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[31660] 厨二病の兄と本物の妹
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2013/06/21 20:27
「闇よりも暗きもの、血の流れよりも紅きモノよ!!我の願いに答え、今こそその力をここに顕現せん!!」

純白の聖域にダークマターで魔方陣を描き、生け贄の血を差し出し邪神様へ祈りを捧げる。

「邪神様、どうか、どうか何卒俺にそのお力の恩恵を」

一心に祈りを捧げて、邪神様の降臨を待っていると何処からか視線を感じた。

「ふっ!ついに俺に監視がつくようになったか。もうこの場所にはいられないな。家族に迷惑がかかる…」

「何言ってんだあんたは!!あんたに監視なんかつくか!!」

ツッコミの言葉と同時に頭を叩かれた。

「むっ!なにやつ!?」

振り替えると、そこには双子の妹である世界がいた。今年度も同じクラスになった可愛い妹。文武両道で才色兼備である自慢の妹だ。俺と妹は仲がよく、生まれてから一度も喧嘩をしたことがない。

「いけない、頭を叩くのはいけないぞ、我が愛しの妹よ。俺の封印が解けたらどうするつもりなのだ?世界が滅びるかもしれないのだぞ…」

「はぁ~?またワケわかんないこと言ってるよ…。お兄ちゃんさぁ~、高校2年生にもなってそんなこというの恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくなどないぞ!何故なら全て事実なのだからな!」

俺は胸を張って答えた。そんな俺を妹は汚物を見るような冷たい目で睨んだ後に、諦めたかのようにため息をついた。

「…あたし、知ってるよ。お兄ちゃんみたいな頭の可哀想な人のことを厨二病って言うんだって」

「まて!!俺はあんな妄想族と違って本物だ。その証拠に今邪神降臨の儀式をしている最中だ!見ろ、あの禍々しい魔方陣を!!」

「…コピー用紙に鉛筆で書いてある魔方陣に邪神は降臨しないと思うけど?ていうか、何でケチャップをコピー用紙にかけているの?馬鹿なの?死ぬの?」

「いや、あれはだな、まさか現世で本物を用意する訳にはいかないだろう。前世の俺なら簡単に用意出来たのだがな…。おっと、これ以上は聞かないでくれ。お前に迷惑がかかるかもしれん」

まさか妹に俺は転生者で異世界人の生まれ変わりだと言う訳にもいかないだろう。真実を告白したら妹の命が危ない。

「知りたくもないし、何もきいてないから。それにお兄ちゃんと同じクラスってだけで十分迷惑だからね?」

「ふふっ!照れるな、照れるな。素直にこの兄と同じクラスになれたことを喜べ」

全く、可愛い妹だ。照れ隠しで思っていることと逆のことを言ってしまうんだな。ツンデレというやつだな。頭を撫でてやればきっとデレるに違いない。

「勝手に触んな!!はぁ~。何でこんな風になっちゃたんだろう…。昔はまともだったのになぁ」

そんなに冷たい目でみるなよ。新しい何かに目覚めてしまいそうになるじゃないか。ひょっとして、俺ってドMだったのか?妹の冷めた目が心地いい…。

「はっ!!危うく世界の精神攻撃にやられるところだった。まさか世界が"誘惑する魔性の瞳"《フェロモン・アイ》の使い手だったとは…。だが、魔眼は俺には通用しないぞ!!」

「お願い…、お願いだから、あたしをお兄ちゃんの同類扱いしないで…」

何故妹は涙目なのだ?まさか魔眼の副作用か!?

「なんであたしの目を凝視してるのかわかんないけど、あたしもう学校にいくね。お兄ちゃんも遅刻しないようにね」

「まて!!俺も一緒にいこう!!妹を護衛するのは兄として当たり前のことだからな!!」

「ええ~!?絶対に嫌だよ!!お兄ちゃんと登校するなんて恥ずかしすぎる…」

なぜだ!?なぜ断るのだ!?そこは、『え?お兄ちゃんと一緒に学校にいくの?嬉しい…。なんだか久しぶりだね。そうだ!手を繋ぎながら行こうか?』ってはにかみながら頷くところだろ!?だが、俺がついてないと妹の命が危ないかもしれない…。ちくしょう!これだけは使いたくなかったが、こうなったら最終手段だ!!

「俺と一緒に登校したら千円やる」

「あたし、お兄ちゃんと一緒に登校するのが夢だったんだ~。玄関でまってるからね?はやく制服に着替えてきてね」

いい笑顔だ。我が妹よ…



×××



てっきり妹と手を繋ぎながら登校するものだと思っていたが現実は甘くはなかった。確かに一緒に登校してはいるが、そこにラブラブな甘い雰囲気はない。おいおい、どういうことだよ?千円払って手も繋がせてもらえないなんて…。エロマンガには千円払えば胸ぐらい触らせて貰えるって書いてあったぞ!?くそ!あの嘘つき漫画家め~!!

「お兄ちゃん。くれぐれも人前であたしに恥をかかせないでね」

「おいおいおい。何を言っているんだ我が愛しの妹は。この俺がお前に恥をかかせる訳がないだろう。なんせ、前世ではハーレムを築いていたからな。女の扱いなぞ赤子の手をひねるよりたやすいものよ!おっと、それ以上は聞いてくれるなよ」

「その口調がすでに恥ずかしいんだよ!!それにお前がハーレムだぁ?調子にのんな!!この童貞が!!」

ああ、なんて口が悪く育ってしまったんだ。育て方を間違えたのか…。童貞なのは事実なので言い返せない。だが、妹の戯言など気にする必要はない。いずれこいつは俺のハーレムに加わるんだからな。特別に現世での俺の初めてを妹に捧げてやろう。

「背中に突然怖気が走ったのはなんでだろう?それになんか気持ち悪くなってきた…」

「気分が悪いのか?背中でもさすってやろうか?」

風邪か?最近はやっているからな…。

「…もういいや。それよりお兄ちゃん!今日はクラス替えして初めての日なんだから病気は発症させちゃだめよ!!普通に自己紹介するんだからね?去年みたいに、『俺の真の名前は言えない…。なぜなら只の人間には発音できないからな』とかふざけたらだめよ?」

なんどいえば分かるんだ。俺は病気などではないし、ふざけてなどいないというのに。全く、現世に適応するのは難しいものだ。それにしても、妹と一緒に歩くのも久しぶりだな。妹は部活に入っているから下校が一緒になることはないし、朝も俺が誘わない限り妹は早く登校する。それに、最近妹は夜に出かけることが多い気がする。はっ!!ま、まさか…

「な、なあ世界ちゃん?お兄ちゃん、聞きたい事があるんだけど?」

「なによ?急にちゃんづけなんてして…」

「そ、その最近世界は夜に出かけることが多いじゃん?ひょっとしてお兄ちゃんに隠し事があったりしない?」

「な!?そ、そそそそんなことある訳ないじゃない!?あ、あたしが隠し事なんてね?もう、何言ってるのよお兄ちゃん!!変なこと聞かないでよね!!」

なんだ、そのいかにも隠し事がありますって態度は~!!嘘が下手すぎるだろ!!まさか、本当なのか?俺の妹に彼氏ができたのか!?夜に出かけているのは彼氏に会うためなのか!?認めん!認めんぞ、そんな現実~!!

「急に頭をかかえたりしてどうかしたの?いつも変だけど、今日はより一層変人っぷりに磨きがかっているね」

妹の彼氏を呪殺する計画を考えていたらいつのまに高校についていた。新学期で浮かれている愚民共を眺めていると、ものすっごいイケメンの男が俺の方に向かって歩いてきた。な、何だ!?まさか時空警察の追手か!?

「おはよう、世界ちゃん。今日から新学期だね」

うっ!爽やかな笑顔が眩しすぎる!!俺があまりの眩しさにやられている間に、妹も笑顔を作ってイケメンと話している。

「あ!おはよう、八王子くん!!」

「世界ちゃんは何組になったの?」

「1組だよ。八王子くんは何組なの?」

「残念、俺は2組だったよ。俺も1組が良かったな。なんせ可愛い世界ちゃんがいるからね」

「もうやだ~!!八王子くんったらお世辞が上手なんだから~」

「いやいや、お世辞なんかじゃないんだけどな。俺は世界ちゃんを本気で可愛いと思ってるよ!」

な、なんだこの男は!?なぜ妹と楽しそうに会話してるのだ!?なぜこんなにもバカップル臭をだしているのだ!?ま、まさかこいつが妹の彼氏なのか!?許さん、絶対に許さんぞ~!!

「まて~い!!俺の妹と会話がしたかったら俺を倒してからにして貰おうか!!俺の右手が真っ赤に燃える!お前を倒せと囁きかける!!くらえ、封印されし魔神の右腕!!」

当たればイケメンをこの世から跡形も無く消し去るはずだった俺の右腕は、イケメンに届く前に妹の左手によって受け止められた。唖然とする俺の鳩尾に妹の右手が突き刺さる。

「うぐっ!!な、何をするんだマイシスター…」

「それはこっちのセリフだ!!いきなり他人を殴ろうとしないでよ!!」

「くそ!そこのイケメンよ、命拾いしたな…。だが、ここで俺が倒れようとも第二、第三の俺が必ずや貴様を滅ぼすだろう…」

「あんたみたいなのが二人も三人もいてたまるか!!」

ナイスツッコミだ。さすが我が妹。茫然としてこちらを見ているイケメンの視線に気付いたのか妹は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「あっ、ごめんなさい。八王子くんに怪我とかなかった?」

「いや、俺は大丈夫なんだけど…。それより、彼は?世界ちゃんと随分似ているようだけど、もしかして双子のお兄さんかな?」

「…はい。不本意ながらあたしの兄です」

イケメンが俺の方に向いて挨拶してきた。

「はじめまして。世界ちゃんと同じ部活の八王子 祐也だよ。君が世界ちゃんと双子なら俺と同学年になるのかな?仲良くしてくれると嬉しいな。君の名前はなんていうの?」

けっ!なんで俺がイケメンに名乗らなければならんのだ。俺から妹を奪うヤツに名乗る名はない!と、思ってたら妹にものスッゴく睨まれた。やっべ、超恐い。何、あの顔。あれ?俺の妹って悪魔だったけ?

「…世界の兄の宇宙
そら
だ。またの名を、魔を操る者という。おっと、この二つ名は現世の人間には通じないんだったな…。スマン、忘れてくれ」

よく考えれば相手が名乗ったんだから此方も名乗らなきゃ失礼にあたるな。俺は礼儀を大事にする人間だからな。というわけで、妹の視線にビビった訳ではない。決して妹にビビったりなんかしていない。大事な事なので2回言っておく。

「え、えっと…、随分個性的な人なんだね?世界ちゃんのお兄さんは」

「…お願いだから、お兄ちゃんについては何も言わないで…」

くそっ!二人で同じ空気を共有しおって~!!これが噂に聞くカップルのみが放てる"他者を排除する絶対空間"《シンクロディメンション》だとでもいうのか!?今の俺ではとてもじゃないが抵抗出来ない…。ここは戦略的撤退だ!!

「ちょっと、お兄ちゃん!?どこにいくのよ!?」

妹の声を泣く泣く無視して俺は戦場(教室)に行くことにした。




×××




新学期が始まって既に一ヶ月が経過した。世界は去年と同様、男女関係無く好かれていてクラスの中心人物になっている。深夜の外出も相変わらずのようで、妹に直接聞いた訳ではないがまだイケメンと付き合っているみたいだ。え?俺に彼女は出来たのかって?生憎だが、邪神を信仰する俺には常に危険がつきまとう。ゆえに、彼女はおろか、友人さえも作ることは出来ない。邪神信仰者の悲しい宿命よ…

「お兄ちゃん、何で壁に向かって喋っているの?しかも泣いているし…。辛いことでもあったの?」

「違う!これは泣いているんじゃなくてだな…、そう!小宇宙を感じていたんだ!自然のエネルギーに感動していたんだよ!!


「…教室の片隅で?」

「俺クラスにもなると小宇宙はどこだろうと感じられるんだよ」

「お兄ちゃんってさ~、あたし以外の人と喋っているの見たことないよね。もう新学期が始まって一ヶ月経つのに未だに友達が一人もいないでしょ?あんな自己紹介するからだよ」

そう、俺は新学期が始まってから妹以外と会話をしたことがない。何故だ?自己紹介の時にきちんと『趣味は邪神降臨のための儀式です!!右腕には魔神が、左腕には闘神が封じられているので絶対に衝撃を与えないようにしてください!!ちなみに前世は…、おっと、それ以上は言っても意味のないことか。とりあえず、気軽に話しかけてきてください!一緒にオーラにめざめましょう!』と敬語を使って言ったのに…

「それにさ~、お兄ちゃんが授業中に国語の先生に指された時にさ、『右目がうずく!もう一人の俺が暴走するかもしれん』とか意味がわからないこといったでしょ?先生が怖がってたよ」

この春から担任になった新人教師のことか。彼女は23歳の美人女教師なのだが、あの時以来けっして俺を見ようとはしない。他の教師達も俺のオーラに威圧されているせいか出来る限り俺と目を合わせようとしない。

「お兄ちゃん、このクラスでアンタッチャブルな存在にされてるんだからさ。これ以上変なこと言わない方がいいよ?今はいいけど、その内いじめにつながりそうだから…」

「いじめなど前世での大戦に比べたらなんでもないわ!!いざとなったら封印されし魔神の右腕があるしな!」

「本気で心配してるのに!!お兄ちゃんのバカ!!もう知らないからね!」

妹が本気で怒って俺の前から去っていく。やれやれ、あれは当分機嫌が直らなそうだな。しばらく話しかけないようにしよう。




昼休み、俺はコンビニで買った弁当を持って教室を出て行く。目指す場所は男子トイレ。普段から刺客を警戒している俺にとってトイレは唯一安心して食事が出来る場所だ。相変わらず7・11のお弁当はおいしい。俺が弁当を食べていると複数の男子生徒が入ってきた。どうやら連れションみたいだ。全く、こっちは食事中だというのに。食事中は遠慮してもらいたいものだ。

「~でさ、ナンパした女がマジで巨乳だったんだよね。Hのときもブルンブルン揺れててさ。マジで興奮したよ」

「マジかよ!お前って本当にもてるよな~。この間も後輩食ったっていってたじゃん?」

「ああ~、あの女のことな!あいつ、俺のいいなりだからよ。今は女子高生好きの変態親父相手に売春させてるわ。もちろん売上は俺が回収してるんだけどな」

「ギャハハハハ!マジで鬼畜だな!!」

チッ、DQN共か。嫌なやつらが来たものだ。やつらは俺のような邪神信仰者を見るとすぐに排除しようとするからな。出来るだけ物音を立てないようにしなければ。

「そういえば、お前が去年から狙っている女がいるだろ?あの子マジで可愛いよな。まだ犯ってないんだろ?さっさと犯っちまえよ」

「いや~、色々アプローチかけてんだけどよ。中々ガードが固いんだよね」

くそっ、羨ましい。現世では妹以外の女の子と会話すらしていないからな。リア充共め!爆発しろ!!

「まあ、そろそろ我慢の限界だしな。明日の放課後にでも体育倉庫に呼び出して無理やり犯っちまうか。お前も来るか?」

「え!?マジで!?俺にも犯らせてくれんの?」

「ああ。ハメ撮りするつもりだから写真で脅せば奴隷に出来るぜ。明日は3Pだ!」

それにしても何でDQNは女の話と犯罪行為の話しかしないんだ?まったく、聞いていて気分が悪い。狙われている女の子もかわいそうに。そういえばハメ撮りをすると言った方の声はどこかで聞いた事があるような…

「おう!!楽しみにしとくよ。チャイムが鳴る前にささっと教室に戻ろうぜ。行くぞ、八王子」

「おう」

…八王子?どっかで聞き覚えがあるぞ?ええと…………………ああ!!4月に会ったイケメンか!!うわ、もしかして俺ってとんでもない会話を聞いてしまったのではないだろうか?あいつって、あんなやつだったのかよ…。怖いね~、リア充は。裏の顔ってやつだな。ん?待てよ?そういえばあいつって世界と付き合ってるんじゃ?じゃ、じゃあ、さっき言ってた女って世界のことか!?や、ヤベエ。世界にいった方がいいよな?…いや、まだ妹のことだと決まったわけではない。とりあえず、妹に会ったらさりげなく忠告しておくか。




結局、あの後世界と会話する機会がなくて帰宅してしまった。時計を見ると針が7時をさしている。妹もそろそろ部活から帰ってくるだろう。ちなみに両親は2人とも仕事が忙しいらしく、ここ1週間ばかり姿をみていない。俺も妹も料理は出来るから、両親が居ないときは交代制で食事当番をやっている。今日の食事当番は妹だ。早く帰ってこないかな…

「ただいま~!!」

噂をすれば妹が帰ってきた。おかえりと返事をして妹の顔を見つめる。さて、どうやって八王子のことを聞けばいいのか…

「?、そんなに見つめてどうしたの?あ、お腹空いたんでしょう?今から作るからちょっと待ってて」

「あ、ああ」

妹は朝の不機嫌が嘘のように、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら夕飯を作っている。こんな機嫌がいい妹は久しぶりだ。聞くなら今しかない。

「せ、世界?ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「な~に?真剣な顔しちゃってどうしたの?」

何てきりだそうか…。そういえば、八王子は放課後に体育倉庫で犯すっていってたからな。明日、放課後に俺が世界と一緒に帰ればいいんだよな。そうすれば、八王子達が言ってた女が世界だとしてもレイプされることはない。

「明日世界は部活が休みだろう?良かったら俺と一緒に帰らないか?」

「ゴメンね、お兄ちゃん。明日の放課後は予定があるんだ。ちょっと一緒に帰れそうにないかな…」

予定だと!?まさかもう八王子は世界に連絡をつけたのか!?ダメだ!後手に回っている。こうなったら直接言うしかない。

「…世界は八王子と仲が良いよな?」

「八王子くん?…まあ、部活が一緒だから仲が良いけど。二人きりではないけど休みの日に遊ぶこともあるし」

何故付き合っていると素直に言わないんだ?兄に隠したい年頃ってやつか!?ええい、こうなったら!!

「そうか…。単刀直入に言う、八王子と関わるのは止めなさい。それに明日は寄り道せずに授業が終わったら真っ直ぐ帰ってこい」

「はぁ~?意味わかんないよ。何言ってんの?」

「いいから言う通りにしなさい!!」

少し強めの口調でいう。俺の態度が気にさわったのか、妹もイライラしだした。

「だから意味がわかんないだってば!!せめて理由を説明してよ!!」

「…理由は言えない。それに聞かない方がいい」

自分がレイプのターゲットになっていたなんて知らない方がいいよな。それに可愛い妹には自分の彼氏がゲスヤローだったと知らせたくはない。

「何!?どうせお兄ちゃんの事だから邪神様のお告げがあったとかそんな下らない理由でしょ!?いい加減にしてよ!!」

せっかく俺が助けてやろうしてるのに何だその言い方は!!ムカついてきた。

「いいから言う通りにしろって!!全部お前のためなんだよ!!」

「何よその言い方は!?押し付けがましいのよ!いつも気持ち悪いことしか言わない癖に命令しないでよ!!兄貴面しないで!!」

気がつけば妹の頬を叩いていた。17年間生きてきて一度も妹を叩いたことなんてなかったのに、自分の行動が信じられない。妹も俺に叩かれたことが信じられないのか茫然としている。やがて、その大きな瞳から涙が溢れ出す。

「…もう良いよ。お前の好きすればいいだろ。どうなったて知らないからな」

罰が悪くなってその場から逃げ出し、二階にある自分の部屋に引きこもることにした。階段を昇る時にチラリと妹の方を見ると、静かに涙を流しながらその場に立ち尽くしていた。

何だよ何だよ!せっかく忠告してやったのにさ!!そりゃ、理由を言わなかったのは悪いとは思うけど仕方がないだろう?もう、あんな妹は知らん!八王子達の慰みものになればいいんだ!!もうさっさと寝ちまおう。嫌な事があった日には早く寝るに限る。その夜、普段は夢なんか見ないはずなのに妹が八王子に犯される悪夢により魘されることになった





朝起きてリビングに行くと誰もいなかった。玄関には妹の靴が無かったので先に学校に行ったのだろう。昨日の一件で気まずかったから、正直助かった。…冷静に考えると昨日の俺って理不尽だったよな。妹も叩いちゃったし、俺って最悪過ぎる。…今日の放課後か。確か八王子って空手の全国大会にも出たことがあるやつだったよな。そんなやつ相手に俺じゃ敵わないよな… 。

陰鬱な気分で登校して教室に入る。いつもは俺が登校すると笑顔で近寄ってきてくれる妹が、今日は気まずそうな顔で遠くから俺の顔を見ている。俺はどうすればいいかわからなくて、黙って自分の席に座ることにした。授業中や休み時間の間にも、妹は何か言いたそうに俺の顔を見ていたが全部無視した。

気がつけば放課後になっていた。時が過ぎるのは早いな~。ああ、俺はどうすればいいのだ。教えてください邪神様。…電波を受信中。ああ、任務なんですね。放課後は真っ直ぐ帰ることがあなた様の命令なんですね?だったら、妹がこのあと酷い目に合うってことを知っていたとしてもほっといてもいいですよね?妹も俺を許してくれますよね?

下駄箱を開けると中に一枚の手紙が入っていた。誰だよ…、こんな時に手紙なんて。誰からだ?名前は書いてないな…。取り敢えず読んでみるか。



『お兄ちゃんへ

兄妹喧嘩をするなんて初めての事だから、どうすればいいのか分からなくて手紙を書くことにしました。お兄ちゃん、昨日は酷い事を言ってごめんなさい。お兄ちゃんに叩かれた後、何であたしが叩かれなければいけないんだろうってずっと考えていました。正直、お兄ちゃんをこれからは無視しようと思ったりしました。でも、部屋に戻ってお兄ちゃんと撮った写真を見ていたらお兄ちゃんとの思い出が頭によぎりました。思い出せば、お兄ちゃんがあたしに命令したことなんて数えるほどしかありませんでしたね。そして、お兄ちゃんが命令するときは決まってあたしのためだってことを思いだしました。だから、昨日の命令もきっとあたしのためなんでしょう。でも、今日は大事な用事があるので真っ直ぐ家に帰ることは出来ません。出来るだけ早く帰るようにします。昨日はあたしが当番なのに夕飯を作らなかったので、今日もあたしが食事当番をします。お兄ちゃんの好物を作るつもりなので楽しみにしていて下さい。

                                              お兄ちゃんのことが大好きな世界より』




涙が出た。昨日の一件はどう考えても俺が悪いのに妹は許してくれている。そんな妹を俺は見捨てようとしたのだ。自分で自分が許せない!思い返せば、学校で俺に話しかけてくれるのは妹だけなのだ。妹以外のクラスメートは俺が存在していないかのようにふるまう。今日一日でそれがよくわかった。俺の存在を認めてくれているのは妹だけ。そんな大事な妹が毒牙にかかろうとしている。ああ、ごめんな世界。お兄ちゃんがバカだったよ。たった一人の妹を見捨てるなんて最悪だよな。…今ならまだ間に合うかな?

俺は全速力で走った。目指すべきは体育倉庫。全速力で走る俺に奇妙な目を向けるモブキャラがいるがそんなの気にしない。頼むよ邪神さま、俺に力をかしてくれ!妹を助けるだけの力をくれ!!



「まて!!妹をお前らの好きになんかさせないぞ!!」

体育倉庫の扉を開けて俺は叫んだ。体育倉庫の中を見渡すと八王子と知らない男しかいなかった。おそらく、こいつが昨日八王子とトイレで話していたやつなのだろう。世界は……いない。よかった、まだ来てないみたいだ。

「確か世界ちゃんのお兄さんですよね?どうしたんですか?こんなところに何か用事でも?」

八王子が人の良さそうな笑顔で俺にいう。こいつは今からレイプしようとしている女の兄貴が来てもなんの動揺もしていない。呆れるほどのクソヤローだ。

「白々しいぞ!!お前らのやろうとしていることは全部まるっとお見通しだ!!大人しく観念しろ!」

「…ええと、お兄さんは何の話をしているのですか?」

「演技はやめろ!俺は昨日お前らがトイレで話していた内容を聞いていたのだ!妹が来る前に俺がカタをつけてやる!!」

俺の言葉をきいた瞬間、八王子の笑顔が消えた。さっきまでの人のよさそうな笑顔が嘘のように、他人を見下す冷たい表情になっている。

「…んっだよ。バレてんのかよ。トイレで聞かれちゃってるとはね~。それは予想外だったわ。まさかお前にバレるとはね」

「どうする、八王子?せっかくこれから世界ちゃんを犯そうっていうのに邪魔が入っちまったな。こいつお前の本性知っちゃったみたいだし、今後も邪魔になるんじゃねえの?」

DQNの言葉に八王子は冷酷な笑みを浮かべた。

「そりゃー邪魔になるでしょ。だからさ、口封じするしかないっしょ。骨の2、3本折っとけばこいつも誰にもいわねえだろ。世界ちゃんとのHの前に軽く運動しておくか」

「黙れ!!俺がお前らの悪事は絶対に許さない!!邪神様の名前にかけてお前らを成敗してやる!!」

「お前さ、俺ら2人相手に勝てると思ってんの?俺も全国大会に出場経験あるし、素人じゃないんだぜ?勝てるはずないじゃん」

「勝負はやってみなくちゃ分からないんだよ!!」

俺は全力で八王子目掛けて突進した。突然の俺の突進に驚いたのか、八王子は受身も取らず床に転がる。俺はマウントポジションを取って八王子の顔目掛けて全力で拳を振り下ろした。

「封印されし魔神の右腕と全てを破壊する闘神の左腕の威力はどうだ!?ふはははははは!悪は必ず成敗されるのだ!!」

「てめえ、調子にのってんじゃねえぞ!?」

後頭部に衝撃を感じた後、俺の体が八王子の上から吹き飛ばされた。どうやらDQNに蹴られたみたいだ。八王子が立ち上がりポキポキと首を鳴らしながら俺に近づいてくる。全力で殴ったつもりなのにたいしてダメージをくらっている様子はない。

「やってくれたね。俺の美しい顔を殴るなんて大罪だよ?罪は償わなくちゃならないよね」

八王子が俺の胴体を全力で蹴りつけた。『ボキッ!』と肋骨が折れる音が聞こえた。

「ぐわぁぁぁぁ!!!いたい!骨が折れた!病院に連れてってくれ…」

「何言ってんの?まだ罰は終わっていないよ?」

八王子が蹲る俺をさらに蹴りつけた。DQNも俺の体を蹴り始め、俺はやつらのサンドバックにされいる。体中蹴られていない場所はないんじゃないかってぐらい痛めつけられた。しかし、俺は心配していなかった。なぜなら、ピンチは主人公にとってあたり前のことだから。こういう時こそ、真の力が目覚めて無双するはずだ。

「おら、死ねよ!こら!はははは!人を蹴るのってマジで面白れ!見ろよ、こいつ!鼻血でてるぜ」

「こいつサンドバックにピッタリだな。いい蹴りの練習台になるよ」

おいおい、そろそろ目覚めてもいいんじゃないの?俺ってもう意識を失いそうだよ?もうピンチのシーンは飽きただろ?早く目覚めてくれよ…

「お、俺の真の、ち、力が目覚めれば、お、お前らなんか…」

「ああん!?何訳わかんないこと言ってんだ?そういえば、さっきも魔神がどうたらとか意味不明なこといってたな」

八王子が俺の頭を踏みつけながらいう。倒れふす俺を見ながらDQNが思い出したかのように俺を指さした。

「ああ!お前どっかで見たことがある思ったら、一組の精神病患者か!ほら、八王子も聞いたことないか?一組で有名な厨二病だよ」

「うそっ、あの病人ってこいつだったのか?世界ちゃんもかわいそうにな…、こんな残念な兄貴を持っちまって」

また八王子の蹴りが俺に命中する。あははははははは。なんで力に目覚めないんだよ…。やっぱり漫画みたいにはいかないってことか。それにしても痛いな。こいつら滅茶苦茶やりやがって。だいたい無茶なんだよな、空手の全国大会出場者に俺みたいなのが勝てるはずないんだよ。ああ、そうだよ。俺は所詮お前らの言う通り厨二病だよ。認めるから助けてくれ。もう痛いのは嫌だよ…

「もうこいつ反応しないし蹴るのも飽きたな。そうだ!いいこと思いついた!八王子、こいつの前で世界ちゃん犯そうぜ!兄の前で妹を犯すのって興奮しね?」

「ナイスアイデア!!そのシチュエーションは興奮するな。お前って天才じゃね~の?」

…世界?そうだ、俺は世界を助けに来たんだ。可愛い妹を守るためにここに来たんだ。ごめんな、世界。お兄ちゃん、またお前を見捨てるところだったよ。確かに俺は厨二病でさ、気持ち悪い兄貴かもしれない。でもさ、妹を見捨てるような最低な兄貴にはなりたくないんだよ。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

最後の力を振り絞って八王子に全力で殴りかかる。しかし、あっさりと避けられた。

「しつこいんだよ!!」

八王子の回し蹴りが命中し、今度こそ俺は立てなくなる。ごめん、ごめん世界。俺、お前を守れなかった。ごめん、本当にごめんよ。俺じゃ勝てなかったよ…。駄目なお兄ちゃんで本当にごめん。

「お兄ちゃん!!」

意識が薄れる寸前、妹の声が聞こえた気がした…



×××



「はっ!ここはどこだ…?」

目が覚めたら知らない天井だった。な、なんだ?まさか異世界トリップしたのか?ついに俺の苦労が報われたのか!?

「ここは保健室だよ。お兄ちゃん大丈夫?何度もお世話になっているじゃない」

よく見ると確かに見慣れた保健室だった。妹がベットで寝ている俺を心配そうに見ている。世界?なんでこんなところに…?…そうだ!!

「お、おい!大丈夫だったのか!?あいつらに酷いことされてないのか!?」

「何いっているの?お兄ちゃん頭でも打った?」

世界は困惑した顔で俺を見ている。本当に意味がわからないみたいだ。どういうことだ?八王子達は世界に何もしなかったのか?

「お前、彼氏に呼び出されて体育倉庫に行っただろ?何もされなかったのか?」

「ええと、彼氏って誰のこと?」

「え?誰って、八王子のことだよ。お前ら付き合っているんだろ?」

「あたしが八王子くんと~?何いってるのよお兄ちゃん。あたしは八王子くんと付き合ったりしてないよ。何を勘違いしてたの?それに彼氏なんて欲しくないしね」

なに~!?そうだったのか!?そういえば、世界から直接聞いたことはなかったな…。それじゃあ、あれは全部俺の勘違い?いや、まてまて。八王子達が世界をレイプしようとしたことは確かだ。それにあの時確かに妹の声をきいた。

「でも、世界が八王子に呼び出されて体育倉庫に行ったのは事実だろ?何かされたんじゃないのか?」

「だ・か・ら!意味がわからないんだってば。本当に大丈夫?病院にいって検査してもらおうか?」

妹が俺と目を合わせながら言う。ああ、相変わらず世界の目は綺麗だ。まるで引き寄せられるかのようにその視線から目を離せない。なんだか眠くなってきたな。頭の中に霞がかかるような…………………あれ?俺って何で保健室にいるんだっけ?

「なあ世界。俺ってなんで保健室で寝てるんだ?」

「お兄ちゃん、校庭で転んで意識を失ったんだって。さっきまで大騒ぎだったよ?あたしも放送で呼び出されたし」

「校庭?俺って体育倉庫にいったりしなかった?」

「体育倉庫?お兄ちゃんと一番縁がない場所じゃない。校庭と体育倉庫って反対の場所にあるよ?」

世界の言う通りだ。帰宅部の俺が用もないのに体育倉庫に行くなんてありえない。でも、なんで体育倉庫に行ったなんて思ったんだ?どうも思いだせないな…。俺が悩んでいるとサイレンの音が聞こえた。窓を見るとパトカーから警察官が降りてきて学校の敷地内にはいってくる。

「学校で事件でも起こったのか?」

「内の学校に売春の斡旋をしていた人がいたんだって。多分、その人を逮捕しにきたんだと思う。それより、大丈夫ならもう帰ろう?今日は約束どおりお兄ちゃんの好きなものを作ってあげるよ」

「あ、ああ…」

なんだか納得いかないが俺の手を引っ張って帰ろうとする妹についていく。なんでだろう?何か大きな事件があったような気がするのだが思い出せない。確か世界に関係あることだと思うのだが…

「どうしたの?」

「…いや、なんでもない」

まあ、思い出せないならたいしたことではないのだろう。妹と並んで家に帰る。夕日を浴びる妹の顔は本当に美しかった。

「いつもありがとう世界。お兄ちゃんは世界を妹に持てて本当に幸せだ!!」

自然と言葉が出た。俺の中の何かが絶対に言えと命じていた。

「突然なあに?変なお兄ちゃん!!」

妹は機嫌良さそうに笑った後、俺をおいて走り出す。

「はやくしないとおいってちゃうぞ!!家まで競争だ~!!」

ああ、幸せだな。やっぱり妹は笑っているのが一番いい。いつもそんなこと思わないのに、妹が俺の隣にいることがすごく幸せに感じる。

「まてよ!邪神様の力を借りた俺に勝てると思うのか!!」

妹を追って走り出す。多分、俺の顔は笑顔だと思う。ああ、邪神様。願わくばこの何でもない日々が永遠に続きますように。今日は妹のために邪神様に祈ろう。そんなことを思いながら、俺は家に帰るのだった。

















×××




「お兄ちゃん!!」

あたしが体育倉庫の扉を開けるとお兄ちゃんが八王子くんに蹴られていた。お兄ちゃんはボロボロに痛めつけられていて意識を失っているみたいだ。

「お兄ちゃんになんてことするのよ!!ひどいわ!」

「やっときたんだね、世界ちゃん。あまりにも遅いからさ~、待ちくたびれちゃったよ」

「質問に答えて!!何でこんなことをしたのか聞いてるの!」

「あはははは!君をレイプしようと思ったんだけどさ、計画がお兄さんにばれたみたいでね。邪魔するからリンチしてやったんだ」

八王子くんともう一人の人がニヤニヤと笑みを浮かべながらあたしに近づいてくる。醜い。発情したサルのように息を荒げている。おそらく、彼らの頭の中はこの後のことで一杯なのだろう。

「…お兄ちゃん、ちょっと記憶をよませてね」

お兄ちゃんの頭を触ると記憶が流れ込んでくる。お兄ちゃんが八王子君達の話をトイレできいたこと、それを阻止しようとしたこと、一度は帰ろうとしたこと、あたしを助けるためにこの人たちと戦ったこと、その時にお兄ちゃんが見たこと、感じたことが手に取るようにわかる。

「ありがとう、お兄ちゃん。あたしのために戦ってくれて本当にありがとう…」

「あ?何言ってんだ?全く兄妹そろって頭がおかしいんじゃねえか?とりあえず、そいつが目を覚ます前に一発犯らせろや」

八王子くんが伸ばした手をはらいのけてあたしは彼らを睨みつける。

「許さない…、あなた達だけは許さない。あたしのお兄ちゃんをこんな目にあわせてタダじゃおかないわ…」

あたしは魔力を集中させて火の玉を作った。『攻撃魔法は人間に使わない』あたしが17年間守ってきた誓いを初めてやぶる。

「な、なんだよそれ…、なんなんだよ!?」

「逃げても無駄よ。あたしからは逃げられない。大丈夫。多分、死なないから」

逃げ出す彼らに両手を向ける。

「地獄の業火に焼かれよ!!『ヘル・フレイム』!!」

「「ぎゃああああああああああああ!!!!!!」」

精神にダメージを与える魔法だから死ぬ事はないだろう。まあ、しばらくは立つ事も出来ないだろうが。自業自得なので放って置くことにする。

「さてさて、お兄ちゃんは大丈夫かな?ふむふむ、骨が何本か折れてるけど、この程度なら平気でしょ。さっさと治癒魔法をかけますか」

お兄ちゃんをお姫様抱っこして保健室に向かうことにした。






お兄ちゃんをベッドに寝かせて、眠るお兄ちゃんの顔を眺める。黙っていればかっこいいのにな。まあ、厨二病になったのってあたしのせいなんだけどね。


あたしは赤ちゃんの頃から前世の記憶というやつがあった。前世のあたしは異世界の魔法使いだったようで生まれたときから魔法が使えた。でも、誰にも言い出せなかった。怖かったのだ。魔法を使えるあたしを家族はどう思うだろう。ひょっとしたら、気持ち悪く思って捨てられてしまうかもしれない。そう思うと、生まれたときから一緒で最も信頼するお兄ちゃんにさえ言うことが出来なかったのだ。

ところが12歳の時、あたしのうっかりミスによりお兄ちゃんにあたしが魔法使いだってことがバレてしまった。魔法を使うあたしのことをお兄ちゃんは呆然として見ていた。あたしはお兄ちゃんに拒絶されるのが怖くてその場で泣き出してしまった。その時は頭が恐怖で一杯だったから詳しくは覚えてないが、『魔法なんかいらない。あたしも普通の人間に生まれたかった』みたいなことを言ったと思う。その時にお兄ちゃんが言ってくれた言葉は今でも鮮明に覚えている。『大丈夫。たとえ、お前が魔法をつかえたとしても俺が大好きな妹であることは変わらない。お前が独りが嫌なら俺が一緒になってやる。同じになるって約束してやる。だからもう泣くなよ…』。泣きじゃくるあたしを抱きしめて言ってくれたのだ。

次の日からお兄ちゃんは厨二病になっていた。あまりの変わりように最初は驚いたものだがもう慣れた。なにより、あたしのためにしてくれたことが嬉しかったのだ。ただ、もしものことがあるかもしれないからお兄ちゃんの記憶から『あたしが魔法使いだ』という記憶は消す事にした。このことについてはお兄ちゃんに申し訳ないと思っていたりする。

高校2年生になってもお兄ちゃんの厨二病が治らなかったのは予想外だったけど、何気にあたしは嬉しかったりする。確かに気持ち悪いと思うこともあるが、厨二病はお兄ちゃんとあたしの約束の印なのだ。厨二病のお兄ちゃんを見ているとあの時の記憶が思い起こされて暖かい気持ちになれる。あたしは一人じゃないと思えるのだ。おかげで魔法を好きになることが出来た。最近は夜に家から抜け出して魔法の練習をしていたりする。お兄ちゃんはあたしが家から抜け出していることに気づいていないと思っていたからあの時は焦ったものだ。まったく、変なところで鋭いんだから。

起きたらお兄ちゃんに記憶操作の魔法をかけよう。さっきの出来事は無かったことにした方がいいだろう。八王子くん達は色々と悪いことをやっていたみたいだから、魔法を使って証拠と一緒に警察に知らせておいた。まもなく逮捕されると思う。普段は絶対に出来ないけど、あたしを守ってくれたお兄ちゃんのホッペにチューをして感謝の言葉をいうことにする。


「守ってくれてありがとう。お兄ちゃん、大好きだよ!!」



[31660] 厨二病の兄と同性愛者の親友
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2012/03/23 22:33
今日はゴールデンウィーク2日目。俺の気分は今日の天気同様、晴れ渡る青空のようにご機嫌だ。何せ学校に行かなくていいのだ。あの地獄のような孤独空間…げふん、げふん。いや、戦士の俺にとって休日は大切な安息日。警戒心をとける唯一の日なのだ。ゴールデンウィークがずっと続けばいいのにな…

「お兄ちゃん、ちょっといい?」

俺の安息日を邪魔したのは双子の妹の世界。愛すべき妹だ。

「ダメだ。今ちょっと忙しいから」

「寝ているだけじゃない。忙しそうには見えないけど?」

「寝るのに忙しいんだよ」

全く、俺の睡眠を邪魔するとは…。温厚な俺だから良かったものの、もう一人の俺だったら世界が滅んでいたぞ。

「はいはい。おふざけはいいから。それよりどうせ暇でしょ?あたしの親友を駅まで迎えにいって欲しいんだよね。中学の時によく家に来ていた子なんだけど…」

「なんで暇って決めつけるんだよ…」

「じゃあ予定があるの?」

「………ないけど」

確かに用事はないし、やることもない。むしろゴールデンウィークはずっと家にいるつもりだ。しかし、今日はゴロゴロすると昨日から決めていたのだ。いくら妹の頼みだといえ面倒臭い。

「第一、なんで俺が迎えにいかなゃいけないんだよ。お前の親友なんだろう?」

「しょうがないじゃない。その子がお兄ちゃんに迎えに来て欲しいっていってんだから」

「な、何~!?」

おいおいおい、ついに来たのか?これがモテ期ってやつか!中学の時に家に来てた子だろ?確か他校生でショートカットの美少女だったような…

「ま、まあ、どうしてもって言うのなら迎えに行ってやらんこともないかな。あ、そうだ!今日は駅に用事があったんだ。うん、どうせついでだ。仕方ないから行ってやるよ」

「…お兄ちゃんってさ、呆れるほど単純だよね。まあ、迎えに行ってくれるんなら何でもいいや。じゃあよろしくね」

「おう!お兄ちゃんに任せておけ!!」

というわけで駅に行くことになった。今から来る子の名前は優ちゃんというらしい。中学時代に妹と同じ塾だったらしく、その時以来の親友だと妹が言っていた。今は全寮制の学校に通っているそうで、ゴールデンウィークを利用して久々に妹に会いにきたみたいだ。そういえば、家に来ているときに何度か挨拶をされた覚えがある。声がちょっとハスキーな感じで、挨拶をするたびに可愛い顔を真っ赤にしてたっけ。あれ?これってフラグ立ってたのかな?

「あの~宇宙さんですよね?」

声のした方を見るとそこには美少女がいた。ショートカットの黒い髪、人を魅了する可愛い笑顔、透き通るような白い肌を持つ妹に負けず劣らずの美少女だった。ユニセックスな格好が彼女の魅力をより引き立てている。

「あ、ああ。俺が宇宙だけど。えっと、君は?」

「やっぱり!うわぁ~、全然変わってないですね。僕の記憶にある通りで安心しました!!あ、でも身長は大きくなったかな?」

ぼ、僕っ娘だと~!?まさか現実に存在するとは…。二次元だけだと思ってたぜ。ていうか、俺今体を触られてるよな?妹以外の女の子に触られるなんて初めてだぜ。やべ、緊張してきた。

「ええと、じゃあ君が妹の親友の子なのかな?」

「はい!優って言います!!迎えに来ていただいてありがとうございます!!」

「いや、それは別にいいんだけど…。え、えっと、じゃあ家に行こうか?」

「はい!!」

やばいよこの子。超可愛いよ。いい匂いだな~。シャンプー何使ってんのかな。フローラルな香りがするよ~!!


家までの道中は沈黙が流れていた。俺は何を話せばいいのか分からず、優ちゃんはご機嫌な様子で鼻唄を歌っているだけで二人の間に会話は無かった。何を話題にすればいいのかな?妹以外の女の子と会話するなんて久しくなかったからな。邪神様の素晴らしさについてじゃだめかな?…だめだろうな~。そういえば…

「あのさ、優ちゃんは何で俺に迎えにきて欲しいって妹に頼んだの?」

「…ひょっとして、ご迷惑でしたか?」

不安げな優ちゃんも可愛いな~。チワワみたい。一日中撫で回してたいぜ。

「いや、そんなことはないんだけどさ。ただ、どうしてかなと思ってね」

「…実は世界ちゃんに内緒で、宇宙さんに相談したいことがあるんです」

「相談したいこと?」

世界に内緒で?何だろうな~?…はっ!ま、まさか、俺のことを好きだとかそういうことか?妹に内緒で俺と付き合いたいとか?…いや、ないな。自慢じゃないが前世での俺ならともかく、現世での俺がこんな可愛い子に好かれるとか考えられない。

「はい。真剣な話なんです。だめですか?」

「…別にいいけど」

上目使いで目をウルウルさせている優ちゃんのお願いを断れる男が存在するだろうか?いや、いるはずがない。たとえ邪神様のお祈りの最中だとしても言う事を聞いちゃうね。うん。可愛いは正義だ!

「良かった!ありがとうございます!!」

道中に話すことではないらしいので、詳しい話は家についてからということになった。優ちゃんはかなり思いつめていたようで、俺がOKの返事をすると嬉しそうに笑った。可愛いな~。





「優ちゃん久しぶり!!元気だった?」

「うん。元気だよ!!世界ちゃんは相変わらず可愛いね。久しぶりに会えて僕は嬉しいよ!!」

世界と優ちゃんの親友同士は抱擁をして久しぶりの再会を喜んでいる。うむ。美少女同士が抱き合う光景は絵になるな。俺の持つ能力の一つである"全てを記憶する万能の目"《シャッター・アイ》により脳内に永久保存が決定だ。

「お兄ちゃんも出迎えありがとうね。飲み物用意するから二人ともリビングで待ってて!さっきクッキーも焼いておいたから、先に食べててね!」

優ちゃんと一緒にリビングに行きソファに座る。優ちゃんは色っぽくため息を吐いた後、俺に話しかけてきた。

「世界ちゃんは本当に可愛いですね。憧れるなー」

「ま、まあ妹も凄く美少女だけど、そ、そそそその優ちゃんも世界に負けないぐらいび、美少…いや、なんでもない」

もう、俺のバカ!!今言えればフラグが立ったかもしれないのに~!!なんで肝心なところで言葉が出ないんだ!!優ちゃんは不思議そうに首をかしげている。どうやら俺の最後の言葉は聞こえなかったみたいだ。

「お待たせ。紅茶だけどミルクとレモンどっちがいい?クッキーによく合うと思うよ」

ちょうどいいところで世界が来てくれた、ふぅー、助かったぜ。これ以上優ちゃんに俺の不振な行動を見られたくない。せっかく美少女と知り合う機会が出来たのだ。このチャンスを逃すほど俺は愚かではない。というより、優ちゃんに一目惚れしちゃいました☆もう決めた!!邪神様に誓って、俺の童貞は優ちゃんに捧げる!!今夜こそ~優ちゃんを~落としてみせ~る♪

「僕はミルクがいいな。ありがとうね、世界ちゃん」

「ううん、こんなことなんでもないよ。優ちゃんがミルクだからお兄ちゃんはレモンでいいよね?」

「ああ。俺はなんでもいいよ」

お茶会が始まった。世界と優ちゃんは楽しそうにお喋りをしている。俺が女の子の会話に入れるはずがなく、二人が喋っている間はひたすら優ちゃんを見ていた。俺の視線に気付いたのか、優ちゃんが可愛らしくちょこんと首を傾げて俺に話しかけてきた。

「僕の顔に何かついてますか?あ、ひょっとしてミルクティーの方が良かったんですか?僕のミルクと宇宙さんのを交換しますか?」

ぼ、僕のミルク…エロい。俺の妄想力が急激に力を発揮する。

『宇宙さん。僕、妊娠したみたいなんです。おっぱいからミルクが出るようになって…』

『え!?妊娠?それってもしかして…俺の子?』

『あ、酷い!!僕は宇宙さん以外とそういうことをしたことないです。信じられませんか?だったら証拠を見せます!!』

そういうと優ちゃんはおもむろに服を脱ぎだし俺におっぱいを…

「お兄ちゃん!!ちょっとしっかりしてよ!!ぼーっとしちゃってどうしたのよ?」

世界の声で現実に戻った。危っね~!!思わず俺の息子が立ち上がるとこだったぜ。後数秒遅かったら大惨事になるところだった。

「いや、なんでもないんだ。ちょっと考え事をしていてな。やる事を思い出したから俺は部屋に戻るよ。二人は久しぶりに会うんだろう?だったら俺がいないほうが話もはずむだろう」

「そんなことないです!僕は宇宙さんともお喋りしたいですよ?」

「そうだよお兄ちゃん。せっかく優ちゃんもいるのに部屋に引きこもることないでしょうに。それになんで前かがみなの?腰でも痛めた?」

察しろよ、世界。お兄ちゃんの息子は立ち上がりはしなかったが、半分オッキしちゃったんだよ…

「いや、誘いはありがたいけどな。緊急に処理しなければいけないことが出来たんだ。また後でな」

さあて、部屋に戻って一発抜くか!!優ちゃんがいる時に抜くのは気が引けるが、優ちゃんの前でオッキするよりよっぽどマシだろう。緊急避難というやつだな。苦肉の策だが息子を静めるためには仕方ない。俺はルンルン気分で部屋にスキップをして戻ることにした。






部屋で賢者になっているとノックの音が聞こえた。時計を見ると結構な時間が経っていた。どうやら熱中しすぎたらしい。

「お兄ちゃん、ちょっといい?」

「世界か。どうしたんだ?何か用か?」

世界が俺の部屋に足を踏み入れた瞬間、怪訝そうな顔をして俺に話しかけてきた。

「なんか…イカの臭いがする。お兄ちゃんイカでも部屋で食べたの?あれ?今家にイカなんてあったかな~?」

「そそそそそんなことないだろ!?それより俺に用があるんじゃないのか!?」

「あ、うん。優ちゃんは寮に住んでいるって話はしたでしょ?ゴールデンウィーク過ぎたら中々会えなくなっちゃうからさ。お土産にマフィンを作ろうと思ったんだけど材料が足りないのよ。買いにいってくるから、悪いんだけど優ちゃんの相手をして欲しいんだよね」

「別にいいぞ。リビングにいるんだろ?じゃあ、さっそく向かうか」

さりげなく妹を部屋から遠ざけつつ、俺は妹とともにリビングに向かった。


「じゃあ、ちょっと買い物にいってくるね。優ちゃんが好きなお菓子も買ってくるから悪いんだけどお兄ちゃんとお話でもしてて」

「うん、わかった。僕のことは気にしないでいいからゆっくり買い物してきてね」

「優ちゃんの言う通りあんまり急ぐなよ。車に気をつけるんだぞ」

優ちゃんと共に妹を見送った後リビングに戻る。部屋には沈黙が流れるが賢者を経験した俺は先ほどとは違う。勇気を持って自分から話しかけてみた。

「なんかせっかく来てくれたのにごめんね。世界も変なところで気が抜けているからなー」

「うふふふふ。そこも世界ちゃんの可愛いところなんですよ。それに、さっきも言ったとおり僕は全然気にしてませんよ?宇宙さんと二人っきりになれましたし…」

部屋には桃色の空気が流れる。こころなしか優ちゃんの顔が赤くなっている。おいおいおい、こんな空気は初めてだよ。どうすればいいんだ…こういう時に対応できない自分が憎い!!

「そ、そういえば、俺に相談したいことがあるんだっけ。世界もいないことだし、話してみないかい?」

俺のヘタレ!!妄想の中ではあんなにスマートに対応できたのに!!優ちゃんは笑顔から一変、深刻な顔になり俺の隣の席に座る。

「そうなんですよ。宇宙さんに聞きたいことがあって…」

あっれ~!?どうして優ちゃんは俺の太ももに手を置いたの!?襲ってくださいって合図なのかな!?ついに俺の童貞を卒業する日がきたのかな?いや、まてまて。ここは紳士的にいこう。

「なんでもいってよ。俺でよかったらいくらでも相談にのるよ」

「ありがとうございます!!…実は僕には好きな人がいるんです」

好きな人だと~!!フラグの回収きた~!!!!!!!

「す、好きな人って?」

「誰かは言えないんですけど、中学の時からずっと好きだったんです。中学の時からアピールしてたんですけど効果が無くて…。中学の時はその人の家に頻繁に遊びに行ったりしてたんですけど。今日だってその人に会いにきたんですよ?」

チラチラと俺を見ながら真っ赤な顔で話す優ちゃん。正直、その顔だけでご飯三杯はイケます。やばいよ、これは明らかに俺のことだろ!!じゃ、じゃあ、これって両想い?

「それって、ひょってして「本題はここからなんです!!」」

俺の言葉を遮るように優ちゃんが声を張り上げる。

「…話は変わりますけど、宇宙さんは同性愛についてどう思いますか?」

「え?同性愛?なんで?」

「いいから!!正直に答えてください!!」

あまりに優ちゃんが真剣な顔で話すから俺も正直に答えることにした。

「う~ん。まあ、別に偏見はないかな。当人同士が好きなら俺は祝福してあげるべきだと思うよ」

それにしても何でこんなことを俺に聞くんだ?ここは俺に優ちゃんが告白する場面じゃないのか?あれ?同性愛?も、もしかして、ひょっとして…

「あ、あのさ。間違ってたら悪いんだけど、ひょっとして優ちゃんの好きな人って…」

優ちゃんは恥ずかしそうにコクンと頷き、真剣な顔で俺に告白をする。

「はい。僕の好きな人は同性なんです」

な、何~!!!まさかのカミングアウトだよ!!ビックリだよ!!さっきまでの思わせぶりな態度はなんだったんだよ!!!!!!どうりで上手く行き過ぎているとおもったんだよな~。そうだよな、俺がこんな美少女にモテるはずないよな~。舞い上がっていた俺は悲しいピエロだよ。さようなら、俺の初恋。初恋は上手くいかないって本当だったんだな。邪神様より優ちゃんをとった俺への天罰かな…。すいませんでした、邪神様。俺がリア充になれるはずがないですよね。今日もリア充が爆発するようにあなたに祈りを捧げますよ。

「宇宙さん!?そんな虚ろな目をしてどうしたんですか!?まるで幸せの絶頂から一気に絶望に転げ落ちたような雰囲気ですよ!?」

「…いや、なんでもないんだ。ちょっと勘違いしちゃってただけだから。それで優ちゃんが好きな人は、優ちゃんが自分のことが好きだって知っているの?」

「はっきりとは伝えてないんですけど、今日もアピールし続けてますから好意は感じていると思います」

はあ、ショックだ。しかし、勝手に勘違いしていたのは俺だ。優ちゃんは何も悪くない。ここは真剣に相談に乗らなければなるまい。優ちゃんの話を聞く限り、間違いなく優ちゃんの好きな人って世界のことだよな。…優ちゃんと世界の百合カップルか。あれ?意外とアリな気がしてきたぞ。いや、イカンイカン!俺の煩悩よ去れ!!ここは真剣に答えよう。

「そうか。優ちゃんの好きな人が俺が想像している通りなら、そいつは優ちゃんが同性愛者だろうと気にしないと思う。同性愛者だからって差別するような奴じゃないよ。少なくとも、優ちゃんの想いが真剣ならそいつも真剣に答えてくれると思う」

「宇宙さん…僕、実は「ただいま~!」」

優ちゃんが何事かを言おうとした時、ちょうど妹が帰ってきた。優ちゃんはすっと俺のそばから離れると何事もなかったかのように妹を出迎える。

「おかえり、世界ちゃん。買いたいものは見つかった?」

「うん、見つかったよ!!いまから美味しいマフィンを作るからね!楽しみにしていてね!!」

楽しそうに会話する優ちゃんと世界を眺める。先ほどまでは美少女同士の微笑ましい光景にしか見えなかったが、優ちゃんの告白をきいたせいか、百合カップルがイチャついているようにしか見えない。

「お兄ちゃん、また前かがみになっているよ?本当に腰でもいためたの?気をつけたほうがいいよ」

俺の妄想力がすさまじくて困る。







その後も三人で楽しく会話をして過ごし、気がつけば優ちゃんが帰宅する時間になっていた。さりげなく優ちゃんを観察していたが、少なくとも今日は優ちゃんが妹に想いを伝える気はないようだ。優ちゃんを見送るために、俺と世界と優ちゃんの三人で駅へと向かう。

「今日はありがとう。とっても楽しかったよ。世界ちゃん達と遊べて本当によかったよ」

「あたしも久しぶりに会えて楽しかったよ。マフィンは日持ちすると思うけど、早めに食べてね。また休日になったら遊びにきてよ」

「うん。じゃあ、またね。宇宙さんもまた遊んでください」

「ああ、またな」

優ちゃんが電車に乗りこむ。優ちゃんが乗る電車は後3分は発車しないみたいだ。

「じゃあ、あたしたちもかえろっか。帰りに夕飯の買い物しようね」

「ああ」

世界と並んで家にむかって歩き出す。俺の中で何かがモヤモヤしていた。言葉に出来ないんだけど、なんだかひどくイラついた。

「…世界、ちょっと先に帰っておいてくれ。ちょっと寄る所がある」

「へ?ちょっと、お兄ちゃん!?」

世界を置いて俺は駅に向かって走り出した。腕時計を見ると電車が発車するまで後1分。全速力で走り、駅に着くなり大声で優ちゃんのことを呼ぶ。

「優ちゃん聞こえるか~!!話したいことがあるんだ!!」

「…宇宙さん?どうしたんですか?は、恥ずかしいですよ…」

俺の声が聞こえたのか、優ちゃんが恥ずかしそうに電車から降りてくる。

「優ちゃん、君に伝えたいことがあるんだ!!」

「伝えたい事?」

俺は真剣に、俺の想いが伝わるようにゆっくりと言葉をつむいだ。

「さっきの相談事のことだけど、優ちゃんは想いを伝えるべきだと思う。中学の時からその人のことが好きなんだろう?だったら、想いは伝えるべきだ。ひょっとしたら、断られるかもしれない。気持ち悪がられて距離を置かれるかもしれない。優ちゃんの恐怖はよくわかる。優ちゃんの場合、普通の片思いよりリスクが大きいと思う。実は俺も今日好きな人が出来たんだ。でも、その人は多分俺の想いを受け取ってはくれないと思う。その人には好きな人がいるんだ。俺も想いを伝えたいんだけど、コワくてコワくてしかたないんだ。でも、言うよ。このまま言わなかったら後悔すると思うんだ。だから、優ちゃんも好きな人に想いを伝えてほしい。何も言わないで片思いのままでいるより、想いを伝えた方が絶対にいいから。優ちゃんには後悔して欲しくないんだ」

プルルルルルルルルルルル

俺が優ちゃんに告白しようとした時、電車の発車音がなった。後、数秒もすれば優ちゃんは行ってしまう。その前に俺の想いを伝えなくてわ。目つぶり振られることを覚悟して言葉を紡ぐ。

「実は、お、俺…」

その時、唇にやわらかい感触を感じた。ましゅまろのように弾力があり、いつまでもむさぼっていたいと思うような柔らかい感触。驚いて目を開けると優ちゃんが逃げるように電車に乗るところだった。呆然とする俺を残して優ちゃんを乗せた電車は発車する。

想いは伝えられなかったけど、今思えばこれでよかったのかもしれない。それに俺は確かに聞いたのだ。優ちゃんは扉がしまる直前、俺に言った。「次にあった時は絶対に伝える」と。多分、世界は優ちゃんの告白を断るだろう。あいつは同性愛者ではないのだから。でも、世界は親友が同性愛者だからといって距離をおくようなやつではない。多分、これからも二人の友情は続くと思う。だから、これでよかったのだ。ふふふふふ。キスしちゃったぜ!ファーストキスだ!俺の想いは断られたけど、好きな人にファーストキスは捧げることは出来た。幸せだ。最後のキスは同情でしてくれたのかもしれないが、それでも俺は良かった。だから、これでいいのだ。

ふと地面を見ると学生証のような物が落ちていた。拾って中身を確認すると写真と共に中条優という名前が書いてあった。ああ、優ちゃんが落としたのか。そういえば優ちゃんのフルネームは初めて知ったな。妹に言えば優ちゃんの下へ学生証を届けてくれるだろう。学生証をポケットに入れて家に帰ることにした。




「お兄ちゃん、夕飯できたよ~」

「お~う。おっ、今日は餃子か。おいしそうだな」

両親は今日も仕事みたいだ。優ちゃんのことを話題にしながら世界と二人で夕飯を食べる。

「そういえば、優ちゃんを見送った後どこにいってたの?急に走り出すからビックリしたよ」

「…ちょっとな。どうしても言わなきゃいけないことがあったんだよ」

あ、そういえば学生証のことを言い忘れていた。世界を通して優ちゃんに伝えてもらわなければ。

「そういえば優ちゃん、学生証を忘れたみたいなんだよ。世界は優ちゃんが通っている学校知っているんだろう?わざわざ取りにこさせるのもなんだから、寮に郵便でおくってやろうぜ。世界から優ちゃんに学生証を送るって伝えといてくれよ」

「オッケー。後で電話しておくよ」

ポケットから優ちゃんの学生証を取り出し、何気なく学校名を見る。…ん?あれ?えっと、俺の目がおかしいのかな。ゴシゴシと目を擦りもう一度学生証に書かれている学校名を眺める。

「…なあ、この学生証間違えているよな。優ちゃんのじゃなかったのかな」

「ええ~?なんで~?ちょっとみせてよ」

世界は学生証を受け取り中身を確認する。

「うん。中条優って名前もあるし間違いなく優ちゃんのだよ。写真もちゃんと貼ってあるじゃない」

「だ、だって学校名が明らかにおかしいだろう…」

改めて俺は学生証に書かれた学校名を見る。そこには全寮制の男子高として有名な"貝原高等学校"の文字が書いてあった。

「ん?優ちゃんは男の子だし何も問題ないじゃない。何がおかしいのよ?」

あれ?今聞き捨てならない言葉があったぞ?

「世界、今の言葉もう一度いってくれ」

「え?何がおかしいのよ?」

「そこじゃない!!もうひとつまえ!!」

「ええと、優ちゃんは男の子だし何も問題ないじゃない?」

…男の子?優ちゃんが男の子?うっそ~!!!そんなの聞いてないよ~!!!そういえば、妹の親友だから女の子だと思っていたが、優ちゃんや妹から直接性別を聞いたことは無かった。ま、まじかよ…あんなにかわいいのに男なのかよ。うわぁ~、なんつーか、ショックだわ。あれ、そういえば、最後にお、俺…

「どうしたの、お兄ちゃん!?まるで死んだ魚のような目になったよ!?生きている気配が感じられないよ!?」

「ははは。ちょっと気分が悪くなったから休むわ。おやすみ」

こうして俺の初恋は終わりを告げた。









×××

世界ちゃんの日記

優ちゃんが帰ってからゴールデンウィークが終わるまでお兄ちゃんは部屋に引きこもってしまいました。時たま部屋から叫び声が聞こえ、部屋の扉に耳を当てると「俺の初…は男、ファースト…も男…」とブツブツと何事かを呟いてました。ゴールデンウィークが終わりお兄ちゃんが部屋から出てくるとお兄ちゃんは優ちゃんに関する記憶を失っていました。一体何が起きたのでしょう?



[31660] 厨二病の兄と天使の転校生
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2012/06/08 23:30
季節は6月。梅雨のせいでじめじめした嫌な季節だ。旧暦でいうと水無月。それにしてもどうして旧暦の暦の呼び名は俺の中二心をくすぐるのだろうか。おっと話がそれたな。今日の天気は曇り空。学校に登校した俺がふて寝をしているとクラスの奴らがなんだか騒がしい。寝たふりをしつつ奴らの言葉に耳を傾けることにする。

「なあなあ知ってるか?うちのクラスに転校生が来るらしいぜ」

「転校生?何でこんな時期に?」

ほーう、転校生か。俺を狙う刺客かもしれんから情報を集める必要があるな。

「なんでも親の都合で海外からこっちに引っ越しきたんだってよ。帰国子女ってやつだな」

「へー、帰国子女か。頭いいやつなのかな。っていうか、何でお前が転校生の事を知ってんだよ」

「昨日手続きにきてたのを見たんだよ。後は加奈ちゃんに聞けば簡単に教えてくれたぜ」

「加奈ちゃんか。加奈ちゃんは気が弱いからなー」

…加奈ちゃん、か。彼女はうちのクラスの担任教師であり、今年から教師になった美人さんだ。不思議なことに、彼女は決して俺と目を合わせようとしない。このことは俺的学校の7不思議の1つになっている。

「んで?転校生は男と女どっちだったんだ?」

「おっと~!!やっぱりそこは気になっちゃう感じ?聞いて驚け!なんと天使のように可愛い美少女だ!うちのクラスの世界ちゃんに負けず劣らずってとこだな。アニメでいうとなのはのフェイトにクリソツだった!!」

「クリソツって…お前それは死語だよ。まあ、美少女ってことはわかった。うちのクラスに美少女が来ることはありがたいな」

ふむ、フェイトか。まあ、趣味ではないが美少女であることは間違いないだろう。俺のハーレムがひとり増えるか…

その後も脇役A、Bは何事かを話していたが興味がないので自動的にシャットアウトだ。僕、女の子の話以外に興味がないんです。顔を上げてチラリと世界の方を見ると友達と楽しそうに話していた。俺の方にくる気配は微塵も感じられない。ホームルームが始まるで寝て過ごすことにしよう。



×××



「今日はみんなにとってもいいお知らせがあります。なんとうちのクラスに転校生が来ました~!!男の子達は喜んで下さい!とっても可愛い女の子ですよ~」

「「「うぉーーーー!!!」」」

俺を除くクラスの男子が雄叫びをあげる。そんな光景を女子は冷めた目で見ていたが、テンションが上がりきった男子達には通じないようだ。正直、俺も一緒に叫びたかったが俺が声を出すと変な空気になるからな。遠慮して黙っておいてやった。上に立つ者として庶民に配慮してやる俺かっこ良すぎる。

「じゃあ、転校生ちゃんに入ってきてもらいましょうか。どうぞ~、入ってきて~」

加奈ちゃんの言葉と共に教室の扉が開けられる。クラスメイト達の視線は男女関係なく転校生に注がれ、その中のひとりが恍惚のため息を吐く。転校生は脇役の言う通りかなりの美少女だった。ツインテールにした薄い茶色の髪、140cm前後の低い身長、小学生で通じるあろう顔とスタイル(つるぺた)とテレビの中から抜け出しきたかのように何から何までアニメキャラにそっくりだ。脇役の言っていたとおり天使のように可愛い。転校生はみんなの視線に気付くとニッコリと笑った。その笑顔があまりに愛らしくて保護欲を誘われる。お兄様って呼ばれてみたい。

「じゃあ自己紹介してね~」

「うん」

加奈ちゃんに向かって頷いた後、視線を俺たちに向ける。

「今日からこのクラスの一員になったソフィア・クロスベルだよ☆フィアって呼んでね!!皆よろしく♪」

ポーズをとりながら名前を言う転校生。へ~、ソフィアってことは外国人か。顔立ちは明らかに日本人だから、恐らく日本人と外国人のハーフだ。そういえば帰国子女っていってたっけ。何気なく加奈ちゃんの方に視線を向けるとなにやらビックリしていた。どうしたんだろう?

「え?あなたの名前は違うでしょう?」

「先生なにいっているの~?フィアの名前はソフィア・クロスベルだよ☆」

「違うでしょう!?あなたの名前は山田花子だよ!?昨日提出してもらった書類にもちゃんとかいてあるじゃない!?」

「え~?そんなダサい名前はフィアし~らない★きっと書類の方が間違っているんだよ☆」

転校生のあまりの言葉に加奈ちゃんは絶句している。勿論、俺たちクラスの連中もそうだ。フィア(仮)があまりにも堂々としているから何も言うことが出来ない。その後、何度か加奈ちゃんがちゃんと自己紹介するように転校生に言ったが転校生は名前を訂正しようとしなかった。授業時間が迫っていたこともあり、また加奈ちゃん本来の気の弱さのせいかとりあえずフィア(仮)は正式にソフィアという名前で扱うということになった。

1時間目も終わり、休憩時間に入るとさっそくクラスの連中がフィアの元に集まる。転校生恒例の質問タイムだ。フィアの周りにはクラス内での男女それぞれの中心人物グループが集まる。ちなみに女子グループのトップは我が愛しの妹である世界だ。クラスの連中を観察する限り、みんな朝の出来事はスルーするつもりのようだ。もしかして、もしかしてかもしれないがそのスルー力は俺で耐性が出来たせいかもと思ったのは秘密だ。

「え~と、フィアちゃんでいいんだよね?フィアちゃんの家はどこら辺にあるの?」

世界がフィアに質問する。恐らく、会話のとっかかりになればいいと思い何気なく聞いた質問であろう。聞いた世界は勿論、周りの連中もある程度はその答えが予測出来ていただろう。近ければ学校周辺、遠くてもせいぜい3駅以内だろうと誰もが予測していた。しかし、フィアは誰もが予想できない想定外の言葉を放つ。

「フィアはアムールエンジェル星からきた大天使だよ☆フィアはその星のお姫様なのだ♪地球には留学にきたんだよ♪♪だからフィアのお家はアムールエンジェル星にあるのだ☆」

空気が凍った。誰もが反応することが出来なかった。フィアの周りにいる連中も、俺と同じように離れたところでフィアの話を盗み聞きしていた連中も口から言葉が出なかった。やがて、なんとか立ち直った世界がひきつった笑顔で質問を続ける。

「そ、そうなんだー。あ、じゃあ学校まで電車できたのかな?」

「ちがうよ~★フィアはハートの馬車に乗ってきたの♪フィアの世話役であるセバスチャンの運転でここまできたのだ☆途中でキューピッド達の讃美歌を聞いてたからとっても快適だったよ♪♪」

こ、こいつヤベェ!!だがどうしてだろう?俺と同じ匂いがする。こいつは間違いなく俺の同類だ。皆はこいつのことを歓迎しないかもしれない。引いてしまうかもしれない。だが、異世界人の生まれ変わりである俺だけはこいつを歓迎しよう。そして理解しよう。しかし、たった1つ、たった1つ我慢出来ないことがある。なんで、なんで…

「フランス語と英語が混ざってるんだよ!!!!」

突然のツッコミの叫びにクラス中の驚愕の視線がつきささる。自称天使のフィアですらビックリしている。だが、叫び声をあげたのが俺だとわかるとみな気の毒そうに視線を逸らす。あっれ~?どうしてそんな反応なの!?皆気になってたでしょ!?アムールエンジェルって!!どうせなら英語かフランス語に統一しろよとか思わなかったの!?そこっ!同情の涙を流さない!!俺の乱入のせいかチャイムが鳴ったせいか、みんな何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。皆のスルースキルは本当に高いなー…涙が出ちゃう。

その後も何人か休み時間の度にソフィアに話しかけるも、帰ってくる返事が全部あんなのなので昼休みになる頃には誰もソフィアに話しかけようとする奴はいなくなった。孤独は悲しい。大切な人を危険から遠ざけるために友達も恋人も作らない俺だからこそその気持ちがよくわかる。だから、だからこそ皆がソフィアを避けるとゆうなら俺こそがソフィアの理解者となろう。1人椅子に座っているソフィアに勇気を持って近づく。

「我の名前は宇宙。またの名を"魔を操る者"という。我と貴殿は友だ。我だけは貴殿の仲間になろう。さあ、我と親交を深めようじゃないか!」

授業そっちのけで考えていた華麗な挨拶をぶっこむ。俺の言葉を聞いたソフィアは静かに立ち上がり、俺の方を見て口を開く。

「そういうのいらないんで。マジでキモい」

☆や♪がなくても喋れたのかよ!!!



×××



気が付けば放課後。帰りの仕度をしていると加奈ちゃんと妹が何事かを話していた。

「世界ちゃん、ちょっとい~い?」

「はい?なんでしょうか?」

「悪いんだけど、山…じゃなくてソフィアちゃんに学校案内してあげてくれないかな?部活の顧問の先生には私から言っておくから。ほかの子達にも頼んだんだけど断られちゃって…」

「そういうことでしたらいいですよ。あたしが案内します」

「ほんと~う!!ありがとね~」

ふむ。世界も大変だな。まあ、委員長をやっているから妥当な人選か。クラスのリーダー格はこういう時が辛いよな~。

世界に同情の視線を向けていると、世界と目があった。そっと視線を反らして背中を向ける俺に引導を渡す声がした。

「お・兄・ちゃん!どこにいくのかな?」

「や、やあ、世界。お兄ちゃんはちょっと邪神様へのお祈りをしなければいけないから忙しいんだ。良ければ俺の肩から手を離してくれないかな?」

俺の肩が砕けんばかりの力で握られる。痛い!痛いよ、世界ちゃん!!

「これからソフィアちゃんを案内するから一緒についてきて欲しいんだよね。可愛い妹のお願い、お兄ちゃんなら聞いてくれるよね?」

「いや、お兄ちゃんはやることが「一緒にこい」」

「…はい」

ドナドナの牛の気分がよくわかりました。




「ここが購買だよ。お勧めはカレーパンかな。一日50個限定ですぐ売り切れちゃうんだけどね」

「へ~そうなんだ☆フィアも食べてみたいな♪フィアみたいな天使は人間の愛を主食にしているからカレーパンなんて食べたことがないんだよ★」

「そ、そうなんだ…」

ソフィアを連れて学校の案内をしていた。最も、主に喋るのは世界だけで俺は静かに二人の後をついていくだけだ。これ、俺いらなくない?

「あ!フィアちょっとあそこにいってくるんだよ☆」

フィアが指をさした方向をみると女子トイレだった。なんだ小便か。

「小便か。俺たちのことは気にしないでゆっくりしてこいよ」

「お兄ちゃん!!デリカシーがなさすぎるよ!?」

世界に頭を叩かれた。ソフィアも怒り顔で俺のほうに顔を向けた。

「小便なんかフィア達天使はしないもん★天使は人間の負の感情をトイレに出して綺麗にするんだよ★変なこといわないでよ★★★」

そういってソフィアは女子トイレに入っていく。っていうか…天使なのに小便て言っていいんだ…。なにその中途半端な設定。ソフィアがいなくなったので世界と二人きりになる。俺は世界に聞きたかったことを聞くことにした。

「なあ、なんで俺をつれてきたんだ?学校案内なんて世界1人で十分だろう?ひょっとして、ソフィアと二人きりになりたくなかったのか?」

「ちがうわよ。あたしが何年お兄ちゃんと一緒にいると思っているの?変人と一緒にいるのにはなれてるわよ」

自分の兄を変人と言っちゃう世界ちゃん。お兄ちゃん、泣いていいかな…

「じゃあなんで?」

「…ソフィアちゃんは明らかに厨二病でしょう?同じ厨二病のお兄ちゃんなら友達になれるかなって思って。あたしもソフィアちゃんと仲良くなりたいしね。お兄ちゃんが仲良くなれば、自然とあたしとも仲良くなるでしょ?」

そういうことか。しかし…

「俺、一回ソフィアに拒絶されてるんだけど。しかもかなり真剣に」

「あんな言い方で拒絶されないって思えるお兄ちゃんはスゴイね。呆れるのをとおりこして尊敬するよ」

妹に尊敬されちゃった!お兄ちゃんは嬉しいぞ!ただ、どうしてだろう?なんだかバカにされている気がする。俺が悩んでいるとソフィアが帰ってきた。

「おまたせしたんだよ☆」

「ううん、全然待ってないよ。じゃあ、次は体育館を案内するね?」

その後、体育館、運動場、パソコンルームなどあらかたの施設を案内して学校案内は終わった。時間は4時30分を過ぎている。いくら加奈ちゃんから顧問の先生に伝えてあっても、そろそろ世界は部活に行かなければいけないだろう。

「じゃあ、あたし部活があるからもういくね。帰りは7時頃になると思う。ソフィアちゃんもまた明日!!」

「おう!帰りは不審者に気をつけろよ」

「案内ありがとうなんだよ☆また明日ね♪」

世界が去ってソフィアと二人きりになる。なんだか気まずい雰囲気だ。

「…あ~じゃあ、学校案内も終わったし帰るか。俺は歩きだけどソフィアも歩きか?」

「う~うん★フィアはセバスチャンが迎えにくるからハートの馬車で帰るんだよ☆」

朝いってたハートの馬車か。確かキューピッド達の讃美歌が流れているとか言ってたな。ちょっと興味がわいたのでソフィアの迎えが来るまで俺も学校に待機することにした。校門に二人ならんで立っているがそこに会話はない。30分もたったころ、一台のベンツが俺たちの前に止まる。運転席のドアが開き、ステテコを履いたじいさんが車から降りてくる。

「セバスチャン♪待ってたんだよ☆」

え~!?セバスチャンってこの人かよ!?明らかに日本人じゃん!!ステテコはいてるし。ロボジーのじいちゃんにそっくりだよ!?

「花子、またせたの~。じいちゃん、道に迷ってしまったよ。遅くなってごめんな」

「もうセバスチャン!!花子って呼ばないでって言ったでしょ★フィアって呼んでほしいんだよ☆」

「あ~そうだったな。じいちゃん忘れてたよ。ごめんな花子」

俺がソフィアとセバスチャンの会話に耳を傾けていると、セバスチャンと目が合った。セバスチャンもようやく俺の存在に気付いたらしい。

「ええ~と、君は花子の友達かの?」

なんて答えればいいんだろう。まあ、無難なところでいいか。

「お孫さんのクラスメイトです。たまたま帰りが一緒になりまして」

「そうかそうか!転校初日にぼおいふれんどができるなんて花子もやるじゃないか。それに君はいけめんってやつだしの」

セバスチャンは嬉しそうに笑った。なんだか和むな。俺とセバスチャンで笑いあっているとソフィアが焦ったように割り込んできた。

「その人はただのクラスメイトなんだよ★それよりセバスチャン☆はやく帰ろうよ♪」

「わかったわかった。あ、君は家は近いのかい?よかったら家まで送っていくよ」

「いえ、さすがにそこまでしていただくわけには…歩いて帰りますよ」

「若いもんが遠慮なんかしないでいいんだよ。さあ、乗った乗った!」

セバスチャンに無理矢理車に乗せられる。この爺さん、思ったより強引だ。マイペースというか…ソフィアもこの爺さんの強引さには馴れているのだろう。俺が車に乗っても何もいわない。

家までの道を教えて車で送ってもらう。車内では主に俺とセバスチャンが喋っていて、ソフィアは黙ったままだ。

「そういえば、今日の花子はどうだった?君から見て友達はたくさんできそうかい?」

お世辞にも友達がたくさん出来そうとはいえないな。でも正直に言うのもなあ。

「…まあ、結構たくさんの人間に話しかけられてましたし。その内たくさんできるんじゃないですかね」

嘘ではない。質問タイムの時には大勢の人間に囲まれていたしな。

「そうかそうか!!あの内気だった花子がの~。じいちゃんは安心したよ」

内気?ソフィアが?どう見ても内気な女の子には見えないぞ?

「そもそも花子が海外にいったのも「おじいちゃん!!」」

セバスチャンの言葉を遮りソフィアが口を開く。

「それ以上はいわないでいいんだよ★」

「あ、ごめんな~。じいちゃん嬉しくてよ。つい口が滑っちまったよ」

その後、車内には沈黙が流れる。俺もセバスチャンもソフィアも誰も口を開かない。き、気まずい。こんなことなら歩いて帰るんだった。セバスチャンも不穏な空気を感じたのだろう。空気を変えるように明るい声をだす。

「なにか音楽でもかけようか?ほら、花子が朝に車でかけていた音楽もはいっているぞ」

音楽が流れ出す。ん?これって…バイオグラフィーのシーク・アンド・デストロイ!?思いっきりデスメタルじゃねえか!!しかもかなり古いし!!キューピッド達の讃美歌がデスメタルかよ!!天使と真逆じゃねえか!!




音楽を聴いているうちに家までついた。俺が車を降りると何故かセバスチャンも一緒に降りてきた。ソフィアは車に残ったままだ。なんなんだ?なにか俺に言いたいことでもあるのだろうか?

「家までおくっていただいてありがとうございました。本当に助かりました」

「いいんだよ。それより君にお願いがあるんだよ」

「お願い?」

セバスチャンは俺に向かって頭を下げた。

「花子はちょっと変わった子だけど、とってもいい子なんだ。頼むから友達になってあげてくれ。あの子のことをよろしくたのむ」

「あ、頭を上げてください!!それに、ソフィアはどう思っているかわかりませんが俺はもうあいつの友達のつもりですよ!!」

「そうかそうか。君はとってもいい子なんだね。君みたいな子が同じクラスなら安心だ」

そういってセバスチャンはニッコリと笑った。その笑顔には一点の曇りも見られない。多分、セバスチャンは俺の嘘に気付いていたんだろう。この人はとても善良な人間だ。そして、孫であるソフィアのことをとても心配しているのが伝わった。

「セバスチャン☆なにしているの★もう帰ろうよ♪」

「ああ、そうだね。じゃあ、君もまたね」

「はい。今日はありがとうございました。ソフィアもまた明日な」




時間は7時過ぎ。世界も部活から帰ってきた。今日の食事当番は俺なので夕飯の準備をする。両親はやっぱり仕事で帰らない。今日のご飯はお好み焼きだ。俺たち兄妹はマヨネーズが嫌いなのでお好み焼きにかけるのはソースと青海苔のかつおぶしだけだ。部屋にお好み焼きのいい匂いが充満する。夕飯を食べながら今日の出来事について話をした。

「ふ~ん。ソフィアちゃんのおじいちゃんに車で送って貰ったんだ。よかったね」

「ああ。ベンツだったからびびったよ。あいつの家は金持ちなのかな?」

「うん。加奈ちゃんに教えてもらったけど、ソフィアちゃんのお父さんはどっかの会社の社長をやってるんだって。おじいさんは会長だっていってたかな」

へ~。あのステテコじいさんがね。人はみかけによらないってことか。父親が社長をやってるってことは、ソフィアは社長令嬢か。似あわねえな。

「そういえば、ソフィアってクラスでどういう評判だ?昼休みには誰も話しかけようとしてなかっただろう。明日からいじめが始まったりしないよな?」

「う~ん。多分、いじめは起こらないと思うよ。皆ソフィアちゃんを無視してるっていうよりは、どう接すればいいかわからないって感じだから。言動は変だけど、人懐っこいいい子だったし。きっかけがあれば仲良くなれると思うんだけどね」

「きっかけか…」

「うん。まあ、あたしも積極的にソフィアちゃんに話しかけるようにするよ。お兄ちゃんも話してあげて。同じ厨二病同士話もあうでしょう」

「ああ」

…厨二病か。確かに俺は厨二病だ。それは俺も自分で認めている。でも、ソフィアを厨二病といっていいものだろうか。厨二病暦が長い俺だからこそわかる。あいつにはどこか違和感を感じる。どこがおかしいかはわからないんだけど、ただの厨二病だとは思えない。

「ソフィアちゃんにたくさん友達ができるといいね」



×××



翌日、今日の天気も曇りだった。ここ一週間太陽の光をみていない。天気予報によるとまだ曇り空は続くようだ。太陽を暫くみれそうにない。学校に登校するとそれなりの人数が教室にいた。世界は既に教室にいるがソフィアはまだ学校にきていないみたいだ。世界はいつもの女子の中心グループとお喋りしている。

「ねえ、今日のお昼はソフィアちゃんも誘って食べない?あの子、とってもいい子だと思うんだけど」

世界の言葉に今まで笑顔だった女子達がその顔を曇らせあいまいな笑顔を浮かべる。

「え、えーと、ちょっと遠慮したいかな?仲良くするのはいいことなんだとおもうんだけど…」

「え~?なんで?」

「う~ん、なんていうか何を話せばいいかわかんないし。あたしたちと話も合わなそうじゃない?それに、ちょっと不気味だし…」

その時、扉の方から音が聞こえた。扉の方に顔を向けると、ソフィアが涙目になって立ち尽くしていた。おそらく、さっきの女子の言葉を聞いてしまったのだろう。クラス中の視線が集まる中、その視線から逃げるようにソフィアは走りさっていった。

「ソフィアちゃん!!」

「世界はここにいろ!!俺が行く!!加奈ちゃんには上手く説明しておけ」

ソフィアを探して学校中を走りまわった。途中、なんどか教師に呼び止められたが無視して全力でソフィアを探した。別にソフィアを好きだからとか可愛い女の子だからといって探し回っているわけではない。別に俺が探さなくてもよかっただろう。ただ、俺はセバスチャンに言われたのだ、「よろしくたのむ」と。だったら、俺があいつを探してやるべきだ。セバスチャンには車で家までおくってもらった。だから、その恩ぐらいは返すべきなのだ。学校中をさがしていたら、ソフィアはあっさりと見つかった。ソフィアは体育館の裏で体育座りをしてうつむいていた。俺は無言で彼女の隣に座る。ソフィアは人の気配を感じたのかチラリとこちらを見る。俺だとわかると再びうつむき、無言を貫いた。俺も何も言わず、ただ彼女の隣に座っていた。10分たったころだろう、ソフィアが顔を上げて口を開いた。

「…聞きたいことがあるんだよ☆」

「聞きたい事?なんだよ」

「…クラスの人達が言ってたけど、貴方って厨二病で友達がいないんでしょ?それって辛くないの?」

フィアの言葉には☆や♪がなかった。つまり、これはソフィアとしての言葉じゃなくてこいつの本名である山田花子としての言葉なんだろう。だから、俺も真剣に答える。

「別に辛くないよ。たまに悲しくなる時はあるけど、そこまで嫌なわけでもない。まあ、クラスには妹もいるしな」

「ああ、世界ちゃんのことか。あの子、いい子だね。あなたの妹とは思えないくらい」

「ああ。自慢の妹だ。それよりいいのか?天使様の言葉じゃなくなっているぞ」

「うん、もういいの。別に本気で言ってるわけじなかったし」

「じゃあ、やっぱりあれはキャラ設定ってやつ?」

「当たり前でしょう?本気で天使とか言っていたらただの頭がおかしいやつじゃない。私の頭はまともなのよ」

やっぱりか。こいつは厨二病なんかじゃなかった。厨二病の人間は本気で自分が特別な人間だと思っている。自分は普通の人間とは違うと思い込んでいるのだ。その考えはある意味、傲慢だとも言えるだろう。こいつには厨二病特有の傲慢さが感じられない。まるで、ソフィア・クロスベルという役柄を演じているようだった。

「じゃあ、なんであんなキャラだったんだよ。あきらかにおかしいだろう」

俺の質問には答えず、花子は空を見上げた。つられて俺も見る。天気はどんより曇り空、今にも雨が降りそうだった。なんでかは分からない。でも、俺には花子の心の中と一緒のように感じた。

「…あたしさ、小学校の頃はすごい苛められてたんだよね」

「いじめ?」

「うん。私、すごい人見知りする子供でさ。しかも内気だったから友達が上手く作れなくてね。それにパパが会社の社長をやっているから嫉妬の感情もあったのかもしれない。それに私可愛いでしょう?だから余計にね」

最後の言葉だけは冗談めいて笑いの感情が含まれていた。だから俺もその冗談に乗ってやる。

「バーカ!そういうのは自分でいうもんじゃねえんだよ」

そうかもねと花子は笑った後、話を続けた。

「色々やられたなあ。無視は当たり前、上履きには大抵画鋲がはいっていたし、ノートや教科書がゴミ箱に入っているなんて日常茶飯事だった。でもね、一番辛かったのは名前をバカにされたことなんだよね。私の名前は花子っていうでしょ?これ、おじいちゃんがつけてくれた名前なんだ。私、おじいちゃんのこと大好きだからさ、名前のことを言われるのだけは許せなかった。だから、名前のことをいわれるといつもトイレに逃げ込んでたっけ。そのせいもあって、小学校時代はトイレの花子さんって呼ばれていたんだ」

「それでさっきは涙目になったのか」

「うん。最後の方はお化けみたいに扱われていたから。不気味って言葉で小学校時代を思い出しちゃって。もう気にしてないんだけどね」

「じゃあ、ひょとして海外に行ったのも?」

「そうだよ。パパの仕事の都合もあったけど、私の苛めを心配したパパとママが転校を進めてきたの。海外なら友達も出来るだろうって。幸い、英語は話せたし二つ返事で了解したわ。おかげで少ない数だけど友達も出来た。高校生になって、パパの海外での仕事も終わって日本に戻ってきて今にいたるってわけ。これで私の話はおしまい」

「なんで天使キャラをやろうと思ったんだ?」

「…悪い言い方だけど、日本人は海外の人と違って陰湿なんだよね。向こうでは気に入らないことがあれば正面から言ってくる。だけど、日本人はその場では笑顔でやり過ごして後で陰口を言ったりするでしょ?少なくとも、小学校時代の女の子達はそうだった。だから、どうやって学校生活を送ればいいかわからなくてさ。そんな時、向こうのテレビで見た日本の番組でアイドルの人がこういう風にキャラを作っているのを見てね。これなら私も受け入れられるかなと思ったんだ。結局ダメだったけど」

小倉○子のことか。花子さん、それかなり古いですよ。何年前のことだよ!!

「そうなんか。でも、なんでこんなこと俺に話すんだ?ひょっとしたら、その情報も陰口に使われるかもしれないだろう?」

「あんたには話す友達がいないでしょうに。せいぜい、話すとしても世界ちゃんぐらいでしょう?あの子は悪口なんか言わない子だと思っている。私、これでも人を見る目はあるんだよ。勿論、あんたもいい奴だって思っているけどね」

最後の言葉にちょっと驚く。俺、意外に高評価だったんだ。ちょっと照れるわ。なんていえばいいかわからなくて、言葉に詰まった。

「だけど、もう私の高校生活もおしまい。結局私はソフィアとしても花子としても駄目だった。あんたみたいに友達をつくらずひっそりと生きていく事にするよ。そうすれば、少なくとも苛められることはないと思うしね」

花子の言葉を聞いた時、違和感を感じた。こいつは間違っているし、それを自覚していない。俺は爺さんにこいつを頼まれた。だったら、俺がこいつを導いてやるよ!!

「なあ。お前は間違っているよ。それを俺が訂正してやる」

「え?」

「確かにお前はソフィアとしては受け入れられなかったかもしれない。でもよ、まだ花子としてクラスメイトの前に立ったわけじゃないだろう?だったら、勝手に悲観して1人で塞ぎこんでんじゃねえよ」

「無理だよ。昨日まで天使です☆とか言ってた人間が何を言っても受け入れて貰えない。人間は一度異端と認定したものを排除しようとする生き物だから。よく言うでしょ?第一印象は大切だって。第一印象が最悪の人間は何をやっても駄目ってことなのよ」

「…まだクラスメイトと話したわけでもないだろう?勝手にネガティブになってんじゃねえよ」

「話さなくてもわかるわよ。小学校時代に一度体験したことだもの。それに私のフルネームは山田花子よ?苛めのかっこうの材料じゃない」

先ほどからこいつの態度には酷くイラついた。さっきまではわからなかったけど、なんでイラつくのかようやくわかった。こいつは俺自身なのだ。俺も中学の時、こいつほどではないが苛められたことがある。でも、俺には世界という妹がいた。最愛の妹がいたおかげでひねくれることなく成長することができた。もし、世界がいなかったら俺も花子みたいになっていたかもしれない。勝手に諦めて、勝手に絶望して1人で塞ぎこむ。まるで自分の無様な鏡をみているみたいだ。

「…お前、名前のことを言われるのだけは許せなかったって言ったよな?なら、なんでソフィアなんて名乗ったんだ?」

「それはキャラ設定のために…」

「そうじゃねえだろ!!お前は自分の名前が恥ずかしかったんだろう!?山田花子って名乗りたくなかったんだろう!?自分の名前が本当に好きならな、偽名なんて使わないんだよ!!結局、誰よりも名前のことを気にしているのはお前自身なんだよ!!」

「わかったようなこといわないでよ!!あなたに私の気持ちがわかるの!?日本で名前を言うと大抵の人は笑うわ!!私の名前なのに、陰でこそこそと悪口をいうのよ!?そんな環境で育ったら、自分の名前が好きになれるわけないでしょ!!」

「俺は少なくとも笑わない!お前がソフィアだろうと花子だろうと名前のことをバカにしたりなんかしない!世界だってそうだ!!加奈ちゃんだってそうだったろう!?2年1組のみんなはお前の本名を知ってる。それでも、お前の名前について悪くいうやつなんて1人もいなかった。花子は人を見る目には自信があるんだろう?だったら、俺たちのことを信じてみろよ」

「だって、だって…」

花子の大きな瞳に涙がたまる。本当に今にも泣き出しそうな子供のようだった。

「もしお前の名前をバカにするやつがいたら俺がそいつを殴ってやる。俺だけはお前の味方でいてやる。それに俺は強いんだぜ?なにせ俺の右手には魔神が、左手には闘神が封じられているからな!!」

俺の言葉に花子はポカーンと呆気にとられたていた。やがて、彼女は涙を流す。その涙は冷たい涙ではない。笑いの感情が含まれた、でもどこか呆れているかのような暖かい涙だった。

「あなたは本当に厨二病なんだね。真剣に聞いて損したよ。バ~カ!!」

「なんだと!?人の悪口をいうとは何事だ!」

そういった花子の表情は笑顔だった。涙を流しているのに幼い子供がするような無邪気な笑顔だった。

「あ!太陽だ!!」

花子の言葉で空を見上げる。そこには一週間ぶりの太陽があった。さっきまでの曇り空が嘘のように、太陽が煌々と輝いていた。まるで花子の心と連動するかのようにその存在を主張していた。俺たちは黙って青空を見ていた。10分いや、20分はたったころだろうか。花子が立ち上がり歩き出した。

「今日はもう帰るよ。今から教室に戻っても変な空気になるだろうし。それにまだ覚悟が決まんないんだよね。でも、明日は楽しみにしていてね」

「そうか。車に気をつけるんだぞ。それと不審者にもな。お前はただでさえ小学生のような外見なんだからな」

「子供扱いすんな!まったく、失礼しちゃうわ!!」

花子はプリプリと怒りながら歩き出す。暫くその後ろ姿を眺めていたが、花子が突然俺のほうに振り返った。

「ありがとう宇宙!宇宙のクラスに転校できてよかったよ!!」

そういって花子は走り出した。その後ろ姿はもう確認できない。あいつ、初めて俺の名前を…。なんだか子供が成長したのを見たときの父親のような心境だ。これが親って気持ちなのかもしれない。俺は立ち上がり、教室に戻る。勿論、先生達に叱られました。放課後は生徒指導室で説教だそうです。



×××



翌日、天気予報は大外れ。今日は雲ひとつない快晴だ。今日は珍しく妹と一緒に登校だ。教室に着き自分の席に座り妹と会話をする。花子はまだ来ていないみたいだ。

「ソフィアちゃん、大丈夫かな?お兄ちゃんが昨日フォローしたんだよね?」

「…あいつはソフィアじゃなくて花子だよ。それにあいつならもう大丈夫だ。多分、あいつは自分から動くよ」

「え?それってどういう意味よ?」

妹の追及をはぐらかしていると花子がやってきた。一瞬、空気がおかしな感じになる。だけど、花子はそれを気にせず黙って自分の席に座った。

「あ、ソフィアちゃ「やめとけ!」」

花子のそばにいこうとする世界を止める。

「え?」

「あいつは大丈夫だっていっただろう?お兄ちゃんを信じろ!」

「…わかった。お兄ちゃんがそういうなら、あたしは信じるよ」



その後、加奈ちゃんがきてホームルームが始まった。朝の伝達事項を俺たちに伝え、もうホームルームが終わりそうな頃、花子が黙って手を上げた。

「え~と、な~に?何か言いたいことがあるのかな~?」

「はい。少し時間をもらってもいいでしょうか」

その言葉には☆や♪などの記号は含まれていない。ソフィア・クロスベルとしてではなく、山田花子としての言葉だった。加奈ちゃんも花子の変化を感づいたのだろう。戸惑いながらも了承の返事をした。花子は静かに立ち上がりクラスメイト達を見渡す。皆の視線が花子に集中する。花子は一瞬、それらの視線に怯えたような表情をしたが覚悟を決めた。

「あの、私、私は…」

本来は内気な少女だ。海外でも友達は少なかったみたいだし、この視線はきついのだろう。戸惑う花子と目があった。だから勇気づけるように、俺は味方だと伝わるようにゆっくりと頷いた。花子もこくんと頷き返す。

「私の名前は山田花子です!アメリカの学校から転校してきました!!今日は学校まで車できました!!デスメタルを趣味で聞いてます!!みなさん、私と仲良くしてください!!」

教室に一瞬だけ沈黙が流れる。だが、その沈黙を壊すかのように世界が大きな拍手をした。続いて俺も。拍手はクラスメイト達に伝染し、万雷の拍手となる。多分、今日この時初めて山田花子という女の子は転校してきたのだろう。初めて俺たち2年1組の一員となったのだ。花子は感極まってしまったのだろう。その場で立ち尽くして笑いながら泣いていた。そんな花子に、みんなは温かい目を向けている。加奈ちゃんなんかもらい泣きをしている。よかった。これであいつは大丈夫だ。友達もたくさん出来るだろう。あいつの笑顔は最高のご褒美だった。









その後の話を少し語ろう。花子には案の定、たくさんの友達が出来た。今ではクラスの妹分として男女関係なく好かれている。え?俺はどうなんだって?ええ、相変わらず1人ですよ。別に悲しくなんかないもん!もう慣れたし…

「今回はご苦労様!やっぱりお兄ちゃんはスゴイね!!花子ちゃんを救っちゃうんだもん」

その素直な賞賛に少し照れてしまう。それに俺に花子を救ったつもりはない。

「…俺に花子を救ったつもりはないよ。それに多分、俺が救いたかったのは過去の自分だから。だから、誉められる理由なんて一つもない。世界は兄ちゃんをかいかぶりすぎだ」

「そうかしら?理由がどうあれ、花子ちゃんが救われたのは間違いないわ。お兄ちゃんはもう少し自慢をしていいと思うけどね」

そう言って世界は花子を呼び寄せた。花子は俺のそばに来ると照れたように言った。

「あ、あの、その、宇宙は携帯もっている?」

「ん?ああ、持っているぞ。アドレス帳には3件しか登録してないがな」

妹と父と母の3件だけ。この携帯は悲しすぎる。俺、なんで生きているんだろう?

「なんか…ごめんね?そんなつもりじゃなかったんだけど…」

世界も花子も気まずそうに視線をそらした。同情の目が痛い!!

「だから…それに一つ追加してあげる!!」

「え?それってどういう…」

「これ、私のアドレスだから。暇な時いつでもメールして。私の味方なんでしょう?」

満面の笑顔で言う花子に言葉を返すことが出来なかった。世界をチラリと見ると花子同様に満面の笑みだった。だから、俺も満面の笑顔で言う。

「ああ!!これからもよろしくな!!!」

俺に初めての友達が出来ました!!










*感想・批評お待ちしています



[31660] 厨二病の兄と歪な三角関係 【前編】
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2012/04/11 21:01
今回の話の主役はお兄ちゃんではない。お兄ちゃんはせいぜい、シンデレラでいうと舞踏会に来ていたお客その1ってところ。それであたしはカボチャの馬車ってところかしら。だから、シンデレラと王子様がハッピーエンドを迎えるかはわからない。ただ、彼女にとって幸せな結末が迎えられればいいとは思うわ。


×××



「お兄ちゃん、ちょっといい?」

妹の声で目を覚ます。半ば寝ぼけながら時計を見るともう17時30分だった。5時間目の記憶が途中からないから、どうやら今まで寝ていたらしい。…2時間近く教室で寝ていたのに、誰にも起こしてもらえなかった俺ってなんなんだろう?改めて考えると泣きたくなる。

「ちょっとお兄ちゃん?ちゃんと起きてるの?」

「あ、ああ。大丈夫大丈夫。それよりなんで世界がここにいるんだ?部活はどうしたんだよ」

「もうすぐ期末テストだから部活は休みだよ。今朝言ったじゃない」

ああ、そう言われればそんなようなことを聞いた覚えがある。そういえばもう7月なんだよな。期末テストが終われば高校生活2度目の夏休みだ。時間が流れるのは早いもんだ。

「じゃあ教室に残ってないで家に帰って勉強しろよ。まあ、学年1位の世界にとっては不要な言葉かもしれないけどな」

「お兄ちゃんだって成績はいいじゃない。そんなことより、おにいちゃんにそうだんしたいことがあるんだけど…」

で、でた~!!世界のおねだり攻撃!上目遣いで目を潤ませ、右手の人差し指を口元に当てて舌足らずで話す。これをやられたら俺が世界のお願いを無視することは不可能に近い。…だって、スッゲー可愛いんだぜ?いや、マジで。男なら誰だって何でも言うことを聞いてしまうに違いない。我が妹ながら将来は魔性の女になりそうだ。…まあ、俺が世界のお願いを聞かないなんてほぼないんだけどな。

「相談ってなんだい?お兄ちゃんに何でも言ってごらん。邪神様の名にかけて、絶対に解決してあげるから」

「いや、そんなのかけられても困るんだけど。まあ、いいや。じゃあお兄ちゃん、ちょっと立ち上がってくれない?」

俺が立ち上がると、世界は俺の全体をジロジロとなめ回すように見てくる。何なんだろう?は!ま、まさか兄妹間の視姦プレイを望んでいるのか!?

「いけない、いけないぞ我が妹よ。そりゃ、お前は俺のハーレム第一号だけど、いきなり視姦プレイはちょっと…。こういうことは順序を踏んでからするもんだぞ?」

「…殺されるか黙るか今すぐ選べ」

こ、ここここ怖いよ~。妹の顔マジで怖い。さっきまでの可愛いらしい上目遣いは何だったんだよ。こ、殺される。俺はついに邪神様を召喚してしまったのかもしれん。

「ご、ごめんなさい。そ、相談したいことってなんだよ。ほら、お兄ちゃんに言ってみ?」

「次ふざけたら殺すからね。さっちゃん、入ってきて!」

妹が声をかけると教室に見知らぬ女子が入ってきた。前髪パッツンで黒い髪、顔は平均よりちょい上ってところだろう。磨けば光るかもしれないが今はやぼったさが勝っている。5段階評価でいえば、C+かB-ってところだ。ぱっと見の印象だが、体育会系というよりは文化系だろう。図書委員とかが似合いそうだ。

「これがあたしのお兄ちゃんだよ。それで、この子は2年3組の白戸 幸恵(しらとさちえ)ちゃん、通称さっちゃんね」

世界が俺とさっちゃんを互いに紹介する。さっちゃんは俺の前に立つと恐縮したように挨拶した。

「あ、あの八千塚さんのお兄さんの宇宙さんですよね?噂はよく聞いてます」

どうしてだろう?いい噂が一つもないような気がする。

「ああ。我が名は宇宙。魔を操る者という二つ名を得る者にしてこの世界の支配者よ。君も俺のハーレムに入りたいのかい?」

妹の拳が俺の鳩尾につきささる。

「次ふざけたら殺すっていったはずだ。あっ、なんかごめんね?恥ずかしいところを見せちゃったね」

「ううん。噂に聞いてた通りだったから。別に気にしてないよ」

世界の謝罪にさっちゃんは笑いながら答えた。…さっちゃんが聞いていた噂っていったい?

「それで俺に相談したいことってなんなんだよ?さっちゃんが関係あるのか?」

「あ、あの宇宙さんに相談したいことがあるのは私なんです!」








「ストーカー!?さっちゃんが?」

「そうなのよ。結構前から被害に合ってるんだって。最初は我慢してんたんだけど、とうとう我慢出来なくなったってわけ」

さっちゃんが言うには、ストーカーの被害に合ったのはゴールデンウィークを過ぎたあたりかららしい。…どうしてだろう?ゴールデンウィークって聞くとなんだか死にたくなる。大切なものを失ったような気がする。おっと、話が逸れたな。最初は物陰からじっと見つめられるだけだったみたいだが、徐々にストーカーの行為がエスカレートしてきて、最近ではさっちゃんの携帯電話に無言電話が何回もかかってくるまでになって怖くなったらしい。

「なるほど。つまり俺にストーカーを退治してほしいってことだな。まかせろ!俺の"封印されし魔神の右腕"が唸るぜ!!」

「違うから。お兄ちゃんは喧嘩スッゴク弱いじゃない。女の子にだって勝てるかどうか怪しいくせに」

…俺だって女の子相手だったら喧嘩に勝てると思うぞ…多分。

「じゃあ、俺に相談したいことってなんなんだよ?」

「それは私が言います!」

さっちゃんが一歩俺に詰め寄る。

「じつは…宇宙さんに彼氏になって欲しいんです!!」

ええ~!!!????



×××



「ダーリン、口を開けて?ほら、あ~ん」

「あ~ん。ありがとう、マイハニー。君の手から食べさせて貰えると只のクレープが倍おいしく感じられるよ☆」

「ダーリンたら!!照れちゃうわ!!あっ!ほっぺにクリームが!とってあげるわ!!」

「ああ、マイハニー!!君の優しさの前にはクレオパトラですら土下座するだろうね!!」

俺は今、さっちゃんにクレープを食べさせて貰っている。夢にまでみたリア充会話&リア充行動をしているが、当然のごとく本心から言っているわけではない。なんでこんなことになったか回想をしてみたいと思う。



「俺に彼氏のフリをしてほしいって?」

「はい。私に彼氏がいることを見せ付ければストーカーも諦めるかもしれないって八千塚さんが…」

「そうだよ。あたしの発案なんだ。ほら、お兄ちゃんって見た目だけはいいじゃない?見た目だけは。だから彼氏のフリにはピッタリかなって思ってね」

見た目だけってそんなに強調しなくてもいいと思うな~、お兄ちゃんは。それに俺だって見た目だけじゃないんだぜ?多分…いや、きっと。

「話はわかった。それなら別に彼氏役をやってもいいんだけどさ。俺たちだけで解決するよりは警察に相談した方がいいと思うけどな。実際、素人だけで解決するのは危険だと思うぜ?ストーカーが逆上して襲ってくるかもしれないし」

俺の言葉に世界とさっちゃんが困ったように顔を見合わせた。どうしたんだ?何か警察にいえないような事情でもあるのだろうか?

「…警察にはいえない事情があるんです。…実はそのストーカーって私の幼馴染なんです!」

「幼馴染?」

「はい。別の高校に通っているんですけど、昔から付き合いがあって。中学1年生の時から何十回も告白されているんですけど、私には異性として見れなくて全部断っているんです。ゴールデンウィークにも一回告白されて断ったんですけど、どうもそれ以来様子がおかしくて…」

ふ~ん。なるほど、そりゃ幼馴染を警察につきだすのは遠慮したいってところか。まあ、円満に収めるなら彼氏がいるフリをするのが万全だろう。

「だから、今日から7日間私とラブラブカップルのフリをして欲しいんです!!」




というわけで、世界命名『ラブラブバカップル状態を見せ付けてストーカーを諦めさせちゃおうぜ!!』作戦を実行中というわけだ。。今は公園のベンチにさっちゃんと二人で座り人目もはばからずいちゃいちゃしまくっている。ちなみに世界は一応傍にはいるのだが全力で他人のフリをしている。まあ、その気持ちはよくわかるが。

「みて、ダーリン。太陽がとっても気持ちがいいわ」

「そうだね、ハニー。でも、太陽も君の笑顔には負けるよ。僕にとって君の笑顔は太陽より眩しいからね!」

バカな会話だなーと心の中で泣いていると急にさっちゃんが俺の右腕に抱きついてきた。ななななな、なんだ!?発情したのか!?お、おっぱいがあたって気持ちがE~!!

「宇宙さん、そのままでいてください。彼が私たちのことを見ています。あそこの木の影ですね」

さっちゃんが耳元でボソッと囁くように言った。俺は体を動かさず、視線だけをさっちゃんが言った方向に向ける。そこには背が高い爽やか系イケメンしか発見できなかった。さりげなく辺りを見るがストーカーぽい奴は見当たらない。

「…どこ?ストーカーは見当たらないみたいだけど」

「いるじゃないですか!ほら、あそこですよ!!」

「あそこって…あそこには爽やかイケメンしかいないじゃないか。あいつもあんな場所で何してんだろうな。なんか俺達のこと睨み付けてるけど。俺達のあまりのラブラブっぷりに嫉妬でもしてんのかね~。普段は自分がいちゃついてる癖に他人がいちゃつくのを見るのは腹が立つってか?ケッ!リア充の癖に心が狭いやつだ。さっちゃん、もっといちゃついてやろうぜ!」

「だからそのイケメンが私のストーカーなんですよ!!彼が私の幼馴染みんんです!!」

「な、何~!?」

改めてイケメンの方を見ると確かに俺達のことを敵意をもって見ていた。どうやらストーカー確定みたいだ。

「暫くこのままでいてください。その内消えると思うので」

さっちゃんに言われた通り動かずそのままの体勢でいること15分。観察することに飽きたのか、イケメンはその場を立ち去った。

「お兄ちゃん達大丈夫だった?さっちゃん、あそこにいたカッコいい人がストーカーなの?」

世界が俺達に近づいてきて言った。少し離れた場所にいたとはいえ、世界は俺達の視界には入っていた。だから、世界にもイケメンの姿が見えたのだろう。

「うん。あれが私の幼馴染みで黒部 修吾(くろべしゅうご)って名前なの。ゴールデンウィークからずっとあんな風に行くとこ行くとこに現れてじっと私を見てくるの。本当に困っちゃって…。今日ので諦めてくれるといいんだけど…」

へー。あんなイケメンがストーカーね~。あの顔はストーカーするよりもされる方だと思うけどな。それにさっちゃんの容姿は辛うじて美人ってところだ。さっちゃんがあいつをストーカーするならわかるけど、逆だとはね。ま、幼馴染みにしかわからない魅力があるのかもしれないな。

「…んじゃ、修吾だっけ?あいつも帰ったみたいだし、今日は解散ってことでいいか?もう夕飯の時間も近いしな」

「そうだね。さっちゃんもそれでいい?」

「うん。八千塚さん、今日はどうもありがとう。宇宙さん、明日から6日間宜しくお願いしますね」

「ああ。あ、そうだ。もしよかったら家まで送っていこうか?ひとりだと狙われるかもしれないし」

ゲームでもこういうときにひとりで帰すと大抵死亡フラグに繋がるからな。家まで送って行った方がいいだろう。

「いえ、大丈夫です。直接被害にあったことはないですし、家の近所には知り合いが大勢いますから。それに黒部君の性格からして襲われることはないと思います」

「そうか?それなら別にいいんだけどよ。じゃあ、俺達も帰ろうか」

「うん。さっちゃんバイバイ!また明日!!」

「うん。さようなら」






夕飯を作るのが面倒くさくなったので今日の夕飯は出前をとることにした。メニューは期末テストを乗り切るために、ちょっと奮発して特上寿司を頼んだ。二人前で6千円ちょっとかかったが、親の金なので気にしないことにする。捕捉情報として親は仕事でいないということを強調しておきたい。

世界と寿司を食べながら会話をする。話題は当然今日の出来事についてだ。この際だから、ずっと疑問に思っていたことを質問することにした。

「そういえば、世界とさっちゃんってどこで知り合ったんだ?ほら、さっちゃんっていかにも文化系って感じで、クラスも違うから接点なさそうだし。それに世界と仲がいい女子の顔は大体覚えているが、さっちゃんは記憶になかったぞ」

「う~ん、実はいうとね…あたしもさっちゃんのことはよく知らないんだ」

「え?」

「さっちゃんは花子ちゃんの友達なんだって。それでさっちゃんが花子ちゃんにストーカーの事を相談したらあたしとお兄ちゃんの事を紹介されたんだってさ。花子ちゃんの友達なら助けてあげたいじゃない?」

花子か…あいつは6月以来、順調に友達を作り続けているようで、今ではクラスの妹分から学年の妹分にクラスチェンジしている。あいつならさっちゃんと友達であってもおかしくはないだろう。

「ふうん。そういえば、花子はおたふくかぜで学校休んでいるんだよな。いつ頃学校に来れそうなんだ?」

「昨日お見舞いに行ったら大分治ったみたいなんだけど、いつになるかはわからないって」

「もう休んで3日はたつだろう?治ってきてるみたいなら、ちょっと休みすぎなんじゃないのか?」

「花子ちゃん本人は早く学校に行きたいみたいなんだけど…花子ちゃんのおじいさんが学校に行かせてくれないんだって。一時期は世界中から医者を呼ぼうとしたぐらい心配してるみたい」

セバスチャン…過保護すぎるぞ!!

「そ、そうなんだ。花子も気の毒に…そ、そういえばストーカーは悔しいけどスッゴいイケメンだったよな。さすがにストーカー行為はやり過ぎだと思うけど、フラれても諦めない姿勢はちょっと憧れるな。ほら、漫画の主人公みたいだろ。『いつか俺のことを好きにさせてみせる!だからお前が俺以外の奴と付き合うまで俺は諦めない!!』ってよく漫画にある展開だろ?まさに主人公って感じだよな」

「あたしはちょっとお兄ちゃんの意見に賛成は出来ないかな。お兄ちゃんってさ、告白されたことないでしょ?」

「な、なななな何で決め付けるんだよ!!…まあ、告白されたことはないけどよ」

ええ、どうせ童貞ですよ。告白?何それ?美味しいの?

「これはあくまでもあたしの意見だけど、一度ふった相手と付き合うことって年月を置くかよっぽどのことがない限りないと思うんだよね。女の子って結構打算的なところがあるからさ、僅かでも付き合う気があるなら最初の告白でOKするよ。告白を断るってことは本気で付き合う気がないってこと。それなのに、『俺は諦めない!』なんて言われても困っちゃうよ。あたしに何度も告白する人もいるけど、そういう人ってあたしにとってはストーカーと変わらないんだよね。それにさ、告白を断る方だって結構辛いんだよ?緊張でドキドキしている相手が、あたしが断りの言葉を言った瞬間絶望の表情になるんだもの。さすがに罪悪感感じちゃうよ。あたしの意見としては一度フラれたらきっぱりと諦めてほしいわね」

なるほど、そういう考え方もあるのか。確かに世界の言うことにも一理ある。多分、俺と世界の考え方の違いは告白されたことがあるかないかの差だろう。…なんか妹が急に大人に見えてきて気まずいな。ここは強引に話題を変えるか。

「…そういうもんなのか。さて、寿司も食い終わったしテスト勉強でもするか。世界もやった方がいいぞ。じゃあ、俺部屋に戻るわ。わかんない問題あったら聞くかもしれんからよろしく」

「オッケー。11時頃までは起きてると思うからそれまでにきてね」

部屋に戻りテスト勉強の準備をする。さて、今日は古典でもやるか。確か教科書を鞄に入れた覚えが…あれ?ないぞ?おっかしいなー?確かに入れたはずなんだけど。俺のお気に入りのシャーペンもないし…

「おーい!!俺の古典の教科書とシャーペン知らないか?確かに鞄にいれたはずなんだけどないんだよ」

「あたしがお兄ちゃんの持ち物の行方を知っているわけ無いじゃない。学校に忘れてきたんじゃないの?」

だよなあ。世界が知っているわけないか。俺が入れたつもりになっていただけかも知れないな。じゃあ、古典は諦めて数学の勉強をするか。シャーペンも別なのを持っているしな。



×××



翌日、昼休み開始のチャイムが鳴ると同時にさっちゃんが2年1組の教室にやってきた。手には何かを抱えているみたいだ。

「あの宇宙さん、ちょっといいですか?」

「うん?ああ、さっちゃんか。何か用か?」

「あの、宇宙さんってお弁当もってきてますか?」

「いや。これから購買で買おうと思っていたところだけど」

「本当ですか!!良かった~!あの、これお礼も含めてお弁当作ってきたんですけど、良かったら食べてください!!」

つ、ついに女の子の手作り弁当を食べられる日が来たのか。ああ、これが噂のリア充生活…生きててよかった~!!!!

「そ、宇宙さん?何で泣いているんですか?」

「なんでもない、なんでもないんだ。ちょっと過去の学校生活を振り返っていてね。お弁当だっけ?勿論いただくよ。ここじゃあなんだから屋上にいこう」

教室じゃ気まずかいからな。それにクラスメイト達が俺たちのやりとりに注目している。まあ、そも気持ちもわからないでもない。自分で言うのもなんだが、アンタッチャブルな俺に女の子が訪ねてきた上に手作り弁当を手渡したのだ。普段から出来るだけ俺の存在に触れないようにするクラスメイト達もこれは注目せざるをえないだろう。


屋上に到着。今日は屋上を不当に占拠するバカップル共はいないみたいだ。よかった。奴らの姿を見つけたら俺が保有する999の能力の一つ、"燃え滾る嫉妬の業火"《です!デス!DEATH!》で殺してしまったかもしれん。今日も無駄に命が散ることなく平和に迎えられそうだ。

「これお弁当です。食べてください!!」

「ありがとう、さっちゃん。それじゃ、いただきま~す!!」

さてさて、お弁当はどんなのかな?おかずはから揚げとほうれん草のおひたしと卵焼きか。どれも手が込んでいておいしそうだ。ご飯はふりかけご飯で、鮭ふりかけだ。おかずにとっても合いそうだ。うん?卵焼きに白くて硬い物体が入っているぞ?…多分、殻が入ってしまったのだろう。しかし、ここは正直に言わず褒めるのが男の役割ってもんだ。

「うまい!!さっちゃんって料理上手いんだね!!とってもおいしいよ!!」

「よかった~!!宇宙さんの口に合うか不安だったんですよ。どんどん食べてくださいね!!」

卵焼き以外には失敗料理はなく、お弁当はおいしくいただきました。





放課後、さっちゃんが先生に呼ばれて職員室に行ったので校門の前でさっちゃんのことを待っている。世界はクラスメイトに頼まれて勉強会を開いているので今日は不参加だ。俺が校門の前でボーっとしているとどこからか視線を感じた。なんだ?うん?あの男どこかで見た覚えが…

「あ~!!お前、昨日のイケメン!?」

「貴方は白戸幸恵と一緒にいた人ですよね?貴方にお話ししたいことがあるんです」

話したいこと!?ま、まさか『俺から幸恵を奪いやがって!!この泥棒猫!!』とか言われたりするのか!?やべえーよ、リアル昼ドラかよ!!ここは華麗に回避だ!!

「いえ、違いますね。昨日は一日中家にいました。どなたかと勘違いされているんじゃないですかね?」

「え?いやだって、貴方さっき『昨日のイケメン!?』って俺の方を指さしていってたじゃないですか!?」

「いえ。それはあなたの後ろの人に向かって言ったんですよ。残念ながらその人は気付かず行っちゃったみたいですけどね」

俺が全力で知らないフリをしているとさっちゃんが此方にやってくるのが見えた。いかん!このままではストーカー野郎と鉢合わせてしまう!!なんとかイケメンをこの場から遠ざけなければ!!

「宇宙さ~ん!!お待たせしました!!え?く、黒部くん!?」

あちゃ~!!間に合わなかったか!ああ、これで修羅場突入決定か…

「チッ!!そこの貴方!話はまた今度」

さっちゃんの姿を確認したイケメンは何故か走って逃げていった。…なんだ?さっちゃんの前には出られないシャイ野郎だとかそういうのか?

「今のって黒部くんですよね?宇宙さん、何か変なことされてませんか!?」

「ああ。話があるっていわれたけど、知らないフリしたから大丈夫」

「よかった~!!宇宙さん、彼氏のフリをお願いした私が言うのもあれですけど、出来るだけ黒部くんと接触しないようにしてください。もし宇宙さんが黒部くんに襲われるようなことが起きたら私、八千塚さんにどんな顔すればいいのか…」

顔を俯かせ震えるさっちゃん。なんていい子なんだろう。俺のためを思って泣いてくれるとは。これは是非ともあのストーカー野郎から守ってあげなければ!!

「俺は大丈夫だよ!でも、さっちゃんがそんなに心配するならあいつとは関わらないようにする。まあ、今も全力で他人のフリしたけどね」

「それならいいんです。あ、そうだ!宇宙さん、携帯の番号教えてもらっていいですか?今回みたいなことがあるかもしれないんで連絡とれるようにしたいんですけど」

5人目の番号ゲットだぜ!!家族を除けば俺の携帯には女の子の番号しか入っていないことになる。いや、5人中4人は女の番号だ(妹、母含む)。これは俺にモテキきたか!?つ、ついに俺のハーレムが爆誕する日がきたのか!?

「もちろんだよ!!これ俺の番号ね!!いつでもどこでも連絡してくれ!!!!」

「登録しておきますね!!後で電話番号を書いたメール送りますから。じゃあ、今日も彼氏役お願いします!!」

「おう!!俺にまかせておけ!!!」

その後、さっちゃんを家まで送り届けたが黒部は現れなかった。



×××



さっちゃんの彼氏生活3日目。放課後、今日もさっちゃんと一緒に帰る。昨日のさっちゃんとのメールは楽しかった。あれが青春ってやつなのかもしれないな。

「宇宙さん、八千塚さん、今日はちょっと寄りたいところがあるんだけどついてきてもらっていい?」

「寄りたいとこ?あたしは全然いいよ!!お兄ちゃんも別にいいでしょ?」

「ああ。それで寄りたいところってどこなんだ?なんか買いたいものでもあるの?」

さっちゃんは俺の質問に顔を悲しみで歪ませて俯く。やがて決心したようにゆっくりと顔をあげた。

「これから行くところは、私のもうひとりの幼馴染みの家なんです。その子、灰川 瑠美(はいかわるみ)って名前なんですけど、中3の時から引きこもりになっちゃって…一週間に一度は瑠美の家に行くようにしてるんです」

「引きこもり?中3の時になんかあったのか?」

「ちょっと、お兄ちゃん!そういうことは聞かないもんだよ!!まったく、デリカシーがないんだから!」

「いいのよ。それに私も原因はよくわからないの。ただ、…黒部くんの名前が出ると瑠美ちゃんは酷く怯えるの。考えたくはないけど、ひょっとしたら…」

「黒部がその瑠美って子に何かしたかもしれないってことか」

もしそれが本当なら、俺が考えているより黒部は危ないやつかもしれない。これは警察に相談した方がいいのかもしれないな。

「証拠がありませんし、瑠美が黒部くんに何かされたって言った訳じゃないですから本当のところはどうだかわからないですけどね。それじゃあ、瑠美の家に急ぎましょう。私の家の近くですから」

俺達は灰川家に向かった。









___

*後書き

長くなりそうなんで前編と後編にわけました。今回の話はちょっとシリアス成分が濃いかも。

作中にもありますが、たまに『いつか俺のことを好きにさせてみせる!だからお前が俺以外の奴と付き合うまで俺は諦めない!!』みたいなキャラが漫画に出ますが、作者的にあれは軽いストーカーだよなと思うことがあります。作者が男だからそう思うだけでしょうか?女性は一度フッた相手にアピールされ続けたらどう思うんですかね。それとも、『ただしイケメンに限る』ってやつなのでしょうか。

後編は4月中には投稿したいって思ってます。前編と同じくらいの長さだと思います。まだ4割ぐらいしか書いてないのでなんともいえないんですけどね。

キャラ設定は後編をあげたら更新します。



[31660] 厨二病の兄と歪な三角関係 【後編】
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2012/04/16 17:00
*18,430文字。何故だか前半の2倍に。どうしてこうなった。


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「まあまあ、よく来てくれたわね。一緒にいるのは幸恵ちゃんのお友達かしら?」

「はい。今日は一緒に連れてきちゃいました。別にいいですよね?」

「ええ、勿論。ささ、あがって。後で御茶をいれるから」

灰川家で俺達を迎えてくれたのは白髪が混ざり始めたぐらいの婦人だった。多分、彼女が灰川瑠美の母親だろう。さっちゃんとの会話を聞く限り、さっちゃんとは随分仲がいいみたいだ。まあ、幼馴染みというぐらいだから家族ぐるみの付き合いなのだろう。仲がよくて当然か。婦人は俺達を家に入れると台所に消えていった。

「八千塚さん、宇宙さん、瑠美の部屋は2階にありますから。行きましょう」

2階に上がり瑠美の部屋の前にたどり着く。ノックをしたが反応はなく、扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。壁に耳を当てたが音楽などは聞こえないので、ノックが聞こえてないということはなさそうだ。どうやら、引き込もっているのは本当らしい。反応がない扉に向かってさっちゃんが声をかけた。

「瑠美、また来たよ。今日は友達を連れてきたんだ。私と同じ学校なんだよ」

「おう!!俺は八千塚宇宙っていうんだ。さっちゃんの友達だ!瑠美っていうんだろ?俺とも友達になろうぜ!!」

「あたしはその妹の世界だよ。ねえ、瑠美ちゃん。あたしとも友達になってくれないかな?」

俺達が一通り声をかけるが中から反応はない。

「なあ、さっちゃん。瑠美って子は本当に部屋にいるのか?反応が全くないし、ひょっとしたらいないんじゃないのか?もしそうなら俺達はスッゴいマヌケだと思うんだけど」

「確実に部屋にいると思います。おばさまの話じゃ滅多に部屋から出ないそうですし」

「そうか…」

う~ん、こうも反応がないとどうすればいいかわからないな。もしかしたら、俺と世界がいるから喋らないのかもしれないな。

「ねえ、さっちゃん。あたし達っていない方がいいのかな?もしかしたらあたし達がいるから反応しないのもかもしれないし」

世界も俺と同じ結論に至ったらしい。俺が言おうとしたことをさっちゃんに質問する。

「ううん。それは全然関係ないと思う。私ひとりの時も全然反応はないんだ。だから、一方的に私が喋ってるの」

さっちゃんが扉の方に向き声をかける。

「一昨日は3人でクレープを食べたんだよ。苺のクリームがとっても甘くて美味しかったな~。瑠美が部屋から出てきたら一緒に行こうね」
「そろそろ期末テストの時期なんだ。私、頭が悪いから勉強大変だよ」
「そういえば、昨日はお弁当を作って男の人に渡したんだ。その人は美味しいって褒めてくれてね。今度瑠美にも作ってあげるね?」

さっちゃんが次々と声をかけるが、やっぱり部屋から反応は何もない。これだけ言っても反応なしか。ふむ、どうせ反応がないならちょっと確かめてみるか。

「なあ、瑠美ちゃん。黒部修吾って知ってるよな?」

俺の質問に今まで何の反応もなかった扉の中から大きな音がした。…やっぱり黒部って名前に反応するのか。

「単刀直入に聞く。君は黒部に何かされたのか?」

「ちょっと宇宙さん!?何てこと聞くんですか!?」

「いや、だってよ、何も反応ないから直接聞いちゃおうって思ってよ」

「お・兄・ちゃん!!少し黙っていようね?」

世界の満面の笑顔(殺意付き)の迫力に負けて言葉が出なかった。なんだよ~、どうせ反応ないなら聞いてもいいじゃないか。まあ、反応はあったんだけどよ。しかし、これでますます黒部が何かした確率が高まったな。

「三人とも、お茶が入ったから下に下りてきて頂戴!」

俺が悩んでいると婦人が俺たちを呼ぶ声がした。俺たちは扉にむかって「ちょっとお茶を飲んでくるね」と声をかけた後、灰川瑠美の部屋の前を後にした。




「幸恵ちゃん、本当にありがとうね。貴女みたいな子を幼馴染に持ててあの子も幸せだわ」

「お礼なんていいんです。それに瑠美は私の幼馴染ですよ?遊びに来て当然です」

リビングでお茶を飲みながら婦人と会話をする。主に話すのは婦人とさっちゃんで、世界は時たまその二人の会話に混ざるって感じだ。俺はどうしているのかって?勿論黙ったままですとも。ご婦人方の会話を邪魔するような似非紳士ではないのだ。

「灰川さん、瑠美ちゃんってずっと部屋から出ないんですか?」

世界が質問する。ただ、その表情はちょっと気まずそうだ。引きこもっている子の親に、他人でしかない自分が踏み込んだ事を聞くのが気まずいのだろう。

「そんなことないのよ。昼間はずっと部屋にいるけど、私と夫が寝ている間にお風呂とかは入っているみたい。ご飯も扉の前に置いておけば無くなっているから、一応ずっと部屋にいるってわけじゃないみたいね」

「その、こんなこと聞くのもあれですけど、瑠美さんが引きこもった原因に心当たりはないんですか?」

俺は気になっていたことを婦人に質問する。正直、所詮は他人でしかなく、なおかつ今日初めて知った相手にこんなに踏み込んだ事を聞いていいのか疑問に思うが、わずかでも関わってしまったなら原因を知っておきたい。それに灰川瑠美という存在を救いたいとも思う。まあ、これは灰川瑠美のためではなく、さっちゃんが困っているからの一言に尽きる。友人が困っていて俺たちに解決できる範囲のことなら問題を解決してあげたいと思う。

「それが本当に心当たりがないのよ。友達が大勢いたみたいだし、いじめなんかも無かったて聞いているわ。引きこもる前は本当に明るい子だったのよ?部活にも勉強にも一生懸命の子でね。それに好きな人がいたみたいだし、なんであんなことになっちゃったのか…」

婦人は今までの苦労を思い出したのだろう、少し涙ぐんでいる。さっちゃんが婦人を慰めるように声をかけた。

「大丈夫ですよ!幼馴染の名にかけて瑠美を絶対に部屋から出してみせます!!」

「ありがとう。今ではあの子のことを気にしてくれるのは貴女と黒部くんぐらいだわ」

何だって!?どうして黒部の名前がここで出てくるんだ!?

「おばさん!!黒部って黒部修吾のことですか!?」

「ええ。瑠美の幼馴染みの黒部修吾くん。幸恵ちゃん程じゃないけど、たまに瑠美の様子を見に来てくれるわ。そんなに興奮しちゃってどうしたの?」

黒部が灰川家に来てる!?どういうことだ!?おばさんの様子を見るに、娘が引きこもった原因が黒部にあるとは思っていないみたいだ。ひょっとしたら黒部がストーカーになっていることを知らないのか?ここは教えた方がいいんだろうか。チラリとさっちゃんの方をみると無言で首を横に振った。おばさんには言うなってことか。

「いえ、なんでもないんです。あ、そうだ!瑠美さんの写真かなんかありますか?恥ずかしながら、妹と俺は娘さんの顔を知らないんです。アルバムでもあったら見ておきたいんですけど」

「アルバムならあるわよ。ちょっと待っててね」

婦人がアルバム持ってきて、アルバムのページ開く。

「ええと、これが瑠美が引きこもる前に撮った写真ね。中学3年の体育祭の時の写真よ。この真ん中に写っているのが瑠美よ」

写真をみると体操着のクラスメイト達に囲まれるようにど真ん中に灰川瑠美が写っていた。多分、集合写真だろう。ほほう、中々の美少女だ。ポニーテールの元気溌剌系少女。さっちゃんには悪いが、比べ物にならないぐらい美しい。間違いなく美少女だと断言出来るだけの容姿を持っている。…いじめの事実はなさそうだ。友達がいない俺だからわかる。集合写真の真ん中には、人気者しか写れないということを。ど真ん中にいるということはそれだけ友達が多いということ。もしいじめがあったとしたら、ど真ん中などありえない。それにこれだけの容姿だ。嫉妬でいじめられていた可能性がないとはいえないが、黙っていても人気者になれるタイプだ。

アルバムの他のページもめくる。幼い時からの写真もあるようで、灰川瑠美の成長記録みたいになっている。うん?これはさっちゃんの小さい時の写真か?ということは、隣にいる男の子は黒部修吾か。…やっぱり小さい時からジャニ顔なんだな。しかし、こいつがストーカーになるのか。イケメンだからってまともに育つわけじゃないんだな。小さい時はさっちゃんと黒部と瑠美の三人で写っている写真が多いが、成長するにつれてさっちゃんと瑠美、または黒部と瑠美の二人だけで写った写真が大部分を占めている。なんで三人で撮らないんだろう?

「そろそろ瑠美の部屋の前に行きましょうか?」

俺の思考を遮るようにさっちゃんが声をあげた。うん、そうだな。今のままでは御茶を飲みにきてアルバムを見ただけになってしまう。というわけで、再び灰川瑠美の部屋の前。またさっちゃんが一方的に話しかける。

「さっきアルバムをみたんだよ。三人で写真を撮ったこと覚えている?あの頃は楽しかったね!」

反応はない。

「体育祭でも瑠美のクラスは優勝したんだよね。あのときの集合写真、瑠美はとっても嬉しそうだった」

反応はない。

「私は勿論、黒部くんだってとても心配しているわ。いい加減、部屋から出てきなさいよ」

「…かげ…して」

反応がかえってきた!?さっちゃんも声が聞こえたのだろう。焦った様子で聞き返した。

「なに!?もう一度言って!!」

「いい加減にしてって言ってるの!!もういいでしょ!?お願いだから放っておいてよ!!もうわたしに構わないで!!」

「おい!!君を心配しているさっちゃんにそういう言い方はないだろう!?」

怒りの声をあげた俺にさっちゃんがいいんですと力なく答えた。

「わかったわ。今日のところは帰る。でも、また来るからね」




灰川家から出た俺達は、さっちゃんの家の前で少し話した。俺はさっちゃんに聞きたかったことを聞いた。

「なあ、なんでおばさんに黒部のことを言わなかったんだ?」

「おばさまは黒部くんのことを信頼しているんです。それに、只でさえ瑠美のこと苦労しているおばさまにこれ以上心労をかけたくなくて」

う~ん、いくらそういう事情があるとはいえ教えた方がいいとは思うけどな。まあ、他人でしかない俺が言うことでもないか。

「それにしてもさっきは驚いたよな。まさか黒部が瑠美ちゃんの元に訪れていたとはな。さっちゃんは知ってたの?」

「いいえ。私も初耳で。その、さっき思いついたんですけど、ひょっとして瑠美が部屋から出ないのって黒部くんがくるせいかも…」

「なるほど。黒部が不定期にやってきては脅しをかけているかもしれないってことか」

さっちゃんだけじゃなく、灰川瑠美も黒部の被害にあってたってことか!?クソ!どこまで卑劣なやつなんだ!!

「そういえば今日は黒部のこと見てないよな。3人一緒にいるから諦めたのかな?」

「だといいんですけど。黒部くん、なんでこんな風になっちゃったんだろう…」

場に沈黙が流れる。ううん、気まずいな。ここは根拠のない励ましだ!!

「大丈夫!!黒部からは俺が守ってやる!!だから、さっちゃんは安心して日常を過ごすんだ!!」

「宇宙さん…ありがとうございます」

「お礼なんかいいんだよ!!それに今は俺が彼氏だろう?彼氏が彼女を守るのは当たり前のことだ!!だからお礼なんて言わなくていいんだよ」

涙ぐむさっちゃん。やっと笑ってくれた。根拠のない宣言だが、この笑顔をみるなんとしても守ってあげたくなる。

「それじゃあ、また明日」

「ええ、また明日」

世界と並んで家に帰る。世界は何事かを考えこむように黙っている。そういえば、こいつさっきから黙ったままだよな。なにかあったのだろうか?

「なあ、世界。さっきから黙ってなに考えてんだ?」

「…確証はないけど、ちょっと引っ掛かることがあって。さっきから気になってるのよ」

「引っ掛かること?」

「あたしの勘違いかもしれないから言うのは止めておくわ。それより、お兄ちゃん。あたし、明日から調べたいことがあるから一緒に帰れないと思う。さっちゃんと二人きりになるけどいい?」

「それは別にいいけどよ。何調べるんだ?」

「灰川さんと同じ中学の子に話を聞いてみようと思うの。引きこもった原因がわかるかもれないしね」

なんでそんなこと調べるんだ?どう考えても黒部のせいだろうに。まあ、証拠はないしな。世界の調査によって証拠が出てくるかもしれない。

「わかった。さっちゃんの護衛は俺1人でやるよ。世界も調査頑張ってくれ」



×××



翌日、さっちゃんと二人で下校する。今日はこの3日間毎日お弁当を作ってくれるさっちゃんにお礼をするためにカフェに誘った。まあ、お弁当には卵の殻が入っていたり、味付けを間違えたのか変な味がすることがあるんだけどな。それでも弁当を作ってくれるのはありがたい。

「さっちゃん、なにがいい?なんでも好きなものを頼んでよ。俺がおごるから」

「そんなおごってもらうなんて悪いですよ」

「お弁当のお礼だから遠慮しないでいいんだよ。なにがいい?」

「そうですか?…じゃあ、ロイヤルミルクティーをお願いします」

「オッケー。じゃあ、注文するね」

さっちゃんが頼んだロイヤルミルクティーと俺が注文したブルーマウンテンが届く。うん。相変わらずいい香りだ。コーヒーはやっぱりブルーマウンテンに限るな。この香りはやみつきになるぜ!!コーヒーの味と香りを楽しんでいるとさっちゃんが話しかけてきた。

「えへへへへ。宇宙さんとカフェにいけるなんて夢みたい」

「え?」

「私、宇宙さんのこと憧れてたんですよ?だから一緒にカフェに行けるなんて信じられなくて…」

おいおいおい、これフラグきた~!!ま、まあさっちゃんは妹や花子ほどじゃないけど平均よりは上の顔立ちしてるし?よく見れば十分魅力的な顔だよな。黒部がストーカーする理由もわかるかも。

「夢なんかじゃないよ。それにカフェぐらいいつでも付き合うぜ!だって、俺とさっちゃんはもう友達だろう?」

「宇宙さん…」

見詰め合う俺たち。なんかいい雰囲気じゃない?あっれ~!?これキスぐらいいけるんじゃない?俺が前に体を乗り出すと焦りすぎたのかコーヒーカップをこぼしてしまった。

「た、大変!!ワイシャツにコーヒーが!!」

「ああ、これぐらい大丈夫だよ。ワイシャツは家に何枚かあるしな。世界には怒られるかもしれないけど」

「駄目です!!コーヒーは落ちにくいんですよ!?今すぐ私の家に来てください!!」

無理矢理さっちゃんの家まで連行される。さっちゃん、強引な一面もあるんだ…ていうか、力強!?これ俺より力あるんじゃねえか!?全然抵抗できねえ!!さっちゃんの家に入るなり開口一番にさっちゃんは言った。

「宇宙さん、ワイシャツ脱いでください!!今から洗濯しますから」

ええ~!?

「いや、家に入っていうのもあれだけど、さすがに同級生の前で半裸になるのは恥ずかしいというか…」

「そんなこと関係ないです!!自分から脱がないなら私が脱がしますよ!?」

やべえ、この迫力すげえ!!さっちゃんワイルド過ぎる!!

「わかったよ。脱ぐからちょっと待っててよ」

思春期の女子高生のように恥じらいを持ってワイシャツを脱ぐ。さっちゃん、そんなに凝視しないでくれ。これ、スッゴイ恥ずかしいんだよ?あれ?そういえば…

「なあ、さっちゃん。きょう両親はどうしたの?こんな光景を両親に見られたらさすがに誤解されると思うんだけど」

さすがに知らない男が半裸で娘といたら激怒するよな。最悪通報されるかもしれん。

「両親は今いないんです。海外に行っていて…だから大丈夫ですよ?」

ええ~!?じゃあ、今この家には二人っきり!?それに大丈夫って!!半裸の俺と目を潤ませて熱っぽいさっちゃん…こ、これは大人の階段を上る日がきたか!?さようなら、俺の童貞。今日僕は大人になるよ!!

「さっちゃん、俺、おれ…」

雰囲気に任せて襲いかかろうとしたその瞬間、俺の携帯電話がなる。んっだよ~!!空気読めよ!!俺の携帯マジKY。俺は不機嫌全開で電話に出た。

「はい!!もしもし!?あのね、電話をかけるのもいいけどちゃんと空気読んでよね!!あんたマジでKYだよ!!」

「…お兄ちゃん何いっているの?」

世界からだった。いかんいかん、冷静にならなければ。『妹にはいついかなる時も優しく』が俺の心情だ。これを破ればシスコンの名折れだぜ!

「ああ、世界か。なんでもないんだ。ただ、ちょっと卒業できそうだったから興奮してしまってな。それで何か用か?」

「お兄ちゃん今どこにいるの?今すぐ帰ってきて欲しいんだけど」

「え?今すぐか?なんかあったのか?」

「特に用があるってわけじゃないんだけどね。ただ、なんとなくお兄ちゃんの顔が見たくなって…」

妹がデレた~!!!!こ、これは今すぐにでも帰らなければならん!!さっちゃんには悪いが優先順位的には現在妹が不動の1位だ!!

「わかった。今すぐ帰る。家で待っててくれ」

電話を切ってさっちゃんに顔を向ける。

「ごめん。世界が緊急の用があるらしくて帰らなくちゃ行けないんだ」

「え?そうなんですか…残念です。あ、でもワイシャツは電話している間に洗濯機に入れちゃいました。どうしましょう?」

そいつは困ったな。まさか半裸で帰るわけにもいかないよな。俺が困っているとさっちゃんがポンと手を当てて名案を口にした。

「そうだ!家にお父さんのワイシャツがあります。どうせ使ってないやつですし、それを着ていってください!!」

…知らない親父のワイシャツは正直着たくないな。しかし、このままでは半裸で帰らなければいけなくなる。背に腹は代えられないか。

「じゃあ、有り難く着させてもらおうかな。濡れたワイシャツを入れる袋とかくれると嬉しいな」

「宇宙さんのワイシャツは家で洗濯して明日学校で渡します!!」

「いや、さすがにそれは…」

「いいんです!!こんなことぐらいしか私には出来ないですし!それに八千塚さんから緊急の用事なんでしょう?早く帰らなければいけないんじゃないですか?」

うっ!実は何の用事もないって言えないな~。それにこんな熱弁されると、断るのが申し訳ない気がするな。

「じゃ、じゃあお願いしていいかな。それじゃ、俺はもういくよ。また明日学校でね」

「ええ、また明日!ワイシャツは明日渡しますね」




家に着くとリビングに世界が座っていた。

「やあやあ世界!我が愛しの妹よ!!お兄ちゃんの顔が見たかったんだろう?さあ!たっぷりと見るといい!!」

「あ、お兄ちゃんおかえり。そんなに顔近づけないでくれる?今テレビみてるんだから視界にはいらないでよ」

ええ!?俺だけテンション違くない!?さっきのデレた妹はどこいった!?俺の顔を見たかったんじゃないのかよ!?

「おい!さっき電話で俺の顔がみたいっていったじゃん!!」

「ああ。そういえばそんなことも言ったね。でもさっきまでのことだから。今はそこまででもないかな」

なんだよ!!帰らなければ良かったよ!!クッソ~!!童貞が卒業出来たかもしれなかったのに!!俺が悔しさの余り壁を殴っていると世界が話しかけてきた。

「お兄ちゃん、そのワイシャツどうしたの?見たことないやつだけど」

「ああ、これか。これ、さっちゃんの親父さんのやつなんだよ。色々あって俺のワイシャツはさっちゃんが持ってるんだ」

「さっちゃんのお父さんの?…ねえ、ひょっとして今日さっちゃんの家に行った?」

「行ったけど…それがどうかしたか?」

俺の答えを聞くと世界は安堵したように溜め息を吐いた。そして真剣な顔になる。

「ジャストタイミングだったってことね。電話して良かった。お兄ちゃん、お話しがあります」

「話したいこと?なんだよ?」

「さっちゃんと二人きりになるのは止めて欲しいの。彼氏役も後3日あるでしょう?その間にさっちゃんと絶対に二人きりにならないで」

「なんだよ、それ?あ、お前焼きもち妬いているのか?安心しろ!!お兄ちゃんにとっての一番は世界だから!!」

「そうじゃないの。これは真面目な話。今から話すのは全部あたしの想像の話ってことを覚えておいて。…あたしはさっちゃんに疑いを持っている」

世界はそこで言葉を切る。やがていい辛そうに、でも確信に満ちた声で続きを話す。

「今日、灰川さんと同じ中学の子に話を聞いてきた。そこで新しい事実を聞いたの。灰川さん、黒部くんと付き合っていたそうよ」

「え?なに言っているんだよ!?」

「さらにいえば、さっちゃんが黒部くんのことが好きだったって話も聞いたわ。さっちゃん、灰川さんと黒部くんが付き合ってから二人にちょっかい出しまくっていたそうよ。灰川、黒部、さっちゃんの三角関係は学校で有名だったんだって」

「な!?…仮にそれが本当だったとしても今さっちゃんが黒部にストーカーされているのは事実だ。過去がどうあろうとストーカーからさっちゃんを守ることに変わりはない」

「ストーカー、か。ねえ、お兄ちゃん。あたしはそもそもさっちゃんがストーカーにあっているっていうの嘘だと思うの」

はあ~!?何を言っているんだ世界は。病気にでもなったのか?

「ねえ、お兄ちゃん。さっちゃんの彼氏役をやって4日たつけど、その間に黒部くんに尾行されたことはある?携帯電話に無言電話がかかってきたことは?思えばあたし達はさっちゃんからしか話を聞いていない。直接ストーカーの被害にあっている場面を見たことがないのよ」

「じゃ、じゃあ初日に黒部を目撃したことは何だったんだよ!それに2日目に絡まれたことだってあるんだぞ?」

「…あたしも確証はないの。ひょっとしたら全部あたしの勘違いかも知れない。でも、あたしの考えを全否定する根拠もない。それにあたしの考えが正しかったらストーカーをでっち上げる意味がわからない。友達を悪くいうのは嫌だけど、あたしはさっちゃんを100%信用することが出来ない。だから二人きりになって欲しくないの」

黒部と灰川瑠美が付き合っていた?しかもストーカーは嘘だって?世界には悪いが到底信じることが出来ない。それに世界の言う通りそんなことをする意味がない。

「俺にはさっちゃんがそんなことをするような子には見えないよ。それに灰川瑠美と黒部が付き合っていた過去があるならそれこそが黒部がストーカーである証拠になるって考えられるだろう。元彼が付きまとっているから灰川瑠美は部屋から出ないんじゃないのか?」

「お兄ちゃんは肝心な事を忘れているよ。さっちゃんの言うことが真実だとして、黒部くんはさっちゃんのストーカーをしているんだよ?お兄ちゃんの言う通りだとすると、黒部くんはさっちゃんと灰川さんの2人にストーカーをしていることになる。そういうことって普通ないと思うけどな」

むっ、そういうわれると反論できない。言葉が出ない俺に世界は慰めるように言葉をかけた。

「さっきも言ったとおり全部あたしの勘違いかもしれないしそんなに悩む必要はないよ。ただ、あたしの考えを頭の隅においておいて欲しいってだけ」

「…わかった。友達を疑うのは嫌だけど、世界がそういうなら二人きりにならないようにする」

「良かった。それで明日のことなんだけど、学校を遅刻して黒部くんに会いにいこうと思っているの」

なんだって!?世界が1人で黒部に会いに行く!?そんなこと絶対に認められない!!

「ダメだ!それだけは絶対にダメだ!!そんな危険なことはさせられない」

「でも会う必要はあると思うの。黒部くんからも話を聞いてストーカーが本当か確かめる必要がある。それにあたしなら大丈夫。これでもあたしは空手部よ?お兄ちゃんより遥かに強いのよ」

確かに世界は空手部でかなりの強者だ。世界の言う通り俺より強いし、大抵の男には負けることはないだろう。でも、それでも妹を危険な目にあわせることなんて絶対に出来ない。

「確かに俺よりお前は強いだろう。それに大抵の奴には負けないとも思う。だけどな、お前がさっちゃんを疑って俺のことを心配してくれたように俺も黒部のことを疑ってお前のことを心配しているんだ。仮にお前の言う事が正しくて黒部がストーカーをしていた事実がなかったとしても、黒部が100%安全だという証拠が無いかぎり世界を1人で行かすことは出来ないよ。兄として妹を危険な目にあわすなんて絶対に出来ない!!」

「お兄ちゃん…心配してくれるのは嬉しいよ。お兄ちゃんの気持ちはとっても嬉しい。でもどうしても確かめなきゃいけないことがあるから。あたしは明日黒部くんに会いにいくよ。大丈夫!学校に行く前にちょっと話しを聞きにいくだけだから。2時間目が始まるころには学校に行くつもりだよ」

「だったら俺も一緒に行く!!」

「それはダメ。全部あたしの勘違いかもしれないし。それにお兄ちゃんはさっちゃんを守る役割があるでしょ?あたしの勘違いだった時のためにお兄ちゃんには学校にいてほしいのよ。友達の嘘を確かめにいくんじゃない。友達の疑いをはらすためにあたしは行くの。だからあたし一人で行かせて?」

妹はとても真摯な目していた。本気の時に見せる真っ直ぐでキレイな目。こうなった時の世界に何を言っても無駄だ。世界はもう黒部に一人で会いにいくと決めている。俺に言ったのも唯の確認に過ぎないだろう。

「…わかったよ。ただ、なんかあったら必ず電話しろ。いや、何もなくても電話しろ。例え授業中だろうが絶対に出るから」

「うん。10時前には電話するよ。そんなに心配しないで大丈夫だよ。多分、何も起きないから」

ああ、心配だ。不安で心配でいてもたってもいられない。その夜、目蓋を閉じると妹が黒部に襲われる光景が浮かんできて中々寝付くことが出来なかった。



×××



「じゃあお兄ちゃん。行ってくるから。ちゃんと学校に行くんだよ?それと絶対にさっちゃんと二人きりにならないように」

「ああ。世界も気をつけるんだぞ。必ず電話しろ」

妹とと別れて学校に到着した。だが気分は晴れない。心配のあまり胸が張り裂けそうだ。憂鬱な気分で机にふて寝していると突然話しかけられた。

「おはよう、宇宙。ものスッゴク不安な雰囲気出しているけど何かあったの?」

「うん?お~!!花子か!!お前やっと学校きたのかよ。おたふく風邪だっけ?もう大丈夫なのかよ」

「うん。もう完治したよ。というより、2日前ぐらいから治ってたんだけどね。おじいちゃんが学校に行かせてくれなくて…」

苦笑いしている花子。改めて顔を見るが、顔色は健康そのもの。本人の言う通り完治あいたみたいだ。

「それでなんかあったの?そういえば世界ちゃんもいないみたいだけど今日は学校休み?」

世界!!ああ!また心配になってきた!!さっきから10分に1回はメールしているのに返事は帰ってこない!!やっぱり俺も行った方がいいのだろうか…いや、イカンイカン!!世界との約束だ。妹との約束を破る兄など兄とは呼べない。ここは優雅に妹の帰りを学校で待つべきだ。そういえば、さっちゃんって花子に俺達のことを紹介されたんだよな。一応ストーカー事件の経緯を言っておいた方がいいよな。花子も心配しているだろうし。

「世界はちょっと学校にも遅れるんだ。大した用事じゃないからすぐ学校に来るよ。それより、さっちゃんに相談された件で経緯を説明したいんだけどいいか?」

「…さっちゃん?誰のこと?」

「は?何言ってんだよ?2年3組の白戸幸恵のことだよ。花子と仲がいいんだろ?」

「白戸幸恵?ああ、その人なら2~3回話したことはあるけどそこまで深い付き合いはないかな。その人がどうかしたの?」

何だって!?花子と仲が良くない!?どういうことだ!?花子に俺達のことを紹介されたんじゃなかったのか!?俺が困惑していると携帯が鳴った。携帯のディスプレイにはさっちゃんの文字が。恐る恐る電話に出る。電話に出るなりさっちゃんの焦ったような声が聞こえてきた。

「宇宙さん!!助けてください!!今黒部くんが無理矢理家に侵入してきたんです!!今はなんとか部屋に鍵をかけて避難しているんですが破られるのも時間の問題です!!早く来てください!!」

黒部が侵入!?イカン!!早く行かなければ!!…でも、待てよ。さっちゃんが言っていることは本当なんだろうか?花子と仲がいいっていうのも嘘だった。だったら昨日世界が言っていたことに信憑性が出てくる。このまま信じていいのだろうか?

「何で黙っているんですか!?早く来てください!!ああ、止めて!!それ以上世界ちゃんを殴らないで!!」

「世界!?世界がそこにいるのか!?わかった!!すぐにいく!!さっちゃん家だよな!?少しの間だけ待ってろ!!」

くっそ~!!やっぱり世界をひとりで行かすべきじゃなかったんだ!!黒部の野郎!妹にかすり傷ひとつ負わせたらただじゃおかねえ!!

「ちょっと宇宙!!なんで外に向かって走ってんの!?先生もう来るよ!?」

「今日は学校休む!加奈ちゃんには適当にいっておいてくれ!!」

待ってろよ世界!!お兄ちゃんが絶対に助けてやるからな!!






さっちゃんの家に辿り着くと扉はしまっていて黒部の姿は見つからなかった。クソ!もう侵入してしまったのか!?2人とも無事でいるといいのだが…鍵が開いてる?何で開いているんだ?まあいい。見つからないように静かに入らなければ。

足音を忍ばせて部屋の様子を伺う。まずはリビングだ。…誰もいないな。そういえば、なんでリビングはこんなに綺麗なんだ?さっちゃんからの電話だと黒部が無理矢理侵入してきたってニュアンスだったんだが。そういう時ってもうちょっと荒れているもんじゃないのか?俺が疑問に思ったその瞬間、後ろに気配を感じた。その後すぐ、首筋に焼けるような痛みを感じて立てなくなる。

「な…なに…が…?」

「クスクスクス。大丈夫ですよ。ただのスタンガンですから。ちょっと寝ていてくださいね?」

その言葉を最後に俺は意識を失った。




目を覚ますと体が動かなかった。手には…手錠?あれ?なんで俺縛られているんだ?くそ!全く体が動かない!!どうしてこんなことに?…そうだ!世界!!俺は黒部に捕まってしまったのか!?

「あ、やっと起きたんですね!おはようございます、宇宙さん!!」

「え?さっちゃん!?なんでさっちゃんがここにいるんだ!?世界は、世界はどうしたんだ!?それに黒部は!?」

「そんなに質問されても困りますよ。どれかひとつに絞ってくださいね?」

なんでさっちゃんは笑っているんだ?それにさっちゃんが捕らえられている様子もない。どういうことだ?

「…世界はどこにいるんだ?」

「八千塚さんですか?さあ?黒部くんの所にでもいるんじゃないですかね」

「やっぱりか。わかった。俺は世界を助けにいかければいけない。さっちゃん、俺の縄と手錠を外してくれ。どっかその辺に鍵とか落ちてないか?」

「なんで私が縛ったのに外さなきゃいけないんですか?宇宙さんたら可笑しいんだから!」

クスクスと笑い続けるさっちゃん。何故かその笑顔を見ていると背中に怖気が走る。冷たい汗が止まらなくなる。

「さっちゃんが縛った?何言ってんだよさっちゃん。今は冗談を言っている場合じゃないんだよ。はやく外してくれよ」

「も~う、物分りが悪いんですから。ま、そんなところも可愛いんですけどね。じゃあ種明かしをしてあげます!黒部くんが家に来たのは嘘です!スタンガンで宇宙さんを気絶させたのも私。宇宙さんを縛ってこの部屋に監禁しているのも私ですよ!!」

「え?な、なに言ってんだよ!?」

「もっと言ってあげましょうか?そもそも私ストーカーなんかされてないんですよ。ぜ~んぶ嘘です!」

「嘘!?なんで、なんでこんなことするんだよ!?」

「宇宙さんを手に入れるために決まっているんじゃないですか~。山田花子が休んでいるこの時期しかないって思いましたよ。この状況に持っていくには後2日はかかると思ったんですけど、予想より早くて助かりました。それにしても昨日は困りましたよ。八千塚さんたら真相を当ててしまうんですもの。おかげで計画を早めることになっちゃいました。ま、そのおかげで宇宙さんを手に入れられたんで良かったんですけどね」

なんで昨日の世界の話を知っているんだ?昨日さっちゃんは世界に会ってないはずだ。そういえばなんでさっちゃんは世界が黒部の所に行っていると知っているんだ?

「不思議そうな顔してますね。当ててあげましょうか?なんで昨日の会話の内容を知っているか疑問に思っているんでしょう。クスクスクス。今盗聴器って2~3万もあれば買えるんですよ。昨日渡したワイシャツにつけてあったんです。おかげで助かりました。今日の山田花子との会話もちょうどいいタイミングで電話を入れることもできましたしね」

盗聴器?なんでそんなものを…。なんでさっちゃんは平然としているんだ?ダメだ、現状が全く理解できない。

「もう一度聞く。なんで俺を縛っているんだ?」

「だ・か・ら、宇宙さんを私の物にするためですよ。宇宙さんは一生私とこの部屋に住むんです。大丈夫!食事も排泄も性欲も全部私がお世話してあげますから。宇宙さんはただ私と一緒にいるだけでいいんですよ。私達には薔薇色の未来が待ってます。幸せになりましょうね」

さっちゃんの言葉に冗談は感じられなかった。さっちゃんがは真剣に言っている。そのことが理解できた。理解できてしまった。

「なんでそんなに震えているんですか?あ、歓喜の震えってやつですね。その気持ちはよくわかります!!私もこれからのことを思うと嬉しくてしょうがないんですよ」

「何言ってんだこのキチガイが!!いいから俺を早く解放しろ!!」

「自分の奥さんになんてこと言うんですか。困った旦那様ですね~」

何で笑ってるんだよ!?何で俺のことを旦那って言うんだよ!?ダメだ、全く言葉が通じない。まるで宇宙人と話しているみたいだ。

「それに宇宙さんは私を受け入れてくれたじゃないですか?今更嫌だって言っても変更は受け付けられませんよ?」

「俺が受け入れた?そんな事実はない!!」

「え~?そんなことないですよ。私が作ってきたお弁当を毎日食べてくれたでしょ?あれには私の体の一部が入っているんです。爪が入っていたり血液が入っていたりしていたんですよ?それを宇宙さんは美味しいと言って食べてくれました。それは私を受け入れてくれた証拠じゃないですか」

あのお弁当に体の一部が入っていた?心底吐き気がした。胃の中のものを全部ぶちまけたくなった。心の底から震えが走る。目の前の女が同じ人間だとは思えなかった。

「なんでこんなことするんだよ…?どうして俺なんだよ。俺が何をしたっていうんだよ!!」

「ああ、それは宇宙さんの顔が私の好みなんです。ほら、綺麗な物って手元においておきたくなるでしょ?それと一緒です。宇宙さんの顔は宝石と一緒で綺麗なんです。だから私のコレクションとして永遠に私の物にするんです。さっさと現実を受け入れてくださいね?私は顔さえ無事ならそれでいいんですから。右腕が無くなっても別に気にしませんよ?」

こわいコワい恐い怖い。何より激しい恐怖。顔が好み?そんなことで俺はこんな目にあっているのか?顔が好みってだけで俺を監禁しようとしているのか?この女は何を言っているんだ?

「私って男の人を好きになるとその人の全てを手に入れなくちゃ気がすまないんですよね。今までにも少しずつ宇宙さんの物を盗んだりしていたんですよ?ほら、これが私の宇宙さんコレクションです」

さっちゃんが見せてきたのは膨大な数の俺の隠し撮り写真。教室で寝ている俺、妹と話している俺、トイレに入る俺、他にもありとあらゆる場面の俺が写真には写っていた。そして俺の私物として、古典の教科書・シャーペン・昨日俺が着ていたワイシャツなど全て見覚えのあるものだ。

「頼むから俺を解放してくれよ…もうわかったから。望む物は何でもあげるから俺をここからだしてくれ…」

「おかしな宇宙さん。私が望むことは宇宙さんと一緒にいることそれだけですよ。もう私の望みは叶っているんです。これ以上望むことなんてありませんよ。永遠に一緒にいましょうね」

さっちゃんの怖気が走るような笑顔を見た瞬間、俺は全てを諦めた。ああ、ごめん世界。お兄ちゃんここで終わりみたいだ。これからはお前を守ってやれそうにない。お前のいいつけを破った罰なのかな。…最後にもう一度だけ世界の顔を見たかったな。

俺が諦めかけたその時、俺の携帯の着信音が鳴った。さっちゃんが俺の代わりに電話にでる。

『もしもしお兄ちゃん?大変なことがわかったの!今大丈夫?』

「ああ、八千塚さんですか。宇宙さんは今忙しいので電話に出ることは出来ません」

世界!?ダメだ!!こんな女と会話したらいけない!!

「世界!!逃げろ!!もう俺のことはいいから!!こんな女に二度と関わるな!!」

「静かにしていてくださいね。旦那様ったらはしゃぎ過ぎですよ?」

鳩尾を殴られて強制的に黙らされた。痛くて吐き気がして言葉が出ない。

『お兄ちゃんがそこにいるの?…状況はあたしの想像より最悪みたいね。お兄ちゃんを解放しなさい』

「まあ、色々ありまして宇宙さんは私の物になりましたから。これからは八千塚さんにも会わせません。貴女のお兄さんは死んだと思ってくださいね。それじゃさようなら」

携帯をへし折るさっちゃん。もうあの携帯は使いものにならないだろう。

「邪魔者もいなくなりましたし、調教を始めましょうか?ムチとか使いますけど絶対に顔は傷つけませんから安心してくださいね。大丈夫!すぐに私しか目に入らなくなりますから」

ああ、俺はこの化け物に食われてしまうのだろう。もう諦めた。俺1人がこの化け物を受け入れればもう被害者は生まれないはずだ。俺はこの化け物を封じるための人柱になろう。…世界は俺のいうことを聞いてくれるかな?俺をこいつから助け出そうなんてバカなこと考えなければいいんだけど。

「じゃあ、最初はお薬打ちますからね?楽にしていてくださいね」

最後に妹の笑顔が瞼に浮かび、俺は意識を手放した。



×××



「クスクスクス。まだ薬を打ってないのに。恐怖のあまり気を失っちゃたのかな?まあいいや。今から薬をうちますからね~?」

「ストップ!!そこから動かないで。それ以上お兄ちゃんに近づいたらただじゃおかないわよ」

振り向くと八千塚世界がそこにいた。私の愛しい愛しい宇宙さんと血が繋がった忌々しい女。すぐにでも殺してやりたいぐらい。

「なんで八千塚さんが私の部屋にいるの?貴女は黒部くんの元にいったんじゃなかったの?」

「私は魔法少女だから瞬間移動ぐらい簡単なのよ」

魔法少女?何を言っているのこの女は。頭が狂っているのかしら?

「黒部くんから全部聞いたわ。真相は逆。貴女が黒部くんのことをストーカーしていた。それに灰川さんをひきこもりにしたのは貴女なんですってね。貴女は中学生の時に黒部くんのことが好きだった。だけど黒部くんは灰川さんと付き合っていたから別れさせるために嫌がらせをしたんですってね。黒部くんは詳しく知らないみたいだけどかなりえぐい事をしたみたいね?」

ああ、あれは楽しかった。私から愛しい黒部くんを奪った泥棒猫を撃退するのに色々したな~。最後はあの泥棒猫、豚みたいに鳴いていたっけ。あの時のことを思い出すと自然と笑顔になる。

「ねえ、聞いていい?あたし疑問に思っていることがあるの。貴女は今はお兄ちゃんのことが好きなんでしょう?どうして灰川さんの家に通っているの?もう黒部くんのことは好きじゃないんでしょう?」

「そうね、確かに黒部くんのことはもう好きじゃないわ。黒部くんは一度私が捨てた宝石には違いないけど、元は私のものなのよ?私はいらないけど他人の物になるのは腹が立つじゃない。それと泥棒猫の家に通っている理由だっけ?簡単よ。理由の一つは『ひきこもりの家に通ってあげている私優しいアピール』。もう一つは泥棒猫に脅しをかけるため。私、あの泥棒猫が引きこもる前に言ってやったの。『部屋から二度と出るな。私の関する情報をバラすな。約束を破ったら黒部くんのことを殺す』ってね。そしたらあの泥棒猫、ブルブル震えちゃってね。一週間に一度は約束を守っているか確かめにいくの」

「なるほど。貴女は救いようがないわね。貴女、黒部くんにも逆のこと言ったわよね?貴女のことをばらしたら灰川さんを殺すって。だから誰にも相談できなかったって言ってたわ。お兄ちゃんに近づいたもの貴女のことを忠告するためだっていってたわね」

ああ、あの宝石の行動は心底滑稽だった。私のことを睨みつけたり宇宙さんに近づいたりと勝手に墓穴を掘ってくれた。おかげで私の嘘が真実味をおびてきた。あれには助かったわ。

「それで?真実を知ったからっていってどうするつもりなの?警察に通報するつもり?別に構わないわ。私は未成年だし反省した態度を見せれば数ヶ月で出てこれる、いやもしかしたら不起訴処分の可能性もあるわ。いずれにせよ、どこに逃げても無駄よ。私は必ず宇宙さんを手に入れるわ」

「警察になんていわないわ。そんなことをしても誰も救われない。…あたしは貴女に罰を与えにきたの」

罰?私を殴るつもりかしら?そういえばこの女は空手部だったわよね。まあいいわ。逆に暴行罪で訴えてあげる。

「殴ることなんてしないわよ。貴女にはそんな罰は生ぬるい。もっときつい罰を与える」

!? なんで私が考えていたことがわかったの!?

「さあ、なんででしょうね?私は貴女から黒部くん・灰川さん・お兄ちゃんに関する一切の記憶を消す。この三人及びその関係者からも貴女に関する一切の記憶を消す。大丈夫。あたしは記憶操作は得意なの。痛みは感じないわ」

「何言っているのよ!?あんた頭がおかしいんじゃないの!?」

「おかしい?…そうね。あたしの頭はおかしいのかもしれない。だってこれから貴女の人生を滅茶苦茶にしようとしてるのに罪悪感を感じていないんだもの」

ダメだ。こいつは私の敵だ。私から宇宙さんを奪おうとする狂った泥棒猫だ。退治しなきゃ。

「罰はそれだけじゃないわ。あたしは貴女に呪いをかける。あなたに相応しい呪いよ。ねえ知っている?『おもい』って字は『思い』『想い』ともかくけど『重い』とも書くのよ。貴女の気持ちは重すぎる。だからこれは貴女に相応しい呪い。貴女は人を好きになる度に体重が重くなる。ちょっと気になるかなってレベルで10kg増える。好きかもって思うだけで50kg、完全に好きと自覚してしまったら100kg増える。そして今みたいに監禁したくなるほど『おもって』しまったら貴女は自分の体重で動けなくなるでしょうね。それがあたしが貴女に与える罰。永遠に続く呪い」

泥棒猫が戯言を言っているけど気にしない。どうしましょう?最初はスタンガンよね。その後は薬漬けにしてチンピラにでも売り出そうかしら。あれ?なんで体が動かないの?え?なんで?どうしてなの?

「無駄よ。貴女の動きは封じた。皆が貴女のことを忘れてもあたしだけは貴女のことを覚えていてあげるだから安心してね。それじゃあ、さようなら」



×××



期末テストが終わった~!!!う~ん、まあまあの出来だったな。それにしても開放感が半端ない。ここ一週間、勉強づけだったせいかどうも記憶が曖昧だ。隣にいる世界をチラリと見る。こいつも期末テストのために勉強づけをしたせいかここ一週間随分辛そうだった。ふむ、気晴らしにどっか連れて行ってやるか。

「なあ、世界。この後どっか行こうか?映画でも見に行くか?それともカラオケ?何でも好きな場所を行ってみろ。全部俺のおごりで連れて行ってやるよ」

「急にどうしたの?」

「だってお前最近辛そうだったからよ。テストも終わったし、一緒に遊びにいこうぜ!!」

「お兄ちゃん…」

世界は困ったように、でも嬉しそうに微笑んだ。そして一瞬つらそうな顔をした後、覚悟を決めたような顔で俺に問いかけてきた。

「ねえ、お兄ちゃん。もし、もしよ?あたしが悪い魔女だったとするじゃない?」

「なんだよそりゃ」

「いいから。それであたしが人を1人殺しちゃったとする。でも誰もあたしが殺したってことも殺された人のことも覚えてないの。そういう時、お兄ちゃんだったらどうする?」

顔は笑っているのに目は真剣だった。何故だか妹の問いにふざけて答えたらいけない気がした。だから、俺は真剣に答える。

「…そうだな、そん時は俺も世界と一緒に償ってやるかな。まあ、償い方はわからないけどな。でも、世界に罰を与えようとは思わない。だって、もしそれが現実だったら世界は十分に罰を受けているだろうから。例え誰にも罰を受けなくても、事件自体が無かったことにされても、世界が殺したって自覚があるなら罪悪感で押しつぶされそうになっているだろうから。お前は優しい奴だよ。そういう奴だから一緒に償っていきたいって俺は思うよ」

「…そっか。お兄ちゃん、ありがとう」

「なに謝っているんだよ。仮の話だろう?ほら、カラオケと映画どっちに行くんだ?」

「う~ん。どっちにしようかしら?お兄ちゃんいくらまで出せる?」

え?そんな高いものをおごらせるつもりかよ!!俺が財布を心配をして立ち止まると後ろから1組のカップルが手を繋ぎながら通り過ぎて行った。爽やか系イケメンとポニーテールの元気溌剌系少女の美男美女カップル。一瞬、嫉妬の炎が燃えかけるが何故だかあの二人をみて安心した。

「…そっか。ちゃんと部屋から出てやり直したんだ」

「うん?なんだよ、世界。あのカップルは知り合いなのか?」

「ううん、知らない。それよりお兄ちゃん!今日はカラオケに決めました!!思いっきりシャウトするわよ!!さあ、行くわよ!!」

「お、おい待てよ!お兄ちゃんを置いていかないでくれ~!!」

妹を追いながふと空を見上げると太陽がその存在を主張するかのように爛々と輝いていた。もうすぐ夏休み。今年はいつもと違った夏になりそうだ。





*後書き

ちょっと強引な展開がありますが素人の作品なので許してください



[31660] 厨二病の兄と王道の主人公
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2012/04/24 22:53
夏休みは至福の季節。クーラーがガンガンに効いた部屋でゴロゴロしながらテレビを見るのが俺流の過ごし方だ。世間の奴等は不純異姓交遊をして大人の階段を登ったり、発情期の猫のごとく異性を惹き付けようとアピールしている頃だろう。しかし、そんな奴等は邪道と言わざるを得ない。夏休みなんだから休まんかい!!青春している奴等はみんな死ね!!邪神様よ、発情している雌猫と雄猫共にどうか天罰を!!奴等に届け、俺の呪い!! 熱心に邪神様に祈りを捧げていると俺を呼ぶ声がした。振り向くとそこいたのはSクラスの美少女。彼女の名前は世界。俺の自慢の妹だ。

「お兄ちゃん。前にも言ったと思うけど、あたし明明後日から旅行でいないからね」

「ああ、そういえばそんなことを言ってたな…」

そうだ。そういえば世界は友達同士で旅行にいくんだっけ。確か2泊3日で行くとか言っていたな。男がいたら半殺しにしているところだが、幸いなことに女同士の旅行だ。事前に世界に詳しく説明を受けていてよかった。危うく男がいるものだと思って旅行のメンバーを闇討ちするところだった。

「旅行を楽しんでこいよ。ナンパには気をつけるように。そうだ!スタンガンを買ってやろう。男が近づいてきたら使え」

「そんなの必要ないから。それでさ、あたしがいなくなったらお兄ちゃんってひとりになっちゃうじゃない?そんな孤独なお兄ちゃんにとってもいい話があるの!」

「いい話?なんだよ、それ?」

えへへと笑う世界。なにか企んでいるようで気味が悪い。

「あたしの部活の後輩に楠木 誠(くすのきまこと)って子がいるんだけどね。その子があたしが旅行に行く日に合コンキャンプに行くんだって。それにお兄ちゃんも行ってみない?」

「合コンキャンプ?なんだそりゃ?」

世界の話によると合コンキャンプとは文字通り合コン兼キャンプのことだそうだ。ウチの学校にある"出会い推進委員会"(非公式の部活。活動内容は男女の出会いの場を提供すること。噂によるとウチの学校のカップルの3割は出会い推進委員会の活動により誕生したとか)が主宰したもので、男3・女3の男女別で申し込みキャンプ場でご対面って方式だ。本来なら楠木くんは友達2人と一緒に行く予定だったのだが、その内のひとりが盲腸で入院することになって人数が足りなくなったそうだ。

「それで楠木くんに相談されたんだ。お兄ちゃん、行ってみない?」

「合コンキャンプか…。う~ん、でもなあ…男側で俺だけ学年違うし、知り合いもいない状況なんて気まずいだろうしなあ。世界に悪いけど今回は遠慮しておくよ」

「そういえば出会い推進委員会の友達に聞いたんだけどね、楠木くん達と一緒に行く女の子達ってスッゴい美人らしいよ。夏って女の子は積極的になるからね。あたしの友達にも夏に彼氏が出来た子が多いんだよ」

「と思ったけど急にキャンプに行きたくなったな~。世界の後輩は俺の後輩も同然!そいつが困っているなら俺は是非とも助けてあげたい!!」

うん、夏はやっぱり出会いだよな!!家にいる奴とかマジでバカ!クーラーが効いた部屋にいるとか邪道だろ!!男子高校生たるものキャンプに行け!!

「そう?じゃあ楠木くんにはあたしの方から話しておくから。男チームは学校に集合だって。2泊3日で参加費はキャンプ代込みで1万5千円。格安でしょ?」

「2泊3日で1万5千円?随分安いな。なんでそんなに安いんだ?」

「出会い推進委員会のひとりが別荘を所有していてそこを提供しているんだって。じゃあお兄ちゃん、準備しておいてね」

「おう!」

別荘を所有とかブルジョワかよ!出会い推進委員会…底が知れねえ。グフフフフ!キャンプか~!一夏のアバンチュールとかあっちゃうんじゃないの?…俺も童貞卒業、か。ゴムとか持ってった方がいいよな。コンビニで買わなきゃ!3日後が楽しみだぜ!!



×××


3日後、旅行に出かける世界を見送りするために俺は玄関にいる。

「お兄ちゃん、行ってくるね。あ、それと楠木くんは家まで迎えに来てくれるって。明るくて社交的な子だから安心してね。それじゃあ、いってきま~す!!」

「いってらっしゃい!!寂しくなったらいつでも電話するんだぞ~!!」

さて、世界も行ったし俺もキャンプの準備をするか。まあ、準備といっても着替えるだけなんだけどな。着替えとか持っていくものはもう鞄にしまってある。え~と、着替えだろ、財布だろ、トランプだろ、そして昨日コンビニで買ってきたゴム!うん、準備は完璧だ。部屋で着替えて髪のセットをしているとインターホンの音がなった。多分、楠木くんがきたんだろう。

「は~い!今いきま~す!!」

扉を開けるとそこにひとりの青年がいた。中肉中背、前髪が目を隠すほど長くて口と鼻しか見えない。…あれで目が悪くならないんだろうか?

「僕、楠木誠って言います!誠って呼んで下さい!!世界先輩のお兄さんの八千塚先輩ですよね?本日は宜しくお願いします!!」

礼儀正しく一礼する誠。見た目に反して体育会系だ。あ、そういえば部活の後輩だって言っていたっけ。体育会系の部活は上下関係が厳しいからな。この態度も当たり前か。

「俺のことは宇宙でいいよ。こちらこそヨロシクな!」

「はい、宇宙先輩!それじゃあ学校に行きましょう!」

並んで歩く俺と誠。世界の言う通り明るい子みたいだ。

「なあ、そういえばもうひとりの男ってどうしたの?確か男女3人ずついるんだよな」

「はい!もうひとりの奴は柳田 光司(やなぎだこうじ)って言って僕の親友なんですけど、そいつは先に学校にいるんです!部活は違うんですけど、幼稚園の頃からずっと一緒なんです」

「ふうん、そうなんか。なあ、何で誠は合コンキャンプに参加しようよと思ったんだ?やっぱり彼女がほしかったから?」

「僕も参加するつもりはなかったんですけど、光司が勝手に申し込んだんです。断るとキャンセル料がかかるって言うし、せっかくだから参加しようかなって。彼女作りと言うよりは思いで作りのために参加しました!」

なるほど。友達の付き合いで参加したのか。ふむ、思いで作りが目的なら俺の『 キャンプでハーレムつくっちゃおうぜ☆大作戦』の邪魔にはならなそうだな。せいぜい俺の引き立て役にでもなってもらおう。

そんなことを考えている時だった。前方が何だか騒がしい。見ると眼鏡をかけた黒髪ロングの美少女がチンピラ風の男3人に絡まれていた。

「止めてください!私は急いでいるんです!!」

「イイじゃんイイじゃん!ちょっとお茶するだけだって!!変なことは絶対しないから一緒に遊ぼうよ~!!」

あちゃ~!可哀想に…助けてあげたいが、俺と誠では男3人には敵わないだろう。ここはお巡りさんを大声で呼んであげるか。たとえお巡りさんが来なくても、ビビってチンピラが逃げ出すかもしれないし。俺が大声をだそうとした瞬間、俺の横にいた誠が4人に近づいていった。

「止めろ、お前達!!女の子が嫌がっているだろ!!」

「ああん!?何だテメェは?」

チンピラ達に囲まれる誠。バッカ、何やってんだよ!!1対3で勝てる訳ないじゃん!そういうのは漫画の中だけだっちゅうの!!

「通りすがりの一般人だ!!そんなことより女の子を解放しろ!!」

「関係ないなら引っ込んでろ!!俺達の邪魔をするんじゃねえ!!」

あ!誠が殴られた!!どうしようどうしよう!?俺が行ってもたいした助けにならないだろうし、通報した方がいいのか!?だが、後輩が殴られたのに俺がなにもしないなんてカッコ悪すぎる!!ええい、突撃だ~!!

俺が突撃を決意したその瞬間、誠がチンピラのひとりに向かって拳を振るった。チンピラ1には右ストレート、チンピラ2には左ハイキック、チンピラ3には回し蹴りを一発!地面に倒れふすチンピラ達。つ、強い!!この子こんなに強かったの!?男を一撃で倒すとかスゴすぎる!!こんなのありえないだろう!!

「大丈夫でしたか?怪我とかありませんよね?」

女の子に向かって笑顔で手を差し出す誠。その姿はカッコよすぎて男の俺でも惚れそうだ。案の定、女の子は顔を真っ赤にして誠の顔を見つめている。

「ひゃ、ひゃい!ええと、大丈夫です!助けてくれてありがとうございました!!」

「お礼なんていいんですよ。僕が勝手にやっただけですから。怪我がないならいいんです。ナンパには気を付けて下さいね」

「あ。何かお礼を…」

「僕も急いでいるんで。貴女も急いでいるんでしょ?それにさっきもいった通り僕が勝手にやっただけですから。それじゃ!」

そう言って俺の方に向かってくる誠。か、カッケー!!何あいつ!?超カッコよくね!?漫画の主人公みたい!

「お待たせしてスイマセンでした、宇宙先輩!!先輩を待たせるなんて僕は最低です!!どんな罰でも与えてください!!」

「それは全然いいんだけど、誠って強いんだな。いつもああいう時って助けにいくのか?」

「目の前で女の子が困っていると体が勝手に動いてしまうんです!!光司にもそこは短所でもあり長所でもあるってよく言われます!!」

「…そっか。お前かっこいいな。じゃあ、学校に急ぐぞ!このままじゃ遅刻してしまう」

「はい!」

誠SUGEEEEE!男の中の男だぜ!!心の中で誠兄貴って呼ぼう!誠を尊敬の目でみながら歩いていると曲がり角に差し掛かった。ここを曲がって少し歩けばもう学校だ。…なんだか喉が乾いたな。自販機は確か角を曲がったところにあるんだよな。

「宇宙先輩!喉が乾いたんですか?さっきのお詫びに僕が買ってきます!!」

どうやら口に出していたらしい。

「お、おい!そんなことしなくていいって!!」

俺は止めるが、誠は既に走り出していた。うん?反対方向から誰か走って来るぞ?ええと、食パンを口にくわえた女の子?へぇ~、現実にいたんだ!っと、感心している場合じゃない!!このままじゃ誠と衝突してしまうぞ!!

『ど~ん!!』

静止の声をかけるが間に合わず、女の子と誠は衝突してしまった。

「イタタタタ!ちょっと、ちゃんと前を見て歩きなさいよ!!あんたのせいでぶつかっちゃったじゃない!?」

尻餅をつきながら文句をいう女の子。食パンも地面に落ちてしまっている。ちなみにパンツは雪の色だったと言っておこう。目の保養だ。

「ああ~!!アタシの朝食が!!弁償しなさいよ!!」

女の子の勢いに圧倒されていた誠もようやく冷静さをとりもどして、ムッとした顔で女の子に反論する。

「そっちがぶつかってきたんだろ!!君こそちゃんと前を見て歩きなよ!!それに食パンを落としたのは君のせいだろう!?」

「アタシのせいにするなんて最低!!男の癖に言い訳するんじゃないわよ!!」

いがみ合う誠と女の子。いかんいかん!ここは先輩として仲裁しなければ!

「はい、そこまで!二人とも熱くなりすぎだぞ。少し冷静になろうな」

冷静に仲裁する俺カッコよくね?これは女の子が惚れちゃうんじゃないの!?

「勝手に話しかけてくるんじゃないわよ!!気持ち悪い!あ、こうしちゃいられない!!待ち合わせに遅刻しちゃう!!」

立ち去っていく女の子。…気持ち悪いって。僕、何かしましたか?心に重大なダメージを喰らって立ち尽くしていると涙がでてきた。そんな俺を哀れに思ったのだろう、誠が必死にフォローの言葉をかけてきた。

「あんな変な女が言ったことなんて気にする必要なんかないです!それに先輩は全然気持ち悪くなんかないです!気にする必要はありません!本当に気持ち悪くなんてありません!」

ねえ、なんで気持ち悪くないって2回言ったの?ねえ、なんで?僕、気持ち悪いですか?キャンプに行く前に心に傷を負ってしまった俺だった。

学校たどり着くと校門に二人の人間が立っていた。一人は髪を金色に染めた短髪の中途半端なチャラ男。おそらくこいつが柳田光司なのだろう。もう一人はうちの学校の女子制服をきた女の子だった。スカートから見える長い足は雪のように白く、なで回したくなるような魅力的な太ももをしている。腰は折れそうなぐらい細く、Eカップはありそうな胸をより魅力的に引き立てている。顔は……え?なんで馬のマスクを被っているの!?馬人間!?気持ち悪!!

「あ、やっと来ましたね。お二人ともこちらでーす!!」

手を振る馬人間。スタイル抜群なのに馬のマスクが全てを台無しにしている。一種のホラーだ。

「えーと、楠木誠さんと八千塚宇宙さんですね。わたくし、出会い推進委員会の一員で今回の合コンキャンプの企画者でもあります。どうぞ気軽に馬仮面と呼んで下さい」

気軽に呼べね~!!突っ込みどころが多すぎる!!

「あの~、なんで馬のマスクを被っているんですか?っていうより暑くないの?」

今日の気温は30度を越えるって天気予報で言っていたぞ。マスク被っていたら死ぬんじゃねえの?

「暑い?ええ、暑いですとも!!息苦しいし、通気性皆無だし、声はこもるし、顔は汗だくですとも!しかし、わたくしの容姿は美しすぎるので皆さんのような思春期のドロドロとヘドロのような濁った性欲の対象になる可能性があります。それにわたくしの顔がさらされたら大騒ぎになります。だから本名も顔も明かすことが出来ないのです!!」

自意識過剰乙www!馬人間に欲情する奴なんて誰もいねえよ!!

「うぐっ!な、なん、で、殴った、の…?」

「なんだか馬鹿にされた気がしたので。取り合えず腹パンです」

勘が鋭い!うかつに悪口すら思えねえ!!

「では男性陣が揃いましたので合コンキャンプの説明を始めます。これから皆さんにはあちらにあるバスに乗ってキャンプ場に向かってもらいます」

馬仮面が指をさした方向にはツアーバスがあった。乗客が誰も乗っていないから一台貸しきったようだ。出会い推進委員会の総資産が知りたい!!

「女性陣は別ルートで向かっていますのでキャンプ場までどんな女性がいるかは秘密です」

そこで馬仮面は一拍おいた。…声がこもって物凄く聞き取りにくい。

「さて、基本的に合コンですので皆さんは女性陣に積極的にアピールしてください。ただし、性行為及びセクハラ行為は禁止とさせて頂きます。当委員会はあくまでも出会いの場を提供することを目的として活動していますので。もし性行為が発覚した場合、同意の上だろうと問答無用で警察と学校とご両親に通報させて頂きます。今は19歳と17歳が性行為をしても捕まる時代ですので賢い皆さんならどうなるかお分かりですね?さらにペナルティとして当委員会が全力を持って皆さんの今後の学校生活を潰しますので覚悟しておいてください。ちなみにわたくしも監視役兼進行役として参加しますが、わたくしのことは空気のようなものとして扱ってください」

馬マスクを被った人間を空気として扱うのは無理だと思います!!それより性行為は禁止だと!?なんだよなんだよ!せっかくコンビニで買ったのに!!スッゴい恥ずかしかったんだぞ!?買う必要のないお菓子を大量に買ったり、女性店員がいない時を見計らったり色々苦労したのに!!俺の努力と夢を返せ!!

「話は以上になります。あ、参加費の支払いは全日程が終わった後にしてもらいます。向こうにはお土産を買う場所もありますが参加費分だけは取っておいてください。もし参加費が支払えない場合は皆さんのご両親に来てもらいますから気を付けてくださいね」

親を呼ぶとか恥ずかしすぎる!!こいつは絶対に確保しておかなければ!!

「何か質問はございますか?なければ早速バスに乗りたいのですが…」

その言葉に今まで黙っていた柳田光司がスッと手を上げた。

「はい、柳田さん」

「あの、馬仮面に質問なんすけど、なんで馬のマスクなんすかね?顔を隠すなら他の方法があったんじゃ?それと何で夏休みなのに制服を着ているんすか?」

「これはわたくしの趣味です」

趣味なのかよ!!!





バスに乗ると馬仮面は到着まで自由にしてくださいといって俺達のことを放置した。一番前の席に座っている馬仮面の方を見ると、おそらくという言葉がつくが寝ているみたいだ。ちなみ俺は一番後ろの広い席をひとりで陣取っている。誠と柳田はそのひとつ前の席に並んで座っている。

「宇宙先輩!これが僕の親友の柳田光司です!ほら、光司、先輩に挨拶して!」

「わかってるって。俺も宇宙先輩って呼んでいいっすか?柳田っす。今日から3日間ヨロシクおねがいしやーす!あ、俺のことも光司でいいっすから」

敬語が出来ない子が来ちゃった!!こいつあれだろ?「~っす」が敬語だと思っちゃってる子だろ!?見た目通りの中途半端チャラ男だ!!まあ、俺はその辺全然気にしないからいいんだけどな。

「ああ。こちらこそヨロシクな」

その後、三人で大富豪をしながらキャンプについて話をする。おっ!4が4つそろってんじゃん!!革命をするべきか?

「合コンキャンプ楽しみっすよね!!美人ぞろいだといいんすけど!!2泊3日っすよね?女の子とお風呂バッタリとかあったりして!!キタコレー!!!!」

「あ、ああ」

この子テンション高いよ。そういえば、こいつが合コンキャンプに申し込んだんだよな。なんかギャルゲーのエロい親友ポジションっぽいな。

「いや~、それにしても宇宙先輩には助かっす!友達全員に声はかけたんですけどみんな予定埋まってたみたいで!宇宙先輩の予定が空いていて本気で感謝っす!」

…その言い方だと俺だけ暇人みたいじゃないか。俺だって色々予定はあるんだよ?邪神様にお祈りしたり、テレビ見たり、ゲームしたり、超能力開発に夏休みは色々と忙しいんだ。

「それは暇人というのですよ?」

うお!!馬仮面!?いつの間に側に!?ていうか起きてたのか!?なんで俺の考えていることわかるんだよ!?エスパーか!?

「なんとなくです。それにわたくしは世界さんから貴方のことはよく聞いていますので」

「え?じゃあ、世界の友達の出会い推進委員会の人って馬仮面なの?」

「ええ。わたくしと世界さんはマブダチです」

マジかよ!!あっれ~?世界と仲がいい子の情報は大体知っているはずなんだけどな。馬仮面の情報なんて知らねえぞ?

「わたくしが普段から馬のマスクを被っているとでも思っているのですか?噂通り残念な頭の持ち主みたいですね。童貞のお兄さん?」

「ど、どどどど童貞で何がわるいんじゃー!!!!!童貞が人様に迷惑でもかけたか!?童貞は何者にも汚されていない純白の証!!ヤリ○ン共の汚れたチ○ポよりよっぽど尊いんじゃー!!!」

「え?宇宙先輩って童貞なんすか?マジでウケル!」

お、お前、俺より年下の分際でお前は非童貞なのか!?お前の不幸を今日から邪神様に祈ってやる!!

「大丈夫です、宇宙先輩!!僕も童貞ですから!だから、落ち着いてください!それに光司も女の子と一度も付き合った事がないですから童貞のはずです!」

「あ!お前バラすなよ!!」

「光司~!!お前、童貞の分際で俺のことをバカにしたのか!?もう許さん!!くらえ!封印されし魔神の右腕!!」

「そこまでです」

何!?俺の封印されし魔神の右腕が受け止められた!?この馬仮面、かなり出来るぞ…

「いいですか?みなさんが童貞であろうと非童貞であろうとわたくしには関係ありません。女性の中には童貞は嫌だという方もいれば童貞の方がいいという方もいます。ただ、はっきり言ってしまえばそんなの関係ないのです。好きになった人なら童貞だろうと非童貞だろうと関係ありません。童貞を気にする前にまずは好きになってもらうことの方が重要なのです。みなさんはそんなこともわからないのですか?少なくとも、馬のマスクを被っているとはいえ初対面に近い女の子の前で自分は童貞だと叫ぶような人達のことを好きになる女子が存在するとは思えません。それが理解できたならその口を閉じていてください。この童貞共が!」

童貞の男共は馬仮面に何も言い返すことが出来ず車内はお葬式のような雰囲気なままキャンプ場に到着したのだった。



×××



そんなことがありつつキャンプ場に到着!!ん~!!空気が美味しい!!都会の汚れた空気と大違いだ。まあ、空気の違いなんてわからないんだけどね。田舎に来たときテンプレをやってみました☆何を言いたいかというと、テンプレをやっちゃうぐらい俺のテンションは上がっているってことだ!

「ここで夜はバーベキューをするつもりです。宿泊する別荘は5分ほど歩いた場所にあります。女性陣は既に別荘にいるなので早速向かいましょう。では童貞共、ついてきてください」

まだ童貞ネタを引っ張るか!!というか、バスの中で気づいたが馬仮面は結構毒舌だ。メンタルがコイキング並に弱い俺としてはまだ女性陣に会ってないのにHPがオレンジ色だ。まあいい、これから美人ちゃん達とご対面だ!!待ってろよ、俺のハーレム候補達!!



別荘はかなり大きくて豪華だった。絶対に家より金がかかっている。これ、確か馬仮面が提供したんだよな。どんだけセレブだよ!

「これが宿泊場所です。3階立てで各階層5部屋ずつ、計15部屋あります。1階は男性陣が、3階は女性陣に割り当てられています。わたくしは監視の為に2階の部屋に泊まりますので、童貞をこじらせて夜這いをしようとしても無駄ですよ。各部屋にトイレはついてますのでその辺は安心して下さい。お風呂に関しては大浴場が1階にありますのでそちらを利用して下さい。説明はこんなところですかね。では、早速中に入りましょうか」

ワッホーイ!!お!女性陣発見!!ふむふむ世界がいった通り全員美少女だ。あれ?どっかで見た覚えが…

「ああー!!あんたは今朝の言い訳男!!」

「あ!君は今朝の変な女!!」

ポニーテールの活発そうな女の子と誠がお互いを指差して大声をあげた。ああ!食パンの女の子か!!通りで見覚えがあると思った。スゴい偶然だなあ。俺が関心していると女の子のひとりが誠の側に抱きつく勢いで走っていった。

「あなたは今朝私を助けてくれた人ですよね!?また会えて嬉しいです!!」

「君はチンピラ絡まれていた女の子?君も合コンキャンプの参加者だったんだ…」

こっちは眼鏡の黒髪ロングの子か。今朝会った女の子2人と会うなんて偶然を通り越して奇蹟に近いな。…まさか3人目も知り合いじゃないよな?目をこらしてよく見るが金髪ツインテールのロリ娘に知り合いはいない。黒髪のロリ娘には心当たりがあるが、あいつはハワイに行っているはずだ。だからこの子は100%初対面だ。うん?何で誠がビックリした顔してるんだ?

「何で葵がここにいるの!?」

「誠がいるって聞いたからあたしも…ってそんなわけないじゃない!!たまたまよ!!別に誠がいるから参加したわけじゃないんだからね!!」

「ゴメン、最初の方聞こえなかった」

「っ~!何でもないわよ!バカ!!」

ツンデレキター!!ていうかツンデレ娘と誠って知り合いなのか?

「あの二人は幼馴染みですね。葵さんの方は楠木さんが参加すると聞いて合コンキャンプに申し込んだようです。素直になれないお年頃って奴ですね」

「情報ありがとう。ただ、耳元で話すのはやめてくれ。馬のマスクが頭に当たって物凄く不快だから。それと心を読まないように」

「心なんて読んでませんよ。なんとなくそう考えているんじゃないかって思っただけです」

さいですか。馬仮面は俺から離れると手を2回叩いて皆の注目を集める。

「どうやら知り合いがいる人もいるようですが、全員揃ったので自己紹介をしましょう。では、女性陣からお願いします。どなたからでも構いませんので。そうですね、名前と学年、それと合コンキャンプに参加した理由をいってください」

馬仮面の言葉に女性陣は顔を見合わせる。やがて眼鏡の女の子が自己紹介を始めた。

「橋本 菫(はしもとすみれ)、学年は3年生です。合コンキャンプに参加したのは葵ちゃんに誘われたからです。合コン初心者ですのでお手柔らかにお願いします」

へー、先輩だったのか。確かにお姉さまって感じだしな。胸もでかいし俺の好みかも。

「アタシは坂下 蓮華(さかしたれんげ)よ。学年は1年生。菫先輩と同じで葵に誘われたから参加したわ。言っておくけど、アタシは彼氏とか作るつもりないからアピールしても無駄よ」

食パン娘の名前は蓮華ちゃんか。胸はないけどスタイルいいな。スレンダーな魅力がある。ああいう男に興味ないって子を惚れさせるのも楽しそうだ。

「あたしは渡辺 葵(わたなべあおい)で学年は同じく1年生よ。参加した理由は……って言える訳ないじゃない!!とりあえず、キャンプ中は誠がスケベなことをしないか見張りをします!以上!!」

ツンデレ娘は葵ちゃんね。この娘、改めて見ると結構胸があるな。下手したら菫さんぐらいあるんじゃないか?ツンデレロリ巨乳、か。俺の中の何かが目覚めそうだ。

「はい、ありがとうございました。続いて男性陣お願いします」

男性陣の自己紹介は割愛させて頂く。何でかって?野郎の自己紹介なんて聞いていても面白くないだろ?ただひとつ言えるのは俺と光司が自己紹介している間、菫さんと葵ちゃんの視線は誠に向いていたってことぐらいかな。誠死ねよ!!

「自己紹介も終わりましたので、今日の予定を説明したいと思います。これからお昼までテニスをします。お昼はキャンプ場でバーベキューを、午後は近くの小川で水遊びをする予定です。水着はこちらで用意していますので、レンタルしたい人はわたくしに言ってください。水着になりたくない方も釣り具などを用意してますので楽しめると思います。では、わたくしは準備をしてきますのでしばし皆さんでご歓談ください」

イッヨッシャー!!アピールタイムだぜ!!ここは朝に会った菫さんと蓮華ちゃんの二人は会話がしやすい!!レッツ突撃!!

「ねえねえ、蓮華ちゃん!今朝も会ったよね!?あの後、ちゃんと間に合ったの!?」

「は?誰よあんた?アタシ、あんたに会った記憶なんてないんだけど。ていうか初対面の癖に馴れ馴れしく名前で呼ばないでくれない?気持ち悪い!」

ええ~!?俺のこと覚えてないの!?誠のことは覚えていたのに~!!しかもまた気持ち悪いって…ええい、この子は諦めて菫さんだ!

「菫さん!今朝は災難でしたね。あの後チンピラに絡まれたりしませんでしたか?」

「えっと、なんで貴方が今朝のことを知っているのかな?ひょっとして、ストーカー?…怖い」

あっれ~!この子も俺のこと覚えてないの!?これはあれか!俺の保有する999の能力のひとつ、"無価値無存在"《スルー・クリア》が無意識に発動してしまったのか!?あ、そういえば普段の学校生活でも常時発動してたっけ。このスキルはパッシブスキルだったんだな。…俺、なんで生きているんだろ。

「宇宙先輩!準備が出来たみたいですよ。馬仮面さんが外に来いって呼んでいます。? 宇宙先輩は何で泣いているんですか?」

「何でもない、何でもないんだ。ちょっと、自分の存在感を疑ってしまってな。それより早く行こうぜ」



×××



俺達はテニス、バーベキュー、水遊び及び合コンキャンプ初日を楽しんだ。さて、本来なら詳しい描写をさせてもらうところだが今回は割愛させてもらう。理由はただひとつ!何もなかったからだ。いや、正確に言うと『俺には』何もなかった。だから、俺の眼前で行われたラブコメの一部を紹介したいと思う。

ケース①
テニス初心者の菫さんに優しく教える誠

『誠くん。私、テニス初心者なの。良かったら教えてくれないかな?あ、それと誠くんって名前で呼んじゃったけどいいよね?』

『勿論です!僕も菫さんて呼んでいいですか?』

『うん!私も名前で呼ばれた方が嬉しいな…えへへ』

ケース②
バーベキューで孤立しがちな蓮華ちゃんに近づいていった誠

『なんでひとりでいるんだよ?僕と一緒に食べようよ』

『は?何よ、言い訳男。アタシは好きでひとりでいるんだから気にしないで』

『今朝は変な女とか言ってゴメンね。それと、君はひとりで食べたいかもしれないけど僕は君と一緒に食べたいんだ。だから、君がイヤだって言っても絶対に一緒に食べるよ。あ、僕のことは誠って呼んで。僕も君のことは蓮華って呼ぶから』

ケース③
泳げない葵ちゃんに水泳を教える誠

『葵、僕の手を離しちゃダメだよ。しっかり手を握って。? 顔が赤いけどどうかしたの?風邪でも引いた?』

『そんなの誠と手を繋いでいるから…って何でもないわよ!!誠の気のせいよ!』

『ゴメン。最初の方が聞こえなかった』

『もう!いい加減に気づきなさいよ!この鈍感!!』

ケース④
お風呂で女性陣とバッタリ遭遇。ラッキースケベな誠くん

『わぁぁ!ご、ゴメン。誰も入っていないと思ったんだ!!ホントゴメン!!』

『いいから前を隠しなさい!!それとアタシ達を見るな!!』

などなど誠には色々なラブコメイベントがありました。え?俺は何をしていたかって?俺は馬仮面と交流を深めていたさ。いや、マジで馬仮面と話が合ったんだよね。その一部を紹介したいと思う。

ケース①
テニスで孤立していた俺に近づく馬仮面

『パートナーがいないんですか?八千塚童貞さん?』

『もう童貞が名前みたいになっているから!!』

ケース②
バーベキューでにんにくを食べていた俺と話す馬仮面

『にんにくは精力がつきますよね。下半身は元気ですか?』

『食事時にシモネタ!?』

ケース③
川で遊ぶ女の子達を眺めていた俺と話す馬仮面

『菫さんはいい胸してますね。思わずむしゃぶりつきたくなります。おや?八千塚さん。股間が盛り上がっているようですが?』

『お前シモネタ大好きだろ!?』

…合コンに来て馬のマスクを被った変人と意気投合する俺って何なんだろう?あ、ちなみに馬仮面の素顔を見てやろうと思って風呂上がりの姿を監視したんだが結局顔を見ることが出来なかった。何でそんなに顔を隠すんだろう?きっとよっぽど不細工な顔しているんだろうな。気の毒に…

とまあそんな訳で2日目にも、誠は転んで菫さんの胸に顔を突っ込んだり、転んで蓮華ちゃんのスカートの中に突っ込んだり、転んで葵ちゃんに抱きついたりと色々なラッキースケベがありましたとさ。気が付けば女性陣の視線は誠に釘付けでした。え?柳田光司がバス以来、描写されてないって?主人公の親友キャラはプロローグ以外には出番がないだろ?それと一緒だよ。



×××



あっという間に合コンキャンプも終わり最終日の夜、俺は誠に相談したいことがあると部屋に呼び出された。

「宇宙先輩!お呼び立てしてスイマセン!どうしても相談したいことがあって…」

「いや、それは別に構わないんだけどよ。それで?相談したいことって何だよ?」

「実は…」




「何~!?女性陣全員に告白された!?」

「はい。お風呂に入る前にバッタリ会って。三人同時に告白されました」

マジかよ!!全員誠狙いかよ!このハーレム野郎が!!…殺してやろうかな。

「宇宙先輩!?なんでそんな殺気を放っているんですか!?」

「何でもないんだ。それで?誠は何て答えたんだ?」

「全員好きだから選べないって言いました」

「全員好き?」

「はい。葵は幼馴染みだし、小悪魔みたいなところがあってとっても魅力的なんです。菫さんはお姉さんみたいな人で包容力があって一緒にいると暖かい気持ちになるんです。蓮華は僕が一緒にいてあげないとって気持ちになるし、僕にはこの三人から選ぶなんて出来ないんです!」

「なるほど。だから全員断ったってことか。それで気まずいからどうしたらいいか俺に相談したいんだな」

「いえ。違います」

え?違う?

「僕がそのことを言ったら私達3人全員を彼女にしてくれって。僕、その提案を受けました。僕が誰かひとりを選ぶまで三人同時に付き合うことにしたんです。それで、宇宙先輩に相談したいのはどうやって三人同時に付き合えばいいんでしょうか?」

…こいつ、モテない俺に何て相談をするんだ。それにリアルハーレムだ~!?ダメだ!もうひとりの俺が目覚めそうだ。それにこいつは何もわかっていない。先輩として後輩に説教してやる!!

「なあ、誠。お前、三人同時に付き合うんだよな?本気で全員付き合えるって思っているのか?」

「当たり前です!!僕は全員好きですから!!」

「そうか。なあ、はっきり言ってやるよ。この日本という国では3人同時に付き合うなんて不可能だ。葵ちゃん、菫さん、蓮華ちゃんが合意の上だとしても絶対に無理だ。最初の方はいいかもしれない。でも、暫くしたら女の子達の間には競争心とか嫉妬心とかそういう気持ちが絶対に沸き起こる。あの仲がいい三人の関係は滅茶苦茶になるだろうな。仮にお前が誰も選べなくてずっとハーレム関係が続いたとしよう。その時には色々な問題が起こるだろうな。誰が本妻として籍を入れるか、子供が生まれたら父兄参観の時とかどうするのか、世間体は?ハーレムを維持するための資金を稼げるのか?一瞬でこれだけのことが考えつくんだ。実際にはもっと難しい問題が絶対に起こる。断言してもいい。それにお前がハーレムをつくって、後にひとり選んだ場合の話をしよう。選ばれた奴はいいよ。そのままお前と付き合えばいいんだから。でも、選ばれなかったやつは?お前とハーレムをしている間にいくつも出会いがあったかもしれない。お前がハーレムで楽しんでいる間にどんどん出会いは減っていくんだぜ?お前は選ばなかった女の子をどうするつもりなんだ?」

「そ、それは…」

「結局、ハーレムというのは全員を選んで誰もが幸せになれる選択肢なんかじゃない。誰も『選ばない』男だけが幸せになれる優柔不断で最低な選択肢なんだよ。知っているか?誰かを選ぶってことは誰かを選ばないってことなんだぜ。俺達は生まれてからずっと何かを選んできた。進路、友達、部活、色々なことを選んできて俺達はここにいるんだ。全部選ぶなんて都合がいい選択肢は存在しない。誰かひとりを選んだ方が女の子達のためでもあるし、なにより誠のためだとおもうぜ。俺が言いたいのはそれだけだ。俺が言ったことをよく考えておくんだな」

そう言って項垂れる誠を残して部屋を出る。嫉妬のあまりキツイ言い方をしてしまったかも知れない。ちょっと反省だ。

「そんなことはないかと。貴方の言ったことには概ね同意です。だから、八千塚さんは何も間違っていないと思いますよ」

「馬仮面…聞いていたのか?それと何度もいうが心を読むな」

「わたくしも何度もいいますが心なんて読んでません。なんとなくそんなことを考えているんじゃないかと思っただけです。…八千塚さんと楠木さんの話は聞きました。貴方は世界さんから聞いたとおりの性格をしていますね」

「はははは。あんまり良いこと言ってなかったろ」

「いいえ。とても誉めてましたよ?実は世界さんから話を聞いて貴方に興味を持っていたんです。この2日間、お話ししてますます興味持ちましたわ。ですから、わたくしとお友だちになりません?これはわたくしの電話番号とメールアドレスです。これは極少数しかしらないプライベートの電話番号なんですよ。だから光栄に思ってくださいね」

馬のマスクを被った変人の番号を教えてもらってもなあ。多分、変人だから友達も少ないんだろうな。顔も不細工だろうし。とはいえ、馬仮面は話が合う奴だ。毒舌だけど話していて楽しいやつだ。ここは素直に受け取っておこう。

「ありがたく受け取っておくぜ!!うぐっ!!な、何故ま、また腹を…」

「悪口を思われた気がしたので。話は以上です。それではまた明日」

馬仮面…キャラが掴めねえ。



×××



「皆さん。これで合コンキャンプは終わりです。残念ながらカップルは出来なかったみたいですが、また出会い推進委員会を利用していただけたら幸いです。それでは帰りましょう。帰りは全員同じバスです。では出発です」

帰りのバスは俺と馬仮面が主に喋り、光司は爆睡、残りの4人は沈んでいた。あの様子では誠は全員の告白を断ったのだろう。女の子達の様子をみると罪悪感がわく。でも、俺は間違ったことを言ったとは思わない。だから、これで良かったのだろう。

あっという間に学校に到着。これからは各自解散だそうだ。光司はバイトがあるからといって慌てて帰っていった。女の子達は3人一緒に帰った。誠はいつの間にかいなくなってたから多分光司と一緒に帰ったんだろう。つまり、校門にいるのは俺と馬仮面だけってことだ。

「お疲れ様。中々楽しかったよ。まあ、考えてみれば馬仮面としか仲良くならなかったけどな。そういえば、結局一度も馬のマスクを取らなかったよな。素顔を見せてくれないか?」

「う~ん。八千塚さんなら別に構わないんですけど…いえ、やっぱり止めておきましょうか。いずれわかることですから。ただ、名前だけ教えて差上げます。わたくしの名前は馬場園 麗香(ばばぞのれいか)といいますわ。本名を教えたのだから、わたくしも宇宙さんと呼んで構いませんよね?」

「ああ、勿論!これからもよろしくな、麗香!」

馬仮面の本名は麗香かよ!不細工に麗香とか似合わねえ~!!親も少しは考えて名付けろよな!!

「うぐっ!!また腹を…」

「失礼なことを考えるからですよ。では、いつでもメールしてください。最近は仕事が忙しいので返信するのが遅くなると思いますが必ず返信しますので。それではさようなら」

腹パンから始まり腹パンで終わる女。その名も馬仮面。合コンキャンプでは女の子の連絡先すら聞けなかった。そのかわり、俺は馬仮面との友情をてにいれた。顔が世間に見せられないほど酷くて毒舌だけど楽しい奴との友情を。だから、参加して良かった。

「宇宙先輩!!お話があるんです!」

「うお!って誠か?おまえ、帰ったんじゃなかったのか!?」

俺の質問に答えず、誠は真剣な顔をして俺に告白する。

「宇宙先輩に言われてからずっと考えていたんです。三人付き合うことがどういうことか真剣に悩みました。正直、僕の考えは甘かったです。宇宙先輩に言われて気づきました!でも僕の三人に対する思いは本気なんです!だから、僕は本気でハーレムを目指したいと思います。三人全員を幸せにしたいと思います!!僕はハーレムを維持するため最大限の努力をします!! まずは資金稼ぎです!!残りの夏休みはバイトと資金を稼ぐための勉強に費やします!資金がある程度揃ったら、改めて三人と付き合いたいと思います!女の子達に同じことを言ったら了承してくれました。それどころか女の子達もお金を稼ぐのを手伝ってくれるそうです!!資金面以外の問題は四人で話し合って穏便に解決することになりました。これらの問題に気づかせくれたのは、全部宇宙先輩のおかげです!!ありがとうございました!!それじゃあ、僕は勉強があるのでこれで!世界先輩にもよろしく伝えておいてください!」

風のように走り去っていく誠の背中をみて思う。ええと、つまりあれか?俺の説教は何も効果なかったと?結局、ハーレムを作ることに決定したと?ハハハ!主人公ってスゲエ。何だか疲れたよ。さっさと家に帰ろう。




「お兄ちゃん、おかえり!合コンキャンプは楽しかった?」

おお、世界だ!!2日ぶりに見る妹は相変わらず可愛い。寝っころがってテレビを見る姿もプリティーだ。馬仮面と会った後だから余計にそう思う。

「いや、なんか疲れたよ。結局彼女が出来なかったしな」

テレビには新人アイドルのプロモーションビデオが流れていた。この夏にデビューした新人アイドルのREIKA。おしとやかで清楚で謙虚な可愛い女の子だ。デビューシングルはミリオン達成で今大注目のアイドルだ。実は俺も大ファンなのだ。

「あ、そういえば馬仮面ってどんな顔なんだ?世界のマブダチなんだろ?写真とかないのか?」

「馬仮面?誰よ、それ?」

ああ、普段から馬のマスクをしているわけじゃないって言ってたっけ。

「ほら、あれだよ。出会い推進委員会で別荘を提供したブルジョアだよ。仲良くなって番号を交換したんだ。どんな顔なんだ?よっぽどの不細工なんだろ?」

「ああ。それならこの子だよ」

「おいおい、何でテレビを指差しているんだ?馬仮面が写っているわけないじゃないか」

「だから、このREIKAがあたしの友達で出会い推進委員会の人なの。あたしはデビューする前から仲が良かったけど、夏休みが終わって学校が始まったら大騒ぎでしょうね。REIKAの本名は馬場園 麗香ちゃん。ずっとお兄ちゃんと会いたがっていたから、楠木くんに相談されたとき真っ先にお兄ちゃん誘ったんだ。綺麗だったでしょ?」

「え!?」



[31660] 厨二病の兄と邪神の後継者
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2013/06/21 20:30
まだ夏の暑さが残る9月の中頃、愚民共が騒ぐ箱庭(教室)に閉じ込められた俺は休憩時間という名の拷問にあっていた。

「あたしは休みは彼氏と海に行ってたよ。夕陽がスッゴい綺麗だった!」

「いいなあー。私の彼氏どこにも連れてってくれなくてさぁ。ずっと彼氏と家にいたよ」

「俺、彼女と初体験を「「裏切り者には死を」」「えっ!ちょっと、ま……ぎゃあー!!」

まあ若干名俺と同類がいるようだが、休み明けの教室で愚民共が話す内容ときたら破廉恥極まりない。真面目で品行方正な俺としては苦痛を感じてしまう。

やれ彼氏とエッチしたとか、やれ彼女と初体験したとか、やれ口にはとても出来ないようなプレイをしたとか……

ウチのクラスにはヤ○チンとヤ○マンしかいないのか!?発情期の猿共め!!まったく高校生ともあろうものがこんな内容のことしか話せないとなると日本の将来が心配になる。

俺が寝ているフリをしながら近くにいる女子達が話す過激な性体験を熱心に聞いていると誰かが近づいてくる気配を感じた。

くっ!まさか邪神信仰者の俺を排除しようとする組織の連中か!?大勢の人がいる場所で襲撃しやがって!!

いつでも"封印されし魔神の右腕"を解き放つ準備をしながら顔をあげるとそこにはとてもよく見慣れた顔があった。

「お兄ちゃん、ちょっといいかな?」

俺に話しかけてきたのは教室で猥談をするクソビッチ共とは比べるのが失礼なほど才色兼備・清廉潔白な我が愛しの妹の世界。

世界は天使なのでクソビッチ共のように猥談などしない。いや、むしろ世界にはそういう性知識がないはずだと俺は確信しているし、今後も世界にそういった知識は必要ない。

もし世界に男が出来たら俺はそいつを殺してしまうかも知れない。それほど深く俺は世界を愛しているのだ。

「なんだ?お兄ちゃんに何か用か?何でもいってごらん。俺には""出でよランプの魔神"(スリーカウントグローリー)のスキルがあるからな。世界のお願いだったら何でも叶えてみせるぞ!!」

「スキルとかどうでもいいけど、ちょっとお兄ちゃんに頼みたいことがあるんだよね~」

そう言って上目遣いで見つめてくる世界は可愛すぎて何でも言うことを聞いてあげたくなる。

世界がキャバ嬢だったら俺は全財産を貢いでいたかも知れない。それほど世界の上目遣いの効果は抜群だった。

「いいともいいとも!世界の頼みだったら何でも叶えちゃうぜ!!」

「本当に!?良かったー!!お兄ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。それじゃあね、放課後に校舎裏にきてほしいの」

こ、校舎裏だと!?世界が俺を王道告白スポットに呼び出すとは……。そりゃあ俺は世界を愛しているけど、それはあくまでも妹としてであって女としてではない。

う、うう。お、俺はどうすればいいのだ……。ここは兄として世界を正しい道に導くしかない!!

「世界の気持ちは嬉しいが俺は妹としてしか世界のことを「気持ちの悪い勘違いをしないで」」

え!?何で俺は世界に冷たい目で見られているの!?俺への愛が押さえきれないゆえの禁断の告白じゃなかったの!?

「あたしは部活があるから行けないけど、そこでお兄ちゃんに会いたがっている人がいるからさ。その人に会って話を聞いてあげて」

良かった。禁断の告白じゃなかったのか。……でもどこか感じるこの喪失感はなんなのだろう?……って俺に会いたがっている人がいる!?

「お、俺に会いたがっている人って誰だ!?どんな子なんだ!?かわいいのか!?」

「うん?ん~と秘密!……お兄ちゃん、会ってくれるよね?」

「ああ、勿論だ!!放課後になったら何があっても行ってみせる!!!」

校舎裏に呼び出すってことは用事は一つしかないよな!!これで俺も彼女持ちか~!!

クラスメイト達よ、ヤ○マンとかヤ○チンとか言ってゴメン。俺もすぐに仲間になるからな!!

「本当に!?良かったー!!じゃあ、お兄ちゃんが来るって伝えておくね!」

「ああ!!今から放課後が楽しみだぜ!!」

フーフフーフフ~ン♪ どんな女の子が来るんだろう?

清楚系な美少女かな?それとも健康系美少女かな?いやいや、意外とワイルド系美女とか?

いずれにせよ皆WELCOMEだぜ!ああ、放課後が楽しみで仕方がない!!

「……ところでお兄ちゃん」

「ん?なんだ、世界?」

「あたし達が会うのって一年ぶりな上に1エピソード無くなっている気がするんだけど……?」

「それは……あれだ!皆俺が持つ能力の一つ、"時よ止まれ。お前は美しい"(タイム・ミラージュ)による錯覚でそう感じているだけだ。実際は一年なんて経過していないのさ!!」

「……お兄ちゃんがそう言うならそうなんだろうね。じゃあ放課後にちゃんと行ってね?」

優しい笑顔が心に痛い!!



×××


時間は待ちに待った放課後。

放課後のことが楽しみ過ぎて今までの授業内容が頭に入らないのは仕方がないことだ。

授業中も無意識ににやけてしまったせいか、クラスメイトのみならず教師にも気持ち悪がられてしまった。

……カナちゃん先生、俺だって正面から「キモチワルッ!!」って呟かれたら傷付くんですよ?

まあ愚民共のことは気にしても仕方がない。今の俺は校舎裏で待つ未来の恋人のことで頭が一杯だ。

待っててね、ハニー!!ダーリンが今行くからね!!

鼻唄&スキップで校舎裏に向かうと、そこには既に人影があった。ちょうど逆光でどんな女の子かはわからない。

声をかけようとしたその時、雲が太陽にかかり逆光が薄れる。

そこにいたのは、髪形は坊っちゃんがりで、髪の色は校則通り真っ黒・これまた校則通りブレザーとワイシャツの一番上までボタンをピッチリと止めていて、小柄でどこにでもいそうな平凡な顔付きをした男だった。

って男!?っんだよ!!人違いかよ!!まったく紛らわしいな。

ハニーはまだ来ていないようだな。チッ!こいつどっか行ってくんないかな。ハニーが来る前にどうにかしなければ。

俺が「さっさと立ち去れや!オラァ!!」と敵を威嚇するスキル"弱肉強食"(ビースト・アイ)を発動しながら睨み付けると、あろうことか男は俺の方に近づいてきた。おまけに右拳がギュッと固く握りしめられている。こ、こいつ殴る気だ!!

「な、なんだ!?それ以上近づくな!は、話し合おう!!睨み付けたのは謝るから!暴力は良くないと思うんだ!!」

男は俺の説得の言葉に耳を貸さず近づいてくる。こ、これはアカン!暴力はイヤー!!

とっさに頭を抱えてうずくまった時、俺のもとに来たのは男の拳ではなく言葉だった。

「世界さんのお兄さんの宇宙さんですよね?」

「へ?」

「ですから宇宙さんですよね?」

「そうだけど……」

「良かった。ボクは1年生の石井 孝(いしい たかし)と言います。面識がないのにボクの呼び出しに応じてくださってありがとうございます」

どうやらこいつは俺を殴るつもりはないらしい。

90度に頭まで下げちゃって、すぐに手が出る現代の若者とは大違いに礼儀正しい子みたいだ。うっかり勘違いしてしまったぜ!俺を呼び出した子がこいつで良かった……って!?

「お前が俺を呼び出したの!?ハニーは!?俺の可愛い可愛い恋人はどこに行ったの!?」

「あの、先輩を呼び出したのはボクですけど。世界さんから聞いていませんか?」

せ、世界め~!!この俺を騙すとはいい度胸だ!!帰ったら"封印されし魔神の右腕"は覚悟しておけよ~!!

「あの、先輩?大丈夫ですか?」

「あ、ああ、ちょっと想定外の出来事があってな。もう大丈夫だ。えーと、石井っつったよな。それで?石井は俺に何の用だ?まさか告白とかじゃないよな?」

もしそうだったら俺は全力で逃げる。只でさえホモォ関係には嫌な思い出がある。5月にも……うっ!頭が痛い!!俺の脳が思い出すのを拒否している!!

「違います!実は先輩にお願いがあるんです」

「お願い?俺に?」

「はい。ボクを先輩の弟子にしてください!!お願いします!!」

え、ええ~!?何だって~!?



×××



今俺は自宅で夕飯を作りながら世界の帰りを待っている。

ちなみに今日のご飯は冷やしゃぶだ。両親はいつものごとく仕事でいない。

付け合わせのサラダが完成した時、ちょうど世界が帰ってきた。

「ただいまー!今日のご飯はなあに?」

「おう、おかえり!今日のご飯は冷やしゃぶだよってコラ!石井の件どういうことだよ!!話が違うぞ!?」

「話って何よ?あたしは女の子が来るなんて一言も言ってないよ」

「いや確かに言ってないけど、あの言い方はちょっと……。まあいい。兄として妹の愚行を許してやろう」

「だったら良かった。それより孝くんの話をちゃんと聞いてあげた?」

「ああ。いきなり弟子にしてくれとか言われた。とりあえず保留にしてもらって帰ってきたけど、何なんだありゃ?というか石井と世界はどういう関係なんだ?」

「ああ、それはね、あたしの友達に朱美って子がいるんだけど孝くんはその子の弟なの。その関係であたしと孝くんは面識があったんだけどさ。最近朱美が孝くんのことで悩んでいてね。あたしは相談にのってあげてたの」

「ふ~ん。そいつは良いことだな。それで?何で俺の弟子になるなんてことになったんだ?」

「孝くんって元から人見知りで内向的な子だったんだけど、高校に入学してから友達が出来なかったこともあってそれが悪化しちゃってね」

「それは対人恐怖症とかそういう奴か?」

「そこまではいかないんだけど……他人にどう見られているか気になってしょうがないんだって。自意識過剰のネガティブバージョンというか……だから初対面の相手とかだと緊張で吐きそうになるみたい」

なるほど。じゃああのとき右手をギュッと握っていたのは殴るためじゃなくて、緊張していたからなのか。

「そいつは厄介な病気だな。それで?俺はいつ関わってくるんだ?」

「お兄ちゃんって孝くんと一緒で友達いないけど、他人の目とか全然気にしないで邪神様とか頭のおかしいこと平気で言うじゃない?だから孝くんにもお兄ちゃんのそういう部分を見習って欲しいなって思ってお兄ちゃんを紹介したの。ほら、友達いない者同士話も合いそうだしね」

あれ?俺って妹に軽くバカにされている?

「そういうことなら俺に話が来るのもわからなくはないけど……。弟子とか言われてもなあ……。俺に石井の病気をどうにか出来るとも思えないし……」

俺が悩んでいると、その悩みを打ち消すような力強い声がきこえてきた。

「大丈夫だよ」

「え?」

「大丈夫。お兄ちゃんならきっと孝くんを助けてあげられる。だってあたしの頼れるお兄ちゃんだもん。お兄ちゃんに任せれば大丈夫だって本心から思うよ」

そう言って俺を見つめる世界の目には強い信頼が込められていて。その万全の信頼が込められた瞳が妙に照れ臭くてつい世界から顔を背けてしまう。

「まあ、その、なんだ。出来る限りやってみるよ。最愛の妹からの頼みだ。だったら断る訳にはいかないしな」

「ありがとう、お兄ちゃん。……孝くんを助けてあげてね」

「おう!兄ちゃんに任せておけ!!」



×××



翌日の放課後、俺は石井を校舎裏に呼び出した。

石井の姿は昨日と変わりなく、今日も右手はギュッと握られている。どうやら緊張しているらしい。

「あー、取り合えず改めて自己紹介から始めようか。現世での俺の名前は宇宙。またの名前を"魔を操る者"という。今日から石井の……孝の師匠となるものだ。よろしく頼む」

「はい。よろしくお願いします」

「うむ。それでまず聞きたいんだが……孝はどうして俺の弟子になりたいって思ったんだ?世界は孝に俺を紹介しただけで弟子入りしろとまでは言ってないと言っていたぞ。もしかして姉ちゃんとかに強制されたのか?」

俺がそう聞くと孝は真剣な目で俺と目を合わせた。

「違います!ボクは……今のままではダメだってわかっているんです。変わりたいって思っているんです!先輩みたいに他人の目なんか気にしないようになりたい!そう思ったから世界さんに先輩のことを紹介してもらったんです!!ボク、先輩のこと本当に凄いって思っているんですよ!普通の人なら「またの名前を魔を操る者という」なんて正気を疑われるようなこと堂々と言えません。ボクも先輩みたいになりたいです」

あれ?俺って弟子にもバカにされている?

「そうか。……では早速修行に入ろう。唐突だが質問だ!孝の前方からラブラブカップルがイチャイチャしながら歩いてきました。お前はそんなカップルを見てどう思う?」

「え?えっと、恋人が一度も出来たことがないボクのことを二人で笑って盛り上がっているのかなって……」

ネガティブ!!

「第二問!登校すると教室でクラスメイト達が盛り上がっていました。お前はそんな光景を見てどう思う?」

「ボクの悪口で盛り上がっているなって」

ネガティブ!!

「第三問!クラスメイトと言う名前の発情期の猿共が猥談をしています。お前は猥談を聞いてどう思う?」

「一生ボクには縁がない話だなって。後間接的にボクをバカにしているのかな」

ネガティブ!!

「もういいよ!!思わず心の中で「ネガティブ!!」って三回も絶叫してしまったよ!!何でそんな考えが思い付くんだ!?自意識過剰すぎるだろ!?」

「でも本当にそう思うんです。何だか皆がボクのことをバカにしているような気がして……」

むぅ、思っていたより重症かもしれない。今すぐ逃げ出してぇ!……イカンイカン!世界に頼まれたことだ。それに孝は俺の弟子なんだ。だったら師匠として気長にやるしかないか。

「孝の問題点はよくわかった。まず意識改善の必要があるな。カップルを見てどす黒い気持ちになることがあるだろう?そのどす黒い気持ちを言葉にしてみようか」

「カップルを見てもそんな気持ちにはならないですけど……」

「何でだよ!?目の前でカップルがいちゃついていたら、『リア充爆発しろ!』とか『発情期の猿共め!』とかこう心の底から沸き上がるどす黒い衝動があるだろう!?その衝動こそが邪神様の正体なんだ!!」

「いや、そんな事を思ったことはないです」

「クッ!だったら孝がやるべきことは決まった。孝には邪神様の存在を感じることから始めてもらう!!俺についてこい!!」

「えーっと……よろしくお願いします」

こうして俺と孝の辛い修行の日々は始まった。




「そこは違う!!"封印されし魔神の右腕"を開放するときはもっとかっこよく!!時折「うっ!右腕の封印が……」とか意味深に呟くとなお良いぞ!!」

「そうじゃない!!邪神様はもっとどす黒い存在なんだ!!その気持ちをカップル共にぶつけてやれ!!」

「そうだ!良いぞ!お前のスキルが俺には見える!もっと堂々と胸を張れ!「俺って最高にカッコイイ!」そう思いながら宣言しろ!!」




辛い修行の日々も一週間が経過した。俺の修行のおかげで孝は……

「あの、先輩。とても恥ずかしいです。皆がボクのことを笑っているような気がします」

うん。まあ、ぶっちゃけていうとあんまり変わってないよね。だってさぁ、俺は素人だよ?精神科のお医者さんでもない奴が一週間やそこらで人を変えられる訳ないじゃん?

後笑われているのは気のせいじゃないからな。そりゃあ校門前で邪神様とか大声で叫んでいたら嘲笑を浴びるさ。

「よし!今日の修行はこれで終わりだ。今日の反省をするためにファミレスに行くぞ!」

ここ一週間毎日通っているファミレスに行きドリンクバーのメロンソーダを飲みつつ今までの修行を思い返す。

俺が孝に教えた事といえば邪神様の素晴らしさとかっこいいスキルの発現の仕方ぐらいだ。このままで本当にいいのだろうか?

「なあ、孝。お前は変わりたいっていったけどさ、どんな風に変わりたいんだ?」

「先輩みたいに他人の目を気にしないようになりたいです」

「じゃあ、俺みたいになった後は?例えば高校生活はどういう風に送りたいんだ?」

俺がそう聞くと孝は目をパチクリとさせた後、声をか細くさせながら自信なさげに答えた。

「それは……考えてませんでした」

「そうか。……じゃあ聞くが、お前は友達が欲しいと思うか?」

「それは……欲しいです」

「だったら俺みたいになるのは止めた方がいいぞ」

「え?」

「だってそうだろ?俺に友達がいると思っているのか?そりゃあ、俺にも友人と呼べる奴らは数人いるが、そいつらと友人になったのは2年生になってからだ。こんな俺を友人と呼んでくれるやつはかなり珍しいと思うぞ。そんな奴がお前の前に現われる確率はかなり低い」

「そんなこと言われても……」

孝はそのまま黙り込んでしまう。

ここ一週間孝とずっと一緒にいて疑問に思っていたことがある。こいつは変わりたいと思っているんじゃない。変わらなければいけないと脅迫観念的に思い込んでいるふしがある。何がこいつをこんなに追い立てるんだ?

「なあ、孝。俺に教えてくれ。何でお前は俺みたいになりたいって思ったんだ?いや、最初から聞こう。何で堂々とした自分になりたいって思ったんだ?」

俺の質問に孝は中々口を開こうとはしなかった。だが、俺が根気よく孝の答えを待っているとやがてポツポツと語り始めた。

「……高校に入学してもボクには友達が出来ませんでした。元々ボクは人見知りでしたし、そのせいもあって軽い鬱病になったんです。引きこもりとは言いませんが、それに近い状態にはなりました。ボク自身はそんな生活はダメだとは思いましたけど、嫌ではなかったんです。それで……ある時両親の会話を聞いてしまったんです」

「両親の会話?」

「はい。ボクのこと……ダメな子だって。高校生にもなって友達が出来ないなんて異常だって。肉親にすらそう思われているなら他人はボクのことをもっと蔑んだ目で見る。そう思ったら他人がボクをそういう風に見るか気になって仕方がないんです。だから……先輩を見た時凄いなって思ったんです。他人の目を気にしていない。ボクもああいう風になれれば、人間関係で悩まなくて済むのかなってそう思ったんです」

両親に自分を否定される。これは例えいくつになろうが、子供としては絶望的なシチュエーションだろう。それがきっかけで孝はこんな風になってしまったのか。

こいつの問題点はわかった。だったら俺がそれを解決してやる。たった一週間だけど俺はこいつの師匠なんだ。だったら弟子を導いてやる義務がある!

「なあ孝。お前は俺みたいになっても問題は解決しないと思うぞ。お前は俺みたいになれば人間関係で悩まなくて済むって言ったよな?それは大きな間違いだぞ。俺だって人間関係で悩むことがあったり、他人の目が気になってしょうがないことだってある。でもな、俺がそれでも邪神様と声高に叫び続けるのは今の自分が大好きだからだ。お前に足りないのはたった一つ。そう、たった一つだけだ。今の自分に自信を持て!そうすれば少なくとも今よりは他人の目なんか気にならないと思うぞ」

「両親にすら否定されたんですよ?こんなボクに自信が持てるわけないじゃないですか……」

「だったら俺が肯定してやる!!お前の両親がどう言おうと、他人がどう言おうと俺だけはお前を肯定してやる!!お前は変わる必要なんかない!!今のお前でも十分素敵じゃないか!!自分に自信が持てないんなら、俺の言葉を信じろ!!他人の目なんか関係ない!!お前は俺の目だけを気にしていろ!!」

「なんで……何を根拠にそんなことを……」

「根拠なんてない!!でもな、俺はお前の師匠なんだ。俺はお前と一週間いて不快な気持ちになったことは一度もない。一緒に遊んで楽しかったぞ。それで十分じゃないか。俺が断言してやる!お前はダメな子なんかじゃない。異常なんかじゃない。お前は俺の弟子で友達の石井孝だ。お前は素敵な奴だよ。両親の言葉なんて関係ない。俺にはお前が変わらなければいけないって思い込んでいることの方が心配だよ」

「……なんでボクをそんなに心配してくれるんです?ボクと先輩は会ってまだ一週間ですよ?」

「言っただろ?俺はお前の師匠なんだ。期間なんか関係ない。師匠が弟子を心配するのは当たり前だ!……それにお前を心配しているのは俺だけじゃないぞ?世界だってそうだし、それに何よりお前の姉ちゃんがいるじゃないか。姉ちゃんがお前のことを心配して世界に相談したおかげで俺と孝が出会えたんだ。……もう一度言うぞ。自分が信じられないんなら俺の言葉を信じろ。お前は変わらなくてもいい。今の自分に自信を持て」

俺の言葉に孝は顔を俯かせて何も答えなかった。俺はそんな孝を黙って見つめて、孝の言葉をずっと待っていた。

「今の先輩の言葉……凄く嬉しかったです。ボク、姉ちゃんと話してみます。自分に自信が持てるかわからないけど……少なくとも前よりはずっとマシな気分です」

「そうか。うん、そうしろ。さっきも言った通りお前がどんな答えを出しても俺は肯定してやる。だから安心して姉ちゃんと話して来い!両親のことなんて気にすんな!!」

俺が笑顔で孝にそう言うと、孝は初めて俺に笑顔を見せてくれた。

「ありがとうございます。あの……また会ってくれますか?」

「おう!弟子が師匠に会いにくるのに理由なんていらねえよ。いつでも会いにこい!!」



×××



あの日から一週間がたった。あの日以来孝は俺に会いにこない。だから孝がどうなったかわからない。あいつは自分に自信が持てたのだろうか?そんなことを考えながらアンニョイな気持ちになっていると近くに人の気配がした。

「お兄ちゃん。今回は御苦労様!!」

「お?なんだ、世界か」

「さすがお兄ちゃんだね。孝くんを見事に救っちゃった」

「……どうかな。いくら俺が孝のことを肯定しても、やっぱり両親の言葉って大きいと思うんだけどな」

俺が憂鬱気にそう言うと、世界はニッコリと可愛らしい笑顔を見せてくれた。

「そうかしら?でも、少なくとも無条件で自分を肯定してくれる人がいるって物凄く心強いことだと思うよ。やっぱりお兄ちゃんに任せて良かった。孝くん、前より明るくなったって朱美も喜んでいたよ」

「そっか。あいつ明るくなったのか……」

何だろう?この子供の成長を目撃した父親のような気持ちは。

うん。悪くない。孝は少なくとも一歩は進めたみたいだ。

俺が満足感を満喫していると隣から視線を感じた。

「どうした世界?何か言いたい事でもあるのか?」

「うん。実は朱美からまた相談されたんだけど……」

「何だ?孝に何かあったのか?」

「いや、そういうことじゃないんだけど……その、孝くん、明るくはなったんだけど時折「邪神様が!!」とか「右腕の封印を解放する!!」とか訳のわからないことを叫びだすようになったんだって。そんな孝くんをどうすればいいのかわからないって相談されたんだけど……」

「……」

あれ?これって俺のせい!?













――思い付いた1000文字ぐらいの短編も下記にのせておきます。下記のものは厨二病シリーズとは関係ありません。





リビングでクーラーをかけながらテレビを見てゴロゴロしていたら姉に雪女を彷彿させるような極寒の視線で睨まれた。

姉曰く、「いい若者が昼間からゴロゴロしてるんじゃねえ」とのこと。

だけど夏休みで学校もなく出された宿題も既に終わっているし、まだ一年生なので受験もあまり関係ないから僕がゴロゴロしていても問題はないはずだ。

僕がそう反論したら姉は僕を哀れみの目で見て、

「あんたは本当に可哀想ね。少しは青春したら?」

とのたまい彼氏とのデートに出かけていった。

出かける姉を追いかけ更に反論しようとも思ったが、あまりにも暇なので今日の僕は姉の言う通り青春をすることにした。

青春するに当たってまず第一に、そもそも青春とは何だろう?

この疑問を解決するために妹や友人に質問をしたらいくつか興味深い答えが得られた。

妹曰く、「青春っていったら恋愛に決まっているじゃん!恋こそが青春だよ!!」

友人(非モテ)曰く、「青春とは男同士の友情なり!リア充など死ねばいい!!」

友人(彼女持ち)曰く、「青春っていったらスポーツかな。野球部が頑張っている姿とか見ると青春しているなって感じるよ」

とのこと。

これらの答えから考えるに、青春とは中高生時代における恋愛・スポーツまたは友人関係に関わることだという結論を得た。

ここで新たな疑問がまた一つ。

青春を感じられるのはどんな状態の時なのだろう?

彼女が出来たことがない僕にはスポーツ・友人関係で判断するしかないが、少なくとも僕は部活をしている時や友達と遊んでいる時に青春を感じることはない。

姉は僕に「青春したら?」と言った。

つまり姉から見ればリビングでゴロゴロしている僕は青春していない状態に見えるということだ。

また友人(彼女持ち)は「頑張っている野球部を見て青春を感じる」と言った。

この二人の意見から推察するに、青春している状態か否かは他人が判断することであって、自分が判断することではないのではないか。

もしこれを真とするなら、誰か僕を見てくれる人がいなければ僕が今日青春したか否かを判断することは出来ないことになる。

困り果てた僕はインターネットで青春というワードを検索してみた。

ネット辞書によると青春とは、《生涯において若く健康の時代》とある。

つまり僕がこうして家でゴロゴロしている状態も立派に青春している状態だということだ。

今日は青春するという目的を達成することが出来た素晴らしい日だった。





[31660] 厨二病の兄と偽者の始まり
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2013/07/27 17:35
10月になるとあたしは複雑な気持ちになる。

全ての始まりのあの日を、お兄ちゃんがあたしの偽者になった日を思いだしてしまうから。

現在のお兄ちゃんはクラス内で、ううん、学校内で浮いている。

厨二病のお兄ちゃんはクラス内でもアンタッチャブルな存在で、あたしや花子ちゃんを除けば用もないのにお兄ちゃんに話しかける人などほぼいないと言ってもいい。

友達はあたしとお兄ちゃんが兄妹だと知ると

「あんなのが兄なんて可哀想」とか「あれの妹だって秘密にした方がいいよ?」

とか同情や憐れみの言葉をかけてくる。

人の身内をよくそこまでボロクソに言えるものだと思わなくもないけど、そういう時は愛想笑いをすることにしている。

スペック的にはお兄ちゃんは悪くない。容姿だって整っている方だし、勉強も出来るし、性格だって優しくていざという時とても頼りになる。

厨二病さえなければお兄ちゃんは学校内カーストのトップに立ってもおかしくないほどのスペックは持っているのに。

あたしはお兄ちゃんに救われた。お兄ちゃんとの約束があったからこそ今のあたしは存在する。

でもふと思う時がある。お兄ちゃんのためを思うなら、あんな約束はしない方が良かったのかなって……



×××


あたしには生まれたときから前世の記憶があった。

前世のあたしは地球とは全くの別世界に生まれた魔法使いだったみたいで、物心がついた時にはあたしも魔法という奇跡が使えるようになった。

魔法という奇跡に加え、別世界の知識とはいえ大人の知識があるあたしは何でも出来た。

勉強だって高校レベルの物なら5歳の時点で理解出来たし、運動だって魔法を使えば100メートルを1秒で走ることだって出来た。

おまけにあたしは猫被りが上手くて、5歳にして近所の子供達のお姉さん的ポジションを獲得した。

大人からは可愛がられ、子供達からは憧れの存在となる。

誰もがあたしのことを褒めて、誰もあたしには敵わない。

5歳のあたしにとって思い通りにならないことなんてなくて、あたしの名前のように世界はあたしを中心に回っているとさえ思っていた。

あたしが何か欲しいと言うと大人も子供も何でもあたしにくれて、皆があたしのいう通りに動いてくれた。

そんな中、唯一あたしの思い通りにならない忌々しい存在がいた。

それはあたしの双子の兄である宇宙。

この兄はあたしと顔さえ似ているものの、その能力はあたしとは比べるのが可哀想なくらい劣っていて哀れみの感情すら抱いていた。

魔法という奇跡も持っていないし、勉強も運動も5歳児レベルの能力しかもっていない凡人そのものの兄。

そんな兄はあたしにとってうっとおしい存在だった。

何せあたしがどこに行こうとしてもカルガモの子供のようについてきて、あたしが我儘をいう度に凡人の分際であたしに注意してくる。

例えば喉が渇いたから近所の叔父さんにジュースをねだろうとすると、

「せかいちゃん、おじさんにそんなわがままいったらだめだよ?もうすこしがまんしようね?」

とかいって兄貴面してあたしの邪魔をしてきたり、

ぶりっ子しまくって両親にやっと5千円もする果物を買ってもらえそうだったのに

「ぼくたちはまだ5さいだからそんなにたかいのはいらないよ。もっとやすいのでいいよ」

と宇宙のせいで買ってもらえなかったこともあった。

誤解しないで欲しいのだけれど、あたしは兄を嫌っている訳ではない。

うっとうしくはあるけれども、あんなのでも身内ではあるし情もある。

兄貴面してあたしの傍をチョロチョロと動き回る姿は可愛いと言えなくもないし、好意的に感じることすらある。

ただその好意は妹が兄に向ける物や人が他人に対して抱く物と違って、圧倒的上位者が下位者に向ける物。

例えるなら飼い主がペットに向ける好意に近い物ではあったけど。

5歳のあたしにとって肉体能力も頭脳面でも大幅に劣る同年代の子供達は同じ人間だとは思えなかった。

兄を含めてあたしの周りにいる子供達はあたしの引き立たせ役でしかなくて、あたしの優秀さを周囲に見せ付ける為の駒でしかなかった。



×××



「ねぇー世界ちゃん。宿題一緒ににやらない?」

「世界はおれたちとドッチボールするんだぞ!!」

小学生になっても相変わらずあたしは皆の中心だった。

両親からも担任教師からも強い信頼を得ていて、クラスメイト達からは男女問わずアイドル並の憧れを抱かれている。

あたしは男女問わず皆から好かれていたから、そのせいか放課後や休み時間にあたしの取り合いで揉めることが少なくなかった。

そんな時は「あたしの時間をお前らが勝手に決めてんじゃねえよ」と内心で思いながら困った顔で笑うことにしている。

あたしは皆の中心だからどちらかの味方をするわけにはいかないし、クラスで揉めた時はあたしが何かしなくても代わりにしてくれる人がいたから。

「だったら皆でしゅくだいをやったあとにドッチボールをするのはどうかな?宿題はどうせやらなくちゃいけないことだし、皆でやったほうが早く終わると思うんだ。ぼくはその方がいいと思うんだけど、世界ちゃんはどう思う?」

宇宙は決して目立つタイプではなかったけど、あたしの兄ということもあり男子からも女子からも一目おかれていた(宇宙と仲良くしておけば妹のあたしと接点が持てるという子供ながらの下心があったと思うけど)。

あたしを円の中心とするなら宇宙は円を外から眺めて円が真円になるように調整する役。

宇宙の上手い所は最後にあたしに追認を求めるところ。

皆あたしに嫌われたくないから、あたしが

「それがいいと思うわ。皆で宿題をやった後にドッチボールで遊びましょう」

と言えば

「「世界(ちゃん)がいうならそうしよう!!」」

と揉め事が丸く治まる。

宇宙はあたしのように皆の中心となって引っ張っていくタイプではなかったけど、影から皆のことをそっと見守り影ながら手助けする縁の下の力持ちタイプだった。

宇宙は相変わらずあたしよりも能力は大幅に劣っていたけど、少なくとも愚かではなかった。

あたしの中で宇宙はペットから便利な手下に格上げしていた。




そんな平穏な日常のある日、クラスに転校生がやって来た。

転校生の名前は君島マリア。

日米ハーフの輝くような金髪を持つ女の子でお世辞にも明るいタイプとは言えない子だった。

小学生にとって転校生とは好奇心をそそられるもの。ましてや相手はハーフとはいえ外国人顔の金髪の女の子。日本育ちで英語は全く喋れないみたいだったけど、そんなことは小学生にとって関係はなかった。

休み時間や放課後になると皆こぞって転校生の机に集まって彼女のことを質問ぜめにした。

「ねえねえ、どこからきたの?」
「なんでウチの学校にきたの?」
「おれ英語知ってる!ハロー!アイムファインセンキューエンドユー?」

君島さんは皆の注目を浴びていることが恥ずかしくてしょうがないみたいで、ボソボソと聞き取れないくらい小さな声で呟いていた。

「えっと……その……」
「パ……の……」
「…………………」

そんな君島さんの態度に皆興味から一転、彼女の内気な態度にイライラしているのが近くでみていたあたしにはわかった。

それに子供特有の素直さとでもいうべきか、皆イライラしているという態度を隠そうとしない。

君島さんはそんな皆の態度にますます萎縮してしまいついには何も答えることが出来なくなっていた。

あたしはそんな彼女を表面では困ったような顔をして、だけど内心では喜びながら黙って見つめていた。

"皆の質問にも答えられない困った転校生"に手を差し伸べればまたあたしの株が上がる。

"皆をイライラさせる転校生"にも優しくすれば皆があたしのことを褒めてくれる。

そんな計算の元、あたしは君島さんに手を差し伸べるタイミングを図っていた。

廊下から此方に向かって歩いてくる音が聞こえる。この時間から考えるに、恐らく先生の足音だろう。

今君島さんに手を差し伸べればクラスメイト達からの株も上がるし先生からの株も上がる。まさに一石二鳥。

あたしが最高のタイミングで君島さんに声をかけようとしたとき、あたしより早く君島さんに声をかけた人物がいた。

「そんなに大勢でかこんだら君島さんもこまっちゃうよ。それにみんな質問ばっかで自己紹介もしていないよ?まずは君島さんに名前をおぼえてもらわなくちゃ。ぼくの名前は八千塚 宇宙っていうんだ。これからよろしくね?」

クラスメイト達のイラダチの視線を隠すように君島さんの真正面にたった宇宙は優しげな声で君島さんに話しかけていた。

君島さんも最初は俯いていたけど、そんな宇宙の優しげな声に反応してようやく口を開いた。

「……うん。えっと、はっせんづかくん?……これからよろしく」

「ぼくを呼ぶときはソラでいいよ。だからぼくもマリアちゃんってよんでいい?」

「……うん!!よろしく、ソラくん」

そんな和やかな雰囲気の二人を尻目に、クラスメイト達は乱入してきたのが宇宙だということもありどうすればいいか困惑しているみたいだった。

横からいきなり乱入してきて転校生という興味の対象の視線を自分達から奪った宇宙が妬ましくて。

でもあたしの兄である宇宙にイラダチをぶつけるわけにはいかなくて。

クラスメイト達はまだ明確に定義できない独占欲や妬み・嫉みといった感情をもてあましてどうすればいいのかわからない様子だった。

声をかけるタイミングを宇宙に奪われたあたしは次の手を考えていた。

このまま宇宙に便乗してあたしも君島さんに声をかけるべきか。

それとも感情をもてあますクラスメイト達に声をかけてなだめるべきか。

どの手を打てばもっとあたしの株が上がるのか悩んでいる内に先生が教室に来てしまい、この日のことはうやむやになった。




次の日から君島さんは宇宙にべったりになっていた。かつてはカルガモの子供のようにあたしの後についてきた宇宙のように、君島さんはどこにいくのにも宇宙のあとをついて回っていた。

転校生で頼れる友達がいなく、なおかつ皆のイラダチの視線を向けられている状況で救いの手を差し伸べてくれた宇宙は君島さんにとって重要な存在になったのだろう。

宇宙もまた自分を頼ってくる君島さんに優しく接し、まだ友達が出来ない君島さんのために出来るだけ傍にいるようにしているみたいだった。

クラスメイト達はそんな二人を放置していた。

クラスメイト達は"転校生"という立場にこそ興味はあるものの"君島マリア"本人に対してはそこまで興味をもっていない様子だったし、宇宙はあたしの兄ということで一目おかれているだけでクラス内でも人気の存在というわけではなかった。

だからクラスメイト達からしてみればモブキャラ二人が仲良くなろうとあまり興味がわかないといった感じだったのだろう。

あたしとしては仲良くする宇宙と君島さんを見て、はっきり言えばいい感情はわかなかった。

今までは宇宙なんてそこまで執着するような存在ではなかったはずなのに、君島さんとべったりな宇宙を見て強烈な執着心を抱いていた。

それは幼い子供特有の独占欲で、あたしの持ち物を君島さんに取られてしまったような気がしたのだ。



×××



最近のあたしは酷く機嫌が悪かった。今までは全部あたしの思い通りにいった最高の環境だったのに、何故か君島さんと一緒にいる宇宙を見ると酷くイライラする。

「世界ちゃんってほんとうにきれいだよね~。あたしも世界ちゃんのかみがたマネしちゃおうかな」
「なあおれといっしょに遊ぼうぜ?ぜったい楽しいから」

だから普段なら気にも止めないクラスメイト達の誉め言葉も遊びの誘いも酷く気に障った。もちろんイライラしているという態度を表には出さないけど、クラスメイト達に対する返答がついついおざなりになってしまう。

「いいんじゃない?」
「放課後は予定があるから」

クラスメイト達も幼いながらの本能であたしが不機嫌だということがわかったのだろうか、あれだけあたしに纏わり着いていた彼らは口を閉ざし何だか周囲の空気が重くなった気がした。

普段のあたしなら重くなった空気をどうにかしようと対処するはずだけど、不機嫌なあたしは対処をする気力がわかなかった。

あたしの傍にいながら気まずそうに黙り込むクラスメイト達にもイラダチがわいてきて、ふと視点を外すとそこにはあたしの機嫌をますます傾ける光景が広がっていた。

「ねえ、ソラくん。今日の宿題一緒ににやらない?」

「あ、マリアちゃん!うん、もちろんいいよ。じゃあほうかごに図書室でやろうか」

あたしがこんな目にあっているのに楽しそうに君島さんと話している宇宙。

あたしのことなんて眼中にないと一心に宇宙を見つめる君島さん。

そんな二人にますますイラダチの感情が募ってしまって、あたしはこの二人の邪魔をしたくなった。

「ねえ宇宙。放課後にデパートに行きたいから付き合ってくれない?」

突然のあたしの声に宇宙は一瞬だけ驚いた様子を見せたけど、すぐに宇宙は穏やかな笑顔を浮かべてあたしの問いに返事をした。

「ごめんね。ほうかごはマリアちゃんといっしょに図書室でしゅくだいをやるつもりなんだ。だから世界ちゃんといっしょにはいけないよ」

宇宙に……というかあたしの誘いが誰かに断られるなんて初めてのことだった。

両親もクラスメイト達も近所のおばさんですらあたしをがどこかに行きたいというと喜んでついてきたのに。

軽いショックを受けながら何でもない様子を取り繕いあたしは次の手を打った。

「そうなの?それは残念ね。あ、じゃああたしも図書室に行ってもいいかな?あたしも早く宿題を終わらせたいし。ねえ、君島さん?あたしも行ってもいい?」

ソラ以外には未だに人見知りをしている君島さんはあたしの問いかけに酷く戸惑った様子で、宇宙の服の裾をぎゅっと握りしめて俯きながら返事をした。

「あ……えっと、……うん。いい……よ?はっせんづかさんが……その、よかったら」

彼女の人見知りにも、あたしの手下の宇宙を頼りきっているその様子にもあたしは酷くイラ立った。

そしてそのイラダチは頂点に達してしまい、あたしはそのイラダチを彼女にぶつけた。

「やっぱりいいわ。図書室で君島さんと一緒にいたら皆に変に思われるから」

「……え?……そ、それは……ど、どういういみ?」

「だって君島さんって変じゃない?その金髪も外人風の顔も皆と違うもの。皆と違うってことは変ってことなのよ。そんな君島さんと一緒にいたらあたしまで変に思われちゃう」

一瞬、教室に沈黙が流れた。そしてすぐに君島さんは溢れ出る涙を隠すように机にうつ伏せになった。

あたしはそんな君島さんを見て言い過ぎたかもしれないと思わなくもなかったが、うつ伏せで泣く君島さんを見て嗜虐心を覚えてイラダチが収まったのがわかった。

だからだろう。あたしは横からくる平手に気付かなかった。

――パシッ!!

「マリアちゃんになんて事をいうんだ!!マリアちゃんにあやまりなさい!!世界!!」

優等生だったあたしは今までに両親にすら怒られたことなどなかったし、ましてや殴られたことなどなかった。

誰かに頬をはたかれたことは初めての経験だった。

だけどあたしはそのことにショックを受けるよりも"宇宙に怒られた"という事実にものすごい衝撃を受けた。

あたしにとって宇宙は絶対に怒らない存在だった。

あたしがどんなに我儘を言っても、あたしがどんなに理不尽なことをしても宇宙はあたしをたしなめることはしたが決して怒るようなことはしなかった。

そんな宇宙が怒り顔であたしを睨みつけている姿がとても怖くて。

耳に入る押し殺した君島さんの泣き声が胸に痛みをもたらして。

どうすればいいかわからずパニックになったあたしはその場から逃げ出した。



どれぐらい時が過ぎたのだろうか。

学校を飛びだしたあたしは家に戻る訳にもいかず、がむしゃらに走ったせいで自分が今どこにいるのかわからない状況になってしまった。

辺りを見渡しても周囲の光景に見覚えはない。夕日ももう沈みかけていて夜になりかけている。

魔法を使えばすぐにでも家に帰ることは出来ただろう。

だけど今のあたしはパニックと迷子になった不安でそんなことを思い付く余裕はなくて。

今のあたしはただの迷子の子供と変わりはなかった。

迷っているうちに夜になってしまった。

あたしがいる辺りには灯り一つなく真っ暗で、遠くの方にぼんやりと街灯が一つだけ光っているのが見えた。

あたしは光がある方へ歩きだした。

でも子供の足ではどんなに歩いても中々街灯までつかなくてあたしは暫く暗闇の中を歩くことになった。

暗闇の中を歩いていると他の感覚が鋭敏になってくる。

――ガサガサ

――リーンリーン

――タッタッタッタ

風の音に虫の鳴き声に人の足音。

普段ならなんてことのない音のはずなのに、暗闇の中で聞くとそれらの音には恐怖しか感じなくてあたしの心を不安にさせる。

「……ちゃん!……かい!」

誰かがあたしを呼んでいる気がする。

こんな誰もいない場所であたしの名前が聞こえるはずなどないはずなのに。

おそるおそる後ろを振り向くとそこには闇色が広がっていて誰の姿も見えない。

もう一度よく目を凝らすと暗闇の中にうっすらと人影が見える。そして同時に聞こえる此方に近付く足音と叫び声。

「………!!……!!」

声はどんどん近づいてくる。人影があたしに向かって手を差し出している気がした。

に、逃げなきゃ!

そう思って前を向いて走りだそうとした時、ガシッと肩を強く握りしめられたのがわかった。

不審者に捕まった場合にどう対処するかは頭の中で何度もシュミレートしていた。

こういう場合、想像の中のあたしは全速力で逃げるなり魔法を使って反撃するなりいつだって冷静にピンチを対処していた。

でもいざ実際に不審者に遭遇してみると恐怖のあまり心も体も硬直してしまい、声をあげることすら出来ずあたしはその場で踞ることしか出来なかった。

「……ごめんなさいごめんなさい。やだよぉ。助けてよ……パパ……ママ………………お兄ちゃん……」

前世の知識がある分、誘拐された子供がどのような目に合うかは知っていた。

前世では誘拐された子供の殆どは奴隷や娼婦に落とされたり、最悪の場合は殺されることも珍しくなかった。

あたしの頭の中では最悪の事態を想定していた。

もう家族には会えないかもしれない。

そう思ったら頭の中に浮かんでくるのは頼れるパパ、優しいママ、そして困ったように優しく笑う宇宙の顔。

……最後にもう一度宇宙の顔が見たかったな。

あたしが全てを諦めた時、その声は聞こえてきた。

「どうしたの世界ちゃん。きゅうにしゃがむからビックリしたよ。もしかしてぐあいわるいの?だいじょうぶ?」

振り向くとそこにあったのは困ったように優しく笑う宇宙の顔。

その笑顔を見た瞬間に恐怖も不安もどこかにいってしまって、その代わりに目からどんどん暖かいものが溢れてくる。

「う……うぁあああああああん!よ、よかったよぉぉぉぉ!ご、ごべんだだい………。うぁぁぁぁん!」

「わ、わ!ど、どうしたの!そんなにぐあいがわるいの!?きゅ、きゅうきゅうしゃよぶ?」

困ったような宇宙の声も聞こえてきたけど、ただ宇宙にもう一度会えたことが嬉しくてあたしは感情の赴くまま泣き散らした。





あの後、宇宙は泣きじゃくるあたしを家まで連れていってくれた。

宇宙は学校から飛び出したあたしを心配してずっと探していてくれたらしい。

パパとママにも随分と心配をかけてしまった。

何せ二人にしてみたら宇宙もあたしもいなくなってしまったのだ。

警察にも知らせたみたいだし、ママなんてあたしと宇宙が姿を見せたらその場で泣き出してしまったぐらいだ。

後であたしも宇宙も死ぬほど怒られたけど、両親にまた会えたことが嬉しくてあたしはまた泣いてしまった。







町中を走った上に大声で泣いたせいで今日はぐっすりと眠れそうだった。

ベッドに入ったらすぐに瞼が重くなってくる。

だけど眠気があたしを襲う前に、あたしにはどうしても隣にいる宇宙に聞いておきたいことがあった。

「……ねえ、宇宙。どうしてあたしを探してくれたの?」

「え?それってどういういみ?」

「だって宇宙はあのときにとても怒っていたわ。あたしも君島さんに酷いことを言ってしまったし……」

あたしがそう言うと宇宙はすぐさま答えてくれた。

「ああ、そんなこと。だってぼくは世界ちゃんのお兄ちゃんだよ?お兄ちゃんが妹をしんぱいするのはあたりまえじゃないか」

当然のようにそういう宇宙にまた心が暖かくなってきて。

あたしは何を言えばいいのかわからなくなってしまった。

「なにそれ。意味わかんない。………………ねえ、明日君島さんに謝りたいと思うのだけれど一緒に謝ってくれる?」

「もちろん!!マリアちゃんもきっとゆるしてくれるとおもうよ」

「……………………ありがとう、宇宙。ううん………ありがとう、お兄ちゃん」

「うん!!」

そこにいた宇宙はペットでも手下でもなくて。

この日から宇宙はあたしにとって本当の意味での"お兄ちゃん"になった。



×××



翌日の朝。いつもより30分早く家を出たあたしはお兄ちゃんと一緒に君島さんの家の前にいた。

どうやって謝ろう。君島さんは許してくれるのだろうか。

最悪の想像が頭に浮かんできてインターホンを押すのを躊躇ってしまう。

「世界ちゃん。インターホンはぼくが押すよ」

お兄ちゃんがインターホンを押すと君島さんのお母さんの声が聞こえてきた。

「マリアちゃんと同じクラスの八千塚といいます。マリアちゃんと一緒に学校にいこうとおもって今日はきました。マリアちゃんはいますか?」

その後家の中でガタガタと慌ただしそうな音が聞こえてきて玄関の扉が開く。

お兄ちゃんの顔を見たマリアちゃんは嬉しそうに笑ったが、その横にいるあたしの顔を見ると恐怖に顔を歪めて俯いてしまった。

そんな君島さんを見てあたしはどうすればいいのかわからず戸惑ってしまう。

だけど横から「がんばって」と小さな声で励ましてくれるお兄ちゃんに勇気をもらい、あたしは一歩踏み出した。

「……今日は君島さんに謝りたいと思ってきたの。……昨日はあんなこと言ってごめんなさい!!」

あたしの突然の謝罪に君島さんはビックリして何も答えなかった。

「それでね、君島さんにあたしからお願いがあるの」

「お……ねがい?」

あたしの言葉に君島さんが警戒するのがわかった。

その態度にくじけそうになるが、勇気を出して今朝からずっと考えていた言葉を口にする。

「あたしと友達になってくれないかな?あたしのことは世界でいいから、あたしもマリアって呼んでもいい?」


君島さんは目を丸くして驚いていたが、すぐさま嬉しそうに返事をくれた。

「うん!!」

その満面の笑顔にあたしまで嬉しくなってしまって、あたしと君島さんは……あたしとマリアは二人で笑いあった。そんなあたし達を見てお兄ちゃんまで笑顔になっている。

この日あたしに初めて友達が出来た。便利な駒でもなく引き立たせ役でもなく、あたしから望んだ友達が。

昨日はあたしに"お兄ちゃん"ができて今日は"友達"ができた。

「世界ちゃん、どうしてそんなに笑っているの?何か楽しいことでもあったの?」

「うん?ンフフフフ!ひーみつ!さ、お兄ちゃんもマリアも学校に行こう?早くしないと遅刻しちゃうよ?」

「あ、待ってよ世界ちゃん!ほら、マリアちゃんも急ぐよ!!」

「うん!!」

この後に何が待ち受けているかなんて考えもせず、あたし達は笑顔を浮かべながら学校に急いだ。

――普通の子供とは言えないあたしはもう少し考えるべきだったのだ。

――クラスのアイドルを、円の中心を自覚していたあたしは自分の影響力を考えるべきだった。

そうすればあんなことは起こらなかったかもしれなかったのに……



×××



学校に行くといつもと空気が違っていた。何が違うのかはわからなかったが、それでもいつもと違うということはハッキリとわかった。

でもマリアと和解できて浮かれていたあたしはそれらを無視していつものようにクラスメイト達に挨拶をした。

「皆、おはよう!!昨日は何かごめんね」

「おはよう、世界ちゃん。ぜんぜんきにしなくていいよ」
「おう!おはよう世界。きのうはたいへんだったな。だいじょうぶだったか?」

クラスメイト達はあたしの挨拶にいつものように返事をしてくる。

そこに違和感は感じられない。

なんだ、あたしが感じた違和感は気のせいか。

あたしがそう判断したとき、マリアがおずおずと声をあげた。

「あの、あたしのつくえが……ないんだけど……、どこにあるか、しらない?」

「え?マリアの机がないの?」

「うん……」

あたしが見ると昨日まで確かにあったマリアの机がなくなっていた。

ふと嫌な空気を感じた。慌てて周囲を見渡すとお兄ちゃん以外のクラスメイト達がニヤニヤしながら困っているマリアを見ているのがわかった。

「ねえ、みんな!マリアの机がないんだって。どこにあるか知らない?」

あたしの質問にもクラスメイト達はニヤニヤ笑いを崩さず、嫌な笑いを浮かべたまま答える。

「ええ~?わたしは知らないよ~?きみしまさんが自分でどっかにやったんじゃないの~!?」
「俺も知らねえな。それよりもうすぐじゅぎょうはじまっちゃうぜ」

あたしもマリアもお兄ちゃんも君島さんの机をどこかにやったのはクラスメイト達だとわかったが、何故彼らがこんなことをするのかわからなくて戸惑うことしか出来なかった。

結局マリアの机は見つからず、お兄ちゃんが先生に言って代わりの机を持ってきたことで解決したがこの日から彼らのマリアに対するイジメは激化していった。

下駄箱にゴミ・持ち物がなくなる・無視・わざとマリアに体をぶつけたり転ばせたり.etc

ありとあらゆる嫌がらせがマリアに対して行われた。

あたしとお兄ちゃんは出来る限りマリアのそばにいてマリアを守ろうとしたけど、相手はクラス全員ということもあり中々有効な対処を打つことが出来なかった。

一度は先生に相談したこともあったけど、あたし達以外のクラスメイトが全員グルということもあり、イジメを立証することが出来なかった上に先生にチクったとイジメを激化させるだけだった。



マリアに対するイジメが1ヶ月にもなったとき、憔悴しきったマリアが死んだような目で呟いた言葉は未だに耳に残っている。

「ソラくん……世界……わたし何かしたのかなあ?みんなになにかいやなことしちゃったのかなあ?……なんでこんなことになっちゃったんだろう……」

そう呟いた次の日からマリアは学校に来なくなった。

両親にも先生にも一言も喋らず、ただ無言で部屋に引きこもっているようだった。

あたしもお兄ちゃんもマリアのお見舞いに行ったが、マリアはあたし達にすら口を開いてくれず彼女の心の傷の深さを思いしるだけだった。

「マリアちゃん、大丈夫かな?なんでみんなあんなことをするんだろう……。ぼくにはりゆうがわからないよ」

マリアが学校に来なくなってからお兄ちゃんも元気がない。もちろんあたしも。

だけどマリアが学校に来なくなった原因であるクラスメイト達は相変わらず楽しそうに笑っていて罪悪感など欠片も感じていない様子だった。

あたしは自己強化・自然操作など色々な魔法を使えるが、魔法が使えると知った日から一度も使っていない魔法がある。

それは他人を操作する魔法。

あたしは本能的にそれらの魔法がおぞましいとわかっていたし、やってはいけないことだと理解していた。

だけど人一人を苛めて何の罪悪感を感じていないクラスメイト達にあまりにも腹がたって。

あたしは彼らに操作魔法を使うことを決意した。




放課後、あたしはクラスメイト達に残るように声をかけた。

お兄ちゃんは先に家に帰してあるし、教室に誰か来ないように人払いの魔法をかけた。

あたしの操作魔法にかかったクラスメイト達は催眠状態に近い状態になっている。

今ならあたしが質問すればどんな質問にも答えてくれるだろう。

「マリアをあたしとお兄ちゃんを除くクラス全員で苛めたわね?」

「「はい……」」

この答えは予想通り。操作魔法がかかっていることは確認出来た。

だからあたしはずっと彼らに聞きたかったことを質問した。

「どうしてマリアを苛めるの!?マリアはあなた達に何もしていないでしょう!?」

「「……だって、変だから」」

「え?」

「「世界ちゃんがいった通りわたしたちも君島さんが変だとおもったから。さいしょは軽い気持ちでいじめたけど、泣いている君島さんのはんのうがおもしろくて楽しくなったから」」

あたしはショックを受けた。

あたしがマリアを変だと言ったことが全ての始まりだったなんて……

「じゃあ、じゃあ……マリアが学校に来なくなってどう思ったの!?罪悪感とか、マリアに申し訳ないとか思わなかったの!?」

「「別に。みんなとちがう変なのが学校にこなくなってせいせいした。君島さんはうじうじしてイライラするし、学校にこなくなってよかったとおもった」」

前世の記憶があるあたしは人間には醜いところがあることを知識として知っていた。

でも知識として知っているのと実際に体感するのとでは大違いで。

マリアが学校に来なくなって良かったといいきる彼らがあたしには同じ人間だとは思えなかった。

体がブルブルと震えてくるのがわかった。目の前にいるクラスメイト達が化け物のように思えてきて、あたしは彼らを放ってその場から逃げ出した。




どうやって帰ったのかわからないが気が付いたら部屋にいた。

教室でのクラスメイト達の言葉が頭をよぎる。

『世界ちゃんが変だといったからいじめをはじめた』

彼らは確かにそう言っていた。

つまり、マリアがあんな目にあっているのは全部あたしのせいなのだ。

あたしがマリアに変だと言ってしまったからイジメのきっかけを作ってしまった。

だったらあたしが解決をするしかない。このことはお兄ちゃんにだって相談出来ない。

でもどうやって解決をすればいいのだろう?

先生に言っても、あたしが止めるように言っても効果はなかった。

……ここは魔法しかないのかな?

その結論に至った時、ふとクラスメイト達の言葉が頭をよぎる。

『みんなとちがう変なのががっこうにこなくなってせいせいした』

――魔法を使えるあたしは皆と違う変なのではないか

――魔法を使えることがばれたらあたしもマリアみたいにいじめられるのか

彼らの悪意があたしの目の前にある気がして、その日は悪夢でうなされることになった。




翌日から心の底から湧き上がる恐怖と不安を押しころしながらあたしはクラスメイト達に魔法を使うことにした。

あたしはマリアに向かって変だなんて言っていないし、クラスメイト達もマリアを苛めたなんていう事実はなかった。

あたしは細心の注意を払って彼等一人一人の記憶をそういう風に書き換えた。

それはとても大変な作業だった。クラスメイト全員の頭を触らないと記憶操作は出来ないし、クラスメイト達だけでなく先生の記憶もいじらなければいけないからとても苦労した。

初めての記憶操作をいうこともあり、失敗してしまったこともあったけどマリアとお兄ちゃん以外の全員の記憶を書き換えることに成功した。

ここからが問題だった。マリアは家に引きこもっているから接触するチャンスがないし、あたしはお兄ちゃんの記憶を書き換えるということに抵抗感を覚えていた。

お兄ちゃんの記憶操作は後回しにしてとりあえずマリアからどうにかしよう。

そう考えたあたしは一人マリアの家に向かうことにした。





「あなたは確か以前にもお見舞いに来てくれた八千塚世界ちゃんよね?どうしてここにいるの
?世界ちゃんのお家はこっち方面ではないでしょう?」

マリアの家に近づくと突然後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのはキレイな外人のお姉さんで、それはマリアのお母さんだった。

「あ、マリアのお母さん。えっと、今日はその……」

まさか娘さんの記憶を操作しにきましたとは言えず戸惑うあたしを無視しておばさんは話しを進める。

「あ!もしかしてマリアのお見舞いに来てくれたの!!嬉しいわ!世界ちゃんといい宇宙くんといいマリアにはこんなに良いお友達が出来て。今日は宇宙くんもお見舞いに来てくれているのよ。マリアも二人が来てくれればきっと部屋から出てくれるはずだわ!!」

お兄ちゃんがいるというのは非常に都合が悪い。放課後にみかけないと思ったらまさかマリアのお見舞いに来ているとは……

引き返そうとは思ったけど、娘の友達が来たと嬉しそうに笑うおばさんの笑顔が胸に響いて「都合が悪いので帰ります」なんて口が裂けてもいうことが出来なかった。




「世界ちゃんもきたの?嬉しいな。きっとマリアちゃんもよろこぶよ」

マリアの家にいた宇宙はあたしの姿を確認すると開口一番そういった。おばさんによると、あたしがクラスメイト達の記憶を操作している間にお兄ちゃんはマリアのお見舞いに通っていたらしい。

「うん。それで?マリアは部屋から出てくれそう?」

「ううん……。ぼくが声をかけてもなんの反応もしてくれなくて。せかいちゃんも声をかけてみてくれない?」

そう言われてあたしも二階にあるマリアの部屋の外から声をかけるがやはりマリアは何の反応も示さない。

おばさんは申し訳さなそうにあたし達に謝った。

「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに……。お茶をいれたから下で飲んでいってね」

あたしとお兄ちゃんは暫らくマリアの部屋の前で粘ったが、やはり何の反応もなく諦めて一階でお茶を飲む事にした。

「本当にごめんなさいね。せっかく二人がきてくれたのに……」

「ぼくたちとマリアちゃんは友達ですから。これからもきていいですか?」

「ええ!もちろん!!」

お兄ちゃんとおばさんが話しているかたわら、あたしは適当に相槌を打ちながら考えていた。

クラスメイト達と先生の記憶操作は既に終わっている。だから彼らの中でイジメの事実はなかったことになっている。

だから早いところマリアの記憶を操作して学校に来るようにしなければ非常にまずいことになる。

だってイジメの事実はなかったんだから、先生やクラスメイト達からしてみれば何故マリアは学校に来ないんだってことになる。

下手をすれば今日にも先生からマリアの家で連絡がきてややこしいことになる可能性がある。

今日しかチャンスはない!そう判断したあたしは危険を覚悟で行動することにした。

二人で並んでマリアのお家を後にする。あたしはマリアの家に忘れ物をしたことにしてお兄ちゃんと別れて、一人でマリアの家に引き返した。

おばさんは「もう一度だけマリアに声をかけたい」というとすんなりとあたしを通してくれた。

あたしがどんなに声をかけてもマリアの部屋の扉はやっぱり開かない。

周りを確認。おばさんはここに来る気配はないし、周囲には誰もいないからあたしの姿が誰かに見られることはない。

あたしは呪文を唱えてマリアの部屋の中に転移した。




突然現われたあたしにマリアは言葉も出ないほどビックリしていた。驚愕で固まっている今のマリアなら問答無用で頭を掴んで記憶操作を実行することができただろう。

だけどあたしはどうしてもマリアに謝らなければならなかった。今の事態を招いたのはあたしの責任なのだから。

「久しぶり、マリア。元気そう……とは言えないかもしれないけど無事でよかったわ」

「え?せ、世界?ど、どうやってここに……?」

マリアはあたしが望んで作った初めての友達だった。そしてあたしは友達をこんな辛い目にあわせてしまった。謝罪にはならないかもしれないけど、それでもあたしは彼女に嘘をつきたくなかった。

「うん。魔法で部屋の外から中に転移してきたの。あたしは魔法使いだからね」

「え?え?まほうつかいって?」

「わからなくてもいいの。それより……ごめんなさい!!マリアがイジメられたのにはあたしにも責任がるの!あたしがあんなことをいってしまったから!!マリアには迷惑ばかりかけて……本当にごめんなさい!!」

「……よくわからないけど……世界があやまるひつようなんてないよ。それに……もし世界がわるかったとしてもわたしはゆるすよ。だってわたしと世界はともだちだもん」

その優しい言葉に零れ落ちそうになる涙を必死で我慢して、あたしは優しくマリアの頭を触った。

「クラスメイト達の記憶は操作したから安心して。……本当はこんなことよくないんだろうけど、それでも今の状態よりは良いと思うから。目を覚ましたら今までの辛い記憶は全部なかったことになるから。……またあたしとお兄ちゃんとマリアの三人で遊ぼうね!マリアと友達になれてよかったわ!!」

あたしは彼女の記憶を操作した。




安らかな顔で眠るマリアは心の底から安心しきっている様子で、あたしの記憶操作が上手くいったことがわかった。

時計を見るとあたしが再びマリアの家を訪れてから30分近く経っていた。もう少しマリアの寝顔をみていたかったがもう帰らないと言い訳が難しくなる。

眠る彼女に背を向けたとき、その寝言は聞こえてきた。

「あたしも……あたしも世界とともだちになれて……よかったよ」

あたしは何もいうことが出来なくて静かにその場で泣いてしまった。

マリアの記憶操作が上手くいったことであたしは油断していた。

冷静に考えればマリアの部屋の扉を開けて外にでればいいはずなのに、あたしはよりにもよって扉の外に転移するという方法をとってしまった。

そしてあたしは目撃することになる。口を大きく開いて驚愕の表情であたしのことをみつめるお兄ちゃんを。

「お、お兄ちゃん?な、なんでここにいるの?」

「せ、世界ちゃんがあんまり遅いからなにがあったのか心配して……。い、いまのどうやったの?それにさっきへやのなかでまほうつかいって……。い、いまのって……もしかして……まほう?」

あたしの頭の中にクラスメイト達の言葉が頭をよぎる。

『みんなとちがう変なのががっこうにこなくなってせいせいした』

『みんなとちがう変だからイジメた』

直接体感した人間の悪意はあたしのトラウマになっていて、目の前で驚愕しているお兄ちゃんがあたしを排除しようとする怪物のように思えてきてあたしは恐怖のまま固まってしまった。

「ち、ちがうの……いまのは……その……」

「ぼくは見たぞ!今世界ちゃんはたしかに何もないところから現われた。それにさっき自分は魔法使いだって!今のも魔法なんだろう!?世界ちゃんは魔法使いなんだろう!?」

興奮した様子であたしを見つめるお兄ちゃんに誤魔化しは不可能だと悟ってあたしは絶望を覚えた。

あたしの頭の中では皆に排除される未来のあたしが浮かんでくる。

今まではあたしに笑顔を向けてくれたクラスメイト達も先生も両親も、皆あたしを蔑みの目で見てくる。

マリアがあたしのことを極寒の視線で睨みつける。

『あんたのせいで私はイジメられたのよ。私より変なくせに』

目の前のお兄ちゃんがあたしに拒絶の言葉をかける。

『お前みたいな変なのが妹だなんて最悪だ。二度とぼくの妹なんて名乗るなよ』

何が現実で何が妄想かわからなくなってしまって、あたしは絶望のまま蹲った。

「……そうよ。あたしは魔法使いよ!!それが何!?今までだって魔法を使って色々なことをしたわ!!それの何がいけないの!?」

「世界ちゃん?何を言っているの?ぼくにそんなつもりは……」

お兄ちゃんの言葉なんて耳に入らなくて。あたしは感情のまま叫んだ。

「あたしだって皆と同じが良かった!!……魔法なんかいらない、あたしも普通の人間に生まれたかった。……でもしょうがないじゃない!!そういう風に生まれたんだから!!それなのに変だからって排除されてしまったら、あたしは……あたし達はどうすればいいのよ!?」

絶望に染まったあたしには悪い未来しか考えられなくて体がブルブルと震えてくる。

だけどその震えはすぐに治まった。お兄ちゃんがあたしが大好きな困ったような笑顔で抱きしめてくれたから。

「大丈夫。たとえ、お前が魔法をつかえたとしてもぼくが……俺が大好きな妹であることは変わらない。お前が独りが嫌なら俺が一緒になってやる。同じになるって約束してやる。だからもう泣くなよ…」

次の日からお兄ちゃんは厨二病になっていた。あたしを一人にしないために、あたしとの約束を果たすためにあたしの偽者になってくれたのだ。




×××




「世界?何を見ているの?」

過去に思いを馳せていたあたしは友達の言葉で我に帰る。振り向くとそこにいたのは花子ちゃんと小学校からの親友の君島マリア。

よく学校で一緒にいて、来月の修学旅行でも一緒の班になることを約束している大切な友達だ。

「うん、ちょっとお兄ちゃんのことを見ててね……」

「宇宙を?あれ?あんなとこで宇宙は何してるの?」

お兄ちゃんは教室の後ろでクラスメイトに声をかけてはきまずそうに目を逸らされていた。

「ぬぉ~!何故だ!?何故誰も俺と一緒に修学旅行に行ってくれない!?まさか俺が邪神様の信仰者だからか!?組織の追っ手は俺が必ず追い払う!!だから誰でもいいから俺と修学旅行に行ってくれ~!!」

どうやらまだ修学旅行の班が決まらないらしい。まあ、あんなことを言っているのだから当然だけど。

「宇宙は相変わらずバカだね~。そういえば世界ちゃんと小学校から一緒ってことはマリアちゃんも宇宙と一緒ってことだよね?宇宙って昔からあんなんだったの?」

花子ちゃんの質問にマリアは苦笑しながら答えた。

「いやいやいや。昔はもっとまともだったよ。今と180度違うって。昔は宇宙くんもかっこよかったんだけどねー。今では見る影もないって感じだよ」

あたしはマリアの言葉に苦笑してしまう。

「ねえ、お兄ちゃんをあたし達の班に誘っていいかな?あんなにも哀れな姿はさすがに妹として放っておけなくて……」

「私はいいよ~。宇宙となら仲もいいし。楽しい修学旅行になりそう」

「わたしも。宇宙くんとは小学校からの付き合いだしね。変なの入れるよりは宇宙くんの方がマシでしょ」

二人の了承を得たあたしはお兄ちゃんに近づいていった。だんだんクラスメイト達も登校してきて教室が騒がしくなってくる。

だからあたしはマリアが最後に呟いた言葉を聞き取ることが出来なかった。

「……でも、優しいところは変わっていないと思うよ。優しくて人を大切にするところはまるで変わっていない。あのころのまま、宇宙くんの優しさは変わっていない」



[31660] 厨二病の兄と設定集【ネタバレ有り】【超短編も含む】
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f
Date: 2012/06/08 23:17
八千塚 宇宙(はっせんづか そら)

主人公で高校2年生の16歳。二つ名は魔を操る者。誕生日は1月1日。2年1組に所属。顔はイケメン設定だが厨二病で童貞。クラスの自己紹介で邪気眼を披露しちゃうレベル。そのあまりの痛さゆえにクラス内ではアンタッチャブルな存在として認識されている。妹を溺愛している。(妹に恋愛感情は皆無。ただ、妹に彼氏が出来たら殴ってしまうかも)12歳まではまともだったが、妹を1人にしないため厨二病に目覚める。自らの珍しい苗字と名前が、そして双子で正月に生まれたこともあり、自分は特別な人間だと思い込み5年間。【本物の妹】編で若干まともになるが、未だに厨二病が治る気配はない。ちなみに戦闘能力は一般高校生より弱めです。コンセプトは厨二病、やるときはやる男。成績は学年で30位以内と結構高め。ただし、それを知るのは妹以外に存在しない。(クラスではバカだと思われている)彼の設定では右腕には"封印されし魔神の右腕"が、左腕には"全てを破壊する闘神の左腕"がそれぞれ装備されている。その他の能力は宇宙の気分により変わる。携帯電話のアドレス帳には4件登録(父・母・妹・花子)。今後は増えるかも?ファーストキスは男です!



八千塚 世界(はっせんづか せかい)

宇宙の双子の妹。誕生日は1月1日。宇宙と同じ高校で2年1組。Dカップの黒髪ロング。成績は学年1位。空手部所属で次期部長が決定してるとか。才色兼備、文武両道を地でいく人物で基本的にハイスペック。クラスでは学級委員長をしている。ファンクラブとまではいかないが、そこらのアイドルよりはよっぽど可愛い。ラブレター&ラブメールは最低でも一週間に10通以上はくる(噂によるとその中の1割は女の子とか)。しかし、本人に彼氏をつくるつもりはない。基本的にブラコンかな(宇宙に恋愛感情はない。ただ、宇宙に彼女が出来たらちょっと不機嫌になるかも)。実は前世の記憶があり魔法を使える。本物の魔法少女。宇宙が厨二病に目覚めるきっかけを作った人物。得意魔法は記憶操作。最近は深夜に家を抜け出し魔法の練習をするのがマイブーム。宇宙のことを世界で一番信頼&尊敬している。コンセプトは何でも出来る妹ちゃん。



中条 優(なかじょう ゆう)

男…いや、男だよね?スネ毛や腋毛?もちろん生えませんとも。見た目はショートカットの美少女。全寮制の男子高である貝原高等学校に通う17歳。世界の親友で一人称は僕。宇宙さんには敬語です。誕生日は5月24日(ホモの日?)同性愛者で中学の時から宇宙一筋(世界は同性愛者ってことは知っているが宇宙を好きなことは知らない)。そこらの女の子よりよっぽど可愛い。性格はおしとやかで謙虚、好きな人の言う事にはなんだかんだいいながら言う通りにする男の理想を実現したような人間。でも、男の子。高校では無自覚ハーレム(中には芸能人もいるとか)を作っている。男も女もゲイもレズも全員惑わす魔性の男。彼が貝原高等学校に行ったのは宇宙への思いを忘れるため。でも、結局忘れられず、宇宙への想いは強くなった。ファーストキスは好きな人。次に宇宙に会ったら告白するかも?イメージアニマルはチワワ。コンセプトは男の理想、曖昧な性。現在の目標は宇宙のアドレスを手に入れること。いじらしい…



山田 花子(やまだ はなこ)&ソフィア・クロスベル

6月に2年1組に転校してきた女の子。生粋の日本人。社長令嬢。美少女で貧乳(AAカップ。ブラジャーの必要ってあるかな?)、童顔、低身長、見た目は小学生そのもの。小学6年生の時にアメリカに行く。元いじめられっこ。アメリカで出来た友人は3名、スーザン・マリアンヌ・ジョアンナ(全員Fカップ以上)アメリカではその見た目と日本人の童顔ゆえに、5歳児以上に見られたことがないとか。アメリカにいるときに年齢を勘違いされて、天才3歳児として特集を組まれた経験がある。日本でも同様でバスや電車は基本的に子供料金です(本人は大人料金を払いたいのだが、駅員達に高校生だとしんじてもらえない)。英語はペラペラ。学力は宇宙以上世界未満。国語が若干苦手かな?天使キャラでキャラを作っていたが、宇宙さんの活躍でやめる(詳しくは天使の転校生で)。宇宙のことは最も信頼できる友達だと思っている(恋愛相手としてはありかな。仮に宇宙から告白を受けたとしたら1週間悩んだ末にOKをする程度には宇宙のことが好き。ただ、現在では愛情より友情の方が大きい)。コンセプトは役者、ネガティブ。参考人物は小倉○子。祖父のことが大好きです!


白戸幸恵(しらとさちえ)

2年3組所属で、宇宙達と同じ学校。通称、さっちゃん。辛うじて美少女。ただ、平均に限りなく近い容姿。文化系で野暮ったいおかっぱの女の子。宇宙のことが大好きなヤンデレでキチガイな女の子。欲しいものを手に入れるのに手段を選ばない。好きな人の全てを手に入れなければ気がすまない性格。実は戦闘能力はかなり高め。現在は幼馴染2人と想い人の記憶を忘れて一般生徒として過ごしている。最近(本編終了後)の悩みは体重が一気に10kg増えた事。美形な顔が大好きで、男を宝石と同程度の価値と思っている。裏設定として、彼女の両親は娘の異常性に怯えて海外に逃げたということになっている。演技力は高めで近所の人に優しい女の子として大変好評。過去に黒部修吾をストーカーしていた。灰川瑠美をひきもりにした張本人。その方法は大変えげつなく、チンピラを雇って灰川瑠美を襲わせる、無言電話を24時間かけ続ける、常に誰かに見張らせるなど様々なことをした。*詳しく書くと18禁になるので一部抜粋。コンセプトはヤンデレ・したたかな女の子、真正のキチガイ。参考は作者の別作品の某ヤンデレ僧侶さん。


楠木 誠(くすのきまこと)

高校1年生の空手部所属。ギャルゲーの主人公体質で容姿・能力共に秀でたところはないが何故か美少女限定でモテる。男と女が争っている現場に遭遇したら、たとえ女の子が100%悪い状況であっても絶対に女の子の味方をする。何故かよくラッキースケベに遭遇する。コンセプトはギャルゲーの主人公。どんな行動でも彼の行動は美少女達には好意的に写る。戦闘能力は女の子がいるとき限定で強い。(普段は通常の高校生並) 特徴は鈍感、特技は美少女を惚れさせること(美少女限定)。日本で唯一ハーレムが許される人。


馬場園 麗香(ばばぞのれいか)=REIKA=馬仮面

夏にデビューした新人アイドル。スタイル抜群の美少女。ファーストシングルはミリオン達成の快挙。これからバンバンテレビに出る予定。テレビではおしとやかで清楚&謙虚の大和撫子キャラで売っているが、実際は毒舌・シモネタ大好きな女の子。世界のマブダチで2年5組に所属(1組とは校舎が違うので宇宙と面識はない)。基本的に他人のことを○○さんのようにさん付けで呼ぶ。仕事用とプライベート用の二つの携帯を持っている。プライベート用の番号は家族以外には極少数の人しかしらない。馬グッズが大好きで、ぬいぐるみ・写真・マスクなどありとあらゆる馬に関するグッズを所有している。実家は金持ち。別荘を所有しています。出会い推進委員会に所属していてカップル誕生の手助けをしている。宇宙に興味を持ち友達になった。

加藤 加奈(かとう かな)

23歳の新人教師。2年1組の担任で現国が担当。気が弱い。髪型はセミロング。現在彼氏なし(大学生時代には彼氏がいたが浮気をされて別れました)。世界のことはクラスで一番信頼しているが、その兄である宇宙のことは怖がっている。もしかして、男運が悪いかも?話が思いついたら彼女の活躍もあるかもしれない。


黒部修吾(くろべしゅうご)

爽やか系イケメン。宇宙達とは違う学校に通う男子高校生。幼い時から灰川瑠美一筋の純情少年。中学3年の時に念願かなって付き合うことになったが、白戸幸恵の妨害によりその恋はわずか1ヶ月で終わる。かなり善良な人間で、たまたま寄った公園で白戸幸恵と宇宙が一緒にいるのをみかけて宇宙に忠告するために宇宙が1人になるチャンスを伺っていた。過去に白戸幸恵に1週間監禁されたことがある。でも、灰川瑠美を殺すと脅されて誰にも言えなかった。世界に白戸幸恵の記憶を消された後、改めて灰川瑠美に告白をした。



灰川瑠美(はいかわるみ)

ポニーテールの元気溌剌系美少女。中学の時までは学校の人気者で大変モテていた。中学3年生の時にずっと好きだった黒部修吾に告白されて付き合うことに。しかし、付き合ってから身の回りの様々な出来事が。
様々な嫌がらせで心身ともに狂いそうになった時、黒幕の要求により黒部修吾と別れることに。それからずっと部屋に引きこもっていた。最近、幼馴染の男の子の告白と説得により部屋からでることに。現在、彼氏とはラブラブです!


橋本 菫(はしもとすみれ)

誠のハーレム要員その①眼鏡の黒髪ロングで巨乳。お姉さんタイプ


坂下 蓮華(さかしたれんげ)

誠のハーレム要員その②ポニーテールの美少女。貧乳。同級生タイプ


渡辺 葵(わたなべあおい)

誠のハーレム要員その③金髪ツンデレロリ巨乳。ツインテール。幼馴染タイプ


柳田 光司(やなぎだこうじ)

誠の親友キャラ。エロイ。出番は特にない



山田 源蔵(やまだ げんぞう)

通称、セバスチャン。花子の祖父にして世界的大企業の会長。年収は10億を超えるとか。ただし、ネーミングセンスはない。孫大好き人間。孫のためなら自分からパシられるが、そのたびに秘書に怒られている。普段着?ステテコですとも



八王子 祐也(はちおうじ ゆうや)

イケメンだけど外道。とっても悪い人。仮面優等生。現在は警察につかまって裁判を待つ身。実名報道はされていないが、八王子に恨みを持つ奴がネットに個人情報を流出させてモロバレだとか。某掲示板で祭りがおきた。

DQN

名前がない可哀想な人。実は童貞でした。

母、父

登場するかどうかわからん。ただ、仕事は忙しい。


*とりあえずのキャラ設定はこんなところかと。今後増える可能性あり。




おまけの超短編。不定期で変わります。キャラのイメージが崩れる可能性があるので嫌な方は読まないで下さい。



※IFワールド~~会話文のみ。誰が誰かは当ててね。(今回はなし)


おまけ

『診断メーカー』というサイトで兄の名前で診断してみました。いくつか結果を載せます。


診断①:八千塚宇宙の彼女のプロフィール


『19才、148cm、44kg、金髪ロング・スト、清楚系、冷静、趣味はスポーツ観戦、Bカップ』

※リアルにありそうだわ


診断②:八千塚宇宙の正しい飼いかた

『1.散歩させる時は手を繋いで下さい。 2.構って欲しいとちょっかいを出してきます。 3.色々な刺激を与えることで立派なキモオタに成長します。』

※あれ?このサイトの作成者、兄のことを知っている?


診断③:八千塚宇宙は日本人の中でどれだけ異性に縁が無いか順位を調べた

『第6425409位 ※日本の人口は約1億2800万人』

※これはおおはずれ。多分、トップ30には入る。






昔書いた小説のプロローグ


仮題『劣等感』


僕には2人の幼馴染がいる。男と女とひとりずつ。僕の幼馴染達は異性にとてもモテる。 僕の幼馴染達は勉強も運動も魔法も何でも出来る。僕の幼馴染達は人望があっていつでどこでも人気者だ。

一方、僕はどうだろうか。容姿は並み、告白なんてしたこともされたこともない、勉強も運動も平均点、魔法の実力は落ちこぼれ、友達と呼べる人間は極少数。彼等を主人公とするなら僕はせいぜい村人Aってところだろう。

子供の頃までは良かったんだ。2人の幼馴染であることが嬉しくて、自慢したくて、誇りですらあった。でも、今では一緒にいることが苦痛になってきている。だってそうだろ?皆が僕と彼等を比べるんだ。親に見捨てられていることも知っている。クラスメイト達が僕のことを彼等の腰巾着と呼んでいるのも全部知っているんだ。彼等といると僕のプライドはズタボロにされて、どうしようもない劣等感に苛まれる。2人から距離を置こうとしたこともある。でも彼等は僕を放っておいてくれない。『幼馴染』の名の下に、僕がせっかく離した距離をいともたやすく詰めてくるんだ。勿論、これが贅沢なことはわかっている。彼等と仲良くしたい人間に殴られても仕方ないこともわかっているんだ。でも僕はもう限界なんだ。一緒にいることが苦痛で、彼等2人のことが憎くて、いつでも劣等感と嫉妬心を感じてしまう現状に疲れてしまった。でも、主人公に村人Aが逆らうことは出来ない。だから僕は『幼馴染』の仮面を被って彼等と一緒にいる。憎悪と嫉妬心と劣等感を仮面で覆い被して。それが八つ当たりだって自覚しながら。


×××


「ハル、待たせたな。エルザはまだ来ていないのか?」

「うん。今日は人数が多かったから少し時間がかかるって言ってたよ」

教室で本を読んでいる僕に話しかけてきたのは幼馴染のひとりであるトウヤ・シャイン。イケメンで運動も勉強も出来るパーフェクトボーイだ。中等部にして大人顔負けの魔法の実力を持っている。性格はリーダーシップに溢れ、正義感が強く、誰にでも優しい。短所を探す方が難しいと言われている。当然の如く異性にモテていて、学校の女子の2/3は彼のこと好きだと聞いたことがある。勇のことを考えていたら教室の扉を開ける音がした。

「おっ!噂をすれば来たみたいだな。今日は何人いたんだ?エルザ?」

「ハルちゃん、トウヤくんお待たせ~!!う~んとね、今日は20人いたかな。トウヤくんは何人ぐらいいたの?」

「俺は15人だったな」

今来た女の子はもう1人の幼馴染のエルザ・スノーだ。長くて腰まである黒髪は絹のように艶やかで肌は雪のように白い。形のいい目、鼻、口が奇跡的なバランスで配置されていて見る者全てを魅了する。性格の方はトウヤの女バージョンと言ったところか。彼らが話しているのは、彼らが放課後に告白された人数のことだ。トウヤは15人、エルザは20人に今日は告白されたってこと。今日は中等部の卒業式だからかなりの人数になるとは予想していたけど予想以上で驚いた。その間に僕は教室で彼らのことを待っていた。なんで1人で帰らなかったって?僕だって帰りたかったさ。でも彼らは言ったんだ。『一緒に帰りたいから教室で待っていてね』ってね。そう言われてしまったら、帰りたくても帰れない。だってそうだろ?僕が教室をでようとすると、周りの人間が咎めるような視線を向けてくるんだ。『なんであの2人の言う事を無視するんだ、お前ごときがあの2人に逆らっていいと思っているのか?』と。そんな彼らの視線を無視できるほど僕は勇敢ではない。だから、嫌々彼らのことを待っていたんだ。

「エルザもきたし帰ろう。中等部最後の日だしどっか行かないか?お祝いしようぜ!ハルはどこに行きたい?」

「う~ん。何処かに行くのは良いんだけど、今日は卒業式で疲れたから出来れば早く帰りたいかな。それに今お小遣いが厳しいんだ」

角が立たないように、もっともらしい理由をつけて誘いを断る。お前らとどこかに行く?冗談じゃない。僕は一秒たりともお前らと一緒にいたくないっていうのに。

「なんだ金欠かよ!だったら俺がおごってやるよ。親戚から卒業祝いをもらったばかりだから軍資金はたんまりあるぜ」

「そうよハルちゃん。私も出してあげるから一緒に行こう?」

「2人の気持ちは嬉しいけど遠慮しとくよ。友達同士とはいえ金銭の貸し借りはあまりしたくないんだ」

「俺たちはそんなの気にしないぜ?それに貸すんじゃなくておごるんだ」

2人のこういうところは本当にムカツク。子供の頃はこの気遣いがとても嬉しかったが今はウザイだけだ。本当に僕のことを思うならさっさと僕を家に帰してくれ。

「いや、やっぱりおごってもらうのは悪いよ。僕が懐に余裕がある時に改めてお祝いしようよ」

「そうか?ハルがそう言うならいいんだけどよ。じゃあ帰ろうか」

三人で並んで下校する。真ん中に僕、右にエルザ、左にトウヤ。幼い時から変わらない並び順。子供のころと違うのは、僕の左右には羨望と賛美の視線が、そして僕には嫉妬と蔑みの視線が向けられること。校門に向かって歩くと同級生、後輩、男女関係なく生徒達の憧れの声と蔑みの陰口が聞こえてくる。

『トウヤ先輩とエルザ先輩だ!!2人とも綺麗…美男美女のお似合いの2人ですよね。今日で卒業しちゃうなんて残念だな』

『ああ。俺もあの人達と一緒の学校になりたかった』

『…ところで、あそこで2人の邪魔をしている人って誰なんですか?可も無く不可もなくどこにでもいるような顔ですね。なんであんな人が先輩達と一緒にいるんですか?』

『あいつはあの2人の腰巾着だ。2人の優しさに漬け込んで付きまとっているんだよ。最低な奴だよ、あいつは。魔法高校まであいつはあの人達と一緒にしたんだぜ?どこまであの人達に寄生するつもりだよ。中等部にいる間にあいつをあの人達から引き剥がしてやりたかった』

この程度の陰口は馴れている。幼い時から常に言われ続けてきたから。でも、馴れているからといって何も感じないわけではない。僕がこいつらと同じ学校を望んで選んだ?選ばざるを得なかったんだ。僕だってこいつらから離れたかったさ。ただ、親が許してくれなかった。トウヤとエルザと同じ魔法高校に入れっていわれたんだ。シャイン家とスノー家の子供に負けるなってね。僕を引き剥がすって?どうぞやってくれよ。僕はこいつらから一秒でもはやく離れたいんだ。だからこいつらと一緒に帰るのは嫌なんだ。嫌でも陰口が耳に入ってくる。みんなは2人のようなスーパースターが僕みたいな一般人と一緒にいるのが気に入らないらしい。最も、のんきに2人で話している彼らはそんなこと気にしないんだろうけど。

「? ハルちゃんどうかしたの?なにか考え事をしているみたい」

「なんでもないよ。ちょっとボーっとしてただけだから」

「そう?あ、それでね…」

トウヤと楽しそうに話を続けるエルザ。そして愛想笑いを浮かべる僕。わかってる、わかっているんだよ。2人が僕のことを気にしてくれていることは。僕のことを幼馴染として大切にしてくれていることぐらいわかっているんだ。ただ、今の僕にはトウヤとエルザが楽しそうに喋っている光景を捻くれて見てしまうんだ。美男と美女がイチャついて僕に見せ付けているように感じてしまうんだ。彼らといると酷く劣等感を刺激されて、純粋に僕のことを心配してくれている幼馴染達に嫉妬心を抱いてしまう。憎悪を向けてしまう。だから彼らと一緒にいるのは嫌いなんだ。自分が酷く醜い人間だって思い知らされてしまうから。こうして僕はまた自分のことが嫌いになる。どんどん心が荒んでいくんだ。

「…ル、ハル?聞いてんのかよ?」

「え?あ、ごめん。えーと、何の話だっけ?」

「だから、同じ魔法高校に入れて良かったなって話。俺らは生まれてからからずっと一緒だもんな」

「そうだよね。今までずっと一緒だなんて普通ないよ?きっと私達3人は特別な絆で結ばれているんだよ」

「…そうだね」

そう。忌々しいことに僕は彼らとずっと一緒の学校で同じクラスなんだ。僕には神様に嫌われているとしか思えない。彼らは今までにどんな素晴らしい人間がクラスにいても僕と仲良くしようとする。僕を優先しようとする。結果、僕はクラスメイト達から嫉妬の視線しか向けられたことがない。そんな嫉妬の対象になっている人間が友達なんか作れる筈がない。だから幼馴染達以外、同じ学校に友達はいないんだ。

「魔法高校でも同じクラスになれるといいな。ま、違うクラスになっても俺達の友情は不滅だけどな!!」

「あはは。そうだね……」

高校では新しく人間関係を作りたいから僕に近付かないでくれと言えたらどれだけ楽だろうか。結局、僕は幼馴染達のことが嫌いだけど、嫌われたくはないんだ。ああ、なんて滑稽なんだ。


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