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[30740] 【短編集】彼女たちの4年後・カオス編
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/12/18 15:19
 
 彼女たちの4年後、なんかもういろいろカオス





新暦79年9月21日。J・S事件の4年後に当たるこの日の午後、ミッドチルダ首都クラナガンにあるナカジマ家にて、1人の少女の咆哮が響き渡っていた。

「出遅れたーーーーー!!」

 両手で頭を抱えながら天を仰ぎ、他所様のお宅で大声を上げるという珍態を晒している少女の名前はルーテシア・アルピーノ。

 先ほどまでクラナガンの丘の上の厳粛な空気の中で、静謐に死者への祈りを捧げていた少女と同一人物とは到底思えないほどの有様である。これからまだ仕事があるからと分かれたアギトがそれを見たなら、こめかみを押さえながら呆れていたことだろう。

 「ル、ルーちゃん声大きいよ!」

 「そうだ、落ち着けよお嬢」

 ナカジマ家に遊びに来ていた格闘少女およびナカジマ家の五女が宥めるも、彼女のヒートアップは止まらない。

 「私がいない内にナカジマシスターズのコスプレパーティーが開催されてたなんてー! 秘蔵のコレクションを試させるまたとないチャンスだったのにー!」

 「ん? なにやら不穏な言葉が聞こえたような」

 「私たちに何着させるつもりだったんだろ……」

 ルーテシアの絶叫の後半部分になにやら良からぬ気配を感じ、年下の少女に警戒心を抱き始める次女と三女。

 「まあまあ、それはそれで面白そうじゃないっスかね。あたしはちょっと興味あるッスよお嬢の衣装に」

 そして、コスプレパーティの張本人ウェンディは、生来の楽天的な性格もあり、ルーテシアの秘蔵コレクションとやらに興味があるようだ――――が。

 「うおおお! 悔しい悔しい着せたい着せたい! 洋メイド! 和メイド! ナース! 白衣! 軍服! ウェディングドレス! ゴスロリ! チャイナ服! バニーガール! レースクイーン! スク水! SM女王様! ソニック! 真ソニック! 裸Yシャツ! 裸エプロン! 裸リボンーーーー!!」

 その魂の叫びを聞いて、流石のウェンディも遠慮したくなった。というかウェンディだけじゃなく、その場の全員がルーテシアの将来が心配になった。それでいいのか14歳、と。

 「ねえ、ルーちゃん、まさかそれ全部持ってるの?」

 「てゆうか、最後の3つはマジに何だと問いたい」

 「私はむしろ途中のほうに聞き捨てならない言葉があったような……」

 リオ、ノーヴェ、ヴィヴィオの順番でツッコミが入る。特に最後の1人は片親の尊厳のためにも、そのラインナップに混ぜるなと言わねばと誓っていた。

 「じゃあせめてコレだけでも!」

 といいながらモニターに映し出したのが元ナンバーズの戦闘スーツだったので、あやうくノーヴェが切れるところだった。ちょうどさっきピンポイントにこの話題をしていただけに尚更。チンクとディエチはあのデザインを決めた2番目の姉と、それを止めなかった一番上の姉を初めて恨んだという。

 その後、有名店で買ってきたオペラとマカロンを奉納し、なんとか荒ぶる召喚士の御魂を鎮静させることに成功した。いや正直、このままクラナガンで白天王召喚する勢いだったのだ。

 そうなっては、もういっそキャロを呼んでヴォルテールを召喚してもらって、特撮の映画でも撮ろうか、と自棄な意見も出たほど今回のルーテシアの暴走っぷりは凄まじかった。

 なお、その際この手のことに慣れてないアインハルトは、一切付いていけずに置いてけぼりを喰らって、少々寂しい思いをしていたのは余談。






 まあ、そんなこともあったが、とりあえずは落ち着いて女3人よれば姦しいの言葉どおりに談笑していく。

 「そうそうコレコレ、以前八神ファミリーが来たときにやったオフトレの時の映像、この前見たいってアインハルト言ってたから持ってきたよ」

 アインハルトは今では数少ない古代ベルカの流派を使うので、同じ古代ベルカの使い手である八神の騎士たちの戦闘の映像などを見たいと、以前話していた。なのでルーテシアは彼女の家で行ったオフトレのときの様子を収めた映像を、折角なので持ってきたのだ。

 「わざわざすみません、どうもありがとうございます」

 「あーあの時のやつかぁ……… ルーちゃん、全部写してるの?」

 ルーテシアの言葉にアインハルトは礼儀正しくお礼を述べるが、コロナはなにやら嫌な予感がして尋ねる。もしそうであれば、彼女の記憶が正しいのならあまりもう一度は見たくない映像が写っているだろう。

 「もっちろん。元データを、見ていて盛り上がるように私が編集してあるから、そんじょそこらのアクション映画より楽しめる仕様よ」

 「そうなんだ……」

 「どしたのコロナ……… あ~、そっか、ひょっとして例の……」

 コロナの態度を疑問に思ったリオだったが、思い当たる事があったのか、彼女も納得顔になってやや遠い目をする。その2人の様子をアインハルトは少々訝しげに眺めていたが、すでに興味の七割は映像のほうに向いていたので、その場は流してしまった。

 後に2人の様子の原因がわかり、彼女も納得することになるのだが。

 「あたしたちは知ってるから、向こうでカードゲームでもしてるよ、ね? コロナ」

 「うん、そうだね」

 2人ともあまり見たくなかったのかなぁ、まあけっこうショッキングな光景だったからなぁ、と去っていく2人を見送りながらヴィヴィオは思う。彼女は以前から守護騎士たちの能力や過去の出来事を、母親ーズから聞いていたので、その当時でもそこまでショックは大きくなかった。

 「さて、それじゃあ早速見ましょうか」

 「そうだね、モニターで見るのははじめてだなぁ」

 「はい、楽しみです」
 
 期待に目を輝かせながらモニターを見つめるアインハルト。彼女の表情が期待と興奮から驚愕と畏怖で塗り替えられるのは、これより3分後のことになる。





 オフトレの内容は、八神家VS星組&雷組という組み分けでの集団戦であった。

 細かく言えば、はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、アギトVSなのは、フェイト、スバル、ティアナ、エリオ、キャロの6対6の編成。リィンは人数が合わないので審判役で、お子様達はとても入れないので観客に。

 カタログスペックでのみ述べれば、八神家のほうがかなり上だが、だからこその団体戦だ。戦い方、戦術の組片次第では、データ的に上回る相手でも勝利する事が出来るのがコンビネーションの妙というヤツだろう。相性によっては、数値的に見ればどう考えても話にならない八百万だって無量大数に勝てるのだ。

 だがしかし、八神家にとっては集団戦こそをもっとも得意としていたりする。

 開始早々、はやては大威力・広範囲の殲滅魔法の詠唱に入り、そうはさせじと最速のフェイトがはやて向かって斬りかかる。

 「ハアアアァァ!」

 「主のもとには行かせん」
 
 それを止めるのは盾の守護獣ザフィーラ。彼の本領は専守防衛にこそあり、夜天の主の守護こそが彼の役割。そして完全に防御に徹したザフィーラは、フェイトであっても容易に突破できはしない。

 鉄壁の盾の突破が唯一可能なのが、なのはの全力全開の極大砲撃。だからこそ一気にブラスターモードでザフィーラを崩そうとしたなのはだが、そこへ炎熱の化身が彼女へ打ちかかる。

 「やらせんぞ高町!」

 「! レイジングハート!」

 『Protection』

 アギトとユニゾンしたシグナムが、一気に間合いを詰めて来ていたのだ。ザフィーラを崩すために魔力の集中に気を割いていたなのはは、一瞬それに気づくのが遅れたが、持ち前の防御の高さで防御を成功させていた。

 だが、元来なのはは中・遠距離を得意とする典型的なミッド式の魔導師。相手が格下ならば近距離でも対処できるが、アギトとユニゾンしたシグナムは核上と言って良い相手だろう。ならばこそ、その様子を見たキャロはなのはにブーストをかけ、ティアナもなのはの援護に向かう。

 だが、そうしている間にもはやての詠唱は進んでいく。多すぎる魔力を持つが故に、リィンのサポートがなければその運用が難しいはやてだが、それでも時間がより多くかかるというだけで、使えないわけではない。

 だが、やはりいつもの倍以上の時間はかかるのは事実、今もまだ詠唱は完成されていない。だからフェイトが足止めされた以上、自分達が行かねばと、フェイトに次いで機動力が高いエリオとスバルが向かうが――

 「おっと、この先は通行止めだぜ」

 鉄槌の騎士ヴィータがそれを阻む。彼女は古代ベルカ式には珍しい万能型で、高速機動をしながら誘導弾の制御も出来るため、2対1でも十分に足止めが可能だ。

 「私は大丈夫だから、2人はヴィータちゃんを倒しにいって!」

 その様子を横目で見ていたなのはが、ティアナとキャロに指示をだす。このままでは硬直状態で、はやての詠唱を完成させてしまう。ならばどうやってもどこか一箇所を崩さねばならないのだ。

 視点を逆にすれば、ザフィーラをフェイトが押さえ、シグナム・アギトをなのはが食い止めているのだ。ならば残りで一気にヴィータを攻略することができる。倒せなくともヴィータを掻い潜り、はやての詠唱の阻止さえ出来れば、まずはそれでいい。

 4対1なら可能だろう、となのははそう判断し、それは他の5人も同意だった。

 さて、ここで各人の現状をもう一度おさらいして見よう。

 はやては大規模魔法の詠唱中で、それを守るザフィーラとフェイトが交戦中。

 シグナムはアギトとユニゾンし、なのはがなんとかそれを抑えている。

 そして旧六課のフォワード組は、一気にヴィータを抜かんと向かっている。

 …………1人、まったく動いていない人物がいるが、切迫した状況で、なのはたちはその人物への警戒を怠ってしまっていた。そしてそれこそが彼女たちの敗因となったのだ。

 「紫電一閃!!」

 「まだまだ!!」

 全力を込めたシグナムの一閃を、同じく全力で受け止めるなのは。というか実質2対1での現状では、全ての魔力をシグナムの剣を止めるバリアに込めなければやられてしまう。

 ―――それこそが、その瞬間こそが、”彼女”が狙っていたものだった。

 「え」

 その時なのはが洩らしたのは、そんな小さな呟き。一瞬自分に起きた事が把握できず、呆けたような表情でその光景を見つめてしまった。

 即ち、”自分の胸から手が生えている”という、いつかどこかで見たような光景を前にしても、やはり咄嗟の対応が出来ずにいた。その手は柔らかい女性の繊手で、考えるまでもなく誰ものかはわかるのだが。

 「なのは! って……え?」

 親友がやはりいつかどこかで見た様な状況になっているのを見て、すぐさま駆けつけようとしたフェイトだったが、彼女もまた自分の胸から生える腕をみるハメになっていた。

 違いがあるとすれば、なのはから生えているのは右手、フェイトから生えているのは左手ということだろうか。だがそれも当然、”彼女”のデバイス・クラールヴィントは両手の指に2つずつ嵌めているモノなのかだら。
 

 つ   か   ま   え   た

 
 柔らかい声色でありながらも、どこまでも冷たく感じる死神の宣言とともに、彼女――シャマルは両の手にあるリンカーコアを握りつぶした(むろん後遺症が残らないように)

 10数年ぶりにシャマられた2人は、懐かしくも恐ろしい感触を味わいながらそのまま意識を失い、戦線離脱を余儀なくされたのだった。

 「な!?」

 「ええ!?」

 「うそ……」

 「え? え?」

 主力の2人が早々にシャマられるという、あまりにあまりの事態に、残った4人はその事実の認識に頭が追いつかず、その場で棒立ちになってしまう。それも無理からんことで、彼らはシャマルの切り札を今まで知らなかったのだ。

 だが、彼らがそうして忘我の状態になってしまったとところへ――


 「灰燼と化せ冥界の賢者、大いなる鍵を以て開け地獄の門――闇に染まれ、デアボリックエミッション」


 八神はやての溜めに溜めた極大広域殲滅魔法が完成した。

 マズイ! 咄嗟に逃げる4人だったが、機動力が低いティアナとキャロは抵抗むなしく闇へと呑まれて行く。残りの2人はなんとか懸命に広がる闇から逃れようとするも―――

 「いらっしゃ~い、お馬鹿さん」

 「残念だが、ここまでだ」

 すでに先回りしていたヴィータとシグナムによってKOされるのだった。


 これにて模擬戦終了。開始よりまだ3分も立たないうちに、なのはチームの全員気絶という結果を以って、八神家の勝利となった。


 ちなみに、それ以降の模擬戦では「シャマるの禁止」という決まりができたという。




 「………………」

 「………やっぱり改めてみてもショッキング映像だなァ」

 「ははは、アレパっと見反則だよねー」

 モニターを眺めていた3人の間には、どこか重たい空気が漂っていた。とくにアインハルトはあまりの光景に声も出ない様子だ。

 それも仕方ないことだろう、彼女の認識では古代ベルカ式=近接戦という構図だったので、まさかの裏技的な攻撃に文字通り目をむいてしまっていた。

 「でも、これはこれできちんと戦術たててるのよね」

 「そう、なんですか?」
 
 反則全開の裏技のように見えたアインハルトには、そのルーテシアの言葉は意外なものだった。

 「うん。シャマルさんのあの技『リンカーコア摘出』はね、防御が高い相手や高速移動してる相手には出来ないの。だからシグナムさんが全力でなのはさんの防御を自分に集中させて、そしてフェイトさんはもともと防御が薄いから、あの光景で動きが止まった瞬間を狙った、というわけ」

 「うん、はやてさんが最初から大規模魔法を詠唱したのもその布石。でもそれが失敗してもさらに別の連携が何通りもあったらしいから、八神家の人たちはホントに凄いんですよ」

 「そうなのですか……」

 基本タイマン上等な魔法格闘少女であるアインハルトには、そうした戦い方は新鮮だった。見た目こそショッキングだが、彼女達はその影響すら考慮して戦術を立てていたのだ。

 「これが古代ベルカ式の人たちの戦いなのですね」

 「見た目は凄いアレだけどね」

 ルーテシアの編集で、なのはたちがシャマられている時はズームになったりスローになったりしたので、余計視覚効果が大きいものになっていたため、その衝撃度は実際見たヴィヴィオにとっても5割増しだった。

 「こういう戦い方もあるのですね、とても参考になります」

 「コレ以降、シャマるの禁止になったから、もし八神家と模擬戦することになっても大丈夫よ」

 「シャマるって………」

 そうしたやり取りをしながら、モニター視聴組は再び2回戦の様子を見ていく。その次以降は実に白熱した互角の戦いで、見ていて熱くなるものだった。

 1回戦目が見ていて背筋が震えてくるものだったために尚更に。






 さて、こちらはナカジマシスターズ。今彼女達はルーテシアが持ち込んできたゲームをプレイ中である。

 ゲームの名前は「クトゥルフの呼び声」で、TRPG(テーブルトークRPG)というジャンルのゲームである。TRPGとは架空の世界、架空の人物を演じて怪物と戦ったり事件を解決したりするもので、これを1人でするのがゲームブックであろうか。

 舞台設定、人物設定などはゲームによって異なる。中世ベルカを基にした剣と魔法の世界で騎士や冒険者に扮して地下迷宮に潜って魔獣を倒したり、迫り来る黒き魔術の王サルバーンの軍隊と戦ったりするものもあれば、ずっと未来の空中都市で息詰まる空中戦を演じたりするものあり、中には時代を超えて旅するものや、人間外の動物になりきるものもあるのだ。

 そして、ナカジマ4姉妹がやっているのは、とある港町の広い屋敷が舞台で、彼女達はそこに迷い込んだ旅行者という設定のもの。そこで恐ろしいものに遭遇したり、未知の言語で書かれた妖しげな書物を見つけたりして、とりあえずの目的はこの洋館を抜け出すことだ。

 このゲームにはGM(ゲームマスター)という存在がいて、ゲーム慣れした者たちならば自分達の誰かがなるものだが、ナカジマ4姉妹は初めてのプレイなので、GMはゲーム機のAIに任せている。

 そして今の状況は……

 「ううむ、やはりこの部屋が怪しいんじゃないか?」

 「待ってチンク姉、迂闊に開けたらまずいって」

 「大丈夫だろう、先ほどまで出ていたヤツなら姉が倒している」

 「でもさ………」

 「ふふふふふふふ、大丈夫だよノーヴェ、チンク姉。いいから開けちゃおう? 私は2人が居れば何も怖くないし誰も怖くなんてないからうふふふふ」

 「あたしはこのクラナガンに、幕府を開こうと思うッス」 

 「む、ディエチの『一時的狂気』がまだ続いているのか」

 「ウェンディの馬鹿にいたっては完全に発狂して脱落したし…… それにあたしもそろそろヤバイんだよ!」

 「私はまだ正気度たくさんあるぞ」

 「チンク姉SAN値判定でいい目ばっかり出すから……」

 『そろそろ決めてください、時間がありません』

 「え」

 『時間切れですね。ではこちらで判定を……67ですか。あなた方が扉を開けるか迷っている間にどこからともなくぺちゃり、びちゃりという粘質な足音が聞こえてきます。明らかに人間のものではないのに、どこか人間を思わせる規則的な足どり…… それが徐々に近づいてくる……」

 「新たな怪物のお出ましか」

 「ふふふふふふ扉を開けないと捕まるよ、開けよう、開けてしまおうふふふふふふ」

 「ディエチ! しっかりしろディエチィィ!!」

 このような感じでゲームは進んでいく。全員頭部に専用の機器を取り付けてあり、それによって舞台の世界に、つまりはこの妖しい洋館略して妖館の中にいる状態をバーチャルで疑似体験しているのだ。

 だが、その判定は極めて古めかしい方法である。十面(0~9まである)ダイスを2つ振り、それぞれ十の位と一の位の目として00から99までの数値で良し悪しを決めていく。00に近いほどプレイヤーにとって良い結界になり、99に近いほど悪くなる。

 そうしてGMが告げていく罠や怪物などを突破していくのだが、この「クトゥルフの呼び声」には他のTRPGとは異なる特徴的な点がある。それが「正気度」、またはSAN値と呼ばれるもので、怪物や妖しげな書物を読んだりすると減っていくものなのだ。それが著しく減退すると「一時的狂気」に陥り、訳の分からない行動をとってしまったりする。

 そして、このゲームはバーチャル体験式なので、現在ディエチはその「一時的狂気」の状態にある。そして、そこからさらに狂気が強まると「不変的狂気」になり完全に発狂、ゲームオーバーとなるわけだ、ちょうど気分が征夷大将軍のウェンディのように。

 「しかし、こういう遊びはヴィヴィオたちの年代がする『ごっこあそび』のようだな」

 「まあ、そうかな、でもダイスの所為で嫌な緊張感が」

 「ふふふふふダメだよノーヴェルールに文句言っちゃ。楽しいじゃないうふふふふふ」

 こういう遊びは子供の頃誰にもやった事があるだろう。男の子ならヒーローごっこ、女の子ならおままごと、といった具合か。それを大人でも楽しめるように工夫したのがTRPGと言えるだろう。それにしてもなんかディエチが怖い。

 『さあ、怪物はとうとうその姿を貴方たちの前に現す。とは言え暗がりでその姿をまともに捉える事が出来ない』

 「ノーヴェ、先ほどカンテラを手に入れなかったか?」

 「あっ、チンク姉、それ言ったら」

 「人の為に生きるのは、真に己の為なのか…… 教えて欲しい、何の為に人は生きるのか」

 チンクとノーヴェが新たな怪物に遭遇してる横で、発狂してNPCとなったウェンディがなにやら哲学に目覚めたようだ。

 『ノーヴェが持っているカンテラの明かりでぼんやりと怪物の姿が浮かび上がる。それは成人男性よりも一回り大きなもので、人型でありながら腕は人より随分長く、鋭い鉤爪を伴った指先からは異臭を放つ滴が滴っている。だが何よりも特徴的なのはその顔で、まるで魚のような顔で尖った鋸のような牙を持ち腐った焦点の合わない目が貴方達に向けられている』

 「あああ、もうダメだね終わりだね。あの怪物に私たちは食べられてしまう。でも私は平気、2人が一緒なら食べられてもいいものふふふふふふふふ」

 「ディエチ、帰ってきてくれ! お前さっきからなんか怖いんだよ!」

 「ノーヴェ、『一時的狂気』の者に下手に刺激を与えるのは良くないぞ」

 『ここでSANチェックです、正気度ロールを行います。正気度の2桁より下の数字なら判定成功となります。チンクからどうぞ』

 「では早速」

 チンクが十面ダイスを転がし、出た値は十の位ダイスが1、一の位のダイスが6、つまりは16。

 『チンク判定成功。貴方は怯まず脅えず、しっかりと怪物を見据え立ち向かう意志を振り絞る』

 「ふん、どんな怪物であろうと、2人は姉が守ってやるぞ」

 実に頼もしい言葉だったが、”2人”のあたりがウェンディのことを完全に無視していた。まあ、忠告を聞かずにどう見ても妖しげな書物を読んだウェンディが悪いのだが。

 「すごいぜチンク姉…… 始めてからほとんど正気度が減ってない。よし、あたしも…… あ、失敗」

 「あらあら、私も失敗、ふふふふふふふふふ」

 『ノーヴェ、ディエチは正気度減少ですね。ただしノーヴェは初期正気度が高い設定だったのでまだ狂気には陥りません。しかしディエチは』

 「ああ、私はもうすぐ正気度が0にふふふ」

 「ディエチ、しっかりしろ!」

 「ありがとうノーヴェ、でも大丈夫、2人が居てくれれば怖いものなんてないもの。2人だけじゃない。私は家族がいればそれでいいの、この家でみんなと静かに暮らせていければそれでいいの」

 「ディエチ……」

 『一時的狂気』に入ってから今まで続けていた笑いとは違う、穏やかな微笑みを浮かべながら2人に向けて語り掛けるディエチに、チンクもノーヴェもその内容に胸を打たれる。彼女の性格は知っていたが、ここまで自分達との暮らしを大事に思っていてくれるとは思っていなかった。

 これは、もしや普段は心の奥に仕舞ってある、彼女の本心だろうか? それがこのゲームの効果で表に出てきてるのだろうか?

 「だからね、絶対に居なくならないでね、この家から居なくならないでね。どこにも行かないで、私から離れないで、死んじゃ嫌だよ? 許さないよ? 恋人なんかもつくらないでね、結婚して家から出て行くのもダメ、私たちはずっといっしょ、ずっといっしょで皆で暮らすの。離れるなんて認めないゆるさない許さないユルサナイ」

 怖い。

 ディエチが怖い、その笑顔が本当に怖い。凄く穏やかな微笑だから余計に怖い。ノーヴェとチンクの心は一つになった。どうやら彼女の狂気はかなり進行しているようだ、そう思いたい、そうに違いない。

 怪物よりもディエチに恐怖してると、そこへ救いの天使が現れた。

 「よーし分かった! あたしが代わりに人質になるッスから、その女性を解放するッス! なァに脅えることはない、あたしは見ての通り尻軽だから」

 「うふふふふふあらダメだよウェンディ、そんな大声出したらふふふふ」

 と、その脳内シチュエーションがどういう事になってるかは不明だが、ウェンディが発した素っ頓狂な言動で、ディエチが生み出した恐怖空間は消え去り、先ほどまでの笑い声をあげる状態に戻ってくれた。それがいいのかどうかは分からないが。

 「てゆうか何故尻軽……?」

 「多分丸腰のことを言いたいんだと思うぞ」

 とりあえず、このゲームが終わったらウェンディに言葉の意味と使い方を勉強させることを心に決め、ゲームを再開する2人。 

 「さて、こんな魚ごとき、姉が爆破解体してくれる、さあかかって来い!」

 ゲームキャラクターの設定ではランブルデトネイターは使えないが、それを指摘するのは野暮だろう。
 
 『先ほどチンクが倒した”歩く骸骨”とは異なり今回の”深き者ども”は耐久性が高いです。またそれ以前に回避した”この世ならざる南極風景”や”蠢く暗黒流動”は展開する前に事なきを得ましたが、今回の相手は貴方たちの目の前です、どうしますか?』

 「無論倒す、それだけだ」

 「チ、チンク姉まずいって、だってあたししか近接技能持ってないのに、さっき判定失敗しちゃって動けないんだから」

 『そのとおり、ごく至近距離まで来ているため、チンクの投擲技能は活かせません。それでも倒そうというのなら、成功率はごく低くなることでしょう』

 「言っただろう、倒すだけだと」

 「待って! やっぱりここは逃げたほうがいいって!」

 「いいえ、お姉さんがやると言ってるんだから、妹は黙って聞かなきゃだめだよノーヴェ。そう。ダメだよダメッたらダメ、お姉さんの言うことは聞きなさい、聞き分けの悪い妹は許さないよ。うん言うことは聞きなさい、離れてはダメよダメなんだから、逃がさない放さない渡さない」

 「………ノーヴェ、私はやる、ぜったい反対するな」

 「了解」

 即答した。シンクタイム0で答えた。何故なら怖いから。何が、というのは最早言うまでもない。

 「空を飛んでるわ、ダック!」

 その横で、どこか恍惚とした夢見るような瞳でウェンディがなにやらポーズをとっていた。どうやら最近見たラブロマンス映画に感化された行動のように見える。なぜ豪華客船の船首でアヒルを抱えているのかはまったくもって不明だが。

 『では判定をどうぞ。その勇気ある行動により先行は貴方です』

 「うむ、いくぞ!」

 怪物を倒すためというより、ディエチをこれ以上刺激させないために気合を込めて振るったダイスの目は……01。

 『お見事、これは素晴らしく凄まじい。チンクの攻撃は怪物の弱点であるエラに直撃し、怪物は大きく怯む』

 「ならば畳み掛けるまで!」

 『ではもう一度判定を』

 そして出た目は、なんと00。奇跡のスーパークリティカルだった。

 『………私はこのゲームのマスターAIに過ぎませんが。この状況下で立ち向かう選択をし、そしてここまでの運を引き寄せたプレイヤーは初めてです。素直に賞賛しましょう。おめでとうございます、貴方の攻撃は見事に決まり、怪物は倒れ伏し2度と起き上がる気配を見せない、怪物が消えたことで貴方たちの正気度が若干回復します』

 「ふふん、恐れ入ったか」

 「チンク姉、マジ凄ェ……」

 姉のその強運に、素直に感心するノーヴェは、怪物が消えたことでディエチが正気に戻ってることを期待して後ろを振り返る。

 「ふふふふふふ本当に頼りになるお姉さんを持ったね私たちはうふふふふふ」

 「校庭で告白される、と法廷で告発される、って2文字しか違わないのにすっごく違うシチュエーションになるッスよねー」

 完全な発狂状態のウェンディより、あくまで『一時的狂気』であるはずのディエチのほうが恐ろしく感じるのは果たして気のせいか、と思うノーヴェだった。

 「よし、それでは扉をあけて先に進むぞ!」

 「ええ!? 屋敷から出ようって! 今なら出来そうだから!」

 「うふふふふふふふふふふふ」

 「円はいったいどうなっちゃうんスかね。株価も下がる一方だし」

 そんな感じでナカジマシスターズのTRPGは続いていくのだった。





 あとがき

 今回は、なんかいろいろゴメンなさい。特にディエチとウェンディが好きな方々御免なさい。
 



[30740] 【短編】クラナガンの丘の上で
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/12/06 13:18
 
クラナガンの丘の上で




ミッドチルダの首都クラナガン、そこはとても広く、また常に貌が一定しない街。

 第一世界という、新暦―――つまり一度文明が荒廃し、それを立て直した時、つまりは新しい時代の発祥となったこの世界は、次元世界の中心地といっていい。

 それ故に様々な世界から、色々な人々、色々な文化が流入してくるのだ。だからこの街に住む人たちも、往々にして懐が広い。

 まずは誰であろうと「いらっしゃい」と迎え、隣人同士の繋がりが強い。過去の世界は荒廃したが、技術が失われていたわけではないのでミッドチルダの技術レベルは高い。それだけに、クラナガンは珍しい属性を帯びた街と言えるかもしれない。

 通常、文明レベルが上がり、暮らしが便利になるにつれ、人と人との触れ合いは失われていく。協力しなくても一人でなんとかなるからだ。だが、クラナガンは、ちょうど97管理外世界の極東の島国にかつてあった、江戸の町のような心意気を持った街である。
 
 一重に、それはクラナガンが、”これからの”街といえるからかもしれない。旧世界を生き抜いた3人の英雄は世を去り、次元世界は新たな時代を迎えつつある。

 黎明、そういってよいだろう。この時代に生きる若者達が、新たな世界を作っていくのだ。

 だが、懐が深く、来る物を拒まない場所であるが故に、善からぬものもまた多くなるのが、世の常。

 新暦が始まって以来、クラナガンの街は毎日のように事件がおき、そしてそれに対処する地上の守り手たちが常に奮闘してきた。

 彼ら地上の勇士達の戦いに日々があったからこそ、新暦79年の現在は、街に生きる人々は日々の暮らしを穏やかに、何にも脅かされることなく続けていける。



 そして、そのクラナガンの街を一望できるこの高い丘に、そうした彼らが、地上の勇士たちが眠る場所があった。

 この場所に眠る者たちの数はそう多くはない。クラナガンには幾つかの墓地があり、ここはその中でも最も街から遠く、利便性が悪いから、その墓の数も最も少なく、また年々ここに建てられる墓も減っている。


 そんな場所に、今1人の少女が静かに佇み、その長い明るい紫の髪を風に靡かせていた。

 ルーテシア・アルピーノ、それが少女の名前。彼女は少女らしいデザインの服装と帽子を被り、その両手で2つの花束を抱えている。

 1つは自分の、そしてもう1つは、今日来れなかった母の気持ちを捧げるためのもの。

 そして、その花束を、街を一番見渡せる場所に建てられた墓の前に捧げる。そこに記された名前は

 ―――ゼスト・グランガイツ―――

 刻まれているのは、名前と生没年、そして「地上の英雄、ここに眠る」というごく簡単な墓碑銘のみ。だがそれでいいのだろう、生前の彼がそうであったように、簡素で無骨な飾らない文章こそが相応しい。

 彼女もそう思う。記憶の中にある彼はそういう人だったから。この墓は、彼の部下だった者たちの有志でここに建てられたものと、彼女はそう聞いている。

 そして、彼は花を捧げた後、静かな口調で太陽の光を受けて、鈍く輝く墓に語り掛ける。




 今日は9月21日、彼女の人生が大きく変わった日で、同時に彼が亡くなった日。

 「ゼスト、久しぶり、今日はいい天気だよ」

 穏やかな微笑と共に、胸に抱くように手を組み、ルーテシアは鎮魂の祈りを捧げる。

 今は亡き彼に、あの灰色だった日々の中で、自分を守ってくれたあの人のために、ル-テシアは静かに、そして深く深く祈りを捧げる。

 その祈りには感謝と、そして謝罪の想いが込められていた。

 「ゴメンね、年に一度しか来ないで。でも、ここは、あまり無闇やたらに来ちゃいけないような気がするから」

 この地で眠っているのは、まだ新暦が始まって早い時期、未だ治安が悪く街が混乱していた時代に、若き日々を懸命に駆け抜けた者達。

 今生きる人で言うならば、60歳を迎える人たちだ。そして、彼らはその若き命を、この街を守るために燃やしていった。だからこそ、この場所に葬ってくれと望む人は、そうした時代を生き抜いた人ばかり。

 この場所は、死せる英雄達が眠る場所なのだ。だからどこか厳粛な雰囲気が漂い、軽い気持ちで踏み入れていい場所には思えない。

 でも、きちんとした気持ちで踏み入れば、英霊達は快く迎えてくれるので、とても透明な気持ちになれる、ここはそんな場所。

 「でも、貴方のことを忘れた事はないよ。貴方がいてくれたから、今の私がある」

 彼女は忘れない。あの幼い日、いつも自分を守ってくれた広い背中を。無骨で固い、けれどとても安心できる大きな手を。

 実験材料として扱われないように、彼が自分を守ってくれていたのを知ったのは、彼が死んで随分経ったときだけど、あの時の自分は感情が希薄で、彼が抱いていた自分に対する思いを理解していなかったけれど。

 今は分かる、自分は彼の足枷になっていて、それを承知で、彼はあの科学者たちの言うことを聞いていたのだと。本当は真っ先にやりたいこと、聞きたい事があったはずなのに、最後の最後まで、自分のためにそれをしなかったことを。

 すぐにでも親友の元へ行き、その理想の在りかを問いたかったはずなのに。幼かった自分のために、守れなかった部下への贖罪のために、その想いを、騎士の克己心で押し殺していた。

 「ごめんなさい、あの時の私は何も知らないで、ただ自分のことだけ考えてた」

 当時のルーテシは10歳、だからそれは当然のことで、誰にも責められることではない。けれど、彼女は思う、母と心を取り戻した今だからこそ思う。

 「貴方のことを、私は何も知らなかった」

 なぜ彼が自分を守ってくれたのか、側にいてくれたのか、幼い己はそのことに一切の疑問を持つことなく、ゼストがいることが当たり前だったのだ。

 そう思えるくらいに、彼は自分を大事にしてくれていた。今はそれが分かるから、胸に謝罪と感謝が溢れる。

 知らないでごめんね

 側にいてくれてありがとう

 毎年この場所に来るたびに、彼女が大人になる度に、その気持ちは強くなる。

 彼がどんな気持ちだったか、どんな願いを抱いていたのか、完全に分かるはずはないけれど、その想いを察する事ができるようになったから。

 「私ね、ゼスト・グランガイツ一尉のこと、いっぱい調べたんだよ」

 あの時は何も知らなかったから、彼女はその人となりを知ろうと思った。だから様々な資料を集め、多くの人から話を聞いた。

 「貴方が燃え盛るビルに突入して、犯人を助けた話は、何度も読み返したよ」

 それはまだ彼が20代の若者だった頃。人質を取ってビルに立てこもった犯人が、説得に応じて人質を解放した後で、仕掛けていた爆弾を発動させて、自決を図った事件。

 その犯人は、人質の1人だった男に騙され、嵌められて妻を失い、人生を狂わされた男だった。それ故に復讐をしようと、そうした事件を起こした。

 だが根が善人だったためか、交渉人の説得に応じて人質を解放した。だがそこで生きる意志を無くしたのか、一人死ぬことを選んだ。

 爆炎は一瞬で建物全体に回り、誰もが無理だと思ったとき、ただ1人ゼストがその中に入っていったのだ。

 犯人の男には娘がいる。それを知った彼は、危険を承知で炎の海に単身突っ込み、その男を間一髪で救出した。

 そのあと、ゼストが彼になんと言ったのか、資料には残っていない。ただ、分かっているのはその犯人は罪を償い、娘と一緒に暮らしていったこと。

 「貴方らしい、って思ったよ。多分だけど、そんなに多くは語らなかったよね、貴方はそういう人だもの」

 娘を残して逝っていいのか、おそらくそんな一言だけだったのではないだろうか、でも、炎の海を越えて自分を助けに来た者が放ったその一言は、とても重いものであったはず。

 彼はそういう男だった。家庭を持たず、理想に燃える友のために、クラナガンに生きる人のために、その生涯を捧げた騎士。

 周囲には「どうも俺には甲斐性がないからな」と語っていたが、彼が家庭を持たない理由は、部下も友人も上司も皆が知っていた。それは、家族がいる部下に休みを取らせるため、家族と接する時間を増やすため、彼は独りであり続けたということ。

 自分は持たないが故に、家庭がある者は幸せであれと、そう願うような人だった。

 「だからね、そんな貴方が、私を残してまで話たかったレジアスさんって、どういう人だろうって、ちょっと嫉妬しちゃった」

 あの時の自分は、捨てられたと、そう感じてしまった。でも実際は違って、彼は自分の最後に彼女を巻き込ませたくないだけだった。そして彼の判断の通り、機動六課の人たちは、自分やアギトをきちんと迎えいれてくれた。

 「それで、昔のデータを漁ったの、私そういうの大得意だから。うん、それ見て納得しちゃった、凄い人だったんだね」

 その画像データは古い物で、なおかつ戦場で撮られたものだったから画質も荒く、色も不鮮明だったが、それでも十分すぎる程に伝わるものがあった。

 地上部隊とテロリストの全面的な戦闘を写したもので、場所はクラナガンの廃棄区画。もはやこれまでと悟ったテロリストは、最後に狂躁のごとく強烈な攻勢にでた。

 その勢いを支える事が出来ず、地上部隊は徐々に後退して行く。ゼストはその殿で最後まで踏みとどまっていたが、それでも全面的な敗走を支えることは出来なかった。

 このままでは市街地まで奴等が到達してしまう、誰もがそう危惧した時―――

 『待て!! 退くな!!』

 そう叫びながら、単身で敵に向かっていく男がいた。

 『隊列を崩すな! 進め! 退くな! 俺に続けえぇ!!』

 その手に掲げるは地上部隊の旗。彼らの象徴を高らかに示しながら、敵の只中へと向かっていく。市民を守れ、街を守れ、俺に続け地上の勇者たちよ、と叫びながら。

その周囲を飛び交うは殺傷魔法に、禁制である質量兵器の弾丸。

 だが彼はレジアス・ゲイズは一向に臆することなく進んでいく。作戦の総指揮官であり、本来このような最前線に立つ立場ではない男が、魔導師ですらない彼が、自分達の象徴を掲げて、怯むことなく進んでいく。

 ―――それを見て男達はどう思っただろうか。

 言うまでも無い、皆彼に続いた。先ほどまでの退却が嘘だったかのように、勢いを盛り返した。

 『前進だ!』

 ゼストもまた声を張り上げ、レジアスの隣に並び、彼らは瓦礫の上に立ち、力の限りその旗を振っていた。

 そして、その戦いが終結した時に、肩を抱き合って勝ち鬨をあげる2人と、それに唱和して声を張り上げる男達の様子は、さながら物語の勇者のように。

 その光景は、まさに英雄の輝きだった。だからこそ、この時の戦いに参加した者達、この時の戦いを知る地上の人々は、レジアス・ゲイズをずっと支持してきたのだ。

 その映像を見たルーテシアも、胸が震えた。その後の戦いはとても泥臭く、血生臭く、およそ洗練されたものとは言いがたい乱戦になったが、英雄が持つ輝きに胸を打たれた。

 だからこそ、納得した。ゼストはこの人と歩む理想のために生きたのだと。最後の最後で、それだけは譲れなかったのだと。

 「凄い人だったんだね。ああいうのって、映画の中だけの話だと思っていた」

 文明が発達した現代の光景とは思えないほど、それはまるで中世の騎士の戦いの一幕を見ているようだった。

 「貴方達は、本当にこの街のために、命を燃やしたんだ、ってそう思えたよ」

 そのことは、彼女のデバイス、アスクレピオスにもあったデータが物語っていた。それは資料を集めていた娘に、母メガーヌは教えたことで、彼女が若い頃に人知れず残した記録があったのだ。

 それはメガーヌが所属していたゼスト隊で、大きな検挙のあとで慰労会が開かれた時の話。その時は、上官としてではなく、ゼストの友人としてレジアスも来ていた。

 他の若い連中がだいたい酔いつぶれた後、年長の2人は静かに酒を組み交わしていた。

 『この前な、ナカジマとアルピーノがインターミドルに出場した時のことを教えてくれたよ』

 『インターミドル…… ああ、あのアマチュアの大会か。そうか、あの2人ならばけっこういいとことまで行っただろう』

 『そのようだ、だが、競技としての戦闘と、局員としての戦闘は、質がまるで違って驚いた、と言っていたよ』

 『そうだろうな、競技は常にルールに守られてるが、実戦は死と隣りあわせだ。俺はそこに行けんのがすまない話だが』

 『だが、お前はこうして上に行き、俺たちが仕事し易いようにしてくれている。適材適所だろう』

 『ああ、しかし、そうか…… ナカジマやアルピーノの世代は、ああした大会に出られるようになったのか』

 『俺たちのガキの頃は、社会自体がそんな余裕が無かったし、資質の高い魔導師は、なるべく直ぐに働く、そんな時代だったな』

 『そうだな、お前は10歳ですでに前線にいた。だが今は、学生ではスポーツをし、実戦訓練は正式に局員になってから、という時代になってきたか』

 『ああ、それでこそあいつ等も報われるというものだ』

 『そうだな……』

 それはアスクレピオスが自動記録していた音声データなので、彼らの姿や表情は分からない。だが、その雰囲気は伝わってくる。そして、もしこれが画像データであったなら、彼らが一枚の写真を眺めていた事が分かっただろう。

 そこに写っているのは数人の、陸士の制服に身を包んだ若者達、その中には当然若き日の2人もいた。

 共に理想を語り合った、掛け替えの無い友人達。だが、良く見れば2人以外の人物の横に、小さく数字が書かれているのが分かっただろう。

 それは―――彼らの没年日。2人が生きたのは、そういう時代だった。

 
 その後も2人の会話は続いていく。

新しい、よき時代のために、俺たちは戦い抜こう、と共に抱く信念を語りながら。



 ルーテシアはこの4年、ゼストという人について調べて、彼という人物を知れば知るほど、あの日々に対する感謝の念が大きくなっていた。

 彼とレジアスの絆を知るたびに、自分という存在が如何に彼を縛っていたかを、彼女は理解した。

 だから、絶対に忘れない。彼の厳しい顔を、静かで低い、けれど耳に響くような声を、頼もしい広い背中を、小さな己の手を握ってくれた、固い拳の感触を。

 あの暗い日々の中、服の裾を掴んだ自分を、足枷でしかなかった自分を、振り払わずに守ってくれたあの人を。

 忘れないから、涙がでる。

 今、あの人が一緒にいたら、どれほど素敵だろうか、母と一緒にあの家で暮らしてくれたら、どんなに素晴らしいか。

 涙を流しながら、今は亡き彼を想い、少女は切ない感情を胸に抱く。

 ―――あの時私は、ママを取り戻したけれど

 キャロとエリオに救われて、様々な人に助けてもらって、自分は母親と出会う事が出来た、家族として暮らせることができた。

 ―――その代わりに、お父さんを無くしたんだね

 血の繋がりはない。けれど、彼は紛れも無く、彼女の父だった。





 「あ、やっぱりルールーも来てたんだ」

 そうしてしばらく祈りを捧げていたルーテシアに、聞き覚えのある声がかけられた。

 「アギト、久しぶりだね」

 「ああ、元気そうでなにより」

 声の主はかつて一緒に行動していた烈火の剣精。ただ、かつての時とは違い、今日の彼女は人間と同じ大きさになっている。

 2人はそれ以上は語らない。それはここですることではない。ここは静かに死者への想いを伝える場所で、友人と話込むべきではないからだ。

 アギトもまた持ってきた花束を捧げ、ルーテシアと同様に祈りを捧げていく。

 「旦那、あたしは元気だよ。本当に、毎日が楽しくて、あったかくて、幸せなんだ」

 彼女も死者へその想いを伝えていく。アギトのそうしたゼストへの気持ちを理解できるのは、ルーテシアだけだろう。

 「だけど、ふとした時にいつも思うよ、旦那が生きてくれていたらって」

 思うことはやはり同じで、彼がいる現在と未来を望んでしまう。だけど彼はもういない。

 「だけど、それは仕方ないことだし、そんな無茶いっても旦那に迷惑掛けるだけだからな。あたしは、あたしとルールーはこれからも楽しく生きていくから、どうか安心して、眠ってくれよ、旦那」

 「うん、心配ないから、天国で見守っててね」

 だからこそ、彼がその最期の時まで気にかけてくれた自分達は、彼が静かに眠れるように、幸せに生きていこう、と2人は顔を見合わせて微笑みながら、そう誓う。

 「今日はシグナムさんと一緒じゃないんだ」

 「シグナムはちょっと今日抜けられなくて、明日来るっていってた」

 ルーテシアがいつも彼女と一緒にいる女騎士のことを尋ねると、アギトは立ち上がりながらそう答える。シグナムもまた、2人と同じく毎年ここに花を捧げに来ている人だから。

 シグナムは、去年までは保護観察処分のもとにあったルーテシアの付き添いでもあったのでとして、ルーテシアが1人でここを訪れるのは今年で初めてなのだった。三人の時と一人で来るのとでは、また違った感慨あったな、とルーテシアは思っている。

 「それじゃあ、また来年くるね」

 「その時も、元気な顔を見せるよ」

 そうして2人は、そこから見えるクラナガンの道を眺め下ろした。ここに彼の墓を建てた人たちは、本当に彼の、いや彼らのことを理解していたのだと、2人はその人たちのことを尊敬する。

 ゼストの墓と隣合わせに、もう一つ墓があり、そこに刻まれた名は「レジアス・ゲイズ」。

 そしてここは、彼らが愛したクラナガンの街を、一番良く見渡せる場所だから。


 少女2人が丘に吹く風に包まれながら、街を見下ろすその背後で、壮年の男性の朧げな影が2つ、小さな笑みを湛えながら、その光景を見守っていた。





 あとがき

 今回はギャグなしなシリアス一辺倒でしたね。短いけれど読んで楽しんでいただければ幸い。ゼストさんとレジアスさんは好きなので、こういう話を一回は作ってみたかったんです。
 実はこの話、ナカジマシスターズの話と一緒に投稿しようとしたのですが、あまりに話のタイプが違うので、混ぜないほうがいいと判断し、短くなりましたが、2つに分けました。
 ちなみに、時系列は同時なので、現在ナカジマシスターズはコスプレの真っ最中だったりします。

 さて、すこしご相談したい事があります。私がこの板で一番最初に書いた短編があるのですが、それもこの短編2つと一緒にしようと思ったところ、パスワードを忘れてしまいました。
 一応削除願いは出しているのですが、約1年間音沙汰なしなので、こっちと統合しようと思ってます。ただ2重投稿になるんですよね、そうすると。どうでしょうか? やっても問題ないでしょうか? お時間ある方は意見くださると嬉しいです。




[30740] 【短編】彼女たちの4年後
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/12/04 07:45
 前がき

 こんにちわ、お久しぶりというほど時間がたってませんが、GDIです。
 今回は簡単な短編ですね。じつはこの後に書こうと思ってた話があるのですが、こっちはこっちで長くなったので、投降しました。
 楽しんでいただければありがたいです。

 ※ちなみに、前回書いた「気になる彼女は高町なのは」のあとがきのあとに、ほんの少しですが、追加しました。後日譚というほど大したものではないですが、よかったらどうぞ。

 

彼女たちの4年後



新暦79年9月21日、ミッドチルダの首都クラナガンの一家にあるナカジマ家で、元ナンバーズの姉妹達が珍しく全員揃っての平日を過ごしていた。
 
 ナカジマ家長女ギンガと四女スバルは本日もお仕事、まあ平日なので当然といえば当然なのだが。それに加え、スバルはナカジマ家を出て1人暮らしをしているので、姉妹全員揃うということは、それほど多くはない。

 だからと言って、家族仲が悪いという事でも、疎遠という事でもない。ごく当たり前の、大人になったら子供は家を出る、ということである。

 次女チンクは、先日休日返上で出勤していたので今日はその代休。

 彼女は外見は最も幼いが、その責任感や思慮の深さは、姉妹でギンガよりも上を行っているかもしれない。そんな性格の彼女なので、過去の事件と現在の自分を常に見つめなおし、自律と自戒を怠らない。真に外見と内面のギャップが大きい人物である。

 職場仲間には、当初はマスコットのような扱いを受けたものの、現在では最も頼られる立場となっている。本人が知らない愛称は”ロリ姐さん”、ちなみに教導隊にも同じような二つ名を持っている人物がいたり。

 三女ディエチは、本日もバイトが入っていたが、バイト友達にシフト交代をお願いされ、そのために本日は休みとなった。

 ディエチは姉妹で一番控えめで物静かな、少女らしい性格の持ち主と言って良いだろう。下の妹達がみな活動的な性格と服装をする中で、彼女は落ち着いた服装を好み、基本的にインドアな趣味を持つ傾向にある。

 五女ノーヴェは元々休日の予定だった。彼女が勤めている災害救助隊は全員が一度に休日を取る体制ではなく、普通に休日が平日になるのだ。

 彼女は最近は年下の格闘少女達のコーチをしており、その体調管理やトーレニングメニューの作成に余念がない。余談ではあるが、彼女のそうした姿勢は、とある平行世界の15歳の妹の練習メニューを考える18歳の兄の姿によく似ていたりする。

 そして六女のウェンディ、姉妹の中で一番奔放でよく言えばムードメーカー、悪く言えば騒がしい性格の彼女は、本来は休みではなかったのだが、他の姉妹(ギンガはナカジマ家のなかでは母親ポジション)が休みなのを聞いて、ディエチとは反対に、同僚に無理言って休みを貰った。

 本人曰く「世の中泣いて駄々こねればなんとかなるものッス」らしい、それを聞いたノーヴェは、死ねばいいのに、と呟いたとかなんとか。

 ちなみに、姉妹の家事スキルを表すと

 ギンガ>ディエチ>スバル≧チンク>>ノーヴェ>>ウェンディ となる。

 そんなナカジマシスターズは、折角全員揃ってるんだから、なにかゲームをしようというウェンディの提案で、王様ゲームをすることになった。

 しかし、ナカジマ家における王様ゲームは、世間一般のものとは少々趣が異なる。ギンガ、チンク、ディエチなどのあまり過激な内容はいけない、という指摘によって、ナカジマ家の王様ゲームは、王様が命令した事でも、他のみんなが反対したら却下されるという、中々にゲームの本質から外れたものとなった。

 それにたいして不満を述べたのはウェンディのみ、実に思慮分別できる娘さんたちである。

 かくして、多数決という共和主義的な方法で王様ゲームのルールが変更され、絶対王政ではない、立憲君主制の王様ゲームが誕生したのである。なので、王様ゲームになりがちな微妙な空気になることなく、和やかな雰囲気でゲームはされていった。

 「む、今度は私が王様だな」

 何度かめのゲームでチンクが王様となる。ちなみにクジは以前作ってあったものを流用している。

 「今まで肩揉んで、とかジュース取ってきて、と簡単なのしかなかったッスから、ここらで体力的にキツイのとかどうッスかね?」

 「お前はまたそんなことを…… でもまあ、体力なら自身あるからいっか」

 「そうだな、それでは……」

 「でも、ここで出来ることなら、跳んだり跳ねたりはできないよ?」

 「よし、それなら、腕立て伏せ100回だ」

 「100回かぁ……」

 そう言って自信無さ気に俯くのはディエチ。彼女は体を動かす事が好きなナカジマシスターズの中で、珍しくインドアな気質の持ち主なので、体力に自信が無い。スバル、ノーヴェ、ウェンディが外で模擬戦をしていても、彼女は加わらずに家で読書や手芸をしていることが多い。

 ギンガやチンクも落ち着いた性格だが、体を動かすことも好きなのだ。だけどディエチだけは、運動自体がそれほど好きじゃない。

 同じ砲撃特化でも、「我が愛は砲撃の慕情。互いを深く知るためにはまずは撃とう。敵であった親友も、無茶をする教え子も、反抗期の娘も、全てが愛しい」というポリシーを持つ某教導官とは異なり、普段から武装することすら稀な彼女である。イノーメスカノンが草葉の陰で泣いているかもしれないが。

 「で、何番にするッスか?」

 「よし、2番だ」

 「ん、あたしだな」

 「ホっ、良かった」

 「情けねーぞディエチ、たかが100回だろ」

 「私にとっては”たかが”じゃないんだよ……」

 「でもノーヴェじゃなんかつまらないッスねー」

 そうして、普段鍛えてる身体にものを言わせ、結構なスピードでノーヴェが腕立て100回を終えたので、次のクジ引きを行う。今度の王様はディエチ。

 「あ、私だ、そうだね…… じゃあもう一度腕立て100回」

 「なるほど、それもありか」

 「自分が絶対ならないからってエグイっすよディエチ」

 「いいじゃないか、これくらい。じゃあ……1番」

 「あたしだ……」

 その瞬間、ゲーム開始してよりはじめて若干微妙な空気が場に流れる。

 「えーと、今から変更しようか」

 「どうッスかね?」

 「今回は不可抗力だし、ノーヴェがキツイならば回数を減らしてはどうだろうか」

 なんとなく、ナカジマ家の王様ゲームは王様ゲームらしい緊張感というものが皆無だが、それ故にテンションの浮き沈みが無く、長続きするといってもいい。

 「いや、いいよ、200回くらい、いつもの訓練の範疇だし」

 「ゴメンねノーヴェ」

 美しき姉妹愛が展開される中、ノーヴェが200回目を終わらせ、次のクジ引きに。

 「よし、あたしッス! それじゃあ、3番が腕立て100回!」

 「…………」

 「却下だ」

 「却下だね」

 3番が誰なのか。上記のやり取りで分かるだろう。

 「あ~、まあ流石にそうなるッスか。にしてもノーヴェには筋肉の神が降りてきてるっスねぇ」

 「どんな神だよそれは」

 「それよりウェンディ、命令どうするの?」

 「ん~、それじゃあ2番が3番の腕揉んであげてくださいッス」

 「む、私だな。さあ腕をだせノーヴェ、姉のマッサージテクニックをみせてやろう」

 「ありがと、チンク姉」

 やはりなんだかんだで仲が良いナカジマシスターズ。繰り返すようだが普通王様ゲームでこんな和やかな空気になったりはしない。


 そんなこんなで、専制君主ではなく立憲君主の王様ゲームは続けられていく。
 
 「あ、あたしが王様だ。そうだなぁ……よし、1番が最近あった気まずい話をする」

 「私だ……むう。気まずい話か、なにかあったかな……」

 考え込むチンクに、無かれば別のにするよ、とノーヴェが言うが、「む、そういえば」とチンクはなにやら思いついたようだった。

 「これはこの前スバルとノーヴェが模擬戦していた時の話なんだが」

 先週の休日に、今日のように休みが被ったチンク、スバル、ノーヴェはスポーツコートのバトルエリアでバリアジャケトを纏った本格的な練習をしていた。そしてそれが終わったあと、チンクがふと思って何気なく聞いたのが……

 『スバル、バリアジャケットの変更とかは考えていないのか? 以前あのような格好をしていた私が言うのもなんだが、年頃の女性がいつまでもヘソ出しというのもな』

 と別に悪気があったわけではないのだが、言われたスバルはなにやら落ち込んでしまったので、慌ててフォローするも。

 『い、いや、お前が尊敬する高町一尉も幼少のころから変更してないというからな、うん、お前が気に入っているならそれでいいと思うぞ』

 と小学生の制服のアレンジを未だに着ている人物を引き合いに出して、かつその事をスバルに気づかせてしまったので、尚更気まずくなってしまった。

 「という訳で。”そっかー、なのはさんも子供服のままなんだなー”とブツブツ言うスバルにそれ以上何も言えず、あの時は本当に気まずい思いをした……」

 「あたしがシャワー浴びてる時にそんなことが…… どおりであん時スバルの様子が変だと思った」

 「チンク姉、ちょっと無神経ッスよ」

 「でも、あの子ももう19歳だからねぇ……」

 ここでもなんとなく気まずい空気が流れてしまった。しかしまあ、別に誰が悪いというわけでなないのだが。そして気を取り直すためにゲームを再開し、今度はウェンディが王様に。

 「よし、それじゃあ、この流れにのって、3番に最近あったムカついた話をお願いするッス」

 「あ、私だ。うーん、ムカついた話、ムカついた話かぁ」

 「そんな大層なことじゃなくてもイイッスよ、箪笥のカドに薬指ぶつけた話とかでも」
 
 「お前じゃないんだから……って薬指!? 器用だなオイ!」

 「ノーヴェ、声が大きいぞ」

 「うーん、じゃあさっきのチンク姉の話聞いて思い出したんだけど、こんなのどうかな。この前ドクターたちの面会に行ったときの事なんだけど……」

 彼女達の生みの親と上の姉3人、及び一番下の妹は、現在も軌道拘置所に収監されている。姉妹の中でもっとも多く足を運ぶのがチンクで、それに次ぐのがディエチだ。
 
 「その時にウーノ姉に聞いてみたんだ、どうしてあの当時私たちの格好がアレだったのか」

 アレとは全身ピッチリのボディースーツのこと、あれはあれでかなりの高性能で、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしない、ドクター自慢の代物だったりする。例であげれば某野菜星人が着てる戦闘服のようなものか。

 ディエチは最後までアレを着るのに抵抗があり、外に出るときはマントを忘れなかったとかなんとか。

 「それで、実はあれ、2番目の姉さんの趣味だったんだって……」

 「うえぇ!?」

 「マジかよ……」

 「…………」

 ウェンディとノーヴェは驚いたが、チンクは知っていたようで、なにやら複雑そうな表情をしている。

 ウーノの話によると、組織内部に潜入して情報を盗むドゥーエは、自分の仕事のことを”女スパイ”と呼び、じゃあそれっぽいコスチュームが要るわよね、ということでアレをデザインしたらしい。つまりは完全に彼女の趣味。

 そして、それを見たトーレが、「動きやすそうだな、訓練にいいかもしれん」と採用し、さらに「ドゥーエ姉さまが着るなら私も」とドゥーエを尊敬するクアットロが着たので、その時生まれていた最後の1人チンクも、空気を読んで着てしまった。これが悲劇の始まりである。

 ならば姉妹仲良く統一しようとドクターから声がかかり、それ以降に生まれた妹達にも、あらかじめクアットロによって専用スーツを用意されたので、妹達は生まれた時から着る定めになってしまったのだ。

 まあ、そこまでならディエチも許容できた。しかしそこで生まれた疑問をつい浮かべてしまったので、聞かないほうが良いことを聞いてしまったのである。

 「それでね、私聞いてみたんだ。じゃあどうしてウーノ姉は着なかったの?って、そしたら……」

 ウーノは姉妹ののなかで、ただ1人アレを着ていなかった。それは統合管制という、彼女の役割に起因することかと思っていたのだが……

 返ってきた言葉は『だって、恥ずかしいじゃない、あんな格好』だったのである。

 『……………』

 重い沈黙が場を支配する。怒りというか、空しさというか、羞恥というか、それらをない交ぜにした感情を、姉妹全員がその時共有していた。

 「この話は、忘れたほうが良いな」

 「うん、そうだね」

 チンクの言葉にディエチも賛成し、この話は心の奥底にしまって鍵をかけておく事が決定した。

 
 そして次のくじ引き、王様はウェンディ。

 「よし、では皆にとっておきのコレに着替えてもらうッスよ!」

 そういって部屋から持ってきた衣装ケースに入っていた、なにやら公共の場では着れないような衣装を出していくウェンディ。

 「おいおい、どこからこんなもん持ってきたんだよ」

 「いつ買ったの? こんなの」

 どうやらウェンディ自身が買ったわけではなく、バイト仲間でこういう衣装変えの趣味、いわゆるコスプレ趣味の人からのもらい物らしい。クラナガンは次元世界の首都だけあって、様々な文化が入ってくるのだ。そう、中にはこのような入って来なくていい文化まで。

 「話のタネにいつか、って思ってたんスけど、なかなか機会がなかったもんスから」

 「流石にこれはちょっと……」

 「まあいいだろう、外に出るわけでもないし、家族だけの場所でなら一度くらいは」

 「チンク姉がそういうなら……」

 「よし! じゃあ1番がコレ、2番コレ、3番がコレでお願いするッス!」

 そうして、まあちょっとくらいなら話のタネくらいに、という雰囲気で、彼女達は着替えていった。ウェンディもこの後のノーヴェの命令で着替えることになったりする。




 その後、王様ゲームからトランプに変えてゲームを楽しんでいた4人だが、ふとチンクがカレンダーを見やり、今日という日がなんであるか、ということに思いを馳せる。

 「なあ、分かっているとは思うが、今日は我々が起こした事件の日だ」

 J・S事件として知られるゆりかご浮上とその攻略の事件、今日はその4年後だ。その事件で死者が出なかった事が、彼女たちが社会復帰できた大きな要因といえるだろう。しかしそれが

 『私が演出し、ウーノが監修し、娘たちが織り成すオペラに、血生臭さは不要だよ。もっと洗練され、スマートな舞台でなくてはならない』

 という狂人の訳の分からない美学によるものだというのが、なんとも言えないことだが。

 「私たちは、あの時この街と住人に多大な迷惑をかけた。だが、そんな私たちを彼らは暖かく迎えてくれたのだ、それを決して忘れてはならない」

 こうやって、姉妹で楽しく暮らす事ができるからこそ、チンクは強くそう思う。自分達は、けっしてそのことを忘れてはならないのだと。

 「そうッスね、特にギンガ姉さんは、あたしたちがボロボロにしちゃったのに、更生施設のときからずっと優しくしてくれたッス」

 彼女たちにとって、ギンガは姉というより母のような印象だ。ギンガはナカジマ家のお母さん役で、その外見も本人がそういう思いを強くする一因かもしれない。彼女はクイントと瓜二つなのだ。

 「ああ、でも、まだまだあたしたちの事を良く思っていない人たちもいるしな……」

 彼女たちを未だに犯罪者と呼び、そんな連中に甘くていいのか、被害者のことを考えろ、と声高に主張する者もある。

 だが、そうした者は大抵2種類に分類される。極端な二元論を振りかざし、それによって自分が善であるということに悦に入る者。そして自分の現状に不満があるため、社会的立場が弱い者を糾弾し、鬱憤を晴らす者。

 しかし、こういう者はえてして本当に被害者のことなど考えていないし、他罰主義者ほど、自分達がそうした立場に置かれると「自分は悪くない」と言うものである。

 だから、彼女達が苦しむのはそんなもの達の言葉ではなく。

 「……でも、こうして平和に暮らしてると、あのとき私たちはこんな穏やかな時間を奪ってしまったんだ、って思っちゃうんだよね」

 ディエチの言葉の通り、優しい人たちの言葉のほうが胸に突き刺さる。人造生命という自分達の立場と境遇を理解してくれて、優しく接してくれる人たちと触れ合う度に、自分達が犯した罪を省みるのだ。

 「災害救助隊の先輩達にも、あの時怪我した人たちがいる、でもお前が気に病むことじゃないって言ってくれる」

 「あたしのバイト先でも、被害を受けた人と会ったりするけど、みんな気にするな、って言ってくれるッス……」

 クラナガンは多くの世界から移住してくる人が多いので、懐がとても深い。どんな相手でも「いらっしゃい」と迎えてくれる。

 そしてだからこそ、彼女達の罪悪感は深まるのだ。

 「そうだ、だから我々は、自分達がしたことを忘れずに見据え、そしてこれからの時間をかけて、ゆっくりと罪滅ぼしと恩返しをしていかなければな」

 拘置所に収監されることも、一つの贖罪のかたちだろう。だけどチンクはそれを選ばなかった。

 「そうだな、まだ拘置所にいるドクターたちも、更生処置を受けてくれればいいんだけどな」

 「そうっスね」

 ノーヴェの言葉にウェンディは賛成するが、チンクとディエチは言葉には出さないものの、それが行われることはないだろう、と思っている。

 特にチンクはその想いが強い。彼女は最も面会回数が多いから、彼らが”変わっていない”ことを知っている。

 自分達は変わった。ノーヴェは性格のトゲが取れたし、ウェンディは以前はあった少々嗜虐的な一面が無くなった。ディエチもより穏やかになったし、双子たちはとても感情的になった。セインは以前よりもさらに明るく元気で、シスターシャッハはけっこう手を焼いているようだ。

 だが、収監されている4人は違う、彼らは何も変わっていない。拘置所という場所に4年もいるというのに、何の変化も無いのだ。特にドクターとウーノに到っては、チンクが生まれた時から何一つ変わっていない。

 だからチンクは思う、彼らはもう完成している、これ以上変わることは有り得ないのだと。

 それは確固とした断絶の亀裂としてNo4までの者達と、No5以降の者達を隔てていた、スカリエッティの因子を持つ者は、既に自分達とは異なる。言葉を選らば無ければ”彼らは人間ではない”。

 人として今を生きているからこそ、自分達と彼らの違いを大きく感じるチンクだった。そしてそのことはディエチも感じているようである。

 だから、セッテだけはこっちに来て欲しいと思う。実際トーレも、彼女には更生を進めているようだ。

 「ドクターたちにはドクターたちの考えがあるのだろう。私たちは私たちの道をしっかりと歩んでいこう」、 

 そう言ってチンクが会話を締める。更生したから終わりではない、これから自分達は迷惑をかけた人々に、自分達の出来ることをすることで認めてもらわなければならない。

 「八神家の人たちっていう良い見本もいるしね」

 そういう意味で、守護騎士は彼女達の先輩といえるだろう。彼らもまた、自分達の罪と向き合って生きている。

 当時の彼らは主の命令に絶対服従の道具で、人格を持っていながら表出せなかった状態を、最後の主であるはやてが”人”として見てくれたから今の彼らがある。彼らが自分の意思で犯した罪は、既に形式としては償っているが、彼らはそれ以前の過去も己の罪業として認識している。

 特に自戒、自律の心が強いシグナム、ザフィーラはそうしたところが顕著だ。

 「ああ、先輩達に負けてらんねえからな」

 「あたしも、もう少ししたら管理局入りするつもりッスよ」

 そうして、姉妹がその決意を改めて刻んだ所へ、来客を告げるベルが鳴り、モニター画面がノーヴェの前に現われて、慣れ親しんだ顔を写しだしてた。

 『こんにちわ、ノーヴェ』

 「ヴィヴィオ。おまえ学校は?」

 『今日は午前中までだったの、お邪魔していいかな? 他の皆も一緒だけど』

 「おお、いいぜ。今日はうちの姉妹揃ってっけど、それでいいなら」

 『うん、もちろん、じゃあお邪魔します』

 そしてモニターが消えた。可愛らしい訪問客に顔を綻ばせつつ、チンクがノーヴェに話しかける。

 「そういえば、彼女達はまだ練習を続けてるのか?」
 
 彼女達の目標だったインターミドルは終わったが、ノーヴェはまだ頻繁に少女たちと出かけている。そのことをチンクは尋ねた。

 「うん、大会が終わったから、それで終わりじゃないからな。次の大会もあるし、もともと終わりがないことだから」

 「いいコーチしてるんだ」

 「からかうなっての、ディエチ」

 そうして微笑み、和やかな空気になるが、彼女達は失念したことがある。今まで真面目な話をしていて、余韻のようなものに浸っていたからか、肝心なことを忘れていたのだ。

 結果、ナカジマ家に入ってきたヴィヴィオたちが見たのは

 猫ミミメイド姿のチンク

 巫女服姿のディエチ

 ナース服姿のノーヴェ

 バニーガール姿のウェンディ

 だったという。無論、先ほどの会話も、この姿で行われていたというわけで。

 よって、少女たちがリビングに入ってきた瞬間、双方の時が止まってしまったのだった。





[30740] 【短編】ある春の日の出会い(リリカルなのは×とらハ1)
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:97ddd526
Date: 2011/12/18 13:00

※この作品は以前書いたものでこっちに統合しようと思ったのですが、パスワード忘れて削除できなかったので向こうの記事もまだあります、一応削除依頼は出してます。


 フェイト・T・ハラオウンはすこし疲れていた。

 管理局の嘱託魔導師としての仕事、地球での学生生活、この2重生活は楽ではない。もちろん、その生活を彼女は楽しんでいたし望んでもいた。

 大切な友人達。大切な家族、何よりも大事なかけがえの無い親友。そんな人たちに囲まれて暮らしていながら、文句を言うなど罰当たりにも程がある、と彼女は思っている。

 しかし、そんな気丈で優しい彼女であっても、肉体的な疲労というものは溜まってくる。だから心身ともにリフレッシュして、日々の疲れを取るべきだという義母の言葉に従い、彼女なりに良い疲労回復方法と言うものを考えてみた。

 家でゆっくりする―――という方法を真っ先に提案したが、それじゃあ精神的な疲れはあまりとれない、友人と一緒にどこかで遊んでくるのどうだ、楽しんでる時は身体も疲れないものだぞ、という、自分より何倍も休みが必要そうな義兄の忠告に従い、次の日曜日には、いつもの女5人で遊びに行く計画を立てたのだ。

 珍しく控えめなフェイトからの提案ということもあり(いつもは大抵アリサかはやて)、友人達はノリ気で此処に行こう、この店で服を買おう、といろいろ準備をしてくれた。

 しかし、その2日前の金曜日、アリサには急な用事が、なのはには急な仕事がはいり、さらにはやては体調不良になってしまったのだ。残ったのは性格が控えめな2人。この2人はあまり賑やかな所は好みではないし、なにより友人の絆を大事にする彼女達は5人一緒じゃないと、ということでお出かけを次の機会にまわしたのだった。

 そういう経過があり、日曜日の予定がなくなってしまったフェイトは、やることも無くブラブラと公園を散歩している。

 季節は春、日差しが暖かい正午ということもあり、公園の人気は多い、家族連れや若いカップルたちでにぎわっている。ちょうどこの海鳴の臨海公園は景観がいいので、自然と人も集まってくる。

 周りの人たちが楽しそうにしている中、フェイトはぽつんとベンチに座っていた。別段なにかする気があったわけではなく、ただ足が運ぶままに来ただけだから、手持ち無沙汰になるのは当然だ。しかし、周囲と自分の温度差を感じて、もの悲しくもなってくる。

 本来なら、自分もああして楽しく友人とおしゃべりしたり、はしゃいだりしていた筈なのだから。

 ―――帰ろうかな。

 ここに居る意味はあまり無い。家でゆっくりしたほうがまだマシだろう。

 そう思ってベンチから腰を上げようとした彼女だったが、ポカポカした日差しに暖められたベンチは思った以上に気持ちがいい。家に帰ってもやはりすることは無いのだから、ここで日向ぼっこも悪くないかもしれない。

 彼女がそう考え直したときに、横から声が掛けられた。

 「隣、いいかな」

 柔らかい女性の声。フェイトが声がしたほうを向くと、やはり声に似合う優しそうな女性がすこし屈んでフェイトに笑いかけていた。

 「天気がいいから、公園のベンチで読書でもしようかなって思ってたら、他は皆一杯でね。よかったら、となり座ってもいい?」

 「え、ええっと……」

 フェイトが周りを見渡すと、他のベンチには家族連れや、カップルが座っていて一杯だ。そうでなくても特に断る理由は無いので、どうぞ、といって女性を促がす。

 「ありがとう」

 そう言ってその女性はフェイトの横に座り、持っていた本を読み始めた。


 ――ええっと、こういう時ってなにか話しかけたほうがいいのかな――

 フェイトはすこし緊張した。人見知りするわけではないが、もともと人付き合いが得意なわけではない。親友のなのはやはやてなら、持ち前の明るさと人懐っこさで、すぐに打ち解けれることだろう。しかし彼女は最初の一歩がなかなか踏み出せない。

 ――話しかけても怒られないかな、読書中だし、邪魔したらダメだよね。でも、優しそうな人だし、大丈夫かも――

 そう思って隣に座る女性をつぶさに観察する。

 顔はかなりの美人だ。とても綺麗な顔立ちだが、でもどこか幼さを残してて、そんなところがこの女性に柔らかい印象を持たせている。髪は明るい茶色でショートカット。なんとなく髪を伸ばしたほうが似合いそうなので、少しもったいないな、と思った。

 服装はユニセックスな格好で纏まっている。体つきはスラッとしていて、スレンダー、と言う表現が一番しっくりくるだろう。髪がショートということもあって、全体的に中世的な印象を受けるが、優しい表情と柔らかい声が、目の前の人物が女性であることを表している。と、フェイトは感じた。

 ―――格好いいけど柔らかい雰囲気の大人の女性(ひと)

 隣の人物の印象をそう結論付けていると、フェイトの視線に気づいたのか、フェイトと目が合った。

 ――あ、あんまりジロジロ見たら失礼だよねっ――

 目が合っってしまい、凝視してたことに気づかれたフェイトは、ひょっとしたら気分を害したかな、と思い顔が赤くなったり青くなったりしてしまった。そんなフェイトの様子をみた女性は、怒るでも笑うでもなく、優しく尋ねてきた。

 「君は、ひなたぼっこ?」

 「え、え、は、はい、そうです!」

 声を掛けられるとは思わなかったので、思わず慌ててしまう。噛まなかっただけいいかもしれない、思ったのは彼女だけの秘密だ。

 「気持ちいいよねー こういう日は外でのんびりするのが一番♪」

 「そ、そうですね」

 あまり人慣れない彼女としては、見ず知らずの他人に急に話しかれては対応に困ってしまう。

 「あ、ゴメンね、急に話しかけてビックリしちゃった? 大丈夫大丈夫、君を取って食おうってわけじゃないから」

 そう言って、ニッコリと笑うその女性に、もともとあまり感じて無かった警戒心が0になる。それは、彼女の義母や親友の母たちと同じ雰囲気がするからかもしれない。

 「いえ、そんな事は……」

 「でも君みたいな可愛い子は、気をつけないとダメだよー。ま、変なオジサンに声を掛けられたなら、警戒するのは当然だよね」

 「え、え」

 言われたことがなんのことだかわからず、返答に困っているフェイトに女性は、なんでもないよと言って話題を変える。

 「ひなたぼっこ、好きなの?」

 「好き……かどうかは分かりません。けど、嫌いじゃないです」

 「うん、いいよね。ひなたぼっこ」

 ニコニコと話しかけてくる女性に、フェイトは今の自分の気持ちを話してみる気になった。後で思い返して、見ず知らずの人に何やっちゃったんだろう私、と悶絶した彼女だが、このときはすんなりと口から言葉が出た。

 暖かい日差しと、女性が持つ優しい雰囲気の所為かもしれない。

 「本当は、今日は友達と皆でお出かけだったんです。でも、皆用事ができて取り止めになっちゃって……」

 「そう、それは残念だね。楽しみにしてたんだ?」

 「はい、とっても楽しみにしてました」

 「でも、必ず次の機会があるよ、そのとき今日の分まで楽しめばいいんじゃないかな」

 「そうなんですけど……」

 そう言ってフェイトは自分のスカートの裾をぎゅっと掴む。普段心の奥に仕舞ってる不安が、一気に出てきたかのようだった。いつもは感じない、しかしふとした拍子に出てくる漠然とした不安。心の奥底にあって、普段は自分でも気づかないような気持ち、そうしたものがなぜか一気に吹き出してしまった。

 いくら大人びているとはいえ、彼女はまだ12歳なのだ。

 「私、そういう事が多いんです。自分がこうなって欲しい、と思ったことがそうならないっていうか、裏目にでちゃうっていうか、私がなってほしく無いように物事が動いちゃうんです……」

 母に愛して欲しかった、自分を見て欲しかった。でも母は終に自分を見てくれることは無かった。

 自分にとっての大事な親友。彼女に傷ついて欲しくなかった。辛い目にあって欲しくなかった。なのに彼女は堕ちた。

 それらに比べれば今回のことは遥かに小さいことだ。しかし、彼女の中で『自分がそんな風に思ったから、そうならないんじゃないか』という不安が生まれてしまった。一度その気持ちに気づいてしまうと、不安は加速度的に膨れ上がり、気づけば涙が流れていた。

 そうやって自分の気持ちに沈んでいると、横からふわりと抱きしめられた。

 「大丈夫。君はいい子だよ。だからそんなふうに考えちゃダメだ」

 「でも!」

 「大丈夫、大丈夫ったら大丈夫」

 そうやって小さい子をあやすように言う彼女の言葉は、もちろん何の根拠も無い。それでも優しい声で「大丈夫」と言われ続けると、不思議と気分が落ち着いてくる。義母やリニスに抱きしめられた時のことを思い出し、フェイトの心から不安が徐々に消えていった。

 しばらくそうやっていると、次第にフェイトは恥ずかしくなった、会ったばかりの名前も知らない人のまえでいきなり泣き出し、小さい子供のようにあやされてしまったのだ。自然と顔は真っ赤になる。

 フェイトを抱きしめていた手が離れ、綺麗な顔がフェイトの目の前に来る。

 「落ち着いた?」

 「はい、どうもご迷惑を……」

 「気にしないで、泣いてる子を放ってはおけないさ。ああ、それに君みたいな可愛い子にこんなことをしたら、普通は通報モノだから、役得だよ」

 「???」

 またしても言葉の意味が分からなかったが、女性は気にした様子も無く微笑んでいた。本当に綺麗な人だな、そう思っているとフェイトの慌てた気分がだんだんと収まっていく。

 「すこしスッキリした?」

 「はい、ごめんなさい。いきなり泣き出したりして」

 「ううん。どうかな、なにか不安があるなら、今ここで話してみない? 親しいことには話せないことでも、赤の他人なら話せることはあるかもしれないよ」

 確かに彼女の言うとおり、そういうことはあるだろう。親しい人だからこそ、迷惑掛けたくないから話せない。そうした気持ちは誰でもあるだろうし、フェイトは特にその兆候が強い。

 ―――けれど

 「いいえ、もう平気です。一回泣いてスッキリしたみたいですから」

 フェイトは笑顔で答えた。これ以上この優しい女性に迷惑を掛けられない、もっともそれを迷惑と思うような人ではないと分かったが、それでも彼女の性格が許さない。それに彼女が言った『大丈夫』は本当にフェイトの気持ちを大丈夫にしてくれた。

 女性は、そんなフェイトの笑顔を見て納得したのか。「そっか」と言って、横においていた本を手に取る。

 「ならいいんだ、さて、読書に戻ろうかな」

 「あ、ゴメンなさい。お邪魔しちゃって……」

 「誤ってばかりはダメだよ、こっちが好きでやったことなんだから。君は気にしないで、お節介なヤツだなってくらいに思っていいよ」

 「そんな失礼なことは出来ません!」

 「いや、ホントにいんだって。ところで、君はまだ日向ぼっこするの?」

 思わず声を大きくして反論してしまったが、女性が話題を変えてきたので、すこし考え、答えると。

 「え、あ~~、うん、そうですね。此処は気持ちいいですから、もう少しこうしてます」

 「そっかー ごゆっくりー」

 なんてすこし間延びした声が返ってきた。





 そうしてしばらく2人は無言でベンチに並んでいた。フェイトはぼんやりと空を眺め、女性は静かに読書を続けている。ペラ、ペラ、とページを捲る音以外には特に音は無い。少し離れた場所で子供達が遊ぶ声や、海鳥の鳴き声なんかが聞こえてくるだけで、凄く穏やかな空気がフェイトを包んでいた。

 暖かい日差し、ポカポカした春の陽気、そして柔らかい空気。

 そんな環境に包まれていると、だんだんとフェイトの瞼が降りてきた。春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、わずかな時間の間にフェイトは完全に眠気に逆らう力を失ってしまった。

 ―――ああ、なんだか小さい頃を思い出すな――

 フェイトは、時の庭園でリニスやアルフと一緒に遊び、木陰で昼寝をしていた頃と同じ気持ちに浸っていった。

 ―――あの時は、そう、こうやってリニスの膝枕で―――

 彼女は完全に眠気に負け、少しずつ身体が傾いていった。そしてフェイトの頭はちょうど隣の女性の膝に着地したのである。

 一瞬驚いた表情をした女性だが、すぐに優しく微笑み、自分の上着を彼女に掛け、読書を続けた。時折聞こえる少女の寝言をBGMにしながら。







 ――4時間後

 

 「ん、んん」

 フェイトが目覚めると、既に空は赤くなり、綺麗な夕焼けの光が彼女を照らしていた。

 ―――私、寝ちゃったのかな―――

 空が夕焼けということは、かなりの時間を眠ったことになる。しかしベンチで眠っていたにしては、身体が痛かったり、冷えていたりする様子が無い。不思議と力が抜けて、とてもふわふわしたいい気分だった。

 身体に何かが掛かってる感じがするし、何より頭にあるこの柔らかい感触はなんだろうか?

 いまだ半覚醒状態でぼんやりとした頭で考えるが、思考がうまく繋がらない。マルチタスクを駆使して戦う凄腕の魔導師でも、寝起きというものはあるのだ。


 「ん、目が覚めた?」

 「えっ……」
 
 フェイトの頭はまだ動かない。頭の上の適度に柔らかい感触が、彼女の覚醒を妨げてるのかもしれない。

 「もう少し寝てていいよ、まだ読み終わるまで少しあるから」

 「そう、ですか…… なら、そうします……」

 かけられた優しい声に応え、フェイトの瞼は再び閉じられていく。

 閉じた瞼の奥に光る柔らかい夕焼けの光と、「おやすみなさい」とかけられるふわりとした声、そんな雰囲気がフェイトをいつまでもここに居たい気持ちにさせる。

 しかし
 
 「フェイトー! フェイトー! いるのかーい!」

 という声自分を呼ぶ声で完全に目が覚め、フェイトは自分の状態を理解した。

 即ち、何時間も膝枕してもらっていたのだ! 夢の中でリニスに膝枕してもらった感触は、現実のものだったらしい。どうりで若干思い出のなかのリニスより感触が硬いと思った!

 そしてかなり混乱した。

 「うわぁ、ごごごめんなさいぃ!!」

 いきなり起き上がった拍子に、危うく女性の顎を掠めるトコだったが、ギリギリで当たらなかった。もし当たっていたら、フェイトの顔はこの夕日より赤くなったかもしれない。

 「フフっ、そんなに慌てなくていいのに」

 「で、でも」

 「会ってから謝ってばっかりだよ。いいんだ、好きでやったことだから、君は気にしないで。言ったでしょ、役得役得」

 「???」

 相変わらずフェイトは女性の言う意味は分からない。首を傾げてると、女性が少し気遣うような眼差しでフェイトを見つめていた。

 「ところで、身体が痛かったりしない?」

 「全然へっちゃらです。むしろとっても気持ちよかったです!」

 「そっか、硬い膝枕で申し訳ないと思ってたんだけどね」

 「そ、そんなこと無いです! 確かにリニスよりは硬かったですけど、ちょうどいい柔らかさでした! って私なにいってるんだろう!」

 「だーかーらー、慌てなくていいんだってば、ね、どうどう」

 「は、はい。あの、ところで私はどのくらい……?」

 「4時間とすこし、かな。ちょうど読み終わるところだったからちょうど良かったよ。昔幼なじみに膝枕してたから、それなりに懐かしかったりしたし」

 「4時間!? そんなに、あの」

 「謝るのは無し、だよ」

 「あうぅ」

 機先を制され、フェイトが参っていると、少し離れたところから自分の使い魔の声が聞こえてきた。

 「あれ、アルフ? そういえばさっきの声も……」

 「んー、君を探してるのかな?」

 「そ、そうみたいです」

 「じゃあ、これでお別れ……っとゴメンね電話だ。あ、もしもし唯子? うん今臨海公園、悪い、少し遅れる。ところで小鳥はもう着いてる? あ、そうなんだ、じゃあこれから駅に行って合流するかな。うん、分かった、じゃあそういうことで。っとゴメンね、こっちも行かなきゃ行けなくなったから、これでお別れかな」

 「はい、あ、あの!」

 「ん?」

 「今日は、その、本当にありがとうございました!」

 何度も謝罪をしたが、一度もお礼を言ってないことに気づいたフェイトは、別れる前にしっかりとお礼を言うべきだと思った。そうでなければ、自分に礼儀を教えてくれたリニスにも申し訳が立たない。

 「どういたしまして、また会えたらいいね」

 そういって最後にフェイトの頭を優しく撫でて、女性は手を振りながら立ち去っていった。
 
 その姿を見送りながら、フェイトは重大な事に気づいた。また会う機会があるかもしれないが、無かったらずっと知らないし、知られない。今言わなければだめだ、そう思って大声をだす。

 「私は、フェイト! フェイト・T・ハラオウンです!」

 フェイトの声に気づいたらしく、女性もフェイトに振り向き、フェイトに聞こえるように声を上げる。

 「相川、相川しん「フェイトー!、何処だーい!」

 しかし、彼女の名乗りの途中で、アルフの声が入り、きちんと聞く事はできなかった。もう一度尋ねる前に、彼女は再びきびすを返し、立ち去ってしまう。

 ああ、行っちゃった……

 一瞬間が悪い使い魔に怒りを覚えたが、心配して来てくれた彼女にそんな感情をぶつけれるはずも無く。彼女は苦笑した。


 しょうがないよね。でも名字だけでも聞けたから良かったかな。相川さん、かぁ、ホントに綺麗で優しいひとだったなぁ
 
 
 またどこかで会えたとき、今度こそ名前を聞こうとフェイトはひっそりと胸の中に誓った。











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 謎の女性の正体とは(笑)

一応フェイト視点です。そしてヤマなしオチなし。

 久しぶりにとらは1をやって突発的に書きたくなって書きました。下手糞な文章でスミマセン。所要時間実に2時間。
 分かる人は分かるかもしれませんが、フェイトと出会ったのはとらは1の主人公真一郎君です。このとき20代半ばのはず。DVDのおまけシナリオの声は、20代半ばの成人男性が出していい声じゃないと思うんです。

 ヒロインたちに年々美人になると言われてる真君。現に恭也も「綺麗な顔立ちの人」って完全に女性と思ってましたしね。

 なにより並み居るヒロインをぶっちぎって、覗き魔から大絶賛を受けるほどですから。

 そんな真君ですが、DVDおまけシナリオでロリ忍をオトした彼なら、リリなの勢もイチコロだぜ! まあ冗談ですけど。
  
 



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