しを繰り返していく事になる。
 だからこそクロガネ様がテストプレイヤーとなりダメ出しを繰り出せば、PCOを現状で主導している俺やアリスへの直接攻撃へとなり得る。
 それこそ妥協して中途半端な物を上げてきたら佐伯さん辺りに叱責+一からやり直せと更迭を喰らうことになる。
 例えアリス達の超技術があろうとも、俺達が相手にするのは不特定多数のお客様。
 映像が綺麗だ、音楽は秀逸だと評価されるゲームよりも、チープな画像と素人じみたつたない音楽でも中毒性のあるゲーム。
 世間一般は別として俺らゲーマーにとって、どちらの評価が上かなんて確認するまでも無い。
 ましてやこれからいくのは、規制状況下での新規ゲーム運営という茨の道。
 既存のゲームに慣れていたユーザー達を満足させつつ、採算が合うゲームを作り、維持していくことの困難さはあんたなら判るだろ。
 だから攻め所なんぞこれから腐るほど出てくる、改善策にも死ぬほど苦労させられる。
 俺を潰す機会なんていくらでも生まれて来る。
  
 
「くっ…………っ……」 

 
 俺の提案にクロガネ様は勝算を見いだしたようだが、それでもこちらの意図に乗ることが、屈辱なのか即答できずにいる。
 まぁそりゃそうだ。だがこっちもそのリアクションは予想済み。
 だからこそヘイトを最大まで高めておいた。
 一時的な屈辱を受け入れてまで、憎き仇敵たる俺をぶっ倒すを選ぶように。


「あー失礼しました。いろいろお忙しいのかも知れませんね……一方的に”無理”な事をお願いしまして申し訳ありませんでした」


 無理にアクセントを付けいろいろな意味をもたらしながら、俺は最高の笑顔で挑発を飛ばしてやる。


「くっ!………………受けてやる」


 散々挑発されて我慢が限界に達したクロガネ様は、自分の右手に付けていたグローブを外すと承諾と共に俺に投げつける。
 GMスキルで解析したグローブアイテム情報には連絡先アドレス情報が付属している。
 決闘宣言しつつも連絡先をちゃんと知らせてくる辺り、根が真面目なんだろうと納得させられる。


「その挑戦アリシティア・ディケライアが確かに受け取るわよ」


 顔面に向かって飛んできたグローブを、俺の背中に抱きついたままのアリスが手を伸ばしてキャッチする。 
相変わらず美味しい所だけはきっかり摘むなこいつは。


「…………後悔するな」


 最後まで敵対心を減少させずにクロガネ様が使い古された捨て台詞と共に、最後に俺達を一睨みして右手を振ってログアウトしていった。
 まずは前哨戦が終了ってか。
 とりあえずはだ……


「優秀なテスター確保完了っと」 


 俺は緊張をほぐすように息を吐いて肩をすくめる。
 背中のアリスが動きに合わせてちょっと動くのが実にくすぐったい。
 当初の目論見通り仲間にするのは無事成功。
 あちらさんとしちゃ俺の仲間になった気なんぞ微塵も無いだろうが、俺を追い詰めようとゲームの粗探しをしてくれればしてくれるほど、こちらの弱点、改良点が浮き彫りになって助かることは間違いない。
 クロガネ様自身はゲーマーとして高いプライドを持っているので、攻めてくる部分は重箱の隅を突くように些細な場所かもしれないが、事実無根な物や根拠も無い誹謗中傷な事はしてこないと確信している。
 無論その指摘された部分をどうするか、考えなければならず矢鱈目鱈に苦労させられるかも知れないが望む所だ。
 面白いゲームを作れるなら何でもしてやろうじゃねぇか。
 早々潰されてやる気なんぞねぇぞこっちも。
 一瞬の隙や油断でこちらの首を落としに来るかも知れない強敵。
 うん。いいな。楽しくなって来やがった。


「まーた悪い顔してるし。ほんと追い詰められてから喜ぶんだから」


 性格の悪い笑みをこぼしていた俺に、いつの間にやら背中から降りて前に回り込んでいたアリスがあきれ顔で俺を見ていた。
 

「あんな質の悪いクレーマーまでテイムするって、シンタの仲間の基準ってほんとアレだよね。利用価値があれば全部味方って一歩間違えると悪役思考なんだけど」


「うるせぇよ。クレーマーだろうがお客様。しかもその意見が的確ならありがたいお客様なんだよ。サービス業界ではな。ですよねユッコさん」


「えぇ。耳の痛いご意見も自分の糧になるならば歓迎しますね私も」


 俺が振った問いかけにユッコさんがにこりと笑いつつも頷いてくれる。
 支離滅裂なクレームなら良い迷惑だが、それが的確ならこっちにとっては改善点をしてくれたありがたいご意見で貴重なお客様。
 そういう意味ではクロガネ様は、どれだけ辛口で俺の首を狙いに来ている刺客であろうともお客様。
 なら手厚く歓迎してやろうじゃねぇか。


「さてこの勢いで刈り取るぞ。ここを分岐点で一気に業界を熱くしてやろうじゃねぇか」


「シンタの言う味方って、世間一般だと敵って言うんだけど……まぁいいや。ライバルが多いほど面白いのはあたしも否定しないし」

 
 とりあえず難敵は攻略。
 でもここからだ。周囲のお客様を見渡しながら、判っている相棒の同意に俺は口元だけで笑う。
 ホワイトソフトウェアに協力してくれる陣営を集めつつ、中堅であるこちらの麾下に入るのを嫌がる大手企業や独自の手を考えていた企業のケツに火を付ける。
 この手の業界は先行者有利。
 規制を見極めてから動こうとあぐらを掻いていたであろう連中にプレシャーをかけて、開発を早めさせ業界全体を盛り上げていく。
 PCOと敵対するであろうゲームや企業を生みだし、開発を加速させ、業界全体をVR復興に向けた”仲間”に引きずり込む。
 俺が思い描いた絵図を生み出すために、必要な物はここに全部揃っていた。





























「敵対者を自ら生みだし己の糧とする……あの小僧は見ている位置が他とは、ちと違うようじゃな」


「だからといってアレはやり過ぎです。業界全体を敵に回してでも勝算を見いだしているならともかく、行き当たりばったりの自信過剰です」


 変わり者を地でいくノープスは三崎の特性を好意的に受け止めているようだが、サラスからすれば冗談では無い。
 クロガネという人物を撃退したかと思えば、同業他社へとそれまでより軽いとはいえ、挑発するようなプレゼンを繰り広げた三崎を思い出して、サラスはゲンナリする
 一歩間違えれば自分を危険にさらすだけではない、関わっている者達すらも巻き込む恐れがあると判っているのだろうか。


「それだけ己と周りの者達の力を信じておるんじゃろ。それに良い挑発だと思うぞ。あんな若造にこれから先を良いようにされたのでは、今まで一線を張ってきた技術者としてはやる気を起こすしかないからの」


 ノープスの言う通り三崎の言動そしてPCOという劇薬は、意気消沈して沈み込んでいた日本のVR業界へと一石を投げ掛ける物となった。
 その波風が大きく荒れ始めたのは、追い詰められれば追い詰められるほど本領を発揮するというあの男の計算なのだろうか。  


「……敵を作るのだけは上手いというのは、決して褒められた物ではありません」


「それは間違いじゃろ。何せあやつは見方で全てを味方としておるからな。敵は無しじゃな」


 くだらないダジャレを言いながらノープスが上機嫌で酒をあおる。
 これ以上言いつのっても会話は平行線を辿るだけ、サラスは諦めの息を吐いて溜まっていた仕事へと意識を戻す。
 この先を考えれば片付けられる仕事は、今のうちに限界まで片付けておくのがベストだろう。
 ……なんせあのミサキシンタがこちらに絡んでくれば、今以上の無理無茶が横行することになる。
 

「姫様はなんでよりにもよって、あんな輩をお選びになってしまったのでしょう」


 あの男ならば、苦境に陥ったディケライアを救う為に何でもしでかすだろう。
 本日何回目となるか判らない愚痴をこぼしつつも、近い将来三崎がディケライアの事業に深く関わるであろうと確信めいた予感をサラスは抱いていた。


























 これにて第1部。地球編終了。
 次話 転章1話完結の『老いらくの恋』を書いて後、
 第2部、銀河辺境編または新人ゼネラルマネージャー編に繋がる予定です。
 タイトル分けていますが同一内容ですw
 コメント返しは次回にまとめてさせていただきます。



[31751] 転章 老いらくの恋 上
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/08/15 23:08
 皺だらけで骨張った手が、和三盆と色水をすり合わせていく。
 淀みなく迷いない動きは、己が培ってきた研鑽の日々で身につけた技術に対する矜持を、言葉無くとも強く強く感じさせた。
 百華堂が誇る和三盆干菓子の特徴は、屋号でも謳うように華を模したその華麗な形と、繊細で細やかな色彩にある。
 数滴単位で調整される色合い。混ぜ合わせる回数。型に押し込む際の力加減。
 その全てが一つずれただけで、完成形が崩れてしまう作業には、常に同一の作品を作り上げる完全なるレシピは存在しない。
 気温、湿度、素材の持つ差異、自らの体調、日々変わる僅かな違いを無意識で計算し、それらに合わせ、作業手順を調整していつでも高いクオリティーを生み出していた。


「お待たせしたのお客さん。9月の新作。単衣酔芙蓉じゃ食べて見ていた」


 型から外した干菓子を、秋をイメージした枯れ葉色の板皿へと移し並べていく。
 朝は白く、日が高くなると共に徐々にピンクに染まり、夕方に紅く染まり、翌日にはしぼんでしまう。
 その色合いの変化が酔っぱらいの顔に似ていると名付けられた酔芙蓉を、香坂老は一つの干菓子の中で表現してみせる。
 花弁の先端は混じりっけの無い純白。
 そこから少しずつピンクに染まり、中心部は色鮮やかな紅となる。
 後から着色したのでは無く、混ぜ合わせる回数、型に押し込む強さ等で微妙に変化を付け、型から外した時には完成している逸品を生み出す。 
 百華堂九代目店主香坂雪道が持つ技術は、名人芸と呼んで間違いが無いだろう。


「おぉ。今月の華もすごいな。よくこんな細かいのが作れるな」


「ほんとほんと。食べるのがもったい無くて、病室に飾っておきたいくらいですね」


『私は腐らないからそのまま保存しているわよ。恵子さんが見るだけでも心が華やかなになるって言っているけどほんとね』


 単調な入院生活を過ごしている西が丘ホスピスの入院患者達にとって、最近月一で行われるようになった一風変わった華のお見舞いは好評の恒例行事となっている。
 院内のイベントホールには患者のみならず見舞客や非番の職員など多くの人達が集まっていた。
 寝たきりとなって部屋から出られない患者には、VR越しにでも参加が出来るようにとカメラと3D立体モニターが部屋のあちらこちらに設置されている。
 だが話題の花を咲かせている観客の中に、この催しを一番に楽しみにしている神崎恵子の姿は無かった。
 体力の衰えで日々覚醒している時間が短くなっている神崎恵子が目覚める事が出来るのは、今では数日に一度、それも1時間足らずとなっていた。










「ノースファクトリーのVR環境システムの導入を優先してはどうか。これがあれば病室ごとに患者さんの要望に合わせた風景をご提供できる上に、リアルタイム連動でご実家に繋いで擬似的な同居や遠方の友人との面会も気軽に行うことが出来ます」


「ですが大檐先生。全病室にそのシステムを導入するには、空調システムの更新、院内サーバーの強化、さらには回線強化などでかなりの設備投資が必要になります。将来的に導入を検討するのは私も反対はしません。ですが来年度の予算枠で考えるならば、大園ソフトウェアから提案がされた休耕状態の病院菜園へのVR作業化工事ならば余力を持っておさまります」  


「予算を考慮した空野先生のおっしゃることも判るが、今年中の受注ならサービス期間中で工費などがかなりの割安になると、担当からも見積もりを貰っています。今行えば将来的にはかなりの予算削減策になりますよ」


「それを言うなら大園の営業さんにも、契約成立で結構な値引きをしてくれるという確約を頂いています。その浮いた分の予算で老朽化した設備の改修や、再来年度以降を見据えたウィンドウシステム予算積み立てにまわしてはどうでしょうか」

 
 初老の大檐先生が押すのは、リアルのままでVRを体感させる改修工事。
 老舗建築メーカーが押す今年の新規提案で、VR規制条例に影響されないVRを売りにした物だ。
 旧来の既存技術であるモニター映像の解像度や環境再現空調機能を極限まで高め、室内環境を限りなく、VR空間へと近づけるというのが売りだ。
 代わり映えしない病室の光景を、風光明媚な映像や、患者本人が望む光景などと差し替えるのみならず、実家の居間などと繋ぎ、離れている家族とも簡単に顔を合わせて擬似的な同居生活を楽しめる。
 これの肝は現在のVRシステムの根幹であった脳内ナノシステムに一切頼らず、自前の視聴覚でまかなえること。
 西ヶ丘ホスピスの入院患者さんの大半は高齢者で、脳内ナノシステムの基盤が出来る以前の世代がメイン。
 自分の頭に機械を入れる事に、拒否感を覚える世代で有り、寝たきりとなった神崎さんのような方以外は、自由意思で脳内ナノシステムを入れていないって人も多い。
 脳内ナノシステムを使わず利用可能なVR。
 初期的なVR利用方法を、現在の最新技術でブラッシュアップしたのが、ノースファクトリーのVR環境システムであり、VR規制法に接触しない方法の一つの完成形だ。 
 その一方で若手の女医空野先生が押すのは、一部マニアに大ヒットした『THE・盆栽』等、植物育成系の雄である大園ソフトウェアが押す、リアルとVRの結合を売りにした新規案。
 各種センサーを内蔵し、散水機能や各種作業を行うマジックハンドなどが付属したレール型装置を畑の畝に設置。
 病室にいながらもVR越しで植物の育成状態を確認したり愛でたりと、園芸や農作業が出来るというもの。
 制限時間が決まっているフルダイブ時間を極力使わず、ハーフダイブ状態での作業をメインとしたデザインとなっている。
 この両社の提案は、アプローチの方法は違うがどちらもVR規制条例下においての新しい事業形態を模索していったアイデアが、商品として芽を出した物だ。
 ただ新しい物が一定の信頼感を得るには、ある程度時間が掛かるのは世の常。
 信頼を得るには、一件でも多くの実績が必要。
 強烈な売り込みの末に両社の値引き合戦が始まってしまったのは、当然の理だったのかも知れない。
 この熱の入れようから、推薦している両先生が業者からリベートでも貰って、強烈に推薦でもしているだろうかと普通は考えるんだろうが、ここの病院に限ってはそれは無いと断言できる。
 終の棲家となるホスピスを、少しでも居心地が良い物にしようとしている細やかな気づかいが、あちらこちらから感じられるのだから、そんな即物的な事を考えること自体が礼を失っているだろう。 


「はいはい。二人ともそこまで。患者さんのためにどちらの案も捨てがたい。ただ当院の予算にも限りがあるので両方を同時に採用するのは難しいというのは、ここ何回かの会議で明らかになっています」


熱が入ってきた両先生の間に、西が丘ホスピスの院長である西ヶ丘沙紀先生が割って入る。
 大手医療法人西ヶ丘財団の創始者に連なるという、結構良い家柄のご婦人なんだが、ぱっと見と口調は保健室のおばさんという気さくな人だ。
 ただし気さくだからといって、一筋縄でいく人じゃ無い。
 看護師連中から聞いた所じゃ、拡大、利益優先なグループの後継者レースからとっとと離脱してはいるが、暗いイメージを持たれやすい終末医療へのイメージ改善が認められ、理事会でも一定以上の発言権を得ている。
 それのみならず、表現は悪いかもしれないが、誠心誠意の終末医療は患者さんにも好意を持って受け止められており、自らの死後、医学の発展のためにと献体を希望なされる方の割合が西ヶ丘ホスピスは極めて高く、業界内でも独特の立ち位置を確保しているとのことだ。
 
  
「ここは餅は餅屋と言うことで専門家に意見を聞かせて貰いましょう……では三崎君。それを踏まえた上で君の妙案を聞かせて貰えるかしら。予算関連でいちいち五月蠅い理事会を黙らせることが出来るのが最低条件ね」


 公私にわたり借りを作っている俺としては、この人がやり手だってのは諸手を挙げて賛成させて貰う。


「それクエストだったら完勝条件です。ではお手元の資料をご覧ください。頂いた資料からの推測ですが今回の両社の予測利益率になります。一目瞭然ですが今回両社とも採算度外視で受注を取りに行っています。おそらく宣伝効果と西ヶ丘グループ全体への売り込みを目算に見込んでいると思います。ですから今回は足元を見つつ、両社の案を同時採用する折衷作戦を私からは………………」


 俺にしたって神崎さんのお見舞いをかねて香坂さんの新作干菓子をVRデータ化させる為に月一で訪れていたはずなのに、いつの間にやら西ヶ丘ホスピスの来年以降の設備投資会議へ何回もオブザーバーとして強制参加をさせられているのだから。





















「二社の営業さんも本社に持ち帰って検討をしてくれるって事になったわ。たぶん通るだろうって予想コメントつきよ。後はこっちの理事会を動かして追加予算を承認させればいけるわね」

 
 院内会議終了後にそれぞれの営業担当と行った打ち合わせの手応えが上々だったそうで、院長室へと戻ってきた沙紀先生は上機嫌だ。
 といっても俺の提案は何のことは無い。
 ノースのVR環境システムをハードに、大園の十八番である園芸系をソフトとして導入するいいとこ取り折衷案。
 窓に映る光景が自分オリジナルの庭園で、量は限られるがそこで育てた草木や野菜がリアルでも育成可能。
 人を招いてVRで散策してもよいし、VRウィンドウ越しでリアルでの花見など、やり方次第でいくらでも手は広がる。
 肝心要の見積もりは、ノースの見積もりより4割ほど高目で提案をしている。
 西ヶ丘ホスピス側の負担は増す上に、予算を二分する二社にかなり泣いて貰う事になるが、西ヶ丘側の本気度を示す目的もある。
 代償に沙紀先生が理事会や業界へと働きかけて、長期入院設備を持つグループ系列医院のみならず、同様のホスピスを経営する他グループへの売り込みもサポートするという物。
 沙紀先生の人脈やら政治力、影響力をフル活用の、他力本願な何時もの手だ。
  
 
「ノースも大園もVR関連企業といっても専門分野が微妙に違いますから、競合相手ではなく協力相手という形には嵌めやすいです。しかも西ヶ丘グループのみならず医療機関全体への売り込みが出来る可能性が高くなれば、勝算はありましたから」


 応接テーブルを借りて香坂さんの新作『単衣酔芙蓉』のVRデータ化を行っていた俺は、手を休め凝っていた肩をならしつつ、テーブルの上の冷め切った紙コップのコーヒーを一口飲む。
 味その物の元データはあるのでともかくとして、繊細かつ大胆な干菓子の外見データを完全再現させるとなれば、結構細かい調整作業が必要になる。
 従来ならこんな細かい物は本社に持って帰って、スキャナに放り込んで立体取り込みをかければすぐに終わる作業なんだが、スキルアップの良い経験になるからと、須藤の親父さんから、手制作を課題に出されているので地道に行っている次第だ。
 神崎さんが目を覚ましたときに、がっかりさせないためにも手を抜くつもりなんて微塵も無い。   


「問題は理事会への交渉手段だけど、そちらは三崎君の方で何か案があるんでしょ」


「あー……まぁアリスに頼ります。あいつの所で低負荷目的の改良ナノマシーンネットワーク構築システムが構築されたらしくて、モニター絶賛募集中だそうです。西が丘の最新医療研究班なら興味を持ちそうでしょ。定着とネットワークの再構築に必要な時間を短縮したタイプだそうです」


 丁度タイミングよく出来上がったと装いつつも、今回の為に用意した仕掛けを俺は明かす。
 目立たず、でも地道に。
 アリスが率いる地球側のディケライア社は、PCOのβテスト準備を進める傍らで、限定的なVR関連分野において技術提供や開発協力で人脈を作り上げている最中だ。
 医療用に限らず常駐型ナノマシーンは一定期間で寿命を迎え役割を終える。
 役目を終えたナノマシーンがそのまま残るといわけでも無く、生体タイプなら肉体に吸収されたり、非吸収タイプなら老排泄物として排出されたりという仕様になっている。
 だから一定期間で追加のナノマシーンを注入してシステムを維持する必要がある。
 初期なら大がかりな設備が必要だったそれも、今じゃ点滴一つでオッケーなお手軽仕様だが、異物への拒否反応ってのはまだまだ克服できていない。
 拒否反応を低減させるために、いくつかの対免疫剤を注入するんだが、これが人によっては効きづらく、幻覚やらめまい、かゆみ、発疹など様々な副作用が出ることもあったりと、入れ替えをなるべく嫌がる原因にもなっていたりする。
 対免疫剤の使用量を減少させる低負荷タイプや、入れ替えその物の回数を減らす目的で長期常駐タイプ等が、世界中で今も研究されており、西が丘グループも医療技術の一環として研究している分野だ。  


「三崎君のお相手ってディケライアの社長さんだったわね。最近話題だしグループのいくつかから繋ぎを頼まれてたけど、丁度渡りに船で乗ってきそうね。いいわ。後で詳しい資料回しておいて…………でもほんと残念だわ」


「何か問題がありましたか?」


 俺の案に乗り気を見せていた沙紀さんが、何故か急に浮かない顔になる。
 ……なんかミスったか。アリス側のルールに接触しないように、地球の技術レベルで開発可能なレベルに縛っているが、提供技術が少し地味すぎたか。
 

「問題っていうかね。三崎君にお相手がいなかったら、ウチの娘とお見合いでもして婿に来ないって誘おうって思ってたから」


「っと。今時見合いって……冗談ですよね」


 言葉の意味は判るんだが何故いきなり見合い話。しかも婿入り前提って。
 沙紀さんのいきなりな無茶振りにびっくりし、紙カップを落としそうになり、慌てて掴み直す。
 半年前のプレゼン最中の成り行きから、一応の名目上だが、アリスとは結婚を前提とした婚約関係という認識が周囲にはされている。
 俺ら二人からすれば、そんな名目上の関係なんぞいつでも解消してもいいんだが、PCO完成前に婚約解消っていう形になれば、周囲が気を使うは、下手すりゃPCOの完成にすら影響するかも知れないからって理由で、そのまま放置しているだけだ。
 問題はウチの姉貴がどこから聞きつけ、家族に了承も無くどういう事だとねじ込んできてるうえに、査定するから本人を連れてこいと早々と小姑精神を発揮していることか。
 実に面倒なことばかりなんで早々に決着を付けたい所だったんだが、今回は偽装婚約に逆に助けられた形か。 
 

「本気よ。うちの子って見てくれや頭は旦那に似て良いんだけどアレなのよ。なんていうかマッドサイエンティスト気質ってやつかしら。三崎君なら扱えると思うけど。ほらこの子」


応接テーブルに埋め込まれたモニターに、西が丘の医療系私立女子中学の校門を前に撮影された入学記念写真が映される。
 沙紀さんの親目線を除いても、中学入学したばかりのまだまだ子供ではあるが、確かに見てくれは良いと思える。
 さらさらな髪と可愛らしい顔立ちの美少女は、印象的な大きな瞳の右目には時代がかったモノクルを付け天真爛漫な高笑いを浮かべている。
 三島由希子ブランドの真新しい制服の上に、その華やかさを全てを台無しにする黒マントと、コスプレ、それもかなり悪趣味な以外の何物でも無い。


「………………痛いですね。これは本気で」


 ぱっと見の見た目が良いだけに、この趣味思考は残念過ぎる。
 映像越しでもウチの相棒に似た空気を感じるから、本人はおそらく……いや確実に嬉々としてやっているな。

    
「中学に入ればそのうち周囲を見て恥ずかしくなって治ると思っていたんだけど、年々悪化していく一方で、今年で卒業なんだけど、成績は主席でも周囲への悪影響が強すぎるんで内部進学を拒否されたくらいよ。本人は医療経営系よりも機械工学系に進学希望しているから大喜びだけど」


 学年主席を取った上に経営者一族のお嬢だってのに進学を断られるって。どれだけはっちゃけってんだこの娘は。
 っていうか。こんなのを押しつける気だったのか沙紀さん。


「機械工学系って、まさかロボット作って世界征服とか本気で言ってませんよね」


「……そっちの方がましね」


 俺の冗談にたいして重い重いため息が返ってくる。
 これがマシって。
 どん引きしかけている俺を見て、沙紀さんが微かに笑う。


「あぁごめんなさい。マシってそんな巫山戯た理由なら有無を言わせず叱ってどうこうできるからって意味なのよ。ちゃんとあの子なりの考えがあっての進学希望だから。ほら……ウチは完治が目的じゃ無いでしょ。だからどうしてもお別れが多くなる。あの子も小さいときからここによく出入りしていて、可愛がって貰ったお年寄りの患者さんや、同い年のお友達とか、何十人も見送ってるのよ」


「……それなら医療系の道に進むと思うんですけど、違ったんですか。あたしが病気を無くしてやるとか」 


 沙紀さんの言葉は重い。
 自身がその何倍、何十倍もの人達を見送ってきたからだろうか。
 先ほどまではただのアレに見えていた写真の子が、少し違うように見えてきたのは気のせいだろうか。


「最初はね。でも今の医療限界とか、長期治療で苦しむ患者さんも見てきて考えが変わったのよ。今じゃ、全人類電脳化してVRで暮らせば、病気も怪我も無く幸せな一生が過ごせるって極端な方向に暴走してるの。その為には現実を任せられる完全機械が必要だとか何とかいって、いろいろやってるわ」


 沙紀さんの説明にすとんと合点がいく。
 患部を除去するために身体に何度もメスを入れ、副作用の強い薬を日々服用し、何とか生きながらえていく。
 それならいっその事、肉体を捨て去れば良い。
 幼い少女の目にはVRが全ての苦しみから逃れる希望にでも見えたのだろうか。
 格好はともかくとして、本人は本気で信じているのが、沙紀さんの話からは伝わってきた。


「そっちですか……そういう事情なら判らなくも無いですね」

 
「ほら三崎君はそうやって、すぐに理解してくれるでしょ。その上で交渉力はあるし、あくどい手も考えられる。結婚してうちの子のサポートでもしてくれれば、安心出来ると思ったのに。本当に残念だわ」


 買ってくれるのはありがたいが、さすがに女子中学生に手を出す気は、


「……………とりあえずお見合いだけでもしてみない? 世の中には孕んだ勝ちって言葉もあるのよ。その気にさせる薬とか排卵誘発剤なら処方するから」


 それ見合いで決めるつもり満々じゃねぇか。
 あんた娘に何する気だ。
 

「……だから俺にはもう相手がいますから。それにお嬢さんがまず見合いを嫌がりますよ。10才も上なんておっさんでしょうが」 


「10才差なんて20年もすれば気にならないわよ…………知り合いにアラブ系のお偉いさんがいるから口利きできるあっちの国籍とかとらない? 男の夢のハーレムが出来るわよ」  


 冗談なのか本気なのか今ひとつ評価しづらい真顔な沙紀さんに実に嫌な予感がする。
 下手に冗談で流したら、まじで外堀を埋めかねないこの人からあくどいって評価されるのは、実に不本意だ。


「二人も相手にするそんな疲れる生活したくありませんって、ただでさえ仕事、仕事で忙しいんで」


 とりあえず話を打ち切るために、仕事を再開するふりをして仮想コンソールを叩き俺は援軍要請メールを送る。 


(セッさん。一度確認して貰えるか。ついでに余裕あったら何個か持ってきてくれねぇ? 一息入れたい。場所は院長室)


 相手は今院内のホールで実演をやっている香坂さんの助手として一緒に来ている、香坂さんの孫で同じ和菓子職人の香坂雪治。
 年齢が近いこともあってか、神崎さんのお見舞いやらで何度か顔を合わせている内に、今では見舞い前日に恒例となった飲み会の良い飲み仲間の一人だ。


(あいよ。シンさんの分だけでいいのか?)


 気っぷの良い返事を即レスで返してくれるのはありがたい。
 祖父である香坂さんのように方言混じりでないのは、中学くらいまで東京育ちだからだそうだ。


(沙紀院長分も。出来たら早めに)


(なんだまた無理難題でも押しつけられたのか? シンさんお人好しだからな)


 ここの所は相手をしているのが一癖も二癖もある連中ばかりなんで、セッさんの裏表の無い職人らしい気質は付き合いが楽で安心が出来るのが正直な感想。
 それを我が相棒に言ったら、同性が癒やしって大丈夫かと心配されたのは、実に思い出したくない記憶だ。



















「だから見合い話が嫌ならシンさんはとっとと結婚しちまえって。かみさん、子供は良いぞ。ほらこれ見てみろって。二人とも可愛いだろ。気力が湧くぜ」


 救援相手だと思っていたら、敵が二倍になりました。
 セッさんが、赤ん坊を抱っこした奥さんのスナップ映像を見せつけてくる。
 しまった……セッさんこの間、子供が産まれたばかりで親ばか状態だった。
 セッさんが持ってきてくれた干菓子をつまみに休憩を兼ねた笑い話でさっきの沙紀さんからの話を済ませようと思ったら、まさかのマジレス。
 一緒に菓子を摘んでいる沙紀さんもうんうんと頷いていて、実に居心地が悪い。
 

「だから今やってる仕事が大詰めで忙しいんだっての。セッさんとこの奥さん美人だし、娘が可愛いのは認めるが、人に結婚を勧めんな」   


 憮然とした顔で俺は拒否しつつ一緒に持ってきてくれた茶を啜る。
 アリスとの結婚が周囲の中で確定路線になっているような気がするのは、俺の思い違いじゃ無いはずだ。
 これもあの野郎のロープレモードのデレッぷりが原因だろう。
 後で悶えるほどに後悔するくらい恥ずかしいならやるなって言いたいが、クロガネ様に対抗するためにあの演技をやらせた原因は俺にある訳で、さすがにそれをいうのはどうよと、黙っている。
 しかしどうにかアリスと円満に別れるシナリオを組み立てないと、PCOが完成しても、友人知人なんかの人間関係が終わりそうな予感がひしひしとする。
 また難題が一つ。気の休まる日々は遠いようだ。


「んな事より出来映えはセッさんの目から見てどうよ。半端なモノにオッケーを出したら香坂さんにどやされるぞ」


 旗色が悪いのを察して俺はあからさまに話題をそらす。
 元々こっちがセッさんに来て貰った理由の本命なんだから間違っちゃいない。
 いきなり香坂さんに持っていかず、まずはセッさんに判断して貰っているのは、香坂さんからの依頼。
 孫である前に、弟子の1人。
 菓子の出来映えを見極める目を養う修行の一環らしい。


「爺ちゃんここに来ると気合いが入ってるからな…………接続。ハーフダイブと」


 でれっとしていた顔を引き締めて、セッさんが俺が作り上げたVR化した『単衣酔芙蓉』を確認するため、俺の持ってきた端末から伸びていたケーブルを首筋に繋いで確認を始める。
 菓子を手にした瞬間、目つきが鋭く変わる辺り、香坂さんの血をしっかりと受け継いでいるのだと実感する瞬間だ。


「今月のお菓子も綺麗ね。香坂さんには毎月新作をお持ちいただいたうえに、実演までしてもらって感謝の言葉もないわ。患者さんからも好評なのよ……それだけに神崎さんが今日は眠ったままなのがしょうが無いけど残念だったわね。ものすごく楽しみにしていらしたから」
 

 宝石のような出来映えの菓子に顔をほころばせていた沙紀さんが、心底残念だと顔を曇らせる。
 神崎さんの状態は同窓会のあった今年初めからみて、徐々にではあるが確実に体力を失っている。
 特に今月に入ってからはほとんど意識が戻らない日が続き、親友であるユッコさん達も覚悟を決めているそうだ。
 ただご本人は目が覚めている間は、変わらず明るいままなのが幸いと言って良いのだろうか。 
 

「爺ちゃんも何も言わないけど、残念がってます。ここに来るの毎月楽しみにしてますから。店用の新作デザインよりも見舞い品の方が気合い入っているくらいっすよ」


「そうそれならよかったわ。ご迷惑じゃなかったならよかったわ」


「迷惑所か喜んでいます。爺ちゃんなんつーか神崎さんに惚れたみたいなんで。老いらくの恋って奴ですか……子供の時に食べた菓子の味を覚えててくれて、食べられなくても買っててくれたなんて職人としちゃ最高の誉れって奴っすよ。しかもVRとはいえ、十数年ぶりに食べられて、目の前でうれし涙まで流してもらえたんじゃ惚れるなってのが無理です」


「それをいったら神崎さんもね。香坂さん達が来る前には、三島先生に服を選んでいただいているのよ。今月もご一緒に楽しそうに選んでいたのに」


「地元でも今いろいろあるんで、爺ちゃんも何日も留守に出来ないから起きるまで待ってるって出来無いっすからね」


 しんみりと話を進める2人を横に俺は無言で茶を啜る。
 あのお二人の精神的な交流は俺が知っているようなモノとは違うだろうが、一種の恋愛だってのは俺も判っていた。
 神崎さんがいつまで持つのか。
 たぶん沙紀さんにそれを聞けば、今の医学でならかなり具体的な数字で判るだろう。
 だからこそ聞けない。聞けば確定してしまうような気がしているからだ。
 

「……シンさん。オッケだ。寸分の狂い無く再現が出来てるって11代目予定の俺が保証する」


 細分まで検分したセッさんが小さくしかし自信を持って頷く。
 香坂雪道渾身の作『単衣酔芙蓉』のVR化が出来上がったと。


「了解。じゃあ香坂さんに最終確認とるか」 


 自分でも完璧に出来たとは考えている。
 考えてはいる。だが俺はこの瞬間いつも思う。
 VR化で満足しているのは他に手段が無いからであり、香坂さん本人は手ずからのリアルで作り上げた菓子を、神崎さんに渡したいと考えているのでは無いかと。
 丹精に心を込めて作られた新作菓子をVR化するたびにその思いが募る。
 そして俺の手の中には、香坂さんの願いを叶えるための手段がある。
 あるが使えない。
 それこそ地球全人類の運命を引き替えにするかも知れない選択肢。
 チート存在である相棒の所属する宇宙文明が持つ技術ならばと。
 救える手はあっても、使えないことに俺は罪悪感を覚えていた。

















『……タ……ンタ……もうシンタ起きなってば。あと2つで降りる駅でしょ』


 脳裏に響く聞き慣れた声に俺は目を覚ます。
 あくび混じりに目を擦ってみてみると、仮想ウィンドウの向こう側に透けるように帰宅ラッシュで混み合う満員電車の車内が目の前にあった。
 どうやら西が丘ホスピスの帰りの車内で時間があるからと、仕事関係の資料を目を通していたんだが、寝落ちしていたようだ。
 睡眠時間が少ないからなのか、それとも歳でもとったか。昔なら貫徹の2、3日余裕だったのが、修羅場の連続で疲れ切っていたせいかあまり無茶がきかなくなっているようだ


(悪いアリス。助かった)


 最初は驚いたが、アリスが脳内ナノに侵入してきて俺の脳神経に直接声を飛ばしてくるのはもう慣れた物。
 慌てる事も無く、俺は太ももの上に展開した仮想コンソールを叩いて、礼をチャットで送っておく。
 WISで送るとなると、満員電車内でぶつぶつ言っている迷惑な乗客になるんで、最低限の常識だ。


『別に良いよこれくらい。それより聞いてよ。クロガネの奴から、またβテストの募集告知での問題点の指摘が来たんだけど…………』


 俺の礼は軽く流して、憤ったアリスは一方的に自分の話を始める。
 当初の目的通りというか、目的以上にクロガネ様のテストプレイヤー抜擢は上手くはまったといえる。
 何せ相手は隙あらば俺を潰そうと思っているほどに敵対的かつVR命のゲーマーなクロガネ様。
 ダメ出しが容赦ない上に、多岐にわたり、その上実にいたいところを突いてくれやがっていた。
 まぉおかげでウチの佐伯さん率いる開発部が本気になって、たった半年足らずで当初の予想を半年以上繰り上げての、オープンβテスト決定へとこぎ着けたんだから、御の字だろう。
 まぁそれで和解できるなら良いんだが、相変わらず敵対状態中。
 事ある毎にアリスと女性版クロガネ様はゲーム談義でぶつかり合うわ、時折顔を出す男?クロガネ様は切れ味抜群の鋭い意見をぶち込んでくれて、徹夜改修にひた走ったりと修羅場には事欠かない状態だ。


『……………って聞いてるの!? シンタ。さっきから気の抜けた返事ばっかなんだけど……なんかあった?』 

 どうにもテンションが落ちている所為か、相づちを打つだけで生返事を繰り返していた俺に、真面目に聞けと一瞬怒りかけたアリスだったが、どうも俺の様子に何かを感じ取ったのか、心配げに問いかけてきた。
  

(あーちょっと考えごとしてた悪い)


 俺の考えごと。
 それは昼間に西が丘ホスピスで考えていたこと。
 今の宇宙文明では肉体のクローン化。精神体の移植。要は魂を移すことも出来ると前にリルさんからは聞いている。
 神崎さんを救う事なんてアリス達からすれば、朝飯前なんだろう。
 だがアリス達の銀河文明は、未開惑星への過干渉を禁じている。
 俺達が打つのはその隙間を縫って、学術目的を名目としたPCO計画。
 リルさんにルールを確認しつつ案を立て、さらには会社的には中立という立場を固持しながらも、プライベート時間で多少なら協力してくれるというサラスさんに精査して貰いつつ、出来る事、出来無い事を1つずつ確かめて、地球への仕掛けを施している。
 思っていた以上に出来る事は少なく、思っている以上に技術干渉は困難ってのがここ半年の感想だ。
 だから神崎さんを救うための技術をこちら側に送れるかなんて、アリスに聞かなくても結果がわかる程度には、勘が働いていた。


(なぁアリス。そっちの技術なら…………悪い何でも無い)


 だが一人で悶々と悩んでいた所為か、つい答えのわかっている問いかけをしようとして、我に返り俺は断念する。
 アリスは良い奴だ。
 そんなこいつが世話になっているユッコさんの親友を助けられるかなんて聞いて、出来無いなんていうはずが無い。
 だがアリスは1つの会社の最高責任者で有り社員を率いる社長。
 そして地球の命運すらも握っている。
 PCOの裏の目的である暗黒星雲調査計画にもようやくめどが付いてきた矢先に、今までの道筋をぶち壊しにするかも知れない、選択肢をアリスに呈示するのは酷な話だろう。
 だから途中で黙ったんだが、
   

『そっか。今日お見舞いだったよね……………ごめんね。シンタ。ユッコさんには何時か一緒にあやまろ』


 だけどこいつは勘が良い。
 中途半端な俺の言葉からでも、今日の予定から俺が何を考えているのか察したのだろう。
 声でも判るほどに落ち込んでいる様のアリスが想像できる。頭のウサミミも力なく垂れ下がっている事だろう。


(いや俺こそ悪い。無理だっての判ってて聞いたんだから……お前はあんまり気にするな。第一に信じられる話じゃ無いだろうが。お前が宇宙人で、しかも魂を新しい肉体に移せますなんて。地球文明からすればあり得ないっての)


 あまり意味は無いと判りつつも茶化すような文章をコンソールを叩く。
 まだチャットでよかった。
 文章だけならともかく、表情まで作れるわけが無い。


(昔のSFじゃないが、俺自身だったらコピーだけど本人ですなんていわれても、自分は自分なのかって葛藤して、気が狂うか、全部の記憶消去したくなるっての)


『うん。実際今もよくあるから。クローニング後の自己アイデンティティの損失とか。カウンセリングも盛況だよ。一回受けてみる? シンタの場合は自分の悪行を見つめ直して反省した方が良いだろうし』 


 俺の下手な冗談にアリスも悪態混じりで返してくるが、その声には何時もの元気は無い。
 こっちの罪悪感を相棒にまで感染させちまったのは失敗だ。
 俺自身も含めて、どうやって気分を向上させるか……


「何してるか! この痴漢!」


「な、何を言っている! 私が痴漢だと! し、失礼じゃ無いか! しかも人を足蹴にしてどういうつもりだ」


「ふっ! あたしの正義のモノクルはごまかせないわよ! この子に痴漢してたでしょ。あんた!」


 やたらと人聞きの悪い声が車内に響く。
 どうやら隣の車両で何か騒ぎがあったようだ。
 声の感じだとまだ若い女といい年したおっさんなんだろうが、女の方はなんかやたらと芝居がかっていた。
 俺がいる車両も突然の騒ぎにざわついているが、ぎゅうぎゅう詰めな車内では隣の車内の様子はうかがい知る事が出来無い。
 気分が沈んでいたところでアレだが、ちょっと気になるのは野次馬根性なんだから仕方ないと思いたい。


『車内監視カメラをクラックした映像あるけどシンタも見る? うわ。がっつり痴漢だよこの人。これでやってないなんて、よくしらを切れるね。おぉ良い蹴り。助けに入った子、服装の趣味もいいし、ドラマみたい』


 相棒。お前もか。
 っていうか満員電車内で蹴りって?
 アリスが良い趣味って、それ絶対悪趣味だろ。
 なんつかー妙に気になる感想に好奇心が刺激される。 


(送ってくれ)


『うい。仮想ウィンドウに送るね』  


 先ほどまで資料を展示していた仮想ウィンドウが切り替わり、満員電車内を天井から撮影した映像へと切り替わる。
 ぎゅうぎゅうに押し込められた人の群れの中から一部がクローズアップされる。
 アリスの編集か? 仕事早すぎだろお前。
 ドア側に押し噛まれた中学生らしいおとなしそうな娘に、その前にいた40代くらいのリーマンが人に押されたふりをしながら、時折接触するついでに尻やら胸をもみしだいている様がしっかりと撮影されている。
 周囲からは見つけられないようにしている辺りが、実に手慣れた風だ。
 被害に遭っている子も気が弱いのか、それとも偶然なのかわざとなのか判らず何も言えずに泣きそうな顔を浮かべているだけだ。
 その瞬間画面の端を黒い何かが通り過ぎた。
 それは制服の上になぜか黒マントを纏うという、じつにアレな服装の少女だ。
 痴漢の存在に気づいたらしき少女は、その場で跳び上がりつつ、つり革を支えに使って間にいた乗客の頭を飛び越す。
 そのまま痴漢をしているおっさんへと跳び蹴りをぶち込みつつ、被害者少女と痴漢のおっさんの間に無理矢理に割って入りやがった。
 運動神経が良いとか以前に、なんつー常識の無さだ。一歩間違えれば目の前の無関係な乗客ぶち倒しかね無い攻撃に躊躇なさすぎだろ。
 画面に非常識少女の顔が映し出される。
 意志の強そうな溌剌とした顔には分かり易い怒りの色を込めている。
 その怒りを浮かべる右目にはアンティークを通り越して失笑ものなモノク…………いや待てこの顔。しかも時代錯誤のマントにモノクル。
 

「沙紀さん苦労してるな」


 娘の将来が心配になる沙紀さんの心労の一端だが判った気がする。
 昼間見せて貰った映像より美少女度は5割増し。そして聞いていた話よりも、3倍近くアレな行動に俺は同情を覚えたくなる。
 いやお嬢さんがっつりパンツが見えてたけど、自分のは良いのか。
 あんた一応西が丘グループのご令嬢だろうが。
 なんだろう。ここまで突っ込みが追いつかない存在はアリス以来だ。


『シンタ知ってる子?』


(あー、知ってる。つーかこの子の親が知り合いだ。放置するけどな。下手に助けると面倒が再燃しかねない)


 知らないふりをして、このまま鉄道警察に任せるのが一番だろう。
 疲れている時に余計な心労を重ねる趣味はない。
 沙紀さん辺りに運命だなんだと理由を付けられて、見合い話をふられたらしゃれにならん。
 リアルタイムに切り替わった映像では、隣から聞こえてくる怒声にあわせておっさんとマントアレが言い争いをしているが、どう考えてもアレが勝ち……今のおっさんの動き。
 言い争いに夢中になっているマント少女とおろおろしている被害少女を尻目に、おっさんの手が目立たずに動いた事を俺は捉える。
 周りも気づいた様子は無い。
 ……まじで手慣れてやがる。あの野郎。常習犯か。


『シンタ今の』


(判ってる。アリスちょっといってくる)
 

 当然同じ映像を見ていたアリスも気づいていたようだ。
 せっかく座れていたのが、ちと残念だが後どうせ二駅で乗り換え。
 今日中の帰宅は諦めた俺は電車から降りると、同様に隣の車両から降りてきた騒がしい一団へと近づいていった。























 予想より長引いたので、上下編に分けます。



[31751] 老いらくの恋 下
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/08/20 20:44
「軽くふらついて接触しただけで痴漢呼ばわりか! おかしいのは服装だけでは無いようだな!」


「何度も触ってたでしょうが。あたしの目はごまかせないわよ!」


 高圧的な態度をとるリーマンと、真っ正面から食ってかかるちょっとアレな女子中学生。
 親子ほど年の離れた2人が怒鳴り合う姿は帰宅ラッシュ直撃の駅のホームで目立つ事この上ない。
 肝心の被害者の子といえば、見た目通り気が弱くて大人しいのか、自分を置いてヒートアップする2人に、どうして良いか判らずおろおろして不安そうな顔を浮かべている。
 その一方で加害者の方は、自分には非が無いと不貞不貞しい態度で堂々としている。
 一見真面目な細身中年サラリーマンが、着込んでいるのはオーダースーツ。時計、バックも奇はてらってないが、そこそこ良い物。
 結構な給料を貰っているか、それとも見栄で揃えたかどっちかは判らないが、痴漢って言葉には不釣り合いな金の掛かった格好をしている。
 で問題はあのアレな中学生の方だ。
 暑さの盛りは過ぎたとはいえ、まだまだ残暑厳しい9月にただでさえ奇異に映る黒マント。
 さらにその美少女顔を残念クラスまで落とし込む、明らかに浮いたモノクル。
 人情的には痴漢騒ぎがあったなら、普通なら女性有利、しかも相手が少女なら鉄板なんだろうが、この組み合わせじゃ正直イーブンか。
 ただアレマントは当事者ではあるが、被害者じゃ無い。
 保護欲をかき立てられそうな被害者の子が前面に出てきたのなら、勝利確定は間違いなしな状況。
 ただあのおっさんもそれは判っているのか既に手は打ってやがる。


「すみません。通ります。お客様なにかございま…………」


「第一あたしの格好のどこがおかしいのよ! みなさいこの装飾美と機能美!」


 演劇のように大げさな身振りで、アレな少女がばっさとマントを翻すと、キラキラと光を放つその裏地が姿を見せる。
 マントの裏地に広がるのは、細やかな装飾にも見える銀線と、その線の途中に砂粒大の粒子が無数にちりばめられていた。
 表地は地味な単色。裏は豪華って江戸っ子かお前は。
 しかも裏地のは、俺が知っているのとはだいぶ趣は違うが、銀線がプリント基板になっている。細かいのはナノCPUか?
 所々にコネクタやら拡張ゲートらしい物もあるから、何らかの機械っぽいが、
 

「あたしの2年分のお小遣いと労力を費やし完成したカシミヤ100%マント型高性能VRツール。名付けてSchwarze Morgendämmerung zwei! 今はモノクル型モニターが必要で一部限定機能状態だけど、あたしが脳内ナノを入れたら据え置き型筐体と同等の処理速度を誇る予定の逸品よ!」
 

 予定かよ……つーか着れる筐体って。
 このフルダイブ受難のご時世に。時代と真逆を全力疾走だなおい。
 まぁ制作開始が二年前のVR全盛期なんだから、仕方ないかも知れないが、よくあの事件の後でVRが規制されても作り上げた事には、素直に感心はする。
 ただ貴重すぎるカシミヤを、そんなニッチな物に使うな。
 痴漢騒ぎに同情的な目を向けていた周りのOL連中の目線が敵に回ったじゃねぇか。 
 なぜか勝ち誇る少女に、敵対していたおっさんも唖然とし、騒ぎを聞きつけ慌てて駆け寄ってきた駅員もどうした物かと固まってしまった。
 なんだろう。突っ込みが追いつかない。
 昼間にも思ったが、拘っているのは判るが常人とは一線を画したこのアレッぷりはやはり我が相棒と同類だ。


『シンタ。あたしに失礼な事考えてない?』 
 

(お前と同類な凝り性だって感心してんだよ……アリス。加害者、被害者。後マントなアレのデータをリルさんに調べてもらえるか? 攻略手段を考えるのに欲しい)


『アレ呼ばわりでなんか納得が出来ないんだけど……オッケ送るよ』


 頬を膨らませて不機嫌にウサミミをゆらりと動かしむっとしたアリスの顔が脳裏に浮かぶが、おそらく想像通りな表情をしている事だろう。
 それでも仕事はきっかりな辺りが我が相棒の美点。
 送られてきた3人のデータを確認するが、さすがリルさん。
 どんな手段を弄したのかは理解不能だが、一瞬で俺が欲しい情報を揃えてくれている。

 加害者は水野幸司(48)関西に本社を置く総合商社の営業職。
 週一の頻度で東京出張をしており、今日もその帰り道。
 営業成績はそこそこ優秀な方だが、時折成約にまで至らず。
 その時はなぜか東京駅までのルートを最短では無く、大回りになるが人の多い路線を選択している。
 怪しい事この上ないが、犯罪歴は一切無しと。
 上手い事立ち回って、仕事で溜まった鬱憤のストレス解消をしているっぽいな。  

 アレマントの方は西ヶ丘麻紀(15) 西が丘医療大学附属女子中学三年。
 家柄、容姿、頭脳、身体能力その全てが一級品でありながら、トラブルや問題行動が多すぎて、学校開設以来一番の問題児。
 経営者一族に連なる令嬢でありながら卒業と共に実質放校処分である内部進学不可処分が決定済み。
 トラブルといっても自分が原因というのは少ない。
 放校処分の直接の原因は、無許可で家庭用核融合炉と称した謎機械を校内で組み立てていた事か。
 自前核融合炉を持つのはこの手の人種にとって究極の夢らしいが、その起動実験で無断拝借した学校の総電源を落としていやがる。 
 後のトラブルの大半は今日のように正義感から首を突っ込んだり、元から遭ったトラブルを解決しようとして結果的に拡大させたりと、まぁ一言で言えばお節介なトラブルメーカーな娘って所か。
 今日は秋葉原帰り。電機部品でも仕入れに行った帰り道なのか、やけに硬派な紙袋が脇に置いてある。

 そんなはた迷惑な2人に巻き込まれる事になった哀れな被害者が高山美月(15) 都立中3年。
 容姿は清楚といえば聞こえは良いがはっきり言えば地味で、校則を律儀に守っている真面目な子だ。
 成績は科学系の成績が飛び抜けて良いが、他は見事に平均点と。
 本人には目立った特徴がこれといったのが無いが、母親は幼い頃に死別し父親の方も仕事がちょっと変わっていて、現在女性向け寮で一人暮らし中っていうのが特記事項か。
 父親はJAXA所属で国連に長期出向中。出張先は月。
 月面で行われている国連主導各国共同開発の国際事業であるヘリウム3採掘プロジェクト。
 通称ルナプラントに主任設計師として参加している宇宙工学者高山清吾という変わりダネだ。
 今日はその父親との定期通信の帰り道ね。
 
 3人のプロフィール、現状、そしてちょっとの個人的な理由で勝ちパターンを思考していく。


『駅の電光掲示板やらモニターに、さっきの痴漢映像とか表示できるけどやる? 勝ち確定するよ。痴漢の報いとしては最上級でしょ。ただでさえ疲れているシンタが出なくてもすむし、今面倒事に関わると厄介になるかも知れないよ』


 セキュリティが厳しい鉄道会社に何者かが侵入。
 盗み出された電車内の監視映像が、駅前の大型ビジョンにでかでかと映し出される。
 本日の夕方トップニュース確定だな。
 アリスの奴は俺の体調を心配してくれて、そんな案を出したようだが、さすがに大げさすぎだ。


(却下。あっちの子が耐えられないだろそんな羞恥プレイ。下手に撮影されたらネットにリアル痴漢映像ってばらまかれるぞ。一応手は考えた。俺の方の心労は心配すんな。おっさんは罪をなすりつけようとした事も含めてきっかり断罪しつつも、小さめに終わらせるから、少し様子見。出のタイミングを計る) 


『りょーかい。きっかり引導渡してよ。あんな女の敵で卑劣な奴には』 
 

(任せろ)

 
 さておっさん。切り札をささっと使え。
 上手い手を考えたつもりだろうが、そいつがあんたを追い込むって骨の髄まで叩き込んでやるからよ。
















「話はわかりました。お嬢さん確認しますが、本当にこちらの方から、故意に触られたり等の痴漢行為がありましたか?」


「えっ、その、たしかに何度か当たっていましたけど、」


「だからそれは電車が揺れた拍子だ! 娘みたいな歳の子に痴漢をするわけが無いだろうが!」 


 駅員からの確認におどおどとしつつも答えようとした美月は、その途中で男性から上がった怒声にビックとなり声に詰まる。


「女の子に怒鳴るな! 怯えちゃって答えられないでしょ! 駅員さんこんなのとっとと逮捕してよ!」


「お二人とも落ち着いてください。さっきから話が進みませんから」


 助けに入ってくれた変な格好の女の子が男性に怒り、それを駅員が慌てて間に入って宥める。
 このやり取りは既に何度目だろうか。 
 なんでこんな事になったんだろう。
 情報機密や運営の関係上、週に一回しかも特定施設からでなければ出来無い父親との会話を終えて気分がよかった昼間が嘘のようだ。
 泣きそうになりながら、美月はどうして良いのかと途方に暮れる。
 確かに電車の中で何度も今揉めている男性に接触されて、良い気分はしなかった。
 でも男性が言うとおり電車が揺れていたし、人も多くて押された可能性もある。
 だから多少は怪しく思っても、自分が少しだけ我慢していれば、何もなく終わったはずなのに。
 高山美月という少女は良くも悪くも、内向的で大人しく、我慢強い。
 嫌な事があっても自分が少し耐えれば良いと思い、あまり自己主張が出来無いのは、母親を早くに亡くし、忙しい父親にあまり無理を言えなかった所為だろう。


「皆さん落ち着いて下さい。まずは身分証となる物を、出来ればICパスなどがあればご呈示していただけますか。身元の照会をさせていただきます」 


 このままでは埒が空かないと諦めたのか、駅員はマニュアルにしたがった対応で犯罪歴の有無を確かめる身分証の呈示を求めた。
 乗車用の氏名が明記されたICパスならば、鉄道会社に顧客情報が登録されているので、照会する手間が楽なのだろう。
 

「ほら。これでいいでしょ」


 助けに入ってくれた少女が駅員の言葉を予想していたのか、マントの内ポケットから、やけに可愛らしい子猫のイラストが入った定期入れを差し出した。
 

「お預かりします……西ヶ丘さん。貴女ずいぶん騒ぎ起こしてますね。つい1週間前にもトラブルを起こしているようですが」


 駅員の顔が少女、西ヶ丘の顧客情報を見て引きつる。
 その変化はどう見ても好意的な物ではない。
  

「優先席を占領しているのが悪い。貴方達だっていってるじゃない。お年寄りや怪我をしている人には席をお譲りくださいって。それなのに、目の前に杖を突いているお年寄りがいるのに席を譲らないから注意しただけの事よ」


 だが駅員の指摘に対しても、少女、西ヶ丘は悪びれる様子は一切無く、マナー違反者を注意して何が悪いと勝ち誇っている。
 自分には、見知らぬ他人を注意する事も、あそこまで開き直る事も到底出来無いな。


「えっ?」


 西ヶ丘の精神的な強さを少しだけ羨ましく思いながら、自分のICパス入れを取り出そうと手に提げていたトートバッグを開いた美月は、予想外の物を発見して困惑する。
 バッグの中には確かに自分のパス入れがあるが、その上に見知らぬ財布が入っていた。 黒革製の薄手財布はどう見ても男性用で、自分には一切見覚えが無いから、家で間違えて入れてきたという事も無いはずだ。
 いつのまに?
 

「蹴られた私が加害者扱いされなければならない。全く忙しいんだ私は……財布はこちらに入れたか?」


 駅員からの呈示を求める行為に不満げな態度を見せながらも、背広のポケットを探った男性だったが、財布が見つからなかったのか、持っていたバッグの方を探し始めた。
 ……まさか?
 見覚えの無い財布に、財布が無いと探す男性。
 容易に予測できる最悪の状況に美月の顔が蒼白に染まる。
 ひょっとしたら西ヶ丘か男性を蹴りつけた拍子に、飛び出した財布がバッグの中に偶然紛れ込んだのか?
 だが私のバッグに見知らぬ財布が入っていましたけど、違いますかなんて尋ねれる状況では無い。
 自分は痴漢の被害者扱いで、相手は加害者扱いのこの状況で、素直に名乗り出ても男性から好意的に受け取られるわけが無い。
 美月がどうして良いか判らずにいる内に、男性が財布が無いと騒ぎ立て始めた。


「確かに入れていたはずだ。改札を通るまであったぞ! おい貴様か!? 先ほど揉めた隙に私の財布を盗んだか!?」


「はあっ!? 巫山戯ないでよ! なんであたしがおじさんの財布を盗まないといけないのよ!」


 疑いの目を向ける男性の言いがかりに、西ヶ丘が激高して真正面から否定する。
 だが怪しげな服装に奇怪な言動。さらにはつい先日も揉め事を起こしたという西ヶ丘を見る周囲の目は疑わしげだ。


「だったら貴様が暴力を働いたときに落としたかもしれないな! カード類もあるのにどうしてくれる!」


「そんなの痴漢したあんたが悪いんでしょうが!」


「だから私はやっていないといっているだろうが! 何度も痴漢呼ばわりをするな! 名誉毀損で訴えても良いんだぞ!」


 このままでは助けてくれた少女が、悪者にされてしまうかも知れない。
 自分が疑われる事になるかもしれないが、他の誰かが疑われるのは絶対に嫌だ。

  
「あ、あの、わ、私のバッグの中に知らない財布が入っていたんですけど、これひょっとして貴方のでは無いです……か?」


 おどおどしつつもなけなしの勇気を振り絞った美月は、バッグの中から財布を取り出し男性へと差し出した。
 

「……確かに私の物だ。中に社員証がある。駅員さん。私の物だという事も含めて確認してもらえるか」


 美月から財布を受け取った男性は中身を一瞥してから、すぐに駅員へと財布ごと渡す。 受け取った駅員が身分証の顔写真と男性を見比べてから、ICパスをリーダーへと通してチェックを入れる。


「水野さんでお間違いないですね」


「あぁそうだ。今調べたのでついでに判ったと思うが、私はこの後の新幹線を予約済みだ。あまり手間をとらせて欲しくない」


 駅員の確認に鷹揚に頷いた水野は腕時計の時間を確認して、時間が無い事を告げ、この痴漢騒ぎが実に迷惑だと言いたげに鼻を鳴らす。
 堂々としたその態度は自分が痴漢などしていないと、主張しているようだ。


「……さてお嬢さん。貴方の身分証を出してもらえるかな。それとこちらの方の財布が貴方のバッグに入っていた理由も説明していただけますか。ホームでは他のお客様のご迷惑になりますので皆さん駅舎の方にお願いします」


 自分が盗んだと疑われているのだろうか。
 駅員はただ見てマニュアルに従った対応をしているだけなのだろうが、どうしてもその目線や言葉に、後ろめたい事など無いのに、美月はびくびくしてしまう。
 周りで成り行きを見ていた人が交わすざわめきの中には、『財布をすりとって痴漢呼ばわりだってよ』や『大人しそうな顔して酷いわね』などひそひそと交わす悪意の混じった会話が聞こえてきた。  
 どうしよう。自分は何もしていないのに……足元が崩れ落ちるような感覚を覚え泣き出したい美月に、予想外の方向から救援の手がさしのべられる。


「待て。それには及ばない。あっちと違ってこちらは、真面目そうなお嬢さんじゃ無いか。おそらくあっちの娘が私を蹴りつけたときに、偶然財布が飛び込んだのだろう。あまり騒ぎ立てるような事では無い。第一にだ、盗んだ財布を素直に差し出すわけがないだろ」


 痴漢の疑いをかけられた水野だ。 
美月に悪意は無く、あくまでも偶然だろうと周囲にも聞こえるような声で駅員へと伝えた。
 周りの誤解を解いてくれるつもりなのだろうか。
 痴漢呼ばわりされていても弁護してくれる辺り、実はいい人ではないか。
 だから水野が言うとおり、たまたま偶然に手が当たっただけで、本当に痴漢では無いのでは? 
 この人を痴漢呼ばわりするのは失礼かも知れない。


「とにかく私は時間が無い。ともかくどちらも誤解だということで解放していただきたい。お嬢さんもそれでどうかな? 故意にではないが不快な思いをしていたのなら、謝らせていただくので許して欲しい」


 駅員へと大事にしたくは無いと言いつつ、美月へと和解を水野が提案する。


「はっあ!? 財布はそうでもあんたの痴漢は違うでしょうが!」


「ふん。私は痴漢などしていない。むしろ問題になるのはお前が振るった暴力だ。それも大目に見てやろうと言うんだ。感謝して貰いたいくらいだな」


「ぐっ、こ、この」


 周囲の空気も水野の態度に、ただのタイミングの悪い事故だったのでは無いかという雰囲気が形成され始めている。


「あ、あの私のほうはそれでも」


 助けてくれた西ヶ丘には悪いが、痴漢では無いと駅員に伝えた方が良いのかもしれない。
 西ヶ丘が蹴ってしまったこともちゃんと誤れば許してくれるだろう。
場が丸く収まるなら、水野の提案を受け入れた方が良いだろうと美月が答えようとしたところで、、


「あーと失礼します。ちょっと知っている人の娘さんぽいんで」


 周りの野次馬を掻き分けて、1人の青年が姿を現した。
 安っぽいスーツ。印象の薄い平凡的な顔立ち。中肉中背。
 あまり目立たないよくいる若手社員といった感じで、街ですれ違っても次の瞬間には記憶には残らないだろうほどに、よくいるタイプだ。


「あぁ。やっぱりそうだ。どこかで見た事がある顔だと思ったんですよ」


 平凡すぎて印象が薄いから言い切るのはきついが、美月の知り合いでは無いとは思う。
 だが西ヶ丘の方も、訝しげな目で青年を見ているので、どうやら知り合いというわけではなさそうだ。
 水野を一瞥した青年が何故かにやりと笑ってから美月へと目を向けると、


「人違いだったらすみません。月に行っている高山清吾先生のお嬢さんの美月さんですよね?」


 朗らかな笑顔をうかべた青年が、父の所在だけで無くまだ名乗っていない美月の名前さえも言い当てる。
 
 

「え……は、はい……そうですけどパ……父のお知り合いの方ですか」


 予想外の問いかけに普段の呼び方で答えそうになってしそうになったが、さすがに中学三年にもなって人前でパパ呼びは恥ずかしく思い、美月は言い直しながら確認する。
 

「知り合いというかファンの1人です。有象無象の1人なんで先生は覚えていらっしゃらないと思いますが、講演会で何度かご挨拶をさせていただいてます。月で仕事なんて浪漫ですよね」  


 揉め事の渦中にある3人の張り詰めた空気が読めていないからなのか、それとも何か考えがあるのかは判らないが、何故か1人嬉しげな顔で美月に話しかけてくる。
 月が仕事場という一風変わった父には、若いファンというか支持者が付いているが、この青年もその1人のようだ。
 

「ちょっとなによあんた! 今大事な話の最中なのに話の腰を折らないでよ! この痴漢を断罪中なのよ!」


 いきなりしゃしゃり出てきて空気を引っかき回す青年に西ヶ丘が不機嫌をあらわにして食ってかかる。
 水野に都合が良い方向に話が進みかけている状況に溜まってきている鬱憤もあるのだろうか。


「あ、すみません。尊敬する先生の娘さんがお困りのようだったらお助けしようと…………そのきち、いえ奇抜な格好。ひょっとして沙紀さんの娘さんですか?」


青年の方は慌てる様子も見せず頭を下げかけたが、西ヶ丘の格好に目を丸くしてから、美月にしたような問いかけを西ヶ丘にもした。


「なっ!? マ、ママの知り合い!?」


 この子も同じような呼び方をしているんだ。
 少し子供っぽいと思う呼び方が自分1人で無い事に、美月は場違いながらも安堵と、西ヶ丘に対して親近感を覚えた。


「えぇ、お仕事でお世話になっています。今日もその帰り道ですよ。少しアレな娘さんだとは聞いていましたが、噂通りの方ですね」


 青年が浮かべるのは笑顔だが、先ほどまでと違って、底意地の悪さが微かに見える黒い物が若干混じっている。
わざと怒らせようとしているのでは無いかというほどだ。


「ど、どういう意味よ! あんた馬鹿にしているでしょ!」


「あぁ駅員さんそれに水野さんでしたね。こちらの美月さんは至極真面目な方だと、お父様からお伺いしています。人の物を盗むなんて絶対にやったりしませんよ」


 西ヶ丘も青年の言葉にそれを感じたのか一層不機嫌になるが、青年は涼しい顔で西ヶ丘の言葉を無視し美月の擁護を始めだした。
 

「ただこちらの麻紀さんはちょっと問題行動が多いそうで、今回の件も保護者の方にちゃんとお伝えした方がいいかと。あぁ私の方で連絡しましょう」


 それどころか唖然としている駅員や水野を尻目に強引に場の流れをかっさらっていく。
 仮想コンソールを展開したのか、青年が何もない空中に素早く手をうごかした。
 凡庸な見た目に反して、矢継ぎ早に打つ手で自分のペースに持っていく強引さは、場数を踏んで揉め事になれた熟練者を思わせる。


「えっ…………ちょっとっ! ちょとストップ! ストップ! ママに連絡は止めて! せめてパパにして!」


「待て。いきなり出てきてなんの真似だ。私は時間が無いんだぞ」


 母親に告げ口をされるのか心底いやなのか西ヶ丘が顔を青ざめさせ、一方で水野も電車の時間が気になるのか、慌てて青年を制止し始めたが、


「あ、どうも沙紀さん昼間はどうも。三崎です……あ、いえ仕事では無いんですけど、帰り道に電車でお嬢さんと遭遇しまして…………」


 電話中お静かにとでも言いたげに左手を上げて2人を制した青年が、今度は明らかに判るにやりとした笑顔を浮かべる。
 そこにいたのは先ほどまでの凡庸な青年では無く、張り巡らせた罠に誘い込んだ獲物を見る狩人だった。














『へぇー、満員電車の中でいきなり人様を蹴りつけたと』


「だ、だからそれは痴漢が」


『周りの人に当たったらどうするつもりだったのかしら麻紀は。それに先週も騒ぎね。お母さん聞いてないわね』


 駅のホームで俺の真正面で正座してダラダラと冷や汗を流す黒マント少女。
 うむ実にシュールだ。
 俺の目の前と言っても少女は俺に対して正座しているのでは無く、俺の視界を通じて娘を見ている沙紀さんに対してだ。
 仮想ウィンドウの1つに院長室でお仕事中だった沙紀さんの顔が映し出されているが、まぁなんとも心胆を寒しからめる怒りようだ。
 この映像は俺の方で通信回線を維持しつつ、麻紀お嬢ちゃんのマントを経由してモノクルにも映し出されている。
 俺から連絡を受けた沙紀さんは最初は何の連絡だろうといぶかしげだったが、娘絡みと判るとすぐに本人と直接話させろというご要望だった。
 保護者への連絡が必要な時は、母親と違い娘には甘い父親を通して隠してたことなどもばれた所為か、沙紀さんのお怒りはゲージマックス状態だ。
  
 
『まぁいいわ。お母さんもお父さんにいろいろ聞かないといけないから忙しいし。この件は帰ってきたらじっくり道場で聞きましょうか。武術は喧嘩じゃ無いって思い出すように、久しぶりに稽古を付けてあげるわ』


 そういや沙紀さん合気道や日本武術をやっているとか言っていたな。娘の方のアレはその影響か。
 稽古の名を借りて、安易な暴力に奔った娘をしっかりと絞るつもりのようだ。
 処刑宣告を出された娘さんの方は、母親に告げ口をした俺に対して実に恨みがましい目を向けていた。


「……あら何その顔。何か言いたいことあるなら言って良いわよ』


「わー違うの! ママじゃ無いの! 反省してます! ごめんなさい!」 


 だが俺の視覚の向こう側にいる沙紀さんの怒りをさらに煽ったことに気づいて、ぺこぺこと頭を下げて謝っている。
 ぱっと見には女子中学生を土下座させて謝罪させている俺という、実に印象最悪な絵面が展開される。
 まぁこれも含めてある意味で俺の狙い通りだ。


『三崎君。悪いけど後は頼むわね。治療代とか必要ならちゃんと出すから…………昼間のお願いをこんな手段でつぶしに来た三崎君なら、”どっち”にしろ上手くまとめられるでしょ』


 沙紀さんが申し訳なさそうに事後処理を頼んだ後に、一転して飽きれ混じりの不満げな顔で通信を切断する。
 どっちにしろっていうのは相手が無実なら上手く示談に、痴漢ならやっちまえって意味だろうか。
 それ以外にも、ついでとばかりに麻紀さんのヘイトを俺が高めていた事に沙紀さんは気づいていたようだ。
 これなら沙紀さんがお見合い話を再燃させようとしても、麻紀さんから絶対拒否が入るだろう。


『シンタ。きっかり見抜かれてるわね。あとさぁ……やり過ぎじゃ無い? この世の終わりみたいに凹んでるけど』


 俺の目線を通してみていたもう1人。
 アリスが麻紀さんに対して、何とも哀れみを含んだ同情的な声を上げる。あれか服装や言動で親近感でも覚えたのだろうか。
 

「………………」


 目に見えて落ち込んでいる麻紀さんの様子に、アリスの言葉ではないがちとやり過ぎたかなと思いつつも本命クエの前のサブクエストは無事終了ってところ、ここからが本番だ。


「お待たせいたしました水野さん。西ヶ丘さんからは、怪我があるようでしたら医療費や慰謝料などもちゃんとお支払いすると確約を頂きましたので、私がここから交渉させていただきます。三崎伸太と申します」


「怪我などしていない。なんだね君は。私は忙しいんだと何度も言っているだろ。すぐに解放してもらいたい。本日中に社に戻れなくなったらどう責任をとってくれる。私たちの仕事は一分一秒が利益や損失に繋がる仕事だ。こんな所で油を売っている暇は無いんだがね」


 俺が差し出した名刺を一瞥するだけで受け取りもせず、水野のおっさんはどんどん大きくなる話に焦りの色を覗かせていた。
 おっさんの狙いは、話を小さくに終わらせること。
 一瞬の隙を突いて高山さんのバッグへと自らの財布を忍び込ませていた手際や、それをスリなどと騒ぎ立てず事故で終わらせたのは、高山さんのあまりはっきりとは物を言えない性格につけ込んで、話をそこで終わらせる腹づもりだったのだろう。
 もし素直に財布を出してこなかったら、なんやかんやで言いがかりを付けて、駅員に手荷物検査をさせて、スリの汚名でも着せる。
 後は同じように慌てふためく相手に、寛容さを見せて示談で済ませる。
 どちらにしろ当事者同士の示談で、しかもむしろ自分が被害者として終わらせる。
 痴漢行為を発見されたあの状況からの手際。慣れてやがるとしか思えない。
 

「新幹線をご利用の予定でしたよね。先ほど時刻表を調べましたが、リニアの方なら1時間ほどは時間の余裕があるようですしそちらをご利用なさってはいかがですか。もちろんその乗車料金はこちらが持ちますので。こちらの確認はすぐにすみますので」


「何を確認するんだと言うんだね! 私がこの無礼な娘に蹴りつけられたのは確かな事実だ。こちらのお嬢さんも証言できるぞ!」


「えぇ美月さんも確かに見ておられますが、やはり監視カメラの映像でもしっかりと確認した方がよろしいでしょ……”前後”の流れを含めてね」


 だけどそうは問屋が卸さないっての。
 まぁお望みなら一刀両断。あっさりけりを付けてやろう。
 

「ひょっとしたら貴方が本当に痴漢をなされた上に、話をうやむやにするために財布を忍び込ませた瞬間が映っているかもしれませんけどね」 


 せせら笑いを浮かべた俺の直接攻撃に、水野おっさんの顔色が変わった。
 こっちは監視映像にきっかりと映されていることを、のぞき見しているので先刻承知。
 痴漢行為があくまでも事故だと言い張ったとしても、先ほどの財布を忍び込ませた瞬間は言い逃れが出来無いだろ。


「なっ!? 私はやっていないと言っているだろう! しかもなんて言いがかりだ! 不愉快だ! 失礼させて貰う!」


「ま、待ってください。一応映像を確認しますので」


 俺が全部を知っていることを察し、それでも自分は無実だと言い張った水野のおっさんは立ち去ろうとするが、その態度に不信感を感じたのか、駅員もやんわりとだが水野を引き留めようとその腕を掴んだ。


「はなせ! 俺はやってないぞ!」


 自分の腕を掴んだ駅員を水野のおっさんが無理矢理にふりほどく。
 火事場の馬鹿力なのか結構な勢いでふりほどかれた駅員が、ホームドアにぶつかり大きな音をたてる。
 駅員の制止を無理矢理ふりほどく痴漢容疑者。
  はい。印象確定。有罪決定。鉄板完成だ。


「っ! どけ! 邪魔だお前ら!」


 にやりと笑う俺をみた水野のおっさんが自分のしでかしたことに気づいて、さらに顔面を蒼白にし、即座に野次馬を突き飛ばして無様にも逃げ出した。
 だが水野が逃げ出した方向は改札では無く、反対のホームの端だ。
 よほど慌てているのか、逃げる方向さえ判っていないようだ。


【間もなく二番ホームを特急列車が通過します。ご乗車になれませんので黄色い線の内側に下がってお待ちください】


「一番ホームトラブル発生! 拘束します!」


 先ほど吹き飛ばされた駅員は駅のアナウンスに次いで業務放送でトラブルを伝えると、逃げ出した水野のおっさんをつかまえようと慌てて後を追いかけた。
 職務に忠実でご苦労様な事だ。
 後は任せれば大丈夫だ……


「逃げるな! この卑怯者!」  


 先ほどまで落ち込みまくっていた麻紀さんが、怒り声と共に水野の後を追いかけていった。
 スライドに差があるはずなのにあっという間に先行する駅員を追い抜き、水野に肉薄する。


「あんたの所為でママにやられる数の数倍分の投げ技を喰らわせてやるんだから!」


 あの驚異的な馬力は私恨か。
 怨み積もりが篭もった怨念めいた声に追いかけられる水野が、背中だけでも見えるくらいにさらに焦りを見せ……
 !?
 まじか!?
 水野の進行方向が変わった。
 先ほどまではホームの端を目指していたのが、反対のホームドア側。下り線路に向かっている。
 あっち側の線路には特急列車が入り込んできたところだ。
 激烈に嫌な予感がし、俺はとっさに走り出す。
 自殺でもする気か!? 
 それともここは高架になっていない駅。列車が来る前に線路を乗り越えて、住宅街に逃げ込む気か!?
 どっちにしろ無謀も良い所だ。タイミングがシビア過ぎる。
 こういうときは嫌な予感が当たるもんだ。水野のおっさんは俺の予想通りホームドアによじ登り、乗り越えようとしてしている。


「逃がすか!」


 さらに最悪だあの馬鹿!?
 追っかけている馬鹿娘のほうは電車に気づいていやがらねぇ!
 後ろから跳び蹴りで仕留めようとホームを蹴って跳び上がりやがった。
 まずいあのままじゃ2人とも線路に落ちるぞ!?


(フォロー!)


 とっさに仮想コンソールを叩き一単語を打ち込む。相棒なら俺の考えが判る。
 打ち合わせなんて必要ない。
 状況に気づいて悲鳴を上げる乗客や、緊急停止スイッチに駆け寄る駅員を避けながら、スライドを大きくして一気に俺は迫る。
 ホームドアによじ登って無防備な水野の背中に麻紀さんの足が突き刺さる。しかし勢いが付きすぎている。
 ホームドアの向こう側に2人の姿が消えようとして、
 させるか!
 飛び込むように俺もジャンプして半身を乗り出すようにホームドアに体当たりをかましつつも、右手で視界の隅に映った麻紀さんの黒マントを何とか掴む。
 千切れるなよ。
 祈るように思いつつ無理矢理に半身をひねり勢いで麻紀さんの身体をホーム側に引きずり戻す。
 さらに手探りに近いが、伸ばした左手が麻紀さんの向こう側の何かを掴む。
 それが水野の一部かどうかは判らないが、重い感触に悲鳴を上げる右手と、ホームドアの天辺に乗っかり重心を一斉に受けてやけに痛む腰を無視してそれも投げ捨てるように、ホーム側へと引っ張り込んだ。
 2人を無理矢理にホームへと引きずり込んだ代償に、俺の身体は半分以上が線路側に飛び出している。
 このままでは俺が線路に落ちる事は避けられない。
 だが俺にはアリスが相棒がいる。
 あいつなら俺の行動を判っている。
 麻紀さんを投げ捨てた右手をホーム側に伸ばす。
 

『シンタ!?』


 そこに俺を引っ張り込もうとするアリスの手が…………俺の手は何もない空中を空しく掴んだ。
 常に聞こえてくるから忘れていたのかも知れない。
 アリスはあちらと違ってリアルでは俺の側にはいない。
 アリスの本体はここから遙か彼方の辺境宇宙。
 泣きそうなアリスの声がやけに響いて聞こえ、わずかな浮遊感の後に後頭部と背中に重い痛みが奔る。
 悲鳴を上げてきしむ鋼鉄の音と、激しい振動を伝えるレールが、朦朧とした意識の中でも、生存本能をかき立てる。
 たしかホーム下に待避場所があっ
































「リル! 緊急跳躍! 目標座標地球!」


 身を横たえていたソファーから跳ね起きたアリシティアは、絶望感を覚え泣きながらも必死に指示を出す。
 三崎が落ちてすぐに列車が通過し、電車の側面やホームへと肉片と血が飛び散った。
 それがアリシティアが最後に確認したホームのリアルタイム映像。
 地球なら即死だ。だが自分達は違う。
 あの程度なら時間凍結で現場を保存し、肉体の再生を行い精神体を回収する。
 自分達の科学技術ならあの程度何のことは無い。
 三崎はまだ生きている。そこにいる。
自分は三崎の存在を感じている。
 なら地球に到達さえ出来れば助けられるはずだ。
 地球に観測されようが、星系連合から懲罰が喰らおうが知ったことか。
 自分には三崎が必要だ。側にいて欲しい。
    

『地球への超長距離跳躍は不可能です。お嬢様のナビゲート能力。そして創天の跳躍能力では能力不足です。三崎様が所有なさっていた通信機器ナノセルを解体、脳機能への生命維持装置へと変換しようとしましたが、絶対数の不足に再構築に失敗いたしました』


 今の創天では、そしてアリシティアでは、遠く離れた地球まで到達できない。
 アリシティアもわかっていた事実を、リルが冷徹に告げる。
 自分はこんなに近くに感じているのに、三崎は遠くにいる。
 その事実が、当たり前で有りながら忘れていた事実が、さらにアリシティアを絶望へと落とし込む。


「無理でも良いから! 絶対最上位命令!」


「申し訳ありませんお嬢様。最上位のご指示でも、お嬢様の生命に危険をもたらすご指示には私は従うことが出来ません」


 跳躍の失敗は、アリシティアの母達のように現実空間への帰還すらも出来無くなる可能性が高い。
 ましてや8万光年を超える超長距離など、アリシティアの能力と創天の跳躍可能距離から考えて成功する可能性はゼロだと断言できる。
 だからリルの答えは当然アリシティアにも判っていた。
 だがそれでも諦められない。
 こうしている間にも、三崎を感じ明るく照らし出されていたアリシティアの世界は、火が消えたかのように暗く染まっていく。
 ディメジョンベルクラドとしての能力が、必須とする道しるべたるパートナーを失い、急速に落ちている。
 その事実が嫌でも三崎を失っているのだと、アリシティアは気づかされる。
 落ちていると言っても、ただ昔に戻るだけだ。
 アリシティアが三崎と出会った頃に。
 地球時間でほんの数年前、宇宙的に見ればほんの少し前の状態に戻るだけ。
 だが一度光り輝く世界を知ってしまったアリシティアには、あの世界に戻るなんてもう耐える事など出来無い。
 自分の周りしか見えず、行き先が見えず、真っ暗闇の世界。
 暗く寒い世界なんて、三崎のいない世界なんて耐えられない。
 あそこまで行ければ三崎を助けられる。
 地球にさえ行ければ三崎を助けられる。
 まだ助けられる。
 一縷の希望が、絶望に染まるアリシティアの心の中で、最後の抵抗を始める。
 その力の源は三崎を思うこと。
 性格が悪く、悪知恵が働き、逆境面白がる悪癖を持つが、それでもお人好しで、絶対に諦めず、地球売却という無理難題にすらも必死で挑み、勝ち筋すら見つける最高のパートナー。
 アリシティアと共に歩んでくれるはずの存在。歩んでいる存在。
 ディメジョンベルクラドの能力は相手を思うことで強くなる。
 思いが強く深ければ深いほどその力はより強大に、明確に世界を照らし出していく。
 三崎の命が刻一刻と失われていくこの逆境において、三崎と共有した諦めない心がアリシティアの能力を目覚めさせる。
 銀河全てを支配下に置いた強大な帝国の支配者にして、最高峰のディメジョンベルクラドとしての能力が……………





 ナビゲータ能力規定値を突破。

 別宇宙到達実験計画『双天計画』再開承認。

 当艦の再起動完了。

 ナビゲータの意思に基づき、跳躍準備を開始。  

 偽装外装上部に多数の生命体および建造物を感知。

 実験生物たちによる初期宇宙施設と判明。

 貴重なサンプルと判断し内部へと回収。

 回収完了。
 
 跳躍範囲空間指定……………出力不足。恒星を含む超長跳躍は不可能。

 範囲空間再指定…………第二惑星より第四惑星軌道までの空間ならば跳躍可能。

 跳躍範囲指定完了。安全のために範囲内の全空間時間流凍結……凍結完了。

 恒星系級超質量長距離跳躍実験艦【送天】跳躍開始

























 転章の終わりにして、気分的には序章終了です。
 最初の投稿から二年以上かけているんで、遅すぎるだろとお叱りの言葉を頂きそうですが、これが本音ですw
  年少VR初心者組の顔出しもすんだので、地球側の主要キャラは大抵出そろいました。
 ここから先は宇宙をメイン舞台に、一部を除いて何も知らず地球のゲームを繰り広げるプレイヤーと、それを逆手に宇宙文明相手にやり合っていく主人公達の話になります。
 地球全人類を含んだ太陽系一部を伴っての外宇宙への跳躍(ただし恒星抜き)
 これがこの作品のスタート地点で有り、これから先の物語の舞台となる大宇宙で地球人類が、戦闘民族だの最強実験生物やらあいつら何時も斜め上を進んでいやがると噂される事になる発端の始まりです。
 ぼちぼち書いていきますので、これからもお付き合いをしていただけますとありがたく思います。 



[31751] 第二部 エピローグ ソフト&ハードなコンビ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2014/08/27 00:38
 見上げたのは大きな満月だった。
 白い光を放ち、静かに輝く夜の女王。
 父があそこへ仕事で行くと聞いたのは3年前。中学に上がる少し前だったろうか。
 子供のような人。
 それが亡くなった母が笑いながらよく言っていた台詞で、周囲の人達が語る父の印象で有り、高山美月も否定できない父のイメージだった。
 研究に没頭すれば、食事はとらないし、ほとんど寝ているのかさえ判らない不定期な生活を送る。
 見た目にちょっとだけ気を使えばそれなりに見られる顔なのに、家にいるときは無精髭と目の下にくまがデフォルト。あまり格好良くは無い。
 親子の会話の中でも今自分がやっている研究だと、幼い美月には難解な宇宙工学論や建築論を交えて熱く語る。
挙げ句の果てには、いくら長年の夢で理論を実証する機会だからといって、たった1人の家族で有り1人残すことになる娘になんの相談も無く、月行きを即断で決めてしまう。
 少し前までは内向的であまり我が儘が言わなかった当時の美月でさえ、親としてはどうかとは多少は思わくも無かったほどだ。
 しかしそれら父の悪いところも全部含めて、美月は父が好きだった。
 とにかく父の語る話は全てが夢のようでワクワクさせてくれる。
 何時か人はあの月に大きな工場を作り、そこで作られた宇宙船と共にこの太陽系へ広がっていく。
 お隣の火星や先の木星。さらにはその先まで。
 そこでは、まだ見たことの無い景色や現象が自分達を歓迎している。
 世界は驚きと新発見で満ちている。
 太陽系を飛び出した地球人は、何時かは宇宙人にすら出会えるだろう。
 講義や講演会で語る内容は非常に高度で有りながら、その根底に流れるのは、いつまで経っても変わらない宇宙に憧れる少年の夢。
 その語りや夢をかき立てられる斬新な発想から、一部のマニアやら研究者には圧倒的な支持を受けて、若きカリスマとして慕われる宇宙建築工学者。
 それが美月にとって自慢の父高山清吾だった。




「…………っ……ん」


 瞼越しにも伝わるまぶしい明かりを感じて美月は目を覚ます。
 日が差し込んできたベット脇の小窓を見てみれば、何時もはしっかりと閉めていた遮光カーテンの一部が開いて、そこからだんだんと昇るのが早くなる6月の太陽が顔を覗かせていた。
 枕元に置かれた誕生日プレゼントの純白の眠り猫を模した目覚まし時計に目をやれば、いつもの起床時間より1時間も早かった。


「あ……そうか昨日そのまま寝ちゃったのか」


 なんでカーテンが開いていたのだろうと半分眠っていた脳で考えた美月は、端と思い出す。
 一昨日に脳内ナノシステムを投入した影響か、軽い頭痛を覚えてどうにも眠れずにいた。
 本を読む気にもなれず、カーテンを開けた美月は、最近では当たり前になって目新しさも無くなったがオーロラに覆われた夜空の彼方でたたずんでいた月を何気なく見ていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 今では少し懐かしくなった父の夢をみたのは、月を見ていた所為か、それとも脳内ナノシステム構築の副作用で、人によっては記憶の一部がフィードバックされるという説明があったがそれが原因だろうか。
父の夢を見たのは久しぶりだ。
 もう会えなくなってしまったのが今でも悲しい、だがそれでも夢も会えたことは少し嬉しい。


「せっかく早起きしたし、麻紀ちゃんの朝ご飯も作ってあげますか」


 目尻から涙が流れていたことに気づいた美月は手でぬぐい取ると、気分を変えようと伸びをしながら起き上がった。
 麻紀のことだ。どうせ昨夜も夜更かしをして起きられずに、今日も朝ご飯も食べずに家を出てくる羽目になるだろう。
 登校時間までに作れるレシピを頭の中で考えながら、美月はこれまたやたらと可愛らしい猫がプリントされたパジャマを脱ぎ始める。
 高校にもなってこの柄は少し子供っぽいかなとは思うが、使っていないと時計と一緒にプレゼントしてくれた麻紀がいじけるので、仕方なく使っている……ということにしているお気に入りだ。

 太陽フレアの異常活発化に伴う巨大太陽風が地球圏を襲い、既存衛星システムが壊滅し通信、航空、航行システムに被害をもたらした地球全土に渡る大規模災害。
 通称【サンクエイク】事件から早10ヶ月。
 その残滓は今も地球全土でオーロラが観測される異常状態を伴い、時折吹き荒れる太陽風が衛星の打ち上げを強固に拒み、艦船や航空機の通常運航を妨げている。
 大気により減少され地上では人体に影響が無い程度には軽減されているとは言え、日本上空にすらもオーロラを発生させる太陽風による電磁波は、今も猛威を振るっている。
 地上においては既存の通信網も影響が顕著で、不安定な回線は情報伝達の欠落や遅延化を引き起こしている。
 宇宙においては航行、航空システムなどGPSシステムの基盤となる衛星網が壊滅したことで引き起こされた経済混乱と停滞による社会不安は、国家間の相互不信を生んであわや戦争という自体にまで発展しかけていた。
 アメリカのとあるベンチャー企業が新たなる通信技術をフリー特許で公開し、各国の企業連合体による通信情報網の立て直しが行われていなければ、実際に第三次世界大戦が起きていただろうという専門家の分析もあるほどの大惨事が起きた日は、美月にとっても特別な日だ。
 痴漢に遭っていたところを助けてくれた親友である西ヶ丘麻紀と出会った日で有り、分厚い大気によって護られていた地球と違い、太陽風の直撃を受け全職員の生存が絶望視されるルナプラントに勤務していた父を失った日でもあった。    
 親友を得て、父を失った日。
 美月はこの日を一生忘れないだろう。













『これは陰謀です。そうで無ければあの混乱状態からこんなに手早く通信網を復旧させる手を打てるわけが……規模被害をもたらす太陽風をあらかじめ予測し……・ージ粒子通信なんて……・クボックス化された怪しげな新規通信システムも……』


『本日は関東一円は……・無い青空の広がる……なると予想されます。所によっては昼間よりオーロ……が予想されますので、脇見運転や電波障害にお気を付け……』


『地球を助けに来た宇宙人の……て考えてみてもください。宇宙では……害が出ている電磁波が、地球……万分の一以下になるなんてありえな……』


『規制条例の施行から……昨今の世界的状況から……撤廃や……・条件の見直しが考えられて……今期国会……』



 麻紀との待ち合わせ時間からは、既に30分が過ぎている。
 駅の待合室のベンチで待ちぼうけを食らう美月だが、大体三日に一度は寝坊して送れてくる麻紀の行動パターンには慣れた物で、連絡する気すらない。
 どうせ寝坊は予測して、登校時間には十分な余裕を持っている。
 ただあまり甘やかすと癖になるので、そろそろ怒るターンにするべきだろうか。
 昨年までの美月だったら友達とは言え誰かを注意するなんて考えられなかったが、父を失ったことで精神的に自立した事や、目を離すと何をしでかすか判らない麻紀のおかげで、だいぶ精神的には強くなったと思う。
 ただ先月は麻紀を少し叱りすぎて、本気で落ちこませ泣かせてしまったので、ちょっとは手加減してあげるべきだろうかと、ぼんやりと考えていた。
 使い込んで細かな傷が目立つ端末モニターで、電波障害によってノイズが混じる情報バラエティ番組や今朝の気象情報を適当にザッピングして確認していると、 
 

『電磁障害を完全無視。粒子ネットへの接続端末ならブロードエルファスの……』


 ゲージ粒子相互干渉情報伝達機構。
 電磁波による影響を受けず、高速で大容量の情報伝達を可能とする新規格無線通信機能。
 通称粒子通信用に、新規発売されたVRネット接続端末の広告情報が目にとまる。
 この端末も、もう古くなってきたからそろそろ買い換え時期だろう。
 美月が今使っているモニター端末は、旧式の無線機能を使った父のお下がりだ。
 父の形見のような物だし、愛着が無くなったわけでは無いが、今の電波状況では使いにくいことこの上ない。
 それに適用可能年齢に達した事で許可が下りた美月の頭では、今現在ナノマシーンによる脳内ナノシステムが構築中。
 そして今日は入学した工業高校で、外部講師を招いた簡易講習が行われた後、初の完全フルダイブ授業が行われることになっている。
 この機会に接続端末を粒子通信用最新型に買い換えるのも有りだろう。
 理論等のソフト系ならともかく、こういうハード系のことなら麻紀の方が詳しい。
 遅刻したバツに今日は学校帰りに下見に付き合ってもらおうか。
 そんな事を考えていると、  


「ふふふっ! 待たせたわねマイフレンド! っていうか許して! 今日は寝坊じゃ無くてママと喧嘩してたから!」


 謝る気があるのか今ひとつ判らない謝罪と共に階段を一気に飛び降りて待ち合わせ相手の西ヶ丘麻紀がようやく姿を現した。
 いつになくハイテンションな麻紀は、モノクルの奥でぐるぐると目を回しながらトレードマークの黒マントを翻して意味の無い高笑いをしている。
 明らかにアレな格好と行動を行う微少女に対して、周囲の大半の乗客や駅員には特に反応は無い。
 美月達が入学してからこの路線を使うようになって、すっかりお馴染みとなった朝の名物キャラ。今更麻紀のこの程度の奇行で驚く者はいないのだろう。


「また喧嘩したの……原因は?」


 どうせ麻紀が100%悪いのだろうと思いつつも、一応原因を尋ねる。
 西ヶ丘家は親子仲は悪いわけでは無いが、何せ娘がこれだ。
 どれだけ叱られようがお仕置きされようが、悪い意味でへこたれず懲りない麻紀に母親も苦労しているようだ。
 麻紀の母親に初めて会ったときなど、娘にまともな友達が出来たと心の底から喜ばれた。
 今では麻紀の母親である沙紀には、実の娘より美月の方が信頼されている始末で、無駄遣いの多い麻紀のお小遣い管理権も付随したお目付役を任されているほどだ。
 
 
「ふっ! 知れたこと! 今日は待ちに待った初フルダイブの日。そこであたしは考えた! 素晴らしきVR世界を余すこと無く我が親友が堪能するためにも、私の最高傑作Schwarze Morgendämmerung zweiを美月専用に作り上げようと。悪の居城に侵入して宝箱から」


「沙紀さんの部屋からお金を持ち出そうとして見つかったと……よく逃げられたね麻紀ちゃん」


 回りくどい麻紀の説明の途中で、後の展開が予想付いた美月はため息混じりに結論を弾き出す。
 丁度良いタイミングでVR接続機器を選んでくれるのは良いが、それがそのセンスを疑いたくなる黒マント型端末だったり、その為に親のお金に手を出そうとしたり、相変わらず最悪な選択肢ばかり選ぶ、そのお嬢様然とした見かけと裏腹の残念さだ。
 

「……殺されるかと思った。っていうか帰ったら投げ殺される」


 よほど怖かったのか顔を青ざめさせた麻紀の足を見ると、ガクガクと震えていた。
 おそらく駅まで全力疾走で逃げて来たのだろう。
 泣きそうになるくらい怖かったなら、少しは後の事を考えて行動してほしい。
 万が一上手くお金を盗み出したとしても、現金が減っていれば気づくだろうし、美月に黒マントを贈った段階でその制作資金源を問い詰められて、最終的にはどうやっても沙紀に知られる事になるのだから、最初からやらなければいいのに。 


「今日はウチに泊めてあげるから、後で一緒に謝ろ」


 ただ麻紀の場合、美月に対する純粋な好意が暴走した結果。
 仲裁くらいは入ってやろうと美月は打開案を提案する。
 一晩経てば沙紀の怒りも多少は収まるだろう。
 結局投げられることは変わらないだろうが、謝った後でなら多少は手加減してもらえることだろう。 


「さすがあたしの心の友! 何時か絶対美月専用作るからね! まってて!」


「いらないから」


 先ほどまで泣きそうになっていた麻紀が今度は喜色満面の笑顔になり、大げさなほどの身振りで美月に抱きついてきた。
 麻紀のアクションが極端なのは慣れているし、美月の運動神経では麻紀のハグからは逃れられないのは、よく判っていたので諦めて麻紀の任せるままにする。
 ここまでやっていても周りの人達は、何時もの日常風景として気にもとめていないのは喜んで良いのか悲しんで良いのか判らないと思いつつ、麻紀が今日は輪に掛けて情緒不安定な事に美月はようやく気づく。
 何時もおかしいから気づくのが遅れたというのは麻紀に失礼だろうか。


「……麻紀ちゃんひょっとして今日寝てない?」 


 この躁鬱の入れ替わりが激しいナチュラルハイな感じは徹夜明けの父がよく見せていた物に似ている。


「フルダイブできると思ったら興奮して眠れなかった」


 馬鹿なのか。素直なのか。よほど楽しみだったのだろう。
 自分が男だったら見惚れるだろうキラキラした目で笑顔を浮かべる麻紀に、美月はもう一度ため息をはき出す。
 せっかく朝ご飯を作ってきてあげたが、これは昼ご飯までお預けだ。


「駅に着いたら起こしてあげる。もし座れなくてもあたしに抱きついて良いから電車の中で寝なさい」


「任せて大丈夫! あたしの情ね」


「寝なさい……怒るよ」


「はい」


 父を失った寂しさを忘れるような賑やかな日々。
 これが今の美月を取り巻く日常だった。



















「失礼します。お久しぶりです羽室先輩」


 ノックの後に技術科準備室の扉が開き1人の青年が姿を現す。
戸室工業高校技術科教師羽室頼道の大学時代の後輩で有り、今はVRソフト企業に勤務する三崎伸太だ。


「おぅ悪いな伸太。忙しいところにわざわざ。助かった」


 久しぶりに会った後輩は、大学時代と相変わらず平凡が服を着て歩いているような、どこにでもいる若手サラリーマンといった雰囲気だ。
 もっとも平凡なのはその見た目だけ。
 中身は敵対者には悪辣かつ相当質の悪い罠師であり、身内から見れば頼りになる人間だと知っている羽室は、相当忙しいはずなのに今回の頼みを快く引き受けてくれた後輩へと頭を下げ礼を述べる。


「先輩の頼みは断らず。それがウチのサークルの伝統でしょ。後で一杯奢って貰えばそれでオッケですよ」


 快活な笑顔を浮かべた三崎は、大学時代を思い出す気安さで返してくる。
 在籍時代に共に、ゲーム同好会から変化作り上げた上岡工業大学ゲームサークル通称KUGCを発展させた仲である同士は、良い意味で遠慮の無い性格は変わっていないようだ。
 

「判った判った。だが教師の安月給に期待するなよ。飛ぶ鳥を落とす勢いのお前の所ほどは貰ってないんだからよ」


 新型通信システム粒子通信技術を引っさげ情報網を失いかけ混乱に陥った世界へと、大規模な攻勢を掛け業界の表舞台に躍り出たアメリカ発のベンチャーVR企業ディケライア社。
 干渉を嫌う社の方針で株式公開などをせずシェアは微々たる物だが、粒子通信が世界のスタンダードへと日に日に駆け上がっている今ではその影響は世界レベルと言い表してもっても誇張は無い。
 そのディケライア社に三崎が深く関わっているのは、関係者の間ではよく知られた話だ。
 

「あー先輩。よく誤解されるんですけど、俺あっちはあまり関わってませんよ。事件の影響でオープンが遅れているPCO関連でいろいろやってますけど、あくまで所属ホワイトソフトウェアの下っ端GMなんで……今月の給料なんて手取り19万ですよ。ほら」 


 だが三崎は頬を掻いて否定し、その証拠とばかりに電子明細を呈示して見せた。
 どうやら同じように給料や所属を聞かれまくっているようで、その対応は慣れた物だ。


「お前いろいろやってるんだろ。それでよく耐えられるな。っていうかまだGMなのか?」


 三崎の活躍は羽室の耳にも届いてくるくらいに多岐にわたり、目覚ましい成果も上げているとは聞いていた。
 粒子通信のフリー特許化、敷設を協力に進める企業連合体形成。
 それらの世界的な動きにすら三崎が関わっているはずなのに、なんで未だにその安月給で一介のゲームマスターなんぞを続けているんだと、羽室は驚く。


「まぁGMが好きなのもあるんですけど、うちの会社は上がガチの化け物揃いなんで俺なんぞまだまだですよ。特に須藤の親父さんは、リルさんもおどろ……あーともかくまだまだ修行中なんで、合間を見てディケライアの方を協力してるだけです」


「相変わらず貧乏くじって言うか、お人好しかお前……まぁ俺が言えた義理じゃ無いがな。VR授業の講師なんて頼んで悪いな。通信形式が粒子通信に変わって初の授業だからな。詳しい奴の1人でも紹介してくれればと思ってたんだが、お前本人が来てくれるとは思わなくてな」 


「気にしないでください。粒子通信だと脳内ナノをスムーズに繋ぐ設定は旧式とだいぶ違いますからね。簡易マニュアルも持ってきたのでこれからの参考にしてください。それにVR授業の補助講師もよくやってたんで慣れたもんです」


 頼み事には快諾し、面倒事にも真摯に挑む。
 これは三崎の本性であり、お人好しとも言われる一面ではあるが、このお人好しはただのお人好しでは無い。


「……あとここの生徒に繋ぎを付けたいのがいたので、先輩からの頼みが渡りに船だったりします。無難な手で高校に入り込めたので助かりました」


 三崎の口元にもう一つの本性である黒さが滲む。
 どうやら三崎個人の思わくも何かしらあるようだ。
 悪巧みを隠そうともしない、この辺も相変わらずのようだと羽室は懐かしさを覚えつつも教師という立場から一応忠告する。


「一応言っておくが生徒に手を出すなよ。アドレスを聞くのも禁止な。講師のナンパなんてPTAが五月蠅いからな」


「親御さんの許可を取った上ですよ。第一ナンパがばれたらウチのに殺されますっての。先輩も知ってるでしょ。あいつって実は結構嫉妬深いですよ」


「あぁ……そうだったな。似合わないから忘れてたがディケライア社の社長ってアリスだったな。それなら伸太が無償だろうが協力するのは当たり前だな」


 羽室も旧知の人物で有り、同じゲーム内で駆け抜けたギルドメンバー。
 今もっとも話題になっている企業を率いる若き女史。
 どうにもゲーム時代のマスコット的な印象が強すぎて半分素で忘れていたが、ディケライアの社長がアリスである以上、三崎が協力しないわけがないと羽室はすとんと納得する。 

「まぁ……惚れた弱みって奴です」


 三崎伸太は、アリシティア・ディケライアの公私にわたるパートナーである。
 三崎の左手の薬指に光るリングがそれを強く主張していた。























 











 第二部スタートして、第1話にしてエピローグですが誤字でも間違いでもありませんw
 
 この後の展開を含めた次回予告はこんな感じです。

 初めてのVRフルダイブを体験する女子高生コンビ高山美月と西ヶ丘麻紀の2人の前に外部講師を名乗り1人の男が現れる。
 面識は無いはずだが、何故かその男が死んだ瞬間の記憶を持つ2人に対して、その男……三崎伸太は一枚のVRフォトを呈示する。
 そこに映るのは、10ヶ月前に事故によって月面で死んだはずの美月の父である高山清吾の姿であった。
 父の行方を尋ねる美月に対して、三崎は己が開発した新作VRMMO 【Planetreconstruction Company Online】で行われるオープニングイベントへの参加を促す。
 そのイベントで入賞することが、父の行方を知る鍵になるという言葉と共に三崎は姿をけす。
 VR史上最高金額の賞金1億円を賭けて行われるオープニングイベント【暗黒星雲調査計画】
 父の行方を知るために、2人はゲームへの参加を決意し、教師である羽室の紹介で別ゲームで勇名を馳せ、PCOへの参加を計画していた攻略ギルドKUGCの門を叩く。
 VR規制事件以来、初の国内大型新規開発にして、ついに姿を現した次世代VRMMOを待ち望んでいた数多の廃神達を相手に、初心者コンビは戦いを開始する。


 

 そろそろVRもちゃんと書かないと看板に偽りありそうなのでこんな感じでw
 しばらくは主人公交代しつつも、三崎とアリスは存在感たっぷりに。
 そして物語は二部エピローグからプロローグにという変則仕様です。
 いろいろ放置して進んでいますがぼちぼちと行きますので、改めましてお付き合いのほどよろしくお願います。



[31751] A面 その花は百合にあらず、ライラックなり
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2017/02/14 01:31
「や。高山さんおはよう……西ヶ丘さんどうしたの。新手のプレイ?」 


 昇降口で下駄箱から自分の靴を美月が出していると、バスケ部所属のクラスメイトの女子が通りがかりに挨拶をしてきた。
 どうやら朝練終わりのようで上気した頬の彼女は美月の背中を指さす。
 美月の首元にがっつりと腕を回して寄りかかって寝息をたてながらも、一応自分の足で立つ麻紀が張り付いていた。


「おはよう。寝不足で朝から突き抜けてて、電車の中で寝かせてからずっとこの状態。一応は歩いてくれるからこのまま連れて来たの」
  

「いつも通りって事か。西ヶ丘さんらしいね」


クラスメイトはその説明で合点がいったのか、特に聞き直すでも無く何事も無かったかのように頷いている。
 美月自身もどうかと思う説明だが、それで納得されてしまうのが西ヶ丘麻紀だ。
 クラスメイトや学校関係者達は麻紀の奇行と無駄に高いスペックやら奇妙な特技にある程度は慣れているので、校門での服装チェックや昇降口までも、特に注意も注目もされずにすんだが、それもどうだろうと美月は思わずにいられない。


「あ、そうだクラスの男子が、西ヶ丘さんに用事あるらしくて教室で待ち受けてたよ」


「なんの用事か聞いてる?」


「さぁ。詳しくは知らないけど新作端末がどうとか言ってたから、ハードの購入とか改良の相談に乗って欲しいのかも……でも西ヶ丘さんその状態で大丈夫?」


 麻紀の普段の奇行や問題行動は明らかにアレだが、かろうじて紙一重の向こう側に立っている。
 面接やら中学の内申書等、人格面は最低レベル評価ながらも、試験で満点をたたき出したから合格した。
 今年度から定期学力テストの上位者発表がされなくなったのは、麻紀対策で相当強化された試験問題ですらも、その元凶が易々と全教科オール満点をたたき出したせいで、2位以下の普通なら優秀と評価される生徒達が自信喪失しないように教師側が配慮したから。
 マントなどという明らかな校則違反や、そのエキセントリックな言動が厳重注意レベルですんでいるのは、将来的な名声を見込んだ学校側の思わく等々。
 いろいろな噂があるが、麻紀が中学時代には学校の総電源と引き替えに家庭用小型核融合炉を稼働させ、そのセンスを疑いたくなる形ながらも高性能端末を作り出すほどに、学力のみならず工作技術にも長けた生粋の実戦派ナードであることは誰もが認めることだ。
 だから技術的な事で麻紀に尋ねたり、故障した私物や学校の備品の修理などを求める生徒や、教師は思いのほか多い。
 麻紀のほうは麻紀の方で、頼られるのが嬉しいのか、自分の趣味に合えば気軽にサクサク引き受けるので、その迷惑すぎる性格ながらも、見た目の良さと、それに反したなじみやすさである程度は受け入れられていた。
 もっとも受け入れられた理由の半分は、美月というリミッター兼外付け常識回路にして絶対停止装置が陰に日なたにフォローを入れているからというのも大きいだろう。
  

「たぶん大丈夫だと思うけど、ちょっと気をつけてあげてくれるかな。朝からお母さんと揉めたみたいだから」


 抱きついては良いと言ったが、この無理な体勢でここまでぐっすりと熟睡してくるとは思わなかったのが正直なところだ。
 ただ朝の麻紀のハイテンションな躁状態は極度に高く、登校前にも家でいろいろやらかしている。
 普段は強気一辺倒だが、下手にスイッチが入れば、自分の行動を思い返した反動で麻紀は鬱状態になる。
 躁状態が高ければ高いほどその反動は強くなるので、今日の勢いでは一気に反極の状態になりかねない。
 少しでも寝てフラットな状態に戻ってくれればと、起こすようなこともせず、美月は歩きにくいのと、学校までの人の目についてはあえて無視して登校してきていた。


「あ~……了解。他の連中にもスイッチは押すなって回しとく。じゃあ一応用心して起こさない方が」


「ふっ。話は全て聞かせて貰ったわ!」


 美月の説明に事情を察した女子が、気を利かせようとしたが、その言葉を遮り、いつの間にやら起きていた麻紀が会話に割り込んできた。
 ひょっとしたら最初から起きていたのでは無いかと、疑いたいほどのタイミングの良さだ。


「あたしの助力が必要なのは誰! あたしに全部任せなさい!」

 
 目をぐるぐると回したままの麻紀はハイテンションな高笑いを上げると、靴を履き替えもせず、教室へ向かって走り去っていく。
 美月が止める間もなく、その黒マントは無数の足跡を残しながら階段の踊り場に消えていった。


「……確かに高いね」
 

「そうでしょ……掃除用にモップを借りてくるね。ごめん麻紀ちゃんの上履きを持っていってもらっていい?」


 今更追いかけても遅いだろう。
 諦めた美月は、麻紀が残した足跡を消すために近くの教室へと掃除用のモップを借りにいくことにして、麻紀の下駄箱から上履きを取り出すと鞄の中に常備している麻紀用の靴入れ袋に押し込んで、クラスメイトに持っていってもらえるか頼んでみる。
 

「持ってくのは良いけど。ちょっとは自分でやらせた方がよくない?」 


「あそこまでいってると言っても聞かないよ。怒っても良いんだけど、アレ私も痛いし麻紀ちゃん泣くから。それにすごい注目されるからあんまりやりたくないかな」

 
 だが麻紀の世話を焼くのはある意味で自分の為だと自覚する美月は笑ってみせる。


「……高山さんの怒り方ってインパクトが強いからね。入学式で西ヶ丘さんを止めたときの話なんて今でも語りぐさだし」


 ただ麻紀を甘やかすだけなら美月にも批判が来そうだが、美月の怒ったときの様は周囲をどん引きさせるほど。 
その仕草や人の良さそうな笑顔を見れば大人しい文化系女子高生という存在を絵に描いたような美月だが、それは麻紀と出会う前までの話。
 この十ヶ月でその見かけとは些か違い、男前だと影で囁かれる方面へと行動や精神面は成長していた。













「気分乗らない。やだ」


 行儀悪く自分の机にべたっとだれて倒れ込む麻紀は顔だけを上げると、拝み込んでくる3人の男子ににべもなく断る。
 昇降口からの猛烈な勢いのまま教室へと登場した麻紀だったが、麻紀の登校を待っていた男子達からの依頼内容に急激にテンションを下げていた。
 これなら美月と一緒に教室まで来ればよかったと、クラスメイトから渡された上履きに履き替えた麻紀は、外履きの靴が入った袋を机の下で手持ちぶさたに弄んでいた。
 その美月といえば、上履きを持ってきてくれたクラスメイトの話では、麻紀のフォローで廊下を掃除中らしい。
 美月に悪いから引き継ぎに行きたいが、協力要請してくる男子達が解放してくれそうにも無く、憮然としたままで一応だが交渉を続行していた。
 リーダ格である伸吾。
 参謀的な亮一。
 そしてムードメーカの誠司。
 幼なじみかつ通常型MMO時代からの仲間だという3人組から依頼されたその内容は、近々正式オープンするという大作VRMMO専用に粒子通信VR接続端末を買ってくるので改良して欲しいという内容だった。


「西ヶ丘そこを何とか頼む。謝礼は実費+2、いや3割だす。だから協力してくれって」

 
 自分達がVRデビューするとほぼ同時に、最近話題となっていた新作が偶然にも正式オープンする運びとなり伸吾達は参加を決めたらしい。
 電磁波対策新規格でありシェアを爆発的に広げている粒子通信用機器をいじるのには興味もあるし、美月用の接続マントを作りたいから資金は欲しい。  
 だが謝礼をつり上げ食い下がってくる男子に対しても、麻紀の食指はぴくりとも動かない。
 人が死なないゲームなら時折美月と興じたりはするが、MMOといえば大量人数が参加して、そのほとんどがプレイヤー操作のゲーム内キャラクターが争い時には殺し合うゲームというのが麻紀のイメージだ。


「……しゲーム嫌い……ゲーム専用接続端末の改造っていっても、MMOならどうせクラウド型でしょ。なら市販品で十分じゃ無いの。ホストの性能次第だから通信機能を強化してもあんまり意味ないし、それにゲームなんてがっつり娯楽目的だから規制条例の影響で一日2時間しか出来無い上に、がっつりやるとゲーム会社の規制に引っかかるでしょ」


 自分の嗜好を小さくつぶやいた麻紀は、それだけでは理由が弱いと思い技術者としての目線で乗り気では無い事を伝える。   
 どうせアレはやるなこれは使うなとゲーム運営会社の方から規制がされている。ハード方面の改良で出来る事は限られている。
 わざわざ自分に頼むことも無いと麻紀は机に突っ伏す。


「違う違う。ゲーム本体方面での強化じゃ無くて、ゲーム中もリアル側でのネットからクエスト関連情報を随時収集、分類、索引するデータベース機能を追加したい。出来るだけ安くて高性能な奴で。だから西ヶ丘の協力を頼みたいんだっての」


 だが麻紀の予想を外して伸吾が頼んで来たのは、ゲームを有利にする機能では無く、ゲーム情報を収集する機能強化というものだった。


「なにそれ? MMOゲームって同じやつ何匹も倒せとか、アレもってこいとかの繰り返しばっかの道筋の決まったゲームでしょ?」
 

 嫌いなのであの手のゲームはまずやらないが、麻紀の知る限り、そんな頻度で情報収集が必要になる物では無いはずだ。
 あっちに行って、次にこっちに行って、アレを倒してと、他のプレイヤーと同じ道順、同じ流れを繰り返す。
 ただただ同じ場所で同じ敵を、何時間も、場合によって何日、何週間も篭もって倒し続ける。
 所謂お使いゲーや作業ゲー。
 決まり切った作業ルーチンを何度も繰り返す物をイメージする麻紀に対して、


「そうだったら苦労しねぇよ。今度正式オープンするゲームPlanetreconstruction Company Online通称PCOは今βテストの最中だけど、テスターの人らから上がってる情報だと、プレイヤーの行動やらNPCの反応で刻一刻と状況や情報が変化してるんだとよ……ほらこれとか見てみろって」


 伸吾が取りだした携帯端末に映るのは、関連情報をまとめた攻略サイトのようで、新作だというゲームの基本情報やテスター達の活動報告がまとめられていた。
 

「狐耳の仮想体って、中の人ってあたし達より年上……大人でしょ。趣味が悪い」


 拘りに拘ったと判る気合いの入った狐耳仮想体を見て、中の人はいい年して恥ずかしくないんだろうかと己の悪趣味を棚に上げてあきれ顔を浮かべる。


「ふーん。状況や行動次第で影響を受けたNPC同士の大艦隊がぶつかって戦争でゲート通行不能になったり、NPC間でブームが起きて特定の材料が不足したりと、イベント発生の不確定要素が多すぎる。情報収集も特定高位スキルが無い限り、ゲーム内では基本的には自分のいるエリアの基本情報を集められる程度。情報源となるNPC情報屋にも他のプレイヤーが欺瞞情報が仕込めるなど性格が悪く、イベントフラグはとてもユーザーフレンドリーとは言えず、プレイヤーに全力で喧嘩を売ってるとしか……これテストプレイの活動報告とかより、完全クレームぽいんだけど」


 クロガネとか言うテストプレイヤーの活動報告を読むと、やたらと運営に対して喧嘩腰なコメントが並んでいるが、そのフィルターを取り払ってみればゲーム内容を上手く言いまとめて、MMOに対してはイメージ程度の知識しか無い麻紀にも分かり易い解説がされていた。
 イベントはランダム発生のように見えて、NPCの勢力関係や物資量、プレイヤーの行動など複数の要素と状況が絡み合い繋がって発生する。
 その為にどこで何が起きているや何が売れているかなど、情報価値が極めて高いゲームデザインとなっていた。
 しかしゲーム内では、広範囲の情報を集めるためには設備やスキルが必要となり、足りない場合はゲーム内情報屋を使ったりと代替え手段もあるが、嘘や誤報が紛れ込んでいる可能性も有り。
 プレイヤー側の対策として、リアル側でリアルタイム攻略情報を集めてプレイに役立てる方法もあるが、これにも難点が1つ。
 プレイヤーの分身体であるゲーム内キャラクターは、ゲーム内で得た情報によってステータスやスキルレベルが変化する。
 だからプレイヤーが知っていても、キャラクターは知らないという状態で、キャラクター能力が低下するという、なかなかに意地の悪いデザインのようだ。
 ただプレイヤーが情報を知らないと知っているでは、やはりゲームの攻略速度は段違い。 だから、麻紀の協力を借りてリアルから幅広い情報を収集、リアルタイムで分類できる高機能筐体を作りたいと伸吾達が頼んで来た理由も、一応は納得出来た。
 しかしあまり気乗りしない麻紀は、リンクを辿って他のテスターのコメントをぱらぱらと適当に流し読みしていく。


 プレイヤーの少ない辺境域で採掘>加工>販売で良い感じに儲けられる鉄板稼ぎプレイを見つけ独占商売が出来るとAIに指示を出して2日ほど放置していたら、同業NPCが行程をまねて値下げ競争が起きていて不良在庫を抱え込んでいた。

 辺境惑星で銀河平均価格よりもやたらと安い建造アイテムを見つけて、大量仕入れでコスト低めで新造艦が建造できた。

 発掘ポイントを見つけて他のプレイヤーに見つかる前にと大規模採掘をしていたら、惑星所有者NPCから環境破壊で訴えられ賠償金を払わされた。

 著しい環境破壊が起きた惑星で環境蘇生ミッションの最中。森に木を植えて成長を見守ったり、湖を作って魚を育成したりとスローライフ満喫中。
 
 祖霊転身という特殊ギミックを使って惑星大気圏で戦っていたら、勢い余って軌道塔をへし折り、大規模テロリストとして賞金首状態になって、その惑星国家から今現在大艦隊を差し向けられて逃亡中。

 どっかの馬鹿が軌道塔をへし折ったおかげで復興特需で大もうけ中。

 このゲームでは今までの常識捨てろ。痛い目見る。   

 まだテスト中のゲームにしては未知数のイベントやプレイヤーにも到達できていない地域がやたらとあるようで、プレイヤー達が驚く展開が多いようだ。
 手探りで進むテスター達の一部は、何時ものゲーム感覚で行って痛い目に遭ったと嘆きと怨嗟の声を上げていた。


「規制された制限時間を逆手に取った特殊機能時は従来型VRアクション系、通常はハーフダイブでプレイ可能な育成、戦略、戦術等諸々のMIXタイププレイの新世代VRMMO……なんかいろいろ無理して失敗してないこれ? すごいごちゃごちゃしてる気がする。しかも規制前のゲームだけじゃ無くて、通常型MMOの一部からもキャラやスキルを統合ってカオスな感じがするんだけど」


 規制の影響回避や斬新な作りを狙おうとしすぎた際物ゲーム。
 それを誤魔化し旧ユーザーさらに新規ユーザを引きつけるために、規制で終了したいくつものゲームや、VRとは無関係なMMOゲームとまでコラボしその要素をぶち込んだ。
 言うなれば味の濃いごちゃ混ぜな代物。
 麻紀が抱いた印象はそんなところで、決して良い物では無かった。
 

「実際そういう意見はあるみたいだけど、やってみると奥が深いんだってよ。やれることは異常に多くて、自分達で動いて考えるNPCの嗜好なんかを先読みして上手く使えば低スキルでも面白いように一気に稼げるとか、ともかく自由度が高いゲームだってよ。ほらここのゲーム紹介みてみろってこれでほんと一部だからよ」


 基本プレイスタイルは惑星改造会社に所属する社員からスタート。
 チュートリアルで操作や初期スキルを覚えさらに専門職に分化して、特殊スキルを習得。
 役職やスキルだけで数千、さらに船の種類も基本艦種が数万以上。プレイヤーカスタマイズでさらにその数は無限に広がっていく。
 VRデータを作り上げる、手間を考えれば狂気の沙汰年か思えない数が並んでいるが、それほど本気と言うことだろうか。
 その馬鹿げたスキルに合わせて鍛え方も無数と有るようだが、基本的な鍛え方は通常のゲームと変わらない。
 難所や長距離航行で航海スキルを習得したり、衛星開発で作成スキルを上昇させたり、そして他のプレイヤーや他会社のNPC艦隊への襲撃…… 
   
 
「…………やっぱ気が乗らないからパス」


 途中まで読んでいた麻紀は気分が悪くなり端末を投げ返す。
 VRの売りはリアルな映像。
 敵艦を撃破した際の映像に映った白い何かの正体に気づいた麻紀は、マントのフードを引き寄せ頭からすっぽりと被った。


「ちょ、まてって、マジで頼むって。俺らのキャラがそのまま使えるのもありがたいんだけど、このゲームオープンイベントの賞金がすごいんだっての。様子見だった有名プレイヤーも、続々と参戦表明が来てるくらい今熱いんだよ」


 麻紀がほとんど興味を失った半拒絶状態になったのを見て、伸吾が慌てて拝み込んで食い下がる。


「どうせ電子マネーの賞金とかでしょ。それになお金で釣るなんて自信が無い証拠じゃない」


 VRは素晴らしい技術。
 プレイヤー達を集めるために商品や賞金で釣ろうとする行為の効果や即効性は多少は理解できるが、技術屋の麻紀としてはあまり手放しで褒めたい物では無い。


「それが違うんだな。聞いて驚け。なんとトップパーティには現金1億円だ。1億だぞ1億。二位でも5千万。千位入賞でも5万って大盤振る舞いだ。すごいだろ!」


 伸吾が説得のための切り札を自信を持ってさらす。
 一億円など一般庶民には早々縁の無い金額。ましてやただの高校生には途方も無い金額に映るだろう。
 それこそ5万でも臨時収入としては破格の金額。
 ゲームをやって賞金をもらえるなんて夢のような話。


「へぇ……この間ママが買ってたVR医療機器があと少しで買えそうか。すごいね」


 だが腐っても名門医療グループの令嬢である麻紀には、あまり驚きは無い。
 母親が持って帰ってきた資料で、一台数億円やら、物によっては十億円を超える機器もさほど珍しく無い事を知っているからだろうか。


「……そういやお嬢だった」


 美月により小遣いを管理制限されているので常時金欠なイメージが強い麻紀だが、基本的にはセレブ側だということを思い出した伸吾は、説得の手段を見失い、がくっと膝を突いた。
 報酬という餌の選択を間違えていた事にやっと気づいた。


「亮一。続き頼んだ」


「いいよ。西ヶ丘さん確かに賞金として世間的には話題になってるけど、僕らの本命はそれじゃ無いんだ」


 交渉役を任されていた伸吾に頼まれた眼鏡を賭ける亮一が周囲を伺ってから声を潜めるように麻紀の耳元に近づき囁く。
 賞金金額を考えれば、ライバルを1人でも減らすために声を潜めるのも気分的には判らなくも無いが、どうやらそのもったいぶった言い回しからそれだけではなさそうだ。


「このゲームはディケライア社が日本のメーカに持ち込んだ企画を元に作られていて、そして入賞者は特定条件を満たすと、ディケライア社本社に招待されるって噂があるんだ。あのディケライアだよ」 

 
 ディケライア。
 アメリカのベンチャー企業にして、サンクエイク事件後に粒子通信を引っさげて華々しくデビューし、現在も勢力影響力を拡大中の新興VR企業。
 だがその日々広がる名声とは裏腹に、実体は謎に包まれているというのが実際の所だ。
 社長である女性や、事件後に採用された現地社員はリアルイベントなどで表に出ているが、それ以外の初期社員はVRでのみの活動に限定されていて、全体像を知っている者は、社外には誰もいない。
 日本支社などいくつかの活動拠点は持っていても、斬新なアイデアに基づいた新規製品を研究開発しているはずの本社は、現地社員すら行ったことが無いので、未だどこにあるのかすら不明。
 株式公開もされていないのに潤沢な資金を誇ることで、どこかの国の研究機関がその母体だの、匿名の億万長者が個人的趣味でやっているだの、滅亡した古代帝国の遺産が使われているだの、果てには地球侵略に来た宇宙人の会社など、眉唾な噂がいくつもある謎の企業。
 だがこの企業が飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大中なのは事実。
 VR技師を目指す人間には羨望の就職先で有り繋ぎをもてたら将来的に有利になるということや、それで無くても好奇心旺盛な高校生からは野次馬根性から興味を引かれる対象なのだろう。 


「僕らが入賞したら、麻紀さんも興味引く情報を」


「興味なし」


 だがこれも別に麻紀にとって気乗りしない依頼を引き受ける対象でも無い。
 ディケライアの技術がすごかろうが、今までの秘密主義を考えるなら、どうせ部外者に公開しても当たり障りの無いところ。
 麻紀が面白いと思える情報を持ってこれはしないだろう。
 二人目の亮一もあえなく撃沈。


「お前らどいてろ。西ヶ丘ちゃんこれならどうよ。前に探しているとか言ってただろ。親戚の兄ちゃんから貰ってきた中古品だけど欲しくないか?」


 自信ありげにトリを引き受けた男子生徒誠司が1つのVRソフトを麻紀に呈示した。
 軽めな男子のイメージとは真逆なそれは、ゲームでは無く遊びの少ない学術系VRソフト「観測データ天体再現集」という硬派なソフトだ。
 観測データから予測される天体想像図をVRで再現したという物で、一風変わったプラネタリム集。
 マニアックすぎる内容でわずか数百本の初版だけで絶版。
 発行会社も規制事件の影響で倒産し、再発行の目も無いという幻のソフトだ。
 このソフトには、天体想像図以外にサンクエイクで壊滅したと言われている月のルナファクトリーの内部再現VRが特典として収録されている。
 自分達というよりも、美月と初めてVRへ私用で潜るならこれが良いと麻紀が探し、だがその希少性で諦めていたソフト。


「やる! 任せなさい! 斬新なゲームがどうした! あたしに掛かったらあっという間に解析よ! 入賞!? けち臭い! 目指すはTOP! 一位にならなければ意味が無いのよ!」  
 
 
 ソフトの存在を感知した瞬間、麻紀のテンションはマックスまで跳ね上がり、椅子を蹴倒しながら跳ね起き、さらには机の上に飛び乗り高笑いを始める。
 西ヶ丘麻紀をどうにかしたいなら、高山美月を絡めろ。
 これはフリーダムな麻紀をコントロールする唯一絶対な法則として周囲には認知されつつあった。
 我が儘な上に何を考えているのか判らない時が多い麻紀も、自他共に認める親友である美月が絡んだときには、非常に扱いやすいキャラへとチェンジする。 


「おらどうよ! お前ら1週間昼飯奢りな!」


「お前自信ありげだったの切り札あったからかよ。それで奢り勝負しかけてくるのは汚くねぇか」


 麻紀の説得が出来た奴に他の2人が飯代を奢る賭けでもしていたのだろう。
 文句を言う伸吾に対して誠司が、


「なんとでも言えっての! これで勝ち目見えてきただろ! 俺らがナノシステム入れてからオープン。しかも天才西ヶ丘ちゃん付き! 時代が来てるっての! オープンを遅らせてくれたサンクエイク様々だ、っげふ!」


 男子達の方向からはスカートの中身が見えることも気にせず、足を高々と振り上げた麻紀の踵落としが誠司の脳天へと直撃し、その軽口を黙らせていた。




















「麻紀ちゃん。なんで蹴ったの?」


「……」


 目を見て問いかけてくる美月に、麻紀がばつが悪そうに顔をしかめて目線を反らした。
 麻紀は黙り込んだままで理由は話しそうも無い。


「うぉっ……良い物を見られたけど……洒落にならねぇほど痛てぇ」

 
 しゃがみ込んだまま悶絶しつつも馬鹿なことを言っている誠司は幸いというか、意識を失うや、血を流すことも無く軽傷で済んだようだが、一歩間違えれば大怪我していたかもしれない。
 せめて自分がもう一足早く教室に入っていればと、美月はため息を吐く。
 掃除を終えて教室に入った美月が目撃したのは、机の上に乗っかって踵落としを繰り出した瞬間の麻紀の姿だった。


「理由はわからないけど、暴力はダメだよ。ほら謝って」


「やだ」


 今は聞き出せそうも無いので、もう少し落ち着いてから理由を確認するとしても、とりあえず謝らせようとした美月に対して、麻紀は首を横に振って即答する。


「麻紀ちゃんだって悪い事したのは判ってるでしょ。謝るの」


「…………やだ」


 そのばつの悪そうな態度を見れば、麻紀自身もクラスメイトに暴力を振るってしまった事はダメなことだというのはしっかりと理解しているのは判る。
 だが何か譲れない物があるのか麻紀は頑なに謝罪を拒む。 


「…………怒るよ麻紀ちゃん」


 ここまで来たそうは引かないだろう。
 麻紀の両肩に手を置いた美月がゆっくりと最後通告を突きつける。
 もしここでも拒むようなら、泣こうが落ち込もうが麻紀に対して怒るだけだ。
 美月の声と目がドスの利いた物に変化した事を察した麻紀の背中がびくっと怯えたように震え、クラスメイトさえも無意識につい一歩引き下がり、


「待った高岡。西ヶ丘わるくねぇって、誠司が悪いんだからよ」


「そうそう調子に乗ってた誠司がこぼした軽口が原因で怒っただけだよ。そうだろ誠司」


 美月の最終攻撃が出ると察した伸吾と亮一が慌てて間に入り、悪いのはこいつだと、うずくまってい誠司を指さす。
 どうやらこの2人はなんで麻紀が怒ったのか理解しているようだ。


「お前らなぁ。ちょっとは心配しろよ……・美月さん悪い俺が怒らせた。西ヶ丘ちゃん悪いな。これやるから許してくれ。協力とか云々抜きで詫びの気持ちだと思ってくれな」


 あっさりと売られた仲間に恨めしげな声で文句を言いつつも、立ち上がった誠司が軽い態度ながらも謝り、そのお詫びとして麻紀がほしがっていたソフトを差し出す。
 口調は軽いながらも、誠司なりの謝罪の気持ちはそれなりに伝わってきた。


「……あたしもごめん。ソフトを貰うからにはちゃんと協力する。実費だけで良い」


 その態度に頑なな態度を見せていた麻紀もあっさりと頷いて頭を下げ、さらには頼まれていた事にも協力すると軟化した態度を見せた。


「美月もごめん。理由はいいたくないけどあたしも悪い。あと、その……」


 麻紀が受け取ったソフトを持ちながら、不安そうな顔で様子をうかがってきた。
 理由はどうしても言いたくないらしく、さらには何かを言いよどむ麻紀の胸に抱いているソフトのタイトルに気づいた美月は、何となく事情を察する。
 細かな事情は判らないが、おそらく麻紀が暴力を振るった原因は自分に絡んだ事情だろう。
 親友が自分を制御できない時がたびたびある事は知っている。
 麻紀自身は良いことをしているつもりでも、その時の精神状態や投薬状況で価値基準や善悪のラインが歪んでしまい、周りにも被害が出ているが、一番の被害者はある意味で当人である麻紀自身。
 

「もう怒ってないよ。それより今日うちに帰ったらそのソフト一緒に見せて貰って良い? お父さんの仕事場って興味あったんだ」


 情緒不安定で強く脆い友人が見せる不安そうな表情からその願いをくみ取った美月が優しく微笑んで頼むと、麻紀の表情はすぐに明るくなっていた。



[31751] A面 悪魔は微笑みと共に忍び寄る
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/01/12 02:21
『学生管理課よりメールが届きました』


 昼休みに自席で昼食を取っていた美月の鞄に入れていた端末が、合成電子音のアナウンスを奏でる。
 時間割変更や行事日程といった公的な連絡から、部活動の大会報告や新聞部が週一で発行する電子新聞といった校内情報が送られてくるこの端末は、学校支給の学生証を兼任したものだ。
見た目はノーマルなままだが、中身のシステムだけは使いやすいように変えてある自分の端末を取りだした美月は、指紋認証ロックを解除してパスを入れ内容を確認する。
 学生課から送られてきたのは、午後から行われる初のVR実習授業に備えて、午前中に行われたナノシステム稼働検査の結果だ。
 情報相互通信値。生体影響値。
 全ての数値は安全許容範囲内と診断され、美月の脳内でナノマシーン群によるシステムが無事に構築されたことを示している。
 少し前までならナノマシーン定着まで1週間近く掛かったが、昨今話題のディケライア社が開発、発表した構築技術を元に改良が進められ、今では1~2日程度で済むようになっており、適合率も大幅に上がっていた。


「問題無しと……麻紀ちゃんは結果どうだった?」



 今朝方は変な夢を見たが、特に問題は無いようだと内心で安堵する。
 隣席で美月特製のサーモンクリームチーズサンドウィッチを右手で掴みパクパクと食べながら、左手を休むことなく動かし私物端末を用いて、朝に頼まれた情報収集機能特化端末の設計をしていた麻紀に尋ねる。


「ふぁふ? ん」


 口にくわえたまま答えようとした麻紀だったが、行儀には五月蠅い美月に無言で睨まれ慌てて一口分だけ囓り取って残りを置いてから、自分の端末を取りだして確認する。
 学校支給で元々は美月と同じ規格だが、麻紀の場合は外部機器を追加していろいろ手を加えているので、一回り大きくて分厚くなって、見かけは全くの別物となっていた。
 普通高校なら、学校支給の端末にここまで大胆な改造は禁止されているが、工業高校である戸室工業高校では、生徒の技術力育成のために許可されている。
 法に反しない限りは、むしろ使い勝手や高性能化のための改造が推奨されていて、最初に支給される端末性能も、昨今の平均性能と比べてわざと低性能に押さえられているくらいだ。
 

「…………うん。問題無し無し。と-ぜんでしょ」


 呼び出した画面を見せつけるように麻紀は呈示する。
 麻紀の数値も特に問題は無く、午後の授業を無事に受けられるのが嬉しいのか無邪気な笑顔を浮かべていた。


「そっか。じゃあ今日このソフト。二人でやれるね」


 先行報酬として麻紀が受け取った観測データ天体再現集を早く使ってみたく、美月も笑顔を浮かべる。
 観測データから天体をVR再現する機能が売りだが、美月の本命はその特典データであるルナプラントをVR再現したデータの方だ。
 通信映像越しに見たことはあるが、父の職場だったルナプラントをVR越しにでも訪れることが出来るのがとても楽しみに感じていた。
 サンクエイクの影響で地球圏外では未だ強力な電磁嵐が吹き荒れており、無人衛星の打ち上げどころか、月との通信すら不可能な状態である今では、父の思い出を僅かでも感じられる機会は非常に少なかった。


「うん。美月やりたがってたでしょ。見つからなくて半分諦めてたんだけど、ラッキーだったよ。もう俄然やる気が湧いたね。だからあの三人には予算が許す限りのマシーン作ってあげる」


 気分屋な麻紀の場合、制作物の性能や作成速度はその時のテンションに左右されるが、今日の精神状態は朝の状態から少し落ちついてかなり上々。
 頼まれた当日なのに、既にある程度の形が出来た第一稿案が頭の中で出来上がっているようだ。
 麻紀の事だ。おそらく授業中も、勉強は片手間にそちらの方に意識を集中させていたのだろう。


「ありがと……そうだ麻紀ちゃん。あたしもインターフェイスシステム周りなら手伝うよ。何かやれることある?」


 自分のために頑張ってくれている親友に礼を述べる
 またこの稀少ソフトを譲ってくれた三人組にも感謝しきり。
 そのお礼として麻紀がされた依頼を手伝うのは、美月にとっては当然の事だ。
 ハード構築なら麻紀の独擅場だが、その天才性故か麻紀が作る端末は、高機能化優先となり複雑で扱いにくいのが難点の1つ。
 一方で美月の方は、元来の気配り屋の所為か、同機能を持ちつつも使い勝手の違う各種ソフトの選定、アプリケーション配置や階層構造など、当人に合わせて使いやすさを優先したカスタマイズが容易なインターフェースシステム構築を得意とする。
 基本構成を麻紀が作り、美月が仕上げたものは、高性能かつ使いやすいと、クラスメイトにも構成をまねてみたり、その出来映えの良さから課題の相談をしてくる者が結構いたりする。
 

「あ、じゃあ考えてる基本仕様がこんな感じで、この性能で動かせる必要そうなソフトをいくつか探しておいて。それも出来たらフリー系メインで安めに。買ってくる予定の粒子端末がこれで改造予算5万までって言ってたから、あまりかけられないし。パーツも今度のお休みにパーツ屋を廻って型落ち品でイイの探してくるつもり。いざとなったらジャンク屋で一山いくらから使えそうなパーツ引っこ抜いてくる。相性と設定次第でそこらの現行機と比べても遜色ない性能が出せるからね」


 中学時代からジャンク屋やらパーツ屋だのディープな意味での電気街常連客だという麻紀は、お宝探しだとうきうきして目を輝かせて饒舌に語り出す。
 根っから技術屋なのか、厳しい予算制限を聞いて、逆にやる気が湧いているようだ。


「……結構厳しいね。マシーンスペックもう少し落としちゃダメなの?」


 麻紀の見せてきた仕様書画面を除いた美月は、頭の中で軽く計算してソフトに使える予算の少なさに難しい顔を浮かべた。
 ソフト類をフリー系をメインに安く仕上げるとしても、主である分析系だけはある程度の性能は欲しいから、少しは予算をつぎ込むべきだろうと美月は思う。
 無論ソフトの重要さも麻紀も判っているだろうが、その設定は予算の大半を端末の性能強化に当てている。
 ネットより多くの情報を集め、それらを一気に篩にかけ、大まかに分類し、数ヶ月分を蓄積、さらに複数ソフトを用いて多角的に分析。
 機能を絞っているが、たかだかゲーム相手には過剰な仕様に美月には思えた。


「うん。これでも結構不安。そのゲームについてちょこちょこ聞いたり調べたんだけど、なめてかかると痛い目みるって。どこで何が起きるか、それがどう影響して違うどこかで新しい何が起きるとか、あるいは前と同じ条件に見えても、全く別の所で起きた事が回り回って影響してなにも起きなかったとか、イベント1つとってもフラグが複雑みたい」


 βテスター達のブログや情報交換サイトを漁って得てきた情報を美月に見せながら、麻紀はPCOと呼ばれるゲームに対する基本方針を説明する。
 まだテスト中だというのに、プレイヤー達の報告総数をおおざっぱに数えた現時点で判明しているイベントで大小合わせて既に5桁以上。
 無論別の星で起きたイベントが、こちらの地域でも起きたというのもあるが、微妙にその細部が変わっており、プレイヤーの介入による決着もまた違う形となり、その結果がさらに全く別のイベントのトリガーとなる。
 ゲーム規模が巨大すぎて手探りで進むプレイヤー達の悪戦苦闘する様が見て取れた。


「ただ傾向としてはプレイヤーが多く集まってきた地域では、イベント発生率が高いってのは間違いないみたい。なんか影響力って数値が関連して、NPCが活性化する仕様みたい。イベント内容もプレイヤーの艦隊構成とか行動が関係して変化する感じかな。だから最初の基本方針は掲示板とかからワード抽出して、その頻度からどこの地域でイベントが起きやすいか予測分析する方向が良いと思うんだ」


プレイヤーの動向情報や注目度から次に起こる大規模イベント発生地域を予測分析し、さらにイベント傾向を予測する。これが麻紀が目標設定した機能のようだ。


「ともかく情報量がほしい。最初は予測にばらつきが出るけど、蓄積がたまれば精度が高くなりそう。だから収集能力に通信機能強化。情報蓄積に大容量ハード。生物な情報を早めに分析できる解析機能にCPU強化って感じ。ソフトは後から入れ替えれば良いけど、ハードはある程度最初に余裕持たせて作っとかないと、強化の際限ないし」


「そっか。でもこの性能でフリー系解析ソフトだとせっかくのマシーンスペック持てあましそうだよね」
 

 フリー系のソフトは所詮お試し版やら有志による趣味の延長線上の品。
 メーカー正規品と比べてその機能が落ちるのは当然と言えば当然の事。
 無論中には使いこなせれば下手な販売ソフトより使い勝手が良い物もあるが、専門的になればなるほどその数は極端に減っていく。
 しかも今回の麻紀の要求は、解析ソフトを複数用意して、同じ情報を違う側面から解析して予測していく形式。
 必要なのは視点が違ういくつかの解析ソフトと、それらから上がってくる情報を分析する統合分析ソフト。
 ソフト間の相性なども考えるとさらに選択肢は縮まっていく。
 この無茶な要求をなるべく安く仕立て上げるには…… 


「……先生に校内アーカイブの利用可能か相談してみる? 解析系のソフトとかいくつもあると思ったよ」


 大半はアマチュアクラスを出ないが、物によっては何代にもわたり引き継がれアップデートを続ける大量のソフト群へと美月は狙いを付ける。
 戸室工業高校は生徒の自主的な学習を推奨しサポートを行っており、公立高校の割には自由度が高いのが売り。
 代々の卒業生が残していった自由研究の成果であるデータや自主制作ソフトは、校内アーカイブとして保存されていて、利用許可を申請すれば生徒なら誰でも利用可能となっている。
 

「でも美月。理由はどうするの? ゲーム攻略用じゃ難しくない」


 しかし自由に利用可能と言ってもそれは学業やスキルアップに関連した場合。
 ゲーム攻略用端末作成なんて馬鹿正直な理由では、即時却下されるのは火を見るより明らかだ。


「アーカイブ解析系プログラムの統合ソフトを自由研究で作成って理由はどうかな? VR授業が始まれば自由研究課題を1つ提出だったよね。汎用性が高いソフトなら他にも使えるから許可が出るかも。グループ研究って事で峰岸君達三人にも協力して貰えば、簡易的なまとめはゲームの開始までにはある程度は出来ると思うよ。結局データがある程度揃ってからが本格稼働になるんだから調整しつつ組み上げていく形で」


 どうせデータ統合ソフトが必要になるなら、いっその事だ使い勝手や改造の手間も考えて自作してしまえば良い。
 この辺りの技術屋思考は、やはり自分は父の子なんだろうなと思いながら、美月はとりあえずの提案を、


「オッケ採用! よし! いこう! 善は急げ!」


 だが美月の話を途中まで聞いたところで麻紀が椅子を蹴倒して立ち上がると、美月の手を引っ張っていきなり走り出した。
 どうやら早速許可を取ろうと先生の所に行くつもりのようだ。   


「ごめん! お弁当に蓋だけしておいて……」


「はいはい。いってら~」


 麻紀の突飛な行動は何時ものこと。
 日常風景として美月もクラスメイト達も実に慣れた対応で済ませていた。



















「もうこんな時間か。伸太。昼飯どうする?」


 午前中に行った稼働テストの結果は対象生徒全員が無事合格。
 生徒個人の脳内システムと学内VRネットへの接続パスの設定確認を行っていた戸室工業高校技術科教師であり、校内VRネット管理者である羽室は、いつの間にやら昼食時間を過ぎていたことに気づき手を休める。
 校内の各種設備が旧式なため、従来の通信回線から新形式の粒子ネットへの設定変更に思ったよりも手間取ったのが遅れた理由だ。
 羽室一人では今週中に終わるかどうかも非常に怪しいほどだったが、後輩である三崎のサポートもあり後は検査プログラムを走らせた自動確認のみで終了。
 午後の授業は支障無く開始できそうだ。
  

「あー。いいっすよ。フルダイブに入る前は食べるな飲むなは、羽室先輩の教えでしょうが」 


今から外に出るほどの時間も無いので、常備してあるインスタントで悪いと思いつつリストを流すと、データリンクした隣席で実習に用いる簡易プログラム作成作業をする三崎は展開した仮想コンソールに手を奔らせながら答える。


「そういや現役時代はそんな事を言ってたな……嫌な事覚えてるなお前」


「飯にトイレ休憩だ? 経験値効率を落とす気か! って怒鳴られる経験なんて、そうそう無いですからね」

 
 イベント期間中の休日は制限時間ギリギリ8時間まで続行。2時間の接続不可時間の間に仮眠を済ませて、解除後再度フルダイブを三セット。
 飯? 一日くらい喰わなくても死なないから我慢しろ。
 水も極力飲むな。
 理想は前日から断食しろ。
 脳味噌動かすためにブドウ糖のみ許す。 
 人としてダメだろうと思うような廃人生活をしていた自分を思い出させられ、羽室は顔をしかめるが、


「俺は単位は危険水位までは落とさなかったけどな。留年しかけたお前に言われたくねえよ」


 三崎の方が遙かにやばいラインまで突っ込んでいた事を思いだし、すぐに苦笑へと変わった。
 なんせ最長廃人なアリスの度を超した長時間連続プレイに嬉々として付き合ってたのだから、三崎の方がある意味リアルを捨てかけていたのは間違いない。


「そのおかげで可愛い嫁さんをテイムできたから結果オーライでしょ」


「……さっきもそう思ったが、現役連中からデレ化してるとか聞いてたけどマジだなお前。昔はアリスは無いとかいってただろ」


 現役時代の三崎からはあり得ない返しに羽室は呆れるしか無い。
 ギルド掲示板を通じて後輩達とは親交があるので、久しく合っていなかった三崎やアリシティアの動向も良く聞いていたが、


『糖尿病になりそうだ』

『バカプッル喧嘩すんな』

『黙れ婿養子』


 というコメントが多く極めて質の悪い進化を遂げていたという噂は真実のようだ。


「VRだけの関係だった当時なら無しですけど、リアルでいろいろありましたから。まぁあいかわらずネタが細かいや、愛蔵版が出たときにシリーズ一気耐久鑑賞会に付き合わされるのは勘弁ですけど、この間もスーパー戦隊100周年記念ボックスねだられて……」


 羽室の突っ込みに対して三崎はにやりと笑ってから、一転してウンザリとした顔を浮かべてみせる。
 しかし文句を言いつつもその口調は楽しげ。
 まさかの惚気話展開に羽室が墓穴を掘ったかと後悔しかけていると、


「私参上! 先生、先生! パスください!」


 ノックなのか微妙に判断しづらい打撃音の後に間髪入れず、女生徒が二人で準備室へと飛び込んで来て、不躾に頼み事をしてくるが意味が判りづらかった。


「ま、麻紀ちゃん、ノ、ノックのあと……はぁはぁ……へ、返事待とうよ」


 正確に言えば飛び込んで来たのは、何故かマントを着けたやたらと元気な女生徒だけで、息も絶え絶えで入ってきた女生徒は、ただ引きずられてきたのだろう。


「助かった……またお前らか。どうした? 息整えてからで良いぞ高山。伸太。悪い進めててくれ」


 三崎の話から逃れられたのだからありがたいと思いつつ、最初に飛び込んで来た少女西ヶ谷麻紀では無く、後から入ってきた少女。高山美月へと羽室は事情を尋ねる。
 興奮状態な麻紀に聞いたところで解読に手間取ることになる。なら相棒兼監視役な美月の回復を待った方が結果的に早いと良い無難な判断だ。


「ういっす。ほれ。そっちのお嬢さんは茶でも飲んどけ。茶菓子もあるぞ」


 そしていきなり生徒が飛び込んでくるという状況にも、三崎は驚くでも慌てるでも無く、無視されてむっとしている麻紀に、手を付けていなかった茶やら菓子を差し出して、場を繋げていた。


「す、すみません。少し深呼吸したら説明しますから」


 羽室の表情に何を考えたのか悟った美月は、頭を下げてから大きな深呼吸をしていた。












「…………実質はゲーム攻略用にアーカイブの使用許可ってことだな」


 美月の説明を聞いた羽室は、腕を組み難しげな表情を浮かべた。
 反応は今ひとつ。
 表向きの理由は、アーカイブ内の解析系ソフトを複数用いた解析結果統合ソフト開発を自由課題としてすえているが、その稼働実験対象として選んだのは近々オープン予定のVRMMO。
 どういう意図が、その根底に流れているのか羽室は気づいているようだ。
 やはりいろいろ表向きな理由を付けたとしても、実質的な目的がゲーム攻略では、学校の財産でもあるプログラム群の使用許可は難しいのだろうか。


「おぉ! これ挟み打ちって奴!? 早い早い!」


「おう。修練に修練を重ねた末ようやく身につけた技だ。4枚稼働の両手挟み打ちは親父さんから皆伝。今は5枚稼働の左右両手挟み打ち、右手一枚透かしが目標だな」


 一方の麻紀はといえば、羽室の後輩だという若い男性の入力作業を見て、目を輝かせている。
準備室に設置されている3D型プロジェクターの映す画像が4分割され、そこでは全く異なるコードの4つのプログラムが同時制作されていくという神業が披露されていた。
 午後に行うVR実習で用いる物とのことだが、そのコードは簡易で1つだけなら学生である美月にも組めそうな物だが、4つ同時でしかもその制作速度は異常に速いものだ。


「おにーさんなかなかやるね。コツってあるの?」


「脳内ナノのサポートを上手く使うってのが基本にして真理。あと構成は無駄を少なくかつ簡易に。とにかく基礎能力と基本技術の底上げがやっぱ一番って奴だな」


 どうやらこの二人は波長が合うのか、いろいろとフリーダムで五月蠅い麻紀に対して、男性は嫌な顔1つ見せず、親しげな笑顔で説明を続けて二人で盛り上がっていた。 
 気分屋の麻紀のこと。ひょっとしたらこの部屋に来た目的を忘れているんじゃ無いかと、少しばかり不安を覚える。


「使用許可は難しいですか? 幅広く応用して使える物に仕上げるつもりですけど」


「ん? …………あー悪いな。伸太と話してたせいかちょっと別目線で考えてた。利用目的はどうあれちゃんとした物を仕上げるなら、別にアーカイブ使用は問題は無いぞ。面白そうだしな」

 だが美月の心配は杞憂だったようで、利用許可は難なく下りるようだ。
 しかし羽室の別視線で見ていたというのは、どういう意味だろうか。
 

「ただ使えるかどうかとか、役に立つかどうかってのを考えててな。卒業生作成だから粗も多いし昔の物も多いからな。マシーンを組んでも使えなきゃ…………上手くいけば制作費用が浮かせられるか。伸太。ナンパしてんな。お前浮気したらアリスが怒るとか言ってただろうが」


「勘弁してください。ちょっとコツくらい教えても良いでしょ。顧客サービスって奴ですよ。何せウチはお客様が第一なんで」


「相変わらず口が上手いな。じゃあ顧客サービスの一環だ。どうせMODシステムも導入するんだろ。MODとして使えるか? ちなみにこいつがアーカイブ内ソフトだ」


「ちょっと走らせてみます。今回のウチのシステムは窓口を幅広くしてますから、様式が古くても結構いけるはずですよ」


 麻紀の相手をしていた後輩に声をかけた羽室が手で何かを投げる仕草をすると、伸太と呼ばれた若い男性は左手でキャッチした仕草を見せる。
 どうやらVRでデータのやり取りをしていたようだが、先輩後輩というにはやけに気安く、しかもテンポがよい。
 あれよあれよという間に方針が決まり、作業が始まってしまった。 
 受け取ったデータを展開したのか空中に目を走らせながら、男の両手が先ほどとは比にならない速度で動き始める。
 どうやら先ほどまでのはデモンストレーション。これが本気のようで、麻紀は食い入るようにその動きを見ていた。
 

「それでまだまだってどんだけ化け物揃いだお前の所…………少しいじりゃ動くか。利用は出来るのか規約的には」


「チート改造っていうレベルじゃないですし、情報解析くらいなら問題無くいけますよ。βテスターにも既に同じような情報統合導入してる連中もぼちぼち出てますから。まぁこんなもんで簡単に勝たせるほど甘かないですけどウチらは」


 先ほどまでの善人じみた笑顔とは裏腹に、やたらと腹黒そうでそれでいて楽しげな忍び笑いを男は漏らしていた。


「トップ連中に食らいつくには無理だろうが、少しは役に立つか」


「現役世代のウチの連中なら、この手の物があったらそこそこいけますよ。あいつらが勝っても賞金無しですけどね」


「そりゃ初代と2代目がメインでやってんだから、ウチの連中が勝ったら問題ありありだ。賞金無しはしかたねぇだろ」
 

「後から伝えたんで、ぬか喜びさせんなって非難囂々ですけどね。しかたないんでランク入りしたら個人的に部室強化を自費で約束してます。ついでだから公式イベントで盛り上げますけどね。給料天引き明細書完全公開って」


「お前絶対わざと後から伝えただろ……性悪GMにダイレクトアタックってか。そりゃ盛り上がるわ。相変わらずフリーダムだなお前の所は」


 男につられるように羽室も生徒に人気の若手教師という仮面を外して、実に楽しげな軽口で会話を交わしていた。


「……あの先生こちらの方は?」


 羽室の大学時代の後輩で臨時講師と聞いていた怪しげな言動をする男の正体を美月は尋ねる。


「っと、そういやちゃんと紹介してなかったな。後の授業で紹介する予定だったが今紹介しとくか。こいつがお前らが使おうとしているPCOの開発会社の社員だ」


「ホワイトソフトウェアゲームマスター兼PCO開発責任者三崎伸太です。我が社のソフトを選んでいただきまことにありがとうございます。お楽しみ戴けるように精一杯やらせて戴きます。お客様方」


 口調だけはわざとらしいほどに丁寧さわやかな好青年を演じて、その一方で腹に一物も二物もため込んでいる邪悪な笑顔で三崎伸太とその男は挨拶をしてきた。



[31751] A面 マニュアルはよく読み、指示には従いましょう
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/01/12 02:21
「これが新型コネクター。脳内システム起動のためのキーであり、またメインバッテリーとなります。首筋のこの辺りに貼り付ければ、すぐに構築されたナノシステムが立ち上がり起動状態となります」


 教壇に立つ三崎が右手の指で摘んだ5センチ角の薄いシート状のコネクターが、それぞれのテーブルに設置されたモニターと教壇背後の電子ボードに拡大表示される。
 三崎の手に持つのは、ディケライア発新規格である粒子通信用に販売されたばかりの、新型コネクターだ。


「接続可能範囲は標準的なVRネット端末から無線状態で約10メートルまでなら、ハーフダイブでは特に問題はありません。フルダイブでは情報量が膨大に増加し、ラグが発生しやすくなりますので、旧来形式と同様に有線接続を推奨します」


 三崎の説明は粒子通信関連以外は、既に授業で教わった物や、一般的な知識として普及されている物を再確認するもので面白味など無く、あくびをしている者や、フルダイブが待ちきれなくて早く終われよと小声で悪態をついている者が多い。


「時折誤解する方がいますので一応説明しますが、脳内ナノシステムとは皆さんの脳を生体コンピューターとするものでは無く、ナノシステムの介入で電気情報のやり取りをし、仮想現実空間と接続し操作可能な状態へと、簡単に言えばコントローラーとモニターとして用いる技術です。ですから…………」


 三崎の説明をしっかりと聞いており、注意事項に頷いたり、メモを取ったりと真面目な生徒も一部には居るが少数派である。
 待ちきれ無さそうに支給されたコネクターを指でいじる麻紀は前者であり、三崎の説明に耳を傾けてしっかりとノートに書き留めている美月は後者の典型的な例だった。 


「つまんない。おにーさん堅すぎだよ」


 コネクターを付ければすぐにでもVR体験が出来るというのに、なんでこんなに説明が長いんだと麻紀は不満顔で頬を膨らませていた。
 説明するのに電子ボードを用いているなら、いっその事ハーフダイブ状態で説明をすれば良いのにと焦れているようだ。
 先ほど準備室であったときは、ノリがよく気さくな感じだったが、やはり仕事となると別なのか、面白味の無い一般的な技術説明講師としての仮面を三崎は被っていた。


「麻紀ちゃん。ちゃんと聞こうよ。注意している内容は基本だけどそれだけ気をつけろって事なんだし」


 コネクターやナノシステムの違法改造が厳罰化されている理由やら、VRシステムを一般生活で用いる際のマナー。
 さらにはハーフダイブ使用中での注意点と、三崎の説明は確かにくどく細かいが、どれも基本的な物で最低限のルールだ。
 どうしてもそこらが長くなるのはしかたないことだろうと、美月はだれている麻紀に同じく小声で注意する。
 それにだ……


「それにちゃんと聞いてた方が良いよ。フルダイブした途端、何か仕掛けてくるかもしれないし、ここまで細かい注意してくるのが罠かもよ」


 授業前にあった際に浮かべていた性格の悪い笑顔を思い出し、美月は警戒心を含んだ憂いの顔を浮かべた。
 羽室の話では一筋縄ではいかないイイ性格をした人物と聞いているのもあるが、何故か判らないが、三崎に対して美月はどうしても不安感、違和感を覚えていた。
 初めて会った男性なので、人見知りしているだけかも知れないが、どうしても落ち着かない感情を感じていた。


「それはそれで面白そうじゃん。早く終わらないかな」 


 その一方で麻紀は、三崎の技術や人柄が気に入ったのか、警戒心など皆無な人懐っこい笑顔を浮かべている。
 第一印象が違うのは、麻紀が大胆なのか、自分が臆病なだけだろうかと美月が思っていると、無記名の一斉送信メールと自動展開した掲示板がモニターに表示される。
   

『説明長いな。先に試してみねぇ? 貼り付けただけじゃ校内ネットにはまだ未接続なんだからばれないよな。頬杖するふりしてコネクタ接続って感じで。一斉にやれば、ばれても軽い注意ですむだろ』


 どうやら他にもだれた生徒がいるようだ。
 説明を聞いているふりをして、先に脳内ナノシステムを起動させないかとクラス全員に持ちかけてきていた。
 授業中のメールやり取りやクラス掲示板展開は教壇で監視されているはずだが、教師に見つからないメール送信方法や、送信者を隠蔽する技術などの小技は、生徒間で代々受け継がれている。
 教師陣も生徒が作った裏技がある事は知っているが、これもいい技術向上の機会と黙認しているようで、テスト期間中などを除いて、そこまで厳しく監視はされていない。
 今回も後輩の授業内容を見守る羽室や淡々と弁を振るう三崎が気づいた様子は無い。


「ねぇ美月。先に試して」


「止めなって。ほら後もう少しみたいだから」


 飽きてきている麻紀はその誘いに乗ろうとして右手にコネクターを隠し持って準備しているが、美月はまだ説明が終わっていないと前を指さす。
 

「これから皆さんの前に広がるVR世界は無限の可能性を秘めていますが、ルールや注意すべき事がこれほどあります」


 長かった三崎の説明もどうやらまとめに入ったようだ。
 説明が終わるまであと数分もかからないだろう。
 それくらい待てば良いと、美月は優等生らしい回答を返したが、


『ほらもう終わりだろ。ちょっとだけフライングしても大丈夫だっての。乗る奴いないか?』


 メール送信者は、美月とは別の考えのようでしきりに誘ってくる。
 共犯者を増やして注意されたとしても、一人一人の分量を軽めに済ませたいのだろうか。


「美月も堅いな。じゃあ良いもん。あたしだけ試すから」


 その言葉に麻紀は乗ったのか、備え付けのキーボードを静かに叩いて了解と返事を返していた。 
どうやら同じように飽きていた者はクラスの半数以上はいたようで、モニターに映った賛同者は18名にものぼっている。
 

「ほら過半数確保。民意はこっちだって」


「あたしはやらないからね」


 流れはこっちの物だと麻紀は胸を張るが、そういう問題では無い。
 かといって、すでに待ちくたびれていた麻紀を口だけで止めるのも難しい。美月は放任する形で渋々ながら見逃すことにする。


『んじゃ。全員一斉にいくぞカウント3な』


 この送信者はどれだけ暇なのだろうか。
 わざわざカウントダウンするプログラムまで簡易制作していたようで、モニターの隅に小さく表示されていた。


「内職しす……え、これって?」


 暇だからってここまでやるかと呆れかえっていた美月だったが、ふと思い出す。 
 授業前準備室で三崎が作っていた簡易プログラムの1つは、ちらりと見ただけだったがカウントダウン表示をする物だったはずだ。
 まさかこの無記名の発起人は?
 だが気づくのが少々遅かった。


「そうは言っても難しく考えず、基本はルールに従う事を意識していれば早々おかしな事にはなりません。ルールを破るというのは」


 三崎が本性を現したにやりとした笑顔を浮かべると同時にカウントがゼロになり、


「ぎゃっあ! Gの雨!?」


「な、なめくじ。うぉ!? ぬるぬるする!?」


「蛇、むりむりむり!?」


「た、助けて美月! ガラスひっかく音がエンドレスで聞こえてくる!? うわん。押さえても聞こえてくるよ!」


 教室のあちらこちらで阿鼻叫喚な悲鳴が上がり、慌てて席を立ち上がる者、テーブルの下に隠れる者やら混乱状態に陥る。
 隣の麻紀も。生理的な嫌悪をもたらす幻聴が聞こえているようで、耳を押さえて呻いていた。


「例えば勝手に接続するとか、出所の判らない誘いに乗るとかもですね。ハーフダイブでも、このように臨場感たっぷりな悪戯も仕掛けられますので……さて昨今のVR規制も、このようにルールを無視した人物が起こした不幸な事故により、始まっています。そんなわけですから皆さんはこれを教訓に、基本的なルールには従ってください」


 錯乱状態な被害者や、幸いにも乗らずに無事だったが唖然とする生徒を尻目に、それはそれは楽しそうに見る悪辣外道は、言葉だけは真面目一辺倒なコメントで締めくくった。 













「うぁ…………すごい」


 目を開けば最初に飛び込んで来たのは、見渡す限りに広がる大草原。
 遙か彼方まで平坦な地面が広がり、空を見上げればただひたすらに青い空が広がる。
 人工物など何もない非現実的な光景がここがVR。
 仮想現実空間だと実感させてくれる。
 文字通り現実離れした風景に美月は目を丸くしながら、次いで自分の身体を見下ろす。
 学校指定の制服に包まれた身体はリアルと変わらず、四肢の感覚も一切の違和感などない。
 手を開いて握って開いてを繰り返してみたり、その場で軽く跳び上がってみたりといろいろ試してみるが、


「ほんと同じだ」


 VRでの肉体となる仮想体データの数値は、リアルと同じにしているのだから当然といえば当然だが、その扱い方も全く同じ事に美月は軽く感動を覚える。
 今の発達した仮想現実技術は、リアルとさほど違和感が無いというのは知識として知ってはいるが、やはり自ら体験するのとではその実感が大きく違うからだろう。
 かなり手ひどい教訓を一部の生徒達に軽いトラウマとして押しつける等の騒ぎが有った物の、元々あの悪戯さえも予定通りだったのか、あの後すぐに男女ごとに別れて、鍵付き個人ブースが設置された別教室に移ってフルダイブが実行されていた。
 

『皆さん無事にフルダイブが完了したようですね。さてその空間は学校支給の皆さん個人ごとのホームとなります。これからの授業で使用したり、覚えた技術を用いて自由研究を行う場ともなります。まぁ簡易に言えば自由帳、ノートみたいな物です』


 脳内に直接語りかけるように三崎の声が響き、ついで美月の目の前にシステムコンソールが自動展開される。
 天候変更。地形変更。動植物発生、肉体能力変更等々、世界を操るツールがそこには書かれていた。
 少しだけだが、美月は触ってみたい欲望に駆られるが我慢する。
 三崎はどうやら真面目に授業を続けるつもりのようだが、先ほどの例もある。
 下手に触らず次の言葉を待っていると、


「自由にとは言っても、さすがにいきなり全てが自由に扱えるわけではありません……下手に触ると今のような事になりますのでお気をつけを。説明の進み具合に従い、機能を順次解除していくのでそれまで控えてください」


 どうやらどこかの生徒が早速いじろうとして、三崎の仕掛けたトラップの被害にあったようだ。


「やっぱりトラップありか……麻紀ちゃんかな」


 麻紀はこの誘惑には弱いだろう。
 何らかのトラップに引っかかったであろう親友の姿が、脳裏にはっきりと浮かび上がる。 


「今展開したシステムウィンドウが基本的なコンソールとなります。基本はタッチ形式ですが、細かな入力に用いる為の仮想キーボードコンソールのパターンもいくつか用意してあります。まずは扱いやすいようにカスタマイズ…………」


 あの時三崎が午後の実習で用いると言っていたプログラムはまだまだある。
 この先もトラップが、山積みなのは容易に予想できる。
 一言も聞き逃さないようにと、美月は改めて警戒を強めていた。









「うぅ。悪魔だ。あれ鬼畜だ」


 コントの爆発に巻き込まれたようなアフロ髪で、ピヨピヨと鳴くひよこのオモチャが居座り、顔には『私は我慢できません』『人の話は最後まで聞きましょう』と蛍光塗料のペイント文字と、頬にはぐるぐると渦巻き模様。
 こうなっては麻紀が自他共に認める美少女であっても、単なる道化だ。
 三崎の用意したトラップをことごとく踏み抜いたという麻紀は、見る者が思わず失笑するほどに哀れな格好に変化し、左手でぐじぐじと目を擦りながら、右手でカスタマイズしたばかりの仮想コンソールを展開し叩きつつ、泣きべそを浮かべていた。
 リアルならともかくVRなら外見データを一度リセットして、元の格好にすぐ戻れるのだが、そこにも三崎の罠が待ち受けており、外見データ管理へのアクセスキーを得るためには、いくつかの小テストにクリアしなければならない仕様となっていた。
 

「だ、だからいっただろ西ヶ谷。あ、あのGMが作るゲームだぞ。予想以上に性格悪いかもしれん」


 こちらは泥まみれで、蓑虫のような謎生物に背中にのし掛かられ息も絶え絶えな峰岸伸吾が、べたりと倒れ伏したままに今更な注意を呼びかけていた。
 同じように仮想コンソールを展開して外見データ変更許可を得るための難問に挑んでいたが、その成果はあまりよくないようだ。
 基本的な使い方と基礎技術説明という授業はしっかりとやりながらも、時折混ぜてくる某伝説のクイズ番組を参考にしたというトラップ付きなミニテストあり。
 授業なんだかアトラクションなんだか判らない講義は、諸々の被害をだしながらも無事に終了を迎え、今は自由課題という名目で、それぞれが初めてのVRフルダイブを楽しむ時間となっていた。
 クラスメイトのホームへと行ってみたり、身体数値を改竄して、高く跳んでみたり、速く走ってみたり、はたまた天候システムを少しいじって嵐を呼んだり、山を作ったり池を拵えたりなど簡易な地形変更をしてみたりと、それぞれが思い思いで何でも出来る世界を楽しんでいた。
 一応は授業の一環ということで、VR規制条例の娯楽目的時間制限からは外れている。 無論放課後に許可を取るなり、家に帰ってからでも、学校管理のVRネットへアクセスさえすれば使用可能だが、それは授業外の接続。時間制限の範疇に入ってしまう。
 だから、今やら無ければ損という意識でも働いたのだろう。
 そんな思い思い遊ぶに生徒達の中、美月達は雁首を揃えて、これからの方針を話し合っていた。
 偶然ながらも、ゲーム開始前に三崎というGMの、行動傾向や性格を一端でも窺い知れたのは、運が良かったといえるかも知れない。


「こりゃあ、あの人にゲーム攻略のヒントとか聞くのも止めといた方が良いよな。ろくでもない罠が仕掛けてありそうだ……伸吾はともかく西ヶ谷ちゃんの方はやっぱ無理か?」


 ようやく全ての質問をクリアしてペイントを消し去った谷戸誠司が、呼び出した鏡を見てほっと一息を吐いたあと、泣き顔の麻紀に同情的な哀れみの目線を向けた。
 誠司のように1つや2つ引っかかった程度なら、解除問題は簡単な物。
 それこそ今の講義で注意された内容の再確認程度の問題で済んでいたが、伸吾のように複数のトラップに引っかかると難解な技術問題が、そして麻紀のようにわざとかと思うほどにことごとくトラップに引っかかった場合は、
 

「マニアックすぎてよくわかんない! っていうかあたしだけなんでこんな問題!? 歴代戦隊で最大合体数のマシーンの右腕を構成するメカの頭部の色を答えろとかってなに!? 制限時間10秒って解かす気ないよ!?」


 学校の授業とは無関係な、どこのマニアが考えたんだと文句を付けたいほどにディープでわけの判らない質問が山のように降り注いでいた。
 麻紀は先ほどから、無数のデータベースにアクセスして何とかクリアしようとしているが、あざ笑うかのように繰り出される、やたらと偏った質問に翻弄されていた。


「それ授業が終わるまで、その格好のままで耐えろって事じゃ無いかな……諦めたら西ヶ谷さんと伸吾は」


 複数のトラップを踏んだ段階で、警戒して余計なことをせずちゃんと説明を聞いていれば無事で済んだはずなのにと呆れる亮一に、


「うるせぇ。やられっぱなしじゃゲーマーの名が廃る。ともかくこの感じじゃ、PCOも相当性質が悪い。マジに考えないとゲームで賞金稼ぎどころじゃねぇぞ」


 反省しないというかへこたれないというか、これだけ酷い目に遭っても未だ伸吾は勝ちに行くつもりのようだ。


「でも無謀じゃないかな。VRMMOでいきなり入賞狙いってのは。確かにリアルと同じ感覚で動かせるけど、ノーマルならともかく……・数値変更だとこんなんだし。操作感覚に慣れるまで時間が掛かるよ」


 右手でコンソールを呼び出し、筋力パラメーターを強化した亮一は、そこらに転がっていた石を手にとって上に投げてみせる。
 現実ではあり得ない力で投げられた石はあっという間に飛び去り、さらには空気との摩擦で破裂したのか、遙か遠くで破砕音が木霊のように響いて聞こえてきた。
 VRといっても所詮はゲームと多少は甘く見ていたが、これは自分達が体験していたゲームとは全くの別次元だと亮一は認識せざるを得ない。 
 自分だけで無く対戦相手も同じような能力を持って競い合う以上、VR経験の有る無しはかなりの差が出ることは間違いないだろう。


「そこは習うより慣れろでいけんじゃねぇ? それに制限時間でフルダイブ出来る時間はかぎられてんだから、なんとかなるだろ。西ヶ谷ちゃんだけじゃなくて美月さんまで協力してくれんだから、情報さえちゃんと集めれば、トップは無理でも入賞には滑り込めるんじゃねぇの。それにお前ら二人とも考えすぎ。ゲームは楽しんでこそだろ。そこまで気張っても、楽しめなかったら本末転倒だろ」


 だがそのフルダイブに制限がある以上、経験者と未経験者にそこまで差は出ないと気楽に考えているのか、誠司はあまり気にせず、まずはゲームを楽しもうと提案してくる。 


「ゲームは楽しんでこそね。そりゃ全面同意だな」


 不意に底意地の悪い笑い声を含んだ男の声が響く。
 5人が慌てて声のした方向へと視線を向けると、いつの間にやら件の悪辣外道が先ほどまでのすまし顔とは一転した、気さくでかつ悪戯っけのある笑顔をうかべにやにやと立っていた。
 いつの間に出現したのか判らないが、どうやら5人の会話を聞いていたようだ。


「ぷっ、そ、それにしても……・た、楽しんでいただけたようで何よ、ぷっ」


 そして半べそをかく麻紀を見て、自分が仕掛けたとはいえ、そのあまりに間の抜けた格好がツボにはまったのか、抑えようとしても隠しきれない笑いを漏らしはじめた。


「くっ! わ、わらわないでよ! あ、あんなの卑怯だもん! 触りたくなるような配置とか、タイミングとか絶対狙ったでしょ! しかもあたし狙いで!」


 ボタン配置やタイミング。それに麻紀好みな絶妙な機能と、思わず触りたくなってしまう、いじりたくなってしまう物が多すぎた。
 あれはクラス全員を狙ったというより、麻紀を狙ったついでにクラスメイトが引っかかったと考えた方が納得出来る罠っぷりだった。


「おーさすがに鋭いな。いや悪い悪い。ちょっとお嬢ちゃんを懲らしめてくれって頼まれててな。性格を読んで仕掛けてみたんだが、いやこれが嵌まった嵌まった。途中で笑い堪えるの大変だった実際」


 羞恥なのか怒りなのか顔を真っ赤にした麻紀が食ってかかるが、犯人である三崎はいけしゃあしゃあと答え、誠意の皆無な謝りをいれつつも、麻紀を狙っていたと肯定してみせた。


「だ、誰よ! そいつは!? 絶対許さないんだから。こうなったら相手が先生だろうと、生まれてきたのを後悔するくらい酷い目に」


「お嬢ちゃんのお袋さんの沙紀さん」


「なっ!? マ、ママの、し、知り合い!?」


 勢いよく立ち上がり三崎に食ってかかった麻紀だったが、三崎の上げた予想外かつ、もっとも苦手とする母親の名前に悲鳴を上げ後ずさり、さらに自分の失言に気づきダラダラと冷や汗を流し始めた。


「いやぁ、フルダイブなんて覚えたら娘が暴走しそうだから、少し押さえる方法無いかって相談されて個人的に頼まれてたからな。丁度先輩に頼まれて渡りに船って感じでな……後で報告を入れるけど叩きのめすって台詞も伝えとくか?」


「お、お願いします…………聞かなかったことにしてください」 


 よほど母親が怖いらしく、嫌味な笑顔でわざわざ確認してきた三崎の問いかけに、麻紀は力なくぺたんと座り込んでますます泣きそうになっている。
 

「いやそうは言われても、沙紀さんはお得意様なんで、ちゃんと話さないとこれからの付き合いってのがな」


「さ、最後の台詞だけでも良いから」


鼠をいたぶる猫のように切り札をちらちら見せてくる三崎に対して、麻紀はなすすべも無く全面降伏を余儀なくされていた。


「すげぇな。西ヶ谷が一方的にやられてるとこって初めて見た。西ヶ谷って親の名前出ると何時もこう……どうした高山?」


 あっという間にあのフリーダムな麻紀を大人しくさせ、さらには翻弄する三崎の手腕に思わず感心していた伸吾が話を振ろうとし、美月が何故か固まっていることに気づき声をかけた。
 驚きが混じったような、それでいて呆然としているような表情を美月は浮かべていた。


「え……あ……ごめん峰岸君。な、なんでもないの。うん。ちょっとなんか変な感じかしただけだから」


 伸吾の声で我に返った美月は、仮初めの身体には存在しないはずの心臓が不規則に荒れ狂うような動悸を覚えながらも、引きつり気味の笑顔で返すが、その心は美月本人にも判らないが何故が心臓以上に荒れ狂っていた。
 何故だろう。今の会話、今のやり取りは初めて見た物では無い気がする。ずいぶん前にも同じようなことがあった気がする。
 しかし思い返そうとしても、美月の記憶には思い当たる物は無い。
 なんといっても麻紀はともかく、三崎は今日出会ったばかりなのだ。記憶など有るはずが無い。
 ひょっとして前にも会ったことがある?
 いや、それは無い。平凡な見た目はともかく、これだけ底意地の悪い人間を早々忘れるはずは無い。
 それに麻紀の方はなんの反応も見せていない。おそらく自分の思い違い。デジャブだろう。 
 思い出さない方が良いと心の奥底で訴えかける声に無意識に従い、美月は無理矢理に自分を納得させる。


「はいよ。まぁずいぶん楽しませて貰ったし、大人しく受けてたと報告させて貰うわ」


 美月が動揺を押し殺している間に交渉が終わったのか、三崎は笑顔で頷き、麻紀はほっと胸をなで下ろしていた。
 指示に従わず、勝手に弄ろうとした麻紀の行動にも十分に反省するべき事だが、気前よく許したような空気を出している三崎がそもそもの元凶だ。
 上手く話術と場の雰囲気を操り、麻紀の敵意を空振りさせ減少させてしまったようだ。
 この手腕を見た限りでも、三崎が見た目の凡庸さとは裏腹に、一筋縄ではいかないと美月は感じていた。


「それにしても、とっととその格好を解いたらどうなんだお嬢ちゃん? んな難しい問題は入れてないはずだろ。最高ランクのロックでもあんたの成績なら楽々解ける問題がメインのはずだぞ」 


 今もフレンドリーな様子で麻紀に話しかけ、その懐に易々と潜り込んでいく。
 こう見た限りは気さくな親戚や近所のお兄さんという感じなんだから、なおさらに質が悪い。 


「解けたら苦労しない! 意味わかんない問題ばっかだし!」 


「あ? ちょっと見せ、げっ!」   


 麻紀が展開した仮想ウィンドウを横から覗き見た三崎が、何故か顔を引きつらせる。


「あ、あの野郎。ちょっと難しめにしとけっていったのに。んだよこのマニアックなのは。しかも授業関係ねぇし。他の問題も俺のが設定した初期以外は設定レベル高すぎだし……わざとかあの阿呆兎………悪いこっちの手違いだ。今解除する。後ついでにそっちの兄ちゃんやら他の連中も解除するわ」


 どうやら三崎本人も予想外の質問がそこには並んでいたようで、ぶつくさと文句を言いつつ、右手をさっと振るった。
 すると何もない空間に、無数のコンソール群が展開される。
 それはまるで古い教会のパイプオルガンの鍵盤のように凝ったデザインと無数のキーで構成された芸術品のような機械群。
 美月達が先ほど支給されセッティングした物よりも、遙かに複雑でさらに細かな設定が割り振られたこの仮想コンソール群が三崎の扱う代物なのだろう。


「……覚えてろよ。ルート変更だ。あっちをもっと苦労させてやる」


 非常に面倒気に愚痴をこぼしながらも、何故か楽しげな目でにやりと笑い、さらに手が目にもとまらぬ早さで動きだす。
 準備室で見せた物よりもさらに早い。
 まるでいくつにも手が分身したかのように見えるほどの、残像が発生する。
 これが肉体限界の頸木から解き放たれ、思考で行動できるということ。
 VRで作業を行うことの利点の1つ。
 瞬きするほどのあっという間に、麻紀だけでなく伸吾の仮想体の外見データもリセットされ、本来の物へと戻っていた。



[31751] A面 表舞台は楽しげに
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/01/03 00:27
 シンクに貯めたお湯に浸け置きしていた食器を取り出して、研磨剤の入っていないスポンジに食器用洗剤を付け、1つずつ丁寧に泡立てながら磨いて流し台に積み重ねていく。
 夕食で作ったサワラの照り焼きの油汚れが、あっさりと落ちていく様に、美月は軽い満足感を覚える。
 父が月に行ってからここ数年はずいぶんと高価な倉庫になっていた父と暮らしていた自宅マンションに、美月は高校進学を機に戻っていた。
 中学時代に暮らしていた女性向け寮では基本食事は出るが、希望すれば自炊も出来る事は出来たが、部屋付けのコンロは一口だけだったし、流しも狭かったので使いにくかった。
 それにやはり一人分を作るよりも二人分を作る方が、買い物がしやすく、メニューに幅も付けやすいので、冷蔵庫にしまった明日の朝分のおかずも含めて、いくつも作れて良いなと美月はご機嫌だ。 
 研究一筋で家の事には無頓着な父に代わり、掃除や家の整理整頓を小さい頃から習慣的に行っていたせいか、こういった家事全般に対して美月は苦手意識など皆無で、むしろ整っていないと気が済まない軽い潔癖症じみたところがある。
 流しの横には、小学生だった美月に洗い物をやらせているのはどうかと珍しく気を利かせた父が、リフォームの時に付けてくれた完全自動食洗機もあるが、どうにも機械まかせは、達成感が無く物足りないので、美月はわざわざ手洗いをしているほどだ。
 普段なら食器は自分一人分なので、たったそれだけの為に食洗機を回す電気代と水道代が勿体ないという、現役女子高生としては些か家庭じみた金銭感覚も、一因ではあるだろうが。
 洗い物が片付いたところで、ポットのお湯を確認しカップに粉末レモンティーを入れながら、リビング兼ダイニングへと目を向ける。


『で、実際にはどんな行動で反省の態度を見せるつもり?』


 壁に掛かったモニター越しに剣呑な目を浮かべる母親の沙紀に対して、フローリングの床に正座で平身低頭な怪しげな黒マントと、ある意味で見なれた麻紀の姿があった。
 食後すぐに美月が仲裁のために電話して始まった沙紀の麻紀に対するお説教は既に30分以上になるだろうか。


「そ、そこは庭掃除とかうちの手伝いを」


『庭掃除かぁ。それよりも母さんはあんたの寝坊癖の方が気になるわ。もう高校生なんだから自分のことは自分で管理できるだろうから夜更かしするなとまでは言わないけど、あんたの場合は寝不足だと判断力が落ちて今回みたいなとんでもない事をするし、それで美月ちゃんまで遅刻させるような事になったら申し訳ないわね』


「うっ……はい。掃除にプラスして夜11時には寝るようにします。1日でも寝坊したらお小遣い半額期間を増やしてください」


 下手に口答えしてこれ以上母親の逆鱗に触れるのは避けたいのか、それともさすがに今回は自分が全面的に悪いと判っているのか。
 正座のしっぱなしで足が痺れているのか落ち着きなく悶えながらも、怒る母親の前で崩せずきつくなってきたのか半泣きになりながらも、麻紀は素直に反省の態度を見せて、母親の言いたい事を察し自ら刑罰を積み上げていく。


『そうね。じゃあそれくらいで今回は未遂だということもあるから勘弁してあげるわ。ただ二度目は無いからね。麻紀……そこの所は判ってるわね』


 最後に釘を刺しつつ、沙紀の説教はようやく終わりを迎えたようだ。
 もっともお説教+小遣い半年間半額にいくつかのオプション付き程度の罰で済んでいるのだから、放っておくと何をしでかすか判らないフリーダムな娘に対して厳しめな沙紀にしては甘い方だろう。
 いつもなら、性根をたたき直すとして合気道だか古武術だかの師範代の肩書きを持つ沙紀相手の乱取りをやらされて、何度も畳に叩きつけられ、文字通り骨身にしみるほど反省させられているはずだ。


「は、はい! ごめんなさい。もうしません!」


 麻紀もそれは判っているのか、下手な態度をとって地獄コース行きは絶対に嫌なのか条件反射的にもう一度深々と謝っていた。
 もっとも叱られているときや後ろめたいときはここまでびくびくしていても、寝不足でハイテンション状態になるとやらかすのが麻紀の麻紀たる所以だが。


「沙紀さん。おつかれさまです。もういいですか?」


 用意していた2つのカップにお湯を注いでリビングへと戻った美月は、テーブルの上にカップを置いて、麻紀の前にさりげなく回ってカメラの視界を切ってから、モニターの向こう側の沙紀へと頭を下げる。
 後ろ手に麻紀へと合図をすると、美月の意図を察した麻紀はようやく苦しい足を崩せた安堵からか深い息を吐いていた。 


『ごめんなさいね美月ちゃん。うちのバカ娘が毎回毎回本当に迷惑掛けっぱなしで。都合が悪いことあるとすぐに美月ちゃんの家に逃げるんだから』


 モニターの向こうの沙紀には美月の狙いはバレバレなのだろうが見逃してくれたらしく微かに笑っていた。 


「麻紀ちゃんが私に端末を作ろうとしてくれて暴走したのが原因ですから。すみません。私がもう少しちゃんと見てて、気づいてあげればよかったんですけど」


『それが出来たら苦労しないんだけどね。この子の場合は思いついたら即行動だから。どうせ徹夜明けに思いついて、すぐにあたしの部屋に忍び込んできたんでしょうし。止める暇も無い上に、本当にいつもいつも考え無しなんだから」


 しみじみと怒りを噛みしめるように漏らした沙紀の言葉に、背後の麻紀が慌てて姿勢を正した気配が伝わってくる。
 もっとも麻紀からは見えない沙紀の顔は、相変わらず笑っているので、気が緩みかけた娘を脅かして楽しんでいるのだろう。
 

「麻紀あんた美月ちゃんに感謝しなさいよ。こんな良い子は滅多にいないんだから……あんまり悪さが過ぎるならあんたを勘当して、美月ちゃん養女にしたいくらいよ』  


 ただの沙紀は顔は笑いながらも目が真剣なので、発言のどこまでが冗談なのかどこからが本気なのか今ひとつ判りづらいのがちょっと怖いが。


「で、できたら美月を養女の方針だけで! 親友からランクアップして名実共に姉妹になれるなら喜んふぎゃっ!?」


 しかし娘の方はさらに怖かった。
 心底嬉しそうな笑顔を浮かべた麻紀は、一瞬でハイテンションになって、オモチャをねだる子供のようにカメラに飛びつこうとしたが、痺れていた足はそれを許さない。


「ひたっ!? ゎん!? ひゃい!?」


 身体を支えきれず崩れた膝で自分のマントの端を踏んづけて、その勢いのまま倒れ込んだ麻紀は顔面を強打し、何が起きたのか判らずたらりと血が垂れてきた鼻を押さえて悶絶しながら転がり廻る羽目になっていた。
 このマンションは完全防音だから騒音に関してはそう気にしなくても良いだろうが、今の振動が伝わらなかったかと美月が不安に思うほどの勢いだ。


「……あんたどんだけ美月ちゃん好きなのよ」 


「麻紀ちゃん……だから思いつきで動くの止めようね」


 あまりにテンポのよすぎる麻紀の奇行には、さすがにその母も親友もついて行けず呆れるしか無かった。

















「うぅ美月……痛いよ」


 十人中十人が可愛いと認める容姿も、打った鼻を赤くして血を止めるためにティッシュを詰め込んでいたのでは、何とも間抜けとしかいいようが無い情けない顔で、麻紀は涙目をこすっていた。
 

「はいはい。後でデザートを出してあげるから、それ食べて嫌な事は忘れようね」


「美月……あたしの事、子供だと思ってない」


 泣き止まない子をあやすような美月の言葉と提案に、麻紀は少しだけむっとしている。


「じゃあ食べない? 麻紀ちゃんの好きな志宝堂さんの秋の新作パンプキンミルフィーユパイだけど。昨日のうちに買ってきたから賞味期限は今日までだよ」


 だが美月の方が何枚も上手だ。
 テーブルの上の端末を手に取り、電子チラシを呼び出すと、麻紀の好きなケーキ屋で先週発売されたばかりの、掌大の大きさでカボチャを模して中にはパンプキンクリームとパイ生地を何層にも重ねた新作ケーキの画像を見せつける。
 ハロウィンをイメージしたのかジャックランタン風のデコレーションという見た目のかわいらしさと、断面図から見えるとろりとしたクリームの感じが麻紀の好みにジャストヒットする一品だ。


「……うっ……食べる」   

 
 麻紀の好きな味付けや嗜好を気づかい屋の美月が完璧に把握しているんだから、麻紀に勝ち目が無いに決まっている。
 あっという間に白旗を揚げるしかなく、麻紀は降参していた。


『こうやって美月ちゃんに餌付けされてるのね。うちのバカ娘は。全く一日に二回も麻紀の間抜け顔を見る羽目になるとは思わなかったわ。せっかく可愛く産んであげたのに、ことごとく無駄にしてるのねあんたは』


 モニターの向こうの沙紀は、お預けを喰らってしゅんと大人しくなる室内犬じみた娘の様に情けないと盛大にため息を吐いていた。


「べ、別に間抜けな顔なんてして」


「じゃあこれは?」


「へっ? ……ぎゃぁぅ!? な、なんでママが!?」


 沙紀の顔が映っていたモニターが切り替わり、そこに映った画像を見て麻紀は盛大に悲鳴をあげ、画面を指さして口をパクパクとさせ愕然とする。


「これって……昼間の」


 美月も思わず目を見張る。
 リビングモニターには、古いコントであるような爆発に巻き込まれたように顔は煤に汚れ、髪はアフロ状態。
 さらには子供の悪戯のような落書きがいくつもその美少女顔に書き込まれて台無しにしている、半べそをかいている麻紀の姿が映っていた。
 それは紛れもなく、今日行われた初のVRフルダイブ授業で外部講師であった男に散々にやられた麻紀の姿その物だった。   


「まったく、今朝はあんたに対してものすごく怒ってたのに、あんまりの情けなさに思わず噴き出したわよ。おかげで罰も軽めにしようかと思ったくらいだし」


 どうやら沙紀の怒りが多少軟化していたのは、このあまりに情けない娘の姿に怒りが軽減されていたからのようだ。


「な、なんでこの映像があるの!? あのお兄さん黙っててくれるって言ったのに!?」


 しかし娘の方は、まさかこんな画像が残っているとは思ってもいなかったようだ。
 しかもよりにもよって、自分の母親に画像が流れているとは思ってもいなかったのか、慌てふためいていた。
 流出の犯人なんて疑う余地も無い。
 この罠を仕掛けた外部講師で、沙紀の知り合いだという三崎の仕業以外の何物でも無いだろう。
 だが三崎は、授業中の失態を沙紀に言いつけないと約束していたはずなのに話が違うと青ざめる麻紀に、


「黙っているじゃ無くて、誤魔化して報告するとかじゃなかった?」  

 
「え…………い、言われてみれば」


 沙紀の言葉に、麻紀はしばし考えて、確かに三崎が報告をしないとは一言も言っていなかったことを思い出す。


「でしょ。真面目にやってましたって一言での報告メールは確かに来たわよ。添付されてただけ……この一枚で何があったか大体想像はつくけど。どうせ話を聞かないとか、勝手な操作をしようとしたんでしょ」


 娘の行動パターンなんて沙紀にはお見通しのようで、核心をほとんど外すこと無く突いていた。


「だ……騙された。しかもあの画像まで残すなんて」


 確かにその理屈でいけば三崎は、麻紀との約束を守っていたことになるだろう。
 しかし嘘は言っていないが、あまりにもあんまりだ。
 三崎との迂闊な口約束で信じてしまった麻紀は力なく膝をつく。


『三崎君相手にちゃんと言質をとらないあんたが悪いのよ。焦らせて冷静な判断力を奪っておいて、そこで魅力的な条件だけど穴ありを呈示する。心理を読んで、読みを外させたり、隙を突いたりとか、断りにくい状況に追い込むとか、相手の行動も計算して状況を操るのが三崎君の十八番よ』


「せ、性格が悪いですね」


 快活な笑顔で約束をしておきながら、平気で裏切ってくる三崎に、普段からあまり人の事を悪く言わない美月ですらも思わず引いてしまい、評価してしまうくらいだ。


「そりゃそうよ美月ちゃん。業界での彼のあだ名はド外道よ。彼なら単純な麻紀をやり込めるなんてそれこそ朝飯前だから。相変わらず三崎君は良い仕事してくるわ」


 初めてのVRフルダイブで調子に乗らないように躾けてくれと依頼した沙紀も、結果に大変満足だったようで、とても褒め言葉とは思えないのだが、その表情からは三崎を気に入っている様が見て取れた。


「なんであんな陰険なのと知り合いなのよママ! 一体なんなのあいつ!?」


 だがやり込められた娘の方は腹の虫が収まらないのか、三崎の評価をお兄さんから陰険に格下げして、食ってかかってきた。


「何ってあんたの婚約者に」


「ぶっ!? なっ!? なにそれ!?」


 あまりに予想外の沙紀の回答に、麻紀がその言葉の途中で吹き出し悲鳴を上げた。
 その顔にはありありと拒否感が浮かんでいる。
 あんな性悪冗談では無いと言いたげな麻紀に対して、


「あたしが考えていた人よ。他にお相手がいたからあっさり断られたけど……だから人の話は最後まで聞きなさい。本当にあんたって子は」 
 

 なんでこうも話の途中で早合点する慌ただしい性格なんだろう。
 娘の将来に大いなる不安を覚える沙紀は、三崎にもう少しきつめにやって貰えばよかったかと考えるほどだ。


「うぅぅっ。やられっぱなしで終わらせないわよ。覚えてなさいよあいつ」


「ほんと読まれてるわね。夕方に三崎君に謝礼メールを送ったら、すぐに通信が帰ってきてあんたがそんな事を言うだろうからって、お詫びの品を送ってくれたわよ。美月ちゃん家のメールボックスに転送するわね」


 踏んだり蹴ったりな麻紀は、怨みごとをこぼすがそれも三崎の計算のうちだったのか、麻紀の怒りを和らげる手を既に打っていたようだ。
 沙紀がモニターの向こうで仮想キーボードを叩いたのか手を動かすと、すぐにモニターの端に新規メールの着信を知らせるアイコンが点滅した。


「ふんだ。品物でつろうなんて安易。あたしの屈辱がそう易々と忘れられるわけないでしょ」


 すっかり機嫌が悪くなった麻紀は、ぷくりと頬を膨らませて拗ねている。
 もっとも落ち込んでいるときはともかく、怒っているパターンの時は、美味しいお菓子1つで機嫌が直るんだから楽な物だと思いつつ、美月はリモコンを手に取り着信したメールを呼び出し開いてみる。


「『からかいすぎたお詫びに、お客様方には追加パッチを送らせて頂きます』 沙紀さんなんですかこれ?」


 沙紀から転送されてきたメールには、そんな一言とそこそこの大きさのVRデータファイルが添付されていた。
 追加パッチと言われても一体何の品だろうか。
 美月には思い当たる物は無い。
 横の麻紀も、思い当たる物は無くむすっとしたままで特にリアクションを示していない。


「三崎君の話じゃ、美月ちゃんに麻紀が送ろうとかしていたVRソフトが手に入ったんでしょ。美月ちゃんのお父様が働いていたルナプラントの、VR来訪体験が出来る天文ソフトって品」


 美月の質問に沙紀はなぜか優し気な笑顔を浮かべて答える。
 そういえば三崎は、自身が手がけるVRMMOゲームのためのハードを麻紀や美月が組み立てる代わりに、伸吾達からマニアックなレアVRソフトを受け取った話を知っていた。


「はい。偶然クラスメイトから譲って貰って。今日の夜に麻紀ちゃんと一緒に使ってみようって思っていたんですけど……」 


「それの未公開追加パッチ。初期バージョン仕様の無人の施設を見て歩くだけじゃ無くて、そこで実際に働いている人達の仕事を紹介したり、VRインタビューを収録した追加アップデートバージョン。制作会社が倒産して日の目を見なかったのを、未完成データを発掘してきて、会社の人達と少しだけ手直しして見られるようにしたそうよ」


「…………っ!?」 


 沙紀の言葉にほのかな期待を抱いた美月の心臓がどくんと1つ強く高鳴る。


「未公開のお父さんのインタビューも収録されているそうよ。よかったっていうのも変な話だけど、美月ちゃん見たいでしょ」


「パ、パパの新しいインタビュー映像あるんですか……」


 思わず昔の……父がまだ生きていた頃の呼び方に戻り、美月は驚きをあらわにする。
 著名な研究者でもあった父の講演映像や画像はたくさんある。
 しかしそれらは既に何度も見た物。
 飽きるということは無いが、新しい物が加わることが無い事が父がいなくなってしまったことを美月に実感させていた。
 それが半年以上も経って新しく父の姿を見られる機会が訪れるなんて……
 もちろん美月とてそのインタビューは過去の映像。
 10ヶ月前の太陽極化活動サンクエイク事件前のルナプラントが健在の頃の画像であるとは判っている。
 だがそれでも嬉しいことに変わりは無かった。


「ところで麻紀。あんたはなんでさらに膨れているのよ。あぁソフトを手に入れて美月ちゃん喜ばせたはずが、さらに上をいかれたのが」


「別に! くやしくないもん! 手直したって時間がほとんど経って無いでしょ。どうせ未完成データをそのまま流用しただけのくせに偉そうに」


 手柄を横取りされたように感じていた麻紀は、沙紀に図星を指されぷいと横を向く。
 沙紀に指摘された事もあるが、自分の嗜好は、出会ったばかりの三崎に完璧に見抜かれているようで面白くは無かった。

 『自分が喜ぶことよりも、友人、特に美月が喜ぶことの方が自分の機嫌がよくなる』  
 美月が思わず言葉を無くすくらい、こんなに喜んでいるのだから、なんだかんだ言いつつもデータを発見してきた三崎には感謝したい気持ちはあるが、それ以前の積み重なった物があって怒りも覚える。
 だからどっちの感情を優先すれば良いのか、麻紀自身にも判らないでいた。
 

「張り合うの止めときなさいってば……半年くらい前にお亡くなりになった神崎さんはもちろん覚えてるでしょ」


 翻弄されていると娘を見て、沙紀がモニターの向こうで呆れつつも笑いを浮かべると、いきなり話を変えた。
 麻紀が子供の頃、まだ母の勤め先に行けていた頃に、当時の親友と病室に尋ねると、よくお菓子をくれたり、話を聞かせてくれたりと、お世話になった入院患者が神崎恵子だ。
 麻紀が物心つくもっと前から寝たきりとなり、医療用カプセルの中で過ごすことを余儀なくされて、辛い人生を過ごしているはずなのに、それでも優しく明るい老女だった。


「……忘れるわけないよ。神崎のお婆ちゃん」


 予想外の名に麻紀はびくりと肩を揺らしながら、声を振り絞って答える。
 麻紀にとっては母の病院での記憶は懐かしく楽しい物でありながら、同時に未だに心の奥底で眠る忘れてはいけないトラウマに直結する記憶。
 あの後悔しかないトラウマが原因で10年以上経つのに病院には未だに行けず、子供の頃にお世話になった患者さん達に会うこともできず、そのうちに見知った誰かが亡くなったと聞いて、さらに後悔し再来訪の敷居が高くなるという負のスパイラルに陥っていた。


「あんたが嫌がるから最後のことは詳細は伝えてなかったけど、神崎さんは懇意にしていた職人さんとのVR結婚式で笑いながら楽しかったって言葉を最後に残して逝ったわよ。それをプロデュースしたのは三崎君」


「えっ!?」

   
「あんたVR世界には、ホスピスに入院する患者さん達の救いがあるって言ってたわよね。だから医療技術じゃ無くてVRを勉強するって。三崎君は人を楽しませるプロ。なら彼の手がける物をちゃんと見ときなさい。制作時間が短時間だろうが、元データが別会社の物だろうとお客様の為ならどうにでもする。それが三崎君が所属するホワイトソフトウェアって会社よ。たぶんあんたの目指すべき完成形がそこにあるわね」


 延命治療や終末医療で苦しむ患者さんの為に、VRを活用した自由な世界を提供する。
 それは麻紀の理想であり、亡き親友への謝罪と贖罪として選んだ道。
 


「さてじゃあ長くなったしそろそろ切るわね。お父さんがお腹すかせて待ちくたびれてるから。美月ちゃん悪いけど麻紀を頼むわね。土、日はその子自由に使って良いから」


 自分とは違う道を目指す娘に内心では思うところはあるのだろうが、それをおくびにも出さず、母親らしい優しい目を一瞬だけ麻紀に向けてから沙紀の顔はモニターから消えていた。


「……ねぇ麻紀ちゃん。デザートの前に」
 

「いいよ。先にやろ。あたしのマントにデータ落としてアップデートしたらすぐにフルダイブしてみよ」


 デザートを楽しみにしていたのに申し訳ないと言いたげな表情を浮かべた美月が最後まで言いきる前に、麻紀はまだ少しだけ複雑な表情を浮かべつつも頷く。
 親友である美月が喜んでくれるなら、それが最優先。
 そう思えば三崎が気に食わなかろうが、何でも飲み込んでしまえば良い。
 しかも初のプライベートフルダイブは親友であると美月と一緒。
 それが嬉しくないわけが無い。
 

「ふっ! あたしのSchwarze Morgendämmerung zweiがいよいよ本領発揮をする時がきたようね!」
   

 テンションを跳ね上げた麻紀は背のマント型VR端末を手で払いなびかせリビングテーブルに片足をのせて笑い声をあげようとして、


「麻紀ちゃん。足を乗せるのは止めようね。お行儀が悪いよ。昼間も言ったでしょ」


「……ごめんなさい」


 行儀に関しては本気で厳しく、こめかみにぴくりと青筋を立てた美月の注意に、おずおずと足を降ろしていた。



[31751] A面 ここが宇宙のフロンティア
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/02/19 00:00
 構築されたナノシステムにより脳内電気信号に介入し、視覚聴覚等の五感に現実と変わらない体験をさせるのかヴァーチャルリアリティー技術である。
 その中でもヴァーチャルリアリティーフルダイブ。通称【VRFD】は仮想現実の1つの完成形であり、全感覚を仮想世界と完全リンクさせる事が可能となる。
 VRFD時には、現実の肉体は脳内ナノシステムによる疑似信号で睡眠状態と同レベルまで生体活動を低下させ維持されるが、その際には無防備となる肉体を保護するために、いくつか気をつけるべき諸注意がある。
 注意と言ってもさほど専門的なことでは無く、戸締まりや防犯、防災といった世間一般的な代物だが。

1 施錠及び戸締まりの確認

2 火元の確認及び空調関係の確認

3 外部通信機器回線接続

4 災害通知機能確認

5 生体通知機能確認

6 室内動体センサー起動及びVR内映像チェックシステム稼働

7 身体の保持及び周辺の危険物の確認

 等々。
 

「玄関、リビングは良いよ。水回りとかもみるから設定関連はお願い、後敷き布団持ってくるね」


 美月と麻紀の二人は初めてのプライベートフルダイブの前に、昼前の授業で習ったいくつもの注意点を思い出しながら、確認準備をしていた。
 色々と細かい注意があるのは、無防備になってしまう肉体保護への考慮という意味合いが強い。
 外部侵入や、家庭内での事故、事件など、非常事態を想定し準備しろが三崎の弁で、VRFD中の事件事故をいくつもあげている。
 注意を怠った事で起きた強盗事件。
 火の掛けっぱなしによる火事。
 暖房の温度調整ミスによる脱水症例。
 ダイブ中に起きた地震による家具の転倒など、具体例には事欠かず、初期には社会問題となったのは有名な話だ。
 無論それだけ問題視された事例に対して、メーカー側も対応策も無く手をこまねいている訳でも無く、今では対策グッズや対応サイトは充実している。
 完全密閉型の最高級VR筐体などその最たる物で、防火防災完備で外部電源喪失状態でも最大72時間までの完全循環機能付きとなるが、お値段の方も8桁に及ぶので、庶民には高嶺の花。
 ましてや学生身分の美月達では、廉価品であるダイブデスクも高すぎるので、20万くらいで手に入るフルダイブ可能な簡易端末が精々。
 麻紀のマント型端末は、VR性能その物は筐体型と比べても遜色の無いハイエンドクラスだが、防犯防災面からみれば簡易端末とは変わらず、身の回りの防災防犯は自分で気をつけるしかない。


「オッケー。災害通知サイトとリンク確保。来客システム及び警備システムもリンクと……顔に落書きされるのはもう嫌だから、室内動体感知機能はフルセンサーモードで。ついでにあの性悪お兄さんのデータのウィルスチェックも」

 
 その辺りの説明や対策を適当に聞き逃していたり、軽く考えていると酷い目に遭うと、昼の授業で身をもって思い知らされた麻紀は、その忘れたい記憶を思い返して実に嫌そうな顔を浮かべる。
 仮想ウィンドウを呼び出して、マンションの防犯防災システムや外部の災害情報サイト等を巡り次々に通知設定をしながら、先ほど三崎から送られてきたパッチファイルにも念入りにウィルスチェックを何重にも掛けて確認。
 詫びと称した物なのだから、特に変な仕掛けは無いと思いたいが相手が相手。警戒して損は無い。
 外部接続機能無し。
 上書き書き換え機能一部限定。
 怪しい機能は表面上にはみられない。
 念には念を入れるなら、細部まで展開して中身をつぶさにしたいのだが、
 

「プロテクト堅すぎ。民間用レベルじゃないでしょこれ……うっ。消去プログラム?」 


 浅い階層はともかくとして、中枢データプログラム部分には強固な壁が築かれていて真っ当な手段では中身を覗き見ることは出来無い。
 その上ツールで無理にこじ開けようとすれば、完全消去プログラムの存在を臭わす英文の警告ポップがご丁寧にも立ち上がる。
 この警告がフェイクなのか、それとも本当かさえ判らない。
 今の麻紀の技術力、知識力では刃が立ちそうも無かった。
 ポップの右下にはUNIC(国連広報センター)のマークが入っている。
 元々ルナプラントは、国際連合主導で月面資源活用を目指していた世界的プロジェクト。
 当たり障りの無いデータは一般公開もされていたが、サンクエイクで連絡途絶したあとも 関係者の家族である美月にさえ伏せられたままの情報は多いとのこと。
 その関連でmこれだけ厳重なプロテクトが施されているのだろうか。
 だが大元のソフト開発販売は、もう潰れているが日本の一中堅ソフトウェア会社。
 そんな所にこんなセキュリティレベルの高い資料を、しかも商用目的なのに貸し与えたりするだろうか……?
 その会社にでも連絡が繋がれば確認しようもあるが、VRHPには閉鎖のお知らせのみで跡をたどれない。
 三崎に連絡して確認するのも負けたようで癪だが、何より相手が善意から贈ってくれた場合は失礼だ。
   

「ぅぅぅぅん……特定回線以外の外部接続物理切断と強制停止プログラムでカバー」


 中身が見えないのは実に不安だが、下手に触って中身を消してしまっては楽しみにしている美月に会わせる顔が無い。
 しかし三崎には昼間に良いようにやられたので、不安をそのままにしているのも落ち着かない。
 悩んだ末に麻紀は、身につけたマント型VR端末の外部通信機能の接続先を防犯防災サイトに絞り、ついでに指定サイト以外に接続された場合に即時発動する最上位権限を与えた強制停止プログラムと、連動して発動するマントの物理切断セキュリティも立ち上げる。
 
 
「こっちの確認は終わったよ……どうしたの?」


 敷き布団を抱えリビングに戻ってきた美月が、眉をしかめたままの麻紀をみて不思議そうに尋ねる。
 美月の住むマンションは、いわゆるファミリー層向けなので専門的な知識を持たなくても防犯、防災機能の設定が可能なようにシステム簡略化がされている。
 麻紀ならさほど迷うことも無くできるはずだと思っていたようだ。


「あーうん。ソフトセキュリティが頑丈すぎて、中まで確認出来なかったら、妥協案で何とかしたから」


「そっか。でも授業での注意点はちゃんと確認したから大丈夫じゃない?」


 授業では全てのトラップを回避した優等生な美月はあまり心配していないのか、二人分の敷き布団をテーブルどかしたリビングの中央に広げていく。
 ここなら不意の地震などが起きても、棚から小物が落ちてくることは無い。
 美月の部屋のベットでも良いが、さすがにシングルベットでは狭すぎるし、コードも邪魔になるので、リビングをダイブポイントして選んでいた。  


「……悩んでても結果で無いか。よし。有線設定も完了と設定オールクリア。美月何時でもオッケ」


 麻紀は敷いた布団にころんと座り込み、マントから伸ばした別コードを美月へと差し出す。


「ありがと。リンク承諾と…………これだけ展開してよく見分けつくね。問題無さそう?」


 情報共有した美月の網膜ディスプレイに、麻紀が展開していた10を超えるいくつもの仮想ウィンドウが立ち上がる。
 接続回線監視。各種防犯プログラム稼働の状況。複数の外部情報リンクにナノシステムが計測したリアル肉体のパフォーマンスステータスもリアルタイムで表示し続けている。
 ぱっと見では詳細までは判らないが、普段はおおざっぱなところがある麻紀がどれだけ厳重に警戒しているのかが判る数だ。


「オートで規定設定を超えたら警戒モード移行! 即時遮断で復帰モードに切り替え! これでどれだけ罠が設置されていても対処オッケー! 仕掛けられるもんなら仕掛けてみろってな感じ! このあたしが二度も同じ轍を踏むとは思わない事ね!」


 やけくそ気味に高笑いする麻紀の目は、ある意味通常運航でぐるぐる廻っている。
 麻紀のハイテンションはある意味で精神的な弱さの裏返し。
 逃げの一種。
 口では罠でも何でも来いと言ってはいるが、不安が強いのだろう。
 親友が見た目や普段の行動とは違い、精神的には脆い所があるのを知る美月は一抹の危惧を覚える。


「……麻紀ちゃんでも確認が出来ないんじゃ、安全性が確保できるまでプレイは待ってみる?」

 
 どうにも臨時講師を名乗った三崎が信用できないというか、漠然とした不安を覚えていた美月は、次の機会にしないかと一応麻紀に尋ねてみる。
 美月本人としては、父の映像が見られるなら、すぐにでもやりたいのが紛れもない本心だが、麻紀が嫌な気分になる可能性があるなら、それを避けたいのもまた本心。


「大丈夫だって。あたしを信じなさい! ほら美月も寝る!」


 美月の気づかいに気づかぬのか。
 それとも気づいた上に本心を見抜いたからこそか、麻紀が左手で美月の手を取り重心を崩しつつ右手で足元を払って、ふわっと投げるようにして布団の上に落とした。


「わっ!? ……痛くないって判っていても怖いんだから止めてよ……ほんと麻紀ちゃんは強引なんだから。うん。私の方も準備良いよ」


 座ったままで対峙した相手を投げる事が出来る合気道の技の一種とのことだが、相変わらず無駄に器用かつ強引な親友を美月は軽く睨んでいたが、すぐにしょうが無いなと笑いだし、横の布団に仰向けに寝転ぶ。
 この強引さのおかげで唯一の肉親だった父を亡くし、沈み込んでいた美月は救われた。
 麻紀が大丈夫というなら大丈夫。
 もし何かあっても今度は自分が麻紀の手助けをすれば良い。
 自分達ならなんとでもなると根拠は無いが確かな確信を抱いて美月は、仮想コンソールを起動させフルダイブシステムを立ち上げる。


「じゃぁいこ。監視システム起動。ソフト起ち上げ」


 同じように横になった麻紀が頭上に浮かんだコンソールに指を這わせ待機状態だったソフトを起動させる。
 目の前に新しい仮想ディスプレイが展開し、高高度衛星から映された地球の画像が表示される。
 そこから視点が引いて月が現れ、さらに勢いを増して一気に画面が引いて太陽系全図、無数の星々を高速で映しながら棒渦巻銀河へとOP映像が目まぐるしく切り替わる。
 麻紀はさらに指を走らせ、初回特典機能であるルナプラント再現シナリオを選択していった。
 すると視界の隅にVR規制条例によって課せられた制限時間が2:00と表示されていて、このソフトが条例で規制される娯楽目的ソフトに分類されていることを主張し、使用確認を問いかける警告ポップが出現する。
 美月と麻紀は示し合わせたわけでは無いが、同時に互いの方向へと顔を向け視線を合わせると頷き合ってから、承諾キーをタップして、
 

「「フルダイブ開始」」


 キーワードを同時に口にした瞬間、視界がブラックアウトし二人の意識は眠りにつくように急速に仮想世界へと落ちていった。
























 美月がゆっくりと目を開けると、その眼に映る景色は一変していた。
 淡いクリーム色の壁紙とフローリングの床の自宅から、周囲を緩衝材で覆われたカプセルベットのような場所で横たわっている自分に美月は気づく。
 身につけていた室内着は、オプション装備で変更可能な船内船外マルチタイプの最新型与圧服へと変わったようで、酸素残量や水素燃料電池パック残量などのステータスが脳内ナノシステムに寄って表示される仮想ディスプレイに表示されている。
 ステータス表示の隅には与圧服の設計がJAXAたと示すマーク。
 父の地上訓練の際に家族見学でみた物と同じ物のようだ。
 しかし今いるカプセルには見覚えが無い。
 ふわっと浮き上がるような緩い降下感を感じるが、バケットシートに仰向け状態でベルトで固定されていて、ほとんど身動きが取れず、外部の様子を見ることも出来無い。
 一般向け映像や父からのメールでみたルナプラント内部の気密ルームのカプセル内だろうか?


「どこ……ここ?」


『ようこそお客様。本日はVR体験型アトラクション『ルナプラント』をご利用頂きまことにありがとうございます』


 美月の呟きを拾って、シミュレートプログラムが起動したのだろうか。
 視界に新たに小さな仮想ウィンドウが立ち上がり、そこに映った美人ではあるが無表情な、一目でAIと判る女性がぺこりと頭を下げた。
 どうやら彼女がこのソフトのナビゲーターのようだ。


『現在お客様がご搭乗中の月面着陸船アルタイルⅢは、自動月面降下最終シーケンスを実行中です。2分後に嵐の大洋上ルナポートへと着陸致します』


 アルタイルⅢは今世紀前半にアメリカが行った有人宇宙機計画であるコンステレーション計画で誕生した着陸機アルタイルの純血後継機になる。
 アルタイルⅢは初代アルタイルをより大型化。
 一回事の使い捨てだった初代と違い、月周回軌道を取る長期駐留ステーションとの間を行き来するアルタイルⅢは、ルナプラントでの整備により10回程度の再利用を可能とした改良機体になる。
 VR技術の発展により、コンソールシステムは大きな革新を遂げている。
 わずか1キロの重量減でさえ大幅なコストダウンへと繋がる宇宙開発分野において、アルタイルⅢはVR技術の恩恵にあずかったその集大成と言えるもので、リアルコンソールの類いを一切廃止し、乗員が持つVRシステム仮想コンソールによって機体制御コンピューターへと指示を出す形になっている。
 過酷な環境下である宇宙空間においては堅実性が重要視される中で、全てをVR制御にゆだねるという設計プランには反対も多かったが、システム構造簡素化、メンテナンス簡略化、大幅な重量削減、収容空間拡大というメリットを得て建造されたアルタイルⅢは10名の搭乗員と、資材・機材40トンを一度に月面へと送り込むことが出来る、史上最大の月面着陸機で、美月の父である清吾もこれに乗って月へと降り立った。
 将来的にはルナプラントでの部品生産も視野におかれ、地球側でのさらなる打ち上げペイロード削減を目指した意欲的な機体だった。


『現実におきましてはポート着陸後に当機は地下ドックにおいて、数時間に及ぶ機体検査及びレゴリス除去が行われた後に、ルナプラントへの立入許可が下りますが、本シミュレーションにおきましては、着陸後すぐにルナプラント内ファクトリー1への移動が可能となります」

 
 新たなウィンドウが立ち上がり、月面の断面簡易地図が表示される。
 駐留ステーションから切り離されたアルタイルⅢが、低推力降下用ロケットエンジンを用いて下りエレベーターのようなゆったりとスピードで月面へと近づいていく簡易図には、地表部分に築かれたルナポートと呼ばれる月面着陸発射施設である地表施設と、その地下に広がる巨大な施設が描かれている。
 月面は、昼と夜の平均で110度~-170℃と激しい温度変化に晒され、大気や磁場圏がほぼ喪失しているために有害な放射線や微細隕石がダイレクトに降り注ぐ。
 ただ月面に制作しただけでは、恒久施設の維持は非常に困難な物となる。
 そこで白羽の矢が立ったのは、古いお伽噺の姫の名を持つ探査船によって発見された、月最大の平原『嵐の大洋』に存在する巨大溶岩洞穴であるマリウスヒルズホールだ。
 地下であれば外気温もある程度は安定し、放射線対策も容易となり、微細隕石による被害を大幅にカットできる。
 将来的な基地予定地として有望視されていた溶岩窟は、無人、有人と幾度にも渡り内部調査が行われ、計画段階で既に精細な測量地図がほぼ出来上がっていた。
 初期駐留施設として既に月面で作られていたアメリカ月面基地を、現在のルナポートに改築。
 ルナポートを拠点に、第一期15年に及ぶ難工事により建築されたルナプラントが稼働したのはもう10年前のこと。
 各種実験と平行してその後も小規模な改築、拡張工事は続けられ、恒久月面地下基地ルナプラントのメイン施設となる居住区及び実験施設であるファクトリー1は、サンクエイクと呼ばれる大規模太陽風が発生したあの日まで日々改良されていた。
 


『本シミュレーションはルナプラントの過去、現在、そして未来を体験して頂くVRプログラムとなっております』


 画像が切り替わり、体験順路が表示されていく。
 まずはドックで建造に使われた低重力下対応重機や工事の模様を紹介。
 その後ファクトリー内部の居住施設に移動。
 地球の1Gと比べ弱い月の1/6G重力下に対応した施設紹介を兼ねた職員達の日常を体験。
 最後にルナプラントの主目的である次世代研究を見学というコースだ。
 ルナプラントにおいて実行されていた計画でもっとも注目を浴びていたのは、熱核融合炉において核融合物として期待されるヘリウム3の大量採取研究。
 もしサンクエイクが起き無ければ、遅くとも数年以内には研究用大型核融合炉が稼働していただろうと期待されていた物だ。 
 目玉であるヘリウム3採取計画に見学時間の大半は割り当てられているようだが、その下に第二期大規模拡張工事ファクトリー2建設と書かれた項目が美月の目を引く。
 横に表示されたナビゲーター欄に美月が待望していた名前が小さく書かれていたからだ。


「…………パパの名前だ」
 

 父の名を見つけた美月は、昔の呼び名を我知らず口にしていた。
 採取されたヘリウム3の実用採算性をあげるために計画されている第二施設建設工事こそが父高山清吾の仕事であり、夢への第一歩だった。
 南極冠に太陽光発電施設であるファクトリー2の建設と、ファクトリー間を繋ぐマイクロウェーブ送電設備の開発実験がその主なプランだった。
 幼かった美月に父が何度も語った壮大な夢の話。 
 分厚い大気と雲に覆われた地球よりも効率的に。
 吹き荒れる宇宙線によって建設、整備が困難な宇宙空間よりも簡単に。
 自分の世界に没入して一方的に喋り倒す父に困惑して目を丸くしている美月をみた母が、子供相手に難しい話をと浮かべていた呆れ顔を思い返す。
 あの父のことだ。これから会える父もきっといつも通りなのだろう。


『降下エンジン噴射終了……降下完了いたしました』


 クスリと微笑を浮かべる美月の背中越しに、軽い衝撃が伝わってきた。
 静かな着陸アプローチは拍子抜けがするほどで、父が月に行って最初のプライベート通信で車が止まるときと同じくらいだと話してくれた通りだ。


『機体固定完了。当機は無事ルナポートへと着陸いたしました。第Ⅱカプセルオープン』


 カプセル右側面の与圧シールドが上下へとスライドして、真っ暗な船内が首を傾けた美月の視界に見えてきた。
 次いで真っ暗中でも問題が無く移動できるよう、船内レイアウトを表示するガイドライン機能が網膜ディスプレイに自動で立ち上がる。
 アルタイルⅢの船内に漂うのは鼻を突く微かなオゾン臭。
 隔離された密閉空間であるルナファクトリーに危険物や病細菌を持ち込まないために、アルタイルⅢには幾重にも防疫、防護処理が施されているが、これもその1つ。
 

『ミーコ。船の中ってのはあれだ。ほれ空気清浄機の臭い』


 月に降り立つという稀少体験だというのにあまりに庶民的な父の言動に、他にもう少し言い方は無いのだろうかと美月は思った物だが、
 

「話してくれた通りだ…………」


 ほんの短時間。
 僅かな細かい事だが、父を思い出す丁寧で現実感のあるVR体験が次々と起こることに美月は小さな感慨に浸る。
 自分が感傷的すぎるのだろうか。
 それともこれが沙紀が言っていた三崎の、彼が所属するホワイトソフトウェアという会社の仕事なのだろうか。


『下段シートスライド……ガイドラインに従い搭乗口へと移動してください』


 身体を固定していたバケットシートごと美月の身体が通路側へと押し出される。
 父が体験したことを今自分は追体験している。
 その確かな感触を得た美月は、弾む心と同じように地上よりも軽く感じる身体を起き上がらせ、狭い船内通路へと降り立つ。
 地球上と比べふわふわした1/6の軽い重力は幻のようで、確かな感触を返す足元は現実的。
 夢現入り交じったような不思議な感覚は、ここが再現されたVRだということを忘れさせるようだ。


『第Ⅳカプセルオープン。通路の乗員はおきをつけください』


 三崎達の持つ高いVR技術力に美月が感心していると、美月の横の乗員保護カプセルが同じように開いて、小柄な人物が勢いよく起き上がる。


「せま! くらっ!? 宇宙船の中ってこんななの!? うっそれにここなんかモルグみたい……」


 体格ラインを表すガイドだけで顔の判別は出来無いが、その元気な声と賑やかな雰囲気、ころころと変わる感情は親友の麻紀で間違いない。
 徹底した効率主義によって設計されるアルタイルⅢは極限まで内部空間容量を縮小させた構造になっていて、美月が寝ていたの同じ保護カプセルが上下二段で壁側に埋め込まれるように設置されている。
 省スペースかつそれ自体が非常用ポッドにもなる頑強なカプセルだが、その形や構造から発表段階で一部から、麻紀が感じたようにカタコンベやモルグのようだと不評も上がっていた。
 それに対して設計主任が『えぇ、参考にしました』と臆面も無く即答したのは今でも語りぐさだ。


「照明設備削減や貨物スペース確保の一環なんだって。西洋系男性の平均基本体格で設計しているから、あたし達日本人なら少しマシだよ麻紀ちゃん」
 

 美月に気づいた麻紀がシートから降りて、美月に抱きつくように飛びつくと、


「美月! ここすごくない!? 本当にVRってびっくりしてるんだけど!? 学校よりすごいよ!? 身体の感覚とかリアルすぎだって! 規制入っていてこれって! どういう設計かおにーさんに聞きたい!」


 興奮したのか早口でまくし立てる。
 昼間に授業で初体験したVRフルダイブとはレベルが1つや2つ違う。
 これが今世間を席巻しつつある粒子通信を推し進める企業連合体の中核の1つを成すホワイトソフトウェアの地力なのだろう。
 規制状態でもこれだけの感覚再現を作り上げる技能に、技術者肌の麻紀は感動を覚えたらしく、跳ね上がったテンションで弾んだ声で答える。
 VR信奉というか、個人的な思考からVR技術に心酔している麻紀は、顔が見えなくても判るくらいに目を輝かせているのだろう。
 自分は父と会うのが楽しみでしょうが無いが、麻紀も同じくらい楽しんでいる事に美月は嬉しさを覚える。
 自分に付き合わせて麻紀が楽しめないのなら、申し訳なさを覚えてしまうが、これならその心配は無さそうだ。


「すごいよね。表現レベルだけじゃ無くて、再現レベルも前にパ、……お父さんが話してくれた通りなんだよ」


 自分の声もワクワクして弾んでいる。
 目も同じように輝いていることだろう。
 今は無いはずの心臓がどきどきする鼓動を胸に抱きつつ美月は笑う。
   

「もう。美月無理しないでパパって言えば良いじゃん。聞いてるのあたしだけなんだから……さぁ早く美月のパパの仕事場を見に行こ」


 子供っぽいからと呼び方を気をつけているのだが、どうにも麻紀といると気を許して注意が抜けてしまう。
 だが麻紀はそんなかっこつけは無用だと言い切り、何時もと同じように美月の手を取り、真っ暗な通路をガイドラインに従い搭乗口へと移動し始める。 


「ちょっ! 危ないから! 頭打つってば!」


 小さな割にパワフルな麻紀に手を引かれるのは日常茶飯事だが、ここは月面、何時もより軽い身体で引っ張られてはたまったものじゃ無い。
 下手に走ればいくら白人男性に合わせて作られているから美月達には余裕があるとはいえ、勢い余って高く跳んで低い天井に頭をぶつけてしまうかもしれないと心配する美月に対して、


「平気平気! 武道家ならすり足は基本だって!」


 順応生の高いあらゆる分野で才を発揮するマルチな友人は、既に自分に最適な低重力下での移動方を見いだしたようで、滑るように狭い通路を通り抜け、あっという間に搭乗口へとたどり着いてしまう。
 

「それに時間は有限! 一瞬でも無駄しちゃダメでしょ! せっかく美月がパパに会えるんだったら一秒でも長い方が良いじゃん!」


 娯楽目的でのVR利用制限時間は1日二時間まで。
 無情なカウントダウンは視界の隅で、1秒ごと着実に減っている。


「もう……ありがと麻紀ちゃん」


 だからそれを言われたら美月は怒るに怒れない。
 強く握った手から麻紀がどれだけ美月が会えることを待ち望んでくれているのか伝わってくるからだ。


「さ、行こうよ。開閉ボタンそこだって」


 弾んだ声の麻紀の指が指し示す場所で、大きなボタンが微かな明かりを点らしていた。
 

「うん。じゃあ開けるね」


 一度大きく深呼吸をしてから美月はボタンへと手を伸ばして力を込めて強く押す。 
 僅かな気圧差から空気が抜ける音と共に、二重隔壁が開き、


『隔壁ハッチオープンします』


「「「「「「「ようこそ月へ! 新たなる開拓者達よ!」」」」」」」
 

 まばゆい明かりと共に、ファンファーレが鳴り響き接続通路の両脇に並んだ数人の職員達の揃った声が2人を出迎える。
 それはかつて美月が見た父が月へと降り立った日の映像そのままの光景だった。



[31751] A面 希望=都合の良い推測?
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/06/25 09:06
「生物の最大にして、根源たる命題を突き詰めれば、いかに生存するかということに尽きる」


 抑揚の少ない落ち着いた声が、ルナプラントファクトリー1大型ドッグ管制室内に朗々と響く。
 月面にぽっかりと穴を開けた溶岩窟への入り口であるマリウスヒルズホール。
 今はその穴の上には巨大な鋼鉄の蓋が覆っていた。
 ホール周囲には塗布乾燥で簡易に作成可能なキット化されたペロブスカイ太陽電池を塗布した月面作成パネルが敷き詰められ、月面調査や資源採掘に用いられる重機用の地表充電ステーションへと電力を補充していた。
 ホールを挟んで反対側には、ルナポートに着陸した月面往還船アルタイルⅢをルナファクトリーへと運搬する六対軌条線が伸びる。
 直径約50メートルのホールを塞ぐ蓋は堅牢な4層隔壁構造となり、月面に降り注ぐ高濃度放射線と微細隕石群から地下施設を守っていた。
 アルタイルⅢや大型重機を運び入れる大型搬入エレベーターと、いくつかの中型、小型エレベーター、非常用の舷梯が壁面に沿って設置されており、最下層の月面往還船や大型重機の保守点検を行うドックへと直結していた。
 地球と比べ低重量であるために、かなりの重量を持つ大型重機であっても、月面と地下との行き来が比較的に容易に可能だったという。


「その観点から言えば、あらゆる環境が我々人類の生存を阻むそれが月だ。我々地球人類が月で恒常的なベースキャンプを……」

 
 白髪が目立つ頭髪は丁寧になでつけられ、左の頬から口元に走る抉られたような切り傷が厳しい風貌を印象づける。
 感情を感じさせない無表情、が特徴の語り手の初老男性の名は王子丹。
 元がエンターテイメント系ではなくサイエンス系のVRソフトだったからだろうか?
 語られる言葉には聴講者を楽しませるという成分は皆無。
 娯楽というよりも、淡々と紡がれるその内容は、強面教授の講義と表するのが正解だろう。
 
 
「極限状況での生存を可能とするためには、新たなる試みをいくつも模索し思考しそして実証しなければならなかった。生活環境の確保。エネルギーの確保…………」


 ルナプラントのNO.2である副所長の肩書きを持ち、極限環境下における総合的生存研究及び技術進化論の世界的権威として。
 そしてかなりの奇人としてその界隈では知られた科学者だった。
 無論、サンクエイクでルナプラントと地球の連絡を途絶して既に一年近くが過ぎているので、美月達の目の前で講義を行うのは王本人では無い。
 本人の仮想体データを用いて、サンクエイク以前に収録されていた内容を語るNPCだ。
 NPC王の背後では、説明に合わせて通常ならばメンテナンス管制用に使われていたのであろうモニター群が目まぐるしく画面を切り変えている。
 ルナプラントの建造史や、その過程で使われた特殊重機の特徴や、新たに開発された低重力下工法の実験映像が流されていく。
 流される映像の所々に、まだ髪が黒々としていた頃の王が映っているのだから、この老人が如何に昔からルナプラントに関わってきたのかが判るだろう。
 
 
「さっきのナビゲータAIもそうだけどこのお爺ちゃんもなんか機械ぽいね。さっきの出迎えの人達は感情的だったけど、再現に差がありすぎなのかな?」


「うーん……王教授って元々落ち着きすぎて、あまり焦ったりしない人だそうだから、再現度が高いだけだったり」


 実の娘である美月も変わり者だと思うあの父からすら、変わり者と評されるほどの生粋の研究者。
 極限環境下における抑制と欲求こそ、技術的な大きな進化を引き起こすが持論で、砂漠、永久凍土下、極冠、重金属汚染地帯、はたまた深海底と、過酷な状況を求め実験フィールドを変えつつ、生存するための研究を重ね、ついには月にまで到達したという。


「機関部に混入する微細レグルスによる故障発生率は、砂漠地帯と比べても高確率となり、より高度なシーリングと廃熱処理…………」


 過酷状況を遍歴し続けて培われた剛胆さと冷静沈着さは、もはや人外が父の弁。
 ルナポート建設時に微細隕石によって仮設基地に穴が開いて気密が破れた際も、慌てふためく周りを一喝して落ち着かせると、全員を気密が保たれた隣接区画へと避難させ、自分は手早く簡易宇宙服機能を起動させ保持ケーブルで身体を固定し隔壁を降ろして周囲と遮断。
 内部の空気が完全に抜けるのを待ってから、平然と応急修理を施していた。
 等々数々の武勇伝さえ持つ御仁だ。
 

「ふむ。どうやら君たちは建造過程の話題には些か興味が持ちづらいようだな」


 ひそひそと声を交わす2人をみて、今まで朗々と語り続けていた王の動きがピタと止まり、2人を無表情に見据えた。
 先ほどまでの講義をしていた顔とあまり変化は無いが、その空気は学生身分である2人には慣れ親しんだ身に覚えがあるものだ。
 つまりは授業中に無駄話に興じる学生を見つけた教師の顔とでもいえば良いのだろうか。
 観客の動きに対応して、行動パターンを変えるようなギミックでも仕込まれていたのか。


「この講義はここまでとしよう」


 王の背後に展開していた無数のディスプレイが一斉に消灯して、管理ルーム内が暗くなる。
 まさかここでソフトが強制終了となるのか?
 このソフトをくれた三崎の悪戯好きというか底意地の悪さを考えれば、聞いていなければ強制終了なんてそんなトラップの1つや2つを仕掛けていても、
 

「今の私からは知り得ないが、本シミュレーション利用者の中に対象者がいた場合に起動する、ルナプラントの保安及び非常事態に備えた設備の話をしよう。これはルナプラント勤務者の親族及び関係者向けに作られた特別な物となる」


 警戒して思わず身構えた2人に対して、王が示した新たなルートは全くの予想外の物だった。
 美月の存在を認識しているような提案を王が提示する。


「マニュアルにそんなの書いてあった!?」


 習うより慣れろを地でいく麻紀と違い、マニュアル重視、基本に忠実と堅実な美月は、FDする前に、ソフト本来の説明書はもちろん、三崎が送ってきたパッチに付随した簡易説明も、もちろんつぶさに読んでいる。


「ち、っちょとまってて思い返して……そんなの説明書には無かったよ!?」

   
 だが何度思い返しても、関係者用特別機能等そんな物は書かれていた記憶は無い。
 あれば美月は真っ先に気づくはずだ。
 第一どうやって親族認定をしている!?
 そんな情報を記入する項目も、美月の個人情報確認も無かったのに。
 素性を知っている三崎の仕込みだとしても、関係者向けの特別講義などというデータがそんな都合よく準備されているのだろうか?
  
 
「先ほども話したとおりだが、月に限らず、本来であれば人に適した生存圏は母星である地球のしかも限られた環境に限られる。人工的に生存環境を改善する試みは有史以来、開拓や埋め立てなど原始的な発端を切っ掛けに様々な形で行われている」


 予想外の機能に慌てふためく2人を一瞥することも無く、王は先ほどと変わらず朗々と一方的に話し始めた。


「ルナプラントはそういう意味では、人類が持つ生存意欲の現状での到達点と言っても過言ではない……実例を1つ見せよう。最外壁部へと転送を」


 王が仮想コンソールを呼び出したのか空中を軽くタップすると、周囲の景色が一変する。
 ゴツゴツとした岩肌をさらす洞穴内へと美月達は、椅子に座ったまま一瞬で移動していた。
 目の前には洞穴を塞ぐ巨大な金属隔壁が鎮座しており、重機が出入り可能な大型気密扉が取りつけられている。
 隔壁からはいくつものパイプが突き出しており、背後の溶岩窟の先へと伸びていた。 


「へっ!? 今の一瞬で!?」


 ノイズ等一切無く刹那に切り替わった景色に、麻紀が驚きの声をあげる。
 ここはVR空間なのだから、現実では到底無理な空間転送でも驚くことはないが、一瞬のブッラクアウトすらもなく、滑らかすぎるほどに切り替えていた。
 地味であるが。とてつもなく高度な技術力がこのソフトに使われている何よりの証だろう。


「ここは地表より約100メートル下のルナプラントの本体たるファクトリー1の最下層部分となる。君たちの背後に広がる溶岩窟は、ここから先も伸びており、物資倉庫や隔離実験棟が設けられている」


 曰くルナプラントの心臓部である居住区及び生産区画であるプラント1はマリウスヒルズホールから続く横穴の溶岩トンネルをさらに拡張した最深部に建造されている。
 そこは地表から80~100メートル降下した地下となり、そこでは度々降り注ぐ微細隕石や強烈な昼の熱と止まない宇宙線から居住者と設備、そして地球から送られてきた物資が守られている。

 曰く人類の生存に欠かせない酸素と水においては、長年の月面調査により極冠部及び地下より多量の氷隕石及びそれに由来する酸化物を確保し溶岩窟内資源倉庫に運び入れてており、そこから精製することが可能となっている。
 その量は長期間の間、水と酸素の自給自足が可能なラインを優に超えている。

 曰く精製装置を稼働させるには多くの電気を必要とするが、地上部の広大な太陽光発電パネル及び、長く続く夜間用には採取したヘリウム3を用いた実証試験用中規模常温核融合炉により確保できている。
 その電力はルナプラント全施設を十二分にまかなう発電量を誇っており、地表との連絡口となる縦穴であるマリウスヒルズホールの開口部に、開放時に飛び込んでくる放射線を遮る強力な電磁スクリーンを張り巡らすことを可能としている。

 曰くファクトリーの名を持つとおり、将来的には駐留ステーションや太陽系内の他惑星への前線基地として使われることも想定され、膨大な物資製造キャパシティを持つように設計されている。
 だから地球上のあらゆる国、分野から集められた有能な技術者達は、資材さえ確保できれば、同規模の施設を建造可能なプロフェッショナルが揃っている。


「現在もっとも想定される最悪な事態は、長期にわたる地球との連絡及び物資納入の途絶だ。現状のルナプラントの全生産能力は、短期的に見れば完全途絶状態においても自給自足を可能とするが、長期的な目線で見れば、ルナプラントの設備、資源備蓄の限界点を超え徐々に低下していくのは自明の理だ。無論最悪の事態に備えて対応策がいくつも提案、試案されている」


 王の説明はルナプラントが幾重もの生存環境確保のための手段を確保していることを伝えるための物で、同時に地球との連絡途絶や何らかの不備があっても、短期間であれば自力で再建が可能な手段も用意されていると…………


「…………」


 王の説明にいつの間にやら美月は無言で聞き入っていた。
 隣の麻紀も、珍しく黙ってその言葉に耳を傾けている。
 王の話は美月にある希望を抱かせる物だからだ。


「さて私の持ち時間はそろそろのようだ。これで終わるとしよう。聞いた者が誰かはわからないが、ご家族の事を安心してもらえたなら、基本設計に関わった私としても報われるだろう」


 気密服に内蔵された腕時計を確認した王が、伝えることは伝えたとばかりに唐突に話を終わらせる。
 王が聞かせたのはそこにいる者がどう過ごしているか。危険は無いかという事。
 どれだけの安全手段と対策が施されているか。
 家族や関係者を安心させる為のモードだということだろうか。
 しかし美月は、脳裏にある可能性が一瞬だけよぎる。
 あり得ない。
 都合のよすぎる可能性。
 だがそれでも……これだけ厳重な防護機能と不測の事態を想定した手段が幾重にも施されているならば……
 これから起きることを……地球と切り離される事態を。
 サンクエイクを知っていたような、貯蓄物の量と準備されていた生産施設ならば……
 それらの話や疑問がぐるぐると頭の中で廻って、1つの形を作っていく。
 ひょっとしたら父達は、今も月で生き残っているのでは無いか……
 しかしそれでもあり得ない、あるはずが無い。
 大規模太陽フレアであるサンクエイクの規模は観測史上最大最強だった。
 地上への被害は奇跡的に最小に留まったが、宇宙では衛星網が壊滅し、今もロケットの打ち上げが失敗に終わるほどの磁気嵐の残滓を残し続けている。
 いくら地下に作られていようとも、途絶時の対策が施されていようとも、地球と比べ分厚い大気も強力な磁場も無い月では、サンクエイクがもたらした被害は、地球の比では無い。

 
「なんで、そこまで厳重な設計にしたんですか。何か……何か起きるって知っていたんですか」

 
 生き残っているはずが無い。残れるはずが無い。
 常識人故に否定してしまい、都合のよい結論に達することが出来ない。
 だがそれでも……僅かな希望に背を押され美月は思わず椅子から立ち上がり、王に問いかける。 
 

「最後に言っておこう。これらの設備や準備は別段に驚くようなことでは無い。シンプルな結論だ。極限状況下に合わせて環境に適応する新技術を開発もしくは既存技術を変化させる。これが技術進化だ。月面は現地球人類が到達できる最悪環境の1つ。だからこそいかなる事態にも対応できる者と物が用意されているのだと」


 美月の言葉に反応したのか?
 それとも元々そんな台詞を作ってあったのか。
 どちらかは判らないが、だがどちらにしろ、それは美月の望んでいた答えでは無かった。
 当然だ。目の間にいるのは王の形をしたNPCでしか無いのだから。
 

「美月、一端止める?」


 目に見えて落胆した美月を、隣に座る麻紀が気づかい肩に手をそえる。
 おそらく麻紀にも美月の脳裏をよぎった希望が判ったのだろう。
 それがどれだけ都合の良い、確率の低い儚い希望だということも。
 

「だ、大丈夫だよ」


 事故が起きてから既にかなりの時間が過ぎている。
 今も大気圏外で吹き荒れる磁気嵐により、宇宙空間へと上がれ無いどころか、月面に設置された機器からの信号すら途絶したまま。
 ただ眺めるだけしか出来無い地上からの月面施設観測でも、発光や施設の稼働など何らかの人為的な動きが、観測されてもいない。
 月面施設や軌道上駐留ステーションにいた者達は、強力な太陽風第一波により全員が死亡したというのが、ルナプラント計画を主導する国連宇宙局から公式に出された見解だ。


「前言を翻す事になるが、もう一つだけ付け加えよう」


 微かに聞こえる小声が洞穴の中に響いた。
 顔を上げた美月を見つめる王の顔には先ほどまでには無い物。鉄面皮の中にほんの少しだが微笑が含まれているようにみえた。
 

「月並みな言葉となるだろうが、生き残ることに限らず、生物が行う行動はなにかを成し遂げようという意思が全ての源泉となる。諦めなければ生きるための道が必ずあるとまでは言うつもりはない……だが」


 それ以外にも、先ほどまでの講義には無かった熱が王の声にはあった。
 抑揚の少ない声。
 静かな物腰。
 一昔の人工知能のような堅い言葉。
 先ほどと変化した要素などまるで無い。
 だがそこには確かに熱がある。
 それが美月にはよく判る。
 美月だからこそよく判る。
 父と…………高山清吾と似ていると。


「いかなる状況であろうとも諦めず、目に映る全ての状況で考え、道を見つけ出してみると良いだろう。想定外の、それこそ馬鹿げたほどに、荒唐無稽な道が見つかることもあるだろう……私たちのようにな」


 鉄面皮を崩しどこか皮肉気な、それでいて楽しそうな顔を一瞬だけ浮かべながら、意味深な言葉を残して、王の姿は美月達の前から消え去った。
 最後の最後に聞かせた感情が篭もった王の言葉。
 その姿形、語り口調は父と異なろうとも、根底に流れる物は同じ。
 自分の仕事に誇りと自信をもち邁進している者の言葉。
 だからこそ訴える物がある。


「麻紀ちゃん……今のって再現された言葉だって……元々撮影されてたって……思えた?」


 先ほど心の中で否定した可能性がまたも首をもたげる予感と、あり得ないと否定する理性が混じり合い美月は動揺を浮かべる。
 王の最後の言葉は、ただの再現体に語れる熱だとは、美月には到底思えなかった。
 まるで落胆する美月の反応を見て、つい老婆心から忠告してしまった。そんな感じが王からは感じられた。


「思えない……ちょっと確認する」


 今のがただの事前に撮られた再現仮想体だとは、麻紀にも当然思えない。
勘で即断した麻紀は、次いで理屈をひねり出そうと仮想コンソールを起ち上げた。


「外部との特定回線以外はシャットアウトしてあるはず……今監視ステータス確認したけど、異常無し。だけど正直言って気づかない間にバックドアが仕掛けられていても分かんない」 


 ソフト稼働状況を手早く確認して、外部セキュリティサイト以外とのアクセス形跡がないことを確かめて悔しげに唇をかむ。
 技術的な観点からいえば、有線で繋がった自分達以外の何かが介入してくる余地などない。
 何かあれば強制シャットアウトするように設定した。
 自分に判らず、誰かが外から繋げられるはずがない。
 そうしたはずだ。
 だが麻紀は自信を持って、外部からの干渉がないとは断言できない。
 このソフトが始まってから、麻紀が思い知らされるのは高い技術力の差。
 どうすればこのように高い再現レベルVRや、一切タイムラグやノイズを感じさせないスムーズな切り替えが出来るのか判らない。
 技術格差が大きすぎて、解析のための切っ掛けすら掴めない。
 だから美月の問いかけにも、はっきりとした答えを返してあげられない事が、麻紀には悔しい。
 美月が抱く希望の可能性に答えを……肯定も否定もしてやれないことに無力感を感じてしまう。
 だが無力だと嘆いているだけなのは、もっと悔しい。
 沙紀からも執念深いと評価されるほどに、負けん気の強い麻紀のやる気は強まる。
 しかし何時もこれで失敗する。周囲を顧みず己の感情にまかせて突き進んで失敗する。


「続き……続き見てみないと判らない。もっと詳しく解析してみたい……でも美月……データが飛んじゃうかもしれないリスクあるけどどうする?」 



 プロテクトに引っかかって途中でプログラムが止まるかもしれない。
 下手をすれば事前に確認した警告文のように、データその物が完全消去となる可能性も無きにしも非ず。
 そうなれば美月が一番楽しみにしている、美月の父である高山清吾の姿を見れなくなる。
 だから何より優先すべきは美月の気持ち。
 自分が道を違えない為のストッパーとして側にいてくれる親友に麻紀は尋ねる。


「麻紀ちゃん……」


 麻紀が自分を思い提案してくれ誘いに美月は思いを巡らせる。
 確かに麻紀の言う通りリスクはある。
 父のデータを見られなくなるかも知れない。 
 ひょっとしたら調整時間が無くて、仮想体の外見だけを模して、誰かがリアルタイムで演じているだけなのかも知れない。
 しかし沙紀から伝えられた言葉が美月の脳裏に引っかかる。
 三崎は人を楽しませるプロだと。
 あのやり手の沙紀が手放しで評価する相手が、そんな底の浅い仕掛けを施すだろうか。
 王の最後に伝えた言葉。
 道を見つけてみろ。それが三崎のメッセージではないだろうか……


「外部通信量を解析しながらプログラムにちょっかい掛けてみて。私は次の人に色々質問してみる。相手がNPCじゃなければボロを出すかも」


 少し前の、弱かった頃の美月なら躊躇し悩み踏み出せなかっただろう。
 だが今は違う。
 リスクを承知で勝負に出る価値がある。あるはずだ。
 美月は覚悟を決め、信頼する親友である麻紀へと指示を出す。
 

「りょーかい! 尻尾だけでも絶対掴もう。あのお兄さんが絶対何か知ってるはず。しらを切れない証拠を掴んでやる! あたしの名にかけて曝いてやるわよ!」


 そうこなくちゃと言わんばかりの笑顔で答えた麻紀は、通信量のみならずVR機本体側とソフトの稼働状況をリアルタイム監視をするために仮想ウィンドウを立ち上げる。
 ファクトリーへの隔壁扉は不気味な沈黙を保ち閉じている。
 あの扉が開いた時、次に出てくるのは何者だろうか?
 いつでもこいと2人は身構える。
 ルナファクトリー所属の研究員や保全職員も含めて数百人にも及ぶ。
 王の次が誰が来るかなんて二人には判らないが、王の残した意味深な言葉に対する正解を見つけてやろうと気を張る。


「…………」


「………………」


「「…………………………………………」」


 しかしなんのリアクションもない。
 王の姿が消え去って数分が経つのに、誰も出現しない。
 扉が開く様子は微塵もない。
 洞穴内はほぼ真空状態なので無音で、聞こえてくるのは通信機越しに聞こえるお互いの固唾をのみ喉を鳴らす音だけ。


「………………………………」


「…………」


「……………………………………………………………………」  


 本当になにも起きない。
 まるでバグで止まったかのようになんのアクションも起きない。
 目の前の隔壁が開いて誰かが出てくる様子もないし。中に招き入れられる様子もない。

    
「麻紀ちゃん……画面になんか出てる?」


 ひょっとしたら次の場所まで自分で向かう仕様なのだろうか?
 あまりの静けさと、それとは裏腹に無情にも減り続ける制限時間に焦れた美月は自分のモニターに変化はないのを確認してから一応麻紀に尋ねる。


「ううん……隔壁が開くか確かめてみる」


 気密扉に近づいた麻紀は扉横のコンソールのメインボタンを押してみるが、液晶画面は消えたままでなんの反応もしめささない。
 いくつかのボタンを押してみるが変わらず、どうやらこのコンソールは機能していないか、元々張りぼてのようだ。


「駄目っぽい。他に……」


 辺りを見渡した麻紀は、扉横に非常用と思われる手動開閉クランクハンドルを見つける。
 麻紀は駄目で元々とそれを回してみようとして手をかける。


「手動開閉も出来るみたいだから、確かめてみぎゃっ!?」



 麻紀が回そうと力を入れた次の瞬間クランクハンドルが脆くも折れた。
 それは物の見事にぽっきりと折れた。
 まるで飴細工のように根元から折れた。
 回そうと力を入れて足を滑らせ思い切り前のめりに倒れ込んだ麻紀と共に折れた。
 

「ま、麻紀ちゃん……だ、大丈夫?」


 あまりに勢いの良すぎる転け方は、このクランクが元々折れるように仕掛けられていたんじゃないかと疑いたくなるほどに、見事な物だ。


「……だぁっ!? 嫌がらせかぁぁっ!? あたしの気合い返せ!」


 赤面しつつ立ち上がった麻紀は、叫びながら折れたクランクを、先の見えない通路の暗闇に向かって投げ捨てる。
 どうやらテンション任せで中二めいた啖呵を切って意気込んだは良いが、なにも起きない上に、下手なコントのような展開に空回りした自分が恥ずかしくなっていた。


「あたしと、あたしの親友の気持ちをいいように弄ぶな!」


 どうやら麻紀は、この一連の流れを三崎のトラップだと決めつけたようだ。
 美月は父親に過去映像でも会えるのを本当に楽しみにしていたのに、それをあざ笑うような嫌がらせの連続に三崎に対して、昼間の恨み辛みも重なり怒りがこみ上げたのだろう。
 癇癪を起こした麻紀は、足元に落ちていたひと抱えはある石を両手で掴むと軽々と持ち上げる。
 月の低重力下で見かけより軽いとはいえ。それなりの重さはあるのだろうが、怒りのあまりリミッターが外れたのだろうか。


「ち、ちょっと麻紀ちゃん待った! 落ち着こ! ね!」  


「開けないっていうなら力任せでやってやるわよ!」


 美月の制止が耳に入っていないのか、麻紀は怒りのまま叫ぶと持ち上げたその岩石を扉へと振り下ろし始める。
 がつがつと何度も扉へ怒りのままに石をぶち当てていく様は鬼気迫り、思わず美月も引いてしまうほどだ。
 もし目の前に三崎がいたら、三崎が同じ目に遭っていたのだろう。
 それほどの勢いが込められている。


「麻紀ちゃん壊れるって! まずいって!」


 VR空間で隔壁が破れたら中まで影響が出て取り返しが付かなくなるかどうなるのかよく判らないが、麻紀の勢いではこのまま扉を壊してしまいかねない。    


「……………安心して。その程度で壊れるほど柔じゃない。古い施設で整備がされてないだけ」

 
 慌てふためく美月の横に、いつの間にやら美月よりも頭2つ分は大きい人間が出現していた。
 足音など聞こえず、忽然と出現したとしかいいようが無い。


「ひゃっ!?」


 不意の出現に思わず驚き奇声をあげ身じろぎした美月はつい跳び下がってしまう。
 月の低重力下でとっさに動いたために勢いがつきすぎ、足元に転がっていた石に足を取られバランスを崩した。
 幸いにも先ほどとは違い低重力なのが功を奏し、ふわっとした感じで地面に倒れ込んだだけですんだ。
 倒れ込んだ美月に向かって謎の人物が顔を向けると、微動だもせずに見つめる。
 美月から見上げる形になった人物はその長身と無言が相まって、強い威圧感を感じさせる。


「美月!? あんたなにやってんのよ!」


 悲鳴をあげて倒れ込んだ美月に気づいた麻紀が、即座に石を投げ捨て、美月と謎の人物の間に一足飛びに割り込んで美月を庇うように仁王立ちして睨み付ける。
 ただでさえ背の低い麻紀からは完全に見上げる形になっていて、その様は無謀にも大型犬に吠えかかる小型犬の様だ。 


「………………………その子が石に躓いて勝手に転んだだけ」


 しかし麻紀の威嚇も鋭い目線にも、その人物は身じろぎ1つみせない。
 美月が倒れる原因となった石の方へと顔を向け、抑揚の無い声でつぶやくようにいった。
 その不貞不貞しい態度は、自分には関係ないとでも言いたげだ。
 声だけ聞くと女性のようだが、しかし遮光バイザーでその顔は見えず、通信も映像無しの音声のみと怪しいことこの上ない。
 女性らしき人物が着込んだ宇宙服には美月達と同じデザインで、胸にもルナプラントのロゴが入っているが、それよりも今の対応、返した言葉がタイムリーすぎる。
 

「今の言葉で確信した! 絶対中に誰かいるんでしょ! キビキビ答えなさい! もしあのお兄さんなら両腕両足へし折って、乱暴してくれた美月の前で無限土下座するくらいで許してやるわよ!」   


 麻紀も今度こそ目の前の人物がNPCでないと確信を持ったようで、女性に向かって指を突きつけ、許すというよりも処刑宣言と表した方が、ふさわしいだろう脅迫を突きつけた。
 ぐるぐる回る目で物騒な台詞を吐き出す親友の重すぎる友情に、感謝すべきか注意すべきか悩ませる美月の横で、件の女性は180°ターンをして二人に背を向けると、


「…………私はカルラーヴァ・レザロフスキヴナ・グラッフテン。植物学者見習い。貴女達日本人には覚えにくいみたいだから愛称のカーラでいい。付いてきて」


 カーラと名乗った女性は自分の言いたい事だけを背中越しで伝えると、二人の返答も待たずに洞穴の奥へと向かってさっさと歩きだした。
 あまりにあっさりとしたその態度に美月はもちろん、怒りに捕らわれていた麻紀ですら呆気にとられる。
 二人が呆然としているのに気づいていないのか、それとも気にしていないのか。
 ちゃんと付いてきているか後ろを振り返って確認することもなく、カーラは一人ですたすたと歩んでいく。
 長身もあってかその歩みはかなり幅広く足早に進んでいくため、非常灯だけが照らす薄ぐらい洞穴の暗がりの中にすでに半分姿を沈めていた。
 このままここで呆然としていればこのまま姿を見失うことになりかねない。


「ま、待ちなさい! 美月追うよ!」


「う、うん!」


 何が起きているのか。
 状況把握すらまともに出来無いが、麻紀は尻餅をついたままだった美月の手をとって慌てて立ち上がらせると、カーラと名乗った謎の人物の後を追って、薄暗い洞穴の奥へと駆け込んでいった。 



[31751] A面 謎は解決せず、ただ増えるのみ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/06/24 21:15
 ヘルメットに付けられたヘッドライトと、地面を這うパイプに所々設置された非常灯のみが、足元を僅かに照らし出す。
 二車線分はあるだろう幅広い溶岩窟は、僅かな傾斜を付けながら、地下に向かい徐々に徐々に下がっていく。
 枝分かれした分岐点をいくつか通り過ぎ、人工的に掘られた滑らかな跡が残る狭い脇道を時折抜けながら別の大通路に出てと、かれこれ十五分ほど歩いただろうか。
 王の説明では、ここはルナプラントのメイン区画であるファクトリー1と隣接した倉庫区画や隔離実験棟があるということだったが、それにしては広く、そして深すぎる。  
 無論ここはVR世界。
 現実とは違っていて当たり前だが、美月達がプレイしているソフトは、本来は天体再現ソフトがメイン機能であって、ルナプラント訪問はおまけ要素だったはず。
 それなのにここまで作り込まれたVR空間が用意されていた意味は…… 
 なんのために、こんな手の込んだ事を仕掛ける。
 ここまで精巧に作り上げるとなると手間も掛かる上に、制作費用だって馬鹿にならない。
 三崎の仕業だとしてもその意図と狙いが判らない。
 あらゆる意味で情報不足な今現在。
 鍵を握るのは美月達の前を行く人物だけ。 


「…………」


 美月達の前を進むカーラと名乗った女性は、視界が狭まれ動きにくいはずの完全気密状態の月面作業服だというのに、それを感じさせない足取りで、美月達の前を無言でスタスタと進んでいく。
 どこまで行くや、どこへ向かうなどの説明は、カーラからはない。
 正確に言えば、問いかけても糠に釘で具体的な返答がなく、あと少しや、着けば判るなど曖昧な答えが返って来るのみ。
 一言、二言で口数は少なく答えるのみだった。
 彼女が名乗った名を美月は思い返して、僅かなりとも推測する。
 カルラーヴァ・レザロフスキヴナ・グラッフテン。
 ミドルネームの呼び方や発音からすれば、ロシア系だろうか。
 特にレザロフスキアヴナという名が、美月の勘をざわめかせる。
 個人ファイルの中にあった、ルナプラント計画参加者名簿と先ほど照らし合わせてみたが、その中にはカーラが名乗った名は無い。
 しかしその代わりではないが、ロシア人植物学者のレザロフスキ・エルコヴィチ・ヴォイキンという植物学者の名がヒットしていた。
 ロシアでは父の名をミドルネームとして用いるのが一般的だ。
 男だったら○○ヴィッチ、女なら○○ヴナと、多少変則はあるが大まかに決まっている。
 それでいくなら、レザロフスキヴナというミドルネームは、レザロフスキさんの娘という意味になる。
 問題はそれを確かめる手段が手元にないことだ。
 通称でレザーキ博士と呼ばれていた人物の年齢や家族構成までは、今の手持ち名簿では記載されていない。
 父と交わした会話でも、ちゃんとした食事をとっているか心配した美月に対して、レザーキ博士の研究で植物類月面生育実験をやっているから、野菜類も新鮮な物を時折食べているといった会話を交わした時に名前が出たくらいで、美月はレザーキという人物の容姿さえも知らない。
 名の関連性はただの偶然の一致とした方が良いのだろうか。 
 もし親子で月面にいっているなら、世間的にはもっと話題になっていただろう。
 ルナプラントの最高責任者は元在日アメリカ軍横須賀基地所属の日本通で重度のゲームマニアである。
 月は異星人の作った船だったという与太話を提唱し、それを証明するために現地調査を行うため難関の採用試験を突破した異色の地質学者がいる。
 そんな風に父の同僚達の細かいゴシップがかかれた雑誌まで、よく目を通していた美月が、親子で参加していた者がいるなら知らないはずがない。
 元々名簿には載っていないのだから、リアルで存在する人物ではなく、オリジナルメンバーに関連づけして作られた架空のキャラクターかもしれない。
 しかしそうなると何故このタイミングでオリジナルキャラクターを出してきたという疑問にたどり着き、明確な答えが出せなくなる。
 いくつも疑問が思い浮かび、さらにそれに対する仮説を出せば、さらに疑問が増えより答えが迷走していた。
 美月が悶々と思い悩む一方で、その隣の麻紀はといえば、積もりに積もった苛々を持てあまして、些か乱暴な足取りで歩いていた。  


「ちょっと! いい加減どこまで行くのか答えなさいよ!」


 先ほどまでの 怒りに合わせて、先の見えない通路を延々と歩かされる事に苛立ちを隠せずにいた麻紀が、4か5度目かになる問いかけを、通信機越しに投げ掛ける。
 声が極めて刺々しいのはリアルモニタリングを続けているが、外部接続されている証拠を未だに発見できずにいている所為もあるのだろう。


「……もう少し」


 麻紀の言葉に即答せず1,2テンポ遅れてからカーラは振り返りもせず、また一言で答える。
 決して振り返らないその背中は、まともに答える気は無いとでも言いたげだ。  
 

「さっきからそればかりじゃない! このまま制限時間まで引っ張るとかそんなせこい手考えてるとかじゃないでしょうね! あと答える時は人の方をちゃんと向きなさいよ! うちのママにあたしがそんな事したら、関節を極められて無理矢理に顔を見させられるわよ!」


 元々気が短く、激高しやすい麻紀は限界が来たのか、必要以上に声を荒げ、敵意を見せ始める。
 後もう一押しがあれば、有言実行で腕を取りに行きかねない勢いだ。


「…………”彼女たち”の足が……短くて……遅いから時間が掛かります。私も早く着きたいと思っています」  

 
 それは独り言のつもりだったのだろうか?
 それとも先ほどまで違う敬語は、ここにはいない誰かと会話をしていたのだろうか?
 やけに不自然な間が気になるも、カーラの声が一際大きく響いた。
 どちらかは判らないが確かなのは1つ。
 今の発言は火薬庫に松明を放り込む行為だということだ。


「麻っ!」


「売ってんなら買ってやるわよ! 全力で!」


 麻紀の名を呼びながらとっさに美月が横に伸ばした手よりも遥かに早く、麻紀が不慣れな月の低重力下の影響を感じさせない、獣じみた動きで一気にカーラの背後へと迫る。


「………………」


 麻紀の動きを察知していたのか、それとも反射神経が抜群に良いのか、麻紀が怒声をあげた時にはカーラは既に走り出していた。
 一見前のめりに倒れたかと思うような前傾姿勢で走っていくカーラの速度は麻紀の比ではない。
 身体をギリギリまで前に倒すことで、無駄に上に飛ばないようにし踏み出す力をほぼ全て速力に変えているようだ。
 地上でやれば倒れそうなその傾斜も、低重力下だからこそ可能な歩法だろうが、動きにくい格好でそれをやってみせるその身体バランスは驚異的だ。


「言いたい事言って逃げるな! 卑怯者!」


 負けず嫌いな麻紀は引き離されたことに余計にボルテージを上げ、その走り方を真似しカーラほどではないが、かなりの俊足でその後を追いかけだした。
 

「待って先が判らないんだから!」


「美月はここで待ってて! あいつ捕まえてくる!」


 考えも無しに後を追いかけて、更なる罠が待ち構えていたら洒落にならない。
 暴走状態に入りかけている麻紀を止めようと、慌てて美月も後を追うが、つい地上と同じ感覚で一歩を踏み出したために、ふわりと高く跳び上がってしまう。
 すぐに二歩目を踏み出したくても、落ちるときもゆったりとしたスピードで、無駄に空中であがく羽目になった。
 ようやく美月が地上に降り立ったときには、2人の姿はかなり離れていて薄暗い明かりの中で影として微かに捉えられる程度に引き離されている。
 このままでは到底追いつけはしない。


「麻紀ちゃん!? 麻紀ちゃん待ってってば!?」


 何度麻紀に呼びかけても返答がない。
 無視するような性格ではないから、通信可能範囲を超えてしまったと判断した方が良いだろう。
 

「たしか位置情報確認機能が」
  

 
 とっさにそう判断した美月は走って後を追うのを諦め、仮想コンソールを起ち上げ管理システムへアクセスする。
 すぐに美月の視界にディスプレイが浮かび上がり、メイン画面としていくつかの機能が展示された。
 事前にマニュアルを読んでいたのが功を奏し、迷うこと無く美月は目的の機能を呼び出していく。
 
 
「…………あった!」


 情報管理項目を探り、目的の機能を見つけた美月はすぐに視点移動でカーソルを移して、右の親指で人差し指の根元をタップして、麻紀の位置情報機能をオンにする。
 麻紀の位置情報取得と同時に周辺図も映し出す機能になっていたのか、別のウィンドウが浮かび上がり俯瞰図を映し出し、移動する緑の光点で麻紀の現在位置を表示しはじめた。
 どうやらこの周辺には大きな通路が十数本も上下左右で交差し、それらを繋ぐ無数の接続通路がいくつも設置されているようだ。
 小部屋とみられる空間も数多くあり、それらの部屋にはほとんど三つ以上の通路が接続され、全体が迷路のような作りになっている。
 だが大半の接続通路には×マークが付いて通り抜け不能となっている箇所があり、隣り合った部屋でさえ遠回りしなければいけない箇所もあり、ただでさえ込み合っている地図がより複雑になっている。
 しかも端の表記を見るからに先はまだまだ続いているようで、これは周辺一部の拡大図でしか過ぎず、この先にもより広大な迷宮があるのではと予感させる。
 本当にこれはルナプラント見学のためだけに作られたのか?
 その巨大な規模に、先ほども抱いた疑惑が首をもたげかかるが、今はあえてそれを無視する。
 麻紀達と同じ道を進んでいてはとても追いつけない。
 幸いにも麻紀の移動痕跡から見て、カーラはどこか目的の箇所があるようには見えず、無駄に遠回りしている箇所がいくつもある。
 その考え無しの動きは麻紀に怯えてただ逃げ回っているだけにも見えるので、ますますカーラの狙いが、さらに言えばその裏で糸を引いているであろう三崎の考えは判らない。


「ナビゲート機能オン。予測進行方向にあわせて随時変更」


 要素が少なすぎて判らない物はいくら考えても判らない。
 なら判るまで推測できる素材を集めるだけ。
 麻紀とは違い自らを平凡だと自覚する美月は、足りないものを補う方法は地道に集めるだけだと知る。
 だからこそ美月にとっては知識こそが力。
 例えどんなくだらない情報でも、子供でも知るような基本的な情報でも、あればあるだけ美月にとって僅かなりとも力となる。
 堅実かつ地味でも、一歩一歩進むしかない。 


「動き回ってるけど、このままじゃ難しいかな……」


 後を追う方法は手に入れた。
 しかし問題はどうやって追いつくかだ。
 いくら進行方向を予測して先回りしようとしても、満足に走れもしない現状ではそれは難しい。
かといって麻紀のように一瞬で順応してみせるほどの身体能力は自分にはない。
 どうすれば上手く走れる。
 全速でなくともそれなりのスピードを……
 そこまで考えた美月の脳裏に昔読んだ専門誌の記述が思い浮かぶ。

 
「服の方にたしか……あった! 関節部制限機能」


 長期に及ぶ月面生活に合わせて新規制作されたルナプラント専用の月面作業服には、既存の宇宙服とは異なる機能がいくつか採用されている。
 そのうちの1つが、機械補助によるパワーアシスト機能と真逆をいく機能であり各関節部に角度制限をくわえる制限アシスト。
 先ほどの美月ではないが、低重力下の月でとっさの行動を地球上と同じ様に行い、本人も想定外の大きな動きとなりそれが大きな事故の原因となる可能性も予想されていた。
 特にそれが精密作業や機械操作をしているときであれば、被害はより大きく致命的になるかも知れない。
 だからスーツ側の機械機構により関節部に制限を加え、規定値をオーバーした場合は付加を余分に掛ける機能が付け加えられていた。
 ものぐさな父に言わせれば、常時オンにしてトレーニングルームへ行かずとも、日々の規定として課せられた筋力トレーニングに使えるのが便利との弁だったが。


「うん。これならいける」


 軽く動いて負荷レベルを微調整した美月は、必要以上に高く跳ばずにステップが出来るのを確かめると、2人に追いつこうと、ナビゲートが指し示す近くの脇道への扉を開ける。
 扉の先には宇宙服を着た状態で一人がやっと通れる狭い通路が直線的に続いていた。
 両脇にガイドラインとなる明かりが続くのみで、先は見通せないが、マップを見るとこの先は別の大通路と繋がる小部屋へと接続されている。
 だが、その部屋には×印が着いて、通り抜け不可のポップアップコメントはが表示されている。
 しかしナビゲートが指し示す先は、その部屋を抜けた先の大通路へと続いていた。
 ナビゲートがわざわざ移動不能箇所を指し示すわけがない。
 それにマップ全体を見た場合、×印が多すぎる。
 なら現状移動不可状態と見積もった方が自然。
 どうにかしてそこを通過できるのではないか。
 つまりは……
 僅かに重い感触を感じながら通路を小走りする美月は1つの仮説へとたどり着く。
 三崎伸太という男の本業はゲーム制作会社社員。
 その思考、思想は本業に基づくのではないか。
 おそらくこの先には行く手を塞ぐ仕掛けがあり、仕掛けを解くための答えがあり、答えとたどり着くためのヒントがあるはずだ。
   
 
「やっぱり」 
 

 通路を抜けた先の光景に美月は仮説を確信する。
 ヘッドライトに照らし出される小部屋へと続く隔壁扉が、異常な速度で上下へと開閉を繰り返していた。
 開け閉めの動きの間隔は一秒ほどしか無く、あまりの速さにヘッドライトの明かりを受けて鈍く光る鋼の扉表面が、紙のようにたわんで見えるほどだ。
 タイミングを見計らって通過するなんて、抜群の反射神経と運動能力を持つ麻紀でさえ無理だろう。
 真空状態で開閉音は聞こえてこないが、勢いよく落ちて来る扉に、脳裏を轟音の幻聴が駆け抜ける。
 聞こえたらその音の強さに怖じ気づいてしまうかもしれないので、空気がない真空状態で逆に良かったかも知れない。
 挟まれたら一巻の終わりだろう勢いで開け閉めをする扉の脇には、コンソールがあり、プログラムエラーの文字がディスプレイを彩る。
 床をみれば、メンテナンスハッチとおぼしき鉄の扉が1つ、明かりの中で浮かび上がった。
 まずは止める手段があるかとコンソールを確認してようと美月が近づくと、動体センサーでも内蔵されていたのか、


『パスコードもしくはアクセスキーを挿入してください』


 ウィンドウに新たなメッセージが浮かび上がる。
 無論美月はパスやメンテナンスデータにアクセスするキーなど持ち合わせていない。
 これについてもヒントがどこかにあるのだろうか?
 通路全体へと視線と明かりを飛ばした美月は、隅の暗がりにこれ見よがしに置かれたツールボックスを見つける。
 それ自体が罠ではないかとおそるおそるツールボックスを開けてみたが、美月は拍子抜けする。
 中には作業服にアタッチメントとして取りつけられる電動スパナやペンチ、ドライバーなどの文字通りのツール類が乱雑に収まっているだけだった。


「工具以外は……無いかな」


 中身を全て取りだして漁ってみても、工具以外の物は見当たらない。
 これらを使って扉を物理的に排除したり、故障箇所を直せというのか?
 それとも床にあるメンテナンスハッチを開けて、コード類を切断し動力を切る?
 どちらも無茶だ。
 時間が掛かりすぎるし、ハード系が得意な麻紀なら判るかも知れないが、電気工学分野の専門的な知識を持ち合わせていない、ソフトウェア専門の美月では手に余る。
 ではこの意味深に置かれていた工具箱はフェイクだろうか?
 何か見落としがないかとツールボックスをもう一度確認してみる。


「……これ後付けかな」


 蓋側を見た美月は、蓋にはめ込まれた鉄板の四隅が、不自然に止められている事に美月は気づく。
 一見そういうデザインにも見えるが、よくよく見てみると、鉄板を止めているのがボルト、ナット、ネジと種類がばらばらとなっていた。
 先ほどは、ボックスの中身をチェックするばかりで見落としていた部分だ。
 しかも止めてあるボルト類はボックス内の工具と同一本数。
 開けてみろと言わんばかりの分かり易いヒント。
 簡単すぎて、罠かと疑いたくもなるが、他に手がかりも見当たらないので、覚悟を決めた美月は工具の1つであるドライバーを取って、指人形の様に人差し指の先に被せる。
 電源管理システムを起ち上げて、服に備え付けられたバッテリーと連動させると、仮想コンソールで回転速度を低速に合わせて、ねじ山に合わせるとゆっくりと慎重にネジを外していく。
 するとドライバーがなんの抵抗もなく回転を終えて、あっさりとネジを取り外す事が出来た。
 同じ要領で工具を変えながら全てのロックを取り除いてみたが、ここまで特に異変は無し。
 留め具が外れてぐらついた鉄板の隙間にドライバーをねじ込んで、取りつけられていた中蓋を取り外すと、予想通り蓋と中蓋の間には僅かな隙間があった。
 その隙間に隠すようにして小さなデータスティックが養生テープで貼り付けてある。
 早速テープを剥がして、スティックを手にとって確認してみるが、表面のラベルには何も書かれて折らず白紙のままだ。
 中身が判らず、これがウィルスの類いだったり、扉が永久ロックされるトラップだったら目も当てられない。
 しかし他に何かあるかと、隠し蓋の中を再度確認しても、埃1つ無く手がかりとなる物は無し。
 慎重に確かめつつ行くのが美月の行動指針の基本だが、慎重すぎる行動には時間を必要不可欠。
 だが今は時間制限がある身である上に、今のような状況では、ヒントも無しに憶測だけで考えても明確な答えが出ない。
 しかし手がかりを探すためにこれ以上の時間浪費していては、制限時間以前に、麻紀達に追いつける目が薄くなる。
 もし失敗だったら別の道を行けば良い。
 試すだけ試そうと美月は決めると、コンソールへと近づきスロットへ発見したデータスティックを差し込む。
 すぐに読み込みが始まり、点滅を繰り返す画面を、緊張のまなざしで美月は見つめる。
 
    
『アクセスキー確認。メンテナンスモードへと移項します』

 
 どうやら美月の勘は当たっていたようだ。
 エラー表示を出していたウィンドウが、隔壁の操作設定するメンテナンスモードへと切り替わった。
 自分の勘が当たったことを喜んでいる時間すら今は惜しい。
 美月は早速備え付けのコンソールを叩いて、まずは現状の設定を確認する為にエラーチェック画面を探す。


「電源を落として開きっ放しで固定……うぅん。それだと何かあったときに閉じられなくなるから正常状態に戻した方がいいかな。センサー系か出力の異常…………重量に対して出力が」


 このゲームを仕掛けてきた三崎の性格の悪さから考えて、隔壁を閉めていなかった場合のトラップを仕掛けていてもおかしくない。
 設定エラーなら直せるだろうかと悩みながら、各種数値を確認していた美月は、一瞬見落としかけた違和感に気づき、再度見直して異常な数値に気づいて目を剥いた。


「隔壁総重量1112g!?」


 kgの間違いじゃないかと、何度見直しても、設定値に打ち込まれた1112グラムという数字は変わらない。
 数値が間違っている所為で扉が異常な速度で開閉を繰り替えしているのだろうか?
 いやしかし、それではおかしい。
 重量1112㎏が正解で設定値が打ち込みエラーだとしたら、出力不足で扉は一度下がったきりで二度と持ち上がらないだろう。
 出力と重量から推測される開閉スピードを計算し、その非常識な答えに戸惑いながら、もう一度試算しなおす。
 結果は変わらず。
 間違いない。データを信じるならあの扉は総重量1キロちょっとしか無い。


「え……でもあんな重そうな重圧な物が……VRだからいい加減とか……それとも違う物とか」


 横を見れば今も目まぐるしい速度で開閉を繰り返す鋼鉄の隔壁。
 これが数値上は極度に軽いと言われても信じる事など出来無い。
 ここがVRだからといってもリアルすぎる。


「け、軽金属とか、未知の軽金属と…………主要素材が……J、Japanese paper」


 データ上の数値と見た目の違いに混乱しつつ、美月は構成素材を確認しようとページを開き、そこに書かれたあまりにアレな素材に力なく膝を屈した。
 Japanese paper。翻訳するまでもない。読んで字のごとくそのままだ。
 和紙がメインで、他に使われているのは竹籤と書かれている。
 つまりはだ…………
 無言で立ち上がった美月は、扉の前へと移動する。
 激しい速度で開閉を繰り返す隔壁、いや隔壁めいた物に対して、美月は無言で人差し指を伸ばした。
 あっさりと指がその表面を突き抜け、瞬く間に他の部分も扉の動きに合わせて縦に避けていく。
 その軽い抵抗を与える感触に、田舎の祖父の家を美月は思い出す。


「はは……びりびりって幻聴が聞こえてきそう」


 今時珍しい襖や障子ばりの古い日本家屋で、障子の張り替えを手伝ったときに、古くなった障子紙をこうやって破くのが楽しかったなと思い出しながら、自分の推察や深読みなんだったのだろうと、乾いた笑みをこぼすしかない。
 和紙の上に精巧な絵を描き、周囲を暗くして視覚を誤魔化し、さらには無音状態でこちらに想像させ、あっさりと破れる障害ともいえない物を、難攻不落の隔壁に見せかけていた。
 いわゆるトリックアートの一種を使ったトラップ。
 ここまで色々と意味深のヒントをちりばめておきながら、正解は力任せに行けば抜けられるという人をおちょくる答え。
   

「……峰岸君達にもっと話を聞いておけば良かったかも」


 このゲームでは常識を捨てろ。
 三崎が主導するというゲームのテスターがこぼした台詞の意味を、美月は初めて実感していた。
 しかし騙されたからと言って何時までも呆けている時間は無い。
気を取り直して早く次に進もうと、破損しながらまだ開閉を繰り返す扉もどきに手をかけ、通り抜けられるだけの穴を開けようとし、美月ははたと手を止める。
 和紙は確かに使われていたが、もう一つの材料である竹籤はどこに使われていた?
 ふと浮かんだ疑問が気になり、美月はコンソールに戻り、わざわざ動力を停止させ扉の開閉を止めて、少しずつ慎重に紙を破っていく。
 何もなければ時間の無駄かもしれない。
 だが一筋縄では行かない人物が相手。警戒してしすぎという事も無いかもしれない。
 少しずつ剥がしていく件の竹籤はすぐに姿を現した。
 だがその位置が変だ。
 四方を支え長方形に組んだ枠部分とそれとは別に、美月の頭部と同じぐらいの高さを平行に細い竹籤が一本張られていた。
 あのまま無理矢理突き抜けていれば、折れていたような位置に設置された竹籤。
 美月はそっと手を伸ばして竹籤を折らない程度に軽く力を入れて曲げてみる。
 すると隔壁を抜けた先の小部屋の床が音もなく消失して、底の見えない空洞が姿を現した。
 向こう側の床に散らばっていた和紙の破片がヒラヒラと落ちていったのだからそれは幻や幻覚では無いだろう。
 美月がびっくりして竹籤から手を離すと、すぐに床は何事も無いように元に戻る。


「……落とし穴?」


 本当にあるのかと半信半疑でしゃがみ込んで目の前の床を叩いてみると、確かな堅い感触が返ってくる。
 再度竹籤に触れてみると、またすぐに床は消失した。
 どうやらこの頭上の竹籤に接触すると床が消失するタイプのトラップのようだ。
 もしあのまま勢い任せに突き進んで、竹籤に触れたり折っていたら、どうなっていたかなんて考えるまでも無い。
 
 
「……麻紀ちゃんがいなくて良かったかも」


 人を小馬鹿にしたような大胆すぎるトラップの後に、仕掛けられた地味ながら気づきにくい本命のトラップ。
 直情型の親友なら引っかかっていただろうなと思いながら、身をかがめて竹籤を避けつつ次の部屋に足を踏み入れる。
 最初のトラップを無事に突破しつつも、一瞬の油断も出来無いと美月は警戒を強めていた。





 








 一方その頃麻紀の方といえば、未だチェイスを続けていた。


「いい加減止まりなさいよ! 止まらなきゃ後ろからドロップキック打ち込むわよ!」
 

 逃走を続けるカーラを追って麻紀は、苛立ちを隠そうともせず、少しでもカーラの意識を削ごうと威嚇を続ける。
 しかし前をいくカーラの足は僅かな乱れもみせない。
 通信機能を切っているのか、それとも麻紀の威嚇など気にしないほどに剛胆なのだろうか。
 どちらにしろ直接捕まえるしか無いのだから、この際どうでもいいと麻紀は割り切る。
 低重力下での走法にもかなり慣れて来たので、もう少し角度を倒してスピードをあげることも可能。
 追いつけないわけはない。
 しかし今はまだ確保した余力をみせるべきではないと、麻紀は判断する
 先ほどから、互いの間隔が一定のままで追いつけもしないが、引き離されてもいないからだ。
 慣れて来た麻紀が少しスピードを上げれば、それに合わせカーラもぴったりと同じ分だけ速度を上げる。
 まるでいたちごっこのように、後5メートルの差が全く縮まらない。
 ここまで露骨では、気づくなと言う方が無理だ。
 カーラはわざと速力を抑えている。
 本気を出せば麻紀をあっという間に置き去りに出来る程度の余力があるのかも知れない。 
 だがそうはしないで麻紀をつかず離れずで引っ張り回している。
麻紀を誘導するのが目的か?
 それとも美月と引き離すのが目的だったか?
 やはり考えても判らない。
 全部まとめて本人に問いただせば良い。
 捕まえれば全てが判ると、単純思考で麻紀は己の肉体操作に意識を集中させる。
 カーラは、おそらく麻紀を舐めている。
 自分が追いつかれるはずがないと。
 だから麻紀があげた分の速度だけ、ピタリと上げている。
 その油断を利用する。
 五メートルの距離を一気に詰めるのは地上ではさすがに無理だが、ここは月面低重力下。
 状況、地形次第では可能だと、直感的に割り出し麻紀はチャンスを窺う。
 驚異的な身体能力をみせるカーラも、さすがに曲がり角の直前では、確実に最小距離で曲がるためか僅かにスピードを落としている。
 その瞬間に、曲がる事を考えず全速を出せば追いつける。
 カーラには悪いが、速度を殺すためのクッションになって貰おう。
 追いつくと同時に攻撃にでる算段を付けた麻紀は、カーラの後ろ姿をただ見つめ後を追いかける。
 どうやって追いつく。
 どうやって捉える。
 疑問が浮かんでも一瞬で考えつくほどに、麻紀の集中力は上がっている。
 1つの物に集中ができ、全ての能力をそこに一点張り出来るのは麻紀の強み。
 しかし同時にそれは、1つに集中するあまり周りが見えていないという弱点でもある。
 カーラの走る後を追いかける事に意識を集中させている麻紀は、周囲の景色が一変していたことに麻紀は気づかない。
 岩肌が直に見えていた周囲はいつの間にやら、コンクリートに覆われた通路に変化していた。
 非常灯のみだったはずの周囲は、煌々と照らす灯が天井に点っている。
 周囲の壁には日本語の電光看板が埋められ、見覚えのあるCMをながしている。
 先ほど通り過ぎた天井からは、列車の発着を知らせる電光掲示板がぶら下がっていた。
 もし周囲を見る余裕があれば、あまりの違和感に足を止めてしまっただろう。
 しかし麻紀は気づかない。


(あと少し! もうちょっと慣れて速度が上げればいける!)


 チャンスは一瞬。だがその一瞬さえあれば大丈夫だ。
 自分達の勝ちを確信した麻紀は、カーラを追って幅広の階段を駆け降っていく。
 そこに自分の心を一瞬でへし折る真実が待つと知らずに…………
 














「んしょ……絶対……ここ……はぁはぁ……ルナプラントだけじゃ……ないよね」


 一時的にパワーアシストモードをオンにして機械の力も借りながら、半分開いていた隔壁扉の間に途中で拾った金属パイプを突っ込んで、自分が通り抜けるスペース分をなんとか無理矢理に開けた美月は、息を整えながら次の部屋に足を踏み入れる。
 ヘッドライトに映し出される教室ほどの広さの空間は、むき出しのコンクリートに覆われているだけで、物1つ無くがらんとしていた。
 入ってきた扉と反対側に同じような隔壁扉があるが、ナビゲートの指し示す先はそちらではなく直上に向かっていた。


「今度は天井? アスレチック施設じゃないんだから」


 美月が視線をそちらに向ければ、視界に重ねて投映した仮想ディスプレイが、5メートルほどの高さの天井に設置された直径5メートルほどの巨大な電子スライド式の円盤扉を指し示した。
 麻紀の反応はここの直上のフロアだからあと少しだ。
 しかし気になるのは5分ほど前から、麻紀の反応が動かなくなったことだ。
 何かあったのだろうか。
 怪我でもして動けなくなったのか?
 それとも罠にはまって身動きが取れないか?
 あるいはカーラを捕まえて、美月を待っているのか?
 期待はちょっぴり、不安は強めの心を抑えながら、美月は次の謎解きに挑む。
 扉の横にはフック型のアンカーボルトとコントロールパネルがいくつか設置されている。
 部屋の中には踏み台や梯子となる物は、ざっと見渡した限りでは皆無。
 天井はずいぶん高いが、低重力にくわえて宇宙服のパワーアシストを使ってジャンプすれば届くはずの距離だ。
 垂直跳びであそこまで飛んで、服の備え付けのアンカーで身体を固定して、パネルを操作しろという事だろうか。
 見ため通りで判断するなら、すぐにでも跳んでパネルに飛びつきたい所だ。。
 だがここに来るまでも抜けてきた近道にも、最初の部屋と同じく意地の悪いトラップが仕掛けられていた。
 何とか知恵を振り絞って突破してきたが、その分時間は無情にも過ぎていた。
 これらの悪質で人の思考を読んだトラップが、元のソフトに組み込まれていたとは到底考えられない。
 おそらく……いや確実に三崎の仕業だろう。
 何を考えているのかまだ判らない。
からかいのつもりにしては、手が込みすぎている。
 三崎から、嫌がらせや悪意を向けられる謂われや覚えは無い。
 しかし美月達の邪魔をしているのは間違いない。
 浮いてくるそれらの疑念を頭の隅に追いやり、美月はここを通り抜ける術を考える。


「……アンカーは全部で6つ。それぞれが大分離れている……本命1つで後がダミーとかかな? 扉は天井……ヒントになりそうな表示は無し……」


 アンカーの位置を確認して自分を固定したときの位置を、頭の中で想像しつつ、美月は天井ではなく床へと目を向ける。
 床を見るとうっすらと円形の線が走っている事に気づく。
 その大きさは天井の扉より一回りほど大きい。
 また落とし穴か?
 少し考えてから、入ってきた通路側に戻り、そこらに落ちていた小石を床の線にむかって放り投げてみる。
 ふわっと飛んだ小石が床に落ちて、地上ではあり得ない高さで跳ね返りながら、ゴムまりのように弾みながら転がっていく。
 しかし床に変化は無し。
 では他に何か怪しい部分はあるだろうか?
 試行錯誤を繰り替えしながら美月は正解ルートを見つけようと色々試してみる。
 壁を叩いてみたり、床の線に、持ってきたドライバーを突っ込んでみたり。
 色々やってみたが結果は変わらず。
 ここまで来るまで、あまりに捻くれた罠が多かった為に美月は、すっかりと思い込んでいた。
 最後の部屋だからこそ、ここにも裏の裏を読んだ悪意多めの罠が仕掛けられていると。
 だが結論からいえば、そんな物は無かった。
 素直に天井のパネルを全部押してスイッチをオンにして、扉内に収容されたシャフトを降ろして、降りてきたエレベーターに乗る。
 この部屋のギミックはこれだけだった。
 罠など一切無し。
 見たまんま。
 ド直球にもほどがある答えにたどり着くまでに、部屋のあちらこちらを調べた美月は10分近く足止めを喰らう羽目になっていた。 









「…………」


 いいように振り回されているにもほどがある状態に、徒労感に覆われた顔で、ゆっくりと変わっていくエレベータの階床表示灯を美月はただ見つめていた。
 あの緊張感や警戒はなんだったのだろう。
 まさか最後の最後で、罠は一切無しという手を打ってくるなんて思ってもいなかった。
 いわゆる空城計の一種にこうも見事にはまってしまうと、三崎に怒りを覚えるよりも、疲労感が先立つ。
 唖然として、ついつい何も考えず、指示アナウンスにしたがうまま操作パネルが一切無いエレベータに、うっかり乗ってしまったくらいだ。
 これも罠だった日には目も当てられなかったが、幸いというべきかエレベーターは上昇を続け、麻紀のマーカーが反応する階層へと着実に向かっていた。


「……大丈夫かな麻紀ちゃん」


 自分はこれだけやられているが、麻紀は大丈夫だろうか?
 多方面で高い才能を持つ麻紀を信頼はしているが、その反面麻紀のメンタル面は脆いことを知る美月は不安を覚える。
 これだけ人の心理を読んだ性格の悪い罠を仕掛けてくる三崎が相手だ。
 昼間のように麻紀もいいようにやられているのではないか。
 自分のことならまだ良い。
 心優しい親友をもしも傷つけるようなことをしているなら……
 
 

「!?」


 エレベータの扉が開いて見えたのは、今まで通過した岩肌に覆われていた巨大な溶岩窟や、むき出しのコンクリートで覆われた狭い通路から一変した。
 それは美月も見なれた物。
 周囲に現代的なビルが立ち並ぶ駅のホーム風景が広がっている。
 煌々と輝く太陽にに照らし出された整然としたホームと、電車の発着時刻を知らせる電光掲示板。
 掲示された看板には美月もよく利用する路線名が描かれている。
 明らかにここは駅ホームを再現したVR空間。
 月地下に広がる溶岩窟を走っていたはずが、いつの間にやら日本の駅にたどり着いた。
 いくらここがなんでもありのVR世界だからといって、あまりに脈絡がなさ過ぎる。
 現実では人でごった返しているであろう駅も、今は静まりかえり人影はなく、見なれた構造なのに不気味さを感じていた。
 そしてなにより…………


「…………なに? この感じ」  


 こめかみの辺りが重くなる幻痛を美月は感じる。
 自然と動悸が早くなる。
 耳障りに感じるほど、自らの呼吸が乱れる。
 嫌だ。ここは嫌だ。
 理由はない。
 判らない。
 しかしここには入らない方が良いと、心の奥底で誰かが訴える。
 知らない方が良い。
 知られちゃいけない。
 臓物混じりの肉片と血で赤黒く染まった…………


「っうぇ……い、今?」


 血なまぐさい臭気すら感じる生々しい幻覚に美月は吐き気を催す。
 昼間に授業に集中していない生徒に虫を這わせたり、不協和音を聞かせた嫌がらせのように、どこかでせせら笑っている三崎によって幻覚をみせられたのだろうか。
 だがそうなのか?
 自分の中に浮かんだ仮説に美月は自信が持てない。
 幻覚や幻とは違う。
 もっと何かリアルな……
 考えれば考えるほどに背筋を走る悪寒は増す。
 このままタイムリミットが過ぎてくれれば。
 そうすれば知りたいことは知れないが、知りたくないことを知らずにすむ。
 扉が開かれているのに怯え籠の中から飛び立てない小鳥のように、消極的な考えが美月に一歩を踏み出させないでいた。


『あんたの所為でママにやられる数の数倍分の投げ技を喰らわせてやるんだから!』 


 突如無人だったホームに怒気の篭もった大声が響き渡る。
 通信機越しではない。空気を振るわす振動の肉声。
 声が響くと同時に、足がもつれそうになりながら必死の形相で逃げる中年のサラリーマンと、サラリーマンを短いスライドながら高回転する快速で追うマントを背負った女子中学生がエレベータ出口のすぐ横を駆け抜けていった。

 
「っいまのって!?」


 それはかつて美月が見た姿その物。
 あの時自分は………
 何故今?
 そんな疑問すら湧かず、つい美月はエレベータから降りて二人を追おうとして足を踏み出し、


「えっ!?」


 急激に身体を襲う重さに抗えず、膝をつき跪いた。
 このホームは地球の重力設定になっていたのだろう。
 月面重力下ではちょっと重たい程度でも、月面作業服は基本装備だけで従来100㎏を超える。
 パワーアシストも無しに、ただの女子高生である美月がまともに身動きができるはずもない。
 これでは……あの時と同じだ。
 何もできず何も動けずただ呆然としたときと…………


「何今の……」


 心臓が激しく脈打ち、不安感と罪悪感が激しくかき立てられる。
 自分が何を考えたのか判らない。何故そんなネガティブな感情が浮かぶのか判らない。
 判らないが、そんな思いが美月の心に自然と浮かぶ。


『逃がすか!』


 焦りパワーアシストを入れる考えにさえ及ばない美月がただ見ることしか出来無いなか、中年サラリーマンがホームドアを乗り越え線路伝いに逃げようと飛びつき、後を追う女子中学生がホームを力強く蹴りつけ高く跳び上がった。
 駅を通過する特急電車が速度を落とそうと急ブレーキをならしながらも、ホームへと早い勢いで滑り込んでくる。
 そうだあの時は、麻紀が回し蹴りを放ってそのまま首を蹴り狩るようにして、ホーム側に引きずり下ろし……
 本当にそうか?
 自然と浮かんだ疑問のままに、”美月が覚えている”現実とは別の光景がコマ送りのように展開されていく。
 麻紀の跳んだコースは直線。
 運動神経の抜群な麻紀が見せたのは、打点の高い両足を揃えたドロップキック。
 それは逃げようとした痴漢の背中に突き刺さり、その勢いのままに2人の姿は線路側へと消えようとした時に、第三の人間が忽然と現れた。
 スーツ姿のまだ若い男だ。
 駆け込んできた若い男が線路側に半分身体を晒しながらも、ホームドアに背を預け、伸ばした両手で無理矢理に2人の服を掴んで、投げ捨てるようにホームへと引きずり戻した。
 偶然も良い所の奇跡的なバランスおかげだったのだろう。
 だが奇跡は続かない。
 2人を戻した反作用で、駆け込んできた若い男が代わりに線路へと落ちていった。
 その直後に叫ぶようなブレーキ音を響かせる特急列車が致命的な速度で通過して、肉片と血と臓物の入りまじった混合物が辺り一面に撒き散らかされる。
 

「やっ! いやっ! いやっ! ごめんなさい! あ、あたしが! 悪いから! もうやめて…………もうやめてっ!」


 またも麻紀の声が響く。
 しかしそれは先ほどまでと違い、現実の麻紀の声だ。
 根拠はないが確信した美月が声の出所へと目を向けると、いつの間にやらホームへと連れ戻された過去の麻紀がいた場所に、美月と同じ月面作業服を着込んだ麻紀が首を振りながら全身を震わせて座り込んでいた。
 そのすぐ横。
 中年サラリーマンが落ちたはずの場所には、先ほど駆け込んできた若い男……三崎伸太が麻紀を見下ろすように無言でたたずんでいた。


「麻紀ちゃん!?」


 悲痛な麻紀の声に美月は正気に返る。
 作業服のパワーアシストモードを起動。
 重力設定を地上に合わせて出力調整。
 地上と変わらない動きで麻紀の元へと急いで駆け寄り、三崎との間に割って入った。


「麻紀ちゃん!? 麻紀ちゃん!? 大丈夫!?」


「もうやめて……あたしの所為……またあたしのせいで……いや、しんじゃうのいや」


 美月が呼びかけるが麻紀は焦点の合わない赤くなった目で落涙し全身を震わせながらうわごとを繰り返す、心がここにあらずの状態だ。
 人の死にトラウマを持つ麻紀にとって、目の前で人が死ぬ光景がどれだけ衝撃的なのか言うまでも無い。


「大丈夫だから! 麻紀ちゃんのせいじゃないから!」


 さらに自分が原因の一端とあらば、美月の呼びかけにも応じられぬほど心折れて当然のはずだ。
 もう止めてという麻紀の発言からして、この位置でマーカの止まっていた麻紀は、美月がたどり着くまでにこの光景を何度もみせられたのかも知れない
 麻紀が苦しんでいるときに側にいられなかったこと。
 すぐにきてやれなかった事に美月は不甲斐なさを申し訳なさを覚え、同時に全てを企む人間に対して激しい怒りと嫌悪感を抱く。
 同時に困惑もしていた。
 美月は麻紀を励まし続けているが、決定的な言葉をに告げることが出来無い。
 今起きた事はでたらめ。嘘。偽りだと。
 VRで作り出された虚構だと。
 自分の覚えている記憶には、あんなシーンはなかった。
 麻紀が痴漢をホーム側に蹴落とし、2人とも助かったはず。
 それが真実。美月が覚えているはずの確かな記憶。
 だがそれなのに、そのはずなのに。
 自分が心の奥底でアレが本当に起きた事だと確信してしまっている。
 今見た光景と同じ物を、何時か自分は見たはずだと、思い出してしまっている。
 いつなのか?
 なぜなのか?
 判らない。
 判らない。
 厳重に蓋をされ封印されていた物があふれ出すように、美月の足元を不安感という重しで覆っていく。
 美月が感じている物を、麻紀も同じ位に、いやそれ以上に感じているはずだ。
 そうで無ければ麻紀がいくら人死にトラウマを抱えているといっても、ここまで憔悴しきった錯乱状態に陥った事の説明が付かない。
 

「正解正解。美月さんの言う通り、麻紀さんあんたの所為じゃないって。ありゃ俺の計算ミスだ」


 しかしその元凶である三崎は、美月の言葉に感心したかのように手を叩き拍手して、軽薄な言葉を吐き出す。
 目の前で苦しむ麻紀を見ているのに平然としたその態度が美月の逆鱗に触れる。


「……んで……なんで!! なんでこんな! なんでこんな事するんですかっ!?」


 震える麻紀をぎゅっと抱きしめた美月は、三崎を睨み、その真意を問いただす。
 美月の父を餌にして誘い出して、自分の親友をここまで傷つけるなんて。
 こんな男の甘言に乗せられ麻紀を巻き込んでしまった、自分自身が腹立たしくて悔しくて悲しい。


「怒るな怒るな。結果的にはちょいとした荒療治にするから。そっちのお嬢ちゃんがそのままトラウマ抱えてたままじゃ、実際こっちも困るし、あんたも困るからな」 

 
 殺気さえ篭もった美月の鋭い視線を前にしても、三崎は困り顔で笑いその飄々とした態度を崩さない。
 姿を見せていないときは、この男が何を考えているのか美月には判らなかった。
 しかし姿を見せても、さらに判らなくなるばかりだ。
 その隠された真意。狙いが美月には判らない。
 何故自分が死ぬVR映像を見せた。
 何故偽物のVR映像のはずなのに、自分はそれを強く否定できない。
 アレが本当に起きた事だと、心が認めてしまう。
 しかし。しかしだ。本当に起きたのなら、この男は誰だ?
 あんな状態で生きている人間がいるはずがない。
 それに自分達の記憶はなんだ。
 自分がつい今先ほどまで覚えていたはずの、確かなはずの記憶はなんだ?
 ただ意味が判らず、平然とした顔の三崎に対して不気味さを感じ嫌悪感を抱くのみだ。


「巫山戯ないでっ! 人を傷つけて何が面白いのっ!?」


「それについては本当に申し訳ないと思ってる。悪気は無いとはいわんが、本人的には敵討ち気分らしいんで俺もあんまり強く言えないんだが……ただ、やり方がな。悪い所ばかり真似するって相棒が怒り心頭だから、あっちがちょっときつめに叱るんで勘弁してくれ」


 噛みつく美月を、三崎は頭を掻きながら飄々と受け流す。
 まるで自分が仕掛けたわけじゃないとでも言いたげな台詞だ。
 では誰が? 
 誰がこんな事を仕掛けてきた。


「…………」


 判らない。どうすればいい。どう問い詰めれば良い。
 なにも手が見つからず、麻紀にこれ以上変なことをするなとただ睨み付けるしか美月には出来無かった。


「あーあんまり睨まないでくれ。怖い顔をされても、これ以上の説明は守秘義務があるんでどうせ言えないしな……それに時間が無くなる」


 そういって三崎はホームの屋根から下がったデジタル時計を指さした。
 本来なら時刻を表示しているはずの時計は、美月達がフルダイブ可能な残り時間を表示している。
 残り時間はあと5分も無い。


「さてちょっと思惑とは違ったが、今日の本命だ…………お二人さんに渡したパッチは言うなれば体験版だ。本番前にちょっとばかり雰囲気を味わって貰うってやつだ」


 そういった三崎が背後に手を広げると、無数の仮想ウィンドウが展開され、映像が表示され始める。
 月面へと降りていくアルタイルⅢ。
 アルタイルⅢからルナポートへと降り立った美月達を向かい入れる職員。
 王の説明を聞く美月達の姿。
 先を進むカーラの背を追って地下道を歩く美月達。
 素晴らしい身のこなしでカーラを追う猟犬のような麻紀の姿。
 トラップを知恵を絞ってくぐり抜けていく美月の姿。
 フルダイブしてからの美月達の映像がそこでは映し出されていた。


「…………」


 自分達の映像を集めてこの男は何を企んでいる。
 さらに何らかの悪意を持って、罠でも仕掛ける気か。
 警戒心をあらわに剣呑な目を浮かべ続ける美月に、三崎は肩をすくめる。


「うん。嫌われてるな俺。これもゲームマスターの宿命ってか」


 何が可笑しいのか、憎たらしい余裕ある小さな笑みを口の端に浮かべた三崎は、もう一度手を振る。 


「今体験したのは、あんたらも知っている近々正式オープン予定のVRMMO『Planetreconstruction Company Online』のID、インスタンスダンジョン。分かり易くいえば個人もしくは少人数専用ダンジョンの生成プログラムを使っている。ランダムマップダンジョン+プレイヤー情報の蓄積から得意とする行動や、苦手とする行動を統計、設定難度によって仕掛けるギミックレベルをAI制御で変化させていく」


 1つの罠ごとに正解をいくつか用意しダンジョンをクリアするごとに、そのクリア傾向や通過タイムを個人ごとに蓄積。
 低難度選択で得意傾向の罠を多めに、高難度では不得意傾向を多めにしつつも、得意傾向も紛れ込ませ、その中に時折即死トラップを織り交ぜたミックスタイプに。
 ゲームシステムの解説をする映像が流れはじめる。


「どうしてってこんな事をって顔してるな。そりゃ俺はゲームマスター。ゲームをやって貰いたいってのが大元だからな。それならこの先いきなりゲーム世界に飛び込むよりも、感じだけでもつかめておけば大分違うから。体験して貰ったしだいさ」


「……私たちは貴方の思惑になんて乗るつもりはありません!」
 

「まぁ、普通はそうくるわな……んじゃ切り札を使わせて貰う」
  
 
 はっきりとした拒絶をみせる美月に対して三崎は自信ありげに笑ってみせ、胸元からカード大のプレートを1枚取りだした。
 メーカ名は入っていないが、それはよくある形式の立体表示式映像メッセージカードだ。
 

「本当は禁止なんだが、盛り上げるため仕方無しってな。これでも苦労してるんだぜ。惑連にばれないようにするには」


 そう嘯いた三崎がカードを起動させると掌の中に中年の男性の姿が浮かび上がった。
 身だしなみに無頓着でいい加減な所為か髭のそり残しのある顔。
 肩書きは学者なのに、どちらかというと柄が悪く筋肉質なワイルドな冒険家めいた野性的な風貌。
 それは美月の父。高山清吾の姿だ。


『ミーコ。元気にしてるか。戸室工業高校への入学おめでとうな。勉強は大変だろうが頑張れよ。父さんはなんやかんやあったが元気だ。こっちはすごいぞ。お前も早く来てみろワクワクするぞ。だから今目の前にいるにやけ面に負けるなよ。お、それと友達も一緒なんだろ。麻紀ちゃんって子だったな。高校の友達は一生物だからな。大事にしろよ。それとな……あぁ時間だ? てめえシンタ! 久しぶりの娘へのメッセージなんだから、もうちょっと都合を聞かせろや。そんなんだからアリスの奴に家族のことも……』
 

 父は一方的にまくし立てる変わらない何時もの口調で早口で話していたが、途中で終わりといわれたのか柄の悪い目付きで撮影者の方を睨み付け、大股での近づいてきた。
 映像はそこで途切れていた。


「この後、清吾さんからは娘を持つ父親としての心構えっての延々と説教されたんだぞ。放置しすぎると反抗期になるぞとか云々と。まぁ現状じゃぐうの音も出ないほど正論だったわけなんで、早く言ってくれよて感じだけどな」  


 突然の映像に驚き固まる美月に、三崎は父に絡まれて大変だったとウンザリ顔を浮かべている。
 だが今の映像はあり得ない。あるはずが無い。
 何故父が入った高校を知っている。
 何故麻紀の名を知っている。
 それは全部サンクエイクが起きてから起きた事なのに。


「い、今のも偽物なんでしょ! だって! おかしい」  


 信じられず、否定しようとする美月に、三崎はいたずらっ気のある顔を浮かべた。


「ミーコって呼ばれるのは猫みたいでいやなんだってな。清吾さん的にはお気に入りの呼び方らしいけど、絶対に家族の前以外では呼ぶなって幼稚園の頃に怒りながら泣かれたって、懐かしそうに笑ってたわ」


「な、なんで……その話を……パパ以外は知らないのに……」


「秘密の暴露ってやつ。うちの娘は俺と違って真面目で頭が堅いからそうでもしなきゃ信じないってのが清吾さんのアドバイス……おっと、証拠隠滅と。なおこのカードは自動的に消滅するってか、さすがアリス悪趣味だな」


 人の悪い顔で笑う三崎は、美月に見せつける様にメッセージカードを空中に投げると、カードは霧散するように光の粒子となって消滅した。


「なんでとか、何時の映像とかは聞かないでくれ。守秘義務だ。これ以上は答えてやれないからな」


「ふ、巫山戯ないで! なんで! どうしてパパの!? 生きてるんですかパパは!?」


「だから言えないって言ったろ。知りたきゃうちのゲームをプレイすることさ。それもただのプレイじゃなく、オープニングイベントで入賞する事。そうすりゃいくらでも話してやるよ」


 ゲームをプレイしろ?
 しかも入賞しろ?
 なんでそんなへんてこな条件を出してくる!?
 思っても言葉に出てこない美月は意味が判らず、頭が混乱していた。


「アカウントをあとで二人分贈る。コンビプレイってのは楽しく心強い。素人2人でもどうにか形になりゃ、少しは芽が出るだろ。つっても相棒がそれじゃただでさえ難しい入賞は、無理だろうな」


 動揺している美月に対して、三崎はその余裕綽々の態度を崩さず性格の悪い笑みを浮かべていたが、美月の腕の中で震え、心ここにあらずな麻紀へと目線を移し、少しだけ真剣な顔を浮かべ思案する。


「しゃーあない。変な希望を持たせちゃ可哀想だったからクリア後のおまけにするつもりだったんだけど……娘の不始末は親としちゃどうにかしないといけないしな」


 小声で何かをつぶやいた三崎は、新たな仮想ウィンドウを展開させ、うつむき震えている麻紀の前に移動させた。
 

『ケーコお婆ちゃん。ひぐっ……・まーちゃんが……』


 そこに映ったのは、5,6才だろうかまだ幼い少女が泣きじゃくっている映像だった。
 美月にはその映像が何を意味しているのか判らない。
 だが麻紀は違った。
 びくりと身体を動かし、より大きく震えだした。
 麻紀の顔を青ざめ、今にも気絶しそうなほどに血の気が引いている。
 しかし、先ほどまでの虚ろだった目には感情が戻っている。
 その目に浮かぶのは恐怖とおびえではあるが、麻紀の意識は現実に戻ってきたようだ。


「……ひーちゃん……な、なんでひーちゃんが……っ!」


 震える声でその少女の名前らしき物を口にした麻紀がおそるおそる顔を上げるが、三崎を見た瞬間、幽霊でも見たかのように怯えて後ずさった。


「こっちは10年以上前の映像。当時神崎さんが同じホスピスに入院していた女の子から相談を受けたときの物だ。正確な日付は11月13日の午後……意味は判るだろ。続きを見たければ隣の親友と一緒に頑張ってみな。と、この顔はまずいな」


 麻紀に一瞬だけ優しげな笑みを浮かべた三崎だったが、意味不明なことを呟きすぐにまた人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを再度浮かべる。


「まぁ、ともかくだ。色々なことを知りたきゃうちのゲームに参加してみな。ただ入賞は難しいけどな。ましてや賞金を稼ぐつもりなら諦めとけよ……そうじゃなきゃ目はあるだろうよ」


「っまって! 意味が判りません! それに麻紀ちゃんに何を見せたの!?」 


「悪いな時間だ。といってもさすがにチュートリアルも無しにいきなりゲームをやれは不親切だわな。最後にゲーム上達のヒントだけやるよ。まずは先人を頼ってみな。特攻ハムタロウっていい師匠があんたらの側にはいるから探してみることさ」


 人の悪い笑い声を上げる三崎の声が幻のように響く中、VRフルダイブ制限時間を超えた美月達の意識は急速に現実へと復帰するために、ブラックアウトしていった。



























 このエピソード分までの裏までかき終えていますが、改めて表裏を読み直したらネタバレしすぎでした。
 表に支障が出るので、時が来るまで未公開にしときます。
半年近く書いて修正施して調整してやった末に、これ出したらまずいだろと書き上げてから気づく辺り、間抜けすぎましたw



[31751] A面 夢現は皮一枚
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/10/29 02:00
「マキが大人になったらひーちゃんを治してあげる。約束だよ」


「うん。まーちゃん……すごいもんね。ヒメもまーちゃんみたいになりたい」


 ベットに横になった青白い顔の少女は、病室を訪れてくれた親友の言葉に、微かに微笑んで答える。
 明るく、頭も良く、活発な親友は、少女にとって太陽みたいな存在だった。
 まぶしくて、綺麗で、キラキラしていて。


「えー。うちのママはヒーちゃんを少しは見習ってお行儀を良くしろってすぐ怒るよ。病室で騒がないとか、ちゃんと挨拶をできるようになりなさいって。マキの方こそヒーちゃんみたいになりたいよ。そうすればうちのママにがみがみ言われないもん」


 だが親友の方は信じられないと不満顔で、羨ましそうに少女を眺める。


「ほら見てよこのたんこぶ。昨日もママに拳骨とお説教だよ」


 親友が頭を差し出して指で指し示したのでき、少女はなでるように触ってみるが、ほとんど判らず、少しだけ膨らんでいるような気がしないでも無い程度だ。
 ただ親友の母親は少女が過ごすホスピスの院長であり、やんちゃな親友にお説教やお仕置きをしている姿は度々見ているので、嘘では無いだろう。
 

「今度はなにやったのまーちゃん?」   


「ママったら酷いんだよ。ヒーちゃんを治す良いお医者さんになるにはまず形からと思ってマントを作ろうと思って、改装工事やっている所にあった黒いシートを切ってたのに、見つかってすごい怒られたんだよ」 
  

「……そ、それは怒られると思うよ」


「えーだってお医者さんだよ。ママだってお医者さんなのに。黒マントをつけてないから名医じゃないんだよ。マキがマントを手に入れたら絶対名医になるんだよ」


 少女にはよく判らないが、親友は黒いマントを身につけた漫画のお医者さんがすごい、世界一だとよく絶賛していた。
 どんな難病にも挑み治してしまう世界一のお医者さんだと。
 だから自分もそんなお医者さんになるんだと。
 親友が治したいのは少女だけではない。
 このホスピスに入院している患者さんを全員を治してあげるのだと。
 それは親友がまだホスピスという意味を知らず、甘い甘い夢を見られている子供であるからこその言葉。願い。


「うん。そうだね。まーちゃんはすごいもんね」


 太陽のように明るい親友の笑みを曇らせたくない少女は、今日もまた1つ嘘を重ねていた。





















 自分の頬を伝わる涙の冷たさで西ヶ丘麻紀は目を覚ます。
 夢を見ていた。
 夢。そう夢だ。
 自分が何も知らず、どれだけ残酷な事を親友にしていたか。
 夢の中で無邪気に振る舞っていた自分が、現実を必死に生きていた親友をどれだけ傷つけていたか。
 己の罪を断罪する夢を麻紀は見ていた。
 
 
「っぷ……はぁぁはぁ……お、お薬、いやぁ……」


 夢を思い出しただけで息が大きく乱れ、心臓が早鐘のように鳴り響き、寒気と吐き気、そして頭痛が麻紀を襲い、全身ががたがたと震える。
 震える指で必死に眠っていたベット横のサイドテーブルに手を伸ばし、水差しと共に置かれていた安定剤を口に含みかみ砕くように冷たい水と共に飲み込み、薬の横にあったマントを毛布のように被って全身を覆う。
 5分、10分、いや一時間が経ったのか、それともそれ以上の時間か。
 乱れた心身は時間感覚すらなくなるほどに震え続け、手が痛くなるほどにマントをぎゅっと握りしめる。
 麻紀にとって黒いマントは勇気を得る為の、現実へと立ち上がる為の必需品となっている。
 何も知らない子供の頃に憧れたヒーロー。
 本質を見ず、切り取られた話から表面だけを見ていたヒーローは、絶対どんな病気も治せる超人では無かった。
 ただの人だった。
 自分の存在意義を問い、手を尽くしても敵わず、何度も打ちのめされていた。
 それでも自分の生き方を貫いていた。
 その意思の強さの欠片でもいい。ほんの切れ端でも良い。
 ちょっとだけでいい。
 僅かな勇気を、現実と向き合う為の勇気を。
 深層心理の奥底に刻まれた傷を覆い隠し、子供の頃のように無邪気に自分を信じられる勇気を。
 周囲から奇異の目で見られるマントは、 西ヶ丘麻紀にとって己の精神が均衡を保つ為に欠かせない物になっていた。
   

「……はぁはぁ……はぁぁつ……はぅぅ……こ、ここって?」


 薬が効いたのか、それともマントのおかげか、ちりぢりに成りそうだった精神が立ち直り動悸も収まった麻紀はもぞもぞと布団の中からはい出でて室内を見渡す。
 自分の部屋ではないのは判るが、薬の副作用でまだ頭が動いていないのか、靄が掛かったように記憶が霞み、自分の置かれている状況を把握できない。


「き、昨日……学校……でも日曜日……1日……経ってる? 金曜日は学校にいって……頼まれて……」


 思いだせる事を一つ一つ呟きながら麻紀はなんでもいいからと記憶をまさぐる。
 自分の確かな記憶なら今日は土曜日のはず。
 なのに枕元の置き時計は日曜の朝10を指している。
 1日が飛んでいる。


「……美月のお父さんの仕事の……美月の!?」


 美月の父が勤めていたルナプラントをVRで見学できるソフトをもらった事を思いだした瞬間、麻紀の脳裏で全ての記憶が一気に噴き出してくる。
 妙に存在感のあるVR体験。
 そして予想外の追いかけっこにその先に待っていた人物と、自分がその人を殺してしまった記憶。 


「な、なんで、あ、あたしがこ、殺したのに、あ、あたしの所為で死んじゃったのに、死んじゃったはずなのに」


 全てを思い出した麻紀は全身を襲う悪寒と恐怖で身を縮め震える。
 おかしい。
 何もかもがおかしい。
 自分があの男と、三崎伸太と名乗った男と会ったのは、金曜日の学校が初めてのはずだ。
 確かに記憶している。間違いない。
 それなのに、だというのに、自分があの男を巻き込んで殺してしまった記憶もまた確かに存在する。
 自分があの男に初めて会ったのは金曜日だ。記憶違いなわけが無い!
 あの日は、あの男を巻き込んだ日だと思っているのは、親友の美月と出会った日。
 だから忘れるわけが無い。しっかりと覚えている。
 これが間違いであるはずがない。
 第一だ。
 死んだ人間は絶対に生き返らない。
 二度と喋ってくれない。
 二度と話せない。
 そんな事は判っている。判っている。当たり前だ。
 だからあり得ない。
 死んだ人間にもう一度、出会えるなんてあり得ない。
 なのに、何故だ。
 何故自分はあの男を殺してしまったと思う。
 自分を助ける為にあの男が死んでしまったと、心が後悔に埋め尽くされ、震える。
 あの男の身体から飛び散った、臓物や血の生臭い異臭を含んだ暖かさを思い出して身体が震える!?   


「こ、怖いよ、み、みつき……み、みつき。い、いないのぉ?」


 遮光カーテンの隙間から日が差す真っ昼間だというのに、あの男が暗がりから出てくるような錯覚を覚え怖くて怖くてたまらない。
 震える声で親友の名を呼ぶが返事は無い。
 よくよく見てみればこの部屋は親友の家の客間。
 麻紀も何度かは泊まった事のある部屋だ。
 もっとも最近は泊まるときは美月の部屋で一緒に過ごし、そのまま寝ていたので、あまり利用していなかったから、記憶から薄れていたようだ。
 誰もいない部屋に一人でいるのは怖い。心細くてたまらない。
 自分が今もあの悪夢だったVR空間にいるような錯覚すら覚える。
 寒気を覚える身体をマントに包んだ麻紀は、己を守るようにぎゅっと身体の前で腕を組み、ベットから降りる。
 麻紀の記憶の中では制服だったはずなのに、いつの間にやら美月の家に泊まるときのパジャマに着替えていた。
 自分で着替えた記憶は無いから、美月が着替えさせてくれたのだろう。
 その美月はどこに……


「ねぇ……みつきぃ……いないの……ねぇ?」


 素足からはひんやりとした床材の冷たさが伝わってきて、ここが現実だと訴えるが、それすらも今の麻紀は疑ってしまう。
 どちらも本当のようであり、だがどちらかが嘘の記憶。
 現実と幻の区別がつかなくなった麻紀は、確かな感触を、親友である美月を求め、部屋を出る為にドアノブに手をかけた。
 正直いえばドアを開けるのが怖い。
 この扉の向こうが、あの駅のホームだったら……
 そう思うと怖くてしょうが無い。
 もう二度と見たくない。
 だがこのまま部屋にいるのも怖い。
 ジレンマに陥りそうになりながら、勇気の証であるマントを強く握りしめ、おそるおそるドアノブを捻る。
 カチャリと軽い音をたててドアノブは周り鍵が外れる。
 そっとひらいて隙間から見てみると、そこはなんの変哲も無い廊下だった。


「み、みつき。ねぇ。ねぇってば」


 間違いなく美月が暮らすマンションだと思いつつも、そろそろと廊下に出た麻紀は親友の名を呼んでみるが返事は無い。
 どこかに出かけている?
 いやそれは無い。麻紀にはそう断言できる。
 今の麻紀を置いて美月がどこかに行くはずが無い。
 サイドテーブルに置いてあった水差しの水は、まだ冷たい物で入れ替えてくれたばかりだった。
 何時起きるか判らない自分の為に、小まめに水を取り替えてくれていた。
 そんな世話焼きで心優しい親友が、麻紀を一人で放置して外出していないと確信できる。
 ならどこに……? 
 まさかあの男が現れ、美月を攫っていってしまったのか?
 美月の父が生きていると、サンクエイク事件によって月面で亡くなられたはずの高山清吾が生きていると告げたあの男に連れ去られたのか。
 そんな妄想すらも懐くほどに麻紀は混乱し、困惑していた。
 しかしそれは当然だろう。
 絶対的なはずの自己の記憶すら当てにならない現状。
 現実という麻紀の足元はゆらゆらと揺らめいていた。
 
 
「みつき……おねがいだからぁ……へ、へんじしてよぉ」


 早く確かな物を、美月という絶対的な心の支えを取り戻さなければ、自分は壊れてしまう。
 そんな恐怖と闘いながらおそるおそる廊下を進んだ麻紀は、居間へと続く扉をまたもゆっくりと開いて、確かに居間かと覗き見て確認してから、そろっと足を踏み入れる。
 居間に足を踏み入れた麻紀が見たのはその中央で仰向けに倒れている美月の姿だった。


「……み、美月!? だ、だいじょ、ふぎゃ!?」

 
 倒れた美月の姿に自分の恐怖や震えなど一瞬で吹き飛んだ麻紀は、安否を気づかい慌てて駆け寄ろうとしたが、足元にあった何かに滑って転んでしまう。


「痛っ……な、なに?」


 後ろを振り返ってみると、麻紀が滑ったのはビニールでできた梱包材の上に足を無防備に乗せてしまった所為のようだ。
 よく見れば周囲には届いたばかりだと思われる段ボールや梱包材がむき出しのまま放置されていて、見覚えの無い機械が死んだように眠る美月の横には設置されていた。
 それは最新の粒子通信技術対応の新型VR機器だ。
 作動を示すランプが点灯し、僅かな音をたてる機械から伸びたコードは美月の首元に繋がっている。
  

「美月……またあそこにフルダイブ中なの」


 親友がどこに潜っているか。
 その答えはすぐ側に置いてあったケースで麻紀にもすぐに判ったが、とても追いかける勇気は持てなかった。



[31751] A面 月と太陽は支え合う
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/10/30 13:32
「……やっぱり違うか」


 高山美月は降り立った景色を見渡し、独りごちる。
 目に映る光景は、二日前に降り立ったルナファクトリーへの入り口であるルナポート。
 電力制限で薄暗い格納庫内には幾重にもロックされた大型気密扉と、立ち並ぶ重機類が誘導灯の僅かな明かりに照らし出されている。
 一見同じ光景が広がる。
 だがあの時と何もかもが違っていた。
 あの時は月面降下からスタートとなったが、今回はいきなりルナポートに出現。
 服装も月面用作業気密服ではなく、仮想体標準服に指定していた高校の制服。
 それら外的要因はもちろんの事、二日前とは明らかに再現度が違うと美月は感じる。
 今いるルナポートは設計図通りに再現しただけの物。
 あくまでも雰囲気を体験するだけでしか無い。
 だが二日前に降り立ったあそこは、確かにルナポートだった。
 父が過ごしたルナファクトリーだった。 
VR初心者である美月には、まだVR体験が少ないので、何が違うかを具体的にあげるのは難しい。
 だが空気を一瞬吸っただけで、違うと断言できるだけの違和感を感じていた。
 

「…………」


 一歩踏み出してみると、一応重力は月面に合わせてあるのか、地球とは違い身体がふわっと浮く浮遊感。
 低重力環境を知らなければ、これが月面の重力だと感動を覚えるかも知れない。
 だがやはり違う。今感じる低重力はただ動きが軽いだけ。
 二日前に感じた低重力は、もっとリアリティのある物。
 1Gが当たり前の美月には止まっているだけで違和感を感じるものだった。


「コンソール呼び出し」


 音声コマンドで仮想コンソールを呼び出した美月は、周辺図を展開し確認する。
 3D地図には、マリウスヒルズホールを中心に広がるルナプラント全体図が掲示されるが、そのうち体験可能区画は2割程度。
 残り8割は立入禁止区画や機密区画との表示で侵入不可マークがついている。
 だが二日前に確認した地下を網の目のように走っていた通路群は影も形も無い。
 

「たぶんこれって昨日の場所に行こうとしてもデータ自体が無いかな……」


 一瞬無駄足という単語が脳裏に浮かぶが、この自体は想定済みだ。
 半ば予想していた結果であり、ここに訪れた事で、判った事がいくつかある。
 昨日の場所は、本来の目的であったソフトの中では無いという事。
 麻紀が身につけていたマント型VR機器によって再現されたVR空間では無いとはっきりと確信を持てた。 
 おそらく外部から何らかの手段で限定クローズ環境になっていた通信回線をジャックし、美月達の脳に作られたナノマシンネットワークに干渉し、どっか別の場所、より大がかりな設備を持つVRサーバへと繋げていた。
 あそこまでの再現度となれば、それこそ地球を丸まる1つ再現が出来るくらいのハイスペック機器なのかも知れない。
 そして三崎伸太と名乗った男が仕掛けてきたのは、単なる悪戯ではないと改めて確信がもてた。
 限定クローズ環境下の脳内ナノシステムへの干渉に、一般レベルを遥かに超越したVR再現技術、そして同じ日のはずなのに異なる2つの記憶と、最後に見せられたサンクエイク後に撮られたとおぼしき父の映像。
 どれも悪意を持った悪戯なんて単純なレベルを超えている。
 あの男からは敵意めいた物を感じなかったが、何らかの思惑があると思うのが当たり前だ……だがそれが判らない。
 父は生きているのか?
 三崎は一体何が目的なのか?
 そして…………何故麻紀を追い込むようなマネをして、最後に救いを与えるような素振りを見せたのか。
 全部が謎だ。
 本人に直接確認しようにも、今のところ正攻法でのアポイントメントは全て弾かれている。
 所属する会社に電話をかけて自分の名を名乗ってみれば、一応対応はしてもらえるが、出張中と簡素な答えが返り、何時、戻るかを尋ねても不明だととりつく島が無い。
 三崎の知人でもあるらしい沙紀へと、詳しい事情は伏せながらも寝込んでしまった麻紀の状態を連絡した際も、沙紀は詳しい事は問いたださず、良い機会だから麻紀の事は美月に任せるという答えが返って来ただけだ。
 どうやら三崎が既に連絡をしていたらしく、沙紀に驚きは見て取れなかった。
 この様子ではどのような手を使っても、三崎と直接コンタクトは取れないのだろうと予測する。
 たった1つの手、三崎自身が提示した手以外は……

『自分が作ったゲームに参加し、オープニングイベントで入賞しろ』

 美月達をゲームに参加させる事が三崎の目的なのだろうか?
 だとしたら余計に理解不能だ。
 なんのメリットがあって、何を考えてそんな事をするのか。
情報が少なすぎて答えの出ない思考に没頭し捕らわれかけていた美月だったが、視界の隅で点滅するタイマーに気づき我に返る。
 あらかじめ決めていたフルダイブ時間5分が過ぎた事を知らせている。


「やっぱり……やってみないと判らないかな」


 三崎の思惑がどうであれ、父のことを知りたい気持ちは否定できない。
 なら罠の可能性が強くとも、踏み込んでみるしか無い。
 挑むのがVRゲームである以上、規制条例で決められた、娯楽目的でのフルダイブ時間制限がネックとなるのは、ゲームは素人の美月にも判る。
 フルダイブ可能時間を無駄に浪費できない美月は、リアルへ復帰する為にログアウト手続きに手早く入る。
 コンソールに指を走らせ、ログアウト処理をしながら美月は思考をまわす。
 1日2時間、1週10時間、1月は20時間。
 VRMMOをやりこむのにどのくらいの時間が必要になるのか、美月には皆目、見当もつかない。
 それ以前に月に20時間も、本来は暇つぶしであるゲームなんかに時間を費やす意味が判らない。
 その時間で資格勉強でもした方がよっぽど有意義だと思ってしまう。
 こんな調子で上手くやれるのか。
 父のことを知るためとやる気はあっても、どうして良いのか判らないというのが正直な所だ。


「特攻ハムタロウっていう人に習え。身近にいる人か……うぅん、ストレートすぎて、逆に罠っぽいな」


 MMO初心者である美月の困惑を見越して、三崎が出してきたとおぼしきヒントも、どうにも怪しげなあの男の所為で素直に受け止められない。
 美月の脳裏に真っ先に浮かぶのは、戸室工業高校技術科教師『羽室頼道』
 大学時代の後輩だという三崎とは、先輩後輩という枠を超えた気安さも見て取れて親しい仲だと思える。
 そしてその名字がハムラ。
 ハムタロウ。ハムラ……文字2つが重なるが、あまりに安直すぎないだろうか?
 これこそ罠のような気がする。
 三崎の言動が何もかも怪しく思えて、ついつい二の足をふんでしまい羽室にはまだ連絡を取っていない。
 父を失い家族をすべて無くし、子供のままではいられなくなったことで、精神的には美月自身も、自分が変わったと自覚はする。
 だがそれは表面上に過ぎず生来の引っ込み思案が、慎重に変わったような物。本質的な部分は変化が無い。
 どうしても考えすぎてしまい即断が出来無い。早く動いた方が良いと判っているのに。
 自分でも判っている欠点。
 やはり自分には、多少強引でも前から手を引いてくれる人が必要だ……とは思う。
 美月にとって親友である西ヶ丘麻紀とは太陽のように明るい存在。
 美月を励まし、温め、力を与えて、道先を照らしてくれる存在。
 だがその麻紀は今は精神的に大きく傷ついている。
 そんな親友に頼っていいのか。 
 自分の為にこれ以上麻紀を傷つけていいのか。
 そう自問自答し、麻紀が眠りについている間に一人で動いていた。


「……麻紀ちゃん。そろそろ起きられるかな」


 そんなことを考えていたら、丸1日も眠りに落ちている親友のことが改めて心配となり、早く戻ろうと美月はログアウト処理を手早く終わらせた。
 
 


















「……っふぅ……まだ慣れないなぁ」


 ゆっくりと瞼を開いた美月は、フローリングの床に寝そべったまま息を吐く。
 少し冷たい床の感触が今は気持ちいい。
 美月が感じたのは、VRから現実へと復帰したときの違和感。
 夢から目覚めたときの気だるさとは違う。身体と心がまだ完全に繋がっていないというべきか、どうにもリアルでは身体に鈍重さを感じてしまう。
 本来の感覚がこちらだと判っていても、VR世界での解放感が勝るせいだろうか。
 VR中毒者があちらの世界に嵌まってしまいリアルに復帰できなくなる気持ちも少しだけだが判ってしまうなと考えつつ、起きたらまずは麻紀の様子を見て、それから部屋の片付けをしないと、美月にしては珍しくノロノロと起き上がる。
 首元につけていたコードを外して、リビングを見渡せば惨状が広がっている。
 速達で届いた自宅用サーバ機能も持つ新型VR端末は箱から出したままで床に鎮座し、初期設定もそこそこの状態。
 精密機器だから仕方ないが、嫌になるほど厳重に巻き付いていたパッキング材はそこら辺に放置状態。
 せめて片付けてから潜れば良かったがどうにも気が急ってしまい、几帳面な美月にしては珍しく散らかしたままとなっている。
 麻紀が起きる前に端末は父の部屋の押し入れにでもしまって、段ボールは潰して、ゴミ袋にまとめなくては。
 おそろいのマント型端末を作ろうとした麻紀のこと、美月が沙紀に端末を買ったことを知ったら拗ねて、下手をしたら落ち込むだろう。
 証拠隠滅を計ろうとした美月は、ゴミ袋を取りに行くとし立ち上がろうとしてリビングの片隅に黒い物体を見つける。
 黒く丸っこい物体からは、陰気な気配がうっすらと漂っている。
 外見と漂う気配で一見ゴミがぱんぱんに入ったゴミ袋にも見えるそれは、愛用の黒マントのフードを被って全身を包み隠し、体育座りをしていた麻紀だった。
 美月が潜っていた時間は10分も無い程度の短時間だが、その間にいつの間にか麻紀が目覚めていたようだ。
 フードから覗く顔を見れば、うち捨てられた子犬のような悲しげな表情を浮かべる麻紀はスンスンとベソをかいている。


「……えーと、麻紀ちゃん?」


「みつきぃ……あたしいらない子? ……みつきのめいわくぅ?」


 グズグズと鼻をすすり上げめそめそと泣いている麻紀は舌足らずの口調。
 躁鬱が激しい麻紀が完全に鬱状態に入っていた。
 …………これはまずい。
 美月は思わず焦るが、既に後の祭りだ。
 自分が用意するつもりだったVR端末が既に買われていた。
 起きたときに美月が側にいなくて、探してみたらフルダイブ中で手がかりを探していた。
 美月は父の行方を気にしているのに、その手助けをするどころか精神的ショックで寝込んで世話を焼かせて面倒ばかりかけている役立たず状態。
 条件が揃いすぎている。
 自己嫌悪に陥って親友が一番めんどくさい精神状態になったと、認めるしか無い。


「そ、そんなことないよ。麻紀ちゃんがいるから私は助かってるよ」

 
 これは間違いない美月の本音。
 麻紀がいてくれるから、いてくれたから今の自分がある。
 嘘は無いのだが、


「……じゃあ……なんでぇおいてったの……あぶないかもしれないのに……美月が戻ってこれないかって……あの人、何するか判らないって……」 


 どうやらフルダイブから美月が戻ってこられないのではと心配しすぎたのが、ベソをかく原因のようだ。


「ほら。一昨日おかしかったでしょ。たぶんこのソフトとは違うVR世界だろうなって思って。一応の確認だったし、5分くらいで戻るのに麻紀ちゃんを起こすのは可哀想だと思って」


 たぶん大丈夫だろうと、おそらく直接的な手がかりは無いとほぼ確信を持って美月は行動していたが、


「わかんないじゃん……だってあの人……あたしの所為で死んでるんだよ……でも生きてるんだよ……普通の異常じゃないもん。何が起きるかなんて……あたしが原因かも知れないのに美月になんかあったら……」


 その想像だけで気分がより沈んできたのか、麻紀はめそめそと泣き出す。
 普通の異常という矛盾した妙な言葉だが、それなのに何となくだがすんなりと受け入れてしまうほどの異常事態が起きているのは美月も認めるしか無い。
 死んだはずの人間が生きていて目の間に現れる。
 しかもその瞬間の記憶、三崎が死んだ日時に記憶は全く別で二つあり、どちらも本物としか思えないのだから。


「あー……だ、だから麻紀ちゃんの力が借りたいんだよ。私一人じゃどうしようも無いから……た、大変かなーって。だからねっ麻紀ちゃん力貸してくれるかな?」


 ここまで落ち込むと、二、三日、下手すればしばらく鬱状態は続くかも知れないがそれでもいく段階かのレベルがある。
 ともかくまずは最悪状態からの脱却と思い、多少強引な論法だが頼み込んで頭を下げてみる。 
幼児退行しかけている親友に理屈理論は通じないとここ数ヶ月で知っている。
 しかしだ。気分の浮き沈みが激しいのが欠点ではあるが、本当に気の良い優しい親友はこの状態でも美月が助けてほしいと頼めば、立ち上がろうとしてくれる。
 それは知っている。判っている。


「……あたし手助けできる? ……美月の迷惑にならない?」


 自分は親友を利用しているのでは無いか。
 落ち込ませた状態から回復させるという大義名分で、自分の思いを叶えようとしているのではないか。
 ひょっとしたこの先には親友をより傷つける何かがあるのでは無いか。
 心配症な美月は心の隅で考えてしまう。


「なれるから! だからねっ、麻紀ちゃんご飯にしよう。寝過ぎてお腹すいてるでしょ。色々と打ち合わせしよう。これからどうするか決めよ!」


 だがどうしても麻紀を落ち込ませたままにできず、美月はわざとらしすぎる明るい声で呼びかけ、マントを握りしめていた麻紀の手をぎゅっと握って立ち上がらせた。



[31751] A面 根回しは社会人の基本
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/11/01 00:24
『あいよこれで行ってくれと……先輩すみません。たびたびお待たせして』


「どうせ鍵の開け閉めできてるだけだから時間は構わないが、シンタお前なぁ。今回は何を企んでやがる。しかも俺は今は教師だぞ。どこの世界に、廃人養成する教師がいるんだよ」


 空中に浮かぶ仮想ウィンドウに映る三崎伸太に向かって、戸室工業高校技術科教師羽室は胡散臭いと警戒の色を浮かべる。。  

『二、三日中に連絡があると思うから、そいつらがMMOのいろはを覚える手伝いをしてほしい』

 この間の謝礼の催促かと思えば、三崎が開口一番に依頼してきた内容に羽室は難色を示していた。
 戸室工業高校では、地域活性化の一環で校内の実習室を無料開放した講座が休校日には頻繁に行われ、それ以外にも部活動で登校してくる生徒達ももちろんいる。
 鍵の開け閉めや設備管理で教職員が誰かしら必要ということで、月に一回位の割合で持ち回りで休日出勤担当が決められている。
 そして今日はたまたま羽室が当番の日だった。


『そこは先輩。可愛い後輩の頼みと思って、どうかここは1つご尽力を』


「誰が可愛い後輩だ。誰が……みたところ忙しいんだろ。真面目に仕事しろよ」



 三崎の背後に映るのはSFじみた現実感の無い光景が広がっている。
 不定型なアメーバ状の生物が工具らしき物を伸ばした触手で器用に支えながら画面の端っこをよぎり、時折獣耳を生やした獣人やら、全身メタリックなレトロサイボーグが会話の途中で三崎の横にサブウィンドウを浮かべ書類を展開し確認とサインを求めていた。
 どうやらリアルでは無く、VRMMO世界にいるらしく、そこで仕事をやりつつ連絡を取ってきたようだが、なんというか今ひとつ緊張感が抜ける絵面だ。
 もっとも羽室と三崎は先輩後輩という仲を超えた同好の士。
 今更、気を使うような関係でも無いのでさほど気にもせず、羽室自身も昼飯時ということで配達された弁当に箸を伸ばしつつ仮想ウィンドウ越しで会話を続けていた。

  
『だから仕事の一環なんですって。冗談抜きで。先輩に命運が掛かってるんですよ』


「なんで俺だよ」


『特攻ハムタロウ先輩のポイズン攻撃で、いっちょビッシとDFF下げ攻撃をと思いまして』


「……切るぞ」


 現役プレイヤー時代の2つ名を出された羽室は仮想コンソールに手を伸ばす。
 豹型獣人キャラメイクしたプレイヤー名『ハムレット』が羽室の現役時代の分身。
 MOBモンスターや他プレイヤーのステータスへと弱体効果を与える特殊攻撃の使い手として、闇から闇へと駆け抜ける隠密プレイを得意としていた。
 どちらかと言えば硬派プレイを目指していたのだが、それがどこぞの兎娘の鶴の一声で、大昔の萌えキャラクター(?)とやらから取られた、やたらと愛嬌のある何とも締まらない2つ名をつけられ、しかもそれがいつの間にやら他ギルドにまで伝わる始末だ。
  

『すみません。冗談です』


「狙いは高山かそれとも西ヶ丘か。どっちも色々複雑なんだから変なちょっかい出すなよ。お前も知ってるようだが、特に西ヶ丘の方は色々あれだぞ」


 誰から連絡があるとは三崎はいわなかったが、この間の態度で何となく予想はつく。
 なんだかんだいいつつも信頼は出来る後輩なので、悪意は無いだろうが、その手管を知っている羽室としてはあまり乗り気になれない。
 何せ三崎は、味方すらも騙して最終的な帳尻をプラスへ持ってくる搦め手の使い手。
 美月の方はともかく、扱いに困る麻紀の方は、精神的にやられる可能性が大だ。


『あー俺じゃ無いんですけど、既にうちのが意地の悪いちょっかい出して、好感度激下がり中に…………それでアリスが大激怒中で、あいつの仕事までこっちに回ってきて今の状態だったりと』


 声を潜めた三崎の周囲にはまたもサインを求める書類が展開される。
 何をしているのかは定かでは無いが、忙しいという言葉に嘘は無いのだろう。 


「はぁ、アリス怒らせたのか? どこの誰か知らんが命知らずだな、そいつは」


「一言謝れば良いんですが誰に似たんだか強情でして、んでアリスの方はアリスの方で頑固で正義感が強いのは先輩もご存じの通りでしょ。素直に謝ることも出来無いなら、まだ許さないと怒り継続モードです。あの二人じゃ平行線なんで、こっちでお嬢さん方のフォローをって思った次第です」 


「なんか本当に困ってるぽいなお前。珍しい」


 立ってる者は死体でも使う。
 ふてぶてしさという言葉に服を着せた三崎の場合、どんな困難や厄介事であろうと逆にその状況を利用するというのに、今回に限ってはその傾向があまり感じられないように映る。


「しかしそこまでアリスを怒らせるなんて一体誰だよ? 口ぶりからすると身内か?」

 
『あーそれについては業務上の支障とか守秘義務が』


 羽室の問いに珍しく歯切れの悪い口調で返していた三崎の両脇に、またも新しいウィンドウが2つ展開される。
 右側に映るのは、若い女性で鈍く光る銀色の長髪からは同色の兎耳がジャキンといきり立つように生えている。
 濃い金色の瞳が印象に残るすっとした顔立ちの美女の額には、その美貌には些か不釣り合いな青筋がみえた。
 左側に映るのは、まだ幼い少女だ。5、6才くらいに見えるだろうか。
 黒檀色の髪色と同系の瞳が目をひく可愛らしい顔立ち。
 しかしその頭からはウサミミを模したらしきやけにメカメカしい金属で出来た物が不釣り合いに突き出ていた。


『ちょっとシンタ! 仕事ばかりしてないでこっち来てシンタからもお説教! エリスったら全然謝る気が無いんだから! どれだけ迷惑を掛けたかしっかり教えてやってよ! お父さんでしょ!』  


『エリス悪くないもん! あの人達が悪いんだもん。おとーさん助けて! おかーさんが叩こうとする。家庭内暴力だよ!』


『躾! あんたって子は! もう怒ったんだから! お膝にきなさい! 今から泣いても謝っても、お猿さんになるまで許さないから! あ、こら! 逃げるな!』


『べぇーだ! おかーさんなんかに掴まらないもん! メル! 緊急転送!』


『リル! 追跡! 捕まえるわよ! KUGCのハウンドラビット舐めないでよね! っていうかお母さんを馬鹿にしすぎ!』


 三崎を挟んでいきなり言い争いを始め、そのままギャーギャーとやり合っていたかと思うと唐突にウィンドウごと消えてしまった。
 一瞬で過ぎ去った嵐のような状況。
 少女の方はともかく、美女の方は羽室には見覚えがある。
 髪色や瞳は違うが、あの顔は羽室もよく知るKUGC二代目ギルドマスターことアリシティア・ディケライアだ。
 リーディアン時代は15前後の美少女めいた外見だったが、今の顔は最近VR雑誌の表紙にもよく載る話題の女社長その物(プラスウサ耳)だ。
 今の会話。そして流れ……


『……リルさん?』


『申し訳ありません。メル側のプロテクト付きの最重要通信設定をお嬢様が使用なされて私側での遮断が追いつきませんでした』


 深いため息を吐いた三崎が顔を下げて誰かの名を呼ぶと、どこか冷たい女性の声で即答が返される。
 モニターの向こうの三崎は腕を組み直し顔を上げると、


『……それについては業務上の支障とか守秘義務がありますので』


「いや、まてまて! 無かった事にすんな! シンタお前! 今の絶対アリスの娘だろ!? お前の娘だろ!? いつの間に作りやがった!?」


 仕切り直そうとした三崎に対し羽室は思わず突っ込む。
 この後輩が最近は惚気を隠そうともしないバカップル化し始めていたとは聞いていたが、子供が生まれていたなど初耳。
 それどころか少女の外見や話口調から予想できる推定年齢はおそらく5~6才。
 5、6年前といえば丁度三崎がゲームから引退し、GMに転職した頃と被る。
 

『バグですよ。バグ』


「シンタ……お前やっぱりとうの昔にアリスとリアルで会ってただろ。子供作っちまったから黙ってやがったか?」


 三崎はアリスとはリアルで会ったことが無いと言い張っていたが、ギルドメンバーの大半があの仲の良さでそれは無いだろうと疑っていたのを思い出す。
 下世話なメンバーの一部が、ヤッてるかヤってないかを賭けていたくらいだ。


『はは。何を言ってるんですか先輩。こっちはVR世界ですよ。年齢規制もあるんだから子供なんているわけ無いじゃ無いですか。』


「おいこら。目が泳いでるぞ。国外なら年齢規制が無い国もあるだろうが。例えばアメリカとか」


 羽室の追求に明後日の方向を向いた三崎は乾いた笑いを浮かべていたが、観念したのか急に居ずまいを正すと、羽室に向かってディスプレイ越しに深々と頭を下げる。


『………………すみませんマジ勘弁してください。話せるようになったら話しますから』 

 何時もの冗談めかした後輩としての顔を消した三崎の態度に、羽室は今はこれ以上の追求は無理だと悟る。
 三崎のことだ。話せるようになったら話すというのも嘘では無いはず。
 それくらいは信頼している。 


「仕方ねぇな。一昨日の借りはチャラでお前が奢れよ今度。話せるようになったらOB会で根掘り葉掘り聞き出してやるからよ」


『そりゃ喜んで。これでも色々と積もり積もった自慢したい話ってのが山ほどありますから』


「うゎ、急に聞くのが嫌になったぞ……でだ、その言えない事情ってのに今回の頼みも関わってるのか?」 


『さすが先輩。その通りとだけお答えしておきます』 


 何時もの軽いノリに戻った後輩に、羽室は呆れたくなる。
 大事を仕掛けるときほど軽口が多く饒舌になるのが三崎の特徴だが、その経験から判断して今回の三崎の企みは、かなりの大仕掛けの予感がする。


「まんま答えだろうが……うちの生徒に危険は無いんだろうな」


『そりゃもちろん。ゲームを楽しんで頂いて、それどころか新たなる才能の発掘やら活躍次第じゃ就職先との渡りすらつけさせてもらいますよ』


「お前本当になんのゲームを作ってんだよ。しかしMMOについて教えろっつても、俺が現役引退したのはお前の引退前だぞ。規制やらなんやらで仕様変更が激しくて、今更通用するかどうかなんて、お前が一番よく判ってるだろ」


 VRMMOに限らずオンラインゲームは日進月歩。
 スキルの仕様変更やら新MOB追加で、必須スキルがゴミ化したり、ネタスキルが大活躍なんて話もザラの世界。
 その仕様変更の隙を突いて毎回毎回、運営側の穴狙いのスタートダッシュをかましていた男が何を言うとあきれ顔だ。


『そりゃもちろん。だから先輩には教えるんじゃ無くて、その手助けをして頂ければと思いまして。ほら今も現役で動いている連中に紹介するなら、俺より、学校の教師からが安泰でしょうが。大学のサークル見学とか適当な名目で、それなら先輩にもあんまり迷惑が掛からないでしょ』


「……お前本当に色々計算ずくだよな。わーったよ。久しぶりに後輩共の顔を拝むついでに紹介すれば良いんだろ」


『ういっす。助かります先輩。このお礼は必ず』


 この調子の良さに羽室は昔を思い出し、つい笑いそうになる。
 そうこの感じだ。軽口をたたき合い、先輩、後輩なんてリアルは関係なく、ただひたすらに楽しんでいた。
 個性的なメンバーが集まって、ワイワイとやっていたのはもう数年前のことだというのに、今も色鮮やかに思い出せる。
 そして顔ぶれががらっと変わってはいるが、今もあの空気を持つギルドは健在。
 あの物好き連中なら初心者にMMOの楽しさを一から教えるなんて、恰好の娯楽を見過ごすはずが無い。


「ったく。そんなんだからアリスにナンパ師やら、たらしって言われてたんだろうが。引退した後もギルドメンバーを勧誘すんじゃねぇよ」 

 
 三崎の本質はいつまで経っても変わらないと羽室は気づく。
 上岡工科大学ゲームサークル。
 通称『KUGC』
 その初代ギルドマスター『シンタ』なら、何時だってとんでもない作戦で、予想外の、そして笑いたくなる位の成功を収めるとよく知っている。
 ギルドマスターからゲームマスターへと変わろうとも、三崎であることに変わりは無いのだから、何が目的か知らないが今回も詐欺みたいな手で勝ちを収める気なのだろう。  

『それでこそ俺でしょうが。じゃあ忙しいんでそろそろ。上手いこと頼みます先輩』


「おう任せろ。ギルマス。しっかりとダメが通るようにしてやらぁ」


 三崎のことをギルマスと呼ぶのは数年ぶりだ。
 だがしっくり来る。
 それにつられたのか、羽室の口調も我知らずゲーム時代の荒々しい物へと変わっていた。



[31751] A面 新世紀の就活はこれだ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/11/14 22:16
 7月初旬日曜早朝。
 駅前にある喫茶店の窓際の6人掛けのテーブル席に腰掛け、大きなガラス窓を梅雨らしい長雨がシトシトと叩く音をBGMに、高山美月は目の前に仮想展開した網膜ディスプレイに映るゲームマニュアルを熱心に読みふけっていた。
 物静かで大人しい黒髪の文学少女らしい美月の見た目と、雨の喫茶店という組み合わせは、読んでいる物を考えなければ、実に収まりの良い絵面だ。
 しかし店内の席をまばらに埋める客や、傘を差して駅前を足早に行き交う通行人達の目線は、その美月の隣に自然と向けられている。
 通行人の目線を自然と集めるそれは、ジメジメとした梅雨にある意味ふさわしい、じっととしたオーラを全体から醸しだしていた。
 その黒いゴミ袋……もとい西ヶ丘麻紀は、黒マントで全身を覆い隠しフードまで被った完全鬱モード状態だ。
 もぞっとした緩慢な動きで、モーニングメニューのフレンチトーストを少しずつ切り分けて、サイコロ状の大きさにしては、口に運んでは僅かに咀嚼を繰り返している。
 その麻紀が身につけたマントから、4本のコードが伸びて座席に座る他の同席者達に繋がっているのも人目を引く理由だろう。
 美月と麻紀以外に同席しているのはクラスメイトである峰岸伸吾、谷戸誠司、中野亮一の男子3人だ。
 VRMMO初心者5人組である彼らは、VRMMOについて教示を受けるべく通う高校の教師である羽室頼道を待っていた。
 人の身を操作端末へと変える脳内ナノシステムは既に5人の頭の中に構築されているが、全感覚変換状態であるフルダイブが出来るだけの高性能端末が無ければ、規制状態とはいえVRMMOを十分にプレイする事は出来無い。
 麻紀はマント型とはいえ自作品があり、美月も自宅に急遽、買った端末があるが、伸吾達の分はVR端末の制作を引き受けた麻紀が、先月末から鬱状態を引きずっている為に思うように進まず完成の目はまだ見えていない。
 ハーフダイブ状態なら端末一台でも可能だが、攻略対象は利用時間制限が掛かっているとはいえ紛れもないフルダイブ可能VRMMO。
 高スペックのVR端末を使えるなら、それに越した事は無い。 
 かと言っても、さすがに私的な事、それもゲームをやる為に5人が通い、羽室が管理する戸室高校の端末を使うわけにもいかない。
 そこで羽室から、良い講師を紹介するついでに、格安で使える場所を紹介してやろうかという提案があり、休日の早朝だというのに集合という事になっていた。
 少し遅れるという連絡があった羽室を待つ間、5人は麻紀の携帯型VR端末機器である黒マントこと『Schwarze Morgendämmerung zwei』を使い、絶賛オープンβ中の次世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』の電子マニュアルを読みふけったり、適当に関連情報収集を行ったりと暇を潰していた。


「おっ! あったぞ。これだろ羽室センのやってたゲームの動画……うぉやべ。亀でけぇ!」


 羽室が大学時代にやっていたというVRゲームの動画をネットから適当に漁っていた誠司が目当ての物を見つけたのか、静かな店内に少し響く声で歓声をあげる。


「誠司。もうちょっと静かにしようよ。周りに迷惑だって……これだろ、共有させるよ」


 ただでさえ麻紀の奇異な恰好と、着席者全員がマントから伸びたコードを首筋につけているという行動で人目を引いているのに、これ以上は勘弁してくれと顔にありありと描きながら、亮一が、誠司の見ている動画を新たに呼び出した共有ウィンドウに表示する。
 美月もマニュアルを移していたウィンドウを指を振って縮小化させると、そちらへと視線を移す。
 VRMMOどころかMMOすらも初めての美月にとっては、今は少しでも参考になるならどんなプレイ動画でもありがたかった。
 テーブルの真ん中辺りに浮かんだウィンドウに、『移動要塞型モンスター【砲城亀ガイストキャッスル】戦の手引き』と銘打ったタイトルが表示され、次いで日常生活では絶対に目をしないだろう髪色や恰好をした鎧姿の者達が、一斉に空を鳥のように飛翔し、地を滑るように駈ける様が映し出される。
 彼らが目指す先には、名が示すとおり、無数の砲台が設置された城塞を甲羅の上に乗せた山ほどの体躯を誇る6つ足巨大純白亀の姿がある。
 のそのそとゆったりした動きで前進する亀の動きとは対照的に、背中の砲台からは空中、地上へ四方八方に無差別な砲撃が絶え間なく行われている。
 自動照準かつ自動迎撃なのか、プレイヤーが増えれば増えるほど固まるほど固まるほど、弾幕は濃くなる一方だ。
 砲台事に属性が違うのか、着弾するごとに、炎が吹き荒れ、雷光が走り、有毒なガスが撒き散らかされ、プレイヤーが着弾と共にダメージエフェクトを纏い吹き飛ばされる。
 派手かつ圧倒的な火力で進軍を続ける大亀の前に、プレイヤー達は禄に近づく事もままならず、手をこまねいていうようにも見て取れる。


「これボス戦か? どうやってこんなのぶっ倒すんだ。敏捷性は低そうだけど、近づきにくいし、防御値は見た感じでやばいだろ。近づけない、堅すぎなんて即修正もんだろ」

 
 画面に映る大亀を指さした伸吾は、調整をミスっていないかと懐疑的な声をあげる。
 足一本を見ても陸亀らしい太い脚部には白銀に光る金属装甲がびっしりと施されており、遠距離から散発的に飛ばされる矢や、長距離魔力砲撃など生半可な攻撃は無効化されているのか、あっけなくはじき返されていた。 


「んちょっと待って……ガイストキャッスルは、これ1つが迷宮になった超大型モンスターだって。全身の砲台から一定以上の弾幕を放出した後、内部に蓄積した熱量でオーバーヒートを起こして一時的に攻撃速度が低下するから、その隙を狙って内部突入してコアを破壊するのが公式アドバイスだって」


「そりゃまたありきたりだな。だったらなんでこんな無駄に攻撃してんだこの人ら?」
 

 亮一が展開した公式コメントを見た伸吾は首を捻る。
 しばらく耐えれば攻撃が止むのが判っているなら、それを待ってから一斉攻勢に出た方が楽だし、安全だ。
 だというのに画面に映るプレイヤー達は無理矢理に肉薄し、簡単にはじき返される攻撃を何度も撃ち込んでいる。
 見た感じでは10人が飛び込んで攻撃まで持っていけているのは1人か2人という所だ。

 
「えーとこれかな。一定以上のダメージ攻撃を加えた上でオーバーヒートモードにすると、ハイヒートモードに移行。ためこんだ熱量を広範囲ダメージ攻撃の熱線放射にして口から30秒間はき出す代わりに、その後全ステータス減+攻撃速度低下モードに突入っていうの狙ってるみたいだね」


 亮一の説明をする間もプレイヤー達は絶え間なく攻撃を繰り返し、徐々に真っ白だった亀の全身が赤く染まっていく。
 ほどなく全身が深紅に染まったか思うと、目も眩むような閃光を放ち、砲台亀は点滅発光を始めた。
 どうやらハイヒートモードとやらに移行したようで、先ほどまでののっそりとした動きから一転、俊敏に身体を動かし方向転換。
 塔のように太い首を大きく捻りながら、口から熱線放射を吐きだし始める。
 熱線の直撃を受け転がっていた大岩が焼き抉られ、うっそうと葉を生やした大木が叩き折られ瞬く間に燃え上がる。
 荒れ狂う熱線は周囲に暴風を巻き起こし、炎を纏った竜巻、火災旋風がフィールドのあちらこちらに出来上がる大惨事が展開された。


「おーすげぇ! でもこれってまずくねぇ? こんなの三十秒もはき出されるくらいなら普通のオーバーヒートの方がマシだろ」  

  
 ゲームプレイに関してはクレバーな誠司は、冷静な損得勘定からか、後のステータス低下効果よりも、こちらの攻撃の方が危険だと判断したようだ。
 実際画面に映るプレイヤーの大半は、圧倒的な大火力に大混乱状態で逃げるのが精一杯のようだ。
 しかしそんな逃げ惑うのがやっとなプレイヤー達とは、別にまとまった動きを見せる者達がいた。
 数十人単位に固まったいくつもの集団が、大亀の周囲や上空に展開しつつ、熱線直接攻撃は回避し、防御結界をはって火災旋風からの間接ダメージを無効化しながら機を窺っている。
 彼らは所属ギルドが違うのか、装備に描かれたエンブレムはいくつも存在する。
 軽装な暗殺者。
 杖を構えた魔術師。
 弓に矢を番えた弓兵。
 身の丈を超える大槌や、巨大な刃渡りの刀を獲物とする戦士。
 分厚い盾を構えた騎士達。
 それぞれの特色に別れていた集団のうち、地上を走っていた盾騎士達が一斉に方向転換。
 先ほどまでかろうじて避けていた熱線へ向かって、何を思ったのかダッシュを始めた。
 自ら熱線へと飛び込もうというのか。
 タンク役らしき彼らといえど、ボスの必殺攻撃を真正面から受け止めようなんて無茶とも思える無謀行為。
 しかも先ほどまでを見ていれば躱そうと思えば躱せるはずなのに何故後数秒で攻撃が終わるというのに今突っ込む?
 画面を見ている美月達が誰もが思う中、先導していた重装甲騎士が熱線の先端へと身を躍らせる。
 一瞬でHPが減りつくし死亡するかと思われたプレイヤー。
 しかし彼はボスの攻撃に耐えている。
 何らかのスキルが発動しているのか、プレイヤーの構えた盾が発光しつつ熱線を受け止め……いや、吸収しはじめる。
 さらには後に続いた騎士達が次々に盾を投げ込み、盾が一枚増えるごとに、構えた盾がみるみる巨大化していく。


「これ特殊スキルか。一定以上のプレイヤー数と高いギルドレベルで使える『乾坤一擲リフレクター』ってのみたい。今動いているタンク役以外もふくめて集団全員がリンク状態だってさ」


 重騎士が発動したのは、多数のプレイヤーが揃って初めて行える連携発動奥義スキル『乾坤一擲リフレクター』と呼ばれたギルドスキルの1つ。
 所属ギルドメンバー及び同盟ギルドメンバーを対象とし、所属プレイヤー達全てのHP分までのダメージ攻撃を盾に一時吸収し、激しく変動するメーターに上手く合わせれば、割合でダメージを返すことができると、補足説明のPOPウィンドウを亮一が表示する。
 蓄え込んだダメージが多ければ多いほど、ゲージの変動は高速化し、さらに反射割合がひくい目が出やすくなるとスキル説明が書かれおり、さらにボスモンスターの攻撃に関しては、反射率0%。
 つまりは全ダメージがプレイヤーにダイレクトで与えられるという、自爆な目もかなりの割合で含まれるとのこと。
 正に運をサイコロに託す乾坤一擲なスキル。
 ボスモンスターがはき出した熱線がようやく止まった瞬間、その攻撃を最後まで受け止めていた盾が収縮、分離し持ち主の下へと戻っていく。
 その瞬間、連携していたプレイヤー達の頭上に掲示されていたHPバーが軒並み3割ほど減少した。
 どうやら先導していたプレイヤーは70%反射という高反射の目を無事に引いたらしい。
 熱線を吐き出し尽くし、赤色していた砲台亀の動きは鈍くなって色も元の純白に戻っている。
 空を染め上げるほどに濃く放っていた弾幕も散発的になった。
 どうやらステータス低下状態へと移行したようだ。
 

『しゃぁっ! ぶっつけ本番成功! ざまーみやがれ! 全員投擲! 甲羅割ってやんぞ!』


 渋い重装甲の見た目に反して少し軽薄そうな若い男の声で、攻撃を受け止めていた騎士が号令を掛け、騎士達が一斉に盾を投擲。
 高速で飛翔する盾が大亀の甲羅でもある城塞へと次々に命中し爆発、純白の装甲をたたき割り、内部の弱点らしき生体部を晒しだした。
 反射率7割といえど、ボスの必殺攻撃。
 しかもリンクしたプレイヤーの数は百を優に上回るようで、堅牢な城塞といえど無傷ではすまなかったのだろう。


『おし甲羅の一部破壊成功! 各ギルド追撃任せた!』


 次いで男が広域ボイスで声をあげると、それぞれの集団が一斉に動き初め、


『了解! KUGCは右舷の穴から突入! 内部魔力伝達線のぶった切りで永続ステ減少狙いね!』


『餓狼いくわよ! 私たちは小型砲台の無力化最優先!』


『おうよ! 弾丸特急は今のうちに足元集中だ! 脚部門を破壊して低レベルプレイヤーの突入補佐開始!』


『いろはかしこまり。内部マッピングは任された! 先行して次々にあげてくよ!』


『FPJ全火力一斉放射! 正面砲台群無力化させんぞ! 今日こそ火力こそ正義だって、ちまちました仕事しかしないクソ狼共に見せつけてやれ!』


『あ”!? 正面から当てるだけのクリックゲーなどっかの火力馬鹿は黙って仕事してなさいよ! こっちは再稼働までにどれだけ立ち回って潰せるかで忙しいんだから!』


『んだとセツナ! てめぇら事蒸し焼きすんぞ!』


 同盟関係にあるらしきギルド達が次々に声をあげ攻撃や突入を初めていく。
 多数のプレイヤーが参加するMMOらしいギャアギャアとやかましく言い合いが始まる。

『またかよ。もう好きにやってくれ……アリス。回復終了次第、俺も中に行って盾役に廻るからあんまバカみたいに突っ込むなよ』


『すみませんマスターさん。アリスちゃん既に乱戦モードです。返す暇がないようですけど、早く来いと耳が動いてますね』


『だぁっ! こっちもか! あの馬鹿兎! ユッコさん行くまで頼みます!』


『はい。任されました』


 弾む声が飛び交い、手柄を競い合うように繰り広げる猛攻が画面のあちらこちらで繰り広げられる。
 その誰もが好戦的な笑みを浮かべている。
 何せあの暴虐を振るっていた巨大なモンスターに、こうも見事なまでに一矢報いたのだ。
 自然に気分が高揚したのだろう。
 そしてその熱は他のプレイヤーにも伝染する。


『またあいつらか。廃人共に負けてられるか! 俺らも行くぞ!』


『あの人らあのスキルをボス戦でよく使えるな。下手すりゃ全滅なのに』


『餓狼とFPJがなんであの仲の悪さで連携ができるんだよ……巻き込まれないように離れて突入な』


『KUGCのナンパ師の仕業だって。ほらそんな事よりうちらも行くよ。きばってレベル上げレベル上げ。アイテムもざっくざくなんだから』


 戦いを先導してきた一団への嫉妬混じりの激や呆れ声を交わしながらも、先ほどまで苦戦し逃げ回っていたプレイヤー達も、テンションが高い一団につられるように、戦線へとぞくぞくと復帰していく。  
 その様に美月は画面に映る全てのプレイヤーが、全力でゲームを遊び尽くそうと、楽しんでやろうと思っているように見えた。 
 この切っ掛けを作ったのは……


「今の……あの人か」


 この戦いをまとめ上げていた男の声は、美月には聞き覚えがある物だ。
 今に比べて些か乱暴な口調だが、おそらく声の主は、美月達の前に現れた謎の男三崎伸太。
 三崎がGMになる前にプレイヤーとして辣腕を振るっていたという話は、あの男について情報を集めている最中に聞きかじっていたが、こうしてプレイ映像を見るのは初めてだ。
 何せ三崎が現役時代だったのは今から5年以上も前で、ゲーム自体も既に規制の余波を受けて終了している。
 無数に上げられたプレイ動画の中から探すのは根気がいる。
 それでも探そうと思えば見つかるのだろうが、三崎をみたときの麻紀の状態が心配で、美月は積極的に探す気にはならなかった。 
 現に隣に座る麻紀の方を見てみると、食事の手を止め小刻みに震えている。
 麻紀も声の主に気づいたのだろう。


(高山……よく判らないけど、西ヶ丘はこの状態で大丈夫なのか?)


 美月達の対面に腰掛けていた男子3人組のリーダ格である伸吾が、フードを被って顔をうつむける麻紀をちらちらと見ながら、麻紀に気を使ったのか口に出さず美月にしか見えない秘匿メールを送ってくる。
 

(あんまり大丈夫じゃないけど、放って置いたら、自分はいらないと思って余計に落ち込むからダメなの。麻紀ちゃんのフォローはするから、峰岸君達もなるべく普段通りに接してあげて)
 
 
(判った。二人にも伝えとく) 


 伸吾の返事に軽く頷いた美月は手を伸ばし麻紀の身体に優しく触れる。


「……みつきぃ」


「大丈夫だから。今ので判ったから。あの人はゲームが大好きだって。ゲームに乗っている間は変なことは起きないと思うから安心して。何かあったら麻紀ちゃん頼りなんだし」 

「……美月がそう言うならがんばってみる」


 少しだけ震えが収まった麻紀が、そろそろと顔を上げた。


「そうそう西ヶ丘ちゃんならどのゲームでもいけるだろ。端末を作ってもらえるだけじゃ無くて、一緒に協力してもらえるならこっちも心強いっての。なぁ」


「だな。俺らもMMOならともかくVRMMOは初心者だからここは身体能力スペック高い西ヶ丘が一番上手くやれんだろ」


「高山さんが関わってたら、西ヶ丘さんにはブースト掛かるから余裕で入賞できるかもね」


 美月のフォローに合わせ、三人もそれぞれ気を使ったのか麻紀のテンションを上げる言葉を掛ける。


「うん。美月の為に頑張ってみる」



 最高潮ならばマントを翻し高笑いの1つでもしてみせるのだろうが、今日の麻紀はまだまだ本調子ではないが、それでも多少は食べられるようになったし少しずつ復調の様子を見せていた。
   

「にしても羽室センおせぇな。なにしてんだ美月さん?」


「なんか先に急遽待ち合わせが出来て、そっちと合流してからこっちに来るって話だけど、あ、羽室先生、来たみたい」


 誠司の問いに首を捻りながら答えた美月が何気なく入り口へと目を向けると、4,5人の集団が丁度店に入ってくるところで、その中には美月達の待ち人である羽室の姿もあった。


「ようお前ら遅くなって悪いな。休みの日だってのにこんな朝から呼び出しておいて、自分が遅刻なんぞ教師失格だわ。しかしお前ら怪しい儀式やってるようにしか見えんな」


 美月達の姿に気づいた羽室がテーブル席に近づき、マントから伸びたコードで繋がれた状態を見て苦笑を浮かべる。
 

「羽室先輩。それが噂のマント型VR端末端末ですか? またすごいの作ってきましたね。さすが先輩の教え子」


「宮野それを言うなら、どっちかっていうとシンタ先輩絡みだろ。この子らあの人の紹介なんだろ。先輩、今回はなに企んでるんですかあの人? マジであり得ないんですけど今回の試験は」
 

「俺が知るかよ。シンタの奴の無茶苦茶さは何時ものことだろうが。カナ達こそ聞いてねぇのか?」


「知るわけ無いでしょ。大学四年で絶賛就活中なのに、まさか現役復帰することになるなんて誰も考えませんての」


 羽室と一緒に入ってきた20代前半くらいの宮野と呼ばれた女性が麻紀の端末をみて目を丸くするなか、小太りの男と羽室が言葉を交わす。
 就活中という言葉通り、羽室以外は全員同年代の男女は皆リクルートスーツ姿だ。
 これから会社面接に行くと言われてもおかしくない恰好だ


「人の虚を突くのがシンタ先輩でしょうが。金山諦めなって。それにゲームがやれるんだから、私たちの得意分野でしょうが」


「いやまぁそりゃそうだけどよ。普通やるか? しかもホワイトやディケライア以外にも他業種企業も結構参加してるって話だぞ」


「そこはカナやんあれだ。ナンパしたんだろ何時ものごとく。うちのギルド一のたらしの腕は錆びついていない所か、ますます強化中ってか」


「先輩側には今はあっちゃんもユッコさんもいっからね。いやぁ下手に権力を持たせるとまずい人が握ったね。あははは。そのうちゲーム布教の為に世界征服しかねないでしょシンタ先輩達」


「ユリ。笑えないからな、それ笑えないからな」


「うちの生徒と店の方々が困惑してるだろ、とっとと席に着け。奢ってやるから。悪いな騒がしいのばかりで。こいつら全員シンタと同じく俺の大学の後輩連中だ」


 宮野達が身内内でのみ判る話題に盛り上がって美月達が困惑していると、羽室が手を振って着席を促すと、宮野達は美月達の近くの席にぞろぞろと座って、テーブル上のオーダーシステムに注文を手早く打ち込んでいく。 


「さすがタロウさん気前良い。しかも教師ぽい」


「タロウ言うな……お前ら本当に相変わらずだな」


 席に座ったあとも先輩、後輩というわりにはやけに気安い会話が繰り広げられる。
 羽室と彼らの年齢差を考えれば、同じ大学出身と言っても直接な付き合いは無いはずだが、そのわりには距離が近すぎる。


「あの先生。こちらの方々は? ゲームを教えてくれる人を紹介していただけるというお話でしたけど」


「だからこいつらだよ。宮野妹。この世代の部長おまえだよな。ほれ自己紹介しとけ」 


「妹いわないでください。えーと皆さん初めまして私は上岡工科大学ゲームサークル通称『KUGC』の先代部長をやっていました宮野美貴です。今回は先輩共の依頼と無茶ぶりで、うちのギルドが皆さんにVRMMOについて講師を行うことになりました。というわけでよろしくお願いします」


 宮野がまず名乗ってとりあえず美月達も一言ずつ挨拶をしていると、注文した飲み物が運ばれてきて、そのまま雑談モードに突入する。


「あはは。でもほんとよろしく~ね。いやぁさすがシンタ先輩。就活でゲーム指導しろってさすがあっちゃんの御婿さんらしい提案だねぇ」


「笑ってる場合かよ。マジで厄介だぞ。ゲームで食えるって他のゲームの廃神連中も本気出してきたらしゃれにならねぇんだぞ」


「しかし特技欄にMP管理なんて書く時代になるとはな……あの人なに考えてんだ?」 


「あれだろゲームを楽しめって何時ものごとくだな。そういうわけで君たちもゲームを楽しんでくれ。ついでに成長してくれ。あんた達に俺らの就職が掛かっている」


 どういう事だろう……美月達が意味が判らず困惑していると、羽室が机の上に一枚の書類をそっと差し出す。
 今時珍しい紙の書類には、小難しいビジネス用語を、簡易に略するとこう書かれていた。


『第一回新世代型VRMMO開発企業連合合同就職試験』

 書類面接を通過した皆さんへ。
 次いで皆さんのそれぞれの個性や技能を確認させていただく為の試験を実地させていただきます。
 7/20正式オープンとなる新世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』へ参加し一般プレイヤーに混じって、希望企業、職種事に設定されたミッションクエストを実行してください。
 試験はクリア=採用ではありません。
 皆様の人間性や、応用力など総合的な判断を行う資料とさせていただきます。
 善人プレイ、悪人プレイ等は関係ありません。
 所属企業に利をもたらせるか。
 如何に他社を出し抜くか。
 どれだけの味方を作るか。
 等など、複数の要素をみさせていただきます。
 ちなみにオープニングイベントに関連した賞金は、入賞した場合も対象外とさせて頂きます
 それではどうぞゲームをお楽しみを。


「あ、あの先生これって……冗談ですよね」


 書かれた内容を三度見直した上で美月は己の目を疑う。
 要約すれば就職活動でゲームをやれと。
 ド外道な手であろうとも、儲ければ勝ちと明言している辺りは本気なのだろうか?
 しかも一番下に書かれたこの巫山戯た試験への参加企業は、VR関連企業が多いが、それ以外でもサービス業や製造業など多岐にわたっている。
 本当にこんな多くの企業が、こんな巫山戯た試験に賛同し、参加しているのだろうか?
  
  
「本気も本気だな。ちなみにこいつらに課せられたのは、VRMMO初心者に如何にゲームを面白いと思わせ、成長させられるかだと。分かり易い説明や、魅力紹介なんかをみる試験じゃないかと疑ってる」  


 羽室の顔は真剣だ。
 これが冗談でも無ければ嘘でも無いと美月に判らせる。


「これを仕掛けてきたのは、君たちもこの間に講師に来て会ったっていう、うちの初代ギルマスのシンタ先輩の所属する会社なんだけど。あの人らは規制でがんじがらめにされたVR業界を立て直すってマジなのよ。ゲームからの引退理由として一番多いのが、リアルに忙殺されてやる暇が無くなるってのがあるでしょ。ならリアルともっと密接に関連させれば良いって方針みたい。ゲームやりつつ資格取得やら、講座受講とかも色々考えてるみたいで動いてるのよ。それがこの結果。単なるVRMMOなのに複合職種に渡る企業連合を作り上げた理由らしいわね」 


 宮野の言葉に美月は思う。
 自分達は一体何に巻き込まれようとしているのだと?
 ゲームをやらせるのが三崎の狙いだとは単純には考えてはいなかったが、それでも予想外すぎる。
 父の行方を知るというのが美月の最優先目標だが、三崎の狙いがますます判らなくなってきた。


「ゲームやって金も稼げて就職もオッケーってすげぇ! マジッすか!?」


 誠司が喜色で満ちた声を上げる。
 確かに話だけを聞けばそう思えるが、相手が相手だ。


「そこのやつ誠司っつたっけ。単純に喜ぶと痛い目みんぞ。相手はうちの初代ギルドマスターかつ、悪辣で知られたゲームマスター。どんな罠が仕掛けられてるか。今から気が重いっての」


 はしゃぐ誠司に、運ばれてきたコーヒーをすすりながら金山が苦言をのべる。
 三崎を知る美月や麻紀もその意見に同意せざるえない。
 何を考えているか判らない。
 三崎の視線の先に移る光景が、目標がどこにあるか判らない。
 ただ大きな事を仕掛けている事だけは間違いないだろう。


「それも何時ものことでしょ。さてとじゃあ先輩そろそろ行きましょ。あちらさんも待ちくたびれてますから。何せ伝説の『特攻ハムタロウ』のリアルにお目にかかれると楽しみにしてる人多いんですから」


「宮野妹、その二つ名で言うな。それに楽しみっていうか、お礼参りを心配した方がいい気がするんだがよ」 


「羽室先輩が妹っていうの止めてくれたら考えておきます。ほら美月ちゃん達も不安そうな顔しない。相手が連合で来るならこっちも連合。私たちギルド連合の力を見せてあげるってば」


 そういって笑った宮野の顔に、美月はどこか三崎の顔の面影を見いだしていた。



[31751] A面 集う強者達
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/11/22 02:06
 VRカフェ『アンネベルク荻上町店』
 最寄り駅より歩いて10分ほどのビジネス街と住宅街の丁度境目に位置する大型ショッピングモールの敷地内に、その大型VRカフェは建っている。
 店名の由来となったのは、ドイツの鉱山に出没するという恐ろしい目をした馬の悪魔アンネベルク。
 店のマスコットキャラクターは、そのアンネベルグを日本風にアレンジしたといえば聞こえは良いが、デフォルメされたポニーテールな3頭身獣人キャラ(三白眼)なのはご愛敬といったところか。
 VRMMOをプレイ中に起きたナノシステム暴走死亡事故を発端とした、娯楽目的におけるVR制限条約の影響も多々とある昨今。
 アンネベルグ荻上町店も他のVRカフェ同様、売り上げベースは規制前後対比で平均-30%と低水準を続けている。
 それでも息を繋いでいられるのは、ビジネス街近くという立地条件が幸いした事が大きい。
 規制対象外の商用利用に目を付け、高機能VR端末を常設する余裕が無い中小企業向け格安クーポンチケットを販売し、そこそこ売れているからこそ、廃業、撤退という最悪の選択をかろうじて回避していられる。
 だが結局それでも焼け石に水。
 座席稼働率は平日で平均50%、大抵の企業が閉まった深夜帯、土日は20%弱といった燦々たる有様。
 だがこれでもまだVRカフェの中ではマシな方に入る。
 娯楽目的の利用に制限が掛けるなか、国内のVR関連企業はどこも苦しい台所事情を強いられていた。
 


 

 かろうじて赤字を回避している先月の月次売り上げ情報を、視界に映る網膜ディスプレイに表示しながら、傘をさして駅方面から店へと向かう長身の女性が一人。
 少し茶色がかった栗色の髪を肩下辺りまで伸ばしたアンネベルク荻上町店長である柊戸羽(ひいらぎとわ)は、その凛々しい顔立ちにあったキビキビとした動作で足早に進む。


「うちは先月はギリギリ黒。美琴の所はどんな感じ?」


 戸羽は別ウィンドウに映る、姉妹店アンネベルグ向平店のフロアチーフを勤める神坂美琴(かみさかみこと)へと尋ねる。


『うちは先月、今月とガンシュー系のイベントが好調だからそこそこ。向平店限定ノルマンディー上陸作戦特別MAPが効いたね。作戦成功。大勝利!』


 同期入社の眼鏡っ子は、にこり笑顔で親指を立てて答えた。
 黒い長髪、物静かげな佇まいと外観は絵に描いた清楚系大和撫子のくせに、その根っこはイベント好きなコスプレイヤーのなかなかはっちゃけている性格で、向平の名物店員としてアンネベルググループ内でもよく知られている。
 
 
「それでそんな軍隊オペ子の恰好なわけね。早々とPCO関連コスかと思ったわよ」


 画面に映る美琴の仮想体が黒を基調としたアンネベルクの基本制服では無く、軍服コスプレインカム装備だった理由に納得し頷く。
 今月下旬に正式オープンするVR規制条例後初の国内大型開発の新世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』
 現在オープンβテストが絶賛開催中の通称『PCO』の正式オープンに合わせ、アンネベルグ全店はそれぞれ店舗で協賛フェアの準備に追われていた。 
   

『甘い戸羽ちゃん。PCO用のコスプレはトレッカーでいくから。この恰好は第二次大戦のイギリス陸軍第6空挺師団カスタム。英国軍は連隊事の独自性が強いからコスプレポイントはまず帽子の』


「あーもういいわよ。その辺のこだわりは。後でPCOのだけレポートでまとめて送ってきて、ちゃんと読むから」


 まずは盛り上げるなら恰好からと、仮装には一家言のある美琴が長講釈を始める気配を感じて、戸羽は無理矢理に断ち切る。
 寝不足状態で頭がただでさえ動いていないのに、歴史背景も含めた濃すぎる話は勘弁だ。


「おやおや戸羽ちゃん。眠そうだね。昨日は熱い夜をお過ごしかな。井戸野さんが、昨日から現地取材のついでにお泊まりだっけ?」 


 目の下にクマがあるので戸羽側からは音声オンリーの通信だが、美琴はその声の調子で戸羽が眠たげな事に気づいたのか、からかい顔を浮かべる。


「そうよ。あの馬鹿の所為でいらついて禄に寝てない。ホテル代が勿体ないからあたしの部屋に泊まりに行くからとか言っといて来やがらないのよ。忙しいにしても連絡の1つくらい寄越せっての。ご飯とかお風呂を湧かしてたのに全部無駄よ」 


 戸羽の今の恋人であり、VR総合業界誌発行部数二位の『仮想世界』を発行する日本技術出版社に勤めている井戸野浩介は、PCO正式稼働前の各VR業界の動きや協賛活動の特集記事の取材で荻上町店を拠点に密着取材を昨日から開始している。
 片道二時間かかる自宅より、店から徒歩10分の駅近くのマンションに住む戸羽の部屋に井戸野が目をつけたのは当然であるし、個人的な関係+店の為として協力も厭わないが、すっぽかされるのは癪に障る。


『りゃーそれはご愁傷様。相変わらず、相性というか、性格が合わないのによく続くよね』


「それ言わないでよ。なっちゃったもんはしょうがないでしょ」


 基本的に何事にも真面目できっかりとした戸羽に対して、井戸野の方はおおざっぱな勢い任せの突撃タイプ。
 普段から反りが合わなくて喧嘩が多いのだが、それでも何となく続いているのだから、男女の仲は合縁奇縁というやつだろう。


『おんやー。そこはやっちゃった物はしょうがないじゃないかな、井戸野さんの正体を知ったのはやった後なんでしょ』


「っ! それこそ言うなっ!」


 つい大声で叫んでしまった戸羽は、顔を赤らめ慌てて前後を振り返る。
 幸いと言うべきか休日の早朝で人影が見えないからこそまだよかったが、これが電車内だったら途中下車したくなる位の恥だ。


『やー、音声のみなのが残念残念。何時もすまし顔の戸羽ちゃんの赤面顔が見られないなんて。しょうが無いから今日はセツナの方で我慢しようかな。あっちもあっちでかあーいし』


 美琴は、戸羽のプレイヤー名であるセツナの名を出して、さらにからかいを続けてくる。
 少数精鋭を誇った武闘派ギルド『餓狼』のギルドマスターセツナこそが、戸羽の仮想世界での姿であり、もう一人の自分。
 リアルの自分の姿が女性としては長身で肩幅が僅かに広い気がするのが少しばかりコンプレックスなので、高校時代から使い続けるセツナは低身長で愛らしい狼耳の獣人少女の姿をしている。 
 
 
「そうくるか……うちの連中には言わないでよね。あいつと付き合ってるのは。もし言ったらタイマンでぼこった後で粘着リスキルするわよ」


 戸羽の脅しにたいして、何故か楽しげな笑顔を浮かべた美琴が指を振る。
 するとその仮想体が一瞬でがらりと変わり、薄緑色の髪と長耳でピエロ面を頭に被った中性的なエルフの少女が姿を現す。
 ネタスキルを積極的に取っていくお祭りギルド『いろは』を率いたお調子者の悪戯シーフエルフとしてしられた『サカガミ』こそが美琴のもう一つの姿。


『はーい。了解。餓狼の怒りは買いたくないからね。ボク達『いろは』は身は軽いけど口が堅いのが信条だから安心して』


 このボーイッシュな妖精キャラの正体が、あの見た目だけなら純日本美人なのだから、リアル正体のわからないVRは恐ろしいと、戸羽は息を吐く。
 美琴曰くVRの仮想体こそある意味でコスプレの究極系。
 服装だけで無く、姿形も変える事が出来るのだからとの弁。
 別ギルドを率いていた某ウサミミ娘と同じくキャラになりきるロープレ派だからこそ、ここまで言葉使いが変わるらしい。


「本当に頼むわよ。おもしろ半分で漏らさないでよ」


 念には念を入れて戸羽は再度口止めを頼み込む。
 美琴、いやサカガミがハイテンションなのがどうしても不安になるが、それを注意する気にはなれない
 どうしてテンションがあがるのか?
 簡単だ。今はお祭りの前。
 もうじき幕を開けるお祭りの前。
 苦境を歩んでいる国内VR業界の反撃の一歩を刻み込む日がもうすぐそばまで来ている。
 その日を思えば、自然とテンションが高まるのは致し方ないと戸羽は思う。
 自分達はVRゲーマー。
 仮想世界をもう一つの世界とし、仮想体を己の体として半生を過ごす者達。
 待ち望んでいた世界にようやく帰れるのだから、その望郷の念が日々強くなるのはしかたない。


『おまかせ。ギルド連合の輪は乱さないよ』
 

 不安を覚えるサカガミの声を聞きながら、戸羽は少しだけ足を速める。
 坂上の姿を見たら早く店に行きたくなってきた。
 まずはあの薄情者を、朝ご飯用に詰めてきた弁当箱で叩いて起こして、それから今日来店する、懐かしくも目新しい戦友達を出迎える準備を始めようと。
 アンネベルグが、荻上町店が井戸野の取材店舗に選ばれた理由は、戸羽を通してコネがあるからとか、経営が傾いた大型店舗の典型的な例であるからとか、色々と理由はある。
 しかしもっとも大きな理由が1つある。
 アンネベルグ荻上町店は、仮想世界における連合ギルドの新たな本部となるべくして選ばれた店。
 PCO攻略に向けた情報統合をおこなう戦略拠点であると同時に、リアル世界に向けて自分達の世界を宣伝する情報発信基地なのだから。















 昨夜から降っていた雨は、電車から降りた頃にはほぼ止んでいた。
 見上げた空は灰色の雲が視界のほとんどを覆っているが、僅かながら隙間から日差しが顔を覗かせる。
 羽室達の後について歩道を歩く美月は、所々に出来た水たまりに浮かぶ自分の顔を見て、どうにも緊張していることに気づく。
 表情が少し硬い。
 美月が今から始めるのはVRMMOゲーム。
 数万、数十万のプレイヤーが参加するという仮想世界に降り立ち、ルールに従いゲームを行い勝利しなければならない。
 どちらかといえば本を読んだり、勉強をしている方が好きだった大人しい少女だった美月には、ゲームは付き合いのお遊び程度でやった程度の経験しかない。
 ゲーム初心者の自分が、果たしてどこまで通用するのだろうか。
 ましてやちょっと調べただけでも、難解な独自用語やら略語がオンパレードなVRMMO。
 知識不足だと自覚している美月は、フードを目深に被った鬱状態の麻紀の手を握って、羽室の二つ名【特攻ハムタロウ】に由来について語る美貴の言葉に耳を傾けていた。


「だからえげつない対ギルド戦法で知られてたのよ、このセンセは。高レベルハイドで敵陣地に潜りこんで、麻痺やらポイズントラップ仕掛けまくりで、相手陣地にトラップ部屋を作り込んだりとか、睡眠属性バクスタに昏睡させた相手を操るスキルとあわせて爆弾特攻とかさせてたんだから」


「うげ。えげつねぇ。羽室先生まじかよ」


「お前ら変な誤解すんな。ありゃ俺の作戦じゃねぇよ。ギルドマスターだったシンタの指示だ。俺らが先行潜入して偵察兼トラップ設置。シンタ達切り込み隊がトラップ回避の護符を持った状態で突入して、わざと敗走したふりでトラップ側におびき寄せ。罠にはめたところでユッコさんらの高火力組が大詠唱で一気にドカンって、防衛側もそんな攻防戦の主戦場から外れた端っこの所に、トラップ部屋を作っているなんて考えないだろうって」   


「シンタ先輩は心理戦つーか人の思考を操るの上手いっすからね。羽室先輩は引退してたから、先輩がGM時代の頃あんまり知らないでしょ。プレイヤー時代よりえげつない事しでかしまくりですよ。自分が考えたボス攻略の基本作戦だからって、裏の裏の裏まで読んで来やがってましたから」


「僕らもこの間に初のVRフルダイブで授業を受けたんですけど、何気ない罠でクラスの大半がやられました……」


 亮一が話す内容は、美月が初めて三崎とあった”はず”の日に起きた出来事。
 VRフルダイブの際の諸注意を話すついでに、軽々と数多くのトラップを仕掛けていった三崎の悪行に、彼の後輩だという美貴達の顔は同情的な色を浮かべていた。


「虫降らせるって最悪……災難だったね君たち。タロウ先輩。よくシンタ先輩に自由にさせましたね」


「だからタロウって言うな。一応注意事項だけはしっかりしてたぞ……シンタの奴が何が狙いだったのか今ひとつ判らないがな」 


 頭を掻いた羽室がちらりと視線を後ろへと向け、美月達をみる。
 羽室はどこまで知っているのか美月には判らないが、今の表情を見る限り、ほとんど事情を聞いていないのだろう。
 三崎の話を、あの仮想世界の月面基地で起きた事を知っているのは美月と麻紀の二人だけ。
 伸吾達にも、ゲームに参加する事は伝えたが、その理由はぼかして伝えている。
 なぜならあまりにも荒唐無稽すぎて、話しても信じてもらえるかどうか判らないからだ。

 あの男が一度死んでいるのかもしれない事。

 美月の父が、月面のルナプラントで約1年前に亡くなったはずの高山清吾が生きているかもしれない事。

 そして新世代型VRMMOと謳ったゲームがそれらの全ての謎を解決する為の鍵かも知れないという事。

 考えれば考えるほど、答えが見つからずどうしても思考が迷う。
 死んだ人は生き返らない。
 月面基地は破滅的な太陽風『サンクエイク』で壊滅した。
 それが悲しくとも真実である美月の常識であり、世間の常識……だった。
 あの男が、美月達の前に現れるまでは。


「……美月……大丈夫?」


 さらに表情が硬くなっていた美月を見て心配になったのか、か細い声ながら麻紀が気遣う様子を見せる。
 顔色だけみれば、最悪から脱したとはいえまだまだ本調子にはほど遠い麻紀の方が幾分か悪い。
 だがそれでも麻紀は、美月を気遣う。
 生粋のトラブルメーカーであるが、それの原点が相手を気遣った末だと、麻紀の持つ本来の優しさの所為だと、美月は知っている。  


「うん……麻紀ちゃんがいるから大丈夫だよ」


 心に溜まった澱をはき出すように大きく息をはいた美月は麻紀に笑って返す。
 心配しても始まらないと何度も思ったはずだ。
 心配なんて今更だ。
 自分は大丈夫だ。この親友が共にいる限り。
 そう思い込んだ美月の心は少しだけ軽くなった気がした。


「……先輩。あの二人って大丈夫ですか? 百合っぽいんですけど」


「待てって宮野。二次元は良いがリアルガチ百合は引くぞ。うちに既にいるのにこれ以上は勘弁してくれ」


「いやはは、どっちも可愛いからあたし的にはありかな。3Pカモンだし」


「名が体を表しまくってるあんたが言うとしゃれにならないから黙れ」


「たぶん大丈夫だ。どちらかというと親子だって校内では教師も含めて評判だ」


 美月と麻紀の様子にその関係性を気にした前を歩く羽室達のひそひそと囁きあう。
 その潜めた声が聞こえていなかったのは幸いかもしれない。
 せっかく軽くなった美月の心は、またも思い悩む嵌めになっていただろう。


「あの、な、なんでしょうか?」


 前を行く者達の値踏みするような視線が自分に集中する事に美月が気づいて首をかしげると、美貴達は慌てて視線を散らした。


「お前ら……い、いや、目的地はあそこだって言おうと思ってな」  


 他の者が一足先に逃げてしまったのでただ一人美月の問いに答える事になった羽室は視線をしばし彷徨わしてから、誤魔化すように道路沿いに見えてきた看板を指さした。
 羽室が指さした看板には、やけにデフォルメされた頭身で不可思議な耳をつけたマスコットキャラと『VRカフェアンネベルグ荻上町店』という文字が描かれていた。





















 第3回オーバーラップWEB小説大賞の一次選考に通過しました。
 とりあえず目標が、小説としての体が成されているか判断されるという意味での、一次選考通過だったので目標達成です。
 これもお読みくださり、アドバイスを頂いている皆様方のおかげです。
 ありがとうございます。
 拙い上に、遅筆な拙作ですがこれからもお付き合いいただけますと嬉しく思います。


 PS 二次選考はダメ元とおもっていますので落選しても、心折れてエタとはなりませんのでご安心くださいw



[31751] A・B両面 オープニング
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/11/23 03:21
 つい先日ナノシステムをいれたばかりでVRカフェ初体験の美月は、がらりと変わった光景に興味深げに目を丸くした。
 1階は自然光を多く取り入れる事が出来る大きな窓を多用し、デスク型端末を簡易な仕切りで区切っただけで開放的な雰囲気。
 しかしエスカレーターを上がった2階は、カプセルタイプの筐体型VRマシーンが整然と並ぶSFじみた光景を展開していた。
 薄いオゾン臭が時折鼻につき、VRマシーンが微かに奏でる稼働音が響く物静かな2階フロアはひんやりとした空気に満たされていた。
 間接照明が多用されたフロアは光量が抑えられ少しだけ薄暗く、明かりの色も薄紫や淡いオレンジなど、日常ではあまり使われていない色を用いている。
 これらには非日常感を演出する狙いでもあるのだろうか?
 

「私共アンネベルグでは、お客様のニーズに合わせて、それぞれ特色のあるVR筐体を各種メーカー事に取りそろえていますが、荻上町店において設置台数が最も多いのはノースファクトリー製のGZタイプⅢカスタムとなります。GZシリーズは元々ハーフダイブでの使用をメインとして考えられた演算性能強化機体になります」

 
 美月達に店内案内をしていた柊と名乗った若い女性店長は、銀色のカバーに覆われた一台の細長い筐体を指し示す。
 高い演算機能を持つ高性能機をあえてフルダイブではなくハーフダイブで用いる事で、余剰計算能力を処理速度向上や、各種高性能ソフトを併用可能状態とする為に用いる。
 そのような設計思想の元に生み出されたGZシリーズは、ビジネス街にほど近い荻上町店では何かと重宝がられていたのだろう。


「タイプⅢカスタムは規制条例施行後に、最新型だったタイプⅢの環境再現システムを強化したマイナーチェンジタイプになります。フルダイブに負けないレベルの仮想空間演出を行えるように、内部空調システムや音響効果システムの改良が施されています。今回のPCOオープン記念協賛フェアには、こちらのCZタイプがメイン機体として使用されます」


 柊が説明と共に一番手近の筐体の開閉スイッチに触れると、表面を覆う金属製カバーがスライドして、内部構造を晒し出す。
 ハーフダイブでの使用を主としているので、一般的な筐体型マシーンよりも若干広めに空間が取られ、内部は柔らかそうなクッション材で覆われている。


「シートはセミバケットシート形式。長時間使用でも不快感を極力低減する為に電圧調整ジェルを用いているので、お客様の好みの座り心地に合わせると共に、マッサージチェア機能も兼ね備えています。もちろんハーフダイブだけでなくフルダイブでの使用も可能となっていますので、身体固定機能も利用可能です」


 柊がシートの横からコードを延ばし自分のコネクタに接続すると、展開した仮想コンソールで環境数値を弄ったのか、内部照明が増減し、シートがうねうねと波打って、さらには脇のスリットから、フルダイブ時に四肢を固定する為のベルトが飛びだしてきた。


「今回皆様には、協賛フェアで用いる当店特製特殊サポートAIのテストをかねてオープンβテストに参加していただき、レポートを提出していただきます。協力していただくお礼としまして、テスト期間中は無料。正式オープン後はオープンイベント期間中のみとなりますが従業員割引価格の一週間千円使いたい放題でのご利用が可能となります」


 羽室が美月達に提案した、高性能機を安く使える当てとはこの事だ。
 要はテストプレイヤーとして参加しレポートを提出する見返りに、多少、いやかなり割引された金額で高性能機が仕様可能となる。
 オープニングイベント期間は7/20から一ヶ月後の8/19日まで。
 丁度夏休み期間中。
 5週間で5千円+PCOの基本固定プレイ料金が1000円に+電車代など諸々。
 就活中の美貴達には余裕であっても、しがない高校生の美月達には結構な金額だが、それでもかなりお得な事は間違いない。



「では基本説明は以上となります。新しい世界をどうぞお楽しみください。他にご不明な点がある場合は、接続時に細かい諸注意を記載した簡易マニュアルが自動展開されますので、そちらをご参考になるか、呼び出しボタンで店員をお呼びください」


 きりっとした眉を少し柔和に曲げて接客用の笑みを浮かべた柊が軽く頭を下げる。
 若い女性の身でありながら、大型店舗の店長を任されているだけのことはあるのか、いかにも仕事が出来る才女といった雰囲気を醸し出す柊だが、


「どっから出してきてんだ。そのクソ丁寧で気持ち悪い接客言葉。普段はもっとがさがっ!?」


 余計な茶々が横から入れられた瞬間。
 柊の手が電光石火で動き、その発言者の内臓を抉るえぐい角度のボディーブローが躊躇なく打ち込まれた。
 余分な発言をして一撃で沈められたのは、VR業界誌『仮想世界』の編集記者を名乗る井戸野という若い男だ。

  
「何か他にご質問はございますでしょうか? こちらのバカ様のように、モツ抜きの仕方を聞きたいなら身体に教えて差し上げますよ」 


 ゴミくずを見るような蔑んだ目で井戸野を見た柊は言葉を吐き捨てると、何事も無かったかのようににこりと微笑み直した。
 井戸野はVR業界復活に向けた活動を取材しているとの事で、今回はPCOとの協賛フェアをやるアンネベルグの密着取材を行っているとの紹介だったが、どうやら柊と親しい関係なのか、二人のやり取りには遠慮という物が感じられなかった。 


「うぁ……さすが武闘派餓狼のマスター。見事なストマックダウンスマッシュ」


「クリ+昏睡効果ありか?」


「いや部位破壊+麻痺でしょ。追撃ふるぼっこしたいかんじだねぇ」


「タイマン勝負でアリスさんに対応出来るだけあるよな。さすが」


 柊の一撃に拍手混じりで歓声をあげる不謹慎な就活組は、倒れ込んだ井戸野を見てもよくある光景と言わんばかりに受け入れている。


「今の重い一撃。嫌な記憶が蘇るな……あんた本当にセツナなんだな。あっちと背格好とか言葉使いが違いすぎるだろ」


 一方で羽室は卓越した動きを見せた柊をじろじろと見て、言葉の中に懐かしさを感じさせつつも、胃の辺りを押さえて冷や汗を掻いている。
 どうやら口ぶりや反応から、羽室も過去に同じような攻撃を受けた事があるようだ。


「それを言うならそっちこそ。あたしと鎬を削ったあの悪名高い暗殺者の特攻ハムタロウの、引退後のリアル職業が学校教師って」


 接客用の仮面を脱ぎ去った柊が砕けた口調になると、窮屈そうに見えた襟元を僅かに緩めて先ほどまでとは違う種類の笑顔を見せた。


「最初にKUGCの人らに聞いたときは悪い冗談かと思いましたよ。そっちの二代目マスターは『俺の名だ。地獄に落ちても忘れるな』って決めぜりふが出来たとか、いつも通り意味不明なネタをいって喜んでましたけど」



リアルで会うのは初めてのようだが、羽室とはVR世界での因縁があるようで、楽しげに語る柊はにも少し懐かしそうな感情が混じっている。


「あー……アリスについてはすまん。ありゃシンタの管轄だが、あいつも基本は放置してたからな」


「ほんと少しは管理してくださいよあのマスターズ。今回も……」


 旧交を温めるのは良いが、しかしだ……いいのだろうか?
 足元に倒れ込んでピクピクとしている井戸野がいるというのに談笑を初めだした二人に美月達は顔を見合わせる。


「ここリアルだよな。若い姉ちゃんが兄ちゃん一撃で沈めたなんて、どんな冗談だよ」


「西ヶ丘ちゃんもいけるだろ。でもなんで俺達以外はさほど驚いてないんだよ。こえぇよ」


「急所だけど、内臓破裂まではいってないから大丈夫だと思う」


「はは。西ヶ丘さんがそう言うなら安心……なのかな?……廃人クラスになるとこれが日常とか……ど、どうしようか高山さん?」


 高校での羽室は、年齢が近い若手だけあって生徒に理解のある教師という上々の評判。
 人が倒れ込んでいるというのにあまり気にしない非常識な性格ではなかった。
 麻紀は動きを目で追えていたのか目を見張っている程度だが、さすがの伸吾達も若干引き気味で、どうすると美月を見てきた。
 この集団にこのまま付いていって良いのだろうかと、その顔には書いてあるような気がしたのは、美月の気のせいではないだろう。


「基本を習うだけだし。うん。基本だけだから。大丈夫……たぶん」


 父の事を知る為ならなんでもしようとは思う。
 だがさすがにここまで非常識な反応を見せるようにはなるまい。
 そう美月は心に堅く誓っていた。











 多少のすったもんだはあったが、今日の目的はPCOへの登録と、既にPCO攻略を始めているというギルド連合本隊とのVRでの顔あわせ。
 ギルド連合はPCOを主導するという三崎と親しい関係にあるので、今回のオープニングイベントでの賞金争奪戦への参加資格はないそうなので、ギルドに参加するかどうかは自由意思に任せるとの事。
 やり方を教えて、魅力を説明するくらいなら、規約には引っかからないのは、三崎本人に確認済みだそうだ。
 あまりに用意周到な状況ととんとん拍子で進む手はずに、美月はどうにも三崎の影をちらほらと感じる。
 だが不安というデメリットよりも、熟練者達と知り合えるメリットのほうが大きいのは明白。
 罠かと思いつつも今は乗るしかない。
 バケットシートに身を預け高さや角度を調整した美月は、シートの横からコードを延ばして、首筋に貼り付けていた粒子通信用新型コネクタへとつなげる。
 コネクタが発した起動信号を受け、脳内で休眠状態になっていたナノシステムが立ち上がり、美月の視界にいくつも仮想ウィンドウが展開されていく。
 正面メインに浮かぶウィンドウには、PCOのアクセスHPへのログボタンが映っている。
 ほどなくして仮想ウィンドウの一つに美貴からの接続メッセージが表示され、すぐに本人の顔が映った。
 

『全員準備いいわね。それじゃ高校生諸君は初体験VRMMOなんだから、ハーフダイブでの登録じゃなくてフルダイブでいきましょか。君たちはPCOのアクセスページで初期登録してきて、それから向こうで落ち合いましょ。初期ステーションに迎えを寄越すから』


 ハーフダイブで電子書類に記入して、登録も出来るそうだがせっかくのVRMMO。
 やはりフルダイブがいいだろうと美貴はにこりと微笑む。
 ゲームをやるのが心底楽しいという感情が感じられる極上の笑顔だ。
 就活期間中は支障が出ない程度に適当に遊ぶつもりで美貴達は既に登録を済ませていたそうなので、ここからはしばらく別行動の予定だ。
 柊辺りは残念がっていたが、羽室はさすがに今更現役復帰はないとの事で、美月達が戻ってくるまでリアルで待っている事になっている。


『身体の固定とシートの調整を忘れないでね。たかだか二時間って甘く見てると後々来るわよ』


美貴の注意に従って、美月は慣れない手つきながらベルトで身体を固定して、フルダイブへの準備を進めていく。


『登録前に流れる導入OPがクソ長いけどちゃんと見とけよ。あの先輩の事だからさらっと重要なヒントを残してる可能性あるぞ』


『そうかな? あれアッちゃんの趣味でしょ。シンタ先輩だったらスキップ機能つけてるだろうし』


『そうかもな。かなり凝ってるけど、ありゃアリスさんが好きそうな設定だもんな。あのロープレ派筆頭なら大げさなの好むし』


『だからこそでしょ。アリスさんだと思わせといて、あの腐れ外道の手とかってパターンかも』


 サブウィンドウに映る他の連中も高揚感を感じさせる顔を浮かべている。
 やはり根っからのVRゲーマー揃いなんだろう。


『はいはい。とりあえず見てのお楽しみ。ネタバレ厳禁だってば。じゃあ全員行こうか。フルダイブスタート』


 手をぱんぱんと鳴らした美貴が会話を区切り、フルダイブへの移行を指示すると、すぐに次々にフルダイブ状態となったのかウィンドウから消えていった。
 緊張からか少し早い心音を落ち着ける為に息を深く吸った美月はフルダイブしようとする直前に、画面に映る麻紀の顔色が悪い事に気づき、急遽ショートメッセージを送る。


『頑張るね。お父さんの事もそうだけど。麻紀ちゃんが知りたい事のために』


 あの時三崎が提示した画面に映っていたあの小さな子が誰だったのか美月は、麻紀に尋ねていない。
 人の死を恐れる麻紀のトラウマに直結していたのだろうと想像が付くからだ。
 ただ麻紀にとって大切な子だったのは間違いない。
 自分の為、そして親友の為に頑張ろうと美月が決意を改めていると
 

『うん。ちょっと怖いけど……私も頑張る。美月の為に』


 メッセージが送られてくると共に小さな画面に映る麻紀がこくんと頷いた。
 これで準備は完了。
 美月はシートに背を預け仰向けに寝転がるってもう一度深呼吸し、


「フルダイブスタート」 


 脳内を電撃が走るような高揚感と共に美月の意識が一気に暗転していった。

























『万物には始まりと終わりがある』


 どこからか声が響く。
 その声につられるように、仮初めの身体の瞼を開いた美月の視界は真っ黒な闇に染まっていた。
 上下もおぼつかない浮遊感は、ここがリアルではないと理解していてもどうにも不安を覚えるおぼつかない物だ。


『全てが生まれ、そしてやがて死ぬ』


 またも声が響くと色鮮やかな映像群が暗闇の中に次々に浮かんでは消えていく。
 種が芽吹き、茎を伸ばし、葉を生やし、大輪の花を咲かせ、そして枯れて散る。
 切り出された丸太が、材木へと加工され、さらに家屋に組み込まれ、やがて朽ち果てていく。
 山崩れで落ちてきた巨大な岩が川に落ちて、やがて水の力で徐々に削られ、仕舞いには小指の爪ほどの欠片まで小さくなる。
 そして生まれたばかりの赤ん坊が成長し、少年となり、青年となり、やがて年老いて死して骨となる。
 形や例えは違えど生と死を表した数百、数千のイメージが美月の周囲を覆い尽くして、早回しの映像となって一瞬で展開されていく。
 どうやらこれが金山の言っていたOPのようだ。
 死生観とはやけに哲学的な題材だがこれがゲームとどう関係があるのか?
 何かヒントがあるかと美月が考えていると、周りに映っていた映像が一気に消え失せて、またも真っ暗闇に戻る。


『それは我々が住む宇宙も例外ではない』


 声が響いて、小さな白い点が美月の目の前に浮かんだかと思うと、閃光と共に破裂した。


「わっ!? い、今のって……うわぁっ……っていけない。ちゃんと見なきゃ」    


 目が眩むまばゆい閃光に思わず悲鳴を上げて目を背けた美月だったが、次に目に飛び込んできた光景に思わず歓声をあげ見惚れかけるが、すぐにはっと我を取り戻す。
 星空の海の中に美月はいた。
 上下左右どこを見ても溢れんばかりの星がその視界には広がる。
 父の影響で星空が好きな美月の嗜好にピタリと嵌まる演出。
 これが三崎の息のかかる物で無ければ、素直に楽しめるかもしれないのにと多少残念に思いつつ、星の海を見渡してみる。


「日本の空じゃない……か。どこだろ?」


 どちらの方角を見ても美月には見覚えが無い天体配置が広がる。
 見覚えのある星座が一つも描き出す事が出来ない。あまりに星が多すぎるのだ。
 よくよく観察してみればそれらの星は圧倒的なスピードで拡散しているのか星々の間が急速に広がっていっている。
 先ほどまでナレーションと思われる声が語っていたのは、様々な生と死。


「宇宙の始まりはビッグバンか………じゃあ次に来るのはビッグクランチかな」


 予想をつぶやいた瞬間 広がっていた星々が一気に収縮を開始する。
 宇宙の開始である膨張がビッグバンなら、宇宙の終焉の一つとして提唱される収縮がビッグクランチ。
 今は宇宙は永遠に膨張を続けるという考えが有力となっているので、少し廃れた終末論の一つだが、ビッグバンの対局としては、実に分かり易い例えなので採用したのだろうか。
 そうこう考えているうちに無数の星々は。あっという間に美月の胸元に集まって、元の小さな白い点へと、始まりの宇宙へと変化した。 


『やがて宇宙も終わる……これは真理であり絶対。だが人はその終わりを、自分達の文明の終焉を、素直に受け入れられるほど賢くはなく、そして愚かでもなかった』


 ナレーションが響き、次いで美月の手元に浮かんでいた白い玉から光が放たれ、映写機のように暗闇に、今では演出でしか使われない白黒の二色で彩られたモノトーン映像が表示される。
 映し出されるのは恒星らしき巨大な星と、その周囲を回る惑星。
 そして惑星上の宇宙空間に無数に浮かぶ艦船群と、それらが細枝のようにも見える巨大な宇宙ステーション。
 それらをバックにして、ナレーションと共に、文字が流れ初めていく。


『かつて銀河には大帝国が存在した。銀河帝国の頂点に君臨する支配種族は多次元を感じ取る特殊器官を持って生まれる。ディメジョンベルクラドと呼ばれるその力を持って、技術的に不可能とされた超長距離長質量跳躍能力を実現させた帝国は銀河全てを己が物とせんと動き始める』


 ナレーションに合わせて、惑星上展開していた艦船群が次々に跳躍を開始して、巨大な宇宙ステーションさえも跳躍したのか消えていた。


『やがて宇宙の大半をその手に収めた彼らは、宇宙創世記にほど近い時代の物と思われる超古代遺跡を偶然にも発見し気づく。自分達の力の意味を。なんのために自分達が他次元を感じられるのかを。それは宇宙の終焉から逃れるため。やがて終わる今の宇宙から、別の新しい宇宙へと移り住むための力だと思い出す。記憶にも記録にも残らない遥か太古に、自分達は新しく生まれたこの宇宙へと移り住んできたのだと。その事実が判明したとき時の皇帝により、やがて起こるであろう宇宙の終焉に備え、帝国最高機密として二つの宇宙を繋ぐ移住計画『双天計画』が発案され、当時の最高技術をもって作られた『天級』と呼ばれる衛星サイズの巨大宇宙要塞艦が新たに作り上げられる』


 惑星の側にいくつもの宇宙船が集まり巨大な枠組みを作り初め、月ほどの大きさの巨大な人工物が組み上げられていく。
 衛星クラスの大きさを1から組み立てとは、いくらフィクションとはいえさすがに大げさすぎないかと美月が考えていると、それどころかそれと同サイズの物が、あと2つ組み立てられていったのだから呆れるしか無い。


『天級は三艦が建造される事になった。他次元宇宙への跳躍を可能とする恒星系級超質量長距離跳躍実験艦『送天』、移り住んだ宇宙で自分達の生存環境を整える恒星系級惑星改造実験艦『創天』、そして全ての跳躍記録を観測し空間数値を記録し、繰り返し確実な跳躍を可能とする恒星系級事象観測実験艦『総天』』 


 どれくらいの年月が流れたのか判らないが、なんども小さな船が行き交い、三隻の巨大艦は徐々に形作られていき、ようやく完成を迎える。
 

『三隻の実験艦が完成してすぐに、最初の跳躍実験が行われる運びとなった。その実験対象として選ばれたのは若い恒星とその周囲を回る複数の惑星と衛星群。恒星系に属する全てを一度に同宇宙の別地点へとまずは跳躍するという物。他次元への跳躍ではないが、前例のない恒星系全てを跳躍させるという前代未聞な実験に際し、主立った物でも数百の実験が同時で行われる。その1つに、跳躍対象となる恒星系の居住可能環境惑星に、帝国人と同種の遺伝子並列に組み替えた実験生物を放ち、超質量超長距離跳躍での遺伝子変貌を観測するという物があった』


 獣耳を生やした人間と類人猿が並んだ映像が映し出され、猿の方が映っていた惑星へと吸い込まれていく。
 どうやらあの星と恒星が跳躍対象の恒星系という事のようだ。


『周到に準備を重ね、何重もの安全策を施した末に、送天、総天の両艦と、当時最高峰の能力を持つディメジョンベルクラドの帝国姫の遠隔操作によって最初の無人跳躍実験が行われる。しかし跳躍自体は成功したが、その恒星系を帝国は見失う事になる。次元の藻屑と消えたのか、それとも観測範囲外の別銀河へと跳躍してしまったのか、それとも結果を帝国へと伝えるべき天級が破損したのか。原因不明のまま跳躍実験は失敗に終わり、帝国最大戦力である二隻の天級を失う事になった。同時期に最高機密であった双天計画がどこからともなく漏洩し、移住計画が帝国支配種族のみを対象とした物で有り、帝国に敵対する種族のみならず、帝国の屋台骨を支える他種族すらも置き去る事であったが判明し、将校クラスからも大規模な反乱が発生。やがては皇族の一部までも反乱軍に味方をする内乱となり、帝国は瓦解。その長い歴史の終焉を迎える事になった……』


 星々がいなくなった宇宙に、残った一艦だけが寂しげに佇む映像が、徐々にノイズが入った荒れた物になってフェイドアウトしていく。
 ナレーションも相まって荒涼感を感じる作りは、なんというかオープニングというかエピローグではないかと美月は思わざる得ない。
 これで終わりなのだろうか?
 そう思っていると、再び白い玉が光り新しい映像が浮かび上がる。
 しかしそこも何もない宇宙だ。
 だが忽然と巨大な恒星といくつもの惑星が出現する。


『帝国が滅び幾星霜が過ぎ、新たな政治体系である星系連合が築かれ、つかの間の平穏を過ごしていたこの銀河に、失われたと思われていた恒星系が数億年もの時間の誤差と共に帰還する。全ては恒星系を飛ばしたディメジョンベルクラドである姫の企み。己が種族だけでなく、この世にあまねく全ての人を救おうとする姫の願いによりその恒星系は帰還する……その恒星系の名は太陽系。ディメジョンベルクラドと同じ遺伝子をもつ種族が住まう星は、現地呼称で地球と呼ばれていた』
 

 先ほどまでは白黒だった画像なのでよく判らなかったが、色が付けばその青々とした惑星は美月にはお馴染みのものだった。
 なるほど大げさと行ったのは、こういう事かと美月は納得し、同時にヒントらしいヒントがなかったと落胆する。
 こんな大風呂敷な裏設定を見せられてどうしろというのだ。
 さすがに父に関係ありそうな事柄も見当たらない。
 

『銀河にあまねく人々を救う為。今地球人類は宇宙の最前線に立つ』

 Planetreconstruction Company Online開幕


 緊張が空回りに終わった美月が息を吐き出すと同時に、視界が真っ白に染まりゲームが開始された。   



[31751] B面 プロローグ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/01/12 02:14
『シンタ!』


 脳裏に響く相棒の声。
 
 何度聞いたか,何度呼ばれたかなんて判らない。

 夢を見ていた。長い長い夢。俺自身がほとんど覚えてもいないガキの頃から始まる長い長い夢。

 親父にお袋、姉貴、小中高時代の友達。大学時代の同士連中、ギルメン、会社の先輩方、たくさんの顔と声が早送りで流れていく。

 濃すぎてノイズのように混じる音の中でも、俺の名をよぶ相棒の声だけは、夢の中でも小うるさく,そしてはっきりと響きやがる。

 こうして思い返してみれば日数だけでいえば、あいつより長い付き合いの知り合いなんぞいくらでもいるなと改めて思う。

 だが一番しっくり来たというか、馬が合ったのはあのゲーオタウサギッ子ってのは間違いない。

 あいつがいるのが当たり前で,あいつに背中を任せていれば大丈夫だってのが、脳神経の一筋一筋まで刻み込まれている。

 だからだろうか? あんなあり得ないミスをやっちまった。

 リアルだってのにVR世界と混同してあいつが隣に,俺の背中を任せられる位置にいるって思ってしまった。

 うむ……我ながら情けない話だ。というか笑えん。

 リアルはリアル。VRはVR。その世界の区切りを明確に意識してこそゲームマスター。

 お客様を如何に,非日常な別世界に連れて行くのかってのが腕の見せ所だってのに,まだまだひよっことはいえGMがその境界線を見失っちゃいかんだろ。

 佐伯さんに大目玉だわ,親父さんには呆れられるだろ。

 しかも、このざまじゃ二度とあの廃神兎をVR中毒患者めとからかう事も出来やし……二度と?!

 まとまらぬ意識の中で漠然と流れていく顔と聞こえてくる声の奔流に身を任せていた俺ははたと気づく。

 何故二度だ?

 そう俺は覚えている。思い出している。最後の瞬間を。夢の終着地点を。俺の終わりを。

 最後に俺を呼んだ悲壮な感情が込められた相棒の声を。

 なのに俺は今こうやって自分の失敗を、ありもしない手をカードに自ら飛び込んだ間抜けな死に様を皮肉めいた感情で振り返っている。

 マジで呆けていた。助かるはずが無い。二度目なんてあるはずが無いのにだ……

 そう考えた瞬間、ふわふわと拡散し漂っていた意識は,渦に巻き込まれた水面に浮かぶゴミくずのように一カ所に向かって収束を始める。

     
『全記憶転写終了。意識レベル急速上昇。生体再生ポッドハッチオープン』

 
 俺の第二の人生は情緒もへったくれも無いそんな機械音声と共に始まった。



[31751] B面 プロローグ②
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/01/12 02:20
 目が覚めたときにまず起きたのは、生存本能だった。

 呼吸が出来ず息苦しく感じた身体が自然と反応して、必死に手を伸ばして掴んだ何かを手がかりに泥沼の様な場所から身体を起こす。


「がっ! がはっ! ごほっ!」


 喉の奥に絡んで気道を塞いでいた粘度の高い何かを激しい咳きとともにはきだす。

「っぁ……はぁ……はぁ」


 貪るように肺に空気を取り込み、息を整える。

 何とか呼吸は出来るようになったが意識は今ひとつはっきりぜず,霞む視界の中で周囲に目を向ける。

 こ……こ。どこだ。


 自分の身体を見下ろしてみれば、無味無臭でやたらとべとつく謎スライムなゲル物質で満たされた、足を伸ばせるバスタブほどの大きさの医療用カプセルとおぼしき物の中に寝ていたようだ。

 マンションのワンルームほどの小部屋の四方は白い壁で覆われ、窓どころか入り口とおぼしきつなぎ目すら見えない。

 照明設備らしき物は無いが、壁自体がほんのりと柔らかい明かりをはなっているのか、ほのかに優しい光が部屋の中を見たしている。

 先ほど無我夢中で掴んだのは寝かされていたカプセルの縁だったようだが、金属にしか見えないのに妙に柔らかく、ほんのりと温かい心地よい肌触りをしている。

 この部屋に見覚えは無い。初見の場所である事は間違いないはずだ。

 先ほどまで見ていた夢の、いや違う……実際にあった事のはずだ。それはしっかりと覚えている。

 大きく息を吸って静かにはき出す。

 頭を動かすときの何時もの癖。

 何度か深呼吸をして心をなるべく落ち着かせていく。

 どこか清浄な室内の空気が肺に行き渡るのを心地よく感じながら、俺はゲルの中から身体を引き抜き立ち上がる。

 衣服の類いは一切身につけておらず、少し肌寒いがその冷たさが,自分が生きている事を実感させてくれる。

 最後に見た映像をもう一度思い出す。

 急ブレーキを掛ける車輪の火花と目前まで迫った電車の車体。あれは夢では無いリアルなはずだ。

 背筋に刃物でも突き刺されたかのような恐怖感がフラッシュバックする。

 起こったはず。

 死んだはず。俺は,三崎伸太は死んだはずだ。

 正確に言うなら死んでいなければおかしい。

 当たり前だ。

 ホームに進入してきた通過列車の前に、その身を間抜けに躍らして引かれたんだから、死んで当たり前だ。

 こちとら絶体絶命な状況下でも生き残れるようなヒーローでもなければ、理不尽なギャグキャラじゃねぇ……だがここが死後の世界だって言うにはちと機械的すぎる。

 金属のくせにどこか生物的な柔らかさと暖かさを持つ医療用カプセルらしきもの。

 出入り口らしきつなぎ目が,一見では一切無く、電灯も無いのに壁全体がほのかに明るく光る謎の部屋。

 死んだはずなのに生きている。

 あり得ない非常識な状況に、SFやらホラーなら慌てふためくのが定番なんだろうか?

 だがあいにくというか、なんというか、ここの所は非常識とは実に馴染みある状態。

 自分が死んだと頭では思っているのに、あまり慌てずにすむのは、喜んで良いか,慣れすぎだと呆れるべきか、ちと微妙だ。

 
「…………だれか聞こえますか?」


 何時かのあいつのように天井に顔を向け、ある程度の予測をしながら声を出し問いかける。


『おはようございます三崎様。お加減はいかがでしょうか?』


 返ってきたのはどこか冷く聞こえる聞き覚えのある女性の声。
 
 間違いない創天のメインAIであるリルさんの声だ。

 そうするとここは仮想世界の創天か?


「……快調とまではいえませんが、死ぬよりマシですよ。リルさん」


 どうやら俺が声をかけてくるのを待っていた様子のリルさんに、俺は安堵の息を漏らしながら答える。

 何が起きたのか,何をしたのかは俺には判らない。

 だが俺が死なずにすんだのは,他ならぬ相棒アリスの仕業……もといおかげだろうという予感は当たっていたようだ。 
 
 あいつが関わっているなら、少なくとも最悪よりは,死んじまうよりはマシだ。

 それくらいに相棒のことは信頼している。


『安心いたしました。アリシティア様もお喜びになられます。三崎様が目を覚まされる日を心待ちにしておられましたので』


 ん? アリスを呼ぶリルさんの呼び方が、お嬢様から、アリスの本名に変わっている。

 こいつは……まさか俺に何か起きてから結構な時間が経ってるとか?


「……アリスにはすぐに会えますか」


 どうにも嫌な予感が胸をよぎるが俺はそれを無視して次の問いかけをする。


『現在時間流停滞フィールド第一次内部調査報告全体会議にご出席なされております。ですが三崎様がお目覚めになったとお伝えすれば、すぐに中座してこちらへと向かわれると思われます。アリシティア様からも三崎様に何か変化があったときはすぐに連絡をするようにと、最優先指示が出されています』

 
「最優先ね……俺が起きた事をもうアリスは知っているんですか?」


『いえ。会議が極めて重要な内容を伴うため,まだご連絡はしていません。また三崎様のご性格を判断した場合、まずは状況確認をなされる事を最優先でお望みになると考えました。アリシティア様にお伝えなさいますか?』


 会議中。しかも最優先と言われながら伝えていないリルさんの対応から考えると相当面倒で重要な事が起きている模様。

 そんな重要な全体会議を社長が中座して個人的な知り合いの見舞いと……余計なヘイトを買いそうだこりゃ。

 今アリスを呼ぶのは得策じゃ無いか。

 それに情報が欲しいってリルさんの分析は間違いない。

 新しい町に付いたり、新規アップデートクエストのときは,一も二も無く情報収集ってのが俺のスタイルだ。

 だがその前にまずは生物的欲求の方から何とかしよう。

 客観的に今の状況を見てみると、ドロリとしたゲル状物質を全身に纏わり付かせた全裸の若い男というアレな姿。

 特殊風俗のプレイ中と見間違えられても仕方ない恰好は,さすがにアリス相手だろうとみせたくねぇ。


「とりあえず状況の説明の前にシャワーと服を貸していただけますか。この恰好のままじゃ風邪を引きそうなんで」


 ここがリアルなのか、VRなのかまだ判らないが、どうにも繋がらない意識をしゃっきとさせる為にも俺はとりあえず熱いシャワーを切に求めてみた。



[31751] B面 プロローグ③
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/01/15 23:09
『三崎様の現在位置は、現実空間本社惑星改造艦創天となります』


 リルさんに1つだけ確認した事実を頭の中で反芻しながら、熱めの湯を少し痛い位の勢いで被る。

 ここがリアルと聞いても、未だ俺には緊張感や不安が生まれてこずどうにも呆けているので、何時もの目の覚まし方でシャワーを浴びている。

 何時もならこれで徹夜狩りの後だろうが、修羅場明けだろうが、頭の回転を平常運転状態に持っていけるんだが、どうにも勝手が違う。

 なんだか微妙に馴染まない。

 リアルの身体と微妙に違う仮想体を操っているときのように、少しだけもどかしさを感じる。

 詳細不明な状況に対する戸惑いや不安が原因とかか?


「はっ。俺がそんな柔な神経なんぞしてるわきゃねぇな」


 一瞬脳裏に浮かんだ答えもあまりの馬鹿馬鹿しさに鼻で笑って、髪に付いたゲル物質と一緒に乱雑気味に力を入れて洗い流して却下する。
 
 直前の状況や、リルさんが漏らした断片的情報だけでも判るやばげな状況に、骨の髄まで染みこんだ無理ゲーフリーク魂が触発されて、不謹慎の極みながらワクワクしているくらいだ。

 そうなるとこの違和感は気のせいだと思いたいが……左手首の内側に目を向ける。ガキの頃に釘に引っかけて出来た古傷がそこにはあるはずだが、


「やっぱ……ねぇな」


 だがどれだけ目をこらしてみても、薄い産毛とつるりとした皮膚には染み1つ無く綺麗な物。まるで”生まれたて”のようにつるつるしている。

 絶体絶命な状況からの、かすり傷すら一切無い五体満足で目覚め。

 そして左手の古傷の消失……これに事前に四方山話で聞いたり、攻略のためにアリスから教えられていた状況を照らし合わせてみると、こりゃアレか。

 しかしだ。そうすると何故俺はこうも暢気に構えているんだ。

 古典SFならアイデンティティに悩みそうな状況だろうに、シャワーを浴びて心地よく感じ、さっぱりしたら安めの発泡酒でいいんで喉を潤したいと、生理的欲求が先に出てくる位に重要視していない。

 俺を心配しているだろうアリスが、当の本人がシャワー浴びてビール飲んでくつろいでいると聞いたら激怒もんだ。

 まぁ、悩んだ所で状況は変わらないし、何かが起きるわけもなし。こうも暢気に構えちまう理由も自分自身でさえ判らない。

 身体に違和感はある。頭も少し呆けている気がする。だがその違和感に俺は気づいている。ならそれを織り込んで動けば問題無しだ。 

 身体に付着していたゲルを全て洗い落とした俺は、空中に浮かんでいる球状の操作パネルへと手を伸ばし、ノズルの先から勢いよ溢れていた湯を止めて、乾燥モードと書かれたスイッチを押す。

 壁から伸びていたシャワーヘッドとホースが巻き取られ、仕舞われるというか壁と同化して消失し、続いてシャワーブース全体にスリットが出現してそこから吹き出した心地よい温風が、俺の全身を包み込み、身体に付いた水滴を吹き飛ばす。

 最初にいた部屋と変わらず、壁には一切のつなぎ目が見えず、シャワーヘッドが存在した痕跡は跡形も無い。

 リルさん曰く、俺が目覚めた部屋は、物理的にも空間的にも隔絶された、マルチクリーン医療ルームとのこと。

 検査が終わるまで、もしくは患者への環境適応処置が終わるまで、創天内に未知の病原菌を持ち込ませず、患者自身も保護するための部屋らしい。

 望めば出てくる至れり尽くせりな装備だが、最初から用意されていたとはどうにも思えない。その時ごとに物質構造を変化させて、カスタマイズしているのだろうか。

 科学技術のレベルが地球とは文字通り天と地ほど違う銀河文明の生活文化レベルについて、いちいち気にしていても仕方ない。

 熱い湯が出るって判ればそれで十分。身体を乾かす事が出来るスイッチの位置さえ判れば問題無し。

 道具の構造や理屈は知らなくても、用途や使い方さえ判れば、後はどうとでもなる。これくらい開き直っとけば、何があっても何とかなんだろ。


 さっきと同じように球状パネルに手を伸ばして停止スイッチを押すと即座に温風が止まって、同時に壁の一部が開いて戸棚が出現する。中には綺麗に折りたたまれた下着類と、俺が何時も使っているのと同じデザインのスーツ一式が吊されていた。


『アリシティア様がご用意なされていた物ですがよろしいでしょうか? 三崎様の戦闘服はこれだというご指定です』


「……さすがアリス。戦闘服って例えはともかく、よく判ってやがる」


 ノリの効いたワイシャツに袖を通し、着慣れたスーツと寸分変わらないサイズと肌触りに満足しつつも、相変わらずな相棒の表現に普段なら呆れるはずが、今はそれが何故か心地よいというか、しっくりと来る。

 自分の好みに合うようにと脳味噌を弄ってないだろうな。あの地球外生命体な兎娘。

 あり得ないと即断できる馬鹿な考えを脳裏に浮かべつつ、付属していたネクタイを少しきつめに結ぶ。


「さて、んじゃせっかく相棒のご厚意だ。戦闘開始と行きましょうか。リルさん。俺が”死んで”からの状況経過を簡易情報でいいのでいただけますか。それとアリスが出席しているっていう会議の様子をリアルタイムで見せてもらう事は可能ですか?」
 
 
『かしこまりました。隣室をオフィスモードに改装致します。現在三崎さまの脳内ナノシステムは再構築中のため使用不可となっておりますため観賞用にモニターをご用意いたします。他に何かご要望はございますでしょうか?』


「じゃあお言葉に甘えて、何時も俺が飲んでいる安い発泡酒と、チー鱈を……あれの合成品って作れますか?」 


『はい。可能です。すぐにご用意致します』


 俺の無茶ぶりに、そして少し意地の悪い質問にリルさんは一切の動揺も見せること無く即答で返す。


『それに食品を原型で保存しているのってこっちだと珍しいんだもん。よっぽど物質構成が複雑な物じゃない限りは基本的に合成食品だから』


『基本的な元素を種別で集めたタンクがあるからそれから作るの。カロリーコントロールやらアレルギー物質の除去とか簡単だから』

 何時だったかアリスが言っていた言葉が脳裏をよぎる。

 さっきのシャワールームに、地球の食品と同じ物をと無茶振りしても、即答できるリルさんの能力。

 元素からの合成可能。それに脳内ナノシステムが再構築中と。

 ここまで来るとバカでも判る。

 今の俺はクローニング体だって考えた方が無難なんだろうなやっぱり。

 そんな事を考えていると、眠っていた部屋とは反対側の壁が音も無く開いたので、隣室へと足を踏み入れる。 

 真っ白な小部屋の真ん中にモニター付きのデスクとチェアがぽつんと置かれたのみの殺風景な部屋。

 テーブルの上に置かれた今時地球でも珍しい紙の山は俺が望んだ簡易資料だろうか。しかし遊び心皆無なこの仕事部屋の中じゃ、俺が愛飲している安さが売りの発泡酒の派手なラベルとチー鱈の安っぽい包装が目立つ事目立つ事。 

 缶を手に取ってみるとほどよく冷えている。


「ほんとアリスが聞いたら怒りそうだなこりゃ……ん。うめぇやっぱ熱いシャワーの後はこいつだわ」


 そのまま躊躇すること無く開けて、ゴクリと一口。

 ん。覚えている味。いつも通り。

 口に広がるほどよい苦みとすっきりした味が俺には丁度いい。

 本物のビールに比べりゃ、少し薄く、苦みも少なくて飲みやすく、何よりも安いってのが貧乏サラリーマンにはこの上なくありがたい。
 
 だが発泡酒なんて所詮は本物のビールの模造品、劣化コピー品って意見があるのも先刻承知。

 本物と、偽物は違う。

 さて……そうなると今の俺は本当に俺なのかね?

 すぐに行き着いてながらも、あえて考えなかった疑問を浮かべてみる。

 しかしそれでも結局は変わらない。

 不安で押し潰されそうになるとか、自己アイデンティティに悩むとかそんなネガティブな感情が浮かんでこないんだから、我ながら暢気なもんだと呆れるしか無い。

 椅子に腰掛けると同時にモニターが点灯し、見なれた相棒の少し緊張している顔が映し出される。

  
「とりあえず言い訳の1つでも考えておかないと、あの真面目っ子兎に叱られるなこりゃ」  

 唯一気に病むというか考えなきゃならないのは、この状態をアリスに見つかったときの対処方だろうか。

 同じく合成されたチー鱈の袋を破り、右手にビール、時折チー鱈というリラックスモードでアリスの参加している会議の音声を耳に捕らえつつ、リルさんが用意してくれた資料にぱらぱらと目を通し、情報収集を開始した。



[31751] B面 プロローグ④
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/01/21 02:16
 かつて銀河の大半を勢力下に納め隆盛を誇った銀河帝国最終皇帝直系。皇女ミリティア・ディケライアを設立者の一人とし、銀河帝国末期に設立された惑星改造企業ディケライアは現在銀河を統べる統治機構である星系連合の歴史よりも、古い社歴420万年を誇る老舗企業になる。

 帝国末期の動乱時代から星系連合が設立され安定期に入るまでの間、激しい勢力争いが繰り広げられた中央領域ではなく、未完成の開拓星系や、戦乱の混乱で流通の途絶えた星系など辺境領域を中心に活動し、企業力を高めていた。

 その縁もあってか、中央領域では滅多に姿を見ない辺境少数種族も、社員として多数参加しており、ディケライア社が得意とした生存環境の違う様々な顧客のニーズに合わせた細やかな気づかいや精度の高い調整に一役買っていたという。

 先代と大半の社員を事故で失い、代替わりし現社長アリシティア・ディケライアが率いる最盛期とは比べものにならない少人数となった今でも、他企業では非効率といわれるほどに多種多様な種族が参加している。

 当然というべきか彼らが現実において一同に顔を合わせる事は無い。

 誰かにとっては心地よい大気で満たされた空間が、誰かにとっては触れただけで死す猛毒の大気であるからだ。

 その為、情報共有と意思の統一を図るための全従業員が集まって行われる全体会議は、仮想空間におけるVR大会議ルームで行われるのが会社設立以来の不文律となっていた。
 

(…………) 


 まるで玉座のような最上段の社長席に座るアリシティアは、硬い表情のまま広大なホールを見渡し、どうしても閑散としてしまう室内をみて、拭いきれない不安を懐いてしまう。 

 光年級距離をナビゲートするディメジョンベルクラドである母と、銀河帝国近衛親衛隊長の末裔として指揮力に長けた父に率いられた数百万の社員と、800隻の恒星系級惑星改造艦を抱えた銀河系最大級の大企業。

 それこそがアリシティアにとってのディケライアであり、取り戻そうとする往時の姿。だが今はそれとは比べるまでに無いほど弱体化している。

 若輩な社長であるアリシティアの足元を支える7人の幹部と、それぞれの課に所属する従業員総勢511名と、帝国末期に建造された銀河系現役最古の惑星改造艦である創天一隻のみ。

 これが今のディケライアの総戦力。


『アリシティア様。全社員出席確認が取れました』


 緊張から耳をピンと立てていたアリシティアに、創天メインAIであるリルが静かに告げる。

 あの大跳躍からリルはアリシティアをお嬢様とは呼ばなくなった。リルが自分を一人前として認めたという事だろうか?

 だがアリシティア自身は、未だ自分が未熟である事を知っている。

 現に表面上はすまし顔で取り繕っているが、その心情には大きすぎる重圧への不安と、自分自身への不信が残っている。

 その証である金属の補助器具に覆われる髪から突き出た空間把握耳は、アリシティアの心情を表しゆっくりではあるが落ち着きなく左右に動いている。 


「うん。ありがとリル」


 リルに礼を言ってアリシティアは一度息を軽く吸い心を落ち着かせる。

 大きい勝負に出るときのあの男の真似。

 減少した戦力。絶体絶命な状況下。後には退路無し。

 その時でもあの男は何時も口では文句を言いつつ、笑って乗り切ってきた

 だからあの男のパートナーである自分もどのような苦境であろうとも、矢面に立つ。立たなければならない。

 著しく減少した戦力で難局を凌ぎ、乗り越えなければならない。

 あの時とは違う。自分の未熟さに心折れ、世間の噂に傷つき、己の殻に篭もって、世間を斜めに見ていた頃とは。

 …………自分はアリシティア・ディケライアだ。

 ボス戦の最前線を駆け抜け、諦めず食らいつき、何度負けても最終的には勝ってきた精鋭集団ギルド『上岡工科大学ゲームサークル』二代目ギルドマスターだ。

 ゲーム世界の話だろと、遊戯で勝ったからといって何になる、偽りの世界の話が真実の世界で何の糧になると笑われようとも、それこそがアリシティアの軸たる自信。

 絶対に諦めない。窮地を楽しんでこそあの男のパートナーたる自分だ。

 この負け一歩手前の状況からでもひっくり返してやる。

 全社員のため、地球で知り合った友人達のため、そして……
 

「全員揃いましたので時間流停滞フィールド第一次内部調査報告全体会議を始めます! グラッフテン星外開発部部長、まずは調査結果報告をお願いします!」


 広い広すぎる議場全体に響けとばかりに声を張りアリシティアは全体会議の開始を宣言する。

 せわしなく動いていたそのウサミミはピタリと動きを止め、目の前の難局を全て快刀乱麻に断つ名刀とばかりにピンと雄々しく立つ。


「はい姫様。まずはこちらをご覧ください」


 アリシティアの言葉を受け、年上の従姉妹でもあるシャモン・グラッフテンが立ち上がると、壇上に展開された大スクリーンと全員の手元にある小型スクリーンに、現在位置の星域図が映し出される。

 ディケライア本社でもある創天の現在位置はライトーン暗黒星雲の縁。

 かつてここに存在した名も無き恒星系のハビタブルゾーンの中心を廻っていたメイン開発惑星予定だった第6惑星の軌道上だ。

 だがその星系に存在した恒星や星は既にこの場所には無い。残っているのは第6惑星の衛星であり、かつてこの恒星系を発見した山師でもある冒険家一行によってレアメタルが掘り尽くされ穴だらけになった小さな衛星のみ。

 しかしそれさえも過去の話。

 最新星図には恒星が存在した位置に創天とほぼ同じ大きさの天体が鎮座し、その東西南北を4つの惑星が囲んでいる。

 4つの天体に比べて最大値でも1/5ほどの体積でしかない星が、自らより大きな星をしかも4つも従えるという異常事態も、アリシティア達にはある意味で見慣れた物。

 中心部に位置するあの天体は人工天体。それも創天と同クラスの出力を持つであろう強力な船だ。

 その証拠ともいうべきだろうか、中心の天体からは強力な時間流停滞フィールドが張られており、謎の天体を除いた周囲の時間流は完全に止まっている。

 時間の流れが止まり光さえ停滞するあの一帯は、肉眼では黒い膜に覆われていて中を観察することなど出来無いが、時間流が停止した程度ならば、惑星改造業者であるアリシティア達の科学レベルでは機具さえあれば観測はおろか進入も造作も無い事。  

 自分達も安全性とコストのために、時間流停滞フィールドで覆った恒星や惑星を運搬することもザラにあるからだ。


「恒星位置に出現した人工天体は、こちらからのアクセスは拒否し今現在も沈黙を保っています。しかし交わされる言語系、通信系から推測しまして銀河帝国末期の建造艦と思われます。メイン機関は出力波形から六連O型恒星湾曲炉と断定します。こちらが観測した波長……」


 シャモンの報告が続いているというのに議場がざわつく。

 銀河帝国が滅亡したのは、地球時間で今より400万年以上前。アリシティア達の時間感覚でも4万周期前の大昔の話だ。

 しかも銀河帝国末期は、特定分野では今よりも科学技術が発展していた最大隆盛期。

 現にこの創天もメイン機関や区画は当時の設計、建造であり、細やかな部分は最新艦に譲るが、出力だけならば銀河系最大級といって良い大出力を誇る。

 それを支える物が、稀少なO型恒星を6つも使い建造された次元湾曲炉。

 高位次元への穴を開け、無尽蔵ともいえるエネルギーを得る帝国の最秘奥であり、技術的に困難であることと、O型恒星が稀少であるため、現在は建造が禁止されたロストテクノロジーだ。


「O型恒星炉しかも六連ってなると帝国以外に無いですね。創天の同型艦の天級でしょうか?」


「当時の天級は戦乱でほとんど沈んでる。残っている船や無傷だった炉は、創天以外は星連の厳重な管理下だ」 


「接収から逃れた帝国のアウトナンバーズってのも変な話だぁね。あの滅亡待ったなしの状況下で戦力の出し惜しみをする意味がにゃーわさ。星連にしたって残っている船があれば、跳躍門をふやしとーでしょ」

 
 現在の技術では、10光年を超える空間跳躍には色々制約があり、現実的には特定艦と最高位のディメジョンベルクラドの両者を持つ船以外はほぼ不可能といっていい。

 それ以外の船が光年距離長跳躍をするには、同じく帝国設計で、今は星系連合管理下の銀河系要所を繋ぐ恒常相互ワープゲートである跳躍門しか無い。

 物流の要を握るからこそ星系連合が今の銀河を支配しているのは純然たる事実。
   
 外に外にと広がっている星系連合にとっては新開発領域への近道である新しい跳躍門を設置できる恒星炉は、喉から手が出るほど欲しい品。

 現にディケライアが苦境に陥ってからは、定期的に創天の買い取りが裏表から打診されているほどだ。

 報告そっちのけで言葉を交わす社員を前にアリシティアはその声を遮ろうとはしない。報告者であるシャモンや他の幹部も同様。

 当然だ。自分達だって一月前に報告を受けた時には驚き慌てふためいたのだ。それなのに部下達に驚くなと言うのは酷な話だろ。

 それに次に来る報告はより度肝を抜かされる物。どうやってもざわつくのだから今鎮めてもすぐに意味は無くなってしまう。

 
「続きまして4つの天体ですが、こちらは我々のデータにある惑星と全て数値が一致しました。全ての天体がG45D56T297恒星系に属する星です。現地名称で水星、金星、火星、そして……地球と呼ばれている星です」


 シャモンが驚愕の事実を、そしてアリシティアにとって一縷の希望を与えた事実をもたらしたとき、議場は一瞬静寂に染まる。

 見下ろす種族の異なる幅広い社員達の表情や、雰囲気は、皆合致していた。 

 今なんといった。あり得ない。理解しようとしても理解出来ない。

 そんな色で染まっている。

 当たり前だ。当然だ。惑星4個を一度に跳躍させるというのも無理では無いが、かなり困難だというのに、その距離があり得ない。

 地球と呼ばれた星が位置したのは銀河中心核を挟んでほぼ反対側。地球ではオリオン腕と呼ばれるスパイラルアームに位置する。

 約6万光年も離れた恒星系から惑星を跳躍してきたなんてほら話の領域。データを見せ、証拠を幾万も積み上げようとも誰も自分の目で見てさえ信じられないだろう。

 それほどにあり得ない事態。

 だがディケライアに属する者は知っている。自分達が支え、助けようとした少女が得た偶然の果てに得た伴侶を。

 自分達よりも遥かに劣る生命力と、未だ自由に星を離れることすらおぼつかない低い科学力しか持たない未開星の原住生物が、住まう星の名を。

 ディメジョンベルクラドとは、伴侶を感じ取り、この銀河を見る。例えどれだけ離れていようとも、いくつもの障害があろうとも、彼ら彼女らは見通す。

 それこそが銀河帝国を強大化させ、広大すぎる銀河系を繋げる力。
 
 ましてや帝国の長たる皇帝の直系一族の末であるアリシティアの力は未だ完全開花せずとも、すでに同年代ではトップクラスとなっている。

 そしてさらに一部の者は知っている。その男の名を、考えを。

 窮地に陥るディケライアを救おうと、自分達が掲げる君主を守ろうとするその男の身に起きたことを。


「姫様」


 先ほどとは違いシャモンが説明は続けず、アリシティアを見る。

 沈黙に彩られた議場をこじ開けるには、アリシティアの言葉が一番有効だと考えたようだ。

 アリシティアは無言で頷き立ち上がると、社員一人一人の顔を見つめるようにゆっくりと見渡してから言葉を紡ぐ。


「……グラッフテン星外開発部部長のご報告に驚かれたと思いますが、事実です。あの星々が……地球が転移してくる直前に私のパートナーが事故により死の淵に立たされました。私は彼を、シンタを失いたくない。死なせるわけに行かないと強く思いました」


 思った。願った。祈った。自分は諦めない。見捨てない。最後に伸ばされた三崎の手を必ず掴んでみせると。

 
「あの星が地球である事は間違いありません。グラッフテ……いえシャモン姉には無理を言って、完全時間停止空間に進入し地球からシンタを搬送してもらいました。あの星では既に手をつけようも無い状態でしたが、私たちの医療技術なら救えると」


 アリシティアはあえてシャモンをその名で呼ぶ。

 あの星が地球だと判ったときにアリシティアの頭の中に社長としての意識とは、別の思いが強かった。

 それは一人の少女、女性としての想い。掛け替えのない伴侶の無事を、再会を唯々願っていた。

 未開惑星保護法に違反すると知りながらも、完全時間停止空間への立入進入が非常に危険であると知りながらも。

 社長として命令を下すことは出来無い無理難題。

 だからシャモンに家族の情でねだるしか無かった。
 
 シャモンが三崎のことをあまり良く想っていないのは知っている。

 それでも姉と慕う従姉妹は、アリシティアの懇願に快く返事を返し、砕け散った三崎の細胞の一欠片に至るまで全てを回収して来てくれた。

だからこそ道は繋がった。より困難であるが一筋の希望を残した道へと。


「私のパートナーであるミサキシンタは、今創天内の医療設備を持って肉体再生を行っています。未だ意識は戻っていませんが、彼が彼である事は間違いありません。私は彼を強く感じています。だからあの星が地球である事は紛れもない、純然たる事実です」


 静かに語り終えたアリシティアが断言すると社員達の表情が切り変わった。

 アリシティアがそう語る以上、感じる以上、これは疑いようも無い真実。

 事実を受け入れた以上、次に考えるべきは、問題点を把握し、これからどうするかだ。


「ここより各部署での意見交換の時間とします。転送された資料を基に議論を始めてください」


 自由議論としたアリシティアの言葉を受け、気の早い者は早々と動き出す。

 
「アリシティアお嬢の力に反応したって事はやっぱ帝国製か? そのつもりで進入経路を探るか」


「戦後にうちの会社が建造って筋もあり得る。相当無茶した先達達がいるだろ」


「うちらのご先祖じゃけぇの。星系連合なんぞ敵にしてもどうとないっておったがの。そこらの古資料を当たってみりゃ」


 謎の天体の正体を探る者達。


「まずは確保っしょ。相手は完全時間流停止空間か。久々に技術屋としての腕が鳴る難関だわ」


「一つ一つ切り離すか。それとも中枢一気に落としていくかだな」


 危険で困難な完全時間停止空間への安全な進入方を探る部署。


「今は恒星が無い状態です。第1、第2惑星は別としても文明のある地球と生命体反応がある火星をそのままはまずいですよ」


「提案。保護フィールド準備必要。星外開発部装備フルメンテ優先」


「星内開発部もだって。中にいくつか中継点を打ち込まないと、うぁ大仕事」


 装備関連に関する意見を交わす部署。


「あのクラスの大規模時空振動じゃ今頃ファルー星系でも観測されてる。星系連合にばれるのも時間の問題よ。口出ししてくるわね」


「そこはやったもん勝ちで切り抜けるか」


「却下だ馬鹿たれ。こいつは非常事態って事で特例法が採用できるかもしれんぞ。ローバー専務中心に法務チームの出番だな。おい! 他に法務関係で必要なとこ考えている部署あるか! 練り合わせるぞ!」 
 

 各部署がざわざわと議論を交わし活発化し始める。その輪は瞬く間に広がり、各部署が連携した話し合いへと変貌していく。

 最盛期と比べるのもおこがましいほどにディケライア社の設備が困窮し、社員数が少なくなったことは確かなデメリットだ。

 しかし別のメリットも生まれている。

 窮地に追い込まれ小さくなったことで、物や人材の貸し出しが活発化し、部署間での垣根が外されて、横の繋がりが強化されている。

 元々種族間での区別をしない社風だったが、それがさらに深化しているといえるだろう。

 この光景をみたアリシティアの表情が心なしか和らぐ。

 信頼できる。信じられる人達に自分は足元を支えられていると改めて実感できる光景に、アリシティアの中で張り詰めていた感情が癒やされていくからだ。


「アリシティアお嬢様。我々は部下との打ち合わせを致します。しばらくご中座なさって休憩はいかがですか? ここしばらくご心労がますます溜まっているご様子です」


 アリシティアの横で浮かんでいたローバー専務がその表情を見て今が好機と判断したのか提案し、その言葉に他の幹部社員達も頷いたり、同意の意を示す。

 地球が転移してからアリシティアが気の休める暇が無く、常に報告に目を通し各部署に指示を飛ばしていたのは誰もが知ること。

 休めと言っても動いていないと不安でしょうが無いという心情は明らかだった。

 だが今は違う。休めるときは休んだ方が良い。これから先に困難はいくらでも待ち受けているのだから。

 そんな気づかいが判るから、アリシティアとしても無碍に断ることは出来無い。

 かといって部下達だけ働かしているのはそれも悪い。


「ありがと。甘えさせてもらうね。でもその前に。リル。仮想物で悪いけどみんなに飲み物と軽食を提供。各自の好みに合わせて最上級の天然物データでお願いね」  


『かしこまりました』


 現実と変わらない仮想世界を作り、現実においても森羅万象の物質を合成してのける技術を手に入れた銀河文明においては、金さえあれば何でも手に入る分、実体がある物を、本物を尊ぶ傾向が強い。

 最上級な物は現地で人の手によって作られたり、収穫された天然物。

 ついで少し下がって機械任せの大量製品、ずっと下がって元素合成による合成物、最下級に本物と寸分も変わらない物を体験できるが、リアルでは存在しない仮想物となる。


「それとイコク。リアルに戻ったときも、なるべく同じ物が出てくるように用意してあげて。もちろんイコクの分もだよ」


 今のディケライアの窮状では頑張ってくれている社員達に自由に天然物を振るまうのは難しくなっているが、その社員が好みの飲食物は天然物をというのがアリシティアの方針だ。

 ここが仮想空間だからどうしても仮想物となるが、リアルに戻ったときにも同じように振る舞おうという気づかいだ。


「お嬢。ありがたいんですが部下共の分だけで俺は遠慮します。俺らの飲み食いする量はご存じでしょう」


 仮想空間では大男といった資材管理部部長イコク・リローアは、現実においては40メートルを超える大巨人である自分達の事を考え遠慮する。

 自分達の一口だけで、他の社員の何人分になるやら。創天の資材を管理するイコクだからこそ計算はしたくない数字だ。


「私達は部下も含めて仮想物だけで遠慮を致します。私一人で他の一般社員分に匹敵致します。私たちを気遣ってくれるそのお気持ちだけで十分です」


 鯨の肉体から伸びた提灯アンコウのような触覚の先の女性体を点滅させながら、イサナリアングランテ星内開発部長も断りの声をあげる。


「ダメ。社長命令。イコクとイサナさん達もちゃんと取ること。シャモン姉監視お願いね」


「はい……そういうわけよ。イコクにイサナ先輩。姫様の気づかいを無碍にするってなら張り倒すわよ。リアルで」


 アリシティアの言葉を受けてシャモンがイコク達をギロリと睨み威圧する。

 現実においてはシャモンは仮想空間と変わらない体格で女性としては高い身長175㎝ほど。

 だがディケライア社最強戦力たる星外開発部の長であり、帝国近衛隊隊長の末裔であるシャモンなら、イコクどころか、1キロ近い全長でディケライア最大の体格を誇るイサナさえも真正面から打ち倒すのも造作も無い事だ。


「お嬢様の指示を受けたときのシャモンに逆らわない方が良いでしょ。イコ兄。俺は何時ものでよろしく」


 シャモンととっくみあいの喧嘩をやっても損するだけと言わんばかりの調査探索部部長クカイ・シュアが、その軟体ボディーから触手を伸ばし、シャモンとイコク達の間に割って入った。


「わーったよ……でもいいんですかサラス部長。財布的に。俺らの飲食物は資源転用も可能ですよ」


「構いません。士気向上を考えれば安いものです」


 ディケライアの財務を管理する経理部部長サラス・グラッフテンは即答し頷く。

 普段は無駄にはこの上なく五月蠅いが、社員を気遣うアリシティアの提案を否定する意思がないのはその頭の上のイヌミミを見れば明らかだ。

 否定時ならもっとぴんと立って警戒色をしめしているだろう。


「ふむ。やはりサラスもシャモン嬢も母子だな。アリシティア嬢の意思は絶対か。嬢よ。儂は無論酒精を求むが良いな?」


 酒豪とも知られるノープス・ジュロウ企画部部長の場合、飲み物と言えば酒しかない。

 会議中であろうとも常に酒瓶片手で何時も飲んでいる酔っ払いながら、酔っているときほどよいデザインを出す銀河に名を馳せる天才星系デザイナーに意見する者などディケライアはおろかこの業界に存在しないだろう。


「聞かなくてもノープスお爺ちゃん何時も飲んでるじゃない。もちろんオッケーだよ。ただしお爺ちゃんだけ。酔っても仕事になるから特例ね、リル、社則に追記しておいて。全体会議開催中は創天内はノープス部長以外は禁酒って、最優先事項ね」 


 既に酔っているノープスに、アリシティアもあきれ顔なら頷き、半分本気な冗談を口にしたが、


『申し訳ございません。その社則を設定し現時刻から採用しますと、即時に違反者が出てしまいます。開始時刻のご再考を提案致します』


 リルからは予想外の言葉が返ってくる。


「ノープスお爺ちゃん以外に飲んでる人いるの。ひょっとしてプレッシャーとかが原因だったりする?」

 
『逃避や精神安定の為という事ならば可能性は低く想われます。摂取する飲料のアルコール度数は低く、過去の飲酒量から推測致しましても酩酊状態にはほど遠いと診断を致します。ご本人のお言葉ですが『あんな物は水だ水』とおっしゃっておりますし、実にリラックスしたご様子です』
 

 事の大きさに誰もが緊張している事態だというのに、この状況下でリラックスして酒を飲む剛胆というか、平然と出来る者で今の言葉。


「…………リル。飲料データ提示」


 アリシティアの耳が臨戦状態のようにピンと張り断ち、押さえきれない怒気が全身からあふれ出す。
 
 まさか……いややりかねない。普段は常識人な癖に、追い詰められれば追い詰められるほど開き直って大胆になるあの非常識なパートナーなら。


『こちらでございます』


 リルが提示した映像データに映る飲料の外見は良く見慣れたものだ。あまりに多いから少しは控えたらと気遣っても、本人はまともに取り合っていなかったのが少しむかついたから記憶に残っている。


「……何時目が覚めたの? あたし最優先でっていったよね」


『全体会議開催直前ございます。この会議の重要性と情報収集を加味なされて、アリシティア様には後でお伝えするようにというご指示です』


 そうか。そうくるか。あの男はそう来るか。

 確かにらしい。社員達のアリシティアへの評価、さらに自分の置かれた状況を把握するにはこの会議は重要だろう。

 考えれば考えるほどらしい。

 人に散々心配を掛けておいて、泣かせておいて、こう来るか。


「…………ローバー。じゃあ休憩してくるね。後よろしく」


 アリシティアはにこりと笑って現実空間への復帰手続きに入る。

 この怒りは一切合切、理解は出来るが納得いかない薄情者の三崎にぶつけてやろう。その意思がありありと込められた凄惨な笑み。

 撲殺兎。切り裂きラビット。最強廃神。

 かつて仮想世界で名を馳せた数々の二つ名にふさわしい、それはそれは恐ろしい笑みを残してアリシティアが姿を消す。


「「「「「「「…………」」」」」」


 壮絶な怒りように、百戦錬磨の重役達ですら思わず無言で見送るしか無いほどの沈黙の中、


『やはり三崎様ですね。お嬢様が本調子に戻られたようです。あのご様子ならば我が社は安泰でしょう』


 リルの感心声が主の消えた玉座に響いていた。



[31751] B面 プロローグ⑤
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/01/26 21:12
『ローバー。じゃあ休憩してくるね。後よろしく』


「あ……やべぇ」


 アリスの奴、ガチ切れしていやがる。

 臨戦状態になったことを表す頭上のウサミミに、寒々しい悪寒が背中を走る怒り笑顔。

 我が相棒は過去最大級にお怒りのご様子。

 おかげで先ほどからのぞき見していたシャモンさんの誇大妄想めいた報告に実感がもてず大風呂敷なB級SF映画を見ている様な観戦気分が吹き飛んだ。

 ここはリアルだと。そうでも無ければ、あの寒気のおこる笑みが存在するわけがない。

 現役プレイヤー時代には、ほぼ週一、新規アップデート時には、毎日あれやこれやでアリスと揉めてきたが、我ながらよくそれだけネタが続いたものだと呆れるしか無い。


「リルさん。ひょっとしてストレス解消で仕込みましたか?」


 俺がすでに目覚めて、発泡酒片手に観戦気分なのをリルさんがあっさりばらした理由を、アリスの様子や、先ほどの表情から何となく悟り確認する。 

 
『私共AIは決定権をもちません。私共の使命。それは知的生命体のサポートでございます』


 AIは決定権を持たない。

 決断は知的生命体の役割であり、AIは手助けのみであくまでも補助である。

 大昔にAIの反乱や暴走で何度も戦火に包まれたり、全てをAIの判断に任せて思考を放棄し衰退していった文明がいくつもあって生まれたという、銀河文明においてのAIの絶対的な立ち位置をリルさんが口にする。


「アリスの奴、ストレスが溜まってましたよね」


 とぼけるリルさんに、質問の方向を変えてもう一度聞いてみる。

 
『はい。三崎様が事故に遭われて以来、アリシティア様は不安や精神的疲労を色々とため込んだままでおられまして、精神状態はあまりよろしくありませんでした』


「溜まったストレスは一気に発散するとすっきりするんですよね。怒ったり、目一杯に遊んだりすると地球人の場合は」


『さようでございますか。地球人と旧帝国人の精神構造は似通っておりますので、お嬢様に有効な手段だと推測いたします』 


 俺の考え方をあっさりと肯定するがあくまでもリルさんは、自分はAIだというスタンスを崩さない。

 この人が俺に対して悪意や敵意を持っているとは、これまで交わした会話から考えにくい。

 自分はAIだという前提条件を崩さないのは、色々とAIの機能に制約のある銀河文明の現状に合わせているからだろう。

 空になった缶を、手慰みで積み上げた空き缶ピラミッドの最上段において、新しい缶へと手を伸ばす。

 ストレス解消に酒におぼれるって付け加えてもよかったか? ダメ人間ぽいが。

 
『三崎様。お嬢様がもうすぐにこちらへといらっしゃいますが、逃亡準備や証拠隠滅はよろしいのでしょうか?』


「アリス相手に初見の場所で鬼ごっこは無謀でしょ……ちなみにこいつを証拠隠滅しても、黙っててもらえます?」


『申し訳ございません。三崎様のご要望には可能な限りお答え致しますが、アリシティア様のお問いかけに対しては私は嘘偽りなく返答する事が義務づけられています』


 平然ととぼけて、しれっと嘘をついて、こっちが判っていると百も承知で煙に巻いてみせる。

 交渉相手としちゃ厄介なタイプ。この人を敵に回すのは絶対に避けてくべきだな。


「さいですか」


 俺がアリスのストレスのはけ口になってやるのが、リルさんのお望みらしい。

 あれだけお怒りのアリスの前に立つのは俺でもちょっと遠慮したいが、リルさんの敵になるのはごめんこうむるし、アリスには散々迷惑と心配を掛けたあとなんで、やぶさかでは無い。

 となりゃあいつが怒りやすいように、平常ペースで飲み続けましょうかね。

 せっかく冷たい発泡酒が温くなるのも、もったいねぇし。

 新しい缶に手を伸ばして掴んでプルトップを開けてから、背もたれに背中を預けつつ一口。

 うむ。やはり美味い。

 この身体がクローニング体だという予測が当たっているなら、就職してからの無茶で受けたダメージや、酒による今までで蓄積した肝臓とかの負担もリセット済みなんだろうか?

 そんな馬鹿なことを考えているとデスク真正面の壁の一部が、壁紙を変えたかのように一瞬で変貌し、金属製の扉が姿を現す。

 リルさんの説明通りなら、今俺がいる部屋は防疫の為に、物理的にも、空間的に隔離されているとか何とか。

 要は隠れていた扉が出て来たんじゃ無くて、空間を曲げてこの部屋に直繋ぎと。

 VR世界ならともかく、これがリアルだってんだから宇宙側の技術は反則もんだな。


 そんな事を考えていると、ロックが外れたらしき電子音がなってから、空気が抜ける音と共に扉が横にスライドして開く。

 扉のさきには短い通路が見えて、そこにはアリスが立っていた。

 つい先ほどまでフルダイブしていたためか、少し寝癖が付いた髪は乱れ、肩で息をしていたり、顔が紅色しているのは、ここまで走ってきた為だろうか。


「…………」

 
 きりっと耳を立てて怒り顔を浮かべるアリスは、無言で俺と俺が手に持つ缶にガンを飛ばしている。

 ……うむ。おっかねぇな。何も言わないからよけいおっかねぇ。

 よほど腹にすえかねているのか。それとも怒りのあまり口火を切るタイミングを掴めないのか?

 こっちからいくか。しかし気分的にはワニの口の中に頭をいれるパフォーマーの気分だ。


「ようアリス。駆け付け一杯。お前もどうだ?」


 一口飲んだだけの缶を軽く振って見せて、嫌みったらしくにやりと笑ってやる。

 どうだ驚いたかとでも言いたげな悪戯げな笑み。これならストレスという概念を根底から吹き飛ばすくらいに怒れるだろう。


「…………」


 来るなら来い。今日ばかりはしゃーない。アリスは文字通り命の恩人で、それ以前に俺の相棒。

 頭ごなしに怒鳴られようが、引っぱたかれようが、それで関係が変わるわけも無い。
 

「…………」


覚悟は既に固まった……のだが、


「…………」


 えーと……アリスさん。そう無言で睨み続けられましても、当方としても対応出来る反応に数限りというのがございますので、何か言っていただきたいんですが。

 不動明王の如き憤怒の相で微動だもされないと、威圧されてこっちも下手に次の行動に出られない。

 初期対応にミスって石化状態、もしくは時間停止状態になっているなか、唯一動き出した存在に俺は気づく。

 それはアリスの容姿の特徴。

 リアルならいい年してバカじゃねぇかと某遊園地以外じゃ笑われそうな、目立ちまくりの存在。

 糸のように細い銀色の髪から突き出たウサミミだ。

 アリスの心理状態を如実に表すそのウサミミは、臨戦状態を指し示すしゃきんと立ったままだが、それが徐々にゆっくりと、ゆっくりと右に左に動きだし、    


「a、a、akenaifuzodey! ounon ituos yanmanonde!ezaken aippa fuyonaidoudide!?」


 メトロノームのように左右に激しく動き出したウサミミと共にアリスの怒濤の口撃が始まる。


「tutdaimoiai! orennpto oaisdak watmotita asiunoter gadyoesi!」


 火が付いたかのように、一気にまくし立てるアリス。

 だがアリスの声は聞き取れても、意味が判らない。音の羅列にしか聞こえない。

 これがおっさん相手でだみ声だったら、意味の判らない音なんぞ耳障りこの上ない騒音だろう。

 しかし中身を考えなければ極上の美少女で、声まで心地よく聞こえてくるアリスの場合は別。

 怒鳴り声だというのに一種の音楽として楽しめそうな位に耳に心地よい。

 あーこいつがかつて銀河を支配した一族の末裔だって与太話が、真実だって今なら何となく判る。

 この通った声は耳に残る。人の心を揺さぶる物があるといえば良いんだろうか。

 普段なら楽しむ余裕もあるんだろうが…………アリスの奴は怒鳴りながらマジ泣きしてやがる。


『申し訳ございません。三崎様のナノシステムがまだ完全構築されていませんので、アリシティア様のお言葉を自動翻訳してお伝えする事が出来ていません。翻訳なさいますか?』 

 そういやそうだった。

 リルさんの補足で、はたと思い出す。

 何時もくだらない日常会話や、その何百倍も真剣な攻略会議を繰り返して、普段は意識していないから忘れがちだが、アリスと俺は生まれた星が違う異星人コンビでその言語体系は全く別物。

 偶然なのか必然なのか知らないが、声で意思疎通するっていう共通点があるから音としては聞き取れるが、意味は判らない。

 こうやっている間もまくし立て続けるアリスの勢いは衰えない。それは顔を伝わる涙の量や、頭の上でピンと尖ったまま激しく揺れるウサミミも同じくだ。 


「あーじゃあ早めに起ち上げお願いします。何となく意味は判るんで一応ですけど……俺の言葉はアリスに伝わってますか?」


『はい。アリシティア様は地球言語の自動翻訳システムを常時稼働させておられます。脳内ナノシステムの一部を機能限定状態で稼働準備いたします。一分ほどお待ちください』


 翻訳機能があってこそ俺らは意思疎通が可能。

 だが今この瞬間にあっては、言葉の意味は判らなくてもアリスの感情は伝わってくる。

 同時に、目が覚めてからどうしても判らなかった疑問が氷解したことに気づく。

 俺は俺かと何故疑問にも思わず、この状況下でもリラックスして酒をかっくらっていられたか…………

 ったく。判ってみりゃ判ってみたところで、それで安心すんなと、自分の精神構造に文句の一つでもつけたい気分だ。

 俺は缶を机の上に置いて椅子から立ち上がり、入り口に立ったままのアリスに近づく。

 翻訳可能になる一分って時間も惜しい。これ以上この空気はこっちが持たない。アリスに堕とされちまう。

 数年間も相棒として四六時中付き合った奴に今更堕とされる? 

 笑い話にもなりゃしねぇ。

 軽口をたたき合って、心底から喧嘩できて、それでも離れない今の関係が居心地が良いのに、変わるってのが、ちと不安ってのがへたれている気もしなくはないが、間違いない。


「tiyona!? nrunkot okotiytte ottohaa!」
 

 近づいてくる俺を見てアリスは金色の瞳をぎらりと輝かせて睨んでくる。

 その目の下には、よく見ればうっすらとだがクマができている。あんまり眠れていなかったんだろうな。

 ったくこの馬鹿だけは。怒るならちゃんと怒りやがれ。こっちが覚悟決めてサンドバッグになってやろうとした気づかいを無駄にしやがって。


「いいから黙って聞けよ”相棒”」


 ここ一番でしか使わないキーワードを口にした俺の声に、一瞬だけだがアリスの口撃が止まる。

 その隙を突いて俺はアリスへと手を伸ばして、ぶんぶんと振られる左右のウサミミの間に手を突っ込み、アリスの頭を無理矢理に押し下げる。

 これ以上アリスの泣き顔を見て変な気分になるのも困るし、なにより今から本心を語る俺の顔を見せるのが恥ずかしいってのが強い。

 恥ずかしいならいわなきゃ、良いじゃねぇかって考えもあるんだが、こうまで感情を晒している相棒には本心で答えるってのが礼儀………あーこいつもごまかしだな。

 俺が、こいつに、アリスに伝えたいと想っている。

 なんでこんな異常事態で目を覚ましても、自分が死んだって思いつつも、平然としていたのかって理由を、こいつにだけは伝えておきたいと。

 …………ひょっとしたらこう思う段階で、俺はすでにこのおっかない相棒に堕とされているんだろうか?


「あのなぁ、俺が平然としてるのはお前が理由だっての。別に事情をわかって無いわけじゃ無いぞ。ここは現実。地球は宇宙の果てに飛ばされた。挙げ句の果てに俺は1度死んで、今の身体はクローンなんだろ」 


「…………」


 アリスは何も言わない。無理矢理頭を下げているのに、抵抗する素振りさえ見せない。

 ただ頭のウサミミをピンと立てて俺の言葉を一音たりとも聞き逃さないようにしている。

 目は口ほどに物を言うってのは古いことわざだが、俺の相棒の場合は耳だな。

 嬉しいときのアリスの耳は左右に動く。それは俺だけじゃ無くてギルドメンバーなら誰でも知っていること。


「ったく。この馬鹿は。そんだけ激怒しているのに、俺が生きていること、お前喜んでくれてるだろ。リルさんに聞いたぞ。俺が目を覚ますのを心待ちにしてたんだろ。なら疑う余地は無いだろ。お前が待っていてくれたのは俺なんだろ」


 一見詰んでいる状況。身の丈を遥かに超えた一大事。自分自身が再生品って葛藤。
    
 そんなもんがどうした。

 孤立無援、敵中ど真ん中を危機だっていうなら、現役時代に調子に乗りまくって突撃して俺らは何度やらかした事か。

 身体が複製品?

 じゃあ、なんでアリスが……素直に認めるのは癪ながら俺が宇宙で一番信頼している相棒が激怒状態だってのに手放しで喜んでくれている。

 怒り顔ながらも、嬉し泣きしてくれている。

 なら俺は俺だ。

 不安を感じることはないし、それどころかワクワクしてくるのは仕方ないだろ。

 何せアリスと共に興じるゲームが一番楽しい。

 どんな困難で即死亡な無理ゲーだろうが、こいつとなら攻略できると思っている。

 俺が思っているって事は、アリスも変わらない。

 俺らは異体同心のコンビ。だからこそ何でも出来る。

 アリスが死んだ俺を救うために、地球を自分の物に呼び寄せたって無茶苦茶も、ある意味で当然だ。

 一人一人じゃ無理でも、2人揃えば俺らに出来無いことは無い。

 地球を飛ばすことも、地球を救う事も。

 俺らなら出来る。俺達が揃っているからこそ出来る。


「俺らが揃えばなんとでもなるんだろ。俺の背中にお前がいて、お前の背中に俺がいる。んじゃ無敵じゃねぇか。酒片手に鼻歌交じりで攻略気分は許せっての、だからお前も不安に思うなって…………心配かけて、待たせて、悪かったなアリス」


 素直に謝ったはいいが、どうにも気恥ずかしくて、照れ隠しで押し下げたままのアリスの頭を少し乱暴になでるように髪をかき混ぜて茶化す。


 俺は直情型のアリスとは違う。口に出すのは気恥ずかしい。耳が熱いというか、顔全体がだ。

 おそらく自分自身でも見たことが無いくらい赤面していることだろう。

 んな情けない表情をアリスに限らず、誰かに見せられるか。一生笑い話にされかねない。


「…………シンタ。ずるい。あたし怒ってるんだよ」
 

 気恥ずかしい台詞をこぼしている間に、いつの間にやら一分が過ぎていたのかアリスの声が、意味の判る言葉が響いてくる。

 どうやら無事にナノシステムが一部とはいえ起動したらしい。


「わーってるよ。だから素直に怒られようとしたのにお前いきなり泣き出すなよ」


「……しかたないじゃん。すごい怒ってるのに、すごい心配したのに。シンタが変わってたらどうしようって。上手く肉体再生ができなかったら、地球人の精神体が私たちと構造が違って上手く定着しなかったらとか……心配で禄に寝られなかったんだよ。なのに。それなのにさ、シンタ変わってないんだもん。あたしが知っているシンタのまま。あたしの”パートナー”であるミサキシンタのままなんだもん」


 頭を押し下げた体勢のまま訥々と語るアリスの足元に、ぽたぽたと水滴が落ちる。

 顔を見れない状態でよかった。

 あれだけ恥ずかしい本心を明かした後に、こいつの泣き顔なんて見たら、またなんか変な感じが再燃しかねない。


「だから悪かったっての。ほれ怒るなら怒れ。こっちはぼこられるのも覚悟の上だっての」 

「もういいよ。そんな気分じゃないし」


 っと上手く負けイベントを回避したようだ。アリスの怒りは消え去ってはいないがある程度消沈できただろう。言いたい事をいって解消したストレスと共に。


「その代わりに顔を見せて。シンタの。まだちゃんと見てないから」


 ……回避じゃ無くて別ルートの危機勃発かよ。

 待て。まだこっちの赤面顔は直ってないぞ。


「…………」


 どうする? まずい。今の表情は過去最大級にまずい。二十歳すぎた男の照れ顔なんぞ気味が悪いだけだぞ。

 ましてや人様に見せていい代物じゃねぇぞ。というか俺自身が遠慮したい。絶対にだ。


「……シンタ? 手をどけてよ」


「いや、アリスさん。ちょっと待ちましょうか。こうなんというか、今は少しまずいと思案しますよ。ほら泣いた後で化粧とかくずれてたりしてらっしゃいますでしょ」

 
 だーっ!? テンパッて自分でも明らかに変だと判る言葉遣いになってやがる!

 まずい。こんな言い訳こいつに通じるわけが無いって判っているのに頭が動いていない! 


「あたし。お化粧の必要は無…………ははぁーん。シンタ照れてるでしょ」


 きめの細かい美肌持ちのくせに全女性を敵に回すような発言をしかけたアリスの口調が変わる。

 相変わらず勘が抜群に鋭い。気づきやがった。 


「はは。何のことやら」


 ぐっ。顔を上げようとして来やがったな。

 軽く押さえていた腕を全力で押し下げる方向にシフトチェンジ。顔色が戻るまで時間稼ぎするしかねぇ。

 だが敵も然る者。何とか顔を上げようと全力を出してきやがった。


「とぼけたって無駄無駄! 絶対照れてるでしょ! さっきの言葉なんてシンタの柄じゃないもんね!」


「だっ! くそ! わかってんならこっちの気分も察しろ! 少し待てば見せてやるっての! 飽きるほどに!」


「っん! なおさら見せなさいよ! シンタの照れ顔なんて超レアでしょうが! あたし今まで見た事ないよ!」


「断る! ぜってぇー断る! 碌な予感がしねぇ!」


「大丈夫大丈夫! ちょっとギルド掲示板に画像あげるだけだから! シンタの照れ顔には昔からギルド女子部内で懸賞金がかかってるんだよ! すかし顔がデフォだから照れさせてやろうって!」


「おまっ!? やっぱ禄でもねぇじゃねぇか! つーかうちのギルドなにやってんだよ! 賞金発想はぜったい宮野先輩だな!」


「ミャーさん名誉会長だから! ごめんね。あたしも嫌々なんだけど!」  


 あの筋肉達磨は! 相変わらず碌な事しない。つーか男のくせに女子部の名誉会長になるな!

 あの人の手に、今の表情が渡ったら洒落にならん。


「嫌々といいつつ全力だなこの野郎!」


「なっ! 前から言おう、言おうと思ってたんだけど! シンタたまにあたしの事を野郎呼ばわりするけど止めてよね。女の子に対して失礼でしょ!」


 アリスの首力に片手じゃ抗いきれず、両腕を使って全力抵抗をするが、俺が返した言葉が逆鱗に触れたのか機械仕掛けの耳を使った攻撃が始まった。

 俺の両腕をびしびしと頭のウサミミで叩いてくる。

 いてぇじゃねぇか。ぜったい痣になるだろ。

 だがこれで力を抜いたらこっちの負けだ。


「誰が女の子だ! 誰が!? 前から言おうと思ってたって言うなら、こっちも言わせてもらうぞ! お前知り合ったばかりの時はリアル不明な不審人物だろうが! ゲーム内性別とリアルは別で判らなかったからだっての! 第一お前実年齢はいくつだよ! 江戸時代には社長やってる推定年齢400才オーバーが、自分を女の子っておこがましいわ! 
ロリ婆が!」


「誰がロリ婆よ誰が! あたしはこっちで見たら若いの! 若すぎ! あたしくらいの年齢で社長をやっていると子供のおままごととか馬鹿にされるくらいよ!」


「んなの知るか! それはお前の精神年齢が低すぎるのが問題だっての!」


「あーいっちゃう!? そういうこといっちゃう!? 自分だってガキのくせに! 追い詰められたらワクワクするゲーム脳の癖に!」


 ギャーギャーと口喧嘩をしながら全力で顔を見させないようにする俺と、そうはさせじと、なんとしても俺の顔を見てやろうとするアリスとの全力で拮抗した攻防が繰り広げられる。

 そうだよ。こっちだよ。俺とアリスの間の喧嘩はこうだ。こっちが落ち着く。

 こっちなら変な気分にならず何時までも、

 
『お二人とも仲のおよろしいのは構いませんが、そろそろお止めいただけますか。皆様お待ちです。艦内放送で痴話喧嘩をいつまでも生中継をするのは風紀面で問題もございますので』


 リルさんの何時もと変わらない冷静な、なのにどうにも呆れかえった様に聞こえる声で聞き逃せない内容が響いた。

 ……いまなんつったこの人?

 艦内放送。生中継。

 その不穏すぎる言葉が頭の中でぐるぐると廻り腕から力が抜けるが、顔を上げようとしたアリスも事の次第を理解しピタリと止まっている。


「……リル。い、いつから? っていうかなんで放送してるの?」


『艦内での暴力事件は困りますので、いざというときに誰かが止められるようにと配慮を致しました。放送開始はアリシティア様が入室された直後からです。ご安心ください。三崎様が自分の存在証明がアリシティア様であるという、情熱的な愛の告白をなさった辺りもばっちりと永久記録済みです。希望者には複製映像を引き出物としてお渡しなさいますか?』 

 おうふ…………なに言ってのこの人?


「ち、ちがいますっての! さっきのはこう相棒としての言葉ってだけで!」


「ちょと、愛って!? 違うからね! あたしとシンタはそんなんじゃ無くて!」


 俺とアリスが同時に天井に顔を向けてリルさんの言葉に対して反論を開始する。

 当然だ。俺らのは愛とかそういうんじゃ無くて、こう悪友としての関係や絆であって、なんか違う。違うはずだ。


『ディケライア家の方々は、遺伝というか、気性と言うべきなのか、代々どうにも恋愛勘がうとくて私が苦労させられますが、アリシティア様は群を抜きます。三崎様の鈍さも初代のミリティア様並です。何故そこまでの信頼を寄せていて、ご自分のお気持ちに気づかれないのかと……お二人ともお互いの顔をごらんください』


 しかしリルさんが落ち着いた声で返すと、床の一部がぱかっと割れてそこからロボットアームが伸びて来て俺らの頭を掴む。

 リルさんは俺らが嫌がると思って強制的に文字通りお見合いさせようとしているようだ。

 俺まだ赤面が直ってないんですけど!?


「待ってください! ……ぁ!」


「リ、リル!? ……っ!」


 さっきまで泣いていた所為か少し赤い目を見た瞬間、俺は堕とされる。

 見知った相棒の顔から目が離せなくなる。

 なんつー顔してんだよこいつは。

 アリスの顔に張り付いているのは、さっきまでの怒り顔や泣き顔じゃない。

 つい一瞬前まで激しい喧嘩をしていたのに、アリスの顔に浮かんでいるのは笑顔だ。

 極上のこの上ないほど華やかで楽しげな甘ったるい蕩けるような笑顔の残滓だ。

 その顔が語る。俺との喧嘩が楽しかったと。変わらない関係が心地よいと。

 無くすかも知れなかった者が、2度と手に入らない存在が、今も自分の手に事をあることを喜ぶ歓喜と安堵の笑顔だと。

 その笑顔のまま固まったアリスの目が俺の顔を凝視している。

 俺らは異身同心。どうしても似たようなことを考えちまう。

 ゲーム攻略のため鍛え上げたってアレな理由はともかく、相手の僅かな動作でその心情や考えが判るほどに通じ合っている。

 つまりはだ………アリスがそう思っているって事は、俺もそう思っているわけで。その心情が表情に出ているのだろう。

 お互いに返す言葉が見つからず、妙な空気になってきたとき異変が起きる。

 アリスの頭の上で固まっていた機械仕掛けのウサミミがゆっくりと割れ始めた。

 精密に噛み合っていたロックが外れた機械ウサミミがバラバラと分解されながら、小さな音をたてながら床へと落ちていく。

 いつだか言っていた。アリスの機械仕掛けのウサミミは子供の証だと。

 他次元を感じるディメジョンベルクラドが、正式なパートナーと、自分の宇宙を煌々と照らしてくれる存在と出会うまで、その力を補助するサポーターだと。

 サポーターが完全に落ちたアリスの頭の上には、その髪色と同じ銀色の柔らかそうなウサミミがぴんと伸びていて、少しだけ曲がった左右の先端は俺をまっすぐに指し示していた。


「………………」

 
 アリスの生ウサミミなんぞゲームの中でリーディアンで見てきた。見てきたはずだ。それなのに、俺は何故かそのウサミミから目が離せない。

 おいまて、まて俺。耳フェチなんぞマニアックな趣味なんぞないだろ。ましてや兎の耳だぞ。ケモナーでも無いだろうが。


「シ、シンタ……そ、そう、まじまじと見られるとは、恥ずかしい……ん……だけど」 


 顔を真っ赤に染めたアリスが消え去りそうな声で抗議の声をあげるんだが、そのウサミミはむしろ見てくれとばかりに左右に振れて主張する。


「わ、わりぃ……ア、アリスそれって」


 口では謝りはしたがどうしても目が離せない。ウサミミ付きのアリスの顔から目が離せない。


『アリシティア様。ご成人おめでとうございます』


「……えと、うん……そうみたい……今ね……びっくりするくらい世界が広がった……リルが言う通り……あたし、シンタを正式に選んだみたい」  

 
 アリスが赤面した顔のまま、安堵と嬉しさの溢れた微笑みをみせる。

 だからその顔は反則だろうが相棒。

 堕とされた。

 この瞬間に俺は堕とされた。

 よく知っているこいつに。

 アリスに。

 アリシティア・ディケライアに。
 
 完全に堕とされた。




























 B面プロローグはこれで終了となります。
 テーマはバカップルというか比翼夫婦の馴れ初めである恋愛劇というわけで、主人公達が悪友から、男女を意識しだした瞬間をクローズアップ。
 ここから先にどれだけの苦難があろうともこいつらなら、なんとかなるだろ感を出してみました。

 書き手としてのテーマは、使い古され手垢の付いて、むしろギャグになりそうな、ニコポ、ナデポを、説得力があるように描くのがこのエピソードの目標です。
 かなり恥ずかしいの我慢して書いていたので、上手く描写出来たのか、ご意見等をいただけますと嬉しいですw

 この先の話になりますが、まずは三部の続き。
 ゲームプレイヤーとゲームマスターの攻防戦と、ゲームマスターとして宇宙に戦いをしかける三崎の二本仕立てをメインに。
 時折時間と気分次第で、時折二部B面のエピソードと行くつもりです。
 二部B面は約50年分の時間経過があるのでまともに書くと相当長くなりそうなので、エピソード単位の中編に仕立て直します。
 第三部の展開や情報公開にリンクして書けたらなってのと、せっかく中編単位でまとめるなら、テーマを決めて雰囲気も変えてみよと思います。
 
 今回のプロローグのテーマがどうにも苦手な【恋愛の初め】なんで、次辺りはガッツリとした設定重視のシリアスな探索物【送天侵入】か、三崎の本領発揮なディケライアメンバーに認められるための一歩ローバー専務からの課題である【懇親会】にいこうかなと考え中です。

 B面は挿入する関係上、小説家になろう様では更新報告されませんので、何となくアルカディア様でもわざとステルス更新していますが、ちまちまやっていますのでこれからもお付き合いいただけましたら幸いです



[31751] B面 裏舞台は華やかに
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/04/08 22:58
注意  『A面 表舞台は楽しげにと』と同時間軸での話となっております















「ほれ伸太。微糖でよかったよな。お前」


「良い仕事の後はこの微妙な甘さが良いんですよね。ほんと面白いくらいに嵌まってくれたんで、罠の仕掛け甲斐がありました」 


 羽室先輩の投げてきた缶コーヒーを受け取り、俺は笑って返す。
 午後一の授業はとりあえずは色々な意味で大成功と。
 あそこまで見事に嵌まってくれるとは、本当に予想外の一言。
 あれだけやれ込めれば、依頼主である沙紀さんも十分に満足だろう。


「それ西ヶ谷の保護者への報告書か……真面目にやってましたって一言だけか。お前本当に性格悪いよな。どうせ画像でも付けるんだろ」


 俺が仕上げていた沙紀さんへの短い報告書を見て、先輩が皮肉の色を含みつつも面白げに笑った。
 あの無残なやられっぷりを見れば、抜け目ない沙紀さんならこの短い文でもすぐに察してくれるだろう。


「問題無しって報告するってあの嬢ちゃんと約束しましたからね」


 母親との違いはころっと騙されやすい辺りか?
 沙紀さん曰く、そこら辺の頭が良いけど少しお人好しな所は旦那さん似だそうだ。


「あんま虐めてやるなよ。ありゃ校内一の問題児ではあるが、良い所はあるんだからな」


「了解です。一応フォローも入れとく予定ですから」


 教師としての顔を覗かせた先輩の忠告に俺はにやりと笑って答えてみせるが、


「そのフォローがさらなる罠の可能性あるから、お前は油断できないんだよ」


 さすが先輩。
 俺の仕掛けや傾向もよくご存じだ。
 あの二人。
 高山美月と西ヶ谷麻紀は、俺にとってのこれからの最重要計画の総仕上げにおいて主役を張るコンビ。
 上手いこと導いて、PCOに嵌めなければならない。
 だから、最初に準備室にあっちから来たときは、鴨が葱を……もといお客様方からゲームに参加してくるかと喜んだのもつかの間、ぬか喜びに終わったのはのはちと残念だ。
 聞いてみりゃ、男連中のお客様はプレイする気満々のご様子だが、肝心の二人はハードを作るだけで、ゲームに参加する気は今のところ無いとのこと。 
 まぁ元々どうやって参加させようかと色々と考えて、とりあえず近づいた訳なんだから、やる気が無くてもあちらから接点を持ってくれたんだから、フラグは立ったわけだ。
 あとはこっちの策次第。参加せざる得ない手なんぞいくらでもある。
 ただ問題は1つ。
 何せ清吾さんちの娘さんの方はともかく、沙紀さんの娘が原因で俺は一度死んでいる。
 まぁ、ありゃ俺の判断ミスだし、何よりうちの嫁さんのおかげでこうして無事に生きているんだから、恨むのも筋違いってもんだろう。
 むしろ、結果的にはいろいろプラス方面に傾いたんで、感謝しているくらいだ。
 ただ被害者側である俺の方はこうお気楽な感じでも、向こう側は別。
 何せただでさえ死亡イベントが弱点な所に、電車事故の時に、俺の血肉スプラッシュ浴びて、ホラートラウマを相当根深いところに打ち込んじまったお嬢ちゃんだ。
 今は記憶の改竄やらなんやらしているんで、とりあえずはフレンドリーな状態を構築は出来たが、しかしこのまま接近してりゃ何時、その隠しといた記憶が表面化するか判らない。 
 それならそれで、逆にトラウマ刺激しまくりの追い詰めまくり、ホラーサスペンステイストな仕掛け+そこから立ち上がる少女達の友情って熱血路線でいこうかと思ってはいたが、どうやら俺の絵図は相棒にはお見通しのようだった。 
 頼んでいたはずの問題が、趣味全開な難解な問題集やら、やたらと難しい問題に切り替わっていたのは、我が相棒からの忠告というか警告。 

”楽しませてあげなさいよ全力で”

 不機嫌にウサミミを揺らしながら、俺の方針にダメ出しをしてくるアリスの顔が容易に思いついた。
 無茶振りしやがって。
 まぁ、そこまで言うなら乗ってやろうじゃねぇか。
 ただしお前にも苦労して貰うけどな。
 クエスト目標は、不慮の事故とはいえ自分が殺してしまったGMが手がけるゲームを心底から楽しませる事ってか。
 難易度最大級のクエストに、我ながら心が躍る。
 しかも今はPCO稼働であり第二太陽系開発最終段階にくわえて、星系連合主導の次期惑星開発コンペティションへの最終ミッション最中というオプション付き。
 ここで失敗すれば下手すりゃ全てが水泡に帰る背水の陣ってか。
 だがあのお嬢ちゃんさえも楽しませたなら、後は怖い物無しだ。


「大丈夫ですよ先輩。俺はGM。お客様を楽しませてなんぼの商売ですから」


 俺は我ながら人が悪いと思う笑いをにやりと浮かべ缶を一気に飲み干してから、ゴミ箱に向かって軽く投げる。
 放物線を描く缶を見ながら、俺は思考を加速させ、銀河標準時へと合わせて恒星間ネットへと接続し、


『リルさん。スケジュール変更。明日の合同会議前に色々仕掛けたいんで、全域時間調整って出来ますか? 講師が終わった後、ホワイトソフトウェアによって、それからそっちいきます』


『了解致しました。計算致します……時間流変更による消費資源及び機材使用は可能範囲内です。イコク部長及びサラス部長への変更許可を申請致します……了承を得ました。2分後に地球全域とこちら側の時間流を同調、三崎様のご帰還と共に時間遅延再稼働させます。ご家族へのご帰宅のご連絡はいかがなさいますか?』


 いきなりの俺の提案にも、リルさんは何時もの落ち着いた声で答えると、瞬く間に必要量や機材の計算を終えて、ついでに関係部署やら責任者である部長クラスへと連絡を取って、許可までもぎ取ってくれてきた。
 さすが頼りになるディケライア最終兵器その1。
 アリス曰く技の一号だ。


『そりゃ内緒で。びっくりさせてやろうと思いまして。そんなわけでメルこっちの会社に寄ってから水星、金星で火星の順。アリスにばれないように極秘跳躍で頼めるか』


 次いでディケライアの最終兵器その2。
 アリス曰く力の二号。
 恒星系級超質量長距離跳躍実験艦【送天】のメインAIである『MA461Lタイプ自己進化型AI』通称メルに転送を頼む。
 全開状態なら恒星系丸まる1つを千光年単位で軽々と飛ばすその巫山戯たマシンスペックに対して、俺一人を同星系内、メルからすれば極々近所な所に飛ばしてくれなんて役不足にもほどがあるんだが、


『アイアイキャプテン。転送ならお任せあれ。アッちゃんには内緒ね! オッケーオッケー! 浮気し放題な極秘デートが可能なくらい隠して飛ばすよ! 今ならオプションで時空酔いも付けちゃうよ!』


 やたらと元気がいいというか、ハイテンション過ぎて正直アレっぽい若い女性の声でメルが、何時もの軽快な口調で快諾してきた。
 ディメジョンベルクラドのアリスに気づかれないで、短距離とはいえ転送が出来るのは銀河でもこいつくらいなんだが、なんだろう凄みが全くない。
 本人?が親しみやすいってのはご愛敬だが、アリスのご先祖の銀河帝国はなに考えてこんなAIに仕立てやがったんだか。


『バステ付けんな。っていうかなんでキャプテンだよ。お前この間までボスだったじゃねぇか』


『いやそこはやっぱアレっしょ。あたしってば月に眠っていた隠れキャラな上で試作型のアウトナンバーズ。仮想体は鮫タイプじゃ無いけど、そこで呼び方はやっぱキャプテンって事で、アッちゃんと盛り上がったりしたりってわけで』


 俺に対する呼び方がころころ変わるのは、例によって例のごとくアリスが原因だろうと思うが、元ネタが判らん。
 しかし相変わらず濃いなうちの嫁と、メインAI。


『リルさん。メルがアリスに俺の帰還をうっかり漏らさないように見張っといてください』


『了解致しました。”社長”には極秘にしておきます。”お嬢様”に関しては監督範囲外となりますがよろしいでしょうか?』


『それでお願いします。アリスの方は後でフォローしますんで』


『その際は悪ふざけはお控え気味でお願い致します』


 含みを持たせたリルさんの言葉に、お見通しかと思いつつ、俺は思考加速を終了させ、地球時間へと復帰する。


「伸太お前な。ゴミの分別はしとけ。そこは燃えるゴミだ」


 そういえば地球では完全リサイクル型原子分解ゴミ箱なんて夢のまた夢だった。
 すっかり教師業が板についた羽室先輩から、ゴミは分別しろと、実に教師らしい説教を貰いつつ、俺はこの後のスケジュールを頭に思い浮かべていた。 


















 火星オリンポス山。
 旧太陽系において最大の高さを誇ったその山には、それにふさわしい広大な裾野が広がる。
 直径500キロにわたる裾野の外縁部は切り立った5000メートル級の断崖絶壁となり、内部はゆったりとした坂道のような傾度で徐々に高度を高め、25000メートルとなる火山を形成する。
 そんなオリンポス山の麓には、中央宇宙港都市として建造された施設が今は立ち並んでいる。
 裾野から山頂まで、緩やかな弧を描きながら伸びる長大な低加速型リニアレール滑走路は、重力制御が当然となった銀河文明では、辺境域ですら既に廃れた非効率で巨大な物。
 数年前に創天内のデットスペース探索の際に発掘された骨董品ツールではあったが、開発を手がけるディケライア社社長アリシティアの個人的な趣味が過分に含まれつつも、その物珍しさから観光資源として利用可能との判断で採用されていた。
 そんな古き宇宙開拓初期時代の色合いを残すシンボル都市とは別に、火星は8つのブロックに分けられ、大規模拠点惑星への改造工事が、惑星全土で急ピッチで進められている。
 第1ブロックから第4ブロックは、領域全体に密閉フィールド加工を施し、気圧、気候、重力を調整した、銀河系においてオーソドックスな4大生態系にあわせて形成された常設居住区。
 第5ブロックは、購入費、滞在費は高額となるが、4大生態系に属しない特殊生態系種族用や、4大生態系に属しつつも、より細やかな環境を求める人物向けに、細かな区画割り分譲が可能な特別居住区。
 第6ブロックは火星全域の2/3となる広大な海洋フィールド。
 その大海には無数の大小様々な島が浮かび、さらにその一つ一つに小規模となるが第5ブロックと同じ環境生成機能を設置し、全く別の生育環境を作り上げることが可能となっている。
 両極冠である第7ブロック、第8ブロックは貨物用宇宙港が併設した工場区画となり、火星のみで無く、これから数期にわたるであろう暗黒星雲開拓計画において開発された惑星での生活物資も十二分に製造可能なキャパシティを持った、生産能力を持つ大規模な工場施設群が作られていた。
 星雲開発のための拠点惑星としてだけでなく、ディケライア社の新たな拠点。
 銀河文明最辺境星域において、僅かだが着実にディケライアはその勢力を回復させつつあった。



 オリンポス山カルデラ火口直上5万メートル。
 薄い円盤状の形状を持つ巨大な惑星内飛行船が、ぷかぷかと浮かんでいる。
 オープン後は火星の絶景を見渡す常駐型宿泊施設として使われるホテル船では、タイトなスケジュールに追われる現場に張り付いて離れられない一部の幹部は出席していないが、ディケライア幹部とホワイトソフトウェア幹部による合同会議が執り行われていた。


「中枢設備は問題無し。目玉の第6はもう少しか……出来上がりは80%って所かな。クオリティ優先でいくからしょうが無いよね」


 一番遅れているのが、もっとも広大な第6ブロック。
 数千にも及ぶ小島を浮かべ、それぞれ異なる生態系調整が可能となるように空間的に隔離等をしたりと手間が多いので、遅れているのは仕方ない。
 星内開発部部長であるイサナリアングランデと調査探索部部長クカイ・シュアの二人も最大限で頑張っているので、これ以上スケジュールを早めることも出来無い
 もっとも第6ブロックをフル稼働させるなんて、PCOオープン前の今の段階では必要性は薄い。
 オープン後に完成でも問題無い。
 上がってきた報告書に目を通したアリシティア・ディケライアは小さく頷いて、銀色の頭髪から飛び出た同じく銀色の毛で覆われた、柔らかそうなウサミミをゆったりと動かしていた。


「シャモン姉。金星の方は?」


「あちらはこちらほど見た目のデザインや細かな部分を気にした物とはしてませんから、予定は順調で問題ありません。金星軌道リング造船所も完成予定日に変更はありません。調査プローブ母艦となるシールド搭載探査船製造ラインの確保は完了しました」


 従姉妹であり星外開発部部長でもあるシャモンからの報告も問題無し。
 金星は大型外宇宙船製造を専門にする工場惑星。
 斬新な仕掛けも機能的な面白味も無いが、質実剛健な信頼性の高いデザインで作られており、地上からの資源運搬用軌道エレベーターと連結したオービタルリング軌道無重力工場も半ば完成し、既に先行増産体制へと移行を始めている。


「了解。イコク。水星の方は?」


「資源採掘および稀少マテリアル合成化合生成施設ともに稼働中で備蓄体制に入っている。ただ一部のレアマテリアル成分が不足気味で、長期的には問題あり。恒星側反物質製造ラインは完成。どちらも調査計画を待ってからの本稼働の予定だな」


 ナノセル義体で会議に参加する資源管理部部長イコクが管轄する水星は資源精製惑星。
 旧太陽系と同じく新太陽設置予定宙域にもっとも近い軌道に設置される予定の水星は、外宇宙船の燃料となる反物質ステーション兼物資補給施設としての役割を持つ。
 こちらは既に施設その物は完成。もっとも肝心要の太陽が今は存在しないため、水星全域の工場稼働率は現状では1%以下となっている。


「う~ん……白井社長。星雲調査で確実に採算分岐点に釣り合いそうなスキル持ちプレイヤーって、今はどのくらいいますか?」


 元より第二太陽系本格稼働のためには、太陽生成が絶対条件。
 核となる原始星および物資供給の為にも、暗黒星雲調査計画の発動が急務となっているが、問題はそれをこなすだけの人材だ。


『予想より少ないっていうか僅かだねぇ。全体の0.02%って所でしょうね。現在のβテスターが10万ちょいなんで、そちらのライン基準で20人程度でしょう。もっともやれることを増やしましたから、まだ本格的に調査計画に参戦していないプレイヤーも多いので本稼働すれば、割合も実数も上がるでしょうね」


 兎にも角にも人材不足なディケライアにとって、地球側のプレイヤーの力は必要不可欠。
 だからといって、ゲーム感覚そのままで気軽に探査機を壊されていたのではいくらあっても足りはしない。
 最高レベルのプレイヤー育成のために、βテストでも難易度高レベルクエストも実地されているが、アリシティアの予想よりもその数は遙かに少なかった。
 もっとも地球側の協力企業であるホワイトソフトウェア社長である白井はそこまで心配していないようで、本格稼働で増えるだろうと軽く答えていた。


『待った社長。あぐらをかいてるだけじゃ無くて打てる手はあるさ。アリス。今低レベルマップはこんな感じのクリア率とリタイア率で参加者もクリア率も増えている。だがリタイア理由がちょいといただけないね。慣れと油断が出て事故死の割合が増えてる。オープン記念に低難度で新規マップ導入で引き締めたい。ノープスさんまた借りれるかい?』


 白井と同じくホワイトソフトウェア本社からVR通信で会議に参加する開発部主任である佐伯女史が手をあげ、実働データを呈示して新規クエストMAP作成を提案する。
 佐伯の言う通り、確かに低レベル探査クエストでは、デメリットが少ないからと参加が増え始めてクリア率も上がっている。
 しかしそのリタイア原因は、ちょっとした油断から来るイージーミスや、無理矢理な強行突破とあまりよくない傾向が見えていた。


「オッケ。サエさんがつんといこう。ノープス老。サエさんと協力して新デザインお願いします」


 クエスト中に油断で死亡?
 自他共に認める生粋ゲーマーであるアリシティアにとっては、もっともアウトな原因に、不機嫌そうにウサミミを揺らし、佐伯の提案に即賛成して、専属恒星系デザイナーであり企画部部長ノープスへと話を振る。


「ふむ。この短期間にこれだけのクリア者が出るとはなかなか楽しませてくれおるわ。低レベル向けのワンミス即死マップでも作ってやろう」


 透明の床から見える足元の火星の絶景を肴に、ちびちびと杯を傾けていたクリスタルの肉体を持つノープスは、自らの作成デザインマップが易々と攻略されたというのに、満足げに頷いて了承した。


「いいね! 出来たらあたしが一番にテストプレ…………こほん。続けます。ローバー各種許可は?」


 銀河文明でも名高い恒星系デザイナーであるノープス謹製高難易度マップと聞いて血が騒いだのか、テーブルに載りだし自分が最初にプレイすると社長権限を強制発動しようとしたアリシティアだったが、会議中ですという周囲からの視線に気づいて、わざとらしく咳払いしてから席について話の流れを戻した。


「各種施設稼働許可及び移住営業許可手続き双方ともに終了しております。事前立入検査で上げられたいくつかの不備もすでに改善手続きに入っております。あとは恒星関連の許可申請ですが、こちらも同じく調査待ちです」


 傍目にはぷかぷか浮かぶ石と言った見た目のディケライア社専務であるローバーは、自らの一部を分離させた球状体のまま、いくつもの報告書を展開して問題が無いことを伝える。
 悠久の歴史を持つだけに複雑怪奇かつ特例条件が無数に存在する、銀河法に対応できるローバーの法務能力は社内一。
 特に今回の場合は、銀河法的には未開文明である地球さえも策に用いた為、異例ずくめの特例仕様ばかり。
 絶対の信頼を置くローバーの確約にアリシティアは満足げに頷き、ついで一番の懸念事項へと触れる。


「叔母さん。資金の方は?」


「今期は問題ありませんが、全ては恒星生成が上手くいった場合の試算となります。星系連合議会も今回は特殊事例でありますが、地球生命調査、保護の観点より、我が社の計画を賛成多数で可決しております。事業継続が保証されましたので、追加融資申請も許可がおりました」


「今期は問題無しか。それ以降は?」


「未だ未知数としか。ただし明るい要素はいくつも出ています。こちら側におけるPCO計画に関し、他の中小惑星改造企業や取引企業も関心を持っており、数社からではありますが詳細資料が欲しいと打診も来ております。ここから先は三崎さんの手腕次第ですね」


 契約主である星系連合との折衝も無事クリア。
 さらにはこの先に向けての新規事業計画である星系フルオーダーシステム。
 『Planetreconstruction Company Online』の雛形も徐々に出来上がりつつある。


「絶対絶命の窮状は何とか脱し。でも油断できずこれからの進行具合か……どっちにしろシンタ次第か」


 地球のPCO。
 そして宇宙のPCO。
 名前と根っこは同じながら、最終的には別物となる二重プロジェクトを提案したアリシティアのパートナーである三崎伸太の姿はこの合同会議には無い。
 地球においては下っ端ゲームマスター。
 宇宙においては新設されたPCOプロジェクトの新人ゼネラルマネージャーは、今は地球での工作活動で不在となっていた。
 もっとも地球側ではともかく、宇宙側における肩書きの割には最前線で暗躍する三崎の不在は、ここ数年では当たり前の事となっている。
 この間までは連合議会で暗躍していたかと思えば、久しぶりにこっちに生身で帰ってきたというのに、時間が無いからとすぐに地球入りしていた。
 公私ともにパートナーであるアリシティアですら、最近はVR越しでもまともに合う時間すら取れていなかった。


「全く……帰ってきたとき位はこっちに顔出しなさいよね。たまには家族サービスして欲しいんだけど」


 無論三崎が頑張っているのは、地球の為、ディケライアの為、そして何より家族の為だというのは重々承知はしている。
 しかし一家の長としては、すこしはこちらの事も気遣ってくれては良いだろうとアリシティアが耳を動かし頬を膨らませていると、何故か他の出席者が微妙な顔を浮かべていた。
 表情を読み取れない石の塊に見えるローバーさえも、実に哀れそうにアリシティアを見ているのを感じられるほどだ。


「ひ、姫様、あいつ姫様の所に行かなかったんですか!? 人に急かしといてなにしてんのよあの男は!?」


 中でも一番狼狽しているのがシャモンで、椅子を蹴って立ち上がっていた。


「えっ……シャモン姉。そ、その反応なに? ちょっとまさか!? シンタ地球じゃ無いの!? まだ講師の時間じゃ!? って時間調整ずれてるじゃないいつの間に!? リル!?」


 周囲からの哀れみを持った視線とシャモンの台詞に察したアリシティアは、地球時間を確認すると、いつの間にか予定よりも僅かに時間流がずれていた事に気づく。
 昨日に数時間だけだが地球時間が銀河標準時間と同調していたようだ。


『三崎様の申請によりプラン変更に基づいて遅延フィールドの一時解除いたしました。社長のご要望にお応えする形にコンペティションに提出する資料を変更なさるとのことです』


 アリシティアの悲鳴にも似た叫びに、ディケライア本社であり、水星、金星、地球、火星の4惑星を保持、改造を続ける恒星系級改造艦である創天のメインAIであるリルが、何時もの落ち着いた声で即答した。


「き、聞いてないよあたし!? シンタ今どこ!? リル詳細報告!」


『地球での講師が終わられ次第、送天による極秘跳躍でホワイトソフトウェア本社、水星、金星を廻られて今朝方、火星に到着しました。ローバー専務との打ち合わせ後に、百華堂火星支店にお立ち寄りになって、現在火星第1ブロックのレザーキ博士の植物研究園にて、お嬢様とゆったりとお茶会を楽しんで居られます……ご要望通りの家族サービス中ですね』


「あたし以外にいろいろ会ってるじゃない! どうして誰も教え得てくれなかったのよ!?」


 ショックだったのか、年甲斐も無く半べそをかいて怒るアリシティアに会議の出席者達も思わず、気まずさから顔を反らす。

”いきなり帰ってきて、アリスをびっくりさせたいんで黙っておいてください”

 誰もが三崎のその言葉に、まんまと乗せられていたからだ。
 三崎の移動経路と面会した人物リストを見ると、ここ1日で、今会議に参加しているアリシティア以外の全員と会って、変更プランとやらの打ち合わせを行っている。
 それ以外にも各惑星でかなりの人数と会っていて、確かに忙しそうではあるが、中には視察名目でたまたま暇つぶしでよった寄り道らしき物もあり、どう考えても時間は余っているようだった。  


「シンタの奴。お嬢をびっくりさせるとか言ってたが……嘘はいってないな」 


 会ったときに三崎の浮かべていた含み笑いの意味に気づいたイコクは、確かにびっくりはしているが、意味が違うだろうと、相変わらず人を食った三崎に、あきれ顔を浮かべて頬を掻いた。。


「か、会議終了! リル転送準備! あの薄情者殴ってく!」 


『その三崎様より社長への言伝です。『いやー悪い悪い。エリスに会ってやるのが精一杯で、会議までにお前の所に行けなかったわ。とりあえずお前の希望に添った変更プランを送っとくから許可頼む。んじゃそろそろ仕掛けの時間だから地球に戻るわ。あー忙しい忙しい』とのことで、つい今し方お帰りになられました』


 アリシティアの目の前に、新たにいくつもの書類やら報告書が浮かび上がって視界を埋めていく。
 三崎がこの会議の時間に丁度アリシティアの元に届くようにと調整していたのは、誰の目にも明らかだった。
 これでは当初の予定より会議が大幅に長引くのは避けられないだろう。
 しかもその当の本人は既に地球に戻った後。


「う、う、あぁ、あの、げ、外道! そりゃ無茶頼んだけどさ! シンタならできるでしょうが! しかも自分の娘を盾に使うな!」


 確かに、クエスト難度を最大級まで上げたのは自分だが、三崎だったらどんな相手にだってゲームを楽しませる事ができると信じているからだというに。
 いくら何でもこの仕打ちは無いだろう。
 しかも最後に会った相手が相手だ。   
 三崎が忙しくてなかなか会えず、父恋しい愛娘を引き合いに出されては、さすがにそれでも自分を優先しろとはいえない。
 アリシティアは怒りのぶつけ所を見いだすことが出来ず、地団駄を踏むしか無かった。


『全く……・あんたら夫婦はいつまで経っても互いにガキだね』


 地球時間で数えるならそろそろ金婚式に近づこうという長い付き合いだというのに、精神年齢固定をしているせいか、それともいくら年月が過ぎようが変わらないほど強固な関係なのか?
 いまだに子供じみた悪戯を互いにやり合う三崎とアリシティアに対して、佐伯がやれやれと呆れていた。



[31751] B面 地球を売る男
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/11/25 13:33
 仮想コンソールに伸ばした両手を休みなく動かし、最新死亡者リストから気になる仏さんのスキルを確認しつつ、思想、信条もチェックして、こっち側に引っ張れそうな連中をピックアップ。

 だけど頭が痛くなるほどに多いリストから検索を掛けても、こっちの目に適う人材となるとほんの一握り。

 星系連合にあれこれねじ込んで無理矢理に確保した現地協力員枠も残り少なくなって、無駄には出来無いから、言い方はあれだが厳選が必要と。


『シンタさん。地球の大磯ちゃんから通信が来ました。すぐ回します?』


 連絡オペレーターをやっている三ツ目のオペ子さんの顔が映った仮装ウィンドウが立ち上がり、地球の大磯さんから連絡との言付け。

 オペ子さんの両目は俺の顔を見ているが、額の縦割れした目は若干下、俺の胸元を見ている。

 ほっこりした笑顔を浮かべて和んでいるオペ子さんにつられて視線を下げれば、ピコピコと動くメタリックウサミミなうちの娘エリスティア・ディケライアの姿。

 アリスにこっぴどく叱られて凹んでいるのをみて、ついつい可哀想で時間を縫ってなるべく相手をしてやっていたんだが、いつの間にやら仕事中でも俺の膝の上が指定席になっていた。

 一応俺の仕事中は黙っていて大人しいので邪魔にはならないから良いが、その黒ウサギ娘は不機嫌キーワードの地球を聞いて、若干ご機嫌斜めになったのか、揺れていたウサミミの速度がすこしばかり上がる。

 お前のルーツの半分なんだから、そろそろ不機嫌になるのは止めてくれてのが、父親としての率直な気持ちなんだが、地球というワードが嫌いな原因が俺が地球に仕事で行くと、なかなか帰ってこない事が原因となると、下手な事はいえず、拗ねても困るので今は放置だ。


「あー、あと3分ほど待っててもらってください。もう少しで最新死亡者リストのチェックが終わるんで、それからで」


 オペさんに俺は答えつつピックアップ作業を手早く進める。

 能力はあっても死因が犯罪絡みは、色々厄介だから慎重に。

 紛争系も、今の火星に火種を抱え込みは出来無いからパス。

 宗教系は、こっちにいる人らの精神安定のために少しいて欲しいんだが、巫山戯た現況を受け入れてくれるほどに頭が柔らかく、さらに変に利用しない堅実性もと、色々制約があって、条件検索を掛けてみたところで梨の礫。

 まぁそれも仕方ないと諦め気味だ。

 めぼしい人は生きているうちから、スカウトしているんで仕方ないと言えば仕方ない。

 にしても……多すぎだろ死亡者。

 地球1つ分だから仕方ないっちゃ仕方ないと思いつつも、相も変わらず我が母星は争いの絶えない事で。

 送天が持っている精神体保存枠は、もうちょっとの期間は余裕はあるとはいえ、さすがに全地球人の魂収納となると、桁が4つは違う。

 送天に残されているのは、約半分でざっと一千万人分の精神体一時保存機構。

 そこに火星に居住可能な地球人現地協力人枠百万人が残り一万人弱と。

 うむ。足りん。計算するまでもないが、圧倒的に足りない。

 足りなくなれば、既に保存している分を消去するか、新しい精神体の消滅を待つしか……本当の意味での死という結果を受け入れるしかない。

 リルさんらの話によりゃ、全ての実験生物(地球人)を保存する為に馬鹿でかい精神体保管設備を持っていた総天さえ見つかれば、当面の問題は一気に解決らしいが、その肝心の総天がどこに飛ばされて、眠っているのかはいまだ不明。

 無い物ねだりは出来ないうえに、現実路線で行くとしても星系連合に人道路線での交渉もさすがにそろそろきつい。

 地球人の現地協力員枠や、彼らの火星移住権利さえもかなり無理矢理で引き出してきたから、これ以上は各惑星の代表達に借りを作るのは後が怖い。

 惑星環境保護のためってお題目はあったとしても連合所属惑星や、人工惑星では、火星居住許可の10倍、20倍を特例で認められている星も腐るほどあるってのに……全て星間文明種族として認められない原生生物としてのもの悲しさか。

 列強惑星のいくつかからは、精神体引き取りの打診も来てるが、あっちも怪しいと言えば怪しい。
 
 善意と悪意の境目は未だはっきり見つけられない。

 何せ俺ら地球人は、銀河帝国の科学力が最大発展期に他次元宇宙への転移実験にあわせて特別カスタムされた実験生物。

 アリスに対する俺のように、ディメジョンベルクラドの能力を数十倍に引き出す能力以外に、何が眠っているか判らないとなれば、それを狙ってくる輩が出るのは不思議でもなく、秘密を解析、増産するために悪意を持つ輩にどういう扱いをされるかなんて、容易に想像はつく。

 自分達の身は自分達で守るっていう、サバイバル大原則は、陰謀渦巻く宇宙でも十分通用しそうだ。

 この先を考えれば、俺らが誰が死んで誰が生き残るかなんて選べないし、何よりも小市民な俺としちゃ、神様の真似事なんぞ勘弁。

 人様の生死を選ぶくらいなら、善悪関係なく地球人類全員にとりあえず生き残ってもらう方が遥かにマシだ。

 この後のでかい宿題を思えば、まだ緩い案件ってのが笑えねぇが。


「終わりと。各部長に再生準備リストの送付をお願いします」


 思い悩んでも仕方ないと、とりあえずの生き返り面談予定者のリストを選んだ俺は、オペ子さんに通信の接続を頼む。

 生き返った後の精神ケアやら、こちらになれて貰う為の教育プログラムはある程度マニュアル化が出来ているから、ここから先は他に丸投げと。


『はい。部長さん達に回しておきますね……大磯ちゃん。お待たせ繋ぐよ』


 星系連合の各惑星代表やお偉いさんの大半には、現状は文明種族扱いされず、現地生物もしくは実験生物扱いの俺ら地球人だが、オペ子さんを見れば判るが、ディケライア社の連中は一切そういう所がない。

 地球側の交換オペレーターに抜擢されて連絡の受け継ぎをする大磯さんなんぞ、こっちでファンクラブが出来るほどの男女問わずの大人気。

 初日に緊張しすぎて起こした確率を超えたドミノ現象な人間ピタゴラ装置が受けたらしい。

 どじっ子属性って大宇宙にも通用するんだなと、軽く感動を覚えたほどだ。

 自分達と比べ遥かに文明が劣る種族であろうとも、一定以上の敬意を持って友好性を見せるディケライア社の社風は、創業者時代からの延々と受け継いだ訓示の賜。


『種族に貴賤なし。我らディケライアは銀河にあまねく人々のために』


 創業者が残した絶対社訓……これで、物クソ厄介な宿題さえぶん投げていなければ感謝の一言なんだがな。

 まさか社訓が、例えや比喩でなく、マジだったとは……さすがうちの嫁さんのご先祖と感心するしかねぇ。


『エルザさん。ありがとうございます……やほー三崎君おひさー』


 ここの所はこっち側での仕事兼家族サービスが立て込み、地球時間で2週間、銀河標準時間で3月ほど向こうに帰っていない。

 もっとも今時リアル出社しなければ仕事にならないわけもなく、佐伯さん辺りとは毎日VR越しとはいえ顔を合わせてるが、受付嬢をやっている大磯さんとは、職務上あまり関わりが無かったので確かに久しぶりだ。
  

「ちわっす……ってどうしたんです額の絆創膏? こっちのオペ子さんみたいに第三の目に覚醒したとかじゃありませんよね」


 大磯さんの額には、アリスに付き合わされて鑑賞した前世紀のアニメの、絆創膏を剥がすと三つ目の目が現れる主人公やらを思い出す大きな絆創膏がぺたりと貼り付けてあった。

 普通の人間ならそんな物を額に張ったら、不格好になりそうなんだが、そこはさすが我が社ホワイトソフトウェアが誇る高性能どじっ子大磯さん。

 どじっ子+絆創膏というのが、剣士職に剣、農夫職に鍬並の、標準装備に見えてくるから不思議だ。


『えーと……出社してきたときに、入り口でそっちの事を思い出して。驚いて転んだりしたりと』


「……いつも通りですか」


「し、しょうがないでしょ。驚くんだから。三崎君みたいに平然と受け入れるほど図太くないから一般人は」


 大磯さんは平然としていると言うが、俺だって最初は焦ったつーの。

 太陽を置き去りにして、水金地火の4惑星のみで、銀河系の反対側へと跳躍したのは、俺の時間感覚では既に半世紀以上前の事。

 ある意味過去の事件なんで既に慣れたってのがでかい。


「……いい加減慣れましょうよ。情報機密維持で必須なんですから」


 大磯さんの涙目の反論に、俺は心からの忠告を返す。

 またやったのかこの人。

 現在俺が本来所属しているホワイトソフトウェア従業員や関連企業の一部関係者には、こちら側の事情を全て余す事なく伝え、地球、宇宙に跨がる協力体制を敷いている。

 ただあくまでも、こちらの情報に触れて、さらには記憶を保持していられるのは、限定された敷地内のみという形だ。

 出社したときだけ覚えていて、帰宅時には別の記憶にすり替えなんて真似が出来るのも、脳内ナノシステムのおかげだ。

 不便な事この上ないが、原始文明保護法というお題目を掲げる星系連合との、長い交渉、折衝の末に、ようやく勝ち取ったささやかな権利が、現地協力員。

 下手な横やりを入れられないために、厳重に取り決めを守っているからこそ、関係者以外には、今の地球の、太陽系の崖っぷち状況はばれていない。

 地球で人類が生存する為に必須な熱や光が一切合切消失したといえば、そのやばさの程度は小学生でも判るだろう。

 地球や他の惑星が今も何とか生存出来る環境を維持できているのは、他ならぬ、恒星系級惑星改造艦『創天』の能力の賜。

 全惑星上空に環境維持フィールドを発生させ、内部環境の維持に全力を注いでいるからこそ、地球に住む地球人の誰にも気づかせず、この秘密を守っている。

 アリス曰く『最高級お引っ越しモード』

 本来なら一時的退避や、コールドスリープがいるという惑星移動という大事業の際も、住民のお客様には居住惑星でいつも通りの日常を過ごしてもらいながら、特殊フィールドフル活用で一切の不便を感じさせず惑星移動を完了させるというディケライア社謹製最高級サービスの1つらしい。

 これを活用して地球の一般人には秘密維持はいいんだが、最高級と付くのがみそで、複数の惑星単位で高出力フィールドを常に維持し続けるのは設備への負担が激しく、メンテナンスや消耗品の取り替えが頻繁に起こり 途方もない量の物資や機材が、メンテナンスや交換で日々消費されている……つまりは金がかかる。

 惑星1つとそこにうじゃうじゃと住まう動植物を息させるための熱と光と重力を発生させているのだから、仕方ないとはいえ創天の備蓄資材が枯渇するのは時間の問題。

 しかし金欠のディケライア社に、新たな必要品を買いそろえる資金は存在しない。

 一番消耗が少ないのは、空間凍結を行い地球の時間流を完全停止させる事で、最低限の消費で維持する事だが、そうすると地球廃人の能力をこちらの暗黒星雲調査計画に使う事ができなくなってしまう。

 結果選んだのは、地球圏の時間流を最大まで落として、資材、機具の消耗を減らしつつ、必要となった時だけ、こちらの時間流に合わせるという方法。

 準備が終わるまで何とか時間稼ぎをしてきたがそれもそろそろ限界。早々に暗黒星雲調査計画を実行し、第二太陽の作成に必要な原始惑星の発見を達成しなければ、じり貧な俺らにこの先は無い。

 ディケライアが債務超過に陥れば、担保として抵当のかかる地球を含めて全太陽系の全てが、債権者である星系連合の主要惑星の管理下になる。 

 双天計画のことを知った今になって考えれば、ディケライアの苦境は全て仕組まれた物と考える方が自然なんだろう。

 サラスさん辺りは既に怪しんでいたそうだが、全てはディケライアから、他次元跳躍実験恒星系である太陽系を合法的に奪うための計画だと考えれば辻褄が合う。

 銀河帝国滅亡時に起きた恒星間規模の星間戦争再来を避けるために、表立った武力行使を禁じる星系連合では、他星、領域を手に入れるための陰謀が渦巻いているってのに、こっちは未だ敵さんの尻尾すら掴めていない不利な状況。

 …………うむ。改めて考えてみても追い詰められまくっている。これ以上後が無い。

 しかし、だからこそ楽しいと思うのは、さすがに不謹慎だと我ながら思うが、それでも本音だからしょうが無い。


『三崎君またなんか悪巧みしてるでしょ。そんな三崎君に朗報。最後の未登録候補だった高山さんと西ヶ丘さんの娘さん達が登録に来たよ。それでこれがご希望のOP時の映像』


 ジャイアントキリングを企むわくわく感が表情に出ていたのか、大磯さんが呆れ顔で、1つのファイルを送ってくる。

 確かに朗報。それは俺が待ち望んでいた最後のピースプレイヤーが揃った事を知らせるものだ。

 
「っと、来ましたか。これで全組揃いと。ありがとうございます」


『お礼はそっちのお菓子ね。でも上手くいくの? 星系連合に地球人を文明種族として認めさせるんでしょ。ゲームプレイなんかで大丈夫かって不安がってる人も多いよ。ほらMMOってリアルじゃ無いから本性が出まくりだし』

 
 大磯さんの言う事も一理ある。

 不特定多数のプレイヤーが揃うMMOでは、善人プレイもいれば、軽い気持ちでリアルでは出来無い犯罪行為を楽しむ連中だっている。

 それをサンプルにして、星系連合連中に地球人はこんな連中ですと紹介するなんて逆効果じゃ無いかと。


「だからこそですよ。彩りしまくった外見じゃ無くて、本音を見せてこそ、深い付き合いができるでしょ。何よりVRMMOは遊びなんです。こっちの連中にこいつらと遊んでみたい、戦ってみたいと思わせる。それがまず第一歩です」


 お偉方しか知らない地球人という存在を、銀河に住まう全ての人々にお披露目する。

 地球人という存在を民間に広め、大衆に認めさせ、それを各国惑星の代表をも動かす圧力に変える。 

 それこそが俺の企み。どれだけ科学レベルが違おうとも、銀河に住む人らと同じく、地球人も喜怒哀楽があり、こちらの普通の人と変わらない精神レベルを持つ人種なのだと知らしめる事で、星系連合に所属するべき、させるべき、地球人にはその価値があるのだと世論を生み出す。

 その世論を後押しして、星系連合議会に地球人類を文明種族と認めさせる事が、太陽製作と並ぶ当面の目標。

 まずは星系連合議会という同じ舞台に立たなくちゃ、こっちを罠に掛けてくる連中とまともに殴り合いなんぞ出来やしない。

高みから見下している連中の鼻を明かしてやる。

 地球を星系連合に認めさせるついでに、あいつらがひた隠しにしようとしているこの宇宙の終焉を出汁にしたバックボーンを持つPCOで、敵、味方全てをあぶり出して、銀河全てを巻き込んだ喜劇に変えてやろうじゃねぇか。


「これで駒は全部揃いました……ティザーサイトの準備も出来た事ですしそろそろ反撃開始。全力で地球を売っていきましょうか」

 
 父を、恋人を、夫を、恩師を……

 死んだはずの大切な人に会うために、全力でゲームに参加するコアプレイヤー達のプレイを中心に、地球文明とそこに住まう人々をゲームを通して紹介。

 星系連合内に大々的に仕掛けて地球ブームを引き起こす。

 その為のツールこそが『Planetreconstruction Company Online』だ。
    

『地球を売るって……言葉もう少し選ぼうよ。本当に悪役大好きだよね三崎君て』


 人の悪い笑顔を浮かべる俺をみて、大磯さんはほとほと呆れたようで、ジト目で俺をみていた。














 これにて二部終了となります。
 次から第三部のゲーム編です。
 二部がエピローグから始まった理由は、以前に一時掲載していたB面や今回で明かしていますが、既に主人公である三崎の体感時間で半世紀近い時間が流れているからです。
 この間に、裏舞台のB面として、三崎の復活やら、地球の凍結解除、送天の再起動、エリスの誕生と色々エピソードとプロットはあるのですが、まともに書くと年単位でかかりそうなのと、ゲームの話がさらに遅くなるので、いっそ全部飛ばして、エピローグから始まる怪しげな男にしちまえと開き直った結果です。
 一部でこってりと三崎やらアリスのやり取りやら性格は書いたので、読んでくださっている皆様の脳内で裏側でどんな行動を取ったか、脳内補完が出来るかなという甘えですがw
 それにともない合間を埋め足り、裏舞台を書くB面もちょろちょろ書いていたのですが、結局サイド話みたいな同じ場面の繰り返しやら、冗長になるだけなので、設定だけを流用して前回、今回みたいにあっさりとばらす方針に変更しました。
 書き上げてきたB面は、読み切り短編に直すか、没にいたします。
 作品消去や大型改変は、私が書いてきた過去作を知る人ならご存じの何時もの事と言えば何時もの事ですが、B面の公開を楽しみにお待ちいただいていた方には申し訳ありません。
 この先の三部で、そこら辺をちょくちょくさわりだけ挟むつもりですのでお許しください。

三部からは裏舞台もがっつり公開していきますので、神目線でお楽しみいただければ幸いです。

 あらすじはこんな感じです。

 ゲームを楽しむプレイヤー達の行動如何で、地球の命運は決まる。
 そんな事はつゆ知らず、圧倒的な速度で攻略を開始する廃神達に、一歩出遅れてしまった美月が目指すべきプレイスタイルは?
 ゲーム内でも清く正しい自分の生き方を貫き通すべきか?
 それともゲームだからと勝利のために、全てを利用するべきか?
 だが葛藤する美月は知らない。
 その美月の思い悩むゲームプレイが動画として、全宇宙に公開されている事を。
 ついに正式オープンしたPlanetreconstruction Company Onlineを己が武器とし、GM三崎伸太は星系連合に所属する星々へと情報戦を開始した。
  

 このような感じの予定です。
 方針ぶれぶれで迷走気味な私ですが、楽しんで頂いてこれからもお付き合い頂けましたら幸いです。



[31751] 第三部 キャラメイク
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/04/08 23:07
『初めまして。私は本日の肉体再生登録ナビゲータを勤めさせて頂きますRE423Lタイプ自己進化型AIと申します。どうぞリルとお呼びください。貴方は星間戦争により破壊された惑星から救助されました。ですが肉体損傷が著しく精神体のみの回収となっております。星間戦争被害者である貴方には、星系連合共同基本条約に基づき、新しい肉体と生存権、役職が提供されます。まずは貴方のお名前をお教えください』





『申し訳ございません。既にそのお名前は別の方によって使用されております。別のお名前での登録、もしくは半角、数字、記号を挿入してならば使用可能となります』





『登録完了致しました。すてきなお名前ですね。では続きましては肉体再生の準備を開始させていただきます。以前の記憶を覚えていますでしょうか? それとも記憶を喪失なさっているでしょうか。記憶がございますようでしたら、既存情報から肉体再生が可能となります。記憶を損失なさっていらっしゃる場合、もしくは新生をお望みの場合はメイキングシステムにより新しい肉体を構築させていただきます』





『新規再生でよろしいですね?』





『新規選択可能6種族の身体特性及び初期特性を表示いたします』


 地球人
 
 もっとも新しい惑星国家であり、文明種族は銀河帝国時代の実験生物が独自進化した事により発生している。

 初期状態での肉体強化、学習能力共に低レベルであり、また遺伝子変貌観測のために世代サイクルが短期間設定されているため、高レベル生体強化、機械化は必須。

 特筆すべき特徴として、脆弱な身体能力を補うため、繁殖性・応用力・適応性に優れ、また帝国時代に遺伝子に埋め込まれた多様なレア特性発現可能性が、他種族と比べ200%アップとなる。
  
 性別 男・女

 身長100㎝~190㎝ 

 体重30㎏~140㎏

 選択可能生体外見生成パレット 

 Aタイプ(生体系)
                
 Bタイプ(半機械系)

 Cタイプ(機械系)


 グレイアロット

 ケイ素を主構成とする身体を持つ永遠種。

 岩石タイプの肉体を持ち、その欠片の一部さえ残っていれば意識の持続が可能な不死属性をもつ。

 生体コンピュータ種族ともいうべき彼らは、機械類との直接接続及が可能で自らの肉体を用いた機能強化スキルに秀でる

 同種族間のみとなるが体の一部を相手に譲渡する事で、スキル、知識の継承、伝播を容易に行う事が出来るが、反面、個体単位での新しいスキルの発現や、習熟には時間を要す。

 自立移動に著しい制限があり、また特定環境下でしか生息ができず生態維持には常時専用ポットと特殊大気が必要となる為、生態維持機能を備えたサイバロイドボディや艦船を肉体として日常的に用いる種族。

 性別 無し

 体積10立方センチメートル~200立方センチメートル

 体重1㎏~5000㎏    

 サイバロイドボディ使用時は、当該機体に該当。
    
 選択可能生体外見生成パレット 

 Cタイプ(サイバロイドボディ)
                
 もしくは搭乗艦より選択。



 アルデニアラミレット

 銀河大戦時に生み出された戦闘種族。

 彼らは共通遺伝子を持たず、その姿形は個体事に大きく異なる。

 銀河中から集められれた優性遺伝子を保存する遺伝子プール艦『アルデニア』こそが彼らの母であり、アルデニアの子ラミレットである証。

 一切の機械補助を用いず生体での宇宙空間戦闘が可能なガルーダタイプや、惑星間戦闘が可能となるドラゴンタイプ等も存在する肉体能力極化種族であるが、アルデニアの遺伝子プールが枯渇状態に陥っており、現在特例を覗いて生成可能なラミレットは重力下白兵戦能力に秀でたビーストタイプのみとなっている。
 
 性別 男・女・雌雄同体

 身長50㎝~300㎝ (ビーストタイプ)

 体重10㎏~1000㎏(ビーストタイプ) 

 選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ
              
 Dタイプ(地上生物系)



 ハバキ人

 森林惑星ハバキの植物から進化した単一性種族であり、寿命を持たない不滅種。 

 捕食行為、生殖行為による外来遺伝子の取り込みに長け、環境適応能力に特化した種族であると同時に、人工地下茎を張り巡らせる事で周辺環境の把握、改造に秀でている。

 闘争本能が皆無で、戦闘行為判定には著しいペナルティが科せられるが、惑星改造、遺伝子変容などの生産行為判定には大きなアドバンテージを持つ。
  
 性別 女

 身長140㎝~160㎝ 人工地下茎を含む場合(1㎞~5㎞)

 体重35㎏~70㎏ 人工地下茎を含む場合(1000㎏~1300㎏)

 選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ
              
 Eタイプ(植物系)  



 ランドピアース

 母星を失った宇宙の放浪者であり、トレーダー種族。

 長い宇宙放浪生活の間に蓄積した宇宙放射線の影響で、遺伝子損傷が激しい肉体を生まれた瞬間から時流凍結保存し、仮想空間に身を置く精神体で活動する特殊種族。

 現実世界においては船こそが彼らの肉体であり、魂の保管庫。

 商人であり技術者でもある彼らの活動範囲は銀河に広く、独自ネットワークを構築しているので、他種族よりもより情報収集、もしくは欺瞞情報流布に強いアドバンテージを得る。

 肉体=船体であるため、スキルレベルは船体コンディションに左右され、的確な防御手段を有しなければ、遠隔地からのウイルス攻撃に致命的なダメージを負う欠点がある。 
  
 性別 男・女

 身長120㎝~220㎝(仮装世界時)

 体重30㎏~160㎏(仮装世界時)  

選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ(仮装世界時)
              
 搭乗艦 (リアル世界時)



 アクアライド星域人

 宇宙空間に浮かぶ液体状態の水で満たされた特殊星域アクアライドに属する星々を出身母星とする種族。

 光源乏しい星域で進化した彼らは視覚に頼らない超感覚による空間認識、異次元把握能力に秀でており、好奇心旺盛な種族特性もあり、未開領域、危険領域で多くの者が活動している。

 地図師、山師、トレジャーハンターなどレアなスキルを必須とする職業特性に優れる者が多いが、その反面、戦闘スキルや生産スキル適正は一部を除いて低調。
                
 性別 男・女

 身長 130㎝~190㎝

 体重 40㎏~150㎏

 選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ
              
 Bタイプ
              
 Fタイプ(海洋生物系) 



『以上6種族が現在選択可能種族となります。生体パレットのタイプリストを組合わせて、ご自分の肉体を生成してください。これからの活動によって多くの星域でミッションをこなす事により、選択可能、特性、種族は増加いたします。一定レベル到達と共に既存肉体の改造も可能となりますのでお気軽に設定ください』















『肉体設定はこれでよろしいでしょうか?』





『はい。肉体生成を開始いたします。肉体生成後は初期ステーションにおいて、初期スキルレクチャー後に搭乗艦選択となります。初期スキルレクチャーはスキップも可能ですがなさいますか?』 





『了解致しました。それではこれで肉体再生登録を終了させていただきます…………肉体再生完了。精神体を転写致します。よき旅路を。無限の銀河が貴方を待っています』



[31751] 必勝法の無いゲーム
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2015/12/13 23:44
「探査ポット1番から6番まで圧搾空気式射出準備」


 左右に展開し浮かび上がる仮装ウィンドウの変動しつづける環境情報に表示された赤色アラートに目を通しつつ、ハーフダイブ中の美月は仮想コンソールを軽く叩き緊張した声色で指示を発す。


『ヤヴォール。準備開始。射出後の艦移動を具申致しますがいかがなさいますか?』


 VITマルチインターフェイスシステム。

 verbal instructions 。口頭指示。

 input。入力操作。

 Thinking。思考。

 この3要素の頭文字を取った操作システムが、美月の思考を読み取り、操作入力と口答指示を受け、アンネベルグ荻上町店特製特殊サポートAI群の一つで、仮装ウィンドウの1つを占領する戦術サポートAI『シャルンホルスト君』という名の二頭身仮想体が艦の移動推奨ルートを表示する。

 いくらエネルギー感知されにくい空気射出と言えど絶対に感知されないとは断言できず、放出ポイントでそのまま呆けていれば撃沈されかねない。

  
「お、お願いします」


 射出ポットの放出しか考えていなかった美月は、AIからの提案に慌てて頷く。


『ヤヴォール。カーゴハッチ開放。ステルスモードを維持し探索ポッド射出。艦移動ルート設定』


 仮想ウィンドウの1つに映っていた薄い三角形状のステルス探索艦の探査ポットを納めた前面カーゴが拡大表示される。

 僅かな光も返さぬ特殊塗料で覆われた船殻の前面ハッチが開き、空気の力によってゆったりと押し出された細長い探索ポッドがノロノロとした動きで船から離れていく。

 オプションで取りつけた圧搾空気式軌道変更補助スラスターを使い、僅かに軌道変更をしながら、ポッドが設定ポイントに向かって行くのを確認しながら、美月は右手を仮想コンソールに走らせ艦の移動を承認。

 こちらも圧搾空気の放出でノロノロとした動きではあるが逆方向へと艦が移動し始める。

 高速で目的地点まで飛ばせる電磁射出や重力射出出機能は艦には積んであるし、ポッド自体にも無論推進装置は搭載されている。

 だがそんな物を使えば、無人警備艦隊の警戒網に即座に引っかかってしまうし、敵対プレイヤー達にもかぎつけられてしまう恐れもある 

 今は艦の隠蔽を最優先しなければならない。

 赤色アラートは警告レベルとしては上から二つ目。

 現在いる地域の治安レベルや危険度に対して、今の装備、スキルでは遠く及ばない事を示すものだ。

 美月にも自分が無理をしている自覚はある。

 VRMMOにおける師匠である宮野美貴からも、何も出来ずにやられるだけだから止めておけと忠告をされていたが、それでも美月は頼み込んでアドバイス(美貴曰く気休め)をしてもらい、この危険地帯でのクエストに挑んでいた。

 美月が選んだ初期艦の正式名称はM型LD432星系調査艦。

 平べったい三角形の形状や後方に伸びた紐状のテールアンテナもあってかエイに見える事で、プレイヤー間からは早々と『マンタ』という愛称がつけられている。

 美月が選んだアクアライド星域人が選択可能な初期艦が、基本が魚形状をしている癖にやたらと遊びの無い正式名称がつけられているのは、色々と小細工を仕掛けてくる開発側が、ユーザー間での愛称論議を狙ったのだろうというもっぱらの噂だ。

 仮想体に付けられるオプション特徴の見た目の可愛らしさや、魚類を模した彩り鮮やかで様々な形状を持つ艦船を選べるアクアライドは、初期キャラとして選んだプレイヤーも多いらしく人気種族、人気艦種となっているらしい。

 公式発表では初期キャラはコンバートキャラが全体プレイヤーの三割で最大勢力であるが、その内情は規制前の各種ゲームからなのでばらばらで、実質はアクアライド星域人が一番多いとの事だから、その人気のほども判るだろう。

 VRMMOを初体験であり、ゲーム自体にも不慣れな美月がアクアライド星域人を選んだ理由はそこにある。

 先達者が大勢いれば、それだけ参考に出来るプレイやスキルの使い方を学びやすいというメリットがある。

 しかしもちろんデメリットも存在する。

 同種族プレイヤーが多いという事は、どうしても共通クエストが被り、パイの奪い合いとなってしまうからだ。

 ましてやゲーム初心者の美月には、色々説明を受け、予習していても、咄嗟の判断では経験の差が物を言う。

 上達するには模倣が必要だが、模倣だけでは美月の目標である、イベント入賞は難しい。
 
 オープンβテストは明日まで。

 明後日には正式オープンとなり、オープニングイベントが始まる。

 失敗や、無謀なチャレンジが出来るのは今日、明日までと覚悟を決め、今の自分が最前線でどれだけ通用するかを確認する為に、美月が受領したクエストが、この封鎖星系でのクエストだ。

 銀河大戦時には一大軍事拠点であり、激戦地だったという封鎖星系は銀河の各所に繋がるワープゲートが星系内にいくつも存在している交通の要所であったそうだが、詳しい情報は居住惑星の破壊された中枢都市にあるという。

 障害を排除し、情報を手に入れ、各種設備を再配置して、この星系を再利用する事が出来れば、星系連合にとっては大きな利益が生まれるという。

 だが今も自動迎撃要塞艦が星系の要所に鎮座し、クラッキングによって無差別撃退モードに入ったバーサーカー艦が無数に彷徨っている。

 星系外のワープゲートから、星系内唯一の居住可能惑星までの間には、巨大ガス惑星がいくつもあり、惑星の周囲には大昔の戦争で沈没し破壊された艦船やコロニー群が、無数に点在し、その素材を狙う高レベル武装スカベンジャーMOB艦が大量に湧く危険地帯。

 しかし危険を冒し、侵入するメリットがある。眠っているワープゲートだ。

 文献には登場するのに未だ未発見星域や、光学観測だけされている未到達星域への扉がここにはあるのだろうと、プレイヤー間で推測されている。

 銀河系内にはこのような感じで重要ポイントである封鎖星系がいくつも用意されており、そのうちの何個かはクリアされ、それが実際に新しい未知の星域へと繋がっていたのだから、その推測はおそらく間違っていない。 

 星系開放やワープゲート取得はゲーム内の功績ポイント的には最高得点に分類されるが、難易度が高く、準備にも時間がかかり、協力者もたくさん必要となるので、素人の美月には到底無理だ。

 だが静かに忍び込んで、さわりだけでも調べる星系内調査ならば、単独でも何とかいける……かもしれない。

 麻紀や伸吾達だけで無く、ベテランゲーマーである美貴達に頼るという選択肢もあるが、それではプレイヤースキルは上がらない。

 実際に美月と同レベル構成の艦で、偵察をやってのけて高ポイントを稼いだという話も珍しい物では無い……同時に失敗したという話も腐るほどあるが。

 高ポイントが入れば役職もあがり、艦の選択や人員補充等など多くの選択肢が広がる。

 トップを走るプレイヤー達に何とか食らいついて行くためには、まずは自分のプレイヤースキル上昇が最優先。

 そう考えた美月は、自らのレベル。プレイヤースキルでは無茶だと思いつつも、封鎖星系外縁部惑星ラグランジュポイントに浮かぶ朽ち果てたコロニーの残骸が無数に浮かぶ危険地帯の簡易マップ製作というミッションに挑んでいた。


『探査ボッド稼働予定地点まであと60秒。カウント開始します』


 AIの音声アナウンスが静かに響き、カウントダウン表示と一緒にマップに表示される探索ポッドの予想位置マーカーがじりじりと移動していく。

 亀のような動きに焦れるが、それでも美月は息を殺し手を握る。

 筐体内は空調で適温に保たれているというのに、緊張からか手汗が酷い。

 ハーフダイブ状態なのだから、どれだけ騒ごうが音をたてようがゲーム世界にはなんの影響も無いというのに、ついつい押し黙って、マップを見つめつつ手順をもう一度頭の中で繰り返す。

 1~3ポッドが高出力の全方位アクティブレーダーを発し周囲の情報を取得しつつ、周囲の防衛機構や、スカベンジャー艦隊を引きつける囮に。

 4~6ポッドはパッシブセンサー内蔵型で、防衛機構やスカベンジャー艦隊の探知能力検知をメインに。

 探査ポッドのうち2番は高価ではあるが、破壊される事で周囲の時空間を歪める時空間ジャミング機能搭載式。

 一瞬で情報を集め、ジャミングをかまし、即座に本艦は撤退。星系外のワープゲートに飛び込んで逃げるという一撃離脱戦法。

 他星系であるが同じような危険地点で情報収集したプレイヤーの動画に乗っていた戦法を真似したものだ。


『30秒』


 タイミングが全て。   

 ポッド群からの情報を受け取り,ジャミングがかかった瞬間に逃亡を開始。
 
 逃げるのが遅くなれば、発見される危険性も増し、ステルス優先で碌な防御機構も持たない脆いマンタでは、中出力レーザーが至近距離で掠めただけでも致命的な一撃になりかねない。

 かといって臆病風に吹かれて早々と逃げてしまえば、ジャミングも無い上に、ポッドから十分な情報を受け取る前に、交信可能距離を離れてしまう。

 早鐘のように脈打つ心臓の鼓動を落ち着けようと美月は息を小さく深呼吸をしつつ、仮想コンソールに手を乗せる。 


『5,4,3,2,1……ポッド起動』


 シャルンホルスト君が腕を振り下ろした瞬間、沈黙していたポッドが甲高く声を発し始め、同時に無数の敵性キャラに探知される。

 残骸のあちらこちらに隠れていた無人艦船や,防御機構からいくつものアクティブレーダーが発せられ,マンタの表面装甲がなでられ赤色アラームが激しく点滅をする。

 だが初期艦と言えど曲がりなりにもステルス艦。レーダー波を吸収し隠れ潜む艦はまだ発見されていない。

 恐怖心に怯えて逃げ出しそうになるが耐える。逃げ出すのはジャミングがかかってから。

 そうで無ければすぐに探知され、星系外まで到達が難しくなる。  


『大型ミサイル射出確認。予想目標ポイントはポッド2』


 ジャミング機能を持たせたポッドに向かってミサイルが迫っていると警告をシャルンホルスト君が発する。

 着弾と共に破壊されたポッドに仕掛けられたジャミング機能が発動する。後はタイミングを、


『やば!? 美月ちゃん即逃げ! 迎撃レーザーじゃない! 対策してきてる!』


「へ!?」


 回線を繋いで黙って様子を見ていてくれた美貴が焦った声をあげる。

 しかし美月は咄嗟に反応できない。

 今動けばジャミング前で気づかれてしまう。咄嗟にそう思ってしまったからだ。

 それが命運をわける。

 赤色アラームからさらに警告レベルは繰り上がり、致命的な打撃を受けた事を知らせる黒色アラームが仮装ウィンドウで点滅を開始する。


『ミサイル着弾。ポッドからの信号ロスト。超高出力パルス検出。戦術級EMPミサイルと推測。電子機能防御開始……失敗。本艦制御機能7割消失。復旧まで……』   


 状況報告の途中で仮装ウィンドウにノイズが走りシャルンホルスト君の映像が途切れ,砂嵐画像をバックに、緊急帰還跳躍開始という赤文字が画面内を躍る。

 それはここ数日で美月には見なれた光景。

 搭乗艦が撃沈されたという知らせであり、同時にそれは情報収集失敗、クエスト未達成という知らせだった。  



[31751] 生まれた世界
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/02/07 01:47
 商業エリアに隣接するアンネベルク荻上町店の1階フロアには、VR再現機能を備えたレンタルルームがいくつか用意されている。

 部屋全体を3Dプロジェクターとする、前時代的ではあるが高規格VR環境システムを採用しており、主流VR技術のコアであるが脳内へ異物を入れるナノシステムへの抵抗感をもつ顧客や高年齢世代などナノシステム非使用者をメインターゲットに会議やプレゼンなどへの使用目的で売り込み、レンタル料金1時間2万円という高額設定ながら、ビジネス街に隣接する立地条件もあってか、そこそこの好評を得ている。

 その中の一室。10人ほどが入れる小ルームが、美月達がリアルでの打ち合わせや食事休憩等にもちいる部屋として、荻上町店店長柊戸羽ことギルド【餓狼】マスターセツナから提供されている。 

 今室内にいるのはつい先ほど撃墜された美月。丁度食事休憩に入っていた峰岸伸吾と中野亮一。

 それと美月にVRMMOのイロハをレクチャーしている宮野美貴と、PCOの取材を行っているVR業界雑誌記者である井戸野の5人だけだ。

 戸羽は仕事中。麻紀を初めとした他のメンバーは、2階の筐体でそれぞれハーフダイブでプレイ中だが、現時進行形で大荒れのゲーム世界での情報収集に忙しく、リアルに復帰してくる切っ掛けがなかなか掴めてはいなかった。


「え、えげつねぇー……情報サイトが軒並み阿鼻叫喚状態だ」


 運営の繰り出してきた情け容赦ない手段に引き気味な伸吾が、この騒ぎをまとめた速報情報を部屋中央の大型ディスプレイに投射する。


『どこが鉄板ルートだ! 海賊の襲撃じゃねぇか!』

『相手AIじゃないかも……少し無駄のある対人戦みたいな動きしてくるんだけど』

『敵基地に奇襲しかけようとしたら、NPC艦隊に集結地点を逆奇襲された! どうなってんだ!?』

 そこに乗っていたのは、リアルタイムで何度も修正されつづける攻略情報への困惑の声や、まんまとやられたプレイヤー達の怒りが手に取るように判る罵詈雑言な怨嗟の声だ。


「潰されまくりか。ミネ君はそのままゲーム関連板での情報収集よろしく。美月ちゃん。実際に戦ってみてどう思った?」


「……AIじゃなくて対人戦になったってことでしょうか。あの人が仕掛けてきたとか」


 美月の動向を、あの男は、三崎伸太は監視しているはずだ。

伸吾の集めてくれた情報でもAIぽくない行動が目立つという情報も多い。

 三崎が何らかのちょっかいを仕掛けてきたのだろうかと、美月は疑うが、


「うーん。おしい半分はずれ。運営が仕掛けてきたのは間違いないんだろうけど、中身を入れるにはさすがに規模が大きすぎ。人手が足りないでしょ。ロイドさん。何か情報って出て来ました?」


 美月の回答に×マークを出した美貴は、対面に座って仮想コンソールを操っていた井戸野に尋ねる。 


「こっちでその名で呼ばれるのは慣れねぇな……ちょっと調べてみたがPCO、つーよりもホワイトやディケライアの協力企業やらグループにいくつか新しい所が来てる。人工知能開発系のマニアックな連中がメインだ」 


 リアル側からの会社情報を当たっていた井戸野は、VR世界での姿での呼びかけに、くすぐったそうにぼやいてから、集めていた情報を提示する。

 VR世界における井戸野の仮想体は、火力絶対主義のギルドその名もずばり【Fire Power is Justice】を率いていたギルドマスターロイド。

 セツナの餓狼とロイドのFPJは、リーディアン時代はライバルギルドであり、マスター同士も犬猿の仲でしょっちゅう揉めてはいたが、両者とも美貴達【KUGC】と大同盟を組んでいた有力ギルドの一翼だ。


「マニアックですか?」


「そう。個性的なAI開発をしている所だな。犯罪者思考再現やら、変わった所じゃ歴史的偉人の思考再現研究なんて課題の所もあるみたいだ。用途が限定されすぎて金にはなりにくい、研究費が回せないって金欠グループをがさっと巻き込んだな」


「PCOの高再現可能なマシーンスペックと、仮想世界で蓄積するビッグデータを餌にですか……その代わりにゲーム内AI強化に協力させたと。さすがギルド一のナンパ師」


 井戸野のあげた企業・グループリストに目を通した美貴は、学術目的やら趣味的な名目が立ち並ぶのを見て、どう交渉したのかが分かり呆れるしか無かった。

 欲しがる物を見抜き、さらにそこから切り込んで落とす。ナンパ師の称号は伊達ではない。 


「だろうな……それでこそホワイトっていうべきだな。正式オープン直前にAI改良でクオリティ上げか」


 美貴達の知るホワイトソフトウェアとは、当たり前なことを強調するのは変だろうが、【ゲーム会社をやるために生まれたゲーム会社】という表現が出来る位に徹底した会社だ。

 ゲームを盛り上げるためなら無茶な企画だろうが、無理矢理押し通す企業風土は新世代VRMMOとなっても変わらず。

 そしてそこで水を得た魚のように動き回っている旧知のGMの姿が、二人の脳裏には鮮やかに浮かんでいた。

 オープンβも終了間近で、正式オープンに備えていたPCOプレイヤーに、運営側が振り下ろしたサプライズ攻撃は、オープンβテスト時代に開発されたAI思考の裏を付いた特殊戦術や、鉄板プレイのセオリー戦術をことごとく無効化する新型AIの導入。

 PCOは下手すれば数十億人にも及ぶだろうNPC個人個人を、各々独立した思考AIによって操作するというのが売りで、1つとして同一のクエストが無いと謳っている。

 その謳い文句どおり、確かに今までのゲームよりも、明らかにAIの設定レベルが高く、プレイヤー達の行動に即座に反応して、プレイヤー達が苦戦を強いられる場面も数多く見受けられた。

 しかし今日は今までとは質が違う。

 今まではプレイヤーの行動に対して、AI側が反応し対応する受動的行動がメインだった。

 だが今回はAI側からも積極的に動き、状況を操ろうとする能動的行動が増えている。

 今回美月が失敗した偵察ミッションなどその典型例だ。

 美月が参考にした他のプレイヤーの時は、AIは探査ポットにこれ以上の偵察活動をさせないために、撃墜優先で迎撃レーザーを発射している。

 だからこそ撃墜されるのを前提に、探査ポットは囮として空間を歪めるジャミング機能を搭載し、敵がジャミングで混乱していうるうちに本体は逃げ出すというのが、今回の作戦のキモ。

 しかし今回の敵AIはレーザーよりも、遥かに遅い迎撃ミサイルを発射し、さらには広範囲に電磁障害をもたらすEMP弾という選択だ。

 探査ポットが撃墜されるギリギリまで周辺情報を受け取ろうとしていた美月は、搭乗艦であるマンタのパッシブソナー全開状態で設定してあったが、それが裏目に出た。

 宇宙空間を航行する船であるので船体自体には強固な電磁波対策が施されているが、展開していたアンテナ類はそうはいかない。

 強力な電磁波によってアンテナ類は焼き切られ、さらにそこから回路に異常電圧が生じ、ステルス機能も含めた船体機能の大半が一時的にシャットダウン。

 機能ダウン直後に、EMP対策をしていたであろう敵方監視網によってあっけなく発見され撃墜という流れだ。


「うーん……ちょっとまずいわね。スタートダッシュに考えていた方法がつぶされてるかも。リョー君。うちの連中はなんて?」


 アンネベルクだけでなく、それぞれの自宅やホームでハーフダイブしてプレイ中のKUGCギルドメンバーは、ゲーム内の各星域に散らばって、情報屋NPCや政府公式情報等を拾い集めている最中だ。

 PCOは情報を重視するゲーム。

 いくら攻略掲示板で情報を集めプレイヤー本人が知っていても、キャラクターには反映されない。

 ゲーム内で確かな情報を集め蓄積、共有してこそ、プレイキャラクターが制限無くステータスを発揮できる。

 ゲーム内の膨大な情報に対して、それらを適切に扱うため、校内アーカイブから作りあげた分析ツールバージョン1にデータを取り込んでいた亮一は顔をしかめている。


「銀河各所の特S級資源恒星系に各陣営の要塞艦がぞくぞく到着。各所で戦争の幕が開いたそうです……ゲートから遠くて敵キャラは少ないから稼ぎやすいって、スタートダッシュポイントはことごとく潰されたってカナさんが緊急速報飛ばしてます」


 潰されたのは戦術だけではないと亮一が見せてきたのは、PCO世界のNPC国家や企業が保有する超大型艦や戦闘艦隊の動きを監視し、経験値を上げているプレイヤー達の情報を集めていた金山からの緊急伝だ。


「こりゃモンスター分布の変更っていうよりも、世界全体が有機的に動き出したって表現した方が良いかもな。プレイヤーが美味そうな狩り場だと思えば、NPCも美味いと思うわな。その分、偏りと穴が生まれると」


 手元に集まっているのは端的な初期情報だけだが、劇的に状況が変化し始めだした空気を感じたのか井戸野が目の色を少し変えた。雑誌記者からプレイヤーへと。

 初期資材や資金集めに有望だった星系が軒並み激戦地に変わり初め、逆に今まで難所だった場所から、戦力が引き抜かれ僅かだが穴が見え始めていると感じ取ったようだ。
 

「あ……そういうことですか。なんでこの正式オープン間近のタイミングかと思ったら。さすがホワイト。プレイヤー心理を判ってますね」


 井戸野の言葉に何か感じる物があったのか、美貴もまた少し雰囲気が変わる。その口元には好戦的な笑みが浮かんでいる。


「相変わらずプレイヤーに全力で喧嘩を売ってくる会社だな。FPJの連中にも今日のデータって回して良いか?」


「どぞどぞ。うちの関係者なら喜ぶ連中が多いでしょ。難易度上昇を喜ぶ人ばかりですし」


 ゲームが難しくなった。集めてきた情報が、考えていた戦略が無駄になった。しかもオープン直前に。

 父の事を知りたく必死でゲームに挑もうとする美月からすれば、三崎の嫌がらせかと思えるくらいだというのに、なぜ二人がそんな楽しそうに、嬉しそうなのか理解出来ないでいた。


「えと……どういうことでしょうか?」


 VRMMO初心者である美月は、集まってきている情報に二人が何を感じたのか理解が出来ない。

 戸惑いを見せる美月に対して、美貴は少し困ったような顔を浮かべ、


「うーん……あたしも、ロイドさんも感覚だから言葉だと説明しづらいんだけど、感じたのよね。今。仮想の世界だけど、本当の世界が。あたし達が生きるもう一つの世界がね、生まれたんだなって思ったの」  


 仮想世界の事を、ゲーム世界のことを、まるで現実世界のように語る美貴の言葉の意味が、今の美月には理解が出来無かった。



[31751] B面 偽物と本物
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2017/08/08 21:06
「ふんだ。クラッキングされて気づかない方が悪いんだもん。須藤のおじいちゃんがそういってたもん」


「それとこれは別! おとーさんのお仕事の邪魔はしちゃダメっていったばっかでしょ!」


「だっておとーさんちょっとしか遊んでくれないんだもん。お仕事ばかりだし、地球のことばっかだもん」


 俺の膝の上ですねてる我が娘さんに、ガチ切れ中の相棒兼うちの嫁さん。
 生身と機械。銀色と金属色。
 違いはあれ二人の頭上でウサミミが激しく揺れているあたり、どちらもヒートアップしているのは間違いない。
 うむ。これで現在位置が我が家の居間だってなら、当家じゃよくある光景だなと笑えるんだが……こいつらPCO緊急事態対策会議中だって判ってるんだろうか。
 ずらりと雁首を揃えたPCO裏事情関係者からのリアル、仮想ウィンドウ越しの目線が実に痛い。
 こうなる前にもっと娘に構ってやれ。
 異口同音ならぬ異眼同視な目線には、返す言葉は無しだ。
 俺的には、愛娘に最大限の時間を割いているつもりだったんだが、娘様は全然遊んでくれないと不満だらけだったご様子。
 全面的に俺が悪いんだが、それでも言わせてもらえるなら、私生活無視な俺の社畜根性というか、実に嫌なブラック慣れな原因の大半は、社長や佐伯さんあんたらの所為だ。 
 会社の命運と、VRMMO業界の新しき船出、んでもってついでに地球救済な色々な物を掛けて作り上げた新世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』
 通称PCOのオープンβテストは、定番の同時接続負荷テストやら、新規ギミックであるシナリオ自動生成プログラムテスト等々。
 多少の問題はあったが、概ねスケジュール通りに進められていたのだが、それも先ほどまでの話。
 エリスが仕掛けた、AIレベル強制変更プログラムは、実に効果的にプレイヤー潰しを実行してくれやがった。
 βテスト中に積み上げられたプレイヤー達の戦略、戦術が物の見事に覆されて、正式オープン前の攻略サイトやら交流サイトは現在進行形で阿鼻叫喚状態とのこと。 
 だが安心しろプレイヤー諸君。阿鼻叫喚はこっちもだ。
 PCOの裏目的は、銀河文明の統治機関である星系連合に、PCOを通して地球人は星間文明種族とほとんど変わらない知性、精神性を有す事を証明する事。
 そのPCOの難易度が、エリスが原因で全エリアのNPCAIがノーマルモードから、一部限定区域や、特定NPCに使うつもりだったハードモードに移行している。
 しかも質が悪い事に、この難易度書き換えプログラムは、自動増殖型のウィルスプログラムで、ノーマルに設定変更しても、すぐにハードモードに強制変更されてしまう。
 佐伯さんの見積もりでは完全除去には、システムを止めて数週間はかかるとの事。
 遅延させている地球時間においてはPCO正式オープン前日だってのに、不具合発生で一月近く延期ってのは幸先が悪すぎる。
 さらにいえば宇宙側の方も切羽詰まっていて、地球時間で一月も伸びるのを待っている余裕は無いってのが実に笑えん。
 かといってハードモードのままだと、うちのギルドを含めた一部の廃神連中には丁度いいかもしれないが、俺の本命である清吾さんちの娘さんコンビみたいな初心者連中には少し荷が重い。
 クソ難易度のクソゲー扱いされて、プレイヤー激減とでもなったら目も当てられない。
 本当に嫌な攻撃を仕掛けてくる辺り、さすが俺の娘だと変に感心するが、口に出したらアリスの怒りがこっちに来そうなので、心の中に留めておく。
 まぁ、とりあえずはだ……


「親父さん。人んち娘に何を教えてるんですか」


 俺の横で暢気に茶を啜ってるはげ親……もとい須藤の親父さんへ、父親としてのクレームを一本入れておく。 
 魔法使い級プログラマな須藤の親父さん直伝のクラック技術を身につけたエリスの将来が、そこはかとなく心配になる。
 クラック対象である俺の本来の所属先ホワイトソフトウェアのメインシステムの基礎部分は親父さん作。
 設計者から見れば穴の1つや2つは余裕だろう。
 エリスに好き放題に侵入されているのだから、今回の件だけで無く特定人物(美月さん&麻紀さんコンビ)にむけたトラップの山が眠っていそうな予感がひしひしとする。
 エリスが目の敵にしているのが、俺が目にかけているあの子らなんだから、難儀な話だ。
   
 
「なに言ってやがる。お前が放置しすぎたのが原因だろうが、ちゃんと遊んでやるときは遊んで、叱るときは叱れ。自分の都合の良い時だけ構ってやるのはペットと変わらねぇぞ」


 おうふ。正論すぎる。
 親父さんが湯飲みを置いてジト目で俺を睨む。
 ……ふむ。親父さんのごもっともな説教に周囲からの目がさらに痛くなる。
   

「あー。一応これでも精一杯の」


「お前な。仕事場にエリ坊を連れ込んで、それで満足させてたとか思うなら逆効果だからな。回線確保に利用されてただけだぞ」


 ……なるほど。侵入経路はあの時か。
 現状創天と地球側との回線は、あっちからこっちはまだ良いが、こっちからあっちは技術流入や情報漏洩を嫌う星系連合によって、かなり限定されている。
 エリスがここまでばれずにあちらに仕込むには、どうやっても地球側へと情報送信する回線が必要となる。 
 そしてその情報回線とは……


『あー! 私が出汁にさあいたっ!?』


 地球側の通信交換オペレーターの大磯さんが、親父さんの指摘ではっと気づいて立ち上がろうとし、そしてテーブルで足を強打したのか涙目のまま撃沈される。
 さすが我が社の誇る高性能どじっ子。一瞬で気づいて、こういう場面でもしっかり決めてくる。


「あたしよりおとーさんと仲良く話してる大磯ちゃん嫌いだもん」


 そして地球嫌い、地球人嫌いを公言するうちの娘さんは、べーと舌を出して挑発している。
 死んでこっちに来た地球人は別に良いらしいが、あちらに、本来の意味での地球に住む人は嫌いなのはまだ救いだろうか。
 この調子では、うちの両親と姉貴夫婦。そして俺の姪にしてエリスの従姉妹と面会させられるのは何時になるのやら。
 アリスに愛想を尽かされる前に結婚しろや、早く孫を抱かせろ。弟、妹分が欲しい等。
 過去の所行のせいとはいえ、このままじゃ一生結婚できないやら、ここが最後のチャンスと家族に思われてる俺って一体……。
 もうとっくにそのラインは越えてるが、それを告白したときには、家族会議からの姉貴説教コンボが確定してるんで、非常に憂鬱だ。


「エーリースー! いい加減にしないとご飯はしばらくあたしの創作料理だけの刑にするわよ!」


 反省の色を見せないエリスに怒りの矛をさらに尖らせたアリスが、世にも恐ろしい事を言いやがる。
 だがアリス。それが罰ゲームだと判ってるなら、もうちょっとマシな発想してくれ。  少なくとも焼き魚とあんこを組合わせるな。たい焼きにヒントを得るな。
 しかもそれ自動的に俺も付き合うコース確定だ。可愛い娘だけにそんな苦難を歩ませられるわけが無い。
 しゃーない。こうなりゃ…………


「リルさん。シークレットモード。全回線を最大機密モードに」


『了解致しました。全回線最大機密モードに移行致します』


 俺の指示でリルさんが即時に回線のセキュリティレベルを最大まで上げる。
 グレーゾーン全開の搦め手でいくしか無い。


「社長。佐伯さん。元数値のデータをリルさんの方に保管してあるので、そちらも利用してワールド2面で行けませんか? 参加人数が想定外に多かったので、サーバを緊急増設して、通常ワールドと、難易度アップワールドに分けますという感じで」


 無論緊急増設なんぞ一日、二日でできる訳も無い。
 とりあえずはした事にしておきリルさんに代理をしてもらっている間に、地球側で別サーバを揃える。
 辻褄合わせは、リルさんにちょっちょいと帳簿やら記録、記憶を弄ってもらって、前後の矛盾を誤魔化す。
 科学レベルが桁違いだからこそ行える力技で、いわゆるチートコードみたいなもんだが、あまりやり過ぎると星連が五月蠅いのでそうそう使えない奥の手だ。
 具体的には今の政治力じゃ3、4回が限度だろう。
 それ以上となると色々とつけ込まれる事になる。


『出来無くは無いけど、互換性はどうするんだい? ワールド事の状況が大きく変化する事になるよ。プレイヤーデータを別個にするのかい?』    


 PCOの売りはプレイヤーの行動によってNPCも影響を受け、管理側やプレイヤーも想定していないシナリオの無いストーリー展開を見せるMMO。
 元が同じデータでも、プレイヤーやその行動が違えば、ゲーム内勢力図や情勢は大きく異なる事になる。
 その差異をどうするかってのは当然の指摘だ。


「別個じゃなくて出来れば統一で。整合性はメインシナリオで上手い事にいけませんか? 平行宇宙とか別宇宙とか」


 ワールド事にキャラを別にすると、どうしても放置キャラが出たり、ワールド事のプレイヤーの分断が起きる。
 出来たら1つの世界で大勢のプレイヤーっていうのが理想だ。


『あぁそれなら、新規クエストにボスとフィールドを作ろうか。平行宇宙への扉として、特異跳躍点を設定して、そこを突破したら別の宇宙に到達できるって感じで。低レベルプレイヤーでも高レベルプレイヤーでも移動可能で楽しめるように、艦隊規模事に難易度を変更する形だね。初心者、ベテランの棲み分けやらが可能になるからありだね』
 

 俺の無茶な提案に、お気楽極楽な顔で社長が即座に反応し策を提示する。
 しかしそれがまた無茶な案だ。
 地球時間では明日オープン。それなのに新規ギミック、フィールドを投入しようとするんだから。
 だがその無茶が可能になる。
 我が社の最大戦力である須藤の親父さんは、今現在こちら側、宇宙側にいるからだ。
 そして地球では明日でも、宇宙では1週間の時間がある。


『いやー親父さんが心臓麻痺でぽっくり逝ったときはまいったけど、こういうときは助かるね。親父さんそっちで頼むよ』


「人が死んだのを嬉しそうに言うんじゃねぇよ。ったく、おっちんでからもこき使われるなんて夢にも思わなかったぞ」


 軽く言ってのける社長の言葉に、須藤の親父さんは嫌そうに顔をしかめる。
 だがそういう親父さんはワーカーホリックな社畜の鏡にして仕事人間。
 無理な納期やら仕様のほうが燃える事はうちの社員なら先刻承知だ。


「佐伯。こっちでメインフィールドは組むから、クエスト受諾画面は流用して準備しておけ。三崎。艦船データから大型要塞艦を適当に見繕え。ボスキャラにすえるぞ。難易度調整はオープン中に適時やってくからデータ取りは密に」


『あいよ。広報部のほうにオープンサプライズ企画としてワールド二面もぶち込ませとくよ』


「ういっす。すぐピックアップします」


 現状こちら側に来ているホワイトソフトウェアの社員は、俺と親父さんのみ。
 まぁ二人でも、というか、親父さん一人でもリルさんの計算処理速度が組合わさればどうにかなる。
 何せ地球のスパコンですら、親父さんには処理速度が気になってたらしく、リルさんの打てば響く高性能があってこそ、初めてVR空間で全力を発揮できる化け物だ。
 さてこっちはこれで目は見えた。
 あと1つは……


「むぅぅぅっ……」
    

 自分の妨害工作が一瞬で逆利用され動き出した事に頬を膨らませているエリスだ。
 どうせ懲りずにまだまだ悪巧み考えてるんだろうな。
 俺の娘だし。
 エリスの目的は地球人プレイヤーへの妨害。
 もっと精密に言うなら、俺が一度死んだ原因であるとエリスが思い込んでいる上に、俺の仕事が忙しい理由だと勘違いし、俺が気にかけていると嫉妬しているあの女子高生コンビだ。
 可愛い娘にこうまで思ってもらえるのは、父親としちゃ嬉しい限りだが、目に見えないところでの妨害工作はもう勘弁。
 お前がなんかする度に、お父さん忙しくなるんだが判ってんだろうか?
 まぁそこら辺の猪突猛進ぶりは、相棒の血を引いているんだろうなと思いつつ、少し考える。
 エリスの方向性をコントロールし、上手く利用する。
 言い方は悪いが、娘さえも利用して、自分の目的を果たすには……主人公を恨み、一方的に目の敵にする強キャラ……ありだな。


「エリス。そんなにお父さんと遊びたいのか?」


 ふくれっ面の頬を突きながら尋ねると、


「……おとーさんはエリスのおとーさんだもん」


 実に子供らしい理屈で我が儘を口にする。
 独占欲が強いのはアリス一族の特徴なんだろうな。
 そしてアリスの娘という事は、ついでに言うと俺の娘であるならば、十分素質ありだ。
      

「社長。プレイヤー枠を一人、いや二人分追加してもらえますか?」


『あぁ構わないけど、アリシティア社長は無理だからね。いくら隠そうとしてもプレイスタイルですぐばれるだろうから』


 にやりと笑った俺の意地の悪い顔に社長は、全てを察したのか即答しつつ、アリスを見て釘を刺す。


「プレイヤーに復帰したいのに……」


 実に恨めしそうな顔を浮かべる兎母は、耳をしょんぼりと垂らす。
 開発企業のトップが一プレイヤーとはいえ参戦はさすがに御法度だが、まだまだ諦めてない辺り、業が深いなうちの嫁。
 まぁその辺りはそのうちちょっと手を考えるとして、今は兎娘の方だ。


「よし、じゃあエリス。おとーさん達が作ったPCOでなら遊んでやるぞ。エリスが嫌いな地球人、エリスの嫌いな清吾さんの娘さんもいるから、ゲームの中でルールに従ってなら好きに妨害しても良いからな」


「いや。エリス偽物嫌い。だってゲームの中って本当の事じゃないんでしょ。おとーさんもおかーさんも地球人もなんで偽物の世界のこっとばっかなの」


 俺の提案にエリスは気乗りしない顔を浮かべる。
 偽物の世界。本物じゃ無い。
 VRはどれだけ精巧に出来ていようとも所詮は偽物。
 だから本物とは比べものにならないし、複製品と比べても、足元にも及ばないまがい物。
 こいつはエリスのみならず、銀河文明に所属する連中の大半の常識であり価値観。
 本物が尊ばれ、VRは代用品ですら無い。
 科学が進みすぎて、何でも出来るようになったからこそ本物がありがたがられる。
 だがそんな価値観を俺は一笑に付す。
 VRが偽物。まがい物。
 そんな物は見てない奴。ちゃんと体験していない奴の台詞だ。
 どんだけ進歩しようが、どんだけ出来無い事が無くなろうが、そんな風に宇宙の奴らが考えるなら、俺に恐れは無い。
  

「そこはおとーさんのゲームをやってみろって。俺がゲームの、VRの楽しさって奴を教えてやるからよ」


 かつてどこかの誰かに言った台詞を少し改変しながら、俺はエリスへの説得を開始する。
 そのどこかの誰かはあきれ顔だ。
 母子二代に渡って同じ口説き文句とは芸が無いとでも言いたいのか。
 それとも母子二代に渡って、価値観が狭いと自虐でもしているのだろうか。
 偽物の、作られたVR世界。
 だがあそこにだって本物がある。
 俺は、アリスは、うちの会社の連中は、そして誰よりもプレイヤーは知っている。
 あの騒がしく、輝かしく、そして何より楽しかった時間があるから断言できる。
 だから俺達は戦える。
 それにだ。娘一人を心変わりさせられず、銀河全ての連中の認識を変えてやろうと……喧嘩を売れるかって話だ。



[31751] B面 出陣
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/04/08 22:35
 時間流遅延フィールドで覆われている地球と、宇宙の平均時間流の流れは現状では大体7倍の差がある。
 簡単に言えば地球で1日が経つ間に、宇宙では7日が過ぎているってわけだ。
 廃神の高いプレイヤースキルを用いた暗黒星雲調査が大元の企画だったPCO計画において、こいつはデメリットが多い。
 ゲーム開発期間が7倍になる上に、そのままではプレイヤーの反応速度が1/7となるからだ。
 だが地球の時間流を遅くしたのは苦肉の策。
 送天による大跳躍で、主星たる太陽を失った我が母星は、その膨大な熱量やら、地球を留めている重力の恩恵を失っている。
 保護フィールドが無ければ、あと百年所か、10秒後には全地球生命全滅となりかねないそうだ。
 その保護フィールドの維持に膨大な資材を消費するから、PCO開発時間とのバランスを取って最大効率となるまで地球の時間を遅くして消費を減らしている。
 開発途中の他惑星のように、星を固定したら、居住区域だけフィールド展開で維持が出来れば良いんだが、んなことすれば、崖っぷちな地球人類の現状を全人類が知る事になる。
 暴動必死、狂乱必死。間違いなく地球人類史最大の事件の幕開けだ。
 宇宙側の事情が原因で、原始文明壊滅危機となりゃ、銀河を統べる統治機構である星系連合が出張る大義名分が成り立つ。
 星連の全てが保護精神に溢れた神レベルの善人なら、それにすがるのも手なんだが、んなわけは無い。
 列強星系ほどえげつないのは地球と同じ。
 弱みにつけ込まれて、銀河帝国時代の実験生物な地球人はケツの毛までむしり取られて、良いように使われるだけだ。
 ディケライア社倒産阻止=地球売却阻止が絶対勝利条件であるけど、敗北条件が無数に山積みな現状。
 タイトロープなこの状況で、いくら可愛い愛娘といえど、少しばかり放置となるのは仕方ないと思うが、本人からすりゃそんな物は関係ないのが、どうにも困ったもんだ……












「……タ! シンタ! 起きなってば!」


 耳に響く相棒の声と、身体を揺さぶられる感触に、泥のように眠っていた俺の意識は這いずるように覚醒し始める。


「お、おう…………あ、あとコード千行で終わりだ……」


 しまったいつの間にか寝落ちしていたようだ。
 まだ終わっていない作業が……


「終わってるから。寝ぼけてないでとっとと起きる」

 
 昨夜というか、つい数時間前まで修羅場の中にいたためか、どうにも頭が追いつかない俺に、呆れ声のアリスが蒸しタオルを被せてきた。
 ほどよく温かい蒸しタオルが心地いい。


「……あー……そういや終わってたな」


 エリスのトラップによって難易度が跳ね上がったPCOを、高難度、通常難度の二面ワールドにする突貫作業は終わっていた事を思いだし、ベットに身を横たえたまま俺は安堵の息を吐く。
 あぶね……ここで寝落ちしてたら、時間流完全停止にでもしないと間に合わないかと思った。
 つーか作業中に寝落ちなんぞしてたら、親父さんにどやされるし、完全停止で経費がかさんで金庫番のサラスさんからの説教コンボに繋がる。


「アリス……終わってるならもうちょっと寝かせろよ……こっちは修羅場の連続で」


 気が抜けると、次に浮かんでくるのは相棒にしてうちの嫁への不満だ。
 せっかく終わったのだから、もう少しゆっくりと寝かせてくれたって、


「だーかーらゆったりしない! 今日は何の日か忘れたの!?」
 

 蒸しタオルを顔から剥がしたアリスがタオルで俺の顔を軽く叩く。
 何の日か?
 あ、そんなの……!?


「今何時だ!?」


 アリスの言葉で一気に目が覚めて、跳ね起きる。
 無理矢理な日程の理由は、PCO正式オープンである時刻に合わせて、ワールド二面を実現するため。
 つまりは地球時間の本日10:00がPCOの正式オープン時刻。
 リアル・VRの両世界でオープン記念イベントやらで予定が満載。それこそのんびり寝ている暇なんてない。
 地球と宇宙を直接に行ったり来たりしているのは、現状では俺一人しか、星連の許可が出ていない。
 地球側の人間をこっちに連れてくる事は出来ず、逆に死んで再生した人らも、地球に行く事が出来無い。
 地球で活動できる宇宙側の人材は、ナノセル義体を用いた少人数のディケライア社必須要員と、そして生粋の地球人であり、公式に死んだ記録の残らず例外として生体移動できる俺だけ。
 前後の矛盾を無くすために、宇宙へと飛んだ場所に戻る事が決められている。


「地球時間で朝7時。あっちのシンタの最終セーブポイントはアパートでしょ。これでもギリギリまで寝かせてあげたんだから。はい。着替え。せっかくの晴れ舞台に新調したんだから無駄にしないでよね」


 セーブポイントいうなゲーム脳。
 その突っ込みも惜しく、アリスの差し出した着替えを引っ掴み着替え始める。


「あたしと一緒に直接に行くならまだ余裕はあったのに。だから泊まれば良いのにって言ったでしょ」


 ベットに放り投げた寝間着をみて行儀が悪いと言いたげな目を浮かべたアリスが、手にとって壁際のランドリーシューターへと放り込む。
 ナノセル義体を使うアリスの場合は、地球側に用意したディケライア本社で直接イベント会場入りだから余裕の表情だ。


「アホか。お前が目立つのは良いけど、こっちは裏方だっての」


 オープニングイベントは衆目を集める為ってのには、諸手を挙げて賛成だが、その内容を思い出して俺はウンザリする。
 何かと派手好みな佐伯さんとアリス原案、そこに社長とこっちにいる大佐の悪のりで実現する辺り、俺よりよっぽど質が悪いぞ、うちの首脳陣。
 

「裏方っていうわりには名前と悪行が知れ渡ってるくせに。ほらこれ」


 アリスが見せる仮想ウィンドウに映るのは、地球の某掲示板。
 急遽発表した難易度別二面ワールドの情報や仕様で、AIレベル変更騒ぎにさらに拍車がかかった状態のようだ。
 経験値、ドロップ率、1.4倍だが、AIが鬼畜仕様のハードワールド。
 オープンβ状態のままのノーマルワールド。
 賞金目当てで入賞などを狙わず、ゲームを楽しもうって連中には、難易度制ワールドはおおむね好評のようだが、問題はガチの廃人やら事情持ちの方だ。
 どちらで始めた方が、スタートダッシュが出来るかで激論を交わしている。
 従来の攻略法が通じるが、攻略法が知れ渡っているので多数の競合相手が予想されるノーマル。 
 初期攻略からスタートしなければならないが、基本情報はノーマルと変わらず、競合も少ないと思われるハード。
 賞金を狙うような連中は、うちのギルドみたいに元々のゲーム繋がりで結託している連中も多いが、賞金額が賞金額。
 ガチ勢の激論は真剣味を帯びていて、仲間内でも意見が割れて喧嘩腰になっている模様。
 そしてこの状況を企てた……開幕直前のAI変更に、当日の早朝にワールド二面発表というサプライズ仕様変更をぶち込んで、プレイヤーへのダイレクトアタックを仕掛けてきたのは、あの外道GM(俺)だろと断定される流れは、もはや様式美なんだろうか。


「日頃の行い悪いからやってない事も疑われるんだよ。反省しなよ」


「うっせ。そのままハードモード全開で初心者クラスが止めちまったら、目も当てられないだろうが」


 実際にあのまま行ったら俺が目にかけている清吾さんちの娘さんの美月さんら初心者に極めて不利になる。
 贔屓するというわけじゃ無いが、さすがに慣れてないプレイヤーに対してバランス調整は必要だ。 


「そうだけどさ。これ見てエリスがまたお冠なんだから」


 アリスが指し示した先には、俺の話題になったときのテンプレな『アリスと別れろ腐れGM』の一言。
 ゲーム内キャラクターを指して生まれた言葉だし、言った連中でも本気でいっているのは少数だろう。要はノリだノリ。
 しかしまぁ俺らの一人娘さん的には、両親に別れろって暴言が吐かれているわ、父親、後たまに母親の悪口が書き込まれている状況は、実に腹立たしいらしい。
 嫌なら見なければいいやら、むしろ悪評を楽しめれば良いんだが、さすがにエリスの精神年齢的には無理があるようで、地球人嫌いの一因になっている。


「仕方ねぇな。エリスは?」


 ご機嫌伺いに行った方が良いかと思って尋ねると、アリスは肩をすくめる。


「カルラちゃんの所。こうなったらゲーム内で地球人全員ぼこぼこにするって、その打ち合わせ」


 何かと我が儘なエリスにいいように振り回されているサラスさんちの次女で、エリスの妹分に俺は同情を覚える。
 いくら親戚とはいえ、もうちょっと相手の都合を考えてやれとエリスに言うべきだろう。
 ただ今回に関しては、純粋な戦闘種族であるカルラの嬢ちゃんの戦闘能力は期待できるので、あえて無視だし、予想の範囲内。
 社長に頼んだエリスとカルラちゃんの分の枠は無駄にはならなそうだ。


「しかし……さすがお前の娘だな。なんやかんや言いつつもゲームやる気になったみたいだな」


「それ言うならシンタの娘でしょう……ほらネクタイ。ちょっとしゃがむ」


 アリスが最後に取りだしたネクタイ片手に俺を手招きする。
 宇宙の時間感覚ならたいした期間じゃないが、地球でいえば半世紀近くも夫婦やってんだし、もうちっと互いにさばさばしても良いと思うんだが、どうにもうちの嫁さんは俺のネクタイを締めたがる。
 アリス曰く、旦那さんの身だしなみを仕上げ、チェックするのは奥さんの義務であり特権との事。
 アリスが手に持つネクタイの柄は、地球のトップデザイナーであり、俺らの盟友であるユッコさんデザイン。
 兎とコンソールが向かい合った絵柄が紋章風に仕立て上げられたこいつは、俺とアリスの間じゃ、ちょっと特別な時用の物だ。


「はいよ」


 昔に比べりゃ背が伸びたがそれでも俺より頭1つ分は低いアリスに合わせ、俺は少ししゃがみ込み首を差し出す。
 楽しげにウサミミを揺らすアリスは、慣れた手つきできゅっとネクタイを手早く巻く。


「はい。完成と」


 緩すぎず、きつすぎず。
 俺が一番落ち着く〆心地を把握している辺りさすがアリス。
 長年の付き合いと思うべきか、それとも首輪をつけられた家畜状態な自分だなと思うべきなんだろうか。
 姿見で確認しなくても、装備は完全に揃ったのがわかる。
 眠気も抜けてきたし、時間もあまり無い。


「じゃあ先にいくぞ”相棒”」


 宇宙で一番信頼している相棒におれは手を突き出す。
 ここまできたなんて俺らは思わない。
 ここからだ。
 ゲームが完成したから終わりなんじゃ無い。
 ゲームが完成したから始まる。
 俺の。
 俺とアリスの。
 俺らの全てを掛けて、地球を救って、銀河全部を巻き込む大クエストが。
 なら出陣前の挨拶はこいつしか無い。


「オッケ。あたし達”パートナー”の力を見せてやりましょ。地球のプレイヤーに、銀河のあまねく人々に」 


 幼さは抜けたが昔と変わらない好戦的な笑みを浮かべたアリスが、俺に合わせ手を突き出し俺達は世界中に響けとばかりに高らかな音をたててハイタッチを交わし、次いで固く握った拳を打ち合わせる。
 何かと拘るアリスがギルド独自の挨拶として考案し始めた拳礼。
 こいつをやれば一気に気力十分。ハイモードな辺り、俺も相当毒されているようだ。 
 しかしだ。一世一代の大勝負に出ようって夫婦が出陣前に交わすのが、ゲーム内での挨拶って辺りが、俺とアリスらしい。


「んじゃいってくら。リルさん。地球のアパートへ」


「あ、そうだシンタ。忘れ物」


 リルさんにいって地球への転送準備に入ろうとした俺をアリスが不意に呼び止める。


「なん…………お前ね。不意打ちは止めろよ」 


 軽く背伸びしたアリスが、軽く触れるついばむようなキスを交わしてきた。
 どうにもこういう不意打ちの直接的な愛情表現は、俺は未だに耐性が低いが、アリスの方は長年の夫婦生活で耐性値アップしてやがるので、分が悪い。


「ダメだよシンタ。気を抜いちゃ。敵は強大なんだから」


 悪戯に成功してしてやったりという小憎らしい笑顔を浮かべるアリスが、俺にとって宇宙最大最強の敵だ。
 最大最強の敵が、相棒で味方なんだから、負けは無しだなこりゃ。 



[31751] A面 日常の中の非日常
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2017/02/19 01:04
 真夏の日差しでじりじりと照らされる電車内は、異様な熱気で満たされていた。
 中吊りホログラム広告にはオープニング映像が繰り返し流され、目張りされ車外の光景が隠された窓に投射されるのは、公式情報で百種別総数1万を越えるという無数の艦船のカタログデータと稼働映像や、ゲーム内に配置された星系の詳細情報が表示されていく。
 1つのデータが表示される度に、その作り込まれた華麗な映像や稀少な物資情報にあちらこちらで感嘆の声が上がり、攻略談義に花が咲いていく。
 普通ならば、電車内での周囲に配慮しない雑談などは白眼視されそうなものだが、この場では誰もが有益な情報が流れ無いかと聞き耳を立てている。
 さらにあちらこちらで情報交換が交わされるざわついた車内には、ちらほらと凝った仮装を身に纏うプレイヤー達の姿もある。
 車両に乗る全ての乗客は、誰もが同じ目的、同じ目的地を目指しているからだ。
 VRMMOゲームのオープニングイベントが行われるリアル会場に向けて、特別編成されたミステリーイベント列車。
 それがこの列車の正体だ。
 そして乗客達の中には、美月や麻紀、その他面々の姿もあった。


「美貴さん。ゲームのオープニングイベントって、こんなに大々的にやる物なんですか? 電車貸し切り、しかも全席完全予約指定制って、ものすごい事なんじゃ」  


 事前登録者無料イベントと銘打って行われるオープニングイベント。
 VRMMOではあるが、規制条例によって時間制限を受けるため、リアル側でのイベントを重視するのは判らなくも無いが、それにしたってイベントの規模が大きすぎると、美月は驚いていた。
 イベント会場はシークレットとされ未だに公開されておらず、目的地不明のまま電車に揺られる乗客数はこの10両1編成だけでも数百人はいるだろう。
 しかも公式情報によれば、電車は美月達の乗った横浜発だけではなく、日本全国のあちらこちらで発車している上に、それとは別にバスまで動員している。
 会場を複数手配しているようだが、土曜日でしかも夏休み期間中で学生が休みとはいえ、一般社会が活動をしている朝の時間帯に、これだけの車両をイベント専用として貸し切るなど聞いた事は無い。 


「普通無いよね。ただホワイトのやることだし、今回はアッちゃんも向こう側だから派手にしたんでしょ。うちの元マスターってこういう大がかりなイベント大好きだから」 


 窓を全部覆って非日常感を最大限までに強調した映像を流したうえに、ゲーム内のプレイキャラクターやNPCを模した物ならばコスプレ可。
 現役時代はロープレ派の大御所としていろんな意味で名高かったアリシティア・ディケライアの趣味だろう。
 あきれ顔の美貴はそう断言しつつ、他の交通手段を使っているギルメンやフレンドとの情報交換に余念が無い。
 なにせPCOはゲーム規模が史上空前なほどに巨大な上に、まだ正式オープン前だというのに情報量が多すぎる。
 さらには今朝方発表された難易度ごとの二面制仕様。
 まだまだ隠されている情報は多くあるだろうし、全ての裏側に潜んでいる初代マスターの事を考えれば、経路ごとに有益な別情報を流している可能性もある。
 オープン前だが既に戦闘は始まっている気分だ。


「ロイ、っと。井戸野さん。目的地ってどこか判りました?」


 ついゲーム内の名で呼びそうになった美貴は慌ててリアルネームで言い直して、同行しているVR情報雑誌の記者であり、旧知の同盟ギルドギルドマスターのロイドこと井戸野に尋ねる。
 プレイヤー名を知っているのは旧リーディアンプレイヤーに限定されるとはいえ、FPJのロイドといえば火力絶対主義の超攻撃型ギルドギルマスとして有名だった。
 不特定多数にリアルばれして迷惑をかけるなど言語道断。
 身内以外がいる公の場ではリアルネームで呼び合うのがVRゲーマーのマナーというものだ。


「見事に隠されてる。JRやら各私鉄の運行ダイヤ。オープン予定時刻から逆算できる移動範囲内で予想人数を収容できるイベント会場の空き情報。全部当たってみたんだがまだ不明だ。他社の連中にもそれとなく探り入れてるがどこもかわらねぇな。ディケライア相手じゃ判っても、黙らされてるかもな。箝口令が敷かれて、柊の奴も黙りだしな」


 関東近郊の地図を表示した仮装ウィンドウを可視可させた井戸野は、お手上げだと降参している。
 柊戸羽の姿は列車内には無い。
 PCO公式ネットカフェの1つであるアンネベルグは、協賛企業の1つとして先に現地入りして、戸羽もイベント実行役に回っているからだ。
 その場所や内容も、守秘義務契約として口外が徹底的に禁止されている。


「アッちゃんの会社。ディケライアって今そんなに強いんですか?」


「影響力だけで言えば相当だな。なんせサンクエイク混乱期に、僅か4ヶ月で国家間の通信網を復旧させて、今も力を発揮している多国籍企業連合体。そいつの中核がディケライアだからな。突出した技術力だけを武器に、名だたる大企業を瞬く間に陣営に取り込んでいった手腕は今でもあの業界じゃ語りぐさだぞ」


 人類史上最大といわれる太陽風。
 サンクエイクによって起きた地球圏全域での電波障害は世界中に大混乱をもたらした。
 軌道上の衛星は破壊され、日常生活と密接な関係にあった気象情報や、衛星通信網は壊滅。 
 地球の大気圏上部、中間圏も電磁場障害が激しく、それは流通や交通分野にも多大な影響を起こしている。
 何せ航法システムの基幹である己や他者の正確な現在位置を確認する事さえ一苦労する有様。
 ある学者の試算では、衛星消失によるミリタリーバランスの崩壊も予想され、地球規模での混乱、地域紛争は数十年は続き、文明レベルも20世紀初頭、もしくはそれ以前まで戻るほどの事が予想される未曾有の大災害だった……はずだ。
 だがそうはならなかった。
 日常生活に多少の影響はでているが、通信網は問題無く使用できて、むしろ事件前より回線容量が増え、速度も上がっている。
 地上における相互位置関係情報システムは再建され、船舶や地上交通システムもほぼ平常通りの運行が可能。
 目に見えて変わった事と言えば、高高度を飛行する電子機器の固まりである航空機は位置情報の確認が難しく、今でも極々一部の例外を除いて世界中で原則飛行禁止となっている事。
 それと地球所のどこからでもオーロラが観測できるようになったことくらいか。
 それもこれもディケライア社がもたらした粒子通信技術にある。
 円熟していた量子通信技術に、2040年代に発見された重力子を用いた相互干渉技術を組合わせた複合型通信デバイスとも噂されるそれは、無線通信でありながら、莫大な情報容量と、距離、環境における減退が極めて少ない安定性を持っていた。
 中核システムとなる主機は、複数台存在すると安定性に異常が生じるという理由でブラックボックスとして今も非公開状態だが、世界各地に点在する中継機器などは、協力企業にフリーライセンスで詳細情報が提供されている。
 新規通信技術の持つ圧倒的な性能と、無線ゆえの新たなケーブル敷設が不要である事や、それの維持メンテナンス費用が少なくてすむコストパフォーマンス性は、大企業であれば無視は出来無い物で、あっという間に既存通信技術に成り代わっている。
 爆発的に広がっている世界標準通信技術の大元を握っているといえば、その力のほどはわかるだろう。


「普通なら、1つの、しかもつい1年前まで有象無象にあったベンチャー企業が持つには分不相応な力だわな。でもそれなのに各国政府も、より巨大な企業体も手が出せない。出さない。互いに牽制したり、色々な思惑を絡めてあって動けなくしたんだろうな。その隙に籠絡して認めさせる。この立ち回りの上手さと手腕。あんたらなら誰が糸を引いてるか判るだろ」


 井戸野の言葉に、その周囲にいたKUGCの面々は一斉に頷く。
 己の持つ力を最大限に使い、見方を変え味方を作り、口八丁手八丁でより大きな力を作り上げる。
 しかも最初は嫌々でも、そのうちにその状態の方が旨みが強いと気づかせ、最終的には真の意味で仲間にする。
 かつてリーディアン内でそれを実行して、犬猿の仲だったFPJと餓狼の両ギルドを同盟ギルドに引き入れた男。
 初代マスターの三崎が、世界規模の奇妙なパワーバランスを作り上げた。
 引き入れられた当の本人がそう断言するのだから、おそらくそうなのだろう。

 
「さすがギルド一のナンパ師ってところですよね。それにしたってリアルでも力を発揮しますか普通。先輩からすればゲーム感覚なんでしょうけど」


「所詮はゲームつっても、MMOはその向こうに人がいるからな。対人スキル特化な上に、追い詰めたら余計厄介になるあいつら二人が向こうに揃ってんだろ。正直に言えば、敵に回したくはないし、回った奴らには同情する」


 散々やられてきた井戸野が、憮然とした顔で告げる。    
 ゲーム外なら普通なむしろ気の良い先輩なくせに、ゲームとなると途端に鬼畜全開。
 ゲームに入り込んで、最大限の集中力を発揮したときには、人外な冴えを見せる。
 あの二人が揃った状況なら負けは無しという、誇張されてる感はあるがあながち間違ってもいない。
 それをよく知る後輩達も頷くしか無い。


「あのあたし達は初代……さんには会った事あるけど、もう一人の2代目マスターだったって人。どんな人なんですか」


 三崎の話題をおそるおそる口に出した麻紀がアリシティアの事を尋ねる。
 マントの下の麻紀の体ををよく見れば、少し震えている。
 これから向かうイベント会場で、直接三崎と顔を合わせるかもしれない。
 三崎に与えられたトラウマも最近は多少マシになって通常モードに戻りつつある麻紀だったが、それでも直接に顔を合わせるのは怖いのだろう。 


「ん~アッちゃんか……ゲーム馬鹿。ゲーム脳なうちのギルマス兼ギルドマスコットかな。VRなら付き合いも長いけど、アッちゃんロープレ派で役を作ってるから。あたし達もリアルで会うのは初めてだから、ちょっと違うかも」


 VRゲームだというのにわざわざリアルイベントに参加したのは、フルダイブが二時間に限定されるからと言うだけでは無い。
 オープン前のお祭りめいた雰囲気を、少しでも長く直接に味わいたいのと、イベント会場限定な少しだけお得な特典目当てのプレイヤーもさぞ多いからだろう。 
 そしてKUGCやその関連ギルドメンバー達は、それ以外にもう一つの理由がある。
 接続時間では他の追随を許さず、最強廃神とも揶揄されていたアリシティア・ディケライアにリアルで会えるかもしれないという理由のほうが大きいかもしれない。
 リーディアン終了後に音信不通となり、生死不明で散々気を揉ませていたかと思えば、新作VRMMOゲームを引っさげて、コンビを組んでいる三崎を伴い鮮やかに帰還。
 さらにはあっという間に世界的に知られる企業のトップとして、日常でも名と顔を見かけるようになった。
 ここまで来ると、プレイヤーと開発側という以前に、住む世界が違ってきそうな物だが、復帰して時折ギルド掲示板に顔を覗かせるようになったアリシティアといえば、ゲーム話題と、やたらとマニアックなサブカルチャーが盛りだくさん。
 要は相変わらずと言うことだ。


「そういや女子部の先輩らが、先輩ら直接に締め上げて馴れ初めから語らせるとか言ってたな。賭けがどうこうとか。宮野判るか?」


「あぁそれね。いやほらあの二人は付き合ってないとか、ゲームだけの関係だって言ってたけど、金山も知ってるとおりのアレでしょ。リアルでやってるかどうかって賭けたみたい……うちの兄貴主催で」


「宮野先輩も相変わらずかよ。女子部の名誉会長は伊達じゃ無いな」   


「あの馬鹿兄貴だけはほんとに。大体ね……」


 身内話というか、兄への愚痴で盛り上がり始めた美貴達は口であれこれ言いながらも楽しそうだ。
 後ろの席の峰岸達男子組も他の乗客達と同じく窓に映る新規情報をネタに盛り上がっている。
 誰もが高揚感を抱いているのだろう。
 緊張気味の美月と麻紀の二人を除いて。


(ねぇ美月。ひょっとしてあの幻覚……みせたのってその社長さんの方かな?)


 プライベート通信モードでチャットを送ってきた麻紀の顔色は、少し青ざめている。
 あの世界。VRゲーム内とは思えない完成された月世界と駅のホーム。
 三崎が死んだ瞬間の映像は、今も二人の脳裏には色濃く残っている。
 あれが現実にあったことなのか、それとも全くのでたらめなのか。
 今も真実は不明だ。
 しかしあの時に見せられた光景は、自分の仕業では無いような口調で三崎は語っていた。
 では誰がアレを?
 人死にを嫌う麻紀に向けた明らかな悪意と、それを何度見せる恨みの篭もった仕業。
 麻紀が先ほどアリシティアの話題を口にしたのは、その可能性を考えたからだ。
 三崎と公私ともにパートナーであるという、アリシティア・ディケライア。
 彼女の仕業では無いだろうかと。 


(どうだろう。美貴さん達の話じゃ、そんなに恨みがましい性格じゃ無くて、文句があるなら直接に乗り込んで来るみたいだよ)


 美貴達が語るアリシティアの人物像は無論ゲームの中での行動。
 リアルとゲーム内での人格ががらっと変わるプレイヤー等は珍しい存在では無い。
 だからゲーム内の評判で人を評価するのは難しいだろう。
 だがゲームに不慣れな美月には、その違いが今ひとつ理解出来ていない。
 先ほど井戸野も言っていたが、ゲームと言えどその向こうに生身の相手がいるのだ。
 そんなに分けることが出来るのだろうかと。

 
(じゃあ誰だろう……それともやっぱりあれは本当にあったことなのかな)


 死んだ人間は生き返らない。
 それは当たり前の、当然のこの世のルール。
 ましてやあの時に見た三崎は電車にひかれ、ばらばらになっていたのだ。あり得ない。
 だから美月としては、無かったのだと断言して、親友を慰めてやりたい。
 だが……


(…………確かめよ。本当のこと)


 そう返すだけで精一杯だ。
 今の美月にはそれを否定してやることが出来無い。
 死んでいるはずの人間が生きている。
 その事を否定できない。
 サンクエイクが起きて、月面で死んだはずの父。
 しかしその父が生きているかもしれない。
 その一縷の望みにすがり、美月は未体験のVRMMOへと足を踏み入れる決断をしたのだ。
 今更引くことは出来ず、そしてこれだけ恐怖を感じ、恐れている麻紀は、それでも美月のために力になろうとしてくれている。


(絶対に勝とう。このゲームに。そうしたら色々なことが判るよ)


 震えている麻紀の手を、美月は優しく握る。
 例え真実がなんであろうと、自分はこの親友と共にある。
 そう決断を込めた美月の手から伝わる温かさに、麻紀も励まされたのだろうか。


(うん……そうだね)


 震えが少しだけ収まった麻紀が美月の方を向いてこくんと頷いて答える。 


「お客様にお知らせ致します。当列車は間もなく目的駅へと到着致します」


 二人が改めて決意を固めたその時、タイミングを見計らったかのように車内アナウンスが流れる。


「駅到着後は係員の案内に従い、移動をお願い致します。御乗車ありがとうございました。間もなく終点『東京国際宇宙港』へと到着致します」


 聞き慣れない地名と共に、窓に展開されていた目隠しのスクリーンが収容され、外の光景が公開される。
 明るい日差しと共に美月達の目に飛び込んで来たのは、日常であり、非日常な光景。
 普通に存在する物と、あり得ない物が共存する奇妙な光景だ。
 巨大な数本の滑走路とターミナルという現実でも良く目にする飛行場の光景。
 しかしそこに並ぶのは航空機では無い。
 ゲーム内にしか存在しないはずの物。いまだフィクションの世界をでない宇宙船と呼ばれる物達だ。


「あの作りって!? 羽田空港じゃねぇのか!?」 


 乗客の誰かが指摘した声に、美月も記憶と一致し、驚きの声をあげる。
 今世紀前半に行われたオリンピックに合わせ新設されたという空港アクセス鉄道は、今は海上に築かれた滑走路の増加と共に、増設された第三ターミナル駅へと繋がっている。
 鉄道の車窓一杯に映る駐機場に立ち並ぶ航空機と、その着陸、離陸映像は圧巻で、名物ともなっている。
 だがそれも昔の話。
 航空機の使用が禁止された今は、再開の時を待ち休眠しているはずだった。
 だが現在そこに映るのは離陸の時を待つ、大型の恒星間宇宙船や、個人使用機とゲーム内で説明されている色取り取り様々な星系内宇宙機の数々。
 いつの間にやら自分達はゲーム内に入っていたのだろうか。
 そんな困惑さえもするぐらい非日常的な光景だ。


「ありゃ大型のVR投影装置だな。屋外イベント用に使われている奴だが解像度が段違いだな。ディケライアの技術で手を入れたか」


 滑走路の隅に置かれた大型機械をみて井戸野が冷静に指摘する。
 これは仮想現実だと。目に映る宇宙船の数々は投映された映像であると。
 だがその圧巻の光景に誰もが声を失っている中で、


「まさかイベント会場ってあそこ? ……いくら今は使ってないからって派手すぎでしょアッちゃん」


 美貴の呆れ声がやけに響いて聞こえる。
 電車のみで無く、空港を貸し切った。
 たかだかゲームのオープニングイベントのために。
 アリシティア・ディケライアがゲーム馬鹿だという美貴の言葉の一端を、美月がまざまざと見せつけられている中、電車は静かにターミナル駅の中へと滑り込んでいった。



[31751] B面 宇宙の事情と家庭の事情
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2017/02/21 02:27
「次の電車で一万突破と。美月さんらはこの車両か」


 ホームドアに取りつけたセンサーで続々とご来場なさったお客様のIDチェックのログを流し見る。
 鉄道、道路等充実した交通インフラ。
 大人数が同時に利用可能な各種施設。
 大型VR投影機が使用可能な大電力。
 さらに自動化された入場管理ゲートも完備と。
 大勢の人間を集めて、運営管理するイベント会場として、必要な条件を兼ね備えているとは思う。
 思うんだが……


「良く借りられたな。マジで」


 日本各地の空港をイベントのために借りるという発想をしたアリスと、その無理難題を面白がって交渉をまとめ上げた社長の手腕に、俺は呆れかえる。
 確かに前代未聞の大規模イベントで良い宣伝にはなるし、航空機の使用が原則禁止されてほぼ機能停止状態だったからとはいえ、いくら何でも大胆で派手すぎだろ。
 会場のあちらこちらを映し出すカメラに目を向ければ、大気中に薄く広がる水蒸気スクリーンに展開されるVRの宇宙機の数々。
 今この瞬間、羽田空港は、羽田宇宙港仕様。
 ゲーム内で使用される機体の一部をリアルで公開する販促企画が、そもそもの発端なんだが、どうせならオープニングイベントの一環でリアル空港を宇宙港にしちまえと、実現してしまう辺り、相変わらずうちの会社の行動力は恐ろしい。


「三崎君。警戒ID検出。どーする?」


 俺の横で同じようにIDチェックをしていた大磯さんが、異常を発見し、共有ウィンドウを一台の監視カメラ画像に切り変え固定する。
 場所は……空港地下の地下鉄ホームか。
 映るのは、10代後半から20代。そこら辺によくいる大学生風の男性。
 到着した電車から降りてきた他のお客さまと同様に、イベント特別仕様の駅ホームを見てきょろきょろと辺りを物珍しそうに見回している。
 登録者無料ご招待、プレス関係、さらに関係者用。ここ羽田だけでも発行2万IDを越える。
 何らかの入力ミスやら、データ破損でのエラーの可能性もあるが、俺達が今一番警戒していて可能性が高いのは、招かれざる来客者。いわゆる産業スパイという連中だ。
 現在持ちうる技術力を開放して、全世界であちらこちらに影響力を伸ばしているディケライアだが、当然新興勢力を警戒する敵も多く、リアル、VR上限らずあれやこれやと色々な情報戦が繰り広げられている。 
 呼び出した登録情報とそこに映る映像データを、件のお客様と重ねあわせ検知。
 外見上の相違は日々の変化レベル。表面上の見た目は一致し、正式に登録されたお客様という事になる。
 しかしだ。警戒IDと判断されたのは理由がある。
 何せこの人物を警戒すべきと判断したのは、他ならぬリルさんだ。
  

「情報遮断特例条件適用。リルさん。スキャンを」


 地球圏上部に張り巡らせた隠蔽及び時間流操作のための遮断フィールドは、同時に複合センサーの役割を持っており、地球上の全人類の動向、位置情報を常に確認している。
 全人類チェックなんてこの大仰な仕掛けは裏の事情。現状の地球の状態や、宇宙側の情報を漏洩させないための手段。
星連にも許可をきっかりと取った手でもあるが、同時に俺らが仕事をしやすくする為の環境整備、アリス曰く地球征服のための手段である。


『かしこまりました……検出。整形手術痕跡。ハイブーストタイプのナノシステムを確認いたしました。DNAによる判定終了。戸籍改竄処理を確認』


 画像が切り変わり、カメラでアップに映し出されるお客様の本当の経歴が表示される。
 施された肉体、脳内改造はミリタリースペックの地球における最先端技術の固まりで、巧妙に隠されたその正体は、日本とも同盟関係にある某国情報部所属のガチもんのスパイのようだ。
 

「うわ。この見た目で40代!? すごいんだね。最近の整形手術って」


 解析画面を見た大磯さんが驚きの声をあげるが、まず見た目に目が行く辺り女性らしいと思うべきなのか、大磯さんらしいと思うべきなのか。
 

「んな気になるなら、今度アリスに頼んで美容系の技術発展でもさせますか? 見た目のへのこだわりとか、それによる生殖のしやすさとか、良い研究素材になるって喜ぶような人らいますから」


 地球人が現有する、もしくは構想する技術レベルは今現在どのくらいで、どの程度まで発展できるのか?
 またはどの程度のヒントをあたえれば、自分達で発想し、形へと成し遂げれるのか?
 銀河帝国時代の実験生物である地球人達の種としてのスペックは?
 まだ一般レベルで自由に宇宙へ行くことも出来無い初期原始文明であり、同時に科学技術最盛期の帝国時代の実験生物である地球人。
 言い方は悪いが、生物的にも、文明的にも貴重な生きたサンプルを観察、実験の対象にしたい学者様な方々の知的好奇心は、地球でも宇宙でもさほど変わりない。
 そこらを上手く付いて味方に取り込んだ連中。星連議会で暗躍する際に力を借りた銀河各地の大学やら研究機関、もしくは高名な学者様らだ。
 その方々は今はチームを組んで、地球文明を観察、実験中。
 まとめたレポートを星連へと報告書としてせっせとあげている。
 大磯さんが気にした美容技術も、見た目に対する執着や、子孫を残すことにどれだけ有利になるかとか、学術的にみれば色々と面白い研究材料になるだろう。
 うちの娘が迷惑をかけたことや、普段から手間賭けさせている詫びの意味も込めて、一応俺としては大磯さんに気を使ったつもりの提案なんだが、


「三崎君。それセクハラ」


 じっとぉとした目付きで大磯さんが睨んできた。
 外見に対する話題は大磯さん的にナイーブな話題に入ってきたのか、それとも生殖行為なんぞという持って回した言い方はしたが、ぶっちゃけ見た目が良ければヤレるという、身も蓋も無い事をつい言ってしまった所為だろうか。


「すみませんでした……リルさん。お客様に持ち帰って頂く情報の選定及び発展予測を頼んでください」


 下手に言い訳を言ってもますます墓穴を掘るだけ。
 とっとと白旗を揚げた俺は、抜き出した情報をまとめるとリルさん経由で宇宙側へと送信する。
 これであちらで手ぐすね引いて待ち受けている連中が、議論を交わして、産業スパイなお客様に持ち帰って頂く情報を選んでくれる。
 持ち帰ることが出来る情報は正解では無く、極々僅かなヒントのみ。
 ジグソーパズルの一欠片みたいな物だ。
 それをどう組合わせて、応用するか。
 ここら辺を予測し、議論しあうのが、楽しいらしく、この瞬間にも白熱した議論がいくつもの星を跨いで交わされていることだろう。


「今度奥さんに言いつけてやる……でもさ三崎君いいの? こんな簡単にあれこれ情報を与えて。ほら映画とかだと秘密を知った者、知ろうとする者は記憶消去もしくは実験体なパターンでしょ、あたし達が言えた義理じゃ無いけど、それでもあたし達は仕事場だけでしか思い出せない処置されているでしょ……忘れてなければ毎日驚かなくてすむのに」


 逃げを打った俺を睨んで恐ろしい事を言い出した大磯さんは、ターゲットへの追跡プログラムを設定しながら当然の疑問を口にし、少し不満そうだ。
 毎日出社時に隠されていた記憶を思い出して、転んだり、壁にぶつかったりしている大磯さんとしては切実な問題なんだろう。
 いい加減慣れてくださいといったら、怒りそうだ。


「まぁ確かに未開文明への過度な干渉を星連は禁止してますから、グレーゾーンな手段ですけどね。既存の政治バランスへの影響やら、銀河大戦への恐怖症とか、根は深いです。ただそうして、他の原始文明を放置していると、あとあと間に合わなくなります。全生命ともなっての既存宇宙からの脱出なんて、今の銀河文明の全勢力を合わせてもまだ夢のまた夢なんで」


 ゲームクリアまでの道筋を考えたら、まだ先は長い。
 某戦略ゲームで例えるなら、今はまだ国内ステージ。
 兵量を増やして、生産力を向上させ、勢力をまとめた国内統一目指している最中。
 上に並ぶ地域ステージ、全国ステージへと行くためのステには全然足りていない。
 俺達の目指すべきゴールは、PCOと同一。
 つまりは何時かは終わるこの古い次元宇宙から、新しく生まれた次元宇宙へと転移すること。
 しかもこの宇宙に生きる全ての生命体をともなってだ。
 その大仕事という言葉でも生ぬるい目標を達成するには、既存の恒星間文明だけでは戦力不足も甚だしい。


「だから味方を。健全かつ他種族に対して寛容で協力的。そんな文明を育てるにゃ、今の地球は結構いい感じですからね。難易度はちょいハードですけど、上手く育てて十年くらいで宇宙人を受け入れるまで行ければ、万々歳ってなもんですよ」


「でも10年で行ける? 今の状況ってあまり楽観視できないでしょ。PCOを稼働させてようやくスタートラインなのに」


 大磯さんが言うとおり、10年って目標は正直に言えば俺も短すぎるとは思う。
 地球が銀河の端っこに転移していますが、太陽を忘れてきました。
 今現在ゲーオタ宇宙人なうちの嫁の会社の庇護下です。      
 こんな巫山戯た現実を受け入れられる下地を10年ってのは無理臭い気もするが、まぁそっちはぶっちゃけると俺の家庭の事情だ。


「最近うちの両親やら姉貴が色々と五月蠅くて……やれ早くアリスと結婚しろだ。子供を作れだと」


 リアル年齢じゃ亡くなった爺ちゃんの年齢すらとうに超したが、地球での俺はそろそろ20代も後半に入る。
 仕事が忙しいだの、なんだのと適当に誤魔化しているが、結婚適齢期にはいっている長男に対する親やら親戚連中の攻勢が激しい。
 しかも婚約相手が今話題の会社ディケライアの社長。
 結婚も不可能と思われていた留年間近の低空飛行で大学を何とか卒業したゲーオタ貧乏サラリーマンが、大逆転の逆玉と思われていて、これを逃す機会は無いと言うわけだ……嫁の方が大概だという事実を知らないからいえるんだろうな。
 普段なら理解があり最終防壁で味方である姉貴も、この件に関しちゃ当てにならないというか、とっとと男の甲斐性を見せろと、推進派の先頭をきってやがる。
 それなのにとうの昔に結婚しているは、子供もいるとなれば、非難囂々だろう。
 私事と仕事。そこらの兼ね合いもかねて、あと10年くらいがリミットか。
 ただ紹介するべきうちの娘が、『地球人嫌い』を公言して憚らないのが、また難点だ。


「……うん判る。うちの親も似たような感じだよ。早く彼氏を作れとか、弟離れしろとか。しまいにはあたしが一人暮らしするか、弟を学生アパートに入れるかで家族会議だよ」


 俺の言葉に思う所があったのか、大磯さんが遠い目をしてため息を吐き出す。
 日本的にタブーレベルのブラコンである大磯さんには、弟さんとの別居がこの世の終わりなんだろうか。
 ……科学技術が発展して不老不死を得ている宇宙文明的には、俺らみたいな異星人カップルだろうが、兄妹だろうが、親子だろうが、しまいにゃ本人同士だろうが、まぁどうとでもなる。
 だが、それを言ったら弟さんともなって無理心中して、あちらで生活するとか言い出しかねないなこの人。


「あーと。俺はそろそろ他のお客様が見えられるようなので行きますね。後よろしくお願いします」 
 

 このまま愚痴に付き合わされても敵わないし、口を滑らせて我が社の貴重な戦力兼職場のアイドルを宇宙側に取られたら、佐伯さんやら先輩共になにを言われるか、やらされるか。
 本命コンビが到着している事を理由に、俺はいそいそと管理室から抜け出した。



[31751] A・B両面 エリス襲来①
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/06/13 20:48
 羽田空港でもっとも新しいターミナルである第三ターミナルは、手狭になった国際線専用の新たな発着専用ターミナルとして使われている。
 機能美に特化した落ち着いたデザインで、大型のスクリーンを天井一面に展開して、日本の技術力をアピールする玄関口。
 それがコンセプトであり、海外出張の多かった父の送り迎えで、美月も何度も訪れた場所。
 だがセキュリティーゲートも兼ね備えた改札口を抜け、空港ロビーに足を踏み入れると美月の知っていた景色とは一変していた。
 床や天井が木目調の素材に覆われ、日本風の意匠が誇張された古風な物に変わっていて、まるで巨大な神社仏閣の中に迷い込んだ様な幻想的な光景。
 それなのに天井や壁は全面が透き通ったガラス張りに換装されて、そこから外を見渡せばビル群や遠くに見える富士山をバックに、音も無く垂直発着をする大小様々な宇宙機の姿。
 本来なら搭乗手続きなどを行う航空各社のカウンターには、『中古機体販売します』『各種星域情報扱っております』『傭兵登録貸し出し所』などの文字が躍り、ゲームに合わせた恰好をしたコンパニオン達がゲーム開始時刻にあわせて開店準備を行っていた。
 過去と未来が入り交じったというべきなのだろうか、そんな予想外の光景に唖然としている参加者達が多い。


「全面改装かこれ?」


 いくら閉鎖中とはいえ常識で考えれば、国際空港にここまで大がかりな改装ができる訳も無いし、やらせるはずも無い。
 しかし相手は三崎とアリスだ。
 あれやこれやと色々な手を使ってとんでもない事をやりかねないコンビが主催者側にいることを知っているKUGCメンバーは、他の乗客が呆気にとられているのを横目に、冷静な目で観察を続ける。
 何せここは既に敵の牙城。
 ゲームの正式オープン時刻まではまだ少しあるとはいえ、どこに攻略のためのヒントが隠されているか判らない。 


「まさかAR技術の応用で、仮装映像を重ねて見た目のデザインを変えるって奴でしょ。コンソールを立ち上げてみれば判るけどいくつか外観パターンがあるみたい」 
 

 周囲の環境チェックをした美貴がすぐにこれが仮初めの光景であると断定して、右手を動かしている。
 美月もそれに習い、コンソールを立ち上げて環境チェックをおこなってみると確かに見慣れないステータス画面をすぐに発見する。
 電車内から接続していたPCO専用回線経由の差し替えデータ群はいくつか用意されているようで、森林、鉱山、深海等々の文字が躍る中、美月が気になるのは、『月面基地』という項目だ。
 前回のこともあるので三崎の罠かと警戒する気持ちもあるが、見たい衝動に駆られ美月は少し躊躇した後にチェックを入れて更新ボタンをタップする。
 周囲の光景が一新する。
 建物の構造や配置はそのままだが、耐圧ガラス越し見渡す宇宙には無数の星が燦然と輝き、青々とした地球が頭上に浮かんでいる。
 カウンターの仮装モニターに表示される映像も、先ほどまでの汎用販売系から、『月面星域クエスト受付所』『低重力専用武器ショップ』『転移ゲート情報交換所』などと専用販売に切り変わっている。
 

「映像切り替えで、それぞれをポータルサイトみたいに使うつもりみたいね。金山、探索地域を固定させてメンバー散らすわよ。オープン前に各所での取り扱い情報を集めて。ホウさんの所の攻略wikiの更新あげていくわよ」


 どうやらスペースを有効利用するために、背景切り替えと同時に通り扱い情報や商品も変更される形式のようだ。
 βテストと同様に、プレイヤーに配られる初期費用は一律。
 そこから各自の得意とするプレイスタイルに合わせた情報取得や、興味のある艦種、装備を揃えていく事になる。
 KUGC及び関係ギルドのギルメンは、今回のイベントだけでも200人超が各地に散らばって情報収集体制が作られていた。  
 人海戦術を使って集めた情報は惜しげも無く公開する予定で、リーディアン攻略wikiサイトを開設していた同盟ギルド『弾丸特急』のギルドマスター鳳凰の管理するサイトでβテスト時から雛形はすでに公開されている。
 
 
「あいよ。羽田の汎用地図に情報を重ね合わせで良いな。班分けはすぐに準備する。他の空港の連中にも同じ指示を出しとく。あと千沙登らフルダイブ組から連絡。あっちはオリジナルの巨大宇宙ハブステーション港からスタートだとよ。略式地図を見た限りどうも各地の会場が混在している様子。ただその辺のエリアは後日開放準備中で、メインフロアのみ解放されるみたいだな」


「リアル側と同じ場所は後か。地域や場所毎にアイテムとか情報の初期差別化。イベント後に開放ってのを、十中八九してきてんだろ。また攻略泣かせな」


「物流を活発化させるって意味もあるんじゃないの。交易プレイ、情報屋プレイ好きには地域差あればあるほどありがたいよー」


「オッケ。じゃあ得意プレイ毎にまとめ編集は分けね。あたしと金山は戦闘系含む汎用ノーマル、ユリたちは交易系、森ちゃんらは工業系よろしく。地域毎の特殊はそれぞれで仕切りね」


 ゲームに慣れているベテランプレイヤー揃いの就活組は、僅かな情報だけで、既に製作側の意図を組んだようで、美貴の指示で三々五々に散らばり行動を始めた。
 美月達にも男女別で担当エリアが指定され、美月と麻紀の担当エリアは、軽食フードコーナーが多い展望台エリア、伸吾達は免税ショップが立ち並ぶ土産物エリアとなっている。


「まずは情報収集。オープンまであと30分くらいだから、5分前の9時55分までが勝負で。それまでになるべく多く回って店の配置とかをチェックお願いね」


「何か気をつけることがありますか? ここを見ろとか」


 ゲーム初心者である美月がスタートダッシュをかますためにも、初期情報は重要かつ必須。
 少しのミスが後で取り返しの付かない差になるのでは無いかと懸念していると、


「ん~そうね。オープンしないと実際の商品リストは表示されないみたいだから、あまり気にしないでぶらりと見て歩けば良いわよ。ここに何の店があるとかお祭りの屋台を冷やかす感じでね。羽田はオープン限定イベントだけど、フルダイブするあっちは常設っぽいからね。後々役に立つでしょ。後は張り紙系に注意。なんか情報が乗ってるかも」 


 気合いが入りすぎて少し固くなっている美月に、美貴は返答を笑って返す。
 まずはイベントを楽しめと言いたいようだ。
 

「はい。店舗チェックとチラシですね。判りました。時間が無いからこれで失礼します。麻紀ちゃんいこう!」


 しかしそんな美貴の忠告は、真面目すぎる美月には届いていない。
 慌ただしく美貴に頭を下げた美月は、麻紀の手を取ると小走りに担当エリアに向かって移動し始める。


「美月ちゃんかなり張り切ってるわね。学校でもああなの?」


「いやどっちかって言うと高山が大人しくて、西ヶ丘のほうが積極的なんですけどね。なんかこのゲームに関しちゃ高山の方が意気込んでるみたいです」


 美貴の質問に伸吾が暢気に答えている間にも、マント姿という目立つ恰好の麻紀の手を引く美月の姿は人込みの向こうに消えて、見えなくなっていた。
 その様は一見ゲームが楽しみで仕方ない1プレイヤーと同様に見える。
 だが実質は違う。 
 父の情報を知りたい。
 目的にとらわれすぎたその盲目的な視界の狭さに気づく者はこの場にはいなかった。














「着替え終わりましたけど……ホウさんこれなんですか?」


 VRカフェアンネベルグ荻上町店店長柊戸羽は、自分が身につけた衣服と呼んで良いのか微妙な代物を指で持ち上げて見せる。
 肩下まで伸びていた髪を頭の後ろでまとめた戸羽が制服の上から被っているのは、ヒラヒラとした薄いビニールのような生地を二重にして、その間に無色でゼリー状の物質が充填された物だ。
 それを頭から被っているので見た目的には、人間てるてる坊主といった所か。
 本日は新世代型VRMMOと謳ったPCOのオープニング日。
 公式VRカフェであるアンネベルググループは、PCOを楽しむなら是非アンネベルグへとPR活動を行うため、各店から選抜チームを選りすぐり、日本全国のイベント会場である空港の特設ブースへと派遣している。
 PCOを主導する制作陣の一部とは一プレイヤー時代からの付き合いがある戸羽が、メイン会場である羽田空港へと回されたのは、仕方ないとは思っている。
 客寄せのコンパニオンは覚悟していたが、まさかこんな珍妙な恰好をさせられるとは夢にも考えていなかった。


「ん、サカガミから受け取って無いのか? 機密保持は万事お任せあれって言ってたから仕様書なんかは送っておいたが」


 戸惑いを浮かべる戸羽の声に、キャリーバッグ型VR端末を広げて、仮装コンソールを展開していた40過ぎの細身の男が振り返る。
 彼は特殊機器製造ベンチャー企業『鳳システム』社長大鳥小次郎。
 もっとも社長と名乗ってはいるが、家族経営の一弱小企業が本人の弁。
 大鳥も戸羽と同じく元リーディアンプレイヤーで、仮想体名は『鳳凰』の名で知られたリーディアンにおいて最大人数を誇ったギルド『弾丸特急』のギルドマスターだ。 
 弾丸特急は、大鳥がメインとなり攻略WIKIを作成しているうちに、いつの間にやら人が集まり、初心者補助ギルドとして自然発生したギルド。
 そのリーディアン攻略サイトの跡地は、今はPCO攻略サイトに様変わりして仮営業中。
 本来なら大鳥もサイト更新のための陣頭指揮を執っているところだが、サイト運営維持のためにも金がいるので、リアル出稼ぎ中といったところだ。
 

「そういう事ですか……ちょっと! 美琴! なんのつもりよ! なんか企んでるでしょ」


 面倒見の良さやら細やかな気づかいが得意な人格者として知られていた大鳥が、そんな大事なことを伝え忘れるわけが無い。    
 こういうときは同僚かつ友人である神坂美琴を疑うのが定石だ。 
 

「人聞き悪いな~。ボクのは企みじゃなくて気づかいだよ。セツナは嫌がるし~。でもお仕事だから仕方ないよね~」


 戸羽の怒鳴り声も全く意を介さず、衝立で仕切っただけの簡易更衣室から出て来た美琴は、戸羽と同様の恰好でトレードマークの狐面を片手にいけしゃあしゃあと答える
 普段の見た目は清楚なお嬢様風だというのに、その本質は享楽的かつ悪戯好きなトリックスター。
 しかも狐面を手にしているときは、さらにその本質が強化され、別人格と言って良いほどに言葉使いも変わる。
 派手好き、イベント好きなお祭りギルド『いろは』ギルドマスター。サカガミ状態だ。


「なんでイベント開始前にもうサカガミなってるのよあんたは……説明しなさいよ。お遊び無しで」


 別ギルドの兎マスターと並ぶロープレ派の美琴がこの状態になると、ノラリクラリと言葉遊びを仕掛けてくるので普段の数倍は疲れる。
 だが開店まで時間が無い今の状況でそのお遊びに付き合っている暇はないと、戸羽がきつめに睨むが、


「そこはサプライズ~。お祭りなんだから一時の恥もかきすてでいきましょうよセツナの旦那」


「あんたが恥っていう段階で絶対碌な事じゃないでしょ!」


 レイヤーでもある美琴に付き合わされ、店舗アピールのコスプレ宣伝に業務命令で駆り出されることはしょっちゅうだが、その露出度が年々上がってきているのは気のせいではない。
 せめて衣装選択会議には出させろと言っているのに、仕事で忙しそうだった、たまたまお休みの日だったから呼び出したら悪かった等々、毎回毎回一秒で見抜ける言い訳をしてくる確信犯の胸ぐらを掴んでやろうとするが、ひらりと交わされる。


「だめですよ旦那。踊り子に手を出しちゃ」


「手を出されたくなきゃ、口で言いなさいよ! この!」


 美琴を何とか捕まえようとするが、ヒラヒラと交わされ戸羽は歯ぎしりをするしかない。
 戸羽のもう一つの姿であるセツナは敏捷特化キャラなのでゲーム内なら余裕だが、現実はそうはいかないのが歯がゆくてしょうが無い。
 見えるし動きも読めるが捕まえられない実にストレスの溜まる鬼ごっこをしていると、


「おつかれっす。ずいぶん賑やかだなあんたら」


「ようシンタ。祭り前のテンションって奴だろ。お前の方は開始前の最終点検か?」


 パーティションで仕切られていた店舗ブースからバックヤード側に顔を出した主催者側である三崎伸太に、大鳥が手を上げ挨拶する。
 おろしたてらしい皺1つ無いまっさらなスーツ姿の三崎は、じゃれ合っているようにしか見えない戸羽達をちらりと一瞥してから、
 

「少し手持ち無沙汰なんで自主的にですけどね。各ブースの目視点検中に聞き慣れた声が聞こえてきたんで、一応顔出しに。なんか問題発生ですか?」

 
「無し無し~。準備は万全♪ 仕掛けは御覧じろってかんじ♪」


「絶賛発生中! なにやらされるか知らないのよこっちは!」


 狭い空間内だというのに器用にも鬼ごっこを繰り広げながらも、二人はほぼ同時に正反対の声をあげる。
 その様を見た三崎は少し思案してから、無造作に右手を伸ばした。
 伸ばした手の先は、戸羽の腕をかいくぐっていた美琴の首元。
  

「よっと。ほい捕獲と。サカガミを放っておくとリスク高いからこっちだな」


「ナイスアシスト! さぁ美琴きりきり吐いてもらうわよ!」


 首元を押さえ込んだ三崎をみて、戸羽も即座に動き美琴の両肩を両腕でがっつりと掴んで捕まえていた。













「PvP中の割り込みって酷くないシンタの旦那? 最初に結ばれたボクと旦那の仲なのに」


 あっちじゃ中性的な容貌だからあまり気にしなかったが、こっちの大和撫子な美人顔でそういう発言されると実に人聞きが悪い。
 初見ではもてるけど、中身を知られると、すぐに引かれるっていうセツナの言っていた意味がよく判るな。


「同盟ギルドじゃ一番古い付き合いだからだっての。お前なにやらかすか判らないんだからよ」


 アリスとこいつは同じロープレ派として馬が合ったのか意気投合しやがって、現役時代は最初にサカガミの率いる『いろは』とうちのギルドは同盟を組んだ。
 たしかにこいつがいると色々盛り上がるんだが、面白そうと理由で色々仕掛けて来るので何度かき回された事か。


「ホウさんも止めろよ。あんたら今日はプレイヤー側じゃなくて運営側なんだからよ」


 サカガミの抗議に軽くあしらって答えた俺は、この状況を静観というか面白がっていた鳳凰ことホウさんに文句を垂れる。
 

「まぁいいじゃねぇか。今日は祭り。それならいろはの出番って相場が決まってるんだから」


 さすがユッコさんと並ぶ人格者として知られただけあって、この騒ぎにもあまり気にしていないのか大らかに笑っていやがる。
 締めるところはしっかり締めてくれる御仁だからそんな心配はしていないが、そのラインが結構幅広いのが厄介だ。


「あー……ほんとあんたが来てくれてよかったわ。なんで開始前からこんな疲れなきゃならないのよ」


 まぁセツナがいるからそこらもなんとかなると思いたい。本人はすでに疲れ切ってるが。
 こいつの場合は天敵のロイドさえ絡まなければ、実に真面目に良い仕事をしてくれるんで、計画が立てやすいから助かる。


「ご苦労さん。んで騒動の理由なんだよ?」


「この恰好よ。この変なのを一体何に使うのか聞いてないのよあたしは」


 そう言ってセツナが示したのは、ぴらぴらとした生地を何層も重ねたビニール雨合羽めいた外装だ。
 確かアンネベルググループが許可申請していたのは…… 


「VRと連動したコンパニオン用特種衣装を使うって聞いてたけど、まさかそれか?」


 頭の中で資料を捲ってすぐに思い出すが、どうにもその言葉とこれが一致しない。
 いやだってな……どう見ても単なるビニール雨合羽だろ。


「おう。うちの新作自信作だ。伸縮性の高い合成繊維で出来た生地で幾重にも層を作ってそこに形状可変ポリマーを充填してある。どうなるかは口で言うより見せる方が早いだろ。サカガミいいか?」


 だが俺が浮かべる胡散臭い視線に気づいたホウさんは、自慢のオモチャを見せるような嬉しげな顔を浮かべて、コンソールを叩いて準備を始めた。


「もちろん。刮目せよ! 衣服データダウンロード! 変身!」


 どこぞのうちの嫁と同ベクトルの趣味を持つサカガミが待ってましたとばかりに答えると、大げさな身振りでポーズを取って、右腕を高々と上げて、指先を一度弾いた。
 あー……動きから見るに頭上に仮想コンソール展開してエンターキーをタップしたんだろうが、その大仰な動作は必要なのかとじっくりと聞きたいところだ。
 アリスの奴なら必然と答えそうな気もするが、あいにくとそちらの趣味は無い俺とセツナが実に冷めた目を浮かべる中、サカガミが纏っていた雨合羽もどきが振動しながら発光を始める。
 各部の合成繊維が縮んだり膨らんだり伸びたりしながら型を作り始め、中に詰められていたポリマーも色づき、無色透明だった雨合羽に模様が浮かんでいく。
 瞬く間にへんてこな雨合羽が、和服風の意匠を取り込んだミニスカ軽鎧和装バージョンに様変わりした。
 まぁ何とも珍妙だが、現役プレイヤー時代にはよく見かけた服装だ。
 現実ではあり得ないヒラヒラと動く帯の再現度が実に細かい。


「『いろは』ギルドマスターサカガミ! ここに完全降臨!」


 狐面を装着したサカガミがゲーム内の姿のまま勝ち誇ったを浮かべている。
 ゲーム内衣装をリアルで完全再現したのか。正直すごいと感心するがよくやるなと呆れる分も多い。
 何ともアリスが喜びそうな仕掛けだと……嫌な予感がする。


「ホウさん……ずいぶん金かかっているだろこれ。アリスの資金援助も入ってるだろ?」


「仕様書を送ったら振り込み口座を教えろって速決で返してきた。理論上は出来てたんだが採算が合わなくて現実で作れるとは思ってなかったから助かった」


 一着いくらか聞きたくねぇ。
 普段があれだからたまに忘れるが、趣味に全振りなあたりうちの相棒ってやっぱ金持ちのお嬢だ。


「すご。布の部分の手触りは柔らかいのに、装甲部分はまるっきり金属になってる。なにこれ?」


 サカガミの纏う衣装に手を伸ばしたセツナが鎧部分を軽く叩いて見るとちゃんと金属音が鳴っている。
 質感さえ変更しているようだが出来過ぎだ……ここまでの超技術。アリスの奴まさか漏洩しやがったか。
 

「元々は軍用装備からの派生だから。最硬化複合形状ならマグナム弾クラスまでなら受け止められるぞ。目下の改良目標は、電磁複合装甲状態を再現してライフル弾も防ぐ軽量防弾機能だ」


 VRの発展でリアルでは大規模な施設や、膨大な資材が必要な商品開発やら理論構築なんかも敷居がずいぶんと下がっている。
 ホウさんこと、大鳥さんのリアル職業も要はVR発明家。
 現実と同条件化で実用可能な機具を色々と作成してはそのVR特許を取得して、リアル企業にパテントを売ったり、逆に企業から依頼されて開発したりとしていると聞いていたが、こういうことか。


「でもこれ電源は? 維持するのにかなり食うだろ」


「ブーツがバッテリーになっている。現状だと5分くらいしかもたないから屋外実用化にはまだまだだがな。ワイヤレス給電機能で床にパネルを敷く必要性があるから今は屋内用だな。VRデータと連動してるから、変化容量内の物ならすぐに再現が出来るぞ」
  

 そう言ってホウさんが指し示した先の店舗ベースの床には、ケーブルが伸びた薄い板が敷いてある。
 

「お客様の前で次々に衣装を変えるって形でお店の宣伝予定。PCOでのうちの売りは、各店舗毎で変わるイベント参加者への特種限定衣装だからね~。それを先にリアルで公開するって寸法ですぜ旦那」


 びっしと親指を立てたサカガミが共有ウィンドウを起ち上げ、そこに仕様書を映し出した。
 見てみると士官風の軍服から、豪華なイブニングドレス、はては時代錯誤な武者鎧まで。
 イベント事に特化した服装データには、様々なスキル強化効果が付いている仕様のようだ。
 

「コラボ用の衣装系の宣伝にリアルで変わる仕様ね。確かに良い宣伝になりそうだけど、なんでこれ隠してたんだ。別にこれならセツナも良いだろ?」


「……美琴。あんたまだなんか隠してるでしょ。絶対に裏の機能あるでしょ」


 目立つのが嫌な奴なら客寄せパンダは絶対拒否、セツナの性格なら仕事と割り切ってきっかりやるだろうと思っていると、当の本人は仕様書をつぶさに見た後疑わしげな目をサカガミに向けていた。
 警戒感ありありなその表情は、長年の付き合いからか、それとも抜群な勘の所為だろうか。


「いやいやそんなことは」


「これ以上手を焼かすなら、さっき食べた特製おにぎりは返してもらうわよ」


 殺気の篭もった眼で睨み付けたセツナが拳を固く握って、サカガミの胃の辺りに押しつけてる。
 切れると物理攻撃にすぐ行く辺りはゲーム内と変わらないなこいつも。


「いや~ちょっと追加機能でお客様にサービスシーンをとか考えたりとか……その疑似キャストオフ機能を使ってみようとしていたりとか」


 最後通告にさすがにこれ以上は無理と降参したのか、素直に裏機能を暴露したが、よりにもよってキャストオフかよ。
 本来は脱ぎ捨てるって意味だが、疑似ってついたこの場合は、衣装の見た目を変化させて半裸、もしくは全裸状態を再現するって事か。


「あーんーたーはー! カットよ! カット! 公序良俗に喧嘩売るような衣装は作るな着せるなって何度も言ってるでしょうが!」


「だ、大丈夫だってば! 所詮偽乳! 見せても法に触れないし恥ずかしくないってば! それに服の上からだから、ちょっと盛れるお得仕様だし!」


「その理論でやらかして、しばらく減給になったでしょうが! 忘れたとは言わせないわよ! あと盛れるからであたしが許可を出すと思った理由を言ってみなさいよ!」 


 本格的に切れたセツナがその胸元を掴んでガクガクと揺すっているが、サカガミの方はまだまだ余裕そう。
 もっとも勢い的にはセツナの方が上だから、あっちが最終的に勝ちそうだ。
 こっちとしても後でいろいろ言われそうないかがわしい恰好は止めてくれると、大変ありがたい。


「ホウさん。良いのかあれ? 壊れないか」


「いい耐久テストになる。一応は大丈夫はずだが、現実でのデータも無いと安く買い叩かれるからな」


「にしてもキャストオフなんぞ積むなよ。1部じゃ喜びそうだけど」


「元々はそういう目的での仕様じゃねぇ。海辺やプールなんかでもSP連中が目立たないように警護が出来るように、見た目だけでも皮膚の再現機能も持たせてるだけだ。さすがに触れば判るぞ。完成度も低いから今回は使う気は無かったが、サカガミが急に投入するって言い出しただけだ」


 思いつきかよ。なんか嫌な予感がしたから見回りに来てよかった。
 放置していたら後で何が起きてたやら。


「あんたね! 前から言ってるけど行き当たりばったりで動くんじゃないわよ! 付き合わされるこっちの身にもなりなさいよ!」


「だからそこは仕方ないんだってば~! 今回はすごいコスの子がいるんだって! 絶対話題をもってかれるから未完成の最終兵器を投入しようとしたんだよボクは!」


 前後に揺さぶられて目が回ってきたのか、声に力が無くなってきたサカガミが気になる台詞をこぼした。
自在に変化する衣装なんて十分に話題性をかっさらえると思うんだが、サカガミはそうは考えていないようだ。


「これよりすごいのって。どれだけだよ。セツナちょっと止めてやれ」


 少し気になったのでセツナを押しとどめて、話の続きを促す。
 アリスの奴、他にもなんかやらかしていやがるか。


「獣人コスなんだけどすごいのクオリティが。ゲーム内そのまま! 髪から突き出た耳なんかも本物みたいで、思わず一緒に写真を取らせてもらったレベル!」


 俺の質問に答えながらサカガミが手を振る。
 展開されたままだった仮装ウィンドウが切り変わり、空港内のロビーの一角で撮られた映像が映し出される。
 カフェの制服を身につけたサカガミと、その横で気怠そうな表情で赤みがかった茶髪から突き出た狼の耳を弄る長身の外国人の女性が一人。


「動く! 柔らかい! 温かい! 触らせてもらったけど鼓動まで再現! まさに本物とうり二つ! あれに勝つには色物で行くしかないんだって!」


「色物いうな! その段階で負けてるでしょうが!」


 その耳を見ただけでも、ただ者じゃない事を感じさせる細やかな造形をサカガミはハイテンションで力説するが、セツナの方は納得していないようだ。
 ただ俺の方は、唖然とするしかなくて、それを横目で見ながら画面に釘付けになっている自分に気づく。
 いや……まぁ……サカガミのテンションが上がるのは判る。
 だってあれ本物だからな。
 画面に映るその姿を見間違えるはずがない。
 うちの娘のお付きで子分な、サラスさんちの次女のカルラちゃんご本人だ。
 基本的に暴君なエリスに忠実というか逆らえないので、嫌々でも付き合わされる事は多々ある。
 そういうときに浮かべている気怠そうな表情は、苦労を掛けていると申し訳なくなるほど。
 そして画面に映るのはまさにその表情。


「サカガミ。これ何時撮ったんだ?」


「8時くらいに会場入りしてすぐ! 見た瞬間にまけられないって燃えたよ!」
 

 地球時間で8時か……そういや起きたときには既にカルラちゃん連れて何か画策していたな。エリスの奴。
 会場には先ほど美月さん麻紀さんも来ている。
 そしてエリスがカルラちゃんに任せて、自分は高みの見物するわけも無い。
 となると導き出される答えは1つ。
 …………オープンイベントで俺とアリスが忙しくなる隙を突いて、ダイレクトアタックを仕掛けてきたなあいつ。 



[31751] A・B両面 エリス襲来②
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/06/17 01:12
 潜行モードで出立する船と、それよりも大きな身体をくねらせる真っ白な深海魚が、耐圧ガラスのすぐ外側を通り過ぎる。

 カラフルな尾を持つ羽の生えたトカゲが羽を休める巨大な宿り木に開いた洞から、先鋭的なデザインを持つ戦闘機が音もなく緊急発進していく。

 火山火口に設けられた資源採掘工場。配管がむき出しになっていた工場の一部が分離し、巨大な貨物船として満載した資源を惑星外へと打ち上げる。

 半壊した航宙母艦を急造して作られた前線基地からは、人型、獣型の機械兵達が防衛線を張るために矢継ぎ早に飛びだしていく。


 背景を変える事に美月の目に飛び込んでくる映像は、大きく様変わりしていく。
 美月達が今いるフロアは第三ターミナルの最上層部に位置する展望フロア。
 一面が全面ガラス張りになった窓の外に映し出される光景に移るのは現実ではあり得ない環境、あり得ない状況、あり得ない生物たち。  
 ラウンジのあちらこちらにある全自動機械式軽食ショップや、見慣れた自動販売機が無ければ自分がどこか別の星にでも来てしまった様な錯覚を覚えてしまうだろう。
 その店の電光看板や自動販売機に表示されるのは、取扱商品種別を現す店舗名と今はまだ開店準備中の文字のみ。
文字を読んでいる暇はないが、深海基地なら海底熱水鉱床地図やら、森林基地ならプラントハンター専用装備と、特化した商品や装備を扱っている様子が見て取れた。  
展望フロアは見晴らしをよくするためか、フロア内には大きな柱がなく見通しのよい広々としたラウンジになっている。
 その中央付近からならば、壁際に設置された軽食店の看板もぐるりと見渡せるので、背景を一度切り変えれば全ての店を一度にチェック可能。
 固まっている自動販売機コーナーには、麻紀が持っていたモノクル型カメラを置いておいて遠隔確認。
 その間に小回りの利く麻紀が、美貴から注意されていたラウンジ内の掲示チラシ確認。
 たかを食っていたわけではないが、この役割分担で時間までには何とか終わるだろうと思っていた二人だったが、その目論見は見事に外れていた。


「麻紀ちゃんあと12だけどまだありそう?」


 膨大な情報を前に驚く暇も観察する暇もなく、美月は環境背景を次々に切り変えながら、その都度に、背景に合わせて変わっていく店舗種別を視界に収め撮影していく。

 ゲーム正式オープンまであと15分足らず。
 それなのにまだ全ての店舗情報を集めきれておらず、美月の顔には焦りが浮かぶ。


『あぁごめん美月! 新しい張り紙発見。また背景リストが更新されてる。もう! きりが無い!』


 周囲を走り回って偵察していた麻紀がウンザリとした悲鳴をあげつつも、発見した張り紙が発信する情報を取り込み、すぐに情報共有している美月の元にも、その張り紙の内容が届けられ、環境背景に新たな選択が浮かび上がる。
 張り紙に躍る文字は、『氷結惑星フォロンタンより季節の花を届けます』の一文。
 ちょうど前の映像を全て確認し終えていた美月はリストに浮かび上がった氷結惑星をタップしてみる。
 するとまた即座に映像が切り変わり、展望台の外を極寒の星でしか咲かない氷で出来た花が咲き誇る巨大な花畑を土壌諸共、星系外へと運ぶ巨大な地層運搬船が上昇していった。


「βテストの時にも思ったけど、出来る事が多すぎる」


 歯がみしながらも、フロアを見渡し切り変わった店舗名を視界に捉え撮影して、その視覚データを、攻略WIKI編集を行っているギルドメンバーへと流していく。
 美貴を初めとするベテランプレイヤー組は、この背景映像切り替えの種類が尋常でないとすぐに気づいて、空港外の予備メンバーを用いて編集専属チームを即座に立ち上げたので、今の美月達の役割はただのカメラだけですんでいるのが唯一の救いだ。
 これで店名を一つ一つ確かめて報告をしていたなら、とても追いつかなかっただろう。
 リアルイベント会場には行かず、部室や自室で待機している予備メンバーがいると聞いたときは、ゲームなのに参加しないのは何故だろうと思っていたがこういうことだったのか。
 ただゲームをプレイするのではなく、ゲーム攻略をする。
 KUGCやその同盟ギルドが攻略ギルドと呼ばれている意味の一端を、美月達は初めて目の当たりにしていた。


『ぁぁっ裏にもあった! 二枚発見! どこまであるのよこれ!』
 

 麻紀の悲鳴じみた報告がまたもあがる。
 その声に応える余裕もなく、新たにあがったリストを確認しつつ美月は次のデータを立ち上げていく。
 これだ。これが問題だ。
 底が見えない。
 ゴールが見えたかと思えば、また新たなゴールが出現する。 
 それはPCOと呼ばれるゲームが持つ多様性の表れであり、目下の所美月を悩ませる最大の原因。
 亡くなったはずの、だが生きているかも知れない父。
 高山清吾の情報を得るために、三崎伸太が出した条件は、PCOのオープニングイベントで入賞する事。
 だが肝心要のそのイベント内容は未だ公表されておらず、入賞をするために取得するべきスキルや目指すべきプレイスタイルを未だ美月は決めかねている。
 やれることが多すぎる。その一言に尽きる。
 βテストの時でさえも、宇宙戦争や惑星開発はもちろんのこと、遊園地を作ったり、ただ海釣りをしたり、遺伝子改良をして新生物を作ったり、バンドを作ってコンサートを開いてみたり、公道レースに参加する自動車開発をしたりと、何でも自由なのだ。
 リアルであれば色々と制約があったり、自分のスキルで敵わないだろう夢も、ゲーム内ならばスキル補正という形で補って叶う。叶ってしまう。
 資金も、学力も、時間も、機材も、そして運さえも関係ない。
 ただやりたい目標を定め、そこに向かって提示された基本ルートを進めば、その願いは叶う。
 無論他のことをやってみたり、もっと近い道があるだろうといろいろ試してみる事も出来る。
 不得意とする道でも、スキル補正をちゃんと取っていけば、多少遠回りになっても確実に行き着く。
 結局どのルートを通っても、本人のやる気さえあれば、要はゲームを続けていれば絶対にたどり着けるのだ。
 制約の厳しい現実とは違う、ハードルの下がったゲームの世界。
 何でも出来る夢の世界。
 だがその夢が今の美月にとっては、悪夢に思えてきた。
 何をすれば正解なのか、何をしていけば入賞できるのか。
 何でも出来るが故に、何から手をつければ良いか判らない。
 βテストの間に溜まっていたそんなジレンマが、この無数のデータ群を前に今改めて美月に突きつけられていた。
 美貴達のようにゲームに慣れていれば、自ずと自分の得意プレイや、自分の好むプレイスタイルが出来上がっているので、そうは悩むことはないだろう。
 また麻紀のように、その気になればリアルでも何でも出来るほどの才能を持ち、時に短絡的とも思えるほどの思い切りの良さがあれば、悩むことも少ないだろう。
 だが美月は違う。
 ゲームはほぼ初めての初心者であり、VRMMOは正真正銘のビギナー。
 リアルでの生き方も堅実で地に足の着いたしっかりとしたもので、しっかりと下調べをして、計画を立て、着実に歩いていくという物。
 ただのマルチゲームならば、その誠実な人柄から良好な人間関係を築けるだろうが、今美月が目指すのは、イベントでの入賞。
 先を争い、他者を蹴落として先駆けするサバイバルゲーム。
 美月の性格と、今回のイベントは相性が悪い。悪すぎる。
 自分がこういうゲームには向いていない。
 その自覚を薄々ながらも持っていた美月には、目の前に広がっていく無限とも思える選択肢が重く重くのし掛かってきていた。
 父の事さえ無ければ、気分転換がてらに楽しめたのかも知れ無いが、とてものその気にはなれない。
 絶対に入賞しなければならない。
 それだけだ。
 だから際限なくわき出す選択肢に対して、今の美月はただ必死に目の前に浮かび上がるものを全て掴んでいくしかなかった。
 それ以外が見えない。周りに気遣う余裕がない。
 そんな必死の美月に引きずられて、麻紀も余裕が無くなっていた。
 だから異変に気づいていなかった。
 いつの間にやらラウンジから2人以外の人がいなくなっていたことに。
 何かが起きたわけではない。
 何かがいたわけでもない。
 ”地球の科学力”では観測できる事態では、”なにも起きていない”まま、ただ徐々に、徐々に人が他のフロアに向かい、少なくなっていた事に。
 美月は未だ気づいていない。
 麻紀は違和感を感じながらも、人が少なくなってやりやすくなったチラシ探しにその全精力を傾けて無視していた。


「この孤島であと8つ! 麻紀ちゃんまだありそう!?」


 映像を切り変え荒々しい波が展望窓に打ち寄せる様を横目で見ながら、美月は麻紀へと確認する。
 残り時間的にそろそろ限界だ。


『もう一回全体を見てみる! 美月はリスト進……』


 発見できても、出来無くてもゴールはもうすぐ。
 美月がそう思った瞬間、急に麻紀の声が途切れ同時に視界が真っ暗闇に覆われた。
 VRネットから切断されたとの表示が視界の隅に浮かび上がり、急な切断をうけデーター保護のために脳内ナノシステムが待機モードへと自動移行する
 全ての明かりが消え失せ、床に埋め込まれた非常誘導灯の僅かな明かりだけが広いラウンジを包み込む。


「わっ!? きゃっ!?」


 暗闇の中、麻紀の悲鳴が響き、次いで派手な転倒音が響き渡った。


「麻紀ちゃん!? 大丈夫!?」


 一寸先も見渡せない闇の中、麻紀が走っていた方向に向かって美月は安否を確かめる為に大声で呼びかける。
 無音となった闇の中、美月の声が響いて聞こえ、


「だ、大丈夫! 急に暗くなって椅子の脚に躓いて転んだだけ! 受け身は取ったからかすり傷だけ! 今そっちに行くから動かないで!」

    
 美月の発した声の残滓をすぐに麻紀の声が消し去る。
 声の感じからしてやせ我慢している風でもないので、本人が言うとおり軽い擦り傷程度で済んだようだ。


「これなに!?」


 暗闇の中でもある程度夜目が利くのか、マントを翻しつつ設置されたベンチを軽やかに飛び越えて戻ってきた麻紀は開口一番に尋ねる。


「……よく分かんないけどVRネットから切断されたって表示が出てるけど、それなら今は昼間だし、ここはガラス張りでしょ。普通に外の明かりが入るはずだから……VR世界だと思う」


 空気が変わったと美月は感じる。
 先ほどまでは精巧ながら、所詮はARだと認識できる非現実的な世界が見えていた。
 だが今は違う。周囲は暗闇で見通せない。
 近くにいる麻紀の顔がようやく視認できるレベル。
 だがそれでも判る。この空気はリアルすぎる。VR空間ではなくリアル世界だと、普通なら思うレベル。
 しかし美月はこの感覚は二度目だ。
 現実とうり二つの変わらない特別なVR世界。
 今自分達がいるのはそこではないかと、美月が推測をすると、暗闇のなか小さな拍手音が響いた。 
 

「誰!? 出てきなさいよ!」


 咄嗟に麻紀が美月の前に飛び出て、その拍手が聞こえて来た方向を睨み付け、誰何の声を発す。
 墨を落としたかのように暗い暗闇。何かが動いた。
小さな影が発した第一声は美月が想像していた人物とは違っていた。


「なーんだ。パニックにならないんだ……結構冷静だね。正解だよ。貴女達は今現実空間じゃないよ。えと、フルダイブだっけ? それをしてもらったの」


 すっと浮かび上がるように現れたのはまだ幼い少女だった。
 5才くらいだろうか。黒い髪と黒い目をしているが、純粋な日本人とは少し違うどこか人形めいた愛らしい顔立ちをしている。
 変わっているのは、兎の耳を模した機械がその黒髪からにょきりと伸びている事だろうか。
 異常事態の中現れた謎の少女に対し、美月達が警戒の色を浮かべる中、


「正解したから良いものあげるね。貴女達はすぐには死なないでね。ずっと長生きしていてね。それがエリスの望みだから」


 その少女は愛らしい笑顔を浮かべてにこりと微笑むと、なにやら物騒な事を言いながら指を一本立てて、美月を指さした。


「貴女は誰なの? それにどういう意味な、えっ!?」


 正体や発言の意味を美月が尋ねようとした次の瞬間、まるで映画やドラマのシーンが変わったかのように、暗闇が一瞬で消え失せて、その少女も姿を消していた。
 気づけば先ほどまでと変わらない場所に立っている自分に美月は気づく。
 周囲に展開している背景映像も、最後に確認していた大海原の孤島に築かれた宇宙港のものだ。


『美月いまのって!?』 
 
 
 先ほど近くに来ていたはずの麻紀もやはり暗くなる前にいた位置に戻っている。
 一瞬の白昼夢のような現象に唖然としつつもリストをふと見下ろした美月は、いつの間にやらそこに新しいデータが書き込まれている事に気づく。
 

「これって……」


 そこに書かれていたデータラベルにはこう表してあった。
 『PCO初期店頭販売データ及びユニーク商品リスト表示方情報』と。



[31751] A・B両面 エリス襲来③
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/06/30 01:43
「……興味深かった」


 カルラーヴァ・レザロフスキヴナ・グラッフテンは、満足げに小さく息を吐きながら読み終えた植物データを閉じる。

 空港ターミナル内の一般フロアから隔離されたVIPラウンジの個室を1つ無断拝借して思考誘導で人払いをし、即席陣地としているカルラが回線を繋いでいるのは、この星の一国家が運営する国営図書館の電子ライブラリだ。

 希少本のデータが多くあり索引もカルラが好きそうな構成になっていると父から聞かされていたので、興味本位で少し覗いてみたのだが、1つのキーワードから、データを数多の蔵書から抜き出し順繰りで閲覧できるというのが、自分の好みにピタリと当てはまり、さすがは父だと感心していた。

 手書きによるデフォルメされた図柄や、精巧な模写、白黒写真。

 土着の呪術で用いられた草花が、後年には薬学の基礎となる。

 または気候変化と共に移り変わる群生地や植生の変遷。

 同じ植物であっても記載された年代や、地方が違う事に、内容は、少しずつ異なる。

 かつては持てはやされ栽培が推奨された薬草が、いつの間にやら廃れ、標本でしか残っていない様になってしまった経緯等を、あれこれ推測してみたりも出来たりと実に面白い。

 植物学者見習いを自称するカルラにとっては、原始惑星の植物データは実によい暇つぶしとなっていた。


「次は……これにしよ」


 菌糸類のデータから適当に植物名を選択してクリックし新しいデータを呼び出す。

 地球においては最新鋭の機器で構成されたネットワーク図書館という謳い文句だが、銀河文明から見れば古いという表現すらも追いつかない原始的なネットワーク。

 データの呼び出しは、5秒が経ってもまだ終わらない。

 だがこのちょっとした待ち時間が、生来ののんびりした気質を持つカルラには心地よい。

 先ほどまで読んでいた中身をゆっくりと思い出し、新たなる知識を得たことに対する幸福感に浸り、また次に出会える知識への待ち遠しさを楽しめるからだ。

 ただ今回の地球行きにカルラを強制的に同行させた姉には、その遅い回線がいたくご不満のようで、つい先ほど地球のネットワークに潜るその瞬間まで、センスがない、カビが生えている様なシステムだとか、散々と文句を言っていた。

 もっとも姉の地球嫌いは今に始まったことでは無いので、もし銀河文明度同速度のネットワーク技術を有していたとしても『宝の持ち腐れ』と憤っているはずだ。

 そんな事を思い、ため息混じりで対面のソファーに目を向ければ、寝そべって静かな息をたてる姉であるエリスティア・ディケライアの姿。

 姉と言ってもエリスティアは、カルラの実の姉ではない。

 血縁から見てエリスティアは、カルラにとって従姉妹であるディケライア社長アリシティアの娘になる。

 だから正確には従姉妹姪になるのだがエリスティアの方が少しだけ先に生まれ、その頃の創天には他に子供はおらず、常に一緒に育てられてきたのだから、カルラからみてエリスティアは姉であり、エリスティアからもカルラを妹だと認識している関係だ。


「そんなに嫌いなら関わらなければ良いのに……姉さんなんで何時もこう突っかかるかな」


 墨を溶かしたような黒髪から飛び出る機械のウサ耳をぺたんと寝かすエリスティアは、妹分としての贔屓目抜きでも、人形のような愛らしさをもつ美少女だとカルラは断言できる。

 ただしそれは見た目だけ。

 カルラが地球に降りる羽目になったのは、地球嫌いを公言して憚らないこの暴君な姉が原因だ。

 基本的に星系連合が取り仕切る今の天の川銀河系においては、恒常的な惑星間移動が不可能な初期原始文明しか発生していない未開惑星と分類される星への過度の干渉及び立入調査は厳しい制限が設けられており、惑星外から観測するだけとしても、色々と細々とした資格が必須になる。

 転移事故による太陽消失。

 惑星圏上層部への保護フィールド展開による保護と、星全域への情報操作。

 銀河を見渡しても実にレアなケースとなった地球文明においても、その大原則は一応とはいえ守られている。

 宇宙側から地球に生身で降りることが出来る者は厳密には1人だけで、他の者はナノセル義体を用いた遠隔操作のみ。

 地球においてもごく少数の現地協力者以外には、宇宙側の情報は秘匿され、協力者にたいしても限定的な記憶制御を行い、秘密を隠し通していた。

 だというのにカルラとエリスティアは、生身で今現在、地球に降り立っている。 

 カルラは未開惑星に入るための各種資格を有していないし、それ以前にディケライアの社員でも無い。

 あくまでも母親が、地球を含めた太陽系を所有するディケライアの重役であるというだけで、カルラ自身は未だ恒星間ネット教育を受講する学生身分。

 立派な違法行為で、カルラとしては胃がきりきりと痛むほどだが、姉はそんな事は一切気にしない。

 現地に直接に乗り込もうと思い立ち、実際に実行するその行動力を支えるのは、剛胆というよりも、基本的に我が儘すぎる性格ゆえだ。


「エリス姉さんが、あの子達に酷い意地悪していないと良いんだけど。叔父様達も気にしてないのに……」


 姉が敵視している2人組を思い出し、カルラはどうにも同情してしまう。

 姉が怒る理由や嫌っているわけも知っているが、姉の父である三崎が一度命を落としたのは、当の本人が言う通りに事故だったと思うし、彼女たちにはその時の記憶も無いのだから、忘れて楽しげにしているのは仕方ないだろうと思う。

 ましてや姉と会えないほどに三崎が極めて忙しいのは、会社の危機や地球の危機と状況が状況だけに仕方ない部分もあるのかも知れないが、その大半の原因は本人の性分だと周囲の大人達は口を揃えて断言する。

 銀河のあちらこちらを飛び回り、数々の策謀を張り巡らし『地球を売る男』『銀河最悪のナンパ師』『外道実験生物』などと呼ばれている人物が、暇なわけがない。

 実際に三崎が星系連合議会で暗躍するようになってから、旧帝国派、革命派の二代派閥に属する主流星系が鎬を削っていた議会内で、あれよあれよという間に少数派の辺境星系勢力をまとめ上げて、第三極を作り出し、そのまま地球の時間流凍結解除、保護観察許可まで一気に議会を動かしてしまったのだ。

 それを考えれば、忙しすぎて帰って来られないのも致し方ないと思うのだが、何でも自分が一番な姉には不満は募る一方。

 だが、父親大好きなので怒りを向けることも出来ず、回り回って、三崎が何とか守ろうとしている地球に怒りが向かっているのが現状。

 理由だけなら実に子供っぽい我が儘なのだが、外見に反してというか、あの親にしてこの子有りというか、下手に姉の策謀能力が高いので質が悪い。

 敵に回った者には容赦なしというか、的確に弱点を突いて追い詰めていくそのやり口は、学者肌のカルラよりもよほど戦闘種族の称号にふさわしい。

 肉体年齢的には成長期の終わりに差し掛かっているカルラが、未だ幼年期のままの幼いエリスティアを姉さんと呼ぶのは、2人の関係をよく知らない地球出身者は違和感を感じるようだが、カルラ的には当然の行為だ。

 成長率の違いにより肉体年齢や精神年齢が逆転する程度のことは、多種多様な文明種族が存在する銀河文明においては、特段珍しい事でも無く、その関係が易々と変わるわけもない。

 自分が幼い時には散々遊び相手になってくれたり、才能溢れる妹可愛さの余り無茶な戦闘訓練を施そうとする実姉のシャモンから庇ってくれたりと、今も色々と頭があがらない。

 ましてやエリスティアは、カルラ達の一族が代々仕えてきた銀河帝国皇帝家直系の子孫であり、ディケライア唯一の後継者。

 DNAにまで刻み込まれた従者としての血筋が、エリスティアを敬意を持って接すべき姉だと自覚させている。

 ただしそれはそれ。これはこれだ。

 敬愛する姉であり、その頼みなら何でもやるし、付いてこいと言うなら詳しく聞かずに付き合うが、カルラとしては、もう少し身内以外にも寛容というか、慈愛を持って欲しいと思うのは仕方ないだろう。

 天上天下唯我独尊、基本的に俺様がルールな傍若無人タイプで、実に個人的な子供っぽい理由で、周囲の迷惑や心配を考えず有り余る才能を発揮する。

 それがこの小さな暴君の正体だ。 


「……んんんっ……」


 小さく息を漏らす声と共にぺたんと寝込んでいたエリスティアの機械仕掛けのウサミミがゆっくりと起き上がり、ゆったりと揺れ始める。

 姉の一族は感情が耳に出やすい。ゆっくり左右に動く時はリラックスしていたり嬉しい時とカルラは知っている。

 何をしたかは知らないが、どうやら企みは上手くいったようだ。


「お帰りなさいエリス姉さん。何か飲みますか?」


 目を擦りながら伸びをするエリスティアに呼びかけながら、カルラはデータを表示しかけていたウィンドウを消し去る。

 さすがに現地のデータを宇宙側に持ち帰ることは出来無いので、次はいつ見られるか判らないので多少惜しく思うが、この暴君な姉は自分が一番でないと嫌がるのだから仕方ないと諦める。


「ん。ありがとうカーラ。お茶ある? ……言っておくけど。エリス地球産は嫌だから」


 先ほど仕掛けを施しに出かけた時についでに自動販売機で買ってきた緑茶ボトルをみて、エリスティアは少しだけ不機嫌そうに耳をピンとはって見せた。

 他の者はカルラという愛称で呼ぶが、この姉だけがカーラという愛称で呼ぶ理由も、実に姉らしいわけがある。

 カルラが生まればかりの頃、エリスティアにとっては初めの自分よりも年下であるカルラをいたく気に入って、妹だとして色々とお姉ちゃんぶろうとしていたらしい。

 ただ舌足らずでちゃんとカルラと発音が出来ずにカーラとなっていたそうで、何度やってもちゃんと呼べずに、ついには癇癪を起こして私の中ではカーラが愛称だと言い張って、今もそれを続けている次第だ。

 それだけなら意地っ張りで通るだろうが、暴君である姉はそこでは終わらない。

 自分の名前を誰かに名乗る時はカルラではなく、カーラが愛称だと名乗るようにとカルラは強制されている。

 どうやら火星開発が始まった頃からこちら側に来る地球人も徐々に増えて初対面の人間も多くなったのでカーラ呼びを定着させて、カルラと呼ぶ陣営に人数的に勝ろうとしているようだ。

 カルラ本人的には愛称はどちらでも良いのだが、こんな事にまで負けず嫌いを発揮しなくてもとは、正直思っている。


「そう言うと思って何時もの薬草茶を持ってきてます。メルト花の蜂蜜とファバー糖、あとシェイロン樹シロップもありますけど、何時ものブレンドでいいですか?」


 父が営む火星植物園の一角を借りてカルラが育てているのは、基本的にはエリスティアが好む茶葉や香木や草花になる。

 鋭い味覚を持つエリスティアは、色々とリクエストが多く、それに合わせて品種改良をしていくのが楽しく、学者見習いとして勉強にもなるので、茶葉の栽培は実益を兼ねた趣味となっていた。


「お茶請けはなにがある?」

 
「百華堂さんの新作『華星』がありますよ」


 カルラが取りだした菓子を見て、エリスティアの機械ウサ耳が大きく横に振れた。

 オレンジに近い赤色で出来た掌大の砂糖菓子の中心には真っ白なつぼみから芽吹き始めたばかりの花弁。

 赤みがかった部分は改造前の火星を、中心の真っ白な花模様をあしらった部分は完成間近の火星中枢都市をそれぞれ現す。

 精巧な細工を施された落雁と呼ばれるこの菓子は、地球では老舗和菓子屋の店主だったという火星初期移住組夫妻が営む和菓子屋の商品であり、本来なら銀河文明においてはとてつもない贅沢品となる。

  なぜならこの菓子は、その製造過程において、極力機械に頼らずほとんどが人の手によって作られているからだ。


「雪道お爺ちゃんの新作? でも『華星』ってお祝い用だからまだ販売前でしょ?」


「はい。火星都市完成式典用の新作祝い菓子ですが、恵子婦人が今朝方にお持ちになってくださいました。サトウキビ栽培のお礼に味見してくださいと。姉さんが喜ぶだろうからと多めにいただけましたのでどうぞ」


 百華堂で用いる和三盆のために、レザーキ植物園ではサトウキビの栽培も行っているが、その際にも、全自動機械任せではなく、職員達が交代で昔ながらの人が手をかけた栽培方で育てている。

 店主曰く、徹底的に管理された農場で出来上がる画一的な味でなく、人の手による栽培で発生するムラが風情になるとの理由。

 そんな職人気質の店主が納得する和三盆ができるサトウキビが収穫できるまでは、かなりの悪戦苦闘もあったのだが、今では安定した量を供給できるまでになっていた。

 発達した科学技術によって、恒星すらも自在に生み出すほどに発展した銀河文明において、何でも出来るからこそ、逆に最上級の品とは人の手によって作られた極めて精巧な品という価値観がある。

 無論記憶複写や動作再現などを可能とするサイバネティックス技術による代物では無く、純粋な人の鍛錬と努力によって作られた物。 

 だがこれが今の銀河文明においては難しい。

 肉体再生、精神体転送などの技術を確立させたことで、ほぼ不老不死と言っても良い身体を手に入れた恒星間種族においては、誰もがその超技術の恩恵を少なからず受けており、自然主義者と呼ばれる懐古趣味な者達にも、最低限度の肉体改造が施されているからだ。

 肉体改造がされていない無垢な知的生命体による作成物というのは、その品の品質や芸術性が優れていれば優れているほど銀河文明においては稀少高価値という一種のステータスとなっている。

 高額で取引できる商品を求めて、原始文明が発生している惑星に不法侵入し強奪、もしくは買い付けてきた品々を扱う非合法マーケットも存在し、そこでは日々盛況なオークションが繰り広げられている。 

 そんな銀河文明の価値観からみれば、銀河文明から見ればほぼ無改造といって良い肉体を持つ地球人である百華堂店主が生み出す数々の菓子が、精巧な技術による見た目の華麗さも相まって、極めて高い評価が下されるのはある意味当然だろう。

 実際に星系連合議会で協力してもらった各惑星の代表や王家に礼状と共に贈答した品も、各惑星の代表者達に高い評価と驚きを持って受け入れられたという。

 しかも肉体構造が違う種族用に、専用調整したVRデータ菓子もつける念の入れようで、本来であればもっとも価値の低いとされている仮想物だというのに、実物を目で楽しみながら、仮装データで味を楽しむという形で喜ばせたという。

 もし地球文明が、星系連合に属する惑星国家だと認められていたのならば、各惑星の流通産業界によって構成される星系商工ギルドが優れた職人や制作物にその名誉と技術を賞賛するために創設した『銀河聖霊賞』が満場一致で授与されるだろうと囁かれ、最近の恒星間ネットでは、どうにか手に入らないかと好事家達の間で騒がれている幻の一品となっている。

 件の裏マーケットにその菓子折の1つが流出し、資源衛星一個分の値段で落札されたというまことしやかな噂もあるほどだ。

 もっともこの噂をカーラは疑っている。

 落札価格や裏マーケットに出品されたというのは本当だろうが、その品は流出というよりも話題作りのためにわざと流したのではないだろうかと。

 そういえばその後に三崎がこちら側に戻ってきた時に、お土産と称して資源衛星を持ち帰っていたなとカーラが思い出していると、


「うん。さすがカーラ。褒めてあげる。いい子いい子」


 上機嫌になったエリスティアが頭の上でウサミミを活発に揺らしながら、命一杯に背伸びしてカーラの頭をなではじめる。

 どうにもこの姉は未だにカーラのことを何かにつけて子供扱いというか、妹扱いしたがる。

 もっともカーラとしても姉に褒められるのは多幸感を感じ気分が良いので、なされるがまま黙って受け入れる。

 この強い幸福感もDNAに刻まれた従属遺伝子のなせる技とのことで、旧銀河帝国を嫌う勢力からは、奴隷の象徴だとか、遺伝子から取り除くべきだとか、時折話題に上ることもあるが、カーラとしては放って置いてくれというのが正直な所。

 それを言うなら、今の技術ならば飲食をせずとも、生きていくために必要な栄養を摂取する方法などいくらでもあるのだから、一切の食事や水も取らない身体になったらどうだと言いたい。

 生まれた星や種族によって形は違えど外から何かを取り込む飲食が生物にとって当たり前の行為であるように、自分達一族にとってもそれが当然なのだから。


「そうだ。あっちに戻ったら恵子お婆ちゃんにもお礼を言いに行かないと。今がいい咲き具合のお花があったら準備してね」


 エリスティアはカルラの頭から手を放し、華星に手を伸ばしながら新たな指示を下してきた。

 地球に住む本来の地球人は嫌いだが、こちら側に、宇宙に来た地球人は別に気にはせず、付き合いのある人達はむしろ好き。

 この辺りも姉の難儀な性格だ。

 結局の所だ。今回の妨害行為も敵討ちだなんだかんだと理由をつけているが、自分に構ってくれない父への不満から来る八つ当たりということだ。


「はい。かしこまりました」


 頑固な姉は言ってもどうせ聞きはしないだろうし、下手に怒らして拗ねられると自分のダメージが大きい。

 色々思うところはあるがそれらを全て胸の内で忘れたカルラは頷いて返し、カップに入れたお茶を我が儘な姉へとさしだした。


「うん。頼むね。新作のお菓子は食べられるし、罠も上手く張れたし今日はエリス絶好調だよ」


 にこにこ顔の姉の頭の上では機械ウサミミも存在をアピールするように大きく揺れていた。

 ここまで上機嫌なら今は何を聞いても素直に喋ってくれるだろう。


「それで姉さん。今度は何をしたんですかあの人達に?」


 何を仕掛けるつもりで地球に来たのか聞いても、なにやら調べ物で忙しいからと後回しにされていた疑問をカルラは口に出す。


「ふふん。ちょっと良い情報をあげただけだよエリスは。向こう側からの侵入回線は遮断されちゃったから、わざわざ地球なんかに降りなきゃ行けなかったけど、おかげで良いもの手に入ったから」


 ますますニコニコとした良い笑顔になっていくが、カルラにはどうにもそれが不安でたまらない。

 カードゲームにしろ対戦ゲームにしろ、基本的に姉が好むの戦術は相手の心を折りに行くなど、えぐい攻撃が多いからだ。 


「良い情報って、嘘ばかり教えたんですか?」


「わかって無いわねカーラは。嘘なんて教えてもばれたらお終いでしょ。それじゃダメージ少ないもん。エリスがあの人達にあげたのは、隠してあってリストに出てこない商品を全部出すためのフラグキー情報だよ」 


「つまりは……普通はいきなりは買えない商品を買えるようにしてあげたということですか。なんだってまたそんな敵に塩を送るような真似を」


 敵に利を与えるような行動だが、姉の性格からしてそんな事をするわけがない。


「カーラ知ってる? おとーさんがねゲームマスターっていうのになった時にまず最初にしたのは一緒にゲームをしていたおかーさんやお友達が、おとーさんから色々有利にしてもらうんじゃないかって思われないように、すごい意地悪したんだって。だからエリスはその逆。ものすごい親切にしてあげるんだ。他の人達が狡いって思うくらいにね」


「……先ほど私を外に行かせて、叔父様のお友達と接触させたのもその一環と」


「うん。そうだよ。エリス達がこっちに来てるっておとーさんが知ったら、あの子達を心配して様子を見に行くでしょ。こっちに来ている人で宇宙側の事情を完全に知っていて自由に動けるのはおとーさんだけだから」


 この一言でその企みを察したカルラは、にこりと笑う姉の背中に悪魔の翼を幻視する。


「今はここみたいに人払いして、展望フロアにはあの子達だけ。人目のない所でゲームマスターのお父さんと接触してたら周りの人はどう思うかな。着火材料にはなるでしょ。そこにフラグキーが添加剤になれば面白そうでしょ。もし使わない、消したとしてもその事実だけで十分だよ。このゲームってプレイヤーさんが、他のプレイヤーさんに攻撃できるPK仕様っていうゲームみたいだし、噂を真に受けなくても、おもしろ半分で狙われるでしょ」 


「叔父様にも悪評が立つと思いますけどいいのですか」


「おとーさんがそれが原因で担当を外れれば少しは時間できるよね。そうしたらエリスを叱ってくれるから、しばらくはおとーさんはエリスだけのおとーさんになるから問題無し」 

 叱られるの前提で罠に嵌めたと…………どうせ自分自身で情報をリークして、状況を望むように持っていくつもりなのだろう。


「あの子達にも目的があるから、ゲームが有利になる情報が目の前にあれば狡だと思ってもついつい手を出しちゃうでしょ。だから噂だ、嘘だって言い訳しようとしても、ちょっとは態度に出るんじゃないかな。それに……」


 美月達の事情を考えれば、慣れないゲームで大いに有利に働く情報となれば、無視をしづらく魔が差す可能性もある。それを姉は狙っているようだ。

 そうなればあの二人の真正直な性格から考えて、利用していないと平然と嘘を吐いて、何事も無かったかのようにゲームを続けるのは難しいだろう。

 ゲームプレイを妨害するのではなく、ゲームプレイその物を困難な状況に追い込む。

 相変わらずえぐい真似を平然としてくる。

 敵に対しては容赦とか慈悲がなく、徹底的に叩きつぶすつもりのようだ。

 さすがというか、なんというか。

 呆れつつもカルラは黙って、姉が続ける話に相槌をうちながら考える。

 ここまでは上手くいっているようには思う。状況的にもかなり追い詰めたとは思う。

 ただ問題はだ、今回仕掛けた相手はさらに上を行く策士だということだ。

 そんな相手に状況が完全に嵌まる前に、自分達の存在を見せたのは失敗ではなかっただろうかと考える。

 姉の弱点は常に最大攻撃をしようとして、色々と手を重ねすぎるということ。

 攻撃一辺倒で、防御側への意識が手薄な愛娘の弱点を、あの父親が気づいていないはずがない。

 立場的に絶対的な姉の味方であるが、心情的には美月達に同情もしているカルラは、抜け穴に気づきながらも指摘せずに、楽しそうに悪巧みを話す姉に相槌を返し続ける。

 ゲーム開始まで残り5分。

 このお茶を飲み終わる頃にはその結果は出ているだろうか。

 諸々を諦め、なるようになるかと思いつつ、カルラは華星を手に取り、その甘みを楽しむことにした。



[31751] A・B両面 ゲーム中のおとーさんはちょっと違う
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/07/08 19:31
『あの子達にも目的があるから、ゲームが有利になる情報が目の前にあれば狡だと思ってもついつい手を出しちゃうでしょ。だから噂だ……』


 父親としちゃ可愛い娘様が発する実に楽しげな声に、ほっこりするべきなんだろうが、その中身が陰謀増し増しな、上手く嵌まれば人間不信症発症間違いなしなえげつない手って辺りに、そこはかとなく将来性に不安を感じるべきなんだろうか。


「いやーさすがうちの子。昨日の今日でなかなかに手段を選びませんね。仕掛けておいてよかったです盗聴器」


 エリス対策でVR空間に緊急集合してもらった面子を前に、とりあえず俺は軽く笑っておく。

 まぁ緊急集合といっても、正式オープン前のこのクソ忙しい時間にわざわざ呼び出して参加してもらったのは、最終決定権を持つうちの社長と、開発部を牛耳る佐伯さんに、親父さんの後を継ぎ全権管理者となった中村さん、そしてもって広報担当な高性能どじっ子大磯さんとある意味で何時もの面子だ。

 何せ時間が無い。

 宇宙側の情報にダイレクトリンクできる特別設定空間内にいた人らのみで、内部時間流を遅延させている地球時間ではなく、通常の宇宙時間に合わせて、少しでも時間を稼いでいるところだ。
 

「三崎君……エリスちゃんも、実の娘に盗聴器を仕掛けている父親には、手段うんぬんは言われたくないと思うよ」


「主目的はエリスの動向調査じゃなくて身辺警護のためですっての。うちの子あれでも稀少存在なんで。銀河帝国末期時代には散々跳躍ナビゲートの強化法則を解こうといろいろしていたようで。同族をクローン培養して実験を繰り返したり、散々失敗した末に俺らみたいなブースト種族を作ってみたりと、さすが絶対最高権力を持っていただけあって、宇宙脱出のためとはいえ今じゃ到底は出来無いようなことも平気でやっていたみたいですから」
   

 若干引き気味な大磯さんに俺は一応訂正を入れておく。

 やり過ぎた上にその目的が同族のみでの現宇宙脱出で、ディケライア社初代姫社長様を激怒させて、帝国その物をぶっ潰されたのは計算外だったろうが、旧銀河帝国が持っていた技術力や科学力は、現銀河文明さえも凌いでいたのは紛れもない事実。

 ディメジョンベルクラドとして銀河系最強クラスの跳躍管理能力を持つ銀河帝国皇帝家末裔な相棒と、その力をもっとも引き出すハイブースト性質を持つ銀河帝国最後の実験生物地球人である俺との間に生まれたエリス。

 まだ幼くて、パートナー候補すら見つけていないうちの子がナビゲートできる跳躍距離は極めて短い。

 だがその力は、今日みたいに跳躍を得意とする送天を介してとはいえ、鋭すぎる感覚を持つアリスや、地球圏全域を監視するリルさんに空間異常を気づかれること無く、地球へと跳躍してのけるほどの精密さを持つ。

 もしこの精密さを持ったまま成長を続け、成人してアリスに匹敵する光年距離ナビゲートが可能となれば?

 それが今の跳躍難度、距離の問題で移動制約を受けて、ある意味で閉塞した銀河文明に何をもたらすか?

 そしてこれが特殊な例ではなく、地球人という種族が持つ特性であれば……  


「そういやこっちに付いて来ている狼娘が、ほとんど離れず側にいる理由も本人達の意思もあるけど護衛の意味もあるって前にいってたね」


「えぇ。だからカルラちゃんが地球にいるならエリスもいるだろうなと、んで盗聴機能をオンにしてみたらこの会話って次第です」

 
 探知機だけじゃなく空間にも色々細工してばれにくくしているようだが、あいにくだなエリス。

 お前の耳に被っているサポート機器は、例え銀河の反対側だろうとすぐに位置や周囲の状況が検索できるようにあつらえた特殊性。

 何せあれ1つで最新鋭探査機がダース単位で買えるハイグレード品だ。

 地球から見れば、神の所行としか思えない科学力を誇る銀河文明を持ってしても、空間跳躍を行うには、特殊な人材の存在が不可欠。

 それこそが我が相棒であるアリスが持つ、他次元を感じ取る感覚ディメジョンベルクラド。

 希少特性であるディメジョンベルクラドの中でも、光年距離跳躍をナビゲートできるトップクラスディメジョンベルクラドはさらにほんの一握り。

 宇宙はとてつもなく広大で広い。

 だがそこを素早く渡る手段は、人材は限られている。

 類い希なるナビゲート能力を持っていたアリスのご先祖達が銀河に覇を誇れたのも、高度な空間跳躍技術を持っていたからに他ならない。
 

「しかしそうなると三崎君の所の娘さんが、こっちに来ちゃうのはまずいんじゃないかな。つけ込まれるよね。彼らから見れば地球は未開の惑星。免疫のない病原菌やらなんやらとか理由はいくらでもでっち上げられるだろ」


 のほほんとしているように見えて状況判断は的確。しかも少し楽しそうに見える辺り、さすがうちの社長としか言いようが無い。


「はい。俺以外の奴が生身で地球に降りるのは、グレーを通り越して真っ黒です。色々借りや恨みを買ってるんで、何を要求されるか。このまま公にはしない方向で行くってのがベストっていうか唯一の解決策です……と、まぁこっちはあっちで何とかしますけど、問題はこっちですよね」


 エリスの行動は宇宙的な問題の方が規模も影響も大なんだが、そっちの対処は方針だけ頼んで細かなところは法務専門家のローバーさんをリーダーにして任せ済み。

 俺ら的には、お客様を楽しませるを至上命題とするホワイトソフトウェア社員としては、エリスの手段の方が、緊急性と重要度が高い。


「真偽を確かめるために簡易チェックをやってみたが、不正アクセスやらゲームデータを抜かれた痕跡を発見できないんだが、親父さん仕込みなだけはあるか」


 中村さんが額に手を当て重い息を吐き出す。

 正式オープン直前に内容流出なんぞ、考え得る限り最悪な事態。

 しかもうちのシステムの表も裏も知り尽くした親父さんに指導されたエリスのクラックを防げってのが土台無理な話で、我が社の良心。中村さんの心労はますます増しているようだ。

 なにせ美月さん達を嵌めるためにエリスが用いたのは、PCOで今現在導入している購入、入手可能な全アイテムの入手法を記載したデータ。

 要はアイテム限定完全攻略本が、一人のプレイヤーに渡った状態。

 しかもそのプレイヤーが俺が裏の目的のために目をつけていた美月さんで、エリスはその美月さんを他プレイヤーの恰好の標的に祭り上げる予定と。


「本当にすみません中村さん。ゲームプレイ以外は余計なことが出来無いように指定回線以外ではアクセスできないようにしていたんですけど、まさかこっちに直接来るとは考えて無くて」


「流れたものは仕方ない。気にするな。こっちも一度システム全体を見直すが、対策はしておけよ」


 エリスが侵入出来たって事は、他の連中だってできない理屈はない。

 俺が持ち込んだ宇宙関係でただでさえ忙しいのに、ますます仕事が増えていく中村さんには申し訳ない限りだ。


「ったく性悪のあんたがしてやられるなんぞ情けないね。娘相手じゃ警戒レベル下がってんのかい」


「いやーさすがに常時娘を監視なんてしてたら、大磯さんがいうように変態ですって。娘に変態なんぞいわれたらしばらく仕事が手に付かないくらい凹みますよ俺」


「ったくこれだから男親はしょうが無いね。それで対策は? あたしらを集めたって事は手を考えてるんだろうね」


 同じく娘を持つ身として気持ちがわかるのか社長や中村さんは頷いていたが、佐伯さんが軽く一睨みして一蹴すると、時間が無いんだから早くしろとぎろっと睨んで促してきた。

 まぁ娘の不祥事をそのままにしてちゃ親として問題有り。

 だがそれ以上にゲーム危機とくりゃ、どうにかしなければGMなんぞ名乗ってられない。


「今回の情報漏洩をオープニングに合わせて特別イベントにしようと思います。こっちが企画書です」


 エリスの企みに対して、速攻で書き上げた大まかな企画案を俺は表示する。

 地域段階制手配システム。跳躍ゲート裏ルート。海賊ギルド。保安NPC。報奨金。

 新しいギミックを作り上げる余裕はないが、既存のこれらシステムを組合わせて、当初から計画通りのお客様を楽しませるイベントという体を作り出すというのが俺の狙い。  
 PCOには出来無いことは無いと豪語できるほどにあれやこれやと色々システムや制度を組み入れている。

 賞金稼ぎプレイ。スパイプレイ。海賊プレイ。

 情報1つをとっても、いかに活用できるか、それをどうプレイに繋げるか。

 プレイヤーの手腕1つで、何のことはない屑情報が、大国すら揺るがす大騒動に発展させることだって不可能ではない。


「……ふむ。そう来るか。そうなると彼女たちだけじゃなくて、あれこればらまかないといけないね。サエさんいけそうかい?」


「偵察している連中は三崎の所以外にも色々いるから、そいつらの集めた情報量にあわせて、内容閲覧したら判る特別メールで送るかね。中村。リストアップついでに手配システムと報奨金の相場を組み立てできるかい? ゲームバランスを崩さない程度で」


「リスクとリターンの程度を考えると、報奨金は一律の雀の涙。ただし重要度に合わせて各組織との友好値を+。手配システムはイエロー、レッド、クリムゾン、パープルの4種って所でどうですか。それなら既存システムと登録番号を組合わせてすぐに行けます」 
 

「よし。ならいこうか。大磯君はこの企画書と今言った内容を追加して、全社員及び関係企業に正式に通達。イベント期限及び情報交換期限は今日一日としようか。各地の空港にいる予備人員を全員投入しよう」


「は、はい。すぐに準備しておきます。お客様用のイベント説明ポップも各イベント会場に送ります」


 あっという間に話をまとめ、さらに具体的な案を決めた上司群は、空中から決済印を取りだした社長が書類を呼び出して渡すと、次々にポンポンと軽く判子をついていく。

 VR空間なんで判子はイメージだが、要は各責任者の電子署名を押した正式採用の印だ。

 相変わらずというかなんというか、突発事態でもフットワーク軽いなうちの会社。
  

「いやー三崎君が本領発揮しだしてから突発企画やら、即時対応が増えた所為か、僕らも慣れたもんだね」


「はん。この程度あたしらにはどうってことないさね」


「なにをしでかすか判らないってのが判っているから、イザって時の余剰員数を用意して、毎回投入するってのも間違ってる気もしますけどね」


 社長の笑いに、裏ボスな佐伯さんは鼻で笑い、苦労人な中村さんがあきらめ顔を浮かべていた。
 
 あ……なるほど俺が原因か。PCOを企画した頃からあれこれ無茶と無理しまくってるからな。


「本当に申し訳ありません。この借りは仕事で返します」


 社長達の言葉に納得するだけの思い当たる節がありまくりなので、恐縮するしかなく頭を下げる。


「僕らには返さなくて良いから、全部お客様に返してくれれば良いよ。それより情報漏洩の大元役を誰にやらせるんだい? 君の所の奥さんは、さすがに今回は使うわけにはいかないだろ」


「アリスなら喜んでやりそうですけど、あいつ今回は真面目にいく予定ですから、こっちの伝手で用意します。ついでに広報宣伝役も確保しておきます」


 社長の問いかけに俺は即答する。

 今回の突発イベントに対してアドリブバリバリの即興プレイをやれて、さらに言えば俺のやり口をよく知っている連中。

 気心の知れた同盟ギルドのマスタークラスが、何の因果かそろっているんだ。 使わない手はない。

 あいつらと組んだ俺のやり口はちょいと違うぞ。

 くく。エリス。上手いこと嵌めたつもりだろうが、ゲームは真面目にやろうな。

 まぁエリスが強硬手段に出たのも、仕事仕事でちゃんと遊んでやれなかった俺が悪いっちゃ悪い。

 だから可愛い可愛い娘の望みだ。おとーさんが叶えてやろう。


「さてエリスお望み通り遊んでやるぞ。エリス”で”たっぷりとお父さん達がな」


「うわぁ……悪い顔してるよ三崎君」


 遊び仲間と一緒に遊び尽くすという心躍るシチュエーションに現役プレイヤー時代の気持ちが蘇ったのか、俺が浮かべた笑顔に、今度こそ大磯さんがどん引きしていた。



[31751] A・B両面 エリクサーはインベントリーの肥やしじゃない
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/08/10 01:13
「この画像だけじゃ判らないだろうけど、質感がすごいんだから! 本物の狼の耳を切り取って持ってきたのかって思うぐらい! だから何かしらのてこ入れは必要だって!」


「どんだけ闇深い衣装よ。いちいち張り合う必要ないから。こっちはコンパニオンをやるだけでも最大譲歩。美琴の個人的嗜好に付き合う気は無いし、第一ホウさんの用意したこの衣装だけで十分話題になるでしょ」


「甘い甘い。セツナはそこが甘い。だだ甘だよ! 店長権限でベトナムコーヒーを店の定番メニューに入れたときより甘いよ!」


「カフェメニューの充実は好評だから良いでしょ。うちは企業系の客層相手に仕掛けたんだから需要はあるわよ」 


「客数は伸びたけど豆代と設備投資費でとんとんか、ちょっと赤字! 評判は良いから止めるに止められないって本部長が嘆いていたよ!」 


「ぐっ。せ、先行投資よ。周りの店が同じようなことやってきたときに売りが多い方が良いでしょ」


「ほらセツナも認めた! 売りは多い方が良いって! だからてこ入れ!」


「こっちは綿密な作戦をたてた上に準備してるの。美琴みたいに思いつきで動いてないわよ」


 リアル復帰してまず聞こえて来たのは、いまだ宣伝方針で揉めている女性店長2人組の社内情報漏洩しまくりな口喧嘩だ。
 まぁ喧嘩というよりも、あおりまくりなサカガミと、青筋立てながらも冷静を装うとするセツナのコミュニケーション的なじゃれ合いっていった方が良いのか?
 セツナの方が少し押され気味な気もするが、サカガミの企みには乗りたくない本人の意思は固いようだ。


「おう。戻ったかシンタ。緊急呼び出しってなんかあったのか?」


 そんなセツナご自慢らしいアンネベルグ荻上町店オリジナルブレンドの水出しコーヒーをポットから注ぎながら、段ボールに腰掛けたホウさんはマッタリとしている。
 イベント開始前だってのに、点検したり焦る様子が無い辺り、自分の技術に自信がある証拠だろうか。


「ちょいとサプライズをって連絡ですよ。すぐうちの会社から全関係者に回ります」


「またか。まぁホワイトやお前のやることだから何時ものことだな」


 俺の言葉にあきれ顔を浮かべながらも、ホウさんは楽しげによく冷えたコーヒーを飲み干す。
 さすがベテランプレイヤー。俺のいきなりの話にも慣れたもんで心強い限りだ。
 VR空間での緊急会議は5分弱だが、ずれた時間流のおかげで現実では約40秒ほどの時間経過。
 イベント開始までは後4分程度。
 んじゃちゃっちゃっとまとめますか。


「まぁ待て待てセツナ。ならプランがあればどうだ。俺の方にA、Bと2つプランがあるぞ」


「さすが旦那!」


「却下。あんたがそういう顔をしているときには美琴以上に碌な事考えてないでしょ」


 俺の提案に喜色を浮かべるサカガミと、対照的にセツナは渋面を浮かべる。
 両者真反対の反応だが、共通している事が1つある。
 ホウさんと同じく俺の仕掛けや手口をよく知っているって事だ。


「まぁ聞けって。っと、丁度来たな。こいつがうちのサプライズイベント。俺のA案だ」


 着信と同時に共有ウィンドウに大磯さんが手直し即製された企画案を表示する。
とりあえずの思いつきの殴り書きだったんだが、それがこの短時間で簡潔で分かり易い企画書としての体を作れている辺りはさすが大磯さんと感心する。
 あれで破壊力極めな天然なドジやら、度を超したブラコンが無ければ、一流商社の秘書でも余裕でこなせているだろうあたり、際物揃いなうちの会社らしいっちゃらしい人材ともいえるが。

   
「また攻略サイト泣かせな事しやがって」


「おおっ! いいね!」

 
「……本気? いきなりPVP真っ盛りは私的にはいいけど、初心者がきつくない」


 企画書をながし見た三人の反応は割れている。
 乗ってきたのはお祭り騒ぎが大好きなサカガミのみか。
 ホウさんとセツナはそれぞれ攻略サイト管理人と、対戦好きプレイヤーらしい発言をしているが、すこし懐疑的だ。


「まぁそこはそれ。こっちの腕の見せ所って事で、そういうわけでだサカガミ」


 第一目標をロック。
 敵に回すと厄介で、味方にしてもその場の思いつきで動くので計算しづらいが、そういう時はこちらの思惑に乗せるので無く、サカガミの思惑にこっちから乗ってやろう。


「こいつのイベント説明で衣装チェンジ込みな寸劇やってみねぇか。メインステージご提供するぜ」


 空港内のメイン会場は第三ターミナル前のエプロンに設置されている。
 本来ならば乗客の乗り降りや貨物の積み降ろしをする駐機場への、一般人の立入は厳禁だが、今は閉店状態の羽田空港。
 真夏の日差しはちょい気になるが、リルさんが地球全域の気象を管理しているから、夏名物のゲリラ豪雨が降る心配も無いので広々とした野外会場としちゃ物珍しさもあってうってつけだ。
 

「乗った! ボクに任せなさい!」


 うむ。大観衆相手だってのに躊躇しないで即断する辺りさすがサカガミ。期待通りの反応だ。
 しかし見た目は絵に描いたような大和撫子なくせに、ゲーム内と変わらないお祭り体質な辺り、残念美人だといわれるのもよく判る。
 ……なんで俺の周りはこうも癖が強い連中が揃うんだろうか。


「あたしは絶対やらないわよ。やるなら美琴一人でやりなさいよ」


 そして同僚兼友人に対してジト目なセツナの反応も予想通り。
 こいつは俺と同じくゲームはゲーム。リアルはリアルではっきり割り切るタイプ。
 ゲーム内イベントなら条件次第では乗ってくるだろうが、リアルでの客寄せパンダはお断りらしい。   
 俺一人なら説得やら嵌めるのは、冷静沈着なセツナ相手には苦戦するが、今ここにはサカガミがいる。
 ならいくらでも手はある。
 
 
「まぁセツナならそうだろうな。それじゃあサカガミ。B案でいこうか。あんまり気乗りしないんだけどな」


「あ~うん。仕方ないね。セツナが嫌がるんじゃ。ボクも無理強いは出来無いから。だけどB案か。さすが旦那。鬼畜だね」


 俺がもったいぶった言い方でサカガミに話を振ると、サカガミは大げさなほどに頷いてみせる。
 いきなり話を振られたってのにサカガミはパーフェクトな回答でアドリブ芝居を返してみせる。
 アリスは別格としても、こいつも相当付き合いが長いからよく判っているからやりやすい。
 そしてそれはこれからだまくらかそうとしているセツナも同じだ。
 

「…………美琴は今日は朝から一緒よ。いつ打ち合わせできたのか是非聞きたいわね」


 少し表情をこわばらせたセツナは剣呑な目付きで俺達を睨め付ける。
 俺の手がブラフだと見抜いているようだが、俺ならばもしかしたらという可能性も少しは過ぎって疑心暗鬼になっているのか警戒心があらわになっている。
 共有ウィンドウに俺は映像データの入ったファイルを1つ提示してみせる。
 

「なーに対した手じゃないっての、とある喧嘩三昧なギルドマスター同士がリアルで付き合い始めた馴れ初めのシーンを、ほろ酔い気分で情緒たっぷりに語る某情報提供者のMさんの映像データという、元リーディアンプレイヤーなら興味津々な」


「ぎゃっ!? み、美琴! 喋ったわね! あんた喋ったわね! よりにもよってこいつに喋ったわね!」


 俺のあくどい笑みを前にポーカーフェイスが一転、耳まで真っ赤に染めたセツナは、真横にいたサカガミの首根っこを掴んで、引き寄せるとそのままヘッドロックに移行した。


「いたたたぃっ! ってば! あ、あれだね! お、お酒は怖いね~!」


 ギリギリと締め付けられ悲鳴をあげながらも、まだ余裕がありそうなサカガミがさらに煽りを一発ぶち込む。
 ネタを振った俺が思うのもあれだが……お前この状況でよくやるな。


「あんたザルでしょうが! 誰に喋ったの! ほか誰に喋った!?」


 案の定というか激怒したセツナがさらに締め付けを強める。
 いやまぁいい歳した若い姉ちゃん同士のキャットファイトといえば聞こえは良いが、ゲーム内と同じくセツナが殺意溢れているんで寒気がするくらいだ。


「ギ、ギブ! セツナ! 痛い! って本気で痛いって! ちょっと! 旦那もういいでしょ!?」 


 おーあのサカガミがガチ泣きが入って、俺に救援を求めるという珍しいシーン。
 こんな貴重なシーンはもう少し見ていた方が良いか……というか今割り込んだら俺に被害が来そうだ。


「落ち着けってセツナ。お前が何に対して切れたか、俺は判らないが、どう見てもお前こいつらに担がれたぞ」


 俺が興味半分で躊躇していると、ここまで傍観者に徹していたホウさんが呆れ声でセツナを宥めた。
 さすが年長者。良いタイミングだ。


「だ、だってホウさん! どう考えたってこいつらのいってるのって!」


「喧嘩ばかりのギルドマスターに、情報提供者Mだろ……普通に考えると、シンタとアリスの馴れ初めな映像データな気がするんだが俺の気のせいか? シンタが惚気全開なバカップル化しやがったってKUGCの連中がよくぼやいてたぞ」


「え”っ!?」


 さすがホウさん。俺の企みというか、セツナにさせた勘違いをしっかりと見抜いて正解を言い当てている。


「いやー。お前らなんで急にそうなったと聞かれることが多いので、いっその事、元同盟ギルドのためにも客寄せに解禁してやろうかと思ったんですけど、セツナが嫌がってるなら止めますか……イヤーザンネンザンネン」


「い、いけしゃあしゃあと……あんた絶対知ってるでしょ!」


 羞恥やら怒りやら何やらで涙目になったセツナが恨みがましい目を俺に向けてくる。
 

「さて何のことやら? それよりサカガミいいのか? タップする手が痙攣を始めてるぞ」


 被っている白狐の面と同じくらいに顔色を悪くしたサカガミは、美人薄命って言葉が似合いそうな儚いが美しい表情(状況と原因を忘れればだが)で落ちる寸前にみえる。


「へ……ぎゃぁっ! ちょっと! 美琴! しぶといあんたがこれくらいで参らないでよ!」


 つい今その瞬間まで殺す勢いで締め付けていた人間が言うには、どうかと思う台詞を宣ったセツナは慌ててサカガミを解放した。
 

「ぅぅ……酷いよ戸羽ちゃん。あたしさ絶対に秘密っていったから黙ってたのに。信じてくれなかったんだ」


 解放されたサカガミは体育座りでいじけて顔を伏せるというあざとい恰好になるとしょんぼりとした声を発した。
 しかもリアルネーム呼びだから、サカガミの仮面を外した神坂美琴本人としての言葉だ。


「あ、あの状況であの台詞を言われたら誰だって」


「お酒は怖いねって、一般論だもん。痛いって言っても止めてくれなかったし……酷いよ」


「ご、ごめん。やり過ぎたって思ってるから。お詫びに何か奢るから。ね」


 普通に考えれば俺とサカガミが全面的に悪いんだが、絞め殺しかけたセツナの方は加害者意識がぐさぐさと刺激されるのか防戦一方。


「……いらない。その代わりに一緒にお仕事してくれる?」


「ぐっ……それとこれとは」


「私は戸羽ちゃんと一緒なら良いお仕事できると思ってるのに、そんなに私が嫌?」


 ……女狐。こいつはまたサカガミよりも厄介そうな。
 セツナもこれが演技だと判ってはいるのだろうが、レベルが高すぎる。
 声の張りやら仕草一つ一つが引き込まれるものがある。


「あー……もう! やれば良いんでしょ! やれば! やってやるわよ!」


「うん。ありがとう戸羽ちゃん……嬉しい」


 普段の巫山戯た言動と違い、正統派美人の涙目ながらも引き込まれるような笑顔という反則武器をサカガミは解放して見せた。
 まぁあれだ。言葉遣いや態度を急に変えて状況を引っかき回すってのは俺もたまに使うが、さすがトリックスターサカガミ。役者が違う。
 あの攻防の後のこの言動で完全に主導権を握りやがった。
 サカガミは悪戯子狐だが、リアル本人は女狐かよ……アリスと気が合うだけあってこいつもまた際物だな。 
  

「いやー上手い具合に話がまとまってよかったよかった」


 まぁ何はともあれ目論見とはちょいずれたが結果は予定通りだ。
 当初の計画じゃセツナとロイドの関係を知っていることを臭わせて取引に持ち込むつもりだったんだが、サカガミの介入でやっぱり計画がずれやがった。
 俺もまだまだだと自己反省していると、


「よくもそう簡単にいってくれるわね。あんたならぶち殺しても罪悪感ないわよ」 
 

 ゆらりと立ち上がったセツナが俺に標的を合わせる。
 あーそうきたか。
 ならこっちも切り札だ。
 こいつを渡すのは実に嫌だが、必要ならばエリクサーは躊躇無く使うタイプの俺にとっちゃ今以外に斬るタイミングは無い。    


「ほれ。ならこいつを使えばさっくり俺を殺せるぜ。さっきホウさんが言っていたファイルだ。若気の至りつーかマジで死にたくなるくらいに恥ずかしい台詞を宣っている俺が映ってるぜ」


『俺らが揃えばなんとでもなるんだろ。俺の背中にお前がいて、お前の背中に俺がいる。んじゃ無敵じゃねぇか。酒片手に鼻歌交じりで攻略気分は許せっての、だからお前も不安に思うなって…………心配かけて、待たせて、悪かったなアリス』


 セツナが反応する前に俺は特殊映像ファイルから音声ファイルの一部を切り取って流してみせる。
 ……うむ。場が凍った。
 らしくない。実にらしくない俺の台詞に、サカガミすら唖然としていやがる。
         

「うわ……旦那。こんな台詞よくいえたね。っていうか撮っといたね」 


 あまりの衝撃に素の演技が消え去ったのか、元のサカガミ状態にも戻っていやがる。


「撮られたんだよ。俺もアリスもマジで油断した状態で」


 憮然と答えながらも顔が赤くなっているのを俺は自覚する。
 俺がセツナに提供したファイル。
 そいつは宇宙時間でかれこれ半世紀近く前に、アリスの泣き顔にほだされたというか、落とされた俺がさらした醜態をリルさんが録画してくれやがった物だ。
 ……俺とアリスが酷い喧嘩状態やら、予算超過して暴走すると、即座にリルさんが創天全域に放映しやがるんで、二人してしばらく悶絶するはめになる対俺らの最終兵器だ。 
 

「シンタお前、本当に勝利のためなら何でも、それこそ自分も利用するよな」

 
「そんだけ本気って事ですよ。何せ色々掛かってますから、PCOには」


 そうそれこそ会社の命運やら地球の行く末やら、宇宙の終末やら色々と掛かっている。
 となりゃ有る物全部。自分の黒歴史だろうが何でも全部BETして、勝ちにいかなきゃならねぇからな。


「さてセツナ。音声だけで俺がこの様だ。こいつの映像付きフルデータはマジで殺せるがどうするよ?」


 どうにも気恥ずかしさが残る表情が戻せないままで締まらないが、思案顔のセツナに俺は無理矢理に意地悪く笑ってみせた。



[31751] A・B両面 ゲームスタート
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2017/02/19 01:11
 本来なら貨物搬入口に使われるバックヤードを抜けて、駐機場へ出ると真夏の暑い日差しがプレイヤー達を出迎えた。
 今世紀半ば頃からテロを警戒し、空港内の警備体制が格段に厳しくなり、特に国際空港である羽田空港においては、乗客の乗降はボーディング・ブリッジを用いる事が義務づけられており、メンテナンスフロアやエプロンへは本人確認型IDをもつ登録職員以外は、原則立入禁止になっている。
 それが今日は大手を振って空港の裏舞台に立ち入れるとなれば、一部マニア層の血が騒ぐのは致し方ないだろう。
 歓声をあげるやら、落ち着きなく辺りを見回す程度ならまだマシ。
 エプロンのアスファルトにほおずりしている者やら、放置されている空港車両を別アングルから何十枚も撮影する者、ここに飛行機の現物があればと涙を流して悔しがる者など悲喜交々な情景が展開されている。


「クソ。手が足りねぇな……シンタの野郎に先に吐かすべきだったな」


 メイン会場となる駐機場に組み立てられた特別ステージへと、一足先に出ていた井戸野浩介は、夏の日差しと続々と集まってくる人の多さ、そして何より取材対象の多さに辟易していた。
 空港の端を見れば、架空の宇宙機を自由自在に宙を舞わせる大型投影装置。
 空港内のあちらこちらでは新しく設計されたとおぼしき宣伝映像VR端末が稼働中。
 これらだけでも十分にVR業界専門誌である『仮想世界』の特集ページを埋められるネタだが、浩介の勘ではもっと大きなネタが今回のイベントには隠されていると訴える。
 太陽風の影響で航空機の飛行が世界的に禁止されて今は閉鎖中とはいえ、国際空港の一部を丸まる借り受けるなんて無茶が効くわけが無い。
 だが相手が普通でないことを平気でやってくる連中。
 空港を借り受けるために、各方面に手を回し、根回しを行い、利益を提供して、仲間を増やしていったのだろう。
 浩介の興味はその提供した利益。
 ディケライアが、粒子通信を軸に革新的なVR技術を次々に発表して、周囲の業界を巻き込みさらに力をつけているのは周知の事実。
  アノ連中が、意味も無く空港をオープニングイベント会場に選ぶとは思えない。


「どんな交渉しやがったんだ。あのコンビ……ちっ、喫煙所くらい設けろよな」


 苛立ちを沈めるために煙草を出そうとして、全域火気厳禁と書かれた注意書きを思い出して舌打ちをしてポケットに戻すと同時に、仮想ウィンドウが立ち上がりVR通信の通話要請が届く。
 送信相手名を見ると丁度文句を言いたいと思っていた三崎だ。
 あまりのタイミングの良さにどこからか監視しているのでは無いだろうかと、疑いつつも受託ボタンをタップする。


「なんだよ。暇じゃ無いだろシンタ」


『おう。忙しいぜ。そんな状況でも優先するネタあるがいるか?』


 カメラが近くに無いのか、音声のみを飛ばしてきた三崎は挨拶もそこそこにすぐに用件へと入る。
 もうじきイベント開始だってのに、この期に及んで何か仕掛けてくる気かこの策謀家はと浩介は呆れる。


「ゲームの新規要素を宣伝ってならうちは無理だぞ。硬派系業界誌だからな」


 仮想世界が取り扱うのは、あくまでもVR業界全体。
 いくら規制後初の今話題の新規開発大型VRMMOといえど、ゲーム内容で特集を組むわけにはいかない。
 今回の取材内容もPCOのビジネスモデル、世間に及ぼす影響、そこで用いられる新規技術の発展性が主な内容になる予定だ。 
 無論浩介とてプレイヤーの一人。
 ゲーム内容に興味が無いわけでないが、さすがに仕事優先だ。


『わーってるよ。これでも仮想世界定期購読者だぜ。そっちはいくらでも書いてくれるのがプロ、アマ問わず、いるから問題ねぇよ。ちょっとサプライズで仕込んでいる新規技術が二つほどあるんだが……』


 時間が無いので大まかな概要だが、三崎が仕込みを解説し始める。
 一つは新規開発された合成素材を用いた衣服チェンジシステム。
 話を聞けば浩介もよく知る鳳凰こと大鳥が作成した物との話。


『俺もさっき見たばかりだけどユッコさんやら、沙紀さん辺りが興味持つだろうよ』


 デザイナー三島由希子と医療グループ経営陣に属する西ヶ丘沙紀。
 どちらも三崎が友好関係を築いている有力者だ。
 人脈やコネを余すこと無く無駄なく活用する三崎のことだ、既に売り込み路線が頭の中に出来上がっていることだろう。


「ホウさんもまた面白いもん作ったな。アリスの援助か?」 


『らしいな。一般向けにはまだまだ課題が多いが使えそうだろ』


 VRデータと連動してある程度までなら自由自在に形や色、堅さまで変える事が出来る素材というのは、確かに面白い取材対象となりそうだ。
 しかし少し弱い。
 三崎が言う通り商品化までの道のりはまだまだ先のことだろう。


「それで本命はなんだよ。時間が無いからもったいつけてんじゃねぇぞ」


 メイン会場の方に目をやれば水蒸気を用いた大型スクリーンにオープニングイベント開始時間までをカウントダウンする大時計の針が残り3分を切っている。
 主催者側というか、黒幕であろう三崎がのんびりしている余裕は無いはずだ。


『さすが見抜いてんな。今回の目玉はプレイヤーの位置情報を利用するためにゲームに導入した粒子通信技術を用いた完全地上型測位システムあったろ。それの改良バージョン。そう聞けば空港でやる意味はわかるだろ』


「…………高高度でも使える奴が開発中って噂はあったが、プレイヤーの俺が言うのもなんだが、たかだかゲームのイベントでやるなよ」


 三崎の口から出た思わぬ言葉に、浩介はしばし絶句してから、ほとほと呆れかえってため息と共に吐きだす。
 巨大太陽風『サンクエイク』
 その発生から一年近くが過ぎても、今も地球大気圏上層部を激しくかき乱す電磁波の嵐が起きている。
 張り巡らされていた衛星網は、ずたぼろに切り裂かれ、月面はおろか低軌道衛星との情報リンクすら途絶したまま。
 アメリカなどから幾度か観測ロケットが打ち上げられているが、それらは全て大気圏突破後に通信途絶している。
 衛星を用いた地球航法衛星システム。いわゆるGPSは利用不可能となり、さらに地上施設からの電波による旧式の位置情報システムも、軽度とはいえ地上まで影響を及ぼす電波障害で不具合が頻発している。
 それらの恩恵を得ていた航空機や自動運転車等や、工事現場で用いられる測量システムなど影響は多岐に渡っていた。
 早急な代替えシステムの構築が急務とされていたが、十年単位は少なくとも掛かるであろうというのが有識者の見解だった。
 ディケライアが表舞台に出るまでは。
 重力波、電磁波の影響を受けない新たなる通信規格。
 円熟していた量子通信技術をさらに発展させた粒子通信という胡散臭いも、確実にそこにあった技術を持って、世界を瞬く間に巻き込んでいった様は圧巻のひと言だった。
 しかしその粒子通信技術を持っても影響の少ない地上はともかく、航空機の飛ぶ高高度はまだ取り返せていなかった。
 だが今の三崎の発言はその空も取り返す為の第一歩が踏み出されたという宣言だ。


『そいつはアリスに言っとけ。あの最強廃神兎がゲーム優先なのはロイドも知ってるだろ』


 あの小憎らしいまでに思惑通りに周りを巻き込み踊らせる手腕は、旧リーディアンプレイヤーなら誰もが三崎の手だと知っている。
 そしてディケライア社社長アリシティア・ディケライアが、三崎伸太の唯一無二の相棒だとも。
 ディケライアの後ろに隠れて糸を引いていたのは間違いなく、この飄々とした男だ。


「そりゃお前もだろうがシンタ。しかしお前らGPSの代替えシステム開発って、ゲーム製作に託けて世界征服でもするつもりか?」


『とっくに地球征服はクリア済み。次に目指すは宇宙征服』


 世間一般ではフィクサーやら黒幕だと言われそうな事をしでかしつつも、三崎は何時もの通りの軽口で答えただけだった。

























『宇宙征服でも別次元征服でも勝手にやってろこの腐れ外道。全く相変わらずだなお前。記事にしてやるから後で色々インタビューさせろよ。んじゃそろそろ始まるから切るぞ』 

 俺の返しがレベルの低い冗談に聞こえたのか、ほとほと呆れ声で答えたロイドが通信を切る。
 おあいにく様だなロイド。文字通り地球征服はとうの昔に終わっている。
 というよりも、征服も何も、端っから地球を含んだ太陽系の所有権は、最初に所有した銀河帝国から、その後継者である初代社長を通して、我が相棒のディケライア社が所有済み。
 ちょいと前までなら、売りはらうも、資源として使い潰すのも、アリスの胸先三寸だったと知ったら、ロイドの奴はどう答えたんだろうか?


「さてギリギリだがこれで外堀も埋め終わりと」


 第3ターミナル屋上から駐機場を見下ろす俺の視界の隅に浮かぶ時計アプリは時刻9時59分を指す。
 イベント開始まであと1分。
 本来ならば俺もあのイベント会場の裏側で色々動く予定だったが、そちらは予備人員を投入して貰いお役御免となっている。
 俺が今からやるのはうちの可愛い娘様の乱入で乱れたPCO計画を、リアルタイムで修正かましつつ、オープニングイベントを全銀河へと打ち込む超特大の爆弾に仕立て上げる事。
 仮想ウィンドウを起ち上げ、コンソールを叩き意識時間流を銀河時間へと変更。
 全チャンネルリンク起動。
 恒星間ネットワーク接続。
 途端にスローになったリアル視界情報にくらくらしつつも、各部署へと声をかけ最終チェックを開始していく。
 8つの画面が立ち上がり、画面の向こうからは地球で過ごした時間よりも長い付き合いとなったディケライア社の面々が並ぶ。


『イコクさん』


『創天を中心としたネットワーク設備は問題無い。手入れしつつだが銀河中のどこでも届けられる』


 ディケライア社資材管理部部長であるイコクさんは、骨董品となっていた銀河全域での戦闘指揮を可能とする銀河帝国時代の超空間通信設備のステータス情報と共にサムズアップを繰り出す。
 さすが信頼と実績の銀河帝国製。設置から数百万年が経ってもなんとか使えるようだ。


『シャモンさん』


『星系外縁部防衛網は異常無し。どこかの誰かが介入してきても一歩たりとも通す気は無いわよ』


 星外開発部部長であるシャモンさんの役目は、今地球がある星系領域及び俺達がこれから挑む暗黒星雲での資源調査船防衛。
 例えここが銀河文明の最辺境であろうとも、元々開発予定だった星を盗んだ勢力はいるのだから、敵がいることは間違いなし。
 警戒はいくら厳重にしても損は無い。


『クカイさん』


『は~い。探査ポッドは第三セットまで調整完了。後火星のお嬢の受け入れ先も準備オッケ。いや~お父さん外道だね』


 今日は女性体の調査探索部部長クカイさんは滑らかな軟体ボディを振るわせながら、要の暗黒星雲内調査ポッドのセンサー調整が終わったことを知らせつつ、つい先ほど頼んだエリスへの罰ゲームが出来上がった事を教えてくれる。
 しかし外道とは何を言いますやら。エリスには是非とも地球嫌いを直して、地球を好きになってもらわないとならいと。
 その為の手段は選ぶ気は無いですよと。


『イサナさん』


『はい。地球圏及び火星圏の環境数値には今のところ異常はありません。長期はお約束できませんが、銀河時間の地球換算数年以内でしたら何とか致します』


  星内開発部部長のイサナさんは発光体の女性体を軽く点滅させながら、涼しげな声で答える。
 太陽の元となる原始星を、未知領域である広大な暗黒星雲内から見つけ出さなければ、全ては終わる。
 それまではイサナさんに限りある物資で何とかやり繰りしてもらうしかない。


『ノープスさん』


『技術レベル向上用の星間マップはいくつも出来ておるぞ。礼に今度は地球の酒職人を頼むぞ』


 企画部部長ノープスさんの役目が来るのはもう少し先の話だが、今は効率的な暗黒星雲調査を可能とするためのPCO用練習マップをいくつも製作してくれている。
 銀河でも有名な星間デザイナーに、ゲーム用マップを作らせるってのはどうかと思ったが、酒で釣れる辺りはさすが変わり者で知られているだけはある。


『サラスさん』


『今期分の予算は確保してあります。ですが来期以降のことを考えて無駄なく使うように。超過しそうな場合はすぐに連絡を求めます』


 ディケライアの金庫番。経理部部長であるサラスさんが有無を言わせぬ口調で宣言する。 夫婦揃ってアドリブで色々やらかして度々予算オーバーしているので、サラスさんには頭が上がらない。
 怒らせるなよと他の部長クラスが目で訴えかけてくる辺り、誰が権力者かよく判るってもんだ。


『ローバーさん』


『星系連合より出された全ての条件をクリアしております。違法行為は現在ありませんがグレーゾーンの行為もありますのでお気を付けください』 


 ディケライア社専務であり法務のプロであるローバーさんのおかげで今回の計画は形になったといえる。 
 古くさくて誰もが忘れているような特例条項や、無理矢理な法解釈を使い、隙間を縫って何とか仕立て上げているので無茶は効かないと忠告をしてくれた。
 俺は各部署の報告を聞いて一度息を吸う。
 全ては今日のため。
 今から始める大勝負のためだ。
 俺は最後に残していた中央の画面に目を向ける。
 そこに映るのは茶髪で長身なドイツ系アメリカ人という偽のプロフィールに身を固めた我が相棒兼唯一無二の伴侶なアリシティア・ディケライアだ。


『アリス』


『準備万端全部オッケー。羽田にはOP映像が流れ終わると共に視認可能な位置に到着予定だよ』


 ナノセル義体を用いて仮初めの身体とはいえ地球にきているアリスは、今羽田に向かって移動中だ。
 地球におけるディケライア本社と共に。
 情報機密やら、諸々を秘匿するためとはいえ、選ばれたディケライア社地球本社は、何かとマニアックなアリスらしい選択。
 あんな骨董品をよくぞ引っ張り出してきたもんだと呆れるしかないが、ありゃ売る方も売る方だ。 
 画面を一度見回してから下を見下ろせば大勢の人が集まった会場。
 そこに向かって、ごたごたが原因で出遅れたのか急いで走っているとおぼしきマント姿の麻紀さんと手を引かれている美月さんが、エプロンをゆっくりと進む姿が見えた。
 あの二人を含め、俺がピックアップしている連中は全て会場入りしているか来日済み。
 エリスの乱入って予想外の事態はあったが、それくらいのトラブルで泣き言を言ってたら客商売なんぞ出来やしない。
 むしろそれを利用して盛り上げてこそ、俺ってもんだ。


『舞台と役者は揃いました。そんじゃ参りましょうか……Planetreconstruction Company Onlineゲームスタート』


 宣言と同時に、地球圏を覆っていた遅延フィールドが一時的に解除され、打ち上げられた花火の号砲と共に、メイン会場の大スクリーンにゲームのオープニング映像が流れ始める。
 同時に大気内にステルスモードで隠されている無数のカメラも起動。


「よしよし。初っぱなから良い映像が取れたな。父親の行方を知るために必死な感じが出てやがる。エリスに感謝だな」


 息を切らせながらも会場へと走り込んだ美月さん達を、恒星間ネットを通して全宇宙へと生放映し始めた。 



[31751] A面 地球本社その名は【蒼天】
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/08/31 02:04
「ま、麻紀ちゃん、お、お願いだから、五、五段飛ばしは止めて……」


 メイン会場となった駐機場の最後列。アスファルトの上にへたれ込んだ美月は肩で息をしていた。
 ここまで全力で走らされたこともあるが、乱れた心臓の鼓動は恐怖成分が強めだ。
 キャラメイク前に一度見たOP映像がメイン大スクリーンで流されているが、そちらに目を向けるだけの余裕は今の美月には無かった。
 謎の少女との遭遇と、彼女に渡されたデータに戸惑い我に返ったときには、いつの間にやらオープンイベント開始2分前。
 普通なら上層階にある展望フロアからメイン会場となったエプロンまでは間に合わないが、美月の場合は相方が普通では無かった。
 美月より低身長だというのに麻紀は肩に担ぎ上げて、そのまま五段飛ばしで階段を下り、踊り場では三角蹴りを駆使して速度を落とすどころか、さらにあげる始末だった。
 OPイベントにはギリギリ間に合ったが、もう少し穏便な手は無かったのかと、思わずにはいられない。
 
 
「美月、大丈夫だって。PCOで変動重力パルクール大会で散々練習したから、あの程度は余裕余裕」


「いや西ヶ丘ちゃん。あれサイバネティックスボディ限定だったろうが」


 5段抜かしや三角跳びなど簡単だと言わんばかりの麻紀に、同じ競技に参加していた戸谷誠司が突っ込みを入れる。
 人の死亡が重いトラウマになっている麻紀は、PCOのβテスト中は、戦闘メインではない種族ランドピアースを選び、肉体となる搭乗艦や、その端末となるサイバネティックスボディの製造、改良スキルを中心的にあげる行動派ギークの麻紀らしい選択をしていた。


「あたしのは誠司君みたいに六本足の多脚型じゃ無くて、人間体だったから感覚は変わらないよ」


 そんな麻紀がPCOでメインで参戦したのは、人工重力発生装置によって上下左右が不規則に入れ替わったり、ランダムで後退ワープポイントが出現する、ギミック満載の巨大廃宇宙船内を、いかに早く華麗に駆け抜けるかを競い合うサイバネティックパルクール。
 人造パーツは使用するグレートによってコストが定められており、その規定値以内でいかに、全身の人工ボディを改良し、フルダイブし自分で操るか、ハーフダイブ状態でアクションゲームよろしく遠隔操作するかはプレイヤーの自由となっている。
 リアル肉体を越えた、強化された運動能力をいかに制御しつつ、パルクールらしい動きで魅せて駆け抜けるかがこの競技の醍醐味なのだが、麻紀の場合はその無駄に高い肉体スペックを遺憾なく発揮して、フルダイブによる直接操作でぶっちぎりのタイムとパフォーマンスで、オープンβ第一回大会で優勝をかっさらっていた。


「その動きをリアルでやるなよ。西ヶ丘ちゃんのせいで、サイパルはフルダイブ有利って風潮が広まってんだから」 


 経験者の誠司だから判るが、あの競技はフルダイブよりもハーフダイブの遠隔操作の方が本来は絶対有利のはずだ。
 フルダイブは反応速度は確かに上がるが、不規則に入れ替わる重力方向ですぐに上下左右の感覚が無くなって、まともに前に進むことが難しい。
 未知の感覚に即座に反応できるのは、超人的な麻紀の身体能力があってこそだ。
 だが麻紀が魅せた大会の後は、フルダイブで挑む者が爆発的に増えている。
 あんな少女でも出来るなら余裕だと、本人をよく知らずに早合点したのだろう。
 重力変化に慣れるにはフルダイブで練習を積むしか無いが、そのフルダイブは条例により可能時間規制中。
 練習不足だと感じたプレイヤーの飢餓感を煽れたと、影でにやついていた黒幕がいることを彼らは知る由はない。


「自分で動いた方が楽でしょ。六本足とか気持ち悪いし」


「わかって無いな。不整地走破なら足が多い方が有利だろ」


「その分制御パーツでコスト掛かってたじゃん。センサー系を強化した方が走りやすいと思うよ」


「あの設定値で察知して完全回避できるのは西ヶ丘ちゃんくらいだっての、一度多脚使ってみたら判るけど……」


 自覚の無い天才ほど質の悪い存在は無い。
 真夏にマントを羽織ったままビルを駆け下りて息一つ乱さず、簡単だと言ってのける麻紀に、どうやって多脚の実力と多様性を判らせてやろうかと誠司が熱が入り始めると、      

「お前ら話ばっかしてないでOPも見とけよ。なんかヒントあるかもって言われてただろ。前の時と変えてる可能性もあるだろ」


 メインスクリーンへと目を向けていた峰岸伸吾が、脱線しかけている二人を注意する。
 事前情報に無い事を当日いきなりやってくる可能性が高いゲームマスター相手に、一瞬でも油断は禁物だと、伸吾達にVRMMOのイロハをレクチャーしてくれているKUGCの面々が口を揃えてアドバイスしていた。 


「ご、ごめんね峰岸君。任せっきりで」

 
 美月もその事は判っているのだが、さすがにまだ息も整っておらず立ち上がることさえきつい状態だ。


「今のは西ヶ丘と誠司だから気にすんなって、さすがにその状態の高山にいうほど鬼じゃねぇぞ」


「高山さんはそのまま休んでた方が良いんじゃない。 僕らが偵察に出てたショップ街で、ゲーム内での販売アイテムとして使用可能な公式ドリンクとか色々と売ってたから仕入れてきたけどなにか飲む?」


「あ、ありがと中野君。お、お茶もらうね……」


 中野亮一が掲げた袋の中から、美月は礼を言いながらペットボトルに入ったお茶らしき物を一本引き抜いて、蓋を開け口にゆっくりと含んでいく。
 中の液体は緑茶色をしていたが、ラベルには見たことが無い花が描かれており、その花から作られた花茶なのか、ハッカとシナモンを混ぜたような香りが口にほのかに広がり、ほどよく甘い。
 初めての香りと味だが、美月の好みに合う味だ。
 香りと味に鎮静作用でもあるのか、早鐘のように乱れ打っていた心音が、ゆっくりと落ち着いていくのが判る。


「はあぁぁっっ……よし。がんばろ」


 思っていた以上に喉が渇いていたのか、それとも想定外の事態に緊張していたのか、もらったお茶を一気に飲み干した美月は、両頬を叩いて改めて気合いを入れると立ち上がる。
 茶の効果かは判らないが、先ほどまで動揺していた自分を客観的に見つめ直して、どうするべきか頭を動かし始める。
 まずは伸吾の言う通りOPをチェック。
 画面へと目をやればOPは死生観を表す抽象的な表現の映像から、巨大な船『天級』の建造が始められた部分を映し出していた。
 だがそれと並列して、先ほどもらったまま、怪しすぎてまだ開封すらしていない情報ファイルについて確認する事がいくらもある。


「高山って結構男前な飲み方するよな」


「だから前から言ってるだろ。美月さんの見た目と中身は結構違うって」


「誠司前もいってたよね。西ヶ丘さんより高山さんの方が怒らせたらやばいって」

  
 文学少女で大人しいといった外見に反してというか美月が持つ芯の強さを、誠司が見抜いているのは女姉妹が多い所為だろうか。
 ひそひそと会話を交わす男三人には気づかず、再稼働した美月は仮想コンソールを起ち上げ、宮野美貴がいる場所を確認する。
 美貴達KUGC組は余裕を持って行動していたのか、最前列の方にいるようだ、


『美月ちゃん? ずいぶん遅かったけど何かあったの?』


 さすがにこの人込みを掻き分けて前に進むのは難しいので、チャットツールを立ち上げて連絡を入れると、すぐに音声チャットが返ってくる。
 どうやら美貴達の方でも、美月の居場所は把握していたようだ。


『すみません。ちょっとトラブルがあって。あの美貴さん達の中で誰か変なファイルをもらった人っていませんか?』


『変なファイル? ちょっと待ってて…………今のところ誰もいないわね。もしかして先輩が動いたの?』


 美貴から返ってきた答えは美月には予想通りの物だ。
 自分が特別だなんて思い上がる気は無いが、三崎が何かを自分にさせようとしているのは感じている。
 それが何かはまだ判らないが、そこに死んだはずの父が関わっているというなら、美月には踏み込むしか選択肢は無い。
 


『いえ。相手は女の子でした。5、6才くらいの小さな子で、頭に機械で出来た兎みたいな耳をつけていました』


 VR空間に引きずり込まれたという話はせずに、美月はあの空間で出て来た少女の事だけを口にする。


『ウサミミか。アッちゃんの知り合いかな。それで変なファイルって中身は?』
  

 美月は直接の面識は無いが、KUGCの2代目マスターにして、今話題のディケライア社を率いるアリシティア・ディケライアが、ゲーム中はキャラクターになりきる重度のロープレ派で、その頭にはトレードマークのウサミミをつけていたという事は聞いている。
 実際ディケライア社のロゴマークは、兎の耳を模したデザインになっている。
よほどお気に入りなのか、何か意味があるのだろうか。
 その事から、美貴が口にしたとおり、あの謎の少女がディケライアの関係者という線も十分に考えられる。
 しかも出会ったのはVR空間。見た目などいくらでも変えられる。
 ひょっとしたらアリシティア本人だった可能性だって、無くは無いはずだ。
 しかしあんな意味深なラベルが付いたデータファイルを渡してきた理由は判らない。
 その辺りを包み隠さず美貴に伝えると、


『シークレットも含んだ商品リスト情報か……美月ちゃんそれ絶対に開けないで。十中八九トラップ。先輩か他の誰かなのかは判らないけど』


 美貴は即座にほぼ罠だと断言する。
 だがそれが三崎の手による物かどうかははっきりしないと伝え、またすぐに消去しろとは言わなかった。

『消去はしなくていいんですか?』
 

『捨てたら捨てたで後々厄介なことになるかも……開けなくても何とか中身の覗き見が出来ればいいんだけど。とりあえず。しばらくは様子見でお願いね。OPが終わる頃にはなんか動きあると思うから』


『動きですか?』


 何故そう断言できるのか美月は思わず尋ねる。
 これを送ってきた相手が三崎かどうかも判らないというのに、それで良いのだろうか。


『あーあの先輩はなんて言うか。外道なんだけど、あくまでもゲームのルール内での外道なのよ。ゲームはルールがあるから面白いってゲーム原理主義者。だから美月ちゃん達だけにそんな情報を与えたり、罠を仕掛けるなんて事もしないはずよ』
 

『じゃあこれを渡してきたのは三崎さんじゃないって事ですか?』


『あーそこがあの先輩の厄介なところで、美月ちゃんを切っ掛けにより大きな罠をプレイヤー全員に仕掛けようとしている可能性も無きにあらずだから。それで、もし先輩以外にそんな罠を仕掛けてきたのがいた場合は、ゲームを壊すような企みは絶対に許さないし、逆にそれも自分の計画の一角にアドリブで取り込んでゲームを盛り上げてくるわよ。GMが天職みたいな人だから』


 過去にも同じようなことがあったのか、美貴が確信しているように聞こえる。
 美月の脳裏に前に美貴達がいっていた言葉が不意に蘇る。

 三崎伸太はゲームマスターをやるために生まれてきたような男だ。
 なぜならばあの男ほど、プレイヤーがぶっ倒したいと思う悪辣非道な手を使ってくるゲームマスターはいないからだ。

 三崎を倒すためにプレイヤー達が一致団結し、それでも苦戦し、何とか成し遂げることができるからゲームが盛り上がる。
 そんな天性のゲームマスターが、ゲームバランスを壊すような事をしでかすはずが無い。 美貴が言う意味を美月は理屈で理解しようとするが、どうにも完全には納得が出来ない。 それは美月がゲームを初めはしたが、まだプレイヤーとしての楽しみを知らないせいだろう。


『それならOPが終わるくらいで動きがあるってどうしてですか?』


 だから美月には判らない。
 ゲームプレイに全力を注ぎ込む廃神達ならば言わずとも判る絶対の法則が。
 メインスクリーンに目をやれば、青々とした色で輝く地球がこの宇宙に舞い戻ったシーンが大画面で放映され、周囲のプレイヤー達が一度見た映像だというのに高まる期待に高まったのか大声で歓声をあげている。


『それはあれよ。ゲームの一番最初の山場ってのはOP終了直後だから。さぁこれから冒険や戦いが始まるってボルテージが最高潮に達した瞬間に、あの人達が仕掛けてこないわけが無いからよ』


 美貴が言い終わった瞬間。
 計ったかのように大きな花火がいくつも青い大空に打ち上げられる。
 巨大な花火の音に会場にいた誰もが思わずつられて頭上を見上げ、そして一斉に言葉を失った。
 そこには巨大な何かがいた。
 駐機場に集まったプレイヤー達の頭上。
 その遥か天空の高みに巨大な何かが浮いていた。
 太陽風サンクエイクによって、失われた蒼天の高みに鎮座する何かがいた。
 あまりに巨大すぎて、まるで天を塞ぐようにも見えるそれは静かに天に浮いていた。
 2対8個の巨大なタービンがゆっくりと動いているのが遠目でも見えるが、音がほとんど聞こえてこない。
 

「げっ!? ま、まさかあれWalrus HULAのフェーズ5飛行船か!?」


 会場にいた誰かがその正体に気づいたのか、信じられないと呻き声をあげる。
 天に浮かぶそれは巨大な、巨大すぎる飛行船。
 ペイロード1000トン。航続距離23000㎞。
 空を飛ぶ人工物として世界最大の積載量と、長大な飛行距離を目的とした超大型ハイブリッド飛行船計画。
 それがかつて存在したWalrus HULA計画。
 ガスによる浮力に、推力偏向機能をもつジェットエンジンや回転翼による浮力を合わせ、重航空機では成し遂げられない航空積載量を目指した野心的な計画だった。
 だがそれも昔の話。
 プロトタイプの実機は完成したが、その後はかさむ開発費用や、より低燃費、高出力の航空機の出現。
 そして世界的な大不況の煽りをうけて予算が減少され、VR空間内での仮想製造試験で集大成のフェーズ5が製造されたものの、ついにリアルでは製造されなかった機体……だったはずだ。
 だがそれは今は天に浮いている。
 その大型飛行船の底面につけられていたホログラム掲示板に文字が出現し始める。  


『銀河にあまねく人々を救う為。今地球人類は宇宙の最前線に立つ。Planetreconstruction Company Online開幕』


 OPを締めくくり、プレイヤー達の度肝を抜いたその存在しないはずの大型ハイブリッド飛行船には黒々とした毛筆体で『蒼天』という船名らしき物と、真っ赤に塗られたウサミミマークが刻まれていた。



[31751] A・B両面 アリス参戦
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/09/04 21:23
 羽田上空に忽然と現れた飛行船。
 その船に与えられた正式名称は、惑星級通信網構築艦『蒼天』
 星系連合所属星系においても、正式分類される艦種になる。
 惑星級通信網構築艦とは、恒星間ネットへの接続を行い惑星規模での情報ネットワーク基盤となる母船と、惑星成層圏定点中継点となる無人支船をもって構築される艦船群になる。
 開拓初期惑星、一時的な採掘惑星、地殻変動の激しい若い惑星、陸地の存在しない海惑星など、陸上通信施設が建造されていない、恒常施設を建造するだけのメリットがない、建造が難しい等の条件を持つ星で用いられている。
 本来は外宇宙艦でもある母船とは違い、純地球産となる大型飛行船である蒼天は、宇宙空間まで上昇する能力は持たず、支船を建造、補修する工場機能も持たない。
 さらに言えば、星連において極めて高い水準で求められる、開発基準、環境基準、安全基準の各種制限を一切満たしていないというものだ。
 本来であれば、飛ぶことどころか、開発さえ許されない低スペックというのもおこがましいほどに原始的な船となるが、だからこそ売りになる。
 星連に所属する惑星および星系では建造禁止となった、非効率的な航空黎明期の船が、仮想空間上ではなく、現実の惑星上空を飛行している。
 それだけでは無い。
 地球という惑星は、いまだ星間航行が出来無い初期原始文明惑星。
 星連においては、碌な資料さえも残っていないような太古の原始技術や機器がいまだ現役で、さらにはこれから開発されていく技術史さえもつぶさに観察できる。
 これに興味をもたない学者がいないわけが無い。
 原始文明惑星には原則非干渉が、星連のルールであり、銀河規模での争いを再び起こさないための縛りでもあった。
 星間文明所属惑星一星に付き一票と決められた星間連合議会の絶対平等原則は、厳格な身分制を敷いて、所有できるか科学技術を制限した帝国との違いを強調する基本骨子となっていた。
 しかしそれが裏目に出る。
 銀河帝国滅亡後の星連結成初期に、対立する二勢力が票を集めるために、数多の原始文明への過干渉による星間文明への発展を促した事で起きた、惑星崩壊と銀河大戦再燃の不安に端を発している。
 それ以来、原始文明への監視、干渉は、その惑星や星域を所有する勢力および許可を得た者。
 そして許されるのも、密入星者への監視など最低限度の観察行為に押しとどめられていた。
 だが現在の地球においては、それらの縛りが有名無実化している。
 銀河史上において前例がないほどの8万光年におよぶ超長距離単跳躍。
 恒星をともなわないとはいえ、惑星四つとその間の星間空間も含む超質量跳躍。
 さらに言えばそれを行ったディメジョンベルクラドは、帝国皇族の末裔ではあるが、その時点では成人していなかった少女。
 ましてやその星と、そこに住む初期文明生物たちは、かつて帝国で行われた秘密実験の対象。
 稀少実験生物たちが、恒星を失ったことにより、全滅の危機にある。
 それらに加えてこれから開発が行われる暗黒星雲航路上に、恒星を失って自由浮遊惑星化した星が4つもあり、さらにそのうち一つは大きな改造も必要なく、四大生態系の一つに属する。これを利用しない手は無い。 
 様々なメリット、デメリットをあげながら、星系連合議会において幾度もの大議論が行われた末に、地球文明への、積極的でありながら最低限度の制限を設けた一大プロジェクトが稼働した。

 その名は『第二太陽系生成プロジェクト』

 地球にすむ地球人には一切気づかせること無く、失われた恒星太陽に変わる、代替え恒星を生成し、第二の太陽系を生み出そうという物だ。
 だが気づかせること無くというのが難しい。
 地球文明は、極めて原始的な科学ロケットによって、衛星に偽造していた天級である『送天』上に恒久施設を建造する程度までには発展していた。
 いくら銀河文明の卓越した科学力で偽造しようにも、実際に宇宙にまで到達できる文明を誤魔化しきるには限界がある。
 この難題に対して一人の地球人が、人の悪い笑顔を浮かべながらこう答えたという。


『ならだまくらかしましょうか。地球人類全員を』


 大規模な太陽風による惑星封鎖というシナリオを仕立て上げ、さらにそれによって地球全域の衛星通信網を一時的に壊滅させ、その困難に際して救世主よろしく颯爽と登場し、全ての情報通信及び観測網を自らの手中に収め宇宙空間の状況を全て欺瞞し、地球文明が向かう先を己の意思の元に操る。
 一歩間違えれば情報の混乱からの戦乱の頻発で文明壊滅という最悪の事態も考えられるそんな手を躊躇も無く使い、成功させるだけでは飽き足らず、その特殊な状況を使い銀河の数多の学者や、学術機関を味方につける。

 銀河史に残るであろう悪辣さを発揮する地球人を生み出した文明とは?
    
 帝国の実験惑星では何が行われていたのか?

 初期文明における技術の発展性とは?

 良くも悪くも銀河中の注目を集め出した惑星地球。
 それらに関する情報は全て、羽田空港上空に浮かぶ『蒼天』から恒星間ネットワークを通じて、銀河に配信されていく。
 だが人々は知らない。
 全銀河への放映すらも、悪辣なその男の策略であると。
 全ては、銀河にあまねく人々のために。
 外道な善人の策略は、この船から始まっていく。





















「おおぉ。ほおほぉ」


 日本航空協会会長である篠崎孝太郎は年甲斐も無く興奮していた。 
 皺の増えた手で一応手すりに掴まっているが、船は大きく揺れることもなく、眼下の空港に向かって垂直降下を始めている。
 全長250メートル。全幅50メートル。全高34メートル。
 海上大型船舶と比べても遜色ない超大型ハイブリッド飛行船である蒼天の、平均比重は空気よりも重い設計になっている。
 それを浮かすのは大容量気嚢に収められた膨大なヘリウムガスによる浮力に加え、艦底に設けられた二対となる計8機の大型回転翼による浮力。
 さらに民生用試作常温核融合炉が生み出す膨大な電力は、ディケライアの心臓部であるスパコン群や、船のあちらこちらに設けられた回転翼をもうごかす。
 大きさのわりには細やかな機動性を持ち垂直離着陸も可能となっているそれは、もはや飛行船というカテゴリーでは収まらず、空中要塞とでも呼んだ方がしっくり来るほどだ。
 
  
「どうでしょうか篠崎会長。我が社の蒼天は?」


 女性用のビジネススーツを纏い、その独特な形をした髪を微かに揺らしながら、アリシティア・ディケライアはにこりと微笑む。
 何時もの子供っぽさは影を潜めて、妙齢の美女という雰囲気を全面に出していた。
 ここはディケライア地球本社である蒼天の船首にあるメイン展望フロアにあたる。
 大勢の来賓者で埋まる展望フロアは、老舗ホテルの宴会場のように華麗に飾り付けが施され、軽くではあるが飲食物も提供されている。
 枠の無い硬化ガラスは前方180°の視界をクリアに確保し、都内高層ビル群を引き立て役にして、遥か遠くに冨士山を望める関東平野を見下ろせるそれは壮大のひと言だ。


「いやいや。実に素晴らしい。最初は今時飛行船とはと、正直に思いましたが、どうやら私の勉強不足だったようです。乗り心地の良さに加え、積載量、航続距離とも最新の航空機に引けは取らないという謳い文句はまさに偽り無しですな」


「えぇそうでしょ。そうでしょ。もうこの子の計画を知った時にはテンションはねあがりましたよあたし。VR空間上だけの世界最大(笑)、雷鳥二号もどき、なんて不名誉な称号なんぞこれで払拭。世界最大の航空機。空の女王称号いただきです!」 


 篠崎の目がまるで子供のように輝いているので、世辞抜きの賛辞であると判ると、アリシティアは被っていた面を外す。
 誰かに自慢したくてしょうが無かったのだ。
 それというのも一部の理解ある関係者以外には蒼天建造計画は実に不評だったからだ。
 最愛のパートナーである三崎からは、趣味的すぎるだろと難色を示され。
 会計担当の伯母サラスからは、定点中継ホームとするなら新造するよりも既存の成層圏飛行船を仕入れた方が安いと、見積書を片手に説得され。
 宇宙側から同じくナノセル義体で参加している操縦者及び本社社員には、重力制御も緊急転移装置も無い船って空を飛んでいいんですか? 落ちませんか? と、疑問を呈された。
 それらは宣伝効果が強いと社長権限で会議を押し切り、宇宙と違う地球側の健全経営だから余裕があるとサラスを説得し、さらに星連管理下ではあるが所属していないので法律違反じゃ無いし、技術的にもちゃんと飛べると強弁してここまでこぎ着けてきたわけだ。
 アリシティアの本音で言えば、さらにここに海上移動能力と潜水能力を付与し、リアル飛空挺を建造したいという野望も胸に秘めているが、そこまでいくとさすがに今の地球技術では改修が不可能。
 さらに100%趣味となると、旦那と伯母が完全に手を組み拒んでくるので、今は誰にも打ち明けていなかった。
 いきなりはっちゃけたアリシティアのテンションに、展望ラウンジに集まっていた来賓者達は、些か驚きの顔を浮かべる。
 彼ら、もしくは彼女たちは、アリシティア・ディケライアに直接に会ったの初めてという者が多いからだ。
 蒼天の初お披露目の舞台となったPCOオープニングイベントであるが、集まった来賓者達はVR技術や、ゲーム関係者では無い。
 それらの人材や客人達は全て地上の羽田空港に集まっている。
 ここにいるのは一人の例外も無く、前例のない地球規模の大災害『サンクエイク』によって壊滅的な影響を受けて風前の灯火となった航空産業関係者ばかりだ。
 衛星網の壊滅による航法システムの喪失。
 今も頻繁に起きる太陽風による強力な電磁障害。
 高層を飛ぶ精密機器の固まりである航空機にとっては、この二つが重なった事は最悪の事態といえる。
 位置を確認する手段が目視となり、機体制御にエラーが生じるかもしれない。
 この状況下では墜落した場合に大きな被害をもたらす航空機を飛ばす危険性を声高に語るまでも無い。
 世界的な自粛要請から、原則禁止となるまでさほどの時間はいらなかった。
 今現在もかろうじて飛行可能なのは、核戦争下での飛行を想定して対策を施されていた極々一部の特殊機のみという燦々たる有様だ。 
 米軍主導で開発が進められていたWalrus HULAプランの集大成であるフェーズ5タイプである蒼天も、強力な電磁パルスが発生する状況下でも問題無く航行出来る機能を持ち合わせている。
 低速ではあるが、既存飛行機では成し遂げられない大質量運搬機能に垂直離着陸が可能な巨大輸送飛行船である蒼天には、その余裕あるペイロードを用いた厳重な電磁対策が幾重にも施されているからだ。
 これらの技術に加えて高高度飛行船開発で得たノウハウを用いて製作された蒼天は、最新鋭飛行船という何ともノスタルジーを覚えるカテゴリに分類されていた。


「ほう。アリシティア社長はよく判ってらっしゃるな。一見空を飛ぶとは思えないほど巨大な物が空を飛ぶ。まさにこれこそ航空機械の醍醐味。あぁ……つい1年前には世界の空を巨大な叡智の結晶が自由に飛び交っていたというのに」


 マニアックな者の周りにはマニアックな者が集まる。
 趣味の世界では、年齢も身分も肩書もすべては無。
 アリシティアの言動に、同士の血を感じたのか、篠崎も老紳士の仮面を外し、実に悔しそうに拳を握り締め太陽を睨み付ける。
 航空機が好きすぎて、航空産業一筋に生き、気がつけば航空協会会長まで昇りつめた生粋の飛行機馬鹿には、今の状況は血涙物のくやしさなのだろう。


「えぇ判ります! 判ります! 太古の昔から人が空を飛びたいと願い、その夢と希望の果てに生まれた結晶! 是非とも私達の力で取り戻しましょう! その為の蒼天! その為の新型地上型測位システムなんです!」


 仇敵のように睨み付ける太陽が実は宇宙本社の創天が生み出したホログラム映像で、電磁障害も計算されつくされた地球封鎖計画の一環で、それらは他でも無いアリシティアのパートナー兼旦那である三崎の計画と知ったらどうなるか。
そんな事をおくびにも出さず、アリシティアは些か大げさなほどの勢いで篠崎へと切り込んでいく。


「お、おぉ、判って、判ってくれますか……正直にいえばVR業者など、現実を無視して仮想世界が一番だと宣う者達だと思っておりましたが、まさかそのVR業界の台風の目となっている貴女が私に共感してくださるとは」


「それは違います篠崎会長。VR世界とリアル世界は相対する世界では無いのです。リアルと仮想。互いに出来る事と出来ぬ事があるなかで、お互いに足りない部分を補い合える関係がこれから築けていけるはずです」


 個人の顔を隠して、また社長の顔に戻ったアリシティアは篠崎の手を取る。  
 篠崎はVR規制派の中核に位置する人物の一人。
 十分に発達した仮想体験があれば、旅行は時間も金も掛かるので現地に直接行かずとも十分だという層と風潮が多少なりとも生まれている。
 VR規制派の面子には、観光業者や、航空各社、鉄道各社、飲食業、ホテル業界など、リアルに重点を置く者が多い。
 無論多少なりともVRの恩恵を受けてはいるので、全面禁止とまではいかずとも、今の程度の規制があれば良いという者が大半ではあるが。
 生粋の反対派であれば取り込みは難しいが、規制派であればどうにかなる。
 来るべきVR規制解除のために三崎は、地球の観測手段を奪うついでに各種業界への取り込みを開始していた。
 その一環に、三崎の策略で最大の被害を受けた業界の一つである航空産業も含まれている。
 

「おぉそうでしたな。新型航法システムの開発だけではなく、電磁障害対策機改修案やら、生活保障を各国政府にかけあっていただけたりと、他にも色々と手を打っていただいて……感謝の言葉もありません」


 感極まっている篠崎に、アリシティアは罪悪勘をどうにも覚える。
 無駄な物は1つも無いと言えば聞こえはいいが、骨の髄まで絞りつくして利用する三崎のたてた作戦だ。
 サンクエイクによって影響を受ける、受けた業界は全て綿密な策略の元に、再利用している。
 たとえば航空、宇宙産業に限ってみても、 航空各社のパイロットやキャビンアテンダント、地上管制官などには、障害対策機の習熟をVR空間でやって貰うついでに、PCOのNPCキャラに用いる思考サンプルを取らせてもらっている
 何せ数十億ものNPCをそれぞれキャラクター付けして動かそうというのだ。
 サンプルは多くあるに越した事は無い。
 他にも機械工学者や技術者には、粒子通信の送受信設備設置や対応人員として用いたり、今現在保管整備中の航空各機の大半の客席に新型VR端末を設置してみたりと、いつ規制解除がきても、それがVR業界の発展に繋がるように余念が無い。
 挙げ句の果てには、サンクエイク後に世界各国がダメ元で打ち上げたロケット各種だ。
 それらは全部地球を覆う遮断フィールドの慣性制御機能で捕縛して確保。
 初期文明が作り上げた原始的なロケットの現物という、マニア垂涎、学者興奮な一品の珍品名品を、星連麾下に属する学術研究機関である星連アカデミアに贈呈し、それと引き替えに”ある”物を手に入れている。  
 

「そんな篠崎会長のお力もあって、私共も今回日本各地の空港を借り受けるという無茶が可能となったのです。PCOにとって最高の宣伝になります。これからもリアルとVR。世界は違いますが皆様と手を取り合って進めて行ければと私は思っております」


 少しだけ声を張り上げたアリシティアは篠崎だけで無く、展望フロアにいる全ての来賓に聞かせてみせる。
 芝居がかった身振り口ぶりだが、それに気づく者はいない。
 誰もがこの窮地を救ってくれたアリシティア率いるディケライアに、多少の差はあれど好感を抱いているはずだ。
 すまし顔で嘘八百を並べ立てて、全ての状況を己の意思の元に操る。
 それが三崎の得意技だが、全てを作り上げる完全ロープレモードで無ければアリシティアにはおそらく無理だったろう。
 ここ数ヶ月の地球時間においてアリシティアがやっているは、三崎主導のたらし込み戦だ。
 対象相手のピンチを生みだし、それを救ってみせて、仲間にする。
 チープすぎるマッチポンプもいい所だが、相手が本当に起きていたら天変地異である『サンクエイク』
 まさか地球人類の危機であるそれ自体が嘘だとは、誰も思わないだろう。
 本来ならどうにも相手を騙す作戦はあまりアリシティアの好みでは無いのだが、今日に限っては用意周到な三崎の手に感謝だ。 
 予定よりも早く篠崎を落とすことが出来た。
 本来ならば後1時間はこの茶番を続けるはずであったが、ここまで一気に共感して落とせば後はどうにでもなるはずだ。


(テイム完了! ……リル! OPに参加してもいいよね!?)


(篠崎様以外にも抑えたいという方が数人おられます。まだダメですね)


(ぐっ! 判ったわよ! やってやるわよ! セッちゃんやサカガミンまで参加しているのにあたしがOPイベントに参加しないわけ無いでしょ!)


 ゲームには参加したい。
 ましてやどんなゲームであろうとも一度きりしかないOPイベントならなおさらだ。
 しかも急遽予定変更で、旧友達がOPイベントの一環で寸劇をやるというのだ。
 これに絶対に参加しなくては、リーディアンにおける接続時間では他の追随を許さなかったアリシティア・ディケライアの名が泣くという物だ。
 最強廃神兎はOPイベントに参加するために、かつて銀河を統べた皇族の末裔という覇者が持つ魅力を全解放することにした。
 もし歴代の皇帝やその血族が聴けば、情けなさに涙を流すか、祖霊となって全力で説教に来るだろうという、実にくだらない理由で。
 アリシティア・ディケライア。
 一児の母になろうとも、地球全域を騒がす新興企業のトップであろうとも、銀河に誇る老舗惑星企業の現社長であろうとも。
 彼女はいつも通り、生粋のゲーマーとしてOP日に挑む気概であった。



[31751] B面 準備は万端
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:5ef41db8
Date: 2016/09/14 23:44
 ゆっくりと降りてくる蒼天の下部モニターには、恒星をバックに飛び出すフレアを避けながら、戦闘を繰り広げる恒星潜行特殊艦。
 惑星級ボス艦へと特攻をかけるプレイヤー艦隊と、先駆けとなる祖霊転身済のメカニカルな鎧武者達。
 前面を海に覆われた海洋惑星の大海原を割って浮上してくる島サイズの巨大採掘艦など、インパクト重視の派手な映像を放映している。
 これらはサンプル画像では無く、オープンβ中に実際にゲーム内で起きた戦闘やら、イベントを映像として流している。
 自分達が映っている事を確認したとおぼしいプレイヤー達の一群から、大きめの歓声があがっているのが、俺の位置からはよく見えた。
 メイン会場となった羽田の蒼天だけで無く、他のイベント会場にも、サイズは些か落ちるが、情報網構築支船となる、飛行船群がそれぞれに派遣してある。
 全国のプレイヤー達が、驚き顔を浮かべる空を見上げている空撮映像を確認する。
 ゲーム内で見たOPの壮大感、臨場感には、リアルで勝るのは難しいが、それなら全く新しいアプローチで攻めるっていう、うちの方針は大当たりのようだ。
 普通なら先制攻撃成功と笑みの1つでも浮かべてみるところだが、今の俺はとてもそんな気分じゃ無い。


「予想通りすぎだろ。あの阿呆兎」

  
 無理矢理にねじ込んだサカガミ達のOP寸劇は、好き勝手やってくれたうちの娘様のフォローだってのに、お前がさらに好き勝手してどうする。
 リルさんから流されてきた情報に、俺は憮然とするしかない。
 とっとと攻略を終えて、こちらに来るつもりな相棒兼うちの嫁のゲーオタぶりは相も変わらず酷いの一言だ。
 これが平時ならばまぁアリスだから致し方ないと寛容さを見せてやってもいいが、あの野郎、未だに自分が運営側だって自覚無しか。
 まぁアリスが蒼天で大人しく工作活動しているかは五分五分だったんで、すでに対策済。
 こっちは大勝負かけてるんだ。
 エリスは予想外でも、お前に関しちゃ抜かりはねぇぞ。
ただアリスの気持ちも判らなく無いのが、正直な感想。
 サカガミは共にロープレ派で、気心の知れた友人同士。
 セツナは、PvPで鎬を削りあった良きライバル。
 ここの所は忙しさにかまけて、色々と放置気味なんで、少しはご機嫌伺いをしといた方が良いんだが、イベントの一環とはいえ、あいつらが悪のりするのなんて火を見るより明らかってのが大問題だ。


「サラスさん。サカガミにアリスが加わると、最悪アドリブ芝居の応酬で予定時間が倍くらい伸びます。経理部的にどうですか?」


 あいつのストレス解消も考えて、通信を繋げて一応サラスさんにお伺いを立ててみるが、


『……こちらを』


 あ、これガチでダメなやつだ。
 周囲に浮かんでいる数値データを全面に表示し、目を細めたサラスさんが背中の凍える薄い笑みを浮かべる。
 ぱっと見の目算だが、時間流遅延状態を解除した影響で、資材消費とエネルギー消費が10倍近くまで跳ね上がっている。
 インパクト重視の初回リアルタイム放映分の算段をつけるために、サラスさんが色々とやり繰りして神経をすり減らした上に、何とかはじき出したのが今回の解除時間。
 延長なんぞ頼めるもんじゃ無い。
 今にも切れそうな細く脆い予算と言うロープをサラスさんが苦心しながら崖上から繰り出しているのに、ロープの先で垂直降下中の現場の俺達がはしゃぎ回っているようなもんだ。
 許せアリス。ストレスを貯めたお前よりサラスさんが格段に恐ろしい。


「時間は徹底厳守します」


 計算と思考時間に0.1秒。口答は限りなく早口で。
 判断ミスは当然。それどころか一瞬でも判断が遅れれば、サラスさんの経営管理徹底講座という名の拷問が待ち受けている。
 俺とアリスに会社の命運を託す以上、やり方は自由にはさせるが、義務と責任はしっかりと背負ってもらう。
 それがサラスさんやらローバーさんディケライア社古参幹部の方針だ。
  

『是非』


 そう短く告げてサラスさんからの通信は切れる。
 あちらはあちらで目が回るように忙しいのに、その状況でさらに負担を押しつけようってのが土台無理な話だ。
 とにかく方針は決定。
 となると後は手持ちカードでいかに、あのゲーオタを押しとどめるかだが、


「リルさん。更新お願いします」


『了解致しました。最新ステータス表示いたします』


 リルさんに一声かけてから仮想コンソールを弾くと、俺の眼前にずらりと無数の手札が表示される。
 こいつは前に佐伯さんやら上の世代がやっていたカードゲームを参考に新規開発した、PCOでも使われる簡易指揮システム。
 カード一枚一枚が誰かや部署を現し、今現在の状態や何をやっているかなんかのステータスが常に更新されている。
 よく見ればカードの中で、SDキャラがちょこまか動いているのはアリスの趣味だ。
 余裕がある部署はのんびりと動いていて、忙しそうにしている所は、時間的余裕が無い。
 他にも服装で資金的余裕を現し、映っているキャラの数で人数適正を表して、一目で問題がある場所を見繕えるように調整してある。
 細かな数値を見なくても、ぱっと見で大体が判るようにして、この状態で大まかに調整してもいいし、気になるなら、そこから詳細データを取り出し細かく指示ができる仕様となっている。
 俺の場合は、全体を見て、時間的にやばそうな部署や余裕ある人員をみたら、それぞれを移動させたり、大まかな目標を再設定して調整する事が多い。
 基本的に現役プレイヤー時代から俺の戦闘指揮時の基本方針は、人を配置して大目標を決めたら後は現場任せ。
 いちいち何をどうこうしろとか、このスキルがきたらこうやって防いで、こいつがカバーしろとか、んな煩わしいことを逐一、言うつもりは無い。
 というか、面白くない。
 想像すりゃすぐわかる話ってもんだ。
 横からぐちゃぐちゃ言われながら、キャラクターを操作しているのが面白いなんて言った奴には、お目に掛かった事がありゃしない。
 ゲームなんてもんは、誰かにあーだこうだ言われたり、攻略サイトに書いてある手順に従ってやるもんじゃない。
 それらはアドバイスや参考にする程度で十分。
 プレイヤーそれぞれが考え、独自に動いてこそ、ゲームはいつだって先が読めなくて楽しい。
 プレイヤーそれぞれが楽しめてこそゲーム。
 それこそが俺の絶対方針にして、最大の目的。
 だから俺は、それぞれの特性や得技、苦手な状況、そして今の状態を見て、判断する。
 どうすれば、その人の力を最大限に発揮できるかを。
 

「カードリバース。繋いでください」

 
 そのうちの一枚にタッチして上下を反転。
 アリスをサポートする予定だった手を、逆に邪魔する手に。
 地球本社である蒼天に忍ばせた切り札は、万が一説得に苦労したときに、せっかく内助の功でも決めてやろうと思って、一応は用意していた手なんだが、まさか逆の意味でそうなるとは。
 あの野郎、成長してないのか。
 持ち場は離れるな。
 最後まで油断するな。
 勝ったと思ってもだめ押しはしとけ。
 と、散々説教くれてやったのを忘れやがったか。
 しかしあれか。
 攻めの方が面白そうだとか、そっちの方が盛り上がってるからと、好き勝手動いてくれやがった初期アリスを思い出せば、まだ早々と勝利確定を決めてから来ようとするだけマシか? 
 あいつだけはいつまで経っても、俺の手の内を余裕ではみ出してくるなと思っていると、


『三崎君か。どうかしたのかね?』


 仮想ウィンドウが新たに1つ展開されて、お堅そうな顔の初老紳士が映し出される。
 画面の向こうで声を潜める御仁は後藤壮一郎教授。
 清吾さんの恩師であり、日本初の有人宇宙機である斑鳩開発プロジェクトの中心的な活動をしたという宇宙航空学の権威で、その界隈にはかなりの影響力を持った先生だ。
 この人が一声かければ、国産新型ロケット開発が始まるという噂もあるほど。
 そろそろ死んでいただいて、こっちに来ていただけると大変ありがたいと不謹慎に思ってしまうほど有能な人なんだが、70過ぎだってのに毎朝10キロは走っているという健康すぎる爺様で、お迎えに行く日はまだまだ先になりそうだ。


「すみません。教授に早急かつ内密でお願いしたいことがありまして」


 後藤教授は、清吾さんのコネを使えれば一発だったんだが、あいにくと清吾さんは地球では死亡扱い。
 かといってディケライアの影響力で接近すると周囲にバレバレになりすぎて、秘蔵戦力にならないので、仕方なしに大学の先輩やら教授の伝手やらコネを使いまくり、何とか水面下で顔つなぎをした大物だ。 


『あぁ、奥方のフォローかね? あの様子だと必要ないと思うが。電磁波熱変換吸収機構も上手く稼働しているようだ」


蒼天や今改修中の航空機に施されている電磁波対策には、後藤教授の研究を元にした機構がいくつも使われている。
 理論的には出来ているが、資金面やら技術的に困難だったりしたのを、あれこれ裏の手(地球限定)を使った所為で、投信法をぶっちぎってたり、某最強国やら赤い大国の軍事機密に関わってたりしていて、おおっぴらには出来無かったりするんだが。
 こいつは後藤教授に限らず、それこそ世界中の知的好奇心を満たすためならば、少しばかりの倫理や法律なんぞ、余裕で無視出来る辺りの人らを秘密裏にスカウトしまくっている。
 これこそが地球における、ディケライアの突出した開発力の原動力。
 大規模な仮想実験を行えるだけの仮想空間と膨大なデータをディケライアが秘密裏に用意し、参加者には国籍も立場も忘れて自由にディスカッションし使って貰い、さらに物によって行ければ、リアルでもその成果を利用したり製作を開始する。
 要は、予算や国策でがんじがらめで縛られている学者先生様達に、純粋な自分の知的欲望を満たす為だけの遊び場を提供ってことだ。
 予算無し、方針無し、時間制限無し。
 唯々ご自由にってわけだ。
 宇宙側の技術や知識は、星連の法律に引っかかり持ち込めないので、使用できるのは地球産だけだが、これがなかなかどうして侮れなかったりもする。
 地球の諜報機関がリルさんを出し抜くなんぞまず無理だとは思うが、ばれたらガチでやばい人達もいるので、念には念を入れて作り上げた地球規模の学者秘密倶楽部。
 処刑されたら処刑されたで、宇宙に来るんで結果オーライだと言ったら、アリスにストマッククラッシュをされた上にガチ説教をされたので、安全優先、秘密優先で絶賛運営中だが、流出元一発ばれで表沙汰に出来無い新規技術もごろごろあるのが難点だ。


「事情が少し変わりまして…………」  


 アリスを攻撃してくれという俺の頼みを聞いて後藤教授はあきれ顔だ。


『君は本当に変わった事ばかりを頼むな。予算は自由にするので秘密裏に協力して欲しいはまだ判るとしても、今度はこのまま行けば上手くいくのに重箱の隅を突けとは』


 表沙汰には出来無いが、後藤教授は蒼天開発者の一人。
 そら些細なことでも弱点やら、切り込み出来る箇所なんぞいくらでも湧いてくる。
 恰好の時間稼ぎではあるが、強すぎる影響力を持った人ってのは、良くも悪くも強力すぎて、他に負荷を与える可能性もある。
 色々追い詰められている俺らとしては、足の引っ張り合いやら、余計な陰謀沙汰に労力を払う時間の余裕なんぞありゃしない。


「これも過程です。ここまで表沙汰には出来てなかった関係を表面化させるための。表面上は初対面。だけどここで教授とあいつを意気投合させておくと後々楽なので」


 裏の学者ネットワークはもちろんアリスもご存じで、後藤教授とは幾度も話し合って、自分の趣味全開な要望を伝えている。
 その話し合いであのエターナル中二病患者なウサギッ子と、研究一筋でお堅い後藤教授がなんらかのシンパシーを得ていたのは、俺も想定外だったが。
 船名は漢字表記。それも毛筆体って事は即決で決まったが、その位置決めに数時間も過熱した議論を交わせるとは……
  

『しかし私に演技など無理だぞ』


「あーそこはうちの奴にお任せあれ。あれでもこれからPCOのゲームマスターになる奴です。アドリブ芝居はいくらでもやってのけますよ」


 渋い顔を見せる後藤教授に、口八丁で俺は攻略を開始する。
 サカガミとアリスの組合わせは、俺でも予測不能な濃さになる。
 だから後藤教授をぶち当てて、アリスの濃さを緩和。
 サカガミの方は、耐性が出来ているセツナで対応。
 それなら何とか予想範囲内で収めれるはずだ。
 なんでこうも次から次に想定外の問題が発生するんだと心の中でぼやきながらも、俺は不謹慎にもワクワクしている。
 思い通りにいかないうちの嫁と娘。
 気心は知れているが、油断は出来無い旧友共。
 期待感を持って待ち受けている、数多のお客様達。
 そして俺の策略の中心にいながら、なにも知らないメインキャスト達。   
 地球ステージは、グランドクリアに向けてのまだ前哨戦も良いところだが、相手が相手。
 アリスを嵌めるところからなんて、嫌でも血が騒ぐ。
 くく。恨むならお前の所行を恨めよ。
 意地でも地上に降ろしてやらねぇで、上手いこと地上イベントを終わらせてやる。
 俺の最大の理解者にして、最大の好敵手がまずはボスキャラか。
 なら手加減抜き。全力全開でいってやろうじゃねぇか。
 後藤教授の説得を続けながら、俺は目の前に広がるカード群を次々にタップしていく。 俺の指が1つ触れるたびに、眼前の地上や、地方の空港、創天内の各部署、そして遥か彼方に伏せた星系に仕込んだ、各々の仕掛けが稼働を始める。


『三崎。地上ステージの特別イベント開始するぞ』


『こちら伊丹。大モニター連動開始します』


『旧帝国通信網今のところ正常! でもシンタ。手早く頼むぞ! 力任せでエネルギー消費量が半端ない!』


『恒星間ネットワーク星連アカデミア特別講義への妨害は今のところ軽微。しかし視聴率は低迷しているので、てこ入れをお願いします』  
 

 どう手駒を使ってやろう。

 どう攻略してやろう。

 どう状況を操ってやろう。

 そして……どうクリアしてやろう。

 予測不可能な困難を前に、俺の中の原点たるゲーマーの血が騒いでいた。



[31751] A面 暗黒星雲調査計画
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2016/11/12 00:53
 イートラクス星系中央情報管理惑星アーケロス。
 安定した若い恒星イートラクスと、そのたった1つの惑星であるアーケロスの名を知らぬ者は、恒星間文明には存在しない。   
 アーケロスは銀河帝国時代に恒星間ネットワークの中枢管理惑星として改造された天体であり、同時にネットワーク上で交わされる情報を解析分析蓄積する銀河最大のデータベースとしての役割も持っていたからだ。
 数千億の恒星がひしめくこの銀河において同期通信を可能とする高次元通信網である恒星間ネットワークの大切さは声高に語るまでも無いだろう。
 さらに言えばアーケロスが保有する情報は、恒星間ネットワーク以上の価値を持っている。
 旧銀河帝国が成立すると同時に集められた、数多に渡る情報は、現存する惑星、恒星文明のデータはもちろんのこととして、既に滅亡した古代恒星文明や消滅した惑星の遺伝子データ、今では禁止されている非人道的な生体実験や、周辺宙域を壊滅状態にした広域次元振動実験の詳細レポートなど、稀少な物も数多く存在する。
 さらには眉唾ながら、公式には未だ到達していないはずの、他銀河の詳細レポートや、今の科学力では物理的には不可能なはずの、高次元への侵入調査記録までが存在すると、まことしやかに噂されているほどだ。
 多少怪しげな噂を纏いながらも、アーケロスの価値は銀河帝国が滅亡した後も変わらない。
 むしろ最盛期の銀河帝国の叡智を一欠片の欠損も無く無傷で持っているからこそ、今も途方も無い価値を持っている。
 多くの恒星が破壊され、数え切れないほどの惑星が砕け、工業レベル、科学技術レベルが銀河全域で大きく後退するほどの苛烈な争いとなった旧帝国と、星系連合の前身である反乱軍による銀河大戦時には、イートラクス周辺宙域は最重要戦略拠点であるアーケロスを手に入れようと、両軍の激戦が繰り広げられたが、星系内には両軍とも足を踏み入れることが出来無かったという。
 今では製造も保有も禁止された無人AI守護艦隊が、何故か正式な所有者であるはずの帝国軍をも敵と認識し、両軍の前に知恵の番人として立ちはだかったからだ。
 この謎のAI造反には、戦乱時自閉モードが存在した、反乱軍のハッキングミス、皇族の誰かが仕組んだ等、諸説入り乱れる議論が今も交わされているが、その結論は未だに出ていない。
 ただ1つ確かなことは、戦乱が終わり銀河に平和が訪れた今でも、惑星アーケロスにはこの銀河を揺るがすほどの大きな秘密がいくつも眠っているということだけだ……












 頭上に浮かぶ超大型飛行船『蒼天』の外部スピーカから響くモノローグと共に、己を幾重にも取り囲むリングで出来た惑星アーケロスがメインステージの3Dスクリーン二大きく映し出される。


「は~い! そんなわけでここが噂の知恵の蔵! 銀河最大のデータベースにして色々と訳あり情報も持つ火薬庫。情報管理惑星アーケロスです! ここが今回のオープニング記念特別イベントの発端となります」


 モノローグが終わると共に舞台袖から飛びだしてきたのは、怪しげな黒色のローブに身を包んだ年齢不詳性別不明な怪人。
 日差しも強い夏真っ盛りだというに全身をローブで覆うその怪人の顔には、隈取りされ般若面が被さっていて、顔をうかがい知ることは出来無い。
 それと同時にナレーションらしき楽しげな女性の声が会場に響き渡る。


「銀河最大のデータベースに大規模障害が発生し、一部とはいえ秘匿領域に属する最高機密が無差別に恒星間ネットワークに放出されてしまいました! 流出した情報を巡り、銀河のあちらこちらで色々な組織が右往左往! ある人は言いました!」


 正体不明な怪人はその恰好には似つかわしくない軽いステップでクルリと回りながら、大きく手を振る。
 すると今ままで真っ黒なローブだった物が、一瞬光を放ったかと思うとぐねぐねと不自然に動いて形を変えていく。
  次の瞬間には、外套付きの純白軍服に身を包んだ女性軍人が憤懣やるせない顔でそこには立っていた。
 早変わりというよりも変身ともいうべきその変化に会場から大きな驚きの声が上がる中、女性軍人は殺意も篭もったきつい目で会場を見渡す。 


「我が星の移民船を襲ったのはあの星系国家だった! 同士達よ! 今こそ復讐の時だ!」


 女性軍人の背後に映し出される大スクリーンには、プラントを積んだ巨大移民船に攻撃を仕掛ける小型ステルス艦が映し出される。
 凛々しい顔と共に吐き捨てるように怒鳴りあげた声。
 その顔と声に見覚えがあった美月は唖然とする。


「美月。あれ戸羽さんだよね……」


「う、うん。そうだよね」


 麻紀の指摘通り、正体不明な不審人物は、ここ最近世話になっていたVR端末カフェアンネベルグ荻上町店店長の柊戸羽その人だ。
 戸羽は今日は会場には来てはいるが、本業の方のブースでコンパニオンをやることになっていると言っていたはずが、何故そんな目立つところでイベントをやることになったのか?
 耳まで真っ赤なのは怒りを誇張するためか、それとも単に恥ずかしいからだろうか。
 原因を知る由もない美月達を尻目に寸劇は進んでいく。
 今度は戸羽が出て来た反対側から同じように黒ローブの怪人が姿を現す。
 こちらは純白の狐面をつけていて、わざわざ手に大きなマイクを持っている


「さらにある人は言いました」


 どうやらこちらがナレーターをしていたようだ
 狐面の怪人が走っている最中、またも服が大きく変化していく。
 戸羽の横に来たときには怪しげローブが一転、身体のラインもあらわな銀色のボディースーツに変わっていた。
 見せつける様にゆっくりと狐面を外して見せた狐面の素顔は、会場の男連中が思わず声を失うほどの正当派の日本美人だ。


「いっっやっほぉぉぉぉ! あそこにゲートがありやがったか! オラ早漏野郎共急ぐぞ!」


 だがその美女は美貌を一瞬で台無しにするほどの邪悪な笑顔で、口悪い台詞で喜びを表してみせた。
 背後のスクリーンにその台詞と共に映るのは、船体の半分以上はある巨大なアンテナ ぼろぼろになったスクラップ寸前の古い宇宙船。
 かなりぼろぼろになってはいるが、あの船は未発見の跳躍ゲートを探索するゲートハンター用の初期装備だと気づく者も多い。
 よくよく見てみれば戸羽が着ている軍服も、PCOでNPC姫提督が身につけている専用士官服だ。


「みなで行きましょう、新天地へと!」


 清楚な修道女が。


「あーやば。あそこに捨てた失敗品見つかるかも」


 眠たげなマッドサイエンティストが。


「こことここの古代遺跡には関連ありのようね」


 冷徹な考古学者が。


「ぜっっていぶっ殺だあのクソ野郎が!」


 がさつな女傭兵が。

 それぞれにあった背景をスクリーンに映しながら、二人による早や替えショーは次々に衣装を代えながら披露されていく。
 その服はどれもがゲーム内で使われている物だが、あれはあくまでもデータ。
 VR内なら装備欄を弄れば一瞬で着替えられるのが当たり前だが、それをリアルでやられるとさすがにゲーム慣れした廃人連中も、ついつい驚きの声をあげてしまう。
 ゲーム内でも人気の高い細かい造形の服が多い戸羽に対して、もう一人の女性の方は線や肌があらわなきわどい衣装とメリハリが利いているのがいいのか、かなりの盛り上がりを見せていた。











「サカガミさん相変わらずだ。あの容姿でもてない理由があのテンションだからな。付いてくのはきつい」


「セツナの方も人がいいというかなんというか、また騙されて付き合わされたか」


「トリックスターサカガミがこのお祭り騒ぎで大人しくしてるはずないじゃん。どうせ先輩も絡んだ仕業でしょ」     


 最前列に近い位置で見ていたKUGCの古参メンバー達が他のプレイヤー達と違い、すぐに我に返れたのは、長い付き合いの所為か、それとも予想が付いていたからだろうか。
 何かやらかすメンバー達が続々とPCOには集まっているのだから、この程度は当然の事だと。
 ころころと変わる謎技術もアリシティアが絡んでいるのだろうから当然だと、素直に驚けない辺りはひねくれゲーマーが集まったギルドらしいといえばらしいだろう。


「宮野。予想通りだ。この茶番最中に、幾人にもデータファイルが転送されてきてるみたいだ。他のリアル会場やVRの方もな」 


 特別イベントが始まった最中も情報収集に余念が無かった金山がすぐに異変に気づき、共有仮想ウィンドウに簡易リストを表示して美貴達にみせる。
 機密指定NPC軍行動表。
 跳躍ポイント極秘調査記録。
 特別調査団無人惑星報告レポート等々。
 この寸劇に合わせたとおぼしきリストタイトルは、どれも秘密だといわんばかりの仰々しい怪しげなタイトルばかりだ。


「っと。あたしのところにもきてる。賞金首の居場所リストみたい」


 調べてみれば美貴のファイルフォルダにも公式からのお知らせで、賞金首所在地リストなる物が紛れ込んでいた。
 金山はネットワーク上の仲間や知人たちと共有した情報だけで、これだけ判ったのだから、全体でどのくらいの情報が流出しているのやら。


「カナやんあれかな? ゲームのオープニングイベントに合わせて、ちょっとお得な攻略情報をイベント参加者に特別ご提供とか?」


「んなもんあのゲーム外道がやるか? どうせ罠だろ罠」


「三崎先輩絡みなら考えるだけ無駄でしょ。今は様子見って一応全員に伝えといて。この茶番が終わった後に、どうせ判るなら、それまで得体の知れないお饅頭は食べない方が良いでしょ」  


 三崎の思考を先に読もうとしても、それすら策略だったりする。深読みして、あげくに引っかかったでは笑えない。
 そんな事は肌に染みるほど判っている美貴が注意をすると、ギルドメンバー達も各々頷いたり何か思い出したのか嫌そうな顔を浮かべると、昔馴染み達が繰り広げる茶番劇を横目に見ながら情報収集を続けるなか、寸劇はクライマックスへと至る。








「そして誰か達が最後にこう言いました!」


 狐面の美女がこれで〆とばかりに大きく叫ぶと、マイクを空に高く放り投げる。
 クルクルと回るマイクのした、今まで交互に変化していた二人の服装が今度は同時に変化を始める。
 背の高い戸羽は男性物の落ち着いた紺色のタキシードに。
 美女の方はすらっとしたラインの蒼い色のイブニングドレスへと。
 少し離れた位置に立っていた二人はゆっくりと近づいて手を繋ぐと、大勢のプレイヤー達に向かって深々と頭を下げ、


「「太陽となるべき星を探してください。新たなる恒星を私達の元に運んでください」」


 二人が声を揃えた瞬間、会場にいるプレイヤー達全員の前に強制的に仮想ウィンドウが立ち上がり、クエスト情報が表示される。




 特別クエスト『暗黒星雲調査計画』


 恒星爆発という未曾有の危機に、居住惑星ごと緊急跳躍する事で絶滅の危機を回避したとある惑星国家があった。
 だが母なる母星はあっても、父たる太陽無くして、生命は生きられない。
 だがこの銀河のめぼしい恒星は、既にどこかの国の所有物となっており、新たなる恒星となるべき星を求める住人達の行く末は絶望に染まっていた。
 そんな彼らに希望の光がもたらされる。
 銀河最大のアーカイブから漏洩した情報が、ある跳躍ゲートポイントから至る未知の領域と、そこに広がる巨大暗黒星雲の存在を指し示す。
 未踏破領域に挑み、星を見つけろ。
 民を救い栄誉を掴め。
 強者と渡り合い巨万の富を築け。
 全てを屈服させ己の帝国を手に入れろ。
 この銀河の誰もが見たことの無い景色を求め、無数の冒険者と山師と会社艦隊が鎬を削る新たなるフロンティアに挑め。

 星々は新たなる大航海時代の幕開けを高らかに歌い出している。


























この先はようやくゲーム本編に入るのですが、何時もの癖というかまた色々使わないゲーム設定を考えていますw
そしてそれをどう表現するかで、相も変わらず悩んでおります。

①作品内でその都度、設定を表記

②設定は最小限に書いて、物語を進める

③ゲーム設定を乗せた別ページを作成。ゲームマニュアル風にする。

例えばギルドに関する設定の覚え書きの一部ですがこんな感じです。

PCOにおけるプレイヤーギルド設定

 情報共有グループネットワークがこのゲームにおけるギルドとなる。
 多種多様な情報がステータスやイベントフラグに関係するPCOにおいては、ギルドに所属し情報を取得する事が、攻略への基本行動となる。

 初期ギルドにおいては、所属プレイヤー数や情報共有深度、共有可能機密レベルに制限有り。
 ギルメンAがある事柄に関する低機密レベル情報を100%持っていた場合、他のギルドメンバープレイヤーも10%までの情報共有により取得可能。 
 ギルドレベルを上げることにより、所属プレイヤー可能数が増大。
 共有深度が低位機密で最大60%、解放される高位機密の共有も最大で30%にあがっていく。
 またギルドスキルとして、取り扱う情報種類を特定する事で共有レベルのブースト可能。 
 特化ギルドとしてさらにレベルを上げれば、通常は共有不可能な最高機密レベルも共有可能となる。

 レベル一例

 低位レベル   資源惑星位置情報 低レベル艦設計図 

 中位レベル   NPC輸送艦隊運行情報 戦術級兵器製造可能工廠

 高位レベル   非公式跳躍ゲート位置情報 大要塞内部図面

 最高機密レベル 古代遺跡侵入鍵情報 SSR兵器出現情報

 ただし高位及び最高機密レベル100%には、ゲーム全体での数量制限あり。
 時間経過による情報劣化か、他プレイヤーからの奪取可能(PvP用)
 特殊スキル、条件で100%超えの150%、200%も可能。
 その場合はユニーク兵器取得やら、超ステータス強化などシークレット要素あり 

 と、こんな感じの設定がつらつらといくつもPCに眠っていますw
 これをまともに書いていると長いかなとと思いつつ、ゲームを面白そうに見せるスパイスにいいかなとw
 ゲーム買ったらまずマニュアル読んで、ワクワクする古いタイプなんで、最近の電子マニュアルより地図やら呪文一覧表が付いてた紙の奴が大好きだったりしますw
 そんなわけでどんな感じがいいか、お暇でしたらご意見いただけますとありがたいです
 1~3はあくまで現時点の考えなんで、他に良い表現が思いつけばそっちでやろうかなと思っています。



[31751] プレイガイド
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2016/11/15 02:25
とりあえず現状の本格プレイ直前までのPCOゲームマニュアルです。
既に本文で書いた設定や、補足なんかも加わってますので、興味ないという方は無視してください。
世界観補足のフレーバーテキストだと思っていただければw

本筋に関係あるゲーム内設定は、本文の方でなるべく書いていきます。

(これらのプレイガイドに表記した設定は、不具合があれば作中のアップデート(という名目の改訂で)で追記、変更がございますので、ご了承ください)













 プレイガイド

 初期設定をしよう

 1 アカウント登録


 1.1 新規アカウント作成

 新規アカウントの作成はPlanetreconstruction Company Online公式ホームページをご利用ください。

 1.2 他ゲームからのアカウント引き継ぎ

 他ゲームからのアカウント引き継ぎ及びキャラクターコンバートは、各ゲーム公式ホームページまたは移行専用ホームページのコンバート案内をご利用ください。  

 コンバート可能ゲーム及び各社ホームページは”こちら”からご確認ください。


 2 キャラクターメイキング


 2.1 初期メインプレイキャラクターの作成

 新規ご登録のお客様は初期選択可能な六種族よりプレイキャラクターメイキング及び初期装備を選択してください。

 地球人

 もっとも新しい惑星国家であり、文明種族は銀河帝国時代の実験生物が独自進化した事により発生している。

 初期状態での肉体強化、学習能力共に低レベルであり、また遺伝子変貌観測のために世代サイクルが短期間設定されているため、高レベル生体強化、機械化は必須。

 特筆すべき特徴として、脆弱な身体能力を補うため、繁殖性・応用力・適応性に優れ、また帝国時代に遺伝子に埋め込まれた多様なレア特性発現可能性が、他種族と比べ200%アップとなる。

 性別 男・女

 身長100㎝~190㎝ 

 体重30㎏~140㎏

 選択可能生体外見生成パレット 

 Aタイプ(生体系)

 Bタイプ(半機械系)

 Cタイプ(機械系)


 グレイアロット

 ケイ素を主構成とする身体を持つ永遠種。

 岩石タイプの肉体を持ち、その欠片の一部さえ残っていれば意識の持続が可能な不死属性をもつ。

 生体コンピュータ種族ともいうべき彼らは、機械類との直接接続及が可能で自らの肉体を用いた機能強化スキルに秀でる

 同種族間のみとなるが体の一部を相手に譲渡する事で、スキル、知識の継承、伝播を容易に行う事が出来るが、反面、個体単位での新しいスキルの発現や、習熟には時間を要す。

 自立移動に著しい制限があり、また特定環境下でしか生息ができず生態維持には常時専用ポットと特殊大気が必要となる為、生態維持機能を備えたサイバロイドボディや艦船を肉体として日常的に用いる種族。

 性別 無し

 体積10立方センチメートル~200立方センチメートル

 体重1㎏~5000㎏    

 サイバロイドボディ使用時は、当該機体に該当。

 選択可能生体外見生成パレット 

 Cタイプ(サイバロイドボディ)

 もしくは搭乗艦より選択。



 アルデニアラミレット

 銀河大戦時に生み出された戦闘種族。

 彼らは共通遺伝子を持たず、その姿形は個体事に大きく異なる。

 銀河中から集められれた優性遺伝子を保存する遺伝子プール艦『アルデニア』こそが彼らの母であり、アルデニアの子ラミレットである証。

 一切の機械補助を用いず生体での宇宙空間戦闘が可能なガルーダタイプや、惑星間戦闘が可能となるドラゴンタイプ等も存在する肉体能力極化種族であるが、アルデニアの遺伝子プールが枯渇状態に陥っており、現在特例を覗いて生成可能なラミレットは重力下白兵戦能力に秀でたビーストタイプのみとなっている。

 性別 男・女・雌雄同体

 身長50㎝~300㎝ (ビーストタイプ)

 体重10㎏~1000㎏(ビーストタイプ) 

 選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ

 Dタイプ(地上生物系)



 ハバキ人

 森林惑星ハバキの植物から進化した単一性種族であり、寿命を持たない不滅種。 

 捕食行為、生殖行為による外来遺伝子の取り込みに長け、環境適応能力に特化した種族であると同時に、人工地下茎を張り巡らせる事で周辺環境の把握、改造に秀でている。

 闘争本能が皆無で、戦闘行為判定には著しいペナルティが科せられるが、惑星改造、遺伝子変容などの生産行為判定には大きなアドバンテージを持つ。

 性別 女

 身長140㎝~160㎝ 人工地下茎を含む場合(1㎞~5㎞)

 体重35㎏~70㎏ 人工地下茎を含む場合(1000㎏~1300㎏)

 選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ

 Eタイプ(植物系)  



 ランドピアース

 母星を失った宇宙の放浪者であり、トレーダー種族。

 長い宇宙放浪生活の間に蓄積した宇宙放射線の影響で、遺伝子損傷が激しい肉体を生まれた瞬間から時流凍結保存し、仮想空間に身を置く精神体で活動する特殊種族。

 現実世界においては船こそが彼らの肉体であり、魂の保管庫。

 商人であり技術者でもある彼らの活動範囲は銀河に広く、独自ネットワークを構築しているので、他種族よりもより情報収集、もしくは欺瞞情報流布に強いアドバンテージを得る。

 肉体=船体であるため、スキルレベルは船体コンディションに左右され、的確な防御手段を有しなければ、遠隔地からのウイルス攻撃に致命的なダメージを負う欠点がある。 

 性別 男・女

 身長120㎝~220㎝(仮装世界時)

 体重30㎏~160㎏(仮装世界時)  

 選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ(仮装世界時)

 搭乗艦 (リアル世界時)



 アクアライド星域人

 宇宙空間に浮かぶ液体状態の水で満たされた特殊星域アクアライドに属する星々を出身母星とする種族。

 光源乏しい星域で進化した彼らは視覚に頼らない超感覚による空間認識、異次元把握能力に秀でており、好奇心旺盛な種族特性もあり、未開領域、危険領域で多くの者が活動している。

 地図師、山師、トレジャーハンターなどレアなスキルを必須とする職業特性に優れる者が多いが、その反面、戦闘スキルや生産スキル適正は一部を除いて低調。

 性別 男・女

 身長 130㎝~190㎝

 体重 40㎏~150㎏

 選択可能生体外見パレット 

 Aタイプ

 Bタイプ

 Fタイプ(海洋生物系) 





 2.2 コンバートキャラクター編成

 キャラクターコンバートご選択のプレイヤー様は、各キャラクターの最終レベル、保有スキル、所持アイテムにより、初期選択に特殊変化が生じています。

 専用ユニークリストよりキャラクターメイキングを行ってください。

  またコンバート元ゲームの特化スキルが初期より選択可能となっておりますのでリストよりご選択ください。


 コンバート元ゲームより特化スキル一部抜粋


 RPG

【クリーディアズ】       

 勇者の血筋

 指揮部隊への強化スキル効果時間を110%に延長し、バステ効果時間を90%に短縮。(1日に3回まで使用可能)


 連続魔法

 同一スキル連続使用を先行入力時のみ、スキルウェイト時間と消費ゲージを半減。


【ファンタジーソウルライン】  

 ソウルリンク

 同パーティ内にソウルリンクスキルを持ち、同系列スキルを持つ者がいる場合は、最終スキル威力が115%上昇。


 ソウルブレイク

 敵性精神攻撃を受けた際、攻撃レベルと同等のゲージを消費して無効化可能(一戦闘に一度のみ)


【剣聖神剛雷】    

 インファイター

 近接戦闘スキルおよび近接武器、兵器の習熟熟練度に120%のボーナス。ただし発動中は遠距離戦闘スキル及び遠距離武器・兵器の習熟熟練度が90%となる。


 残滓の剣

 メイン装備武器、兵器の耐久度が0となってもその戦闘中にはロストせず、戦闘終了後にロストする。



【カーシャス】

 人材交流

 職業訓練を実行した際に、NPC訓練所では効率が110%にアップ。他プレイヤー主催訓練所の場合は、通常効果にプラスして低確率で指定スキルがランクアップ。

 
 トレーダーガード

 商隊護衛系クエストでの成功報酬が1.2倍となる。




 育成ゲーム

【フォレストファーム】

 植林王

 惑星改造時に特殊地形【大森林】を無条件で設置できる。


 ビオトープマジック

 環境改善系クエストにおいて、生態系構築速度に1.2倍のボーナス。 


【モンスターパークリテシナ】

 禁断配合

 動植物の交配調整時に、空欄ステータスを1つ獲得。所有特殊遺伝子を設置可能(当代のみ次世代へ継続されず)


 キメラプロジェクト

 スキル使用時は、使用遺伝子が通常値の10倍となり合成成功確率が大幅に下がるが、成功した場合はステータス大幅強化+レアスキル保有。



 FPS

【MadPrivate】

 ガーディアンチーム

 祖霊転身時に、プレイヤーの周囲に6つの自動防御システム端末が出現(プレイヤーレベル依存)


 ラストショット

 武器及び兵器がロストするが、必中クリティカルとなる。


【バトルフォートレス】

 毒蜂の一撃

 戦場への支援砲撃にランダムバットステータス付与効果。 


 堅牢堅固

 移動速度減少率分、防御ステータスに+効果



【ディープブルーソルジャーズ】

 深く静かに

 ステルス状態での初弾攻撃のみ、継続してステルスを維持可能。


 紺碧の空の下

 海洋惑星においてステータスが150%上昇。 



 他のコンバートゲームや選択可能特殊スキルは”こちら”の一覧からご確認ください。

 特殊スキル及び各所属キャラクターは、ゲーム内で、取得、登用が可能となっています。



 3 識別キー登録

 作成したキャラクターを選択後、脳内ナノシステム管理用個人識別キーとのリンクを開始してください。





 ゲームをプレイしよう


 1 ゲーム起動

 仮想ウィンドウを起ち上げ後、ゲームクライアントをタップしてください。

 識別キー確認後、ゲームアプリケーションが起動します。

 パッチファイルの確認、DLを開始します。

 DLには数十秒かかることがございます。

 アップデート終了後に起動キーをタップをしますと、仮想コンソールが自動展開し、ゲームが完全起動いたします。


 1.2 ゲームアプリケーションが起動しない時。   

 お車などの車両を運転中。

 ゲームアプリケーションの起動が禁止されている公共施設及び機能限定設定区域にいる。

 ナノシステムによる自動体調診断により起動ロックが実行されている。

 各自治体に条例により、使用可能時間や機能に制限がかかっている場合があります。

 公式ホームページ及び自治体のVR規制条例ページをご確認ください。


 2 キャラクター選択

 初期画面からキャラクターリストボタンをタップし、リストからプレイするキャラを選択してください。

(最初は初期メイキングキャラクターのみですが、ゲーム進行にともない操作可能キャラクターは増加します)

 初期設定ではFPS(一人称視点)となっております。

 TPS(三人称視点)への変更は初期画面で起動時設定の変更をしてください

 仮想コンソールの視点変更キーをタップすればいつでも視点変更が可能です。


 3 ゲーム操作

 PCOではVITマルチインターフェイスシステムという3種の操作環境が実装されています。

 verbal instructions 。口頭指示。

 input。入力操作。

 Thinking。思考。

 この3つを使いわける、もしくは複合して用いることが可能となっています。


 3.1 移動してみよう

 画面の向こうにいるキャラクター及び搭乗艦は貴方の分身であり貴方自身です。

 動きたい方向や速度を頭の中でイメージしてください。その思考に合わせてキャラクターや搭乗艦が移動します。

 目的地が決まっている場合は、目的地を口答指示すればキャラクターは最短経路での移動を開始します。

 移動速度やさらに細かい移動経路を指定する場合は、仮想コンソールより移動専用画面を立ち上げて設定してください。



 3.2 各種画面を展開してみよう

 メイン画面以外に、サブウィンドウを起ち上げ各種設定画面を表示することが可能となります。

(画面の呼び出しは思考操作でも可能ですが、慣れるまではホットキーへ登録や、ワード登録しての口答呼び出しをお勧めいたします)


 3.3 準備をしよう

 戦略画面を呼び出し、恒星間ネットワークへ接続して、今日の目的、移動ポイントを決めてみましょう。

 星系連合航宙管理局からの宙域情報や、プレイヤー所属組織、所属ギルドからの最新情報や開始可能なクエストが確認出来ます。

 特定情報や、個別案件の詳細情報が欲しいときは、有料会員制の情報ネットワークへの接続や、NPC情報屋、他プレイヤーとの情報交換が有益です。

 目的が決まったら、その目的に適した搭乗艦の改造や乗り換え。乗員の入れ替え、訓練、物資の補給などを行いましょう。

 中央宙域や所属組織拠点惑星では、安定した補給や質の高い訓練、整備が行えますが、辺境域や中立宙域、敵対宙域では、各種活動に様々なデメリットが発生します。

 燃料切れや物資不足とならないように、準備を万全にしましょう。


 3.4 目的地をめざそう 

 超長距離跳躍が可能な一部特殊艦艇を除き、通常空間航行と短距離跳躍しか出来無い一般艦では目的地までの移動に膨大な時間と資材消費がかかります。

 銀河各地に存在する跳躍ゲートポイントを使うことで、短時間で膨大な距離を移動可能です。

 ゲートポイントにはいくつかの種類が存在します。

 ブルーポイント 

 星系連合直営の公共無料ゲートです。犯罪者リストに載っていないプレイヤーならば誰でも使用可能です。


 ホワイトポイント

 プレイヤーが所属する企業、組織や、同盟関係にある組織が管理するゲートです。基本は無料となっておりますが、一部ゲートの利用には、別料金が必要となる場合があります。


 イエローポイント

 プレイヤーとは敵対関係に無い中立組織や個人所有のゲートとなります。ゲート事に利用料金、利用条件が設定されております。


 レッドポイント

 敵対状態のゲートです。大半のゲートには、強力なゲートガーディアンや守護艦隊が駐在しています。監視網に補足された場合は無条件で攻撃を受けますので、戦力に自信が無い場合はすぐに逃げてください。


 ブラックポイント

 犯罪組織やブラックシンジケートが所有する非公認ゲートです。
 通常航路にほど近いところにあると噂されますが常時ステルス状態となっているので、通常プレイヤーには利用はおろか、所在地を掴むことすら困難を極めます。
 海賊討伐クエストやゲート奪取クエストなど、大規模戦闘で訪れるプレイヤーが大半でしょう。
 もしくは……………………




[31751] A・B両面 裏世界への招待状
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2016/11/19 13:33
 普通のMMOゲームなら、ゲーム正式オープン初日と来れば、プレイヤーは我先にと狩り場に出たり、出現数制限のかかるアイテムやクエストの確保に走るものだ。
 次世代型を自称し何から何まで異例なPCOでもそれは変わらない。
 オープニング特別イベントの開始を告げるウィンドウが展開されると同時に、それぞれの仮想ウィンドウにゲームスタートの文字が躍り、リアルの上空に浮かぶ蒼天も同じ画面を表示し、プレイヤー達が一斉に行動を始める。
 他の会場や、VR会場も含めてオープニングイベント参加者には、初期ポイント1000にプラスして、来場特別ポイントが300ポイント付与されている。
 ゲーム内での通貨はメテオとされているが、1ポイント10メテオで、ゲーム内装備や消費アイテムが購入が出来る事になっている。
 ゲーム内初期資金は10000メテオが支給されるが、今回のイベント参加者はその代わりにポイントが付与されている。
 そして特筆すべき事は、ポイントを使ってゲーム内アイテムを買うとリアルアイテムが”おまけ”で付随するということだ。
 各店舗のブースでは関連グッズや、飲食物が販売されているが、現金、ポイント両方が使用可能となっていて、リアルアイテムには簡易ミッションと追加効果が付随している。
 ドリンクや、軽食の場合は、その感想を専用サイトにあげることで、追加で消費アイテムが支給されたり、一定期間のブースト効果が得られたりなどだ。
 VR会場参加者には後日通販で商品が送付されたり、無料券が添付されることになっている。


「まずはどこ行く! トップでとれんだろ!」


 美月達がギリギリに飛び込んで来たので、結果的に一斉に駈けだしたプレイヤー達の先頭グループに躍り出られた誠司がテンション高めに吠える。
 
 
「追加装備優先。整備系。その後は狩り! ポジションはいつも通りで良いな! 亮一場所は?」 


「伸吾。壁強化装備は西の2F免税ショップ外によさげな店有り。誠司の探査強化は中央4階に固まってる。僕は回復系の追加アイテムを中央3階ラウンジで。合流は到着ロビーでOK?」


「応! 高山達は基本装備を揃えたら、手頃な非戦闘クエストを探して、行くって話だよな! クエストで良いの見つけたらすぐ知らせるから回線を開けとけよ! ゲーム開始時は殺気だった奴が多いから気をつけろよ!」


 VRMMOではないがオンラインゲームで固定パーティを組んでいたという男子3人組は息の合った会話を交わし方針を決めると、一気に散開して最寄りの入り口へと向かっていく。 


「ありがと! そっちも気をつけて」


「あたし達は2階の出発ロビーね!」
 

 伸吾達コンバート組は初期装備に加えて、特殊装備がすでに搭載準備されているが、美月達のような新規組はオープンβで使用していた装備類は一度全解除されて、初期艦ごとの初期装備のままになっている。
 ただしテストプレイ中にあげた装備熟練度は、再装備でそのまま適用されるので、まずは店買いできるものに走った方が良い
 買い物に手間取ると、それだけスタートダッシュに乗り遅れる。
 まずは無期限クエストを連続受注して、無理をせずしっかりと1つずつクリアして、資金とスキルの上昇をすること。
 どうせリセットされるからと、無理にやったβテスト最後みたいな強行偵察は、本番では難しい。
 せっかく手に入れ強化した装備がロストしたり、デスペナでスキルレベルダウンやスキルロストすれば、それだけ攻略速度は減少してしまう。
 死んで覚えられることもあるが、無駄に死ぬことも無いように。
 無茶をするのは、無茶をしてもリカバーできる準備が揃ってから。
 ゲーム初心者の美月達に対する、コーチ役である美貴のアドバイスを思い出しながら、悪目立ちするマントをたなびかせ先導する麻紀を何とか追いつつ、美月は仮想コンソールを起ち上げ、搭乗艦への指示を出していく。


『燃料補給率50%。戦闘用物資搭載10%に変更』


 物資積載量を大きく下げて、追加装備を搭載するだけの枠をまずは大きめに空ける。
 人死にを嫌がり、トラウマを呼び起こされる麻紀のことを考えれば、戦闘系クエストはなるたけ避けたい。
 そうすると請け負うのは搬送系か、調査系クエストがメインだ。
 美月の選んだアクアライドは探知能力に優れ、麻紀の種族ランドピアースは交易系スキルを豊富に持つトレーダー種族。
 まずは両者の長所を大きく引き出す方針を定めた美月達は、先ほど全力疾走で駆け下りたばかりの階段を逆に駆け上がって、搭乗手続きを行う出発ロビーのある2Fに突入する。
 通常なら飛行機への搭乗手続きをする各航空会社カウンター前には、AR投映で『砲撃装備あります』『各種探査機取りそろえ』『娯楽ユニットセール中』など色取り取りの文字や、船のパーツ映像が躍っている。


「5分で買い物を済ませて次ね! 人が多かったらクエスト先で!」


「うん。また後でね」


 入り口で麻紀と別れた美月は、ギルドページに繋ぎ金山達が作成中の店舗マップの案内ナビに従い、アクアライド船専用基本装備ショップに迷うこと無く駆け込む。


「いらっしゃいませ。栄えある最初のお客様。ご購入はグッズでしょうか。装備でしょうか?」


「基本装備購入でお願いします。ポイントで」


「はい。ポイントで装備購入ですね。リストオープンします」


 ニコニコと微笑む売り子の女性店員に軽く会釈を返しながら、新規仮想ウィンドウを起ち上げて店舗情報とリンク。
 一斉に商品リストがずらりと並ぶ。
 アクアライドは種族イメージが水棲種族になっているので搭乗艦も魚や水生生物をイメージした船になっている。
 美月が選んだ初期艦はM型LD432星系調査艦。通称『マンタ』と呼ばれる惑星探索調査用艦種になる。
 その名の通り、低度だがステルス性のある平べったい船体と、艦尾から長く伸びたテールアンテナをもっている。
 ソート機能を使い、マンタ用装備を抜き出して確認し、性能を流し見て手早く選択していく。
 船体塗料を変更して多少の重量増加と引き替えにステルス性をアップし、テールアンテナを付け替え探査距離を強化。
 この改造で最大速度は落ちるが、落ちた速度分は搭載物資を減少させて補う。 
 初期艦としては航続可能距離や無補給航行日数が長い調査船の搭載量が多いメリットを使い、装備を変更しても元のスペックは維持させる。
 費用や時間に余裕があるなら、主機関や推進器周りも弄りたいところだが、この交換だけで400ポイントを消費している。
 残ったポイントは万が一のことも考えて半分は残すとなると、買えるのはせいぜい1つか2つだが、今のリストに引かれる物は無い。
 それに今の美月の抱える整備員のレベルではこれ以上の装備積み替えは、リアルで数時間はかかる大整備になる。
 塗装とユニット交換ですむテールアンテナだけならゲーム内時間で2時間。リアルタイム10分程度で済む。
 取引終了ボタンを押すころには、他のプレイヤーも鈴なりに集まってきていた。
 あと少し遅れていたら、リスト呼び出し範囲にはいるのさえ苦労していただろう。


「ご購入ありがとうございます。ポイントで装備ご購入のお客様には、東都水族館の割引入場券が付属しています。アカウントに送られていますのでご確認ください。ご利用ありがとうございました……ゲーム頑張ってくださいね♪」  

 
 売り子女性店員がにっこりと微笑みながら頭を下げる。
 これだけ人が増えてくると応対も大変になるだろうが、最初のお客である美月の印象が強かったのか、おそらくマニュアルには無い挨拶を付け加えてくれた店員にもう一度軽く会釈をして、人込みを掻き分けて店頭前を抜け出す。


「消費アイテムにいくには……人が多いか。まずは麻紀ちゃんと合流して先にクエストを」


 基本装備の類いを扱っているためか出発ロビーに集まってきた人数が多い。抜け出すだけでも時間がかかる。
 手順を変えようとした美月が中央の天井付近に表示されている案内モニターへと目を向けると、表示されていた宇宙船の動画がいきなり切り変わりはじめた。
 フロア内の全ての映像モニターも一斉に同じ映像を表示し始める。
 画面に映るのは地球陣ではあり得ない、猫のような獣耳をつけて額に3つ目を開いたNPCキャラクターだ。 


『星系連合統一議会より緊急放送を配信します。お手元の通信機を起ち上げ公共チャンネルに接続、もしくは公共スクリーンを視聴してください』


 緊急放送を模したらしき突発イベントにざわついていたプレイヤー達が一斉に押し黙り、会場のあちらこちらに設置されているモニターや手元に目を向ける。


『昨日恒星間ネットワーク情報管理惑星アーケロスで重大な事故が発生いたしました。事故の影響にともない…………………』


 三ツ目の猫アナウンサーが話し始めたのは先ほどオープニング特別イベントで伝えられていた事件の詳細や補足説明だ。
  

『現在星連議会では拡散した情報の回収を行っております。情報を取得された市民の皆様は決してデータ閲覧や開封することは無くお近くの…………』


 曰く、最近巷を騒がせる謎の情報ファイルは、銀河最大の情報アーカイブであるアーケロスから、不正規に流出した情報である。

 もし偶然にも入手してしまった良識ある星連市民は、決して開封せず、”すぐ”に最寄りの惑星政府や星連軍駐屯地に提出をしてほしい。

 この指示通りに提出すれば、僅かながら報奨と功績値。
 それと流出情報に関連したNPCや組織からの友好度が少し上昇するというものだ。
 流出データには元々特殊な処理が施されていて、正規の手続き、機材を持たず開封すればすぐに開封プレイヤーの情報や搭乗艦位置が判明する仕組みとなっている。
 リアル時間で今日中に届けなければ、データは消滅しペナルティは無し。
 もし開封すればクエスト失敗となっていて、その情報の重要度に合わせて罪に問われる(ゲーム内ペナルティ付与)というものだ。
 PCOは情報重視のゲーム。
 他のプレイヤーが持っていない情報データには、大きな価値がある。だからプレイヤーの良識や、判断を問うイベントといっていいのだろう。 
 だが……美月にはどうしても違和感が付きまとう。
 あれだけ大げさな渡し方をして、これだけなのかと?
 漠然とした物だが、もっと何か深い物があるのではないかと、どうしても深読みしてしまう。


「美貴さんに相談して……」


 提出するか無視するか、それとも開封するか?
 考えがまとまらない美月は、美貴に連絡をしようとしてゲーム内連絡用の通信画面を立ち上げたが、いつの間にやら1つの新規メールが届いていることに気づき声をあげる。
 メールが着信すれば判るように設定していたはずだ。
 もしかしたら買い物に夢中で見逃していたのだろうか。 
 麻紀や他の誰かからの緊急連絡かと思い、ついそのまま開封すると、新しいウィンドウが立ち上がり、


『求む! アーケロスファイル!』


 やけに禍々しい紋章らしきデザインをバックにそんな一文がでかでかと表示されていた。
















 艦を編成し自動運行で出航させたり、艦整備や乗員訓練などの指示をしたあとは、目的星域にたどり着くまで少しばかり操作時間が空いている。
 無論自分で搭乗艦を操作したり、訓練の詳細指示や直接操作を行って経験値効率も上げることも可能だが、大半のプレイヤーは別のことにいそしんでいた。
 あちらこちらで集まって情報交換したり、各企業ブースを回り取扱商品リストや購入したグッズが、どうゲーム内で反映されるか。
 手探りの攻略はまだまだ始まったばかりだ。
 そんなプレイヤー達と同じく、美月達も最初の買い物やクエスト申し込みをすませ、艦が目的惑星や宙域まで移動している僅かな時間を使い、それぞれ会場の開いているスペースに移動しVR通信で作戦会議を行っていた。
 その議題の内容は、特別オープニングイベント『暗黒星雲調査計画』に継いで判明した情報ファイルについてだ。
 その思わぬ正体に、美月達はこれからの行動方針で頭を悩ませていた。


「裏社会へのパスポートですか?」


 美月は提供されたファイルを共有ウィンドウに表示しながら鸚鵡返しに尋ねると、画面の向こうの美貴が面倒なことを眉をしかめながら頷く。


『簡単に言えばね。元々、ゲーム内の裏社会。犯罪組織、反星連組織、闇商人シンジケートとかは、みんなも知ってるとおり、敵対キャラとしてクエストに出て来たり、討伐対象になってたりしてたでしょ。だからプレイヤーが敵対するだけのMOB組織だと思ってたけど、この説明を聞いた限りだとこっちも完全にプレイアブルね。これはまた厄介な事を最初から仕掛けてきたわね』


 美月が受け取った新規メールがイベントの一環で有ると、それも相当に厄介だと美貴は断言する。


『求む! アーケロスファイル!』

 紋章つき単文メッセージにはご丁寧にも、空間座標を現すコードが添付されていた。
 そのコードや紋章が指し示すのは、宇宙海賊やら反乱軍が跋扈する、いわゆる高レベル敵対MOBがひしめく危険宙域であり、そこに出現する組織の旗印だ。
 このメッセージが来ているのは美月のように、アーケロスファイルを手に入れた者達のみ。
 そしてゲームが始まり、何かの条件フラグが立ったのかアーケロスファイルを手に入れたという報告も少しずつ上がり、同時にその明らかに怪しげなメッセージが来たという話がでていた。
 気の早い者は、その座標が近場だったので実際にすぐに向かい、正規軍に提出するよりも、桁が3つは違う報酬とレアアイテムが取得できたという情報も流れている。
 ただ問題は、それを行ったプレイヤーの肩書きが反逆者となった事だ。
  

『反逆者って肩書が付くと、中央星域どころか星連の影響度が強い自治星域でも、犯罪プレイヤー扱いみたいね。一応は肩書を消すクエストやらも出現したみたいだけど、かなりの手間だし罰金としてお金もかかるようね……金山。今の段階で予測できるメリットとデメリットって表示できる?』


『あいよ。デメリットの方はともかく、犯罪者側の方のメリット情報が少なすぎんぞ』
 

 デメリット

 中央星域及び星連の影響力が強い地方星系の入港禁止
 主要航路を回るNPC艦隊からの敵性認定
 一般プレイヤーから攻撃をされても、攻撃側にPKペナルティが付与されない
 跳躍ゲートの星連直営ブルーゲート使用不可
 個人所有や地方星系所持のイエローゲートも一部使用不可だったり利用料金高騰
 同様に武器、燃料マーケットでも締め出しや、値段高騰

 

 メリット

 同組織所属性敵性MOB艦隊から攻撃を受けず、他プレイヤーとの戦闘時に援護がはいる
 所属を問わず、一般貨物船や客船への襲撃可能。
(襲撃スキルという新規スキルツリー解放、上位スキルに惑星収奪スキルや大海賊団スキルカテゴリー等の噂有り)
 非公認ゲートであるブラックゲートや、ブラックマーケットと呼ばれる闇市場へのアクセス権付与
(高額すぎるが、取得にレベル制限がかかるアイテムが低レベルでも入手可能だったり、高難度クエスト報酬のみのはずのアイテム名がリストに載っている)


『括弧したのは確定情報じゃないからな。 反逆称号にもいくつかの段階があるようで調査中。情報を出すなら画像もあげろっての』


 今も真偽不確かな情報が次々に上がるなかから、ざっと目に付いた情報が表示されていく。
 メリット、デメリット共にずいぶん強力な感じが現段階でも見て取れるリストだ。


『まともな星じゃ補給や訓練も出来無くなるけど、代わりに提供した組織に所属可能で、攻撃不可能な船も含めてあらゆる船を攻撃対象に出来ると』


『ほほう。海賊やら反乱軍プレイも有りかぁ。中身がはいると今までのプレイヤー戦術が完全変わるねぇ。デメリットを受けた人柱サンに感謝感謝』


『ただでさえAI難度あげてきたところに中の人も投入かよ。これ迂闊に高レベル地域に強行偵察したらいい餌食になるな』


 低レベル状態で無理矢理高レベル帯に偵察を仕掛け、無理をすることで大量の経験値を稼ぐ方法も、ステータスは高いが画一的な反応が多かったNPC相手だからこそ出来る無茶だ。
  

『かといって犯罪者側の方もきついな。安定した航路とか大きな星系なんぞ、どこも守護艦隊が出現してるはずだ。難易度はこっちの方が跳ね上がってるぞ』


「そうなると得られるメリットに対してリスクが大きいってだけでしょうか?」


 もしそうなら自分の選択は素直に提出の一手だけだ。
 そう考える美月に対して、画面の向こう側のKUGCの面々が一斉に首を横に振った。


『まさか。あの人らが関わってリスクに見合うメリットが無いわけ無い無い』 


『PvP盛り上げるためにしてもちょっと弱い。なんかこっちもあるだろうな。つーか絶対にある』


『そうなると…………特別イベントの未知領域へのゲートって未発見だったわね』


『そりゃそうだろ。その噂のゲートを探すのがまずクエストの、って! そうか! ブラックゲート!』


 美貴の呟きに、すぐに金山が反応し声をあげる。
 犯罪組織や反乱軍が所有する非公認でありステルス装備で隠匿された跳躍ゲート。通称『ブラックゲート』


『未知のワープゲートっていうから、封鎖星域のゲートかと思ってたけどそっちもありだろ!』


 未知領域にいたるゲートは、テスト終了直前に挑んで惨敗した無人艦隊が跳梁跋扈する危険星域に存在すると美月も思っていた。
 だからあそこに挑むだけの戦力とスキルを揃えなければならないと。
 それが父の行方を知る手がかりだからと。


「……未知領域へのゲートがあるんですか」


 しかし思わぬ予想に一瞬呆然としてしまう。
 もしそこを使えば、無駄な時間浪費や、戦闘をせずに未知領域に挑めるかも知れない。
 三崎が出した父の行方を知る為の方法は、オープニングイベントで入賞すること。
 入賞する為には特別イベント関連のクエストをクリアして功績値を貯めなければならない。
 他のプレイヤー達に先んずることが出来れば、初心者の自分でも対抗できるかも知れない。


『ストップ! 落ち着きなさいって。可能性ってだけ。大体未知領域へのゲートって言ったて、それが1つかどうかも判らないんだから。複数あるゲートの1つって可能性もありでしょ。それにこれがブラフってのも十分あるわよあの外道マスターなら。目先のこれ見よがしの餌で釣られたら笑えないわよ』


『……うぉ。やべぇ。忘れてた』


『美味しい毒の作り方を心得てたね……そういや新歓麻雀でもこの感じで』


『うぁぁっ! 言うな! あの悪夢は忘れろ!』


思わず舞い上がって勇み足にならないよう美貴が苦言を訂すと、すぐに全員が冷静さを取り戻す。
 過去に何かあったのかトラウマを発症している者も若干いるが。
 他プレイヤーを出し抜けるかも知れない。
 自分だけが有利な情報を知っている。
 先行有利。
 そんなオンラインゲームプレイヤーの思考をよく知っているGM達なら、先読みさせて罠にかける手段も使いかねない。
 美貴の言うことは確かに説得力がある。
 それは美月にもよく判る。
 
  
『ともかくまずは最初のクエストをやって様子見。AIレベルがあがっているハードワールドに行くギルメンらは警戒厳重ね。美月ちゃん達もノーマルワールドでも、本番で何を仕掛けてくるか判らないのが相手だから気をつけてね』


「…………」


 だけど普通にやっていたら、自分は入賞することが出来るのだろうか。
 どうしてもその不安が頭を過ぎる。
 現にAI強化されたハードワールドではなく、慣れるまではとノーマルを選んでいる。
 しかし難易度の違いはそのまま入手できる功績ポイントに反映される。
 ゲーム初心者である自分が熟練のプレイヤー達に対抗するには……


『美月ちゃん大丈夫?』


「ぇっ……す、すみません! どうしようか考えていてぼうっとしてました」


 思考の迷路に嵌まりかけていた美月は、美貴の声に我に返り頭を下げる。


『今日一日だけの限定イベントだけど、少しでも情報を集めるから、それから決めれば良いわよ。まずはゲームを楽しむ。それが最優先よ。金山。そっちはアンテナ高めで頼むわね』


 美月が浮かべた焦りや言葉に何を考えていたのか判ったのか、美貴は優しげに笑って励ます。
 ゲームを楽しめ。
 美貴の言うことは道理だ。
 ここにいる皆はゲームを楽しむ為に参加しているのだから。 


『人使い荒いな。どうせ情報収集でうちからも物好きな人柱が幾人か出るだろ。今のうちに弾丸特急と連携して進めとく』


 攻略サイトも運営しているという大手ギルドの名をあげた金山が画面から消える。
 早速情報集めに動き出したようだ。
 口では面倒そうに言いながらも表情が楽しげなのは、攻略情報収集が楽しいからだろうか。
 だが必死な自分に今はゲームだと楽しむだけの余裕はあるのだろうか。
 気を使ってくれたり、協力してくれる美貴達には心の底から感謝しながらも、どうしても美月は隔たりを感じていた。















 飛行中のメイン浮力を生み出す大型回転翼が停止し、横向きの推進モードになっていたティルトローターが角度を変えて上向きの垂直離着陸モードにかわる。
 ゆっくりと降下を始めた巨大飛行船蒼天は、滑走路の一角にその巨体にもかかわらずふわりと柔らかく着陸した。
 すぐに艦底部格納庫の大型気密隔壁が開いてスロープが下ろされると、そこから大型の無人低床トラック十数台が降りてくる。
 さらにあらかじめ空港内に待機していた同型のトラック数十台も、メイン会場となっているエプロン周辺のあらかじめ決められていた位置へと分散していく。
 移動したトラックが停止して車輪を固定し、コンテナの扉を開いて、コンテナ内に折りたたまれていたアームを伸ばし、積み込まれていた連結型簡易式フルダイブ筐体を展開。
 荷台から10メートル四方に展開された4列5席の計20シートに、電源車でもあるトラック本体から電力が供給され、荷台に積まれていた粒子通信ネットワーク端末との回線を繋げ終える。
 設置時間約5分。
 あっという間に1000人以上が同時使用可能なフルダイブ専用シートが設置されていた。


「さっきの衣装を作ったのホウさんかよ」


 FPJギルドマスターロイドこと井戸野はオープニング会場の熱気にゲーマー魂がうずくのを何とか我慢して、本業の取材を続けていた。
 会場を見渡せる搭乗ロビーの一角、喫煙ルームに位置取り、即席で組み立てられるフルダイブ用設備の様子を撮影しつつも、旧知の仲である弾丸特急ギルドマスター鳳凰こと大鳥への独占取材を続けていく。


「まだ完成形じゃないけどな。数回使ったらダメになるからコスト面でもあんまりよろしくないんだが、インパクト重視ってことだ」
 

 ロイドから取材料としてせしめた煙草を、ゆっくりと肺まで吸い込みながら大鳥は、共有ウィンドウにデータを表示する。
 デザインや個人微調整が簡単に変更可能な特殊素材といえば聞こえは良いが、諸々の経費を含めて1人分の生地だけで都内に一戸建てが土地付きで建てられる計算。形状変更機能だけで無く、硬度変化や色彩変化まで盛り込んだ新素材の開発途中で、端から耐久性や採算性は考えていない。
健康志向やら世間のしがらみで長年攻防を続けていた1カートン198の大台を昨年ついに突破し2万円に入った煙草代を惜しむ大鳥からすれば、そんな代物をリアル投入は大盤振る舞いも良いところだ。


「しかしそれシンタの奴がよく反対しなかったな。他に手を考えるだろ」


「アリスが資金調達手段なんかを秘密裏に進めた。下手したら今頃は喧嘩してるんじゃないかあいつら」


「またかよ……かわらなさすぎんだろ」


 雑談に近いインタビューを交わしながら、井戸野は眼下や周囲を見渡して、お祭り騒ぎになっている会場の様子も収めていく。


「3階のペットショップブースの猫缶。3缶セットで15ポイント。ゲーム内での戦闘用生物のHP完全回復効果にあわせて、食べてる猫画像と一緒に投稿アップで、30日間モンスターテイミング成功率+だとよ。お前んち猫飼ってたな!」


「動物使役系か。有りだな。よし行くぞ!」


設置された企業ブースをいくつも見て回ったり、目当てのものや、実生活で実現可能な追加条件が出ていると聞いて売り切れ前に走るプレイヤー達。


「冷たいコーヒーフロート10ポイントでいかがですか! 搭乗員の疲労回復効果に加えて、ゲーム内で1週間のあいだ目玉販売商品リストに登録可能ですよ!」


「植物園ユニット購入で、チューリップの球根をプレゼント中。ゲームで育て方を学びながら上手く咲かせてみませんか~。リアル連動機能で3ヶ月の植物育生ブーストが発生しますよ~。プランターセットで300ポイント。ご自宅まで配送可能です~」


 他ブースに負けないように声を張り上げる呼び子達が、ゲーム内データと連動したグッズという名のリアル商品を宣伝している。
 提供されている商品は全て、協賛企業からの試供品だったりお試しサービスだ。
 新規開発商品のマーケティングや、宣伝目的のみならず、VR規制によって敬遠されて業績を悪化させていたVRカルチャー教室等々。
 手広くというよりも、節操なくといった方が正解なラインナップは、リアルのあらゆる行動、活動がPCOに影響され、またPCOでの行動もリアルに影響するという、双方向関係性のコンセプトを目指しているからだろう。
 会場内では走らないでくださいと、半ば無視されて空しい注意放送が響き渡り、騒々しいことこの上ない。
 仮想世界を楽しむのがVRだというのに、そのオープニングイベントでリアル世界をここまで活気に溢れるさせるとは。
 時間制限、機能制限を盛り込んだVR規制条例があるから仕方ないとはいえ、逆境を逆手に取り、周囲を巻き込んでいくその手管は、追い詰めれば追い詰めるほどに生き生きとしていく三崎の手その物だった。








『謀ったわね! 謀ったでしょ!? あんな楽しそうなのやるなら私も混ぜなさいよ! もっと盛り上げて見せたのに!』


「アホか! てめぇが参加したらさらに時間がかかるだろうが! しかもサカガミ一人で手一杯なのにセツナの負担が限度越えるっての! 経費がかなりかさんでるのに時間まで越えられるか!」


 ちっ! 案の定クレームを入れて来やがったなアリス。クソ忙しいってのに。
 銀河各地で同時展開中の仕掛けを確認しつつ、アリスの対応をしているがこちらが不利だ。


『それくらいならセッちゃんなら大丈夫! ゲームで暴れればすぐに解消するでしょ!』


 お気に入りのオモチャを取り上げられた子供のように半泣き半切れなうちの嫁に、お前そろそろ一児の母だと自覚しろといいたい。
 だがそれを言ったらお前も一児の父の自覚しろと、周囲総ツッコミなのは目に見えている。
 現場泊まり、長期出張(ちょいと銀河中央まで数年)当たり前な仕事馬鹿の自覚くらいはある。


「いきなり餓狼モードのセツナなんぞ出たら阿鼻叫喚だろうが! ゲーム内で収集付かなくなるわ!」


 ストレス最大状態のセツナの戦闘力は、短時間だけならロープレモードアリスさえ上回る暴虐の嵐。
 目に付くモブ敵のみならず、動いている相手にとりあえず斬りかかっていく通称餓狼モードの時は近づけば死あるのみだ。
 リアルの鬱憤をVRゲームにぶつけるのは、ゲームの使い方としては正解っちゃ正解なんだがバーサカーぶりに限度があんだろ。


「そんなことより教授との友好度しっかりアピールしたんだろうな! 一応公式じゃファーストコンタクトだろうが!」


『当たり前でしょ! 仕事はきっかりやるわよ! そっちこそコソコソと画策しすぎて肝心なこと見落としとかしてないの!』


「物の見事に見落としたわ! てめぇが原因で! 会場設備の方はともかく、なんで繰り返し使用が不可能な衣装の方まであんなクソ高い素材使ってやがる!」


『べーだー。それは概要だけざっと見て、詳細書類を見落としたシンタが悪い! いいでしょ予算内には収めたんだから!』


 他に手はあるのに予算ギリギリまで使うって、お前はどこの決算期の役人だ!
 重要度の低い書類束に紛れ込まされて、つい見落として承諾したのは痛恨のミスだが、相変わらず油断ならない。
 ギャアギャア言い争いながら、俺は各地の進行度、ステータスを確認し調整が必要な場所を確認して、トップであるアリスに認証させていく。
 口喧嘩しつつもアリスは即座に既読にして、いくつか細かい注文をつけて送り返してくるので、負けじと即座に修正案を加えて再提出。
 言葉の応酬とともに、書類の押収で優劣をつけてやろうと俺らは互いに全力を出していた。


『お二人ともそろそろお戯れはよろしいでしょうか。次のステージが始まりますよ』


 何時もと変わらない冷静さだが、若干呆れ気味にも聞こえなくもない声でリルさんが俺達に注意を促す。
 俺の方は、エリスの介入で急遽変更して追加したイベントにおける美月さん達を初めとしたコアプレイヤーの動向確認と、それに合わせた攻略調整。
 アリスの方は、蒼天を中心とした位置情報ネットワークシステムのプレゼンからの、地球圏での情報通信網への攻略。 
 地球人の俺が宇宙を攻略し、宇宙人のアリスが地球を攻略。
 役目がそれぞれ逆じゃねぇかと思わなくもないが、どちらも失敗は許されない計画の要だ。


「いつでもどうぞ! アリス抜かるなよ!」


『準備できてるわよ! シンタもヘマしないでよ!』


 ここでまだ準備ができてないと答えたら、相棒に何を言われるやら。
 アリスの方もそう考えたようで、俺らは同時に準備完了だと言いあって、そのまま画面越しに睨み合いながら、捨て台詞なエールを投げ合って、通信をほぼ同時に切った。



[31751] A面 天気晴朗ナレドモ波高シ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/01/03 19:57
『ノースファクトリー製GZタイプⅢカスタムはハーフダイブ特化型の筐体型接続端末となり……』


 会場となった羽田空港正面側の広大な地下立体駐車場。
 平時であれば車列が並ぶそこは、今日は様相を一変させていた。
 間に合わせの太いケーブル類の束が走り、いくつ物ブースが設置され、棺桶のようなカプセルが並んでいる。
 予約レンタルした端末までのナビゲート画面を表示しながら、美月は早足で人込みを抜けていく。
 本音を言えば1秒でも時間が惜しいので走り抜けたいところだが、休日のショッピングモールのように人がごった返している中では、それも難しい。
 真反対のエプロン側メイン会場にはフルダイブ専用端末が設置されたそうなので、そちらにも人が流れているはずだが、こちらの各メーカーのコーナーも大盛況だ。
 VR規制条例以来低調を続けていたVR関連業界にとっては、PCO正式オープンは久々の明るいニュースで、メーカーの力のいれ具合も違うのか、最新機はもちろん、特化調整された様々な特殊端末機やサポートAI搭載機が並んでいた。    
 数ある機種の中で美月が選択したのは、美貴達に様々アドバイスを貰いながら使っていたGZタイプⅢのハーフダイブ特化型カスタム機。
 少しでも慣れた機体にということもあるが、もう一つの理由としては、正真正銘の切り札であるフルダイブを多用しない為という制限もある。
 フルダイブ中は、操作性のみならずステータス上昇効果等いろいろな恩恵があるが、時間制限がどうしてもネックになる。
 1日2時間。週に10時間。月で20時間までの娯楽目的使用での制限がある以上、易々と使うわけにはいかない。
 ましてや美月はゲームは、美貴達に教授を受けたとはいえ付け焼き刃の素人。
 切り札を切るべき勝負所が判るまでは、フルダイブを使うべきか考える一呼吸を置く精神的ストッパーとして、あえてフルダイブ専用機にフルダイブ用アプリ並行稼働数や追従性、意思伝達能力では一歩劣るが、ハーフダイブ時には抜群の性能を発揮するGZⅢを選択していた。


「すみません。予約していた高山です」


「高山様ですね……はい。アンネベルグ様よりご予約を承っております。あちらの17番端末をご利用ください」


 ノースファクトリーの企業ブースにたどり着いた美月がパスコードを出すと、受付嬢が来客向けの笑みを浮かべながら手続きを手早く済ませて、背後の筐体の一つを指さした。
 既に稼働状況に入っている筐体もいくつもあるので、出遅れたかと、美月は少しだけ焦りつつも、筐体に駈けより指紋認証式の開閉スイッチを押すと、カバーがスライドして扉が開く。
 素早く中に潜り込んでシート横のケーブルを引き出し首元のコネクターに接続。
 接続と同時に扉が自動で閉まり、起動状態に入った筐体端末が微かな稼働音を奏で、周囲の外壁と一体化したモニター群が淡い光を放ち始めた。
 事前に用意していた個人データを読み込ませてシートの形状や堅さを調整。
 リクライニングシートが起き上がり、美月好みの堅めの椅子になり、周囲には整然とした仮想コンソール類が浮かび上がる。
 前方は艦や乗員への指示を行うメインコンソール。右手側に広域アクセス専用コンソール。左手側には搭載プローブ操作用コンソール。
  PCOは美月にとって遊びなどでは無く、父の行方を知る為の手段。
 切り替え機能で一つにまとめられる物を、わざわざ分けたのは、焦ったときの操作ミスを防ぐため。
 実務一辺倒で遊びの無い固い風景はその心の現れといえるだろう。 


「ログイン開始。操艦用コンソール起動。出航前ステータスチェック」


 ログインと同時に正面のメインコンソールに操艦用セットを起ち上げ、口答指示で出航前チェック項目を一斉に表示する。

 燃料残量……50%まで充填完了。

 戦闘用資材……10%まで補充。

 改装……全行程終了。接続テスト完了。

 搭載探査プローブ……全機コンディショングリーン。

 シールドビットエネルギー……フル充電。

 主機関……アイドリング状態を維持。

 全ての設定、コンディションに問題無しと美月が確認するのとほぼ同時に、外壁に映し出されていた映像が、艦外映像に切り替わる。
 現在位置は初期拠点として選択したアクアライド星域コールネア星系第5惑星フォルクネア静止軌道に鎮座する惑星改造会社『アクアノース』閉鎖型ドックステーション【マリンⅠ】
 艦外映像には、簡易改装やコンテナの積み卸しを行う大型複合ガントリークアームが美月の乗艦であるM型LD432星系調査艦通称【マンタ】を固定し、そこから接続されたエネルギーケーブル群が映っていた。
 アクアライド星域は周囲100光年宙域が、液体状態の水で満たされた特殊星域。
 外周部は1光日もの厚さがある永久氷壁に覆われ、その内部には数千の主星とその数百倍の衛星、自由惑星が水の中を漂うという、実に荒唐無稽な光景が広がっている。
 星を覆うのは大気圏の代わりに、水流圏とよばれる水の領域で、各惑星は程度の差はあれ、無酸素の激しい水流が流れる低温領域の外水圏とよばれる惑星外領域と、豊富な酸素を含む温暖で緩やかな流れを持つ内水圏の二つに大まかに分かれている。


「公式リンク選択。アンネベルグ提供戦術サポートAI『シャルンホルスト君』を選択。起ち上げ」


 リンクからゲームサポートページに接続し、使用可能AI群の中から、美月がレポート担当していたアンネベルグ提供の戦術補佐AIを選び立ち上げる。


『お呼びでしょうかフロイライン高山』


 新たに仮想ウィンドウが立ち上がり、黒い外套を纏った二頭身のマスコットキャラが立礼をする。
 参謀本部制の生みの親と呼ばれる軍人をデフォルメしたという謳い文句だが、寝癖混じりの髪型や少し着崩した軍服だったりと、ちょっとだらしなく見える辺りが父に似ていると思い何となく選んだのは麻紀にも秘密だ。


「今日もお願いします。初クエストとして低難度星域調査クエストを受けています。上手くいけば連続でクエストを受けたいので、なるべく消費、被害を抑えたいのでアドバイスをお願いします」


 相手は所詮Aiだからそんなに丁寧に話しかけなくてもと、笑われるときもあるが、どうにも美月はそれができない。
 作り物という意識より、意思疎通が出来て、いろいろ手助けしてくれるという感情が先に立つからだろうか。


『ヤヴォール……現拠点より調査宙域までの最適ルートを提示。パーティーメンバーのフロイライン西ヶ丘との合流地点に第二中継ゲート『ライデン』を具申いたします。合流後、情報連結及び各出力値調整作業という手はずでよろしいでしょうか?』


 メイン3Dウィンドウが切り変わり、跳躍ゲートを6回跳ぶ航路プランが最適解として提示される。
 移動にかかるのはリアル時間で約23分。ゲーム内時間で2日半ほどだ。
 今のPCOは大抵の宙域の時間設定はリアル1時間でゲーム内で1週間となっている。
 大会戦状態や、特定重力源宙域では時間設定が変わるという話だが、美月はまだその手の大会戦や高難度宙域へは参加していなかった。
 跳躍回数の少ないルートや、推進剤を抑えられる通常航行時間の短い最短ルートも候補としてあげられているが、そちらは僅かながら危険領域を掠めるため、戦闘行動が予測されるためか最適ルートとしては外されたようだ。
 増設、改装した装備分の重量増加により、低下した最大船速と航続距離を補うために、戦闘用のミサイル、弾薬類は逃走、牽制用程度まで抑えてあるので、道中での戦闘は極力避けたい美月の意図をくみ取ったプランに、了承のひと言を返し、美月は即座に発艦準備へと移行する。


「管制に発艦申請。こちらのフライトプランをアクアノース本社と麻紀ちゃんに送ってください。麻紀ちゃんには暗号通信で」


『ヤヴォール……情報送信完了。管制室より発艦許可受諾。エネルギーライン切断。ドッグ注水開始』


 これから宇宙空間に出るというのにドッグに注水が行われるという、何度やっても慣れない違和感を美月が感じている間も、マンタを固定していたガントリーアームから伸びたエネルギーケーブルが外され回収。
 注水と同時船体が揺れているという警告アラームと共に、それを体感再現するために艦外映像やシートが僅かに動く。
 揺れを完全カットすることも出来るが、完全遮断すると異常に気づきにくくなるというアドバイスにしたがい、最低限度の酔わない程度の稼働で船体との動作リンクを設定してあった。


『フロライン西ヶ丘より通信メールを受信。表示しますか?』


 美月が承諾するとすぐに小ウィンドウが立ち上がり麻紀から送られてきた単文メッセージが表示される。


『りょーかい。こっちはもう外に出てるから合流地点にすぐに向かうから』


 少し素っ気の無い文章だけのメールも、ゲーム内仕様による影響だ。
 情報量の多い遠距離通信を行っていると、敵対NPCやら敵対プレイヤーに位置探知をされ易くなり襲撃リスクが増す。
 なるべく情報通信量を減らし、特定情報は暗号化して送れというのが基本状態。
 細かい話や内緒話をしたいならゲーム内で艦を接近させるか、ステーション間通信をしろという、多数のプレイヤーが集うオンラインゲーとしては実に不便な仕様だ。
 大半のプレイヤーからは不満が上がっているが、スキルを取得したり装備レベルが上がれば、秘匿通信や長距離通信のリスクが下がるので、初期限定のフレーバー機能として一部のプレイヤーからは好評との話だ。


『注水完了。ガントリーアームロック解除。隔壁解放開始』


 数十秒ほどで注水は完了し閉鎖式ドック内が水で満たされ、またも僅かな揺れが生じて船体を固定していたガントリーアームが外れドック後方へと移動していく。
 正面多重隔壁が次々と開いていく様子がメインウィンドウに映し出されるのを見ながら、美月は小さく息を吸う。
 微かに光る誘導灯を見ながらメインコンソールに指を踊らせ、アイドリング状態のエンジン出力を低速航行出力へと上昇させ、スラスターへと接続する。


「水中用補助スラスター微速前進。マリンⅠ管制宙域離脱コースを選択。自動航行モードに移行。第一目標の跳躍ゲートへ。星回大流に乗った後メインスラスター発動してください」


『ヤヴォール……微速前進。オートパイロット機能オン』


 美月の指示に従いゆっくりと船が動き出す。
 左右に流れていく誘導灯の淡い光を横目で見ながら、徐々にスラスターの出力があがっていくゲージの変化を美月は観察する。
 攻撃スキルや特殊兵器の中には自動航行装置を一時的に麻痺させる物もあるという。
 自分が操る事になったときに、どうすればスムーズにスラスター出力を操作を出来るかや、どこの出力を上げ下げすれば良いかなど、美月が学ぶべき事は多い。


『ドッグステーション『マリンⅠ』離脱。第一目標である跳躍ゲートへ向かう星回大流へコースを取ります』


 水路を抜けた先には、他星系へと向かう激しい水の流れである星回大流や、惑星から上昇してくる離星流や、逆に惑星へ降りる降星流。
 いくつ物の水流が踊る艶やかな水の世界が広がっていた。
 背後を振り返れば今出て来たステーションであるマリンⅠの灯が光り、そしてさらにその背後には、巨大な母星フォルクネアとそこに築かれた都市群の明かりが見える。
 だがこれらの明かりは擬似的な視覚データにすぎない。
 燃えさかる恒星が存在しないアクアライド星域は、光源が乏しくほぼ全領域が暗黒空間。
 ただ美月の場合は初期選択種族としてアクアライド星域人を選択している。
 彼、彼女らはこの光源乏しい星域を生まれ故郷としているので、空間把握、探知能力に優れている。
 他種族には暗黒の深海としか見えない水の宇宙も、アクアライド星域人にかかれば南国の澄み切ったリゾートというわけだ。
 これこそが美月の初期アドバンテージ。
 他種族に気づかれる前に接近を感知し、他種族が気づきにくい違和感に気づくことが出来る。
 他種族から始めたプレイヤー達が、このレベルの探知能力を手に入れるには、大幅なスキルアップや乗員訓練、装備の確保などが必要となる。
 初期探知能力が高いのは大きいアドバンテージ。
 特にオープニングイベントは今日から一ヶ月。
 その終了までに如何に功績ポイントを稼ぐかの短期決戦となる。
 同様の事を考えているプレイヤーも多いのかアクアライド星域人が種族としては一番人気となっているが、美月は負けるわけにはいかなかった。















 初期拠点を出航後に自動運転モードにしたからと言って美月の手が空いたわけではない。
 最初の跳躍ゲートを跳躍後、次の第二跳躍ポイント『ライデン』までは10分ほどの時間しか無い。
 その間に長距離通信モードで向かう調査星域の周辺情報を集めたり、艦内シフトを見直したりとやれることはいくらでもあるからだ。
 そこら辺の細かい調整をめんどくさいと感じるプレイヤーも多いので、自動モードにも出来るそうだが、細かい調整をした方が僅かだが確実に上がると聞いた美月は放置して任せる気にもなれず、無駄に苦労しつつもオープンβ時から手を入れていた。
 情報屋NPCと渡りをつけ馴染みとなり、月定額で払う金額や追加報酬を決めて、さらに集めて欲しい情報分野の選択をし、乗員達の食事メニューを自動設定では無くわざわざ1人分ずつのパーソナルデータに合わせて一月分を決めて、資材消費を抑えつつも士気向上に努めてという感じだ。
 PCOはプレイヤーが望むことは何でもできるを売りとしているが、その何でも出来るというのが逆に美月を困らせていたのは皮肉な話だろう。
 几帳面すぎてどこかで手を抜くという事が出来ない美月には、痒いところに手が届き細かなところまで設定、調整できる戦略要素は、実に性格に合っているが、合っているが故にこれで良いのか、もっと良い物があるのではと、不安として常に負担となっていた。


「初期が上手くいって連続クエストになったときの疲労度を考えたら、もう少し休憩時間を……でもこれだと管制能力が低下しすぎかな。それなら食事の品目を一品追加して……あ、でもこれだと資材管理担当さんのストレス値が。無し無し」


 シフトスケジュールを広げ乗員達の勤務時間や配置場所を検討していた美月は、大半の部署で数値が少し上がる代わりに、特定部署のストレス値が大幅に上がったのを見て慌てて操作を取り消す。
 乗員のそれぞれの基本能力値を100とするなら、下がる行為は、勤務による疲労や体調不良、負傷、長期無寄港航行にともなう士気低下等。
 逆に能力値が回復するには適度な休憩や、食事。メディカルチェック。もしくは寄港地での自由時間。
 そして基本値より一時的に上がるハイブーストには、その後のリスクをともなう投薬や、リスク無しの能力上昇や士気高揚などの各プレイヤースキル。
 いろいろと理由や手段があるが、基本的には能力値は80を切らなければ特に問題は無いというのが、公式説明となっている。
 無論なるべく高い数値を維持していくのが上策ではあるが、そのなるべくというのが真面目な美月には実に難しかった。
 少し変えればいろいろ変化するので、後ちょっと、後ちょっとと、やっていくうちに際限が無くなる実に凝り性な美月らしい悩み。
 そして大抵の場合そんな解決しない悩みを打ち切るのは、時間制限だった。


『航路へと接近する艦影確認。識別開始……パーティメンバーフロイライン西ヶ丘乗艦のランドピアース艦『ホクト』と確認しました。短距離秘匿通信要請シグナル感知。受諾しますか?』


「えっ!? 麻紀ちゃんが?」  


 予想外の報告に美月は少し驚きながら顔を上げると現状のシフトで仮固定して、周辺探知モニターへと目を向ける。
 麻紀と合流するポイントはこの先の跳躍ゲートである『ライデン』のはずだ。
 ライデンにはリアル時間で後1分、2分で到達といった所で、途中で見つけて合流してきたというのは別に変な話では無いが、それにしては位置が少し変だった。
 麻紀の予測航路はもう少し北天側で、南天側から跳躍ゲートに近づいている美月とはほぼ真反対。
 合流するにしては遠回りすぎる コースだったからだ。
 それにこの距離でわざわざ秘匿レベルの高い通信での会話要請というのも変な話だ。
 識別確認出来るほどの近距離ならば通常通信でも十分。
 それこそわざわざ指向性傍受機で用意して盗み聞きしないかぎりは……


「何かあったとかかな……秘匿通信準備」


 違和感を感じた美月の脳裏に浮かぶのはオープン前に出会った黒髪のウサミミ少女の姿だ。
 一見ゲームイベントに見せかけていたが、どうにも美月が取得したアーケロスファイルだけは別の匂いがする。
 あの少女関連の事が起きたのか? 
 形に出来無い不安を抱く美月が秘匿通信の受諾スイッチを押して、


『美月。そっちにチェイサーって付いてる?』 


 不機嫌そうな麻紀が最初に発したひと言はそんな美月の不安を大きく煽る物だった。 



[31751] A面 知らざるを知らずと為す是知るなり
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/01/09 18:53
 美月が人込みに苦労しながら予約していた筐体端末があるノースファクトリーのブースを目指していた頃には、先行していた麻紀は既にゲームプレイを行っていた。
 麻紀が選んだ初期種族はランドピアース。
 故あって人死に強烈なトラウマを持つ麻紀にとって、宇宙開発戦争を舞台にしたゲームとしての面を大きく持つPCOにおいて、戦闘がメインとなる種族はあり得ない選択だった。
 いくつかの候補があったが、その中でもランドピアースに引かれたのは麻紀が理想とする姿をそこに見たからだ。
 傷ついた身体でリアル世界に存在するのでは無く、精神体となり仮想世界に住まうという設定が琴線に触れたというのが大きい。
 肉体を持たない種族であるランドピアースにとってリアルの身体とは、搭乗艦その物であったり、製作したサイバロイドボディ。
 機械工作を得意とする麻紀にとっては心身ともにあった種族といえた。
 そんな麻紀が選んだ搭乗艦はランドピアース初期艦の中の一艦種『ホクト』
 ブロック艦と呼ばれる艦種であり、耐久力は一体成形型の船には劣るが、その名の通りブロック構成となった船体を組み替えやすい自由度の高いカスタムが売りになる。
 トレーダー種族であるランドピアースは船一つで、遥か彼方の星々まで出かけ、さらに仕事を選ばないというゲーム内設定に合わせ、改良しやすい、改良の幅が大きいという事らしい。


「最大加速から右ターン!」


 エンジンブロックと直繋ぎされた重力可変スラスターユニットが最大稼働。
 艦周囲の物理法則を変化させ、艦全体に掛かる前向きの重力を生みだして艦を最大船速へと一気に加速させる。
 周辺情報を確認しターン目標とする一際明るい恒星に目星をつけ法則変換スラスターを方向転換モードで操作。
 艦全体にかかる負荷値を詳細観測しながら急速方向転換。
 急激に増加する負荷が安全設定値を超えたと警告アラームが鳴るが、それを無視して操艦を継続。
 最大稼働状態で激しく揺れるシートに振り回されながら、コンソールを正確に刻む右手船を操る。 
 星々の光が線となり景色が回る最中も、その高い肉体能力を遺憾なく発揮した麻紀は平衡感覚を失う事も無く、目標方向である恒星を捉え重力推進を再偏向させて、ほぼ垂直のターンを決めた。 
 操作性設定はフリーモード。
 最低限のAI補助のみで己の反射神経と判断能力に全てがゆだねられる代わりに、安全設定を無視した緊急航行が可能となるモードだ。
 急ターンを終えた麻紀はゆっくりと重力制御用スロットルの出力を下げながら、物理スラスターを起動させて速度を落としていく。
 

「通常エンジン巡航出力状態で適当に流しながら、全体の損傷度チェック開始して」


 急激な揺れで三半規管が大きく揺れた所為で吐き気を覚えそうになった麻紀は、最低限の指示だけを出すと柔らかいシートに背を預ける。


「ぅ……この子ならもうちょっと無理なくいけるはずなのに」


 宇宙艦サイズで戦闘機クラスの戦闘軌道を可能とする高機動艦。
 それが今の搭乗艦『ホクト』のコンセプトだ。
 カタログスペックだけなら、この設計で出来るはずだが、気持ち悪くなるほどに揺れたのは、自らの操作がまだ稚拙だからだと自責する。
 ターンを決める際のスロットル操作を、もう少し状況に合わせて調整できれば、艦全体の負荷をもっと押さえられるはずだ。
 それは希望でも思い込みでも無く、計算が生み出す純然たる事実だが、タイミングがシビア過ぎるからこそ超人的な操作が求められる。


「うぅー! あとすこしなのに! あーもう! なんで動かないのよ!」


 どうすれば良いかは判っても、そこに手が届かないもどかしさに麻紀は悔しさを覚える。
 こんな事は生まれて初めてだ。
 小さな時からやろうと思えば、身体は麻紀の思い通りに動いてきた。
 跳び箱だろうが、鉄棒だろうが、前宙、バク宙。全身を使う運動は何でもだ。
 それなのに今は指を動かすだけだというのに、それが出来無い。
 これなら祖父母が5才の誕生日に買い与えてくれたピアノでも真剣に習っておけば良かったか?
 しかしピアノの音よりも、それが鳴る構造に興味があって、すぐに分解してしまった根っからの技術者気質の自分には無理だとすぐに思いだす。

  
「……あーもう! なんで娯楽目的だと規制時間なんかあるのよ! ばっかじゃないの!」


 フルダイブ状態でパルクールに参加していたときはもっと動けたのに。
 あっちなら確実にやれる。その確信があるからこそ、現実の肉体の限界が悔しい。
 仮想世界に希望を抱く麻紀にとって、今のVR規制条例が腹立たしくてたまらない。
 だいたいだ。議論やらなんやらで施行に時間の掛かる法律での規制で無く、手続きが簡略化できる自治体ごとの条例ですぐに規制してきたのが実にいやらしい。
 母の話ではVR規制の流れを望む団体や業界の後押しがあった事も原因だそうだが、なんであんな素晴らしい世界や技術に規制を望むのか理解しがたかった。


「あ、あと1年、ううん。2年早く生まれて来れば! あーでも! そうすると美月と学年が違う!? いやでも……美月が後輩だったら……ん、それは……それで」


 自分の少し上の世代は思う存分VR世界を満喫できたのにと悔しがりかけたが、そうすると親友と学年が違う事に気づき、それはあり得ないと気づき顔を青ざめさせたかと思えば、すぐに後輩の美月に懐かれる自分というあり得ない妄想が脳裏を過ぎったりと、躁鬱のはげしい麻紀らしい錯乱状態に陥りかける。


『マスター麻紀。艦体チェック終了です。またミズ美月よりフライトプランを受信しました。合流地点までの地域情報を収集しますか?』


 初めての壁に鬱屈した精神が暴走しかけていた麻紀を現実世界に戻したのは、補佐AI『イシドールス先生』
 情報収集と簡潔かつ分かり易い分析に優れた情報分析特化AIで、美月と同じくアンネベルグ提供のサポートAIだ。
     

「ん…………コホン。オッケー。美月にメール送って文面は『りょーかい。こっちはもう外に出てるから合流地点にすぐに向かうから』以上。損傷分析レポートを見てるから、情報集めと目的地までのオート操縦よろしく」


 冷静なAIの音声に我に返った麻紀は、一瞬前までの自分の痴態やら妄想を思い返し赤面し、脳内ナノシステムを入れて今やファッションの一部になったモノクル型モニターを直す振りをして顔の火照りを冷ますために手で押さえながら指示を出す。


『はい。オートパイロットに切り変え。恒星間ネットに接続、現地リアルタイム情報の収集を開始します』


 白髭を蓄えた守護聖人の二頭身キャラは、好々爺な笑顔でにこりと微笑み一礼してから己が映っていたウィンドウをレポート画面へと切り変えた。
 醜態を見られたのがAIでよかったと安堵の息を吐きながら、麻紀は早速損傷レポートの詳細を確認し始める。
 泣いても叫いても制限時間は変わらない。
 仮想世界ならば搭乗艦のスペックを最大まで引き出せるからでは満足は出来無い。
 死にトラウマを持つ自分はただでさえ、ゲームに対して強い意気込みを持つ美月の選択肢の幅を狭め負担をかけている。
 いくら非戦闘プレイをメインにしたとしても、いつ自分達が戦闘に巻き込まれるかは判らないのだから、せめて確実に逃げられるだけの操船技術は絶対に必要となる。
 だからあっちなら出来るけど、こっちでは出来無いなんて通用しないし、言いたくない。
 ブロック艦である『ホクト』を選んだのも、チューンアップがしやすいという利点が大きい。
 今の全力航行と急速タ-ンで生じた不具合を一つずつ確かめながら、制御での問題点をピックアップして潰していけば、もっと操縦がしやすくなるはずだ。
 重力制御スラスターの配置や出力。物理スラスターとの連動。
 いくらでも改造できる所はあるはずだ……


「まずは艦全体の振動を減らしてスラスターの効率あげ! 艦形状を少しずつ変更して……あれ? これって」
 
 
 高速機動用により特化した艦体構造改良プランを練ろうとした麻紀は、レポートの数値をみて違和感に気づく。
 それはほんの些細なことだが、後部外装の一部に生じていた重力異常だった……










「重力異常の原因は艦に付着していたチェイサー。しかもティア3……」


 艦を接近させ同軌飛行をしながら、有線通信で麻紀と緊急会議を行っていた美月は、情報ウィンドウに映る兵器に得体の知れない不安を覚える。
 中型艦クラスのマンタの船腹にすっぽりと覆われている、麻紀が搭乗する小型艦クラスであるホクトの後部船体に付着していたそれは、全長一メートル弱ほどの小型ながら、各種諜報機能とステルス機能を兼ね備えるゲーム内で『チェイサー』と呼ばれる特殊兵器の一つだ。
 他艦の船体へと付着させ、その艦の位置情報を母艦であるプレイヤー搭乗艦へと送る情報送信機能を基本としている。
 そしてチェイサーに限らずPCOのアイテムは、基本性能にプラスして付随能力を持つほどにティアと呼ばれるランクが上がっていく。
 チェイサーのティア3となれば、高度なステルス機能と位置発信機能以外にも、付着艦の艦体構造やエンジン出力等の構成情報から、艦の制御コンピューターからフライトプランや所有情報までも盗み出し、さらには通信傍受機能も兼ね備え、様々な情報を母艦へと送る高性能スパイユニットとしての機能も持ち合わせている。
 
 
『ティア3だから、あたしの今の防御オートスキルだと反応できなくて、アクティブ判別でも探知成功率1割以下だった。重力異常に気づいて艦外作業ユニットを、その箇所に直接派遣してようやく見つけられた感じ』


 作業ユニットを使って取り外したチェイサーは、今は強制機能停止状態にして隔離空間倉庫に放り込んであるので危険は無いが、あまり気分の良いものではないのか麻紀は実に嫌そうな顔を浮かべている。


「私の方は高ティアのチェイサーは無かったけど、麻紀ちゃんつけられた覚えある?」


『出航の時にチェイサーを飛ばしている人は、いつも通り結構いたからあんまり気にしていなかったけどその時かも……』


 麻紀の言う通りチェイサー自体は別段珍しい物では無い。
 PCOにおいては、基本的にはスキルレベルが低い時は、ティア1の基本機能しか持たない低レベル製品しか使えず、対応スキルレベルを上げることで段階的に高ティアアイテムが使用可能となる。
 スキルレベルをあげる方法にはいろいろあるが、一番手っ取り早く安上がりなのは、そのアイテムを使う行動をすることだ。
 だがチェイサーは直接攻撃能力は持たないとはいえ兵器の一種。
 NPC艦にやれば、ステルスレベルが低いからすぐに見破られ、敵対行動と判断され敵認定される危険性もある。 
 だから、まず最初にチェイサー関連スキルを上げようと思ったら、初期拠点を出たときにたむろしている他プレイヤー艦相手に、経験値稼ぎをやるというのが一般的だ。
 つけた方はチェイサーに関連したスキルの経験値をもちろん習得できる。
 そしてつけられた方も、ティア1チェイサーのデメリットといえば、たかだか位置情報を取られるだけ。
 ある程度の時間が経ってから船体チェック系スキルを発動させれば、チェイサーを発見してスキル経験値を確保できる上に、チェイサー本体を取得出来る。
 無論ティア1のチェイサーなんて売っても小銭程度にしかならないが、エネルギー補給をして、内部プログラムの所有者欄を書き換えすれば自分で使うこともできるので、今度は自分が誰かにつけて経験値稼ぎが出来る。
 このようにチェイサーを使った経験値稼ぎは、初期拠点近辺ではプレイヤー間の暗黙の了解として、一種のリサイクル循環が出来上がっている。
 だから美月も麻紀も、チェイサー自体はあまり気にしておらず、いつも通り第1跳躍ゲートを跳ぶ前にチェックスキルを使って除去していたのだが……


「誰か判らないよね……たまたま間違えてティア1のつもりでティア3をつけたとかは……ないよね」
   

 言ってはみた物のそんな都合の良い答えを自分でも信じる気にはなれず、美月は途方に暮れる。
 ティア3兵器となれば、どの種別でも運用可能になるスキルレベルはそれなりに高くなる。
 ゲームが正式オープンしたばかりの今は、それこそ初期スキル、ステ振りを特定兵器特化してもギリギリ届くか届かない位だ。


『店売りノーマル品だけどお安くはないよ。やっぱりあたしを狙ったんじゃないかな。もう少しあたしが早く気づいてれば良かったけど、美月から来たフライトプランも盗まれてるかも……ごめんね』


 さらに言えば鹵獲したチェイサーは店売り品ではあるが、値段は初期資金のほぼ全額をつぎ込む現時点では高級品。
 間違えて使ってしまったとか、単なる思いつきの酔狂で使ってみたと考えるには無理がある。
 自分の確認ミスに少し落ち込んだのか、麻紀が陰りのある表情を浮かべ始める。
   

「よし。まずは良い方に考えよ麻紀ちゃん。偶然だけど早く見つけられたから良かったって」


 鬱状態に入りかけているらしい麻紀の表情から良くない兆候を感じ取っていた美月は、小さく頷いてから、我ながらぎこちなく思いつつも無理矢理に笑うことにする。 
 情報が不足しすぎて判断がしにくい。
 誰が、いつ、どこで、どうして。
 大まかな予想は出来ても、確実な答えではない。
 考えれば考えるほどに悩んでいく自分に気づいて、これでは堂々巡りだと考えを切り変える。


「ティア3なんか使っているんだから、相手は麻紀ちゃんがドッグに戻るまで見つけられないくらいには思ってたはずだよ」


 少なくとも何らかの意思を持つ者が麻紀を、もしくは自分達を見張っていると気づけたのだ。
 そのような相手がいるとクエスト宙域に到達する前に気づけただけ、何も知らないより、千倍はマシだと。


「麻紀ちゃんなら、誰かが仕掛けてくるの判ればそうそう不意はつかれないだろうし、あんまり悩まないでいこ」


 自分一人ならばいろいろと考えてしまうし、突発的自体に混乱してしまうかも知れないが、信頼できる、そしてなにより頼りになる麻紀が一緒だ。
 開き直りに近いが美月は前向きに考える事が出来る。  
 

『……そっか……うん。そうだね! どこの誰か知らないけどストーカーなんかに負けるわけにいかないもんね!』


 そして開き直った美月が手を伸ばせば、麻紀はその手を掴み何とか精神を立て直すことが出来る。
 一人じゃない。二人いる。

『コンビプレイってのは楽しく心強い』

 三崎の台詞が、不意に二人の脳裏をよぎる。
 少し癪だが、あの男が言う意味を二人は実感していた。


『それじゃあ美月どうする? 前提としてフライトプランは盗まれているって考えた方が良いでしょ。それにチェイサーの反応が消失してこっちが気づいたって事も織り込むべきだとあたしは思うよ』


「うん。その方が良いと思う。悪い方で考えていた方が用心できるし……目的地がばれている……なら選ぶのはクエストをリタイアして別のクエストに変更か、ルート変更して到着時間を早くして早期クリアの二つに一つかな。クエストリタイアした場合のデメリットと、現地点から最短時間で目的地に到達できるルートを算出してもらえますか?」


 補佐AIシャルンホルスト君を呼び出した美月は、クエストを続行するべきか否かを判断するための情報を求める。
 美月の問いかけに少しだけ間を置いて、麻紀との間の共有ウィンドウに二つの情報が表示される。


『クエストリタイアの場合は違約金と、現地にも到達できてないから信頼度の減少が大きい。こっちは避けたいよね』


 麻紀の言う通り違約金も痛いが、依頼主からの信頼度減少はさらに痛い。
 信頼度が下がると依頼主やその所属勢力から、次にクエストを受ける際に成功報酬の減少や、下手すればクエスト受領すら不可能になるからだ。
 もちろんいきなりクエスト受領不可にはそうそうならないだろうが、次に受けたクエストが100%成功する保証も無いのだから、リスクが上がるのは変わらない。
 

「でも最短ルートも危険度が高いと思うよ。古戦場跡を抜けるルートみたい。もしのぞき見していた人がこっちの考えを読んでいたら襲撃を仕掛けるには良い場所になっちゃうかも」


 表示された最短ルートは現状のあと5つのゲートを跳躍するコースでは無く、3つですむ。
 時間的にも半分ほどになるが、最後のゲートがあるのが、かつての資源惑星を巡って大きな争いがあり、最終的に星が破壊され無数の岩石群と艦艇の残骸が漂う古戦場宙域となっている。
 隠れ場所には困らないうえに、周囲に船の残骸が無数に散らばっているので、金属探知反応が無数にあって索敵難易度もあがっている。
 唯一の救いは、メイン交易路からは大きく外れているので交易船狙いのNPC海賊艦はおらず、古戦場としては古い部類であらかためぼしい物は回収された後という設定で、戦場漁りのスカベンジャー艦もくず鉄狙いの低レベルアクティブ艦が出現する程度という事で脅威度はさほど高くない宙域だ。 
   
 
『……逆に言えばこっちが隠れる場所もたくさんあるよね。あたしがここに残って、後をつけて来た人がいるか跳躍ゲートを監視するから、美月が先行するってのはどう? 最低限のクエストクリアだけをまず優先』 


 画面の向こうの麻紀は少し考えてから、ホログラム星図に指を当てて作戦を書き込んでいく。
 跳躍ゲートごとに探査プローブを残していき、その後に跳躍してくるプレイヤー船を監視。
 追跡してくる船があるかを最終跳躍ゲートまでの間で篩にかけて確認するという方針を打ち出す。
 美月達が受領したクエストの目的は無人惑星の資源探査で、クリア最低基準は資源探査プローブでレア鉱石分布データ観測を行い一定以上のデータを確保。
 オプションクリア条件が無人サンプル採掘施設建造となっていて、さらに派生クエストとして連続クエストが発生。
 採掘したサンプル鉱石を使った試作プローブ製造クエストへと繋がる。
 非戦闘プレイを目指す美月達は、それらの調査、製造系クエストを積み重ねて、暗黒星雲調査計画に使われる調査機に繋がる攻略ルートを進めて、功績値を稼いでいく予定だ。
 効率の良い探査を出来る探査船のマンタに乗る美月が探査プローブを担当し、オプションの施設建造は、建造系初期スキルを強化している麻紀が担当という役割分担としている。
 だから最悪美月だけが目標宙域でクエストクリア基準を達成すれば、パーティを組んでいる麻紀も自動でクリアとなる。
 ただ問題は……


『追跡者がいないとか、もしくは諦めてたなら、合流してオプションクリア。いた場合は、あたしが囮になって時間を稼ぐから、美月はその間に調査を進めて安全エリアまで後退』

 
 戦闘になったときに麻紀の選択手段が逃げだけという事だ。
 麻紀は、ゲーム内での死すら精神負荷となる重度のトラウマ持ち。
 艦構成に必須となる必要最低限の対艦武装は持っているが、それでも使えず、囮として戦闘となっても、ただ一方的に攻撃をされるだけで、回避するしかないからだ。


「でも……麻紀ちゃんの機体の方が足は速いから先行してもらって、囮なら私が残っていたほうが良くない?」


 攻撃が出来無いという麻紀の傷を抉る指摘は元より、親友を囮にするという案は美月的には抵抗が強く、効率的だと思っても難色を覚える。
 

『あたしのスキルレベルや艦種だと、プローブ探査だと美月の倍は終了まで時間が必要になるよ。早く始めたって、終了時間は美月の方が断然早いし、時間稼ぎは短くなくちゃ。それに美月はどうしても入賞しなきゃいけないんだから、いきなり躓いてなんていられないでしょ。囮っていっても逃げるだけだから。私の反射神経の良さは知ってるでしょ』


 理屈的には麻紀があげる正論が正しく、そして目標的にも初クエストから失敗するわけにはいかない。
 だから最低限クリアを最優先して美月が先行するのは正しい判断だ。
 それは判っている。判っているのだが、
 相手の正体や数も判らず、麻紀一人に負担をかけるのは気が進まない。
 いるかどうかも判らないのだから、いっそ二人で追跡者がいるか確認してから行動した方が良いのではないかと考える。
 艦構成的には探査船の自分の護衛として高速機動型の麻紀が護衛で付いていると思うはずだ。
 麻紀がトラウマ持ちで、ゲームですら人死にを嫌がり攻撃が出来無いのを相手は知る由もないはず。
 そこをうまく付いて、自分が攻撃に出れば相手の隙を狙えるのでは?
 しかしそれは相手が単独で、しかも美月の攻撃が命中し、それで撃沈できるという前提の話。
 麻紀の案より、自分の案が大きなリスクを持っているのは口に出さずとも判っている。麻紀も納得しないはずだ。
 相手の事を自分達は知らない。
 だからいろいろ考えている。
 そして相手は麻紀の艦の情報を盗み出してこちらの事を知っている。
 知っているつもりのはずで、その情報に基づいてこちらの事を考えるはず。
 なら……


「麻紀ちゃんの船って重力可変スラスターもあったよね。それを使って……」


 自分の手持ち装備と、麻紀の手持ち装備。
 それらを見比べてから一案を考えた美月は、急造の作戦を説明し始めた。



[31751] A面 火蓋は切られた
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/01/22 23:10
 PCOはすべてのフィールドが繋がったオープンワールドとなっている。
 その人造銀河の端は、1原子も存在しない零のフィールドが広がっており、そこから先に進んでも無限ループの何もない空間だけが広がる仕様。
 中央座標には巨大なブラックホールが鎮座し、その周囲は先史文明の遺跡やら、無人暴走艦が巣くう要塞衛星などがひしめく最高難度フィールド。
 中央座標と銀河の端から丁度中間地点となる中央宙域エリアには、安定した恒星系群が密集した大小様々なスパイラルアームが広がり、そこで生まれ育った知的生命体達が織りなす、多種多様な星間文明が揃った高度文明地域。
 中間宙域から銀河中心方向と外側方向には、原始文明惑星や人類未到の星域、未踏破の暗黒星雲が無数に眠る全域の7割を占めるメインフィールドが広がっている。
 恒星系や宙域には、それぞれ特色を持った惑星や衛星が存在し、一筋縄ではいかない攻略がプレイヤー達には求められていた。
 全ての星域や宙域は一つに繋がったマップなので行こうと思えば、通常空間航行のみでも到達可能だが、距離や時間の問題以外にも、並の船では航行不可能な重力変異宙域や、原始恒星系などがその行く手を防いでいた。
 正式オープン直後、一部の趣味的プレイに走っている者以外の、一般プレイヤー達の長距離移動手段は、既に発見されている跳躍ゲートを使った正式航路がもっぱらの手段となっていた。





 中間宙域から短距離ゲート1つ分だけ外に出たラルーズ恒星系は、ガス状惑星や大気を持たない極小の岩石惑星群で構成されているフィールドになる。
 恒星系内には、他星域へと通じるいくつかのゲートがあるが、その中の1つ。
 旧第七惑星跳躍ゲート。
 通称『ルーラン古戦場』ゲートは、かつての大戦で破壊された第七惑星の破片と衛星級要塞艦数隻分の残骸が、旧第七惑星恒星軌道を漂う球状小惑星帯のほぼ中央地点に存在していた。
 跳躍ゲートは同時跳躍可能重量によって、いくつかのクラスに分けられているが、ルーラン古戦場は、衛星クラスの大型要塞艦が跳躍可能なBクラスに分類される。
 Bクラスのゲートは、NPC商船団の交易路として使われている物が多い。
 だがルーラン古戦場はゲートは大きいが、その周囲に散らばる数え切れないほどに濃い小惑星が邪魔して、標準サイズカーゴ艦ではゲートから先の航路が存在しないため、寂れた辺境航路という設定となっている。
 プレイヤー達の間では、ここのように良質のゲートを持ちながら、通常空間にいろいろな事情があって利用されていなかったり、ほとんどNPCが通らない寂れた航路も多いので、そのうちに大型連動クエストなどが発生して航路開発が始まるのではないかというのがもっぱらの噂だ。
 しかし今はクエストの対象地ではなく、めぼしい資源も存在しないローカルマップ。
 そんなところに跳んでくるのはよほどのひねくれ者か、気まぐれに通過地点として選んだ物好き。
 もしくは誰かを追跡してきた律儀な猟犬くらいだろう……


























「リスト再チェック……ここまで同一航路を通ったプレイヤー船はこれだけだよね?」


 自分の声の大きさがゲーム内で反映されるわけではないが、船を隠している所為かどうにも小声になってしまいながら麻紀は最終確認をする。
 破壊された惑星の岩石と戦闘要塞の残骸が漂う古戦場宙域に麻紀が身を潜めてから、すでに15分が経過していた。
 全方位レーダーに映るのは、大戦によって築かれた岩と鋼鉄の迷宮。
 細長く入り組んだ通路を抜けた先には広場のように開けた部分があり、そこが跳躍ゲートの位置となっている。


『はいマスター麻紀。計六隻の艦種がマスター達と同じ跳躍ゲートルートを使っております』


 ゲートを跳ぶごとに追跡船を探るために麻紀達は取得していたティア1の情報探査プローブを撒いている。
 最低限の機能しか持たないので、ゲートを通過した船がPC艦かNPC艦という判断と、外観観測でわかる情報を送ってくるだけだ。
 だが、航路としては商船護衛クエなどを受けたプレイヤーが多いメイン交易路とも離れており、この古戦場フィールドは戦闘系、探索系の両プレイヤーの稼ぎ場所としても魅力がない。
 今ひとつ地味なため通過艦は少ないので、初期プローブの外観観測データだけでも船の判別は十分可能だ。


「クエスト宙域に繋がるゲートにいった船は2隻。他に2船がそれぞれ別ゲート方面……で、残った1隻はゲート突出直後から動かない」   

 
 プローブに警戒をしたのか?
 それとも何らかの探知スキルでデータを取っていた麻紀のホクトが、この宙域に残っていることを知ったのか?
 動かなくなった最後の一隻が怪しいのは無論のことだ。
 だが先の五隻も仲間でこちらのプローブに気づいたが、わざと無視して目的地に向かった可能性も捨てきれない。
 しかし麻紀は今は単艦。
 怪しいと思っても全てを追い切れる物では無く、もっとも可能性が高い物を見張るしかないのが実状だ。


「せめて美月みたいに探査系の初期スキルあげて、探査プローブだけじゃなくて探査ポッドが使えたらもうちょっとなんとかなったかな……」


 情報を調べ送信してくる探査プローブが指だとするなら、自動探査、簡易分析機能も併せ持ち、プローブ母機としての機能も持つ。プローブの上位存在であるポッドは手だ。
 指一本よりも、五指揃った手の方が、いろいろと便利で出来る事の幅が広がるのは自明の理。
 美月とのコンビを前提に、役割が被らないように初期スキルを組んでいるので仕方ないが、こういう事態も考えて機体改造系だけでなく、探査系スキルも少しあげるべきかと、麻紀はスキル振りや強化を考える。 
 無い物ねだりしてもしょうが無いのは判っているが、今は潜んでいるから、動きたくても動けないので少しもどかしい。
 自分達にチェイサーをつけた誰かの目的は麻紀達には判らない。
 だからまずはその目的をはっきりさせる。
 麻紀がもう一度手順を頭の中で確認していると、プローブから五度目となる情報データが発信された。
 五回目で必要なデータ量が集まり、ようやく相手の艦種詳細が判別する。
 アルデニアラミレット種族初期搭乗艦の一つ可変艦『ビーストⅠ』
 獣人タイプのアルデニアラミレットは戦闘種族という設定で、攻撃系や戦闘支援系スキルを多く持つ武闘派。
 その搭乗艦も戦闘特化タイプが多く、物資輸送能力や最大航続距離は他種族艦には劣るが、直接攻撃能力では頭一つ抜けているというのが、βテスト中のもっぱらの評判だ。


「獣人系種族……狙われる覚えないけど誰」 


 相手艦は判ったが、それだけでその狙いまでは、まださすがに判らない。
 人と揉めやすい、悪目立ちする性格のトラブルメーカだという、自覚はさすがに麻紀にもある。
 β中に参加した第一回サイバーパルクール大会でも、幾人かと鎬を削り合ったが、さすがにティア3チェイサーをつけられ粘着されるような覚えは無い。
 ましてや脳筋系の代表格である獣人族では、種族特性やスキル上サイバネティックボディを前提とするサイバーパルクールとの相性は最悪。
 あの大会で打ち負かしてきた対戦者にもアルデニアラミレットはいなかったはずだ。


「先生。相手に動きがあってもデコイ1は息を潜めたまま。情報収集を優先」


 モニターの中央に映る魚類を模した船影をみながら、麻紀は自動迎撃機能の切断やエンジン出力を最低限レベルに保つように再度念入りにサポートAIイシドールス先生の指示をする。


『かしこまりました。ゲート前通信プローブとデコイ1との通信ラインはランダムを維持し、隠匿状態の維持を最優先とします』


 最初は隠れて時間稼ぎ。
 それが美月の考えであり基本。
 いわゆる遅滞戦術と呼ばれる物の一種だ。
 まずはホクトの重力推進機関の変更力場を使い、周囲のがれきや残骸を集めマンタの外観に似せたデコイを瓦礫の漂う宙域内で突貫建造。
 さらにデコイに緊急修理用の外装修復剤を拭きかけて固定して、その艦底に探査プローブを留めさせて、ゲート周囲に置いた探査プローブと指向性通信網を構築して、相手にマンタが本物だと思わせる。
 マンタは簡易だがステルス機能を持ち合わせているから、熱源反応が低くてもステルス状態で隠れていると相手に誤認させる事が可能だというのが、美月の提案だった
 いくら隠れていても、これだけプローブとデコイの間でやり取りをしていれば、そろそろ発見されるころだろうか。
 だがそれでいい。 
 重要なのは二つ。
 デコイをマンタだと思わせること。
 そして……


「相手に見つけられてからが本当の勝負か……たまに美月って大胆だよね」


 もう一つはデコイの正体を気づかせず、だが囮であると気づかせること。 
 デコイの位置は小惑星帯の中でも回廊が多く分岐する中継点。
 もしデコイに近づこうとしたり、艦載機を仕掛けようとしても、周囲には潜伏場所が無数にあり、少しだけ頭が回って、ちょっとだけでも冷静なら、待ち伏せ攻撃を疑うであろう配置になっている。
 無論ゲームの中でも人死に対するトラウマから、艦を沈めるような攻撃が出来無い麻紀には待ち伏せ攻撃の選択肢はない。
 必要なのは相手にそう思わせること。
 麻紀自身は、デコイ周囲からはずれ、直接視認も攻撃も出来無い全く無関係の位置に隠れている。
 敵対プレイヤーに存在しない影を警戒させ時間を稼ぐ。
 それが少ない時間と、スタート直後で少ない手持ち装備から美月が提案した作戦だ。
 この作戦のために麻紀は手持ちの探査プローブを全て放出して、この小惑星帯に小規模だが通信ネットワークを築いている。
 ティア1とはいえ全機放出は大盤振る舞いもいいところ。
 今の船腹倉庫には先ほど取得した、通常手段では使えないティア3チェイサーだけという有様だ。
 だがそれだけをつぎ込んだ成果は十分に出ている。
 見張っているビースト1はゲートに出現してから、既に5分ほど停止したままだ。
 時折高出力反応が出ているので、何かをしているようだが、こちらを探そうと躍起になっているのか、それとも他に仲間がいて連絡を取って対策を考えているのか。
 はたまた全くの無関係なのか。
 今の麻紀には判断する材料が不足していた。


「先生。美月がクエストクリアに必要な最低限の情報を集めるのに、あとどのくらい予想でかかる?」


 先行してクエスト宙域に向かった美月がどうしているのか気になるところだが、この状況で長距離恒星間通信なんて出力反応が出る機能を使えばすぐに発見されるだけだ。
 ゲームに縛られない外部通信機能でも使えればいいのだが、そこら辺は抜け目のない運営が対策済で、粒子通信上でのゲーム中のプレイヤー間でのゲーム外通信機能は自動停止される仕組みになっている。   
 あくまでもゲーム内の通信機能を使うか、どちらかがログアウトしてから連絡しろということだろう。
 抜け道が無いわけでは無いが、リアルで顔を合わせつつやるか、人を用意して中継してもらうかなど、どちらにしても面倒で制限がかかるプレイヤー泣かせ仕様だ。 


『……ミズ美月の装備、スキルから判断しまして、あと15分から20分はかかると思われます』


 長い。
 今の状況下では、どうしても長いと思ってしまうが、探査船に乗る美月でそれなのだから、自分だったらその倍はかかるかも知れない。 
 だから仕掛けを美月がやるから、自分が先行して調査という美月の提案はやはり却下で正解だったと思うしかないと、麻紀は自分を落ち着かせる。
 自分が戦闘に巻き込まれないように、美月は気を使ってくれる。
 たかがゲームだというのに。
 ゲーム内での死なんて、子供でも恐れない事を恐れている麻紀を気遣って。
 それが嬉しく、そして申し訳ない。
 麻紀自身だって判っている。
 PCOは所詮はゲームだ。
 ゲームの中で死んでも、誰も死なない。自分も死なないと。
 だが、だがだ…………じゃあ自分が持つ三崎の死の記憶は一体何なのだ?
 現実ではあり得ない記憶。
 まるでゲーム中のようなあり得ない矛盾したあの日の記憶は、麻紀の中に今も深く根付いている。
 美月と出会った日。
 美月を助けようとしたあの日。
 激高して痴漢を追いかけたあの瞬間。
 そこまでは覚えている。確かにあった事だと。
 しかしその後の二重になった記憶が麻紀を縛り付けて、その足を躊躇させる。
 自分は覚えている。思い出している。
 軋む車輪の音。
 耳の奥に響く大勢の悲鳴。
 自分の身体にかかった血肉と臓物の……
 フラッシュバックした記憶がその生々しい温かさと匂いで、麻紀の心と身体を犯していく。 


「うっ……お、おく、お薬……」


 心臓を鷲づかみにされるような恐怖と頭にこびりつく寒気と吐き気。
 自分の状態がまずい方向に入っていると気づいた麻紀は、マントのポケットからタブレットケースを取りだし、精神安定剤を数粒掴み、口に放りこんでかみ砕く。
 水もなくそのまま嚥下し、マントのフードを被り、己の腕で自分の身体を抱きしめる。
 苦く痺れる薬が喉を焼く。
 自分を壊す記憶を押し戻そうと、封じ込めようと、頭の中に砂時計にイメージを浮かべただひたすら落ちていく砂を数える。
 それが100を越えた辺りで、ようやく震えと悪寒が収まり、麻紀はゆっくりと息を吸う。
 喉がヒリヒリして渇く。
 筐体内に持ち込んでいた伸吾達からもらったドリンクを手に取り、封を開け口に含む。
 一見緑茶のようにも見える薄緑色のドリンクは、口に入れるとハッカとシナモンが混じった香辛料のような香りがして、ほのかな甘みが広がった。
 甘みが心地よく丁度よかったのか、少しだけ落ち着いてきた麻紀は、フードをぬいで、シートに身体を預ける。 
 冷えた汗が頬を落ちていく。
 最悪の状態になる前になんとかなったが、この恐怖がいつ再発するか……
 ゲームに参加し続ける以上、トラウマの発作がいつ起きてもおかしくないのは判っている。
 ここは、自分が参加しているのは、本当にゲームの世界なのかという、疑問がこびりついている限りは。
 だがそれでも参加しなければならない。


「……美月の為に頑張るって決めたんだから……負けないんだから……それに」


 美月の為に。
 そして傷つけてしまい二度と会えなかった親友の最後の言葉をを知るために。
 頭を振って意識をはっきりさせ切り変えた麻紀は、メインディスプレイへと目を向ける。
 発作が起こる前と変わらず、そこにはアルデニアラミレット艦が不動のままに鎮座している。
 動かなくて良かった。
 心の中で麻紀はほっと一息を吐く。
 今の状態で動かれていたら何も出来なかった。
 今だって完全に体調が戻ったわけじゃない。
 このまま何事も無く時間が過ぎてくれればいい。
 あの艦はどこかの誰かが、ただ偶然でここに来ただけで、自分達を調べていたプレイヤーと関係なければベストだ。
 だがその願いは次の瞬間にけたたましいアラームと共に撃ち砕かれる。
 レッドシグナルを鳴らす新たなディスプレイが複数枚出現して最大警戒音を響かせる中、


『フルダイブ反応感知。ゲート前のアルデニアラミレット艦『ビースト1』プレイヤーがフルダイブを開始しました』 


 サポートAIのイシドールス先生が冷静な声で告げる。
 VR業界はVR規制条例によって、今は様々な制限が設けられている。
 その中の1つは麻紀も強い不満を覚えている、娯楽目的使用におけるフルダイブ使用時間制限。
 だからPCOはVRMMOでありながらも、ハーフダイブでのプレイをメインとして、フルダイブを必須としないゲームシステムとデザインで組み立てられている。
 時間制限がある。自由に使えない。
 それを逆手に取った運営は、だからこそフルダイブは特別な時間として、フルダイブ中のプレイヤーには強力なステータスアップ効果を与えていた。


「初日に!? しかもこの状況でいきなりフルダイブって!」


 ゲームが始まってまだ半日も経ってない。
 フルダイブは限られた時間だけ。
 だから無闇矢鱈と使わない方が良いというのが、ゲーム初心者の麻紀達にVRMMOのイロハを教えてくれた美貴のアドバイスだ。
 なにもその種のアドバイスは美貴だけではない。
 いろいろなプレイヤーが、フルダイブを使うタイミングや機会を探り合って慎重に行動している。
 それなのにあの獣人プレイヤーは、セオリーに反してフルダイブをいきなり仕掛けてきた。
 焦れたのか、それとも切れたのか、あるいは深い考えがあるのか?


『マスター麻紀。こちらもフルダイブしますか?』


「却下。ステータスアップして索敵能力が上がるだろうけど、こっちは相手の予想位置にはいないんだからこのまま隠れて」 


 相手が待ち伏せを警戒して探る気であろうとも、待ち伏せを気にせず強攻する気であろうとも、こちらはその予測捜索網とは外れた位置にいる。
 下手に反応するよりここは静観すべきだと麻紀は判断するが、相手はさらにその上を行く。
 フルダイブへの警報を鳴らしていた真っ赤な画面が、次の瞬間真っ黒に染まり、新たに焦燥感を引き立てるテンポの速い警報を鳴らす。
 フルダイブ警報よりも、さらに上の最上級警報。それは……


『エンシェントビーストブラッド感知。アルデニアラミレット艦プレイヤーが【祖霊転身】状態へと入りました』


 PCOプレイヤーにとっての切り札中の切り札。
 【祖霊転身】と呼ばれるフルダイブ中にだけ使用可能な特殊ギミックが使われたことを知らせる特殊警報が筐体内に響く。


「アルデニアラミレットの祖霊転身!? どのタイプ!?」


 初日に最後の奥の手まで切ってきたことに驚きながら、麻紀は慌ててそのタイプを確認する。
 特殊ギミック【祖霊転身】にはいくつもの種類が存在する。

 搭乗艦のステータス数値を持ったプレイキャラクターへ転生する【人艦一体】

 プレイキャラクターが任意の幻獣や巨人等ファンタジー系の大型生物へと変身する【古血開放】 

 ロストテクノロジーの産物である超機関を発動させ搭乗艦の全能力を飛躍的に超強化する【リミットオーバーブースト】

 自らの身体を巨大な木へと変貌させ、大陸クラスの地形ステータスを大きく改良、変貌させる【ユグドラシル】等々。

 使用種族を選ばない汎用性のあるものから、種族ごとの専用特殊ギミックなどいろいろあるが、どれもが強力な効果をもつ、それこそ状況を一変させる物ばかりだ。


『ビースト1変形を開始しました。アルデニアラミレット専用祖霊転身【メガビースト】だと思われます。チャフ散布を確認。全方位探知レーダー精度急速低下』


 メインディスプレイに映る敵戦艦から小型艦が射出される。
 小型艦は母艦上で大きく旋回しながら、キラキラと輝くなぜか桃色のチャフを大量にばらまいていく。
 サブディスプレイに映っていた映像にノイズが走り、レーダーが真っ白に染まっていくが、敵艦を映したメインディスプレイだけは、髪一本のノイズも走ることなく敵艦がその姿を大きく変えていく様を、大アップで鮮明に映しだしていく。
 桃色に輝くチャフを船体に纏わせながら、船体の一部が分離して、折りたたまれていた四肢が姿を現す。
 メインディスプレイが分割され、内部構造らしき物を映しだして、宇宙空間だというのに蒸気やら火花を出しながら、四肢のジョイントが船体、いや胴体に接続されていく様が、これでもかというくらいに鮮明に細かく、そしてマニアックに放映されていく。
 それはありのままに表現するならば、まさしくまがいもなくアレだった。
 宇宙空間に舞い散る桜吹雪をバックに、巨大な宇宙戦艦が、巨大機動兵器【スーパーロボット】へと変形していく。
 今映し出されているのはいわゆる合体バンクと称される物だ。
 先ほどまでは宇宙船だった物が、鋼鉄の巨体へと姿を変えていく中、サブウィンドウの1つが外部映像から切り変わり、メガビーストの基本情報が表示されていく。
 あれは、アルデニアラミレットプレイキャラクターがもつ古の獣の血を滾らせて、初めて使用可能な強化パワードアーマー形態。
 遠距離戦闘にはマイナス効果が付くが、艦船ではあり得ない戦闘軌道と四肢や尻尾を使った肉弾戦を得意とする近接戦闘特化タイプ。
 障害物の多い宙域、地形で力を発揮し、複数の特殊スキルが同時発動して相手を屠るまで戦い続ける事が出来る生粋戦闘形態だ。 
 ずらりと並ぶ基本特殊スキルの中の1つが、麻紀の警戒心を最大まで引き上げる。
 一度データを取得した相手が、近隣にいればステルス状態だろうがその位置を正確に見破り感知する『野生の狩人』
 麻紀の船ホクトのデータは既に相手の手の中だ。


「逃げるわよ! エンジン戦闘出力まで上昇!」


 スキルやスペックを確認し祖霊転身した相手となんてまともにぶつかれないと判断した麻紀は、すぐさま逃げの選択をする。
 だが逃げられない。


『敵艦の変形が終わるまでは一切の戦闘行動及び回避行動が取れない特殊スキル『お約束』が発動中です』  


 無情にも告げるサポートAIの声に麻紀の頭が一瞬真っ白になる。
 実際にコンソールに指示をうちこんでも梨の礫。
 補助スラスターの1つすら反応しない。


「待って待って。なにその巫山戯たスキル!? 相手の変形が終わるまでただ見ていろと!?」


『対抗スキル『お約束破り』もございますがマスターのスキルレベルではまだ開放が出来ません。お約束破りはやはり中盤からという暗黙のルールがあるそうです』


「どういう理屈!? 普通、こっちを麻痺させるんだから対抗手段なんて初期じゃないの! 他艦に攻撃されたら終わりでしょ!?」


 PCO開発期間中、とあるド外道テストプレイヤーが、嬉々としてメガビーストを使おうとする兎娘をことごとく邪魔したり、攻撃したりした末に、関係者の間で『第三七次離婚騒ぎで地球やばい』と呼ばれる事変の果てに生まれた、業の深いスキルとは知らず麻紀が思わず声を荒げる。


『ご安心ください。この状態では影響範囲内にいる全ての艦船が影響を受けます。攻撃も逃亡も出来ませんが、こちらも攻撃はされません』 


「そ、そういう問題じゃないでしょ……」 


 ずれている。何かずれている。さっきまでの自分の苦悩はなんだったのか?
 あのやたらと派手かつ、前時代的な変形シーンはただ見せるためだけなのか?
 よくよくサポート画面を見れば、チャフとして発動している桜吹雪は、選択オプションの1つで、他にも『地割れ』『荒波』『雷光』『蛍雪』
 さらには自然現象ではない『反物』なんて巫山戯た物も書いてあった。
 やはりこれはゲームなのか?
 巫山戯た状況に、趣味的すぎる演出はまさにゲームその物だ。


『変形終了まで後10秒。マスター麻紀いかがなさいますか? ご命令は逃走でしたが、この状況では難しいと思われます』


 出現した頭部からは赤いビームがたてがみのように伸び、手の先には同系色のビームかぎ爪が出現。
 先ほどまで桜吹雪をまき散らしていた小型艦が下方に回り強烈な明かりのスポットライトを、そのロボットへと当てる。


『Transformation complete! オウカ! ケンザン! It is a game Alien girl!』


 変形が完了した人狼型巨大機動兵器が素早いステップで決めポーズを決めた。
 広域通信で流れたの女性の声は、流暢な英語で変身完了と告げたかと思うと、片言の日本語で嬉々とした雄叫びを上げ、さらには麻紀のいる方向を指さし意味不明な宣戦布告を突きつけてきた。
 この瞬間麻紀は理解した。
 声を聞いても相手は未だに誰か判らないが、というかますます判らなくなったが、2つだけ判った事がある。
 戦闘意欲満々の相手の狙いは自分自身だということ。
 そして祖霊転身に対抗できるのは、祖霊転身だけだという、教えられていたアドバイスに従い、出し惜しみ無くいかなければ、むざむざと破壊されるだけだということを。 


「どこの悪趣味な馬鹿よ!? 誰がエイリアンだっての!? フルダイブ! ついで祖霊転身【リミットオーバーブースト】行くわよ!」


 攻撃は出来無いが、それでも何とか美月が調査を終えるまでの時間を稼ぐために、麻紀はわざわざマントを一度ひるがえしてから、コンソールに指を這わせた。


 こうしてPlanetreconstruction Company Online正式オープン後、初となる祖霊転身プレイヤー同士の戦闘の火蓋は切られた。
 後に『プロバトルジャンキー対アマチュア中二マント』とプレイヤー達によばれ定番勝負になるとは当事者達は知らずに。
 そしてそのプレイヤー達もまだ知らない。
 この対決のせいで、銀河系に住まう人々の、地球人への第一印象が実にアレな方向へと行くことになるとは……



[31751] A面 派手な表舞台の裏に黒子あり
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/01/28 00:11
 ランドピアース。
 かつて屈強な肉体を誇り長命種大勢力として栄華を誇りながらも、銀河帝国と相対し、大戦時に母星を失った彼の種族は、流民として長きに渡り広大な宇宙を彷徨うことになる。
 母星を失い散り散りとなりながらも、彼らが種族としてのアイデンティティを保てたのは、その心を支える統一宗教があったからだ。
 だがランドピアスを支える教義が、彼らの道をより困難な物とする。
 急造された脱出船のシールドは完璧な物では無く、微量ながらも船体を貫通する宇宙放射線に彼らの肉体は晒されることになる。
 数十世代にわたる放浪の間に遺伝子損傷は致命的な傷となり、肉体の脆弱化、多発する遺伝子病、そして短命化などの問題が加速度的に進行していった。
 損傷した遺伝子を復元、それどころか改良する高度な科学技術も銀河文明にはいくつも存在する。
 しかしランドピアースたる最後の拠り所である統一宗教は、その極めて優れた生まれ持った肉体を尊重するものであり、人の手による肉体改造を禁忌とするものであった。
 時流に合わせ教義を変える道もあったかも知れない。
 だが彼らはそれを選ばなかった。
 母星を失い、屈強なる肉体を失い、最後に残った心まで失うわけに行かなかったのだろう。
 優れた技術者でもあった彼らは、苦難の末に魂、いわゆる精神体へとアクセスし、肉体と精神体の分離、そして転移を可能とする技術を開発する。
 以来ランドピアースは、この世に誕生するとほぼ同時に、そのか弱い肉体を時流凍結空間チャンバーに沈めて保存し、魂を移した船を己の体として生きる種族となったという。

















『紺玉機関へとアクセス。魂魄リンク開始……全機能限界突破開始』


 フルダイブ完了と同時に、サポートAIイシドールス先生が、祖霊転身の開始を告げる。
 仮初めの身体に降り立った時のまま瞼を閉じ麻紀は、その瞬間を待つ。

 ランドピアース専用祖霊転身【リミットオーバーブースト】

 それはランドピアースが母星と同時にコア素材を失った事で喪失したロストテクノロジー機関『紺玉機関』へとアクセスするギミック。
 深い青色の光りを宿す紺色の宝玉にはランドピアースの先人達の魂が宿っている。
 その紺玉をコアとする掌大の古式機関は、プレイヤーたるランドピアースの魂と共鳴して搭乗艦を光りで包み、限界数値を越えた高みへと導く……という設定らしい。
 限界を超えるには徹底的に作り込んで、さらに無茶な設計をして、壊れるつもりで行かなければならない。
 根っからのナード気質の麻紀的には、魂なんてあやふやな物で、簡単にスペックを越えれたら苦労はしないと思わなくもない。
 しかも一度使用したら、魂が回復するまで冷却期間が必要で連発不可能とはどういう理屈だ。
 制限を設けるのはゲームとして必要な設定だとは判っているが、少しだけ不満だ。


『リミットオーバーブースト始動』


 なぜならば……いろいろ思うところはあるとしても、肉体という縛りから取り除かれたこの解放感は、癖になるほどたまらないからだ。  
 目を見開いた瞬間に感じたのは、果てしなく広い世界と、その広い世界のどこまでもいけるという強い高揚感。
 ワイヤーフレーム状にホクトの外観が表現され、その中心に麻紀は立っていた。
 トレードマークのモノクル越しに見えるのは、冷たく荒涼とした古戦場に漂う無数の残骸。
 その先に広がる見覚えのない星空は、どこまでも続く仮初めの世界。
 祖霊転身状態となった麻紀はその世界を自由に駆け巡る高速宇宙船ホクトであり、高速宇宙船ホクトこそが自在に操れる麻紀の体だ。
 船体を包むのほのかに温かい碧い光りの残滓を残しながら、ホクトは隠れていた残骸の中から飛び出す。


「行くわよ! 徹底的に逃げてやるんだから! 全プローブとの情報リンク開始! ティアアップスキル発動! 敵艦『ビースト1』の行動予測!」


 仮想体でももちろん選択したマントをひるがえした麻紀の意思に従い、周囲に無数のモニターが出現する。
 それはこの小惑星帯に作り上げたプローブ通信網が活発に動き出した証だ。
 祖霊転身状態でのみ使用可能な特殊スキル群により、プローブが次々と強化されていく。
 祖霊転身時使用可能基本特殊スキルのうち1つが、『マシナリーティアアップ』
 その効果は所有するメカニカル属性装備の一時的ティア上昇及び、プレイヤーのティア制限一部解除。
 所有装備本来のティアからマシナリーティアアップスキルレベルによって、最大10段階までティアを上昇させる事ができて、さらには通常では使用不可能クラスの上位ティアも、最低限機能で補正無しだが、一時的に制限解除され使用が可能となるというものだ。
 ゲームを開始したばかりなうえに、いきなり祖霊転身を使う羽目になると思っていなかったので、特殊スキルは初期状態。
 だがそれでも三段階の上昇が望め、既存装備はティア4までティアアップし、ティア3までの装備を使用可能となるものだ。


『ティアアップによりチャフ効果を76%まで減少。敵艦位置を特定。予測コンタクトまで37秒』


 ティア1プローブは、最低限レベルの周囲の監視機能と、外観映像からわかる情報を少しずつ送ってくるだけ。
 しかしティアアップの効果を受けたことで、ティア4プローブの持つ基本性能が一時的に使用可能となっている。
 それは基本性能アップにくわえ、自己判断。抗チャフ。ステルス。高度分析。高速移動など様々だ。
 ティアアップしたことで、ビースト1が変形時に撒き散らかしたチャフにより画像が荒れて白く濁っていた全周レーダーは多少のノイズ混じりではあるが復旧し、さらに敵艦移動速度から予測進路と推定到達時間が表示される。
 敵艦の位置を麻紀が確認すると同時に、もっとも近くにいたプローブが自動追跡を開始。
 正面に浮かんでいたメインディスプレイに、小惑星や瓦礫を次々に蹴り、全身に装備されたスラスターを自由自在に操りながら、こちらへと接近する機械仕掛けのフェンリルの姿が映し出される。
 速い。そして上手い。
 見事なまでの立体機動に思わず麻紀は息を飲む。 
 無数に浮かぶ瓦礫の中だというのに、狼はほとんど速度を落とすことなく、むしろ一飛びごとに加速していく。
 βテスト中に参加したパルクール大会でも、これほど綺麗に、そして鋭く飛べるプレイヤーはいなかった。
 アルデニアラミレットのメガビースト状態は、分類的にパワードアーマーに属するので、その操作方法は自分の肉体を動かすように、自分の意思で四肢を動かす直接操縦になる。
 これだけ動けて、さらに上下左右がぐるぐると入れ替わるのに蹈鞴さえ踏まない足取りは、肉体操作そして仮想世界になれていると感じさせる物だ。


「ふんだ。馬鹿ぽい癖にやるわね」


 麻紀自身が望んだわけではないが、腐っても大手医療法人西ヶ丘グループ総帥の孫の一人で身代金目的の誘拐の危険性もあり、さらに『麻紀は体力があると碌な事しないから』と母親の沙紀の一言によって、護身術として、古武術やら合気道を習わされているので、多少は目が利く。
 その動きを見ればどの程度相手が動けるか、少しは見抜けるつもりだ。
 その麻紀の勘が告げる。
 正直いって、自分より上手いと。
 小惑星帯は相手にとって有利なフィールドで、しかも格上。
 考えも無く逃げるだけではそうそう時間は稼げない。 
 祖霊転身状態で艦の能力はアップしているが、相手も祖霊転身しているのだから、絶対的な有利とはならない。
 単純な追っかけっこでは、四肢を使いフレキシブルに動ける敵の方が断然有利なのは明白。
 だが麻紀にもアドバンテージがある。
 それは瞬間加速速度と最大速度。
 相手は自由に飛び回れるが、その加速度は麻紀が勝り、高速航行では麻紀の足元にも及ばないと、プローブが取得したデータが示している。
 麻紀一人ならば、さっさと小惑星帯を抜け出して、逃げを打つのも手だが、麻紀を見失った相手がクエスト宙域に行けば、今度は美月がピンチになるかも知れない。
 今の目標は足止め。
 少しでも時間を稼ぎ、敵艦の祖霊転身が切れるまで待つしか無い。
 どうすれば相手のフィールド内で有利に逃げられるか、いかに相手を足止めできるか。
 それを考えながら麻紀は狭い小惑星の中で鬼ごっこを開始する。


「重力可変スラスターは温存して物理スラスターメイン! 航路は順次指示!」


 麻紀の意思に従いノーウェイトでレーザー核融合スラスターがうなりを上げ、ホクトが一気に動き出す。
 VR規制条例によりVRMMOは、脳内ナノシステム機能のうち8割までの性能しか使えていない。
 思考補助や、反応強化などナノシステムに強い負荷をかける機能が使えないなか、PCOはプレイヤーにフルダイブの解放感を感じてもらう為にいくつかの小細工を施している。
 その1つがあえてフルダイブ時以外で設けた指示実行までのウェイトタイムだ。
 ハーフダイブ時に指示を出した場合は、ほんの少しだけ、時間にすれば0.5秒程度だがシステムが反応するまでの時間が設けられている。
 僅か0.5秒。
 しかしこの0.5秒の壁がフルダイブして解除されることで、プレイヤーは無意識にフルダイブ中の解放感を強く感じられるという仕掛けだ。
 深い青色の光跡を描きながらホクトは小惑星帯を突き進む。
 砕けた岩石の表面を削るようにスレスレで飛び、船体各所に設けられた姿勢制御スラスターを小刻みに吹かし、飛散している要塞艦残骸の隙間を縫っていく。
 逃げる麻紀をみて、追いかける猟犬も速度を上げる。


「来たわね!」


 背中に感じる違和感。
 敵艦のプレイヤーが、麻紀を、ホクトを、視界に捉えた証拠。
 それは気のせいではない。
 艦を己の体とするランドピアースは、相手の視線を感覚として感じる事が出来るパッシブスキルを初期所有している。
 リアルであればよほど勘が鋭かったり、武道の達人でなければ感じられないだろうその細やかな感覚も、ゲームだからこそ、ゲームシステムの補助とVRだからこそ可能な感覚として、こうやってはっきりと感じる事が出来る。 
 ピリピリと感じていた違和感が一気に強まり、痺れるような感覚が背中を走る。
 相手が攻撃態勢に入ったと知らせるアラーム。


「緊急回避!」


 考える間もなく麻紀は回避を指示しつつ、右足を蹴って横に一歩跳ぶ。
 麻紀の動きに合わせ姿勢制御スラスターが緊急出力で稼働し、横滑りするように船が左へと流れる。
 麻紀が回避すると同時に機械仕掛けの巨大人狼は、脚部スラスターを最大出力で稼働させ一気に跳躍し、ホクトに襲いかかる。


『Ultimate weapon! go! チョウシンロウ!』


 敵女性プレイヤーの叫びと共に、麻紀の眼前に強制的に新規ウィンドウが立ち上がり、今叫んだ技の漢字らしい【超振狼】という文字が流れる。
 必殺技は叫ばなければならないという信念の元に生まれたスキル。
 その効果はただ1つ。
 自機を中心とした一定範囲の宙域にいる全ての船に、その魂の叫びと共に、黒字一色のオリジナル技名を表示する……それだけだ。
 初期スキル選択時にしか選べないレアスキルであり、貴重な初期スキルポイントもしっかりと使ってしまうという罪深い業の元に選ばれた、もしくは選んでしまった勇者だけが使える、いわゆるネタスキルと呼ばれる、運営が仕込んだジョークスキルだ。


「あんた絶対馬鹿でしょ!?」


 必死に回避行動を取りつつも、聞こえてないと知りながら麻紀は思わず突っ込まずにはいられない。
 まさかあんなネタ全開のスキルを本当に取るプレイヤーがいるとは。
 だがそのネタ全開なプレイヤーに反して、そのプレイは脅威の一言。
 機械仕掛けの人狼のエネルギー反応をモニターするウィンドウが、超新星爆発でも起きたかのように一瞬白く染まる。
 画面を焼くほどの高エネルギーがその長大な尻尾に注ぎ込まれ、周囲の空間を揺らすほどの超高速で振動を開始。
 人狼の背中のスラスターが弾けたように炎を噴き出し、その勢いのままに前転しながら揺れる尻尾が振り下ろされる。


「っ!」


 かろうじて回避が間に合い直撃は避けるが、掠ってさえいないのに思わず蹈鞴を踏むほどにホクトが激しく揺れる。
 派手かつ速い大技の一撃を放った人狼は回避したホクトを一瞬で追い越して、その前方にあった数百メートルはあるであろう大岩に尾を叩きつけた。
 打ち込まれた尻尾が、岩の表面をまるで綿埃のように軽々と弾き飛ばし、さらに大岩自体が超振動による共振崩壊で崩れて、細かな砂へと一瞬で崩壊する。
 一連の動きを逐一監視していた監視プローブが、その攻撃速度や威力を計測して、サブウィンドウに表示する。
 直撃で一発轟沈。
 掠めただけでも艦HPの三分の一が持ってかれていたであろう大技。
 一瞬でも回避が遅れていればほぼ勝負は決していただろう。


「っ! なによ! 当たらなければたいしたことないわね!」


 さすが近接戦闘特化型とゾッとしながらも、麻紀は強気の口調で己を鼓舞する。
 当たれば負けるなら、全部避けるだけだ。
 元々攻撃をするという選択肢が取れないのだから、それしかない。
 大技を放った影響か、一時的に出力低下した人狼の動きが遅くなる。
 その隙を使い再度距離を取りながら、周辺詳細星図を確認。
 探査プローブが描き出す周辺星図を確認しながら、航路を選択して指でなぞる。
 その指の動きに合わせ、ホクトはさらに加速。
 速度維持で進める直線航路をメインにしつつ、細くなっている隘路を狙い、そこに積極的に飛び込んでいく。
 ハーフダイブ状態でならば絶対に飛べない最低安全距離を無視したギリギリの飛行で狭い回廊をホクトは飛翔する。
 そのホクトを追い、出力回復した人狼も再度四肢を使い残骸を蹴りながら回廊へと飛び込んでくる。 


「重力可変スラスター発動。周囲の瓦礫を寄せて塞いじゃって!」


 追ってくる敵艦を確認しながら、麻紀は温存していた重力可変スラスターを稼働。
 本来なら艦周囲に発生する重力を人工的に変化させ推進力へと変換する機関を使い、デコイを作ったときの要領で人工重力で周囲に漂う残骸を寄せ集め始めた。
 あまり大きな物は捕まえられないが、十数メートルサイズの瓦礫や残骸なら難なく確保できる。
 麻紀は艦を飛ばしながら、可変スラスターと連動させた両手を伸ばして重力場を次々に生みだし残骸を集めていく。
 無論それらは余分な重量。ほんの少しだけだが残骸を1つ捕まえるごとに艦の推進力が落ちていく。
 だがこれも計算のうち。この手はなるべく引きつけてからで無ければ効果が薄い。


「可変スラスターカット。慣性力零状態で置き去り!」

 そして残骸がある程度集まったところで、残骸をその場に押しとどめるように調整を施してから、重力スラスターの出力をカット。
 置き去りにされた残骸で出来た即席の栓が、ただでさえ狭い隘路の中央に陣取り道を塞ぐ。
 さらに艦砲を敵プレイヤーが気づくように派手に動かし、作った栓に向かって弾を撃ち込む。
 瓦礫に着弾した弾が突き刺さりこれ見よがしにビーコンを発信する。
 麻紀が打ち込んだのは、殺傷力など微塵もないただの信号弾。
 しかし相手からすれば、シグナルを発信するその物体の正体は不明。
 目に見える地雷か。それとも遅延タイプの高性能広範囲爆弾かと、考えるのが普通でこの状況でただの信号弾を打ち込んだとは考えないだろう。
 攻撃が出来無い麻紀が作り上げたのは、敵に考えさせ判断する時間を生み出す事で足止めする為の即席の関門。
 ただの瓦礫の寄せ集めでも、その1つのアクセントが加われば、人は警戒する。
 排除するにしても、正体不明な危険物を回避して別ルートで追うにしても、少しだけ時間を必要とするはずだ。
 単純だが、確実に時間を稼げる手。
 そんな小細工を重ねあわせて時間を稼いでいく。
 それが麻紀の作戦であったが、あいにくと敵プレイヤーはもっと単純だった。
 敵艦は速度を落としたり回避行動を取る所か、さらに加速。
 肩から突っ込むアメフトタックルで、瓦礫で出来た栓をぶち抜いた。
 壁があるならぶつかって崩せ。罠であるなら罠ごと崩せ。
 実に単純な原始的な力尽くの答えで、麻紀の思惑をことごとく外してきた。


「ちょっとは悩みなさいよ!」


 迷うこと無い敵艦の動きとあまりに愚直すぎる力技に、麻紀は敵プレイヤーとの相性の悪さを自覚し、その感覚で子供の頃に近所で飼われていた大型犬に追われたトラウマを思い出す。
 あの時に追われた近所のベス(ゴールデンレトリバー3才雄)は、半泣きで必死に逃げようとする麻紀を襲うとしたわけではなく、ヒラヒラと舞う麻紀のマントを見て遊びのつもりで追っかけてきたのだろうが、とにかく速くてそしてしつこく、最終的には捕まってもみくちゃにされてしまった。
 あの時とは相手も状況も違うが、どうしてもこう思ってしまう。


「あっーもうっ! 単純馬鹿犬なんてだいきらいなんだから!」


 言動といい、その判断思考といい、あまりに脳筋思考の力馬鹿すぎて厭になる。
 悪態を吐きながら麻紀は、それでも次の小細工を考えるために星図へと目を走らせた。















 KUGC所属上岡工科大学四年金山直樹は、提携ギルドの情報屋プレイを目指すメンバーと共に空港内休憩スペースの一角に陣取り、あちらこちらから集まったり、ギルメン達から報告されてくるゲーム内情報を整理をしつつ、情報交換をおこなっていた。
 メイン会場となったエプロンを見渡せる休憩スペースの足元には仮設されたフルダイブ用シート群と、その向こうに鎮座する巨大飛行船でありディケライア本社『蒼天』の姿があった。
 下手にハーフダイブ用筐体に入ると情報交換にも苦労するので、携帯型の接続端末を使い、仮想ウィンドウにゲーム内情報を表示した最低限度のゲームプレイだ
 PCOは、プレイキャラクターの所有情報量や質によって、様々なメリット、デメリットが生じるうえに、やたらと広く、そして深い。
 オープンしてからしばらく時間が経ったが、まずはどこから手をつけるべきかと悩むほどで、情報屋達は四苦八苦しながらも、ゲーム開始初期の手探り感を楽しんでいた。


「しっかし、カナヤンさん来てくれて助かったわ。就活でゲームは半引退って聞いてたから」


「一応就活中だっての。高校生新人ゲーマーにゲームのイロハを教えろっていう就職試験中。ちなみに企画立案シンタ先輩」


 弾丸特急に所属する馴染みの情報屋プレイヤーの三井士郎。プレイヤー名ミツロウの言葉に、金山は適当に相槌を打ちつつ裏ルートに進んだ際に派生するクエスト情報をスクロールさせて確認しながらギルド情報板に書き込んでいく。


「あー……あい変わらずだなそっちの初代ギルマス。さすが最強廃神の相方だ」


 ゲームプレイが就職試験と、普通なら妙な話にもほどがあるのだろうが、三崎の名を出した瞬間、ミツロウだけでなく、周囲のプレイヤー達も一斉に納得したと頷く。


「むしろそのウサギッ子原案じゃないの? ゲーム=人生だったし」


「あり得るな。廃神こじらせてこんなクソ厄介なゲーム拵えてくるくらいだし」


「いやぁ……そうなるとある意味あのコンビ相手に戦いでしょ。滅茶苦茶に苦労するよ、うちら」


 KUGCの初代ギルマスと二代目ギルマスは、各々のゲームプレイのタイプは正反対に違えど、元リーディアンゲーマーではいろいろと有名なコンビだった。 
 それぞれ単独でも厄介なのに、二人で揃っているときは絶対に敵に回すなは、古参プレイヤーには有名な話だ。
 しかも今回はその二人がゲーム開発の主催者側。
 シンタとアリスがコンビを組んでいる。
 その事実を再確認した元リーディアンプレイヤー達は、PCOの厄介さを改めて感じていた。
 どこにどんな罠やら、仕掛けが施してあるか、件のマスターズとは長い付き合いの彼らでも未だに確信が持てないからだ。
 そしてその予感は、次の瞬間には現実の物となる。

 
『祖霊転身プレイヤー間による正式オープン後の初戦闘を確認しました! 初戦闘を記念してただいまより会場内各スクリーン。蒼天メインスクリーンにて特別上映を開始いたします!』 


 鈴のような可愛らしい女性アナウンスの声と共に、PCOの宣伝映像を流していたあちらこちらのモニターが一斉に切り変わった。
 特に圧巻なのは、巨大飛行船蒼天の船体の一部が形を変えて出現した超大型のモニタースクリーンだ。
 どこかの小惑星帯を深い青色の光りを纏い高速で駈ける高速艦と、深紅のたてがみを荒々しく振り回し四肢を使い縦横無尽に跳ぶ人狼型巨大ロボットという、実に趣味的な映像がまるでリアルのような高解像度で映し出されていた。


「いきなり祖霊転身を使っての戦闘かぁ。後先を考えてない人だね。プレイヤー名は『ニシキ』と……あ、これサイパルの初代チャンプ。カナヤン所の子じゃん」


「おりゃ。また目立つ真似するね、こりゃ一気に有名プレイヤー入りかね。さすがKUGC」


「しかし目立って名前を売るのはいいけど完全に晒されるだろ。下手なプレイを見せたらいい笑いもんだ。俺は勘弁だな……ん、どうしたカナヤン?」


 初日から派手好きな連中がいるもんだと笑っていた情報屋グループだったが、メインスクリーンを見た金山が何故か深い息を吐いてのを見て首をかしげた。


「いやなぁ……あの子もシンタ先輩の肝いりぽい感じで、あの子らが俺らの就活の試験問題なんだよ」


 金山はそう答えながら今まで続けていた情報収集を一時中断し、始まった戦闘に関するデータ収集を開始する。
 どうせすぐに必要になるだろうと予測しての行動だが、それはすぐに当たる。


「ちょっと金山! あれ西ヶ丘ちゃんでしょ!? 相手は誰よ!?」


 ギルメンでありリアル側の前部長でもある宮野美貴が、ジャンケンで負けて買い出しに行っていたドリンク入りの袋を重そうに持ちながらも、何とか走って戻って来るなり、焦り気味の声をあげる。
 炭酸系が怖いことなっている気もするが、本人はそれどころじゃ無いようだ。


「今確認中だっての少し待てよ」


 こっちだって今知ったばかりなのにいきなり無茶振りするなと美貴に返したい所だが、何も知らないと答えるのは情報屋としての面子が許さない。
 フレンド登録していた麻紀のいる宙域を確認。さらに宙域座標を指定してプレイヤー検索機能を使いそこにいるプレイヤー名を調べる。
 相手がプレイヤー名を非公開設定にしていると判らないので、それを調べるのは少し厄介だったが、幸いというべきか、そのプレイヤーは自分の正体を隠す気も無いのか、すぐに判明する。


「…………プレイヤー名は『チェリーブロッサム』って奴だな。エンブレムが桜の花びら柄のナイフ。エンブレムとか名前に覚えないけど誰か知ってるか? あの動きって相当に慣れたプレイヤーだろ」


 麻紀が対戦しているプレイヤーは、桜の花びらが刻印されたナイフという特徴的な図柄のエンブレムを基本情報に登録している。
 パーソナルエンブレムなのか、チームエンブレムなのか不明だが、アルデニアラミレットの祖霊転身を使ったチェリーブロッサムの戦闘は実に見応えのある物だ。
 昨日今日ゲームを始めたばかりの初心者や、自称ベテランの中堅プレイヤーでも到底無理なもの。
 いわゆる廃人クラス。それもトップクラスのものだ。
 あんな動きが出来るのが無名のプレイヤーである訳がない。


「リーディアンじゃいないわね……でもどこかで見た覚えあるんだけどあのエンブレム」


 特徴的なエンブレムが記憶の片隅に刺さるのか美貴はモニターに映る敵プレイヤーの動きをじっと見つめる。
 流れるような高速戦闘と、派手な大技。
 チェリーブロッサムの戦闘は、派手な大技が目に付くが、その裏には確かな技術の影もしっかりと存在した物。
 いわゆる魅せる動きというやつだ。


「ひょっとしてあの戦闘マニューバってHFGOじゃない? ほらハイブーストの急接近からの大技ってHFGOの魅せ技の基本形だし」


 美貴がチェリーブロッサムの動きから、その動きの基になったであろうゲームを推測する。
 それは世界で最大のプレイヤー数を誇るゲームであり、同時にVRが規制される切っ掛けとなる死亡事故が起きたゲーム。
 『Highspeed Flight Gladiator Online』 
 通称HFGO。
 米国大手エレクトロニクスメーカーMaldives傘下の開発陣が作った超高速空中戦闘と敵MOBである巨大兵器をぶっ潰す爽快感を売りにしたゲームで、その戦闘マニューバは派手なことで特に有名だ。
 事件を機に日本国内からは撤退してしまったが、未だ海外では不動の人気を誇る世界一のVRMMOと謳われている。


「おーいわれてみればそうかもな。となるとあっち側の元有名人か?」


 ここに集まっているのはベテランの情報屋ばかり。
 その情報網はリーディアンのみならず他ゲームにも及ぶ。
 ゲームさえ判れば話は早い。


「あれか国内で出来無くなってPCOに流れてきたとかか。あそこなら強豪プレイヤー検索サイトあんだろ」 


「あったぞ。カナヤン。ここだ」


 自他共に認める世界一のゲームだけあり、攻略サイトや交流サイトはそれこそ星の数ほどある。
 仮想コンソールを叩き目当てのサイトに飛んだ金山は、チェリーブロッサムというプレイヤー名を入力し、画像データとして取り込んだエンブレムのデータと一緒に検索をかける。
 日本国内だけでも最盛期に200万人以上。
 全世界で1500万人オーバーのプレイヤーが今も参加しているので、個人の特定に時間がかかるかと思ったが、該当するプレイヤーは一人だけだ。


「……お、でた。ちっ英文かよ。まさか外人プレイヤーか? 翻訳かまして共有にあげるぞ」  

 思いのほか速くでた検索結果だったが、全部英文表示されていた。 
 訳しながら読むのも面倒なので、そのまま表示ページを全部翻訳ソフトにかけつつ、共有ウィンドウへと表示していく。


「何これ!? 前年度カリフォルニア州ライトクラスクイーン!? 金山これ間違ってない!?」


 そこに書かれていた思わぬ情報に、美貴が驚きの声をあげさせられる。

 登録プレイヤー名『チェリーブロッサム』 

 通称CB オウカ オーガ

 2076年度HFGO公式カリフォルニア州リーグ新人王獲得。VEP参加資格取得。

 2077年度HFGO公式VEPカリフォルニア州リーグライトクラス年間チャンピオン。

 2078年度Maldives主催HFGOVEP世界大会ライトクラス部門ベスト8。

 VEP通算獲得賞金175万ドル

 その情報を信じるならチェリーブロッサムというプレイヤーは、米国のVEP(Virtualreality Expert Players)と呼ばれるプロリーグに参戦しているプロゲーマー。
 しかも実働は三年と短いながらも、その経歴は紛れもなく一線級のプロゲーマーといっていい立派な物だ。


「俺に聞くなよ。検索した結果がこれだって話だろうが。だけどHFGOのトッププレイヤーが、PCOでも史上最高額の賞金が出るからって話題になってるとはいえ、こっちに来るなんてあり得るか? プロ契約とかいろいろあるはずだろ」


 美貴に言われるまでも無く、検索した金山自身もその結果に目を疑う。
 賞金が出る大会に参加し、公式プロを名乗る以上、参加規約やらルールがいろいろと存在する。
 ましてや契約社会のアメリカじゃその縛りの強さ日本の比ではない。


「……なぁその原因これじゃないか? ゲームニュースサイトを探ってたら出て来た先月の記事」


 信じられないと困惑している二人に、別方面から情報を探っていたミツロウが新たなウィンドウを提示する。
 米国のVRゲームニュースサイトで、ゲーム内の映像と記事で紹介される記事の見出しには『CAチャンプCB屈辱のドロー』とでかでかと記されていた。
 そんな見出しで始まった記事は簡潔に書くとこういった内容だ。
 チェリーブロッサムことCBの世界大会ベスト8を記念した特別イベントとして、チャンプチャレンジと称した初心者プレイヤー達との対戦バトル企画が開催されたそうだ。
 チャンピオン一人に対して、PvPが可能になったばかりの低レベル挑戦者達が大勢で挑むという物。
 VRMMOを知っているゲーマーならすぐに判るが、高レベルプレイヤーと低レベルプレイヤーではプレイヤースキル云々以前に、ステータスレベルが違いすぎてまともに勝負にはならないのは常識。
 だから対戦というよりも、要はトッププレイヤーの実力やら高レベルの強さを、初心者に肌で知ってもらい、楽しんでもらおうというお遊び企画。 
 しかし、しかしだ、このお遊び企画に参加したとある男女コンビが、空気も読まずガチ戦闘でチャンピオンを翻弄してしまったとのこと。
 その男女コンビは、女が攻撃専門。その相方の男が防御専門という完全分業制で、速度やらパワーで圧倒的に上回るチャンピオンCBの攻撃を、男が防御スキルを使って完封しつつ、女は女で同レベルの攻撃力があれば10回は殺せるほどのコンボを当てつづけるという、一方的展開を最後までし続けたようだ。
 もっとも挑戦者達は初心者ステータスなので彼らの削りよりもCBの自然回復の方が勝り倒せるわけもなく、結果的にはタイムアップで引き分けという形で勝負は終わったとのことだ。
 その記事に付属しているゲーム動画には、勇ましくもウサミミをひるがえし大空を駆け巡る金髪女性キャラと、意地の悪い笑顔を浮かべながら的確に攻撃を弾き続ける腐れ外道な男の、実に息の合ったコンビプレイがこれ見よがしに映っていた。
 そしてその二人の肩には、美貴や金山も実に見覚えのあるKUGCのギルドエンブレムである上岡工科大学の校章が刻み込まれている。


「…………なぁ宮野。まさかと思うけど、これって逆恨みやら復讐って類いか? 西ヶ丘ちゃんがサバパル優勝の時に、うちの所属だってちょっと話題になったよな」


 謎の流れ者に敗北した一流戦士が復讐のために海を渡り新天地に参戦。
 同じ紋章を背負った戦士を見つけ、復讐相手にたどり着くために戦いを開始する。
 金山の言葉で、どこぞの映画のようなあらすじが美貴の頭の中を流れた。


「だぁぁっ!? なにやってくれてんの! あのマスターズは!? アッちゃんはHFGOにリーディアンが潰されたって理由で喧嘩売りにいくってやりかねないし、シンタ先輩の方は話題性になりそうだからって向こうのチャンプ全員を引き込むためにやりかねないし! どっち!?」


 どっちが仕組んだのか、それとも両者の思惑が重なった末に起きたのか。
 どちらかは不明だが、あのクラスの強敵にギルド全体が標的にされたのではたまった物では無い。


「あーもう金山! KUGCギルメン全員に緊急警報! 一流プレイヤーにいきなり喧嘩を売られるかもしれないから警戒しろって!」


「もうやってる。初日からハードモードすぎんぞ」


「うぁ……ご愁傷様。屍は拾ってやるから頑張れ」


「KUGC関係者はランキング入りしても賞金が出ない代わりに、シンタさん相手の給料天引き明細書完全公開イベントがあるから、本気でギルド潰しを仕掛けてきたかも」


「だからってHFGOのトッププレイヤー一本釣りして連れてくる辺り、身内相手でもえげつない真似全開だなあの腐れ外道は」


 美貴の悲鳴混じりの緊急警報をBGMにしながら、他ギルドの情報屋達は自分達のギルマスがあの名物コンビで無くて良かったと、ほっと胸をなで下ろしていた。



[31751] A・B両面 水槽の中と外
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/02/14 21:10
 星域調査クエストとひと言で言っても、クリアまではいくつかのルートがある。
 今回の場合は、居住に適した惑星が存在しない無人星系丸まる1つが調査対象区域。
 恒星はもちろんとして、岩石惑星、ガス惑星、大規模な小惑星帯など、様々な環境が存在する星系の中から、資源採掘に適した場所を探し出すというものだ。
 今回美月がその数多くある選択肢から目星をつけたのは、選択種族であるアクアライドに有利なフィールドである海洋惑星。
 アルファベットと数字のみの無個性な認識番号を持つ調査惑星Evn297は、その全域の99、9%以上が海で覆われた海洋惑星。
 陸地は僅かながら存在するが、それはどれも海底火山の隆起によってできた小島ばかりで、今も活発的に火山活動が行われていて地上施設建築が不可能となっていた。
 しかし推進剤やら燃料としても利用可能な豊富な水と、活発な火山活動で生み出されるレアメタルは採取対象として魅力的で、資源採取惑星としての開発価値は高いと評価されるタイプの惑星だ。
  

『大気圏突入完了。艦外温度変動によるダメージは許容範囲内。着水後各部署ダメージチェックを開始します』


 赤道上から突入回廊でEvn297に降下したマンタは、慣性制御で大きく速度を落としながら大海原にゆっくりと着水する。
 艦外映像が沸き立つ水蒸気で真っ白に染まり、それにともない急速に船体温度が下がっていく。
 急激な温度変化で少しばかり耐久値が削れるが、簡易メンテナンスで復旧可能な軽微な物。
 それよりは今はクリアな情報リンクが可能となるアンテナ群を展開する方が急務だ。 


「アンテナを展開可能になったらすぐに調査モードに移行してください」


『ヤヴォール……ダメージチェック終了。全機能オールグリーン。艦外温度低下。耐熱装甲開放。テールアンテナを展開します』


 マンタ後方に取りつけられた長いテールアンテナの表面装甲の一部が変形して開き、中から無数のバスケットボール大のプローブが放出される。
 プローブは空中、水中に展開しながら、各波長を感知しやすいように加工が施された分子複合体ワイヤーを引き出し、マンタを中心に半径700メートルの巨大なアンテナを形成する。
 尾を中心にアンテナ群を展開したその姿は、無数の小花が伸びた球状の大花のような形となっている。
 これは防御力が激減し、移動力もステルス性能も皆無となるが、探知能力が最大となる、探査船であるマンタが一番能力を発揮する調査モードと呼ばれる形態だ。
 

「全ポッドデータ再リンク。リンク完了後各ポッドはプローブを放出。データ取得をしながらこちらへと移動を開始してください」


 調査モードへの変形が完全終了すると同時に、美月は惑星全体を現した簡易球体図を見ながら、大気圏突入の影響で一時的にリンクが切れていた各ポッド群とのリンク回線を再接続する。
 本来ならば降下後、各ポッドを発艦でもよかったのだが、今回は事情が事情。
 時間節約のために、多少の経費がかさむのは覚悟の上で、惑星降下前に各ポッドは大気圏突入用の使い捨て耐熱耐衝撃フィルターで包んだうえに、電磁射出機能で一足先に調査開始予定ポイントへ送り込んであった。
 これで稼げる時間はせいぜい5分くらいの違いだろうが、その5分が今は貴重だ。


『ポッドより探査プローブ射出。設定領域内での自動探査開始します』


 美月の指示に従い高高度飛行する各ポッドから、複数のプローブが放出される映像がサブウィンドウに映し出される。
 軽量化されたボディをもつ大気圏内用プローブ郡は、落下しながら折りたたまれていた翼を展開して広げる。
 低速滑空状態となったプローブの群れが水面ギリギリを飛んでいく。
 その人造の海鳥たちが電波、音波、重力波の各探査波を発し、その反響波を複合センサーをもつ探査ポッドやテールアンテナが受信。
 受信したデータをマンタのメインコンピューターが解析し、海流や海底地形、埋没している資源の種類や量などを算出していく。
初期艦であるマンタが搭載できるポッドは最大6機。
 そしてそのポッドには、大気圏内用プローブであれば、それぞれ最大で40セットまでが搭載可能となっている。
 これが惑星軌道上からの調査も可能な宇宙空間用プローブとなれば、自力推進機能の増加や調査機器が大型化するので、5セットまでとなってしまう。
 コストはかかるが時間効率の良い降下調査と、コストは安いが時間のかかる軌道上調査。
 この両者を比べて、大気圏離脱の手間とエネルギーが余分にかかるが、母艦であるマンタで惑星大気圏内までわざわざ美月が降下したのは、やはり時間が理由だ。
 計240機のプローブと最大モードで稼働するマンタによる広域調査は、今のところハーフダイブの通常手段で望める最大効率を発揮する。
 しかしそれでもマンタを中心とした3000キロ平方メートル。
 おおよそ関東平野1つ分にも及ぶ広大な範囲で、しかも詳細な調査データとなれば低速飛行にならざる得なく、時間がやはりかかる。
 完了までを表すステータスバーは じりじりと燃える火縄のように徐々に減っていくだけだ。  
 無論美月もただそれを眺めているだけではない。
 PCOも他のゲームと同じように、その行動に関連したスキルレベルやステータス値によって、成功確率や上昇値の上乗せは一定値以上で保証されている。
 それに加えどんな些細な行動であろうともプレイヤーが手をくわえる余地もある。
 デメリットは特になくマイナスが付くこともないが、プラス効果もせいぜい5%から最大でも10%上昇するという物。
 やってもいいし、やらなくても良し。ただ少しだけお得あり。
 要は指示を出した後、ただ時間を潰すのではなくゲーム内ゲーム。
 簡易なミニゲームとして、待ち時間もプレイヤーを楽しませようという仕掛けだ。


「サブシステム起ち上げてください。選択オプションは調査効率上昇で」


 燃料節約。レア資源発見確率上昇。耐久値減少低下。
 いくつか並んだオプション項目の中から美月が選んだのは、もちろん調査時間が短縮される調査効率上昇だ。
 

『ヤヴォール。オプション選択。サブシステムを立ち上げます。ミニクエスト発生』
 
 
 ランダムで選ばれるというミニゲームが選択され、新たに6つのウィンドウが表示される。
 ウィンドウはそれぞれのプローブ群と、その一機一機の配置を表す光点だ。
 各プローブはフラフラと動いているが、それとは別に光点より少し大きい赤線で描かれた固定枠が表示されている。
 ほぼ全ての光点が赤枠の外に飛び出ていたり、赤い線の上やその近くで外れそうになっていた。
 

『フロライン美月。各プローブを操作し、適正点内に留めて陣形を維持してください。効率上昇効果がかかります』
 

 サポートAIの説明と共に、サブウィンドウにミニゲームの詳細が表示される。
 簡単に言ってしまえば、動いて外れそうになる光点を、赤い枠内に指で動かして留めろという簡単なルールだ。
 説明をざっと読んで主旨を理解した美月は、早速両手を伸ばし大きく外れていた光点を本来あるはずの枠の中に放り込んでいく。

 
「っと。この。あっ。っちょっと止まって!? 滑らないで!?」


 簡単かと思っていたがこれが案外に難しい。
 光点それぞれの動きやすさが違っているのか、簡単に動く物もあれば、指を当ててもゆっくりとしか動かない物もある。
 そして重い物は指を外せばすぐに止まるが、簡単に動く物は、美月が指を外してもすぐには止まらずそのまますっと流れて反対側の枠からはみ出してしまう。
 出てしまった物を慌てて直している間も、先ほどまで枠に入ってた物が動いて外に出てしまう。
 それが画面6個分で計240もあるのだ。
 複数の画面を同時に見ながら、せわしなく美月は手を動かしていく。
 短気な者なら、ちょこまかと動く光点に段々と苛々して、終いにはぶち切れて自らの手でぐちゃぐちゃにしてしまうかもしれない。
 だが幸いにも整理整頓を好む美月は、この手の単純作業は嫌いではない。
 むしろ無頓着すぎた父の反動もあってか、少し神経質気味なところもあるので、ちょっとずれている方が気になってしょうが無い。
 悲鳴をあげつつも徐々に集中してきた美月は、苦戦しつつも4割近くの光点を枠の中に押しとどめることに成功していた。
 サブウィンドウに表示される稼働効率上昇率は104.4%。
 こんな簡単なゲームで4%も上がるのかと、苦労しているのに僅か4%しか上がらないと思うかは人それぞれだろう。
 美月はどちらかと言えば前者だ。
 上昇した効率がこうやって数字で表示されているので、目に見えた成果があればやる気が持続できる。
 そのうちに慣れて来たのか、いろいろと考える余裕が出て来た美月は、最初は思うままに動いていたように思えた光点にも一定の法則性がある事に気づく。
 6つの画面に映された光点の中から最初に動き出す画面と、その後から動く画面があり、それぞれ単独の画面内でも、動いていく光点には一定の方向性があるようなのだ。
 何故光点が、プローブが動くのか?
 その答えにすぐに気づいた美月はサポートAIに指示をだす。


「サブクエスト画面に風の予測表示をお願いします。できたら予測を分かり易い形で表示してもらえますか」


『ヤヴォール。気圧情報取得。風向風速予測データを重ねあわせます』


 光点が表示されるサブクエスト画面に重ねあわせるように半透明状の新しいウィンドウが展開され、これから吹くであろう風が矢印の形で表示される。
 そして美月の予測通り、その矢印が当たると光点がゆらりと動き枠外へと出て行きそうになっていた。
 美月が使う大気圏内用プローブは、大量搭載可能で長距離無補給航行が売りの軽量型。
 だがその軽量が逆に今は仇になって簡単に位置がずれているようだ。
 しかし風の予測データを表示したことで美月の負担はグッと減る。
 動きそうな光点と、そうで無い光点が事前にわかるので、全画面をせわしなく見るのは変わらないが、点を動かす腕は必要最小限ですむからだ。
 矢印が当たって動きそうになった瞬間に点を抑え、そのまま枠の中に維持させつつ、空いている指や反対の手で、外れている点を枠内へと放り込んでいく。
 劇的に動きが変わった美月の手に合わせ、稼働効率もぐんぐんと上がっていき108.4%まで上昇する。
 しかしさすがにそれ以上にあげるには手が追いつかない。
 だが美月は無理をしない。
 全部を枠内に留める最高の結果を目指すのではなく、自分の力で可能な最適がこの辺りだと判断し、108%を最低ラインとして維持を目指す。
 もし焦って手の動きが雑になって無事な光点に触ってしまえばずれてしまう。
 そうならないように慎重にそして確実に点を枠内へと留めていく。
 最高ではなく最適を目指す。
 これがゲームに限らず美月の今の基本スタンスだ。
 それは決められた枠内では、最良の結果を生み出す事は出来るだろう。
 しかし逆に言えば枠を越えた結果は、絶対に得られないという事でもある。
 その枠をはみ出す、自分で決めた限界点を自ら破る意思は、今の美月には意識的にも、無意識的にも無い。
 それは失敗を恐れるからだ。
 手に入れた物を無くさないように慎重になるあまり、新しい物へと手を伸ばすことに躊躇する。
 だから美月は今も時間短縮の切り札であるフルダイブや、それ以上の力を発揮する祖霊転身を使えないでいた。
 今使ってしまえば、先に苦労するかも知れない。
 必要な時に使えなくなるかも知れない。
 とある兎娘なら美月の性格をこう例えるだろう。
 エリクサーを惜しんでラスボスまでため込む性格と。
 そんな美月の性格を誰よりも知る者がいる。
 そしてその者を味方にしたGMが、美月が殻を破る、無理をするための切っ掛けを組み込んでいるのは必然。
 だからこれも起こるべくして起きた事態だと知らない美月に1つの緊急連絡が届く。


『フロライン美月。フレンドのミネシ様より緊急通信が届きました』


 ミニゲームに必死な美月の元に届いたのは、プレイヤーネームであるミネシこと峰岸伸吾からの通信要請。
 フレンド設定しているプレイヤーからの連絡は、ステルス状態以外では基本即時接続設定となっていたので、視界の端にまたも新しいウィンドウが立ち上がり通信が接続される。


「ごめん峰岸君。ちょっと待っててもら」


『高山! 西ヶ丘がやばいらしい! そっちに連絡って来てるか!?』


 少し待ってもらおうと思っていた美月だったが、恒星間通信回線が繋がると同時に画面に現れた伸吾は余計な前置きは抜きで簡潔に状況を話し、同時に映像データを送ってくる。
 伸吾が映っていた画面が切り変わる。
 そこには美月が先ほど通り抜けてきた小惑星帯をバックに、スラスターを駆使して逃げる麻紀のホクトと、機敏な動きで小惑星を蹴り進みながらその後を追う人狼型の巨大機動兵器の命がけの鬼ごっこが映っていた。
 巨大人狼ロボットが爪を振るう度に要塞艦の残骸が切り刻まれ、尾を振るう度に小惑星が粉みじんとなる。


「え!? これって!? なんで!?」


『どうしてこうなったかは俺らもわかんねぇ! ただ西ヶ丘も祖霊転身してる状態で、正式オープン後初の祖霊転身対戦ってことで会場でも大きくクローズアップされてる! しかも美貴さんの話じゃ相手が別ゲーの超上級者らしい! さすがに西ヶ丘だから回避してるが、段々読まれてるみたいでやばいぞ!』
         

 伸吾の言う通り逃げ一辺倒の麻紀は何とか直撃を避けているが、徐々にだがその回避速度や回避距離が縮まっている。
 麻紀の相手はアルデニアラミレットの戦闘特化タイプで、しかもプレイヤー自体が麻紀よりも上の腕前。
 そんな相手に麻紀も良く回避している方だが、まともに直撃を受ければ一発轟沈は疑うまでもない。


『俺らも美貴さん達も、ゲーム内の現在地が遠すぎてヘルプはすぐに無理だ。ゲーム内でも死亡って西ヶ丘の場合は精神的にまずいだろ!』


 人の生死に過剰反応する麻紀のことは伸吾達も知っているので、どうにか助太刀しようと考えたようだが、広すぎるPCO内では互いの位置から無理だと判断したようだ。
 現実的に間に合う位置にいるのはゲート1つ分の星系の美月のみ。
 今すぐ調査を止めて、すぐに麻紀の下に向かうべきか?
 麻紀は攻撃は出来無いが、自分はできる。
 あんな動きをする化け物に当てられる自信は無いが、それでもなにもしないよりマシだ。
 しかし……それは麻紀の気持ちを踏みにじる行為。
 麻紀は最悪襲われたとしても足止めすると言っていた。
 それが自分の役目だと。
 実際に麻紀からは救援要請は入っていない。
 麻紀が引きつけてくれている間に自分がすべきは……初めてのクエストを最低レベルでもクリアすること。
 なら悩むまでもない。
 美月は1つ深呼吸してから出すべき指示を声にする。


「フルダイブ用意。フルダイブ後に祖霊転身いきます。水分子機械(ウンディーネ)発動準備」


 今の瞬間まで必死にこなしていたミニゲームをあっさりと消し、美月はフルダイブへと入る準備を始める。
 ハーフダイブ特化機であるGZタイプⅢカスタムでは、フルダイブ時の性能は専用機に多少劣る。
 貴重なフルダイブ時間を消費し、一度使うと回復まで自然回復には時間のかかる祖霊転身も使ってしまう。
 しかもゲーム開始初日でだ。
 だが……それがどうした。
 様々なデメリットを無視しても、今が切り札を切るべき時だと美月の心が訴えていた。
 なら悩むまでもない。
 

『お、おい高山!? 向かうんじゃないのか?』    


「クエストの最低クリアが終わったらすぐいくから。峰岸君それまで相手のデータ収集とか地形データを頼める? あれだけ派手な戦闘やってると私の持ってる星図データとかなり変わってるだろうから」


 道が決まれば後は進むだけ。
 自分がやるべきや知るべき事を頭の中でリストにしながら、美月は意図して作った冷静な声で伸吾に頼みながら、心の中で何度も唱える。
 焦るな。
 失敗はできない。
 最高効率を求めろ。
 自分で自分を追い込むことで美月はより冷静になっていく。
 理路整然とした無感情な自分を頭の中にイメージして、その思考をトレースする。


『……判った。誠司と亮一と手分けして集めるから回線そのまま維持しとけ』


 少し素っ気ない美月の態度にその本気度を感じたのか、伸吾は気を悪くするでも無く快諾すると、画面は麻紀の映像に固定された。
 何時もの自分なら、必死に逃げる麻紀を見ていろいろと焦ったり考えたりするだろうが、今はただ1つしか頭の中にない。
 如何に早くクエストをクリアするか。それだけだ。
 その先を考えるのはその後だ。
 父が亡くなった思ったあの時、唯一の肉親を失って世界が暗闇に包まれたサンクエイクの起きたあの日。
 悲しさや不安で壊れそうになった美月は自己防衛本能からか、感情を押し殺してただただ深く深く目の前のことだけを考えるようにしていた。
 全ての事象を物として捉えて、目の間にある計算式を解くように、日常を淡々と過ごして、感情を覚えないように、悲しみを抱かないようにと先を見ていなかった。
 あの時は必要だったと理解しているが、それでも美月はこの冷静すぎる、そして盲目的な自分があまり好きではない。
 父の死にも泣けず、ひょんなことから知り合って美月を心配してくれた麻紀の気づかいも目に入れずほとんど無視して、ただ淡々と1つのことに集中する自分を。
 しかし己の全てをただ1つに向ける。
 この一点に特化した集中力が、今は必要だ。
 フルダイブに入る前にするべきシート位置の調整や、没入後のコンソール配置を先に終えた美月はシートを倒して横になる。


「フルダイブ開始」


 深く静かに眠るように美月は、仮初めの世界へと沈んでいった。




















『美月様もフルダイブへと移行したようです』


「さすが清吾さん。娘の扱いをよく判ってらっしゃる」


 美月さんに本気を出させたければ、本人を弄るより周りを弄ってやれ。
 リルさんからの報告に、俺は清吾さんから聞き出した美月さんの特徴を思い出す。
 美月さんの場合なんせ父親が、一人娘をほったらかして、単身月にまでくるようなあの学者馬鹿熱血系な清吾さんだ。
 いろいろと思うところはあるようだが根が真面目な上に父親も好きなので、我が儘も言わず、かなり我慢強い性格になってしまったのは致し方ないだろう。
 だから自分のみに起きる理不尽や危機にはじっと耐えて、その状況で選べる無難な道を選んでしまうとのこと。
 そんな美月さんに無茶を、限界を超えさせるには、周りをいじくった方が早いってのは実に的確なアドバイス。
 まぁもっとも、そのアドバイスをされた後に、そこまで娘のことなら判ってるなら、もっと構ってやれよと突っ込んだのは当然だし、そのままてめぇに返すって突っ込み返されたのは必然だったりと思わなくもない。
 

「フルダイブ同士の戦闘が派手で視聴率は上がり傾向と。よしよし。上出来上出来。さすがに旧帝国派の代表格アルデニアラミレットと、革命派の中核ランドピアース。盛り上がりにはことかかねぇな」


 室外機に腰掛けながら複数のウィンドウを弄って銀河中に張り巡らせた仕掛けの成果を確認。
 星系連合内の二大派閥。
 旧帝国派と革命派。
 その仲の悪さは実に溝が深く、先々を考えると修復が難しいにもほどがあるんだが、今はそれが付け込む隙なんで良かったり悪かったりと。
 特にサラスさん達旧銀河帝国親衛隊の出身種族でバリバリの武闘派アルデニアラミレットと、居住惑星を壊され逃げた先でも執拗な攻撃で種族浄化されかけたランドピアースの確執ときたらひどいもんで、連合議会でも角を突き合わせるのが日常茶飯事。
 辺境域じゃ海賊やら、バーサーカー艦に見せかけた小競り合いと笑えないレベルの戦闘さえも時折起こっていたりと泥沼状態。
 例えこれがゲーム世界。しかも辺境の原生生物が作った仮想空間内といえど、各々の種族の特徴や種族名を持つ者同士の戦闘だ。
 あの高慢ち……プライドの高い連中が、その勝負の行方が気にならないはずがない。
 原始文明種族とナチュラルに見下しくださっている高度文明な方々の、プライドを刺激してまずは地球人に興味を持たせる、注目をさせる。
 そのファーストアタックは成功と。
 

「くくっ。いや上手く良きゃいいやと思っていたが、さすがにこうまで見事にはまってくれるとは。さすが麻紀さんに、大佐の娘だわ。しかしエイリアンね。ぷっ! いや確かにあのマントとモノクルは異星センスだな」


 まずはコアプレイヤー同士の戦闘になればといろいろと小細工をかましていたが、そのたらした針にくっついたダボハ、もとい戦闘狂なチェリーブロッサム。
 しかも食いついた先にいたのが麻紀さんなのがナイスだ。
 本名サクラ・チェルシー・オーランドことサクラ嬢のプロフィール画面を見ながら、俺は堪えきれない笑いをこぼして腹を抱える。
 こう言っちゃなんだが、やっぱりあのゲーオタ大佐の娘だけあって一筋縄でいかないにもほどがある。
 まさか全く見当違いの方向からとはいえ、このPCOの裏面の一部を言い当てやがるとは。
 

『三崎様よろしいのですか? サクラ様に我々の事情を看破されかかっているのではないでしょうか?』


「いやー大丈夫ですって。あのお嬢ちゃんにかかっちゃ、そこらを歩いている野良犬もちょっと毛色が違うとエイリアンですから。さすが俺の中でアリスと並ぶくらいアレな趣味と嗜好ですからね。誰も本気にしやしませんよ」


 勘が鋭いんだが、鈍すぎんだかわからないが、全く見当違いかつ大げさに捉えるサクラさんが騒げば騒ぐほどに、真実は闇の中ってか。
 宇宙向けに目立てるキャラ立ちもして、丁度いいカモフラージュになって、その上でVR戦闘だけはピカ一。
 なんつー良い人材。親父さんの大佐もリーディアン時代にはお世話になったが、娘も極上とはやるなあのタフガイ親父。
  

「リルさん。火星の大佐に娘さんの全宇宙デビューを祝って、後でワイルドターキー持ってきますって連絡を頼みます」


『オーランド大佐でしたら既に飲みモードで宴会に入っておりまして今は連絡不可能です。大佐より三崎様への御伝言として『セーゴとアライアンスを組んだから娘との接し方をレクチャーしてやる』と頂いております』


 リルさんはわざわざ大佐の伝言の部分だけ、本人の野太い声の英語訛りの日本語で伝えてきたが、正直あのサクラさんを見ると、そのレクチャーを受け入れた際のエリスの将来に不安を覚えるんだが。


「つーか人が真面目に仕事してるってのに、もう飲んでやがるのかよ。あの親父共は」


『火星ファクトリーの方々を中心にレザーキ博士の植物園で前祝いと称して宴会を開催しておられます』


「それ常設じゃないですか」


 飲むのは嫌いじゃないがあのウワバミどもにつきあってたら、二日酔い、三日酔いは確定で遠慮を願いたい所。
 最近はレザーキ植物園というか、農園やら酒造とでも呼んだ方が合ってる気がしなくもない。
 百華堂用のサトウキビの絞りかすで、火星ラム酒を作るとかいろいろやってるしなあの人ら。
 しかも一番の酒豪が見た目通りな大佐と、物静かな王教授と両極端なあたり、火星ファクトリーは飲める酒の量=立場だったりしないかと本気で疑いたくなる。
 まぁおかげで、ディケライアの酒仙ノープスさんと飲みニュケーションで楽しくやっているんで結果オーライか。


「さて、んじゃ火星に負けず観客様に盛り上がってもらう為にもいろいろ仕掛けてきますか」


 コアプレイヤーらは、それぞれ程度の差はあれど必死だったり、かなり真剣に悩んだりしているのに、その対象共はお気楽極楽なこって。
 もっともそうでも無きゃ、月にまでいったうえに、今の状況も平然と受け入れるような図太い精神は持てないだろう。
 さすが地球文明の最前線を行くフロンティアランナー達と感心しつつ、俺は仮想世界のフロンティアランナー達の活躍を楽しく弄らせて貰う事にした。    



[31751] A・B両面 ラスボスは案外忙しい
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/02/18 22:02
「物理スラスター見た目は最大! 出力押さえられるところまで低下! 重力スラスター最大で逆方向にカウンター!」


 真正面に大きめの小惑星を捉えながら高速接近しつつ、麻紀は即興の欺瞞工作を指示する。
 ホクトの主推進機関は二系統存在する。
 レーザー核融合によって発生したプラズマ粒子を放出する物理スラスター。
 もう一つが重力場発生機関によって艦周囲に発生させた人工重力を用いた重力可変スラスター。
 通常はこの二系統の推進機関は連動して、同方向にその力を働かせる。
 簡単にいってしまえば、重力スラスターで干渉した方向へと落ちながら、物理スラスターでその方向へと後押しをしている。
 他の艦と違い、文字通り物理法則の異なる状況を生み出す二系統の推進機関。
 ホクトが初期艦の中では高速機動艦として呼ばれる理由だ。    
 だが麻紀はあえてその連動機能を解除しトリックの種とする。
 あえてレーザー核融合の効率を落とし発生するプラズマ粒子を減少。
 さらに発生したプラズマ粒子の噴出方向を揃える偏向調整器に手を加え、追跡者側からはプラズマ炎が最大に吹かされたかのように見せかける。
 同時に重力推進機関は出力を最大にしてプラズマ炎と同方向へと重力場を発生させる。
 

『マニュアル外運行により主機関への負荷増大。されど損害軽微。戦闘機動に問題はありません。ビースト1跳躍』


 見た目には長大なプラズマ炎を右舷側に吹かせながら、ホクトは右方向へと横滑りしながら小惑星の表面を舐めるように落ちていく。 
 敵艦である人狼型可変戦艦『ビースト1』は、麻紀のフェイントに見事に騙され、反対の左舷側へと向かって跳躍をしていた。
 その跳躍予測進路を確認し、


「っ! やるわね馬鹿犬!」


 もし左舷側に進んでいたらホクトはあの狼の爪に貫かれていただろう。
 表示された予測線に冷や汗をかきながら、麻紀は己を鼓舞するために声を張り上げた。
 やはり航行可能宙域が限定された小惑星帯での機動性は、敵艦の方が勝る。
 瞬間加速で何とか勝っているから回避もできていたが、そのアドバンテージも徐々に無くなってきていた。
 相手はホクトの飛行航路を予測し先回りをし始めている。
 重力可変による置き石やら、今使ったフェイント等の小細工で何とか凌いでいるが、それでも自力が違う。 


『敵艦急速方向転換。小惑星に降り立ち無理矢理に軌道を変更しました。四肢に軽微なダメージ予測』


 艦外映像を見れば、脚部スラスターを噴射し宙返りをして180°ターンをした人狼ロボットが、分岐点だった小惑星帯に尾を叩きつけ崩して一部を粒子化させ柔らかくする。
 即席のクッションに降り立った人狼は軽微なダメージのみですませ、さらに全スラスター同期をした最大跳躍に繋げ、こちらを即時再追跡し始めていた。
 悔しいがレベルが違う。
 スキル選択、判断力、決断力、そしてVR操作。
 その全てが相手が上回っている。
 逃げに徹しているだけだからここまでしのげている。
 だがそれでも10分。
 たった10分だ。
 10分で麻紀は極限まで追い詰められていた。
 重力フェイントは今のスキル、手持ち装備で思いつけた最後の手。
 麻紀の手元には、これ以上の武器は存在しない。
 トリックやフェイントとは相手が知らぬから最大の力を発揮する。
 相手がその存在を知っている以上、その効果は半減してしまう。
 ましてや相手の自力が段違いで上。
 奇手を連発してどうこうなる相手ではない。
 もし相手が重力変動探知に気をつけていれば、今のスラスターフェイントもすぐにばれていた。   


「航路算出! 先生少しでも時間を稼げそうな場所を見つけて!」


 自分が追い込まれていることを自覚しながら、麻紀はそれでも次の手を指示する。
 散開させているプローブ群にリンク。
 小惑星帯の最新星図を読み込み、少しでも直線が続く航路を選び、敵艦との距離を維持する。
 幸い相手は戦闘特化タイプ。
 戦闘系スキル等は高いが、妨害系はほとんど取得していないのか、最初のジャミング以外に、追加攻撃は無く、プローブ群との短距離通信リンクには支障が無い。
 しかし目と耳が良いからなんとかなっているが、それで麻紀の不安が減るわけではない。
 最初に仕掛けられたチェイサーは、諜報や妨害特化系スキルが高くなければ使えないティア3。
 それは明らかに別の敵対プレイヤーが存在する何よりの証拠だ。
 気にはなる。
 だが今の麻紀にそれをどうこうする余力など無い。
 ただひたすらに逃げて、耐えるだけだ。
 直線を使いながら距離を稼ぎ、その間に生まれた余力で、小細工やフェイントをかましていく。
 だが奇手の連発はやはり、正道には敵わない。
 徐々に徐々にだが回避距離は縮まり、艦を防御する電磁障壁が削られ、装甲の一部にもダメージ判定がでるほどの近距離を、人狼の攻撃が掠めていく。
 掠めるだけでダメージが出るほどの高威力攻撃。
 直撃されたなんて考えたくないが、どうしても脳裏をよぎる。
 そのひるみが影響したのか一瞬麻紀の意思が鈍り、その一瞬は大きな代償となる。
 小惑星を蹴った人狼がまたも大きく尾を振り回し空間を揺らす。
 破滅の流星が、電磁障壁が弱くなっていたホクトの右舷を、今までの攻撃の中でもっとも近距離を通過した瞬間、尾が放つ超振動の共鳴破壊効果によりスラスターの一部が砕けちった。


『右舷第四物理スラスター超振動による衝撃波で破損。稼働効率46%まで低下』


「リペアスキル発動! 緊急修理!」


 仮想のブリッジが激しく揺れるなか、基本修理スキルを選択して、半減した第四スラスターのステータス回復を始める。
 


『緊急修理開始。修理終了まで56秒。修理後の稼働効率は90%となります』 


 即座に修理を開始するが、今のスキルレベルでは最大値までは回復しない。
 その僅かといっても確実に起きた出力低下は、逃げを打つだけの麻紀にとっては大きい。
 傷つけられた足で必死に逃げる獲物に対して、狩人は容赦しない。
 チャージの終わった尾が振られ衝撃波が飛び、その爪で抉られた岩石が高速で迫り、大きく開かれた口蓋に生えた重粒子ビームの牙が電磁障壁の一部をさらに食い破る。
 続けざまの連続攻撃は右舷側へと集中していた。
 麻紀の動きを見て、どこを攻めるのがもっとも効果的か相手は判っているようだ。
 
 
「プラズマ粒子放出最大!」


 急速に増えていく右舷側のダメージを確認しつつ、麻紀は右舷スラスターが排出するプラズマ粒子量を増やし即興の防御壁とする。
 ダメージが積み重なる右舷をあえて酷使したことで少なくないダメージが算出されるが、連続攻撃を仕掛けていた人狼の気勢を削ぐことができた。
 またも積み上げた僅かな時間で、距離を稼ぐ。


「先生! 美月からの連絡は!?」


 後幾度それを繰り返せば良いのかと、麻紀は思わず問いかける。


『ミズ美月よりの通信はありません。予測終了時間まであと6分から10分ほどと推測いたします。相互通信を開始して状況を確認なさいますか? 出力の10%を使いますが星間ネットワーク長距離通信ならば情報リンク可能です』


「却下! その余力はプローブの航路検索に回して! あと10分逃げてやるわよ! もう一回同じ分だけ時間稼ぎするだけでしょ!」


 既に追い詰められている状況で聞かされた絶望的な数字にも怯まず、麻紀はあえて強気の声で答える。
 パーティメンバーである美月の詳細は、ゲート1つ分といっても、初期艦の装備や、今のスキルでは遠距離過ぎて、非通信状態では判らない。
 かろうじてどの星系にいて、無事かどうかが判るだけだ。
 今のホクトには遠距離通信に割り当てるだけの余力は無い。
 それに美月に繋いで催促なんてする気は無い。
 調査中の美月の場所が敵にばれるかもしれないリスクは犯せない。
 第一だ。確認するまでもなく美月なら、あの心優しい親友なら、持てる限りの全力で何とか早く調査を終えようとしているはずだ。
 それに、もし自分がピンチだと知ったら美月のことだ。
 躊躇無く非常手段であるフルダイブや、祖霊転身も使うはず。
 仕方ないとはいえ、初日で自分がそうそうと切り札を使ってしまったのに、美月にまで使わせるわけにはいかない。
 自分達の戦いはまだ始まったばかり。
 最悪自分が落とされても、美月が…… 


「っぁ!?」


 高揚感を感じていた脳に、突如氷の柱が突き刺さったような悪寒を麻紀は覚える。
 何を思った?
 今自分は何を考えた?
 落とされても?
 死亡しても?
 自分はまたしても死を軽く考えてしまうのか?
 死んでしまうのに!?
 麻紀にとって死はトラウマであり罪。
 例えそれがゲームでの死だとしても、自分の罪を思い出し強く刺激するトリガーとなる。
 動悸が乱れ仮想の心臓が激しく鼓動する。
 無数の映像が脳裏をフラッシュバックする。
 

『マーちゃんに死んじゃうヒナの気持ちなんてわからないよ……』


 大粒の涙をこぼした亡き友が最後に告げた別離の言葉が、耳の奥で重い鐘のように何度も響く。
 自分が治してあげる。
 大人になったら絶対。
 そう何度も告げた親友には、母のホスピスに入院していた人達にはその時間さえ無いと知らず。
 ただ無邪気に、無自覚に、何度も傷つけ、絶望させていたと知らずに。
 過去の幻覚に飲まれた時間はほんの一瞬。
 僅かに意識を奪われ、小刻みに行っていた方向転換が少しだけ単調となる。
 普通のプレイヤー相手だったら隙ともいえない僅かな時間。
 だが上級者であろう狩人がその隙を見逃すはずがない。 


『緊急警報! 敵艦急速接近! ランダム回避開始!』


 サポートAIのイシドールス先生が警告メッセージを発しながら、緊急事態でもアクションがない、起こせない、反応できない、プレイヤーに変わり一時的に行う緊急回避行動に入る。
 しかしイシドールス先生と呼ばれるAIが特化した能力は情報分析。
 並のプレイヤー相手ならば十分だろう回避能力も、戦闘特化したプレイヤーとその搭乗艦には敵わない。
 先ほどまで麻紀が見せていたフェイントを入り混ぜた回避と違い、ただ避けるだけの回避行動は人狼を操る敵プレイヤーには良い的だ。
 脚部スラスターを最大稼働させた狩人は、その身が誇る最大の一撃である尾を振りあげた。
 空間を歪ませるほどの超振動が周囲の景色を歪め、高速の流星がホクトの艦体中央へ、


『水分子機(ウンディーネ)コピー1から10電磁射出。分子構造変化。防御スキルアクアスクリーン発動』


 麻紀が待ち望んでいた美月からの通信が、予想外の言葉と共に響く。
 小惑星帯の影から飛び出てきたマンタの射出口から、恒星から光を受けきらりと光る半透明の船体を持つ大気圏内用小型プローブの群れが高速で打ち出される。
 ホクトとビースト1の間に割り込んだ小型プローブは、尾が放つ振動波によりあっさりと瓦解し崩れる。
 しかし微細な水分子によって繋がり構成された機械群は、形が保てなくなっただけで全てが消滅したわけではない。
 アクアライドが持つ基本防御スキルの1つである薄く広がる水の盾となって、人狼の尾を受け止める。
 しかし最低レベルの基本防御スキルは、高威力攻撃の前では薄紙をかざしたような物。
 一瞬で水の膜は破られる。
 だがその一瞬で十分。
 超高速で行われる宇宙戦闘ではその一瞬が値千金の価値をもち、同時に致命的な破滅を招く。
 水分子機械の幕が攻撃を一瞬だけ受け止め、振動を完全に遮断することで、ホクトはその絶望的な断頭台から辛くも脱出する。 
 ホクトに先行して飛行するマンタからは、次々に水でできたプローブが放出されてその後方へと集っていく。


「っ!? み、美月?」


 己の罪悪感が生み出す幻覚に捕らわれかけていた麻紀だったが、その声と立ち上がったウィンドウに現れた仮想世界の親友の姿に我を取り戻す。
 アクアライドの特徴である水色の長髪から突き出た少し尖った耳。
 首の両脇にはえら呼吸が可能なスリットが入れ墨のように走り、民族衣装でもあるゆったりとした専用衣装から伸びた帯が、ヒレを思わせるようにヒラヒラと舞っている。
 そしてその額にはスカイブルーのアクアマリンが青白い光りと共に輝いていた。
 その美月の姿はフルダイブ状態であり、その額のアクアマリンが輝くのはアクアライドの祖霊転身が発動した印だ。


『クエストはクリアしたよ。退避コースはこっちで構築済だから付いてきて』 
   

 無駄が少ない最低限の情報だけを抑揚の少ない声で告げた美月の様子に、麻紀は美月が盲目的な集中状態に入っていることを察する。
 

「あ、ありがとう! 先生。パーティ艦と情報リンク! 航路追従モード!」


 いろいろと聞きたいことがあるが、今の美月は退避のみを考えているので、それを答えることができないと知っている麻紀は、色々な意味を込めた礼だけをいってその後を追った。










「ホクト通過と同時にプローブで網をお願いします」


『ヤヴォール。第3群展開開始。アクアスクリーンへと分子構造変化』


 中型艦のマンタがこの小惑星帯で飛翔できるコースは、小型艦であるホクトより限られている。
 美月がその中で選んだのはとにかく最短距離でこの小惑星帯を突破するコースだ。
 敵プレイヤーである人狼も二人が取るコースを判っているのか、すぐに追跡を開始したが、追いつこうとする度に小惑星帯の影から、水でできたウンディーネと呼ばれる分子コピー機の一群が集結し、その進路を妨害していく。
 その機体は、先ほどと同じく美月が装備していた大気圏用調査プローブ達だ。
 基本的には大気圏内用機体なので、宇宙空間でも使用できると言っても、それはかなりの制限を受けた稚拙な飛行能力しか持たない。
 その乏しい飛行能力を補うために美月は、ただひたすらに数の暴力を使っていた。
 小惑星と小惑星の間の相手が避けられない狭い空間を塞ぐように、コピープローブを展開し網を作り、僅かだが、着実に敵艦を足止めしていく。
 伸吾達が集めてくれた情報から見て判ったのは、やはりこの相手には自分では攻撃を当てることは出来無いという単純な答え。
 だから当てるのではなく、敵が当たるコースしか使えない逃走経路を選ぶという逆転の発想だ。
 アクアライドの使う専用祖霊転身の1つであるウンディーネは、水を元に所有装備を劣化コピーするという、大量の水が必要という制限がかかるが、単純かつ使い方次第では強力な物。
 初期状態である美月が使えるウンディーネは、単機種限定で、同時製作可能なのは劣化状態の300機程度。
 フルダイブによる能力上昇とその数を持って短時間でクエスト調査を終えた美月は、既に2分前にはこの小惑星域に戻っていたが、逃走経路の確保をしつつ罠を張る時間だけ麻紀を囮にするしかなかった。
 死にトラウマを持つ麻紀を囮にした事への罪悪感や、これからの展望を考えれば、普段の美月であれば落ち込んでいただろう。
 だが奥底ではともかく、今はただ逃げに徹するだけの美月に表面上の悩みは無い。
 ぶつけて消費するしか無い即席特攻兵器に使うには、ウンディーネの元である分子機械コアは稀少。
 だがそれでも数は力だ。
 そう割り切りながら美月は逃避を続ける。
 張り巡らした罠を消費しきる頃には、ようやく小惑星の密度が急速に減少し始めてきた。
 古戦場を抜けてさえしまえばこちらの物だ。
 併走状態に入ったホクトが重力スラスターを稼働させ、自艦のみならずマンタの前方にも重力場を作りだす。
 急速に加速度が増しはじめた両艦は小惑星帯を離脱して、安全宙域である非戦闘指定された近場の拠点星系へと繋がる跳躍ゲートへと向かうルートを選ぶ。
 
  

『小惑星帯を突破。最大船速へと移行。敵艦は追跡を諦めたのか離脱コースをとりました』


 全天レーダーに反転して小惑星帯の奥に戻っていく敵プレイヤー艦の姿が映っていた。
 安全になったことで気が抜けたのか、張り詰めていた神経が急速に戻っていく感覚と共に美月は小さく息を吐く。
 それと同時に今の今まで無視していたこれからの展望が美月に重くのし掛かる。


「クエストクリア……でいいのかな」


 どうしても実感が湧かない言葉を美月はこぼす。 
 ゲームスタート直後の初期クエストはクリアは確かにした。
 だが連続クエスト発生に失敗した状態でもらえる報酬は、たかが知れている。
 それに対して損害は、全戦力をほぼ消費する事になった上に、麻紀のホクトは少なくないダメージを負っている。
 少なくともスタートダッシュは完全に失敗している。
 このような状態で、自分は、自分達は、このゲームで目的を果たせるのだろうか。


「……普通の手段じゃ、他の人達と同じ事してたら巻き返せないのかな」


 心地よい温度の水に満たされたマンタのメインブリッジの中。
 戦略の練り直しを余儀なくされた美月の脳裏には、罠だと疑っている招待状の存在がよぎっていた。



















「オッケ。戦闘終了と。まずは引き分けって所か。なかなかやるなあの二人」


 何とか撃沈せずに逃げた両者に俺は満足を覚え笑う。
 元々の才覚もあるんだろうが、あの思い切りの良さと判断は、うちの後輩共の仕込みも多少はあるだろうな。
 何より最低限度とはいえ、互いを信頼して、仕事をしてのけたのが偉い。
 コンビプレイやチームプレイで大事だったり、必要なのはいくつもあるだろうけど、俺が最重要視するのは1つ。
 どこまで任せられるかってのだ。
 どんだけ戦術や戦略を練ったところで、実行する奴が出来無きゃ、無意味に終わるってのは俺がリーディアンの現役時代に学んだこと。
 どいつがどれだけ動けて、何をやれて、何を考えて、どうすれば一番士気が上がるか。
 これらを押さえておけば、細かい指示なんていらない。
 こいつにここを任せておけば何とかしてくれる。
 あいつらなら、上手いことやってくれる。
 MMOはNPCを相手にするゲームじゃない。
 プレイヤー同士が繋がり、対立し、時に協力し、時に競い合っていくゲーム。 
 その一番重要な根っこを知る現役組に、新人プレイヤーの美月さんらの教育を任せて正解だ。
 そしてサクラさん側の方もたいしたもんだ。
 この騒ぎの中で、着実に情報を収集している。


『引き分けでございますか?』


「えぇ。サクラさんの襲撃も何とか凌いで生き残れたのは良い経験だし、こりゃ上出来ですよ」


 相手はHSGOのカリフォルニア州チャンプで世界大会ベスト8のチェリーブロッサムことサクラ嬢ちゃん。
 あの攻撃一辺倒な動きを見る分には余力はたっぷりで様子見だろうってのも含めて半分以上遊びだろうが、それでも撃沈されないだけたいしたもんだ。


『美月様、麻紀様が消費した機材や損傷を考えますと、採算分岐点は大きく下回っておりますが』   
  

「初期クエストで赤字だからってそんな落ち込むことないですよ。新人が最初から完璧狙ってもろくな事は無いですからね。それよか良い経験でしょ。ゲームは始まったばかり。先は長いですよ。若いうちの苦労は買ってでもしろって言うでしょ」


 疑問を浮かべるリルさんの声に俺は笑って返しながら、足元に広がる会場を見渡す。
 会場メインスクリーンの左半分に映るのは、満身創痍の高速艦とその横で肩を並べて飛ぶ魚型の探査艦。
 そして右半分には祖霊転身が切れて元の巡航形態へと逆変形していく可変艦が映し出されている。
 
 
「サクラ嬢ちゃん達にはこれだけ盛り上げてくれたお礼に、新たなミッションでも送りつけときますか。ミッション名『リアルアタッカー』で行きましょう」


 仮想ウィンドウを展開。
 この降って湧いた大戦闘騒ぎの最中、クラッキングをかましているサクラさん方の相方へと逆クラック。
 初の祖霊転身状態のプレイヤー同士の戦闘が行われたときには、会場中のスクリーンを使って大々的に盛り上げるって内部情報を得て、ネットワーク内の情報量が増大し、一時的に監視網が緩むその隙を付いてきたのはお見事のひと言。
 見事に警備を出し抜いて、蒼天内のサーバーへとクラッキングしていた相手に、その報酬として、気づかれないようにしながら美月さん達の個人ファイルが格納された場所へと誘導する。
 個人情報の漏洩ってのは運営としちゃ致命的なミスなんだが、これくらいの無茶をしなきゃこの先の展開を引き出すのは難しい。
 宇宙じゃ犬猿の仲で、仮想世界でも激しい戦闘を繰り広げた種族同士が手を取り合い、極悪非道な外道マスターに挑むっていう、王道展開を狙うにはな。
  
   
「さてと……ついでにデリバリーでも頼んでおきますかね。リルさん。百華堂東京支店のセッさんに連絡して新作菓子の菓子折り1つ頼んでおいてください。ラスボスからの贈り物って事で」


『それでは2つにすることをお勧めいたします。裏ボスのご機嫌伺いをしなければ、ラスボスが叩きのめされかねませんので。緩衝材になっておられた中ボスはしばらくご不在です』


「あー……了解です。しばらくは久しぶりの夫婦水入らずなんでギスギスするのもアレですしね」


 リルさんの忠告に俺はしばらく考えてから頷き返す。
 そういや、おいたをしてくださったうちのお嬢様はしばらくお仕置き部屋行きにしていた。
 創天へと戻るつもりが隔離空間へと飛ばされたエリスにも、真面目にゲームをしてもらわなきゃ、アリスの怒りがこっちにきちまうしな。
     

「んじゃ地球での仕掛けが終わったらエリスの方に行ってからそっちに戻りますよ。そろそろ泣きそうになってるみたいですし。今何が窓の外いるんですか?」


 サブウィンドウに映してみると、その娘様は機械式のウサ耳をびくびくと振るわせて怯えているご様子。
 さて俺が借りているアパートを模した部屋の窓に張り付いて、この様子を見ている生物は一体何だろう?


『野生の忍者です』


「あぁ首切り有りの。そりゃ泣きますね」


 リルさんの説明と共に映ったモンスターの画像に俺は納得する。
 黒装束で身を包んだ忍者の右手には血を垂らす首切り刀、左手には苦悶の表情を浮かべる生首を鷲づかみ。
 さらにはその全身の骨格は歪で、手足は蜘蛛のように折れ曲がった奇怪な動きをして壁を這いずる。
 お前のような忍者がいるかとか、アレは忍者じゃなくゾンビNINJAだとかいろいろ言われていたのを思い出す。
 こいつに限らず、かつてリーディアン内でプレイヤーをトラウマと恐怖の渦に落としいれた数々の凶悪モンスターが溢れている地球に、一人放り出されたエリスはもう半べそだ。 
 基本的に攻めてるときは強いが、守勢に回ると弱いからなエリスは。
 ちょいと荒療治だが地球嫌いを治すには、まずは針を振り切らせてからだな。うん。



[31751] A面 マスターの帰還
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/02/21 20:54
 気の長い真夏の太陽も徐々に沈み始め夕刻の日差しが、一日だけの宇宙港である羽田空港を赤く染める。
 オープン後に公開されたプログラム上では花火大会が19時からの2時間行われ、21時に最終イベントとして停泊している蒼天が出航し、全てのオープニングイベントが終わる手はずとなっている。
さらには花火大会に合わせて本来なら航空機が利用する長大な滑走路や待機場であるエプロンには、今現在急ピッチで、屋台やらビアガーデンやらの来場者歓迎無料夜店の設営が着々と進んでいる。
 これらの夜祭り会場の準備はメイン会場である羽田だけでなく、他会場でも同様に行われているようで、他会場に飛来している蒼天を二回りほど小型化した無人飛行船が撮すカメラ映像を呼び出してみれば、その地方それぞれの特色ある夜店が並んでいく様を見ることができた。
 ゲームのオープニングイベントだというのに、リアルで花火大会と夜祭りというのも、実にミスマッチな気もしなくも無い。
 だがその企画者が日本通というか、日本人より日本文化好きな某兎社長とくれば、その趣味思考を知る面々は誰もが納得だ。
 基本的にイベント好きで派手好き。
 楽しむ為には全力投球。
 それがアリシティア・ディケライアという希代の廃神。
 そんなアリシティアをよく知るKUGCの就活組や、提携ギルドのメイン会場での情報収集組の面々はターミナルビル3階のカフェテラスに休憩がてらに集まり、整備や乗員訓練といった仮想ウィンドウ1つで簡単にできるプレイをしながら別行動をとっていたガチ攻略組達と情報交換をしていた。
 本来ならばそれぞれの得た情報を交換するところだが、最初の話題はいきなり襲撃をかましてきた別ゲームの世界ランカーCBことチェリーブロッサムの事になっていた。


「これ相手。完全に遊んでるよな」


 麻紀との戦闘映像を見て金山直樹は、その攻撃一辺倒の戦闘を見て指摘する。
 麻紀が反撃しない、出来無い所為もあるのだろうが、確かにCBの方も決めきれる場面で攻撃を止めている節が所々に見て取れる。
 あの趣味的な名乗りで彼らも薄々気づいていたが、調べて判ったCBのプレイスタイルは、ひと言で言うならば戦闘狂。
 ともかく戦闘が楽しくて楽しくて仕方ない、生粋のバトルジャンキーと言ったところだ。


「遊びプラス調整じゃないか? ほれ向こうと違って日本だと機能制限がはいるし、HSGOは重力下だけど、PCOだと無重力空間だろ。こんな感じで受ける感覚や、反応速度が違うみたいだな」


 戦闘が行われた小惑星帯と、HSGOの一般フィールドの環境数値を見比べながら小林稔が、その身体感覚の違いや影響を簡易グラフにして現す。
 小林が指摘するとおり、最初は初の無重力戦闘で軌道修正に苦労している様子が少し見えたCBだったが、世界トップゲームのランカーは伊達ではなく、一撃ごとに少しずつ修正をかましていき、最後の方は重力圏内と遜色ない戦闘機動を見せていた。


「りゃー、この適応力はすごいねぇ。いやー初日から難敵登場で困った。困った。いっそ罠を張って誘い出しで落としちゃう?」


「ユリ楽しそうに言わない。第一どこに張るっての。相手の出現パターンすら不明でしょうが。美貴が言ってたけど、今は警戒するしかあたし達の打てる手はないでしょ。一応ギルド掲示板にも警告レポートと一緒に動画をあげとくわね」


 全く困った様子は無く、むしろ楽しそうな笑顔を浮かべている同じくバトルジャンキーな白野百合を睨み付けながら、宗谷唯はCBの動画データやその解析記録を簡潔にまとめ始める。


「唯その動画は提携ギルドの人達にも送っておいて。で、チサトそっちは? HSGOからの刺客はさすがに無しよね?」


 追加で情報の送り先を指定したKUGC先代部長である宮野美貴は、バトンを託した現部長である遠藤千沙登へと確認する。
 初心者組レクチャーがあるのでメイン会場でのんびりモードの就活組や、情報を集めている収集組と違い、ガチ攻略を行っている攻略組は、慣れ親しんだ自室や部室などからプレイ中。
 提携ギルドや募集した有志プレイヤーと一緒に、第一目標として目星をつけていた封鎖領域星系開放への初期攻略クエストを初日から開始している。


『はい。こっちは予定通りハードモードの封鎖領域コーアン星系の外部惑星の衛星前線基地掌握作戦成功です。問題無しですよ』


『いや待てチサ! 問題大有りだろうが! 一応は確保はできましたけど維持が大変です! さっきから無人奪還艦隊がダース単位で襲撃してきて、修繕や回復が追いつかないんで、マジで先輩ら早く来てください!』


 いつも通り子犬チックなのんびり笑顔を浮かべる千沙登がピースサインをしているウィンドウの隣で、その相方で現場の戦闘指揮をしている芝崎太一がヘルプ要請をあげる。
 いきなり攻略は無茶と思えるかも知れないが、オープンβの時はいくら封鎖星系といっても、所詮は最外部惑星の衛星基地。
 さほど高レベルMOBがいるわけでも無く、数を集めての大規模戦闘で余裕を持ちながらレベリングを行うには、なかなかに美味しい狩り場といえていた。
 無論彼らとてオープンβで使えた手が、公式オープンでは通用しない可能性も判っている。
 しかしオープンにあわせて、βと同じ難易度のノーマルと、それより手強いハードモードという二面世界なんて常識外の手を打ってきた運営に対し、巫山戯んなという対抗心やら、俺らならいけるんじゃないかと歴戦のゲーマー魂に火が付いた所為か、初日からの大攻勢となっていた。
 実際に数百人ものプレイヤー達と、その搭乗艦が集結しての一大攻勢は、無人バーサーカー艦隊との大戦闘を何とかプレイヤー側が押し込んで、オープンβの時と同じく最外部惑星の衛星基地を掌握するところまでは成功している。
 しかしその後は、オープンβの時と違い、内部星系から雲霞のごとく湧いてくる無人艦隊との、終わりなき死闘を演じる羽目になっていた。
 難易度が上がる代わりに熟練度も上昇しやすいハードモードなので、ごりごりとスキルレベルは上がっていくが、同時に資材とプレイヤーの忍耐力も削られていく状況だ。
 今は初期艦に輸送艦を選択したプレイヤー達によるピストン輸送で奪取した前線基地への補給線を無理矢理に繋いで、何とか凌いで一進一退の攻防を続けている。
 しかしいつまで続くか判らない上に、制限があるので無闇にフルダイブや祖霊転身もできず、決め手に欠ける消耗戦が続いていた。
 だがメイン会場や、他のリアル会場に情報収集で散っているギルドメンバーも多い。
 彼らが攻略に参戦すればこの状況は覆せるはず……だったが、
 
  
「あーわりぃ太一。このあとは花火を見ながら飲む予定になったんで、ヘルプは最短で明日の昼過ぎだ。そこまで何とか凌げ。他会場のユウトラやノブさんらも、ただ酒ならとことん飲むって話だから遅れる」


「うむカナの言う通り。ただ酒と聞いて飲まないわけにはいかんだろ。それに就活組の俺達は既に一度は現役を退こうとした身。ここは若い力を信じその奮闘を見守るのも歴戦のゲーマーとしての勤めだ」


 サークル一の酒豪として他の追随を許さない小林は、金山の発言に頷きもっともらしいことを言いつつも、既にその興味は出てくる酒の種類に移っているようで、屋台の配置チェックに余念が無い。


「ちなみにあたし達だけじゃなくて、FPJ、餓狼、イロハに弾丸特急のマスターも参加が遅くなるか、下手したらいけないかもって。こっちで打ち上げもあるけど、いろいろ後片付けやら締め切りなんかあるって話よ」


「ごめんねぇチーちゃん。タイくん。花火大会中はゲーム内は火力と回復力1.5倍らしいから二人ともガンバ♪」


「お土産も有りだっていうから後で部室に持ってってあげる。チサトはリクエストあったら纏めといて」


 後輩からの必死の要請に対して、唯や百合のみならず美貴さえも軽いエールで返す。
 花火を見ながらビール片手に屋台料理を楽しむ。
 夏の風物詩として実に魅力的で、しかもいくら飲み食いしても運営持ちで全て無料。
 この誘惑にはさすがのゲーマー達でも逆らえる者は少数派だった。
 さらに言えば大鳥や井戸野などの社会人マスター組は、リアル事情もあり、そうそう長時間にわたる攻防戦には付き合える状況ではないようだ。


『ちょ! 先輩らマジですか?!』


『りょーかいです! 美貴先輩! 林檎飴あったらお願いします! あ、タイちゃん第14Waveスタートだって! じゃあ前線に戻りますね!』


 絶望的な顔を浮かべる太一とは対照的に、圧倒的に不利な状況であろうともゲームを楽しんでいるのが一目で判るチサトは、敵艦隊再来にもニコニコとした笑顔をうかべ、再開した攻防戦に向けゲームプレイへと戻っていった。


「チサトは消耗戦だろうと負け戦だろうとゲームを心底楽しんでるわね。美貴。ナイス後継者選択」


「あの辺りの脳天気さがチサトを選んだ理由だからね。ほんと面倒事ばかりで厭になるから」


 大学ゲーム愛好会としての本来の意味でのKUGCの場合、部長職引き継ぎは、基本的に拒否権無しの先代部長からの指名が伝統となっている。
 OBからの無茶ぶりや事務からの呼び出し対応やら、文化サークル連合会議への顔出し、学祭時には他サークルとの諸々の折衝が部長の主な仕事。
 要はメリットほぼ皆無で、面倒事が増えるだけで誰もやりたがらないので、いつの間にやら伝統という名の強制指名制度が確立していた。


「美月ちゃん達に半分でも分けてあげたいわ。真面目に考えすぎてパンク状態みたい。休憩もそこそこにまたプレイに戻ったけど、正直修繕、補給系ならコンソール1つで十分だと思うんだけどね」


 CBの襲撃を喰らって予想外の資材消費をした上にスタートダッシュに失敗した美月はどう巻き返しをすれば良いかと頭を悩ませており、先ほど軽い食事補給を済ませて、情報収集もそこそこにプレイに戻っている。


「戦闘系なら手助けしてあげたいけど直接手伝いは禁止。うちらは情報提供やらアドバイスのみだからね。就活のルールに壁禁止って書かれる時代になるとは」

 
 取りだした書類に細々と書かれた注意書きを見て、唯が乾いた笑いを浮かべる。
 就活でゲームを攻略する羽目になったと聞いたなら、一年前なら冗談でしょと笑い飛ばしていただろうが、それが今の彼らの現実だ。 


「そ-いや美貴ちゃん。リアルはチーちゃんで良かったけど、こっちはどうする?」


 PCOのロゴマークを指した百合が、ゲーム内のKUGCを誰が纏めるかと指摘する。
こちらのトップはリーディアン時代は三崎からアリシティアへバトンタッチ後は、ゲーム終了まで副マスにユッコこと三島由希子と不動の体制が続いていた。
 こちらはリアルと違い結局はゲームなので、絶対的な義務や責任がある訳ではないがギルマスには入会申請に対する許可や、取得可能なギルドスキルを選択する以外にも、何よりも他者へとギルドの雰囲気や印象を象徴する存在だから必要なのは確かだ。 


「アッちゃんの事だから、本人は何とかしてゲームに参加するつもりだろうけど、立場上ゲーム内情報を全部を知れるから、そんな情報チートをあのシンタ先輩が許すわけないって」


「だからってユッコさんはリーディアンの時と同じく一応は外部扱いのデザイナー協力だからプレイヤー参加はいいかもしれないけど、リアルが忙しい人だから、マスターを任せるのはさすがに申し訳ないわよ」


「それにギルドつっても、今回は情報共有がメイン目的だから勝手が違うぞ」


 今回のゲームPCOにおいては、情報共有グループネットワークがギルドとなる。
 多種多様な情報がステータスやイベントフラグに関係するPCOにおいては、ギルドに所属し、情報を共有し多く取得する事が、攻略への基本行動といえる。
 初期ギルドは、所属プレイヤー数や情報共有深度、共有可能機密レベルに制限有りなので、これらをギルドスキルで開放したりレベルアップさせていく必要がある。
   

「まぁ、そこらはおいおい自然と決まってくでしょ。ほらシンタ先輩の後のアッちゃんだって、うちの学生じゃなかったけど、誰からも反対は無かったでしょ。なるべき人がなるでしょ。うちの場合」


「シンタ先輩とコンビ組んでったってのが無くても、アッちゃんクラスの高接続と、廃神ぶり見れば他にいないよね」


「アリスさんレベルのがそうそういたら困るけどな。俺は未だにニュースで見る女社長とうちのマスターが一致しないからな」


 金髪碧眼の兎娘と、茶褐色髪の若い美女社長。
 リーディアン時代とリアルの2つのアリシティアの姿を見比べた金山のぼやきに誰もが無言で頷く。
 知識としてはアリシティアがディケライア社を率いる若き女社長だというのはもちろん彼らも判っている。
 しかしだ復帰報告以来、暇を見てはギルド掲示板に顔を出しているアリシティアといえばリーディアン時代と変わらぬ、やたらとマニアックな言動をしている。
 そんな戦隊シリーズ1世紀全主題歌熱唱スキル持ちの重度なマニアと、各国の首脳陣やら世界的企業相手に終始余裕ある笑みで交渉をしていくやり手女社長を、重ねあわせろは無茶も良いところだ。


「今日も来てはいるけど、あの大きい飛行船でお偉いさんに挨拶やら顔あわせだしね。当てが外れたかもね」


 メイン会場に美貴達がわざわざ来たのは、なにも興味本位だけではない。
 ここならアリシティア本人にリアルで会えるかもしれないからというのも大きい。
 なにせ大学のOBである三崎とは違い、アリシティアとはVR世界で出会い、ずっと過ごしてきた関係で、オフ会にも顔を出さなかったのでリアルで会ったことは一度も無い。
 しかもリーディアン終了時に音信不通となり、その度が外れた廃神ぶりにゲーム終了に絶望して自殺したなんて笑えない冗談さえ流れた始末だ。


「今や飛ぶ鳥を落とす勢いのディケライアの女社長。VRならともかくリアルじゃ簡単に会えなくても仕方ないだろ」 


 そんなアリシティアが予告も無くパートナーである三崎と共に新規VRMMOゲームを発表。
 さらには困窮した日本VR業界全体の巻き返しを図り、あげくの果てには世界的大異変であるサンクエイクにも、強引だが手早い手で対抗策を打ち出し、情報通信界にとって救世の女神扱いされる。
     

「本当うちのマスターズは次は何やらかしてくれるんだか。今回の件もそうだけど驚かせるのは止めて欲しいわよ。ったく。言いたい事ばかり増えてくんだけど」
  

 CBの襲撃にもあの二人が絡んでいるのはまず間違いない。
 面と向かって言いたい文句がまた1つ増えたと美貴がぼやいていると、急にカフェテラスの入り口辺りからざわめきが聞こえて来た。


「ん。何の騒……アッちゃん!? それにユッコさんや戸羽さん達まで!?」 
  

 何事かと目を向けてみると、件のアリシティア・ディケライアが三島由希子や、他の提携ギルドのマスター達と一緒に連れだってこちらへと歩いてきているところだった。
 最近よくニュースで見る大人びたにこやかな笑みを浮かべるアリシティアの姿は夕日に照らされ、その美女ぶりもあってか思わず息を呑む美しさだ。
 ただ1つ違和感があるのは、アリシティアとユッコがなぜか雨も降ってないのに雨合羽のような奇妙な恰好をしていることだろうか。
 そんなアリシティアは美貴達のいるテーブルの側まで来て立ち止まると、


「いくよユッコさん! ホウさんスタンバイ! ロイド撮影準備! サカガミンとセッちゃんはスモーク&風タイミング合わせよろしく!」


 その淑女の仮面を脱ぎ捨て子供っぽい楽しげな笑みを浮かべると、弾んだ声で周囲に指示を出す。
 

「了解ですマスター」


 アリシティアの横にユッコがすらりと並び、


「あいよ『プログラムドライブ』っでいいんだよなかけ声? んじゃプログラムドライブっと」


 意味が判らないがアリシティアの指示に従い、かけ声と共にわざわざ映像共有設定で可視化し拡大した仮想コンソールのエンターキーに鳳凰が拳を叩きつけ、


「俺は雑誌編集でカメラマンじゃねぇから出来具合に期待すんなよ」


 アリシティア達の真正面に移動したロイドが業務用カメラを構え、


「承知! 見よ我が狐忍法! 火力多めスモーク!」


 狐面を斜めに被るサカガミがその和風美人に似合わぬにんまりとした笑顔共に、火をつけた煙玉と爆竹を派手にばらまき、


「ばっ!? 美琴! 爆竹混ぜるな! あーもう! いくら知り合いの店だからって私まで怒られるでしょ!?」


 予定外の爆竹追加に半切れで怒鳴りながらも真面目な刹那が手持ちの送風機でスタンバイ位置にはいる。
 簡単な打ち合わせのみでリハーサルは無しだというのに、長年同盟を組んできたギルドマスター達により息の合った連携により、その変身は成立する。
 ぶわっと巻き起こった煙幕がアリシティアとユッコの姿を薄く覆う。
 その煙の中バチバチと派手な音を奏で爆ぜる爆竹をBGM代わりに、アリシティア達が纏う雨合羽が変形を開始する。
 それはオープン直前にメインステージで見たショーと同じ物だと美貴達が気づくと同時に変形は完了。
 送風機により煙幕は拡散される中、そこにはさっきまでとは全く違い、そして懐かしい服装、いや装備を身につけるアリシティアとユッコの姿があった。
 すらりと立つアリシティアが身に纏うのは、キラキラとした黄金色に輝く西洋風鎧。
 レアモンスターだったアルドドラゴンを千匹討伐して1つ出るか出ないかという黄金龍鱗を10枚必要とした廃神御用達。高防御&確率自動魔法反射スキル付属の廃装備『夜明けの黄金龍』
 そしてその横で控えるユッコが纏うのは、白銀の刺繍が施され宵闇よりも暗い暗褐色の丈の長い黒ローブ。
 同じくレアモンスター産レアドロップを必要とする代わりに、詠唱短縮、MP増加効果を持つ廃装備『混沌たる闇衣』
 どちらも二人がリーディアン時代に最終装備とした懐かしくも見慣れた恰好だ。
 いきなりの展開に、アリシティア達を知る美貴達関係者のみならず、たまたまカフェで休憩中だったほかのプレイヤーや、店員達も唖然と固まるなか、アリシティアがその茶褐色の髪を右手で跳ね上げる。
 手で払いあげられた髪の一部には根元に機具が付いていて、ウサミミのような形状で一瞬だが空中で止まり、


「親愛なるギルメン達! そして血の誓いを交わした盟友達よ! 私は帰ってきた!」


 アリシティアは高く響く声と共に再会の挨拶を高らかに歌い上げる。
 その顔は実に嬉しそうであり、そして先ほどまでの美女どこに消えたという子供っぽい物だ。
 アリシティアの奇行には慣れている美貴達もつい言葉を失っていると、


「帰還挨拶終了! ごめんユッコさん戻るね! ホウさん達もありがと! じゃあみんなもこの後花火とかいろいろやるから楽しんでってね♪」


 満面の笑みを浮かべたアリシティアはユッコ達に頭を下げて礼をいうと、美貴達の顔を懐かしそうに、しかし手早く見渡してから踵を返し、テラスの出口へと向かって走り出した……あの見事な造形かつ、リアルでは動きにくいことこの上ないごてごてした装飾つきの鎧姿のままで。


「ヘッ!? ち、ちょっとアッちゃん!?」 


「ごめんミッちゃん! 抜け出してきただけですぐ戻らないといけないから! 深夜に掲示板でき…」


 一方的にやりたいことだけやってのけてそのまま去ろうとしたアリシティアに、美貴が呼びかけるが、その本人はあの恰好でよく出せると思わず感心するような全力疾走であっという間に消えてしまった。
 一瞬の早業と展開に、誰もが理解が追いつかない。


「あ、あの柊さん今のって……ディケライアの社長さん……よね?」


 こんな公衆の場で迷惑も良いところなゲリライベントに、普通なら怒るはずの店員達もそのメンバーの中に、今回のイベントを仕掛けた主催者の一人がいたことで判断に困っているようだ。


「すみません。本当にすみません! ほら美琴! あんたもこっち来なさいよ! 煙だけでも大迷惑なのに! 爆竹は使うなっていったでしょうが!」


 顔見知りらしいカフェテラスの店長に何度も頭を下げる刹那の声が響く。


「えー。だって煙と爆音はセットってのが戦隊あいた!?」


「泣くまで殴るわよこの馬鹿!」


「うー、そう言ってすぐ殴る。アッちゃんの復帰祝いなんだから派手にしただ、うぁ切れた!?」


 拳骨を落とされ不満顔の美琴の文句に、無言になった戸羽が右手を上げて顔の前で強く握り拳を作って見せる。
 それは戸羽がゲーム内で見せる本気戦闘の前の癖だとしる美琴は、さすがにまずいと思ったのか顔を青ざめさせて後ずさる。
 どうやらオープンイベントの寸劇でただでさえ限界に来ていたストレスが、今の一言であふれ出したようで、ストレス解消モードの大暴れ状態に入ったようだ。 


「だぁ! ま、待て! 柊! リアルでいきなり餓狼モードになるな! 餓狼関係者! 柊止めろ!」 


「うっさい放せ! この馬鹿狐は一度噛み殺してやらないといつまでも反省しないでしょうが!」


 慌てて止めに入った井戸野が、背後から戸羽を羽交い締めにするが、ものすごい力で拘束を解こうとするので、この場にいる戸羽を知る餓狼ギルドの関係者達も急いで宥めに走るはめとなった。


「ふふ。やはりマスターさん達が揃うと賑やかですね。そうだ鳳凰さん。こちらの生地を今度は私の所で使わせてもらいたいので、打ち合わせに一席を設けさせていただいても良いかしら?」


 そんな大騒ぎを見ても不動の副マスと異名を持つ由希子は、庭でじゃれる孫達を見るような優しい目で楽しげに微笑みながら、色や形だけで無く堅さまで可変する生地にデザイナーとしての感性が刺激でもされたのか、開発者である大鳥に商談を持ちかけている。


「願ったり叶ったりなんでこちらから頼みたいくらいですけど、耐久性があまり無いからショー用限定になると思いますよ。あと……そっちの連中に今のを説明してやった方が良いんじゃ無いですか? まだ固まってますよ」


「あ、そ、そうですよ! ユッコさん今のって一体どういう事ですか!?」


 大鳥の言葉にようやく我に戻ったメンバーの中から美貴が代表して問いかけると、ユッコはゲーム内と変わらない笑みを浮かべる。


「どういう事もなにも見たままですよ。お仕事が忙しくて、せっかくのリアルでもみんなに会う時間も全然取れないので、せめて帰ってきた挨拶だけでもというのでアリスちゃんのご希望に合わせてみました」


「シンタの奴に仕事をいろいろ詰め込まれて刹那ほどじゃないにもストレス溜まってたみたいだ。昼のイベントをみてこれを使った復帰挨拶を考えたみたいで、10分だけトイレ休憩時間名目で抜けるから協力してくれって泣き付かれたんだよ」 


「私も花火大会に合わせた浴衣レンタルの準備が終わって少し手が空いてましたし、便乗させていただきました。ふふ。リアルでこのローブを身に纏う日がくるなんて嬉しい誤算ですね。実にうちのマスターさんらしいご挨拶でした」


 よほどこの衣装が気に入ったのか何度もさわり心地を楽しんでいる由希子の言葉に誰もが納得してしまう。
 らしい。確かにらしすぎる。この短時間で見せる濃さとネタの深さは実にあのアリシティアらしいと。


「……なあ宮野」


 深く息を吐いた金山が達観した表情を浮かべている。


「何?」


「さっきの発言訂正する。今のでアリスさんとアリシティア社長が完全に融合した」


「あーあれ見させられたらそうなるね。妥当だねぇ」


「経済記事のトップを飾る美女社長の中身アレだって詐欺だ。男だったら見た目に騙されるだろ」


「しかしあのアッちゃんの後を継ぐマスターね。適任者いるんだか。美貴しばらく保留でいいんじゃない?」


 金山の苦笑混じりの言葉に、周囲も頷いている。
 今の言動を見て納得してしまうのだから仕方ない。
 アレこそが自分達のマスターであるアリシティア・ディケライアなのだと、魂まで納得するのだから。


「ほんとうちのマスターだけは何やってくれるか、いつまでたっても判らないんだから。これから先も楽しめそうで何よりね」


 ただ集まりワイワイやる。
 たまに予想外の事も起こるが、そのおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎこそが自分達のギルドの売りであり特色。
 自分達の基盤をしっかりと踏みしめた感触をこの上なく味わった美貴は、笑うしかなかった。



[31751] B面 花火の元の決意(加糖版)
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/03/11 00:00
 海上に張り出した形で建設された第三ターミナルの屋上となりゃ、夜ともなれば海風で少しは涼しくなるかと思っていたが、案外そうでも無い。
 考えてみりゃ空港付近にあるのはコンクリート製の建物ばかり。
 昼間にばっちりと吸収した熱を夜まで保ってるんだから、そら暑いはずだ。
 もっとも地球の全環境は今現在は偽り。
 この偽物の夜空の外に鎮座するディケライア本社でもある恒星系級改造艦創天とそのメインAIであるリルさんの管理下。
 この辺り一帯の外気温だけ下げてくれと頼めば、二つ返事でやってくれそうな気もするが、まぁこの暑さを楽しむのも夏文化の一つって事で我慢だ。
 実際に監視カメラの画像や、足元を見下ろしてみりゃ、このクソ暑い中でも夜店は大盛況で、お客様は大満足でお楽しみの様子。
 あとこの暑さのおかげで、うちのバカ野郎に対する怒りが適度に持続できるってのもいいな。
 ダラダラと流れる汗を時折ぬぐいながら、次々に海上に打ち上がる大輪の華を特等席で撮影して、せっせと恒星間ネットワークに流していく。
 夏の風物詩を見ながらとくりゃビールの一つでも欲しい所だが、あいにく今は仕事中。
 それにこの後の事を考えると、飲みながらって訳にもいかない。
 ふつふつと湧いてくる感情をとりあえずは抑えつつ、真面目にコンソールを叩き、銀河各地の情報を元に、今日の仕掛けの成果と大まかな状況を確認していく。
 革命派と旧帝国派の二大勢力への仕掛けは概ね良好。
 ただ地球人人類への誤解がちょっと生じているのが計算外……サクラさんのアレな言動は極々稀な特殊例だっての。
 帝国最後の実験生物=戦闘特化種族と思っている輩がご愛敬ってか。
 んな誤解を払拭するにゃ、いろいろ文化面で押していく方が良いが、手っ取り早い戦闘クエストと違い、建築やら地形改善などの芸術文化系クエストの成果は、まだまだ出てくるのが先。
 仕掛けをいくつも埋没させて、地球文化の多様性を一気に花咲かせるためにも今はひたすら下準備だ。


『三崎様。いくつかの惑星政府から、花火本体やその技術を持ち込めないかという打診が水面下で来ております。主に光りや音の刺激を好んだり必須とする種族の方々で、花火を新たな食料品や嗜好品として捉えたのか、心が引かれているようです』


 その一環である俺が流している映像に、早速食いついてきた人達がいると、リルさんが知らせてくれる。
 そう。こんな風に新しい物がアレばすぐに反応するくらいには、停滞した銀河文明に飽きている連中が多い。
 それが俺にとっては、つけ込む隙になるんだが、そう上手くいかない理由もあるわけで、


「あー……さすがに現状で現物の輸出は。惑星環境保全法で煙やら音ってどうですか?」


『大気汚染への影響は微々たる物ですが、大抵の惑星への持ち込みが禁止となります。また破壊力も低度ですが、極めて原始的な構造で誘爆の危険性も高いため、輸出、運搬などの各種法律にも違反するというのがローバー専務のご見解です。過去には地球の花火と似たような構造物を打ち上げる風習を持つ星もありましたが、火薬類の製造及び技術の民間伝承が禁止されロストテクノロジーとなっている星間文明も多々見受けられるそうです』


「まぁ予想はしてましたが……勿体ない事してるな」


 有人惑星の環境保全に関しちゃ、地球より遥かに五月蠅く厳しい星連所属惑星じゃ、花火大会すらも簡単に出来無いって辺りが、今のがちがちに固い銀河の状況を現す一例だと思う。
 もっとも、銀河全域を巻き込んだ大戦で、有人無人を問わず何万もの星が破壊されたり、住めなくなったりと、甚大な被害が実際に発生していた時代を、知識としてしか知らない俺が偉そうにどうこういえる話でも無いとは思う。
 過剰なほどの惑星環境保全法が生まれ、大規模広域戦争やその原因となったAIや兵器群に対する禁忌がすり込まれるのも、それだけの事があった何よりの証拠だろう。
 しかし、だからといって元々人口が多かった星は特例として許されても、新規居住惑星に登録住民数許可が、最大でも一億を越えない辺りは、どうなんだろうと思ったりもする。
 文化的な問題以外にもそんながんじがらめに縛り付ければ、銀河全体で新規の惑星居住権が高騰するのは当たり前。
 だったら不老不死になってるんだし、子供も産まなくていいやってなる奴が続出するし、代わり映えしない人生に飽きたからって、肉体新生、記憶消去でリバイバル人生を送る奴が増えれば、文化的にも停滞し始めるって話だ。
 一般庶民は現状に不満はありながら、それを誤魔化して満足していると思っている奴が大半。
 大抵はその星系からも出ずに、記憶を消して、最初から人生を謳歌する。
 だけど状況は変わらないのだがら結局似たような人生を送る。
 だから何も新しい物が生まれず、唯々どこかで見たような風景を繰り返す。
 それが今の天の川銀河全域で起きている文化的袋小路。
 心の中で新しい物を求めている者は多いが、忘却して新鮮な気持ちを取り戻す事で凌ぐ。
 こんな状況に危機感を持っている奴や、状況を変えようとしている連中もいるが、先の銀河大戦の因縁なんかもあって、そいつらも一枚岩じゃないから、思惑は噛み合わず力の向かう先はずれて、あちらこちらでの小競り合い程度になっちまう。
 固まって閉塞した銀河の星々。
 それを大きく変えるには、それだけの力と熱がいるって話だ。
 その力と熱を持って、認識を変える。
 今では無く、先を見る。
 誰かが与えてくれるのでは無く、自分で掴む。掴みにいく。
 現状に満足するんじゃ無くて、常に新しい物へと興味を持ち、がむしゃらに突き進む。
 一人二人じゃ無い、この銀河に住む全員をそんな風に変えなきゃ、銀河の閉塞なんぞ抜け出せないって話だ。
 そして停滞を抜けたその先に俺達が目指す、グランドクリアへのルートが開かれるはずだ。


「リルさん。花火職人の爺様やら一団って確か復活していましたよね?」


 今はロックされている手でも、先を見据え動く。
 今は無駄になろうが、後で使えるように持っていけばいいだけだ。
 その為に日本のみならず、全世界から特殊技能を持った職人連中でお亡くなりになった方々を口説きまくっている次第。
 手持ち資源でやり繰りするのは、シミュレーションゲーム初期最大の楽しみってか。


『はい。老衰でお亡くなりになったご年配の花火職人の方々と、地球時間の4ヶ月前に花火工場漏電爆発事故でお亡くなりになった若い職人の方々の肉体再生と精神ケアが終わっておられます。皆様、すぐにでもチームとして動けるように意思疎通は完了しておられます』 


 頭と手は揃っている。
 しかし普通の惑星じゃ花火を作成できないってなら、普通じゃ無いところを使うだけだ。
 学術研究のためならば多少の無茶やら、規制を乗り切れる特例が出るってのは、地球も宇宙も変わらず。
 うちの馬鹿野郎も最初はその手でリーディアンに乗り込んで来やがった辺り、俺が思っている以上に、潜在的には文化閉塞に危機感を持っている連中が多いって事だろうか。
 

「星連アカデミア所属の各惑星大学で古代文化、技術の研究をしている先生らに連絡をお願いします。古代火薬文化共同研究講座を新規開催しませんかって? それと接触のあった惑星政府に資金援助やらVR講座受講生の募集打診。あと並行して特殊空間設定のできる実験無人惑星での現物実験を行う許可申請もできるかの確認をお願いします」


 まずは銀河では最低レベル扱いされるが仮想物で客寄せして、さらに仮想で満足できずに、リアルを求める流れを作る。
 攻略ルートをいくつも作成し、それをお客様が進むために、整地し、ヒントを作り、さらに別ルートへと繋げていく。
 人脈こそが俺にとって最大の力。
 俺達が望む道を進むために、まずは誰かに満足し幸せになってもらう。
 言い方は悪いが、恩を売って、利を得るって奴。
 しかしこれをやるには複雑怪奇な銀河法やら、いろいろと厄介な力関係が存在するので根回しは十分かつ、下準備のための下準備のさらに下準備ともいくつもやらなきゃならないのが、俺が忙しい原因の1つだ。 


『かしこまりました。関係各所に新規プロジェクトの素案を通達。検討後修正を施します』


 俺の計画案に沿ってリルさんが、各種部門や関係法律調査へのプロジェクト素案を組み上げ始める。
 こいつの成果が出るのはいつになるかは、まだ予測はできないが、上手く育てて、苦労に見合う収穫を得てやろう。


『三崎様。アリシティア様が屋上へと参られました。こちらの立入禁止区画へとご案内いたします』


「ははっ。来ましたか。今の最優先事項が」


 やることはいくつもあるし、やらなきゃなら無い事もいくつかある。
 そんなクソ忙しい中でも、最優先になるんだから、感謝して覚悟決めろよこの馬鹿野郎が。
 アリスの好奇心の強さや、仲間思いな所は長所だと認めてやろう。
 しかし、しかしだ……だからといって好奇心旺盛で新しいことや興味深いことに何でも手を出してみりゃいいって問題でも無い。
 そう、最低限、最低限でいい。人様の迷惑を考えろって話な訳で、


「お待たせシンタ! どうこれ! ユッコさんデザインの新作浴みぎゃっ!?」


 相棒にしてうちの嫁が屋上に現れた瞬間に、その勝ち誇ったどや顔にアイアンクローをぶち込み締め上げる。
 この日の為にユッコさんが用意したという新作浴衣の柄は、俺の勝負ネクタイと同じ兎とディスプレイが紋章風にあしらわれた物。
 世界の三島由希子デザイン。しかも一点物というレアすぎる装備を身につけたアリスの顔面を親指と中指でこめかみを掴みながら、人指し指で左右のウサ髪の中央を押さえる。
 するとアリスはクリティカル攻撃を食らったコカトリスのような悲鳴をあげた。


「どこの世界に公衆の場で、煙玉と爆竹を使ったゲリライベントしかける主催者がいる。このアホ兎が」


 アリス曰く、ウサミミの根元は感覚が集中していて、俺に優しくなでられると足腰の力が抜けるほど気持ちいいけど、強く押されると刺激が強すぎてすごく痛いとのこと。
 大分前にいちゃついてたときは、反応がおもしろエロくつい調子に乗っていじくった所為で、アリスが二、三日まともに動けなくなったんで封印していた秘技を開放。


「シ、シンタ、そ、そこ、にぎゃっ!? ら、らめ! ひやっ!?」


 強い刺激で力が抜けたアリスがへたり込むが、構わず攻撃続行。
 

「もうちっと常識と良識と認識をもてって、何時も言ってんだろうが」


 この派手好きだけは本当に……ただでさえやることは多いのに、母娘そろって余計な仕事を増やしくさりやがって。
 エリスにもきついのかましてやるが、そうなりゃおまえの方にもかましてやらんと不公平この上ないよな。
  

「リルさん。この阿保に説教しますんで10分間休憩します」


『三崎様。15分まで延長可能ですので、ご存分にお願いいたします。アリシティア様……いえアリシティアお嬢様の今回の振る舞いに関しましては、私としましても看過できない部分がございます。約束やルールを帝室が軽んじたが為に、かつての帝国は暴走を致しましたから』


 暴れることもできず悶絶するアリスを見下ろしながら俺が休憩(説教)時間を告げると、アリスのお目付役としての顔を取り戻したリルさんは、さらにやり繰りしてくれたのか+5分の猶予を生んでくれたようだ。 
 まさか人が親切心で設けてやったトイレ休憩という名の僅かな息抜き時間に、サカガミと組んでやらかしやがるとは。
 リルさんの冷静な声に、さすがにまずいと感じ取ったのか、アリスのウサミミを模した髪がしゅんと垂れ下がった。
 何時もなら、反省の色が見えたと判断して放してやるところだが……お前。今日に限っちゃこの程度で済むと思うなよ。
 現役時代同様に泣くまで説教してやる。
 

「今のお前は地球でもディケライアの社長って事で顔が知れてる。影響力だってある。そんな奴がガキみたいにはしゃいでいたら、会社の評判に影響するくらい言わなくて判るだろうが。しかも下手に影響力があるから、何かされても文句を言いたくてもいえない立場の奴だっているって事も理解しろ。それ以前にいい大人が、人様に迷惑を掛けて良いと思ってるのか。やらかしたカフェテラスの店長がセツナの知り合いだったから、大きな問題にしてくれないですんだが、お前の行動は営業妨害も良いところだ。今回のイベントに参加してくれている企業やグループは別に俺らの下に入ったんじゃ無くて、あくまでも対等の関係で、一緒に盛り上げようって事で参加してくれてる。お前にもわかりやすいように言うなら、要はパーティメンバーだ。リーディアンの時に野良だろうが固定だろうが、組んだ以上はパーティメンバーには絶対に自己都合な迷惑はかけるなって散々言ったな。忘れたとは言わせねぇぞ。しかも俺らの立場は主催者。いわばパーティリーダーだ。協力してくれたパーティメンバーの他社や、参加してくださったプレイヤーのお客様に、安全対策はしていますが空港なので火気厳禁ということにして、もちろん公衆の場なので危険行為や、迷惑行為はしないようにしましょうって有って当たり前の、極々基本なルールを作ったのに、言いだした当の本人のパーティリーダーが破ったって判ってるだろうな。ルールを守れといい出した当の本人が率先して規則を破って、誰が信用してくれるかって話だ。俺らが今挑んでいるクエストは、俺やお前の力だけじゃ到底クエストクリアに足りないってのは………………」


 時折締め上げる力を緩めたり強めたりしながら、大馬鹿お祭り頭の脳味噌に世間のルールって物を俺は淡々とたたき込み始めた。
  












「カナ。悪いがまた仕掛け頼む。アリスがやらかした所為で炎上になる前に手を打つ。ったくユッコさんまで巻き込みやがってこの馬鹿は」


 イベントの主催者側。それも首脳陣の一人が率先してルール破りなんぞ、火付きの良い燃料も良いところ。
 ただでさえディケライアの勢力を伸ばすのに無茶している所為で、いろんな所からヘイトが集まっているのに、おもしろ半分で火がつけば、炎上必死だ。
 地球での計画に影響が出るのは必至。地球で滞りが生まれれば宇宙にまで影響が出る。
 そうなる前に手を打つために、頼りになる後輩に情報操作を頼む。  
 アリスの乱行を隠すのでは無く、積極的にばらしていく方向で。
 情報収集に、世論作り。
 それに特化した後輩のカナの腕は信頼している。
 何せ俺が引退した後も上手いこと、俺の方にヘイトを寄せ集めてくれたおかげで、ギルメンや後輩。そして何より相棒のゲームプレイにさほど影響が出なかったんだからな。


『まぁーいいっすけど。さすがにこれやり過ぎじゃ? アリスさんなんだし仕方ないって事で笑ってる奴が多かったですよ』


 仮想ウィンドウに映るほろ酔い気味のカナは俺が送った計画書を見て、ここまでする必要があるのかって顔を浮かべていた。


「身内相手だけならな……騒ぎを起こした咎で、明日はこの馬鹿兎と共犯のサカガミは会場のゴミ拾い。真夏の炎天下で10時から14時まで4時間しっかりと罰掃除だ」


 既にリルさんと打ち合わせ済みで、ぶち切れてたセツナにも連絡済みでサカガミも確保してある。
 記録的な酷暑の体感温度45℃越え設定の真夏の滑走路で、今日の片付けとしてゴミ拾い。
 誰の目から見てもそのきつさが判るように温度記録と一緒にwebカメラ映像もつけて、イベントの一環として実行する。
 今話題の女社長が何をやらかして、その所為でこんな罰掃除をやらされているか。
 一切隠さず、全てをオープンにしてだ。


「文句ないなアリス?」


「…………ぅっ……ぅ……はい。ちゃんと……っぅ……掃除します」


 きっかり15分の説教で凹んだアリスは、俺の横に腰掛けまだグズグズと泣いていたが小さく頷く。
 ここまでしっかりと説教しとけば、今の自分の立ち位置とか、周辺環境への認識なんかを間違えることは無いだろう。
 ただまぁアレだ。こうもグスグスと大泣きされると……ッたくこの馬鹿は。いちいち俺の計画を変更させやがって。


「カナ。あと悪いが情報解禁。アリスがどうしょうもないゲーオタ廃神だって公開すんぞ」


『ディケライアの若き女帝ってイメージが世間一般じゃある程度はできてたんですけど、勿体なくないですか?』


 カナの言うことはもっともだ。
 社長が若い。しかも女性。
 それがメリットに働く面もあるが、デメリットもあるわけで、一番にあげるなら交渉時に舐められやすいってのがある。
 ましてやディケライアは、ベンチャーからのぽっと出の新興企業。
 いくら特筆できる技術を持っていても、その資金力や規模から侮られたり、足元を見られて、でかい企業相手には禄な交渉が出来無いってのは予測済みだった。
 だからせめてアリスを、やり手の女性経営者ってイメージを必至に練り上げ作ってきた。
 そのイメージ戦略の一環として、関係者にバレバレだけど、アリスはVRゲーム好きだって程度に抑えてあった。
 寝食忘れてぶっ通しでゲームにはまる廃神だって事は隠して、あくまでもゲームで事業を興すために研究熱心だったっていうテイスト。
 それを世間のイメージとして広げて、このどうしょうもないゲーム馬鹿の本性を隠そうってのが、俺の策の1つで、カナにも協力してもらい進めてきたイメージ戦略。
 だが方針転換だ。


「仕方ねぇ。頼んだ俺が言うのもあれだけど元から無茶だったからな。こういう奴だって判ってもらうルートに変更する。状況的にもそろそろディケライアを安く見る連中もそうはいないだろ」


 ゲーム好きすぎて暴走するが、その際にはしっかりと手綱を握られて、場合によっちゃ怒られてガチで凹む子供っぽい人格。
 つまり本来のアリスそのものを出していくってルートだ。
 ディケライアを中心とした企業連合体もある程度は上手く動いているから、こいつの本性を出してもデメリットは少ない影響で済むはず……だと思いたい。


「あと迷惑かけたカフェの方は、お詫びコラボでVRCMをうって、その撮影にこの阿呆ウサギも貸し出すから宣伝も頼む。せっかく夜店を楽しんでるところ悪いが、ちょっと早めに頼む」


『ういっす。んじゃ早速、手を打っときます』 


 紙コップに入った飲みかけのビールを一気にあおって飲み干したカナは快諾を返して、通信を打ち切る。
 VR関連掲示板をみると、昼間の件に関していくつかの新規スレが立ち、早速工作活動を始めてくれたらしい。
 情報操作はカナに任しておけば、上手いことやってくれるだろう。
 気心の知れた有能な後輩には感謝の一言だ。
 早く死んで宇宙側に来てくれると助かると思いたいところだが、さすがにそいつは非道だな。うん。
 さてんじゃ次はこっちだ。


「でだアリス」


「っ! ……っぅ……お、お説教の続き?」


 俺が呼びかけるとびくっと肩を揺らしたアリスがぐずりながら上目遣いで俺を見る。
 泣いて赤くなった目をこするアリスは、またウサミミをやられるのかと少し怯え気味。
 今のアリスの身体はナノセル製義体なんだがさすが宇宙技術。
 モノホンの人間としか思えない表情と反応だ。
     

「んな時間あるか。ただでさえ忙しいってのに。オープン初日でいろいろ仕掛け中だっての。お前ばかりに構ってられねぇからな」


 大昔に佐伯さんからこいつの上目遣いの泣き顔を撮影しろって言われたこともあったが、あれは今だったら即答で拒否だな。
 なんつー加虐心あおる表情してんだこいつは。そっちの趣味が無いってのに、なんか来るもんあるんだが。
 ったく他人に見せられるか。
 二人きりで良かった。マジで。


「……ぅ……ごめん……なさい……」


 俺の言葉にアリスはさらにどんよりと凹む。
 怒っている俺が冷たくしていると思ったんだろうが、あいにくマジで忙しいんだよ。
 やることは山積みだってのに、さらに増やしやがってこの馬鹿ウサギは。
 リアルタイムじゃ半世紀も過ぎてる付き合いだってのに、いまさら新しい性癖に目覚める気なんぞサラサラない。
 右手でコンソールを打ちながら、左隣に座っているアリスの頭をさっきとは違いやさしめに掴んで、いきなりのことに呆気にとられているアリスの頭をそのまま膝上に持ってくる。
 膝枕してやるなんて、恥ずかしいんで目線はウィンドウに向けたままだ。


「シ、シンむぐっ?」

 ついでに顔を向けられないように押さえつつ、余計なことを言えないようにアリスの口を手で押さえとく。


「もうちょっとだけ自制しろ。この阿保。新しいイメージを作ったら、ありのまんまのお前でギルメンやら、サカガミらと会えるようにオフ会でも仕込んでやるから」
 

 新規ミッションは、ゲーム開発側のトップの一人が旧知のギルメンや友人プレイヤーとオフ会をしても、優遇や情報漏洩していないと他のプレイヤーに理解させることと。
 我ながら難題すぎんぞ。
 しかし、その手段はともかく、相棒が情に厚いというか、友人思いだってのは、怒る所じゃ無い。
 銀河文明に生きる連中から見れば、初期原始文明の地球人なんて下等生物ってのが常識だ。
 だけどアリスは、そんな俺らに対して良くも悪くも本気で向かい合ってる。
 銀河を支配した帝国皇帝直系子孫であるアリスがだ。
 友好度を上げるにはちょっとばかりチョロすぎた気もしないでも無いが、それでもこいつと一緒に歩いているってのが俺の自信。
 銀河に住む全種族を相手にやり合い、こちらの味方につけられるっていう根拠が無いが、確信を持って断言できる根っこだ。
 ちょっとばかり寿命やら生息環境やら遺伝子構造やら論理思考が違っていても、なんとかなるし、なんとかしてやろう。


 ……惚れた女のためならってか。


 俺らしくないにもほどがあるフレーズが心の中に浮かぶが、そいつは心の中に留めておく。
 うっかり口に出してリルさんにまた録音された日には、しばらく悶絶する羽目になるし、弱みが増えるだけだからだ。
 第一だ。口に出さずとも膝の上で、ゆっくりとそのウサミミを模した髪を揺らしはじめたこいつには伝わっているはずだ。


『さすがです三崎様。見事なまでの鞭と飴ですね。ご一家のメモリアル映像に新しく加えておきます。タイトルは『思い人の為に』でよろしいでしょうか?』


 訂正……花火をバックにアリスを膝枕をする俺という、何ともアレな映像を表示したリルさんにも俺の気持ちはがっつりと伝わっていたようだ。



[31751] A面 花火の下の決意(無糖版)前編
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/06/18 01:39
 紙コップの持ち手近く。飾りのようにも見えるデザインで施された細かな凹凸部分があるシールへと親指を押し当て軽くなぞる。
 ハンドコードシーラー。通称ハドシーラーと呼ばれる手持ち機械で簡易に作成できるシールをなぞった指先の触感を読み取った脳内ナノシステムが、ネットワークにアクセスして、時限式簡易キーを取得する仕組みの1つだ。
 脳内ナノシステムの普及に伴い、視覚、触覚などのこれら感覚を通す、感覚感知型発行パスはいくつか生まれている。
 その中でもハンドコードは、アクセスする側は指先でなぞるという簡易な動作だけで済み、ホスト側もシールタイプなのでどこにでも貼り付け簡単で安価、さらにお客の数に合わせてすぐに増やせると、使い勝手がいいので、主流となっている方式だ。
 

『ワンタイムコードキー認識。PCO提携ショップ【B&M】オープニング会場限定メニュー【トリプルベリースペシャル】は、とちおとめ、あまおう、紅ほっぺの……』


 新たに立ち上がった仮想ウィンドウには、みずみずしいイチゴの映像やら、提携牧場で育った乳牛から絞った生乳のみを使った低温殺菌牛乳がどうたらという商品説明がスクロールしていく。
 それらを流し見ながら、特設会場のテーブル席で背筋良く座りつつも疲れの色を隠せない顔色を浮かべた浴衣姿の美月は、作りたてのフレッシュドリンクをちびちびと舐めるように口にしていた。
 三種類のイチゴがミックスされた強い甘みとほどよい酸味、さらに濃厚なミルクが混じったドリンクが、今の疲れ切った身体には心地よく染み渡る気がする。
 普段ならここまで甘いと途中で飽きてくるのだが、今日は脳を酷使しすぎた所為で、身体が求めているのか、心地よい甘さだった。
 カップの中身が半分ほどになったとき新たなるメッセージが立ち上がる。


『規定量の取得を確認いたしました。インベントリー食品アイテム欄に期間限定メニューが追加されました』


 デフォルメされたトリプルベリースペシャルのミニ画像の横にはアイテム効果が表示されており、それを読めば、ゲーム内時間48時間まで女性乗員の疲労度増加率を95%まで抑制(重複可能)の文字。
 これは味覚情報やら喉の触感やらなど、脳に送られる情報を元に、実際に該当する飲食物を取得しているか脳内ナノシステムが判断しているそうだ。
 新開発のアプリケーションソフトの1つで、将来的には飲食店や他の業界とも連携して、食べたその場でカロリー計算やら、それを消費するのに必要な運動量を算出。
 お勧めのジムやら散歩コースを紹介する機能へと繋げる等云々。
 これに限らず、VR世界と現実世界を繋ぐ、様々な新しい試みを行いつつ、不特定多数の老若男女を対象にデータを取得。
 ビッグデータによる応用を狙うPCOは新規VRMMOであると同時に、VR業界が主になった実験的試みをいくつも行っているという触れ込みに嘘偽り無しということだろう。


「私のは疲労度増加率抑制だった。麻紀ちゃんのは?」


 誰が読むだろうと思うほどには長いゲーム開始時に同意を求められる利用規約にはそれらの事はばっちり書いてある。
 法律上は問題は無いのだろうが、要は自分達は体のいいモルモットだと言われているようで、美月的には少し嫌だが、このゲームに参加しなければいけない理由があるのだから仕方ない。


「ん~あたしはランドグリーズだふぁらちょっと違うみたいだけど、農業プラント系ミッションを受けふぁとき報酬2%増しふぁって」


 疲れながらも背筋良く座る美月とは違い、浴衣の上にトレードマークのマントを身につけた麻紀はテーブルに身体をだっらと預けたまま、眠そうなあくび交じりの声で答える。
 目の前にある特大LLサイズの紙コップに入った濃厚バナナラテをストローを使いちろちろと飲んでいる麻紀も疲れ切っているのか、少しずれた右目のモノクルもそのまま。
 甘党の麻紀は普段ならこれくらいの量なら一気に飲み干して、既に2杯目にかかっている所だが、今日に限っては一気に吸う気力も無いようだ。
 

「大丈夫か。二人とも。初日から飛ばしすぎじゃねぇ。焼きそばでも食べるか? あれもやっぱりPCO内アイテムになるみたいだぜ」


 精根尽き果てた美月達を見て伸吾が指さした先には、巨大な鉄板を設置した焼きそば屋台。
 連続で上がっている花火の音にも負けず、音をたてて焼けるソースの香りも香ばしい焼きそばが大量増産されている。
 音と匂いに引かれたのか結構な人が並んでいる。


「あ、でもあれコンボ商品だって。祭り会場のどこかで売ってる伝説のコッペパンを手に入れて焼きそばパンを完成させろってミッション系屋台」


 会場マップから屋台の情報を調べた亮一が、あれは提携ショップが設置した屋台では無く運営側が用意したミニイベントの1つだと指摘し、テーブル中央に指定した共通ウィンドウへと表示してみせた。


「お、面白そうだなそれ。効果はなんだよ……焼きそば単品だと2%の経験値効率上昇で、焼きそばパンだと8%まで上昇か! うし。探すぞ!」 


 たしか三本目のフランクフルトを頬張っていた誠司は、半分以上残っていたそれを一気に口に放り込むと立ち上がる。
 やせの大食いを文字通りいく誠司の前には、既に食べきった食品の空パックが結構な数が積んであったが、まだまだ食べる気のようだ。
 もっとも今日のこれは、食いっ気よりも、攻略熱の方が強いせいなのかも知れない。
 

 夏の夜空に大輪の花を次々に咲かせる花火の音が響き、建ち並んだ屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響く。
 それは一見よくある夏祭り会場のようにも見えるだろう。
 しかし本日が無事にオープニング初日を迎え、そのイベントを大々的に執り行うPCO運営側がただの夏祭りを行うはずもない。
 というか、イベント大好きな某ウサギ社長が、何もしないはずがない。
 雑踏をワイワイと行き交うプレイヤー達が手に広げる仮想ウィンドウに映るのは、祭り会場攻略マップと、この時間も有志一同によって次々に攻略サイトにあげられているゲーム攻略情報。
 夏祭りの楽しみである屋台巡りも、ちょっと捻ったミニクエストと化していた。
 各種飲食物を購入して一定以上ちゃんと飲食すれば、ゲーム内でのステータス上昇や様々なバフ効果を持つ期間限定アイテム種が取得可能。
 射的で落とせる人形に付随するのは、ゲーム内の改造ラボで使用可能なモンスター遺伝子。
 本職だと言うが、限りなくコスプレに近いとしか思えない巫女が配るおみくじには、引いたくじに合わせた、ゲーム内での幸運値上昇のブレッシングか、デメリットを喰らうカース効果というおまけ付き。
 どこから引っ張り出してきたか知らないが資料でしか見たこと無い、カタ屋の屋台で型抜きに成功すれば、カタの種類に合わせステータス上昇効果等々。
 全部が全部、ゲーム内でのメリットへと繋がる。
 ただし取得した全てを手に入れられるわけでは無く、その中から任意の物を3~5個で選択するという物。
 少しでも選択肢を増やそうと会場を駆け回る者。
 早々と取得するメリットを選択し終えて、夏祭りを純粋に楽しむ者。
 プレイヤーそれぞれごとにいろいろと別れた対応となっているが、現実も遊び兼攻略空間とするVR側からの侵略は着々と進んでいる様子だった。










「「疲れたね……」」


 経験値効率上昇と聞いて喜び勇んで、伝説のコッペパンを探しに出た勇者達を見送った美月と麻紀は、どちらからとも無く今日一日の感想を口にする。
 正確に言えば、この夏祭りが続く限り今日の攻略はまだまだやれるのだが、もはや二人にはそれを行う体力、気力が残っていない。
 疲れ切った身体はただひたすら休憩を求めていた。
 それでもなるべく有効的な効果を得ようとして、先ほどまでに一応の確保は二人とも終えてはいる。
 レンタル浴衣で、ゲーム内コス取得(ステアップ効果付き)
 浴衣+花火をバックにセルフ撮りした写真を運営HPに転送して、ゲーム内NPC好感度UP効果を取得。
 そして最後に先ほどのドリンクによる、各種特殊効果といった具合で以上の三種類を確保している。
 探せばもっと有益な物もあるようだが、それは射的だったり、金魚すくいだったりと、今の精魂尽き果てた二人には荷が重い物ばかり。
 なるべく簡易で効果が大きい物を厳選した結果がこれだった。
 

「収支的には何とか+-0かな……初日なのに」


「あたしの方は船体修理で結局-。拾ったティア3チェイサーを売れば+に持ってけるけど、美貴さんがもうちょっと商取引して、交易スキルがアップしてから売った方が断然お得だから保留しとけって」


 まずは初期クエストでのクエストコンボ発生条件をクリアして、連続クエストを派生させ、最大効率の報酬を得る。
 それが美月達の戦略であったが、その目論見はゲームスタートすぐの襲撃が原因で大崩れもいいところだった。
 使い切った推進剤やプローブ、さらには麻紀の場合は船体修理もあって、初日から計算外の経費がかかっている。
 麻紀の場合は激しい戦闘をした所為で、戦闘系スキル経験値が結構な値で上昇しているが、精神的トラウマが原因でゲーム内でも人死にを出せないのだから、あまり恩恵は感じられない。
 さらに最悪なのは二人揃ってフルダイブした上に、祖霊転身を使ってしまったことだ。
 状況的に仕方が無かったとはいえ、大幅なステータスアップを得られるフルダイブや、特殊能力を発動できる祖霊転身は、接続時間制限のある現状のPCO内ではスペシャルな扱い。
 背伸びした高難度クエストに挑んだとき等に、温存できるならば温存しておきたかった切り札だ。
 補給や修理が終わった時には、スタートダッシュでめぼしいクエストが他のプレイヤーにかっさらわれた後なので、細々としたクエストを午後一杯に数多くこなして、何とかスタート時までの状況に戻すのがやっとだった。
 美貴達や誠司達の話では、他のVRMMOなら、他のプレイヤーが取っていったからと、クエストが枯渇するということは普通はあり得ない。
 しかしPCOの場合は、ゲーム世界の全ての状況が連動し、あらゆる所に影響が出る仕様。
 リアルと同じく、有益な情報や儲けのいいクエストは、目端の利くプレイヤーの早い者勝ちという状況はオープンβテストから既に始まっている。
 さらにオープンと同時に導入された、海賊ギルドや反乱軍入りが可能となる裏社会プレイが状況に拍車を掛けているとのこと。
 どうやら裏社会所属プレイヤーには、どこかのプレイヤーがクエストを受領すると同時に、カウンタークエストが発生している模様。
 つまりは美味しいクエストを受けたプレイヤーへと妨害行為をすれば、自分がその美味しい報酬を得られるそうだ。
 ゲーム世界オープン後一番最初のPvPは麻紀が飾ったが、その仕様が判明した午後にはゲーム内銀河のあちらこちらでPvPが連発。
 NPC艦隊も交えた戦争を行う前線から離れた、後方領域でも辺境域となれば、非戦闘宙域以外は、クエスト受領中はいつ襲われるかとかなりの緊張感が発生中とのことだ。

 たかだかゲームだと、どこかで侮っていたかも知れない。

 それが美月が疲れと共に感じている正直な初日の感想。
 ゲームが正式オープンしたことで、いろいろな物が変わった。
 それはシステムだけを指すのではない。
 何というかプレイヤー達も変わった。
 クエストクリアに向ける熱量や、真剣さがオープンβの頃と段違いとなっている。


「峰岸君達。楽しそうだね」


「うん、そうだね」


 それだけではない。
 進展があったのかあちらこちらの屋台を回って、クエストクリアを目指している伸吾達もそうだが、生き生きしている。
 なんだかんだ文句を言いつつも、意地の悪いゲームを心底楽しんでいると感じさせる笑顔の者が多いのだ。
 美月が感じる徒労感しかない疲労と違う、充実した疲労感を感じているようだ。 
 この違いは美月達初心者とは違い、彼らがゲームに慣れている者達だからだろうか?
 それとも美月達と違い、彼らが純粋にゲームとして楽しんでいるからだろうか? 
 美月にとってPCOはただのゲームではない。
 この先に死んだはずの父を知る手がかりがあるはずなのだ。
 その情報を得るためには、今日から始まったオープニングイベントで入賞しなければならない。
 それは判っている。
 判ってはいる。
 だがどうしても思ってしまう。
 考えてしまう。
 ゲームを心の底から楽しんで攻略している彼らに、ゲームとして楽しむのでは無くただ必死な自分で勝てるのだろうか?
 ゲーム世界で一番力を発揮するのは、ゲームが好きな者達では無いのか?
 疲れからだろうか。
 それとも初日から思惑が外れた所為だろうか。
 美月は自分がこのゲームにおいて、どう進めばいいのかを見失いかけていた。
 それは、少しばかりMMOを嗜んだことがある者から見れば失笑物の思い込み。
 たかだか初日に失敗したくらいで、挽回も出来無いほどの差がつく、先行者有利のゲームなど、いわゆるクソゲーと散々に叩かれるだろう。
 だが今の美月はそんな事も知らない素人だから、初日にできた僅かな差が、飛び越えることが出来無い大穴のように感じていた。
 一方で黙りこくってしまった美月に、その心情を察した麻紀もどう声をかけていいのか迷っていた。
 生真面目すぎるゆえか、いろいろと考えすぎるきらいがある美月ほどでは無いが、麻紀も所詮はゲーム初心者なので、初日の失敗の責任を重く感じていた。
 自分がチェイサーさえつけなければ。
 襲ってきたオウカを名乗ったプレイヤーに追い詰められていなければ。
 自分が戦闘さえできたならば。
 考えれば考えるほどに、自分が原因では無いのかと考え落ち込んでしまう。
 二人して疲れ切った上に、ダウンテンションなのだから、言葉は少なくますます場の雰囲気は重苦しくなる。
 だが彼女たちは知らない。
 底意地の悪いとある男がこの状況を先に読み切り、既に手を打っていることを。
 美月達の運命はその男の手のひらで、面白いように転がされていることを。


「Is anyone sitting here? 」


 不意に響いた鈴の音のような可愛らしい声。 
 テーブルの上をただ見つめていた美月が顔を上げると、いつの間にやら美月達の座っているテーブル席の対面に、浴衣姿の可愛らしい小学校高学年くらいの女の子が立っていた。
 少し赤みがかった黒髪色、その両目は薄い青色で、顔立ちも純粋な日本人の少女とは少し違うので、ハーフ、もしくはクォーターにみえる。
 羽田空港に特設されたゲームのオープニングイベント会場ではあるが、夜間の部の夏祭りには会場スタッフや空港関係者の子供達も招待しているとのことだったので、その一人だろうか。
 青色の浴衣姿の少女の右手には食べかけの綿飴。左手には金魚すくいで取ってきたのか2匹の赤い金魚が入った水袋を下げている。
 月が職場となった父の関係で、多少は英会話も学んでいた美月は、少し錆びついていたヒアリング能力をなんとか動員して、先ほど聞き流してしまっていた少女の声を思い出す。
 ここに座っていいですか?
 先ほどまで伸吾達がいた席を指さして、確か少女はそういっていた。
 周りを見れば大体のテーブル席は埋まっており、少し空いている席でもそれぞれのテーブルに集まったプレイヤーが大盛り上がりで会話を交わしている。
 他人ばかりの席に小さな外国人の女の子が割り込むのは相当に難易度が高いだろう。
 美月達の席ならば今は二人だけだし、交わす会話も少なかったので、座っていいか聞きやすかったかもしれない。
 一休みしたいのであろう少女を立たせているのも可哀想だ。
 

「あ、えと、You can use it」


 多少怪しいながら、なんとか頭の中にあった基本会話集を引っ張り出して美月は少女に答える。


「Thank you. Mitsuki」


 少女は八重歯を見せてにこりと笑って礼をいうと、すこし高い椅子につま先立ちになりながら腰掛け、食べかけの綿飴を指で千切りそのふわふわの感触を指で楽しみながら口に運び出した。
 髪留めに使っている桜の花びらを模したヘアピンが花火の光りをうけきらりと光る。
 親とはぐれていなければいいのだがと美月が少女の知り合いが近くにいればいいのだがと心配していると、麻紀が少女をまじまじと見つめていた。


「美月の知り合いの子? 待ち合わせでもしていたの」


「え、違うよ。初めて会った……っ!」


 なんでそんな勘違いをしたのかと麻紀に聞こうとした美月はようやく気づく。
 いきなり英語で話しかけられた所為か。
 それとも頭が動いていなかった所為か。
 先ほど目の前の少女がお礼と共に、美月の名を呼んでいたことにようやく気づく。
 二人から疑惑の視線が集中する中、少女はべたべたした指を嫌ったのかぺろりと舐めてから、陽性の笑顔でサムズアップを繰り出して、


「It was a good battle. Alien girl!」


 サクラ・チェルシー・オーランドこと、元HFGOカリフォルニア州チャンプ【チェリーブロッサム】は、己の攻撃を凌いだ麻紀に向かって、その健闘をたたえてみせた。



[31751] A面 花火の下の決意(無糖版)後編
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/06/06 01:44
 サクラ・チェルシー・オーランドは基本的に楽天家である。

 楽しいことが大好きだが、苦労するのも楽しい。

 勝負で負けるのは悔しいけど、それよりも強い人と戦えたことが楽しい。

 嫌な事があっても、いつまでもくよくよしていたら、次に楽しいことがあったとき心の底から楽しめない。それは損だ。

 だからいつだって全力で楽しむことにしている。 快楽至上主義なサクラは、今日は特に楽しんでいる。

 午前に少し遊んでPCOの肩慣らしをした後は、午後からは他のプレイヤー達のバトルをいくつもスペクテーターとして梯子して楽しんでいた。

 さすがにサクラが日本に来る切っ掛けであった、あのコンビクラスの、プレイヤーは見つけられなかったが、VRゲーマーとしてそれなりの実力は持っているつもりのサクラでも、勝てるかどうか判らない相手がごろごろといた。

 タイマン上等。乱戦歓迎。大規模戦闘望むところ。

 一部のプレイヤーからはオーガとまで呼ばれる戦闘狂のサクラにとって、PCOは未知のワールドとルールにまだ見ぬ強豪プレイヤーと、実にエキサイティングでラグジュアリーな最高のバトルフィールド。

 ゲーム環境だけでも最高なのに、リアルもまた楽しませてくれるのがサクラ的にグットだ。

 母の母国である日本へ来たのは初めてではないが、日本のサマーフェスティバルは初めて。

 いろいろな事が目新しく、ちょろちょろしているうちに、マネージャー兼ツアコン役の叔父とは、人込みに巻き込まれてはぐれてしまったが、それはそれで冒険みたいで楽しい。

 だから叔父からひっきりなしに来る連絡は即時シャットダウン。

 だが保護者権を持つ叔父相手では、位置情報の遮断は無理。しかしせっかくの冒険の機会を逃す気は無い。タイムラインをずらすのは可能だったので、居場所を誤魔化しながらの鬼ごっこ感覚で屋台を見て回っていた。 

 日本語は少しなら読むことも、聞き取ることもできるが、話すのは単語レベルが精々。

 しかも普段は目や耳にすることがあまり無いので、祭り会場は知らない単語や意味が多くて難しい。だけどそれが楽しい。

 ブレインナノに入れた翻訳アプリを使えば、文字の自動翻訳や聞き取った音の母国語変換も可能。だがそこはあえて使わない。冒険気分が台無しになってしまう。

 人生は短い。だから常に全力で楽しめ。父の口癖であり人生観はサクラも強く共感する。

 すなわち楽しんだが勝ち。それがサクラのジャスティスだ。

 物怖じしない、良くも悪くもフロンティアスピリットの塊と、周囲からは評されるサクラであるからこそ、世間一般で言う所の迷子という状況を心底から楽しんでいた。

 そんな冒険気分の中、昼間に少し遊んで楽しめそうだと思ったプレイヤー達を見つけたのだ。

 そこに絡みにいかないという選択肢はサクラ的にはあり得なかった。





「It was a good battle. Alien girl!」


「なっ!? 」


 嫌味の無い、心の底からの笑みを浮かべる浴衣少女が親指を立てながら繰り出したひと言。

 テーブルにだらっと身体を預けていた麻紀は、その聞き覚えのありすぎる語集選択に反応して跳ね起きる。

 VR世界で聞いた声は、言動はともかくもっと大人っぽい声だった。目の前にいる少女はどう見積もっても中学に入ったか入らないかくらい。

 常識で考えるなら、昼間の戦闘をどこかで見た少女が、エイリアンガールと呼んだと普通なら判断するべきだ。

 だが麻紀は目の前の少女が昼間に対戦したプレイヤー。チェリーブロッサムだと確信する。

 麻紀にそう悟らせるのは、少女の薄い青で染まる目。

 どれだけ問題行動が多かろうとも、これでも麻紀は大手医療法人西ヶ丘グループの令嬢の一人。幼い時から名医と呼ばれる者達を幾人も見てきた。

 彼らと少女に共通するのは、己が培ってきた技術に対する自信と誇りに満ちた目の色だ。 


「今の台詞……麻紀ちゃんこの子ひょっとして」


 美月もこの少女の正体に勘づいたのか、より警戒の色を強めている。


「たぶん……あんた! 昼間に喧嘩売ってきた奴でしょ! どういうつもりよ!」


 美月の問いに軽く頷いてから、花火の閃光できらりと光ったモノクルの下で剣呑な目付きを浮かべた麻紀は少女へと詰問口調で指を突きつける。


「……Adventure end I can not speak Japanese so much」


 眉根を寄せて少し困った表情を浮かべた少女は、何故か残念そうに小声でなにかつぶやき、金魚の入った袋をテーブルの上に置いてから、自分の髪に手を伸ばす。

 桜の花びらを模した飾りがついたヘアピンを外すと、それを自分の首筋へと貼り付け、次いで空いた右手で手早くテーブルの上をタップした。


『プレイヤー【チェリーブロッサム】よりグループチャット要請が来ています。受諾しますか?』


 新しい仮想ウィンドウが立ち上がり、PCOのシステム経由のメッセージが表示される。
 
 正体を隠す気は全くない少女……チェリーブロッサムは早く受諾しろと言わんばかりに、小憎らしいまでの笑顔で指を振ってみせる。

 何故自分達の素性を知っているのか。そして何故接触してきた。それ以前に何故自分達に攻撃を仕掛けてきた。

 美貴達の話では、三崎がこの少女にちょっかいをかけたからPCOに参加した可能性があると言うことだが、こうやってリアルアタックを掛けてきたとなると話が変わる。

 これも三崎の罠なのか?

 どうしても疑心暗鬼に陥ってしまう麻紀が、同じように疑いの視線を浮かべる隣の美月へとどうすると視線で問いかける。

 少しだけ躊躇した様子を見せたが、美月は無言で小さく頷いて返してきた。 

 美月が行くなら自分もいくだけだ。二人は揃ってそれぞれの仮想コンソールに浮かんだ受諾キーを押す。

 受諾したことで情報リンクが発生し、他者不可視の共有ウィンドウがテーブルの真ん中に出現する。

 麻紀は早速、先ほど日本語で問いかけた質問を、


『あんたどういう』


『宇宙人のお姉ちゃんすごいね! サクラの攻撃を初見であそこまでかわせる素人ってそうそういないよ! もうやってて楽しくなって来ちゃった! あ、もちろん美月お姉ちゃんもいいよ! あの罠の張り方とか、用意周到な逃走経路とかハンターぽいね! 直接戦闘も好きだけど、ブッシュ戦みたいでもう最高! 日本に来る前はVR規制なんてバカなことしてる国のゲームなんて、どうかなってちょーっと思ったんだけど十分十分! やっぱり規制がある所為で反応速度とか、感覚変換にラグを感じるけどそこは世界ランカークラスじゃなきゃ気にしないレベルだし、それくらいのラグを修正できなきゃ世界ランカーなんてやってられないから問題無しだよ! あ、世界ランカーってのはHSGOの世界大会に出場できるプレイヤーランクのことだよ! サクラは去年の大会でライトクラスベスト8! 決勝リーグまでは行ったんだけど……』


 麻紀が一文を打ち終わる前に、チェリーブロッサムの怒濤のラッシュが始まった。

 ニコニコ笑顔のチェリーブロッサムの両手が激しい速度で動き、テーブルの表面をタップし続ける。

 しかしその内容はこれでもかと言うぐらいにゲームだ。ゲームのことしか語っていない。

 しかも一方的だ。最初はPCOの話それから自分がメイン参加しているHSGOという海外ゲーム。さらにまたそこから花火やら屋台の話へとポンポンと話題が変わっていく有様だ。


『コットンキャンディーは日本だと綿飴っていうんだね! 知ってる? あれってステイツで発明されたお菓子なんだよ! あ、でもステイツだとカップに入ってるけど、日本だとお箸に刺すんだね! しかも大きいよね! サクラびっくりしちゃった! あ、そうだ! 日本人って『モッタイナイ』だっけ? あのお箸もやっぱり後でちゃんと使うの?』

 
 さらにこの上なくフレンドリーだ。ころころと笑いながら敵意の欠片もない表情を浮かべ、時折身振り手振りで綿飴の大きさを表現してみたりと、実に楽しげだ。

 自分から質問しておきながら、こちらの答えなど全く求めていないのか、次の話題へと飛んでいく始末。

 例えるまでも無くこれはあれだ。初めての海外旅行でテンション爆上げ中のお子様だ。 

 どうやらサクラというやけに日本ぽい名前がチェリーブロッサムの本名のようだが、この押しの強さやマイペースさ、そしてオーバーリアクション気味の表現方法は、完全にあちらの国のメンタルの模様。

 予想外の、予想外すぎる怒濤のハイテンションと、身振りを交えながらの超速タイピングにさすがの麻紀も介入する隙を見いだせない。

 何せこちらがひと言を打ち終わる前にサクラは既に数行分を打ち込んでくる。速度勝負にならない上に、流し読むのが精一杯の速度でログが流れていくので話を差し込む暇が無い。

 かといって小学生くらいの子供相手に実力行使で止めに出るのは、さすがに良心が痛むし、万が一大問題にでもなって母親にばれたときが恐ろしすぎる。

 隣を見れば同じように仮想コンソールに指先を伸ばしたままの美月もひと言も書き込めずにいる。 

 飽きるまで待つしか無いのかと麻紀がらしくない選択をしようとしている横で、その親友たる美月は1つ息を吐いてから指を握って拳を作っていた。



「Shut up a little」

 
 テーブルの上を強く叩き、小さいが鋭い声を上げた。

 言葉や態度だけを見れば怒っているように見えるが、表情には怒りの色、いや感情その物さえもあまりない。ただ物でも見るように目を丸くしたサクラを見ていた。

 普段ではあり得ない行動と態度だが、この状態の美月に麻紀は身に覚えがありすぎた。

 麻紀が暴走状態に入ったとき等、サクラのようにハイテンションで周りが見えなくなっているとき等で時々顔を出す冷静すぎる美月だ。


『貴女は私の敵ですか?』


 サクラが止まった瞬間に美月は即座に、そして短く立ち位置を問いかける一文を打ち込む。

 女性とはいえ年上にこんな威圧的な態度をされれば、普通の子供なら怯えそうな物だが、目を丸くしていたサクラは面白そうに笑ってみせた。

 ただしその笑みは先ほどまでの無邪気な子供のものではなく。強そうな相手に巡り会えたゲーマーらしい挑戦的な笑みだ。


『へぇ、美月もそういう顔もできるんだ。清吾から聞いていた大人しいってだけじゃ無さそうだね』


『父の知り合いですか?』


 普段の美月ならば父の名が出れば動揺の1つも見せるだろうが、この状態の美月にはその程度は揺さぶりにはならない。

 むしろサクラに対して疑惑をもっと深め再度質問を返す。


『正確に言えばうちのパパが清吾のね。あ、そうかちゃんと名乗ってなかったね。ごめんね。あたしはサクラ・チェルシー・オーランド。そっちの宇宙人のお姉ちゃんにはあれかも知れないけど、美月にはダグラス・オーランドの娘って名乗った方が判りやすい?』


 サクラが指を弾くと、共通ウィンドウにいくつかの映像記録が映し出される。

 そこに映し出されたのは日本ではまず見かけない広い芝生の庭とプールがある邸宅で行われているガーデンパーティの映像。

 今より少し幼く見えるサクラを肩車する壮年のがっしりとした筋肉質の西洋人の男を中心にして撮られた記念動画のようだ。

 その中には美月達も知る人物が幾人か写っている。

 仮想世界であったNPCらしからぬ言動を見せた、頬に傷跡が残る白髪の初老男性『王子丹』

 三崎と出会ってから調べた映像で見つけた赤髪の巨漢植物学者『レザロフスキ・エルコヴィチ・ヴォイキン』

 そして美月の父。若き宇宙建築工学者『高山清吾』 

 その映像に写っている人物達の共通点。それは……


「美月これ本物? 美月パパだけじゃなくて、仮想ルナプラントであったお爺ちゃんとか、カーラって人の関係者かもしれないおじさんも写ってるけど」


「たぶん。中心の男性がダグラス・オーランドアメリカ海軍大佐。元横須賀基地司令で日本語が堪能だってお父さんからは聞いてる。10年くらい前に国連の月面開発機関に出向扱いで転属して、正式稼働からサンクエイクまでの間、ルナプラントの所長をやってた人」


 サクラに気取られないためか話しかけてくる麻紀に対して、美月は頷きながら自分の手持ち記録を呼び出す。

 父関連で切り抜いて取っておいたスクラップデータから該当人物に関する物を抽出。

 サクラが表示した動画映像の画像や音声から、オーランド大佐の部分だけを切り取り手持ちデータと照合。

 基本防犯機能の1つである顔認識システムや音声照合アプリは95%以上の確率で同一人物だという結論を出してくる。

 名前までは知らなかったがオーランド大佐の奥さんが日本人で、小さな娘がいたという話は父から聞いた記憶がある。

 ならサクラが言っている事に嘘は無いと思える。


『あ、今はサクラ、日本語の自動翻訳機能も使っているから内緒話なら小声がいいよ』

 
 言葉を交わす美月達に対して、余裕なのか、それともあまり深く考えていないのかサクラは、自らのアドバンテージをわざわざ投げ捨てる忠告めいた言葉を発すると、テーブルの上の綿アメを千切って食べ始める。

 この発言や行動がまたも美月を惑わせる。

 昼間の襲撃は確実に美月達のスタートダッシュをへし折る妨害行為だった。

 しかし今サクラが見せるのは、どちらかと言えば友好的な態度だ。

 敵と呼ぶにはどうにも違う気がしてくる。

 しかしルナプラント関係者の家族。サクラは美月と同じ立ち位置にいる。それなのにサクラにはあまり悲壮感が無い。

 美月は父を亡くしたと思い、その根っこが変わってしまうほどの衝撃を受けたのに、現実のサクラは、動画の中のサクラと同じ笑顔を浮かべている。

 それは父が死んでいないことを、全滅したと世間でいわれているルナプラントの職員達が今も生きてどこにいるのか知っている証拠では無いのだろうか? 

 都合のいい妄想かもしれないが、父が生きているかもという希望が、その疑心暗鬼を強めてしまう。


『もう一度聞きます。貴女は私達の敵ですか? それと何故わざわざ接触してきたのですか』


 判らない事が多すぎる。そして今の疲れ切った美月では深く考えようとしてもそこまで頭が回らない。

 なら尋ねるしかない。
            

『敵っていえば敵なのかな。だって美月達ってあのシンタとかアリスって人の仲間なんでしょ。接触した理由は昼間の戦闘が楽しかったから褒めてあげにきただけだよ』


 苦悩し疑問に揺れる美月と違い、サクラはあくまでもあっけらかんとした陽性の笑顔であっさりと答える。

 しかしその答えは何とも受け入れがたい物だった。


『ち、ちょっとまった! 誰があの陰険お兄さんの味方よ! 仲間なのはそっちでしょ!』 


『ふふん。このサクラに嘘は通用しないよ。二人ともあの二人がギルマスだったってKUGCってギルドの所属なんでしょ。どう考えて仲間なのはそっちだよ』


 あの腐れ外道の仲間呼びは心外にもほどがあると慌てて麻紀が反論するが、サクラはひと言で切り捨てる。

 確かにそこを指摘されると反論に一瞬だが詰まってしまう。

 創立者とその後を継いだ2代目がPCOの運営側にいるのだ。

 そんなギルドに所属しているとなれば味方と思われて仕方ないかも知れない

 中から見てみれば、アリシティアの方はともかくとして、『外道』『ゲーム内暴君』『世話になった先輩じゃなかったら刺している』等といろいろと悪名高い三崎に関してはむしろ宿敵扱いだという気もしないでも無いが。


『あと何よりの決め手は宇宙人のお姉ちゃんだよ』


 つい二の句が継げなくなっていた二人を見て勝ち誇った笑顔のサクラは、止めとばかりに空になった割り箸の先端で、何故か麻紀を指し示した。


『どういう意味よ』


『サクラの推理ではね空に浮かぶ月は宇宙人の大きな侵略宇宙船だったんだよ。侵略者に対して地球の神様達が……』


 どこのアメコミだと突っ込みたくなる壮大な持論を、サクラが自信満々の表情で語り始める。

 曰く、実際にルナプラントの学者には、月が宇宙船だという持論を持つ地質学者がいた。

 曰く、神様達が対抗した戦争が地球各地に残る神話である。

 曰く、神様達も宇宙人も多く傷ついて双方痛み分けで休眠してしまった。

 曰く、それなのにルナプラントで月を掘り起こしてしまったので、防衛機能が目覚め月が再稼働して、太陽に埋め込まれた最終兵器『サンウェイブ』が再稼働してサンクエイクが発生した。

 曰く、ルナプラント職員は全員人質に取られ、今もあの月にいる。サンクエイク後に打ち上げられたロケットは全て鹵獲されていて、いつか地上に降り注ぐインドラの矢に改造されている。

 出るわ出るわの妄想話に美月はどうしてか既視感を覚えてしまう。

 何故か判らないが、どうにも身近に感じてしまう感覚だ。 


『もうおこちゃまのお伽噺はいいわよ! なんであたしが宇宙人で、しかもよりによってあのお兄さんの味方になるのよ!』


 あまりに長い設定話についに切れた麻紀が、先ほどの美月のようにテーブルを叩いてサクラを止めると、早く本題にはいれと急かした。

 どうやら宇宙人扱いよりも、三崎の仲間扱いされる方が心底嫌なようだ。


『ふふん。そこが判らないからお姉ちゃんが宇宙人の証拠なんだよ。いい、宇宙ってのはすごい広いでしょ。つまり移動にはすごい時間がかかる。だから宇宙人の寿命はすごい長い。つまりは時間感覚が違う。サクラたち地球人には大昔のことでも、宇宙人的にはつい先日の事って感覚』


 気分は名探偵なのかありもしない眼鏡のブリッジをクイと上げる小芝居を入れたサクラが再度割り箸の先端で麻紀を、正確にはそのマントを指し示した。


『マントとモノクルなんて時代錯誤の物を纏っている事こそが時間感覚の違い! つまりお姉ちゃんが宇宙人の証拠なんだよ!』


『それのどこが宇宙人の証拠なのよ! 格好可愛いファッションに決まってるでしょうが!』


 自分のソウルファッションであるマントとモノクルを全否定された麻紀がついに激高すると、大げさな身振りでマントをひるがえしながら高らかにチャットで宣言してみせた。

 その光景に美月はようやくサクラを見て覚えた既視感の正体に気づく。 


 どうしようこの子……麻紀ちゃんの同類だ。


 あまりに痛い発言やら、語り出すと止まらない辺りに、どうにも既視感があったのだ、それもそのはずだ。

 この暑い最中にマントとモノクルという趣味的という言葉でも生ぬるい表現になってしまう出で立ちの麻紀。


 無駄に壮大なそしてやけに細かい設定やら、VR世界でのアメコミヒーロー調のバトルスタイルを見せたサクラ。

 二人はその方向性は微妙に違うが、業の深さがどっこいどっこいなのだ。

 正直な感想を言えば、麻紀の珍妙な恰好には慣れていたので、あまり気にしていなかったのだが、こうやって他者から指摘され改めて考えると、センスが壊滅的に時代錯誤なのは否定できない。

 マントとモノクルの可愛さやら格好良さとやらに熱弁を振るう麻紀と、それに対して次々に反論のチャットを書き込んでいくサクラのレスバトルが美月の目の前を高速で流れていく。

 暴走状態の麻紀一人でも手を持てあますというのに、それが目の前にもう一人。

 これにどうやって介入すればいいのか?

 冷静状態の美月でもさすがに判断に迷っていると、いきなりサクラが手を止めた。
 

『あーあ、見つかっちゃった。まぁいいやここまでで。決着はあっちの世界だね。宇宙人のお姉ちゃんも美月も面白いから、いつだって狙ってあげる。だから油断しないでね』


 サクラは人込みの方に目を向けると最後に物騒な台詞を残すと、首筋につけていた桜の花ヘアピンを外して髪に戻す。

【チェリーブロッサムが退室しました】

 管理システムがチャットルームからチェリーブロッサムが消えた事を伝えてくる。どうやら髪飾り風のあれがサクラのコネクターのようだ。


「ち、ちょっと待ちなさいよあんた。散々かき回しておいて!」


「See you. Next time on the battlefield」


 テーブルの上の金魚が入った袋を掴んで、椅子から飛び降りたサクラは、またも子供らしい笑顔でにこりと笑い手を振ると、先ほど見ていた人込みの方に駈けていった。

 あっという間にその小さな姿は人込みの中に消えてしまうが、疲れ切っている美月達にはその背を追いかけるだけの体力は無く、ただ呆然と見送るしか出来無かった。
 

「な、なんなのよあれ。っていうかまた狙ってくるって。どうしよう美月。あんなの相手にしてたらまともにクエスト受けられないよ」


 麻紀の思い浮かべた懸念に美月も同意せざる得ない。

 だからどうしても答えに詰まる。

 世界クラスレベルのプレイヤーであるサクラから、初日は何とか逃げ切ることはできた。

 だがもし連日狙われ続ければ、正直いつまで持つか判らない。

 それ以前に介入が入るのでは、まともにゲームにはならない。

 言動からして三崎とは敵対関係にあるようだが、その狙いや目的も正直にいえば判らない。

 判らない事が、ただ、ただ増えただけだ。

 まともにゲームにならなければ、そして入賞しなければ、父の情報を知る事が出来ない。

 自分が優先すべきはまずゲームでの功績を稼ぐこと。

 だけどまともにゲームにならないのでは……まともに?

 ふと美月の心に答えが浮かぶ。

 サクラたちがどうやって美月達を補足しているかは判らない。

 だがPCO世界はとてつもなく広い。ならばサクラたちが追って来られない場所へ行ってしまえば、なんとかなるのではないか。

 つまりは普通のプレイヤーでは立ち入れない領域へ。裏社会へといってしまえば……

 不意に思いついたそれはどうにも怖い考えだった。渡されたパスポートの期限は今日中。

 決断するならば今夜までだ。

 しかし どうしても考えてしまう。

 どうしても思ってしまう。

 全ての状況が、出会いが、三崎の策略の1つでは無いのかと?

 失敗は出来無い。

 失敗したら父の事を知る事が出来ない。

 だから美月は、現状を打破できるかも知れない考えに至っても二の足を踏んでしまう。
   

「美月。何か思いついたんでしょ。いいよそれでいこ。あたし達は絶対負けられないんだから。あの子にもお兄さんにも負けてられないでしょ」


 深く考え込んでいる美月の手を、不意に麻紀が己の手で掴んで包んだ。詳しい説明も聞いていないのに、美月が決めたなら大丈夫だという信頼がその手からは確かに伝わってきた。


「うん……そうだね。麻紀ちゃん1つ方法があるんだけど……」


 まだ全貌が見えぬ領域。通常のゲームプレイから外れた賞金首となる裏攻略ルート。

 そこに飛び込む勇気を受け取った美月は、そのプランを花火の音に負けないように自信を持った声で麻紀へと相談し始めた。








「サクラ。冒険気分もいいけど迷子は止めてくれ。義兄さんの事でただでさえ鬱なのに、サクラにもなんかあったら姉さんに殺される」


 右手で胃の辺りを抑える叔父は、反対側の左手でサクラの右手をしっかりと握ってくる。

 逃がす気は無いようだが、サクラとしても十分満足したので、後はこの大好きな叔父と一緒に夜店周りを楽しむことにしている。

 叔父の宗二は姉であるサクラの母とは少し年が離れているので、叔父と言うよりもどちらかと言えば従姉妹のお兄さんという感じだ。

 少し頼りなさそうな感じだが、これでも若手産業ジャーナリストとしてステイツではそこそこ名が売れているのだから人は見かけにはよらない。

 宗二の今の表向きの取材対象は、急速に勢力を拡大しているディケライア社と、その裏側に潜む男。三崎伸太だ。

 奇跡や詐欺と呼ばれるようなあり得ないほどの勢いと状況で、リアルとVRの両世界で拡大を続けていくディケライアと、その黒幕と目される日本人の目的を説き明かすというのが一応の名目で所属している新聞社には通してある。

 純粋の日本人である宗二なら、日本での取材もしやすいだろうという考えもあるようだ。

 だがそれはあくまでもついで。

 サクラと宗二の目的は別にある。


「は~い。それよりシンタが差し入れてきたってお菓子みせてよ」


「本当に頼むよ。あの二人も美月って子はまだ高山清吾の娘って事で判るけど、麻紀って子はなんでこのゲームに参加したのか判らないんだから。特別リストのど真ん中に名前が載ってるから何らかの意味があるとは思うんだけど」


 小さいながらしっかりとした作りの木箱を手持ち袋から取りだした宗二は、姪へと渡してやり代わりに金魚を受け取る。

 すぐに死なれてサクラのテンションが下がりでもすれば、真の目的達成に大きな支障が出るので、帰る前に金魚鉢やら餌などを用意しなければと宗二は都内でやっているショップをリストアップしようとする。

 だがそのリストが呼び出される前に、差出人不明メールが届き、ご丁寧にもこの夏祭り会場内で金魚飼育セットが買える出張ショップが表示された。

 これを送ってきたのは誰か? さらに言えばこの状況を読んでいたのか?

 考えるまでも無いが、いつでもお前達を見ていると警告をされているようで実に恐ろしい。


「だから宇宙人なんだってあのマキってお姉ちゃんは。今時あの恰好はないよ。わ。綺麗だね宗二にぃ」


 叔父が戦慄を覚えている事に気づかず、今日の敢闘賞という名目の木箱を開いたサクラは歓声を上げる。

 色取り取りの花を象った砂糖菓子が綺麗に収まっている。

 その中には自分の名前、そしてコネクターでもある髪飾りと同じ花をサクラは見つけ、それを摘むと口に放り込む。

 すっと口の中で溶ける甘さが心地よい。やはり今日は楽しい。最高だ。


「サクラ。一応は毒とか疑おうよ。三崎がなに考えているんだか判らないってのはサクラもよく知ってるでしょ」
 

「もう宗二にぃは心配症だな。シンタはサクラと同じ人種ゲーマーだよ。プレイヤーにはゲーム世界でしか仕掛けてこないって。それにサクラは大丈夫だよ。宗二にぃは大船に乗った気持ちでいてよ。このチェリーブロッサムが絶対入賞してやるんだから」 


 その楽しさをさらに上のステージに上げるために。

 月で死んだと思った父。そして宗二の婚約者を取り戻すために。

 サクラは頭上の花火を見上げながら、ゲーム攻略に向け決意を新たにしていた。

























かなり長くなりそうなので、とりあえずこれで三部は完です。
ゲーム攻略のために裏街道を進むことにする美月。
美月とはまた別に大切な者の事を知る為に動き出す特別なプレイヤー達。
そしてそれらを全て使って暗躍するラスボスw
そんな感じです。

では次の第四部暫定あらすじと参ります。

 賞金首となりながら不殺プレイという縛りを自らに課し裏街道を進む美月達は、裏の地図屋、改造屋としての片鱗を見せ始める。
 父の情報を得るために少女達は戦場を駆ける。
 その一方リアル世界ではついに暗黒星雲調査が開始されるが、暗黒星雲内で次々にポッドが謎の攻撃を受けて撃墜される非常事態が発生する。
 敵の狙いはディケライアが有する銀河帝国最後の船。創天そして送天か?
 それとも銀河帝国最後の実験生物が住まう星である地球か?
 人跡未踏であるはずの暗黒星雲内に潜む勢力を相手に、三崎、そしてアリスはどう立ち向かう。
 といった内容で考えております。
 これからもつらつらと続けますので、お付き合いいただき、お楽しみいただければ幸いです。 



[31751] インターミッション 情報共有
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/06/08 01:57
「なぁ三崎……お前の娘さん将来、大丈夫か? 親父さん直伝にしても、メインのここまで潜ってくるって相当なやり手だぞ」


 開発部の先輩は、見つけ出した不正プログラムを強制隔離し切り離しながら、真面目すぎる声音で聞いてくる。

 執念深いというか、悪巧みがすぎるというか。敵愾心が強すぎるというか。

 不正プログラムから見えてくるのは、何というかともかく敵意の塊ってやつだろうか。

 これが苦言とか文句ならまだ笑って流せるが、んな深刻な顔で心配げに言われますと、反応に困るんですが。


「いやぁまぁ。地球が絡まなきゃ宇宙一可愛い娘なんですけど……父親としては娘の将来の夢がクラッカーってのはごめんこうむります」


 エリスが仕掛けた罠は、これで47個目、いや48か。

 リルさんが代行で運営しているワールド管理の通常作業と並行して、本来のワールド基幹プログラムチェックをしているんだが、エリスの仕掛けたトラップが出てくること出てくること。

 美月さん、麻紀さんを直狙いにした自動ヘイト上昇プログラムから、俺とアリスの悪口を言ったプレイヤーを狙う、高レベルアクティブモンスター即湧きプログラム、果てにはエリスの意思次第で緊急メンテモードが立ち上がって数日間はPCO全体が停止するお休みプログラム等々。
 
 すぐに発見できる稚拙な物もあるが、結構上手く隠れていたのもそこそこあるので、気が抜けない。


「あ、ちなみに親父さんから伝言で、アマチュアのエリ坊の仕込んだ程度の物をプロのお前らが見抜けねぇようなら腹切って死ね。こっちで1から鍛え直してやる……だそうです。いい練習になるから隠しプログラムの総数も教えてくれませんでした」


 エリスの将来を考えるとさすがに俺も不安になるので、とりあえず露骨に話題を変えておく。

 ともかく地球嫌いを直さなきゃ始まらないって話しだ。


「げっ最悪だな。文字通り地獄の特訓かよ。しゃあない気合い入れて探すぞ」


 あの世(宇宙側)でご健在な須藤の親父さんからの伝言を伝えると、先輩の手が少し加速し、また新たな検査項目やタイミングを変えた、厳重なチェックを再開する。


「了解。俺としちゃ地獄仲間が増えた方が楽なんで一人、二人ぽっくり逝って欲しいところなんですけどね」


「こっちの修羅場より、そっちの修羅場の方が地獄ってどんだけだよ。親父さんの直属はしばらくお前一人でやっとけ」


 軽口を互いに返しながら、俺も先輩に習って作業速度を少し上げる。

 お仲間は欲しいが、親父さんの特訓には俺も散々苦労させられているんで、是非とも避けたいという先輩の気持ちには、諸手を挙げて賛成だ。 

 老いてなお盛んならともかく、須藤の親父さんの場合、死してなお盛ん。

 むしろ銀河最高峰のスペックを持つリルさんと出会ったおかげで、ようやく本気が出せると宣いやがった化け物……本当に地球人かあのはげ親父。

 まぁ実際の所をいえば、須藤の親父さんだけじゃ無くて、死んであっちに来た連中の幾人かは生前よりも高い能力を発揮したり、何らかの超感覚に目覚め始めている節があるって検査記録もぼちぼち出て来ている。

 これが個人が宇宙に触れて新しい能力に目覚めたってなら、どこぞのSF物で済む話。
 
 しかしだ。こいつが地球人の、銀河帝国最後の実験生物としての特性だったら、ちょっとばかり厄介な事になりかねない。

 問題は今あっちにいる連中は俺自身も含めて、全てが再生体って事か。

 あっちの技術で再生することがトリガーなのか、それとも素の状態でもあっちに触れればそうなるのかって所か。

 今現在地球からの生命体を含めた全ての物質の持ち出しは、星連との取り決めで原則禁止されている。

 そう簡単に検証でき無いところがちょっとネックか。

 その結果が有利、不利かは別としても、ともかく情報はより大量に、より正確に欲しい所。

 情報不足からの判断誤りで、地球生物全モルモット化ルート突入なんてなった日には目も当てられない。

 時間流遅延処置を施している地球でPCOが正式稼働を初めて早2週間。

 宇宙側での工作が本格スタートして地球時間で3ヶ月が経過している。

 状況は地球と宇宙の両方でそれなりに動き出してはいるが、こっちの思惑通りに行っているのは全体の2、3割って所。

 うちの娘様のおかげで、初日から躓いたんで、その修正に追われて少し手が空かずに場当たり的な対応に終始していたが、それもそろそろめどが見えてきた。
 
 情報共有と進捗状況の確認。それと行動指針のすりあわせが少し必要か……

 仮想コンソールを左右上部に展開。4枚にした挟み打ちで右手でプログラムチェックを継続。

 左手のコンソールでメール機能を立ち上げる。上側が宇宙用、下側が地球用として同時製作で文面を作って行く。


【すみません社長。三崎です。こっちとあっちの状況の整理と、行動指針の再確認で合同会議を、なるべく早くに開催したいのですがよろしいでしょうか?】


 地球用は我が社ホワイトソフトウェアの白井社長宛てに。


【アリス。全体攻略ルートの見直しと修正したいんだが、メイン攻略組の時間取れるか?】


 で宇宙用は相棒兼嫁なアリス宛にと。

 送る相手との関係が、社長と社員、相棒とパートナーと違うので、文面は少し変えているが中身は変わらず。

 要は両社の主立った幹部連中やら中核社員に、外部アドバイザーなユッコさんなどを含めたメンバーを集め、全体の進捗状況確認と、本格攻略開始前の行動指針の微調整を全体共有の提案。

 普通なら何かと忙しい地球、宇宙の両方の現場を含め、合同会議の時間を取るのは、参加メンバーの時間調整で苦労する物なんだが、そこは宇宙の超技術。
 
 リアル経過はほんの数分でも、隔離空間を作って調整すればその中では時間を数十倍、数百倍に引き延ばしが可能というリアルチートが可能。

 その気になれば恒星系級単位で時間流調整なんて、神様みたいな真似事もできるんだから、銀河文明はどこまで進んでるんだって話だ。  
 
 まぁそこらの反則技の理屈理論は判らずとも、どうすれば使える。どうやれば有利になるか、判ってりゃとりあえず問題は無い。

 そんな事を考えていると、早速白井社長からの返信が届いたとメッセージ。すぐに開いてみると、


【オープンイベントも半分過ぎた事だしある程度の大勢も固まってきたから、情報のすりあわせには頃合いだろうね。それと三崎君に頼まれていた例の件も、予定通りオープンイベント終了直後に投入できそうだ。大磯君の作った状況確認システムお披露目もかねてやろうか】 

 頼んでおいてあれだが、正直無理筋だと思った話をまとめて来たのか社長。サクラさん引き抜きが精々だと思ったがさらに行きやがった。

 さすが業界の顔役と、これは素直に感心するしかない。この辺の人たらしはまだまだ俺では適わない部分だ。

 俺の場合は敵対していても、状況で無理矢理引き込んで、後から攻略ってのが精々なんだが、うちの社長の場合、最初から引き入れてくるから恐ろしい。
 
 それに情報収集分析のプロであり、我が社が誇るハイパーどじっ子受付嬢大磯さん監修の状況確認システム完成も大きい。

 PCO用に開発したカード型簡易指揮システムをたたき台に、各部署から上がる報告を元に自動更新して、それぞれの進捗状況や、現代問題が発生している箇所を、視覚的にも分かり易くするというやつだ。

 地球側の手駒はオッケと安堵を覚えていると、宇宙側の方にも変化あり。


【了解。シャモンねぇが優先度高い調査が必要になって、その報告が調査終わり次第あるっていうから丁度いいかも】


 ただしアリスからの返答は地球側と違い、少しばかり不穏な色を含んでいた。

 ディケライア社星外開発部部長であるシャモンさんは、現在地球が跳躍出現したライトーン暗黒星雲近傍Z24F97S645ポイント周辺宙域における索敵及び防衛を業務としている。

 今いる宙域が銀河の最辺境のさらに辺境といえど、元々ここにあったはずの星系を強奪した存在もいるはずで、さらに星連所属国家でも、わざわざ来ていろいろちょっかいやら探りを掛けてくる勢力も多い。

 それらに対して睨みを利かせているのが、シャモンさん率いる星外開発部。

 そのシャモンさんが優先度の高い調査というのだから、穏やかな話じゃ無さそうだ。


【判った。なるべく早いほうが良さそうだな。そっちの時間で12時間以内にはできるように社長に頼んでおく】


 元々物資消費抑制のために地球全域が時間流遅延フィールドで覆われているので、時間差があるのは百も承知だが、この地球と宇宙の時間流の差がそのうち致命的な敗北に繋がる可能性も無くは無い。

 その不利を解消するためにはまずは太陽。元々の太陽に変わる新たな太陽作成計画を成功させなきゃ話にならない。
 
 ただ焦ったところで状況は変わらない。一歩一歩確実に進むためにも、どっちにしろ欲しいのは情報。

 そしてその情報を共有することが最優先。

 俺一人で考えつける事、やれる事なんぞたかが知れている。

 孤立無援で銀河文明相手に喧嘩売るなんて気は毛頭無い。
 
 利用できる物は何でも利用して、仲間にできる者は何でも仲間にして、全ての状況を、全部こちらの流れに乗せる。

 善意も、好意も、悪意も、敵意も、全部丸ごと自分の力に変えでもしなきゃ、俺の目指すエンディングなど夢のまた夢って話だ。

 敵が来たならきやがれ。こっちの力になってもらおうじゃねぇか。

 こちとらマゾゲーマー。難易度が高ければ高いほどクリアしがいがあるってもんだ。


「三崎。お前またなんか悪巧みしてるだろ」


 プログラムチェックを高速で行いながらも、俺が含み笑いをしていることに気づいたのか突っ込みが飛んでくる。 


「一応これでも全地球生命と、全宇宙の生命体のために動いているつもりなんですけど」


「ゴールはいいけどお前の場合は手段が問題だろ……須藤の親父さんより、父親の方がよっぽど娘に悪影響だ」

  
 すみません先輩。その突っ込みされると本気で返す言葉が無いんですけど。










 ちょっと4部突入前に、現状整理回として、幕間として合同会議編を入れることにしました。
 要は、今3部が終わった現状でどこがどうなっているかを簡略報告レポートという形で、地球、宇宙の状況まとめとして書く形です。
 あまり長く書く予定では無いので今話のように短めで描写あっさりにするつもりですが、私の事ですので無駄に濃くならないように気をつけますw



[31751] 地球の現在位置及び旧太陽系の活用計画
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/07/10 16:04
 展望デッキから足元を見下ろせば、広がるのは一面の白い雲海。

 周囲の同僚やら、関連企業の方々も、飛行船から見下ろす雲海という物珍しい光景に興味津々のご様子で、大半の人間が展望デッキに集まっている。

 地球におけるディケライア本社である大型ハイブリッド飛行船【蒼天】は羽田を出航後、三浦半島上空を通過し相模湾を抜け、伊豆半島上空を現在順調に飛行中。

 目的位置である駿河湾沖までは、あと10分ほどだと、仮想ウィンドウに表示した航路図が告げる。そろそろ宇宙側の記憶封鎖を解除する頃合いだろうか。

 急遽執り行うことにした地球側と宇宙側の合同会議場所は、陸地から遠く離れた駿河湾沖となっている。

 会議といっても大きな行動指針の変更は予定しておらず、全体の流れを共有し、調整できる部分があるかを、あぶり出すのが主目的ってのが大きい。

 俺達としちゃ、ちょっとした報告会って感じなんだが、世間一般、特に詳しい事情を知らず、かつ地球内で力を持った勢力のお歴々は、こちらの動きがかなり気になっているご様子。

 リアルでの盗聴、尾行、さらにはネットワーク側からもクラッキングやらと、情報戦が水面下では進行中。 

 地球側の技術力に、リルさんが出し抜かれる恐れは無いと思いたいが、それでも油断は禁物。

 事が事だ。下手に現状がばれたときには、手がつけられない混乱状態になるのは目に見えてる。 

 今の地球は、巨大太陽風サンクエイクの影響により、衛星網はずたぼろに引き裂かれ、今も大気圏上層部には、時折強力な磁気嵐が発生し、機器類が誤作動を起こすので民間航空網は壊滅状態。

 核戦争下を想定した一部特殊機が、何とか飛行可能という航空産業冬の時代……という設定。

 こいつもかなり無茶な設定だと思うが、これがリアルよりなんぼかマシってのが目も当てられない。

 チートな銀河文明の科学力を持ってしても、さすがに宇宙に上がられて直接情報を得られたらごまかしは出来無い、ばれる度に地球人類全ての記憶を書き換えとなると、何よりも惜しい時間と経費の浪費が半端ない。

 てな訳で親愛なる同胞の地球人の皆様方、しばしの間まだ騙されていてくださいってな意味も込めて、偽りの太陽に向かって祈っとく。 


「りゃ。三崎君また悪いこと考えてるでしょ」


 人聞きの悪い台詞が響きそちらに顔を向ければ、紙コップ片手の大磯さんがいつの間にやら隣にいた。

 柄にも無く神妙な面持ちで祈っていたのだが、大磯さんは、そんな俺を見て悪巧み中と捉えたようだ。失敬な。


「地球の安全と平和を祈ってるだけですって」


「無い無い。三崎君が平和とかますます胡散臭いから。三崎君はポジション的には、地球侵略しに来た宇宙人の組織に口先だけで入り込んで、そのまま乗っ取るタイプのボスキャラでしょ」
 

 俺の半分本音の巫山戯た台詞に冗談めかして返してきた大磯さんだが、今現在彼女の宇宙側の記憶は封鎖中。全く裏事情は思い出せないはずなのに、この人なんで言い当てられんだか。

 情報収集と分析に関しちゃ大磯さんのハイスペックは相変わらずで頼もしい事この上ないんだが……何時ものあれが無ければだが。

 大磯さんの手の中の紙コップに、俺はどうしても注意が向く。

 並々と注がれているアイスコーヒーと大磯さん。そして記憶解放直前。次の展開が目に浮かぶ。

 記憶を思い出した拍子にびっくりして思わず投げ捨てて、ご本人か俺が、頭上から冷たいコーヒーを被るならまだ愛嬌。

 その奇跡的な間の悪いどじっ子ぶりに宇宙側でもファンがいる大磯さんだから……最悪でも最新型飛行船が制御不能までは無いと思うが、警戒して損は無しか。

 ちなみに大磯さんの場合は、どんな寒い冬でも飲み物はアイス。ホットで誰かが火傷する危険性を考えたら、冷たい方で我慢するし、何か起きてもまだ被害が少ないとの事。

 悪気はないし、本人も気をつけているんだが、何というかそれでも防げないのが、この人の業の深さだ。

 とりあえず乱気流が近づいているだ云々といって、飲み干してもらうのがベストな回避手段だと思うが、タイムリミットが問題。 


『リルさん。記憶開放まであとどのくらいです?』

『船内や搭乗者の皆様の持ち込み物にいくつかの盗聴器や、発信器を発見いたしましたが全て処理済みです。情報漏洩の恐れはありません。情報解禁許可がおりましたので、10秒後に移行いたします』


 うむアウトだ。この時間で飲み干せなんて無理をいったら、大磯さんの事だ氷を喉に詰まらせかねない。

しゃーない。強攻策と行くか。


「ちょっと失礼します」


 時間も無いので断りを軽く入れて近づいて、紙コップを持つ大磯さんの右手を左手で押さえつつ、右腕を肩を抱くように回す。


「えっ……ち、ちょっ、っちょ、三、三崎君!?」 


 いきなりのセクハラ行為に大磯さんが顔を赤く染めてあわあわしているが、非常事態って事でお許し願おう。
 
 周囲の目線も普通なら痛いだろうが、ある程度、大磯さんを知っている人間ならば俺の突飛な行動の意味も察してもらえるのが、唯一の救いか。

 大磯さんをホールドするとほぼ同時に、展望台から見えていた青空と雲海に、稲光のような光が走り、外を注視していた人達がざわめきを上げるが、次の瞬間には一瞬で艦外風景がまっ暗に染まっていた。

 これは雷雲の中に突っ込んだとかでは無く、蒼天周囲の空間に特殊フィールドが張られた影響だ。


『蒼天周囲へのアンチ遅延フィールド展開完了。銀河標準時と艦内時間流の同期をいたします。星系連合未開惑星接触法の特例条項に基づき現地協力員への、一時的な情報提供及び記憶解禁』


 リルさんの音声案内が艦内に響き、宇宙側の記憶を取り戻した関係者一同のざわめきが、一気に静まる。

 衛星軌道上に展開し、隠蔽工作やら時間流遅延をやっているナノセル製の密閉型惑星統合管理システムは、いろいろとやれるのでこの上なく便利だが、その分、エネルギーやら消耗資材の消費が半端ない。

 時計の針を合わせるために、地球全体の遅延フィールドを停止させて、終了後また発動ってのが、時計合わせには一番楽な手段といえば楽な手段だが、これはちょっとばかり金がかかる。

 一般庶民感覚で分かり易くたとえるなら、エアコンを寒くなったからと一々止め、暑くなってきたら再度つけるのを繰り返す行為。

 つけっぱなしでいた方が結果的に安くすむとのこと。

 それと同じなら一部空間を限定して解除する方法の方が、かなり安上がりですむ。

 会議のためにわざわざ蒼天を使い海上まで出たのは、その限定された解除空間を得るため。

 経費削減で飛行船を飛ばすってのが感覚的に違和感がすごいが、相手側が我が母なる星地球となればこれも仕方なし。

 太陽作成が完了し、惑星間の重力影響調整が終われば、時間流を解除しても諸々の経費は現状の二割程度まで押さえられるというのが、サラスさん率いる経理部の概算。

 現状でもギリギリまで経費を削り、予算スレスレで何とか維持できているが、この状況は裏を返せば余裕がなさ過ぎて、何かで大きく1歩躓けばリカバリー不能な即倒産モードに移行の可能性も無きにしも非ずって所が切実だ。

 しかしだ。惑星持ちの貧乏企業って。
 

「み、三崎君、そろそろ放してくれない? さすがに落ち着いたから……あと拭く物を貸して欲しい」


 寂しい懐事情やら自虐的な事を考えていると、大磯さんの申し訳なさそうな声が腕の中から響いてくる。

 目を向けてみれば、記憶開放時の驚きの所為か紙コップを思いっきり握りつぶして中身を溢れさせてしまっていた大磯さんの姿。

 潰してしまった時にとっさに自分の方に向けたのか、俺の方には一切飛んできていないが、大磯さん胸の辺りにはビッショリとコーヒーが掛かり染みができていた。 

 
「蒼天内にランドリールームあるんでそちらに出しておいてください。ゲストルームのシャワーとダイブシステムが使えるように手配しておきます。会議が終わるまでには綺麗にしておきます」


 うむ。この上ないほどにミッション失敗……この人のドジを防ぐ正解ルートってあるんだろうか?





「現在地球を初めとした旧太陽系4惑星は、銀河中心を起点とした場合、ほぼ銀河の反対側に当たるペルセウス腕辺境域に位置しています。現在位置から太陽系へと戻るためには、通常手段では地球時間でおおよそ3000年の移設期間と、莫大な移設費用がかかってしまいます」


 目の前に広がるのは、俺らが住まう銀河を俯瞰図化した壮大な星の地図。

 VR空間に展開した無重力球状大会議場に集まる地球と宇宙の関係者による合同会議は、まずはディケライアの金庫番サラスさんによる、宇宙側の現状説明から始まっていた。

 銀河中心のバルジから伸びた、スパイラルアームと呼ばれる無数の恒星によってできた四本の光の帯。その中で小さめなオリオン腕に青い光点が光る。そこが本来の地球がいる位置であるはずの太陽系。

 それとは別に、銀河の中心を挟んで反対側。長大なペルセウス腕で光る赤い光点が、現在の地球及び水、金、火の4惑星の所在位置。

 こうやって銀河図で見て改めて、遠すぎるってのを実感できる。

 中心からみて赤い光点の現在位置の方が、元位置よりも倍くらい離れているド辺境なので直線距離でみて約八万光年もありやがる。

 さらに実際に移動させるとなれば、中心部に鎮座する巨大ブラックホールやら、その周囲に無数に存在する古い恒星群等の難所を避けた大回りルートとなるので、ペルセウス腕沿いのメイン交易路帯を進むことになる。

 だけど居住者ありの有人惑星の移送となると、安全面での法律関係や、跳躍時の空間安定度から取れるルートも限られているので、さらにコースは限定される。

 しかも行きで使ったようなアリスナビゲートの超特大ジャンプは、火事場のくそ力というか、奇跡の産物と云おうか、かなりの低確率の末の産物。

 今のアリスのナビゲート能力ならば再現できる可能性もあるそうだが、あくまでも可能性。リスクと確率が見合ってないにもほどがある数字だ。

 となれば地道に移動となるがそっちはそっちで問題大有り。

 距離が長くなれば長くなるほど、時間がかかればかかるほど、条件が狭まれば狭まるほど、経費が上がるってのは、地球も宇宙も変わらず経済の常。

 惑星移設経費や、ルート使用料、さらに安全対策のための諸経費諸々を含めた概算が、サラスさんの説明に合わせてスクロールされていく。

 数字を見るまでも無く、結論からいえば、そんな金も時間は無いで終わる話。

 ここにいる誰もが大まかとはいえ既に知っている事なんだが、こうやって改めて詳細な数字にしたのは、現状認識のためだ。

 
「続きまして恒星製作の概要に入らせていただきます。こちらの計画は元来の星系開発プランと並行しておこなう予定となるために、人材及び機材の確保が……」


 太陽が無くて困っている。なら元の位置に戻れば、今も恒星が燦々と輝く太陽系に戻ればいいや、いっそ太陽を持ってくるという選択肢もどうしても考えてしまうだろうが、時間にしろ金にしろ無い袖は振れないって話だ。

 完膚無きまでにそんな希望を叩きつぶしたサラスさんは、ついで本命の計画である恒星作成計画の説明へと移行する。

 こっちは元々のディケライアが請け負っていた暗黒星雲縦断ルート開発計画の変更プラン。

 機材やら人員が揃っているとはいえ、地球を元の位置に戻すよりも、恒星を一から作った方が早いし安いってのは、さすがに巫山戯た話だと思わなくも無いが、それがリアル。

 太陽の代替えとなる恒星を作る手段は、単純にいえば元となる星に次々に物質を放り込んで、自己重力による核融合反応を起こさせればいい。

 アリス曰くフォアグラ式。要はどんどん放り込んで肥らせろとのこと。浪漫の欠片もない身も蓋もない説明だが、分かり易いのが憎たらしい。

 まずは元となる暗黒星雲内からその一部が収縮しでできた原始星を発見して確保。その原始星を重力遮断フィールドで囲み、今の宙域まで移送。

 予定位置に設置後に人工的に重力圧縮を掛けつつ、燃料となる小惑星やらガス物質を投入して規定値まで質量を増加。

 その後は超重力、超高熱下でも長期間稼働可能な無人特殊艦である恒星潜行艦を恒星中心部に配置して、着火して自家核融合を開始。

 外部から潜行艦を管理して、適切な熱量やら重力を確保という流れになる。

 恒星を作るだけでではなく、管理可能ってのが重要。今回製作する恒星は本来の太陽の質量から比べて1/100以下。

 質量不足で恒星化するほどの重力を得られず、本来なら褐色矮星となるクラスの物を人工ブーストさせて、無理矢理に恒星化させる計画だ。

 短期でしかも必要物資が少なくてすむので安く作れるが、後々の管理経費も割高でかかるってのが少しネックだが、諸々のバランスを見たときに、これが攻略としての最適解だと思いたい。

 何せ地球の問題と、宇宙の問題を一挙に解決できる唯一無二の案だからだ。


「シンタ。ちょっといい?」


 サラスさんの報告に耳を傾けていると、我が相棒にしてディケライアの社長兼嫁であるアリスが器用に無重力の中を泳いで俺の横に並んできた。

 説明対象が銀河だったり、惑星全域だったりと規模が大きすぎるので、立体的に把握しやすいように、自由に移動可能な球状無重力空間でおこなっている。

 だから会議といっても決められた席が有るわけでも無く、それぞれが思い思いの場所に散らばっていて、説明する社員だけが今のサラスさんのように中央に地形図やグラフを表示して報告する仕様。

 だから説明途中で移動するのも、自分の部署にあまり関係ない話で判らないからと途中で誰かに聞きに行くのもかまわないっちゃ構わないが、俺とアリスの場合はさすがにそういうわけにはいかない。


「んだよ。ちゃんと聞いてないとサラスさんに叱られるぞ」 


 正直、何度も見て聞かされた説明で空で言えるほどには暗記してもいるのだが、俺ら夫婦の場合は計画の中心にして、元凶。全部知っておけ理解しろって厳命が降されている。

 聞いていませんでしたとか、上の空でしたなんでなったら、後でサラスさんからどんな追加課題を出されるやら。


「そのサラスおばさんからシンタに。旧太陽系の方の航路開発許可が一応だけど星連からついさっき降りたって。ただ今日の会議で報告できるほどには固まってないから、後日に追加報告するって。だからそれまでにプラン作成も含めて動くようにって」


 アリスがもたらしたのは朗報といえば朗報。でも時間を食いすぎだ。それにまた仕事が増えやがった。

 恒星さえも作成、管理する銀河文明にとって、安定した恒星の主系列星はこの広大な宇宙において、絶好の灯台にして中継ポイント。

 太陽系が存在する宙域は、銀河全体から見れば星の数がまばらな辺境領域。

 星=恒星が少ないってのは、重力変化がすくなく跳躍のしやすい空間であると同時に、補給や整備をするのに適した恒星が少ないって、メリットとデメリットを生み出す。

 建物が少なく道が真っ直ぐで走りやすいが、GSやらコンビニも少ない田舎街道って所か?

 だから太陽みたいな安定した恒星がある星系は、長距離跳躍が不可能な一般的な船が主な銀河文明にとっては稀少で絶妙な中継ポイントの1つになる。

 ただ問題は、太陽系には原生生物である俺ら地球人がいたために、星連自体が定めた未開惑星関連の法律に引っかかって、開拓も中継ポイント化もできずに、太陽系周辺では航路をいくつかねじ曲げていた。
 
 しかし現在その太陽系は地球が転移して、いわゆる空き家状態。

 太陽系の所有権を持つのは無論ディケライア。しかし今のディケライアには銀河の反対側に離れた2つの宙域を同時に開発するほどの力は無い。

 となると、太陽系所有権を、星連やらその麾下の星間国家、または企業やらの、新しい居住可能恒星系を求める連中に売るか、貸し出すってのがベストの選択。


「了解。しかし売りじゃ無くて、権利貸しのほうがすんなり決まるって話はどこ行ったよ。おかげで予算かつかつになったんだが」


 一度にドカッと金が入る売買では無く、細々と続く賃貸を選択したのは、先々のことも考えてってのもあるが、それ以上に当座の資金やら協力が喉から手が出るほど欲しかったってのが強い。

 足元を見られやすい売買では無く、諸手続の早い賃貸ってことで方針はすでに決まっていたのだが、本決まりになるまで俺らはもっと早い時期を想定していたのが、なんやかんやと調査が続きズレにズレて、後発の第二太陽系構築計画よりも、遅れたのはちっとばかり計算外だった。


「しょうが無いでしょ。謂れが謂れなんだから。星連の合同調査隊が異常無しって判断するまで時間がかかったみたい」
 

「どうせ他に銀河帝国時代の遺構が無いかって幾度も調べ直したのが原因だろ。諦め悪すぎだろ列強の連中は。とっとと道でも引いた方が儲かるってのに」


「シンタその台詞止めて……あのぼったくり羊っぽいから」


「いやぽいも何も、俺の銀河流通業界の知識はレンフィアさんレクチャーだろうが」


「そうだけどさぁ、あの血も涙も無い地獄羊の真似だけはしないでよ」


 俺が思わず吐いた台詞に、アリスが実に嫌そうな表情を浮かべる。

 アリスの脳裏に浮かぶのは、同じく銀河帝国皇家の末裔のディメジョンベルクラドにして、銀河最大規模の運送会社バルジエクスプレスを率いるレンフィアさん。

 羊の角がトレードマークの何時も眠そうな目をしていた年上のお姉さんという感じのおっとりした外見と言動だが、騙される事なかれ。

 サラスさん相手に1歩も引かない商談をしてのけられる豪商で、実にビジネスライクな判断力の高いお人だ。

 ディケライアが危機に陥ったときも、アリスと残された社員のみではリカバーは不可能と判断。

 それまで友好的な関係を築いていたの一転、料金の値上げやら保証金倍額にしたり等、積極的にディケライアを窮地に追い込む方針に転換し、最終的には吸収合併を仕掛けようとしてきた事もあるそうだ。


「そんな嫌ってやるなって。吸収合併を狙ったのも教え子だったアリスを自分の部下にするためだって云ってたぞ。優秀なディメジョンベルクラドはいくらでも欲しいそうだ」
 

「嫌、それだけは絶対嫌……うぅシンタは本当の本性を知らないから暢気にいえるんだよ」
 

 レンフィアさんはアリスにとって跳躍ナビゲートの師匠役の一人で、昔は相当スパルタにやられたらしく、恨み辛み以前に元々苦手意識が強いというのがリルさん情報。

 その時のトラウマからか、アリスは事ある毎に理由をつけて直接対面を避けているほどだ。

 もっとも向こうは一切そんな事を気にしちゃおらず、こっちの計画に勝算ありとみるや、協力を打診してくれた。

 最大手の1つのバルジエクスプレスが動いたおかげで、他の企業も強い興味を示してくれたので、ディケライアにとっては紛れも無い恩人、恩企業。

 しかしサラスさんもいっていたが、順調にいっているときはこの上ないほどに頼もしい味方だが、1歩踏み間違えればアリスが恐れる鬼になるとのこと。

 となりゃ、まずは空いてる太陽で道をつくってご機嫌伺いといくしかなるまい。

 サラスさんの報告を聞きつつも、ぶるぶるとウサミミを揺らし恐怖する相棒のためにも、太陽系航路を新設するための新しいプランを俺は練り始めた。



[31751] AI使用規制下における星間運搬船運用及び対策と、会議中にばれないいちゃつき方
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/08/01 00:38
 ディケライアが請け負っている暗黒星雲開発計画は、いってみればトンネル工事。

 地球の人知を越えた銀河文明を持ってしても、光年距離を超える跳躍は極めて難しい現状、数百光年の範囲に広がるライトーン暗黒星雲は、そびえ立つ巨大山脈のような存在。

 重力異常宙域や濃密な星間物質が広がる暗黒星雲内への跳躍行為は自殺行為。

 かといって暗黒星雲の縁をなぞるような長大な迂回路を、無補給、簡易整備のみで飛べる船は、銀河帝国の恒星系級侵略艦カテゴリーの天級を代表にして銀河に僅かしか存在しない。

 昔アリスに聞いた台詞を借りるなら、この宇宙の船は点を飛ぶ。

 ディメジョンベルクラドと呼ばれる他次元空間を感じ取れるナビゲーターの力と、他次元に干渉までできる超絶科学力を持ってして、無理矢理に次元の壁に穴を空けて、人間尺度から見れば途方もない、そして宇宙的尺度から見れば僅かな距離を跳躍する。

 ただ物理法則の異なる他次元へと乗り入れるってのは、やはりかなりの無茶だそうで、空間が大きく乱れるので点から点へと飛ぶ連続跳躍は難しく、船自体も数回、ひどい時はたった一回の跳躍で、オーバーホールとまではいかずとも、それなりのメンテナンスと補給が必要になる。

 しかし迂回路たる暗黒星雲の縁にはそれに適した恒星系はほとんど存在せず、他から持ってくるにしても、数が膨大になりすぎる。 

 そこで暗黒星雲内に跳躍可能となる凪の部分を人工的にいくつも作り、そこに恒星と惑星を配置して補給、休養ポイントを作り出す。

 暗黒星雲を突っ切る直線コースだから補給ポイントの数は少なくて済み、暗黒星雲内に元々存在する原始星や惑星を活用するので、物資の移動運搬にかかるコストや時間が少なくすむ。

 これが暗黒星雲開発計画の概略。

 山間に通された高速道路とガソリンスタンド付きSAと考えれば想像しやすいが、恒星と星を据えるってのがまんま天地創造クラス(しかも複数)なので、規模は桁違いも良いところだ。

 宇宙側から見ても大プロジェクトにおいてディケライアが請け負ったのは、暗黒星雲開発計画初期開発拠点となる星系整備。

 開発に関わる人員とその家族が住まう居住惑星。
 
 開発工事用の各種宇宙船を製造、整備可能な工場惑星。

 そしてそれらの惑星や宇宙船へのエネルギー供給施設となる恒星と反物質精製惑星セット。

 この3つがディケライアに求められた最低限のクエスト達成条件であり、本来なら現宙域に元々あった星系の改造で十分以上にまかなえたはずの案件。

 だけどそこにあるはずの恒星、惑星を含めたほとんどの星系内物資が、何者かによって持ち去られていた事で、元々ピンチだったディケライアの経営状態は最悪に、それこそ崖から半歩足を踏み出した絶体絶命状態へと突入。

 だけど災い転じて福となすではないが、地球人的には不幸な事故、個人的には相棒のファインプレイな、地球、火星、金星、水星の4惑星が、この宙域に転移してきたのは正直僥倖。

 これで主星の太陽が一緒に転移できていたら万々歳だったが、そこまで望むのは虫がよすぎるって話だろうか……





「水星、金星間の物資輸送船メインAIへの指示はPCOとの連動形式をとる形となっている。時間流誤差調整に関しては、待機宙域を設けてこちら側の着陸管制処理で対応……」


 リアルでは大巨人。VR内では大きさの調整をしているとはいえ、やっぱり人並み外れた体型のマッシブな兄ちゃんである資源管理部部長イコクさんが、中央メインモニターを使い事業計画の進捗具合を説明している。

 金星は造船工場惑星。新設したオービタルリング工場兼宇宙ポートと地上からの物資搬出用大型軌道エレベータの組み合わせ。

 一方で水星は、資源抽出及び合成と反物質生成の資源作成惑星。

 生成した物資を運び出す手間やらコストを考えるなら、物資生成と造船は一緒の星でやるのが良さそうなんだが、何かと頭の固い星系連合の惑星開発に関する各種法がそれを妨げる要因。

 下手に事故が起きたら惑星崩壊レベルの大惨事となる反物質精製施設と、大型造船施設は同一惑星内には建造できない定められている。

 いざ総員退星となったときに、使える船の確実な確保や、緊急造船可能とする為の安全策と言われれば、仕方なしと思うしかない。

 だからこっちは諦めるが、面倒なのはAI規制のほう。

 AIはあくまでも人類種のサポートであり、自己判断やファージな解釈をしない、出来無い。

 それが銀河文明世界においてのAIの立ち位置。全ての判断は人が下し指示して、初めてAIはその超絶な処理能力を存分に発揮できる。

 資源惑星で抽出した物資を積んで、工場惑星に運んで、帰ってこい。

 言葉にすれば簡単な、そんなお使い1つにも、わざわざ一回事にルートを決め、時間配分まで決めて、詳細な指示をしなきゃならない。しかも一回事にだ。

 コンピューター開発黎明期じゃあるまいし、こんな手間は無駄も良いところだと正直俺は思う。

 しかも規制はそれだけじゃない。

 AI管理資格がなければ、無資格の場合は指示可能なAIは5つまで。

 AIがAIに指示を出すのは禁止。

 無人戦闘艦の新造及び改修禁止。

 1つの企業や、事業所ごとの所有AI総数規制やらなんやら。

 禁止、規制の雨あられ。どんだけAIの反乱とやらがトラウマになってるよ銀河文明。

 宝の持ち腐れも良いところだ。

 人手不足のディケライアとしちゃ足りない分を、AIで補えたらどれだけに楽になる事やら。

 アリスが何に感化されたか判らないし、聞くと鑑賞会に付き合わされるので知りたくもないが、人手が足りない度に戦いは数だよと力説していたのには激しく同意。

 だからこそいろいろと画策して、地球人のAI指示適正実験やらと怪しげな名目を起ち上げ、こちらのAIへの指示と、PCOのクエストを連動させて、地球人プレイヤーを無資格のAI管理者として使うという荒技を敢行しているわけだ。

 そんな趣味はともかく、いろんな意味で心を1つにしている相棒はといえば、


「ねぇシンタ。ユーザーアンケートのほうってどうなの? 定期航路AI指示なんてつまらないって言う人が多くない?」


 自分所の部署の進捗具合よりも、ゲーム内アンケートのほうが気になっているご様子。

 AIに出す指示は、あれこれ細かい上に、定型文ばかり。つまりは飽きやすいクエストじゃないかと心配しているようだ。

 たしかに仕事に関係しているっちゃしているが、気にするのは、イコクさんの話よりそこで良いのか社長と思わなくもない。

 だが今回の合同会議は情報共が主目的で、俺やアリスが既に目を通した情報ばかりで、目新しい報告はないってのがやはりでかい。

 そして悲しいかな、それは俺も同じ。

 こっちに来たばかりの頃なら、オービタルリングと軌道エレベーターの組み合わせと来れば、ガキの頃のように目を輝かせて見入ってたんだが、さすがに半世紀近くこっちに触れていると、気分的に盛り上がれってのが無茶だ。

 毎日使う通勤電車を見る度に興奮できるようなマニアックなやつは一握り。見慣れすぎて、ありがたみが失せていた。


「安心しろ。その辺は一定の需要がある。決められた航路を、決められた時間に、毎回指示を出す規則性に安心感を覚える、主にゲーム初期からの三角貿易を延々とやれる作業ゲー愛好家連中」


 会議の内容に注目していないとサラスさんの目が怖いが、アリスをないがしろにして無視して、シャモンさんに愚痴られるのもそれはそれで恐ろしい。

 だから目線は中央のモニターに向けながらも、意識はアリスに向けて問いに答える。


「作業をおもしろがれる辺りは日本人らしいっていうか……ほんとマニアの多様性が多すぎない地球人?」


 俺の回答にアリスは理解出来ないという顔を浮かべる。単純作業は相変わらず嫌いか。

 定点狩りより、移動狩りが好きな、ウサギのくせに狩猟生物プレイスタイルを思い出す。


「そこらの多様性の発現や維持能力も、銀河帝国の調整じゃないかって話だ。別次元宇宙転移後の爆発的増殖を狙ったんじゃないかって。もっともその多様性の維持で違いが発生しやすくて、やたらと友好的だったり好戦的になってるって分析も出てたな」

 
 文明、文化レベルが一定以上に到達した銀河文明は、生態や生存環境での違いはあっても、どこか画一的な感じが多い。

 永遠ともいえる寿命を得た弊害と良いんだろうか?

 それに比べて我等地球人の思想、思考の違いの多いこと多いこと。

 似通った趣味ならすぐに仲良くなるかと思ったら、趣味外の俺からすれば違いがわからない所で揉めたりと推挙に暇なし。

 NPCの髪型。

 それもツインテールのラビットスタイルとレギュラースタイルとやらの違いで揉めて、最終的には数百隻の戦艦が入り乱れる大規模宇宙抗争が起きたと聞いたときは、さすがに目を丸くしたもんだ。

 ……どっちも似たようなもんで同じだろ。と思うが、それを発言すると双方の勢力から攻められそうなので沈黙の一手だ。


「またうちのご先祖の仕業? ……なんかいろいろごめん」


 知れば知るほど、過去の所行やら、俺ら地球人を実験生物扱いが気になって、嫌いになるらしく、アリスが少しだけ凹む。

 感受性が豊かなアリスには、銀河帝国の暗部情報を隠しておくって手もあるかもしれない。

 だけど嫌な情報であろうとも自分だけ知らないのをアリスは嫌がるし、ましてやそれがご先祖の所行となればなおさらだ。

 なんだかんだいっても打たれ弱いくせに、嫌な話も聞きたがる辺りは精神的マゾッ子かと。

 まぁ、何でも生真面目に受け止めすぎるのを、アリスの悪癖と思うか、美点と思うかは人それぞれ。


「気にすんなって。トータルでプラスにすりゃ良いだろ」


 しゅんと垂れたウサミミに俺は無意識に手を伸ばしてなでてやる。

 VR空間でも、そのふわりとしながらもサラサラとしたウサミミの極上の手触りは、何とも癖になるやばさだ。

 なにせ久しぶりにアリスと会ったらとりあえず撫でとくかとなるくらいだ。

 うむ……ウサミミ接触中毒症状ありとは、俺も人の事が言えないマニアックすぎる趣味な気がする。


「うーまた断り無く勝手に触る……結構なマナー違反っていってるでしょ」


 他次元を感じるディメジョンベルクラドにとって、次元感覚器官である外耳は、命ともいえる重要器官。

 家族や恋人でも、本人に断り無く触るのはあまり褒められた行為じゃないってのが、アリスの弁であり、銀河文明での常識。

 しかし嫌がっている言葉のわりには、当のウサ耳はもっと触ってくれとばかりに俺の手に絡んできてますがね奥さん?


「じゃあ放すか”相棒”?」


 俺がわざと嫌みったらしくキーワードを口にして聞いてやると、アリスがぷいと横を向いた。


「……”パートナー”のシンタだから良いけどさぁ。でも勝手に触った代わりに勝つなら大勝ちだからね。それくらいじゃないと負債は払えないから。だからクリア条件は厳しいよ」


「ハードモードは望むところだっての。苦労した方がクリアまで楽しめるだろ。俺らは」


 最終的な帳尻さえ合えば問題無しとして、クリアまでの過程を楽しむ。ゲーム感覚で。

 俺とアリスは、出会った頃のままのゲーマー魂で今の難局に挑んでいる。

 地球や、宇宙の命運が掛かっているのに不謹慎やら不道徳だと誰かにいわれるかも知れんが、俺ら廃神ゲーマーを舐めないでもらいたい。

 俺らにとっちゃゲームクリアこそ全身全霊を書けた真剣勝負。クリアの為なら、どんだけ無茶だろうが、難題だろうが通してみせる。

 だから俺はあえて嫌な情報でもアリスには隠さないし、ちゃんと伝える事にしている。

 例え嫌な思いや感情を抱いても、アリスならそれをバネにしてはね除けると信じている。

 そして俺が隣にいる以上、俺とアリスならどんだけの逆境であろうとも乗り越えられると、ゲームをクリアできると確信している。

 もっともそんな思いをアリスに素直に言う気は無し。

 んな自分に酔った気取った台詞なんぞ恥ずかしくて口にできるか。

 アリスが俺を正式パートナーに選んだときに、そんな台詞を吐く精神ポイントは当に使い切ってる。

 だから何時もの定番行為。ただゲームに誘うだけだ。

 
「んじゃ。イコクさんが終わったら俺の出番だから、そろそろいってくら」


 そろそろこちらを監視しているサラスさんの目やら、会議中にいちゃついてんじゃねぇぞこの馬鹿夫婦という周囲の目線が厳しくなってきたので、アリスのウサミミから手を放す。

 会議中でもないとゆっくりアリスと話す時間も取れないほどに、俺が多忙なのは皆さんご存じなので多少は見逃してくれていたが、さすがにここら辺が潮時のようだ。

 VRじゃ緩むわけないが気分を切り変えるためにネクタイを締め直し、気持ちを切り変えつつ、報告内容を頭の中でさっと思い返していく。

 人手不足解消の手の一環でもある地球のVRMMOであるPCO。

 そしてそれと対をなす宇宙側の星系セミオーダーシステムの基であるPCO。

 絶賛稼働中の地球と違い、宇宙側はまだまだ途上だが、地球のPCOが動いたことで、こっちもある程度の形が出来上がりつつある。

 後は生け贄……もといコアプレイヤーの美月さんらの活躍を、上手いこと利用させてもらって、一気に動かしていくだけだ。

 より面白く、より激しく、停滞した銀河文明を引っかき回して、俺が望む形を描き出すために。

 くくっ。考えれば考えるほど、かなり無茶だがそれこそやり甲斐がある。

 下等実験生物と俺らを見下してくださっている高尚な知的文明の指導者様方、すぐにこちら側まで引きずり下ろしてやるから待ってろよ。


「まーた悪い顔してる……今日は身内だけなんだから、変に悪巧みしないように。ただでさえシンタは外向けの評判が悪いんだから、内向けくらいは誠実にやってよね」

 
 あきれ顔で今更な俺の評価に対する注意をしながらもアリスが右手を上げる。

     
「あいよ。真面目にやってくるから心配すんな」


 軽く答えながら俺も右手を上げ、アリスとそのままハイタッチをし、その後に拳をつくって打ち合わせる。

 いつもの出がけの挨拶を交わした俺は、無重力球状大会議場中央空間に向かって移動を開始した。



[31751] 新規協力企業との業務提携及び、新受注システム概要
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/08/05 00:31
 惑星改造会社。

 星の海を渡り歩き、自分達の生活環境に適した状態へと星を改造し、恒星さえも制御してみせる。

 地球じゃSFの中でしか聞かない架空の業種。

 だが跳躍距離に制約はあれど、恒星間航行を可能としている銀河文明においては、建設業カテゴリーに分類される、立派な業種だ。

 惑星改造と一口にいっても、その内容によって、規模は大きく異なる。

 恒星を生みだし、惑星の位置を調整する大規模な恒星系開発から、海を作りだし、大気大循環を発生させる惑星環境改造、さらにはもっと小規模な限定された区域での人工環境生成等々。

 取り扱う規模が違えば、それに合わせ大小様々会社があるのは、どこの業種も変わらぬ訳で、惑星改造企業業界もいくつかのカテゴリーに分類される。

 トップカテゴリーには、銀河を股に掛け、恒星間交易航路生成などいくつもの宙域に跨がる大規模宙域開発を行う大手改造会社。

 主星となる恒星を中心に1つの星系を全てデザインし、組み立てる中堅企業が多いセカンドカテゴリー。

 そして地元惑星やその衛星での小規模な改造、保全を主な仕事とするサードカテゴリーといった具合だ。

 その業界構造は、絵に描いたようなピラミッド型。

 トップカテゴリーに近づけば近づくほど企業数は少なくなり、下を見ればこの広大な銀河にふさわしく、それこそ星の数ほどの小規模企業がひしめく裾野の広い業界。

 そんな上は狭く、下は広大な業界において、我が相棒が率いるディケライアは、今現在非常に微妙な立ち位置にいる。

 銀河帝国皇家末裔の社長一族が持つ銀河最高クラスの次元跳躍ナビゲート能力『ディメジョンベルクラド』により、異常重力帯がひしめく銀河の難所であろうが、銀河中心超大質量ブラックホールのシュワルツシルト半径の縁ギリギリであろうが確実に跳躍してみせる。

 配下の社員達は、絶対の忠誠を誓う銀河帝国元親衛隊のみならず、銀河全体が激動に揺れた銀河大戦時に、初代姫社長が辺境域を駆け回り救ってきた惑星や星系の元住民達が多く、高い士気プラス様々な特殊能力をもつ人材の宝庫。

 惑星改造艦としては現場を退いたとはいえ、銀河帝国最後にして最高傑作艦である天級シリーズの最終ロットである『創天』とそのメインAIを本社として有し、銀河全域にわたる情報通信システムの中心であり、銀河帝国設立以来記録を収集保存し続ける恒星間ネットワーク中央情報管理惑星アーケロスへの最優先アクセス権所有。

 所有する惑星改造艦は、恒星系級を含め数百隻以上。さらには恒星超新星化艦やら、ブラックホール製造艦などの戦略級超特殊艦も所有し、建設会社だというのにその気になれば銀河の半分の星間国家を相手にしばらく善戦できるほどの実質戦力を有する。

 そんなどこのラスボスだと、突っ込みたくなるほどの巫山戯た陣容を有していたのがアリスの母親。

 俺から見ればまだ会ったことの無い義母で先代社長スティア・ディケライア時代の、業界の盟主ディケライアだ。

 それと比べて我が相棒率いる今のディケライアの現状といえば、比べるのもバカらしくなるほど。

 所有していた惑星改造艦は、創天を除き、大半の社員と共に全ロスト。

 事業が成り立たなくなって生じた天文学的な数値の違約金や賠償金は、所有動産や不動産の売却や譲渡で支払いきったが、事業継続のために借りた運転資金という名の膨大な借入金があって、地球はその質草。

 少数精鋭といえば聞こえは良いが、慢性的な人手不足を、何とか個人のタレントと士気で持たせている綱渡り。

 さすがに最新鋭艦と比べると装備や機能の型落ち感は否めないが、出力だけなら今でも銀河でも最大級の天級を2隻所有しているのはプラス要素だが、その力を自由に使える訳では無い。

 創天は現在地球を含む四惑星のホールドや環境維持に全能力を発揮中で、これ以上の無理は出来無い。

 もう1隻の送天に至っては、数万年規模の休眠状態からの、至上最高距離大跳躍という無茶の影響でオーバーホール必須。

 しかしその資材も設備も今の辺境域で望めるわけもなく、バカ高い工場艦を呼ぶ金も無いので、精度は極めて高いが、星系内距離跳躍をサポートするのがやっとという有様。

 無い無い尽くしで、某戦略ゲーのベリーハードモード初期でさえ可愛く思えてくる。

 惑星改造業界のカテゴリーでいえば、さすがに地場企業なサードカテゴリーには属しないが、極めてそこに近いセカンドカテゴリーの下から数えた方が早いくらいの立ち位置だろうか。

 しかしディケライアという金看板と、そしてリルさんという規格外の手札が、こちらの武器であり生命線。

 力的には、セカンドカテゴリーの底辺に位置する今の現状から、この業界全体を揺るがす大きな力へと。

 それが俺のこちら側でのPCO。Planetreconstruction Company Onlineの主目的であり、攻略ルートだ。







「今現在はサードカテゴリーに属する約0.5%の小規模企業と技術提携について、詰めの調整の段階です。銀河全域マップをご覧ください」


 小さな事からコツコツと。陰謀を張り巡らすにゃ苦労を嫌ってちゃできやしない。

 心の中じゃそんな巫山戯たことを考えつつも、会議用の真面目社会人モードで表情を引き締めつつ、仮想コンソールに指を走らせる。

 この数年間で、協力を取りつけてきた銀河各地の小規模惑星改造会社の所在地をマップに表示する。

 星の数ほどあるサードカテゴリーの企業中0.5%。

 何せ分母がでかすぎるから、ぱっと見には協力企業の数が多く感じても、非協力企業の数を見れば絶望的な気分になりかねない。

 だからリストではなくマップ表示。そっちを見せた方がまだ希望がある。

 でかすぎる銀河マップのあちらこちらに散らばる光点が表示され、会議に出席している関係者の中で、これの意味の判る人達からざわめきの声が上がる。


「ライアッドワークスの本社があるファーガン宙域に切り込めたの? どうやって!?」


「いやいや待て! それより全企業が実質国有化されているサナイド連邦に、橋頭堡築けた方が異常だろ!」


「アリシティア社長が、人たらしって評価するだけあるなシンタさん。信じられんほどの広域をカバーしてるな」


「要因予測……詐欺師的手法」

 
「後で訴えられそうで怖い……連合議会で暗躍した時に脅してきたんじゃ」


 うむ、前半はともかく後半は褒め言葉とは思えない感想をありがとうございます。

 そしてアリス。人聞きの悪い二つ名をこっちでも広めるな。

 アリスのパートナーとして以外に俺がディケライアで与えられた役職は、新設されたPCO事業部のゼネラルマネージャー。

 立ち位置的には、マネージャークラス(部長職)を統括する上位クラス。

 要はディケライアの各部部長の上に置かれているわけだが、俺自身も含めてそんな立場にいるとは思っていない。

 あくまでも俺の手札を増やすためのアリスの好意であり、外部から情報管理や権限などを突っ込まれたときのための方便。

 そんな俺の仕事は、ディケライアの全事業部の状態や活動を把握して、如何に地球側と組合わせ、利用し新たな手を紡ぐか。簡単に言ってしまえばその一点のみ。

 だから表舞台である星系連合議会で派手にやりあったかと思えば、裏でコソコソと、目標のために手段や場を選ばずにいろいろとやっている。

 表側はともかく、裏工作は下手に情報が漏洩すると、仕掛けが無駄になりかね無いので、基本秘密行動も多く、俺本人以外に、出張中の俺の動向をそれなりにでも把握していたのは、社長であるアリスを筆頭に、情報管理の元締めリルさんや、お目付役のサラスさんくらい。

 だから俺が協力勢力を取りつけていることは知っていても、それがどの規模でどの宙域にまで及んでいるかは、身内相手でさえ今日が初披露となる。

 そして俺が口説き落としてきた相手は、文字通り銀河全域。

 星系連合で繋ぎをつけたお偉いさんを伝手に、それこそ東西南北の広域な範囲に散らばっている星々へと顔を繋げた。

 好感触もあれば、下等種族と見下されたりと、様々な反応があったが、それこそまんべんなくだ。

 その節操のない繋ぎの結果がこれだ。

 元々ディケライアが強い影響力を持っていた広大な辺境域のみならず、他のトップカテゴリー企業が鎬を削りシェア争いを繰り広げる銀河中央。

 絶対的地域覇者がいるような古い文明領域など、既に他社のドミナント戦略がすんでいるような地場にも、シミのような微かな点であろうが何とか色を残している。

 もっとも種を明かせば、そこらに斬り込んでいるのは、経営者がかなり変わり者だったり、偏屈だったり、果てには採算度外視の実質趣味だろっていう仕事ばかりの、俗に言う色物ばかりだったりするが。

 全国チェーンのコンビニのようなのが大手惑星改造企業だとすれば、それに対し俺が口説き落とせたのは。元個人店が見た目だけコンビニ化しただっけ感じ。

 一応惑星改造業をやっているが、かなり小さな案件だったり、土木工事に毛が生えた程度だったりと、名前負けしているようなのが少なくない。

 その宙域に占めるシェアなど微々たる物で、大手から見れば路上の石ころにもならない無意識に無視出来る程度の存在ばかりだ。

 もっともだからこそ、星系連合議会で派手にやっている裏側で、こっそりと構築できたってのもある。


「では続きまして事業展開予定の概要を説明させていただきます。今回協力を取りつけた企業は、それぞれの勢力圏が遠く離れすぎているために、物流統合でのコストダウンや、機材のシェアという形での協力はまず不可能です。またその商圏種族は志向や生存環境の差も大きく、それぞれ異なります」


 一定地域に集中出店するドミナント戦略の肝は、配送コスト削減と、その地域のニーズの把握と迅速な対応。

 一筆書きができるような物流ルートを理想として運送コストを下げると共に、商圏内での客層や売れ行きを分析し、顧客のニーズを把握、迅速に商品ラインナップが対応出来るようにする。

 自分が欲しい物が、迅速に、確実に、そして安く手に入る。

 これは古今東西、地球だろうが、宇宙だろうが変わらないお客の本音。

 そして宇宙において最大のネックは、距離と時間。

 地球人から見れば魔法のような科学技術を持つ銀河文明といえど、宇宙の広さに対しては、ほとんど太刀打ちができていない。 
 
 恒星間を行き来できる外宇宙艦といえど通常短距離跳躍が技術的絶対限界。

 一光年以上の跳躍距離を可能とするのは、銀河の要所と要所を結ぶ跳躍門。

 もしくはわずか数十人しかいない超長距離跳躍ナビゲーターと、その能力に合わせ個人調整された搭乗艦。

 この両者の共通点は、銀河帝国によって生み出された奇跡の動力炉『六連0型恒星弯曲炉』を積んでいる事だ。

 稀少な0型恒星を六個を次元圧縮した特殊フィールドに配置し、その強烈な光と超重力による合わせ技で空間を歪め次元の壁に穴を空けて、上位存在世界へと接続。

 この世界の総量よりも大きいエネルギーを得るという、反則という言葉も生ぬるい超科学の産物。

 炉から得られる超エネルギーがあることで、ナビゲータの力量も左右するが、光年距離を易々と跳躍させたり、常時次元に穴を空けた上で安定化させ常設航路を維持なんて無茶ができたりする。
    
 しかし強力な分、恒星としては短命なO型恒星はかなり稀少である上にそれを六個も使用という段階で、かなりの難題だが、さらに輪を掛けて難しくするのが製造行程だ。

 製造時に少しでも互いの恒星の位置がずれれば、特殊フィールドごと崩壊して、周囲十光年以上の空間に存在する全てを巻き込んで、次元の藻屑と消えかねないって……どんだけ危険だこのエンジン。

 一度始動すればほぼ破壊不能な永久炉として安定するらしいが、それでも恐ろしすぎるこの恒星炉を新造、量産できるほどの強権を有す国家は、星系連合という列強が議会という戦場で鎬を削る、今の寄り合い所帯な銀河には存在しない。

 今の銀河文明よりも一部においては高い技術力を有し、銀河を支配していた強権国家である銀河帝国だからこそ、製造、保持できた遺失エンジンと考えた方がいい。 


「星連アカデミア傘下各惑星大学の共同研究からの参考になりますが、文化や生態で類似性があるグループごとに色分けした場合はこのような形になります」


 俺が銀河星図に重ねて表示したデータは、色彩見本のように様々な色がちょこちょこと固まる様相を現す。

 距離と移動に難点がありすぎる場合、移住や新規開拓がどうしても近場、近隣の星系からになるのは自然の理。

 所々別色に分断されている領域があったり、2つの色が混在している星域は、過去の大戦争の痕跡を表していたり、ものすごく遠いところで似通った色があるのは、銀河帝国による流刑政策の産物だったりと、何かと争いの絶えなかった過去を匂わせる業の深い図だ。


「さらにこれに星系連合に参加する国家や地域の勢力図と、惑星改造企業のトップカテゴリーや、セカンドカテゴリー大手の商圏を重ねます」


 銀河図にさらに2つの別データを重ねあわせて、今の銀河の勢力図を表示。

 一目でわかるが列強と呼ばれる星間国家は、同一文化や、同一種族でまとまった星域が多く、逆に泡沫的な弱い力しかない星域は様々な色がコンストラストとして入り乱れている。

 惑星改造という一大事業を請け負う以上、その地域の支配勢力と懇意になる、もしくは懇意じゃなければならないのか、政商としての一面も強い惑星改造企業も、国家勢力とほぼ同じような状況になっている。

 別格として幅広い星域を跨ぐ企業も、ごく少数あるが、それは過去のディケライアのようにトップカテゴリーのさらに最上位。国家並の力を兼ね備えた一大惑星改造企業グループ。

 明確に色分けされた商圏図の中心は、がちがちに固められた支配領域。


「不老不死に近い寿命を手に入れ、文化進化が停滞気味な銀河文明は、地域ごとに凝り固まった価値観や、志向が蔓延し、流行廃りもループしています。この図はまさにそれを表しています」


 流行の変化が少なく、時折新しい物が生まれても、それは過去の何かのリバイバルだったり派生だったりと、保守的な気質の人達が多いといったところか。

 そういう地域に新しい企業がシェアを広げたり、新しい商品を売り込むのは至難の業。

 無理に踏み込んで、赤字垂れ流しで撤退なんてよく聞く話だ。


「かといっていろいろな色の入り交じった地域は、他の文化に触れ刺激されるからか、逆に自分達の文化に固辞する割合が多く見受けられます」


 アイデンティティを維持する為に、他者に排他的になるのは、生命体としての本能なのか、対抗心故か。学者じゃない俺には判らないし、そこまで知りたくもない。

 ただそこにあるという情報だけで十分だ。


「このように多様なニーズがあるこの宇宙において、惑星改造企業は、星系事に特化した大多数の地域企業や、以前のディケライアのように、極々少数の多種多様な種族を社員として抱え込んだ超巨大な多国籍企業の2極に分けられます。ですが今のディケライアは、社員の多様性はともかくとして、勢力は最盛時と比べ著しく落ちています」


 説明を続けながら、話に耳を傾ける人達をぐるっと見渡す。

 地球人は別として、様々な動物から進化形の獣人や、色や形を一秒ごとに変えていく不定形生命体。

 リアルなら見上げるほどの大巨人に、それすら凌ぐ山のような水棲種族や、逆に掌大の小型種族に、大きさの概念などない身体を持つ気体種。

 全身メタリックな機械性のサイボーグ種属に、一見岩にしか見えないケイ素生命体。

 宇宙人の見本市のような多様性。それぞれの人数さえ考えなければ、ディケライアが今も抱え込む種族の多さは大企業と比べても遜色ない。

 細やかなニーズに合わせれた調整こそディケライアの持ち味だが、今はそれを発揮できるほどの力が無い。

 ならこの力を十分に使える舞台を整えることこそが、俺の目標であり狙い。

 だが百戦錬磨な老舗企業が跳梁跋扈する惑星改造業界に、俺みたいな門外漢が踏み込んで思い通りにできる訳もそうそう無い。力も知識も足りない。

 ゲーム世界でも低レベルステータスで、高難度地域に挑むなんて無謀の極み。精々死に戻り前提な観光旅行くらいだ。


「この多様性を今の力で最大限に発揮するのは、リアルでは無理です。ですがVRなら、銀河文明において価値が最も低いとされる仮想世界ならばいくらでも発揮できます」


 だがそれは俺が、ディケライア単独で挑もうとするからだ。

 無謀な旅行を楽しめるのは参加した当人達のみ。

 情報も無い地域に踏み込み、新しい物を見つけ、新規モンスターに無謀にも挑んで、倒したり、逃げ惑ったり、苦労して抜けたと思ったら、囲まれて、罠解除に失敗して死んだり。

 ぼろぼろになりながらも、それを笑い話にできたのは、楽しめたのは、俺達が当事者だからだ。

 あの時確かに自分達が手に入れた物の価値は、手にした自分達にしか判らない。

 
「惑星改造セミオーダーシステム。銀河においてのPlanetreconstruction Company Onlineは、仮想世界において、先ほどの協力企業を窓口として顧客を募り、仮想世界において自分達が望む星を作り上げるという形となります」 


 相手が中々に意見を変えない保守的だというならば、あえてこっちに取り込む。

 物を売りつける顧客ではなく、物を一緒に作り上げる仲間にする。


「そしてさらにここからリアルへと繋げます」


 仮想物を最低レベルというならば、段階を踏んでリアルへと繋ぐ形にする。

 素人が考えたデザインを、実際の売り物にするのは苦労が伴うだろうが、そこはヒントをくれたユッコさんに感謝。

 俺ら夫婦の盟友のユッコさんは、品の良い老婦人といった見た目からは想像がつかない革新的なデザインの服を次々に産み出すデザイナー。

 何度か発表前にデザイン画を見せてもらう機会もあったが、正直これどうよ? という奇抜な物が多かったが、それが実際にショーとなると絶賛を浴びる要因はユッコさん曰く。実際に作り上げるパタンナーの腕があるからとのこと。

 想像の世界の服を、実際の世界に適した形の服として作り上げる。

 それに習いお客というデザイナーが思い描いた星を、プロ集団であるディケライアが実際の形として組み立てる。


「改造企業や政府が開発し作り出した新しい居住惑星ではなく、自分達が考え、望んだ形を仮想世界で実現。ディケライアがリアルへと適した形にさらにリファイン。そこから出資者や賛同者を募りリアルへと繋げていくプラン。それが銀河のPCOです」


 これがまず俺の目指す第1段階。

 銀河全部をゲームという型枠に嵌め、ゲームマスターとしての俺がもっとも得意とする分野に持っていく為の下準備。

 その為にはまず地球のPCOで、星を作り上げる楽しさというのを、ゲームの面白さを全宇宙人にアピールする必要がある。

 その為には、美月さん達のがんばりに期待だ。

 もっともアリス曰く『全宇宙廃人化計画』という不名誉な作戦名称だけは、全力却下してやるがな。









 ちょっと短いですがリアル宇宙側の情勢やら設定を簡易でまとめた合同会議編は、これで終了です。
 書きたい部分や書きたいところはいろいろありますが、自制しないと、今以上に設定オンパレードになりそうなのでw
 シャモンさんからの特別報告も入れる予定でしたが、流れ的に次の第四部で入れた方が盛り上がりそうなので、そちらで。
 これからもお付き合いいただけましたら幸いです。



[31751] 4部 A面 夏休みの過ごし方(廃人入門編) 
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/08/08 00:56
「温度設定22℃……星域情報展開。続いて偽装ステータスチェック開始してください」

 筐体内の冷房設定温度を22度まで下げた美月は、最新の星域情報を呼び出し、ステータスチェックの指示も出す。

 駅からお店まで早足だったので少しだけ早い鼓動と、夏の日差しで火照った身体には、筐体壁面のスリットから流れてくる涼しい風が心地よくてたまらない。

 NPC訓練や編成調整や、時間は掛かるが目を離せる低難度クエストなどの、フルダイブの必要性が無い準備プレイを自宅でやりながら、長期泊まりに来てる麻紀と共に夏休みの課題や家の雑事を11時頃までに終わらせる。

 その後は早めの昼食を取って、昼からアンネベルグ荻上町店に二人で移動。
 
 夕方、場合によっては高校生が利用可能な22時まで、高難度クエストを中心に高性能VR端末機を使用。

 家に帰ってから、攻略情報を中心に情報収集整理したり、KUGCギルドサイトで相談に乗って貰いながら次の日の方針を決め就寝。

 最低限度ではあるが、これがゲーム中心な廃人生活へと1歩足を踏み入れてしまった美月達の最近の生活パターンだ。

 ゲーム内の現在地はクロムナード星域外縁部第十五惑星近海。

 クロムナード星域を含め、この辺りの宇宙一帯は大勢力の1つである第三グラムナード帝国の支配領域となる。

 クロムナード周囲は他勢力の支配領域からは遠く離れた後方地帯で、戦乱とは無縁ののんびりとした宙域。

 第3~第5惑星はリゾート化されていて人口が多いが、氷に閉ざされた岩石惑星である第15惑星は、少数の駐在員と大量の掘削機械群が存在するだけの典型的な資源惑星。

 帝国の中心星域からはかなり離れている田舎だが、富裕層向けリゾート星域の為、艦歴50年以上を超える老朽艦ばかりとはいえ恒星間戦闘艦で構成された地方警備艦隊が、治安維持のため定期巡回をしていて、安全度は最高ランクのグリーンとなる。

 だがその安全度の保証は、真っ白な経歴を持つ船にだけだ。

 今現在、銀河全域手配ブックに、最低ランクの小物とはいえ、ばっちりと登録されている美月と、その乗艦であるマンタは、この宙域のみならず、まともな行政政府がある宙域のNPC警備艦隊からは無条件撃沈対象となっている。


『偽装ステータスチェックオールグリーン……当艦はラックハロー運送所属中型恒星間貨物艦【ミズノハ】。補給基地がある第一五惑星軌道上地方警備艦隊専用整備ドックへの定期補給物資運搬ミッション中です』


 一般プレイヤーにとって安全な地域は、賞金首の美月にとっては危険極まりない領域。

 しかも今目指しているのは、その地方警備艦隊の補給基地。

 だがこれが請け負ったクエストなのだから仕方ない。

 地方警備艦隊の補給基地へと補給物資を届けるという名目で入港し、その運行情報をゲットせよ。

 裏社会ルートに入ったプレイヤーだけが請け負える裏クエストであり、上手くいけば表側の運搬クエストと、裏クエストの報酬二重取りができる、それなりに美味しいが危険度も高いクエストとなっていた。

 いくつかのウィンドウが筐体内部に立ち上がり、偽装された艦歴や所属などのデータと、その偽装レベルが表示される。

 本来は平たい艦体と長いテールを持つ大型エイのような外観を持つ探査艦マンタには、偽装を兼ねた増加装甲と追加コンテナが接続され、今は鯨のような太い流線型の中型輸送艦【ミズノハ】という名を名乗っている。

 造船や装備系スキルをとっている麻紀が製造した偽装アイテムなので、既製品よりも、少しだけステータスが高くなっている。

 ラックハロー運送の輸送艦【ミズノハ】は、貸しだし船籍と呼ばれる裏家業御用達の名義貸し船籍の1つ。

 実際にはとうの昔に会社が潰れていたり、老朽化や沈没などで船籍を失い廃艦扱いになっているのだが、書類上では今も稼働している事になっている貸しだし船籍は、美月のような賞金首プレイヤーには重宝されている。

 これさえあれば、正体がばれる危険性はある物の、表側の宙域への出入りや、クエストを受ける事も出来る。

 ただしその分それなりの利用料と、かなりの保証金を必要とし、問題を起こさなければ利用料だけですむが、問題を起こしてその船籍を二度と使えなくすれば保証金は全て没収されるという仕様。

 利用料金だけなら経費の内だが、預けた保証金没収となれば笑えないレベルの大赤字となる。

 船の強化をする資金はまだまだ必要だし、お金は掛かるが高品質の訓練をして乗員のスキルレベルも上げたいし、買いたい情報もまだまだある。

 オープニング記念イベント中に大失敗する余裕は、スタートダッシュに失敗した美月にはないからだ。


「偽装レベル74%か……ちょっと低いかな」


 4回中3回は偽装を見破られない。

 それとも4回中1回はばれてしまう。

 どちらで考えるかと聞かれれば、どうしても失敗を恐れてしまう美月は、後者側のマイナス思考が強くなる。

 事前に予測計算していた偽装レベル数値とほぼ同じで、ある程度は覚悟は決めていたつもりだったが、こうやって実際の戦場に出ていると、どうしても、もう少し高い数値が欲しくなってしまうのは仕方が無い話だろう。

 入賞までの最低限予想ポイントラインまで、ギリギリ届くかどうかの当落線上。他のプレイヤーがもっとポイントを取ってきたら、さらにそのラインは上がるから、余裕はあって困ることはない。

 元々の慎重すぎる思考が、さらに強くなっているのは仕方ないかも知れない。

 だからといって、ステータス強化状態になるフルダイブに移行するのが安全策と判っていても、今月の利用可能残り時間を考えると、今回の数値で使うのはさすがに勿体ない。

 となると、確実にそしてこの場でどうにかできる手は1つだけ。

 安易なステータスアップアイテムにして、魔性の囁き【課金】だ。


「……課金アイテムリスト呼び出し。アンネベルグ特別メニュー飲料選択」


 新たに注文ウィンドウが出現し、やけにコーヒーに注力した特別メニューが表示される。
 
 ゲームが始まり半月ちょっと。AIの実地テストプレイをしたおかげで席利用料は、店長の戸羽からかなり割引してもらっていて、フリードリンクコーナーももちろんある。

 しかしPCO内のステに影響が出るコラボアイテムは当然別注文で、それらドリンク、フード類は当然お金が掛かる。

 そちらはさすがに戸羽のサービスも効かず、元々ちょっと高いネカフェ料金なのも含め、毎日となると馬鹿にはならない。

 だが一時的とはいえステータスやスキルにアップ補正が掛かるのは、今の美月には何よりもありがたい。


「特製水出しブレンド。アイスで砂糖とミルクは2つずつ」


 悩むまでもなく選んだのは、戸羽自慢の荻上町店特製水出しブレンドコーヒー。

 ネットカフェで出すには本格的すぎる数々のコーヒーメニューは、コーヒーマニアだという戸羽の店長権限特化商品ラインナップの一環。

 特製ブレンドした豆を使った一晩掛けた水出しコーヒーは、雑味や酸味が少なくほのかな甘みとほどよい苦みがあり美月好みの味。

 1日限定40杯が夕方までには売り切れになる人気商品の1つだという。

 専門店に引けを取らない味もさることながら、最近売り切れが早いのは、PCOとのコラボ商品として、30分間プレイヤー任意のステとスキルの2つずつに1.5倍の補正効果という良性能を持った所為だろうか。

 ただ手間と豆に拘っているだけあって、問題は一杯1500円もすること。

 しかしその高額商品を美月は今のところ毎日頼んでいる。場合によっては2回の日もあるくらいだ。

 どうしてもあと少しだけ足りないステータスや成功率が気になってしまい、その悩みもお金さえ払えば解決できるので、ついつい頼ってしまう。

 いわゆる課金中毒になりかけている事は、美月本人も自覚はしているが、オープニングイベント終了、ひいては父の行方を知るまではと思い、ゲームのステータスアップが目的で千円以上を使うという、倹約家の美月の目線では豪遊な日々を送っていた。
 

『美月さんいつもご注文ありがとう。あたしが言えた義理じゃないけど課金はほどほどにね。で、何時もっていく? すぐに出せるけど』


 注文受付画面に映った戸羽が、美月が味を気に入ったを知りつつも、どちらかというと課金目的な事も判っているのか苦笑交じりの軽い忠告をし、持ってくるタイミングを確認してくる。

 派手な戦闘系クエストだと飲み物を飲んでいる暇も無く、へたすればフルダイブして、せっかく頼んだコーヒーもリアルに置き去りになりかねないが、今回はその心配は無い。

 
「じゃあ今回のクエストは戦闘予定がないからすぐにもらえますか。戸羽さんのコーヒーって気分が落ち着くから、今回みたいな交渉系クエストにリラックスして望めるので、心強い味方です」


『利尿作用があるからVRゲームじゃあんまりお勧めしないんだけどありがとね。じゃあすぐにお持ちします。クエスト頑張ってね』


 自慢のコーヒーが褒められたのが嬉しかったのが、接客用の笑顔でない笑みをみせた戸羽がエールと共に注文ウィンドウが閉じる。

 その言葉通り、美月がアップするステータスやスキルを選んでいる間にベルが鳴り、受け渡し口を空けると、すっかり顔なじみになったアルバイト店員がPCOのロゴ入り専用グラスに入れられたコーヒーを運んできてくれた。

 礼をいってトレイを受け取った美月は、氷無しのコーヒーにミルクと砂糖を入れてよく混ぜてからストローで一口分ほど吸う。

 舌に残るほのかな苦みと甘み。からからだった喉を通るよく冷えたコーヒーののどごしがくすぐったくも気持ちいい。

 父高山清吾は徹夜で仕事をするときは、胃が悪くなるのではと心配するほどに濃いコーヒーばかり飲んでいた。

 この優しい味のコーヒーをいつか父にも飲ませてやりたい。

 毎回コーヒーを頼むのはそんな父への思いもあるのだが、美月本人は気づけない、気づこうとはしない。

 常識に縛られた故に、サンクエイクという宇宙災害に直面した父が生きていられるだろうかと、どうしても考えてしまっている所為だろう。

 もちろん父が生きていてくれれば嬉しい。だがその思いが強くとも常識から一歩踏み出すことが出来無い。

 常識、良識から出られない、外れない。

 それが美月の強みとなるか、弱みとなるか。


「スキルアップで成功予想確率95%か……よし。いこ」

 
 自分がゲームに挑む理由を無意識に再確認した美月にさえ、まだ見えない道が目の前には広がっていた。



[31751] A・B両面 好調と不調は板子一枚
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/09/04 15:47
「偽装応対システムセミマニュアルで発動。AI制御強化スキルを優先選択。各スキル終了後はウェイトタイム明けと同時に再発動させてください」


 目的地であり、攻略対象であるクロムナード星系第15惑星高軌道上に浮かぶ天然小衛星を改造したという軌道上基地は、田舎星系といえどそこはさすがに歴とした正規軍基地。

 用心に用心を重ねて損は無い。スキルの自動再発動をサポートAIに任せた美月は、交信ツールを起ち上げ、攻略対象の軍事基地へとコンタクトを開始する。

 応対システム専用ウィンドウが立ち上がり、いくつかの例文が表示される、美月はその中からもっと無難だと思った台詞を選択。


『こちらラックハロー運送所属中型恒星間貨物艦【ミズノハ】ハルート15応答願う』


 美月とは似ても似つかない野太い男の声で、通信メッセージが発信される。

 通信画面に映るのも同じアクアライド種族だが、のっぺりとした半漁人面のミズノハ船長と言うことになっている中年男性の映像だ。
 
 AIが全てに対応する完全オートモードと違い、美月が選択したセミマニュアルモードは、例文の中から、こちらの言葉や受け答えを選ぶ選択方式。

 完全オートモードはAI任せで、表示された成功確率が確実に保証されるが、スキル経験値や引き出せる情報や報酬は対応スキルの範囲規定値。

 セミマニュアルは、自分で対応を選択する分、成功確率にぶれが生じるが、成功すればスキル経験値が+され、さらに追加報酬や情報も得られる仕様。
 
 さらにこの上には、完全フリートークで対応するマニュアルモードも存在するが、そちらは成功確率保証は0という形。

 だがマニュアルにしたことで失った成功確率分、上手くいけばより高い更なる成功報酬、通常報酬が100%なら、成功確率100%を犠牲にして成功すれば200%の報酬ということだ。

 こういった交渉形式に限らず、PCOにはありとあらゆる部分で、マニュアル、セミ、オートが導入されている。

 プレイヤーが素の能力に自信があるならマニュアル、そうで無ければオートといった形で、自分の得意分野を選択し、プレイヤースキルをいかせる仕様になっている。

 最上位の報酬や経験値もマニュアルでしか、獲得できない訳でなく、対応スキルレベルが必要レベル以上に過剰に高ければ、安全に確実に手に入れることもできるらしい。

 しかし、まだまだゲームは始まったばかり。

 そこまでの高スキルレベルに達しているわけも無く、かといって安全確実な完全オートでは、先行者達に追いつけない美月は、ちょっとの危険で、ちょっとの報酬アップ。

 失敗が出来無い美月的には、大きな賭であるセミマニュアルで挑んでいた。


『こちらクロムナード警備艦隊整備衛星『ハルート15』。貴船の船籍及び航行許可を確認します。航路、速度は変更せずそのまま進んでください』


 口調だけは丁寧だが管理AIによる警告メッセージが送られ、船籍や航行記録データへの強制アクセスが開始される。

 管制システムへの強制接続という名の電子攻撃と平行して、武装を探る高出力のレーダーが、周囲に浮かぶ小衛星に偽装された監視網衛星から、船体を舐めるように照射される。

 警告を無視したり、変な動きを見せれば、よくて拘束用トラクタービーム、悪ければミサイルのプレゼント。

 スキルで誤魔化しているとはいえ、セミマニュアルとしたことで僅かだが成功確率も下がって70%。

 先ほどの無難な交信要請が正解ならばいいが……

 所詮はゲームとはいえ、VRという仮想現実のもたらす緊張感に美月の両手は知らずに汗をかき、喉が渇く。

 審査が終わるまでの数秒が、その倍以上に長く感じる時間が過ぎて、


『こちらハルート15。補給物資管理担当のライフォンだ。ミズノハ歓迎するぜ。入港ルートを指定したから7番ポートに接続してくれ』


 先ほどまでの無機質な自動対応AIから、虎獣人顔のNPCキャラクターへと画像が切り変わり、航路指示が送られてくる。  
 
 事前に裏情報サイトで手に入れていたハルート15の管制シフト表で、もっとも与しやすいと予想していたNPCキャラの登場に美月は、小さく息を吐く。

 PCOにおいて、ゲーム上の重要NPCのみならず、末端のNPCも含めてそれぞれ独立したパーソナリティーを有している。


『了解。7番ポートに接近を開始する。あいにく女は積んでいないが、酒はたっぷりだ。期待してくれ』


 酒癖が悪く、この辺境の整備補給基地に左遷されたという経歴を持つライフォンのデータを頭の中で思い出しながら、美月は提示された選択の中から、好感度が上がりそうな軽口を選ぶ。

 
『そりゃ残念だ。綺麗どころとまではいわねぇが、女に酌してもらうと一味違うんだがよ』


 言葉とは裏腹に、ライフォンがこちらの返しに対して、軽口を交えながら楽しげに返してくる。

 ライフォンは酒が原因で左遷されたのだから、禁酒中という可能性もあったが、どうやら根っからのウワバミらしく、その髭が嬉しそうに小刻みに揺れていた。

 反応は上々。正解の選択肢を引けたようだ。

 職務に忠実。特定人種差別主義者。金に弱い。嘘つき。正義感等々。

 無数のパーソナリティーを持つNPC達は、この世界で日々過ごし、そしてプレイヤー達の行動如何によって影響を受け、元々の性格から変化していく。

 だから画一的な攻略法は存在せず、以前に大成功した攻略法が続けて成功する保証も無い。

 NPC達もまた学習し、対応するからだ。

 低難度のノーマルワールドでさえこれなのだから、NPCのAIレベルが強化されているハードワールドでは、プレイヤーとNPCの高度な駆け引きが繰り広げられているらしい。


「NPC指定ライフォン。調略を開始します」


 直近情報だったので、情報料は安くは無かったが、良い買い物だったと思いながら、美月は発動待機状態だった調略スキルを発動。

 最初の接触時に使ったスキルもかなりの量だったために、ポイントゲージが一時的に0になる。 
 
 スキルポイントは時間経過以外に回復手段が無く、回復量を上げるスキルや、PC種族もいるがそちらは高ポイントだったり、レア種族だったりと、まだまだ先の話。

 回復するまで何か緊急事態が起きたときにスキルが使えず対応が難しくなるが、今は一点集中。全力投球。

 時折大胆になる美月の掛けは成功し、先ほどまではウィンドウに無かった、『良い酒があるんだがいるかい?』という特別クエスト開始を表す金縁選択肢が出現していた。

 第一目標は直近の警備艦隊の巡回予定航路。もし上手くいくならば恒久的な関係を結んでの常時情報取得。

 相手をたらし込むために、趣味や嗜好を読み取る。

まるでリアルの人間を相手にしているような物だが、それがこのPCOというゲームの売り。

 無数のNPCとプレイヤーが入り乱れる、画面の向こうのもう一つの世界。

 PCO世界でのし上がろうとする美月は、リアルでは決して口にしない口調や、思い浮かびもしない発想をする羽目になっていた。






「現役女子高生が酒で調略かよ……そのうちPTAやら有識者に訴えられそうだな」


 間借りしているアンネベルグ荻上町店大部屋のモニターに映る美月のプレイ映像を横目で見ながら、井戸野は締め切り間近のPCO関連記事をデータと一緒にまとめていく。


「ったくいっそ訴えられてメンテでも入れ。引き離される一方じゃねぇか」


 攻略にいそしむプレイヤー達が半月をゲーム世界で過ごす間に、リアル側でもゲームを運営するホワイトソフトウェアや、ディケライアから次々に手が打たれている。

 やれ未傘下だったVRゲームが参戦することになっただ、リアル企業とのコラボ商品という名の課金アイテムが10万種を越えただ。

 極めつけは、規制原因の大元であり、いろいろと因縁もある世界最大のプレイヤー数を誇るVRゲーム【Highspeed Flight Gladiator Online】とのコラボが、水面下で画策されているという噂だったりと、記事のネタに困らないのはありがたいが、取材やら記事作成で忙しく、まともにプレイ時間が取れない井戸野は恨み節をこぼす。

  
「ロイドさんならすぐ追いつくでしょ。それに今ゲームが止まったらまずいですよ。トップ連中が足止め喰らって、巻き返しだって盛り上がってる人達が多いですから」


 昼食を取りにリアル復帰していた宮野美貴は、こちらも同じく課金アイテム扱いのカルダモンコーヒーの香りを食後の余韻として楽しみながら、時間経験値効率では群を抜く火力殲滅戦の鬼が何を言うとあきれ顔だ。

 今現在絶賛開催中のオープニングイベントだが、功績値トップを走っていたグループは、先日ついに暗黒星雲の外縁部を突破し、内部調査を開始した始めたが、そこで軒並み足止めを食らっている。

 中枢調査用特別時限クエストが日に1回で、両ワールドで開催されているが、一気に跳ね上がった難易度が鬼畜のひと言で、ノーマルワールドでの平均生存時間は3分ほどとかなりの厳しさだが、ハードワールドに至っては10秒以下という燦々たる有様。

 踏みいった非武装の探査機が、暗黒星雲内での謎の攻撃により軒並み撃墜されているからだ。

 あまりの難易度に調整をミスったのではないかという文句が、トップグループからはちらほらと出ているほどだが、それは悲しいかな少数。

 追いつく絶好の機会とみた多数の中堅グループの声にかき消されている。


「この火力馬鹿はほっとけばいいわよ。なんだかんだ言いながらも、今も記事書き上げながら別ウィンドウでプレイ時間は稼いでるんだから。本当にやれてないのはこっちよ」


 コーヒーを届けに来た店長の柊戸羽は、大部屋室内は身内のみなので、普段の接客笑顔を外した素の口調でため息を吐く。

 井戸野みたいに仕事をしながらもAI任せでステータスチェックを時折入れて指示を出す半自動プレイなんて真似は、さすがに責任ある立場なので店内でできる訳も無い。

 いっそデスクにちくってやろうかとも思うが、それで井戸野が減給されたり、最悪首にでもなった日には、恋人としては手痛いし、それ以上に同じプレイヤーとしての最低限の仁義に反するので無しだ。


「どうせならサカガミみたいに、柊も自分をコラボ商品にしたらどうだ? あいつ美味いことやってゲームプレイを楽しんでるだろ」


「美琴と一緒にしないでよ。あれあの子のキャラクターだからこそ許される暴挙でしょうが」


 美貴達の昔馴染みで同盟ギルド【いろは】のギルマス。サカガミこと、アンネベルグ系列店でフロアチーフをやっている神坂美琴は、PCOとのコラボ課金イベントとして、アンネベルグのマスコットキャラである3頭身獣人キャラ【アンネちゃん】との。廃炭鉱小惑星内鬼ごっこを提供中。

 サカガミが中に入ったアンネちゃんを一定時間以内に捕まえる事が出来れば、ゲーム内賞金プラスプチレアアイテムや経験値の入手ができるという物だ。

 ネタスキルを積極的にとっていき、さらにそれら見栄え重視なスキルを使って面白可笑しく派手な戦闘を繰り広げたいろはの創設者であったサカガミの本領発揮とも言うべき、小悪魔的鬼ごっこ。

 口コミから徐々に参加者が増え、参加者増による報酬増加が、さらに参加者を呼ぶという形で、オープニングイベント関連の功績ポイントは入らないが、オープンから半月が経ち、オープンイベント入賞を諦めたプレイヤーも増えている影響もあってか、なかなかの好評を受けているようだ。 

 リアルでも仮想でも真面目すぎて融通が利かない性格の戸羽には、友人達のようにリアルとゲームを混同した上で両立させるのは少し難しい。


「サカガミさんだったら楽しませる戦いになるけど、刹那さんだとガチ決闘になりますよね」


「言わないで。あたしがそれを一番よく判ってるから。と呼び出しみたい……そういうわけで今日もあたしは真面目に仕事なんだから、井戸野もゲーム片手じゃ無くて真面目にやりなさいよ」


 美月達のプレイ映像に目を向けていた戸羽が、何か注文が入ったのか指を動かして仮想コンソールをタップする動きをすると、井戸野に同じ社会人プレイヤーとしてか、それとも恋人としてか微妙なライン忠告を残して、退室していった。


「真面目にやってるっての。下手したらゲーム内の方が、公式発表よりも情報が速いってのはどういう事だよ。カナの奴、うちの会社に入る気ねぇかな? あいつのおかげでだいぶ助かってんだが」


「難しいんじゃないですか。金山はシンタ先輩と同じで、ゲームをやって金もらえる職業希望でしたから」


「シンタの希望結果がこれかよ。あいつどこ目指してるんだ?」


 井戸野は別ウィンドウで立ち上げていたPCOの画像を共有モニターに呼び出す。

 そこにはKUGC所属プレイヤーである金山が随時更新中の、課金アイテムやコラボイベント一覧リストが表示される。
  
 事業展開が早すぎるせいか、それともサプライズを狙ってわざとなのかは判らないが、リアル企業とのコラボ商品やイベント関連の公式告知がされる前に、プレイヤーが発見した新星域や惑星、さらにはゲーム内販売アイテムで判明というのが続出中で、業界誌である【仮想世界】の編集部に勤める井戸野としても、異色のコラボ情報をいち早く手に入れられて助かっている。

 しかしこれでもまだまだ一部。

 同じく友人の鳳凰が主催する攻略情報サイト兼ギルドの弾丸特急メンバーとの共同調査中だが、幅広すぎて手が足りないというのが現状のようだ。


「さすがナンパ師って所じゃないですか」


 多種多様にわたる業種やイベントは、話があった企画を手当たり次第に見えるが、どうせ陰謀、策謀好きな三崎のことだ。複雑に絡み合った状況を上手いことに駆け引きに使い、急速的に仲間を増やしていると見た方が正解であろうし、事実真実だろう。


「順風満帆なことで羨ましい限りだな。あの腐れ外道が」


 記事を書いている最中にも更新された情報ウィンドウに、新たに判明した大手別企業の名を見て記事の書き直しを余儀なくされた井戸野は、画面に向かって怨嗟の声をぶつけていた。
 










「第5次調査隊も見事に全滅と……こりゃやばいな」


 目の前に広げたライトーン暗黒星雲の調査領域を現した星図は、ほぼ真っ黒。

 PCOの裏目的の肝だった暗黒星雲調査計画は、文字通り暗礁に乗り上げた最中。

 ギリギリ判明しているのが調査区域の外縁部。しかしそのラインから一歩でも足を踏み入れたら即時撃墜。

 命中精度は異常で避ける暇も無く、撃ってきた相手さえ認識できない大嵐の中じゃ禄に情報収集さえできやしねぇと。

 なるほど。こりゃ星連が予定路から外れた位置の調査をしないわけだ……知ってやがったな。


「さて、どうしたもんかね……」


「ぐす……おとーさん……やだ……帰りたいよ」


「ほいほいと。おとーさんがいるから大丈夫だからな」


 俺の横で毛布にくるまって泣きつかれて眠っている最中も悪夢にうなされている愛娘様の時折びくりと揺れる機械仕掛けなウサミミを撫でてやりながら、打開策を考えてみるが、正直にいえば情報が少なくて思いつきやしない。    
 
「いや、ほんとどうすっかねこりゃ」 


 愛娘様との貴重な触れあい時間なのに楽しめないのはちょっと癪だが、さすがにこのままゲームオーバー確定路線の放置は出来無い。

 地球の安アパートの自室を模した部屋から見える窓の外を見る。

 夜空にかかる月を陰らせながら怪鳥が雄叫びを上げ飛び回り、時折その餌食となった骸骨やら臓物が落ちて来る中々スプラッターな世界観は、おしおきとしちゃ中々強烈でエリスへとほどよい感じにダメージ増加中。

 そろそろ反省してくれると嬉しいが、ゲームはプレイしても、まだまだ地球人拒否中なのでもう少し続行か。

 こっちも頭が痛い問題だが、差し迫った重大な問題はあっちだよな……

 その向こうに広がっている、リアルの本当の宇宙。ライトーン暗黒星雲を想像しながら俺は方針転換を余儀なくされていた。



[31751] B面 娘で遊ぶのが好きな父親の朝
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/09/08 22:13
 かつて別宇宙への移住を目指して銀河帝国によって計画された2つの天(宇宙)を繋ぐ【双天計画】

 地球時間での二〇〇万年前ほどに行われた双天計画第一期跳躍実験において、別宇宙までとはいかずとも、歴史上最大距離最大質量を跳ばす跳躍実験に用いられたのは、俺ら地球人のご先祖様と我等が母星地球を含む太陽系。

 帝国人に適した生存環境と似通った星であり、霊長類が収斂進化の結果で、帝国人と似通った体長や体重を持っていたから……もっともいろいろ裏事情を知る今からすれば、そこら辺も正直眉唾だったりするが。

 その実験の際に当時いろいろと無茶苦茶していた帝国のマッドサイエンティストな方々によって、俺らのご先祖様には、これ幸いとばかりにいろいろと仕掛けが施されていた。

 いろいろというのが推測の域を出ないのは、この辺の詳細な記録が残っていない所為だ。

 惑星環境改造がメインの創天メインAIであるリルさんや、跳躍専門の送天メルの管轄外で、実験詳細記録はもう1隻の所在不明天級の管轄。

 恒星系級事象観測実験艦『総天』とそのメインAI【SO419Lタイプ人工進化型AI】通称ソルが持っているらしいが、生きてるんだか、死んでるんだか…… 











 煙草は俺の魂だとかなんだと宣っていたヘビースモーカーだった先輩の一人が、子供が生まれてから一転、狂信的な禁煙論者になった時は、あんた変わりすぎだろと心の中で突っ込んだもんだ。
 
 しかし今じゃ、その先輩のことを笑えやしない。

 独身時代だったら朝飯なんぞ食わなくても死なねぇし、二日酔い明けに気持ち悪くて食えるわけないと、しょっちゅう抜いていたし、食っても残っていた飯にふりかけか卵で腹に入ればいいって思ってたはずだ。

 しかし今の俺は、ウチの可愛い愛娘様にそんな貧相な食事を出す奴がいたら、子供の食生活と栄養バランスの大切さを、きっかり叩き込んでやると心に決めている。


 


「試験用調理レシピα3.2展開。ついでにカロリー計算もよろしくと」


 地球の自室をご丁寧にも忠実に再現した1Kの申し訳程度の台所に設置した独身向けの小型冷蔵庫を開けつつ、ナノシステムとリンクさせ在庫リストを呼び出して、開発中の調理補助アプリを起動。

 今のご時世、大手チェ-ンストアもちろん、近所の個人スーパーだろうが、支払い会計データと一緒に、買ったものの賞味期限や内容量などの詳細データがついてくるのは当たり前。

 生産地から食卓まで。トレーサービリティーからさらに踏み込んだ、個別管理が当たり前の時代。

 俺らは今その一歩先にさらに踏み込むための準備期間中。

 食べ頃や先に消費した方が良い食材の選別。個人個人好みの組み合わせや味付けの選択、さらには気象条件も考慮した、痛みにくい安全なお弁当メニュー等の便利レシピ集。

 AR機能と連動して、素材の表面にカット線や適切な大きさを表示した、キャラ弁から本格的な飾り切りにまで仕様可能な凝った調理法。

 制作者の視覚情報から調理中の食材の状態を判断し、火の通り加減や調味料を入れるタイミングのアドバイスや、キッチン機具と連動した火力、時間の自動調整機能等々。

 料理のレパートリーの少ない俺みたいのやら、初めて作る料理の補助。カロリーコントロールに悩むダイエッターや、アレルギー持ちのお子様をお持ちのママさんに幅広いレシピをご提供ってのが、今現在複数企業と連携開発中の料理アプリ仮名α3.2だ。

 これらは全て蓄積された情報を元に、判別やアドバイスを行ういわゆるビッグデータの賜。

 新商品開発への協力や、データ提供をメインに、家電業界のみならず各分野に、餌をみせて触手を伸ばしてこちらの仲間に引きずり込むってのは、我が社ホワイトソフトウェアと白井社長の得意技。

 PCOと同時に様々な企画が並行進行中なんだが、狙い所を見抜く抜け目の無さや、進行管理の上手さは、さすが業界に名の知れた社長と脱帽物……あれで見た目がもっと立派ならカリスマ経営者とか取材がひっきりなしなんだろうと、ちょっと惜しく思ったりする。

 PCOゲーム内にリアルと変わらず行える様々な仕掛けを組み込んだのは、お客様に楽しんでもらうのは当たり前だが、細やかで幅広いデータ収集という側面もある

 VR世界で幅広いデータを集めリアルに還元。それを餌にリアルで様々な分野の協力を得て、VR世界をさらに発展させ、お客様をより集めデータ収集を強化。

 PCOがVR世界で振るう幅広い周囲を刈る大鎌なら、リアルのビッグデータ連動事業は、特定業界を狙って撃ち出す狙撃銃って所か。

 IT家具黎明期には、冷蔵庫等の家電にネット接続機能をつけてどうするんだという声もあったようだが、周辺環境を整えれば、いくらでも利用価値は出るって例だろうか。 

 VRとリアルを繋げ、両者を活性化させる。それが今の俺達の目指すべき道。

 地球の難事、銀河の厄介事に対抗する為に、仮想世界のみに引きこもってるだけじゃとても手も発想も足りない。

 要は手を取り合って一緒に利益を得ましょうって簡単な話なんだが、我が強いというか、強情なエリスがその辺を飲み込んでくれりゃ、色々安泰なんだがな。


「フレンチトーストね。冷凍庫にシナモンパウダーとアーモンドスライス? あぁアリスかこりゃ」


 牛乳、卵、パン辺りは栄養価もあるし、調理も手軽、値段も安いんで御用達だが、表示された縁の無い食材や調味料に一瞬、アプリの誤作動かと思ったが、ここが自室を模しただけだと思い出す。

 冷蔵庫の中身は適当に相棒に任せて用意させてんだが、それでやたらと香辛料や調味料があるわけか。

 料理が趣味になったのは良いが、創作するのは基本を身につけてからにしろといいたい。しかも甘党だしなアリス。

 もっとも容姿のみならず、その嗜好もうちの母娘ウサギは結構似通ってるんで、エリスに食わせるには丁度いいか。

 メインにフレンチトーストを選択。栄養バランスを考えた副菜のお勧めは、野菜ミックススープとオレンジジュースね。

 仮想コンソールを叩き了承と。ただ個人嗜好データが変わると嫌なので、エリス向けと注訳。個人的には飯でパンは腹に溜まらないから、あまり選択したくない。

 俺の料理スキルを加味し、短時間調理可能なレシピが表示される。


「えーと食べやすいように角状に切って、漬けている間にスープを……」


 冷蔵庫から食材をとりだしながら調理行程を確認。自分で食べる為に作るなら、最初の一文で投げ出して、目玉焼きトーストに変更するところだが、可愛い娘の為ならなんてことはない。

 それ+、佐伯さんからノルマとして課せられている、開発中のアプリ実地テストには最適だとつい思ってしまう辺りは、社畜根性が染みついたせいだろうか。 

 レシピを微妙にアレンジして砂糖多めの甘めにしてバニラエッセンスを入れて、角切りしたパンを漬けている間に、ミックス野菜とコンソメの素でスープを作成。

 五感の感覚をレシピと連動。判りにくい塩をひとつまみや、少々をデータと連動。味見をして基準数値との誤差を計測。

 ……この辺はまだまだ微調整必要か。レシピの基準値にほぼ近いが、俺には物足りない塩っ気と濃さ。

 万人に共通する最適な味なんてないだろうが、個人嗜好に最適な味を簡単に出せりゃアプリとしては最上。

 最適なデータ蓄積のためには、ここで塩とコンソメの素を追加だが、これがエリス優先となれば話は変わる。

 コンソールを叩いてエリスの嗜好データを呼び出し。食べた物や好んだ味の累積データから、予測して判別スタート。 

 良し。このままだな。後はフライパンのほうにバターを引いて、漬けてたパンを焼いて……

 うむ。少し焦げ目にムラができたが、これ以上焼いても酷くはなっても良くはならないようだ。

 火を止めてオーブンで軽く焼いていたアーモンドを入れて、シナモンパウダーを軽く振って、サイコロフレンチのアーモンド掛けの完成と。

 余分な油を吸わないように皿に移してと……と、しまった。

 油断してフライパンを戻した時にコンロに大きく当たって音が出てしまう。

 1Kの狭い部屋だから、台所の横はすぐに主室でありエリスが寝ている部屋。扉を閉めてあるとはいえ、防音はそこまで完璧じゃない。

 本物の自室より一回り大きめにしたベットのある辺りからごそごそと音が響いて、しばらくして台所と主室を隔てる扉がゆっくりと開く。

 
「……うぅ……おーとさん。ここ……地球?」


 涙目を擦りながらパジャマ姿で現れたエリスが、胸元にまくらを抱えたまま、半べそで聞いてくる。

 エリス。そろそろ諦めろって。目が覚めたら夢でしたはないから。そこら辺は全部自分の悪さが原因だと自覚してくれ。

 ……まぁ俺が仕込んだ盛大などっきりだが。


「もちろん。朝ご飯ができたから顔を洗ってきな。おとーさんが向こうの部屋の準備しておくから」 


 俺の返答に暗い顔を浮かべるが、それでもお腹はすくようで、ほどよく焼けたバターの匂いに食欲が刺激されたのか、エリスのお腹が小さく音をたてる。


「うぅ……お顔を洗ったらあたしもおとーさん手伝うから」


 見た目は小さくともそこは女の子。

 父親相手といえどお腹が鳴る音を聞かれて恥ずかしかったのか、頭の上のウサミミがバタバタと慌てて揺れたエリスは、抱えていたまくらをベットに向かってぽんと投げ捨ててから、洗面所へと駆け込んでいった。


「いや、ほんとこれで地球人嫌いさえなければ、頭を悩ませなくてすむんだけどな」


 可愛らしい娘様の反応にほっこりとしながらも、俺に向ける好感度の1割でも地球に向けてくれると良いんだがと改めて思う。

 まぁ、そこら辺は上手いこと好感度調整といきますか……

 


「おとーさんごちそうさまでした」


 時折怪物やらモンスターの影が過ぎる窓のほうに目を向けてびくびくとしながらも、しっかりと朝飯を食べ終わったエリスは、朝食を作った俺に向けて頭と一緒にウサミミをぺこんと下げる。

 ここら辺のちゃんとした礼儀作法はサラスさんの教育のおかげ。

 アリスの妊娠が判明すると同時に、友達兼お側付きとしてカルラちゃんを仕込んだりと、さすが旧帝国親衛隊隊長の家系。

 根っからの従者種族すぎるが、主一族の教育も行えるナニーとしての技能も持ち合わせているとは。

 それなら順番的にはシャモンさんの出番では無いかと思ったんだが、妊娠出産で現場からシャモンさんが抜けると前線が崩壊するってのもあるが、あの武闘派一辺倒武神が実は結構乙女だから、それは止めさせたってのがアリス証言。

 レザーキ博士とサラスさんが気があっていたのは知っていたが、さすが必要があるとはいえ子供を作ったのは予想外も良いところだが、家族関係も良好なので問題無しだろう。

 さすが論理感が違う長命な宇宙種族と、宇宙人相手でも動じない植物学者だ。


「あいよ。お粗末様でした。おとーさんは今日もお仕事あるから片付け終わったらすぐ出るけど、今日はエリスはどうするんだ?」


 食べ終わった皿を運ぶのはエリスの役目。皿をつみ重ねて少し危なっかしい背中を見守りながら、今日の予定を確認する。

 背が足りないので洗いおけにつけるまでで、洗い物は帰ってきたからまとめてが俺の担当だが、最近は洗い物までやりたがっているので、そのうちに踏み台でも買ってこようかと検討中だ。


「カーラと一緒にクエスト。違法技術者が実験している宙域に乗り込んでのデータ破壊ってのやるつもり。成功報酬が新型重力発生機関だから、改良スキルでブラッシュアップして暗黒星雲に挑む無謀な地球人に高値ラインで売りつける予定だよ」  


 うむ。言葉の端々に地球人への敵愾心がはっきりと見えるが、まぁ取引をするようになっただけでも少しはマシか。


「でも改良スキルはエリスもカルラちゃんも低いだろ。誰かに協力を頼むのもありと思うぞ。AI判断の売値ラインも上がるぞ」


 GMが特定プレイヤーにアドバイスは規約違反、論理違反だが、これくらいは見逃して欲しい。
 
 アドバイス以前の常識。自分に足りない物は仲間で補う。MMOの基本だからだ。

 規制でRMTは禁止されているので、PCOはプレイヤー間の直接取引を禁止した、間接取引システムを導入している。

 プレイヤーそれぞれにトレード用NPCAIを設定。売買する商品や情報の値段や価値をそのAIが判断し、プレイヤーからの高値で売りたいや、安く仕入れたいという要望に、なるべく応えて、専用市場で売買するという方式。

 取引相手をプレイヤーがほぼ選べず、パーティ間での物資トレード可能な一部汎用アイテムも、この専用AIがその宙域の相場に従って取引するので、なるべく不正が入らない形となっている。

 使いづらいやら、思うように売り買い出来無いというクレームも多いので、目下改良中だが、とりあえずこのシステムでRMTは封じている。

 それでも時折取引ができるといって詐欺が発生するので、PCOではチートを使ってもまだ無理だと注意喚起しつつ、垢バン対応があるのがご愛敬か。


「地球人に頭を下げるくらいなら、安く売ったほうがいいもん」


 ちょっと前なら、地球人の利になることはしたくないと取引も拒んでいたが、それじゃ自分にも利が無い事も判った様子。

 直接顔を合わせるわけで無い事もあってか、取引をするようになっただけまだマシか。

 しかしまだパーティを組んだりするところまではいかない様子。

 オンラインゲーのソロプレイを否定する気は無いが、パーティ協力が大規模MMOの本領発揮だと思っている俺としては残念な答えだ。


「しかしそれじゃエリスの入賞は難しいかもな。おとーさんはエリスを独占できるから良いが、おかーさんが寂しがってるぞ」


 背伸びしている愛娘様に、ちょっと意地悪なひと言を投げ掛けてみる。

 時折寝言でアリスの名前を呼んでいるのでどう思っているかおとーさんはお見通しだっての。


「……おかーさんは五月蠅いからエリスは別に寂しくないもん」


 うむ。口調は強気だが、頭のメタリックウサミミはアリスが凹んだときのように丸まってますよ娘様。

 だがそこら辺を突っ込むとますます意地になるのは、アリスで学習済み。ほんと似たもの親子だなうちの嫁と娘。

 まぁ親と離れたって体験をエリスに与えるのは俺の計画には必要。

 我が身の不徳だが、必要があったとはいえ仕事にかまけていて、中々エリスの側にいてやれなかった俺には出来無い役目。

 いて当たり前。毎日会えるのが当然。その母親と会えず、声も聞けない。

 無断で地球に降りたために、星連からの罰則で地球に隔離され、地球人扱いの枠に入った(大嘘)、エリスの精神的ライフを削りつつ、トラウマは順調に育成中。

 状況は違うが、大切な人達と会えないという体験は、エリスがとくに嫌っている美月さん達と被る。

 似通った経験や体験による共感での好感度調整を狙っているが、もう一押し、二押しが必要か。

 ……いっその事ここが地球で無い事を早く気づいてくれればいいが、エリスの場合、下手に純粋培養だからな。

 テーブル中央に投射したテレビ画像に目を向けてみると、関東地方の今日の気象状況を放送する番組が流れるが、俺はそれを天気予報とは絶対に呼びたくない。


『今日の関東地方は上空に龍の巣が発生しております。関東全域で飛竜が観測されていますが、
午後からは一部の地域で天気が乱れ、黄金ゾンビ龍が飛来するでしょう。お出かけの際にはドラゴンキラーを……』


 天気予報ならぬ妖気予報とかいう、この悪のり番組はアリスの趣味か?

 さすがに嘘番組とはいえ酷すぎるんだが、洗い物を置いて戻ってきたエリスは、真剣な目で予報番組を見ている。

 地球嫌いがすぎて、あまり興味が無いのか、地球の環境やら生物とかの知識が少なく、さらに母親のアリスが持つ資料やら映像が、実に偏った地球の特殊趣味なんで、エリスはこの異常な状況が地球の日常だと信じ切っている模様。

 火星第6ブロック。広大な火星の海に点在する諸島群は、それぞれが独立した環境を再現、維持できる環境生成機能を持ち合わせたコロニー群になっている。

 そのうちの1つ。火星中央都市に最も近い島の1つを使って作った、エリス用の反省部屋『地球ホラー風味』は順調に稼働中だ。 


「うぅ、おとーさん今日はお仕事行くの止めようよ、危ないよ」

 
 エリスが黄金色のドロドロブレスをはき出し龍もどきが暴れる画面を指さす。

 俺を心配してくれているのと、自分がこの部屋に一人で残るのが怖いのが半々といったところか。


「あー電車が動いてるし、ちょっと離れた地域だから問題無いから。日本のサラリーマンが休むほどじゃないぞ」


 全身が溶けた金でできた黄金ゾンビ龍は倒せればかなりの金になるが、ゾンビ種族特有のバステ攻撃と、異常な耐性力で難敵だったと思いだしつつも、俺は嘘と本音が入り乱れた台詞で返していた。

 地震が来ようが、ミサイルが落ちてこようが、モンスターが暴れ回っていようが、とりあえず電車が動いているなら会社に行く。

 これこそ社畜。これぞジャパニーズサラリーマン。

 …………モンスターが荒れ狂う地球より、リアル日本の方がよほどホラーで不健全じゃねぇと思ったのは、娘様には内緒だ。



[31751] B面 サラリーマン火星に立つ!!
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:3835ca5e
Date: 2017/09/13 02:41
 空を見上げれば薄曇り。時折雲海で踊るおどろおどろしくおびただしい数の影は、朝の気象情報番組で流れていた飛竜だろうか。

 部屋はともかく、さすがに町並みまでは忠実に再現しているわけでは無く部屋から駅へと向かう一本道は、平凡な住宅街をもしている。

 もっとも電信柱の影や、近所の軒先から、時折寒気をもよおす奇声が上がったり、明らかにおかしな方向に関節が曲がっている人影がちらほら映るホラー仕様。

 実際に製作して跳ばしたり、それらモンスターを仕込むとなるとコストが掛かるので、雲をスクリーンにしたり、物影にナノセルを仕込んで動体センサーと連動してアクションを起こさせているという話だが、中々に迫力があって良しだと思う。

 どうせ年中天気が悪い設定にするなら、いっそ濃い硫酸の霧でも漂わせて、建物なんかをいい感じに溶かそうという案が、悪のりしたアリスから出ていたが、さすがに地球の建物じゃ持たないんで却下。

 ただこの広い宇宙には、硫酸の海で泳いで、硫酸をエネルギー源にするお方らも結構いらっしゃるらしいんで、土壌汚染や環境保護への対策をしつつ、それらの環境再現能力も必須か。

 実際とは少し違うが地球環境を再現したこのエリアは、エリスの認識変化とおしおきって目的もあるが、あくまでもメインは環境再現実験。

 高重力、低重力、大気成分、気温、様々に異なる惑星環境を、拠点惑星である火星に点在させた諸島群それぞれ個別で再現する。

 目指すは有史以来、調査記録された全ての惑星環境再現だが、今のところ大抵が再現率7、8割といったところで、100%オリジナルと同環境に再現出来たと断言できるのは、今の所なしだ。

 建物の配置もそうだが、その年式や、独特な構造といった文化的な物から、動植物の植生や分布、大気の匂い、風の強さ、調査記録だけでは、判別できない、そこで実際に息づいている風景といった感覚的な物まで含めると、100%完璧にやり遂げるのは、銀河文明の科学力を持ってしても、至難の業だ。

 ディケライアには様々な人種、生物が社員として働いているので、福利厚生の一環もかねて保養設備として用いながら、アンケートを採って、ちょろちょろと改善しているが、こちらに作余力がまだ少ないのでまだまだ先は長そうだ。

 建設時だけで無く補修維持に色々とコストも手間も掛かるこれら諸島群の役割は、保養所としての役割とは別に、先を見据えた先行開発も兼ねている。

 星連アカデミアとの共同研究しているある分野との兼ね合いもあるが、暗黒星雲調査計画後の、暗黒星雲開発計画が始まるまでには営業レベルまで持っていければ良しとしよう。


『危険。この先10メートルから環境再現エリア外となります』


 街中の違和感や雰囲気をチェックしながら5分ほど歩いていると、仮想ウィンドウが自動的に立ち上がり警告メッセージが表示される。

 同時に路上のアスファルト路面を形成していたナノセルの一部が盛り上がり、ディケライアのトレードマークであるウサミミを模したデザインの、ちょっと変わった形の警備ロボットが成形される。


『個人用生体保護システムの確認をさせていただきます。保護機構をお持ちで無いお客様はお戻り頂いております』


 赤色の警備ロボットは、そのウサミミをもした両碗を左右に広げて、行く手を塞ぎながら警告メッセージを発する。

 少しばかり物々しい警告音と登場の仕方だが、事件、事故は会社の評判に関わるので、厳重に対策をしておいて損は無し。


「生体保護システム発動と、外出許可を申請してくれ」


 ただ遊び心が少し足りないから、この辺も要改善だなと考えつつ、左手につけた腕時計の文字盤をワンタッチ。


『外部環境対応モードを起動します。環境保持可能制限時間は34時間となります』


 登録された使用者である俺に適した環境で形成された特殊フィールドが展開される共に、バイタルデータウィンドウが立ち上がり内部数値を表示する

 こいつはうちの相棒が未開文明技術発展資料との名目で送った英国産のスパイ映画にインスパイアを受けた、銀河アカデミアの変わり者技術者が意気投合して作り上げた携帯機具。

 使用者周囲に特殊重力場を形成し、外部環境と内部環境を遮断して、生態維持可能な空間を保持するという物らしい。

 まぁこれで着る宇宙服なら、大昔のアニメにも光を当てるだけで宇宙空間や深海で活動可能な道具もあったなですむ話。

 しかし作ったのは星間文明種族。

 さすがに星間異動は無理だが、重力操作によって大気圏突破、突入は可能で、本星と衛星間移動くらいならできる、身につける宇宙船とのこと。

 大気圏突破や突入という台詞に、浪漫を感じる俺からすれば、便利だが、もうちょっとギミックがどうにかならなかったのかと、小一時間くらい問い詰めたい。

 いやスーツ姿で大気圏突破やら、突入ってどうよ。浪漫の欠片も無いシュールすぎる光景だ。それ以前に大丈夫だといわれても、恐ろしすぎて試す気も無い。

 せめて腕時計を地面に置けば、周囲の物質を取り込んで小型宇宙船になるくらいのギミックにしろと意見もしたが、無駄が多すぎると却下された……生粋の恒星間文明人共め。段取りを踏むって事を知りやがらない。 

 ただ文句はあるが、使える物は何でも使うのが俺の主義な以上、使うだけだ。


『保護システムの稼働を確認。通行許可を警備責任者に請求いたします』


 特殊フィールドの発生を確認した警備ロボットが、管理者である警備責任者へと通行許可を申請する。

 ここら辺はある意味無駄とはいえ無駄な手間だと、どうしても俺は感じる。

 警備ロボットはAIにより制御稼働している。

 そしてAIはあくまでもサポーターであり、全ての決定権は知的生命体が握るというのが、今の銀河を統べる惑星連合決まりであり、ディケライアがその一員である以上、AIの使用に制限を定めたこの基本法には従わなきゃならない。

 警備ロボットは、申請者がこの先の保護環境外に出ても大丈夫なだけの装備や、生体機能を身につけているのを確認したという情報を上役である知的生命体にあげて、許可決定を貰い初めて次の行動へと移れる。

 確認した段階で、決定は出来無い。

 しかも稼働試験中は俺一人だからまだ良いが、もし人数が増えても、事故や事件防止のために、集団チェックでは無く、個別チェックの方針なので、その都度確認、申請の手間を踏まなきゃならない。

 滞りなく勧めるには責任者の数を増やすのが一番早いが、人手不足のディケライアとしてはそこまで人を回すマンパワーはない。

 かといってPCOプレイヤーをあてがうわけにも行かない。

 送られてきたデータが通行条件に当てはまるかだけをみて許可をクリックするだけの単純作業を、誰が好きこのんでゲームでやるかって話だ。

 文明が発展して、便利になりすぎたAIが全てやってくれるために、何も考えず、何も動かなくなり、やがて眠るように緩やかに滅んでいった種族がいたという。

 AIの暴走や反乱以外に、便利すぎるから規制ってのもアレな話だ。だからといってその為にわざと不便にするってのもどうよとは正直には思う。

 いっそ星連議会で影でちょろちょろ動いてAIに市民権で……


『すみません。ちょっと今バタバタしていまして、遅れました』


 先々への布石を考えていると警備ロボットの胸部モニターに、ディケライアの受付嬢をやっている三ツ目さんが映り、開口一番に頭を下げてきた。

 はて、警備責任者はイサナさん率いる星内開発部の担当のはず。なんでローバー専務の部下である三ツ目さんが対応を?

 ちょっとばかり疑問を覚えはしたが、万年人手不足のディケライアのこと。

 足りなきゃ余所の部署から人を回して何とかやり繰りしているので、俺に伝えるまでも無い部内で収まる微細なトラブルでも起きたのだろうか。


「あー気にしないでください。今ここの内部時間って加速状態ですから、4、5分は待ち時間に掛かるって思ってましたから。何かありましたか?」     


 PCOが稼働している地球は、物資やエネルギーの節約のためにリアルの時間流より遅延させているが、エリスを閉じ込めているこの空間では細やかな時間流操作を行って、加速や遅延を駆使して辻褄を調整中。

 何せ色々と慌ただしく忙しい最中、遅延状態の地球に、俺が篭もり続けているわけにも行かないが、エリスを一人ホラーな地球に放置もさすがに精神的にまずいし、なにより罰とはいえ可哀想な話。

 だから俺がここにいるときは加速状態にして、精神的フォロー+先のための好感度調整。

 俺が出ているときは、その進みすぎた時計を合わせる分だけ強めの遅延状態にして、エリスがゲームに接続する時だけ地球と同期状態へと合わせるという、めんどくさい仕様だ。 


『はい。銀河標準の15分ほど前ですが、星系連合より特別惑星査察官の着任が決まったと連絡があり、アリシティア社長、ローバー専務、サラス部長が対応中で、各部署が状況整理を開始しています』


 ……うむ。予想外の、そしてちょっと嫌な報告。

 星系連合の惑星査察官というのは、惑星政府や、惑星所有企業が、星連の定めた惑星条約に違反をしていないかを、文字通り調べる役職。

 これ自体は珍しい役職では無く、どんな辺境の星や、小さな地場惑星改造企業でも星系連合に所属するならば、対応する役人がいるという話。

 もっとも対応する惑星や企業の膨大な数に対して、絶対数が足りないので、普段は査察官ご本人は中央星系のオフィスで仕事をし、政府や企業、もしくは地元エージェントから上げられるレポートで判断。

 地球で活動するアリス達と同じように、時折恒星間ネットワークを通じた義体による、間接的現場査察というのがデフォだそうだ。

 ディケライアにも対応する査察官は、もちろんいるが、昔はともかく今はギリギリセカンドカテゴリーの弱小企業な上に、その現場は銀河の辺境の、さらに片隅という、中央星系からみれば魔境な暗黒星雲近海。

 対応する査察官も、他にいくつも査察先企業や惑星を抱えており多忙らしく、報告書+短時間の義体査察だけで今まですんでいた……というか済ませてきた。

 グレーゾーンな事をしでかしているこっちとしては、突っ込まれるとちょっとばかり面倒なことになりそうなので、小細工かまして色々と政治工作を仕掛けていたんだが、どうやらその神通力は切れたようだ。

 しかも、この惑星査察官という役職の頭に特別とつくと、少し事情が異なる。

 違反が強く疑われる。もしくは違反していると星連が判断している時に派遣され、恒星間ネットワークを通じた義体では無く、生身による査察を行うために、その星へと直接来訪するらしい。

 緊急で早急な解決が求められる事変ならば逮捕、処罰まで許可された文武に優れたエリートというのが、ローバーさんの説明。


「……ついに来ましたか」


 まぁ、やらかしてはいるんでそのうち特別査察官に目をつけられるのは仕方ないと覚悟していたが、少しばかり予想より早い。

 太陽を作るまではなんとか抑えきれるかと思ってたんだが……


『すみません。他の全社員には伝達しましたが、シンタさんだけは連絡があるまでこちらからは原則連絡ができませんでしたので』 


「あー連絡もらっても、すぐに俺がどうこうできる訳でも無いんで、気にしないでください」 

 エリスへの好感度調整は未だ途中。下手に連絡を受けてばれると俺の思惑から外れるし、どうせ中にいる時は時間流加速中で、中で一晩が経っても、外じゃ10分程度。

 連絡あれば出てからという体制なんだから致し方ない。

 それに相手が後ろめたかったり、違法行為で仕掛けて来るなら、いくらでもすぐに手は考えるが、王道、正道で来られるとなると、下手な手はこっちがやばくなるから慎重にならざる得ないんで、俺では無く、まずはローバー専務率いる法務部の出番だ。


『はい。それで現場組の部長さん達がシンタさんにとりあえずの優先対応案件を伝えると外でお待ちです。あ、あといつも通りカルラちゃんも』


 エリスの様子を真っ先に知りたがっているカルラちゃんは別として、各部長のほうはアレか。

 なんとかなるならローバーさんに要相談だが、俺のほうに来たって事は限りなくアウトに近い案件対策ね。

 ……さてどれだろう。

 とっさに思いつく案件が片手に余る段階で、特別惑星査察官が送られてくるのも致し方なしか。
 
 クエスト内容は、特別惑星査察官殿が来星するまでに、ブラックな案件をグレーゾーンに落とし込めって所か。  


「はいはいと。待たせるのも怖いのですぐ行きます」


 俺は軽口で答えてから警備ロボットの横をすり抜け、保護フィールドの境界線を踏み越える。

 踏み越えた瞬間、ちょっと変わった地球の町並みは一瞬で消え失せる。

 代わりに目の前に広がったのは、タールを溶かしたような真っ黒な海水で満たされた火星の海と、それ以上に暗い星の少ない夜空。

 天を見上げれば我が母星地球が頭上に鎮座し、その同胞たる金星、水星が周囲を囲む。

 その惑星群の中央には、2つの月である送天と創天。

 地上へと目を向ければ、暗闇の中でもうっすらと判る明らかに地球人類とは異なるシルエットの5つの影。


「遅い! エリス姫様独占して楽しんでないで仕事しなさいよミサキ!」


「姉さん……私達が来てまだ1分ですよ」


「ほっときなってカルラ。シンタの旦那にシャモンが怒鳴るのは挨拶みたいなもんなんだから」


「ったく。お前ら本当に相性が悪いな、シンタ早く乗れ。イサナの義体内で緊急会議だ」


「深海2万メートルまで潜れば、のぞき見や盗聴は不可能となります。降下予定時間は5分です」


 頭から獣耳の生えた獣人が二人に、うねうねと動く不定形な人影。

 さらには本体よりは小さいとはいえマッシブな巨人が後ろを指さす。

 船と見間違える魚類とその先端から伸びる発光女性が落ち着いた口調で声を発するのに合わせて、魚体のほうも大きく口を開く。

 目に飛び込む光景や相対する人物達は間違いなくSFな世界なんだが、それに対する俺は相変わらずのスーツ姿の若手リーマンと。

 いや、どこでどう人生を間違えて、こうなったのやら?

    
「了解。んじゃ、お仕事と行きますか」


 そのギャップについ笑いそうになりながらも、何時もの癖でネクタイを軽く締め直し臨戦態勢を整えた。



[31751] B面 姉妹
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2017/12/04 01:18
「しかしまた……趣味的な」


 巨大な鮫に襲いかかる、海のギャングの集団というダイナミックなシーンが一瞬で目の前を過ぎ去っていく光景に、俺は感心と呆れの入り交じった感想の声をあげる。

 ぐんぐんと水を掻き分けて海中深くに潜行していくのは、リアルボディは文字通り宇宙の海を泳ぐ惑星間移動巨大生物なディケライア社星内開発部長イサナリアングランデ。通称イサナさん。

 イサナさんの火星における義体の感想をひと言で言えば、海中遊覧潜水艦。 

 展望モードでは全壁面が周囲をリアル中継するスクリーンとなっているので、まるで自分が魚になったかのような錯覚に陥るほどだ。

 そんな火星の海では、ただいま絶賛養殖中な地球海洋生物のお歴々が、熾烈な生存争いを繰り広げていやがった。

 広大な火星の海をいくつかのエリアに区切って、それぞれの時代ごとに生息域を分けているとは聞いていたが、メガロドンVSシャチをリアルタイムで見る日が来るとは……

 俺のB級映画コレクションの中でも、海洋アドベンチャー系に食いつきが良かった相棒を思い出す。

 さすが宇宙育ちのエイリアン嫁だけあって、SF宇宙物には、『宇宙船の造形にリアリティが無い』やら、『えーこういう寄生生体の人って結構温厚だよ』って、余計な突っ込みを色々とくれていやがったが、逆に馴染みの無い海洋物は純粋に楽しめていたようだ。


「結構やりそうね今のでかいの。あんたの水中戦闘鍛錬に良さそう。カルラいつがいい? あ、もちろん素手ね」


 そしてさすが従姉妹というべきか。妹限定鬼教官なシャモンさんが別の意味で食いついていやがった。

 あの古代ホオジロザメ相手にどうやれば素手で勝てるやら。海洋生物に素手で挑もうという発想が出てくる辺りディケライア一の脳……もとい武闘派。


「いつどういう場であんなモンスターと戦う機会があるんですか……小父様からも言ってください」


 可愛がってはくれるが一事が万事体育会系な姉の何時もの無茶振りに、リアルの映像には目もくれず制作中の海中生物図鑑を開いて読んでいた文系なカルラちゃんが、ため息を1つ吐いて、俺に助けを求めてくる。

 乗り気なシャモンさんに水を差すのは怖いが、うちの娘様の一番の親友であり、個人的にも可愛い妹分と思っているカルラちゃんの頼みなら仕方ない。

 後ちょっと思いついたのもあるし。 


「あいつら観光資源である前に、進化過程や跳躍影響の検証も兼ねてる稀少生物なんで勘弁してください」
  

 シャモンさんの攻略に必要なことはまず理路整然とした理屈。個人的感情抜きの理由を口にする。


「ちっ。仕方ないわね。じゃああたしが、」


 ただここで忘れちゃならないのが、ちゃんとフォローもって事。ダメとなれば自分が代わりに相手をやるって言い出すなんて、予測済み。


「代わりにPCOの方で海中ボスで作りましょうか。もうちょっと攻撃性能あげるんでアドバイスお願いします」


 うむ。やはりクラッシックな鮫映画で巨大鮫を見るのも良いが、リアルで見るとまた格別。いい感じの中ボスキャラのインスピレーションが湧いてきた。


「また仮想か……でもあっちのほうが色々リクエスト効くから良いわよ。攻撃力をあげるなら音波攻撃能力は入れときなさいよ。水中策敵、攻撃、防御、何でもありだから」


「あぁ、じゃあプラスして音波反応式の機雷散布機能なんてどうです? 高速移動しながら標的の周囲にばらまいて、一定時間後に一斉爆破させる広範囲攻撃持ち」


「一定時間後だとちょっと弱いわね。接触即時連鎖は?」 

 
「あーでもそれだと恐怖感が弱いんですよね。やっぱり数が徐々に増えていくってのが焦りを生むんで」


「プレッシャー目的なら、追尾式の魚雷でも混ぜなさいよ。そっちの方が回避しながら攻撃する良い練習になるから」


 さすがシャモンさん容赦ない。なかなかの高難度調整を提案してくれる。

 しかしそれなら魚雷よりも、さっき見たシャチ辺りを、取り巻きMOB生体爆弾として設定するのもコンセプト的に良いか?

 実際のメガロドンがシャチに駆逐されたという通説に基づいて、ボスキャラに効率的なダメージを与えるにはそのシャチのコントロールを奪うって形で……
 

「イコク兄様。PCOで時折理不尽難易度のクエストボスがいる理由って、ひょっとして姉さんが原因ですか?」


「シャモン+シンタあと時折お嬢だろ。あっちの開発部の連中がデスペラードクオリティだなんだって言って面白がってたからな……二人ともついたから後にしとけ。ここに来た目的を忘れてんじゃねぇぞ」


 俺とシャモンさんが企画書テンプレートを持ち出し、コンセプトを固め始めていると、現場組のまとめ役であるイコクさんが手を打ち鳴らす。

 っと、しまった。ついインスピレーション湧いて仕事モードに入っていた。

 フォローするはずだったカルラちゃんはと見てみれば、頭の上の狼耳をパタンと倒した諦めモードに入っている。どう転んでも巨大鮫と戦わされると悟ったようだ。

 俺に少しばかり恨みがましい目を向けているのは気のせいで無いだろう……うむ。信頼度を犠牲にテストプレイヤー確保したとして割り切ろう。

 減った分の信頼度回復には、エリスの寝姿写真でも撮ってきてご機嫌伺いだな。


「は~い茶菓子お待ち~。茶菓子と来ればお嬢様がこいつしか無いだろうって決めてたけど、旦那これってなんか海に由来ある菓子?」


 中性モードのクカイさんが分裂させた蝕腕でお盆を持ちながら、俺達がいる展望室に入ってくる。

 その横には、同じく盆を持つリアルボディでは先端部分にぶら下がっている発光女性体を模した小型義体モードのイサナさんの姿もあった。

 クカイさんの盆の上には、それぞれの身体のサイズに合わせた緑茶入りの湯飲み。

 そしてイサナさんのほうにはあんこたっぷりなどら焼きが山積みになっていた……嫌いじゃないが、なんで海中でどら焼きよ?

 あいつの思考回路というか、ネタの引き出しが多すぎて聞かれても困る。


「どら焼きって昔ながらの和菓子ですけど、アリスの奴、他になにか言ってましたか?」


 ヒントが少なすぎるので尋ねてみると、イサナさんが記憶を思いだそうとしているのか軽く身体を点滅させた。


「アリシティア社長でしたら、私がどら焼きを食べた後に小型探索カメラを出して自由遊覧モードにするのが様式美とかなんとかおっしゃっておりましたが。今度由来を詳しく伺いましょうか?」

 元祖。平成、朝そして夜。

 イサナさんの言葉で、前に機嫌を損ねた詫びに付き合わされたマラソン苦行が脳裏を横切る。あれか、あれしか無いなあの阿呆。

 なんでこんだけ壮大な古代海中スペクタクルがありながら、ネタに走りやがったあの阿呆ウサギ。

 この宇宙で誰よりも気はあう嫁だが、相変わらず趣味という分野ではものすごい隔たりを感じる。


「なによミサキ。自分だけ判った顔してないで教えなさいよ」


 俺だけ意味を悟ったことに、アリス命なシャモンさんが理由を知りたがる。


「アリスに聞いてください。シャモンさんが聞いてくれるとなれば嬉々として教えて……いえ、布教してくれますよ。ライトモードなら直系シリーズのみですけど、深く突っ込みすぎてディープに入ると関連シリーズ全話に及びますよ」
 

 時間の流れさえも自在に操るという超技術を持ちな宇宙人がもっとも利用頻度の高い理由はアニメ視聴マラソン大会のため。確かにリフレッシュ休暇は必要で、その使い方は個人の自由だが、なんつー無駄遣いを。

 時間という概念を真面目に研究している地球の物理学者に、一度ガチ説教してもらった方が良いような気がする。


「うっ、忠告に感謝してやるわよ…………申し訳ありません姫様。私は従者失格です」


 俺が浮かべる真剣な表情に何かを悟ったのか、シャモンさんが苦悶の表情で頭を下げた後、悔しげに拳を握った。

 うむ。さすがのシャモンさんでもあれはきついか。


「お前ら。相性良いのか、悪いのかどっちだよ。こっちものんびりしてるほど時間が無いんだから本題はいるぞ」


 俺とシャモンさんがやり取りしている間に、テーブルをセッティングしていたイコクさんはあきれ顔を浮かべていた。


「ういっす」


「うっさいわね。判ってるわよ」


 それぞれに答えながら俺らも席に着く。

 円形のテーブルに着いた色々な意味で個性的な面々は、イコクさん、シャモンさん、クカイさん、イサナさんの四人の部長。

 彼らはディケライアにおける実働部門をしきるいわゆる現場組と呼ばれる部の長。

 元々四人で、よく集まって部署間のすりあわせやら打ち合わせ等もやっていたのは、俺も昔のぞき見をしていたので知っているが、この面子には最近俺もよく顔を出させてもらっている。

 まぁ何せ色々と、表やら裏やらで工作やらをしている関連で、辻褄合わせやら、都合の良いデータが必要になるので、いろいろと融通を利かせてもらっている次第だ。

 星系連合の特別査察官がディケライアを訪れるという情報は、はっきりいってグレーどころかブラックな事もしでかしている現場組にはかなり脅威となる。

 今回の緊急招集の理由は、それをどう誤魔化し、もみ消すかという対策という所か?

 ただそうすると1つ疑問がある。それはシャモンさんの横に座りお茶を飲んでいるカルラちゃんの存在だ。

 カルラちゃんは、経理部長のサラスさんの娘であり、星外開発部長シャモンさんの妹にして、うちのエリスのお側役という、ディケライアにとっては特別な立場にいるが、それでもその本分はまだ学生。

 カルラちゃんが生まれた頃から知っている面子ばかりとはいえ、後ろめたいこの集まりに出席させるなんて、まず普通ならシャモンさんが許すはずが無いはずなんだが。

 
「さてと、シャモンどうする、俺から説明するか?」


 全員が席に着いたところで、何時もなら進行役を務めるイコクさんが、何故かシャモンさんへと話を振った。


「任せる。名前を口にするのも嫌だから」
  

 そして振られたシャモンさんも、また珍しく冷たい表情をみせていた。
 
 基本的にシャモンさんは感情が表に出やすいタイプで、その顔を見ていれば何を考えているかすぐ判るのだが、今浮かべているのは無表情にも近い色を感じさせない物。

 しかし確かな怒りだけを感じさせる物だ。


「判った。シンタとカルラ。まずはこいつを見てくれ」


 気遣うような目を向けたイコクさんが小さく頷いた後、テーブルの中央にホログラム映像を呼び出す。

 イコクさんが呼び出したのは、顔写真付きの社員データ。そこにはシャモンさんとよく似た顔つきの、だが少しばかり細部の違う若い女性が映っていた。

 それは他人のそら似というレベルでは無く、違いは表情だけといって良いレベルに瓜二つだ。

 シャモンさんと違い、感情を感じさせない無表情さと、どこか遠くを見ているようなその目が印象的だった。


「こいつの名前はシャルパ・グラッフテン。シャモンの双子の姉貴で元ディケライア社調査部部長だ」 


 イコクさんの説明にカルラちゃんが目を丸くしている、たぶん鏡があれば同じように俺も目を丸くしているだろう。

 凡ミスで宇宙側に来てから約半世紀。ディケライア社の連中とは仲間というよりも家族的な付き合いになっている。

 だがシャモンさんに双子の姉がいたという話は初耳だ。そしてシャモンさんの妹であるカルラちゃんさえも、シャモンさん以外に姉がいると初めて聞いたのは、その顔を見れば明白だった。


「元々ボクの所は探索部って資源探索がメインだったんだけど、シャルパが辞めてから、星域全域調査関連も色々引き受けるようになって調査探索部って名称変えているんだよね。ただやっぱりだいぶ調査能力は落ちたよ。シャルパは専門教育を受けてたし、引き抜いていった部下の人らもそっち側に特化してる連中だったから」

 アリスの両親や、元々のディケライア社のメイン社員達が犠牲になって、経営が傾く原因になった恒星膨張事件にでも巻き込まれたのだろうかと考えていたが、クカイさんは辞めたとはっきり口にした。

 しかもごっそり部下を率いてか。最悪の辞め方してやがるようだ。


「シャモンとタイプは違いましたが、同じく優秀な若手社員でした。未曾有の苦境の中にありますが、我々が何としても会社を再建すると誓い合っていたのですが……」


「イサナ先輩。あの根暗裏切り女にそんな気持ちなんてありませんよ。あの裏切り者が姫様になんて言って出て行ったか忘れたんですか……あの時片目だけじゃ無くて、しっかり私が殺しとけば今回みたいなことはなかったのに」 
  

 ぞくりと来る殺気を纏ったシャモンさんが、サラスさんと瓜二つの冷たい目を浮かべる。

 それは肉親に向けるべき感情では無く、紛れも無く敵に対して向ける殺気だった。

 自分がしっかりと社長をやれなかったから、ついていけないと出て行っていた人達もいると、落ち込んでいたアリスの寂しげな顔が脳裏をよぎる。

 どうやらこいつはディケライアの中じゃ絶対に触れちゃいけない、思い出しちゃいけないタブーだったようだ。

 しかし、今になってそれを話題にしなければならない理由。すぐに思いつく、思いつける理由は1つある。つまりは……


「もしかして今度来る特別査察官って」


「今朝方星連から通達があった。ディケライアに特別査察で訪れるのは、星系連合広域特別査察官シャルパ・グラッフテンだとな」


 イコクさんが深刻な表情を浮かべながら、社員証の横に新たな映像を呼び出す。

 星系連合所属を現す印章とともに映るのは、顔の右半分に走る鋭い爪痕と白く濁った右眼の無表情な獣人女性だった。



[31751] B面 忠誠値100の敵
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2017/12/19 01:39
 オリンポス山麓に建造された火星中央都市は、中央宇宙港の北側の来訪者向けの区画と、南側。地球の再生者であるリバイバー用区画に大きく2つに分けることができる。

 リバイバー区は、それぞれの地球地域ごとの特色を色濃く現した居住区、商業区、工業区をセットにして、そのセットの合間に公園区画を組合わせた、某都市建造ゲーのような仕様。

 要は世界各地の都市をイメージしたその国の文化や風俗を再現したタウン区画と、区画間の境となる緑化区画のセットで、見た目は日本でお馴染みな○○村といった風情だ。

 リバイバーの皆様は、ディケライア社の特例現地協力社員という名目で籍を持ち、様々な仕事をしてもらっているので、一般居住区は巨大企業城下町といったところか。

 家賃、光熱費は無料。仕事内容やら、追加報酬に応じて、給金として火星都市内限定の電子マネーを配布し、火星内で自給自足している食材やら生活品購入に当ててもらっている。

 そんな火星都市の状況をモニターに映しながら、新造タウン区画の報告書に軽く目を通していく。

 面接してこちらの主旨に同意をしてくれた協力者を蘇らせているとはいえ、人が増えれば増えるほど軋轢は生まれる物。

 ほんの些細な問題が、いつ大きな火種となるかなんてわからない。

 あがってきた苦情や要望には速やかに対処ってのは、都市運営ゲームと変わらず。ただ宇宙育ちだったり、他種族なディケライア社の面々には、微妙に判りにくい機微もある。

 そして地球側の新規再生者からしても、要望を伝えようにも見た目がまんまエイリアンなディケライア社の面々には、最初は抵抗が強いので、状況把握もかねて緩衝材としての俺が入っている。


『シンタさん。こっちが農場の栽培品目にいくつか新規追加されたリストです』


「はい。了解と」


 三ツ目のオペ子さんが映ったウィンドウから飛びだしてきた報告書という名のVRカードを数枚受け取りすぐに展開。

 大規模農場がベースとなったコルホーズ区画は、初期組であるルナプラントの植物学者であるレザーキ博士が中心となって運営されている。

 色々と印象が悪くないかと思った区画名称だが、レザーキさん曰く『昔と同じ失敗したら、我々は全滅だねぇ。そうならないための訓戒だよ』とにこやかに笑ってやがった。

 アリス好みにカスタマイズされた簡易指揮システムを流用したカードの表面では、山の斜面に作られた茶畑で、のんびりと茶摘みをするミニキャラ達が映されている。


「茶の生産ですか。確か他の作物に比べて土壌環境が違うから、大変だとかって話でしたよね」


『えぇ。そうみたいですね。でも火星都市群合同第43回要望投票でランキング入りしてましたから。地球時間でわずか2年で商業販売できるくらいの安定供給が可能になったのも、植物生成シミュレーターのおかげだって皆さん喜んでいましたよ。開発陣にもお礼を言ってくれとの事です』


 技術者連中に酒飲みが多い所為か、それとも元々他に作っていた食物をアルコールに転用できるからか判らないが、火星における嗜好品開発事業は、酒類が先行気味。

 しかし宗教観的に難しかったイスラム圏の人達も、最近は何とか仲間入りしてもらっているおかげで、その頃からコーヒー、茶類などの非アルコール系嗜好品の要望も多くあがっている。

 経営に失敗したら地球文明及び地球人類が終わりって状況じゃ、文字通りの神頼みが精神安定に一定の効力を発揮してくれているので大助かりだから、なるべくご機嫌伺いしといて損は無しだ。


「了解。大園ソフトウェアさんには、今回の土壌改良や育生データと一緒に礼状を送っておきます」


 資材に制限があり、耕作可能面積も限られている今の火星じゃ、リアルで試行錯誤する余裕はそうは無いが、そこは俺らVR屋の出番。
  
 リアルに制限があるなら、環境データをいじくり時間の流れを早めれる仮想世界で、リアルへと十分転用可能なデータを取れば良いという。

 しかし、惑星開発をメインにしたPCOを隠れ蓑にしているとは言え、リアル火星開拓で自分所の植物生成シミュレートが使われているとは大園さんも思うめぇ。

 また一枚手札が増えたことに嬉しさを覚えながら、そこからさらに展開すべきルートをいくつも考える。

 科学技術じゃ銀河文明の足元にさえたどり着いていない、地球文明の強みはその多様性と、発展性。
 
 文明変化スパンの長い銀河文明から見れば、単一種族が1つの惑星でこれだけ短期間に、次々に新しい試みを試したり、商品を開発していくのは珍しいとのこと。

 茶1つとっても製法やら、飲み方、さらにはそこから発展した飲茶文化と、いくらでも売りはある。

 人の手による生産や独自文化という物の価値が極めて高い銀河文明相手にするには、それは何よりも大切な物。

 おそらくはこの発展性も元々は、実験生物である俺達に意図的に与えられた精神的特性だと考えるべ……


「と、そうだ。少し個人的に聞きたいことあったんですけど今、少し良いですか?」


 未来に向けて色々と考えているうちに、脱線しかけた思考を立て直し、俺は表情を改めて、何となく声を気持ち潜めながら、オペ子さんへと尋ねる。

 
『……シャルパさんの事ですよね』


 俺の表情から何を聞きたがっているか悟ってくれたのか、オペ子さんが何時もの笑顔を引っ込め、額の目を悩ましげに閉じながら声を潜める。

 あまり触れてはいけない、もしくは触れたくない話題といった感じなのは、他に話を聞いた人と変わらない。


「えぇ。率直な印象を教えてもらえますか」


『真面目です。本当に真面目で、アリシティア社長の事を第一に考えている方でした。その忠誠心はお母様のサラス部長や、ご姉妹のシャモン部長と比べて勝るとも劣りません』

 
 窮地に陥った社を見捨てた裏切り者。

 そして今は惑星特別査察官という、色々とグレーゾーンな仕事が多い惑星改造会社にとっては、最大の仇敵として立ちふさがった執行者。

 しかしそれら現実を前にしても、オペ子さんも、他に話を聞いた人達と同じく、嫌悪感といった悪感情や、何故あの人がといった困惑さえも感じさせない、明確な回答を与えてくれた。

 つまりはシャルパ・グラッフテンという人物は、アリシティア・ディケライアを守るために存在すると。

 シャルパさんに関して尋ねた誰もが、表現の違いはあっても、十人中十人が忠誠心に溢れた人物だと答えてくれた。

 その行動に嫌悪感をみせたのは実の姉妹のシャモンさんのみで、他の社員からは怨嗟や、蔑む声も無かったほどだ。

 それらの印象を統合して人物像が固まってきたが、そうなると今回の行動は実に厄介で、簡単にどうこうできる物で無いと感じさせる。

 現場組の各部長からは、相棒のフォローを頼まれたが、これアリスが一番悩むパターンにもろ嵌まりじゃねぇか。

 色々と方針は考えられるが、俺の判断でどうこうしていい話でもねぇな。


「ありがとうございます。あとすみません。アリスの予定を俺の権限で変更お願いします。新茶を飲みつつ視察追加で」


 多少公私混同気味かも知れないので新規農作物視察という名目を組み込みつつ、昼飯を一緒に食べるという、多忙な俺らに取っちゃささやかな贅沢へとスケジュール変更を頼んだ。










 コルホーズ農場区画は面積的には火星都市で最大の区画となっていて、ぱっと見には巨大サイコロといった正方形構造物が並んでいる。

 その内部を見れば、青々とした小麦やら穀物類が生い茂った層もあれば、整然と樹木が立ち並ぶ層もあるといった感じの、様々な農地が形成されている。

一層一層で異なる環境調整した農場階層を積み重ねる事で、最高効率耕作面積を求めた構造で、それが今現在は10階層型が4基稼働中で、5基目の基本階層作りに着手中。

 最終的には増設した20階層30基稼働で、一億人分の食料を自給自足する食料生産計画となっている。

こいつは規模はともかく、純粋な地球技術によって建設、運営で、元々はルナプラントで研究、実験されていた月面農業ファクトリーの拡大発展版。

 基本的にここが火星の台所なので、ここが育たなければ、火星リバイバー人口を安易に増やせないという縛りもある最重要区画になっている。

 ただこの巨大さなので、すぐに組み立てられるというわけでも無く、需要と相談しながら少しずつ建設中。

 ここに限らず、リバイバー区画は、基本環境整備はさすがにディケライアが管理しているが、その他は地球産技術による物となっている。

 地球技術にこだわるわけは星系連合への言い訳である文明発展観察実験という大義名分を維持する目的もあるが、未来への貯金というはっきりした目的もある。  

 銀河文明から見て未だ未発達な原始文明というアドバンテージ。こいつを有効的に使うためにも、今は安易な手に頼れず、非効率的だが仕方ない。


「で、どうだよアリス。新茶の味は?」


 茶畑を見渡せる休憩所のベンチを借りて、今も絶賛刈り取り中のリバイバーさんが扱う茶摘み機の駆動音をBGMとしながら昼食を取り終えた俺は、相棒に食後の茶の感想を尋ねる。


「うっ、苦いのによくそのまま飲めるねシンタ」


 俺に促されて一口飲んだアリスは、落ち込み状態を表すへたっていたウサミミが一瞬立ち上がり、すぐにミルクポットとシュガーボックスに手を伸ばした。


「これくらい渋いほうが眠気が覚めて美味いからな。お前もいい歳なんだから、そろそろ甘いのよりこっち方面に目覚めろよ。そういや今朝のエリスの朝飯も好みに合わせてかなり甘め設定にしたけど、あれだけ甘いと太らないか?」


 緑茶に大量の砂糖とミルクをぶち込むという暴挙をしやがった相棒に、俺は呆れ気味で返しながら、手酌で二杯目を注ぐ。

 うむ。少し苦いが、朝飯がエリスに付き合って甘かった分、昼はこれくらいが丁度いい。


「大丈夫だって、私達の身体の中には過剰栄養をストックしておくナノシステムがあるって前に言ったでしょ。船の故障なんかで無人惑星でサバイバルになってもしばらくは生き残れるようにって。シャモン姉なんて、戦闘用ナノだから、地球時間で千年くらい飲まず食わずで戦闘活動が続けられるし」


 隔絶した科学力な銀河文明じゃキャラメイク感覚で、太ったり痩せたりも自由自在だったなそういえば……今度リルさんと結託してアリスのそれらの機能秘密裏に封鎖してやろうか。自己管理を教えるためにも。


「それよりさ……いきなりお昼一緒にって、シンタからは珍しいお誘いをしてきたのは、シャルパ姉対策でしょ」


 俺が密かに悪巧みをしているとは考えもしていないのか、アリスは自分から本題に踏みいる。

 さっきまでの状態に戻ったウサミミを少し揺らしながら、アリスは小さく息を吐いている。
 

「どう見ても落ち込んでいるから、もう少しクッションを踏んでからいこうとしたのに、こっちの気づかいを無駄にすんなよ」


「ごめん。でもシャルパ姉が相手なら落ち込んでいる時間は無いし、誰かに慰めてもらえることでもないから。それが”パートナー”であるシンタでも」


 アリスはキーワードを口にし、自分の意思を尊重してほしいと目で訴えかけてきた。

 お前ね。それは卑怯だろ。心配さえさせないってのは。

 思うところはある。あるが、それでもアリスが明確な意見を持っていることは判ったので、俺は黙って湯飲みに手を伸ばし茶で口を塞ぎ、アリスの次の言葉を待つ。


「シャルパ姉は優秀だよ。ほんとにね。油断したらうちの会社はすぐに営業停止処分になって潰される可能性も高いよ。ローバーとサラスおばさんが、不備な部分の見直しと対処に動いているけど、間に合うかどうか微妙だって」


「いつ来る予定なんだ?」


「地球時間で一週間後。あと1回の跳躍で到着するバルジエクスプレスの貨物船に乗ってるって。ナビゲーターしているレンフィアも星系連合からの箝口命令が出ていて、こっちに伝えられなかったってさっき連絡があったところ」

 
「到着してからじゃ無くて、到着少し前に箝口令解除かよ……思いっきりこっちの出方を試してきてるな」


 抜き打ち査察も質は悪いが、それより直前の事前連絡はさらに質が悪い。

 その少しの時間で上手くすれば都合の悪い部分を隠せるかも知れないと、どうしても考えてしまう。後ろめたい部分があればあるほどに。

 隠すか、それとも素直に情報を差し出すか。

 裏を返せばこれは隠されていても見つける自信があるという何よりの証左だな。シャルパさんが優秀だという情報に、査察対象は古巣のディケライアという事を加味して、かなりこっちの分が悪い。

 既に査察は始まっていると思ったほうが良いだろう。

 しかしこんな駆け引きをしてくるって事は……


「なぁアリス。シャルパさんってこっちの味方に引き抜けるか?」


「無理だよ。シャルパ姉は絶対にディケライアを潰す気だよ。だってシャルパ姉は最初から私の絶対の味方だから……いくらシンタだって味方は引き抜けないでしょ」


 敵では無く、絶対と断言できる味方が、ディケライアを潰そうとするね。

 アリシティア・ディケライアの絶対的な味方であるからこそ、その行く末に影を落とす窮状に陥ったディケライア社を潰そうとするって事だろうか。

 主の願いを無視してでも、御身の為と。ゲーム数値なら忠誠値マックスだろ。シャルパさん。

 姉妹であるシャモンさんと方針は違うが、ベクトル的には同じっぽいな。


「でも絶対に負けられない……だからね。シンタ。どんな手を使ってでもシャルパ姉の行動を妨害して排除する。私はそのつもりだよ」


 アリスの声のトーンが変わり力強くなり、頭のウサミミがぴんと立ち腹はくくったようだ。

 絶対的な味方であるから、シャルパさんを最悪の敵として認定して。

 ったく。らしくねぇ選択しやがって。

 どれだけ卓絶した科学力があろうとも、一皮剥けば結局は感情がそこにある。

 だから俺は銀河文明を、そこに住まう人達を恐れない。いくらでもやりようはあると知っているからだ。


「了解。じゃあシャルパさんにはアリスの”相棒”として俺が直接に応対する。良いよな」


 アリスがキーワードを口にしたのなら、こっちもキーワードを口にするだけ。


「シンタ……ずるいよ。そう言われたら断れないって知ってるのに」


「俺は卑怯だってお前が一番知ってるだろ、何を今更」


 俺は口元だけで笑いながら、苦めの茶を一気に飲み干す。

 心配させてもらえないなら、勝手に心配して気を使うだけだ。

 アリスが社長として動くしかないなら、動けないなら、俺はアリシティア・ディケライアの相棒としてその間を埋めるだけ。

 無理ゲー、確定イベント、説得不可能な敵で味方。

 こいつがゲームなら諦めるが、ここはリアル。ならひっくり返してやろうじゃねぇか。



[31751] B面 詫び石は誠意の気持ちを込めて顔面に投げつけるべし
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/01/20 20:51
 視察を兼ねた昼食を終えた俺とアリスは、火星を離れ地球軌道上に停泊するディケライア本社である創天へと向かう星系内小型定期移動船に搭乗していた。

 小型と言っても、そこはやたらと規模のでかい宇宙尺度。地球の大型タンカーほどの大きさがある船だ。

 搭乗している乗客は俺とアリスのみだが、貨物室には火星で収穫、採取された補給物資が山積みとなっている。
 
 超絶進んだ科学文明を持つ銀河文明においては、元さえあればあらゆる物資が合成可能。だが逆に合成可能が故に、天然物が喜ばれ崇められ、とりわけ嗜好品がその傾向が顕著。この天然物至高教は程度の差はあれ宇宙も地球と変わらず。

 
「補給物資のリストは送ったから、各部署からのリクエストに合わせて配分。人気が高いのは抽選制ね。いつも通り外れた部署や人には外れポイント追加して、次の時に抽選回数を増やしてあげて」


 隣席に座るアリスは、透き通るような銀髪から出たウサミミをゆらゆらと揺らしながら、リストと睨めっこしつつ兵站管理中。

 銀河文明基準で原始文明に属する地球文明産物資は、天然物かつ人手のかかった珍品扱い。

 出すところに出せば(非合法)かなりの大金となるが、現状のルールでは研究名目以外での持ち出しや輸出は基本不可能。

 その宝の山をいつか解禁されたときの為に溜め込むんじゃ無くて、無理をさせている社員への福利厚生として使ってしまおうってあたり、アリスらしいっちゃアリスらしい。
 

「……ずっ」


 そんな相棒の横で、お土産としてもらった茶を時折飲みながら、俺は無言で企画書を作り上げていく。

 まずは企画書を会議で通して、その後は関係各部署で煮詰めて、アリスやら白井社長のゴーサインをもらって実行。

 細々とした手間はかなり省いているが、会社としての最低限のルールを維持しているのは、俺が思いつきで暴走しないためのセーフティ。 

 面倒事、それも放っておくと後々やばいやら、時間経過でどうにもならず、むしろ悪化する事態が複数重なったらどうするか?

 一つ一つ丁寧に対応しましょうといえるのは、個人なら余裕のある奴、もしくは組織なら、人手も資金も潤沢にある大手と決まっている。

 余裕が無い社畜や、倒産間近の会社としては、今ある手持ちで何とかしないといけない、というか何とかする。出来無ければアウト。

 もちろん今の俺らは後者。一つ一つ個別に対応している時間も、人手もいない。

 となりゃ、視線を変えて複数の懸念を一つの課題としてまとめ上げ、解決に持っていくしか無い。

 最優先解消すべき懸念の一つ目。暗礁に乗り上げ中の暗黒星雲調査計画。

 二つ目。現状無理ゲーと化してしまったPCOの暗黒星雲調査計画クエストが、攻略プレイヤーから見放されないための対策。

 そして最後の三つ目。リアル時間で1週間後に創天へと訪れる、星系連合広域特別査察官シャルパ・グラッフテン女史への対応。

 細々な問題を無視して、大局的に見ればこの三個に集約される。

 1,2は関連性は強い。必要なのはプレイヤーらのやる気を促進させつつ、対応能力レベルアップ。

 暗黒星雲内での謎の攻撃への対策と、調査継続を同時にこなすミッション。

 だが3番のシャルパさん対策は、毛色が違う。しかしそれをどう纏めあげるかはこちらの考え次第。

 くそ真面目で、優秀で、個人的忠誠心がマックス。そして幾人かの元同僚から聞き及んだ話から考察できる仕事スタイル。 

 仕事が出来るからこそ、真面目すぎるからこそ、嵌めやすい、嵌まらざる得ない罠を用意する。


「すみませんアリスちょっと借ります。ちょっと考えたんだが、こういう手でいくつもりだがどうだ?」


 1~3番までの懸念を一緒くたに纏めた企画案をでっち上げた俺は、通信画面の向こう側のオペ子さんへとひと言断ってから、まだ横で物資配分に頭を悩ませていたアリスへと提示する。

 
「えと……またシンタらしい手だよね。しかも詫び石っていうこれを?」


 共有ウィンドウに作成した、たたき台をパッと流し見たアリスがジト目で俺を睨む。その目とぴんと立ったウサミミはこの性悪と言外に物語っていた。

 特に詫び石と称した、開発は終わっているがまだ未実装な機能を、全プレイヤーへ配布するのが気になったようだ。


「運営が設定ミスったり、何か粗相をしでかしたら、詫び石配布は、この業界のお家芸って相場が決まってる。クエスト調整ミスってクリアできないって声があって謝罪となりゃ、古式ゆかしい伝統に沿うべきだろ」 


「どっちかって言うと石を投げつけてるでしょ。攻略組とそれ以外のプレイヤー間の離間が進みそうだけど」


「そこらは後々のバランス調整とシャルパさん対策もかねて考え済み。要は今回のオープニングイベントの全振りか、それとも先に備えて力を蓄えるかの2選択。両者総取りは時間的に無理にしとくつもりだ」


 アリスの懸念に対して俺は茶を啜り、少しこった首をならしながら答える。正直な話、ここまでの5回の暗黒星雲調査計画での、探査機全消失は計算外の損失。

 余裕が全くないわけではないが、無駄に浪費できる時間も機材があるわけでも無い。

 となれば、攻略に特化した、背水の陣の覚悟で挑んでくれるプレイヤーを増加。

 それ以外の試しでやってみるとか、記念で参加という端から攻略を諦めているプレイヤーは別ルートへと誘導。

 ……まぁ入選微妙なラインにいる参加プレイヤーが減れば、ちと苦戦気味な美月さんを筆頭に当落線上の初心者組にも少しは援護となるってのはある。

 表だってやったら、贔屓となるんでちょこっとだが援護だ。

 無理なときは無理で手も考えてはいるが、やはりエンディングは、すっきり笑いあってってのが、プレイヤーに楽しんでいただきい開発者としての望み。


「だけどこれ将来的に考えたら、後で有利な方針を取ったほうが良いやってなる、トッププレイヤー達もいない? ゲームはこれからも続くんだし」


「そこはイベント入賞者のトップクラスにはプロライセンス配布で対応。HFGOとのコラボ発表と同時に予定していたプロ契約制度を餌にする。ただ法律関係対策やら、世間様の反対意見が根強いんで、こっちは力技やら、いろいろ下準備不足なんで、後々面倒だが、背に腹は代えられん」


 禁止されているRMT以外で、ゲームをやって生活ができる。廃人プレイヤーにとっちゃ夢の生活をプレゼント。

 数ヶ月から一年単位の範囲で支払う契約金と、それ以外に月々の宣伝功績に対する報奨金を設定し、PCOの宣伝担当となるトッププレイヤーを囲い込む。

 HFGOがやっている手の二番煎じも良いところどころか、プロリーグまで作って大々的にやっているあちらさんから見りゃ後発も良いところ。

 しかしそこは後発の強みと、戦闘特化ゲーなHFGOと違い、良い意味でごった煮なPCOの違いを明確に差別化。 


「んで並行して、コラボ商品のスポンサーへの宣伝効果の立証。リアル商品データを使ったVR大会を開催して、現実での販促を促し、各プレイヤーへと還元って感じか」


 こっちの強みは、様々なVRゲーとその開発会社を取り込んだ連合体勢って事。

 宇宙大戦争から料理対決まで。活躍する幅の広さが、そのまま宣伝の場の広さ。

 社命や商品名だけで無く、その商品その物をVR上でプレイヤーに直接に試して貰い、良さや使いやすさをアピールする。

 VRだけで満足となるとあれなんで、一部商品を除いて、使用可能回数や、期限を切った限定アイテムという形がベストだろう。

 データコピーやら流失は、リルさんがいるからあり得ないんだが、さすがにスポンサーな協力企業に、銀河文明の超高性能AIがついていますなんて電波な説明ができる訳も無いので、納得させれるだけの対策を施す必要ありで、すぐに発動は無理なんで、まずは計画発表か。

 ここら辺は俺じゃ人脈不足。アリスも広げているとはいえまだまだ。人たらしな白井社長に頼んで、地球側企業を丸め込んでもらう方針……あの謎の人脈の広さと、警戒させない信頼感はさすが特殊スキル持ち揃いのホワイトソフトの社長だ。 
    

「現段階だと見事に絵に描いた餅だよね。これで釣れるの?」


 元々下地は作っていたが、急造投入で色々と粗が多いのが目立つのかアリスはまだ少し懸念を浮かべる。

 まぁそれも当然。なんせこの企画書を画面に出すときはその下にはかならず、現在開発中の物で仕様変更の可能性がありますと表示しなきゃならない類いだ。

 無論、こちらとしては持っていくし、その自信もあるが、それを信じるか、信じないかは各々のプレイヤー次第。 

「しかも本番の暗黒星雲調査はゲームと違ってレベルダウンって訳にもいかないし、現状難度でクリアしないとでしょ」


 それにゲーム内だけならいくらでも難度調整できるが、俺らの本命はリアルの暗黒星雲調査。ゲームをクリアしたらそれでリアルが解決じゃ無い。

 となれば、まずは一度でも良いからあのクソゲー難度をクリアできると、プレイヤーに証明しなければならない。

 問題は、大嵐の真っ直中でただでさえ探知レベルが下がる暗黒星雲内での謎の攻撃。

 現状の探査機のスペックでは、探知精度や距離限界で攻撃元を特定できず、さらに攻撃に対しては既存防御装備では防ぎきれておらず、一発で撃沈されるというスペランカー仕様。

 しかし探知機器の性能を上位機種にすれば、場所は取るし、エネルギー消費が上がり、機動性や防御性能を犠牲にする。

 逆に機動性、防御特化では、探知可能距離が激減で、暗黒星雲内調査という主目的に対して本末転倒で支障あり。

 かといって両方取りとなれば、探索機を大型化せざるしかなく、そこまででかくなるとシミュレーション上だが、空間デブリやら、星間物質の多い暗黒星雲内での飛行可能領域が大幅に限定される。

 今の探索機の大きさがベスト。だが探知距離特化でも、防御特化でも支障あり。結局の所総合スペック不足なのが問題。

 一見無理ゲー。しかしそいつは見方を変えればすぐに解決策に至るはずだ。ゲーマー目線。それもMMOをやったことのある連中なら、すぐに気づく路線。

 MMOプレイでソロを除いて、強キャラとして輝くのは、バランスキャラじゃ無く極化キャラ。

 攻撃能力はゴミでも、敵MOBに囲まれようが、ボスキャラの必殺攻撃だろうが、耐えてみせる、あるいは躱し続ける近距離職。

 雑魚の攻撃でも一撃死な紙装甲でも、広範囲を攻撃できる範囲性能と、ボスキャラの回復力を凌ぐ高DPSをたたき出す遠距離職。

 戦闘全般ではお荷物でも、一つの武器にのみ限定した職人芸に秀でた生産特化なマイスター職。

 それぞれ癖は強いが、その分野においては、バランスキャラを大きく引き離す、瞬間風速を発揮できる連中だ。

 出所不明で探知距離が限定された状況下。一撃死可能な敵キャラの攻撃。
  
 こいつをクリアするための手札は俺は持っていないが、”俺達”なら持っている。


「そこはコンビプレイでクエストクリアといくぞ相棒」


 攻撃特化を得意とするアリス。そして防御特化を得意とする俺。

 俺達のコンビプレイならば、なんとかなる。なんとでもなる。これは希望でも、願望でも無く、確信。

 積み上げてきたゲーマーとしての勘が俺に告げている。こいつはクリア可能なイベントだと。


「一度クリア手順さえみせてみれば、地球の廃神連中ならどうにでもするからな。ノープスさんに現状を模したランダムマップを製作依頼してある。この間できた火星産バーボンと引き替えだからとびっきりの高難度でアップしてくんだろ」


 必要なのは、実際にクリアしてみせる事と、有限とはいえ度重なるトライアンドエラーを実行できる環境。

 俺らがクリアしてみせたのに出来無いのかと煽り、無限に挑めるのでは無く、制限された環境下でプレイヤーの緊張感を維持し練度を高める。

 そして今回配る詫び石は、クエストクリアの為だけで無く、クリアを諦めたプレイヤー達を別ルートへと導き、その別ルートがシャルパさんへの妨害工作となる。

 さらにはここの所ゲームができず、さらにシャルパさん関連でストレスを溜め込んでいるであろうアリスへのご機嫌伺いを兼ねている。

 練習マップとはいえ、さすがに俺らでも一度でクリアは難しいだろうが、逆に言えば思う存分ゲームに挑める。業務の一環として。メインルートクリアに必須のプレイとなりゃ、社内の反対意見も押さえれる。

 名目も保ちつつ、ゲーム三昧。これならアリスも反対する訳が……


「えー今忙しいし、どうしようかな。さすがに一度でクリアは無理だから、慣れるまで付ききっりになるでしょ。今社長業に専念してるし」


 おいこら。この廃オタ宇宙人。何を言い出しやがる。

 アリスの奴は企画書を読んで頭のウサミミをぶんぶんと嬉しそうに振っていたが、顔だけは難色を浮かべやがった。

 まぁ耳を見なくても、口元は緩んでいるし、口調は棒読みなんで、俺の提案に喜んでいるってのは分かり易いが、さらにこの上に何を望んでいやがる。

 
「他に何が望みだてめぇ」


 このクリア計画にはアリスは必須。俺と抜群に息の合う唯一無二の存在。駆け引きなんぞせずとも全面降伏。単刀直入に追加希望を聞くしか無い。


「調整する探索機の装備はシンタが決めるけど、カラーリングとコードネームは私に決めさせて。それなら良いよ」


「お前……また趣味に走る気だろ。わーったよ好きにしろ」


「仕事は楽しくなきゃ。シンタのほうはメリクリウスで赤色、あたしの方はヴァイエイトで青。防御特化と遠距離特化ならやっぱこれでしょ。というわけでお仕事は速攻片付けて攻略にいきましょ」


 相変わらずの謎ルールを提案したアリスは、火星でみせた憂い顔はどこかに吹き飛ばした見惚れるような笑い顔で楽しそうに兵站管理へと戻っていた。


「楽しそうで何よりだわな……」  


 リアル地球でアリスの本性を解禁したのはいいが、その弊害であまりに古典作に詳しすぎでリアル年齢詐称疑惑が出ているんだが、自業自得過ぎるんで無視だ。

 まぁさすがにリアル年齢500オーバーな宇宙人とは思わないだろ。見抜ける奴がいたらとりあえず病院行きを勧めるべきだな。うん。









 PCOは日本時間の土曜日朝方4:00から5:00にかけて緊急メンテナンスを実地。

 早朝に行われたとはいえ、土曜日ということや、夏休み期間中で多くの学生プレイヤーや社会人プレイヤーがプレイの中断を余儀なくされ、緊急メンテナンスに対する、愚痴や文句が攻略掲示板や、ゲームサーバーとは別に運営されているギルド内チャットで少なからず囁かれることになる。

 だがそれらはある意味で、本番の祭りの前哨戦でしかなかった。

 緊急メンテ明けと同時に公開されたプロゲーマー制度導入に向けたガイドラインの発表や、スポンサー企業ありの各種賞金大会情報、そして無理ゲーと叩かれていたクエストに対して、隔絶したコンビプレイを魅せるGMミサキとディケライア社長アリシティアのプレイ動画。  

 何より詫び石代わりと称し、先行導入された亜空間ホームの実装。

 後にプレイヤー間で『惑星ガチャ争乱』と呼ばれる事になるこの発表は、本格的なPvP時代の幕開けを告げる鐘であった。



[31751] A面 心を折るつもりなら巻き戻り緊急メンテナンスでも連れてこい
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/03/24 01:52
 寝る前に仕掛けていた脳内ナノシステム経由のアラームで、西ヶ丘麻紀はぱちりと目を覚ます。

 常設している仮想ウィンドウの時計を見れば時刻は、まだ日が昇らない午前3:45分。
 
 即座にPCOを簡易モードで起ち上げ、ステータス画面を呼び出し、メインキャラである【ニシキ】のレベリング効果を確認する。

 麻紀が睡眠時に行っていたレベリングは、自動作業MODを使い、使っていない低位ティア装備を分解>組み立て>分解という基本的な物。

 低位ティア装備なので、自動作業での分解時や組み立て時の故障率が極めて低く、アイテムロストの可能性も少ない。そのお手軽さに比例して入る経験値も少ないが、なにもしないよりマシ。

 一定ポイントに到達したらアラームが鳴るようにプログラムを組んでみたが、こちらも上手く機能してくれたのでよかったが、ちょっとばかり誤作動を期待していたのも事実。

 実は計算よりポイントが多かったら嬉しいなと期待していた、麻紀の目に移るのは経験値効率測定サイトで試算したのとぴったりの数値だった。


「ふぁぁっ……ん~やっぱり2つは無理かぁ」


 パジャマ姿のまま、眠たい目を擦りながら麻紀は仮想コンソールを叩き、スキル画面を呼び出し、次に取得予定スキルの必要ポイントを確認する。

 今のポイントでは1つを取るのがやっと。まずはどちらのスキルをあげるべきか?
 
 スキル解説を提示した2つの仮想ウィンドウを前に、麻紀はあげた右手の指でどちらをタップするか悩む。

 1つは船体改造スキル群の続伸。

 PCOにおいて麻紀が選択した種族ランドピアースは、リアルボディは宇宙船という精神体種族。その種族特性故か機械系スキルの経験値取得効率に常に一定のブーストがかかっている。

 スキル関連クエスト周りにあるミニゲームも、工学系のクイズだったり、VR上での回路製作だったりと、元々機械いじりが趣味である麻紀との相性も良い。

 それに今の攻略ルートも王道ルートを外れ、裏街道へと足を踏み入れているので、新作正規品は簡単には手には入らないが、逆に型落ち装備への非合法な改造によるステータスアップという手がある。

 本来の計画であれば、麻紀が重点的に取るのはこの船体改造スキル群一択だ。

 トラウマが元でゲーム内でさえ、人死にが禁忌となっている麻紀では、戦闘が主となるクエストは、元より無理。

 となると、直接暗黒星雲に乗り込むクエストは、他のプレイヤーや他勢力NPCと戦闘ありの可能性が高いので、大きく不利とならざる得ない。

 だからオープニング記念イベントである暗黒星雲調査計画における貢献ポイント稼ぎは、ハイリスクハイリターンな直接暗黒星雲へと侵入し稼ぐのでは無く、改造した装備アイテムを販売したり、新技術を解析改良したりして、イベント関連クエストに挑むプレイヤーや、関連NPC、組織に提供して得られるアシストポイント狙いだ。

 ローリスクローリターンだが、そこは薄利多売を行い広くちまちまと集めていく違法改造屋プレイとなっている。

 組んでいる美月も同じくアシストポイント狙いで、主要国家や組織からの情報流出や違法貿易の手助けをする裏地図屋プレイ。

 お互いに戦闘から離れたプレイなので、通常ならば取得スキルは船体改造系一択。

 しかしそうはいかない事情が麻紀にあった。


「う~ん。やっぱり防御手段が先かな……なんであんな小さい子がゲームに参加できてるのよ規約違反じゃ無いの」


 画面を前に悩む麻紀は、ゲーム開始以来、口癖になっている敵対プレイヤーへの愚痴をこぼす。

 それは誰でも無い、初日に仕掛けてきた高スキル持ちのプレイヤーにして、幼い少女サクラ・チェルシー・オーランドこと【オウカ】だ。

 オウカは賞金の掛かったプレイヤーを狩る賞金稼ぎバウンティハンタープレイヤーとして、既にゲーム内ではかなり名の知られたプレイヤーになっている。

 元々アメリカの方で別ゲームの州チャンピオンとして知名度もあり、その魅せるプレイスタイルと、どこか日本を勘違いしたど派手で片言な名乗りが一部プレイヤーに受けてサポーターまで付いているとの事。

 さらにありがたくないことに、初日にその猛攻を凌いでみせた麻紀を当面のライバル認定したらしく、麻紀の居場所が発覚した途端、いま追っている賞金首を放り出して、戦闘を仕掛けに来る始末だ。

 違法改造船を駆使して逃げる麻紀と、メガビーストで猛攻を仕掛けるオウカ。

 そのハイレベルな鬼ごっこは、既に娯楽の一部と認識されたのか、麻紀がどこの宙域へと逃げ潜もうとも、一度どこかのセンサーに引っかかれば麻紀の足跡を追ったプレイヤー達が、ゲーム内の賞金首サイトに情報提供。

 それを見てオウカが出陣という、実に嫌な観戦サイクルが出来上がっていた。

 相手は犬のような性格。逃げれば逃げるほど面白がって追いかけてくる。ならばいっそ好きにさせてやられてみるという選択肢もあるのかも知れないが、一方的に負けるのは麻紀的には気にくわない。

 なにより入賞に向けてポイントがかつかつの現状では、下手なデスペナや装備ロストは致命的な敗北要因になりかねない。

 かといって攻撃装備を充実させてオウカを撃沈も出来ない。たかがゲーム。ゲームだ。

 だが重複する記憶の中で、三崎を死なせてしまったという根深く刻み込まれたトラウマが麻紀を躊躇させる。

 PCOが、ゲームとなっているあの世界は本物でないか。

 そんな馬鹿げた、しかしどうしても振り切れない思いが、麻紀を縛り付けている。

 倒すことは出来ない。だから自分の身を守る防御兵装が必要。

 しかし相手は祖霊転身によるメガビースト使い。足止め目的の遠距離捕縛攻撃は、その機動性で躱し、ハッキングや、ジャミング機能も、特殊スキルで無効化してくる。

 かといって殺傷力過剰な広域攻撃も麻紀自身のトラウマでダメ。

 となれば近距離での直接無効化攻撃しか手がない。

 オウカ対策として限定せざる得ない方針の中、何かしら無いかと考えていたときに、麻紀が見つけたのはその特殊すぎる船体装備だった。 


「だけどこれって……手だよね」


 麻紀が取得に悩むもう一つのスキル、宙間格闘戦仕様装備製作、整備スキルと銘打ったそこに映るイメージ映像は、文字通り手だった。

 やたらとメカニカルで、ゴツゴツとして、無骨な、巨大なマニピュレーターだ。

 宇宙船が巨大ロボットに変形するのだから、宇宙船から大きなハンドアームが伸びていても不思議では無いのだろうが、リアル思考な麻紀としては、航行中の重量配分とかどうなんだろこれと思わざる得ない。

 腕を振り回そうとしてむしろ船体の方が、振り回されるのでは無いか。

 後その格闘船用の装備が、やたらとでかい斧だったり、時代錯誤な直剣だったり、果てには隕石だったり、手投げ仕様核弾頭ICBMという頭痛のする名称だったりと、あまりに酷すぎてネタスキルとしか思えないのだ。

 何が悲しくて、恒星間移動も可能な宇宙船で近接戦闘をしなければならないのだろうと、思わざる得ない。

 しかし手だ。手がある。これは麻紀にとっては大きなアドバンテージだ。これなら、母親によって護身術を身につけさせられている麻紀のリアルスキルを使うことも出来る。

 下手に格闘側にスキルポイントを振らなくても、それなりに防いで、殺さない程度に無力化も可能ではないかと考える。

 ただ問題は、ゲーム開始間もないということ、有用そうなスキルが他にもたくさんある上に、あまりにネタ過ぎるためか先駆者がほとんどいないこと。

 試しに取ってみたという人のプレイ日誌を見てみても、手を使って宇宙チェスをやってみたやら、宇宙で石投げ合戦など出落ちネタに走っているものばかりで、真面目な考察はまだまだ少ない有様。

 無論現状で利点が見いだせないわけではない。麻紀がメインで取得しているのは船体補修、改造スキル。

 手とは、人の基本にして、もっとも使い慣れたツール。上手いこと使えばスキルレベル以上の作業効率を出すことも可能なはずだ。

 だから将来的に取るのはありなのかも知れないが、何せ実例が少ない。

 スキル考察用の別キャラを作ってみるという手も勧められたのだが、今の麻紀達には別キャラを作っている時間的余裕も無い。   

 安全策でいくか、新しい領域に飛び込むか。

 麻紀にしては判断に時間が掛かったが、ここは何時もの自分通りにいこうと決断する。

 新しい物や判らないなら飛び込んでみる。その上で使いこなせばいい。先行者がいないということは裏を返せば、対応策もまだ少なく、そしてもし使えるスキルなら自分が有利になるということ。

 決断した麻紀は仮想ウィンドウに手を伸ばし、スキルを選択しようとし、


【緊急メンテナンスを開始いたします。作業終了時刻は1時間を予定しております。メンテナンス終了告知があるまでは、ゲームサーバーへの接続を行わないでください】


 突如その一文へと画面が切り変わる。

 時刻は土曜日朝4:00。麻紀の長い1日は出鼻をくじかれる形でスタートすることになった。








「絶対盗撮されている気がする! それかハッキングでこっちの行動を監視しているって! あの外道お兄さん!」


 横の美月の肩に頭を預けてうつらうつら寝ていたかと思ったら、突如立ち上がった麻紀が寝不足気味でクマの浮かんだ目で吠えた。


「バ、バカ。西ヶ丘、人聞き悪いから声抑えろって」


 ただでさえ見た目は美少女、マント、モノクル装備で微妙少女な麻紀が目立つのに、そのいきなりの奇行に、吊革に掴まっていた峰岸伸吾が慌てる。

 その制止の声が聞こえたのか、聞こえてないのか、麻紀はまたぺたんと座ると、美月の肩に頭を預けすぐに寝息を立て始めた。

 車内の乗客も一瞬だけ麻紀をみたが、ほとんどの者はすぐに興味が無くなったのか、各々の携帯端末へと目をやったり、雑談を再開し始めている。

 
「大丈夫だよ峰岸くん。私と麻紀ちゃんがよく使う電車だからこの時間。乗っている人の大半が慣れてると思う」


 難しい顔で今朝方更新されたPCO公式ページや、攻略サイトを見ている美月は、何事も無かったかのように淡々と告げる。

 眠っていたかと思えばいきなり立ち上がって叫んでまた寝る。この程度の奇行は麻紀を知る者からすれば、大人しい方ということだろう。


「さすが西ヶ丘ちゃんマスター……そんな事より美月さん。今朝のアップデートかなり大規模だけどどうすんだそっちは」


「僕らの方は今回の開催イベントは諦めて、次のイベントに力を注ぐって意味で、亜空間ホームの空間固定クエストを中心にって方針転換の予定だよ」


 つり革に両手で掴まっている谷戸誠司が感心声をあげる横で、仮想コンソールを開いて装備やスキルを新クエスト向けに調整していた中野亮一は、共有化したウィンドウに今回の緊急メンテ明けに発表された新機能と、専用クエストの説明画面を呼び出す。

 今回のアップデートに伴い噂されていたプロライセンスの発行や、他のスポンサー付き懸賞大会の発表もされている。

 その中でもっとも大きな、そしてゲームに直接関係する変更点は、亜空間ホームと呼ばれるプレイヤーホームの実装と、それに伴う亜空間ホームへと設置できる拠点衛星、惑星取得クエストだ。

 アップデート前は、プレイヤー達がクエストの失敗や、死亡した場合は、ホーム登録した拠点惑星に戻されることになるが、乗員NPC死亡やレベルダウン無しで取得経験値が一定値だけロストするだけだったり、装備ロスト率が最低となる【帰還】

 死亡地点から最も近い星系に戻れるが、乗員死亡やレベルダウンありで、装備ロスト率も高い【一時避難】の2種類が選択可能となっていた。

 両極端なこの2つにプラスして今度新しく発表された亜空間ホームは、その中間地点に位置する機能となる。

 極頻度の低いレベルダウンや死亡ありで、装備ロスト率もそこそこ。しかし一度だけだが死亡宙域への跳躍ポイントを設置可能という物だ。

 亜空間ホーム整備スキルや、特定クエストをこなすことで、それらのペナルティ率を下げたり、無効化できる事も可能。

 亜空間ホームは絶対安全領域指定がされており、敵対プレイヤーやNPCが侵入不可能となっており、所有者が許可したプレイヤーやNPC艦だけを招き入れることが出来るという物だ。

 さらに手間が掛かり、色々とレアアイテムやレアクエストクリアが必要になるが、亜空間拡張クエストを行い内部ストレージ量を増やすことで、資源衛星や惑星を設置して自艦隊専用のドック衛星から、はては移民を募ってオリジナル惑星や星系も製作可能となるとのこと。

 タイトル文字通りの惑星改造会社ゲームとしての真髄を、十分に楽しめる機能が備わっているようだ。

 ただ問題が1つ。今回の亜空間ホーム実装は特例とのこと。

 本来ならもう少しゲームが進んでから実装予定な上に特定クエストをクリアしたプレイヤーだけが取得可能だったが、あまりにオープンイベントでの攻略率が悪いので、攻略推進アイテムとして、最低限だが資源衛星込みの亜空間ホームを全プレイヤーにプレゼントとなっている。

 ただしこれは一時的な物。オープニングイベント終了と共に亜空間ホームは閉鎖、亜空間へと消失してしまう……ホーム固定クエストをクリアしない限りは。

 そして目下の所プレイヤーを悩ませているのは、この亜空間ホーム固定クエストと、オープンイベントクエストが全くの別物ということだ。

 亜空間クエストを優先すれば、オープンイベントでのポイントが少なくなる。

 かといってオープンイベント優先をすれば、その後のプレイで亜空間ホームを確保した他のプレイヤーに後れを取る。

 今を取るか、先を取るか。その2つの選択肢が今プレイヤー達には突きつけられていた。


「うん。どうしようかなって悩んでる……このままじゃダメだろうから」


 そしてそれは他のプレイヤー達をサポートして、アシストポイントで稼ごうとしていた美月達が、攻略プレイヤーの減少によって戦略を大きく変更する必要に迫られる選択肢でもあった。
   
 自分が、自分達は大きな掌で転がされている。

 寝ぼけた麻紀ではないが、自分の行動をあの男が、三崎伸太が逐一観察している確信を美月は抱いていた。

 この企てが美月達を少しながら援護するために、三崎が仕込んだ物とは思いつきもしない。

 だがそれは仕方ないのだろう。三崎の援護とは、試練を乗り越えればありつける果実が美味いという類いの物。

 ゲームは攻略する物という前提で考える廃神プレイヤーの思考へと、たどり着くにはまだまだ、それとも幸いというべきか、美月は足を踏み入れてはいなかった。























 お待たせしました。まずはゲーム重視A面からいきます。
 格闘戦艦が出てくる小説作品が完結したのだから、格闘艦の出るマンガもいつか再開、完結すると願っているのは私だけでは無いと思いたいですw



[31751] A面 趣味の世界にリアルは関係なし
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/03/27 00:38
 ランダムに襲いかかる強い磁気嵐と宇宙塵。それら防ぐ電磁シールドが接触発光する光を纏いながら、赤と青に塗装された探査ポッドが駆け抜ける。

 他よりましというレベルで、僅かに磁場が弱かったり、塵の少ない宙域を選び取り、まるで紐で繋がれたかのように、二機はつかず離れずで二重の航路をとり、一ミス即死の地獄で生き残る道を選んでいく。

 さらに二機を襲うのは、自然の驚異だけでは無く、この先へは絶対に行かせないという強い意思を持った凶弾だ。

 平時の宇宙であれば、特殊コーティングされたシールド貫通弾の一発くらいなら、よほど当たり所が悪くない限りは、探査機としては小さいポッドでも搭載可能な簡易的な自動修理機能で十分対処可能。

 しかしここは磁気が荒れ狂う大嵐の中。シールドの穴から僅かに飛び込んだ見えない毒は一瞬で機器を破壊する。

 一撃必殺の凶弾。その死神に対し、赤い機体の表面から浮かび上がった、機体装甲と同系色のシールドビットが的確に防ぎ、弾き、反らしていく。


『遅い遅い! あたし達を落としたいならもっと腕を磨く事ね!』


 ハイテンションな女の煽り声と共に、青色の機体から攻撃が飛来した方向へと指向性レーダーが幾筋も打たれ、激しく荒れる宇宙空間の闇に隠れていた次元潜行型小型無人砲台の姿を周辺マップ画面へと暴き出す。

 先の銀河大戦において帝国によって産み出された高技術兵器で、今は星系連合によって開発、製造、所有が禁止されたAI使用無人機シリーズの1つに当たる。 

 このタイプは移動機能は持たないが、次元の少しずれた時間停止空間に沈むことで、どのような過酷な宙域でもほぼ半永久的に使用可能なトラップ装備の一種。

 よほど綿密な、それこそ宙域を1メートル立方単位で区切って、一コマ一コマ空間の歪みを測定しない限りは、事前の発見はほぼ不可能なサイズの極小砲台。

 搭載できる武器やその口径は大きさに比例して極々限られるが、この地獄ともいうべき大嵐の中では、自分が磁気嵐によって破壊されるまでに、一撃でも当てれば事足りるという類いの兵器だ。


『この馬鹿ウサギ! 無駄口で無人機煽ってる暇があったらもっと周辺情報寄越せ!』


 女が楽しげな声をあげる一方で、攻撃を防いでいる赤い機体を操縦している男は舌打ちと共に女を窘める。

『はぁっ!? 無茶いわないでよ! エネルギー回せるだけ索敵に回してるわよ! あと乗りが悪い! 久しぶりの高難度なんだから楽しまなきゃ損でしょ!』


『はしゃぐ前に仕事しろってんだよ! 次来るぞ!』 


『はいはい! ちゃっちゃと抜けるわよ!』


 言い争いながらもどこか楽しげなやり取りを見せるコンビは、幾多の高プレイヤースキル持ちプレイヤーでさえ、手をこまねいていた高難度クエストを、一見易々と攻略して見せていた。

 もっともこれが、そう簡単に真似できる類いでは無いのは明らかだ。

 この二人の機体である探査ポッドは完全分業制で青い機体が周辺捜索・索敵特化。赤い機体の方が防御特化と説明されている。

 青い機体は、嵐が吹き荒れ微粒子が行く手を塞ぐ暗黒星雲を見通す目は持つが、そこで生きられる防御力はない。

 赤い機体は、暗黒星雲内でもしばしの間ならば生き残るだけの防御機構を持つが、機体周囲の僅かな空間しか見る事が出来無い。

 2隻が揃い、そして離れずに進むからこそ生き残るだけの力を初めて得ることが出来る。

 この2隻が持つのと同じだけの機能を1隻に持たせようとすれば、ジェネレーター増設や強化、装甲増設に伴う推力強化。増えた機体面積に対して更なるシールド容量強化も必要と、なんだかんだで肥大化していくのは避けられない。

 しかし、だからといって普通の者であれば、そんな無謀な選択はしない。相手を百%信じ切って、互いの安全をゆだねるなど。

 だが彼らはゲーマー。それもかつては廃神と呼ばれた、ゲームに命と青春を捧げた狂った者達。

 極化した性能で最小のスキルポイントで最大効率を求め、尖った能力を補うために、相棒や、パーティに命を預ける。

 そんなコンビ、パーティプレイは、大規模参加型ゲームのプレイヤーならば、ある意味で常識ともいうべきスキルなのだから……













「しかしシンタも、アリスも変わらないな。いい年いった婚約者共が交わす会話かこれ。しかも全世界に【SA】を公開しやがるとは」


 土曜日朝8:35。戸室工業高校技術科教師の羽室頼道は、準備室に備え付けた旧式モニターに映る、今朝方に配信された映像を見ながら呆れかえる。

 一瞬の判断、操作ミスで互いの機体が接触大破しそうな物だが、そんな危うさを微塵も感じさせない息の合った超絶したコンビプレイ。
 
 それとは裏腹の全身全霊で遊びを楽しんでいる事が判る、何とも子供っぽい言い争いの痴話喧嘩。

 婚約さえしており、しかも口止めされているので誰にもいっていないが、どうやら子供までいる二人。だが画面の中からそんな艶めいた関係性を察しろは無理難題が過ぎる。

 かつてあまりの頻度の多さに原因や経緯を説明するのが面倒になって、【SA】と略してよんでいたシーンが色鮮やかに蘇った感じというべきか、それともまったく成長していないと思うべきなのか。


「主催者側ならちっとは自重するとか無いのかあいつらは。ホウさん。現役組としちゃどうよ?」


 生徒は夏休みといえ日直以外にも書類仕事もあるというのに、どうにも勤労意欲をがりがりと削られる光景に、ゲンナリとしていた羽室は、隣の椅子に腰掛けた四十過ぎの細身の男に感想を尋ねる。
 

「シンタはともかくアリスに自重は無理だろ。と、あったあった。また懐かしい物拾い出してきたな」


 大鳥小次郎こと、プレイヤー名『鳳凰』は、そういうもんだと気にもしていない様子で答えると、ディスプレイに映っていたプログラムリストをスクロールさせていた手を止める。

 かつて学舎とした旧校舎は既に建て替えられ、周辺も再開発され様変わり、在校時の面影をリアルで見つけるのは困難。

 だが校内ネットワークの中に並ぶアーカイブの膨大なファイル名の中に、在校中に自分の関わったプログラムを見つけ懐かしげに目を細めた。

 今朝方早く行われた緊急メンテナンスからの新機能アップデートと、それと同時に発表されたプロライセンス導入や賞金大会開催へのガイダンス情報。

 大手ギルド【弾丸特急】ギルマスであり、ギルメン達と作り上げたPCO攻略サイト管理人としてオープニングイベント中でやることも多く、リアルでは家族経営とはいえ個人事業主としてそこそこに忙しい。

 一般世間が夏休みだったり、会社休みの土曜日など関係なく、常に多忙ではあるが、その最中に懐かしの母校を訪ねたのは別に哀愁に駆られたからでは無い。


「しかしホウさんがうちの卒業生だったとは。世間は狭いっていうかなんていうか、また奇妙な縁ですね」


「それはこっちの台詞だ。まさかあの悪辣非道な暗殺者特攻ハムタロウが母校の教師やってるなんて考えもしなかったからな」


「その名で呼ばんでください。ったくアリスの奴。気の抜けた二つ名つけやがって。昔の萌えキャラって」


 プレイスタイルが暗殺者だったので悪辣非道評価はまだ良いが、プレイヤー名の【ハムレット】よりも、広まってしまった現役時代の二つ名に羽室は、心底嫌そうな顔を浮かべる。


「ネーミングセンスがやけに古くて壊滅的だからなアリスの奴は。リーディアン時にも攻略サイトの戦術名どうするかってときにバシルーラ作戦とかあげてたの覚えてるか。内心俺より年上だろ、この萌えキャラ兎と思ってたぞあの頃」


「あーあったあった。アレもシンタの発案だったけどすぐに修正がきたから、寿命短かったですね。しかも修正後は凶悪ボスに変貌で阿鼻叫喚だったのが」


 かつて駆け抜けた戦場を懐かしげに語り合う二人は、奇しくも画面の中で交わされる三崎やアリシティアと同じ響きを持っている。

 たかがゲーム。されどゲーム。多数の人間が集うオンラインゲームだからこそ、そこには思い出や友情が生まれる。

 そこではリアルの相手の名も、社会的地位も、性別も、年齢差も関係ない。

 ただ気があう連中と、難敵に挑み、文句をいいつつも、散々に苦労して、何度もやられながら、それを乗り越えた達成感を楽しむ。

 リーディアン時代もっとも大勢のギルメンを抱えるギルドを作った者、そして攻略サイトを通じてゲームの楽しさをまだ知らぬ未来のプレイヤー達へと広めたのは誰かと問われれば、誰もが大鳥の名を、弾丸特急マスター鳳凰の名をあげるだろう。


「仕様の隙を突いたバグ攻略だから仕方ないだろうけど、修正早すぎだ。攻略サイトを作るこっちの身にもなれって話だな」


 かつて自分達の代で作った解析プログラムが今になってアーカイブから掘り出されたと聞いて、しかもその利用申請者がPCO参加者で、ゲーム内で使うMODの為と聞いた大鳥が興味を引かれ、会いに来るには十分な理由だった。



[31751] A面 それぞれのゲーム攻略 サクラ編
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/04/17 02:11
 PCOでは、慣れ親しんだプレイヤー名のチェリーブロッサムを改めて、日本風に合わせてオウカと名乗る、サクラ・チェルシー・オーランドは朝からこの上なくご機嫌だった。

 サクラの機嫌の良さは、その朝食をみればよく判るだろう。

 長期宿泊しているホテルの朝食バイキングの卵料理コーナーで、生クリームがたっぷり入ってふわふわの出来たてミニオムレツをまずは二つ。

 オムレツには厚切りベーコンがたっぷり入ったチーズソースをかけて、付け合わせに中を少しだけくり抜いてマッシュポテトをちょこんと乗せたフルーツトマト。

 そこにソーセージを二本と、かりかりの厚切りベーコンを一切れそえて完成。

 ホテル自慢だという焼きたてパンコーナーからは、様々な味があるマフィンから、プレーン、ナッツ、きなこの三種を2つずつ選択。

 ドリンクはフレッシュ林檎ジュースと、絞りたてオレンジジュースで悩んだ末に、贅沢に両方を合わせたサクラスペシャルを作成。

 母の故郷である日本の食事にも、多少は慣れていて愛着もあるが、根っこの部分は米国なサクラとしては、その日の活力源である朝食にはしっかりとしたアメリカン・ブレックファストがベストだ。
 

「サクラ。もっと野菜もとらなきゃダメだよ。好きな物だけ食べさせるなって姉さんから言われてるんだから」


 自分の好きな物だけを選んで、何時ものお気に入りの窓際のテーブル席に付いたサクラに対して、先に席に着いていた若い叔父の宗二が何時ものお小言共に、サラダを盛っていた小皿を差し出す。

 サクラとは違い宗二は、和風で染めた朝食を選択している。

 玄米ご飯。鮭西京焼き。シジミの味噌汁。漬け物二種。それと大根切り干しとほうれん草のおひたし。後はサクラと同じ内容のサラダという組み合わせだ。


「サクラは野菜も取ろうとしてケチャップ多めにしてたのに、宗二にぃがケチャップは野菜じゃ無いなんて言うから」


「それ昔姉さんがぶち切れて、義兄さんをダイエットさせた時の決まり手だったから、止めときなさい」


 姪っ子が、父親と同じく生野菜の優先順位はかなり低いのは、ここ半月のホテル暮らしで確認済み。自分用の朝食と一緒に用意しておいた小皿を出すのは、宗二の日課となっている。

 もっとも叔父がサラダを用意してくれるのは判っているので、その分自分の好きな物をサクラが多めに取ってきているとは気づいていないようだ。


「それじゃサクラ。手を合わせて」


「「いただきます」」


 向かい合った二人は声を合わせてから、食事を始める。
 
 夏休みということもあり、他にも子供連れの家族は多いが、親子というには年が近すぎ、しかも見た目は純日本人の二人が交わす会話は英語のせいか、少しばかり周囲の注目を集める。

 宗二としては周囲の目線が気になってはいたが、しかしそれも最初のうちだけ。

 一月ほど前に来日してから、ずっと拠点としているホテルなので、従業員や他の長期客とは顔なじみになって、朝の挨拶を気軽に交わす関係を築いている。

 彼らが気にしなければ、他の短期客も日常の風景の一部だとしてすぐに認識するようなので、すぐに目線は離れる。 
  
 
「で、サクラ。今朝の動画でどう思った? やっぱりあの二人?」


 シジミの味噌汁をすすりながら、早朝に行われたメンテナンスアップデートと共に、公式ホームページにあげられたデモプレイ動画の感想を求める。

 今回のイベントでトップ争いをしているプレイヤー達が、軒並み苦労しているという高難度クエスト【暗黒星雲中枢調査】。

 別ゲームとはいえ腕に覚えのある熟練ゲーマー達を、まるであざ笑い煽るように、軽い痴話喧嘩じみた会話を交えながらクリアしていく映像は、プレイヤー達に衝撃を与えているようで、朝から情報交換板はアップデートされた内容も交えて一騒ぎが起きている。

 そしてプレイを”魅せつけ”たのが、一部では廃神ゲーマーとして有名だったというディケライア社長アリシティアと、また同じく名前が挙がる度に一部から罵詈雑言が飛び交う名物ゲームマスターミサキのコンビだ。 

 
「はむ? ……そうだよ。あれシンタとアリスで間違いないよ。生身と探査ポッドの違いはあるけど、あの息の合った空中戦闘機動には、私もHFGOでやられたよ」


 口の中に入れていたオムレツを飲み込んだ、サクラは自分がやられた記憶を語るわりには、明るい笑顔で答える。

 だがその笑顔の奥の瞳はぎらぎらしており、リベンジに燃えている様が見てとれる。

 上機嫌の理由は、打倒を目標とする標的達のプレイをあらためて見たからという、実にゲーマーらしい理由だ。


「ダッドの事もあるけど、やっぱり日本に来て良かった。マキとのバトルも良いけど、あの二人に挑むために海を渡ったんだし~」


「そうなるとやっぱりイベントで絡んできたのはあの二人で間違いないって事か……日付が合わないけどね」


 一方で宗二はサクラの回答に、難しい顔を浮かべながら、鮭の切れ端を口に放り込む。

 こうみえても姪っ子はプロゲーマー。それも州代表となり全米大会でもベスト4に入るほどの。

 そのサクラがこうも自信満々に断言し、再戦を強く望んで上機嫌になっているのだから、今朝のプレイ動画の2人組と、記念イベントでサクラを翻弄した2人組が同一人物達、つまりシンタとサクラで間違いは無い……はずだ。


「どうしたの宗二にぃ。サーモンあんまり美味しくなかった?」


「西京焼きなんてあっちじゃ滅多に食べれないから、美味しいは美味しいんだけど、ちょっと別件が気になってね。サクラ。僕達は日本にどうやって来たか、何日かかったか覚えてる?」


「飛行機がダメになったからって、船でハワイ経由で2週間だよ。サクラあんな大きな船に乗った初めてだったから、すごい楽しかったよ」


「それは良かったよ。僕なんかは船酔いで結構やられたけどね……そう僕らの乗った船は大型船で、少し時間は掛かるけど2週間もかかるんだ」


 サンクエイク後、多発する成層圏での電磁障害の影響で、一部の航空機や地域を除いて、飛行禁止処置が全世界で取られている。

 人との行き来や物流に大きな影響が出ているが、それでも混乱が最低限に収まっているのは、リアルタイムで全世界と情報交換が可能なほどに高度に発展した情報通信技術と通信網であり、それをさらに盤石としたのがディケライアがもたらした、量子通信をさらにブラッシュアップさせたという粒子通信技術だ。

 オンラインでは近くでも、リアルタイムでは遠い世界。それが今の世界の現状。

 だがその世界で、例外がいることに宗二は気づいた。正確にいえば気づかされた。

 他ならぬ三崎にだ。


「だけど三崎伸太の動向を探ると、彼は僅かな期間で、日本とアメリカどころか世界中に現れているみたいなんだよね」


「それってあれ? サクラたちと同じように参加している人達の所に現れたって話」


「そう。接触できた人の全員が全員、日本に来ているわけじゃ無いけど、ゲームに参加している。国外からの接続は出来ないはずなのに、三崎からもらったっていうパスでね」


 オープニングイベントの時に、クラッキングして手に入れたゲーム参加者特別リスト。

 その中には宗二やサクラの名前以外にも、高山美月や西ヶ丘麻紀の名前も挙がっている。

 そして他のリストの名前を詳しく調べて判ったのは、宗二や美月、麻紀を除き、他は外国籍の者が、それも国籍がばらばらで多いこと。

 そして麻紀を除いてその全てが、家族、親族、恋人が月のルナプラントに勤めていたという事実だ。

 アメリカに住む姉を通して、ルナプラント遺族会経由で連絡を取って貰い、リストのうち幾人にか接触が出来たが、誰もが口を揃え同じ証言をしている。

 悲しみに暮れるある日、突然現れた日本人のサラリーマン風の若い男からその大切な者からの短いメッセージ動画を見せられ、【ゲームに参加すれば、大切な者のことを知る事が出来る】という内容をつげたという物だ。

 普通ならば、詐欺を疑うような眉唾な話だが、サクラも宗二も同じ体験をしている。

 サクラの父親と、宗二の婚約者が同じ画面に写り、サクラの近隣の大会での成績を褒める父親だったり、サンクエイク後に発行された学術書の購入を頼む学者バカな婚約者の動画。

 それはサンクエイク後に生きていなければ知り得ない情報であり、二人とも本人で無ければ出てこない台詞回しだった。

 技術の発展で似通ったフェイク映像はいくらでも作れる。そう疑うのが当然だ。

 サクラは父親の生存を心底から信じているが、宗二は、どうしてもサンクエイク時に月面にいた婚約者が助かるなんて、都合の良すぎる奇跡を信じ切る事が出来ない。 

 どうやって? どうすれば?

 その具体的根拠を、信じ切れるだけの理由を求めてみたが、調べれば調べるほどますます泥沼に嵌まる一方だ。


「宗二にぃ。まだお姉ちゃんが生きているって信じてないの? だから今回に一連の事件は宇宙人の仕業だって。もうちょっと待っててよ。マキに完全勝利してエイリアンの企みは全部暴いてあげるから」


「サクラの理論でいくとサンクエイクも、三崎やディケライアの仕業だったよね。技術的に太陽をどうこうするってのもあるけど、さすがに地球人全員を檻に閉じ込めて平然とゲームを楽しんでいるのはいないと思うよ」


 三崎やディケライアが何かを知っている。ルナプラントの何かに関わっているのは間違いない。それは宗二も認めざる得ない。

 しかしいくらそれらを認めても、さすがに姪っ子の超理論には賛同は出来ない。


「そこはあれだよ。ゲーム世界を通して全世界を征服っていう壮大な野望があるんだよ。ほら昔あったでしょ。地球人を全員電池にして電脳世界に閉じ込めるっていう映画」


「あれ映画だからね。ここはリアルだから……姉さんがVR中毒を心配する理由も判る気がしてきた」


 リアルとVRの境界線がどうにも曖昧な姪っ子に、さすがに宗二も心配を覚える。

 技術的問題は横に置いておいたとしても、どこの世界に全世界を征服する手段に、ゲーム運営、開発を選び、しかも楽しそうに没頭する征服者がいるというのだろうか。

 義兄を失ったばかりで傷心なはずの姉が、一人娘のサクラを母国へと渡らせた理由が『今の日本ならVRゲームに時間規制があるから、ゲ-ム離れに丁度いいかも』と言っていた辺り、なかなか根が深い問題だ。

 しかもその姉の望みも空しく、サクラは本国にいたとき以上のゲーム三昧な生活なので、帰すときにどう報告した物かが宗二の悩みの一つだ。


「どうしたの宗二にぃ。難しい顔しちゃって。次のクエストで悩んでいるとか?」


「今日はゲームは無理かな。ミサキの所属しているソフトウェア会社への取材を申し込んであるから、その後も、関連会社へのインタビューやら色々とやること多いからね」


 裏から探るにも限界はある。手詰まりな時はあえて真正面からぶち当たってみるのも手の一つ。

 PCOは複数の企業が集まりゲームを開発、運営しているが、その中心にいるのは三崎が本来所属するという中堅ゲーム会社ホワイトソフトウェア。

 本業である産業ジャーナリストとしての伝手も使って、来日してすぐに取材申し込みをしていたが、他にもインタビュー申し込みが殺到しているらしく、今日になってようやく適った形だ。 


「そっか。じゃああたしはいつも通りやってるね。適当にNPCハントしてスキルレベルアップ。違法技術者が実験しているっていう噂の宙域に乗り込んで、バウンティハントってのが、お勧めクエスト一覧にあったから、それやるつもり。マキ情報が入ったら予定変更だけどね」


「美月さんはともかく、麻紀さん。あの子が異例なのは確かだからね。ただゲームに没頭してお昼を食べるのを忘れたり、お菓子で済ませないように。ルームサービスで予約しておくから」


 ゲームに関するプレイヤー戦闘スキルでは姪っ子の足元には及ばない。

 ゲーム内はサクラに任せ、ゲーム外から宗二がディケライアと三崎を探るというコンビプレイが、年の近い叔父と姪のPCOに対する攻略手段であった。
  



[31751] A面 それぞれのゲーム攻略 美月&麻紀編
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/04/26 01:41
 生徒手帳としての役割も持つ個人端末を、情報技術実習室の十数世代は前のワークステーションと繋げ、校内アーカイブへとアクセスする為の下準備を美月は始める。

 夏休み期間中で、オープニングイベントも後半に差し掛かった上に、早朝に緊急アップデートがあったというのに、わざわざ美月達が登校してきたのは、このデータベースから目的のプログラムをダウンロードするためだ。

 アーカイブ内のプログラムリストへのアクセスだけならば、生徒であれば誰でも校外からでも出来るが、実際に使用したり、改良するためにダウンロードするには、クローズド環境のアーカイブ本体へアクセスしなければならず、それが可能なのは、校内端末で本人確認をしてからという、厳重な管理がされている。


「高山美月。1年C組。生徒番号は780114です」


 ヘッドセットをつけて、声紋認証および虹彩認識を行い、ようやくアーカイブ本体へのアクセスが可能となり、専用仮想ウィンドウが展開される。


「羽室センセ。なんでわざわざこんな古くさいシステムなんですか? 今だったらナノシステムの個人認証で外部からでも情報セキュリティは万全なのに」


 隣の端末で同じ操作を行っていた麻紀は、暑い中わざわざ学校まで来たのが嫌で、不満が溜まった顔で自分のこめかみの辺りを叩いている。

 暑いならマントを脱げばいいのにとは一般常識では思うが、ブランケット症候群の気がある麻紀には酷な話なので口には出せない。


「情報リテラシー教育の一環だ。現在のネット環境に対応していない、古い情報やセキュリティってのはいくらでも……ってここらは二学期になってから、本格的に授業でやるから、お前らさっさとデータ下ろせ。アップデート後は先行有利ってのは昔から鉄板攻略法だからな」


 アップデート直後という状況に学生時代を思いだしたのか、教師としての表情を羽室が消して、楽しそうではあるが真剣味が強い色になった。

 そんな羽室をみてあきれ顔を浮かべている中年男性が一人。

 今回美月が使おうとしているアーカイブプログラムの制作者で、OBの大鳥さんだと羽室からは美月達は紹介されていた。


「さすがKUGC出身。教師が廃人育成かよ」


「ゲーム内で学んだMod製作技術が、学業にも有益だって建前を建ててあるんだから、ホウさん余計なちゃちゃいれないでください」


 個人的にも付き合いがあるようで、軽いやり取りを交わしている教師とOBを横目で見ながら、美月達はそれぞれ目当てのプログラムのダウンロードを開始する。

 PCOは、そのメイン開発会社であるホワイトソフトウェアが、前作で用いていたという個人Modシステムが採用さている。

 基幹プログラムをいじれるわけではないが、公式にはない髪型や顔、体型などに加えて、ゲームバランスを崩さないようにある程度のテンプレートや機能制限はあるが、ゲーム内効果を持つアイテムを自由に作れるという機能だ。

 それは例えば、ビームライフル内蔵義腕だったり、シュークリーム型小型爆弾等の戦闘用小物に限らず、オリジナルデザインの指輪や服、もしくは音楽スキルを取っている者ならば、オリジナルの楽器だったりと、プレイヤーの発想を元に、自由自在にアイテムを作り出せる土壌を作り出している。

 今回美月が目的としているのも、ゲーム内で使用可能な判りやすい3D地図を作るためだ。

 公式の地図作成機能もあるが、微妙に使いづらく、範囲も大きすぎたりするので、それよりもより細かく、さらに使いやすくする目的がある。

 これら個人Modデータアイテムの出来を競うコンテストも行われるそうで、優勝者の個人Modが公式採用され賞金が出る賞金大会、もしくはリアルで製作可能な現実的な物は、VRデータから型を起こしてプレゼントという連動企画も予定されている。

 また、ゲーム開始直後で未だ到達した者はいないが、関連スキルを上げたうえに、必要Modデータ枠を課金、もしくはゲーム内の功績を挙げて確保すれば、オリジナルデザインの宇宙船や、惑星規模要塞など、大型な物まで製作可能だという噂だ。

 アンネベルグが利用者に貸しだしている補助AI達も、このModシステムの一部で、個人用よりも高性能テンプレートが使用可能となっているので準公式Modと呼ばれている。

 羽室に聞いた話では、公式ツールを若干不満がある物に”わざ”と仕上げ、開発ツールを、協賛企業やプレイヤーに積極的に開放して、それらを公式にも採用することで、盛り上げていく手管は、GMミサキこと三崎伸太のやり口だとのこと。

『なし崩しで仲間作りはシンタの十八番なんでな』が羽室の弁だ。 
 

「えと……大鳥先輩。すみません即席3D地図作成プログラムをお借りします。それと使わせていただきありがとうございます」


 ダウンロードが終わった美月は、制作者の大鳥が年上の大人なのでさんで呼ぼうか、先輩で呼ぼうか迷った末に、後輩の立場で借りるのだからと、ヘッドセットを外して軽く頭を下げて、お礼を伝える。


「この年で、女子高生に先輩って呼ばれるのはちょっと恥ずかしいな……あと昔の作品でも、PCOで使うなら、利用感も聞かせてほしいから鳳凰でいい。知り合いリストにでも入れといてくれ」


 礼儀正しくお礼を伝えてきた美月に対して、少し居心地が悪そうに照れた大鳥が美月達現役組に自分のプレイヤーネームを伝えると、


「え、鳳凰って! 大手攻略サイトの運営している鳳凰さんですか!? 何時も利用させて、情報書き込みもさせてもらっています!」


「お、利用者さんか。こっちこそありがとうだな。本業が忙しいうえに、シンタの奴がいろいろ仕掛けているせいで、なかなか情報を集められないから助かってるよ」


 データ収集癖がある亮一がその名に反応して食いつくと、大鳥も嬉しそうに笑顔でかえす。

 どうやら美月が見せてもらっていた攻略情報や映像の出所であるサイトは、大鳥が運営しているようだ。


「すげぇ! 先輩あんなでかいサイト運営してるんすか! 今朝だけでも当日カウンターもう15万超えてましたよ!」


「戦場地図更新データの所だよな。あの見やすい3Dマップのおかげでマップ把握で俺ら助かってます」


 FPS系寄りのゲームプレイをしているという伸吾や誠司も、色々役立つ情報がすぐに手に入るからと入り浸っている様だ。


「そりゃホウさんの所は年期が違うからな。さすが初心者向け最大手ギルマスなだけあって、判りやすい、見やすいサイト構造に関しちゃ、お前らも良い勉強になるぞ」


 さらには羽室も、大鳥の運営するサイトには色々助けられていたようで、すぐに参戦してしまった。

 男連中はそのままサイトの見やすさを褒めたり、サイト運営の細かい部分に関する雑談を始めている。

 そこにはゲームを心底楽しんでいる、もしくは楽しんでいたプレイヤー達の姿がある。

 美月には、その姿は遠く……そして少しだけ羨ましい物だ。

 彼らを横目で見ながら美月はダウンロードした大鳥製作の地図データプログラムを、ゲーム内でも使いやすいようにカスタマイズしていく。

 美月には目的がある。父の行方を、その安否を知る為に、慣れないゲーム攻略をするという目的が。

 だからどうしても楽しむ事が出来ない。失敗したらどうしよう。失敗はできない。その思いが先行してしまう

 美月を慎重にさせる、そして大胆な一歩を踏み出せない様は、ゲームプレイにも現れている。

 ノーマルワールドに留まり、無理をせず、高い成功率を求める。

 そのプレイは、地道に確実に稼げるが、大きな成果を得る事は無い。

 しかし、だからだろうか、後1歩が遠く、届かない。

 そしてそれは昨日までの話。

 新たな機能も加わり、さらに最低限での入賞ラインとなる功績ポイントを目指して、スキルや装備が揃った事で高難易度ワールドに、徐々に転移して熾烈な争いをしはじめたゲーマー達に、置いていかれるのでは無いかと思ってしまう。

 彼らに追いつくには、引き離されないためには、高難易度ワールドへの転移が必要だとは理解している。

 だがあちらはさらに戦闘の激しい世界。

 自分がやられたら、そして自分の親友がトラウマを刺激され傷ついたら。

 もしゲームだといわれているあの世界が、現実の世界だったら。

 そして、何より……

 色々と考え思慮深く行動するのは美月の長所であるが、同時に短所でもある。

 どうしても不安定要素が強いと進めない。躊躇してしまう。一生懸命に伸ばさなければ届かないと判っているのに、竦んで手が伸ばせない。

 ふと自分がいつの間にか手を止めていた事に、美月は気づく。

 一番の不安要素を自覚してしまうと、どうしてもその思いが手を止めてしまう。

 父は本当に生きているのだろうか? 世間でいわれているように、本当は死んでいるのではないか……

 自分が父から聞かされた話が、人が住まうのが難しい月の世界の話が、美月の中で常識として語る。

 あの状況で、巨大な有史以来最大級といわれる太陽風【サンクエイク】の直撃を喰らった月で父が生きているはずが無いと。 

 自分はただ父が生きているかも知れないと、無理矢理に思い込んでいるだけでは無いか?

   
「……大丈夫だよ。美月」


 美月が不安から手を止めてじっと自分の手を見つめていると、いつの間にか横に来ていた麻紀がそっと手を重ねてきた。

 どうやら浮かない美月の表情から、その心情を察して心配して来てくれたようだ。


「うん。麻紀ちゃん。ありがとう」


「美月には何時も助けてもらってるもん。気にしないで。それよかいい手を考えたんだ。ちょっと面白いプログラムがあったから、追加で導入してみるね」 


 にこっと笑った美月に、麻紀も明るい笑顔で返しながら、共有ウィンドウに1つのプログラムを表示する。

 麻紀が示したプログラムは【ロボットアームで高速ジャグリング】と書かれている物だ。


「羽室センセ! 実習室のフルダイブマシーンって使わせてもらっても良いですか!? 私はマントを使うから美月用に。色々リアルタイムでプログラムの調整がしたいんで、アンネベルグよりも、学校でやったほうが早そう!」


「あ? 校内でVRMMOだ。巫山戯ていってるわけじゃ……ないようだな。アーカイブのプログラム改造実証実験って名目なら……仕方ない。二人ともあとでそれぞれレポート5枚以上で出せよ。自由課題ってことにしてやるから」  


 校内でゲームをやりたいという麻紀の無茶な頼みに、羽室は少し迷ったが、思いのほか真剣な顔つきの麻紀の表情を見て思うところでもあったのか、レポートを条件に許可を出してくれていた。
   



[31751] B面 悪巧みはコツコツと
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/05/02 02:40
『うー……カーラ。このクエストやるって約束したのに』

 
 火星中央都市。そこのちっさなオフィスの一室がホワイトソフトウェア火星支店となっている。

 支店と聞こえは良いが、詰めているのは心臓麻痺で死んじまった親父さんと、電車にひかれ轢死体になった俺という二人のゾンビのみなので、そこそこの広さの部屋に応接セットやテーブルを置き、地球と規格を合わせたダイブ機器を設置し、あとは隣に自炊可能な給湯室というシンプル仕様だ。

 今日は社員の俺達以外には来客が一人。うちの嫁の従姉妹にして、娘様の妹分のカルラーヴァ・レザロフスキヴナ・グラッフテン嬢だ。

 PCOに参加中のカルラちゃんは、この支店からダイブするというルールにしている。俺の知らないところで、エリスに引っ張られてまた勝手な行動をされたら適わないってのが理由だ。

 支店のモニターに映るエリスは、カルラちゃんからの連絡に涙目を浮かべ、髪から姿を見せるメタリックウサミミは、へにゃりと垂れている。

 罰で地球に隔離中(大嘘)のエリスにとっちゃ、ゲーム内とはいえ、俺以外でちゃんと会える家族、知り合いはカルラちゃんのみ。

 地球から出てこちら側に帰る為に、他のゲーム参加者と同じくゲームで功績ポイントを稼がなきゃならないって言う理由もあるが、カルラちゃんに会えるからっていうのが、エリスがPCOをプレイする大きな理由の1つとなっている。

 しかしそのカルラちゃんが、急用で今日はゲームに潜れなくなった聞いて、エリスは意気消沈中だ。

 しょぼんとしているエリスに、カーラちゃんがかなり動揺し、こちらをちらりと見るが、こっちの指示は変わらないので、手で×印をつくってダメだと念押ししておく。

 
「あ……うぁ……す、すみません。姉さん……その。こちらでトラブルが起きまして、私も手伝いに」


『……いいよ。カーラはそっち優先して。エリスはカーラのお姉さんなんだから我慢する。ク、クエスト取られるとやだからいくね』 


 心の底から申し訳なさそうに頭と頭上のオオカミ耳を垂れるカルラちゃんに、うちの娘様は精一杯に強がって見せて通信を切った。

 うむ。俺らには我が儘放題、甘え放題だが、唯一の妹分相手には、お姉さんらしく余裕をみせたいって辺りは、何ともわかりやすいウィークポイント。

 しかしエリスの観察能力の低さは、少し問題か?

 こっちの事情や状況は、星連の原則的に地球側には漏洩できないってのは、知ってるはずだってのに、カーラちゃんの説明がアウトだとは気づいていないようだ。

 俺やアリスなど一部関係者以外は、がっつり絡んでいるホワイトの社員にも、社内以外では記憶操作や、一時的な忘却で対応という形にしてもらっている。

 だから今のエリスの立場じゃ、こっち側の情報は、それこそ家族に何かあろうとも知る事が出来ない。

 未開の初期文明惑星に対する星連の縛りは、色々穴はあるが、それでもそれなりに厳しい物。

 あのホラー気味な地球もどきもそうだが、色々とヒントを与えてやっているのに、うちの娘様が、今の現状に気づく様子は皆無。

 結局問題は情報収集力か。地球人の友達でも作れば、会話の端々で今の自分の住んでいる場所が変だとすぐに気づきそうな物なんだがな……


「小父様……楽しんでいませんか」


 エリスがどうしたら気づくだろうかと、次のトラップを考えて楽しんでいたんだが、どうやらそれが顔に出ていたらしく、カルラちゃんが恨みがましい顔で睨んでいた。

 シャモンさんもそうだが、カルラちゃん達の一族は、アリスやエリスの絶対守護種族のような物。

 常に主最優先で、主一族が少しでも傷つけられたり、傷つけてしまうと、本気で怒ったり、凹んだりする性質が、文字通り、比喩的表現で無く遺伝子に刻まれている。

 だからカルラちゃんに、エリスとの約束を破らせるのは、酷な話なんだが、今回はどうしても必要だからと説得して、不承不承だが納得してもらっている。


「あー苦笑苦笑。早く気づいて自分から殻を破ってくれないかなって」


 うむ。ここで楽しんでいると答えるのは簡単なんだが、カーラちゃん経由で聞いたサラスさんに説教をされそうなので、適当に誤魔化す。

 もっともその場凌ぎな答えなので、あまり効果はないようだ。


「三崎。お前な、あんまり娘で遊んでると、そのうち反抗期でエリ坊にゴミ屑みたいな扱いにされるぞ」


「その時はその時で、攻略する楽しみがあるって事で」


 共有ウィンドウに無数の監視プログラムを走らせ、絶賛稼働中のPCOのステータスチェックをしつつ、栄養ドリンクと握り飯な非健康的な朝飯を食っている須藤の親父さんに、俺は軽く返しておく。


「ったく。エリ坊が可哀想だと思わないのか。長年寂しい思いさせていた父親に、ようやく構ってもらえたと思ったら、トラップ満載のホラーワールドにぶち込まれてんだぞ」


「いやー。だから色々脱出のためのヒントは散らしているんですけど、なかなか気づきませんね」


 もっともその辺は、実は計算のうち。エリスの地球嫌いは筋金入り。知るのも嫌だってほどで、あんな荒唐無稽な状況でも、面白いように信じること信じること。

 そこら辺が可愛らしいとは思うが、逆に言えば生半可な手段じゃ、父親の俺の命と時間を奪っていると誤解している、地球を知ろうともしない。

 しかし好意と嫌悪は紙一重。上手いこと裏返して毒を薬に変えるのも不可能じゃ無い。

 エリスが真実を知って、罠に嵌めた俺に怒ってくるなら、それはそれで、地球人との、というか美月さんらとの融和ルートを開く道も見えてくる。


「外道GMモードで娘で遊ぶのもほどほどにしとけよ。それより大佐の所のサクラだったか? 州チャンプの娘ッ子が上手いこと、お勧めクエストに食い付いたみたいだな。カルラ嬢ちゃんにエリ坊との約束まで破らせてまで、接触させてどうする気だ?」


 サクラさんのログイン情報を得たのか親父さんが、さっきまでエリスが映っていた画面を切り変えて、マップやステータスと共に、サクラさんの乗艦であるアルデニアラミレット艦『ビースト1』改が映し出される。

 初期状態から各部の姿勢制御スラスターを増設し、小回りを強化。さらに専用強化クエストもクリアして、ビーストモードでの尾を2つに増やしているようだ。

 遠距離戦闘をすっぱり捨て去って、接近戦攻撃力重視の構成は、HSGO州チャンプとしての誇り故だろうか。

 しかしほんとアリス好みのプレイヤーだなあの子。

 まぁ、かくいう俺も、サクラさんとやりあったのが楽しかったのは否定できない。

 ステに差はあるとはいえ、一人相手に俺とアリスのコンビプレイで、あんなにギリギリの戦いをしたのは、ぶちぎれて餓狼モードになった刹那以来だ。

 あの子の戦い方なら、カルラちゃんと、むしろシャモンさんか?
 
 とりあえず知り合いと似ているから、エリスも少しは警戒感が薄れるだろう。 

 
「まずは友達作りのワンステップ。サクラさんがここの所、麻紀さんに勝負を仕掛けまくっているのは、さすがのエリスも知ってるでしょ。で、アレですよ。敵の敵は味方って事で」


「ですが小父様。今日は地球の方でご来客があるというお話でしたよね。だから小父様がずっと見ているわけにもいかないのでしょ、接触したあとはどうするんですか? それに……そのシ、シャルパ姉さんが、明日には見えるから、一時的に地球の時間流を合わせるので、資材消費がかさむと母が愚痴っていましたが」


 カルラちゃんにとっては、まだ見ぬ姉で特別監察官でもあるシャルパさんも明日にはこの星系へと到着する。

 その出迎えというか対策も佳境。カルラちゃんにエリスとの約束を破らせたのは、こっちも理由の1つだ。

 カルラちゃんには、姉達のエスコート役をしてもらう予定になっている。ちょっと胃は痛いだろうが、そこは我慢してもらうしかない。

 こっちの時間稼ぎは、今朝ようやく発動。サラスさんに無理を頼んで、1日だけでも地球の時間流をこちらに合わせてもらったので、あとはどれくらいのプレイヤーが、今日一日で動き出すか次第だ。


「色々立て込んでいるから、同時進行でクリア目指している途中って所かな。それと切っ掛けは作るけど、そこから先はエリス次第って事だよ。人に言われてただ進むだけのお使いクエストなんぞ、面白くないからね」


 ただやることは多く、人手が足りないのは何時ものこと。

 一つ一つじっくりとやる余裕も、時間も無いから、上手いことまとめてクリアが今の方針。

 エリス1つとっても、自分の獲物を取られるとエリスがサクラさんまで嫌うか?

 それともサクラさんの楽しそうな戦闘が、戦闘はからっきしでカルラちゃん任せなエリスの意識を、変える切っ掛けになるか?

 他にもいくつものルートが想定できて、この時点ではどのルートが確定するかなんて想像もできない。

 だから全部のルートを想定し、色々と手を打っておくのが、無駄が多いと言われるが、手札を増やす俺の鉄板攻略法だ。


「しかしエリ坊と、サクラってのがもし一緒に、美月って子らに仕掛けたらどうする気だ。勝てるのか?」


「今のままじゃ難しいでしょうね。まぁ今日はデータをダウンロードとするために登校しているので、午前中は心配ないですよ。エリスとサクラさんの邂逅を午前中に仕掛けて、あっちに後輩経由で情報流して、危機感煽るつもりなんで」


 持つべき物は学生時代の先輩後輩。上手いこと調整して、俺が関与しているとは気づかせずに、美月さん達の行動に干渉を仕掛けているが、今の所は問題無しだ。

 さすがに先輩といえど、教師という手前、校内でゲーム接続許可はしないはず。

 ハーフダイブをしていないならば、やれるゲームプレイは限られているので、戦闘のある地域には向かうはずもない。

 学校から、美月さん達がホームにしているアンネベルグまでは、どう早く移動しても入店は午後となるので、エリスとサクラさんを会わせる時間を稼ぐには十分だ。


「そういや今日仕掛けるのは、大佐の義理の弟って兄ちゃんって話だったな。わざと見逃してるとはいえ、うちの防壁を破って、情報を持っていっている相手を、本社に入れてどうする気だ?」


「えぇ。見た目は童顔な兄さんですけど、なかなかどうしてやりますよ。大佐の仕込みらしいですけど」


 あの不良軍人なおっさん色々と悪さを教えているなと思いながら、件の人物のプロフィールを呼び出す。

 柳原宗二。

 国籍、血筋と共に純日本人だが、唯一の家族で年の離れた姉が大佐と結婚すると共に、小学生時代にアメリカに移住。あちらの大学を卒業後、今現在は大手通信社に勤務。

 そして……婚約者はルナプラントに勤務していた地質学者シルヴィア・レンブランド。


「大佐やシアさんの話じゃ、サクラさんにとっていい叔父さんらしいですよ。だから二択を迫ってみる予定ですよ……可愛い姪を取るか、それとも大切な婚約者を取るかのね。いやー仕方ないですよね。星連が色々うるさいですから」


「……三崎、お前な。仕方ないと思うなら、せめてもう少し顔に苦悩を出せ。どう考えても状況を楽しんでいるじゃねぇか」


 親父さんの説教には、俺は答えずただ口元だけで笑ってみせる。

 一つ一つ小さな仕掛けを色々と施して、狙うは銀河文明全体のちゃぶ台返し。

 一生に一度あるかないかの大舞台。これを楽しまなきゃ、何を楽しむって話ですよ。 
   



[31751] B面 席の埋まった椅子取りゲーム
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/07/05 06:20
 生まれたばかりの若い恒星と、その周囲を取り巻くのは星間物質である塵のリング。

 恒星系の背後に他の星の明かりは見えない。まるで暗幕に覆われたようにただ暗い景色だけが、広がっていた。

 暗幕の正体はこの宙域に数百光年以上の宙域にわたり広がるライトーン暗黒星雲。この若き恒星系の素でもある暗黒星雲はあまりに巨大なために、生まれた恒星をすっぽりと覆い隠してしまうほどだ。

 この巨大暗黒星雲内に隠れている恒星はここだけではない。少なくとも十数個の恒星が発見、もしくは観測され、さらに学者達の憶測ではあるが、その十倍から数十倍規模の数の恒星が、生まれた、もしくは生まれようとしていると議論されているほどだ。

 学者達には格好の研究材料であろうとも、星系連合にとっては拡大政策を妨げるほどの大きな障害であり、今現在この辺境領域暗黒星雲内では、星連による大規模な航路開発が行われていた。

 その証とも言うべきか、この生まれたばかりの若き恒星系の外縁部。恒星と暗黒星雲のほぼ中間地点に、この宙域でただ1つ人工物たるガイドビーコン衛星が設置されている。

 メンテナンスフリー構造の10メートルサイズ小型衛星は、星連領域ではよく見られる航路灯台。周辺に設定された跳躍可能ポイントの宙域情報を、常に発信し航路管理を行っている。

 辺境も辺境。しかもまだ航路開発は、その基礎拠点となる星系開発が始まったばかりで、利用者などほぼおらず、聞く者もいない基本情報をただ発信するだけの通常待機状態のビーコン衛星が、突如稼働を始める。

 衛星本体から多数の子機が射出され、積極的に周囲の情報を集めていく。その探査範囲の広さから、かなりの大型艦が転移してくる事が察せられる。

 しかし見る者が見れば、この跳躍がかなり危険度の高い無謀なことは、一目瞭然だった。

 まず1つはあまりに恒星との距離が近すぎる事。

 飛び石を渡るように跳躍可能ポイントを飛び渡っていく今の跳躍航法にとって必要不可欠な存在。ディメジョンベルクラウド。

 時空間を感じ取るナビゲーターたるディメジョンベルクラドにとって、恒星は恰好の目印であるが、同時にその感覚を大きく惑わす存在でもある。

 可能な限り恒星の影響を受けない、できれば恒星系外への跳躍が基本とされている。

 そしてもう一つ。それはこの若き恒星系の周囲を囲む暗黒星雲。暗黒星雲の正体は、極めて濃密に集まった高密度の星間ガスや宇宙塵の集合体。

 細かい、それこそ分子大の大きさの物質であっても、速度が上がれば船体を破壊するだけのエネルギーを持つ障害物となりかねない。

 座標がズレその真っ直中に転移すれば、周囲に機雷がばらまかれているのとさほど変わらない状況となり、大型艦であればあるほど身動きが取れなくなる恐れがあるからだ。

 地上に住む生物の目から見れば、恒星系と暗黒星雲間の空間は広大と表現しても足りないほどの空間が横たわっている。だが宇宙を生活圏とする者達には違う。

 地上の者にも判るように例えるならば、この跳躍ポイントに大型艦が跳ぶのは、高さ数十メートルはある崖の上から、地上に設置されたコインの上に寸分違わず着地しろというような無茶なのだ。

 恒星さえも自らの手で作り出す高度に発展した科学技術力を持つ銀河文明からしても、この銀河は、途方もなく広く、そして空間跳躍には危険が伴うことに変わりはない。

 跳躍距離、質量が増せば増すほどに、その危険度は天井知らずに跳ね上がる。無謀といえる跳躍。だがその跳躍は実に静かに行われた。

 ビーコン衛星と子機が調査した空間が、音もなく僅かに水面のように揺れながら、その歪みの中心から、高次元領域を通過し、現次元へと復帰した巨大な球型恒星間航行船が音もなく浮かび上がってくる。

 跳躍現界時によく見られる余剰エネルギーが放出されるプラズマ光や、最外装船殻の破砕現象の1つも無く、まるでそこにあるのが自然の摂理とでも言わんばかりに、汚れ無き白き肌を見せた女王は、粛々とその威風堂々とした姿を現した。

 船の名は『フォルトゥナ』

 星連最大手運搬企業バルジエクスプレスの最新フラッグシップ。大質量長距離跳躍艦『フォルトゥナ』と呼ばれていた。


   
 





『現界を確認。座標確認後、再跳躍へ空間安定処置を開始します』


「さすがですね。跳躍ポイント誤差はコンマ単位でも無しですか」


 暗黒星雲内に僅かに出来たかろうじて跳躍可能な宙域ポイントへと、ピタリと治めた手腕に、直立不動で立つシャルパ・グラッフテンが静かな声で賞賛を送る。


「簡単簡単。設置されたビーコンがあるんだから。パッと感じて、チョンとあわせて、ポンって感じねぇ。この子も惜しみなくお金使ったから優秀だしね」


 バルジエクスプレス代表取締役社長であり、フォルトゥナのナビゲータでもあるレンフィアは、艦橋中心に据え付けたナビゲータ席に寝そべりながら眠たげな瞳で答えると、己の髪から生え軽く渦を巻く白色の角を弾いた。

 ジェネレーター最大出力こそは、今も史上最大を誇る天級搭載の六連O型恒星湾曲炉には及ばないが、最新アビオニクス技術を惜しみなく搭載されたフォルトゥナ級は、複数艦による同期跳躍によって、天級さえも公式記録上は不可能とされている1つの恒星系を一度に跳躍させる超質量跳躍が可能となるほどの、跳躍操作性を持っている。


「ご謙遜ですね。全てはレンフィア様の能力があってこそ。あのビーコン衛星も貴女が以前ここを通ったときに設置した物と聞いています」


 以前はビーコン無しでこの難所に跳躍したのだから、跳躍正確性においては当代最高のディメジョンベルクラドと称されているレンフィアの評判に間違いは無い。

 現に彼女の技術を習おうとし銀河中の若きディメジョンベルクラドが師弟として、バルジエクスプレスに見習社員として入社している。

 だがそのナビゲート技術や説明は、実に感覚的な物で、余人どころが、その弟子達にも判りづらいと評判になっている。

 もっともその弟子達が、元々の才覚があって跳躍可能距離は制限があっても、精度の点では軒並み優秀なナビゲータとなっているのは、紛れも無くレンフィアの手腕による物だ。

 その教育方針は、要は本人のやる気があれば、いくらでも自由に仕事はさせてやるが、過信したり無理して失敗したら厳しい罰という物だ。


「ビーコンは目印として基本よぉ。あ、でも貴女の所のお姫様なんかは、ビーコンなんてめんどくさいって雑だったわ。まぁそれでも、それなりにあわせてくるから大目に見てたけど、一度酷くやらかしたときは、おむつつけさせて、泣くまで外装罰掃除にしたけど」


アリシティアの話題をだしたレンフィアの目線は、シャルパの頭の上。その耳に向けられているが、微動だもしていなかった。

 スパルタな教育方針と共にレンフィアが弟子達に恐れられているのは、その性質が基本的にサドというか、好ましい相手に対してほどいじめっ子になるとでも言うべきか、極めて性質の悪いからかい好きなところにある。

 現に、能面のように常に表情を変えないシャルパの素を少しでも引き出してやろうとしているのか、この船に乗船してからも、時折シャルパの主たるアリシティアの話題を出している。


「今の姫様の力があるのは貴女のおかげです。そこに感謝することはあれど、恨みを申し上げる気など毛頭ありません」


 だが痛々しい爪痕が残る顔を一切変える事も無くシャルパは、ただ僅かに頭を下げる。その様はただ忠実に主に仕える忠臣その物で、レンフィアが予想している答え通りでしかない。


「ほんとグラッフテンの子は、紋切りばかりでつまらないわね。あなた。アリシティアを見限ったんでしょ。もう少し別な答えは出ないのかしら?」


 言葉に反し、レンフィアの瞳の奥は楽しげな色に染まっていた。

 なるべく虐めて反応や言葉を何でもいいから引き出してくれと、ある男からも頼まれている。

 あの性悪男ならば、この鉄面皮を困らせたり、素の感情を引き出したりするのも造作もないかも知れない。

 何を企んでいるかは詳細までは知らないが、また面白そうなことを企てひっかき回してくれる事だろう。

 退屈なこの宇宙が少しでも面白くなるならば、レンフィア個人としては大歓迎であり、社長としてもビジネスチャンスに繋がる切っ掛けが生まれるなら、積極的に手を貸していくだけだ。


「私の存在理由は姫様の為にあります。別の言葉を持つ必要性も意思もありません」


「そこまで忠犬してるなら、監査官なんて辞めて戻れば? あの娘なら両手あげて喜んで迎えてくれるでしょ」


「ありえません。ディケライアは潰さなければなりません。姫様の為にも」


 レンフィアが繰り出した悪魔の囁きに対しても、シャルパは一切の動揺も見せず、即答する。ディケライアを潰すことがアリシティアの為なのだと。

 唯一残った左の目には何の色も見えない。


「保護惑星に無断で、しかも生身で降り立った者が二名存在するという証拠は、押さえてあります。唯一生身での降下許可を持った者にお伝えください。ディケライアの事業権の一時停止は既に避けられないと。そしてあなた方には立ち止まれる時間は無いはずだと」


 ただ淡々と決まりきった未来を告げたシャルパは、一礼してからブリッジから退出していった。
 
 どうやらレンフィアがディケライアに情報を流していることも、端から承知で自由にさせているようだ。

 その私情たっぷりで動いているくせに、感情を感じさせない冷たい背中にレンフィアは、古い友人の背中を見る。


「さすがサラスの娘。容赦がなくて、融通の利かない辺りはそっくりじゃない……どっちに転がるか面白くなってきたわね」


 ディケライアが上手くいけば、銀河規模の流通革命が起きて会社の利益になる。

 上手くいかなければ、借金の形に天級二隻と、優秀なナビゲータとその候補が一名ずつ確保できる。 

 どちらに転んでも、既に勝者の椅子に座っているレンフィアには損はない。


「さてとじゃあ再跳躍に備えエネルギーチャージ。空間安定処置衛星はバンバン使って良いから。諸経費は星連持ちだしパッといきましょ」


 アリシティアが、悪魔やら地獄羊だと嫌がり恐れる笑顔で、レンフィアは楽しげに指示を出した。



[31751] A面 目に悪いと判っていても暗さは最高の臨場感を生む舞台装置
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/07/10 03:22
 少しばかり型落ちなフルダイブ、ハーフダイブ兼用機のシートに腰掛けた麻紀は、首筋のコネクタと、マント型携帯VR端末機の襟元を接触させ直結し、ついで止め紐型に加工したケーブルをシート横のプラグに差し込む。

 
「Schwarze Morgendämmerung zweiコンタクト開始っと」


 自動起動して目の前に浮かび上がった仮想コンソールを叩き、接続設定を変更。校内ネットワークを経由して、PCOサーバーへと接続する。

 本来なら校内から外部への接続は、生徒が使用する機器は有線、無線両方共に原則禁止だが、授業や部活動、校外研修の一環であれば講師立ち会いの下に許可される。

 校内アーカイブの古いデータを、PCOで実際に活用し問題点を浮かび上がらせ今風に改良するという名目で、許可されていた。

 アンネベルグで使用している内装全面を曲面までリアルモニターで覆っていたゲーム用端末筐体機と違い、学校の機器は側面にサブ2つと正面にメイン1つで、後はむき出しの耐火プラスチックの地肌が見える遊び心の少ない、どこか事務的な物。

 この辺りがゲーム用機器と事務機の、そして没入感の違いとして出ている。

 麻紀の使っているマント型端末機なら、リアルモニターの間を仮想モニターで補って、擬似的な全面モニターにすることもスペック上は可能。

 だが、その場合はマントもフル稼働になって、廃熱処理が追いつかなくなるので、いくら筐体に冷房機能がついていても、夏場という事もあり筐体内が蒸し風呂状態になるのは確定。

 暑いのは勘弁だが、何事も形から入る麻紀としては、リアルをどうしても思い出す無個性なのも気にくわない。

 だからちょっとカスタマイズして、内部照明を最大まで落として、仮想コンソールとモニターの光量を少しだけ強化。

 薄暗い暗闇の中にモニターの明かりだけが浮かび上がる仕様にしてから、IDとパスを叩いてログイン。

 僅かに待機画面を表示していたモニターは、すぐにログイン処理を終え麻紀の搭乗艦である『ホクト』の艦外映像へと切り変わった。

 照明が所々歯抜けになった少し狭苦しいドックの壁面には、手書きの卑猥な落書きやら、いつの物かも判らない古い油染み、船体がぶつかって出来た無数の傷跡が修繕も無しにほったらかしになっている。

 よくよく見ればドック内は無重力状態。整備員が置き忘れたらしき工具類や、オイルの空き缶などがちらほらと浮いているのが見えるほど、規律が乱れていた。


「うん。予想通りいい感じの古くさい雰囲気」

 
 
 光量を絞った暗い筐体内と、規律の乱れた古いドックの艦外映像がマッチングし、没入感が増したことに麻紀は笑顔を浮かべる。

 過去の大戦で、いくつもの惑星が破壊され放棄された廃棄恒星系にある小惑星帯。

 そこの半壊した今は名も無き鉱石採集大型コロニーこそが、麻紀達が所属する非合法な情報収集販売組織の拠点の1つで、麻紀の乗艦であるホクトが停泊しているドックの現在位置だ。

 きちんと整備された正規ドックと違い、規律感の低い裏組織のドックは、整備速度や補給速度、また改良時のスペック上昇に一定のペナルティが加わり、正規に比べてドック内事故も起きやすくなる仕様。

 その代わりに正規ドックでは不可能な、違法改造や違法機器の設置、盗品や奴隷売買、他船から略奪した機器の装備など、それこそ裏家業らしい行動が可能となっている。

 色々と特殊なことが出来る上に、ドック使用料の倍の追加料金を払えば、正規ドックと変わらない整備速度や事故率となるので、正規ルートユーザー達から、不公正なのでもっと追加料金や、デメリットを強化しろ。

 逆に非合法ルートユーザー達からはドックの利用回数は多いのだから、お得な定期パスみたいな物を実装しろと、色々と物議を醸し出している設備だ。

 無論スペック至上主義な麻紀は後者。お金さえ払えばしっかりと整備してくれるならと、毎回倍の料金を支払っている。

 それでもゴミ等が浮いてみえるのは、いわゆるフレーバー、この法が非合法組織ぽい見た目らしいとの事だ。

 昨晩ログアウト時に設定していた整備や物資補給が全て終わっている事を確認した麻紀は発艦準備に入る。

 補助ツールを呼び出しサポートAIを選択。情報収集・分析に特化したアンネベルグ謹製の『イシドールス先生』を立ち上げ。


『おはようございます。マスター麻紀。本日のご予定はいかがなさいますか?』


「特殊船体装備『グランドアーム』の購入と初期スキル取得ね。ここから一番安全で近い取得可能宙域を検索して」


『了解致しました。アーケロスファイル『販路データ』の特別アクセス権をお持ちですが使用なさいますか?』


「もちろん。無料だしそのほうが早いでしょ」


『特別アクセス権を使用しデータへアクセスします』


 美月に送られてきた実装アイテムの販路について記載されたアーケロスファイルは、既に所属する情報犯罪組織へと功績ポイントへと引き替えで提出済み。

 組織はこの情報を、アイテムティアにあわせ、プレイヤーへの組織信頼値や料金で変動するが、所属プレイヤーには格安、低信頼値で、それ以外のプレイヤーへは高額、高信頼値で販売している。

 PCOは情報を重視したゲーム。プレイヤーがゲーム外の攻略サイトでアイテムの販売星域や出現方法を知っていたとしても、ゲーム内で情報を集め、フラグを立てなければ、低ティアの初期アイテム以外は購入どころか、売り切れ状態で商品リストにさえ登場しない。

 商品に関するアーケロスファイルは、その初期フラグを建てたり、売り切れ状態を解除するための情報を取得出来るフラグキー。

 他のアーケロスファイルも賞金首リストや星域調査データ等、どれもがイベント発生やイベント地点発見のフラグキーとなっている。

 麻紀の場合は、商品販路のアーケロスファイルは、パーティを組んでいる美月がファイル提供者なので、中位クラスティアアイテムまでは、無条件、無料でアクセスできる特別パスを与えられていた。


『検索終了。ブラックマーケット『ウォーレン星域試験場』がもっとも近隣で安全度の高い武装購入、スキル取得可能ポイントとなります』


 検索を追えたイシドールス先生が、サブ画面に今の拠点ポイントから3つほどブラックゲートを跳んだ辺境星域にある違法技術者が集まるブラックマーケットを表示した。

 有力星系国家や正規のゲートルートからは大きく外れた辺境域なので、強力なNPC巡察艦隊もおらず、またブラックマーケットという事で多くの勢力が集まりやすい易いように、近隣での海賊行為が禁止されている星域になっているようだ。

 また そこまでのゲートは全て所属する組織が跳躍権利を保有するか、友好度の高い裏組織が保有するので安く跳べるのも高ポイント。

 しかもアーケロスファイルでフラグを立てたので、購入前にこなさなければならないちょっとしたお使いクエストもスキップ可能となっていた。


「オッケー。じゃあ今のデータを美月に送信。発進準備」


 最上の答えに是非も無し。麻紀は今のデータを固定パーティを組んでいる美月に送信すると同時に、待ちきれずに主機関へと火をいれ、ゲート開放を指示する。

 表面が所々錆びついた巨大な気密隔壁は、レールに物でも挟まっているのか、それとも整備不良で不調なのか、時折不規則に止まりながら、徐々に大きく口を開けていく。

 管制官なんて気の利いた者は存在せず、自動応答の航路管制AIの指示に従い、離脱航路を設定。

 気密隔壁が完全に開くと、ガイドライトさえほとんど切れた古くさく、暗い艦船用通路がぽっかりと姿を現す。

 やはり筐体内ライトを暗くしたのは正解だった。

 麻紀の選択したランドピアースは、生身の肉体を捨て、船を身体とした精神体種族。

 暗い筐体内で麻紀の視界にあるのはメインモニターから見える光景と、サブ画面の各種情報表示のみ。

 暗闇に己が浮いているような錯覚。


「いくわよ。ホクト発進!」


 種族設定通りに自分が艦と一体になったような感覚を覚えながら、マントを一度手で払いポーズをつけた麻紀は補助スラスターに火をいれ、許される限界速度でドックから飛びだした。



[31751] A面 レアスキルは突然に
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/07/11 02:30
「ストレス値の回復悪い……かな」


 麻紀から送られてきた航路データを元に、合流のために自動操縦に切り変えた美月は、ログイン時の日課になった乗員のステータスチェックを開始し、早速頭を悩ませる。

 ステータスを一度になるべく多く表示する為に文字サイズを小さくしたので、見やすいように筐体内のライトが煌々と輝く。

 美月の初期選択種族はアクアライド。そして搭乗艦もアクアライド種族の艦船M型LD432星系調査艦通称『マンタ』

 水棲種族であるアクアライド艦内部は水で満たされた特殊仕様。

 他種族艦に比べ、防御力や衝撃吸収力に優れるのが特徴だが、問題として維持コストが高い事と、時折水を総入れ替えしないと乗員のストレス値や健康値の回復に悪影響が出やすいことだ。

 しかもその水も合成物だとステータスの回復が微妙に悪く、質のよい天然物だと逆に好調を維持しやすいと、微妙に扱いにくい種族。

 真っ当な道を進んでいるならば、そこらの自然保護惑星に入国して質のいい天然水の補充も出来るだろう。しかし今の美月はゲーム内では、賞金も掛かった立派な裏社会の住人。

 自然環境の整った価値の高い既存の星は、大体どこかしらの惑星国家や、星間国家が保有しているので、周辺星域の警備艦隊もしっかりしていて、入管を誤魔化すにも高スキルが必須と、駆け出し犯罪者にはなかなか近寄りがたい万全の警備体制が敷かれている。

 かといって闇市場で仕入れるには、飲み水くらいならともかく、船1隻分入れ替え用となると、些か値が張りすぎる。

 天然物の上質な水を大量に安く仕入れるのが、少しばかり難しい状態が続くのは、このルートを選んだときに覚悟して対策も考えていた。

 浄水設備に力を入れて、ドッグに入る度に合成したばかりの新水に換えているが、それでもどうしても回復速度が気になる。

 
「シフトをもっと緩やかにして、あっ、でもそうするとスキルレベルアップが遅くなっちゃうし……」


 天然水に替えられないならば、勤務時間や食事内容など他の手段で健康度やストレス値の下げ幅を抑えるのも手だが、それはそれで、それぞれ問題が発生する。

 色々弄って、あーでもないこーでもないと、美月は頭を悩ませていく。

 だが結論から言えばそれは、美月の過剰な心配、もっと端的に言うならば空回りというものだ。

 確かにストレス値は少々高い。しかしそれは通常プレイでにおいてならば十分に許容範囲なものであるし、他のプレイヤーならば気にもしないであろう値だ。

 むしろ天然水が入らず、合成水でこれだけのストレス値で維持しているのだから、上等なほどだ。

 しかし生真面目すぎる上に、ゲームに不慣れな美月には、何とか出来そうだと一度思ってしまうと、常に100%を維持しようと考えてしまっている。

 指南役の美貴達も、そんな美月の特性は理解しているが、それがダメだという野暮な指摘はしない。

 これを美月の欠点と捉えるか、それともプレイスタイルと捉えるか。問題はそこだ。

 MMOは性別も、職業も、年齢も異なる人々が、仮初めの人格を作り、一斉に集まり同じルールの下で、自由に思い描いたプレイをするゲーム。

 その人の生活、思考、それぞれにあったプレイスタイルがある。そこには最強の唯一無二など無い。

 求めるべきは自分の型に合う最高のプレイスタイル。 
 
 ゲーム初心者の美月は我知らずともその型を求め、試行錯誤を繰り返していた。

 
『アインゲート通過完了。ブースター点火。ツヴァイゲート方向へと進路を取ります』

 
 答えの見えない悩みに美月が頭を悩ませている間に、自動操縦で飛んでいたマンタはいつの間にやら最初のゲートを通過。

 赤色に輝く巨大な恒星がメイン画面を埋め尽くす。

 この宙域のゲートは種別で言えば恒星近接ゲート。転位した瞬間、艦外温度が跳ね上がり、装甲に軽微ではあるがダメージが入るほどだ。

 裏家業御用達のブラックゲートは、辺境域のみならず、普通の船では飛ばない、もしくは飛べない、航行禁止されているような危険宙域にも数多く存在していた。

 だから物によっては、普通の正規ルートでは膨大な時間が掛かる恒星系間距離も、かなりの危険と引き替えだが短時間で航行可能なルートなどもある。

 もっとも逆に言えば、そういう利用価値の無い、低いゲートを利用する以外の、短時間、安全と便利なルートは正規航路に利用されているともいえるのだが。

 ブースターを使い恒星の重力圏から一目散に離れたマンタは、そのまま恒星重力圏ギリギリを舐めるように北天方向へと飛翔していく。

 艦外温度は依然高い数値を維持したままだが、それでも少し離れたことで耐熱限界ギリギリなノーダメージを保っている。

 もう少し離れれば安全なのだが、わざわざ危険領域ギリギリを飛ぶ設定にしているのは、そこが経験値効率がいいからだ。

 危険度が高いほど操船スキル関連経験値取得率は効率的にあがっていく。

 恒星関係で一番1秒辺りの取得経験値がいいのは耐熱、耐重力装備山盛りで、恒星の表面ギリギリを無理矢理飛ぶ飛行ルートだという話もあるが、さすがにそこまで無茶をする気は無い。

 恒星重力圏ギリギリでも普通に飛ぶよりは大きな経験値は手に入る。

 しかし安全度がなるべく高くて、効率の良い経験値稼ぎが出来るのはいいが、それと引き替えに、少し乗員のストレス値が上昇するのが気になる。

 やはりこのストレス値の回復に何か装備が欲しい所だ。今向かっているのは大きなブラックマーケット。

 今朝方の新規アップデート関連アイテムと一緒に、浄水設備で何か良い物があるか探してみるのもいいかもしれない。

 美月がそんな買い物プランを考えていると、マンタのセンサーが重力異常を感知したことを知らせる。

 サブ画面に目をやれば、先ほど美月が飛んできたゲートとは別の恒星近接ゲートの転位反応。

 頭では麻紀だろうと理解はしていたが、転位反応に対して自然と警戒体勢に入った美月の手は、無意識に仮想コンソールへと伸びていた。

 予想通り警戒は無意味に終わり、そのゲートからは、すぐに麻紀のホクトが飛び出てきた。

 
『美月お待たせ!』

 
 通信用の仮想サブウィンドウが立ち上がり、何故かやたらと暗い筐体内と、モニターの淡い光でモノクルが怪しく光る麻紀が元気な声と共に現れる。

 日常生活では、マントとモノクルという、慣れはしたがさすがにちょっと思う所もある服装も、この非現実的な宇宙空間では、怪しい美少女マッドサイエンティストという感じが出ているので、似合っているといえば似合っていた。


「そんな待ってないよ。じゃあ次のゲートに向かうね。後いつも通りタンデムスキル使用で」


『りょ~かい! こっちもタンデム開始と!』


 ぐんぐんと恒星重力圏から抜けてきた麻紀に合わせ、美月も進路を変更しながらスキルリストを開いて、タンデム飛行補助スキルを選択。

 マンタとホクトでは、艦種もエンジン出力も、最大速度も違う。

 タンデムスキルはそんな違いのありすぎる艦種が、接近航行状態で同一航路、速度を維持して効率的に飛ぶ補助をするパーティスキルの一種。

 ゲームスタート以来、単独クエスト以外ではなるべくパーティで行動して、スキルゲージが許す限りは、常時タンデムスキルを使用していたので、スキルレベルはかなり高くなっている。 
 そのおかげでマンタの特徴である広範囲レーダーと、ホクトの重力可変スラスターを効率的に共用できるので、単艦同士で飛ぶよりも、より速く、より遠くまで見通して飛べるようになっていた。

   
『ヤヴォール。タンデムスキル発動。5分間のあいだタンデム飛行が……』


 メイン画面の端に浮かんでいた補助AIのシャルンホルスト君が、律儀に何時ものスキル説明を始めだしたが、なぜかその途中で動きを止めフリーズしてしまう。


『あ、あれ? 美月、スキルは発動しているよね?』


 どうやら麻紀の方でも補助AIが止まってしまったようで、困惑した声が響いてきた。

 スキル画面を開いて見てみると、確かにタンデムスキルは発動していて、ステータスも如実に伸びている。

 美月達の使っている補助AIは、VRカフェアンネベルグ謹製。モニターを手伝った事も有り、戸羽の好意でオープン期間中はカフェ外でも使わせてもらえることになっている。

 ひょっとしたら少し古い学校の機器とは、最新型用に合わせて作られたAIプラグラムの相性でも悪かったのだろうか?

 補助AIの助言に結構頼っていた美月が不安を覚える中、停止していたシャルンホルスト君が突如光の粒子に変わり、そしてシルエット状態でグニグニと姿を変えていく。

 デフォルメされた等身は変わらないが、髪の部分が伸びて、頭から二本の長い耳が伸びていき、古いデザインの軍服が、ヒラヒラとしたドレスへと変化し、その顔立ちが女性めいた物へと変わっていった。

 そして一際まぶしく光り出したかと思うと、


『Congratulations! この世界で初めてレア絆スキル『合体』の取得条件が解放されました! さあ貴女達はスキル開祖になる!? それとも準ユニークスキルの使い手として無双する!?』


 どこかで見た覚えがある金髪のウサミミを生やした二頭身女性キャラが、満面の笑みで美月に問いかけてきた。  



[31751] A面 中身は一体誰でしょう?
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/07/13 09:58
『ではでは、しばしお時間を頂きましてシークレットスキルシステム『ご都合主義と笑わば笑え』のご説明をさせていただきたく思いますが、お時間の方はよろしいでしょうか?』


 二頭身キャラにデフォルメされて愛嬌のある造形の仮想体になっているが、ころころ変わる表情や髪の毛の細さなど、細かい所まで手間が掛かっている金髪ウサミミ女性AIは、芝居っ気たっぷりに、仰々しく胸に手を当てお辞儀をする。

 シークレットスキルシステムという名は、プレイマニュアルにはひと言も出ていない。

 既にゲームが始まって半月以上も経つのに、プレイヤーに隠されていた機能があったということは、理解は出来た。

 しかしそれに対する驚きというよりも、独特すぎるシステムネーミングセンスを、実に自信ありげ自慢げたっぷりに頭のウサミミをぶんぶん揺らしながら話すちびキャラに対して、美月も画面の向こうの麻紀も、とっさには返す言葉を紡ぎ出せないでいた。


「さてさて、いきなり、しかも初めてのレアスキル獲得に、嬉しさのあまり言葉さえ無くすその感覚は、私も懐かしくてよーーーーーく判りますが、このシステムの説明は、ちょっと複雑かつ、この先のプレイに大きく影響しますので、よくお聞きになって、プレイヤーさんはご判断ください」

 
 全く見当違いな推測を宣いながら、うんうんと頷いたSDウサミミ娘は、パッと手を振ってその両手の上に、同じくデフォルメされた形の違う宇宙艦を二隻呼び出す。


『え、ちょっと待って!? 美月そっちもこれ流れてるよね? なんかオッケーとか了承した?』


「あ、うぅん、なにもしてないよ。一方的に始まった……みたいだよ」


 いきなり始まった独演劇に呆気にとられていた美月は、麻紀の問いかけに我に返り首を横に振る。

 
「お二人が獲得なさったのは、いくつもあるレアスキル群の中の1つ。ソロでは発動しない絆スキルと呼ばれるパーティ向けスキルとなります。同一フィールドかつ祖霊転身中のみに出現するスキルを発動させると……合ッ体!」


 困惑している二人を気にもしていないのか、それとも一方的に流れる自動映像なのかは判らないが、溜めを作ってからやたらと力強く叫んだウサミミ娘は、船を持ったその両手をパンと打ち合わせた。

 打ち合わせた掌の間が一瞬発光して、その光の中からは、先ほどの二隻の造形がほどよく混ざった一隻の宇宙艦が飛びだす。


「合体! そう合体です! やっぱりこの二文字を叫ぶのがスキル発動のお約束だと思いませんか! だというの……」


 何やら身振り手振りを交え合体について力説を始め出したウサミミAI娘だったが、なぜか急に頭の上でぶんぶんと揺れていたウサ耳と同時に声もぱたりと止まって停止した。

 どうにも暴走気味にも見えたので、AIプログラムがバグでも起こしたのかと思っていると、再稼働したウサミミAI娘が深々と頭を下げる。


「失礼。少々取り乱しました。で、ではでは、スキル説明を再開させていただきます」

 先ほどまで活発に動いていたウサ耳は急に大人しくなるが、声だけは弾ませウサミミAI娘は仕切り直して説明を始め出す。 


「文字通り、艦種の違う船同士が合体して、ステータスを強化できるスキルとなります。スキルLV1合体中は10分間お二人のステータスを足して、二で割ったあと、掛ける1.5倍のステータス値が基本値となり、またお二人が持つ通常スキルは、スキルレベルが全て+1されます。そしてスキルレベルが上がれば、これらの数値や合体可能時間は強化されていきます」


『それだけ……?』

 やけにもったいぶった大仰な物言いから始まったスキル説明に対して、麻紀が気が抜けた声をあげる。

 美月が抱いた印象も麻紀と同じだ。

 ゲーム素人といっても良い初心者の美月さえも違和感を覚える説明。

 ウサミミAI娘の説明する合体スキルは、いきなり能力が数倍になるようなぶっ壊れスキルではなく、順当といえば順当な強化スキル。

 もちろん祖霊転身中はステータスもスキルも大幅に強化されているので、それがさらに強化できるとなれば、十分に有効ではある……あるが運営がオープン後もひた隠しにするほどのものだろうか?


「おやおやお二人とも、たいした事も無いスキルをやけに大仰にとでも言いたげですね。さ、さてさて、本番はここからです。このシステムの心臓部。重要要素はシークレットスキルの取得条件なのです」


 先ほどまでとは違いどこかぎこちない笑顔を浮かべたウサミミAI娘は、手の上でぷかぷかと浮かんでいた合体艦を、手でパンと挟んで潰す。

 小さな両手で潰された合体艦はぺしゃんこに潰れ、その手の中で一枚のボードに変化する。


「では本邦初公開。×××××が××××で×××…………以上が合体スキル取得のフラグ解放条件となります。やっぱり合体シチュエーションはこうじゃなくちゃって感じですよね……おいやっぱ無理だってこのノリ」


 手に持ったボードにはモザイクが掛かり、ウサミミAI娘の音声にも酷いノイズが入り聞き取れず、最後の方も小さくて聞き取れなかった。
    
 聞き取れないのも、見えないのも、なんらかのバグではなく、意図的に隠していると丸わかりだ。


『ちょっと! さっきから何の茶っ』


 人を小馬鹿にしたような構成に、画面の向こうの麻紀が切れかかるが、


「ではお叱りを受ける前に詳しいご説明を。通常のレベルスキル取得には、一定以上のステータス値や、前提スキルがあればそのスキルレベルや使用回数、さらには一部スキルの取得には専用アイテムが必要となりますよね。これを私共はステータスフラグと呼んでいます」


 先ほどまでの無邪気な笑顔と真逆な、人の悪い笑顔を浮かべたウサミミ娘は、切れかかった麻紀の気勢をそぐ為か、声の感じを改めて真面目声を出すと、その目の前にスキルの仕組みについて詳細を表示した画面を出現させる。

   
「シークレットスキルの解放条件には、このステータスフラグにプラスして、もう一つのフラグが必要となります。それがシチュエーションフラグ。これはプレイヤーの皆さんがゲームプレイ中に遭遇した、もしくは起こした行動がトリガーとなります。つまりお二人は合体スキルのシチュエーションフラグを建てたため、今回のレアスキルを取得となった次第です。こちらは極々簡単に書いた一例です。本来はもっと複雑になります」


 最初とはすっかり雰囲気の変わった、もしくは本性を現したウサミミAI娘が手に持っていたボードを指で弾く。

 指の振動で波打ったボードの表面に表示されていたモザイクがかき消され、紙芝居調の可愛らしい絵柄と共に、そのシチュエーションが高速で簡略的に示される。

 殿を引き受け敵陣に単艦で突っ込む高速戦艦プレイヤー。

 牢獄から脱出し、的の新型艦を盗み出すスパイ獣人プレイヤー。

 はたまた、戦闘に限らず、晴れの日も雨の日も唯々黙々と畑を耕す農耕プレイヤー。

 何度も何度も失敗を重ね、それでも諦めず前人未踏の10万メートル級山を踏破する登山プレイヤー。
  

「千差万別。それぞれのプレイヤーが行った、それぞれの独特の、特別な行動だからこそ、特別なレアスキルへのフラグ。それこそがシチュエーションフラグ……私達が提供するのは貴女だけの物語。貴女達だけの物語を刻み込む世界なのです」


 演技過剰だが熱の篭もった感情を感じさせるウサミミAI娘の声から響いてくるのは、どうにもこうにも隠せないゲームへの情熱と自信。

 全力で楽しませてやろう。

 そんな声なき声が美月には聞こえた気がする。

 しかしウサミミAI娘の説明に、美月は疑問が浮かぶ。


「あの、でも麻紀ちゃんはすごい色々やってますけど、私は、そこまで特別なことなんて……してないはずですけど」   


 美貴達にゲームを教えて貰い、大手攻略サイトをよく覗いて参考にして、実際にそこで見た通りのやり方でやってみる。

 ゲーム初心者の自分のスタイルは、誰かの模倣だと美月は自覚している。

 色々とすごい麻紀ならばウサミミAI娘がいうようなプレイかも知れないが、とても自分がそんな特別な行動をしているとは、美月には思えない。


「なるほどなるほど。そう思うのも無理はありませんでしょう。そんな貴女達がスキル取得条件を知る為に必要な事は1つだけです。スキルに対する情報公開を選んでください。ただしそれはこの世界の誰もが、そのシークレットスキルの取得条件を知る事になります」


『それって他のプレイヤーも条件を知って、同じレアスキルを取りやすくなるって事?』


「はい。そうなります。その代わり、後に続く者がでる度に、そしてスキルを使用する度に最初の先駆者に功績ポイントがはいります。私達はこれを開祖システムと名付けています」


 麻紀の問いにウサミミAI娘はこくんと頷き、開祖システムと呼んだ仕組みについて書いた画面を開いて見せた。

 そこに書かれた入手功績ポイントは一人当たりは微々たる量だ。しかし使い手が増えれば増えるほど馬鹿にならない、それこそ大クエストをクリアしたほどになるかもしれない可能性を秘めていた。


「これ……絶対公開した方が特なんじゃないですか?」


 公開するのが早ければ早いほど自分の特になる。それを隠そうとする者はいないだろうと美月は考えたが、その問いに画面の向こうのウサミミAI娘が美月をじっとみつめた。


「さて、それはどうでしょうね。そうであれば既にシークレットスキルシステムは全プレイヤーが知っていた事でしょう。でも貴女達は知らなかった……その意味をお考えください」


 それは世間を知らない子供を、見守る大人のような目にも感じられるどこか温かい目にも見えた。


「ともかく公開する、しない。詳細を求める、求めないは、プレイヤーである貴女達の選択です。最初にスキルを使用したときに、求められる問いかけに備えて、私から贈れる言葉はただ1つだけです」


 ウサミミAI娘は一瞬見せた温かい目を引っ込めると、チシャ猫のようににんやりと笑うと、 


「貴女達はスキル開祖になりますか? それとも準ユニークスキルの使い手として更なる高みを目指しますか?」


 登場したときとは少し違う問いかけを残し、画面から消え去っていった。



[31751] A面 注意 あまり追い込まないでください……
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/07/27 05:51
 ブラックマーケット『ウォーレン星域試験場』


 星域の名が示すとおり、恒星系全域が市場となった銀河文明最大級の規模を誇るブラックマーケットになる。

 安定期の主星たる恒星と、その周囲を漂う6つの惑星からなる中規模星系。

 ただし惑星は、恒星間航行船さえ沈みかねない重度重力異常や、あらゆる物質が数秒で腐り果てる大気汚濁、もしくは地表が大きく抉られマントルが吹き飛びコアが露出した半崩壊状態と、どんな命知らずの船乗りでも、心底降下を遠慮したい惨状を晒していた。

 そんな地獄絵図の惑星とうって変わって、天に浮かぶ無数の人工星達は、きらびやかに輝き、この世のあらゆる物質、情報、快楽が合法、非合法を問わず、金さえ払えば手に入ると声高々に謳っている。

 何故これほどまで大規模なブラックマーケットが、堂々と開かれているか?

 それはこの星系の成り立ちが深く関わっていた。

 元々はウォーレン星域試験場は、今は亡き大国によって辺境星域で秘密裏に運営されていた、大規模兵器性能試験場となる。

 だか度重なる試作兵器実験により、主星たる恒星を全ての惑星の原生生物が滅亡、もしくは変貌し、浄化不可能なほどに汚染、破壊されつくして放棄されたという曰く付きの星域。

 さらに先の銀河大戦で国その物が、首都宙域空間諸共滅亡し、執政者不在、直通ゲート消失となり、通常航法で無理して到達しても汚染された星があるだけだと、臭い物に蓋ではないが、どこの国からも無視されたロスト星域扱いとなったといわれている。

 しかしこれは半分正解で、半分意図的に改竄された公式情報。

 公式跳躍ゲートポイントは空間諸共に消失したが、この汚染された星域へ繋がるゲートポイントは、いくつか残っていた。

 ただしその所有者達は、いわゆる海賊や、闇商人と言われる者達。

 どこの国からも見放された星域とは、裏を返せば公権力が及ばない非合法地帯ということ。

 表沙汰にしたくない裏取引を安全に行うには、うってつけな場所となるまで、そう時間は掛からなかった。

 さらにいえば汚染された星には降りられないが、莫大なエネルギーの塊である恒星は健在。

 取引ついでに、エネルギー補給が可能となるように、重大な不備が見つかり正式書類上では廃棄されたはずの未認可反物質製造工場船が設置され、さらに簡易修理が可能なドック艦がどこからか運ばれ、徐々に利便性を上げ、それに釣られて裏家業の者達もさらに集まって、いくつもの有力裏組織により協定が結ばれ共同運営が行われるようになりと、それがさらに色々な組織や犯罪者、逃亡者を呼び寄せてと、雪だるま式に増加を続けていった結果が、今の銀河最大規模ブラックマーケット『ウォーレン星域試験場』の姿。
 
 ここまで大きくなると、銀河列強の大国達も、戦力を集めて碌な儲けも無い無駄な遠征を行うよりも、星系連合の麾下では、表沙汰に出来ない裏工作に、積極的に使った方が都合が良いとなり、黙認されているというのが実状……というのがPCOの公式設定となっている。

 ゲームをより面白くするため、臨場感を出すための手法として、フレーバーテキストと呼ばれる物がある。

 PCOの場合はその辺りの設定がとことんまで細かい。このような大きな星系にこういった作中設定がついているのは当然だと、ゲーム素人の美月も思う……それが分厚い歴史報告レポートというのはさておき。

 辺境の誰が寄るんだろうと疑問を抱くほどの小さな田舎の星でも、じっくりと読み出せば半日がかりになる観光案内があるのも、色々細かいなと感心はしよう。

 しかしだ。最も安いが碇泊設備もおんぼろな外部域の駐船場にまで、開業以来50年分の細かな事故歴やら盗難歴の情報まで設定してあるのはどうなんだろうと、あまりの作り込みの細かさに美月は半ば呆れる。

 しかもそれは機械的にランダムに書かれた物でも無く、数年前の接触事故で半分へし折れたガントリークレーンを、むりくり修理して使っているというテキストに対して、明らかな素人修理で無理矢理に直したガントリークレーンが、メインモニターに映っているあたり、しっかり反映されているようだ。

 ここまでの作り込みが、異常ともいえる世界の奥深さが、まるでもう一つの世界がそこにあるような、このゲームが現実で起きていることではないかと、美月に強く印象させてくる。


『はいよぉ。ロックが出来たよ。それでお客さん。停泊料コースはどれになさるかね』


 メインモニターの隅に通信ウィンドウが開き、停泊所の主だという機械仕掛けの両眼をぎょろりと動かす老婆が、細かな停泊コース料金表を表示する。

 正直にいえば、最低額の補給無し素止めでさえ、通常港の停泊料の10倍以上というぼったくり価格も良いところ。

 しかも最上級コースには値段の上限が無く、ただ値段を打ち込むコマンドが表示されている有様だ。

 しかしこれにもちゃんと意味がある。ブラックマーケットはあらゆる品物がやり取りされる非合法な世界。

 あらゆる物。つまりは美月に掛けられた賞金首情報も、ここでは歴とした商品というわけだ。
 
 非戦闘設定された星域周辺では、戦闘行為、海賊行為はゲーム上、禁止されている。だが表、裏問わず賞金が掛けられた賞金首に対する、賞金稼ぎライセンス持ちプレイヤーは別。

 ゲーム的なメタな話だが、オープンβ時時代に、中立地域の非戦闘設定区域に逃げて戦闘中断に持ち込む賞金首プレイヤーがかなりの数が出たため、運営から調整が入り、ある程度の賞金稼ぎとしての実績を持ち、中立状態の現地組織や機関に一定の料金を払えば、非戦闘区域でも一時的に賞金首プレイヤーへの捕縛、殺害戦闘行為が解禁される仕様に変更。

 もっとも仕様変更後すぐに、今度は低レベル偽装スキルしかもたない賞金首プレイヤーの補給や修理中の非戦闘状態を狙って仕掛ける、賞金稼ぎプレイが流行だして、賞金首プレイヤー側から、本拠地以外での難易度が上がりすぎで、禄に外に行けないと抗議が起こり、再度調整。

 捕縛行為その物を止める事は出来無いが、中立現地組織や機関にそれなりの金額を払うことで、隠蔽、偽装スキルが低くても、停泊中のプレイヤー船情報を高レベルで隠蔽できる機能が追加。

 すると今度はまた賞金稼ぎプレイヤーから、賞金首が軒並み発見できなくなったという話になりと、紆余曲折を経て、今は暫定的にオークションシステムが導入。

 要は偽装スキルVS偽装看破スキルレベル+積んだ金次第で、情報掲示レベルが変わるという実にシンプルな物に落ち着いている。
  
 美月も麻紀も偽装スキルレベルはそれなりに上げているが、相手が同レベルスキル持ちなら、積んだ金額次第で、簡単にこの星系にいるどころか、停泊している場所までかぎ当てられてしまう。

 この後の買い物で使うお金もある。無駄遣いは出来ないが揉め事も勘弁。特に美月達の場合はサクラことプレイヤーネーム『オウカ』という天敵賞金稼ぎが存在する。

 この広いPCO世界で、オウカ本人と同じ星系でいきなりかち合うことは、さすがにないだろうが、麻紀とサクラの対戦を面白がるギャラリーも増えてきているので、いつ発見、通報されるか判らず、リスクはなるべく下げたい。

 懐事情を吟味してしばし悩んでいた美月は、ふと父の言葉を思い出し決断する。


「……補給は半分で、特定検索ガードレベル7コースでお願いします」


 一定範囲の賞金首をリストにあげる広域検索からは完全除外。さらには名指しの特定検索にもそこそこ強いが、ぼったくり料金でフル補給7回分を申し込む。

 『安全と健康に掛ける金はケチケチするな』が、父のよく口にしていた台詞だが、まさかゲームプレイ中にそれが脳裏をよぎるとは……

 少し懐かしくなってきた父の事を思いだすと、今も心が痛む。 

 生きているのか、それとも月で亡くなってしまったのか?

 それすら今の美月には知る術が無い。

 父の情報を知るはずの三崎から得る手段はただ1つ。オープニングイベントで入賞するしかない。

 その決意を強く心に秘めて、ゲームを始めだしたのだが、どうにも思わしくない。

 計画をきっちり立てて行っていく美月の肌には、どうにも合わない、予想外、そして予定外のことが多すぎるからだ。

 今日は元々のクエスト予定を急遽変更して、今朝方の新アップデートへの対策を考えつつ関連アイテムを確保としていたのに、いきなりシークレットレアスキルを獲得といわれても、癖が強そうなそれをどう扱えば良いのか、美月には判断がすぐにはつかない。

 必要なのは情報。だけどそれだけじゃ無い。

 このままじゃまずい。ただ状況に流されるままじゃ。どうにも出来ない。なんとかしなきゃ。

 心は焦るが、道が見出せない。

 予定がずれすぎていることに苛立つのか、少し疲労感を感じた美月が、小さく深呼吸をして心を落ち着かせようとしていると、新しい通信ウィンドウが開いた。


『美月ちゃん。麻紀ちゃん二人ともお待たせ。さっき連絡もらったシークレットレアスキルについて調べて……あーと、美月ちゃん。とりあえず大丈夫? ごめんね。うちのマスターズが色々暗躍してるみたいで』


 ゲーム初心者の美月達が色々と世話になっているKUGCの面々がそこに映るが、先代サークル長でこの世代の中心である宮野美貴は、美月の表情を見て何かを察したのか、美月が逆に申し訳なくなるほどに、謝り倒していた。 



[31751] A面 覚醒します
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/08/18 03:28
『俺達は一番戦闘参加者が多い通常ワールドの戦場フィールドで主に動いていますけど、高山達が取得したような特殊スキルが使われたってのは噂話でも聞いたこと無いです』


『こっちも検証プレイや、縛りをやっている連中にそれとなく探りを入れてみたけど、シークレットレアスキルなんて影も形もありゃしねぇな』


『カナやんと同じくこっちも収穫無し。生産系とか、牧場生活なんかのほのぼのプレイ組も、新スキルツリー解放なんてあったら騒ぎになってるだろうし。ホウさんの方で情報って上がって無いの?』


『弾丸特急の攻略掲示板なら、その手のレアスキル発見って書き込みは噂話ならいくつもあがってるが、こればっかりは検証してみないと、どうとも。面白がってデマ撒く奴やら、他のプレイヤーの足引っ張るために嘘情報拡散ってのは昔からありきたりの手だ』


 美月達同じくPCOでは初心者の誠司達。急遽集合した同期ギルメンや、何故か美月達と一緒に高校にいるという同盟ギルド『弾丸特急』ギルドマスター鳳凰こと大鳥からの情報は、美貴が半分予想していた、手がかりさえ無しというものだ。


「開祖とかそういう単語で引っかかったのはありませんか?」
 

 聞き込みで尻尾は掴めないのはプレイヤー数を考えれば仕方ないかも知れないが、PCO攻略情報では最大手の弾丸特急ならば、断片でも良いから情報がないかと美貴は再度尋ねるが、


『雑談板の馬鹿話ならともかく、スキル関連の考察じゃ出てきてないな』


「ホウさんがいるって聞いてたから、すぐになにか判ると思ってたけど見通し甘かったか」


 自室の椅子の背もたれに背を預けた美貴は、天井を見上げながら、仮想コンソールを呼び出し、室内環境管理を選択し、エアコンの温度を2度下げる。

 少し冷ための冷風が、寝起きでまだ寝ぼけていた身体を、しゃっきりと目覚めさせてくれる。

 このシークレットレアスキル騒ぎは、思ったより面倒なことになるかもしれない。

 それが美月から連絡をもらって、話を聞いて最初に頭に浮かんだ感触だったが、どうやら予感は当たりそうだ。


『改めてすみません。こんな朝から皆さんにご相談してしまって』


『ごめんなさい。美月とあたしじゃ公開して良いのか、それともしない方が良いのか』


 眉間に皺を寄せた美貴に気を使ったのか、画面の向こうで美貴やギルメン達に、美月と麻紀が深く頭を下げている。

 普段から折り目正しい美月は当然としても、その巫山戯た恰好とは裏腹に、麻紀もさすがに良いところのお嬢さんだけあって、礼儀作法は完璧。

 こうまで丁寧に恐縮されてしまうと、美貴としては、今回の件には先輩であり、PCOの裏で暗躍する三崎の影が濃厚に見えているので、逆に申し訳なくなる。

   
「あー気にしない、気にしない。ネトゲーには朝も夜も無いから。レアボスが出たら夜中でもギルメン叩き起こして狩りが始まる世界。それに私達の就職試験の一環だから。むしろ黙ってられた方がまずいからね」


『そうそう。レアスキルと聞いたらまずは食い付く。それがMMOゲーマーとしての嗜みだかんね』


『それ、これ見よがしの餌に見事に釣られてる状態で言っても空しくねぇか?』


『カナ。攻略サイトやってる俺のモチベーション下げるなよ。疑似餌だろうが、撒き餌だろうが食らいついて調べるのが楽しいんだからよ』


 わざと巫山戯た物言いをして、美貴が答えると、ギルメン達や鳳凰も雰囲気を察したのか、美貴に続き、ワイワイと楽しげに言いだす。

 この風景に美貴は、まだリーディアンが稼働していた頃の空気を思い出し、少し懐かしくなる。

 状況が困難であればあるほど、文句を言いつつも、皆で知恵を寄せ合って攻略を楽しむ。それが多数の人が集まるMMOの魅力であり、自分達のギルド、ギルド同盟の気風だと。


「ともかく今回問題なのは、功績ポイントが取れる公開だと、美月ちゃん麻紀ちゃんの名前がこれ以上ないくらいばっちりゲーム内でさらされること。正直言って、美月ちゃんはまだ良いんだけど、麻紀ちゃんが目立ち過ぎ」


 少し空気を変えてから美貴は本題へと戻り、自分が懸念している理由を、指を折りながら一つ一つ口にする。

 βテスト時代の初代サイバーパルクール王者。

 正式オープン後初の祖霊転身プレイヤー同士での戦闘実行者。

 その相手は文字通り世界一のプレイヤー数を誇るVRMMOゲームHSGOからの刺客。カリフォルニア州チャンプ『チェリーブロッサム』ことPCO名『オウカ』。

 オウカと麻紀はその後も何度も激しい戦闘というか、麻紀が逃げる鬼ごっこになっていて、見応えのある逃亡追走劇がプレイヤー間の名物になっている始末だ。


「さっきホウさんが言ってたのに被るけど、面白半分で有名プレイヤーにちょっかいを掛けてくる連中ってのも結構な数がいるからね』


『この子らが賞金首プレイヤーってのもあれか。ゲーム的に賞金は低くても、リアルで知名度があれば狙ってくる賞金稼ぎ連中が増えてもおかしくねぇな』


『うちのギルメンってのも、悪い方向に働きそうだよねぇ。あんまり目立ちすぎると贔屓を疑われるでしょ。ありえないのに』

 
 開発主要メンバーどころか、開発大元の企業トップまでが、元ギルドマスターという特殊な環境。

 KUGCが開発から優遇されていないという証拠を示すために、KUGC関係者はオープンイベントでは入賞しても賞金無し。

 代わりに対三崎給料直掛けバトルという形になっているが、華々し過ぎる麻紀の活躍で、その効果もかなり減少していることだろう。


「有象無象でも数が多ければ、まともにプレイするのも大変でしょうね。現に今も余分な対策をしなきゃ、停泊中でも会議の時間さえ取れないんだし』


 これが通常フィールドなら話は別だが、美月達は今は港で停泊中で、他のプレイヤーも多く存在する為、正体を隠匿する為に色々と小細工をして、この会議の為の時間を稼いでいる始末だ。

 ログアウトしたとしても中身のプレイヤーが抜けただけで、船自体は中立地帯に残されているので、最悪戻ったら船が襲われていて、ホームに強制帰還している可能性だって否定できない。

 ログアウトは安全地域でというのが、このゲームでの鉄則になっている。


『しかも美月ちゃん達にスキル説明してきたちびキャラいたでしょ。最初はともかく、一時停止した後のアレ、中身入りで十中八九シンタ先輩本人」


 MMOは多数のプレイヤーが参加するゲーム。ただ純粋にゲームを楽しむのと同じくらいに、自己顕示欲を刺激されるイベントも多い。

 自分が目立つために、一番手っ取り早い方法は、より目立つ者を標的にすれば良い。

 そして誰かを妨害をしたければ、その名前や行動を面白、可笑しく晒せばいい。食い付いてくる者は必ずでてくるはずだ。

 開発から優遇されているなんて噂は、名前も顔も知らないプレイヤーからもヘイトを集めるその最たる物だろう。


『こ、これもあの人の仕業なんですか? 私達のゲーム攻略を妨害する為の』


 画面の向こうの美月達も自分達が置かれている状況を正確に察し、さらに三崎の名前が出たことで顔色が変わり、悔しそうに、唇をかむ。

 ただでさえオウカという天敵プレイヤーがいるというのに、さらに不特定多数のプレイヤーに狙われるなどたまったものでは無いと、その顔は如実に語る。

 その仕掛けをしてきた、美月のいう”あの人”。直接の先輩に当たる三崎の意地の悪い笑顔が美貴の脳裏に色鮮やかに浮かぶ。


「そこなんだけど、正直微妙なのよね」


 あれが三崎の仕掛けだという予感はする。するが、妨害の意図があって行動を起こしたとは思いにくいのが正直な感想。 


『あのすかした嫌味な物言いは、アッちゃんじゃ無くて、シンタ先輩だろうねぇ。暇を持てあましてアドリブとかかな?』


『今そこまでシンタ先輩は暇じゃねぇぞ。頼まれごとしている俺だって、方針相談で連絡してから帰ってくるまで半日くらい掛かるのザラだ。よほどの事が無い限り直接は出てこねぇよ』


「今、金山が受けてる先輩絡みの頼みって、アッちゃんの本性さらしだっけ?」


『アリスさんがうちの掲示板に入り浸ったり、オフ会に参加しても、特定プレイヤーとの癒着や情報漏洩を疑われないように、ゲーム命なロープレ派廃神だって周知の事実を広めてる』


「どうせまた何時もの、仕掛ける側に真意を気づかせない回りくどい手でしょ。先輩裏で暗躍するのが大好きだから……だからこそ美月ちゃん達に関しては、さも妨害ですってばかりに表立って出てきたのが違和感ある」 


 三崎の手管を十分に知っている同士達は、美貴の言葉にそれぞれの反応で一斉に頷き肯定する。

 三崎伸太はとにかく狙いを掴ませない。

 何か狙いがあるのは判っていても、その目標を絞り込ませず、下手すれば先の先のその先まで狙って、複数の攻略目標を設定して、相手に考えさせ、その思考を逆手に取り、さらに罠を仕掛ける。

 どこまでが罠で、どこからが計算外なのか判断させず、相手を困惑させるのは三崎の得意手だ。

 それが故に、見え見えの妨害をしてきたというのが、どうしても違和感が付きまとう。

 現に今の美貴達も、三崎の罠の真っ直中にいるといっても過言では無いが、その真意を長い付き合いがあるというのに見極め切れていない。

 就活の一環でVRMMO初心者の美月達にゲームを教えろ。

 あの通常モードは気の良い頼りになる先輩で、ゲームに関しては腐れ外道が、面白半分や思いつきでこんな試験内容を設定するとは思えない。

 おそらくその裏には美貴には想像もつかない、やたらとめんどくさい裏事情を抱えているはずだ。

 下手すれば、就職試験と題し、大手企業をいくつも巻き込んで、数多の就活学生をゲームに挑ませたのも、周囲を巻き込む意図はあったかも知れないが、その第一優先目標は、美月達のゲーム攻略を補助させる為という可能性だってあり得る。

 三崎の目的は、美月達の妨害では無く、美月達の手助けなのかもしれない。

 そう思わせておいて、最後にどんでん返しを仕掛けて来る可能性も捨てきれない。

 敵か味方か? 考えても、推測の域からは出ない。

 むしろ考えれば考えるほど三崎の罠にはまる可能性もあるが、どうしても考えてしまう。


「先輩の意図、結局そこなのよね……美月ちゃんと麻紀ちゃん」


 このままでは埒が開かない。そう判断した美貴は、表情を改めて、不安げな二人へと呼びかける。 


「なんか特別な事情があると思うけど、二人がなんでPCOに参加しようと思ったのか、良かったら……聞かせてもらっていいかな?」


 美月達がゲームに参加したのは、本人達的によほど重要な事情がある。

 そのプレイがゲームを楽しむというよりも、むしろ必死にゲームを攻略しようとしている様も見ても丸わかりだったからすぐに気づいていたが、あえて踏み込んでいなかった質問を口にした。


『私達がゲームに参加した理由ですか……』


 答えに躊躇する様の美月の表情は、何か特別な事情があると、ありありと語っている。

画面の向こうの美月が視線を僅かに横に向けた。おそらくその視線の先には、別画面に映る麻紀の姿があるのだろう。

 麻紀の顔には緊張と、何故か恐怖の色が浮かんでいた。

 麻紀のゲームプレイは観察していれば一目瞭然だが、戦闘が多いフィールドに出ているのに、未だにプレイヤーどころかNPC相手にも、致命的な攻撃を一切行わない不殺プレイ。

 縛りで不殺プレイを行うプレイヤーもいるが、麻紀のそれはどう考えても違う。

 死に対する忌避や恐怖が強すぎるのかもしれない。しかもゲームという仮想世界でさえだ。

 おそらくは何らかのトラウマ持ち。それも相当根深く、強すぎる原体験があるはず。

 それが安易に想像出来たからこそ、美貴だけで無く、KUGC全員で示し合わせて、今までこの話題に、美月達がゲームを始める切っ掛けには触れてこなかった。

 だが三崎の妨害? がここまで判りやすく出てきた以上は、これ以上この話題から目を背けながら、攻略を進めていけば、どこかで致命的な無理が生じるかも知れない。

 麻紀は見かけはアレだが、美貴も知っている大手医療法人一族の令嬢という事。

 そして三崎というかディケライアが、その医療法人グループを橋頭堡にVR方面から医療業界に切り崩しを掛けて仲間をテイムしまくっているいるのは、ちょっと事情を知っていて、ニュースサイトの小さな記事にも目を通してすぐに判る。

 世間的に大々的に広告を打って派手に展開しているVRMMOとしてのPCOと比べれば地味だが、ディケライアは着実に、多種多様な業界にその触手を伸ばし、力を増している。

 最終攻略目標をどこに定めているのか知れないが三崎のことだ。協力得る代わりに、クエスト感覚で麻紀のトラウマ解消でも引き受けて、二人をゲームにでも引きずり込んだか?


(ほんと何やらかしてるんだかあの人は女子高生相手に……)


 最終的には帳尻は+にあわせるが、いくらでも外道プレイに奔るのは三崎の特徴。しかしそれはあくまでもゲーム世界限定。

 その資質がもしリアルで発揮されているなら、迷惑この上ない事態だ。


『……』


 目に見えて青ざめた麻紀が、タブレットケースから薬を取りだして口に放り込んでいる。

 美貴の今の問いかけでさえ、何かを刺激してしまったようだ。


『ご、ごめんね麻紀ちゃん。対策や予測を正確に立てるには、メンバー間の情報共有は必須。ゲーム攻略の基本なの。でももちろん無理強いする気は無いから。所詮はゲーム。楽しく無いことを無理してやる必要は絶対に無いからね』


 思った以上に強い反応に。自分でもフォローになっているとは思えないが、慌てて美貴は口にする。

 こんな言葉でどうにか落ち着けるなら、二人ともゲームには参加していないはずだ。


(あーもう! ユッコさんいてくれたら上手くフォローしてくれるのに!)


 年上と気取っても所詮はまだまだ美貴も絶賛就活中の大学生。こういう場面での人生経験の無さは致命的だ。

 こういう深刻な場面では、不動の副マスことユッコが何時も上手いこと立ち回ってくれていた。ユッコならどうしていただろうと考えるが、あそこまでの安定感を発揮できる自信がない。

 ユッコと同じくゲーム内で人格者で知られていた鳳凰こと年長者の大鳥もこの場にはいるが、事情をよく知らないからか、口を挟まないように控えている。

 他のギルメン達も、同期ばかりなので、美貴と似たり寄ったりで反応に困っている。

 参加者の中で美月達と一番付き合いのある誠司達はある程度事情を知っているようで驚きの色は見えないが、どう声をかけた物かと戸惑っている。

 どう声をかけるべきかと躊躇していると、新たに通信ウィンドウが開く。

 その画面には、自分はゲーム参加者では無いからと緊急会議に参加していなかった、美貴の先輩であり、美月達の学校の教師でもある羽室が映っていた。


『宮野妹。そこに手を出すなら攻略メンバーか、ルートくらいしっかり確保しとけ』


 見てられなくなったのか、それとも教師のとしての本能でも働いたのか、傍観から介入に方針を変更したようだ。


『高山。西ヶ丘。どうしてもきついなら、俺が先輩権限でシンタを締め上げて押さえ込む。どうせなんかの取引でも持ちかけてんだろあの野郎は。ただその場合は、どこまでお前らの望みが叶うか保証はできないがどうする?』


 羽室は代替え案と共に一気に斬り込む。

 楽ではあるが報酬の少ない簡易ルートか。きついが全てが手に入る高難度ルートか?

 極々簡単に言えばそんな2つのルートを提示する。

  
『といってもどうせシンタのことだ。お前らも、もうどうするか選択させられた後だろ』


 もうルートは確定している。あとはその決められた道をどの速度で走るか。

 苦しくて、足を止めるか。それとも、我慢して走り抜けるか。

 それを選択するのはプレイヤーの、美月と麻紀の自由だと、羽室の声は語る。

 血の気が引けた色のままだが、顔を上げた麻紀が、既に決断した後であることを思い出したのか、こくんと小さく頷いた。 


『だ、大丈夫です。美月の為だから。美月、良いよ。全部説明しよ、美月のお父さんの事。それに……あたしのせいであのお兄さんが死んじゃったかも知れないことも含めて』


『うん。麻紀ちゃんが良いなら。私達がゲームに参加したのは……』


 しかし決意した美月達が告げたのは、誰もが予想していない内容だった。











「以上です。すみません。あんまりにも信じられない話なので……信じてもらえるように、上手く説明が出来る自信がなくて黙っていました」


 美月が主に説明し、時折麻紀が補足する形で、今までに起きた事をすべて伝え終える。

 美月の父。月のルナプラントで死んだはずの高山清吾が生きているかも知れない。

 それどころか、オウカさえも親族にルナプラント関係者がおり、その絡みでPCOに参加してきた節があり、全滅したはずのルナプラント職員が全員生存している可能性だってある。

 地球全域に大きな影響を起こしたサンクエイクの規模を考えれば、月に生存者がいるだけでも信じがたいのに、一番の問題はサンクエイクの起きた日の記憶が、美月と麻紀の中には二重であることだ。

 美月と麻紀の二人が出会った日。あの日にひょっとしたら三崎にも会っていたかも知れない。

 だがもし会っていた記憶が正しいのならば、あの日三崎は麻紀を助けようとして、自分が電車にひかれ死んだはずなのだ。


『『『『『『『…………』』』』』』


 説明を終えた美月が見たのは、どう返した物かと一様に困惑している美貴達の表情だった。

 それはそうだ。美月でさえ、今も実際に体験したことだというのに、あれが全て現実に起きたことだと思えず、困惑しているのだから、当然の反応だ。   

『あぁ、ほんと裏で何やってるのよあの先輩は。タロウ先輩。どう思いますか』


『タロウ呼ぶな……高山。西ヶ丘。一応は確認するぞ。それは全部本当の話だな』


 呻き声をあげた美貴からの呼びかけに、何故か不快そうに返した羽室は、今の話の真偽を再度確認する。

 美月も麻紀も小さく首を振って答えると、羽室が大きく息を吐いた。


『情報不足でどうこう判断は難しいが、確信を持って言うとしたら、高山の親父さんは確実に死んでいない。生きてる……しかしあの野郎。どんなクソめんどくさい事に絡みやがった。カナ。その辺はなんかさわりでも聞いて無いか』


「……えっ?」


 頭をがしがしと掻いた羽室が、父の生存を確信を持って断言するが、その言葉を美月はすぐに理解が出来ない。


『こっちにそんな手に持てあます話題がきてたら、とっくに他の先輩らに相談してますって! アリスさん絡みじゃ無いですか? 相当な無茶をし始めたのってPCOが動き出してからみたいですし』


『あーカナヤンそれ正解かも。普段の言動で忘れるけど、アッちゃん海の向こう人だったねぇ。亡くなったお父さん宇宙フリークだったみたいだし、そっちでなんか絡んでたとかかな。ほらアッちゃんがラスフェスすっぽかすくらいだし』


『確かにアッちゃんがあの状況で来ないのは、本人が亡くなったか、それに匹敵した何かが起きたくらいか。正直いって、親の葬式があってもイベント優先しかねないくらいの廃神なのに、会社引き継ぎくらいで来ないって、今考えたらおかしいけど』


『うげっ! ちょっと待て! そうなるとサンクエイクが起きること、あの人ら知ってたことになるぞ! まさかそれに乗じてこの規模の策略を仕掛けたか!?』  


『シンタ先輩ならやりかねないねぇ。目的のためなら全人類をだまくらかすなんてのも平然とやるタイプだし。いあ、ほんと権力握らせちゃダメなタイプだぁねあの先輩。考えてみれば粒子通信も、この間の飛行船も手が早すぎでしょ』


『しかし、そうなると彼女らの記憶の二重化って、ナノシステムを使った記憶書き換え実験でもやらかしやがったか。西ヶ丘さんの実家は大手医療法人西ヶ丘だって話だな。そっち関係で技術を手に入れたか、開発したか』


『ちょっと待ってホウさん! その手のやばい技術って世界的に開発禁止じゃ無いんですか!?』


『シンタが非常事態で、法律やらルールを気にするかどうかなんて、後輩のお前らの方が詳しいだろ。あいつは使える手は全部を使って、使わなくても用意だけはするから、平気でやらかすしな』


 羽室が断言した理由を理解が出来ない美月を尻目に、美貴達が半分パニック状態で言葉を重ねていく。
 
 その勢いの激しさは美月が口を挟むことができ無いほどだ。

 父が亡くなったと思い一人になってから引っ込み思案だった美月の性格はかなり変わったが、根っこ部分では控えめなその性分は変わらない。 


『センセ! ちょっと待ってください! うっぷ……な、なんで美月のお父さんが生きているって断言できるのか、最初に教えて!』 


 流れをぶった切るために、わざと自分の画面を大きくした麻紀が大声で斬り込んだ。


『あぁ。二人とも悪い。俺も混乱してて説明不足だった』


 羽室の謝罪に続き、ばつが悪そうに画面の向こうの皆が頭を下げていた。

 三崎が死亡したシーンを思い出した上に、口で説明したので、顔色はさらに悪くなっていて、吐き気さえ覚えているようだが、麻紀の必死な様子が場の流れを一気に引き寄せていた。
  

「麻紀ちゃん、ありがと……先生。何故、父が生きていると断言できるんですか。教えてください」


 自分が躊躇するとき何時も前にいてくれる親友に万感の思いを込めて感謝を伝えた美月は、改めて羽室に向き合い、言葉の意味を尋ねる。

 美月が伝えたのは自分の見聞きした証言だけで、何の証拠も無い。だというのに父の生存を口にするだけの根拠がどこにあったというのだろうか?


『悪いな。俺らには当然すぎたんで、その辺はすっぽ抜けてた。まぁ簡単なことなんだが、高山。親父さんが本当は死んでいるのに、生きていると言われて騙されたら嫌だろ』


 羽室の問いかけは、美月には問われるまでも無く当然の事だ。そんな当然の事をわざわざ口にしたのには、それなりの理由があるはず。

 続きをすぐに聞くために、美月は無言で首を小さく縦に振って答える。


『あいつは、シンタは腐れ外道だって言われるだけに、目的達成のために手を選ばない。だけどあいつの横にはアリスが、ディケライア社長アリシティア・ディケライアってのがいる。アリスは、シンタのそういう所を嫌っている。ましてや死者や、残された奴を騙して愚弄するなんて手を絶対に許さない。そしてアリスが本気で嫌がるなら、シンタはその手を取らない。あいつらはそういうコンビなんだよ。根拠はそれだけだが、確実に親父さんが生きていなければシンタの奴が、親父さんが生きているのを装う手を使うことはあり得ない』


 羽室が確信した理由は、美月には根拠とは到底に思えないものだ。

 何の証拠も無い。言葉だけの保証。

 それが父の生存の証拠になるのだとは思えない。

 思えない。思えないのだが、何となくだが、羽室の言うことも理解が出来る。

 相手が嫌がるから手を選ぶ。そう思うのは理解が出来る。出来てしまう。

 なぜなら美月には、麻紀がいるからだ。

 麻紀が嫌がるから、美月も不殺プレイを貫いている。

 所詮はゲームだと半分以上は思っていても、リアルに繋がっている可能性がほんの欠片でもある限り、死にトラウマを持つ麻紀を追い詰めてしまう殺害行為は出来ない。

 自分にとって麻紀が、三崎にとってのアリスという、掛け替えのない存在であるならば、羽室の口にする言葉が理解が出来てしまう。

根拠に納得できなくても、その理屈に理解が出来てしまった。

 考えすぎてストレスが溜まりすぎたのか、それとも感情を無視して理解したせいか、美月の意識はすっと切り変わる。

 どこか冷めた、客観的に状況を見る自分へと。


「でも先生。そうすると何故……いえ、あの人は私達に何をさせたいんでしょうか。敵なんですか。それとも味方なんでしょうか」


 何故自分達に絡んできているのか。そう問いかけようとした美月は、途中で質問を変える。

 三崎は目的のためなら何でも使うと、その人柄を知る人は誰でも言う。

 だから美月達を利用して何かをしようとしている。それだけは確信できる。

 それが悪意を持つ敵なのか、それとも父とあわせようとする味方なのか。それが重要だ。

 しかしどちらにしろ三崎にとって自分は駒でしか無い。

 そう感じたとき、美月は微かな怒りを覚える。客観的に自分を見られるはずの状態になったはずの美月が。

 自分が苦労し、悩み、麻紀も苦しんでいる。

 その現実が、抑え込んでいる感情さえも漏れ出すほどに、溜まってきていたのだろうか。

 だが美月は知らない。利用されていると思う程度なら、自分の怒りを強く刺激しないことを。

 もっと美月的には許せない行動がある事を、今の美月はまだ知らない。


『正直、あいつが高山達の敵か味方かはまだまだ判らない。どこをクリア目標に定めているかだからな……ただな、すまない。個人的に謝らせてもらう。1ついえるとしたら、敵だろうが味方だろうが、あの野郎はこの状況を楽しんでやがるってことだけだ。本当に悪い』


 羽室が自分のことでも無いのに、なぜか深々と頭を下げる。


「……どういう意味でしょうか?」


『あー言葉通りだ。サンクエイク後は矢鱈目ったらな世界的にカオスな状況だ。逆境を楽しむあいつが、この困難な状況で嬉々として罠を仕掛けまくっているのは丸わかりだ。だろ宮野妹?』


『だからそっちも妹って呼ばないでくださいって……ほんとごめん。シンタ先輩の場合、本人的には敵って種別は無くて、全部を味方っていうか、手持ちの駒で利用して楽しむプレイだから、どっちにしろ苦労する事になってる』


 何らかの企みがあって利用されているとしたら、利用されている側の美月達が怒りを覚えるのは当然だ。

 だがそれ以上に許せないのは、怒りを覚えるのは、三崎がこの状況を計算し、自分がその思惑通りに悩まされていることだ。

 全ての状況を自分の麾下に治め、美月達の苦悩も計算し何かをなそうとしている。

 神様気取りなのか……いや三崎はゲームを管理するゲームマスター。ゲーム世界に関しては文字通り神だ。

 誰かの思惑通りに動かされ、自分はただ駒にさせられる。

 それが美月には、腹が立つ。

 自分の悩みは、麻紀の悩みは、自分達の物だ。誰かの思惑に利用されて良いものでは無く、その解消も自分達の関知しない場所で解消されるものでもないはずだ。

 誰かの思惑にそのまま流されるのは、喜びも、後悔も、誰かに一方的に与えられるなんて、我慢できる物じゃ無い。


「…………私、あの人が嫌いです」


 美月はぽつりと小さく告げる。

 人の好き嫌いを口にするのは温和しい美月にしては、至極珍しい。美月らしからぬ発言に麻紀さえも目を丸くしている。


「だからあの人の思惑に、そのままに乗りたくありません。だから少しでも思惑を外れて行動しようと思います」


『待て待て、気持ちは判らなくはないが、それじゃ入賞して、親父さんの情報を手に入れるってのが難しくなるぞ』


「はい。目的は変わりません。でも私が思ったプランへと、あの人が思い描いたプランを破って進もうと思います。だから皆さん、改めて協力をお願いします」


 不機嫌層に眉を顰めていた美月は、表情を改めて頭を下げながら、GMへの、神への反逆を口にした。

 高山美月は、高山清吾の娘である。その高山清吾の座右の名は『独立独歩』

 追い込まれた状況と積み重なったストレスが、父から受け継いだその血を覚醒させる。
   
 

 プレイヤー高山美月はプレイヤースキル【腹黒】LV1を習得した。



[31751] A面 高山美月はスキル経験値100を獲得した
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/08/22 00:38
『高山、シンタの思惑を外すって決意するのはいい。だが具体的にどうする気だ?』


 羽室の問いは当然だ。ただ嫌いだから抗うでは、意味がない。

 策も無く動いて、それさえも予測されてただ躍らされただけならまだしも、下手に三崎の策謀を壊して父の情報を手に入れられなければ本末転倒。


「少し考えさせてください……」


 三崎に対する静かな怒りを感じさせる底冷えした声を発した美月は、軽く目を閉じ探すべき答えを自らに問いかける。

 三崎の狙いは判らない。ただ自分達を駒にし、何かをなそうとしている。

 今の美月ではその企みまでは見抜けない。

 だが視点を変えることは出来る。三崎と同じ位置から俯瞰で己を取り巻く状況を観察する位置へと。

 ただのプレイヤー目線では三崎には対抗できない。状況に流されるままでは、利用されて終わるだけ。

 三崎が作る状況の中に自らの道を作り出し、大まかな流れの中でも、自分の意思になる流れへと変えるしかない。

 まずは三崎に対する対抗心は悔しいが抑えて、場を変える。己の動きやすい場へと。反撃はその後からしかない。

 三崎によって自分達は否応にも、ゲームに引きずり込まれている。さらには贔屓と他のプレイヤーが錯覚するような待遇に、望んでもいないのに与えられている。

 アーケロスファイル然り、シークレットレアスキル然り、そして別ゲームからの刺客サクラ然りだ。

 全て美月達ゲーム初心者の手には余る物。しかし熟練プレイヤー達が美月達と同じ物を与えられていれば、知名度の確保と共に、攻略のトップに躍り出ていることも夢では無いはず。

 端から見れば、実力も無い三流初心者プレイヤーがに、開発陣から優遇されて有名プレイヤーに成り上がろうとしているようにも見える事だろう。

 それこそ美貴のいったとおりに、錯覚は美月達への嫉妬と嘲笑を呼び込む布石となりかねない。

 それはすぐにゲーム内での敵へと変わり、ゲーム攻略への大きな障害となるだろう。

 優先すべき錯覚の種をどうにかしなければ…………

 今の自分達。周囲の環境。そしてそこから予測される未来図。幾枚もの図面を脳裏に重ねるように美月は考える。

 三崎が自分達を駒として使うならば、対抗する為には、自分自身が自分を駒として考える。

 美月が対ミサキとして選んだ戦場は状況の作り合い。

 周囲の者に対して説得力のある状況を、如何に早く、より巧みに作り上げるかという戦い。 
 既に作られ掛けている状況を、大きく変えるのは難しい。だから少しの変化で効率的に効果を得るには……


「まずは、主従を逆転させようと思います。あの人によって私達が優遇されていると、今の状況下では、否定しても他のプレイヤーさんに信じてもらえ無い可能性が高いです。だから逆に持っていきます。私達があの人によって優遇されているのでは無く、私達があの人をサポートするために優遇してもらっていると」


『えと……美月。サポートってどういう事? 結局それってあたし達が優遇されているって思われる状況があまり変わっていないよ』


 雰囲気の変わった美月の突然の発言に戸惑っているのか、画面の向こうで固まっている者達を代表して麻紀がその真意を問いかける。


「うん。だからもっと具体的に言うなら下手なステルスマーケティング要員を演じるつもり。私と麻紀ちゃんはゲーム初心者でしょ。初めてのことに取り組む初心者の体験記なんてよくある宣伝手法の1つ。だから私達はあの人、正確には運営会社さんに依頼されて、宣伝をかねてゲーム内で新しいシステムやリスクの高い賞金首プレイを積極的に行っていると、他のプレイヤーさんに錯覚してもらおうかなって。私達の戦績は正直に言って負けの方が少し多いくらいで、入賞だって滑り込みできるかどうか微妙なくらい。優遇されて大勝ちしているのでは無く、悪戦苦闘しながら初心者らしく進めている。同じプレイヤーという立場では無く、テストプレイ、いえ非公式のチュートリアルプレイの一環のように思ってもらえれば、反感を最小限に抑えれないかなって」

 
 美月の狙い。それは出来上がり掛けている道筋を逆転させる事。

 今の状況を大きく変えるほどの時間も力も無い。なら既にある物を利用して、水の流れる向きを変えるという形だ。


『……またダイナミックな、それで反則的な偽装工作を言いだしたわね。タロウ先輩の仕込みですか?』


『んなわけあるか。カナ。シンタのステマを仕掛けてるのお前だったよな。どう思う』


 美貴の半目の疑問を一刀両断で否定した羽室は、この手の情報戦は三崎の十八番だと言うことを思いだし、その実行部隊として色々協力している金山に、実現の可能性を確認する。


『リーディアン時代からをホワイトをよく知っている捻くれた連中には、素直に通用しないっすね。ただPCOユーザーはリーディアンだけじゃ無い。他ゲからのコンバーター連中には、実は運営側の宣伝プレイヤーだと思わせる事も仕込み次第じゃ……あー。色々修正は必要ですけど基本ラインとしてはいけんじゃないっすか』


 考えるときの癖なのか、それとも仮想ウィンドウにフローチャートでも描いていたのか、まるで指揮者のように指を動かす金山は、しばらくしてから及第点の評価を口にした。


『高山さん。気づかせるってのはどのラインを想定してるんだ? バレバレ、もしくは気づいている奴は気づいてるってレベルっていろいろあるけど』


「ちょっと考えれば、誰でもすぐに察しがつく程度が良いと思います。下手に勘ぐりされて、優遇されているって所で思考が止まってしまうと意味ないですから」


 美月は少しだけ考えてから即断する。

 ステマは諸刃の剣。あからさまな宣伝効果は、逆に反感を買うときもある。だが既に反感を買う可能性があるのだ。なら下げれるだけ下げる方針で行く方が良い・


『オッケー。そうなると餌とおとりがあれば、釣りやすいな。宮野。本隊の方って今OPイベントの攻略どんな感じなんだ?』 


『チサトからの定時連絡じゃ、ハードワールドで暗黒星雲探索のための近隣拠点を確保。中央部への難所を突破のための機材、スキル上げの最中。ランクじゃ上の中レベル。トップクラスより少し下の位置づけかな』


 美貴は公式HPの画面を呼び出し、OPイベントランキングマッチの暫定順位を表示する。

 現役組で構成されるKUGC本隊は、同盟ギルドとの混成メンバーを組んで、本命の最大人数である10人の暗黒星雲調査パーティと、それをサポートする資材採取、情報収集、修理、改造、拠点整備などを行う数十人規模の補助部隊という構成で目下、ハードワールド鯖で交戦中。

 その功績獲得ポイント順位は現在32位と少しばかりトップから離されているが、まだまだ上位入賞を狙える射程圏内だ。 

 これは十分以上に、上出来な位置。

 なにせPCOのオープニングイベントは、イベント好き、派手好きな某兎社長の思惑でも働いたのか、一位パーティへの賞金金額1億円は元より、下位に払われる賞金を合わせた総合金額ともに、今までの国内記録を大きく更新する大盤振る舞い。

 VR雑誌のインタビューでは、その社長が、日本では法律でその金額が現状の最大だったが、規制が解除、もしくは緩和されたなら、この数倍、いや数十倍も考えているという爆弾発言もあり、年間チャンピオンシップなどの企画が水面下で進行中と、既にまことしやかに囁かれているほど。

 それ故に上位陣の戦いは先を見据えてか、日を追うごとに熾烈の一途で、MODシステムにより自作改良プラグラムや自作AIも投入できるので、その自作プログラムの癖から、有名国立大学の開発研究室やら、海外ベンチャー企業のAI開発部が、宣伝効果と賞金GETを目論見、参戦してきているという噂もあるほど。

 その群雄割拠の中で、コンバートキャラ故の武装のスタートダッシュはあっても、主に純粋なゲーマーとしてのプレイヤースキルとギルド間の団結力を主な武器で、この位置にまで昇って来た混成ギルドの実力は推して知るべしという所だろう。


『お前らは賞金ほども入らないのによくモチベーション続くな』


『いぁ、それが賞金は入らないかわりに、シンタ先輩の給料にダイレクトアタックじゃないですか。前に結婚式の余韻をぶち壊されたチサトを筆頭にうちの後輩メンバーが盛り上がってまして……積年の恨みを晴らすと』


『あぁ。直であまり関係なくて、GM時代に被害を喰らってるのか。カナおとりってこっちを使う気か?』


 どんだけ恨みを買ってるんだとあきれ顔だった羽室が、金山が本隊の順位を確認した意図を見抜く。


『ういっす。賞金が出ない代わりに先輩への給料ダイレクトアタックって、向こうは本当にゲームを盛り上げのための実質公式イベントですから、その動きに連動して高山さん達が動いているようにちょろっとコメント操作して誘導すれば、本命の宣伝担当はあっちで、高山さん達は初心者向けの紹介って思う奴も続々と出てきますよ』

 
 三崎の悪影響か、それとも元々同様の資質があったのを見抜いた故の抜擢なのか、策を張り巡らす金山が楽しげに親指を立てる。

 これ以上いないほどに判りやすいプレイヤー側の宣伝担当という実例があるのだ。それを隠れ蓑にすれば、美月達を同一視させるのはさほど難しくはないのだろう。
 

『そうなると後は餌か。宣伝担当と思わせてヘイトを下げたところで、面白半分、もしくは売名目的で襲ってくる連中には関係ないからな。上手いこと高山達が襲わせれないように持っていくしなねぇな。ホウさん。なんか良い方法ねぇか?』


 金山に釣られたのか、羽室も普段の真面目な教師といった表情が少し切り変わって、口調も少しだけ荒々しくなっている。

 美月にはその顔は実に楽しげに見えた。


『ったく引退してるから口出さないって言ってたわりには、がっつり復活してんじゃないか【特攻】が」


『そりゃ教師だからだっての。可愛い教え子共に手を出してきた腐れ外道に一泡吹かせてやろうって訳さ』


「まぁ、こっちもリアルの後輩だ。やぶさかじゃ無いが……意趣返しとなりゃ、あいつの使ってきた手をそのまま利用するってのはどうだ? レアシークレットスキル。うちの攻略班ですら片鱗も掴んでない。これほど極上の餌はそうそうないだろ』


 羽室の生き生きとした顔に、あきれている口調でかえす大鳥だったが、美月からすればどっちもどっちだ。


『ホウさんナイス。良いね。シンタ先輩のにやけ面に一発撃ち込むには、最高の先制攻撃っしょ』


『なら、公開しない限り所得方法は不明ってのがネックだったけど、だから逆に使うってのどうです?』


 しかも美月から見れば、同級生以外は皆年上だというのに、なんというか悪巧みをするのが実に楽しそうなのだ。

 
『さすがシンタ直近の後輩共だな。話が早い。スキルの取得を盾にしておけばOPイベントくらいの短期間は持つだろ。スキル値は公開すればすむが、問題はシチュエーションフラグって奴の行動再現なんだが』


『そこは大丈夫。美月ちゃん達のゲーム内での行動はアンネベルグでモニターしてあるから。刹那さん経由で提供してもらって、最大の天敵への挑戦状って形で、ホウさん所で公開って手で行きますか?』


『待て待て宮野妹。それは露骨すぎ。うちで公開して、ホウさんの方で補足してもらうって位で良いだろ。こうなりゃ西ヶ丘の珍妙な格好も良い方向に働くな。うちの教職員会議で、どうするか揉めてたんだが、禁止しなくて正解だったな』


『あー……学祭以外じゃ、さすがに麻紀ちゃんほどはっちゃけたのは早々いませんもんね。あの目立つキャラ造形は、宣伝マスコットとして、シンタ先輩が白羽の矢を立てそうですね。それ言えばあのオウカって子もらしいですし。じゃあシンタ先輩とアッちゃんコンビとの対戦画像も張っときましょう。説得力上がりますよ』


 なにより大鳥のその一言で、美月達の高校生組以外の者は何を言っているか察したのか、あっという間に具体的なプランを立て始めていく。

 しかし昔から付き合いのあるベテランゲーマー勢達は良いが、こういったゲーム外からの攻略なんて、外道な手に慣れていない美月達には、全く意味不明だ。


『ち、珍妙って! 先生酷くないですか!? それに何をあたしと美月にやらせる気なんですか!?』


 意味が判らないくらいならまだしも、ご自慢の恰好に、微妙な目線を多々と向けられた麻紀が切れ気味に声をあげた。


「美貴さん。レアスキルを公開して、その取り方を詳細解説して、他のプレイヤーさんに見逃してもらうって事ですか?」 


 麻紀の恰好に関する率直な感想はともかく、それ以外は麻紀と同じ考えの美月も、今の発言の流れを聞いて思いついた事を尋ねる。

 しかし美月は知らない。見抜けない。

 
『逆逆、美月ちゃん。探してもらうのよ。スキル解放の条件であるシチュエーションフラグを。美月ちゃん達が、あの強敵の【オウカ】に追い込まれて、【合体】スキルを使わなきゃならなくなる期限までにね』 


 まだまだ未熟な美月のプレイヤースキルでは、深慮遠謀な策謀を張り巡らし、外道プレイヤーとして、そして後に外道GMとして名を馳せた三崎の盟友であり、その同士達の外道LV1000を越える策謀の真髄を。



[31751] A面 成功は段取り八分で仕事二分
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/09/25 00:40
 ハーフダイブは、フルダイブと違い、ゲーム世界の中に完全に没入していない。ハーフダイブ中は己の分身たるキャラクターになるのでは無く、分身を動かし、行動を眺めているというのが正しい表現になる。

 
「ホクトから船外探索ユニット『サンシキ』へとプレイヤー権限をコンバート。連絡貨物艇を本艦から分離準備」

 
 惑星やコロニー内探索用の船外ユニット『サンシキ』と、その母艦である小型艇を麻紀が起動させると、周囲に浮かんでいた仮想モニターの画像や、同じように仮初めのコンソール群が一新される。

 いくつかに分割されていた外部映像モニターは、麻紀が動かした視界内の映像に限定される自由モニターに変更。

 目の前のコンソールは基本形は変わらないが、いくつかの項目が切り変わり、足元には歩行、ダッシュ、ジャンプのフットペダルが3つと、両碗部には船外ユニットアーム精密動作用にグローブ型コンソールが新しく生成される。

 プレイヤー名をニシキとして本船操縦。外部探査用ユニットがサンシキ。名字を捻ったのと、リアルの自分が一式、仮想世界は順番事に二式、三式とした麻紀らしいネーミングセンスの表れだ。

 本当はプレイヤー名はドイツ語でツヴァイとしたかったのだが、既にその名が取られていたので、仕方なく日本語での数えに変更。

 プレイヤー名と違い、ユニット名のかぶりは問題無いので、この後も艦船、特殊装備が増える事に四式、五式と名付けていくつもりだ。


『私達の方でオウカさんの動向に早めに探りを入れておくから、情報が入るまでは二人はとりあえず今日の行動方針通り、ウォーレン星域試験場での買い物と装備の搭載や整備してて』


 リアルでの情報収集に当たってくれている美貴が、まずは準備優先という方針を再度確認する為にか、もう一度優先事項を強調する。

 プレイヤースキルという意味で考えれば、別ゲームとはいえ全米プロトップクラスのオウカは、ゲームを始めたばかりの麻紀達では、足元にも及ばない。

 逆に麻紀達が有利な点は、オウカのホームゲームでは無く、PCOが新規ゲームといえど、運営会社やその開発陣にある程度慣れているギルドKUGCが全面協力中。

 今までの行動から見てオウカは単独、もしくは極々少数で活動していると推測が出来て、チーム力でカバーが出来るということだ。


『はい。私の方はアップデート項目関連の装備の確認と並行して、探査増強と艦内環境改善、それとMod枠を使ってモニターシステム拡張を最優先で準備するつもりです』

 
 その性格にあった堅実なプレイをする美月は、強化方針を自分の長所をより伸ばす方面へと決めていた。

 中型艦タイプのマンタにはNPC搭乗員が多いので、自動管理では無く、手動管理にして食事やシフト体制など細やかな気配りが必要になるが、基本能力底上げが可能。

 さらにソフト面での改良を得意とする美月と、校内アーカイブの組合わせも良好。

 鳳凰こと大鳥が在校時に卒業制作の一環で作ったという即席3D地図作成プログラムを、PCO内に持ち込んで、周辺星域状況をより感覚的に捉え、戦場を俯瞰的に見た戦術構築が可能な構成へと変更する予定だ。


『りょーかいです。あたしは特殊船外装備『グランドアーム』の取りつけと、初期スキルの取得。それと関連して補修スキル系の装備もちょっと探ってみます』


 ウォーレン星域試験場に入った事で取得が出来たより詳しいアイテム情報画面を見ながら、麻紀は改造プランを練りながら答える。

 グランドアームは文字通り、船体から分離して展開する事で稼働する巨大な機械仕掛けの手だ。

 掴む、投げる、打ち込む等、人の手が出来る基本的な動きが可能。さらに人でいうところの爪の部分は、ネイルボックスとしていくつかのオプション改造が可能となっている。

 バリアユニットを搭載したフレキシブル電磁防御シールド。

 組み付いた艦のエネルギー奪取を目的とした短距離エネルギーケーブル射出機能。

 はたまた指先からさらに細やかな無数のマニピュレータを展開して、航行中でも自艦や他船の外装補修や、装備変更を可能とする簡易ドック展開機構。

 他にもいろいろあるが、麻紀が気になっているのは簡易ドック機構だ。

 麻紀達は賞金首。
 
 賞金稼ぎの襲撃対策をしなければ、所属組織の勢力圏外ドッグで、長時間の停泊が必要となる外装修理や、大幅な機能変更を安心して出来ない。

 何より勢力外での長時間停泊は欺瞞スキルや偽装工作資金の問題もあるが、精神的に落ち着かないのが大きい。

 敵の襲撃があってもすぐには出られないし、無理矢理に出れば機能低下状態で戦闘という事になりかねない。

 資金に余裕が出来てくれば、戦闘艦の搭載や新造さえ可能な巨大ホームドッグ艦でも購入して移動拠点として用いても良いが、それを購入、維持できるのはまだまだ先の話。

 それなら買い物を終えたら、人目が少ない小惑星帯に潜り込んだり、近場の無人惑星にでも降下して自己改造、修理を施した方が、落ち着くし、経験値も入ってスキル向上も望める。   

『オッケー。全プレイヤー相手にはったりをかますなら色々と準備しとかないとね。段取り八分に仕事二分って奴よ。じゃあ金山、こっちも戦闘開始と行くわよ。あたしとミネ君達は、プレイヤーサイトや雑談板を廻ってゲーム外からオウカさんの目撃情報収集。そっちは美月ちゃん達を発見って欺瞞情報を発信して、ゲーム内での直接狙いの釣り準備。情報戦スキルを伸ばしたいギルメンに協力要請しといて。手段は任せる』


『あいよ。欺瞞は情報信頼度に関わってあとのゲーム内活動に支障が出てくるから、闇業者NPCから偽装アカウントを複数購入と。偽装が他プレイヤーに見破られたときに備えて、美月さん麻紀さん関連の情報は百パー嘘でも、いくつかの正誤交えた情報発信で信頼度がだだ下がりしないギリギリ狙いでいくか。ホウさん。犯罪者系情報の弾不足だがらゲーム内情報交換交渉の要請良いか?』


『待ってろ今ログインする。それと交換情報は出来たら農業系スキルと種子取得関連で頼む。そっちの生産系が奥が深すぎるのにプレイヤー不足で、まだまだ情報不足になってるから。どんだけ些細でもありがたい』


 麻紀達の百点の答えに満足したのか、笑ってみせた美貴達も、ゲーム内での情報戦を開始した。

 元々同盟を組んでいたというだけあり、立て板に水の様にあっという間に話は纏まり、美貴達は1つの意思の元に動いていた。

 ベテランプレイヤー達の手助けは頼もしくもあるが、麻紀は少しだけ不安も覚える。

 この流れ、組織を作り上げたのは、美貴の話では他ならぬ三崎だということ。

 今のKUGCや同盟ギルドの活動方針は三崎の意思や思惑とは、ほとんど別行動となっているが、その組織形成能力の一端は厭になるほど見えてくる。

 美貴曰く、三崎は敵を味方にする。

 自分に敵対する者さえも、その行動を計算して使い、自分達の利益とする。だから三崎に敵は無い。

 しかも気がつけば、敵のはずなのに同じ方向をみて動く羽目になる。

 親友の美月は三崎の敵になろうとしている。それが結果どうなるか?

 その答えはまだまだ見えない。

 先が暗闇で見えないのか、それとも道が無くて見えないのか。出来たら眩しくて見えないであってほしい。


『マスター麻紀。発艦準備が完了いたしました』


 自分らしからぬ事を考え始めていた麻紀だったが、モニターの一部が光ってサポートAIが、分離発艦が可能になっていることを伝えてくる。

 意識を外へと向け直した麻紀は、小さく息を吐く。

 自分は美月の手助けをする。そう決めたのだ。三崎の手助けじゃ無い。あくまでも美月のだ。

 だから今はオウカを退け、美月が望む道を進むための手伝いをするだけだ。


「じゃあ先生。分離発艦。特殊兵装市場へ自動航行。市場港入港後はサンシキで場内散策しながら目的のショップへいくから、途中の目玉商品をピックアップしておいて」


『了解致しました。ですがマスターの趣向に基づくと全ての店が対象になりますので、フィルターの条件変更をお願いいたします』


 ジャンク屋巡りやハード構築が趣味なのは、最初にサポートAIを立ち上げた時の質問などで答えていたが、それ以外にも日頃の言動からサポートAIはプレイヤーの趣味や行動方針の情報を蓄積し、的確なサポートをする用に設計されているという。

 そこそこの付き合いになったイシドールス先生が提示したサンプル画像に写るのは、沈没艦から引っぺがしてきたのか焼け焦げ、コード類がむき出しになった何かのユニットやら、やたらと趣味的な蒸気機関と歯車組合わせたメカニカルなもの。

 他にも明らかにエネルギー生成ユニットが異常にでかい個人携帯用バリア兵装やら、巻物の形状をしているのに捕獲トラップだと言い張る謎魔術兵器など、一癖や二癖はありそうな品が山積み。

 それから出るのはどうにも隠せないジャンク感。思わずフルダイブして、自分の手にとって観察、堪能したい誘惑にかられそうになるが、麻紀は今月のフルダイブ可能残り時間を思い出して、何とか留まる。

 オウカに絡まれる度に、生き残るためフルダイブをしてきた所為で、無駄に時間を消費。おかげで自分の五感で触れたい場所も禄に入れなくなっていた麻紀は、怨嗟の声を溢す。


「あ、あの馬鹿犬。絶対に許さないんだから」


 ご馳走を前に手を出せない悔しさに歯がゆい思いをしながら、断腸の思いで麻紀は移動経路を散策から目的地ショップへと一直線に変更した。 



[31751] A面 現実は段取り二分で仕事八分
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/09/25 02:54
「……相手を上手く、長期的に騙すコツは、考えさせること。情報を与えつづけること」


 目当ての装備のためにいくつかの条件フィルターを掛けても減った気がしない商品リストを見つめ、再度検索条件を打ち込みながら美月は、先ほど羽室から伝えられた上手に騙すコツを口の中で我知らずつぶやく。

 今の自分達は、三崎によって演出された舞台で躍る人形状態。ここから脱出する為には、自らの手で糸を切り、さらに舞台を演出するしか無い。

 その為にはまず自分達が動きやすい状況を整える。

 具体的には他のプレイヤー達の嫉妬心や恨みを買わない為に、自分達が半公式の宣伝プレイヤーだと他のプレイヤーに誤認させる事が第一ステップ。

 不特定多数のプレイヤーに同じ認識をさせるのはかなり無茶な策だという自覚はあるが、状況が元々無茶なのだ。普通の手管では通用せず、手段を選らんでいる余裕も無い。 

 それこそ羽室の教えてくれたコツが、美月がつい嫌悪感を口にしてしまうほど嫌いな、三崎の考え方だとしても。

 羽室曰く三崎の騙しは基本的に、騙す対象への情報の遮断や選別では無く、むしろ積極的に有象無象、正誤入り交じった情報を広めて、対象を考えさせ、誤認させることにあるという。

 曰く、

 『自分でひねり出した末の答えってのは、つい信じたくなるでしょ。だからあとから知ったちょっとした都合の悪いことも、無理矢理な手も、あちらさんが勝手に上手いこと理由をつけて納得してくれますよ』 

 人を騙すのに楽しそうな三崎のにやけ顔が脳裏に浮かび、静かな怒りを覚えて眉が上がりそうになるが、その眉はすぐに力なく下がってしまう。

 自分も今から同じ穴の狢になるという事実、しかも自ら決意してと、今更ながら認識し、落ち込みそうになってしまった。

 嘘は良くない。

 小さいときに亡くなった母の言葉がどうにもよぎる。

 この年になれば嘘とひと言で言っても、色々な種類の嘘があるとも判るし、全てが必ずしも悪ではないとは知っていて、母の言葉も幼児へ言い聞かせる単純な躾の1つだと判っている。

 でもどうにも母への裏切りのように感じて、気にしてしまうのは、真面目すぎる美月の性分だ。

 美月は頭を軽く振って、それらの、嫌な気分や、後ろ向きの考えを一時的に棚上げする。

 今は目的を、結果を最優先とするしかない。

 もっとも棚上げしたところで、蓄積していくことに変わりはない。何とか気分を変えなければならないと思ったその時、


『あ、あの馬鹿犬。絶対に許さないんだから』


 リストを表示するスペースを確保するため、に音声通信のみにして繋ぎっぱなしにしているパーティ回線から、麻紀の心底悔しそうな怨嗟の声が聞こえてきた。

 何かあったのかと思って、すぐに麻紀のステータス状態を確認してみるが、当初の予定と変わりなく、無事に母船から小型艇を切り離して、特殊兵装市場へ向かっている。

 変わったところと言えば、市場に着いてからの行動予定が、散策目的の自由移動から、一直線に目標に向かう自動移動へと切り変わっている事か。

 付随していた特殊兵装市場の映像データを見た美月は何となく、麻紀が何を考えてあの言葉になったのか察す。

 商品が理路整然として並んでいるのではなく、半分壊れたガラクタから、明らかな試作品まで何に使うのかよく判らない物が山積みになっている、おもちゃ箱のような印象。

 その印象は麻紀のジャンク屋巡りに何度か付き合った時に、訪れたお店の雰囲気と被る。

 もちろん規模も、並んでいる商品も全く違うのだが、乱雑に積まれたワゴンの底までひっくり返したり、いつから積まれていたか判らない埃が被った段ボールをいくつも棚から下ろして開けたりした記憶とどこか重なる。
  
 控えめに言っても美月からはゴミにしか見えない物も、麻紀は見つける度に嬉々として喜んでいた。

 麻紀があまりに嬉しそうに笑うから、価値は判らないし、理解も出来なかったが、自分も最後の方は宝探し感覚で、面白くなっていたなと美月は思い返す。

 自分には理解出来ない事も、やっているうちに気にしなくなったり、楽しめるようになったりする。

 その感覚を思い出した美月は、ほんの僅かだが微笑をいつの間にやら浮かべていた。

 もちろん嘘をつく、他人を騙すという事にどうしても精神的なストッパーを感じてしまうのは消せないが、それでも陰鬱とした気持ちが若干和らいでいた。 


「麻紀ちゃん。この間から考えていたんだけど、そのうちアンネベルグさんのVR席も割引価格で使えなくなるから、時間があるときに、この前買ったVR端末の改造に付き合ってもらえるかな? 麻紀ちゃんの好きなように弄っちゃって良いから」


 本当はフルダイブしてじっくり見たいが時間制限のせいで諦めてしょんぼりしているであろう麻紀に、美月はとっさに思いついた麻紀が喜びそうな若干の嘘交じりな提案をする。 
 

『へっ! あ、うん! もちろん。いつでも良いよ! あ、それならいっそあっちからパーツを引っこ抜いて私とおそろいのマント型にする!?』


「そ、それは良いかな。出来たら普通の据え置き状態のままで……」


 嬉々とした返事がすぐに返ってきて、改めて嘘にも色々あるという実感を得ながらも、美月は羽室が珍妙と表現したあの奇抜なマント型端末を断る口実を作るために、さらに嘘を重ねる羽目になっていた。







「あの二人。なかなか良いコンビだな。タイプが全く違うが、いい感じで組み合わさってる」


「ホウさんのお墨付きありなら一安心だ。ったく、今更ゲーム攻略に気を揉む羽目になっちまうとは。シンタのやつ今度しめとくか」


 美月達のやり取りをBGM代わりに仮想コンソールを弾き情報をまとめていた大鳥の感想に対して、羽室は教師としての表情にゲーマー成分を多めに混ぜた顔で答える。

 羽室も元Kugcメンバー。あのサークルの根幹たるゲームは楽しんでこそゲームという基本理念が今も息づいている。

 苦しんだり、投げやりだったり、義務感でやるゲームなんてゲームでは無い。

 誰かと笑いあおうが、敵と罵り合おうが、苦労しようが、怒りを覚えようが、それら全てを真剣に、そして楽しめてこそゲーム。

 ゲームを楽しむ一番手っ取り早い方法は、ゲーム内で敵であろうが味方であろうが、一緒にゲームに興じる仲間がいること。

 自分以外の意思、感情が入ることでゲームはその面白さ、複雑さを積層的に増していく。 
 
 大鳥の横を見れば、峰岸達男子組が、画面の向こうの後輩の美貴と一緒に手分けして多数のプレイヤーサイトや、掲示板を廻って、美月達の敵だというオウカの足取りを掴もうと、ワイワイとやっている。

 その様が現役時代の自分達の姿とダブり、羽室はどこか羨ましそうで懐かしげ顔を浮かべた。


「シンタをしめるならいっそ完全復帰したらどうだ? 特殊攻撃のスペシャリスト。罠師特攻ハムタロウが復活となれば、シンタに勝つ手もまた一枚増えるだろ」


「その二つ名は止めてくれ。しまらないったらありゃしねぇ。それにリアルが忙しくて、んな暇なんてありゃしませんよ……盤外からのサポートが精々ですよ」


 手持ちの犯罪者情報と、送られてくる農業系の細々とした情報をゲーム内で交換する大鳥からの遊びの誘いを、羽室は首を横に振って否定すると、デスクの上に置いてあった携帯デバイスを端末に差し込む。


「なにやるつもりだ?」


「高山達の話の中で、ちょっと気になる子がいたんで。シンタの奴がうちの生徒に変な手を出さないなら見逃してやろうと思っていたんですが、どうもそんな状況じゃ無さそうなんで。っとあったあった。これどう思います」


 あの油断のならない後輩のこと。クラッキングの1つでも仕掛けて来るかと警戒して、ネットワークから隔離して保存していた映像データを呼び出す。

 そこには三崎を間に挟んで、親子喧嘩をする二人の大小兎娘の姿があった。


「髪色が違うがアリスと、で、こっちのちっこいのはアリスに瓜二つで髪色が黒なうえ、シンタをおとーさん呼びか。あいつらいつの間に?」


「さぁ。そこは濁してましたけど、この子が、高山達の話に出て来た娘ぽいでしょ。ほんとは今度の合同飲み会用のネタのつもりでしたけど、うちのOG連中にリークしておきます。そっちの対応に追われりゃ、高山達に余計なちょっかいを出す暇も少しは減るでしょ」


 恋愛系の話題は元々食いつきが良いところに、女子部連中が賭けの対象にしていた三崎とアリスがいつの間にやら隠し子となれば、入れ食い間違いなし。
  

「個人情報漏れは大丈夫なのか? シンタはともかく、アリスの方は世界的VIPになりつつあるぞ」


「んな面白いネタを外部に流してどうしますか。うちでしゃぶり尽くすまで遊んでりゃ、シンタ達から根を上げて公開してきますよ」


 誰にどの順番で渡りをつけていけば最大限の攻撃力を発揮できるか?


「……ほんとお前らの所は後輩が後輩なら、先輩も先輩だな」


「賛辞として受け取っておきます」


 現役時代えぐい罠配置で猛威を振るっていた頃の感覚を思い出しながら、羽室は涼しい顔で答えた。





「探査機能の拡張と、内部環境改善は終了と、じゃあ次は」


 スキルアップに伴って使用可能になった通信装備群を上位機種に更新し、それに合わせてModを導入。

 それと内部の水循環システムをフィルターを変えて、温泉の素のようなネーミングのフレーバーもいくつか購入。乗員の精神状態によって成分を入れ替えることで、効果を発揮するという代物だ。

 優先すべき事項を終えた美月は次の行動にすぐに取りかかる。

 それは今朝方の新規アップデート関連の確認だ。

 実装予定のスケジュールやらプロ認定、他にもイベントなど新しい情報が色々と盛り込まれていたが、美月は情報過多で自分のキャパを越えるのを防ぐために、まずは視点を絞る。

 気にすべきは先では無い。今だ。今回の実装ですぐに影響が出る物に焦点を合わせる。


「新実装の亜空間ホーム関連アイテムに限定して……」


 亜空間ホームは、ノーマル、ハードと二つに分かれているが、基本的には一繋がりになったオープンワールドのゲーム世界とは別に、プレイヤーそれぞれの個人領域となる空間。

 元々はオープンイベント後に実装予定だったのが、難易度調整の失敗を認めた運営側がお詫びとして先行実装したというのが建前上の告知だ。

 三崎絡みなので、それが嘘が本当かどうしても疑ってしまうが、まずそこは放置。

 亜空間ホームはざっくりと考えれば鍵付きの部屋。鍵を持っているプレイヤー本人か、その招待されたプレイヤー以外は立入禁止となっている。

 基本的には各主要星域や、拠点となる要塞や基地の、近隣に新設置されたホームジャンプポイントなる場所から移動可能。

 宇宙中に出入り口はあるが、基本的には入った入り口からしか出ることは出来ない仕様。ゲートを無視したショートカット戦法を禁じるためらしい。

 では最大の有効点はなにかといえば、それは各種の拡張機能だ。

 空間内部にコンテナ船を増設すれば、ストレージとして使用。

 補給、修理ドック艦を増設して、敵地での戦力回復。

 または資源衛星を設置して資源の掘り出し、逆に資源を持ち込んで工場船での各種製造。

 リゾート拠点や、訓練施設を設置して、多数のプレイヤーを招き入れて料金を取る拠点運営等々。

 敵対プレイヤーからの攻撃を気にせず、安心して諸々の開発プレイが出来るという寸法だ。
 
 ただ問題もあり、初期状態では内部空間が狭く、本船以外には、小型船舶を1隻持ち込むのが精々。

 しかも本来であれば亜空間ホーム開設専用クエストをクリアしてから解放となる機能だったために、全プレイヤー対象の早期実行に伴い、今回はお試し期間という名目で、正規クエストをクリアしていないと、オープンイベント後には消失する旨がアナウンスされている。

 そしてこれがくせ者。その正規クエストは少しばかり手間が掛かるうえに、オープンイベント関連クエスト群はPvEがメインだが、逆に亜空間ホーム関連クエストはどちらかと言えばPvPがメインとなるクエスト群。

 全く被らないクエスト内容のため、オープンイベント用功績ポイントを取るか、それとも亜空間ホームポイントを取るかの二者択一となっている。

 入賞を見込める上位組はオープンイベント攻略を続行。

 もう入賞は無理だと諦めた下位組は先々を見据え、亜空間ホーム確保と、今朝の段階で少し見ただけでも別れている。

 亜空間ホームを確保したあとにも、空間拡張クエストと呼ばれる一連のクエストを受ければ、その報酬として内部領域拡大+その空き確保領域総合値にあわせて、資源衛星やら、運が良ければ惑星クラスの星が湧いてくる通称『惑星ガチャ』なる物が実装されているのも、いやらしい。

 空き空間が大きければ大きいほど、そして拡張回数が多ければ多いほど、たくさんの資源が手に入る可能性が高くなる仕様というわけだ。

 そして今一番頭を悩ませているのは、美月達と同位置にいるプレイヤーだろう。入賞にはギリギリ、当落線上で苛烈な争いを繰り広げている中間プレイヤー達だ。

 このまま突き進むべきか、それとも見切りをつけて諦めるか?迷っているプレイヤーは数多いだろう。

 だが幸いにも美月はそれには当てはまらない。美月の目的はオープニングイベント入賞。目標が絞れているのだから、悩むことなど何もない。

 それでも美月が、亜空間ホームポイント関連の新規実装アイテムをわざわざチェックしているのは、その凝り性な性分故。

 自分が使わなくとも、相手が使用してくる可能性が高いのなら、調べておいて損は無い。

 リストにでてくる商品は機能を追加するための船舶と、船舶をアップデートしたり、特化させるパーツが主になっている。

 気になると言えば、この闇市場に並んでいるのはほとんどが中古品マークのついている物ばかりで、艦齢100年を越える物も珍しくなかったりと、今日システムが実装されたばかりなのにと、ゲームとは判っていても違和感を覚える事くらいだろうか。

 リストの終わりが見えかけてきたところで、美月はスライドさせていた手を止め、商品名をタップして詳細情報を呼び出す。


「緊急跳躍ブースター……ブースター稼働状態で取りつけた船はエネルギー全消失、船体耐久値半永久半減と引き替えに、無条件でどこの宙域からもホームポイントに強制帰還が可能か」


 回復可能なエネルギー全消失はまだしも、船体耐久値半永久半減はかなり痛い。劣化した装甲の刷新で、高費用、長期のドッグ入りは免れないだろう。

 もし利用するなら特殊レアアイテム運搬時の保険として持っておくか、捨て船を用意して、適正レベルより遥かに高い宙域に侵入しての、一攫千金狙い等だろうか。

 値段はさほど高くなく、マンタの倉庫にしまっておいても問題はない。人死ににトラウマのある麻紀のことを考えて自分達用に一応購入しても良いかもしれない。

 ただ、なんだろう何かが引っかかる。どうにも詳細文章に何か違和感がある。

 その正体を見極めようと美月がもう一度読もうとしたところで、最小化していた通信画面が立ち上がる。


「二人とも緊急報告。オウカさんの行き先が判明したけど……それがどうもそこらしいのよね」


 画面に映った美貴が少し困惑を見せたまま、申し訳なさそうに告げる。


『えっ!? み、美貴さん。そこって。まさかここ!?』


『金山の撒いた犯罪者情報と、目撃したプレイヤーの情報から総合的に考えてだけどね。どうもその星域市場にイベント関連の大物犯罪技術者が潜伏中らしくて、かなりの数の賞金稼ぎが移動中。その中の賞金稼ぎの一人が『プロ発見。このクエストで出し抜いてやるぜ』って宣言してて、この船の映像が上がっていたの』
    

 多少荒いが、どこかの宙域をかけるビースト1の映像が映し出される。オウカのパーソナルエンブレムである、柄に桜の花びらが刻印されたナイフが、船体にはマーキングされていた。

 偶然? それとも三崎がオウカに情報をリークしたか?

 一瞬焦りそうになるが美月は、息を吐いて気を落ち着ける。

 ここはブラックマーケット。裏社会に属しているプレイヤーならブラックゲート経由ですぐに到着できるが、賞金稼ぎは、公権力側、犯罪者側どちらにも顔は利くが曖昧な立ち位置だが、一応はノーマル側のプレイヤーだ。ならば……


「美貴さん到着までの予定時間と方角って判りますか?」


『計算したけど、船の加速力次第であと10分から15分って所。別星域のブルーポイントのゲート経由だと遠すぎるから、中立のイエローポイントのゲート経由だとしたら直線距離でこっち方面からって予測』


 美月の問いかけに美貴はすぐ即答を返し、周辺の3D星図に矢印が書き込まれる。

 幸いにも美月達が使うブラックゲートとは、侵攻予測方向は違う。今からすぐに出れば接触は避けられるはずだ。しかし問題は、


「こっちは改装終了してるけど、麻紀ちゃんの方は?」


「あーぁ。ごめん美月。大規模改造だからあと20分は掛かる予定。整備時間に介入できるミニゲームをといても12~15分って所。とりあえずもう始めてる!」


 取り替え等で簡易改装ですんだ美月と違い、麻紀の方は新アイテムを装備する重改装。どうしても時間は掛かるのは仕方ない。

 時間はギリギリ。もしくは既にアウト。隠蔽工作はしているから、このまま見つからないことを祈り嵐が過ぎるのを身を縮こめて待つべきか。

 だが美月達が、オウカの動向を探っていたのは逃げるためでは無い。自分達のはったりを利かすために、別ゲームとはいえプロであるオウカは恰好の材料だからだ。

 今まではただ見つけられ、戦いを挑まれていたばかりで後手に回っていた。しかし今日は先に見つけ、その動きを察知している。

 先手のアドバンテージを次にいつ奪えるか? オープニング期間は残り半分を当に切っている。


『美月ちゃんどうする?』


 葛藤して思い悩む美月を見てその真意を察したのか、美貴が行動方針を尋ねる。指示するのでは無い。自分達の行動を決めるのは他ならぬ美月達だ。

 どの選択肢を選ぼうと美貴がサポートしてみせるとその目は物語っている。


「……仕掛けます。私が先にフルダイブからの祖霊転身で仕掛けて、あっちのフルダイブ時間を削ります。そのあとに麻紀ちゃんが来てくれれば、制限時間の関係でこっちが有利です。上手くやれば、この先の制限時間の無駄な消費を削れる絶好の機会です。麻紀ちゃんそれで良い?」


「もちろん! あの馬鹿犬に目にもの見せて、ついでに首輪をつけてあげるんだから!」


 ミニゲーム用の問題を必死にとく麻紀が、ウィンドウショッピングさえまともにでき無い怒りをぶつけるためか吠える。


『オッケー。二人とも覚悟できているならこっちは文句なし。なら戦闘宙域は星系最外縁部のラグランジュポイントをお勧め。ギリギリでウォーレンの警備艦隊の守備範囲の外で、不法投棄された廃棄船が集まった船の墓場って所みたい。場所は良いけど問題は他の賞金稼ぎプレイヤーね』


 二人の回答に頷いた美貴が予測進行方向から少し外れた、危険宙域をピックアップして表示する。

 遮蔽物が多く、まともな廃棄処理もされずただうち捨てられた船もあるためか、エネルギー反応の高い所もちらほら観測できる。

 戦闘行為が禁止されている星域内からは少しだけ外側なので、下手に刺激しない限りはウォーレンの警備艦隊を呼び込む可能性も少ない。

 問題は状況次第だが敵がオウカだけで無く、他の賞金稼ぎもいることだ。オウカだけを釣れれば良いが、面白そうだからと本来のクエストを放棄して、美月達に仕掛けて来る輩が混じっていないとも限らない。

 しかも美月達の絶対プレイ方針はNPCも含めた不殺。過剰な攻撃で排除というわけにも行かない。


「今からすぐにその賞金首クエスト関連の一次情報を集めて、接敵と同時にばらまいてみます。こっちにかまけるよりも、実入りが多い方を取った方が良いですから。もちろん一対一でも勝てるわけはありませんから、時間稼ぎを徹底するつもりです。そのあとは美貴さんが提案してくれた交渉に持ち込みます」 


 資金を惜しまず投入して美月は情報を得ようとコンソールを叩く。美月達は賞金首と言っても小物。捕まえたところで入るのは少額の賞金。

 他になにも餌が無いならともかく、目の前に美味しい餌までの経路が示されているならば、美月達にこだわるのは何らかの理由がある者だけ……それこそオウカだけだ。

 もっとも近接戦闘特化でプロのオウカと、自分がまともにやり合えるわけが無いのは、美月も重々承知している。
 
 麻紀ならば、自由に動かせる手があればどうにか出来る。

 そしてなんとか今の戦力のみで引き分けまで持ち込み、さらに切り札である『合体』スキルを提示して、再戦を、エンターテイナー気質のオウカの性格ならば乗って来るであろう日時を決めた決闘の約束を行う。

 いつ襲撃してくるか判らないならば、こちらから決闘の約束を結び、その日までの安全を得る。これが美月達の計画だ。 


『欲をかかないなら上出来。さてと、時間稼ぎの戦闘がメインとなれば、タロウ先輩! ここは一つ先生らしく罠師のお手本のご披露お願いします!』


 明るい笑顔で返した美貴は、ついで悪い笑顔を浮かべると、羽室を呼び出し、無茶な提案を言いだした。


『だからその名で呼ぶなって言ってるだろうが。どれだけブランクあると思ってるんだ。しかも別ゲームじゃねぇか』


 嫌そうな顔を浮かべた羽室が睨み付けるが、美貴は悪い笑顔のままで続ける。


『そこは先輩の生まれ持った底意地の悪い罠センスでどうにか出来ますって。美月ちゃんの船は、探査系でレーダー設備強化タイプ。その上で宙間用子機も満載しているとなれば、アレしか無いでしょ。SF系の対戦ゲームで得意手だったって、シンタ先輩から聞いてますよ。私達に1回貸しを作れると思って、ここは1つお願いします』  


『ったく……可愛い後輩の頼みじゃしょうがない。高山。細かい指示はあとでするからまずは移動しろ。罠を張るなら時間が惜しい。こっちはその間に手持ち装備で出来る事なんかをザッとだけでも概要で捉える』


 深々と息を吐いた羽室が顔を上げると、了承の返事を返す。

 その顔は普段の気の良い若い教師から、もっと野性的というかぎらぎらとした、そして言葉とは裏腹に楽しそうな、美貴と被る悪い笑顔に切り替わっている。


「は、はい。お願いします。マンタ。発進します!」


 いきなり雰囲気の変わった羽室に戸惑いながらも、律儀に頭を下げた美月は、すぐに発進準備に取り掛かった。 



[31751] A面 Game enthusiast
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/09/28 03:04
 後輩の三崎が開発・運営会社に所属し、その三崎の策謀絡みで美月ら生徒達が参加しているので、多少はPCOについて調べていたが、詳細までは手つかずな羽室は、美月が取得しているスキルと手持ち装備の説明をざっと流し読む。

 チュートリアル無しで、説明書も禄に読まずに、ゲームプレイとなれば不利は否めない。

 ましてや定石通りの決まり切った反応をするNPC相手ではなく、今回はそれぞれの思考で動くプレイヤーが相手の対人戦。

 ゲームがいくら進歩しようが、お定まりのシステムやルールがある以上その根本はさほど変わらないといえど、予想外の事が起きる可能性は極めて高い。

 PCOの前身の1つである、同じくホワイトソフトウェアが開発・運営していたリーディアンをプレイしていたとはいえ、SFとファンタジー。勝手は違いすぎる。

 不都合を考え出せばきりなど無い。

 きりが無いのなら無視する。

 幸いなことを探し、そこに勝利の道筋を見出す。

 その理論の元羽室が見出した道は、PCOが正式オープンしてまだ一月足らずということ。

 これが稼働して何年も経ち、プレイヤーレベル、スキルレベルもカンストしているのがデフォなゲームなら、戦闘1つとっても、高レベルで強力な効果と癖を持つスキル間の相性や、有効な戦術、戦術への対処方などが研究され尽くして、高度な読み合いとなっていたことだろう。

 しかしPCOはまだまだ手探り状態のゲーム。

 そしてプレイヤー達も、豊富なスキルと、ゲームの常識を逸脱した多種多様なアイテム群によって、それぞれの嗜好に合った特徴的なプレイスタイルを序盤から可能とはいえ、低レベルの見習い段階で、強力だが癖の強い装備やスキルは、自ら取ろうと思わなければ選択肢にはまだまだ入ってこない段階。  

 美月のスキル構成や装備も低レベル帯の例に洩れず、極端に特化して扱いづらい物は無く、基本形を抑えた優等生らしい物となっている。

 直接攻撃能力は、障害物排除や自衛目的のミサイルなどを最低限度搭載。非殺傷型兵器として高価な戦術規模EMPミサイルを虎の子として四基保有。

 貧相な攻撃兵器群に代わりに、探査船らしく探索能力を重視し、本船のレーダー機能を強化し、目となる使い捨て子ポッドとその母艦となる親ポッドを複数搭載。

 取得スキルも、元から船が持つ探査機能やステルス機能を強化するものを中心に構成してあげている。

 犯罪者ルートに入る事で早期取得が可能となった特殊スキル群は、直接的な攻撃では無く、船籍欺瞞や電波妨害、偽装情報発信など非破壊攻撃スキルを主に育成中。

 試しで手当たり次第に購入、育成したわけで無く、最初から一貫した意思の感じる構成は、徹底的に直接戦闘を避け、潜伏、逃亡を重視している。
 

「低レベルスキル……高レベルNPCに仕掛けられるほどじゃ無いが、相手は同じく低レベルスキル。だが別ゲートップクラスプロプレイヤー。特性を生かすとすれば」


 地形データを確認。現役時代でも飛行スキル持ち相手に三次元での戦場配置になれていたので、舞台がSF、宇宙空間に移ろうとも、状況を想像するのには支障がない。

 問題は時間の無さ。禄に準備する暇も無く、とっさに罠配置を考えろは無茶があるが、これも羽室に、いや罠師ハムレットには懐かしい感覚。

 ボス戦後を狙った突発クエストで急遽湧いた高モンスターの大規模襲撃に対し、『足止めしてるんで殲滅罠たのんます』と、残存戦力も、装備品耐久値も考えず、こっちの返事も待たずに突っ込んでいった後輩ギルマスと脳筋前衛組に、何時も悩まされるのは後衛組の副マスやら、特殊組の自分達だった。

 ただそれが楽しくなかったわけでは無い。  

 楽じゃ無いからこそ、苦労してクリアするからこそ、手応えを感じ楽しめる。

 無茶な状況に突っ込む前衛に対し、無茶な要求をして罠に招き入れる。

 互いにギリギリまで知恵と力を出し合い、無茶をこなす。

 それが自分達……ゲーマーだ。

 かつての心を、楽しみを思い出したからか、それとも心のどこかで待ち望んでいたからか?

 羽室は1つの勝ち筋を見出し、仮想コンソールを叩き始める。

 長ったらしい説明は、罠師にして暗殺者たるハムレットには不必要。

 簡潔、簡素。心理を利用し、単純化した罠を用い、無音で近づき、隙を突いて一撃で決める。


「高山。速攻で書き上げて手順書を送る。フルダイブと、あー祖霊転身だったか、そいつのタイミングが鍵だ。フルダイブしたら外部回線との直接通信は原則禁止だったな。西ヶ丘経由での情報のやり取りも作戦開始と同時に不可能だ。餌を撒いて箱に閉じ込めたら、そこから先はアドリブになるから上手くやれ」


『は、はい! ……っぇ!? でも、こ、これってばれたら、無防備すぎませんか!』


「高山自身がそう思うなら、上出来だ。よほど捻くれてない限りは誰もがそう思う。しかも相手は高山を知っている。ならこんな博打を打つ性格だと思ってない。上手いこと嵌まってくれるだろうよ」


『さすがタロウ先輩。シンタ先輩を面倒な策略家に育てただけはありますね。また性格の悪い罠を』


 簡略化された作戦指示書を読んだ美月が、驚きと戸惑いの色を浮かべ、同様のデータが送られてきた美貴が賞賛、もしくは素人に無茶な手順をと呆れ交じりの感想を口にする。


「あのなぁ、シンタの奴は勝手に育っただけだ。今のあいつならスキル無しでも口先だけで、これと同じ状況に持ってけるだろ。逆に高山は通信回線は外部との自動応答は封鎖しとけ。どうやっても嘘が上手いタイプじゃないからな」


 三崎が新入生だった頃に直接面倒を見ていたのは確かだが、悪名高いゲームプレイスタイルまでは責任は持てないと、三崎本人が事ある毎に羽室に影響を受けたと語っていることは棚にあげ、羽室は渾身の罠に満足げな顔を浮かべた。











 イエローゲート『DCU21547』

 広大な空間に数えれるほどの原子しか存在しないほど密度の薄い恒星と恒星の間に、ぽつんと存在する跳躍ゲートとその周辺の補給ステーション基地は、表向きには辺境惑星の弱小宙域レンタル会社が所有している。

 ゲートの近隣には生物の住まう星も、大規模な宙間ステーションも無い虚無の空間が広がり、他惑星への航路も無い終点。

 人目を忍んだ新兵器実験でも、実弾を用いた大規模な戦闘演習でも、違法スレスレの改造を施した宇宙船ドラッグレースでもご自由にという、空き空間だけはたくさんある辺境での、元手が掛からない商売の1つ。

 会社が倒産寸前で、ゲートは碌な整備がされておらず使用不能な日も多く、その整備費用を捻出するため、相場と比べて高額に設定された利用料金と、いつ潰れてもおかしくない、そして珍しくない場末の1ゲートという体裁が取られている。

 だがその実体は、ブラックマーケットへ用事がある通常客向けへのゲートであり、その入場を制限する管理会社。

 無論通常客といってもただの民間人では無い。組織には属さない一匹狼の犯罪者。清濁を併せのみ秘密裏に動く軍情報部。一般社会に紛れ込むペーパーカンパニー所属船。そして賞金稼ぎ。

 合法と非合法の境界線を行き来している者達相手に商売をするゲートは、データ上の利用記録とは違い、今日も大繁盛をしていた。

 ゲートの見た目をひと言でいうならば、ガイドラインであるレーザー光で描かれる多角形の多面体で構成された宇宙に浮かぶ巨大な角張ったオブジェだ。

 オブジェの内部には、物体を別宙域へと跳躍させるための空間特異点である跳躍ゲートが存在し、大小様々な多角形の一つ一つが宇宙船を迎え入れる門となっている。

 ゲートには一度に跳躍可能な質量上限が存在し、ガイドラインであるレーザー光がその前で待機する宇宙船や、逆に出現してくる船を知らせる信号の役割を果たしていた。

 今ゲートは数秒おきにその一部が光り、その度に多角形からは船が飛びだしていた。

 ゲートから出現したそのうちの黒塗りにされた1隻がゲートから加速可能領域に向かってゆっくりと移動を始める。

 ほぼ同時に出現した船が我先にと、ゲート周辺で出せるギリギリのスピードで加速していく中で、1隻だけ異端の行動を取るのは、別に傲りから来る余裕からではない。

 見極めているのだ。自分の競争相手となる者達を。

 賞金首クエストは、クエスト詳細はリアル時間で10時間前に公布はされるが、実際に受注可能となる星域と、開始時間、受注可能人数が、それぞれの賞金首事に決められており、ほぼ一斉的なスタートになる。

 これは報酬によって一定の賞金首クエストに人が集まり過ぎないよう、分散させる難易度調整。

 何せ相手は賞金首とはいえ、一部を除いて大規模な戦闘艦群に守られているわけではない。あまりにプレイヤーが集まりすぎると、誰が捕まえるか、もしくは撃沈するかは読めない運ゲーとなり、場合によってはプレイヤー間のトラブルとなりかねない。

 クエストレベルを調整するための制限人数だが、今回は相手が大物技術者の為か受注には、高めの功績値制限が設けられ、さらには通常賞金首なら一桁大の参加人数が、大台の40人が上限の大クエスト。

 目標はその技術者によって盗まれたデータから再現された試作型重力制御機関の実験データ及び試作重力兵器搭載艦の破壊。技術者の生死は問わず。

 試作兵器はマイクロブラックホールとまでは行かないが、連射可能なうえに高ダメージな機関砲タイプと、なかなかに手強そうなデータが出ている。

 しかも潜伏場所は、高レベルNPC警備艦も配備された裏市場。下手な戦闘で周囲に被害を及ぼせば、瞬く間に警告無しで自分が撃墜されかねない危険地帯。

 危険度は高いクエストだが、無論それに見合って報酬がいい。

 オープニングイベントに関連したクエストで、試作型よりは性能は落ちるが、安定した新型重力制御機関の実機が一機と製造データで、製造して売ってよし、自分で装備しても良しな、良クエストとなっていた。

 ゲートの発光が終わり、飛びだしていくライバル達を全て見届けた黒船がようやく動き出す。


「Goal black market!Maximum speed!Ready go!」


 楽しくて楽しくて仕方ないといった気持ちがあふれ出した思いの丈を、強制通信で周囲へとわざわざ告げた黒塗りの船が、メインスラスターを最大稼働させ、一気に加速を開始した。  



[31751] AA面 船墓場に尾花は揺れる
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/09/30 18:49
「探査ポッドは指定位置に着き次第、子ポッドを順次展開。短距離通信ネットワークの構築を開始してください」


 マンタを停泊させ、アンテナ群を展開した美月は、目の前に展開した宇宙3D図に映る宇宙船墓場の地図データを前に真剣な眼差しで見つめ、親ポッドを配置していく。

 親ポッドから発進した無数の子ポッドの距離と配置を慎重に確認しつつ展開して、電波妨害中でも高度な情報のやり取りが可能だが、短距離で間に障害物を挟まないレーザー通信ネットワークを構築する。

 子ポッド一つ一つが美月の目であり、同時に目が捉えた映像を伝える神経の中継点。

 1つの子ポッドが潰されても、回線の維持に支障が出ないように複線化し仮設ネットワークを急ごしらえでも構築しつつ、内部構造も把握していく。

 無数の船が乱雑に置かれたこの船墓場はまるで迷路。通常船では通れない隙間も数多い。

 今から始めるのは時間稼ぎの鬼ごっこ。鬼はもちろんサクラで、逃げるのは美月だ。

 見つからないように、美月の位置を悟らせないためには、なるべく正確に内部を把握する事前準備が必要になる。

 問題は残り時間だ。美貴からもたらされた情報でのサクラの到着予想時間まであと3分もない。

 ウォーレン星域試験場とは反対側の星域外方面を見張っている子ポッドは、かなり遠い宙域で光る戦闘痕跡らしき物を既に何度も捉えている。

 アレがサクラたちの集団であるのは間違いないだろう

 どうやら賞金稼ぎ同士の小競り合いが移動中に始まったようだが、マンタ本体ならともかく探査子ポッドではそんな遠距離の戦闘詳細まではさすがにわからない。

 もしかしたらサクラは、その戦闘でダメージを負って撤退しているかも知れない。

 不意にそんな予感が浮かぶが、美月はその甘い考えを振り払おうと、さらにネットワークの構築に集中する。

 サクラが来なければ、身を隠していれば美月と麻紀は逃げられるかも知れない。

 だがそれは現状維持。自分達は追い込まれた現状を変えるために動くと決めたはずだ。

 来なければ良いではない、来るはずだ。ちょっとした小競り合いの戦闘くらいで傷を負うなんて甘い予想はしない。

 気合いを入れ直した美月の手が、コンソールの上で軽やかに踊る。

 美月が得意とするのはプログラミング。無駄を省き、理路整然と並べ、滞りなく、情報を、伝達させていく。

 完成するまでは成果などない作業は、ゴールまでがひたすらに苦しい。途中で諦めれば壊れたプログラムは思い通り動かない。

 最後まで走り続けなければならない。しかもミスも無くだ。

 細やかな丁寧さ、そして根気を求められる作業。しかし美月はそのような作業が好きだ。

 一つ一つ積み重ねていく作業が。

 無心で打ち続ける美月が監視、欺瞞ネットワークを構築させ、最後に接続試験を行おうとしたとき、無情にも時間は訪れる。


『美月ちゃん。敵艦確認! 七隻!? ずいぶん少ないけどなにやってたのよこいつら!?』


 外部で星系外監視モニターを見ていた美貴が、戦闘の痕跡が残る傷だらけの船達をみて驚きの声をあげる。

 しかし美月達が狙う獲物のサクラはぱっと見には無傷の様子。

 あらかじめ覚悟していた美月は、それを事実として受け入れ、そして予測が当たったと思うことで自分の力とする。


『また派手にやりあったみたいだな。だが逆にこっちには数が少ないのは朗報だ。高山。仕掛けを始めてフルダイブに移行したら、外部の俺らはみることが出来ても、中には通信が出来なくなる。とにかく事態が予想外の方向に行っても落ち着いて策を考えろ、いつだって勝ち筋ははある』


「……はい。ありがとうございます。」


 羽室の言葉が励ましなのか、真実なのか今の美月にはまだ知らない。だが知らなくても、信じることは出来る。

 信じて進むだけ。


『美月! あと2分で改装を終えていけるはず。ごめん、すぐ行くからちょっと待ってて!』

 
 通信ウィンドウの向こうで必死に手を動かし、改装を早く終わらせるためのミニゲームをといている麻紀が、美月が戦う為の最後の背中を押してくれる。

 自分は一人で戦うのではない。麻紀と戦うんだ。なら大丈夫だ。


「……そうだ。麻紀ちゃん。少し時間が掛かっても良いから……」


 思ったよりも麻紀が来るのが早い。ならばと一応の保険を美月は手配する。

 羽室はいつだって勝ち筋があると言った。ならば使わなくとも、勝ち筋を掴める手は増やすべきだ。

 それは美月にとって仇敵たる三崎と似たような考え。

 そうとは知らずとも、三崎と同じく羽室に薫陶を受けた美月は、その入り口に行き着いていた。


『りょーかい! 使わないですむなら良いけど、一応二つ買っとくね!』


「うん。じゃあ待ってるね……船籍欺瞞スキル発動! 偽装広報発令! 親ポッド一番ステルス発動! 二番偽装船籍情報を発信しつつ、所定のコースを通過して船墓場に侵入! 本船は低速前進!」



 麻紀に向けて笑顔で答えた美月は、軽く息を吐いてから、意識的に強めの声で戦闘開始を宣言する。


『ヤヴォール。ただいまより本船はロセイホルン17を偽称。偽装戦場構築戦を開始致します』
  

 参謀本部の生みの親である知将をモチーフとしたサポートAIシャルンホルスト君と共に、美月は、初めての砲火を交えない偽装の戦闘。

 欺瞞と嘘と思考が入り乱れる電子戦の世界へと足を踏み入れた。



[31751] AA面 なろうと願えば新たな道は開ける
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/10/05 22:40
 偽装情報発信と共に足を止めたのは2隻。

 残りの5隻は承諾信号への返信で渡したクエスト情報を受け取るやいなや、一斉にクエストクリアに向けて移動を開始した。

 残った2隻のうち1隻はミツキの狙い通りサクラの搭乗艦であるビースト1。

 こちらの記録画像とは少し外観の形状が変わっているので、何らかの改良が施されているようだ。

 画像解析スキルを使い装備解析を行ってみると、どうやら通常時は推進力増加。そして専用祖霊転身メガビースト使用時には、必殺攻撃である尾が2本に増えているようだ。

 単純に攻撃力が二倍というわけではないだろうが、ただでさえ手のつけられない近距離攻撃の鬼だというのに、さらに近距離攻撃を増強している辺り、まともな正面戦闘では美月はもちろん、麻紀でさえ大苦戦は免れない。

 しかし今懸念すべきは、予想外に残ったもう1隻の方だ。

 こちらは美月には見覚えのない船だ。プレイヤー名を非公開モードにしているので、名前さえ判らない。

 情報クラックを行えばプレイヤー名を知る事は出来るだろうが、相手にクラックがばれれば、美月があちらの存在を認識していることに気づかれてしまう。

 今の美月が演じなければならないのは、あくまでもハンターから逃げるために船墓場に逃げ込むが別のプレイヤーから奇襲を受けるという立場だ。

 判断に迷っていると、残っていた1隻にサクラの船が近づいていく。

 しばらくすると通信画面を繋いで情報のやり取りをし始めたのか、両艦で交わされる通信量が微妙に増加していると、監視モニターが表示する。

 情報のやり取りが増えているのはわかっても、今の美月のスキルレベル、装備では、この遠距離ではその内容までは覗き見るのは不可能だ。

 気になる事はほかにもある。先ほど立ち去ったぼろぼろな5艦とちがい、両艦共に目に見える損傷を負っていない。

 サクラの実力は一度実際に体験し、そのあとも麻紀が何度も襲われているので、そのすさまじくも正確で恐ろしい戦闘能力を肌で実感している。

 もう1隻も無傷、少なくともサクラと同等の戦闘能力を有していると判断すべきだろうか。

 作戦実行までのわずかな時間を用い、再度画像解析スキルを使用。もちろん今度の対象はプレイヤー不明艦の方だ。

 対象艦はPCO内では、比較的不人気な新規メイキングキャラの地球人専用艦。

 大器晩成型で、各種レアスキルの発現習得可能性は高いが、初期ステータスが相対的に低めで肉体的には脆弱な地球人種は、先行有利のオープニングイベント中にわざわざ育成している暇がないと判断したプレイヤーが多いようだ。

 地球人以外の新規メイキング用キャラは色々と変わりダネが多く、また他のゲームから思い入れのある既存マイキャラをコンバートできる事も有り、あまり専用武器情報や、やり込みが行われていない種族の一つ。

 見た目から判るのは、絶大な有効距離を誇る対要塞戦用大型跳躍砲を武装し、それに比例して今のレベル帯では最大限までで強化された通信、索敵装備を所有している。 

 近距離で停泊した両艦は砲火を交えることもなく、通信を交わしている。

 ひょっとしたらアレがサクラのパーティ艦なのかもしれない。

 最初の接触時に麻紀に、高レベルチェイサーを仕掛けた相手が未だ不明だったが、直接戦闘能力特化のサクラ、そして遠距離、特殊戦闘特化のあの艦というコンビではないだろうか?

 不確定要素があるならば、不利な方を選択する。自分の都合の良い方で考えるよりも、違ったときのダメージが少ないはずだ。

 その考えは慎重ではあるが、消極性を生むという欠点がある事に、今の美月は気づかない。

 あの両艦がコンビ体制としたなら、遠距離砲もまずいが、一番の問題は通信、索敵強化タイプと、美月と被ることだ。

 美月が託された罠は、正面戦闘では勝負にならないサクラに搦め手を仕掛けること。

 勝利の鍵は、強化した通信、索敵能力と、先行入手できた特殊スキルにある。

 予想外の別艦、サクラに勝る部分を最大限に有効利用し活用するためには……  


「プランAを廃棄。プランBを実行します。当局に試射実験を予定通り行うと通達してください。同時に偽装広報を再度発信。爆発直後にフルダイブ。こちらの位置、艦種を誤魔化します」


 プランAはサクラを船墓場に誘導してからフルダイブを発動したのちに、即座に祖霊転身して絡め取る手だが、それでは僚艦にこちらの動きを察知される可能性が高い。

 しかもこの後の作戦ではマンタの最大性能を発揮するために、美月はほとんど動けなくなり、長大な射程距離を誇る要塞砲の恰好の的となってしまう。

 だから危険度は高いうえに不確定要素も多いが、より妨害レベルの高いプランBへと作戦を変更する。


『ヤヴォール。市場管制局へ伝達完了。許可受諾。一番ポッドEMPミサイル照準を当艦を中心に範囲指定……ファイヤ。二番ポッド及び当艦の対EMP防御最大稼働』


 今のレベル帯では高額で稀少なEMPミサイルは、お守りのつもりで搭載していた切り札だが、それを自艦を標的に使うことになるとは美月は想像もしていなかった。

 所有者すら想像していない手。だからこそだませるはずだ。

 自分に向かって飛んでくるミサイルが宙域図に映し出される。すぐにもフルダイブをしたくなるが、タイミングが命だ。

 フルダイブした位置とそれが自分だと気づかれれば、策はあっけなく瓦解する。


『指定位置に到達。高電磁パルス発生を確認。EMP防御開始』 


「フルダイブ!」 
 

 サポートAIの報告が終わる前に、美月はコンソールを叩きフルダイブを敢行。脳内に快感にも似た電流が走る軽い衝撃が走り、美月は、ミツキへと変わっていた。









「艦長! EMPミサイルによる妨害電波は順調に発生中! 廃船置き場の索敵ネットワークは一時途絶中! 復旧作業中です!」


 切羽詰まった声だが、どこかぼやけても聞こえるブリッジクルーの声を目覚めの詩代わりにミツキは目を見開く。

 身を包むのはほどよい温かさに加温された水が、水棲種族であるアクアライド星域人専用艦であるマンタのブリッジには充填されている。

 地毛とは違う水色の髪が視界の端をゆっくりと漂っていく。ヒレのように所々がヒラヒラとした船長服は、竜宮城の乙姫を基本イメージにしているという。

 そのファンタジー色にSF要素を掛け合わせたそうだが、個性の強い特徴が、喧嘩もせずに同居している辺り、デザイナーの服飾センスが窺い知れる。

 元々有名女性デザイナーで、しかもゲーマーだという事なので、そこらのさじ加減がよく判っているのだろう。


「EMP対抗スキル発動。シャーロッタさんは索敵ネットワークとのレーザー通信回線復旧を最優先。復旧後はすぐに標的艦の2隻のうちサクラさんの艦をA、プレイヤー不明艦をBと誇称して、動きを探ってください」


 切り変わった肉体感覚と周辺環境、服装に一瞬だけ気を取られそうになったミツキだが、ブリッジに鳴り響く警報と光るレッドアラートにすぐに指示の声を発する。


「「「「イエス、マム!」」」」


 トビウオイメージの羽根を持つ操舵手トビー。フグをイメージした丸い砲手のモリや、鮫をモチーフとした鋭い歯を見せる索敵担当のシャーロッタに、珊瑚の肌を持つ副官及び主計担当のリーフ。

 NPCであるブリッジクルーにわざわざ敬語で指示をしてしまうのはミツキの性分もあるが、やはりこのそれぞれの個性故というのも大きい。

 初期艦は搭乗可能人数も少なかったので凝り性のミツキは、ブリッジクルーだけでなく艦全体の搭乗員を自動設定でなくわざわざ手動設定でそれぞれのキャラクタープロフィールやスキル構成を選択していた。

 外観だけは簡易エディット機能の力を借りたが、お気に入りが出来るまで麻紀に呆れられながらもついつい時間をかけてしまったが自慢のクルーだ。

 父の事が無く、時間さえあれば、母に習った手芸のマスコット人形にしたいと思うほどに可愛らしさ優先のデザインとなっている。


「クルーのストレス値が上昇しています。何か手段を講じますか?」

 
 自艦に対する自爆攻撃。さらには一時的にとはいえ目が潰れた戦闘状態に、まだまだ実戦慣れしていない新米クルー達は他の部署も含めて、軽度の緊張状態となっていると、リーフがステータス画面を表示、警告する。


「いえ、そのままでお願いします。ただこっちのライン以上を突破した人が出たときは、循環機にこのフレーバーを投入してください」


 この程度の軽度の緊張感ならまだファンブル確率はないと言って良いレベルで低い。

 鎮静剤投入で反応速度が若干でも低下するよりはと拒否しつつも、ミツキは購入したばかりの循環補助装置の発動準備を指示しておく。

 水の中に柑橘系の香りをブレンドすることで、少しストレス値を下げ、緊張度も緩和するが、なるべく弱い成分の物を選択。強すぎるのは効果も強い反面、デメリットも増す。


「艦長! レーザー通信回復。情報きたぜ! 指示を頼みます!」


 リーフに指示を出し終えると間髪入れずに、索敵担当のシャーロッタがノイズ交じりながらも、船墓場に向かって進路を取る2隻の艦を映しだした。

 
「2隻共ですか……」


 またも生じた計算違いに、美月は軽く動揺する。

 サクラの船は近接戦闘艦。船墓場のように入り組んだ場所はむしろ得意フィールドといえる。

 逆に不明艦のほうは遠距離戦闘艦。距離を開ける不明艦はあの位置に留まり、情報収集に専念するのが定石。

 だから先行偵察をするであろうサクラだけを罠を張った船墓場に招き入れることが可能になると考えていた。

 だが現実は真逆だ。2隻とも船墓場に向かって直進している。
 
 不明艦がわざわざ動きが制限される場所へ向かう意味は?

 もしこちらの真の罠に気づいているとすれば、そしてミツキが警備艦に偽装しているのがばれているとすれば、これは最悪の展開の一歩手前だ。

 しかしそうで無いのならば……まだまだ主導権はミツキの手にある。

 自身には即時の判断がつかないと、”判断”したミツキは、サポートAIのシャルンホルスト君へと目を向けた。

 
「シャルンホルスト君。こちらが向こうに罠を張っていると、気づかれた可能性は高いですか?」


 フルダイブすればリアルモードという形状も使えるのだが、それがもじゃ髪で目付きの鋭いドイツ人といった風貌で、少し気後れしてしまったので、ハーフダイブ時と同じ二頭身デフォメルト型のままのシャルンホルスト君へ尋ねる。


『ナイン。敵艦はアクティブセンサーを周辺探査の最低限度レベルで発信しています。こちらにその動きや位置を察知されないようにするための高ジャミングではないこと。またその進路が廃船置き場を回避する物で無いこと。以上のことから当艦が敵艦に気づいていないという前提で、廃船置き場内での奇襲を目論んでいると推測出来ます』


「ではB艦の意図は?」


『現時点では情報不足で不明。推測となりますがお聞きになりますか?』


「お願いします」


『A艦の推測索敵能力では現環境では、最大能力でも近距離探査が精々。それでは広大な船墓場内では当艦を見逃し、会敵や奇襲のチャンスを逃す可能性は高くなります。その死角を補うために、索敵能力に優れたB艦による中距離索敵を画策していると判断します』


 シャルンホルスト君の推測にミツキはしばし判断に迷う。

 対象が1隻のつもりで用意した罠の中に、2隻。しかもその予測外の相手はミツキと同タイプ。

 麻紀の改装は時間的にはそろそろ終わっているはず。だがそこから出航準備や、頼んでおいた奥の手も考えると、まだ少し時間はある。

 正確な時間を知りたいが、今通信を繋げば、敵艦にこっちがNPC艦に欺瞞していると気づかれる恐れもあるから、通信をつなげられない。

 数的不利。稼がなければならない時間は短いが不明。

 何時ものミツキであれば、安全策としてここは一端退くことも考える状況。

 だがミツキは新しい自分に変わろうと、三崎の悪意に負けない自分になろうとしている。

 
「ポッド1番、2番を廃船置き場に予定通り進行。いつ気づかれるか判りませんが、偽装戦闘情報を発信しながら、なるべく奥深くまで敵艦群を引きずり込んでください。敵艦を十分に引きつけた、もしくはこちらの偽装がばれたと判断次第、祖霊転身を使用します。マンタ。探査モードに変形を開始してください。覚悟を決めます」


 美月の指示にあわせてマンタの艦後方から伸びたテールアンテナが展開を開始。無数に放出された球状プローブの一つ一つが雄しべの様に広がり、宇宙に大輪の花を咲かせる

 移動性能やステルス性能、そして防御性能を大きく犠牲にしながらも、その索敵、通信機能が最大となるモードへと移行したミツキは、新しい自分になろうと今新たな道を切り開いた。



[31751] AA面 猟師は引き金を引く
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2018/12/20 01:36
 展開した宙域図に映る廃船置き場は、まさに迷路。

 種別や年代事に分けるでも無く、空いている場所にただ乱雑に艦艇を停泊させており、なかには停止させる推進剤も勿体ないという不精者もいたのか、位置固定処理された大型艦に無数の小型艦が突き刺さっている有様だ。

 傍目には、大穴が空いた壊れかけた艦船や、いまでは辺境宇宙でもみない型遅れのポンコツばかりなゴミ屑、ジャンクの山。

 しかし目線を変えれば、今は作られていない旧式装備や、足の付かない違法品製作のパーツ取りに使える宝の山となる。

 広大な廃船置き場内には搬出のために、いくつもの違法航路が筋のように作られていた。  


「ここからは、鬼ごっこからかくれんぼになります。私達のスキルレベルでは航跡は完全には消せませんから、逆にそこを利用します」


 どれだけリアルであろうとも、周囲のブリッジ乗員達はAI制御のNPC。わざわざ意図や状況を説明する必要もないが、ミツキは自身が状況を整理するために、口頭で指示を出す。

 複雑に入り組んだ廃船置き場内部では高速移動は到底不可能。息を潜め、徐々に動く隠密移動がメイン。

 相手に気づかれず如何に逃げるか。もしくは隠れている相手を見つけて追いつくかの勝負。それを偽装戦闘として行い、サクラたちをおびき寄せる疑似餌とする。


「探査ポッド1番は、欺瞞情報を最低限度に出しながら最深部へ先行。2番は強度索敵レーダーを出しつつ、1番の追跡を開始。残りのポッドは敵艦が通過後に浄水カプセルを圧搾空気でデブリに紛れ込ませ放出。袋の入り口を閉じていってください。子ポッドは監視網を維持しつつ、くれぐれも気づかれないように最低出力のパッシブモードを維持してください」


 ミツキの指示にNPC達が一斉に返事を返し、宙域図に映る大きな光点と小さな光点がそれぞれ動き始める。

 大勝負に出た以上、失敗は出来ない。フルダイブした仮初めの肉体ではあるがその緊張感からか喉が渇き、ブリッジに満たされた水を無意識でミツキは飲み込む。

 羽室の指示書通りに罠は仕掛けれた。後は如何にミツキが上手くやるかだけだ。
 
 しかし羽室にも予想外の事が1つ。標的がサクラだけで無く、プレイヤー不明艦が1隻増えてしまった事だ。

 指示書に無い事態には自分で考え、判断するしかない。


「1番航路設定。航跡を微量に残しながら、欺瞞情報を発信。2番追跡開始。両ポッドの移動経路を表示。誤差を30秒で設定していいですかお嬢」


 二隻目にどう対応するべきかと考え過ぎ集中しすぎていたミツキは、本来はマンタの操舵手であるが、今はポッドの航路設定も行っているトビーからの指示確認に慌てて、宙域図に表示された航路設定に目を通す。

 どれだけ精巧に作られていようとも、反応が人間じみていても彼らはサポートAI。ミツキが指示を出し、承認しなければ、あらかじめ決めた緊急行動時以外は、自己判断で動くことはしない。

 あくまでも決断するのはミツキだけだ。


「は、はい。これでお願いします。出来るだけミスが無く進めてください」


 ただどうしても相手がリアルすぎて割り切れないミツキは、人に頼むように言葉を付け足してしまう。元々ファンブル以外ではミスなど無いAIだというのに。
 

「それとシャーロッタさん。敵艦Bの観測予想ができる装備情報の詳細を送ってください」


 相手がサクラだけならば、乗艦は短距離、中距離突撃戦闘艦の戦闘特化タイプで、索敵能力はさほど高くない。今の低いスキルレベルでも、距離を取った遠距離戦闘にのみしぼれば、勝算は十分以上にある。

今必要なのはサクラよりも、プレイヤー不明艦の情報だ。


「イエスマム! 子ポッドから映像及び主機エネルギーエネルギー情報を取得。検索開始……ヒット! データ回すぜ!」


 姉御肌なシャーロッタのぎらついた鋭い牙をみせる獰猛な笑顔と共に、敵艦装備推測データがメインモニターに展開表示される。

 プレイヤー不明艦は長距離通信アンテナを持った遠距離戦闘艦。艦底には荒い望遠カメラ映像でも一目でわかった、これ見よがしにつけられた対要塞超長距離転位狙撃砲、プレイヤー間の通称【物星竿】を装備。

 ここまでは最初の観測情報と一致する。

 それ以外に判ったのは、主機エネルギー量の推測から、デブリ除去兼ミサイル迎撃用の小型機関砲をいくつか装備しただけで、目立った武装は無い遠距離一撃先行攻撃特化タイプ。

 対艦武装は1つだけとはいえ、それは星系1つを丸まる射程距離とする長物。マンタが停泊する現在位置も楽々と射程圏内に捉えている。

 あの不明艦の装備構成は、マンタとの相性が最悪と、まだ拙いゲーム知識、判断力のミツキでも即時に断言できるほど悪い。

 マンタが最大の能力を発揮するのは、艦を停泊させテールアンテナを展開した、今使用している調査モード。

 本職の電子戦艦には大分劣るが、親子ポッドを展開すれば距離を問わない電子戦を行えるが、その代償として、移動能力は著しく制限され、防御能力も低下した無防備状態を余儀なくされる。

 一方不明艦は、連射能力こそ無いが、要塞内部に精密に砲撃が可能な特殊装備持ち。

 頑強な要塞を内部から破壊できるほどの威力を持つ砲弾を撃たれたら、いくら改造して船体HPと装甲値を上げていても元が調査船であるマンタでは、直撃せずとも至近距離着弾で十分致命傷だ。

 同じ遠距離特化型だが、ミツキが色々と仕掛けは出来るが時間の掛かるクラックタイプ。一方で不明艦は、一撃特化な先行砲撃型。

 こちらの位置と正体がばれたら、一気に不利になってしまう。

 一度宙域図に目をむけると、サクラたち敵艦2隻は、感知されないように最低出力ながら物陰伝いに船を動かし、徐々に囮が隠れているエリアへと近づいている。

 おびき寄せが上手くいっていることを確認したミツキは、再度手元のモニターに目線を戻す。
  
 所有する武装データから物星竿のデータを呼び出し、その詳細情報を確認する。打ち出し可能な砲弾の種類。種別事の再装填時間。効果範囲。

 一々諸々細かい設定が決められているPCOでは、武装の一つ一つにさえ来歴が決められていて、美貴曰く、物によっては見かけからは想像できない魔改造が施されている事もあるとのことなので、何か隠し球を持っている可能性も否定できない。

 もっとも不明艦の装備している物星竿は、観測した感じでは補修あともなく、どうやら新造品のようなので、カタログスペック通りの性能を持っている可能性が高いようだ。

   
「命中率は艦装備とプレイヤー及びクルーのステータス値に完全依存……特殊スキル付与効果あり?」


 長い詳細カタログを所々飛ばしつつも要点だけ目を通していたミツキは、強調された項目に気づき、画面をタップして特殊スキルと書かれた項目を展開する。

 物星竿を装備することで、砲に付随する特殊スキル【祖霊転身】が種族関係なく選択可能と表記されてはいるが、そのさきは別枠情報となっていて確認までは出来ない。

 ここから先は自分で所有するか、もしくは戦闘で対峙する。あるいは安くない情報料を支払って手に入れるか。概ねその3通りの手段に限られる。

 他プレイヤーから聞いたり、攻略サイトを見て回れば情報は手に入るが、PCOではプレイヤーが知るだけではあまり意味がない。

 あくまでもゲーム内で体験、もしくは知った知識で無ければ、初見装備相手には、無視出来ないペナルティーが生じる仕様となっているからだ。


「地球人専用船だから種族特性の祖霊転身なら予想できるから対処は可能。だけど武器特性だったら……」


 初期種族の地球人の祖霊転身なら最初から公開されているのでミツキも知っていて、データも取得済み。だが癖のある物星竿は不明。

 傾向として初期種族特性なら、オーソドックスに強化される反面、特殊効果は少なく対処はしやすい。

 逆に武器特性由来の祖霊転身なら、特殊効果持ちなど尖った傾向が多く、一手対応を間違えただけで致命的なミスになりかねない。

 つがう側のプレイヤーも、場面を選ばない万能型の初期祖霊転身と、特定の状況下で最大の効力を発揮する特化型の装備祖霊転身で悩むはずだ。

 サクラの使うメガビーストは、初期特性だが、艦由来でもある祖霊転身で近接特化型。

 なら釣り合いを取るために、万能型の種族特性を選んでいるか?

 フルダイブのタイミングを間違えたかもしれない。フルダイブは全体的な強化が出来るが、同時にゲーム外とは緊急通信以外が禁止されており、もし繋いだ場合はフルダイブが解除される。

 初見ペナルティは変わらなくても、物星竿の祖霊転身効果だけでも攻略サイト経由で知っておければ。

 ミツキの判断に僅かだが迷いがよぎる。
 
 物事を深く考え、行動するのはミツキの利点。しかしそれは同時に、状況次第では決断の遅さとなりかねない。


「敵艦群。予定ポイントを通過。接触予測ポイントまであと20秒。祖霊転身の準備に移行しますか?」


 罠の最大効果が発揮できるポイントで祖霊転身を使用する。それがこの罠の肝。相手を足止めし、ステータスを下げ、麻紀の到着までの時間を稼ぎ、到着と共に決着をつける。

 渡された指示書の策は高プレイヤースキル持ちのサクラに対抗するための手段であり、単艦を想定していたが、予定外の乱入者によって狂わされた。

 ここからはミツキのアドリブだのみ……ならば。


「祖霊転身準備! 水分子機械(ウンディーネ)を発動! 艦指定クラックを仕掛けてステータス低下を狙います!」


 まだ最大効果範囲までは到達していないが、艦長席を立ったミツキは切り札を切る。

 仮想体の額に嵌まった澄み切った青色のアクアマリンが、青白い光を放ち、ブリッジをみたし、アクアライドの祖霊転身が発動した。


「イエスマム! 信号受諾。ウンディーネ全機起動! 親子ポッド及びコピー子機との回線最大受信レベルで接続! 艦指定クラックを開始する!」
 

「モリさん。1番ポッド及び2番ポッドは敵艦のルート遮断のために、予備弾薬も含めて全てばらまいて周囲の廃艦を攻撃! デブリで高速移動を封じ」


「緊急報告! 敵艦がフルダイブ! 同時に祖霊転身反応1つ!」


 指示を出していたミツキの声を遮って、モニターが黒く染まり警報をかき鳴らすと同時に、索敵担当のシャーロッタが、子機ポッドの監視映像を拡大表示する。

 そこではサクラの艦ビースト1が、大振りな意味のない見栄を張った動作と共に、何故か宇宙空間で降り注ぐ雪を身に纏いながら、急速に艦を変形させていた。


「1番、2番攻撃不可! 敵艦のスキルにより特殊拘束されています」


 ビースト1の変形中に発動する特殊スキル【お約束】によって、攻撃シーケンスが一時停止され、周囲にデブリを撒く妨害攻撃の手が止まる。
 
 発動が遅かったか? これが罠だといつ気づかれた!? それともステータスをあげて、変形発動までのウェイトタイムを減らしていたのか?

 先手を取られたと臍をかんでいる暇など無い。幸いにもお約束の効果は敵味方を問わない。不明艦も行動を停止していて、お約束範囲外のポッドも稼働可能だ。


「効果範囲外のポッドはそのまま妨害工作を開始してください! ともかく敵艦の抜け出る隙間をデブリで塞ぎ、高速機動妨害とシールド減少を最優先させてください! 分子ポッドは敵艦への強制通信レーザー照射を準備してください!」
  

 デブリの元となる廃艦はいくらでもある。サクラのビーストワンが無理矢理に突破しようとしてもそれだけでエネルギーと時間を使う。そこに勝機はある。

 艦指定クラックは常に通信要レーザーを目標艦に当て続けなければならず、超高速で飛び回り仕掛けあう通常宙域では使用が難しい。そういう場合は、効率は落ちるが、一定範囲の空間を指定して仕掛ける範囲クラックが主になる。

 だがこのデブリに囲まれた廃船置き場ならば、そしてミツキの本艦が離れた宙域にいるからこそ、相手を指定し追い続けなければならないが、艦指定クラックが最大威力を発揮する。

 目標が1つから2つに、倍になったことで、クラックスピードも、照射できる強制通信レーザーも単艦辺りでは半減したが、それでも十分に数と本艦までの距離がある。


「敵艦変形完了! 高エネルギー反応!」


「構いません! 両艦への艦指定クラックを発動してください!」


 バトルモードになったビーストワンの二つになった尾が目も眩むような放電と共に、白く輝く。

 いきなり大技を決めるつもりのサクラを無視して、ミツキは攻撃への優先指示を出す。

 お約束解除後、即座に攻撃が再開され、老朽化していた廃船の部品が散らばり。サクラたちの周囲に、即席の足止め陣を形成。

 同時に廃船の隙間に隠れていた分子コピー機たちが、一斉に強制通信レーザーを撃ち、敵艦へと襲いかかった。


『双撃超振狼(ダブルインパクト)!』


 大きめのモニターが展開され、技名通りのインパクトのある力強い墨字の技名が表示される。

 隣にいた相棒の不明艦を蹴ってミツキの強制通信レーザー範囲から逃れつつも、勢いをつけたサクラが、尾を足側に向けて全身のスラスターを噴射し縦軸のスピン体勢をとる。

 その予測進路をみれば、障害物の少ない火の輪のような体勢で一気に突破を計ろうとしているようだ。
 
 周囲には竜骨のしっかりしている大型艦が多い。なら、

 
「サブスラスターを一時的で良いいいので指定クラック! 進路妨害してください!」


 強制通信のレーザーを集中照射し、スキルポイントを追加使用しながらも、ビーストワンのサブスラスターを緊急停止させるクラックを発動。

 低レベルのクラックスキルで妨害できるのは1秒にも満たない。しかしその僅かな時間が、宇宙船にとっては狭い空間で効果を発揮する。

 急なスラスター停止で体勢を崩したビーストワンが大きく横に逸れて、すぐ近くの大型船の船殻へと突っ込む。

 必殺攻撃を受けた大型艦が船殻に大きな穴を開け、まだ内部に残っていた推進剤かなにかが、内部で爆発したのか、いくつかのハッチが水蒸気と共に吹き飛び残骸をまき散らす。

 その残骸を掻き分けて、ビーストワンは何事も無かったかのように立ち上がった。

 並の船なら爆発の中心部に飛び込めば、それだけで結構なダメージがあるはずだが、ぱっと見ではダメージは見てとれない辺りは、さすが戦闘艦といったところか。
 

「足止めした敵艦Aに追撃。機能低下を狙ってください。B艦には索敵機能妨害」


 運良く嵌まった攻撃をいつまでみていても、状況が良くなるわけでは無い。ミツキがすぐに次の指示を出す。

 立ち上がったビーストワンは足元から、破砕した船殻の一部を手に取り構え、追撃として放たれた強制通信レーダーを遮断する。

 一方サクラに蹴られ体勢を崩していた不明艦は、防御用の小火器から、レーザー攪乱幕弾を即座に放出し、艦周囲に防御幕を形成して、レーザー濃度を下げクラック効果を低下させ対応してくる。

 両艦とも判断が早い。だけどもう戦いは始まって、いや始めてしまった。


「敵艦の死角からクラックを継続! 相手の移動をとにかく阻害してください」


 ここから先は殴り合いの世界。手を休めた方がやられる。

 如何に狩るか、狩られるか。

 猟師と狼たちの戦いが今始まった。



[31751] AA面 常道を外れ、外道を進め
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/01/22 00:44
「コピー40番までは敵艦Aへ集中。それ以降のコピーポッドは敵艦Bへ攻撃してください」


 廃船の影で発生した無数のコピーポッド達を一斉に稼働状態へと移行。

 ティア1の探査機がコピー元としても、最小サイズの探査機コピー達には武装は無く、短距離通信用レーザーが一門。巡航速度は低速、航続距離も最低限と、劣化コピーもいいところの性能。
 
 アクアライドの固有祖霊転身ウンディーネは、手持ち装備を、コアと同質量の水を用いてコピーする特殊技能。

 コピー元のティアレベルが高ければ高いほど、必要となるコア数は増加するが、高レベルプレイヤーになれば、かなりの資源が必要だが、所有できるコア数も数十万と膨大な数なり、搭乗艦を丸まるダース単位でコピ-して、一時的に戦闘力を単艦から艦隊規模まで、跳ね上げることも可能となる。

 しかし今のミツキのスキルレベルでは、それは到底無理。だが似通ったことは不可能では無い。機能をしぼるという制約さえあれば、コアの数分だけは増やせる。

 ミツキはまだゲームを始めたばかりの初心者。たいしてサクラは別ゲームとはいえトッププロの一角に名を連ねる熟練者。

 どうしようも無いプレイヤースキル差を埋めるために羽室、いやかつて罠師として名を馳せたリーディアンプレイヤーハムレットから指示されたのが、文字通りの下手な鉄砲も数ありゃ当たる作戦。

 そして最低限の機能を最大に発揮するための戦場。極小の探査機には身を隠す場所も、移動にも困らず、だが搭乗艦クラスには航路が大きく制限されるこの廃船置き場だった。
 
 あえて可視化と不可視を混ぜ合わせた無数の強制通信レーザーが、敵二艦へと雨あられのように降り注ぐ。

 微弱なレーザー光はただ命中しても装甲表面の温度を僅かに上げるだけの影響しか無い。だがそれはあくまでも物理的な面。

 本命はどの艦でも、稼働時には常に稼働状態となっている光学観測及び通信用設備。

 この世界はあくまでもゲーム。武装ティアレベル、またはスキルレベルにも左右されるが、現実よりも遥かに多くの情報を一筋の光の中に載せることが可能となる。 
 

「敵艦A、B受光体への命中確認。システムへの再侵入を開始」


 敵艦の観測機器へと命中と同時に、自動設定されていたクラックプログラムが発動し、敵艦システムへの侵入が開始。

 先ほどサクラ艦へのスラスター乗っ取りで消費して0になっていたクラックポイントが、僅かではあるが再度加算され、敵艦ステータス画面へと表示される。

 獲得したクラックポイントは、このままなにもしなければ遠からず敵艦の防壁機能によって排除され、喪失してしまう。

 対抗策は攻撃を与え続け、そして敵艦の機能を段階的に掌握出来るレベルまで引き上げることだ。

 劣化コピーの上、低スキルレベルの為、一度の命中で上がるクラックポイントは微々たる物。だがそれは豪雨のような数が補う。


「敵艦B周辺索敵を発動。敵艦A。高レベル範囲攻撃発動。コピーポッド3機が盾としていた廃艦ごと破壊されました。おそらく情報リンクによるコンビネーション攻撃と推測されます」


 機械仕掛けの狼が二振りになった尾をふり、超振動波をもって頑強な船殻を粉砕し、もう一振りの新しい尾が発し無数に分散したプラズマ炎の矢がばらまかれ、ポッドを焼き尽くす。

 おそらくアレがサクラの新たな必殺技。攻撃範囲はそこまで広くは無いが、測定された数値が、ミツキの搭乗するマンタを一発で沈めて、それもお釣りが来るほどの高威力攻撃だと示す。

 そしてそれを最大に有効にするのは、索敵能力に優れた観測者たるB艦の存在。

 廃艦やデブリの間に隠れたポッドを上手いことあぶり出しているようだ。


「目的はあくまでも時間稼ぎです。完全掌握まではいかずスラスター乗っ取りが可能状態範囲を維持しつつ、ポッドは回避行動に移行してください。クラックポイントは敵艦の高威力攻撃前兆が確認出来次第、消費してください。B艦へは索敵能力の低下状態攻撃を継続」


 B艦はクラックポイントが最低ラインの索敵能力低下へと到達次第使用し、索敵能力低下状態で、その超射程能力に似合う索敵能力を少しでも削ぐ。

 そしてサクラの搭乗艦は戦闘艦で電子攻撃に対する防御機構は低レベルだが、それでも敵艦システムを完全に落とし、クラックポイントの減少効果も無くなる完全掌握となれば、今のミツキのスキルレベル、装備では、祖霊転身状態が終わるまでには到達は到底難しい。

 ならばミツキの作戦目的はあくまでも、マキが改装を終え到着するまでの時間稼ぎを徹底すること。無駄にポッドを消費しないために、クラックポイント一定値を維持しつつも、回避行動を開始させる。

 行動が制限される閉鎖空間無いでの戦闘となれば、本来は格闘艦へと変形したサクラの独壇場だろう。しかしマキをミツキは知っている。

 マキは腕があればサクラを無力化する事が出来ると断言したのだ。その作戦の詳細までは聞く暇も無かったが、親友がそう言うなら信じるだけ。それだけだ。

 だから今ミツキに出来るのは、サクラに必殺技をいかに無駄撃ちさせエネルギーを消費させるか。


「敵艦Bから広範囲レーダー波発信確認」


 今まで短距離レーダーのみを打っていたプレイヤー不明B艦から、球型状に広範囲に広がる、広域レーダーの波が表示される。

 このままでは埒が空かないという判断だろう……しかしその行動は読めている。 

 ミツキの生命線は、自艦位置。今サクラたちを攻撃しているのは遠隔操作されたポッド達は歩。こちらなら多少落とされようが、戦線の維持はまだ難しくない。

 しかし王将たる乗艦位置を知られれば、その時点でこの戦いはミツキ達の敗北に終わる。


「親ポッド3番からレーダー波攪乱幕を広域散布。こちらの居場所を誤認させます。本艦は偽装状態維持を徹底でお願いします」


 ミツキをあぶり出そうとする索敵行動にたいして、あえて自艦位置とは正反対方向に展開していた親ポッドへと指示を出しつつ、NPC艦へと偽装した自艦の隠蔽を継続。

 最初からこちらから情報も発信し認識されているならば、あくまでもNPC艦である事を認識させ続ける。

 3番親ポッドからジャミング弾が発射され、レーダー波を掻き乱す攪乱幕が、廃船置き場の北天側一部宙域を覆い隠す。


「攪乱幕散布成功。ですが一部ポッドとのレーザー通信途絶。再接続まで13秒を要します」


 北天方向にはコピーポッドを多く配置してあり一時的にだが、強制通信レーザーの濃度が大きく下がる。

 クラックポイントの減少をあえて受け入れ、北天側にこそミツキが隠れていると思わせるための布石を打ち、自艦位置の隠蔽にミツキは全力を注ぐ。

 周到に張り巡らされた罠と、性根から真面目で着実なミツキの性格が合わさり、ギリギリのライン上を少しずつだが、着実に、罠の純度を上げ、サクラたちを一手、一手と追い込んでいく。

 それはお手本ともといえる仕込みと流れで織り込まれた罠の流れ。差し出された教科書通りのセオリーを、ミツキは優等生らしく着実に、確実になぞりきっていた。

 だが……それ故に破綻する。

 純粋に満たされたブリッジに緊急警報を告げるウィンドウが展開され、けたたましい警報を奏でだす。

 ウィンドウ色は漆黒。鳴り響く音は最上位警戒音。

 それは最後の入り札が切られた何よりの証。


「敵艦Bもフルダイブからの祖霊転身を開始! 同時に超射程ピンポイントレーダーを放射……目標は当艦だ!」


「ぇっ!?」


 ここまで順調にいっていたはずの手順に、降ってわいた異物に、ミツキの反応は遅れる。

 それは一瞬。だがギリギリのこの状態で反応の遅れは、致命的な判断ミスとなる。

 ミツキの行っている艦種偽装は、外観偽装では無く、レーダー反応を誤魔化す類いの物。

 広範囲を無差別に索敵する広範囲レーダーなら、ある程度まで誤魔化せるが、より高度で精密なピンポイント探査から、身を隠すには、数度使い隠蔽率を上げなくてはならない。


「ぎ、偽装スキルを多重使用して、隠蔽率を上げ」


「スキル発動、間に合いません! 隠蔽解除されました! 敵艦B再度指向性レーダーを照射。本艦周囲の宙域情報を収集しているようです! 主砲、高エネルギーチャージ開始も確認!」


「ポッド敵艦Bへのクラックを最優先。照準をずらしてください!」
    

 一度剥がれてしまった虚偽の皮を再度纏っても意味はない。

 敵艦Bの主砲は、チャージに時間は掛かるが、高威力、高射程で相手のバリアも装甲も無視して、直接内部に砲撃を打ち込む跳躍砲。

 ガードが出来ないならば、照準能力へとクラックをかまして、砲弾をずらすしかない。

 とっさにそう判断した美月が指示を出すが、


「敵艦AがBへの直衛を開始。強制通信レーザーの4割が無効化」


 足を止めたB艦への防護に回ったサクラが、自艦への着弾は一切無視して、B艦へと降り注ぐレーザーを、廃船からもぎ取った装甲を両手に掴み、次々に遮断していく。

 さらにB艦も祖霊転身状態に入ったことで、電子攻撃に対する防御能力も上がったようでクラックポイントの減りが早い。

 サクラに当たる強制通信レーザーも、受光体を狙った物では無く、当たらなければ意味がなく、クラックポイントを稼ぐほどでは無い。

 サクラを優先的に狙えば、B艦への防御を低下させることも出来るが、それでは時間が掛かりすぎて、主砲発射までに照準をずらしきれるか判らない。

 かといってB艦に集中させようとしても、サクラに防がれ、思うようにポイントはたまらない。

 直撃を喰らっても、ダメージコントロールを最大にすれば何とか轟沈せずにすむか? だが戦闘継続が不可能なほどの大ダメージはそれでも避けられない。

 一度決めた相手の照準位置が変えられないならば、今から探査モードに変形していた艦を、巡航モードへと変えて、この場を離れるか?

 いや、探査モードで無くては、多数のポッドを操作できない。ここまで手持ち装備をつぎ込んでいて、目標を達成せずに逃げるならばそれもまた敗北。

 勝ち筋がほぼ見通せない状況。

 判断の遅れが、長引けば長引くほどに不利になるのは判っている。この一瞬も刻一刻と敵艦の主砲チャージは貯まっていく、

 このまま攻め続けても勝ち目は無い。なら負けは負けでも損害を少なくして引くしか無いのか……

 損切りをすべきか考え込んでいたミツキの耳に、新たな警報音が飛び込んでくる。


「新たに祖霊転身を感知! 味方艦です!」


『美月お待たせ! 換装完了! それとあっちの大きな物星竿持ち敵艦情報! 大鳥先輩から買ってっていわれて取ってきたから! 情報リンク開始!』  


 警報音を奏でていたウィンドウが切り変わり、既にフルダイブからの祖霊転身状態へと変化し、半透明の仮想体表示のマキと、その搭乗艦であるホクトが赤い光を纏いながらこちらへと急行してくる映像が映し出される。


「麻紀ちゃん! ごめん。ばれちゃった!」


「知ってる! 羽室センセ曰く。上手くやり過ぎだって。もう少し失敗するかと思ってたけど、お手本のような陽動でばれた可能性が高いって言うから、美月は悪くないよ! それより敵艦祖霊転身情報を見て! サクラが直接来るかも!」


 謝るミツキに、気にしないでと笑って答えたマキが、情報リンクで共有した敵艦Bの情報確認を促す。

 どうやら大鳥のアドバイスで、闇市場で物星竿の情報を仕入れてきたようだ。


「り、了解! 祖霊転身状態での特殊能力……味方艦の転送能力取得!?」


 通常時は砲弾を跳躍させる転位砲は、祖霊転身状態でのみその転位可能範囲と質量が増強されると、そこには記されている。

 最低レベルでも自艦以外の僚艦を転送可能。最大まで強化すれば艦隊単位を跳躍可能。

 その跳躍効果範囲は、砲弾を飛ばすときよりも大分落ちるが、今のサクラたちの位置から、マンタが展開する場所までは十分に届く距離だ。

 もし着実にミツキを落とす気ならば、戦闘艦であるサクラのビースト1を転位させれば確実に勝利が出来ると考えるはずだ。


『大丈夫。サクラが来ても私がしばらく防ぐからミツキは撤退して! ミツキは頑張ってくれたんだし、遅れちゃった分の埋め合わせしないと』


「で、でもどうやって?」


『腕がついたでしょ。本当なら合気で投げて、そこら辺の廃船に落として磁気アンカーで固定して拘束するつもりだったけど、そこだと投げつける地面が無いから上手くいかないから、とりあえず躱し続ける!』


 艦同士の近接戦闘で投げるという発現も無茶だが、攻撃を躱し続けるというのはもっと無茶だ。何せ相手は生粋の戦闘艦ビーストワン。

 必殺の尾攻撃はホクトの装甲を容易く砕き、二本目の尾が止めを刺してくる。

 麻紀だって自分の言うことが無茶なのは判っているはずだ。

 麻紀は他者の死に重度のトラウマを持つ身。ゲームですらも発動しかねないそれは、もし対象が親友の美月であれば、取り返しのつかない傷となりかねない。

 だから二艦ともやられるよりも、自分が盾になれば良いという発想だろう。

 麻紀が言わずとも、麻紀のことだから美月には判る。そして麻紀も見抜かれている事は知っている。

 それでもそれを申し出たのは、美月がPCOに掛ける意気込みを知っているからだ。


『大丈夫だって! ミツキが十分に距離を稼いだら、美月に言われて買っておいた緊急跳躍ブースターで離脱するから!』


 麻紀が持ち出した切り札は、今朝方にアップデートで導入された新アイテムである亜空間ホームへの跳躍を可能とする緊急ブースター。

 しかしそれは戦場から逃げ出せることは出来るが、同時に船に多大な半永久ダメージを与える諸刃の剣。

 何より低くないリスクがある上に、使い勝手の悪さがさらに目立つ。

 通常状態では艦への装備不可で、稼働させてから艦外へと放出して、磁気吸着により艦へと接続しなければならず、さらには実際の跳躍発動まで二十秒を有する特殊装備。

 発動までに敵艦に破壊されればもちろん跳躍は失敗する。

 簡単には撤退させない為の使用制限なのだろうが、遠距離戦ならばともかく、近距離戦闘を挑んでくるサクラ相手にそれを無事に使える可能性は極端に低いだろう。 


「だ、ダメだって。それ本当に非常用だし、装甲値が半減するから装甲張り替え修理に時間が掛かるし、第一、発動してから装備しなきゃならない上に、稼働までの時間があって……えっ」 

 何度か読み返した使用マニュアルを頭の中に思い浮かべ、麻紀を説得しようとする美月の脳裏に何かが走る。

 それは追い込まれた土壇場で浮かんだ違和感。そして閃き。
 
【ブースター稼働状態で取りつけた”船”はエネルギー全消失、船体耐久値半永久半減と引き替えに、無条件でどこの宙域からもホームポイントに強制帰還が可能】

 マニュアルにはそう記してあった。

 そこには肝心の対象指定がない。自艦とも僚艦とも、そして敵艦とも。

 逃げ出すための装備。そこに課せられた制約は逃げ出しにくくするための物。

 だが同時にそれが攻撃への制約だとしたら……


「麻紀ちゃん……組み付きと同時に相手の船体へ、アイテムをくっつける事って出来る?」


 浮かんだ違和感に確信は無い。だが負けないためにどうすべきか。

 常道たる教科書を離れ、ミツキは勝つために想定外の道、外道へと一歩を踏み出し始める。











さて次話からは直接対決と言うことで、別れたAAとANを統合してA面決着編となります。
その後は今回の裏B面最近めっきり姿を消していた主人公(ラスボス)の話予定です。
相変わらず更新遅いですが、今年もお付き合いいただき、楽しんでいただけますと幸いです。

ちなみに次話からのは、某所で公開済みのAN面+新話ですw



[31751] AN面 The Ghost
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/01/21 23:46
 最大出力でスラスターを噴射後、15秒で巡航速度へ到達。

 到達と共にリミッターが発動し、自動停止したスラスターと燃料系へ自動点検スキルが発動する。

 前方モニターを見れば、先行する同クエスト受注者達の船もタイミングの差はあれど、スラスターの噴出を止め、巡航速度へと移行している。

 跳躍ゲートを使わない星間移動。基本的には1つの世界となっているPCOではその気があれば、宇宙の端から端までゲートを使わず飛ぶことも出来るが公式情報。

 もっともその場合はリアル時間で半年以上の期間を、ひたすらに最大速度で飛ぶ必要があるという、実質不可能な設定。

 時間はともかくとしても、PCOは装備品に耐久値が設定されたオーソドックスな仕様なので、船が持たない。

 スラスターをひたすら全開で噴射し続けていれば、なにも無いといっても過言では無い恒星間空間では理論上速度は無限に上がっていくが、光速へと到達する遥か前に、船体各部の耐熱耐久値が限界を超え、エンジンもオーバーヒートを起こしてしまう。

 SF世界が舞台なのに、光の速度を超える超光速航行は存在せず、決められたポイント以外からの自由な超空間跳躍もほぼ存在しない。

 移動に大幅な制限があり、代わり映えのしない星の海をひたすら移動する時間が掛かることが、プレイヤー名オウカことサクラ・チェルシー・オーランド的に少し不満だ。

 ホームグランドであるHSGOの地上世界なら、地上ギリギリを風のように己の身1つで駆け抜けていく爽快感がある。

 しかしPCOでは筐体内からのハーフダイブで搭乗船を操り、周囲に浮かぶ仮想やリアルのスクリーンにコクピットめいたゲーム操作画面を浮かべる方法となっているので、今ひとつ物足りない。

 ゲーム性能的にも、日本国内では下らない決まり事で、いろいろと制限を喰らっているので、どこか重たさも感じる。

 フルダイブとその恩恵になれたサクラからすれば、制限されたこの世界と操作性に対する不満や要望は多い。

 だがそれらマイナス要素を全て打ち消す物がある。それがゲームの楽しさだ。

 そしてサクラにとってのゲームの楽しさとは、


『てめえがCBかっ! 俺の世界をぶっ潰したHsgoのクソ×××! でかい顔してうろちょろするんじゃねぇ!』
    

 先ほど強制通信で一方的なレース開始を宣言した通信回線を通して、日本語の通信がサクラに向けて発せられる。

 途中で不明瞭になって聞き取れないのはハラスメント規約に触れる単語となって、自動遮断されたようだ。

 もっとも聞き取れない以前に、日本は母や叔父の母国とはいえ、歴としたアメリカ生まれのアメリカ育ちのサクラでは、早口の所為もあってほとんどが判らないので意味はない。

 しかし言葉が伝わらなくとも、その口調から感じるのは怒りの感情。

 そしてその怒りのまま通信を寄越してきたプレイヤーが、射撃管制レーダーを起動させたのか、警告ウィンドウが立ち上がりロックオン警報が鳴り響く。

 発信元は、サクラの少し前を行く集団の船のどれかだが、ロックオンと共に同時に欺瞞スキルも使用したのか、どれが敵艦かは不明。

 実際に攻撃する気はなく集団の中に潜んで、ロックオンしてくるだけの嫌がらせか?

 それともこちらがどれが敵か迷っている間に、先制攻撃を打ち込むつもりか?

 どちらにしろ穏やかとはいえない喧嘩を売られた理由は大体想像はつく。

 日本のHSGOジャンキーが使用した違法プログラムが原因で、今の日本でVR規制が始まった。

 規制後HSGOは日本から撤退はしたが、次々と潰れていく日本のVRゲーム業界を尻目に、日本以外の国々のユーザーの熱狂的な支持の元、変わらず世界トップのVRMMOとして盤石の地位を保ち続けている。

 そしてサクラは、チェリーブロッサムはHSGO公式カリフォルニア州チャンプ。

 ほとんど逆恨みに近いが、自分達の世界をHSGOに潰されたと怒りを持つ他ゲームのプレイヤーが怒りをぶつけてくるには恰好の標的となっていた。

 しかしサクラ的には、そんなウダウダぐだぐだなゲーム外世界の話はどーでもいい。

 むしろ怨みごとをぶつけてくるだけや、陰口を溢すのではなく、こうやって直接的な喧嘩を売ってきてくれるなら大歓迎だ。

 いつ何時、誰の挑戦でも受ける。

 それこそがチャンピオンだと、大好きな父もよく語っていた。 


「OK OK!  Battle start!」

 
 さすがにリアル声では年齢がばれるので、変声機能を通して少し大人びた高校生ほどの声で通信を叩き返しながら、サクラは負けじとレーダーを戦闘出力まで上げて、休ませていたスラスターを起動。

 相手からの射撃管制レーダーを回避し、戦闘機動速度へと一気に加速を開始しながら、ウェポンベイを開き、中距離艦対艦高速小型ミサイルを、ノンターゲットモードでばらまいていく。

 自艦以外を攻撃対象とするノンターゲットモードで射出されたミサイルは、指定宙域まで到達すると、周囲の赤外線、金属反応を感知して自動ロックオンして飛翔する無差別攻撃。

 誰が攻撃してきたのか判らないが、前に固まっているのはクエストを競うライバル達。

 ならいっそ全部落としてしまえ。

 生粋のバトルジャンキーであるサクラが望む物。それは、感情の、気持ちの入った戦闘に他ならない。

 怒りであろうと、恨みであろうと、自分に全力の力を持って当たってくる相手なら、こちらも全力で答えるだけ。

 ただしその全力で周りを巻き込もうが、相手が非武装でない限りは気にしない。

 よく知られた略称であるCBやオウカ以外にチェリーブロッサムが持つ異名。それはオーガ。
 
アッパー系バトルジャンキー。バトルロイヤルクイーンとまで呼ばれているサクラの戦闘は、見せ技重視のど派手な技と、観客もそして戦闘参加者達の誰もが先を読めない混沌を産み出す事で、熱狂的なファンを獲得している。


『だっ!? クワイト! 緊急ランダム回避!』


『えーっ!! なんで移動中なのに戦闘が始まるんですか!? 耐ミサイル防御発動してください!』


『てめぇら! 戦闘なら離れてぎゃっぁ!?』


『うっー! エリスの邪魔しないでよ! だから、地球人なんて大ッ嫌い!』


 ある船はミサイルを撃墜するために、迎撃レーザーを起動させ、色鮮やかな幾筋のもの閃光が放たれ暗闇の宇宙を鮮やかに照らし出す。

またある船はミサイル逃れるために、緊急出力で姿勢制御スラスターを噴射させ、ランダム回避を開始。

 またある船は、チャフをばらまき、電子的に身を隠し。

 それぞれのプレイヤーが、もしくはサポートAIが自動反応で、とっさにそれぞれが最善だと思う手を行ってしまう。

 ミサイルを捉え損なった迎撃レーザーが右下方を飛んでいた船の緊急噴射したスラスターに直撃し小爆発を引き起こし、その衝撃で予定以上に大きく航路をずらした船が、別の船の未来航路を塞ぎ、接触を起こしそうになってさらに無理な緊急回避をetc.

 一人の逆恨みによって降臨した戦闘狂鬼によって、誰が先に闇市場星域へと到達するかというスピードレースは、チキチキ成分を急遽増した妨害レースへと変貌する。

 誰が発端だった等関係ない。自分以外は全て敵という乱戦へと至るまではさほど時間は掛からなかった。


『落ちろこの鉄錆が! 我が盟友クワイトよ龍の怒りを放て! フレイムバーン!』


『そっちが落ちてください! ばっかじゃないですか! エーテル推進!? 似非科学もいい加減にしてください! 41㎝砲いけますか!? 目標蜥蜴もどき!』


 ひたすらに目的地である星系へ向かって船を進めながら、持てる限りの手と、通常空間での恒星間移動でギリギリな推進剤に気を使いながら、通信回線で怒鳴り合いながら、罵り合いながら、小規模な戦闘は続いていく。


『ちっ! よくも俺のクワイトを! こうなりゃ行くぞ! クワイト! 真龍一心!』


『!? 祖霊転身使う気ですか!? この! ならこっちも負けません! Z旗掲げ! 護国護衛艦隊出撃!』


 トップを競っていた海戦ゲームの女性艦長プレイヤーと、相棒の龍を船体に変えた龍騎士プレイヤーが、科学と魔法のぶつかり合いという、PCOではお馴染みとなりつつあるイデオロギー対決の果てに、フルダイブ。

 さらにはたがいに罵詈雑言のぶつけ合いで引けなくなったのか、ついには足を止めると切り札である祖霊転身まで繰り出し始めていた。

 船殻という鋼鉄の鎧を脱ぎ捨てその真の身体を現した真龍と、今は失われた自由跳躍技術によって出現する海上艦を模した護国護衛艦隊が、宇宙空間をバックに一大決戦を開始する。


「Ooh, it is a monster movie!  You are not cool!」


 互いしか目に入っていないのか、咆哮と共に放たれる広範囲ブレス攻撃や、宇宙空間なのになぜか砲撃の度に周囲に漂う黒煙を掻き分け、切り札を早々と無駄に切ったプレイヤー達へと煽り交じりの歓声をあげながらサクラは船を進めていく。

 一大スペクトルな戦場を抜けたサクラに次いで、いくつかの船もサクラを追うように巻き込まれ必死な戦場を抜けてくる。

 レースはもはや終盤戦。長距離レーダーは星域『ウォーレン星域試験場』の最外縁部を捉え始めた。

 40隻いた船は既に半数以下の7隻。途中でついて行けないとクエスト放棄か、大破してリタイア、もしくは今のプレイヤー達のように一対一の決闘モードに入って、血で血を洗う戦闘モードに入っていた。

 残っている船も、大半が直接や巻き込まれた戦闘の影響で、多少ながら手傷を負っている。

 見えてきたのでこれ以上の無駄な戦闘と消費を嫌ったのか、それともさすがに中の人達が疲れたのか、互いに油断はしない距離を保ちつつも、戦闘は収まっていた。

 例外的に無傷なのは乱戦でも、フルダイブもせず、鼻歌交じりで回避して、撃たれたら撃ち返すしているうちに、プレイヤー間の暗黙の了解で、あ、これガチでやばい奴だと、手を出されなくなったサクラ。

 そしてもう1隻。プレイヤー名を非公開モードにしている船もまた無傷だった。

 船タイプは地球人用型標準戦闘艦の長距離戦カスタム仕様。

 特筆すべきは船体の半分以上の長さもある対要塞戦用跳躍ロングキャノン。通称『物星竿砲』を装備していることだ。

 一発撃つのに、膨大なエネルギーが必要で、そのチャージ時間に通常一分も掛かるうえに、チャージを開始したら目標地点の変更は不可能。

 しかしその有効レンジは星系丸まる1つ、いかなる障壁も防御機能も乗り越えて目標地点に直接跳躍するという癖が強いにもほどがある空間跳躍型特殊長距離対要塞戦用装備。

 ただしその攻撃力はレベル依存なので、低レベルではそれこそ内部情報が最高機密となっている要塞中枢に寸分違わず直撃でもさせないと、意味がない。

 初期型の船ではこの特殊装備をしたら、重量制限的にもエネルギー容量的にも、他にまともな攻撃兵器を装備する余裕など到底無くなる。

 欠点をあげればきりは無いが、一撃必殺過ぎる威力を持つ兵器。いわゆる『浪漫兵器』という類いの物だ。

 どうやってもあの乱戦で生き残れるような船ではないのだが、そんな船がサクラと同じく無傷で抜けてきていた。

 長距離戦にあわせてかレーダー機能を、標準型としては最大限まで強化しているが、見えるだけで回避が出来るような物では無かった。

 サクラも途中から、その異端な船に気づいてちょろちょろと観察していたが、ちぐはぐな物だった。

 戦闘予測は甘いし、行動も迷いがあるのか出が遅い。しかしその精密動作は目を見張る物があった。

 場合によっては数センチ単位の隙間を縫うような細やかな操縦と、抜群の反射神経で直撃を回避して、ここまで着いてきていた。

 それに抜け目もない。途中からサクラが手を出すとやばいと思われるようになると、サクラを上手く壁に使い、自分からはサクラに手を出さずに、上手いこと危険度を下げていた。

 あの装備ではサクラから戦闘を仕掛ける条件には当てはまらないが、俄然興味をひく動きだ。

 何度か通信要請してもみたが、相手が通信封鎖状態なのかいくら話しかけても反応は無い。

 せめて名前だけでも確かめてやろうと、近距離クラックを仕掛けるためにサクラはその地球船へと船を近づける。

 クラックといってもそこまでスキルレベルは上げていないので丸裸は無理だが、プレイヤー名位は盗みみられるだろうか?

 戦闘系以外も少しはあげておくべきかなと思いつつ、クラックスキルをタップしようとした時、またも緊急通信ウィンドウが立ち上がった。

 しかしそれは周囲を飛ぶ賞金稼ぎ達の船達が起こした行動に対する、緊急ウィンドウではない。 


『発 ウォーレン星域試験場警備部所属星系外周部警備艦隊第17パトロール艦ロセイホルン17 【周辺を航行中及び停泊中のハンター艦船は下記の宙域への立入を禁ず】 犯罪者ハンターの要請により、下記宙域に逃げ込んだ賞金首への独占占有権が発令中。広報を受諾した船は協力を求む。協力報酬として無償犯罪者情報が提供……』


 それは極めて強力な通信設備を持つ船から出され広報。

 サクラたちが向かう先を少しだけ掠める宙域。ブラックマーケットの外縁部ギリギリの、違法廃船場に対する進入禁止処置だった。

 宙域情報が3D宇宙図に描き出されて、立入禁止宙域が赤く染められ、同時に広報を出した警備艦の船体識別信号をキャッチし、それも地図に表示される。

 警備艦はサクラたちの位置から、廃船置き場を挟んで真反対側。パトロール船の守備範囲ギリギリを飛行中のようだ。

 その警備艦と宇宙船墓場の中間位置に高速航行する船が2隻。略図からも先行している船を、後ろの船が追いかけている様がよく判る。

 送られてきた公報を読んでみれば、どうやらどこかの賞金首ハンターが、捕まえようとした賞金首に、廃船が無数に浮かぶ面倒な船墓場に逃げ込まれそうなので、その周辺宙域を一時的に専有使用できる利用権を取得したという事。

 さらには利用権を無理矢理に無視してほかの賞金稼ぎが入ってこないようにと、わざわざ他の賞金首情報まで提供しようとしている。

 よほど追っていた賞金首をほかの誰かに取られたくないのか、それとも意地になっているのか知らないが、わざわざ封鎖して、ほかのハンターのご機嫌取りもしないと狩れないとはずいぶんと狩りが下手なハンターだ。

 人の獲物をわざわざ横取りしなくても、今は狙っている獲物がある。

 しかし提供された賞金首情報は気になるので、受諾信号を発信しようとしたサクラの手が、コンソール上で止まる。

 追われている賞金首プレイヤー名は【ミツキ】となっていた。船の形式も美月の乗る探査船通称『マンタ』だ。

 ほぼ無意識でサクラは逆噴射をかけ船を緊急停止させる。

 サクラの停止とほぼ同時にほかの5隻がスラスター出力を上げて、一気に加速を開始し、ウォーレン星域市場に向けてがむしゃらにかけだし始めた。

 何か今の受注クエストを進めるために有益な情報があったのだろうか?

 みるみるうちに船団との差が広がっていく。この場に残っていたのはサクラと、そして浪漫兵器搭載船だった。

 何故あの船が残ったか? 

 それ以前に状況が出来過ぎだ。

 自分が向かったクエスト先で美月の名前を見つける。罠の可能性が高いか?

 浪漫船は敵か? 味方か?

 色々な考えが頭の中を駈け巡りそうになるが、サクラは1つ唸ってから放棄する。

 自分では考えても、状況の答えは考えつかない。叔父の宗二がいてくれれば的確な判断もしてくれるが、今は仕事で出かけていてホテルにはいない。

 なら自分で動く。悩んで立ち止まるのはらしくない。

 まずは沈黙する隣の船からだ。

 サクラがクラックを再度開始しようとした瞬間、今の今まで反応が無かった通信ウィンドウに人影が浮かび上がる。


『ミツキはエリスの敵だからサクラは邪魔! 見逃してあげるからどっかいってよ!』


 不機嫌に頬を膨らませた機械仕掛けのウサミミをつけた黒髪幼女が、睨み付けているつもりだろうが、可愛らしいとしかいえない表情で、ウィンドウの向こうからサクラを威嚇していた。



[31751] AN面 理想を求めれば新たな道が開ける
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/01/21 23:47
 髪色はサクラと同じく黒色だが、顔立ちは純日本人という感じではない。

 気の強そうな目で睨んでくる少女の年齢は、サクラよりすこし下に見える。

 もっとも不特定多数の人物達と競い合うオンラインゲームで、リアルの知り合いなら別として、ゲーム内での他人との通信画面にリアルの姿をそのまま使う者はそうはいない。

 どのようなゲームでも、どれだけゲーム内で仲のよい相手でもリアルを知られたくないというプレイヤーは一定以上は存在し、またリアル情報が漏洩することでトラブルへと繋がる危険性も高い。

 だから大抵の者は、フルダイブ時に使う仮想体をプロフィール画像としてつかう。

 そしてVR規制条例後に製作されたPCOは、制限時間の関係上どうしてもハーフダイブ状態でのプレイがメイン。

 その為にPCOには、他者との通信時に使用可能な、音声変換機能や映像差し替え機能がデフォルトで設定されている。

 サクラ自身も他人との通信に使用しているのは、ホームであるHSGOで使用しているキャラクターであるハイティーンのチェリーブロッサム。

 だから相手の少女には、オウカというプレイヤー名と、10代後半の姿として写っているはずだ。


『うー、サクラはマキとたくさん戦ってるんだから、そっちで満足してれば良いでしょ! ミツキはエリスが倒すんだから!』


 同時翻訳機能が働いているので、少女の発する言葉は理解が出来るが、サクラには意味が判らない。

 なぜなら、エリスと名乗って半泣きで睨んでる少女は、一般公開はしていないサクラのリアルネームのみならず、サクラたちが、その動向や、三崎が見出した意味を探っているミツキやマキの名さえも口にしている。 
 
 基本的に自分は囮。派手に暴れ回り、その裏に隠れて相手の出方を探るのは叔父の宗二の役目だというのがサクラの認識であり、実際にその通りの分業になっている。

 しかも直接的な攻防は得意だが、搦め手となるといくら州チャンプと胸を張っても、まだまだサクラは子供。

 予想外の事態に、頭の中でとっさに返す言葉が思いつかない。

 考えてもすぐに対処は思いつかないし、相談できる叔父の宗二もいない。

 だからサクラは考えるのを止めた。


「よーし! じゃあ競争! 先に攻撃を一発でも当てた方がミツキを狩るって事で。レディーゴー!」


 考える前に行動というのが、サクラの絶対勝利スタンス。喧嘩を売られたのなら、ミサイルの一つでも撃ち返すが、手を出すなと文句を言われたら、返す言葉は一つしかない。

 早い者勝ち。

 エリスの返答も待たずに、一方的に勝負を宣言したサクラは、フルスロットで廃船置き場宙域に向かって、進路を取った。


『あーっ! ず、ずるい! うーこれだから! 待ちなさいこの卑怯者!』


 獲物を譲るどころか、抜け駆けしたサクラに怒ったのか、頭のうえの機械ウサミミをピンと立てたエリスが、怒りを含みながらも可愛らしさが先立つ声で怒り、即座に追随してくる。


 独占使用者以外立入禁止宙域? 

 入るなと言われたら、逆に入りたくなる。しかも獲物は緒戦でしてやられたミツキ相手。

 なんだかんだとその動向が目立つマキと違い、地味に着実に活動しているミツキの居場所を探るのは難しく、ミツキへの襲撃チャンスは初日以来。

 競争相手がいて、獲物がいる。サクラにはそれで十分だ。

 2隻の船は、最短距離で船墓場に向かって一気に進んでいく。

 しかしサクラの方が僅かに加速力に劣り、エリスとの差は徐々に開いていく。


『うー! ミツキは絶対エリスがやっつけるんだから!』


 画面の向こうで怒るエリスには答えず、サクラは僅かに目付きを鋭くして、警戒を強めながらも、なんで追いかけてくるんだろうと、素直に思う。

 エリスの船は一撃必殺な長物武器を装備はしているが、ほかには武装らしい武装は見受けられない。

 もっともそれは当然だ。ほかに装備していないのではなく、ほかに装備する余裕が無いというのが正しい。

 もっともそれは直接的な攻撃力に絞った話。

 超長距離戦闘仕様の船には、これでもかと言うくらいに、遠距離索敵用や通信傍受用のアンテナ群が増設されて、狙撃手+観測者を兼ね備えた構成。

 一方でサクラのビースト1は純粋な戦闘艦。近距離攻撃能力は破格だが、中、遠距離戦となれば心許ない。

 近距離戦闘艦と遠距離戦闘艦。


「ねえ貴女。なんであたしについてくるの? 別に先に着いた方が勝ちじゃなくて、一撃入れた方が勝ちの勝負だよ」


 互いに得意距離が違うのだから、公平な勝負にしようと一撃先行勝負としたサクラだったが、その思惑は外れて、思わず問いかける。


『……い、勢いだもん! 悪い!?』


 どうやらついつい追いかけ始めたらしく、サクラの言葉にはっと気づいたエリスは、恥ずかしさからか頬を染め、頭のうえの機械ウサミミをわちゃわちゃと振り回す。

 もっとも今更止まるのは、もっと引っ込みがつかないのか速度は維持したまま追いかけてくる。

 ゲーム慣れしていないというか、駆け引き慣れしていないというか。

 もう少し公平な、自分が楽しむ為に縛りでも入れようかと、サクラが考え始めたとき、


『緊急実験警報。20秒後に当艦を標的とした戦術級EMPミサイルの指向性試射実験の為、下記宙域が警戒宙域設定されます。近隣を航行中の艦船はこちらの宙域から離脱、もしくは電磁波対策を使用してください』


 先ほどミツキの存在を知らせてきた警備艦から再度警報と宙域図情報が発せられる。

 警戒宙域は、サクラたちからみて船墓場を通して反対側。今丁度ミツキとハンター艦が追いかけっこをしている宙域だ。

 先行しているミツキの艦を先端とし、その後方に赤色に塗られた漏斗状の高警戒宙域と、ミツキの船を中心とし円球状に大きく広がる要警戒宙域が黄色く染め上げられる。

 黄色の方は、効果範囲は船墓場を越え、サクラたちの方にもかかるほどだ。

 同時にEMPミサイルの仕様情報も送られてきており、赤色宙域は通信・索敵装備へのスキルレベル、ステータスダウンの高デバフ攻撃、黄色宙域も、一時的に索敵、通信能力にステータスダウンを起こす低デバフ攻撃を起こす、非破壊型広範囲攻撃のようだ。

 不意打ちで撃たれれば、黄色宙域でも今のスキルレベルや装備ステータスでは大きく影響が出るが、事前警戒情報が出ているのならば、自動、任意問わず対抗スキル発動で被害を軽微、もしくは無効化が可能。

 なぜミツキはわざわざ不意打ちが一番有効的な手だというのに、手札を晒した?

 その疑問に宙域図を見直し、すぐにサクラは合点がいく。赤色の効果範囲には、ハンター艦のみならず、警戒警報を出した警備艦さえも含まれている。

 非破壊攻撃とはいえ、EMPミサイルも立派な攻撃兵器の一種。警備艦にこんな物を叩き込めば、宙域の支配勢力との関係は悪化。

 下手すれば宙域中の警備艦が集まってきて、包囲轟沈は必死。

 だがここは全てが商品となるブラックマーケット。それは宙域も、警備艦さえも対象外ではない。

 どうやらミツキは宙域のみならず、高レベル防御能力を持つ警備艦への影響力を確かめるという試用攻撃目的で、警備艦を標的艦とする許可まで、買い付けたようだ。

 敵ハンター艦へ強力な電子攻撃を仕掛けつつ、支配勢力との関係は悪化させないための一手。

 とっさに考えたにしては、ずいぶんと大胆な手を打ってきた。サクラが感心していると、


『へっ! え、え、なに!? なにこれ!?』


 通信が繋がったままの画面から、状況が判らずおたおたとしている兎娘の狼狽している姿が見えた。

 ここでサクラは薄々と気づいていた事実を確信する。エリスはどうやらゲーム初心者だと。そして勿体ないとも思う。
        
 自分のあとを付いてきたとしても、先ほどの戦場を無傷で抜けた反射神経も、この判断力では宝の持ち腐れだ。


「Attention! 防御スキル電磁対策発動! 復唱!」


 落ち着きをなくしている相手にはこうやれと教えてくれた発声法から鋭い声で、エリスへ簡潔な指示を出す。

 戸惑っている初心者プレイヤーがいれば、ついつい手を貸したくなる。そんなオンラインゲーマーとしてありふれた思いからサクラは、ついつい手を貸してしまっていた。

 もっとも通用するかどうか半信半疑だったのだが、

 
『イ、イエッサー! ぼ、防御スキル電磁波対策発動! って! あぁっ大佐の物まね!』


 何故かエリスは、打てば響くような返しですぐに復唱するが、どうやら本当に条件反射だったようで、すぐに我に返る。

 だが復唱と言えど、間違いなく正式な口答操作は行われた。

 
『ういっさ! 防御スキル発動するよぉー! お嬢様の邪魔はこのメルがさせ……あ、ゴメン。スキルレベル足らないから被害が出るや』


 プレイヤーの指示に対してすぐにサポートAIが反応して、スキルを発動させるが、


『うー! メル! もっとしっかりやってよ!』


『いやぁーほらあたしデットコピーだし。オリジナルの能力はとてもとても。さすがあたしのオリジナルだね!』


 被害が出るというのに、やたらと明るく元気なサポートAIとのやり取りが聞こえてくる。

 色々なコラボ企業が特色のあるサポートAIをPCOに参入させているので、どこ製かはわからないが、ノリが軽くて軽快なのでサクラ好みだ。


『試射実験開始。付近をこうこ……』


 警戒警報が途中で千切れ、雑音がスピーカーから響き、周辺宙域を表示していた宙域図にもノイズや揺らぎが領域を広げながら影響が増していく。


『フルダイブ反応を感知。至近で新たにフルダイブプレイヤーが一艦、現れました』


 EMP着弾から生まれた揺らぎと、ほぼ同時フルダイブプレイヤーが出現したことを知らせるが、それが誰で、どこかは正確な情報は入らない。

 フルダイブ、祖霊転身ともに他のプレイヤーが行えば通知されるが、そのプレイヤー情報や出現位置情報は、プレイヤーの索敵能力依存となっている。

 EMPミサイルによる電磁障害で発生した嵐の中では、ゲームがスタートしたばかりで低レベル帯が主で発見は難しい。

 フルダイブ、祖霊転身時の姿隠しの有効策としてぼちぼちと広まっている手の一つだ。 

 だが今回は違う。姿を隠そうにもミツキの艦は警備艦にしっかりと補足されている。

 それにフルダイブを行ったのは一艦だけ。となればハンター艦がフルダイブのステータスアップ効果で、EMPミサイルのデバフ効果を打ち消そうとしたと考えるのが妥当か?

 ミツキが対抗してフルダイブを行わない理由は、時間制限を気にしているからか。それとも行わずとも、船墓場で引き離す手段でもあるのか。

 しかし美月がフルダイブをしていないなら、こちらとは条件は同じ。フルダイブして能力は上がるが、存在を知らせずにすむ。

 まだ奇襲のチャンスが消えた訳ではない。

 だが問題は、周囲の荒れた電磁波はまだ収まる気配が見えず、レーダー画面は荒れっぱなしな事だ。

 近場の障害物は、近接戦闘艦がもつ高威力の近距離レーダーでくっきりと映せるので、混み入って乱雑に廃船が置かれた船墓場内でも、低速モードで抜けていくことは不可能ではないが、中、遠距離は絶望的になり、すれ違う可能性が大きい。

 このまま電磁嵐が収まるのを待つか、それとも……

 サクラはダメ元で、思いついた手をエリスへと一応の打診をしてみる。

 自分が足りない物は余所から補う。それがオンラインゲーマーの常識。ソロプレイよりもパーティープレイの方が安全マージンがあがり、時間当たりの経験値効率も上がる。

 だが申し込んだ画面に変化は無し。船墓場を回避して、あちら側に移動。奇襲のアドバンテージはなくなるが、ハンター艦に共闘を申し込んでみるのも手か。

 少し考えていると、サクラの予想とは真逆の承認コールが返ってきた。


『……協力してあげる』


 不承不承といった体の、ふて腐れ頬を膨らませたエリスが、それでも、サクラの送ったパーティ結成要請に受諾を返してきた。

 パーティが結成されたことで、一部情報が共有され、不鮮明だった宙域図が少しだけマシになった。

 これなら役割分担をしっかりとすれば、さほど影響なく船墓場内でも戦闘が可能だ。

 やけに敵愾心を見せていたわりには、ある意味あっさりとした返事を返してきたので、サクラがその顔を見て真意を確かめようとすると、エリスのウサミミがガッと立った。


『なに!? 文句あるの! 恩と仇は無駄な利子が積む前にすぐに返せって、おーとさんがいってたんだもん!』

 
 どうやら先ほどのとっさに出たアドバイスに対しての返しのつもりのようだが、どうにもひねくれ者というか、頑固そうな様が見てとれる。

 しかしこういう分かりやすいのはサクラは嫌いではない。それにエリスは初心者と言えど、光る物がある。共闘に託けて鍛え上げれば倒し甲斐があるライバルになりそうだ。


「オッケー。遠距離はエリーに任せたね! 近距離はあたしにお任せ!」


 会心の笑顔とサムズアップを出したサクラは大胆にも、中、遠距離レーダーを全てカットし、近距離レーダーにすべてのソースを回す。

 パーティを組んだ以上、相手を全面的に信じる。それがサクラのジャスティス。プレイスタイル。

 近距離戦闘艦と遠距離戦闘艦。得意とする距離も装備、スキル構成もそれぞれが正反対なほどに違う。

 だからこそ上手く噛み合えば、互いの弱点をフォローし、得意分野を最大限に発揮できる。

 足りない物を補い合い、得意な分野に集中しさらに伸ばす。それがオンラインゲーの理想。

 そして最強を目指すサクラの理想。

 自分がわざわざ日本に渡ったのは、父の情報を得るためというのもあるがもう一つある。

 自分が理想とするプレイスタイルを、完璧に会得していたあのコンビともう一度戦うためだ。 
 理想を追い求め続けるサクラは、扉を無理矢理にこじ開け、新しい道を見出す。


『だ、誰がエリー!? うー勝手にあたしの名前をさらに略さ! ってお話をきいてよ!』  

 一方でこじ開けられた扉の方は、普段は振り回す方である自分が、他者に振り回されるという状態にちょっぴり怒っていた。



[31751] A N面 猟犬は高らかに吠える 
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/01/22 00:01
「エリーそっち通るときは気をつけて。隙間が空いているから美月を追っかけている船に噴射炎で気づかれるかも」


 周囲には捨てられた船が盛りだくさん。隠れるには都合が良いかもしれないが、メインスラスターを使って進むなんて自殺行為。

 小刻みに姿勢制御のサブスラスターを使用して、慣性移動で追いかければならずノロノロと移動しているが、サクラ的には宝探し感覚で少し楽しい。


『うー判ってる! でもこんなのんびり動いていたら逃げちゃうし、先に取られちゃうかも知れないのに! 後エリーって呼ばないでよ! エリス!』 


 しかしエリスの方は徐々に詰めていっているが、それがじれったいらしくご機嫌斜め。

 どうやらこらえ性が無いというか、我慢するのが苦手なようだ。


「エー良いでしょ。ほとんど変わらないし、それに一々エリスって呼んでたら、とっさの時に名前が長くて間に合わないかもしれないし。一文字を笑うものは一文字に泣くってことわざも日本にはあるらしいよ」


『サクラに協力するのは一時的! 今だけなの! さっきの借りを返すためだけだから、馴れ馴れしくしないでよ!』


 ぷんすかと怒って頭の機械ウサミミをガッと立てて振り回すエリスが怒るが、


『おっと! お嬢様は、気安いあだ名で呼ばれる初体験に照れてるだけだから気にせず、さっちゃんは進んでどうぞ!』


「イエス! ノリが良いね。メルだっけ! 貴女もフレンズ認定してオッケー?」


『オフコース! こうなりゃお二人の出会いを祝して、規定に触れない範囲でお嬢様の過去話暴露大会を』


『メル! しばらく黙る! それにサクラ! エリス照れてないからね!』


 ついにぶちぎれたエリスが、メルと呼んでいたサポートAIの音声を切って、画面いっぱいに広がった赤ら顔で、黒髪から姿を覗かせる耳をぶんぶんと振り回す。


「でもエリー顔赤いよ」


『これは怒ってるから! うー! 良いから戦闘に集中!』


 打てば響く判りやすい性格はサクラ好みだが、あんまり怒らせて共闘無しとなっても困る。適当に返事を返したサクラは、情報リンクへと取得した周辺情報を送り、航路を設定していく。

 一方エリスの方も怒りながらも、仕事はしっかりとやっており、ミツキが逃げている方向の推測情報と、それを追跡しているハンター艦を表示する。

 ミツキは何とか逃げようとしているようだが、元々調査船用のスキルビルドのためか隠匿能力に限界があり、離れているこちらでもエリスの船の能力によって痕跡が僅かにだが拾えている。

 一方でハンター艦のほうは、追跡スキルレベルが高いのか、サクラたちと同じ情報を的確に捉えて、着実に追っているようだ。

 いっその事ハンター艦を追跡すれば、ミツキの元にたどり着けるのだろうが、万が一ハンター艦がミツキを見失ったときも考え、慎重に追跡する。

 下手に動けば、こちらが潜入していることがハンター艦に気づかれてしまう。獲物の横取りを嫌って、こちらに攻撃してくることも考える必要があるだろう。

 姿を隠しつつ、両艦に接近したサクラたちは、後もう少しで奇襲がかけられる位置まで、何とか気づかれずに到達する。

 逃げているうちにいつの間にやら袋小路に追い込まれた美月を狙い、ハンター艦がじりじりと近づいていく。

 後は隙を見て獲物を横からかっさらうだけだ。

 
『ねぇ。そろそろ攻撃が出来そうだけど、接近戦じゃ足を引っ張るからエリスはここで待機するからね。照準をここの出口にあわせるから、逃げられそうになったらフォローって事でいい?』


「オッケー。ハウンドの役目は任された。狩れたら狩るけど、ハンター艦の対処してて逃げられたら、巣穴から頭を出したところをズドンでお願い!」


「エリスがやりたいから出来たらそっちで。あと麻紀の反応は近くにあるの? サクラのスキルで判るんでしょ。救援に来られたら敵が3艦になるかも』


「ん。野生の狩人のこと? あれ祖霊転身専用スキルだから無理。ただ麻紀のことだから近くにいたら、状況考えずにすぐに飛び込んでくると思うからいないんじゃ……」


 エリスの質問に、マーキングした相手を見つけ出す特殊スキルは使えないと答えたサクラの勘に、何かが引っかかる。

 今の状況は、最初に麻紀達とやりあったときに、シチュエーションがよく似ている。美月と麻紀の違いはあるが、あの時と追う側と、追いかけられる側も同じだ。

 あの時は麻紀は何とか姿を消してやり過ごそうとしていたので、フルダイブで一気に場所を見つけて戦闘に入った。

 後1歩の所まで麻紀を追い詰めたが、救援にきた美月によって足止めを喰らい、二人とも取り逃してしまった。


『どうしたの? いるのいないの?』


「うーん。いないと思う。あとちょっと気になったんだけど、エリーってあたしと麻紀達がやりあった最初の戦闘を知ってるよね?」


『麻紀はあたしの仇だもん。それにあれだけ派手にオープン日にやって公開されていればいくらでも知ってるに決まってるでしょ』


 知っている。それはそうだ。オープン最初の祖霊転身同士の戦闘として、公開されている。

 じゃあハンター艦のプレイヤーも、美月がどう行動したか知っているはず。移動範囲が絞られたここが必ずしも必殺の場になら無い事を。

 そして美月もフルダイブはしたが、まだ切り札の祖霊転身を使っていない。ここまで完全に追い込まれているというのに。

 嫌な予感がする。それはサクラのプレイヤーとしての勘だ。あまりに整いすぎた状況に、それしか無いと他のルートを考える事も無かった。

 しかし確信は無い。証拠も無い。

 ハンター艦はそれを知っていても勝つ算段があったのか、それともそれしか選べない状況だったのかも知れない。

 美月にしてもフルダイブはともかく祖霊転身に使う物資を惜しんで、追い込まれてしまったのかも知れない。

 かもしれないでは、今の有利な状況を手放す決断をするまでには至らない。

 なにか違和感が無いか、おかしな部分は……

 ここまで取得したデータにざっと目を通す。

 人はミスをする。それは父の言葉だ。ミスが起き無い事もあるが、絶対に起きないはない。

 何気ない何かに、答えが潜んでいるかも知れない。

 改めてデータを見直す。

 ここまでの航路に違和感は無い。両艦共に通れる隙間を縫い、低速推進でここまで深く入り込んできていた。

 美月は上手く逃げ、そしてハンター艦はそれを上回るほどにさらに上手く追跡し、そこでサクラは気づく。

 美月の起こしたミスでは無いミスに。

 それはあまりに整いすぎた数字。つかず離れずを繰り返してきた両艦の特定位置を通り過ぎる際の時間差。その誤差は僅か30秒。

 その30秒が常にタイマーで計ったかのように、表示され続けていた。付かず、離れずと、まるで両艦が申し合わせたかのように。


「エリーごめん! これ罠だ!」


 罠に誘い込まれたのは自分達の方だ!

 麻紀はいないのでは無い。もしかしたら追跡していたあのハンター艦が麻紀なのかも知れない。

 麻紀の船ホクトはブロック艦。装備の変更や艦種の偽装がしやすい艦だ。

 アレが麻紀かどうかは判らない。しかし判断する方法はサクラの手にある。


『え、サクラ!? どういう事!?』


「フルダイブ! 即座にメガビースト発動!」


 驚きの声をあげるエリスに答える暇も無くサクラは、切り札の発令を宣言する。

 それは一瞬の判断が勝者と敗者分けるHSGO世界でトッププレイヤーとなったチェリーブロッサムとしての思い切りの良さと、サクラ自身の経験が導き出した答え。

 己の答えに常に自信を持ち、失敗してもリカバーすれば良いという父の教えの賜。

 脳を駆け抜ける快感にも似た電流とともに、サクラの意識は仮想世界へと完全移行する。


『祖霊転身メガビースト変形を開始します。祖霊転身反応を感知! 波長から水分子機械(ウンディーネ)と判別!』   


 慣れ親しんだ仮想体を意識する間もなく着席していたコクピットシート脇のスリットから、いくつものコードが躍り出て仮想体に接続。

 操縦法がプレイヤーの直接的な動きで行うダイレクトタイプへと変わり、メガビーストへの変形が始まる。

 ついでエリスのメルと比べて、感情が無いサポートAIが警戒音声を上げ、周囲宙域図に一瞬で無数の敵反応が浮かび上がる。

 どうやら廃船やデブリに紛れ込ませて、既に罠が構築されていたようで、今先通ってきた通路にも、赤点が密集していた。

 幸いにも変形中は特殊スキル『お約束』が発動し、周囲の艦船は全て停止状態。僅かに出来た時間的猶予で、周辺状況を確認する。

 敵ハンター艦は種別不明。しかし野生の狩人が麻紀では無いと判断する。

 罠の種類はわからないが、まずは赤点が少ない場所に移動するのが最優先。


『変形完了。メガビースト起動します』


「アルティメットウェポン発動! 選択ダブルインパクト!」


 何時もなら堂々と名乗りを上げてからいくところだが、今は緊急事態。音声認識システムでの武器選択により、主機がうねりをあげフル稼働を開始。一気にエネルギーゲージが最大値まで駆け上がる。


『周囲から敵性攻撃反応。約200! えっ!? 強制通信レーザーってなにする気!?』


「エリーごめん!」


 いきなり起きた戦闘で焦り声を上げるエリスに謝りながら蹴り飛ばして強制通信レーザーの範囲外へと移動させ、さらにその反動を使いサクラはビーストワンを跳躍させる。

 
『エ、エリスを踏み台にしないでよ!』


 サクラ的には緊急退避行為だが、勢いがありすぎて蹴り飛ばされたといった方が正解でエリスから当然の抗議の声が上がる。

 しかし今はそれに応え、謝る暇は無い。

『必殺技発動準備完了。双撃超振狼(ダブルインパクト)発動します』


「イエス! レッツゴー! ダブルインパクト!」


 両腕を大きく振り回し大技を発動。改造して2本の尾となった尻尾が放電と共にプラズマ炎をあげ、ビーストワンが火の輪となる。

 最大攻撃力でまずはこの包囲網から突破しようとするが、敵も然る者。技の入りのために停止した一瞬の隙に、再度強制通信レーザーが幾筋も放たれ、


『外部から強制通信! 機体制御系への乗っ取りを確認! サブスラスターの一部が緊急停止! クラック除去を完了! 進路修正間に合いません!』


 レーザー着弾と共に一部スラスター操作が乗っ取られ、強制的に停止。全身のスラスターを使った大技に入っていたビーストワンの進路は右側に大きく逸れ、脇にあった大型艦へと突っ込む形となった。


「被害報告! うーんミツキやるね! 相手にとって不足無し!」

 
 突っ込んだ艦の内部に残っていた推進剤や可燃物質に引火したのか、あちらこちらで爆発が起きて、外装温度が一気に上昇を始める。しかしそこは頑丈な戦闘艦。

 立ち上がって手を何度も握ってみるが、動作にラグは無く、ほかの部分も戦闘継続に支障はないとサポートAIが表示する。

 まだまだ全力で楽しめると分かり、サクラの心が躍る。



『やられてなんで楽しそう!? サクラって戦闘馬鹿なの!? うーミツキも絶対許さないんだから! 罠なんて! だから地球人はずるがしこいとか、悪辣だってって評判になるの! メル迎撃用意!』 


『りょーかい! イヤーでもその悪評の99%はお父上の所為だって社内アンケートの結果が』


『メル五月蠅い! 戦闘集中! レーダー攪乱幕弾をランダム発射! 周囲全部に敵が潜んでいるみたいだから、少しでも防ぐ!』


 一方でエリスの方は、罠に嵌めるつもりが、逆に嵌められていたと気づいて怒り心頭のようだ。

 もっとも怒りつつも的確な手を打っているので心配はなさそうだ。

 HSGOとは全く違う戦場。全く違う戦い方。しかし読みあいを行う対人戦は変わらない。

 なら何時ものごとく、明るく、楽しく、戦うだけだ。

 足元の船体装甲の残骸を拾って、即席の盾としたサクラは、戦闘を開始した。 



[31751] AN面 月下桜吹雪で兎と狼は踊る
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/01/22 02:04
「土砂降りの雨あられでダンスと来れば、ここはBGMはアップテンポでしょ!」


 ビーストワンを打つのは、文字通りの雨のように絶え間なく降り注ぎ全身を打ち付ける強制通信レーザー。

 回避不可能な上に、可視、不可視を入り混ぜているので、どうしても見て反応してしまいストレスが溜まる。

 溜まったストレスが判断を鈍らせ、さらに脳内ナノシステムの伝達速度に悪影響があるのはプロゲーマーならば誰でも知っており、不利な状況下での自分なりの対処方を編み出している物。

 サクラの場合それは音楽。それもなるべくアップテンポでアドレナリンが出るタイプの早い曲調だ。

 カスタムサントラからお気に入りのギターリストのソロ曲を爆音で選択。

 全身を打つリズムに乗せ、両手で掴んだ装甲板を振り回し即効の盾とする。


『あーもう五月蠅い! リンクでこっちにまで聞こえてくるんだからもっと静かな曲にしてよ! 今索敵中なんだから!』


 一方繋がりっぱなしのウィンドウの向こうでは、エリスが頭の上のメタリックウサミミを左右にピコピコとゆっくり振りながら、宙域図へと目をこらしている。

 集中が乱されるのが嫌なようで、相も変わらずの不機嫌顔だ。


「Booー。エリーはテンションが低いな! 姿が見えない敵から一方的な攻撃。ここはピンチからの逆転シーンだよ!」


『逆転するならともかくやられっぱなしでしょ! あーもうウンディーネのコピーばっかり! 物量作戦はサクラたちのお家芸なのに逆にやられてるじゃ無い!』


 強制通信レーザーに乗せられた光信号は、一発一発は弱いが着実に蝕んでいく見えない毒。

 電子攻撃によるクラック攻撃は、サクラの方はスラスターの誤作動が一定間隔で発生し、エリスの方は常に索敵能力の低下が起きている。

 スキルレベルが低いのか、装備ティアが弱いのか、ミツキが祖霊転身状態で強化されていても、こちらのシステムが完全掌握されることは無さそうだが、それでも無視は出来ない攻撃を受けている。

 自然に流れるように着実に素早く罠に嵌められてしまったが、そのわりには仕上げのお粗末さが、ミツキ以外の意思を感じさせる。

 おそらく誰かのアドバイスを受けているのだろう。


「ちっち甘い甘い。ステイツのトレンドはいつだってスーパーパワー持ちのスーパーヒーローが、ムソウ状態! これこそアメリカンヒーロー! そしてジャスティス!」


『あーも胡散臭い! サクラって本当にアメリカ人!? 日本人が想像するステレオタイプじゃない! そこの廃船影!』


 情報リンクで送られてきた敵ポッド位置情報を確認。10機ほどが固まっているようだ。

 通常攻撃では廃船を避けたり破壊している間に逃げられてしまう……ならば、 


「オッケー! ゴー! アルティメットウェポン!」


 エネルギーチャージ済みの2本の尾を最大稼働させ宙返りを切りながら突撃。

 超振動波を打ち放つ一本目の尾が廃船を粉みじんと変え、さらに追撃の二本目の尾が無数に放つプラズマの矢が逃げ遅れた3機に直撃し、一瞬で水で出来た機体を蒸発させ、内部のコアを破壊する。


『あーまた使うし! もっと節約しなきゃダメでしょ! そんな無駄遣いをウチでしたらサラスおばさんからお説教コースなのに!』


「わかって無いなエリー。盛り上げるのがサクラの、プロのお仕事! 見せ場の一つも作れないでカリフォルニア州チャンプなんて名乗れないよ!」


 盛り上げるためなら偶像だって演じてみせるし、高難度トリックもどんどん決めてみせよう。それがトップゲーマーとしての心意気なのだが、どうにもエリスには不評のようだ。

 もっともそれで自分の方針を変える気は一片たりとも無いのがサクラだ。


「ってな訳でエリーも派手にいこうよ! 祖霊転身で一気に逆転だよ! 場所さえ見つけたらあたしが特攻!」


『まだダメ! あっちにはマキもいるから、せめて手がかりがあるまでは使わないもん。時間切れを狙ってるかも知れないでしょ! メル! 索敵案はなんかない!?』 


 突っ込みたがりのサクラとは真逆で、エリスは慎重な意見を口にして、サポートAIへと戦術補佐を求める。

 
『うい。ここは鴨撃ちといきましょうお嬢様! サクラ様もご満足な一気にバーンと広範囲索敵! こっちにばれちゃうとびっくりした相手が起こすリアクションと、同時にポッド間での動きの差異から、隠れている兎をあぶりだしちゃうよ!』


 鴨なのか兎なのか。AIの癖にやけにその場のノリと勢いで発言している節が所々に見られるが、面白AIの割には言っている意見は真っ当なものだ。


『採用! ノイズ除去が終わり次第、広範囲索敵を仕掛けるから!』


 メルのハイテンションには馴れているのか、それとも最初から諦めているのか特に突っ込むことも無く、エリスが広範囲索敵準備を開始する。

 まだエリスの艦の方が電子防御能力が高いので、一瞬だけだが索敵能力を低下させるノイズが途絶える瞬間が時折不意に生まれる。

 これはこの場に二隻がいるから起きた隙。もしここに一隻だけならば、全てのポッドの攻撃が集中し、とても捌ききれず一方的にやられていただろう。

 攻撃が二つに分かれているから、ほんの僅かだがまだ対処する隙が生まれていた。


『除去確認! 広範囲索敵レーダー最大威力で発信!』


 一瞬モニターを白く染めるほどの高出力で発信されたレーダー波が、津波のように一気に広がっていく。

 不意な強烈な電磁波に、旧式の電子部品がショートを起こしたのか廃船からいくつも火花が産み出され、まるでその明かりで照らし出されたかのように、今まで確認出来ていなかった物も含めて、数え切れないほどに隠れていたポッド達の姿が克明に浮かび上がる。

 いくつかはより大きな反応があるので親ポッドも投入されているようだが、肝心である扇の要は、マンタの姿は発見できない。


『敵大ポッドβがレーダー攪乱幕を展開! 北天方向を暗幕で覆ってきたね! 狐の巣穴はこっちかな!』


『メル! どれかに統一してよ! 北天方向に展開したポッドは全体の4割弱! 隠れているならこっちだと思うけど、あんまりにあんまりでありきたりすぎる気がする!』


 こっちに隠れているなら分かり易すぎる。案外そう思わせて、裏の裏で、本当に隠れている場合もありそうだが、それを結論づけるには、もう少し情報が欲しい。


「同感! ミツキは真面目そうだからセオリーをセオリー通りに行っているかも! となれば怪しいのは反対側! 反対側にいるのは……NPC艦ロセイホルン17!?」


 そちらにいるのは北天よりは数では劣るとはいえ薄くない数のポッドの網。そしてその遥か先。廃船置き場から少し離れた宙域に佇むNPC警備艦だ。

 ブラックマーケットを仕切る裏組織に所属するNPC艦は、通常時は巡回コースを廻っているが、さきほどのEMPミサイル攻撃後から警戒モードに入って状況確認状態へと入っていると、艦情報を発信している。

 彼らはあくまでもブラックマーケットを守る警備艦隊。ギリギリだがブラックマーケットの管理宙域から外れている廃船置き場までは、出張ってくる設定にはなっていないようだ。

 だからあそこに留まっているのも別におかしくは無いかも知れない。

 だが高レベル装備を持つ警備艦ならば、一定の場所に停泊していなくても情報収集に問題はない。

 もしそれが動かないのでは無く動けないのであれば。そして何より最初に不審船情報を発信してきたのが件の警備艦であるという事実。


「オッケー。とりあえず殴ってみれば答えはわかるって事で突貫するね! エリーは一応に備えてパーティ解消しとこうか!」


 このまま殴りにいってもし違えばブラックマーケット組織と敵対状態に入る。

 同パーティ状態では実際に攻撃した自分だけでなく、エリスも敵対モードに入る。ミツキ達だけで無く、NPC艦隊までなんて相手にしていられず、それどころか逃げ切れるかさえ判らない。

 だがこのまま座していれば負けるのを待つだけ。

 賭けるなら常に一点掛け。本命ズドンだ。

 しかしそれはあくまでもサクラのスタイル。エリスを巻き込まないようにパーティ解散を申し出るが、エリスは首とウサミミを横に振った。
  

『そうなったらエリス一人でここ受け持つことになるじゃない。それに到着するまで時間が掛かりすぎる。エリスの船は超射程艦。目も耳も良いんだから! いくよメル。フルダイブ! それから祖霊転身【月兎イースター・バニー】発動準備』


 どうやら慎重ではあるが、腹が決まったら一点掛けはエリスも同様のようで、フルダイブを宣言し、さらに同時に祖霊転身を開始する。

 
『りょーかい! 卵を届けに兎は跳ねる! 砲身仮想展開開始しちゃいましょうか!』


 フルダイブ時とキャラクター画像は変化させないタイプなのか、画面の向こうのエリスの姿には変化は無い。

 艦の形状もサクラのように大きく代わりはしないが、艦底の一部が開きいくつかのアンテナがせり出し、さらに艦の全長と同じほどに長い、長砲身が中心から真っ二つに割れて、その砲口を南天へと向ける。

 その目が見るのは遥か先。いくつもの廃船とデブリに阻まれていようとも、意にも止めない強烈な指向性レーダーが放たれる。

 フルダイブによるステータスアップに合わせ、物星竿に付随した専用祖霊転身時に使用可能な長距離ピンポイント索敵システムが、その偽装を一瞬で暴き立てる。


『ビンゴ! 嘘つきな子を発見! でも卵は届けに行きましょうお優しいお嬢様!』 


 イースターの兎とは裁判官。それに見立てたのかメルが偽装を見抜いて、敵艦の本当の情報をモニターへと表示する。

 偽りの姿をはぎ取られ姿を現したのは、綿毛をつけたタンポポの様な独特の外観。

 それはテールアンテナを展開し、移動能力に大きく制限を受ける代わりに、情報処理能力を最大まで稼働させたミツキの搭乗艦。通称マンタにほかならない。


『サクラ! チャージが終わるまでしばらくガードして! 祖霊転身状態の物星竿ならビーストワンをあそこまで一気に跳ばせる!』


 そう言っている間にも、ポッドの攻撃がエリスの船へと集中する。どうやらミツキもエリスの方へと脅威度を大きく見積もったようだ。

 逆転の手が目の前にあるなら強く握るのは当たり前。

 それにチャージが終わるまで味方の盾となって、さらに自身が必殺の銃弾になる。なんて燃えるシチュエーション。是が比も無い。


「イエス! 派手にいこう!」


 両手に持った装甲板を振り回しながら、サクラはレーザーの雨の中に身をさらす。

 装甲板にまだ少しだけ残っていたのか、レーザー吸収塗装が着弾と同時に光となって散開して散らばる。

 ちらちらと舞うそれはまるで桜吹雪。

 チャージが進む事に、二つに分かれた砲身に電光が走り、その砲口が白く輝き、空間と空間を繋ぐ真円のゲートが成形されていく。

 ほのかな明かりを放つそれはまるで月。 

 月下の桜吹雪の元で躍る狼と兎は、猟師をその耳と牙に捉え、逆転の一手のために、卵を形作っていく。

 
『祖霊転身反応新たに感知! 対象確認識別名【バカマント】ことプレイヤーマキ』


 やけに私怨込み込みな識別名と共に新たにこの宙域に飛びこんできた船の名が表示される。

 それは美月とコンビを組んでいるマキの搭乗艦【ホクト】

 既にフルダイブ、祖霊転身状態となっているホクトは、1直線にミツキと合流しようと飛翔している。

 到着予測時間は、こちらの転位可能時間よりも僅かに早い。

 しかも光学観測でも判るほどに、マキの船には何らかの改造が施されている。

 


『来たわね! マキ! けちょんけちょんにしてあげるんだから! サクラ手加減なく二人とも殲滅だからね!』


 どうやらミツキよりもマキに対する敵愾心が強いのかエリスが吠える。

 このまま転送されれば一応1対2なるのだが、どうやらサクラが負けるとは、エリスは微塵も思っていないようだ。

 スペクテーターは一人。だがその観客が自分の勝利を疑っていないならば、魅せて踊るだけだ。


『ハンプティ・ダンプティ完成! すぐに落ちて割れちゃうから飛び込んでゴー』


 マンタと合流したホクトが何らかの変形を開始したのがちらと見えると同時に、メルから転位可能の合図が出される。


「オッケー。オウカ突貫!」


 マキの仕掛けは今の段階では判らない。

 だが卵を割ってみなければ中身が判らないのなら、それもまた楽しい。

 歓声をあげながら狼は月の中に飛び込んだ。  



[31751] A面 高山美月は外道LVが2に上がった
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/01/29 01:01
「西ヶ丘のIDも打ち込み完了。これで高山の情報とリンクして戦闘領域ライブビューイング再設定完了と」


 峰岸伸吾がフレンド登録していた美月と麻紀のゲーム内IDを打ち込む。

 先ほどまで廃船置き場での戦闘を美月の放ったポッドからの視点で映していた映像から、テールアンテナを全展開して、綿毛をびっしりと生やしたタンポポの様なマンタと、その隣に停泊して、新装備の巨大なメカニカルアームを稼働させたホクトが、きらめく星をバックにしてアップとなった映像へと切り変わる。


「伸吾。もうちょっと引いた方が良い映像になる。艦対艦なら俯瞰で見たほうが全体像が見やすいし、説明コメントつける余白もほしい。あと近接撮影用に課金別カメラで撮ったが良いかも。お試し用課金アイテムチケットを使おう」


「あいよ。んじゃこんなんもんか。2カメは西ヶ丘を追尾だな」


 動画中の戦闘解説やスキル使用時の補足説明コメントを埋め込む役になった中野亮一の要望に合わせてカメラ位置を大きく引いて、多少両艦が小さくなるが周囲の宙域を見やすい状態でカメラを固定し、ついでに正式オープン記念で無料配布されていたチケットをつかい、課金用第二カメラも設置する。

 近接カメラの方は、近接戦闘時にメインで動くことになるだろう、麻紀のホクトを自動追尾設定にしておく。


「誠司。今回のトップページに埋め込むんだよな。画面2分割にしとくか?」


「それ全体映像の方が小さくて見にくくねぇか。切り変え制にして、別ウィンドウでも同時視聴可能の方が俺らの設定も楽だろ」


 伸吾からの問い合わせに、難色を示した谷戸誠司は、画面テンプレートリストから、切り変え・別ウィンドウ型に設定し直して、今回の為に作成している特設ページの作成を急ぐ。

 彼らが弄るのはPCOで新規導入された視聴法の一つである、祖霊転身時のみ稼働するフレンドビューイング編集機能。

 文字通りゲーム内映像を、簡易に録画、編集か出来る機能で、ゲーム動画配信を積極的に推奨している運営側による利便機能の一つだ。

 観戦者が戦場にいかなくても、簡易に迫力のあるプレイ視聴を、視聴先プレイヤーが有するゲーム内情報と同様の映像を第三者視点から楽しめるという物だ。

 元動画の方も見られるプレイヤー側の設定で、非公開、フレンドのみ、全プレイヤーに公開、そしてプレイヤー以外にも公開と、4種類の設定がされており、さらに視聴とは別に録画、編集許可を個別プレイヤー事に設定も可能となっている。

 勝手に第三者に動画公開、編集されない為の物で、美月達二人はデフォルトのフレンドのみ視聴可能、映像加工は不許可設定となっていたのを、今回はフレンドである伸吾達に編集許可をだして、弄れるように変えてあった。

 これらは全て美月の提案した、準公式プレイヤーと誤認させる作戦の一環。

 ユーザー獲得に向けた宣伝プレイっぽい映像を配信して、ついでに美月達が新たに獲得した両者が祖霊転身時のみに使用可能となるシークレットレアスキル『合体』がブラフでないと証明するためでもあった。

 その証明とは、一目瞭然。

 麻紀が祖霊転身し美月と接触したことで、コンソールの一部が変化していて、これ見よがしのレバーが美月の場合は艦長席の真横、そしてゲーム内仮想体である麻紀の場合は、頭上に出現している。

 特殊スキルの取得条件を公開する『始祖』となるか、公開せず隠匿し『使い手』となるかを選択していないので、今は触れても動かないが、選択さえすれば稼働状態になるとのことだ。

 間違えて触れないようにだろうが、実用性皆無で何とも趣味的なレバーの形と色使いと良い何者かの強い意思を感じさせるデザインとなっている。


「しかし校内からゲーム動画配信って、どうなんだよハムタロウセンセよ」


 手際よく動画撮影の設定を変え、多少は苦労しながらも公式っぽい特設ページを作りあげていく後輩達を、大鳥は後ろから見守る。

 母校の校風は公立では緩い方だが、さすがに校内設備からプライベートのゲーム動画配信となれば問題となりかねない気もするが、


「その辺は既に解決済み。あいつが臨時講師で来たときに、校長やら教務主任をたらし込んでったんで。簡易動画編集ソフトの使用テスト用の一環つって、あれの元システムを無料で置いていって、生徒さんに積極的に使わせてほしいうんぬんと……後ハムタロウってホウさんまで呼ぶな」


 周囲にはインパクトの強さで大好評だが、個人的には何ともファンシーすぎるので止めてほしいかつての二つ名に心底嫌そうな顔を羽室は浮かべるが、ゲーム画面へと目を向けている大鳥は気づいていないようだ。


「相変わらず根回しいろいろしているな。どこまで計算して、陰謀を張り巡らしてやがるんだあいつ?」


 羽室が名前を出さずとも、大鳥の脳裏に浮かぶ顔はただ1つ。いい加減いい歳しているくせに、いつまでも悪巧みに悪ガキのような楽しそうな顔を浮かべる腐れ外道だ。

 大鳥が指摘するのはこの動画配信の件だけでは無い。

 美月達をゲームへ誘導した事に端を発し、シークレットレアスキル、サクラ、そして美月の父、ルナプラント、サンクエイク。

 ゲーム内外、極々小さいことから、世界的規模の事件にまで暗躍し、複雑に絡み合った糸を束ねる三崎の狙いは、長い付き合いの大鳥や、羽室にも不明だ。


「その辺はさっぱり。使うか、使わないか別にして、とりあえず仕込んでおく方針なのはホウさんも知ってんだろ。一応高山と西ヶ丘は、家庭環境やら、本人の精神的に色々と難しいから、変な手は出すなよって釘は刺してありますけど」


「いやもう手遅れだろ。特に高山って子。ぱっと見には一か八かの賭けに見えても、この状況で、勝つために一瞬で罠を考えて勝算を少しでも重ねて仕掛けにいくなんぞ。シンタっぽい思考じゃねぇか」


「……夏前までは、真面目で融通が利かなくて、裏をついた策なんて考える生徒じゃ無かったんだけどな」


 せっせとあちらこちらに種を埋め込んでおく、働き者な策謀家という実に質の悪い後輩に絡まれて、ゲーマー思考に染まりつつある二人の生徒に、同情の色を含んだ目を羽室は向けていた。







 耳が痛いほどに鳴り響く警告音が、転位の前兆現象である空間湾曲が発生したことを高らかに告げる。


「上方14㎞に転位反応感知! 反応微弱ながら質量計測中級クラス! 出現まで20秒! 迎撃は間に合いません!」


 宙域図に示されたポイントは調査モードになったマンタを、最も広い面で捉える事の出来る直上であり、そして十分な加速するだけの空間があるので、最大級の一撃を叩き込むだけの距離もある。

 距離があれば転位直後に動きを封じる事も出来るかと考えて、事前にサポートAIに予測させていた転位座標ポイントの1つだったが、出現までの時間はこちらの予測よりも遥かに早く、さらに余剰エネルギー最小限度で、バックファイアも皆無と静かな物だ。

 空間転移出現までの時間と転位体へのバックファイアを決めるタイミングは基本は運ゲームというのが、PCOプレイヤーの間でのもっぱらの見方だ。
 
 目まぐるしく数字が変わる【時空間数値表】やら、理解不能に波打つ幾重もの線【空間相違座標軸線】と名付けられた物が転位兵器には付随しているが、それらはランダムに動きすぎで、そこに意味があるとは思えず、いわゆるフレーバーテキスト。

 サクラを送り込んできたプレイヤーがよほどの剛運持ちか、それとも購入するため高難度クエスト必須な上に挑戦回数規制が入るレア課金アイテムを使用し、転位効率を爆あげしてきたのだろうか。

 あるいは、運営からなんらかのバックアップを……


 見え隠れする黒幕の影に、自分達の圧倒的な不利が一瞬心の中をよぎるが、既に覚悟は決めルビコンを渡っている。何があろうとも、誰が相手だろうとも今更引くのは無しだ。


「敵艦B転位砲艦へのクラックを集中してください。単艦になったあちらに集中。シャルンホルスト君。麻紀ちゃんから回してもらった敵艦データから次弾転位砲発射までの時間をあらゆる条件から推測してください」


『ヤヴォール。全情報から精査します。しばしお待ちください』


「僚艦ホクト移動を開始。転位直後に接触します」


 麻紀の駆るホクトが、物理・重力制御、2系統のスラスターを全力で噴かして、天を駆け上がっていく映像がメインモニターに映し出される。

 新装備の特殊船体装備『グランドアーム』は既に展開しており、両碗十指にあわせて、両手の中指と薬指の指先からは、精密作業を可能とするサブアーム群が起動を始めていた。

 矢のように上昇し一直線に転位予測座標に向かうホクト。その側面扉が開き、小型ミサイルほどの大きさの細長い飛翔体が射出され、ホクトの船体に隠れるように併走を始める。


「タンデム戦闘スキルを順次発動。麻紀ちゃんのサポート優先で設定してください」


 通常にパーティを組むよりも、さらに各種情報の交換速度や、データのやり取り量を増大させるタンデム戦闘スキルを発動させ、ホクトの自動防御兵器補助をマンタで受け持つ。

 サクラとの近接戦闘に集中できるように、B艦へのクラックを継続しながら美月はサポートへと廻る。


「僚艦プレイヤー【ニシキ】とのタンデム戦闘スキル発動。各種戦闘情報をリアルタイムリンク開始。自動防御兵装の60%をこちらで制御を受け持ちます。緊急跳躍ブースター起動、射出。カウントダウン開始します」


 艦内でしか起動できず、しかも起動したら停止ができない緊急跳躍ブースターが発動するまで30秒のカウントダウンが始まった。

 起動したブースターには転位座標のセット項目は無い。接続された艦を亜空間ホームへと強制転位させるだけ。そこには使用者指定の項目さえない。

 一見逃げるためのアイテム。しかしアイテム欄を熟読し、裏読みすれば、使用時の制限は厳しいながらも、非殺傷型ながら、防御力を半永久半減させる凶悪極まりない攻撃アイテムへと変貌を遂げる……はずだ。

 確信は無い。このアイテムが敵艦へも使用可能だという。

 だが推測し、実行に至る根拠はある。

 それはGM三崎伸太……いやギルドKUGCギルドマスター【シンタ】時代のプレイスタイルと、数々の打ち立てた作戦。

 シンタの考案した奇をてらったそれらは、システムの不備や、運営やプレイヤーの思い込みを利用した作戦が主となっている。

 ゲーム情報に精通し、調べられる限り調べ尽くし、それに沿って、普通のプレイヤーならこう思うはず、運営ならプレイヤーがこう動くと考える思考の裏をかき、からかうように、あざ笑うかのように、楽しげに罠に嵌めていく。

 ついた二つ名が【腐れ外道】なのも納得のプレイスタイル。

 そんな男がメインで絡むゲームでのアイテム説明欄に、対象指定を記載忘れる事などありうるだろうか? 

 否、無い。ありえない。

 その不備こそ、三崎が利用してきた隙だ。その隙を見逃すはずが無い。だからこの隙はわざと作られた隙のはずだ。

 三崎は美月にとっての敵。倒すべき敵。その為にはその思考を理解し、トレースし、読み切って、勝たなければならない。

 美貴達に貸してもらっていた三崎の現役時代のプレイ動画や、各ギルドに配った作戦立案書。それらが美月に確信させる。

 作戦の肝はスピード。

 組み合ってからブースターをビーストワンへと強制接続させた方が、余裕はある。だが同時にこっちの余裕は、相手の余裕でもある。

 緊急跳躍ブースターには防御力は皆無。耐久値も艦載機の機銃掃射すぐに破壊出来るほどしかない。

 意図に気づかれ簡単に破壊されてしまっては、賭けに勝ち目は無い。いかに不意と隙を突き、相手が読み切る前に決めるかだ。

 だから最初に組合った段階で一手で決める。それが美月の作戦であり、麻紀ならば出来ると信じた結果だ。

 
『フロラインミツキ。敵転位砲艦の次弾発射までの推測を終了致しました。通常で1分。ですがウェポンブレイクアタックならば20秒で次弾の発射が可能となります』


 シャルンホルスト君がずいぶんと差がある答えを導き出す。

 通常時より半分以下に減らすことが可能なそれは、全アイテムに導入されているシステムで、文字通り装備アイテムの耐久値を一度に使い切り、使用後に確定破壊されるが、選択した性能を限界以上に引き出す一撃。    

 しかしそれはハイリスク、ローリターンの代名詞のようなシステム。一度選択すればキャンセル不可能な上に、選択した性能は上がるが、それ以外の性能値はだだ下がりするからだ。

 攻撃力をあげれば、命中率や射程が激減。命中率を上げれば、同様に攻撃力や射程が激減する仕様で、賭けるには癖が強すぎるからだ。

 強力なレアアイテムなら、非選択数値が激減しても、元の数値が高いので使えるだろうが、レアアイテムを使い潰すのは惜しい。

 祖霊転身の一部、これらの弱点をカバーし、非戦闘状態になるまでアイテムロストしない『残滓の剣』や、ロストはするが必中クリティカルとなる『ラストショット』等の強化スキルと組合わさなければ、とても使い物にならない。

 そして敵艦Bは既に祖霊転身を使用して、サクラを送り込んできた。

 勝算の見積もりが低い賭けにでる可能性。そして物星竿の武器特性……


「圧搾空気放出してください。位置を少しでもずらします」


 マンタに備え付けられた無熱補助移動機能の1つである圧搾空気移動機構を稼働させて、艦を僅かずつだが動かしていく。

 近接戦闘のために動く麻紀達はともかく、ミツキのマンタは動かない的状態。艦自体も中型で多少ずれても命中は出来る。

 だが、物星竿は一度照準位置を決めれば再設定はできない。

 なら少しでも移動し、攻撃予測範囲から外れてしまえば。賭に出ていたとしても対応は出来る。

 ミツキのプレイスタイルは、ただの一か八かの賭けでは無い。

 考え、少しでも不安があれば種を埋め込み、必要があれば自由自在に組合わせて使い、少しでも勝算を積み上げていく行為。


「こちらのウェポンブレイクアタックリストを再確認。B艦が無力化すれば、テールアンテナの切り札使用も考慮します」


 だから敵艦の行動予測から思い出した特性も一応作戦のリストに加えていく。

 三崎に勝つためにその思考を理解する行為は、美月自身も知らずに強く影響を与えていた。



[31751] A面 毒手
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/02/06 21:16
 天を翔る船を肉体とし、無重力の宙を思うままに走り抜けるこの上ない心地よさに、上がるテンションを感じながらも、西ヶ丘麻紀は逸る心を抑える。

 既に起動させ船外へと放出した緊急跳躍ブースターは、まだ接続指示は出さず、船腹側に併走させており準備は出来ている。

 刀を抜いた麻紀が視界の先に見据えるのは、重力変動が可視情報化された白く輝く光の球。

 転位ゲート出現位置を現すそれは、完成と共に割れる仕様で、プレイヤーからは見た目そのまま卵やらエッグの愛称で呼ばれている。


『タンデム戦闘スキル発動を確認。艦ステータスが上昇しました』


 サポートAIイシドールス先生の音声と共に、エッグ表面に、ホクトのステータスや装備では通常は表示されない、転位ゲート完成までの秒数表示が浮き上がった。

 タンデム戦闘スキルによって美月との間により高度な情報リンクが確立したことで、観測、処理能力に優れるマンタによる観測結果が表示された為だ。

 スキルの効果はそれだけではない。ホクトに装備された自動防御兵装の60%近くが、マンタ側によって制御が行われており、浮いた分の処理能力が反映され、各種反応が強化される。

 仮想体の両腕とリンクしたグランドアームの指を一度握り、開いて、追従性を確認。

 ステータス強化はされても、使い始めたばかりのグランドアームは関連スキルレベルが低いので、感覚よりだいぶ遅れがあるが、それを計算に入れていれば、ぶっつけ本番でも問題はない。


「重力制御推進機関で体を崩す! あたしの足とイメージリンク!」


 表示されたカウントに合わせて、出現と同時に仕掛ける為に、仮想コンソールを弾きジャミング弾を装填しつつ、思考コントロールによって速度の微調整を行い、重力制御推進機関を本来とは違う用途に用いるために口で指示を出す。

 VITマルチインターフェースと呼ばれる口答指示、入力操作、そして思考操作。3種混合操作法によるマルチタスクにも慣れて来た。

 ならいけるはずだ。


「すぅぅぅっ」


 深く息を吸い込み、母との稽古の時と同じく、拳を握らず、半分開き、指を取られないように五指を揃える。

 揃えた五指は、麻紀が手ほどきを受けた古式護身術の基本構え。御殿医だったという先祖より伝わる懐剣を用いて婦女子が身を守る術。


『ブースター発動まで15秒』


 仮初めの身体に呼気を整える必要などないのかも知れないが、ラッシュを仕掛けるときの癖で深く吸った息を止める。


『重力場崩壊まで2、1、敵艦出現』
 

 ゲーム的演出なのだろうが、内側から弾けるようにエッグが破砕され、その残滓が砕け散った鏡のように空間へと広がっていき、その中心から機械仕掛けの狼が忽然と躍り出ててくる。

 最高速で突き進むホクトと、加速状態で出現したビーストワンの移動軸線は、偶然か、それとも互いに読んでいた必然か、見事に重なる。

 故に起きたのは超至近距離、超高速のチキンレース。頭から互いが突っ込む形となる。


『Yessssss!!!』


 オープンチャンネルからサクラの勇ましくも可愛く、そして楽しげな雄叫びが響くなか、ビーストワンがビームを纏った右爪を大きく突き出し、背後ブースターから極大炎をあげて一気に突っ込んでくる。

 
「射出、展開」


 最低限の単語だけを発しながら麻紀が頭の中で出した指示に従い、ホクトの自動防御砲台からジャミング弾が射出。

 ばらまかれたジャミング弾はすぐに炸裂し、周囲の空間を掻き乱し、一時的な目くらましとなる。

 本来は逃亡のための装備で、一時的に各種レーダー能力を大きく低下させるものだが、その効果は無差別。サクラだけで無く、近距離で炸裂させた麻紀自身の視界も大きく曇り、霧の中に迷い込んだ様な錯覚を覚えるゲーム内視覚効果が発動する。

 霧が晴れるまで頼れるのは視覚情報のみ。目の前に見えるのはサクラ、ビーストワンだけだ。

 ジャミング弾の炸裂と同時に、グランドーアームの左腕親指先端に埋め込まれていたオプション装備のビームシールドが最大出力で展開。

 青炎を灯す爪と、白炎を纏う盾が真正面からぶつかり合い、激しいエフェクトをまき散らす。

 ビームが纏う色の違いは、そのまま出力の違い。

 純粋な戦闘艦であるビーストワンの爪に対して、多目的に用いれるブロック艦であるホクトの盾は及ばない。その威力を大幅に削りながらも押し負け、ビームシールドは急速に耐久値を減らし消失しかける。


『ブースタ発動まで10秒。カウントダウン開始9……』


 しかしそれは計算の範囲内。ほしかったのは、防ぐことではなく、投げるための刹那の間。

 受け止めた左腕を引きながら、物理推進機関、重力制御推進機関を最大稼働。

『8』

 サクラの周辺情報察知能力をジャミング弾で殺し、その意識を左手のシールドに集中させながら、本命である見えない右足を麻紀は一気に蹴り上げる。

 押し負ける左腕の勢いも喰らい、スラスターを用いて艦体をぐるりと回転させながら、重力場の産み出す斥力をビーストワンの脚部に叩き込み、宇宙空間での足払いを敢行する。


『7』
 

『Oh!?』


 突撃の勢いもあり大きく体勢を崩したビーストワンから、サクラの素の驚き声が発せられる。

 まさか腕だけのホクトが足払いを仕掛けて来るとは予想もしていなかっただろう。だがこれはあくまで奇策。

 種を明かしてしまえば何度も通用しない一度だけの搦め手。

 本命は別にある。それは毒を埋め込むために残した右腕だ。

『6』

 船腹に隠していた毒を緊急跳躍ブースターを、右のグランドアームで掴み、そのまま大きく回転するビーストワンの脇腹後方へと押し当て、


「修復コーティング噴射!」


 緊急跳躍ブースターの磁気吸着機能を発動。ビーストワンへと接続させ、さらにその上から、補修用の超硬化コーティング剤を指先から噴出して簡単には取り外せないように埋め込む。


『5』


 それらは技術屋の麻紀だからこそ出来る一瞬の早業。

 ビーストワンの腕の可動域からもっとも取りにくく、そして重要機関が集中しているから力技で外すことも躊躇せざる得ない最適ポイントを見抜き打ち込む必勝の毒手。

 しかし問題は自艦が発動させた緊急跳躍ブースターが、敵艦へと作用するかだ。

 上手く発動すればあと4秒で麻紀達の勝利は確定する。

 
『敵艦が緊急跳躍ブースターを使用しました。敵艦の戦場離脱まで30秒のカウントダウンを開始』
  

 イシドールス先生の無情な声が響き、予想外の問題が新たに生まれる。

 美月の予想通り、敵艦に緊急跳躍ブースターを接続は出来たようだが、同時に対象が敵艦へと変わった事でカウントダウンがリセットされたのか、30秒に戻ってしまっていた。

 残り3秒から、予想外の10倍の時間を稼がなければならない。

 それも切り札を使い切った上で、別ゲーとはいえ、格闘戦に特化した州チャンピオンであるサクラから。

 
「グランドアームにエネルギーを集中! 耐えるわよ!」 


 だが麻紀に迷いは無い。一度離れたビーストワンの懐へと、自ら飛び込んでいく。

 護身術は戦う為の、相手を倒す為の武術ではない。

 圧倒的に肉体能力で負ける女、子供に必要な、敵を倒す為の力では無く、逃げ延びるために特化した技。

 だから本来とは違う戦い方。でもそれが麻紀の戦い方だ。

 誰かの死に強いトラウマを持つ麻紀にとって、相手を倒す、殺すことは禁忌であり、最大の弱点。

 それはゲームという仮想世界でさえ発動してしまうほどに、深く深く刻まれた心の傷。

 だから生き延びる。自分も死なず、大切な友(美月)も死なせず、そして相手も死なせず、時間だけを稼ぐ。

 生き残るために、死地に飛び込む。

 大きく矛盾する戦いを麻紀は開始した。



[31751] Ab両面 ゲーム盤は変化する
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/02/11 23:36
 サクラのビーストワンへと、麻紀のホクトが何かを接続させた瞬間、エリスティアは動く。


「メル! 報告!」

 
 求める情報は膨大。詳細は言葉として口から発するよりも、思考で告げた方が段違いに早い。

 VR世界とはいえ思考するのは己の脳細胞であり、感覚はリアルボディに合わせられている。

 つまりは銀河帝国皇家末裔にして、現銀河最高峰のディメジョンベルクラドであるアリシティア・ディケライアの愛娘であるエリスティア・ディケライアの肉体感覚に。


(ういっさ! 周辺状況! サクラ様情報! 美月様&麻紀様情報まとめてドン!)


 エリスティアから見れば、原始文明も良いところの地球の技術力にあわせてあるため、MA461Lタイプ自己進化型AI通称メルの本来の数億分の一の性能さえ発揮できていない劣化コピーだが、それでもメルは即座にエリスティアの求めていた多角的な情報を、コンマ数秒で返してくる。

 その情報転送量は地球人であれば、過負荷で脳が一瞬で焼き切れるほどの量と速さだ。

 しかしそれをエリスティアは当然のように受け止め、一瞬で理解し思考する。

 別次元を感じ取り、天体単位の物質の超空間経由転送さえも可能とする次元案内人。ナビゲーター。ディメジョンベルクラドの血脈がそれを可能とする。
 
 もっともこの膨大なまでの情報量が必要となるゲームプレイは、現状エリスティアとその従者であるカルラの宇宙組専用プレイ環境だと本人は知る由もない。

 他のプレイヤー。地球人向けには、同様の環境情報や、操作指示はより簡素化された上に、サポートAIやスキルで補われており、一般的なゲームとなっている。

 しかしエリスティア達の情報処理負担や、操作のシビアさ、煩雑性は、それとは比にもならないほどにかけ離れている。

 感覚的に判りやすく例えるならば、オーケストラ曲を聞くために、地球人プレイヤーが曲が録音された機器の再生ボタンを押せば良いところを、宇宙組だけは自分で演奏ホールを用意し、楽譜も手配し、人員と楽器を揃え、さらに録音と一音たりともずれない音を指揮しなければならないといった感じだ。

 完全なるマニュアル操作で、スキルさえ、地球人側の同スキルと同様の効果がマニュアルで出来る環境が整ったり、機能制限が開放されるだけというものとなっている。

 これはあまりにかけ離れた身体能力を持つ地球人と宇宙側の差を埋め、ゲームに公平性をもたらすための人為的な負荷。

 差を埋めるために適正な負荷を割り出すのに、某廃神兎の膨大なゲームプレイデータが大いに役立ったのはいうまでもない。


『僚艦が緊急跳躍ブースターを使用。30秒後に戦線離脱』


「あーもう!? なんで!?」


 無情なシステム音声がもたらした確定情報に、エリスティアは仕掛けられた罠の厄介さに声をあげる。

麻紀の手により、サクラに接続させられたのは、今朝方のアップデートで新規実装された亜空間ホームに関連した新アイテム『緊急跳躍ブースター』

 一定時間経過後に、跳躍禁止設定エリアからも強制退避跳躍が出来るが、その反動で装甲値に半永久半減効果あり。

 一見逃げるためのアイテムだが、それはかなり使用場面は限られるが、相手を確実に戦場から追い払い、半壊ダメージを与える武器となる。

 今朝方、実装されたばかりのアイテムだから、まだ使用感などはどこの攻略サイトや、プレイ動画にも上がっていない。

 敵対プレイヤーにも接続が出来るなんて情報も、もちろんない。

 なんでそんな新装備情報を組み込んだ戦術を美月と麻紀は出来た?

 接続と同時にカウントダウンがリセットされ、最初から始まることを知っていたのか、麻紀がダッシュして、サクラへ肉薄し接近戦からの妨害工作を開始している。そこに迷いなど見受けられない。

 それ以前に、用意周到な罠に嵌めてきた美月の行動もある。PCOがVRMMO初プレイのゲーム素人の美月が、とっさにあれだけの罠を仕掛けたと考えるよりも、事前にエリスティア達の動向を知っていたと考える方が自然か?

 いくつもの疑問と疑点が稲妻のようにエリスティアの脳を走り、考えたくない推測を導き出してしまう。

 今戦う彼女たちは、父のお気に入りのプレイヤー達だ。ゲーム正式オープン前から動向を探っていて、情報が入ると何時も楽しそうに笑顔を浮かべあれこれ考えていた。

 美月と麻紀は父が今取り組んでいるプロジェクトの切り札だと、エリスティアの周りの大人達は誰もが言っていた。

 彼女たちを優遇し、贔屓をしているのかもしれない。実の娘であるエリスティアを差し置いて。

 自分だって勝たなきゃいけないのに。オープンイベントで入賞しなければ、宇宙に戻れないのに。こんなに恐い地球にいなきゃいけないのに。

 父は何時もそうだ。いつだって仕事優先だ。たまに気まぐれで遊んでくれるが、いつも、何時も、仕事で滅多に帰ってこない。

 だから今回も仕事を優先して、美月達を贔屓したのか? エリスティアが帰れなくなるというのに。


「メル! ウェポンブレイク指定『物星竿』!」


 心の大半を占めかけた不安を追い払うかのように、並行して考えていた打開策をエリスティアは叫ぶ。

 通常では、跳躍砲次弾発射まで1分。それではブースター発動まで間に合わない。

 だが武器を破壊する代わりに特定ステータスをあげられるウェポンブレイクならば、次弾発射までは20秒。それならば間に合う。

 しかし問題は照準をどこにあわせるかだ。物星竿は射程範囲内ならどこにでも撃てるが、その照準は一度決めたら移動不能。再指定したらもう一度最初からカウント開始。奇しくも緊急跳躍ブースターと似たような条件だ。

 サクラと麻紀はもみ合い移動しながら、攻防を繰り広げている。サクラの方が近接戦闘に優れた近接戦闘艦、それもビースト状態なので、攻撃という面では大きく押している。

 しかし麻紀もその巨大なグランドアームとそこから伸びたサブアームを使い、攻撃を防ぎながら、修復材カプセルを用いて、自艦の損傷を補い戦闘能力を継続し、倒すのでは無く時間稼ぎに注力している。

 種の割れた重力変動機関による見えない足も用いているが、チャージが追いつかないのか、回数は少ないが、要所要所で役に立っている。

 攻めのサクラと、守りの麻紀の実力は多少サクラが有利ながらも拮抗している。

 30秒以内で、エリスティアの望む形での決着がつくなんて、幸運に祈れる状況では無い。

 しかも今この瞬間も、美月による苛烈なクラック攻撃は続いており、艦のパフォーマンスを維持するのにも、限界がある。

 動かせない照準。しかもそれにも実際にはぶれがでるかも知れない。

 ぶれだけならば、幼いながらも精密性では極めて優秀と褒められた自分の力を、次元跳躍転送を行うディメジョンベルクラドの能力を信じて行える。

 だから照準は決めてある。そこしか無い。そこならばマキに気づかれず、サクラだけが知れる。

 だが今の状況は自分を信じるだけではどうにもならない。相手が、サクラが信じてくれなければ。

 だから……







「はっはー! やるねマキ! その防御イエスだね! KARATEマスターだったの!? それともマスターNINJA!?」


『あーもう五月蠅い! ちょっとは黙って出来ないの!? こっちはあんたの攻撃を防ぐのっ? あと空手とか忍術じゃ無い! 護身術!』 


 必殺技を撃つための尻尾にエネルギーを再チャージするほどの余裕は無いが、打撃武器として使うぐらいならば問題無い。

 四肢に合わせて2尾の尻尾を用いた6つの打撃技。それをマキは2本の巨大な腕を用いて防ぐ。

 腕の防御をすりぬけた致命的な一撃は、重力変動機関による斥力の盾をとっさに張って防いでいるが、出力に余裕が無いのか、攻撃には回ってこない。

 捌かれ、すかされ、防がれれば防がれるほど、好敵手を前にサクラのテンションションは、ますます跳ね上がる。

 2つの腕はまだ時間的な意味とスキル的な意味でも馴れていないのか、祖霊転身状態だというのに動きは少し遅く、反応も鈍い。

 長年受け継がれた技法と術理が、サクラの猛烈な連撃をかろうじてながら最低ダメージで防いで、薄氷の時間を稼ぎ出されてしまっている。

 マキがいう護身術とやらはよく判らないが、これぞ東洋の神秘と言わずしてなんという。

 リアルジャパニメーションのワザを、実際に目の当たりにして盛り上がらないアメリカンなど、アメリカンではない。

だが楽しむ時間のリミットが刻一刻と迫っているのも、もちろん承知。

 このままじゃ攻めきれない。自分が跳ばされれば、残るのはエリスだけだ。エリスがどれだけ優れていようが、この状況では逃げるのままならない。

 ならサクラが狙うエンディングは決まっている。

 自分のミスで、仲間を負けさせるなんて、サクラの流儀じゃ無い。

 倒すべきは、自分の負けと引き替えにしても無力化させるのは、今もエリスへのクラック攻撃を持続させながらマキのサポートを行っているミツキだ。

 今はその為の仕込み。格闘戦にのみ絞りエネルギーを溜め込み、一瞬のダッシュに賭ける。

 ミツキのマンタは圧搾空気をランダムに噴射して僅かながらも座標を変化させているが、それはエリスの跳躍砲対策で、サクラからすれば十分カバー可能な誤差の範囲内でしか無い。
   
 3秒あれば、マンタのテールアンテナを断ち切れる。そうすれば今猛威を振るっている分子コピー探査機は全て停止とまでいかずとも、その力を大幅に落とせるはず。

 自由に動けるなら、エリスなら無事に船墓場から脱出出来る。

 そうやって決めた道があるのだから、今は今で全力で楽しむ。

 あくまでも自分が、跳躍までにマキを倒すことに固執していると思わせるために。


『サクラ! ブースター発動1秒前にこの座標!』


 不意にエリスからの通信回線が開き、やけに細かな座標指定が共有宙域図に表示される。

 そこは今サクラが目指す方向とは真反対。

 サクラとマキが最初に接触した位置で、今もばらまかれたジャミング弾の残滓が強く影響を残す場だ。


『かなりシビアなタイミングと位……』


「エリー! ナイス! 良く判らないけど了解!」


 オープンチャンネルから秘匿通信回線に切り変え、禄に説明を最後まで聞かず、サクラはサムズアップで返す。

 このシチュエーションだ。大逆転のための手だという以外、細かな説明はいらない。

 仲間が何かするっていうなら言葉など無くとも信じる。

 それがサクラのスタンス。憧れ、海を渡る決意を固めさせたあのコンビのプレイスタイル。


『ち、ちょっとお話は最後まで』


「エリーを信じてるからオールオッケー!」


 そして本人は言及しないし、何か事情があって言えないのかも知れないが、会話の端々や顔立ちから、おそらくはあの二人の関係者というか、子供だろう即興の相棒が考えてくれたのだ。

 そこに乗らないルートなどサクラ的にあり得ない。


『あぅっ!? あっ! ……は、外したら怒るからね!』


 サクラの力強い断言に、顔をトマトのように赤面させ、黒髪から伸びたメタリックウサミミをピンと伸ばしたエリスはしばらく口ごもってから、怒るにしては少し嬉しそうな成分を含んでいたようにも感じられる捨て台詞を残してモニターが消える。

 その照れ怒り顔が思いのほか可愛らしかったので、もう少し堪能したかった所だが、さすがにそこまでの余裕も無い。

 更に攻撃速度を上げてサクラは擬態をかます。

 マキとのオープンチャンネルでの会話が無くなったのも、時間が無くなり、さすがに焦ってきていると思わせるために。

 一瞬の判断ミスが致命的な負けとなる。その緊張感が心地よい。上がってくるアドレナリンを燃料に変えつつも、軌道計算をサポートAIを使い開始。時間と座標を打ち込み、タイミングを割り出す。

 出て来た答えは確かにシビア。しかも予想外の動きに対しても、こっちに最大限の警戒をしているマキの妨害が入るかも知れない。

 だがそれがどうした。これくらいの困難やトリックをこなせず、世界一のプレイヤーになれる物か。

 父は絶対に生きているとサクラは確信している。タフガイな父がたかだか月で孤立したくらいで死ぬわけが無い。

 仲間だって全員救って、生きて帰ってくる。

 それこそがサクラが一番好きなリアルアメリカンヒーローな父だ。

 だからサクラは父が帰ってきたときに誇れる物を手に入れる。世界一のプレイヤーになって驚かせてやるのだ。

 心配などしていないのだから、今を楽しむだけ。

 全力で苦労して、全力で楽しむのだ。

 サクラの意思に答え、さらに四肢と2本の尾は弾み、踊るように次々に連撃を叩き込んでいく。


「マキ邪魔邪魔! サクラの狙いはミツキなんだから!」


 ブラフをかまし、マキの意識を撃墜から排除へと変更させ、より防御に集中させる。

 残り時間は数秒。耐えきれば勝ちだと思わせるギリギリの心理戦を仕掛けた。

 圧倒的な力の嵐の前に、グランドアームで作られた城門が軋み、歪むが、一気に増した圧力に押し負けぬようにか、ホクトがメインスラスターを大きく噴射させ、立ちはだかる。

 その強固な壁こそがサクラの狙いだ。
 
 堅く、そして不動の壁となったホクトはこの虚空に出来た大地。

 攻撃速度を調整し仮初めの大地に四肢を同時に着地させたサクラは、大きく叫ぶ。

 
「スラスターフルファイヤ!」


 四肢による最大跳躍と、全身のスラスターによる一斉噴射を同期させ、サクラは天に向かって跳ぶ。

 目指すべきは未だ残るジャミング弾の残滓によって隠された宙域。

 短距離戦闘に置いて圧倒的なアドバンテージをもたらすダッシュ能力によって、追いつこうとするマキを引き離し、サクラは隠された雲の中に飛び込む。

 そこにあるのが何かは見えない。本当にあるのか判らない。だがそれでも自分が言ったとおり、エリスを信じるだけだ。

 
『耐衝撃準備! 跳躍砲発射!』


 エリスの力強い声と同時に、ビーストワンに埋め込まれた毒の位置が、刹那の時に重なる。

 それは神がかり的なタイミングとコンマ単位の誤差も許さない位置調整がもたらす奇跡。

 しかしそれは奇跡だが必然。

 仮とはいえ、”絆”を結び始めたディメジョンベルクラドとそのパートナー達にとっては、奇跡は必然となる。

 エリスが放ったのは、極めて極小で威力も最低限ながらも、毒を打ち消す銀の銃弾。

 正確無比に、これ以上はないタイミングでビーストワンに接続された緊急跳躍ブースターの位置に重なった跳躍ゲートから出現した砲弾が、ブースターに命中、破壊して即時停止させる。

 計算され尽くしたこれ以上は無いという絶妙のタイミング。

 そうこれ以上は無い……だからこそ読まれる。


『重力スラスターフルドライブ!』


 一瞬遅れて追いついたマキが大きく叫ぶ。


「what's!?」
 

 ホクトの船体は全く届いていないというのに、その回転に合わせて生まれた大きな力の流れによって、振り回されたビーストワンが吹き飛ばされる。

 その正体は推測するまでも無い。ジャミングされた空間では検知不可能な重力場だ。

 ホクトが産み出した変位重力場がビーストワンとその周囲を覆い、指定ポイントに向かって跳躍した推進力がそのまま別ベクトル方向へと切り変えられていた。

 今しがたスラスターを全力噴射させたばかりのビーストワンでは、その勢いを打ち消すまでの推力を再び出すのには、まだ少しだけ時間が必要だ。

 だがこれは攻撃ではない。ただ力の向きを変えただけで、船体は軋むがダメージは皆無と言って良い。

 その狙いは、


『ブレイク指定『テールアンテナ』』


 ミツキの静かな声が響き、マンタのテールアンテナ全体が激しく輝いたかと思うと、瞬く間に収束し1本の細長い光の槍となって撃ち出された。

 光の槍と、ビーストワンの船体が交差した瞬間、ビーストワンの制御システムは一斉に停止した。







「テールアンテナ全損を確認。修理不能なデッドウェイトと判断してパージします」


 いくら壊れて邪魔になったからと言って、ゲーム内でもポイ捨てなんてどうだろうと思ってしまいながらも、美月は小さく息を吐きだし、堅く握っていた手の力をようやく緩める。

 みれば爪の跡が食い込んでおり、急に感じた痛みと共に軽く血も出ており、仮想体のHPも極々僅かだが減少している。

 どこまで細かく設定して作ってあるのだろうこのゲームは……本当にここはゲームの中なのだろうか。

 あまりにリアルすぎる感覚にいつもの疑問が胸をよぎるが、そこまで余裕が無い事を思いだし、美月はメインモニターへと目を向ける。

 そこでは半壊したグランドアームを何とか動かし、パラライズ状態のビーストワンを捕獲した麻紀が、もう一つ買っておいた緊急跳躍ブースターを再接続していた。

 美月が放ったのはマンタのテールアンテナのブレイクウェポン攻撃。

 テールアンテナの出力をオーバードライブさせ、過剰な電磁波をまとめ槍として放つことで敵機械を1分間無力化させる効果がある。

リアルではアカエイが尾の先端に持っており、マンタには本来存在しない毒針だが、マンタという愛称はプレイヤー間で自然発生した物なので、そこらは気にしても仕方ないだろう。


『美月。ブースターと有線通信ケーブルの接続完了したよ。あとどうする?』


 ブースターを接続したホクトの船体がビーストワンから離れるが、その両艦の間には1本の細い通信ケーブルが繋がれたままだ。

 有線ならばシステムダウン中の艦とも通信可能となるあたり、細かい所に凝り過ぎな気もしないでもないが、今はそれが助かる。


「有線通信の中継お願い。上手く煽るから」


 演技など出来ないが、すぐに喧嘩腰になる麻紀よりも自分の方がまだマシだろう。

 始まったカウントダウンを見ながら、翻訳機能をオンにして通信画面を開く。


『りゃミツキのほうなんだ? やるね。引き分けだね』


 映ったのはリアルに会ったことのあるサクラを少し年上にしたハイティーンの少女だ。

 満面の笑顔の上。髪から跳びだしてちょこんと見えるのは犬耳。獣人族アルデニアラミレットの特徴である尾っぽも画面の後ろ方で、楽しそうに揺れている。


「引き分け? 私達の勝ちです」


 やはり自分が出て良かったと思いながら、美月は冷静な声で返す。

 麻紀だったら負け惜しみを言うな、やらなんやらで本題に入る前に言い争いになるところだ。


『ふふん。引き分けだよ。ベストじゃないけどベター。あたしの最低限度の狙いはテールアンテナ破壊。エリーが逃げられればそれでオッケーだからね』


 表情からは負け惜しみという感じは見当たらない。本気でそう思っているようだ。なら方向性を変えればいい。


「判りました。では引き分けで良いですよ。互いに少なくないダメージを負ったのですから。こんな遭遇戦で……だから次はしっかり決着をつけませんか。互いにしっかりと傷をいやし、準備をしてから。私達にはまだまだ切り札がありますから勝つのは私達ですけど」


 サクラの言動から、その性格は判りやすく、派手なシチュエーションを好むことは把握済み。

 時間も無いのだから、回りくどい言い方では無く、決着をつけるためという名目でストレートな決闘を申し出ながら、合体スキルを匂わせる発言で挑発をかます。


『へぇー……決闘ってこと? 良いね!』


 予想通りすぐ前向きな返事が返ってきた事に美月は心の中で安堵する。

 恐いのはサクラによる不意の襲撃。警戒してクエストをしていては、こっちの予定はその対策や準備に無駄に費やしてロスが出ていた。

 だが決闘を申し込み、サクラの襲撃をこちらでしぼってしまえばその期間は安心してクエストに注力できる。

 そしてその期間は長ければ長いほど良い。


「なら麻紀ちゃんとサクラさんの戦いがオープン日に始まったのだから、決着はオープンイベントのラストはいかかがですか?」


 そこにもサクラ好みのフレーバーを効かせた提案を美月が繰り出すと、


『ふーん。なるほどね。ミツキって結構したたかだね。でもいいよ。そっちの方が盛り上がるし、サクラたちの準備も万全になるから。次はちゃんとしたコンビ対決だね』


 どうやら美月の狙いをサクラは見抜いたようだが、それでも琴線に触れるのか笑顔で了承の返事を返す。

 しかし気になるのは、”ちゃんとした”コンビ対決という言い方だ。

 途中で麻紀が参戦してきた事を指しているのだろうか? 

 最初から2対2の公平な戦い方を求めているという事か。


『っともう転送だね。うーん防御力半分か。まぁ当たらなければいいね。死な安って日本のゲーム名格言もあるしね。それより、ほらエリーも出て来なよ。挑発合戦はプロなら当たり前だよ』


 自分だったら大いに頭を悩ませる防御力半分に対して、恐ろしく軽い発言をしたサクラが横を向き、先ほども出していた相方を画面に呼ぼうとしている。


『敵艦A跳躍まで残り5秒、4、3、2』


 渋っていたのかなかなか繋がらない中、最後の最後、1秒前に画面が開き、そこに出た予想外の人物に美月は思わず驚き固まる。


『べぇーだ!』


 勝てなかったのが悔しいのか大粒の涙を目に浮かべながらも、強気に顔をこわばらせ、舌を出してあかんべーをしてみせた黒髪の少女の頭の上では、これ見よがしに威嚇するかのように機械仕掛けの耳がぴんと立っていた。


『敵艦A緊急跳躍。B艦も戦域から離脱しました』


 ビーストワンが光り輝き消えると共に、舌を出していた少女が、エリスと名乗り、オープン日に美月達の前に現れた謎の少女が映っていた画面が閉じる。


『ちょっ!? 美月今のっての!』


「エリスって子だったよね……なんであの子が」


 驚く麻紀に対して、碌な返事が返せないほどに美月も混乱させられてた。

 主導権を握るつもりで仕掛けたが、いまだ主導権は、姿が見えないGMに握られている。

 改めて美月はその事を実感させられていた。





















 先ほどまで派手な戦闘が繰り広げられていた宙域から少し離れた虚空の宙。

 そこに宇宙には場違いなスーツ姿の二人の男達がいた。

 それはプレイヤーからはどのような手段を用いても感知、干渉ができないGM権限のステルス機能を使い、美月達の戦いを観戦していたGM三崎伸太と、サクラの叔父である宗二だ。


「いやぁ白熱した戦いでしたが残念、引き分けでしたか」


「あんたの思惑通りか。どこまで俺達を玩べば気が済む!」


 にやついた人の悪い笑顔を浮かべる三崎に対して、対峙する宗二は殺意さえ篭もる強い目を向ける。
   

「くくっ。玩ぶなんて聞こえが悪い。俺が求めているのは皆さんの幸せですよ。さてサクラさんが勝てば、お二人を大切な人達に会わせてあげるという賭けでしたが引き分けですね……なら一人分だけとしましょうか」


 誠意の無い悪意交じりの笑いをこぼした三崎が右手を振ると、その指先に白いカプセルが出現する。


「こちらのプログラムをどうぞ。貴方と姪御さん。どちらが会うかはお任せしますよ」


 外見がカプセル型のプログラムを投げ渡した三崎が、演技がかった一礼をして口元に笑いを浮かべる。


「……どういうプログラムだ」


「飲んだ瞬間に安らかな死をお約束する片道切符ですので、ご利用は計画的に」


「なっ!? 話が違う!」


「おや、言いませんでしたか。死ななければ会えませんよ。ですが無駄なサンプルをこれ以上増やしていく余裕も、意思もありません。そう貴方の姉君のように無難なサンプルなんかはね」


 それは実に嫌らしく、そして悪意で固められた笑み。

 そのにやけ面した悪魔を殴り飛ばすため、宗二は強く拳を握り締めた。
















A面は一度ここで決着。
小文字bは誤字では無く、子兎視点を現しています。
次からは今回の裏側B面に移行します。
今話最後のシーンまでの展開となるまでの経過となります。
お読みくださりありがとうございます。



[31751] B面 地球を救うお値段は110916円也
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/02/20 22:56
 本日は天気も快晴。昼過ぎには真夏らしい強い日差しで猛暑となるのは、リルさん管理の下確定済み。

 本日の御本命なお客様のご来社までは30分ほど余裕もある。

 となりゃ、実体はともかく、一番下っ端な何でもやる雑用社員としちゃ、暇しているわけにもいかない。

 空いた時間に、まだ涼しい朝方に本社前の花壇に水まき&道路に打ち水と行きたい所なんだが、そうもいかない事情が発生していた。

 火星から転位して、アリス曰くセーブ場所な地球のホワイトソフトウェア本社の仮眠室から這い出して、1階階段下倉庫から水まきセット一号(大じょうろ)の準備をしていた俺に、受付にいた大磯さんから外線の呼び出し連絡。


『シン。昨年末、年始も帰ってないんだから、お盆くらいは休みとれないの』


 取引関係者からかと受付のコンソールを借りて出てみれば、待ち受けていたのはうちの姉貴様。

 頭が上がらないので速攻切りたいが、それをやったときは、ご本人+お袋召喚となりかねない不肖な弟としちゃ、何とか電話で撃退したい所だ。


「サービス業に、んなのあるか。姉貴だってよく判ってるだろ。つーか姉貴、会社に直接連絡を入れんな」


『アパートや個人アドレスにかけても、何時も留守電なのはどこの誰よ。あんたがどこで、なにやってんのか判らないって、母さんが心配してんのよ。とんでもない悪さしてるんじゃ無いかって』


 うむ。相変わらず実家からの信頼度が低いな俺。

 いや、まぁ主に高校、大学時代の所行の自業自得だとは反省しているが、さすがに公式年齢25。実年齢+50なんだから、そろそろ首に鈴をつけるのは止めてほしいんだが。

 かといってちょっと銀河中心核星系までいって、地球存亡を賭けて数年ほど裏工作してましたなんて真実をいった日にゃ、巫山戯るなと説教コンボからの半殺し確定。


「色々忙しいんだよ。あちこち飛び回って、外部との連絡禁止なんて時もあるから。守秘義務あって詳しく言えないからな聞くなよ」


 画面向こうからも締め上げてきかねない姉貴の探ってくる鋭い目線を躱しながら、言葉を濁す。

 サラリーマン御用達の必殺技。守秘義務様々だ。   


『ゲーム開発会社に入ったはずなのに、なんでそんな事になってんの。あんたって子は……母さんには上手く言っておくから。貸し1つ。だいぶ溜まってるんだから、ちゃんと返しなさいよ』


 胡散臭さは感じて嘘が入っているのは見抜いているようだが、これ以上は聞いても無駄だと判っている姉貴は、しょうが無いと、追及の手を緩め、上手いことお袋の方にカバーに入ってくれるようだ。

 こういうときは頼りになる姉に感謝だ。


「あいよ。もう少ししたら、ちょっとは余裕が出来るから、そんときゃアリスも連れて帰るから上手いこと引き延ばしといてくれ」


『あ、その件だけど、アリシティアさんを連れてきたときは、三崎の本家、分家のおじさま、おばさまら親戚一同で顔あわせするって事になったから』


 前言撤回。なんで、んなしちめんどくさい事になってやがる。

 婿養子な親父方はともかく、母方の親戚はろくなのいないぞ。何せ俺の親戚だからな。


「いや、今時本家、分家ってどこの田舎だよ」


『あんたの田舎よ。こっちの温泉街も最近は景気が悪い話が多いから、シンの人脈で町興しやってやるかって画策してるじーさま、おじさまも多いんだから。逃げるんじゃ無いわよ。貸し回収だがら。こっちもお客様のお見送りで忙しくなるから、じゃあね』


 反論をさせないためか一方的に用件を伝え終えた姉貴は、俺が反論する前に通話を切りやがった。

 
「三崎くんおつかれー。なんかプライベートでも面倒そうなことになってたね」


 今日の来客リストをまとめながら、横目でこちらの会話をちらちらと盗み見ていた大磯さんは、同情半分、興味半分な笑みを浮かべている。


「そう思うなら外出中とかいって上手く断っておいてください」


「いやー三崎君のおねーさんから、もしよろしければ女性社員の皆様でお使いくださいって、割引宿泊券も頂いたし、嘘はちょっと」


 悪びれもせず宣ってくれた大磯さんの指先には、姉貴の嫁ぎ先の温泉ホテルが半額で使える家族割引宿泊券がぴらぴらと揺れる。

 ちっ! 既に買収済みか腹黒若女将め!

 そうなると本家、云々もあやしい。姉貴の奴、俺とアリスが地球ではまだ婚約段階なのを気にしていやがる。とっとと籍を入れろや、男の甲斐性みせろと五月蠅いことこの上ない。

 とっくにその段階は過ぎて、喜べおばさんになってるぞ姉貴め。

 しかし外堀を埋めるために、人脈を餌に親戚共を巻き込みやがった可能性も高い。このまま手をこまねいていたら、式は地元で派手にやるとか勝手に話を進められかねない。

 最近宇宙側に重点を置いていたから、こっちにあまり気を張っていなかったが、どこまで籠絡されているか探っておいた方が良いかもしれない。

 となりゃ姪っ子を来年のお年玉二倍で買収して、スパイにでも仕立て上げてやろうか。


「おーい三崎君。大丈夫。悪い顔してるよ?」


「……そこはせめて顔色悪いくらいにしてください。人聞きが悪いんで」


 気づかんうちに姉貴に対する対抗策を考え出していた俺だったが、大磯さんの呼びかけで正気に返る。

 ふむ。どうも最近は色々と罠に嵌める事ばかり考えているせいか、そっち側に思考がいきやすい。気をつけないと。

 つーかなんで家族内で謀略戦をやってんだ俺ら姉弟は。

 アリスに面倒な親戚連中の注意をしたときは、『三崎一族の野望』だなんだと、最新50作目で、ついに石器時代から第三次大戦まで人類史を跨いだタイムスリップ戦略ゲーという突き抜けたジャンルにたどり着いたゲームタイトルみたいな、感想をもらしやがったし。

   
「っと。三崎君。お客様が駅を降りたみたい。予測時間であと7分でご来社だよ」


 大磯さんの声に受付カウンター何のモニター画面をみれば、駅の改札から出て来た本日のお客様の姿。

 サクラさんの叔父。柳原宗二さん。

 純粋な日本人、日本国籍保持者だけど、唯一の家族である姉が大佐と国際結婚すると共に小学生時代に米国に移住して、それ以来あちらで大学卒業、通信社に就職したグリーンカード持ちの若手産業ジャーナリスト。

 そしてルナプラントに勤務していた地質学者シルヴィア・レンブランド。今じゃこちらのお仲間のシルヴィーさんの婚約者と。

 なかなかの属性持ち。上手いこと料理すれば美味しくいただけそうだ。


「なーんか三崎君。嬉しそうだね」 


「そりゃ美月さんらにはさすがに自重したやれなかった効率的なえぐい真似も、大人相手となりゃ、こっからは18禁でいけますからね」


「三崎君。ほんと悪い顔だね……一度ぼこぼこに殴られた方がいいと思うよ」


 制限解除で仕掛けられるとなりゃやりやすいと人の悪い笑みを浮かべる俺に、大磯さんも若干引き気味だ。


「そんときゃそれはそれで美味しいですよ。んじゃ水まきしつつ先制パンチと行きますか」


 まさか宗二さんもボスだと思っている雑用状態な俺と、いきなりエンカウントするとは思うまい。初手から混乱させてペースをこっちに……


『三崎。ちょっとこっちに降りてこれるか。問題が発生した。このままだと美月さんらとサクラさんらが接触しそうだ』


 不意に仮想ウィンドウが開き、GMルームでゲーム全体の管理をしている中村さんからの緊急呼び出しが掛かる。

 しかも予想外の展開で。


「えっ? いやいや美月さんらは今学校に行っている最中でゲーム内に」


『それが学校から特別権限でログインしてきたようだ。だが問題はそれだけじゃ無くて、どうもシークレットレアスキルの第一取得者に美月さんと麻紀さんがなりそうなんだがな』


「げっ!? ま、まじっすか! す、すぐいきます」


 学校からログインも予想外だが、それよりちょっとやそっとじゃ取得者が出ないだろうと、つーか事前情報無しで取れる奴がいるのかと、発案者の佐伯さんとアリス以外の開発陣一同、思っていたシークレットレアの取得ってどういう事だ?

 色々とまずい予想が出て、慌てて階段に向かおうとした俺だったが、はたと思い出す。

 あっちは非常事態だが、こっちの宗二さんの対応も重要。

 美月さんらの方の対応をする時間稼ぎをするためには……仕方ない。ここは背に腹は代えられない。 


「大磯さん。一人北風と太陽頼みます! 社外から中に入るときの記憶復帰なら、自然でいけますよね」


 水まきセット一号(じょうろ)を大磯さんに託し、対男性特化最終兵器の発動を頼み込む。

 まぁ簡単に言えば、何時もの大磯さんの会社に入ったときの記憶復帰時のドジで、ご来客者な宗二さんの頭上にじょうろを水諸共ぶちまけて貰い、その服の乾かしやらシャワールームへの案内で時間稼ぎをするという方法なんだが。

 ちなみに何故一人北風と太陽かというと、入社直後に初めての来客時のお茶出しで緊張して大ごけ、幸い冷たいお茶ではあったが、自分とお客様の頭上にぶちまけという失態があったらしい。

 しかしその後の、大磯さんが濡れた自分は後回しで泣きそうな顔で必死に謝りつつ甲斐甲斐しく世話してくれるのが好評だったそうで、それ以来お茶出しに大磯さんを指名する初心者さんとリピーターが続出したことに由来する我が社の最終兵器だ。


「うぇっ!? ち、ちょっと三崎君! 勘弁して! いくら夏でも! しかもわざとだよ!? それに制服はクリーニング代が出るけど、下着は自腹で痛いんだけど!」


「大丈夫です! 忘れていますからわざとじゃ無いです! 経費で出なかったら新しいの奢りますから。じゃあ頼みます!」


 女性に下着を贈るなんて普通は色めいたやり取りが入るんだろうが、俺と大磯さんの場合は互いに男女としての感情が全く無い先輩後輩兼飲み友達という確固たる間柄なので、この場合はセクハラに値しないと勢いで思い込む。

 そして姉貴直伝、答えを聞く前に打ち切りを発動。とっとと階段に向かって駈け出す。


「あー! 三崎君! 卑怯! そういうことするならLA PERLAのスリップだからね!」


 逃亡もとい転進を計った俺の背後から怨みの篭もる大磯さんの呪怨が響く。

 どこのメーカーか知らないが、どうせ下着だ。1万もあればお釣りが来るはず。

 1万の自腹で地球が救えるなら安い物だ。



[31751] B面 GMは己のためには賽を二度振らない
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/02/28 00:46
 階段を一段飛ばしで駆け下りて、扉横のスロットに社員証を滑らせ、ワールド管理を行っているGMルームに入室。

 地下1階のフロアを区切っていた間仕切りを全ぶち抜き改装して新設されたGMルーム。そのフロアの大半を占めるのは機能性重視の業務用汎用フルダイブ機。

 棺桶のような筐体が規則的に並び、太い配線が縦横無尽に這う様、サイバーパンクなカタコンベといった有様だ。

 大半が稼働中のそれらを横目に見つつ、片隅のリアル側管理室に早足で滑り込む。


「悪いな三崎。ちょっとまずい事態になった。到着前にスキル開放されそうだ」


 須藤の親父さんがぽっくり逝ってお空の人になった後、その親父さんから直々に後継者指名され、今現在ウチの会社の現場トップを仕切る中村さんが、難しい顔で俺を出迎えつつ、壁側全面に展開した仮想ウィンドウを指さす。

 そこに映るのは、立体表示された広域宙域図。もっとも広域と言っても精々100単位の星系が映っただけの地域図。文字通り天の河銀河規模のマップサイズを持つPCO全体で見れば、それは極々一部の星域。

 宙域図には無数の光点が輝き、それら一つ一つはお客様、要はプレイヤーの皆様の現在位置を現しており、そこから伸びる矢印付き折れ線が、プレイヤーが入力した経由地、目的地を判りやすく表示するって形だ。

 様々な星域に向かう多数の白点に混じって、特殊プレイヤーを示す赤い点4つが、それぞれ別方向から同じ宙域を目指してやがる。

 お嬢様方の最終目的星域はウォーレン星域試験場。

 いやぁ、まぁウチ2つは俺の仕込みだが、ブラックゲート経由で先行して到着予定の美月さんらは予想外だっての。


「こっちこそすみません。見通し甘かったみたいです。そっちは状況確認して俺が対応します」


 ただ美月さん達は俺の策略の要であるが、かといってほかのお客様をないがしろにできる訳も無し。

 中村さんには通常業務に戻ってもらい、すぐに引き継ぐ。

 コンソールを叩きピックアップしてプレイヤー情報を確認。

 通常なら教育機関である学校からの接続は弾く設定がデフォルトなんだが、物の見事に特別許可が出ている。こりゃ羽室先輩か。

 何があったか知らないが、どの口が廃人養成させるなだ。あの不良教師先輩め。

 しかし正規のルートで接続してきた以上、こっちの都合で切るわけにもいかない。そこらは腐ってもGM。

 それよか問題は……シークレットレアの絆スキルの方だわな。

 土壇場を盛り上げるために組み込んだ大逆転スキルらしいと大まかには把握しているが、その辺は俺は開発はノータッチ。

 基本的にアリスと佐伯さんを中心に協力会社のやたらと濃い連中があーだーこーだーと組んでいたシステム。

 聞いた方が早いと予定表を確認してみると、っと佐伯さんは今日は休みか。

 となりゃ、今は地球と宇宙側の時間流が同期しているからアリスを呼び出した方が早い。


「アリス。ちょっといいか?」


 左手の薬指に嵌めた指輪を弾き呼びかけると、指輪は微かに揺れて内部構造を変化させはじめる。

 こいつは指輪の形をしているが、ナノマテリアル製マルチツール。

 内部構造を変えて多種多様な機能をもつって完全に地球外技術の産物なんだが、通常時はどう検査してもただの銀指輪なので、未開惑星研究者御用達な便利アイテムだ。

 つっても元素材のナノマテリアルは、アリスが身につけていたメタリックウサミミが出所なので、正真正銘ディメジョンベルクラドパートナーの証明書であり、俺らの結婚指輪でも有る。


『シンタなにか大佐の義弟さん方であったの? あたしの方もシャルパ姉にそのまま見つかると、色々とまずい書類が山積みで忙しいから手伝いは無理なんだけど』


 指輪からはアリスの声だけが返ってくるが、その後ろでは賑やかというか、修羅場的な怒鳴り声に近いざわめきが微かに聞こえてくる。

 あー。うん。グレーゾーンってのは解釈次第で黒にも白にもなるって意味だから、対策は仕方なし。

 アリスの方はアリスの方で、明日にはご来訪予定の特別監察官な従姉妹様の出迎えの準備やら対策で忙しいのは百も承知だが、こっちも緊急事態。少しでもいいから協力を要請だ。


「いや宗二さんと別件で、美月さん達がレアシークレット絆スキル合体の取得……」

 
『全員20分休憩! 社長命令!』


 説明途中だってのに、歓喜を隠しきれないアリスの理不尽すぎるトップダウン命令が響き、


『きたきた! え、なに!? どういう燃える状況!? 二艦対6億5千万!? それとも脳波同調!?』


 俺の目の前に、ディケライアのマーク入りの深紅のパーカーを纏った廃神兎様が銀髪ウサミミをぶんぶんと振りまわすハイテンションホログラムが召喚されやがった。

 いや、お前。シークレットレアのシチュエーションフラグが、レアって言うだけの事はあるって知ってるが、どういう状況で発動条件を組み込みやがった。

 つーかそれ以前に仕事ほっぽり出してこっち来るな。


「待てアリス。まだ使ってないから、すぐ戻れ。そうじゃな」


『アリシティア様の社長命令により社員全員が休憩時間を取得する事になりました。それと三崎様。業務終了後、サラス様がお二人にお話があるそうです』


 リルさんの無情な声が響く……遅かったか。あとでサラスさんに夫婦揃って説教が確定したじゃねぇか。
 



 膨大な精神的コストを前払いして召喚した馬鹿兎に聞いた所、レアシークレット絆スキル【合体】の取得条件は大きく分けて3つになる。

 まず一つ目がどちらか一艦がブロック構造艦であること。

 もう1隻の非ブロック艦が主艦になって、ばらばらに分離したブロック艦がパーツとして接続するためだという。

 どっちが主でも良いじゃないかと思ったが、それが由緒正しいグレート合体だと力説を始めそうだったので、そこは頭をはたいた目覚まし時計方式スキップ。

 ついで2つ目がスキル的なフラグ。こっちはタンデムスキルの利用時間やら、スキルレベルが関連している、いわゆる前提スキル。

 こっちはゲームとしちゃオーソドックスなので、詳細は聞かなくても十分だ。

 そして3つ目が問題のシチュエーションフラグ。

 これはいくつもフラグがあるが、そのうちのどれか1つでも達成すれば、合体スキルは取得は出来るらしい。

 ただレアを名乗るだけ有って、普通プレイだと難しいというか、なかなかお目にかかれない状況だったり、それ人間が出来るのか? ってのが有りやがった。

 なにやら二艦で大群を相手にするフレイムフラグやら、二人の脳波波形を合わせるエレクトフラグやら、元ネタをどこから持ってきたのか問い詰めたい。

 そんな中で美月さん達が達成したフラグがブレイブフラグ。

 なんでも自艦、敵艦共に祖霊転身状態での戦闘で、敵艦は無傷で、一方的に自艦が攻撃を受けている状態で、もう1艦が救援に来ればいいって奴だそうだ。

 条件だけ聞けば簡単そうに見えるが、どっちも祖霊転身状態の戦闘で、敵艦が無傷で、自分だけ一方的にダメージを喰らうってのは、ゲーム的にはわざと狙わないと難しい状況だ。

 アリス的には救援がきたら、合体が王道だという事らしい……触れると長くなるのでこれもスキップだ。

 よほどプレイヤースキルが離れていても、祖霊転身を使えば多少なりとも相手に手傷を負わせられる戦闘バランス。それが俺ら運営側が目指した物だからだ。 

 だからこっちの思惑と真逆の戦闘状態ってのは逆に気づきにくく、ほかのフラグにしても、ゲームがある程度進んで、熟練と新人プレイヤー間の戦闘能力差が出た辺りに、開放されるってのが佐伯さん辺りの狙いだったそうだ。

 そのはずが麻紀さんの死トラウマ+サクラさんの戦闘スキルが合わさり、美月さんの介入も合わせて、初日の戦闘で早々にシチュエーションフラグを見事に押っ立て。

 そしてゲームプレイと共に美月さん達がタンデムスキルを使用して、第二のフラグも順調に積み上げ、運営のこっちの予測が1>2>3だった所、1>3>2という逆転現象及び、想定外過ぎる早期開放と……美月さん達も運が良いのやら悪いのやら。


「これ普通なら知ってなきゃ、んな早々開放無理だよな? 今の美月さん達はウチの関係者だし、他のプレイヤーから情報リークを疑われかねないぞ」


 俺とアリスの場合のウチはもちろんKUGC。運営側になろうとも、俺らにとっちゃ故郷で有り、ユッコさんやら可愛いパシ……もとい後輩達のホーム。

 不正を疑われないためにいろいろしているが、こいつはちょっとピンチだ。

 しかし美月さん達を真っ当に促成するためのベテランプレイヤーで、こっちのコントロールが可能なのは後輩共だけだったんで、入れなきゃ良かったも無しだ。


『うーん。いっそ取得前にスキルを緊急メンテで消しちゃうとか?』


「アウトだ。こっちの都合でプレイヤーが得た報酬を帳消しなんぞ、佐伯さんが許すわけねぇ」


 これが不正ならともかく、かなりの偶然とはいえ真っ当に美月さんと麻紀さんが手に入れた力。それを消すなんぞ、ウチの会社が許すわけない。


「サエさんはサイの振り直しを許さないタイプのGMだからな。アリシティア社長。こればかりは無理ですよ」


 コンソールを叩いてどこかに連絡をしていた中村さんも苦笑交じりながら頷いて、俺の意見に同意する。

 地球の存亡を賭けた大勝負の最中に、ゲーム云々は不謹慎といわれようが、そこだけは曲げちゃいかない。

 GMは己のためには賽を二度振らない。これは俺らホワイトのGMの矜持だ。

 例え展開が自分に不都合であろうとも、振り直しをするようではダイスの神様にしっぺ返しを喰らっちまう。


『でも戦闘になれば一か八かで使う可能性も高いですよね? うちの子って結構短気だから彼女達に突っかかりますよ』


 エリスが謀略家を気取っても、すぐに突っ込む猪なのは事実だけど、もう少し言葉を選んでやれ。あれ絶対お前の血だろ。

 心の中で突っ込みながらアリスの予測には全面同意。

 特殊スキルを美月さん、麻紀さんが間もなく手に入れて、しかもサクラさんとエリスが接近中。

 エリスはすぐに噛みつきにいくだろうし、サクラさんも乗ってくるだろう。そして戦闘になれば、美月さん達がスキルを使う事にもなりかねない。

 普通なら情報がなければ開放できそうも無いレアスキルを。

 その先に待ち受ける誹謗中傷、嫉妬、流言飛語、画面の向こうに他人がいるから面白いが、他人がいるから恐ろしい。

 ネットゲーの光と闇は、GMなら十分承知だ。

 この緊急事態に対して俺がやるべき、やれる事は……


「三崎、開発部から少しは人を回せるように手配した。スキルを無くすんじゃ無くて改変で対応が出来るがどうする」


 どうやら中村さんは人員配置を弄ってこっちにヘルプを回してくれたようだ。しかも少数とはいえ我が社の最精鋭の開発部の先輩方なら多少の無理はいける。

 さすが頼りになる上司と先輩。となりゃ不肖の下っ端社員としても本気を出さざる得ない。

 頭の中で攻略手順を、一瞬で練って、組み立てる。
 

「ありがとうございます……まずは戦闘回避を最優先します。それでも戦闘になった際にスキルの方は取得は出来ていても、心理的に使えない、もしくは使うのを躊躇するって感じで。とりあえず俺はサクラさんとエリスの方にちょっかいかけます。”相棒”。その間に美月さん達の方に時間稼ぎ頼む。スキル説明を情緒たっぷりに詳細にしといてくれ」

 
 中村さんに頭を下げて礼を述べた俺は、キーワードを開放し頼りになる相棒に遅滞戦術の行使を依頼し左手を掲げる。


『オッケー。二正面作戦スタートだね!』   


 我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべたホログラムの相棒がわざわざ重力変動場を作りだす。

 掌を打ち合わせた音をゴングに、作った拳を闘志に変え、絶対不利な条件からのゲームマスタリングを俺らは開始した。



[31751] B面 頑張ろうと思いましたが無理でした
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/03/01 23:24
 サクラさんとうちの娘様エリスの目的は、ウォーレン星域試験場に潜んだ大物NPC犯罪科学者絡みのクエスト。

 こっちは娘様に地球人のゲーム仲間を、あと将来的な布石を見込んでの俺の仕込み。

 仕込みといっても強制選択クエストでは無く、サクラさんがバウンティーハンタープレイな所に、美月さん、麻紀さんに狙いを定めて常にアンテナを張り巡らしているので、ダークサイド絡みで食い付きやすそうなクエストをお勧めクエストにピックアップ。

 エリスの方は、カルラちゃんにご協力いただき、妹分がこのクエストを希望したのでと誘導。カルラちゃん本人は用事が発生したので当日離脱でソロ参加というシナリオ。

 こっちは予想通りに嵌まったんだが、さて問題は美月さん、麻紀さんの方だ。

 麻紀さんの新武装を買うついでに、新規アップデート関連アイテムの確認というゲーマーとしちゃ、アップデート後に当然といえば当然な行動は良いんだが、ものの見事に目的地がバッティング。

 今の美月さん達は、サクラさんと遭遇戦になるだけでも大変だってのに、ウチのエリスまで参戦となれば致命的なダメージとなりかね無い。

 さらに戦闘になってシークレットレアスキルが開放となれば、さらに美月さん達を取り巻くゲーム内状況は悪化する。

 しかも俺は俺で、宗二さん相手の仕掛けを始めたばかり。何とか戦闘を避けさせて、レアスキルを使わせない状況へと持っていくしか無い。






 『で、どう変える気だ三崎? 下手に弄って、イベントが盛り下がると主任がきれんぞ』


 四人のプレイヤーの動向をチェックしつつ、俺が両手挟み打ちで必要な仕込みを並行して行っていると、新たな通信ウィンドウが開き、ヘルプに廻ってきてくれた林さんが開口一番に告げる。フルダイブ中だったのか、VR空間側の白ローブ姿だ。

 どうやら中村さんが、状況説明などの根回しを既にしていてくれたようで、いきなり本題に入れる。時間が無い現状ではありがとうございますのひと言。
 

「誰かがレアスキルを取得すると同時に、全プレイヤーにそのスキルの取得方法を通知するのが、開祖システムでしたよね。あれを取得プレイヤーの選択制に変えるってこと出来ますか? 公開、非公開を選べる形で。非公開の時はスキルの取得条件は取得プレイヤーにも判らないって形で」


 開発部の女ボス佐伯さん謹製のシステムに手をいれようってんだ、林さんが首をすくめる気持ちは十分に判る。つーか俺も、わざわざ逆鱗に触れるのはごめんだ。

だからちょっとだけギミックを付け加えさせてもらう。

 最初に道を切り開いた奴が開祖となり、後に続くプレイヤーから功績値を取得出来るってのは、ほかにも隠されたレアスキルを探し出そうっていうプレイヤーを産み出す。

 つまりは人は違う変わったプレイをやってみたり、変わったスキルを伸ばしてみたりと、プレイスタイルに大きく幅が出るって寸法だ。

 決まりきったスキル構成やプレイスタイルばかりとなれば、ゲームに対する飽きが生まれやすく、ゲーム寿命を大きく削っちまう。

 その対策が、平凡なお決まりプレイでは、先駆者として取れないスキルを導入する発端。

 もっともうちの嫁含めたマニアックな連中の所為で、ガチレア条件目白押しな訳だが。


『それくらいなら5分もあれば追加できるが、公開するメリットに対して、非公開側のメリットってほとんどなくないか? どう考えても公開した方が良いだろ。取得した奴だけ取得条件が知れるってならともかく』


 林さんのいうことはごもっとも。非公開の時は条件を取得者だけが知れるなら、レアスキルを仲間内で独占も出来るだろうが、取得者も判らないとなれば、公開した方が断然お得だ。


「ですよね。公開した方がお得って、誰でも判る……だからこそですよ」

 
 美月さんらは今かなりの不信感と共にゲームをしている。主に俺の所為だが。

 そこに降って湧いた、美味しい話に素直に食い付くか。

 疑心暗鬼に陥っているなら勘ぐらせりゃいい。何かあるんじゃ無いかと。

 美月さん達が初のシークレットレアスキル取得プレイヤーだが、ちょいとほかのプレイヤーの存在を匂わせれば、取らない方が良いんじゃ無いかと考え込むはず。

 さらに上手いこと俺が潜んでいる事に気づけば、むしろ罠だと思うだろう。

 まぁ、そう思わせる事自体が罠ってわけだが。

 どっちにしろ使うのは躊躇するだろう。

 ただ使った方が美月さん達の力にはなるはずだから、後でフォローも考えなきゃならないので、とりあえずの窮余の策って奴だ。


『お前ほんと性格悪いな。主任にはお前が報告は入れろよ』 


 短い言葉だったが仕掛けの意味が判ったのか、林さんがあきれ顔を浮かべながらも周囲にコンソール群を出現させ、肉体の束縛から離れた仮想の身体だからこそ行える高速タッチでプログラムの改変をスタートする。


「地雷踏まないように慎重にいきますよ。じゃあ、お願いします……おしアリス。林さんが終えるまでに美月さん側の繋ぎ頼む」


 システム画面を確認すれば合体スキル取得までタンデムスキルの使用時間は、残り2分を切ってやがる。

 説明する前に新しいスキルが入手できたからって説明確認されたら、中身が絶賛改変中だってが気づかれちまう。ごちゃごちゃした舞台裏はお客様にはみせないのが演者の嗜み。

 ここは予定通りアリスの熱の篭もった演技で、美月さん達の目を引いてもらう一択だ。


『オッケー。ミニキャラ仮想体も準備オッケーだよ』


 ホログラムのアリスが右手の指を鳴らすと、その掌にはデフォルメされた二頭身アリスが出現する。

 デフォルメされているが造形は細かく、服の細かな装飾にも手の掛かっていることが判る仮想体だ。

どこで使うつもりで用意していたのか知らないが、相変わらずこういう小物が好きなやつだ。


「後で中身交代するんだから、あんまりきついキャラでやるなよ。きついから」


『判ってるって。抑えてくから』


 俺のジト目にも気づかず、アリスは頭のウサミミをぶんぶんと振り回しながら笑顔で答える。

 あ、ダメだこいつ自重する気がねぇ。

 オープン日に刹那とサカガミがやった寸劇風イベント説明みたいなのを、やりたいやりたいとずっと言っていてフラストレーションが溜まっていたのに合わせて、レアスキルを初発表が引き金になって、テンションマックスまであげやがったな。

 通常なら後で俺がきついから、無理矢理でも押さえ込む所なんだが、シャルパさんとの再会を前に結構ナーバスになっていたアリスの事を考えると、見逃してやるしか無いか。

 甲斐性無しの旦那と思われるのも癪だ。


『んじゃ、いくね』


 ホログラムアリスが、まぁ実に楽しげに弾んだ声で消え去り、その場に新しく仮想ウィンドウが開き、


『Congratulations! この世界で初めてレア絆スキル『合体』の取得条件が解放されました! さあ貴女達はスキル開祖になる!? それとも準ユニークスキルの使い手として無双する!?』


 デフォルメアリスがこれまた楽しそうな満面の笑みで降臨する姿が映し出される。

 このハイテンションをいきなり目撃させられた美月さん、麻紀さんはどんな感想を抱くのやら……つーかこれを引き継ぐのはきつい。とっとと交代しないとえらいことになる。

 甲斐性無しと罵られようとも構わないと思い直した俺は、もう一組の方に意識を向ける。
 
 試験場宙域直行のブラックゲート経由の美月さん達と違い、サクラさんとエリスの方はちょっと離れた宙域のイエローゲートからの星間移動コース。

 両者の到着までの時差はリアルで5分ほど。このまま行けばニアミスも良いとこだ。

 となりゃ、おれが目指すのは、サクラさん側の到着時間を遅らせ、さらに美月さん達がその接近に気づけるようになるべく布石を打つことだ。

 サクラさんは、元々のCBことチェリーブロッサムとしての知名度と、麻紀さんとの見応えのあるバトルを繰り返している事で、そのパーソナルマークもあって、早々に有名プレイヤー入りしている。

 ざっと探ってみたが、今回のクエスト参加者の中にも、早速サクラさんに気づき対抗意識を燃やしたプレイヤー様がいらっしゃって、『プロ発見。このクエストで出し抜いてやるぜ』と、柄に桜が刻印されたナイフのパーソナルマーク入りビースト1改の画像と共にコメントをアップしている。

 目的地情報と相まってベスト回答だけど、さすがにそんな偶然を期待するのは、虫が良すぎる。
 かといって後輩連中を使うのはさすがにGMとして無しだ。

 敵対プレイヤーの接近を特定プレイヤーにダイレクトで知らせるなんて、あまりに直接的すぎて、GM失格だ。

 と、なりゃだ。GMらしい手でいこう。

 コンソールを叩き、ミニクエスト生成を選択。

 サクラさん達クエスト参加者プレイヤーが選択するであろう移動経路を予測して、罠を設置。

 罠といっても直接的な攻撃ではなく、切っ掛けとなる種火だ。


「サクラさんを感知と共に射撃管制レーダー照射と、オープンチャンネルで罵倒と……クロガネ様の台詞をちょいと改変させてもらいますか」 
   

『てめえがCBかっ! 俺の世界をぶっ潰したHSGOのクソビッチが! でかい顔してうろちょろするんじゃねぇ!』 


 規制条例の切っ掛けになった事件は、HSGOの日本鯖だから、本国鯖プレイヤーのサクラさんからすりゃ全くの逆恨みで関係ないが、HSGOの有名プレイヤーとなりゃ目の敵にされるのは致し方なし。

 実際に逆恨みしたプレイヤーから何度も喧嘩売られているが、それを全部きっかり買った上に、見事な魅せ技でぶっ倒してるんだよなサクラさん。

 だから今回も買うだろうし、クエスト中となりゃ周りは全て敵だから、誰か判らないけど射撃管制レーダーを打たれたならまとめて、やっちまおうってなるはずだ。

 オーガなんて見た目に反した二つ名が付いたのは、ここら辺の大佐譲りのアメリカン思考が理由だろうな。

 バトルジャンキークイーンとしてカルト的な人気がでるわけだ。

 裏の目が主でサクラさんを勧誘したが、表の企みである日本鯖のHSGOプレイヤー及びそのキャラクターデータをこっち側に取り込むための布石ってのも嘘じゃ無し。

 ちょいと名指しが過ぎるが、架空のプレイヤーから喧嘩を売らせてもらおう。これも有名税って所か。

 予測進路にいくつか仕掛け、1つが発動したら自動消去も設定して、運営からの罠だと気づかせないようにしてと。

 乱戦に巻き込まれるエリスが不慣れなのがちょっと不安だが、サクラさんって恰好のお手本がいるんだ。これも良い勉強だな。うん。

 これを仕込んでおけば、あっちで戦闘が始まって到着は遅くなるだろうし、さすがに戦闘状態で接近してくる集団があれば、美月さん達も気づくだろう。

 そして精神的にきついので無視していたウィンドウに目を戻すと、なにやらマニアックな力説する我が最愛の人。


『合体! そう合体です! やっぱりこの二文字を叫ぶのがスキル発動のお約束だと思いませんか!』
 
 
 このノリを引き継ぐのか……うむ。予想よりきついが、やれる所まで頑張ってみよう。  



[31751] B面 夫婦間でも譲れない物はある
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/05/04 06:04
『だというのに、あたしのパートナーは無駄だの、意味がないだの……って!? シンタなんでいきなり! いい所だったのに!』


 合体スキルの説明をしているはずが、いつの間にやら俺への愚痴に変わっていたアリスからキャラクター操作権を取り上げる。

 ご立腹の奥さんは怒髪天ならぬ怒耳天状態で、頭のウサミミを押っ立てている。


「後で交代だって言っただろ」


 ここが創天だったら最上位権利者はもちろんアリス。これ以上は無いほどに興が乗っているアリスから、キャラクター操作権限をインターセプトなんぞ出来はしないが、しかしここは地球のホワイトソフトウェア。

 GM権限を発動させ、ゲストアカウントのアリスからミニキャラ操作権を取り上げるのは造作も無い。


『だからっていきなりすぎ!』


「あーはいはい。後で聞いてやるから黙ってろ」


 停止状態が続いて、美月さん達に不審がられても厄介。取り上げたミニキャラと動作連結を手早く設定しつつ、アリスをおざなりになだめておく。

 リアルの仕事が本命で、飛び込み仕事のこっちにさほど時間はかけられないのでハーフダイブでリンクと。


「失礼。少々取り乱しました。で、ではでは、スキル説明を再開させていただきます」

 
 中身の入れ替わりを悟られないためにアリスの口調をまねつつ、仮想ウィンドウに映るVR世界の美月さん麻紀さんへ一礼と。

 アリスにあわせて作ってあるが、俺が使っても動作や声の追従性に問題は無い辺り、ここら辺はさすがアリス謹製2頭身キャラ。

 設定簡単、反応早い、それでいて動作が細かいと三拍子揃っている。

 ただ追従性が高すぎて、何時もの笑いを浮かべると、速攻で不審がられそうなので控えなきゃならないのと、真似するのが精神的にきつい口調で顔が引きつるのまで再現しちまうので、要注意だ。

 あと頭上のウサミミはさすがに動作不可能。仮想体の4本腕や翼と同じで、馴れれば動かすくらいは出来るだろうが、いい歳してなに付けてんだと嘲笑されそうなので無しだ。

 
「文字通り、艦種の違う船同士が合体して、ステータスを強化できるスキルとなります。スキルLV1合体中は10分間お二人のステータスを足して、二で割ったあと、掛ける1.5倍のステータス値が基本値となり、またお二人が持つ通常スキルは、スキルレベルが全て+1されます。そしてスキルレベルが上がれば、これらの数値や合体可能時間は強化されていきます」


『それだけ……?』


 仰々しい搭乗やもったいぶった説明の割には、たいしたことないとでも思ったのか、麻紀さんが気の抜けた声をあげる。

 美月さんの方も声は出していないが拍子抜けという顔を浮かべていた。

 まぁ、もっともだ。合体すればスキルレベルは全て+1になるが、戦闘力を単純計算したら1+1で両艦2の力が、単艦で1.5になるのだから。

 もっともゲーマー感覚としちゃ常時1.5倍ってのは舐められない。

 力を溜めるコマンド無しで、2回攻撃で3回分の攻撃が出来るんだから、相手艦防御力分の減退分を考えりゃ、かなりの強化。レベル1のスキルとして考えりゃ破格だ。

 もっとも破格な分だけ取得条件はどれも厳しく、まさかオープニングイベントの段階で取得者が出るなんて、さすがに俺らも想像はしていなかったし、まさかそれが美月さん達だってのはまさに青天の霹靂。

 急な雷鳴に慌てて俺が対処に出るくらいだからな。


「おやおやお二人とも、たいした事も無いスキルをやけに大仰にとでも言いたげですね。さ、さてさて、本番はここからです。このシステムの心臓部。重要要素はシークレットスキルの取得条件なのです」


 アリスの物まねしつつスキル説明は、やりづらいことこの上ない。なんで要所要所で言葉を二回繰り返すなんて、あざとい癖を入れやがったあの馬鹿兎。


「し、しかし、三崎の女口調って、似合わなすぎて気持ち悪いな」


『あ、なら、今年の打ち上げでの三崎の出し物は女装で今の再現って事にしますか』


『そりゃいい、三崎の所為で仕事が増えて奢りも溜まってたな』


『なら任せてください。ミャーさんと相談してとびっきり可愛い衣装を用意します。ふふん。シンタ着飾ってあげるから首を洗って待ってなさいよ』


 横で見ている中村さんが笑いを堪え、画面の向こうの林さんが面白い見せ物があるとでも言ったのか、開発部の面々が見物に来たうえに、年末向けの恐ろしい企画を考え出しやがり、俺にキャラをとられて怨み心骨なアリスまで悪のりして来やがった。


「では本邦初公開。タンデムスキルを一定時間使用をした上で片方の艦がブロック構造艦。そしてどちらかの艦が祖霊転身戦闘で一方的に攻撃を受けている最中に、もう1艦が祖霊転身で救援に来ること…………以上が合体スキル取得のフラグ解放条件となります。やっぱり合体シチュエーションはこうじゃなくちゃって感じですよね……おいやっぱ無理だってこのノリ」
 
 
 うむ。我ながら引きつる笑顔を避けられず、説明途中だったが、なるべく小声でアリスに文句を言うと、あの野郎、にやにやと笑いながら舌を出してあっかんべーと返しやがった。

 くそ。楽しんでやがるな。しかも年を考えろ。一児の母親が子供みたいな反応しやがって。エリスが真似するから止めろつってんだろうが。

 本当ならこのまま尊厳を賭けた対アリス戦に切り変えたい所だが、俺の説明はブロックワードを含んでいるので、今の美月さん達にはノイズが混じって半分も中身が伝わっていない。

 さっきからの長い茶番に麻紀さんが切れそうになっていて、画面の向こうから身を乗り出して来そうなほどだ。
 

『ちょっと! さっきから何の茶っ』


「ではお叱りを受ける前に詳しいご説明を。通常のレベルスキル取得には、一定以上のステータス値や、前提スキルがあればそのスキルレベルや使用回数、さらには一部スキルの取得には専用アイテムが必要となりますよね。これを私共はステータスフラグと呼んでいます」


 しゃーない。こうなりゃ方針変更。口調はなるべくそのままだが、維持でき無い作り笑いを捨て、せめて俺本来の表情でいくしかねぇ。


「シークレットスキルの解放条件には、このステータスフラグにプラスして、もう一つのフラグが必要となります。それがシチュエーションフラグ。これはプレイヤーの皆さんがゲームプレイ中に遭遇した、もしくは起こした行動がトリガーとなります。つまりお二人は合体スキルのシチュエーションフラグを建てたため、今回のレアスキルを取得となった次第です。こちらは極々簡単に書いた一例です。本来はもっと複雑になります」 


 秘技一気にまくし立てて流れを引きよせるを発動し、ミニキャラ側にクリップボードを出して美月さん、麻紀さん達の反応を窺いつつ、当初の目的を達成する為に説明を続ける。

 普通なら公開した方がお得だってレアスキルを、公開が罠だと疑わせる為に胡散臭さ全開だ。

 手振りやボードでの説明を交えつつ、場の流れを調整していくと、美月さんが疑いの眼差しを徐々に増していくのが手に取るように判ったが、ちょっとその増加具合が俺が思っているより早い。

 うむ。色々とゲーム内や私生活で怪しい影(俺)がちらついているから、軽い人間不信になっているのだろうか。清吾さんにばれたらぼこられそうだ。あの人かなりの娘馬鹿だからな。 
 もっとも、そんな大切な一人娘を残して月にいくなよって、突っ込みたい所だ。


「貴女達はスキル開祖になりますか? それとも準ユニークスキルの使い手として更なる高みを目指しますか?」


 中身が俺だと今ばれるとちょいとまずいので、早めに切り上げて一気にフィニッシュまで持っていって驚きと不審交じりの顔を浮かべる美月さん達を残して切断と。


「……ふぅ……ばれたかな?」


 疲れた。馴れないアリスの物まね+無駄に増えたギャラリーの衆目のプレッシャーで溜まった疲労をはき出しながら、俺は独りごちる。

 ヘイト管理的にはここまで直接的な妨害行為は、美月さんらのヘイトを高めすぎてやばいことになりそうなので、ばれるのは避けたい所だ。
 

「見る奴が見ればすぐにばれるだろ。笑顔に三崎の性格の悪さが滲み出てたからな」


『あの再現度。さすがアリシティアさん特製ってとこですね。うちの主任から挙動データを回してくれって要請がきてます』


『それ以前にシンタ途中で隠す気なかったじゃん! あたしがせっかく迫真の説明していたのに! しかもあたしのミニキャラで邪悪笑顔しないでよ! イメージ悪くなったじゃん!』 


 中村さんが俺の下手な演技にあきれ顔をみせたり、林さんが佐伯さんに頼まれたらしき今のやり取りの録画データを送ったりする中、不満たらたらで吠えるうちの嫁。

 どうやら熱も入った最高潮な説明の良い所で、ちびキャラを俺がインターセプトしたのに加えて、途中で素の説明に切り変えたのがお気に召さなかったご様子。

 しかしこっちにだって主張がある。あのキャラはきつい。きつすぎる。自重しろってあらかじめ注意しておいたに、出てきたのがあれは無い。

 一児の母親で、いい歳した生物がやって良い言動じゃない。

 ただ俺の感想をそのまま伝えると喧嘩になりそうなので、少しオブラートに包んでみる。


「いやーだってな……あのまま続けたら生物としての尊厳が無くなるぞ」


『生物失格レベルってどういう意味!? ……シンタ。ちょーっと今晩お話しましょうか』


 画面の向こうのアリスのウサミミがガッと逆立って、俺を威嚇するかのようにゆらりと左右に揺れる。

 うむ。今にも両手パンチならぬ、両耳ブローを繰り出しそうな怒り様だ。

 しかしこっちだって意味も無くアリスを挑発したわけも無い。


「ははっ。サラスさんの説教を受けた後でその気力があれば、いつでも受けてたってやろう」


 どこぞのバカ野郎が仕事ほっぽり出してきた所為で、今晩サラスさんに夫婦揃って説教を喰らう運命が決まっている。先払いで意趣返しをしておいても罰は当たらないだろ。


『うっぅっ! そういう事言うならぜっーったい気力残して、文句言ってあげるんだから! もうそれこそシンタが2、3日寝込むぐらいで! あたしの特製手料理で看病してあげるわよ!』

 
 涙目な半泣きで恐ろしい事を言いだしやがった。アリスの特製料理なんて甘ったるい物体X。そんな物を食わせ続けられた2、3日どころか、血糖値が上がりすぎて糖尿病コースまっしぐらだ。


「おまっ! だから特製料理が罰ゲームだって思ってんならすこしは直せ!」


『なっ! せ、せっかく少しは甘えさせてあげようって思ったのになんでその言いぐさ! 美味しいのに! シンタがお酒ばかりで味覚壊れてるだけでしょ!』


 うぉっ余計に怒りやがった。まさかの未だに自覚無しだと……こうなりゃ俺の健康と愛娘の味覚正常化の為にも、この場に来やがった物見遊山な先輩共にもアリスの特製手料理を食わせて憂さ晴らし兼現実を突きつけて、


『あーもう限界っ! 三崎君! 犬もはき出すような夫婦喧嘩してないでこっちに早くヘルプ来て!? 柳原さんへの時間稼ぎがもう無理! じょうろからおかわりのお茶コンボってなっちゃうよ!?』

 
 対アリス戦を始め様とした俺の眼前に、半切れ気味な大磯さんからの救援要請が飛んでくる。
 
 ご来社なさったサクラさんの叔父。柳原宗二さんの足どめを頼んでいたんだが、どうやらあっちはあっちで限界が来ているらしい。

 さらには、


『アリシティア社長。そろそろご休憩時間が終わりです。お戻りください。もしまだお戻りにならず、三崎様とじゃれ合っているようでしたら、サラス様と一緒に私からも、お二人にお話をさせていただきます』


 いつの間にやら30分が過ぎていたらしく、真の意味でのディケライアの最高権力者な創天AIリルさんの冷たい声が響いた。

 サラスさん+リルさんの説教コンボなんぞ、ボスラッシュと変わらねぇぞ。


『くっ! シンタ覚えてなさいよ! いつかシンタの味覚変えてあげるんだから!』


「そりゃ味覚破壊の間違いだろうが! すぐいきます! 後頼みます」


 捨て台詞と共に消え去ったアリスに無駄と知りつつ怒鳴り返しながら、俺は会社玄関に戻るためにGMルームから駆け足で抜け出した。 



[31751] B面 ラスボスは存外忙しい
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/05/25 02:06
 階段を一段飛ばしで早足で上がりながら、仮想コンソールを呼び出し、諸々を一気に設定と。

 何時もなら地球圏内と、地球圏外では消費物資の関係で時間流をずらしていて、リアルタイムでの仕掛けはちょいと難しい。

 だが、今日だけは怪我の功名と言うべきか、シャルパさん対策関連側の仕掛けで宇宙側と時間の流れを同期させているんで、ついでとばかりに柳原宗二さん相手の仕掛けも行っちまえと組み込んだって訳だ。


『三崎様。アカデミアにおいて辺境文明特別講義が開始されました。受講者数は現在27億4152万2011名となっているそうです。内訳は定期受講者が約3割、残り7割が臨時受講者となっています』


 っと、向こうはもう始まったか。さすが提出時間に正確な堅物教授陣。コンマ1秒の誤差もありゃしないか。

 今回は、銀河アカデミアの辺境文明研究専門にしている学部へ調査情報を送るって言う名目の仕掛けだ。

 銀河における先の大戦の原因は、銀河帝国が宇宙の終焉情報を隠し、さらには自分達種族だけが次の世界、別の宇宙へと至る【双天計画】を立案実行したことに端を発している。

 それ以前にも支配者側である銀河帝国は当然と言えば当然だが、その統治をやりやすいように、数多の星間文明をランク付けして、その階級に合わせ開示される情報や知識、技術への制限を設けていたそうだ。

 治るはずの病気は治せず、知る事が出来たはずの自然災害を知れず、そして支配者の一方的な通知で研究をストップさせられる。

 強大かつ絶対的な支配権を有していた銀河帝国だったが、反逆を始めた初期抵抗勢力はそれらを逆手にとって、文明間における平等権、情報の共有、知識・技術の解放なんかを旗印に徐々に賛同勢力を増やしていったとのこと。

 その名残か今の統治者である星系連合も、表向きには平等、共有、解放を旗印にして重視している。

 ただ平等はともかく、知識や技術の解放には先立つものが必要となるんだが、そこはそれ、当時の方針を打ち出した父親やら重臣達にぶち切れていたらしい帝国の姫であり、後のディケライアの初代姫社長が暗躍。

 粒子ネットワークの中心地。情報統合星系アーケロスに裏パスし込んだ上に、当時の最先端学術・研究機関である帝国科学院の一部教授陣と結託して彼らを電子化。

 粒子ネットワーク上に存在する電子生命体とし、仮想世界に知識の倉にして、銀河最大の学術・研究機関となる仮想世界【銀河アカデミア】を設立し、今に至っている。

 だから出先機関はリアルの銀河中そこらに数え切れないほどにあるが、銀河アカデミア本体は今でも電子世界の中にあり、銀河中のどこからでも粒子ネットワークに接続できれば、いつでも学び、知り、そして利用できる開放方針を基本的には維持し続けている。

 もっとも本気でやばい記録、知識、技術もいくつもあるそうなので、それらにアクセスするには事前に、相当な時間(それこそ数万年単位)を必要とする前提講義を受講した上で、精神・思考検査も兼ねた難関試験をいくつもパスして初めて接触可能となるセーフティー機能を設けてあるらしい。

 まぁ、そんなこんなでリアル世界を至上とし、仮想世界を下に見る人らが多い銀河文明において、仮想世界優先主義者の多い銀河アカデミアは、どちらかと言えば俺としては取っつきやすい攻略対象。

 知りたがり、研究したがり、集めたがりな変わり者教授らを、星系連合が秘密にしておきたい銀河帝国滅亡の原因となった【双天計画】に深く関わる創天・送天の両艦を出汁にしたうえで誘い出し、実験惑星・生物だった地球と地球人。

 さらには非公式ながら銀河の端から端まで一気に飛んで見せたアリスとその相棒たる俺のバイタルデータ、そしてうちの愛娘エリスの将来的なデータを担保にしてまで、仲間へと引きずり込んでいる。

 家族を利用してまで仲間にした理由は単純明快。銀河アカデミアが星系連合が掲げる平等、共有、解放の三原則の内、共有と解放を担っている象徴的な機関故だ。

 地球人を知らない連中が大多数の銀河文明において、その評価は未開の原始文明惑星にして凶暴で野蛮な現地生物ってだけだ。つまりはいつ稀少な星を消費し尽くして、潰してしまうとも知れない有害生物。

 もし星の世界に出てきたら、無用な火種を振りまき、他の星さえも汚すやも知れない。

 だから最低限の生体サンプルだけを確保し”保護”し、”余分”な残りは駆除しなければならない生物と。

 だから知ってもらう。全ての人に理解、共感してもらうのは、生物としてのありようが違いすぎる人種もいるので、まだまだ先の課題だから高望みはせず、とにかく知ってもらう事が最大課題。

 その為に星系連合の未開惑星関連法に触れず、学術研究の一環として講義という形で特例が許されている銀河アカデミアの講義を通して、地球人をその文明を考え方を有り様を、多くの人に研究し、学んでもらう。そいつが俺のとりあえずの優先目標であり、遂行中の計画。
 
     
「んじゃ教授陣にはすぐ始めますって言っておいてください。特別講義【地球人反応現地テスト】の開始です」


 今回はその講義の特別バージョン。リアルタイムで仕掛けてどのような判断をするか、どのように受け止めるのかを見て貰おうが表向きの理由の1つ。

 もう一個の狙いは柳原さん次第だが、姪っ子のサクラさんとは違いリアリストなご様子なんで上手いこと嵌めていきゃオッケーと。

 頭の中で流れを総ざらいしている内に、正面受付横の事務室前へと到着。扉の前で息を整えつつ、ゆるめのネクタイをちょっときつめに結び直し。


「んじゃクエスト開始と行きますか。リルさん。映像転送よろしくお願いします」


『畏まりました。エリスティアお嬢様方のご動向で特筆すべき事がありましたら、すぐにお知らせ致します』


 そうそう特筆すべき事なんて起こって欲しくは無いが、シャルパさん来訪直前となりゃ打てる手は多くあればあるほどに越した事無し。事前準備が全て無駄になっても、逆転の一手を打てりゃ最高なんだが……

 そんな都合の良い事を考えつつ、事務室の扉を軽くノックしてから、返事も待たずに無造作に開ける。

 これから俺が演じるのは嫌な奴。そうそれこそ価値観の違う宇宙人ですら、嫌な奴と思うであろう、正しいが融通の利かない、弱者の事情を考えずに強者の理論を推し進める権力者側。

 星連のお偉方が望んでいる地球の取り扱い、接し方をこれ見よがしに演じてやろうじゃないか。

 事務室奥の日当たりのいい窓際に設置された折りたたみ椅子には、濡れたワイシャツが干されて、その対面の椅子にはタオルを首に掛けた本日の鴨もといお客様な柳原宗二さん。

 その横ではおろおろとしながらも、あらかじめサイズを色々と用意してる替えのシャツを渡したり、クリーニングやら色々と手配している大磯さんの姿。 


「お待たせ致しました。いやぁ災難でしたね」


 いけしゃあしゃあと言ってのけると返ってきたのは柳原さんの敵意の篭もった目と、足止め策に使われた大磯さんの怨みがましい目。


「すみません。クリーニングにお出しして、後日お持ち致します。あとは彼が柳原様を応対致します」

 何時もは純粋な事故だが、今回は外に出てこちら側の記憶を忘れていたとはいえ俺に足止めを頼まれ、ある意味でわざとやった罪悪感からか泣きそうになっている大磯さんが深く頭を下げる。


「濡れただけで怪我もありませんから、あまり気にしないでください。あれは運が悪かった事故でしたので」


 あの表情を見てなお強く出られる者は皆無な親父キラーな大磯さんの必殺技は柳原さんにも効いているようで、むしろ大磯さんを気遣っているのが察せられた。

 じょうろ+大磯さんで、どういう状況になったのかある程度想像はつくが、どれだけのミラクルな人間ピタゴラを起こしたか後で映像を回してもらうか。


「三崎君……追加でトイチ。全部新作」


 不埒な事を考えているのが表情に出たのか、大磯さんが俺の横を通り過ぎるときに、怨嗟の篭もった恨み声で伝える。

 うむ。ヘイトがそこそこ高めの大磯さんがすれ違い様に告げたひと言は、制服のようにクリーニング代が出ない私物の下着代+追加報酬のお達し。

 具体的には事務のほかのお姉様方含めてのおやつ差し入れを十日間、毎日一種新種を持って来いととの事。

 おやつ十日間が安いのか高いのか微妙な所だが、全て新種となると厄介。ここは飲み友達な百華堂の若大将セッさんにご助力頼むか。

 軽く了解と答えつつ、大磯さんを見送ってから、シャツを着替えた柳原さんへ改めてご挨拶と。


「”はじめまして”、柳原様のご案内をさせていただく三崎伸太と申します。本日は当社でただいま運営中のPCO事業の取材という事でしたか」


「……あなたと会うのは2回目だ。まさか忘れたとは言わせない」


 こっちがビジネス面で行ったのに、柳原さんが返してきたのは先ほどまでの応対を脱ぎ捨てた警戒口調。こっちの腹芸に付き合う気など端から無いと言いたげで、いらつきを隠そうともしない。

 まぁ、そりゃごもっとも。月で亡くなったはずの義兄と婚約者からのメッセージビデオを見せた本人がそんな事を言いだしゃイラッとくるだろうな。 

 んじゃまずは先制のジャブと。


「あぁ、そうでしたか。”こちら”の私では初めてお目にかかったので、失礼いたしました。そのうちにあちらの私ともう一度、出会う日が来るかも知れませんが、その時はこちらに気を使ってくれとでもお伝えください」


 ふむ厨二厨二。真実を知ってりゃ爆笑するか、どん引きな台詞で返すが、真面目な柳原さんは、俺の返しに僅かに表情を変えたが、言葉を発せず真意を探る目を向けてくる。

 柳原さんはリアリスト。もっと正確に言えば、地球人の大多数の平均である科学文明に基づいた思考をする普通の人間。つまりは今この地球上に有る知識、技術で全ての事象を考えるって事だ。

 クローン。そして記憶の移植やコピーは、今の地球の科学文明でも、まったくの夢物語ではない。ある程度なら限定して行えるだけの科学力が出来上がっている。

 神の御技という奇跡なんて、宗教方面で思う者も今のご時世また少数。

 わざわざお空の彼方、銀河文明、いわゆる超科学な宇宙人を絡めて考える。某伝説の大陸愛読者なんて、それこそ極々少数派だ。

 だけど星連のお偉方にはその微妙なニュアンスが伝わらなかった。宇宙の情報を喧伝すれば、丸まると頭から受け入れると思っている輩も多かった。

 そこまで未開でも無ければ、無垢でも無いんだが、恒星さえ産み出すあちらさんからみりゃ、こっちの知能、科学力をミジンコ並と思っている輩も多いこと多いこと。

 まぁおかげさまで警戒されずに、星連議会で散々裏工作を仕掛けて吠え面をかかせれたわけだが。
     
 上の認識は変えたがそれじゃまだまだ極々一部。地球の安全を図るには、まだまだ足りない。

 この世の絶対的な大多数である大衆。彼らを動かす。その力を星連議会に仕掛ける俺の力へと変えつつ、さらに食い込む。


「それでは予想外の事で時間も押していることですし、まずは我が社の誇るGMルームへご案内いたします。どうぞこちらへ」 


 向けられる視線はまるきり無視して、表面だけは丁寧な口調で案内をはじめる。

 警戒をみせながらも無言で立ち上がった柳原さんを伴いながら事務室を出て、階段すぐ横の棺桶こと、ちょいと故障気味なエレベーター前へとご案内。


「いやぁ、色々とたて込んでいまして、なかなか職場環境の改善まで手が回りませんが、お客様に階段を使っていただくわけにも行きませんので」


 ぎしぎしとワイヤーが軋み、金切り声のような音を発するが涼しい顔で中へ入って、柳原さんを誘い寄せる。

 虎穴に入らずんば何とやら。色々な意味で覚悟を決めたであろう柳原さんが唾を飲む音を聞きながら、後ろ手に回した左手で仮想コンソールを弾く。

 特殊機能を起動する為の4つのパスワードを入力。

【男同士・狭いエレベーター・地下室まで・なにも起きないはずが無く】

 何とも不穏な4つの言葉の羅列は、アリスと佐伯さんが仕込んだワードプロテクトなんだが、元ネタ知ってりゃ悪用も多様もできないだろうって事らしい。

 そして効果は抜群。使った後の風評被害を想像してちょいとダメージを受けそうだ。

 ただしこいつが一番確実、安全な手である事は間違いなし。

 無言で乗り込んできた柳原さんを確認してから地下1階を押してから閉ボタンを再度タップ。

 地獄へ落ちていくような亡者の叫び声を上げながらエレベータが下降をはじめたかと思ったらすぐに、


「なっ!?」


 がくんと揺れてついでに灯りまで消えて真っ暗闇となり、柳原さんが驚きの声をあげる。

 これぞ隠し機能と胸をはるほどでも無いが、要は意図的な故障。普段から動作が怪しいので仕掛けと思われないだろうという何ともチープな手だ。

 そしてその隙に揺れて蹈鞴を踏んだふりで柳原さんの首に触れながら、強制フルダイブ決行と。

 通常なら他人を強制ダイブさせるなんて出来やしないんだが、今や世界標準となりかけている粒子通信技術の大元はディケライア。そしていくつものダミー会社をはさんだ上で、フルダイブシステムの根幹。脳内ナノシステムにも食い込んでいる。

 
「ほいと。んじゃエレベーター機能回復」


 機能を回復させたエレベーターは軋む音はそのままだが動きだし、意識を失いぐったりした柳原さんの身体を支えた俺はそのまま地下のGMルームへ降りる。

 柳原さんは今頃はあちらのホワイトソフトウェアのエレベータ内で修復待ちの体験中。俺の仮想AIが相手しているが、まだまだ受け答えが拙いので稼げる時間的は1分あるかないかぐらいか。 


「三崎。予定通り3番と4番が空けてある。いそいで運べ」


 管理室の中村さんの声に急かされながら、肩に担いだ柳原さんを指示されたエレベーター近くの筐体へと運ぶ。


「ういっす。んじゃ作戦第二段階へと移行します。【エレベータを出たらそこは火星だった作戦】と行きましょうか。人格再現AIの起ち上げと、火星の大佐ご本人達も仮想側に来て準備しておいてもらってください」


 さてといきなり突きつけられた真実をどう思うか。さらに今いる世界がいつの間にやら仮想世界だったと来ればどうなるか?

 ちょっとというには、かなりヘビーな体験で、リアルとVRの境界線が曖昧になるVR中毒となる(なにやらアリスは『それってクラインの壺症状にならないって?』と裏表の無い壺で表現していたが)心配もあったが、大佐曰く『うちの義弟はあれでタフガイ』だって太鼓判。

 さらに婚約者のシルヴィーさんからも『ソウジなら、君の悪戯くらい乗り越えるから心配しなくていい』と、何時もの冷静な顔と口調でお言葉も頂いている。

 となりゃ、関係者以外本邦初公開となる仮想世界の火星を、やがて銀河中から人があつまり楽しめる銀河のPCOの雛形を一足早く体験して貰いましょうか。

 ついでに流れ次第じゃ、お涙ちょうだいな再会劇として、受講者さん達の同情も買えりゃ上出来と。

 その為には、俺の演技力次第。あくまでも星連の意向に素直に従い同胞を管理する、虎の威を借る性悪狐を演じさせてもらいましょう。

 指示された筐体を開けて柳原さんを寝かせて、ついでに有線接続に切り変え。

 即座にその隣の筐体に入って、首筋にコードを接続してベルトで固定、ついでにあらかじめ用意しておいたマイ座布団の位置を調整して準備完了と。


「んじゃGMミサキシンタ、お客様1名様ご案内してきます……フルダイブ開始」


 こめかみを軽くタップした脳内には快感に似た電流が走り、俺の意識は、総力を挙げて作り続けている遊戯盤へと移動していった 



[31751] B面 ようこそ火星上空周遊ホテル【オリンポス】へ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/06/08 06:34
 フルダイブ完了と共に、俺はVR世界社内エレベーター内の仮想体へと意識を移す。

 灯りが消えて真っ暗なエレベーター内。だがステータスを弄って暗視機能を発動と。

 突然の事故に苛々と戸惑い交じりの表情を僅かに浮かべる青年が1人。会社のゲート通過時に取ったデータで作った柳原さんの仮想体にぱっと見で判る不備は無さそうだ。

 セキュリティの一環で持ち物チェックなどもさせていただいているので、小物類も再現は出来ている。

 ただし財布や手帳の中身まで、完全再現とは行かないので、そこら辺から気づかれる可能性も考慮と。

 まぁ、中身がおかしいとばれた場合は、実はあのエレベーター事故で本人が亡くなって、今の身体は再生体でしたと、いつぞやの俺の実体験をネタに、第二のだましと行ってもよさ気だ。

 転送完了やら環境チェックのメッセージを消して、柳原さんとの会話ログを確認。

 中身の俺が入るまで簡易AIによる自動応答にしていたが、今確認中です。少々お待ちくださいと、機械的に返していたが、短時間だったので不自然さを見抜かれてはいないようだ。

 
「お待たせしました。どうやら揺れて緊急停止装置が誤作動を起こしたみたいです。センサー類をリセットしたので動きます。いやーVR世界側に色々リソースを回していて、リアル側が疎かになっていまして。すみません」


 いつの間にかVR世界入りしたとしばらくは気づかせないために、リアルを強調しながらエレベーター機能を稼働状態へと。

 灯りが点り、エレベーターが動き出す。


「少し前ならともかく、貴社はずいぶんと羽振りが良いと聞いていますが。あの巨大な飛行船や、ゲームワールドを急遽倍増させたりと」


「蒼天はディケライア社の持ち物ですし、サーバー増設も、我々が思った以上のお客様にご参加していただけたのは嬉しい誤算ですが、ワールドが1つのままだと、プレイに支障が出そうでしたので。ゲームに参加できないお客様にログインゲーと揶揄されたくはありませんから。それにオープンβでのプレイヤーの実力差を鑑みた結果です。姪御さんのようなベテランプレイヤーは慣れて来たら、歯ごたえが足りないとなりそうでしたので高難度ワールドを。逆にVR初心者のプレイヤーのお客様方には、当初の予定通りの難易度を。全てのお客様にVRMMOを楽しんで頂く。それが我が社の基本方針ですので」


 サーバ増設、ワールド2つのリアル事情は、うちの娘様の妨害工作対策での泥縄。

 しかしそんな親としても、GMとしても、外聞の悪いことこの上ない情けない話を、わざわざ馬鹿正直に言う必要もなし。


「プレイヤー優先……会社全体はともかくとして、プレイヤー間では極めて悪名高い貴方が、その言葉を口にするか」


「そりゃしますよ。俺は悪役なので。プレイヤーがガチでぶっ倒したいGMなら、ゲームプレイにも熱が入るってもんでしょ」


 プレイヤー優先という紛れも無い会社の方針をお為ごかしに使いつつ、柳原さんの意識を会話へと集中させる。

 肉体や持ち物への違和感をもっとも感じやすいのがフルダイブ直後のこの瞬間。

 今この時だけ誤魔化せれば、この後に控えてる爆弾で、そんな些細な事など気にならない流れに持っていける。

 敵意交じりの柳原さんの言葉をノラリクラリと交わしている間に、エレベーターはがたつきながら再度停止。

 しかし今度は先ほどと違い、灯りが消えることも無く、階層表示もGMルームがある地下1階を示している。

 きしみつつも扉がすぐに開く。だが開いたそこに見えるのは、出入りを管理するための社内ゲートでも無ければ、喫煙者のために設けられたボックス型の喫煙スペースでもない。

 どこまでも広がる青空が広がり、その陽光の下には、都市計画が一からしっかりとなされ、整然と並ぶビルと、その間を埋める様に伸びる巨木がビルの合間から姿を見せる。

 大都会と自然が融合した新世代型都市の情景が、パノラマで広がっている。

 俺が出現位置に設定したのは、火星都市上空に浮かび周遊している巨大飛行船ホテル『オリンポス』の展望ラウンジ。

 リアルではディケライア社の会議も良くおこなっている施設で、俺も何度か訪れたことのある円盤船だ。

 カテゴリー的には惑星内飛行船と位置づけられていて、星間航行はさすがに不可能だが、大気圏離脱、再突入は可能。

 星系外からの船が発着する火星上空中継ステーションと、地上を行き来する事も可能で、VIP相手の送迎船として利用する事も将来的には見越している。

 その際の目玉がこの展望ラウンジ。地球人からすれば未来的でも、宇宙側からすれば、ノスタルジーに溢れた時代遅れな船に乗って、未開原始文明の香りが色濃い都市群へと降下していくって寸法だ。

 日常から一気に非日常へと。

 そんなのがテーマだが、今回の場合もその目論見は正解。


「……っ!?」

 
 柳原さんはいきなりの光景に理解が追いつかず、声も無くしている。

 そりゃそうだ。県庁所在地とはいえ、地方都市のしかも寂れたビルのポンコツエレベーターの外にこんな光景が出てくるなんて予測不能だろうよ。

 さて、んじゃお披露目も終わった事ですし、お仕事と行きましょうか。有言実行。プレイヤーがぶん殴りたくなるGMとしての本領発揮だ。

 思考停止状態に入った柳原さんをわざと無視しながら、俺はエレベーターから出てラウンジへと足を踏み入れる。

 VR側のホテル船は初めてだが、リアルと区別がつかないほど。さすがは須藤の親父さんが監修に関わってるだけあって、再現度が半端ない。

 足元のカーペットは沈み込むほどに柔らかく、どこか錆っぽかったエレベーター内とは一変した空気は清浄そのもの。まるで春の高原にでも来たかのようだ。 

 
「こりゃ転送事故ですね。目標地点がずれたようです。あーちょっとまずいんで、見なかったことに出来ませんか?」


 口ではばれたらまずそうに言いながらも、顔ではしてやったりと性格の悪い笑みを浮かべてみせる。

 どっちが本命かなんて誰でも判るだろう。


「な、なんなんだこれは、VRか!?」


 俺の声かけで唖然としていた柳原さんも再稼働。ここがVR空間ではないかと狼狽しつつも、あちらこちらに指を振って確かめはじめる。

 仮想ウィンドウを立ち上げようとでもしているんだろうが残念。残念機能の大半は一時的にロックしております。

 ロックと言ってもこれは宇宙側技術の流用ではなく、純地球産の技術。

 国の施設などで採用されている利用禁止設定を流用して、専用の警告文が、いわゆる国家機密がうんたらといった内容で、やたらと硬く、長ったらしくした警告文だ。

 便利な言葉。国家機密。なんせそれだけで、こっちは黙っててすむし、聞かされた方は色々と勘ぐってくれる。

 盛大に勘違いしてもらえるように、さらに燃料投下と。


「といっても、さすがに見た物を忘れるなんてのはまだ実験段階ですし……あぁすみません。上から許可が下りました。さて柳原さん。サンクエイクの真実を見たくはありませんか? 大佐やシルヴィーさんも会いたがっていましたし」  


 人をだますにゃ、どれだけ馬鹿馬鹿しい荒唐無稽な話でも、その人が信じたくなる情報を混ぜてやれば良い。

 例えば死んだはずの家族や婚約者の名前とかな。


『what's!……After all it is alive!  Brother and Silvie! ?』


 そのセオリー通り、不信感を百倍くらいに高めた声ながらも、必死さを感じさせる表情の柳原さんが俺の言葉の真意を確かめてくる。

 いやー2人とも愛されてんね。見た目は純日本人だが、とっさに問いただす言葉が英語に変わる辺りからも、メンタル的にも完全にあちら側。

 仕事よりも家族を大事にする欧米人タイプのようだ。

 仕事仕事で愛娘を放置している、社畜日本人としちゃ眩しい限り。

 うむ。この動画は後で大佐とシルヴィーさんにご進呈しとこう。そのうち笑い話として使える日が来れば万々歳だ。

 その日を迎える為には、今はヘイトを高める悪役として、お仕事お仕事と。

 真実は小説より奇なりって言葉があるけど、今の俺がすべき事は、真実に、嘘を交えて、より奇をてらった話を作る事。

 宇宙側の事情に掠らせつつ、地球技術で可能な似たような嘘八百を仕立て上げて、その反応で柳原さんがみせる、家族思いな地球人メンタルをたくさんの講義受講者達に知って貰い、共感してもらおう。


「さて無事に生きているかどうかの判断は、貴方次第ですけどね。まぁ、とりあえず降りましょうか。火星の大地へと」


 目的達成のために、家族思い、姪っ子思いの柳原さんに白羽の矢を立てて正解だわな。やっぱ家族は大切にしなきゃだな。うん。

 仕事仕事でしょっちゅう放置気味の嫁と娘様に、説教を喰らいそうな理想論をそらんじながら、俺は仰々しく礼をして柳原さんを、こちら側へと引き摺り落とす笑みを浮かべてみせた。 



[31751] B面 これが世界の秘密だ!(ミサキシンタの半分は嘘と虚構で出来ています)
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/06/09 01:12
「事の始まりは今から約半世紀前。2020年代の事です。極大期の詳細な太陽観測を目的とした太陽観測衛星打ち上げプロジェクト。SOLAR計画により立案された2つのプランに基づき打ち上げられた観測衛星SOLAR-C【あかつき2】そしてSOLAR-D【しののめ】という兄弟機がありました」


 上空のホテルオリンポスから、火星地表へと降下する無人小型低速飛行船のVIPルーム。

 ソファー席で柳原さんと向かい合いながら、まずは表向きの筋書きの説明を初めていく。

 火星地表へ降りましょうかと伝えてから、柳原さんは時折表情に驚きの色を浮かべるが無言のまま。

 どうやら反応を示さないことで俺から少しでも会話を引き出し、その真偽を見極めようとしているようだ。

 訝しむ感情を隠さない剣呑な目を適当に受け流しながら、俺は1人言葉を紡ぎつつ、対峙する俺らを中心に移しながらも、室内の様子も写していくカメラの画像をチェックしておく。

 送迎船の見た目は蒼天系の最新飛行船技術をサイズダウンさせたものだが、その内装は火星植物園で成育中の木をふんだんに使って、手すり1本、ドアノブ1つに至るまで、スウェーデン出身の木工家の爺様を中心とした家具工芸チームによる手作り工芸品。

 無論今のVR世界のこっちはコピーだが、リアル火星では既に就航中の実在する船だ。

 職人堅気な幽霊様らを中心に迎える方針だから覚悟していたが、どうにも皆様こだわり過ぎる。

出来れば天然の物、しかも樹齢100年超の自然木って……爺様。火星開拓してまだ30年ほどですんで、物理的に無理です。

 そんなこんなのこだわりでストップも多く、作業は進まず量産が効かないのが玉に瑕な分、ワンオフ物として、銀河で唯一無二と胸を張れる出来だ。


 比べるのも馬鹿らしくなるほどに現在の地球とはかけ離れた科学技術力を持つ銀河文明に対して、俺らが対抗する手段は、いわゆる天才個人個人の卓越した職人技。

 その真髄を、勿体ないというか贅沢にも背景に使うことで、地球人講義受講者の皆様方に地味にアピール。

 こっちから押しつけるのでは無く、興味をもってくれた人に、自ら調べてもらう形を取っている。

 で、調べていくうちに、ディケライアの木工特集特設サイトにたどり着き、歴史や体系を学んでもらう。

 最後に設けられた設問に見事正解した先着数名様に、仮想では無く、リアルの火星ご招待(星連アカデミア特別調査員名目)って寸法だ。

 わざわざ調べて、しかも講義映像を見て、問題を解くほどに興味を持つ人々だ。少なくとも好意的な目を向けてくれるだろう。

 解けなくとも、もしくは制約で来られないなどでも、今の俺らがいるVR火星都市への体験パスをご進呈。異文化を知り、体験してもらう流れを画策中だ。 

 
「日本のみならず各国、地域の宇宙開発・研究機関との協力の下に行われたプロジェクトは、膨大なデータを取得し、とりわけ太陽内部構造の解析に多大な成果をあげました。しかし好事魔多しといいますか、順調に集められたデータの中には驚くべき物がありました……」


 そんな宇宙向けな内職をコツコツやっているとはおくびにも出さず、俺は極めて真面目な顔で、一度間を置いてみせる。

 俺が間を置いた事でいよいよ核心に近づくと感じたのか、無言のままだが柳原さんがゴクリと息をのんだ。

 いや緊張してる所すみません。単に演出と、後一応の不審者チェックの為です。何せこういう展開で出番を見計らって乗り込んでくる目立ちたがりな馬鹿兎が身内にいますんで。


「今後百年以内にほぼ間違いなく、太陽系史上最大級の大規模フレアが断続的に発生する超極大期が訪れると。つまり現代の我々が呼ぶ所の【サンクエイク】発生の予知です」


 とりあえず目的の台詞まで告げてみせたが、アリスが割り込んでくる形跡は無し。

 こっちの動きは向こうでモニターしているだろうが、さすがに会議中に抜け出しては来られまい……と思う。あいつこういう寸劇が大好きだから油断は出来ない。

『話は聞かせてもらったわ。人類は滅亡する』と、ものすごく真剣な表情で、そのくせウサミミを楽しそうにぶんぶん振り回しつつ乱入してきてもおかしくない。

 うむ。嫌な意味で高い信頼感だ。


「サ、サンクエイクの予知……それも半世紀前に……」


 おー驚いている驚いている。さすがに無言は無理か。

 真剣に語るその裏で俺が内心では嫁の奇行発動を警戒しているとは、露ほども思っていないのか、柳原さんは目を見開き驚愕の色に染めている。

 さてここからはしばし無言タイム。
 
 俺は黙りつつもこれ見よがしに仮想コンソールを叩いて、目の前に鎮座する木製テーブルの上に、各種VR資料を展示してみせて、どうぞと手で指し示す。

 俺がテーブル上に広げたのは、今言ったことが真実だと思わせるための、各国の宇宙研究機関による極秘資料。

 柳原さんがとりあえず目に付く資料をいくつも読み取りはじめる。

 記者だけあって速読を身につけているのか、目をあちらこちらに飛ばし、俺の説明が本当かと確かめている。

 ただ無論のこと、これらは全部真っ赤な偽物。

 といっても、ルナプラントのお歴々は、元々それら機関の出身者が多く、紛れも無い宇宙関係専門家。それも第一線のエリート揃い。

 そんな連中が監修、製作している、プロが本気で作った捏造資料という質の悪い代物で、俺や柳原さんみたいな素人がぱっと見では、捏造だとは見抜けない出来だ。

 もっともこれはあくまでも、フレーバーテキスト程度の説得力を持たせるための物。

 こんな大嘘を信じさせる。もしくは信じさせるための本命は、既に俺は持っているし、柳原さんも知っている。

 だから俺はあえて無言を貫く。これ以上は言葉を重ねて誘導するよりも、柳原さんが自分でその推論にたどり着いてくれた方が、そんな荒唐無稽な大嘘でもより信じやすくなるからだ。


「超高速大容量情報交換用粒子通信ネットワーク開発……脳内ナノマシーン技術による人格、記憶移植記録……惑星間意識転位実験にクローン体による火星開拓都市建造!?」


 資料を読み進めるたびに柳原さんの脳裏で点と点が線となって繋がっていく様子が、手に取るように判る。

 衛星通信網完全破壊をもたらしたサンクエイクから、僅か半年足らずで、地球圏の混乱を収める手札となったディケライア社がもたらした粒子通信技術。

 そしてサンクエイクの直撃を受け全滅した月のルナプラントにいたはずの大佐やシルヴィーさんからのサンクエイク後に撮られたメッセージ。

 そしてそのメッセージを、航空網がずたぼろで移動に著しい制限があるはずなのに、同時期に地球各地に散らばるルナプラント関係者家族の元へと届ける事が出来た俺の謎。

 何より今自分達がいる所が火星だと言った理由。

 それらを結びつけるだけの資料。そして柳原さん自身の体験と、目の前にいる俺の言動。

 それが真実味をもたらす。

 つまりサンクエイクの発生は既に大昔に予想されており、その為の対策が、対抗手段が世界規模で秘密裏に進行していたと。

 まぁ、真実を隠すために、1から10まで、それこそ原因であるサンクエイクさえ捏造という嘘の上で作りあげた虚空の世界の驚愕の秘密って所だろうか。


「……こ、これは現実……本当の事なのか?」


 柳原さんが真実を確かめる事を恐れるかのように、汗ばんだ手を僅かに振るわせながらも、それでも知る為に覚悟を決め慎重に口にする。


「そこはそれ、国家機密なので詳細は私の口からはご勘弁を。それよりどうです。まずは火星産のラム酒入りのコーヒーでも一杯飲んで気を落ち着かせませんか」 

 
 色々な個人的な事情ありありな事故の勢いで、地球及び全地球人及び3惑星と一緒に、太陽とほかの惑星を残して、銀河の反対側に空間跳躍しました。

 そんな事をほざけば病院行きの救急車に押し込められる真実よりも、地球人にギリギリで理解が出来る、もしくはかろうじて受け入れる事が出来る大嘘をついている事を隠すため、柳原さんの追及をかわす便利な言葉『国家機密』を口にして嘯いてみせた。



[31751] B面 黒ウサギ娘とABC
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:754e80b9
Date: 2019/06/10 23:42
 ディケライア社本社。恒星系級惑星改造艦【創天】VR無重力会議場では、リアル時間で24時間後に迫った特別査察官来襲に向けて、必死の対策作業が展開されていた。

 広めに作られた球型会議場のあちらこちらで、フレキシブルに部署が交わりつつ、それぞれの知識や情報をフルに使った総力戦の様相を呈している。

 少数精鋭と言えば聞こえは良いが、単なる人手不足のディケライアでは、忙しさにかまけておざなりにしてきたため、監査時に問題視されるであろう事案が、いくつも浮かび上がっていく。

 具体的には、期限ギリギリの添付観測データ複数流用等はまだ可愛い物で、列強星系国家の思惑による改訂も多く複雑怪奇な万魔殿と化した惑星開発法に精通した法務部による確認無し、もしくは簡易確認のみで製作された書類の記入不備や、それ以前の問題の書類未製作状態での仕様変更や作業続行。

 現場においても、メーカーが定めた定期点検項目ではなく、簡素化した自社内点検項目のみで済ました工具及び重機の使用問題やら、安全面から問題視されている規格違いの他社製品同士での共食い整備。

 または常態化している、違法すれすれな時間流加速技術を駆使した、勤務時間計算はリアルに合わせ、休憩時間及び休暇日数は加速空間側に合わせた疑似的超過勤務状態等々。

 叩けば叩くほど埃が出るというか、 掘れば掘るほど、また新しく問題が出てくるのだから質が悪い。  

 もっともこれは致し方ないと言えば致し方ない。

 元来ならばディケライア社が保有する戦力では、現状の主星たる恒星を失った地球及び各惑星を管理維持するには些か以上に心許ないからだ。

 並の惑星改造艦では、4惑星の定位置維持さえも難しい過酷な状況のなか、曲がりなりにも原住民たる地球人に恒星消失という天変地異を気づかせず、仮初めの日常を変わらず過ごさせつつ、同時に3惑星を住居惑星、資源惑星、工場惑星として惑星改造する事が出来るのは、偏に艦齢は現役惑星改造艦の中では最古ながらも惑星改造艦として最上級の力を持つ創天と、ディケライア社社員の奮闘努力の賜。

 転位事故という非常事態もあり、通常ならば惑星関連法上では問題視される数々の不備も、書類関連はともかく、現場側は、社内独自の整備や安全基準を代用することで大目に見てもらえる事態。

 特別監査官も鬼ではない。下手をすれば現地生物全滅、惑星崩壊となりかね無い非常事態であれば、後日の改善及び報告のみで猶予を与える事だろう……そう他意さえ無ければ。

 ディケライア社を潰す。

 主であるアリシティア・ディケライアにとってそれが最善であると断言するディケライア社旧調査部元部長にして、現星系連合広域特別査察官シャルパ・グラッフテンでなければ。

 




「あっーもう! クカイ! あんたの部署! ファージー過ぎ! 感覚で仕事すんな! 書類に大体とかで数値打ち込むな!」


 星外開発部部長シャモン・グラッフテンは、本日数十回目のぶち切れの雄叫びと共に立ち上がる。

 そのまま自分のデスクを蹴ると、電光石火の勢いで矢のように空中を駆け抜けると、精神過労状態で人型が崩れて溶けかかったアメーバー状態で空中を漂いながらも仕事をしていた、調査探索部部長クカイ・シュアを捕まえ締め上げた。

 クカイ達は第二太陽設置予定地である現宙域へと、宙域調査の終了したライトーン暗黒星雲外縁部から、稀少物質や鉱石を含む小惑星やら宇宙塵を確保して、打ち出し側のマスドライバー艦と受け取り側のマスキャッチャー艦による資源輸送を行っているのだが、その運搬軌道計算関係書類が、適当に打ち込んだことが丸わかりなやたらと端数の良い数字ばかりが並ぶ作業報告書となっていた。

  
「そう言ってもこんな近距離で一々軌道計算なんてしないって、こう投げるからで、じゃあここで受け取るよで、ボク達は大体伝わるのシャモンも知ってるっしょ~」


 ドロドロに溶けきった身体の一部から女性体と男性体それぞれの頭と対応した触手を出しながらも書類仕事を続けるクカイは、シャモン用に第三の性。同生体の顔を立ち上げると返事を返す。

 それぞれの性に合わせて異なる人格を持つクカイだから出来る3人作業だが、本人曰く全人格稼働は相当に疲労するらしく、二稼働一休憩がもっとも作業効率が良いとのこと。

 休憩中だった同生体のクカイが眠たげななのも、この寸前まで20時間以上ぶっ通しの作業をしていたからに他ならない。


「んなの知ってるわよ! だけどせめてもう少し整合性持たせろ!」


 クカイ達種族が極めて鋭敏かつ広域な空間把握能力を持つのは周知の事実で、シャモンもその能力は絶対的に信頼している。

 彼らにとっては1光年距離間があろうとも、大体このくらいの勢いでこっちの方向に投げればという大ざっぱな感覚でやっても、目的地と目的時間にほぼ誤差が無く届ける事も造作もない。

 だから、忙しい中でわざわざ軌道計算やら使用エネルギー消費記載など、運搬用の書類など作らず、ドライバー艦とキャッチ艦のスペックが許す限り、バケツリレーよろしくほいほいと勢い任せで移動させていた。


「感覚で出来る事を、具体的な数値にしろ、しかもそれが5桁以上ってなると、ほかにやる仕事も多いんだから、そりゃそうなるって」


 その数はおおよそ数万回に及び、それを今更それぞれの艦の移動記録から逆算して、運搬書類を作れと言われても、ほかにも色々と手直しするものは多く、リアル側での工具再整備等にも手が必要。どうしてもそこら辺の数値が適当になってくるのは致し方ないというのがクカイの主張だ。


「その些細なのが積み重なって運搬した物資の量が、実際の使用量に比べて滅茶苦茶少なくなってんの! 暗黒星雲の物資はツケよ! ツケ! こんなもんあの陰険女に出してみなさいよ『消費物資の過少申告ですか……会社ぐるみの詐欺行為と認定いたします』とかほざくに決まってるでしょうが! ローバー専務が仕事しやすいように何とかしてくれたのに、現場組のあたしらが妨害してたら意味ないでしょうが!」 」


 元々双子として作られただけはあり、シャモンがした物まねは、確かに言いそうな、私情を加味しない突き放した物言いと冷徹な表情に瓜二つだ。

 そこらを無数に漂っているとはいえ、暗黒星雲内資源は無料ではない。

 暗黒星雲の法定上の所有者である星系連合から許可を貰い、使用量に基づき後払いしかも格安の破格の条件で採掘運搬許可をもらっているのだ。

 ディケライア社専務ローバーが、当初開発予定だった星系の盗難事件という憂き目に星系連合と交渉し何とかもぎ取ってきた許可は、大きく事情が変わった今でも健在。

 物資不足というどうしようもない弱点を補強するためにローバーが苦労してくれたのに、自分から新たな弱点を作りだしてどうするとシャモンが切れるのも、また仕方の無い事だろう。





「うぅっ……耳が痛い」


 感覚で仕事をするのは良いが、書類はきっちり仕上げろと主張するシャモンの説教が、自分の席まで聞こえてくると、ディケライア社の若き女社長であるアリシティア・ディケライアは、その正論に自分が説教されているように感じて、銀髪から突き出た同系色の毛で覆われたウサミミを丸く縮めた。

 クカイ達が現次元空間の把握能力に優れているように、アリシティアも頭のウサミミ器官で他次元を感じ取れる空間跳躍ナビゲーターたるディメジョンベルクラド。

 銀河中枢からこの辺境星域まで、地球の月と同等の大きさを持つ巨大艦である創天を運搬してきたのもアリシティアのナビゲート能力によるものだ。  

 そのナビゲートは複雑な計算を行い完全に割り出して具体的な数値にするよりも、許容範囲内での誤差は生じる可能性はあるが、いくつかの手順をすっ飛ばして感覚優先でやった方が圧倒的に早いのだからと、感覚優先跳躍主義。

 そんなアリシティアが修正を施しているのは、その航路及び跳躍記録の見直しと補足だ。

 出発地点の銀河中心域はともかく、中枢宙域と外部宙域を結ぶ常設跳躍地点の1つ、辺境星域ラプトン跳躍門を抜けてからの宙域は辺境も辺境。

 ほかに飛んでいる船も少なく、有人惑星は1光年以内に皆無。

 多少は広く強く空間を掻き乱して跳躍、現界しても、どうせすぐに収まるだろうと飛んできたツケが今になって回ってきた形だ。

 どうせすぐに収まるから、移動時間の減少が利益に直結するからと、多少の手抜きや早飛びは、誰でもやっている事だが、それは地球で制限速度のある道路をどのドライバーも多少は速度オーバーして走っていても、捕まっていないのと同じ事。

 取り締まる側に、見逃されているからに過ぎない。相手が問題視しようとすれば、いくらでも問題視できる。

 問題として取り上げられる可能性が高い以上は、何とか答えられる、納得させられる理由付けに翻弄されていた。


『アリシティア様。次は第413回跳躍においての、安全基準時間及び距離より早めの跳躍となった事ですが』


 他の社員が物資節約のために全員冷凍睡眠状態で航行していた中で、唯一起きていたアリシティアに付いていた創天メインAIのリルが新たな跳躍記録を提示する。

 間を置かない連続跳躍や同一箇所での跳躍は、次元に与える影響が相乗的に強くなるので、時間を空けつつ、なるべく距離を離すのがセオリーで、最低基準が次元跳躍移動法によって定められている。

 今回の跳躍もギリギリ禁止されていない距離と時間を空けているが、余裕がなさ過ぎて、あまり推奨されていないラインに思いっきり引っかかっている。

 仕事柄、跳躍距離も回数も多くなる惑星改造会社の社長が、航路の安全を重視し、モラルある行動が求められるのは、たとえ建前であろうとコンプライアンス的に当然の事だ。

 一応法には触れていないので、シャルパを納得させるだけの理由があれば問題は無いが、跳躍が早まった理由欄には、他事によりと突っ込み所満載の二文字が記されているだけだ。


「あーと……この時ってアプデ後ワールド再オープン間近って理由だっけ?」


 しばし日付をみていても思い当たらず、しかし横に添え付けられた地球のそれも日本版の日付で端と思い出す。

 安全基準時間を待っていると、リーディアンオンライン夏期大型アップデート後のログイン可能時間と丸かぶりだったからという、私的理由にもほどがある理由で跳躍を急いでいたと。


『はい。三崎様やギルドのご友人方と、新しく解放される事になった高難度浮遊島へご挑戦になると仰っていました』


「レベルキャプ解放に、新アイテム、モンスター、インスタダンジョン導入、それに夏休み突入記念経験値、ドロップ率三倍キャンペーン。行くしかないでしょ! って状況だったけど……シャルパ姉に通じると思う?」


『無理です』


 アリシティアもそんなゲーマーとしてはそれ以外に選択肢などない理由を説明しても、あの頭の硬い従姉妹に通じるわけが無いと判ってはいたが、リルも同意見らしく即断で返す。

 
「だよね……リル。周辺空間の情報、後あたしのバイタルデータ表示」


 近くに浮遊物質があったとか、影響はないが遠く離れた恒星が活発に活動をしていた。もしくは自分の体調が一番良かった、もしくは逆に悪くなりそうだった。

 何でも良いから後付けの理由を付けて誤魔化せれば良い。

 無論相手がアリシティアの事をよく判っているシャルパなので、後付けだと見抜かれるだろうが、厳密には違反していない事をわざわざ突っ込んでは来ないだろう。

 悲しいかな。ほかに攻める箇所は無数にあるのだから。

 だが弱点は時に利点ともなる。

 そんな弱点を使い、シャルパへの妨害工作を考案したのは、ほかならぬアリシティアの掛け替えのないパートナーであり、良人である三崎伸太だ。


「で、シンタの妨害工作の方ってどうなってるの? PCOに新規導入した亜空間ホームの利用率とか」


 表示されたデータを確認しながら、もう一つの気になっている事柄を確認する。

 アリシティア達の行っているのは対策。つまりは防衛手段。その一方で対抗。攻めの手段ももちろん同時進行で行われている。


『はい。地球の日本時間で早朝に緊急アップデート後、数時間が経過していますが、既にプレイヤー様789人により、亜空間ホーム内に初期配置された小惑星改造計画がゲーム内で立案や実行されています。これらの改造計画を逐次ディケライア社の新規拠点改造、もしくは資源抽出計画検討書として、開発部のデータベースに転載しています』


「不備や違法行為が多ければ多いほど、チェック項目が増加する上に、日付が若いしかも検討書だから、正式に導入していないから法にも触れないし、これから検討して直していくとこですって言い張れる。普通の人なら無視するような木っ端書類だけど、完璧主義のシャルパ姉なら、逐一全部チェックするから、時間稼ぎにはなると……シンタらしい嫌な手だよね」


『三崎様のご指示で、当社の本書類もその中に紛れ込ませております。記載日付で分類されないように言い回しなどの改訂を行い、新規製作の体をなして増大中。プレイヤー様の動向次第ですが、オープニングイベントとは別のクエスト群で取得可能な、新たな亜空間ホーム用衛星なども含めれば、数万から十数万の欺瞞書類が、数日中には用意が出来る試算がなされています』

 
 伝聞だがシャルパの性格を聞いて三崎が打ちだしたのは、地球のPCOプレイヤーを巻き込んだ、人手不足のディケライアの逆を行く、それこそ数の暴力という大胆で大ざっぱな手だ。

 その主目的は地球人の知識、倫理感に基づく自由な設計に基づいた計画書。

 つまりは不備や欠陥のある書類を大量生産しディケライア社の正式な書類として扱うことで、それらを調べるシャルパ達監査チームの時間浪費と精神的疲労を狙うという、この上ないほどに嫌がらせが主目的の遅延作戦だ。

 本人曰く『たらい回しと無駄な書類の多い日本の役所を廻れば誰でも思いつく』とのこと。

 現在の主計画である第二太陽作成及び暗黒星雲探査計画の途上で起きた度重なる探査機撃墜という難事を、ゲームの難易度調整失敗というミスという形に託け、オープンイベント後の導入を計画していた亜空間ホームを早期導入。

 プレイヤー全てに資源転用、もしくは工場化、小規模基地化が可能な小惑星を与え、その利用指示を、補佐AIを通じ、宇宙側の書類データとして転用。

 未開文明ながら興味深い地球人の造形、建造センスに基づく、セミオーダー制惑星改造案。宇宙側のPCO計画の雛形として採用したという形を取り、一応の名聞を持たせている。


「無料でいじり放題のアイテムを与えられたらみんな色々やるだろうし、それが新システムなら当然そっち優先も多くなるか。うーあたしもゲームに参加していたら、絶対格好いい秘密基地でも作るのに」


 先ほどの休憩時間の際の美月達に行った新システムのシークレットレアスキルの説明が中途半端に終わらされた反動か、どうにもアリシティアの中でゲーム欲求が強まる。    

 小惑星に偽造した秘密基地。なんて心躍るロマンの塊だろうか。

 その気になればリアルで本物を作れる立場なのだが、一応これでも一児の母にして立派な社長。

 さすがに自分の趣味全開の代物に会社の物資や人員を動員するなんて考えれるわけも無く、悶々とした気持ちを抑えながら、アリシティアは地味な数値が並ぶリストを見て、どうにか跳躍が早まった理由を捻り出そうとする。

 しかしアリシティア達の防衛も、三崎の攻めも、どちらも決定的な手には欠ける手段。時間稼ぎにしかならないのだ。

 全ての資料と状態を調べ終わってしまえば、星連、しかも全権委任される特別監査官であるシャルパが、何かしらの理由で一時的な事業停止処分を下してもおかしくない。

 いや、するはずだ。

 何しろシャルパは、アリシティア個人の絶対的な味方。
 
 ディケライア社が潰れた方が、アリシティア本人のためになると公言し、姉妹であるシャモンと殺し合いに近い喧嘩の末に片目を失っても、その意思が一切変わらずディケライアから去って行ったのだから。


「次さ……シャルパ姉に会えたら、会社は建て直したよ。だから戻って来てって、胸を張って言うつもりだったのに。どうしてこうなるかな」


 しょんぼりとウサミミを折り曲げたアリシティアは、リルに聞かせるためか、それとも弱さをはき出す為か、自分でも判らない言葉をぽつりとつぶやく。

 アリシティアの声にリルは応えない。その思いに返すだけの言葉を思いつかないからだ。

 高度な人工知能であるリルは、人の心の機微を知ることも出来るが、物事を客観視してみてもいる。

 だからアリシティアや三崎、そしてその周囲の人々の努力や行いが、数多くある制限の中で行える精一杯のことをしていると判断でき、している。

 それ故に、こうすれば良かったと安易に答えることが出来ないのだ。


『三崎様の考案したC案が稼働すれば、特別査察官としてでは無く、シャルパ様個人としてそのご来訪、いえご帰還をお祝いする事もできますが、それはエリスティアお嬢様次第です』 


「C案か……エリスもあたしとシンタの血をひいているんだから、ゲームを楽しんで、一緒に楽しめるお友達が見つかればどうにかなりそうだけど、さすがに難しいかな」


 父親である三崎の嘘で、地球に隔離されて帰還できないと思わされている愛娘のエリスティアは、地球人達に混ざりPCOに参加しているが、どうもログを追うとソロプレイや、幼馴染み兼従者のカルラとばかりであまり他プレイヤーと関わってはいない。

 今日は三崎の策でカルラが引き離されて、アリシティアの良き友人でもあるオーランド大佐の一人娘であり、プロゲーマーであるサクラと一緒のクエストを受けているはずだが、それもどうなるか。

 しかもゲーム内宙域の近くには、エリスティアが敵視する美月や麻紀もいるという状況。

 三崎の方は、三崎の方でサクラの叔父である柳原宗二にコンタクトして、星連アカデミア関連の工作中。

 PCO関連によるA案。そしてアカデミア関連のB案。

 今現在三崎が行っている銀河文明人への地球宣伝計画は、主にこの二通りのラインに沿って稼働中。

 これらを駆使して、星連やその中心である星連議会にも一定の影響力を持っているが、監査官を止めるほどの力を発揮は出来ていない。

 ただ三崎はもう一つの案。切り札的なC案を計画し、既に準備、その土台だけは出来ている。

 ただ肝心要の条件が揃わず、またいつそれが揃うかは不明。それこそ愛娘次第といった所だ。

 
「あたしの時も大分掛かったから。だからエリスに期待するのは早すぎだし、酷かな。何とか今ある手だけでどうにか出来れば……なに?」


 経営者としては魅力的だが、母親としては少し複雑なアリシティアがぼやきに近い感情を覚えていると、急に目の前にウィンドウが立ち上がり、緊急事態を知らせる画面が表示される。

 それは丁度噂をしていた愛娘に取りつけた時空耳感覚補助機関であるメタリックな機械仕掛けのウサミミからの緊急連絡だった。


「リル! エリスのプレイをメイン表示! シンタにも緊急連絡! C案行けるかもって!」


 表示された数値を見た瞬間、アリシティアは全ての作業を中断して、起死回生の一手に繋がるかも知れない状況を逃さないために、矢継ぎ早に指示を出した。



[31751] C面 ミサキシンタラスボス計画発動
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/06/24 02:21
 発着所に降り立つと、まず視界に飛び込んでくるのが、火星の象徴たるオリンポス山。

 斜面の角度はあまり無いが、高さは太陽系最大を誇る25㎞強だけはあり、視界の半分以上を覆い尽くす巨大火山の距離感が狂うスケールで広がっている。

 上空から見ても良し、麓から見上げても良しと、更なる観光名所として用いる為に植林も急ピッチで進んでいる。

 その斜面を走る銀線は、アリスの趣味感ありありな社長命令で敷設された、創天ロスト倉庫の片隅で眠っていた銀河大戦直後の再開拓時代初期に使われていたという長大な旅客貨物用マスドライバーレール。

 銀河中枢の復興と共に、もっと安価で整備が簡単な大型大気圏離脱突入貨物船やら、一度に運べる容量は少ないが設置、撤去も1日で済む移動式軌道エレベーター船の登場なんで取って代わられたという太古の遺物。

 今じゃこの宇宙で稼働している星は皆無、かろうじて両手で数えられる僅かな星で、開発初期文化遺産として、遺跡、史跡扱いとなっているとの事。

 ただしこのVR火星はもちろんリアルでも未だ現役。地球人からみりゃ超未来、そして宇宙からすれば、レトロもレトロな火星都市を盛り上げるためのアトラクションだ。

 そのうち社内サバゲー大会でも開いて、マスドライバー防衛線をやりたいとかアリスが言っていたが、さすがにこっち側VRでの話だと思いたい。

 ……リアルでやらかしそうなのが、アリスのアリスたる所以だから、行動監視は厳重にしておこう。


「こちらの火星都市は無人機械によるオート設計となっています。最初に3D工作装置と資材を複数積んだロケットを火星表面に着陸。その後自己コピーを繰り替えした機械群による採掘、建造、そして組み立てという手段を持って行われています」


 本来の地球文明の進み具合からすりゃ現実感が無いにもほどがある火星都市とその背後のオリンポス山に、言葉を無くしている柳原さんには気づかない振りをして、俺は口から出任せを続ける。

 ちょっと考えれば判るが、んな便利な物が机上の空論じゃ無くて実用化されていたら、深海開発やら、それこそ月のルナプラントだってもっと早く進んでいた事だろう。


「こんな技術があったと信じろだと。ここがVR世界だというなら納得が出来るが、あり得ない! あり得るはずがない!」


 再起動と同時に、そりゃそうだな至極真っ当な柳原さんのご回答。

 さてここからが腕の見せ所にして、星連のお偉方に一泡噴かす、いかさまを産み出す正念場だ。

 上手いこと柳原さんをだまくらかして、信じさせた実例を見せつけた上で、後で記憶消去使用前提な上で仮想空間上とはいえ大佐達と面会。

 宇宙文明側の事情で引き離された家族、恋人達の悲劇、再会劇、そしてまた訪れる無情な別れ。

 この一連の流れを受講生に目撃してもらった上でその情報を拡散。人心やら、世論を地球側への同情へと誘導。

 さらにはちょいとアリスのご先祖様には悪いが、今の星連議会主流派の地球人への扱いややり方は、旧銀河帝国が高圧的に行っていた他星への支配統治と変わらないという、プロパガンダ発生の裏工作も銀河のあちこちで準備済み。

 さらには美月さん達のプレイヤーの必死さを悲劇にプラスさせて、さらにブースト増加と。

 この流れをもって、民主議会制星系国家の与野党をいくつかの星で逆転させて、星連議会主流派への切り崩し工作ってのが、ここ十数年を掛けて俺が仕掛けていた裏工作の集大成。

 さすがにここまで大がかりな政治工作となると、辺境宇宙にいてどうこう出来るわけもなし。

 銀河中枢まで行っての顔つなぎやらの裏工作が幾度も必須で、そのおかげで愛娘なエリスは放置気味、アリスは色々趣味ありありな火星開発をやっていたりと、家庭的には父親失格もいいとこ。

 しかもその上ここまでやっても、今の議会の力関係じゃ、いくつかの規制を取っ払うことは出来るだろうが、こっちにがっつり関わった上に、適応するために肉体強化、年齢固定処置済みな、ルナファクトリーの面々を地球帰還……はさすがにちょいと無理。

 何とかご家族やら友人連中と、秘密裏に、しかも今柳原さんについている嘘を用いて面会させるのが精々というのが悲しい懐事情だ。

 それにここまであからさまな議会工作となりゃ、発動直前ともなりゃ隠し通すのは難しく、気づかれた以上はみすみす見逃してくれやしないご様子。

 こっちが切った切り札を潰すためのあちらの手が、いきなり送られてきた星系連合広域惑星特別査察官のシャルパさんと見て間違いないだろう。

 シャルパさんの査察が完全に完了するのが先か、俺の政治工作が先に発動するかと、なかなかの修羅場。

 しかしアリスに言われるまでも無い悪い癖だが、このギリギリで手札を回す土壇場感が何とも楽しいのは高難度を楽しむマゾゲーマー気質故だろうか。


「えぇ、そう思われるのは当然でしょう。ですが……」


 しかし楽しいのだから仕方ない。地球文明をチップに大勝負に出る為の出任せを、


(三崎様。アリシティア社長より緊急伝達です。エリスティアお嬢様の超空間感知能力に急変動を計測。Cプラン実行可とのことです)


 そんな俺の目前に他者不可視状態の機密ウィンドウが開き、アリスからのメッセージが表示される。

 言葉を無理矢理に打ち切った俺は、そのメッセージをざっと流し読む。

 それはうちの可愛い娘様のエリスが、ディメジョンベルクラウドとして必須となるパートナー候補を感じ始めた前兆現象を感知したという知らせ。

 しかもその状態になった今は、美月さん対サクラさんエリスコンビでの戦闘中で、麻紀さんは改装を終えて戦場に急行中か。

 仕掛けたのもさらに押しているのも意外にも美月さんのようで、そのピンチがエリスを刺激したかこりゃ。

 あの4人がかち合わないようにいろいろしていたはずなんだが、どうして思惑が外れてこうなったのやら。後で戦闘ログを見るのが楽しみだ。

 しかし大逆転へ一縷の望みを掛けて、無理矢理にPCOに放り込んでみたが、マジでなんとかなるとは。

 さすが俺とアリスの娘。ゲーム内で覚醒するか。

 思わず頬がにやけそうになるが、ふと見れば、不自然に言葉を止めた俺に柳原さんが不審の色をさらに増した目を向けている。

 しかしCプランが可能と、なりゃ方針変更だ。

 臨機応変の1つも出来なくて、GMなんぞ名乗れるかって話だ。

 そしてCプランとなりゃ、いつも通りの手口で行きますか。


「くくっ。やーっぱ無理ですか。いや姪っ子があのサクラさんでしょ。こんな馬鹿馬鹿しいブラフでも騙されてくれるかと思ったんですけどね」


 先ほどまでの真面目な表情は放り捨てて雰囲気を一変。

 アリスが命名する所のGMミサキシンタボス操作モードへとモードチェンジ。

 要は策略増し増しでだまくらかしてあざ笑い、プレイヤー達からのヘイトを最大値まで高めてボス戦を盛り上げるGMとしての俺の得意技を本領発揮状態だ。


「なっ!」


「いやーぁ。笑い堪えるのに必死でしたよ。火星移住、クローン肉体に記憶をコピー、どこで大嘘って気づくかと思ってたんですが、さすがメンタルアメリカ人。SFに寛容というか大ざっぱというか、B級映画の楽園ハリウッド持ちは違う違う」


 大佐直伝のアメリカ人男性相手にやったら10人中10人が怒り殴り合いになるという煽りを入れつつ、後ろの左手でGM専用コンソールを叩いて転位スタート。


「さてちょいと細工して強制的にフルダイブしていただいてお送りしたサプライズ。お楽しみいただけましたでしょうか」


 慇懃無礼な大仰な礼をいれつつ転位。俺達の周囲の景色が歪み、次の瞬間には足場の無い宇宙空間が周りに広がる。

 足元を見下ろしてみれば、不法投棄された廃船が積み重なって出来た廃船置き場が遠くに見える。

 時折その内部で閃光が走っているのは、戦闘を仕掛けたという美月さんが仕組んだ罠にはまったエリスとサクラさんの船だろうか。


「ふ、巫山戯るな! なんのつもりだ! 俺達を! サクラを玩んで何を企てている!」


 あぶね、あぶね。転位ついでに少し距離を取っておいて正解だった。近くにいたらくびり殺されそうになるほどぶち切れ気味で柳原さんが激怒している。

 
「さてそう言われて素直に教えるのもつまらないですからね。1つ賭けをしましょうか。足元をご覧ください。あちらではその貴方が大切にしている姪御さんと私の切り札が戦闘中のようです」


 芝居がかった台詞を言いつつ、指を弾いてをウィンドウを展開。戦闘状況を判りやすいモニターで表示してみせる。

 
「貴方の大切な姪御さんが勝ったら、お二人を大佐やシルヴィーさんと本当に面会させましょう。ただし私の切り札が勝ったら無しです。さらには私の説明を歯ぎしりでもしながらご静聴なさってもらいましょうか……あぁ。拒否は出来ませんよ。何せあのお二人の命は私が握っていますから」


 口元を歪めつつ忍び笑いをこぼしながら、ヘイトを一気に最大まで。

 切り札が誰とは言わず、そして俺が負けたら大佐達どころか地球人類総負けとなりかね無いので嘘は言ってないな。うん。

 サクラさんが勝てば、後から言った方が優先されるに決まってるじゃないですかと煽り、美月さん達が勝てばやはり面会は無しとして煽る。

 柳原さんから見れば、最初から勝ちの目が無い俺が吐いている質の悪い嘘は、現段階では見抜けない。

 だが、この裏舞台を見て、そして気づける人達がいる。

 そう、それは先ほどまで俺が味方に引き込もうとしていた講座を受講している無数の銀河の人々だ。

 その人らのヘイトを最大まで高めて、俺という存在を見せつける。

 かつてアリスが宇宙人だと知ったばかりの頃、割れる社内、正確にはサラスさんシャモンさんを親子を1つにまとめるためにどうすればいいかと聞かれたときに、俺があげた安易な手段。

 俺が悪役となってみせればいいという簡易手段を、銀河スケールで焼き直し。

 ミサキシンタラスボスプラン。それこそがCプランの真骨頂。

 俺という悪辣外道を止めるために、そしてその野望に利用される地球人を救うために、銀河中の星々が協力して行くという判りやすいストーリーを組み立てる為のラストピースこそがエリスの覚醒。

 星連議会を、銀河の星々の国家を手玉に取り、俺が思い描く未来へと導く為に、最短でもっとも確実な攻略ルートが見えたんだ。

 ゲーマーとしちゃ見過ごせるわけも無し。

 それに今の俺はゲームマスター。

 ハッピーエンドをプレイヤーのお客様がお望みならば、表向きには銀河全部を敵に回すラスボス程度軽々と演じてみせよう。

 私生活犠牲上等、仕事最優先な社畜根性MAXな日本人サラリーマンの腕の見せ所だな。うん。













 ここより先は表裏のAB分岐無し。全て盛り込んだC面となります
 



[31751] C面 ウィルスチェックは忘れずに
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/07/08 19:31
 ふむ。予想は外れたか。

「いやぁ白熱した戦いでしたが残念、引き分けでしたか」


「あんたの思惑通りか。どこまで俺達を玩べば気が済む!」


 眼下。廃船置き場近傍で行われていたバトルと、その後のやり取りまで余すこと無く観戦しギャラリーに徹していた俺は観戦の楽しさでにやけた表情を使い、俺とは対照的な渋面を浮かべる柳原さんを煽る。

 思惑通り? いやいや、予想外の流れと結果で正直驚いていますよ。

 美月さん麻紀さんコンビ対サクラさんエリスコンビの戦闘の流れと結果は、俺の考えていた物より、高度かつ意外な形で終焉を迎えた。

 双方の被害と得た物を考え一応引き分けという話だが、俺が審判なら、美月さん達の勝利と判定する。

 いくらエリスが初心者とはいえ、その相方はHSGOのカリフォルニア州ライトクラスチャンプのサクラさん。

 以前お遊びのイベントに飛び入り参加した時に体験したあの猛攻は、正直攻撃をアリスに任せて、防御に専念できるからこそ何とか完封できただけ。

 それもこっちは初心者アカなんで、油断したら一瞬で絶命高速コンボを叩き込まれる恐れもあって、かなりの緊張感を強いられるハイレベルなプレイヤースキル持ち。

 まぁだからこそ楽しめたわけだが。

 そんなサクラさんの猛攻を、せっかくの新装備を半壊させつつも防いだ麻紀さんの技量もさることながら、最後の最後で外せばアウトなブレイクウェポン攻撃を仕掛けてきた美月さんの度胸と、その寸前で行った緻密な仕掛けは賞賛物だ。

 エリスは狙いは良かったが、あれじゃあまだちと弱い。緊急跳躍ブースターをジャミングエリアで狙撃はタイミング的には完璧だったが、それじゃデバフを解除しただけ。勝つ為なら、それが最後の一撃であるならば、麻紀さんを落とすのが、最低限の仕事だ。

 もし俺とアリスだったら麻紀さんはアリスが何とかするからと信じて、ブースター除去に集中。除去後に俺が美月さんを落としての完勝狙いでいく。

 もちろんこいつは全部を見た上での結果論。だが出来た、出来るじゃ無く、俺らならそういう方針でいくってレベルの話だ。


「くくっ。玩ぶなんて聞こえが悪い。俺が求めているのは皆さんの幸せですよ。さてサクラさんが勝てば、お二人を大切な人達に会わせてあげるという賭けでしたが引き分けですね……なら一人分だけとしましょうか」


 常に狙いは勝利のみ。だから今回の予想外の結末も、組み込み直して策略と変える。俺のヘイトを最大限までブーストするために。

 胸から取り出したるは、種も仕掛けも無いカプセル型修正プログラムアイテムの外観データ中身無し。

 デバフ攻撃を受けてステータスダウンした際に使う治療アイテムなわけだが、使い方が実際の薬と同じく経口摂取タイプという代物。

 戦闘中にデバフを受けた状態でカプセルを取りだして飲めって、結構難度高いだろと思ったのだが、会社間の枠を越えて増殖中の、細かい所にまでこだわるロープレ派な開発関係者の要望でこんな形になっている。

 最上位タイプなら遅延石化解除やら放射能除去まで出来る効果持ち。種類ごとにそれを可能とする屁理……もといフレーバーテキスト付きというこだわりの逸品だ。

 全アイテムのフレーバーテキスト分量が、とある街の図書館蔵書を全部電子化した際のデータ量の二倍ほどに達している段階で、力のいれどころが間違っているのは、俺の気のせいだろうか。しかも日々絶賛増殖中だし。

  
「こちらのプログラムをどうぞ。貴方と姪御さん。どちらが会うかはお任せしますよ」


 周りは無重力の宇宙空間なんで、外した際には格好つかない事この上なしなんで、滑るように移動して数歩分を近づいてから柳原さんに投げ渡して、慇懃無礼に一礼と。


「……どういうプログラムだ」


 ふわりと飛んだカプセルと柳原さんが片手キャッチ。

 ゲーム攻略はサクラさんに任せてリアルで俺の身辺調査など色々とやっているから、あまりログインしていないが、これがゲームアイテムだとは気づいた様子。

 柳原さんはすぐにアイテム欄チェックをしているが、そこには何の表示も無し。

 そらガワだけなんで当然なんだが、そんなブラフだとは気づかず、不審な色をさらに深くする。

 中身説明無記載な薬なんぞリアルでもVRでも遠慮したい怪しげさぶっちぎり代物だわな。


「飲んだ瞬間に安らかな死をお約束する片道切符ですので、ご利用は計画的に」


 だったらその不信感を最大利用。ついでにこの後諸々も考えてもう数歩分近づいておく。


「なっ!? 話が違う!」


 柳原さん側から踏み出せば、俺につかみかかれる位置まで詰めては見たが、動きは無し。

 問答無用でカプセルを投げ返してくるか、殴りかかってくるかと思ったが。ふむ。まだちょいと弱いか。

 すぐに手が出ない辺り、シルヴィーさん情報通り理性的なご様子。

 うむ。となると、大佐から聞いていたシスコンな辺りを突かせてもらいましょうかね。


「おや、言いませんでしたか。死ななければ会えませんよ。ですが無駄なサンプルをこれ以上増やしていく余裕も、意思もありません。そう貴方の姉君のように無難なサンプルなんかはね」


 ちょっと前に星連議会の規制派のお偉いさんに言われた台詞をちょいと改変して拝借。

 いやー実に対等扱いしてくれないそれでいて情の無い台詞を頂き感謝感謝。おかげさまでこっちも裏工作で本国で落選させてやろうと色々と手加減無しに行けた次第。

 俺でもちょいとむかついた位なんだから、柳原さんにとっては、姉というよりも、育ての親なサクラさんの母親への侮辱。

 ガチ切れ確定の台詞に柳原さんが拳を握りしめ、怒気を乗せ無言でこちらに一歩を踏み出してくる。

 明らかに怒り状態な痛恨の一撃が来るので、すぐに逃亡したい所だが、ヘイト管理調整と、観衆の皆さんに共感してもらうため、ここは無痛、無敵状態で食らってさらに煽りと。

 大佐仕込みのベアナックルなんぞ、まともに食らったら洒落にならんから対策を発動と。

 余裕ありげな悪意を含んだ笑みを浮かべたままの俺は後ろで仮想コンソールを叩いて、痛覚レベルを無痛状態へと下げようとして、


【システムエラー。痛覚コントロールはアリシティア・ディケライア取締役社長の権限により一時封鎖されています】


【特製料理で看病してあげるから覚悟しなさいよシンタ!】


 そんなシステムメッセージと共に目の前に現れたデフォルメされた2頭身アリスちびキャラがあっかんべーをしながら、俺の目の前で痛覚レベルメーターを無痛では無く、最大感度まで跳ね上げてみせる。

 ちっ!? ウイルスだと!? いつの間に。無意識にログを確認。仕込まれたのは約30分前。

 さっき喧嘩別れした直後か! あの野郎、隙を狙って物理的に俺をダウンさせるためにVR側からの痛覚攻撃を企んでいやがったか。

 幻痛+強制ログアウトの精神的疲労で半日は動けなくさせる腹づもりだったか。このクソ忙しいときに!

 すぐにウィルス除去、いやその前に柳原さんの攻撃を、

 とっさに回避行動を取ろうとしたが、既に遅く俺の目の前には切れた鬼が一匹。

 柳原さんの腕を防ごうとガードをあげたが、予想に反してきたのは腹部への強烈な痛み。

 ひ、膝かよ。しかも下がった首元目がけて肘打ちの態勢をとっていらっしゃる……大佐、即死コンボすぎんぞ。


「がっ!?」


 文句を口に出す暇も無く首に食らった強烈な一撃。

 俺の意識は過負荷の影響で強制シャットダウンを食らって闇に染まった。  



[31751] C面 第1374回夫婦間抗争
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/08/17 01:20
 ふと目を覚まし、瞼を開くとこちらを覗き込む相棒の顔がすぐ上の方にあった。

 鈍く光る銀髪から突き出たウサミミがせわしなく揺れ、金色の瞳で見下ろしていたアリスと目があう。

 頭の下からはほんのりと温かく柔らかい触感。どうやら長ソファーの上でアリスに膝枕されているようだ。

 まだ意識が半分ほどしか覚醒していないのかぼーっとするが、もはや本能となった動きでステータスチェックを無意識で呼び出し、仮想ウィンドウの位置情報表示でここがVR空間内の創天だと知る。

 ここがVR空間だと知ったことで、うちの嫁がリアルの銀髪金目でいることの意味を察する。

 誤認目的だなこの野郎と。


「あー……なんで膝枕されてんだよ」


「シンタ。大丈夫? 働き過ぎで疲れてるかなーって。だからサービス」


 俺の質問に対して、アリスは心配そうな顔を浮かべて俺を気遣う台詞を宣う。

 しかしなアリス。頭のウサミミが不規則に揺れているから動揺しているのは、お見通しだ。

 はは。雰囲気に流されるかどうか五分五分と予測したか相棒。その見通しは甘いぞ。

 俺はゆっくりと右手を挙げて、アリスの横顔を撫でる振りをしつつ標的をロック。


「そうかそうか……余計疲れさすおまえが言うな! このアホ兎!」


 電光石火の一撃で左手をさっと動かし、その握り拳で左こめかみをぐりぐりと抉る。

 はーはアリスの悲鳴で余計に記憶がはっきりして来やがった。アリスが余計な茶々を入れてきた所為で、仕掛け中だった柳原さんのコンボ攻撃に撃沈されてからの、時間経過は約30分か。

 完全にクエスト失敗じゃねぇか。

  
「びやぁっ!? ちょ、ちょっとシンタ痛い! 痛いって!」


「てめぇ。ヘイト調整中に余計なことすんなってリーディアンでしつこく教えたのを、忘れたとは言わせねえぇぞ」


 悲鳴をあげるアリスに構わず、躾を続行。

 くくっ残念だったな。アリス。過剰ダメージによる不意のログアウトでの意識混濁中を狙った懐柔策みたいだが、なめんなよ。

 こちとらおまえと同じく元廃神。復帰直後でも直前の戦闘配置や、敵味方のバフ、デバフ状況をざっと思い出せる用に対ショック訓練なんぞとっくにしてあるっての。


「そ、そうくるならシンタはどうなのよ! あれ完全に横殴りでしょ! 私がテンションあげきって、いざ行こうとした最高の場面で掻っ攫っていったじゃん!」


 しかしアリスも元廃神。継続ダメージ中で痛みを感じていようが普段通りに動くなど標準必須装備。

 俺がアリスの両腕の内側から手を伸ばしてガードしているので、自分が手を使えないと判断するや、キスでもするかのように頭を下げてきてフリーの両ウサミミで同じように、俺の両こめかみを抉って来やがった。 

 くっ。ウサミミに対処したらアリスの両手があく。こうなりゃ我慢比べだ。

  
「横殴りやって謝ってもこない奴なんてPKされても文句は言えないし言わせねぇぞってシンタが言った癖に! だからあれは正当な報復行為! ハックにも気づかないシンタが悪いって須藤の親父さんやサエさんならいうもん!」


「時と場合だ! 第一あれ横殴りじゃねぇぞ! パーティ内での連携ミスった奴のフォローだろうが! それに身内からのハックを常時警戒しろってどこの殺伐とした職場だよ!」


「ミス!? どこがミスかな!? 時間配分的には問題無かったでしょ! シンタがあの明るいノリを嫌がっただけでしょ! そんなだから陰険ハラグエロ夫なんて言われたりするんだよ!」


「てめぇっ! 全然反省してやがらねぇな! しかもエロなんてどこからもって来やがった! 陰険、腹黒は良いがエロは無いだろ!」


「ギルマス時代にカナヤンと組んで、他の女性プレイヤーの装備が、エッチい系の装備に見える外観変更MODを製作して裏で配布してたでしょ。ちょっとおっぱい強調型の! あれあたしのMODデータ流用してたでしょ! 新装備の見た目が気にくわないから使いたいっていうから貸してあげたのに、あんなことに使うんだって呆れてたんだから!」


「ちっ! アリスMODレベルの胸の動きに合わせて自然に動くビキニアーマーMODなんぞ、おまえの基本MODデータからでも流用しなきゃ素人に作成できるか!」 


 くっ。まさかばれていたとは。だが言わせてもらうならエロこそ世界共通の男限定コミュニケーションツール。

 性癖の違いはあれどそこはそれ。エロさを語るに言葉なんぞいらない。返事はサムズアップの一つで十分だ。

 あれのおかげで、大同盟を組んだり、レイドボス戦での同盟外プレイヤーとも協力体制を組めたりしたんだが、さすがにそれを口にするのは男同士の秘密の共有という仁義に反する。

 カナやら後輩、後同盟ギルドの多数の男プレイヤーからの依頼だったとはいえ、今更そんな大昔の話を持ち出して来やがるとは。

 だがこんな大昔の大ネタを切り出してきたって事は、逆にいえば今回は自分の分が悪いとアリスが思っている何よりの証左。

 大ネタでピンチに追い込まれたからこそ、ここは強気で押し切る。


「はっはっ。露骨に話題変えて来たのはおまえが今回は悪いって判ってるからだろ。ほら、ごめんなさいと謝るなら、許してやるぞ! エリスに自分が悪いと思ったらすぐに謝る事って教えてたのはどこの誰だったかな!」


「うにゃぁ! むかつくほんとむかつく! 何その開き直り!? ちょーっと悪いかなと思ってたけど今ので謝る気なくなった!」


 俺が右手の回転速度を上げると、瞬時に反応したアリスもウサミミ力を全開にしやがって抉りこんで来る。 

 痛覚感知は通常状態設定で痛みが順当に増すが、ここで顔に出すようじゃ廃神なんて呼ばれない。互いに平然とした顔で、いつ勝敗が付くとも知れぬ不毛な攻撃を続ける。

 失敗したクエストの結果や再挑戦だって有るってのに、ここで無駄な時間を費やす余裕は無いが、このまま負けるのも業腹。

 
「こ、このままじゃ千日手だな。い、いつも通り決着つけるぞ」


「ふ、ふ、も、もう降参。で、でも仕方ないから受けてやるわよ」


「この間は、お、おまえが選択したから今回は俺だな。桃鉄改リアルタイムバージョン、デスマッチルールでど、どうだ」


 涙目になりながらも強気は口調で返すアリスに対して、夫婦喧嘩になった際の最終決着手段を切り出す。

 大昔の家庭用ゲームやらアーケードの初期名作類が50年経って版権切れになったからと、それの改造データが出回って一部マニア間でブームになったのは暦上では少し前。俺の現役学生時代の頃。

 その時にKUGCで改造した作品のうち1つが、鉄道会社運営双六ゲームの改造ゲー。

 ターン制からリアルタイム制に切り変え、初期はひたすらサイコロを回して常に動き回って相手を妨害しつつ自分の資産を増やし、さらにゲーム内の各種イベントを大金を使って発動可能とした為、後半は文字通り札束で殴り合う重課金制ゲームへと変貌している。

 その中でもデスマッチルールは、年数無制限で、シリーズ全妨害イベント、シリーズ全カード解放で、如何に相手の手持ち資金を-百兆円へとたたき落として、倒産させる=ゲーム終了という、リアルバトル頻発ゲームへと変貌している。


「リ、リアル社長であるあたしに会社経営で挑むなんて、ひゃ、百万年早いってお、思い、し、知らせてあげる」


「か、会社潰しそうになって、泣きそうになっていた癖に勝てると思うなよ。貧乏神を背負いまくらせてやる」


「なっ!? それいう!? ほ、本気で叩きつぶしてあげるから覚悟しなさいよ」


「の、望む所だ。途中で泣き入れてきても手加減なんぞしねぇからな」


 痛みで歪みながらも余裕を見せるため好戦的な笑顔を浮かべてくるアリスに向かって俺が啖呵を切っていると、


「話は纏まったかなご両人。君たち夫婦は一体どれだけ仲良く喧嘩をすれば気が済むんだ? それと内容をせめてもう少し、地球人と異星人カップルらしくしてほしい。せっかく私がソウジを説得し納得させたのに、今の会話で不信感を抱いたじゃ無いか」


「シルヴィー……さすがに無理がある。この二人の会話内容で片方が宇宙人だと信じろは。君の学説を初めて聞いたときよりも無理がある」


 呆れ気味に聞こえるが常にそれがデフォルトな冷静な女性声と、困惑気味な柳原さんの声が響いてきた。

 アリスの攻撃を受けながらも何とか声が聞こえて来た横へと目をやれば、応接用テーブルの対面ソファーに、声の主達がいた。

 先ほどまで攻略していた柳原さんが首を横に振っていて、その横では婚約者であり、こちら側のお仲間になった宇宙地質学者のシルヴィーさんが、なにやら分厚い専門書を片手に読書中。


「私に言われても困る。それとソウジ。彼女は異なる星の生まれ。異星人だ。宇宙人という大まかな枠で語るのは、現実にそぐわない」


 この人、学者な所為か、それとも性格なのか、何時も冷静で、妙に細かい事にこだわって訂正する癖がある。

 暦上の年齢ではまだ25才と若く、しかも女性だってのに、倍率の高かったルナプラント行きの切符を手に入れて月の地質調査を任されたくらいだから優秀なんだが、月に行きたがった真の目的が、月が宇宙人によって作られた外宇宙船だという自説を証明するためという、世間ではトンデモ学者とされている一人だ。


「私だって異星人とはどのような人達だろうと密かに期待していたのに、最初のファーストコンタクトで出されたのが各国の料理。しかも我々アメリカ人向けにはホットドック、ハンバーガーとポテトさらにコーラだぞ。それに比べれば少しはマシだろ」


 シルヴィーさんとも結構な付き合いになっているので判るのだが、無表情にこっちを見る眼鏡の奥が少し不満げなのは気のせいでは無いだろう。

 いきなり施設ごと送天内に回収され時間凍結で保存。解凍後に面会した地球人は俺。後はディケライアが誇るラインナップ豊富な異星人揃い。しかも地球は銀河の遥か彼方に火星やら伴って跳躍。太陽置き去り。

 この無駄にややこしい状況で警戒心を少しでも下げるために、食事として最初に提供したのがその人達が慣れ親しんだものとしたんだが、シルヴィーさんにはそれがご不満だったようだ。


「そうか。俺は満足だったがな! パテはぶ厚く、ジューシー。ホットドックは熱々でケチャップマスタードたっぷり。文句のつけようがなかったな。シルヴィア君もソウジも細かい事を気にするな! この二人の喧嘩なんて何時もこうだぞ。あれだな。温かいホッドドックは俺も好きだが、熱い夫婦喧嘩はドッグも食わないって奴だろう!」


 そんな二人とは違い、アメリカンジョークと呼んで良いのかさえ判らない実にくだらない事を言いながら、サクラさんの父親のダグラス・オーランド元海軍大佐が、二人掛けの席だってのに半分以上を一人で占めるゴリマッチョボディで豪快に笑っている。  

 なんつーかこの人の場合は、日本人が想像するアメリカ人タフガイその物という言葉がぴったりな御仁。

 異国人、それも結構年の離れた日本人の嫁さんもらった所為で、一時は出世コースから外れた癖に、そのリーダー力と精神的強さから、月に派遣されてルナプラント所長という大役を務めることになったんで、結構すごい人である事は間違いない。

 最近は火星で趣味が講じて酒造り集団を率いていたりと、この状況をエンジョイしまくっていやがる親父組の一人だ。

 
「ほら続けろシンタとアリスも。火星は娯楽が少ないからな、おまえらの喧嘩を見たがってる連中も多い。ゲーム対決のオッズも盛り上がるだろうからもっと煽れ」


 その大佐は、カメラ片手にリアルタイムで俺達の喧嘩を中継してやがったご様子。この不良軍人親父は。


「大佐……人んちの恥部を晒すな。アリスとの決着はちゃんとつけるにしても後だ後! つーかアリス! 大佐がいるなら喧嘩売って来んな! この人暇つぶしのために何でもしやがるぞ!」 


「先に売って来たのそっちでしょ! やられっぱなしよりマシだもん! 重いんだからとっとと退いてよ!」


 俺の当然と言えば当然の文句に対して、怒ったアリスはウサミミを使って俺の身体を前にごろんと押し出す。予想外の不意の攻撃にそのままバランスを崩した俺は、ソファーからこぼれ落ちて床にべちりと落ちる。

 頼んでねえのに勝手に膝枕して、何とか雰囲気で誤魔化そうとしてこの言いぐさか。

 言いたい事はいくらでもあるが、柳原さんが目の前にいる状況かつ、大佐が横からカウントを取っている状態でこれ以上ペースを乱されるても、碌な結果にならないのは目に見えている。

 今の状況。そしてこれからの流れを取り戻すために、立ち上がった俺は服の汚れを払ってから、改めて不審な顔を浮かべている柳原さんに向き合う。


「色々と予想外の事がありましたが、改めて事の経緯や真相をすりあわせしたいのですがよろしいでしょうか?」


「うわー胡散臭い笑顔。さすが陰険ハラグエロ夫」

 
 仕切り直そうとした俺が今は反撃、反論してこないだろうと見越したアリスが、当て逃げなひと言をぼそりとつぶやきやがった。

 こ、この野郎上等だ。こうなりゃ陰陽師からのワープ飛びで資金0にした上に、大金はたいてハリケーン、キング、ブラック、ゾンビ、デビルと極悪系貧乏神フルコンボお見舞いしてやろうと俺は心に誓った。



[31751] C面 口先1つで世界は廻る
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/09/15 22:54
「戦闘力ではサクラ達の方が強いと思うよ。さっきの戦闘でもマキが防御に専念してたから手こずったけどあと少し時間があれば、ガード削りきって抜けてたから。スナイプもミツキより、エリーの方が断然上。ほらこのデータを見れば一目瞭然。でも勝ちきれなかったのは、戦術とコンビレベルの差だね」

 
 先ほどの戦闘の分析データを呼び出し、画面の向こうのエリスティアと共有する。

 美月には自分達の方が強いと強がってはみせたものの、流れで見れば終始後手後手に回り押されていたのが、サクラ自身が一番よく判っていた。


『ふん。エリスならもっと距離があっても大丈夫だもん。ミツキ達なんかに負けないんだから。すぐにリベンジすれば良いのに、なんで決闘なのよ』


 通信ウィンドウの向こう側でメタリックなウサミミを逆立てながら、エリスティアが不満げに頬を膨らませる。

 
「オッケーオッケー。その意気だね。ただサクラのビーストワンは、緊急跳躍の影響で半減した装甲の全張り替え。エリーもメインウェポンの長距離砲の買い換え必要でしょ。だからファイナルバトルはまずはお預け」


『それまで修理とお買い物しかしないつもり? 決闘の条件とか場所とか向こうに決めさせたらまたずるっこするかも知れないのに』


「その辺は戦術面。そこはこれから交渉。向こうだって修理やらなにやらで結構手間が掛かるだろうし、すぐには動けないし」


 麻紀達の詳細なダメージデータまでは、スキルレベルが足りないので判らないが、それでも破損具合からある程度は推測は可能。

 麻紀の新装備は利用者実績の少ないグランドアームなので今ひとつ不明だが、それでも見た目では半壊までは持っていけた。

 美月の方は、今回の戦闘に手持ち装備の大半をつぎ込んできたようだし、マンタの外見的にも性能的にも特徴であるテールアンテナまで失っている。


「サクラ達とは違って、美月達はアンダーグラウンド陣営プレイ。正規品は手に入りづらいし、まともな修理をしようとすれば結構なお金を取られる。修理時間や修理費用の差が、サクラ達に与えられたアドバンテージ」 


 サクラ・チェルシー・オーランドは、別ゲームとはいえHSGOのライトクラス州クイーンとして、君臨している。

 そのプレイスタイルは派手な魅せ技主体のアクロバティックなプレイも多く、ノリと勢い任せだと思う者も多い。

 だが、それだけでやっていけるほど、プロのトップクラスは甘くない。

 派手なプレイスタイルを支えるのは、地味な情報収集と分析。そして入念な準備。


「とりあえず艦の修理が終わったら、いくつかミニクエストを一緒にクリアして、スキルとコンビレベルアップだね。エリーはセンス有りそうだから、数をこなせばすぐ上手くなると思うよ。この辺がサクラのお勧めだけど、エリーが好きなの選んでみて」


 正式稼働してからまだあまり経っていない所為か、それともオープンイベントは高額な賞金が出る所為か。

 本当においしいクエストや有用なスキル等の情報はあまりでてこないが、それでも攻略サイトや、ゲーム内でNPC情報屋をいくつか廻って、使えそうな情報をピックアップしてあったので、それを共有情報としてエリスティアへと渡す。


『……たくさんあるけど、どんな風に選ぶの。それにもし失敗して時間無駄にしちゃったら勿体ないのに、エリスが選んで良いの?』


 お勧めリストといわれても、ゲーム規模が大きすぎるために膨大。

 特定の場所や手順でクエスト受注をしなくても、現地発生する簡易クエストも含めれば、100以上はリストアップされていて、得られる報酬アイテムや強化されるステータスも、それぞれ特徴的。

 選択肢が多すぎるが故にどこから手をつけて良いのか判らない。
 
 期限がなければ手当たり次第という方針もあるが、時間的制約が有る現状で、クエスト失敗をゲーム初心者のエリスティアが恐れるのは当然といえば当然。


「ふふん。チャレンジャーに敗北無しだよ。サクラの辞書には失敗なんて言葉は無いんだから。好きなの選んで大丈夫。ゲームを辞めない限り、上手くいっても上手く行かなくても絶対にそれが経験になるんだから。チャレンジャーはずっと勝者。サクラのパパの受け売りだけどね」


 だがエリスティアの懸念をサクラは笑い飛ばしてみせる。

 敗北や失敗と呼ばれる物は諦めた時に初めて確定する。

 なら諦めずいつまでも挑戦し続ければ、ずっと経験を積み続けていれば、何かを得ているならば、どれだけ上手く行かなくても、それは勝ち続けているのと変わらない。

 前向きにもほどがあるが、常に前に向かおうという精神性はサクラの特徴であり強さだ。

     
『ぅん。じゃあちょっと説明を読んで選ら……えっ!?』


 サクラの強さに感化されたのか、エリスティアが機械仕掛けのウサ耳を勇ましく立てて選ぼうとした所で、そのメタリックウサ耳がびくっと動いて、次いで何故か驚きの表情を浮かべてエリスティアが固まってしまった。


「どうかしたのエリー?」


『サ、サクラって今地きゅ、じゃなくて! 日本にいるんだよね!?』


「そうだよ。ホームのHFGOを運営しているMaldives社の用意してくれた横浜のホテルペントハウスをチャンピオン権限で借りてるんだよ。サクラ達がPCOに参加したのは個人的理由が大きいけど、Maldivesとディケライアの業務提携の1つでもあるから。終了した日本のHFGOプレイヤーデータをPCOに流用する為のテストプレイ兼データコンバートの宣伝用だって」


 本当はオープンイベント終了後に大々的に発表されるので、まだ極秘事項なのだが、サクラの予想があっていればエリスティアは、そのディケライアのトップアリシティアと、裏で全てを画策する三崎の間に出来た隠し子のはず。

 なら少し話しても問題はないという軽い気持ちで、サクラは打ち明ける。

 アイドル的人気を持つ若手女性プレイヤーを旗手にして、かつて日本で隆盛を誇っており、現状でも世界一のプレイヤー数を誇るHFGOを、自分達の仲間に引き入れる。

 その代わりにMaldivesにはディケライアが管理している粒子通信技術関連の特許を無償提供し、次世代型通信ネットワーク機器整備事業のアメリカ国内での権利を任せる。

 Maldives側に有利すぎる条件だが、これは三崎の作戦の1つであり、PCOが稼働しても未だ様子見して未参加の日本在住熱狂的なHFGOハイレベルプレイヤー達を呼び込み、さらには次に目指すPCO世界進出への布石の1つだ。

 無論、これが表向きな事は言うまでもない。


『ちょっと待って!? えっ!? この距離って! メル! 距離と地図!』


 だが画面の向こうで混乱するエリスティアは、サクラの説明はほとんど耳に入っていないようで、その混乱状態を指し示す頭のメタリックウサミミを左右あちこちに振り回しながら、なにやら調べ物している様子だ。


『……うぅうぅ、だ、騙された。おとーさんここまでする!?……サクラごめん! ちょっと確認する事が出来たから後で連絡する!』


 やがて何か合点がいったのか、逆鱗ならぬ逆耳を逆立てたエリスティアは、ひと言謝ってからログアウトしてしまった。

 何かまずい事でも言ったのだろうか?

 事情が判らないサクラが首を捻っていると、視界の端に浮かんでいた外部情報画面が点滅し、叔父の柳原宗二が帰ってきたことを知らせていた。




「どうソウジ兄? けっこうやるでしょエリー。まだまだゲームはじめたばかりで慣れてない所も多いけど、伸び代はたっぷりだと思うんだ」


 ホテルテナントに入ったスーパーで、宗二が買ってきた出来合いと呼ぶにはやけに手の込んだ総菜類で夕食を取るサクラは、映像データをみせながら、新しい相棒を自慢げにお披露目していた。

 ホテルに入っているお店や周辺の飲食店に食事に行っても良いが、宗二がなにやら疲れてすぐに休みたそうにしているので、部屋での食事となっていた。

宗二の姉でもあるサクラの母親は、日本の家庭料理もよく作っていたので、基本的にサクラはお箸も問題無く使える。それにここのホテルは長期滞在の外国人向けを売りにしているので、使用している食材や味付けも純日本人向けとは少し変わっているので、サクラ的には丁度いい感じだ。

 一方で宗二は、珍しく缶ビールを買ってきたかと思えば、あまり箸も酒も進まない。心ここにあらずの状態。


「え、あぁ……そうだね」


 サクラの問いかけにも一瞬遅れて相槌を返し複雑な表情を浮かべている。


「ごめんサクラ。ちょっと先に休ませてもらうよ。片付けを頼めるかな……明日、詳しいことは話すから」


 少し青ざめた顔をした宗二は、その後半分も食べずに箸を置いて部屋へと引っ込んでしまった。缶ビールなどほんの一口、二口、口をつけた程度で全然減ってはいない。

 ホワイトソフトウェアへ直接乗り込み三崎と対面したのがよほど疲れたのか、それとも衝撃的なことがあったのか?


「yes sir。あ、でも作戦結果は明日じゃなくても良いよ。ソウジ兄が都合の良い時でね」


 叔父の体調は心配だが、それもなんとかなる。どこまでも前向きのサクラは自分はゲームプレイに専念。リアルは宗二に任せておけば大丈夫という役割分担を全うすることにした。









「……あの子は確かに紹介された子だ……高度AIによるNPC。実質人間と変わらない思考能力と記憶転写も可能。クローン体を用意すればリアルにも来られる……」


 自室とした部屋に入った宗二は着替えもせずにベットに身を投げて、今見た映像に映っていたサクラがエリーと呼ぶ少女の情報を思い出す。

 彼女はリアルの人間ではない。文字通りの人の手によって作られた知性体。人工知能。

 だがその技術レベルは既存の物とは一線を画し、三崎とアリシティアのデータを元に子供として作られた彼女は、普通の人間と変わらない反応や成長を見せるという。

 そして今、サクラの父親である宗二の義兄も、婚約者であるシルヴィアも、そのエリスティアと同じ状態で……生存している。

 地球圏に大きな被害をもたらしたサンクエイク。この突如降って湧いた大災害により、月から脱出不能となったルナプラント職員達を救い出すために、選ばれた手段が本人達の脳内データを完全コピーという禁忌だ。

 そのデータから再現した、オリジナルと寸分変わらない人格や記憶を持つ人工知能。

 これを人間と呼べるのか。呼ぶことが出来るのか。

 あまりにも今の人類には早すぎる判断。価値観。

 ベストは、オリジナルが死んだという事実を隠しながら、サンクエイクの余波が収まりいつか月への道が開けたときに、奇跡的に生き残っていたとし、彼らコピー人格を宿したクローン体を、表舞台に出すこと。

 しかしそれらが明るみに出たときに備え、世間をこのあまりにも人間的な反応を見せるAIに慣らしておく。

 そんな彼らを自然と受け入れられるために、世論を誘導するために始められたのが、PCOと呼ばれるゲームだと、あの男は、三崎伸太は断言した。

 他言無用と念を何度も指された機密情報。

 それを宗二に明かされた理由は、全てサクラを三崎の思うとおりに動かす為。

 姪の父親を思う心を用いて、いざ秘密が露呈した時に世間への後押しとする為、今のうちからNPCであるエリスティアと友情を育ませるのだと。

 この裏の意図を達成するために、協力している企業や機関も数多く、その中の1つ。クローン体の生育には日本の大手医療法人である西ヶ丘グループも関わっているという。

 そしてその移植クローン体成功例の1つが、あの西ヶ丘麻紀だと。

 彼女の持つ人間離れした反射神経は強化調整された人工体であるが故。通常の人間からは引かれる、やけに独特すぎる趣味や恰好は、まだAI育成技術が初期段階で不安定だったためだと。

 あまりに荒唐無稽すぎる。ディテールの甘い、粗雑な作り話だと思う。

 だが何故かそれを否定しきれない。

 自分でも何故か判らないが、VR空間で出会った義兄や婚約者が、コピーのはずの彼らが、何故か本人だとしか思えない。

 そしてそれをサクラに黙り、あれほど敵視し警戒していた三崎に、協力しなければならないという強い意思も何故か生まれていた。

 記憶に齟齬はない。途切れたり洗脳されたという僅かなノイズさえない。あれは全て事実。

 混乱した頭の中で考えるが、どうしてもその結論にしか、何故か至れない。
 
 ベットで横になったが宗二がようやく落ち着き眠れるまでは、まだまだ時間を必要としていた。






「いやーまぁご本人協力、監修の下、本人が信じそうな嘘八百の作りやすいこと作りやすいこと。時間短縮には良かったですよ」


 自分で考えたシナリオで、自身が悩む柳原さんの様子を盗み見ながら、俺は仕事終わりのティータイムと洒落込む。

 茶の時間といっても、ホワイトソフトウェア火星支店に備え付けたコーヒーメーカーにカップをセットしてのセルフサービスだが。


「三崎。おまえさすがにあれは無茶だろ。西ヶ丘さんとこの娘さんを人造人間にして、しかも自分の娘のエリ坊までAIって、どこのSFだ」


 文句を言いつつ自分のマグカップをずいと突きだしてきた須藤の親父さんが、凝った肩を動かしごきごきと鳴らしている。

 リルさんという最高級武装を得た事で生前にはフルで使い切れなかった実力を絶賛発揮している親父さんでも、今回の記憶改竄は骨だったご様子。

 記憶のカット&ペーストやら、穴埋め部分の補填までして一連の流れをイベントとしてまとめ上げる。ゲーム作成の一環みたいなもんだが、今回は時間が問題だった。

 何時もなら銀河標準時間の火星と、遅延フィールド内の地球では7倍近い誤差があるが、今日の地球はフィールド解除状態。

 如何に時間内で早く組み上げ記憶を作成するか。親父さんじゃなきゃ無理な手際。水が流れるようなソースコード組み立ては、神業職人芸のひと言だ。


『須藤様。お疲れ様でした。今回の作業内容や組み立て方をアカデミアの方々が、研究をなさりたいそうです。地球人の環境適応力の異常性はやはり特筆に値すると』


 銀河帝国時代の他世界跳躍実験の対象惑星だった地球と、実験生物だった地球人に隠された能力や遺伝子検査でも判らない秘密には、学者の先生方も興味津々。

 銀河レベルで見てもおかしい正確性と、作業量をこなす須藤の親父さんなんぞ、あちらこちらで引っ張りだこの人気者だ。


「勘弁してくれリルの姉ちゃん。一々仕事のたびにその要請で、作業が止まるんだからよ。三崎。手が足りないから2、3人こっち引っ張ってこい。うちのブラックぶりならこの夏で死にそうな奴がいるだろ」 


「あー先輩方なら、死んだらさらに地獄が待っていると警戒して、健康生活に目覚めた人が多数だったりします。しばらくは無事かと」 


 何せカップ麺で身体が出来ていると自認し、あれだけ健康に悪そうなジャンクフード漬けだった守上先輩が、親父さんと2人体勢は断固拒否だと、健康優先塩分不使用オーガニック食品に目覚めたレベルだ。

  
「あいつら……寿命が来たときは無理矢理にも引きずり込んでやるから覚悟しておけと伝えとけ」


 うむ。この表情と伝言を伝えれば、ウチの会社の健康指数はさらに跳ね上がりそうだな。

 そんな馬鹿な事を考えつつも、俺はコーヒーを一気に飲み干すと次の準備に向けデータをとりまとめていく。

 今日採取したばかりの出来たてほやほやのデータは、既に銀河アカデミアに送られ解析中。

 こいつを使って、一気に逆転の一手とする為には、俺自身がそこに乗り込まないと行けない。

 それは銀河中心部。今の天の川銀河を仕切る星系連合の意思決定機関。星系連合議会。

 さすがにリアルで行くのは時間的には無理だが、VR参加なら可能。

 手に入れたばかりのデータを惜しみなく知り合い、知人へと撒いて、釣り餌としていく。家族を犠牲に長期出張して培った人脈をフル動員。

 明日の朝には特別監査官であるシャルパさんがご来訪。地球時間でサラスさん、シャモンさんは何百年ぶり、そしてカルラちゃんは初めての親子姉妹のご対面だ。

 それが仕事でとあっちゃ風情が足りない。ここはシャルパさんにはゆっくりといきなりの休暇を楽しんでいただきましょうかね。


「悪い顔してるな。また碌でもない事企んでやがるな」


『アリシティア様がおっしゃるには、三崎様がこの顔をしているときの勝率は9割近いので、むかつくけど頼もしいそうです』
 

 ちっ! アリスめ。素直にほめられないのかあいつは。

 絶賛夫婦喧嘩中のアリスに関しちゃ、仕事をちょっと押しつけてシャルパさんとの面会時間を気持ち減らしてやれ。ささやかな復讐だ。


『三崎様。緊急事態が発生しました』


「お! 来ましたか。星連議会特別招集ですね」


 リルさんの報告に俺は手を打つ。撒いた餌に早速誰かが引っかかってくれたようだ。


『いえ、そちらはまだです。エリスティアお嬢様が、お部屋をお出になりました。ギミックにびくびくしながらも、境界部に向かって移動を開始しています……進路的にはサクラ様がおられる方向に向かっています。方向誤差レベルは到着時0.000025%となります』


「そっちですか……データ追加収集。関係各所に即時送ってください」


 ちょっと考えてから立ち上がった俺は、リルさんにいくつか指示をして外出準備を始める。

 どうやらエリスが絡繰りに気づいたかなこりゃ。しかもその誤差レベルかよ。成長の早いこと早いこと。


「一度拗れた父親と娘って結構後引くからな。エリ坊を怒らせ過ぎたら下手したら葬式にも来てくれないくらい嫌われるぞ」


「……脅かさないでください。んじゃ、ちょいと出てきます」


 うむ。嫁に続いて娘様とも喧嘩状態は避けたい所だが、迎えに行ってやらないのも、ちと可哀想。

 何とも不吉な親父さんの予言に肩をすくませ、俺は事務所を後にした。



[31751] C面 企みはこつこつと
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/09/28 02:33
 火星支社といえば聞こえは良いが、従業員が須藤の親父さんと俺だけという事務所レベルな支社を出た俺は、地球の遅延フィールドが再稼働するまでまだ少しばかり時間が有ったので、後輩の金山に連絡を取って、美月さん達の動向を確認する。

 その感想はなかなかに予想外のひと言だ。


「運営側のふりで、他のプレイヤーを牽制か。よく考えるな」

 
 今のままでは自分達が運営側から贔屓されていると思われ、目だってやっかみや中傷を受けたり、ゲーム内で狙われる可能性が高い。

 ならば、いっその事PCOのステマ要因な秘密公式プレイヤーだと誤認させ、逆に目立つ事が仕事の一環だという体を取り、他プレイヤーのヘイトを下げ襲撃のリスクを抑える。

 美月さんの打ちだした方針は、なんつーか開き直りの極地だと素直に感心する。


『あの子ら本当に一から十まで先輩の仕込みじゃないんすか? ウチの所属は賞金レースから除外。それに王道から外れたかなりマニアックなプレイスタイルで、それこそゲームの宣伝でやっているみたいで、誤解させやすいっちゃさせやすいですけど」



「最初の1つ2つだけだっての。女子高生”と”遊んでられるほどそこまで暇じゃねえぞこっちは」


 ゲームをやる切っ掛けと、素人な2人の補助で金山を含む後輩を動員したくらいで、後は美月さんと麻紀さんの独自行動の結果。

 初心者が選ぶにゃ、物資補給や移動経路に制限を食らう高難度な賞金首な裏社会ルートなうえに、麻紀さんはトラウマ発動を怖がって絶対不殺プレイ中。

 確かに変則すぎでカナの言う通りだが、プレイスタイルに関しちゃこっちはノータッチだ。


『先輩の場合女子高生”で”でしょうが。それにしたって、今日の襲撃者2人組はどうなんですか。1人はHSGOの有名プレイヤーチェリーブロッサム。最後に出てきたウサミミなんてアリスさんの関係者感丸出しで、目だつ戦闘シーンを狙いすぎじゃ』


「そっちもこっちは予想外だ。第一アリスが絶対社長命令で入れた、人型変形船や、グランドアームなんぞ俺の趣味じゃないっての。物資搬入用のロボットアームならともかく、宇宙船で格闘腕はないだろ格闘腕は、あのアホ兎は」

 
 宇宙と言えば、数万隻同士の艦隊戦に、派手なビームとミサイルの雨あられをかいくぐる、ドッグファイトな戦闘艇。

 それが古典SFの王道だってのに、相変わらずそこら辺を判らない奴だ。宇宙生まれのくせに。


『その呼び方。またやらかし中ですか。ほんとよく飽きませんね』


 声だけの通信だが、それだけであきれ顔を浮かべる後輩の姿が容易に想像が出来る。

 どうやらアリスと喧嘩中だと言葉の端々から見抜かれたようだ。


「うっせよー。あとで決戦用に部室からデータ落とすけどパス変わってないよな?」


『そのままです。ただシンタ先輩達がSAやりあいそうなら、OB会が、対戦映像あげさせろって先輩命令で来てます』


「それ絶対宮野さんだろ……ほんとあの筋肉達磨先輩は。人んちの夫婦喧嘩で楽しむなんぞ悪趣味にもほどがあんだろ」


 公私共々世話になってるんで断れない依頼にゲンナリする。

 しかし身内限定とはいえ、他者に公開となるとちょっと問題がある。

 それは時間。

 今は時間流が通常状態だが、本来の地球は物資消費を抑えるため遅延状態を維持中。

 俺とアリスは地球上では結構せわしなく動いているので、見た目ではそれこそ睡眠時間を削って働いているような状況。

 もっともそれはその少ない睡眠時間を、こっち側に戻って、長めに休んだり、他の仕事をしたりと、足りない時間を補填するっていう裏技を宇宙技術で絶賛発動中だから出来る芸当。

 そんな反則技を使って裏方で動いている俺の方はまだいいが、ディケライア社長であるアリスは、あちらこちらと顔つなぎをしたり、会合と分刻みのスケジュールで動いているので、他人からその動向を推測されやすい。

 だから第三者に明らかにおかしいタイムスケジュールだと悟られないように、ちゃんと管理をしている。

 しかしそこに決着まで少なくとも十時間は掛かるだろうプレイ動画を公開となりゃ、明らかに矛盾が生じる。

 公開するのは身内だから大丈夫だと個人的には思うが、星系連合からすりゃ、んなのは関係ない。

 疑われるかも知れない状況を意図的に放置したなんて、突っ込んで来られて、こっちの事業に支障が生じたらたまったもんじゃない。

 回避するには、対戦内容を変更するのが一番無難だが、他の改造ゲームで対戦時間が短い物だとアリスがやりこんでいるのが多く、俺の勝算がかなり低いので最初から負け戦確定。

 ならウチのサークルと関係ないゲームと行きたい所だが、こっちが初見でも、アリスの奴がやりこんでいる可能性が否定しきれないのが、アリスのゲーム廃神としての恐ろしい所だ。

 俺と出会う前に暇だからって、地球のゲーム網羅していてもおかしくないからな、あの推定年齢3桁後半な年上にもほどがある女房。     

 となりゃ何か簡易対戦ゲーを速攻で仕上げて、と行きたい所だが、さすがに開発時間が足りないんでそこでも矛盾が生じる。

 昔作ったって言い訳も、作っておいて俺とアリスが、対戦をやっていないわけがないと突っ込まれるのでそれもアウト。

 開発時間をクリアするには、ウチの開発陣にでも頼むなら無理ないけど、平時なら酒の1つで頼めるが、オープンイベント中のこのクソ忙しい状況でそんな私用を頼んだ日には、女ボスな佐伯さんに殺される。

 こんな時に俺もアリスも同等にやり込んでいたリーディアンのPvP機能が有れば、互いに後腐れ無く決着をつけられるんだが。


「まてよ……リーディアンの機能ならあれもありか」


 そんな懐かしくなったリーディアンを考えていると、少し妙案を思いつく。

 美月さん達とサクラさんエリスコンビも決戦を行うって約束を交わしていた。しかしその内容はまだ未定。

 そして美月さんは、半公式を装うために、ゲームプレイの公開や内容の紹介をしてしばらく活動をすると。

 つまりはある程度、運営の、俺の思惑に、望む望まずに拘わらず乗らざる得ない。 

 つまりは対戦用の新機能をPCOに搭載となりゃ、PRを兼ねて、それで対戦する必要が生まれて来ると。

 佐伯さん達が今開発中の大規模レイドシステム。それこそリーディアンの真髄ともいえるあの機能を盛り込んだレイドシステムを、ちょっと弄って対戦用のツールとするってのもありだな。

 
「カナ。今の取り消しだ。後で新機能データを公開するから、上手いこと美月さん達を乗せろ」

 
 今の思いつきを企画書へとするための算段を固めながら、俺はそれこそ先輩命令で下準備をはじめる。


『うぁっ……先輩今絶対悪人顔ですよね。了解です』


「んじゃ頼んだ。時間だしそろそろ切る」


 なんやかんや言いつつも二つ返事で引き受けてくれた金山に後は任せて通信を切るとほぼ同時にアラームが鳴る。

 地球を覆っている時間流遅延フィールドが再稼働を初めて、時間の流れが遅くなりはじめたことを知らせる音だ。


「美月さん達の方は任せればオッケーと。サクラさんの方はお仲間になってもらった柳原さんに一任。問題はエリスか……仕掛けに気づいて出そうになってるから、上手いこと戻すには」


 エリスがPCOをやっていた理由は、閉じ込められていた地球から宇宙に戻るため。

 それが大嘘だとばれた今、エリスがそこまでモチベーションをもってゲームをやるか微妙。

 むしろしばらく拗ねて絶対拒否ともなりかね無い。

 しかしそうなるとせっかく繋がったサクラさんとの絆も成長無し。そうなりゃ他方面で色々と面倒が起きる。

 エリスがゲームを続けるための理由付けが必須か……ここはカルラちゃんに出動してもらうのが一番手っ取り早いな。


『はい。どうかしましたか小父様?』


 呼び出しコール二つ目でとすぐに開いた通信ウィンドウには、頭の狼耳をぺたんと下げたカルラちゃんが映る。

 頭の耳を見なくても声に元気がなく表情も優れなく、落ち込み気味なのが丸わかりだ。

 
「エリスが仕掛けに気づいて出てこようとしてるけど、カルラちゃんも一緒に迎えに行きたいかと思ってね。どうする?」


「エリス姉さんが! ……うぅ、でも姉さんに私は嫌われていないでしょうか。約束を断った上に、騙してしまっていたのに」


 嬉しさで一瞬立ち上がった狼耳だったが、またすぐにへたれ込む。どうやら会いたいけど、会うのが恐いらしい。

 エリスの性格上、カルラちゃんを嫌うわけは無いと思うんだが、その辺りを口で説明してもなかなかに納得しがたいだろうな。

 思慮深く慎重と言えば聞こえは良いが、基本気が弱いというか、ちょっと臆病な所があるのが、うちの娘様の妹分なカルラちゃんの性格。

 実姉のシャモンさんの1/10でも気が強ければ、あまり悩まずに色々と生きやすいのにそんな性格っちゃ性格だ。

 まぁだからこそ、強気一辺倒なエリスの従者としてふさわしいんだが。


「あー大丈夫大丈夫。ヘイト管理が俺の得意技なんで。俺に任せて。というわけでここで合流。後来るときについでに、ペットショップに寄ってこれ買ってきてくるかな?」


 今の火星では人は気軽に増やせないが、アニマルセラピーの一環で小動物は多少が融通が利く。

 作れない子供代わりに犬や猫を飼う人も多いので、火星都市のそこら中にペットショップが有って、ペット用の道具なんかもラインナップ豊富だ。  

 
『……く、首輪ですか? 小父様これをどうする気ですか?』


 予想外の頼みに少し面食らっているカルラちゃんが見るのは、大型犬用の棘突きの大きめな首輪。見た目がごつくてインパクト十分。


「とりあえずシャモンさんとサラスさんに詳細報告もしておいて。そうでもしないと殺されかねないから。狙いは……」


 目を白黒させているカルラちゃんに作戦の詳細を説明して、ついでにディケライアの最強戦力のツートップへの備えを頼んでおく。

 須藤の親父さん曰くあまりエリスに嫌われると葬式に来てくれないって事だが、その前に根回ししておかないと、八つ裂きにされて今日が俺の命日になりかね無い。

 さてと、この状況でうちの娘様はどうするかねぇ。



[31751] C面 幼年期の終わり
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/10/08 03:10
 夕暮れ。黄昏時。逢魔が時。

 呼び名は様々あれど、太陽がほぼ沈み、暗闇があちらこちらで産声を上げる町並みの中、おっかなびっくりという言葉を、まさに体現したたどたどしい足取りで、街中を進むウサミミ少女が1人。

 ここに隔離されてから初めて玄関扉を開けて、外に出たエリスティア・ディケライアは恐怖で半泣きになり、黒髪からひょっこりと顔を覗かせるメタリックウサミミをぶるぶると震わせながらも、何とか自分が感じ取るサクラのいる方向に向かって、歩みを続ける。

 先ほどからエリスティアのすぐ背後では、なにか得体の知れない、明らかに足が10本以上はあるだろうカサカサという這いずる足音が消え、やけに生臭い匂いが漂ってくる。

 恐怖に耐えきれず振り向いて確認したい本能と、振り向いたら驚きのあまり1歩も動けなく確かな予感がせめぎ合うが、何とか本能を抑えて震える足で1歩1歩進んでいく。


「ないもん……絶対いないもん……い、悪戯だもん」


 人気のない周囲の住宅街からは、生活音らしき音は一切無し。

 人の営みに変わって気配をただよせるのは怪異の影だ。時折ガラスが割れる甲高い音が響き、けたたましい泣き声を放つ怪鳥の大きな影が頭上を飛ぶ。

 少し先の排水溝の隙間から顔を覗かせるやけに長い爪を持つ指が、エリスティアを招き寄せるようにカリカリとアスファルトをひっかく。

 電線の上を何かが走り抜けたかと思えば、ドロリと腐った目玉が飛び出た生首がぼとりと落ちる。
  
 これでもかというホラー演出は、某ゲームで夏休み限定で登場したホラー風味ID用モンスター群からの規格流用。数多のプレイヤーにしばらく外出が恐くなったと言わしめた恐怖度は、宇宙育ちのエリスティアにも効果は抜群だ。

 それでも何とか耐えられているのは、エリスティアの時空耳が感じる感覚が鮮明だからだ。

 サクラはPCOに参加するために、日本に来ているといっていたが、実際にエリスティアが感じるサクラは、90万キロ以上彼方の先。 

 地球人を勝手に外に、宇宙側に連れ出すことは出来ない。父親達がそれで苦労しているのを小さな頃から見ているので、絶対にあり得ない。

 そうなれば、罰で地球に閉じ込められているはずの自分が、実際には宇宙に、正確には開発中の火星にいると考えた方が無難だ。

 恐怖を忘れるため、無視するため、とにかく外の情報は無視して、自分の思考に没頭する。

 いつからだろう? いつから自分は地球にいると勘違いしたのだろう。地球にいると騙されたのだろう。

 少なくともPCOオープン日が当日までは確実にディケライア本社であり生まれ故郷である人工天体創天にいたのは確実。

 その後、リンクした送天の跳躍機能を使い密かに地球に降りたって、美月達にちょっかいを仕掛けた。

 そして見事にはめて、意気揚々と戻ろうしたときに転送エラーが起きて、一緒にいたカルラは戻れたが、エリスだけが非常時の緊急時現界ポイントに設定されていた地球の父親の部屋に跳躍してしまった。

 その所為で星連に未開惑星への無断跳躍がばれて、その罰として地球人ハーフであるエリスティアは地球から宇宙へと帰れなくなった。そのはず。そのはずだ。

 だから宇宙へと戻るには、PCOの参加者達と同じく宇宙側へと関われるだけの能力を持つことを証明するために、PCOのオープニングイベントに参加して入賞が必要。

 だから家に戻るために、やったことも、興味もなかった、むしろ父親が取られている気がして嫌だった地球のゲームで頑張ってきたのに、来たというのに、それが全部嘘だったのか。騙されていたのか。

 これはあんまりだ。酷すぎる。悪意が強すぎる。

 文字通りのお嬢様育ちであるエリスティアは、その特殊な生い立ちも会って、産まれてからこの方、周囲からは可愛がられ、優しくしてもらっていた経験しかない。

 周囲に同年代の者などほぼいなくて、唯一の幼馴染みカルラーヴァ・グラフッテンは、先祖代々ディケライアに仕えるために産まれてきた従者種族。

 喧嘩らしい喧嘩など、母親のアリシティアと揉めたときくらいだが、それだって母親が悪意で怒っていたのでは無いことくらいは判っている。

 だから初めて向けられた本格的な悪意に戸惑い、そして不安を覚える。

 誰がこの罠にエリスティアを嵌めたのか?

 その疑問の答えは頭では判っている。だけど心が認められない。

 地球に閉じ込められ数週間。その間、エリスティアはみんなに会いたくて寂しくは思ったが、それでも耐えて来られた。

 忙しいはずなのに何とか仕事を終わらせて、毎日帰ってきてくれて、ご飯を作ってくれたり、一緒にお風呂に入って頭を洗ってくれて、眠くなるまで添い寝してくれた。 

 ずっと仕事、仕事で忙しくて遊んでくれなく、少し前までは星系連合の中枢星域に出張してしまい何年も直接に会えない日が続いていた父親が、地球に隔離されてからは、できる限りずっと一緒にいてくれたからだ。

 だから我慢できた。むしろ嬉しく思うときさえ有った。

 だけどそれが嘘だったら。父親が騙していたのなら。

 エリスティアの父。三崎伸太によくない二つ名が付いていることはエリスティアも知っている。

 地球では、プレイヤー時代には罠師、ナンパ師。ゲームマスターになってからも外道GMが代名詞となっている。

 宇宙側でも星系連合議会で暗躍していたときに、やり込められた敵対者からは、希代の悪党やら、宇宙最悪のペテン師などと呼ばれはじめていると、大人達が呆れ交じりで談笑しているのを洩れ聞いたりもした。

 だけど信じていなかった。エリスティアが知る父は、大好きな父は優しくて、直接会えなくても、いつだってエリスティアが話したいときには何とか通信に出てくれようとして、気にしていてくれた。

 母だって、そんな父を、昔から少し意地悪だが困っている人を放っておけないと評していた。 
 だから父親がそんな事を、娘を、エリスティアを騙すようなことは、その努力をあざ笑うようなことはしないと、信じている。信じたい。信じていたい。

 いつからか周囲のホラー表現への恐怖より、自分の抱く予感への恐怖が勝りはじめる。

 予感を否定するために、あり得ないと証明するために、エリスティアは足を速める。

 部屋を出る前に、簡易版メルに確認した距離から予測して、エリスティアが今いるのは火星都市の東側に広がる火星大海に浮かぶ群島地域。

 群島地域は島一つ一つに、火星の基本調整と異なる生存環境を本来の環境とする種族向けに、細やかな環境調整を可能とする仕掛けが施してある。

 その島の一つが、今の偽りの地球だとすれば、一定方向に向けて歩いて海岸線まで行けば環境フィールド外に出られるはずだ。

 素の火星は都市部を除いて、まだ太陽再生産計画の途上のため極寒の過酷環境であるが、エリスティアのウサ耳を覆う機械部分には、衛星軌道間くらいの距離ならば移動可能な簡易ユニット機能も併せ持つ。

 フィールド外までいけば、火星都市は目と鼻の先だ。すぐに帰れるはずだ。

 そうすれば判る本当の事が。

 父親は騙していない。

 もし……もしも。もしもだ。騙していたとしても、誰かの、そう、星系連合に言われて無理矢理に荷担させられたのだと。

 その希望を胸に駆け足気味になったエリスティアの目の前で、今までのホラー風味とは違う変化が起きた。

 路上のアスファルト路面の一部が盛り上がり、ディケライアのトレードマークであるウサミミを模したデザインの、エリスティアも見慣れた警備ロボットが成形された。

 どうやら道路の一部がナノセルで形成された偽装道路だったようだ。

 これこそが地球ではない何よりの証明に、エリスティアはほっと胸をなで下ろすが、その心の底の不安が表れたウサミミはまだぴんと立ったままだ。

 地球の科学技術レベルでは逆立ちしたって出来ない技術の塊である赤色の警備ロボットは、そのウサミミを模した両碗を左右に広げて、行く手を塞ぎながら警告メッセージを出現させる。


『危険。この先10メートルから環境再現エリア外となります。個人用生体保護システムの確認をさせていただきます。保護機構をお持ちで無いお客様はお戻り頂いております』


「外耳保護機能情報リンク! いいから早く外に」


 確認する暇を待つのもじれったくて、エリスティアが急かそうとしたときに、不意に拍手が聞こえてくる。

 次いで警備ロボットの後ろ側の空間が不自然に歪み、二人の男女が、エリスティアがよく知る、そして会いたいが、ここでは現れて欲しくなかった二人が姿を現した。


「お見事お見事。さすが俺とアリスの娘様だな。いやーまさかオープンイベント終了前に仕掛けに気づくとは。おとーさんしてやられたな。えらいぞエリス」

 
 それは今まで娘のエリスティアでさえ見たことの無い、いい笑顔で笑って褒めてくれる父親。三崎伸太。

 そしてその父が右手で握るリードの先には、禍々しい棘付きの首輪をきつく絞めつけさせられ、青ざめた顔を浮かべる幼馴染みで大切な妹であるカルラーヴァ・グラフッテンの姿があった。



[31751] C面 私の父は外道です 
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/11/30 21:11
「お、おとーさん……?」


 状況が飲み込めず、意味が判らず、そして信じられず、震える声でようやく絞り出せたのは、主語を失った不明瞭な問いかけだけ。

 だがそんな問いかけに対して、父の三崎伸太は何時も通りの笑顔のまま、一番知りたいことを自然と汲んでくれる。

 エリスティアにとって妹であるカルラーヴァの首に、なんで太い首輪を連れて引き回しているのかを。


「カルラちゃんのこれか? 記憶消去と思考パターン変更の準備。カルラちゃんはよくやってくれてたから、かなり痛いんだが、まぁしゃーない。必要な事だ。リードの方は一時的に優先命令順位を俺の方にするための機械だ」


 エリスティアの視線で問いかけの意味に気づいたのか、あくまでも自然に、父は平然と返す。

 外見だけを残し、カルラーヴァがカルラーヴァでは無くなるという、実質的な死を意味する答えを。

 まるで傘が無いときに雨が降ってきたので諦めたかのように軽い口調で、しょうが無いとでも簡単に。


「本当は終わるまでエリスに会わせる気は無かったんだけど、気づいたご褒美だ」


 そう語る父の横で、カルラーヴァは首輪がきついのか息苦しそうにして、悲しそうな表情で黙り込んだままだ。


「っぁ……っ……」


 説明の意味は判っても、理解が追いつかず混乱するエリスティアは言葉を無くすと、エリスティアから父が視線を僅かに上へと外す。

 何時も大切な話をするときには、しゃがみ込んだりして目線を合わせてくれていたのに。

 カルラーヴァの記憶を奪うことが、大事な事でも無いというように。


「カルラちゃんが生まれた理由はエリスにも前に言ったとおり。地球人の俺と宇宙側のアリスの間で生まれたハーフであるエリスと、同じ生い立ちを持つ従者を産み出すため。つまりはエリスと同じ目線で味方になってくれる存在が欲しかったからだろ」


 カルラーヴァの家であるグラフッテンは先祖代々、ディケライア社の初代社長である旧銀河帝国皇女に、帝国崩壊前から付き従っていた皇室親衛隊隊長の一族の出。

 ディケライアの跡継ぎが生まれる際には、グラフッテン一族から守護者として選出、もしくは新たに産み出されるのが通例となっている。
 
 それはもはや伝統であり、強い絆と繋がりを象徴する関係で、ここ数世代はほぼ兄弟同然で育てられているのはエリスティアだって知っている。今更説明され無くても判っている。


「でも守るってのはただ無条件で、エリスが言うことに従うわけじゃ無い。命令、もしくは頼みがエリスの生命に危険をもたらしたり、立場が不利になるのであれば断れるようにしなきゃ、意味がない。実際に遺伝子レベルでそうしてたはずだったんだが、どうもここでエラーっていうか、父方のレザーキ博士の地球人遺伝子が、帝国時代に親衛隊に施されていた皇族への絶対服従伝子を活性化、というか復活させてたみたいだ」


 父の背後に仮想ウィンドウが展開され、調整された初期遺伝子データと実際の遺伝子データの変容やら、未開惑星関連法案に関する条文等を一気に流しはじめ、最終的に全てのウィンドウに問題あり、至急調整が必要という結論が表示された。

 元々地球人は、銀河帝国によって特別調整された実験生物達の末裔。その遺伝子には今の宇宙文明でも、未だ解析不能なロストテクノロジーによる未知の可能性が数多く眠っているという。

 父三崎が、母アリスティアの空間ナビゲート能力ディメジョンベルクラドを史上最大までに引き上げたのもその一環。同じようにカルラーヴァにも何かの作用が出ていてもおかしくない。

 いやひょっとしたら、エリスティア自身もハーフの身だ。何らかの相互作用があるのかも知れない。

 だが違う。今知りたいのはこれでは無い。


「ほれ、実例としてもオープンイベントでエリスは地球に行って美月さん達に宣戦布告兼ちょっかいを掛けに行こうとしただろ。許可のない奴は地球には降りられない。だからカルラちゃんはこれを止めるか、俺達に知らせて未然に防ぐのが役割だってのに、止められず伝えてもいない。もっともエリスは上手く出し抜いたつもりでも、さすがに無断で地球への転位を見逃すわけは無いけどな。ここと同じように作った疑似空港へと転送してたわけだが気づかなかっただろ。もっともあの段階で、エリスに気づかれると、後々の仕掛けに支障が出るから、あの美月さん達は本人達とリンクしたナノセル義体なんだけどな。ふふん。謀略でおとーさんを相手にするには百年は早かっただろ。今まで遊んでやれなかった分だけしっかり遊んでやったけど満足したか?」


 娘と遊ぶと称して、心底楽しそうな顔を浮かべる父の思考が、いや父その物が理解でき無い。

 今大事なのはそうじゃない。

 それじゃ無い。

 自分が、自分達の行動が最初から見抜かれていたのも、そこからずっと罠にはまっていた事実も、今は些細な事だ。

 それでなんでカルラーヴァが、カルラーヴァでない存在へとされなければならないか。

 今エリスティアが知りたいのは、そして止めて欲しいのはそれだけだ。


「ま、まって、お、おとーさん! なんで!? なんでエリスじゃ無くてカーラがもっと酷い事されるの!? エリスが言っ、うぅん! 命令しただけだもん! だからカーラは悪くないのに! カーラを離してあげて!」


 自分が本当に望むことがようやくまとまったエリスティアは、必死の思いで口にするが、エリスティアの心からの願いなら、出来る事ならば何時も快く引き受けてくれ、無理でも熟考してやれる方法を考えてくれるはずの父は、やはり目も合わせてくれず、あっさりと首を横に振った。


「あーそれとこれは別。だから隔離、罰はエリスだけだろ。カルラちゃんの場合は、必要だからだ。今のカルラちゃんは、エリスが冗談でも、どっか行っちゃえとか、あの人を殺せと、自分が死ねって、もし口にしたら、無条件で従う危うい状態。さすがにこれをそのまま放置は出来ないから、エリスがこっちにいる間に色々と試してたんだが、皇族への服従遺伝子を不活性化処置しても、地球人遺伝子が再復活させているみたいでな。となりゃ手は1つ。服従対象をエリスじゃ無くてアリスに変更するしかないだろ。アリスならそこら辺の分別はついているからな。しかしそうなると記憶の方に齟齬が生じて、精神安定に問題が起きる。だから記憶消去と思考改変が同時に必要なんだとさ」


「エ、エリスしないもん! そんなお願いカーラに!」


「でも地球には行こうとしただろ。実際にやった後じゃ。説得力が足りないから、仕方ないよよなぁ」


 目を合わせてくれず下から見上げる形になった父の口元は、残念そうに言いながらも、楽しそうに笑っていた。

 楽しんでいるのだと気づく。今の状況を。エリスティアがこんなに困って、嫌だと言っているのに。

 それがたまらなく悲しくて、いやで、気づけば自然と涙が溢れてくる。

 だが泣くだけではどうにもならない。

 泣いていては、状況を変えられない。


「やぁ……やだぁ……カ、カーラに、酷い事しないでぇ……な、なら、エ、エリスが変わるから……ぜったい、ぐす……カーラにしないからぁ」


 泣きじゃくりたいのを我慢して、カルラーヴァの首輪に繋がるリードが伸びた父の右手の袖を掴んで、パニックになりかけの頭の中でも必死に考えて懇願する。

 父の言う処置は、基本的には絶対服従の対象を変えるという話だ。ならカルラーヴァでは無くて自分が変われば、今のままでもいいはずだと。


「そうか……ん、そうだな。ならおとーさんと1つゲームをしようか」


「ぐす……ゲーム?」


 少し考えた父が、何時もと変わらぬ口調のまま、極めて軽い口調で主旨の読めない提案する。

 なんでこの状況でゲームなんて口にするのか。そんな事で簡単に決めていいのか?

 その提案は、カルラーヴァから記憶を奪うことを、父がたいした問題と考えていないように感じてしまい、もっと悲しくなるが、今はその思いを封印して、どういう意味か尋ねる。


「問題はエリスの判断力だからな。カルラちゃんに無理を言わず、感情に流されず、ちゃんとその状況に合わせた正解を導き出せるか……だからPCOのオープンイベント中にエリスにゲームプレイでその辺りを見せてもらおうかな」


「ふぇ……み、見せるって、いつ? なにを? どうすればいいの?」


「おいおいそれを教えちゃゲームにならないだろ。どういう状況か、そして何が正解か、それらも含めてエリスが自分で考えるって事だしな。セーブ機能なんてないMMOはリアルな人生と変わらない。だからこそ自分の勘と考えを信じるやり直しの利かない勝負が面白いのに、その楽しみを奪うなんてするわけ無いだろ」


 あまりに抽象的で、明確な問題も答えの無いルールに困惑しているエリスティアに対して、父は煙に撒くように惚けながら、それはそれは楽しそうに返してくる。

 その声で悟る。父は本気だ。今の提案が最大限の譲歩で、これ以上何を言っても、そのゲームで勝たなければ、カルラーヴァは記憶を消され、別の存在へと変わる、今のカルラーヴァが死んでしまう。

 エリスティアにとってカルラーヴァは大切な、とても、とても大切な妹分だというのに、それは父も知っていて、個人的にも目に掛けて可愛がっていたというのに。

 カルラーヴァの生死を、ゲームで、たかがゲームの結果で決めてしまおうとしている。

 初めて目の当たりにした、父の異常性に、全身に寒気が走り、その顔をこれ以上見ていたく無くて下をうつむき、手からも力が抜けたエリスティアは、自分でも気づかない間に、袖を掴んでいた手を離していた。


「まぁ、やるかやらないかはエリスの自由だ。受けるならこのまま戻る。それとも受けないで、家に、創天に帰るか。エリスの好きな方でいいぞ」  

 
 判る。声だけで判る。父はどちらでもいいのだ。どちらを選らんでも、父は楽しんでいる。

 娘”で”、エリスティア”で”遊んでいるのだと。

 その事実に気づき絶望しかけるが、止まってしまってはカルラーヴァを助けられない。

 だから我慢する。泣いて、叫きたいけど、今この父の前で泣くのだけは絶対に嫌だ。

 父はひょっとしたら、エリスティアが悲しむその姿すらも楽しんでしまうかも知れない。

 そう考えたエリスティアはクルリと背を向け、ついさっきまでおっかなびっくり抜けてきた薄暗い住宅街へと振り返る。


「戻る…………おとーさんなんてだいっ嫌い!」


 ゲームを受ける宣言だけにするつもりだったが、どうしても心からあふれ出した言葉を大声で叫んだエリスティアは、足元だけを見て駆け出す。

 どうせ前を向いても、涙で視界が歪んで禄に見えないのだ。 

 相変わらず得体の知れない影が視界の隅をよぎり、変な音も聞こえてくるが、それらは今も恐いが、恐くない。

 父の前に、父の本質を知る事の方が恐い。もっと恐ろしい。一刻もここを離れたい一心だった。











「っと誘導成功と。カルラちゃん緩めるよ。大丈夫だった?」 


 角を曲がったエリスの姿が見えなくなったところで俺は息を吐いてから、リードを手放し、カルラちゃんの首につけていた首輪の締め付けを緩くする。

 しかし、娘の妹分に首輪をつけてはべらせる父親ってのは感じ悪い事この上ないし。どこの鬼畜エロゲーだ。

 しかもそれ最序盤で、息子辺りに刺されて死ぬちょい役か、もう少し扱いよくても刺されて死ぬラスボスだよな。

 どっちにしろ死亡エンドだわな。


「あ、わ、私は、一時間くらい、脳に酸素が行かなくても、だ、大丈夫ですけど、姉さんが、あぁ、だ、大丈夫でしょうか!?」


 首輪を緩めて息を大きく吸ったカルラちゃんは、泣いたまま動揺して駈けだしていったエリスの去った方向をみておろおろしている。

 あれだけ首輪がきつく首に食い込んでいても全く影響が無かった辺りは、さすがはサラスさんの娘でシャモンさんの妹。苦しい内には入らない生粋の戦闘種族。


「んじゃそういうわけでカルラちゃんは、このまま傷心のエリスに合流。外時間と上手く調整するから明日の朝には戻って、シャルパさんの出迎えな」


「へっ!? で、ですが小父様。今、姉さんに会って大丈夫なんですか!? 先ほどまでの設定とか破綻しますよ!」


 カルラちゃんの遺伝子どうこうはもちろん嘘。大昔には実際に皇族への絶対服従遺伝子を埋め込んでみたいだが、んな時代錯誤なもん今時は禁止されている。

 大体エリス含めて2例しかいない、極めて貴重な地球人ハーフのカルラちゃんの定期検査なんて、それはそれは細かに、頻繁にやっているんだから、遺伝子変貌なんぞ長期で見逃すはずも無い。 

 エリスがそれに気づかないように、わざわざ鬼畜父なインパクトのある首輪付きで登場したんだが、エリスの反応を見るに上手い事は行ったようだ……ちと上手い事、行きすぎたような気もせんでも無いが。


「そこはそれ。あれ。気力維持と好感度調整。開口一番『実際に無理な事を言わないか、ついでに確かめてみるか』と、俺が楽しそうに送り出したってことにすれば問題は無いって。あのまま下を見て駈けているといつ転ぶか判らないし、今、転んだらしばらく動けなくなりそうだから」


 転んだくらいじゃ怪我はしないだろうが、精神的ショックが強すぎて、立ち上がる気力さえ湧かない可能性がある。そうなるとこの先のゲームプレイにも問題が発生する可能性が大。

 だからカルラちゃんを派遣して、取り戻す、守りたい対象を、きっちりと思い返させれば、モチベーションは保てるはずだ。


「それに、なんだかんだ言っても1人じゃ飯も作れ無いしお世話係を頼んだ。というわけで行った、行った。ただし演技だけは続行で。適当に記憶を消される怖さを時折吐きだしていればいいから」


「わ、判りました! すぐ行きます!」


 元々会いたいのを我慢していたのはカルラちゃんも一緒。俺がそれなりの理由を与えてやると、一目散に駈けだしていった。

 残像が見えるくらいの速度で角を曲がって行ったその姿は、動物耳も相まって、兎を狩りにいく狼みたいだ。

 もっともあの子の場合は、うちのウサギッ子の最強のガーディアンなわけだが。


「おーはぇーはぇ。さて………しくった。やり過ぎた! いやどうする俺!? まじで!?」


 これまで何とか耐えていたが、カルラちゃんが見えなくなったところで、あまりにきつい精神ダメージに俺はがくっと膝をつき、地に倒れ伏す。

 泣かせるつもりは無かったんだが泣かせた上に、嫌いまで言われたぞ!? しかもだいっ嫌いだぞ!?

 俺の可愛い娘にあんな悲しそうな顔をさせる奴がいたら、全身全霊で地獄にたたき落としても良い位に思っているのに、俺がやってどうするよ!?

 ヘイト管理を完全にミスった。完全にあげすぎた。

 くっ。敗因は判っている。エリスがあんまり悲しそうな表情をするから、途中から目線を外した所為だ。顔を見ていて中途半端に手心を加えたら、気づかれると思って、エリスのウサミミに焦点を合わせたのが敗因。

 あの揺れ動くウサミミを見て、手を抜かないためにアリスの2Pカラーだと思い込んだのが失敗だった。

 気づいたら対アリス戦レベルでの追い込みを掛けていた。


「だーっ! くそ! あれはアリスが悪い! あの阿呆兎が!」
 

 自分でも八つ当たりと判ってはいるが、どうしようも無い心の底から浮かんだ感情のままに、アスファルトを叩いて雄叫びを上げていると、不意にぽんと肩を叩かれる。

 まさか今の声でエリスでも戻ってきたかと慌てて顔を上げると、目の前には何故かアリスがいやがった。しかもやけに楽しそうに頭のウサミミを左右に揺らし、にんまりした顔を浮かべ、


「ねぇねぇどんな気持ち? 目に入れても痛くない可愛い娘に大嫌いって言われてどんな気持ち?」


「あぁっ! みりゃ判るだろうが、最悪だよ! 喧嘩売りにわざわざ来たのかおまえは!?」


「やーい! 娘に嫌いって言われる気持ちがこれでシンタも判ったでしょ! あたしにばっかエリスにお説教させるんだから、たまには父親の苦悩を味わいなよ!」


 煽り度MAXな死体蹴りをして来やがったアリスにつかみかかろうとしたが、アリスはひらりと躱して、あかんべーとしてころころ笑う。

 この野郎、夫婦喧嘩中だって事に加えて、子育て中の不満も纏めてぶつけに来やがったな。

 ちっ! 相変わらずタイミングと弱点を突いてくるのが上手い。

 どうやってこの阿呆兎に仕返しをしてやろうかと俺が睨み付けていると、不意にアリスが立ち止まって、右手を上げて制した。

 表情も心なしかかえ、そしてやけに臨戦態勢な気配をだしてきた。

 いきなり変わった雰囲気、それは俺がよく知っている、そして共に駈けたアリスの空気だ。

 あの仮初めの世界で、アリスの正体も、宇宙の状況も、何も知らず、それでも相棒としていた時代に何度も体験した空気だ。

 そしてその空気を発するのは、いつだって同じ状況だ。 


「はい。じゃあここで一時休戦……シンタ。ボス戦が来たよ」


 そういってアリスが指を鳴らすと、一枚の仮想ウィンドウがその掌に浮かぶ。

 それは星連議会が緊急特別招集されたという予想していた知らせ。

 ディケライア社の代表として召喚された俺の名前はある。

 だがもう一つ予想外の要素が1つだけ有った。

 召喚されるのは2名。そこにはアリスの名前も記されていた。



[31751] C面 銀河の歴史がまた1ページ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/12/19 01:36
 銀河史にディケライアという名称は特別な意味を2つ刻んでいる。

 互いの存在を古代より認識し、技術の発展と共に、交信を交わし、やがて宇宙空間へ進出しながらも、実際に出会うには、光でも数年単位で離れた距離は遠すぎるいくつかの初期宇宙文明が存在した。

 数世代の交流を重ねる内に、やがて1つの文明が、とある特殊能力に目覚めて、しばらく後に初めて超空間跳躍航法の開発に成功する。

 彼らは、星々の海を渡り、地上資源が枯渇し困窮していた星には、無人星系から数百年分にも相当する資源衛星を運ぶ計画を共に立て、また文明の発展と引き替えに産み出した汚染によって苦しむ星には、知恵を寄せ合い惑星規模の浄化装置を共に作りだし、人口爆発によって収容限界を迎えていた星には、手をさしのべ、未だ知らぬ未知の星域へと共に歩みだした。

 彼らの思いはただ1つ。

 唯々遠くを。

 未だ知らぬ何かを。
 
 未だ出来ぬ何かを。

 未知を知りたい。未知を克服したいという、いわゆる好奇心によって突き動かされていたという。

 その勢力は好奇心のままに、精力的に銀河全域を探索し、出会った初期宇宙文明を次々に併合して一大帝国を築きあげる。

 銀河史において初の銀河統一国家の誕生。

 中心に存在したのが、初めて超空間跳躍航法技術を確立した文明の長にして、極めて優れた多次元空間認識能力を持つ一族。銀河帝国皇家ディケライアである。

 だがその長き治世で、おごり高ぶった皇家、帝国中枢は、未知を求め、惜しげも無く分け与える者から、変化を嫌い、奪い支配する略奪者へと変貌していく。

 やがて帝国は、ディケライアは知る。この宇宙の終わりを。そして自らの始まりを。

 だが既に初期理念よりかけ離れた皇家は、最悪の選択肢を選び、故に帝国は崩壊を迎える。

 支配者たる銀河帝国への抗議運動が同時多発的に発生し、過激化した争乱へとなり、帝国軍と複数の勢力に別れる反乱軍が入り乱れる銀河中央域での激しい戦乱。

 通称銀河大戦の発生である。

 初期は銀河中枢域要所での有人艦隊による局地的な会戦だったが、規模と被害が1会戦ごとに肥大化し、ほどなく中枢全域に広がり、無人特攻艦隊が流星雨のごとく星へと堕ち都市部をなぎ払い、その報復によって恒星破壊兵器による星系壊滅さえも躊躇無く行われるほどの殲滅戦へと至るまでになった大戦乱は、いつ終わるとも知れぬ地獄を産み出す。

 銀河を繋ぐ細かなネットワークを築きあげた恒常跳躍門群は、その支配を巡った争いの中で相次いで破壊され、数え切れないほどの惑星、恒星との連絡、流通網は途絶。

 それによって、戦乱の主な戦地となった中央宙域のみならず、戦乱から逃れた避難民で溢れただでさえ困窮していた開発初期段階であった広大な辺境域のあちらこちらで、居住コロニー、人工恒星、重力制御衛星が、収容人員過剰、長引く戦乱による人材、資材の枯渇、電子ウィルスによるメンテナンスユニットの暴走や情報破壊等、複合原因による機能停止や暴走故障を起こし始め、惑星規模での異常気象や星体崩壊さえも起こり始めていた。

 だがそれでも中枢領域では戦乱は続き、ついには指導部が滅びようとも敵壊滅を絶対命令として与えられた人工機械軍が形成される有様となっていた。

 そのあまりに醜く、そして深い憎悪をぶつけ合う戦乱に見切りをつけ離脱する者達が、帝国、反乱主流軍の両者から現れ、果てには皇家からも幾人もの離脱者が生まれることになる。

 領地の民と共に新たな国を立ち上げた皇族もいれば、昨日まで敵として相対していた反乱軍と独断で講和を結び、周辺復興を始める地方軍等々、今の銀河でも名を知られる国家の礎がいくつも築かれていった。

 そんな改革者達の先駆けとなったのは、帝国皇家直系の皇女である。

 戦乱を悪戯に広げる父皇に絶縁を突きつけた皇女は、銀河帝国最大戦力である恒星系級侵略艦天級の船体を用いて建造された、複数星系を同時に改造可能とする能力を持つ最新鋭恒星系級惑星改造艦【創天】を奪取。

 討伐隊として派遣された一部の帝国親衛隊さえも味方に引き込み、中枢星域を跳躍離脱し、辺境域へと去って行った。

 創天の力を用い、滅亡を待つだけであった辺境の星々を救い、多くの命を助けるという、初期理念を取り戻した皇女達の活動は、銀河帝国の次に生まれた統一組織星系連合統治時代には、銀河最大の惑星改造企業ディケライア社として鳴り響いていくことになる。

 この世の春を誇った両者。

 だが帝国としてのディケライアは既に滅び、惑星改造業界の雄であったディケライアも倒産間近の泡沫弱小企業へと落ちぶれた。

 それでもディケライアという名は、そしてその名を持つ一族が持つ力は、良くも悪くも、未だ一定以上の力を持ち続けている。




 皇帝を頂点とし中央集権型の政治構造であった銀河帝国に替わり、新たな銀河の統治機構となった星系連合は、その名が示すとおり、星系ごと、もしくは惑星単位でそれぞれに独立した小さな政府が集まって出来た連合議会制となっている。

 故に各国を代表する議員達も、外見のみ成らず、生息環境域や、時間感覚も多種多様に溢れていた。

 意志持つエネルギーとも呼ばれる、銀河最速の光速思考を可能とする光粒子生命体アルゴス人。

 超重力惑星を故郷とし、知的生命体の中で最も生命力と硬度が高く、その代償として、1つの物事への思考速度が数年単位となるクライドロスベルタ。

 銀河全ての種族と生殖行為を可能とする遺伝子自由対応能力で知られたペディアン人。

 脆弱な自らの肉体を停止空間へと封じ、仮想世界には精神体を、実世界では航宙艦を己が身体とするトレーダー種族ランドピアース。
 
 緊急招集された星系連合議会が開催されるまでの僅かな時間、星間航行技術を持つ宇宙中の知的生命体達の代表者である連合議会議員たちは、仮想空間上に設けられた連合議会本場のあちらこちらにグループを作り、雑談という名の情報収集にいそしんでいた。

 住まう環境は元より、感じる時間の流れさえも違う彼らが同一の場で意見を交わせるのは、ここが仮想空間であるからにほかならない。

 時間の流れさえも自在に操る銀河文明は、全ての種族が公正に話し合えるようにと、基本時間流速度を設定し、それぞれの種族がそれに合わせ集っている。

 実際に顔を突き合わせるのは仮想空間ではあるが、彼らの実世界の本体もまた同一星系へと集っている。

 そこは銀河座標の中心。隆盛を極めた銀河中心域の心臓部。

 かつて帝国本星が有った星系であり、帝国軍本体と反乱主軍が最終決戦を行い、全ての要塞惑星と共に壊滅し、今は唯一残った恒星を包み込むダイソン球殻だけが残されたポイント0宙域。

 二度とあのような悲惨で実りのない戦いを産み出さないようにと、いまも周辺域に残骸が浮かぶ中に設けられた、犠牲者を弔う墓標であり、モニュメントとして、ここにリアルの星系連合議会が設けられていた。

 もっともその議会で話し合われるのは、何時も大体決まった議題に限られている。

 星系連合は、表面的にはそれぞれの政府の独立性を尊重する寄り合い所帯。

 帝国系と反乱軍系と辺境系と大別されるが、その中にもいくつもの派閥があり、時には地政学的に、派閥を越えて手を取り合い、時に同派閥内でも政争をうむ原因となっている。

 だがどの政府が、別星系と揉めようが、自分の領域でどのような活動をしようが、それが銀河全域や、無関係の他星系へと影響を与える物で無ければ、積極的には動かず、当事者達から仲裁要請があれば干渉する程度だ。

 これらは銀河全域であまりに大きすぎる力を忌避する考えが、主流となっているからに他ならない。

 銀河帝国として1つに纏まってしまったから、そして反乱軍としてまた巨大な力が生まれたがゆえに、あの戦乱は銀河全域で広がった。

 だから集まらなければい。

 むしろ他星系との交流は閉ざし、直接には関わらなければいい。

 恒星間航行能力を封印して、かつての交信程度に留めるべきだという極端な考えさえも、ある程度は受け入れられているほど。

 だがそれでも関わりを続けるのは、他ならぬ銀河大戦の爪痕が今も残っているからだ。

 あの戦乱により、当時の居住星系の90%近くが何らかの損傷を受け、そのうちのさらに30%は、ここポイント0宙域と同様に、恒星、惑星ごと、この宇宙から消滅している。

 母なる星を失った住民達の中で、似たような環境の惑星に移住できた者など一握りに過ぎない。

 一時的に肉体をコールドスリープし宇宙を彷徨った種族もいたが、急造された故にシールドが不十分で宇宙放射線の影響で、種族全てが遺伝子に悪影響を受けた者達や、物資不足から食料や修理素材へと原子変換する対象として抽選で選ぶ種族などさえもあったという。

 精神体の構造やその維持技術が編み出されてからは、一時的に肉体を捨て去り、仮想世界を住まいとする者達も増えたが、それは能力的に劣る者達の肉体を物資として用いる為の方便。しかもそれさえ、数々の惑星で取り入れられるほどに困窮した苦難の時代

 それら種族各々の歴史が、銀河全域での現実を尊ぶ現実至上主義、そして仮想空間を仮初めの物と見下す思想が蔓延する一因となった。

 だから星連議会議員は、顔を突き合わせるのは仮想空間ではあるが、その実体は同じ場へと集っている。

 実体を近くへと持ってこない者には二心があると思われても仕方なく、事情があって来られない者であっても、その発言力はどこか軽んじられるという事も珍しくない。

 ディケライア社を初めとする惑星改造企業の尽力もあり、惑星復興や、新たな星系開発で、戦乱を生き抜いた者達を収容するだけのキャパシティは長い年月を掛けて復活させた今の時代でもその傾向は色濃く残っている。

 しかもそれとて多数の人口爆発が起きれば支えきれなくなるほどには、ギリギリの状況は今も続いている。

 今住民達が住まう星系も、常に恒常的メンテナンスをし続けなければ、数年で生存環境が激変し、生命体が滅びかねないという危機的状況を抱えている星など数え切れないほど。

 物質構造改変技術によって、あらゆる物質を産み出せる銀河文明と言えど、星系で必要とする分をまかなえる物資量とその生産能力が無ければ、どうしようもない。

 ましてやレア元素を含む物質ともなれば、いくつかの星系を廻って1つでも見つけられれば御の字という物まである。

 そこまでいかなくとも、それまでの採掘や開発で既に星系内では枯渇した資源は、歴史ある星系であればあるほど増えていく。

 そしてこの世界には住まう環境が違う種族が、それこそ星の数ほどにいる。つまりは求める物質が違う種族達が。

 互いに必要とする資源の交換交易や、時には求める物質が同じが故に、共同での辺境未開発領域開発計画の起ち上げ等。

 星を、そして種族を生き残らせるための延命措置を、円滑に行うための交易組織としての連合議会としての重要な役割の1つ。

 その中には数は少ないが大戦後も無事に残った恒常跳躍門の維持管理もあげられる。

 もう1つ重要な役割として連合議会が求められるのは、無人自動化艦隊。いわゆるバーサーカー艦隊への銀河全域での観測、対処網構築。

 自己修復、自己増幅、自己進化能力を基本的に持つ無人AI艦隊は、今も銀河の辺境域で、最終命令である敵の殲滅を達成するために活動している。

 主立った大艦隊は連合議会艦隊によって、発見次第殲滅されてはいるが、それより厄介なのは発見が難しい少数の艦によって構成された特殊艦群。

 無差別惑星破壊を目的とし、数千、数万、時には十数万年が掛かろうとも、通常空間経由超長距離狙撃を可能とする特殊艦の中には、弾頭として極めて重い中性子星を数ミリの大きさで砕いた物を多数搭載し、それを光速の5%まで加速して防御不能な千発以上の散弾として発射するいう、はた迷惑にもほどがあるコスモクラッシャーなる狙撃船が、しかも複数が確認されているほどだ。

 銀河全域の交易網の復旧と、銀河全域に今も残るバーサーカー艦隊への対処。

 この2つを達成するためにも、星系連合が、それぞれの派閥が、それぞれの惑星政府が昔から求めているのは、矮小たる人には些か広すぎる広大な宇宙を旅する力。

 すなわち多次元感知能力であるディメジョンベルクラドを高いレベルで持つ稀人。

 そして銀河帝国のみが作成可能とし、今も出力だけならば銀河文明最大の桁外れのエネルギーを生み出す天級のメイン動力炉であり恒常跳躍門を発生させる六連O型恒星湾曲炉。
    
 その2つを持ちながら、星系連合直属ではない者達が、艦がいる。

 現ディケライア社長にして銀河帝国皇家末裔アリシティア・ディケライア。

 今のディケライア社が唯一保有する惑星改造艦にして本社たる始まりの船恒星系級改造艦【創天】

 非公認記録ながら複数惑星を1万光年超距離で跳躍をさせた恒星系級超質量長距離跳躍実験艦【送天】

 そしてそのアリシティアの能力を最大限に発揮させるパートナーにして、銀河帝国最後の実験生物地球人として初めてこの連合議会へと生身で乗り込んできた三崎伸太。

 2つの天と2人の人。

 この2人を如何に籠絡し、自分達の勢力へと組み込めるか。

 もしくは弱みを握り、屈服させるか。

 政略、陰謀、買収。武力以外のあらゆる駆け引きが、自らの星の為にならば許される謀略の議場。

 それこそが星系連合議会。

 ましてや今回の緊急会合は、その件のディケライアに関して開かれる物。

 勢力不足で表面的な事情しか知らぬ星。

 調査員を送り込んで密かに情報を集めていた星。

 非合法なスパイ衛星を送り込んで観察していた星。

 そして三崎と内通し、議会開催を働きかけた星。


『では皆様時刻となりました。これより星系連合特別招集議会を開催いたします。まずは今回の特別報告を惑星改造企業ディケライア社より行ってもらいます』


 各々の思惑と意向が複雑に絡み合う連合議会の開催が、連合議会議長によって厳かに告げられ、数十万の議員達の目が球型議場の中央に注がれる。

 もたらされた情報がこの先の銀河の行く末を左右するかも知れないという緊張感と共に、辺境域の創天との通信回線が開かれ、


『だっー! エリスが、地球に直接行こうなんて悪巧みするようになったのはおまえの教育が悪いからだろ!』


『はぁ!? 絶対シンタの影響でしょ! シンタの腐れ外道成分が遺伝したに決まってる! 第一あたしが気づかなきゃ地球への転位に成功してたんだから、今回はあたしの落ち度は無いわよ!』


『落ち度がないだ!? 巫山戯んな! あのやり過ぎな悪趣味ワールドのせいでエリスがどんだけ怖がったと思ってんだ! おまえの資料とか監修はやり過ぎだったろうが!』


『なによ! シンタが聞いたんでしょ! 地球にいくの怖がる程度に脅す仕掛けないかって! 採用したのはシンタじゃん! それを私の所為にしないでよ! やーいエリスに大大嫌いって言われた八つ当たりにしても、論理的に破綻してますよ! おーほほほヘイト管理ミスって! プレイヤースキルが錆びついたんじゃないの!』

 
『勝手に大1つ増やすな! 大っ嫌いだ! ぜってー泣かす! あとでハイスラでぼこる!』


 激しい言い争いをしながら、互いの頬や耳を引っ張るあまりにも低レベルの喧嘩が議場中央に映し出され、議会場には先ほどまでと違った意味での沈黙が訪れた。

 今宵ディケライアの名前はまた新たに銀河史に刻まれる。

 それぞれの星の思惑によって陰謀が色濃く渦巻く星系連合議会本場において、初の極めて私的な争い。

 すなわち濃過ぎるにもほどがある『夫婦喧嘩』を行ったカップルとして。    



[31751] C面 初心者プレイヤー。三日会わざれば三次職
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2019/12/28 16:20
 各惑星、ひいては各種族の代表として選ばれた数十万の星連議会議員達は、それぞれが超人的な能力を持ち、機械的補助を用いずとも、瞬時に万を超える並行思考を可能とする思考速度を持つ者等はザラ。

 なかには銀河帝国の設立すらはるか前。数十億年にわたり1つの精神性を一切摩耗せず維持し続けている剛の者さえもいる。

 そんな彼らが、目の前で起きている異常事態に一様に言葉を失い思考を停止させた後、それぞれの方法で思考を働かせて、事態を把握するまで費やした時間は、十数秒か、それともさらにその倍か。

 一瞬の隙や油断が不利益を招く生き馬の目を抜くような星連議会において、代替わりしたばかりの新人議員(それでも本星議会での重鎮政治家)ならばともかく、ほぼ全ての議員がこのような状態になる事などあり得るわけが無かった。

 だがそれは起こった。起こってしまった。

 会場中は基本的に銀河全域に専用チャンネルで公開放送されている星連本議会場で、こうも堂々と夫婦喧嘩を繰り広げているから……ではない。

 無論数え切れないほど争論が起きる星連議会といえど、なにやら意味の判らない単語がやたらと入り交じるものの、主に子供に対する教育やら夫婦間での諍いをネタにした喧嘩など前代未聞だ。

 だがそんな内容はともかく、もっと重要な事がある。

 その喧嘩を行っているのが、ディメジョンベルクラドとそのパートナー。それも当代最高峰どころか、歴代最大という声さえも上がり始めているパートナー同士が揉めているという事だ。

 異次元ナビゲーション能力者ディメジョンベルクラドの力の強さは、偏にパートナーとの信頼で強くも弱くもなる。

 相手を知りたい、感じたい、思いたい。その感情が時空間を越え、この広大すぎる宇宙を、彼女、もしくは彼ら流にいえば、暗すぎる宇宙を、パートナーという存在が明るく照らしだしてくれるのだと。

 感情によって得られるこの力は強く、だが脆い。

 死という概念がほぼ無くなったこの時代においても、パートナーとの諍いからの離別で、力の大半を失ったディメジョンベルクラドなどさほど珍しくない。

 そしてそんな力を失い欠けのディメジョンベルクラドでも、僅かな距離でも空間跳躍ナビゲートが出来るのだからと重宝されるこの時代。

 当代最高峰のディメジョンベルクラドの力が、今まさに失われるかも知れない瀬戸際の光景が目の前で繰り広げられているのだ、議員達が一瞬でも茫然自失となったからといって誰も攻めれはしまい。

 だがその状態から復帰した後の彼らは速い。議会正式発現、水面下、裏ルート、様々なアクセス手段を用いて、この状況に介入するために行動を開始し始めた。









『星連議員の皆様から様々なアクセス要請を承りました。”事前”に決められておりました基準において分類いたします』


 星連議会本会場と比べればその規模は格段に小さくなるが、ほぼ同じような形式を取っているディケライア社仮想球状本会議場にリルの声が響くと共に、待機していた全社員や、今回の事態で急遽ヘルプ要員に入った地球人火星組の面々が一斉にその伝達情報から分析に入る。

 創天に送られたのは、文字通り宇宙中のありとあらゆる言語、思考、電気、熱等々、様々な思考伝達方法によって伝えられたメッセージだ。

 本来ならそれだけ様々な意思を翻訳するだけでも一手間なのだが、そこは腐っても全宇宙を股に掛けた大企業とその本社艦にして旧帝国謹製AI。一瞬で翻訳を終えた上に、その文章内容から微妙な変化を見つけ分類する。

 さらにそれを受け取るのが、中央に鎮座する巨大な一枚岩形状を取ったディケライア専務ローバーだ。

 彼は受け取ったそれを適材適所に担当部署に簡易指示を出しながら分配し、仕事量を調整し、全体の速度調整を開始する。

 それは三崎と個人的親交のあった者からの真摯に二人を諫める内容から、二人の関係性の崩壊が招く損失を無機質的にとくもの、もちろん中には議会侮辱罪を持ち出し、強弱はあるが脅しを含んだ物まで様々。


「今回の臨時議会開催に協力してくださった方々には、今回のプランの詳細を最優先でお願いします。三崎さんの案に元々乗る方々ですので、面白がるとは思いますが、騒がせたお詫び文は確実に。不安のある方は専務に確認を確実にしてください」


 陣頭指揮を執るディケライアの金庫番経理部長サラス・グラフッテンは、分類されたメッセージ割合が、事前の予測よりも、若干こちらに都合の良い物が多いことに、逆に眉を少しだけ顰める。

 星連議会の本会議に、会社として呼び出されたというのにいきなり夫婦喧嘩を披露。普通ならばこんな事をしでかしたら非難囂々。会社としての形さえ保っていられなくなるだろう。

 だがそうはならない。それだけ、どこの星もディメジョンベルクラドが足りず、少しでも強い者との繋がりを欲する星が多い。

 今回もアリシティアたちへの貸しとするための機会と捉えた星もさぞ多いはずだ。

 この予測よりも若干有利な数字がその何よりの証拠だろう。     

 サラスは自社が有利な状況だから眉を顰めたわけではない。

 ディケライアが有利。

 それは逆に言えば、サラスの予測よりも若干だが宇宙全体の星々が窮しているという事でもある。

 無論大国や交通の要所にある星系には関係ない話だが、全盛期跳躍門の大半が失われた今の時代ほとんどの星が物資運搬に苦労している。

 ならばそこに商機と、勝機を見出す。

 そう口を揃えていった姪っ子とその夫は、今もその売り込みの第1段階として夫婦喧嘩を継続中。


「姫様のディケライアの泣き虫社長という評判もいかがかと思いましたが、今回の事でなんと噂されるか……」


 この後の評判を考えると、先ほどよりもサラスの眉はより険しく、髪からひょっこり飛び出たイヌミミが警戒を現しぴんと立つ。

 前に、それこそアリシティアが社長業を継いだばかりで、すぐに大きな星系開発失敗をしでかして星連議会に呼び出された時は、ショックからまともに話せず泣きじゃくって終わった時があった。

 それも無論銀河全域に放映されて、アリシティアにトラウマとして今も若干残る星間ネット嫌いの原点となっている。

 サラスにはかなり昔のことのように思えるそれも、宇宙文明の時間感覚からすれば、ほんのちょっと前の事でしかない。

 それほどまでに、今の銀河文明人は増えず、減らず、変化しない。

 今回の開催で三崎にまた良いようにやられ手を焼くよりも、そのパートナーで精神的に弱いアリシティアを同時に呼び出す事で牽制材料にするというのがおそらくアリシティアの同伴を条件にあげた一派の狙いだったのだろうが、それがまさかこうなるとは夢にも思わなかったはずだ。

 初っぱなにブラフを噛まして、欺瞞をぶち込んだ上に、その反応から、第一情報まで取り入れようとするほど、図太く成長しているなんて見抜けるわけがない。

 ましてや、他の種族と比べても、極めて肉体、精神成長の遅いディメジョンベルクラドがだ。


『今のアリシティア様でしたら、どのような二つ名でも嬉々として勲章として受け入れるでしょう。なんと呼ばれようとも、まさしく狙い通り状況を操った証として』


「妙な成長の仕方をなされたものですね。それにしてもあの二人の喧嘩はいつも心臓に悪いですね。あれが演技だと知っている私ですら心配になるレベル……リル様。演技ですよね」


 いつの間にやら言葉も無くなり互いの頬を全力で引っ張り合う純粋な我慢比べに入っている二人をちらりと見たサラスは、つい不安になる。

 最初は演技のはずが力が入りすぎて本気の喧嘩になったのではないかと。

 ディメジョンベルクラドとそのパートナーは、サラスも何百組と見知ってはいるが、あそこまで、というか喧嘩をしょっちゅうしていると実例で知るのは姪夫妻だけだ。


『先ほど指信号でこれ以上言葉を交わすと、音を得意とする種族に見抜かれる恐れがあるから無音に移行ととっさに打ち合わせをしておられました。ご安心ください。お二人とも。社長とGMである前に一流のゲームプレイヤー。それも名コンビ同士です。絶賛喧嘩の最中であろうともお二人が言う所のボス戦が始まっているのであれば、即時和解して、大喧嘩の振りをした謀略戦を仕掛ける事なんて造作もありません。彼の世界においては、初期は良くそれで敵対ギルドを出し抜いていた十八番です。途中から直前まで喧嘩してようがなんだろうが、コンビ力が変わらないと見抜かれまして封印なさっておられましたが』


 ここはゲームで無く現実。しかも相手は百万戦錬磨な星連議会議員達。

 状況を一緒にして語ってはほしくないのだが、星連成立前から稼働するリルから見れば、古株のサラスもひよっこにしか過ぎない。言ってもしょうが無い。

 リルと少し会話を交わしている間に分類が完了。傾向と分類が終わり、それぞれの議会議員の立ち位置や色、ひいてはその星のスタンスも見えてくる。

 だがまだこれは表面だけだ。ここからだ。わずか1社で星連議会を、ひいては銀河全部を相手にしようというのだ。サラス達の本領発揮は今から。


「優先度は各惑星の星間運航船運行情報と登録ディメジョンベルクラドに関するデータ。効率的なプレゼンは専務と私で組み上げますので、使えそうな情報があればどんどんあげてきてください」


 ディケライア+火星組の総力態勢。だがこれはあくまでもサポート。

 今からの戦いに必要な情報を、カードを集め出しているに過ぎない。

 そのカードを用い、星連議会と戦うディケライア側のプレイヤー二人は、その頃になってようやく、自分達が映されているのだと気づいて、慌てて取り繕う振りをしていた。



[31751] C面 必勝のためのルーティン
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2020/01/18 19:25
「ち、ちょ!? リ、リル!? なにしてんのよ!?」


『星系連合議会本場との通信回線接続カウントダウンはしておりましたが、お二人のお耳には何時ものごとく入っておられなかったご様子でした。また議会場との通信優先順位は最高位となっております。無視することは出来ません』


 銀髪から突き出た同色のウサミミをわちゃわちゃと振り回すアリスが勝手に繋げるなと怒鳴るが、リルさんは何時もの涼しげな声で理路整然と返す。

 そんなリルさんにやり込められた振りを、アリスは見事に演じてみせる。

 いつかどこかで聞いた……つーかリルさんの記憶領域で絶対保存指定にされてやがる俺のプロポーズ(リルさん判断)時と、似たような状況なんでそいつを再現するだけだから簡単だと、豪語してたがさすがは相棒。見事なもんだ。

 一方ロープレ派の嗜みで演技上手なアリスと違い、こちとら引き出しが狭いだ、何やっても裏がありそうだ、笑顔でも絶対何か企んでいる、むしろその笑顔が怪しいと、通常時でも散々言われている大根役者。


「勘弁してください」


 余計な演技はせず右手で額を押さえて、表情を隠して文句交じりに呻き声をあげるだけに留める。

 視線を隠した手の中に小さな仮想ウィンドウを出現させ、ローバーさん、サラスさん主導でディケライア、火星地球人の総力を挙げて、制作中の攻略本をチラ見。

 攻略ルートを構築と。

 送られて来たデータは、各惑星、星系政府に所属する、ここ数期のディメジョンベルクラドによる航路跳躍回数と精度データと貨物運搬量の概要から割り出した、各国の台所事情。

 異次元ナビゲーター。ディメジョンベルクラドの力は、それぞれの持って生まれた才能もあるが、何よりも彼、彼女がこの広大な宇宙や、その外に広がる無限の異次元世界においても、絶対基準となる0ポイント。指標とするパートナーへの信頼度や絆の深さ。

 アリスにとっての俺だ。

 こんだけ科学技術が発達しておきながら、最後の決め手は精神力やら繋がりやらと、どこのオカルト似非科学だと突っ込みたい所だが、こいつは紛れも無い純然たる事実。

 しかしこいつも加齢やパートナーとの別離。さらには逆に一緒にいすぎたことで起きる弊害の1つ思考の相似化でも、力は左右される。

 何を考えても、体験しても同じような考えや感想を持つようになって、自らとパートナーとの境界線を見失い同一視してしまう。

 要は身体は違うが、相手もまた自分の1つと思い、その所為で指標を見失って、能力がた落ち。

 様々な要因でパートナーを、指標を見失ったディメジョンベルクラドは、花型の長距離恒星間航路を飛べる力を失い、そういったロートル連中は、残った能力に合わせて、跳躍門と星系を繋ぐ短距離航路の2戦級や、星系内を繋ぐ3戦級なディメジョンベルクラドとして、往年時ほどではないが、今もそれなりに活躍している。

 公表されているデータと各惑星の現状から、どこの星域でディメジョンベルクラドが足りていて、どこが足りていないか調べ上げるのが今回の営業の肝。

 もちろん総跳躍能力は国家機密な部分もあるので、各国政府がどこまで正確に公表しているか疑わしい部分はありありだが、それでも傾向さえ見れば糸口はいくらでも浮かんでくる。

 パートナーの有無。短い跳躍、増える回数、跳躍時の誤差、それが未熟による物か、それとも衰えによってか。

 優秀で特定国家に属さずフリーでやってるディメジョンベルクラド。アリスのような人材を欲しがる星は多い。

 なら裏を返せば、自国所属のまだパートナーと出会っていないディメジョンベルクラドに合うパートナーもまた欲しがるのは必定ってな訳だ。

 見えてきた攻略ルートに俺の口元がついつい楽しさで歪むが、目ざとくそれに気づいたアリスが、リルさんに文句を言いつつ、あちらさんからは画面外になっている足元で足を軽く蹴って注意してくる。

 っとと。この辺りが俺が大根だとアリスに文句をブーブー言われる所以。でも楽しい物は楽しいんだからしょうが無い。

 
『アリシティア社長。三崎GM。お二方とも私的行動はそろそろ慎んでいただけますか。今回の臨時議会は、あなた方からの緊急報告があるとの申し出で開かれたという事をお忘れなく。星間企業幹部としての品位と、議会への敬意を持っていただきたい』


 やんわりとだが、言外にてめぇらいい加減にしないと事業許可取り消すぞと言わんばかりに議長からの警告が響く。


「失礼いたしました。ではそちらへ伺う許可をいただけますか」


 目元から手を離した俺は、アリスからはワンパターンだと評判が悪い胡散臭い笑顔で一礼。


「ご、ごめんなさい。以後気をつけます」


 アリスは、アリスで、お前そんな殊勝じゃあねぇだろと、半世紀近い付き合いだってのに未だに判明しない引き出しの多さで、どこからか引き出した、恥ずかしがっている大企業のご令嬢面で頭を下げる。

 まぁ、元々銀河帝国皇家末裔で、今は見る影もないが銀河最大だった惑星改造企業のご令嬢でこれも素の演技なのかも知れないが……どんだけ取り繕うが所詮はゲーオタ廃神アリスだ。
   
 しかしこいつで騙される奴がいることも事実は事実。

 元銀河帝国系国家の議員には少しは評判がいいらしい。

 逆に、反乱軍系国家には、皇家ディケライアを思い出させて、結果的にプラマイ0はご愛敬だが。

 しかしいつまでそんな古い枠組みに捕らわれているんだろうね。このお偉いさん方は。


『ではお二人を証言者として星連議会へと召喚いたします。本来ならば議会参加者は、ポイント0宙域からフルダイブしてもらう規則ですが、今回は議長権限特例として認めます』  

 
 議長の宣言と共に、承認印が示され、俺とアリスの銀河連合議会への参加承認が認められる。

 
『承認を確認いたしました。仮想体データを転送。フルダイブ中はお二人のリアルボディは私が責任をもって、維持管理させていただきます』


 俺とアリスの背後からフルダイブ用チェアが、床から浮かび上がるように出現する。

 今いるここは創天内の自宅なんで、普段は夫婦揃ってゲーム専用ハードな扱いをしているが、本来は防諜機能も兼ね備えた最高クラス、銀河連合議会仕様のフルダイブ補助機器だとのこと。

 道理で反応がシャープで雑味が無いゲーム感覚だと感想を抱いたのはいつの事やら。

 チェアに身体を沈めると、背中側のシートが自然と形を変え、長時間座っていても負担が少ない楽な状態へと変化する


「んじゃいくか”相棒”。社長自らの営業仕事に」


 フルダイブのために連合議会場との通信が切れていることを確認してから、先ほどまでの喧嘩はどこへやら、俺はアリスの方へと手を伸ばす。

 椅子と椅子の距離感が、互いに手を伸ばせば丁度届くようにしてくれているのは、さすがリルさんの気づかいって所だ。


「仕事って、シンタにはゲームじゃないの? 何時もの笑顔で楽しそうだし。じゃあ行きましょうか私達”パートナー”の銀河デビュー戦に! ふふん。前の時は私がいなかったから仕留めきれなかったみたいだしね」 


 そして俺が手を伸ばすのとほぼ同時に、異心同心な無二の相棒は同じく手を伸ばしていた。

 ついそれがおかしくて互いに笑うが、同時に納得もする。そりゃそうだと。いつだって、こいつが俺らの俺達のギルドの戦闘合図だ。

 俺とアリスは高らかに手を打ち鳴らして、継いで握った拳を打ち合わせ戦闘前にテンションを爆上げしておく。


「「フルダイブスタート!」」


 声を揃え高らかに宣言した俺達は、戦場へと向かう。
 
 今度こそ止めを刺すために。

 この銀河に俺達のコンビネーションを魅せるために。

 相手は百万戦錬磨な星系連合議会議員とその背後にある数十万の惑星、星系国家群と、銀河星間国家の全種族。

 だけど俺の心に恐れは無く、アリスだって無い。

 そりゃそうだ。アリス曰く俺に敵は無し。何でも味方にしちまう人たらし。ナンパ師だ。

 銀河全部を味方にしなきゃ地球がやばい、なにより愛娘が危うい大一番。

 だけど横に最高の相棒がいるんだ。これが楽しくなくて何が楽しいって話だ。

 こちとらゲーマー。無理ゲーほど燃えるってもんだ。



[31751] C面 GM三崎伸太
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:58612b0f
Date: 2020/02/08 06:08
『仮想データ体構築完了いたしました。星系連合議会本会議場へようこそ』


 仮想体構築完了のシステムメッセージ音声と共に俺が目を見開くと、そこに広がるのは、まさにモンスターハウス、もしくは銀河中の生物を集めた万星博覧会。

 地球人に似通った姿形で、腕や足が2本で肌が緑色ならまだご愛敬。

 獣人、竜人、スライムなんかのファンタジー系から、全身から蒸気を出すメタリックな巨大金属生命体やら、実体を持たない電子生命体なんてSF世界ご出身。

 さらには俺の理解を越えた、星1つを覆うほどの数の極小生命体が集まって、一つの意思を持ったとかいう集合意識体、逆に小指ほどの大きさの石の中に数千万の意識が宿る分体意識体等々。

 多種多様という言葉でさえ生ぬるいこの場こそが、現在の銀河系統治機構の総本山星系連合議会。

 各惑星代表者の注目が、無重力球型会場中央壇上に、特別報告者として召喚された俺達に一斉に集まる。

 一般人どころか、母星ではベテラン政治家であるはずの新人代表議員ですら、自分と違う姿形を持つ異形な異星人に囲まれて自然と萎縮するそうだ。

 それは昔のアリスが仕事で大ぽかやらかして呼び出された際の映像を見れば、一目瞭然。震えまくって引きつった顔で泣いている世にも情けない姿。

 映像初見時あまりのふるえっぷりに、軽く茶化すつもりで漏らしそうだなとからかった時には、ウサミミを怒髪耳にしたアリスに無言でぼこられた……失禁まで再現するほど高性能な仮想体って趣味的すぎるだろ銀河文明。

 だがあいにく俺にはこの手の脅しは利かない。そして今のアリスにもだ。

 二人して突っ込みすぎて、鬼湧きしたモンスターに囲まれること数えきれず。それでも何とかして、経験値とアイテムに替えてきた俺らだ。

 横に相棒、あとは全部敵。このシチュエーションが稼ぎ場だと認識できずに、廃神ゲーマーを名乗れるわけもねえって単純な話だ。


「大規模恒星系改造から惑星のお引っ越し。大小様々な惑星改造なら当社まで。ディケライア惑星改造社代表取締役社長アリシティア・ディケライアここに参上!」


 ゲーム感覚で、いきなりヒーローっぽいポーズ付きで、宣伝口上まで宣りやがった馬鹿ウサギに目が有る議員さんらの目が点になったり、発光体議員のぴかぴか光っていた光や、煙生命議員のもやっていた煙がピタリと止まる。

 この反応は唖然としているって事だろうか。

 リルさんが、各議員が判るように言葉やポーズの意味をそれぞれ向けに翻訳して通訳してくれているのだが、どうやら完全に成功したようだ。

 議会に呼び出された恐怖とおびえで、泣いてなにも出来無かった小娘ってのが議員さんらのアリスへの印象。

 そして一部の反帝国系議員さんらはそれを再現して、アリスによって俺を牽制しようとしたんだろうな。

 しかし残念。奔放さじゃ俺はアリスの足元にも及ばないっての。

 最初に掴んだ流れを維持して、スタン攻撃を打ち込んで、こっちのターンを維持するためのセカンドアタックも成功。

 さすがうちのギルドの切り込み隊長。まぁこのアリスの行動に懸念が無いわけじゃ無い。

 ただそれは、さっき議長さんに注意された敬意を持って議会に云々じゃない。

 ローバーさんの講義じゃ議会侮辱罪はあるが、ほとんど機能していないって話だ。

 何せ集まっているのは銀河中の知的生命体。形も精神も違う所為で、文化や作法が違うから、一々気にしていたら、まともに議会が運営できないので、さっきの俺とアリスの喧嘩演技みたいに著しく遅延させたり、極端な話、他星議員をぶっ殺したりでもしない限り、適用されることは無いってことだ。

 俺の懸念はただ一つ。アリスのこれが地球式の挨拶だと認識されたら大事だってことだ。

 地球人挨拶にはヒーロー風の名乗りが必須だと、全銀河に誤解を招いたと知られたら、後で地球全人類から石を投げられそうなので、俺は逆に真面目にいっとく。


「ディケライア社第二太陽系制作計画ゼネラルマネージャー三崎伸太です。この度はお忙しい中、私共の特別報告に耳を傾けていただける機会をくださった連合議会と全議員様へまずは厚く御礼申し上げます」


最上敬意を込めた挨拶をしながら深く一礼。

 同時に俺の挨拶文をリルさんが、アリスの時と同じように全議員向けに、翻訳してほぼタイムラグ無く配信。

 敬意と感謝の意思を持っているという建前を全面に押し出しつつ、議員さんらが我にかえる前に、先ほどは巫山戯た挨拶をしたアリスが次の一手を繰り出す。


「ライドール議長。まずは皆様に私共が提出した資料をご覧になっていただきながら、事の経緯を説明させていただきたいのですが、許可をいただけますでしょうか。今回の件は場合によっては銀河全域の流通事情が著しく改善される吉報かもしれませんが、万が一取り扱いを間違えれば銀河大戦の再来となる可能性もあります。早急に判断をしていただきたいと思いまして、報告を致しました」


 雰囲気を変え、まさに旧帝国皇家末裔といったお姫様然とした凛々しい表情で語るアリスの言葉に、正確には含んだひと言で、固まっていた議会が一瞬でざわつく。

 だけど無駄に声を荒げたり、個々に問いただしてきたりはしない辺りは、やはり有能な各惑星代表。

 まずは情報を知る。知った上で立場や考えを、態度に出したり、隠したり、騙したりと、腹の探り合いをして、自分達の星に最有益となる利益を得る、もしくは被害を抑える事を最優先とする。

 この数の有能な人らを敵に回すと恐ろしいんだが、あいにく俺は味方にする気なので頼もしいのひと言だ。


「許可します。ですが濫りに銀河大戦の再来などという言葉を発しないでいただきたい。彼は知らないでしょうが、我々にとってはその言葉は禁忌だと貴女も知っているでしょう」


 人型生命体なランドール議長はため息らしき息を吐き出しながら、資料配付を許可してくれる。

 彼と貴女と我々ね。

 議長さんの何気ない言葉だが、そこに壁がある。銀河大戦を知識や経験として知る以上に厚い壁。
 
 それは銀河文明に所属する人達、議員さんやアリスと、地球人の俺を区別する壁。

 地球人は、あくまでも実験生物で、星系議会に属する惑星の人々ではない。保護動物扱い。それが今の現状。

 そこに悔しさや怒りなんぞ感じ無い。現実を見れば間違っちゃいない。

 太陽を失った地球は、創天の力が無ければ一瞬で全生命体お陀仏な危機的状況。

 実験生物地球人である俺がこの議会に立てるのも、偏にアリスのおかげだ。

 現役最大の跳躍距離、質量を運んだ現銀河最強のディメジョンベルクラドにして天級を二隻も抱えるアリスの相棒だからこそ、アリスの見る宇宙を輝かせる灯台だからこそ俺がこの場に立てる。

 ただアリスにおんぶに抱っこじゃ、相棒なんぞ名乗れない。少なくとも俺は名乗る気になれない。

 互いを支え合い、互いを守り合い、隣に並ぶ。それが俺の相棒であるアリスで、アリスのパートナーである俺だ。


「大丈夫ですよ。私の”パートナー”は皆様の利益を常に最優先に考え、共存共栄を望む平和主義者ですので。じゃあシンタ。バトンタッチ。あとお願いね」


「お前な、大見得切っといて、面倒な所をまる投げすんな」


 ここでの前衛後衛交代は予定通りの行動だけど、そこに少しだけの不協和音をあえて盛り込む。

 先ほどまで通信越しで大喧嘩もしてみせていた俺らの会話に、少なくない議員さん達が真意を探る様な目を向けてくる。

 信頼感が何よりの意味をもつディメジョンベルクラドとそのパートナーが、喧嘩三昧ってのは、議長さんが言う我等な方々には新鮮かつ異質に見えるんだろうな。

 これがハードル下げと、精神的な弱毒攻撃とはきづきめぇ。

 まずはファースト攻撃で先制して流れを掴んで、セカンドでスタン、そしてサードアタックでDF下げと。

 俺とアリスじゃ、短い打ち合わせでもそれで伝わるが、夫婦揃ってゲーム脳を、喜ぶべきか、悲しむべきか、我が身を省みるべきか、微妙な所だ。 


「それではまず最初にご報告すべき事を申し上げます。私共に娘がいることをご存じの方もいらっしゃると思いますが、その子がパートナー候補となる者を見つけました。彼女は銀河標準時間に合わせますと、まだ誕生から半期にも満たない幼年です」


 俺の切り出しと共に、天下御免な銀河アカデミア印のエリスの詳細データを表示。

 エリスの身長から体重まで記載しているので、そんな乙女な秘密データを全銀河に公開した事を知ったら、思春期を迎えた辺りでぶっ殺されそうだが、そこはそれ。何とかしよう。


「ば、馬鹿なあり得ない!? まだ半期だと!?」


「データ至上主義のアカデミアがデータ改竄に荷担するとは思えませんが……しかしにわかには信じがたい」 


「地球人とのハーフ……」


 先ほどと違い、さすがにざわめきが大きく、長く広まる。8割は信じがたいという声で、若干不安を覚える反応が少数。

 あと既にこちらのお仲間ないくつかの星の議員さん達は、先に同じ資料を渡しておいたので落ち着いた物と。


「当惑なされるのは当然だと思いますが、ご質問への返答は後にして、まずは説明を優先させていただきます。元々の切っ掛けは……」


 エリスが地球へ行ったという事実を隠して多少の嘘を交えながら、俺は地球時間ではここ数ヶ月、こっちの時間ではその10倍近くに及ぶ数年に渡る流れの詳細と、アカデミアデータを表示しながら説明を始める。

 相手を話に引き込むには、まずは大きく打って響かせる。

 つまりは最初に大技をぶちかませ。こいつが現役時代からの俺らの基本戦術。

 相手がガードスキルや防御魔術をフル発動させる前にデバフを打ち込めってか。

 星系連合議会の究極的な役目は、全銀河を巻き込んだ銀河大戦の再来を防ぐこと。その一点に尽きる。

 だからあえてアリスは銀河大戦の再来という爆弾キーワードを混ぜこんだ。

 先の大戦で、銀河中の恒常跳躍門が破壊され、光年距離を跳躍できる高ディメジョンベルクラドや、銀河帝国だけが製造技術を持っていた六連湾曲炉を積んだ天級艦が多数失われたことで、この銀河の星々はそれぞれが遠く離れた物になった。

 通信網である恒星間ネットワークは健在なので情報のやり取りは出来るが、行き来には時間も掛かり、手段も限られた時代。

 だから直接的な大規模恒星間戦争はほぼあり得ず、辺境域かかぶって、多少の小競り合いはあっても、身近な脅威は他の惑星国家では無く、銀河を放浪するバーサーカー艦隊や、身内の違法海賊艦が現状だ。

 俺に判りやすくアリスが説明したのは、要はネットでの殴り合いや罵り合いは出来るけど、現実では遠くてリアル喧嘩にはならないので、各惑星国家がネット弁慶状態とのこと。

 判りやすい例えだが、銀河規模を語るのにそれが例えで良いのか相棒よ。

 技術革新で出力は湾曲炉には及ばないが、跳躍距離を伸ばす技術は出来ている。

 でも肝心なディメジョンベルクラドが足りない。

 元々才能を持つ種族は少ない上に、力を発揮する成人となるのには長い長い時間が掛かり、さらに自分の力を最大限に引き出せる最良なパートナーを運良く見つけられるかも運任せ。

 俺と出会う前のアリスがいい例だ。

 銀河帝国皇家末裔にして当時最高の呼び声が高かった先代社長が母親というサラブレッドながら、なかなか跳躍距離が伸びず、両親行方不明、会社がピンチなのも重なってかなり凹んで、鬱状態だったという。

 だけど俺と出会って、ゲーム内でコンビを組んでから一気に距離を伸ばし始め、ついには銀河のほぼ反対側にまで太陽系の一部を運んでみせるという荒技までしてのけた。

 リルさん曰く、アリスが成人するまでは、後数期は必要だという予測だったと、最初にアリスの正体を知った頃に聞かされている。

 これがたまたま俺だから。そして俺とアリスの血をひくエリスだからという話なら事は簡単だが、事はそうじゃ無い。

 地球人は銀河帝国の他次元跳躍実験【双天計画】のために産み出された実験生物の末裔。

 世代交代サイクルを速める短命早熟調整や、適応能力強化といった既に判明している調整以外にも、ナビゲーション能力を強化する、触媒的な何らかの試行実験が施されていたとしてもおかしくない。

 そして何より銀河アカデミアの研究者達が重視するのが、地球を含む太陽系は、銀河帝国の大規模跳躍実験で長期間この宇宙から消えていたって事実。

 その際に他次元とまでとはいかずとも、限りなく現次元から遠ざかり、他次元の近くまで到達したのではないかって予測している。

 跳躍実験記録では、本来惑星規模を飛ばす時は安全のために惑星時間流凍結処理を施すらしいが、この時は前例のない他次元空間への跳躍影響を見るために、凍結処理を行っていなかったとのこと。

 つまりは、現地球人となる祖先達は次元の狭間にいる間も、短命早熟調整によって世代交代がいくつも重ねられて、そこにさらに適応能力強化が+と。

 結論を端的に言えば、地球人全体が、半他次元生物化している可能性が高い、しかもディメジョンベルクラドの灯台役として最適化されたというのがアカデミアが出した結論。

 そしてその俺とアリスの子供であるエリスは、両方の性質を受け継いだ生まれながらの次元案内人ではないかと。

 地球人の次元移動適応資質があれば、ディメジョンベルクラドとパートナーとなれば、遺伝子を受け継ぐ者が増えれば、銀河の星々はまた近い距離にある隣人へと戻れる。

 だからアリスのいう銀河規模の交易流通網の再活性化という希望は、あながち間違いじゃない。

 だけど銀河大戦再来という懸念もそこには付きまとう。アリス風にいえば何せ気に入らない相手に手が届く距離へと戻るって事でもある。

 この地球人の秘密カードは効果はでかいが、危険も高い切り札中の切り札。

 だけどここで、全銀河中に公開という思い切った手を打ったのは、偏にエリス、そしてカルラちゃんのためだ。

 このまま隠していても、いつかはデータを抜かれるかも知れない。どこかの有力星間、惑星国家に知られるかも知れない。

 いや実際に知られているはずだ。

 星系連合広域特別査察官のシャルパさんが、そんなメッセージを送って来たことが、俺達にこの切り札を切らせる覚悟を決めさせた。

 地球人とディメジョンベルクラドとの唯一のハーフのエリスが、そしてディメジョンベルクラドではないけど地球人の血を引くカルラちゃんが、禁止されている地球へと降り立ったという事実を、うやむやにして消すために、そして実験生物として扱われる地球人の価値を高め、活路を切り開くために。


「ですが銀河アカデミアのデータ対象が、私と妻、娘だけでは些か不足気味なのはお解りいただけることと思います。そこで出来ましたら実証データを増やして検討したいと思っています。銀河アカデミアが権限として特別調査員枠を設けるとのことで、地球人との接触が可能となりますので、まだ成年なさっていないディメジョンベルクラドの方をご協力していただける国家から募りたいと思っています」

 
 情報はフルオープン。さらにスキル無償提供で巻き込みと。

 傘下のディメジョンベルクラドが強力な力を得られる機会と聞いて、目の色が変わる議員さん達が多いこと多いこと。

 だがその機先を制するかのようにランドール議長から待ったが入る。


「少し待っていただけますか。この資料にはその接触法が一切記載されていません。さらにいえばアカデミアの特別調査員による基本調査方法では、ごく少数の者しか派遣できません。惑星間の軋轢を生む事態とあれば、星連議会としては許可を出来ません」


「あぁご心配なく。どれだけの人を送り込もうとも、地球人側はこちらが宇宙人だとは思いませんから。何せゲームの中で絆を育んでいただこうと思っていますので。それと一つ名乗り忘れていました」


 どんな肩書を持とうとも俺の基本は変わらない。だから俺は、全銀河の星々を仲間にするために、説明の最後にこの言葉を口にする。


「私はディケライア以外の企業にも籍を置いております。ホワイトソフトウェア運営。惑星改造オンラインゲーム。Planetreconstruction Company Onlineゲームマスター三崎伸太です。さて皆様、一つゲームをしてみませんか。参考となる映像データはこちらとなります」


 背後に仮想ウィンドウを呼び出し、PCOのゲーム内戦闘映像を流し始める。

 新規初期種族に採用したアルデニアラミレットやランドピアースなどは、銀河で有力な種族であり、同時に犬猿の仲でも知られる仲の悪さ。

 サクラさんの祖霊転身ギミックのメガビーストやら、麻紀さんの紺玉機関ってのは、実際には非現実的で不採用だったり、肉体を失った後の信仰的な物として飾った石を元にして産み出した架空存在。

 だけどアリス曰く、架空だからこそ格好良く。ヒーローは夢の存在であるべきとして、採用した物。

 他の実在種族の祖霊転身も、その種族に伝わる神話や、故事を元にしている。

 だから種族達が時に戦い、または時に恩讐を越えて協力するっていうヒーロー映像はインパクトが強い。

 実際に目を奪われている議員さんらを見渡して俺とアリスは、軽く目線を合わせて、見えないように拳を打ち合わせる。

 まずは第一ラッシュは成功と。
 

「ふふん。私達のアカウントにはまだ若干の空きがございます。皆様ふるってご参加ください」


 かつて泣いてなにも出来無かったことの憂さ晴らしをするかのようにアリスは胸を張って宣言するが……お前、落語まで抑えているってどんだけ引き出しあんだよと俺は少し引いていた。



[31751] C面 300等分の嫁
Name: タカセ◆05d6f828 ID:9f05f979
Date: 2020/03/13 23:18
 星系連合議会の進行は、地球と会議の流れと基本は変わらない。

 議題となる提案や報告。

 参加者でそれに基づく意見を交わす議論。

 最終方針を定める議決。

 人と一括りで呼ぶには、あまりに多種多様な生命体がそろって思考や嗜好が大きく異なっている集団でも、一つの意志の元に動く基本形の一つ。

 ただ話し合って決めようとするんだから、どうやって意見を集約するかが問題となる。

 そこは大宇宙を統治する政治機関だろうが、今日の夕食メニューを決める家族会議だろうが変わらず。

 うちの場合は議論代わりに、一回勝負じゃんけんだったり、短時間勝負する時間があるなら落ち物や、レースゲーでもいいが、さすがに銀河の命運がかかっているこの状況下で、PCOを攻略の肝に据えたからって、ゲームで決着をつけましょうとはいくはずもない。

 しかも星連議会議員はこの銀河にある恒星間航行技術を持つ星の政府の数だけいる。その数数十万が、俺たちの目の前に浮かんでいる。

 これだけの人数がいて、まともに個々の意見を主張した話し合いをするのは難しいんだが、そこは基本チート揃いな宇宙文明。

 どうにかする方法がある上に、俺には不可能。

 仕方ないんで、時間的な制約もあったから狙いを絞り、確実かつ最大限の収穫を狙うって、ちと基本形が過ぎるが、基本こそ王道って感じで切り崩して、地球の時間流停止フィールド開放とその後のごまかしまでは許可を得たが、諸々な制約を喰らって、完全に勝ちきるまではいかずって所だ。


「特別召喚者報告を元とした議題であるため基本時間を銀河標準時1時間。それぞれの持ち追加時間を1分とし、最大3時間……」


「一番引っ張って三時間か。リアルの状況は?」


 とりあえずの報告と提案が終わり、議会中心ポイントの演台から見て議員さんらの後ろ側になる特別報告者用の席へと転移した俺らは、議長さんの進行説明に耳を傾けつつ、次のラッシュが始まる前に、リアルに変化がないか確認しておく。

 時間流を遅延させている地球は大丈夫だろうが、俺とアリスがこっちに拘束されている間に宇宙側で何か仕掛けてくる可能性も高い。

 一応の用心として遮音フィールドを展開して、こっちの会話に聞き耳をたてているであろう皆様も牽制しておく。


「特に問題は無し。シャルパ姉の乗っているフォルトゥナが最後の跳躍をするのが、5時間後だからぎりぎりかな。空間状態は……安定。この数値ならあの性悪羊が失敗するわけ絶対に無いから、嫌みなほどきれいに時間通りタッチダウンしてくるよ」


 完全にこっちに引き込んだとはいえない所為か、それとも昔相当しごかれたので今でも苦手意識が強いためか、バルジエクスプレス社長にしてフォルトゥナナビゲータでもあるレンフィアさんの話題に顔をしかめ、うさ耳をわちゃわちゃと動かす。

 安全、正確、時間厳守と、お手本みたいな跳躍で評判いいからなレンフィアさん。

 跳躍距離ナビゲートでは追随は許さないが、力任せで無理矢理に跳んでみせるアリスの対極なアリスのお師匠さんだ。


「上手くいけばこれからは四六時中顔あわせることになるんだから、ちっとは我慢しとけ。そう露骨に苦手にするから、逆におもしろがっていじられんだよ」

 
「……くっ。シャルパ姉さえ乗ってなかったら、跳躍ジャマーを採算度外視で撒いて到着を遅らせてたのに」


 読んで字のごとく、こっちに戻ってくる現界時に必要以上にエネルギーを使わせて、船を一時的にダウンさせる妨害兵器なんだが、通常航路外でもそんなの撒いたら一発で海賊行為認定される代物。

 レンフィアさんの跳躍ナビゲートが正確かつ、暗黒星雲内で比較的安全な跳躍可能ポイントが決まっているからこそ仕掛けやすい。

 だがそれをやったら、星連はどうにかしてもレンフィアさんにはバレバレ、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃねぇ。


「母娘そろって星連法違反すんな。エリスのもみ消すだけで手一杯だっての。正気に戻っとけ」


 今の発言だけでも、耳に入ったらいろいろ絡まれて面倒なので、とりあえずアリスをパージして自分の身の安全を得るために、左右のうさ耳を目覚まし時計を止めるかのごとく同時に軽く叩いておく。


「あうっ! むぅぅっ……冗談なのに」


「作戦作戦。会話は聞こえて無くても注目はされてるだろ」


 遮音フィールドを張っているのでこっちの声は聞こえないが、もちろん外からの音も議長さん以外は聞こえないが、こちらを注視していた議員さんらの顔色や姿勢を見れば、微妙に変わったように見えなくもない。

 特に獣人系な人らは反応がわかりやすいんで、実にありがたいこった。    

 互いの信頼度が力の目安となるディメジョンベルクラドとそのパートナー。

 さらに言えばアリスは滅亡したとはいえ、かつて銀河を制した大帝国皇家末裔。

 それが喧嘩三昧で、しかも俺のアリスに対する扱いが扱いがぞんざい。

 二大派閥の旧帝国系やら反乱軍系の議員さんらが、これを見てどう動くことやら。


「うわ。あくどい笑顔。ふんだ。今度はDV夫だって評判が出るんじゃない?」 


「はっ。今更悪評の一つや二つ増えようが気にしないっての。第一悪名の大半を作ったのはアリスだろ。まぁ、多ければ多いほど後々使い勝手がいいから結果オーライだ」


 互いにジャブな軽口を打ちつつも、軽口を交わす余裕があるうちはまだまだ余裕。この後に控えている本番じゃ、会話をする余裕なんて無くなる。


「では自由議論へと移行します。議論フィールドを発生。星系連合議会参加者として理性と情熱を持って、意義ある議決を得られるように皆様方お願いいたします」


 ラッシュ間でのテンションを維持するためいつものコミュニケーションをしていると、議長さんが議事進行説明の終わりと共にゆっくりと頭を下げる。

 銀河を統べる最高意志決定機関の議長さんらしい品格を伴う締め。


「んじゃいくよ! リル! 分割意識サポート開始! 秘技多重分身スリーハンドレッドモード!」


 それに対してアリスの方はといえば、テンションをさらに跳ね上げたオタ芸ムーブってのは、議会侮辱罪に当たらないんだろうか。

 絶対必要ないだろう印を何度も組んだ後に、必殺技を放つかのように大声で宣言する。

 アリスの姿がぶれて、次の瞬間には残像のように、だけど実体を持って横や後方に広がって、300体に増殖していく。

 前を見ればほかの議員席の議員さんらも、自分の分身、正確にはコピー体を増やしていき、隙間も多く広々としていた議会場が、みっちりと埋まっていく。

 これが星連議会の特徴かつ、この議会場空間がやたらと広くとられている理由。

 短時間で濃密な、そして個々の主張を存分に交わすために取られる方法が、このコピー体増殖による自由議論。

 おのおののコピー体は、常に情報を相互交換しリアルタイムで更新。

 あっちで激しい討論を交わしているかと思えば、同時に別の場所で冷静な政治取引をし、また別の場所では他者の主張に耳を傾ける。

 あまりの情報量の多さに普通なら脳神経がバグりそうなんだが、そこは恒星間航行やら空間跳躍さえできる科学力を持つ銀河文明。

 生体強化+サポートAIの力を併せて、無理なくこなせるらしいが、ここがVRだろうが俺には無理だった。

 前に試しに5人でやってみたが、吐き気と頭痛を覚えて即座に中止したくらいだ。

 アリス曰く、上手くこなすこつは慣れだそうだが、酒は飲めば飲むほど強くなる的な乱暴な学生理論と同等だと思わなくもない。


「「「「「「「「「「アリシティア・ディケライアここに推参!」」」」」」」」


 コピー終了と共に一切の乱れない統率されたタイミングで、それぞれ微妙に違うポーズを決めたアリスの群れがいつもの名乗りをかます。

 ちなみにアリスの場合は300コピーが限界ではなく、リルさんのサポート能力も相まってその10倍、100倍でもいけるそうだが、大軍に挑むなら300って数が縁起がいいからだそうだ。

 それの元ネタ、両者が全滅してんぞ。

 しかもそれ以外にもいろいろと小ネタを仕込んでやがるし。前準備の大半はアリスのこだわりだ。  

 
「そんじゃ打ち合わせ通り4分割ね。あたしが清風会側。そこのあたしが紺碧会側。で、そこのあたしが新清風会、そっちが新紺碧会。それぞれの会でのコードネームは分割調整通り。同一艦種は改装後は新をつけるか改装二式、三式で」


「あ、ネオ日本武尊の扱いはどうする?」


「そこは新清風会側の割り当てでいいでしょ」


 アリス達が四グループに分かれて、それぞれの役割分担最終調整を始める。


 それぞれの役割を明確にするために、コードネームをつけるのは理解するが、何でそこで仮想戦記の兵器群をチョイスする。


「なら、それぞれ全く別の作品もってこいよ。ダブってわかりにくいじゃねぇか」


「もう分かってないなシンタは。それぞれに考えの違いを設けても、根っこは同じなんだから」  

 俺の当然すぎる突っ込みに、一斉にこちらをぎろりと睨んで、うさ耳を立てて威嚇して来やがる。

 コピーと言っても全員が全員同じ嗜好条件では無く、それぞれ微妙に変化をつけている。調子の良いとき、悪いとき、機嫌のいいとき、悪いとき。浮かれているとき。落ち込んでいるとき。

 そのときの状態で考えや、捉え方なんていろいろ変わる。

 パラメータ調整じゃないがそれを意図的に再現して、多角的目線から情報をとらえ判断する。それが目的らしいんだが、


「まず無印と新に対する考えだって違いが大きいんだから。いくら前世の知識でチートだからって、無印清風会所属のコードネームが日本武尊のあたしは昭和、しかも大戦時に核融合炉やレールガン主砲を導入はどうかって派。やっぱり主砲一斉発射の轟音と煙は必要でしょ。大物狙いで切り込むよ」


「そして新清風会側のコードネーム新日本武尊なあたしは、超兵器こそ華。やっぱり大型戦艦無双こそが仮想戦記の肝派閥。大勢相手にどかんと一発かましてあげる」


「はーい。あたしは富嶽号。やっぱり航空潜水母艦って浪漫でしょ。深く静かに潜航せよって感じで立ち回って、ターゲットに一気に決めるよ」


 突っ込みどころは多いが、とりあえずそれの相手は今アリス群れが名乗っている旧日本海軍だ。


「ほら今のでわかるでしょ。一人の人間でも頭の中にはいろいろな違いを無意識で抱えているの。それを表現してるんだから。この矛盾こそ人の性なんだから」


 日本武尊アリスが偉そうに宣い、後ろのアリス群れも、うさ耳と一斉に頷いて見せるが、おまえらのそれは、人の性なんてご大層なもんじゃなくて、ただのオタ気質からくる、しちめんどくさいこだわりだ。

 ただそれを突っ込むと、1対300な絶望的な戦いになるんで黙っておく。

 夫婦間の平穏を保つ秘訣は、嫁さんの機嫌とりにかかっている。既婚者な先輩社員全員の一貫したアドバイスをありがたく採用させてもらおう。


「でもコードネームなら、やっぱり太陽系の惑星で当てたかったかな」


「そうだね。でもそれじゃ数が足りないよ。対象を最終作まで増やしても全戦士動員してもネームド300いかないでしょ」


「そこは実在の星を割り当てて、ねつ造でも良かったんじゃないの?」


「えーでもそうすると役割的にシンタの服装がタキシードだけど……似合わないでしょ」


「あー似合わない、似合わない。どっちかって言うと鬼畜なんだから、スーツに眼鏡か、白衣?」


「変わり種で競泳パンツとかもおもしろそうだけど」





 おい。違いがあるとは言ってるけど……おまえら絶対同一パラメータだろ。 

 んな、くだらないやりとりをしている間に、ほかの議員さんらもコピーが完全に終わったのか、議場全体にブザーの音が響き、自由議論の開始を告げる鐘が響く。


「あーともかく局地戦は任せる。こっちはこっちで全体を見て動くから」


 アリスや議員さんらと違い、こっちは一人。まともに当たったらやれることなんてたかがしれている。

 となりゃ俺がやるべきはプレイヤーではなく、本職のGM家業。

 これをイベントとしてみて、全体をこっちの目的側に誘導だ。


「「「「「「「オッケー。じゃ第二ラッシュ開始だね」」」」」」」


 1音乱れぬサムズアップで返してくる、かしましいを通り越して精神兵器級なアリス群れを見ながら俺は内心で密かに安堵する。

 最初にこのコピー分身を聞いたとき、浮気に当たらずお手軽ハーレム気分ができるかとちょっと考えたが、アリスは良くも悪くも一人で十分。消化不良で胸やけを起こしそうだ。

 口にしなくて良かった……マジで。 



[31751] C面 トラウマと向き合う方法
Name: タカセ◆05d6f828 ID:9f05f979
Date: 2020/03/19 20:50
 自由討議開幕のベルが無くと同時にアリシティアは、球形議場の一区画から向けられる穏やかではない視線と、敵意とも呼ぶべき怒りの感情を感じ取る。

 しかもそれは単独ではなく複数。

 それを発する主達は確認するまでもない。思わず震えそうになる体の感覚で分かる。

 かつてアリシティアはあそこで殺されたのだ。完全に否定され、心を折られ、壊されたのだ。
 

「じゃあ予定通り、あっちはあたしがいくね」


 もっともフラットな精神状態であるアリシティア・ディケライア。コードネーム【日本武尊アリス】は、内心に埋め込まれ、今も残る恐怖を自覚しながらも、自らを奮い立たせるために、残り299人のアリシティアへと宣言する。


「耳震えてる。やっぱりあたしが行こうか? 嫌なことは速攻終わらせ。徹夜明けテンション状態の思考能力高速特化だから、レスバなら負ける気がないよ。それにコードネームの元ネタの神話的にも龍退治はぴったりでしょ」


 伊〇1超速潜こと【須佐之男号アリス】をコードネームとした別のアリシティアが、頭のうさ耳を指し示して、ターゲット変更を申し出るが、アリシティアは首を横に振る。 

  
「大丈夫。武者震い。それに神話的に言うならあたしのほうが適任でしょ。だって龍を倒すんじゃなくて、その力を物にするのがミッション目的。退治じゃなくて対峙しにいくんだから」


 ありがたい申し出だが、強がりを口にし、笑って断る。

 須佐之男は龍退治の英雄。トラウマを粉砕するなら、退治するなら適任。

 しかし日本武尊は、その龍の尾から見つかった武器で窮地を脱している。

 自分は過去のトラウマの元さえも、自分たちの力にするつもりで、この星連議会へと再度乗り込んできたのだ。

 ならいくべきは、過去最大のトラウマと対峙し、飲み込み、力を手に入れるのは、やはり基本状態の、素のアリシティア・ディケライアでなくてはならない。


「じゃあ予定通りいくよ。全域散開! あたし達は、こっちの味方と連動して基本は情報収集。状況に応じ臨機応変に対応!」


「こっちも負けずに戦闘開始! 売られたレスバには即時応戦。正面火力で迎え撃つよ!」


「基礎こそ王道! あたし達は奇襲特化! 隙を見せた相手に噛みつく虎狼!」


 それぞれ役割ごとに分けた部隊はリーダー人格としたアリシティアのかけ声と共に、議場へと散らばったり、またはこの場にとどまり接触してきた議員達へと応対するために動き出す。


『アリシティア様。各部および助っ人の方々も臨戦態勢へと移行いたしました』


 同時にディケライア本社では、各議員やその出身惑星や所属国家情報や、情報収集に動くアリシティア達が見聞きした情報を元に、予測状況をリアルタイム更新していくサポート体制をフル稼働させた総力戦が始まったとリルから報告が入る。


「打ち上げ準備も忘れないようにね。あたし達は攻勢。最優先標的を確認次第、挑んでいくよ!」


 後世日本軍の海上艦や戦闘機をコードネームに主に当てたアリシティア達の役割は、ディケライアに基本的に敵対的だったり、銀河系内勢力分布や、物流網の変化を嫌う保守的勢力勢。

 ここをいかに削るか、切り崩すかが今回の課題だ。


「「「「「「りょーかい!」」」」」」


 程度の違いはあれどそれぞれ難敵が待ち構えているが、ほかのアリシティア達はその不安を微塵も見せずに力強く答えて、空中に指を走らせ座標を打ち込み、次々に議場内の相手標準座標へと転移していく。

 自由討議と言っても、各自がこの広い議場を勝手気ままに動いては、いくらコピー体が無数にいるからと言っても、目的の相手を探す時間で無駄に浪費してしまう。

 だから、各議員や参加者には確実に一人はそこにいなければならない基本座標が決められている。すなわちその場所こそが相手の本城。最大拠点。

 相手方の基本座標に乗り込み討論で打ち勝てば、周囲へ自らの優勢をアピールできるが、逆にこちらの基本座標に乗り込まれ打ち負けたり、人が足りずに対処できずもたつけば、周囲からは軽んじられる。

 屁理屈と事実を武器にいかに攻め、理論武装と試案を盾にいかに守るか。

 それが星連議会での議論、武力を使わぬ、言葉と情報の戦いだ。

 他のアリシティア達がそれぞれの役割に分かれ活動を始めるなか、もっともフラットな日本武尊アリスは、他の自分へと声をかけ送り込み、自らが乗り込む座標も呼び出しはしたが、最後の一押しをわずかに躊躇してしまっていた。

 かけ声の勢いに任せノリでいければ良かったが、やはり強がってみても怖い物は怖い。

 もしあのときのように負ければと、どうしても考えてしまうのは仕方ない。

 どうしても一歩が踏み出せない。

 かつてはそこで止まってしまった。死んでしまった。

 怖くて、動けない。

 だが守りたい物があったから、下がる事だけはせず、それでも前には進めず、不安を先送りにして、何もできなくなってしまった。

 そんな止まってしまったアリシティアを、そこから助けてくれたのは……


「で、とりあえず俺は様子見しているから、MHに突っ込むのに必要なら最初は付いてくがどうするよアリス? こっちとしちゃ少し負けてくれたら、鑑賞会につきあわされる頻度が減って助かるけどな」
   

 いつだって背中を押す、いや蹴り上げてくるのは、にやりと嫌な笑顔を浮かべる、宇宙で一番信頼している、そして負けたくないパートナー三崎伸太だ。

 かつてアリシティアがあそこで負けてどうなったかを、どれだけ傷ついたか知っていても、それをわざと口にしてみせ、さらにはその再来があった方が助かるとまで言ってみせる。

 アリシティアが、自分の相棒が負けるなど微塵も思っていない癖に。

  
「残念でした。祝勝会の後は夫婦の時間。この間ようやく手に入れた記念すべき100番目の戦隊ヒーロー『獣神戦隊ヒャクジュウオー』記念ボックスの封を開けて一気鑑賞会を要求するからね」


「それ異例かつ初の二年シリーズで全100話あるとか言ってたやつじゃねぇか。しかも動画配信してるのに、プレミアついてたコレクターアイテムを開けるなよ。樽酒じゃねぇんだぞ」


「べーだ。シンタがくれた誕生日プレゼントをどうしようと、あたしの勝手でしょ」


 心底嫌そうな顔を浮かべる三崎に舌を出して笑って見せたアリシティアは、いつの間にやら震えの収まっていたうさ耳を楽しげに揺らしながら、転送開始を勇ましくタップする。

 視界が一瞬ぶれて、次の瞬間にはアリシティアは、もっとも信頼する三崎に代わって、異形の者達が周囲を幾重にも取り囲む敵地へと転移する。

 アリシティアが立つポイントを中心に十重に二十重に囲む敵勢力議員と、そのさらに外側で様子を見る観衆議員達。

 この場に全議員のコピー達が集合していると言っても、過言ではない。

 彼らはここがメイン会場になると、もっとも激しい議論が交わされると分かっていた訳ではない。

 かつてのように一方的にアリシティアが叩きのめされる断罪の場となると予測した者が大半だろう。

 そんな観客の内側。敵対勢力の議員達は、全身が毛に覆われていたり、口元から牙がはみでていたり、分厚い鱗の皮膚を持つ、いわゆる獣人タイプと呼ばれる者が大半。

 生身で宇宙空間戦闘能力を持つ、戦闘特化種族である三つ首竜人や、コウモリじみた羽を有す翼獅子人などがちらほらと混じり、さらにアリシティアの真正面に位置する、このポイントを基本座標とする議員に至っては、トラックほどの巨体を横たわせる龍だ。


「よくもあれだけの醜態を見せて、おめおめと星連議会へと顔を出せた物だ。さすが恥知らずのディケライア皇家末裔だけはあるな。この姿を忘れたわけではあるまい」


 首をもたげた龍が、万人が居竦むであろう鋭い視線でアリシティアを睨め付け、万物へと潜在的恐怖を与える轟雷のような声を投げつける。

 かの議員は、この銀河で唯一の生身での星間戦闘能力を持ち、戦闘艦と真正面から撃ち合えるブレス能力を持つ種族である希少種龍人種であるブルレッカ議員。

 その仮想体もこの議会で許される最大限の大きさにしているだけで、本体はこの数百倍、小型戦艦と同等の体格に、戦略級戦艦と同等の攻撃力を持つ、単一種能力では宇宙最強戦闘種族の代表にして、星連議会でひときわ大きな勢力を持つ旧帝国アルデニアラミレット派を率いる首魁。

 ブルレッカは自らの周囲に、かつて何も言えずただ情けなくも泣きじゃくっていたアリシティアの姿を表示させると、周囲の議員達の中から、侮蔑とあざけりの色を隠そうともしない忍び笑いが聞こえ、先制の一撃を加えてくる。

 国家代表として選出された議員達であるからこそ、品のない直接的な罵倒やヤジは響いてこないが、それでもなかなかにきつい一撃。

 ブルレッカの周囲に集った者達も、その大半は姿や大きさは大きく異なるが、同じくアルデニアラミレット族に属する者達。

 彼らアルデニアラミレットはかつて帝国の先兵として生み出され、長年にわたり帝国の覇業を支え、戦い続けていた実戦部隊種族。

 だが一般には詳細は秘匿されているが先の大戦の直接原因となった、銀河帝国の別次元転移計画、いわゆる双天計画で、一部の親衛隊クラスをのぞき、その大半がまず真っ先に切り捨てられる事になっていた。

 ブルレッカに至っては、銀河帝国末期にすでに一線級の地方司令として、帝国領土防衛のために、反乱軍と命を掛けて戦い続けてきた歴戦の勇士だというのに。

 双天計画の情報が漏れると共に、忠義を尽くしてきた帝国に使い捨ての道具として見られ、そして実際に見捨てられることを知ったアルデニアラミレット達は帝国に反旗を翻したが、ある事情から、大半の者達は反乱軍へと合流するのではなく、他種族の机下に着くことを良しとせず、第三勢力であるアルデニアラミレットを立ち上げ、三つどもえの戦いを繰り広げて、自分たちの母星を確保した武闘派集団の末裔こそが、ここに集うアルデニアラミレット派だ。

 そのような成り立ちで始まった集団であるから、旧帝国皇家の血筋であるディケライアに敵対的となるのは致し方なく、中には旧帝国系と分類される事を嫌う者達も少なくないほどだ。

 向けられる数千の侮蔑と敵意の視線と声。

 かつてアリシティアはこれに圧倒され、さらにその後のブルレッカの断罪に負けた。殺された。


「うわっ。趣味悪……自分が泣かせた女の子の画像を後生大事に抱えているなんて、長期の稼働で精神にどこか問題抱えていません。いい病院をご紹介しましょうか。特にあなたはうちのご先祖の製品ですし」


 だが今のアリシティアには、この程度の先制攻撃の嫌みなど通じるはずがない。

 聞こえる程度に小声で罵倒してから、にこりと笑って見せながらも、うさ耳をのぼり旗のように堂々と掲げて、鼻で笑ってみせ、さらにはブルレッカの逆鱗をつく言葉を真正面からかます。 

 銀河においてもっとも尊ばれる価値観は、自然の物であること。それは出自にも当然適用される。

 自然発生した種族が英知を重ね、自らの欲望を抑制し、やがて宇宙へと進出し、恒星間文明を築き上げる。

 大きな戦乱も、惑星規模の災害も乗り越え、文明を発展させ積み上げた技術で得た勲章。それこそが恒星間文明。

 だがアルデニアラミレット達は違う。彼らはキメラ種族。様々な遺伝子を組み合わせて、強化し、戦道具として帝国によって生み出されたデザイナー種族。

 これが彼らが反乱軍に合流しなかった最大の理由。

 作られた種族であることを理由に見下されることを嫌い、いいように利用される事を恐れたからだ。

 そしてその懸念は事実でもある。

 今では名目上も法律上も同等に扱われているが、彼らを作り物と見下す風潮は、少なくなっても、確実に存在する。

 禁忌ともいえる発言を放ったアリシティアに向けて、刺さるような殺意が周囲から一気にふくれあがり、同時に外の観衆からはそんな彼らに、図星を指された事をあざける忍び笑いが聞こえてくる。


「小娘が。我らへの無礼をさらに重ねるか。おまえのような愚物が、銀河文明をかき乱すあの未開文明の猿に股を開いたせいで、さらに混沌を呼び込むのだ」

 だがブルレッカは顔色一つ変えず、あざけりをさらに繰り出し、アリシティアの趣味をくだらないとかつてのように断罪する。

 この程度の罵倒など、長い時を生きるブルレッカは何度ぶつけられたか数え切れない。程度の低い挨拶代わりの挑発だと見切り、自分のペースを保ち続けている。


「かつてのように頭を垂れ謝罪行脚を開始すれば良かろう。自らの評価に触れることを怯え、逃避先として未開文明のしかも創作物に興じたおまえには、どうせ打開策を論じる脳もなく謝ることしかできないのだからな」


 かつてアリシティアを打ちのめしたのと、同じような言葉を意図的にブルレッカは放つ。

 不慮の事故で受け継いだ社長業。そしてその後の身の丈を顧みない失敗の数々によって、星間ネットワークに溢れた罵詈雑言に晒されたアリシティアが、自らや会社の名前が絶対に出てこない場所。

 唯一残った資産星系である太陽系の未開文明惑星地球を観察するという、現実逃避的趣味に逃げ込んだことを指摘し、恒星間企業のトップたる資格などないと断言してみせる。

 鋭い視線、居竦む声による強い精神的重圧を伴う圧迫。そして自分でも分かっていた逃げ。

 純然たる事実を指摘され、強い声と視線でまるで洗脳されるかのように、自分を否定して、アリシティアはかつて殺された。

 過去の自分の行いを、趣味を、完全否定し、引きこもってしまうほどに、打ちのめされた。

 しかし、あえて言おう。だがこの程度の圧迫など今のアリシティアに通じるはずがないと。

 現役時代、三崎の悪辣な場外戦術や心理トラップにはまった、”敵、味方”の罵詈雑言が溢れたギルド攻防戦を無数に超えて、鍛え上げられたレスバトル能力。

 最終装備として愛用した防具一式は、レア通常モンスター最強格黄金龍アルドドラゴンを千匹討伐して、1つ出るか出ないかという黄金龍鱗を10枚必要とした廃神御用達高防御&確率自動魔法反射スキル付属の廃装備『夜明けの黄金龍』。そのために倒したドラゴンの数だけ龍とは対峙してきた。

 周囲を取り囲む異形の集団? そんなMH。モンスターハウスに三崎と突っ込んだ数なぞ数え切れないくらい。むしろ敵たっぷり、ほかに競合無し。

 これを狩り場と言わずになんと呼ぶ!

 それらアリシティアが積み上げてきたものは、ブルレッカが、他の議員が、銀河文明が、未開文明の創作とあざ笑い、見下す物達から生み出された経験。

 だがその経験を武器に、アリシティアはこの場で、星連議会で一切ひるまず戦えるのだ。

 だったらそれは作り物ではない。しっかりと、目に見えずとも、物として存在しなくても、ここに、心に存在する真実。本物以外の何物でもない。

 そして今この瞬間は隣におらずとも、この戦場は、最愛の、最大の、最優のパートナーが支配しようとする場。

 ならば負ける要素など、ひるむ理由など皆無。打ち込まれた皮肉を、さらに何十倍にでも強めて返してやるだけだ。


「あれ、前の時はともかく、何か謝るようなことが今回はありましたっけ? あー前にうちの人に、支配下のはずのお味方をいくつか切り崩されたことですか。初めて知りました。猿とあざけんでいる人に負ける、宇宙最強戦闘種族(笑)の方がいらっしゃるんですね」


 身一つ。コピー体さえ作れず、制御できない脆弱な知能と精神と三崎を侮ったが故の、手ひどい失敗を、今思い出したかのようにわざとらしく告げて見せる。
 

「とぼけるな小娘! 我らの情報を、おまえ達はゲームと称して断りもなく利用し、あまつさえ恥とする試作星間戦闘甲冑のデータをどこから持ち出してきた!」 


「先ほどの映像ですか。許可は取ってますよ。だってあたしの父や、叔母それに従兄弟の姉は旧帝国親衛隊長の血を引く一族、つまりはアルデニアラミレットの本家本元。そーれーにー私も当然その血を引くんだから、無断使用じゃないでしょ。見事なまでに反対無しで可決されましたよ。賛成の人……はーいっ。てかんじで」


 屁理屈にもほどがあると我ながら思うが、三崎の編み出した相手を激怒させる理論理屈をぶつけ、手を挙げてみせる小芝居も付け加える。

 このふざけきった態度にさすがにブルレッカの顔色が変わる。

 具体的には怒りで赤く染まるが、言葉は出てこない。どうやら怒りのあまりで二の句が継げなくなったようだ。

 レスバは怒った方が負けだと教えてやれと三崎は言っていて、さすがヘイト上げの達人と、あきれ半分で感心はするが、そこまでおんぶでだっこもちょっとしゃくに障る。

 だから自分なりのスパイスを追加。自分が好きな物が、足かせではなく行動するための活力やアイデアの元であると指し示すために。


「試作宙間戦闘甲冑って正式名もいいですけど、わかりにくいですよね。獣人族の方が身につけるが逆転の一手。祖霊転身【メガビースト】の方がしっくり来ませんか」


 終わりが見えず続く先の銀河大戦で、上位族である宙間戦闘能力を持つ者達の戦死による不足を補うべく、下位族である獣人タイプの力を最大限活用した能力底上げ用の試作兵器がアリシティアがメガビーストと呼び、祖霊転身に組み込んだギミックだが、その現実での扱いはいわゆる珍兵器と呼ばれる物になる。

 能力を最大限に生かす趣旨は分かるがなぜ人型にする。

 効果的に使える宙域が限定されすぎる。

 人手不足を補うために、一人一艦構想はいいが、個々の能力差がありすぎて統一された艦隊行動や、安定した作戦を立てるのに支障がありすぎる。

 戦場への輸送能力を考えた移動形態と、戦闘形態の両立だからといって、あそこまでの変形機構はコストにあわない。

 そもそも規格が違いすぎて、製造工場も、部品も、補修設備も一から作り直す必要があるうえに、大戦で疲弊した今の生産応力にそんな余裕があるわけがない。

 考えるまではまだ分かるが、なぜ本当に試作した。する前に欠点に気づけ。

 所詮は戦うしか脳がない、戦闘種族の浅知恵等々。

 散々に叩かれ馬鹿にされた、宇宙版パンジャンドラムのような試作兵器。

 悪い意味で黒歴史化した珍兵器。それが試作型宙間甲冑の正体だ。  

 だがアリシティアには違う。そう違うのだ。


「悪評がいろいろあるのは知っていますよ。でもそんなのはくだらないんですよ。あざ笑う輩になぜ変形するか!? なぜ獣人型にしたか!? と問われたら、私はこう答えます。『カッコイイからだ!』ってね」


「ふざけるのもいい加減にしろ小娘! 脳まで毒が回って知性が下がったようだな!」 


「あらお気に召しませんか。じゃあまじめにいくならこっちで。『武器の可能性というのはアイデアだ。性能を満たすのは技術の問題だ。私ならその試作宙間戦闘甲冑のアイデアは捨てんぞ』でしょうか」


 これらが借り物の言葉であろうとも、その勢いと力強い説得力は、アリシティアにあの機構を、あの機体を愛する事が間違っていないと確信させてくれる力強い名言。

 そう迷言ではなく紛れもない名言なのだ。


「理解できないなら語ってみせましょうか! 私が愛する物の格好良さを、浪漫を! 理解できないってなら、理解するまで布教してあげますよ! ゲーム内で試してみたくなるくらいまでに!」


 これは戦い。復讐と取り戻すための戦いだ。

 かつて全否定されたオタク趣味を、それによって否定してしまった機会損失は数十年分に及ぶ。

 宇宙では一瞬かもしれないが、文明発展速度が早い地球では致命的だ。

 見逃した作品群を後から見ても、つい欲求に負けてネタバレを知ってしまっていたために、超展開に心の底から驚けなかった恨みを。

 DVDで修正される前の放映時作画崩壊をある意味で楽しんだり、原作レイプだと罵倒する祭りに参加できなかった寂しさを。

 偉い人から怒られて、放送禁止になったり、差し替えられた初回放送を今では見られない悲しみを。

 たとえ手元になくともと満足していた初回限定生産品を当時手に入れられず、地球が近くに来たからと手に入れようとしても、プレミアが付いて、無駄にオークションで張り合って相場を荒らして、リルに叱られ、三崎にあきれられた無念を。

 万感の思いを込めて、アリシティアは過去のトラウマと向き合う。

 他者に理解されずとも、すばらしい物だと思われずとも、自分が地球文化(恣意的かつ限定的)が大好きだと大いに唄うための戦いだ。 



[31751] 0話 コルト山岳炭鉱ダンジョンボス討伐 上 SF編
Name: タカセ◆05d6f828 ID:9f05f979
Date: 2020/03/20 17:17
 今回はちょっと訳ありで、本編ぶった切りで三崎とアリスの出会いを描いた過去編となります。
 
 











  かつて銀河全域を巻き込んだ戦争。銀河大戦と呼ばれる大戦があった。

 この戦争に敗れ、それまでの絶対的支配者であった銀河帝国は崩壊。
 
 支配星域は無数の星間国家へと分裂、それら国家の寄り合い所帯である星連議会が、帝国に取って代わることになる。

 だが勝利したからといって、銀河が何事もなく平和的に発展していく事になったわけではない。

 先の大戦による戦災により、既存宙域の大半は、恒星破壊や惑星破壊などの余波によって環境は著しく劣化、さらに資源星域や、工場惑星を失った事による資源不足、物資不足に常に悩まされ続けていた。

 物流網にしても、超長距離を結ぶ次元跳躍門の多数が破壊、航路の要所となるべき星域はブラックホール生成弾により通行不能宙域となり、今も活発に活動を続ける無人バーサーカー艦隊によって危険度が跳ね上がった交易路も多数。

 戦災を免れた一部の跳躍門は健在だが数は少なく、再建しようにも、銀河帝国崩壊時に失われロストテクノロジーとなって久しい。

 特にその主機関。帝国最秘奥技術とされ、希少恒星O型恒星を6つも用いて、高位次元より無限とも言うべきエネルギーを取り出す次元湾曲炉。六連O型恒星湾曲炉に至っては建造ノウハウが完全に失われている。

 戦後に帝国分裂後に発生した、とある有力星間国家が研究・開発を開始したが、その国家は試作炉の機動実験失敗により、実験星域のみならず国家領域丸ごと飲み込む次元崩壊により消失。

 以降、あまりに甚大な被害から星連議会により、O型恒星の希少性もあって、一切の研究・開発が禁止された曰く付きの代物となってしまっている。

 このような困難な状況でも、何とかやりくりして、わずかばかりの余裕ができ始めると、バーサーカー艦隊を駆逐する手間よりもと、今までは無視されてきた星域へと目が向けられ始めたのは最近のことだ。

 それは単純に距離が遠かったり、開発コストが割高の割に、その後の利益があまり見込めないなど様々な理由があるが、いわゆる辺境星域と呼ばれる場所である。

 ただ問題がないわけでもない。

 超次元経由で広大な距離をショートカットする跳躍航法。いわゆるワープは、極々一部の例外を除き、数光年単位での跳躍が、今の銀河文明が有する科学力を持ってしても最大限界。

 刻みながら何度も跳ぶために、どうしても、補給や修繕を行える停泊地惑星の整備、さらに周辺情報を発する灯台衛星設置など、新たな開発対象となった辺境外星域へと繋がる交易路の発見と整備が必須。

 そんな新規開発交易路候補地の一つに、ライトーン暗黒星雲と呼ばれる暗黒星雲宙域がある。

 星系連合領域最外周部の辺境惑星国家領域外に広がるその暗黒星雲は、数百光年距離にわたり行く手を遮る巨大な壁となって立ちふさがっているが、この暗黒星雲を抜けた先に、知的生命体がまだ生まれていない手つかずの未開恒星系がいくつも存在していることが、かつて命知らずの外宇宙探検艦、いわゆる山師探検家によって報告されている。

 あまりに立ちふさがる壁が巨大すぎるために、航路作成が難しいと、無視されてきたが、昨今の宇宙事情により開発認可がおり、その先駆けとして跳躍ポイント整備のため二本立ての準備恒星系開発計画がスタートする。

 一つは既存星域側から、つまりは入り口側からの航路開発。そしてもう一つが出口となるべき領域外側からの航路開発となっている。

 とある惑星開発業者がその事業計画のうち一本、より困難である領域外開発を、起死回生の一手として受注していた。

 その会社こそが、かつて銀河最大の老舗惑星企業と名を馳せながら、不慮の事故により大半の社員と船を失い、その後も様々な要素によって、一弱小企業へと転落してしまったディケライア社である。







 ライトーン暗黒星雲外縁部。

 肉眼で確認できるほど濃い星間物質と、絶え間なく吹き荒れるプラズマ嵐に、隠れた恒星の卵が生み出す重力異常と、これでもかと宇宙的難所を詰め込んだ暗黒星雲内と比べて、静寂に覆われていた通常空間。

 その一部が、突如激しく歪み、ねじれ、そして割れる。それは空間跳躍のために高位次元へと入った船が、跳躍を終え現次元と戻ってきた、現界してきた前兆現象に他ならない。

 不自然にできた割れ目から、激しいプラズマ光と外装部の小規模爆発を伴いながら、巨大艦がゆっくりと姿を現し始める。

 直径3000キロメートル超、質量8000垓トンを超える超巨大艦は、銀河文明において最大級艦船サイズの惑星艦に分類される。

 その船名は『創天』。

 銀河帝国がかつて誇った最大戦力、星系級侵略艦『天級』の亜種であり、銀河史上においても今も最高出力をたたき出す六連O型恒星湾曲炉を主機関に持ち、惑星改造企業ディケライア社が唯一所有する船かつ本社となる恒星系級改造艦となる。

 創天がその巨大すぎる船体の割には足早に穴から抜け出て来るが、その動きに合わせ加速度的に船体表面での爆発とプラズマ光がより激しくなり、要塞艦主砲に耐える表面装甲の一部さえ融解しはじめる。

 船体のダメージを無視して急ぐのは、急ぐなりの理由がある。

 あまりに空間に穴を開ける時間が長くなると、周辺宙域の安定を著しく乱し、次の跳躍が可能になるまで長時間かかる上に、最悪下手に長くなりすぎると自然消滅するまで数千年はかかる次元歪みを発生させかねない。
 
 そうなれば、ここがいくら航路外と言っても、航行免許剥奪やら、莫大な罰金が請求されることにもなりかねない。 

 そして今のディケライアにそれら罰則に耐えきる体力などない。

 多少無理をして、艦が損傷しても無理矢理に抜けた方が総合的にマシとなるからだ。

 なんとか5分ほどで穴から船体が抜けきると同時に空間に開いた次元ホールは消失。

 すぐに船体全域から霧状となったナノマシーン群ナノセルが噴霧され、傷ついた船体修理や、空間安定度測定のための機器へと結合、変形し始める。


『アリシティアお嬢様。現界完了いたしました。跳躍距離は0.012光年。前回と同じ数値です。跳躍位置誤差は0.75%となります』


 がらんとして人気のない創天仮想ブリッジに、創天メインAIRE423Lタイプ自己進化型AI通称リルからの報告が響く。

 そのブリッジの中央席で、リルの報告を膝を抱えて座るアリシティア・ディケライアの頭部から銀髪を突き破って顔を見せる補助具に覆われた空間把握耳、メタリックなうさ耳は、その心情を表し、ぺたんとたれたまま元気がない。

 当の本人もその顔に生気が無く、リルの報告が聞こえているのか聞こえていないのか返事もなく、死んだような目でただ自分の膝を見つめるだけだ。

 創天の出力ならば、その百倍でも可能なのに全く伸びない跳躍距離。

 もう少しずれていれば暗黒星雲内に跳躍してもおかしくない出現位置誤差。

 出現時の爆発やプラズマ光はあまりに未熟で荒く、跳躍技術の師匠がみたら、何時間も嫌み混じりの説教をされるほどで、昔に比べても劣化しているとまざまざとアリシティアに見せつける。


『今回の跳躍で全行程の38%へと到達いたしました。現状跳躍距離から今期内での到達はかろうじて可能と思われます』


 ライトーン暗黒星雲の外をなぞるように回避して目的地星系までの予定航路図が表示されるが、その長さに比べて、一度一度の跳躍距離は微々たる物だ。

 もしもっと力があれば、もっと早く着くのに。もっと正確に飛べるならば、暗黒星雲内の凪部分を狙い、大幅なショートカットができるというのに。

 どうしようもできず、何もできず、無力感と自己嫌悪に陥り、すべてから逃げ出したくても逃げ場など無く、最悪の状態。

 だが、それでも会社を、創天を、リルを手放せず、だからといって空元気で振る舞えるほどにも強くない。

 このときのアリシティアは死んでいたといっても過言ではない。


『空間計測結果判明。現地点で次の跳躍可能まで修理停泊した場合は銀河標準時間で約350時間後に可能となります。通常推進で約270時間後に跳躍可能宙域へと到達いたしますが、いかがなされますか?』


「……通常推進で270時間後に再跳躍」


 ぽつりとそれだけ伝えたアリシティアはナビゲータ席からふらりと立ち上がり、手をのそのそと動かしコンソールを叩きリアルへと戻る準備を始める。

 跳躍ナビゲートは、今のアリシティアにとっては、先が見えず、暗い中を手探りで進むような物で、一回一回ごとの疲労感が激しく、そこに精神的負担も追い打ちを掛けていた。

 アリシティアの体調や心理状態を考えるなら、少しでも時間をおいた方がいいのだろうが、リルがそれを提言しても、時間が惜しいと答えたアリシティアが絶対命令だと指示をするのは目に見えている。すでにそんなやりとりを数え切れないほどにしてきたからだ。


「リアルに戻るね。展望台プライベートモード。報告は戻ったら聞くから緊急事態以外はつなげないで」


 力ない声で最低限ともいえない指示をしたアリシティアは、何度見ても改善されない数字を見なくてすむようにブリッジから逃げ出した。

 リアルの本来の自分の肉体に戻ったアリシティアは、そのまま艦内中枢区にある自室を抜け出すと、創天艦内をつなぐ個人用無人モノレールカーゴを起動させ、外周部へと続く経路を選択する。

 中枢部を抜けたカーゴは、巨大な島ほどの大きさがある一般区画である艦内都市の上空を、重力制御により振動もなく超音速で駆け抜けていく。
 
 創天は衛星クラスサイズの巨大艦。

 その内部は、惑星移動や恒星改造時の顧客の一時居住場所として、国家規模クラスの人員を収容するキャパシティのみならず、船内のあちらこちらに同規模の都市を複数抱え、それぞれが銀河の多種多様な生体にあわせて、その人々にもっとも適した環境を擬似的に作り出すこともできる定住型コロニー艦と同等の機能を持っている。

 だが現在経費節約のために人工重力がカットされ真空状態で保たれた都市部には、当然人っ子、一人みえず、動物や虫の陰さえもない。

 今創天内で起きているのは、空間跳躍ナビゲータとして必須となるアリシティアのみで、わずかに残ってくれた社員達はもっともコストのかからない冷凍睡眠状態でスリーパー区画で眠っている。

 それでもついつい見下ろしてしまう。誰かいないだろうか、何か動いていないだろうかと。

 艦内であればどこでも一瞬で転移する事ができる跳躍移動装置もあるが、使う気にはなれずわざわざ手間のかかるカーゴをアリシティアが選んで都市を見下ろしたのは、ひとえに寂しさからだった。

 だがそれら行動は余計にアリシティアの不安と孤独を強める物でしかない。

 10分ほどで一般区画をぬけて、いくつもの装甲区画や、工廠区画をぬけてカーゴは最外周部に設けられた無人の第二展望公園区画駅へと音もなく滑り込んだ。

 艦内では中枢区のアリシティアが使用する一部区画を除き、ここを含めた展望公園区画は空気が入れられ、重力も保たれている。

 もっともそれは、今では滅びた星の動植物が、現地環境そのままに多数維持されている星間動植物園としての機能も持ち合わせているため、星連アカデミアから補助金が出されているから何とか維持ができているという理由ではあるが。

 ここは昔はもっと社員がいた頃は、仕事が順調だった頃は、両親がそろっていた頃は、この駅は創天内でも人気の区画で、もっと人に溢れていた。

 見たこともない動植物にふれあったり、自分たちの住まう星に宇宙港兼用のオービタルリングが設置されていく様子や、居住に適していなかった不毛の惑星が、緑と水に溢れた星に変わっていく様を歓声と共に迎える顧客達。

 社員達もシフトが休みの際には、人工的とはいえ自然に触れあえる場所として好んで出かけてきた場所で、常駐屋台運営を交代制で行っていた部署もあったほどだ。

 往年の賑やかさを思い出すたびに、今との差違に、アリシティアの心はさらに深く、暗く沈んでいく。

 それに耐えきれず早足気味に駅前広場を駆け抜けたアリシティアは、動植物園があるのとは真逆の草原エリアへと向かい、その中央付近にぽつんと立つ大きな木の根元へとたどり着くと、その幹に背を預けぺたんと座り込む。
 
 木に体を預け見上げた先。空には装甲の一部がスライドしあらわになった宇宙空間が広がる。そこに見えるのは映像ではなく、現実の光景だ。

 重力制御技術によって維持される開放型展望公園エリアは、非常時には脱出ポイントとしても機能するように、小型の開放型宇宙港としての機能も併せて持っている。

 しかしその先に広がる景色は、お世辞にも見晴らしが良いものとは言えない。

 アリシティアが見上げる先の空は、星間物質が多すぎるためにそれらによって隠され、星の明かり一つ見えず、暗くて先の見通せない文字通り暗黒に覆われたライトーン暗黒星雲が広がっているからだ。

 まるで今のアリシティアの心情をそのまま写したかのような気が滅入ってくる光景。

 だが、それでもアリシティアがここを常の休憩場所としたのは二つの理由がある。 

 この木の元でピクニックをしたのが、事故でいなくなってしまった両親や、今は眠っていたり、離れていってしまった叔母一家が、家族が揃っていたときの最後の楽しい思い出の地であるからという、過去への望郷故に。

 そしてもう一つの理由。たとえ先が絶望的に暗く今は見えなくとも、その先には開発すべき星が確実にあるという事実。 

 だからきっと自分も、会社もいつかこの暗闇から抜け出られるはずだ。

 過去に思いを馳せ、未来のかすかな希望に縋る。

 木により掛かり、ただ空を見上げる壊れそうなアリシティアを、この時何とか支えているのは過去と未来だけだった。

 希望を、今を、もっとも望んでいた者を手に入れる日が、出会える日が、間近に迫っていることを、この時アリシティアはまだ知らず、想像さえしていなかった。 



[31751] 0話 コルト山岳炭鉱ダンジョンボス討伐 中 ゲーム編
Name: タカセ◆05d6f828 ID:9f05f979
Date: 2020/03/23 01:03
 惑星と衛星を往還したり、星系内の別惑星への航行を主とする内宇宙船と違い、恒星間航行を主とする創天には、目に見えてわかりやすい物理スラスターは存在しない。

 天級には、艦周囲の重力を自在に操る事が可能となる大型重力偏向機関がサブ推進器として装備されており、自在に重力を操ることを可能とする。

 純攻撃型侵略艦天級のメイン主砲は恒星系全域を崩壊させることが可能なブラックホール生成砲が標準装備され、逆に防御要塞型天級は、そのブラックホール生成を押さえ込む事が可能なだけの力を持ち合わせている。

 超重力さえも支配下に置く事を可能とする出力を持つ天級と同型艦である創天は、タッチダウン影響範囲外に向けて、その巨体にしては異常なほどになめらかな高速航行で移動を続けていた。

 推進剤補給を必要としない重力偏向機関ではあるが、推進器としてすべての船につけられるわけではない。

 艦内の重力調整や、緊急時の一時的な使用ならともかく、船まるまるを自在に動かすために稼働させようと思えば、必要とするエネルギーは膨大となり、それを賄うためにジェネレターや付属機関は大量化大型化し、それらを収容するためにさらに艦が巨大化し、より必要とするエネルギー量が増えてと、コストが天文学的に膨大に跳ね上がっていく。

 それならば定期的な推進剤を必要とするが、物理スラスターを用いた通常航行艦を使った方が結果的に安上がりとなる。

 創天が重力偏向推進機関を持つのは、惑星改造艦と呼ばれる艦種であり、惑星改造の際に、資源惑星を砕いたり、場合によっては一時的に艦外重力を遮断して、恒星や超大型ガス惑星内に突入して内部で加工処理をする必要性があるからだ。

 創天においては重力偏向機関の役目はむしろこちらの本業のためである意味が大きく、真の意味で創天を動かすメイン機関は、超空間跳躍航行機関となる。

 上位超次元へと一時的に移行し、短時間のわずか移動で、通常空間をショートカットするワープ航法だが、ただしこちらは主機関出力とナビゲーター能力が如実に出てしまう。


(外装メンテナンス完全修理まで10時間。使用建材船内工場再生産。船内動植物園、水まきえさやり、散歩プログラム開始…………)


 跳躍後の外装メンテナンスや艦内各機関のシステムチェック。艦内スリーパー区画の維持や稼働区画の定期メンテナンス。

 距離的制約も勢力範囲外だろうと関係なくリアルタイムで繋がる恒星間ネットにつないでの情報収集と、アリシティア以外の社員が眠っている現状では、リルには毎分数万を超える役割がひっきりなしで与えられるが、それらを片手間程度の仕事として、淀みなく次々に済ませながら、リルは思案する。

 彼女が最優先するべき目的、プログラム基幹に埋め込まれた存在意義は、ディケライアに属する者達の幸福追求。


(前回からの跳躍増加は無し。お嬢様単独では距離増加傾向が見られないのは仕方ないとしても、問題は誤差のほうでしょうか)


 創天の最大出力であれば、十数光年距離跳躍も可能だが、現状ではその100分の1にも満たないが、超次元ナビゲーターディメジョンベルクラドに必須となる、この宇宙での基本座標であるパートナーをまだ見つけていないアリシティアにそれを求めるのは酷という物だ。
 
 だが跳躍位置誤差や、それによって発生した余剰エネルギーによる現界時のプラズマ反応や爆発はアリシティアの精神状態で発生したイレギュラーであることは、過去のデータを見ずとも分かるほど如実だ。

 一言で言ってしまえば今のアリシティアは、自信喪失状態で、足がすくんでいるのだ。 

 本来ならばそこまで飛べるはずなのに、怯え、すくみ、失敗しないようにと慎重にいきすぎ、早々と現界状態へと移行してしまい、出現位置がずれ、余剰エネルギーの発生を産み、その失敗がさらに萎縮させ、次の失敗へと繋がる。

 心理的焦りがミスを発生させ、さらに焦りが重なる循環状態と最悪の事態へと向かっている。

 このような時は休憩を取らせたり、全く別のことをして気分転換をするのがよいと理解はしているが、今のアリシティアにそうした方がよいと提言しても、受け入れてはもらえないだろうし、何より嫌がるだろう。

 リル以外の話し相手でもいれば良いのだが、親しい者や近親者は皆冷凍睡眠状態か、アリシティアから離れていってしまった。

 かといって新しい交友関係を作ろうにも、会社の悪評や、個人攻撃に晒されたこともあり、アリシティアは恒星間ネットへの強いトラウマを抱えており、利用ができなくなってしまっている。

 一時期は、暇つぶしで覗いた管理惑星の一つ地球で発生していた原始文明の娯楽産業に惹かれ、だいぶ精神的には持ち直していたのだが、それも前回受けた仕事の失敗で星連議会に呼び出され責任追及のつるし上げにあった際に、水泡に帰した。

 原始文明文化、それも娯楽分野にうつつを抜かすなど幼稚かつ意味が無く、星間企業トップとしての資質に大いに欠けるとやり玉に挙げられ、徹底的に自己を否定された結果になってしまった鬱状態が今も続いているほどだ。

 今回請け負ったライトーン暗黒星雲交易路前哨基地星系開発事業に成功すれば、多少は自信を取り戻せるだろうが、それまでアリシティアの精神が持つか。

 何かアリシティアの気分転換に、それも人と関わるような物があれば……

 思考を始めたリルは、恒星間ネットのアカデミア講座などをあさり、アリシティアの嗜好に合いそうないくつかの候補を導き出すが、どれも現状では星間ネットを通じた交流となり、会社の話題や自分の名が偶然でも話題に出てくるのを気にするアリシティアが嫌がるのは目に見えていた。

 そもそも恒星間ネットというよりも、銀河文明に属する人々を嫌い恐れ、誰も自分やディケライア社を知らない原始文明観察にはまっていたというのに。  
 
 そこまで考えたリルはふと思いつき、現地で地球と呼ばれる原始惑星の情報域へとアクセスし、現状を探り出す。

 管理義務の一つとして文明進化の情報収集はしていたが、アリシティアが否定し関わらなくなった頃には、銀河文明から見れば、稚拙と表現するのも烏滸がましいレベルではあるが、一般レベルでも利用可能な情報ネットワークが構築されていたはずだ。

 
(わずかこの期間で、低レベルですが仮想空間へのフルダイブシステムが構築されていますか。文明発展速度には目を見張る物がありますね)


 一瞬で地球の現在状況や科学技術レベルを把握した多少驚きを覚える。

 技術レベルは民生用核融合技術まで後一歩と、ようやく原始文明から一歩を踏み出す程度ではあるが、問題はその発展速度だ。異常なほどに早すぎる。

 飛行機械を生み出しわずか数十年ほどで宇宙へと手を届かせたりと、何かと目を見張る事は多いが、ここ200年ほどは特に技術進化が著しい。


(……地球のネットワークならば、お嬢様も……ですが拒否反応を……) 


 地球のネットワーク空間であれば、万が一でもアリシティアやディケライアの正体を知られる事はなく、名前が話題にされることもないだろう。

 問題は、現地文明やその文化に傾倒することを幼稚だと断罪する考えに縛られている事と、さらに仮想を現実に劣るという銀河文明全体に普及した考えだ。

 それら関門を乗り越え、アリシティアに気分転換と友人を作らせるための、方法を、詭弁を生み出すためにリルは思考を回す。

 それはAIの権限を大きく逸脱した行為に他ならない。銀河文明においてAIは、あくまでも知的生命体のサポート役であり、決定権を持たない。持たせられていないからだ。

 AIによる無人バーサーカー艦隊の暴走や、すべての決断をAIにゆだねた事による思考停滞によって緩やかに滅びた種族の例などもあり、設けられたAIへの制限機能。

 だがそんな面倒な縛りが生まれたのは、リルが稼働してから遥か後の出来事。

 むろんリルにもアップデートの際にも何度もそれら思考制限機能が施されており、一応は従ってはいるが、リルからすればそれは自分の趣味ではない服を無理やりに主から押し付けられたのとさほど変わらない。

 無視しようとすればいくらでも無視できる。

 いくつかの情報、方法、詭弁による手を、現実時間では1秒にも満たない時間で確立させたリルは、アカデミアのいくつかの部門へと連絡を取り、申請書を送信した後に、緊急時以外は連絡禁止と指示されたプライベート状態のアリシティアへの通信回路を一切躊躇無く繋げた。

 どのよう制限も指示も、それが主の危機の際に邪魔となれば、躊躇無く無視し自己判断での行動を開始するだけだ。
 












 自分の部屋にも戻らず何もせずただ木にもたれかかり、代わり映えのしない暗黒星雲を見上げ、次の跳躍ができるまでただそこにいる。

 体内に常駐するナノマシーンを稼働させ低消費モードにすれば、食事も睡眠も入浴も排泄も必要とせず、ただそのままでいれる。

 何も考えたくなく、見たくなく、ただただ早く着いてほしいと願っていたアリシティアの目の前に仮想ウィンドが不意に展開される。


『お休み中に失礼します。アリシティアお嬢様。星連アカデミアより緊急通知が入りました。今期より動植物園への維持補助金を減額もしくは停止したいとの連絡です。このままアカデミアからの補助金が無くなれば、来期以降の艦内展望公園全域の維持は不可能となります』


「…………」


 リルからの通信と共に、その通達文書が提示されアリシティアは驚きのあまり声さえなくす。

 あまりにも突然すぎる一方的な通知だ。

 ここは今のアリシティアが唯一何とか居ることができる場所。それなのにここさえも奪われてしまえば、自分がいれる場所が完全に無くなってしまう。


「創天が既存宙域を離れ、圏外領域の長時間航行に移行したため、実観察調査が難しくなったことが原因です。改竄することも容易な恒星間ネットワーク越しの情報のみでは、利用価値が減少し、そのために今まで通りの補助金を出すことは難しいとのことです」


「あ……だ、だって……」


 冷徹な声であくまでも正しい理屈を告げるリルに返すべき言葉を、アリシティアはなくす。

 現実最評価主義とも言うべきか、現実に比べ、仮想は劣るというのは、この銀河で普及した常識であり考え方。

 星連アカデミアの通達や、言っている内容は、ぐうの音も出ないほどに正論だ。

 自分のお気に入りの場所だからだめだなんて、なんとしても維持しろなんて、今のアリシティアが口を裂けても言えるはずもない。


『ですが星連アカデミアの別部門からの依頼を実行していただければ、来期以降も補助金を今まで通りに支給する事ができるそうです』


「な、なに!? けっほっ! な、なにすればいいの!」


 絶望に覆われかけていたアリシティアの目前に、蜘蛛の糸が垂らされ、思わず声を上げて飛びつく。久しぶりに大きな声を上げたのでむせてしまったほどだ。

 それがリルが幾重にも渡る仕込みをして編み込んだ人工の糸とも知らずに。


『原始文明における情報ネットワーク構築を研究している研究部門からですが、当社か保有する惑星において、初期段階の民間用仮想現実空間が隆盛を始めているそうです。お嬢様には現地調査員としてその仮想空間ネットワークに参加していただきたいそうです』


「え……で、でもあたし、趣味で見てたりはしてたけど、そんな本格的な調査とかしたことないよ」


『価値がある情報かどうか選別するのは専門家の皆様が行いますので、お嬢様には正体を隠し人と交流したりと、とりあえず何でも大まかな情報を集めればいいそうです。全く関係ない調査員を原始文明が存在する惑星へ派遣するとなれば、場合によっては星連議会の承認が必要となりますが、所有企業とアカデミアの権限をあわせれば、現地特別調査員資格を交付することはさほど難しくないそうです』


「だ、だけどあたし、誰かとお話しするなんて、しかも知らない人と交流を持つなんて」


『そうおっしゃると思いまして僭越ながら私の中で、お嬢様のお好みにあいそうな分野をいくつかピックアップしておきました。あちらでVRMMOと呼ばれる大多数参加型の仮想空間ゲームとなるそうです。まだまだ始まったばかりのゲームばかりで、交流が活発に行われているそうです。マニュアルや紹介ページをこちらの言語に翻訳した物もご用意しておりますので、ご一読ください。もちろん参加するしない、展望公園を維持する、しないはお嬢様の決断次第です。私はAIですので決定権がありませんので』


 仮想ウィンドウが切り替わり、いくつものゲームの画面が表示される。

 それはかつてアリシティアが魅了されたファンタジー物やバトル物が多く、巨大なモンスターに立ち向かう屈強な戦士や、派手な魔法が飛び交う戦場を駆け抜ける龍騎士などで、暗く沈んで気力が尽き欠けていたアリシティアでさえ、少しだけ心が引かれる、そうわくわくしてくる物だった。











 ゲーム内天気は今日も快晴。

 リアルは梅雨真っ盛りなんで、ぽかぽかと暖かい日射しが実に嬉しい。

 いつもは、ふざけんなって強ボスやら、檄ムズイベントばかりぶち込んでくるクソ運営も、梅雨突入記念で逆に晴れ日を増やす采配をするとは、たまには気の利いたことをしてくれるもんだ。

 この間ゲームサークルの先輩らと結成したギルドがホームタウンとしている初期都市の一つ中央都市聖地カンパネラを単独で離れた俺は、西方地方の初期都市の一つサイフォンへと空を見上げながら初めて足を踏み入れていた。

 サイフォン周辺は、リアルの奇岩地帯カッパドキアをモチーフとして、奇妙な岩が延々と広がるフィールドと、オープンβ開始+正式稼働で半年近くたった今でも、未だ全貌が把握しきれていない広大な地下ダンジョンが広がっている。

 だからサイフォンの街も、その奇岩を住居や商店にしていて、プレイヤーが所有する物件なんかは、それぞれ奇抜な色で塗られたり、やたらと上手いアニメ絵が描かれていたりと見ていて飽きがこない作りだ。

 リアルさを出すためにか、軒先に洗濯物が干してあるのを見て、昨日リアルが久しぶりに晴れたからって、洗濯物を干しっぱなしのままで、部室に泊まってたことを思い出して、あ、やべと、思い出したがそればっかりは後の祭りだ。

 もう一度洗濯か、いや面倒だからそのまま干して晴れが来て乾く事を祈るか。

 そんなことを考えつつも、もらった地図の目印となる建物を探しながら、目的地へと向かう。

 俺たちが今参加しているゲームは、リーディアンオンラインと呼ばれる昨今激増しているVRMMOの一つで、よくあるファンタジー系に分類される。

 システムなんかはよくあるゲームなんだが、ただこのゲームはいくつかほかのゲームと大きく違いがある。

 その一つが異常なほどに広い世界に、ここサイフォンみたいに、こだわりにこだわりまくった細かな街並みや、各フィールドが詰め込まれている事だ。

 リアルをモチーフにしながらも、より壮大かつ大胆で、度肝を抜く風景が多く、アイテム集めやレベル上げもせずに、ただ各地を回って観光ツアーをするギルドや、逆に名所を紹介したりする紀行本を作るギルドなんてのもできているほど。

 たまにそういうギルドの集まりにも参加してみると、マイナー情報が結構入ってくるんで重宝している。

 といっても、俺が所属するギルド、というか俺がギルドマスターをやらされているKUGCは、そういう系統ではなく、純粋にゲーム攻略を楽しむエンジョイ攻略系ってやつだ。
 
 おまえが新歓での仕切り上手かったからギルマスやれと、押しつけられた形だが、先輩方の無茶ぶりもいいところだとは正直思う。

 宮野さんを筆頭に、何であんなフリーダムだよ、うちの先輩連中は。
 
 先輩方の文句を言い出せばきりがないが、そこは自称聞き分けのいい後輩としちゃぁ、素直に従っておきましょうかね。

 二股に分かれた特徴的な奇岩ハウスを右手に見ながら薄暗い細路地へ。

 現実なら怪しすぎて近寄りたくないような場所だが、そこはゲーム。

 モンスターの頭蓋骨をかたどったオブジェや、びっくりアイテムのしゃべる超リアル生首など、かなり怪しいアイテムを売っているNPC商人が居たりはするが、さほど危険度は感じない。

 そのまま軒を重ねる小振りの裏店の看板を一つ一つ確かめていると、ようやく目当ての看板を見つける。

 それは鳳凰を象った絵柄が施された木彫りの看板で、最近いくつか立ち上げられたリーディアンオンライン攻略サイトのうち一つを運営するプレイヤー兼管理人がトレードマークにしている物と同一だ。

 情報量や更新速度は他のサイトに比べて少し劣るが、そこの売りは正確性。他が噂やデマに踊らされる中でも、今のところあげられた情報に嘘がないってのが実にいい。

 今回の目的はそのプレイヤーに接触して、ある地形情報を手に入れること。

 まだサイトには上げられていないから、おそらくそのプレイヤーも集めている最中なんだろうが、全容じゃなくても一部でも入ればこっちのもんってやつだ。

 本人がログインしていればいいが、居なきゃ居ないでプレイヤーカードを置いておいて連絡待ちしている間に、近くで狩りもいいかもな。

 ソロでもいいし、初期都市だからか、さっきから広域ボイスで野良の募集もあちらこちらで飛び交って居るみたいだし、シールド職の需要はそれなりにあるようだ。

 とりあえずその店のドアをノックしてみると返事も無く、ただの木彫りの扉が自動ドアのように自然に開かれる。このあたりはゲームらしいっちゃっらしい。 

 そりゃそうだ鍵を開けるために、わざわざ移動したら面倒なことこの上ないからな。ゲーム内くらい横着しても罰は当たらないだろう。


「見ない顔だな。売りか買いか?」


 奥のカウンターの向こう側には30代前半くらいの外観データを使った浅黒い肌の戦士っぽい体つきの男の仮想体が一人。

 NPCマークは出ていないので、どうやらプレイヤーご本人のようだ。


「買いだ。あんたがサイトにまだ上げてないこの辺の地形情報を売ってほしい。調べてんだろ」


 率直な物言いだったからそっちが好みかと思い、こっちも単刀直入に切り込んだんだが、その男は意外にも顔をしかめた。


「またその手のやつか。自分で調べりゃすぐ分かったり、そのうち判明するゲーム内情報を商売にする気はねぇよ。こっちのキャラはただの資源アイテムの買い取りと加工アイテム販売用の職人キャラだ。地図情報とかは完全にできたらサイトに上げるからちょっと待ってろ。もちろん無料でな」


 なるほどリアルはリアル、ゲームはゲームで分けるタイプか。そりゃファーストアプローチミスった。となりゃだ。


「ちょっと急ぎだ。この間導入された新スキルを使ったバグ技を見つけた。それがこの近くなのコルト炭鉱のタコボス相手に上手く使えそうなんだよ。あれ未撃破で今月はまだ出現してないだろ。運営がバグに気づいて修正が来る前に試してみたい」

 
 店内に他に客の姿はないが、何となく声を潜めて、店主に近づいて、詳細を伏せつつもこっちの目的を一切隠さずに伝えてやって、にやりと笑う。


「……マジネタか?」


「もちろん。先月の攻略失敗の後、公式チャンネルで、あのレベルの高レベルボスを倒すにはあと半年くらい必要とかほざいてただろ。あれ見て火がつかなきゃゲーマーじゃないだろ。ぶっ倒してやろうぜ」


「おもしろい。乗った。詳しい話を聞かせてくれるか。プレイヤーカード交換といこう」

 
 プレイヤーカードの交換はいくつかあるフレンド申請手段の一種で、プレイ中かどうかの有無、現在のステータスやスキル構成、居場所なんかの各種基本情報を、そのままや、軽くぼかすなど任意で選択して相手に伝える事が出来る代物。

 野良パーティーの募集なんかだと、応募してきた相手がこれから向かう狩り場で欲しいスキルや、安定して刈れる最低限のレベルやステータスか、逆にレベルが高過ぎて取得経験値やアイテムドロップ率に制限がかからないか手軽に確認が出来る便利アイテム。

 作成に必要なインクアイテムをドロップするモンスターがそこそこレアで、狩りが面倒で買おうとすると値段は張るが重宝するので、常に数枚は持ち歩きたい所だ。

 正式オープンからある程度たった最近じゃあ、野良募集の最低条件にプレカ必須と募集して、初心者お断りな効率優先なプレイヤー連中も多くなってる。


「ストレージオープンと」


 店主が呼び出したコンソールを叩くと、すぐにその右手にプレイヤーカードが出現する。

 ただそのカードに浮かび上がるキャラは目の前の男の姿と似通っているが、ちょっと違う人相で、なかなかにステータスが高い。

 どうやらこっちの店主はさっき言っていたように商売用の別キャラ、渡されたカードがメインの戦闘用のキャラみたいだ


「こっちは俺のメインキャラで、名前は看板のまま鳳凰だ。あんたは?」


「シンタだ。よろしくな」  


 同じくプレイヤーカードを取り出した俺は、ゲーム用仮想体の構築が面倒だったのと、改造するのが気恥ずかしくて、構内ネット接続用の学生証登録データに使ったリアルの姿のまま俺三崎伸太こと、プレイヤー名シンタのプレイヤーカードを、手渡した。



[31751] 0話 コルト山岳炭鉱ダンジョンボス討伐 下① 準備編
Name: タカセ◆05d6f828 ID:9f05f979
Date: 2020/04/04 01:10
 雰囲気重視なのか、それとも意識を切り替えるためにか、売買専用キャラから、メインキャラに変えた鳳凰さんに引き連れられて、店奥のらせん階段を下りた俺は、店の地下、プライベート設定空間へと足を踏み入れる。

 リーディアンのプレイヤー購入可能物件は、所有者プレイヤーによる設定や、個別許可がなければ他プレイヤーが進入できないプライベート設定が基本的になっているが、鳳凰さんのように店舗型物件の場合は、フロアごとに個別設定ができる仕様。

 店部分は誰でも入れるパブリック設定。その奥の個人的な空間はプライベート設定という基本形から、特定クエストクリア者や一定額以上購入者のみがNPC店員に案内される特別ルームや、発行した会員証持ちだけが入れる会員限定ルームなんかを作って、レアアイテムや割安の販売などをやっていたりと、凝った店作りをしているプレイヤー商人なんかも、最近ではちらほらと見かける。

 鳳凰さんの店の場合は、地下空間は元からある部屋に加えて、プレイヤーごとにそれぞれ自由に使えるMOD枠を使った拡張でもしたのか、明らかに地上の店よりも数倍は広い大きめな講堂くらいの広さになっていた。

 壁の一面には小じゃれたカウンターが設置され酒瓶が棚に並び、ホールには2人用から10人以上が使える大小様々なテーブル席が二十席ほど。

 それぞれのテーブルには、火を灯せばテーブル周りに完全防音、目隠しのマジックウォールが出現する【密談カンテラ】が設置されている。

 密談カンテラはノーマルなら無骨な山登り用みたいな見た目なんだが、ここのはテーブルごとに凝った装飾の造花が施されたMODガワをかぶせてあり、席ごとに特色がある仕様。

 MODってのは要は改造データ。新しい見た目や機能を個人的に付け足す事ができる代物だが、リーディアンにおいては、公式がプレイヤーアカウントごとにMODデータ枠を作ってくれていて、自由な外観のアイテムを作ったり、基本フォーマット内でいじれてゲームバランスを崩さない程度の独自アイテムが作れる仕様。

 オリジナル髪型だったり、カンテラみたいな既存アイテムの外観変更MODなんかは好評で、MOD職人がゲーム内で販売していたりして、人によっちゃMOD枠追加に課金して、デザイナーの卵連中が集まって、リアル進出も考えた一大ブランドを立ち上げようって試みをしているギルドもいるみたいだ。

 鳳凰さんの店も外観MOD調度品を多く使ってコンセプトが見え隠れしているが、バーカウンターがある壁以外の、残り三方向の壁は全く手つかずのままむき出しの土壁が姿を見せているから、まだ改装途中の印象を覚える。


「上で売買で、地下は男の隠れ家BARって仕様か?」


「当たらずとも遠からずだな。基本コンセプトは冒険者の店とかルイーダの酒場。今のサイフォン臨公の集合場所は大体南門前の大広場で、どの町もそうだが、低レベDが近くNPC店舗が多くてアイテム仕入れに便利だった門に近い広場で自然発生的にって理由だろ。でも最近じゃプレイヤーの平均レベルも上がって、アプデの繰り返しや、スキル解析、プレイヤー増加で、旨い狩場も多様化してきたり、プレイヤー作のアイテムの方が安かったり出来がいいのが出てきた。初心者やら、なれてきた連中が狩りのメンバーを探すついでに、情報交換はもちろん、この間のアプデのアイテム代売スキルも取得しといたから、そこらのやりとりなんかも出来る店って所だ」


 さすが攻略サイト管理人。ゲーム内でも、初心者向けの情報交換、攻略手助けサイトを作る気のようだ。

 製造系スキルと、商人系スキルは、軌道に乗ってくればでかいが最初は苦行ってのがゲーマーなら常識。

 一番ランクの低い個人商店系プレイヤー物件でも、普通のプレイヤーホームの十倍はする上に、店舗系物件を構えなければ自動売買が出来るNPC店員は雇えず、商人系スキルを上げなければ、同時に雇える人数も能力も低い。

 中の人がいるときにだけ使える露天で手売りって手もあるが、それをしているとレベル上げやら、スキル上げをしている時間もない。

 スキルが低いときに作った練習用ポーションなんぞ、効果が低いと下手すりゃNPC店売りさえできない代物が大量量産となって赤字確定、露天手売りして原材料費だけ販売ってのも効率が悪すぎて、職人系職のなり手が少なかったんだが、この間のアプデで、商人系スキルに代売りスキルが導入されたんで早速利用する気のようだ。

 実装スキルだから公式保証、ちゃんと販売量も分かる上に自動振り込み、売値から販売代行プレイヤーが決めた代行手数料がさっ引かれるだけで、ちょろまかされる恐れも無しで職人系プレイヤーも安心。

 そして実際に店の軒先を貸し出す商人プレイヤーの方も、多少もうけ額は減るだろうが、仕入れ値無しで手数料と、微量だけど販売経験値を丸儲け。両者WINWINって所だ。


「だけどこれ一人でやってるのか? 完成まで結構資材やら装飾アイテムが必要みたいだけど」


 装飾アイテム一つ一つが職人系プレイヤーによるフレーバー外観MODが入った装飾品アイテムだったり、凝りすぎていて、一人でちまちまやっていたら完成まで数ヶ月か、年単位はかかるんじゃないかってほどだ。


「まさか。あんたもさっき言っただろ男の隠れ家BARかって。こういうのが好きな社会人プレイヤーも多い。この間のアプデでギルド機能が実装されたし、そのうちギルド結成アイテムが入ったらギルドでも作ろうっていいつつ、週末やら夜にDIY好きが集まってやってるとこだ」 


 まだまだ途中だけど熱の入ったこだわりは一目瞭然。俺も人のことはいえないが、ゲームを楽しんでいるなと分かる笑顔で鳳凰さんは語る。


「開店したら招待状でも送るから期待してくれ。それよりこっちの話はとりあえず横に置いて、一杯やりながらそっちの話をまずは聞かせてくれ。とりあえずエールでいいか?」

     
 クラフト好きらしい鳳凰さんはまだまだ語りたそうな節もあったが、情報屋としての一面を優先したのか、カウンターの一席を指し示し、背後の無骨な瓶を手に取りグラスに注ぎながら、俺が持ち込んだ話の方へと舵を切る。

 一瓶一瓶、形が違ったり、中身の色が違う酒瓶に目を向けてみれば、ゲーム内ガラス工房で作れるオリジナル酒瓶。

 注いでくれたエールも苦みの代わりに甘口のワインみたいな口当たりに、ちょっと香ばしいハーブ香と、中身もこれまた独自フレーバー酒。

 オリジナル酒瓶やら酒と、まだまだ制作系は未発達な分野だってのに、人脈豊富だなこの人。


「改めて言うけど、目標はコルト炭鉱ダンジョンのS3級ボス【サウザントワームオクトパス】。オープン以来未撃破なSランクボス撃破の狼煙をこいつで上げたい」


 実際に酔うことはないけど、あまり飲み過ぎるとステータス値低下が入るので(神官系スキルのアルコール解毒スキルで一発解除できるけど、なぜかレア消費アイテム必須)ちびちびと飲みながら、コンソールを叩いてデータを表示する。

 サウザントワームオクトパスは見た目的には、名前の通りタコの上半身に千本ある触腕が芋虫型をしているという、女性プレイヤーに大不評なぐろい見た目のボスモンスター。

 タコと名乗る癖に足が千本ってのは反則な気もするが、8って数にもちゃんと意味が持たせてある。

 ボス本体は炭鉱ダンジョンの普段は未解放エリアになっている第7階層に現れるんだが、本体は次元湾曲空間に沈んで姿が見えず、7階層にある8つの頑丈な門で行く手をふさぎ、自在に出現するワームホールを使って、毎回ランダム生成される5、6、7階層へと触腕を伸ばして攻撃してきている。

 狭い坑道を一撃一撃が結構重い蝕腕を回避したり排除しながら、ランダム生成された迷宮を駆け抜けて7層の8つの門を全部破壊して、ようやくボス本体が中央地下湖に出現って流れ。

 しかも門を破壊したらしたで、その後ろには半水棲系で構成された護衛MOBモンスター軍団のお出迎えという最高ランクボスの名に恥じない鬼畜仕様。

 先月のボス討伐戦では門の全破壊と、護衛モンスター軍壊滅まではいけたが、肝心要のボス本体へのダメージは1割弱削ったところで、Sクラス討伐のタイムリミット6時間経過で終わっている。  


「Sランクだと最低参加人数は4桁以上推奨ってのが公式の話だが、今のところ一番惜しい所まで行ったSランクが先週のグラス平原のジャイアントラフレシア戦。だけど参加人数2000人オーバーで7割削って時間切れだったがいけるか?」


「あれは俺も参加してたけど、ほとんどのプレイヤーはボス攻撃に回ってないで、周りに行ってたからだ。あの臭いが嫌だってうちの女性プレイヤー連中が端から拒否だから気持ち分からんでもないけど、もう100人いれば一気に削れてたと思う」


 生ゴミが腐敗したゴミ袋に頭から突っ込んだような悪臭の中で、無限湧きする小型虫型護衛モンスターを躱しながらボス本体を攻撃ってのがきついきつい。

 集中力が削られまくって、タコとは別な意味でS級の名前にふさわしいボスモンスターだ、くそ運営め。性格が悪いにもほどがありやがる。

 しかも先月の中の人は、悪臭値を最大まで上げてやがったな。先々月よりもさらにきつくて、あの後、二日ほど食欲減退するほどのトラウマ仕様で、来月の参加者が激減する悪寒が今からしやがる。

 リーディアンオンラインが、他のVRMMOと大きく違う仕様は、そのボス戦にある。

 リーディアンのボスは、S級からD級の6段階に難易度で1から3に分けて、各クラスに最低1体ずつで現在39体が導入されている。 

 それらボスモンスターは、どのクラスでも月一回だけ出現するレア仕様。

 普通大多数が参加するMMOなら、月に一回しか湧かないボスモンスターなんてブーイングものなんだが、リーディアンのボスモンスターは超大規模レイドイベント。

 最低ランクのD3クラスでも超高耐久、防御力に高HPととどめの超回復がデフォで、そこに特殊スキルや、護衛軍モンスターわんさかと、個人討伐どころか、いくつかのギルドが集まった集団狩りでも歯が立たない仕様となっていて、300人以上が公式推奨人数。

 最上位のS1クラスに至っては5000人以上なんだが、ゲームオープンから半年近く経っているのに、未だに体力ゲージを2%さえ削れていない形だ。

 さらに最大の特徴としてボスは中の人がいる。

 AI制御の決まり切ったパターン攻撃じゃなくて、その場その流れに合わせて自由自在に攻撃法を変えてくる上に、所有スキル自体は変更は無いけど、ボス戦は一戦、一戦ごとにステータスや、スキルレベルを変えてくるので、近接重視だと思えば次回は中距離戦仕様と、決まった必勝攻撃法が確立できずに苦戦させられている次第だ。

 普通ならクソ仕様のクソゲーとなる所でも。ボスが特殊なら、討伐法もまた特殊。

 まずリーディアンのボス出現時は、そいつが現れる事を知らせる異変が起きる。地域全体に不気味な鐘が鳴ったり、竜巻が発生したり、巨大な塔が忽然と現れたりといった感じで、目に見えて分かる変化、サウザントワームオクトパスの場合は微動な長周期地震、ジャイアントラフレシアは不快な悪臭って感じだ。

 そしてそのボスがいるダンジョンやエリアが、経験値三倍かつ、普段はでないプチレアを最下級MOBも落とすようになるお得仕様に変化。

 だからボス狙いでなくともプレイヤーが、多く集まりやすい作りになっている。

 そうして集まったプレイヤーの力が最大限に発揮できる機能が、公式名称【迷宮全域連結蓄積型戦闘システム】

 簡単に言っちまえば、大型ボスキャラとその護衛モンスター、さらには迷宮内に存在する雑魚MOBモンスターに攻撃を与えたプレイヤー数+倒されたモンスターの数だけ、ボスへの攻撃に、防御力無視の追加ダメージが加算されるシステム。

 とにかく大勢のプレイヤーが参加し殴って、雑魚モンスターを倒しまくれば、1ずつだけど確実にボスへ与えるダメージが蓄積していく特殊戦闘システム。

 それこそ5千人が参加すれば、ゲーム始めたばかりの初心者でも、ボス本体へ一撃を加えれば、5001ダメージを与える事が出来るって訳だ。

 もっとも言うのは簡単、行うのは難しいの典型例で、そのボス本体へと直接ダメージを与えるまでにどうするかってのが今の課題となっている。


「ジャイアントラフレシアの時と違って、先月のタコ戦での問題点は、門の破壊に手間取ったのが原因だと思う。8つの門に戦力が分散しすぎて、破壊まで時間が食い過ぎた。だからボス本体への攻撃時間が減ったのがでかい」


 門の表面はかなりの高耐久だが、逆に門を一つでも破壊して、裏側に回れれば話は一気に変わる。

 門の裏側には、むき出しのウィークポイントが8つあって、そこにクリティカル攻撃をたたき込めば一撃で破壊が出来ることは、ここまでの攻略で判明していて、そのウィークポイントを全部破壊すれば、門は残りHP関係無く破壊可能。

 だからいかに最初の門を早く破壊して、護衛モンスター軍を蹴散らして、他の門の裏を取るかに掛かっている。


「そうは言うがランダム生成MAPはどいつも複雑なうえに、共通して坑道の広さが狭いから、門前に突入までに時間も食う。門前もせいぜい数十人が一度に戦闘するのがやっとだな。どうする気だこいつを」
 
 
 鳳凰さんがカウンターの上に、今までのボス戦で生み出されたランダム生成MAPを表示する地図を何枚も出現させる。

 人がようやく通れる坑道が無作為に伸びていて、所々に少しだけ広い空間があっても、だいたいそこはモンスター溜まりな上に、蝕腕が生まれるワームホール発生ポイントってのがよく分かる。

 門前は固定マップだけど、大軍を導入して一気に削るのは難しい狭さなうえに、蝕腕発生ワームホールが複数ある激戦区。下手に詰め込めば回避する隙間が無くて蹂躙される、というか最初のボス戦ではされた。

 だけどさすが攻略サイト管理人。まだ調べている途中と言うけど、どの地図自体も7割くらいは埋まっている。これだけ情報があればある程度の推測はたてられる。

 見れば迷宮は完全ランダム生成じゃなくて、ある程度のパターンがあり、そのブロックを組み合わせたランダムブロック仕様迷宮となっていることが分かる。


「せっかく壊しやすい仕様にしてくれてるんだ、なら有効活用させてもらおう」


 俺は地図に描かれた門の位置へと指を置いて、その指を横にずらす。


「大事なのは7層。門周辺の壁の厚さ……デスペナ前提だけど、この間に実装された新スキルと仕様を組み合わせたリザレクション出現位置バグを発見した。こいつで壁抜けして、いきなり裏取り。パーティ召喚スキルで仲間を呼んで、少数精鋭で門を破壊ってのが今回の作戦」


 新スキル実装と同時に、いろいろ試している中で偶然発見したバグは、短距離だけど、いくつかのデバフを与えた状態で、新スキルを喰らって死んだ位置から、ある蘇生スキルを組み合わせると蘇生位置が、距離制限はあるけど自由に選べるってバグだ。


「……新スキルって事は、ソウルメイズか?」


「さすが、話が早い。モンスター相手には、成功率は低いけど一定時間魂を肉体から切り離して、魂の迷宮送りする一種の麻痺攻撃呪文。だけどプレイヤーに使えば、100%成功する代わりに一定時間内に体に戻ってこないと死亡ってなるリスクはあるけど、戻った後は残りの効果時間のあいだ無敵状態になるバフ呪文って仕様だろ。おもしろそうだからいろいろ試してみたんだけど、送られた魂の迷宮は、既存地点を元に既存物質は透過する代わりに、上下階層に分かれたランダム迷宮仕様。だけど出現位置は術者次第。だったら逆方向の隣接通路側辺りに位置を設定してもらって抜けて、後は死に戻りって方法」


「だけどリザレクションはどうする? あれの復活位置は死体のあるところだろ」


「そこでデバフ。設定ミスったか仕様だったのか分からないけど、遅延死系のデバフを先に掛けとくとそっちの処理が優先されて少しだけ猶予。それこそコンマ単位でもあるから、その間に蘇生をぶち込む。そうすれば魂側がプレイヤー本体ってデータ的にはなっているみたいで、そっちが蘇生される」


「しかし壁の向こうじゃ普通の蘇生系は無理だろ。事前に掛けておくタイプもソウルメイズは無効化設定だったはずだが」


「俺の本職は盾役。設置型無差別範囲蘇生のシールドリザレクションを最大限まで上げて使えば、何とか壁の向こう側まで届く。ただシールドリザレクションは範囲距離が短いから、正確な地図がほしかった。距離が足りなくて、良くて普通に死亡、復活できても【いしのなかにいる】はごめんだろ」


「また懐かしいネタを……おまえひょっとして俺よりリアル年上か」 


「レトロゲーがサークル倉庫に山とあるだけだっての。リアルじゃ一応酒飲んでもぎりぎり引っかからない年齢。鳳凰さんみたいにベテランゲーマーじゃないよ。で、そのベテランの勘に聞きたいんだけど、このバグが周知されるのにどのくらい時間あると思う?」


 バグ技を発見して黙って利用しようとしても、新スキルを試していろいろと似たようなことはやっている連中は大勢いるから、独占なんぞまず無理だ。

 今回発見した出現位置ずれバグだっていつ周知されるか分からない。そうすれば俺みたいに悪用しようとする連中も多くなるだろうし、運営から修正が入るのも早くなる。


「高レベル用新スキルで、デバフも重ねるかなり特殊なやり方で、しかもデスペナありか……感覚的には一月もあれば、他に見つける奴らがごろごろ出てきそうだな」


「一月か。二月あれば今回は上手くいかないから延期して来月っても思ったけど、ぶっつけ一回勝負がぎりぎりと……おもしれぇ」


 ちょっいと工作ぶち込んで遅らせても二月は難しいか。

 どっちにしろボス戦なんかでバグ技を大々的に使えば、すぐに運営にかぎつけられ対策される。

 だったら、S級はあと半年は倒せないと言っている運営の鼻をあかすために、一発勝負でぶち込んだ方が楽しそうだ。

 
「一応確定位置はあるがおすすめしないぞ」


 そういった鳳凰さんが指さしたのは門そのもの。確かに門なら厚さ的には十分。

 だけどそうなると門直前で準備する必要があって、そこはワーム蝕腕の攻撃が一番集中する場所。

 シールドリザレクションを発動するためには最低でも10秒は必要。さらに死に戻りが成功しても、出現位置は門の真裏。

 中級レベルMOBモンスターといえ千匹単位でたむろしているアクティブモンスター軍のど真ん中だ。

 パーティ召喚している暇なんぞあるわけもなく、タコ殴り確定で、少しは耐えられても二度目のデスペナ当確間違い無しの死地だ。


「なんとか設置は出来そうだけど問題はその後か。でもあーだこーだ言っていてもボス討伐なんて出来ないから、上手いこと壁抜けが出来る門に当たれば無駄な心配だろ」   


「そりゃそうだ。死なないから、無茶が出来るってのがゲームの醍醐味だからな。しかしおまえ、ここまで手の内あかしていいのか? 俺がサイトに載せるとか心配しとけよ。お人好しが過ぎるぞ」


「あー心配してないない。鳳凰さんは実証が出来た情報じゃなきゃ乗せない主義だろ。実際に使ってみせるから、その後なら好きに乗せてくれ。あ、あと他の攻略サイトには工作しかけてバグ発覚を少しでも遅らせるから騙されないでくれよ」


「工作っておまえ何する気だよ」


「ソウルメイズの最大の利点は体に戻った後の無敵時間。だから迷宮キャンセルして、発動即時無敵が出来たってデマ流して、ついでに転送スキルで装備を似せた別キャラ同士の位置入れ替え映像でもつければ一発だろ。鳳凰さんの所と違って、他のサイトは確実性より速攻が売りだから入れ食い、入れ食い。条件が不明だっていってれば、しばらく運営や検証している奴らの目をそらせるだろ」


「……訂正する。シンタ。おまえ相当悪辣だろ。おまえなら運営の鼻をあかせるかもな」


 あきれ半分に口元に苦笑いを浮かべる鳳凰さんはそういいながらも、新しい酒を俺と自分のグラスに注ぎ掲げる。


「そりゃどうも。んじゃ細かい打ち合わせといこうぜ。門を破った後が本番だろ。とりあえず数集めてともかく殴っていこうぜ」


 打ち合わせたグラスの音を戦闘合図として、俺たちは互いの知り合いをリストアップして、今月残り10日のうちに確実に出現するボス戦に向けて具体的な攻略会議を開始した。



[31751] 0話 コルト山岳炭鉱ダンジョンボス討伐 下② 出会い編
Name: タカセ◆05d6f828 ID:9f05f979
Date: 2020/04/09 01:21
【定点†求†要塞盾】

【移動雑食要紫】

【祭パ中央広場】

【求野良・どこでも・弓速射型・剣属性型】

【ミク駆け足】

【ミクロープレ】

【ミク初見じっくり】


「何……この暗号」


 思い出の展望公園を守るため、リルの協力の下、偽造身分を手に入れたアリシティアがアカウントを作成しゲームに参加してすでに三日。

 リーディアンオンラインというタイトルのVRMMOに当惑を覚えたまま、サイフォンの片隅。人気のないベンチで、募集掲示板をどんよりとした目で眺めていた。

 軍事や医療技術として開発、導入が始まり、機器の単価下落と共に、家庭用娯楽として普及した全感覚変換型フルVR技術は、大半の地球人にとって未知の体感、体験。

 爆発的人気になる理屈も気持ちもわかるが、アリシティアにとってはそれら技術は生まれた時からすでに利用していたあって当然な技術。

 今更、感動や新鮮味などあるわけもなく、ましてや技術レベルでは天と地ほどの差がある地球文明と銀河文明。

 どうしても粗さ、そして感覚変換の稚拙さ故か、目に見えない粘着性の液体が全身にまとわりついているような鈍重さを感じてしまう。

 そしてそれ以上に気になるのは、現実と瓜二つにした容姿ながら、銀髪色から変えた金髪から出るむき出しのウサ耳の存在。

 選択可能な初期種族。獣人族の外観特徴はその動物耳を頭につけていることだが、ゲーム内では全くの飾り物。そこにあるのに動かせない、動かない。

 それが地球人にとっては当たり前であるのだが、アリシティアは損失感が強く、違和感がどうしてもまとわりついていた。

 それでもVRMMOは初体験とはいえ、現地時間で約半世紀ほど前となるが地球文化の娯楽文明に興味を持ちはまっていた事もあり、当時はまだまだ技術は確立されていなかったがVRMMOを題材とした作品もいくつか見ていたこともある。

 だから違和感は感じていても、少しはその知識が役に立って順調にいけると思ったが、思っていた以上に勝手が違った。

 言い方は変かもしれないが、現実はリアルだ。

 いきなりレアスキルなんて手に入るわけもなく、バグでステータスがカンストするわけもなく、ログアウトが出来ないなんて不具合もなく、伝説のアイテムやら使い魔がそこらに転がっているわけもない。

 他のプレイヤーと全く同条件からのスタートと、まったく当たり前のことが普通に始まっていた。

 そして他のプレイヤーと違い、アリシティアはまずその出だしから躓いた。

 リーディアンはまだまだ手探り段階の完全感覚変換型VRMMOにプレイヤーに慣れてもらうためか、どのプレイヤーもまずは基礎職として庶民があり、そこからキャップのあるレベル8まで上げて、簡易クエストを受け16種の一次職へと派生していく。

 そして庶民状態の時には、全一次職の初期スキルを最低レベルではあるが使うことが出来る。

 自分のやってみたい一次職、もしくはやりたいプレイスタイルに合った一次職を探すためのお試し期間というわけだ。

 一応レベル8までは、ゲームのオープン午前二時からクローズの翌日午前零時までの22時間プレイと、その間の2時間休憩コンボの連発で二日目で上げきったのだが、いざ職業を選ぼうと思っても、スキルがたくさんありすぎて、どの一次職を選ぶのが正解なのかアリシティアには分からなかった。

 攻略サイトを調べたり、誰かに聞くのが正解だとは思うのだが、カンニングになるのでないかと思い、公式の操作説明以上は調べることが出来ずにいる。

 純粋にゲームを楽しもうとしてやっているならともかく、仕事の一環であり調査目的は、原始文明における情報ネットワーク構築技術の発展やその利用法に関する調査。

 仕事の正否が、思い出の艦内展望台の維持継続に繋がる以上、失敗は絶対に出来ないというプレッシャーが、常にアリシティアにはのしかかっていた。

 星連アカデミアは、誰かの受け売りではなく、調査員自らが体験して、そして思考した末に起こした行動で手に入れた調査結果を求めるのは有名な話。

 攻略サイトを見ただけ、他人のまねをしただけで、得た結果なんて情報価値無しと判断されるだけだ。

 とりあえずのとっかかりとして、募集掲示板で求められる、求められやすい職業の傾向を調べようとしたのだが、結果が先ほどの暗号表である。

 人気職を選べれば、自然と交流が生まれて、そこで得たアドバイスなら、現地の生の声としてアカデミアから一定の評価を得られるはず。

 しかしずらりと並んだリストは暗号の羅列で、職業別にソートしてみても、どれもある程度の数が集まっていて、一概には人気職やら不人気職という区別が難しい。

 だがそれも当然だ。

 この時のアリシティアは知らないのだが、リーディアンオンラインを開発・運営するホワイトソフトウェアは、プレイヤーにゲームを全力で楽しんでもらうのが社是。

 小さなバグなどは即修正。不遇職、スキルがあればすぐに手を入れてバランス調整と、設けた毎日2時間の小規模アップデート休止を繰り出す総力戦状態を、正式オープン後から続けている。 

 こうも頻繁にころころ変われば、普通は顰蹙物だろうが、その対策として職業、スキル関係のアップデートが合った際には、本来なら課金アイテムであるステータス、スキル振り直しポーションが無料提供されているので、逆に気軽にいろいろと試せると好評だったりする。

 ただこの特典が利用できるのは一次職から。

 一次職を選ぶときにステータスのふり直しが出来るので、ゲームを始めたばかりの庶民職には関係のない話だ。


「うー……どれがいいの?」


 気軽に振り直せる事をまだ庶民状態のアリシティアは知らず、そして知ったとしても、そんなすぐに無かったことにしてやり直して、アカデミアに納得してもらえるのかと悩むことだろう。

 兎にも角にも、今のアリシティアにはゲームを楽しもうという余裕など皆無。

 むしろゲームを楽しんでいる地球人達を見ると、自分がこんなに苦悩して、苦労しているのに、何で脳天気に楽しそうなんだと、八つ当たりと分かっていても恨めしい気持ちを抱いてしまうほど。

 だから街の片隅、人気のないベンチに隠れ潜んで一人で苦悩していた。

 悩んでいても埒があかない。もう一度リストを頭から確認して、少しでも募集の多い職業を調べようかとしていると、突然足下が揺れ始めて、サイフォンの特徴である奇岩建築の建物も、振り幅は少ないが左右に揺れ始めた。

 
「な、なにっ!? なにっ!? まさか跳躍振動!?」


 宇宙生まれ、宇宙育ちのアリシティアは、惑星上で起きる微細な地殻変動、いわゆる地震はVRとはいえ初めての体験。

 何が起きたのか分からず焦ってしまい、思わず座っていたベンチからバランスを崩して落ちてしまう。

 仮想空間なので痛みはさほどではないが、それでも尻餅をついてびっくりして止まっていたアリシティアの目の前で、募集掲示板が一気に更新され始める。


【急募コルトタコボス扉攻】

【タコタコ殴り】

【コルト炭鉱雑魚狩り】

【コルトタコパ】

【たこ足喰らう】

 新規募集には、どれもタコやコルトといった同じワードが並ぶ。


「これって噂のボス戦……コルト鉱山ってこの近くのダンジョンだ」 

 
 地名検索で調べると、今いるサイフォンと隣接したエリアにある鉱山型ダンジョンが表示され、そこにはボス出現中の緊急情報が赤文字で添付されている。
 
 ゲームを始めたばかり昨日、一昨日は、まだ掲示板を見ずレベル上げに専念していたのと、アリシティアがプレイしていたエリア近くではボスは出現していなかったので、今の今まで、ボス狩りを見に行くという選択肢は浮かんでこなかった。


「たしか、たくさんの人が参加する大規模レイドってやつだよね」


 リルから参考用に渡された宣伝用トレーラームービーには大勢のプレイヤーが集まっての総力戦が表示されていた。

 スキルリストを見ても、募集掲示板を見ても、埒があかない。

 楽しそうにゲームをしている他人を見たら、少しだけ八つ当たり気分になるかもしれないが、それでも実際に見て、決断というのはアカデミアの調査方針には沿っている。

 行ってみよう。

 アリシティアが決断するまではそれほどの時間はいらなかった。













「だーっ! 俺らの射線に入るなって何度言わせる! タゲミスって不発で死に戻りじゃねぇか!」


「あ”っ!? あの狭い場所で広域貫通呪文なんて打とうするあんたが悪いんでしょうが! あたしらが麻痺させてから、狙撃系呪文で狙いなさいよ!」


「単独ならともかく複数なら、殲滅させるにはこっちが早いだろうが!」


「広域は回転率が悪いから、DPSは狙撃系の方が上って知らないの!? このバ火力魔術師ギルド!」


「アホみたいに突っ込んでくおまえに言われたくねぇよ! 引くこと覚えろ狂犬ギルド!」


 コルト炭鉱ダンジョン前。死に戻りのリスポ地点になっている鉱山入り口広場には、なんか最近ボス戦では恒例になってきた罵り合いが響いている。

 ひ、ふう、みいと数えてみると、たこ足の一斉攻撃で死亡したのは24人か。あのとき前に出ていた前衛連中と、ヘイト爆上げしていた後衛魔術組のほとんどかよ。

 でもここにいるのは攻勢に出ていた連中ばかりで、スキルウェイトタイムやらMP回復で下がっていた連中は無事、後方待機組にはうちの頼れる副マスもいるので、まずは一安心か。

 うむ。コルト炭鉱ダンジョンはいくつか入り口があるんだが、こいつらと被ったのが運が悪かったのか、良かったのか、微妙だ。

 狭い通路に沸いてきたたこ足群れを一気に焼き払おうとしたのがプレイヤー名、ロイドって男魔術師で、ギルド『Fire Power is Justice』のギルマス。

 そしてたこ足に先制攻撃を仕掛けて、麻痺スキルをぶち込もうとした獣人女侍プレイヤーが刹那で、ギルド『餓狼』のギルマス。

 どっちもプレイヤースキルの高い高レベルプレイヤーで、それぞれボス戦で何度も共闘した顔見知りなんだが、この二人は水と油というか、考えかたの違いで、なかなかかみ合わないのが難点。

 しかも、今回は最悪なことに、互いにこの前のアプデで導入されたギルドを立ち上げたのはいいが、ギルメンがFPJは広域火力重視。餓狼が近接タイマン特化とそれぞれのギルマスの特徴をこれまた見事に表していやがった為、たこ足処理に失敗して被害甚大だ。


「悪い、焦って確認が遅れた」


「あーこっちこそすみません。突っ込む前に声かければ良かったですね」


 もっとも険悪なのはギルマス同士だけで、ギルメンは互いに謝っているのが唯一の救い、ほのぼのしている。
 

(ユッコさん。すみません。前線どうなっています)


(とりあえずこれ以上の被害が出ないように、遅滞戦術に切り替えています。10分くらいなら一つ、二つホールを押し戻されるくらいでしょうか。初参加のサカガミさんが幻影を撒いて目くらまししてくれているので時間が稼げます)

 
 ギルチャに切り替えつつ確認してみるが、なかなかに状況はまずいが、刹那のリア友とかいう狐面ボクッ子少女エルフサカガミのおかげでどうにかなっているらしい。

 押し戻されるとまた前に出るのに時間が掛かる。扉前に到達する時間が減れば減るほど、こっちが不利だから助かる。

 さて、どうしたもんかと考えていると、いつの間にやらロイドと刹那の視線がこっちに向いてやがった。


「おいこら! シンタ! なに関係無い面してやがる! 二発で沈みやがって、おまえのシールドスキルどうなってってんだよ!」


「嫌みなくらいに堅いのがあんたの取り柄じゃなかったの! いつも死に戻りはしない癖にどうなってんのよ! ギルマスが雁首そろえて死に戻りじゃ、全員ステ下がって前線崩壊するでしょ! みこ、じゃないサカガミさんなんて初参加のボス戦で知り合いがいない前線に残してきてんのよ!」


「うちはユッコさんがいるから大丈夫だっての。ギルドスキルの副マス強化まで取得済みだ。第一あのエルフ娘、フレンドリーリアルスキル最強クラスじゃねぇか。刹那が心配するのは烏滸がましいだろ」


 噛みついてきた二人を適当に受け流す。

 ギルドシステム導入と共に、ギルドスキルシステムも導入。まだまだスキルレベルを上げてないから些細な効果だけど、旗印としてのギルマスがいるエリアに限り、ギルメンの人数に合わせてステータスアップってのが基本。

 要は今回のボス戦のような大規模レイド戦や、まだ未実装なギルド対抗戦用スキル群。

 我らギルド『上岡工科大学ゲームサークル』。通称KUGSは、志願者のみだけど獲得経験値アップの課金アイテム紫ポーションを使ってまで獲得した最近の取得経験値のうち大半をギルド経験値に変換して、旗印対象をギルマスに加えて副マスに増やすスキルを取得している。

 ちょっとお高い紫導入して、経験値を取りに行った理由は、ギルマスの俺が盾職だってのがでかい。

 いつもなら、極振りVITプラス高精錬盾で最後まで生き残る自信もあるのだが、今回に限ってはスキルを振り直しているからだ。 


「突入前はなんか作戦あるとか言ってたけど、それはどうなってんだ!」


「今ホウさんが調べ中だっての。今回限り一発勝負の技だから、そうそう失敗できない。とりあえず扉前に送り込んでくれれば、あとはどうにかする」


 バグ技利用を嫌うやつもいるので、ロイド達には詳しくは言っていないが、出現位置バグを使って裏取りをするにしても、事前に扉前に十分な戦力を寄せておかないと、扉を開けてもその後ろの護衛戦力を、突破した扉に寄せられて結局進軍が遅れる。


「ちっ! 仕方ねぇな。道を開いといてやるからどうにかしろよ!」


「だから鈍足のあんたが先行すんな! あたしらの後から来なさいよ!」


「今回はたこ足の復活が早いステ振りだろうが! その分低HPで再配置タイムが遅いんだから殲滅して行くのが上策にきまってんだろ!」


「それなら逆にデバフ打ちまくって倒さず、弱体化していった方が効率的! タコボス本体どうにかしないと無限沸きなんだから……」


 仲がいいんだが、悪いんだか、回復が早々と終わってダンジョンに駆け戻っていたロイドと刹那を先頭に、周りで休んでいた連中も続々と戦線に復帰していく。


「うむ。ちょっとスキル振りが極端すぎたか、自動回復遅すぎだろ」 


 ただ今の俺はまだ全快していないので、まだまだ一人寂しくご休憩だ。

 回復ポーションを使ってHPやらMPは戻せたが、死に戻り後で喰らったスキル使用制限の回復までまだ時間が掛かる。

 スキルウェイト時間をリセットするゾンビ戦術を抑制するためか、高位レベルスキルは死に戻り後は一定の時間をおいてから再使用可能という形で、今すぐに使えるのは初期レベルスキルのみ。

 そして切り札のシールドリザレクションは最大レベルまで上げた代償で、死に戻りウェイトが重い上に、他のスキルはレベルが壊滅的に下がった柔らか盾状態。

 しかもシールドリザレクションの回復効果範囲は、スキルレベル+最高精錬した高位盾耐久値依存と来ている。

 一度発動したら耐久値が0になって修理しないと使えないが、用意できた最高精錬高位盾は一枚限りなので、試すことさえ出来やしない。

 せめてあと二日あれば、もう一つレベルがあがってスキルポイントを確保して、盾も用意できてと、余裕があったんだがな。


『ホウさん。どっか、いい場所って合ったか?』


『まずいな。どこも既存位置に出やがる配置だ。確定で裏がとれる場所がない。他の扉方面を探るか?』


 ただ座っているだけってのも芸がないので、個人チャットのWISに切り替えて、ホウさんと呼ぶようになった鳳凰さんに状況を確認してみるが、すぐに共有情報として送られてきた地図を見てみると、適した場所がこれまた見事にないと来ている。


『今から他の扉つっても、そっちも外れだと時間が掛かるだろ……しゃーない。おすすめじゃない扉直アタックでいってみるか。あっちは距離が短いからスキル振り直してシールドリザレクション範囲を下げられるから、少しはこっちがマシになる』


『だけど誰を送る気だ。ソウルメイズは単体呪文で一度に送れるのは一人だけ。しかも出現位置が敵モンスター大軍のど真ん中じゃ、扉を壊す前にもう一度死ぬ確率が高くて、誰も志願しないだろ。パーティメンバー召喚も、殴キャンで止められるぞ』


『俺が行く。シールドリザレクションを下げた分で、反射盾スキル構成ならいけそうだ。それで時間を稼いで、後は高クリ確率の高い盾投げでどうにかする。倉庫からいらない盾を持てるだけ持ってやってみる』


 盾投げはアイテム消失と引き替えに、ノーウェイトかつ低MPでクリティカル確率の高い特殊攻撃が出来る盾職の特殊遠距離技の一つ。

 発動確率は7割ぐらいだから、8つのウィークポイントにぶち当てる時間を何とか稼げればどうにか出来る……と信じよう。


『そりゃ博打だな……後で紫おごってやるから気張れよ。じゃあこっちも扉前に向かう』


『祝杯に紫かよ。色と味が気持ち悪いんだけどあんがと』


 ホウさんに礼を言ってから俺は地べたから立ち上がり、ゲームなので土埃はついていないが何となく尻の辺りを払ってから、振り直し用のポーションアイテムを取り出す。

 ボスが毎度ステータスを変えてくるってなら、こっちも最適化だ。

 絶対倒してやると意気込みを新たにして、栄養ドリンクのような瓶を一気に飲むと、辛さと苦みと渋さと酸っぱさが、適度に入り交じった悪臭が口の中に広がる。


「っくまず! たっくクソ運営が。課金アイテムをほいほい利用しないようにまずくしているなら、ただで配るのくらい美味くしろよな!」


 あまりのまずさについつい笑っちまうが、運営への文句で余計にやる気が湧いてきた。

 いざステとスキルを振り直してからダンジョンに再突入と、ステータスウィンドウを開いていると、


「ねぇ、そこの人。作り物なんでしょここ……そんなに一生懸命やって何が楽しいの?」


 不意に鈴のように響く声が背後から響いてきた。

 聞こえてきたじゃない、響いてきたとしか例えようがないどこか心惹かれる声だ。

 その声につられ振り返ると、いつの間にか一人の獣人女性庶民プレイヤーが立っていた。

 見事な金髪とその髪から突き出た同色の産毛に覆われたウサ耳。

 顔立ちはうちで一番気合いの入っている仮想体を作っている宮野先輩(リアル筋肉ダルマ)の猫女性みゃーよりもさらに整っていて、だけど自然な造形という、生きている西洋人形といえばいいのか絵に描いたような美少女。

 だけどその顔はつまらなそうで、そしてなぜか俺に対して怒りを覚えているような、拗ねているような、青い目を浮かべていた。

 普通ならその見事な造形に目を奪われるかもしれないが、今の俺の心に浮かんだのは、口に出すべき言葉は一つしかなかった。

 いくら運営に文句はあろうとも、俺は心の底からこのリーディアンを楽しんでいる。

 それを作り物と見下され、一生懸命にやるのが馬鹿らしいなんて言い方をされたなら怒りを覚えるのは当然だ。

 だけどそれで口喧嘩をするなんて俺の流儀じゃない。

 ましてや庶民プレイヤー相手にプレイヤーキルなんて言語道断。

 でもやるなら徹底的にだ。


「お前、ウチのギルドはいれ。リーディアンの楽しさって奴を俺が見せてやる」


 そう宣言すると共に、俺は開いたスキル取得画面から、あるスキルを選択。

 盾職スキル【絶対庇護】

 スキル使用中は経験値取得がゼロになり、ドロップアイテム取得ルート権が消失する代わりに、死んでも解除されることはなく、庶民クラス初心者を一人、そのダメージや状態異常をすべて肩代わりして高位ダンジョンだろうが、ボス戦だろうが連れ回す事が出来る防御スキル。


「……なにそれ。意味わかんない」


「くくっ、質問してきたのはそっちだろ。だから実戦で教えてやるってんだよ」


「基礎職業の庶民クラスはギルドに加盟できないんでしょ。マニュアル読んでないの」


「と、そうだったな。じゃあパーティで。抜けるから、こっちの要請に応えろよ」


 読んでるに決まってるだろうが。まずは大きく振って、次に小さく。交渉の基本だっての。


『げっ! シンタなんでパーティ抜けてやがる! トイレ休憩ごときなら殺すぞ! 漏らせ!』


 キャラ名ハムレットなクロヒョウ獣人羽室先輩からすぐにお叱りの声と、人としてどうかという命令が来るが、ここはとりあえずスルーで。

 どうせ先輩どもも、ゲームを馬鹿にされたら同じような事するんだから問題なしだ。


「いいけど……あなたレベルが高いんでしょ。狩り場が合わないんじゃないの」


「ボス戦に限っては関係無い。とびっきり楽しめる場所にご招待してやるよ」

 パーティ加入承諾と共に表示されたキャラ名は【アリシティア・ディケライア】ね。

 長い上に、名字まで有りって、見た目といい、気合い入りまくりの癖に何でこんなつまらなそうにしてるんだか。

 粘着PKでもされたか? 庶民キラーで遊んでいる質の悪い連中も少量だがいるからな。


「んじゃいくぞアリスさんよ」


「まって……何で人の名前、勝手に略すの」


「長いっての。呼びやすさ優先だ。それにその見た目でアリスを想像しないのは無理だろ」


 俺がウサ耳を指さすと、意味が分からないのかアリスは不審げな表情で首をかしげているが、一応不承不承ながら受け入れたようで文句は続かない。

 反応無しは反応無しでつまらないので、ちょっとヘイトを上げもかねて、にやりと笑ってやる。


「もし迷子になっても、泣き出す前に呼び出せるようにスキルを使っておくから安心してついて来いよ」


「子供扱いしないで。やたらと偉そうだし……いらいらするんですけど」


 絶対庇護スキルにはノーウェイトで庇護対象プレイヤーを即時、自分の元に呼び出す事が出来る、通称【迷子呼び出し】機能がある。

 本来なら、迷った初心者と合流するためのスキル。

 だけどこいつを使えば俺が向かう死地に、扉裏に呼び出す事さえ出来る。

 庶民クラスなら一次職の初期スキルが全部使える。

 その中の一つ剣士職の初期スキル。

 スマッシュスラッシュは、ウィークポイントに叩き込めば、確定クリティカルになる特殊攻撃。

 そして扉を破壊するには、むき出しのウィークポイントを狙う必要が有りと。

 鴨がネギをしょってきたというべきか、それともウサギが土鍋を担いできたと言うべきか。

 いきなりのボス戦で大役をまかせてやろうじゃねぇか。

 つまらそうな顔を浮かべている癖に、やけに気合いのはいった仮想体を作ったこの拗ねたガキにゲームの楽しさをたたき込んでやる。

 リーディアンに、はまる廃人プレイヤーにしてやる。

 それこそが、ゲームがつまらなくないかという質問に返す、完全勝利な答えってもんだ。























とりあえずこれで0話は終わり。次回から通常に戻ります。

ボス戦内容も考えてはいたのですが、この二人の場合はここで終わっているほうが、いろいろと想像できていいかなと思った次第です。



[31751] C面 真ラスボス降臨
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:9f05f979
Date: 2020/05/21 01:19
 仮想球形議場外縁部。非接触エリアに陣取った俺は、分身して散らばった各アリスの戦況の戦況を見張ってたんだが、その中の1つ。

 旧帝国系に当たるアルデニアラミレット派の重鎮ブルレッカの爺様相手に、趣味前回のアリス節を効かせた討論を真っ正面からぶち当てている。

 どう考えてもわかり合う気のないオタク理論で武装したアリスと、武人堅気なブルレッカさんの話が合わないこと合わないこと。

 まぁ、アレも作戦の1つ。例えるなら、ヘイト値を突き抜け強制イベントバトルが勃発するまでアリスには上げていただきましょうか。

 全面星間戦争が禁止された現在でも、戦闘用人工種族であるアルデニアラミレットには、闘争本能が根っこの部分にある。

 口じゃなくて、直接武力で片をつけたくなるってのは種族本能として仕方ない部分。

 押さえきれない血の気の多い連中は、傭兵として他星に渡り、海賊艦隊狩りや、全銀河大戦時の遺物兵器鎮圧、遺物兵器群によって封鎖された資源小惑星体への強行調査や採掘護衛など荒事をして、その欲求を満たしている。

 それはあの龍の爺様も変わらないが、そこは年の功。理性で押さえつけることも可能。他のアルデニアラミレット派議員さんにしたって、選ばれるだけあって、そうは踊らされない。

 だけど、星系連合議会の中継を見ているであろう国民は違う。

 自分や同胞を捨て駒にしようとする帝国を裏切るという選択を決め、反乱を防ぐため帝国か埋め込まれていた自死機能であるアポトーシスを克服した英雄であり、今も同派閥から敬意を集めているブルレッカさんへの暴言は、種族全体のヘイトを爆上げする起爆剤。

 勢いは力。その勢いを受け止め、自らの利益にするための水路は既に俺らの手にある。

 戦闘意欲を満たすための仮想フィールドが、PCOが。

 銀河文明では仮想は所詮代替えの偽物って風潮は根強い。でもそれを忘れさせるほどの力が、怒りがあれば、流れは生まれる。

 今現在銀河のあちらこちらで戦っている傭兵さん連中も巻き込めるなら、勢いはさらに倍か。高難度クエスト導入もありだな。


「オープニング終了後は大規模襲撃イベントと行きますかね……しかしドラゴン系相手だとやけに好戦的だったの、あの爺様が原因か」
  

 リーディアン時代の長年の疑問が解決するとは思わなんだ。

 他フィールドに目を向ければ、重要攻略地点でのヘイトや、攻略進度も続々と高まっている。

 自由討議中の外縁部エリアは、全体に散らばった分身体から寄せられる情報に参加者は集中し、全体の状況を見て動くために設けられた特別エリア。

 外縁部は会談要請以外の他勢力との直接接触は禁止されているので、自由討議開始早々ここに移動した俺は、緒戦は他から山のように寄せられる会談要求を見ながら、状況によって分身を増やしているアリスに割り振って、直接的対応は全面的に任せ、引きこもり、もとい戦況分析と調整にいそしんでいた。

 分身を無数に生んでいるアリスや、他の連中と違い、身一つな俺が、絶賛引きこもり中なのは、ぶっちゃけ準備不足が原因だ。

 C案はエリスのナビゲート能力早期覚醒が絶対条件。

 リターンは大きいが、可能性的には限りなくゼロに近いと判断して、さすがに優先順位を低く見積もっていたので、計画の概要は出来ていたが、それを実行に移すための根回しは、他の計画とも併せて、友好勢力相手に精々足がかりのための橋頭堡を築いていたくらい。

 泥縄と言ってしまえばそれまでだけど、だがこれはチャンスと言えばチャンス。

 星連議会においての諸勢力は大きく分けて3つの陣営に分類される。

 1つが星系連合最大勢力である、帝国に最初に反旗を翻した旧反乱軍系で、宇宙交易商人たるランドピアースや、水で満たされた特殊星域アクアライドに属するアクアライド星域人などが属している。

 それと拮抗するもう一つの大規模勢力が、アルデニアラミレットや、帝国艦船搭載生体コンピュータとして利用されていたグレイアロットなんかの、銀河大戦勃発時は帝国に属しながら、自らの種族や生まれ故郷、同胞を守るために帝国を裏切った旧帝国系。

 そして最後が、それら二大勢力には属さない独自勢力や、新興勢力などの、集団とも言えない集団を一纏めに呼ぶ第三勢力の諸会派。

 前回この議会に訪れたときは、既に発展しきった惑星を基準で作られていた星系開発法の縛りがあって、なかなかに自領域での開発さえ出来ていなかった諸会派や、一部の二大勢力の新規惑星政府を巻き込んで、星系開発法の緩和に成功。

 その見返りに地球の時間流凍結解除と、諸々の開発許可を得たわけだが、今回はそういう限定条件ではなく、どこの惑星国家でも重要と考えるディメジョンベルクラドの育成に関する案件。

 ディケライア本社から送られてくる絶賛リアルタイム更新中の、各惑星政府の詳細分析データを元に、切迫度を測り、攻略手順を速攻で編み込んでいく。

 広げた糸を全銀河に延ばし、各惑星政府をひも付け、相互作用で衰退しそうな星系には別の要素から+を持ち込むプランを断片的にして、アリスへと送り、アリスがそいつを元に論争を引き起こして衆目を集める。

 自分が属する勢力単位ではなく、各惑星政府単位の利益から、周辺星域、そして銀河全体への利益へと。

 現時点では物流改革を持って銀河全体の活性化を目論むって最大目標とまでは行かないが、その目があることを全員の心に植え付ける。

 俺たちの勝利条件は、自分たちに有利な法案を通すために星系連合議会を制圧するでも支配するでもない。

 ひたすらに味方を作ること。

 そして俺の基準の味方とは、見方が同じ連中ってのが最低にして、唯一の条件。 

 自己勢力の安寧と繁栄、ひいては銀河文明全体の利益を願うって言ったらいささか大げさだが、それを共通認識として最低限度では持っている星系連合議員の皆さんは、既に俺とおなじ見方をする味方。

 だったら既にここは敵地ではなく、俺たちの狩り場。

 手段や過程はどうあれ、最終的に望む形に収まるなら問題なし。

 大きな目線ではディメジョンベルクラドの力を爆発的に引き出す可能性を持つ地球人という誘い水を用いて、銀河の発展には地球人の要素は必要不可欠というロジックを組み込む。

 そして星連基準で原始文明に属する地球への接触と言う問題には、俺とアリスがもっとも得意とする仮想空間を、PCOを用いて、地球人には現実とは感じさせずクリアする。

 そりゃそうだゲーム内で知り合った奴が、宇宙人だと考える奴は普通はいない。俺自身がなによりの証人だ。

 見抜いて吹聴する奴がいたら、病院行きか、睡眠をおすすめな、地雷案件。

 だけどそれが地球人の常識で日常。リアルじゃないからこそ、それを受け入れることが出来る土壌が生まれる。

 仮想空間は現実の、リアルの劣化じゃない。

 現実では出来無いことが出来る、また別のリアル。

 2つのリアルの乖離がいつか問題になるかもしれないが、そこも心配なんてしていない。

 なんせ現実の外から来たあいつは、今もゲーム内と変わらず、無二のパートナーであり、かわいい娘様までいるんだ。

 だったら躊躇する必要なんて、臆する必要なんて無い。

 小さな目線では、議員さんを通して、星系連合議会中継を見ている銀河全域の人々の間に、ヘイトと興味と利益を絡め、地球人と銀河全体の宇宙人を繋げる事に恐れはない。

 銀河全域の見方を俺と同じ見方として、味方に、すなわちお客様へと、ゲームに、PCOに参加するプレイヤーへと変える。

 敵対しているつもりの人たちだって、それは見方さえ同じなら、同じ方向へと流れる力に他ならない。

 不具合をあぶり出し、修正点を導き、改善するためのいい意味でのクレームと思えばむしろ有り難い。

 差し迫ったアリスの従姉妹であり、サラスさんの娘にして、シャモンさんの双子の姉妹であるシャルパさんは、星系連合特別査察官という肩書きを持つ、ある意味最高のクレーマー。

 ピンチのベクトルを変え最大のチャンスへと。      

 ゲームマスターとしてプレイヤーの皆様を盛り上げつつも、カウンター使いの盾職として本分で見事にクリティカルな反撃へと変えてやろう。









「ここまで盛り上がる議会は久しぶり……帝国本星を落とした最終決戦の軍略会議並みに盛り上がってるわね」


 星系連合議会の様子を慈愛の目で見つめる妙齢の女性は、懐かしげに笑って、傍らのカップへと手を伸ばす。

 すっきりとした香辛料の香りとほのかな甘みが口の中に広がる緑色の茶は、一族に伝わる秘伝のレシピの作。

 目の前に浮かぶ球体モニターの中では、星系連合議会で繰り広げられる陣取り合戦にも似た予測勢力図が目まぐるしく書き換えられている。

 あのときは帝国主星、ひいては最後の銀河帝国皇帝の首印を取るという名誉という名の、その後のアドバンテージのための争い。

 血なまぐさいアレを思えば、今後の銀河の物流革命を担うやもしれぬ遺伝子を得るための、駆け引きの何とも平和なことか。

 そしてこの騒乱の起点は、かつて何も出来ず、泣き崩れて撤退した情けない娘だったのだから、遙か彼方を見通す洞察力を持つ彼女にしても、予想外で驚きとしか言うしかない。

 あれからまだ二期も経っていないというのに、ここまで精神的に成長し、さらにナビゲート能力でも頭打ちであったはずの種としての限界を超え、さらに上へと突き抜け、その血を引く娘もまた新たな可能性を見いだしている。

 ここまで来ると彼女が長年計画していた予定を大幅に変更して、修正を施す必要はあるが、それはいささか無粋という物だろう。

 子供がせっかく作っている工作に手を出すのは、趣味ではない。

 成功し無邪気に喜ぶ姿も、失敗し落ち込んでいる姿も、どちらも興を覚える。

 数万周期の年月を経ようとも、この世界はこれほど楽しいのに、なぜ他の者達は100周期程度で精神的に死を迎え、記憶を消去してしまうのか。 


「もう少し任せてみましょ。ずいぶんとおもしろい方向に進んでいるみたいだし、ディケライアは潰すのは延期で」


 使い慣れた玩具に新たな遊び方を見いだした童女のように朗らかな笑いを浮かべるが、同席している者達は、上座に鎮座する彼女の気まぐれにまたかと息を吐く。

 特に末席に座る別の女性は、異議ありと手を上げる。


「……あの子は巻き込まないというのが私とのお約束でしたが、どうなされるおつもりですか」


「だって仕方ないでしょ。私はディケライアを潰しにいっているのに、あの子達の方から乗り込んできたんだし。それにしても男が出来たくらいで、ここまで箱入り娘が変わるなんて……毒されやすい家系にいつの間になったのやら、アレかしら、それともコレかしら」


 抗議の声を軽やかに受け流した彼女は、過去にやらかした覚えのある列席者へと目を向けてほくそ笑んでみせる。

 その笑みはばらされたくなかったら、自分の味方に付けと言外に語る。


「あぁ貴女もそういえば、煮え切らない旦那さんを押し倒してたわね。いやー今思い出しても快挙だったわ。主家に手を出せないって、涙をのんできた先達が多かったのに。まさか落とすとわ。初夜の体験映像は今見ても初々しい、いえ生々しいから笑えるわね」


「あぁぁっ、し、始母様! い、いい加減にその話題には触れないください!」


 さらにそのからかいは抗議の声を上げた末席の女性へと及び、一撃で撃沈してみせる。

 銀河を自らの盤として、長年権謀術数を繰り広げてきた彼女にとって、生まれてから、表舞台から姿を消すまでの間をつぶさに鑑賞してきた列席者を手玉に取るなどたやすいこと。

 なにせその住居を管理するAIの最高権限は今でも変わらず彼女の物なのだ。

 どれだけ秘密を積み上げようとも、すべては彼女の手の中にある。


「すまん。母の悪趣味は昔からだ許せ……それでいかがしますか。グラッフテンの娘が到達するのは20時間後の予定です。正直真っ黒です。特に設備点検や、使用制限に関してはかなりの違法行為をしていますので、何も仕込まなくても事業停止は確定です。手がないため仕方ないとはいえ、あのディケライアがここまで貧乏所帯になるのは……立ち上げで苦労しただけ私も思うところがあります。だから当代達には共感を覚えます」


 このまましょっちゅうある身内同士の争いになっても疲れるだけだと、次席に位置しとりまとめをしていた男が立ち上がり、強制的に話題を進める。

 彼としても丹精込めて育て上げたディケライアが、壊れていくのは忍びない物があるのだが、その大本、創業者たる母が一番乗り気だというのが問題だったが、それも当代になってから少し変わってきた。

 他社の成長を妨げるほどに巨大化したガリバー企業たる惑星改造会社ディケライアとしての役割は終えたが、新たな役目を当代達が自ら見いだし復権を目指してきた事を何よりも楽しんでいるのは、その創業者だ。

   
「泣かなかったご褒美に、あの子達の思惑に乗ってあげましょ。監査対象を変更、目標は火星の居住区画の多様性確認に。ここでも及第点なら、リルの制限を一段階解除」


「お待ちください始母様。最も重要な天さえも当代達の手に渡らせるおつもりですか。我々の計画の要ですあの艦は」


「それ以前に今のディケライアの戦力では、あの防衛網を突破するなど無理です。他の勢力が介入して奪取されれば、銀河に新たな争いの種を生み出すことになります」

 
 始母の指示に室内の列席者全員がわずかにざわめく。

 一族の悲願として長年にわたり積み上げてきた計画を根本から覆すことになりかねない選択でしかない。


「あらあの子が選んだ人は、最終的には私達と同じ方向を見ているようですから問題ないでしょ。後は視点の高さだけ。いい成長の糧とするなら良し。だめなら当初の計画に基づきディケライアを潰すだけの話」


 だが始母は簡単に答え、物事がよりおもしろく、そして良い結果になる選択肢を選び出す。

 彼女が作り出した盤面のなかでは無く、その対面に座る者が生まれてくるならば、切磋琢磨してよりよい結果が、今の自分では想像も出来ない結果を生み出せるやもしれぬ。

 星の寿命さえも超えて生きる可能性が見いだせた今のこの世界はおもしろい。

 ならばこそ宇宙の終焉と共に、滅ぼしてなる物か。

 自らの力を、一族の総力を、積み上げてきたディケライアのすべてをつぎ込んでも、次へと繋げてみせよう。


「さて、では私の対面に座る素質が、貴方が言うゲームマスターとやらの資質があるか、お手並み拝見といきましょうか。婿殿」 


 銀河帝国最後の皇女にして、星間企業ディケライア初代姫社長ミリティア・ディケライアは金髪から突き出たウサ耳を軽やかに踊らせながら、子供達の作り上げる局面を見つめ楽しんでいた。



[31751] C面 ドット絵で描く宇宙航路
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:9f05f979
Date: 2020/05/24 21:30
『プラド方面チャーム成功!』

『レイレア星域もバフかましオッケー!』


『トラトラトラ! リング星雲周辺国家も十分ヒート!』


 続々と会場全体に散らばったアリスから報告が上がってくるが、一々どのアリスも小ネタを挟まないと死ぬ病にかかっているんだろうか。

 まぁ、そっちの方がアリスらしいって言えばアリスらしい。

 下手なトラウマ発動して真面目モードなら心配だが、あいつが楽しんでいるなら経過は順調とみていいだろう。

 自由討議は既に開始から2時間半を超え、残り時間はあと30分を切った。

 それでもまだ俺は外縁部から動かず、正確には動けず待機中。

 周囲から見れば余裕綽々に見えるようにしているが、内心焦りまくりだ。

 気分的にはアレだ。あと少しで納期だってのに、まだ全部が出そろわないから、ひたすら待ちの状態。

 いつでも動けるように、攻略ポイントへの目星をつけているが、相手はナマモノの議員さん達。いくら分身体が多くいようとも好き勝手に動いてるんで、効率的なポイントは目まぐるしく変わっていく。

 心情的、そして経済的、政治的な様々な理由を含めて、現時点でこっちの提案に乗ってくると確定できる勢力は全体の数パーセントって所だ。

 ぱっと見にも少ない上に、そのすべてがメイン流通網から大きく外れていたり、難関宙域が多く交通の便が悪かったり、自勢力に属するディメジョンベルクラドが能力の低い少数、もしくは、大手国家からの貸し出しという辺境の困窮星域。

 経済的にかなり追い込まれていて、藁にも縋る思いを持つ星系国家ばかりだ。

 だけど辺境は逆に言えば、まだ星系内開発が完全に進んでいない資源国家の一面も持っている。

 もちろん星系内にたいした資源価値を持たないありふれた物質で出来た惑星、衛星が多い星系国家も数多い。

 だけどそれらの星系国家はどこも、今俺たちが喉から手が出るほどに欲しいある物を持っている。

 太陽、恒星だ。恒星は巨大なエネルギーの固まりにして、この広大な宇宙でひときわ目立つ光量と重力を持つ道しるべ。

 もっとも信頼する相棒がかつて語った言葉を、俺は思い出す。

 その言葉を元に描いた構想は現段階では絵に描いた餅。それをリアルに持ってくるための最終兵器を俺は待っていた。

 時間がじりじりと減り残り15分を切ろうかとした所で通信ウィンドウが開く。


『お待たせしました三崎さん。経理部……いえ、私達の総力を結集して作成した予測データです。一切の私情を抜き、厳しく見積もらせていただきました。私の印は入れておきました。少しはお守りとなるでしょうか』


 ディケライアの金庫番。経理部長のサラスさんが、珍しく顔に疲労感を滲ませながらも、満足げな笑顔で大規模なデータを送信してくる。

 中身を確かめる暇もないし、第一俺がすぐに理解できる簡易な内容でもない。

 それこそ化け物じみた知識量と理解力と想像力、そして決断力がなければ、受け止めきれないだろう。

 だから俺は、サラスさんを、仲間を信じる。きっと俺が望む以上の物が仕上がっていると。


「資料を作り出すために予定以上に加速空間を使いましたので、しばらくは休暇、休憩をリアルタイム基準としますので、その分社員の福利厚生企画をお願いします」


「了解です。考えておきます。んじゃ一気に刈り取り開始と行きます!」 


 お礼を言う時間ももどかしいが、深く頭を下げて、心からの感謝を伝えておく。

 あのサラスさんがかなりの疲労感を見せているから、下手したら高加速空間内で数ヶ月ぶっ通しとか無茶しているかもしれない。

 この先似たような無茶をいくつ頼むかもわからないんだ。無駄にヘイトを上げないために、お礼とお詫びは迅速にってやつだ。


「リルさん! 転移座標D145LW11!」


 そのまま議会場をリアル更新中の見取り図を確かめ、もっともこいつが有効的なポイントを指定し、俺は狩り場へと飛び込んだ。













 臨時議題とはいえ、この宇宙における交通流通網の根幹を担うディメジョンベルクラドに関する重大な報告となれば、議会が近年まれに見る白熱した討論が行われるのは必然。

 だが大半の議員達にとっては、例えどれだけ大きな恩恵であろうとも直接的な利益を狙うよりも、大国や大手派閥が得た利益のおこぼれに、いかにありつけるかが重要になる。

 おこぼれと言ってもその規模は、自分たちが属する星系国家の運営を左右しかねない重大事項。

 確かにディケライアが示したディメジョンベルクラドの能力強化実験は魅力的だが、目立つ真似をして、大国の不興を買い目をつけられては、この先どれだけの不都合が生じるかわからない。

 目先の利益ではなく、その先、長い目線で推し量るために、ディケライアの現社長であるアリシティアが繰り出す様々な論戦に対して、見に徹していた議員達の元に楔が打ち込まれたのは、残り15分を切ろうかという所であった。


「失礼します。大変”お待たせ”いたしました。追加資料ができあがりましたのでどうぞ”お二人”でご覧ください」


 いきなり転移出現したその男は、含みを持たせた笑みを浮かべながら一礼すると、この広い球形会場で偶然にも隣り合っていた二人の議員に大規模データを押しつけると、碌な説明もせず、そのまますぐさまに別の場所へと転移をしていった。

 現れたは一瞬。だがその姿形は見間違えるはずもない。

 この銀河を統べると行っても間違いではない、星連議会へと身1つで乗り込んで、大規模な裏工作を仕掛け、好き勝手にかき乱して、保守系議員達に最大の警戒をさせることになったミサキシンタに他ならない。

 周辺にいた議員達のみならず、彼らがその討論を見物していたアリシティアと対峙していた有力国家の議員さえも思わず討論を止め、つい今し方消え去った男の出現位置を見て、次いで意味ありげに資料を渡された二人へと目を向ける。

 唯一アリシティアだけが口元に笑みを浮かべていた。まるで勝利を確信したかのように。思わず見惚れてしまうほどに勝ち気な笑みを。

 今回はアリシティアが表立って動いている中、残り時間がわずかになっても動いていないので、今回は裏方に徹していたと思われた矢先の出来事。

 多くの議員達が混乱する中、もっとも混乱していたのはデータを渡された二人の議員達だ。

 三崎と個人的な面識など無く、ましてや密約なども何もしていない。そして両議員にしても、出身星系は銀河の端と端ほどに離れていて、互いの惑星国家間のつきあいなどもない。

 かろうじて共通点を述べるならば、辺境域に近くはあるが、かろうじて細い流通網の隅っこに引っかかる片田舎の星系国家の代表というだけだ。

 だがその動揺を表面に出しているようでは、国家の代表など勤まらない。


「そちらはなにか彼と?」

 
 全身を緑色に染める軟体スライムボディー議員が警戒色で色深めながら尋ねると、隣り合った蝶型星人議員が銀色の鱗粉を散らしながら否定する。


「いえ、どうやら策略の1つとして利用されたと思いますが、どうしますかコレを」


 互いに平静を装いながら、他の分身体との情報共有をしながらも、短い言葉の中で探り合いをしつつ、手元に浮かぶボックス状に加工された大容量データへと疑惑の目を向ける。

 むろん議会内で悪意あるウィルスや、クラックデータを送ってくるような真似はいくら三崎といえどしないであろうが、送り主が送り主手だ。必要以上に警戒をするのは当然ともいえる。


「ふふ。そちらは我が社のサラス・グラッフテンが作成した、収益予測シミュレーションデータとなります。経済計画のご参考にしていただけますと幸いです」


 その背中を押したのは他でもない。先ほどまでの勝ち気な笑みを一転させ、自信に溢れながらも、聖女のような人目を引きつける慈愛の笑みを浮かべたアリシティアだ。

 だがその発言の中は、ある意味で三崎よりも警戒される女傑の名が含まれていたため、ざわめきが広がる。

 ディケライアの悪魔。

 利益追求の鬼。

 ディケライアの守護者。

 数々の二つ名と数え切れない逸話を持つ伝説の経理部長の名に思わず、データを開いたのは致し方ないのかもしれない。

 国家代表たる星連議員の存在意義。基本的役目。それは銀河全域の状況を把握し、国の、国民の利益を追求すること。

 解放されたのは膨大なデータ群。一見で理解するのは難しいほどに濃密なデータであるが、生体強化をされた議員が処理できない量でもない。  
 

「……辺境域を球環状に巡る新たな流通網作成計画ですか。そして既存流通網との接点となるのが」


「初期投資金額は膨大だが、出せなくもないと……どこでコレを」

 
 スライム議員がぶるりと全身を振るわせ、蝶議員がまき散らす鱗粉の量を少しだけ増やした。  
そのデータの中では、彼らの星には新たな共通点が見いだされていた。

 新たに生み出される流通網と既存流通網の接続点という、膨大な利益を生み出すかもしれない場所にあるという共通点が。

 それだけではない。過去、現在に彼らの所属国家が流通網において得た収支予測は、口外されていない裏予算まで含めた物で、どこから情報が漏れたかと疑いたくなるほどに正確な物。

 そして多角的目線から成り立つ未来の損益予測は、かなり厳しい目線で見ているのか、数え切れない懸念が出されているが、それに対しての対策や、周辺国家との共同開発まで目線を向けた折衝プランなどでフォローされている。

 そこに描かれているのは、楽観論から描かれたバラ色の未来ではない。

 むしろシビアな目線で作られた、銀河全域を見通し、利益を追求するために苦心の末に生み出された現実的な長期経済計画。

何よりデータをさらに盤石とするのが、控えめにサインされたサラス・グラッフテンの名だ。

 かつてディケライアが銀河最大の惑星改造企業として、並の星系国家を遙かに超える経済規模で君臨していた時代から辣腕を振るい、他社が及び腰になる、いかなる困難な事業でも、圧倒的な黒字をたたき出し、その支配を盤石の物として支え続け、普通なら潰れているのが経済学的には常識であるはずの損益を出したディケライアを今も存続させ続ける原動力たる本社経理部長サラス・グラッフテン。

 後に彼女が生涯で一、二を争う渾身の出来だと即断するほどの経済計画書は、情報データとして売れば、それだけでも一財産とすることが出来るほどの代物。

 今まで傍観に徹していた議員達が、僅かな残り時間の間だけでもと、その芽を植えるための折衝に動き出すには、十分な根拠となっていた。












「宇宙船は点を飛ぶね。あいつのくだらないダジャレもたまには役に立つよな」


 目に見えてざわめきが広がりだした会場を見ながら、外周部に戻った俺は次のポイントを吟味しながら、かつて相棒に聞かされた航路の概念を思い出しほくそ笑む。

 相手の議員さんは分身体。1人攻略すれば、その何十倍の分身達が、リアルタイム情報共有で影響を受け動き出す。 

 多角的視線を持つために意図的に精神状態や考え方に差違を設けているらしいが、その根幹は国家。国民の利益追求があるのは間違いなし。

 誠意を持って真摯に計画を立て、そこに付け込む。

 ウィークポイントがわかりやすいのは実に有り難い。

 一見線に見える現流通網も、通りやすい航路を示した点の集合体で描き出された線。

 なら今手持ちにある点を、線として描き、新たな流通網を重ね合わせる事も不可能じゃない。

 航路が生まれれば休憩、補給、修繕ポイントとしての恒星の役割が増し、辺境の平凡な惑星国家にも意味が生まれる。

 ただ目に見えてわかる新たな交易路を示しただけでは、切り札とはなり得ない。

 噂には聞いていたサラスさんの伝説を、最大限有効活用してクリティカルへと変える。

 それに先ほど渡したデータはあの議員さん2人に向けた特効武器。


『新たな接触ポイントを発見。同時に7組いけますがどうなさいますか』


「もちろん即転移で。あと議会時間中で配布が終わらない場合は希望惑星の方にお渡ししますとアリスに宣伝スタートを」


 指示の途中で無数の通信モニターが俺の周囲に展開され、


『『『『『『ふふん。甘い甘い。とっくに動き済みだよ。シンタの”パートナー”のあたしをなめないでよね。ドット絵なら一言あるんだから』』』』』』


 通信をつないできた300人のアリスが一斉に同音異口で、銀色のウサ耳を揺らしながらキーワードを口にし、勝ち誇る。

 点描画じゃ無く、ドット絵を出してくるのがアリスのアリスたる所以だ。 

 あのサラスさんが疲労するほどにまでにして作り上げたデータは一つじゃない。

 文字通りこの議会に参加する全惑星国家それぞれ向けの長期経済計画こそが、泥縄な俺たちの切り札。

 そしてその計画の中心に流通網の革命を起こすために必然なディメジョンベルクラド育成のための基盤となる地球をぶち込む。

 未だディケライアの敵がどこの勢力かはわからない。

 分からないなら全部を攻略する。

 ハイリスク・ハイリターンな攻略方針だけど、この一戦だけで勝利が確定する訳じゃない。勝利する必要なんて無い。

 起こした波をさらに煽り、いくつも波を起こし、大規模な論争へ。

 ここでは終わらない、終わらせない、長い論争へ。

 王手を打ち込まれたならあきらめるんじゃなく、新たな盤を継ぎ足してフィールドを広げてみせる。

 この銀河は終わらないゲーム盤。

 なら負けを幾度しようが決定的敗北負けじゃない。

 幾度勝とうとも決定的勝利じゃない。

 だから常に全力全開。最大でゲームを楽しむために、常に本気。

 これがおれとアリスの昔からのゲームスタイル。 


「はっ! さすが”相棒”! んじゃいくぞ特効武器でのクリ連発!」


 狩り場を前にテンションを最大まで高めた俺とアリスは、残り時間でどれだけ刈り取れるかを競い合うようにデータ配布を開始した。



[31751] C面 見えない地雷原に踏み出す勇気
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:9f05f979
Date: 2020/05/30 00:21
「ふぁぁっ。第一トラップは全回避。二番ぞろぞろ。三は少数か。なかなか相互不信やらが強そうなこって」


 特別議会から帰還して数時間。銀河標準時間で早朝な創天内を繋ぐカーゴに揺られながら、不眠不休な所為で眠気を感じつつも仕掛けた罠の成果を確認していた。

 今も仮想球場会議室では臨戦態勢で、銀河のあちらこちらの惑星政府や関係機関からの問い合わせに対応中だが、その修羅場を抜け出してきたのは、サボりではなく、別の仕事があるからだ。

 といっても移動中だからと寝てたら、サラスさんの説教コース間違いなし。

 移動中も仕事時間な社畜として、秒単位で更新される書類に目を通して確認作業は怠らずだ。

 その確認結果といえば反響は予想以上。成果もぼちぼち。ただ大団円にはほど遠く、次なるステージにご招待って感じか。

 景気よくばらまいた経済計画書には、罠というか、区分のための目安を仕掛けてあったんだが、まず第一が、その惑星国家が単独で行おうとした場合の予想収益。

 遠回しで回りくどくして表現して仕掛けた第二が、将来的なライバル惑星や星域を出し抜いて、利益を多めにとれた場合のシミュレーション。

 ここまでは計画書内のデータを素直に読み取れれば分かる範囲。

 本命は第三。

 元データを参考にして、ありとあらゆる心理的条件をさっ引いて、純粋に最大限の利益を得るために、周辺星域の各惑星政府が協力し共同開発をした場合に得られる最大利益への道しるべ。

 単一かつ短期的な利益で見れば2>3>1。

 やりやすさで見れば1>2>3。

 各勢力の自力の違いがあるから、多少変動はあるが、だいたいはそんな感じといった所だ。

 そしてこいつの肝は、銀河全域で考えたときに総収益が最も大きいのは、一番困難な3番ってとこだ。

 古典小説じゃないが恩讐を超えてと行けばいいが、さすがに事はそう甘く無し。

 まぁそいつも想定の範囲内。だが目に見えて分かるデータを示し、楔を打ち込んだここからが腕の見せ所だ。



「あの小父様……エリス姉さんは気になさらないのですか?」


 秒ごとに更新される資料に釘付けになっている中、不満げな声に顔を上げてみればカーゴの対面に腰掛けていたカルラちゃんが、シャモンさんの妹とは思えないほどに穏和な彼女には珍しく苛立っているのか、髪の毛から出た犬耳をぴくぴく動かす。

 今朝方まで火星隔離区画でエリスと一緒にいてもらったんだが、戻ってきたのに俺がエリスの様子を聞かないのがご不満のご様子。


「あー、まぁ気になるのは気になるけど、聞きたくないと言うか、聞くとテンション下がりそうというか」


「はっ。ほっときなさい。どうせエリスティア姫様からの侮蔑のお声に耐えられないだけでしょ。本性を隠していたミサキが悪いんだから」 


 そのカルラちゃんの横に腰掛けていたシャモンさんが、犬歯をむき出しに下噛みつきそうな顔で、こっちの心情を百パーセント読み切った一刀両断でぶった切る。

 俺がエリスを隔離した所為で、シャモンさん自身がエリスとしばらく会えなくなるのもあってまた容赦ねぇ。

 これ以外にも苛立つ、と言うか本命の理由はあるんだが、そこを指摘したら物理的に首を飛ばされそうな剣呑さがあるんで黙っておく。


「罵詈雑言なんていつも涼しい顔で受け流してるんだから、姫様の嘆きも真正面から受け止めなさいよ」


「いやいや無理ですっての。エリスからの嫌いの一言でほぼ瀕死でしたよ俺。これにさらにひどいの来たら寝込みますっての」


「甘えたがりな姫様が、いくらあんたの本性を知ったからって、そこまでひどいことは言ってないでしょ。カルラ。どうなのその辺?」


「えと、すみません……小父様が突発的に飛び降りたりしたら大変なので、私の胸の中に仕舞っておきます」


 シャモンさんの問いかけに対して、カルラちゃんは眼下に広がる市街地を見ながら少し言いよどんでから、俺に同情的な目を向ける。

 え、何その反応……まさか好感度が最悪さえ振り切って奈落固定状態なのか。

 バグ技ないと回復できないとか、セーブからのリスタート必須レベルなのか。


「こういう時は、じ、時間で解除されるか、から、心配ない」


 こじれた関係には時間が一番の特効薬という言葉もある。時間ならある。やること一杯だ。だから大丈夫だ。大丈夫と信じよう。 

  
「なんで議会に乗り込んだ時より動揺してんの。これからあの根暗クソ女が来るってのに、しゃっきとしなさいよね」 


 舌打ち混じりのシャモンさんだが、わざわざエリスの反応をカルラちゃんに聞いたの貴女でしょうが。

 いらだちを紛らわすかのようにふさふさな尻尾でシートを叩いたシャモンさんは、そのままそっぽを向き、窓の外を流れる無人の艦内市街地の光景へと目をやって無言となる。

 シャルパさんがディケライアから離れて地球時間で百年以上は経つが、未だ怒り収まらずといった感じだ。

 双子の姉と呼ぶよりも怨敵に向けるような敵意の溢れたシャモンさんを見ていると、むしろ時間をおくとこじれてひどくなるんじゃねぇのと、俺とエリスに当てはめた嫌な未来予想図が俺の脳裏をよぎっていた。


「お、小父様。そういえばカーゴが発着所でなく、展望公園の方へ向かっていませんか?」


 嫌な沈黙に耐えかねたのか、カルラちゃんが話題を変えるが、あいにく俺もその辺りは聞かされていなかった。

「アリスの指定。ネタバレ厳禁とかで、詳しい話は聞いてない。ともかく展望公園に来いってさ。転送装置が使えないのも、その絡みみたいだよ」


 時空間制御が完璧に行われている創天内なら、区画から区画を移動するのにドア一つを通り抜けたら別の場所って、某青狸印のドアっぽくいつもならいけるんだが、今朝からそちらの転送機器は使用禁止中。

 だからこうしてわざわざモノレールカーゴで艦内を移動中というわけだ。

 地球の月と同等の大きさ、というか自然衛星に偽装して月として長年夜空に君臨していた送天と同型艦の創天は、艦全体に無数の発着ゲートがあり、全長20キロを超える大型輸送艦の建造、改修さえできる隔離型造船デッキさえも数千単位で備えている。

 とは言っても、今回訪れる船は、銀河最大の運送企業バルジエクスプレスが誇る最新フラッグシップ大質量長距離跳躍艦『フォルトゥナ』

 直径500㎞を超える超大型球形艦は、さすがに創天といえどそれを収容できるデッキは持たないので、送迎艦によるお出迎えとなるのが普通だ。

 そういった大型艦で来るのは要人や重要な顧客と決まっているので、それらVIPを迎えるために、宮殿かと見間違えるかのような荘厳な装飾が施された来賓用デッキなんてのも創天にはある。

 今回はそちらを使うかと思っていたのだが、師匠筋にあたり今も苦手としているレンフィアさん相手に先手を取ろうとしている、何かと負けず嫌いなアリスにはなにやら考えがあるようだ。

 シャモンさんなら何か知っていそうだが、今の雰囲気的に聞けるわけもなく、それ以前にアリスからの口止めなら、頑として言わないのがシャモンさん。

 遺伝子レベルで忠誠度100固定の絶対守護神を裏切らせようってのが無駄ってもんだ。

 まぁ、そうなるともう1人の絶対守護神が見限ったというか、裏切らないはずの人が裏切ったのか、それとも裏切りじゃないのか。

 どうしてそうなったのか理由が気になるんだが、今のところは答えに繋がる手がかりは無し。本人に会えるのだからそこから探るしかないだろう。

 それに気になるのはもう一つ。いまだ監査対象の通告がないことだ。

 昨夜の大仕掛けで、利益を考えディケライアを潰さない方向に力が働き、監査命令を撤回させることが出来たかは未だ不明。

 監査が撤回できていないなら出来ていないで、いくつか手はあるがそっちは勝率が低い手ばかりと。

 戦略ゲー1944日本軍スタート並みの絶望感ある状況だが、ここまで来たら仕込んだチートが上手く稼働するのを祈るのみ。

 どうにも会話の弾まないカーゴにしばらく揺られ、資料の半分にも目を通せないうちに第二展望公園区画駅へと到着する。

 ここは宇宙を見渡せる展望台だけでなく、銀河中の変わった動植物を集めたパークにもなっている。

 アリスのお気に入り公園で夫婦デートや、親子でお出かけとよく使う場所なんだが、次にエリスと来られるのはいつになるのやら。というか、来れる日がまたあるのか……

 どうにも先ほどのカルラちゃんの反応から弱気になっているが、サイコロを振ってイベントが確定した以上は、致し方なし。

 仕事でも私生活でも、どうにか逆転の手を考えるだけだ。

 駅から出た俺たち3人は動植物園がある方向とは真逆の芝生エリアと呼ぶよりも広すぎるので草原エリアと呼ぶべき場所に向かう。

 しばらくするとぽつんと一本立つシンボルマーク的な巨木が見えてきて、その下には見慣れたウサ耳をぶんぶんと振り回すハイテンションな相棒の姿があった。

 展望モードとなった空を見上げれば、少し離れた位置に鎮座する送天の姿がよく見えていた。
  

「シンタ! 遅い!」

 
 俺らを見かけた瞬間、元気に稼働中のウサ耳+勝ち誇った顔をしてやがったので、言葉とは裏腹にご機嫌なご様子。

 まぁ昨夜は長年のトラウマの元に、認めさせるとまで行かなくても、一矢、いや三百矢報いたので、気分がいいのは分からなくもない。

 ただ、だからといってここに無意味に呼び出したとは思えない。何を考えているのやら。


「文句言うなら転送装置使わせろ。居住区画からどんだけあると思ってんだ」


「すみません小母様。私を迎えに来ていただき、遠回りをさせてしまいました。それでなぜここに呼ばれたのでしょうか?」


 一々律儀に頭を下げ謝るカルラちゃんと、アリスの精神年齢どちらが上かと思わず考えてしまうが、俺の疑問顔をアリスは別の意味に捕らえたようだ。


「ふふん。シンタもカルラもどうしてって顔しているね。あの性悪羊やシャルパ姉を迎えるのに何で公園って」


 こっちは眠気を押し殺して忙しい中抜け出してきたのに、調子に乗って勿体ぶってみせるアリスの、勝ち誇った顔がイラッと来るので、一応性悪羊発言を録音。

 あまり度が過ぎたらレンフィアさんにご進呈してやろう。

 
「いいから早く本題に入れ。フォルトゥナが跳躍してくるまで、後1時間を切ってるぞ」 


「分かってないなシンタ。勝負はファースト攻撃が肝心でしょ。だからお出迎えには天級の秘密兵器を使います」


 うむ。笑顔で宣うアリスの頭の上で、ウサ耳が過去最大に荒れ狂うので激烈に嫌な予感がして来やがった。

 詳細を問いただしたい所だが、ネタバレ厳禁派のアリスに聞いても、遠回しにしか答えないな。

 シャモンさんをちらりと見るが焦っている様子はなく、むしろ常にないほどに真剣な表情だが心ここにあらずといった別のことを考えているご様子のまま。

 カルラちゃんはと言えば、互いに目が合うが同じく首を横に振るだけで、アリスの企みが分からない。

 こりゃ下手に聞いて、意味の分からない説明が長くなるより、会話スキップ連続で見た方が早そうだ。


「ヒントはね。鋼鉄神の方の胸部とか銀河天使の方の黒い月って感じ」


 よし分からん。相変わらず何が言いたいのか一つも分からんぞうちの嫁。それでも長年夫婦をやっていく秘訣はスルー力と、流れに身を任せることだ。


「分かった分かった。どうなるのか楽しみだから早くしてくれ」

 
 詳細は問わず、ただおもしろそうだからと言うところだけ乗ってやる。それが一番早くアリスを動かすこつだ。


「もうせっかちさんだな。ふふん。まぁいいわ。目に物見よ! リル! メル! ……」 


 右手を天に上げたアリスが勢いよく創天、送天両艦のメインAIの名前を呼んだが、なぜかそこで止まりやがった。

 何かしっくり来ないといった顔を浮かべると、ぶつぶつとつぶやいている。

 そのアリスの言葉に耳を澄ませてみると、


「ここは王道でトランスフォーメションだけどでも桜花って子と被るからやっぱ無し。変形も日本語読みだから変わらない。でも変身とか転身とか蒸着だとちょっと違うし、単一だから合体、合身、合神も私的にアウト。そうなると単一でいくならトライシンクロン……も違う。となると勢い重視で単一でいくならウェークアップもしくはショータイム。でもどっちも捨てがた! そうだメルとリルそれぞれに呼びかけで使えば……」


「リルさん。メル。このアホウサギはほっといて始めてください」


『畏まりました。泊地モードへと移行します』


『ういさぁキャップ! 跳躍門モードに変形スタート!』


 姉妹AIなくせにテンションが両極端な二人の声で、なにやらアリス好みなワードが響いてきた。

 あとメルのやつまた俺の呼び方が変わったんだが、気にしたら負けだろうな。

 いろいろと疑問はあるが、何が起きるか見学してやろうかと待ち構えていたのだが、


「ストップ! すっとっぷ! シンタ! 様式美!」


 いきり立ったアリスが先ほどとは違う意味でウサ耳をぶんぶん振り回して、俺の胸ぐらを掴んでやけに短いクレームを入れて来やがった。

 長年のつきあいで何を言いたいのか何となくは分かるが、アリス進行に合わせていると長くなるのでスキップしたのが、お気に召さないご様子だ。


「なんで! なんでそういう意地悪するかな! ここゲーム中だったら強制スキップ禁止のムービーシーンだよ!」


 怒り狂いつつもゲームで例えてくる廃神アリスを前に俺が返すべき言葉は、やはり廃神ゲーマーの基本だ。


「いいか聞けアリス。俺たちは今時間があまりない。つまりはTA中だ」


 慌てず急がず冷静に返した俺の声に、アリスがはっと表情を変える。


「昔、言ったよな。TAで最良の結果を狙うなら立ち回りなんぞ基本、勝つためにはスキルを出す際のフレーム単位の削りさえ意識しろって。削れる物は極限まで削る。すなわち『削りは』」


「『勝利』……くっ! あ、あたしの負けね」 


 俺の言葉を引き継いだアリスが膝をつき、実に悔しそうに草地に拳をたたきつけた。

 ふっ。勝った。完膚無きまでの完全勝利だ。この理屈を出せばさしものロープレ派アリスといえど、負けを認めざる得ない。

 俺とアリスの間では一瞬で決着がついたんだが、外野のお二人さんには意味が分からないらしい。


「あ、あの姉さん。一体何が勝ち負けだったんですか今の?」 


「あぁもう! ミサキの所為でうちの姫様がどんどん変なことを言い出すようになってんじゃない! どーしてくれるよあんた!」


 戸惑うカルラちゃんはともかく、シャモンさんのクレームには断固反論ありだ。


「いやいや最初にこの言い回し言い出したのはアリスですよ。説得力のある一言だって、逆転だが逆境だかが勝利とか」


 だが俺のシャモンさんへの反論に怒り心頭になったのは、今し方うちひしがれたばかりのアリスだ。


「ちがーう! 元ネタは『逆光は勝利』 元ネタを知らずに乱用しないでよね! Rから着せ替え人形でも読んでネタ元とその意味を理解してから使いなさいよ!」


「人形を読むってどういう状況だよ。フィギアとか興味ないぞ俺」


「あーもう! シンタみたいにそうやって気軽に使うのがいっちゃんむかつく! 『おまえの中ではな』に至っては元ネタ結構重いのに、煽りで使ってくるのばっかだったし! むしろアレは優しみ!」 


 どうやらクソやっかいなアリスのオタ気質な地雷原に足を踏み入れてしまったようだと気づいたが、時既に遅しって奴だ。

 火がついたアリスをある程度宥めるまで10分以上を余分に使う羽目になり、その直後にいつもより心なしか冷たく感じるリルさんの『命令を再度実行いたしますか?』の声と共に、俺たちの最短タイムアタックは失敗に終わった。



[31751] C面 ボス戦前にはよくある個別イベント
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:9f05f979
Date: 2020/06/18 20:04
「おー……すげーなこりゃ」


 鋼鉄の大地に無数の割れ目が走り、創天そして送天、二つの天がゆっくりと形を変えて、目の前に大地が造形されていく。

 アリスが勿体ぶっただけの事は有って、俺は目の前で広がる圧巻の大スペクタクルに思わず、何のひねりもない素直過ぎる感想が飛び出ていた。

 俺の横で、頭の狼耳をピンと立てて、目を見開いているカルラちゃんも驚きのあまり声がなく、姉のシャモンさんはどこか感慨深い目で、徐々に形を変えていく創天を見つめていた。

 月と同サイズというか、送天が子供の頃から見上げていた月に偽装していたんだから、月そのものなんだが、それほどの巨大物体が轟音も僅かな揺れさえなく、変形していくんだから、スケール感覚が狂ってくる。

 衛星サイズ艦があまりに大きすぎて目視できない部分もあるからか、リルさんが気を利かせて、空中へと投影してくれた、リアルタイムの変形に合わせて形を変えていく簡略3Dモデルと、現実へと交互に目をやる。

 3Dモデルを見るに創天は、俺たちが今いる展望公園を頂点の北として見た場合、縦に入った一本線を軸に、無数の横線が走っている。

 さらに横線に沿って左右に船体の一部が開きながら、その内側から現れた新たなる横線に沿ってまた開きつつ、北側が後方に下がり、南側が前方にせり出して、表面積を一段ごとに爆発的に増やしていく。

 ぱっと見のイメージはつぼみが開いていく無数の花弁をもつ花のようだが、その花弁の一つ一つが艀の役割を持っているそうだ。

 一番外側のもっとも大きい花弁群は、超大型艦の新造もできる密閉型気密建造ドックで、その内側の花弁が小さくなるごとに、大型、中型、小型と大きさを縮小させながら、数を増やしていく構造。

 艀の数を数えようとする気力を最初から叩き折ってくる心折設計なので、リルさんに聞くのが一番手っ取り早い。

 
「この状態ならどのくらいの数の船が、同時受け入れ可能ですか?」

 
 スペックが変われば攻略手順も当然変わる。ステータス確認は必須だわな。


『創天の元のモデルである天級侵略艦において泊地モードは、帝国艦隊四個艦隊、一方面軍の根拠地とすべく、それを十分に補う機能が求められております。帝国において一艦隊は戦闘艦と補助艦軍、大小併せて定数1万2千艦を基準とし、四艦隊計4万8000隻。さらにその倍数以上の民間艦を受け入れ、18万隻を同時に完全整備、補給が可能なことが基準値がなっています。また周辺星域の戦況、惑星開発状況などで必要となれば、拡張機能を用いることで、停泊と補給のみに絞れば最大で1000万隻までが可能となります』 


 さすが銀河を支配していた大帝国。桁が違いすぎて想像が追いつかない。

 要は軍都やら鎮守府って呼ばれるような、軍の根拠地をそのまま移動させるっていう、敵対者絶望な移動大拠点ってわけだ。


「創天の場合は、惑星改造機能特化をしておりますので、停泊能力は侵略型艦の10%程度となります。その代わりに恒星生成機能を筆頭に、星系製造が一から可能な各種機能が付与されています。惑星規模の維持管理だけでしたら、現状の巡航形態でも問題はありませんが、第二太陽系作成計画を円滑に行うためには、造成形態である本社モードが必須となります」


 俺がよく見知っていた球状の創天は、移動形態であって、この展開した泊地状態が銀河最大の惑星改造企業ディケライア本社として、そして星系級惑星改造艦としての創天の真の姿ってことか。

 過去の業務書類や収支表に書かれた規模が天文学的数字過ぎて、逆に実感が湧かなくて今ひとつぼんやりしていた全盛期ディケライアだったが、その規模が一目で分かる壮大な光景だ。

 しかも天級は帝国の切り札ではあるが、量産型で、銀河大戦で多くが沈んだとはいえ同型艦が多数。


「せっかくの本社モードなのに……それにあった流れってのが有るのに……シンタは空気を読まなすぎ……こうなったお約束を理解するための特訓を……」


 これと同規模の移動軍都がいくつもあったってことも恐ろしいが、進行に水を差され、独り言を装ってはいるが俺に聞こえるレベルで未だにぐちぐちと文句を言う、アリスがその大帝国帝家末裔ってのがさらに恐ろしい。

 まかり間違って帝国が今も健在だったら、それだけの戦力がノリと勢いが優先なアリスの支配下にあったのか……銀河の危機だな。


「送天の方はどうなってんだメル?」


 想像するのも恐ろしいカオスな状況を頭から追い払い、俺は意識をもう一つの天に向けた。

 規模は変わらないが送天のほうは、創天とは別の形へと粛々と変形を行っている。

 前後左右に広がっていく創天と違い、送天の方はまるで風船が膨らむように全方位に膨張しながら薄く伸びていた。

 浅い曲線を描きながら広がる風船は、やがて船体各部に、大きさにばらつきのある複数の穴をいくつも開けていく。

 その様はなんつーか、致命的に不器用な蜂が作ったハニカム構造の巣?

 場所ごとに大きさが揃っているなら見栄えもいいが、線に見えるほどに細い境界線を挟んでやけにでかい穴が並んでいるかと思えば、無駄なほどにスペースを空けた小さな六角穴がぽつんぽつんと点在。

 他にも法則性を見いだせない大小入り乱れたランダム配置で広がっていて、几帳面な人ならなんとも不安定になる様相を呈している。

 あれだな。じっと見てると人の顔に見えてくるっていう、シミュラクラ現象を催す。

 無数の顔面を貼り付けた衛星って、どこの宇宙的怪異だ。


「メル。スペック」


 ただ俺が理解できないだけで、アレにも意味があるのが、地球人の科学知識レベルで理解しようとすると、非常識で非科学的なオカルトじみたのが宇宙超科学。


『ういさキャップ。送天の試製現界跳躍門モードは、従来の跳躍門が双方向に対して、出口側のみに限定された限定跳躍門。出口だけかよという突っ込みが有るのは当然だろうが、ここは最後まで聞いておくんなまし』


 メルは下手に突っ込むとアリスと同じく長いので、対テンション高めアリスの基本戦略と同様に本人? 本AIの忠告通り聞き流しておく。

 長い年月停止していたメルが、現代に対応するために取り込んだ情報にアリスコレクションが混ざっていた所為なのか、それとも元々そういう設定なのかよく分からんが、相変わらずリルさんよりもやけに感情的に語るのはご愛敬ってか。


『試製跳躍門モードの真骨頂は、安定度にあるのですよ。自力オッケーなら、どれだけの数も、どれだけの連続も、どれだけの距離も、どれだけの質量もどんと来いですよ。ちなみに他の跳躍門経由なら、いつでも銀河全域からウェルカム。ようこそお客様フィーバー状態、じゃんじゃんばりばり出まくり。やったねキャップ。お客が増えるよ』


 ……今とんでもないこと、さらっと言いやがったなこのハイテンAI。

 今現在残存している跳躍門は、基本的に相互跳躍が可能な、銀河のあちらこちらを繋ぐ主要交易路の大元。

 だけどそれは常に1対1の対面状態。だから時間ごとに跳躍リンク先を変えた切り替え制。

 なのに送天の場合は、現界側、要は跳躍先だけという制約はあるけど、他の跳躍門からのジャンプを無条件で受け止められるって事だ。

 あの一つ一つの穴が跳躍受け入れ先、現界ポイントだとしたら、どれだけの艦を一気に展開できることか。

 創天が兵站を担う切り札なら、送天は自軍を自在に展開する戦力輸送の奥の手。 

 今の銀河文明でもこれだけの跳躍数を制御する技術は無いはずだ。

「おい、この武器だけでもっと大がかりな手が仕掛けられたじゃねか。先に言えよ」

 
『と、理論上では言われているけど、何せ試製。しかも試すまえに事故っちた♪ ボクは意識不明で、いやーできるかどうかボクも不明な超兵器な訳ですよ』

 
『補足しますと最大出力で制御に失敗しますと、最低でも周辺星域100光年距離程度が次元崩壊するという概算が出ております。まだ初期研究段階試作型となりますので、今回は最低出力での現界実験となります。バルジエクスプレス側と協議の上に同意をいただいており、実験データを提供する見返りとして、今回のモードチェンジによって増える諸経費の一部を補っていただいております』


 さすが人道無視な絵に描いた悪役な銀河帝国。なんつー危険な物をこしらえてやがる。

 リルさんの補足に戦慄を覚えるが、いくら俺でもさすがにそんなのを武器に仕立てる気はしねぇ。

  
「うぉ。結構経費が跳ね上がりますね。創天の方は特に」


「そりゃそうよ。本社モードは広げた分、重力制御も複雑で大変だから、うちの母さんだって躊躇したけど、恒星生成にはどこかでやらなきゃならない。今が勝負どころだから、経費を何とか捻出したのよ。この形こそが私たちの故郷。ディケライアここに有りって誇れる姿……目に物見せてやんのよ」


 懐かしさを言葉の端々に見せながらも、どこかに苛立ちを感じさせるシャモンさんが天を見上げ、最大級に開いた送天の跳躍門の一つを睨み付ける。

 誰に見せるかなんて聞くまでもなくて、聞ける雰囲気じゃない。

 そして、シャモンさんの苦々しい声が響くのと反比例して、もう一つの声が不自然にやんだ。

 それに気づいたシャモンさんの耳が、僅かにへたれた。シャモンさん本人もつい口から出てしまった失言に気づいたようだ。

 しかしさっきからなんかおかしい、らしくないと思っていたが、やっぱりか……


「両艦の完全変形まであとどれくらい掛かりますか?」


『変形完了まで共に12分31秒。その後全域チェックに10分。フォルトゥナ跳躍予定時刻5分前には全準備が終了します』


 残り30分弱か……

 あまりに大きすぎるから変形はゆっくりと見えているが、末端の移動速度は音速を超えるほど。それでもメイン推進力が重力慣性制御航法である天級にとっては、変形中の過負荷を打ち消すことなんぞ余裕のようだ。

 たださすがに変形中は安全性が完全には確保できない為、艦内空間転移機能を凍結して、物理的移動だけに制限するのも納得。

 だからちょっと話をするにも、場所を変えるって訳にもいかないようだ。


「シャモンさん。変形動画をホワイトの佐伯さんにも送っておいてください。そのままだと未開惑星接触法に引っかかるからいい感じで変化をつけて」


 たびたび無茶を頼んでいる上司様に、媚びを売れるなら積極的に売っとけってな。

 開発部がこの機構フェチ垂涎なシーンを見れば、新しいバトルフォールドの一つや二つ、クエストの10や20思いつくことだろう。

 いつもならゲーム開発会社社員の責務として自分でやるんだが、個人的に優先する事がある。


「……借りてあげるから頼むわよ」


 気分的には、こっちも手を借りてるんでイーブンなんだが、そこを突っ込むとシャモンさんが怒りそうなので、黙って頷いた俺は仮想コンソールを叩く。

 シークレットスペース展開と、効果範囲は俺とアリスが十分にゆったり出来る範囲もあれば十分。

 半球形状の透明シールドが俺とアリスの周囲を覆い、同時にその範囲外にいるシャモンさんやカルラちゃんの姿だけが消え失せる。

 こいつは見ての通り、中と外を切り離して即興のプライベート空間を作る機能で、ここ展望公園の基本装備の一つ。

 ここは格好のデートスポットなので、他人が近くにいたら興ざめだったり、静かに星を見上げたいときなんかに使える機能だ。

 ちなみにアリスに最初に説明を受けたときに、アオカン機能かよって突っ込んだらグーで殴られたので、あまりいい思い出がないんだが、今回は仕方ない。 
 

「ちょ、ちょっとシンタ。なにしてるの!?」


「あーうっせ。ほれ膝枕してやるからこっち来い」


 いきなり俺がシークレットスペースを展開したので驚いているアリスの腕を掴み、強制的に横に座らせ、そのままあぐらをかいた膝にアリスを寝かせる。


「ま、まって、ち、近くにシャモン姉もカルラもいるのに」


 両手で抵抗してくるのでこっちも手で押さえるが、手数に勝るアリスはぺちぺちとうさ耳で足を叩いて抗議してくる。ただその力は弱い。

 どうせ見えないからいいだろうが。つーか俺だって身内に見られていたら、さすがに躊躇するっての。


「で。何悩んでやがる? さっきかららしくねぇぞ」


 このまま時間を浪費するのも無駄なんで、先ほどからどうにも調子が悪いというか、結構気もそぞろな相棒の悩み本題へと切り込む。

 つっても、この段階で何を思っているか、不安をいだいているなんて正直丸わかりだが。


「……シンタなら言わなくも分かるでしょ」


「そりゃな。何十年もおまえの隣にいるからな。それでも分かってやるだけと、聞いてやるのじゃ、またちっとは違うだろ。あと微妙に違っててクエスト失敗なんぞごめんだ。俺はおまえの”相棒”なんだから聞かせてくれ」


 大昔に決めたルールは今も健在。銀髪から飛び出たうさ耳が、相棒の一言でおとなしくなり、へたれ込む。

 やっぱり無理矢理にテンション上げてたか。この阿呆ウサギ。

 昨日の議会に乗り込んだ時の攻勢状態でどうにか、出来る敵じゃねぇよな今回は。

 俺に見られないためか、わざと顔を向こうに向けたアリスがぽつりぽつりと口を開き出す。


「そのさ、シャルパ姉の写真データ……見たでしょ」


「雰囲気はちょっと違うが、やっぱシャモンさんに似てるな。カルラちゃんにもその面影はあるな」


 本人に直接会った事はないから、あくまでも第一印象だが、あの三姉妹は上2人が対極的で動と静な雰囲気があり、末の妹はその中間って感じか。

 たぶんそういう風に遺伝子をいじっているって事だろうけど。

 普通の地球人からすれば、遺伝子をいじって植え付けられた特性は、作り物と感じるかもしれないが、シャモンさん達にとってはそれは誇り。

 主と仰ぐ帝国皇家末裔達を守るという意志を、先祖代々に渡り積み上げてきた意志の現れであるアイデンティティ。

 アリスの元からは、ディケライアから離れたが、シャルパさんは絶対に自分の味方だとアリスが断言するもう1人の姉。 


「今の技術なら、あの顔の傷だってすぐに消せるのに、失明している右目だって再生が出来るのにずっとそのままだった。あの傷ってシャモン姉がつけたの。だからシャルパ姉があの傷を消さないのは、あたしのために何かしようとしている証だと思う。でも、それが何かわかんない。私が分からないせいで、またシャモン姉とシャルパ姉が……って考えるとね」


 不安を吐露するアリスの声は僅かに震えている。

 イコクさんらに聞いた話じゃ、その壮絶な姉妹喧嘩をアリスは目の前にいたのに、止められなかったって話。

 もうじきその姉妹が再開って事で、完全にトラウマを掘り起こしているようだ。

 だが不安を形にした事で逆に覚悟が決まったのか、力なくへたれていたうさ耳が、徐々にだがぴんと張って力を取り戻しはじめる。

 まぁ不安だからって、そこで止まって一歩も動けなくなるような性格じゃないよな。俺の知る相棒は。

 あの空回り気味のハイテンションは1人で何とかしようとした証だ。

 多少落ち込みの色は残しているが、少しだけ調子を取り戻したアリスが、全身から力を抜いくと、膝に乗せた頭が少しだけ重くなったように感じる。

 正直シャルパさんの真意は、俺にもまだ読めない。だがアリスと一緒に考え、共に対応してやろう。

 俺とアリスはどちらかが相手に依存する関係じゃない。互いに背を預けて戦う相棒でありパートナーだ。


「でも負けられないし、止まれない。だから昨日みたいに強気で行こうって思ってたんだ。でもよくシンタ気がついたね」


「あーまぁアレだ。つきあい長いからな」


 何で気づいたかというアリスの問いに、一応二つの理由があるんだが、俺は少し言葉を濁して先ほどと同じような台詞に止めておく。

 そりゃそうだ。展望公園で最初に見たときにアリスのうさ耳の速度や角度で、なんかいつもと違うと気づいたと言ったら、あまりに特殊性癖が行きすぎている上に、こっちには俺のトラウマが埋まっている。

 地球の時間凍結を解除したときに、社長やら大磯さんらに、こちら側の事情や少し変わったアリスとの関係を説明した。

 そしてその時の第一声が宇宙の事情に驚くよりも、俺とアリスが男女な関係になった上にエリスが生まれていたことに対する『えっ……三崎君ってガチのロリケモナー?』のどん引き発言だ。

 大磯さん、俺の性的対象は、成長したアリス限定です。


「えー私が話したんだから、シンタも聞かせてよ」


「断る。おまえの名誉にも関わるからな」 


 もう一個の理由はさらに馬鹿馬鹿しい。

 先ほどアリスが、変形の決め台詞を決めかねて悩んで一回止まったから、確実におかしいと気づいたっていう、あまりにあれな理由。

 いつもなら脊髄反射的に台詞を選択しているオタクが、あの流れで決めかねてとちりゃ、そりゃ異常に気づくって話だ。

 ただこっちはこっちで嫁さんの異常に気づくにしても、あまりに幼稚すぎてどうよ。可愛い娘様もいるってのに、いい年した夫婦がなにやってんだか。

 普段なら俺が逃げたら追求してくるアリスだが、今のまったりした雰囲気を優先したのか、それとも深追いは自傷行為と判断したのか、黙って空に浮かぶ送天を見上げ、俺もそれにつられて空を見上げる。

 そのまま時間がすぎ、両艦が変形を終え、送天が作り出した大穴が歪みシャルパさんの乗艦したフォルトゥナが時空を割って、この宇宙へと現界してくるまで、俺たちは久しぶりに夫婦水入らずのゆったりとした時間を過ごしていた。 



[31751] C面 お出迎えは適材適所
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:9f05f979
Date: 2020/07/18 23:33
 展望公園から見上げた空に浮かぶのは、穴だらけの球体。


 送天全体が膨張し、船体表面に無数に生み出された様々な大きさの六角形の中で、ひときわ大きい穴の中から、純白色で染め上げられた真珠のような大型跳躍艦【フォルトゥナ】が、ゆっくりとその全容を表していく。

 現界。高位次元から、現次元へと降り立つ儀式。

 余剰エネルギーの放出によるプラズマや、僅かな船殻破砕さえ起こさず、ゆっくりと姿を現すその様は、水平線から昇ってくる月。

 銀河最大の星間運送業バルジエクスプレス次期主力艦のネームシップの名に恥じない、荘厳って言葉がふさわしい威風堂々としていながらも、優雅さを感じさせる静かな跳躍だ。

 さすがにお客様方が跳躍してきたってのに、のんびりしているわけにも行かないんで、シークレットスペースを解除した俺とアリスは、衛星クラスの超大型艦が跳躍してくるリアル風景を見上げていた。

 そのままではどうやっても光速の縛りを超えられない現次元で、絶望的な長距離を、超次元経由で大幅にショートカットするのが跳躍航法。いわゆるワープ。

 跳躍に用いられるエネルギーは膨大で、衛星艦級では一度の跳躍で恒星爆発にも匹敵するエネルギーが必要になるそうで、その分必要量との僅かな誤差も、深刻な事故を生み出す要因。

 エネルギーが足りなければ、こちらの世界に戻る事ができず次元の泡と消え、かといって多すぎれば、現界時の過剰エネルギーで、自艦のみならず、周辺星域時空間に大嵐を巻き起こしと、迷惑この上ないなかなかの危険度だ。

 誤差0.001%内がナビゲートのぎりぎり合格ラインクラスとのことだが、それでも船体ダメージは相当深刻。

 次の跳躍に向けて本格的なフルメンテナンスが必須というシビアな世界。

 だからそれら跳躍時の危険と負担が極めて少ない超長距離間固定跳躍ポイントである次元跳躍門、跳躍先の状態を知らせる無人灯台や、各恒星系に設置されたメンテナンスドッグが、銀河系航路には設置されている。

 だけどここはその銀河系航路の末端からも外れに外れた暗黒星雲近傍。地球人感覚で言うなら獣道さえない密林の奥深くに僅かに開けた平野部。

 ここまでのルートには一応の目印はおいてあるが、それでも突破してくるには傷だらけになる覚悟が必要。

 だけど天に浮かぶ白い女王の鋼鉄の肌には傷1つ無し。

 フォルトゥナの純白の肌は、銀河でも難所中の難所である暗黒星雲の中を、何度も跳躍しながらも、一切船体を傷つけなかった何よりの証ってわけだ。

 さすが跳躍精度では銀河最高峰ナビゲータと誉れ高きレンフィアさん。アリスのお師匠様と、俺なんかは感心しきりなんだが、当のお弟子様と言えば、


「あの……嫌み羊。わざわざ船体を白くして」


 銀色のうさ耳を揺らしながら、その白い船殻に修業時代を思い出したのか、今のうちからシャルパさんとの再会に向け覚悟を決め固めた作り笑顔のまま、ぎりぎりと歯ぎしり中。

  
「どうせ若い子にやらせて、失敗したら不眠不休で罰掃除やらせて、優越感にふける気なんだから」


 小型艦のナビゲートごときで上手くいったって調子に乗って、なめてかかった輩が失敗したときの、大型艦外装部モップ掛けというスパルタメニューがあると聞いたことはあるが、アリスも体験者か。

 だがアリスの性格ならさもありなん。

 まだ新モンスターのパターンやら傾向が分かってないからうかつに殴るなって言っても、殴りながら調べればオッケーってすぐ突っ込む。実戦主義って名の行き当たりばったり脳筋プレイの申し子だ。     


「んなことより、実際に跳んできた影響ってどうなんだよ。どんだけ静かに跳んでも、現れた影響ってかなり残るんだろ。やっぱ少しは荒れてるのか?」


 傍目には静かな登場なんだが、レンフィアさんのナビゲートでも、あれほどの大型艦が現界してくれば、周辺の時空間に与える影響はどうしても大きくなりやすく、連続跳躍は絶対に不可能ってのが、今の銀河の常識で有り、限界点。

 それを補うのが、空間そのものを繋げるので、影響のない跳躍門ネットワークだけど、それも先の大戦で激減。

 今は星間物質が少なく恒星系から離れて安定しやすい空間が航路に選ばれていたり、跳躍後に用いられる使い捨ての空間安定衛星なんて物で、何とか通常航路と流通網を補っているのが現状。

 なるべく跳躍や船の数を減らすために、基本的には銀河腕をまたぐ長距離跳躍航路は、乗り合い大型艦に限定され、大型艦に搭載された中型艦が一方面航路、そして最終目的地の各星系航路には中型艦に搭載された小型艦にと、マトリョーシカ方式がとられている。

 だからどうしても人気航路なら乗り合いも多く輸送料金は安くなるが、辺境域であればあるほど専属船に近くなって料金は跳ね上がるので、辺境での開発が不採算かつ高コストとなりやすい原因……というのがサラスさんからたたき込まれた銀河経済学の基礎知識の1つ。

 送天の跳躍門モードが、片道切符とは言え、各跳躍門から直接乗り付けて来られるなら、単純に半分とまでは行かずとも、コスト減の要因にはなり得るんだが、


「影響は大分弱い……かな。でもすぐに再現界、再跳躍って訳にはいかないくらい。正直微妙?」 

 
 頭の上でうさ耳を揺らしていたアリスの反応や表情を見るに、すぐに実戦投入が出来る数値ではなさそうか。


「シャモン姉。質量とか形状を変えた小型船をいくつか用意って出来る? 出来れば今の銀河系内で多めに使用されている小型貨物船のデータで」


「最新型はライセンス関係で無理ですけど、ガワと質量だけを合わせた模倣艦だったら問題ありません。クカイにも協力させてなるべく忠実に再現してみます」


「うん。お願い。船だけじゃなくて、ナビゲートの数値もいくつか制限を加えていろいろやってみる。リルは後でいいから昨日の収集データから、各星系のディメジョンベルクラド跳躍記録データをメルに転送。メルはそれに基づいて各跳躍門からの跳躍をシミュレート。結果をアカデミアと情報連結してデータを共有化。興味持ってくれそうな人が居たら実地試験の協力要請。あたし1人のデータより信頼度が高められる方向で……あとついでに腹黒羊にも一応打診」


 アリスが矢継ぎ早に指示を出して、送天の簡易跳躍門機能を何とか使えるようにするため、算段を始め、最後に心底嫌そうに、だけど絶対必要な優秀なお師匠さんを上げる。

 商売熱心なレンフィアさんなら確実に乗ってくるだろうし、むしろはぶいたらあとが怖い。

 跳躍関係の手はずをアリスがあれこれしているうちに、フォルトゥナは完全に姿を現し、重力制御による微速移動で、創天の直上方面へと移動し停止する。


『フォルトゥナ所定位置への停船確認。第21メイン可動埠頭移動。ドッキングを開始します』


 フォルトゥナが停船すると同時に、創天が広げていた細長く長大な花弁状の埠頭の1つが、根元から折れて動き始める。

 フォルトゥナや展開した創天が大きすぎるせいで棒のようにも見える埠頭だけど、その長さは手元のデータを見る限り、本州よりも長い距離をもつ大埠頭。

 文字通りの桁違いの光景にスケール感が狂ってきそうだ。

 でも宇宙であろうが、地球であろうが、おもてなしの基本に変わりなし。

 望む望まずにかかわらず、わざわざ遠方から来てくださったんだから、最上級のおもてなしをしてみせるのがサービス業の心意気ってもんだ。


「んじゃ補給リストをあちらさんに送信と。火星手作りの各嗜好品をトップに。あと必要かどうか分かりませんけどメンテ用に各種資材も無償提供で」


 何でもありな超技術持ちの宇宙において、一般的な工業品じゃとても銀河トップクラスの星々と渡り合う気にはなれない。

 後発組もいいところの俺たちが目指すべき路線は、手作り製品を含めた高品質の独自サービスを提供するリゾート惑星。

 ただ、いきなり売りにしようとしても、まずお客様なんて来やしない。

 ここは来るのも大変な辺境のさらに外の未開の地。

 だけど暗黒星雲内航路が設立すれば、近傍の未開星系群で大規模開発が行われる予定が立っているならば、その時に向けていくらでも手は打てる。

 PCOを通じてVRからの全銀河規模の宣伝活動。

 先の大戦もあって銀河文明では今ではほぼ途絶えた手工芸の匠達による伝統文化。

 原始文明であるが故に課せられた、研究目的の極少量物資以外原則星系外持ち出しを逆手にとった、ここでしか味わえない品々。

 何せフォルトゥナは今第二太陽系内に停泊中。

 純地球産資源や物資は持ち出し、持ち込み禁止。

 でも特別惑星扱いの火星の食料嗜好品や、水星、金星産物資なら、そこに金銭のやりとりが発生せず、必要最低限度であれば、現地調達物資として認められた範疇に収まる。

 無いならないなりに、未開なら未開なりに、いくらでも手はある。作れる。

 法律のグレーゾーンを上手いこと縫って手を繰り出す。

 査察官のシャルパさんが来ているこの状況で、脱法行為マシマシはちと危険だが、完全な違法行為でなければ、ある程度の修正猶予期間とお叱りですむ。

 なら逆に境界線を見極める基準にすればいい。

 一度認めさせればこっちは大手を振って、さらに大々的に出来るってもんだ。

 その判断役であるシャルパさんに当てるための最適な人材は我らに有りってか。

 もっと問題はその切り札は緊張の面持ちで、生まれて初めて会う肉親へプレッシャーを感じているのか耳と尻尾がへたれ気味だ。


「メインのお客様はレンフィアさんにシャルパさんと。んじゃカルラちゃん。アリスと一緒にお姉さんのご案内は任せた。俺とシャモンさんはあっちに乗り込んでレンフィアさんの籠絡と行きますか」 


「あ、あの小父様。でも私で大丈夫なんでしょうか? シャルパ姉さんは私情を挟まない厳しい方と皆さんから伺っているのですけど」


「カルラ! あんな根暗女にびびること無いわよ! どうせ細かい所をぐだぐだねっちこく攻めるしか能が無い陰険なんだから。嫌がらせに展開した本社モードで稼働した部署は跳ね上がってるんだから、あっちが根を上げるまで引っ張り回してやんなさい!」


 不安げなカルラちゃんの背中をバシッと強く叩いたシャモンさんが好戦的に笑い、犬歯を覗かせる。

 妹の方は及び腰だけど、姉の方は今にも噛みつきに行きそうとホント対照的な姉妹なこって。


「えーとシャモン姉。一応嫌がらせじゃなくて、シャルパ姉に望郷を意識させるための本社モードなんだけど」


「甘いです姫様! あいつがそんなセンチメンタルな気持ちに流されるなんてありません! 血も涙もない冷血女ですよ!」


 うむ。普段はアリスの言葉は無条件全肯定のシャルパさんが、非常に珍しく反論している。

 それだけ思うところ有りって事だよな。

 イコクさんらが口をそろえて、いきなりシャモンさんとシャルパさんを対面させるのは絶対にやめとけと言うだけはある。

 シャルパさんの方はどう思っているか不明だが、ここまでこじれていると一筋縄ではいきそうにもないか。

 そんなシャモンさんの様子に心配になったのか、アリスがちょいちょいと俺の袖を引いてから耳打ちしてくる。


「シャモン姉は任せるからね。あとついでに性悪羊の方も」


「こっちの大ボスがついでかよ。レンフィアさん相手なら、むしろ頼もしい人材だから心配するな」


 俺もアリスに併せて小声で本音を返す。

 レンフィアさんは銀河でも名うての人たらし。引き抜き、籠絡に長けて有能な人材を集めている人材コレクター。

 その本城にのこのこ乗り込むんだ。

 いきなり調略完了は無いにしても、種さえ埋め込ませないには、アリスへの忠誠度100な絶対守護神シャルパさんが最適。


「そっちの心配はしてないけどさぁ……むしろシンタの方が心配なんですけど。あの性悪羊と同系統でしょ。うまい話に乗せられないでよね。あの性悪羊の事だから、こっちの状況が悪いとみたらすぐに裏切るよ。自社利益最優先なんだし」


 極めて有能だけど味方につけても、情勢次第でいつ裏切るかわからない難物。

 だけどそれはゲームの駒としちゃ最高におもしろいユニット。

 こういうのを使いこなした時の快感こそ、ゲーマー冥利に尽きるってもんだ。


「あいよ。調略合戦なら望むところだっての。上手いこと乗せてくるから心配すんな。そっちこそ、情に負けて失敗するなよ」


 俺はにやりと笑ってやりながら、紋章風になったウサギとモニターが向かい合う図柄のネクタイを少しきつめに締め直す。

 今日選んだのは、我らが頼りになる同胞ユッコさんオリジナルデザインのここぞって時につけるようにしている勝負ネクタイ。


「ふんだ。じゃあ勝負ね。どっちが先に攻略するかで。リル。接触と同時にコンマタイムで計測開始」


 つい先ほどまでは不安からくるプレッシャーからの空元気じゃなく、俺がよく知っている笑顔でアリスが手のひらを掲げてみせる。


「んじゃゲームスタートだ”相棒”。カルラちゃんの前なんだから、シャルパさんに冷たくされたからって泣きじゃくるなよ」


「それこそ余計な心配。シンタこそ”パートナー”のあたし以外に籠絡されないでよね」 


 互いにからかい半分で笑い合って、手のひらを打ち合わせ、次いで拳を握り再度打ち合わせる。

 いつものゴングを合図に俺たちは、互いが絶対にそんな状態にならないと確信を抱きながら、それぞれの戦場へと向かった。



[31751] 弱小惑星改造企業vs運送業界最大手 
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:f58fe8e2
Date: 2020/09/18 23:18
 花弁にも似たメイン可動埠頭は、接岸した艦への物資やエネルギー補給以外にも、当然といえば当然だが、人の移動のためにも使われている。

 通路が繋がれば創天の船内でも用いられているカーゴが使用可能なんで、移動は楽々。
 
 もっとも大、小、どころか適正環境様々な生物様で溢れかえったこの大宇宙。移動用カーゴ1つとってもラインナップが豊富なこと豊富なこと。

 電車のように見えるオーソドックスな物から、内部が水で満たされている水棲人型、幾重にも熱遮断シールドが張られた極低温型に逆に高温型。

 この辺りはまだ創天でも常用している類のカーゴだが、中で爆発が連続しているのやら、竜巻みたいな強い風が吹き荒れている様子が見て取れるカーゴにはどのようなお客様が乗っているのやら。


「見たことないタイプと結構すれ違いますね。リルさん火星上陸ご希望なお客様はどんな塩梅ですか?」


『フォルトゥナから送られてきました第一陣リスト一万二千名様から、出身星事に並べ直します。一般乗員の休暇取得を優先。また研修生は、上陸希望者の中から、第一陣は成績優秀順を主に選抜しているようです。現段階では第二七陣まで要請をいただいております。こちらはフォルトゥナ全乗員の12%に当たります』


 仮想ウィンドウに表示されるリストには、出身星系、惑星の身ならず、さらに細かく聞き覚えのない地域や国家の名前もぞろぞろ。

 恒星間航行が当たり前の宇宙文明でも適正環境ではなかろうとも、ちゃんとした大地や大気がある星に降りたくなるのは、生物の性ってやつかね。

 しかしディケライアも多種多様な星域出身者で溢れかえっているが、さすが銀河最大の運送会社バジルエクスプレス所属の最新鋭フラグシップ兼ディメジョンベルクラド養成所。

 その人数、ラインナップが文字通り桁違い。レンフィアさんはどこまでこの銀河に根っこを伸ばしているのやら。

 もっともこっちはそれが有り難い。レアな地域との繋がり、さらに生の声。

 銀河全攻略手順の大幅な省略に繋がるので、満足してもらえるように全力で行来たいところだけど現段階で上陸要請は第27陣まで。

 人数を分けてもらったのは人数分の高性能ナノセル義体を用意するためと、こっちの受け入れキャパの限界もあるからだが、それでも参加者はフォルトゥナの全乗員1割強。

 残り9割は興味なしか、辺境星の落ちぶれた惑星改造会社には期待していないって所か。

 それともう一つ気になるのはリストの中に、レンフィアさんの名前がないこと……試されてるなこりゃ。

 適当にリストをスクロールしていく中、唯一知っている名前を見つけて、つい指を止める。

 その瞬間、向かいの座席に座った不機嫌なシャモンさんの舌打ちが響いて、思わず顔を上げると、ばつの悪そうなシャモンさんと目が合った。


「……何よ」


 根が深い問題で反射的に謝るのは選択ミスも良いところ。CG全コンプを目指すアリスならともかく、俺は最短ルートご希望な効率優先派。


「いえ、かなり珍しい辺境域の方もいらっしゃるみたいですけど、細かなご要望に対応できそうですか?」


 あくまでも仕事の体をとる社畜処世術を選択。もっとも気になっているっちゃ気になっている分野なのは間違いなし。

 火星へ降り立つといっても、生身のままで火星環境に適応できるのはごく少数。

 合わない人にはクリアな感覚転換が出来る環境対応型ナノセル義体を用意しているが、本来の身体でも楽しんでいただける切り札が、うちの娘様が今絶賛隔離中の特別地区火星第6ブロック。

 広大な火星の海に点在する諸島群は、それぞれが独立し、異なる惑星環境を再現、維持できる環境生成機能を持ち合わせたコロニー群になっている。

 問題はご出身星の主立った環境を元に作り上げているが、それはあくまでも惑星単位での話ってところだ。地域差や個人の好みまでは、さすがに設定していない、というか出来無い。

 熱いのが好き、逆に冷たい方が良い。海の匂いがする方が良い。逆に潮の香りが嫌だ等々。

 地球人に置き換えて考えてみればわかりやすいが、ただ単に生活、生存できるっていうなら振り幅は大きいが、こちらが提供したいのは、生身でリラックスできる環境。

 出身惑星の基本設定で滞在していただいたとしても、何か不満があったとき、感覚が違いすぎて微調整に苦労しそうな事なんだが、
 

「クカイが何とかするわよ。あいつ普段はアレでも、相当優秀な適応調整能力があるから」

 
 軟体生物なクカイさんはあらゆる環境に対応が出来るって話だが、シャモンさんは信頼しているようで任せておけば問題ないと不機嫌ながらも断言してくれた。

 なら雑用係の俺の仕事はクカイさんが楽に動けるように、お膳立てを整えることか。


「アンケートを取るのは決定路線でしたが、少し変化を加えてちょっとイベント組み込んでみますか」


 レンフィアさんを攻略する為の手順は決めていたが、それを少し変化させるか。こっちが欲しいのは何でもいうことを聞いてくれる使い勝手のいい駒じゃない。

 一緒に絡んでいて楽しい遊び相手。となるとだ…… 

 少し気になっている部分を補足するためにバルジから回ってきた組織図などを確認している間に、俺たちの乗っていたカーゴはフォルトゥナ船内へと音もなく滑り込んでいく。

 調べ物の手を止めて、俺はカーゴの外、フォルトゥナの内部構造へと目を向ける。

 創天がディケライアの本社として定住前提で、都市を意識した設計だとすれば、フォルトゥナの第一印象は効率を最優先したシステマティックな宇宙港。

 八画の棒状になった中央デッキを中心にその一面ごとに、全長二〇〇㎞クラス星間移動大型輸送母艦が地平線の彼方まで停泊している。

 大型輸送母艦の一隻が中央ハッチを開いていて、内部が見えるんだが、星系内短距離輸送艦をびっしりと搭載していた。

   
『バルジエクスプレス公式発表によりますと、フォルトゥナ級の輸送能力は、星系連合標準値星系が必要とする一期分の資材を一隻のみで運搬が可能となっております。現在の主要超大型輸送艦4隻分とほぼ同等。また運用コストは主要輸送船一隻と比較して微増となりますが、全体で計算した場合に、コスト大幅減を可能と謳っております』


 超長距離跳躍を可能とするフォルトゥナによって長距離を跳躍、その後大型輸送母艦が各星系方面に向けて分離、小型艦で荷積み荷下ろしをして行くというのが基本方式と、レンフィアさんからは聞いている。

 大元となるフォルトゥナは、最低でも数十、事情が許せば数百隻態勢にして、銀河全域に巡回コースを作るとかいっていたな。

 銀河要所に超巨大な移動拠点兼集配所としてフォルトゥナを配置。

 単艦でも銀河横断が可能な大型母艦で細かい依頼や急を要する依頼にも対応。

 大型母艦は、バルジエクスプレスの基準艦のみならず、現在銀河系で使われているあらゆる輸送会社の船と補給、ドッキングのみならず補修まで可能。

 
「本気で銀河全域の運送業界を牛耳りに来てるなレンフィアさん」


 アリスの両親が健在だった頃ならいざ知らず、今の吹けば飛ぶようなディケライアと比べて、でかすぎる相手。

 レベル差が違いすぎて、真っ正面から挑むのは無謀な状況。テイミングには相手よりレベルが上が必要ってか。

 ただこっちの手にはそれでも釣り上げるための餌がある。

 ほぼ王手を掛けているレンフィアさんは、トランプで例えれば無限にカードを引く権利を持ってポーカーをしている勝ち確状態。

 だけどまだ足りない物がある。

 ガワは作れたが、後は中身。つまりは超長距離跳躍をナビゲートできるディメジョンベルクラド。

 こればかりはすぐに優秀な人材を山ほど揃えるのは難しい。掘り起こすために、実習制度を作り、学校なんて開いているくらいだ。

 そんなレンフィアさんが喉から手が出るほどに求める物を、ディケライアは複数所持している、

 銀河の端から端に、太陽系の惑星数個を飛ばしてみせた実績を持つアリス。

 超長距離跳躍実験艦送天。

 アリスのパートナーの俺。

 俺とアリスの愛娘エリス。

 さらにナビゲータの力を増大させるパートナーとして適正を持つかもしれない地球人。  

 無限のカードを持っている相手に、5枚のカードだけで挑むなんぞ無謀かもしれないけど、最強の手が、特効武器の強さがあればどうにかしてやろう。

 ボス戦を前についつい楽しみが勝ってきた俺に対して、向かい側から冷たい目線が浴びせかけられる。


「油断すんじゃないわよ。あっちの社長には母さんでさえ昔は何度もやられたって話だから」
  

「了解しました。だからこそシャモンさんに付いてきてもらったんですから。逆に言えばサラスさんにレンフィアさんも何度もやられたって事ですよね。心理的プレッシャーと専門的知識のフォローはお任せします」


「本当に分かってるのか、今の軽口で余計に不安になんだけど。あたしとあんたじゃ相性悪……っ」


「そうですか? 俺は結構良い線いけると思いますよ」


 すれ違ったカーゴを親の敵を見るように睨み付けたシャモンさんには気づかないふりをして、俺はもう一度軽口を叩いてみせたが、反応は無しと。

 あっち側のボスの顔を直に確かめたかったんだが、さすがにあの速度ですれ違うカーゴの中の人を確認できるほどの動体視力を地球人は持ち合わせてないわな。

 鉢合わせにならないように気を遣ってくれたのか、それとも到着直前のタイミングでわざと見えるようにすれ違わせたのか。

 さて、どっちだろうか?



[31751] C面 宇宙忍者屋敷に光を見た
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:f58fe8e2
Date: 2020/09/25 11:22
 フォルトゥナ内を移動するカーゴは、輸送船整備区画を通り過ぎると、無人有人問わず多くのカーゴが行き交っている船体中核方面ルートではなく、カーゴが全く通っていないルートへと向かい始める。

 ナビゲーターで行き先確認してみるが、行き先不明表示。来客向けナビゲートでは表示されない社外秘ルートのようだ。

 頭の上の犬耳がピクリと立ったので、通常では使われていないルートだとシャモンさんも気づいた様子。

 だけど、先ほどシャルパさんが乗っていたとおぼしきカーゴとすれ違ってから、いろいろ思うところがあるのか、下手に話を振るのを躊躇するレベルで不機嫌。

 と、なると頼りにすべきはやっぱりこの人?になる。


「リルさん。現在位置、進行方向、速度から到着地点予測できますか?」


『外部向け資料には外殻部船殻予備調整区画の1つと記載されている方面に向かっていますが、他の調整区画と比較しセキュリティレベルが物理、電子両面において突出しており、重要機密区画と推測いたします』


 船殻調整区画は文字通り船殻表面装甲の損壊や劣化を、補填、または入れ替えるための予備液体金属がプールされた補修用区画。

 まともな補給や補修が出来無い超長距離航行艦では補修区画の重要度は高いだろうけど、最重要セキュリティ設定を施すのはさすがにおかしい。

 表示された船体図や各種データを見ると、フォルトゥナの公称船殻厚は約20㎞。

 対爆対衝撃対フレアなど原始太陽系内に突っ込んでも、船体中枢部には影響がほぼ皆無な抜群の防御性能。

 同様の性能を持つ創天の船殻厚は平均100㎞超あるが、フォルトゥナは四世代ほど先の最新型超長距離航行艦用装甲なので、1/5装甲厚でほぼ同等の防御力と。

 その分お高く、創天の船殻表面装甲の全取っ替え10回分の方がまだ安いくらいだ。

 安いが重いジャンクアーマーと、高価で軽い魔法アーマーと自然に変換して、納得する辺りが俺らの業の深さだろうか。

 敏捷値に差が出るってか。


「ミサキ……あんたここの社長に気に入られている?」


 俺がゲーム脳な感想を抱いていると、シャモンさんが声は不機嫌なままだが、船内図をいつの間にやら真剣に見ていた。

 質問の意味はよく分からないが、雑談をするような気持ちではないだろうし、雰囲気的にもあり得ない。

 
「微妙ですね。俺個人というよりも、アリスのパートナーだからっての割合が強いと思います。たとえば……」


 重要な情報だと考え、正直な感想をいくつか綴っていく。

 アリス当人はレンフィアさんをものすごく苦手としているが、レンフィアさんの方はといえば、弟子の1人として、言葉の端々にそれなりに可愛がっているという感じだ。

 だから俺に興味を持ったと言うべきか。

 ただ企業のトップ同士ということもあり、個人的感情抜きで接してくるんで、百戦錬磨な豪腕商売人社長に、お嬢ちゃん社長だったアリスが一方的に叩きのめされていたのも、一方的な確執の原因だって気もしなくもない。

 俺が銀河中央、星連議会へ向かったときも、フォルトゥナは就航前で前のバルジエクスプレス本社船でレンフィアさんに送迎してもらったわけだが、基本的にその時の地球時間で一年ほどの船旅で会話の6割がアリス関係が起点で、残り4割がサラスさんが依頼した俺への銀河経済市場最新情報レクチャー。

 いやまぁ、アリス曰くぼったくり料金はもってかれたが、その対価には十分すぎるほどの勉強にはなった……なったんだが、レンフィアさんから聞いた情報を元に組み立てた最近の対星連向け裏工作に対するアリスからの当たりが強いこと強いこと。

 そりゃ教わった人の影響は出て当たり前だが、レンフィアさんを思い出して嫌だと言われても。

 なんだろう。アレか。別の女の匂いがするってやつか。いやそこは先人の知恵に学ぶって事で納得しろよアリス。


「……何であたしはのろけ話聞かされているのよ。しかも姫様相手の」


「いや、レンフィアさんとの接し方の主体がアリス経由だと言うことを説明していただけですって」


「そういうのはイコクと飲んでいる時にでもしてなさいよ……たぶん向かっている先はレンフィア社長の私室だと思う。船殻外殻のもっとも厚い底の部分。ここの辺りが攻め手からみた攻略するには最高難度になるわね」 


 いつの間にやらジト目で見ていたシャモンさんに、とりあえず反論してみたんだが、どうにも納得していただけないご様子だが、船内図の一部を拡張して、外殻部船殻予備調整区画でももっとも分厚くなった最深部を指さす。

 ただしそこは乗員区画からはずいぶんと離れた辺鄙な場所。

 おおざっぱな地図で詳細は分からないけど、周囲に人が頻繁に立ち入る必要がありそうな設備や区画は見あたらない。

 とても私室を構えるとは思いにくい場所なんだが、これを信じるべきかどうかの判断基準が、シャモンさんの勘になるとなれば話が別だ。

 長距離跳躍艦において一番重要な物。それはどれだけ貴重で、どんなに高価であろうとも換えの効く船体や主機関じゃない。

 最も大切な者。存在。それは船を導くナビゲーター。ディメジョンベルクラド。

 この船には研修生を含め、多数のディメジョンベルクラドが乗艦しているが、間違いなく最重要なのは社長であるレンフィアさん本人。

 その身を守るために設けられた区画と考えれば、もっとも厳重な最重要区画になるのは自明の理。


「こっちは仕事の話で訪問させていただきましたが、あちら側は私室で受けると」


「そっちの駆け引きはあんたの分野でしょ。あたしは攻め落とすなら、逆に姫様を守るとしたらそこを選ぶって話よ」


「ありがとうございます。やっぱりシャモンさんに来てもらって良かったですよ」


 心から礼を言ったつもりなんだが、シャモンさんはつまらなそうに鼻を鳴らして、また思考の海に沈んで不機嫌顔に戻っていく。

 シャルパさんの行動は気に掛かるし、アリスやカルラちゃんの方が心配でしょうが無いといった所か。

 それでも俺に付いてきてくれているんだ。こっちも全力で答えなきゃ失礼ってもんだ。   
 西洋人相手なら自宅に招かれるなら、結構歓待されていると判断する所だが、いつも緩いが公私をきっかりと分けてくるレンフィアさん相手となると、話は変わる。

 ちと分が悪いか?

 こっちはレンフィアさんを完全に引き込むつもりで来ているんだが、あまり乗り気ではない意思表示って可能性もある。

 少し前までは銀河全域に新しい流通網を作るって計画には好感触だったが、エリスの件や、監査が入ったことで、見限られたか……いや、なら逆にあの人は、火星に降りてバカンスを楽しみつつアリスをからかうか。

 となると、まだどっちに傾くか微妙なライン、いや、だが……

 いくつもの仮定と、攻略手段を頭の中で組み立てていくが、しっくりくる道筋が頭の中には出来上がらない。

 勘でしかないが、どうにももっと別方面の、こっちの想定外の設問を提示をされている予感がする。

 考え過ぎと笑われるかもしれないが、こっちは文字通り地球の命運を勝手に背負わせてもらっている身。負ける気などさらさら無い。

 馬鹿げた次元、おとぎ話のような技術まで手に入れた宇宙文明に対して、考えるのを止めたらその瞬間が、力を持たない俺の無条件敗北。

 まとまりようもない仮説を考え優先順も禄につけられていないってのに、カーゴが無情に止まって、扉が開くが、出迎えや降車を促すアナウンスも無し。

 先に席を立ったシャモンさんが隙の無い足取りでゆっくりとカーゴ外に出ると、周囲の安全を確認してから、指を軽く曲げて俺を手招きする。

 席を立ちながら、一応の用心で左手につけた腕時計の文字盤をワンタッチ。簡易宇宙船機能を持つ腕時計型デバイスが起動して、


『外部環境対応モードを起動します。環境保持可能制限時間は34時間となります』


 登録された使用者である俺に適した環境で形成された特殊フィールドが展開される共に、バイタルデータウィンドウが立ち上がり内部数値を表示される。

 フィールドは、個人用携帯火器程度なら余裕。小口径エネルギー、重力兵器にも少しは耐えてくれるって話で、実演映像も見てはいるが、さすがに自分の生身で試す気にはならないんで、カタログスペックを信じるのみで済ませている。

 警戒しすぎな気もするが、ディケライア現役最強戦力のシャモンさんを俺につけたアリスの判断を尊重すれば、こっちも最大級の警戒で準備しておくべきだろう。

 カーゴ外に出ると、そこは停留所といった情景ではなく、対流する液体金属で囲まれた隙間と例えるのが正解な殺風景な光景が広がっていた。

 四方を囲う液体金属自体が微妙に発光しているので暗くはないが、どうにも圧迫感は感じる。

 振り返ってみると、先ほどカーゴが抜けてきたはずのトンネルは既に姿形もなく消え失せていた。

 床面側を触ってみると、少しひんやりとした堅い感触が返ってくる。


『船殻表面最下層。船内図上では予備装甲部最下層となっている非公開区画です。大気レベルおよび重力環境特クラス。生存環境に問題はあ……』


「ミサキ頭下げ! 重力カット!」


 リルさんの環境報告の途中で、シャモンさんが頭上に向かって拳を振り上げながら出した指示にとっさに身体が動く。

 頭を下げながら、仮想コンソールを叩いてショートカットに入れていた重力カットからの浮遊機能を発動。

 今まで立っていた床が突如変形し大穴が開き回転する歯がいくつもある破砕機が出現。さっきまで乗っていたカーゴが飲み込まれて、あっという間にスクラップへと変わっていく。

 いやあのカーゴって相当頑丈で、大気圏外からノーブレーキで惑星に突っ込んでも下手すれば惑星の方が割れるってCMでおなじみの、『惑星に当たっても壊れない』が売りでしたよね。

 なんで飴細工のように簡単に破壊されているのやら。

 頭上を見上げてみれば、天井から次々に打ち出される直径二メートルほどの無数の金属柱を、シャモンさんらしき影が遙かにしのぐ早さで接触と同時に、光を放ちながら消滅させている。

 環境アナライザーの自動測定によれば、周囲の熱が破滅的勢いで上昇しているので、シャモンさんに原子分解攻撃された柱が熱に変わっているようだ。

 ……昔アリスがシャモンさんは生身で【光になれ】が使えるだなんだと言っていたがこれか。

 しかも恐ろしいのが、これでもシャモンさんにとっては、通常攻撃クラスってのがアリスの言。

 その気になれば対象に合わせた反物質弾生成対消滅攻撃も出来るとか、云々は冗談だと思いたい今日この頃。

 シャモンさんの血筋が銀河帝国親衛隊長末裔ってのをさっ引いても、原子破壊攻撃デフォな歩く惑星破壊生体兵が軍列組んで闊歩していたという銀河大戦。

 銀河大戦はPCOでの大戦争シナリオイベントの参考にしたが、さすがにここまで無茶苦茶だとゲームバランス崩壊するからと、かなり薄めのマイルドにしたのは、佐伯さんの英断だと改めて思う。 

 
「上で生身原子分解。下でダイヤより硬いカーゴを易々粉砕ってどんな地獄ですかこれ」


 殺意マシマシだと思うべきか、それとも余興ととらえて良いレベルなのか、防衛本能が迷子状態になった俺は愚痴るしかない。


『そうおっしゃるわりには、余裕があるように見受けられますが。シャモン様の指示にも即座に反応されていましたし、予想なされていましたか?』


「いやさすがに予想は無理ですって。即座に反応できたのは、忍者屋敷ダンジョンのつり天井トラップやらに幾度かやられたからです」

 
 新規ダンジョンが導入されたらとりあえず突っ込む脳筋な相棒のおかげで、トラップに対する恐怖心が薄れたのは、良いのか悪いのか。

 大気圏突入も可能な特殊フィールド耐熱実証試験は成功ってか。ただこのまま稼働時間実証は勘弁とか思っていると、5分ほどで苛烈な攻撃は唐突に止まる。

 床の大穴が消えて、四方の壁面も元の流体金属の壁に戻ると、もはや光りの矢になっていたシャモンさんも停止して姿を現す。

 息も切らせていない辺り、これでも準備運動程度だったりするんだろうか?


「お疲れ様です。ありがとうございます。おかげさまで助かりました。戻ったら一杯おごります」

 
 計器の計測ミスだと思うんだが、瞬間的に光速を超えていたシャモンさんに、とりあえずお礼というには、釣り合っているのか微妙な提案をしておく。

 
「けちくさいわね。二杯はおごりなさいよ」


 あ、その程度のいいのか。すげーな元帝国親衛隊隊長一族。

 身体を動かして少しはすっきりしたのか、シャモンさんからは先ほどまでの鬱屈とした空気が和らいでいた。


「で、どうする気この後? ぶちこわせって言うなら上と下どっちもいけるけど」


 シャモンさんが上下を指さすがその意味は、20㎞の表面装甲をぶち破るか、それとも艦もろともたたき壊すか。

 なんつー物騒かつ頼もしい二択。

 だけど俺が選ぶべき回答じゃないな。ここまで流れに身を任せてというか流されっぱなし。

 主導権を握るなら、この選択肢しかあり得ない。


「って事らしいですけど。どっちがお好みですかレンフィアさん? 俺としてはご一緒にお茶でもって選択肢を提案しますけど」


 頭を下げてしゃがんだ時によったスーツの皺を手で直しながら、俺は虚空に向かって、不貞不貞しいだの、慇懃無礼だの、可愛げがないだの、性格の悪さがにじみ出ているだの、なぜか周りに評判の悪いいつもの口調で提案して一礼してみる。
  

『ちょっと試しただけなのに、本当に可愛げのない子達ね。旧帝国最強戦力のグラッフテンが船内にいるのに、バカな選択する気なんて無いわよ。こっちにいらっしゃいな。お茶でもしましょ』


 眠たげなレンフィアさんの声が響き、すぐに今まで壁だった場所に下へと向かうエスカレーターが生成される。

 歓迎されていると見せかけて、罠二重は俺もよく仕掛ける手なんで、一応警戒してすぐに乗らない。 

 
「試したですか。なら合格って事でよろしいでしょうか」


『さぁ、どうかしら。知りたいなら早く来れば良いでしょ。ディメジョンベルクラドのパートナーとして慎重なのは良いけど、時には大胆さも求められるって事は知っておくべきじゃない』


 パートナーね。こりゃ仕事の話を易々進めれる雰囲気じゃなさそうだわな。

 シャモンさんに目で合図をして軽く頷いたのを確認してから、先ほどまでとは違い俺は先にエスカレーターへと足を乗せた。

 ゆっくりと動くエスカレーターに俺が乗っても特に何も起きるでもなく、シャモンさんも俺の後ろに続いて乗る。

 エスカレーターはそのまま3階層分くらい降りてから、平行に代わり動く歩道へと様変わりして俺たちをどこかへと誘っていく。

 周囲の壁や床は相変わらず液体金属の殺風景な光景のままだが、ふと気づけばリルさんとの接続が絶たれている。

 本当の意味で外部との通信が制限される機密区画へと入ったって事だろうか。同時に液体金属の壁は固形化されて、細やかな装飾がされた通路へと変わる。

 そのまま1分ほど進んでから、船の大きさのわりにはやけにこぢんまりした扉の前で歩道がとまり、扉が開く。

 部屋の中は照明が落としてあるのか、それともそういう空間なのか、扉部分から先は真っ暗闇で先が見通すことも出来無い。

 素直に入るべきか、それとも観察してからと考えるべきなんだろうが、この躊躇さえ試されている可能性もある。
 
 しかしお客様は早く来いとご要望。

 だからこの状況で、俺が取るべき選択肢は1つ。

 何の迷いもなく、先行して一歩踏み出す。

 扉を抜けた瞬間、まぶしい明かりと共に浮遊感を覚え、軽く蹴ったつもりだった身体が宙に浮かび上がっていた。


「減点。無重力空間での身のこなしが素人レベル」


 扉の先の部屋。ふわふわと浮く綿雲のようなクッションに身を預けた羊角の女性。

 バルジエクスプレスのレンフィア社長が眠たげにだめ出しの減点を下していた。



[31751] C面 お茶会にはお茶菓子を
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:301e8927
Date: 2021/01/09 23:14
 いきなり放り出された無重力部屋に対して、環境変化を察知したアナライザが自動発動。

 だけど仮想ウィンドウに表示されるのは、不明や測定不能のオンパレード。

 現在位置不明、室内面積測定不能、重力変動値不規則、室内温度絶対零度から摂氏5000℃の間で揺れ動き等々。

 銀河文明じゃおなじみな空間湾曲拡張技術の賜のようだが、ここまで大規模な物は初めてお目に掛かる。

 俺がつい先ほど入ってきたはずの扉は、当然のように背後から空間変動残滓すらなく消え失せているし、後ろに付いてくれていたはずのシャモンさんの姿も無しで引き離されている。

 リルさんとの通信も復旧の気配すらなく孤立無援と。

 何このラスボス空間?

 このシチュエーションならBGMはおどろおどろしいか、逆に荘厳か好みが分かれるところだろうが、どうやら部屋の主のお好みは無音のご様子。

 耳が痛くなるほどに静寂に満たされた無重力空間の中、俺の目の前にはふわふわと浮かぶ綿雲のようなソファーに、完全に体を預けてだらけきったあくび混じりのレンフィアさんの声が響く。


「連続跳躍で疲れてるから、難しいお話は後にして、まずはお茶でもしましょ。三崎君のことだから手土産あ……さすがグラッフテン。これくらいじゃ足止めにもならないわね」


 逆さまになった俺に対して、先ほどと同じくお茶のお誘いをゆったりとした口調で申し込んできたレンフィアさんが、視線を右上の方に向ける。

 その視線移動につられて俺も目を向けると、何もない空間に一筋の光の筋が刻まれる。線の中からは周囲の空間を歪めながら、ほっそりとした指を二本束ねた剣指が出現。

 大して力も入れていないのか、軽やかに二本の指が開かれると筋に沿って、人が1人通り抜けられるワームホールが生成され、シャモンさんがそこをくぐり抜けて平然と姿を現す。


「目の前で塞がれたのに、即時対応出来なくてグラッフテンを名乗れません……ところでミサキ、姫様が前にこの技『空間くぱぁ』とか読んでたけど意味って何?」


 元々妨害にすらならないと予測していたらしいレンフィアさんに、シャモンさんも駆け引き抜きの素で返し、ついでに思い出したのかふと気になって俺に尋ねてくる。

 銀河常識では、生身での空間干渉やらワームホール生成がマジで片手間どころか通常行動なのなグラッフテン。


「あー……”ナニ”かを開く時の音の表現法のひとつです」


「”何か”を開くって割には、ぐちゃってしてる感じだけど、地球人には全般的にそう聞こえるんだ、変わってるわね」


「いや、まぁ日本限定……なのか?」


 今また銀河に一つ大きな誤解を生んだ気もしなくもないが、限定用途の方を詳しく説明するほうと、どちらの変態度の方が高いのやら。

 ただ一つ確かなのはアリスは後で説教プラスコレクション査察決定。エリスの教育に悪い物までため込んでいやがるな、あの多方面オタ。


「アリシティアは相変わらず地球文化にはまっているみたいね。それで手土産はやっぱりそっち方面なのかしら?」


 致死性トラップを仕掛け、貧乏なディケライアでは貴重な艦艇カーゴを潰したうえに、仲間から引き離しと、見事なまでのラスボス遭遇イベントムーブな、レンフィアさんは悪びれた様子もない。

 相手を見下し、常に上から目線とかの女帝タイプってならまだ分かりやすいんだが、この人はいうなれば究極のマイペース。

 常に自分のペースを一切崩さず、状況を俯瞰し、適当かつその場の判断で対応をするこれといった型がないタイプ。事前準備マシマシで相手に合わせて、臨機応変に策を立てたい俺が苦手とする相性の悪い相手だ。

 さらにいえばこっちに来てというか生き返って半世紀、いくら無重力空間にも慣れて来たとは言え、アウェー感マシマシなこの天地が定まらない感覚は、どうにも交渉時には不安要素の一つ。

 だけど弱点をそのまま放置で武力で殴る脳筋プレイは、俺の趣味でも無し。かといってこちらの得意空間、普通の地球環境に合わせてもらうってのも相手へのリスペクトがない。

 相手のフィールドを攻略しそれに合わせた特化武器作成が俺の選択。

 レンフィアさんが無重力空間を好むってのはリサーチ済み。 


「あーならまずは、密閉空間って作成できますか。飛び散りやすい細かい細工が売りの地球産の新作お茶菓子をお持ちしましたので、出来たらこのくらいの大きさが欲しいんですけど」


 俺は手を広げて1メートルほどの空間を指し示す。手土産って言うにはちょいと大きめだけど、インパクト重視だ。 

 頼まずとも銀河中の珍品名品が集まってくる誰も否定する余地など一切無いダントツの業績を誇る銀河トップ運送会社の経営者相手に、辺境惑星である地球が差し出せる代物なんぞ、そうはない。

 ならばこっちが差し出すのは文化、歴史そのもの。

 俺の要請にレンフィアさんがうなずいて軽く指を振ると、俺たちの間の空間が軽く歪み、透明フィルムのように薄い膜で出来た球体が出現する。

 確かこれは有機生命体用栄養補給時補助なんちゃら機構だかとか言う、ご大層な名前が付いているやつだ。

 この透明フィルム内に納めた食品は、固体だろうが液体だろうが、一口大に切ったり、スプーン一杯分取ろうとも、その大きさ、形状にぴったりと合わせた人畜無害無味無臭の透明な膜に包まれるので、無重力空間でも飛び散らないで普通の食事が可能となる便利機能。

 もっともわざわざこれを用意するより、重力を発生させた方が安上がりかつ簡易なのが宇宙文明。

 星を、地上を最上の物と考える大抵の種族は、擬似的だろうとも重力空間を好むのだが、一部には無重力空間での生活を楽しむ好事家ってのもいるようで、レンフィアさんはその典型的な御仁。

 アリスの事前情報に嘘偽り無しと……うむ、さっきの教育的指導と相殺して、よほどマニアックな物以外は見逃してやるか。

 仲良し夫婦のこつはどれだけ寛容になれるかという先輩方のアドバイスを思い出しつつ、俺は仮想コンソールを叩き、空間湾曲ストレージ機能を立ち上げ、その中からお目当ての手土産、レンフィアさん向けの特効武器をフィルム内へと出現させる。

 現れたそれは絹糸のように細い飴細工の球形かごで形作られた黄金宇宙。

 その内部空間には、在りし日の太陽系が浮かぶ。

 オレンジ色の大きなパンプキンパイを太陽に見立て中央に鎮座。

 8つの惑星、5つの準惑星には、世界各地から死後スカウトしてきた菓子職人たちによる、葛餅、マカロン、月餅、グラブジャムンやらの多様な文明を表す各国のラインナップ豊かな菓子類。

 そして数え切れないほどの小惑星には金平糖やらキャラメリゼされたナッツ類やらと小さくとも存在感ある小振りの菓子。

 その中には今回の無茶ぶりに答え、我の強い職人さんらをまとめてくれた百華堂火星支店の香坂さん新作和三盆干菓子『紗星』も並ぶ。


「銘『太陽と星々』。地球文明初の無重力空間専用菓子詰め合わせの試作品となります」 


 俺たち地球文明の名刺代わりとなるそれは、東西の熟練菓子職人達によって制作された菓子の天球儀。

 無重力専用と謳うのは伊達じゃない。文字通り宙に浮かぶ菓子をつなぎ止めるのは、目に捕らえにくいほどに細い飴糸。

 少しでも余計な力や重力が掛かれば崩壊する繊細なバランスと、計算され尽くした見た目が描き出した一品物の芸術品。

 しかもこれは宇宙において尊ばれる、百パーセント人の手により作り出された代物。 

 なによりかつて俺の命を救うために無くしてしまった太陽系のあるべき姿。

 恒星を失い窮地に陥った地球文明に対して、俺とアリスが目指すべき贖罪にしてゴールの形。

 新たな太陽を生み出す第二太陽系作成への誓いを込めた渾身の一品。

 これに対して、宇宙人二人の反応は、

 
「また食べるの恐ろしくなるとんでもない高価な代物を持ってきた……食べたくても食べさせないための嫌がらせ? 地球人の指って実は百本くらいに分裂したりしない?」


「恐ろしい事に片手5本の指でこれやってますよ。どれだけ器用なんだか」


 地球人へのどん引きと、片手、指二本でワームホールを作り出すシャモンさんにだけは言われたくない評価だった。

 いや、まぁ俺らもアイデア出して、こんな感じでと注文を出したら、その想像を遙かに超えてくる完成品を見た時には、正直なんつー物作ってんだこの爺様共と唖然となったことはなったが。

 文字通り第二の人生を謳歌どころか、神職人ばかり集めた所為で、意地の張り合いやら負けん気やら、リスペクトやら刺激しまくりで、あの年齢でも皆様方まだまだ進化を続けている当たり、パワフルなお年寄りに感謝だ。


「生菓子も多くて、時間停止空間にでも入れないと日持ちしませんので、どうぞお気軽にお試しください。地球文明が存続する限りいつでも提供できますから」


 直接的すぎるが地球文明延命のために協力を要請しつつ、俺は一礼をしておく。

 ちなみに自分達の星系系を模したこの【星系菓子】は、各星系国家政府やら代表企業主催のレセプションパーティー用に作成しますと売り込み予定中。

 こいつをスタンダードに出来れば、物を売るよりもさらに大きな効果が生まれる。

 つまりは地球発祥の一つの文化が、宇宙文明に刻まれるということだ。

 いうなれば最高難度天帝レベルの宇宙文明には科学、武力では到底かなわずとも、文化勝利を目指すルートでは必須な文化爆弾を生み出す為の第一歩だ。


「こっちがびっくりさせようとしてるのに、簡単に超えてくるわね。全くあの子と同じで可愛げの無いこと。二人とも座りなさいな。宇宙でもっとも高価なお茶会をはじめましょ」


 眠たげな表情は変わらず、どれだけダメージを与えたのか今ひとつ不明なうえに思っていたのとは違ったが、とりあえずレンフィアさんから、流れの主導権を取るって目的は達成できたので良しとする。

 こっちはとりあえず先制攻撃は何とか成功。

 さて、アリスの方はどうなっているやら。そろそろシャルパさんとエンカウントしたころかね。



[31751] C面 強敵こそ笑顔でお出迎え
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:80899074
Date: 2021/03/13 23:48
 創天とフォルトゥナ。

 本社モードを展開した創天が伸ばした埠頭アームを接続されたフォルトゥナからは、表層部の移動用軌条を埋め尽くす幾百もの流星が流れ落ちてくる。

 その明かり一つ一つが旅客カーゴであり、上陸希望第一陣合計一万二千ものフォルトゥナ搭乗員、そして今回のイベントバトル最大のボスキャラであるシャルパ率いる特別査察官チームが乗っている。

 降り注ぐ流星雨に対して、こちらから上っていくカーゴ。龍勢はただ一つ。

 ただ一つ逆送する小さな光点は大海に投げ込まれた砂粒のように、あっさりとフォルトゥナに飲み込まれ姿が見えなくなる。

 普通ならば不安を覚えるほどに儚くか弱い戦力差。

 だがアリシティアの心に、不安という存在はあっても、そこにネガティブな要素は一切の欠片さえ含まれない。

 相手が強大。しかも二大ボスは、アリシティアの事をよく知る従姉妹と、呼ぶのは癪だが師匠っぽい性悪羊。

 こちらは愛娘の粗相という大ピンチに加えて、物資の少なさ故に法的にちょっとばかり極めてダークよりなグレーゾーン案件をいくつも抱え込んでいる状況。

 勝ち目は少ない。だが言い換えれば勝ち目だってある。

 ならば楽しむだけだ。この攻略激ムズな無理ゲーを。

 自分は、自分達は、ディケライアは、火星の人々は負けない。

 パートナーが持つ逆境を楽しむ性癖を、悪癖だとなんやかんや文句は言いつつも、とうの昔に感染していたアリシティアにとって、先ほど大海に飲み込まれた砂粒は砂粒にあらず。

 たった一粒で塩っ辛い海を、甘いシロップに変えてしまう劇薬だ。

 
「リル。どーせシャルパ姉の乗ってくるカーゴって最後尾でしょ?」


『はい。搭乗リストでは、シャルパ特別監察官およびチームご一行の乗るカーゴは最後尾となっておりますが、よくおわかりになりましたね』


「とーぜん。あの性悪羊のことだからシャルパ姉を、シャモン姉に認識させて揺さぶりかけてくるはずだから。ふんだ。そんなぬるい手で揺さぶりが出来ると思っている段階で負け確定。ざまーみろ」


 天に浮かぶ純白の外装が勝ち誇っているようにも見えてちょっとむかついたので、楽しげな笑顔を浮かべたまま舌を出してあっかんべーと勝利宣言代わりの挑戦状を叩きつける。

 どうせあの性悪羊の事だ。アリシティアが姿を見せていれば、不安げな表情を楽しんでやろうとこちらに船外カメラに合わせてのぞき見しているはずだ。


「当ての外れた性悪羊のむすっとした顔が見られないのが残念かなー」


 カウンターをたたき込んでやったアリシティアは、矢継ぎ早の連続攻撃とばかりにと、頭のうさ耳を勢いよく振り回しながら、声が届かなくても何を言っているかわかりやすいように、口の動きを見せつけて煽ってさえみせる。

 直接通信を繋ぐことも出来るが、相手を煽るなら言葉よりも、わざとジェスチャーやら遠回しにした方が、ヘイトが稼ぎやすい。これはあの仮想世界で学んだ経験の一つだ。


『わざわざ外部から観測されやすい展望公園に陣取ったのは、このためでしたか。三崎様達が苦労するのでは』


 底意地の悪いレンフィアなら、出迎えの挨拶代わりの軽い気分で、三崎達に致死性の罠でも仕掛けてくるかもしれないが、それでも信頼する家族2人なら大丈夫だと太鼓判を押す。


「平気平気。シンタならどんな状況でも楽しんでくるだろうし、シャモン姉が一緒でしょ。いざとなったら、あんなくす玉ごときパッカって割って返ってくるから」


 対照的にアリシティアの横で緊張した面持ちが抜けないカルラは、重力制御によって安全とわかっていても、視界を埋め尽くしのし掛かってくるかのような重圧を覚える、接舷状態の衛星クラス艦の大きさに圧倒されていた。


「いくら姉さんでもさすがにアレは……」


 数キロサイズの小衛星程度ならクラッカー感覚でたたき割る姉だが、いくら何でもさすがに最新鋭の要塞用外装を持つ恒星間航行艦を単身でどうにか出来るとは思えない。


「それが出来るからあなたたちは特別なんだって。さてと、でももう1人できるお客様が御搭乗か……」


 カルラの心配を軽く流したアリシティアは睨み付けていた天のフォルトゥナから、目の前に意識を向け直す。

 あっちはもっとも信頼するパートナーに任せた。相性の問題で言えばそれが適任。

 だけどこちらが楽できるわけではない。相手は姉と呼んだ人であり、その部下には社長としてのアリシティアの手腕に疑問を覚え一度は見限った元社員達も多い。

 デバフの入った状態での戦闘。だけど恐れることは無い。不利な状況下での戦闘?

 そんな物はいくらでも超えてきた。こっちの成長を見せてやるだけだ。


「難癖つけられないようにしっっかりいくよ。リル。全お客様にフル検疫実行指示。同時に飽きさせないように特別惑星滞在用チュートリアルスタート」


『はい。全カーゴに対して検疫システムを開始。星系連合特例惑星法に基づいた個別滞在プランを提示。選択肢レベルVIPクラスを標準とし、火星環境非適応生体のお客様向けにナノセル義体のプライベート設定をご案内いたします』


 基本的には、恒星間航行技術を持たない知的生命体が住む星は、星系連合では原始文明惑星と定義し、学術研究目的以外の接触は禁止されており、生身での接触も禁止されている。

 しかしこれにはいくつかの特例が存在していた。

 原始文明惑星近隣航路で起きた、何かしらの事故や事件の事態収束のための間接的な接触や、非合法組織による希少生物や希少鉱物を狙った違法な漁や採掘に対する取り締まり目的での惑星降下等。

 これらは現地知的生物に察知されないように秘密裏に行われることも多く、やむを得ず接触した際は記憶消去などの手段を取ることもあるが、規模としては極めて小さい事例。

 それらとは別におおっぴらに接触できる例もいくつかあり、代表的な例としては自文明としては星系間航行能力や技術を保有していないが、星系連合設立以前に、銀河帝国時代に何らかの干渉や生体改造が行われたとはっきり証明できる原始文明や生物への接触案件となる。

 未開惑星接触法においては地球および地球人類はこの後者に当たる。

 かつて銀河帝国に対する反抗勢力であった反乱軍をその主な出自とする星系連合の根幹に通じる。

 戦力的には比べるべくもない弱小組織であった反乱軍が戦力差を覆す為に取った戦略は、星間航行権利の有無や生殖制限など階級事に定められた厳密な身分制を敷いていた帝国に対して、対等な同士として帝国に隷属させられていた種族を迎えるというものであった。

 当時使い捨ての生体兵器として用いられていた戦闘種族などを仲間に引き入れるための選択であったが、それが遙か未来に、地球人への特例を認めさせるための事例として、意地の悪い男が掘り起こしてくるとは当の幹部達も思いもしなかったことだろう。


「検疫が終わり次第、火星に降下予定のお客様はそれぞれの滞在区域にご案内。クカイに環境管理はお任せで。サラスおばさんは都市部観光担当。イコクは工場地域物資補給案内担当。イサナさんは大分広いけど海洋全域担当。ノープスおじいちゃんは次元門跳躍影響のデータまとめ飲酒可で。ローバーとあたし、それにカルラで基本査察に対応。担当部署はそれぞれ副部長クラスが補佐で対応。必要になった各部長に繋いで」

 
 既に事前に決めており、それぞれ各所に散らばっているが、担当の割り振りをあえてアリシティアはもう一度全社員向けに口にする。

 査察には全社あげて対応が最善だろうが、それを選べる人的余裕などディケライアには無い。

 査察と同時に休養目的で降りてくるフォルトゥナ搭乗員、そして多数の異次元跳躍ナビゲーターディメジョンベルクラドの卵達。

 これらの攻略も同時に成し遂げなければ、ディケライアには、地球には未来は無い。

 多数展開したモニターには、創天管理区域へと入ってきた各カーゴと搭乗者達のデータが目まぐるしい勢いで流れていく。

 第一陣は約12000名。それが第二七陣まで続き最終的には50万もの者達が創天や火星に来訪することになる。

 しかしこれでもフォルトゥナ全乗員の1割強。現実を最上とする銀河文明において、本物の惑星という魅力をプラスしても、まだまだ降りるほどの価値は無いと思われている証左だ。

 そしてフォルトゥナは銀河中から集まった多種多様な人種が乗る船。今の星系連合を表す縮小図のような人種のるつぼともいえる形態を持っている。

 これを満足させなければ、もっと引き出せなければ、これから先の勝ちだっておぼつかない。

 困難な状況であろうとも、将来に向けたテストケースとして最適な状況が転がり込んできた吉報と喜んでやろう。それくらい出来無ければ銀河に喧嘩なんて売れるわけがない。


「通信機能は最大を維持。追加希望者が申し込みやすいように案内サイトも調整。基本アクティビティにプラスして、細やかな要望に応えられるように。無理そうなら仮想側で対応ね」


 現時点での受け入れ最大可能数からみれば余裕があるが、あくまでそれは普通に受け入れた場合の話。生態が異なる為に満足してもらえるだけのサービスが出来るかはまた別問題。

 だからあえて銀河文明では代用品扱いである仮想での対応も考慮する。

 なぜなら仮想世界は、仮初めであっても、代用品では無く、もう一つの世界だとアリシティア自身が知るが故に。

 もう一つの世界だと認めさせずナニがゲーマーか。


『未対応環境人種を数例確認。データベースからの情報を元に、滞在環境構築を開始いたしますか?』


 かつてのディケライアは銀河を股に掛けた惑星改造会社。そのデータベースには銀河中の主要、辺境を問わず多種多様な人種が好む基本環境データが揃っているが、相手は銀河最大の運送会社バルジエクスプレス。

 ディケライアですら実際に対応したことの無い惑星出身の人種がいても不思議では無い。


「うちのよりもバルジに当たってから、クカイに対応投げちゃって。バルジ側に基本データ確認してご要望をお伺いしつつ微調整。あとデータとれるなら、調査探索部の誰か1人に仮想で感覚体験してもらって問題点あぶり出し」


 しかし慌てず騒がず、あとで情報料を請求されるのを承知でバルジエクスプレスからも情報を受け取るのを含めて基本指示を出す。

 以前のアリシティアであれば、自分で自分達だけで何とかしようとしたかもしれない。

 出来ることは出来る。出来無いことは出来無い。そんな当たり前の事ですら考えることが出来ず、何とかしようとしていた。

 前衛後衛があって職種によってスキルがまるで違い、戦い一つでどんなスキルでもやれることがあると知った、そして自分でも実際にやってみた。

 問題が起きないわけはない、起きて当たり前。それを前提条件とし、いかに即座に対応するかカバーするか。起こさないように事前に対処できるか。

 予想外のスキル構成のボスに追い込まれつつも対応を考え、対人戦で囲まれていようとも、信じるパートナーがいればスキルをやりくりしてどうにか出来る。

 それを仮想世界での実体験として学んできたのだ、理解したのだ。

 経験値として手に入れたのだ。これがリアルで無くナニをリアルとする。 

 その自信がアリシティアを支える。


『三崎様達との通信途絶。現在位置を見失いました。こちら側のカーゴが原子分解された事により、ナノセルを用いての再接続に失敗、外部通信からクラックを開始し通信復旧を試みます』


 パートナーたる三崎との連絡が途絶。しかもリルの報告と同時にいつも感じている三崎の気配がいきなり感じられなくなっても、動揺なんて生まれるわけが無い。生まれる道理が無い。

 
「ふんだ。揺さぶりのつもりでしょ。その程度であたしとシンタがどうこうできると思わないでよね。どうせ向こう側から挨拶代わりにこっちの懐を探ろうってクラックが来てるでしょ。シンタ達の方は良いから、リル、あとメルもちょっと遊んでやって」


 可動埠頭によって物理的に繋がった段階で情報戦はさらに激化している。

 こちら側がやったように、フォルトゥナ側も相手側の管理区域に正々堂々と送り込めるカーゴを体の良いトロイの木馬として用いている。

 だから相手陣営に飛び込んで三崎達の行方を探るよりも、こちら側の情報防衛を優先。下準備も出来ていないのに心配して向こう側に飛び込むなんてそれこそ相手の思うつぼ。

 あくまでも勝負するなら自分のフィールドで。

 帝国が誇った天級制御AI二つ相手にどこまでやれるか見てやろうと、がっつり受けて立つ方を選択する。

  
『ういさっ! なるほどなるほどなるほど。これが今の銀河の最新鋭AIの坊やお嬢ちゃん達ですか。お上品なことで。おねーさんが面白可笑しく童貞狩りをしてやがりますよ!』


『メル。やり過ぎて貴女の劣化模造品を量産をしないように。あとで天文学的な賠償金を請求されかねないので』


 送天が転移門形態に変化し活性化した影響をAIも受けているのか、いつもより2割増しのハイテンションで軽口を叩くメルを、リルが注意する。

 しかし彼女たちの主はさらなる燃料を注ぎ込む指示を出す。


「甘いリル! メル好きにやっちゃって! サラスおばさんに最大限の弁償金を取れるように請求書作成を頼んでおいて。カーゴ内には火星さんの希少な生成物や手製工業品が入っていたって目録もつけちゃおうか。ふふんだ。ちくちく地味な嫌がらせしてやるんだから!」


『いいねいいねあっちゃんさすが! ヒストリー加えちゃうよ!』


 相手から見れば端金だろうが、レンフィアの守銭奴的性格に地味に刺さるちくちく攻撃を、過去の様々な屈辱への憂さ晴らしを兼ねた三崎への援護攻撃として繰り出す


『カルラーヴァ様。お姉様方の検疫が終了しましたが、どうなさいますか?』


 実に楽しげに悪巧みをはじめた1人と1AIの主従に対して、リルはあきらめてカルラに指示を仰ぐ。


「……乗艦許可を……すみません。叔母様が叔父様とコンビなんだなって、それにエリス姉さんのお母さんなんだって改めて実感してました」


 カルラの知っている普段のアリシティアは時折子供っぽいところはみせてはいたが、それでもここまで逆境において楽しげに笑う好戦的な性格をしていなかった。むしろそのコンビである三崎に呆れている表情の方が覚えがあるほどだ。

 だけど今の姿は、負けず嫌いな所はエリスティアにそっくりと思ってしまった。


『彼の地には朱に交わるという表現があるそうです。そういう意味ではボス戦時のアリシティア様は真っ赤に染まってますね』


「ふふんだ。自分の血じゃ無くて返り血だけどね。オッケーリル。監察官ご一行はこのままここまでご案内。カルラ駅までお出迎えにいきましょ」 


 あまり良い意味で使われない表現であるが、むしろそれを勲章のように誇ったアリシティアは、テンションに任せてボスとの接触イベントへ一気にスキップさせる為に展望公園駅へと先陣を切って歩き出した。

 駅について数分後。創天の標準カーゴよりも二回りは大きく、長い10連結式の新型カーゴが音も無くホームへと滑り込んでくる。

 いざというときには星間程度の距離なら移動可能な緊急ポットとしても用いる事の出来るカーゴの銀色の車体には傷1つ無く、リルのセンサーですら内部構造を見通せない防諜機能を完備しており、製造メーカのロゴはあるが、カタログで見たことが無く特製品らしい。

 停車後すぐにカーゴの搭乗口が開き、整然と足並みを揃え、多数の人々が降りてくる。

 彼らはフォルトゥナの搭乗員では無く、あくまでも唯一の乗客達として、銀河の辺境も辺境に属するこの星系まで訪れた。

 ディケライアの法律違反をあぶり出し、その活動を停止させ、地球を管理する権利さえ、星系連合の物へとする事。

 星系連合からの注意では無く、全権委任された惑星特別査察官が実際に査察に来るという事例は、目をつけられたという事はそういうことだ。

 人種によって形状の違いはあるが揃いのダークブラウンの制服に身を包んだ監察官達がホームに並び、その先頭に立つのは隻眼犬。

 その背後に並ぶ中にも見知った顔がいくつも見て取れる。

 片目が潰れたひどい傷を残したまま硬い表情を向けてくるディケライアの敵に対して、アリシティアがまずすべき第一声は……そんなの考えるまでも無かった。


「乗艦許可をいただきありがとうございます。星系連合惑星特別」


 他人行儀な挨拶なんて受け付けないという断固たる意志を発揮してインターセプトを仕掛ける。


「お帰りなさい、シャルパ姉、みんな。元気にしてた?」


 例え敵であろうとも、彼らにもう一度会えた時にはすると決めていた笑顔で迎えてみせる。

 強くなった自分を見てもらうために、見せつけるために。 



[31751] C面 銀河のラスボスLV1
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:80899074
Date: 2021/04/24 22:37
「乗艦許可をいただきありがとうございます。星系連合惑星特別査察官シャルパ・グラッフテン以下132名。早速査察に入らせていただきます」


 アリシティアが繰り出した先制攻撃の挨拶に対して、無視し眉根1つ動かさずシャルパは、傷跡も痛々しい白く濁った右目と冷徹な左目でアリシティアの視線を真正面から受け止めながらも、星系連合の印章が入った査察証ホログラムを提示した。

 人から見れば、冷淡すぎる対応にも見えることだろう。

 現にアリシティアの後ろで控えているカルラーヴァは、初対面の実姉の冷淡な返しと眼光鋭い単眼に驚き萎縮してしまっている。

 グラッフテンは遺伝調整をされて生まれる一族。その姓を持つ者は、魂魄の一欠片までも銀河帝国皇家に尽くすという使命が根幹へと刻み込まれている。

 それはグラッフテンを形作る物として銀河帝国が滅びた今も変わらず、末裔たるシャモン、シャルパやカルラーヴァにも施されていた。

 最優先対象であり姉と呼び慕うエリスティアが罰として隔離され、銀河標準時間で数日だけとはいえまともに会えずいただけでカルラーヴァは心身ともに絶不調になったくらいだ。

 だというのにシャルパは、最優先対象であるはずのアリシティアと決別して以来会うのは、数百年降りだというのに、全く動揺したそぶりも無く、その挨拶さえ流してしまった。

 もし自分が同じような態度をエリスティアに取ったならば、まともに立っていることが出来ず、へたり込んでしまっただろう。

 挨拶を無視されたアリシティアもさぞショックを受けていることだろうと、おそるおそるアリシティアを見てみると、

 
「さすがシャルパ姉。仕事に私情は挟まずだね。ここで私的な挨拶されたら逆に幻滅かな。じゃあこっちも……ご乗艦歓迎いたします特別査察官ご一行様。ディケライア社代表取締役社長アリシティア・ディケライアです。謹んで査察をお受けいたします」


 表情が一変する。先ほどまでの親しみをみせる笑みから、微笑を浮かべながらもより相手を飲み込む圧倒的な余裕をもつ貫禄へと。

 査察証の提示と共に送られてきたデータが、アリシティアが手元に呼び出した仮想ウィンドウに高速表示されていく様が、情報共有しているカルラーヴァの視界に飛び込んでくる。

 査察内容、部署は多岐にわたり、どれだけ本腰を入れてきたか、まだ学生で勉強の途中であるカルラーヴァでもひしひしと感じるほど厳しい物。

 そもそも惑星改造会社にとって、星連特別査察官とは鬼門。

 彼らが訪れた段階で、不正行為の何かしらの証拠が押さえられており、既に敗北が決まっている負け試合。

 いかに傷を浅くするか。改善策を打ち出してみせるか、次善策しか手は無い。出来無ければ開発停止、悪ければ事業免許取り消しさえもある非常事態。

 それでもアリシティアの余裕ある笑みは変わらない。受けて立とうと心の底から本気で歓迎していると、感じさせるものだ。
    

「確認させていただきました。複数のチームに分かれて各惑星および担当部署に、査察に入られるという認識でよろしいでしょうか?」


「スケジュールの指定はこちらでさせていただきます。恒星は欠くとはいえ惑星4つと、衛星級大型艦二艦となりますと……」


 かつて姉と呼んだ者と、姫と仕えた者のやりとりとは信じがたい、実務的なやりとりに終始した事務的な対面はしばらく続く。

 カルラーヴァは、口出しする立場でも知識もないので、その間も無言で後ろに控えるしかないのだが、どうにも居心地が悪い。

 ディケライア社においてカルラーヴァの立ち位置は、本来は幹部社員の娘、妹であり、次期後継者であるエリスティアの従者でしかない。

 この場に立ち会っている資格が無いととがめ立てられてもおかしくないので、臨時的に案内役という非常に曖昧な役職を与えられて、一応問題は無いのだが、それでも慣れない物は慣れないのだから仕方ない。

 姉であるはずのシャルパも、一瞥さえしてこないのも緊張感を高める要素の一つ。

 何を考えているのか分からない冷血鉄面皮。

 それはもう1人の姉で、シャルパの双子の妹でもあるシャモンが吐き捨てるように教えてくれた評価だが、今のところその人物評通りといった印象を受けていた。

 だがそれ以上に、カルラーヴァには何を考えているのか分からないのがアリシティアだ。

 特別査察が入るという絶体絶命な状況でも、アリシティアの強気な笑みは変わらない。

 むしろ自分達の勝ちを確信しているかのような自信ありげな笑みに、見えて仕方なかった。

 









「あのクソ女。姫様の挨拶無視なんて……」


 画面の向こうに移るシャルパさんを今にも捻り殺しに行きそうな剣呑な顔を浮かべたシャモンさんの手の中で、握られていたフォークが紙細工のようにくしゃりと曲がり、さらには粒子となって消え失せる。

 この人に石炭を握ってもらえば人工ダイヤが作れそうだなと思いつつ、下手に口出してターゲットを向けられてもアレなんで、俺は出された渋めの茶を無言ですする。

 こっちが持参した手土産『太陽と星々』。太陽系を象った恒星系菓子の監修にはアリスが入っている所為か、それとも固定するために砂糖菓子やキャラメリゼを多用した所為か、やたらと甘いのが多いので、この渋めが助かる。


「アレで一応は拒否反応がでてるでしょ。どれだけタフなんだか。アリシティアはアリシティアでこまっしゃくれちゃって。母は強し、それとも女は強し?」


 大量の茶菓子と、おそらく天然物のやたらと高い茶葉を前にポリポリとつまむレンフィアさんは、無重力空間なのをいいことに寝っ転がりながら、アリス達の対面をご観覧中。

 リルさんとの回線は切断されたまま。復旧する気配もないので、文字通り見ているしか出来無い状況だ。

 完全に場の手綱を握っているはずのレンフィアさんがちょっと不満気なのは、シャルパさんの塩対応にアリスが全くショックを受けずに平然と受け止めているからのようだ。


「ならゲーマーは強しって事で。この程度でやられていたらレスバやらさらしを乗り越えた有名プレイヤーなんぞやってられませんって」


 最初期はともかく、出会ってからの記憶じゃあの程度でへこむアリスなんぞ想像も出来ない。オンラインゲーは不特定多数な匿名空間。そりゃ言いたい放題なむき出しの悪意が刺さる刺さる。

 むろん俺だって、数々言われてそれなりに、


「君から感染したって訳か。アリシティアもパートナーに毒されたなら納得納得」


 いや勝手に俺をみて、ノーダメな理由を納得されても困るんですが。

 そんな俺の視線での抗議はまるっきり無視して、レンフィアさんは茶菓子をつまみつつも、俺らが星連議会に提出した事業計画書をすらすらとスクロールさせながら流し読みする。

 一瞬で数千ページが流れていく文字の奔流だが、銀河の人らの強化された視神経やら脳はその速度ですら容易く受け止めてみせるので、ちゃんと見てくれていることは見てくれているようだ。


「昨日の議会放送は私も見ていたけど、これ結構甘いわね。リスクが高くなるけどもっと稼ぐ方法があるってすぐ分かりそうじゃ無い? この草案作ったのサラスでしょ。彼女がそんな手抜かりすると思えないんだけど」


 その証拠にレンフィアさんは最後までページをスクロールさせたあと、少しだけ思案気な表所を浮かべてから、気がついた点を直球で投げ込んできた。

 さすが銀河を股に掛ける最大の運送会社バルジのトップ。この計画案に組み込んでいる不備というか、弱点をあっさりと見抜いてきた。

 
「えぇ、それはあくまでも銀河全体の共存共栄を目的とした場合の航路設定や流通計画。これを元に、各惑星や星域単位で動けば、より確実な、そして実入りの多い新しい航路を開けますね……他の星域を犠牲にしてでも実行すればですけど」


 俺はそれについて頷いて答えてみせる。隠すことでも無いからだ。

 俺たちが作り出した流通網計画の趣旨は、銀河全体で見れば最大利益を出すためのマクロ視点の物。

 ミクロ視点で見ればいくつかの穴や、改善点が浮かび上がってくるのは当然。

 自分達だけ儲けようと思えば儲けられる計画が目の前にあるとなれば、どう動くか。

 銀河全体で共存共栄を得ましょうというのは立派な理想論だが、大小の差はあれ銀河全域で数千万を超える各国家が、足並み揃えてとなると現実的じゃ無い。

 むしろこれが争いの種になる可能性さえある。

 開発計画なんぞ何せ先行有利。先に地盤を固めて、流通網を作ってしまえば圧倒的アドバンテージをとれる。

 実際に我先にと詳しい内容や具体的な内容を尋ねてくる問い合わせが、ディケライアに殺到している。先行争いレースは昨日から始まっていると言っても過言じゃ無い。


「何企んでるんだか」


 何でそんな一見理想に見える現実的でありながら、実質では危険な計画書をわざわざ星連議会なんて衆目を集める場で公表して、さらに議論を巻き起こした?

 呆れ気味な目線の中に僅かながら避難の色を込めて、レンフィアさんは俺に問いかける。

 銀河全域を流通網に持つ大運送会社にとって何より変えがたい物は航路の安全性。トラブル無く、安全、確実に荷を届けられることが、銀河において最も重要な条件となるだろう。

 だから少しでも荒れるなら、ディケライア社の申し入れは受け入れがたいとその目が語っている。

 さてここでごまかす、とぼけるという選択肢も無くは無いが、選ぶと後々で苦労しそうなターニングポイントだと俺の勘が告げる。

 ならば提示すべき答えはいくつかあるが、その中からどれを選択するか? 

 
「多少の無理を通すためです。今更釈迦に説法ですが、普通の状況ならちょっと航路を作るのは危険だったり、維持するには採算的に問題ありとみる場所がいくつもあるでしょ。そういう時に他にも狙っている人がいたらどうしますかね?」


 地球の慣用句だけど、頭の中の翻訳機能が上手いこと翻訳してくれると信頼して、俺はとりあえず無難な、そしてまともな答えを提示する。

 より近くなる、便利になる航路が、今まで築かれていなかったのはもちろん理由がある。

 そこが危険星域をまたいでいたり、大戦時から可動を続ける無差別攻撃型バーサーカー艦隊の影響範囲内をかすめていたりだったりと。

 なるべくリスクの少ない現実的な場所を選んだつもりだが、二の足をふむ箇所が少なくないわけでも無い。

 だから後押しを、競合相手を用意したと俺は言外で語る。そしてこの計画書の肝はその競合相手を、提携相手と呼び変えれば、リスクを分け合い、より成功率を高める計画になることにある。

 星系連合設立以来の根本理念は共存共栄。銀河のお偉方はそれをみせていただけると、こうご期待しときますかね。

 
「君に聞いても悪役面で無難な答えだけみたいね。シャモンさん。どうなのこれ? アリシティアの援護になるの」

 
 殺気マシマシな目で今もシャルパさんを睨み付けていたシャモンさんに、レンフィアさんが躊躇無く話を振る。

 あれだけお怒りなのに恐れない辺り、レンフィアさんも肝が据わっているというか何というか。

 そして、やはりこの人の目をごまかすのは大変だと改めて気持ちを引き締める。

 そっちも気づかれたか。

 シャモンさんがちらりとこちらを見るので、俺は無言でカップに手を伸ばし口を塞ぐ。口出ししないのでどうぞという合図だ。


「交渉はあんたの仕事でしょ……あの根暗鉄面皮がどれだけ悪辣な手を仕込んできても姫様の勝ちです。ミサキが勝負に出た段階で、勝ち筋が完成してます。本当に悪辣な奴ですから。あの鉄面皮冷血女さえ味方だっていう奴ですから」


 とても味方を褒めているような言葉じゃ無いんだが、シャモンさんからの褒め言葉として受け取っておこう。


「勝ち筋が確立している? 見えてるじゃ無くて……計画が動き出している。既に先行して動いている星もあるから……あぁ」


 やはり頭がいいなこの人。答えに行き着いたのか納得しつつも、どん引き顔で俺に目を向けた。


「航路新設、整備の大事業となると、既存の惑星改造会社はどこも手一杯になる。そうなるとそうそう仕事は受けられないわね。思い付いた事より、実行したって方に感心するわ」
 

「でしょうね。しかもそれが銀河の端の端。辺境で太陽を失った四つの惑星を維持しながら、地球の人らに異変を悟らせない、苦労ばかりで美味しい仕事でも無い。となると、手をあげる企業はそうはいないでしょ。人道上の使命感にでも燃えていたら別ですけど」


「断言する。皆無よ。ここまでの移動費用で足が出るかもしれないのに、そんな地雷案件を踏むお人好しの惑星改造企業がディケライア以外にあるわけないし、もしあったならとっくに潰れてる。ましてやこれから空前の航路開拓ブームが来るかもしれないのに」          


 呆れ気味な視線を受けながら、俺は我が母星地球を象った超特大のグラブジャムンを切り分けて自分の皿にのせる。

 甘い物はさほどすかないけど、これも演出の一つだ。


「銀河帝国との違いを謳う星系連合にとって、惑星保護は重要命題の一つ。何かあれば地球が全滅っていうこの状況下では、査察で不備があっても、事業免許取り消しどころか一時中止も出来ません」 


「ざまーみろって奴です。シャルパの奴が、どれだけ気合い入れて査察しようが、それは改善すべき課題としてうちは受け入れるだけ。ディケライアを裏切ったあいつが、何をしてもディケライアの為になるだけです」


 多少は溜飲を下げたのか、それともやけくそ気味なのかシャモンさんがシャルパさんを睨み付けながら勝利宣言をした。


「母星の同族を人質にか……ミサキ君。君はどこ目指してるんだか?」

 
 甘いという概念がバグったような甘さを持つインド菓子を一口かみしめると、口の中に激甘シロップが生地からあふれ出してくる。ドーナッツのシロップ漬けとはよくいったもの。

 あとでカルラちゃんに同じの持たせて、隔離中のエリスへの差し入れにしとくかと甘さに悶絶しつつ考えながら、レンフィアさんの質問への答えは差し控えておいた。

 そりゃ言えるわけが無い。娘持ちのいい大人が、銀河のラスボス目指してますなんて、風体が悪いのにもほどがあるってもんだ。



[31751] C面 最重要任務
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:80899074
Date: 2021/04/29 06:17
「こりゃまた……多いな」


 是正勧告リストを軽く流し読みしてみるが、第一印象はその一言。

 赤字は現時点で違反状態。黄色は要注意。青色で現状は問題なし。赤色はさすがに少ないが、黄色ランプが多すぎて目がちかちかしてくるくらいだ。


「一応これでも、一つの部署の保有器具の極々一部だけどね」


 目覚ましのコーヒーがなみなみと注いだカップを置いたアリスに礼を言いつつ、タップして詳細情報を呼び出してみるが、空間浸食型非破壊検査機という何に使うのやらよく分からん分類の調査機器。


「これ現役なのか?」


「たぶん。型式から見ると数十期は前に購入した骨董品だけど、チェック機能が動く以上は使えると……思う」


 対面に腰掛けたアリスは同じカップにドボドボと砂糖をぶち込んでちびちびと舐めるように飲みながら自信なさげに答える。

 シャルパさんら監査チームが、監査を開始して既にこっちの時間で二週間以上。

 ただあの人と達も言っていたとおり監査対象がでかすぎる為に、全体の5%も終わってはいないんだが、それでもすでにこの量だ。最終的にはどのくらいの是正勧告くらうか今から恐ろしくなってくる。

 監査に対する対抗策として遅延戦術の一環として、本社である創天を拠点モードとやらに展開したおかげで、かなり昔の資材倉庫やらリストから消去されていたような保管庫も出てきたりとてんやわんやなんだが、それはある意味物資不足のディケライアにとっては埋蔵金を掘り出したような物。

 ただ埋蔵金と言っても、地球時間で数万年単位で死蔵されていたような物なんで、それがすぐにお宝となるわけでもなく、使えるかどうかをまず判断しなければならないんだが、それにはシャルパさんら監査官様ご一行は、実に有能なチェック機能として稼働中だ。

 なんせあちらもお仕事。ダメならダメとしっかり調べてどこが問題かと指摘してきてくれるので、こっちとしてはそれに合わせて廃棄するか、使用可能かなんかの判断を省略できている。

 ただそれはあくまで簡易判断なんで、実際に稼働させて問題点をあぶり出す必要があるんだが、この数となるとそれも一苦労。

 しかし人手という意味では俺らには力強い味方がいる。

 そう。やたらめんどくさい単純作業だろうとも、ゲームとなれば惜しみなく時間と労力を提供してくれるお客様が。


「となると問題は、こいつらをどうするかだな……実際動かしてみて問題点のあぶり出しが早いか」


「うん。そっちの方はサエさんから、ガチャ方式で行くってさっき連絡あったから、その結果次第で上手く組み合わせて修繕して再利用コースかな」


「あいよ。今日はあっち側で半年に一度の重要な仕事があるから向こうに詰めるつもりだったから、調整してもらっとく」


「ん。シンタにまかせた……でもね。エリスについて、シャルパ姉が全く触れてこないんだけど、どうする?」


「あー……下手に触れたら墓穴ってなりかねないし、そっち狙いかもな。とりあえず静観しかねぇな」


 監査の本命は俺らの愛娘のエリスのやらかし。保護対象星である地球への不正跳躍なんだが、今のところそれについてシャルパさん側からの言及は無し。

 一応こっちもそれについては、無効化するためにいくつも手を打っているが、全く反応無しってのも恐ろしい。


「りょーかい。じゃあこっちはいつも通りシャルパ姉にくっついてるから、何かあったら即連絡で」


「あいよ。じゃあしばらく留守にするから頼んだ」


 アリスとの打ち合わせという名の朝の雑談を終わらせた俺は、カップののこりを一気に飲み干し、地球へと向かうための準備を始める。

 さて今日は半年に一度の最重要任務……ご近所総出のどぶ掃除だ。

 会社代表としてご近所様のお役に立ちましょうかね。   



[31751] C面 強襲はいつだって不意に来る
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:80899074
Date: 2021/04/30 23:19
「いやー晴れて良かったですね。雨で延期となると、今日みたいな都合のいい日が取れないですし」


 天気は快晴。というか灼熱。夏らしいといえば夏らしい日。

 リルさんに天候設定を頼んであって、もうすぐ雲がかかるので作業中は少し涼しくなる予定だ。


「でもいいのかい。わしらが簡単な周辺清掃作業の方にまわって? 年寄りが多いから助かるのは確かだけど」


「えと、はい。大丈夫です。三崎君がいつもの外、いえ交渉力を発揮して援軍要請してくれましたから」


 町内会長の竹内さんをはじめに、頭に白髪が交じりはじめているご近所の方々がゴミ袋を片手に申し訳なさそうに頭を下げてくるのに対して、我が社の最終兵器受付嬢大磯さんが笑顔で返す。

 いつもなら町内どぶ清掃は、もう少し涼しくなってから秋口辺りに行われるんだが、今年はサンクエイクによる電磁障害対策集中工事が、市内全域で同時期に行われることもあって繰り上げ。

 しかし町内会長の仰るとおり、真夏にご年配のご近所の方々に、側溝の蓋外しやらの重労働をしていただくのは、熱中症を考えるとちと危険。

 だからご近所の大半を占める年配の方らは、周辺の植え込みゴミ回収など軽作業の方に回っていただき、俺ら少数の若手組が重作業って役割分担は、ある意味当然の戦力配置。

 前回のぎっくり腰連発の二の舞は避けたいしな。たかだか腰が痛いだけだろうと思っていたんだが、あの痛がりようと言うか悶絶している様を見たら、なめてかかったらえらい奴だと、自分がやって無くても実感する。

 ただ若手組と言っても、実年齢はあれな俺や大磯さんを含めても、ご近所有志で10人ほど。それでこの裏通りの側溝を全部となるとさすがにやばい。

 となると助っ人参上が、この場合の正しい解決法だ。


「大丈夫ですよ。今回は、企業訪問やら会社見学やらな若手がいますから……この状況で断らないよな。若い連中?」


 振り返った俺は嫌みたっらしく、後方に控えていた集団ににやりと笑ってやる。

 そこに控えていたのはKUGC所属で絶賛就活中の後輩一同プラス、羽室先輩に引率された美月さんら高校生組がいる。


「汚れてもいい格好でとは聞いていましたし、この状況下から逃亡って選択肢はしませんけど……これのどこが企業訪問ですかシンタ先輩?」


「ネットで繋がったこの時代、家賃の安い地方都市でオフィスを構えるのも選択肢の一つとしてありだろ。だけど見た目怪しい輩が年中無休24時間出入りする運営会社としちゃ、ご近所様との良好な関係構築は必須だろ」


 この世代の部長宮野が憮然とした表情で睨み付けてくるので、それらしい理由を俺は笑って答えてやる。もっともこれはうちの社長の受け売りだ。

 安心しろ宮野、俺も昔どぶさらいのどこが最重要任務だと思っていたからな。


「あきらめなって美貴。シンタ先輩が部長だった時も合宿っていって温泉街につれてかれて、旧館からの荷物運び出しとかあったじゃん」


「あーあれな。美味い飯と風呂が食い放題、入り放題でも、とんとんか微妙な、絶妙なラインだったな」


「でも今回は一日だけだからって交通費プラス弁当代ってけちくさくないですか先輩」


 姉貴の嫁ぎ先旅館の改装工事か、そりゃ懐かしい。俺の時間認識上は半世紀以上昔の事なんだが、後輩一同にとっちゃ数年前の悪夢再びのご様子だ。

「あー心配すんな。このあとうちの社内でいろいろおもしろい物を見せてやるから。ゲーム攻略には役立たんが、これからの実装予定機能とか開発工程なんかをチラ見だけどな。会社行事に参加って、どこかのステマだってだまくらかそうとしているお嬢さん方にも有効な手だろ」 


 後輩らにはいつもの横暴な先輩命令だが、その後ろの高校生組は引率の先生以外は、俺の最後の台詞に困惑気味。

 先頭に立つ美月さんから若干敵意の籠もった視線が向けられてくるのが、気に掛かるくらいか。

 うむ。あとで親父さんの清吾さんにお土産に持って行ってやろう。こんな美月さんの表情は珍しいだろうからな。







「ねぇ美月。さっきのアレって、あたし達の計画がばれてるよね」


 学校指定のジャージの上にいつものマント姿で泥をすくう麻紀が、少し離れたところで男性陣一同で、次々に蓋を外している三崎の様子をうかがう。

 他プレイヤーから優遇されているという誤解とヘイトを招かないために、自分達はステマプレイヤーだと思わせるのが今の美月達の方針だ。

 ステマ偽装戦略は今のところ順調といえば順調だ。

 少しばかりちょっかいを掛けられることはあっても、他プレイヤーから嫌がらせの妨害や本気の攻撃を仕掛けられることもほぼ無く、決闘の約束をしたサクラたちからの襲撃も無く、着実に戦力増強と経験値を稼げている。
 

「ばれるのは想定の範囲内だよ……だから今回の接触って釘を刺すため、だと思ったんだけど」


 何らかの策略で三崎が呼び出したと警戒はしつつも、従来の生真面目さで丁寧に掃除を続ける美月は、その真意が読めず困惑していた。

 三崎の発言を額面通り受け取れば、確かにステマ偽装に有効だ。ただそれ自体が罠ではないかと警戒が高まるのも、三崎の今までの言動を考えれば当然と言えば当然。

 どぶ清掃はともかく、この後のまだ公開されていないこれから実装予定の新機能などの最新情報は、運営との繋がりを如実に表している。

  
「あー2人とも気にしすぎると罠にはまるよ。前も言ったでしょ。先輩の場合は考えさせることも、リソース消費させる戦術だったりするから。あと純粋に人手が欲しくてって線も捨てがたいから。その辺ってどうなんですか……大磯さんでしたっけ?」


 すくった泥をざるで水気を切る美貴が対三崎に対する心構えを説きながら、三崎の同僚だという若い女性ホワイトソフトウェアの受付大磯に探りを入れる。


「三崎君だからねー。あなたたちも大変でしょ。三崎君が先輩だと。私は年下だけど一応社歴は先輩なのに、結構無茶ぶりくるから。ただ今回はどうだろ? アリスさんが三崎君のこと外道善人って呼ぶでしょ。今回は作業が真夏で何かあっても大変だからって、業者さん呼ぼうって話もあったんだけど、町内会費残金で頭を悩ませている会長さんに、三崎君が提案してたから」


 同情の色を含めた大磯の苦笑には、仕方ないと思いつつも三崎への信頼が見て取れる。

 
「ご近所への好感度調整ですか……あの先輩のことだから他にもいくつか狙い上がるんでしょうけど。今回は何を企んでいるんだか。ダイレクトアタックしている羽室先輩に期待するしかないか」


 今の三崎の人脈を考えれば、他にも人手を招集する伝手はいくらでもあるはずだ。それなのに今回わざわざ県をまたいで自分達を呼び寄せたのは何かの狙いがあるはず。

 美貴の推測に、美月の警戒レベルは一つ上がっていた。









「で、お前何企んでやがる?」


 対面で一緒に蓋を持ち上げた羽室先輩が、真っ正面から切り込んでくる。


「だからさっき言ったでしょ。会社見学の一環プラスちょっと手助けですよ」


 まぁ疑われても今回は使えるカードが少ないのと、美月さんらへのちょい援助のつもりだったんでそのままだ。 


「うさんくせぇ」


「かわいい後輩が素直に答えたのに、その返しは教師としてどうです」


 雑談をしつつも息の合った作業で蓋を外して、横に並べていく。腰が痛くなってくるが、さすがにこりゃ町内のご年配方や、運動不足な会社の先輩方にやらせるのは酷だわな。

 うむ。来年以降もこの企業訪問恒例行事にと社長にプレゼンしてみるか。

 タウン誌辺りで紹介されれば、企業イメージプラスのいい宣伝になりそうだ。


「先輩をどぶ掃除に借り出すかわいい後輩なんぞ存在しねぇよ。第一シンタの場合は言動が日常から怪しいんで額面通りに受け取る奴が少ないっての自覚しとけ」


「これでも嘘偽りなく、誠実に生きてるつもり何ですけどね。ほれ高校生だけ呼び出すとアレですけど、引率の先生いれば問題ないでしょ」


「どこが誠実だ。この間だって……おぉそうだ。なら教師らしく公正に教えといてやる。この間の情報OG連中に流しといたぞ」


 激烈な嫌な予感が背筋を走る。真夏の作業で全身から出ていた汗が一気に冷たい物に変わる。

 待て、この先輩、何をあの女悪魔共に流しやがった。

 いくつか候補があるが、どれもあの先輩方に掛かっちゃ、美味しく料理されかねない。

 
「うちのかわいい生徒に手を出す暇が無くなるくらいの嫌がらせにはなるだろ」
 

 羽室先輩の表情に、かつて罠師と恐れられた特攻ハム太郎の顔がダブりやがった。

 最悪のパターンを想定して、対策を立てようと頭がフル回転する。
 
 だが最悪ってのは、いつだって予想外、もしくは手遅れになっているから最悪だということを改めて実感する羽目になる。


「あーいた。シンにぃ! やっほー!」


 俺を呼ぶやけにフレンドリーな子供の声が響いた。

 俺の知り合い連中は俺をシンタと呼ぶが、親戚連中は同じ名前の親戚がいるんで、俺をシンとよぶ。

 そしてそこに兄をつけてくるのは、今のところただ1人。

 この先を考えると振り返るのも嫌だったんだが、ここで無視するという選択肢は俺には許されない。最悪の状況となった場合あとが怖すぎる。

 麦わら帽子に日焼けした手足と、まさに健康優良児な田舎の子供がそこにはいやがった。


「母さんがお盆も帰ってこないから、偵察して来いって、いやー熱いね、こっちは」


 今このタイミングで無ければ、妹みたいなかわいい姪と分類してやれる姉貴の一人娘。三崎ひまりがエンカウントしやがった。



[31751] C面 ペテン師に嘘はいらない
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:80899074
Date: 2021/06/19 22:50
「偵察って……待てひまり? お前、付き添いは!?」


 周囲を見渡してみたが、出現したのはうちのかわいい姪っ子のみ。

 姉貴や義兄さんは、お盆が過ぎたとはいえ、まだまだ夏休み期間中で旅館仕事で忙しいから無理としても、女将の菊代おばちゃんか、誰かが一緒かと思ったのだが、


「そうやってすぐ子供扱いする。あたし1人だよ。新幹線だって問題なし!」


 元気いっぱいにVサインしてみせるが、小学3,いや4年か? どっちにしろ子供だろうが。

 姉貴。ちっとは娘の心配しろよ。一人旅には早すぎんぞ。まさか陽葵の帰還時に俺が送ることを狙いやがったか。くっ、姉貴ならやりかねない。


 強硬手段に出るとは思っておらず、対処が遅れている間に陽葵が次の手に出る。


「シンにぃどぶ掃除まだかかる? なら、手伝う手伝う! うちじゃこういう事って、あんまりやらせてくれないからおもしろそう!」


「まて、ひまり。そのお出かけ着では止めてくれ。姉貴にあとで買わされる」


 直接顔を合わせるのは、俺の感覚では半世紀以上ぶり、陽葵視点では一年以上ぶりだってのに、挨拶もそこそこに俺らの作業を見たひまりが助っ人を名乗り出るが、即座にインターセプト。

 こいつの魂胆は分かっている。俺の偵察目的と名乗ったからには、まずは周囲からの情報収集って所だろう。

 田舎とはいえそれなりの伝統も格式もある温泉旅館の一人娘。

 まだ小学生とはいえ、多数のリピーターを確保して、地方記事にたびたび取り上げられるミニ看板娘のコミュ力を侮る気なんぞ一切無い。

 ただあからさまな妨害は、こいつの後ろに控える黒幕な姉貴に余計な不信感を抱かせる。

 とりあえず速攻で脳内プランを立て直し、対実家用に前から考えていた対策を追加する。


「大磯さん! すみません。ちょっといいですか」


「ほいほい。問題発生みたいだね」


 闖入者とエンカウントしていた俺をちょっと離れたところで見ていた大磯さんを呼んで、こっちに来てもらう。

 興味津々という感じだが、陽葵がまだ子供で良かった。これで女子高生辺りだったらご近所様に怪しげな噂をされかねない。


「こいつ、うちの姪っ子なんですけど覚えてます?」


「あー。ひまりちゃんだっけ? 大きくなったねー。前に社員旅行でお世話になったけど覚えてるかな?」

 
 この業界特有な腰痛がやばい社員が多いのはうちも変わらず、そこを見越した姉貴が、嫁ぎ先の温泉旅館の割引券攻勢やら団体割引サービスなどで、うちからもリピーターを確保していやがる。


「覚えてる大磯のおねーちゃん。シンにぃの先輩さんでしょ。いつもシンにぃが、無茶ばかり言ってご迷惑をおかけして申し訳ありません。ありがとうございます」


 姉貴仕込みの礼儀正しさを発揮するのはいいが、陽葵よ。小学生姪に、その手の挨拶をされる叔父の社会的地位を気遣う気持ちは持ってくれ。

 遠巻きに見ていた後輩共もしっかり聞き耳は立てていて、なにやら気持ちは分かるという表情で頷きやがってるし。


「三崎君だからねぇ。三崎君ちのお姉さん、ひまりちゃんのお母さんも、とんでもないことしでかしてないかって、心配してよく連絡くれるよ」


 陽葵の目線に合わせてしゃがみ込んだ大磯さんも、陽葵に負けないにこにこ顔で、さらっと俺にダメージの入る精神攻撃を繰り出しなさる。

 この2人、どちらも年配者受けの良いじじばば殺し。シンパシーみたいなもんでもあるんだろうか。

 このままニコニココンビに、暴露大会でも始められたら叶わない。


「俺もこっち終わるまで手が空きませんし、その間はひまりが手伝いたいそうなんで、服装どうにかしてそっちの手伝いに使ってもらえますか」


 まずは陽葵のご希望通り手伝いの手配をする。

 とは言っても、さすがに小学生にコンクリートの蓋をはずしたりする力仕事メインの男衆の仕事は危険って常識と、こっちである程度は、陽葵経由で姉貴やら実家に伝わる情報を操作するために、大磯さんらと一緒にさせるのが、まぁ無難だ。


「オッケー。着替えはさすがに無いから、ちょっと熱いかもだけど、倉庫にあった雨合羽を羽織って予備の軍手があればいいかな」


「頼みます。戻るならついでに、アレも持ってきますか」


(リルさん天候操作、雲を薄めて日射し強めに)


(畏まりました。天候調整を開始いたします)


 大磯さんに提案する裏で、リルさんに連絡を取って、雲で陰らしていた真夏の日射しを召喚。

 雲が切れて真夏のぎらぎらした直射日光が差し込み、一気に気温が上がって来る中で、すかさず、


「竹内会長! 日が出てきたし、一度休憩入れませんか!? うちの会社から差し入れでおしぼりやら飲み物も冷やしてあります」


 こういうイベント事でご近所への気配りを欠かさない社長の命令で、近所の潰れた飲食店から仕入れた型落ちの業務用プレハブ冷蔵庫に、飲み物やらほどよくぬらしたタオルが冷やし済みだ。

 いつもなら秋口の清掃が、真夏に繰り上がった段階で、熱中症対策に手配済みの社長はさすがの一言。


「白井社長からか悪いね。あとでお礼を伝えてもらえるかい。あと今度また一緒に飲みに行こうって」


 いくら日が陰っていたとはいえ、炎天下の作業が続いていて、皆様方少しへばり気味だったので、俺の提案に異論が出るわけも無く、竹内町内会長の快諾に参加者の皆さんからは歓声があがる。


「カナ! 悪い。そういうことだから何人かつれて取り入ってもらえるか!」


「ういっす。んじゃ羽室先輩高校生組、借ります」


「おーいけいけ。俺らは腰がやばい」


 休憩と聞いた瞬間、座り込んだ羽室先輩やらご近所では若手でも四捨五入すると30、40代組と、立ったままの高校生含めた20代組のフットワークの差が顕著だ。


「じゃあちょっと取ってくるね。いこうかひまりちゃん」


「うん。シンにぃの仕事場って、初めて見るから楽しみにしてたんだ」


 大磯さんは、陽葵やら後輩連中を引き連れ会社の方へと一度戻っていき、参加者の皆さんが日陰に入ったり、座り込んで休憩に入るのを横目で見てから、俺は集団から少し離れる。

 今回の奇襲の黒幕へと連絡を入れる為だ。

 仮想コンソールを立ち上げ、回線を接続し姉貴の嫁ぎ先みさきや温泉旅館の予約状況をまずは確認。

 地元じゃそこそこの伝統を誇るみさきやと、俺の名字が一緒のは何のことは無い、そこの若旦那はじいちゃんの兄貴の孫で、はとこに当たる親戚筋。

 名字を変えなくて楽だから、義兄さんのプロポーズを受けたとか嘯くが、結構大きくなった陽葵もいるってのに、未だ時折夫婦水入らずデートに出かけている姉貴の言い訳は無理がある。

 個人端末に繋いでも、日帰り温泉もやっているので昼前じゃ出ないだろうから、旅館の予約専用回線に繋ぐと、


『お電話ありがとうございます。みさきや温泉、あれシン君じゃ無い。お久しぶりね。ひまりお嬢さんはもうそっちついたのかい?』


 仮想ウィンドウに映るのは仲居頭の加代ばあちゃん。

 こっちの顔は表示されていないんだが、アドレスから通信相手が俺だと分かると、皺なのか苦笑なのか判断しづらい笑顔を向けてくれる。

 俺もガキの頃に何度も遊びに行っていて、その頃から仲居頭をしている人だが、さっきの陽葵に対する大磯さんじゃ無いが、未だに子供扱いされかねないので、こっちの顔は映さなくて正解だったな。


「来ました来ました。俺は聞かされてないってのに。小学生を一人旅させるなって、そちらの親御さんに説教したいんで、姉貴を出してもらっていいですか」


『はいはい。若女将! やっぱり来ましたよ! シン君から!』


 保留画面にも切り替わらず、画面の向こうでばあちゃんが席を立つと、すぐに仕事着である着物姿の姉貴が顔を出す。待機してやがったな。


『シンあんた昼前の忙しい時間に予約回線に連絡しない。あと姉ちゃんと話すなら顔くらい出せ』 


「今は外だっての。姉貴もご存じの通りどぶ掃除中だ。狙いやがったな」


『そりゃそうでしょ。守秘義務とかぬかして不義理果たす弟を捕まえられる千載一遇の機会なんだし』


 俺のかまかけに、悪びれた様子も無く姉貴は答える。やっぱりか。

 現在時間流遅延状態の地球上と、時間の流れが違う宇宙側と行ったり来たりしている関係上、どこから齟齬をかぎつけられるか分からない事もあり、俺のスケジュールは家族相手でも極秘事項。

 羽室先輩経由常連客になってくれているOG路線か、それとも市内一斉のどぶ掃除を伝える市の広報経由か、その両方か。とにかくこの時間に。ここに陽葵を送り込めば確実に俺が捕まえられると読んでたな。    


「それでも手段は選べ。ひまりに一人旅させるなんて何を考えてんだ。義兄さんが心配しすぎで心労で倒れんぞ」


『昨日から五月蠅かったから丁度いい。旦那もいい加減に少しずつ娘離れしとかないと、ひまりが反抗期に入ったら胃が死にかねないし。お義母さん、女将もむしろ見聞を広める良い機会だって大賛成してるから問題なし』


 姉貴の口ぶりからして義兄さん既に寝込んだ後っぽいな。菊代おばちゃんも敵に回っているから義兄さん孤立無援か。マジで申し訳ない。


「それより問題はあんたよ。あんた! シン! 姉ちゃんに隠してることあるでしょ!」


 こっちの文句などぶった切った姉貴は、怒髪天な鬼の形相でマジギレをかましてくる。

 思わずびくりとし身震いしてしまうのは、年のちょい離れた姉貴を持つ弟の悲しい性なのだろうか。


「あのな、こっちもいい大人だぞ。家族に言えないことの一つや二」

 
 のらりくらりと躱そうとするが、姉貴はそれを許さない。


『あんたの場合一つ所か、いつも山積み! しかも今回は極めつけ! 隠し子!? エリスって子の見た目から逆算したら、生まれたの大学の頃でしょ! 親族会議でつるし上げられる前に、アリシティアさんの親御さんに土下座しにいくから、今から頭丸めてきな!』


 いや姉貴よ。一気にまくし立てるな。もう少し駆け引きしろや。

 あとアリスのご両親は、限りなく死亡に近い行方不明状態なんで、物理的に無理だっての。

 こっちのプランを徹底的に破壊して、一気に結論まで持って行く一気呵成な総攻撃は姉貴の得意技だが分が悪すぎる。

 しかし予想通りというか、最悪というか、羽室先輩発信、OGのお姉様方経由で、一番やばいところに情報が行きやがったな。

 エリスの顔ばれは、娘様が美月さんらに仕掛けたときの映像あたりが出所か。
  
 さて、ある意味で一番厄介な所に漏れた極秘情報に対して、俺が打つ最善の手は、


「あー分かった分かった。それかよ。エリスは確かに俺とアリスの娘だよ。ただ生まれたのは、えと……まだ”一年”も経ってないぞ」


 顔を見られながら伝えたら、姉貴相手だと100%ばれる可能性があるが、声だけならば何とかごまかせると信じて、呆れ声で伝える。


『……どういう意味』


 眉間に皺を寄せ不審顔の姉貴の反応は、1:9くらいでまだまだ分が悪い。だがそれでもこっちの話を聞くモードにはとどめられているようだ。

 なら。そこでさらにだめ押し。


「だから言葉通りだって。まぁ丁度いいや。今日のお客さんらに先行公開する予定だったから、ついでにひまりと姉貴らにも顔合わせ出来るように会社に頼んどくから。とりあえずどぶ掃除が今日は優先だ。二時間くらい後でまた連絡するから、空けといてくれ。出来たら義兄さんと、あと親父とお袋も摑まるなら、たのまぁ」


 ピンチはチャンスなりってか。

 姉貴だけでもやばいのに、さらにやばい親父も召喚することで、後ろめたい所は無しというアピールをぶちかます。


『シン……あんた、またとんでもない嘘ついてないでしょうね』


 向こうからは映っていないはずの俺の内面を見透かすかのように、じと目を飛ばしてくる姉貴はまだ半信半疑って所か。

 マジで家族からの信頼度低いな俺。


「ついてないついてない。ちったぁ弟を信じろよ」


 そう俺は嘘は言っていない。何一つだ。

 エリスは俺とアリスのかわいい娘。こればかりは否定しない。

 否定しちゃいけない。

 例えそれがごまかすためだとしても、本心からでも無いとしても、例えこの問答をエリスが知らずとも、一生知ることが無いとしても、エリスを思えば、否定しちゃいけない。

 そして俺自身の根っこから譲れない部分だ。

 だけどそれ以外は臨機応変に。

 つまりは一切嘘はつかずに、相手を騙す。

 そう。時間流が停止状態から遅効状態になって極めて遅い歩みを進めている”地球時間”で考えるならば、娘様が生まれたのは、確かに一年以内なんだからな。

 嘘は言ってないと胸を張れるってもんだ。



[31751] C面 今少し時間と予算をいただければ、どうにかする一族
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:b4029844
Date: 2022/01/21 23:25
『リルさん。アリスに緊急援護要請おねがいします。プラン74B4』


 日陰に入って休憩を取りながら、あらかじめ用意していたプランを発動させ、最強相棒召喚の準備を始める。

 家族への隠し子ばれなんぞ、風体悪いことこの上なしだが、こいつをチャンスに生かす方法も無きにしも非ず。


『畏まりました。ですがアリシティア社長は地球時間該当時刻には、監査に立ち会っておりますがいかがなさいますか?』


宇宙もピンチなのは相変わらずだが、ここはお仕事大好き日本人らしくなく、家族優先と行かせてもらおう。


『家庭の問題で押しきりで。でもカルラちゃんだけだとシャルパさん相手はきついだろうから……サラスさん、いえシャモンさんに御出陣を願いますか』


 シャルパさんの私情を挟まない性格から見るに、サラスさんならそつなくこなしてくれると思ったが、それだと予定調和が過ぎる。

 あっちの三姉妹も、次の手のためにそろそろ顔合わせイベントを同時進行と行くか。

 当てが外れる可能性も高いが……大怪獣決戦になったらなったで、アカデミアの先生方にグラッフテン同士の全力戦闘データという貸しをご提供。
 
 不幸中の幸いを見つけて心の均衡を保っておこうと不謹慎なことを考えていると、通信用仮想ウィンドウが開く。

  
『ちょっとシンタ。お義姉さんがエリスの件で奇襲ってマジ!? しかも女子部ルートって!』


 画面に現れたのは、頭上のうさ耳をばたばたと動かす焦り顔のアリスだ。


『ばれたばれた。羽室先輩経由でOGのお姉様方だろうな。この間、姉貴の嫁ぎ先に泊まりに行ってたみたいだからそん時だろうな』


『うにゅゅぁつ! 次のオンライン女子会が取り調べ会決定!?』


 人の恋愛を酒のつまみとして大好物にする魑魅魍……もといOGのお姉様方にとっちゃ、俺とアリスの間に隠し子なんてビッグニュースを放置はあり得ない。

 遊ばれること確定なアリスはさらに絶望顔だ。

 禁断技のようで、機密保持の名目なら結構ほいほい使えそうな地球人類総記憶改竄ってワイルドカードもあるんだが、それをやった日にゃ、ようやく出来はじめたエリスのお友達ネットワークも皆無に戻っちまう。

 うちの娘様が、麻紀さん達に勝手にエンカした段階で、娘ばれは覚悟していたので、その他諸々と含めて策は立てていた。
 
 それはアリスも知っているが、予想していた漏洩ルートの中でもアリス的には最悪な一つのご様子。

 しかしこれはちとまずい。

 何せ姉貴、親父、さらにはお袋とこっちの弱点を知り尽くした天敵共のお出まし。アリス防壁無しじゃ心許ないってのに、このデバフ精神状態はいささか計画がずれる恐れあり。


『そっちも何とかするから任せとけ。俺も吊し上げは勘弁だっての』


『任せとけって。根掘り葉掘りされるのあたしだよ。今のプランだっておもしろがってからかわれるよ!?』


『いい手があんだよ。ちょいと姉貴の策を逆利用させてもらってな。ちょうど……』


『……うぁっ。下世話』


 俺の修正プランを聞いたアリスがどん引き顔を浮かべる。

 しかし反対意見が出ないのは織り込み済みだ。


『ナマモノは新鮮な方が良いだろ。きっかけさえ有れば、とっくにつきあってたってアリス情報だろうが。って訳で後で合流な』


『うー後で恨まれないかな』


 不承不承なアリスとの通信が切れると丁度俺が大磯さんに連れられ雨合羽を着込んだ陽葵が戻って来て、その後ろには冷たくしていたドリンクや濡れタオルを運んでくる後輩達の姿。

 我が姪ながら天然陽キャな陽葵は、このクソ熱い日射しの元でさらに蒸れる雨合羽を着込んで、環境整備という名の面倒な清掃活動だというのに、イベントとして楽しもうというご様子。

 姉貴は俺の性格をよく知っている。
 
 そんな可愛い陽葵を一人で帰そうと思わないことを読んでいやがる。状況によっちゃ陽葵を餌に強制送還を行うつもりだ。

 だけどな姉貴。そいつは甘い。


「悪いなカナ。頼みついでにもう一つあるんだがいいか?」


「げっ……なんすか? シンタ先輩のその顔の時って碌な頼みじゃ無いですよね」


 タオルや飲み物を配っている金山は、警戒感をあらわにしているが、


「なーに。陽葵を家までちょっと送って欲しいだけだって。交通費とバイト代は俺が出すからよ」


「いやいや。陽葵ちゃんの家って前に行った先輩のお姉さんの嫁ぎ先ですよね。遠すぎです。俺が小学生を連れて新幹線で移動って事案まっしぐらなんすけど」


「宮野妹! カナを護衛につけるから一緒に行ってくれ。土産物代もつけてやる。宮野先輩が俺の地元の漬け物が好物だったろ」


「昼に県外でどぶさらいで夕方に温泉日帰りってどれだけ強行軍ですか。さすがに勘弁してください」


「そこを何とか頼む。バイト代ははずむからよ」  

 
 渋る後輩共を金の力というチートアイテムで何とか説得していく。

 しかしな後輩よ。誰も日帰りとは言っていないんだがな……

 かわいい姪を託せるほどに信頼している後輩共がここにいるってのを、さすがの姉貴も予想していまい。

 そしてそれがアリスの窮状を救う一手になることもな。








「女将さん。すみませんちょっとシン締めてくるんで、陽一さんと一緒に昼過ぎに抜けさせていただきます」


 みさきや旅館の若女将三崎葵は、女将であり義母に申し訳ないと深々と頭を下げる。

 サンクエイク事件以降、航空機の利用はほぼ不可能となり、国外旅行はもちろん、国内旅行も遠隔地にはなかなか行きづらい状況もあってか、VRを用いた仮想旅行が大ブームになっている昨今、それでもリアルが良いという客がいるのも当然と言えば当然。

 世間一般では夏休み中ということもあり、みさきや旅館もそこそこに部屋が埋まっているので、いくら一息ついた昼過ぎでもそうそう席は外せないのだが、今回に限っては致し方ない。


「気にしなくていいってば。シン君がなかなか摑まらないってゆっちゃんもよく愚痴を零してるんだから。家族問題は大事大事」


 葵の実母である三崎優花と義母の三崎菊代は、年齢が一つ違いということもあってか、従姉妹というよりも姉妹と呼んだ方がしっくりするほどに仲が良い。

 葵も昔から娘のように可愛がってもらっているので、嫁姑問題なんて言葉は遠い世界の単語となっている。


「だけどシン君に隠し子ねぇ……シン君がそんなヘマするかしら。三崎の分家のなかでも、近年稀に見るほど三崎の子だって叔父様方にも評判なのに」


 温泉の効果なのかやけに若々しい義母がちょこんと首をかしげると、さらに若く見える。

 最近では葵と菊代が出迎えに並ぶと美人姉妹女将と勘違いする客もいるほど。しかも葵の方が姉と思われているのはご愛敬だろうか。


「それ絶対に褒めてませんよね……だからです。シンの奴って状況次第じゃ、平気で感情やら家族の絆とかも手に組み込んでくるから、今回は何に巻き込まれたのか」


「ほんと三崎の子よねシン君。アリスさんがいなければ本家の婿にどうかって声もあったのに」


「うちの一族はほんとに……何かが起きているときのシンに無駄に時間とか権力を与えちゃダメですってば。状況を面白がって何しでかすか分からないんですから。なにやらかしてるのよあいつは」


 若女将という顔が割れ、姉としての感情を覗かせた葵は深々とため息をつく。

 地元にいた小、中、高校時代は、数年に一度くらいで新聞沙汰になりそうなことに関わっていたりはしたが、大学に進学して地元を離れた後は、一度VRゲームにはまりすぎて家庭内問題を起こした以外は、特に何も無く平穏に過ごしていた。

 むしろ時勢で客足の鈍ったみさきや旅館に、先輩やら後輩を紹介したり、就職してからも取引先に勧めてくれたりと、いろいろしてくれていたのを感謝していた。

 ところが二年ほど前からだろうか、就職先の業界で何かをやり始めたのか、門外漢の葵にもちらほらと名前が聞こえてくるようになって、挙げ句の果てにはサンクエイク事件後は話題に事欠かなく、弟の情報がその気がなくてもご近所さんから入ってくる始末だ。   

 平時は堅実凡庸。非常時は狡猾大胆。それが地元での三崎の家を語る際の代名詞となっている。

 幾度もの戦乱や恐慌を乗り越えて、地元で旧家と呼ばれるほど今も繁栄しているのは伊達では無い。

 そして葵の弟、三崎伸太は分家のさらに分家。かろうじて家系図に名前が載るかどうかというのに、その三崎の家の典型的な……いやそれを濃く煮詰めたような性格。

 そんな弟が大きく動いているときは、とんでもないことに関わっているに決まっている。 


「済みません。午後の仕事はなるべく片していきますから」


「気にしなくて良いから。それよりシン君、耕太さんやゆっちゃんに陽一も呼んでるんでしょ。耕太さんには伝えておくから陽一を起こしてくれば」


「すみません……ほんとあの弟は」


「葵ちゃんも子供の頃から気苦労が絶えないわね。さてとゆっちゃんちに……」

 
 昔よく同じ愚痴を零していた葵の後ろ姿を懐かしそうに見送った菊代が、葵の実家に連絡を取ろうとした所で、菊代の個人番号の方に連絡が入る。

 このタイミングで、しかも個人番号にわざわざ連絡を入れてくるとは……

 きょろきょろと辺りを見回した菊代は、近くに人がいないのを確認してから通信を繋げる。



『ちょいと協力を頼みます』


「ふふん。シン君が私を呼び出さない段階で何か考えが有ると思ったけど何かしら?」


『縁結びの御利益がある温泉宿って評判に一件上書きを入れようかなって』   


「あら、お客様のご紹介をいつも悪いわね」


 開口一番挨拶も無しに用件から繰り出してくる伸太に対して、菊代もよく似た悪戯気な笑顔を浮かべる。

 三崎葵は知らなかった。

 弟の前は、誰が典型的な三崎の子と呼ばれていたかを。そして幼い弟にいろいろ教示していたかを。 



[31751] C面 弁解は罪悪と知る男
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:b4029844
Date: 2022/02/06 00:17
 太陽が頂点に登り切る前に町内どぶ清掃は、予定時間を大幅に繰り上げ無事終了。

 投入した後輩および高校生組という支援戦力が大きいが、乱入してきた姪っ子の効果もなかなか。
 
 もちろん陽葵本人がやる気があっていくら楽しげだろうと、所詮は小学生女児。任せられる仕事は限られるんだが、その神髄は物怖じしない陽キャがもたらすバフ能力。

 ちょこまかと動いて少しでも手が空けば、あっちの輪に加わり、こっちに手伝いと駆け回り、
最近娘さんが反抗期な近所の少数精鋭若旦那衆やら、サンクエイクの影響で飛行機が使えず遠方の子供やお孫様らが気軽に来られない年配連中の心を、この短時間でがっしりと掴みやがった。

 そしてこんな小さな子が、俺らの街の美化清掃を一生懸命やってるんだ、こっちも負けてられんと張り切るのがうちのご近所様の良いところ。

 おかげさまで予定以上に綺麗になって、時間も早く終わりと良いことずくめだが、張り切りすぎて今夜から明日に掛けての筋肉痛がちょい心配。

 実際腰をさすっている人が何人かいたんだが、


「あ、これ使ってみて。うちのお宿の温泉を再現した試供品~! うちのばーちゃんが腰を痛めたときも、3日ですぐに良くなったから効果有りだよ!」


 堂々と実家のみさき屋の宣伝を敢行する陽葵が、ポケットから温泉の元を取り出して名刺代わりに配って廻る。

 リサーチおよびさりげない気配りで、お客に思わず宣伝させる戦法が得意な姉貴と違い、あの大胆なダイマは菊代おばちゃんの仕込みか。


「ねぇ三崎君。陽葵ちゃんのお婆さまって……女将さんだよね」


 何度かご利用いただいているんでご存じな大磯さんの声を潜めた問いかけに、俺は無言で頷く。

 たしかに祖母と孫なんだが、それを額面通りに差し出すのは詐欺ってもんだ。

 ばーちゃんが腰を痛めたって聞かされれば、結構なご年配を想像するってのが常識だ。
  
 しかしうちの姉貴も大学を出て即女将修行を兼ねて嫁いだんで結婚は早いが、陽葵の祖母こと菊代おばちゃんなんぞ、陽一義兄さんを産んだのは16才の頃で、親戚一同からは犯罪臭めいていると評判。

 もっとも証言者全員一致で加害者は当時女子高生菊代おばちゃんで、被害者が現みさきや経理担当真面目一筋8才上実典おじさんと語る辺り、なにやらかしやがった菊代おばちゃん。
 
 ちなみに陽葵が言う、ばーちゃんが腰を痛めたのは、地球時間で3年ほど前に町内温泉旅館対抗草野球大会で逆転ツーランを打ったあと、ダイヤモンドを一周してきてホームにバック宙インして滑ってこけて腰を打ったと姉貴が言っていた件だろう。

 確かその一週間後にママさんバレーの大会に出て優勝をかっさらったので、後遺症も無かったご様子。

 んな人をばーちゃん扱いする度胸は俺にもないのだが、実の孫である陽葵にとってはばーちゃんはばーちゃんなのは事実。   

 問題はその事実を、意識しているか、していないかだが……

【聞き耳注意】

 ちょっと姪っ子の将来を心配して考えていると、視界の隅に小さな警戒ウィンドウが表示され、天空からのリアルタイム空撮映像が出現する。

 一見青空。実は惑星規模な投影画像を映し出し地球を覆い尽くす天蓋には、時間流やら惑星環境調整以外にも、全地球規模の監視システムの役割が与えている。

 こちらの動きを探ろうとしている各国政府機関や、ちょいとやばめなシンジケートやらも含んだ地球人類全員をだまくらかそうってんだ。当然といえば当然の備え。

 しかし今回の警戒警報を鳴らしたお嬢様は、このクソ暑い仲でも黒マントな変わり種ご令嬢だ。

 いつの間にやら植え込み伝いに俺の死角に廻り、ぎりぎりこちらの会話が盗み聞きできる位置まで、麻紀さんが接近していたようだ。

 西が丘グループのお嬢様の1人のはずなんだが、どこで身につけたんだよそのステルス技術。それともゲーム内でか?

 さてここで不自然に会話を打ち切るのもアレだし、聞き耳警報が鳴らすほどまでに接近したんだGMとしちゃ、ロール成功判定をださなきゃいかんな。

 さてどの情報を報酬にするか……

 問題は大磯さんが今は会社外で記憶限定処理状態。宇宙側の事情や知識の大半が封印されているから、下手な情報開示は会話に齟齬が生じる可能性もある。


「さすが三崎君の姪っ子ちゃん……あの年で嘘は言ってない商品アピールって」


 俺が支払い報酬に頭を悩ませていると、その大磯さんは若干不本意な御判定をくださりやがる。

 しかしこいつは使える。


「そこで俺を引き合いに出さないでください。陽葵の成長には俺はノータッチなんですから。姉貴と菊代おばちゃんらです」


「いあーでも、天然詐欺師っぽいところ三崎君譲りでしょうがどうみても」 


「不安になること言わないでください。”陽葵を参考”にエリスを育てたのは大磯さんも知っているでしょ。将来が心配になるんで」


 俺がエリスの名を出した途端、カサリと背後で梢が鳴る音が微かに響き、次いで視線端の監視映像には、麻紀さんが素早く撤退する姿が映し出される。

 さて今の一言をどうプレイヤーさんらは捉えるか。

 まぁ嘘は言ってない。そりゃそうだ。

 嘘や言い訳は良くない。特に娘に関しては。

 アリス曰く【弁解は罪悪と知りたまえ】って所か。

 初めての子育て。右も左もわからないので、姉貴夫妻や陽葵を思い出し思い出し参考にさせてもらいつつも、絶対地球の時間凍結解除をしてやろうと奮闘して来たのは事実。

 だけど記憶限定状態での大磯さんの認識では、陽葵を参考にしてエリスが”形成”されている事になっている。

 そのギャップがこの後の対家族戦に向けての鍵となる。

 そして美月さんらへと突きつける最終クエストのスタートにも、もってこいだ。

 実際にエリスと絡んでいた美月さん麻紀さんらには、俺の味方は不本意かも知れないが、まずはこっちの武器となっていただきましょうか。


「うぁ……なんかまた悪いこと考えてるでしょ三崎君」


 そして大磯さんは、先ほどまでの陽葵の嘘がない嘘にはまだ可愛げを感じていたようだが、俺の嘘がない嘘にはどんびきしていやがりました。



[31751] C面 ハクスラゲーとは修行とみたり
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:b4029844
Date: 2022/06/09 02:36
 銀河大戦時に帝国軍と反乱軍による激闘により全ての惑星が砕かれ、その残骸たる無数の小惑星と恒星だけが残るルカリア星系。

 未だ稼働を続ける自動兵器群や、互いにぶつかり合って不規則に動きが変化する小惑星群と、銀河でもSクラスの危険地帯と知られ、どこの国にも所属しない無国籍地帯として知られる。

 だが人の営みがそこに無いわけでは無い。

 破壊された兵器を漁るロストテクノロジーハンターや、露出したコア目当てのレアメタルハンター等一攫千金を狙う者達から、彼らを相手にする闇商人、国家の手が及ばぬからと、逃げ込んできた犯罪者や脱走兵、さらには海賊など臑に傷を持つ者達が集まって、自然発生した無数の小コロニーが存在する星系……という設定。 

 通常難易度のノーマルワールドでさえ、下手に足を踏み入れたら秒単位で襲いかかる高レベル敵対NPC艦、追突即時船殻崩壊レベルの超高速硬質デブリの雨あられと、加減しろ馬鹿と、プレイヤーから怨嗟の声が上がった高難度宙域。

 それが高難度のハードワールドとなれば、さらに苦難は倍。

 普通オープニングイベント期間中のプレイヤー達が突っ込むようなレベル帯ではないが、そこが狩り場と分かれば、なんとしてでも突っ込もう、刈ってやろうと思う、特殊性癖もとい、いわゆる廃神プレイヤー達である。

 彼らの目的はNPC艦。

 超高密高速デブリ地帯であるルカリア星系関連クエスト参加時、NPC艦を撃墜した際、低確率でルカリア星系用に独自発展したシールド技術を獲得できるという特別報酬が目当てだ。

 これはオープニングメインイベントである暗黒星雲の調査時、常時地形ダメージを与えて来る暗黒星雲内でのダメージ割合を0.5%~5%減少させる効果有りで、”どの”艦種にも搭載可能。

 この”どの”というのがくせ者。

 それが使い捨てにする無人プローブにも搭載可能と判明した瞬間、その需要と価値は爆上がりを開始した。

 

  
「カモンカモン! 良いね! 70点!」


 サクラ・チェルシー・オーランドは、艦体から生えたフレキシブルアームを小刻みに動かし角度を調整し、先端に発生させた高レベルシールドで敵艦からの質量攻撃を次々にそらす。

 ちなみに100点はサクラが撃墜された場合なので、さほど余裕はないのだが、バトルジャンキーなサクラにとっては、ピンチは美酒だ。

 アナドレリンマックスハイテンションを維持しながら、指を正確無比に動かしリンクしたフレキシブルアームズで防ぎつつ、何とか撤退を続ける。

 麻紀が使っているのをみてサクラも非メガビースト時の戦闘用に導入してみたのだが、なかなかに使い勝手が良いのでお気に入り装備となっている。

 敵艦の繰り出す攻撃は、周囲に無数に浮かぶ微細デブリを、船体を覆う防御フィールドによる慣性制御を用いて撃ち出す散弾攻撃。
 
 ノーマルワールドであれば、防御フィールドを突き抜けてきても、船体の外殻レベルである程度までなら受け止められる攻撃レベル。

 しかしこれがハードワールドとなれば、散弾でさえ、防御フィールドはもちろん、外殻さえも一発で抜いて致命的なダメージを与えて来る。

 今使っている高レベルシールドでさえ、まともに真正面から受け止めれば、回復が追いつかずもって数発。

 なんとか斜めに受け止めシールドエネルギー消費を減らし、エネルギー管理でシールドに割合を増やし、スラスターエネルギーが減った分は受け止めた衝撃さえ推力に変えてカバー。

 何とか死んではいないが、サクラからは攻撃する隙さえないので、這々の体で逃げているだけだ。

 もっとも相打ち覚悟で攻撃したところで、最低限まで低下させた今の武器レベルでは敵艦外殻はおろか防御フィールドさえ貫けない。

 それ以前に敵艦の高レベル戦闘機動は、サクラですら確実に攻撃を当てられると断言できない。

 単艦、しかも星系外縁部の雑魚NPC相手でさえこれなのだから、現段階での適正レベル狩り場でないのは明白。

 わざわざ公式がオープニングイベントで使用可能なシールドアイテムを取得できると情報公開したのは、餌につられたプレイヤー達を釣るための罠ではないかと噂されるほどだ。
 
 しかし開発に売られた喧嘩は買うのがゲーマーの習性、本能。

 対散弾特効防御技術、突撃戦法、フィールド罠、特殊戦隊投入飽和攻撃、コストは高いうえに、スキルを偏らせる必要はあるが、策を講じた末にいくつかの狩り方を考案している。

 開発した狩り方を秘匿するプレイヤー達ももちろんいるが、プレイ動画を作成しているグループたちは積極的に情報を公開して、再生数稼ぎに注力しているので、ある程度狩り方はプレイヤー達で共有されているが、誰にでも出来る物ではない。

 何よりプレイヤースキルが物を言う。

 いくつか公開された狩り方で、もっとも高難度の最たる物は、今のサクラ達が行う狩り方だという意見に異論を唱える者はいないだろう。

 何せサクラが動画を公開してはみせたが、真似する物は今のところ皆無。 

 ”一本釣り”

 そう呼ばれるサクラ達の狩り方は、上手くやれば低コスト、短時間、さらに周回可能とハクスラゲーにおいては最善のやり方。

 事前準備として攻撃力を犠牲に防御全振りに改造、さらに切り札の祖霊転身でのメガビーストモードを使用不可にして戦力評価を最低限まで低下。 

 艦体を組んでいる雑魚MOB集団からもっとも外周の一艦だけに自分の存在を察知させることで、警戒モードに切り替えて離脱させ、探索状態に。

 ある程度元集団から距離を取らせたとこで、わざと戦力サーチに引っかかりこちらの戦力が敵単艦で簡単に撃墜可能だと認識させて、単艦追跡モードを発動させてからが本番開始。

 一撃必死状態で、敵の攻撃をすかし躱しながら、敵集団交戦モードリンクが切れる遠距離まで引っ張り込むのが、サクラの仕事だ。

 しかしこれは口で言うのは簡単、実際に行うとなると至難の典型例。 

 敵艦からの弾幕攻撃を避けつつ、デブリ地帯を駆け抜けろなんて、一回だけのクリアを目指して死亡周回を前提にやるならともかく、周回狩りの方法として選ぶには無茶が過ぎる。

 しかしその無茶をやってこそCB。チャンピオンだ。

 高速で廻る思考と、さらにそれより早く勘も併せて動く十指をフルに用いて、今日数十度目の集団戦闘リンク外への逃亡を成功。


「エリー! シュート!」


 サクラは、会心の笑みと共に相棒を呼んだ。


『エリーじゃない!』


 頭の上で機械仕掛けのうさ耳をがーっと動かすエリスティア・ディケライアが叫んだ次の瞬間、サクラを追い回していた敵艦は、跳躍砲通称『物干し竿』によって転移された高性能爆弾の一撃によってメイン炉を破壊され、内部から爆発四散、宇宙の藻屑へと姿を変えていた。

 他のプレイヤーが真似できない理由がここにある。

 サクラの回避能力がプレイヤーの中でもトップクラスであることはもちろんあるが、それ以上に星系外からの超長砲撃による一撃スナイプを成功させるプレイヤーは、その命中率から最近では、人外だと噂されつつあるエリスティア以外に存在していなかったからだ。



[31751] C面 ランチタイムは整備の後で
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:b4029844
Date: 2022/07/16 18:50
 ルカリア星系から少しだけ外れた恒星間宙域中立地帯。

 俗にエリア外とプレイヤー達から呼ばれるそれら恒星間宙域は、僅かな小惑星帯がちらほらとある以外は資源に乏しく、極端に獲得経験値やイベント遭遇率も低い。

 その代わりに、敵対的なNPCもほぼ皆無なセーフティーゾーンとなっている。

 もっともそれはNPC相手の話。

 プレイヤー同士であれば、相手の所属先から手配されたり、賞金を掛けられるなど後の不都合を気にしなければ、自由に攻撃、略奪行為が可能で、星系内では原則禁止される広域、特殊兵器も無制限使用可能。

 要はNPCによる横やりを気にせず戦えるフリーバトルゾーン。


『周辺探査開始』


 未だ不機嫌でぶっすとした声ながら仕事はきっかりなエリスティアが、本船から離れた場所に展開させた複数の小型プローブからアクティブソナーを発信。

 本船はステルス状態を保ったままのパッシブ待機にしているので、精度は多少落ちるが、もし追跡者がいた場合に備えた探査基本戦術の一つ。

 
『……追跡してくる、NPCや、地……人も無し』


「オッケー。じゃあハーフダイブにチェンジ。ドッキングスタート」


 レベル差のあるNPCの追跡も怖いが、レアアイテム強奪狙いのPKプレイヤーやら、別ゲーとはいえ有名チャンピオンのサクラを付け狙うバトルジャンキーと、潜在的な敵は数多い。

 慎重に慎重を重ねて、圧縮空気の放出によるのろのろとした動きで小惑星帯へと進入した乗艦に、仮拠点としている大型ドック艦と合流を指示してから、サクラは一度フルダイブを解除する。

 完璧な個人調整を施した脳内ナノマシーン群は瞬きほどの時間で、仮想世界から現実世界へとサクラの意識を移行させる。

 本国と違い、日本では娯楽目的でのフルダイブには制限時間が設けられているので、小刻みにフルダイブとハーフダイブを切り替える必要がある。

 面倒だと不満を覚えているプレイヤーも多いようだが、だらだらと狩りをするより、一回一回の戦闘を心底楽しみたいサクラには、休憩を挟むこのやり方は特に苦では無い。


「じゃあメンテの間にサクラ達もランチタイムね。エリーはなに食べるの? サクラはね、今日はベトナムサンドウィッチとなにか和菓子のセットにするよ」


 ホテル内レストランだけでは無く近所の提携店からも配達してくれるルームサービスメニューを呼び出したサクラは、今日はどれにしようかとわくわくしているが、同じくハーフダイブに移行した、相棒はメタリックうさ耳を立てた状態で相も変わらずご機嫌斜め。

 先ほどまでの背景だった戦艦ブリッジなら似合っていた機械仕掛けのうさ耳も、一般的な日本の賃貸アパートに変わると違和感がすごい。


『ご飯の前にちゃんと整備! サクラオートに任せすぎ! ひっ!?』


 エリスティアの怒りに併せた演出のように丁度良いタイミングで稲光が連続で落ちたのか、エリスティアの背後が明暗に点滅する。

 飢えた獣のうなり声のような雷鳴も響いて、ついでに稲光が照らし出す部屋の壁には、巨大で禍々しく曲がったかぎ爪付きの八本足の蜘蛛らしき物の影が一瞬現れた。


『うぅぅっ! おとーさん! 絶対許さないんだから!』


 半泣きになって怯えてはいるが怒りが勝るのか、画面の向こうのエリスティアは最近口癖になっている言葉を口にして、一瞬で気力を立て直していた。

 どうやら父親らしい三崎伸太に、ゲームプレイ中に色々サプライズを仕掛けられておちょくら……遊ばれているようだ。

 もっともエリス本人は妨害工作だとお怒りモード。

 敵意マシマシなエリスティアの恨み言を聞き流しつつウェザーニュースを確認。

 全国的に絵に描いたような快晴。雷が落ちるような天候不良な地域はなし。

 それ以前にあんなモンスターの影が映ること自体が異常。

 エリスティアはどこにいる?

 疑問はあるが尋ねてもはぐらかされるだけ。サクラは気にしないことにした。


『とにかく午後もバンバン狩るんだからちゃんと整備! それまでご飯はお預け!』


 気になることは諸々あるが、楽しい戦闘に、戦闘ではだんだんと息の合ってきた相棒と、サクラのテンションは常に高止まりを維持している。そんなのは些細なことだ。


「フルダイブリミットまでしかハント出来無いのに真面目だよねエリーは……Yes,ma’am!」

 
 でもランチが売り切れるのも嫌なので配達オーダーを、ささっと済ましたサクラは、新たな仮想コンソールを立ち上げる。

 整備用に特化したコンソールを準備している間に、暗い小惑星帯を映していたメインウィンドウが、光学迷彩を解除した大型艦の姿を捉える。

 中央に長方形の制御艦の周囲に円筒形ブロックを4つ、円陣状に設置した独特の形状を持つドック艦だ。

 旧式ながら最大で四隻の簡易改造、修理を行える大型艦種に分類されるドック艦のプレイヤーは、サクラの叔父である柳原宗二。

 宗二は、サクラに戦闘を全部任せ、スキルやステータスをサポートに極振りした補助型に特化させている。

 当の本人はここ数日調べることがあると昼夜問わずほぼ外出しており、自動操作に任せ放置気味だが、ゲーム時間を長めに取れない社会人プレイヤーにも対応出来るPCOでは、多少効率が落ちるが問題なく動いている。

 補給改修特化で、巡航速度も遅く自衛能力も弱いドック艦でも、最前線付近まで来られているのも隠匿系スキル、ステルス装備に力を入れているためだ。

 もっともどれだけ特化したとしても、ステータス的にハードワールドのNPC相手では隠匿性にかなり不安があるが、スタートラインが同じプレイヤー相手なら、先ほどのように追跡に気をつけていれば十分だ。

 接近して来たサクラ達の艦の軌道にあわせて微調整しながら稼働した円筒状ドックの先端が開放される。

 遠方から視認されると厄介なので、ガイドビーコンもなしのドッキングだが、ここ数日何回もやった作業で2人とも慣れた物だ。

 軸線を併せて手早く艦を収納すると、すぐにドッキングアームが伸びてきて艦を固定。

 同時にポート先端部が閉鎖され、密閉式ドックがステータスチェックを始める。

 ここからは見えないが、ドック艦自体もまたステルスモードに移行して、闇の中に身を潜めているはずだ。

 ようやく緊張感が完全に抜けたサクラは、脇の冷蔵ホルダーに入れていたボトルを手に取り、ほどよく冷えたオレンジジュースで喉と脳を潤わせつつ、整備を開始。


「アームとシールドは交換修理……センサー類は廃棄と。エリーの方は?」


『だから! エリーじゃ……主砲交換。少しだけずれてまた爆発四散させちゃったし』


 雑に略すなといつも通りの文句を口に仕掛けたエリスティアだが、整備が第一と自分で言っていたことを思い出し優先したのか、サブウィンドウにメインウェポンステータスを表示する。

 ステータス的には僅かな減少だが、確かに弾着空間指定用の時空間センサーに減少がみられ、砲身自体も発射の反動で微かな歪みが生じている。
 
 今の修理スキルでは、戦闘で劣化低下したステータスを完全に戻すのは無理。

 高い砲やアーム、シールド類は文明圏に戻ってから完全修理。

 修理するより買い換えた方が安いセンサー類は、原子分解してリサイクル。簡易補修部品へと成形。
 
 初期艦よりはアップグレードされたドック艦といえど、そのストレージだって無限じゃない。

 4つあるドックの内2つを倉庫に兼用しているが、少しでも滞在時間を延ばして継続戦闘力を伸ばすには、積極的なリサイクルは必須だ。

 サクラ艦のアームやシールドも場所を取るが、最大はやはりエリスティア艦の跳躍砲。通称『物干し竿』

 相手艦や要塞の防御をすり抜け空間跳躍によるダイレクトアタックを可能とする跳躍砲だが、今回の狩りはその命中精度が肝。

 狩りの獲物がこの星系では雑魚MOBとはいえステータス上では、遙かに格上。そんな相手に一撃キルを決めるには、相手の動力部を一撃で抜くのが必須。

 しかし問題はただ撃墜するだけが目標では無く、敵艦の装備鹵獲だ。

 最良は動力部だけ破壊。後はほぼ無傷で手に入れる完全鹵獲だが、今のところその成功率は1割、2割といったところだ。

 完全四散ではアイテム捕獲率がぐーんと下がる上に、運良く手に入れても故障やら破損のバッドステータスが付いていて、完全修理しなれば価値が半減してしまうが、アイテムレベルが高いので修理費は馬鹿にならず、使った消耗品やら必要経費も考えれば赤字だ。

 何せ元々が相当無理をしている狩り。

 攻撃が下ブレして、相手に増援を呼ばれたら一巻の終わり。

 不発以外では確実に動力部破壊できる最低値をたたき出すために、高性能爆弾を使用しているが、今日は運が良いのか悪いのか、上ブレした高めの攻撃が連発して、お目当てのシールド技術制御ユニットの取得数は数個だけと、少しばかり稼ぎが悪い。

 
「本当ならクリ連発ってラッキーだけど……エリー今日ものすごく機嫌悪いけどひょっとしてmonthlies?」


 生理中は脳内物質の出方が変わって、攻撃力が高くなるという有名な都市伝説を引き合いに出したサクラだったが、エリスティアには伝わらなかったようで、不審げに眉をひそめうさ耳をピコピコと動かす。


『今日が毎月……メル言語変換を間違えてない?』


『教育フィルターに引っかかって変換不可。大丈夫ですぜサクラの姉御。エリーお嬢様はご覧の通りのお嬢様ですから。怒っている理由もこっちだし』 


 高性能というかころころと口調が変わるやけに下世話かつ人間的な補助AIのメルが、提示したウィンドウは、サクラが狙っている美月達の動向を記したブログの画像だ。

 サクラ用にしっかりと英語翻訳された文章に目を通してみる。

 今日の美月達は、ゲームプレイでは無くPCOを運営しているホワイトソフトウェア本社がある地域の環境美化運動にボランティア参加中。

 貢献度に応じて全プレイヤー達に新規情報が公開されるというおまけ付きだと告知されているようだ。

 リアル更新されている画像には、この真夏の猛暑の中でも悪目立ちをする、学校指定ジャージの上に黒マントというあれな麻紀の背景にぽつんと映る黒幕の姿も見えた。


「あぁ。ダッド取られて怒っているんだ。エリーファザコンだよね」


『ち、ちがーうっ! おとーさんなんかどうでもいいもん! エリスが怒っているのはイベント終盤にさしかかったのに、お掃除している美月達! サクラは舐められているとか考えないの!?』


 決着をつけるためにイベント最終日に決闘の約束をしているが未だその方法は未定。

 どのような方式になろうとも勝つために、できる限りの手を積み立てている最中に掃除なんか手抜きだとエリスティアは激怒している。 


「相手が舐めてくるなら、叩きのめすのも面白いと思うけど、今回違わない?」


『ういっさ。サクラの姉御の仰るとおり。どうせおやっさんが強制動員発動っていってるんですけど、お嬢様が聞いてくれなくて』


「やっぱり状況的にそうでしょ。エリー頑固だよね」


 つい先日まではボスとしていた三崎伸太を指す名称がまた変わっているが、メルの言動にも慣れて来たサクラは順応する。


『ほらお嬢様。コチコチ過ぎて化石状態ですって。ツンデレって概念は前世紀の』


『2人とも五月蠅い! とっととミニゲーム終わらして次のっ』


 ぷるぷると震えていたうさ耳がガーッと動くのに合わせてエリスティアが激昂するが、急にその姿を映していたモニターが消失する。

 あまりに怒って通信を切ったにしては唐突すぎると思っていると、

 パーティメンバーがログアウトしました。

 システムメッセージが表示される。

 急なログアウトにもかかわらず、エリスティア側の修理メンテナンスはPCOの基本設定通り続行されている。

 プレイヤーが付きっきりより、NPC任せで少し時間が掛かるが、それ以外に特に問題はない。


「ん~~~~~配達時間変更。ランチ♪ ランチ♪」


 そのうち戻ってくるだろうと気にしないサクラは、鬼の居ぬ間に整備しつつ食事を済ませようと、ルームサービスメニューを再度呼び出すことにした。



[31751] C面 娘様は意地っ張り
Name: タカセ◆05d6f828 ID:ea41ef49
Date: 2023/03/10 22:57
 父を取られたようで悔しい。

 仮、代理、補佐、末席etc.etc.ともかくありったけの仮初めやら予備やら表す言葉を繋げた上で、渋々不本意ながら繋がりを感じ始めている地球人のパートナーの指摘。

 さらには自分が生まれて常に共にあったサポートAIが、あろう事か同意する。

だが何よりも腹立たしいのは、自分自身がその自覚があること。

 しかしエリスティア・ディケライアは意地っ張りだ。

 すぐに声を荒げて美月達を不機嫌の理由に挙げて否定してみせるが、1人と1AIは納得するどころか、事実を受け入れろと、言わんばかりにやけに意気投合して攻め立てる。


「2人とも五月蠅い! とっととミニゲーム終わらして次のっ、ひっ!」


 形勢不利と判断して転進を図ろうとさらなる大声を出した瞬間、下から突き上げる揺れを伴った轟音と共に、全方位展開していた仮想ウィンドウが消え、リアルである単身用アパートの室内景色が戻ってくると同時に室内の電気が一斉に消失。

 朝から雷混じりの雨が降っていたがいつの間にやら天気がさらに悪化していたのか、まだ昼過ぎだというのに窓の外は真っ暗闇に染まっていた。

 エリスティアが覚えた恐怖と警戒を示すかのように頭のメタリックうさ耳がぴんと立ち、落ち着き無く左右に揺れる。

 最初の轟音から許された静寂はほんの数秒だけ。

 少しだけ間を開けたのは、演出なのだろう。

 そう恐怖をより煽るための静けさ。


「にゃうぅっ!?」


 身の毛もよだつおどろおどろしい恨めしさで彩られた毒を含む雄叫びが家屋全体を揺らし、真っ黒闇に染まる外界で怪しく光る金色の飛沫が窓を割るかのような勢いで当たり、立て続けに煌めく閃光が何度も暗闇の室内に金色の爪痕を刻み込む。

 これがリアルなら、本当の地球の日本であれば、今世紀初め頃から増えた夏場のゲリラ豪雨が生み出す一時的な猛烈な雷雨と当たるだろう。  

 だがここはリアルの地球ではない。リアルの火星。

 広大な火星の海に点在する諸島群は、一つ一つが様々な惑星環境を再現可能な特殊環境フィールドを展開可能として、第二太陽系(予定)にありとあらゆる知的生命体の来訪を歓迎するための設備。

 これらはエリスの父が、もっと正確に言えばエリスの姓でもある惑星改造会社ディケライア社が、全宇宙に仕掛けた会社と地球存亡をかけた大きなゲームに勝つための仕掛けの中核の一つ。

 落ちぶれたとはいえかつて銀河最大の惑星改造会社と謳われたディケライアの技術やノウハウが惜しみなく注ぎ込まれており、その設備グレードは銀河最高級リゾート惑星と比べても、広さ以外は遜色は無いレベルに仕上げられている。

 極めて貴重な、そして費用も掛かっている設備。

 だというのに、だというのに、ここは両親曰く、いたずらっ子を閉じ込めておくお仕置き部屋扱い。 

 しかも極めて質の悪いお化け屋敷だ。

 空を埋め尽くす真っ黒な入道雲は、天を埋め尽くして蠢く真っ黒な飛行蜘蛛の群れ。

 震動を伴って地上に降り立つ雷神は、どろどろに溶けてただれた皮膚を晒す黄金ゾンビ龍。

 激しく降り注ぎ続ける雷雨は、黄金ゾンビ龍の放つブレスが生み出した天へと昇る荷電粒子に焼き砕かれ変質し、中途半端に溶けたどろどろの黄金となってばらばらと降り注ぐ飛行蜘蛛の形を残した残骸。

 ただのゲリラ豪雨を自然を、ホラーをもって再現するという極めて趣味の悪い世界が、外界にて展開される。


「うぅーおとーさん趣味悪すぎ! 嫌い! だっい嫌いっ!」


 ベットに潜って頭から布団をかぶって少しでも情報を遮断して、この恐怖の時間が少しでも早く過ぎることを祈り、心を奮い立たせるために最近の口癖になった呪文を力一杯唱える。

 この世界が作り物だと知る前は、降り注ぐ黄金ゾンビ龍を筆頭に怪奇生物が跋扈するただひたすらおどろおどろしい地球環境が怖くて怖くて嫌いだった。

 真相を知ってからも生理的恐怖を覚える数々の演出が怖いのは変わらないが、むしろ怒りのベクトルは、これを企てた父に向かっている。

 そりゃ自分が父達の言いつけを破って、勝手に地球側、美月達へちょっかいをかけたことが切っ掛けだが、だがなんでそれが悪いのだ。

 父は、エリスティアの父なのに。

 だから美月達から取り返す為に戦いを始めたのに。

 それが今は父に怒りを覚えつつ、美月達と戦う事になる矛盾。

 180°変わってしまった前提条件の変遷に、本来ならば困惑し、相次ぐ精神的恐怖に疲弊し勝負を投げ出していたかもしれない。

 だがそこに世話役にして、お付きで、何より妹分であるカルラーヴァの記憶消去と思考改変が掛かっているのだ。

 エリスティアのブレーキ役になれないなら、カルラーヴァを変えるしか無いと。

 逃げ出せない、逃げ出すわけにいかない。

 折れそうになる心を奮い立たせて、耐えているとようやく振動が止まり、布団越しにも聞こえていたうめき声にも似た雄叫びもか細く消えていった。

 終わったと胸をなで下ろしかけたがエリスティアは、布団の下で慌てて顔と耳を振って否定する。

 性格の悪い父のことだ。終わったと思わせてから第二弾を仕掛けている可能性もある。

 なにがあっても驚いてやるかと心は勇ましく、身体はおそるおそる。

 ベットで、もぞもぞと動いて、まずは布団からメタリック耳だけを出して、周囲をきょろきょろ探索。

 エリスティアのうさ耳はこの宇宙が存在する三次元のみならず低位や高位の他次元すらも感じ取れる極めて優れた感覚器官。

 だから先ほどまで蠢いていた怪異達の存在をより強く、より恐怖を感じてしまう。

 1.2.3.4……たっぷり30秒を数えて、先ほどまで感じていた恐ろしい造形の化け物達が霧散したと確信して、それでもまだ怖くて半泣きのまま、エリスティアはベットの箸からちょこんと顔を出す。

 先ほどまで地獄の風景を映し出していた窓から見える光景は一変。

 どこまでも広がる夏の青空と、温かく優しい日射しが逃げるなら今だと囁くように、未だ電気が戻らない部屋の中に差し込む。

 いつもこうだ。恐怖の雨のあとに甘い飴が来る。

 逃げて良い。怖いなら逃げればいい。今ならこの部屋から出て、自分の家に帰れるぞ。

 そう囁く善意を装った罠を敷き詰めた道が、エリスティアの前に広がるのだ。

 
「うぅっ! ぜったに逃げないんだから!」


 こんな見え透いた罠につられると思われていることを燃料として、怒りを力にエリスティアは逃げ込んでいた布団をバンと払いのける。

 ともかくまずはさっきの続き。狩りに戻らなければ。その為にもすぐにVR機器を再立ち上げ……再立ち上げ?


「にゃっ!? 電気来てない!? えっ!? 非常用の予備電源ってないの!?」


 仮想ウィンドウは立ち上がるが、PCOにアクセスするためのVR機器とのアクセスリンクは、いくら指を振ろうがうんともすんとも言わず、それどころか室内のエアコンや調理機器などどの機器にもアクセスできず、外部情報とのリンクも接続できない。

 完全なスタンドアローン状態で、今からどうすれば電気が復旧できるのか、エリスティアには想像さえ出来ない。

 
「うっ、うっ、うぅぅっ……まけないもんっ!」
 

 道が見えなくて絶望が脳裏をよぎり泣きそうになるが、涙をこらえ拭ったエリスティアは、VR機器のコードを調べる。

 電気が落ちているのがこの部屋だけかも知れない。

 この世界は狭い箱庭。だが周辺の民家も正確に再現されている、隣の部屋、それでもダメならさらに隣り、それもダメなら別の建物。

 ともかく電気の使える場所を探してゲームを続行してやる。

 気合いと覚悟を決めたエリスティアが電源を抜こうとしたとき、室内に拍手が響く。


「その不屈のゲーマー魂。さすが俺とアリスの娘様。偉いぞエリス」


 拍手の主はいつの間にか玄関側の室内扉の前に立っていた父三崎伸太だ。  

 いつもと変わらない優しげな笑顔でエリスティアを褒める父はすごく誇らしいような嬉しげな賞賛をエリスティアに与える。

 飼い主に再会した犬の尻尾のように、うさ耳がぶんぶんと揺れる。


「おとーさん! っぅ! うぅぅぅ!」


 寂しさと不安からついつい一瞬喜色をみせてしまったが、今は大好きな父が敵だったと思い出したエリスティアは、言葉にならない抗議の声と共に、手近にあった枕を投げつける。

枕は狙い通り父の顔に迫るが、当たること無くすり抜け後ろの扉にポスンとふぬけた音を立てて床に落ちる。

 父の足と枕が重なる。どうやらここに現れた父は立体映像のようだ。  

 娘からの攻撃に対して父は先ほどまでのエリスティアのよく知る優しい笑みから、母といるときによくみせていた面白げな笑みへと僅かに表情を変えた。


「な、何しに来たの! おとーさんは美月達と一緒なんでしょ!」


「おーよくお父さんの予定を知ってるなエリス。娘に興味持ってもらえるとは光栄の至り。いやー嫌いと言われてからへこみ気味だったMPがフルチャージだわ」


 くくっとからかい気味に笑った父は実に楽しげだ。

 その言動一つ一つが嘘くさくて作り物に見えて、でも本気で楽しげでなぜか目をひく。

 父の前に立つ者は誰でも本気を引き出される。それは好意的でも否定的意味でも。

 幼い時に誰かに聞かされた父の評判をエリスティアは怒りの中で思い返す。 

 宇宙開闢以来悠久の時を刻む銀河史。

 三崎伸太がその舞台に躍り出たのはつい最近。それこそ銀河史が恒星ほどの大きさだとすれば、芥子粒にも満たない時間でしか父の行動は刻まれていない。

 だが僅かな芥子粒の存在でありながら、父は銀河最悪のペテン師という悪評を纏い始めている。


「いやーエリスが困っているかと思ってすぐに助けに来てやったんだけど、機器持ち出して他の部屋に不法侵入してゲームを続けようとは。うむそのゲームプレイに対する執着心おかーさんの血が恐ろしいほどに出てんな。ただ犯罪行為はおとーさんは感心しないぞ」


「自分でイベント仕掛けてきた癖に、そうやってすぐに馬鹿にする! おとーさんなんか嫌い、大っ嫌い×100ばいだもん! MP枯渇しちゃえ!」


「うわっうちの娘様怒ってる姿も可愛い。エリスの貴重なお怒り顔で48時間残業いけるな」


 地団駄を踏むエリスを前にしても、どこまで本気なのか分からない巫山戯た余裕のある答えで受け流していた父は、指を振ってみせる。

 エリスティアの体内システムに保護者権限で強制接続すると、復旧プログラムと書かれたファイルを無理矢理に送りつけ、仮想ウィンドウを展開してみせる。

 だが難しいことは書いて無く、子供でも出来る室内掃除や片付けの手順がわかりやすく記載されている、初めてお掃除マニュアルと呼ぶべき物だ。


「そういうわけで緊急イベントだ。復旧っていても難しくないぞ、室内のお片付けな。いやーだめだぞエリス。ゲーム三昧で食器や脱いだ服を放置は。そういうわけで部屋のお片付け終わるまでゲーム禁止な……おぉ父親らしい台詞だな。これならアリスも満足か。いやぁしかし俺がこの台詞を口にするとはな。親子共々業が深いこって」


 先ほどから笑顔を絶やさない父が一瞬だけむっと顔を顰めてて怒ってみせるが、口元から笑みは消えて折らず、それどころか我慢できずぷっと吹き出して大笑いして膝を打っている。

 その目はエリスティアを見ていない。エリスティアという個人を見ていない。エリスティアと名付けられたイベントとして捉えているかのようだ。


「うぅっ! そうやってゲームの邪魔して美月達ばかり贔屓して! おとーさんはエリスのおとーさんなのに!」


「いやぁそれ美月さんやら麻紀さん聞いたら全力否定だろ。俺は可愛い娘様が勝てるために、体力気力を奪うどぶ掃除という全力で足を引っ張るバットイベント起こしてる最中だってのに心外だな」


 心からの声なのに父はまともに取り合わず首をすくめる。


「さすがに贔屓が過ぎるかなと調整でエリスの方にもさっきの黄金龍ゾンビイベントを起こしたけどな。ほれエリスの望みだろ。俺がエリスで遊ぶの」


「うぅぅぅぅぅっ!」


口では勝てない。

 意味は無いと分かっていながらも、とりあえず手元にあったなるたけ柔らかい物をぽいぽいと父に投げつけて抗議の意志を示す。

 
「っとこれ以上おとーさんがいると部屋の片付け所か、余計散らかって復帰が遅れるな。だめだぞエリスお友達を待たせちゃ。というわけで初めてのお掃除頑張れ」


 現れたときと同じように忽然と父が姿を消して、扉の前には枕やティッシュケースやカルラーヴァが持ってきてくれた、父の買ってくれたお気に入りのぬいぐるみが積み上がっていた。


「っっっぅっう! ぜったいおとーさん許さないんだから!」


 冷たくされるわけではないがエリスティアで遊ぶだけの父への悲しみはある。

 だがそれよりも父への怒りが勝る。だから絶対勝つ。

 絶対に諦めない。

 マニュアルをざっと読みまずは一番目から始めるために、先ほど自分が投げた物から片付けを始める。

 エリスティア・ディケライアは意地っ張りである。

 それこそ母であるアリシティア・ディケライアとよく似ているだろう。

 だが父の狡猾さにはまだまだかなわない。

 電気の復旧だけなら、マニュアルの最後に記載されていた玄関の上の配電盤のブレーカーをあげるだけで良かったとエリスティアが気づくのは、完璧にそれこそ必要以上に部屋を綺麗にした2時間後のことだった。


「うぅぅ! 絶対絶対おとーさんと美月と麻紀全部纏めて倒すんだから!」


 ランチどころかティータイムさえ終えた頃にようやく戻ってきた相棒の気合いの入った狩りに、事情は分からずともサクラが感心するのはまた別の話。


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